ベストセラーを連発する編集者に聞く、どんな相手ともプロジェクトを成功させるコミュニケーション術とは?

書いてあること

  • 主な読者:取引先や上司、複数の関係者とのプロジェクトを成功させたいビジネスパーソン
  • 課題: 相手が目上だったり、大勢の意見が寄せられたりすると萎縮してしまい、思い通りの方向にプロジェクトを進められない
  • 解決策:「自分が下」といった上下関係を意識から外し、プロフェッショナルとして相手に見合う仕事をするという意識を持つ。その上で「譲っていい部分は譲る」「ビジネスマナーではなく相手に合わせる」といった柔軟な気遣いを心掛ける

1 ビジネス書年間トップ5に3冊を送り込んだ編集者の仕事術

2018年のビジネス書ランキング・トップ5(日販)のうち3冊は、実は1人の女性編集者が手がけたということをご存じでしょうか。

堀江貴文さん、落合陽一さんの共著「10年後の仕事図鑑」(30万部)、齋藤孝さん著「大人の語彙力ノート」(45万部)、伊藤羊一さん著「1分で話せ」(60万部)、この3つのベストセラーを生み出したのが、SBクリエイティブの学芸書籍編集部・副編集長(当時)だった多根由希絵さんです。

他にも堀江貴文さん著「本音で生きる」(37万部)、成田悠輔さん著「22世紀の民主主義」(24万部)など、数え出したらキリがありません。

これほどのヒット作を連発する辣腕でありながら、彼女を知る人は「謙虚で奥ゆかしく、たおやかで腰が低い」と口をそろえます。

名前を聞くだけでも圧倒されそうな著名人たちを相手に、どのようにしてリーダーシップを発揮し、著書出版というプロジェクトを成功に導いてきたのでしょうか。多根さんへのインタビューで見えてきたのは、

  • 勝ち負け・上下・強者弱者の関係から降り、フラットな姿勢で接することで対等に意見を言い合える関係をつくる
  • 譲ってもいいところは譲り、ビジネスマナーよりも相手に合わせることで最後には思い通りの結果を得る

という、多根さんならではのコミュニケーション術でした。

これは、立場や肩書に縛られがちなビジネスシーンにおいても、コミュニケーションを円滑にし、取引先や上司、部下との間で利益を最大化させるポイントともいえるでしょう。

実際、多根さんがどのようにそうそうたる面々と接し、プロジェクトを成功させてきたのかを詳しく紹介していきます。

2 勝ち負け・上下・強者弱者の関係から降りる

1)フラットな目線が「優しい堀江さん」を見出した

堀江貴文さん著「本音で生きる」は、読者から「堀江さんが優しい感じがする」と評され、堀江さんのことを好きな人からも嫌いな人からも手に取られているのが特徴だといいます。結果的に、同書の読者は半分を女性が占めています。

堀江さんからも「オンラインサロンの女性会員が増えた」と言われたそうです。一見、バサバサと世相や人を斬り捨てているかのように見える堀江さんの「優しい一面」は、なぜ引き出されたのでしょうか。

多根さんは、

「私からは、堀江さんがそう見えたのだと思います」

と振り返ります。

多くの著者をサポートして成果を上げてきた多根さん

多根さんによると、堀江さんは書籍の制作中、多根さんやライターへダメ出しをしたとしても、決して言いっ放しで捨て置くことはなかったといいます。取材がうまくいかなくて落ち込んでいると、「なんとでもなる」と声をかけてくれました。その後、マネージャーを通して「原稿作成で困ったときには、ネットの記事などを参考にしてもらってよい」と伝えてくれ、実際に「なんとでもなる」ようにしてくれたのだそうです。

多根さんがフラットな目線で堀江さんを見ていたからこそ、こうした一面に気づき、深掘りすることができたといえます。萎縮してしまいそうな相手でも立場や肩書を取り払い、人となりを見る。そうして相手の魅力を引き出し好きになることができれば、互いの余計な心の壁が消え、フラットな関係を築くことができます。

多根さんも、

「こちらをフラットに見てくれる著者さんとのお仕事のほうが、売り上げといった結果につながっている気がします」

と語ります。

2)勝ち負け・上下・強者弱者の関係から降り、プロフェッショナルな仕事をする

「相手をフラットに見る」というのは言うは易しで、思ってもなかなかできることではないかもしれません。多根さんはフラットな関係を築くコツとして、

勝ち負け・上下・強者弱者の関係から一度降りてみる

ことが重要だと語ります。

「ある強面の著者の方が、取材中、ライターさんへ『俺のこと怖いと思っているだろう。だからダメなんだよ』とおっしゃっていたことがありました。『怖い』と身構えていれば、相手には伝わります。また怯えることが、相手に警戒心を抱かせ、かえって攻撃性を増してしまうこともあるでしょう。その時点でフラットな人間関係ではなく、上下関係、あるいは強者と弱者の関係になってしまっています。そのまま役割が固定化してしまえば、プロジェクトが建設的に進むのは難しいでしょう」(多根さん)

余計な恐怖心や萎縮を取り除くことで、相手を無用に忖度(そんたく)することがなくなり、よりプロフェッショナルな仕事をすることができます。

多根さんと仕事をしたある著者は、「多根さんは謙虚で奥ゆかしく腰も低いけれど、私と意見が異なるときには“先生は、そうお考えなのですね。私は……”と、はっきりおっしゃるのですよ」と語ります。

フラットな人間関係をつくることで、目の前のプロジェクトのために率直な意見を出し合えるようになるのです。

勝ち負けや上下関係を意識しないために、多根さんが大事にしている言葉が、ホテルグループのリッツ・カールトンのモットー

「We are Ladies and Gentlemen serving Ladies and Gentlemen」
((お客様である)紳士淑女をおもてなしする私たちもまた紳士淑女です)

という言葉です。

これは、日本実業出版社に在職中、リッツ・カールトンの元日本支社長・髙野登さんの著書「リッツ・カールトン 一瞬で心が通う『言葉がけ』の習慣」を制作しているときに知った言葉だといい、多根さんは、

「上下関係で、自分が下だからと意見を言わなかったり動かなったりするのではなく、プロフェッショナルとして、相手に見合う仕事をするという意識や、自分自身の尊厳の大切さを感じました。そういう立ち位置でいたほうが、上下関係や人間関係とは関係なく、純粋に目の前の仕事を成功させるためにはどうするかを軸にできるように思います」

と話します。

3 相手の意見を取り入れ、自分の意見は譲れない2割を通す

1)守るのは大切な枠組みやコンセプトだけ。あとは他の人の意見に譲ってよい

上下関係から降りるといっても、中には上下関係をこそ大事にする人もいます。そういう相手の場合、多根さんは

10のうち8は相手の意見を聞き、最低限の2だけは自分の意見を通すようにする

そうです。

「10のうち8は相手の意見を聞き、最低限の2だけは、自分の意見を通すようにします。自分の考えや、やり方ではなかったとしても、大切なのはプロジェクトであって自分ではありませんから」(多根さん)

複数の人間が関わるプロジェクトの場合、自分の意見が全て通ることなどほとんどありません。

例えば、2018年のビジネス書で2番目に売れた堀江貴文さん、落合陽一さんの共著「10年後の仕事図鑑」は、当初の多根さんの企画とは違う構成になったといいます。ですが多根さんにとって大切だったのは、「10年後の仕事図鑑」というタイトルと、著者として落合陽一さんと堀江貴文さんの2人がいることでした。

「譲れないことは、実は1つくらいしかなく、そこに関わらないところはこだわらずに、手放していいと考えています。売り上げを左右する大切な枠組みやコンセプトは守りますが、それ以外の細かなところは、他の人の意見に譲ってよいのです」(多根さん)

2)相手の意見を取り入れることで、結果的に思い通りになる

他の人の意見を聞くばかりでは、最終的に自分の意見が消えてしまうのではないか、思い通りの結果にならないのではないかと不安に思う人も多いでしょう。

しかし多根さんが手がけた「世界一速く結果を出す人は、なぜ、メールを使わないのか」の著者、Googleの元人事担当であるピョートル・フェリークス・グジバチさんは多根さんについて、

みんなの意見を謙虚に「うんうん」「ありがとう」と聞いて、取り入れながら進めていくのだけれど、最後には自分の思い通りになっている

と語り、「いいリーダーシップがある」と評しています。多根さんがただ意見を聞くのではなく、

相手の意見を取り入れていることを提示しながら進めている

からだといいます。

相手の意見を聞きつつ自分のペースに持ち込むのが「多根流」

編集者の仕事には、著者だけでなく、ライターなどの外部スタッフ、上司、編集部内の他の編集者、営業担当などさまざまな人間が関わってきます。こうした関係者たちからいろいろな意見が寄せられますが、多根さんは全て丁寧に耳を傾け、調整しながら総合的にまとめようと考えているそうです。多根さんは、

「たとえ相手の意見をそのまま取り入れることはできず、多少調整をしたとしても、『Aさんの意見は、データに基づいて、このように(調整して採用)しました』と、丁寧に説明をするようにしています」

と話します。その理由について多根さんは、

「それを繰り返していると、関わる人たちにとって、多少なりとも自分の意見が反映された結論となるため、周囲も納得してくれやすくなる」

と話します。

また多根さんは、自社の営業部へも足しげく意見を聞きに行くといいます。

「制作過程で相談し、意見を取り入れていくと、一緒につくっている感覚を持ってもらえます。それによって、書籍を販売する段階でも『(どうすれば売れるのか)一緒に考えてあげよう』と協力してくださるのだと思います。関わる人が皆ハッピーになれるよう、三方よしを意識しています」(多根さん)

4 「相手が大切にしているもの」を大切にする

人間関係やコミュニケーションで心掛けていることについて、多根さんは、

相手が大切にしているものを大切にすること

と話します。

それはメールの文章やタイトルの付け方、やり取りのテンポといった些細(ささい)なことへも及びます。

例えば、テクノロジーに詳しいある若手研究者のメールには、余計な言葉が一切入らず、1行でも用件のみを簡潔に書かれているそうです。その根底には、その研究者が大切にしている「効率」があります。多根さんも宛名や「お世話になります」なども省いて、用件だけを一言で返信するようにしているそうです。

他方、ある一流ホテルの支社長のメールは、時候の挨拶から始まります。人間関係やホスピタリティを大切に考えている人ならではのメールです。多根さんも同様に時候の挨拶から始めるようにしているそうです。

こうした心掛けは、書籍の編集方針や書店のPOPなどにも至ります。

例えば、『小さく分けて考える』の著者・菅原健一さんには、「自分の著書は、どんな人にも分かりやすいよう、小難しくしたくない」という意向がありました。そこで、書籍はかみ砕いて丁寧な一冊にすることを心掛けたといいます。

他方、研究者はエビデンスを大事にしているため、書店のPOPなどに過剰なあおり文句を付けることは控えたそうです。

相手をフラットに見るということは、相手の肩書や立場だけでなく、時にビジネスマナーを超えて、相手の大事にしているものを見るということです。

ビジネスマナーではなく、相手に合わせる

のです。

フラットな人間関係とは、相手に合わせて柔軟な気遣いができるということでしょう。

(注)記事中の書籍の発行部数は、すべて2023年2月末時点のものです。

多根由希絵

多根由希絵(たね ゆきえ)

新卒時はプログラマーとして勤務。その後、日本実業出版社にてムック、雑誌(月刊「企業実務」)、ウェブ、セミナーなどの担当を経て、SBクリエイティブ学芸書籍編集部 副編集長。2023年3月よりサンマーク出版に勤務。SBクリエイティブでの担当作に「1分で話せ」(伊藤羊一著)、「大人の語彙力ノート」(齋藤孝著)、「本音で生きる」(堀江貴文著)、「10年後の仕事図鑑」(落合陽一・堀江貴文共著)、
「読書する人だけがたどり着ける場所」(齋藤孝著)、「2030年の世界地図帳」(落合陽一著)など。

以上(2023年4月)

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江戸時代の剣術家・宮本武蔵。無敗の剣豪が武器選びについて語った、経営の取捨選択にも通じる一言とは?

あまりたる事はたらぬと同じ事也

宮本武蔵は、巌流島での佐々木小次郎との決闘など、生涯60回以上の勝負で一度も負けなかったとされる、「無敵」の剣術家です。また、後年は剣術を会得した兵法家として大名家に仕えた他、絵画に通じるなど、剣術以外の才にも恵まれた多能な人物だったようです。

冒頭の言葉は、論語を出典とする「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如(ごと)し」ということわざと同じような意味ですが、武蔵の場合はより実践的で、闘いに際して自分が使うべき武器について戒めています。武蔵は、この言葉の前後で、「道具以下にも、かたわけてすく事あるべからず」「人まねをせず共(とも)、我身(わがみ)に随(したが)い、武道具は手にあふやうにあるべし」と記しています。現代語に訳すと、「武器選びは、特定のものだけを好んだり、人のまねをしたりせず、自分の特徴を踏まえながら、自らに合うものにしなければならない」という意味です。

武蔵といえば、大小2本の刀を同時に操る「二刀流」が有名ですが、この剣術についても、武蔵は「片手で刀を持つことに慣れれば、やがては自在に刀を操れるようになる」と言っています。奇をてらったわけではなく、より洗練された剣術を身に付けようとした結果、行き着いた答えが「大小2本の刀」だったというわけです。

武蔵の戒めは、現代人にこそ当てはまる部分が多いのではないでしょうか。私たちがものを選ぶときは、好き嫌いや世間の流行、他人との比較を基準にしがちです。

そのことは決して悪いことではないのですが、一定の歯止めがなければ、際限なくものを欲しがり、結局「持て余す」ことになります。そのための歯止めになるのが、本当にそれが自分にとって最適なのか、という冷静な自己分析です。

これは、自分のものを選ぶときに限らず、会社の売り上げや利益の目標、人事評価、部下に課す仕事量などを決める際にも当てはまることだといえます。自分の好き嫌いに影響されたり、自社の現実を踏まえずに、「多ければ多いほどよい」「競合他社がそうだから、自社もそうでなければならない」といった理由だけで物事を決めたりしていては、地に足の着いた持続性のある経営や業務はできませんし、部下も付いてこられません。

もっと自分を成長させたいと望む人にも、武蔵の言葉は参考になります。成長するために、自分に足りないものを探すことはあっても、自分にとって不要なものを捨てることから成長に結びつけようと考える人は、少ないものです。

武蔵の言葉は、世界が抱えている問題の解決のヒントにもなります。SDGsで掲げられている目標の中には、例えば貧困や飢餓の解消など、まずは余っている人(地域)と、足りない人(地域)との偏在を是正すべきものも少なくありません。

一度、自分に過分なものはないか、見直してみてはいかがでしょうか。

出典:「五輪書」(宮本武蔵著、鎌田茂雄全訳注、講談社、1986年5月)

以上(2023年3月)

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画像: Eric Akashi-Adobe Stock

外国人労働者に活躍してもらうコツ 現場担当者が定着・戦力化する方法をアドバイス

書いてあること

  • 主な読者:外国人を雇用している、またはこれから雇用の予定がある経営者、人事担当者および現場担当者
  • 課題:外国人労働者の定着率を高めたい、早期に戦力化したい
  • 解決策:実際に外国人労働者を雇用し、戦力として活躍させている現場担当者のエピソードを参考にする

1 外国人労働者に活躍してもらうには

外国人労働者を雇用していたり、これから雇用することを検討したりしている経営者や人事担当者の中には、

「外国人労働者に早く戦力になってもらいたいけれど、どう育てていいか分からない」

と、悩んだり不安に感じたりしている人もいるのではないでしょうか。この記事では、実際に外国人労働者を活用している会社の経営者や現場担当者の方々から、外国人労働者に活躍してもらうコツを伺いました。

実際の現場で培った知見を参考にして、外国人労働者の育成のヒントにつなげてください。

2 外国人労働者が働きやすい社内体制や関係性を構築する

【インタビューした会社:ジンザイベース(東京都千代田区)】

  • 従業員数:28人(外部パートナー含む) ※2023年2月1日現在
  • 業務内容:外国人労働者の就労支援や定着支援、教育支援。自社メディア(オウンドメディア「Jinzai Plus」やYouTube、TikTokをはじめとしたSNS)を活用した、外国人労働者や採用を考えている会社への情報発信
  • 外国人従業員の国籍:ベトナム3人、ミャンマー1人、インドネシア1人(いずれも在留資格は「技術・人文知識・国際業務(注)」)
  • インタビューした人:マネジャーの和須津(わすづ)亮さん

(注)技術・人文知識・国際業務:学歴は国内外の大学の卒業以上か国内の専門学校卒業が要件。理工学などの自然科学や人文科学分野の専門技術職、もしくは母国の知識や経験を活かした国際業務に従事する外国人を受け入れるための在留資格。

ジンザイベースは、顧客に外国人労働者を紹介するだけではなく、自社でも外国人労働者を雇用し、外国人労働者の募集・集客や定着・教育支援、外国人雇用企業のサポートを任せています。和須津さんは、外国人労働者が早期に戦力化し、定着してもらうには、

「外国人労働者が働きやすい社内体制や関係性を構築していくことが大切」

と言います。そのために必要なのが、

  • コミュニケーションが円滑なこと
  • 基準やルールが明確なこと
  • 責任のある仕事を持たせること

だと言います。

1)コミュニケーションが円滑なこと

コミュニケーションを円滑にするために、

入社当初の1カ月は毎日30分ほど、一対一で話を聞く時間を設けています。

その際は、業務やプライベートの悩みも含めて、何でも聞くようにしています。また、話すときには相手の日本語レベルを考慮したスピードや単語で、5W1Hを具体的に細かく伝えることを意識しています。特に、指示を出す際には、どういう成果物を期待し、納期はいつまでなのかという点を意識して伝えています。

あいまいな指示では、外国人には伝わりきらないため、コミュニケーションエラーが多発していきます。

そうなるとお互いにフラストレーションがたまり、関係性も悪化していき、最悪の場合、早期離職へつながってしまいます。

2)基準やルールが明確なこと

外国人を採用すると決めてから、

早期に職務や責任範囲、職務目標、社内の細かいルールを明文化しました。

当たり前ですが、日本人と外国人との間で、評価制度や基準、待遇面で差をつけることはしていません。当社は少数組織ですが、組織図も作成し、

誰が上司で、自分の責任範囲や権限はどこまでなのかという点を明確にし、誰もがしっかりと把握できる体制を構築しています。

また、外国人が一番重視するのは賃金です。そのため賃金については、成果に応じて、しっかりと昇給していく評価制度を運用しています。

3)責任のある仕事を持たせること

責任のある仕事を持たせ、やりがいを持って働いてもらうために、当社のベトナム人女性従業員には、サブマネジャーとして

役職と権限を与えて、実際に3人の部下(ベトナム人・インドネシア人・ミャンマー人)を持たせています。

彼女には、日本で就労を希望する求職者を募集するマーケティングと、キャリアアドバイザー業務を任せています。彼女とは、週に1度のミーティングで状況報告と気になる点を伝えるのみで、部門運営やマネジメントに関して私はノータッチです。実際の業績に関しても、右肩上がりの実績をたたき出していて、想像以上のパフォーマンスを発揮してもらっています。

4)その他:日本になじみのない習慣を持つ宗教や文化について

その他に留意する点としては、日本になじみのない習慣を持つ宗教や現地国の文化への一定の配慮が必要だということです。日常生活の中では、食べ物が関わってくることがあり、

懇親会など、従業員全員で食事に行く場合は、お店のチョイスを工夫しています。

当社のインドネシア人従業員はヒンドゥー教徒のため、牛肉を食べません。また、ベトナム人従業員は生モノが苦手なため、刺し身やすしなどがあまり得意ではありません。他にも、アルコールを摂取されない方もいらっしゃるので、ノリで酒を進めたりすることもしません。やはり、宗教や現地国の文化に対して、一定の配慮は必要だと感じています。

■ジンザイベース運営オウンドメディア「JinzaiPlus」■
https://www.jinzaiplus.jp/

3 業務を通じて、夢をかなえるスキルを磨ける環境を与える

【インタビューした会社:ウィントライアングル(京都府京丹後市)】

  • 従業員数:22人 ※2023年2月1日現在
  • 業務内容:中華料理チェーンのフランチャイズ
  • 外国人従業員の国籍:ベトナム7人、ミャンマー4人、インドネシア1人(いずれも在留資格は「特定技能(注)」)
  • インタビューした人:代表の森戸博さん

(注)特定技能:人手が慢性的に不足とされている14業種で、即戦力となる外国人を受け入れるための在留資格。生活や業務に必要な日本語能力を持っているか、試験などで確認する。在留期間は通算で上限5年。

ウィントライアングルは、京都府最北端の京丹後市と与謝野町に、中華料理チェーンのフランチャイズとして1店舗ずつ運営しています。両自治体は、全域が過疎地域と認定されていて、深刻な労働力不足になっている地域です。日本人の雇用も難しく、同社は2020年から外国人労働者の採用を行っています。

しかし、地方では採用した外国人労働者が数カ月で退職することも多いそうです。森戸さんは、都市部と比べ賃金が低く、生活インフラも十分でない地方に来てもらうために、

「面接で賃金以外のメリットを示している」

と言います。そのために必要なのが、

  • 地方に来る労働者の本心を見抜くこと
  • 定着を図るための仕組みを作ること
  • スキルアップと賃金アップのサイクルを早く回すこと

だと言います。

1)地方に来る労働者の本心を見抜くこと

私は、地方で働く外国人の本音は、

「本当は都市部で働きたいが、在留資格がなくなるのも困るので、一次避難的にどこでもいいから仕事をしたい」というもの

だと思っています。自分が希望する就職先に決まったら、急に辞めたいと言う外国人を何人も見てきました。

そのため、面接では本心をいかに見抜くかが必要です。

しかし、彼らは母国のネットワークや、就職を指導する会社からこう答えたら採用されるというアドバイスを受けています。「飲食店で働いて何を得たいですか?」という質問をすると、「将来的には母国でお店を持ちたい」という答えが金太郎あめ状態で返ってくるときがありました。「本当にそれがしたいの?」と、直球で聞くのもいいかもしれません。

一方、こちらは提示する条件に嘘をつかないことが重要です。過疎化している地方であること、都市部に比べ賃金は少ないことなどは事前に説明しています。その代わり、当社で働けば「飲食店を運営できるようになるまでしっかり指導してあげる」と明確に伝えると、関心を持つ方がいます。本当にそう思っている方を見抜くことが大事です。

2)定着を図るための仕組みを作ること

定着してもらうための仕組み作りとして、

入社後にすぐ、母国語のマニュアルで「やってはいけないこと」をしっかりと説明しています。

経験的に、外国人は自分にデメリットがあればあるほど、行動が慎重になります。ルールがあることで従業員同士のトラブルも減るので、結果的に会社の雰囲気も良くなります。

また、都市部の同業他社に引き抜かれないための体制作りも考えています。特定技能外国人の受け入れ会社は、特定技能ごとの協議会への加入義務があります。外食の場合は「食品産業特定技能協議会」で、加入条件の1つに、外国人の引き抜きの自粛があります。ですから、引き抜き行為が発覚すると、協議会から除名処分を受ける可能性があるのです。

引き抜きの自粛は、大都市圏や大企業などに特定技能外国人が過度に集中することを防ぐことが目的です。地方の事業者はルールを活用して身を守る体制を整えていかないといけないと思います。

3)スキルアップと賃金アップのサイクルを早く回すこと

スキルアップと賃金アップのサイクルを早く回すために、

3カ月に一度面談・査定を実施して、時給を上げています。

昇給サイクルが早いと、外国人自身にとって、スキル向上のいい意識付けになります。地方は都市部に比べて給料が低い分、頑張れば給料が上がることを早めに実感してもらわないといけません。

例えば、お客さまに提供できる料理を一品覚えたり、お客さまへの対応が上手になったりしたので、次の3カ月の給料はこう上がりますと伝えます。同時に、掃除がまだ粗いから気をつけるようにとか、努力が必要な点も伝え、次の3カ月で評価されるポイントを共有するようにしています。

■ウィントライアングル■
https://wintriangle.bsj.jp/

4 外国人労働者の生活習慣を学び、働きやすい環境を整備する

【インタビューした会社:セントラルサービスシステム(東京都中央区)】

  • 従業員数:正規社員205人、非正規社員:3706人 ※2023年2月1日現在
  • 業務内容:ホテル、レストランの食器・什器(じゅうき)の総合管理業務、洗浄業務や厨房清掃業務
  • 外国人従業員の国籍:正社員(ネパール2人、ベトナム1人。2023年度学卒入社予定ベトナム3人、中国1人。いずれも在留資格は「技術・人文知識・国際業務」)、非正規社員約270人(約6割がネパール人。在留資格は「留学(注1)」、「家族滞在(注2)」)
  • インタビューした人:上席執行役員の河村俊治さん

(注1)留学:外国人が日本の教育機関へ留学するために必要な在留資格。留学生の労働(アルバイト)は、原則1週間に28時間可能。
(注2)家族滞在:在留外国人が扶養する配偶者と子のこと。「資格外活動許可」を取得している場合のみ、1週28時間以内の就労が可能。

セントラルサービスシステムは、正社員の他に、留学生アルバイトとして多くの外国人を雇用しています。しかし、正社員に比べ留学生アルバイトの定着率は低く、その解消が課題でした。留学生アルバイトは短期の就労が前提ですが、河村さんは定着率を高めるために、

「外国人労働者の生活習慣を学び、働きやすい環境を作ることが大切」

と言います。そのために必要なのが、

  • 尊敬できる外国人のリーダーを育てること
  • 一緒に仕事をする仲間として対応すること
  • 同郷の仲間を紹介していけるような会社にすること

だと言います。

1)尊敬できる外国人のリーダーを育てること

尊敬できるリーダーがいると、留学生アルバイトたちは多少賃金が低くても、その職場で働こうと思ってくれます。そのため、

共通の母語を持つリーダーを早期に育成するようにしています。

食器の洗い方なども、日本人スタッフが教えるより、先輩が教えるほうが丁寧に仕上がります。また、食器を割ってしまったり、ミスを犯したりしてしまったときも、

同国人からの注意のほうが受け入れやすい

ようです。もちろん、皆の前で頭ごなしに注意するのは、誰であっても許されることではありません。叱るときは一対一でということは徹底しています。

2)一緒に仕事をする仲間として対応すること

外国人を受け入れる会社には、一緒に仕事をする仲間として、

彼らが働きやすい環境を整備する役割があると思います。

そのためにも、事前に彼らの宗教や習慣、国民性などを勉強し、無理なく働ける環境を用意することが必要です。

例えば、イスラム教にはウドゥという礼拝の前に体の一部を水で洗う清めの行為があります。清めるのは、手、口、鼻、顔、腕、髪の毛、耳、足です。出向先のホテルの洗面所で足を洗っている外国人がいたら、びっくりします。

そうならないように、会社が従業員の宗教や慣習を事前に確認し、イスラム教に対する理解があったり、実際に礼拝スペースを設けていたりするホテルに出向してもらうようにしています。逆に、本人に就業中の礼拝を簡略化できるかの確認をすることもあります。

もちろん、働く外国人側も学ばないといけません。会社のルールには従ってもらうし、勉強もしてもらう必要もあります。しかし、仲間として認めることで、やりがいを感じ、努力してくれる人もたくさんいます。

3)同郷の仲間を紹介していけるような会社にすること

留学生アルバイトには、留学中ずっと働いてもらいたいところですが、そうはいかない現実もあります。外国人は同郷の仲間が多いので、友人・知人を紹介していけるような会社にするために、

留学生アルバイトも働きやすい環境を整備することが大切です。

例えば、会社のルールを分かりやすく教え、学校や生活上の話を聞くなど、従業員には親身になって話しかけるように促しています。それで安心して働けた、アットホームな雰囲気の会社だったなどの評判が広がれば、仲間を紹介しようとするでしょう。これにより、年間20人から30人ほどを留学生アルバイトからの紹介で採用しています。

■セントラルサービスシステム■
https://css-ltd.co.jp/

5 最初から外国人労働者を中心にしたチーム作りをする

【インタビューした会社:eftax(兵庫尼崎市)】

  • 従業員数:約40人(役員・アルバイト・インターン含む) ※2023年2月1日現在
  • 業務内容:データ分析やアプリ開発、在日外国人のビジネス支援サイトやデータサイエンスに関するコミュニティサイトの運営
  • 外国人従業員の国籍:インドネシア2人、フィリピン1人(いずれも在留資格は「技術・人文知識・国際業務」)、他に在留インターンが6人(ベトナム人2人、ミャンマー1人、アフガニスタン1人、スーダン1人、ナイジェリア1人)。この他に「海外協力人員」が18人(インドネシア人、モロッコ人)
  • インタビューした人:代表の中井友昭さん

eftaxに入社している外国人は、インターンを経て採用しているため、即戦力として活躍しているそうです。また、ほぼ社員と同様にフルタイムで働く海外協力人員がいます。彼らは母国にいながら、リモートワークで同社の事業に参加しているそうです。中井さんは、アプリ開発を行う新事業を始めるにあたり、

「エンジニアは最初から外国人労働者を中心にしたチーム作り」

を行ったそうです。そのために、

  • 日本語力を求めないこと
  • 辞めてからもつながっていける関係を維持すること
  • 仕事をする場所にこだわらないこと

を決めたと言います。

1)日本語力を求めないこと

採用する人材に、日本語力を求めないと決めると、

留学生をはじめとした高度人材を獲得できる可能性が高まります。

情報科学などの修士課程、博士課程を学びに来ている留学生は、授業も英語で、クラスメートの多くも外国人なので、日本語を学ぶインセンティブがありません。逆に言えば、優秀な人材なのに、就職先どころか、インターンの受け入れ先も決まっていない留学生が多いのです。

実は、私は英語の読み書きはできますが、しゃべるのはうまくありません。それでもグーグル翻訳やDeepL翻訳などの翻訳ツールを使えば、なんとかなっているので、あまり日本語力にこだわらないほうがいいと思います。

2)辞めてからもつながっていける関係を維持すること

外国人とも良好な関係が維持できていると、

辞める代わりに別の人材を紹介してくれたり、引き継ぎが終わるまで責任を持ってコミットし続けてくれたりします。

当社が最初に採用したインドネシア人は、インドネシアのバンドン工科大学の卒業生でした。この大学は同国の理系ではトップクラスで、辞めたときにその大学の方を紹介されたことがありました。この大学ネットワークは、今も人材活用ルートになっています。

3)仕事をする場所にこだわらないこと

仕事をする場所にこだわらないと、

世界のさまざまな国の優秀な人材が一緒に働いてくれます。

当社では、コロナ前からフルリモートにして出社は不要とし、顧客との打ち合わせもオンラインにし、定時もなく裁量労働制にしているので、海外の人材を「海外協力人員」として呼び込むこともできました。

世界中とつながると問題になるのは時差くらいです。アフリカだと7時間の時差があるので、打ち合わせの調整が少し大変になります。

■eftax■
https://eftax.co.jp/

6 自分を上司(ボス)だと認めさせ、承認欲求を満たす

【インタビューした会社:非公開(A社)】

  • 業務内容:世界各国を拠点とした商品の製造・販売
  • インタビューした人:イタリア支部の日本人マネジャー(Bさん)

最後は日本ではなく、異国で外国人をマネジメントし、業績を向上させた例をご紹介します。

A社では、日本人が海外の支部に異動して、現地の人たちをまとめることもあります。Bさんは、イタリア支部の営業チームのトップとして赴任し、業績を残しました。Bさんは現地に乗り込んでいった「外国人」マネジャーが、チームをコントロールしていくために重要なのは、

「早く自分を上司(ボス)だと認めてもらえるようにすること、部下の承認欲求を満たすこと」

とコメントしています。そのために必要なのが、

  • 早いうちにチームとしての業績を上げること
  • 「褒める」を見える化すること

だと言います。

1)早いうちにチームとしての業績を上げること

早いうちにチームとしての業績を上げるというのは、

自分を上司だと認めさせるために必要なことです。

欧米の仕事スタイルはジョブ型なので、自分のジョブにかかわる仕事しかしない人もいます。そのため、全体会議などの参加に協力的でないことがあります。

私が現地のマネジャーとして就任した当時、イタリアは欧州の他支部よりも利益率の低い商品を中心に扱っていたので、収益が悪いほうでした。そこで数年先を見据えて、利益率の高い新商品を展開するようにしました。代替商品を求めるニーズもあったので、思い切って商品転換したら、見事に収益が上がるようになりました。

こうして、現地の従業員が、「この人(私)についていけば、もっと成果が上がる」と思ってもらうと、会議にも意欲的に参加するようになり、チームとして動いてくれるようになりました。

2)「褒める」を見える化すること

「褒める」を見える化するために、成果を上げた従業員を、

「君はすごい! 君のアイデアのおかげでここまで回収できた!」と、みんなの前でかなりポジティブに大げさに褒めたことがあります。

これはある故障品の回収キャンペーンで、従業員それぞれの回収率を一目で分かるように壁に張り出したときのことでした。各自に回収方法を聞いた中で、回収率を上げていた従業員を褒めると、その後は他の従業員からもアイデアが次々と出てくるようになりました。雰囲気も良くなり、皆でワイワイ意見交換する感じにもなったと思います。

外国人は日本人より承認欲求が強いと思っているので、周りのみんなにも伝わるように褒めると、それを見ていた他の従業員がいろいろなことを考えるようになります。もちろん、まずは上司として信頼されることが大切です。「【この人】に褒められているから嬉しい」という土壌を作らないといけません。

3)その他:異なる歴史・文化を持つ人と付き合うために

その他、異なる歴史・文化を持つ人と付き合っていくには、

彼らの背景を勉強して知っておかなければいけませんが、「知っておいて触れないこと」が最良だと思います。

欧州では、歴史をひもとくと、国同士のいざこざがいろいろとあります。そのため、歴史認識も国によって違うので、そこには触れないということが暗黙のルールのようになっています。

例えば、イギリスがEU離脱を決めたとき、イタリアの従業員はとても怒りました。しかし、欧州内では、イギリスも含め頻繁にコミュニケーションを取る機会が多いのです。ですから、そういう感情や言動を表に出すのはトラブルの元です。触れないけれど、歴史認識や文化の違いなどはしっかりと勉強しておく。これが大切だと思います。

以上(2023年3月)

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【朝礼】人の話を聞く。それだけで仕事ができるようになる

初めて人に会った際など、その人と仲良くなろうとしていろいろと話をしようとすることがあると思います。なんとかして自分のことをよく思ってもらおうと “話術”を磨こうとすることもあるでしょう。しかし、人と良好な関係を築いていくためには、「話し上手は聞き上手」とも言われるように、まずはしっかりと相手の話を聞くことが大切です。

人は誰もが「自分の話を聞いてほしい」と思っているものです。友人や家族で集まって話をする際にも、皆が自分の話をしたがっているというのはよくあることではないでしょうか。そして、うんうんとうなずきながら話をしっかり聞いてみたら、その人がとても喜んでくれたという経験は少なくないでしょう。

それでは、上手な話の聞き方とは何なのでしょうか。第一に、相手が話し終わるまで口をはさまずに聞くことがとても大切です。たとえ自分の興味のない話のときでも、ついついひとこと意見が言いたくなってしまったときでも、決して途中で口をはさんではいけません。相手の話をさえぎってしまうと、相手に「この人は自分の話を聞いていない」と不満を感じさせてしまうからです。一見つまらないように感じる話でも、話を聞いていると相手はうれしそうにしてくれますし、相手から新しい知識を学ぶこともできます。そうすれば、話を聞くことが次第に楽しく感じてくるものです。

話を聞いていることを相手に態度でしっかりと示すことも大切です。そのためには、相手の目を見ながら話を聞き、所々で「そうですね」などと言ったり、首を縦に振ってうんうんとあいづちを打ったりすると良いでしょう。また、相手が話してくれたことについて質問をすることで、相手の話に興味を示したり、相手から話を引き出してみるのも良いでしょう。

相手の話をしっかりと聞いていると、相手はどんどん気持ちよく話をしてくれるようになります。こちらはあいづちを打つぐらいしかしていなくても、相手がたくさん話をしているうちに会話が流れていくため、相手はこちらのことを「話し上手」だと思ってくれるかもしれません。

また、相手の話を聞いているうちに、その人の興味や人柄などが理解できてくるため、「どういう話題を選べば相手は喜んでくれるのか」「相手はどういう言葉や行動を望んでいるのか」が分かってきます。相手はこちらに好意を持って心を開いて、話を聞くようにもなってきてくれるでしょう。その結果、お互いに相手のことを理解しながら自然と話ができるようになり、良好な関係を築くことができるのです。

ビジネスは人と人との関係によって成り立つものであり、周囲の人との良好な関係を築いていくことが欠かせません。

上司と部下、他部門の人など社内の人はもちろん、取引先など社外の人とも良好な関係を築いてビジネスを円滑に進めていくためにも、人の話をしっかり聞くことを常に心がけるようにしてみてください。今まで以上に仕事ができるようになります。

以上(2023年4月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】大谷翔平選手に学ぶ「自分に限界を設けない」生き方

今年の3月には、私がかねてより楽しみにしていたイベントがありました。コロナ禍の影響で開催が延期されていた野球の世界一決定戦、第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)です。そして、日本チーム「侍ジャパン」の中でも私が特に注目していたのが、投手と打者を両立する「二刀流」で知られる大谷翔平選手です。

大谷選手は私の期待を上回る大活躍で、打っては打率4割3分5厘、1本塁打8打点、投げては2勝1セーブを記録。大会MVPに輝くとともに、日本を3大会ぶりの「世界一」へと導きました。特に、準決勝のメキシコ戦で逆転サヨナラ劇の口火を切った9回裏の2塁打や、決勝の米国戦で1点リードの9回表に登板して空振り三振で優勝を決めた場面は、今後も「大谷伝説」として語り継がれるであろう名シーンになったと思います。

大谷選手の二刀流が生まれたきっかけは、当時の監督であり、今回の侍ジャパンの監督として指揮した栗山英樹さんが、「誰も歩いたことのない道を歩いてほしい」と投打の両方で可能性を追求するよう勧めたことにあるようです。

大谷選手が二刀流でデビューした当初や、メジャーリーグに移籍した当時は、多くのプロ野球関係者が、「二兎(にと)を追う者だ」「プロ野球をなめるな」と、否定的な発言をしていました。投手か野手のどちらか一つでさえ一流になるのが厳しいプロの世界を知っているからこそ、そのように考えたのでしょう。

栗山さんや大谷選手のすごさは、そうした「プロの世界は厳しい」という現実におびえず、「二兎を追う者は一兎をも得ず」になる可能性があっても、大谷選手の将来に限界を設けず突き進んだことにあります。ちなみに、大谷選手自身はこの二刀流という表現を使わないようで、「投手と打者でやることは区別するが、ただ野球を頑張っているという意識でやっている」と語っています。二刀流は、大谷選手の野球に対する飽くなき情熱が、そのまま形になったものともいえるでしょう。

私は、皆さんにも、自分に限界を設けない大谷選手の生き方を学んでもらいたいと思います。日本の人材採用では近年、幅広い業務をこなす「ゼネラリスト」に代わって、1つの分野で専門性を極めた「スペシャリスト」が注目を集めています。限られた時間の中で伸ばせる能力には限界があるかもしれませんし、最短で自分の強みを伸ばしていくという点で、スペシャリストは合理的です。

ただ、皆さんに考えてほしいのは、「自分が伸ばせる道は、これだけだ」と早々に限界を設けて、これから開花するかもしれない別の可能性に蓋をしてしまっていないかということです。もし、皆さんの中に、「自分が今やっている分野の他にも、取り組んでみたいものがある」と思っている人がいたら、ぜひ私に相談してみてください。私は皆さんの前向きな挑戦を積極的に応援しますし、皆さんの中から新たな「二刀流の選手」が誕生することを期待しています。

以上(2023年3月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】仕事の主(あるじ)になろう

ビジネスパーソンには、「できる方法を探す人」と「できない理由を述べる人」の2通りのタイプがいます。難しい局面に遭遇したとき、その違いは顕著に表れます。例えば、これまで取り組んだことのない仕事に挑戦する際に、「よし、必ず実現してみせる」と成功するための方法を必死で考え、検証し、行動する人がいる一方で、「リスクが高い」とか、「技術的に無理だ」などと挑戦することをあきらめている人がいます。

仮に、世の中のビジネスパーソンが「できない理由を述べる人」だけだったら、技術の進歩はなく、社会はとても不便でつまらないものになっていたことでしょう。

わが社においても同じことがいえます。わが社がここまで成長できたのは、私が無理なことを注文しても、実現するための方法を考えてくれる社員がいたからです。できる方法を必死で探し、プレッシャーを受けながらもそれを実行に移している社員の方には感謝するばかりです。

こうした社員は、自らが主(あるじ)となって仕事を進めています。できる方法を探すとき、頭の中では、本人が仕事の主(あるじ)となり、仕事をコントロールしています。主(あるじ)は、仕事をコントロールするために、あらゆる角度から仕事を分析し、課題を見つけ、それを解決することに余念がありません。自らが主(あるじ)となって仕事を進める人は、仕事に振り回されません。

また、主(あるじ)は仕事に責任を持っているので、仕事の隅々まで把握しようと努力します。仮に、自分が把握していないことを誰かから質問されたとしても、「分かりません」と言って終わることはなく、すぐに確認することを怠りません。

こうした人は、目の前の仕事に真正面から向き合い、夢中になって取り組み、成功も失敗も体験し、次につなげることができます。

私は、皆さん全員に挑戦する社員になってほしいのです。「できない理由を述べる人」ではなく、「できる方法を探す人」になってください。

過去の経験に基づく自分の価値観だけで仕事を考えて、挑戦することを避けないでください。与えられた仕事の中から自分ができるものを選ぶのではなく、少し背伸びをしてでも、難しいことに挑戦してください。そして、ぜひ仕事の主(あるじ)になってください。

会社は、挑戦する姿勢を評価します。実行したことを評価します。次につながる失敗を評価します。そしてなにより、自ら挑戦する姿勢を表明し、周囲を巻き込み、挑戦の熱意で会社全体を包んでくれることを評価します。

以上(2023年3月)

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画像:Mariko Mitsuda

花粉症と安全運転(2023/3号)【交通安全ニュース】

活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

春の訪れとともに花粉の季節が到来しました。今年は例年に比べてスギ花粉の飛散量が多いと言われています。※

花粉症が心配になりますね。花粉症は集中力や判断力を低下させ、仕事や家事などに影響を与えます。特に車の運転には、事故の要因になるなど重大な影響を与える場合があります。

そこで、今月は花粉症が運転に与える影響とその留意点について考えます。

※参考 日本気象協会 「2023年春の花粉飛散予測」

https://tenki.jp/pollen/expectation/

花粉症と安全運転

1.花粉症による運転への影響

2月~5月にかけてスギ花粉の飛散量が多くなる見込みであるため、新たに花粉症になる人が増えたり、花粉症の症状が例年より強めに出たりするかもしれません。花粉症になると、目のかゆみ、くしゃみ、鼻水、だるさなどの症状が出て、車の運転に以下のような影響を与えます。

花粉症による運転への影響

  • 目をこすったり、くしゃみなどして、周囲への注意が疎かになる
  • くしゃみをした反動で、ハンドル操作を誤ってしまう
  • 鼻をかんで、脇見運転になる
  • 目や鼻が絶えず気になり、運転に集中できない
  • 頭がぼーっとして、的確な判断ができない

※時速60キロで走行中に、くしゃみをして0.5秒間まぶたを閉じたとすると、車はその間に約8メートル進みます。

花粉症の症状が出ている状態で運転するのは、程度にもよりますが、過労状態や眠気がある状態で運転する行為に類似しており、危険性を伴います。過去には以下のような重大事故も発生しており、花粉症による運転への影響を過小評価することは禁物です。

【事故事例】
2017年4月、運転者は花粉症の症状により前方を注視しにくい状態で運転していた。くしゃみを連発した反動でハンドル操作を誤って対向車線にはみ出し、対向車と正面衝突した。その結果、対向車に乗車していた3名が死傷した。(松山地裁今治支部; 禁固3年、執行猶予4年)

2.薬の服用による運転への影響

花粉症の症状を抑える薬の服用は、以下のような副作用を起こし、車の運転に少なからず支障をきたすことがあります。複数の薬を服用している場合は、薬の副作用が増幅される危険性もあります。

薬の服用による運転への影響

【副作用】

  • 眠気、倦怠感
  • 集中力や判断力の低下
  • 吐き気、腹痛、下痢 など

薬の服用にあたっては、使用上の注意をよく読んで、眠気などの副作用の有無を確認しましょう。運転に支障をきたすような薬を服用した場合は運転を控えることが重要です。

※薬の副作用等によって正常な運転ができない状態で運転してはいけません。
道路交通法は「何人も、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない。」(第66条)と定めており、違反した場合の罰則(第117条の2第3号、第117条の2の2第7号)もあります。

3.運転にあたっての留意点

これからの季節、花粉症の人はもちろん花粉症でない人も花粉症への対策が必要です(花粉症は誰しも発症する可能性があります)。花粉症への対策をきちんと行い、安全運転を心がけましょう。

【花粉症への対策】

  • 乗車前に花粉を払い落とし、花粉を車内に持ち込まないようにしましょう。
  • エアコンを内気循環にして、花粉が入らないようにしましょう。
  • 車内をこまめに清掃して、花粉をできるだけ拭き取りましょう。

運転にあたっての留意点

【運転中に花粉症の症状がひどくなったら】

  • 車間距離を長めにとり速度を落として運転するなどいつも以上に慎重な運転を心がけましょう。
  • くしゃみを連発したり、目がかすんだりしてきたときは、車を止めて症状が落ち着くまで待ちましょう。
  • つらいときは無理をせず運転を中断しましょう。上司や同僚などに運転を代わってもらうなど助け合うことが大切です。

以上(2023年3月)

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【朝礼】副の役職は“福の神”

けさは副社長がいないので、この機会に、私が副社長のことをどのように思っているのかについて話そうと思います。私と副社長は、激しく言い争うこともあるので、皆さんの中には、私と副社長の仲が悪いと思っている人もいるかもしれません。ですが、それは誤解です。副社長が自分のことよりも、私や会社のことを第一に考えてくれていて、私に対しても忌憚(きたん)のない意見をぶつけてくれるので、そう見えるのです。副社長がいるからこそ、私は裸の王様にならずにいられます。彼には本当に感謝しています。

それに、副社長は、私と皆さんとをつなぐという大事な役割も果たしてくれています。皆さんが会社や私に対して思うところがあったとき、副社長に相談することがありますね。それを聞いた副社長は、私に伝えるべきことを選んで報告してくれています。もちろん、皆さんの評価を下げるような伝え方をしたことはありません。ですから、私に言いにくいことがあれば、これからも遠慮なく副社長に相談してください。

副社長の素晴らしいところは、まだあります。彼は、私が気付いていないことを教えてくれるのです。あるときは、私に「社長が出張したときに買ってきてくれるお土産は、センスがあると評判です」と伝えてくれたことがありました。それを聞いてから、出張の際は、「どんなお土産なら皆さんが喜んでくれるかな」と想像しながら買い物をするようになり、土産選びが楽しくなりました。

そんな副社長は、私にとっても、会社にとっても、福をもたらしてくれる“福の神”といえます。

この会社には、副社長の他にも、部や課ごとに副部長や課長補佐など、「副」の立場にある人がいます。そうした人たちは、所属長や組織にとっての“福の神”になることを目指してください。副社長のように、所属長を支え、所属長とメンバーの間を取り持つことを心掛けてください。所属長が伝えきれないことや気付かないこと、手が回らないことを察して、そっと手を差し伸べられるようになれれば、もう“福の神”です。組織は所属長によって大きく変わりますが、その変化をより大きくするのは、「副」の立場にある人です。

また、所属長や「副」の立場ではない皆さんにとっても、この話は人ごとではありません。特別な役職に就いていなくても、“福の神”になることはできます。周りを見渡せば、気になる人や、助けてあげたい人がいるはずです。その人に、さりげなく手助けや声掛けをしてみてください。同僚に対する皆さんのこまやかな気遣いは、会社に小さな福を呼んでいるはずです。こうした積み重ねで、もし同僚の業務がうまくいったり、同僚から悩みを打ち明けられる相談相手になったりしたら、あなたは会社にとっての立派な“福の神”といえるでしょう。

社内に“福の神”が何人もいて、会社に福を呼び合えるような組織になれば、この会社は今まで以上に素晴らしい組織になるはずです。

以上(2023年3月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】虫の目、鳥の目、魚の目

経済問題を考えるときには三つの目が必要であると、よく言われます。経済活動の細部をミクロの視点で注意深く見ることのできる「虫の目」、経済をマクロから鳥瞰(ちょうかん)することのできる「鳥の目」、そして経済の潮の流れの変化を見通すことのできる「魚の目」だそうです。

ビジネスに置き換えてみると、現場で顧客や商品に直接触れて実態を知るのが「虫の目」、自社はどんな状況に置かれていて、何が最重要問題なのかを感じるのが「鳥の目」、そして、自社や業界全体がどんな流れの中にあり、そこでどんな流れに沿って、どのタイミングで何を行ったらよいかを判断するのが「魚の目」だと考えればいいでしょう。

「虫の目」は業務改善に徹することといってよいかもしれません。一言でいうと「現場主義」です。現場の担当者が何を求め、どのように業務を遂行したいか、どうありたいかを明確にして、日常的業務を改善することです。そのためには、まず業務の進め方や作業内容を正確に記録し、点検し、リスクを洗い出し、改善の可能性を追求する必要があります。まさに、「虫の目」を持って、詳細に検討を重ねるということです。

「鳥の目」は戦略といっていいでしょう。自社の進むべき道筋を明確に意識し、それに向かって自社が活動しているかどうかを見定め、問題があれば、それを明確に把握することが求められます。高いところに上がって、全体を見下しながら、総合的判断をすることができるといったイメージです。

日常的な判断は「虫の目」と「鳥の目」があればできるかもしれませんが、ビジネスの将来の方向性を決定するようなときにはさらに「魚の目」が必要です。

そして、この「魚の目」を養うには、業界の動向や金融情勢はもちろんのこと、国際的な政治・経済、ひいては人類の歴史・文化や宗教問題まで含めたさまざまなジャンルに関心を持っておくことが求められるでしょう。こう考えると、何よりも「魚の目」を養ってくれるのはいろいろなジャンルの事象から得られる「知識」や「経験」であることが分かります。

自分のかかわっているビジネスが行き詰まった、人間関係がうまくいかないといったことも、「虫の目」の視点から離れ、「鳥の目」つまり高みから見下ろせば、全体像や自分の位置がよく分かり、そこから突破口を開くことができる場合があります。

「虫、鳥、魚」を客船で考えてみましょう。「虫の目」で見ると、客室、食堂、機関室などそれぞれの現場しか目に入りません。「鳥の目」で見ると客船としての機能が有機的に結びついていることが分かるでしょう。「魚の目」で見ると、海の状態、天候などを考え、安全に目的地に着くことが求められます。

「虫、鳥、魚」を時間軸で考えると、「虫の目」が今週のこと、「鳥の目」が半年先のこと、「魚の目」が3年先のことといったイメージです。

そして、「虫、鳥、魚」の目の割合ですが、若手社員は7対2対1、中堅社員は5対3対2、幹部社員は3対4対3、役員は1対5対4でお願いします。若手社員であっても「魚の目」を持つ努力が必要ですし、役員であっても「虫の目」を忘れてはなりません。

皆さんには、「虫の目」を持ってビジネスを遂行し、「鳥の目」を持って全体を設計し、「魚の目」を持って世の中の流れをつかんで、会社をよい方向に導いてほしいと思います。

以上(2023年3月)

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画像:Mariko Mitsuda

15年で村内総生産額が3倍! 村内起業×SDGs×DXで若者が流入し続ける村/1400人の山村のキセキ(前)

書いてあること

  • 主な読者:地方創生に関心のある経営者や町おこし担当者、地方創生を支援する金融機関
  • 課題:過疎化によって人材、資源、資金の全てが不足し、活力を取り戻す方策がない
  • 解決策:森林資源の価値の最大化を目標に、村内起業やSDGs、DXなどに挑戦し続けている岡山県西粟倉村の取り組みを参考にする

1 16%が移住者! 若者が流入する「消滅可能性都市」

日本創成会議(注1)が2014年に指摘した、将来存続できなくなる恐れがある市町村、いわゆる「消滅可能性都市」(注2)は、1799市町村(2014年当時)のうち896市町村に上ります。

ところが、消滅可能性都市の1つとされた人口約1400人の山村が、

約15年間で村内総生産額を約3倍に増やし、若者の流入が相次いで村民の16%を移住者が占めるようになった

という事実を、皆さんは信じることができますか? そんな“奇跡”のような村が、岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)です。村内の経済を成長させ、新たな雇用を生み出し、若者の流入に成功しただけでなく、SDGsやDXの面でも先行しています。

このシリーズでは、西粟倉村の約15年間の軌跡と、地方創生の成功モデルと言われるまでの“奇跡”を遂げた理由について、西粟倉村役場の上山隆浩・地方創生特任参事へのインタビューを、前後編の2回にわたって紹介します。

(注1)日本生産性本部が2011年に発足させた民間の政策提言組織。現在は活動休止中
(注2)2010年から2040年にかけて、20~39歳の女性の人口が5割以下に減少する市町村と定義

2 「森林しかない村」が森林資源の価値に気付く

1)村単独での生き残りを決断したことが転機に

西粟倉村は、岡山県の北東端、兵庫県と鳥取県との境にある人口1361人(2023年1月末時点)の山村です。約57.97平方キロメートルの面積の約93%が森林で、このうち84%をスギやヒノキなどの人工林が占めています。

地方の他の山村と同様に、人口減と高齢化が進んでいた西粟倉村の転機となったのは、2004年の「平成の大合併」の際に、他の市町村とは合併しないと決めたことでした。村役場では合併を前提に準備をしていたのですが、住民アンケートの結果、合併反対が上回ったことを受けて、村単独でやっていくことになったのです。

とはいえ、村のかつての主力産業だった林業は衰退し、財政力指数(注3)は岡山県の市町村で最低という状況の中、村が生き残っていける見通しがあったわけではありませんでした。

(注3)市町村の財政力を示す指標で、「基準財政収入額/基準財政支出額」の過去3年間の平均値

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2)外部の視点で「負の遺産」だった森林の価値付けを目指すことに

どうしたら村が生き残っていけるのかを考えていく中で生まれたのが、「百年の森林(もり)構想」です。この構想は、人工林の管理をあと50年続けて、2058年には西粟倉村を、100年の森林に囲まれた「上質な田舎」にしようというものです。

構想が生まれたきっかけは、2004年から2007年まで、総務省の補助事業である「地域再生マネージャー事業」を導入し、村の活性化策について外部のコンサルタントなどの専門家を招いて議論をしたことでした。元々は村内の観光施設の赤字をどのように解消するかをテーマにしていたのですが、地域と都市部とを結び付けるチャネルである観光施設を活かすには、「村として、何を売っていけばよいのか」が議論されました。

村民からすると、「この村で売っていくものなんて、何もないよね」という意識でいたのですが、Iターンで西粟倉村に来られた方や、外部のコンサルタントが着目したのが、森林でした。西粟倉村では、戦後の昭和30年代に植えられたスギの人工林が50~60年たって、「これからお金になる」まで生育していました。ですが、輸入木材の普及によって木材価格が低下するとともに、高齢化によって林業の担い手がいないという状況にありました。

特に西粟倉村の場合、村有林を村民に払い下げたという経緯もあって、2ヘクタール程度しか保有していない零細な所有者が多く、個人で森林を管理することが困難になっていました。このため、森林には価値も人も付かなくなり、放置される状況があちこちで見受けられるようになっていたのです。特に住居の裏山は、大雨によって崩れることもありますから、防災面でも森林の管理が大きな課題となっていました。このため、村民の間では、「森林は負の遺産になりつつある」という考えが広がっていました。

これに対して、外部のコンサルタントの分析は、「観光施設も大切だが、一次産業は地域の資源であり、豊富にある。しっかりと管理して価値を付けていけば、非常に重要な産業になるし、西粟倉村が持続可能な地域になる」というものでした。外部の知見をもらえなければ、森林は管理が必要な「負の遺産」ではなく、ただ「森林資源が豊かである」ということだけで価値のあることだということに気付かなかったと思います。さらには、森林に価値を付け、その森林資源を活用すれば、経済効果や雇用を生み出すことができるということにも、村民の目は向かわなかったでしょう。

このような考え方に基づいて、コンサルタントの方のアドバイスを受けながら2008年に着想し、2009年に事業を開始したのが「百年の森林構想」です。

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3 森林で「稼げる村」へ!

1)役場を中心とした全村体制で森林資源の価値最大化計画がスタート

こうして始まった百年の森林構想の第一歩は、森林の管理を村役場が一括して行うことでした。村役場には元々、1300ヘクタールの村有林を管理する部署があったので、その部署を広げて個人の森林も管理する体制を取りました。

まず、村役場と森林を所有する村民とで、「森林長期施業管理に関する契約」を結びました。契約の主な内容は、

  • 事務や事業にかかる費用は村の全額負担(村の一般財源と国・県の補助金から支出)
  • 丸太の販売収益は、村と森林所有者が半分ずつ得る

というものです。

森林の管理は多くの村民が困っていましたし、自分でお金を払わない上に村役場が管理してくれて、利益の半分も手元に入ります。山崩れなどの災害リスクも減り、環境にも良いということですから、悪い話は全くありません。総論としては皆が賛成してくれました。

ただし、ただ森林を管理するだけでは費用が出ていくだけです。百年の森林構想の最初の重要ポイントは、森林に価値を付け、その森林資源を活用して「稼げる村」になることでした。小さな村ですので、何百人もが働く工場を誘致するのではなく、小規模でも林業者が増え、木材加工業を手掛けるような、身の丈に合った6次産業化を進めることを目指しました。

2)「西粟倉村の木を使いたい」というニーズをつくることで森林に価値が付く

森林に価値を付けて「外貨」を生み出す役割を担うリソースが、「ローカルベンチャー」です。地元で起業してもらう、木材加工事業のスタートアップ企業です。

ローカルベンチャーの大前提となるのが、20世紀型のビジネスモデルから外れることです。20世紀型のビジネスモデルは、基本的に森林の木を切って木材市場で売るだけです。売り上げを伸ばすには、量で勝負するしかありませんが、それでは外国産の大量かつ安価な木材には勝てません。西粟倉村の現在の木材搬出量は1万立方メートルしかありませんので、1立方メートル当たり1万円で木材を売ったとしても、1億円にしかなりません。

これに対して、林業を6次産業化して、木材を家具や内装材に加工して販売する地元の「ローカルベンチャー」を育成すれば、森林から得られる売り上げは10億円にもなりますし、雇用者も増えます。

とはいえ、ただ木材加工した製品を大量生産していては、やはり20世紀型モデルから抜け出せません。大手企業が参入しないようなニッチな市場で、しかも「西粟倉村の木を使いたい」というニーズをつくることが、西粟倉村の森林に価値を付けるために必要なことです。

例えば、西粟倉村で成功したローカルベンチャーの製品に、幼稚園の什器やマンションの内装用のタイルがあります。都市部の若い方たちの中には、国産材の木に囲まれた環境の中で子供を育てたいという人がいます。大手企業は参入しないニッチな市場かつ、製品に込められたストーリーまで含めて購入されるような市場です。

こうした市場を見つけ、広げていくには、事業を行うローカルベンチャー自体に、「西粟倉村の木を使いたい」という思いがなければ実現しません。

そのような思いや価値観を集約した「旗」になるものが、「百年の森林構想」です。そして、西粟倉村の森林資源の最大価値化というビジョンを共感・共有したいという人たちが増えるほど、森林資源の価値が高まっていくことになるのです。

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3)ビジョンにプロジェクトが一体化

とはいえ、他の市町村でも、ビジョンはあってもプロジェクトが付いていかないという話を聞くことがあります。西粟倉村の場合、ビジョンに共感してプロジェクトを実行してくれる企業と一体化することができました。

うまくいったのは、たまたまなのかもしれませんが、先駆者となってくれた数社の役割は大きかったと思います。観光施設の赤字対策のために招いた外部のコンサルタントの方が起業した「西粟倉・森の学校(およびエーゼロ)」(以下「森の学校」)や、地元の森林組合の職員が起業した「木の里工房 木薫」(以下「木薫」)、百年の森林構想に共感して西粟倉村にIターンした方が起業した「ようび」といった先駆者が、市場を開拓してくれました。森の学校や木薫は、百年の森林構想を作る前の段階から関わっているので、当然ながらビジョンを理解し、共感してくれていました。

こうした先駆者である数社のローカルベンチャーが、ビジョンと一体化したプロジェクトで実績を出してくれているので、外部の人たちにも西粟倉村の取り組みがよく分かり、共感・共有を得やすくなったのだと思います。先駆者たちの活躍を見て、同じような活動をしようと考えていた人たちが西粟倉村を選んでくれるようになりました。

西粟倉村では、新たなローカルベンチャーの育成を後押しする取り組みも行っています。2015年に、先駆者であるローカルベンチャーを主体としたローカルベンチャースクールに取り組みました。また、2016年に、西粟倉村と東京のNPO法人ETIC.の呼びかけに賛同した8つの自治体により、ローカルベンチャー協議会を発足しています。

このような取り組みによって、2022年には、西粟倉村のローカルベンチャーは50社にまで増えました。村内総生産額は百年の森林構想がスタートする2009年以前の8億円から22億円へと約3倍に増え、221人の新規雇用を実現しています。

4)移住者だけでなく「関係人口」の拡大も重要

ビジョンを共感・共有していただいたのは、ローカルベンチャーの担い手だけではありません。西粟倉村のビジョンに対する共感・共有によって、地域外の方たちにも西粟倉村の顧客やインフルエンサーになってもらい、さらに共感・共有の輪が広がるようになっています。こうした、移住はできなくても西粟倉村のビジョンに共感・共有していただいて、村と強い関係を持っている方々を、私たちは「関係人口」と呼び、特に経済面や課題解決の面での西粟倉村の発展にとって重要な存在だと考えています。

例えば、2009年と2010年には、「西粟倉村共有の森ファンド」というクラウドファンディングを立ち上げ、423人の投資家の方から約4900万円が集まりました。

関係人口を増やすために、2018年には、西粟倉村の情報を掲載し、村内の製品を購入することなどができる「アプリ村民票」のサービスを始めました。既に村の人口を上回る約1700人の方に登録していただいています。

4 脱炭素・SDGs推進で「循環型社会」へ

ローカルベンチャーによって、森林資源の価値が高まり、西粟倉村は「稼げる村」になりました。その一方で、事業を進めていくうちに、森林資源の価値をより一層高めるには、木材加工事業を行うローカルベンチャー以外の方法も必要だということが見えてきました。木材加工には使えない低質材・未利用材を活用できるようになれば、今まで無価値だった木材にも価値が生まれるからです。

そのための解決策が、脱炭素です。木材加工に使えない低質材・未利用材(薪やチップ)を使ったバイオマス発電と小型の水力発電によって、小規模分散型の再生可能エネルギー供給システムの構築を進めています。ローカルベンチャーなども募り、2014年度から事業に着手しています。

事業は、国からの補助金などを活用しています。西粟倉村は2013年に内閣府の環境モデル都市、2014年に農林水産省などのバイオマス産業都市、2019年に内閣府のSDGs未来都市に認定されていますので、こうした制度を活かしてファイナンスを行っています。

現在では、小中学校や村役場の新庁舎など村内の6カ所の公共施設に木質バイオボイラーで熱供給をし、3カ所の温泉施設に薪ボイラーを導入しています。また、2018年に西粟倉村や地元の金融機関などが出資して小型の水力発電事業会社を設立し、売電事業を始めました。

こうした取り組みにより、村内の再生可能エネルギーによる電力自給率は、約50%に達しています。目標はもちろん100%です。2022年度には環境省の脱炭素先行地域に選定されており、2030年に村有施設の電力由来の二酸化炭素の排出量をゼロにすることを目指しています。

脱炭素やSDGsは、西粟倉村にとっては、森林資源の価値を高めるためのツールです。脱炭素やSDGsというコンセプトに沿えば、国などからの補助金を活用できますし、専門的な知見を持った人材も集めやすくなります。さらには、百年の森林構想への共感・共有が広がるというメリットもあります。

5 さらなる高みへ、最新技術を活用した「構想Ver.2.0」

1)全ての森林をデータ化して用途に選別

百年の森林構想では、林業の6次産業化と脱炭素・SDGsで森林資源の価値を高めてきましたが、課題はまだまだ残っています。西粟倉村の森林の84%が人工林とはいえ、実際に林業に適している森林は、このうち6割程度しかないことが分かってきました。残りの4割程度の森林は、「生育が悪い」「人が入るのが困難な場所にある」「住居や墓地に近いので保水効果を考えると木を伐採できない」などの理由で、価値を付けられていないのです。

価値を付けられていない森林の管理は、おろそかになりがちです。しかし、管理を怠ると大雨によって山崩れが起こりかねませんし、山崩れが起きればますます管理をしなくなるという「負の連鎖」が起きてしまいます。

そこで、2020年から、百年の森林構想を新たなフェーズに移行させることとしました。百年の森林構想Ver.2.0の開始です。

Ver.2.0の最大の事業は、村内の約6700地番ある森林を全てデータ化して分析し、用途を決める作業を行う「森林 RE Design」です。例えば、生育の悪い森林や、木材の搬出が困難な場所にある森林は、環境林として観光客を呼び込み、グリーンツーリズムなどの「コト消費」につなげます。住居に近い森林は、低層木に植え替えて、シロップの生産や養蜂、山菜の育成といった「森林農業」を営む場所にして、5~6年でキャッシュフローが回るようなビジネスモデルへの転換を進めています。DXを活用した「森林 RE Design」によって、木材利用だけでない森林の価値を付け、森林資源の価値をさらに高めることができると考えています。

2)都市部に流出した森林の所有権は「森林商事信託」を活用

Ver.2.0のもう1つの大きな事業が、2020年度から開始した森林商事信託事業です。百年の森林構想の第一歩となった「森林長期施業管理に関する契約」は、村役場が対象に想定している約3000ヘクタールの森林のうち、約1800ヘクタールほどしか締結できていません。

その主な理由は、相続によって森林の所有権が、都市部の住民に流出し始めていることです。森林商事信託事業は、都市部の住民に契約を締結してもらうための手法です。都市部に住んでいる所有者が森林管理を委託しやすくするために、村役場が村内の所有者と締結したような契約を、大手信託銀行と締結するスキームです。所有者は信託契約が続く限り、森林管理の費用負担がなくなりますし、信託受益権の配当を受け取ることができます。委託した森林の管理状況については、森林管理を行っている大手企業が、信託銀行のアドバイザーとして参画していますので、遠隔地の方でも安心して信託していただける制度になっています。

3)都市部など外部企業との協働にシフト

ご紹介した2つの事業でも分かるように、百年の森林構想Ver.2.0は、Ver.1.0と比べると、活用すべきリソースが異なっています。「稼ぐ村」への転換に貢献していただいているローカルベンチャーは、DXに関するリテラシーやノウハウが必ずしもあるわけではありませんし、信託事業を行っているわけでもありません。これは脱炭素に関しても同様のことが言えます。

Ver.2.0の課題や脱炭素に取り組むには、DXや脱炭素などに関する専門的なノウハウや知見があり、さらには投資もできるファイナンス力のある事業者に参加してもらう必要があります。

これまでは、ローカルベンチャー事業のKPIを起業数に設定してきましたが、これからは起業数ではなく、生み出した事業の売り上げ規模をKPIに設定しています。1社当たり1億円や2億円の事業を生み出すことが理想です。例えば、観光事業は裾野が広い産業なので、億単位の売り上げ規模の事業を起こすこともできますし、数十人単位の若者を呼び入れることもできます。

地域資源の価値最大化のための活用すべきリソースの変化に伴って、村内で企業を育成してリソースにするという考え方から、地域内で賄えないものは外部のリソースを活用するという考え方にシフトしています。このため、これまで以上に都市部の企業などとの協働プロジェクトに取り組み、2024年に13件に、2030年までには35件に増やすことを目指しています。

2020年に設立した「一般財団法人西粟倉村まるごと研究所」は、企業や大学などの研究機関に、西粟倉村そのものを実証実験の場として提供することで、さまざまな課題を解決するための最新技術の導入を図るための受け皿になることを目的としています。

4)社会資本の充実でSDGsもバージョンアップへ

Ver.2.0では、SDGsのターゲットの拡大も目指しています。これまで西粟倉村のSDGsは、脱炭素や環境分野が中心でしたが、これからは社会資本の充実も進めていくことを目標に掲げています。このため、村内で育成するローカルベンチャーは、従来の「木材加工型」だけでなく、「ソーシャルビジネスローカルベンチャー」を増やしていきたいと考えています。

2020年には、村内の小中学生向けに、環境やSDGsに関する教育を実践し、西粟倉村のアイデンティティを高めていくことを狙った「一般社団法人Nest」を設立しました。

百年の森林構想を中心に、環境、経済、社会の3つが自立的に好循環を生んでいくような仕組みをつくっていくことが、西粟倉村の持続可能性を高めることにつながると考えています。

西粟倉村役場の上山隆浩・地方創生特任参事へのインタビューの前編は以上です。後編では、西粟倉村の取り組みの中心的な役割を担う村役場の職員たちは、どのような意識改革によって育成されたのかについて聞いています。

以上(2023年3月)

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画像:岡山県西粟倉村役場