中小企業が知っておきたい割増賃金の引き上げ 月60時間超の時間外労働に関する企業実務

労働者が健康を保持しながら、労働以外の生活のための時間を確保して働くことができるよう、1か月60時間を超える法定外時間外労働について、法定割増賃金率が50%に引き上げられました。
中小企業においては、猶予期間が設けられていましたが、令和5年4月1日からは、月60時間を超える時間外労働については、割増賃金率が大企業同様50%に引き上げられたところです。
時間外労働が深夜労働に及んだ場合は75%もの割増賃金を支払う義務が生じるため、長時間労働を余儀なくされている中小企業の場合は、何らかの対策を講じる必要があります。

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10年後の御社は安泰ですか? 今と将来の事業を整理するのに役立つ「経営デザインシート」

書いてあること

  • 主な読者:ビジネス環境が変化する中、自社の強みや向かうべき方向を明確にしたい経営者
  • 課題:自社の置かれている状況や外部環境など整理しないといけない情報が多く、なかなか考えがまとまらない
  • 解決策:「経営デザインシート」で自社の現状を俯瞰(ふかん)した上で、「こうありたい」理想の姿を描き、そこから「今何をすべきか」を明確にしてビジネスモデルの転換を図る

1 社長、御社の今後に自信はありますか?

今、「うちの会社は10年後も安泰!」と自信のある経営者がどれほどいるでしょうか。コロナ禍を経て、それほどまでに経営環境が劇変しています。過去の成功体験も失敗体験も通用しにくくなってきた今、改めて事業環境を整理することが不可欠です。

やり方はいろいろありますが、この記事でお勧めするのは「経営デザインシート」です。これは、2018年5月に内閣府が公表したもので、

5年後、10年後に、自社や事業がどのようなストーリーで価値をつくっていきたいかを考えるためのフレームワーク

です。

■首相官邸 知的財産戦略本部「経営をデザインする」■
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keiei_design/

経営デザインシートの使い方を、企業の活用事例も交えながら紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。

なお、活用事例で紹介している企業は、先の首相官邸のウェブサイト「企業における活用例」で取り上げられています。この記事で紹介している取り組み内容は、独自の取材などを基づくものです。

2 経営デザインシートで自社の価値を「見える化」

経営デザインシートは、2019年12月にシートの利便性向上のために「経営デザインシートリデザインコンペティション」が開催され、下記のような「描きたくなる」経営デザインシートが新デザインとして採用されました。

画像1

図表の(A)~(D)は下の(A)~(D)に対応しています。下のように思いを巡らしながら空欄を埋めてみてください。

(A)存在意義を意識した上で、
(B)「これまで」どのように価値を生み出してきたかを把握し、
(C)「これから」どうやって価値を生み出していきたいかを構想する。
(D)「これまで」から「これから」への移行のための戦略を策定する。

特に重要なのは(B)と(C)であり、ここでは自社や事業の「価値創造ストーリー」を考えます。価値創造ストーリーとは、どのような「資源」を、どのような「ビジネスモデル」(収益の仕組み)にインプットすると、どのような「価値」を世の中に提供できるのかという一連の仕組みです。

「資源」の欄には、人、設備、知的財産(以下「知財」)など自社の強みである資源、「ビジネスモデル」の欄には、事業の一覧や役割などの事業ポートフォリオ、「価値」の欄には、商品、サービス、それらが社会にもたらす効果など提供する価値を記入します。

(B)の「これまで」の価値創造ストーリーは、自社の現状を分析することで比較的容易に埋めることができますが、重要なのは(C)の「これから」の価値創造ストーリーです。

ポイントは【(B)これまで+(D)移行戦略→(C)これから】という、これまでの延長線で考えるのではなく、

(C)これから-(B)これまで→(D)移行戦略

という、こうありたい姿(未来)から逆算して考えるということです。

資源を基に将来を構想すると、どうしても既存のビジネスの改善・改良にとどまってしまいがちです。そうならないために、提供したい価値を、顧客のニーズや新しい発想を織り交ぜながら考え、それを実現するのに現状では足りないビジネスモデルや資源を逆算して考えていきます。

「これまで」と「これから」の価値創造ストーリーを考えることで、両者のビジネスモデルや資源のギャップが明確になります。そのギャップを埋めるための移行戦略を(D)で考えていきます。

その上で(C)を考える際のポイントは、

「資源」から考えるのではなく、5年後、10年後に提供したい「価値」から先に考え、それを実現するための「ビジネスモデル」、ビジネスモデルに必要な「資源」の順に埋めていくこと

です。

実際の価値創造ストーリーの記入例、経営デザインシートのフォーマット、企業の活用事例などは、前述した首相官邸のウェブサイトに掲載されているので参考にしてみるとよいでしょう。

■首相官邸 知的財産戦略本部「経営をデザインする」■
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keiei_design/

3 非財務情報の「見える化」

経営デザインシートの「ビジネスモデル」の欄には、知財の果たす役割も記入します。知財とは、特許や商標などの他、技術、データ、組織文化・風土、教育システムなども含めて考えます。技術、データなどは財務諸表には記載されませんが、こうした点も定性的に評価します。

内閣府知的財産戦略推進事務局へのヒアリングによると、

「将来構想を練る際には、財務情報ばかりに目がいき、非財務情報を忘れがちになる。しかし、自社の強みを掘り進めていくと、知財にたどり着くことが多いため、知財を『見える化』することに重点を置いた」

とのことです。

経営デザインシートはシンプルですので、経営者なら1人で簡単に作成できてしまうでしょう。しかし、それでは視点が偏り、抜け漏れも生じるため、信頼する幹部や外部のステークホルダーと議論しながら作成するとよいでしょう。

作成のために第三者と議論や対話を深めることで、経営者の頭の中でただのアイデアとして終わっていたことが具体化されたり、自社や事業に込める思いをキーワードとして抽出したりすることができます。

4 議論・対話を促進し、企業価値を共有した事例

機械設備事業やエレベーターメンテナンスを主な業務とするエレドック沖縄は、ベテラン技術者の高齢化に伴い、これまでの高所作業から地上作業にも事業領域を広げるべく、新たにフィットネス機器分野への進出を検討。沖縄県知財総合支援窓口の支援を受け、経営デザインシートを作成しました。

同社は、「企業等の『健康経営』推進を支える」などを、これから提供する価値に据え、それを実現するビジネスモデルとして「フィットネス機器分野の強化」、必要な資源として、「相談対応力や提案力を備えたベテラン社員」や「エレベーターに限らない機械設備メンテナンス業者としての沖縄県内での知名度」などを設定しました。

その後、事業領域の拡大とそのための移行戦略を効果的に進めるに当たり、作成した経営デザインシートについて、従業員向けの説明会やヒアリングを開催しました。その結果、従業員からは次のような反響を得ることができました。

経営者の長期的なビジョンや方針がストーリーとして理解でき、社長の下で頑張りたいという気持ちを強くすることができた

自社で行っている事業や自分の業務が、何のためのものか理解しやすくなった

事業領域が広がってきても、「仕事が増える」と考えるのではなく、新しい仕事に対する心構えができる

5 事業承継に向けた擦り合わせに活用した事例

事業承継に当たり、現経営者と後継者とのコミュニケーションツールとして活用した事例もあります。

メーカー型総合建設業を営むコプロスは、作業スタッフの高齢化や後継スタッフの不足といった課題を抱えており、そうした課題意識を従業員と共有したり解決策を検討したりするために、経営デザインシートを作成しました。

作成は次期経営者と社内の作業担当者が進め、「安全で効率の良い働き方を実践して、間接的に業界イメージの改善にも寄与する」ことなどを、これから提供する価値に据え、それを実現するビジネスモデルとして、「機器の遠隔・自動操作を実現するためのソフトウエア開発部門」、必要な資源として、「AI/ICT開発技術」などを設定しました。

その上で、移行戦略として、「AI開発企業/研究大学との協力体制の構築」や「新技術の施工を担う人材の教育」などを定めました。こうして明確になった自社が今後目指すべき方向性を、現経営者である実父へ経営デザインシートを用いて説明しました。

これまでは、次期経営者と現経営者が2人で話す際は、良くも悪くも「親子」が出てしまい、意図せず議論が脱線してしまうことがありました。しかし、経営デザインシートを目の前に議論したことで、焦点を絞り込むことができ、自社の現状としては突飛な「機械の自動化」というアイデアも、現経営者に比較的スムーズに受け入れられたといいます。

6 金融機関との相互理解に寄与

金融機関が、取引先企業の事業性を理解し、評価するためのツールとして活用する事例もあります。金融機関がアドバイスをしながら企業が経営デザインシートを作成したり、一緒に作成したり、金融機関が作成したりします。

いずれの場合も、金融機関が取引先企業の事業性の理解・評価を行いながら、パートナーとしてコミュニケーションの質を高め、共に課題解決の方策を探っていくことに役立っているようです。内閣府知的財産戦略推進事務局へのヒアリングによると、実際に経営デザインシートを活用した金融機関からは、次のようなメリットが挙がっているといいます。

企業が描く将来像を具現化するために必要な課題解決策を共に考え、具体化していくことができる

自社の強みを考える上で、競合他社との違いを知ることが重要であることを説明するために使える

企業にとっても、自社の強みや将来の構想に重要な非財務情報について、金融機関に分かりやすく説明し、理解を深めてもらうツールとして有用なものだといえるでしょう。

以上(2023年5月)

pj80082
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習慣形成のプロセス

 習慣とは、「学習によって後天的に獲得され、反復によって固定化された個人の行動様式」です。

習慣形成のプロセスには「きっかけ・欲求・反応・報酬」の4つがあります。

 この4つのプロセスは習慣全般に共通していますが、一度習慣化された行動を私たちはほとんど認識することができません。そのため、多くの人がこのプロセスをほとんど自覚せず、できてしまった習慣にやみくもに従っています。

 逆に言えば、この習慣のステップを理解すると、自分がその行動をやめられない理由や新しい習慣が身に付かない理由を分析しやすくなります。また、習慣を変えるには同じ行動を繰り返す必要がありますが、習慣形成のプロセスを知ることで、習慣改善のサイクルを今より効率的に回せるようになるでしょう。

1 きっかけ

 習慣のきっかけはわずかな情報です。私たちの脳は絶えず周囲の状況を観察・分析していますが、十分に練習を重ねると少ない情報から将来の結果を予測できるようになります。そうして、脳が結果を予測できるわずかな情報(きっかけ)に気付くと、私たち自身は自覚がないまま、それに適した行動を取るのです。

 また、脳は記憶している膨大な行動のパターンの中から、わずかな情報を頼りに今採用すべき習慣を決定します。習慣はほとんど自動化されており、ささいなきっかけで欲求を刺激され、自覚しないうちに反応するのです。そのため、自分が変えたい習慣のきっかけさえ自覚できれば、それだけでも自動化された習慣の抑止力になります。

お菓子を食べそうになる状況

 習慣のきっかけを見つけるには、まずは丁寧に自分の行動を振り返ります。例えば、仕事中にお菓子を食べ過ぎてしまうことに悩んでいるとして、自分の行動を一つ一つ振り返ってみましょう。お菓子を食べるのは、仕事が一段落ついたときでしょうか? すぐに解決できない問題が起きて、ストレスがたまったときでしょうか? また、食べるお菓子は休憩コーナーに置いてあるお菓子でしょうか? それとも自分で用意したお菓子でしょうか?

 自分の行動を丁寧に振り返れば、自分がお菓子を食べそうになる状況を少しずつ自覚できるようになります。すでに身に付いている習慣のきっかけは、新しい習慣のきっかけとして活用できるので、自分を責めることなく、冷静に自分を観察しましょう。

2 欲求

 欲求は、あらゆる習慣の原動力です。

 欲求の有無が習慣になるかどうかのカギとなります。たとえある行動の結果好ましい報酬が得られても、欲求がなければ習慣にはなりません。例えば、宝くじを買って1万円が1度当たったとしても、ほとんどの人は習慣的に宝くじを買うようにはならないでしょう。

 しかし、もし宝くじ売り場の前を通るだけで当選した興奮を“期待”するようになった人は、そうでない人よりも宝くじを買う可能性はずっと高くなります。

 期待するということは、報酬が実際に得られる前(例えばきっかけに気付いただけの段階)に、報酬を得られたときの喜びを予感し、待ちわびるようになっているからです。期待は欲求が芽生えている証拠なのです。

 期待が満たされないと人はイライラします。イライラにいつまでも耐えるのは難しいので、多くの人はまた前と同じ行動を取ってしまうのです。

 すでに欲求がうまれ、期待するようになっているなら、自分の意思だけで乗り切ろうとせず、周囲の力を借りるとよいかもしれません。禁煙外来のような専門家に相談するだけではなく、タバコを吸わない人と過ごす時間を長くしたり、家族や友人などに禁煙すると約束したりするなど、周囲の目を積極的に活用しましょう。

 また、欲求の優先順位を変えることも有効です。タバコを吸って得られる爽快感より、健康的な生活や節約できたお金の使い道などを大事だと考えてみてください。最初は無理やり思い込んでいる感じがしても、次第に本当にそう思えるようになるはずです。

3 反応

 反応とは、実際に行う習慣のことです。

 反応は、きっかけに対応した固定化された行動や思考として、無意識に起こります。脳は状況に対する反応を固定化することでたくさんの労力を節約し、より重要な問題に意識を集中しやすくしています。

 しかし、脳が取るべき行動をいちいち判断しなくなるのは、良いことばかりではありません。急ぎの仕事の最中に、メールの通知音が聞こえてついスマホを確認してしまったことはありませんか? 脳はメールを開けばつかの間の気晴らしを得られると学習し、通知音が聞こえたら状況に関係なく、反射的にスマホを確認するようになってしまったのです。

 一度固定化された反応を完全に消すことは、ほとんど不可能です。減量に成功して何年もたったのに、どうしようもないストレスを感じて一気に食べて太ってしまうのは、脳が過去のルーティンを記憶しているためです。

 ただし、アルコール依存症やギャンブル依存症のような中毒症状でもなければ、自分でもその反応が出てこないよう工夫できます。具体的には、今のルーティンを新しいルーティンに置き換えることです。きっかけと報酬はそのままにして、取る行動だけを変更します。ストレスで一気に食べてしまう人は、ストレスと歯磨き、ストレッチなど、リラックスできる別の行動を試してみるのです。

 このときのコツは、やめたい習慣は実行しづらいように、身に付けたい習慣は簡単にできるようにすることです。新しい習慣をつくるには何度も同じ行動を繰り返すと効果的なので、歯ブラシを何本か買って、磨きたくなったらすぐに歯を磨ける環境を整えます。反対にクッキーは棚の一番取りにくい場所に移動して、手を伸ばしにくくします。

4 報酬

 習慣の最終目標です。報酬は欲求を満たし、学習を完成させます。

 報酬の最初の目標は、とにかく欲求を満たすことです。ダイエットと筋トレで引き締まった健康的な身体をつくり、昇進して称賛や収入を得ることです。

 しかし、脳はどうやって満足できる報酬をもたらす行動と、もたらさない行動を区別するのでしょうか? これは、報酬が得られるタイミングが重要になります。なぜなら、実際の行動よりもずっと後から報酬がやってきても、脳はその行動は本当に学習する価値があると、なかなか判断しないからです。

 一方、食事のように行動した瞬間に直ちに心地よい報酬を得られるのであれば、脳は優先して記憶しようとします。つまり、脳にとっては食事を我慢してイライラするより、食べたいだけ食べて楽しい気持ちになるほうが合理的なのです。

 努力してから結果が出るまでに時間がかかるダイエットや貯蓄などの行動を定着させたいなら、すぐに得られる報酬(即時報酬)を準備しましょう。ダイエットなら毎日体重計に乗って記録を取ったり、目標となるモデルの写真を飾ったりすることです。自分の努力がどこに向かっているのかはっきりすると、そうではない場合よりも達成感が得られ、脳も報酬だと感じやすくなります。

 ただし、この即時報酬は自分が目指したい方向と矛盾しないように注意してください。例えば、「運動した後にはお菓子を食べる」という報酬は、進もうとしている方向と真逆になるのでふさわしくありません。

5 まとめ

 習慣形成の「きっかけ・欲求・反応・報酬」という4つのプロセスと、それに適した対応策を紹介しました。自分の習慣を自覚するのは簡単ではありませんが、習慣化に対する知識をもつことで、自分の習慣をより良い方向へ変えていく助けとなるでしょう。

<参考書籍>
「ジェームズ・クリアー式複利で伸びる1つの習慣」(ジェームズ・クリアー(著)、牛原眞弓(訳)、パンローリング、2019年11月)
「習慣の力 新版」(チャールズ・デュヒッグ(著)、渡会圭子(訳)、早川書房、 2019年7月)

以上(2023年6月更新)

pj96921
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習慣とは何か?

1 変えたい習慣

 健康や美容、仕事のために今の生活を変えようとしたことはありませんか? 食べ過ぎや飲み過ぎ、スマートフォンの使い過ぎなど、何らかの習慣が過剰になると、生活全体に悪影響を与えることがあります。しかも、いざやめようとしても、最初何日かは我慢できるものの、数週間後にはたいてい元に戻ってしまうのです。

 習慣を変えるのが難しい理由はいくつもあります。よくある悩みは、気付かないうちにやってしまう、我慢しているのに効果がすぐに出ない、新しい習慣が定着したと思ったのに何かのきっかけで古い習慣が再開してしまったなどです。新しい習慣を身に付けるためには、こうした問題に対処するポイントを知り、長い目で取り組む必要があります。

 この記事では、習慣が身に付く仕組みと、習慣を変える方法を紹介します。習慣化のプロセスを知ることで今より結果を出しやすくなるはずです。

2 習慣とは何か

 習慣という言葉を辞書で見ると「同じ状況のもとで繰り返された行動が、状況に応じて安定化し、自動化されて遂行される」など、いくつかの意味が載っています。

 この記事では主に個人の習慣に焦点を当てるため、「学習によって後天的に獲得され、反復によって固定化された個人の行動様式」という意味で用います。朝目覚めるとほとんど無意識に顔を洗ったり、歯を磨いたりできるのは、習慣のたまものです。最初はいちいち注意してやっていた行動が、習慣化するとほとんど何も考えずに行えるようになります。

 習慣になる行動は、単純な動きだけではなくかなり複雑な行動も含まれます。日ごろから運転する人は、駐車のような神経を使う動作でも、今はほとんど何も考えずにできるでしょう。脳が日常的な行動の一部を自動化してくれるおかげで、私たちはもっと重要な問題に神経を使えるようになるのです。

3 欲求が習慣の原動力

 繰り返し行っているだけで全ての行動が習慣になるというわけではありません。習慣のプロセスについてはさまざまな研究が進み、習慣として繰り返されやすい行動には次のような特徴があることが分かってきました。

繰り返されやすい行動:「欲求が満たされる結果」を導く行動
(繰り返されにくい行動:「不快な結果」を生み出す行動)

 脳は欲求を満たしてくれる行動を優先的に記憶し、望ましい報酬を効率的に得ようとします。しかも、私たちが望んでいると思っているものと、脳が感じる欲求はいつも一致するわけではありません。頭では健康になりたいと思っていても、多くの人にとって、サプリメントよりポテトチップスやチョコレートのほうがずっと魅力的に見えるのです。

欲求が習慣の原動力

 現代は高カロリーな食品があふれており、あえて意識しなくても糖分や脂肪などの必要摂取量をとれます。そのため、本来なら食べ過ぎないよう注意しなければならないのですが、脳の本能的な部分は食料が乏しい時代のことを覚えていて、糖分や脂肪分を効率的にとれる食品を好みます。私たちは今の環境に合った食生活をしたいと考えているつもりでも自分でも気付かないところで、違うことを望んでいるのです。

 自覚している希望と脳が感じている欲求の違いは、古い習慣をやめ、新しい習慣を始める妨げになります。習慣を効率よく変えていくためには、こうした認識のズレを埋め、隠れた欲求をコントロールする方法を学ぶ必要があるのです。

<参考書籍>
「ジェームズ・クリアー式複利で伸びる1つの習慣」(ジェームズ・クリアー(著)、牛原眞弓(訳)、パンローリング、2019年11月)
「習慣の力 新版」(チャールズ・デュヒッグ(著)、渡会圭子(訳)、早川書房、 2019年7月)

以上(2023年6月更新)

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習慣と意思

1 意思が強くないと習慣は変えられない?

 世の中には、特定の行動を習慣化して望んだ結果を出せる人と、数カ月でサボりがちになってしまう人がいます。あるデータによると、フィットネスクラブの新規入会者は6カ月以内に40%以上が退会するようです。継続していても実際はフィットネスクラブに通っていない人を合わせれば、6カ月以内に半分以上が挫折してしまうといえるでしょう。

 何故そのような結果になるのでしょうか? 決めたことを実行できる意思力が先天的に強い人でなければ、良い習慣を身に付けることはできないのでしょうか?

 もちろん、そんなことはありません。確かに、新しい習慣を身に付けるには誘惑を拒み、前の習慣に戻りたくなる衝動にあらがわなくてはなりません。しかし、その衝動にあらがう力が先天的なもので生涯変わらないとすれば、何度もダイエットに失敗していた人があるとき成功する理由が説明できません。モチベーションなどの影響もゼロではないでしょうが、一定数の人は失敗するうちに要領を覚え、自分に合う方法を見つけられると考えたほうが自然です。

 「自分は意思が弱い」と習慣化を諦めてしまっている人のために、この記事では意思の強さに頼らないでも習慣を変えられるコツを紹介します。

2 意思の強さに自信がない人が習慣化を成功させるには

1)得意なことから始める

 習慣化のために大事なのは何度も繰り返し行うことですが、苦手なことを何度も繰り返し行うのは苦痛を感じやすいものです。習慣化に慣れていない場合は、まずは得意な分野で試して、成功体験をつくりましょう。

 例えば、掃除好きの人なら、どの部屋をどれくらいの頻度で、どのように掃除するか、計画を立てて実行してみてください。得意なことであれば慣れるのも早く、成果も出やすいはずです。もしもうまくいかなくても、試行錯誤しているうちにノウハウがたまってきます。ある程度自信がついたら、自分が本当に変えたい習慣にチャレンジしましょう。

2)事前に誘惑やストレスへの対処法を準備する

 いくら忍耐力や自制心に自信がない人であっても、いつも誘惑やストレスに負けてしまうわけではありません。いつもは我慢できていることができなくなるのは、イレギュラーな出来事や過度なストレスにさらされたときが多いようです。

 例えば、数週間毎日1日1万歩ウォーキングしていても、残業で疲れた日やパートナーとけんかしてイライラしている日に、習慣が中断してしまうことがあります。それで気が抜けて、せっかく身に付きかけたルーティンをやめてしまうのはもったいないことです。

 予想できる誘惑やストレスがある場合は、そういう状況のときにどんな対応をすればいいか、事前に対処法を考えておきましょう。ストレスが実際に起きた瞬間、どうやって耐えるかを詳しくシミュレーションし、誘惑やストレスがあっても平静で居られるよう、心構えをしておくのです。

3)誘惑の少ない環境をつくる

 意思の強い人でも、誘惑が近くにあればなかなか我慢することはできません。ダイエット中に自宅に高カロリーのお菓子が置いてあるとつい手を伸ばしたくなりますし、スマホを近くに置いていると仕事中でも開きたくなってしまいます。

 誘惑に弱い自覚があるならば、それらを意識的に避けるべきです。仕事をするときはスマホをかばんにしまい、休憩時間以外開かないようにします。それが難しければ、メッセージの通知音を消すなど、集中力を乱さない工夫をしましょう。

 誘惑を避ける工夫は、身に付けたい習慣を何度も繰り返すのと同じくらい重要です。環境をコントロールすることで、自分の精神力に頼る必要がなくなります。

4)忍耐力や自制心自体を高める

 意思の強さというと、先天的な性格によって決まっていると思うかもしれませんが、実際には筋肉のように後天的に鍛えられるものだといわれます。

意思の強さは筋肉のように鍛えられる

 ある実験では、筋トレや勉強、金銭管理など、一つの分野で集中的にトレーニングすることで、その分野とは異なる方面(食事や仕事、メンタルなど)でも誘惑や衝動に対するコントロールも上達するという結果が出ています。

 こうしたトレーニングでは、目標の難易度設定の仕方など、習慣化全般に必要な能力の向上が期待できます。本格的に習慣改善をしたい人は、一度筋トレなどに集中的に取り組んでみてもよいかもしれません。

<参考書籍>
「ジェームズ・クリアー式複利で伸びる1つの習慣」(ジェームズ・クリアー(著)、牛原眞弓(訳)、パンローリング、2019年11月)
「習慣の力 新版」(チャールズ・デュヒッグ(著)、渡会圭子(訳)、早川書房、 2019年7月)

以上(2023年6月更新)

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pixabay

業績と連動し、社員にも分かりやすい「業績連動式」賞与のポイント

書いてあること

  • 主な読者:社員のモチベーションが上がる賞与制度を実施したい経営者
  • 課題:業績と連動し、社員にも分かりやすい制度にしたい
  • 解決策:「業績連動型」賞与を導入し、賞与原資の決定基準を社員に示す

1 なぜ、賞与のありがたみが社員に伝わらないのか?

業績連動型とは、

会社の業績や社員の勤務成績に応じて賞与を決定する仕組み

です。日本の会社の65.4%が「業績連動型」賞与を導入しています(厚生労働省「令和4年賃金引上げ等の実態に関する調査」)。一方、「支給額=基本給×○カ月分」といった単純な仕組みに比べると計算過程が不透明で、社員が「こんなに頑張っているのに賞与が下がった……」と不満を覚えることがあります。

賞与を支給するか否かは会社の自由です。それでも多くの経営者は「頑張った社員に報いて、今後もモチベーション高く仕事をしてほしい」と思うからこそ、賞与を支給します。社員が不満を覚えるようでは、「そもそも賞与を支給する意味があるのか」ということになってしまいます。賞与も含め、報酬に対する会社と社員のギャップを埋めることは難しいのですが、

できるだけ社員に分かりやすい制度にして不透明感をなくす

ことで、ある程度不満は和らぎます。この記事では、業績連動型に着目して、社員にとって分かりやすい賞与制度にするためのポイントを紹介します。

2 何を業績指標とするか?

業績連動型の手順をおおまかに言うと、

  • 業績指標を基準に「営業利益×○%」などで賞与原資を決める
  • 賞与原資の範囲内で各社員の勤務成績を基準に支給額を決める

という形になります。

業績指標には次のようなものがあります。

  • 「売上高」基準(売上高、生産高など)
  • 「利益」基準(営業利益、経常利益、当期純利益など)
  • 「付加価値」基準(付加価値)
  • 「キャッシュ・フロー」基準(営業CFなど)
  • 「株主価値」基準(ROA、ROE、ROIなど)

ちなみに、日本経済団体連合会・東京経営者協会の調査によると、業績連動型を採用している社員数500人未満の会社では、

「営業利益」を基準とする会社(60.0%)が最も多く、次に多いのは「経常利益」を基準とする会社(38.2%)

となっています(日本経済団体連合会・東京経営者協会「2021年夏季・冬季賞与・一時金調査結果」、複数回答)。

こうして業績指標が決まったら、それを基準に賞与原資の額を計算します。どの程度を賞与原資にするかは会社次第ですが、

「営業利益×○%」だけだと、業績の好不調によって賞与原資が大きく変動し社員に不安を与えるので、最低保障額を設ける

ことも検討しましょう。

3 支給対象者をどうするか?

賞与原資が決まったら、次は支給対象者を明らかにします。一般的には、

考課の対象期間内に勤務実績があって、支給日に在籍している社員

を対象とします。また、賞与を支給してから一定期間内に退職することが決まっている社員などは、対象から除外します。なお、非正規社員(パート等)に賞与を支給しない会社も多いですが、こうした対応は同一労働同一賃金に違反する恐れがあります。業務内容や労働時間などについて、正社員と働き方が同じ非正規社員がいないかを確認した上で、慎重に判断しましょう。

支給対象者が決定したら、支給対象者ごとの配分を決めます。一般的には、次のような要素を複数組み合わせて配分率を計算します。

  • 部門業績(所属部門の経常利益が○万円以上なら配分率○%など)
  • 人事考課(A評価なら配分率○%など)
  • 資格等級(○級なら配分率○%など)
  • 出勤率(週○時間勤務なら配分率○%など)

参考までに、日本経済団体連合会・東京経営者協会の調査によると、賞与・一時金の1人当たり平均支給額を100とした場合、非管理職・管理職ともに「考課査定分(人事考課)」「定額分(最低保証額など)」の配分割合が高いようです(日本経済団体連合会・東京経営者協会「2021年夏季・冬季賞与・一時金調査結果」)。

  • 非管理職:考課査定分39.4、定額分30.2、定率分27.7、その他2.7
  • 管理職:考課査定分51.1、定額分28.2、定率分17.5、その他3.2

以上(2023年6月)

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画像:Eisenhans-Adobe Stock

【朝礼】この件は、君と何度でも話し合うよ

上司の皆さん、毎日、部下の方と話をしていますか。特に部下と毎日顔を合わせているマネジャークラス(課長クラス)の方は、昨日、部下全員と話をしましたか。

上司と部下のコミュニケーションは、ビジネスの指示や報告が基本です。上司の皆さんのコミュニケーションは部下への一方的な指示になっていませんか。あるいは、部下からの報告を受けるだけになっていませんか。

上司と部下がコミュニケーションを図るためには、その「内容」が大切です。ビジネスの現場では、ビジネス上の指示や報告がメーンとなりますが、その際に上司からの一方的な指示や部下からの報告だけでは、コミュニケーションは不十分です。

上司が指示する際には、抽象的な指示でなく、個別具体的な指示をしてください。こう言うと、部下が自分で考えることをせず指示待ちになるので、部下の指導には適していないと言う人がいます。しかし、これはビジネスの最前線を知らない評論家の考えのように思えてなりません。ビジネス経験の乏しい部下に、すべてを任せる方が無責任というものです。

上司は個別具体的な指示をいくつか出し、部下に選択させるのです。上司の個別具体的な指示により、部下はすべきことが明確になります。選択肢があればそれぞれのメリットやデメリットまで考えるでしょう。こうしたことを、部下に熟慮させて、実行する案を選択させるのです。人は具体的な課題があれば、その解決に前向きになります。また、ゴールに近づくと「もう少しでゴールだ。頑張ろう」とやる気が出るものです。

部下への選択制の個別具体的な指示は、目の前に課題を示すと同時に、その解決がゴールに結びつくということを教えてあげることなのです。

次に、部下の報告です。仮に、上司が示した個別具体的な指示から、部下が一つを選択することとしましょう。自分が選択した理由を、詳細に説明できなければなりません。上司からはさまざまな質問が出るでしょう。例えば、「なぜ、この案を採用するのか」「成功の定義をどこに設定するのか」「誰かに相談したのか」「実行性はどちらが高いのか」「過去に同様のことを実施した経験があるのか」「失敗したら代替はどうするのか」などです。まだまだ質問は出るでしょう。上司が質問し部下が答え、分からないところは一緒に考えることになるでしょう。こうすることで、単なる部下の報告ではなく、上司と部下の意見交換になります。

上司と部下は、この件について、真剣に、時間をかけて、互いが納得するまで意見交換することになるでしょう。上司は「部下が選択するに至ったプロセスが大事」であることを知っているからです。

部下の方は安心してください。上司は「時間がないから」とは決して言いません。上司は「この件は、君と何度でも話し合うよ」と言ってくれます。それは、上司は部下が成長する姿を見ることが何よりうれしいからです。

以上(2023年6月)

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画像:Mariko Mitsuda

豪雨時の水没リスク(2023/6号)【交通安全ニュース】

活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

近年は、梅雨の時期に大雨による災害が発生することも珍しくありません。集中豪雨やゲリラ豪雨など局地的大雨により、日頃走行している道路が冠水し、自動車が水没するといったリスクが以前より高まっています。

今回は、豪雨により冠水した道路を走行する場合の自動車の水没リスクについて考えます。

豪雨時の水没リスク

1.冠水道路の走行に伴うリスク

都市部などでは舗装面積が多いため、集中豪雨やゲリラ豪雨が発生すると、周囲より低い場所では雨水の排水処理能力が限界を超えてしまい、道路が冠水することがあります。道路が冠水すると、運転者は路面状況が分からず深みにはまったり、側溝へ脱輪したりするおそれがあります。特に周囲に比べて道路の高さが低くなっているアンダーパスでは水没リスクが高く、注意が必要です。

冠水した道路を走行する場合、一般的な自動車はある程度の浸水に耐えられるように設計されていますが、エンジン内部やマフラーに水が入ってしまうと故障するおそれがあります。冠水した道路では水深により自動車に以下のような不具合が生じます。

冠水道路の走行に伴うリスク

出典:国土交通省Webサイト「水深が床面を超えたら、もう危険!-自動車が冠水した道路を走行する場合に発生する不具合について-」より当社作成
https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha08_hh_003565.html

2.水没リスクを回避するために

アンダーパスは全国に3,700箇所ほどあり、 それ以外にも周囲より低く水はけが悪いといった豪雨時に冠水しやすい場所は思った以上に多いものです。 日頃通勤や業務で走行している道路に冠水しやすい場所がないか一度確認しておくのがよいでしょう。

また、気象情報を確認することを習慣にして、集中豪雨やゲリラ豪雨などに関する情報を早期に把握し、予め危険を回避できるようにしておくことが大切です。

・道路冠水想定箇所の確認
 国土交通省「重ねるハザードマップ」
https://disaportal.gsi.go.jp/maps/?ll=36.097938,139.87793&z=7&base=pale&vs=c1j0l0u0t0h0z0

・大雨・洪水の危険度の確認
気象庁「浸水キキクル(危険度分布)」、「洪水キキクル(危険度分布)」
https://www.jma.go.jp/bosai/#pattern=rain_level&area_type=japan&area_code=010000

浸水キキクル

万一の場合に備え、脱出用ハンマーやシートベルトカッターなどの避難用具を車内に常備しておくようにしましょう。避難用具はいざというときに手の届く範囲にあることが重要です。

国土交通省webサイト「いざというときのために、緊急脱出用ハンマーを備え付けましょう!」
https://www.mlit.go.jp/jidosha/carinf/rcl/carsafety_sub/carsafety023.html

3.冠水道路を走行する場合の注意点

道路が冠水するような豪雨時の運転では、無理をしないことが大切です。

やむを得ず冠水した道路を走行する場合は、以下の点に注意しましょう。

  • アンダーパスには入らない。
  • 前車の水しぶきや急停車を想定し、車間距離を十分に取る。
  • 水を巻き上げないように速度を十分落とし、ゆっくりと進む。

アンダーパス

豪雨により短時間で道路が冠水するような場合、水深も急速に増していくおそれがあります。

「これくらいの冠水なら進めるのでは」といった油断は禁物です。

<走行後は>

  • ブレーキの効きが悪くなったと感じたらブレーキを数回踏んでブレーキパッド等を乾かしましょう。
  • エンジンや電気装置が浸水した場合は、故障や車両火災のおそれがあるので、エンジンをかけてはいけません 。ロードサービスや自動車販売店、整備工場等に連絡しましょう。

以上(2023年6月)

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画像:amanaimages

【SDGs】どうする? アクリル板の「大量破棄」問題

書いてあること

  • 主な読者:飛沫感染の防止のためにアクリル板を設置していた飲食店など
  • 課題:アクリル板が不要になったので処分したい
  • 解決策:アクリル板は産業廃棄物として処理する。SDGsを意識するならリサイクルも可能

1 不要になったアクリル板。つくる責任、つかう責任

新型コロナウイルス感染症は、感染症法上の位置付けが季節性インフルエンザなどと同じ「5類感染症」に変更されました(2023年5月8日)。これに伴い、コロナ禍で実施してきた感染対策の見直しが進み、アクリル製のパーティション(以下「アクリル板」)の撤去が進んでいます。ここで問題となるのが、不要となったアクリル板の処理ですが、保管するには場所をとるので、結局、廃棄せざるを得ないでしょう。

この記事では、要らなくなったアクリル板を処分する際のポイントと、リサイクルの可能性を探っていきます。この取り組みは、SDGsの12番目のゴールである「つくる責任、つかう責任」にも関係してきます。

2 アクリル板は産業廃棄物

飲食店などが使ったアクリル板は、

産業廃棄物(廃プラスチック類)になるので、一般ごみとして捨てることはできない

ことになっています。そのため、適切な産業廃棄物処理業者(以下「処理業者」)に収集運搬や処分を委託しなければなりません。通常、処理業者はアクリル板のサイズと枚数、引き取り場所(建物の階数やエレベーターの利用可否、駐車スペースの有無)などを基に、収集運搬や処分の費用を算出します。東京都内のある処理業者にヒアリングしてみたところ、

縦60センチメートル×横1メートルほどのサイズのアクリル板が数枚程度の場合、付近に駐車しているトラックまで持参してもらう条件で、1枚2000~3000円の費用感になる(4月21日現在)

ようです。

なお、環境省は5類感染症への変更に合わせ、4月28日に処分についての情報提供を開始しました。

■環境省「不要になった新型コロナウイルス感染症対策の備品等(パーティション等)について」■
https://www.env.go.jp/recycle/waste/infect_contr.html

3 アクリル板はリサイクルできる?

処理業者の中には、主に廃プラスチック類の収集運搬を行うプラスチック回収業者や、主に廃プラスチック類の中間処分を行うリサイクル業者があります。廃プラスチック類は、次の3つの方法でリサイクルされています。

1.サーマルリサイクル(エネルギー回収)

廃プラスチック類を焼却し、発生した熱を発電や熱源に利用します。

2.マテリアルリサイクル(再生利用)

廃プラスチック類を洗浄、粉砕し、粒状化したものを溶融して再製品化します。

3.ケミカルリサイクル

廃プラスチック類を化学反応によって分解し、高炉・コークス炉原料として利用したり、ガス化、油化したりします。

2020年の国内の廃プラスチック類の有効利用率は次の通りです。

廃プラスチックの有効利用率

環境省リサイクル推進室へのヒアリングによると、アクリル板を含むアクリル製の廃プラスチック類について次のようなコメントが得られています。

これまでは海外輸出や焼却(サーマルリサイクル含む)、埋め立て処分が大半でした。マテリアルリサイクルをしている事業者は少なく、ケミカルリサイクルには多額の設備投資が必要なので、なかなか進みませんでした。

4 マテリアルリサイクルの好事例

緑川化成工業(東京都台東区)は、アクリル製品のマテリアルリサイクルをしています。プラスチック関連製品の加工・成形をしている同社は、国内で初めてエコマークを取得した再生アクリル板「リアライトRE」を約20年以上にわたって市場で展開しています。

「リアライトRE」の再生原料含有率は約80%。原料を再利用するため、本来のアクリル製品の製造よりも工数が少なく、初期製品とくらべてCO2排出量を71%削減できるそうです。

アクリル製品のマテリアルリサイクルは、

アクリル素材の回収→粉砕→溶解→再原料(ペレット)化→再生アクリル板などに成形

というフローで、再度市場に展開されます(図表2参照)。

アクリル樹脂のリサイクルフロー

アクリル板は、製造方法によって

  • マテリアルリサイクルができる押出板
  • マテリアルリサイクルができないキャスト板

に分かれます。ただ、製品になった状態で両者を見極めるのは難しく、この点がアクリル板の再原料化の難関です。そのため、これまでの同社の再原料化は、事前に選別された工場内端材(プレコンシューマー材)を主原料としていました。今後はアクリル板の大量廃棄を想定し、

2023年10月から独自技術による識別ラインの稼働を予定

しているそうです。

■緑川化成工業■
https://www.midorikawa.co.jp/

5 ケミカルリサイクルの可能性

ケミカルリサイクルは、2021年に三菱ケミカルと住友化学が参入し、実証設備を新設し終えたところです。三菱ケミカルは、2023年3月にアクリルグッズ等再生利用促進協議会に発起人として参画しました。同協議会はアクリル製品の再生利用を促す啓蒙活動と回収活動を行っており、活動の中で回収したアクリル製品は、三菱ケミカルがリサイクルをします。

また、住友化学は、2023年春からケミカルリサイクル品のサンプル提供を開始し、事業化に向けた取り組みを進めています。

■アクリルグッズ等再生利用促進協議会■
https://lucca-tokyo.co.jp/acrylic-recycling-pc/

6 (参考)アクリル板を保管しておく際の注意点

新型コロナウイルス対策を助言する厚生労働省の専門家組織「アドバイザリーボード」は、感染再拡大に備え、アクリル板について当面の保管を提唱しています。保管は次のようにして、ダンボールなどにまとめておくとよいでしょう。

  • 表面が傷つきやすいので、積み上げた状態で埃が付かないように覆いをする
  • たわみやすい性質があるので、斜めに並べず平積みする
  • 保管場所は温度が50度以下の場所で、なるべく紫外線が当たらず、湿度の低い場所にする(50度を超えると変形するおそれがある)

以上(2023年6月)

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画像:maroke-Adobe Stock

小さな会社が大企業をぶっ飛ばすために知っておくべき「ランチェスター戦略」

書いてあること

  • 主な読者:「ランチェスター戦略」の基本が知りたい経営者
  • 課題:経営資源が限られる中小企業が取るべき戦略が知りたい
  • 解決策:地域・顧客・商品などの戦う領域を絞って市場シェア1位になる

1 中小企業は「ランチェスター戦略」で勝つ

ランチェスター戦略とは、

弱者が強者に勝つための戦略であり、言い換えるなら「中小企業が限られた経営資源で勝ち残るための戦略」

でです。もともとは、第1次世界大戦のときに英国人のフレドリック・W・ランチェスターが導き出した戦い方で、それを第2次世界大戦の際に進化させました。そして、戦後にマーケティングコンサルタントの田岡信夫氏がマーケティング活用などで使えるように体系化したといわれます。

ランチェスター戦略は「勝つための戦略」であり、兵力、つまり経営資源の乏しい中小企業が、いかにして勝ち残っていくかのヒントが多くあります。この記事では、ポイントをまとめています。

2 ランチェスター戦略とは

1)弱者向けの「ランチェスター第一法則」

ランチェスター第一法則とは、刀を持って戦うような接近戦や局地戦で、基本的には1人が1人としか戦うことができない状況を想定した場合、

武器の性能が双方同じであれば、兵力数の勝るほうが勝利する

というものです。

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兵力が小さいB軍が勝つためには、武器効率を上げる必要があります。例えば、B軍が武器効率を1から2に上げることができれば、

2×3(B軍)-1×5(A軍)=B軍は1人が生存

することになり、B軍が勝利します。範囲が限定された戦場で武器効率が同じなら、兵士の数が多いほうが勝つという意味で、ランチェスター第一法則は弱者向きだといえます。

2)強者向けの「ランチェスター第二法則」

ランチェスター第二法則とは、マシンガンや戦闘機を投入して戦うような広域戦や遠隔戦、確率戦で、基本的には1人が複数の敵を狙える状況を想定した場合、

戦闘開始時の兵力数の2乗対2乗の力関係で戦う

というものです。

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ランチェスター第二法則でも、兵力が大きいA軍が勝ちます。しかも、兵力が小さいB軍の損害は圧倒的に大きくなります。ここから分かるのは、

弱者は、ランチェスター第二法則で戦ってはならない

ということです。

以上のランチェスター戦略の第一法則、第二法則から、

  • 武器効率(質)が同じなら、兵力(数)の多いほうが有利
  • 弱者はランチェスター第一法則、強者はランチェスター第二法則で戦うべき

ということになります。

3 弱者とは誰か?

ランチェスター戦略から、中小企業が勝ち残っていくためには、

全国展開よりも地域限定、フルラインアップよりも一点突破で戦うことが望ましい

ということが分かります。

ちなみに、戦闘ではなくビジネスを想定しているランチェスター戦略では、強者=市場シェア1位の企業、弱者=市場シェア2位以下の企業のことを指します。強者=大企業、弱者=中小企業と考えがちですが、例えば、

ある地域に限れば、中小企業が大企業を抑えて、市場シェア1位=強者になる

ことができます。このため、ランチェスター戦略は、弱者が強者になるための戦略を示しているとされます。

ランチェスター戦略では、強者になるためには、

  • ナンバーワン主義
  • 「足下(そっか)の敵」攻撃の原則
  • 一点集中主義

という3つのポイントが重要だとされています。次章で確認しましょう。

4 ランチェスター戦略から導く中小企業の戦い方

1)ナンバーワン主義

ナンバーワン主義とは、

2位以下を圧倒的に引き離して「ナンバーワン」になることを重視した考え方

です。ナンバーワンの目安とは、市場シェアに占める割合が41.7%(安定目標値)以上を指します。ただし、当初から41.7%の市場シェアを占めている必要はなく、まずは強者と弱者の境目とされる市場シェア26.1%(下限目標値)を目指します。そして、ほぼ独り勝ちの状態とされる41.7%を経た後、73.9%(上限目標値)に達することができれば理想的です。73.9%が理想的とされるのは、2位以下に逆転されることがなくなると考えられているためです。

また、ナンバーワンを目指す際は、

  • 地域
  • 顧客
  • 商品

の順で、自社がシェアを確保する余地があるかを検討します。例えば、世界初の画期的な商品をゼロから生み出して市場シェアナンバーワンを目指すよりも、自社製品を限られた地域で販売して市場シェアナンバーワンを目指すほうが容易です。そのため、1.~3.の順でナンバーワンとなる方法を検討するのです。

2)「足下の敵」攻撃の原則

「足下の敵」攻撃の原則とは、

自社がナンバーワンとなるために、まずは自社の1つ下にいる企業から攻撃する

という考え方です。足下の企業は、自社より弱者であり、勝ちやすい相手です。勝ちやすい相手からシェアを奪い、自社の市場シェアが上位の企業と拮抗した時点で対決に挑みます。

この「足下の敵」攻撃の原則で重視されているのが、競争目標と攻撃目標を分けるという考え方です。具体的には、自社よりも市場シェア上位の企業を目標(競争目標)として定めながら、攻撃を仕掛ける相手は自社よりも市場シェアが下位の企業(攻撃目標)とします。

 競争目標と攻撃目標に対する戦い方は異なります。競争目標に対する戦い方は、差別化戦略です。数に劣る自社は、質を高める必要があり、競合先と同じことをしていては勝てません。足下の競合先をたたいた後は、差別化戦略によって質を高め、上位の競合先と戦う必要があります。

一方、攻撃目標に対する戦い方は、ミート戦略(競合先と同じことをする、合わせる)です。同質であれば、数に勝るほうが勝利するため、強者である自社は競合先と同じことをすればよいのです。

3)一点集中主義

一点集中主義とは、

ナンバーワンになるために、一点を決めて集中的に投資する

という考え方です。「1.地域」「2.顧客」「3.商品」の視点から市場を細分化し、自社が強者となることができる、集中的に経営資源を投入していく重点化市場を定めます。

これによって、「兵力的な優位を築き→差別化によって質を高め→収益性が増す余力を生み→その余力で次なる重点化市場を攻略する」というサイクルを生むことができます。ランチェスター戦略では、このサイクルを繰り返しながら、ナンバーワンを目指すのが基本です。

4)重要なのは差別化

以上で紹介した3つの戦い方で重要なのは差別化です。弱者が強者に勝つためには、差別化によって競合先(強者)とは異なる、自社独自の取り組みを実施することが必要です。自社を競合先と差別化する際、市場を細分化し、次の6つの視点から検討します。

  • 製品(Product):例)商品に機能を加えるなど
  • 価格(Price):例)3つ買うと1つ無料とするなど
  • 流通(Place):例)インターネットで販売するなど
  • プロモーション(Promotion):例)手書きのDMを送付するなど
  • サービス:例)アフターサービスを無料で提供するなど
  • 地域:例)自社から片道30分以内の地域だけに配達するなど

差別化を検討する際には、「競合相手よりも、価格を低く抑え、アフターサービスを無料で提供し、地域限定で販売する」など、上記6つの中から3つ以上を組み合わせることが効果的だとされています。

【参考文献】
「世界一やさしいイラスト図解版! ランチェスターNo.1理論—小さな会社が勝つための3つの結論」(坂上仁志、ダイヤモンド社、2013年3月))
「小さな会社の稼ぐ技術」(栢野克己(著)、竹田陽一(監修)、豊倉義晴(取材・執筆協力)、日経BP社、2016年12月)

以上(2023年5月)

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