書いてあること
- 主な読者:信用力が高く、安定的に取引できる販路の開拓を急いでいる経営者
- 課題:自社の製品はそのままに、今後の需要増が期待できる防衛産業に参入する
- 解決策:取引先である防衛省の意向を把握し、取引を始めるための秘訣を知る
1 新たな販路開拓に「防衛産業」への参入はいかがでしょうか?
新規取引先の獲得は重要なテーマですが、この記事では、意外な開拓先として、
防衛産業への参入
をご提案します。
日本の周辺が「きな臭く」なる中、日本も防衛力を強化する方針で、防衛費の大幅な増額(国内総生産(GDP)比2%以上)計画も浮上しているようです。実行されると、4兆円以上の増額となる計算です。
「でも、防衛産業は機密情報も多いので、参入するのは無理でしょ」とお考えの方は、この記事を読んでいただくと、誤解が解けるかもしれません。防衛省の担当課長によると、防衛省には中小企業との取引を拡大したい、次のような切実な6つの理由があるのです。
- 政府全体の方針として中小企業との取引拡大を促している
- 国内の防衛産業の育成に取り組みたいと考えている
- 経済安保が重視され、国内サプライチェーンへの依存度が高まっている
- 自衛隊の基地周辺の経済活性化を目指している
- 代替しにくい技術を持ちながら、高齢化などで廃業する取引先が現れている
- 煩雑な入札手続きやイメージ悪化を懸念して、参入を敬遠する企業もある
この記事では、東京・市ヶ谷にある防衛省防衛装備庁装備政策課の松本恭典課長への取材から得られた、防衛産業に参入するヒントを紹介します。
2 防衛装備庁に聞く 中小企業の参入を期待する理由
1)政府全体の方針として中小企業との取引拡大を促している
令和2年(2020年)時点での防衛省の中小企業との契約実績額は下表の通り、物件(防衛装備、食料、事務用品など)、工事(基地での工事、メンテナンスなど)、役務(清掃などのサービス)の合計が3158億円となっています(赤字部分)。これは、中小企業が受注できる契約額(5778億円分)の54.7%を占めています。中小企業の受注割合は、10年ほど前は40%程度でしたが、それ以降、徐々に増加しています。
この他、戦闘機や艦船の納入などのような、防衛省がプライム企業(大手重工メーカーなど、防衛省と直接契約する企業)と契約するものがあり、その中にも数千の中小企業が部品や素材などの供給で関わっています。しかし、そうした件数は下表には反映されていません。
中小企業との取引が増加している背景には、「官公需についての中小企業者の受注の確保に関する法律」があります。防衛省は同法に基づき、前年度の実績を上回るように努めています。2020年度は中小企業・小規模事業者との契約金額の比率60%を、2021年度は61%を目指しました。新規中小企業の取引についても、国の方針に従って3%を目指しています。
2)国内の防衛産業の育成に取り組みたいと考えている
防衛費の増額が報道されていますが、現時点では正式に決定したわけではないので、ここは仮定の話になります。
現在の防衛費は約5兆~6兆円ですが、このうちの約半分を人件費や糧食費が、残りの半分を防衛装備の調達が占めているイメージです。もし防衛費が2倍になったとしても、人件費や糧食費は今と大きく変わらないでしょう。そうすると、防衛装備の調達のための予算が、報道されている2倍以上を大きく上回ることになります。
防衛省としては、防衛産業に関わる企業の、防衛事業に関連する売り上げ比率を高めたいと考えています。売り上げ比率が高いほど、防衛産業へのコミットが高いと評価でき、積極的に支援していきたいと思います。
米国を例にすると、売上の多くを防衛関連が占める企業がある一方、日本では、プライム企業などでも、防衛関連の売り上げ比率は10%以下です。各社の中で、防衛関連の存在感が低いともいえ、積極的な投資が行われない懸念があります。複数社による競争性の確保と両立させながら、国内の防衛産業の育成に取り組みたいと考えています。
3)経済安保が重視され、国内サプライチェーンへの依存度が高まっている
近年、防衛の分野でも「経済安保」の観点からサプライチェーン対策が各国で大きな課題となっており、防衛装備の調達は「国産回帰」の流れにシフトしつつあります。特に、AIや3Dプリンティング、ドローンなどの先進技術の分野では、諸外国に比べて日本は装備品への取り込みが遅れています。こうした技術を積極的に取り込み、装備の陳腐化を防ぎ、性能の向上を図っていきたいと考えています。具体的な取組として、防衛省からプライム企業に働きかけを行ったり、先進技術を持つ中小企業向けの展示会を年に複数回実施し、プライム企業や自衛隊とのマッチング支援を行ったりしています。
実際にマッチングした例としては、国産のドローンを製造するベンチャー企業が、防衛省と納入契約に至りました。現在は偵察や観測などの用途が主ですが、今後は無人機の時代となり、ドローンの活用シーンや投入するミッションが多様化すると予測され、調達が拡大すると思います。
特に防衛装備庁が注目しているのが、先に話したAI、3Dプリンティング、ドローンなどです。こうした分野は、既存の防衛産業がこれまで手を着けていないので、日々新しいベンチャーやスタートアップが登場しています。そうした企業を、外国製品に頼らず「防衛産業で活用できるか」という視点で、コンサルティング会社と協力して全国からピックアップし、プライム企業とのマッチングにつなげています。
機微な先進技術を扱う場合は、物的、人的、サイバー空間でのセキュリティーを高める必要があり、中小企業、ベンチャーやスタートアップではコスト面でハードルが高いケースもあります。防衛装備庁としても最大限支援していくつもりですが、セキュリティー面での整備が課題の一つといえます。
4)自衛隊の基地周辺の経済活性化を目指している
防衛省としては、自衛隊の基地周辺の地域経済の活性化を重視しており、「地産地消」に努めています。購入する製品は自衛隊員の食事のための食材や日用品、工具や汎用的な部品など、一般的な製品も少なくありません。ですから、防衛産業とは無関係に見える製品であっても、防衛省と取引できる可能性があります。
なるべく発注を小分けにして中小企業でも対応可能にするように努めていますし、規模が小さい取引であれば随意契約も行っています。
防衛装備庁としては中小企業の皆様との取引は、常に門戸を開放していますので、まずは防衛省や防衛装備庁の調達情報および基地周辺の商工会の公示情報などを確認してみてください。不明な点などがあれば、情報提供先に問い合わせていただいても構いません。
5)代替しにくい技術を持ちながら、高齢化などで廃業する取引先が現れている
中小企業の中には、金型加工や特殊な塗料の製造など、「その企業でしかできない」技術を持った企業があります。こうした企業の技術は、高い品質レベルが要求される防衛装備に不可欠です。一方で、採算性や用途が非常に限定的ということもあり、多くの企業が廃業しているのも事実です。その結果、装備品の製造、部品のメンテナンスや交換に支障を来すことになります。
実際に、別の機体から使える部品を取り出して手当てする、「共食い」という事態が生じている戦闘機もあります。代わりの企業を見つけることも困難なため、防衛装備庁としても対策を取り始めました。
具体的には、中小企業の事業承継をスムーズに進めるための支援策です。2022年度の予算で計上したのですが、事業承継先を探す際にコスト面で苦労している場合は、その企業が保有する設計図や製造設備等を国が買い取り、事業承継先に譲渡又は貸与するような取り組みを考えています。その他にも、人材育成が必要な場合は、事業承継先の人材育成にかかる経費を負担することも想定しています。
こうした予算は、今後も拡大していく必要があると考えています。将来的には、金融機関の融資なども活用しながら、事業の継続が円滑にできればとは思いますが、まずは色々な枠組みづくりから取り組むことになります。
6)煩雑な入札手続きやイメージ悪化を懸念して、参入を敬遠する企業もある
中小企業の参入の門戸は開かれています。防衛省を含む各省庁との入札に参加するためには資格(全省庁統一資格)を、取得する必要があります。
この資格は、企業の規模、経営状況などに応じてA~Dの格が付与され、入札する内容に応じて参加できる格付けが異なります。一定金額以上の大規模な案件の入札参加に必要な資格は、大企業が多く格付けされるA、Bが必要となりますが、中小企業が多く格付けされるC、Dでも参加可能なものは多数あります。全省庁統一資格の取得には提出書類が多く、中小企業には業務負荷が大きいかもしれません。
しかし、防衛省・自衛隊においては、街の文具屋さんのような企業が基地内の事務用品を納入するなどの規模の小さい取引の随意契約を行うケースで、法令上は資格は不要とされているものであっても、発注側としては、やはり客観的に信頼あると思われる企業を契約相手方としたいとの観点から、例えばC,Dの資格を保有することを条件としているような実態もあります。
全省庁統一資格は、防衛省に限らず各省庁で利用できるものですし、更新も3年毎となりますので、まずは、資格の取得にトライしてみるというのが、参入のための最初のステップと言えるかもしれません。
なお、防衛省・自衛隊との直接の契約締結ではなく、防衛省・自衛隊の契約相手方から業務の一部の再委託を受ける場合は、特に資格が必要ではありません。
その他、先進技術を用いたものや、プライム企業との納入などで機微な情報を扱う場合には、契約時に機密情報保持の特約条項を付けることがあります。この場合には、現地への立ち入り審査や、業務に携わる人や企業のリストアップなどが必要なケースもあります。
また、日本企業の中には、防衛装備を取り扱うことで、「武器商人」などのイメージによるレピュテーションリスクや、サイバー攻撃の対象になるリスクを懸念する声も聞かれています。こうした声にも真摯に向き合っていく必要があると考えています。
3 参考:防衛装備調達の動向
1)主要な防衛装備の調達状況:契約件数は一般競争契約、金額では随意契約が最多
防衛装備庁「中央調達の概況 令和3年度版」から、直近の中央調達(自衛隊の任務遂行に必要な主要装備品などで訓令が定めるものの調達)の実績を見てみましょう。
契約方式で見ると、一般競争契約(入札情報を公示し、不特定多数の応札者の提示価格のうちで最も有利な条件と契約するもの)が4924件で84%を占めています。図表内のFMSとは、米国政府が、外国または国際機関に対し装備品などを有償で提供するものです。政府間での取引となるため、高性能な防衛装備を調達しやすいこと、資金の流れをつかみやすいことや、米軍との運用を効率的に行えるなどのメリットがあります。こうしたことから、FMSの調達額が増加傾向にあるようです。
次に、これらの契約を金額ベースでも見てみましょう。
契約件数では一般競争契約が84%を占めていましたが、契約金額では27%にとどまっています。一方で、契約件数では3%にすぎないFMSが契約金額では24%を占めています。入札を行わずに契約する随意契約も契約金額では49%を占めています。
2)調達に関連する情報
最後に、防衛省が公表している中小企業向けの調達方針、防衛省および防衛装備庁の調達情報のページを掲載します。
以上(2022年7月)
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画像:aapsky-Adobe Stock