「会計・財務」の用語集 よく使う略称などを紹介

書いてあること

  • 主な読者:会計・財務でよく使う用語の意味を知りたい人
  • 課題:似ている用語、独特の用語が多くて混乱する
  • 解決策:先に損益計算書や貸借対照表が示すものを理解し、その上で関連する用語を覚える

本稿で紹介する用語は次の通りです。

損益計算書、売上高、売上原価、売上総利益、販売費及び一般管理費、営業利益、営業外収益・費用、経常利益、特別利益・損失、税引前当期純利益、法人税、住民税及び事業税、税引後当期純利益、貸借対照表、流動資産、固定資産、有形固定資産、無形固定資産、投資その他の資産、繰延資産、流動負債、固定負債、純資産、キャッシュ・フロー計算書、営業活動によるキャッシュ・フロー、投資活動によるキャッシュ・フロー、財務活動によるキャッシュ・フロー、売上高営業利益率、総資本経常利益率、自己資本利益率、自己資本比率、流動比率、固定比率、労働生産性、設備生産性、労働分配率

1 損益計算書に関連する用語・略称・定義

1.損益計算書(Profit and Loss Statement・PL・P/L)

損益計算書とは、一定期間(通常1年間)の会社の経営成績である利益(Profit)、または損失(Loss)を示すものです。利益は、売上高などの「収益」から、売上原価などの収益を得るために支出した「費用」を差し引いて算出されます。

2.売上高(Sales)

商品・製品・サービスの売上によって得られた収益の総額です。会社の収益力を見る上で、最も基本的な数値の1つです。損益計算書上の最上段に表示するため「Top Line(トップライン)」とも呼ばれ、カタカナ英語としても定着しています。

3.売上原価(Cost of Goods Sold、Cost of Sales)

小売業の仕入原価や製造業の材料費・労務費・製造経費など、商品の調達や製品の製造に必要な原価です。売上に直接紐づけられる費用を計上することから、業種によって原価の範囲は異なります。

4.売上総利益(Gross Profit)

「粗利(あらり)」とも呼ばれ、その事業年度中のもうけの源泉を表しています。

売上総利益=売上高-売上原価

5.販売費及び一般管理費(Selling and General Administrative Expenses)

売上に直接紐づけられない人件費や諸経費(水道光熱費、広告宣伝費、減価償却費など)です。

6.営業利益(Operating Profit、Operating Income)

本業による利益です。会計・財務の世界では、営業(Operating)とは本業のことを表します。

営業利益=売上総利益-販売費及び一般管理費

7.営業外収益・費用(Non-Operating Income・Non-Operating Expenses)

本業以外の投資・財務活動によって生じた収益や費用です。営業外収益には預貯金の受取利息などが含まれます。また、営業外費用には支払利息などが含まれます。

8.経常利益(Ordinary Profit)

本業以外の投資・財務活動までを勘案した利益です。経常とは常に一定という意味であり、通常などと訳される「Ordinary」という英語が使われています。

ある年度の経常利益を見ることで、毎年度どれくらいの利益を出しているのかが把握できます。なお、欧米諸国の損益計算書には経常利益の概念はなく、日本固有の考え方とされます。

経常利益=営業利益+営業外収益-営業外費用

9.特別利益・損失(Extraordinary Gains・Extraordinary Losses)

会社の経常的な経営活動とは直接関係のない、臨時的、偶発的(Extraordinary)に生じた収益や費用です。特別利益には、固定資産売却益などが含まれます。また、特別損失には自然災害や訴訟による損失などが含まれます。

10.税引前当期純利益(Pretax Profit)

臨時的、偶発的に発生する収益と費用までを考慮した利益です。

税引前当期純利益=経常利益+特別利益-特別損失

11.法人税、住民税及び事業税(Income Taxes)

法人税、住民税及び事業税は、当期のもうけに課せられる税金です。

12.税引後当期純利益(Net Profit)

会社が処分可能な最終利益です。税引後当期純利益は、会社の財務体質強化のために内部留保や、新たな設備投資の原資となります。損益計算書上の最下段に表示するため「Bottom Line(ボトムライン)」とも呼ばれ、トップラインと同様にカタカナ英語として定着しています。

税引後当期純利益=税引前当期純利益-法人税、住民税及び事業税

2 貸借対照表に関連する用語・略称・定義

1.貸借対照表(Balance Sheet・BS・B/S)

貸借対照表とは、ある時点(通常は決算日時点)の会社の財政状態を示すものです。貸借対照表には、決算日時点での会社がどのようにお金を調達し、そのお金を何に投資しているのかといった資金の状態が表示されています。英語表記の通り、左右の勘定科目が必ずBalance、一致することが特徴です。

2.流動資産(Current Assets)

現金・預金、受取手形、売掛金、棚卸資産など、原則として1年以内に回収される資産です。

3.固定資産(Fixed Assets)

建物・付属設備・構築物、特許権など、原則として1年超にわたって保有される資産です。

a.有形固定資産(Tangible Fixed Assets)

固定資産のうち、建物・付属設備・構築物、土地など有形の財産として会社が保有する資産です。

b.無形固定資産(Intangible Fixed Assets)

固定資産のうち、特許権、ソフトウエアなど無形の財産として会社が保有する資産です。

c.投資その他の資産(Investments and Other Assets)

固定資産のうち、関係会社株式、出資金、長期貸付金など、主に本業以外の投資活動のために保有する資産です。

4.繰延資産(Deferred Assets)

創立費、開業費、株式交付費など既に発生した費用のうち、現在から将来にわたって効果が見込まれるために、経過的に貸借対照表に記載される資産です。延期したなどの意味を持つ、Deferredという言葉が使われています。

5.流動負債(Current Liabilities)

支払手形、買掛金など、原則として支払期限が1年以内の負債です。

6.固定負債(Fixed Liabilities)

社債、長期借入金など、原則として支払期限が1年超になる負債です。

7.純資産(Net Assets)

資本金、資本剰余金、利益剰余金など返済する必要がない資金です。純資産は大きく株主資本(=資本金+資本剰余金+利益剰余金-自己株式)と株主資本以外に区分され、株主資本以外としてはその他有価証券評価差額金、新株予約権などがあります。株主資本とその他有価証券評価差額金等を合わせて自己資本、自己資本に新株予約権等を合わせて純資産と言いますが、厳密に区別せず純資産を自己資本と呼ぶこともあります。

3 キャッシュ・フロー計算書に関連する用語・略称・定義

1.キャッシュ・フロー計算書(Cash Flow Statement・CS・C/S)

キャッシュ・フロー計算書とは、一定期間(通常1年間)の会社の現金の流れ(キャッシュ・フロー)を、会社の活動ごとに示すものです。キャッシュ・フロー計算書では、営業活動、投資活動、財務活動によって、どのようにキャッシュが動いたかを示しています。

2.営業活動によるキャッシュ・フロー(Cash Flows-Operating Activities)

商品の販売による収入や商品の仕入れによる支出など、営業損益計算の対象となった取引の他、投資活動および財務活動以外の取引に関するキャッシュの動きを示す項目が記載されます。

3.投資活動によるキャッシュ・フロー(Cash Flows-Investing Activities)

有形固定資産、有価証券および投資有価証券の取得による支出および売却による収入に関するキャッシュの動きの他、貸し付けやその回収、定期預金の預け入れやその払い戻しなどに関するキャッシュの動きを示す項目が記載されます。

4.財務活動によるキャッシュ・フロー(Cash Flows-Financing Activities)

短期・長期の借入とその返済、自己株式の取得、配当金の支払いなどに関するキャッシュの動きを示す項目が記載されます。

4 財務分析に関連する用語・略称・定義

前章までは、財務3表に記載されている勘定科目の用語や定義などを見てきました。こうした内容を押さえた後は、そこに記載されている数字を読み解く財務分析の力も必要になります。財務分析は、次のような視点から行います(他の視点もありますがここでは割愛します)。

  • 収益性分析:十分な利益を獲得しているか、会社の稼ぐ力がどの程度あるかについて、次のような指標を使って分析します。
  • 安全性分析:安全に経営を継続していけるか、会社の債務支払い能力がどの程度あるかについて、次のような指標を使って分析します。
  • 生産性分析:会社が経営資源を効率的に利用して生産できているかについて、次のような指標を使って分析します。

収益性分析

1.売上高営業利益率(Operating Margin)

売上高に対して、営業利益(本業で稼いだ利益)がどれだけ得られたかを示す指標であり、数値が高いほど収益性が高いといえます。

売上高営業利益率=営業利益÷売上高×100

2.総資本経常利益率(Return On Assets・ROA)

総資本(負債+純資産)に対して、経常利益がどれだけ得られたかを示す指標であり、数値が高いほど効率的に資本運用できているといえます。

総資本経常利益率=経常利益÷総資本×100

3.自己資本利益率(Return On Equity・ROE)

自己資本(純資産)に対して、最終的な利益(税引後当期純利益)がどれだけ得られたのかを示す指標であり、数値が高いほど株主の投資額に対して効率的に利益を生み出しているといえます。

自己資本利益率=税引後当期純利益÷自己資本×100

安全性分析

4.自己資本比率(Equity Ratio)

総資本に対して、自己資本の占める割合を示す指標であり、数値が高いほど倒産しにくい会社、つまり負債(返済が必要な他人資本)に左右されないため、経営が安定しているといえます。

自己資本比率=自己資本÷総資本×100

5.流動比率(Current Ratio)

1年以内に現金化できる資産が、1年以内に返済すべき負債をどれだけ上回っているかを示す指標であり、数値が高いほど安全性は高いといえ、業種にもよりますが一般的には200%以上ある場合に安心とされています。

流動比率=流動資産÷流動負債×100

6.固定比率(Fixed Ratio)

1年超にわたって使用される資産が、自己資本によってどれくらい賄われているかを示す指標であり、数値が低いほど安全性は高いといえ、業種にもよりますが一般的には100%以下となることが望ましいとされます。

固定比率=固定資産÷自己資本×100

生産性分析

7.労働生産性(Labor Productivity)

従業員1人当たりが、どれだけの付加価値を生み出しているのかを示す指標であり、数値が高いほど従業員1人当たりの生産性は高いといえます。付加価値とは、売上高から外部購入分の価値(材料費、材料部品費、運送費、外注加工費など)を差し引いたものです。

労働生産性=付加価値÷従業員数

8.設備生産性(Equipment Productivity)

設備(有形固定資産)を用いて、どれだけ付加価値を生み出しているのかを示す指標であり、数値が高いほど資産当たりの生産性は高いといえます。

設備生産性=付加価値÷有形固定資産×100

9.労働分配率(Labor Share)

付加価値の中で、人件費として配分された部分が、どの程度あるかを示す指標であり、(適切な給与水準を確保することが前提ですが)数値が低いほど生産性は高いといえます。

労働分配率=人件費÷付加価値×100

以上(2021年4月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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画像:pixabay

激変! 令和時代のサウナビジネス最前線

書いてあること

  • 主な読者:新規事業を考えている経営者、レジャー事業者など
  • 課題:サウナ愛好家を取り込みつつ、新たなユーザー層も獲得したい
  • 解決策:従来のサウナと、「令和のサウナ」の違いを把握し、他社の取り組みを参考にする

1 最近のサウナは「ととのう」体験を重視

サウナがブームです。それも経営者に人気です。特にサウナで「高温→冷水風呂→外気に当たる」サイクルを経て得られる、多幸感といえる「ととのう」がSNSを盛り上げています。サウナ好きな人たちからは、高温下で黙々とサウナに入ることで自身の内面に向き合えるとされ、座禅や瞑想(めいそう)にも通じるマインドフルネスを体験することができるとの声も聞かれます。

インターネット上の特定の言葉の検索トレンドを分析するツール「Googleトレンド」で「サウナ」を調べてみると、2019年ごろから頻繁に検索されるようになっているようです。また、「ととのう」も昨今のサウナブームを象徴するバズワードになっています。

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サウナ好きな経営者からは、

「サウナで考え、水風呂で決断する」

という名言まで登場しています。サウナをテーマにしたテレビドラマが放映されたり、近くのサウナ関連の情報を集めたポータルサイトがオープンしたりと、何かと話題の令和のサウナの動向を追ってみました。

2 バリエーション豊富な令和のサウナ

令和のサウナの特徴として、種類の多様化が挙げられます。従来のイメージを覆すように内装やサービスが多様化し、新しいユーザー層の獲得につながっています。

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1)おうちサウナ:サウナ傘

新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて始まった外出自粛により、自宅で消費できるもの・サービスへの消費(巣ごもり消費)が増えています。サウナ関連商品では、各社から自宅のお風呂をサウナに変身させるようなサウナ傘が登場しました。

見た目はビニール傘を裏返しにしたようなサウナ傘は、先端をバスタブにかぶせることで、お湯の蒸気を傘の内部に閉じ込め、「スチームサウナ」のように使用できます。高温の本格的なサウナには及びませんが、傘の内部では温度、湿度ともに上昇し、リラックス効果も期待できそうです。

数千円前後と比較的安価なため、「サウナに興味あるけど、いきなりサウナデビューはちょっと…」というビギナー層や、健康や美容に関心の高い人が「ワンランク上のバスタイム」を手軽に実現できるアイテムとして支持が広がっています。

2)コワーキングサウナ:KOOWORK(クーワーク)

昨今、働き方が多様化する流れに乗り、さまざまな人がオフィスをシェアするコワーキングスペースが増えています。仕事のリフレッシュや、重要な決断を前にしてメンタルを「ととのえる」ことを狙い、コワーキングスペースにサウナを取り入れる施設が登場しました。

KOOWORK(神奈川県横浜市)は、全席にコンセントを備えたワークスペースに加え、ディスプレーとホワイトボードを取り付けたミーティング用サウナルームや宴会場もあります。

ひと仕事を終えてサウナでととのえ、ミーティングではクリアな思考でアイデアを生み出す。ミーティングを乗り切った後はサウナでリフレッシュして宴会に突入。

サウナ×コワーキングスペースは、サウナ好きハードワーカーにはうってつけの仕事環境といえそうです。

3)空きスペース活用サウナ:三田高野山弘法寺

サウナに必要な機材を準備し、空いたスペースを有効活用することで予想外の場所でもサウナを楽しむことができます。

弘法大師を本尊とする三田高野山弘法寺(東京都港区)では、期間限定の寺サウナを開催しました。これは、お寺の建物の屋上に設置したアウトドア用のまきテントでのサウナと、お寺での瞑想が体験できるイベントです。屋上にはまきテントの他にも冷水のビニールプールや、外気浴もできる椅子も備え付けました。

サウナの後には、瞑想を体験することで、参加者は「ととのいの境地」に達することができたようです。さらに、協賛するお店や企業によるサウナ関連グッズやオリジナルカクテル、フードの販売もあり、サウナ好きには文字通り極楽浄土かもしれません。

他のお寺からも開催依頼が来ているようで、「寺離れ」など檀家の減少に直面する一方で、古くから地域とのつながりを持っているお寺を活性化させる可能性があります。

機材をそろえれば野外でも比較的簡単に始められるサウナの特徴を活かし、今後も予想外のロケーションでのサウナの出現が期待されます。

4)イベント型サウナ:チームラボ、TikTok

サウナブームの波は、アートの領域にまで押し寄せています。プロジェクションマッピングで有名なチームラボは、若者に人気の映像アプリTikTokと共同で、アートとサウナが融合したイベント「チームラボリコネクト」(東京都港区)を2021年3~8月まで期間限定で開催しています。

これは、サウナでととのい、感性をクリアにさせた状態でチームラボが誇る映像作品を体験できるものです。7室あるサウナルームや冷水シャワーでは、さまざまな音楽や映像作品が楽しめ、その後に「アート浴エリア」でリラックスして作品を鑑賞することができます。

アート浴エリアは、インスタレーションが浮かぶ部屋や、暗闇の中で壁一面に鮮やかな無数の花の映像が映し出される部屋などがあり、自身が作品と一体化するかのような没入感に浸れることができるようです。

インスタグラムや、協賛するTikTokには関連動画が続々とアップされており、「映え」を意識した若者や、トレンドに敏感な世代へサウナの魅力をアピールすることができそうです。

5)本格セルフ式サウナ:ソロサウナtune(チューン)

アクティビティ化するサウナを歓迎しつつも、ここぞというときにはじっくりととのいたいと思うサウナ好きもいます。そんなサウナ好きのために、「本格おひとりさま」サウナがオープンしました。

ソロサウナtune(東京都新宿区)は、「日本初の完全個室の本格的なフィンランド式サウナ」を特色としたサウナです。同施設は、着替え~サウナ利用~冷水シャワー~ベンチでの休憩までを個室で楽しむことができます。他の人に気にせず、ロウリュ(サウナの石に水をかけて室内に水蒸気を発生させる、フィンランド式サウナの入浴法)を好き放題でき、サウナやシャワーの利用を順番待ちすることもありません。完全個室なので「裸の他人と室内で過ごすのはちょっと…」というサウナ初心者にもハードルが低めです。

さらに、新型コロナウイルス感染症の影響を考慮し、人との接触や「密」を避けることもできます。おひとりさまサウナは「新しいサウナ様式」のカタチの一つといえるでしょう。

3 サウナ関連動向

このように、さまざまなタイプが登場し、ユーザーの裾野が広がっているサウナ市場。「サウナー」と呼ばれるユーザーの推計人口や、令和のサウナの特徴を見てみましょう。

1)サウナ人口「サウナー」の動き:日本のサウナ実態調査2021

日本サウナ・温冷浴総合研究所(日本サウナ総研)の調査「日本のサウナ実態調査2021」によると、「サウナー(年1回以上サウナを利用するサウナ愛好家)」の推計人口は次の通りです。

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同調査によると、サウナーの人口は2500万~2900万人程度と推計されています。2021年(※調査は2020年12月に実施)に関しては、新型コロナウイルス感染症の影響で前年までよりも数値が落ち込んだことを考慮する必要があります。

また、同調査では「温冷浴(熱い温度のサウナに入り、その後で冷水のお風呂に入り外気に当たることを繰り返す入浴方法)」の認知度も調査しています。それによると、「知っていて、実践している」が増加する一方で、「知らない」が継続的に減少しています。

温冷浴は令和のサウナの醍醐味である「ととのう」感覚を体験するために不可欠な入浴方法であり、実践割合が増えていくことで、新しいユーザーの獲得に期待できそうです。

2)多様化するサウナ:令和のサウナと昭和のサウナの比較

さまざまなタイプが出現し、認知度も上昇中の令和のサウナは、従来の昭和のサウナとどういった点で異なるのでしょうか。各種のタイプからは、次のような違いが見えてきました。

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冒頭の通り、「ととのう」体験は、健康意識の高まりや、ストレスを軽減しメンタルを調整するマインドフルネスにも通じるものがあります。

また、従来の「暑い」「単調」のイメージを一変させる、趣向を凝らしたさまざまなタイプのサウナが登場していることや、温冷浴や熱波(ロウリュで発生した水蒸気をあおいで循環させること)などの認知の高まりは、近年の消費トレンドの一つの「コト消費」とも相性が良いといえます。

以上(2021年4月)

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画像:Adobe Stock-kichigin19

【朝礼】新年度に改めて身に付けたい「素直さ」

先日、私は2人のとても素晴らしい起業家に出会いました。1人はSNSマーケティングの会社を、もう1人はフィンテック系の会社を立ち上げています。2人とも年齢は25~26歳で、事業に対する熱量がすごい、勉強家・努力家である、緻密にビジネスを積み重ねている、具体的な実績を上げているなど、この場では語り尽くせないほど多くの魅力がありました。なかでも私が一番感心したのは、2人の「素直さ」です。

例えば、SNSマーケティングの会社を立ち上げた起業家は、周囲から言われた「足元を重視するあまり、未来視点で考えることが苦手」という点を自身の課題として受け止め、現在、長期事業計画の見直しを進めています。

フィンテック系の会社を立ち上げた起業家も、もともとの原動力は「単にお金持ちになりたい」だったそうですが、「先輩起業家やメンター陣から自分の足りない【思い】の部分や精神的に未熟な点を厳しく指摘していただいた」ことを受け止め、「本当に実現したいことは何か」から改めて考え直したといいます。結局、根幹となる会社のビジョンも大きく軌道修正したそうです。

事業計画の見直しやビジョンの軌道修正の大変さは、並大抵のものではないでしょう。しかし、2人とも、「指摘してもらえたから今がある。心から感謝している」と言っていました。皆さんは、この2人の「素直さ」がいかにすごいか、分かるでしょうか。

この2人は、「受け止める」ことと「行動する」ことがセットになっています。ただ周りの話を受け止めるのは、ただ「聞いただけ」であり、「素直」とはいえません。私自身、これまでの自分の行動を振り返ってみると、人の意見に素直に耳を傾けているつもりでも、「分かっているが」「良いと思うけど」と言いつつ、行動に移さないことがたくさんありました。考え方の違いから、あえて行動に移さなかったこともありますが、多くの場合、私はただ「素直」を装っていただけなのかもしれません。

受け止めた上で「実際に行動に移す」ができて初めて、本当に「素直」といえます。行動に移せば、何かが変わりますし、新しいものも生まれます。よく「素直な人が伸びる、成長する」といわれるのは、「行動に移す」ことで、前に進めるからなのでしょう。

人生でもビジネスでも、「素直さ」がいかに大切かを説いたことで有名なのが、松下幸之助氏です。松下氏は、「素直な心になることを心掛け、自分なりに工夫をこらしていくならば、誰でも素直になれる」という趣旨の教えを残しています。私はこの「自分なりの工夫」とは、「行動に移し、いったんやってみること」と捉えています。

年齢も役職も社歴も関係ありません。皆さんも、新年度に、もう一度「素直に受け止め行動に移す」ことを実践してみませんか。きっと今より前に進めます。

以上(2021年3月)

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画像:Mariko Mitsuda

ファイナンス特有の「見えないコスト」の考え方/経営者のためのファイナンス講座(2)

書いてあること

  • 主な読者:将来の意思決定に役立つファイナンス思考を身に付けたい経営者
  • 課題:将来の意思決定にはコストの見積もりが必須。会計では出てこないファイナンス特有の見えないコストの考え方を知りたい
  • 解決策:現金や車両などの現物を持つことで、手間や設備など見えないコストが発生する。「持たない」という選択肢を常に持っておくことが大切

1 キャッシュレス決済導入店が増えたファイナンス的理由とは

政府のキャッシュレス推進に新型コロナウイルス感染症の拡大が拍車をかける格好で、電子マネーなどのキャッシュレス決済に対応する店舗が急増しています。デジタル化の流れは不可逆といえますが、ここでは別の視点でキャッシュレスを捉えてみましょう。

キャッシュレス決済を検討する場合、店舗側の手数料負担がしばしば議論されますが、「現金を持つコスト」については、あまり触れられない気がします。例えば、現金は電子マネーよりも会計時間が長く、レジ締めも大変なので店員に負担がかかり、人件費がかさみます。また、現金の横領や盗難に備えるために防犯カメラなどを設置するなど、セキュリティーのためのコストがかかります。集まった現金を銀行に運ぶために現金回収業者と契約するのであれば、そのコストもかかります。キャッシュレス決済の手数料と現金を持つコストを比べると、前者のほうが店舗に有利な場合もあるのです。まさにこの点を考慮して、キャッシュレス決済を導入した店舗も数多くあります。

2 「現金」「現物」を持つことで多重にコストがかかる

さて、現金を持つコストは一般的な会社でも同じです。現金が置いてあると、いろいろな物品や手間がかかります。現金を保管するための金庫や監視用の防犯カメラも要るでしょうし、日計表の作成、小口現金の管理などの事務作業は典型例です。

こうした問題も、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進の流れの中で見直されています。近ごろは手形(2026年に廃止されるという報道が最近ありました)や小切手はあまり見かけなくなりましたし、インターネットバンキングも普及しています。今や、金庫には金目のものは入っていない、もしくは金庫がない会社も珍しくないのです。

持つことでコストがかかるのは、現金だけではありません。現金以外でも、形ある「現物」を持つと、必ずといっていいほど関連するコストが何重にも発生します。例えば、カーシェアリングです。法人でカーシェアリングを利用する会社が増え、社有車を持たなくてよくなりました。そうなると、総務担当者は車両を管理しなくて済みますし、保守費用もかかりません。何よりも、本体を購入したりリースしたりという多額の出金がなくなります。

また、中小企業でも会計システムが一般に使われていますが、これも自社で買わなくても済むようになりました。以前は自社所有のパソコンにインストールしても、そのパソコンでしか会計ソフトが使えませんでした。近年、何度かあった消費税率の変更のたびに更新費用がかかるということもありました。これも、自社で会計システムを持つことで発生したコストといえます。しかし、会計ソフトのクラウド化が進んだ今では、保守費用や出張費用(支社間など)などは不要になり、どのパソコンからもアクセスできるようになりました。

このように、現金、現物を持つ場合には、その購入費用だけではなく、一見見落としがちな関連コストも漏れなく把握することが、ファイナンス的には大事なのです。

3 中小企業こそ、現物コストから解放される

現金や現物を「持たないこと」をファイナンスの側面から考えると、その恩恵を最も受けるのは、実は中小企業です。規模が小さくても事業上必要なので、自前で持たざるを得ないと無理していた中小企業が、利用度合いに応じたコスト負担で済むようになるからです。

多くの中小企業は人手不足の中で何とか事業を回しており、特に人件費が高い高度人材を雇うことは難しいものです。これを外部に管理を任せれば、これらの人材を雇用しなくて済むのです。都度利用する場合の単価も、大手企業と比較してそれほど変わりないことも多いようです。これまで自社で所有するときには、多額の設備投資のための資金の捻出に苦労したことを考えると、資金的なメリットは小さくありません。

4 「シェアリングエコノミー」を、両面から活用する

「シェアリングエコノミー」というと、民泊仲介サイトやシェアサイクルなど個人向けのイメージがあるかもしれません。しかし、会社こそ活用したときのメリットは大きいのです。

誤解してほしくないのですが、自社で持つことがファイナンス的には悪いということではありません。従来通り自動的に自社所有を選ぶのではなく、関連するサービスなどの情報を得て、どちらが得かを検討することが大事です。その際に購入費用以外の見えないコストの存在がポイントになります。加えて、サービス提供側としてこの考え方を活用できないか検討することも有効です。例えば、比較的高価なサービスや物を、法人向けに販売している会社は、売るのではなく利用に応じて課金する形態にできないか考えてみるのです。利用側と提供側の両面から、「持つことが本当に自社にとってベストなのか」を改めて考えてみてください。

以上(2021年4月)
(執筆 管理会計ラボ 代表取締役 公認会計士 梅澤真由美)

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画像:pixta

新入社員も知っておきたい 財務会計の考え方

書いてあること

  • 主な読者:財務を勉強中の新任経理担当者、若手社員
  • 課題:財務の知識を身に付けたいが、読書や簿記の勉強だけではなかなか頭に入らない
  • 解決策:商品の仕入れや取引先との商談など、日々の活動が財務諸表にどのように反映されるのかを考えてみる

1 財務の知識は、日々の自分の業務と照らし合わせて学ぼう

財務の知識を身に付けようと思ったときにお勧めの方法は、日々の自分の業務と照らし合わせて考えることです。例えば、「会社から貸与されたパソコンは、財務上、どのように処理されるのか?」が分かると、そのパソコンを使って、どれだけの成果を上げたら元が取れるのかを考えられるようになるはずです。

以降では、日々の仕事を例に挙げて、それぞれの活動が財務諸表にどのように反映されるのかを見ていきます。なお、入社してあまり年数のたっていない人にとって、財務諸表上の数字だけを見て、取引をイメージするのは難しいものです。財務諸表の数字は、取引ごとに簿記のルールに従って同じ項目(勘定)ごとに集計したものです。数字をより身近に感じてもらうため、例ごとにどの項目(勘定)に影響するのかを確認しながら見ていきましょう。

なお、事例に入る前に財務3表の基本を確認したいときは、次の記事をご参照ください。

また、簿記の基本ルールについて確認したいときは、次の記事をご参照ください。

2 個人の業務は財務諸表にどう表れる?

ここで紹介するAさんは、海外からアパレル商品を仕入れて、国内の小売店に販売しているX社に務めています。Aさんの5月の業務や周辺の動きが財務諸表にどのように反映されるのかを、PLの項目順に沿って見ていきます。

なお、先月末(4月30日)時点のX社のBSは次の通りです。

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1)売上高

5月、前年度から営業してきたZ社に400足のシューズが売れました。1足当たり5000円なので、売上高は200万円です。6月中旬に入金される予定です。

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2)売上原価

1.在庫

Aさんが担当しているシューズの在庫は、5月1日時点で100足です。1足1300円なので、在庫は13万円分です。

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2.仕入れ

Aさんは、5月に取引先から500足のシューズを仕入れました。1足当たり1500円なので、仕入れ費は75万円です。6月に支払う予定です(出金は6月に行いました)。

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3.売上原価の算定

5月中に売れたシューズは400足です。売上原価は、5月1日時点の100足と新たに仕入れて販売した300足分となります。5月1日時点の100足は1足当たり1300円、新たに仕入れた300足は1足当たり1500円なので、合計58万円になります。

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4.5月末商品棚卸高

Aさんが担当しているシューズの在庫は、5月31日時点で200足です。5月1日時点で100足だったところに500足を仕入れて600足。そこから400足が売れたので、残りは200足ということです。

なお、棚卸資産の評価方法は、先入先出法(先に仕入れた商品から先に出していく方法)を採用しています。

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3)先月(4月)の売り上げの入金

Aさんが4月に掛けで販売したシューズの代金が5月に現金で入金されました。販売は300足、1足当たり5000円なので、売上高は150万円となります。

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4)先月(4月)の仕入れの支払い

Aさんは、4月上旬に仕入れたシューズの代金を仕入先に現金で支払いました。仕入れは400足、1足当たり2500円なので、仕入れ費は100万円となります。

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5)販売費及び一般管理費

1.給与手当

Aさんが勤めるX社の給料日は毎月25日。Aさんの基本給は20万円で、この他に地域手当の2万円、家族手当の1万5000円、通勤手当の1万5000円が支給されるので、合計は25万円です。

なお、ここでは社会保険料や源泉所得税は省略しています。

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2.旅費交通費

Aさんは、Y社の担当者と商談をするために、日帰りで大阪に出張しました。往復の新幹線代が3万円掛かりました。また、最寄り駅からY社までの往復のタクシー代が2000円掛かりました。

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3.交際接待費

Aさんは、Y社への手土産として3000円のお菓子を購入しました。

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4.福利厚生費

Aさんが勤めるX社に新入社員が入ってきたので、ウェブ会議システムを使ってオンライン歓迎会をしました。歓迎会は10人が参加し、1人5000円の予算でおのおのが好きな飲み物や出前を注文して楽しみました。

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5.会議費

Aさんは社内会議に出席しました。全員で10人参加しています。そこで出された仕出し弁当は、1食当たり1000円です。

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6.消耗品費

Aさんは、営業に使う資料や取引先からもらった名刺を整理するため、事務用品の通信販売会社から書類ケースとカードケースを2000円で購入しました。

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7.荷造運搬費

先日の商談で、Y社に商品を売ることが決まりました。AさんはY社へ商品を送るため、荷造り用の段ボールと緩衝材を3000円で購入しました。運送業者の配送費は5000円が掛かりました。

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8.固定資産の購入と、決算時の減価償却費

会社で新しいパソコンを1台購入し、Aさんに貸与しました。購入代金の20万円は6月に支払います。また、購入したパソコンは工具・器具備品(資産)としてBSに反映されます。

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X社では、5月に自社のECサイトを開設し、ネット販売を開始しました。ECサイトの作成は専門業者に外注しており、作成代金の200万円は6月に支払う予定です。また、作成したECサイトはソフトウエア(資産)としてBSに反映されます。

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5月末に、既存の固定資産(建物附属設備 取得価額550万円 帳簿価額500万円)に関する減価償却費を計上します。耐用年数の22年間で減価償却を行っています。

併せて、新しく購入したパソコン(工具・器具備品)と、外注作成したECサイト(ソフトウエア)の減価償却費(5月分)を計上します。

なお、パソコンは4年間、ECサイトは5年間の耐用年数でそれぞれ減価償却を行います。全て定額法を採用しています。

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6)営業外費用

X社は前年度に銀行から500万円を借り入れています。支払利息で月額8330円を支払いました(金利は年2%です)。

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7)5月のAさんのPL、BSはこのようになる

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このように、まずは、自分自身の活動でPLとBSを作ってみましょう。自分が会社の利益にどれだけ貢献しているのか、業務に掛かった経費一つひとつが会社の財務状況にどのような影響を与えるのかを日々考えることで、社会人に求められる「数字で考える視点」が養われていきます。

以上(2021年4月)
(監修 税理士 石田和也)

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画像:pixabay

水卜麻美アナ~心理的安全性のベースとなる自己開示の達人~/2021年、最も学ぶべきマネジメントの三賢人

書いてあること

  • 主な読者:部下のヤル気を引き出したい経営者
  • 課題:部下との信頼関係をしっかりと築きたいが、飲みにケーションなどもできず困る……
  • 解決策:水卜アナの言動から、“ありのままに正直な”自分をさらけ出すコミュニケーションを学び、部下との信頼関係を強固にする

本連載では、最も旬といえる3人のリーダーを「マネジメントの三賢人」として取り上げます。なにゆえ彼らのチームビルディングやメンバーコミュニケーションが素晴らしいのかについて、組織開発の理論を用いて解説していきます。事例を理論とともに学ぶことが、実践につなげていく近道だと考えるからです。学んで真似て体得する、です。

最終回の本稿では、女性リーダーとして日本テレビの水卜アナを取り上げます。彼女が「理想の上司」に選ばれ続ける理由を紐解くと、そこには、今最も必要とされる組織づくりのヒントが詰まっていました。ぜひ組織変革の一助としてください。

  • 第三の賢人
    日本テレビ水卜麻美アナ
    「理想の上司」女性部門で5年連続1位に輝く。この4月には日本テレビの看板である朝の情報番組の総合司会に抜擢された、いまや日テレを代表する女性アナウンサー

学んで真似るポイント

  • 組織に心理的安全性をもたらすための土台となる自己開示の重要性とその方法
  • 上司からの自己開示は、部下との信頼関係を築く上で、極めて重要なコミュニケーション
  • 自己開示の返報性が機能することで、組織に心理的安全性がもたらされるようになる
  • 上司は自分を自慢する自己提示に陥りがち。だからこそ水卜アナの自己開示力をお手本に

1 『ZIP!』の総合司会

日本テレビの水卜麻美アナウンサー(33)が、また「理想の上司」の女性部門で第1位に輝きました。このランキングは、某保険会社が“今春入社を控えた新社会人”を対象に“理想の上司として思い浮かぶ有名人”を聞いて発表しているもので、いまでは年頭の恒例行事となってきた感があります。冒頭で「また」と言ったのは、このランキングにおいて水卜アナが5連覇しているからです。

3月まで司会を務めた朝の情報番組『スッキリ』で、水卜アナは「本当に、真面目に言って、後輩のおかげだなって思っていて」と慕ってくれる後輩に感謝のコメント。メインMCの加藤浩次さんに、そういう言葉が理想の上司に選ばれる理由であるとツッコまれ、水卜アナ本人は「いいこと言っちゃったみたいになっちゃった!」と照れました。こうしたトークにも彼女の人柄がにじみ出ています。

一方で、仕事ぶりも高く評価されています。存在感はあるけれど出しゃばらない。番組では自らの役割はきっちりとこなす。アナウンサーとしての技術も確か。この4月の改編で3年半務めた『スッキリ』を卒業し、『ZIP!』の総合司会に就任することになったのも、こうした評価の賜物でしょう。

実は、日テレの朝の情報番組で女性がメイン司会になるのは史上初です。日テレの朝番組といえば、あの『ズームイン!! 朝!』。初代の徳光和夫さんはじめ、福留功男さん、福澤朗さん、羽鳥慎一さんと日テレを代表するアナウンサーが代々司会を務めてきました。局の看板番組の系譜を継ぐ「朝の顔」に抜擢されたわけです。

2 ぶっちゃけキャラの好感度

そのキャラを確立したのは、入社1年目で抜擢された『ヒルナンデス!』での食リポでした。その食べっぷりが話題になり、食いしん坊キャラが定着しました。また日テレの入社面接で、変顔を披露して内定を勝ち取ったという武勇伝もあってか、ミスコンあがりの美人系女子アナたちとは、明らかに一線を画す「親しみやすさ」が、彼女の好感度をぐんぐん上げていきました。

しかし水卜アナが支持される本質は、「変顔」や「食いしん坊」といったキャラによるものだけではないと思うのです。自分が「食いしん坊」であることを素直に認めていること、もっというと、全面的に「食いしん坊」な自分を受け入れているわけではない、ということさえ包み隠さずにいること。これが水卜アナの“ぶっちゃけ力”の半端ないところです。

アナウンサーという職業柄、もっと自己管理すべきかもしれないと思っているのに、“食欲に負けてしまっている”という本音を、水卜アナはものすごく正直に話します。誰でも感じたことのあるような“身近な悩み”を、テレビに出ている有名人が“女子会ノリ”で話してくるわけです。親近感を持たないはずがありません。

これが「自己開示」の持つパワーです。自己開示とは、自分に関するプライベートな情報を相手に話すこと。特に少し恥ずかしいと感じるくらいのことを正直に打ち明けると、「そんなことまで話してくれるなんて、自分に心を開いてくれているんだ」と相手は認識し、心の距離が縮まりやすくなります。

3 転んだアザまで自己開示

水卜アナの自己開示エピソードを、もうひとつ紹介しましょう。

女性芸人の頂点を決める『THE W』の記者会見でのこと。MCでタッグを組むチュートリアルの徳井義実さんと2人で出席することになっていたのが、徳井さんが開始予定時刻に間に合わないというハプニングが発生。相方の到着まで時間を埋めるべく、水卜アナが急きょ“前説”を行うことになったのです。

経験のない水卜アナは、そこで「本邦初公開です」というネタを披露しました。それは「マンホールで滑りまして、ここにえげつないアザを作ってしまったんです」というもので、右ひざにできた痛々しいアザを披露。「転んだ時はあんまり痛くないじゃないですか。“転んだことの恥ずかしさ”でその場を逃げ出したいということだけで頭いっぱいで、『私、全然今転んでないですからね』みたいな顔をしてバーっと立ち去って、次の日に普通に『スッキリ』に出ようとしてスカートをはいたら『何これ!?』って……」と、 “アザあるあるネタ”を明かしたのです。

さらに水卜アナは続けます。「どうしようと思って『スッキリ』にずっとロングスカートで出ていたんですけど、今日はさすがにちょっとドレッシーに決めようと、結婚式でいつも着ている一張羅の黒いワンピースを着たら、ひざが意外に出るスカートで、皆さまに『あいつは一体どうしたんだ?』って思われる前に、先に発表しておこうかなと思いました」。

こうして流れるようなトークで場を盛り上げ、「本当に私の超絶しょうもない前説にお付き合いいただいて、ありがとうございました! 」と謙虚にあいさつ。会見のピンチを救った水卜アナに、報道陣からは大きな拍手が沸き起こりました。(「水卜アナ、初公開の自虐ネタで会見ピンチ救う『えげつないアザが……』」、マイナビニュース、2019年6月19日配信より)

4 自己開示の返報性

自己開示は、信頼関係を築くのに欠かせないコミュニケーションといわれています。特に上司と部下といった上下関係の場合、上司側の自己開示は重要となります。水卜アナが理想の上司に選ばれる理由は、(意図して行っているのではないにせよ)このものすごい自己開示力のおかげです。

企業でも政治の世界でも、ディスクローズ(情報を明らかにすること、発表すること)の重要性が高まっているのはご存じのとおり。情報が開示されないと透明性がなくなり、信頼・信用が得られないからです。これはリーダーシップにも当てはまります。部下から信頼を得たかったら、リーダー自身が、自分がどういう人間なのかを真っ先に明らかにする必要があります。この第一歩が信頼関係を築く礎となるのです。

自分の情報をさらけ出してくれると、“心の壁” が取り除かれ、安心感が生まれます。積極的に自己開示をすることで、好感や信頼感を与えられるのです。

そして相手から自己開示されると「こんなにさらけ出してくれたんだから、私も自分の話をしなきゃ」と感じ、自己開示をお返ししたくなる心理が働きます。自己開示は相手を信じて渡すプレゼントですが、もらうとお返しもしたくなるのです。これを「自己開示の返報性」といいます。

つまり上司が自己開示をすることは、部下の自己開示を促すことになるのです。例えば日々の職場でのコミュニケーションで「いや~困ったな~」とか「わあ、嬉しい!」とか、上司が自分の気持ちを素直に話すと、部下も「困った」「助けて」が言いやすくなります。小さな自己開示の連続が信頼関係を育んでいくのです。

こうした職場は、まさに「心理的安全性」が担保されている環境に他なりません。心理的安全性(Psychological Safety)は、この連載を通してのキーワードです。心理学用語で、 “他人の反応におびえたり、羞恥心を感じたりすることなく、自然体の自分をさらけ出すことのできる環境を提供すること”を意味します。あのグーグルが、最もパフォーマンスを発揮するチームの条件として発表したことで、一気に注目を集めるようになりました。

リーダーの自己開示は、組織に心理的安全性をもたらす一丁目一番地なのです。

5 自己開示と自己提示

おそらく自己開示の重要性について異を唱える人はいないでしょう。最近、組織マネジメントにおいて注目を集める「1on1」といった1対1の面談でも、上司の自己開示がスムーズな対話につながるとされています。読者の中には「日々、自分から率先して自己開示している」という人も少なくないかもしれません。

しかしながら、実は、リーダーがきちんと自己開示できているかというと、やや疑問符が付きます。本人は自己開示しているつもりでも、自分を良く見せることを目的とした “自分語り”になってしまっていることがしばしば見受けられるからです。例えば、ある人が「東大に入ったものの、周りが優秀すぎて友達ができなかった」というエピソードを披露したとしましょう。「大学になじめなかった」という失敗談を打ち明けているようで、実はこれ、「東京大学出身である」というアピールにも聞こえますよね。

このように“相手からの褒め言葉や承認欲求の充足を主な目的”としたコミュニケーションは、自己開示ではなく、「自己提示」と呼ばれる行為です。上位管理者であるという立場から、部下から尊敬を勝ち取りたいとか評価されたいといった心理が働くのも理解はできますが、それだと「自慢している」「虚勢を張っている」と解釈されてしまうことも多々あります。

自己開示の達人として、水卜アナを取り上げたのはココです。彼女からは、良く見られたいという邪心がまったく感じられませんよね。彼女が組織マネジメントの観点から戦略的に自己開示しているかどうかはさておき、見習ってほしいのは、彼女の“ありのままに正直な”自分をさらけ出すコミュニケーションスタイルです。

“ありのままに正直に”話す自己開示のポイントは、1.仕事と無関係の話を仕掛ける、2.返答にプライベートな要素を交ぜる、3.ときには部下に弱みを見せる、の3つと言われています。もっと砕けた表現だと、「趣味」であるとか「笑える失敗談」とか「自信のないところ」とか。そういったちょっとした自己開示から始めていけばよいとされています。しかし職場という名の戦場で、日々「鎧」を着て戦ってきたビジネスパーソンには、そのちょっとしたことが、意外と難しいのかもしれません。そんな時には、ぜひ水卜アナを思い出してみてください。

以上(2021年4月)
(執筆 平賀充記)

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画像:Halfpoint-Adobe Stock

「損益」と「資金繰り」の違いとは?/ 資金繰りの基本(4)

「これを見てどう思いますか?」と、資金繰りのコンサルティング先である中小企業の経営者から聞かれることがよくあります。その会社の顧問税理士が作った決算書や試算表の数字を私に説明してくれと言うのです。話は次のように続きます。「決算書では利益が出ていて黒字なのですが、そんなお金は全くありません。どういうことなのでしょうか?」、逆に「試算表で大きく赤字が出ていて、税理士からもっと利益を出してくださいと言われていますが、実際のところそれほど資金繰りには困っていないのです。どういうことなのでしょうか?」などです。
経営者は、決算書や試算表の数字と、資金繰り表の数字にズレが生じているため、どちらを信じていいのか? あるいは、どのように考えていけばいいのか? が分からなくなっているようなのです。
そこでこの記事では、決算書や試算表の数字、いわゆる損益と資金繰りがそもそもどういうものなのか? ということを明らかにし、さらにどちらを信じればいいのか? どのように考えていけばいいのか? を一緒に見ていきたいと思います。ちなみに、試算表とは月ベースの決算書です。

1 そもそも「損益」とは何なのか?

1)バーチャル(仮想的)な損益

決算書の利益、つまり損益はバーチャルなものです。バーチャルとは仮想的という意味です。リアリティー(現実味)に欠けるというイメージです。それでは、どういうふうにバーチャルなのでしょうか? まずは売上から見ていきましょう。

1.バーチャルな売上

まず、決算書の売上には、まだお金が入金されていないもの(売掛金)が含まれます。それとは逆に、すでにお金が入金されているにもかかわらず、売上にならない部分(前受金)もあります。つまり、売上は実際にお金が動いた事実を表しているのではありません。売上は通帳では確認できないバーチャルなものなのです。

2.バーチャルな仕入

次に、仕入です。決算書の仕入には、まだお金を支払っていないもの(買掛金)が含まれます。それとは逆に、すでにお金を支払っているにもかかわらず、仕入にならない部分(前渡金)もあります。つまり、仕入も売上と同じように、実際にお金が動いた事実を表しているのではありません。仕入も通帳では確認できないバーチャルなものなのです。

3.バーチャルな経費

経費についても、まだお金を支払っていないもの(未払金)が含まれます。それとは逆に、すでにお金を支払っているにもかかわらず、経費にならない部分(前払金)もあります。つまり、経費も実際にお金が動いた事実を表しているのではありません。経費も通帳では確認できないバーチャルなものなのです。

4.バーチャルな損益

バーチャルな売上から、バーチャルな仕入を引いて、さらにバーチャルな経費を引いたものが、決算書の利益(損益)です。当然、利益(損益)もバーチャルということになります。言い換えれば、損益は実際のお金の動きと連動していないということです。

バーチャルな損益を示した画像です

2)バーチャルで経営のかじ取りはできるのか?

決算書で計算される利益(損益)はバーチャルなものなので、先々の経営判断のよりどころとするには不向きです。損益を経営判断のよりどころにすることは、ダミーである替え玉の人形を敵だと勘違いしながら戦い続けるようなものです。本当の敵は違うところにいるのです。そう考えるとちょっと怖いですよね。でもそのようなイメージに近いと思います。

3)そもそも誰のための損益なのか?

決算書の損益は、一に税務署、二に金融機関、三に自社のためにあるといえます。損益は、第一の目的として税金を計算するためにあります。決算書で損益を計算し、その損益に税率を掛けて税金を算出し、申告と納税をします。これは法律で定められています。法律で定められていることにより、決算書で計算された損益は社会的信用力があるものとして、第二の目的として金融機関が融資審査をする際の参考とします。なお、全ての会社が同じルールで損益計算をしていますので、同業他社の数字と自社の数字を比較したり、自社の過去から現在までの期間比較をしたりできるので、第三の目的として自社の過去数字の分析に役立てられます。まとめると次の表のようになります。

決算書の損益の目的を示した画像です

損益の話はここまでにして、次に資金繰りについてみていきましょう。

2 そもそも「資金繰り」とは何なのか?

筆者は中小企業向けに資金繰りのコンサルティングをしたり、税理士として税金計算をしたりと、中小企業向けの仕事を長年していますが、資金繰り表を活用していない中小企業がまだまだたくさんあるということにいまだに驚かされます。

1)会社に「資金繰り表」はなくても問題ないのか?

1.経験と勘だけに頼ると嫌な汗をかくことに!

資金繰り表を使わずに経験と勘だけで資金繰りをしている経営者は実際のところ多いです。例えば、「次の支払いが800万円だから取りあえずA口座に1000万円資金移動しておけば大丈夫だ」「今年も、借入の枠があと1800万円あるから、そろそろ銀行に話をしておこうかな」のような感じで、頭の中だけで計算しながら資金繰りをしている経営者が多いです。このように経験と勘だけで資金ショートが起きなければ問題ありませんが、たまに頭の中の算盤が狂って、資金ショートを起こし、大事な支払いができなくなり、嫌な汗がタラ~っと背中を伝うなんてことも割とあるようです。

2.経験と勘だけに頼るデメリット

経験と勘だけでやっていると、会社の資金繰りがその人にしか分からないという状況になってしまいます。このような状況にあるのは創業者によく見られます。事業承継の際に事業を引き継ぐ側の二代目や三代目の人は、会社のお金の動きがどうなっているのかチンプンカンプンで困り果てています。そのような問題が日本全国あらゆるところで実際に起きています。

2)リアルな数字で経営の舵を取る

1.資金繰り表のメリット

そんなときに資金繰り表があれば、先々の日々のお金の動き(入りと出と預金残高)が分かるようになります。やるべきことが明確になり、直前ギリギリで焦ることはなくなり、余裕を持って資金繰りできるようになります。頭の中の算盤が狂うことによる資金ショートはなくなりますし、誰が見ても分かるようになるので、二代目や三代目への事業承継もスムーズにいくというメリットもあります。

2.リアル(現実的)な資金繰り表

なぜ、このようなメリットが資金繰り表にあるのでしょうか? 資金繰り表は、通帳と同じリアル(現実的)なお金の動き(入りと出と預金残高)を捉えることができるからです。資金繰り表のお金の動きと通帳のお金の動きは同じなので、リアル(現実的)であるが故、分かりやすくて数字が腹に落ちやすくなります。

3)そもそも誰のための「資金繰り」なのか?

資金繰り表は、一に自社、二に自社、三に自社のためにあります。つまり、自社が先々の経営判断をするためのよりどころになるのです。ちなみに税務署は資金繰り表には全く興味がありません。資金繰り表は税金計算とは全く関係ないからです。

3 「損益」と「資金繰り」どちらが大事なのか?

会社も個人事業主も税金を計算して申告と納税をしなければなりません。ですから税金計算の基となる損益を計算することは、制度として必要なので避けて通ることはできません。企業は損益計算をしなければ、罰則を受けることにもなります。ですから損益は制度として非常に重要です。しかし、会社も個人事業主も生き延びていくための判断材料としてどうなのか? という前提に立てば、まぎれもなく損益よりも資金繰りのほうが大事になります。

資金繰り表は、法律で決められているわけではありません。それ故、さまざまな形があります。お金の動きが1カ月先までしか読めないものや、5日ごとしか読めないもの、月単位でしか読めないものなどです。

実は資金繰り表は形が大事です。資金繰り表は、できれば日繰り表(日ベース)で4カ月先くらいまでは見通せるものが望ましいです。一般的に取引のワンサイクルが4カ月くらいだからです。欲を言えば、1年先くらいまで日繰りで見通せるものであれば、なお良いです。そのような資金繰り表をチェックしながら経営のかじ取りをしていけば、おのずと会社にお金が残りやすくなっていきます。次の図表は、筆者がクライアント企業に提供している資金繰り表のプロトタイプですので参考にしてください。なお、この資金繰り表は、こちらからダウンロードできます。

資金繰り表の例を示した画像です

4 まとめ

損益はバーチャル(仮想的)なもので、資金繰りはリアル(現実的)なものであるという話をしました。さらに、損益は過去の数字であり、資金繰りは先々の未来の数字ということでした。まとめると次のようになります。損益は過去のバーチャルな数字、資金繰りは未来のリアルな数字ということがいえます。損益と資金繰りはこのような大きな違いがありますので、全くもって別物です。明確に区別して考えるようにしてください。

損益と資金繰り表を示した画像です

伸びているほとんどの会社は資金繰り表を活用しています。この記事を書いている2021年2月現在、コロナウイルスの感染が拡大し、感染収束の見通しが全く立っていません。こういうときにこそ、先々の日々のお金の入りと出と預金残高を予測しながら、動いていくための資金繰り表が大切になってきます。ぜひ参考にしてください。

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第24回 九州大学 ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センターの立役者に聞く、アントレプレナーの育て方/イノベーションフォレスト(イノベーションの森)

欧米諸国と比較して、起業率が低いと言われる日本。その背景には安定性を好み、失敗するリスクを嫌う国民性や、親世代から受け継がれる高学歴志向・大手志向の風潮があると言われています。

そんな日本から、真のアントレプレナーを輩出するためには何をすればよいのでしょうか。

今回は、「九州大学 ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター(以下「QREC」)」を立ち上げかつ運営を指揮して、同センターを国内トップクラスのアントレプレナーシップ教育組織とした谷川徹氏に、「アントレプレナーの育て方」をテーマにお話しいただきます。

谷川さん、貴重な学びのシェア、愛りがとうございます!(愛+ありがとう)

1 「自分の人生は自分で決める」。50歳にして中途退職し渡米、日本へ本場のアントレプレナーシップを持ち帰り、独自の教育プログラムを構築

谷川さんは1973年に京都大学法学部を卒業し、日本政策投資銀行(旧日本開発銀行)へ入行されました。

日本政策投資銀行は、政府の政策に基づいた融資を行う政府系の銀行です。在籍された27年の間には、財務省(旧大蔵省)をはじめとする各省庁との折衝担当、石油や海運の融資担当、ロサンゼルス首席駐在員などの要職を歴任された他、日本政策投資銀行の情報システム再構築のプロジェクト・リーダーにアサインされるなど、幅広い経験を積まれました。

その中でも、後の谷川さんの価値観に大きな影響を及ぼす体験となったのは、1995〜1998年のロサンゼルス駐在経験だと言います。

当時は、インターネットの黎明期。シリコンバレーではベンチャーが勃興しており、ロサンゼルスにも様々な新しいビジネスの情報が入ってきました。

また駐在中は、日系2世の政治経済学者として著名なスタンフォード大学のダニエル・オキモト教授、Yahoo!共同創業者のジェリー・ヤン氏、シリコンバレーで活動するベンチャーやベンチャーキャピタル、NPO活動家他、世界から集まった様々なアントレプレナーたちと交流を重ね、大いに刺激を受けたと言います。

特に谷川さんにとって衝撃だったのは、「自分のキャリアは自分で決める。選びたい道を選ぶためのスキルは自ら積む」という米国のキャリアに対する考え方でした。

日本へ帰国し50歳となった谷川さんは「私も、自分の人生を自分で決めたい。一生わくわくしていたい」と考え、銀行からの出向打診を機に会社を退職する決意を固めました。

退職後の谷川さんが選んだのは米国へ戻る道でした。
ロサンゼルス時代に出会ったダニエル・オキモト教授がセンター長を務めていたスタンフォード大学/アジア太平洋センター(APARC)の客員研究員に応募したのです。

無事合格し、2000年8月から同センターの研究員として活動、米国におけるハイテククラスター形成の要因分析研究を行うことにしました。

また同時に、APARCが主宰した「アジア各国のハイテククラスターが如何にして形成されたのか」「アントレプレナーシップがどのような効果を発揮するのか」、などをテーマとした国際共同研究プロジェクト(SPRIE)に参画し、共同研究に参加したアジア数カ国の研究者と共に高い評価を受けました。

さらには、シリコンバレーの日本人仲間と共に、同地の日本人起業家ネットワークSVJENを共同創設して、シリコンバレーでのネットワークを広げました。

帰国後は、「日本の地方にもシリコンバレーのように、大学を起点に新ビジネス、イノベーションが生まれる地域をつくりたい」という想いから、2002年、スタンフォード大学の在籍中からオファーを受けていた、九州大学の客員教授に就任、翌2003年に先端科学技術共同研究センター(現グローバルイノベーションセンター)教授/副センター長に就任しました。

九州大学では、同大学の一元的中核産学連携組織たる知的財産本部を立ち上げ、同本部副本部長、同本部国際産学官連携センター長などを務めました。そしてこの間、九州企業の省エネ技術を九州大学が評価し中国へ仲介かつ橋渡しして、同国のエネルギー不足問題解決に貢献する事業を成功させるなど、大きな成果を上げました。

また2006年からは、九州大学の卒業生で米国に渡り大成功を収めた起業家、ロバート・ファン氏から受けた寄付金を活用し、大学生を対象にした初の本格的シリコンバレーアントレプレナーシップ研修プログラム(QREP)を開始して、大きな成果を上げ、以後多くの組織が手がける同地での教育モデルとしました。

そして、そのアントレプレナーシップ教育の流れをさらに確かなものにすべく、アントレプレナーシップ教育に定評のある海外の主要大学のモデルを参考にしつつ、独自の本格的かつ体系的なアントレプレナーシップ教育プログラムを構築、ロバート・ファン氏からのさらなる寄付を得て、“九州大学 ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター(QREC)”を立ち上げました。

現在は九州大学の教授を退任され、産学連携、アントレプレナーシップ教育、ベンチャー支援、大学マネジメント、地域活性化などのコンサルティングを行うThink & Do Tank、“e.lab(イーラボ:Entrepreneur Laboratory)”を創設、その代表を務めています。

スタンフォード大学留学中にキャンパスにある教会の前での谷川氏の画像です

スタンフォード大学留学中にキャンパスにある教会の前で

2 九州大学流「アントレプレナーシップ教育」のポイント

長年のビジネス界での経験とアカデミックな視点を持ち、独自のアントレプレナーシップ教育プログラムを構築された谷川さん。

そんな谷川さんが独自に築いたQRECのプログラムには、以下のようなポイントがあります。

1)方法論より、まず意識の改革を

QRECを開始した当初、谷川さんが衝撃を受けたでき事がありました。谷川さんは当時を振り返り、次のように語ります。

「九大のある優秀な学生に『将来の夢は何か』と聞いてみたところ、『地元の〇〇(某優良大企業)に就職することです。』と答えたのです。
『良い大学に入って大企業に入ること』、それが両親や周囲の大人たちから、幸福な人生を送る方法と言い聞かされてきたことであり、そういう世界しか知らなかったのでしょう。
自分自身の夢を持ちその実現を考える前に、大人たちに夢や人生を決められてしまっていたのです。
最近の学生に元気がないと言われるのは、親や周囲の大人の声に従って、自分のやりたいことや夢を諦めているからです。」

谷川さん自身が米国で感じたことに加えて、このでき事などもあり、谷川さんはアントレプレナーシップ教育の大前提として、まず学生たちに「良い大学に入って大企業に就職することが幸福への道」、という価値感は日本だけのものであること」と、教えるようになりました。
その結果学生たちは見違えるように元気になり、自分のやりたい様々な事にチャレンジするようになったのです。

また、親世代から言われて来て日本の学生たちに染み付いている、「本来仕事とは辛いものだけど、我慢してするもの」という考えを払拭し、「好きなことを仕事にしようとするのは当たり前。好きなことなら頑張れる」、と理解させることも重要だと言います。

2)どう変わればよいか、自ら気づくための環境づくり

これは1)の意識改革と同時に必要なことですが、幼少期から形成されたキャリアや人生に対する意識を変革し、行動にまで移すには「自ら気づき、変わる」というプロセスが必要です。

授業の中で、「自分の夢を持っていい」ということを頭では理解できたとしても、そこから行動まで変えていくためには、夢に向かって生き生きと働くロールモデルを見せることが有効だと谷川さんは語ります。

そのためにQRECで行ったのが、1週間のシリコンバレー研修授業(ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・プログラム:QREP)です。
九州⼤学の全学部/全学年の中からの約20⼈と、早稲田大学の学生数人とをシリコンバレーに連れて行き、現地で頑張るビジネスマンや研究者、留学生などと会って、話を聞き意見交換する機会を設けました。一週間で20数コマ、延約40数人の人たちとの交流・意見交換の中から、学生たちに意識と行動を変えるヒントを自ら発見してもらうのです。

特に重要視したのは、シリコンバレーで様々な分野のチャレンジャー(=アントレプレナー)と触れ合うこと。そうすることで、学生たちは自分が共感できるロールモデルを見つけ、「自分にもできる!」と思うようになるのです。アントレプレナーとはベンチャー起業家に限らず様々な分野に存在し、遠い存在ではなく誰でもがなれるものなのです。

滞在中の1週間で学生たちは、GAFAをはじめ米国企業で働く社員、スタートアップ創業者、NPOメンバー、米国企業や大学の研究者、同世代の日本人留学生など、様々な分野で自分の未来を切り拓くため、また好きなことに情熱を傾けて頑張る人たちの話を聞き、意見交換します。

彼等に語ってもらう内容は、米国での活動内容や日米の考え方の違い、米国で感じたことや自身のパーソナルヒストリー、すなわち何故米国に来たか、今までにぶつかった壁、それをどう乗り越えたかなどのエピソードです。

そのようなシリコンバレーで頑張る人たちの話を聞き意見交換する中から、日本的価値観が世界で一般的なのか、また自分が人生をどう生きるべきか等を、考え直す機会を提供することがQREPの目的です。

また、ツアー中は毎晩学生同士が自主的に集まり、その日に感じたことを互いに話し合います。参加メンバーのバックグラウンドは理系文系と様々ですし,学年も色々、大学も九大と早稲田と混成ですから、その振り返りからさらに多様な視点・生き方のヒントを得ているのです。

谷川さん曰く、学生たちは初日から興奮し感激し、中には「好きなことを仕事にしてもいいのですね」と泣き出す学生もいたそうです。「如何に日本の社会が若者に閉塞感を与えていたかの証左です」と、谷川さんは語ります。

3)具体的な課題の解決方法を、実践の中で学ぶ

3つ目のポイントは、自ら気づき行動しはじめようとする学生に対し、「具体的にどのように行動を起こすべきか」と「行動する上でぶつかる壁(課題)はどのように乗り越えたらよいのか」を教えることです。

課題の発見と解決には、デザイン思考を用います。
ユーザーのコアなニーズを把握すべく、ユーザーを徹底的に観察してコアとなる課題を見つけ、それに向けた解決策を導き出していきます。

では、ユーザーのコアなニーズ、課題はどのように探し出せばよいのでしょう。
そのためには、実際のフィールドワーク、体験が重要だと谷川さんは語ります。
例えば、途上国で真に必要な製品やサービスを生み出す授業を行った、バングラデシュツアーでは次のようなケースがあったそうです。

「QRECでは、課題を抱えた地域に赴き、現地に住む人々の課題を見つけてその解決策を共に考えるという授業を行っています。2013年と2015年にそれぞれ約10日間、バングラデシュの農村で行った授業等がそうです。また2016年にはインドの都市のスラム地域でプログラムを実施しました。

これらの授業では、いずれも現地でフィールドワークを行いましたが、バングラデシュを対象にした授業では、学生たちに渡航前に現地のことをネットや資料で調べさせ、現地の課題について仮説を立てさせるなど、準備を重ねました。

その結果、現地に行く前の学生たちは、現地の人々の最大の課題は『汚れた水に起因する感染症』と考えていました。
しかし、実際にバングラデシュに行って現地の人や病院で話を聞いてみると、国民の多くがより危機意識を持っているのは、『糖尿病』の問題だということがわかったのです。」

糖尿病』はバングラデシュの国民病とも言うべき状況で、国民の相当な割合が罹患しているとのことでした。

バングラデシュはアジア最大規模の米の生産国で、主食は米。そして3食カレーと米を食べる習慣があるため、栄養が偏りがちです。またティータイムには砂糖たっぷりのチャイを飲む習慣もあります。

当初は、現地の生活用水の水質問題を解決するプランを立てようと現地入りした学生たちでしたが、現地ヒアリングで糖尿病克服が最大の課題ということを知り、実際に現地の食生活に触れたことで方針を転換しました。
すなわちバランスのとれた食生活のための食事レシピ考案と、それを広く現地へ浸透させるための事業プランつくりを始めたのです。」

QRECでは、このような学外での体験型ツアーをバングラデシュ以外にも、東日本大震災の被災地の南三陸町や、前項のシリコンバレーで行っています。

しかし、必ずしも遠方へ赴く必要はないと谷川さんは語ります。
実際にQRECでは、このようなデザイン思考の考え方を採り入れたフィールドワークと課題解決の実践演習を、国内で行われる幾つかの授業にも取り入れているそうです。
曰く、

「フィールドワークで実際のユーザーに接し、ユーザーのコアニーズや課題を探って発見し、その解決策をチームで議論して考えるのです。生の状況に触れ実際のユーザーの意識や感覚を共有する事で、真のニーズを理解できかつ課題解決へのモティベーションが上がるのです。」

基本的なことのようですが、どんな組織でも取り入れやすい、アントレプレナーシップ教育の1つと言えます。

4)多様性のあるチームの中で学ぶこと

QRECの授業には、理系・文系を問わず、全学の学部生から大学院生まで多様な学生が参加しています。

これは、参加する学生たちが、性別はもちろん、専攻などのバックグラウンドが異なって、発想法や価値観,経験等が全く異なるメンバーと共に学び、ディスカッションを重ねることにより、「自分と違う受け取り方・考え方をする人がいるのだ。そんな発想法もあるのだ」と、互いに刺激を受けてもらうためです。

実際、シリコンバレーのツアーに参加した学生からも、「現地で話してもらった人たちの話から大きな刺激を受けたが、同時にそれを受けて感じたことを学生同士で述べ合うことで、考え方がより大きく広がった」という声が上がりました。

アントレプレナーシップは多様なチームの中で育まれる。これもQRECのプログラムから学べる重要なポイントの1つです。

バングラデシュのフィールドワーク時の谷川氏の画像です

バングラデシュのフィールドワークで、教育問題検討チームの学生とともに農村の小学校を訪問

3 全ての人が「わくわくしながら働ける」社会を目指して

ここまでに紹介したようなアントレプレナーシップ教育のステップに加え、谷川さんは若者たちのマインドセットを変えるため、ご自身の経験も踏まえ、様々な講義を行いました。

ここでは、そんな谷川さんの熱いお話の一部をご紹介します。

1)まずは「今挑戦したいことに、真剣に取り組む」

QRECのプログラムを受講し、「夢を持つのは良いこと」「自分の好きなことを仕事にして良い」「自分にもできる」と確認して意欲が向上しても、どんな夢を持つべきか・どんなキャリアを築いていくべきかと悩む学生は多いそうです。

幼少期から有名な大学・企業へ入ることを目標とするよう言い聞かせられてきた学生たちには、それが最も難しいのだと言います。

しかし、夢の見つけ方は、本人でなくてはわかりません。
そのため、谷川さんは学生たちに、まず『今やってみたいこと・興味があること』に素直に挑戦するよう伝えています。

「新卒で一度入社したら生涯同じ会社に勤める」というのは過去の価値観。働く中で自分がやりたいことを見つけたり、新しいことに挑戦したいという気持ちが起こるのは当然であり、それは決して悪いことではないのです。

ただし、挑戦している間は、真剣に取り組むこと

谷川さんも、「日本政策投資銀行時代の27年間は、自分がやりたいと思っていた仕事ばかりではなかったものの、どれも真剣に取り組んだことでその仕事から多くの事を得て、後ですごく役立った」とご自身の経験を振り返ります。

夢は変わるもの。たまたまやりたいことでない場合も、いつか必ず自分の糧になる。そんな気持ちで仕事に取り組んでほしいという、谷川さんのご経験からくるメッセージです。

2)自分で人生をデザインするには、チャレンジ精神とスキルが必要

「自分で自分の人生を決めるためには、チャレンジ精神とスキルを持たなくてはいけない」と谷川さんは語ります。

「チャレンジ精神」は全てのアントレプレナーが共通して持つべき要素。
その上でどんなスキルを磨くべきかは、選ぶ道によっても変わります。

しかしどんな道を選ぶ上でも、「語学力」と「デジタルスキル」は、磨いておいて損はないと言います。
谷川さんも、ロサンゼルス駐在員経験や情報システム部での経験が、役に立ったとのことです。

今やどんなビジネスにおいてもデジタル機器やインターネットは必須。デジタル技術を前提としたビジネスや組織運営も、当たり前になりつつあります。
プログラミングまでできるようになる必要はなくとも、デジタル技術に対する基本的な理解、オープンなマインドは持ち合わせておくべきでしょう。

3)構想力を磨くには、外の世界に出て自分のポジションを知ること

「これから自分が何をすべきか」の構想を練る上で、まずは自分が現在置かれている環境(ポジション)を正確に把握することが、非常に重要であると谷川さんは語ります。

しかし、世界の中で自分がどんなポジションにいるのかは、一度外へ出てみないとわからない事が多いのです。

特に福岡は住みやすく地元を離れる人が少ないエリア。これはアントレプレナーを育成する上では弱点にもなります。谷川さんは学生たちと触れ合う上で、そうした福岡の弱点もあえて伝えるようにしているそうです。

まずは自分の属していたコミュニティや住んでいた場所を離れ、より広い世界、例えば東京あるいは海外に出て、自分がもといた世界を俯瞰してみることが重要です。そのことによって、自分の足らないこと、やるべき事が初めて正しく理解できるようになります。

そのための機会を自ら努力して積極的につくることが重要だとのことです。

4 これから社会へ出る、若者たちへのメッセージ

最後に谷川さんから、将来に悩む若者たちに向け、メッセージをいただきました。

「私は日本の若者に、もっと夢を抱いてほしい、わくわくする人生を送ってほしいと思っています。
何をすればよいかわからない、何を目的としたらよいのかわからない方は、まずは誰かなりたい人、ロールモデルを見つけてください。
ロールモデルは世界で著名な経営者や歴史上の偉人である必要は全くなく、むしろその逆で、年齢や人種・バックグラウンドなど、何かしら自分と共通点がある人物がおすすめです。

その中でも頑張っている人、共感できる人を見つけ、『自分も頑張ればそうなれる』という気持ちを持ってもらえたらと思います。

また、現在日本は起業ブームと言える状況となっています。お金がなくても、アイデアがあれば誰もが気軽に起業できる環境です。もちろん起業のハードルが下がるのはよいことですが、危うさもあると私は思っています。
私のこれまでの経験上、お金儲けのためや、ゲーム感覚に近い起業は必ず、どこかでつまずくものです。失敗しても構いませんが、このような場合は得るものも少ないのではないでしょうか。

起業する上で大事なことは、目先の利益やテクニックでなく、その事業により『実現したいこと、つくりたい社会や未来が明確にあること』が大切です。
どんなビジョンを実現するのか、どんな課題を解決したいのか、それは自分にとってどんな意味があるのか、等です。
それらを自分と向き合って考え抜くことが、アントレプレナーへの第一歩です」

5 最後に

九州大学において、日本でもトップクラスのアントレプレナーシップ教育プログラムを築き上げ、多くの学生に夢を与えた谷川さん。
最後のメッセージからもわかる通り、そのお言葉からは表層的なテクニックではない、「アントレプレナーシップ」を感じます。

谷川さんのお言葉によって、自分の夢を持つことの大切さを感じたり、現状から一歩踏み出すきっかけになれば幸いです。

谷川さん、この度は貴重なお話を愛りがとうございました。

以上

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経営者が押さえておくべき資金調達のノウハウ(2021年3月時点)

最近は、情報インフラの発達などにより、起業時にあまり資金が要らない事業が多くなっています。起業後も、大きく成長することを強く志向しなければ、資金を調達する必要性は低いかもしれません。

しかし、この記事を読んでいる起業家や経営者の多くは、収益の拡大や事業の成長を目標にしていると思います。成長志向の企業にとっては、外部から資金を調達せず自己資金だけでやっていくのは、得策とはいえません。ビジネスを拡大させるにはスピードが大切で、そのためには十分な資金が不可欠だからです。

また、コロナ禍で順調だった売上が急減している会社も多いと思います。この記事では、創業間もない時期の資金調達の方法に加えて、コロナ禍における資金調達の注意点についても触れていますので、参考にしてください。

1 創業間もない時期は資金調達が大きな課題

たとえ成長することを第一目標とせず、「規模は小さくても安定した経営をしたい」という企業であっても、創業して間もない時期は、赤字が続いたり予想外の出費があったりで、資金調達が必要になることはよくあります。「自己資金の範囲で手堅くやろう」と考えていたのに、資金調達をせざるを得なくなったという企業は多いのが実態です。

少し前のデータになりますが、「2017年版中小企業白書」には、起業・創業に関する記事が掲載されています。その中で、企業の成長段階を「創業期」「成長初期」「安定・拡大期」に分けて、それぞれが抱えている課題を調査しています。

【創業期】本業の製品・商品・サービスによる売上がない段階
【成長初期】売上が計上されているが、営業利益がまだ黒字化していない段階
【安定・拡大期】売上が計上され、少なくとも一期は営業利益が黒字化した段階

図表1の通り、創業期と成長初期において「資金調達」を課題として挙げている企業が多いことが分かります。安定・拡大期になると、「人材確保」などの課題が上位ですが、「資金調達」も4番目に入っています。

創業後5年以内の場合、まだ十分な利益が出ていない成長初期にある企業が多いのが実態です。この段階では、厳しい時期を乗り越えて、事業を軌道に乗せるための資金調達が課題と捉えている経営者が多いことを示しています。

また、安定・拡大期に入った企業でも、規模拡大に伴う運転資金や設備投資などのために、資金調達が課題の1つとなっています。

企業の成長に応じて経営課題は変わってきます。資金調達は経営が続く限り付き合わなければならない課題ですが、特に創業期と成長初期において資金調達を課題を考える企業が多くなっています

2 創業間もない時期の資金調達方法とは

ここでは、創業後5年以内の段階で考えられる、主な資金調達方法について考えてみましょう。

昨今の資金調達方法は多様化していますが、大きく分けると「自己資金」「出資を受ける」「融資を受ける」「補助金・助成金」「その他」があります。

(1)自己資金
・法人の預貯金の他、役員の個人資産

(2)出資を受ける
・ベンチャーキャピタル(VC)や個人投資家(エンジェル)からの出資
・親や親族などからの出資

(3)融資を受ける
・民間金融機関や公的金融機関からの借入
・親や親族などからの借入

(4)補助金・助成金
・国や地方自治体などの補助金・助成金

(5)その他
・社債の発行
・クラウドファンディング

「2017年版中小企業白書」には、実際に創業間もない企業がどのような資金調達方法を利用しているかを、企業の成長タイプに分けて調査した結果が出ています。成長タイプとは、創業後5年以上10年以内の企業を次のように分けたものです。

(1)高成長型
新興市場上場企業の創業期以上に売上高伸び率が高い企業

(2)安定成長型
小規模事業者から中規模企業と、創業時に比べて現在の企業規模が拡大している企業

(3)持続成長型
小規模事業者から小規模事業者、中規模企業から中規模企業又は小規模事業者といったように、創業時と現在の企業規模を比較して、企業規模が変化していない又は企業規模が縮小している企業

安定成長型を例に取ると、図表2の通り「民間金融機関からの借入」「経営者本人の自己資金」「政府系金融機関からの借入」「家族・親族、友人・知人等からの借入」「公的補助金・助成金の活用」の順となっています。

下段の「成長初期に利用したかった資金調達方法」とは、利用したかったのにできなかった方法を回答しているものです。上位には、「公的補助金・助成金の活用」「民間企業、基金、財団その他の団体からの出資」「ベンチャーキャピタル、投資組合・ファンド等からの出資」があります。

補助金・助成金や出資を希望していたものの、実際には金融機関からの借入や自己資金で調達するケースが多いことが分かります。資金調達方法に関して、希望と現実にギャップがあるといえるでしょう。

経営者が望む方法で資金調達ができるとは限りません。補助金などによる資金調達を希望しても実現せず、金融機関から借り入れを行うケースが多くあります

3 資金調達のノウハウを習得することが重要

上記の通り、さまざまな資金調達方法があるので、一見選び放題のように思うかもしれません。しかし実際には、創業間もない企業の資金調達は、それほど容易ではありません。多くの企業が資金調達を課題と捉えているのは、「調達したいけどうまくいかない」という苦労の表れだといえます。

首尾よく資金を調達するためには、ノウハウを習得することが重要です。
資金調達方法によって、資金を出してくれる相手を説得するために効果的な手法は異なります。金融機関から融資をしてもらう、ベンチャーキャピタルから出資を受ける、補助金や助成金を交付してもらうためには、それぞれに適した方法があります。経営者や経営幹部は、資金調達のノウハウをなるべく早く身に付けたいものです。
次の記事で紹介している情報などを参考にしていただき、うまく資金調達を実現させましょう。

特に創業間もない時期は、資金繰りに苦労する経営者が多いのが実態です。厳しい時期を乗り越えて、事業を軌道に乗せるためには、資金調達ができるかどうかが鍵というケースも少なくありません。

私のクライアントに、ヘルスケア分野のベンチャー企業A社があります。創業して3期を終えていますが、これまでずっと赤字です。なぜなら本格的に製品を販売する前段階として、研究開発を要していたからです。まだ売上は少なく、人件費など多くの経費を支出してきました。

A社が、赤字なのに事業を継続できているのは、うまく外部から資金を調達できているからです。主な資金調達方法は、出資と金融機関からの融資です。出資は、10名以上の個人から受けています。A社の事業内容に賛同して支援している研究者や経営者などからです。また、間もなくベンチャーキャピタルからの出資も得られる見込みです。

もう1つは、金融機関から数千万円の融資を受けることができました。赤字が続いている場合は、金融機関の融資は容易には実現しません。融資は、出資とは異なり、早期に黒字化して着実に返済できることが求められるからです。

A社は、販売先を確保して契約を締結しており、1年以内に黒字化することを事業計画書にまとめて金融機関を説得しました。金融機関の担当者は、かなり悩んだようですが、A社の技術力や収益の実現可能性について評価し、上司を説得して融資が実現したのです。

A社のような研究開発型のベンチャー企業だけではなく、飲食店など一般的な業種の企業でも、資金調達のノウハウを習得することは経営者にとって重要です。

例えば、居酒屋の1店舗目が軌道に乗って、2店舗目を出店したいと考えたとします。自己資金では不足する場合には、外部からの資金調達が必要になります。どんな方法で資金調達をするべきか、どこにアプローチするのか、資金提供者をどのように説得するのかなど、綿密な事前準備や対策が不可欠です。資金提供者は、「2店舗目も成功するとは限らない」という厳しい見解を示すこともあるため、成功する根拠を示す必要があります。こうした一連の準備や対策が、資金調達のノウハウなのです。

事業を長く繁栄させるために、首尾よく資金を調達するためのノウハウを習得していただきたいと思います。

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4 コロナ禍における資金調達

1)創業間もない企業の8割がマイナスの影響

2020年に発生した新型コロナウイルス感染症の影響で、中小企業の経営環境は激変しました。創業後、軌道に乗っていない段階で、マイナスの影響を受けた企業も少なくありません。
日本政策金融公庫の「2020年度新規開業実態調査」では、新規開業者に対して新型コロナウイルス感染症の影響について調査した結果を公表しています(注)。

(注)同調査は、2020年7月時点で行われており、日本政策金融公庫国民生活事業が2019年4月から同年9月にかけて融資した企業のうち、融資時点で開業後1年以内の企業を対象にしています。

新型コロナウイルス感染症によるマイナスの影響を「受けた」開業者は、調査時点で80.2%に上っています(図表3)。
業種別では、「飲食店・宿泊業」で97.4%と最も高く、「教育・学習支援業」(94.7%)と「運輸業」(92.7%)も90%を超えています(図表4)。

新型コロナウイルス感染症によるマイナス影響の有無を示した画像です

新型コロナウイルス感染症によるマイナス影響を受けた割合(業種別)を示した画像です

新型コロナウイルス感染症によるマイナスの影響の内容を示した画像です

2)今後の収支見通しの「実現可能性」がポイント

マイナスの影響の内容をみると、「売上や利益が予定より減った」がもっとも多いものの、「資金調達が難しくなった」と回答する企業も8.2%あります。
新型コロナウイルス感染症関連の融資制度は、創業後間もない企業(日本政策金融公庫の場合、創業後3カ月以上)も、幅広く対象になります。
しかし、まだ採算が取れていないなど、軌道に乗っていない段階で、融資を利用するのは決して容易とはいえません。

融資を申し込む場合は、「創業後の業績推移」「新型コロナウイルスの影響と対応方法」「今後の収支見通し」などを盛り込んだ資料を作成して、金融機関や信用保証協会の担当者の納得が得られるような工夫が不可欠です。
融資担当者は、「この企業はコロナ禍を乗り切る力があるか」という視点で審査を行うので、特に「今後の収支見通し」の実現可能性を示すことが重要です。
例えば、取引先からの発注書、最近の受注状況の推移(次第に増加しており○カ月後には採算化可能)など、エビデンスとして出せるものがあると説得力が高まります。

金融機関との付き合い方については、こちらの記事で紹介しているので参考にしていただき、うまく資金調達を実現させましょう。

以上

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決算前に確認したい「減価償却」基本を分かりやすく解説

書いてあること

  • 主な読者:減価償却の基本を知りたい中小企業の経営者・経理担当者
  • 課題:なぜ、取得した費用をすべて計上しないのか分からない
  • 解決策:減価償却は固定資産の価値を分割して費用にする処理。財務会計と税務会計の取り扱いも異なる

1 減価償却とは

減価償却とは、固定資産の取得価額を一定期間にわたり、分割して費用計上する会計上の処理をいいます。固定資産は、通常、数年から数十年使い続けます。もし、購入時に一括して費用計上してしまうと、次の年から、その固定資産がもたらす影響が財務諸表に正確に反映されなくなってしまうので、減価償却によってこれを防げます。

また、固定資産は使用や時間の経過により、少しずつ価値が減少します。このような実態を正確に財務諸表に反映するために、固定資産は一旦資産計上し、使用期間にわたって少しずつ減価償却を行っていくことになります。

2 減価償却の財務上の効果

減価償却が他の費用と違う点は、支出を伴わないことです。なぜなら、固定資産の取得時に支払いは済んでおり(分割払いなどの場合は除く)、その後は、計算上の金額が財務諸表に計上されるだけだからです。つまり、減価償却費の分だけ利益は減少しますが、資金は減少しません。このことは、利益以外の部分で、減価償却費分の資金が社内に留保されていることを意味し、「自己金融効果」と呼ばれます。新たな資金が入ってくるわけではありませんが、資金繰りや将来の投資計画を作成する際、減価償却費が意思決定の1つのポイントになります。

3 財務と税務で取り扱いが違う?

1)償却方法

財務上と税務上の減価償却の主な違いは、「償却方法」と「耐用年数」の取り扱いです。財務上認められる減価償却方法は次の通りです。

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財務上は、資産の使用実態に合う上記の減価償却方法のいずれかを会社が継続して適用することを前提に、自由に選択することができます。

一方、税務上は、資産ごとに適用できる減価償却方法が法律で決められています(以下「法定償却方法」)。もし、税務上認められていない方法で償却した場合、納税額を計算する際に法定償却方法で再計算しなければなりません。そのため、実務上は、税務上の法定償却方法により減価償却を行うのが一般的です。税務上の法定償却方法は次の通りです。

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2)耐用年数

財務上、減価償却の耐用年数はその固定資産の材質や使用環境により、会社ごとに合理的な年数を設定できます。また、同じ種類の固定資産であっても、使用頻度が違うなどを理由に、異なる耐用年数を設定することができます。

一方、税務上の減価償却の耐用年数は法律で定められています(法定耐用年数)。税務は基本的に、会社ごとに計算基準が異なることで、会社間の不平等を生じさせないこと(課税の公平性)が前提となっているため、会社が独自で見積もった耐用年数は認められません。実務上では、償却方法と同様、税務基準を基に行われていることが一般的です。

4 固定資産の減価償却に係る税務特有の取り扱い

1)少額減価償却資産

少額減価償却資産とは、「使用可能期間が1年未満」または「取得価額が10万円未満」のいずれかに該当する減価償却資産(減価償却を行う固定資産)をいいます。その事業の用に供した事業年度において、取得価額の全額を損金経理(費用として経理)した場合に、その全額を損金(税務上の費用)の額に算入することができます。つまり、固定資産として一旦資産計上する必要はなく、購入時に消耗品費などの費用として処理され、減価償却はしません。

なお、中小企業者等(資本金の額などが1億円以下で一定の法人)の場合は、一定の範囲内で、取得価額が30万円未満である減価償却資産も少額減価償却資産として処理することができます。

2)一括償却資産

一括償却資産とは、取得価額が20万円未満の減価償却資産をいい、3年間の均等償却をすることができます。つまり、機械装置や工具器具備品などの個々の耐用年数を把握し、固定資産として計上するのではなく、一括償却資産として計上し、3年間の均等償却を行います。そのため、通常の減価償却はしません。

取得価額が30万円未満の固定資産(減価償却資産に限る)の税務上の取り扱いは次の通りです。

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3)特別償却

特別償却とは、通常の減価償却費(以下「普通償却費」)の他に、設備の取得など投資をした固定資産の取得価額に一定の割合を乗じて計算するなどした特別な償却費(以下「特別償却費」)を損金に算入できる制度です。損金に算入できる償却費が増加(普通償却費+特別償却費)することで、所得金額を減少させる効果があり、投資額の早期回収が可能になります。

以上(2021年3月)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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画像:unsplash