かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。
第22回に登場していただきましたのは、経済産業省 新規事業創造推進室長の石井 芳明氏(以下インタビューでは「石井」)です。
1 「中小企業も大事だけれども、スタートアップを応援するということが、日本の産業を元気にする重要なポイントになるのではないか」と思ったのです(石井)
John
石井先生、この度は貴重なお時間を本当に愛りがとう(愛+ありがとう)ございます!
石井先生は、2012年からベンチャー政策や新規事業創出支援を進められ、内閣府にいらっしゃった2020年には「世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略」として日本全国の8つの都市を選定されるなど、日本のスタートアップ・エコシステムをつくられた立役者ともいうべき方です。日本ベンチャー大賞、始動Next Innovator、J-Startup、日本オープンイノベーション大賞などの素晴らしい取り組みを牽引されてきた石井先生にインタビューする機会を与えていただいて、心より感謝申し上げます。
早速ですが、石井先生はなぜここまでスタートアップ支援に力を入れていらっしゃるのでしょうか?
石井
私はもともと経済産業省にいて、途中で内閣府に出向していましたが、一貫して「中小企業やベンチャー企業の支援畑」を歩いてきました。このようなキャリアを歩むきっかけになったのは故郷で見た光景です。
私は、岡山県倉敷市の児島という田舎町の商店街の、小さな小売店の一家に生まれました。商家の5代目を継ぐかという話もあったのですが、中学生、高校生と成長するにつれて商店街がシャッター通りになってしまい、家を継ぐという選択肢もなくなりました。
児島は今でもジーンズなどの工場で知られる繊維産業の街で、かつて商店街は工場従事者の方々で賑わっていました。ですが、産業構造が変わってきて製造業がどんどん海外に移転するようになり、児島の周辺の繊維工場も海外に移転していってしまったのです。それに加えて、大規模小売店舗法が改正されて、商店街の近所に大規模店舗が出店するようになり、商店街がガラガラになってしまいました。
そのときに感じたのが、中小企業が一生懸命努力をしても、それ以前に経済の流れや、産業構造などが中小企業の経営を大きく左右するのだということでした。そこで、何とか頑張る中小企業の応援ができないかと思い、通商産業省(現在の経済産業省)に入省しました。
通商産業省ではずっと中小企業畑にいたのですが、途中で米国に留学する機会を得ました。留学時はカリフォルニア大学バークレー校で公共政策を勉強していたのですが、ビジネススクールをちょっとのぞいてみたときに、スタートアップとの出会いがありました。
その頃は、Amazon.comが出始めたころで、サンフランシスコのベイエリアやスタンフォード、バークレーなどでは、インターネットを介して何か新しいことをやろうと、とても盛り上がっていたのです。
その雰囲気を感じて、「中小企業も大事だけれども、スタートアップを応援するということが、日本の産業を元気にする重要なポイントになるのではないか」と思ったのです。それ以降はずっと、中小企業に加えてスタートアップも応援し続けています。
経済産業省でも新規産業を担当しましたし、内閣府ではスタートアップ・エコシステムの支援や、スタートアップのための税制やスタートアップの組織を統制するための法律をつくることに携わってきました。
John
1996年のバークレーへの留学が先生の人生を変え、ひいては日本の未来を変えたということですよね?
石井
日本の未来を変えたかどうかは分かりませんが、少なくとも私の中では、中小企業以外にスタートアップというプレーヤーがいると明確に認識するきっかけになりました。政策マンとして、スタートアップも応援しなくてはいけないということを強く思い始めるようになりましたね。
2 社会全体として、リスクを取る、挑戦する人を称賛する、“良い失敗”についてもっと寛容になり、次のチャンスを与える、ということが足りないと思います(石井)
John
そもそも日本の産業が元気を失ってしまった元凶である「失われた30年」が起こったのは、何が原因だったと思われますか?
石井
「失われた30年」以前、日本が元気だった時代の経済は、高度成長を続けて、欧米を凌ぐ勢いでした。その成功体験が、その後もずっと足を引っ張り続けたのかもしれないですね。「こうすれば成功する」という、高度成長時代の成功パターンにずっと縛られていた。これが1つの原因ですね。
それからもう1つは、リスクを取れなくなってしまったことだと思います。もっと新しいことに挑戦すればよいのに、大企業を中心に、安全な方向に進もうとしてしまいました。その結果として、スタートアップが生まれにくいということにもつながり、新しい産業をつくる上でマイナスになったのだと思います。
John
「失われた30年」を経た現在、またこの先の未来も含めて、日本の社会課題として、どのようなことが挙げられると思いますか?
石井
やはり、リスクを取る人が少ないことだと思います。社会全体として、リスクを取る、挑戦する人を称賛する、“良い失敗”についてもっと寛容になり、次のチャンスを与える、ということが足りないと思います。失敗には種類がありますが、良い失敗に対しては寛容になって次のチャンスを与えるべきです。
これは大企業もそうですし、役所にも当てはまります。「面白いから、どんどんチャレンジしなよ」と後押しする社会にならないといけない。それが課題でしょう。
John
成功か失敗かという二択で考えてしまいがちですが、失敗にも色々あって、“良い失敗”の場合は評価していこうということですね。今、成功しているとされている起業家や企業も様々な失敗から得た学びを活かして現在の地位を築いているわけですし、失敗を恐れて現状維持をしようとしても変化の激しい現代ではすぐに顧客のニーズを満たせなくなってしまいます。ですから、リスクを怖がって現状維持ばかりしようとすると、実際はマイナスになってしまうし、これからますますチャレンジなくして成長なしという社会になっていきますよね。
そこで、取るべきリスクとは何かということが重要ですが、石井先生はどうお考えでしょうか?
石井
新しいこと、つまり現状の延長線上にはないことをやってみるためのリスクは取るべきですね。
ですが、闇雲にやってもダメで、基本的には、解決しなければならない課題が明確にある部分を特定して、そこにチャレンジしていくことです。リスク取ることと、博打(ばくち)をすることとは違います。リスクを取る上ですごく大事なのは、現場の声をどんどん聞いたり、現場の空気を感じたりして、解決が必要な課題が明確にあることを十分に検証しておくことです。その上で、解決しなければならない課題があると確信したら、それを迷わずやる、しかもやり続けることが大事なのだと思います。
3 スタートアップが成長していくような仕組みを、全体として作っていくことがとても重要です(石井)
John
社会課題の解決のために、新たなチャレンジをしてイノベーションを起こそうとするスタートアップの存在が求められていますよね。
石井先生は、日本の経済をJカーブさせてもう一度発展させていくために、スタートアップが果たす役割は何だと思われますか?
石井
スタートアップだけでは今の日本の状況は変えられないと思います。スタートアップは重要なプレーヤーではありますが、スタートアップを取り巻くエコシステムが変わらないと、日本全体を変えることはできません。大企業や大学は重要なプレーヤーですし、他にもいろいろなプレーヤーが変わっていく必要があります。
スタートアップは、大企業や大学を始めとするプレーヤーが変わるためのきっかけをつくる、あるいは突破口を開く役割を果たすのではないでしょうか。
スタートアップは大企業に成長していかないといけないですし、大企業にならないのであればゼブラ企業として、安定して地域に貢献できる存在にならないといけないと思います。チャレンジをしてイノベーションを起こし、成長するという社会にするためのけん引役にスタートアップがなることで、大企業や大学にも良い影響を与えることができます。
そして、スタートアップが成長していくような仕組みを、全体として作っていくことがとても重要です。
John
一番聞きたかったお話をお聞きすることができました! ユニコーン企業とゼブラ企業の役割は違いますが、どちらもスタートアップ的なマインドを忘れずに、イノベーティブであり続けて欲しいです。
また、スタートアップ・エコシステムといえば、やはりこのコロナ禍の一年を見てもシリコンバレーが圧倒的にユニコーン輩出も一番ですし、起業家を支援するプレーヤーのボリュームも優れていますよね。私も、現地の大学やアクセラレーターで学び、インキュベーターやハッカーハウスを訪れ、VCやエンジェル投資家、弁護士などのスタートアップの支援者達と交流をし、その素晴らしさを実感しました。イノベーションは、世界をより良くしたいと願う者達みんなで起こすものなのだと気づいたことが、現在の活動に繋がっています。
ところで、石井先生が創設に携わった「日本オープンイノベーション大賞」はどのような経緯でスタートしたのでしょうか。同賞についてご説明していただけますか?
石井
日本オープンイノベーション大賞は、「産学官連携功労者表彰」として15回開催されてきたものをリニューアルして、2018年度に創設された制度です。オープンイノベーションという言葉が幅広く使われるようになり、「オープンイノベーションをやらなきゃ」という人が増えてきたことが創設の背景にあります。
ですが当時は、本当に成果を出しているオープンイノベーションは何か、これぞオープンイノベーションだと言える事例は何かというと、国内には見える形では示されていませんでした。そのため、「社長からの指示で、突然オープンイノベーション担当になりました」というような人たちは、何を参考にすればよいか分からずに苦労していたのです。
そこで、オープンイノベーションのモデル例、つまりロールモデルを示そうと、日本オープンイノベーション大賞が創設されました。
日本オープンイノベーション大賞は総理大臣賞だけでなく、文部科学大臣賞、国土交通大臣賞、総務大臣賞など各省の大臣賞などもあるため、それぞれの政策フィールドでの好事例を表彰することで、さまざまな分野でのオープンイノベーションのロールモデルを見える化できると思いました。すでに第3回まで開催しています。
John
目標となるモデルを示して、後に続く人々を育成しようというねらいがあったのですね。第3回まで行ってこられた中で感じられた成果や変化はどのようなものがありましたか?
石井
オープンイノベーションの取り組みが、ボトムアップされてきたという認識があります。
過去3回の受賞者に関しては、いずれも立派な取り組みと成果を出しているという点ではそれほど変わっていないと思います。ですが、毎回応募される120件程度の案件全体で見ると、いい案件が増えてきたと感じています。
John
素晴らしいですね。日本オープンイノベーション大賞に応募される案件は、スタートアップと大企業とのオープンイノベーションが多いのでしょうか?
石井
スタートアップと大企業とのオープンイノベーションもありますし、大企業同士や大学連携もあります。また、地域住民を巻き込んだ、地域のプレーヤーが参加するオープンイノベーションも見られます。
John
多種多様なオープンイノベーションが見られているのですね。
海外スタートアップと日本の大企業とのオープンイノベーションはいかがでしょう。グローバルオープンイノベーションを加速させ、海外のよい知見を取り入れたり、海外の素晴らしいスタートアップを日本に呼び込んだりすることで、日本の課題の解決方法にも幅が出ると思います。
また、日本の大企業がイスラエルやインド、フランスなどの海外のスタートアップを買収することも重要だと思いますが、海外のスタートアップと日本の大企業とのオープンイノベーションの現状について、石井先生の分析とお考えを聞かせて頂けますか?
石井
海外のスタートアップと日本の大企業とのオープンイノベーションは欠かせないと思っています。海外のスタートアップに日本に来てもらう、あるいは日本の大企業が海外のスタートアップをM&Aしたり、協業体制を築いたりすることは、非常に大事なことです。
ですが、残念ながら現時点では、は海外のスタートアップとオープンイノベーションを行う体制が整っていない日本の大企業が多いと、痛感しています。
これは海外のスタートアップとの連携には限らないのですが、大企業は、スタートアップのスピードに対応して意思決定するというのが、なかなかできないという問題があります。スタートアップは、時間とともにお金を燃やしているわけです。だから「3週間検討します」、下手したら「1カ月検討します」「3カ月検討します」と言われてしまうと、バーンアウトしてしまうわけです。
そうならないように、大企業にはもっと早く意思決定するとか、あるいはまだ情報が全部そろっていなくても、それを許容した上でリスクを取るという意思決定することが求められます。しかし、それができていません。
日本の大企業は国内のスタートアップとのオープンイノベーションもなかなか難しいくらいですから、海外のスタートアップと連携するには、そのような意思決定ができる体制をしっかりと整えてから始めないといけないと思います。
そのときに何が必要かというと、海外のスタートアップとちゃんと話ができる人、あるいは海外のスタートアップの在籍経験がある人だと思います。
John
スピード感の差は、大きな課題ですよね。石井先生が仰られたようなスタートアップ側の事情を、もっと大企業は理解した上で、従来のプロセスとは違う迅速な対応ができるシステムを社内に構築しなければなりませんよね。「弊社はこういう流れでやっています」というのを一方に押し付けるような形になってしまっては、国内外問わずオープンイノベーションの成功は難しいです。共にイノベーションを起こすチームなんだという認識で、相手の状況を理解し、手を取り合うためには何が出来るだろうというと考えていかなければ。
相手が海外スタートアップなら尚更です。ミーティングをすることが重要なのではなく、その中で意思の疎通をしっかりとり、いつまでに誰が何をするのか、共通のビジョンやゴールは何なのかを明確にして、次に繋げていきたいですね。
石井
森若さんが大企業の中に入れば、海外のスタートアップと“切った張った”ができるでしょうが、そういう人はあまりいないですよね。だから、そういう人が増えないといけないのです。
John
ありがとうございます。海外のスタートアップとちゃんと話ができる人、あるいは海外のスタートアップの在籍経験がある人を、どのようにして増やしていけばよいと思われますか?
石井
昔は商社マンに、そのような人が多かったですよね。ですから、商社マンや、海外のスタートアップの在籍経験がある人をちゃんとリクルートすることが大事かもしれません。
あとは、少し時間はかかりますが、社員を海外で武者修行させることです。ちなみに経済産業省でも日本貿易振興機構(JETRO)との共催で、グローバル起業家などのイノベーターを育成するプログラム「始動Next Innovator」を毎年実施しています。国内のイノベーターの卵100人を一般募集して研修し、上位20人をシリコンバレーに送って本場の風にあたらせる、というプログラムです。
ただ、武者修行させるときに大事なのは、1人ないし数人だけ研修させても効果は得られないということです。そういう人がごく少数だと、結局、内部で浮いてしまうのです。ですから、留学期間は短くてもいいので、なるべく多くの人を海外に出していくことが重要です。
これは社内から海外に留学させる場合も、外部から人材を招へいする場合も同じです。ごく少数で社内の組織をオペレートしようとしても、全体は動かないものです。全体を動かすためのスレッシュホールド(閾値)を超える人数を用意する努力をしたときに、日本の大企業は海外のスタートアップを活用できるようになると思います。
4 日本もスタートアップ・エコシステムづくりに力を入れている各国の都市に負けていられない、それに匹敵するような都市を選定し、政府として応援しましょうというものです(石井)
John
石井先生が携わった大きな施策の1つに、「Beyond Limits. Unlock Our Potential~世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略~」がありますね。2020年7月に、グローバル拠点都市として「スタートアップ・エコシステム 東京コンソーシアム (東京都、川崎市、横浜市、和光市、つくば市、茨城県等)等」「Central Japan Startup Ecosystem Consortium (愛知県、名古屋市、浜松市等)」「大阪・京都・ひょうご神戸コンソーシアム (大阪市、京都市、神戸市等)」「福岡スタートアップ・コンソーシアム (福岡市等)」の4拠点、推進拠点都市として「札幌・北海道スタートアップ・エコシステム推進協議会 (札幌市等)」「仙台スタートアップ・エコシステム推進協議会 (仙台市等)」「広島地域イノベーション戦略推進会議 (広島県等)」「北九州市SDGsスタートアップエコシステムコンソーシアム (北九州市等)」の4拠点が選定されました。
この施策は、世界のユニコーンの約7割が、シリコンバレーを始め、ニューヨーク、イスラエルなどの都市圏から出てきていることも踏まえたものだと思いますが、どのような基準で8拠点を選定されたのでしょうか?
石井
ユニコーンの約7割が都市圏から生まれているのは、都市圏にイノベーティブな人材が集まりやすいからです。一定のポテンシャルのある都市に、とてもイノベーティブな人たちが集まってチャレンジをして、スタートアップがどんどん生まれていき、ユニコーンに成長する。そのようなエコシステムをつくっていく動きが、シリコンバレーに続いて、ニューヨーク、パリ、ベルリン、ロンドン、北京、上海といったところで出始めています。
拠点都市の選定の元々の発想は、日本もスタートアップ・エコシステムづくりに力を入れている各国の都市に負けていられない、それに匹敵するような都市を選定し、政府として応援しましょうというものです。
ですから、都市をたくさん選んでも仕方ないので、当初は2カ所か3カ所の都市を想定して募集を始めました。ところが30くらいの都市から応募があり、首長の方々も積極的にアピールされ、プランの提案競争になったのです。
そうはいっても3カ所程度に絞らないといけないので、外部の審査委員にも入ってもらいながら、まずは各都市のスタートアップの数やベンチャーキャピタルの投資規模、大学の研究者の数などのデータをベースにしながら採点をしました。それに加えて、各都市が今後どのようにエコシステム形成のための取り組みを進めていくのかというプランも採点しました。
結果としては、もちろんポテンシャルでいうと東京がダントツですから、東京が選ばれました。それから、高島宗一郎市長の下で2012年から「スタートアップ都市」を目指して活動してきた福岡市が、コミュニティーづくりを評価されて選定されました。
残りは、大阪、京都、名古屋の3都市が接戦になっていたのですが、「大阪・関西万博」も控えて関西圏を盛り上げようという機運が高まっていた大阪、京都、神戸の3都市が連携するということになったので、選定されました。
また、名古屋市も、大村秀章知事や河村たかし市長がスタートアップをオープンにやると打ち出すなど、ここ3〜5年で大きく変化してきました。そこで名古屋は外せない、ということになりました。さらに選定直前に、もともと起業が盛んな浜松市の鈴木康友市長が大村知事と直談判して、二都市が連携することになりました。
推進拠点都市の4都市は、行政が一生懸命スタートアップ支援に力を入れており、頑張る中堅都市も大事だということで選定しました。
John
浜松市は、私が大尊敬しており、親しくさせて頂いているスタンフォード大学の池野文昭先生が、浜松の魅力を国内外に広く発信することを使命とした親善大使「浜松市やらまいか大使」を2018年度に務めています。
石井
浜松市は池野先生の存在も大きいですね。浜松市の選定の理由は、鈴木市長と、ベンチャートライブというベンチャー起業家のコミュニティー、それから池野先生が「浜松市にコミットする」と主張されていたのも印象深く、「こういうキープレーヤーがいるのは大切だ」と私達も思いました。
5 日本の勝ち筋というのは、やはりディープテック系だと思っています(石井)
John
石井先生が携わったスタートアップ・エコシステムづくりで忘れてならないのが、J-Startupです。地域版は、北海道、東北、セントラル(中部)、関西、新潟まで広がっていますね。J-Startupについて教えてください。
石井
先ほどのスタートアップ・エコシステム拠点都市の選定では、ニューヨークやパリなどとの都市間競争の話をしました。それだけでなく、米国のGAFAや中国のBATなど、巨大なプラットフォーマーが世界を席巻している状況を踏まえると、日本にも世界で戦って勝てる企業をつくらないといけないということになるわけです。
本来、産業政策というのは、今後の成長が期待できたり、国にとって重要であったりする業種や分野にフォーカスして行うのが基本です。ですが、スタートアップの世界での競争を見ると、勝てる企業をつくるためには、企業単位にフォーカスすることが重要だと思っています。その考えに基づき、企業単位にフォーカスしてマーケティングをするために創設されたのがJ-Startupです。
J-Startupは経済産業省が世耕弘成大臣だった2018年に創設したのですが、世耕大臣の言葉を借りると、「えこひいきをしてでも世界に勝てる企業を作ろう」という考えなんです。スポーツの世界で、強化選手を選んで強化合宿をするようなイメージですね。これまで140社程度のJ-Startup企業を選んでいます。
すると、地方から、もっと地域の核となるようなスタートアップを支援したいとの要望が聞かれたので、現在は地域版にも取り組んでいるという状況です。
John
J-Startup企業に選ばれるのは、全体としてどのような業態の企業が多いのでしょうか? やはりディープテックの領域が多いのでしょうか?
石井
先ほど「世界で戦う」という話をしましたが、日本の勝ち筋というのは、やはりディープテック系だと思っています。残念ながら日本は、GAFAなどとのITプラットフォームを巡る戦いには勝てていないわけです。この戦いは欧米のほうが長けており、おそらく、日本はこれからも勝てないのではないかと思っています。
では、日本が欧米に勝てる分野は何かというと、テック系のプラットフォームだと思います。ITプラットフォームのように横への広がりはないものの、縦に深く広がっていくタイプのものです。その分野では、このプラットフォームを使わないとダメというような、テック系のプラットフォームを押さえていくことが、日本の勝ち筋だと思います。
1つの例が、ペプチドリームという会社です。創業から15年ほどで時価総額7000億円程度まで成長しています。彼らはファイザーやアストラゼネカと対等に共同研究の契約が結べます。なぜなら、「ペプチド創薬」の技術的な開発プラットフォームを持っているからです。
ペプチドリームのような事例をどんどん作っていくことが大事だと思います。ペプチドリームのようにバイオの分野の他に、バイオ以外の医療分野、素材の分野、ロボット系の分野、あるいは少し先になりますが量子コンピュータなどの分野ですね。こうした、今でも日本が強い分野を戦略分野として伸ばしていって、その分野ではこのプラットフォームを使わなければ成り立たないという戦略拠点を押さえるということが重要だと思います。
John
約140社のJ-Startup企業を見ても、ディープテックスタートアップの比率が高いですね。
石井
そうですね。時価総額だけを見てJ-Startup企業を選定していたら、このような選定にはなりません。選定された企業がディープテックに偏っているのは、日本としての勝ち筋を意識した政策意図によるものです。
John
日本でディープテックを育てていくメリットの1つには、英語がそこまで通じなくても、良いものであればグローバルに展開できるという要素もありますね。
石井
それはあります。IT系のプラットフォーム、つまりサービス系のプラットフォームは、言葉プラス仕組みづくりです。ですが、ディープテックであれば言葉は関係ないですし、圧倒的なパフォーマンスさえ実現すれば、それで勝てるわけです。あとは、その周辺の知的財産の戦略的な取得方法ということも大事になりますが、それさえできれば世界で勝つことができます。
John
石井先生は、ディープテックスタートアップがグローバルスケールしていくにあたり、どのような課題があるとお考えですか?
石井
とても悩ましいのは、ディープテックは成長するまでに時間がかかるということです。ハードであれば10年以上、15年もかかってしまいます。また、レイターステージになるにつれて、かかるお金の量はとても多くなります。
ですから、ペイシェントマネーと、さらにドンと出せるまとまったお金も必要になります。その問題をどうクリアするかは課題になります。
それともう1つの課題は、事業化していく動きが、まだまだ少ないということです。そのためには、大学の研究室からもっと芽が出てこないといけないですし、研究者の“手離れ”を早くするということも大事だと思います。
John
技術系の大学の研究室からディープテックのスタートアップがどんどん生まれてくることが、日本の経済の立て直しにもつながっていくというわけですね?
石井
そうです。東大や京大も大事ですが、地方大学にも「世界で随一」という技術を持っている研究室があります。そうしたところも含めて、事業化をしていく動きが加速するといいと思います。
John
そうした意味では、札幌や名古屋、福岡などの地方の証券取引所で早めに上場をして、資金を大量に投入できるようにしたり、エグジットしたりしていくことも、1つの手法ではないでしょうか。
石井
また、地方の有力企業がもっとスタートアップにエンジェル投資をするなど、地方の方々も一丸となって日本を盛り上げよう、世界に日本をアピールしようとする動きが出るといいと思います。
6 優秀な方が日本で起業されて、日本で上場できるという“ジャパンドリーム”が実現できたらいいですね(John)
John
大学発の研究室型スタートアップでは、留学生の活用も重要ではないでしょうか? 人数でいえば日本人よりも中国人やインドネシア人などの若手のPh.D.(博士)の方が多いわけですから、そういった方々にもっと日本の大学発の研究室型スタートアップに参加していただきたいです。
石井
留学生のスタートアップはとても大事だと思います。せっかく日本で勉強したのに、日本の外で起業するというのは、日本にとってももったいない話で、どんどん日本で起業してほしいと思います。
そのためにスタートアップビザ(外国人起業活動促進事業)制度を開始しました。同事業に認定された地方公共団体は、1年以内に起業する見込みがある外国人に対して、最長1年間、「特定活動」としての在留資格を認めることができます。従来は留学生が学生ビザから経営者ビザに移行するためには、一度母国に帰国しなければいけませんでしたが、この制度を活用することで、1年間シームレスで起業の準備ができるようになりました。
福岡市や神戸市、東京都渋谷区などではこの制度を使ってもらい、日本で起業したりスタートアップで働いてもらえたりするといいと考えています。
John
優秀な方が日本で起業されて、日本で上場できるという“ジャパンドリーム”が実現できたらいいですね!
石井
アジアの優秀な人材がせっかく日本に留学しても、そのまま日本に滞在しないのはもったいないことです。今はコロナ禍の問題がありますが、将来的には、世界中から優秀な人材がどんどん日本に集まって増えればいいと思います。
John
2021年3月には、台湾のAppier Group(エイピアグループ)というAIを活用したマーケティングサービス会社が東証マザーズに上場しました。100億円近い売り上げのあるグローバルスケールした企業が日本で上場してくれたわけです。もっと多くの海外企業が日本で上場して、日本の投資家も海外の投資家も日本に増えていくという流れが生まれると良いと思っています。
石井
そうですね。東京証券取引所でも、海外から企業を呼びたいという話を聞いたことがあります。どんどん来てもらいたいですね。
John
最後に、人生の全てをかけて日本のスタートアップや中小企業の応援をされてきた石井先生にとって、イノベーションを起こすための哲学とは何か、お聞きかせください。
石井
哲学というほど大それたものではないのですが、とにかく挑戦することと、挑戦を応援することが、とても大事だと思います。自分自身も挑戦するし、周りも挑戦する。新しいことにどんどん挑戦して、挑戦することが面白いことだと感じられる、そんな流れを増やしていきたいですね。
挑戦する中で、上手くいかないこともあるでしょうが「まあいいじゃないですか」と次へ進む。それを世の中みんなでやっていくということが大事だと思います。
理想論で言うと、挑戦した人が成功する、そして次の挑戦者をどんどん応援する。そのようなサイクルが回ることがとても大事だと思います。
John
私も、誰もが挑戦でき、頑張る人が応援され、互いに応援し合える社会こそが、真のエコシステムだと思っています。挑戦者を応援するということは、共に同じ夢を見ることであり、未来を作る仲間になるということです。より良い世界を作るために挑戦することを尊いと感じる人々が日本にもっと増えたら嬉しいですし、私自身も挑戦し続け、挑戦者を全力で応援したいと思います。
石井
社会として挑戦する人を応援して、成功した人を賛えるということは、すごく大切ですよね。挑戦した人は応援され、成功したら賛えられ、成功した人は後輩を育成する。そんな動きが自然になってくるといいと思います。
John
日本をより良い国にするために第一線でリードされてきた石井先生にお話を伺うことができて、大変勉強になりました。
石井先生、本日はお忙しい中、貴重なお時間をいただき、愛りがとうございました。
以上
※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年7月30日時点のものであり、将来変更される可能性があります。
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