1 年休の買い取りはあくまで例外的な対応
労働基準法により、会社は入社後6カ月以上勤務し、その間の全労働日の8割以上出勤した社員に「年休(年次有給休暇)」を付与します。

年休の付与日数は図表の通りですが、問題は規模の小さい会社ほど、仕事が忙しくて年休を取得する余裕がない社員が多いことです。そして、そうした社員の中には、
使わない年休を買い取ってほしい(使わない年休分の賃金を支払ってほしい)
と考えたり、実際に請求したりする人がいます。
経営者や労務担当者も、「年休が取れないなら、せめて社員が損をしないよう買い取ってあげたい」と考えるかもしれませんし、
見方を変えれば、年休の買い取りは新しい福利厚生
になります。法令上、年休は社員の疲労回復やリフレッシュのために「休暇」として与えるのが原則で、買い取りは法的には認められてはいませんが、例外的な対応として一定の条件を満たせば可能とすることができます。
この記事では、
- 年休の買い取りに関する実務のポイント(第2、3、4、5章)
- 年休の買い取りについて就業規則に定める場合の規定例(第6章)
を紹介します。
2 会社も社員も、年休の買い取りの「強制」はできない
まず押さえておきたいのは、
- 会社は社員に「年休を買い取るから、休まず出勤しろ」と強制することはできない
- 社員も会社に「使わない(使えなかった)年休を買い取れ」と強制することはできない
という点です。
前述した通り、年休は社員が疲労を回復して心身ともにリフレッシュするための制度です。買い取りが当たり前になってしまうと、休暇としての意味がなくなってしまいますから、制度の趣旨を損なうような買い取りの仕方はNGとされているのです。
労働基準法には、年休の買い取りに関する具体的な定めがありませんが、行政通達では
会社が年休の買い取りを予約することや、本来なら請求できるはずの年休日数を減らしたり与えなかったりすることは違法である
とされています(昭和30年11月30日基収4718号)。つまり、会社が社員に「年休を買い取るから、休まず出勤しろ」と強制することはできません。逆に、社員が会社に「使わない(使えなかった)年休を買い取れ」と強制するケースについては、
未消化の年休を事後に使用者が買い取る義務はない
とした裁判例があります(大阪高裁平成14年11月26日判決)。他の言葉に言い換えると、
年休の買い取りは、会社と社員が自由な意思に基づき合意した場合に初めて認められる
ということです。
3 年休の買い取りが認められやすいケースが3つある
会社と社員が年休の買い取りについて合意していても、買い取りが無制限に認められるわけではありません。例えば、労働基準法には
年10日以上の年休が付与されている社員には、会社が時季を指定して年5日の年休を取得させなければならない
というルールがあり、仮に会社と社員が合意していても、付与された10日以上の年休を全て買い取るといった対応は認められません。会社が時季指定して付与した5日分については、たとえ本人と合意があっても買い取りによって消化することはできず、これに違反すると労働基準法違反(罰則対象)となります。
会社は労働基準法の年休のルールに違反しないよう、買い取りを認めるケースを明確に決めておく必要があります。一般的に、次の3つのケースは、年休の買い取りが認められやすいとされています。
- 時効により消滅した年休の買い取り
- 退職により取得されない年休の買い取り
- 法定の付与日数を上回る部分の年休の買い取り
1.時効により消滅した年休の買い取り
労働基準法では、社員が年休を取得しない場合、その年休は付与された日(基準日)から2年が経過したタイミングで、時効により消滅します。時効により消滅した年休はもう取得できないので、買い取っても問題ありません。
2.退職により取得されない年休の買い取り
退職が近い社員は、退職日までに残っている年休を使いきれない場合があります。こうした場合に、使いきれなかった日数分の年休を買い取ることは問題ありません。退職時の引き継ぎなどの関係で、年休を取得したかったのに退職日直前まで出勤をした結果、取得しきれなかった年休が発生した場合、社員と相談して買い取るという対応も可能です。
ただし、前述した通り、社員に年休の買い取りを条件として出社を強制するのは違法です。
3.法定の付与日数を上回る部分の年休の買い取り
会社によっては、独自の休暇制度を設けて、法定の付与日数を上回る年休を社員に付与しているところがあります。例えば、法令上は「年10日」の年休を付与すべき社員に、会社ルールで「年15日」の年休を付与している場合、5日(15日-10日)分については、買い取っても問題ありません。
4 買い取った年休分の賃金の算定方法は?
年休の買い取り金額に関して法的な決まりはありません(例外的な対応であるため)が、実際に年休を取得した場合の賃金額と同じとするケースが一般的です。具体的には、
- (通常賃金)1日働いた場合の通常の賃金。月給制の場合、月給÷1カ月の所定労働日数などで1日単位に換算した額
- (平均賃金)直近3カ月間の賃金総額(賞与等を除く)÷直近3カ月間の総日数
- (標準報酬日額)標準報酬月額÷30日 ※労使協定の締結が必要
のいずれかになります。どれを選択するかは、就業規則に定めます。なお、2026年の法改正に向けて
年休の賃金の算定方式を「通常賃金」に一本化することが政府内で議論されている
ので、今後の動向に注意が必要です。
5 買い取った年休分はどうやって支払う?
年休の買い取りを行う際、もっとも注意すべきは、その支払いが「在職中か」「退職時か」ということです。
在職中の社員から年休を買い取る場合、
その分の賃金は「賞与」として支払うのが通常
です。社員が社会保険(健康保険・厚生年金保険)の被保険者の場合、買い取った年休分の賃金(賞与)には社会保険料がかかってきます。賞与の社会保険料は、
支給日から5日以内に日本年金機構に提出する「被保険者賞与支払届」
に基づいて決まりますので、書類の提出漏れがないように注意しましょう。なお、被保険者賞与支払届は賞与を支払うたびに提出が必要になりますので、業務の煩雑さを考えるのであれば、
年休の買い取り分の賃金は、賞与支給月(6月、12月など)に通常の賞与と合算して支払う(賞与明細の内訳などで、年休の買い取り分の賃金がいくらかを明らかにする)
といった対応にするのもよいでしょう。
一方、
退職に起因して残日数分を買い取る場合は、その支払いは「退職手当(退職所得)」として計上されます。
退職所得として処理する最大のメリットは社会保険料がかからない点です。
他の退職金と同様に、勤続年数に応じた「退職所得控除」の対象となるのも特徴です。ただし、「退職所得の受給に関する申告書」の提出がない場合は、一律20.42%の源泉徴収が必要となる点にご注意ください。また、会社は退職後1カ月以内に「退職所得の源泉徴収票」を本人へ交付する義務があります。
6 年休の買い取りについて、就業規則ではどう定める?
最後に、年休の買い取りに関する就業規則の規定例を紹介します。なお、実際にこうした規定を盛り込む際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受け、自社に沿った内容で対応されることをお勧めします。
【規定例】
第◯条(年次有給休暇の買い取り)
1)会社は、次の各号について社員から年次有給休暇の買い取りの請求があり、会社が法の定める年次有給休暇の趣旨などを考慮して問題がないと判断した場合、その買い取りを行う。
- 時効(基準日から2年後)により消滅した年次有給休暇の買い取り
- 退職により取得されない年次有給休暇の買い取り
- 法定の付与日数を上回る部分の年次有給休暇の買い取り
2)会社は、社員からの請求に基づき、年次有給休暇の付与日数、基準日および時効、その他年次有給休暇の買い取りに関し必要な情報を提供する。
3)年次有給休暇の買い取り日数は、会社と社員が協議の上決定する。なお、労働基準法第39条第7項に基づき時季を指定して付与する年次有給休暇については、買い取りの対象としない。
4)年次有給休暇を買い取る場合、その1日当たりの賃金額は、就業規則第◯条で定める、実際に年次有給休暇を取得した場合の賃金額と同額とする。
5)年次有給休暇を買い取る場合、会社はその賃金額を明らかにした上で、毎年6月または12月に支給する賞与に合算して社員に支払う。ただし、第1項第2号に基づく年次有給休暇の買い取りの場合においては、当該社員の退職月に退職金(退職手当)として支給する。
以上(2026年5月更新)
(監修 社会保険労務士 三原明日香)
pj00682
画像:-Adobe Stock