デジタルを活用した「攻めの採用」/採用活動のデジタルシフトで攻めに転じる!リクルーティングDX最前線(2)

書いてあること

  • 主な読者:採用活動のデジタル化を検討したい経営者
  • 課題:デジタルは苦手。それに人を採用するのだから、リアルのほうがいい?
  • 解決策:いい人材に自社からアプローチして、人材データベースを構築。関係を温めて、採用候補者をあぶり出 して採用につなげる。こうした一連の活動がデジタルの力を借りることで、適切に行える

新型コロナウイルス問題は、採用市場を激変させました。空前の人手不足から一変し、企業の採用意欲は劇的に冷え込んでいます。しかし、こうして他社の採用活動が慎重になることは、逆にいい人材を獲得できるビッグチャンスともいえます。勇気は必要なものの、不況期こそ「攻めの採用活動」に転じるべきなのです。

そして採用のカギを握るキーワードが「デジタル」です。本連載では、ウィズコロナ時代の採用における明暗を分けていくであろう「リクルーティングDX(デジタル・トランスフォーメーション)」のノウハウについて解説していきます。

第2回のテーマは、ダイレクト・リクルーティングとその進化形、タレントプールとリクルーティング・オートメーションについて。横文字だらけで「?」かもしれませんが、できるだけ分かりやすくお伝えしていきます。最先端のデジタル・リクルーティングについて学んでいきましょう。

1 ダイレクトの定義

本稿の理解を深めるためにも、まずはダイレクト・リクルーティングについての解説から始めていきたいと思います。

ダイレクト・リクルーティングとは、

  • 人材サービスに頼ることなく(=企業がダイレクトに行う)、
  • 自ら欲しい人材を見つけて(=候補者にダイレクトにコンタクトを取り)採用すること

ダイレクトには、こうした2つの意味が込められています。

もう少し補足しましょう。ダイレクト1.は、「求人広告への掲載」や「人材紹介」といった人材サービスへ採用業務(=母集団形成)を発注することが採用のアウトソーシングだとしたとき、その対比として、自社で積極的に採用活動を展開することを指しています。

第1回でお伝えしたように、Indeedをはじめとする「求人検索エンジン」から“直接”自社の「採用ホームページ」に誘導するという手法は、求人広告メディアを介さないという点で、まさにダイレクト・リクルーティングといえます。採用ホームページ=オウンドメディアを主軸とした採用は“手っ取り早い”という観点から「ファスト・リクルーティング」とも呼ばれています。

ダイレクト2.は、企業が求めている人材に対し“直接”アプローチするという採用のやり方を示しています。応募があった際に選考する「待ちの採用」ではなく、企業が自ら欲しい人材を“直接”スカウトする「攻めの採用」ともいわれます。日本においてダイレクト・リクルーティングといえば、1.よりも2.のスカウト手法を指すことが一般的でしょう。ちなみにダイレクト・リクルーティングは和製英語で、このようなスカウト方式を英語では「ダイレクト・ソーシングDirectsourcing」と呼びます。

2 データベース・リクルーティング

日本において、こういった「スカウト」系のダイレクト・リクルーティングは、求人サイトに登録した求職者データベースを対象に始まりました。求人広告を掲載した際のオプションサービスとして、登録者に対してオファーを送ることができるようになったのです。このサービスは企業側、求職者側、双方の支持を得たことで瞬く間に広がっていきました。

そして、こうしたダイレクト・リクルーティングの流れを決定づけたのがSNSの普及です。ソーシャルにつながっていくサービスが生まれたことで、「誰がどこでどんな仕事をしていて、どういう経歴を持っているのか」という情報にアクセスすることが、どんどん一般化していったのです。そこに記載されている本人情報、あるいは投稿内容から過去のキャリアや今後の志向などを読み取ることもできます。スカウト目線で見ると極上の人材データベースといえるかもしれません。

欲しい人材を直接スカウトする。こうしたダイレクト・リクルーティングを成功させるカギを握るのが「人材データベース」の質にあるのは、いうまでもありません。求人サイトの登録者データベースにせよ、さらにはSNS上のつながりをベース構築するデータベースにせよ、(表現としてはあまり適切ではないかもしれませんが)どの漁場に釣り糸を垂らすかが、採用の勝敗を決するわけです。

3 タレントをプールして、自前のデータベースを作る

この人材データベースを自前で構築しようというのが「タレントプール」の考え方です。

才能を意味する「タレント」と、蓄えることを意味する「プール」を組み合わせた言葉で、有望な人材をためて、その人材に企業が継続的にアプローチしていくためのデータベースを指します。これまで優秀な個人を一企業が見つけてくることは困難だとされていましたが、デジタル技術の進化は不可能を可能にしてくれたのです。まさにリクルーティングDXです。

タレントプールの手法をもう少しかみ砕いて解説します。この手法は、

  • 企業にとって「逃したくない人材」、すなわち経験や技術、実績などの条件面で非常に高いポテンシャルを秘めている人材をためる、
  • その人材と継続的にコンタクトを取り、常に一定の関係性を構築する。そして、企業と有望人材の双方にとってベストなタイミングが来た際に、採用を実施しよう

という考え方なのです。

まず1.の自社独自の候補者データベースを構築するにはどうするか。データベースの質がカギを握ると述べたように、ここは極めて重要なポイントです。最初にやるべきなのは、自社の採用ホームページに「応募ボタン」だけでなく「タレントプール登録ボタン」を付けること。

拍子抜けするくらいシンプルな方法ともいえますが、「求人応募」以外の選択肢が設けられていることにより、「今すぐの転職は考えていないが、興味はある」という、まさに潜在的な採用候補者をキャッチ、プールして資産に変えることが可能となります。現にタレントプール活用が進む海外企業の採用サイトでは、「求人への応募」以外に「タレントプールに登録する」というボタンが設置されているケースがほとんど。これ以外のプールの作り方については、連載3回目となる次回で詳しく解説する予定です。

4 登録された「タレント」との関係性を、時間をかけて温める

そして2.潜在候補者の登録自体は「タレントプール」のスタートにすぎません。重要なのはむしろこれからです。「今すぐの転職は考えていないが、興味はある」という状態の人が登録するわけなので、当然、この会社に応募しようというスイッチはまだ入っていません。「採用につながるタレントプール」に育てていくためには、登録したタレントの「転職スイッチオン」のタイミングを素早くキャッチしたり、自社への興味喚起や、イベントなどオフラインの場での接点づくりが必要となります。

登録者と細やかなコミュニケーションを取りながら関係性を構築する。プールされたタレントが採用候補者への階段を一歩一歩上っていく。結果としていい人材を採用できる。概念としては素晴らしいものの、これには採用担当者の並々ならぬ労力を必要とします。候補者とのコミュニケーションを管理するために、Excelやスプレッドシート、既存の採用管理システムなどとにらめっこするだけで1日が終わってしまいそうです。

5 マーケティング・オートメーションの採用版

この煩雑な業務をテクノロジーで解決する。ここがタレントプールというダイレクト・リクルーティングの進化形を成功させる肝の部分です。AIをうまく活用しながら半自動的に適切なタイミングで、適切なコミュニケーション(メルマガ配信やキャンペーン、イベントの案内など)を取っていくことで、熱量を持った採用候補者をあぶり出していくのです。

この手法は「マーケティング・オートメーション」の採用版として、「リクルーティング・オートメーション」とも呼ばれています。マーケティング・オートメーションとは、獲得した見込み客を半自動的に育てながら、検討度合いの高い見込み客をAIで選別し、商談を成立させるという営業マーケティングにおけるデジタル時代の新手法。

例えば、過去のデータから機械学習して「タレントプール登録から1週間後に、社長のインタビュー記事を配信」「タレントプール登録から3回以上採用サイトにアクセスした場合に、面談に呼び込むメールを送る」など、候補者とのコミュニケーションを取りながら関係性を構築し、ジャストタイミングでオファーにつなげていくことが可能なのです。

6 買い手市場の今が導入の好機

もう一度、まとめを記しておきます。

  • いい人材にこちらからアプローチするダイレクト・リクルーティングに、デジタル・マーケティングの手法を導入する
  • タレントプールという人材データベースを構築し、そのデータベースに対しAIを駆使しコミュニケーションを取りながら関係を温める
  • オートメーション技術で採用候補者をあぶり出して採用につなげる

最先端のリクルーティング手法の概念と一連の流れについて、理解していただけたでしょうか。

では、どうやって実践すればよいのか。タレントプール、あるいはリクルーティング・オートメーションというHRテックサービスが、日本にも出てきています。両者は独立したものではありません。リクルーティング・オートメーションを完備したタレントプールであったり、タレントプールを前提としてリクルーティング・オートメーションを強く打ち出していたりしますが、基本的にはセットです。ぜひ問い合わせなどしてみてください。

人手不足の売り手市場だと、候補者のプールを作るのは大変かもしれませんが、今は買い手市場です。試してみるには絶好の機会です。

以上(2020年7月)
(執筆 平賀充記)

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画像:pixabay

事業承継計画を見直すためのポイント

書いてあること

  • 主な読者:事業承継を考えている中小企業の経営者
  • 課題:円滑に事業承継を成功させるためには何から手を付けてよいかわからない
  • 解決策:事業承継の主なポイントである人、資産、知的資産の承継についてポイントを解説する

1 事業承継の範囲

事業承継は、中小企業(特にオーナー企業)の経営者にとって重要な経営課題です。事業承継を円滑に進めるためには、さまざまな対策が必要であり、相応の期間がかかります。そのため、事業承継は早めに計画を立て、取り組みを進めていくことが大切です。

事業承継は、事業そのものを承継する取り組みであり、その構成要素は広範囲にわたります。誰か(親族内外)に、株式を渡せばよいというわけではなく、その他にも事業運営に関わる有形・無形の資産を承継しなければなりません。

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これらは、事業承継計画に沿って承継されます。例えば、「息子に経営権を承継させる場合は株式の評価を下げつつ、知的財産はきちんと権利化して守る」といったようにです。以降でそれぞれのポイントを確認していきます。

2 事業承継の類型

事業承継の主な方法は「親族内承継」「役員・従業員承継」「M&A」に大別されます。最も多いのは親族内承継ですが、最近は後継者不足からM&Aなどの親族外承継も増えています。それぞれのメリットを確認してみましょう。

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次章では、中小企業に多い親族内承継を対象に、「人(経営)の承継」「資産の承継」「知的資産の承継」の3つの観点から、事業承継対策をチェックする際の基本的なポイントを確認します。

3 「人(経営)の承継」のポイント

1)後継者の育成

後継者の育成方法は、事業承継に費やすことのできる期間や後継者の能力などに応じて異なります。通常は、「自社で教育する」「他社で経験を積ませる」「外部研修機関で知識を習得させる」の3つを組み合わせます。

1.自社で教育する

社内の主要部門をローテーションさせたり、関連会社の経営を任せたりして、自社の業務内容や実情を肌で感じながら経験を積む機会を与えます。経営者が直接育成に携わることで、いわゆる“帝王学”を教え込むこともできます。

2.他社で経験を積ませる

経営者の親族という甘えのない環境で経験を積ませることができます。また、自社とは異なる業務内容や経営手法など、社内での教育では得ることのできない知識や経験を習得させることも可能です。人脈の形成にもつながります。

3.外部研修機関で知識を習得させる

外部研修機関のセミナーや勉強会などに参加させます。経営に関する幅広い知識を体系的に習得させることができます。また、他の参加者や講師との人脈の形成にもつながります。

2)理念や価値観の承継

経営者は、経営に対する理念や価値観を有しています。これらが明文化されていない場合もあるので、経営者は日々のコミュニケーションの中で後継者に伝え、また後継者は理念や価値観を理解・尊重して会社を率いなければなりません。

4 「資産の承継」のポイント

1)株式の集中

事業承継後、後継者の意思決定を迅速に経営に反映させるためには、後継者や後継者に友好的な株主の元に株式の相当数を集中させることが望まれます。目安は、株主総会で重要事項を決議するために必要な3分の2以上の議決権を確保できる株式数です。

経営者が目安となる株式を保有していれば、相続などを通じて後継者に株式を集中させます。株式が分散している場合は、後継者や会社が株式の買い取り、後継者を対象とした新規株式の発行などを通じて、後継者の持株比率を高めるなどします。

また、事業承継後の株式分散防止策などとして、定款に株式譲渡制限や株式の買い取り請求に関する事項を定めるなど、必要に応じて会社法に基づく対策も検討するようにしましょう。

なお、株式の集中においては、経営者と友好的な関係であった株主が、後継者に対しても友好的であるとは限らないという点に留意が必要です。中小企業の場合は、経営者個人への信頼に基づき関係を構築していることが多く、株主も例外ではありません。

2)事業用資産の集中

中小企業の場合、経営者の個人資産を事業用資産として利用していることがあります。相続などを通じてこうした資産が分散すると、事業継続に支障を来すことにもなりかねません。株式同様、事業用資産も後継者が集中して承継するなどの対策が必要です。

3)相続対策

後継者へ株式および事業用資産の集中を図る際のポイントは相続対策です。相続や贈与に際しては法定相続分や遺留分(一定の相続人が最低限相続できる財産)などの制約を受ける点を勘案しなければなりません。

こうした点を考慮しておかなければ、「主な相続財産が株式や事業用資産しかなく、これらの資産が後継者以外の相続人の手に渡ってしまった」など、後継者への株式および事業用資産の集中を図ることができなくなってしまいます。

相続対策は、経営者の所有財産や相続人の数などを把握した上で、財産の移転・財産の評価引き下げ、納税資金の確保などの観点で検討します。その際、税法などの専門的な知識が不可欠なので、税理士や弁護士などの専門家に相談するようにしましょう。

なお、財産の移転とは、相続発生前に、株式および事業用資産を後継者や会社などに移転することです。贈与や売買などによって行います。

財産の評価引き下げとは、資産の移転などをスムーズに行うために、事前に株式などの評価額を引き下げることです。株式の評価額の引き下げに効果がある役員退職慰労金の支給などを検討することが一般的です。  

納税資金の確保とは、財産のほとんどが株式や不動産などで占められ、金融資産(現金・預金、市場性のある有価証券など)が少ない場合に、相続人のために行う対策です。生命保険の活用などを検討することが一般的です。

5 「知的資産の承継」のポイント

知的資産とは、特許などのいわゆる知的財産権にとどまらず、「人材、技術、組織力、経営理念、顧客とのネットワーク」など、通常は財務諸表には表れない企業の財産を指します。

知的財産権の活用は、中小企業の重要な経営課題です。手続きの煩雑さを嫌う経営者もいますが、事業承継までを見据えて計画的に進める必要があります。また、知的資産をリスト化しておくことも欠かせません。

この他、人材、技術、組織力などが自社ならではの強みになっていることもあります。経営者は、後継者や社員と対話をしながら、組織運営に関する多様な資産を承継していく必要があります。

以上(2018年10月)

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初めてオフィスを移転するときに知っておきたいこと

書いてあること

  • 主な読者:初めてオフィスの移転を考える経営者
  • 課題:オフィス移転に必要な手続きやかかる費用がわからない
  • 解決策:現在のオフィスを評価し、移転するオフィスを探すための方法や、オフィス移転に必要な公共的な手続きなどを整理する

1 オフィス移転の検討プロセス

オフィス環境は、従業員のワークスタイルやモチベーション、社内のコミュニケーション、人的なネットワークにも影響を及ぼします。働きやすく魅力的なオフィス環境を提供することで、人材の定着につながりやすく、人材採用にも効果が期待されます。

本稿では、オフィスビルにテナントとして入居している企業(株式会社)を想定し、別のオフィスビルに移転する場合の実務について考えていきます。

1)現状のオフィスについて評価する

オフィス移転の検討に際しては、まず、次のような視点で現状のオフィスについて評価することが大切です。

1.現状のオフィス面積は、適正なのか

現状のオフィス面積をベースとして増員計画に合わせて案分し、必要な面積を算出する方法では、オフィスが適正な広さかどうかを判断できないでしょう。そこで、同規模企業や同業種企業と比較することで、適正なオフィス面積を考えていくことが求められます。

日本ビルヂング協会連合会が発行する「ビル実態調査(全国版)」では、契約面積ベースのオフィスワーカー1人当たり床面積の推移などが掲載されており、参考にすることができます。

2.現在支払っている賃料は、適正なのか

現在支払っている賃料が相場と比べて適正なのかを確認します。例えば、不動産流通推進センターが運営する総合不動産情報サイト「不動産ジャパン」では、不動産流通4団体(全国宅地建物取引業協会連合会、不動産流通経営協会、全日本不動産協会、全国住宅産業協会)に加盟する全国の不動産会社およびその営業所が持つ物件情報の中から、エリア・路線などの条件を入力して、事業用物件を検索できます。また、オフィス仲介大手の三鬼商事、三幸エステート、シービーアールイーなどは、主要都市のオフィス市況データを公表しています。

■不動産ジャパン■
http://www.fudousan.or.jp/
■三鬼商事■
http://www.e-miki.com/
■三幸エステート■
http://www.sanko-e.co.jp/
■シービーアールイー■
https://www.cbre-propertysearch.jp/

現在支払っている賃料について、これらから得られる情報と比較し、移転による削減余地がどれくらいあるのか把握します。

3.移転する場合、イニシャルコストはどの程度掛かるのか

オフィス移転に掛かるイニシャルコストは、敷金、礼金、仲介手数料、前家賃、前共益費、火災保険料、内装工事費、設備工事費、家具・備品購入代、引っ越し代、名刺や封筒の印刷代など多岐にわたります。これらの金額を全て見積もる必要があります。

なお、イニシャルコストの中には経費として損金算入できない費用もあります。詳細は税理士などに確認するようにしましょう。

2)移転先オフィスビルの選定

移転先オフィスビルについては、不動産会社に仲介を依頼するのが一般的です。その際には、立地条件、必要面積、賃料、移転時期に加え、オフィスビルの仕様(天井高、床荷重、電気容量、OAフロアの有無、個別空調の有無、セキュリティーの有無、喫煙コーナーの有無、駐車場・駐輪場の有無など)の条件を設定した上で依頼します。

なお、1981(昭和56)年5月31日以前に建築確認を受けた建物であれば、耐震診断を受け、必要に応じた耐震補強が行われているかどうかを確かめておきましょう。

3)パートナー(移転担当業者)の選定

オフィス移転に関する業務は非常に多岐にわたります。通常業務と並行してオフィス移転を進めるために、ノウハウ・実績を持つパートナーを選定するのが一般的です。

パートナー候補先としては、オフィス家具メーカー、建築デザイン事務所、プロパティマネジメント会社、通信系設備工事会社などさまざまな企業が挙げられます。自社のオフィス移転の目的や新しいオフィスのコンセプトに応じて、必要性・重要性が高い業務を得意とするパートナーを選定することが大切です。ノウハウ・実績などからパートナー候補先を数社に絞り、各社にプレゼンテーションを行ってもらい、提案の良しあし(技術面、コスト面)や、パートナー候補先の担当スタッフの力量を見定めるとよいでしょう。

4)現状のオフィスの解約予告期間の確認

不動産の賃貸借契約書には、「(借主は)少なくとも○○日前までに解約の申し入れを行うことにより、契約を解除できる」といった、契約解除に関する条項があります。オフィス移転のスケジュールを立てるに当たって、まずは、現在のオフィスの賃貸借契約書で、この条項を確認することが大切です。

現在のオフィスと移転後のオフィスの賃料について、両方負担する期間をなるべく短くするため、この解約予告期間を勘案して移転の時期や条件を検討します。

2 オフィス移転の実施プロセス

1)不動産会社へ紹介を依頼~現地内見

移転の時期や希望する条件が固まったら、不動産会社に移転先オフィスビルの紹介を依頼します。移転先の候補となる物件については、現地に赴いて内見をします。あらかじめ設定していた条件に加え、フロアの形状、フロア内の柱の有無、眺望、採光、ブラインドの有無、入居している他のテナントの状況、エントランスの開閉時間、エレベーター・トイレなど共用部分の状況、携帯電話の電波状況などを確認します。

2)申し込みと条件交渉~審査書類提出

移転先の候補として気に入った物件が見つかれば、不動産会社へ申し込みをして、その物件を押さえます。この段階で不動産会社を通じて、移転先候補の物件の貸主に条件交渉を行います。賃料・共益費の金額交渉とともに、フリーレント(賃料を無料とする期間)の交渉も行うとよいでしょう。共益費についても、交渉次第で入居工事着工時から請求対象とするといった条件が得られることもあります。また、間仕切りなどの内装工事やオフィス内の電気コンセント工事については、借主負担で貸主側が指定する施工業者が行う条件となっているケースが多いといわれますが、交渉次第で、借主負担で借主側が指定する施工業者が行うことに変更できる場合があります。

なお、宅地建物取引業法では、賃貸借契約を締結するまでの間に、仲介や代理を行う不動産会社は、入居予定者に対して賃借物件や契約条件に関する重要事項の説明をしなければならないと定められています。重要事項説明は、宅地建物取引士が内容を記載した書面に記名押印し、その書面を交付した上で、口頭で説明を行わなければなりません。重要事項説明書に記載されていることは、「対象物件に関する事項」と「取引条件に関する事項」に大別できます。確認していた情報と異なる説明はないか、その他気になる事実はないかなど、何か不明な点があれば納得のいくまで確認しましょう。
不動産会社が貸主の場合は、重要事項説明の義務がないので、物件や契約条件について気になることがあれば、自ら不動産会社に確認するようにしましょう。

その後、不動産会社を通じて審査書類を提出します。主な審査書類として次が挙げられます。

  • 法人の登記簿謄本(写し)
  • 法人の概要(会社のパンフレット等)
  • 直近3期分の決算書類
  • 連帯保証人の身分証明書(写し)
  • 連帯保証人の収入証明(写し)

なお、提出が求められる審査書類は、物件の貸主によって異なるので、あらかじめ確認しておくことが大切です。

3)審査通過~現状のオフィスの解約申し入れ

審査書類を提出後、審査を通過した段階で現状のオフィスを管理している先に解約を申し入れます。解約の申し入れは基本的に、電話ではなく書面で行います。この解約通知書面は、契約時に渡されるのが一般的で、その書面をFAXまたは郵送で送付します。

なお、解約の申し入れ後は、日割り計算で賃料を支払うのが通常です。送付日が解約を受け付けた日付となるため、早めに対応するとよいでしょう。

4)電話回線・インターネット回線の移転の手配、各種見積もり

移転に向けて、電話回線・インターネット回線の移転の手配を行い、各種見積もりを取ります。

  • オフィスのレイアウト作成、内装工事の見積もり
  • 購入する家具・備品の見積もり
  • 通信機器・LAN設定工事の見積もり
  • 引っ越しの見積もり

5)賃貸借契約の締結

契約時に必要なものとしては、一般的に次の書類があります。契約によって必要な書類は異なるので、事前に不動産会社や貸主に確認の上、契約日までに用意します。

  • 法人の登記簿謄本
  • 法人の印鑑証明書
  • 連帯保証人の住民票
  • 連帯保証人の印鑑証明書

賃貸借契約を締結した後に一方的に解約を申し出ても、それが認められるとは限らず、違約金などが発生する可能性もあるので、事前に条件交渉の結果が正確に契約書に反映されているかをしっかりと確認することが大切です。内容に問題がなければ契約書に署名・押印を行います。敷金、礼金、仲介手数料、火災保険料などの支払いを行い、費用に応じて領収書、預かり証などを受け取った後、鍵が渡されると契約は完了します。
契約に必要な初期費用は、契約時に支払うのが基本ですが、事前に振り込む方法を取る場合もあります。貸主、不動産会社、保険会社それぞれに必要な金額を支払い、敷金に関しては預かり証、それ以外の支払いについては、領収書を受け取ります。火災保険料については、不動産会社経由で保険会社に支払い、後日郵送で領収書や保険証書を受け取る場合が多いようです。

6)各種発注~工事の施工

賃貸借契約完了後に、内装工事、家具・備品、通信機器・LAN設定工事、引っ越しの発注を行います。また、取引先などに出す移転通知状や、社用封筒、名刺、ゴム印などの発注を済ませます。

内装工事に入る前には、レイアウトと工事内容が記載された図面、工程表を貸主に提出して、許可を得ます。騒音が出る工事については、他のテナントの迷惑にならないよう、土日にしか作業ができない場合も多いため、注意が必要です。

7)引っ越し

引っ越しでは、前日までに梱包作業を済ませておき、移転先での開梱作業で混乱が生じないようにしましょう。梱包した荷物と移転後のレイアウト図面に番号を振って引っ越し業者に渡し、梱包した荷物をどこに配置するのか分かるようにしておくとよいでしょう。

粗大ごみが出る場合、各市区町村の窓口に問い合わせ、日時・場所など指示に従って出します。回収は基本的に有料なので(無料の市町村もあります)、問い合わせのときに料金や支払い方法について確認します。ビルで指定の業者がある場合には、ビルの管理会社から収集日や収集方法などの説明を受けます。

3 移転に伴う関係官庁への手続き

移転によって所在地が変更となるため、登記、税務、労務などについて関係官庁へ必要書類を提出し、手続きをしなければなりません。オフィス移転に伴って必要となる関係官庁への主な手続き(例)は次の通りです。

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ケースによって提出書類の様式や添付書類、提出期限が異なるため、実際には関係官庁に問い合わせて確認することが大切です。必要に応じて、司法書士、行政書士、税理士、社会保険労務士に手続きの代行を依頼することも検討するとよいでしょう。

以上(2018年10月)

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入会金・会費などの税務上の取り扱い

書いてあること

  • 主な読者:適正な税務処理を徹底したい経営者・税務担当者
  • 課題:入会金や会費は内容によっては、税務上役員報酬や給与とみなされることがある
  • 解決策:ゴルフクラブの入会金や同業団体の会費など、会社で発生する主な入会金や会費を抜粋して、税務上の取り扱いを解説

1 ゴルフクラブの入会金など

1)ゴルフクラブの入会金

法人がゴルフクラブに対して支出した入会金については、次のいずれかの場合に応じて処理します(法人税基本通達9-7-11)。

1.法人会員としてゴルフクラブに入会するケース

法人会員として入会する場合、入会金は資産として計上します。

ただし、記名式の法人会員で名義人として特定の役員または使用人が法人の業務に関係なく利用するため、これらの者が負担すべきものであると認められるときは、当該入会金に相当する金額は、これらの者に対する給与とします。

2.個人会員としてゴルフクラブに入会するケース

個人会員として入会する場合、入会金は個人会員たる特定の役員または使用人に対する給与とします。

ただし、無記名式の法人会員制度が無いため個人会員として入会し、その入会金を法人が資産に計上した場合、その入会が法人の業務の遂行上必要であるため法人の負担すべきものであると認められるときは、その会計処理を認めます。

入会金はゴルフクラブに入会するために支出する費用なので、他人の有する会員権を購入した場合、その購入代価の他、他人の名義を変更するためにゴルフクラブに支出する費用も含まれます。

2)資産に計上した入会金の処理

法人が資産に計上した入会金は償却を認められていません。しかし、ゴルフクラブを脱退してもその返還を受けることができない場合、当該入会金に相当する金額およびその入会金に係る譲渡損失に相当する金額は、脱退または譲渡をした日の属する事業年度の損金の額に算入します(法人税基本通達9-7-12)。

3)年会費その他の費用

法人がゴルフクラブに支出する年会費、年決めロッカー料その他の費用(その名義人を変更するために支出する名義書換料を含み、プレーする場合に直接要する費用を除く)については、「入会金が資産として計上されている場合には交際費」とし、「入会金が給与とされている場合には会員たる特定の役員または使用人に対する給与」とします(法人税基本通達9-7-13)。

プレーする場合に直接要する費用については、入会金を資産に計上しているかどうかにかかわらず、その費用が法人の業務の遂行上必要なものであると認められる場合には交際費とし、その他の場合には当該役員または使用人に対する給与とします。

4)レジャークラブの入会金

前述の「ゴルフクラブの入会金」および「資産に計上した入会金の処理」の取り扱いは、法人がレジャークラブに対して支出した入会金について準用します。

ただし、レジャークラブ会員としての有効期間が定められており、かつ、その脱退に際して入会金相当額の返還を受けることができないものとされているレジャークラブに対して支出する入会金(役員または使用人に対する給与とされるものを除きます)については、繰延資産として償却することができます(法人税基本通達9-7-13の2)。

レジャークラブとは、宿泊施設、体育施設、遊技施設その他のレジャー施設を会員に利用させることを目的とするクラブで、ゴルフクラブ以外のものをいいます。

年会費その他の費用は、その使途に応じて交際費または福利厚生費もしくは給与となることに留意を要します。

施設を利用する人が特定の役員や社員だけの場合は、入会金も年会費も給与になります。また、特定の社員の他に取引先の接待などに使えば、年会費は交際費になります。そして、施設を従業員全員が平等に使えるのならば、年会費は福利厚生費になります。

2 社交団体の入会金など

1)社交団体の入会金

法人が社交団体(ゴルフクラブおよびレジャークラブを除きます)に対して支出する入会金については、次の各場合に応じて処理します(法人税基本通達9-7-14)。

1.法人会員として入会する場合

法人会員として入会する場合、入会金は支出の日の属する事業年度の交際費とします。

2.個人会員として入会する場合

個人会員として入会する場合、入会金は個人会員たる特定の役員または使用人に対する給与とします。ただし、法人会員制度がないため個人会員として入会した場合において、その入会が法人の業務の遂行上必要であると認められるときは、その入会金は支出の日に属する事業年度の交際費とします。

2)社交団体の会費など

法人がその入会している社交団体に対して支出した会費その他の費用については、次の区分に応じて処理します(法人税基本通達9-7-15)。

1.経常会費

経常会費については、その入会金が交際費に該当する場合には交際費とし、その入会金が給与に該当する場合には会員たる特定の役員または使用人に対する給与とします。

2.経常会費以外の費用

経常会費以外の費用については、その費用が法人の業務の遂行上必要なものであると認められる場合には交際費とし、会員たる特定の役員または使用人の負担すべきものであると認められる場合には当該役員または使用人に対する給与とします。

3)ロータリークラブおよびライオンズクラブの入会金など

法人がロータリークラブまたはライオンズクラブに対する入会金または会費などを負担した場合には、次によります(法人税基本通達9-7-15の2)。

1.入会金または経常会費として負担した金額

入会金または経常会費として負担した金額は、その支出をした日の属する事業年度の交際費とします。

2.それ以外に負担した金額

それ以外に負担した金額は、その支出の目的に応じて寄附金または交際費とします。

ただし、会員たる特定の役員または使用人の負担すべきものであると認められる場合には、当該負担した金額に相当する金額は、当該役員または使用人に対する給与とします。

3 同業団体の会費など

1)同業団体などの会費

法人がその所属する協会、連盟その他の同業団体などに対して支出した会費の取り扱いについては次によります(法人税基本通達9-7-15の3)。

1.通常会費

同業団体などがその構成員のために行う広報活動、調査研究、研修指導、福利厚生その他同業団体としての通常の業務運営のために、経常的に要する費用の分担額として支出する通常会費については、支出をした日の属する事業年度の損金の額に算入します。

ただし、当該同業団体などにおいてその受け入れた通常会費につき不相当に多額の剰余金が生じていると認められる場合には、当該剰余金が生じたとき以後に支出する通常会費については、当該剰余金の額が適正な額になるまでは、前払費用として損金の額に算入しないものとします。

同業団体などの役員または使用人に対する賞与または退職給与の支給に充てるために引き当てられた金額で適正と認められるものは、剰余金の額に含めないことができます。

2.その他の会費

同業団体などが次に掲げるような目的のために支出する費用の分担額として支出する会費については、前払費用とし、当該同業団体などがこれらの支出をした日にその使途に応じて当該法人がその支出をしたものとします。

  • 会館その他特別な施設の取得または改良
  • 会員相互の共済
  • 会員相互または業界の関係先などとの懇親など
  • 政治献金その他の寄附

通常会費として支出したものであっても、その全部または一部が当該同業団体などにおいて上記のような目的のための支出に充てられた場合には、その会費の額のうちその充てられた部分に対応する金額については、その他の会費に該当します。

ただし、その同業団体などにおける支出が当該同業団体などの業務運営の一環として通常要すると認められる程度のものである場合には、この限りでありません。

2)災害見舞金に充てるために同業団体などへ拠出する分担金など

法人が、その所属する協会、連盟その他の同業団体などの構成員の有する事業用資産について災害により損失が生じた場合に、その損失の補てんを目的とする構成員相互の扶助等に係る規約など(災害の発生を機に新たに定めたものを含む)に基づき、合理的な基準に従って当該災害発生後に当該同業団体などから賦課され、拠出した分担金などは、支出した日の属する事業年度の損金の額に算入します(法人税基本通達9-7-15の4)。

以上(2019年4月)
(監修 税理士法人コレド会計 石田和也)

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経理担当者が迷いやすい固定資産の会計・税務

書いてあること

  • 主な読者:適正な会計・税務処理を徹底した経営者・経理担当社
  • 課題:固定資産に関する会計・税務上多くの規定があるため、処理を行う際、判断に迷いやすい
  • 解決策:固定資産に関する会計・税務上の取り扱いについて、「取得時」「修理・改良時」「除却・売却時」に分けて解説

1 判断に迷う固定資産の会計・税務上の処理

固定資産(本稿においては有形固定資産に限る)に関しては、会計・税務上多くの規定があるため、処理を行う際、判断に迷うことが少なくありません。

固定資産と一言で言っても、建物や機械装置、車両などさまざまなものがあります。そのため、固定資産を取得すると、まずは、その固定資産がどの種類に分類されるのかを判断していかなければなりません。主な固定資産の種類は次の通りです。

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例えば、社屋を新たに建設した場合には、建物本体(「建物」)だけでなく、電気設備や給排水・衛生設備、ガス設備などの「建物附属設備」、舗装道路・路面などの「構築物」などに分類し、それぞれの取得価額などを決めていかなければなりません(詳細は後述)。

また、修理・改良や除却・売却を行った場合も、会計・税務上の判断が必要になります。

本稿では、固定資産の取得、修理・改良、除却・売却時の会計・税務上のポイントを紹介します。なお、実務では、会計上の処理においても税法上の規定を適用している企業が多いことから、本稿においては、税法上の規定を前提にしています。また、最終的な判断については、公認会計士や税理士などの専門家と相談するようにしましょう。

2 取得時(購入の場合)のポイント

1)取得価額の決定

取得価額は次の算式で計算されます。

  • 取得価額=購入代価+事業の用に供するために直接要した費用

固定資産の取得価額には購入代価だけでなく、「事業の用に供するために直接要した費用」が含まれます。例えば、機械の据付費や試運転費用などが該当します。

なお、次の費用については、固定資産の取得価額に含めなくてもよいとされています。

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2)減価償却方法などの選択

ほとんどの固定資産は減価償却という手続きが必要になります。減価償却とは、取得価額を耐用年数にわたって適正に配分(減価償却費(費用)として計上)することで、適正な期間損益計算を行うことを目的とした会計上の計算手続きになります。なお、土地のように使用や時間の経過で価値が減少しないものは、減価償却を行いません。

減価償却は、事業の用に供した日(使用を開始した日)から行わなければならないため、取得時に減価償却方法や耐用年数を判断しておく必要があります。

1.減価償却方法

主な減価償却方法としては定額法、定率法、生産高比例法があります。なお、生産高比例法は、対象資産が限定されているため、本稿では説明を省略します。

定額法とは固定資産の耐用年数にわたって、毎期、均等の額を減価償却費として計上する方法です。一方、定率法とは固定資産の耐用年数にわたって、毎期、前期末の未償却残高(取得価額-減価償却累計額)に一定の償却率を乗じて計算した金額を減価償却費として計上する方法です。

定額法と定率法の違い(イメージ)は次の通りです。

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現在、新たに取得した建物・建物附属設備・構築物の減価償却方法として選択できるのは定額法のみとなります。その他の固定資産(生産高比例法の適用が認められているものを除く)は、定額法または定率法のいずれかを選択して適用することになります。

定額法と定率法の大きな違いは、固定資産の減価償却費につき、耐用年数にわたって平均的に計上するか、耐用年数の初期には多く、後になるにつれて少なく計上するかという点です。なお、耐用年数を通して見た場合、減価償却費の合計額はいずれも同額になります。

減価償却方法は、固定資産の種類ごとに選定し、税務署に届出を行います。もし、届け出た減価償却方法を変更しようとするときは、原則として、その変更しようとする事業年度開始の日の前日までに税務署に申請書を提出し、承認を受けなければなりません。

2.耐用年数

法定耐用年数とは固定資産が使用できる期間として、法的に定められている年数をいい、減価償却を行う期間として使われます。法定耐用年数は、固定資産の種類・仕様・用途などさまざまな要素ごとに細かく規定されており、それぞれの固定資産の特徴を考慮して決定します。

3)少額の減価償却資産と一括償却資産

1.少額の減価償却資産

少額の減価償却資産とは、「使用可能期間が1年未満」または「取得価額が10万円未満」のいずれかに該当する減価償却資産(減価償却を行う固定資産)をいい、その事業の用に供した事業年度において、取得価額の全額につき損金経理(費用として経理)をした場合に、その全額を損金(税務上の費用)の額に算入することができます。

つまり、固定資産として計上するのではなく、消耗品費などの費用と同様に処理できます。そのため、減価償却を行う必要がありません。

なお、特例として青色申告を行う中小企業者等(資本金の額などが1億円以下で一定の法人)の場合は、一定の範囲内で、取得価額が30万円未満である減価償却資産を少額の減価償却資産と同様に処理することができます。

2.一括償却資産

一括償却資産とは、取得価額が20万円未満の減価償却資産をいい、3年間の均等償却をすることができます。

つまり、機械装置や工具器具備品などの個々の耐用年数を把握し、固定資産として計上するのではなく、一括償却資産として計上し、3年間の均等償却を行います。そのため、通常の減価償却を行う必要はありません。

少額の減価償却資産と一括償却資産、中小企業等の少額減価償却資産の特例の概要は次の通りです。

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3 修理・改良時のポイント

固定資産は長期にわたり使用するものも多く、修理・改良(以下「修理等」)が必要になることがあります。ここで問題となるのが、その修理等のための支出を費用(修繕費)として計上するのか、または新たな固定資産の取得と見なし、固定資産として計上するのか(資本的支出)の判断です。

修繕費は通常の維持管理または原状回復のための支出をいいます。一方で、資本的支出とは、固定資産の修理等のうち、その固定資産の価値や耐久性を高めたと認められる支出をいいます。例えば、資本的支出に該当するものとしては、次のようなものがあります。

  • 建物の避難階段の取り付け等、物理的に付加した部分に係る費用の額
  • 用途変更のための模様替え等、改造または改装に直接要した費用の額
  • 機械の部分品を特に品質または性能の高いものに取り換えた場合のその取り換えに要した費用の額のうち、通常の取り換えの場合にその取り換えに要すると認められる費用の額を超える部分の金額

ただし、上記の事例だけでは判断のつかない修理等が多く、次の修繕費と資本的支出の判断用フローチャートを参考にしながら、実際の修理等ごとに検討する必要があります。

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4 除却・売却時のポイント

固定資産は老朽化や陳腐化により、除却・売却することになります。除却・売却したときには、その時点における固定資産の帳簿価額と売却価額の差額を固定資産除却(売却)損益として計上します。なお、除却・売却の際に、手数料などの付随費用が生じたときは、その金額は固定資産除却(売却)損益に含めて処理します。

除却の場合には、実際に廃棄せずに保有している固定資産であっても、次の場合には固定資産除却損を計上することができます。

  • その使用を廃止し、今後通常の方法により事業の用に供する可能性がないと認められる固定資産
  • 特定の製品の生産のために専用されていた金型などで、当該製品の生産を中止したことにより将来使用される可能性のほとんどないことがその後の状況などから見て明らかなもの

なお、一括償却資産として3年間の均等償却をしているものを償却期間中に除却または売却した場合には、上記の取り扱いとは異なります。一括償却資産に係る固定資産除却(売却)損に相当する額(当該事業年度に減価償却費として計上できる金額を除く)は損金の額に算入することができないため、除却または売却した事業年度においても、引き続き3年均等償却を行うことになります。実務上は、一度固定資産除却(売却)損を計上し、税務申告書上で調整をすることになります。

以上(2020年3月)
(監修 税理士法人アイ・タックス 税理士 山田誠一朗)

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会社の税金管理を考える タックスプランニングの策定

書いてあること

  • 主な読者:タックスプランを作成していない中小企業の経営者・税務担当者
  • 課題: タックスプランの作り方がわからない
  • 解決策:まずは、将来の課税所得を予測する。予測した課税所得に基づき、さまざまな税務対策を計画し、実行する

1 タックスプランニングの必要性

タックスプランニングとは、将来の課税所得(課税の対象となる所得)を想定して、税務対策や納税資金の確保などについて計画(以下「タックスプラン」)を立てることをいいます。タックスプランニングを行うメリットとしては、「将来の税負担の最小化ができる」ことや「納税資金を予測できる」ことが挙げられます。

決算期末の直前になってしまうと有効な税務対策を行えないことが多くあります。そのため、あらかじめタックスプランニングを行い、計画的に税務対策を実行することで、将来の税負担を最小に抑えることができます。

また、法人税等は納付額が多額になることもあり、納期限の直前になって納税資金の確保に追われることも少なくありません。そのため、タックスプランニングを行い、納税資金を予測することで、資金計画に沿った資金繰りが可能になります。

2 タックスプランニング策定の基本的な手順と検討する際の留意点

1)タックスプランニング策定の基本的な手順

タックスプランニングを策定する場合、まずは将来の課税所得を予測することが必要となります。将来の3事業年度(翌事業年度、翌々事業年度、翌々々事業年度)の課税所得を予測することが望ましいのですが、将来の1事業年度(翌事業年度)だけの予測でも問題ありません。もし、将来の1事業年度の課税所得を予測することが困難な場合には、現在の事業年度の課税所得を予測することから始めてもよいでしょう。予測した課税所得に基づき、さまざまな税務対策(詳細後述)を計画・実行していくことになります。

なお、課税所得を予測する際には、実現可能かどうかなど、複雑な分析が必要になるため、公認会計士や税理士などの専門家に相談するようにしましょう。

2)タックスプランニングを検討する際の留意点

税務対策の中には、資金の流出を伴うものが多いことから、タックスプランニングを検討する際には、資金の準備が必要になることがあります。そのような場合には、必要に応じ、金融機関から運転資金の融資を受けておくなどの事前対応が大事になります。また、時期によっては、その税務対策の効果が想定している事業年度に表れないこともあります。

このように、タックスプランニングは、自社の資金状況や税務対策を実行するタイミングなどに留意しつつ検討する必要があります。

3)タックスプランを事業年度の途中で修正する場合

当初に策定したタックスプランは、さまざまな事情に応じて適宜見直すことが望ましいと考えられます。

タックスプランを見直した結果、現在の事業年度の課税所得の見込み額が、当初に予測した課税所得に比べて大幅に相違がある場合には、タックスプランを事業年度の途中で修正しなければなりません。

1.課税所得が増加する場合

課税所得が当初に予測した金額を大幅に上回ることが分かった場合には、予定していた税務対策に加え、新たに課税所得を減少させる税務対策(詳細後述)を実行するようにしましょう。

2.課税所得が減少する場合

課税所得が当初に予測した金額を大幅に下回ることが分かった場合には、予定していた税務対策を取りやめることや、課税所得を増加させる税務対策を実行するようにしましょう。具体的には、次のものが挙げられます。

  • 臨時改定事由に基づく役員給与の減額
  • 事前確定届出給与を届け出ている場合における支給の中止
  • 中小企業倒産防止共済の掛け金を支払っていた場合における中小企業倒産防止共済の解約
  • 生命保険に加入していた場合における生命保険の解約

3 事業年度の開始前と開始直後に実行できる代表的な税務対策

1)事業年度の開始前

1.所得拡大促進税制の適用

従業員に対する給与のベースアップなどを行うことにより、所得拡大促進税制の適用(税額控除)を受けることができます。

2.連結納税制度の導入

グループ会社の中で、課税所得がプラスの会社とマイナスの会社とが存在する場合には、連結納税制度を導入することにより、法人税の課税所得を通算することができます。連結納税制度を採用するためには、原則として、事業年度開始の日の3カ月前の日までに申請書を提出する必要があります。

3.合併の実行

グループ会社のうち、繰越欠損金を有する会社が存在する場合には、課税所得がプラスの会社と合併することにより、繰越欠損金の有効活用ができるケースがあります。その場合、特定資産譲渡等損失や欠損等法人の欠損金の不適用の規定に留意する必要があります。

4.分割や株式交換・株式移転の実行

所得の分散化や交際費の定額控除限度額の活用などを目的として、会社の1部門を分割により分社化することや、株式交換・株式移転により持株会社を設立します。

2)事業年度の開始直後

一般的には事業年度開始の日から3カ月以内に行われる定時株主総会において、役員給与の支給額を改定することや、事前確定届出給与の支給を設定することができます。事前確定届出給与を設定した場合、事前確定届出給与に関する届出書の提出期限は、原則として、支給の決議をした日(同日が職務の執行を開始する日後である場合には、その開始する日)から1カ月を経過する日までとされています。

4 決算期直前でも検討できる税務対策

2020年3月期決算の会社について、今から実行可能なものとして、検討できる主な対策は次の通りです。なお、ここでは各対策の概要のみを紹介します。詳細は別途確認するようにしてください。

また、生命保険に係る支払保険料を損金にする税務対策は、税制改正により、解約返戻金の割合の高い保険について損金にできる割合が大きく減少しました。そのため、税務対策としての効果は少なくなりましたが、長期的なタックスプランニングを踏まえて、検討してみるのもいいでしょう。

1)中小企業倒産防止共済への加入

中小企業倒産防止共済に加入し、掛け金を支払った場合には、その全額を損金算入することができます。なお、掛け金は最大で800万円まで(ただし、年額240万円まで)支払うことが可能です。

2)決算賞与の支給

従業員に対して決算賞与を支給した際に、一定の要件を満たす場合には、その全額を損金算入することができます。

3)短期前払費用の支払い

支払家賃等について、年払い契約にしたうえで、今後継続して1年分を前払いする場合には、その全額を損金算入することができます。

4)日本型オペレーティング・リースの取得

日本型オペレーティング・リース(注)の出資持分を取得した場合には、今後の2~3事業年度において、出資金の全額を損金算入することができます。

(注)日本型オペレーティング・リースとは、航空機・船舶・海上コンテナ・プラント設備などの大型物件のリース事業に、投資家が営業者(特定目的会社)の出資者として参加するものです。

以上(2019年12月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 大関香一)

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知ってますか? 加算税制度が強化されたこと

書いてあること

  • 主な読者:税務申告が間違っていた場合などの税金の取り扱いを知りたい経営者
  • 課題:税務申告が間違っていた場合や、遅れた場合などで加算税の取り扱いは異なる
  • 解決策:加算税の内容と、加算税に係る平成28年度税制改正の内容を解説

1 加算税の概要

法定期限までに正しく申告をしない場合や法定期限までに税金を納付しなかった場合のペナルティーを総称して「附帯税」と呼びます。そして、附帯税は法定期限から納付した日までの遅延したペナルティーである「延滞税・利子税」と、正しく申告・納税をしなかった場合の「加算税」に分類されます。

いわば加算税は、国税の申告納税制度および源泉徴収制度の適正性を担保するための行政制裁です。加えて、延滞税は加算税が課される場合においても納期限から遅延している税金(本税)に対してかかってきますが、加算税に対して延滞税は課されません。これは加算税という行政制裁に対してさらなる負担になることを避けるという趣旨によるものと考えられます。

加算税について、国税通則法で「過少申告加算税(国税通則法第65条)」「無申告加算税(国税通則法第66条)」「不納付加算税(国税通則法第67条)」および「重加算税(国税通則法第68条)」の4つの制度が設けられています。

本稿では、それぞれの加算税の内容と、加算税に係る平成28年度税制改正の内容を紹介します。なお、加算税制度の概要と改正点一覧表は次の通りです。

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2 加算税の内容

ここでは、それぞれの加算税の内容(平成28年度税制改正前)を紹介します。なお、改正点については後述します。

1)過少申告加算税

期限内に提出した申告に基づき納める税金が少ない場合や、還付される税金が多い場合、「過少申告加算税」が課されます。ただし、この場合でも税務調査による更正を予知した修正申告(期限後申告に係るものを除く)に係るものでなければ、過少申告加算税が課されない仕組みになっています。これは、申告納税制度の普及の妨げにならないよう自発的な修正申告の奨励を目的としているからとされています。

過少申告加算税は、新たに納付すべき税額に10%の課税割合を乗じて計算した金額が課されます。

また、期限内の申告税額または50万円のいずれか多い金額を超える額を新たに納付するときは、その超える部分は15%の課税割合を乗じて計算した金額が課されます。

2)無申告加算税

確定申告の提出を怠った場合、「無申告加算税」が課されます。ただし、法定申告期限から1カ月以内に自主的に申告が行われ、かつ、過去5年間に無申告加算税または重加算税が課されたことがない場合は、無申告加算税が課されない仕組みになっています。

無申告加算税は、納付すべき税額に15%の割合を乗じて計算した金額が課されます。また、50万円を超える部分については20%の課税割合を乗じて計算した金額が課されます。ただし、税務調査による更正を予知した期限後申告(その修正申告を含む)に係るものでなければ軽減され、納付すべき税額に5%の課税割合を乗じて計算した金額が課されます。

3)不納付加算税

源泉徴収による国税が期限までに納付されなかった場合に、「不納付加算税」が徴収されます。ただし、滞納がない状況で、過去1年間、期限通りに源泉徴収による国税を納め、かつ、今回の納付も期限から1カ月以内に納付された場合には不納付加算税は徴収されません。

不納付加算税は、新たに納付すべき税額に10%の課税割合を乗じて計算した金額が徴収されます。ただし、税務調査による更正を予知したものでなければ軽減され、納付すべき税額に5%の課税割合を乗じて計算した金額が徴収されます。

4)重加算税

過少申告加算税・無申告加算税・不納付加算税が課される場合に、国税の計算の基礎となる事実を隠蔽または仮装したところに基づき申告した場合、「重加算税」が課されます。重加算税については、不適用・軽減になる要件はありません。

重加算税は、過少申告加算税ないし不納付加算税に代えて課される場合は、その新たに納付すべき税額に35%の課税割合を乗じて計算した金額が課されます。無申告加算税に代えて課される場合は、その新たに納付すべき税額に40%の課税割合を乗じて計算した金額が課されます。

3 2017年1月1日からの改正内容

平成28年度税制改正によって、加算税制度(過少申告加算税・無申告加算税・重加算税)について、次の改正が行われています。それぞれが2017年1月1日以降に法定申告期限・法定納付期限が到来したものから適用されます。

1)調査通知を受けてから修正申告等を行った場合の加算税

「過少申告加算税」については、調査通知を受けてから行った修正申告(期限後申告に係るものを除く)で、更正を予知したものでない場合、その修正申告に係る新たに納付すべき税額に、5%の課税割合を乗じて計算した金額が課されることになりました。なお、期限内申告税額と50万円のいずれか多い額を超える部分は10%と、さらに加重された課税割合になります。

また、「無申告加算税」については、調査通知を受けてから行った期限後申告(その修正申告を含む)で、更正・決定を予知したものでない場合は、期限後申告に係る新たに納付すべき税額に、10%の課税割合を乗じて計算した金額が課されることになりました。なお、納付税額が50万円を超える部分は15%と、さらに加重された課税割合になります。

従来は、調査通知を受けてから修正申告または期限後申告を行うことにより加算税の賦課を回避することが、ある意味可能ともいえる状況でした。本改正により、当初申告のコンプライアンスを高める観点から改正されました。

調査通知を受けてから、修正申告等を行った場合の加算税の改正前後の比較は次の通りです。

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2)過去5年以内に繰り返して無申告または仮装・隠蔽が行われた場合の加算税

無申告加算税または重加算税が課される際に、その対象となる申告等をした日の前日から起算して5年前の日までの間に、同じ税目について無申告加算税または重加算税が課されたことがあるときについて、次の通り改正されました。

  • 無申告加算税は25%の課税割合を乗じて計算します。なお、無申告加算税は納付税額が50万円を超える部分は30%と加重された割合になります。
  • 過少申告加算税や不納付加算税に代えて課される重加算税は45%の課税割合を乗じて計算します。
  • 無申告加算税に代えて課される重加算税は50%の課税割合を乗じて計算します。

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以上(2018年10月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 大関香一)

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払い過ぎていませんか? 固定資産税

書いてあること

  • 主な読者:自社の固定資産税について、今一度確認したい経理担当者
  • 課題:法人税などの税金に比べて、納税通知書が自治体から送られてくる固定資産税の内容を知っている経理担当社は少ない
  • ポイント:固定資産税の仕組みやポイントを解説

1 普段意識されにくい固定資産税

固定資産税は市町村(東京23区の場合は都)が課す地方税です。所得税や法人税は所得金額と納税金額を申告して納税する申告納税方式ですが、固定資産税は市町村から納税通知書が送られ、その通知書に示された金額を納付する賦課課税方式です。

賦課課税方式であることもあり、普段あまり気に留められない固定資産税ですが、納税額が過大であったりする例もあります。また、償却資産の申告を怠ると過去に遡って延滞金を含め追徴課税されます。

土地の固定資産税評価額は3年に1度評価替えが行われます(直近では2018年)。本稿では、普段意識されにくい固定資産税にスポットを当て、その仕組みと留意すべき点について紹介します。

2 固定資産税の仕組み

1)市町村で異なる税率

固定資産税の標準税率は1.4%とされていますが、標準税率を超える税率を採用している市町村もあります。総務省「市町村民税及び固定資産税の税率等別市町村数調(令和元年度)」によると、固定資産税の税率別市町村数は次の通りです。

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都市計画区域においては、固定資産税の他に都市計画税が課されます。都市計画税の税率は0.3%が上限とされています。東京都の場合、23区内は制限税率の0.3%が適用されていますが、府中市などでは0.2%となっています(2020年4月時点)。0.1ポイントの差ですが、地価の高い地域では大きな差となります。

都市計画税は都市計画事業または土地区画整理事業に要する費用に充当することを目的として、都市計画法による都市計画区域内に所在する土地及び家屋に対して、固定資産税とセットで課されます。

2)課税時期と納税通知書の交付時期

固定資産税はその年の1月1日時点で所有している資産に対して課税されます。なお、納税通知書の交付日程は自治体によって異なります。例えば、東京23区の場合、6月上旬に納税通知書が交付されます。

1月1日が課税の基準日であることから、不動産売買の売り手はそれより前に売りたい、買い手はそれより後に買いたいと考えがちです。このようなこともあり、不動産取引では売り手と買い手の負担の公平性を保つために、売り手が支払った(または支払う)固定資産税と都市計画税を日割り計算して、買い手に負担してもらうことが慣習として行われています。ちなみに、この負担額は取引価額に上乗せされます。

3)軽減措置

固定資産税には軽減措置が設けられています。住宅用の建物がある場合、その敷地の固定資産税の課税標準額(税金を計算する際の算定基準額)は次のように軽減されます。

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固定資産税評価額が1平方メートル当たり10万円、面積が1000平方メートルの宅地で、軽減措置の効果を考えてみましょう。

この宅地が更地の場合、固定資産税評価額は1億円(10万円×1000平方メートル)になります。しかし、この宅地に総床面積100平方メートル以上の住宅を建築した場合、この宅地の固定資産税の課税標準額は約3000万円になります。

  • 200平方メートル×10万円×1/6+800平方メートル×10万円×1/3
  • =約3000万円

この軽減措置は、自ら居住する住宅だけでなく、賃貸住宅用の住宅用地も同様の扱いになります。

これが複合ビルになると、居住部分の割合に応じてその敷地が住宅用地とされる割合が異なってきます。地上5階建て以上の耐火建築物(併用住宅)の場合、建築物全体に占める居住部分の割合に応じて、住宅用地とされる率は次のように定められています。

  • 1/4未満:0%
  • 1/4以上1/2未満:50%
  • 1/2以上3/4未満:75%
  • 3/4以上:100%

4)租税公課

遊休地の固定資産税は、所得税の計算に当たり、経費に計上することができません。しかし、これを事業の用に供すると、その固定資産税は租税公課として経費計上することができます。従って、遊休地は、駐車場や資材置き場などの事業用地として利用したほうが、租税公課による経費計上の効果を得ることができます。

例えば、所得税率45%、住民税率10%の人が、固定資産税が200万円の遊休地を駐車場に転用したとします。この場合、200万円を経費に計上できることから、所得税と住民税を110万円軽減することができます。

  • 200万円×(45%+10%)=110万円

ここで、住宅用地の軽減措置と租税公課を比較して、どちらの税額軽減効果が大きいかを確認してみましょう。

固定資産税の軽減措置1/3、都市計画税の軽減措置2/3が適用される住宅用地で比較してみます。固定資産税の税率を1.4%、都市計画税の税率を0.3%とします。

住宅用地の軽減措置を選択した場合、固定資産税は約61%軽減されます。

  • {(1-1/3)×1.4%+(1-2/3)×0.3%}/(1.4%+0.3%)
  • =約61%

一方、所得税の最高税率45%と住民税(道府県民税+市町村民税)10%の合計は55%であり、租税公課による所得税・住民税の税額軽減効果率は最大で55%です。

上記条件で比較すると、住宅用地の軽減措置のほうが約6ポイント(約61%-55%)税額軽減効果が大きいということになります。さらに、賃貸用住宅用地であれば、両方の軽減効果が得られます。

5)国民健康保険と固定資産税

自営業者などの場合、国民健康保険に加入することになります。国民健康保険の保険料は国民健康保険税(料)として、各市町村が徴収します。

政令指定都市や中核市のような大都市では、その多くが国民健康保険税(料)を所得割額(所得に応じた金額)と均等割額(加入者の人数に応じた金額)によって徴収しています。

しかし、これとは別に固定資産税を基にした資産割額を用いて国民健康保険税(料)を徴収している市町村があります。資産割の割合は市町村によって異なりますが、固定資産税を基に、固定資産税額×30%といった具合に資産割額が算出されます。

企業の経営者や従業員は健康保険に加入しているので、現職の場合は関係ありませんが、退職すると切実な問題となる可能性があります。住宅を取得する際は、こうしたことも加味して検討したほうがよいかもしれません。

3 忘れてはいけない償却資産の申告

1)償却資産の申告書の提出から納税までの流れ

土地・建物の固定資産税については、市町村が登記簿を調べて税を賦課するため、その所有者が申告をする必要はありませんし、申告用紙も用意されていません。しかし、機械・装置や備品等の償却資産については、その所有者が申告をする必要があります。

申告書の提出から納税までの流れは次の通りです。

1.申告書の提出

賦課期日(1月1日)時点で所有している償却資産を、その年の1月31日までに、資産が所在する市町村に申告します。

なお、価格等の算出の結果、課税標準額が150万円(免税点)未満の場合には課税されません。

2.価格等の決定及び課税台帳への登録と公示

償却資産の価格等は申告及び調査に基づいて決定され、償却資産課税台帳に登録し、価格等を償却資産課税台帳に登録した旨を公示します。償却資産課税台帳は固定資産税の納税に直接関係する一定の人が閲覧できます。

3.税額の算出及び納税通知書の交付(課税)

前述の通り、東京23区の場合、6月上旬に納税通知書が交付され、4回(6月、9月、12月、翌年の2月)に分けて納付します(スケジュールは自治体によって異なります)。

償却資産の申告漏れ等による賦課決定に際しては、その年度だけではなく、過去5年度分遡って加算金を合わせて徴収されます。また、偽りその他不正の行為により税額を免れた場合は、過去7年度分遡って徴収されます。申告書の提出時期は年明けで忙しいこともあり、ミスが起きがちなので注意しましょう。

2)償却資産に係る固定資産税の特例

2018年度税制改正において、償却資産の固定資産税の課税標準(税金を計算する際の算定基準)となるべき価格を、ゼロから1/2の範囲で軽減する固定資産税の特例が制定されました。

2018年6月6日から2021年3月31日までの間に中小企業者が取得する新品で一定の機械・装置等に係る固定資産税が軽減されます。軽減率は市町村の条例によって定められますが、評価をゼロとする市町村であれば固定資産税は掛かりません。

課税標準を最初の3年間、市町村の条例で定める割合(ゼロ以上2分の1以下の割合)を乗じて得た額とする措置が講じられます。

対象となるのは、市町村の導入促進基本計画に適合し、かつ、労働生産性を年平均3%以上向上させるものとして認定を受けた所定の機械・装置等です。

4 固定資産税をチェックしてみよう

1)固定資産税の過大賦課の問題

2017年8月8日、東京都武蔵野市が固定資産税・都市計画税の課税誤りに関するお詫びを公表しました。

その内容は「2棟の複合構造建築物に対する固定資産税・都市計画税を過大に課税していることが判明した。2棟合計の還付税額は18年間分、約2億2300万円となる」というものです。

また、2018年1月23日、群馬県板倉町「固定資産税に係る課税誤りについて」には、還付対象者の数及び返還する概算金額が報告されています。国民健康保険税の徴収に資産割を用いていたことから、その分被害も大きくなりました。

  • 固定資産税対象者数208人、還付金額計1609万9500円
  • 国民健康保険税対象世帯数117世帯、還付金額計258万5400円

こうした過大賦課の発生には、次のような原因が挙げられます。

  • 新増築家屋にかかる土地の評価時における住宅用地の特例適用漏れによるミス
  • 情報を入力する際の確認不足によるミス
  • 建築物の経年減点補正率の適用ミス
  • 複合建築物の住宅用地率の適用ミス
  • 不整形地の補正率の適用ミス

2)改めて固定資産税を確認してみよう

少し古い資料になりますが、総務省「固定資産税及び都市計画税に係る税額修正の状況調査結果」によると、2009~2011年の間に固定資産税の税額修正をしたことのある市町村の割合は、調査回答団体1544団体中97.0%に上っています。

所得税や法人税が申告納税方式であるのに対して、固定資産税は賦課課税方式であることから、市町村から賦課された金額に疑問を抱くことなくそのまま納めるケースがほとんどのようです。ただし、武蔵野市の事例のように18年間で約2億2300万円もの過大賦課があった例を見ると、自社の固定資産税を再確認したほうがよいでしょう。

固定資産税の負担が重いと感じたとき、市町村から示された金額を単に納付するだけでなく、その金額が適正であるかどうか、算出過程に間違いがないかどうか確認することが大切です。

賦課課税方式の場合には、間違いや事実誤認があったときには、納税者自身が訂正を求めなければなりません。

固定資産課税台帳に登録された価格(評価額)に不服がある場合、固定資産評価審査委員会に「審査の申出」をすることができます。また、価格以外の課税の内容について不服がある場合は、市町村長に対して「審査請求」をすることができます。「審査の申出」「審査請求」は納税通知書が交付されてから3カ月以内に行う必要があります。なお、土地・建物にかかる「審査の申出」は、原則として評価替えが行われる基準年度にのみ行うことができます。

そして、固定資産評価審査委員会の決定に不服がある場合、また市町村長の裁決に不服がある場合、決定または裁決の送達を受けた日から6カ月以内に裁判所に取消訴訟を提起する必要があります。

固定資産税の評価額や課税額に疑問を感じた場合、税理士や不動産鑑定士等の専門家を交えて、その対応を検討することが大切です。

以上(2020年6月)
(監修 税理士法人アイ・タックス 税理士 山田誠一朗)

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画像:pixabay

人材採用ができない企業の「SNS」を駆使した採用活動のポイント

書いてあること

  • 主な読者:人材採用ができずに困っている企業の経営者や採用担当者
  • 課題:従来の採用方法では求職者と出会えないので見直しが必要
  • 解決策:SNS採用で求職者との接点が増え、採用につながる可能性あり。SNS採用の秘訣としては、日ごろから発信力を高めて、考えや思いを伝える工夫が必要

1 SNSを採用手段として考えよう

採用活動の際、多くの中小企業では人材紹介サービスなどさまざまな採用手段を利用しています。しかし、深刻な人手不足が続く中で、そもそも求職者と出会えない(紹介されない)といった悩みがあります。

そんな悩みを解決する一助となるのが、SNS採用です。SNS採用とは、SNSを通じて採用活動を行うものです。取り組み方はさまざまですが、例えば経営者が「営業職を募集中です。関心のある方はオフィスに遊びに来ませんか? DMください」などの内容をSNSに投稿します。この投稿に反応してコンタクトしてきた求職者とやり取りや面談をして、採用活動を進めるというものです。

SNS採用に取り組んだからといって、すぐに人材が採用できるというわけではありませんが、採用活動では少しでも求職者との接触を増やすことが重要です。既存の採用手段と並行してSNS採用に取り組むことで、採用の機会を増やせるかもしれません。

また、SNS採用には次のようなメリットがあります。

  • 人材紹介サービスを通さないので、迅速にやり取りできて、コストも抑えられる
  • 人材紹介サービスから勧められたからではなく、自ら能動的に情報収集して自社に関心を持った、モチベーションの高い人材が採用できる
  • SNSの投稿や、メッセージのやり取りから、面談時に比べて「飾っていない」状態の求職者の人となりや、様子を知ることができる
  • 本格的な転職活動はしていないものの、「現在の働き方に満足していない」「良い企業があれば話を聞いてみたい」と考える求職者予備軍に対しても、アプローチできる

なお、SNS採用には、1.経営者や採用担当者が自身のアカウントを自ら運用して取り組むものと、2.専門の代行企業が自社に代わって取り組むものとがあります。以降で紹介するものは、1.を想定しています。

2 SNSによって異なる特徴

一口にSNSと言っても、サービスごとに特徴が異なります。以降では、Twitter、Facebook、yenta、MITOCAなど、採用側(経営者や採用担当者)が基本的に無料で利用することができるSNSを紹介します。

下表は、簡易的にSNS別の特徴をまとめたものですが、こうした特徴を押さえて、適切に情報を発信したり、利用したりすることで、自社が求めている人材にアプローチできます。

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1)Twitter

一部では、Twitter採用(Twitter転職)という言葉が浸透しているほど、SNS採用では一般的に利用されています。簡単に投稿ができる、実生活で面識がない人ともつながりやすいなどの理由から、SNS採用ではTwitterが利用されることが多いようです。

また、Twitterでは、本名以外でのアカウント登録が可能なことや、文字数制限があるので、短文で気軽な内容の投稿が多くなっています。そのため、人となりや本音が出やすく、経営者や採用担当者としては、求職者のことを知る上で参考になるようです。

Twitter上のSNS採用では、求人情報を詳細に掲載するというよりも、「営業職を募集中です。関心のある方はオフィスに遊びに来ませんか? DMください」や、採用色を前面に出さずに、「ヘルスケア業界で働く方、新宿で食事会を開催します! 業界の将来について語りませんか?」などの情報を投稿します。投稿に反応があった人とコンタクトを取って、実際に会う機会などにつなげている場合が多いようです。

さらに一部の経営者や採用担当者は、コンタクトを取ってきた人に限らず、リツイートなどの反応をした人を確認して、自社が求める人材であれば求職中かどうかを問わず、個別にアプローチしています。

2)Facebook

FacebookはTwitterとは異なり本名での登録が基本で、出身校や所属企業などの属性を登録している人も多くいます。また、Facebookを通じて仕事上のやり取りを行っている人もいるので、「友達」を見ることで、どういう人とつながっているのかなど、Twitterよりもオフィシャルな顔を知ることができる場合もあります。

Facebook上のSNS採用では、経営者や採用担当者が、Twitterのように自社が現在採用活動していることを簡単に告知したりするだけでなく、自社の社員紹介や社内イベントの様子など、企業案内に近い投稿をしたりしている場合もあります。

なお、経営者や採用担当者の個人のアカウントではなく、自社の企業アカウントを取得している場合は、求人機能を利用できます。これはフォームに従って職種などの求人情報を記載し、投稿を作成する機能です。また、有料になりますが、Facebook上で広告を出すことで、ターゲットを絞り込んで求人情報を投稿することもできます。

3)yenta、MITOCA

厳密に言えばSNSではありませんが、yentaやMITOCAなどのビジネスマッチングアプリを採用活動に利用する方法もあります。こうしたビジネスマッチングアプリでは、転職先を見つけたいという意味での求職活動だけではなく、人脈づくりであったり、協業先や兼業・副業先などを探していたりする人が活発に利用しています。

正社員としてフルタイムで自社に勤務してもらうことや、全面的に自社に関与してもらうことが難しい場合も、時間や期間、関与の仕方を限定することで、自社の力になってくれる人材と出会える可能性があります。

ビジネスマッチングアプリというサービスの特徴から、プロフィールには職歴やスキル、自分がどのような形で貢献できるのか、どのような出会いを求めているのかなどを記載する欄が設けられています。そのため、他のSNSに比べて、経営者や採用担当者は求職者の仕事に対する思いや考えを知りやすいといえるでしょう。

なお、ビジネスマッチングアプリは、利用できる地域が限定されている場合があります。

3 SNS採用で成功するためには

1)日ごろから発信力を高める

SNS採用に取り組むためには、フォロワーや友達の数が多いほうがよいと考えるかもしれません。しかし、より重要になるのは「質」です。

製造業の現場改善のコンサルティングをしている企業では、事業拡大のためにコンサルタントが必要になり、経営者のTwitterで「○○県で一緒に働いてくれる同志を募集します」と投稿したところ、面識のないフォロワーの1人からコンタクトがあり、採用に至りました。

この経営者は、日ごろからコンサルティングをしたクライアントの課題、自らの仕事観などをTwitterで発信していたことから、フォロワーには面識がない人を含めて同業者や類似の業界で働く人が多いそうです。

この経営者がSNS採用に成功したのは、投稿に共感してくれる人、考えや関心が近い人などがフォロワーになっていたからであり、こうしたフォロワーや友達をつくるためにも、経営者や採用担当者が日々の業務や、仕事観などを発信することは重要だといえます。

2)経営者が積極的に関与する

SNS採用をしている企業の中には、「まずは食事をしながらお話ししませんか?」「弊社に遊びに来てみませんか?」など、求職者へのアプローチの一部は採用担当者が行うものの、実際に関心を持ってくれた人材とその後のSNS上でのやり取りや面談などは、経営者が自ら取り組むという企業もあります。

求職者の中には、表面的な面談は不要で、自らが働く現場の責任者と経営者との2回程度の面談で、しっかり話したいという人もいます。

また、経営者と実際に顔を合わせるのは、面談がかなり進んでからという企業もある中で、最初から経営者が関与することは差別化につながります。求職者は自分のことを真剣に考えてくれていると感じて、自社に関心を持ってもらえるようになります。

3)実際に会えた場合は、しっかりと考えや思いを伝える

SNS採用で、経営社や採用担当者からのアプローチに応えてくれる求職者は、人材紹介サービスから条件面で合致する企業を紹介され、最終面談で経営者と簡単に話をして……といった、従来型の採用活動に満足していない人たちです。

こういう人たちは条件面だけではなく、募集要項からはうかがい知れないこと、例えば、実際に経営者と話をして、自社や事業に対する考えや思いを聞き、その企業や事業の将来性はあるのか、自分が成長できる企業なのか、経営者や採用担当者はビジネスパーソンとして尊敬できる人なのか、一緒に働きたいと思える人なのかなどを知りたいと考えています。

前述の通り、SNS上の投稿で、日ごろの業務や仕事観などを発信することは重要ですが、それだけでは十分とはいえないので、実際に求職者と会えた機会にしっかりと考えや思いを伝える必要があります。

例えば、実際に顔を合わせた求職者に対して、「全国の中小企業の経営課題の解決につながるサイトを構築したい」「1年後にはサイト上で、業務の効率化につながるサービスを使えるようにしたい」「それを実現するためにも、サイトのシステムを構築するエンジニアを求めている」「力を貸してほしい」など、しっかりと思いを伝えることで、求職者が真剣に自社に関心を持ってくれるようになります。

以上(2020年1月)

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画像:unsplash

損益分岐点の概要と利益確保へ向けた利用方法

書いてあること

  • 主な読者:プロジェクト管理や、部署のマネージメントを新たに担当することになった社員
  • 課題:計数管理の基本が整理できていない社員は多い
  • ポイント:計算事例を交えながら、損益分岐点の基本をまとめる

1 損益分岐点売上高の算出方法

1)損益分岐点とは

事業が黒字になるか赤字になるかの境界、つまり採算が合うか合わないかのポイントを損益分岐点といいます。売上高と費用、損益分岐点の関係は次の通りです。

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売上高線と費用線が交差する点が損益分岐点で、つまり、売上高=費用となるポイントです。販売数量が増すと売上高が増え、売上高が損益分岐点を超えると利益が発生します。

2)用語の説明

「損益分岐点売上高」「損益分岐点比率」「固定費」「変動費(率)」「限界利益(率)」という用語は、本稿の中で頻出します。これらの用語の説明は次の通りです。

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3)固定費と変動費

損益分岐点売上高および損益分岐点比率を算出するには、まず固定費と変動費について知る必要があります。

固定費・変動費という用語は制度会計には登場しません。固定費は、人件費、減価償却費、土地・建物や設備の賃借料などのように、販売数量の増減に関係なく発生する費用です。また、変動費は小売業の売上原価、製造業の原材料費・外注加工費のように、売上高に比例して発生する費用です。固定費は販売数量が0でも発生し、販売数量の増減にかかわらず一定です。一方、変動費は販売数量が0ならば発生せず、販売数量に応じて発生する費用です。

費用を固定費と変動費に分割することを費用分解といいます。費用分解の方法には、「勘定科目法」や「統計的方法」などがあります。勘定科目法とは、自社の費用を勘定科目ごとに固定費と変動費に分ける方法です。統計的方法とは、売上高の変動に合わせて各費用が変動しているかどうかの関係を個別に調査し、分類していく方法です。

固定費と変動費の発生イメージは次の通りです。

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費用線は固定費と変動費の合計を表しています。

売上高と費用(固定費・変動費)と損益分岐点の関係は次の通りです。

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販売数量が0ならば売上高は0です。売上高線と費用線が交差したところが損益分岐点です。損益分岐点に達するまでは利益は発生しませんが、損益分岐点を超えると利益が発生します。

4)限界利益

変動費は売上高の発生とともに付随して発生するものです。売上高から変動費を引いたものが限界利益となります。

  • 限界利益=売上高-変動費

販売数量が増加すると限界利益も増加します。限界利益が固定費を超えると利益が発生します。限界利益は固定費を回収し利益を生み出します。

限界利益を分かりやすく表示したのが図表5で、網掛け部分が限界利益です。ここでは限界利益を分かりやすくするため、変動費を下に固定費を上にしています。売上高と費用(固定費・変動費)と限界利益の関係は次の通りです。

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5)損益分岐点売上高および損益分岐点比率の算出

1.損益分岐点売上高

損益分岐点売上高は次のように算出することができます。

  • 損益分岐点売上高=固定費/(1-変動費率)=固定費/限界利益率

例えば、固定費が1000万円で変動費率が65%の場合、損益分岐点売上高は次のように算出することができます。

  • 損益分岐点売上高=1000万円/(1-65%)=1000万円/35%=2857万円

2.損益分岐点比率

損益分岐点比率は次のように算出することができます。

  • 損益分岐点比率=固定費/(売上高-変動費)=固定費/限界利益

例えば、固定費が2500万円で売上高が5000万円、変動費が2000万円の場合、損益分岐点比率は次のように算出することができます。

  • 損益分岐点比率=2500万円/(5000万円-2000万円)=2500万円/3000万円=83.3%

損益分岐点比率が100%以上の場合、その企業は赤字経営ということになります。損益分岐点比率が100%未満であれば利益が出ていることになります。損益分岐点比率が低いほど利益は増加します。

2 目標利益売上高の算定と安全余裕率

1)目標利益売上高の算定

損益分岐点売上高は損失も利益も生じない売上高です。では、目標とする利益を上げるには、どれだけの売上高が必要になるのでしょうか。

限界利益は、固定費の回収を終えた後、利益を生み出します。損益分岐点というハードルを越せば利益が見込めます。目標利益売上高を達成するには、限界利益が固定費を回収した後、目標とする利益を生み出す必要があります。従って、目標利益売上高は次式で算出することができます。

  • 目標利益売上高=(固定費+目標利益)/限界利益率

例えば、固定費が1000万円、変動費率が70%で、目標利益を500万円とした場合、目標利益売上高は次のように算出できます。

  • 目標利益売上高=(1000万円+500万円)/(1-70%)=1500万円/30%=5000万円

2)安全余裕率

実際の売上高と損益分岐点売上高の関係から、企業経営の安全性を示す安全余裕率を算出することができます。

これは事業がどの程度売上高を減少させると赤字に陥るかを表す比率です。

安全余裕率は次式で算出することができます。

  • 安全余裕率=(実際の売上高-損益分岐点売上高)/実際の売上高

固定費が1000万円、変動費率が70%、売上高が5000万円の場合の安全余裕率を算出すると次式の通りです。

  • 損益分岐点売上高
  • =固定費/限界利益率=1000万円/(1-70%)=1000万円/30%=3333万円
  • 安全余裕率
  • =(5000万円-3333万円)/5000万円=33.34%

安全余裕率が高ければ、経営の安全性が高いことになります。

3 損益分岐点の特徴と利益確保への対応

1)損益分岐点の特徴

損益分岐点は、固定費を小さく、変動費を大きくすると下がり、逆に、固定費を大きく、変動費を小さくすると高くなる傾向にあります。変動費と固定費の違いによる損益分岐点への影響は次の通りです。

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例えば、固定費1000万円、変動費率50%のAケースと、固定費2000万円、変動費率25%のBケースを比較すると次の通りです。

  • Aケースの損益分岐点売上高=1000万円/(1-50%)=2000万円
  • Bケースの損益分岐点売上高=2000万円/(1-25%)=2667万円

Bケースの損益分岐点売上高はAケースよりも667万円(2667万円-2000万円)高くなります。損益分岐点売上高だけを比較すると、変動費を大きく、固定費を小さくしたほうが経営の安全性が高まるといえます。

ところで、売上高が損益分岐点を上回っている場合、限界利益が固定費の回収を完了すると、限界利益率が高いほうがより大きな利益を得ることができます。

変動費と固定費の違いによる損益分岐点の位置と利益の関係は次の通りです。

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変動費が小さいと、その分変動費線の傾きが小さくなります。限界利益が大きいほど、売上高が損益分岐点を超えてからの利益が大きくなります。ここで、売上高が5000万円であった場合のAケースとBケースの利益を比較すると次の通りです。

  • Aケースの利益
  • =売上高-変動費-固定費=5000万円-5000万円×50%-1000万円=1500万円
  • Bケースの利益
  • =売上高-変動費-固定費=5000万円-5000万円×25%-2000万円=1750万円

固定費が大きく変動費が小さいBケースのほうが、利益で250万円(1750万円-1500万円)上回ります。

2)利益確保への対応

1.限界利益を確保する

商品の価格を上下させたときに、その商品の需要量がどれだけ左右されるかを考える基準として、価格弾力性という数値があります。

耐久消費財など価格弾力性が高い商品の場合、販売単価を上げると販売数量が大きく減少し、販売単価を下げると販売数量が大きく増加する傾向にあります。従って、販売単価は下がっても販売数量が大きく増加するため、売上高の増加や利益の増加につながるケースがあります。  

生活必需品など価格弾力性が低い商品の場合、販売単価を下げても販売数量の増加は小幅にとどまり、販売単価を上げても販売数量の減少は小幅にとどまる傾向にあります。販売単価を上げても、価格上昇割合に対する販売数量の減少の幅が小さいため、売上高の増加につながるケースがあります。生活に最低限必要とされる消費項目については、「値上がりしたから消費を控える」というわけにはいきません。例えば、水道光熱費、通信費や食費などはその好例です。

価格弾力性の高い商品であっても、販売価格を下げると販売数量は増えるものの、限界利益が小さくなり過ぎてしまうと、利益なき繁忙に陥る危険があります。そのため、固定費を吸収して利益を生み出すための限界利益(率)を確保しておかなければなりません。販売価格を下げる場合、仕入原価・製造原価を下げるなどの対策も必要です。

また、原材料価格が高騰した場合、メーカーでは販売価格を上げたいところです。しかし、消費者を意識した場合、値上げは難しいものです。販売価格はそのままで、商品の内容量を少なくすることで原材料費(変動費)を減らして、限界利益を確保するといったことも行われています。

2.固定費にすべきか変動費にすべきか

利益確保の観点からすると、製品製造・部品製造を外注するか内製するかの検討も重要です。損益分岐点は、変動費を上げて固定費を下げると損益分岐点売上高は下がり、変動費を下げて固定費を上げると損益分岐点売上高は上がる特徴があります。

この損益分岐点の特徴を考慮すると、好況のときや製品市場のライフサイクルが成長期にあるときは、製品やそれに付随する部品を内製化するなどして、変動費を小さく、固定費を大きくしたほうが、多くの利益を見込むことができます。逆に、不況のときや製品市場のライフサイクルが成熟期から衰退期にあるときは、製品やそれに付随する部品を外注するなどして、固定費を小さく、変動費を大きくすると、販売数量の急激な落ち込みにも対応しやすくなります。

以上(2020年5月)

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