円安の追い風も! 外国人観光客の受け入れ再開で到来したビジネスチャンス

書いてあること

  • 主な読者:コロナ前にインバウンドの恩恵を受けた宿泊・観光事業者、インバウンドの本格再開を見込んで新規参入を狙う事業者
  • 課題:インバウンドは今後どれくらい期待できるのか、取り込むために必要なことは何か
  • 解決策:2019年当時の訪日者数に戻れば旅行消費額は6兆円超の可能性も。コロナで変化した外国人観光客のニーズに対応するとともに、感染症などのリスクに備えておく

1 外国人観光客の受け入れが全面解禁!

新型コロナ感染症対策のために制限されてきた外国人観光客の入国が、2022年10月11日から全面解禁となりました。こうなると、期待したいのがインバウンドによる経済効果であり、その背景には次の3つがあります。

  • コロナ前は訪日外国人数が右肩上がりだった実績
  • 外国人の旺盛な訪日ニーズ(“リベンジ消費”も含む)
  • 円安の追い風で「爆買い」復活の予感

この記事では、インバウンドによる経済効果を期待できる背景と、想定されるインバウンドによる経済効果についてご説明します。また、インバウンドを取り込むためのポイントとなる、コロナ前と比べて変化した外国人観光客のニーズの傾向や、感染症対策などのリスクへの備えについても触れます。

2 インバウンドの効果を期待できる3つの理由

1)コロナ前は訪日外国人数が右肩上がりだった実績

図表1のように、コロナ前の日本は、訪日外国人数が右肩上がりに増えていました。2003年以降で前年よりも減ったのは、リーマンショックの影響を受けた2009年と、東日本大震災が発生した2011年だけです。2015年には訪日する外国人の数が出国する日本人の数を逆転しています。

国連世界観光機関(UNWTO)によると、2019年の3188万人で、日本を訪れる外国人数は世界12位、アジアでは中国、タイに次いで3位に入っており、世界の上位にランクしていました。さらに、同年の国際観光収入は461億米ドルで世界7位、アジアではタイに次ぐ2位に入っていました。

訪日外客数と出国日本人数の推移

政府が2016年3月に策定した「明日の日本を支える観光ビジョン」では、2020年の訪日外国人旅行者数を4000万人、2030年には6000万人という目標を掲げていました。コロナ禍によって東京五輪が延期および外国人の観戦者の受け入れが見送られたこともあり、目標は遠く及ばなくなってしまいましたが、今後の状況改善が期待できます。

2)外国人の旺盛な訪日ニーズ(“リベンジ消費”も含む)

日本政策投資銀行と日本交通公社が2021年10月にインターネットで行った「DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査(第3回 新型コロナ影響度 特別調査)」(2022年2月公表)によると、「次に海外旅行したい国・地域」の1位は日本(アジア居住者67%、米国・英国・フランス・豪州居住者37%)でした。日本を訪れたい理由で最も多かったのは、「以前も旅行したことがあり、気に入ったから」(88.0%)で、コロナ禍の間もしっかりとファンの心をつかんでいたことが分かります。

この調査では、「コロナ収束後の海外観光旅行の意向」について、「思う」と回答した人が66%いることや、「今後6カ月以内にしそうなレジャー」として、飛行機で5時間以内の海外旅行を「実施する」「恐らく実施する」と答えた人が49%に上っています。コロナ対策で行動制限を受けた“リベンジ消費”を含め、海外旅行へのニーズが高いことがうかがえます。

また、「ダボス会議」で知られる年次総会を開催する「世界経済フォーラム(WEF)」が2022年5月に公表した「旅行・観光開発指数」に関するレポートでは、世界117カ国・地域のうち、日本(31.8%)が2位の米国(30.7%)を押さえて世界1位に評価されました。旅行・観光にふさわしい「環境(ビジネス面、安全性、衛生面、ICT化など)」「政策と状況(開放性、価格競争面など)」「インフラ」「需要喚起(自然や文化などの観光資源」「持続可能性(環境面、社会経済的な回復力、旅行・観光需要の高まりに対する許容度など)」という5項目について、112の指標を分析して評価したものです。世界的に観光地としての日本が評価されている証しともいえます。

3)円安の追い風で「爆買い」復活の予感

足元の円安も追い風です。2019年は1米ドル=110円程度でしたが、2022年9月は140円台で推移しています。外国人観光客にとっては、日本円で販売されている製品を、米ドルに換算すると2019年と比べて2割以上安い価格で買える計算になります。既に来日した観光客の中には、「自国で買うよりも割安」と、日本で大量に買い物をしているとの報道もあります。

円安が続けば、かつて中国からの観光客を中心に席巻した日本製品の「爆買い」現象が、世界各国の観光客の間で復活する可能性もありそうです。

3 インバウンド再開で見込まれる経済効果

1)コロナ前のインバウンドの水準に戻れば旅行消費額は6兆円超も

観光庁の推計によると、2019年の訪日外国人(約3188万人)旅行消費額は、4兆8135億円でした。前述のように、当時と現在の為替レート(2019年は1米ドル=110円、現在は1米ドル=140円)を踏まえて、仮に訪日外国人が自国通貨に換算した消費額と同額の消費を行ったとしたら、旅行消費額は6兆1263億円に上ります。

2)宿泊・観光事業者だけではない波及効果

経済産業省は、前述の観光庁の推計を基にした訪日外国人旅行消費額の生産波及効果を、7兆7756億円と試算しています。これに伴う付加価値誘発額は4兆230億円となり、2019年の名目GDP(553兆9622億円、二次速報値)の0.7%に相当します。さらに、二次波及効果を加えた付加価値誘発額は5兆円となり、名目GDPを0.9%押し上げた計算になります。

波及効果は宿泊・観光事業者や飲食サービス事業者だけにとどまらず、商業・農林業・金融・保険など幅広い業種に及びます。

また、インバウンドに伴う日本円に対する需要の高まりや、経常収支の黒字幅が拡大することによって、円安マインドに一定の歯止め効果が出れば、円安で苦しむ企業に恩恵をもたらす可能性もあります。

4 コロナ前から変化した外国人観光客のニーズ

インバウンドを取り込むには、コロナによって変化した外国人観光客のニーズを押さえることが大切です。インバウンドを取り込むための旅行企画やPR方法は、以下のコンテンツを参照ください。

また、以下のコンテンツでは、ウィズコロナの状況下で外国人観光客のニーズに応えた特徴ある宿泊施設を紹介しています。

5 リスクに備える:感染予防や感染者が出た場合の対応

コロナへの感染リスクがなくならない中で、外国人観光客が訪日する際の最大の懸念は、何といっても日本で感染が確認された場合の対応でしょう。外国人観光客が感染などの病気・けがに見舞われた際の対処方法について、以下のコンテンツで紹介しています。

6 参考:外国人の入国制限の緩和に関する主な施策

日本政府による、外国人の入国制限の緩和の流れは次の通りです。

外国人の入国制限の緩和に関する主な施策と訪日外国人数の推移

政府は2020年2月に指定感染症に定め、中国湖北省の滞在履歴者のある外国人などの入国を禁止して以降、禁止対象エリアを広げ、2020年12月28日から全ての国・地域からの新規入国を禁止しました。その後も入国規制の緩和と強化を繰り返しましたが、観光客の受け入れ禁止は一貫して続けていました。

以上(2022年10月)

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画像:bbernard-shutterstock

外国人観光客が感染・病気・けがをしたら、どう対応する?

書いてあること

  • 主な読者:外国人観光客に感染症の陽性反応が出たときや、その他の病気やけがをしたときの対応に不安のある宿泊施設運営者
  • 課題:事前の準備は何をすべきか、実際に発症したらどう対応すればよいのか分からない
  • 解決策:症状に応じて外国人対応が可能な医療機関や薬局を紹介するなどの対応を行う。感染症の疑いがある場合は同行者も含め客室内に待機してもらい、相談窓口に伝える

1 外国人観光客の感染・傷病の備えをしておこう

新型コロナ感染症対策のために制限されてきた外国人観光客の入国が、2022年10月11日から全面解禁となりました。今後、外国人観光客を受け入れる宿泊施設にとって課題になるのが、「外国人観光客が感染症や病気・けがに見舞われること」です。

外国人観光客を受け入れている宿泊施設は、症状の確認や、医療機関の紹介などの対応が求められますが、まず直面する課題は、

  • 外国人対応ができる医療機関が分からない(旅行業者)
  • 会話対応・通訳が十分できない(宿泊施設)
  • 施設現場に医療的な専門知識を有する人材がいない(宿泊施設)

ことです。

そこでこの記事では、こうした課題を解決するために、押さえておくべき宿泊施設の準備態勢と、実際に発症者が出た際の対応方法を紹介します。

2 事前準備と対応方法

外国人観光客の病気・けがに対する準備と対応について、フローチャートで紹介します。

外国人観光客の病気・けがに対する準備と対応のフロー

感染症の対応のフロー

以降では、外国人観光客の「受け入れ前の準備」「受け入れ時の対応(病気・けがをする前)」「実際に病気・けがをした場合の対応」の3つのシーンに分けて紹介します。

3 受け入れ前の準備

1)外国人対応可能な医療機関や薬局などを調べる

日本政府観光局(JNTO)のウェブサイト「日本を安心して旅していただくために 具合が悪くなったとき」では、新型コロナに対する相談窓口や医療機関の検索、医療機関のかかり方などが、日本語、英語、韓国語、中国語(繁体中文、簡体中文)で公表しています。

事前に近隣の医療機関を検索し、

かかりつけとなる医療機関の連絡先を2~3カ所程度確認

しましょう。医療機関名・連絡先・所在地の他、タクシーを使った場合の所要時間などについても調べ、「連絡先一覧」としてまとめておきます。

■日本政府観光局(JNTO)「日本を安心して旅していただくために 具合が悪くなったとき」■
https://www.jnto.go.jp/emergency/jpn/mi_guide.html

薬局については医療機関と違って、積極的に外国語対応ができることを公表していないことが多いようです。一般社団法人「くすりの適正使用協議会」では、患者に分かりやすい表現で要約した薬情報サイト「くすりのしおり」(英語版)と、市販薬を検索できる「おくすり検索」(英語版)を公開しています。

■「くすりのしおり」(英語版)■
https://www.rad-ar.or.jp/siori/english/index.html
■「おくすり検索」(英語版)■
https://search.jsm-db.info/sp_en/index.php

2)外国人対応のコールセンターを控える

医療機関の情報提供や電話医療通訳(医療機関専用)を無料で提供しているAMDA国際医療情報センター、外国人旅行者向けコールセンター「Japan Visitor Hotline」が利用できます。連絡先を受付に用意する他、ポスターやチラシを施設内に貼ったり、プリントアウトして外国人旅行者に配布したりといった準備も大切です。

■AMDA国際医療情報センター 東京オフィス■
https://www.amdamedicalcenter.com/
■外国人旅行者向けコールセンター「Japan Visitor Hotline」■
https://jsto.or.jp/news/info-190304/

全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会の竹村奉文氏は、コールセンターとの連携を深めることが大切だと言います。

「まずは外国人旅行客―宿泊施設―コールセンター―医療機関の連携を進めていくことが必要です。医療は専門用語が多いし、宿泊施設のスタッフの多くは、病気の判断をできる能力をもっていません。現場で勝手な判断ができないのだから、すぐに保健所や医療機関、医療サービス会社などへ相談すべきです」

3)各種コミュニケーションツールの準備

1.救急車利用ガイド

スタッフに周知し、フロントの目のつく場所に掲示しておきます。消防庁では、16言語の「訪日外国人のための救急車利用ガイド」を作成しているので、用意しておきましょう。

■訪日外国人のための救急車利用ガイド■
https://www.fdma.go.jp/publication/portal/post1.html

また、「救急車を呼んだほうがよいか」、「今すぐ医療機関に行ったほうがよいか」など、判断に迷ったときは、

「#7119」(または地域ごとに定められた電話番号)に電話する

と、救急電話相談を受けられます。医師、看護師、トレーニングを受けた相談員などが電話口で傷病者の状況を聞き取り、「緊急性のある症状なのか」や「すぐに医療機関を受診する必要性があるか」などを判断します。

2.指さしシート

実際に外国人観光客が病気・けがに見舞われた場合、「救急車を呼ぶか」「どの診療科を紹介するか」などを判断するために、「指さしシート」を用意しておきましょう。

日本政府観光局のウェブサイト「具合が悪くなったときに役立つガイドブック」には、「症状・病状説明のための指さしシート」が収録されているので活用できます。

参考:日本政府観光局の指さしシート

■具合が悪くなったときに役立つガイドブック■
https://www.jnto.go.jp/emergency/jpn/support.html

3.ヒアリングシート

外国人旅行者から体調不良について相談を受けたら、症状・状況を可能な範囲で聴き出して、ヒアリングシートに記入します。救急車を要請するときや医療機関を受診するときは、ヒアリングシートに基づいて必要な情報を提出してください。

4)多言語音声翻訳システム導入の検討

多言語音の音声翻訳ができるツールを利用するのもお勧めです。ツールの一例を紹介します。

1.「VoiceTra(ボイストラ)」:情報通信研究機構

話しかけると外国語に翻訳してくれる無料の音声翻訳アプリです。翻訳できる言語は31言語ですが、声で入力できる(20言語対応)、何語かを自動判別もできる(10言語対応)、音声が出力される(18言語対応)など、機能によって対応できる言語の数が異なります。

2.「VoiceBiz(ボイスビズ)」:凸版印刷

スマートフォンやタブレット用の専用アプリとクラウドサーバ上の翻訳エンジンが連動し、多言語音声翻訳サービスを提供します。自治体窓口、学校、観光といった、訪日外国人の受け入れや在留外国人の対応で多く使われる業界用語、定型文を標準搭載しています。

3.「POCKETALK(ポケトーク)」ポケトーク

70言語間では音声とテキストによる通訳機能が使え、12言語では音声で入力した翻訳結果のテキスト表示が可能な翻訳機です。複数の端末がありますが、翻訳はインターネット上のAIが行うので、どの端末でも同レベルの翻訳結果が得られます。

5)スタッフへの研修・教育

各種ツールを用意するだけでは、いざというときに対応できません。実際の対応を想定して、スタッフへの研修・教育を実施しましょう。とはいえ、病気・けがを治療するのは医療機関なので、複雑な対応を考える必要はありません。

基本的には、「緊急性の有無」によって、「どのような対応をするか(救急車を呼ぶ・医療機関を紹介する・薬局を紹介する)」「対応の責任者や、対応した情報の共有」などを確認しておきます。

6)補足:地元自治体の医療ガイドラインも確認してみる

前出の竹村氏は、自治体により地域性や人口規模に違いがあるため、都道府県が医療ガイドラインを独自に作っていることも多いとして、次のように話しています。

「地域の事情や地元自治体の医療ガイドラインに沿って、宿泊施設ごとに対応していく必要があります。まずは地元の保健所や消防署に確認してください。また、東京都などはファストドクターと連携しています。このように自治体側も外国人への対応を進めているので、自治体の動向をチェックしておくのも重要です」

ファストドクターは24時間365日体制で活動している、全国の医療機関から構成された総合窓口です。症状に応じて救急医療機関案内や夜間休日往診、オンライン診療なども行っています。

4 受け入れ時の対応(病気・けがをする前)

1)旅行保険加入の有無の確認

宿泊する外国人観光客には、旅行保険加入の有無を確認しておきましょう。旅行保険に加入していれば、日本入国後にした病気やけがの治療費を補償してくれます。他にもコールセンターに電話をすると、適切な医療機関の紹介を受けることができますし、提携医療機関を受診した場合には、保険会社が直接医療機関に治療費を支払いますので、キャッシュレス診療を受けることができます。

宿泊施設側が外国人観光客に対して、訪日外国人向け旅行保険をセットにした宿泊プランを販売するケースもあります。こうした保険に加入しておけば、宿泊施設の手間を減らせるメリットがあります。

2)「コールカード」「ガイドブック」などの配布

宿泊する外国人観光客には、「コールカード」を配布しましょう。これは「救急車を呼んでください」などの内容が、複数の言語で記載されている名刺サイズのカードです。参考に三重県志摩市消防本部のコールカードを紹介します。

参考:コールカード

また、氏名・連絡先・性別・言語といった基本情報や、既往歴、服薬中の薬などの情報を書き込んでもらう「ガイドブック」も配布するとよいでしょう。日本政府観光局のウェブサイトでは、基本情報や既往歴などが書き込めるものがアップされています。

■日本政府観光局「具合が悪くなったときに役立つガイドブック」■
https://www.jnto.go.jp/emergency/jpn/support.html

5 実際に病気・けがをした場合の対応

1)症状と本人の意向を確認

翻訳ツールやヒアリングシートを利用してみましょう。ヒアリングが難しい場合は、できるところまで確認し、保健所やコールセンター、かかりつけ医などに連絡しましょう。

1.救急車を呼ぶ

119番しましょう。ヒアリングができた場合は、その情報を基に救急隊員に伝えましょう。前述したとおり、「救急車を呼んだほうがよいか」、「今すぐ医療機関に行ったほうがよいか」など、判断に迷ったときは「#7119」(または地域ごとに定められた電話番号)に電話しましょう。

2.医療機関を紹介する

医療保険の有無を確認し、事前に決めた医療機関の「連絡先一覧」に沿って医療機関に連絡しましょう。受診の際には、パスポートと旅行保険証書を持参するように伝えてください。

3.薬局を紹介する

薬を買いたいという本人の意思がはっきりしている場合は、営業中の薬局・ドラッグストアを探しましょう。

2)外国人観光客の症状、医療機関・薬局などの対応を確認し、自施設内で情報共有

医療機関などを紹介した後は、宿泊施設などが積極的に準備・対応することはありません。ただ、紹介した医療機関・薬局などがどのような対応をしたか確認しておき、同様の対応が必要になった外国人観光客に紹介する際の参考にしましょう。

6 外国人観光客からコロナの陽性反応が出たら?

全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会・日本旅館協会・全日本ホテル連盟は、「宿泊施設における新型コロナウイルス対応ガイドライン(第2版)」を2021年11月22日に示しています(下記参照)。外国人に限ったことではありませんが、指標として確認しておきましょう。

滞在客に新型コロナ陽性の疑いが発生した場合の対応

  • 利用者から発熱や体調不良の申し出があった時にすぐに案内できるよう、最寄りの医療機関または保健所や受診・相談センターの連絡先が事務所内やフロントデスクなどですぐに見られるようにしておく
  • 利用者または従業員の感染が判明した場合、保健所の積極的疫学調査に協力できるよう、過去1カ月以内の利用者(代表者)のすぐに連絡がつく携帯電話等の緊急連絡先を記録・保存しておく
  • 発熱や呼吸困難、けん怠感など、感染の疑われる宿泊客がいる場合、客室内で待機し、マスク着用及び客室外に出ないように依頼する(同行者も同様)
  • 事前に待機する部屋等を決めておく
  • 食事も部屋に届けるなど、他者との接触を極力避け、対応するスタッフも限定する。対応時にはマスク及びフェイスシールド、ゴーグル等を着用
  • 近隣の医療機関や受診・相談センターに連絡し、感染の疑いのある宿泊客の状況や症状を伝え、その後は保健所からの指示に従う
  • 当日の宿泊者名簿を確認し、保健所への提出に備える
  • 館内の他の宿泊客への情報提供は、保健所の指示に従う

なお、観光庁は「外国人観光客の受入れ対応に関するガイドライン」を2022年9月に改定しています。外国人観光客の全面受け入れにより、ガイドラインも改定されるとみられます。最新情報をチェックしつつ、外国人観光客の対応をしていきましょう。

以上(2022年10月)

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画像:unsplash

ウィズコロナで進む「新しいタイプの宿泊施設」

書いてあること

  • 主な読者:受け入れが再開され外国人観光客の取り込みを検討する宿泊業者
  • 課題:外国人観光客向けの宿泊施設が、どのような差別化を図っているか参考にしたい
  • 解決策:地域ならではの体験や自然体験ができる施設、若手アーティストとの交流や支援ができる施設、スタッフによる接触を極力行わない施設などの取り組みを参考にする

1 外国人観光客を引き付けるユニークな宿泊施設

新型コロナ感染症対策のために制限されてきた外国人観光客の入国が、2022年10月11日から全面解禁となり、宿泊業者にとって、インバウンドの取り込みが期待できるようになりました。そこでこの記事では、「ウィズコロナ」の中で外国人観光客を引きつける、特徴ある宿泊施設を紹介します。具体的には、

  • 地域と連携し、その土地の食・文化・アクティビティが体験できるホテル
  • 日本の伝統的風景や自然体験が堪能できるグランピング施設
  • 若手アーティストとの交流や支援を目玉にするホテル
  • 受付をロボットが行い、人との対面を極力行わないホテル

などです。

以降で、これらのホテルのコンセプトや特徴、外国人受け入れのための取り組みを紹介します。

2 外国人観光客をどうやって引きつけるか?

ここで紹介する宿泊施設の特徴は、次のように位置付けることができます。

特徴ある宿泊施設の位置付け

各宿泊施設の特徴を見ていきましょう。

1)アオアヲ ナルト リゾート:地域を巻き込んで郷土料理や伝統体験、アクティビティを提供

アオアヲナルトリゾート(徳島県県鳴門市)は、瀬戸内海国立公園内にあり、鳴門海峡を一望するリゾートホテルです。名物の鳴門の渦潮やホテル内での阿波おどり公演、江戸時代から明治時代中期の徳島で生産された藍染めの体験、ホテル内にあるビーチでの海水浴、家族で楽しめるドラゴンボートやカヤックなどの海上アクティビティ、ホテルの仕事が体験できる仕事体験などが人気です。

旅行先の食事で求められているのは、安価でそれなりの料理ではなく、地元のおいしいものを楽しむことではないかと考え、コロナ禍でも単価を上げて、料理を充実させることでADR(客室平均単価)の向上に成功したそうです。

四国はコロナ前から他の地域と比べてインバウンドが少なく、コロナ後のインバウンド誘致が課題でした。そこで鳴門市や四国が一体となって取り組むためにも2019年から地元の有志とまちづくり協議会を立ち上げたり、徳島経済研究所やイーストとくしま観光地域づくり法人とともに四国の認知度を高めたりするなど、地域を巻き込んだ活動を行っています。

また、成果にはまだつながっていませんが、SNSで欧米豪向けに動画で徳島鳴門観光のPRを始めています。

■アオアヲ ナルト リゾート■
https://www.aoawo-naruto.com/

2)Mt.Fuji グランピングテラス 嶺乃華:富士山の絶景と地域の野外体験の拠点に

富士河口湖周辺で2022年8月にオープンしたのが「Mt.Fuji グランピングテラス 嶺乃華」です。富士山を正面に望むドーム型テントで、富士山と河口湖の絶景を眺めることができます。代表社員の下田高広さんは、

「富士山は外国人にも眺望や登山、話題性などのコンテンツとして人気の高いスポットなので、いつでも富士山と河口湖の絶景が楽しめるようにドームテントを配置しています」

と言います。外国人観光客を引きつけるための同社の売りは、グランピングサイト単体ではなく、地域のアクティビティも含んでいます。

「グランピングは泊まることが目的ではなく、バーベキューをはじめ、周辺にある魅力的なアクティビティを通じてさまざまな体験を提供する施設です。近隣地の観光巡りや河口湖ならではのボートや遊覧船、バギー、ゴルフ、樹海ツアーなどのアクティビティを運営する地域の事業者と提携し、宿泊者に利用していただければ、地域の活性化にもつながります」(下田さん)

■Mt.Fuji グランピングテラス 嶺乃華■
https://minenohana.com/

3)BnA_WALL:アーティストと触れ合える国際色の豊かなホテル

東京・日本橋に2021年4月、巨大な壁画「WALL」がシンボルのアートホテルがオープンしました。23組のアーティストたちが空間デザインを手掛けた計26の客室(アートルーム)の他、アーティストスタジオ、カフェ・バー・ラウンジが併設されています。壁画アートは日本では描ける場所が少なく、描ける人や描きたい人の発信の場所をとして作ったので、「WALL」は2カ月に一度描き換えられます。BnA広報の近藤吉孝さんは、

「バーにいると以前とは別のアーティストが新しい壁画を描いているところに遭遇することもあり、アーティストやアート好きの観光客との交流も楽しめます。こういう経験ができるホテルは国内では他にありません」

と言います。同社は2016年のホテル事業設立から、宿泊売り上げの一部をアーティストに還元する「世界で初めて」(近藤さん)の試みを行っていて、アートシーンの活性化を狙っています。趣旨を知るとラグジュアリーホテルに宿泊した翌日にBnAホテルグループに宿泊しに来る外国人観光客もいたそうです。

「欧米ではアートに触れる機会が日常的にありますが、日本ではあまりありません。当ホテルは、日本で唯一アートとアーティストに触れ合える場を提供しているので、インバウンドと相性がいいのだと思います。そのため、PRを積極的にしなくても、海外メディアの取材も多く、半年後1年後の予約が埋まっている状況です」(近藤さん)

■BnA_WALL■
https://bnawall.com/

4)変なホテル舞浜 東京ベイ:恐竜ロボットがお出迎え、人と触れ合わないホテル

恐竜ロボットがフロントでお出迎えし、各客室ではコンシェルジュロボットがお世話をしてくれる「人と触れ合わない」ホテルで、「世界初のロボットが働くホテル」としてギネス認定されています。

ホテルは、朝食用レストラン「ジュラシックダイナー」を恐竜が生きていたジュラ紀をモチーフにデザインにしたり、恐竜仕様の客室にした恐竜ルームでは恐竜の化石発掘キットが用意されていたりと、恐竜を楽しめる遊び心が各所にちりばめられています。

客室は約100室で、恐竜ロボ、お掃除ロボ、客室コンシェルジュロボなど、120体前後のロボットが“従業員”として働いています。このため、通常は35~40人のスタッフが必要な規模ですが、7~8人で運営できているそうです。ロボットのランニングコストは定期的なメンテナンス料と電気代のみで、減価償却が終われば、人間のスタッフを雇い続けるよりも低コストで運用きるようになります。

■変なホテル舞浜 東京ベイ■
https://www.hennnahotel.com/maihama/

5)無人ホテルmizuka:誰にも会わずにチェックイン・チェックアウトができるホテル

福岡市内に11施設ある“無人ホテル”です。入り口のタブレット端末に顔認証か、事前に通知されるIDを入力することでチェックインします。部屋のキーもオンラインで番号が渡されます。本部にスタッフが24時間待機しているので、部屋に入室してから質問や要望がある場合は、室内に設置されているタブレット端末ですぐにコンタクトをとることができます。

1号店がオープンしたのは2017年。無人ホテルの特徴はすでに建っている建物の空いたスペースに部屋を作るもので、3カ月ほどでスタートできます。そのため急増するインバウンド需要にマッチし、規模が拡大できたといいます。当時は完全無人化できる都道府県は大阪と福岡、沖縄の3カ所のみでしたが、福岡を選んだのはマーケット規模が同社にとって適切で、季節性に左右されず、中国・韓国・台湾などからのデジタルネイティブな若い観光客が多いからでした。

コロナ禍によりインバウンドが消滅してからも、自主隔離などでホテルのマンスリ―利用やワーケーションなどのオンライン生活が浸透したことが追い風になりました。無人化してオンラインで対応することへの理解やメリットを知って、敬遠しがちだった50~60代の宿泊客も増えるとともに、ネイルサロンやエステサロンの個人経営者への時間貸しのニーズも生まれているそうです。

■mizuka■
https://mizuka.co.jp/ja

以上(2022年10月)

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画像:pixta

先代や現経営者を追悼するイマドキの「お別れ」方法〜事前準備でトラブル回避を

書いてあること

  • 主な読者:先代経営者や自分にもしもがあった際の「お別れ」の方法を決めていない経営者と、その会社の総務担当者
  • 課題:縁起でもない話なので生前から準備をするのは気が引けるが、取引先なども集まる場で粗相があっては大変なので、やはり事前準備はしておきたい
  • 解決策:英日で国葬が行われたこの機会を捉えて、もしもがあった際の事前準備を始める

1 英日の国葬が相次いだ今は、「お別れ」準備の絶好の機会!

「おやじ、前社長の立場として、葬式はどうすればいい?」(2代目の現社長)

「社長にもしもの際、どのような葬儀を行えばよろしいでしょうか?」(総務部長)

大事なこととはいえ、本人には聞きにくいですよね。こうした話は、取引先などに不幸があって弔問する際の行き帰りにすることも一案です。ですが、2022年9月に英国のエリザベス女王と日本の安倍晋三元首相の国葬が行われたばかりの今は、こうした話を切り出す良いタイミングです。

「お別れ」の方法を事前に決めておくべき理由はさまざまありますが、主なものは、

  • 後継体制の告知や、社内の結束を図る場として、円滑な「事業承継」に活用できる
  • 多くの取引先など関係者を招いた大事な式典で粗相があれば、会社の評価に傷がつく
  • 親族(故人である前・現経営者の妻など)と綿密に意思疎通を図り、禍根を残さない

ことです。

この記事では、先代経営者や現経営者にもしもがあった際に備えて、事前に「お別れ」の方法を決めておくことをご提案します。「社葬のことなら、もう知っている」という方も、

高齢化やコロナ禍に伴って、近年の「お別れ」の方法は、皆さんがイメージしている「社葬」とはかなり変容している可能性があります

ので、ご一読をお勧めします。

2 コロナ禍や高齢化で変容する「お別れ」の在り方

かつて、先代経営者や現経営者の葬儀といえば、親族が行う「密葬」後に会社が単独で開催する「社葬」や、親族と会社が共同開催する「合同葬」のイメージがありました。

ところが、高齢化やコロナ禍の影響を受けて、「お別れ」の在り方は次のように変容してきています。

  • かつての「社葬」よりも、「お別れの会」や「偲(しの)ぶ会」を好む傾向が強まる
  • 密を避け、参列者を待たせないことが最優先事項に

高齢化やコロナ禍で変容する、会社が開催する「お別れ」の方法

1)かつての「社葬」よりも、「お別れの会」や「偲ぶ会」を好む傾向が強まる

かつての経営者の「お別れ」の方法といえば、寺院や葬儀場などに鯨幕を張り、僧侶などの宗教者を呼んで執り行う「社葬」や「合同葬」が一般的でした。

近年では、会社が単独で開催する場合は、宗教色を抜いた形式とし、焼香などではなく、献花で追悼することを好む会社が多数派になっています。

この背景の1つに、高齢化によって先代経営者の引退後の生活が長期化したことがあります。故人となった先代経営者との直接の関係ではなく、故人の会社との関係から「お別れ」をする参列者が増えており、こうした参列者にも配慮した式典として、「お別れの会」などを選ぶ傾向があるためです。また、2000年ごろから、ホテルが「お別れの会」などのために積極的に会場を提供するようになったことや、コロナ禍になってからは、会社が密を避ける目的で、ホテルや会館など広い会場を希望するケースが増えたことも背景にあるとみられます。

会社が単独で開催する場合、祭壇に遺骨を安置することも減りました(ホテルでは遺骨を持ち込めないことも少なくありません)。遺骨を安置しなくなったため、開催時期は納骨することが多い「四十九日」以前にこだわらず、亡くなってから2カ月近くかけて、入念に準備してから行うケースが増えています。

献花のみを行う場合は、故人の往時の画像や映像を放映したり、故人の好んだ音楽を流したり、展示スペースを設けて故人や故人の会社のゆかりの品を展示したりすることが一般化しています。コロナ対応を万全にするという意味も含めて、会社側は「お別れの会」などの運営に関して、運営ノウハウを豊富に持った事業者に依頼するケースも増えているようです。

2)密を避け、参列者を待たせないことを最優先に

かつては、「参列者が多く集まることが故人に対する生前の評価」と見る風潮もありましたが、コロナ禍によって、一度に集まる参列者を限定し、密を避けて参列者を待たせないことを最優先するようになりました。故人との関係によって参列者を区分し、集まる時間をずらすなどの対応が行われるケースも増えています。

例えば、創業家が経営する会社の場合は、今でも「合同葬」を行うことが少なくないようですが、会社関係者の参列は通夜に限定した上で、通夜を親族・友人が参列する「第1部」と、会社関係者が参列する「第2部」に分離するケースが増えているようです。特に第2部では参列者が滞留しないよう、読経は行わず、来訪した順に焼香をあげ、「通夜振る舞い」も省略して散会するケースもあります。

この他、親族による「密葬」は家族のみで行い、コロナ前であれば「密葬」に参列していたような故人の「会社以外」の関係者も「お別れの会」に参列してもらうケースもみられます。

3 もしもの際の事前準備、これだけはしておいて!

先代経営者や現経営者の「お別れ」をスムーズに行うには、事前準備が不可欠です。特に合同葬を行う場合は、開催までおよそ1週間しかありません。かつては社内で「社葬取扱規程」を作成しておくことが推奨されていましたが、今では社内の一部の関係者のみで共有する「初動対応マニュアル」を作成しておくケースもあるようです。

この背景には、中小企業では「社葬」の対象となる人が少ないので会社規程まで作成しておく必要性が乏しいことや、高齢化に伴って現経営者が逝去するリスクが低下していること、想定する先代経営者に内密に準備を進めるために、あえて会社規程ではなく社内資料にとどめておくなどの理由があるようです。

ただし、事前準備を行うに当たっては、想定する先代経営者本人には内密にしても、その配偶者をはじめ主な親族と綿密に意思疎通を図っておくことが重要です。連携がうまくいかず、親族にとって不本意な「お別れ」になってしまうと、思わぬ禍根を残すことになりかねません。

1)「お別れ」の方法(式典の形式、宗旨、会場)

前述の合同葬、お別れの会、社葬など、どの形式で式典を行うのかを決めるのは最優先事項といえます。少なくとも、「お別れ」の式典は1回だけ(合同葬)なのか、親族による「密葬」と会社が行う式典の2回行うのかは、事前に決めておきましょう。依頼する葬儀業者が決まっていれば、なおスムーズに進みます。

合同葬の場合は、開催までが1週間以内と短時間になりますので、故人(親族)の宗旨を把握しておき、開催する会場(候補)も選定しておくとよいでしょう。

「お別れ」の方法が決まれば、ある程度の予算規模も把握できるでしょう。

2)緊急連絡網

訃報を親族から受ける社内の担当者や、訃報を知らせる役員・社員の緊急連絡網を作成します。

創業家でない経営者に引き継いだりして、故人の親族が在籍していない会社の場合、親族から訃報をいち早く会社に伝えてもらえるための、関係性の構築も不可欠です。

緊急連絡網の作成には、「連絡する人を決める」だけでなく、「連絡網に載っていない人には連絡をしない」という側面もあります。後述しますが、特に「お別れ」の式典を2回行うことにした場合は、情報漏洩した場合のリスクが大きくなります。

3)参列者の人選と通知方法

これは「お別れ」の式典を2回行う場合になりますが、親族が行う「密葬」に、会社関係者の誰を招くのか(誰を招かないのか)を明確に決めておきましょう。

合同葬の1回のみを開催する場合は、関係者全員を一度に招くことになります。会場(候補)を選定しておくためにも、どの程度の参列者を招くか(参列者が集まりそうか)を想定しておく必要があります。

通知状(案内状)を送付する参列者については、連絡先を含めてリストアップしておきます。異動や役職の変更、退職などもありますので、なるべく定期的にアップデートするとよいでしょう。

4 こんな「お別れ」はダメだ! 式典でのトラブル事例

1)「密葬」で参列者をコントロールできず親族の不信を招く

会場が寺院や葬儀場などに限定される「密葬」では、想定外に参列者が多く集まり、会場が密になってしまうことが最も危惧されます。「密葬」と「お別れの会」などの2回の式典を行う場合は、誰をどの式典に来てもらうのか、明確にしておくことが大事です。

今でも「参列者の多さが故人に対する生前の評価」「参列させる社員の数が、故人や開催する会社への誠意」と考える人はいます。故人が懇意にしていた経営者仲間だけを密葬に招いたつもりが、その経営者が“気を利かせ”て、社員を多数連れて参列するようなケースもあるようです。

こうなると、会場が密になる他、「密葬」の時間が長引いたり、駐車スペースが足りなくなったりと、進行に支障を来すことがあります。また、故人の親しかった人だけを集めたかった親族が想定外の参列者に戸惑い、会社側に不信感を持つことにもつながりかねません。

「密葬」に招待する際は、「○○様だけにお越しいただきたい」「他の方には知らせないでほしい」旨を明確に伝えるようにしましょう。

2)情報漏洩で会社の評価に傷がつく

「密葬」でのトラブルが発生する原因には、正式に案内した他の参列者が情報を流すだけでなく、自社の社員が漏らしていることもあります。訃報があった翌日に、社内の朝礼で話をすると、直後に社員がそれぞれ担当する取引先に連絡を入れてしまうケースがあります。こうなると、取引先から、「あの会社は大事な式典もきちんと取り仕切れない」というレッテルを貼られてしまう可能性も否めません。

情報統制を完璧にするためには、訃報が入った際の緊急連絡網の対象者に、情報管理を徹底することを伝えておきましょう。

5 引退して久しい先代の「お別れ」にも事業承継の意義がある

開催する現経営者にとって、先代経営者の「お別れ」の式典は、「もう先代から引き継ぐことは何もないので、事業承継という面での意義はない」と思いがちですが、実際に「お別れ」をしてみると、事業承継に役立つケースもあるようです。

最後に、引退して会社から離れた生活を長期間していた先代経営者の「お別れ」の式典を行った現経営者たちの思いについて、葬儀業者からヒアリングしたエピソードをご紹介します。

  • 先代経営者とともに会社の発展に尽くしたOBが、「お別れの言葉」で述べた往時の苦労話を聞いた現経営者が、「あんなことがあったなんて、初めて聞きました」と涙を流した。
  • 展示スペースに、創業期の掘っ立て小屋の社屋や、ねじり鉢巻きをしてリヤカーを引いている故人の写真などを掲載した。それを目にした若手社員が、自社のルーツを知って感動。幹部社員は、「創業期のことは入社時に話をしたつもりでしたが、このような形で目にすることで、若手社員にも伝えることができてよかった」と話した。
  • 2代目の現経営者は、故人となった先代経営者(父親)とは経営方針について意見が対立することもあったが、参列者から若い頃の故人の苦労話を数多く聞き、「改めておやじに感謝し、お礼をしました」と話した。
  • 現経営者が、「長く付き合いのある取引先から、先代経営者との間で取引が始まったきっかけを聞くことができた」と喜んだ。
  • 現経営者が、「おやじ(先代経営者)が持っていたDNAを、改めて今の社員に強く伝える良い機会を設けられた」と感謝した。

以上(2022年10月)
(取材協力 公益社)

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女性社員が活躍できる福利厚生!~女性の活躍推進は中小企業が飛躍するチャンス!!

書いてあること

  • 主な読者:女性社員の活躍推進に本格的に取り組もうと考えている経営者
  • 課題:重要性は感じているが、具体的に何から始めてよいのか分からない
  • 解決策:福利厚生に対するニーズを探り、法定基準に“ちょい足し”してみる

1 中小企業で活躍する女性社員は多い!

働き方改革やSDGsなどを背景に、「女性の活躍推進」が一つのテーマになっています。中小企業の経営者の本音は、

必要性は感じるが、何をしたらよいのか分からない

といったものかもしれませんが、実は中小企業では既に女性活躍が進んでいます。社員数が限られた中小企業では女性社員の割合が高くなり、役員や管理職として活躍している人も多いです。課長相当職で見ると、

  • 5000人以上の企業:7.5%
  • 10~29人の企業:18.2%

といったように、企業規模で大きな違いがあります(厚生労働省「令和3年度雇用均等基本調査」)。中小企業では女性社員は貴重な戦力となっていて、経営者が意識せずとも、女性社員をサポートする制度や文化があるということでしょう。

そして、今は働き方改革やSDGsの波に乗り、この取り組みを進める好機です。そうすれば、

  • 貴重な戦力である女性社員が、結婚や出産などのライフイベントで離職せずに済む
  • 働き方改革やSDGsに積極的な企業としてアピールできる
  • 女性が働きやすい企業として認知されれば、新規の女性採用も進む(人材不足の解消)

といった効果が期待できるでしょう。もう一つ、この分野では中小企業の強みが発揮できます。女性の活躍推進の第一歩は福利厚生などの制度整備ですが、

フットワークが軽い中小企業では、経営者が「よし、やろう!」と指示すればスピーディーに実現できる

のです。

いかがですか。中小企業が女性の活躍推進に取り組むメリットは大きいことをご理解いただけたと思います。それでは、具体的な制度のアイデアなどを紹介していきます。

2 女性社員が喜ぶ福利厚生とは?

早速ですが、皆さんは女性社員がどのような福利厚生を求めていると思いますか? 労働政策研究・研修機構「企業における福利厚生施策の実態に関する調査(2020年7月31日)」によると、10%以上の女性社員が「必要性が高い」と回答したのは次の制度・施策です。

(図表1)【「必要性が高い」と思う福利厚生】

(単位:%)

必要性が高いと思う制度・施策(複数回答) 女性 (A) 男性 (B) ギャップ (A-B)
人間ドック受診の補助 23.1 20.3 2.8
慶弔休暇制度 21.4 18.3 3.1
病気休暇制度(有給休暇以外) 20.3 16.3 4.0
病気休職制度 20.0 16.8 3.2
家賃補助や住宅手当の支給 18.6 19.1 -0.5
リフレッシュ休暇制度 17.9 13.8 4.1
治療と仕事の両立支援策 17.4 11.6 5.8
有給休暇の日数の上乗せ(GW、夏期特別休暇など) 17.4 12.5 4.9
法定を上回る育児休業・短時間制度 16.2 8.9 7.3
慶弔見舞金制度 15.5 13.3 2.2
短時間勤務制度 14.3 7.4 6.9
法定を上回る介護休業制度 12.4 7.9 4.5
食事手当 12.4 10.9 1.5
永年勤続表彰 11.8 10.5 1.3
財形貯蓄制度 11.7 11.2 0.5

(出所:労働政策研究・研修機構「企業における福利厚生施策の実態に関する調査(2020年7月31日)」)

この調査によると、

  • 女性のニーズが最も高いのは「人間ドック受診の補助」で、23.1%が支持
  • 男女のギャップが最も大きいのは「法定を上回る育児休業・短時間制度」で、7.3ポイントの差

という結果が出ています。社員の環境(業種・社風・年齢・家族構成など)はもちろん、調査によっても結果は異なってくるでしょうが、男女ともに「健康」に対する関心が高いといえます。

また、詳細はこれから紹介していきますが、

法定基準に“ちょい足し”することや、制度の名称をユニークなものに変えること

で、オリジナリティーがあり、利用されやすい制度を実現できます。例えば、法定の育児休業の期間は「原則として、子が1歳(最長2歳)になるまで」ですが、ここに1年追加して「子が3歳になるまで」にしたりします。また、理由が趣味だと年次有給休暇(以下「年休」)を取得しにくいと考える社員がいる場合は、「推し活休暇」などの特別休暇を設けることで、取得のハードルを下げることができます。

法定の基準に“ちょい足し”した制度の例を6章にまとめているので、参考にしてください。

3 整備したい! 女性が活躍しやすくなる福利厚生5選

1)「時間のやりくり」がしやすい制度

妊娠・出産、育児については、産前・産後休業や育児休業が整備されています。しかし実際は、その後も保育園への送り迎えや子供が病気の際の通院など、就業時間中にちょっとした時間が必要です。このような場合に利用したいのが、

時間単位で付与できる年休

です。年休は原則として1日単位で付与しますが、社員の過半数代表(労働組合がない場合を想定しています)と書面で協定(労使協定)を結ぶことで、付与日数のうち5日までは1時間単位で付与できます。年休の管理は少し複雑になりますが、この制度があると、女性社員は親が出なくてはいけない保護者会やPTA活動などの突発的な用事に対応しやすくなります。

また、時短勤務制度も女性社員にとってうれしい制度です。法定では、3歳未満の子を養育する社員、要介護状態の家族を介護する社員が対象となりますが、この期間を延ばしたり、週の労働日を減らしたりすることが考えられます。保育園の送り迎えなどの定期的な用事に対応したい場合、時短勤務制度はとても便利です。

そして、これらの制度とリモートワークが同時に適用されると、かなり働き方が自由になりますので、検討したいところです。

2)「健康管理を支援」する制度

前述の調査でもあったように、「健康」は社員の関心が高い分野です。例えば、企業には年1回の定期健康診断の実施が義務付けられていますが、法律で決められた法定項目以外に「がん検診」などの受診項目も付け加えると、手厚い健康支援になります。ただし、法定項目以外の検診を行う場合は社員の同意が必要なので注意してください。

また、女性社員については、

生理痛、不妊治療、更年期障害などに配慮した制度

があると喜ばれます。個人差は大きいですが、20~60代まで多くの女性がこうした自身の体調の変化を感じながら仕事と両立をしています。不妊治療の支援については、一定の要件を満たすことで「両立支援等助成金(不妊治療両立支援コース)」の対象になるので、確認してみてください。

■厚生労働省「不妊治療と仕事との両立のために」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_14408.html

3)「家計をダイレクトにサポート」する制度

家計を預かることが多い女性社員にとって、家計をダイレクトにサポートしてくれる制度はうれしいものです。一般的な制度には、

家賃補助や住宅手当の支給

などがあります。資産形成という意味では、財形貯蓄や退職金(退職一時金、退職年金)もその一環となります。

また、少し視点が変わりますが、万一の備えとして生命保険に加入している社員は多く、一定の保険料を支払っています。この点、いわゆる「団体保険」の契約ができれば保険料は安くなるので、社員にとっては好ましいでしょう。ただ、団体保険の契約ができるのは一定規模以上の企業に限られるのが通常です。条件に該当しない場合は、社員を被保険者として、企業が保険料を負担するような制度を検討してみるのもよいかもしれません。

4)「居心地の良さに配慮」した設備

更衣室やトイレなどについて配慮するのも効果的です。更衣室が1つしかなくて皆が交代で使っていたり、トイレが男女共用だったりして、しかもそれが企業の中で当たり前となっている場合、本当は不満があっても口に出せない社員がいるかもしれません。逆にそこを企業がおもんばかって改善すれば、社員は喜んでくれるでしょう。

5)「プライベートも支援」する制度

女性社員の悩みは仕事のことだけにとどまりません。中には実家から離れた場所で暮らすことがあり、そうしたときに、女性社員の悩みを聞いてくれたり、家事をサポートしてくれたりする存在は心強いものでしょう。

例えば、株式会社ぴんぴんころりでは、「東京かあさん」の名称で、実家から離れて暮らす女性などをサポートするサービスを提供しています。単なる家事代行にとどまらず、「第2のお母さん」として、さまざまな相談に乗ってくれます。

■株式会社ぴんぴんころり■
https://kasan.tokyo/corp/

4 実際に聞いてみた、知っておきたい「女性社員の本音」

1)男性上司に申し出にくい……

女性特有の体調不良や不妊治療といったセンシティブなことは、そもそも他人には話しにくいものです。その相手が男性上司だとなおさらです。男性上司の立場からしても、申し出があった際に深く事情を聞いたり、体調面などについて踏み込んだりするのは気が引けます。

このようなときは、具体的な症状で休暇を申請するのではなく、「自分いたわり休暇」というような名称にして、詳細を伝えず申請できるようにすると取得しやすくなります。また、そうした休暇申請などを受け付ける部署に、女性社員を配置するのもよいでしょう。

2)制度はあるのに、職場の理解が追い付いていない……

女性社員が働きやすいようにと整備した制度が、逆に女性社員に肩身の狭い思いをさせてしてしまうことがあるようです。具体的には、

  • 産前・産後休業と育児休業を取得した後に時短勤務で復帰したが、そういう働き方をしているのが自分だけなので、何だか周りに申し訳ない
  • 自分が帰宅した後の会議で決まった内容をベースに仕事が進んでいて、疎外感を覚える

という意見がありました。

このように、女性社員の意思に反して仕事が制限されて、キャリアコースが変わってしまうことを「マミートラック」といいます。職場が女性社員に過剰に配慮したり、時間に制約があるという理由だけで能力に見合わない仕事を依頼されたり、昇進の機会をもらえなかったりすると、女性社員は働く意欲がなくなってしまいます。

女性社員は、制度を整備してくれる企業に期待しているだけに、マミートラックに陥ったときのショックは大きなものです。性別に限らず誰もがいつか制約を持って働く可能性があるということを、職場全体で理解していく必要があるでしょう。

3)一部の女性社員が優遇されて、そのしわ寄せを受けるのはおかしい!

一部の条件に該当する女性社員だけが利用できる制度の場合、利用できない社員からの不平不満が出やすいという本音もありました。例えば、

  • 時短勤務で帰った女性社員の業務を、自分が残業して代わりにやらなければならないのが不満だ
  • 結婚や出産をしていない自分は制度が利用できない。条件に該当する女性社員ばかりが優遇されているようで嫌だ
  • 自分たちの時代にこんな制度はなかったのに、今の人たちは恵まれている

といった声です。こうした不満を理解に変えていくためには、経営者が制度を導入する理由や背景を説明し、丁寧に対応していく必要があるでしょう。

5 制度を導入するステップ?就業規則の変更も忘れずに

1)制度の導入理由を明確にし、女性社員の声を聴く

「なぜ、その制度を導入するのか」「導入した結果、女性社員はもちろん、企業全体にどのようなメリットがあるのか?」を明確にしましょう。

女性社員の働きやすさを目的とした制度は、人材確保の観点からも有効です。制度があることで働き続ける女性社員が増えれば離職防止になりますし、そうしたことをアピールすれば人材採用にもつながります。

社内に周知する際は、

  • 定着率○○%を達成する
  • 利用率○○%を達成する

など、目標をできるだけ数値化すると伝わりやすいです。またその際は、女性社員の声を聴きましょう。そうすることでニーズをより具体的に知ることができますし、現状に不満を感じている社員のフォローにもつながります。

2)経営者が強いメッセージを伝える

女性の活躍推進に限ったことではなく、社員は自分にとって特段の不利益とならない内容であれば、割と聞き流してしまう傾向にあります。しかし、その状態で新しい制度を導入すると、その理由が理解されないまま運用が開始され、前述したような問題が起こりかねません。

そうならないためにも、制度を導入する理由はもちろん、

企業としてどのように成長していきたいのか

などを、経営者自身が自らの言葉で伝えることが大切です。この記事では「女性の活躍推進」ということで女性社員にフォーカスしてきましたが、今は男性社員の育児休業取得など、性別に関係なく両立支援を実現する時代です。経営者のメッセージによって、現場レベルでも相手に制度の利用を促すような風土を醸成していけたら理想的です。

3)就業規則を変更する

常時10人以上の社員を雇用している企業は、労働基準法に基づいて就業規則を定める義務があります。就業規則は職場のルールブックであり、賃金や休暇など、法律で決められた項目については必ず記載しなければなりません。

新たに女性の活躍推進のための制度を導入する場合、就業規則の変更が必要になるケースが多いでしょう。一度、就業規則を確認し、必要に応じて社会保険労務士に相談しながら変更の手続きをしてください。

基本的な流れは、次の通りです。

  • 変更について社員の過半数代表の意見を聞く(労働組合がない場合を想定しています)
  • 就業規則を変更して、所轄の労働基準監督署に届け出る
  • 変更した就業規則を社員に周知徹底する

6 法定基準に“ちょい足し”してオリジナルの福利厚生を作る!

最後に産前・産後休業や育児休業やなど法令で定められている制度に“ちょい足し”して、オリジナルの制度を作る例を紹介します。

(図表2)【女性社員が活躍しやすい制度の一覧】

内容 法令のルール ”ちょい足し”の例
休暇・休業
(注1)
産前・産後休業
(注2)
・妊娠・出産のために休む社員
・産前42日(多胎妊娠の場合は98日)、産後56日まで休める
・産前56日、産後70日まで休める
育児休業 ・出生した子を養育する社員
・原則子の1歳(最長2歳)到達日まで休める(2022年10月以降、2回まで分割可)
・子の3歳到達日まで休める
介護休業 ・家族(一定の要介護状態、以下同じ)を介護する社員
・通算93日まで休める(3回まで分割可)
・通算1年間休める(6回まで分割可)
子の看護休暇 ・小学校就学前の子を看護する社員
・1年度1人当たり5日まで、2人以上は10日まで休める
・子が12歳になる年度の末日まで休める
介護休暇 ・家族を介護する社員
・1年度1人当たり5日まで、2人以上は10日まで休める
・1年度1人当たり6日まで、2人以上は12日まで休める(1分単位で取得可)
生理休暇 ・生理で就業が困難な社員
・就業可能になるまで休める
・半日単位で休める
・本来無給でもよいところ、取得日数のうち1日は有給とする
特別休暇(注3) ・育児目的休暇:配偶者出産への立ち会いや、子の行事参加などのために休める ・ワーク・ライフ・バランス休暇:年3日、家族とのふれあいや余暇などのために休める
労働時間
(注1)
育児時間 ・就業時間中に授乳などを行う必要がある社員
・休憩時間とは別に、1日30分以上×2回まで授乳などのための時間を確保できる
・育児時間の取得回数を1日3回までとする
所定外労働の制限 ・3歳未満の子を養育する社員、家族を介護する社員
・所定外労働を免除する
・子が小学校を卒業するまで所定外労働を免除する
時間外労働の制限 ・小学校就学前の子を養育する社員、家族を介護する社員
・1カ月24時間、1年150時間を超える時間外労働を免除する
・子が小学校を卒業するまで時間外労働を免除する
深夜業の制限 ・小学校就学前の子を養育する社員、家族を介護する社員
・深夜労働を免除する
・子の年齢に関係なく深夜労働を免除する
所定労働時間の短縮措置等 ・3歳未満の子を養育する社員、家族を介護する社員
・所定労働時間の短縮(原則1日6時間以内)、時差出勤、フレックスタイム制などの措置を実施する
・所定労働時間を1日6時間とし、週4日勤務とする
・午前のみの勤務または午後のみの勤務とする
社内設備 休憩室・休憩所の設置(食事、睡眠時など) ・全ての企業(有害業務のある企業は設置が義務、それ以外の企業は努力義務)
・休憩のための設備を設ける(設置数の定めや男女別の設置義務はなし)
・女性専用の休憩室(カプセルベッド付き)を設置する
休養室・休養所の設置(体調不良時) ・社員数50人以上または女性社員数30人以上の企業
・横になって休むことのできる休養室・休養所を男女別に設置する
・女性専用の休養室を設置する
女性用トイレの整備 ・女性を雇用する企業
・女性20人以内ごとに1個以上女性用トイレを設置する(社員数10人以下の場合は、独立個室型トイレに限り男女共用でも可)
・男女共用トイレをやめる
更衣室やシャワー設備の設置 ・被服が汚れる業務などを行う社員がいる企業
・更衣室やシャワー設備を設置する。安全とプライバシーに配慮する(設置数の定めや男女別の設置義務はなし)
・女性専用の更衣室を設置する

(出所:日本情報マート作成)

(注1)「休暇・休業」「労働時間」の各制度(法定)は、原則として要件を満たす社員が請求した場合に利用できます。なお、休暇・休業中の賃金を有給とするか無給とするかについては、企業が決められます
(注2)「産前・産後休業」のうち産後56日については、社員が働くことを希望しても休ませなければなりません(医師が認めた場合のみ、産後43日以降であれば就業可)
(注3)「特別休暇」は企業が独自に定める法定外の休暇ですが、一部助成金の受給に関係するものがあります。ここでは便宜上、「両立支援等助成金」の対象となる「育児目的休暇」を「法令のルール」の欄に記載しています。

以上(2022年9月)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)

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第36回 スタートアップの失敗しない・オーナー経営者の同志を増やせるストック・オプション戦略/イノベーションフォレスト(イノベーションの森)

ストックオプションの発行は、経営者と幹部の目標を一致させ、結束を固めるのに大きな効果を発揮します。ですがその一方で、大盤振る舞い(発行規模を間違えて付与)しすぎて、後になって「こんなはずではなかった!」と後悔するスタートアップも後を絶ちません。ストックオプションのメリットを知るとともに、事前に、何をしてはいけないのか、どこに気を付けておけばいいのか、知っておきましょう。

今回は、M&Aやストックオプションを始めとする企業の戦略的資本政策に関するコンサルティング業務を行っている株式会社プルータス・コンサルティングの専務取締役の岡田広さんにお話をお伺いしました。ストックオプション(以下「SO」)を発行するメリットと、SO発行で失敗しないための注意点などをお聞きしています。

1 ストックオプションのメリットと、スタートアップが失敗するパターン

1)SOを上手に活用すれば会社の成長を促す効果が得られる

後ほど詳しくご説明しますが、ストックオプション(以下「SO」)は、普通株や社債と同じ有価証券の1種である新株予約権を、役職員に報酬として付与するものを指します。厳密には無償で付与するものだけを指しますが、時価を払って付与するようなものや、役職員以外に渡すものも、広義のSOといえるでしょう。SOを付与された人は一定条件の下、付与当時の時価である権利行使価格にて権利行使することで新株を取得できます。ですから、株主と同じように、株価が値上がりするともうかります。このため、SOを付与された人は会社の業績を「自分ごと」と捉えやすく、企業価値を高めるためのインセンティブになります。広義のSOのメリットは、次のようなものがあります。

  • オーナー経営者と目標を同じくする仲間を増やすことができる
  • 会社を成長させるという目標に対する社員のモチベーションが高まり、社内が団結する
  • 会社の成長に貢献した社員に経済面で報いることができる
  • 現金を使わずに優秀な人材を集めるための手段として活用できる
  • 業績条件等を設定することで自社の企業価値を高めることに貢献できた相手だけを株主とすることが可能となり、資本業務提携の手段としても活用できる

2)スタートアップのSO発行でありがちな失敗

ただ、正直に申し上げますと、私はアーリーステージでSOはあまり積極的には使わないほうがいいのではないかと思っています。また、先々のビジョンがないままの状況では、錬金術のように誤解されることになってしまう可能性もあり、あらためて積極的には発行するべきではないと考えております。

創業間もなくSOを発行した会社のよくある悪いパターンの画像です

IPOをした会社にありがちな話として、権利行使価格の低いSOの付与を受けたものの会社の成長に貢献できなかった役職員ほど、上場して株価が急上昇したときに、付与されていたSOを権利行使しメリットを享受してから会社を去るというケースがあります。残された役職員の中には、とても頑張って会社の価値向上に貢献したにもかかわらず、SOを発行できる枠がなくなってしまっているため付与を受けられない、あるいは権利行使価格の高いインセンティブ効果の低いSO付与のみといった人が出てきます。こうなると、上場後の社内の雰囲気が悪くなるといったことが起きてしまいます。

本来、上場はゴールではなく第二創業のような位置付けでもあるべきですから、改めて社内で「もう一度上を目指して頑張ろう」と、一丸となるべきときです。ところが、SOによって「富の不公平な分配」が行われたせいで、社内のモチベーションがマイナスの状態になってしまうことが発生します。私は、上場後の経営者の方が、「こんなつもりじゃなかった。うまくいかなかった」と涙を流す場面も目にしたことがあります。

SOの発行によって「こんなはずではなかった!」とならないためには、何よりもSOの本質や、広義のSOのタイプごとの特徴を知ることが大事です。

2 SOってどんなもの? どんな意味があるの?

それでは本格的に、SOとは何かについてご説明します。SOについては、株主の方や事業会社の方にとっては分かりにくく、誤解されている部分もあります。

 改めてSOを含む資本政策とは何かということを考えると、ほとんどの人は、「議決権コントロール」という点ばかりに目が行きがちです。ですが、単に増資をするのと違って、SOという複雑なスキームを使う理由は、最初にご説明したSOならではのメリットがあるからです。

 そして、まず理解したほうがいいと思うのは、SOは決して錬金術ではないということです。

1)SOは株価が上がった場合に、株主以外ももうかる仕組み

SOは、普通株や社債と同じ有価証券の1つである新株予約権のうち、報酬として無償で渡すものを指します。

SOがない場合、株価が値上がりしたときにもうかるのは、株式を保有している株主だけです。ですが、SOを発行すると、株主以外も経済的なメリットを享受することができ、もうかることになります。

ストック・オプションの経済効果の画像です

上の図表のように、①の発行時には、その時点の株式の時価が100円だとすると、同額の100円を権利行使価格としてSOを発行します。SOを受け取った人は、後になって株式の時価が200円に上がったとしても、権利行使価格である100円で株式を買うことができます。つまり、株価が上昇した100円分だけもうかるわけです。

2)「富の公平な分配」としてのSO

SOには、見方によって2つの意味があります。1つは、「富の公平な分配」という側面です。さまざまなリスクを取って会社に関わった人たちが、会社が成功したときに、そのリスクの度合いに応じて富が分配されるようにする手段、という観点です。

人生を懸けて会社を立ち上げ、心血を注いでいる経営者の方は、会社が成長した暁には、当然もらうべき対価を得て財産形成をします。また、投資家も、リスクマネーとして投資した対価として、リスクに見合ったリターンを受け取ります。それが富の公平な分配です。

SOも富の分配の手段になるわけですから、絶対に安易に配ってはいけないと考えます。

株価を上げる、つまり企業価値を高めるためには、株主だけでなく、その会社の役職員にも重要な役割があります。SOを発行して役職員に付与することによって、役職員も投資家と同じ目線になって企業価値向上のために努力する。そして、SOを権利行使することで、その成果を得られれば、皆がハッピーになるわけです。つまり、

役職員にも株価の上昇にコミットしてもらう、これが本来のSOのあるべき考え方です。

3)SOの経済効果は株主からの富のおすそわけ

その一方で、SOは、将来、株主が受け取るべき富の一部のおすそわけ(希薄化)です。

例えば、今1円で設立したある会社が将来100億円の企業価値に成長したとします。株式の発行による資金調達がなければ当該会社の100%株主であるオーナー経営者が100億円の富を全て受け取る形になります。ですが、約10%分のSOを発行し役職員に付与しているとすると、役職員が約10億円分を得ることになり、オーナー経営者は約90億円の財産形成となります。言い換えれば、SOを付与することによって、株主が身銭を切って役職員に「おすそ分け」して富を移転しているわけです。これがSOの経済効果です。

特にベンチャー企業は、当初は「ヒト・モノ・カネ」の、ヒトもカネもありません。ですから、株主が将来の株価の上昇時に得る「カネ」の一部を使ってヒトを採用し、会社を成長させていくための手段として活用するわけです。

SOは株主が受け取る富をおすそわけするものですから、発行規模に上限があるのは当たり前となります。SOの本質を理解されれば、発行済株式数の30%も50%も発行するのは、おかしいことがお分かりになると思います。

4)SOイコール株式の希薄化という誤解

SOに関する誤解なのですが、「SOイコール株式の希薄化」という先入観から、SOに対して悪いイメージを持たれている方がいます。既存株主にとって、SOを発行すると発行株式数が増えて、1株当たりの価値が低下(株式の希薄化、ダイリューション)してしまうという懸念があるからです。

確かにSOが権利行使されれば発行株式数が増えますが、権利行使に際して権利行使価格の払い込みがあるため、導入時の時価である株価=権利行使価格を下回る環境下では希薄化は発生しません。希薄化が発生するのは株価が100円を上回ったときだけです。
具体的には、権利行使価格は100円ですから、株価が100円を下回っていた場合、権利行使をすると損をしてしまいます。ですから普通に考えれば、株価が100円を下回っている場合は権利行使されず、希薄化も生じません。

SOを発行すると常に希薄化するという悪いイメージを持たれている方がすごく多いのですが、実際に希薄化するのは、株価の上昇分だけです。

極端な例ですが、100億円の企業価値のある会社が20%分のSOを発行して、権利行使時の企業価値が例えば110億円だったとすると、これはまさに懸念すべき希薄化であり、株主にとってメリットがないということになります。しかしながら、この会社が、1000億円の企業価値を目指すために20%分のSOを発行する場合、会社のプラン通りに企業価値が高まれば、株主も希薄化はするもののそれ以上にもうかることになります。

ですから、SOの是非は、希薄化と、発行することに伴うプラスアルファの部分=企業価値の将来性を比較して議論されるべきものなのです。

3 SOで「こんなはずでは!」とならないための注意点

1)慌てて発行する必要はない

SOは、創業間もないころから慌てて発行する必要はありません。大雑把な目安ですが、種類株ベースで企業価値が10億円から50億円、資金調達を数億円から10億円程度実施した段階でいいのではと考えています。

理想としては、投資家から認められ、期待されて、おカネをしっかり調達できるようになり、企業価値の将来性、エクイティストーリーが描ける状態になったころで発行することで、そのころには、付与される側もSOの重みが伝わりやすくなっていると思います。

乱暴な言い方になりますが、1兆円の企業価値を目指している会社であれば、時価総額が1000億円になってからSOを発行しても、十分SOのメリットを受け取ることが可能です。逆に言えば、10億円でエグジットすることを目指している会社がSOを発行しても、わずかしかメリットはありませんので、効果は薄いでしょう。

2)見通しなき大盤振る舞いは避ける

よくある話なのですが、私どものところに資本政策表を持って相談に来られたときには、「もう発行枠がないですよね」としかお答えできないことがあります。

役職員にSOをどれくらい付与すればいいかということに正解はないのですが、私がお伝えしたいのは、まずは発行株式の「何%」という規模での会話は避けてくださいということです。最終的には検討の結果、何株分のSO=何%分ということになるのですが、企業価値が1000億円まで成長した会社の1%は10億円になります。当初は「たった1%」だと思っていても、10億円になることもあるということを意識しておく必要があります。

SOを付与される側も、特に若い役職員は、1%の重みが分かっていないことが多いですし、どのように企業価値の向上に貢献できるのか分からないまま受け取ってしまうことも少なくありません。SOを付与するときには、今のことだけを考えず、将来の業績や採用計画も見据えておくべきでしょう。

VCなどから見ると、SOの発行枠は、一般的には発行済み株式の10%程度が上限とされています。その上限があるSOの発行枠の中で、例えば、1人当たり1.5%を3人に付与するだけで4.5%になってしまいます。その後にいろいろなCxO(チーフオフィサー)が必要となった場合に、発行できなくなりかねません。

もし、「何も分からないけれども、どうしてもSOを付与したい」ということであれば、1回の発行規模を合計で1%程度もしくはそれ以下に抑えるべきです。5人に付与するのであれば、1人0.2%程度になります。合計で1%であれば、将来ファイナンスをしない場合でも全部で10回発行することができますし、不測の事態にも対応できると思います。

付与する対象者の裾野を広げることも避けるべきです。SOは企業価値向上のインセンティブとすべきものですので、あくまで企業価値の向上にコミットさせられる人に限って付与すべきです。

3)SOを受け取る側もその重みを理解しなければ意味がない

会社の役職員の方にも、SOの本質が伝わっていない場合がほとんどです。会社の役職員の方にとって、SOは「上場するともうかるもの」といった、宝くじのように感じる方が多いようです。

SOを発行した会社によくあるのですが、発行した後2、3週間、受け取った人たちが盛り上がります。ところが、3週間から1カ月過ぎると、何事もなかったかのようになります。

先ほどもご説明したように、SOは株主が身銭を切って役職員に「富をおすそ分け」する、とても貴重なものです。本来、オーナー経営者はその貴重さを役職員に伝えるべきですが、オーナー経営者自身が伝えると、恩着せがましくなる部分もあります。こうした話は、外部の人の力で説明や啓蒙をしてもらったほうがいいかもしれません。

4)権利行使価格と未来予想図を伝えて目標を一致させる

オーナー経営者の方は、SOを付与する役職員に対して、絶対に権利行使価格および将来の株価についての話をするべきです。権利行使価格はそのときの時価ですから、「現時点の会社は投資家からこのように評価されている」と社内に説明するための、良い機会になります。

そして、オーナー経営者の方はさらに、SOを付与する役職員に対して、会社の未来予想図を語りかけてほしいのです。役職員が、オーナー経営者以上に会社のビジョンを持つことはありません。将来の予想図を描くのは難しいものですが、企業価値をどれだけ高める、という目指す水準を示すことで、役職員も未来予想図をイメージできるようになります。私の感覚では、相当数のSOを出す会社で、未来予想図を語ることなくSOを付与してしまっています。

未来予想図を語るとき、あまりおカネの話ばかりではよくないのですが、「もし企業価値が1000億円になったら、あなたに渡した3株分のSOはいくらになります」ということを伝えると、役職員の意識改革になるはずです。最も理想的なのは、SOを付与された役職員のほうから、「社長、今のままだと1000億円の企業価値にはならないですよ」と言ってもらうようになることだと思っています。

そうなれば、オーナー経営者は改めて「今の自分の力だけでは1000億円は達成しない。力を貸してほしい」ということになりますし、「SOを渡したのは、共に1000億円を目指すための重要な人材だと思っているからだ」という熱い想いを語る機会もできます。

SOはオーナー経営者が仲間をつくるためのものです。会社の価値向上を自分ごととして捉え、目標に向かって一丸となるための起爆剤とするのが、SOの本質だと思います。

4 目的に応じて多様なタイプのSOを使い分けよう

それでは、実際にSOの活用方法についてご説明します。ここからは、少し専門的な話になります。

実は、SOは錬金術でないことと同時に、万能ではない、ということも言えます。そこで、広義のSOの中には、それぞれのSOのデメリットを補うような、さまざまなタイプの株式インセンティブ・プランがあることを知っておいてください。

同じ会社であっても、その時々の局面によって、SOの使い方や目的、インセンティブを付与する対象も変わってきます。それぞれの局面に見合ったインセンティブ・プランを使い分け、組み合わせをしながら活用するとよいでしょう。

インセンティブ・プランの画像です

ちなみに、有償SOはプルータス・コンサルティングが約16~17年前に、信託型SOはプルータス・コンサルティングと松田良成弁護士(現コタエル信託株式会社社長)とで10年弱前に開発したものです。有償SOは上場企業だけで1000社以上、信託型SOも未上場会社を含め400社以上の導入実績があります。

1)ベンチャーは値上がり型を発行すべき

まずは図表の、左から3番目の「属性」という項目にご注目ください。これは、SOなどの付与対象者が、どのような株価の動きによってインセンティブ効果を得られるのかを示しています。SOの基本は、値上がり型です。つまり、SOを発行したときの時価が権利行使価格になりますから、発行時から権利行使時までに上昇した株価の分だけ財産が形成されることになります。これは投資家に対しても説得力があります。

一方で、上場会社の中には、株式報酬型SO(1円SO)や譲渡制限付株式を発行する企業もあります。これらの場合、付与対象者は株価が下落しても財産形成ができます。成長を前提としているベンチャーは、企業価値が横ばい状態に甘んじていても財産形成ができてしまうフルバリュー型は用いるべきではないといえるでしょう。上場会社であっても、例えば時価総額1000億円を目指している現状の時価総額100億円の企業は、フルバリュー型を使うのは効率的ではありません。

これは、投資家への説得力という点だけでなく、特に税務の点での実利面でも理由があります。値上がり型のSOは、譲渡所得課税の約20%のみが適用されますが、フルバリュー型は給与所得課税の適用対象となりますので、最大で約50%の税務負担となります。ベンチャーがフルバリュー型を使った場合、企業価値がせっかく10倍になっても、付与対象者が得られる分のうち半分を税金として差し引かれることになりかねません。企業価値を10倍まで上げる苦労をした割に手取りが少ないのは、違和感がありませんか。日本の会計基準では未上場企業への特例もありますので、値上がり型を用いるべきです。

2)一般的な無償SOは、上場によるエグジット以外では税制的に利用が厳しい

次に考えるべきことは、どのような形でエグジットする可能性があるかについてです。税制の理由からですが、これについては、SOの付与対象者が国内の居住者であることを前提にご説明いたします。

税制適格要件の画像です

一般的な無償SOの場合、IPO以外でエグジットすると税制適格要件が満たされず、給与所得課税の対象になる可能性が高いということを認識しておくべきです。なぜなら、税制適格要件には、SOを発行したときだけでなく、将来的に満たしておくべき条件が含まれているからです。特に、「権利行使価格により取得した株式が証券会社等に保管委託されること」と「譲渡禁止規定」です。

これに対して有償SOは、株式を時価で購入するのと同じように、新株予約権を評価機関が評価した公正価値=時価で購入するという仕組みであり、あくまでも投資の扱いとなるため、給与所得課税や贈与税の対象にはなりません。

3)幹部には有償SOがお薦め

税制適格要件を考慮する必要のない有償SOは万能のように見えますが、必ずしもそうとは言い切れません。付与対象者を誰にするかによって判断すべきです。

まず、幹部だけを付与対象者にするのであれば、有償SOがお薦めです。先ほどご説明したように、税制適格要件の譲渡禁止規定を考慮する必要がありませんので、仮に付与対象となった気心の知れた幹部がやむを得ない事情で退職しなければならなくなった場合、会社側が、退職時の企業価値に応じた価格でSOを買い取ることができます。買い取り主体は投資家でもOKであり、つまり、在籍する幹部の貢献度に見合った対価を支払うことが選択できる形にもできます。その一方で、在籍要件をしっかりと規定しておけば退職した幹部が退職後もSOを保有し続け、退職後の企業価値の上昇分まで対価を得るような事態も生じません。

4)「こんなはずではなかった!」を避けられる信託型SO

これに対して、次のような場合は、有償SOよりも信託型SOのほうがお薦めです。

ストック・オプションの画像です

信託型SOは、最終的な付与対象者である「受益者」を不特定にしたまま新株予約権を発行する仕組みです。受益者は、例えば「上場した際に、上場までに最も貢献した5人の幹部」といった条件設定が可能ですので、誰に付与するのかは、「後決め」することになります。付与する新株予約権は受託者に委託し、プールしておいてもらい、設定していた条件が整ったときに、際に設定条件に見合った人に新株予約権が付与されます。

その際、形式的には、委託者(通常はオーナー経営者)が受託者に金銭を贈与し、その際に受託者が贈与を受けた金銭の一部を法人税として納税(税率は40%未満)します。そして、受託者は残額を使って新株予約権を時価で購入する形にして、プールしておくのです。

受託者が法人課税信託として、受贈益として法人税を納税していますので、上場した際に付与対象者となった5人の幹部は、税金処理の終わった財産としてその時点では無税で新株予約権を受け取ることができます。ただし、新株予約権を権利行使して市場で売却した際の所得税は課税されます。

新株予約権を付与する人(受益者)を誰にするかは、客観性を保つために、社外取締役を中心とした委員会などを設けて決定する必要があります。

ストック・オプションのイメージ画像です

一般的な無償SOや有償SOの問題点の中で、最も大きな問題は、一度SOを付与してしまうと、会社の成長への貢献度と、権利行使によって得られる対価の額がリンクしなくなるということです。

 例えば、同時にSOを付与された対象者は、会社の成長に大きく貢献した人もそうでない人も、同じだけの対価を得ることになります。また、どんなに会社の成長に貢献した人でも、得られる対価は、企業価値(権利行使価格)がもっと低かったときにSOを付与された人の対価を下回ることになります。要するに、たまたま早く入社してSOを付与されていた人がもうかる、ということになってしまう可能性があるのです。特に、上場前と上場後に付与されるSOの権利行使価格が大きく変わることは少なくありません。

信託型SOは、最もSOの付与に際して事故が少ないスキームと言えるかもしれません。ただし、付与対象者を後決めする際の付与のルールに関するアドバイス等、コンサル会社がサポートすることになりますので、相応のコンサルフィーはかかってきます。

5 上場企業によるSOの活用事例

それでは最後に、上場企業の有償SOの活用事例を紹介いたします。ぜひご参考にしてください。

1)目標に向かって社員のモチベーションがアップ(ソフトバンク)

ソフトバンクは2010年7月と2013年5月の2回、有償SOの発行を決議しました。一般的には、無償SOの場合は、タダでもらえるので付与対象者のうちほぼ全員がSOを受け取ることになりますが、有償SOの場合は、持株会と同様に投資制度であるからこそ購入しない人も出ます。

2回の発行では、株式を取得できるための権利行使条件(ハードル条項)として、いずれも一定期間の営業利益がいくら以上になることなどの業績条件を設定しています。

例えるなら、企業価値の向上という目的地を目指す船の無料招待チケットが無償SOであり、乗船チケットが有償SOに当たります。タダでもらった宝くじが外れても無関心なのに対して、自分で購入した宝くじの当選番号はちゃんとチェックするように、人間というものは、やはり自分でおカネを払うと、本気度というか、感覚が変わります。

有償SOを発行する場合、ハードル条項の設定が重要になります。達成が容易すぎる条件では効果がありませんし、努力目標すぎて購入する人が極端に減ってしまったような事例もあります。

2)中期経営計画に連動させて投資家からの納得感も得る(大和ハウス工業)

大和ハウス工業が2013年8月に発行決議した有償SOは、投資家にも納得感の高いスキームでした。権利行使価格は発行決議時の時価に設定していますので、付与対象者も投資家と同じ目線で株価の上昇を目指すことになります。

大和ハウス工業のSO発行のポイントは、中期経営計画の発表と同時にSOの発行を公表しており、ハードル条項の1つに中期経営計画の達成を加えていることです。つまり、中期経営計画の達成に、幹部もコミットしていることを明示しているわけです。

こうしたハードル条項を加えた有償SOは、IR活動をする上でも、とても説得力のある材料になります。これは未上場企業であっても、同じ効果があると思います。

3)業績悪化の場合は責任を取る覚悟を示す(ジェイグループホールディングス)

SOには、目標を達成するとSO付与対象者ももうかる、というプラス型のものだけでなく、業績が悪化したらSO付与対象者が責任を取る、というマイナス型(リスクを伴う条件設定)のものもあります。

2014年4月にジェイグループホールディングスが発行決議した有償SOは、約10年間の権利行使期間の間に、発行決議時の株価である権利行使価格に対して、一度でも株価が40%未満となった場合に、権利を行使しなければならない「強制行使条件」を設定しました。

4)資本業務提携

この他、実例ではお示しできませんが、有償SOを社外の協力者や資本業務提携先に付与するという活用方法もお薦めです。

資本業務提携でよくある話なのですが、提携時に自社株を譲渡したものの、3年、5年しても提携が機能しないケースがあります。その場合、提携先は自社の企業価値向上に貢献していないにも関わらず、株価上昇の利益だけ取っていくことになります。

資金調達ニーズとの兼ね合いもありますが、そのような場合に業績条件付きの新株予約権(有償SO)を付与すれば、提携による結果を出さないと株主にさせなくすることが可能になります。つまり、「リセットボタン付き資本業務提携」を結ぶことができるのです。これはスタートアップにも活用していただきたいスキームだと思います。

以上

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【朝礼】割り切り上手の「睡眠巧者」になろう!

皆さん、おはようございます。昨夜はぐっすり眠れましたか? 良い睡眠は心身を健康に保ち、仕事のパフォーマンスも高めます。適正な睡眠時間は「1日6時間半から7時間」ともいわれますので、目安にしてください。

かくいう私もよく寝ます。20〜30代の頃は、仕事でもプライベートでも徹夜をすることが多かったのですが、最近は違います。体力の衰えや時代の流れもありますが、それ以上に、寝るのがうまくなったのです。

私は自分を「睡眠巧者」と呼んでいますが、実は私の周りの経営者も睡眠巧者が多いのです。彼らは皆、共通したテクニックとマインドを持っています。テクニックは寝る前に水を飲み過ぎないようにしたり、リラックスしたりすることです。寝具にこだわるのも、その1つです。

ただ、肝となるのはマインドのほうです。それは、「なるようになる。今日は寝てしまおう!」と割り切る力です。仕事を放り出しているようで無責任に感じるかもしれませんが、考えてみてください。

ここ数年、本当に徹夜しなければならなかったり、徹夜とまではいかずとも、慢性的に睡眠時間を削られるほど忙しかったりする状況に陥った人はいますか?

今どき、そんな働き方を社員に強いる会社はほとんどないはずですし、実際にそうなっているなら、協力して改善すればよいことです。

仕事が忙しいという理由で睡眠不足になっている人がいたら、それは仕事の量というよりも、気持ちの問題かもしれません。「今やらないと間に合わないかも……」とダラダラ仕事を続けたり、一人では解決できない問題に悶々(もんもん)としたりしていませんか?

そんなときは、やるべきことを列挙し、遂行に必要な時間を計算してください。残業はしなければならないかもしれませんが、睡眠時間を削るほどではないはずです。

あるいは、問題を解決するために相談したい人を決め、次の日に時間をもらうことにしてください。これだけで気持ちが楽になります。
睡眠巧者はこうした割り切りが上手で、実際に睡眠時間を確保するため、仕事のパフォーマンスも高いのです。

ワーク・ライフ・バランスという考え方は、ワーク・ライフ・ブレンドに変わりつつあります。仕事とプライベートを分けずに混ぜ合わせる力は、今後、ますます皆さんに求められていくでしょう。混ぜ合わせることは分けるよりも難しいですが、奇麗に混ぜようとせず、良い意味でも割り切ってしまうずうずうしさも、時には必要なわけです。

けさは睡眠を例に話しましたが、混ぜ合わせたほうが楽しいことは他にもあります。奇麗に分けるのではなく、大胆に混ぜる。こんな物事の見方もあることを、覚えておいてください。

以上(2022年10月)

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画像:Mariko Mitsuda

これが目指すべき姿! 最低限の6項目と指標となる50項目/「人を大切にする経営」で業績アップ(6)

書いてあること

  • 主な読者:業績は上がらないし、社員は生き生きと働いていない。会社の経営指針を根本的に見直したいと考えている経営者
  • 課題:社員の幸福や会社の社会的意義も大事だが、業績が悪ければそれどころではない
  • 解決策:会社に関係する全ての人の幸福を最優先する「人を大切にする経営」を実践する。目指すべき姿は「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の審査項目を参考にする

1 「人を大切にする経営」で守るべき最低限の6項目

前回までの5話にわたって、先進的な会社の実践事例を交えながら、人を大切にする経営を進めていくための方法を紹介してきました。

最終回となる今回は、人を大切にする経営学会が実施している「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の審査項目を紹介しながら、人を大切にする経営の目指すべき姿についてご説明していきたいと思います。

まずは、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の6つの応募資格をご紹介して、その後から経営評価に関する50の審査項目(第3章に掲載しています)など、詳しいご説明をいたします。

  • 希望退職者の募集や人員整理(リストラ)をしていない
  • 重大(死亡や重症)な労働災害を発生させていない
  • 一方的なコストダウン等理不尽な取引を強要していない
  • 障がい者の雇用率は法定雇用率以上である(注)
  • 営業黒字で納税責任を果たしている(除く新型コロナウイルスの感染拡大等の影響による激変)
  • 下請代金支払遅延防止法等の法令違反がない

(注1)常勤雇用43.5人以下の企業で障がい者を雇用していない場合は、障がい者就労施設等からの物品やサービス購入等、雇用に準ずる取り組みがあること
(注2)本人の希望等で、障がい者手帳の発行を受けていない場合は実質で判断する

2 50の審査項目を指標にすれば会社は成長できる

1)「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞とは

「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞は、2011年に創設されました。人を大切にする経営学会の設立は2014年で、大賞はそれ以前から存在していました。創設当時、審査委員長で現・人を大切にする経営学会会長の坂本光司氏は、賞創設の理由を次のように語っていました。

「人を幸せにする経営」-言葉にすることは簡単ですが、実践するのはとても難しいことです。本賞における「人」とは、1従業員とその家族、2外注先・仕入先、3顧客、4地域社会、5株主の5者を指します。人を幸せにしていれば結果的に業績も上がるはずです。そんな大切な会社を1社でも増やしたいという思いで顕彰制度がスタートしました。

以来、2021年で第12回を数え、これまでに187社の会社・団体を表彰しています。第13回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞は、

2022年10月24日を申込期限として、自薦・他薦を受け付けています。

とはいえ、誰もが簡単に応募できるというわけではありません。審査委員会の中で議論を重ね、本当に人を大切にする経営を進めながら業績をアップさせている会社を選ぶために、冒頭にご紹介したハードルの高い6つの応募資格を設けています。ある意味で、応募できるだけでも、人を大切にする経営をしつつ業績アップも実現している会社だと言ってもよいと思います。

なお、この応募資格は時代や環境に合わせ、随時見直しも行っています。

2)審査項目のクリアを目指すだけでも自社の成長につながる

応募資格に該当して、実際に大賞に応募をすると、次に待っているのは、学識経験者、学会関係者などで構成する審査委員会による、財務評価と経営評価からの第1次書類審査が行われます。

応募資格を単年でクリアするのも大変なことですが、経営評価に関する審査項目はそれぞれ、過去5年以上にわたって該当していることを条件にしています。なぜなら、会社にとって重要なことは、継続することだからです。好不況にぶれず、5年以上に渡り人を大切にする経営をやり続ける会社だけが応募できる賞なのです。

審査項目は、単に大賞に応募するためだけに活用するものではないと思っています。これだけの

多岐に渡る審査項目を1つずつクリアしていくことで、間違いなく自社や自社の社員の成長発展につながっていく

と思います。

事実、これまでの受賞会社の中でも、3年、4年と連続で応募・挑戦していくなかで、この審査項目を社内で活用することで少しずつ結果を出し、受賞に至るというケースがありました。

受賞会社は当然ですが、応募会社の多くが、この項目のほとんどをクリアしており、回を重ねるごとに応募会社の審査点は上がっています。また、応募会社数、受賞会社数ともに増加を続けています。

3 人を大切にする経営で指標とすべき50の審査項目

それでは、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の審査項目を紹介します。審査項目は、財務評価と経営評価の2つで構成されています。

まず財務評価では、「売上と利益に関する項目」として、それぞれ3期分の売上高、営業利益、経常利益、税引き前利益が評価の対象となります。次に、「社員と人件費に関する項目」として、それぞれ3期分の正規社員数(無期雇用社員数)、非正規社員数(有期雇用社員数)、正規社員の平均年齢、基準総労働時間数、年間休日数を確認します。

経営評価では、「社員とその家族に関する項目」「外注先・仕入先に関する項目」「顧客に関する項目」「地域貢献・社会貢献・社会的責任に関する項目」「企業永続のための布石に関する項目」という、5つの非財務情報に関する項目に分けて、合計50の審査項目を設けています(図表)。

「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の評価項目(経営評価)

4 変化の激しい時代の対応力は、“人財”からしか生まれない

1)「人的資本経営」への注目は時代の流れ

社会経済動向、戦争による混乱、コロナ禍などによる社会経済・経営環境の変化のスピードが一段と速まってきています。そのような状況下、財務情報だけでは、その会社が本当に優れていて、将来にわたって継続的に成長発展していけるのかの判断が難しくなっています。

そのため、上場会社を中心に、有価証券報告書やCSR報告書、統合報告書、サステナビリティレポートなどを通じた非財務情報の開示が強く求められるようになっています。

非財務情報の中核に位置するのが、「人的資本」に関する情報です。事業ポートフォリオの変化を見据えた人材ポートフォリオの構築、イノベーションや付加価値を生み出す人材の確保・育成および組織の構築など、人的資本に関する情報は会社の将来を見極めるための重要情報だといえるでしょう。

実際に、2021年6月に改訂が行われた東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)には、人的資本の情報開示が明記されました。また、経済産業省は2020年から22年にかけて、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」および「人的資本経営の実現に向けた検討会」を開催しました。ここで取りまとめられたレポートでは、これからは人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方が求められていると述べています。

この流れは、国内だけにはとどまりません。米国の主要企業の経営者団体であるビジネスラウンドテーブルの2019年の声明では、従業員をはじめとするステークホルダーを重視することを宣言するなど、世界的にも注目が集まっています。

2)人的資本への投資が会社の未来を開く

この「人的資本経営」という言葉が注目されるはるか前から、その重要性・必要性に気付いていたのが、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞です。そのことは、審査項目から見ることができます。

経営評価に関する審査項目で特徴的なのは、人的資本経営を進めるために重要となる項目を数多く用意していることです。例えば、「社員とその家族に関する項目」ではほぼ全項目が該当します。「企業永続のための布石に関する項目」でも、「経営計画の内容の社員全員の共有化」「社員1人当たり年間教育費」「新規学卒者を定期的に採用しており、その定着率は95%以上」といった、経営戦略と“人財”戦略を連動させる取り組みを評価しています。

本連載の第2回で筆者が指摘した通り、今でも多くの会社が、会社経営の最大の目的・使命を、ライバル会社に勝つこととしています。そのため、最も大切にすべき“人財”をコスト・原材料としか見ることができなくなり、結果として働く社員が不幸になり、誰かの犠牲の上で成り立つ経営が行われてきました。

しかしながら、世界的経済・経営環境の変化が激しい現代において会社が生き残り、成長を続けていくには、外部環境の激しい変化に対応できる存在、つまり“人財”に頼るしかありません。“人財”を「コスト」や「資源」ではなく、「投資対象の資本」として捉え、“人財”の価値を引き出す経営スタイルへと転換していくことが、これからの中小企業には不可欠となるでしょう。

今回で、「人を大切にする経営で業績アップ」の連載は終了となります。これまで紹介した内容が、読者の皆様の何かしらのお役に立つことができたならば幸いです。

以上(2022年9月)
(執筆 人を大切にする経営学会事務局次長 坂本洋介、水沼啓幸)

【著者紹介】
坂本洋介(さかもと ようすけ)

1977年静岡県生まれ。東京経済大学大学院経営学研究科修了。株式会社アタックス「強くて愛される会社研究所」所長、コンサルタント。人を大切にする経営学会事務局次長。著者画像1
主な著書に「社員にもお客様にも価値ある会社」(かんき出版)、「小さな巨人企業を創りあげた 社長の『気づき』と『決断』」(かんき出版)「実践:ポストコロナを生き抜く術!強い会社の人を大切にする経営」(PHP研究所)他、連載、執筆多数。

水沼啓幸(みずぬま ひろゆき)
1977年栃木県生まれ。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科修了(MBA)。株式会社サクシード代表取締役。人を大切にする経営学会事務局次長。作新学院大学客員教授。中小企業診断士。地域特化型M&Aプラットフォーム「ツグナラ」運営。著者画像2
主な著書に「地域一番コンサルタントになる方法」(同文舘出版)、「キャリアを活かす!地域一番コンサルタントの成長戦略」(同文舘出版)、「実践:ポストコロナを生き抜く術!強い会社の人を大切にする経営」(PHP研究所)他、「近代セールス」等連載、執筆多数。

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画像:fizkes-Adobe Stock

【SDGs】(後編)中小企業がSDGsで「稼ぐ」ための3つのステージ

書いてあること

  • 主な読者:SDGsに関心はあるけれど、二の足を踏んでいる経営者
  • 課題:会社としてSDGsに取り組むメリットが分からない
  • 解決策:SDGsを会社の利益に結びつけるための3つのステージを実践する

1 3つのステージのおさらい

このシリーズでは、中小企業がSDGsで利益を出すために必要な3つのステージを、2回にわたって紹介しています。3つのステージは次の通りです。

  • 第1ステージ:SDGsを知り、社内の活動を全てSDGsにひも付ける
  • 第2ステージ:SDGsに関する自社の強みと課題を明確にして活動方針を決める
  • 第3ステージ:SDGsに関する活動を社内業務の利益・社会貢献の発信に結びつける

前編では、第2ステージの途中までご説明しました。後編では、第2ステージの続きと第3ステージを解説するとともに、実際にSDGsで利益を得ている中小企業の成功事例をご紹介します。

2 第2ステージの続き:SDGsに関する自社の強みと課題を明確にして活動方針を決める

1)企業によるSDGsの4類型のおさらい

前編では、第2ステージで、企業によるSDGsを4類型に分類しました。おさらいになりますが、「社内での全社の活動(社内環境)」「社内での個人の活動(会社生活)」「社外での業務の活動(会社業務)」「社外での外部の活動(個人活動)」の4つです。そして、この中で、SDGsで「稼ぐ」ことの早期実現を目指すのであれば、資源を「社外での業務の活動(会社業務)」に集中させることをお勧めしました。

2)SDGs活動のプランニング

第2ステージの後半では、自社が行っている4類型のそれぞれの活動の中で、積極的に推進・発信していくべき活動の優先順位を決めます。それぞれの類型の活動は、次のような基準に基づいて優先順位を決めるとよいでしょう。

  • 「社内での全社の活動(社内環境)」:「働き方改革」にどれだけつながるのか
  • 「社内での個人の活動(会社生活)」:組織の一員としてどれだけ成長につながるのか
  • 「社外での業務の活動(会社業務)」:社会的な価値がどれだけあるのか
  • 「社外での外部の活動(個人活動)」:社会課題の解決にどれだけつながるのか

上記の基準に基づいて自社の活動方針が決まったら、いよいよ第3ステージに進みましょう。

3 第3ステージ:SDGsに関する活動を社内業務の利益・社会貢献の発信に結びつける

1)自社のSDGs活動を社内に浸透させる

第3ステージでまずやるべきことは、活動内容と活動方針を社内に浸透させることです。その際に注意するのが、

自社のSDGs活動の目的・目標・手段を明確にして、しっかりと伝えること

です。なぜなら、第1ステージで社内の活動を全てSDGsとひも付けしていますので、社員は既に自社ではSDGs活動を行っていると受け止めています。本来、ひも付けは自社の強みと課題を知り、今後の活動方針を決めるためのものなのですが、社員は、「もうSDGs活動は社内でできているので、それ以上しなくてもいいのではないか」と考えてしまいかねません。

ですが、SDGsとは文字通り、「持続可能」というゴールを目指すものですから、その活動に終わりはありません。活動の手段は、随時更新していく必要もあります。SDGsの目的・目標を明確にした上で、自社として何をすべきなのかを社員にしっかりと伝えましょう。例えば、リサイクル素材を使った製品を生産することを始めるのであれば、原材料の選定基準、営業方針、製造工程の見直しなど、具体的な取り組みまで明確にして伝えるとよいでしょう。

以下に掲載した会社方針は、前編でご紹介した作業工具製造のマルト長谷川工作所(新潟県三条市)が、社内閲覧用に配布した内部資料です。自社の活動をSDGsにひも付けしながら、今後の目指すべき方針をしっかりと示しています。同社では、この会社方針を載せた手帳を年頭に社員全員に配布することで、自社のSDGs活動の方針を社内に浸透させています。

マルト長谷川工作所

2)外部発信などによるSDGs活動の「見える化」

自社のSDGs活動の発信は、前編で述べた通り、企業イメージを良くすることはあっても、マイナスになることはまずありません。社内だけでなく、社外に対しても自社の活動をアピールする絶好の機会となりますので、自社のウェブサイトなどに積極的に掲載しましょう。その際は、

自社が「できていること」だけでなく、「できていないこと」もアピールすべき

です。自社の強みとなっている社外での業務の活動(会社業務)であれば、その事業が社会的な価値を高め続けていることを宣伝できます。逆に、自社ができていないことであっても、「このような課題解決に取り組んでいます」という姿勢を伝えることができます。

アピールするものは、新たな活動もあれば、既存の活動をSDGsに置き換えたものでも構いません(前編のマルト長谷川工作所のウェブサイトが参考になります)。積極的に「見える化」しましょう。求人戦略や営業活動に反映させるなど、活用方法はさまざまあります。

4 SDGsで「稼ぐ」成功事例

それでは、前編の冒頭でも触れた、私たちがコンサルティングをさせていただき、実際にSDGsで利益やメリットを得ている中小企業の成功事例について紹介します。

1)「売り上げのうち1円を地元の自治体に寄付します」と表示、売り上げ増加

山谷産業(新潟県三条市)は、「村の鍛冶屋」というブランドでキャンプ・アウトドア用品などを製造販売しています。中でも最も売り上げのある主力商品は、テントを張る際に地中に打ち込む杭(くい)の「鍛造ペグ」です。同社の経営戦略は「地域と共に歩んでいく。」です。

自然や環境に関連する事業ということもあり、同社の事業内容をSDGsにどう置き換えていくのかがテーマになりました。そこで、同社はウェブサイトで、鍛造ペグが1本売れるごとに1円を三条市に寄付することを決めて発信したところ、最高売り上げ本数を更新しました。キャンプ用品としてのブランド化にも貢献しています。

企業によるSDGsの4類型を基に自社の取り組みを掲載した山谷産業のウェブサイト

2)工場などにSDGsの取り組みを掲示しSNSなどで発信、小中高校の工場見学が殺到

これまでもご紹介しているマルト長谷川工作所ですが、同社の工場見学への参加を希望する、新潟県内の小・中・高校および大学からの問い合わせが殺到しています。その理由は、工場見学の順路ごとに、同社のSDGs活動を掲示していることです。

同社がSNSなどで発信したことで広く知られるようになり、コロナ禍で修学旅行などの制限もある中で、地域のSDGs学習の教材として活用される存在になりました。新聞をはじめとするマスコミにも取り上げられ、PR効果は十分得られています。

同社は環境問題や社会貢献に敏感な欧州に進出していることもあり、以前から社会貢献などに取り組んでいましたが、本格的にSDGsに取り組んだのは、創業100周年に向けて2020年にSDGsプロジェクトを立ち上げたことがきっかけでした。その際に、活動内容について大まかに「見える化」したものが、次のマンダラシートです。

自社のSDGs活動を「見える化」したマルト長谷川工作所のマンダラシート

このシートに基づき、次の5つのテーマを掲げたのです。工場見学はこの5番目のテーマに基づいています。

  • 技術改善:MPI(Maruto Product Innovation)活動と称した社内一貫生産による改善
  • 教育・雇用:人材を「人財」に、ディーセントワークを推進する心技体の社員づくり
  • 健康:企業の発展に繋がる会社と従業員が一体となる健康推進
  • 環境:働く人の意欲・能力が発揮できる環境づくりと、地球環境の保全と資源の保護に貢献・配慮した素材や設備を取り入れた活動
  • 社会貢献:地域の雇用や地域活性化に資する新たなビジネス機会を創出し、地域行事への積極的な参画や、社会科見学の受入れを通じて地域社会に貢献

3)SDGsに関する県の認定登録や自社の取り組みをウェブサイトでPR、引き合い増加

長谷川興産(新潟県三条市)は、土木・建築・舗装などの工事全般や建設資材販売などを行っています。同社の課題は、いわゆる“3K”と呼ばれる業界全体に共通している、慢性的な人手不足です。特に20代前半の若者離れは深刻です。そこで同社は、SDGsの良いイメージを利用することにして、自社のウェブサイトを、SDGsを前面に押し出したものに一新しました。

自社のウェブサイトでSDGsへの取り組みをPRする長谷川興産

同社が目を付けたのが、新潟県が行っているSDGsに関する企業認定の制度です。新潟県が2022年から始めたSDGs推進建設企業登録制度に登録し、自社のウェブサイトに登録証を掲載しています。

各自治体や団体などが行っている、SDGsに関する企業認定の制度は多数あります。「公的なお墨付き」といえるものですから、信頼性を与えるには格好の材料といえますので、利用しない手はありません。同社ではウェブサイトに、にいがた健康経営推進企業、ハッピー・パートナー企業(新潟県男女共同参画推進企業)の登録証も掲載し、働きやすい環境が整っているというイメージアップを図っています。

ウェブサイトを一新した効果は大きく、SDGsと関連させながら自社の本来の業務の姿を発信することで、求人の問い合わせや大手企業からの引き合いが増えたといいます。

5 SDGsによって広がる企業の可能性

最後に、中小企業のSDGs活動において、最も大切なものは何かをお話しします。

SDGsの活用によって広がる可能性

どの企業にも課題はあるはずですが、前章で成功事例を紹介した3社も、SDGsに取り組む前からそれぞれの課題を持っていました。ですが、その課題を明確に認識し、解決のための実施方針を決めるのは簡単はありません。

3社はいずれも、SDGsについて知り、社内の活動にひも付けを行うことで、経済・社会・環境に関する自社の課題と強みが明確になりました。そして、課題に対する解決と、自社の強みを伸ばすための実施方針や施策をベースに、企業の経営デザインを行うことができたのです。ただし、SDGsは、全てを委ねる対象ではなく、

SDGsというフィルターを通して、企業価値を持続的に引き上げる1つのツール

だと思います。

企業がさまざまな強みを持っている中で、新たにSDGsという強みを加えれば、SDGsが必要になったときにその強みを活かすことができます。ただし、SDGsという強みを発揮できるフィールドは、どんどんと広がっています。まだSDGsという強みは多くの中小企業が持っているわけではないので、現時点では先行者利益的な意味合いにもなるのではないでしょうか。

持続可能な企業とは、ビジネスを通して社会や環境に良い影響を与えることで、商売繁盛へとつなげていく企業のことです。これからの企業間の市場競争は、経済価値と社会価値の両方によって行われ、製品やサービスを取引する際の判断基準として重視されていくようになります。

最適なSDGs活動を通して、企業価値を高めましょう。

以上(2022年9月)

【著者紹介】
井上浩仁(いのうえ ひろひと)

NAコンサルティンググループ代表 https://na-consulting-group.jp/
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【働く人の安全と健康をモットーに社会に還元奉仕する】を信条とし、ワークライフバランスの実現をはじめとするホワイト企業戦略に基づくSDGs経営・健康経営・業務効率化・人事評価制度構築・安全衛生・ハラスメント対策など多様な従業員の環境づくりと人的資本コンサルティングにおける企業の目指す目的に沿った中長期的な人財デザインを行っている。県内外中小企業・各商工会議所・経済団体・学校などの共催セミナーなども開催しており、社会で輝く人財づくりに尽力している。

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画像:shutterstock-brutto film

【朝礼】大きな果実を得るために小さな目標を積み上げよう

皆さんは仕事をする際に、まずは目標を立てて、それに向かって行動することでしょう。目標の中には、会社や上司から与えられたものもあれば、皆さん自身が考えて立てたものもあるでしょう。

ここで、皆さん自身が立てる目標について確認したいのですが、皆さんが立てる目標には具体的な期限、内容はありますか。

目標というのは、例えば「売り上げを上げよう」「頑張って仕事をしよう」など、ただ漠然と立てるだけではいけません。目標を設定する際には「いつまでに、どれだけの成果を出す」というように、期限と内容を具体的に決めることが大切です。

皆さんが目指す、最終的な目標を大目標としましょう。この大目標を達成するためには、まずは期限と内容を決めた小目標を決めて、その小目標の達成を着実に積み重ねながら大目標に近づく。それが重要なのです。

会社の目標の例でいうと、大目標は「今年度の売上高を対前年度比で10%増やす」です。これを実現するための途中経過として、小目標を立てます。小目標は「毎月の売上高を対前年同月比で10%増やす」です。小目標が毎月達成できれば、大目標も達成できます。仮に、小目標が達成できていない月があれば、翌月に小目標の修正を行わなければなりません。目標達成への道のりが当初の予定通り進んでいないことが途中で分かり、軌道修正して改めて大目標に向かって進んでいけるのは、小目標を設定した効果なのです。このことを、資格取得を例に考えてみましょう。皆さんの中には日々の業務をこなしながら、「何か仕事に役立つ資格を取りたい」と思っている人がいるかもしれません。

しかし、ただ漠然と思っているだけでは「今は忙しいから」などと自分に言い訳を付けてしまい、結局、目的は達成されることはないでしょう。

私の知人が資格取得に向けて努力していたとき、彼は「土日に資格取得学校に通う」「毎日2時間を勉強に費やす」「次回の模試で正答率70%を達成する」といったように、資格試験に向けて段階ごとの具体的な目標を設定していました。いきなりゴールを目指すのではなく、このように小目標を立て、つまりいくつものチェックポイントを設定することで、目標達成への道筋をハッキリさせることができます。そうすれば、当然に緊張感も高まり、やる気もわいてきます。

達成したいことが、「目標」ではなく「夢」であれば、そこまで具体的に考える必要はありません。しかし、仕事における目標は会社、お客様、株主などとの約束であり、達成することが求められます。

ですから、皆さんが仕事で目標を立てるときには、必ず期限と内容を設定してください。そして、内容は数値で分かるものが望ましいでしょう。

そして、大目標の達成に少しでも不安があれば、目標を時間ごとに区切り細分化し、小目標を設定してください。まずはそれを達成していくことです。

仕事は一つひとつの小さなことの積み重ねから成り立っています。大目標を目指すには、小目標を一つひとつ確実に達成していくことしかありません。

まずは、今日の目標、今週の目標、今月の目標といった小目標を設定し、それを達成することに全力を尽くしましょう。それが、将来の大目標達成という大きな果実を得るための一番の近道です。

以上(2022年10月)

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画像:Mariko Mitsuda