【自社株(3)】自社株の評価額を引き下げる方法

書いてあること

  • 主な読者:自社株の評価額の引き下げ方法を知りたい経営者
  • 課題:評価方式によって評価額の引き下げ方法が違うので分かりにくい
  • 解決策:基本は収益や資産を減らすこと。会社規模の変更が有効な場合もある

1 自社株の評価をコントロールしたい

この記事で取り扱うのは、上場していない会社の株式は「取引相場のない株式等」(以下「自社株」)です。自社株の評価は収益や資産を増減させることで、ある程度はコントロールできますが、評価方式によって方法が違います。

なお、自社に適用される評価方式の決定方法や評価方式の詳細な内容(計算式など)については、以下の記事でまとめています。

30097 【自社株(2)】自社株の評価方式は会社規模と株主区分で決まる

80145 【自社株(1)】自社株の評価方式とそれぞれの計算式

2 類似業種比準方式による評価額を下げる

1)利益を減らす

1.含み損を実現させる

含み損を実現して利益を減少させます。例えば、時価が簿価を下回る棚卸資産を売却して売却損を計上します。また、回収の見込みのない売掛金や未収金のうち、損金計上ができるものを損金計上します。

2.役員の報酬・従業員の賞与を増やす

役員報酬などを増やして利益を減少させます。税務上の否認のリスクを低減するため、役員報酬規程等を整備し、それに基づいて運用します。同様に、従業員の賞与を増やすことでも利益を減らせます。

2)配当金額を減らす

配当金額を減らせば、類似業種比準方式による評価額を引き下げることができます。ただし、内部留保が厚くなると純資産価額が増えて評価額が上がる要因になるので、

普通配当を減らし、記念配当(創立10周年記念など)を行う

ようにします。類似業種比準方式で認識するのは普通配当だけなので、記念配当などは評価額の引き下げに有効なのです。

普通配当を減らす方法はオーナー会社でよく行われます。ただし、

2年間無配・1株当たりの配当をゼロにした場合で、他の比準要素である所得の金額もゼロになると類似業種比準方式が使えない

ことになります。この場合、純資産価額方式が適用されるので、逆に評価が上がる恐れがあります。

3)純資産価額を減らす

簿価を大きく下回った不動産などの資産を売却すると、利益金額の減少と併せて純資産価額を引き下げる効果が期待できます。

4)第三者割当増資をする

株式数を増やして、

1株当たり利益、1株当たり配当、1株当たり純資産価額の引き下げ

をします。ただし、株式数を増やしても持分が同じでは意味がないので、第三者割当増資をして第三者の持分を増やします。この場合、会社の支配権に影響するので、従業員持株会などを活用します。

第三者割当増資における税務上の留意点は、株式が有利な価額で発行されたと認定される場合です。通常よりも有利な金額で取得した有価証券の価額は、取得時における通常要する価額となります。通常よりも有利な金額の目安は10%以上の乖離(かいり)です。また、第三者割当増資によって既存株主から新株主に利益が移転したと判断されると、個人なら贈与税または所得税が、法人なら法人税が課税されることがあります。

5)従業員持株会の活用

社長一族の株式を従業員持株会に売却します。株価対策や節税対策になるだけではなく、従業員の財産形成のモチベーション向上につながります。

6)類似業種平均株価の低い業種への移行

複数の事業を営んでいる場合、類似業種比準方式では、取引金額の割合が50%超の主たる事業の業種を選択します。もし、各事業の売上が近ければ、売上構成を変更して評価が下がる業種に移行できます。

また、事業を別会社にできる場合、評価が高い事業を100%出資子会社として分離独立させたり、後継者が設立した会社に事業譲渡したりする方法もあります。

3 純資産価額方式による評価額を下げる

1)オーナーへ早期の退職金を支給する

純資産価額方式は、課税時期における資産、負債を相続税評価額により評価する方式です。

純資産価額=相続税評価額による資産額-負債の合計額-含み益(評価差額)×37%

株価を下げれば評価額も下がります。具体的な方法としては、役員退職金を支給して大きな赤字を計上し、自己資本を減らすことがあります。通常、役員退職金は最終の役員給与を基準に算定されるため、事前に役員給与の見直しも必要です。

役員退職金=退職時の役員給与月額×勤続年数×功績倍率等

なお、退任する代表取締役が、代表権を持たずに従前の報酬の2分の1以下にするなど一定の条件を満たした場合、「みなし退職」として、その後も非常勤役員(代表権のない会長や相談役)として会社に残れることがあります。

2)保有資産の見直し

含み益を減らすことでも評価額が下がります。具体的な方法としては、不動産投資があります。会社が所有する土地に賃貸用のビルやマンションなどを建設して賃貸すると、土地と建物の評価が下がり、含み益が減ります。なお、建設資金は自己資金でも借入金でも、同様の効果が期待できます。

3)赤字会社と合併する

赤字会社と合併すれば株価が下がります。ただし、自社の収益が大きく圧迫されることは避けなければならず、慎重な判断が必要です。

4 土地・株式保有割合を見直して評価額を下げる

総資産額のうち、

  • 土地の占める割合が大会社では70%以上(中会社では90%以上)
  • 株式の占める割合が50%以上

の場合は、原則として、純資産価額方式による評価となります。

なお、土地の占める割合が高い企業の場合、建物や設備を取得すれば割合を下げることができます。また、株式の占める割合が高い企業の場合、株式を売却すれば割合を下げることができます。

5 会社規模の変更

この記事で紹介してきたのは、上場していない会社の株式は「取引相場のない株式等」ですが、その税務上の評価方式は会社規模と株主区分で決まります。組織再編によって会社規模を変更することで評価方式が変わり、評価額を引き下げられる場合があります。組織再編には、会社組織の形態を変える会社法上の法律行為で、合併、会社分割、株式交換、株式移転、現物出資、現物分配といったものがあります。

以上(2023年6月更新)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田 博行)

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画像:pixabay

【朝礼】新しい発想を得たければ、多くの人から話を聞きなさい

6月も半ばを過ぎ、暑さが本格化してきました。夏バテしないように体調管理に気を付けてください。さて、「夏バテ解消」というと、7月の土用の丑(うし)の日のウナギを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。実は、今ではそれが“常識”のようにいわれますが、その習慣は江戸時代からで、それまでウナギの旬は脂の乗った冬で、夏にウナギはあまり食べられていませんでした。

諸説ありますが、冬が旬だったウナギを夏の風物詩に変えたのは、たった1人の天才の発想だったといわれています。その人こそ、江戸時代中期の発明家で、エレキテルの復元などで知られる平賀源内です。きっかけは、夏の売り上げが少ないことに困ったウナギ屋が、友人の源内に相談したことです。源内は、「本日、土用の丑の日」の看板を掲げ、暑さを乗り切るために精のつくウナギを食べたほうがいいとお客に伝えるようアドバイスしたところ、そのウナギ屋は大繁盛。多くのウナギ屋がまねをしたことで、土用の丑の日にウナギを食べる習慣が広がったというのです。旬ではない食材を大ヒットさせ、現代に至るまでその習慣が廃れていないのですから、源内の発想は、まさに天才的といえます。

ヒット商品を生み出したり、会社の新たな道を開拓したりするには、源内のような新しい発想で、従来なかった価値観を生み出すことが重要です。とはいえ、「言うはやすし」で、実際に新しい発想でビジネスを成功させるのは至難の業です。

私自身も含め、源内のような発想力がある人は、そうはいないでしょう。ですから、私たちが目指すべきは、源内ではなく、源内にウナギの売り上げに関する相談をしたウナギ屋です。もちろん、「ただ相談する」のではなく、「発想力のある人から学んで、新しい発想のヒントを得る」という姿勢が大切です。

実は私は、新しい発想のヒントを得るために、買い物の際に、新商品や珍しいお菓子を見つけると、なるべく購入するようにしています。そのお菓子は自分だけでなく、発想力があると思っている方々にも食べてもらうのです。お菓子は差し入れとしても喜ばれますし、その場で食べてもらえ、感想を聞きやすいメリットがあります。

お菓子に対する率直な感想や評価を聞いてみると、私には思い浮かばなかったような着眼点や評価基準を知り、「そういうものの見方があるのか」という気付きを得られます。そして、こうした気付きを自分の中にためておくと、後で物事を判断するときなどに、思わぬ助けになるのです。

皆さんも日ごろから、同僚、家族、知人など、多くの人の「ものの見方」を学ぶ癖を付けてください。今ならAIチャットに質問してもいいでしょう。質問のテーマは、ささいなことでも構いません。そして、自分になかった「ものの見方」があれば、自分の中にためておくようにしてください。その積み重ねが、いざというときの新しい発想につながるはずです。

以上(2023年6月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】卓球界の世代交代に見る「格好いい背中」

今日は、日本の卓球界を題材に、「世代交代」というテーマで話をしたいと思います。

2023年5月には、卓球界において注目すべきニュースが2つありました。1つは、過去オリンピックに3大会連続で出場し、メダル3つを獲得した石川佳純(いしかわかすみ)さんが、現役引退を表明したこと。もう1つは、世界卓球2023南アフリカ大会の女子シングルスで、早田ひな(はやたひな)さんが、実に58年ぶりに中国人選手に勝利してのメダル獲得を成し遂げたことです。私は卓球に関しては素人ですが、それでもお二人のこれまでの試合や会見の様子を見ていて、「あぁ、なんて格好いい世代交代なんだろう……」という思いに駆られました。

石川さんの引退会見の印象は、一言で言うなら「爽やか」でした。「自分自身、やりきったと思えた」というポジティブな引退理由もそうですし、会見中に彼女が言った「結果が出なかった時、そこからがスタート」というメッセージには、長い現役生活の中で数々の挫折を経験し、それでも前を向いて進み続けた彼女の卓球人生が集約されているようで、胸が熱くなりました。

次は、早田さんです。小学生の頃から石川さんに憧れ、共に団体戦に出場した経験もある早田さんは、石川さんが引退を表明した際、「自分が卓球界を受け継げるようになる」という思いをコメントし、2023南アフリカ大会にて、銅メダル獲得という形でその思いを結実させました。

早田さんが石川さんから受け継いだのは、卓球界をけん引する立場だけではありません。早田さんは準決勝で惜しくも世界ランキング1位の選手に敗れましたが、彼女は試合後、悔し涙を浮かべながら、「努力しか私はできない。努力がいつか報われるように、最後の最後まで努力し続けたい」と語りました。私はこの言葉を聞いて、石川さんの「挫折をバネに再スタートを切る」という思いに重なるものがあるように感じました。きっと、憧れの対象であった石川さんの「格好いい背中」を見てきた早田さんには、石川さんの「イズム」がしっかりと受け継がれているのでしょう。

さて、皆さん。皆さんは「世代交代」という言葉を聞いて何を連想しますか。会社に勤めていると、仕事の引き継ぎなど事務的なものを連想するかもしれませんが、私はそれ以上に引き継ぐべきものがあると思っています。それが、まさに石川さんのような「格好いい背中」です。

先達が長い時間をかけて後進に見せてきた、仕事に取り組む姿。その背中には、先達が大事にしてきたこだわりや信念、つまり「イズム」が表れます。これらは言葉で教えられるものではなく、先達の背中から、後進が感じ取ることでしか継承できません。

今、会社にいる年配の人たちは、若い人たちに誇れる背中がありますか。そして、若い人たちは、彼らのイズムを引き継ぐ準備はできていますか。ぜひ考えてみてください。

以上(2023年6月)

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画像:Mariko Mitsuda

Z世代に買ってもらうには“共感”と “寄り添う姿勢“が重要! 若い世代を顧客にするための ブランド・マーケティングのポイント

書いてあること

  • 主な読者:若い世代の顧客を獲得して商品・サービスの寿命を延ばしたい事業者
  • 課題:Z世代の人たちを顧客に取り込む方法が分からない
  • 解決策:Z世代との接点としてSNSは不可欠。自社の商品・サービスが、誰の、生活上のどんな問題を解決し続けるのかという存在意義を問い直し、裏側の情報も含めて伝えることで透明性を高めることが、Z世代からの共感を得ることにつながり、継続的な利用や購入につながる

1 Z世代を顧客にすることで、商品やサービスの“高齢化問題”を打開する

どのような商品・サービスにも寿命はあるものですが、ニーズはあるはずなのに、

客層を若い世代に広げられず、既存の顧客の高齢化とともに寿命を迎えつつある

としたら、それは由々しき事態です。

同じような危機感を抱いている企業が今、ターゲットにしているのが、「Z世代」と呼ばれる10代から25歳くらいまでの若者たちの取り込みです。Z世代は、

これから長期的に消費し、消費額が増えていくことも期待できる世代

であることに加えて、可処分所得が少ない半面、SNSを通じた情報収集力が高いため、

全世代の中で、消費者として最も厳しい目を持っている世代

とみられています。ですから、Z世代に商品・サービスが受け入れられれば、全世代から支持を得られる可能性が高いともいえます。

そこでこの記事では、Z世代を取り込むためのマーケティングのポイントについて、Z世代専門のリサーチ機関「Z世代インサイト研究所」所長で同志社大学商学部教授の髙橋広行さんへのインタビューを紹介します。同研究所を運営するエンリッション(京都府京都市)は、大学生向けキャリア支援カフェ「知るカフェ」「BiZCAFE」21店舗を通じ、月間約3万人のZ世代とのコネクションを持っています。Z世代を取り込むための最大のポイントは、

商品・サービスの存在価値が認められ、共感されること

です。そのための手順を髙橋さんにお聞きしていますので、御社の商品・サービスの顧客層の若返りの参考にしてください。次章から髙橋さんのインタビューを紹介します。

2 まずはZ世代の価値観と消費傾向を押さえよう

1)Z世代にとってはSNSも「リアル」な世界

物心ついたときからスマートフォンが普及していたZ世代は、常にSNSで人とつながっている環境で育ってきました。ですから、彼らにとっては、

SNSも対面と同じような「リアル」な世界

なのです。彼らにとって、SNSはあらゆるコミュニケーションの場であり、自己表現・自己PRから趣味が共通する友だち探し、商品・サービスを含めた情報の入手など、生活上のさまざまな接点になっています。

彼らはそれぞれの目的に応じて、SNSの媒体ごとの特徴に合わせた使い方と、複数のアカウントを駆使しており、SNSだけでコミュニケーションを完結させることもできます。この傾向は、コロナ禍によって対面で会えない状態が続いたことで加速したようにみえます。

ですから、Z世代との接点を構築する上で、SNSを外すわけにはいきません。SNSの使い方を理解することは不可欠です。特にZ世代が最初の接点にする媒体として使われることが多いInstagram(インスタグラム)のアカウントを、開設することをお勧めします。

2)Z世代の価値観と消費傾向

Z世代の価値観と消費傾向は、背景にある次の2つの要素から説明することができます。

  1. SNSを通じた情報収集力が高く、さまざまなインフルエンサーの影響を強く受けている
  2. 子供のときからリーマンショック、東日本大震災、コロナ禍などを経験しており、世の中をシビアに捉えて、リスク回避をする傾向がある

「学生が授業に出ない」というのは昔の話で、Z世代は真面目な学生が多く、7割ほどの学生はきちんと授業に出てくるなど、成長意欲が非常に強いのが特徴です。成長意欲の対象は、自分の将来のキャリアもありますが、自分の見た目やファッションといったものも該当します。

Z世代の強い成長意欲は、インフルエンサーの影響を受けているものだと思われます。自分の世界観をSNSで表現しながら、常に自分探しをしているのも、さまざまなインフルエンサーの影響でしょう。さらに、自分の成長過程では回り道やムダなことをしたくないという思いが強く、コスパ(費用対効果)やタイパ(時間対効果)を重視しています。

Z世代がお金を掛けて購入するのは、自分の世界観に合ったモノです。彼らが購入するための基準は、企業の考え方や過去の行為、製造過程など、商品・サービスの「ストーリー」にとどまらない、世界観と自分の価値観との一致に基づいています。

ただし、Z世代は可処分所得が少ないということもあって、買った後に後悔するのを嫌がり、買うまでの比較検討時間が長いのも特徴です。ネットで調べてリアルな店頭で見て、さらにネットで確認してから買うといった行動をしています。ネットでの購入に不安を感じ、リアルの店舗で購入することも少なくありません。そして、1回買ったものは、愛着を持って使い続けます。「大事に使い続けるもの」と「必要なときに使うだけのもの」を使い分け、二極化させる傾向があります。

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3 「共感」がZ世代の“購入スイッチ”

1)Z世代へのアプローチの条件は中小企業も大企業も同じ

ブランドにこだわらず、SNSが接点として有効なZ世代の特徴を踏まえると、大企業だけでなく中小企業も、Z世代を顧客に取り込むことに注力すべきともいえます。

なぜなら、Z世代にアプローチするには、テレビCMなどの既存メディアに多額の宣伝費を掛ける方法以外にも、自分たちでSNSなどのメディアを作って地道に訴えていけばいい関係が構築されていくからです。しかもZ世代は企業や商品・サービスの知名度だけを重視しませんので、戦う条件は中小企業も大企業も対等だといえます。さらに、後ほど詳しくお話しますが、一度、Z世代に受け入れられると、長く愛用してもらえるだけでなく、SNSを活用した共有(シェア)やオススメによって、「宣伝」もしてくれる可能性がありますので、接点を持つべき顧客であるといえます。

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2)認知度アップに即効性の高い「刺さる」メッセージ

他の世代へのマーケティングと同様に、Z世代に購入してもらうためには、商品・サービスを認知してもらうことから始まります。Z世代の心に「刺さる」メッセージを伝え、共感してもらえると、即効性のある認知度の向上が期待できます。

Z世代に刺さったマーケティングの事例として一つ紹介するのが、出会い系アプリの「Tinder(ティンダー)」です。決して出会い系アプリをお勧めしているわけではなく、あくまでも刺さるマーケティングの事例として参考にしてください。

Tinderが活用したのは、実はSNSではなく、リアルな屋外広告でした。2021年9月、渋谷というまさに「若者の街」のいたるところに、ピンク地に白文字でさまざまな「刺さる」メッセージ広告を掲載し、Z世代の心を射止めたのです。メッセージの内容は、

  • 自然な出会いって、今ムリじゃない? こちらは、週150万件のデートが成立。
  • 人を肩書で判断しちゃいけないって、おばあちゃんが言ってました。スペックよりも直感で、人とマッチするアプリ。
  • どこかにいい人いないかなーって、一生言ってな。

といった、少しドキッとするようなものが多くありました。こうした、Z世代の気持ちに寄り添ったストレートなメッセージが、彼らの心に刺さったのでしょう。とはいえ、「こうすれば、必ず刺さる」という法則があるわけでなく、過激ならいいわけでもありません。

一つ言えるのは、文字によるメッセージも含めて、ビジュアル(見た目のインパクト)がとても大事だということです。Z世代は、目に入ったものに対して、その瞬間ごとに「ある(自分の世界観に合う)」「ない(自分の世界観に合わない)」を判断しています。SNS上であってもリアルであっても、文字を文章としてではなく、写真や映像として伝えるようなイメージを持つとよいと思います。

3)Z世代は「いいこと」だけより、正直な「裏側」まで知りたい

企業が直接メッセージを伝えるのでなく、インフルエンサーを活用することでZ世代に「刺さる」ケースも多くあります。Z世代より前の世代は、有名人に憧れる傾向が強かったように思いますが、Z世代は有名であることよりも、もっと身近に感じる存在で、その人の世界観に共感できる人をフォローする傾向があります。彼らは、「誰が言うか」ではなく、「どのように言うか」「なぜ、そう言うのか」を重視しているのだといえます。

ただし、企業が商品・サービスの購入を促すためにインフルエンサーを活用する場合、人選と活用方法を誤ると、逆に反発され、ネット上で「叩かれる」こともあるので注意が必要です。インフルエンサーの発する言葉に、企業側からの「言わされている感」を感じると、押し付けを嫌うZ世代はそっぽを向いてしまいます。彼らは企業にも倫理観や社会性を求める傾向にあり、うそやステルスマーケティングに対して嫌悪感を抱くことが多いですし、SNSになじんでいるのでそれらを見分けることにも長じています。

Z世代が購入を決める基準となる世界観のことをお話ししましたが、商品・サービスの世界観は、30秒程度のテレビのCMでは伝えられません。Z世代は、CMは「いいこと」しか言わないことを分かっており、CMだけを見て信用して購入することはありません。

むしろ、「いいこと」だけを伝えようとするのではなく、正直に「裏側」まで全部さらけだすほうが、Z世代に信用され、「刺さる」可能性が高くなるといえます。例えば、製造過程の映像をYouTubeなどの動画サイト(SNS)で流して、Z世代に刺さった事例もあります。Z世代はリンクさえ貼っていれば、どこにでも見に来てくれますので、まずはInstagramで接点を持ち、「裏側」まで紹介した自社のウェブサイトに誘導するのもよいでしょう。

4)「生活スタイルの中での存在価値」を示せない企業は生き残れない

購入してもらうための入り口として「刺さる」ことは重要ですが、本当に大切なのは、刺さった後です。一時的に注目されたとしても、ただ「バズった」(SNSで注目され拡散した)だけで終わってしまったなら、継続的な販売と企業の持続的な成長には結びつきません。

これはマーケティングの真髄でもあるのですが、大切なことは、商品・サービスが、

Z世代の生活スタイルの中での存在価値が認められる

ことです。自分の世界観を持っているZ世代は、「自分が中心」という意識を強く持っています。ですから、商品・サービスに対しても、

自分の生活にどう寄り添って、どんな問題を解決し続けてくれるのか

を重視しています。

大企業の事例になってしまいますが、中小企業にも参考になる事例として、大塚製薬の栄養補助食品「カロリーメイト」の宣伝動画「『狭い広い世界で』篇 120秒」があります。YouTubeでアップしていた動画で、5カ月で161万回視聴されました(2023年4月時点、公式チャンネルでの配信は終了)。

受験を控えた高校生の生活を、スマートフォンの裏側から映した動画で、スマートフォンで合否の結果をチェックするまでの日常シーンを走馬灯のように流しています。このCMで伝わるのは、商品の機能、商品を経験する機会(利用シーン)に加えて、

購入者の生活を支えていくという、商品の存在価値

です。受験生活を支える存在として、商品をさりげなく動画に取り込むことで、カロリーメイトが単なる栄養補助食品ではなく、受験生の生活に寄り添っている存在であることを上手に伝えています。動画を視聴したZ世代に存在価値を共感してもらえば、「カロリーメイトは困ったときに自分を助けてくれる栄養補助食品だ」というポジションで居続けることができます。

これは、Z世代に限った話ではありません。商品も含めて「モノのサービス化」が進んだ現代は、自社の商品・サービスを売れば終わり、ではありません。Z世代の取り込みを目指す機会に、「どうしたら売れるのか」という考え方から、

自社の商品・サービスは、誰のために、何のために存在するのか

を見つめ直してみることをお勧めします。これからは、そのことをきちんと考えている企業しか生き残れないと思います。

4 フレームワークと比較データからZ世代の消費傾向を解説

1)共感を得る=コミュニケーションのループに乗る

ここからは、今までご説明した話を、理論的に解説していきます。少しアカデミックな話になりますので、関心のある方だけお聞き(お読み)ください。

Z世代の消費傾向を最も分かりやすく分析できるのが、「Dual AISAS Model」(注)というフレームワークです。

(注)アタラ合同会社の有園雄一氏により考案され、電通プロモーション・デザイン局で有園氏とともに検討・改良を加えたもの

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これまでの消費行動のモデルとされていたAISAS(Attention=注意、Interest=興味、Search=検索、Action=行動、Share=共有)をという消費行動だけでなく、Z世代にはAttentionを取り囲むコミュニケーションのループであるA+ISAS(Activate=起動・活性化、Interest=興味、Share=共有・発信、Accept=受容・共鳴、Spread=拡散)があります。

コミュニケーションのループの主軸は、InstagramやTwitterなどのSNSです。そのコミュニケーションのループに乗ることができた商品・サービスは、Z世代が必要になったときに、スムーズに購入されます。このループに乗っていくために最も効果的なのが「刺さる」ことであり、ループに乗り続けるために必要なことが、Z世代の世界観に共感され、商品・サービスの存在価値が認められ続けることなのです。このループに乗りさえすれば、Z世代自身の力で自然と拡散していくことが可能になります。

2)Z世代とその他の世代の比較データ

最後に、Z世代の価値観の特徴や消費に関する傾向をデータでお示しします。Z世代インサイト研究所所長の髙橋さんがCCCMKホールディングス株式会社と2022年11月に、Tカードを利用している会員に対して、インターネットを用いた量的調査の結果をご紹介します。有効回答数は2794サンプルです。

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Z世代は多様性を認め合う一方で、自らが発信する意見を全ての人に許容してもらおうとしていないことが、複数のアカウントを使い分けるという行動となって表れているのではないかと推察されます。

また、Z世代はモノに対する愛着が他の世代と同じように強い半面、自分にとって必要なものは手に入れつつ、所有することにこだわらない消費志向も明らかになりました。

髙橋広行

髙橋広行(たかはし ひろゆき)

エンリッションが運営するZ世代インサイト研究所所長。
同志社大学商学部教授、同大学院博士課程前期課程教授(兼任)博士(商学)、1級販売士/専門社会調査士、専門は「マーケティング」(特に、消費者行動やブランド論)。
主な著書:『持たない時代のマーケティング:サブスクとシェアリング・サービス』(同文舘出版、2022年)。『消費者視点の小売イノベーション:オムニ・チャネル時代の食品スーパー』(有斐閣、2018年)。『カテゴリーの役割と構造:ブランドとライフスタイルをつなぐもの』(関西学院大学出版会、2011年、日本商業学会および日本広告学会学会賞)。2021年度、日本マーケティング学会にてベストオーラルペーパー賞、2014年度、日本マーケティング学会にてヤングスカラー賞なども受賞。企業との共同研究だけにとどまらず、企業の顧問や専門家アドバイザー、京都市のさまざまな委員としても活動することで、現場や地域に役立つ研究を目指す。

以上(2023年6月作成)

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画像:FAMILY STOCK-Adobe Stock

【中堅社員のスピーチ例】坂本龍一氏に学ぶ「楽しさ」の原点

おはようございます。突然ですが、皆さんは子どもの頃、何か習い事をやっていましたか? 私は、小学1年生から高校2年生までピアノを習っていました。私は今、10年以上もやめていたピアノを、再び習い始めようと思っています

私がそう思うようになったきっかけは、今年の3月に亡くなられた坂本龍一氏の存在です。ピアノを習っていたとき、バッハやベートーベンなどの有名なピアノ曲以外にもいろいろな曲を教わりましたが、特に印象に残っているのが、坂本龍一氏の「Energy Flow(エナジーフロー)」でした

ピアノの旋律が美しく、癒やされつつもどこか物悲しさもあるメロディーが大好きでした。1999年に医薬品のCMで使われ、当時この曲を収録したCDが音楽チャートの週間1位を記録したことでも注目を集めました。坂本氏はこの曲をわずか5分で作曲したという話ですから驚きです。

そんな天才的な音楽家だった坂本氏ですが、意外にも演奏については練習嫌いだったそうです。坂本氏が幼少期にピアノを教わっていた先生がとても厳しい人で、そのため練習が嫌で仕方がなかったそうです。ところが、私は最近、坂本氏が生前、次のように語っていたことを知りました。

「とにかく好きな音楽を弾くのが一番。好きな音楽だったら、うまくなりたいと一生懸命練習するでしょう。それをきちんと弾けるまで練習を積み重ねる。結果が出ないと、おもしろさや楽しさが味わえないので。」(*)

音楽は漢字で「音を楽しむ」と書きますが、坂本氏の場合、「嫌いな練習をしてでも、好きな曲を弾けるようになる」という結果を出すことが、「楽しさ」の原点だったのでしょう。

坂本氏のこの言葉を知ったとき、私はふと「自分は今の仕事やプライベートを楽しめているだろうか」と不安になりました。仕事については、入社からある程度の年月が経ち、ある程度の業務は問題なくこなせるようになりましたが、「会社にこれだけの貢献をした」と言えるだけの結果はまだ出せていません。プライベートでも別に不満はないのですが、「私はこれができる」と言い切れるものはありません。仕事やプライベートでたまに抱く「何かつまらない」という感情は、もしかすると、楽しさを味わうことができるほどの結果を出せていないからなのかもしれないと思ったのです。

話は戻りますが、私が再開したいと思っているのは、ピアノだけではありません。仕事でも坂本氏が味わったような「楽しさ」を感じるために、自分が取得できずにいる資格の勉強に、もう一度トライしてみようと思います。時間をつくるのは簡単ではないかもしれませんが、挑戦して結果が出た先には、きっとこれまでとは違う世界が広がっているはずです。皆さんも結果が出ず諦めていたことに、もう一度挑戦してみませんか?

【参考文献】(*)ヤマハウェブサイト「坂本 龍一へ “5”つの質問」

以上(2023年6月)

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画像:Mariko Mitsuda

個人情報保護法とサイバーリスクについて【PR】

1 近年の情報漏洩事故について

東京商工リサーチ*によると、2022年に上場企業とその子会社で、個人情報の漏えい・紛失事故を公表したのは150社(前年比25%増)、事故件数は165件(同20.4%増)となり、2012年の調査開始から2年連続で最多を更新しました。中でも、深刻化する不正アクセスやウイルス感染などのサイバー攻撃は165件のうち91件(約55%)と半数以上を占めて全体の件数を押し上げました。そのような状況下において、有価証券報告書にサイバーリスクを開示している企業も93%となっていますが、サイバーリスクへの備えは不十分な企業が多いという実態があります。

個人情報漏洩やサイバーリスクが増加している背景には、ロシアのウクライナ侵攻によってサイバー攻撃が激化している現状と共に、コロナ禍におけるテレワークの浸透等も考えられますが、今後はチャットGPTのような新しい情報技術の活用による情報漏洩も増える事が想定されます。また、改正個人情報保護法による企業責任の増加やサプライチェーンを巻き込んだサイバーテロ等によって、被害を受けた企業の損失額も大きくなっています。今回は、深刻化する情報セキュリティの中でも、サイバーテロによる個人情報漏洩に焦点を当てて解説をさせて頂きます。

*【出典】株式会社東京商工リサーチ「個人情報漏えい・紛失事故 2年連続最多を更新 件数は165件、流出・紛失情報は592万人分 ~ 2022年「上場企業の個人情報漏えい・紛失事故」調査 ~」より

2 個人情報保護法の改定について

2022年4月1日に改正個人情報保護法が施行され、本人の権利保護が強化され、事業者の責務が追加されると共に、法令違反に対するペナルティが強化されることになりました。追加された事業者の責務の一つに情報漏えい時の報告義務があり、漏洩等が発生し、個人の権利利益を害する恐れがある場合に、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務化されました。報告の対象事案としては、要配慮個人情報が含まれる事態、財産的被害が生じるおそれがある事態、不正の目的をもって行われた漏えい等が発生した事態、1,000人を超える漏えい等が発生した事態の4つのケースとなります。また、法令違反に対するペナルティが強化され、個人情報保護委員会からの命令に対する違反や個人情報データベース等の不正提供等の場合は法人に対して最大で1億円の罰金が科せられることになりました。この個人情報保護法の改正により、企業が個人情報を漏洩した場合のリスクが大きくなったことは間違いありません。

3 情報セキュリティについて

情報セキュリティマネジメントシステムに関する国際規格(ISO/IEC27000)では、情報セキュリティは「情報の機密性、完全性、及び可用性を維持すること」と定義されており、情報セキュリティリスクはその特性が阻害される可能性とされています。機密性とは、認可されたものだけが情報にアクセスできる状態を指します。次に完全性とは、情報が改ざん、破壊されることなく、正確・完全である状態を保持する事を示す特性です。最後の可用性とは、正当な権利・権限を持った者が、必要な時に情報にアクセスできる事とされています。個人情報の漏洩は正に機密性が確保されなかった状態という事になりますが、最近のサイバーテロは、パソコンをロックして可用性を阻害した上で身代金を要求し、支払わない場合は情報を拡散したり、認可されてないものが情報にアクセスできる状態にして機密性を損なわせたり、データを破壊して完全性を失わせるなど、全ての特性に影響を与える可能性があります。

情報セキュリティの定義|機密性・完全性・可用性

4 様々なサイバーリスクについて

サイバーリスクとは、コンピューターシステムやネットワークに悪意を持った攻撃者が不正に侵入し、データの搾取・破壊や不正プログラムの実行を行うことですが、2023年度の情報セキュリティの10大脅威では、1位がランサムウェアと言われる被害者のファイルを暗号化し、復旧するために身代金の支払いを要求する身代金要求型のサイバーテロでした。2位はサプライチェーンの弱点を悪用した攻撃であり、近年では自社がサイバー攻撃を受けて被害にあうだけではなく、脆弱性の高い取引先が攻撃を受けて、サプライチェーン全体に被害が及ぶケースが出てきているため、注意が必要です。3位は対象組織から情報を盗む事等を目的として、ウィルスを電子メールで送りつける標的型攻撃による機密情報の窃取であり、4位が内部不正による情報漏洩、5位がテレワーク等のニューノーマルな働き方を狙った攻撃となっています。

情報セキュリティ10大脅威 2023

【引用】情報処理推進機構(IPA)の「情報セキュリティ10大脅威 2023」

URL:https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2023.html

サプライチェーン攻撃とは

5 サイバーリスクの影響と対応について

サイバーリスクの影響としては、システム障害による復旧費用や停止時の機会損失、データ漏洩による顧客等への賠償金や法令違反があった場合の罰金等が考えられます。また、風評被害による株価の下落や顧客・取引先の減少、ハッカーからの身代金の要求や被害の調査費用、システムの刷新費や対外的な広報活動等も必要になるため、非常に大きな損失となります。サイバーリスクの事前対策としては、先ずはOSやソフトウェアを常に最新の状態にし、ウイルス対策ソフトを導入して組織内に入れないようにすると共に、入った場合もウイルスを活動させないことが重要です。また、情報管理の強化を行い、教育・訓練を通して脅威や攻撃の手口について社内で共有することも重要です。事後対策としては、サイバー攻撃を受けた場合の緊急時対応の手順書の作成や手順書に基づいた役職員への教育・訓練の実施が必要ですが、近年ではサイバー犯罪の知見が乏しい被害企業に代わり、時間の引き延ばしや要求額の引き下げを試みる「交渉人」を活用するケースもあるようです。しかし、サイバー攻撃は日々進化しており、コントロールに限界があることを考えると、最後の手段として、巨額の損失に備えたサイバー保険への加入が必要不可欠と考えられます。


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以上(2023年6月)

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哲学対話をやってみよう(実践編)

1 哲学対話をやってみよう

 哲学対話をやってみたいなら、まずは参加者として近隣の哲学カフェで体験してみるのがよいでしょう。哲学カフェは全国各地で行われており、全国の哲学カフェを紹介したサイト「哲学カフェ・哲学対話ガイド」などで調べることができます(最近はオンラインで開催しているところもあるようです)。

 また、哲学対話を広める「カフェフィロ」や「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」などの、全国規模の団体もあります。そこでは哲学対話のファシリテーター(進行役)の派遣などの活動を行っているので、ある程度の規模のイベントや継続的なイベントを開催したい人は、問い合わせてみてもよいでしょう。

■哲学カフェ・哲学対話ガイド■
https://www.135.jp/
■カフェフィロ■
https://cafephilo.jp/
■こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ■
https://ardacoda.com/

2 哲学カフェのやり方

 以降では、哲学カフェのやり方を紹介します。哲学対話は特別な道具や技術は必要ないので、仲間たちで遊び感覚で企画するなら専門家を呼ぶ必要はありません。ただ、事前にどのようなものかを知っておいたほうが、安心して参加することができるでしょう。

1)概要

 哲学カフェは、専門家が集まって議論する堅苦しい場ではなく、コーヒーを片手に対話できる、自由で開かれた場です。

 町中のカフェや喫茶店などで開催することが多いため、哲学カフェと呼ばれています。

2)実施頻度、参加者

 開催頻度は多くて週に1回、少なくて年に数回程度です。定期的に開いている場合は月に1回程度が多いようです。

 参加者は幅広く、子どもから大人まで参加します。性別の偏りはなく、職業もバラバラですが、自由な発言を促すため、あえてこうした属性を明らかにせずに話すことが多いです。

 参加人数は、6人から15人程度がやりやすいでしょう。多過ぎると発言の機会が少なくなり、少な過ぎると多様な意見が集まらないためです。

3)進行役

 ファシリテーター(進行役)がいて、対話の交通整理などをしながら進めるのが通常です。ただし、ファシリテーターの役割はあまり決まっておらず、進行役に徹するケースもあれば、いったん対話が始まると参加者のように議論に加わるケースもあります。

 対話の時間は通常1時間から2時間、長くても3時間くらいで、1回の対話の中で1つのテーマや問いを掘り下げていきます。

 対話の進め方もさまざまで、最初から最後までファシリテーターが問いを投げかけるパターンや最初にテーマに関する講義を聞いてそれについてみんなで対話するパターン、小グループに分かれて議論した後に全体で議論するようなパターンなどがあります。

4)ルール

 決まったルールはありませんが、他者の発言をきちんと聞くための工夫が必要です。

 例えば、同時に複数の人が話すような状態は避け、人の話をさえぎらないようにするといった具合です。

 哲学カフェは自分の意見を主張するための場ではなく、人の話をよく聞いて、その上で自分も考える場であることを周知します。

 また、難しい言葉(専門的な哲学用語)などを使わない、人の発言を全否定しないというルールを設けているところもあります。

 難しい言葉を使うと、話についていけない人が出てきて、みんなで考える意味がなくなってしまいます。また、「全く違う」「あなたは何も分かっていない」などの発言は、対話をする雰囲気を壊してしまいます。

5)テーマ

 哲学対話はどんなテーマでも話題にすることができます。身近な物事をめぐって生じた問いや人生を送るうえで切実に感じられる問いでもよいでしょう。

 ただし、扱うのが難しいテーマもあります。あまりにも抽象度の高いテーマ(愛とは何か、死とは何か、など)は議論がまとまりにくくなります。また、政治に関するテーマはいきなり扱うと意見が割れがちになるようです。

3 子どもの哲学

1)概要

 子どもの哲学は、小学校・中学校・高校の児童・生徒が参加者となります。学校の教室で授業の一環として行われることが多いですが、親子でやることもあれば、地域のコミュニティーセンターなどで実施することもあります。

2)実施頻度、参加者

 実施頻度はまちまちです。学校の場合、授業の一環として実施することもあれば、独自カリキュラム、部活動として実施することもあります。地域のコミュニティーセンターなどの公共施設で開催する場合は、多くて週に1回、少なくて年に数回程度です。

 子どもの哲学は参加者の年齢によって集中できる時間の目安が異なります。語彙や知識の範囲も違うので、参加者の年齢をある程度区切る必要があります。

 参加人数は、5人から10人くらいがちょうどよいようです。1クラス(40人程度)で実施することもできますが、それには慣れが必要です。

 初めて参加する子どもたちは、意見を出しやすくするため5人程度の小グループに分けるとよいでしょう。

3)進行

 ここでは、学校ではなく希望者を集めて行う場合を紹介します。

 ファシリテーター以外にサポート役がいたほうがよいでしょう。受付などの手伝いだけではなく、子どもたちが飽きたり行き詰まったりしたときに、助け舟を出してもらうことができます。

 お互いの顔が見えるよう、初めに輪をつくって座ることが多いようです。未就学児や小学校低学年の子どもは走り回って遊びだすことがありますが、叱らず飽きて対話に戻ってくるのを待つか、アイスブレイク(緊張をほぐすためのワークショップ)をして輪になるように促しましょう。

 時間は、30分から2時間が目安です。未就学児は30分もすれば飽きてしまいますが、小学生(高学年)になればやり方次第で2時間続けられるでしょう。子どもは大人よりも緊張したり、恥ずかしがったりしがちです。集中力が切れることも考慮に入れ、議論の途中でも臨機応変にアイスブレイクや休憩時間を入れるようにします。

4)ルール

 子どもの哲学も大人の哲学対話と同じように、他者の発言をきちんと聞く、難しい言葉は使わないなどのルールが必要です。

 また、子どもの哲学は大人の場合よりもさらに雰囲気づくりが大切です。子どもが大人の顔色をうかがって自由な意見を言わないことや、参加者同士の意見が食い違って気まずい雰囲気になることは少なくありません。話の流れを追い切れず、置いてきぼりにされてしまう子どももいます。

 そうしたときはファシリテーターが、子どもたちが安心して話せる雰囲気をつくっていきます。意識してゆっくり話し、理論が飛躍したときは質問して、子どもたちが自分で気付くよう促します。また、自分(大人)でも分からない(正解のない)問題があると正直に伝えてみることも効果的です。

5)テーマ

 子どもの哲学では、問い(テーマ)は、基本的には子どもたちが決めるようにします。興味を持っている問いのほうが議論は活発になりやすいからです。

 ただし、一から十まで全て子どもたちで決める必要はありません。参加する子どもから意見を聞き多数決などで決める方法もありますが、大きなテーマを事前に決めてその範囲内で選ぶ方法、いくつか候補を出しておいてそこから選んでもらう方法もあります。

 また、大人にとっては「議論するまでもないだろう」というような問いが出ることもあります。それでも、子どもがその問いを出した理由も含め、対話を通して明らかにしていきます。「なぜ宿題をしなければならないのか」という問いも、話してみるといろいろな発見があるはずです。

 なお、子どもの哲学では、答えを絶対に出さなければならないわけではありません。子どもたちが議論に参加し、自分で考え、他の人の話を聞いて自分の意見を見直すことで、自然と思考力やお互いの考えを理解する力が身に付いていきます。

以上(2023年6月更新)

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哲学対話をやってみよう(歴史編)

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哲学といえば、多くの人は難解な言葉で書かれた哲学書を読み解くことだと思っているかもしれません。しかし、哲学が始まったとされる古代ギリシャでは、哲学と対話は深く結び付き、対話の文化といえるものが花開いていました。

哲学対話は、そうした古代ギリシャの文化から受け継がれた、歴史の長い営みです。この記事では哲学対話の歴史と、そこで形成された議論のルールについて紹介します。

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1 対話形式だったソクラテスの哲学

ソクラテスとプラトン

 「哲学の祖」といわれるソクラテス(紀元前470/469年~前399年)はアテネの街で年齢や地位に関係なく、さまざまな人々と自由闊達な対話を繰り広げていました。

 ソクラテス自身は著書を残さず、その様子は、ソクラテスの弟子であるプラトン(紀元前427年~前347年)が対話篇(対話形式を用いた哲学的著述)として書き記し、当時の対話の生き生きとした様子を今に伝えています(注)。

 こうした古代ギリシャの対話、つまり論証し合いながら共通点や一般法則を見つける議論の特徴について、西研『哲学は対話する プラトン、フッサールの<共通了解をつくる方法>』(筑摩書房、2019年10月)にはこう書かれています。

  • 何かの問いをめぐって議論する。そのさいに各自はそれぞれの根拠を挙げることで、他の人たちが(可能ならばすべての人が)納得できるように努力する。そのうえで、どの考えがもっとも説得力があるかを、皆で吟味する。
  • 根拠をあげるさいに、権威や伝承にたよらない。また発言者の地位や年齢は無関係であり、どんな人も議論に参加するうえでは対等とみなされる。
  • どこから・どうやって考えれば「なるべく根本から」考えたことになるか、をつねに問題にする。
  • 以上のようにして、「だれもが納得できる一般性(共通了解性)と原理性」を備えた考えを育てようとするのが、この議論の目的である。

 要するに、当時から哲学対話は、テーマや問いに対して、合理的な(根拠を挙げて妥当性を吟味でき、権威など合理性に関係しない点を極力排除する)考えを追求するものとして発展したといえるでしょう。

(注)プラトンの著作に描かれるソクラテスの姿には、プラトンによる創作も含まれます。

2 ルネサンス時代にヨーロッパへ

 ソクラテスを通して描かれた古代ギリシャの対話の文化は、ルネサンス時代にフィチーノ(1433年~1499年)がプラトン全集をラテン語に訳したことによってヨーロッパに知られていきます。フィチーノはメディチ家の保護下にあったため、その周りにいた大商人や知識人たちによってさかんに対話が行われるようになり、近代の哲学者・思想家にもさまざまな影響を与えました。

3 近現代の哲学対話

 日本で哲学対話という言葉が広まったきっかけは、ドイツの哲学研究者であるゲルト・アーヘンバハが1980年代に始めた哲学プラクティスと国際哲学プラクティス協会の設立にあります。哲学プラクティスとは「哲学相談所」「哲学カウンセリング」というような意味です。

 ただ、日本では哲学プラクティスより哲学カフェという言葉のほうがなじみ深いかもしれません。哲学カフェは、アーヘンバハに示唆を受けたフランスの哲学研究者マルク・ソーテが、1990年代に始めたものです。哲学カフェは、街角のカフェなどで哲学研究の専門家でない一般の人々が哲学的な対話を楽しむ場として世界中に広がりました。

 日本でも哲学カフェは定着しつつあり、2005年には哲学カフェをはじめとする街角の哲学の実践やサポートを行う「カフェフィロ」という団体が設立されました。

 また、1970年代に米国で始まった子どもの哲学も、哲学プラクティスとともに広がりを見せています。

 子どもの哲学は、哲学教授マシュー・リップマンが大学生よりも早い時期から哲学的な思考を学ぶ必要があると感じ、始めたものです。

 子どもの哲学は日本の教育現場でも少しずつ広まり、今後は道徳の授業などでも取り入れられていくかもしれません。

 これ以外にも、哲学的な手法を使った対話の方法はいくつもあります。例えば、哲学の一分野である現象学的な手法を用いた本質観取(かんしゅ)や、20世紀前半の哲学者レオナルド・ネルゾンが実践していた哲学教育の手法を基にした、ソクラティク・ダイアローグなどがあります。

【参考文献】
筑摩書房『哲学は対話する プラトン、フッサールの<共通了解をつくる方法>』(西研、2019年10月)
ひつじ書房『ゼロからはじめる哲学対話 Philosophical Dialogue for Beginners:哲学プラクティス・ハンドブック』(河野哲也、2020年10月)

以上(2023年6月更新)

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哲学対話をやってみよう(基礎知識編)

1 多様性と付き合う

 働き方の多様性、価値観の多様性、多様性が求められる社会など、さまざまな場面で「多様性」という言葉を耳にするようになりました。これまで「当たり前」と考えられてきた生き方や価値観が通用しなくなり、一人ひとりに自分で生き方を決める判断力が求められています。

 全ての人が自分なりの価値観に従って生きるようになれば、「常識」や「当たり前」に合わせる能力よりも、異なる意見や価値観を尊重し、お互いに違いを受け入れる力のほうが重要になってきます。全ての人が自分の要求を無制約に主張し、他人に強制していては、多様性は成り立ちません。異なる価値観や文化の人々と共生するためには、お互いの考えを理解し合う努力が不可欠なのです。

2 すれ違いを埋めていくための対話

多様性と対話

 価値観や文化の違いは、たくさんの擦れ違いを生じます。好きな相手同士が結婚しても、長年共に暮らしていれば意見の対立やいざこざが起きるのは普通のことです。職場の人間関係でも、トラブルまではいかなくても、不満や違和感を感じることは日常茶飯事でしょう。

 対話は、そうした擦れ違いや違和感を埋め、相互理解を試みるための手段です。参加者が対等な立場で、テーマや問いに対するお互いの考えや問題意識を話し合うことで、問題への理解がお互いに深まり、一応の解決策を見いだすことにつながります。また、対話を通して参加者同士に信頼が生まれることも、哲学対話の効果です。

 この記事では、対話の方法のなかでも、教育現場や市民活動などで広く取り入れられている「哲学対話」について紹介します。

3 哲学対話とは

 哲学対話は、「哲学カフェ」や「子どもの哲学」などの形で行われる対話の総称です。明確な定義はありませんが、テーマや問いがあり、それについて話し合うのが一般的です。参加者は職業や地位、履歴、人柄、名前などを教え合う必要はありません。呼んでほしい名前を自由に設定できる場合が多いようです。

 哲学対話はどんなテーマや問いでも扱うことができますが、一般的には、「当たり前」のこと、つまり簡単には答えが出ない問題を扱うケースが多いです。専門家に聞いたり調べたりすれば簡単に答えが分かるような問いはあまり対象にしません。

 そうした問いを通し、自分自身、また他の人と共に考えることで、哲学対話を始める前より後のほうが、テーマや問いに対する考えが深まっている状態を目指します。

4 哲学対話に欠かせない「安全と安心」

 一般的に、哲学対話には司会のような役割をするファシリテーターがいます。また、テーマに詳しい専門家が参加することもありますが、その人たちを含めて参加者の立場は対等です。「あなたは何も分かっていない」と相手を全否定する発言や差別的な発言、相手を傷つける発言は、対等な議論を難しくするため禁止されます。

 しかし、そうは言っても議論がヒートアップすると、参加者からそうした発言が出てしまうことや、発言者に相手を傷つける意図がなくても受け手が侮辱と解釈すること(意見に対する疑問や否定を、人格の否定だと感じることなど)はあり得ます。

 哲学対話は、異なる立場、価値観の人が対等な関係を築くための練習の場としても使われます。健全な対話をするのにふさわしい態度を多くの人が身に付けなければ、多様性を受け入れる社会の実現は不可能です。

 一人ひとりが対等な立場で話し合う「安全と安心」な場のつくり方を訓練できる点は、テーマや問いに対する思考を深めることとともに、哲学対話の大きなメリットといえるでしょう。

以上(2023年6月更新)

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【朝礼】教学相長(きょうがくあいちょう)ず

皆さんが担当している仕事は順調に進んでいますか。中には、仕事が順調に進んでいない人もいるでしょう。そうした人は、単に効率的な方法を知らないだけかもしれません。上司や先輩、あるいは同僚から「こうした方がいいよ」とヒントをもらい、これを実践することで、飛躍的に良い仕事ができるようになることがあるものです。

今日は皆さんに、「教学相長(きょうがくあいちょう)ず」という言葉についてお話しします。これは中国の四書五経の一つである「礼記(らいき)」にある言葉で、「お互いに教えあい、学びあって共に成長してゆく」という意味です。

教学相長ずの一節は「学びて然(しか)る後に足らざるを知り、教えて然(しか)る後に困(くる)しむを知る。足らざるを知りて、然(しか)る後によく自ら反(かえ)りみるなり。困(くる)しむを知りて、然(しか)る後によく自ら強むる也。故にいわく、教学相長ずるなり」とあります。

この言葉をもう少し分かりやすく解説すると、「学ぶことにより自分の知識の少なさに気づき、人に教えることにより物事の難しさに気づかされる。自分の知識の少なさを知ることにより、自分自身を省みることができる。人に教えることの難しさを知ることにより、自ら勉強することができる。であるから、教えることと学ぶことは互いに作用しあう」ということです。

人に教えるためには、まず自分が学ばなければなりません。自分の知っていることを分かりやすく人に教えるためには、教えること以上に多くのことを知っておかなければなりません。

また、人から物事を教えてもらうことによって、さらに学ばなければならないという意識を持つでしょう。人から教えてもらったことを学ぶ過程において、新たなことを発見するかもしれません。そして、その新たな発見は、もしかしたら教えてくれた人が知らないことかもしれません。学んだ側が今度は教える側となり、新たに発見したことを教えるのです。お互いに教えあうことによって、相手も自分も学習を重ね、結果として双方が新たな知識や思考を身につけることができるのです。

「教(きょう)」つまり教えることと、「学(がく)」つまり学ぶことには相乗効果があります。お互いに教えあい、学びあうことによってさらなる成長を図りたいものです。

この考えは、ビジネスだけでなく、人生においても役立ちます。上司、同僚、部下、友人・知人、親兄弟に聞きたいことがあれば、臆することなく聞いてみましょう。思いがけず良いことを学ぶことができるかもしれません。また、同様に、皆さんが周りの人に良いことを教えることができるでしょう。このように「教学相長ず」は、人間関係をより深めることにもつながるのです。

以上(2023年6月)

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