「地道さ」は才能を超える/ ローマ史から学ぶガバナンス(7)

書いてあること

  • 主な読者:現在・将来の自社のビジネスガバナンスを考えるためのヒントがほしい経営者
  • 課題:変化が激しい時代であり、既存のガバナンス論を学ぶだけでは、不十分
  • 解決策:古代ローマ史を時系列で追い、その長い歴史との対話を通じて、現代に生かせるヒントを学ぶ

1 地道さの重要性

最先端の技術を駆使した画期的なビジネスモデルをひっさげて、短期間で好業績を上げる企業。その姿を見ているだけでワクワクします。しかしながら、そういう企業の中には、すぐに業績が下降していき、あっという間に消えてしまうところも少なくありません。

これとは対照的に、事業内容に派手さがなく、メディアなどで取り上げられることがない企業でも、創業から100年を超え、今も好業績を続けている優れた老舗が数多くあります。こうした企業は、時代に合った業態にしなやかに変化し続けています。

いずれにしても、真に強い企業は地道に本業の基礎を磨き続け、同時に組織を鍛え上げています。レバレッジを効かせたビジネスやサービス化によるストック型のビジネスを展開する企業も、突如として現れるのではなく、地道に差別化要素を磨き続けた上で、その差別化要素を生かして築き上げたものがほとんどで、それを守り続けるためにまた更なる地道な努力を継続しています。こうした部分こそ評価し、大事にしなければなりません。

歴史を眺めても、同じようなことがいえそうです。長い年月の経緯を現在に伝えるためには致し方ないことですが、教科書では、象徴的な出来事やそれを担った変革者など、派手で目立つ事象や人物のみを取り上げ、かいつまんで説明されるにとどまります。

その裏側にある地道な取り組みなどは取り上げられないのですから、ご本人からは、納得がいかない、自分はもっと評価されるべきだ、という声が聞こえてきそうです。私は、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスも、そんな歴史上の人物の一人ではないか、と思います。

2 後世のアウグストゥスの扱い

ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの歴史的な意義や価値は、アレクサンドロスやユリウス・カエサルにも匹敵するほどといえますが、アウグストゥスについての書籍は意外なほど少ないというのが実情です。

映画もほとんどがカエサル、クレオパトラ、アントニウスが中心で、アウグストゥスは端役として登場する程度です。これだけの偉業を残しているのになぜなのかとも思うのですが、彼の施政を眺めるとその理由が分かります。

簡単に言ってしまうと、あまりに地味で地道なので、物語や映画にする題材としては面白みに欠け、ふさわしくないのです。

19歳で執政官となり、35歳で皇帝という立場になるアウグストゥスは、一つ一つの施策をじっくりと進めていく時間がありました。ドラスティックな改革には激しい抵抗や反発を招くことがあることを理解していたアウグストゥスは、何事も段階的に時間をかけて進めていきました。

従って、後世の私たちから見ると、彼の改革の進め方には華やかさがありません。しかし、改革の内容は当時では画期的で驚嘆に値するものであり、76歳で亡くなる日まで地道に進めてきた多くの施策、改革、事業は、まさに偉業というべきものなのです。

次章では、組織論的な観点から、私なりに象徴的と思う事象をかいつまんでご紹介したいと思います。

3 組織と戦略

経営学者のアルフレッド・チャンドラーは、「組織は戦略に従う」という言葉を残しています。例えば、単一製品を大量に製造・販売して、規模の経済を追求する戦略をとる場合には、営業、開発、製造といった機能別組織を志向します。製品や地域を多角化し、範囲の経済を追求する戦略をとる場合には、複数の事業が分権的に意思決定する事業部別組織を志向します。

このように、戦略によって築くべき組織は違うわけですが、一方で、チャンドラーは、組織は戦略のみに従うものではなく、また組織が戦略に影響を与えることがあることも指摘しています。

競合企業に対する対応など、外部環境の変化によって組織形態が変わった場合などは、とるべき戦略も変わっていくというのです。つまり、組織と戦略は、互いに深く関連し合い、影響を受け合う関係にあると説いているのです。

アウグストゥスの施政を見ていくに当たっては、この組織と戦略の関係性という視点が重要になります。カエサルの基本方針が「寛容」であったのに対し、アウグストゥスの基本方針は、自らの安定的かつ長期的な施政を含意する「平和」でした。

これは、アウグストゥスの、あるいはローマ国家の新たな戦略であり、この戦略と、組織体制とがその時々の情勢によって影響し合う様が見てとれます。例えば、軍の再編成は、その代表的な例といえるでしょう。

内戦終結後の軍事力は50万を超えるほどでしたが、アウグストゥスはこれを16万8000にまで削減します。これは文章にしてしまうと、それほど難しいことのようには思えないかもしれませんが、ただ除隊させるというわけではなく、次の職や退職金も用意しなければなりませんし、植民都市に行かせるならば、国家戦略として、どこにどの規模で入植させるのかといったことも決めなければなりません。兵士たちの不満が生まれるようであれば、それは政情不安に直結しますから、慎重に事を進めなければなりません。

こうした組織改革は、軍事のみならず、元老院の他、税制、通貨、食糧、安全保障などの改革と併せて、それらに関わる行政機関にも及びました。領土拡張の時代から領土維持の時代に入り、周辺国との防衛線を維持することが重要になったという点でいえば、周辺国という外部環境の変化によって組織と戦略を見直すことも繰り返し行われました。時間をかけ、慎重に、そして地道に、様々な組織改革が進められていったのです。

4 自身の身の回りの組織

こうした幅広い戦略的かつ組織的な対応は、アウグストゥス一人の手でなされたわけではありません。アウグストゥスは、国家組織を見極めるのと同様に、自分の足りない部分や不安な部分を冷静に分析し、信頼できる人材によって補強することを怠りませんでした。世の中で名が知られている経営者や企業家の中には、一見、万能に見える人物もいますが、必ずといっていいほど「右腕」と呼ばれる人材を備えています。

アウグストゥスに欠けている軍事面を補うために、カエサルが見いだしたアグリッパは、アウグストゥスの右腕と称すべき人物でしょう。アグリッパはアウグストゥスと同い年で、17歳から51歳で亡くなるまで、アウグストゥスとともに歩みました。

軍事面では、期待どおり、優れた戦略と指揮で数々の勝利をもたらしました。その後は、防衛戦略網の構築、公共施設の建築等を担っただけでなく、アウグストゥスの血脈を守るために離婚までして彼の娘を妻に迎え入れ、5人の子供を残しました。公私にわたってアウグストゥスを補佐したアグリッパは、アウグストゥスにとって特別な存在だといえます。

アグリッパが右腕ならば、左腕はマエケナスです。マエケナスはアウグストゥスの1、2歳年上で、20代前半のときに2人は出会いました。教養豊かで状況把握に優れていたマエケナスは、アウグストゥスの相談役であるとともに、外交交渉、宣伝広報、文化助成を担いました。

ちなみに、芸術・文化支援を意味するメセナの語源は、マエケナスの名が由来といわれています。アウグストゥスは、休養と称してたびたびマエケナス邸で過ごしたといいますから、心を許せる相手だったのでしょう。マエケナスもまた62歳で亡くなるまでアウグストゥスのそばにいました。

こうした右腕、左腕を備え、自身の身の回りを固める組織を作り、施政に邁進した点こそ、アウグストゥスがたたえられるべきところだろうと思います。また、このような組織を備えたからこそ、数々の偉業を成し遂げられたのです。

5 ローマ国家の組織風土

組織には、機能的な側面もありますが、やはり風土や文化としての側面があります。企業が抱える課題や問題は様々ですが、そのほとんどは、組織風土に起因するともいわれています。これは言い過ぎのように思われるかもしれませんが、課題や問題の原因を突き詰めていけば、ほぼ必ず組織風土にたどり着きます。

企業の組織風土は、企業組織の構成員によって育まれますが、多くの組織体が権限上、役割上の階層構造を持つ以上、上位者たる経営層が示す制度やルールが組織風土を育む土壌となっていることは否めません。制度やルールは、ともすると小手先の手段となりますが、上位者の基本的な思いや魂が反映された土壌にもなり、それをもとに組織風土が構成員によって育まれるのです。

歴代ローマ皇帝の中で最長の在位40年を誇ったアウグストゥスは、しっかりと時間をかけて新たな制度や規制を導入していきました。少子化問題と倫理問題を解決すべく「ユリウス姦通罪・婚外交渉罪法」「ユリウス正式婚姻法」を成立させ、健全な国家の礎を成す健全な家庭人を法によって定めました。

また、先ほど触れた軍備の削減を進める一方で、防衛力の維持・強化を目的に、常備軍の設置、兵士の退職金制度の導入、ローマ市民からなる軍団兵と非ローマ市民からなる補助兵の制度化等を図りました。

これらはいずれも、ローマ市民が強さと自覚を持ち、ローマ市民が帝国の中核となって平和を築いていくという思いと魂が色濃く表れており、紆余曲折がありながらもじっくりと作られた土壌といえるでしょう。そしてこの土壌の上で200年以上続く「パクス・ロマーナ(ローマの平和)」という風土がローマの人々によって育まれていきました。

歴史上、アウグストゥスは、才能において、カエサルに劣ると評されています。しかし、カエサルがたどり着くことができなかった世界に到達したのは、地道に戦略と組織に向き合い、施政に努めたアウグストゥスでした。こうしたことからも、アウグストゥスはもっと注目されるべきですし、私たちも彼から学ぶべき点が多くあるように思うのです。

以上(2021年10月)
(執筆 辻大志)

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【カンタン経済講座】2022年1月の発効目指す「RCEP」 中韓との連携で日本企業に大きな効果

書いてあること

  • 主な読者:ヒト・モノ・カネに関して直接的、間接的に海外と関係している企業の経営者
  • 課題:海外との取引における自由化および円滑化に関する政策の方向性を知りたい
  • 解決策:中国、韓国が参加するRCEPが2022年1月に発効した場合の効果を確認する

1 2022年1月にも発効するRCEP ポイントになる3つの意義

2021年9月、日本、中国、韓国、ASEAN(東南アジア諸国連合)の経済担当相による共同声明で、

地域的な包括的経済連携(以下「RCEP」)協定について、2022年1月初旬までの発効を目指す

ことが発表されました。既に参加する15カ国(日本、中国、韓国、ASEAN10カ国、豪州、ニュージーランド(以下「NZ」))による署名を2020年11月に終えており、あとは各国の国内手続きの完了を待つだけです。具体的には、RCEPはASEAN10カ国のうち6カ国以上、その他5カ国のうち3カ国以上が国内手続きを終えて批准書を寄託した60日後に発効します。2021年9月30日時点で既にシンガポール、中国、日本などが国内手続きを完了しています。

日本企業にとって、RCEPに関して意義の大きいポイントは、次の3点です。

  • 人口・GDPともに世界の約3割を占めるメガ経済圏が誕生
  • 日本が中国、韓国との間で結ぶ初めての経済連携協定
  • 当初は交渉に参加していたインドが2019年11月に離脱

この記事では、2021年9月30日時点で明らかになっている情報に基づいて、RCEPの発効が日本企業にとってどのような影響を受けることが想定されるのかを紹介します。

2 人口・GDPともに世界の約3割を占めるメガ経済圏が誕生

図表1のように、RCEPの参加15カ国を合わせた2020年の人口や名目GDPは、世界の約3割を占めます。仮にインドが復帰した場合、人口は36億人を超え、世界のおよそ半分を占める規模になります。

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3 日本が中国、韓国との間で結ぶ初めての経済連携協定

日本の企業にとってRCEPの最大の意義は、中国および韓国との間で初めて経済連携協定を結ぶということでしょう。

TPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)や日EU経済連携協定をはじめ、日本はさまざまな国との間で経済連携協定を結んでいます。ところが、隣国の中国および韓国とは、経済連携協定を結んでいませんでした。RCEP参加15カ国のうち、日本が経済連携協定を結んでいないのは中国と韓国だけです。

2012年11月に日中韓自由貿易協定に関する交渉開始が宣言されましたが、2019年11月の第16回の交渉会合まで交渉が続いています。RCEPは、3国間交渉に先んじる形で発効する可能性が高まっています。

なお、香港およびマカオは現時点ではRCEP協定の適用対象外となっています。

1)日本の輸出入総額の約3割が中国、韓国との貿易

隣国という地理的なメリットや、産業の補完関係にある部分も多いことから、日本は貿易面で中国、韓国の2カ国への依存度が高くなっています。

図表2からも分かるように、2020年の日本の相手国別の輸出入総額で見ると、中国は1位で世界の約24%を占めています。また、韓国も米国に次ぐ第3位で、この2カ国で日本の輸出入総額の約3割を占めています。

輸出入総額からも、RCEP協定の発効は日本にとって大きな影響があることが分かります。ちなみに、RCEPの参加15カ国を合計すると、日本の輸出入総額のほぼ半分を占めています。

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2)日中、日韓貿易の関税撤廃が進む

RCEPによって、中国や韓国と貿易する場合、無税となる品目の割合が大幅に増加します。特に工業製品の輸出に関しては、中国では発効前の8%から86%、韓国では19%から92%へと増えます。中国、韓国を合わせた2019年の貿易ベースでは、16兆円分の工業製品が無税になるといいます。

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財務省、経済産業省、農林水産省が2021年3月に公表した機械的試算によると、RCEPによって減少する関税の支払額は、発効した初年は工業製品が3054億円、農林水産品が33億円となります。段階的な関税の引き下げが全て終えた後は、工業製品が1兆1294億円、農林水産品が103億円に上ると試算しています。

4 当初は交渉に参加していたインドが2019年11月に離脱

交渉の開始当初は参加していたインドが離脱した影響は、どの程度大きいのでしょうか。

経済的な面では、日本は既に2011年にインドとの間で日本インド包括的経済連携協定(日インドCEPA)を結んでいます。このため、関税撤廃率などに関して大きなデメリットが生じることは想定されません。

インドの離脱は、経済的というよりも政治・外交的な影響が大きいとみられます。そもそもRCEPは、日本が提唱したASEANプラス6(日本、中国、韓国、インド、豪州、NZ)による「東アジア包括的経済連携(CEPEA)」と、中国が提唱したASEANプラス3(日本、中国、韓国)による「東アジア自由貿易圏(EAFTA)」の2つの構想を抱合する形で交渉が始まったという経緯があります。

RCEPにおける中国の強い影響力を、インドが加わることによって薄められるかどうかは、日本が提唱してきた「自由で開かれたインド太平洋」構想や、日本、米国、豪州、インドによる安全保障や経済について協議する枠組み「Quad(クアッド)」にも関連する、国際関係上の綱引きという側面が大きいといえそうです。

また、2027年にも中国の人口を超すと予測されるインドの加入によって、参加各国にとっては自国の成長に結びつけたいという思惑もあるとみられます。

こうした背景などから、2020年11月の署名の際に公表された「インドのRCEPへの参加に係る閣僚宣言」には、インドの復帰を促すための次のような内容が盛り込まれました。

  • インドはいつでもRCEPに加入できる(インド以外の国は発効から18カ月以降)
  • いつでもインドとの交渉を開始する
  • インドはRCEPの会合にオブザーバーとして参加できる
  • RCEP協定の下で参加国によって実施される経済協力活動に、インドは参加できる

以上(2021年10月)

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画像:pixabay

【カンタン経済講座】英国・中国・台湾の加入申請で「TPP11」は何が変わる?

書いてあること

  • 主な読者:ヒト・モノ・カネに関して直接的、間接的に海外と関係している企業の経営者
  • 課題:海外との取引における自由化および円滑化に関する政策の方向性を知りたい
  • 解決策:英国、中国、台湾が加入の申請を行ったTPP11の最新動向を押さえる

1 英・中の2大国などの加入申請が続くTPP11

2018年12月に発効したTPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定、CPTTP)が、2021年に生じた3つの出来事によって、新たなステージを迎えました。3つの出来事とは、

  • 6月、英国の加入交渉の開始が決定
  • 9月、中国が加入を申請
  • 9月、台湾が加入を申請

です。

米国の離脱で一時は頓挫しかけたTPP11(当時はTPP12)ですが、GDP(2020年)の世界2位(中国)と5位(英国)の経済大国、さらに台湾が相次ぎ加入申請をしたことで、世界的な枠組みに発展していく可能性が見えてきました。これにより、

  • 英国、中国、台湾が加入した場合、人口は20億人超、名目GDPは世界の約34.2%となる
  • 英国が加入した場合、単なる地域連携の枠を超えつつあるともいえる
  • GDPの面で日本中心だった体制が変わり、各国の思惑が入り乱れる

といった状況になります。

日本の中小企業にとって、TPP11の拡大は貿易や投資を行う上で大きなチャンスになり得ます。政府もTPP11の発効に合わせて、輸出促進や海外進出支援、国際競争力の強化などの政策を打ち出しています。海外との取引を行っている、もしくは行おうとしている中小企業の経営者にとって、TPP11の動向は人ごとでなく、最新の情報を押さえておくべきテーマの1つです。

この記事では、2021年9月24日時点で明らかになっているTPP11に関する新たな動きと、その影響などについて紹介します。

2 加入の意向を示す国・地域が相次ぐ

まず、発効前後からのTPP11をめぐる世界各国・地域の動きを確認しておきましょう。この他に、タイ、インドネシア、コロンビアなどが加入に関心を示しているとの報道もありました。

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3 TPP11が拡大するとどうなるのか?

TPP11の参加国を個別に見ると、先進国・中進国・新興国、第1次産業・第2次産業・第3次産業に強みを持つ国など多様な顔ぶれとなっており、相互補完が期待できる関係にあるといえます。

別の見方をすると、11カ国の名目GDPの合計の約半分を日本が占めており、米国の離脱後は日本が主導することで発効までこぎ着けた経緯もあって、「日本を中心とする、環太平洋の経済的な連携の枠組み」という位置付けが否めませんでした。そこに英国や中国が加入した場合、顔ぶれがさらに多彩になるとともに、日本を中心とした枠組みから一歩前に踏み出すことになるといえるでしょう。

ここでは、TPP11が拡大すると、何が変わるかを紹介します。

1)英中台が加入すると世界の3分の1超のGDPを占める巨大経済圏に

TPP11は、モノやサービスの貿易・投資の自由化および円滑化を進めるとともに、幅広い分野で新たなルールを構築することを目的としています。他の経済連携協定と同様、日本にとっては海外の成長市場を取り込むことが期待できます。

図表2のように、TPP11の参加国を合わせた2020年の人口は5億人を超え、名目GDPは世界の約12.8%を占めています。仮に英国、中国、台湾が加入した場合、人口は20億人超、名目GDPは世界の約34.2%を占めることになります。

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2)アジア太平洋地域の枠を超えた広域連携に

ASEAN(東南アジア諸国連合)やRCEP(地域的な包括的経済連携)は地域内の経済連携であり、地域外の国々と線引きをすることでのメリットを重視しています。TPP11も元来はアジア太平洋地域内の経済連携としてスタートしましたが、英国の加入申請により、単なる地域連携の枠を超えつつあるともいえるでしょう。

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3)多国間の“自由で公正な21世紀型のルール”の定着へ前進

そもそもTPP11は、単なる地域内の経済連携だけを目的とするのではなく、「自由で公正な21世紀型のルール」作りを掲げたものでした。協定は30章からなり、モノやサービスの貿易や電子商取引に関する項目をはじめ、投資、ビジネスに関するヒトの移動、競争政策や規制、知的財産など多国間のルールを多岐にわたって取り決めています。

このため、加入を申請している中国に関しては、当面はTPP11のルールに対応するのは困難との見方もあるようです。

例えば、最終的な関税撤廃率について、日本は95%、日本以外の10カ国は99~100%とするなど、既存の地域内経済連携よりレベルの高い内容にしているといったように、保護主義的な傾向に対抗する方向性を明確に打ち出しています。

また、地域内の経済連携と異なり、広く加入国を募っているのも特徴です。2018年3月の署名式では、次のような閣僚声明(仮訳)も発表しています。

本協定に加入することを希望する他の多くのエコノミーによって示された関心を歓迎する。この関心は、本協定を通じ、将来の広い経済統合のための高い水準を促進するプラットフォームを創出するという我々の共通の目標を確認するものである

TPP11の拡大は、こうしたTPP11の理念に沿ったものだといえそうです。

4)議長国日本のかじ取りは難しく

TPP11への加入は、原則として全参加国の同意が必要になります。かつては米国の主導で進められてきたTPP11(当時はTPP12)に中国が加入を申請したことに対しては、歓迎する国もあれば、TPP11が中国主導になることを警戒する国もあるとみられます。

また、中国が国家として認めていない台湾が中国に追随する形で加入申請したことで、中国が反発を強めるなど、政治問題に発展する可能性があります。

さらに、仮に加入交渉に至った場合も、英国と中国という大国の意向がTPP11の協定内容に影響することが考えられます。参加国にとっては、TPP11の拡大と理念の尊重というバランスをどう取るのか、難しい選択を迫られるかもしれません。

特にTPP11の中心的存在であり、2021年の議長国でもある日本にとっては、3カ国・地域の加入申請の取り扱いは、政治的な面でも難しいかじ取りを迫られるとみられます。

以上(2021年10月)

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画像:metamorworks-Adobe Stock

それって、「薄い話」だよね……~なぜ、その話は物足りないのかを理解する~

書いてあること

  • 主な読者:誰もが知っているようなニュースレベルの会話しかできない中堅社員
  • 課題:しっかりと提案しているつもりなのに、相手から「薄い話」と捉えられてしまう
  • 解決策:ある事柄について、「なぜ?」を5回繰り返すなどして深掘りする

1 なぜか、課長は不満顔

「最近、営業が絶好調じゃないか。この調子で頑張ってくれよ」。営業一課に所属する中堅社員のAさんは、課長から声をかけられました。「はい。運が良いのか、順調に受注できています」と、課長に褒められたうれしさを押し殺すように、謙遜気味にAさんは答えました。

「そうか。実は、この機会に、新規顧客の開拓にも取り組んでみてほしいと思っているのだが、どうだろう?」と尋ねる課長に対して、Aさんは「はい、ぜひやらせてください!」と元気良く答えました。

すると課長は、Aさんを試すように顔をのぞき込みながら、「仮に、『アプローチ先は、自由に決めていい』って言われたら、どこを攻める?」と質問をしてきました。Aさんは少し考えながら「先日、ニュースで『B業界の業況が良い』と言っていたので、B業界なんてどうでしょうか……」と答えました。

「……そうか、わかった。具体的には後で指示するが、Aさんも考えてみてくれないか」少し物足りなさそうな表情をしながら、課長は立ち去っていきました。「急に聞かれても、すぐには答えられないよ……」と、課長の真意が分からないAさんでした。

2 「薄い話」になっていませんか?

話をしていると、時々、相手の話の内容が「何となく物足りない」(以下「薄い話」)と感じることはないでしょうか。例えば、「B業界」と言ったAさんのように、誰もが知っているニュースをそのまま話しているだけの場合と、それだけではなく、自分なりに考えながら「好調なB業界の企業と取引の多いC業界」と言った場合では、どのように感じるでしょうか。

恐らく、聞き手にとっては、前者は薄い話という印象を受けるのではないでしょうか。薄い話ばかりだと、周囲の人からは、物足りなく思われます。そうなると、信頼を得ることは難しくなるので、注意しなければなりません。

薄い話になってしまうのは、これまで積み重ねてきた経験やノウハウの差などが原因ではあります。ただし、必ずしも、それだけではありません。例えば、自分より業務経験が少ない人の話でも、しっかりした話と感じることもあるでしょう。逆に、経験豊富な先輩社員の話であっても、薄い話と感じることもあるはずです。

薄い話と感じる大きな理由は、「その人なりの考えた跡が見られない」ことにあります。そのため、仮に間違った(適切ではない)意見であっても、その人なりにしっかりと考えた結果であれば、薄い話とは感じないでしょう。

以降では、薄い話とならないようにするためのヒントなどを紹介します。

3 薄い話にならないようにするためのヒント

1)本質を探る

意見が求められている話題の本質を探ります。具体的な方法は話題によって異なりますが、トヨタ生産方式で有名な「なぜを5回繰り返す」が役に立ちます。必ずしも5回ということではありませんが、「なぜ」を繰り返していくことで、本質に近づくことができる場合があります。

冒頭の例で言えば、「B業界が好調なのは『なぜ?』」→「輸出が好調だから」。「輸出が好調なのは『なぜ?』」→「Zという新興国での需要が伸びているから」……と「なぜ?」を繰り返していくことで、B業界が好調である本質に近づくことができます。

「Zという新興国での需要が伸びている」ことが原因だと分かれば、「以前から、その新興国への輸出をしている他の業界や企業も、業績が好調なのでは?」「自社が、その新興国に直接輸出してもいいのでは?」といったように、広い視野から考え、意見を述べることができるようになります。

2)一つの情報から広げて考える

一つの情報を、そのまま伝えるのではなく、それを基にして、他の情報と関連付けたり自分なりに仮説を立てたりしながら、広がりを持たせるよう考えてみます。

冒頭の例で言えば、「景気回復により、B業界が好調だ」と言うだけでは、一つの情報にしかすぎません。それを基に、B業界が好調であれば、「B業界の川上(川下)に当たる業界の業績も好調なはずだ」「B業界の業者が集積している地域では、その他の業種であっても、業績の好調な企業が多いのではないか」といったように仮説を立てて考えてみると、冒頭のAさんのような「薄い話」にはならないはずです。

以上(2021年10月)

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画像:antkevyv-shutterstock

においで感覚に訴える「香りマーケティング」で顧客をつかむ

書いてあること

  • 主な読者:これまでと違った手法で自社をPRしたい経営者
  • 課題:「におい」を用いたマーケティング方法を検討したい
  • 解決策:におい付きの名刺やオリジナルグッズなどを利用する

1 本能に訴える「におい」の魔力をマーケティングに活かす

2020年のヒット曲に、昔付き合っていた女性を、当時彼女が使っていた香水のにおいで思い出す……という内容の歌がありました。今は何とも思っていなくても、フッとにおいを嗅いだ瞬間に記憶が呼び覚まされる効果のことを、「プルースト効果」というそうです。

実は、においは人間の大脳で感情をつかさどる大脳辺縁系をダイレクトに刺激することができます。視覚や聴覚などの他の感覚が知性をつかさどる大脳新皮質を刺激するのと比べると、

においは、人間の「本能」に直接訴えることができる魔力を持っている

といえるでしょう。

この特徴を活かし、においによって他社の製品との差別化を図ったり、顧客の記憶に長くとどめたりすることを支援するサービスが登場しています。こうしたサービスは、AIなどのテクノロジーの発展により、個人の好みのにおいに調合することや、映像に合わせてにおいを発する装置を開発するなど、進化を続けています。

この記事では、新たな手法での自社のPRやブランディングを検討している企業の経営者の参考になるよう、

目には見えないけれど、記憶に刻みつけることができる「香りマーケティング」の取り組み

を紹介します。

2 香りマーケティングの事例

香りマーケティングは、ホテルのロビーや高級料理店などのおしぼりに、イメージに合ったにおいを漂わせるなどの方法で、以前から取り入れられていました。

昨今では、今回紹介する事例のように、においの活用が発展し、使われるシーンも多様化してきています。単に「いいにおいを出して終わり」ではない香りマーケティングを支える取り組みには、次のようなものがあります。

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1)におい付きの名刺で相手の印象に残る:久保井インキ

印刷用インキの製造などを行う久保井インキは、カプセル化した香料を紙などに配合した名刺やはがきを作成しています。印刷された紙の表面をこすることで、配合されたにおいを放つことができます。

こうした媒体の効果的な活用方法として、「自社のにおい」を決め、それを名刺につけてみたり、新商品をPRするチラシなどに、その商品を連想させる「商品のにおい」を染み込ませてみたりすることが想定できそうです。

2)売り場のポップから商品のにおいを発生:アルファ

販促ツールなどの製造・販売を行うアルファは、食品のにおいを発生させる売り場用のポップを販売しています。

同社の製品「かおるくん」は、ケーキやパン、焼き肉などのにおいを発生させるカートリッジを組み立て、売り場に設置します。同社の効果検証によると、「かおるくん」と実際の料理の映像などが流れるデジタルサイネージを組み合わせることで、通常のポップなどに比べて買い物客の高倍率が高いとの結果が得られたそうです。

新型コロナウイルス感染拡大によって「人との接触」に制限がある中で、「いいにおい」と映像を使うことで、実演販売に近い役割が再現できるかもしれません。

3)いいにおいで社員のコンディションを調整:CODE Mee(コードミー)

フレグランス関連商品の販売や香りを用いた空間デザインなどを行っているコードミーは、企業向けの事業として、フレグランスをオーダーメードで作っています。同社のサービス「ソリューション・フレグランス」は、同社のECサイト上の利用者の傾向や、人間の脳波との組み合わせなどを基に、オリジナルのフレグランスを作っています。

オリジナルの企業用フレグランスの利用イメージとして、会議室などで議論の活性化を目的としたものや、待合室でのリラックスを目的としたものが挙げられています。

同社の取り組みは社外から注目を集めており、広告代理店の電通や、ビジネススクールを運営するグロービスなどのアクセラレーションプログラムに採用されています。同社のように、AIなどのテクノロジーを活用し、個人や企業に最適なにおいをカスタマイズし、IoT機器などを介して提供する「香りスタートアップ」の出現も、近年では増加しているようです。

4)においの言語化体験を消費につなげる:SCENTMATIC(セントマティック)

セントマティックは、データベース内の無数のにおいと言葉とをAIで互換し、「においの可視化」「言葉のにおい化」の体験機会を提供しています。同社の「KAORIUM(カオリウム)」では、これまでは困難だった、無数のにおいの僅かな違いをその場で表現できます。

カオリウムは、専用のテーブルに置かれたボトルを選び、そのボトルのにおいを連想させる言葉の候補がテーブルに表示されます。言葉の中から自身の感覚に合う言葉を選択し、その言葉に近いボトルを再度選んで最適なものを決めます。嗅いだにおいをその場で言語化し、選ぶプロセスを体験できるため、消費者と対面して商品・サービスを提供するような業態に、カオリウム利用の相性が良いように思われます。

想定されている利用方法として、児童教育やエンターテインメント向けなどがあります。また、居酒屋での利き酒にはすでに実用化されており、カオリウムを搭載したタッチパネルを利用して、日本酒の潜在顧客へのアピールや、愛好家向けの新たな日本酒の提案などに使われています。

5)キャラクターやイベントでにおいを取り入れる:SceneryScent(シーナリーセント)

香りのプロデュースを行っているシーナリーセントは、AIを活用して二次元のキャラクターや風景をイメージしたにおいのプロデュース方法として、「Virtual Fragrance(バーチャルフレグランス)」を提案しています。

これは、特定のキャラクターや場所などをイメージしたにおいを、インターネット上の関連する書き込みや、人間工学を基ににおいを創り出すものです。キャラクターの特徴を表すにおいをイメージした商品づくりや、イベントでの活用などが想定されています。

例えば、地域活性化を狙って地元の「ゆるキャラ」をイメージした香りを作り、地場商品のPRに活用したり、地元の特産品や名所をイメージした商品を作ったりするなど、「ご当地フレグランス」を開発することもできそうです。

3 においの提供方法・利用目的が多様化

香りマーケティングは最新技術を活用することで、次のように手法や狙いが拡大しています。

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香りマーケティング提供企業に聞いた成功の秘訣

においを使った演出や、さまざまなにおいを放つ装置や商品の製造を行っている企業からは、次のような意見を聞くことができました。

香りマーケティングを依頼する企業や依頼背景:

食品やイベント関連、宿泊業などからの依頼が多い。依頼内容は、自社商品のPR用途や、宿泊フロアやロビーに漂うにおいの調合依頼などが多い。自社商品のPRには、商品イメージに合ったにおいを新規に作ることもあるが、イベントなどで使う場合には、果物や花のにおいなど、「既にあるにおい」を使用することが多い

香りマーケティングの効果:

食品の販売など、「においと売り物」が直結する形態を除き、香りマーケティング単体の取り組みで、劇的に売上増につながるケースは少ないと感じており、依頼元も認識している様子。自社商品のプロモーションや、自社や商品がSNSで注目される(=“バズる”)ためのアイテムの一手法として、香りマーケティングは効果的と考えている

香りマーケティングを行うときの留意点:

香りマーケティング単体よりも、SNSでのPRなど他の手法と組み合わせることで、新奇性を打ち出すことができると思う。特に、オリジナルのにおいやキャラクターをイメージしたにおいなどの「これまでにないにおい」を作る際には、商品やキャラクターとのイメージの乖離(かいり)を防ぐために、においを調合する調香師との入念な擦り合せが重要。ここがおろそかになると、イメージと違うにおいが出来上がり、顧客が違和感を持つポイントになり得る

においを活用する「香りマーケティング」は、香水の文化がある欧米諸国では以前から普及しており、一説では世界全体で300億ドルを超える市場規模ともいわれています。日本では普及途上ではあるものの、近年のテクノロジーの発展により、活用の裾野が広がっています。においを既存のマーケティング手法と組み合わせることで、他社とは一味違うPR手法として注目に値するといえるでしょう。

以上(2021年10月)

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画像:Pixabay

【債権回収】取引先が倒産した場合にすべきこと

書いてあること

  • 主な読者:取引先が倒産してしまった場合の対応を確認したい経営者
  • 課題:具体的に何をすべきなのかが分からない
  • 解決策:担保の確認、資金繰りの確認、必要に応じて関係者への説明と支援の要請をする

1 取引先が倒産! そのときどうする?

こちらがいかに与信管理や債権管理をしていても、取引先は倒産するときは倒産します。もし、取引先が倒産してしまったら、冷静に対応するしかありません。

債権回収を進めるというのはもちろんのこと、「連鎖倒産」は避けなければなりません。既にそうしたシミュレーションは済んでいると思いますが、いま一度、確認してみることは大切です。現実的には、取引先が倒産してしまった後で売掛債権の保全策を講じようとしても、十分にその債権を回収することは難しいでしょう。従って、

取引先の倒産が起きても、自社が大きな損害を被らないためには事前の備えが必要

となるのです。自社が倒産に対して事前準備を講じていれば、たとえ取引先が倒産してもその影響をある程度低減することができます。

2 取引先が倒産した場合に行うべきこと

1)法的な債権回収手段があるかを検討する

倒産した取引先に対して売掛債権を持っている場合、これを法的に回収する手段があるかを検討します。

1.人的担保の確認

売掛債権について保証人または連帯保証人の有無を確認します。保証人には「催告の抗弁権」と「検索の抗弁権」が認められる一方で、連帯保証人はこれらの抗弁権を有しません。従って、自社にとっては、売掛債権について連帯保証人があったほうが有利です。

催告の抗弁権とは、債権者が主たる債務者に催告をするまで一時的に債務の履行を拒絶することができるものです。

検索の抗弁権とは、保証人が主たる債務者に弁済をする資力があり、かつ執行が容易であることを証明した場合には、まず主たる債務者の財産に執行をするべく、それまでは、保証人に対して債務の履行を請求することはできないというものです。

なお、民法改正により、賃貸借契約や継続的売買契約などにおける根保証契約を締結する場合、保証人の責任金額の上限(「極度額」)を定めることが必要となり、これがないと保証が無効となりました。そのため、極度額の定めがあるかを確認しましょう。

また、この民法改正により、事業債務の主債務者が、保証人になろうとする個人に対して、財産・収支・負債の状況などの情報を提供する義務が定められました。提供すべき情報を提供しなかったり、事実と異なる情報を提供したりした場合は、保証契約が取り消されることがあるので、情報提供がきちんと行われたことを確認しておく必要があります。民法改正後の保証人への責任追及の場合には、留意が必要でしょう。取引先が倒産した場合に、連帯保証人からの支払いを受けるに当たっては、弁護士に相談してもよいでしょう。

2.物的担保の確認

主に物的担保の対象となる財産は不動産です。不動産は安定性があり、登記制度による対抗力があるなど、担保として適しています。不動産を担保とする場合には、登記上、実態上ともによくチェックすることが重要です。登記面の手続は司法書士に、実態面の調査は土地家屋調査士や不動産鑑定士に必要に応じて任せるとよいでしょう。

不動産に限らず物的担保があれば別除権者などとして倒産手続で有利な扱いを受ける可能性があるため弁護士に相談します。

3.倒産した取引先が民事再生法の適用を申請している場合

倒産した取引先(債務者)が民事再生法の適用を申請している場合、この取引先への売掛債権を保有する自社(債権者)は、裁判所の決定に従わなければなりません。裁判所は再生手続きの申し立てがあってから再生手続開始の決定があるまでの間、全ての再生債権者(注)に再生債務者の財産に対する強制執行などの禁止を命ずる包括的禁止命令を発することができます。これにより、再建に必要不可欠な資産の離散を防ぐことが可能になります。

再生手続の開始決定後、裁判所が定める再生債権届出期間内に再生債権者は裁判所に再生債権の内容などについて届出をします。裁判所は、再生手続開始の決定と同時に、再生債権の届出をすべき期間とともに再生債権の調査をするための期間を定めなければならないとされており、その調査において、再生債務者などが認め、かつ調査期間内に届出再生債権者の異議がなかったときは、その再生債権の内容は確定します。なお、再生計画の定めなどによって認められていない再生債権について、再生債務者は原則として免責されることになるので、債権届出は行っておきましょう。

再生債権者は、裁判所によって認可された再生計画に沿って弁済を受けることになります。

(注)再生債権は、再生手続開始決定前の原因に基づいて生じた財産上の請求権と考えておけばおおむね問題ありません(民事再生法第84条第1項参照)。

2)自社の資金繰り状況を把握する

取引先と自社との取引額や取引条件を改めて把握します。倒産した取引先にどの商品をどれくらい販売し、取引先に対する売掛債権がいくら残っているのか、また取引の際にどのような契約を結んだのかについても確認します。その上で、自社の資金繰りが今後大丈夫なのか把握します。

3)金融機関に事情説明を行う

取引している金融機関に取引先が倒産した旨の事情説明を行います。取引先の倒産によって一時的に自社の資金繰りに支障が生じる場合、金融機関に支援を要請することになります。その際、自社の事業計画、収益計画、返済計画などに関する資料を用意しておくのが好ましいといえます。

4)他の取引先に事情説明を行う

販売先、仕入れ先などの間で「取引先が倒産したため、あの企業は危ない」といった信用不安が広がらないよう、取引先に十分な事情説明を行い、理解を得ます。

また、取引先の倒産によって一時的に自社の資金繰りに支障が生じそうな場合、取引先に支払い条件の変更を要請することも考えられます。例えば、支払いを分割払いにしてもらうといった方法です。

5)弁護士に相談する

倒産した企業からの債権回収は、倒産した企業が会社法、破産法、民事再生法や会社更生法などによる法的整理を行ったのか、それとも私的整理を行ったのかなどによって手続きが異なります。債権回収に関する今後の対応策について専門家である弁護士に相談することが大切です。

3 事前の対策が必要であることを認識する

現実的には、取引先が倒産してしまった後で売掛債権の保全策を講じようとしても、十分にその債権が回収できないことも考えられます。従って、取引先の倒産が起きても、自社が大きな損害を被らないためには事前の備えが必要です。自社が倒産に対して事前準備を講じていれば、たとえ取引先が倒産してもその影響をある程度低減することができます。

万一のときのために日ごろの債権管理がとても重要であることを改めて認識いただければと思います。

以上(2021年9月)
(監修 Earth&法律事務所 弁護士 岡部健一)

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画像:Mariko Mitsuda

「課長! さすがに時間が足りません!」~急ぎの仕事の対処法

書いてあること

  • 主な読者:上司から無理難題を依頼されて不満を覚えている社員
  • 課題:急ぎと言われても、時間は限られているので対応しようがない
  • 解決策:仕事を分解し、メリハリをつけて対処する。無理難題を頼まれるのは信頼の証

1 課長! それは無理です!

業績管理課に所属する中堅社員のAさんは、必死の形相で業績資料を作成しています。原因は、50分前に外出中の課長から入った電話でした。「申し訳ないが、いつもの業績資料を大至急で作成してくれないか。午後の会議で急きょ必要になったのだ。あと1時間で戻るので、それまでに頼む」。課長はそう指示をして、電話を切ろうとしました。

「ちょ、ちょっと待ってください。あの業績資料の作成には最低3時間はかかります。とても1時間ではできません。そもそも、今どきこんな資料が必要なのかと申し上げようと思っていたところです……」。そう答えるAさんの言葉を遮るように課長は話し始めました。「そんなことは分かっている! おおよその数字が分かればいいから。すまん。今、急いでいるから、40分後にまた電話する。とにかく頼むぞ!」と言って電話を切ってしまいました。

……40分後、課長から進捗状況の確認の電話が入りました。「資料はできたか?」「申し訳ありません。まだできていません。今、関係者に数字を確認していますが、リモートで連絡が取れない社員もいます……」。消え入りそうな声でAさんは答えました。

「何でそんなことしているんだ。『おおよその数字が分かればいい』と言ったよね? 先週末に報告してもらった見込みを使ってまとめてくれたらいいよ」。課長は少し呆れたようにAさんに指示を出しました。「分かりました。それであれば、あと20分でできます」。Aさんは、そう答えて電話を切りました。

「課長も、先にそう言ってくれればいいのに……」と不満顔のAさんでした。

2 急ぎの仕事を指示されたときの心構え

急ぎの仕事は、短時間でミスなく進めなければならないため、信頼できる人に任せます。ですから、上司から急ぎの仕事を任されるということは、「短い期間でも、確実に仕事をこなしてくれる」という信頼の証しでもあります。その信頼に応えるためには、限られた時間の中で、要求されるクオリティーを満たす仕事をしたいものです。そのためには、急ぎの仕事を上手にこなすコツを知っておく必要があります。

まず、急ぎの仕事を進めるときに、通常の手順を早く回そうとしてはいけません。例えば、冒頭の Aさんの例でいえば、業績資料の作成には6つの手順があり、通常は各30分、計3時間かかるところ、各手順を一律10分に短縮して1時間で終えようとする進め方です。しかし、この進め方は基本的には間違いです。当然ですが、通常3時間かかる仕事を、「急ぎ」だからといって、1時間でこなすことはできません。それを無理に進めれば、ミスが発生するでしょう。

急ぎの仕事は、通常の手順を変更しつつ、メリハリをつけて行うことがコツです。Aさんの例でいえば、6つの手順について、「ポイントとなる2と5は各20分かけ、1と4は各10分で簡易的に行い、3と6は省略(0分)」といったイメージです。ただ、このメリハリをつけるというのは簡単ではありません。以降で、もう少し詳しく見てみましょう。

3 メリハリをつけるための2つのポイント

メリハリをつけるためには、2つのポイントがあります。

1つは、仕事の目的を理解することです。Aさんの例でいえば「業績に関するおおよその数字が分かればよい」と言われています。そうであれば、課長の指示がなくても「先週末の報告数値でよい」という考え方も選択肢として浮かぶはずです。

もう1つは、仕事の難所やポイントを把握することです。急ぎであるとはいえ、仕事には一定のクオリティーが求められます。Aさんの例でいえば、「急いでいたから、数値に誤りがあってもよい」ということにはなりません。

仕事のクオリティーを担保するためには、急いでいても、時間をかけてじっくりとやらなければならない作業もあります。仕事にメリハリをつけるためには、仕事のポイントを把握することも大切です。

4 不安があれば上司に確認する

急ぎの仕事の場合、上司の指示も大雑把になりがちです。これは「事細かに説明している時間がない」ということもありますが、信頼している人(=仕事が分かっている人)に指示しているので、「言わなくても分かるだろう」という思いがあることが最大の理由です。

急ぎの仕事は、限られた時間の中でこなさなければなりません。不安な点や迷っている点があれば、即座に上司に確認するようにしましょう。

以上(2021年10月)

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画像:Wayhome Studio-Adobe Stock

【ワークシート付き】最強の社員教育。価格決定プロセスに詰め込まれた重要な要素に注目せよ

書いてあること

  • 主な読者:社員に自社のビジネスを理解し、主体的に働いてほしい経営者
  • 課題:社員教育はいろいろ行ってきたが、成長の実感が湧かない
  • 解決策:価格決定にはビジネスの重要な要素が詰まっている。経営者と社員が共通のワークシートを使って一緒に価格決定をしてみる

1 価格決定こそ最強の社員教育である

価格決定はビジネスの肝となります。なぜなら、価格決定では、

見込み市場や販売計画、競合他社の動向、自社の収益構造、自社が込めた思い

などを総合的に検討するからです。つまり、

価格決定にはビジネスの重要な要素が詰まっている

のです。もし社員が価格決定プロセスを経験したら、とても良い成長機会になります。そこで、この記事では、次のようなオリジナルのワークシートを使って、

経営者と社員が対話しながら価格決定していく取り組みをご提案

いたします。社員の自社ビジネスに対する理解が深まることは間違いありません。

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ワークシートは、別の補助シートを使いながら次の項目を埋めていきます。

  • 自社の理念・あるべき姿:自社が広く社会に伝えたい思い・メッセージは?
  • 需要・市場動向:ターゲットとなる市場は? 市場規模は? 今後の成長見込みは?
  • 競争状態:自社の競合は? 自社の競争優位性は?
  • 参考価格:強豪の価格・市場の慣習価格は?
  • 損益分岐点:損益分岐点売上高は? 目標利益は?
  • 資源:提供価値を生み出す資源(知的財産、人員)は?
  • 提供価値:顧客にとっての価値は? 希少性は? 模倣されやすいか?

なお、ワークシートは以下のボタンをクリックしてダウンロードできますので、ご活用ください

こちらからダウンロード

2 自社の理念・あるべき姿

最初に明らかにするのは、「自社の理念・あるべき姿」です。これが共有されていないと、経営者と社員が同じ方向に進むことができません。自社の理念・あるべき姿とは、

  • 当社のサービスを通して世の中の人々を健康にする
  • 社員が長く元気に働ける職場を実現する

などといったものです。

自社の理念・あるべき姿は不変的なものなので、

経営者も必ず記入して社員に示す

ようにしてください。

3 需要・市場動向:補助シート(1)

「需要・市場動向」については、ターゲットとなる市場の成長見込みを予測し、それに基づく需要を記入します。国や業界団体の統計情報、シンクタンクのリポートなどが参考になります。

このワークシートでは、「PEST分析」を活用します。PEST分析とは、

対象市場を「政治」「経済」「社会」「技術」の4つの視点で整理する

ものです。大切なのは、社員がターゲット市場をきちんと理解することです。例えば、フィットネス機器を販売するにしても、主な営業先を一般家庭、フィットネスジム、オフィスのどこに設定するかで市場は異なります。これを明らかにすることで、

自分たちがどの市場で戦っていくのか

が明確になります。

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4 競争状態:補助シート(2)(3)

「競争状態」については、ターゲット市場における自社の競合を記入します。前述した需要・市場動向においてターゲット市場をどう定義したかによって競合は変わります。

このワークシートでは、「ポジショニングマップ」を活用します。例えば、

縦軸に「高価格」「低価格」、横軸に「機能性重視」「デザイン性重視」などを設定し、競合と自社を比較しながらマッピング

していきます。ポジショニングマップで自社の周りに競合が少なければ戦いやすいということですが、

そもそも市場が小さすぎる(ニーズがない)

ということもあるので注意しましょう。

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また、競合の市場シェアや価格など、自社と競合の違いを比較・分析する「競合分析」も作成すると、状況がよりクリアになります。

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5 参考価格:補助シート(3)

「参考価格」についても、上で紹介した補助シート3を使い、競合先の価格を記入します。

価格設定の方針は競合状態によって変わります。例えば、市場シェアが高く価格に大きな影響力を持つ企業(プライスリーダー)が競合である場合、

プライスリーダーが設定した価格は顧客の信頼を得ている

と考えるべきです。同様に、伝統的に設定されてきた「慣習価格」がある場合、そこから逸脱する価格は顧客から受け入れられない恐れがあります。

6 損益分岐点:補助シート(4)

「損益分岐点」については、売上高と費用がちょうど等しくなる損益分岐点売上高や、上乗せする利益を記入します。目標利益をどの水準にするかは非常に重要なポイントです。経営者が目標利益を示すことで、商品やサービスに対する力の入れ方や、自社の将来像を社員と共有できます。

また、製造原価と販売費及び一般管理費を、変動費と固定費に振り分ける過程で、社員は、どの業務にどの程度の費用がかかっているのかを理解することができます。

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7 資源:補助シート(5)

「資源」については、新規事業に関わる社内・社外の人員、技術、データ、販売チャネル、財務基盤などの経営資源を記入します。特に、高い付加価値を生み出している経営資源を洗い出すことが重要です。

ここでは、「バリューチェーン分析」を活用します。バリューチェーン分析とは、

自社の商品やサービスが生み出す付加価値を活動プロセスで分解する

ものです。まず、「購買物流」「製造」といった大まかな活動プロセスを洗い出した後、「購買物流」を「材料選定」「配送」といった細かいプロセスに分解していきます。

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8 提供価値:補助シート(6)

「提供価値」については、自社の商品やサービスが顧客にどのような価値を提供するのかを記入します。具体的には、

  • 顧客は本当に価値を感じているか
  • その価値は自社にしか提供できないものか

を考えます。当然ながら、提供価値が高いほど、費用や価格の選択肢の幅が広がります。

大切なポイントは、提供価値が自社の理念・あるべき姿に合致していることです。また、競争状態で洗い出した自社の競争優位性や資源が活かされていることも重要であり、これらが三位一体となって、

自社だけの提供価値を生み出す

ことができます。

ここでは、「VRIO分析」を活用します。VRIO分析とは、

「経済価値」「希少性」「模倣困難性」などの視点から自社の競争優位性を分析する

ものです。

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9 重視する項目を明確にする

最終的に導き出される価格には、各項目が均等に影響するわけではありません。ワークシートを完成させる際は、そうした力関係を「見える化」するとイメージを共有しやすくなります。例えば、

  • 損益分岐点重視型:自社は絶対に赤字にできないという場合
  • 参考価格重視型:ターゲットとする市場に慣習価格が存在する場合

といったように、重視する項目をワークシート上で大きく表示すると分かりやすいでしょう。

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10 「ビジネスモデル」を記入する

ワークシートの中央の「価格」の枠にある「ビジネスモデル」の欄は、

商品やサービスの営業方針、販路、周知・ブランディング方法など、どのように売っていくのか

を記入します。価格と売り方の組み合わせに無理がないかどうかを確認できます。

ビジネスモデルは、価格決定で重視する項目を反映したものにするのが基本です。例えば、

  • 損益分岐点重視型:1年で1000個を定価で売り切るために、在庫商品とセットにする
  • 競争優位性重視型:メンテナンス無料を前面に押し出したウェブ広告を打つ

といった内容が考えられるでしょう。

11 社員一人ひとりのあるべき姿は?

価格決定のプロセスを通して、社員は自社の姿を明確に認識できるようになります。同時に、利益を生み出すために、自分が何をすべきかに気付き、実行に移す機会を得ます。それは、

社員一人ひとりが自分の「あるべき姿」を見つめ直す

ことにもつながります。

社員にとって、自分のあるべき姿や、その実現のために何をすべきなのかというのは、最初は漠然としたイメージかもしれません。しかし、ワークシートを使って自社のビジネスについて深く理解する過程で、徐々に具体化していくはずです。社員に、人生のあるべき姿を見つけてもらうことは経営者の願いです。社員が自分のあるべき姿と、そこに至る道筋がはっきり分かっていれば、企業も十分にバックアップできるでしょう。

以上(2021年12月)

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画像:unsplash

【朝礼】耳の痛い話こそ、謙虚な姿勢で聞くようにしよう

仕事でミスをすると、「失敗した……」と落ち込みます。そんな状態で上司から叱責されると、精神的にますます追い込まれてしまい、「そこまで言わなくてもいいのに……」と、思わず反発したくなることもあるでしょう。仕事は毎日続くものなので、ある程度のミスは仕方がありません。大切なのは、ミスが出にくい仕事の進め方を心掛け、何かミスをしてしまったときはそこから学んで、同じようなミスを繰り返さないことです。

今、私は当たり前のことを言いましたが、皆さんはよく理解し、実践できていますか? 皆さんを見ていると、「ミスに対する上司の指摘を素直に聞いていないのではないだろうか?」と、不安になることがあります。例えば、上司の指摘に対して「でも……」と口をとがらせている人や、「ハイ。ハイ。モウシワケゴザイマセン」とロボットのような受け答えをして、とにかくその場をやり過ごそうとする人がいます。

皆さんがこのような態度を取ってしまうのは、心の中で、「悪気のないミスに対して、上司はもっと寛容であるべき!」と考えているからではないでしょうか。これには私も同感ですが、皆さんがもう一度考えるべきなのは、「ミスを防ぐために、やるべきことをやったのか?」ということです。仕事のミスのほぼ全ては悪意のないものですが、一方でそれら多くの原因は皆さんの怠慢かもしれません。例えば、ミスをしたときに、いつもの確認作業をしなかった、過去の指摘を守らなかった、適当にやってしまった、ということはありませんか。悪意がないとはいえ、やるべきことを怠った結果のミスならば叱責されて当然です。

こう言うと、「時間がなかったのだから仕方がない!」と主張する人が出てきます。そうした人には逆に問いたい。「時間が足りなくなりそうだと分かった時点で上司に報告し、対策を検討しましたか?」。この報告をしなかったのなら、やはりそれは怠慢であり、上司から叱責されて当然です。なぜなら、急いで多くの仕事をすればミスも起こりやすくなるものであり、本人に悪気はなくても、その人は間違った仕事の進め方をしたことになるからです。

一方、立て続けに上司に叱責されると、皆さんは上司を恐れ、接しにくいと感じるでしょう。この場合、上司の言動にも問題があるのでしょうが、イマドキの上司は、よほど問題だと感じなければ、あまり部下を叱責しないものです。にもかかわらず、立て続けに叱責されるということは、皆さんは、上司から見て指摘しなければならないミスを繰り返してしまっていることになります。

ほぼ全てのミスは悪意のない状態で起こります。悪意がない、つまり意識せずに起きてしまうのがミスなので、これを一人で防ぐのは容易ではありません。では、どうすればよいのでしょうか。それは、皆さんのミスを指摘してくれる上司の言葉を素直に聞くことです。ミスを減らすために、これ以上の近道はありません。

以上(2021年10月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】どんなに大変でも笑顔だけは絶やさない

先日、後輩の○○さんと一緒に大事な取引先の上役の方を訪問する機会がありました。大事な取引先であり、いつもお会いしている担当者よりも上席の方ですので、私はとても緊張して取引先に向かっていました。

そのとき、ふと○○さんを見ると、緊張のあまり顔面蒼白(そうはく)になっていたのです。それを見て私は「しまった!」と思いました。私が緊張している姿を見せたら、後輩の○○さんはもっと緊張してしまうということを、すっかり忘れていたのです。○○さんを気遣うことができなかった自分が情けなく、○○さんに申し訳ない気持ちになりました。そして、私が新人の頃に立てた目標のことを思い出し、さらに反省しました。

私は新人の頃、ろくに仕事もできず、会社の戦力になっていないことを自覚していました。そこで、何か会社の役に立ちたいと私なりに考えて出した結論が、「仕事はできなくても、笑顔だけは絶やさない」ことだったのです。

私の新人時代も会社の業績は厳しく、上司や先輩たちは超人のように働いていました。私に構う余裕なんてなさそうなのに、いつも私には笑顔で接してくれました。私は最も親しかった××先輩に、「どうしていつも笑顔でいられるんですか?」と聞いたことがあります。そのときの××先輩の答えは、「笑っていても、怒っていても一緒だから」でした。私は、目からウロコが落ちたような気分になりました。

「笑っていても、怒っていても、今の厳しい状況が変わるわけではない。だったら笑っているほうが、みんなで次こそ結果を出そうと前向きな気持ちになれる」ということを理解したのです。

それ以来、私はせめて先輩たちの態度だけでも学び、笑顔を絶やさないようにすることを目標に立てたのでした。先輩たちの気持ちが和むように、笑いをとるような努力もしました。そしてその目標は、今でも私の中で変わっていないはずでした。にもかかわらず、いざ先輩の立場になってみたら、後輩と一緒にいる、しかも取引先の訪問という大事なところで笑顔を絶やしてしまったのです。

この経験から、私は笑顔を絶やさないことは、年次が上がっていくにつれて、ますます大事になると痛感しました。立場が上になり、会社全体への影響力が増すほど、自分の表情ひとつで会社の雰囲気を変えてしまう存在になるわけですから。

今、会社が大変な時期だということは、皆さんも感じていると思います。こんなときこそ、私は笑顔を絶やさないようにしようと、改めて誓います。作り笑い、空元気、痩せ我慢、なんと言われても構いません。私の笑顔で、社内の誰かが少しでも前向きな気持ちになれる可能性があるのなら、私が笑顔を絶やさないことに意味はあると思います。時にはあまりの忙しさや理不尽なことに、笑顔を絶やしてしまうことがあるかもしれません。そんなときには皆さん、ぜひ私に「笑え!」というサインを笑顔で送ってください。

以上(2021年9月)

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画像:Mariko Mitsuda