ひっそりと「変革」を進めるためのヒント/ローマ史から学ぶガバナンス(6)

書いてあること

  • 主な読者:現在・将来の自社のビジネスガバナンスを考えるためのヒントがほしい経営者
  • 課題:変化が激しい時代であり、既存のガバナンス論を学ぶだけでは、不十分
  • 解決策:古代ローマ史を時系列で追い、その長い歴史との対話を通じて、現代に生かせるヒントを学ぶ

1 現在における「変革」の重要性

「VUCA(ブーカ)」という言葉を目にされたことはあるでしょうか。一般的に広まっている言葉ではないので、初めて見る方も少なくないと思います。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの単語の頭文字を並べた造語で、不確実性の高い現在、特に2010年代以降の社会経済環境を表す言葉として、ダボス会議などでも用いられるようになっています。こうしたVUCAの環境の中で、企業はその変化に適応することが求められており、事業推進や経営管理における適応力の重要性が語られるようになっています。

一方、変化への適応とは、後追いという側面もあるため、自ら変化を起こし、変化を有利な形で進めていく「変革」とは切り離した見方も散見されます。しかし、適応力を高めていくということも「変革」であり、適応力の高さを差別化要素として、市場を動かしていくということも「変革」です。つまり、不確実性の高い現在においても、企業活動における「変革」の重要性は、いささかも揺らぐことはなく、むしろ現在の状況や環境にふさわしい形への「変革」がどの企業も強く求められています。

2 「変革」に要する時間

とはいえ、言うまでもなく、「変革」は簡単ではなく、一朝一夕にはいかないものです。ビジネスにおいては、ジャック・ウェルチによる米ゼネラル・エレクトリック社の変革の例がたびたび取り上げられ、「変革への目覚め」「ビジョンの構築」「日常としての革命」という3つの幕が説明されます。私たちは、トップダウン型のアプローチによって、それらがあたかも整然と短期間に実行されたかのように思いがちですが、彼の自叙伝「ジャック・ウェルチ わが経営」を読むと、一筋縄ではいかず、それ相応の労力と時間を要したことがよく分かります。

しかし、できることならば、時間をかけずに変革を成し遂げたいと、誰しもが思うことでしょう。21世紀に入り、血で血を洗う競争の激しい領域(レッドオーシャン)を避け、競争のない新たな未知の市場を切り開いていくべき、という「ブルーオーシャン戦略」が説かれるようになりました。ブルーオーシャン戦略は、「バリュー・イノベーション」が中心に語られがちですが、変革への抵抗を克服し、短期間かつ低コストで実行すること、そして、変革の中核たる新たな戦略を効果的に浸透させることについても、考察されています。

3 抵抗の克服と変革の浸透

前者、すなわち変革への抵抗をいかに克服するかについては、「ティッピング・ポイント・リーダーシップ」というアプローチが語られています。企業変革の実行においては、認識、経営資源、士気、社内政治という4つの組織面のハードルがあり、これらのハードルそれぞれに最も影響力を持つ要素を見つけ出し、そこに集中的かつ迅速に働きかけることがうたわれています。より大きな変化を引き起こすために、影響力のある人物や領域に集中して小さな変化を起こす、というレバレッジの発想に基づく変革の推進です。

後者、すなわち変革の中核たる新戦略をいかに組織に浸透させるのかについては、「フェア・プロセス」が示されています。組織に浸透させていくためには、戦略の正しさもさることながら、手続きの公平性が大切であるということです。「フェア・プロセス」は、プロセスに関与する機会を設けること、適切な説明により理解と納得を得ること、そして、社員それぞれに何が期待されているのかを明確に示すこと、と説かれています。優れた戦略であっても、組織に浸透せず葬り去られた例は枚挙にいとまがありません。このアプローチこそ、変革を一過性のものに終わらせないための要になるのです。

4 カエサルの変革の途絶

さて、「変革」にまつわる諸概念を少々長めにご紹介しました。羅列的で退屈だったかもしれませんが、ローマの共和政から帝政への「大変革」を眺めていくにあたり、こうした要素を頭の片隅に置いていただくのがよいだろうと思ったためです。実際、共和政から帝政への変革を詳細に見ていくと、より多くのことが想起されます。人間の機微にあふれた大小さまざまなドラマがあり、それらの総和として大変革がなされたということでしょう。教科書では1行程度で終わる話ですが、ここではもう少し詳しく眺めたいと思います。

ポンペイウスを破り、元老院派を武力制圧したガイウス・ユリウス・カエサルは、ローマに戻り、国家改革に乗り出します。カエサルが絶対的な権力者を欲し、共和政から帝政への移行を推し進めたと見る向きもありますが、急激に巨大化した国家ローマにおける組織構造の抜本的な変革を断行しようとしていたのでしょう。

元老院派主導のローマ共和政は、イタリア半島を領有していた時代には適していましたが、地中海を越えて広がる地域を治めるようになった国家ローマには適さなくなりました。これに代わる新秩序が必要と考えたカエサルは、統治能力を強化するために、自身の下に権力を集約させていきます。これが帝政への移行です。その際、カエサルはこれ以上の領有拡大を考えておらず、パルティア遠征計画も国家ローマの防衛線を築くためだったようです。つまり、成長拡大を一旦やめ、規模にふさわしい組織構造の確立に注力する考えだったのです。

しかし、ご存じのように、カエサルの変革は道半ばにして暗殺という形で途絶します。紀元前44年3月15日、カエサルは、ブルータスやカッシウスらによって暗殺されました。「ブルータス、お前もか」の場面です。ここでいうブルータスは、マルクス・ブルータスかデキムス・ブルータスかと諸説ありますが、カエサルはいずれに対しても、相応の配慮を払い、厚く処遇していました。首謀者とされるカッシウスに対しても、長年の軍功には報いていたといえるでしょう。暗殺に関わった14名全てに対し、カエサルなりに配慮し、信頼を示していたので、カエサルは裏切られたと思ったかもしれません。

しかし、彼らは裏切りとは思っていません。むしろカエサルこそ共和政の裏切り者であり、共和政を守るという信念に従って行動したのです。カエサルは、自身が思い描く「変革」に対して抵抗があることを知りながら、その抵抗の強さを見誤り、あるいはその抵抗の克服を十分にせぬままに、変革を急いでしまったと言わざるを得ないでしょう。

5 オクタヴィアヌスの基盤確立

思いがけない形で死を迎えたカエサルは、名と実を託すべく、遺言状を残していました。第一相続人にオクタヴィアヌスを指名し、自身の養子として迎えてユリウス・カエサルの名を与えることにしていたのです。これは正統な後継者指名です。オクタヴィアヌスは、カエサルのめいの息子で、当時18歳の無名の若者でした。

カエサルとしては、十数年後の後継を想定していたのでしょうが、すでにこの時点で、オクタヴィアヌスの才能と可能性を見極め、補うべき弱点も考慮していました。軍才の不足を補うため、若き勇兵アグリッパを付けたこともその1つです。また、家柄の低さを補うために、名門貴族である自分の名を与えた点は何より大きな補強でした。

一方、オクタヴィアヌスもその意味を正確に理解していました。遺言状の内容を知るや否や、直ちにローマに入り、カエサルの遺志を継ぐ決意を明らかにした上で、カエサル記念の競技会を開催し、カエサルの息子としての責務を果たす姿をローマの人々に高らかに示しました。カエサルの息子の下には、部下だった兵士たちが続々と集まり、弱冠19歳にして一大勢力を指揮する立場を築いていきます。

こうして存在感を得ていったオクタヴィアヌスは、カエサルの右腕だった武将アントニウスと争うことになります。オクタヴィアヌスは、アントニウスを政治的に追い込んだ上で戦場でも勝利を収めましたが、あえて追撃はせずにローマに帰還し、執政官に就任します。

19歳の執政官は、カエサルの暗殺者を公式に有罪とし、追放刑にすることを法で定めました。続いて、亡きカエサルの神格化を決議します。これには2つの意味があります。1つは、自らが神の子になるということ。もう1つは、ブルータスやカッシウスの討伐に消極的なアントニウスを引きずり出すということでした。ブルータスらはギリシャで兵力を築いており、オクタヴィアヌスだけでは討伐が困難だったため、アントニウスの戦力が必要でした。カエサルを神格化することで、神の暗殺者の討伐となり、アントニウスも参戦せざるを得ません。こうして、アントニウスと共闘し、暗殺者たちを葬り去ったのです。変革に向けての重要なハードルが取り去られたといえるでしょう。

次は、いよいよアントニウスと雌雄を決する戦いとなります。クレオパトラに翻弄されたアントニウスが失策に失策を重ね、自ら政治的に追い込まれたため、頂上決戦としてはいささか興をそがれる構図になります。最終的には、軍事的にも勝敗が決し、映画でもおなじみの、アントニウスとクレオパトラの自害によって幕が下ろされます。カエサル暗殺に始まった14年に及ぶ混乱劇が終わったのです。

この14年間は無駄なようにも見えますが、オクタヴィアヌスにとって、とても重要な時間だったと思います。この間に、オクタヴィアヌスの実績、名声、自信が育まれたことは言うまでもありません。そして、カエサル暗殺から始まった諸現象と一連の要因を直視したことで、その後の治世に生かされる青図が描かれました。

ローマ世界で最高権力者の地位にあったカエサルの基本方針が「寛容」であったのに対し、同じ地位に就いたオクタヴィアヌスの基本方針が、自らの安定的かつ長期的な施政を含意する「平和」であったことは、それを示しているように思います。

6 帝政の始まり

ローマ唯一の最高権力者の地位に就いたオクタヴィアヌスは、元老院議場で、全特権の返上と、共和政体への復帰を宣言します。実際には、無用の長物で、むしろ手放したほうが有利な3つの臨時特権を放棄しただけなのですが、この宣言に元老院は狂喜し、オクタヴィアヌスに「アウグストゥス」という尊称を贈ることを決議しました。「アウグストゥス」とは、神聖で崇敬されるべき存在を意味します。

オクタヴィアヌスには「インペラトール」と「プリンチェプス」という称号がすでにありました。前者は、勝った将軍を呼ぶ敬称で、終身での軍団指揮権を示しました。後者は、ローマ市民の第一人者という意味です。属州総督任命権を持つ現職執政官という最高位の立場と、3つの称号が組み合わされることで、1つ上の世界観を帯びる唯一無二の存在になりました。

合法的に得られたものを組み合わせ、それ故、反発や抵抗を受けることもなく、政治的に調和された絶対的地位が密やかに築き上げられました。皇帝という概念は、このときまだありません。半世紀ほどたったときに帝政が始まった、つまりその年に初代皇帝アウグストゥスが誕生した、といわれるようになったのです。

共和政から帝政へという政体の移行は、大変革の根幹ではあるものの、一面にすぎません。その側面を中心に眺めてみましたが、お気付きのように、大変革であったにもかかわらず、いつの間にか、気付かぬうちに変わっていたという流れが見て取れます。時間については、長くかかったと見る方もいるかもしれませんが、国家政体の移行と考えると、短期間になされたと評すべきと思います。

この一連の流れの中には、企業における「変革」を考えさせられる要素が数多あります。さまざまな側面から見つめ直し、思考の材料にしてもらえればと思います。

(2021年10月)
(執筆 辻大志)

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画像:unsplash

【債権回収】法律から見た債権回収のポイント

書いてあること

  • 主な読者:債権回収のポイントを法律的な観点から網羅的に知りたい経営者
  • 課題:債権回収にはさまざまなステージがあり、ポイントが定まらない
  • 解決策:誰から、何を根拠に、いつまでに回収するのかを考える

1 はじめに

最も確実な代金回収の方法は現金取引ですが、実際は信用取引が多いです。そのため、売掛金の未回収などに備え、債権管理や債権保全などを講じる必要があります。また、これらの取り組みには法的な根拠が必要になりますが、考え方が複雑なところもあります。

そこで、この記事では、

債権管理・回収に当たって、押さえておくべき法務上のポイント

をまとめました。こうしたポイントを押さえることが、万一に備えた第一歩となります。

2 債権管理・代金回収で気を付けるポイント

代金を回収するに当たって、どういう方法で支払ってもらうのか、どうしても支払ってもらえない場合にどのような回収方法があるのか、債権管理をするに当たって、どういった点に特に気を付けなければならないのかを見ていきます。

1)約束手形で支払ってもらう

売掛金回収の手段として、代金を手形で受け取る方法があります。約束手形は、あらかじめ支払期日が定められており、また割引や裏書譲渡によって期日前でも資金の調達ができるので、支払誓約書や借用書よりも利便性が高いです。

仮に、手形が決済されずに不渡りとなると、各銀行に不渡り通知が回って相手方の信用は急落します。さらに6カ月以内に再び不渡りを出すと、銀行取引停止処分を受け、当座預金取引や融資が制限されます。そのため、相手方は手形の不渡りは何としても避けようとするので、回収の確実性はその分高くなります。

また、手形が不渡りになった場合には、手形金請求の訴訟は通常の訴訟よりも簡単な手続きで迅速に判決が下されるので、時間や費用をあまりかけずに処理できます。なお、通常訴訟と異なる手形訴訟の特色は次の通りです。

  • 最初の口頭弁論期日で審理が完了する(一期日審理の原則)
  • 原則として、証拠となるのは書証のみ
  • 請求認容判決の場合、職権で必ず仮執行宣言が付される
  • 反訴ができない

2)強制執行認諾約款を盛り込んだ公正証書を作成する

取引業者間の私的契約書を作るだけでなく、公正証書を作成すれば債権回収が危ぶまれる事態になった際に効果を発揮します。

公正証書とは、公証役場で公証人に作成してもらう証書です。公正証書に私的契約書よりも強力な効力を持たせるためのポイントは、「強制執行認諾約款」を盛り込むことです。これは、債務を履行しない場合は、訴訟を経ずに即時に強制執行を受けても異議がないとする条項のことです。

強制執行認諾約款があれば、公正証書は確定判決と同様に、強制執行をするための「債務名義」となります。買い主つまり債務者が代金の支払いを怠った場合、買い主の資産(不動産・動産・売掛債権・銀行預金など)を、種類を問わず訴訟を経ることなしに即座に差し押さえることが可能となります。もっとも、売り主の債務の一部または全部が先履行と定められているときは、売り主は、執行文付与申請に当たり、その部分の債務の履行を証明する必要があります。

ただし、公正証書は、一定額の金銭の支払いを目的にするものに限られるので、継続的に取引が行われるいわゆる「基本契約書」の場合は、強制執行認諾約款付き公正証書とすることができません。

強制執行認諾約款を盛り込んだ公正証書を作成するためには、取引先の了解を得なければなりません。公正証書の作成には、当事者双方が公証役場に出頭するか、当事者からの委任を受けた代理人が公証役場に出向く必要があります。

3)代物弁済を受ける

代物弁済とは、本来の弁済に代えて、他の給付をすることで弁済と同一の効果を生じさせることであり、債権回収の観点からは、「現金の代わりに品物などを受け取って売掛金を回収する方法」ということになります。現金の代わりに受け取るものとして考えやすいのが、「相手方の会社の商品」です。その場合、売却は容易か、売却金額はいくらになるかを検討して、売掛金額相当分の商品による代物弁済ができないか交渉してみることです。

なお、現金の代わりに受け取るものとして不動産も考えられますが、不動産評価には手間が掛かること、売却の見通しが付くのかという問題があること、さらに既に抵当権が設定されている場合があることなどから、現実的には難しいと思われます。

4)調停や即決和解を検討する

裁判ほど面倒な手続きがなく、時間や費用がかからず、妥協点を探して現実的な解決を図る方法が民事調停です。民事調停は裁判官と民間の有識者から選任された調停委員、それに当事者が一緒になって話し合い、さまざまな事情を考慮しながら実情に沿った解決を図る制度です。

民事調停の申し立ては、原則として相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に対して、調停申立書を提出することで行います。調停によって合意が成立し、調書に記載された場合には確定判決と同一の効力があり、強制執行が可能となります。

また、既に合意がほぼ成立している場合は、簡易裁判所に対して和解の申し立てを行い、和解内容を調書に記載してもらう即決和解(訴え提起前の和解)という方法もあります。和解が成立し、調書に記載されれば、確定判決と同一の効力があります。これらの手続きによれば相手方の合意があるので、任意の支払いが期待でき、任意に支払ってくれない場合でも訴訟を経ることなく強制執行に進められます。

5)支払い督促を申し立てる

債権回収方法の1つに、支払い督促を申し立てる方法があります。支払い督促は、債務者が異議を出してこないのであれば、通常の訴訟よりも簡易に債務名義を取得することができます。支払い督促手続きは、金銭その他の代替物、有価証券の給付を求める場合にのみ利用することができます。

支払い督促の申し立ては簡単にできますが、逆に債務者が異議を申し立てることも簡単にできます。もし異議の申し立てがなされると、通常の訴訟手続きに移行するので、この点には注意が必要です。

6)訴訟を提起する

訴訟では、当事者間の権利関係を国家機関である裁判所に決めてもらうことになります。訴訟には時間や費用がかかるので、どうしても他の方法では解決できない場合の最後の手段といえます。訴訟を提起する場合は、専門家である弁護士に手続きを任せるとよいでしょう。

7)強制執行を検討する

支払い督促や訴訟などを行っても相手方が債務の弁済を行ってくれない場合には、強制執行によって債権の回収を図ることになります。

強制執行は、債権者に満足を得させるため、私法上の請求権の実現を国家の力によって行うものです。強制執行も、執行の可能性も含めて専門家である弁護士に手続きを任せるとよいでしょう。

8)消滅時効に気を付ける

1.消滅時効の原則

消滅時効については、2017年6月に公布された改正民法(以下「改正法」)において、改正されています。改正法の施行日は2020年4月1日です(「民法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」(平成29年政令309号))。

原則として、改正法施行前に生じた債権には現行法、施行後に生じた債権には改正法が適用されます。そのため、消滅時効については、現行法および改正法の両方の概要を押さえておく必要があります。

現行法では、消滅時効は、権利を行使することができる時から進行します。会社間の取引の場合、会社の行為は基本的に商法上の商行為として扱われるので、債権の消滅時効は5年となります。ただし、例えば小売業者が商品などを売買した場合の代金債権は2年という、短期消滅時効が適用されることもあるので注意が必要です。

一方、改正法では、商行為の債権の消滅時効5年という規定および短期消滅時効の規定は廃止され、また時効の起算点も改正されています。改正法では、債権の種類にかかわらず、次のいずれか早い時点で消滅時効が完成することとなります。こうした改正法の内容や施行動向にも注意を払いつつ、自社に関わる債権の時効を把握した上で、債権回収のための手立てを検討する必要があります。

  • 権利を行使することができる時(客観的起算点)から、10年経過した時点
  • 権利を行使することができることを知った時(主観的起算点。例えば、代金などを請求することができることを知った時)から、5年が経過した時点

2.約束手形や小切手の場合

約束手形や小切手の消滅時効は、手形法・小切手法により次のように定められています。

  • 約束手形の時効期間は、所持人の振出人に対する権利については満期の日から3年、裏書人に対する権利については拒絶証書作成の日(その作成が免除されているときは満期)から1年。裏書人の他の裏書人および振出人に対する権利については、受け戻しをした日または訴えを受けた日から6カ月で時効が完成
  • 小切手の時効期間は、所持人の振出人・裏書人その他の債務者に対する権利については支払提示期間が経過した日から6カ月、小切手金を償還した者のその前者に対する権利については受け戻しの日から6カ月

なお、手形の消滅時効完成前でも、その手形の振り出しの原因となった債権(売掛債権など)が時効で消滅していれば、手形の支払いを拒むことができる事由(抗弁)が認められるため、支払いを受けられない可能性があります。

例えば、手形の振出人に対する請求権の時効は支払期日から3年ですが、その手形が商品の売掛金債権の回収のために受け取ったものであるときは、手形振り出しの原因債権は現行法では2年で時効になります。

この場合、手形上の権利を行使しても、原因債権の時効消滅を理由に支払いを受けられないことも考えられます。

3.時効の中断(更新)

上述した消滅時効を中断させるためには、主に次の方法が考えられます。

1つ目は、相手方に支払いを請求することです。請求には、給付訴訟を起こすなどそれ自体で時効中断の効力を生じさせる方法と、相手方に内容証明郵便などで請求(催告)するなどそれだけでは時効中断の効力を生じさせない方法があります。

後者の場合には、催告が相手方に到達した時から6カ月以内にさらに訴訟提起などの措置を取らなければ、時効中断の効力が生じません。何度も催告を行ったとしても、最初の催告から6カ月以内に訴訟提起などの措置をしなければならないことに注意が必要です。催告の際には、催告の事実を証拠として残すため、内容証明郵便を配達証明扱いで送るようにします。

2つ目は、相手方に債務の承認をさせることです。債務確認書・残高確認書を取得したり、代金の一部を内入れさせたりするなど、その手段はどのような方法でも構いません。相手に債務の承認をさせ、その事実を書面などに証拠として残しておくことがポイントです。

なお、これまで「中断」という用語には複数の意味があり、理解しづらい点がありました。そこで、改正法においては、中断事由ごとに、その効果に応じて、時効の完成を猶予する「完成猶予事由」と、新たに時効が進行する(時効期間がリセットされる)「更新事由」とに振り分けられました。具体例は次の通りです。

【具体例】
(改正前)

  • 裁判上の請求→時効中断事由(現行民法第147条第1号)
  • 差押え→時効中断事由(現行民法第147条第2号)
  • 仮差押え→時効中断事由(現行民法第147条第2号)
  • 承認→時効中断事由(現行民法第147条第3号)

(改正後)

  • 裁判上の請求→完成猶予事由+更新事由(改正民法第147条)
  • 差し押え→完成猶予事由+更新事由(改正民法第148条)
  • 仮差し押え→完成猶予事由(改正民法第149条)
  • 承認→更新事由(改正民法第152条)

4.改正民法における新設規定(時効の完成猶予)

改正法では、当事者間で協議を行う場合には時効の完成を猶予させるとの規定が新設されています。

時効の完成猶予をさせるためには、「当事者間で権利について協議を行う旨の合意がされること」および「その合意が書面(電磁的記録によるものを含む)によるものであること」が要求されています。

この要件を満たすことで、次のいずれか早い時までの間は、時効は完成しません。

  • その合意があった時から1年を経過した時
  • 合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る)を定めたときは、その期間を経過した時
    当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から6カ月を経過した時

なお、この制度を利用して協議することとしたものの、協議期間中に協議が調わず、さらに協議を続けたい場合は、時効の完成猶予期間中に、再度協議を行う旨の合意を書面ですることで、通算して5年まで延ばすことができます。

3 取引先からの回収が難しい場合に備えて

債務者から直接、債権を回収するわけではありませんが、取引先の倒産などに備えて中小企業基盤整備機構が運営する経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済制度)に加入しておくことで、債権回収が不能になった場合の影響を軽減することができます。中小企業倒産防止共済制度は、取引先が倒産して売掛金や受取手形などの回収が困難となった中小企業に対して、連鎖倒産や経営難に陥ることを防ぐためのつなぎの事業資金を貸し付ける制度です。

以上(2021年9月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

矛盾ではない。信頼するからこそ部下の仕事を疑う

書いてあること

  • 主な読者:これから信頼できる部下を育てていくことになる中堅社員
  • 課題:部下を信頼するがあまり、あまり口出しをすることができない
  • 解決策:信頼するからこそ、お互いにいい仕事をするために部下の仕事を疑うようにする

1 信頼する部下が大きなミスをした……

「申し訳ございませんでした。早急に立て直します」。そう言って事業本部長Aは役員室を出ました。新規事業を進めてきた事業本部長Aですが、パートナー選定にミスがあり、土壇場で相手の技術が提携要件に満たないことが判明したのです。

事業本部長Aは、部下の中で最も信頼する部長Bにパートナーの審査・選定を任せてきました。当初、事業本部長Aには「もしかすると、この会社は技術要件を満たしていないかもしれない」との不安がありました。しかし、部長Bの「大丈夫です!」という言葉を信じ、深く追及しませんでした。しかし、社内外の根回しや社長プレゼンも終わり、いざ新規事業が始まろうという段になって、パートナーの技術が提携要件に満たないことが露呈したのです。関係者総出で別のパートナー選定を進めていますが、既に損失も出ています。

事態が自分の権限を超えてしまった部長Bは、事業本部長Aに「本当にすみませんでした」と頭を下げるばかりです。これに対して事業本部長Aは、「信じるからこそ、疑わなければならない。それを怠った私の責任だ」と言いました。しかし、部長Bには、「信じるからこそ疑う」という、一見矛盾した言葉の意味が分かりませんでした。

2 「信頼」とは何か

役職が上がるほど大切になるのは、心から信頼できる部下の存在です。何かあったときに、「君(部下)が言うのだから大丈夫(あるいはダメなのだろう)」と思える部下はとても頼もしいものです。実際、役員や事業本部長クラスの会話では、「心から信頼できる部下はいる?」ということがよく話題に上ります。上司の見解として一致するのは、心から信頼できるのは、スキルとマインドを兼ね備えた部下であるということです。

スキルとは、財務、法務、営業など、何かの分野で優秀なことです。ただし、スキルが高いだけの部下は頭の良い専門家ではありますが、「君(部下)が言うのだから大丈夫、あるいはダメなのだろう」と思えるまでには至りません。大切なのは、マインドも備わっていることです。

マインドとは、働くことに対する意識、信条です。部下のマインドを評価する軸は上司の方針によって違ってきます。しかし、信念を持って働いている部下はマインドがあると感じられ、信頼に値するでしょう。ただし、マインドだけではビジネスを形にすることができないため、スキルも必要です。

3 「信じるからこそ疑う」ことの大切さ

スキルとマインドを兼ね備えた部下は、そう多くは存在しません。だからこそ、こうした部下は一騎当千の存在であり、上司は大切にします。しかし、大切にしようという気持ちが強すぎると、上司は部下をどこまで管理してよいものかと迷い、言いたいことも言えなくなります。そして、最初は「心から信頼しているからこそ権限委譲」していた上司が、部下に遠慮して何ら指摘をできずに放置していると、丸投げのような状態になっていきます。こうなると、部下としても放置されている感覚になります。

簡単な作業を丸投げするのはよくあることで、上司の負担も軽減されます。しかし、上司の本意ではないとしても、重要な仕事を、心から信頼する部下に丸投げしたような格好になるのは好ましくありません。

冒頭の事業本部長Aのケースを考えてみます。事業本部長Aは部長Bを心から信頼しているので、新規事業のパートナー選定という重要な仕事を任せました。問題は事業本部長Aに不安があったにもかかわらず、部長Bの言葉をうのみにしてしまったことです。もしかすると、事業本部長Aは、部長Bに気を使うあまり、「もう一回、調べ直してくれ」とは言えなかったのかもしれません。

その結果、事業本部長Aは、重大なミスを事前に回避するチャンスを逸してしまいました。ミスの痛みを負うのは部長Bも同じです。つまり、こうした事業本部長Aの姿勢は、一生懸命にパートナー選定をしている部長Bに対して失礼な行為でもあるのです。

4 厳しくチェックするべき

心から信頼する部下との正しい付き合い方は、信頼するからこそ仕事内容を厳しくチェックする姿勢を崩さないことです。これは、レベルの低いミスを発見するための“上から目線”ではありません。

上司は部下を信頼し、認めているからこそ高いレベルの仕事を求めます。そのため、仕事の段取りや進捗はもちろん、部下の考えや今後の方向性について、「本当にベストを尽くしているのか?」と本気でチェックするのです。その過程で、別のアイデアが出れば軌道修正をしますし、疑問があればその場で改善することもできます。

スキルとマインドを備えた部下は優秀であり、細かく管理されることを嫌います。しかし、ここで紹介したチェックはそうした類のものではなく、良い仕事をするためのプロセスなので、遠慮する必要はないのです。

5 信頼できる部下ほど、付き合いが難しい

上司から何ら指摘をされず、丸投げ状態になっている部下は不安です。また、その仕事が重要であればあるほど、上司に不信感を抱きます。「重要な仕事を、部下(自分)に丸投げするとは、どういう了見だ?」と。そして、こうした状態でミスが起こると、事態はさらに悪化します。部長Bがまさにそうした状態ですが、マインドを備えた部下は、自分が犯したミスを一人で背負い込もうとします。

しかし、事態が自分の権限で解決できるレベルを超えてしまうと、思い悩んだ結果、「責任をとって辞める」とさえ言い出しかねないのです。

中堅社員は、これから出世していく中で、心から信頼できる部下を持つようになるでしょう。そうなったときのために今から心得ておきたいのは、特に心から信頼する部下に対しては、気を使いすぎたり、ご機嫌取りをしたりしないことです。この点を間違えると、言いたいことも言えず、表面的な関係になってしまいます。その部下のことを認めているなら、他の部下よりも厳しい要求をしても問題ありません。

また、部下のほうから上司に進言してくることもあるでしょう。その進言を取り入れるか否かは別として、常にきちんと耳を傾ける姿勢を持つことも、部下と良い関係をつくる上で不可欠です。

以上(2021年9月)

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画像:LIGHTFIELD STUDIOS-Adobe Stock

未来を見据えた「適正人件費」の考え方。労働分配率だけを見る方法はもう古い?

書いてあること

  • 主な読者:企業の将来を見据えて、いま一度、「適正人件費」を確認したい経営者
  • 課題:労働分配率から導く適正人件費が、今の働き方などに見合っているのか疑問である
  • 解決策:事業環境や経営方針に応じて労働分配率をストレッチさせる。また、社員と業務委託を併せて検討しつつ、将来を担う人事は厚遇する

1 これからの時代に合った適正人件費の考え方

人件費は投資といわれることもありますが、企業から支払われるという意味では「コスト」です。コストである以上、企業は人件費を適正な水準にコントロールする必要があります。また、この水準は一律ではなく、景気動向、市場動向、企業のライフサイクル、社員の能力などによって変わるため、その都度見直す必要があります。つまり、適正人件費とは、

そのときの自社にとって適正な水準で支払われる人件費

といえます。

ただ、適正な水準を導くのが難しいので、通常は、

  • 労働分配率=人件費÷付加価値×100

を計算し、同業他社などと比較して相対的な目安を求めます。付加価値の求め方には、

  • 日銀方式:経常利益+人件費+賃借料+減価償却費+金融費用+租税公課
  • 中小企業庁方式:売上高-外部購入価値(材料費、買入部品費、外注加工費など)

などがあります。付加価値や労働分配率のデータは、経済産業省「企業活動基本調査」で確認できますので、この記事の最後のページで紹介しています。

さて、労働分配率から人件費の目安が分かりますが、それを上限として、従来の人事評価に基づいて社員に分配する方法は、実情にそぐわなくなりつつあります。なぜなら、この仕組みは、社員が画一的な仕事をし、コントロールされたペースで昇進・昇格することを前提としているからです。今は、年功序列型の見直し、副業の解禁、ジョブ型雇用の浸透などが進む時代です。

そこでこの記事では、企業の未来、個々の社員の能力、仕事の内容に応じて適正人件費を考える際のポイントを紹介します。

2 労働分配率の枠を取り払う

1)労働分配率に固執しないほうがよい3つの理由

話を単純化して説明します。付加価値が1億円で、人件費が5000万円ならば、労働分配率は50%です。仮に、同規模の同業他社の労働分配率も50%程度であれば、今の水準で問題はなく、それを人事評価などに基づいて分配するというのが、最も簡単な適正人件費の求め方です。

では、次のようなケースではどう考えますか?

  • 業務委託費を1000万円払って、単純作業を依頼している
  • 業界全体の業績が好調で、付加価値が2億円に増えた
  • 業績不振で付加価値が5000万円に減るが、新規事業を行って3年後には3億円にする

まずは1.です。役務の提供を受けるためのコストと捉えれば、人件費の5000万円だけではなく、業務委託費の1000万円も含めて考えるべきです。この場合、言葉の定義はさておき、労働分配率は60%として捉えたほうが正しいです。

次に2.です。付加価値が2億円に増えても労働分配率が50%のままならば、人件費は1億円です。しかし、業界全体が好調ということであれば、同業他社が給与を上げて人材の定着・確保を図るでしょう。それに、企業が成長しているのに、自分の手取り額が増えないことに社員は不満を覚えますから、この場合、労働分配率を上げるのが一般的です。

最後に3.です。足元で付加価値が50%も落ち込んでいるなら、他のコストとの兼ね合いを見つつ、労働分配率の維持か引き下げを判断しなければなりません。また、新規事業を検討する場合、目標利益を達成するには損益分岐点を計算しますが、コストを固定費と変動費に分ける段階で人件費に注目するため、ここで労働分配率を確認することになります。

以上のような状況からも、

労働分配率は1つの目安にすぎず、事業環境や経営方針によってストレッチさせるもの

であることが、お分かりいただけると思います。

2)損益分岐点の求め方

先に損益分岐点について触れたので、ここで計算方法を簡単に紹介しておきます。損益分岐点とは、売上と費用がトントンの状態です。そこで、まずは費用に注目し、これを、

  • 変動費:売上高に応じて変動する費用。小売業の場合は支払運賃、支払荷造費など
  • 固定費:売上高に関係なく発生する費用。人件費や減価償却費、賃借料など

といったように分類します。その上で、

  • 限界利益=売上高?変動費
  • 限界利益率=限界利益÷売上高

を求めます。ここまでくれば損益分岐点は簡単で、次の数式で求めることができます。

  • 損益分岐点=固定費÷限界利益率

要するに、損益分岐点とは固定費を限界利益で賄える水準と考えればよいでしょう。また、目標利益がある場合は、

  • (固定費+目標利益)÷限界利益率

によって、目標利益を踏まえた損益分岐点が計算できます。通常、人件費は固定費になりますが、業務委託などを利用すれば変動費化も可能でしょう。この辺りを考慮して、適正人件費を導きます。

3 人件費か委託費か?

前述した通り、適正人件費は役務の提供を受けるための原資といえます。実際、昨今は雇用にとらわれず、業務委託で外部人材を活用する企業が増えています。そうなると、単純に人件費が減り委託費が増えるため、労働分配率を前提とする適正人件費とは違った結果になってくるわけです。

また、これまでの考え方は、

業務の一部を外注すれば社員の負担が減り、別の新しい付加価値を生み出せる

というものでした。しかし、その狙い通りになるのは一部の優秀な社員だけです。残念ながら、

多くの社員は、経営者から見ると、物足りないかもしれない業務をこなすことにフィット

しており、これが生産性向上の阻害要因になっています。この状態を強制的に変えるなら、

社員の代わりに、外部人材に働いてもらう

という方法もあるわけです。専門性が低い仕事の場合、外部に委託したほうがコストは低くなるケースはたくさんありますし、継続的な教育も必要ないため、企業の負担も軽減されます。

また、かつて、コア業務は外部に委託するべきではないという考えがありましたが、何がコア業務であるのかを、もう一度考えてみる必要があります。それに、例えば「社外CTO」といった存在があるように、コア業務を社員ではない人材が担っていることもあるわけです。

4 給与で示す経営者の期待

適正人件費とは、人件費のパイといえます。このパイを、人事評価などに基づいて社員に分配していきます。このときの分配システム、つまり人事評価制度がポイントです。いわゆる「職能資格制度」として、勤続年数によって自動的に昇給していく仕組みで分配しているのであれば、見直しが必要かもしれません。

もちろん人件費には社員の生活の安定の面もあるので、急激な変更は馴染みませんが、社員の能力や経営方針に対する共感度などに応じて分配できる部分を切り出すことは、今後のためにも必要でしょう。つまり、

適正人件費が100の場合、そのうちの20については、能力や経営方針に対する理解度で支払うようにする

ということです。これは、かつての能力主義や成果主義と同じ仕組みともいえますが、当時はこれらを受け入れなければならないという危機感が乏しく、また、人件費削減の良い口実にされることもありました。また、そもそも年功主義にどっぷりつかった上司が能力主義や成果主義で部下を評価できるはずもありません。

一方、現在は経営環境も働き方も劇的に変わっており、これに対応しなければ、採用が難しくなるばかりか、優秀な社員の離職が出てくる恐れもあります。経営者が中心となってプロジェクトを推進するべきでしょう。

5 (参考)産業別・1企業当たりの労働分配率、付加価値

経済産業省「企業活動基本調査」によると、産業別・1企業当たりの労働分配率、付加価値は次の通りです。

  • 労働分配率=給与総額÷付加価値×100
  • 付加価値=営業利益+給与総額+減価償却費+福利厚生費+動産・不動産賃借料+租税公課

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以上(2021年9月)

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画像:NikAndr-shutterstock

「それは、指示した資料の内容と違いませんか?」~業務管理の基礎を確認する~

書いてあること

  • 主な読者:認識共有ができず業務にムダが出ている入社3〜5年の社員
  • 課題:「伝えはずなのに、こちら意図通りに伝わっていない」ことが多い
  • 解決策:業務のゴールを共有する。また、口頭で終わらず、文章にしたり、図示したりする

1 認識の共有が不十分で……

中堅社員のAさんは、指示されていた資料の件で、課長に声をかけられました。「この前、AさんとBさんで作成するように指示しておいた資料だけど、作成は順調に進んでいる?」

表情が曇ったAさんは「……締め切りには間に合いますが、想定よりも時間がかかっています。Bさんにお願いした部分が分かりにくく、必要な○○のデータも記載されていなかったので修正が必要になります……」と答えました。

課長はさらに質問しました。「ふ~ん。○○は必須のデータだと言ったよね。Bさんにはそれを伝えなかったの?」。これに対してAさんは、「伝えたつもりだったのですが……」と沈んだ声で答えました。そんなAさんの様子をみた課長は、「そうか。まずは、期限厳守で資料を仕上げることに集中してくれ。今後は、同じことがないように、事前に認識を共有してから業務を進めるように」と声をかけ、その場を去って行きました。

「確かに、認識の共有ができていなかったな……」。反省しきりのAさんでした。

2 業務管理の難所とは?

中堅社員になると、部下の業務の進捗管理から、特定のプロジェクトの管理など、さまざまな業務を「管理する」という役割が増えてきます。ただし、管理に慣れていないと思わぬところでミスが生じます。指示とは全く違う部下の“理解不能”な仕事に頭を抱えた経験のある人も少なくないでしょう。

業務管理がうまくいかない理由は、「当初の見込みが甘く、スケジュールに大幅な遅れが発生した」などさまざまです。しかし、その根本的な原因は、

管理者と管理される人(以下「部下」)の認識の相違

であることが少なくありません。

例えば、Aさんの場合、Bさんが資料作成に着手する前に最終的な成果物のイメージを共有するように努力していれば、重要なデータが抜け落ちるといった事態にはならなかったはずです。

認識を共有することは、当然のことのようですが、実際には問題が発生するまで、気付かないことは少なくありません。なぜなら、伝える方も、伝えられる方も基本的には自分本位な解釈をしてしまうからです。特に、部下が若い場合は、経験が少ないため、認識の相違が発生してしまいがちです。管理者はそうした点を理解した上で、十分に注意しながら認識の共有を図る必要があります。その際、共有しなければならない主な事項は以下の2点です。

1.業務の目的・意味合いなどを共有する

最初に共有すべきは、業務の目的や意味合いです。例えば、資料作成であれば、当該資料の利用(閲覧)者、利用目的などを部下と共有することは必須です。

業務の目的・意味合いは、業務遂行上の“ガイドライン”となります。そのため、しっかりと共有することで、「期待した成果物と実際の成果物が大きく異なる」といった事態は防ぐことができます。

2.ゴールを共有する

ゴールとは「当該業務を完了させるための条件」です。部下にとっては「業務を完了させるために達成すべきもの」、管理者にとっては「管理すべき事項」です。

具体的なゴールは、個々の業務で異なりますが、「品質(Quality)」「コスト(Cost)」「納期(Delivery)」(QCD)の3つの視点で考えるのが基本です。「求められる品質の製品を、決められたコストで、決められた納期までに製造する」というQCDは、製造業では一般的な考え方ですが、これは製造現場に限らず、管理を行う際には有効な視点です。

また、ゴールは、双方が客観的に把握できるものでなければなりません。そのためには数字で表すことが基本です。例えば、納期は「○日をめどに」ではなく、「○日の17時」といったように日時(数字)で示せば、認識の相違は起こりません。

なお、資料作成など、コストを明確にすることが難しい場合は、「実作業時間=人件費」ととらえて、実作業時間(効率性)を意識するようにしましょう。

3 共有化を効果的に行うには

業務の目的や意味合い、ゴールを共有する上では可視化も効果的です。例えば、口頭で説明するだけではなく、「文章にする」「品質など数字で表しにくいものは類似した成果物をサンプルとして見せる」などの工夫をします。また、ホワイトボードを使用することもおすすめです。「管理者が重要事項を文字や図表などで説明をする」「ときには、部下が分からない点や、確認事項を書きこむ」といったやり取りを、双方が一目で分かるホワイトボード上で繰り返しながら進めていくのです。そうすることで、可視化を図れて、部下の理解を深めさせることができます。

また、こうしたやり取りをすることで、管理者は、部下の理解度を把握することもできます。

4 管理者がゴールを決めかねているときは?

管理者は、ゴールを明確に示さなければなりませんが、初めて取り組む業務など、管理者自身も明確なゴールを描けないことがあります。こうした場合は、「中間報告の場をこまめに設ける」ようにしましょう。中間報告の場で、作成途中でも成果物をみたり、部下の意見を聞いたりすることで、ゴールのイメージが徐々に明確になっていきます。

また、中間報告時に使用する資料のフォーマットはしっかりと決めておきましょう。これにより、双方が確認すべき重要な事項が統一されます。加えて、事前にフォーマットを決めておけば、部下が「時間をかけて中間報告用の資料を作る」ことはなくなり、仕事のための仕事、つまりムダを排除することができます。

以上(2021年9月)

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画像:mapo-Adobe Stock

【朝礼】本当の「自責」とは?

今日は、「自責と他責」について話をします。一般的に、「自責」は「何かあったときに責任や原因は自分にある」とする考え方で、「他責」はその逆です。人によってさまざまな意見があるかもしれませんが、私は最近、この「自責」「他責」に違和感を覚えることがあります。

よく、ビジネス上や組織では、他責よりも自責が良いとされますが、誤解を恐れずに言うと、「自責」という言葉を、自分の都合の良いように解釈しているだけの人もいると思います。

例えば、何か物事がうまくいかなかったときや進まないときに、「自分が悪かった」と言うのは、一見「自責」を認める度量があり、良い言動に思えますが、これは果たして組織にとって、そして部下にとって本当に良いことでしょうか。「自分が悪かった」という反省や感情を口にするだけの、「単なる思考停止」に陥っているだけではないでしょうか。これは、特に管理職に多いかもしれません。例えば、「部下が仕事を進められないのは私の責任です。申し訳ありません」と報告して、部下の仕事を自分でどうにかしようとする管理職がいます。状況にもよりますが、そう聞くと、私は2つの理由で違和感を持ってしまいます。

1つ目は、「この先、具体的にどう部下を指導していくつもりなのか、それが見えない」からです。本当に自分に責任があると思うなら、管理職は部下の成長を目指し、どうにか部下に仕事をさせるように行動すべきです。

「自分の責任だ」と言って管理職が仕事を引き取るだけでは何も変わらず、前進できません。これこそ、まさに思考停止状態です。

2つ目は、「自分の責任だ」と言う管理職を「自分視点でしか物事を捉えていない」と感じるからです。管理職自身は、「自分の責任だ」と言葉にすれば気持ちが収まるでしょうが、組織全体で考えたときには、そんな奇麗事ではすみません。「このように指導したが、部下はここまでしかできない」と、ある意味、「他責」的な視点で報告してほしい場合もあるのです。そうしなければ事実が分からず、本当に改善すべきことが何なのか見えなくなってしまうからです。

改めて言うと、私が考える自責とは、

「目標など【あるべき姿】に向かって前進するために、今自分がやるべきこと、できることを考えて精いっぱい行動すること」

です。

そのためには、周りに対して「もっとこうしてほしい」と意見したり叱ったり、自分が動くのではなく他人を動かしたりするような、一見「他責」に見える言動が必要なときもあるでしょう。それでも、前進するために「自分の責務、やるべきことを全うしようとしている」なら、それこそが本当に「自責」といえるのではないでしょうか。

「自分を責める」のではなく、「自分の責務を全うしようと精いっぱい努める」。皆さんもぜひ、こうした「自責の人」になってください。

以上(2021年9月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】一歩一歩、素早く確実に進め

私は、仕事で行き詰まっている人から相談を受けたとき、必ず「一歩一歩進むしかないよ。焦らずにね」とアドバイスをしています。しかし、一見優しく感じるこのフレーズの厳しさを感じ取ってくれる人は、残念ながら多くありません。

まず、「一歩一歩」という言葉から、多くの人は「ゆっくり」という印象を持ってしまうようです。しかし、私が伝えたいのは、進むスピードのことではなく、“質”についてです。その一歩でやるべきことを確実にこなし、万全にしてから次の一歩を踏み出すという、厳しい基準をクリアした歩みを求めています。これがどれだけ難しいことか、ある程度のキャリアを積んだ人なら分かるはずです。「もう大丈夫だ」と自信を持てるくらい、徹底的に努力してから次の一歩を踏み出すには、忍耐力が必要です。

同様に、「焦らず」という言葉から、多くの人は「マイペース」という印象を持ってしまうようです。確かに、ペースは人それぞれです。しかし、ビジネスにおける成長とは、相対的な関係で評価されます。自分が100の成長を遂げて満足しても、他の人が120の成長を遂げたのであれば、まだまだ努力と成長が足りません。同様に、上司が120の成長を期待しているのに、100しか成長できなければ、高い評価を得ることはできません。成長を焦ってミスが頻出してしまうのは駄目ですが、自分の能力が許す限り速く進むことが求められるのです。

どうですか。私の言葉がどれほど厳しいものか分かるでしょう。言葉のあやではありません。本気で今の局面を打開したいと考えている人なら、私の言葉の厳しさを感じ取れるはずです。逆に、そうでない人は、「ゆっくり」「マイペース」などと自分に都合の良い解釈をしてしまいます。

ノミは、あの小さな体で1メートルもジャンプする力を持っているそうです。しかし、高さ50センチの瓶に入れて蓋をすると、ノミはジャンプするたびに50センチの蓋にぶつかります。そのまま放置しておくと、そのノミは瓶から出しても50センチしか跳べなくなってしまいます。

自分に甘えるということは、自分にとって心地良い大きさの瓶を作って中に入り、そこから出てこないことと同じです。もっと成長できるのに、その機会を自分で潰しているのです。

「自分は甘えていた」。そう思い当たる節がある人には、変わるためのきっかけが必要です。具体的には、先延ばしにしていた仕事をすぐに片づけなさい。先延ばしするという行為が甘えそのものであり、それを断ち切るのです。また、仕事を先延ばしにしたことで、あなたは周囲の信頼を失いました。それを取り戻すための努力をしなければ、これからのあなたの努力を誰も応援してくれません。

私から見れば皆さんはビジネスパーソンとしてまだまだ未熟です。あえて言いましょう。「一歩一歩進むしかないよ。焦らずにね」

以上(2021年9月)

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画像:Mariko Mitsuda

戦略的直観/ローマ史から学ぶガバナンス(5)

書いてあること

  • 主な読者:現在・将来の自社のビジネスガバナンスを考えるためのヒントがほしい経営者
  • 課題:変化が激しい時代であり、既存のガバナンス論を学ぶだけでは、不十分
  • 解決策:古代ローマ史を時系列で追い、その長い歴史との対話を通じて、現代に生かせるヒントを学ぶ

1 成功の裏にある「機会」と「戦略的直観」

成功したビジネス、成功した企業、成功した経営者。さまざまな成功事例をもとに、数多の学者や専門家がビジネスモデルや経営戦略論などを研究・構築し、私たちに分かりやすく紹介してくれています。たくさんのビジネス書籍が出ており、こうしたものを読むと、なるほどと理解することができ、大変参考になります。

しかしながら、こうしたビジネスモデルや経営戦略論を眺めていると、それだけが成功要因ではないだろう、ということも同時に思い至るのではないでしょうか。多くの場合、成功事例の当事者たちは、そのようなビジネスモデルも経営戦略論も知らずに実践していたでしょうし、仮に知っていたとしても、知っていたから成功した、というような単純なものでもないでしょう。

では、成功に導けるかどうかの違いは、どこにあるのでしょうか。これも当然、答えは1つではありませんが、欠くことのできない重要な要素として、「機会」を逃さないこと、「機会」を生かすことが挙げられるでしょう。

歴史にifは禁物ともいわれますが、もしもを想像してみると、「機会」がいかに重要なのかが分かります。もしも、ビル・ゲイツがOS(Operating System)の開発を始めていなかったら、現在のコンピューター市場はどうなっていたでしょうか。それが1年早くても、1年遅くても、恐らくうまくはいっていないのではないでしょうか。状況、環境、タイミングといったものがそろった「機会」を逃さず、それを有効に生かせたからこそ、その後の成功があるといえるでしょう。

次に浮かぶ疑問は、なぜ、成功した企業や経営者は、その「機会」を逃すことがなかったのか、ということです。私たちは、こうした「機会」の背景に、合理的な分析があり、その分析に基づく壮大な戦略や計画があったかのように想像しがちです。しかし、成功事例をひもといてみると、そのような戦略や計画が背景にあることはほとんどなく、多くの場合、当初は何も見えておらず、物事の進行に合わせて思考し行動していたことが分かります。こうした思考過程を「戦略的直観」といいます。なお、念のため、言及しておきますが、「直感」ではなく「直観」です。「直観」とは、推論などの論理操作を差し挟まずに、直接的かつ即時的に本質を認識することを意味します。今回は、この「戦略的直観」をもって「機会」を逃さず、それを有効に生かしたローマ史の偉人のお話になります。

2 戦略的直観によるルビコン渡河

三頭政治を成立させ、執政官となったガイウス・ユリウス・カエサルは、その後、8年間にわたり、ガリア(現在のフランス、ベルギー、スイスなど)に遠征し、その全域を征服しました。ガリア諸部族の平定、ガリアのローマ化といった戦後処理を終えたカエサルは、北伊属州総督の本営地に入り、元老院派との政治的な戦いに取り組みます。新秩序の確立を目指すカエサルと、元老院主導の維持を図る元老院派との戦いは、法律、制度、情報、言論、弁舌を駆使して進められましたが、英雄ポンペイウスを取り込んだ元老院派は、過去にも反元老院派を葬ってきた元老院最終勧告をカエサルに突きつけます。これに従わねば、国賊ということになりますが、カエサルは、以前から、元老院最終勧告の不合理をうたってきたため、元老院派は、カエサルはこれに従わず、賊軍として戦いに入ると考えていました。そして、正規軍ポンペイウスがこれをたたけば全てが終わるという算段でした。

確かに、元老院派の読み通り、カエサルは、元老院最終勧告に従わず、武力による戦いに入ります。しかし、時期と場所が違っていました。軍勢を整え、春の訪れを待って火蓋が切られると元老院派は考えていましたが、1月初旬という冬の時期にわずか一個軍団のみで、カエサルは動きました。また、ルビコン川を越えることは国法違反にあたるため、ルビコン川の北側が戦場になると考えていましたが、カエサルは「ここを越えれば、人間世界の悲惨。越えなければ、わが破滅」(*)と檄(げき)を飛ばし、ルビコン川を越え、軍を進めました。状況からすれば、決してカエサル優位ではありませんでした。ですが、戦略的直観をもって、ここを勝負どころだと見定めたのです。

現有戦力は少ないものの、ガリアを戦い抜いてきた信頼に足る兵士たちであり、戦術次第で数的劣勢をくつがえせる。そして、ポンペイウスや元老院派が想定する相手の土俵には上らない。そういったことを考えたのではないでしょうか。その後の作戦も、相手に猶予を与えぬ早さで展開していきます。恐らく、さらに先を見据え、イタリア・ローマを短期に押さえることを考え、それが可能と判断したのでしょう。地中海世界全体を見れば、ポンペイウスの地盤は広く、それを背景にじっくりと構えられてはカエサルとて厳しくなります。イタリア半島内で短期に決するのであれば、十分勝機があると考え、ルビコン渡河を速やかに判断したのでしょう。結局、ポンペイウス軍や元老院派はイタリアを脱出し、各地に戦火が広がったため、ポンペイウス落命まで1年8カ月を要しました。しかし、地中海世界全体における戦力的な劣勢は、イタリア・ローマという本国を押さえていたことで補い、勝利を得ることになったのです。

3 戦略的直観に背いた結果の死

ポンペイウスを破ったカエサルは、その後、エジプトを平定、北アフリカ、ヒスパニアで元老院派を武力制圧して、ローマに戻ります。まさに連戦連勝でした。そのカエサルが著した「ガリア戦記」に次のような文章が残されています。「成功は戦闘そのものにではなく、機会を上手(うま)くつかむことにある」(**)。

このように「機会」の重要性を十分に認識し、戦いではほとんど負け知らずのカエサルでしたが、ご存じのように、その後、国家改革を推し進める中で、暗殺されてしまいます。これは「戦略的直観」に背く形で推し進めてしまった結果だったのではないでしょうか。

「戦略的直観」には、1.歴史の先例、2.平常心、3.ひらめき、4.意志の力、という4つの要素があるといわれています。戦いの場において、カエサルは、この4つの要素を生かして、機会を捉えていたのでしょう。しかし、50代半ばで絶対的権力を手にし、ようやく着手した国家改革では、自分に残された時間を考え、いわば平常心を捨て、「機会」にそぐわない形で強引に進めてしまった。それが暗殺という結果をもたらしたと思わざるを得ません。

カエサルの遺志を継いだ後継者アウグストゥス(オクタヴィアヌス)は、30代半ばでカエサルと同等の強い権力を手に入れ、じっくりと国家改革を進めていきます。カエサル譲りの「戦略的直観」をもって、カエサルが持ち得なかった時間軸の中で、「機会」を一つ一つ生かしていったように見えてなりません。

【参考文献】
(*)「ユリウス・カエサル ルビコン以前 ローマ人の物語IV」(塩野七生、新潮社、1995年9月)
(**)「ガリア戦記」(カエサル(著)、國原吉之助(訳)、講談社、1994年5月)

以上(2021年9月)
(執筆 辻大志)

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画像:unsplash

【与信管理】信用調査の概要とマニュアル作成のポイント

書いてあること

  • 主な読者:与信管理をしっかりと組織に定着させたい経営者
  • 課題:具体的にどのようなことをすればよいのか分からない
  • 解決策:与信調査の流れを知り、チェックリスト化して組織に定着させる

1 知らない相手と取引するのはリスクが大きい

企業の倒産は規模や歴史にかかわらず発生します。従って、新規取引時はもちろん、既存取引先についても経営状態を把握する必要があります。そのために必要なのが継続的な信用調査であり、これにより、倒産の予兆に気付き、貸し倒れを未然に防ぐ可能性が高まります。

このように、信用調査は重要な取り組みですが、中小企業では十分な信用調査を行っていないことがあります。また、行っていたとしてもその情報が社内でうまく共有されていない場合があります。例えば、相手の信用不安に関する情報を事前に入手していたのに、その情報が共有されておらず、営業担当者が取引を開始してしまったといったケースなどです。

こうしたことがないように、企業はきちんと信用調査を行うだけではなく、マニュアルなどを作成し、

相手を知らずに営業したり、取引したりするのは、とてもリスクが高いことである

ことを従業員に教育する必要があります。

2 信用調査の概要と方法

1)信用調査機関による調査

信用調査機関を利用すると、より客観的で、他社とも比較可能な情報(有料)を入手することができます。データベースに登録されている簡易な信用情報をインターネットから取得する方法が一般的ですが、信用調査機関が調査員を派遣して経営者などと直接面会をして作成するレポートを購入する方法もあります。代表的な信用調査機関としては「帝国データバンク」「東京商工リサーチ」の2社があります。

■帝国データバンク■
https://www.tdb.co.jp/
■東京商工リサーチ■
https://www.tsr-net.co.jp/

2)同業者調査

同業者と情報交換することで、取引先の一般的な信用度を知ることができます。タイミングがよければ、倒産の予兆を感じさせるような情報をいち早く入手できることもあるので、同業者との情報交換のパイプは持っておく必要があります。

ただし、同業者からの情報は主観的で、臆測を多分に伴うことに注意が必要です。そのため、信用調査機関の「調査レポート」などと併せて活用しましょう。

3)実態調査

自社の営業担当者などが実際に取引先に出向き、観察や面接などを行って相手の経営状態を細かく調査します。従業員が実際に見聞きした情報をまとめているので信頼できますが、少なからず本人の主観も入っています。

例えば、長年の付き合いがある取引先に対しては思い入れがあるので、甘い評価をしてしまうことがあります。逆に、担当年数が浅く、得られる情報が少ない場合や、担当者が苦手と感じているような取引先の場合は辛めの評価になることもあるでしょう。

3 信用調査のフローチャート

信用調査は「予備調査」と「実態調査」に大別され、予備調査の結果を踏まえて実態調査を行うという流れになります。

まず、取引先の概要を知り、どの程度の実態調査が必要かを調べるため、信用調査機関調査と同業者調査を行います。その後、予備調査として、そこから得られた資料を基に分析していきます。その後、実態調査に移ります。実態調査は、「予備調査で得た情報から、取引先の実情を観察や面接などによって確認する調査」です。このような2つの調査結果から、取引方針や与信限度などを決定し、実際の営業活動に反映させていきます。

信用調査のフローチャートは次の通りです。

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4 信用調査のマニュアルの項目と作成

信用調査の具体的な手法は、経験の浅い営業担当者でも行うことができるようマニュアル化することが必要です。作成するマニュアルは、文章よりも各項目のチェックリストによる○×式シートなどが分かりやすく、調査実施の手間が省けるでしょう。マニュアルに盛り込む主な項目は次の4つです。

  • 資料分析チェック:基礎資料から読み取れる情報のチェック
  • 営業担当者チェック:営業担当者による日々の経営・営業状況のチェック
  • 実態観察チェック:個々の営業担当者や「営業管理者」)による企業実態(取引先の変化)に関するチェック
  • 取引支払いチェック:事務担当者の記帳、管理情報チェック

以降では、資料分析チェック・営業担当者チェック・実態観察チェック・取引支払いチェックの詳細にも触れつつ、信用調査マニュアルを作成する際のポイントを紹介します。

5 資料分析チェック

既に入手している基礎資料から予測される情報のチェックです。過去に行った「信用調査機関調査や同業者調査」「協力的な取引先から提出される財務諸表、不動産・商業登記簿謄本」などの定期的な点検が該当します。

資料分析チェックは、営業担当者が自身の取引先について定期的に実施し、そのデータを蓄積しておくとよいでしょう。具体的なチェック項目の例は次の通りです。

1)基本事項

  • 商号
  • 沿革
  • 資本金
  • 事業概要
  • 従業員数
  • メーンバンク
  • 主要取引先
  • 主要株主(出資者)
  • 主要役職員
  • 本店、支店、工場、その他事業所の数や所在地

2)継続事項

  • 不動産登記情報のチェック(所有権の移動、第三者の権利設定、消滅など)
  • 商業登記情報のチェック(主要役員、資本金、支店、その他営業状況の変化など)

6 営業担当者チェック

営業担当者に、「日常の営業活動の中で積極的に取引先の経営、信用情報を収集・チェックさせる方法」です。営業担当者は取引先だけではなく、同業者や隣近所などからの情報収集も行うと、より効果的です。具体的なチェック項目の例は次の通りです。

1)営業状況

  • 新規、多額の設備投資または未経験の分野への進出投資
  • 新任経営者による営業方針、営業政策の急激な変更
  • 従業員の目立った異動、増減
  • 主要売上先の変更、取引状況の急変
  • 主要仕入れ先の変更、系列の転換
  • 主要役職員の更迭、辞任、死亡、事故など

2)資金繰り

  • 融通手形の発行
  • 取引先の倒産による多額の焦げつき、貸し倒れの発生
  • 金融業者などの高利資金の利用
  • 他の債権者の債権保全の状況や取り立ての強化

3)経営者の私生活

  • 経営者およびその家族の死亡、事故、病気など
  • 夫婦間、家庭内の不和、不満、不遇
  • 趣味、道楽、賭け事などへの過度の熱中
  • 名誉職、公職への過度の執心や熱中
  • 本業外の投機的事業、相場などへの過分の投資や傾注
  • 同族役員間の不和

7 実態観察チェック

営業管理者などが取引先訪問時に、経営や営業状態を注意深く観察し、その変化をチェックする方法です。営業管理者は、店頭や工場内、倉庫内などを詳細にチェックして取引先の経営状況を調査します。具体的なチェック項目の例は次の通りです。

1)営業状況の変化

  • 店内、現場における異常な雰囲気
  • 店舗、工場、倉庫、特に本社事務所、社長私宅などの新築、増築、改築、拡張など
  • 高額な機械装置、高級乗用車、その他高額資産の購入とその後の利用状況など
  • 在庫の急激な増減、返品の急増、特定品の異常な荷動き
  • 自動車、その他稼働率の高い営業用資産の買い替え状況およびその整備状況
  • 従業員の集団離職、幹部従業員の相次ぐ退社、労働争議の激化など
  • セールス訪問時における来客・電話などの繁閑度、機械工具などの稼働操業状況、従業員の勤務態度など
  • 社内の告示、机上や黒板のメモなど

2)応対、支払い状況の変化

  • 自社に対する応対、支払い態度の急激な変化
  • 自社以外の仕入れ先、外注先に対する支払い引き延ばしの兆候、支払い遅延の言い訳
  • 一部債権者の債権取り立て強化の動き、仮差し押さえ・仮処分・差し押さえ・強制執行などの、法的手続きの進行

3)代表者および主要役員の変化

  • 代表者および主要役員の交代
  • 大口取引先・大口債権者・金融機関の担当者に対する役員などの接触状況、応対態度の変化
  • 来訪客筋の急激な変化、特に本業外および好ましからざる来客の急増
  • 役員相互の接触、また役員と従業員との接触態度の変化
  • 趣味道楽への出費や新規事業・本業外への投資の傾注度合い

8 取引支払いチェック

経理担当者などが、取引先ごとの売り上げ、代金回収の記帳照合、監査事務、代金決済状況などをチェックする方法です。具体的なチェック項目の例は次の通りです。

1)取引状況の変化

  • 取引高(取引数量、取引金額、取引商品構成)の急激な増減、変化
  • 取引条件の変更とその後の取引高変動
  • 設備投資、または新規事業進出後の取引情報、支払い状況の変化
  • 取引商品構成の異常な変動など

2)買い掛け支払い手段の変化

  • 現金(小切手)、手形による支払い割合の変化
  • 回し(裏書譲渡)手形の急増、特に直接営業取引がないと思われる企業の振出手形の増加
  • 先日付小切手の発行、異常な長期決済手形の振り出し
  • 商取引名義人、正常銀行当座取引名義人以外の名義人振り出しの手形、小切手による支払い

9 信用調査教育の実施

自社独自の信用調査マニュアルを作成することは、経営の安定を図るだけでなく、従業員に信用調査の意識を植え付ける意味でも非常に重要です。

作成した信用調査マニュアルを効率的に活用するために、従業員に信用調査に関する教育を行いましょう。まず、営業管理者には、債権管理などの問題を研修テーマに取り上げ、手続き方法や、取引先の信用情報の収集分析方法を習得させます。同時に、営業担当者には、営業活動に関する教育の中で信用調査の重要性について理解させます。そして、経営者は朝礼・社内通達・各部連絡会議などで、信用調査の重要性を社内に周知徹底させましょう。

以上(2021年9月)

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画像:Mariko Mitsuda

【規程・文例集】「転籍規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:社員を関連会社などに転籍させる予定があり、転籍規程を整備したい経営者
  • 課題:在籍出向との違い、具体的に転籍規程に定める内容が分からない
  • 解決策:在籍出向では自社と社員の労働契約が維持されるが、転籍では労働契約が終了する。転籍規程には、「転籍は社員の同意を得て行う」旨を明記する。

1 「転籍は社員の同意を得て行う」のが原則

「転籍」とは、現在会社に在籍している社員が、関連会社などと新たに労働契約を結び直してその籍を移すことです。転籍出向とも呼ばれ、よく「在籍出向」とセットで語られますが、

  • 在籍出向では、自社と社員の労働契約が維持されるのに対し、
  • 転籍では、自社と社員の労働契約が維持されず終了する

社員を転籍させる場合、事前に就業規則(転籍規程など)に転籍に関する定めを設ける必要があります。定める内容はさまざまですが、まず大切なのは、

「転籍は社員の同意を得て行う」旨を明記する

ことです。転籍は社員との労働契約を終了させる性質上、同意を得た上で行うのが原則とされており、この同意に関するルールがあいまいだと社員とトラブルになる恐れがあります。

そのため、例えば、会社が転籍後の労働条件について定めた「転籍同意書」を作成し、社員がその内容に同意した場合に転籍させるなど、同意取得の手続きを明確に定める必要があります。次章ではここまでの内容を基に、関連会社への転籍を想定した転籍規程のひな型を紹介します。

2 転籍規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【転籍規程のひな型】

第1条(転籍制度)
会社は、当社の関連会社(以下「転籍先」という)との相互援助および共存共栄などを目的に、会社の従業員が3カ月の出向期間を経て転籍先に転籍する制度を設ける。

第2条(転籍先)
転籍先は次の各号に定める通りとする。会社は転籍先に変更がある場合は、速やかに本規程を見直し、従業員に周知しなければならない。

  • ○○株式会社 東京都
  • ××生産工場 東京都
  • △△株式会社 東京都

第3条(転籍の対象となる従業員など)
1)転籍は、入社後5年を経過した従業員のうち、会社から転籍条件の提示を受け、これに同意した者(以下「転籍者」)を対象に行う。転籍者は、別表第1「転籍同意書」に記入の上、遅滞なくそれを所属長に提出しなければならない。また、会社は、転籍先となる関連会社を明らかにした上で、その就業規則の写しを交付するなど、転籍先における転籍者の労働条件を通知するものとする。
2)転籍により、会社と転籍者との労働契約は消滅する。転籍者は新たに転籍先と労働契約を交わすものとする。
3)会社は、会社が提示した転籍条件に従業員が同意しないことを理由に、解雇、降格など不利益な取り扱いをしない。

第4条(労働条件)
転籍者の労働条件は、本規程に特別な定めがない限り、転籍先の労働協約、就業規則、労使協定、そのほか従業員の労働条件に関して定めた規程に従うものとする。

第5条(退職金)
1)退職金は、転籍者が転籍先を退職した日より3カ月後に支給する。
2)退職金の算定期間は、転籍者が会社に入社した日から転籍先を退職するまでの期間を通算した期間とする。
3)第2項以外で、会社と転籍先の退職金規程で異なる内容がある場合は、原則として会社の規程を適用する。

第6条(社会・労働保険)
健康保険、介護保険、厚生年金保険および雇用保険などの社会・労働保険については、転籍時に転籍先に移行する。

第7条(福利厚生施設)
転籍者の社宅・寮は転籍先がこれを調達し、転籍者は転籍先の定める賃借料を支払うものとする。

第8条(福利厚生制度)
転籍者の福利厚生制度は転籍先のものを適用するものとする。会社が実施し、転籍者が利用していた福利厚生制度で転籍先が実施していないものがあるときは、会社および転籍者が協議の上で対応を決定する。

第9条(転籍費用など)
1)転籍者の転籍にともなう旅費、荷造費、運送費などの転籍費用は、会社の基準に基づいて転籍先が支払うものとする。
2)会社は、転籍者の申請に応じて、3労働日の転籍休暇を付与する。転籍休暇は有給とする。

第10条(復籍)
転籍者が、自らの責に帰さない事由によりやむなく転籍先を退職し、転籍者が会社への復籍を希望する場合は、事情を斟酌し、会社と転籍先が協議の上、会社への復籍を認めることがある。

第11条(罰則)
転籍者が故意または重大な過失により懲戒処分を受けることになった場合、転籍前の事案については会社の就業規則、転籍後の事案については転籍先の就業規則に照らして処分を決定する。

第12条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

■別表第1「転籍同意書」■

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以上(2021年9月)

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画像:ESB Professional-shutterstock