労働者が健康を保持しながら、労働以外の生活のための時間を確保して働くことができるよう、1か月60時間を超える法定外時間外労働について、法定割増賃金率が50%に引き上げられました。
中小企業においては、猶予期間が設けられていましたが、令和5年4月1日からは、月60時間を超える時間外労働については、割増賃金率が大企業同様50%に引き上げられたところです。
時間外労働が深夜労働に及んだ場合は75%もの割増賃金を支払う義務が生じるため、長時間労働を余儀なくされている中小企業の場合は、何らかの対策を講じる必要があります。
10年後の御社は安泰ですか? 今と将来の事業を整理するのに役立つ「経営デザインシート」
書いてあること
- 主な読者:ビジネス環境が変化する中、自社の強みや向かうべき方向を明確にしたい経営者
- 課題:自社の置かれている状況や外部環境など整理しないといけない情報が多く、なかなか考えがまとまらない
- 解決策:「経営デザインシート」で自社の現状を俯瞰(ふかん)した上で、「こうありたい」理想の姿を描き、そこから「今何をすべきか」を明確にしてビジネスモデルの転換を図る
1 社長、御社の今後に自信はありますか?
今、「うちの会社は10年後も安泰!」と自信のある経営者がどれほどいるでしょうか。コロナ禍を経て、それほどまでに経営環境が劇変しています。過去の成功体験も失敗体験も通用しにくくなってきた今、改めて事業環境を整理することが不可欠です。
やり方はいろいろありますが、この記事でお勧めするのは「経営デザインシート」です。これは、2018年5月に内閣府が公表したもので、
5年後、10年後に、自社や事業がどのようなストーリーで価値をつくっていきたいかを考えるためのフレームワーク
です。
■首相官邸 知的財産戦略本部「経営をデザインする」■
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keiei_design/
経営デザインシートの使い方を、企業の活用事例も交えながら紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
なお、活用事例で紹介している企業は、先の首相官邸のウェブサイト「企業における活用例」で取り上げられています。この記事で紹介している取り組み内容は、独自の取材などを基づくものです。
2 経営デザインシートで自社の価値を「見える化」
経営デザインシートは、2019年12月にシートの利便性向上のために「経営デザインシートリデザインコンペティション」が開催され、下記のような「描きたくなる」経営デザインシートが新デザインとして採用されました。

図表の(A)~(D)は下の(A)~(D)に対応しています。下のように思いを巡らしながら空欄を埋めてみてください。
(A)存在意義を意識した上で、
(B)「これまで」どのように価値を生み出してきたかを把握し、
(C)「これから」どうやって価値を生み出していきたいかを構想する。
(D)「これまで」から「これから」への移行のための戦略を策定する。
特に重要なのは(B)と(C)であり、ここでは自社や事業の「価値創造ストーリー」を考えます。価値創造ストーリーとは、どのような「資源」を、どのような「ビジネスモデル」(収益の仕組み)にインプットすると、どのような「価値」を世の中に提供できるのかという一連の仕組みです。
「資源」の欄には、人、設備、知的財産(以下「知財」)など自社の強みである資源、「ビジネスモデル」の欄には、事業の一覧や役割などの事業ポートフォリオ、「価値」の欄には、商品、サービス、それらが社会にもたらす効果など提供する価値を記入します。
(B)の「これまで」の価値創造ストーリーは、自社の現状を分析することで比較的容易に埋めることができますが、重要なのは(C)の「これから」の価値創造ストーリーです。
ポイントは【(B)これまで+(D)移行戦略→(C)これから】という、これまでの延長線で考えるのではなく、
(C)これから-(B)これまで→(D)移行戦略
という、こうありたい姿(未来)から逆算して考えるということです。
資源を基に将来を構想すると、どうしても既存のビジネスの改善・改良にとどまってしまいがちです。そうならないために、提供したい価値を、顧客のニーズや新しい発想を織り交ぜながら考え、それを実現するのに現状では足りないビジネスモデルや資源を逆算して考えていきます。
「これまで」と「これから」の価値創造ストーリーを考えることで、両者のビジネスモデルや資源のギャップが明確になります。そのギャップを埋めるための移行戦略を(D)で考えていきます。
その上で(C)を考える際のポイントは、
「資源」から考えるのではなく、5年後、10年後に提供したい「価値」から先に考え、それを実現するための「ビジネスモデル」、ビジネスモデルに必要な「資源」の順に埋めていくこと
です。
実際の価値創造ストーリーの記入例、経営デザインシートのフォーマット、企業の活用事例などは、前述した首相官邸のウェブサイトに掲載されているので参考にしてみるとよいでしょう。
■首相官邸 知的財産戦略本部「経営をデザインする」■
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keiei_design/
3 非財務情報の「見える化」
経営デザインシートの「ビジネスモデル」の欄には、知財の果たす役割も記入します。知財とは、特許や商標などの他、技術、データ、組織文化・風土、教育システムなども含めて考えます。技術、データなどは財務諸表には記載されませんが、こうした点も定性的に評価します。
内閣府知的財産戦略推進事務局へのヒアリングによると、
「将来構想を練る際には、財務情報ばかりに目がいき、非財務情報を忘れがちになる。しかし、自社の強みを掘り進めていくと、知財にたどり着くことが多いため、知財を『見える化』することに重点を置いた」
とのことです。
経営デザインシートはシンプルですので、経営者なら1人で簡単に作成できてしまうでしょう。しかし、それでは視点が偏り、抜け漏れも生じるため、信頼する幹部や外部のステークホルダーと議論しながら作成するとよいでしょう。
作成のために第三者と議論や対話を深めることで、経営者の頭の中でただのアイデアとして終わっていたことが具体化されたり、自社や事業に込める思いをキーワードとして抽出したりすることができます。
4 議論・対話を促進し、企業価値を共有した事例
機械設備事業やエレベーターメンテナンスを主な業務とするエレドック沖縄は、ベテラン技術者の高齢化に伴い、これまでの高所作業から地上作業にも事業領域を広げるべく、新たにフィットネス機器分野への進出を検討。沖縄県知財総合支援窓口の支援を受け、経営デザインシートを作成しました。
同社は、「企業等の『健康経営』推進を支える」などを、これから提供する価値に据え、それを実現するビジネスモデルとして「フィットネス機器分野の強化」、必要な資源として、「相談対応力や提案力を備えたベテラン社員」や「エレベーターに限らない機械設備メンテナンス業者としての沖縄県内での知名度」などを設定しました。
その後、事業領域の拡大とそのための移行戦略を効果的に進めるに当たり、作成した経営デザインシートについて、従業員向けの説明会やヒアリングを開催しました。その結果、従業員からは次のような反響を得ることができました。
経営者の長期的なビジョンや方針がストーリーとして理解でき、社長の下で頑張りたいという気持ちを強くすることができた
自社で行っている事業や自分の業務が、何のためのものか理解しやすくなった
事業領域が広がってきても、「仕事が増える」と考えるのではなく、新しい仕事に対する心構えができる
5 事業承継に向けた擦り合わせに活用した事例
事業承継に当たり、現経営者と後継者とのコミュニケーションツールとして活用した事例もあります。
メーカー型総合建設業を営むコプロスは、作業スタッフの高齢化や後継スタッフの不足といった課題を抱えており、そうした課題意識を従業員と共有したり解決策を検討したりするために、経営デザインシートを作成しました。
作成は次期経営者と社内の作業担当者が進め、「安全で効率の良い働き方を実践して、間接的に業界イメージの改善にも寄与する」ことなどを、これから提供する価値に据え、それを実現するビジネスモデルとして、「機器の遠隔・自動操作を実現するためのソフトウエア開発部門」、必要な資源として、「AI/ICT開発技術」などを設定しました。
その上で、移行戦略として、「AI開発企業/研究大学との協力体制の構築」や「新技術の施工を担う人材の教育」などを定めました。こうして明確になった自社が今後目指すべき方向性を、現経営者である実父へ経営デザインシートを用いて説明しました。
これまでは、次期経営者と現経営者が2人で話す際は、良くも悪くも「親子」が出てしまい、意図せず議論が脱線してしまうことがありました。しかし、経営デザインシートを目の前に議論したことで、焦点を絞り込むことができ、自社の現状としては突飛な「機械の自動化」というアイデアも、現経営者に比較的スムーズに受け入れられたといいます。
6 金融機関との相互理解に寄与
金融機関が、取引先企業の事業性を理解し、評価するためのツールとして活用する事例もあります。金融機関がアドバイスをしながら企業が経営デザインシートを作成したり、一緒に作成したり、金融機関が作成したりします。
いずれの場合も、金融機関が取引先企業の事業性の理解・評価を行いながら、パートナーとしてコミュニケーションの質を高め、共に課題解決の方策を探っていくことに役立っているようです。内閣府知的財産戦略推進事務局へのヒアリングによると、実際に経営デザインシートを活用した金融機関からは、次のようなメリットが挙がっているといいます。
企業が描く将来像を具現化するために必要な課題解決策を共に考え、具体化していくことができる
自社の強みを考える上で、競合他社との違いを知ることが重要であることを説明するために使える
企業にとっても、自社の強みや将来の構想に重要な非財務情報について、金融機関に分かりやすく説明し、理解を深めてもらうツールとして有用なものだといえるでしょう。
以上(2023年5月)
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画像:pexels
習慣形成のプロセス
習慣とは、「学習によって後天的に獲得され、反復によって固定化された個人の行動様式」です。
習慣形成のプロセスには「きっかけ・欲求・反応・報酬」の4つがあります。
この4つのプロセスは習慣全般に共通していますが、一度習慣化された行動を私たちはほとんど認識することができません。そのため、多くの人がこのプロセスをほとんど自覚せず、できてしまった習慣にやみくもに従っています。
逆に言えば、この習慣のステップを理解すると、自分がその行動をやめられない理由や新しい習慣が身に付かない理由を分析しやすくなります。また、習慣を変えるには同じ行動を繰り返す必要がありますが、習慣形成のプロセスを知ることで、習慣改善のサイクルを今より効率的に回せるようになるでしょう。
1 きっかけ
習慣のきっかけはわずかな情報です。私たちの脳は絶えず周囲の状況を観察・分析していますが、十分に練習を重ねると少ない情報から将来の結果を予測できるようになります。そうして、脳が結果を予測できるわずかな情報(きっかけ)に気付くと、私たち自身は自覚がないまま、それに適した行動を取るのです。
また、脳は記憶している膨大な行動のパターンの中から、わずかな情報を頼りに今採用すべき習慣を決定します。習慣はほとんど自動化されており、ささいなきっかけで欲求を刺激され、自覚しないうちに反応するのです。そのため、自分が変えたい習慣のきっかけさえ自覚できれば、それだけでも自動化された習慣の抑止力になります。

習慣のきっかけを見つけるには、まずは丁寧に自分の行動を振り返ります。例えば、仕事中にお菓子を食べ過ぎてしまうことに悩んでいるとして、自分の行動を一つ一つ振り返ってみましょう。お菓子を食べるのは、仕事が一段落ついたときでしょうか? すぐに解決できない問題が起きて、ストレスがたまったときでしょうか? また、食べるお菓子は休憩コーナーに置いてあるお菓子でしょうか? それとも自分で用意したお菓子でしょうか?
自分の行動を丁寧に振り返れば、自分がお菓子を食べそうになる状況を少しずつ自覚できるようになります。すでに身に付いている習慣のきっかけは、新しい習慣のきっかけとして活用できるので、自分を責めることなく、冷静に自分を観察しましょう。
2 欲求
欲求は、あらゆる習慣の原動力です。
欲求の有無が習慣になるかどうかのカギとなります。たとえある行動の結果好ましい報酬が得られても、欲求がなければ習慣にはなりません。例えば、宝くじを買って1万円が1度当たったとしても、ほとんどの人は習慣的に宝くじを買うようにはならないでしょう。
しかし、もし宝くじ売り場の前を通るだけで当選した興奮を“期待”するようになった人は、そうでない人よりも宝くじを買う可能性はずっと高くなります。
期待するということは、報酬が実際に得られる前(例えばきっかけに気付いただけの段階)に、報酬を得られたときの喜びを予感し、待ちわびるようになっているからです。期待は欲求が芽生えている証拠なのです。
期待が満たされないと人はイライラします。イライラにいつまでも耐えるのは難しいので、多くの人はまた前と同じ行動を取ってしまうのです。
すでに欲求がうまれ、期待するようになっているなら、自分の意思だけで乗り切ろうとせず、周囲の力を借りるとよいかもしれません。禁煙外来のような専門家に相談するだけではなく、タバコを吸わない人と過ごす時間を長くしたり、家族や友人などに禁煙すると約束したりするなど、周囲の目を積極的に活用しましょう。
また、欲求の優先順位を変えることも有効です。タバコを吸って得られる爽快感より、健康的な生活や節約できたお金の使い道などを大事だと考えてみてください。最初は無理やり思い込んでいる感じがしても、次第に本当にそう思えるようになるはずです。
3 反応
反応とは、実際に行う習慣のことです。
反応は、きっかけに対応した固定化された行動や思考として、無意識に起こります。脳は状況に対する反応を固定化することでたくさんの労力を節約し、より重要な問題に意識を集中しやすくしています。
しかし、脳が取るべき行動をいちいち判断しなくなるのは、良いことばかりではありません。急ぎの仕事の最中に、メールの通知音が聞こえてついスマホを確認してしまったことはありませんか? 脳はメールを開けばつかの間の気晴らしを得られると学習し、通知音が聞こえたら状況に関係なく、反射的にスマホを確認するようになってしまったのです。
一度固定化された反応を完全に消すことは、ほとんど不可能です。減量に成功して何年もたったのに、どうしようもないストレスを感じて一気に食べて太ってしまうのは、脳が過去のルーティンを記憶しているためです。
ただし、アルコール依存症やギャンブル依存症のような中毒症状でもなければ、自分でもその反応が出てこないよう工夫できます。具体的には、今のルーティンを新しいルーティンに置き換えることです。きっかけと報酬はそのままにして、取る行動だけを変更します。ストレスで一気に食べてしまう人は、ストレスと歯磨き、ストレッチなど、リラックスできる別の行動を試してみるのです。
このときのコツは、やめたい習慣は実行しづらいように、身に付けたい習慣は簡単にできるようにすることです。新しい習慣をつくるには何度も同じ行動を繰り返すと効果的なので、歯ブラシを何本か買って、磨きたくなったらすぐに歯を磨ける環境を整えます。反対にクッキーは棚の一番取りにくい場所に移動して、手を伸ばしにくくします。
4 報酬
習慣の最終目標です。報酬は欲求を満たし、学習を完成させます。
報酬の最初の目標は、とにかく欲求を満たすことです。ダイエットと筋トレで引き締まった健康的な身体をつくり、昇進して称賛や収入を得ることです。
しかし、脳はどうやって満足できる報酬をもたらす行動と、もたらさない行動を区別するのでしょうか? これは、報酬が得られるタイミングが重要になります。なぜなら、実際の行動よりもずっと後から報酬がやってきても、脳はその行動は本当に学習する価値があると、なかなか判断しないからです。
一方、食事のように行動した瞬間に直ちに心地よい報酬を得られるのであれば、脳は優先して記憶しようとします。つまり、脳にとっては食事を我慢してイライラするより、食べたいだけ食べて楽しい気持ちになるほうが合理的なのです。
努力してから結果が出るまでに時間がかかるダイエットや貯蓄などの行動を定着させたいなら、すぐに得られる報酬(即時報酬)を準備しましょう。ダイエットなら毎日体重計に乗って記録を取ったり、目標となるモデルの写真を飾ったりすることです。自分の努力がどこに向かっているのかはっきりすると、そうではない場合よりも達成感が得られ、脳も報酬だと感じやすくなります。
ただし、この即時報酬は自分が目指したい方向と矛盾しないように注意してください。例えば、「運動した後にはお菓子を食べる」という報酬は、進もうとしている方向と真逆になるのでふさわしくありません。
5 まとめ
習慣形成の「きっかけ・欲求・反応・報酬」という4つのプロセスと、それに適した対応策を紹介しました。自分の習慣を自覚するのは簡単ではありませんが、習慣化に対する知識をもつことで、自分の習慣をより良い方向へ変えていく助けとなるでしょう。
<参考書籍>
「ジェームズ・クリアー式複利で伸びる1つの習慣」(ジェームズ・クリアー(著)、牛原眞弓(訳)、パンローリング、2019年11月)
「習慣の力 新版」(チャールズ・デュヒッグ(著)、渡会圭子(訳)、早川書房、 2019年7月)
以上(2023年6月更新)
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画像:FrankHH-shutterstock
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