身体にも地球にも優しい「海藻」 広がる用途がビジネスチャンスに

書いてあること

  • 主な読者:環境に優しい新商品づくり、脱炭素ビジネスに取り組みたい経営者
  • 課題:環境への配慮のインパクトが大きく、コスト面でも有利な素材を知りたい
  • 解決策:「海藻」の活用を検討する。廃棄されていた海藻を原料にすることで、コスト削減や地域の活性化につなげている企業などの事例を参考にする

1 「厄介者」だった海藻がSDGsで再評価

企業にとって「新商品の開発」や「環境への配慮」は重要な課題ですが、その両方をかなえる手段として、

「海藻」を原料にした新商品づくり

をご提案します。

これまで海藻は、わかめや昆布など一部の食材を除けば、多くは漁船や養殖の網に絡みついたり、砂浜に漂着して長時間放置しておくと悪臭や虫が発生したりする「厄介者」でした。ですが、近年では、海藻の「ヘルシーさ」以外に次のような特徴も評価され、注目を集めています。

  • 海岸に打ち上げられたり、廃棄されたりしていた海藻を、低コストで活用できる
  • 海藻を穀物飼料に混ぜて牛や豚などの家畜に与えると、肉に含まれる栄養価が高くなり、げっぷなどのメタンガスも抑制される
  • 生分解性プラスチック、燃料、肥料などに活用できる
  • 二酸化炭素の吸収量が多く、カーボン・オフセットに利用できる

この記事では、実際の企業が取り組む海藻を使った新商品づくりの事例を紹介します。環境に優しい新商品づくりを検討する際の参考としてお役立てください。

2 海藻を活用した新商品が続々と誕生

まずは、海藻を原材料にした新商品の事例を紹介します。新商品の方向性について、縦軸を「高付加価値化や地域の活性化につなげる/廃棄されていた材料を活用してコスト削減を図る」、横軸を「健康に配慮した商品を作る/環境に配慮した商品を作る」に分けると、次の通りになります。

画像1

1)希少海藻「まつも」を使ったバターで地域産業の活性化に:阿部伊組

総合建設業の阿部伊組(宮城県南三陸町)では、南三陸の希少海藻であるまつもの陸上養殖に取り組んでおり、養殖したまつもを使用した海藻クラフトバター「三陸海藻バター」を販売しています。

まつもはビタミンA・E、葉酸が豊富な海藻ですが、採藻の期間が限られ、流通量が少ない希少な海藻です。そこで、陸上養殖に取り組むことで、収穫量の減少と地域の働き手減少の課題解決に取り組んでいます。

2021年5月には、南三陸ワイナリーとのコラボイベントを開催しました。イベント参加者とECサイトでの販売分を含め150個を販売して、第1弾の一般販売は完売となる盛況ぶりでした。

2)捨てられていた海藻を加工して売上UPへ:海藻開発コンブリオ

加工品販売や飲食店を手掛ける海藻開発コンブリオ(青森県青森市)では、海藻の「ツルアラメ」を原料に使ったハンバーグや即席スープなどを販売しています。

ツルアラメは繁殖力が強く、コンブの成長を妨げる海の厄介者として、取れても捨てられていたといいます。同社では、ツルアラメに食物繊維やポリフェノールが豊富に含まれ、生活習慣病の予防や美容に効果があることに着目し、商品開発に取り組んでいます。

3)海藻を餌にしたブランド豚を育成:臼井農産

畜産事業者の臼井農産(神奈川県厚木市)では、海岸に打ち上げられ、廃棄されていた海藻を餌にした、ブランド豚の「鎌倉海藻ポーク」を育成しています。海藻を食べて育った豚は、うまみ成分のオレイン酸が通常の豚よりも多く含まれており、脂の融解温度が低く、口の中で早くとろけるといいます。

料理研究家の矢野ふき子氏が海岸に打ち上げられていた海藻を豚の餌に活用できないかということをきっかけに始まった取り組みで、餌となる海藻の回収や加工は、地域の障害者福祉施設や老人ホームの利用者などが担っています。この水産資源の有効活用や障害者の社会参画にもつながる仕組みづくりは高い評価を受け、2020年1月には、農林水産省の6次産業化・地産地消法「総合化事業計画」の認定も受けています。

4)漂着した海藻でアルギン酸を製造、温暖化対策と地域貢献へ:キミカ

アルギン酸メーカーのキミカ(東京都中央区)は、漂着した海藻を活用して、アルギン酸(海藻のぬめりの主成分で、食物繊維の一種です)を製造しており、アルギン酸の国内市場で9割以上のシェアを誇っています。

原料は、南米・チリの海岸に漂着した硬くて食用にできず、使い道がない海藻です。漂着した海藻は腐ると二酸化炭素を排出するため、腐る前に回収することで温暖化対策につながります。また、現地の海藻集荷会社を系列化し、海藻の常時買い取り備蓄体制を整えたことで、漁業者の収入の安定化と生活向上にも貢献しているといいます。

アルギン酸を抽出した海藻の残りは、ミネラル豊富な肥料として活用し、チリの自社工場周辺の農家に無償で提供しています。

5)「サルガッサム」を原料とする生分解性プラスチックを開発:GSアライアンス

脱炭素、カーボンニュートラル社会構築に向けた、環境、エネルギー分野における最先端技術、材料を研究開発するGSアライアンス(兵庫県川西市)では、カリブ海で大量発生して問題となっている海藻「サルガッサム」を原料とする、生分解性プラスチックを開発しました。

国連のスタートアップ企業サポートプログラムである、UNOPS GIC KOBEの支援により試作されたこの生分解性プラスチックは、100%天然バイオマス組成であり、石油系の材料を一切使用せず、廃棄後は微生物などに全て分解される特性があります。最近は、量産時における低コスト化にも成功しており、スプーン、フォーク、食品パッケージなどの食器や農業資材に加工し、環境意識の高い欧州、米国などでの需要を見込むとしています。

6)海藻のフノリエキスをヘアケア製品へ応用:シー・アクト

海藻資源の研究開発などを手掛けるシー・アクト(東京都千代田区)は、福井県立大学生物資源学部と共同で、海藻のフノリエキスを用いたヘアケア製品を開発しました。

フノリは絹織物ののり付け、日焼け対策、洗髪料などに利用されてきた海藻です。これまでフノリの効能は科学的に証明されていませんでしたが、粉末を水に溶かして精製したフノリエキスを人の毛髪や皮膚に塗布することで、毛髪や肌の水分量が増加したり、髪のくし通りが良くなったりしたなどの効能が証明されたことから、製品開発に乗り出したといいます。

開発したヘアケア製品は「天使のリング」の商品名で販売しています。海藻のにおいはなく、無色無臭で洗髪剤や化粧品として活用しやすく、天然素材を重視した商品やノンシリコンシャンプーの素材として、企業向けに売り出されています。

7)海藻の炭素を製鉄利用へ応用:日本製鉄

鉄鋼メーカーの日本製鉄(東京都千代田区)では、日鉄ケミカル&マテリアル(東京都中央区)、金属系材料研究開発センター(東京都港区)と共同で、海藻を生産して、製鉄プロセスの中で利用するサプライチェーンの構築に取り組んでいます。

この取り組みでは、臨海製鉄所という地の利を活かして海藻を生育し、その海藻を炭材や炭素材料として応用が可能かどうかを調査しています。

海藻のカーボンニュートラル材としての検討は、世界的に例がない研究とされており、この取り組みは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/ブルーカーボン(海洋生態系による炭素貯留)追及を目指したサプライチェーン構築に係る技術開発」に採択されています。

3 原材料以外でも広がる海藻の活用方法

このように、海藻を活用した新商品づくりや地域・環境への貢献活動はさまざまです。ここでは、海外での研究事例も含めた海藻の原材料以外での活用方法や、新たな海藻関連の動向を見てみましょう。

1)海藻を家畜の餌にすることで、地球温暖化対策に

海藻を餌にした家畜は、前章で紹介した「鎌倉海藻ポーク」のように、海藻を与えない場合と比べて肉の栄養価が高くなるだけでなく、げっぷやおならとして放出されるメタンガスが減少し、地球温暖化対策になるともいわれています。

例えば、豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)が行った研究では、海藻の「カギケノリ」を配合した飼料を牛に与え、90日間にわたり牛がげっぷやおならとして放出するメタンガスの排出量を測ったところ、海藻を与えない場合と比べてメタンガスの排出量が98%減少したといいます。

2)海藻をバイオ燃料や肥料に変換

海藻を燃料や肥料として活用する研究も進んでいます。例えば、イギリスのエクセター大学とバース大学が共同して、海藻をバイオ燃料として生成するための研究を行っています。

この研究では、通常のバイオマス処理で必要となる海藻を真水で洗って乾燥させる方法を使わず、酸性と塩基性の触媒を使い、海藻からパーム油の代替品を生み出す原料の糖を取り出したり、海藻を高温高圧にさらして燃料や肥料のもととなるバイオオイルに変換したりしています。

また、この方法では、海岸で集められたプラスチックもエネルギー源として海藻と一緒に処理が可能としており、今後のさらなる研究開発が期待されています。

3)国土交通省が二酸化炭素の吸収源として「ブルーカーボン」の活用を検討

国土交通省は、「ブルーカーボン(藻場や干潟などの海洋生態系に蓄積される炭素)」を二酸化炭素の吸収源として活用するため、2021年より検討会を設置しました。検討会では、干潟や藻場の保護活動によって得られる二酸化炭素の削減分を、排出権として取引する仕組みづくりなどを進めています。

ブルーカーボンに関しては、建設業などの一部の企業で海藻を人工的に培養したり、護岸などの港湾構造物へ海藻を着生させたりすることで、藻場の再生や海藻による二酸化炭素吸収効果の拡大に取り組んでいます。

4)地方自治体による「ブルーカーボン・オフセット」の取り組み

地方自治体の中には、国に先駆けて排出権の取引などを進めているところがあります。

例えば、福岡県福岡市では、「福岡市博多湾ブルーカーボン・オフセット制度」を導入しています。この制度は、博多湾のアマモがため込んだ二酸化炭素の吸収量を「クレジット」として0.1トン当たり800円(税別)で販売し、売り上げをアマモ場の整備など、生物のさらなる育成に役立てる仕組みです。

企業や市民は、このクレジットを購入することで、自分たちの努力や工夫では減らせない二酸化炭素の排出量を相殺し、脱炭素の取り組みとしてアピールできます。

なお、令和4年度の「博多湾ブルーカーボン・クレジット」は2022年7月25日時点で購入希望者の募集は行っていませんが、福岡市の担当課によると、準備が整い次第、令和4年度分についても購入希望者の募集を開始するとしています。

以上(2022年8月)

pj50507
画像:shutterstock-divedog

【人事はつらいよ】「残業するな」と言っただけなのにジタハラ(時短ハラスメント)?

書いてあること

  • 主な読者:残業に関するトラブルを防ぎたい経営者
  • 課題:社員に「残業するな」と言うと、ジタハラ(時短ハラスメント)になる?
  • 解決策:社員の課題(業務量や納期など)に向き合い、解決のための具体策を示す

残業が一向に減らない……。今日だってもう定時を回っているのに、誰も帰ろうとしない。ここは経営者の私が帰りやすい雰囲気を作ろう! こう思ったA社の社長は言いました。

「もう定時を過ぎているぞ。さぁ、今日は残業禁止だ! 早く帰ってくれ!」

全員すぐに帰るだろうと思った社長でしたが、みんな座ったまま動こうとしません。そのうち、社員の1人が口を開きました。

「社長、今の業務量では残業しないと終わらないです。それなのに一方的に『残業禁止』だなんて……。今の発言はジタハラ(時短ハラスメント)です!」

困ったことに他の社員もこの意見に賛同する始末……。社長は釈然としません。

「社員の体調やプライベートを考えて言っているのに。それをジタハラって言うのは、どういうことだ。この国はおかしくなってしまったのか?」

1 社員のための「時短」も行き過ぎるとハラスメントに……

コスト削減、働き方改革、SDGs……会社はさまざまな観点から、積極的に長時間労働の是正に取り組んでいます。しかし、こうした会社の姿勢が、時にジタハラになることがあります。ジタハラとは、

「時短」、つまり社員の労働時間を短くすることに関連した嫌がらせ

です。法令上の定義はありませんが、一般的には、

業務量などに関係なく、会社が一方的に残業を禁止したり、シフトを減らしたりすること

を指します。

ポイントは、「会社が一方的に」という部分です。会社は社員のためを思って時短に取り組むわけですが、それが一方的だと、

  • 業務量の変わらないまま時短を強制された社員が、こっそり隠れ残業をする
  • 無理なスケジュールでの仕事を余儀なくされた社員が、ケアレスミスを連発する
  • 合理的でない時短が続くことによって、社員がやる気を失う

などの問題が発生します。ジタハラを直接規制する法令はありませんが、

このように社員の仕事に支障を来すような極端な時短は、違法なパワハラ(パワーハラスメント)とみなされる恐れがある

ので注意が必要です。

2 パワハラの「過大な要求」に該当すると違法になる

パワハラは、労働施策総合推進法で定義されたハラスメントで、

職場の上下関係など優越的な関係を利用した嫌がらせ

です。具体的には、次のような業務上必要のない(または行き過ぎた)言動によって、社員の仕事に支障を来すことを指します。

  • 身体的な攻撃:暴行、傷害
  • 精神的な攻撃:脅迫・名誉毀損、侮辱、ひどい暴言等
  • 人間関係からの切り離し:隔離、仲間外れ、無視
  • 過大な要求:業務上明らかに不要・遂行不可能なことの強制、仕事の妨害等
  • 過小な要求:不合理に程度の低い仕事を命じること、仕事を与えないこと
  • 個の侵害:私的なことへの過度な立ち入り

パワハラについては、2022年4月1日から中小企業にも防止措置が義務付けられていて、会社の対応が不十分なために社内でハラスメントが発生すると、民法の使用者責任などを問われる恐れがあります。

ジタハラがパワハラ(違法)になる場合、上の「4.過大な要求」に該当する可能性が高いです。違法になる例とならない例について、弁護士にヒアリングした結果は次の通りです。

画像1

ケース1~3に共通して言えることは、

  • 社員を定時で帰らせるための対策を講じず、残業禁止を言い渡すだけだと違法になる
  • 「業務を引き取る」「改善点を指摘する」など対策を講じた上で、社員の残業を禁止するのであれば違法にならない

という点です。違法にならない例については、

  • 業務の一部を他の社員に振っていいから、今日は帰りなさい
  • 納期がきついなら取引先と交渉していいから、今日は帰りなさい

などのケースもあります。とにかく、具体策が必要なわけです。結局のところ、ジタハラの最大の問題は、

会社が社員の抱えている課題に向き合わないまま、時短を強制する

ことだと分かります。

経営者からすれば、「決められた時間内に終業できるよう工夫するのも仕事のうちだろう、そこまで会社が面倒を見ないといけないのか」という印象かもしれませんが、法令や社員の権利意識が変わってきている今、不要なトラブルを防ぐ意味でも、会社のほうから歩み寄る姿勢を見せるのがよいでしょう。

このシリーズでは、思わず頭を抱えたくなったり、不満が噴き出したりしてしまうような「世知辛い人事労務のルール」を紹介していきます。次回のテーマは、「社員の病気のことを、社員の上司に話すのは違法?」です。

以上(2022年8月)
(監修 弁護士 田島直明)

pj00641
画像:metamorworks-shutterstock

ほんと、言われたことしかやらないんだよなぁ問題/今どきの若手社員のトリセツ〜上司や先輩に贈るストレスマネジメントの処方箋 Vol.5

近年、職場の上司や先輩(いわゆるオトナ世代)は、若手社員の言動を理解できないイライラ、腑に落ちないモヤモヤを抱えつつも、指導の際は「パワハラ」と感じさせないように、気遣いや遠慮が求められるようになりました。
そもそもオトナ世代が若手にストレスを感じる原因は、オトナの考えと、若手の行動とのすれ違いによるものがほとんどです。しかし、若手に対して「けしからん!」と怒ったり、「理解できない!」と嘆いたりしていたことを、冷静に分析するだけでスッキリすることもあります。

本連載は、拙著「イライラ・モヤモヤする 今どきの若手社員のトリセツ」を一部抜粋し再構成してお届けします。

  • オトナ世代が違和感をもつ若手社員の言動を具体的にピックアップ
  • ギャップやストレスの正体を分析
  • 円滑なコミュニケーションや適切な指導法を考察

という3ステップで、指導の妨げとなるストレス解消のヒントを探っていきます。

1 一から十まで全部説明しなきゃ分からんか……

オトナのイライラ・モヤモヤ
午後の会議に使う資料の印刷をお願いした。プレゼン用の資料とその根拠となる詳細データ資料の2種類を10部。出来上がった資料を若手が持ってきた。あ……これ、全部A4で印刷しちゃったの? データの資料は文字が小さいからA4だとめちゃくちゃ読みづらい。できればA3で印刷してほしかった。そこまで説明しなきゃ分からんか。

若者のホンネ
印刷しておいてと頼まれたから、指示された仕事をやりました。印刷サイズの話は聞いてないし。それならそうと言ってくれれば、サイズを変えて印刷するのに。なんか、こっちが悪い的な空気なんですけど……。

資料を印刷するといった簡単な作業でさえ、このようなすれ違いが起きがちです。オトナの「そのくらい察してほしい」に対して、若手は「言われなきゃ分からない」。こうした認識のズレは、なぜ起きてしまうのでしょうか。

オトナが「そのくらい察してほしい」と感じるのは、これまで培ってきた仕事習慣からきています。この世代は、上司が何を考えているのか、常に想像しながら仕事をしてきました。だからあうんの呼吸が理想形。他者への想像力こそがデキるビジネスパーソンの証しでした。

2 もはや想像力は超能力

一方で、今どきの若手社員が「言われなきゃ分からない」となってしまう理由。そこにも、デジタルツールの進化が絡んでいます。
インターネットが発達し、検索すればすぐに答えにたどり着けるようになった現代では、想像力を働かせながら考える必要がなくなってきました。
その昔、人類が言葉を発明し、また文字を発明したことで、それまで持っていた第六感が退化したといわれます。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、これと同じようなインパクトが現代に起きているのではないか。つまり、デジタルリテラシーの進化によって、若者の五感が退化しているのではないか。彼らを日々観察しながら、筆者はこう感じています。

そういった観点に立ったうえで、冒頭の場面を改めて見直してみましょう。この若手社員は、資料を印刷することが「業務のゴール」になってしまっていました。この資料がどういうシーンにおいて、何のために使われるのか。本来のゴールを想像するという視点に欠けています。
しかし、先述のように、今どきの若者にとって、もはや想像力は超能力。我々オトナは、このくらいの感覚で若手社員と接したほうがいいかもしれません。「そのくらい察してほしい」と感じてしまうオトナの欲求は、若手社員にとっては「そのくらい」のレベルではなく、ある意味で「テレパシー」のレベルなのです。

メールマガジンの登録ページです

3 言われたことをやったのに怒られる若者の嘆き

オトナのイライラ・モヤモヤ
お願いした報告書が上がってきた。「まとめ」のページが空白だ。確かに「『まとめ』はこっちがやるからいいよ」とは言った。まだ今回の報告書の総括を任せるのは早いから。でも「1回、トライしてみたので見てもらえますか」とか、そういう感性もあってほしいんだけどなぁ……。

若者のホンネ
いやいや、言われたことしかって……。指示されたことを普通にやって納品して、それでイラッとされるって、ほんと意味分かんないんですけど。だったら、報告書を作る業務をオーダーする時点で「『まとめ』も書いてみて」って言ってくれればいいのに。だったら、こっちだって書いてみますよ。

ホント、残念なくらいに言われたことしかやらない。若手社員に対するこうした声も、オトナ世代からよく聞かれる嘆きの声です。しかし一方では、若手の脳内に渦巻く「言われたことをやったのに、なぜか怒られた」という言葉を目の当たりにすると、それはそれで、若者の言い分のほうが合理的にも感じます。でも釈然としないイライラ・モヤモヤは消えません。
なぜ我々オトナは、言ったこと以上のことをやってほしいのか。この気持ちも、「一から十まで全部説明しなきゃ分からんか……」と同じく、これまで培ってきたオトナの仕事習慣に起因しています。

4 期待の裏返し、は伝わらない

自分たちが若手だったときは、言われたこと以上の仕事を自分からやってみることで、評価されてきた。言われたこと以上のことをなんとか返していく。その繰り返しが「デキるヤツ」という信頼につながる。評価とは、そうやって勝ち取っていくもんだ。こういう価値観が根っこにあるから、下の世代にも、つい期待してしまうんですよね。

だから、言われたことをやるのは「最低限の納品」くらいの意識でしょう。期待に応えるのは当たり前。というか、もっと言うと期待を超えていくのだ。こんな仕事の仕方を望んでいるのです。それが、本人のためにもなると知っているからです。

しかし、そうした意味合いについて、きちんと伝えながら仕事を振っているオトナは、どのくらいいるのでしょうか。心の中で思っていることはグッドだとしても、それだけでは、残念ながら今どきの若手には伝わりません。
言われたことしかやらない……と嘆く前に、言われたこと以上のことまでやるメリットを語ってあげてください。言わずもがなですが、ヤル気や本気度を問うようなコミュニケーションは、まったくもって逆効果です。

5 イライラ・モヤモヤ解消法

「一から十まで説明しなければ分からない」にしても「言われたことしかやらない」にしても、イライラ・モヤモヤを少しでも軽くするには、2つの方策が考えられます。

1つ目は、想像力の重要性を語ること。
言われたことをそのままやるのではなく、その仕事の意味を解釈し、そしゃくしてから動き出すのが、本質的な進め方であること。そのためには、この仕事はなんのためにやるのか、仕事の本来のゴールはどこか、を想像する必要があること。このあたりをきちんと説明することで、一から十ではなく一から六くらいまでの説明で動いてくれる。あるいは言われたこと以上の仕事をしてくれるようになるんじゃないでしょうか。

仕事のゴールを想像するには、「そもそも」を考える習慣が有効です。

そもそもなぜ印刷するのか、そもそも誰が使うのか。こう考えていくことで、言葉の表面上だけでは見えない、本来の目的に近づいていきます。
この仕事にはどんな意味があるのか? 自分が何を求められているのか? 仕事の全体像を想像できるようになれば、仕事へのスタンスも変わってくるはず。最初は慣れないかもしれませんが、繰り返し繰り返し「そもそも」を考える訓練をしてあげてください。

2つ目は、若者視点に立って、若者のメリットになる合理的な伝え方。若手が享受できるメリットを、いかに若手目線で翻訳できるかです。
ちなみに、若者視点のメリットとは、「評価されること」や「成長できること」だけではありません。実は、もっと彼らにとって身近に感じるメリットがあります。
それは「仕事のやりやすさ」です。今どきの若手社員は、過度に口出しされることなく自由裁量をもって働けることを強く望んでいます。そこに訴えかけるのが、いちばん効き目があると思います。
言われたこと以上のちょっとした気遣い→仕事ができるという評価→ある程度任せても大丈夫という安心感→進捗確認やマイクロマネジメントが減る→結果的に、自分のペースで仕事ができて仕事がやりやすくなる。こんな感じの「風が吹けば桶屋が儲かる」的な流れで語ってみてください。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2022年8月23日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

【朝礼】1200年以上も灯を絶やさずにいられる理由

皆さんは、延暦寺(えんりゃくじ)の「不滅の法灯(ほうとう)」をご存じでしょうか。延暦寺は、天台宗の開祖・最澄(伝教大師)が、788年に京都府と滋賀県にまたがる比叡山(ひえいざん)に建てた寺です。建立の際、最澄は「世の中を照らし続けるように」との願いを込めて、「根本中堂(こんぽんちゅうどう)」の本尊の前に灯(ひ)をともしました。この灯が今まで1200年以上、たった1度を除いて消えたことがないため、不滅の法灯と呼ばれているのです。

この灯りの構造は単純で、灯芯を燃料である菜種油に浸しただけです。灯を消さないためには、朝夕の2回、僧侶が油を注ぎ足さなければなりません。「油断大敵」という言葉は、ここから生まれたともいわれています。ちなみに、1度だけ灯が消えた理由は、織田信長による延暦寺焼き討ちです。ただ、その30年ほど前に、山形県の「立石寺(りっしゃくじ)」に灯を分灯していたため、立石寺の灯を再分灯してもらう形で、結果的に灯を絶やさずに済みました。いずれにしても、僧侶が油を注ぎ足し忘れるという「うっかりミス」は、1200年以上皆無だということです。

油を注ぎ足すという作業は重要ですが、単純なので忘れてしまいそうです。現代なら、多くの会社が当番制などで担当者を決めるでしょう。また、現代の技術であれば、自動で油を注ぐ構造にしたり、油が少ないとアラートを鳴らす技術を導入したりすることも、簡単にできるはずです。

ところが、延暦寺ではこれまで、油を注ぐための当番を決めずにきたといいます。逆に、担当者を決めないことで、全ての僧侶が灯を絶やさないように気を付け、守り続けてきたのです。灯を消さないための新技術も導入していません。

担当者を決めないやり方は、一見、非効率的といえますし、「他人任せ」にもなりがちです。ですが、私はそうならない理由が、最澄の教えの「一隅を照らす」にあると思っています。これは、「一人ひとりがそれぞれの持ち場で最善を尽くすことによって、自然に周囲の人々の心を打ち、お互いに良い影響を与え合い、やがて社会全体が明るく照らされていく」という教えです。

延暦寺の僧侶は、この教えを守っているからこそ、灯を絶やさないことの重要さを感じ、一人ひとりが最善を尽くしているのではないでしょうか。そして、油の残量を確認するたびに、最澄の教えを改めてかみしめているはずです。朝礼で社是を唱和することと同じように、それは決して非効率的な作業ではありません。

大事なのは、一人ひとりが灯を絶やさないことの重要性を理解し、自分事に感じて、緊張感を持つことです。これは、皆さんにもぜひ見習ってほしいと思います。当社は1200年以上の歴史はありませんが、皆さんやご家族、取引先の方々など、多くの人たちをお支えしており、絶やしてはならない存在のはずです。社是を忘れず、緊張感を持って業務に取り組んでください。

以上(2022年8月)

pj17116
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】その成功の理由を探せ

「上司に褒められた」「プレゼンテーションがうまくいった」「新しい顧客を獲得した」「資格試験に合格した」「ダイエットでウエストが5センチ細くなった」など、人生にはさまざまな成功があります。

成功したときのいいようもない充実感、達成感、高揚感は非常に心地よいものです。人生においても、仕事においても成功体験が多いほど楽しいものであり、一つでも多くの成功体験を重ねていきたいものです。

よく「失敗から学ぶ」という言葉を聞きますが、「成功から学ぶ」ことも同じように重要です。また、「過去の成功体験を忘れろ」もよく聞く言葉ですが、忘れる前にすることがあります。それは、その成功をしっかりと分析することです。

世の中には「高い確率で成功できる人」がいます。こうした人は「成功の理由をとことん追究して次に生かしている」のです。失敗したときに「なぜ、失敗したのか」を分析するのと同じように、成功した次にやるべきことは、「なぜ、成功したのか」を分析し、理由を追究することです。成功を「あのときはラッキーだった」で終わらせてしまっては次の成功につながりません。成功に至った理由を追究して自分の頭と体に叩き込み、それを自分の「成功法則」にすることができれば、次も成功に導けるかもしれません。

自分の「成功法則」を整理するために、今日から二つのことを実践してください。

一つは、上司、同僚、家族、友人など身の回りの人に自分の成功体験を話してください。そうすることで、「あのとき、自分はこう思っていた」「相手の気持ちをこうして察した」など、成功した理由が客観的な言葉になって整理されてきます。

中には後付け的に出てくる理由もあるでしょうが、問題ではありません。それは、自分の成功を自分自身が分析した結果だからです。また、皆さんの話を聞いた上司や同僚などがいろいろと質問してくるでしょう。それに答えていくことによって、自分では気づかなかった新しい視点も生まれます。そして、このときに、話し相手の成功体験を聞くようにしましょう。人の成功体験は思った以上に刺激になります。

もう一つは、成功体験を「原因と結果」で整理して一冊のノートにまとめることです。この「私の成功ノート」には、成功の秘訣が文字で記されます。文字にすることで、成功がより具体化します。

経営の神様といわれた松下幸之助氏は「成功している会社はなぜ成功しているか。成功するようにやっているからだ。失敗している会社はなぜ失敗しているか。失敗するようにやっているからだ」といいました。

皆さんが成功するためには、これまで成功した理由を知り、そこから成功の法則を見つけ出し、その法則通りにやるより方法はありません。

最後に、成功するためにはチャレンジし続ける勇気を持つことも忘れてはなりません。大きな成功をした後ほど、「次は前ほどうまくいかないかもしれない」と気持ちが後ろ向きになりがちです。しかし、人生にもビジネスにも、かならず次のチャレンジが到来します。当たり前のことですが、チャレンジがなければ成功もありません。成功と失敗を多く経験し、その都度、理由を追究して自分のものにしていくことでしか、自分の「成功法則」を完成させることはできません。

以上(2022年8月)

op16496
画像:Mariko Mitsuda

センサーで健康状態の把握、データ解析で収益最大化など「畜産テック」最前線/新技術で変わる農林水産業(3)

書いてあること

  • 主な読者:業務の効率化や人手不足の解消を図りたい畜産業の経営者
  • 課題:どのようにすれば効率化や人手不足の解消が図れるのか分からない
  • 解決策:事例を参考に、センサーやAI、ビッグデータ解析などの新技術を取り入れる

1 テクノロジーで畜産業の課題を解決「畜産テック」

近年、農林水産業を営む企業で、人工知能(AI)やドローンなどのテクノロジーを取り入れる動きが出てきています。体力勝負のこまめな管理や、自然環境の影響を大きく受けるこれらの業界では、次のような課題が挙げられています。

  • 高齢化による人手不足、ノウハウの継承
  • 変化する自然環境への対応
  • 効率的、持続的な生産・収穫・漁獲体制の確立

このシリーズでは、農林水産業を営む企業が直面する課題を解決するための最新テクノロジーの動向と、その活用事例を紹介します。第3回の今回のテーマは、畜産業が直面する課題を解決するための「畜産テック」です。具体的には、

  • センサーを使った監視による分娩事故の防止
  • ウエアラブルデバイスからのデータ取得で、家畜の健康状態や繁殖情報を把握
  • AI解析により外観だけで判定する体重測定
  • ビッグデータの解析による、収益を最大化させるための飼育方法の最適化

といった取り組みを紹介します。

2 「畜産テック」取り組み事例

畜産テックによって、繁殖、個体の把握、飼育などで、次のようなことが可能になります。

画像1

1)体内温度センサー・IoT/AI×分娩監視(牛)

牛の出産時の「子取り」に失敗する、いわゆる「分娩事故」によって子牛が死亡してしまうと、畜産農家にとっては大きな損失となります。このため、畜産農家は24時間体制で親牛を見守ることが少なくありませんでした。

リモート(大分県別府市)の「モバイル牛温恵」は、親牛の体内に入れた温度センサーによって、「分娩の約24時間前」や「1次破水時」などを検知してメールで通知します。

また、ノーリツプレシジョン(和歌山県和歌山市)の「牛わか」は、分娩房に設置したカメラが分娩を予定している親牛を監視し、分娩データを学習したAIが分娩前の特徴的な行動を検知してメールで通知します。

こうしたテックを活用することで、畜産農家が長時間親牛を見守っていなくても、分娩事故を減少させることが可能になるといいます。

2)ウエアラブルデバイス・AI×個体把握(牛)

牛の健康状態や繁殖状況をしっかりと把握するには、畜産農家に1頭ずつ観察する手間と経験が求められていました。特に繁殖に関しては、3分の2程度の牛の発情時刻が午後6時から午前6時までの間ともいわれており、授精のタイミングを逃してしまうことが少なくありません。牛は発情を1回逃すと、次の発情(平均21日後)まで約2万円の餌代がかかる他、乳量にも影響することから、受胎率の向上はコスト削減に効果があるといいます。

富士通Japan(東京都港区)の「牛歩SaaS」は、牛に取り付けた歩数計から自動的に集まる時間当たりの歩数を基に、発情開始時間・授精適期・受胎・未受胎・疾病などを判断します。一般的に発情開始時期に歩数が多くなるといわれており、発情兆候を検知して畜産農家にメールで通知します。また、過去の繁殖情報を分析し、繁殖作業予定の牛をカレンダー形式で表示します。

ファームノート(北海道帯広市)の「Farmnote color」は、牛に付けたウエアラブルデバイスで活動を24時間把握し、その情報をスマートフォンなどにリアルタイムで通知してくれます。具体的には、AIで個体差を把握した上で、それぞれの牛の活動量を解析。活動の低下や起立困難といった異常の際に通知をしてくれます。繁殖に関しては、発情や分娩の兆候に加え、授精の最適時刻も解析してくれます。飼育する牛に関する全てのデータはグラフなどで「見える化」されるので、妊娠率や発情見逃し頭数などを基に、繁殖に関する課題を把握することも可能といいます。

デザミス(東京都江東区)の「U-motion(ユーモーション)」も、牛に付けるタグに内蔵された複数のセンサーから、牛のデータをクラウドに収集、分析します。採食、飲水、反すう、動態、起立、横臥(おうが)、静止の7つの行動を、24時間リアルタイムで「見える化」しています。これらの行動データを分析することで、牛の発情、分娩、疾病といった兆候や、起立困難のアラート提供を行い、適切な処理や見回りの軽減に役立つといいます。

米国企業の日本法人MSDアニマルヘルス(東京都千代田区)の「SenseHub Dairy(センスハブデイリー)」は、牛の耳や首に取り付けるタグを使って、クラウド飼育管理システムを提供しています。世界で600万頭の牛のビッグデータに基づく解析も活用し、生産性の最大化をサポートしているのが特徴です。

3)非ウエアラブルデバイス・AI×個体把握(牛)

ウエアラブルデバイスを使わずに牛の状態を把握するテックもあります。

コンピューター総合研究所(茨城県水戸市)の「MOH-CAL(もーかる)」は、牛舎に取り付けた監視センサーで牛の採食時間、水飲み時間、立位・座位時間を1時間単位で集計します。同時に牛の行動変化をデータ化し、分娩兆候、起立困難状態を検出してメールで通知します。

太平洋工業(岐阜県大垣市)の「CAPSULE SENSE(カプセルセンス)」やThe Better(東京都新宿区)の「LiveCare(ライブケア)」は、温度と活動量を測定するカプセルを牛の胃の中に滞留させることで、牛の繁殖状況や健康状態を監視します。カプセルセンスは、一度牛の中に入れれば5年間はメンテナンスが不要な点が、ライブケアはカプセルケースがサトウキビ由来の材料を使用している点が、それぞれ特徴です。

4)AI×体重測定(豚)

豚の体重を1頭ずつ計測するには、時間も人手もかかります。また、体重は取引価格に影響しますし、体重の誤差は等級付けの際の「格落ち」の要因にもなります。このため、従来より豚の外観から体重を推定する「目勘(めかん)」と呼ばれる方法がありますが、長年の経験が求められる上に、ばらつきも生じてしまいます。

NTTテクノクロス(東京都港区)との共同研究で開発した伊藤忠飼料(東京都江東区)の「デジタル目勘(めかん)」は、専用の端末で豚を撮影して、外観から体重を推定します。真上から見た豚の体形や体長、体幅などの特徴量と、AIによって体重推定モデルを照合して算出します。実際の体重との誤差は4.5%以内といいます。

この他、アイピー通商(徳島県名西郡)の「eYeGrow(アイグロウ)」は、赤外線3Dカメラを使って豚舎内の豚の群の平均体重を計測し、データをスマートフォンなどに送信します。出荷時期の予測や飼育方法の最適化などに役立つといいます。

5)ロボット×飼育の自動化・省力化(牛、鶏)

ロボットなどを活用して、人力で行っている飼育作業を軽減するテックも開発されています。

オリオン機械(長野県須坂市)は酪農家の作業を軽減するために、自動搾乳ロボットや給飼機、哺乳機、牛床を清潔に保つための乾牧草やワラなどの敷料を自動で散布する敷料散布機、ふん尿搬出機といった、作業の自動化や省力化のための機械を販売しています。

東西産業貿易(東京都文京区)の「レイヤーウオッチャー」は、自動走行ロボットが撮影した画像をAI分析して、鶏舎内で死んでいる疑いのある鶏とそのゲージ列番号を表示します。表示されたゲージ列の段情報を選択すると、10秒間の検知動画を見ることができ、死んでいる鶏のチェックのための時間を従来の5分の1に削減するといいます。

6)人工衛星/ドローン×牧草地管理(牛)

国際航業(東京都新宿区)の「天晴れ(あっぱれ)」は、人工衛星やドローンからの画像を解析して、牧草地の生育状況を分析します。酪農家は牧草地を全て歩いて生育状況をチェックする必要がなくなり、草地更新の際は経年数ではなく、雑草の繁茂状況で牧草地を選ぶことなどが可能となるといいます。

7)ビッグデータ解析×飼育方法の最適化(牛、豚)

これまで牛や豚の飼育は人の経験や勘によって行われていたため、ムラやムダがつきものでした。これを改め、多くの畜産農家の飼育に関するデータを収集し解析することにより、収益を最大にするための飼育方法の最適化を進める取り組みが、民間・非民間団体ともに進んでいます。

酪農家向けには、家畜改良事業団(東京都江東区)が主体となって運営する「全国版畜産クラウド」が、2018年から始まりました。クラウド上のデータベースに牛の生産者団体からの個体識別情報、乳量・乳成分情報、人工授精情報、疾病履歴情報などのビッグデータを蓄積・解析して、効率的な畜産経営のための情報提供を行うシステムです。情報を提供している酪農家は無料で利用できます。このシステムを利用すると、例えば、個体識別情報を基に分娩間隔の長い牛を発見し、飼養改善や治療を行うことが可能になります。

養豚農家向けのサービスもあります。日本養豚開業獣医師協会(JASV)と農業・食品産業技術総合研究機構(茨城県つくば市)が開発した養豚農場の生産性評価システム「PigINFO」は、養豚農家の出荷頭数や販売金額などのデータを四半期ごとに集めて、ベンチマーク解析します。解析結果を基に、養豚農家は獣医師と連携して飼育方法などの改善に取り組めます。養豚農家の抗菌剤使用量などのデータ「PigINFO Bio」や、食肉衛生検査所での病気の検査データ「PigINFO Health」と連携させることで、抗菌剤の削減や疾病対策などにもつなげられるそうです。

この他、Eco-Pork(東京都墨田区)の養豚農家向けの経営管理システム「Porker(ポーカー)」は、繁殖や肥育など養豚に関するデータをスマートフォンなどから入力し、クラウドで管理します。飼育方法を最適化させるための分析を行い、経営改善に貢献するといいます。また、同社による豚舎の環境のモニタリングサービス「Porker-Sense-(ポーカーセンス)」は、IoTセンサーによって豚舎内の温度や湿度などをモニタリングします。異常時にはメールなどでのアラートによって豚の死亡事故を防ぐ他、生産成績と肥育環境をひも付けて分析してくれます。

3 畜産テック関連のデータ:ニーズと課題、需給など

これまで見てきたように、さまざまなシーンで「畜産テック」導入の動きが始まっています。農林水産省などの資料から、求められているニーズや需給などの状況を見てみましょう。

1)畜産テックのニーズ

全日本畜産経営者協会は2018年度から2019年度にかけて、「スマート畜産調査普及事業」を実施し、スマート畜産技術ニーズなどに関する畜産経営者へのアンケート調査を行いました。その報告書によると、酪農、肉用牛、養豚、採卵鶏、ブロイラーの各農家の畜産テックのニーズは、次のようなものが挙げられています。

画像2

2)飼養頭(羽)数と飼養戸数の推移

農林水産省「農林水産統計」によると、国内の畜産農家の飼養頭(羽)数と飼養戸数の推移は次の通りです。飼養頭(羽)数はやや増加している一方で、飼養戸数が減少していることが分かります。

画像3

以上(2022年8月)

pj50512
画像:shutterstock-Luke SW

【マーケティング】いまさら聞けないプロモーション戦略のポイント

書いてあること

  • 主な読者:「マーケティング」を意識できる組織を作りたい経営者
  • 課題:マーケティングの概念は幅広く、どこから学べばよいのか分からない
  • 解決策:マーケティングの基本として「マーケティング・ミックス」を学ぶ

1 プロモーション戦略の検討

プロモーションは、自社製品の販売を促進するための取り組みです。企業が行うべきことは多岐にわたりますが、この記事では、

  • 標的市場とプロモーション戦略の目的の決定
  • プロモーション・ミックスの取り組み方

という大切な2点を中心に紹介します。

2 標的市場とプロモーション戦略の目的の決定

プロモーションを実施する「標的市場」の設定は、事業ドメイン(企業が事業を展開する領域)を検討したり、新製品を開発したりする際などに行う「ターゲット顧客の設定」と同様の考え方で取り組むことができます。

注意すべきは、「プロモーション戦略の目的」です。プロモーションの目的は、消費者に自社製品を購入してもらい、売り上げを拡大させることです。すると、プロモーション戦略の目的が、とにかく「売り上げ増加」ということになりがちです。

しかし、消費者は「製品に対するニーズを感じたら、すぐに製品を購入する」といったように単純ではありません。例えば、自動車などの高額製品や、消費者の関与度(こだわり度)の高い製品は、次のプロセスを経て製品の購入に至るといわれています。

  • 認知段階:製品に関する情報収集などを通じて「製品について知る段階」
  • 情動段階:収集した情報などを基に「製品を評価する段階」
  • 行動段階:評価した結果を基に「実際に製品を購入する段階」

認知段階では、製品の名称や特長などを消費者に知ってもらうことが大切です。情動段階では、自社製品が消費者のニーズを十分満たすものであることをアピールし、自社製品に対して好意を抱いてもらい、良い製品であると認識してもらうことが大切です。

そして、行動段階では、自社製品に対して好意を抱いている消費者の購買行動を促すことが大切です。逆に「値引き」などのセールスプロモーションは、「行動段階」においては効果があり、「認知段階」での効果は薄いといわれています。

ただし、消費者の購買プロセスは一様ではありません。関与度(こだわり度)の高い製品は上記のプロセスを経る場合が多いのですが、日用品など関与度が低い製品は、知っている製品を購入し、その使用経験から評価するというプロセスを経ることがあります。つまり、「認知段階→行動段階→情動段階」というプロセスです。

プロモーション戦略の目的を設定する際は、その製品カテゴリーにおける消費者の購買プロセスの特徴や、自社製品に対する消費者の認知度などを勘案した上で検討する必要があります。

3 広告

1)訴求内容に基づく広告の分類1:製品広告と制度(企業)広告

製品広告は特定の製品について行われる広告で、私たちが多く目にするものです。一方、制度(企業)広告とは、製品そのものを売るためではなく、企業の姿勢、考え方などを広告し、それによって人々に好意や好感を持ってもらい、親密度や信頼度を高めようとするものです。自社のイメージ向上などを目的に行われるケースが一般的です。

2)訴求内容に基づく広告の分類2:情報提供型広告と説得型広告

革新的な製品については、最初に、その製品が消費者にもたらすメリットや製品の使用方法などを消費者に理解してもらう必要があります。こうした内容を中心に訴求している広告を情報提供型広告といいます。一方、説得型広告とは、自社製品の特長などを訴求し、多くの競合する製品の中から自社製品を選択してもらうために行うものです。

3)訴求内容に基づく広告の分類3:その他の広告

その他の広告には、比較広告とリマインダー広告があります。比較広告は、競合他社の製品と自社製品を比較したり、自社の旧製品と新製品を比較したりするなどして、自社製品あるいは新製品が優れていることを訴求するものです。リマインダー広告は、既に構築されているブランドや、消費者の間に浸透している認知度を維持するためのものです。

4 パブリシティー

パブリシティーとは、広報活動のことをいい、新聞・雑誌の記事やテレビの特集コーナーなどを通じて、自社の情報をマスメディアに取り上げてもらうよう働き掛ける取り組みです。

第三者による客観的な視点から評価された情報であるパブリシティーは、信頼性の高い情報として消費者に認識されます。企業はパブリシティーを通じて自社の情報を発信したいところですが、取り上げる情報を決定する権限はメディア側にあります。

従って、パブリシティーを活用するためには、情報の発信者であるメディアに注目してもらわなければなりません。そのためには、「メディアが注目しそうな情報を積極的に発信する」ことが大切です。

発信する情報には、新製品情報の他に、ボランティア活動などの社会貢献活動、経営者など社内人材に関する情報(執筆した出版物)などがあります。展示会や期間限定のイベントなどを行い、メディアが注目する話題づくりに取り組むことも有効です。

5 人的販売

人的販売とは、販売員が消費者と直接コミュニケーションを図りながら製品を販売することです。人的販売を行う販売員の役割は、「オーダーゲッター」「オーダーテイカー」「ミッショナリー」の3つに大別できます。

オーダーゲッターは新規顧客の開拓が役割、オーダーテイカーは既存取引先との関係性の維持が役割、ミッショナリーは受注の獲得ではなく、消費者との良好な関係構築や、消費者が必要としている情報の提供などが主な役割です。

営業部門の施策をこうした視点で見直すと、取り組みが不十分な点が分かることがあります。例えば、「新規顧客の獲得1件につき○円支給」といったように、オーダーゲッターに対してはインセンティブ制度を設けている企業は多いものの、その他の役割には、こうした施策を検討していない企業もあります。これでは不満が出てしまうでしょう。

6 セールスプロモーション

セールスプロモーションは、広告、パブリシティー、人的販売以外の手法で、消費者や流通業者などの需要を刺激する全ての取り組みのことをいいます。消費者に直接働き掛ける「消費者プロモーション」と、製造業者などが小売店などの取引先企業に対して働き掛ける「企業間プロモーション」があります。

消費者プロモーションには、試供品の提供、クーポンの配布、景品のプレゼント、陳列POPによるアピールなどがあります。企業間プロモーションには、アローワンス(小売業者などが自社の意図に従って行動してくれたときに金銭を還元するプロモーション。「陳列アローワンス」など)、優遇条件による特別出荷、販売奨励策などがあります。

7 プロモーション・ミックスの取り組み方

1)プロモーション・ミックスの検討事項

プロモーションの手法は多岐にわたり、効果もさまざまです。一般的に企業がプロモーションを行う場合、自社の目的に合ったプロモーション手法を選択し、複数の手法を組み合わせて(プロモーション・ミックス)取り組んでいくことになります。

自社の目的に合ったプロモーション手法を検討する際には、「製品のタイプ」「プロモーション戦略の基本方針(「プッシュ戦略」と「プル戦略」)」「消費者の購買プロセス」「製品ライフサイクルの段階」の4つの視点から考えることが基本です。

2)製品のタイプ

生産財のプロモーションは「人的販売」「セールスプロモーション」「広告」「パブリシティー」の順、消費財のプロモーションは「広告」「セールスプロモーション」「人的販売」「パブリシティー」の順に効果が高いといわれています。

3)プロモーション戦略の基本方針(「プッシュ戦略」と「プル戦略」)

プッシュ戦略は、製造業者が小売業者などに対して、自社製品を積極的に販売してもらう戦略です。人的販売や企業間プロモーションが重要になります。

一方、プル戦略は、消費者に自社製品の魅力を直接訴求することで、購買意欲を喚起して、「自社製品の指名買い」を促す戦略です。広告や消費者プロモーションが重要になります。

4)消費者の購買プロセス

「認知段階」「情動段階」「行動段階」に応じて、効果の高いプロモーション手法は異なります。「認知段階」では、多くの情報を提供できる広告や、「第三者の信頼できる情報」であるパブリシティーの効果が高いといわれています。

そして、製品に対する認知が深まると、消費者は詳細な情報を求めるようになるため、対話を通じて必要な情報を得ることができる人的販売の効果が高くなります。製品の評価を行う「情動段階」でも、同様に人的販売の効果が高くなります。

実際に製品を購入する「行動段階」では、値引きなど製品の購入を促す効果の高いセールスプロモーションが有効です。また、購入するか否か迷っている消費者に、「最後の一押し」を行う存在として人的販売の効果が高いといわれています。

5)製品ライフサイクルの段階

製品には、新規に開発されて市場に登場する「導入期」から「成長期」「成熟期」を経て「衰退期」を迎えて市場から消えていく、製品ライフサイクル(Product Life Cycle、以下「PLC」)という考え方があります。

「導入期」は製品に対する十分な知識がない消費者の多い段階です。製品のもたらすメリットや製品の使用方法などさまざまな情報を伝えたり、製品自体の認知度を向上させたりすることのできる広告やパブリシティーの効果が高くなります。

「成長期」は企業間競争が比較的穏やかな段階です。製品の認知度が高まっていることもあり、プロモーションの規模を縮小することができます。

「成熟期」は企業間競争の激しくなる段階です。消費者の購買行動を促すセールスプロモーションの効果が高くなります。また、多くの競合製品の中から自社製品を購入してもらうために、消費者に自社製品を強く印象付ける広告も重要です。

「衰退期」は市場が縮小している段階です。消費者から見ると、機能面など製品自体の持つ魅力(メリット)などは小さくなっています。そのため、値引きなどのセールスプロモーションの効果が大きくなります。

以上(2022年8月)

pj80024
画像:unsplash

【SDGs】(前編)中小企業がSDGsで「稼ぐ」ための3つのステージ

書いてあること

  • 主な読者:SDGsに関心はあるけれど、二の足を踏んでいる経営者
  • 課題:会社としてSDGsに取り組むメリットが分からない
  • 解決策:SDGsを会社の利益に結びつけるための3つのステージを実践する

1 中小企業はSDGsで利益を出せます

  • 商品に「売り上げのうち1円を地元の自治体に寄付します」と表示したら、売り上げが飛躍的に増えた
  • 自社のショールームと工場見学通路にSDGsの取り組みを掲示してSNSなどで発信したら、県内の小・中・高校からの工場見学が殺到した
  • 県が認定するSDGs推進建設企業登録制度に認定登録して自社のウェブサイトでPRしたら、引き合いが増えた

これらは、私たちがSDGs活動に関してコンサルティングをさせていただいた中小企業で、実際にあった話です。中小企業の多くの経営者の方は、SDGsの話になると、真っ先に「SDGsでどうやって稼げるの?」というご質問をされます。その答えは、

SDGsは、やり方次第で利益を出すことができます。逆に今からSDGsをやっておかないと、今後は商機を失ってしまうかもしれません

ということです。背景には、製品やサービスを買う際の判断基準として、ビジネスを通して社会や環境に良い影響を与えていることが重視される時代に進んでいることがあります。

このシリーズでは、中小企業がSDGsで利益を出すために必要な3つのステージを、私たちがコンサルティングをさせていただいている中小企業の具体例も交えながら、2回にわたって紹介します。

中小企業がSDGsで利益を出すためにクリアすべき3つのステージは次の通りです。

  • 第1ステージ:SDGsを知り、社内の活動を全てSDGsにひも付ける
  • 第2ステージ:SDGsに関する自社の強みと課題を明確にして活動方針を決める
  • 第3ステージ:SDGsに関する活動を社内業務の利益・社会貢献の発信に結びつける

よくあるのは第1ステージだけで終わってしまうケースです。自社がSDGsを行っていることが分かっただけで、それ以上何も行わないのでは、「稼ぎ」につながりません。社内で自社の強みと課題を共有することによって、強みから利益を生み出すとともに、課題から見えた社会貢献活動への取り組みを発信して認知度を高めることが肝要です。

2 SDGsの考え方や仕組みの最重要ポイント

3つのステージをご紹介する前に、SDGsの考え方や仕組みについて、「SDGsで稼ぐ」ための最も重要なポイントだけご説明いたします。

1)SDGsにはマイナスのイメージがほとんどない

SDGsという言葉にマイナスのイメージを持つ人は、皆無といっていいでしょう。当たり前のように思えますが、実は企業活動にとって強力な「魔法」になり得るものです。

どのような企業活動でも、営利目的である以上、見方によってはマイナスの側面が出てきてしまうものです。ところが、SDGsは前面に押し出しても、こうした懸念は不要です。自社のさまざまな活動について、SDGsという「魔法」をかけて発信することで、その企業が社会課題解決を担う、持続的可能で将来有望な企業だと認知されることになります。

ある意味で自社がSDGsに取り組んでいることは、「アピールした者勝ち」といえます。自社のウェブサイトの他、顧客向け、求人向けなど、あらゆる場面で宣伝すべきです。

2)「SDGsやってるの?」から「SDGsやってないの?」の時代に

大企業や金融機関などは、SDGsの取り組み実績に応じて取引先の選定を行うようになってきており、仕事の可否を決めるようになり始めています。

私たちはSDGsに関するコンサルティングをさせていただいていますが、近い将来、「SDGs監査」が行われるのではないかと想定し、監査ツールの構築を行っています。つまり、遠からず、企業が「SDGsやってるの?」と聞かれる時代から、「SDGsやってないの?」と聞かれる時代がやってくるということです。

SDGsは、「ヒト・モノ・カネ」という企業経営の全てに関連しており、しかも世界の共通言語になってきています。「モノ・カネ」に続いて人的資本の開示が求められていく時代において、SDGsは企業価値を判断するための、明確で分かりやすい指標になってきているのです。

3 第1ステージ:社内の活動を全てSDGsにひも付ける

1)企業活動におけるSDGsの範囲を知る

それでは第1ステージとして、SDGsを知り、社内の活動を全てSDGsにひも付けることから始めましょう。社内の活動をSDGsに置き換えることを前提にした「SDGsを知る」ということは、企業活動をSDGsの活動として捉えてみることが大事です。環境省によるSDGsガイドは、企業活動をSDGsにひも付けるのに役立ちます。

画像1

SDGsの17のゴールには、それぞれ企業活動にも連想されるターゲットキーワードがあります。例えばゴール1「貧困をなくそう」であれば、貧困・災害・社会的保護・土地・レジリエントなど、ゴール8「働きがいも経済成長も」であれば、雇用・生産性・働きがい・労働・女性・障がい者などがターゲットキーワードです。これらのターゲットキーワードを、社内の活動をSDGsにひも付けるための参考にしましょう。

SDGsを知るには、外部の講師を招いてセミナーを開催するのもよいでしょう。社員にもSDGsに対する関心を持ってもらうことが大切です。

2)給茶機の導入や社員の地元の祭りへの参加もSDGsとひも付け

SDGsについて知ったら、いよいよ社内の活動を全てSDGsにひも付けていきましょう。

「うちの会社はSDGsなんて何もしていない」と言っている会社でも、実はSDGsにひも付けできる活動を行っているのに、気付いていないだけです。

実例としてご紹介させていただくのが、私たちが1年以上にわたりコンサルティングさせていただいた、作業工具製造のマルト長谷川工作所(新潟県三条市)です。同社はウェブサイトにSDGsへの取り組みを掲載していますが、自社の事業や業務改善、社員教育などの営利活動だけでなく、給茶機の導入などにまでSDGsにひも付けています。以下に一部例を紹介します。

  • 生産性向上への取り組み:ゴール8「働きがいも経済成長も」、ゴール9「産業と技術革新の基盤をつくろう」
  • 社員教育(若手への技術伝承):ゴール4「質の高い教育をみんなに」
  • 自社で製造している爪切りを活用した独自のネイルケア方法を啓蒙する事業:ゴール3「すべての人に健康と福祉を」
  • 給茶機の導入:ゴール2「飢餓をゼロに」、ゴール6「安全な水とトイレを世界中に」
  • 社員が地元の祭りに参加している:ゴール11「住み続けられるまちづくりを」
  • 社員が除雪車で近所の道路も除雪している:ゴール11「住み続けられるまちづくりを」

「給茶機の導入もSDGsなの?」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。ですが同社では、給茶機の導入によって捨てるお茶がなくなり、節水にもなっていることをしっかりとアピールしています。まさに、「物は言いよう」、少し強引であってもいいので、SDGsの魔法をかけてしまいましょう。

3)会社の経営方針とSDGsもひも付け

多くの中小企業は、経営理念や社是、社訓などの「経営方針」があります。そうした経営方針を、社内の活動と同様にSDGsとひも付けていくことで、社内外の人たちに分かりやすくアピールすることができます。

先ほど紹介したマルト長谷川工作所の企業理念は、「一人ひとりが輝く人づくりでつながりと感謝の心を育みます」「世界を駆けめぐる物づくりで縁のある全ての人を幸せにします」という2つです。先ほどのSDGsへの取り組みを紹介するウェブサイトでは、最初に「世界を駆けめぐる物づくりを通じて持続可能な社会実現に向けて、SDGsの達成に貢献いたします」と、企業理念とSDGsをひも付けています。こうすることで、「私の会社は企業理念にもSDGsの精神を掲げています」ということを、しっかりと社内外にアピールすることができています。

4 第2ステージ:SDGsに関する自社の強みと課題を明確にして活動方針を決める

社内の活動を全てSDGsにひも付ける作業が終わったら、その中での自社の強みと課題を明確にし、活動方針を決めます。そのためには、まずはSDGsにひも付けた社内の活動を分類し、分類ごとに優先順位を付けて活動方針を決めることが必要になります。

1)企業によるSDGsを4類型に分類する

ひも付けした社内の活動は、4つの類型に分類することができます。

画像2

左上の「社内での全社の活動(社内環境)」は、主に社内の環境づくりを表しています。働き方改革に基づく労働環境の改善や、社員の権利の強化などが該当します。マルト長谷川工作所の事例では、1.の生産性能向上への取り組みや、2.の社員教育が含まれます。残業削減や休暇の取り方、育児介護休暇などの推進、健康経営や会社が定めるホワイトマーク認定など、働く人の心理的安全性を高めることで働く人のやる気を引き出すことにもつながります。

左下の「社内での個人の活動(会社生活)」は、社内での個人によるSDGsの取り組みです。会社が社員のSDGsへの取り組みを支援するもので、マルト長谷川工作所では4.給茶機の導入や、6.社員が除雪車で近所の道路も除雪していることが該当するでしょう。

右上の「社外での業務の活動(会社業務)」は、社外での営利活動です。マルト長谷川工作所では3. 自社で製造している爪切りを活用した独自のネイルケア方法を啓蒙する事業が該当します。この記事のテーマである、SDGsで「稼ぐ」ことの早期実現を目指すのであれば、この

「社外での業務活動」にSDGsのための資源を集中させる

ことが重要です。他の社内活動よりも、自社の営利活動が社会課題の解決につながることを明確にして、SDGsのいずれかのゴールにひも付いた形にすることを優先させるのです。

右下の「社外での外部の活動(個人活動)」は、マルト長谷川工作所では5.社員が地元の祭りに参加していることが該当するでしょう。

自社の「稼ぎ」を考えた場合、「社外での業務の活動」「社内での全社の活動」の優先度が高いといえます。残りの「社内での個人の活動」「社外での外部の活動」は、採用活動やイメージアップなど、長期的な利益向上のための取り組みだということを認識しておきましょう。

優先順位の低い2つの類型については、自社だけで取り組むのでなく、関わる人を増やすことで、「SDGsの共通コスト削減(注)」につなげましょう。

(注)SDGsをコストに見立て、活動を行うたびにコストが削減するという意味で用いています

2)自社の強みと課題の抽出

SDGsに取り組むといっても、17のゴール全てに取り組み、全てをアピールする必要はありません。自社の活動に最も合ったゴールだけを前面に押し出すようにしましょう。

前述したように、特に優先するのは、4類型の区分けをした中の「社外での業務の活動(会社業務)」に該当するものです。この中で、自社の強みであり、コストが掛からず即時に効果の上がる、つまり利益増加と社会課題の解決に結び付きやすい活動を選定して優先的に行うことが大切です。

逆に、利益増加と社会課題の解決に結び付きにくい活動は、なぜ結び付きにくいのかという課題が見えてくるはずです。

今回はこれで終わりです。後編では、第3ステージの解説と、私たちがコンサルティングをさせていただき、実際にSDGsで利益やメリットを得ている中小企業の成功事例について紹介させていただきます。

以上(2022年8月)

【著者紹介】
井上浩仁(いのうえ ひろひと)

NAコンサルティンググループ代表 https://na-consulting-group.jp/
著者画像1
【働く人の安全と健康をモットーに社会に還元奉仕する】を信条とし、ワークライフバランスの実現をはじめとするホワイト企業戦略に基づくSDGs経営・健康経営・業務効率化・人事評価制度構築・安全衛生・ハラスメント対策など多様な従業員の環境づくりと人的資本コンサルティングにおける企業の目指す目的に沿った中長期的な人財デザインを行っている。県内外中小企業・各商工会議所・経済団体・学校などの共催セミナーなども開催しており、社会で輝く人財づくりに尽力している。

pj80133
画像:shutterstock-brutto film

中小製造業が生まれ変わる DtoCビジネスを始めるときにまず知っておくべきこと

書いてあること

  • 主な読者:中小製造業で新しくDtoCビジネスに取り組みたい経営者
  • 課題:DtoCビジネスとはどのようなものか、従来の製造業と何が違うのか理解したい
  • 解決策:DtoCビジネスの成功エッセンスを活かし、新しい視点で製品づくりに取り組むことで、事業領域を広げる可能性が高まる

1 従来の製造業とは全く異なる「DtoC」ビジネス

皆さまは、DtoCという言葉を聞いたことはあるでしょうか。DtoCとは、Direct to Consumer(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)の略で、

メーカーが自社で企画した製品を店舗や仲介業者を通すことなく、自社ECサイトなどを用いて、顧客に直接販売する手法

のことです。D2Cとも表記される場合もあります。この定義だけだと、いわゆる「直販」と同じようにも思えますが、決定的な違いは、

DtoCは、メーカーが顧客と直接、双方向でつながっている

ということです。このDtoCならではの特徴を活かすと、従来の製造業とは違う「新しい製造業」に生まれ変わる可能性を秘めています。なぜなら、DtoCビジネスでの成功事例を分析すると、従来の製造業にはなかった5つのエッセンスが挙げられるからです。

  • 商品化前の段階から顧客の意見を聞いて、顧客とともに創る
  • 自社の理念を込めた製品づくりで従業員も自社や製品のファンにする
  • 製品が生まれたストーリーを伝えて顧客の共感を得る
  • 顧客データを活用して顧客のより細かいニーズに対応する
  • 社会課題の解決につながる「ソーシャルグッド」の要素を入れて支持を得る

画像1

この記事では、DtoCビジネスとはどのようなものか、従来の製造業と何が違うのかをご説明します。DtoCビジネスの特徴である新たな視点で製品づくりに取り組むことで、事業領域を広げるための参考にしていただければと思います。

2 DtoCビジネスを始めるメリット

DtoCビジネスが、従来の製造業とも、いわゆる直販とも違うということはご理解いただけたかと思います。では、次に事業戦略的な側面から、中小製造業者がDtoCビジネスを始めるメリットについてご説明いたします。

1)場所の制限がない

中小製造業者の中には、地域社会に根ざして製造販売を行っている企業も多いのではないかと思います。つまり、地域の流通網に商品を流し、販売をする方法です。こうした中小製造業者が生き残るためには、マーケットを広げていく必要があります。DtoCビジネスであれば、販売エリアは制限がなくなり、全国・世界を対象として販売をすることができます。

また、コロナ禍などでオンライン化がますます進み、オンライン商談会、商品説明会などが盛んに行われていますので、ニーズに合った顧客は全国から獲得することができます。今や製品を購入するための要件として、製品が自分の近くにある必要がないのです。

2)顧客の反応を試してから商品化できる

DtoCビジネスを行う企業には、クラウドファンディングで資金を集めてから製品をつくるケースも多く見られます。

このような製造手順は、債権回収リスクを減らすこともメリットですが、最大のメリットは、製品をつくる前に市場に受け入れられるかどうか検証できることです。事前に注文数も分かるので、受注生産のような形となり、在庫リスクを減らすこともできます。

クラウドファンディングサイトでは、次々と新しい製品の販売テストが行われており、実際のユーザーの声を基にして製品を進化させるという作業が繰り返されています。

3)製品を常に改良していくことが前提になっている

従来の製造業では、製品開発にじっくりと時間をかけ、「完成品」にしてから市場に出すことが一般的です。これに対してDtoCビジネスの場合は、製品は顧客の声を基に常に改良され、変化することを前提としています。つまり、「永遠のベータ版」であるといえます。

その根底には、DtoCビジネスの成功事例のエッセンスでも触れたように、DtoCを行う企業と顧客との共創関係があります。この関係があることによって、顧客の声を聞いて製品を改良するという取り組み自体が、「自分の意見が取り入れられた」と感じた顧客をファンにすることにもつながります。

ただし、製品は改良しても、製品に込められたストーリーや強い思いは変えないことが大切です。そのコンセプトに製品をより近づけるために変化した、という理解を得られるからです。コンセプトさえ変わらなければ、製品自体は必ずしも固定されていなくても顧客に受け入れられるものですし、逆に固定していないことが価値になる、ということもあるのです。

3 DtoCビジネスで成功する5つのエッセンスと事例

DtoCビジネスを始めるメリットをご理解いただいた上で、冒頭でも触れた、DtoCビジネスの成功のための5つのエッセンスについて、事例を交えながら詳しく解説いたします。

1)お客さまとつくる~顧客との共創~

通販で販売されている製品の誕生のきっかけを探ってみると、大手のメーカーが独自に持ち合わせている成分を使ってサプリメントにした、といったものが多く見られます。いわゆる「プロダクトアウト型」の高付加価値商品です。

これに対して、DtoCでは究極の「マーケットイン型」の製品をつくることができます。

アパレルDtoCのALL YOURS(オールユーアズ)は、「インターネット時代のワークウェア」をコンセプトに、クラウドファンディングで製造資金を得て立ち上がった会社です。製品が出来上がる前に、まず製品のコンセプトと製品案を発表し、ファンに受け入れられることを確認してから実販売につなげる点は、まさに新しいビジネスモデルであるといえるでしょう。

ALL YOURSでは、顧客のことを「共犯者」と呼んでいます。

大事になってくるのは、コンセプトに共感し、応援してくれる顧客です。この顧客を共犯者と呼ぶことで、ブランドとの一体感が生まれ、一緒にブランドを共創していく意識が芽生えているのです。

DtoCの良いところは、顧客と直接つながれることです。直接つながることで、つながりはより強くなります。この強いつながりを活かせば、意見をもらったり、口コミで広げてくれたりできます。そして、この強いつながりが、「ファン」を作り、ファンとの関係をより長く続けていくことを可能にするのです。

2)熱い思い~強い「理念」のあるプロダクト~

ほとんどのDtoCブランドは、製品づくりに「理念」を込めています。そして、製品が生まれた背景や、その製品によって起こしていきたいこと、社会をどのようにしていきたいか、そういった気持ちを言葉で明記し、ECサイトの分かりやすい場所に表記しています。例えば、先ほどご紹介したALL YOURSであれば、ウェブサイトに「オールユアーズの価値観」を掲載しています。

最近は、「理念経営(ビジョナリー経営)」が大きな注目を浴びています。経営理念を中心にした行動方針を策定していくことで、従業員のエンゲージメントを高め、生産性の高い組織を目指すという考え方です。DtoCの世界でも、理念に直結した製品をつくり、広めていくことで、従業員もファンの一員として活躍することができるようになります。

3)ストーリー~スペックや機能ではなく共感を売る~

前述のファン作りにも近い考え方ですが、DtoCビジネスにはストーリーが非常に重要です。スペックや機能ではなく、地域への思いや開発のストーリーなど、さまざまな「共感」を製品にすることで販売に結びつける手法です。

サッポロビールが行っているビールのDtoC「HOPPIN’ GARAGE(ホッピンガレージ)」は、顧客の「人生ストーリー」をコンセプトにして製品を生み出す「ストーリーブリューイング」という手法で製品づくりをしています。

今まで、ビールといえば味や喉越し、最近では健康に配慮した糖質ゼロなど、さまざまな機能で販売することが主流でした。これに対してHOPPIN’ GARAGEは、誰か(顧客であり企画者)のストーリーを種にしたビールを、ストーリーブックとともに届けるというサービス全体で一つの製品となっています。

例えば、「IGUSA(イグサ)」という製品は、熊本県の名産で、畳に使われる「い草」を原料とした、ほのかに畳の香りが感じられる製品です。熊本県の顧客が企画に応募して製品化されたものですが、熊本地震からの復興への願いや、もっと熊本を知ってほしいという思いをコンセプトにして開発されました。

4)データ活用~行動データを事業に活用~

「データベースマーケティング」といわれるように、顧客から得られるデータを活用することは当たり前になってきています。特に近年は顧客のニーズが多様化しており、かつてのように「王道商品」だけが売れるという時代ではありません。より細かなニーズに対応することで、販売が伸びるケースも少なくありません。

おやつのDtoC「スナックミー」は、自分の好みを幾つか答えると、好みに合いそうなお菓子が定期的に送られてくるサブスクリプション(定期購買)モデルです。食べ終わった後、そのお菓子が好みだったかどうかの反応をフィードバックすることで、次回の配送に反映されるのが特徴です。

こういった手法は「パーソナライズ」といわれますが、一人ひとりの好みに合わせた製品が送られてくることで、画一的な体験ではなく、一人ひとり異なる体験ができるという点で、ファンを作りやすくなっています。

パーソナライズしていない製品であっても、顧客の声やNPSR「Net Promoter Score(ネットプロモータースコア、顧客ロイヤルティーを測る指標)」などを計測し、より良い製品やサービスづくりに活かしていくことがビジネス成功の鍵となっています。

5)ソーシャルグッド~事業モデルそのものが社会貢献~

「ソーシャルグッド」という言葉をご存じですか? 社会課題の解決につながり、社会に対して貢献をしているかどうかを表す言葉です。SDGsに対する関心の高まりを反映して、最近使われるようになってきました。

企業に対する評価基準は、従来は売り上げや利益だけでしたが、今は社会に配慮した成長をしているかどうかに変わってきており、顧客が製品を選ぶ際の理由にもなっています。

「βace」によるチョコレートのDtoC「Minimal(ミニマル)」は、カカオ豆の選定から自社で行う「Bean to Bar(ビーン・トゥ・バー)」というコンセプトでチョコレートを製造販売しています。Minimalの特徴は、世界中のカカオ農家の貧困などの問題を解決するために、農家から直接、正当な対価で仕入れを行って製品をつくっていることです。また、カカオ農家に対して、高品質なカカオ豆を生産できるように技術支援も行っています。

このようなソーシャルグッドなビジネスは、価格やスペックなどの価値を超え、支持をされる傾向にあります。

4 DtoCビジネスの第一歩は、その製品が世の中にどのような効果があるかを問い直すこと

DtoCビジネスについての理解が深まったところで、では、DtoCビジネスを始めるにはどうすればよいのかご説明します。先ほどお伝えした5つの成功エッセンスを大切にするために、「コンセプトワーク」を行いましょう。

コンセプトワークとは、「誰に、何を、どのように販売するか」を決めることですが、最も重要なのは「何を販売するか」です。従来の製造業では、「誰に販売するか」が重視されがちでしたが、「何を販売するか」という目的重視に視点を変更するところから始めてみましょう。

その製品が、世の中にどういった効果をもたらすのかを考え、提案していくこと

が、市場に受け入れられるDtoCビジネスを行うためのポイントです。

そのためには、身近な社会課題に向き合ったり、近くの「困った」を助けるビジネスができないかを考えてみたりすると、良いきっかけになるでしょう。

「どのように販売するか」については、クラウドファンディングを利用することもできますし、最近では無料で導入できるECカートシステム(ECサイトで顧客が購入する仕組み)も増えてきています。

DtoC市場は、今後ますます拡大していくと考えられます。中小製造業者の皆さま、ぜひ始められるところからトライしてみてください。

以上(2022年8月)
(執筆 倉橋美佳)

【著者紹介】
倉橋美佳(くらはし みか)

株式会社ペンシル 代表取締役著者画像1
ペンシル入社後、通販サイトを中心にサイトの企画運用・プロモーション設計・運用等、総合的なWebコンサルティングに従事。仮説と検証に基づく改善を実施するため、サイト分析ツール「スマートチーター」プロジェクトを主導し自社開発を行う。2016年、代表取締役社長、及び、台湾現地法人「台灣朋守有限公司」の総経理に就任し、グローバル展開を含めたペンシルグループ全体のWebコンサルティング事業を率いる。セミナーや講演活動を積極的に実施。
株式会社ペンシル https://www.pencil.co.jp/

pj70097
画像:shutterstock-claudenakagawa

【マーケティング】いまさら聞けない価格戦略のポイント

書いてあること

  • 主な読者:「マーケティング」を意識できる組織を作りたい経営者
  • 課題:マーケティングの概念は幅広く、どこから学べばよいのか分からない
  • 解決策:マーケティングの基本として「マーケティング・ミックス」を学ぶ

1 価格戦略の検討

価格戦略は、自社の売上高や利益を最大化するためのものです。大切なのは、

  • 企業の視点:コスト構造、適正利益など
  • 顧客の視点:顧客の購買力など
  • 競合他社の視点:価格水準など

のバランスを取ることです。

仮に、企業の視点が欠如していると、製品は売れても利益を確保できません。また、顧客や競合他社の情報は収集するのが難しい場合もあるので、必要に応じて外部機関に市場調査を依頼することも検討しましょう。

「いくらで販売するか?」というのは、とても難しい判断です。前述した3つの視点を考慮しながら、強気(高く販売したい)でいくか、弱気(安く販売したい)でいくかを決定する必要があるからです。この記事では、価格戦略のポイントを紹介していきます。

2 需要の価格弾力性

価格を検討する際、「需要の価格弾力性」に注目します。企業の売上高は「売上高=価格(製品単価)×販売量」と考えることができます。一般的に、価格を安く設定すると販売量は増加し、価格を高く設定すると販売量は減少します。

しかし、価格の変化によって販売量が変化する割合は製品によって異なります。この割合を「需要の価格弾力性」といい、次の式で表すことができます。また、需要の価格弾力性は、現在の価格の妥当性など、重要な視点を与えてくれます。

需要の価格弾力性=需要の変化率÷価格の変化率

需要の価格弾力性の絶対値が1よりも大きければ、「需要の価格弾力性が大きい」ということになります。この場合、価格を下げるとそれ以上の割合で販売量が増加するため、値下げすることで売り上げ増加の期待が高まります。

一方、需要の価格弾力性の絶対値が1よりも小さければ、「需要の価格弾力性が小さい」ということになります。この場合、価格を上げてもそれ以上の割合で販売量が減少しないことから、値上げすることで売り上げ増加の期待が高まります。

3 複数の製品の関連性を考慮

1)バンドリング

バンドリングとは、複数の製品をセットにして、それら個々の価格の合計金額と異なる価格で販売する方法で、「セットによる割引販売」が一般的です。ただし、例えば、希少価値の高いシリーズの書籍を、全巻セットで割高で販売するケースもあります。

バンドリングでは、関連性の高い製品をセットにすることが基本です。洋服であれば、夏物のTシャツと短パンがセットになります。つまり、相乗効果が期待できる製品でなければ、あまり意味がないということです。

2)ロスリーダー

一部の製品を非常に安く設定して“目玉”とし、集客を狙うことがあります。こうした“目玉”をロスリーダーといい、この手法は小売業で頻繁に用いられています。スーパーマーケットで「本日の特売品」と売り出されるのが典型例です。

ロスリーダー単体の収益率は非常に低く、時には赤字になります。しかし、消費者がロスリーダー以外の製品も併せて購入することで、全体としては企業の収益が向上します。そのため、ロスリーダー以外の製品の購入を促進することが重要になります。

4 時間軸を考慮

1)繁忙期・閑散期を考慮した価格戦略

消費者の需要が特定の時間・曜日・月などに変化することがあります。例えば、観光地にあるホテルの需要は週末や夏休み・冬休みの時期に集中します。しかし、ホテルの部屋数には限りがあるため、それを超えた需要には対応できません。

このようなケースでは、繁忙期には価格を高く、閑散期には価格を低く設定する「繁忙期の収益を拡大させるとともに、繁忙期の需要を閑散期に誘導する(需要の平準化)」ことで、収益の拡大を図る場合があります。

2)製品ライフサイクルを考慮した価格戦略

製品には、新規に開発されて市場に登場する「導入期」から「成長期」「成熟期」を経て「衰退期」を迎えて市場から消えていく、製品ライフサイクル(Product Life Cycle、以下「PLC」)という考え方があります。

「導入期」は競合他社が少ないので、高めの価格を設定できます。「成長期」は参入企業が増えるので、価格は低くなります。「成熟期」は市場の成長が鈍化して競争が一層激しくなるので、価格は最も低くなります。「衰退期」は生産量の減少などによるコスト上昇や競合他社の撤退などがあるので、成熟期よりも価格は高くなりがちです。

この考え方は一般論であり、実際の価格水準の推移は、個々の製品や業界動向などによって異なります。しかし、業界内における価格水準の推移を予測する上で、PLCを意識することは大切です。

5 購入量などを考慮

製品の購入量や利用回数に応じて価格を変える戦略です。例えば、大量購買による割引が代表的な例です。また、顧客を購入金額や来店頻度で区分し、優良顧客に特別な価格で販売するフリークエント・ショッパーズ・プログラム(FSP)も一例です。

この戦略は、「まとまった量を販売することで、原料・輸送などのコストが削減できる」「購入量・利用回数などに応じて価格を割り引くことで、自社製品を継続的に購入させるインセンティブを提供できる(優良顧客を囲い込むことができる)」といった場合に有効です。

6 消費者の心理を考慮

1)端数価格

「Tシャツ1枚1980円」など、小売・サービス業などの店頭には「8」や「9」の付いた価格の製品が多く並んでいます。こうした価格を端数価格といいます。金額的には20円しか違わないTシャツでも、1980円と2000円では印象が全く異なります。

多くの消費者は、1980円のTシャツに対して「1000円台の安い価格である」という印象を持つものです。また、「1」や「2」といった数字ではなく、「8」や「9」という点も重要なポイントです。

「8」や「9」が付いた価格に対して、消費者は「最大限に値引きされたお買い得な製品」という印象を抱く傾向があるようです。端数価格を付けると需要の価格弾力性は大きくなり、特に食品や日用雑貨などの最寄り品に有効とされています。

2)威光価格(名声価格)

購入頻度が低い宝飾品などの場合、消費者は、製品の品質を適切に判断できないことがあります。サービスについても、初めて利用するときは、事前にその品質を判断することができません。

こうした場合、消費者は「高価格=高品質」「低価格=低品質」として、価格を重要な品質の判断基準とします。このような傾向を鑑みて、「高品質」を訴求するために、あえて高い価格を設定するのが威光価格(名声価格)です。

3)慣習価格

業界内の価格が統一的であったり、1つの製品を長期間にわたって同一価格で販売していたりすると、消費者の心の中に「この製品の価格は○○円である」というように、固定観念が形成される場合があります。こうした価格を慣習価格といいます。

慣習価格に対して、わずかでも高い価格を設定すると、消費者は「この製品は高い」と感じるため、需要は激減してしまいます。また、製品によりますが、慣習価格よりも低い価格を設定しても、それほど需要量は増加しない傾向があるようです。

7 過度な価格競争を避ける

競合他社が多い業界では、価格競争が起こりがちです。価格競争が過熱し、どの企業も引くに引けない状況に陥ってしまうと、勝った企業ですら疲弊してしまう「勝者なき戦い」に至ります。

これを避けるためには、価格以外の面で差異化を図り、競争の軸足を他に移さなければなりません。方策としては、「製品の機能やデザインによる差異化」「付随サービスによる差異化」「製品や企業のブランド力向上による差異化」などがあります。

ただし、差異化が図れるようになるまでには時間がかかります。そこで、過度の価格競争を回避するための即効性のある方法の1つとして、「過度の価格競争を行わない」というシグナルを市場に発信することが重要になります。

例えば、相手が値下げを行っても、対抗的な値下げをしないというのも一策となるでしょう。また、「自店の価格が他店より高ければ、他店の価格より安くします」といったメッセージも有効です。

これは一見、「値引きには、更なる値引きで応じる」という徹底抗戦に感じます。しかし、一方で「価格で競争しても無意味ですから、お互い過度な価格競争はやめましょう(できれば、同程度の価格で販売しましょう)」という意味も含んでいるのです。

こうしたメッセージは、顧客に対しては「常に最安値で製品を提供します」という自社の姿勢を明確にする一方で、競合他社との過度な価格競争を抑制する役割を果たすという点で効果的です。

以上(2022年8月)

pj80022
画像:photo-ac