第15回 けいはんなリサーチコンプレックス事業化支援リーダを務めた 日本ベンチャーキャピタル株式会社 藤本 良一氏/森若幸次郎(John Kojiro Moriwaka)氏によるイノベーションフィロソフィー

2019.9 NY タイムズ・スクエアのNASDAQ本社訪問

かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。

第15回に登場していただきましたのは、京都・大阪・奈良の3府県にまたがり150以上の企業・大学・研究機関等が集まるサイエンスシティ「けいはんな学研都市」のイノベーション創出をサポートする、けいはんなリサーチコンプレックス事業化支援リーダを務められた日本ベンチャーキャピタル株式会社執行役員の藤本 良一氏(以下インタビューでは「藤本」)です。

(注)けいはんなリサーチコンプレックスというJST助成事業および事業化支援リーダという役職は2020年3月をもって終了していますが、活動自体は新しく「けいはんなリサーチコンプレックス推進協議会」を立ち上げ継承し拡大発展しています。

1 大手証券会社でIPO担当。世界で活躍する企業を生み出すため、ベンチャーキャピタルへ転職

John

本日は、藤本さん、ご多忙の中、貴重なお時間をいただき本当に愛りがとう(愛+ありがとう)ございます! インタビューの中では、「藤本さん」と呼ばせていただきますね。

まず、藤本さんのご経歴からお聞かせいただけますか?

藤本

もともとは新卒で大手証券会社に入社し、3年目からIPO担当をしていました。8年ほどIPOに関わる中で、運良く主幹事として2社の上場に携わることができました。

その後、個人的な事情から地元の関西に戻る必要があり、転職活動をはじめました。
IPO担当の経験を活かして、コンサルティング会社などに入れないかなと思って探していましたが、まだ当時の関西にはそういった会社はありませんでした。

そんな時、書店でふと見かけた海外のベンチャーキャピタルに関する本が目にとまったのです。
「ベンチャーキャピタルは情報や金融の最先端、すべてのビジネスがはじまる場所」というようなことが書かれており、とても興味を持ちました。

それからベンチャーキャピタルに絞って転職活動をはじめ、募集はしていなかったのですが、何とか日本ベンチャーキャピタルの西日本支社から内定をもらうことができました。

ベンチャーキャピタルに入った当時は、ちょうどインターネットビジネスの黎明期。私はEコマースの領域に特に注力していました。

Amazonがまだ利益を出す前、楽天は上場前、インターネットが本当にビジネスになるのかまだ分からないような時代でしたね。

次第に「上場した後も、世界に出て活躍できるような会社へ投資をしたい」という気持ちが芽生えはじめ、世界と闘えるサービス・技術として産学連携で強い知財をもつスタートアップなどへ投資対象分野がシフトするようになっていきました。
それで、ナノテクノロジー、電気自動車、エネルギー系の企業などに投資をするようになったのです。

John

新卒で入社した証券会社で2社の上場に携わられたり、現在のインターネット社会が作り上げられていく過程を共に歩まれたりと、エキサイティングなご経験をなさっていますね。
その後、世界規模でのビジネスを目指され、現在、藤本さんの強みとされている最新技術やアカデミックな領域へシフトされていかれたんですね。

藤本

はい。

そして同じ時期、国の主導で30年前から建設が始まった関西地区における学術研究都市が大きく拡大発展をする時期でもありました。それが、現在の「関西文化学術研究都市(通称けいはんな学研都市)」です。

NTT、京セラ、サントリー、大和ハウスといった国内の大企業や、奈良先端科学技術大学院大学、同志社大学、京都大学といった有名大学、ベンチャー企業が集まるようになっていました。

その学研都市で一番初めに設立され、同地区で中心的な役割を持つ株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)という会社の研究が素晴らしく、脳科学、ロボットテクノロジーの領域で事業化を目指せるようなフェーズに入っており、私が所属している日本ベンチャーキャピタルが同社の事業化推進のお手伝いをすることになりました。

それが、私とけいはんなが深く関わるようになったきっかけでした。

日本ベンチャーキャピタルが取り組んだのは、ATRの知財を利用する或いは将来利用するであろうスタートアップへの投資を行うファンド立ち上げでした。
ファンドの立ち上げに向けた企画などを進め、結果的には2015年に47億円を出資を集めてファンドを設立することができました。

現在では、ドローンやロボット、ユニークなところではVtuberのプロダクション企業など10数社に投資を行っています。

2 関西が誇る学術研究都市「けいはんな」のオープンイノベーション

John

ATRとの出会いが、その後にけいはんなのイノベーション全体を支援する現在のお役目につながって行かれたのですね。

どのようにしてプロジェクトは発展していったのですか?

藤本

ファンドを立ち上げてしばらくしたころ、ATRを通じてけいはんな学研都市とも繋がりが生まれていき「地域全体の事業化や、オープンイノベーションを支援してくれないか」というお声がけをいただきました。

ちょうど科学技術振興機構(JST)が日本の中で、3か所程度集中支援し、世界に冠たるイノベーションエコシステム拠点を作ることを目指す助成事業を公募しており、その最終コンペにけいはんな地区が残っていたのですが、そのプロジェクトの中で事業化支援をお手伝いするというお話でした。
もちろん、2つ返事で引き受け、その後幸いなことに、神戸、川崎の殿町地区についでけいはんなが拠点として選出されました。
これがその後どっぷり足を突っ込むことになる「けいはんなリサーチコンプレックス」というプロジェクトです。

私自身、最新技術の領域には非常に興味がありましたので、宝物がたくさん埋まっているけいはんなという都市のプロジェクトに携われることに、とてもワクワクしました。

John

けいはんなリサーチコンプレックスの立ち上げから携わっておられたのですね。まさに世界を変える力を秘めた宝石の原石を磨き上げて世に広めていくこのプロジェクトは、「世界に出て活躍できるスタートアップを支援育成すること」を目標にされてきた藤本さんにとって重要でやりがいのあるものですよね。

やはり、初めから海外を視野に入れていたのですか?

藤本

けいはんなリサーチコンプレックスでは初めから、海外に目を向けていました。
このプロジェクトの戦略ディレクタ兼イノベーションハブ推進リーダであるATRの鈴木代表取締役専務による戦略でしたが、日本の技術をいかに海外へ広めていくか。逆に日本の技術を武器にいかに海外からのアテンションを呼び込めるか、それを起点に必要な機能をそろえていきました。

けいはんなリサーチコンプレックスでは大きく4つの部門で活動を推進していました。
1.異分野融合研究開発 2.人材育成 3.イノベーションハブ推進 4.事業化支援です。
この4部門にそれぞれリーダがついており、私は事業化支援リータ゛を担当していました。
また、事業化支援リーダという肩書ですが、事業を醸成するためにも世界に冠たるイノベーションエコシステムをつくることが第一だと思っていたので、イノベーションハブ推進のチームと一体となりゼロからグローバル展開を想定したエコシステムの構築に積極的に取り組んでいました。

国内外の金融機関、イノベーション創出のための機関にアプローチをしたのです。

当初、我々が特に注力したのはニューヨーク。NY最大級のアクセラレータといわれるEntrepreneurs Roundtable Accelerator(ERA)と協力関係を築くことに成功しました。

また、イスラエルともいち早く関係構築を図り、イノベーションオーソリティーというイノベーション創出のための政府機関とも提携しました。
けいはんなの強みの1つは脳情報科学なので、ブレインテックやニューロサイエンスといった領域に注力するイスラエルとは親和性があったのです。

その後、けいはんなが立地する京都府と同じくスマートシティの開発に力を入れるバルセロナや、カナダ、インドともパートナーシップ形成、さらに最近ではアフリカ、南米、北欧との連携も開始しています。ベンチャー同士の交流や、日本の大企業への橋渡しなどをおこない、良い関係が築けています。

Entrepreneurs Roundtable Accelerator(ERA)でのbootcampの様子の画像です

2019.3 NY最大級アクセラレータのERAにて、日本のスタートアップ5社に対し1週間特別Bootcampを実施

John

第一にエコシステムの構築に取り組まれたことは、これからイノベーションを起こしたいと考えている人々にとっても勉強になるポイントですね。私もシリコンバレーを始め、イスラエル、インド、ヨーロッパ、北欧、アジアといった世界各国のイノベーション創出の中心人物達と関わる機会が多くありますが、全てに共通しているのは「イノベーション・エコシステム」が構築されているということです。イノベーションは一人で起こすのではなく、政府や企業、研究機関、大学、アクセラレーター、金融機関、投資家、弁護士などの専門家が、チームとなって起こしていくものです。

素晴らしいスタートを切ったけいはんなリサーチコンプレックスでは、その後も当初の目標通りに海外との繋がりを深めていかれていますが、成功の要因は何だと思われますか?

藤本

そうですね、要因は3つあると思っています。

1つ目は世界に通用する技術力があること。

2つ目は日本の大企業との橋渡しができること。けいはんなには大企業も集まっていますので、あらかじめどのような技術を探しているかをヒアリングし、マッチする技術を持つベンチャーがいれば紹介するという仕組みができています。

3つ目は共にPoC(Proof of Concept・概念実証)に取り組む環境ができていること。
紙だけの提携ではなく、具体的なプロジェクトにし、ビジネスにしていくことにこだわっているのです。

こうお話すると私がやったように聞こえてしまいますが、全くそうではありません(苦笑)
実は、この3つの要素はもともとけいはんなが長年かけて持ってきた特質ですが、それに磨きをかけてグローバルイノベーションのプラットフォームとして進化させたのが、ATRを中核としたイノベーションハブ推進チームです。

世の中にたくさんのアクセラレーションやオープンイノベーションをしている組織がありますが、国際的な研究会社がハブとなっている例はほとんどないかと思います。けいはんなの歴史的風土に加えて、技術の目利きができ、自らも事業創出活動に力を注ぐATRが核となっていること、これが海外の企業・機関に受け入れられている理由ではないかと思います。

John

もはや、「PoCシティ」と言っても過言ではないですね!

中でも特に成果が生まれた事例などはありますか?

藤本

イノベーションハブ推進チームで開始したKOSAINN(Keihanna Open Global Service Platform for Accelerated Co-innovation)というプラットフォームを通じて、イスラエルのベンチャー企業と日本の大手建設会社をマッチングした事例は成功と言えます。

その会社は砂による農作物栽培を可能にする技術を持っており、その技術が「農作業を通した高齢者の健康状態の活性化」に役立てられるのではという仮説を持っていたのです。

実際に高齢者に農作業をしてもらい、その過程で起こる脳の変化や感情を科学的に分析したいというニーズがありました。

そこで、イスラエルやシリコンバレーから数社のベンチャー企業を招致しPoCを実施しました。その中で、特に相性の良かったイスラエルのThe Elegant Monkeyという会社と提携し、その後さらに大きなプロジェクトを進めていきました。

John

とても興味深いです!

今後どういった日本企業が海外に進出していくと思われますか? 地域や業界などいろいろあると思うのですが、相性が良さそうな分野、注目されている分野を教えてください。

藤本

最近私が携わっているもので言いますと、インドと日本の製造や土木建築・インフラ系の事業は相性が良さそうです。

カナダやアメリカではどちらかというとAIや最新の技術に関心が集まりやすかったのですが、インドでは長年日本が強みとしている技術が注目されているように感じています。

John

自分たちの強みを活かせる地域選びという観点から世界を見渡すことで、具体的なプロジェクトをベースとした連携が加速していきますね。

イスラエルイノヘ゛ーションオーソリティでの画像です

2017.10 Israel Innovation Authority, Mr. Avi Luvton(アジア太平洋地域担当エグゼクティブ・ディレクター当時)とミーティング(ATR鈴木代表取締役専務と同行、テルアビブにて)

3 日本企業に必要なのは「戦略」。今が再起のラストチャンス

John

藤本さんは、国内外でさまざまなイノベーション事例をご覧になっていますが、日本におけるイノベーションの課題は何だとお考えですか?

藤本

まず日本が置かれている状況に、強い危機感を抱いています。

日本には1800兆円を超える家計金融資産があり、一見すると大変裕福な国です。
しかし、実は20数年の間に600兆円程度しか増えていません。

同じ20数年の間に、米国ではその10倍、6000兆円金融資産が増えている。
この差は、AppleやGoogleといった巨大企業の台頭によるものです。

また、ベンチャーキャピタルの投資額からも日本が危機に置かれていることがよくわかります。

日本企業への投資は2019年度で2000億円、米国企業の投資額は10兆円にものぼります。

投資額については、中国・インド・インドネシアなどのアジア・東南アジア勢にも抜かされ、アフリカの市場も盛り上がってきているという状況で、日本は世界のスタートアップ業界で”蚊帳の外”になりつつあるのです。

John

藤本さんは、なぜ、世界の投資家たちの目は米国・中国、インド・アフリカといった新興国に向けられているとお考えですか?

米国はもう発展しつくしているような印象ですし、新興国の中でもなぜインドやアフリカが特に注目されるのでしょう。

藤本

様々な見方がありますが、1番はリターンへの期待の高さですね。

イノベーションには、情報・人口・お金という3つの要素が大きく関わります。

インターネットの普及により、情報の格差はなくなったと言えます。

情報格差がなくなると、世界各国で同じアイディア・同じ技術を使った新たな商品やサービスがほぼ同時に立ち上がるようになります。

では、次に重要な比較要素は何かと考えると、人口とお金なのです。
いかに早く立ち上げ、どれだけの人々へ拡大させるか。投資家たちはそれを見ています。

John

インターネット社会ではアイデアより「普及力」が物を言うと。

そうすると、中国やインド、アフリカの人口は魅力的ですね。

藤本

そうです。また、新興国ということはビジネスにおけるしがらみが少ないというメリットもあります。

近しいビジネスに投資するのであれば、しがらみがなく、お金を投資すれば人口の多さから一気に拡大する、新興国の企業へ。
それが昨今の海外投資家たちの間でセオリーとなっているのです。

John

そうなると、人口減少が著しい日本にとっては不利な状態が続きますが、日本のスタートアップが世界へ打って出るのは難しいのでしょうか。

藤本

今は、日本企業が変わる最後のチャンスだと思っています。
世界中で、同時進行でビジネスが立ち上がる現在、人口ではかないません。

しかし今ならまだ、かろうじて闘える技術分野があります。そして、食文化やサービス、ホスピタリティといった分野も世界に通じると思います。

日本企業にこれまで足りなかったのは、戦略です。
単純に日本のビジネスを続けた延長線上に、グローバルの展開や成功はない。
ビジネスプラン、ファイナンスプラン、全てを変えなくてはいけません。

私はその戦略部分を全力でサポートしていきたいと思っています。

1番シンプルな目標として、けいはんなから海外で活躍する企業を輩出すること。
そしてその中からNASDAQ上場会社を多数輩出することを1つの目標にしています。

現在、スポーツ界では野球、バスケットボール、テニスなどさまざまな領域で日本人選手が世界のトップアスリートと渡り合っていますよね。
スタートアップの世界もそうあってほしいと願っています。

John

お話ししていてとても感じるのですが、藤本さんは日本のスタートアップ界に非常に熱い想いをお持ちですよね。その熱量はどこからくるのでしょうか?

藤本

私はもともと証券会社の出身。仕事は大変厳しかったですが、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた栄光の時代を知っています。

それをもう一度取り戻したい、そんな気持ちがあるのです。

日本では、現在研究やイノベーションは活発に起こっている。
金融資産も持っており、金融機関も充実している。

FinTechの領域も盛り上がっているので、そこへイノベーションが加われば大きな可能性が開けるのではと感じています。

藤本氏近影の画像です

4 地方都市から世界へ。 けいはんなリサーチコンプレックスの事業化支援リーダが語るイノベーションの哲学とは

John

なるほど。ファイナンス面の強化も大切ですよね。

個人的には、規制緩和やタックスベネフィットを感じてもらうなど、投資家が来たくなる・移住したくなる魅力的な都市づくりは、イノベーションを起こす上で有効な策の1つであると思っています。

地方都市の課題にも取り組まれる藤本さんとしては、どのようにお考えですか?

藤本

まさに、今の日本を変えるのは東京からではなく地方からだと私も思っています。

今回の新型コロナウイルス感染症の影響を見ても感じましたが、大都市一極集中というのは危うい部分もあります。また、自然との共生についても考えていかなくてはいけないのではないでしょうか。
けいはんなでも、最新のテクノロジーだけでなく、自然との共生、人間らしさを取り戻すということを大きなコンセプトとしています。

John

新しいテクノロジーの力によって様々なことが効率化することはわかりますが、そこで終わるのではなく、人々を精神的にも豊かにし「より良い人間になりたい」と願う人々が増えるような未来が来たら嬉しいですよね。

イノベーションは「より良い世界」を望んで起こすものだと多くの起業家が叫んできましたが、新型コロナウイルス感染症によって「より良い世界」の定義も変わってきたと思います。大切な人との触れ合いや自然の美しさなど、下手をすると経済成長を目指す際に犠牲にされがちだったものが、人間らしい喜びには必要であると再発見されたのではないでしょうか。

最新テクノロジーによるSDGs(持続可能な開発目標)の達成ということも、けいはんなの目指す先に含まれていらっしゃるのでしょうか。

藤本

おっしゃる通りです。日本は経済的な危機感もそうですが、環境への危機意識も低いと感じます。
50年後の未来すら危ぶまれる状況の中、けいはんなは環境への意識でもリーダーシップを発揮できる都市を目指したい。

革命が起こるのはいつも中央からではなく地方からです。
地方都市がそれぞれに特色を出すために制度や仕組みを変えて、「都市が上場する」というような考え方があっても良いと思う。

生活圏の中では農業をして、オンラインで別の仕事をする、そんな世の中になっても面白いですよね。

John

すごく面白いです! 教育、仕事などオンラインで完結することも増え、もはや住む場所が都心に近いかどうかは、関係ありませんよね。都心でしか出来ない事は徐々に減っていき、逆に地方でしか出来ない事の価値が上がっていくのかもしれません。

では、最後の質問となります。
藤本さんのイノベーションの哲学とは何でしょうか?

藤本

実は私は支援をする上で、究極的に言えば「人」しか見ていないのです。
キャピタリストとして、技術やマーケットなどチェックすべき点はいろいろあるのですが、人としてビジョンに共感するかどうかを大切にしています。

もっとも大切にしている判断軸は、「世の中を変えたい」という気持ちが強く、嘘がないピュアな人かどうか。

Amazonの創業者である、ジェフ・ベゾスもそうだと思います。
創業当初は赤字続きの会社だったAmazonが、今では世界中で大成功をおさめています。

大きな志がありピュアな心がある、そういう人が挑戦し続けていれば、必ず応援する人が現れ、世に広まっていくという良い例です。

もちろん、人ですから欲はあるし、今回の新型コロナウイルス感染症のような予測不能の事態も起こります。

しかし、そうした大変な時にこそ、その問題をどう解決するかという人としての本質が垣間見えます。こういう時にひたむきに努力を続ける人は応援し続けたい。

これからも僕は、けいはんな発のイノベーション創出を全力で応援し続けます。

John

対談をさせて頂いて、「世の中を変えたい」という気持ちが強く、嘘がないピュアな人というのは、藤本さんご自身に一番当てはまるのではないかと感じました。イノベーションへの情熱と未来への希望が湧き上がってきました。
本日は貴重なお話を愛りがとうございました!

藤本氏のイノベーションの哲学を示した画像です

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年11月13日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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【2020年11月再監修】民法改正で変わる13種類の典型契約。契約書の見直しが必要に!

典型契約とは、民法その他の法律に規定されている契約のことです。民法では13種類の典型契約が規定されており、「有名契約」とも呼ばれます。これらの中には、売買契約や賃貸借契約といったなじみの深い契約から、寄託契約や終身定期金契約といったあまり聞いたことがない契約まで、さまざまなものがあります。

2020年4月1日に改正された民法(債権法)で、典型契約も一部改正され、ビジネスや生活への影響があります。そこで、今回の民法改正で典型契約がどのように変更されたのか、実務においてどのような影響があるのかについて解説していきます。

1 民法改正の背景

まず、民法が改正された背景を簡単にご紹介します。日本の民法典のうち財産法については、1896年(明治29年)に制定されて以降、120年以上の間、全般的な見直しがなされずにいました。その間、さまざまな裁判例によって形成された多くのルールが生まれました。中には、民法の条文をそのまま解釈するには無理があるものも出てきたため、民法が分かりにくい法律になってしまいました。

このような状況を踏まえて、これまでに蓄積された裁判例や社会通念に照らし、国民一般に分かりやすいものにするという基本理念のもと、2020年4月1日より民法は改正されました。典型契約の規定も例外ではなく、大きく内容が変わった部分も多数存在します。

では、典型契約の内容と今回の民法改正のポイントを確認していきましょう。

2 13種類の典型契約。それぞれの内容と民法改正のポイント

1)贈与

贈与とは契約当事者の一方が無償で財産を相手方に与える契約です。今回の民法改正において、実質的な変更はなく、実務への影響はほとんどないといえるでしょう。少し細かい内容になりますが、改正のポイントは次の通りです。

  • 書面によらない贈与は「撤回」できると規定されていましたが、文言の統一が図られ、「解除」できるという規定に変わりました。
  • 贈与契約は無償で財産を与えるものですので、目的物の瑕疵(かし)に対して責任を負わないことが原則でした。民法改正後も、大きな枠組みに変わりはありませんが、贈与する目的物をきちんと引渡しましょうという「引渡義務」が規定されました。

2)売買

契約当事者の一方が有償で財産権を相手方に移転する契約です。今回の民法改正において、さまざまな変更点がありました。実務に影響するような内容も多々含まれていますので、一度整理しておくことをお勧めします。改正のポイントは次の通りです。

  • 瑕疵担保責任がなくなり、代わりに「債務の履行が契約内容に適合しているか」という契約不適合責任が新設されました。これは債務不履行責任の一種で、かかる契約不適合責任に基づいて1.損害賠償請求、2.契約解除、3.追完請求(目的物の修補、代替物の引渡し、不足分の引渡し)、4.代金減額請求ができます(なお、1.についてのみ帰責性が必要です)。

契約不適合責任が認められるためには、契約内容に関する当事者の合意の存在が重視されると考えられています。そこで、契約書の冒頭において契約締結に至った背景を記載することや、「契約の目的」という条項を設けて当該契約がどのような経緯で締結されたのかを明確にしておきましょう。

  • 旧法では、買戻しの金額は「買主が支払った金額及び契約の費用」とされており、買戻設定金額に柔軟性がなく使い勝手の悪い規定でした。民法改正においては、買戻金額を必ずしも「買主が支払った金額」にする必要はなく、「当事者間で別段の合意をした場合にはその合意により定めた金額」での買戻しができるようになりました。そのため、今後は買戻特約がさまざまな場面で利用される可能性があるでしょう。

売買契約については次の記事も参考になります。

3)交換

契約当事者がお互いに金銭以外の財産権を移転する契約で、いわゆる「物々交換」が該当します。交換契約についての改正はなく、実務上、当該契約の当事者となることもほぼないといえるでしょう。

4)消費貸借

契約当事者の一方が相手方から何かを借り、それを消費した上で、別の同等のもので返す契約です。お金の貸し借りが典型的な例になります。今回の民法改正において、幾つか変更点がありました。実務上の影響はそれほど大きくはありませんが、内容を理解しておく必要があるでしょう。改正のポイントは次の通りです。

  • 消費貸借契約は、旧法では、「金銭その他の物を受け取ることによって」効力が生じる要物契約でした。しかし、実務においては当事者間の合意のみで消費貸借契約(諾成的消費貸借契約)を締結することが多く、裁判例もこれを認めていました。ちなみに、申し込みと承諾という合意のみで成立する契約類型を「諾成契約」といいます。

そこで、民法改正においては、諾成的消費貸借契約を認めるに至りました。なお、軽率な消費貸借契約の締結を防ぐためにかかる諾成的消費貸借契約の成立のためには、書面で締結する必要があると規定されています。

消費貸借契約については次の記事も参考になります。

5)使用貸借

契約当事者の一方が相手方から無償で何かを借り、それを使用した後に相手方に返す契約です。友人同士の自動車や洋服の貸し借りなどが該当します。今回の民法改正において、使用貸借契約についても、消費貸借契約と同様、当事者間の合意のみで契約が成立する諾成契約に変更となりました。その他、幾つか押さえておくべき変更点があります。改正ポイントは次の通りです。

  • 借主は、使用貸借が終了した時に原状回復義務を負い、その内容として通常損耗や経年変化についても全て回復する必要があります。個別具体的な事情のもとで、貸主負担で通常損耗や経年変化について原状回復する場合は使用貸借契約書においてその旨明記することが必要になります。

6)賃貸借

契約当事者の一方が相手方に賃料を支払って何かを借りる契約です。賃貸マンションやレンタカーなどが該当します。今回の民法改正において、賃貸借契約についてはさまざまな変更点がありました。実務に影響するような内容も多々含まれていますので、一度整理したほうがよいでしょう。改正のポイントは次の通りです。

  • 賃貸借の存続期間の上限が20年から50年に改正されました。
  • 裁判例等の解釈で運用されていた敷金に関する基本事項が明文化されました。具体的には次の通りです。
  • 敷金の発生時期:賃貸借が終了し賃貸物が明け渡された時。
  • 資金返還債務の承継の有無:賃借権が譲渡された場合に敷金交付者の権利義務関係は特段の事情がない限り新賃借人に承継されない。
  • 敷金の充当:敷金返還債務は、賃借物の明渡完了時までに生じた一切の被担保債権を控除してなお残額があることを条件として、その残額について発生する。
  • 賃借人の原状回復義務に通常損耗と経年劣化が含まれないことが明文化されました。
  • 賃借権が対抗要件を備えている場合、不動産の賃借人は、不動産の占有を妨害している第三者に対して、賃借権に基づく妨害排除請求ができることが明文化されました。
  • 賃借権が対抗要件を備えている場合、不動産を賃貸していた者が当該不動産を第三者に譲渡した場合、賃貸人たる地位も譲受人(買主)に当然に移転することになりました。かかる地位の移転に伴い費用償還債務と敷金返還債務も移転することになります。

賃貸借契約については次の記事も参考になります。

7)雇用

契約当事者の一方が働き、相手方がその労働に対して報酬を支払う契約です。報酬を支払うほうが雇用主となり、指揮命令権を持ちます。今回の民法改正においては、幾つか押さえておきたいポイントがあります。改正のポイントは次の通りです。

  • 雇用契約が中途で終了したときは、既に行った履行割合に応じた給与請求ができることが明文化されました。
  • 労働者からの雇用契約の解除の予告期間が3カ月から2週間に短縮されました。

8)請負

契約当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払う契約です。今回の民法改正においては、次のポイントを押さえておけばよいでしょう。

  • 注文者に帰責性がなく仕事を完成できない事由によって仕事が完成できなくなった場合、仕事完成前に解除されたといった事情がある場合に仕事を完成しなくても報酬が請求できるようになりました。
  • 請負人の瑕疵担保責任はなくなり、売買契約の規定が準用され、契約不適合責任を負うことになりました。担保責任の内容は、修補等の履行の追完、損害賠償請求、契約の解除、代金減額請求です。なお、責任追及をしていくためには、契約不適合を知ってから1年以内にその旨を請負人に通知することが必要です。

請負契約については次の記事も参考になります。

9)委任

契約当事者の一方が相手方に法律行為をすることを委託し、相手方がこれを承諾する契約です。弁護士への依頼などが該当します。今回の民法改正において、幾つか変更点がありますが、実務上の影響はそれほど大きくないため、参考程度に押さえておけばよいでしょう。改正ポイントは次の通りです。

  • 請負契約の場合と同様、委任者に帰責性のない事由によって委任事務を履行できなくなった場合、委任が履行の中途で終了した場合に既にした履行の割合に応じた報酬が請求できるようになりました。契約書の記載については、進捗や成果物の提出状況に応じて報酬額と支払時期を設定するなどの交渉をしていくと良いでしょう。

委任契約については次の記事も参考になります。

10)寄託

契約当事者の一方が相手方のために物を保管する契約です。倉庫業などが該当します。今回の民法改正において、要物契約から諾成契約に変更されました。その他、特段重要な改正ポイントはないでしょう。

11)組合

複数の契約当事者が出資をして共同の事業を営む契約です。共同出資で組合をつくり、何らかの事業を行うケースが該当します。今回の民法改正において、組合の加入、代理、脱退に関する規定など、これまでの一般的理解を明文化する形の規定変更があった程度で、特段重要な改正ポイントはないでしょう。

12)終身定期金

契約当事者の一方が、自分、相手方または第三者が死亡するまで、定期的に金銭を相手方または第三者に与える契約です。今回、改正事項はありません。

13)和解

契約当事者がお互いに譲歩をして、その争いを解決する契約です。今回、改正事項はありません。

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3 民法改正を踏まえた契約書に見直そう

私たちになじみが深い典型契約といえる売買契約、消費貸借契約、賃貸借契約などを中心に、さまざまな改正ポイントがありました。

例えば、2020年4月1日の民法改正前は売買契約書において当然のように規定されていた瑕疵担保責任は、「契約不適合責任」と改められました。契約書の記載内容についても、見直すことをお勧めします。また、契約不適合かどうかの判断のために必要ですので、これまであまり重要視されなかった「契約の目的」が、契約書において重要な意味を持つことになります。

また、金銭消費貸借契約書においては、民法改正前は貸付金を渡したことを前提とする要物契約として記載していました。これについても、貸し借りの合意だけで契約成立となるので、契約書の記載は変わってきます。

賃貸借契約書においては、契約終了時の原状回復義務について明確にその範囲を記載しておかないと、例えば、鍵の取り換えや電気焼けなどの修繕についての費用を賃貸人が全て負うことになってくるため、契約書の記載に留意する必要があります。

このように、今回の民法改正によって契約書の記載の見直しが必要になってくる典型契約があるため、これを機に契約書を見直し、必要に応じて弁護士などの専門家に相談し、新しい契約書のひな型を作成するなどしておくことをお勧めします。

以上

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法定利率/改正民法が分かる(3)

書いてあること

  • 主な読者:2020年4月に改正された民法のポイントを知りたい経営者
  • 課題:改正の断片的な情報しか把握していないので、全体像が知りたい
  • 解決策:法定利率のポイントを紹介(シリーズの他のコンテンツもあります)

1 法定利率の改正

1)法定利率とは

法定利率とは、利息の発生に関する当事者の合意があるものの、利率が合意によって定められていない場合や、法律の規定により利息が発生する場合に適用される利率です。旧民法では年5分(5%)でしたが、改正民法では変更されました。

簡単にまとめると、「当初の法定利率を年3%とする。その後、市場金利の過去5年間の平均値が、前回法定利率を見直したときより1%以上変動したら、その分だけ法定利率を加減する」となります。より厳密には、次の通りです。

  • 改正民法施行後、法定利率は(まず)年3%とする。
  • その後、3年を1期として、1期ごとに法定利率を見直す。
  • 各期の法定利率は、「法定利率に変更があった期のうち直近のものの基準割合」と、「当期の基準割合」との差に相当する割合(その割合に1%未満の端数があるときは、これを切り捨てる)を、直近変動期の法定利率に加算・減算した割合とする。
  • この基準割合は、短期貸付けの平均利率の過去5年間(厳密には「各期の初日の属する年の6年前の年の1月から前々年の12月まで」)の平均値とする(法務大臣が告示する)。

債権の利率は、別段の意思表示がない限り、その利息が生じた最初の時点の法定利率で固定し、その後は変動しません(改正民法第404条第1項)。また、民法の改正に伴い、商法で定められていた、いわゆる商事法定利率・年6%は廃止されました。

2)契約で利率、遅延損害金を定める

法定利率は1期(3年)ごとに見直されるので、取引相手との合意によって利率を定めておかなければ、たとえ同じ取引先・同じ取引内容であっても債権ごとに利率が異なる可能性があります。

実務上、契約書では、約定利率、遅延損害金利率を定めていることが一般的です。しかし、注文書と受注書だけで取引をしている場合や、契約書締結の負担感を下げるため、あえて簡便な契約書を用いているような場合、利率、遅延損害金の定めがないこともあります。注文書などの書面を確認し、約定利率、遅延損害金利率を定めるようにしましょう。

2020年4月1日より前に利息が生じた場合、旧民法の法定利率、2020年4月1日以降に利息が生じた場合、改正民法の法定利率の規定が適用されます。

2 中間利息の控除の改正

中間利息の控除の計算において、損害賠償の請求権が生じた時点の法定利率が適用されることになりました(改正民法第417条の2)。中間利息の控除の概念に関する詳細は割愛しますが、これは逸失利益の請求額などに大きく影響します。

交通事故の逸失利益の場合で考えてみましょう。被害者が将来30年間にわたり得るはずだった収入を年3%の場合の現在価値に割り引くと、年収約19.6年分となります。利率年5%で計算した場合は年収約15.4年分であり、約4.2年分も賠償額が大きくなります(19.6年-15.4年)。年収500万円の方を前提とすれば、単純計算で、賠償額が2100万円近く変わることになります。これは、労災事故が起きたといった場合に会社が負うべき賠償額についても同じです。

このような賠償義務のリスクを軽減するため、損害保険への加入や、すでに加入している場合は補償内容の見直しの検討も必要かもしれません。

以上(2020年11月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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時効/改正民法が分かる(2)

書いてあること

  • 主な読者:2020年4月に改正された民法のポイントを知りたい経営者
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1 原則的な消滅時効期間と起算点の改正

1)消滅時効とは

消滅時効とは、一定期間行使されない権利を消滅させることです。改正民法第166条第1項では、次のいずれか早い時点で消滅時効が完成すると定められました。

  • 旧民法と同じく、権利を行使することができる時(客観的起算点)から10年間の時効期間
  • 権利を行使することができることを知った時(例えば、代金などを請求することができることを知った時。債権者の主観を基準とするので、主観的起算点という)から、「5年」が経過した場合

まず、確定期限の定めのある債権です。これは、合意内容として弁済期が○年○月○日と定まっている場合であり、債権者は具体的な弁済期を認識しています。弁済期に支払いがなければ、即座に債務者に対して支払いを命じることができます。つまり、「権利を行使することができることを知った時」が、弁済期(厳密には弁済期が経過した翌日)であり、この日から5年間で消滅時効が完成します。

次に、不確定期限の定めのある債権や条件の定めのある債権です。例えば、Aさん(債務者)が新しい車を買ったら、Bさん(債権者)に古い車をあげるという約束をしたとします。Bさん(債権者)は、Aさん(債務者)から車を買ったと聞いて初めて、条件の成就を知ります。この場合、「債務者が車を購入したときから10年間」「債務者が車を購入したことを知ったときから5年間」のいずれか早いタイミングで消滅時効が完成します。

最後に、期限の定めのない債権です。例えば、代金について、いつでも請求されたら支払うと合意した場合です。この場合、原則としていつでも権利を行使でき、債権者もそのことを合意時から知っているので、合意時から5年間で消滅時効が完成します。

2)実務上の留意点

時効期間と起算点の判断は複雑ですが、債権者は「これまでの消滅時効期間に加えて、『知った時から5年』という消滅時効期間が追加された。これによって消滅時効の完成が早くなることがある」ことを押さえておきましょう。また、条件が成就した場合や期間の定めがない場合、この事実を債権者に知らせることで、そこから5年で消滅時効が完成するという点も重要です。

補足ですが、改正民法では商行為によって生じた債権についての規定は削除され、同債権についても改正民法第166条第1項が適用されます。

3)経過措置

2020年4月1日より前に債権が生じた場合またはその発生原因である法律行為が既に行われている場合、その債権の消滅時効の期間については、旧民法が適用されます(附則第10条第4項、第1項)。

2 職業別の短期消滅時効の廃止

旧民法で定められていた、職業別の短期消滅時効については廃止され、前述した「1 原則的な消滅時効期間と起算点の改正」の内容に統一されました。職業別の短期消滅時効とは、「医師の診療報酬債権や工事に関する債権は3年間、生産者や卸売商人・小売商人が売却した代金債権などは2年間、旅館や飲食店の宿泊料や飲食料については1年間」とされていた消滅時効のことです。

3 生命・身体侵害による損害賠償請求の消滅時効の改正

改正民法では、人の生命または身体の侵害による(債務不履行を理由とする)損害賠償請求権の消滅時効は、「主観的起算点から5年間、権利を行使することができる時から20年間」とされました(改正民法第167条)。生命・身体という法益の重要性を考慮し、これらの侵害による損害賠償請求権の行使については長い消滅時効期間が定められました。

また、人の生命または身体を害する「不法行為を理由とする」損害賠償請求権についても、「1.被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知った時から5年間」「2.不法行為の時から20年間」の、いずれか早い時点という時効期間が設けられています(改正民法第724条の2および改正民法第724条)。旧民法より時効期間が長くなり、被害者救済の余地が広がりました。

なお、改正民法第724条の2の規定については、経過措置に注意しましょう。旧民法の3年の短期消滅時効が改正民法の施行日(2020年4月1日)時点で完成していない場合、時効期間は5年間になります(改正民法が適用されます)。

4 協議を行う旨の合意による時効の完成猶予の新設

改正民法では、協議が行われている場合に、時効が完成しないよう猶予する制度が新設されました(改正民法第151条)。この制度を利用する場合、「協議を行う旨の合意が存在すること」および「その合意が書面でされること」が必要です(合意は電磁的記録によるものも含みます(改正民法第151条第4項))。この合意があれば、次のいずれか早い時まで時効は完成しません。

  • その合意があった時から1年を経過した時(改正民法第151条第1項第1号)
  • 合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る)を定めたときは、その期間を経過した時(改正民法第151条第1項第2号)
  • 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から6カ月を経過した時(改正民法第151条第1項第3号)

なお、この制度を利用して書面で合意したものの協議が整わず、さらに協議を続けたい場合は、猶予期間中に再度書面による合意をすることで、猶予期間をさらに延長することができます。延長は通算して5年間までです(改正民法第151条第2項)。

時効完成が迫っているが協議が継続している場合、これまでのように訴訟提起をするのではなく、協議の合意書面を作成します。合意書面の例は次の通りです。

【協議合意書(例)】

甲および乙は、甲が乙に対して主張する○○に係る○○請求権(以下「本件請求権」という。)につき協議が続いているところ、本件請求権の時効の完成猶予のため、本件請求権の存否、内容、履行条件などについて協議を行う旨を以下の通り合意する。

第1条
甲および乙は、本件請求権について協議を行う旨相互に確認する。

第2条
甲および乙は、本合意書締結日から10カ月が経過するまで(【○年○月○日まで】)または協議が成立するまでのいずれか短い期間、前条の協議を行う。

第3条
甲および乙は、乙が、本合意により、本請求権につき何らの承認をしたものでもなく、消滅時効の援用権を放棄したものでもないことを確認する。

本合意書の締結を証するため本書2通を作成し、甲乙記名捺印の上各自1通を保有する。

○年○月○日
  甲・・・
  乙・・・

なお、この規定は、改正民法の施行日前に権利についての協議を行う旨の合意が書面でなされた場合は適用されません(附則第10条第3項)。

5 天災などによる時効の完成猶予の改正

時効期間の満了前に、天災その他避けることができない事変のために時効中断手続きを行うことができないときは、その障害が消滅した時から一定期間が過ぎるまで、時効は完成しません。改正民法では、この時効完成猶予期間を、「その障害が消滅した時から3カ月を経過するまでの間」としました(改正民法第161条)。実務上も、その障害が消滅したときから3カ月以内に、時効中断のための対応を行う必要があります。

以上(2020年11月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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保証、定型約款、錯誤/改正民法が分かる(1)

書いてあること

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1 保証の改正

1)個人根保証契約とは

保証契約とは、主債務者がその債務の支払をしない場合に,主債務者に代わって支払をする義務を負うことを約束する契約です。保証契約にはいくつか種類があり、その中でも根保証契約とは、一定の範囲に属する不特定の債務について保証する契約をいいます。個人根保証契約とは、個人(保証人が法人ではないもの)の根保証契約のことです。根保証とは、継続的な取引から生じる不特定の債務(保証の対象となる債務、主債務のこと)を保証するものです。

旧民法第465条の2では、根保証契約のうち、個人貸金等根保証契約についてのみ、極度額を付す必要がありました。個人貸金等根保証契約とは、貸金等債務(金銭の貸し渡しまたは手形割引を受けることによって負担する債務)について個人が根保証するものです。改正民法では、これに限らず、全ての個人根保証契約で極度額を定めなければならず、これがなければ、保証の効力は生じません(改正民法第465条の2第2項)。

例えば、不動産賃貸借契約、継続的取引契約における代金支払債務などでは、個人が根保証しているケースが多いので、極度額の設定が必要になります。ただし、極度額があまりに高額だと公序良俗違反(改正民法第90条)として無効になる恐れがあるので、弁護士などの専門家のアドバイスを受けるとよいでしょう。

なお、2020年3月以前に締結された契約は旧民法が適用されますが、更新または再契約の場合は留意が必要です。このタイミングで新たな根保証契約が締結されたものと評価されるのであれば、保証の効果が失われないように極度額を定める必要があるからです。

2)事業資金の個人保証における公正証書の作成

事業のために負担した貸金等債務を個人保証する場合や、主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる個人根保証をする場合、原則として、契約締結日前1カ月以内に作成された公正証書で保証債務を履行する意思を表示していなければ、保証契約の効力は生じません。

この改正は、保証人の保護のために行われました。事業資金の貸付金の保証や、事業のための債務の根保証は金額が大きくなりがちですが、それを十分に認識しないまま保証を行った結果、生活の破綻を余儀なくされるケースがあります。そこで、保証債務履行の意思を厳格な手続きで確認することになったのです。

ただし、例外があります。いわゆる「経営者およびこれに準ずるもの(主債務者が法人の場合における理事や取締役等、主債務者が個人の場合における共同事業者等)」が保証人となる場合は、公正証書を作成しなくても保証契約を締結できます(経営者保証等の例外・改正民法第465条の9の各号)。

3)主債務者の情報提供

改正民法では、主債務者は、事業のために負担する債務について保証人になることを委託する場合は、相手(個人のみ)に、財産・収支・負債の状況などの事項に関する情報を提供する義務が定められました(改正民法第465条の10第1項)。提供すべき情報は次の通りです。

  • 財産および収支の状況
  • 主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額および履行状況
  • 主たる債務の担保として他に提供し、または提供しようとするものがあるときはその旨およびその内容

主債務者が情報提供をしなかったり、事実と異なる情報を提供したりしたために、委託を受けた保証人がその事項について誤認をし、それによって保証契約を締結したとします。この場合、債権者が、主債務者の情報不提供や不実情報提供の事実を知りまたは知ることができたときは、保証人による保証契約を取り消すことができます(改正民法第465条の10第2項)。

このような理由による取消しの主張を防ぐため、保証契約締結の際の手続きに注意しましょう。同時に、保証契約書の中で係る義務が履行されたことを確認する文言を入れ、手続きが正しく履行された旨を書面に残すといった対応を検討するべきでしょう。

2 定型約款の新設

1)定型約款とは

大量の定型的な取引を迅速かつ効率的に行うため、一方の契約当事者があらかじめ一定の契約条項を定めた約款を用いる取引が広く行われています。しかし、旧民法には、約款に関する規定がなく、法的拘束力を認める根拠が明らかではありませんでした。

そこで、改正民法では、一定の要件を満たす約款を「定型約款」とし、法的拘束力を認めることとしました(改正民法第548条の2ないし第548条の4)。定型約款とは、次の要件に該当するものをいいます(改正民法第548条の2第1項柱書)。

  • ある特定の者が、不特定多数を相手方とし、
  • 取引内容の全部または一部が画一的であることが双方にとって合理的な取引において
  • 取引契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体

具体的な取引類型としては、鉄道・バス・航空機などの旅客運送、電気・ガス・水道の供給取引、保険取引、預金取引が挙げられる他、旅行、宿泊、ソフトウエア購入ライセンス、上記1、2を満たすインターネット経由の取引なども考えられます。

2)みなし合意の要件と不当条項

上記1)の1、2を満たす「定型取引」を交わすことに合意した者は、次のいずれかの要件を満たすことで、定型約款の各条項について合意があったとみなされます。

  • 定型約款を契約の内容とする旨の合意をした場合(改正民法第548条の2第1項第1号)
  • 定型約款を準備した者が、あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していた場合(同項第2号)

1、2のいずれかの場合は、当事者が定型約款の個別の条項を把握していなくても、定型約款の各条項について合意したものとみなされます(「みなし合意」。改正民法第548条の2)。ただし、定型約款に不当な条項があると衡平の観点から問題が生じます。そこで、改正民法では、定型約款に不当条項が含まれている場合、その条項に対するみなし合意は成立しないこととしています。具体的には、次を満たすものが不当条項に当たります(改正民法第548条の2第2項)。

  • 相手方の権利を制限し、または相手方の義務を加重する条項であって、
  • その定型取引の態様およびその実情並びに取引上の社会通念に照らして、
  • 民法第1条第2項に規定する基本原則(信義誠実の原則)に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるもの

なお、本条と似た規制が消費者契約法第10条にもありますが、判断基準が異なります。消費者契約法では、「民法、商法、その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合と比べて」不当性が判断されますが、定型約款については上記2の通り、「その定型取引の態様およびその実情並びに取引上の社会通念に照らして」不当性が判断されます。消費者取引に約款を用いる企業としては、消費者契約法と改正民法の両方を確認する必要があります。

3)実務上の留意点

契約書と別に約款を用いている場合、約款が定型約款の要件を満たしているかを確認しましょう。定型約款に当たる場合、みなし合意の成立要件を満たしているか確認します。例えば、定型約款を契約の内容とすることをあらかじめ示しているかなど、契約手続き・手順を見直します。

具体的には、契約書に「本契約には、契約締結時点の定型約款『○○』が適用されます」という文言があるかを確認します。また、インターネット上で契約をする場合は、合意画面までの画面遷移の中で、「本契約には、契約締結時点の定型約款『○○』が適用されます」という表示をしているか確認する必要があります。約款を表示して、同意のチェックボックスのクリックを求めるほうが確実です。

4)経過措置

定型約款については、経過措置があります。附則第33条第1項により、改正民法第548条の2から4までの規定は、2020年3月以前に締結された定型取引に係る契約についても適用するとされています。ただし、例外として、契約の一方当事者により反対の意思表示が、改正民法施行日前までに書面または電磁的記録でされた場合は、改正民法は適用されません(附則第33条第2項、第3項)。

定型約款を用いる企業は、相手方の同意なく定型約款の変更ができる(改正民法第548条の4)ため、当該変更を予期していなかった相手方を保護するための決まりです。顧客から改正民法施行日前までに約款の適用反対通知が届いた場合(メールも含む)は、当該顧客との関係では改正民法が適用されず、定型約款の効力を巡って争いが生じ得る旨を認識しておきましょう。

3 錯誤(意思表示の瑕疵)の改正

改正民法では、意思表示の規定(旧民法第93条~第98条の2、心裡留保、錯誤、詐欺、強迫、遠隔者に対する意思表示)についても改正されました。「錯誤」については、法的効果が改められており、実務上影響があるので簡単に触れます。

錯誤とは、意思表示の主体が、内心と意思表示との不一致を知らない場合や、法律行為の基礎とした事情についてその認識が真実に反する場合をいいます。商品Aを買おうと思っているのに、「Bを下さい」と言ってしまう場合や、ある目的を達成するために商品Aを購入しようとしているが、実際はAの機能を全く誤解していた場合です。

このような場合、旧民法では意思表示自体が、原則「無効」とされています(旧民法第95条)。しかし、改正民法では、錯誤による意思表示の効果が、「無効」から「取消し」となりました。「無効」は、何らの行為等がなくても当然に意思表示の効力が発生しません。「取消し」は、取消しの意思表示を行うことで初めて当該意思表示の効力を否定することができます。また、取消権は期間制限(追認することができるときから5年間。改正民法第126条前段)を受けます。

以上(2020年11月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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用語が分かれば理解しやすい! 民法改正を読み解く用語集

書いてあること

  • 主な読者:分かるようで分からない民法の用語を正しく理解したいビジネスパーソン
  • 課題:日常で使用している用語と意味が違ったり、聞き慣れなかったりする用語が多い
  • 解決策:弁護士がピックアップした、要注意な用語から押さえる

このシリーズでは、民法で頻出する次の用語の意味を、前後編に分けてご紹介しています。

  • 前編で紹介している用語
    法律全般(内容証明郵便、公正証書、供託、確定期限、条件付法律行為(停止条件・解除条件)、信義則、権利の濫用、善意、悪意、権限、権原、重過失、錯誤、心裡留保、取消し、無効、地位の移転、地位の留保、特定物・不特定物)、時効(時効、時効期間、時効の完成、時効の完成猶予と更新)、保証(保証、根保証、極度額、個人貸金等根保証契約)
  • 後編で紹介している用語
    債権総論(債権者代位権、詐害行為取消権(債権者取消権))、取引総論(無過失責任、契約不適合責任、危険負担、不可抗力、反対給付)、契約各論(双務契約、要物契約、有名契約(典型契約)、無名契約(非典型契約)、定型約款、消費貸借契約、委任契約、請負契約)、執行・保全(仮差押え、差押え)
本稿は前編です。
後編については、次のコンテンツに記載されています。合わせてお読みください。

1 法律全般

1)内容証明郵便

内容証明郵便とは、郵便局が、1.いつ、2.誰に対して、3.どのような内容の郵便を発送したかを証明してくれるサービスです。なお、通常は内容証明郵便を発送する際、書留郵便として、配達証明を付けます。そうすると、4.相手にそれがいつ届いたのかも明らかになるため、契約解除や金銭請求、時効に関する通知などについて、裁判を見据えた効果的な証拠として発送することができます。

2)公正証書

公正証書とは、公証人がその権限に基づいて作成する文書です。公証人は、裁判官、検察官、弁護士あるいは法務局長や司法書士など長年法律関係の仕事をしていた人の中から法務大臣が任命します。公正証書は、改ざんや変造の心配がなく、また、内容によっては裁判を経ずに強制執行が可能となることから、金銭消費貸借や債務弁済、遺言、離婚などの場面において作成されることがよくあります。

3)供託

供託とは、金銭・有価証券などを供託所に提出して、その管理を委ね、最終的には供託所がその財産をある人に取得させることによって、一定の法律上の目的を達成するための制度です。例えば、賃借人が、賃貸人から賃料の受領を拒否されたり、賃貸人が行方不明になったり、誰が賃貸人か分からなくなったような場合に、供託をすると賃料債務を履行したことと同じ効果が生じます。

4)確定期限

確定期限とは、到来する期日が確定している期限をいいます。

5)条件付法律行為(停止条件・解除条件)

条件付法律行為とは、条件の成否が確定すると、効力が確定する法律行為をいいます。条件には大きく停止条件と解除条件があります。

  • 停止条件
    法律行為の効力の「発生」が将来の不確実な事実にかかっている場合を停止条件といいます。
  • 解除条件
    法律行為の効力の「消滅」が将来の不確実な事実にかかっている場合を解除条件といいます。

6)信義則

信義則とは、信義誠実の原則のことを指し、具体的には、契約関係等にある当事者は、「相互に相手から期待される合理的な行動を取るべきであり、相手方の信頼を不当に害さないようにしましょう」といった行動準則のことをいいます。法律では十分に具体化されていない点を補うための法理として使用されることがあります。

7)権利の濫用

権利の濫用とは、信義則と同様、人々の行動準則になるもので、外見上は単純な権利の行使のように見えるものの、実際には権利の行使として認めることが社会的に妥当とはいえないため、権利行使を認めるべきではないような場合に当該権利行使を禁止する法理として用いられます。信義則と同様、法律では十分に具体化されていない点を補うための法理として使用されます。

8)善意

法律効果に一定の影響を及ぼす可能性のある事実等を知らないことをいいます。一般的な場面では他人のためを思う親切心など道徳的な評価の意味合いで使用されますが、法律用語として使用する場合は、単に「知っているか/知らないか」という意味になります。

9)悪意

前述した善意の反対の意味で、法律効果に一定の影響を及ぼす可能性のある事実等を知っていることをいいます(善意の用語解説もご参照いただければと思います)。

10)権限

契約や法律等に基づいて、他人に対して行うことができる権利・権力のことをいいます。

11)権原

ある特定のことを行うことができる、法律上の原因、法的根拠をいいます。

12)重過失

法律上、契約上の義務違反や不注意の程度が大きい場合をいいます。どのような場合に重過失となるかを一般的に説明することは難しいのですが、容易に結果を予見できる(予見すべき)危険な事象や契約違反を漫然と見過ごして(もしくは予見しておきながら)、そのような結果が生じないように結果を回避することを怠った場合(ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態)といえるでしょう。

13)錯誤

1.Aを購入しようとして、誤ってBを購入してしまったように、何らかの意思表示をした人が意思表示に対応する意思を欠いていたり、2.Aには特別な機能が付いていると考えて購入したものの、実際には特別な機能が付いていなかったりした場合のように、法律行為の基礎とした事情についての認識が真実に反するような場合、一定の要件の下、錯誤に基づく法律行為があったとして、当該法律行為を取り消すことができます。

14)心裡留保

売買契約をするつもりがないのに、冗談で「君と契約をしてあげるよ」などと述べる場合のように、意思表示を行う者が、自己の真意と意思表示の内容が食い違っていることを知りながら意思表示を行うことを心裡留保といいます。このような意思表示も原則として有効ですが、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、または知ることができたときは、その意思表示は無効とされています。

15)取消し

いったん有効に効果が生じた法律行為を、一定の事由が生じたことを理由に、取消権者の意思表示によって遡及的に無効とすることを「取消し」といいます。後述する無効と異なり、いったん有効に効果が生じているため、取消権を放棄して効果を確定的なものにすることもできます。これを「追認」といいます。

16)無効

法律行為や意思表示があったものの、そもそも法律効果が発生するための要件を満たさないため、最初から効果が生じないことを「無効」といいます。取消しと異なり、無効事由は、当初から問題があって法律効果が発生していないため、追認をしても有効にはなりません。もっとも、その追認があったときに、あらたな行為をしたものと見なして、その行為が有効に成立することはあります。

17)地位の移転

契約に基づいて、当事者間に発生する全ての権利・義務関係を、包括的に第三者に移転し、契約当事者を実質的に交代することをいいます。契約上の地位の移転には、原則として契約の相手方の承諾を要します。ただし、不動産賃貸借契約における賃貸人たる地位の移転については、一般的に賃借人が不利益を被ることはないと考えられていることから賃借人の承諾は不要とされています。

18)地位の留保

民法改正により、不動産賃貸借の場面において、賃貸人の地位の留保という規定が新設されました。これは、賃貸不動産の売買取引がなされる場合において、旧所有者と新所有者との間で、賃貸人たる地位を留保する旨の合意に加えて新所有者を賃貸人、旧所有者を賃借人とする賃貸借契約を締結した場合、賃貸人たる地位は譲受人に移転することなく譲渡人に留保されることになります。これが地位の留保になります。

19)特定物・不特定物

特定物とは、当事者が物の個性(同じ物がなく、代替できないなど)に着目して取引した物をいいます。

不特定物とは、当事者が種類、数量、品質などにのみ着目し、物の個性には着目せずに取引した物をいいます。

2 時効

1)時効

時効とは、一定の事実状態が一定期間継続することにより、権利を取得するあるいは消滅させる制度のことです。

時効には、一定の要件の下、他人の物を一定期間占有することによって権利を取得する「取得時効」と権利を行使しないまま一定期間が経過した場合にその権利を消滅させる「消滅時効」があります。なお、民法改正によって、これまで存在していた職業別の短期消滅時効が廃止されるなど、時効制度の見直しがありました。

2)時効期間

取得時効については、これまでと同様、20年間所有の意思をもって平穏かつ公然に他人の物を占有した場合、または10年間所有の意思をもって平穏かつ公然に他人の物を占有した者でその占有の始めに善意かつ無過失であれば認められることになります。

一方、消滅時効については、民法改正によって、次のいずれか早い時点で消滅時効が完成することになりました。

  • 権利を行使することができるとき(客観的起算点)から10年間の時効期間
  • 権利を行使することができることを知ったとき(例えば、代金などを請求することができることを知ったとき。債権者の主観を基準とするので、主観的起算点という)から、5年が経過した場合

3)時効の完成

時効の完成とは、時効により権利を取得する、あるいは消滅させるために必要な一定の期間が経過することをいいます。なお、時効の完成によって当然に権利を取得したり消滅したりするわけではなく、時効を援用する必要があります。

4)時効の完成猶予と更新

分かりづらかった時効の中断や停止という概念で説明されていたことが、民法改正によって時効の完成猶予と更新という概念に整理されました。すなわち、時効期間が形式的に経過しても時効が完成したことにはならない場合を「時効の完成猶予」(例:催告、天災によって権利行使に障害が発生する場合など)、時効期間がリセットされ、改めてゼロから時効期間を起算する場合を「時効の更新」(例:承認など)といいます。

3 保証

1)保証

保証とは、債務者が債務を履行しない場合に、債務者に代わってその債務を履行するよう約束することをいいます。保証債務には次の3つの性質があります。

  • 主債務が存在しないときは、保証債務も存在しないという附従性
  • 主債務者が債務を履行しないときに初めてその債務を履行する責任を負うという補充性
  • 主債務が譲渡されるなどして債権者が変更となる場合、保証債務の債権者も変更になるという随伴性

2)根保証

根保証とは、継続的な取引から生じる不特定の債務(保証の対象となる債務、主債務のこと)を保証することをいいます。改正民法では、個人が根保証契約を締結する全ての場合において、極度額を定めなければならず、これがなければ、保証の効力は生じないことになりました。

3)極度額

極度額とは、保証人が保証すべき債務の限度額をいいます。

4)個人貸金等根保証契約

貸金等債務(金銭の貸し渡しまたは手形割引を受けることによって負担する債務)について個人が根保証するものをいいます。

「債権者代位権」「無過失責任」などは次のコンテンツに記載されています。合わせてお読みください。

以上(2020年11月)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:photo-ac

顧客層の拡大で急成長する プロテイン・高たんぱく食品市場

書いてあること

  • 主な読者:新商品の投入や新たな客層の獲得を目指す食品事業の経営者
  • 課題:自社の新商品開発や新たな客層の獲得は、どうすれば成功するのか
  • 解決策:市場が拡大するプロテインの傾向、事例を把握し、顧客獲得の参考にする

1 コンビニでもプロテインがたくさん

最近、コンビニエンスストアの棚にもプロテインや高たんぱくをアピールする商品を目にする機会が増えてきました。

プロテインを製造、販売する明治の資料(詳細は後述)によると、国内の市場は2015年~2019年で2倍以上に拡大しているようです。

直近では、新型コロナウイルス感染症の拡大による外出自粛期間中に、改めて人々の健康への意識が高まり、体に必要な栄養素の一つとしてプロテインやサプリメントなどが注目されています。

本稿では、プロテインや高たんぱく食品(以下、「プロテイン」)の普及の背景や、どんな層が市場をけん引しているのかをまとめています。

人々のライフスタイルが大きく変わっている今、こうした変化に対応した商品の開発によってビジネスチャンスをつかんでいる事例は、他の業種の経営者にとっても参考になるのではないでしょうか。

2 プロテインの消費者の広まり

1)健康意識の高まりが追い風に

プロテインは、もはや「筋肉ムキムキのマッチョだけのもの」ではなくなっています。プロテインの消費者は、スポーツを日常的に行ったり、ジムを定期的に利用したりする若者、歩行機能の維持に取り組む高齢者などにも拡大しています。

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2)ライト層(一般的なジム利用者、健康意識の高い若者)の認識

アサヒグループ食品が健康意識の高い女性に対して行った調査によると、プロテインを飲んでいる人は、プロテインのイメージとして「筋肉が増加しそう」(69.4%)「栄養補給ができる」(52.4%)「健康に良い」(28.5%)などが回答の上位を占めています。

その一方、プロテインを飲んでいない人は、「筋肉が増加しそう」(77.5%)「栄養補給ができる」(39.2%)に加え、「お金がかかる」(29.5%)「美味しくない」(27.4%)「男性が飲むイメージ」(25.4%)「筋肉隆々の人が飲む」(22.1%)などのイメージがあり、こうした見方がプロテインの敬遠につながっているようです。

3)ライト層確保には「お手軽さ」がポイント ~消費者の声~

では実際に、ライト層の消費者は、どのような理由でプロテインを飲んでいるのでしょうか。普段からジムに通い、プロテインを飲んでいる女性などによると、以下のような意見が聞かれました。こうした意見は、ライト層を獲得する際の「ストーリーマーケティング」(例:粉末からドリンクへのシフト)の参考になるでしょう。

  • 飲むきっかけ:
    運動不足解消やダイエットを目的にジムに通い始めた。基礎代謝を上げ、脂肪を燃焼しやすい体を作る上でたんぱく質が必要と知り、プロテイン(粉末)を飲み始めた
  • 飲んで気づいたこと(飲む前~飲んだ後):
    プロテイン(粉末)は、大きな袋や缶に入っており、飲むたびに計量カップで計測し、専用のシェーカーに入れて混ぜる必要がある。空気が入りうまく溶け切らないこともある。飲み終わったシェーカーの洗浄も面倒で、中身が溶け切らずにシェーカーにこびり付き、なかなか取れないこともある
  • 飲んで気づいたこと(保存):
    トレーニングができずに日数がたつと、プロテイン(粉末)は湿気を吸収し、飲めなくなることもある。また、キッチンや冷蔵庫の中でスペースを占めるため、継続的に消費する必要がある

こうしたライト層の認識や実際の声を考慮すると、以下のような工夫は、ライト層の取り込みに効果的といえるのではないでしょうか。

  • 女性向けを意識し、脂肪ゼロのアピールや、カラフルなパッケージを提案する
  • 大容量の缶やパックでなく、容量を減らして価格を抑え、消費しやすくする
  • 普段の食生活に無理なく取り入れられるよう、お菓子やヨーグルトなどで販売する

3 客層の拡大とともに広がるプロテインの主な商品群

ライト層が加わることでプロテインの裾野が広がる中、実際に各社から新たなニーズに対応したさまざまな商品が発売されています。従来のプロテイン(粉末)だけでなく、そこから派生して、オフィスで間食として食べられるバーや、朝食に向いた消化の良いヨーグルトなどもあります。

裾野が広がったプロテインの特徴をまとめると、以下のようなものとなります。図表内のオレンジ色の網掛けの従来の商品から、青の網掛けの新興の商品が派生しています。

こうして見ると、一部のコアな層向けだったプロテインが、さまざまな層向けの幅広い商品群となって活躍しているのが分かります。

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1)プロテイン(粉末)

プロテイン(粉末)は、既に広く普及している商品です。従来、ボディービルダーやアスリートなどが筋肉の増強を目的に飲んできました。近年ではライト層にも普及しており、それに合わせて、飲みやすいようにヨーグルト味や各種のフルーツ味などが登場したり、筋肉の増強よりも体の引き締めを主な目的とした商品などが登場したりしています。国内では、1980年に発売された明治の「ザバス」シリーズが大きなシェアを占めています。

■明治 ザバス■
https://www.meiji.co.jp/sports/savas/

2)サプリメント

サプリメントは、筋肉の増強に不可欠なたんぱく質を構成するアミノ酸を効率的に摂取できます。既にたんぱく質よりも細かな単位まで分解されているため、プロテインよりも早く体内に吸収されます。アミノ酸には、体内で生成が可能なグルタミン酸やグリシンなどの「非必須アミノ酸」と、食物などから摂取する必要があるバリンやロイシンなどの「必須アミノ酸」があります。多くのサプリメントは、両者が最適なバランスで配合されています。

DNSなどの、プロテインを主な商品として製造、販売する企業が比較的多くのラインアップを取りそろえています。

■DNS■
https://www.dnszone.jp/index.php

3)プロテイン(ドリンク、お菓子など)

従来のプロテイン(粉末)にありがちなイメージ、「作る手間が面倒」「粉っぽくてまずい」「気軽に買えない」などの弱点を克服するような商品として、近年急速に普及しているタイプです。また、パッケージもカジュアルなものが多く、ドリンク以外にも朝食や間食にできるヨーグルトやシリアルバーなども販売されています。

多くの商品が、たんぱく質を5~15グラム程度含んでいるため、普段の食事で不足するたんぱく質をカバーすることができます。この商品群には、明治などのプロテインを長年製造、販売してきた企業だけでなく、食品メーカーや製菓メーカーなども数多く参入しています。

■明治 ザバス MILK PROTEIN■
https://www.meiji.co.jp/dairies/milk_drink/savas-milk/#top
■アサヒグループ食品 1本満足バーシリーズ■
https://www.asahi-fh.com/products/balanced-food/1pon-manzoku/#protein

4)機能性表示食品

プロテインや高たんぱく質の商品の中には、機能性表示食品をアピールするものも登場しています。機能性表示食品とは、事業者の責任で、科学的根拠に基づいた機能を表示した食品で、販売前に食品の安全性や機能性に関する情報を消費者庁長官へ届け出る必要があります。

マツモトキヨシは、プライベートブランド「matsukiyo LAB」から、日本初とされる機能性表示食品のプロテインバーを2020年9月から販売しています。このプロテインバーは、肥満度を表す指標であるBMI(ボディ・マス指数)の数値を下げる効果があるローズヒップ由来のティリロサイド(ポリフェノールの一種)を含んでいます。

■マツモトキヨシ matsukiyo LAB■
https://www.matsukiyo.co.jp/mkc/matsukiyolab/index.html

5)高たんぱく 調味料

普段の食事に加えることで、たんぱく質を効率的に取ることができる調味料も販売されています。この調味料は、さまざまな料理に応用することができます。

例えば、美容や健康に対する意識の高い消費者向けに植物由来のプロテインなどを販売するソライナは、えんどう豆から抽出した「えんどう豆プロテイン」をふりかけとして販売しています。「納豆風味」「味噌風味」「カレー風味」の3種類があり、米に不足する必須アミノ酸のリジンを摂取することができます。

また、UHA味覚糖も、糖質を抑えたノンオイルの高たんぱくドレッシング「プロドレ」を販売しています。

■ソライナ■
https://solaina.jp/
■UHA味覚糖 プロドレ■
http://prodre.com/

6)高たんぱく 食品

近年のプロテインブームを背景に、日本人になじみのある食品が、高たんぱく質食品としてのイメージを打ち出しています。コンビニで販売されている「サラダチキン」が、高たんぱく食品として注目を集め、健康意識の高いサラリーマンなどのランチとして販売されています。

また、一昔前までは、つまみのイメージがあったサバ缶や魚肉ソーセージなどにも注目が集まっています。魚介類が原料のため、たんぱく質やカルシウム、DHAなどの栄養が豊富に含まれています。

例えば、吉永鰹節店(高知県)は、カツオを使った生節「超鰹力」(ちょうかつりょく)を販売しています。従来の生節と異なり、若者に受け入れられやすいイラストを採用し、高たんぱくや低脂肪、DHA含有などをアピールしています。

■吉永鰹節店(ウェブサイト「土佐のかつお屋」で販売)■
https://www.tosano-katsuoya.co.jp/

4 プロテイン市場の拡大要因

最後に、プロテイン市場の拡大要因を整理し、グラフで市場規模を確認してみましょう。

1)さまざまな要因で市場拡大

プロテイン市場拡大の背景には、フィットネスブームや健康意識・環境意識の高まり、プロテインの品質向上など、さまざまな要因があります。

画像3

2)「コンビニプロテイン」が市場をけん引

日本国内のプロテインの市場規模は、各市場調査会社によりばらつきがあるものの、数百億円規模といわれています。

明治のプレスリリースによると、日本国内のプロテインの市場規模は次の通りです。なお、同社の資料では、プロテインの区分が明示されていないため、本稿で紹介する商品が含まれていない可能性があります。

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同社は、2019年の市場規模を555億円と推計しています。特に、2015年以降は拡大が急ピッチに進んでいることが分かります。2015年は、同社がそれまで販売してきたプロテイン「ザバス」シリーズ初となるプロテインドリンク「ザバス MILK PROTEIN」が市場に投入されました。

この商品は、1本当たり15グラムのたんぱく質を含んだプロテイン(ドリンク)で、プロテイン(粉末)の「袋から粉末をカップで計量し、容器に入れて水と混ぜる」手間をなくすことができました。さらに、コンビニなどの一般消費者の目に付く店舗で販売をしたことで、ライト層の認知度が高まり、急速に広まりました。

同社によると、2019年のザバス MILK PROTEINなどの「ザバスミルク」の売上高は134億円に達しています。ザバスミルクのみで、プロテインの市場全体の約24%を占めていることになります。

明治の動向から、ザバスミルクのような「コンビニプロテイン」が市場の中で大きなシェアを占めてきているといえるでしょう。

以上(2020年11月)

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画像:pexels

貸借対照表を分析できるようになろう/起業3年目までにマスターしたい財務・資金繰りの基本(2)

起業コンサルタント(R)、税理士の中野です。創業間もない経営者のみなさまのために資金繰りの基本について解説するこの連載。第1回は損益計算書や貸借対照表の基本的な読み取り方をご説明しました。第2回は、その応用編として貸借対照表をどのように分析するかについて解説していきます。
なお、第1回は、以下のコンテンツをお読みください。

1 貸借対照表の分析がなぜ大切なのか

損益計算書は項目(構造)が簡単で、わりあい誰でも簡単に読み取れます。その期の売上がいくらで、経費がいくらで、儲けである利益がいくらだったか、簡単ですよね。すぐに経営に活かすことができます。ところが貸借対照表については、基本的な項目の見方が分かったとしても、どうやって分析して、どのように経営に活かしていけば良いかわからないという方も多いのではないでしょうか。

ただ、貸借対照表をきちんと読み取れるようにならないと、現状、会社が安泰といえるのか、税金対策をすべきか、会社にお金を残すべきか、設備投資をするときに借入は必要なのかなど、具体的な経営の施策を考える上で必要な情報が頭にスッと入ってきません。貸借対照表を読み取れるようになることが経営者としての次のレベルに上がれるための試金石だともいえるでしょう。

2 安全性分析をしてみよう

まずは貸借対照表の基本的な分析として、安全性分析を学んでいきましょう。企業は存続していくことを前提に経営を行いますが、志半ばで倒産などでなくなってしまう企業があるのも現実です。有名だから、大企業だからといって、その会社がずっと生き残っていくとは限りません。逆に小さくても100年以上経営を続けている会社だってあります。知名度やイメージに囚われず、どのような会社が生き残っていけるのかを数字の面から把握するために行うのが、安全性分析です。

3 安全性分析は「お金」を重視する

会社が倒産する原因の1つは、お金がなくなってしまうからです。まずは利益を出せずに毎期、赤字を出し続けていれば、どこかでお金がなくなってしまいます。一方で、どれだけ収益性が高く黒字を出している会社でも、お金をうまく回収できなければ支払いに支障が生じて、最終的に会社は潰れてしまいます。会社にとってお金が残っているかどうかは経営のキモなのです。

4 安全性分析の注意点

安全性の分析をするに当たって注意点が1つあります。安全性の分析は、主に貸借対照表を使います。貸借対照表は期末日の一時点の情報を表しています。そのため、期末日現在の数字では安全性が高く見えても、次の期に大きな設備投資をするなどして多額の支払いがあれば、安全性の指標が大きく変化するということもあり得ます。特に、これから説明する手元流動性比率など現金や預金に関する安全性の指標については注意が必要です。
期末の一時点の数字だけを切り取って行う分析は、必ずしもその企業の本当の姿を映しているとは限りません。安全性の分析においては、こうした貸借対照表の落とし穴も理解しておくとともに、1つの指標だけで安全性が高いと判断せずに、複数の指標を用いてさまざまな視点から分析していくことがより重要です。期末の決算書だけでなく、期中の試算表でも毎月必ず確認するようにしましょう。

5 安全性を測る指標

1)手元流動性比率

安全性を測る指標には、いくつかありますが、まずは資産に注目します。資産の中で最も重要なキャッシュから測る安全性の指標を見てみましょう。

現金預金についての安全性を測る指標として、現金預金を(年間売上高÷12)で割って計算される手元(てもと)流動性(りゅうどうせい)比率(ひりつ)があります。手元流動性比率は、月の平均売上高(以下「月商」)の何カ月分の現金を保有しているかということを表します。

手元流動性比率=現金預金/(年間売上高÷12)

手元流動性比率は大体2カ月分程度が目安といわれています。コロナ禍のような先の見えない非常時にはもっと多くてもいいでしょう。手元流動性比率が低い場合は、取引先に交渉して売掛債権の回収期間を早くするなどして、手元流動性を高めることで改善できます。

貸借対照表の画像です

貸借対照表の画像です

手元流動性比率=現金預金/(年間売上高÷12)

A社にあてはめてみると…
A社の手元流動性比率=1,317,000/(39,000,000/12)=0.41
→2を大きく下回っているため、改善の必要がある=現金をもっと手元に置いておきたい。

2)売上債権回転期間

資産の中で、お金に次いで重要なのが売上債権(売掛金と受取手形)です。近い将来、お金へと代わる資産ということで、売上債権も会社経営上、しっかりと把握しておくべき資産です。

この売上債権に関する安全性の指標が売上(うりあげ)債権(さいけん)回転期間です。これは、売上債権の合計を月商で割って計算します。

売上債権回転期間=売上債権(売掛金と受取手形)の合計/(年間売上高÷12)

売上債権回転期間は、低いほどに債権回収の期間が短く経営的に望ましいといえます。数値が1以下になることを目指しましょう。手元流動性比率と同様に、売上債権の回収期間を短くすることで、売上債権回転期間の数値を改善できます。逆にこの数値が大きい場合は、売上代金の回収に時間がかかっていてお金がすぐに戻ってこない、その間の経営を回すための借入などが多く必要になるかもしれないことを意味します。

売上債権回転期間=売掛金と受取手形(売上債権)の合計/(年間売上高÷12)

A社にあてはめてみると…
A社の売上債権回転期間=(134,000+0)/(39,000,000÷12)=0.0412…
→A社の場合、売掛金も極端に少なく、1以下どころか、かなり少ない数値になった。
ほとんどが現金商売で、売上代金はすぐに回収できていることが想像される。

3)債務償還年数

次に負債に目を向けてみましょう。経営をしていく上で多くの企業が金融機関から借入を行っています。ある程度の借金を持つことは会社経営においては必要なことが多いからです。それでは、どのくらいの借入金が適正なのか見てみましょう。

今ある借入金を返そうとした場合、どの程度の年数で返せるのかといったことを見るのに、債務(さいむ)償還(しょうかん)年数(ねんすう)といわれる指標があります。債務償還年数は、貸借対照表上の借入金の合計を、「税引前当期純利益+減価償却費(注)」で割って計算します。

債務償還年数=貸借対照表上の借入金合計/(税引前当期純利益+減価償却費(注))

(注)「税引前当期純利益+減価償却費」のかわりに営業活動によるキャッシュフローを使う方法もある。

債務償還年数を見れば、本業で生み出されたお金を使ってあと何年で今の借金を返済し終えるかが分かります。数字が小さいほど返済余力があるということです。会社の借金は長くても10~15年程度です。この年数を上回ると安全性の面で要注意ということになります。つまり会社の返済能力に対して、借入金が多い可能性があるということです。

債務償還年数の改善には、分母に目を向けましょう。利益を増やし、キャッシュを生み出すことで債務償還年数の数値が低くなる、つまり改善されるということになります。

債務償還年数=貸借対照表上の借入金合計/(税引前当期純利益+減価償却費)

A社にあてはめてみると…
A社の債務償還年数=(1,000,000+3,000,000)/(55,000+600,000)=6.10…年
→およそ6.1年ということで無理ない範囲内で借入をしているということが分かる。

4)固定長期適合率

最後に固定長期適合率を見ていきましょう。固定長期適合率は固定資産を自己資本(純資産)と固定負債の合計で割ったものです。

固定長期適合率=固定資産合計/自己資本(純資産)+長期借入金など

自己資本(純資産)と長期借入金などのうち、固定資産への投資に充てられた比率のことです。この数値は100%以内になっているのが理想です。

どういうことか、簡単に説明します。例えば、本社ビルや車両、機械、パソコンなどの固定資産は、すぐに支払期限が来てしまうような流動負債で賄うものではありません。もともと自分のお金である資本金や今までの利益の積み重ねなどで構成される自己資本(純資産)や、すぐには支払期限が到来しない固定負債(長期借入金など)を使って購入すべきものです。

もし、1年以内に返済しなければならない借入金をもとにして本社ビルを建てたとすれば、本社ビル分の利益を1年間で稼がなければならないということになります。分かりにくい場合には、個人の事例で考えてみましょう。自宅マンションを買うときに、自己資金で足りないなら、35年など長期のローンで買いますよね。1年のローンを組む人はいないはずです。もし1年で組んだら、すごい額の年収を稼がないと返済できないことになってしまうからです。簡単にいえば、経営上、そのような状態を生み出してはならないということです。

固定長期適合率=固定資産合計/自己資本(純資産)+長期借入金など

A社にあてはめてみると…
A社の長期固定適合率=(7,098,000+0)/(3,000,000+3,533,000)=約108.64…%
→約108%ということで100%以内ではないものの、おおむね安全な固定資産の買い方をしているのが分かる。

6 まとめ

いかがだったでしょうか? 貸借対照表をこんな風に分析したことがあるという方は少ないのではないでしょうか。自社で経理をしている場合も、税理士にまかせている場合も、必ず、上記の4項目を意識して、決算書や試算表の貸借対照表を見るようにしてください。今後の経営や資金繰りを考える上で、重要な指標となるはずです。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年11月6日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
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(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

社長が語る 私はこうしてコロナと戦っている

書いてあること

  • 主な読者:コロナ下での会社の存続に苦心する中、売り上げや利益の確保と従業員の安全への配慮との板挟みになっている経営者
  • 課題:他の社長の考えを聞いてみたい
  • 解決策:事業の継続と従業員の安全というバランスを図りつつ、会社をコロナ下に適応させるために奮戦する社長の取り組みと、背景にある思いを参考にする

1 悩みながら、正解なき問題と戦う社長たち

逆風が吹き荒れるコロナ下で、何とか会社を守りたい――。全ての社長に共通する、当然の思いです。「正解」はありません。しかし、何も対策を打たなければ、売り上げや利益は落ち込みます。もちろん、従業員の感染リスクを高めることなどできません。社長は悩みながらも会社の方針を決断し、組織を引っ張っています。本稿では、コロナと戦っている2人の社長へのインタビューを紹介します。

2 「ファミリー」の従業員を守るため店舗を一時閉鎖

顧客と店員との接触が避けられない店舗運営者にとって、売り上げの確保と、感染者を出さないことは、相反する課題です。「Rugby Online」のブランドでラグビー関連グッズを販売する店舗やECサイトを展開するエムアンドワイ企画サービス(東京都中央区)の小澤響平社長は、店舗の一時閉鎖を決断し、ネットのみでの販売にかじを切りました。

決断した大きな理由は、「『ファミリー』である従業員や、お客様の安全を担保できない限り、店舗を開けておくわけにはいかない。感染者を出してしまったら、テナントのオーナーや階下の飲食店にも迷惑が掛かる」との思いでした。

1)売上高はおよそ半減

「イケイケだった2019年から、一気に地獄に落ちた」。日本でのワールドカップの開催により、空前のラグビーブームとなった2019年を振り返り、小澤さんは2020年をこう評します。

同社の2019年度の売り上げおよび利益は、前年度対比で2倍超となり、過去最高を記録しました。ワールドカップの開催時期は、西武渋谷店に約300平方メートルの期間限定店舗の出店も実現。「念願だった」という百貨店への進出も果たしました。ワールドカップ後も、国内リーグである「トップリーグ」に注目が集まり、応援グッズなどの売れ行きは順調に伸びていました。

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ところが、新型コロナウイルス感染症により状況が一変します。2020年4月からトップリーグの全試合が中止となる中、小澤社長は一時、「ラグビー関連グッズを買ってくれる人は、もういなくなるのではないか」との危機感を抱いたといいます。国内でマスクの需給が逼迫した4月から5月にかけて、取引先である中国の工場のつてを使って、マスクの輸入販売を行うことにしたのは、マスク不足に悩む顧客に役立ちたいという思いとともに、少しでも売り上げにつなげたいという気持ちもあったそうです。

同社にとって最も痛手となったのは、毎年7、8月に開設している菅平高原(長野県上田市)への出店見送りを余儀なくされたことでした。ラグビーチームの夏合宿の本場である菅平高原の店舗は、同社にとって「年間売り上げの2割弱」を占める大きな存在でした。

同社の2020年度上期(4月~9月)の業績は、「売り上げは2019年度下期の半分程度、損益はトントン程度」だったといいます。2019年の勢いのまま、さらなる飛躍を期待していた2020年は、「ボロボロ」の状況となりました。

2)店舗は閉めても給料は下げずに払う

小澤さんが売り上げ以上に危惧したのは、従業員や顧客の安全を守ることでした。同社の店舗は東京駅からすぐのビルの3階にあります。約40平方メートルの売り場には、商品が所狭しと陳列されています。窓が開放できないため、「密になることは避けられない」状態でした。

小澤さんは、店舗の一時閉鎖と、従業員の出社停止を決断します。長距離の電車通勤者も含む従業員や、ラグビーを愛する来店客の安全、そして近隣の店舗などへ迷惑を掛けないことを第一に、感染者を出さないことを最優先します。

店舗の閉鎖は、2020年3月1日から9月4日まで断続的に行われました。6月は東京都による休業要請の解除を受けて営業を再開しましたが、7月に入ってからの都内の感染者数の増加に伴い、営業時間の短縮などで対応したものの、同月末から再び閉鎖。店舗を閉鎖した期間は、延べ5カ月近くに及びました。

店舗の閉鎖と従業員の出社停止に際して、小澤さんは従業員に、「出社しなくても、絶対に給料は下げずに払う」と約束しました。学生アルバイトにも、前年の支給額に応じた給料を支払うこととしました。小澤さんにとって従業員は、学生アルバイトも含め、「ファミリーのようなもの」といいます。正社員も学生アルバイトも、ラグビー関係のつながりがきっかけで同社に集まった、「単なる雇用の関係ではない」人ばかりであることも、その思いを強くさせています。小澤さんは、「彼らの収入を守ることは、社会や、ラグビーのコミュニティーを守ることにもつながる。採算うんぬんで契約を変更する考えは全くない」と言い切ります。

小澤さんが店舗を閉鎖する決断ができた大きな要因は、同社がネット販売に強みを持っていたことです。同社の事業は、ニュージーランド(以下「NZ」)にラグビー留学をしていた小澤さんが2000年、NZのラグビーボールを日本に並行輸入してネット販売したことから始まりました。このため、ネット販売のみでも事業を継続できる見通しがありました。ただし、ネット販売のための発送作業は、従業員が出社できないため、小澤さんと幹部の2人だけで行う日々が続きました。

また、ラグビーブームで好業績を収めた2019年の蓄えと信用力の向上により、当面の資金繰りへの懸念がなかったことも、店舗閉鎖の決断を後押ししました。従業員への給与の支払いには、雇用調整助成金なども活用したそうです。

3)新たな収益源の開拓を進める

同社は現在、コロナ下に対応するための収益構造の多様化に取り組み始めています。最も注力しているのが、ラグビーのコーチング動画の販売プロモーションです。ラグビーが盛んなNZでは、有名選手などが出演するラグビーのコーチング動画を、ネットを通じて配信するビジネスが定着しています。同社は2019年に、動画を作成しているNZの会社のパートナーとなり、日本でのプロモーション事業に携わっています。2020年からは、日本人の元ラグビー選手が出演する、日本向け専用動画もプロモーションしています。有料会員の視聴者を増やしていけば、サブスクリプション(定額制)の収入の一部を受け取ることができ、ラグビー関連グッズの小売りとは違う収益源になります。

また、今後の増加が予想される空きテナントを活用した、NZ関連のアンテナショップの開設も検討しています。ワインや蜂蜜など、NZ産の魅力的な商品を取り扱う店舗を集めた施設を運営することで、家賃収入という新たな収益が得られるようになります。「当社はNZの最強コンテンツであるオールブラックス(ラグビーのNZ代表チーム)のライセンスを持っているので、オールブラックスを活用した集客ができる強みがある。ラグビー以外でもNZに対する日本人の関心が高まれば、逆にNZへの興味からラグビーファンが増えることも期待できる」といいます。

今は弱気を見せたら終わり。今を生きるためだけに、安売りをしたり、現金化をしたりしていては先がない。今はピンチではあるが、少しチャンスでもあると思っている」。小澤さんは「前へ」進み続ける理由を、このように語っています。

3 事業構造の転換も含めた平時の危機対応策が奏功

製造業の中で、新型コロナウイルス感染症によるダメージが大きかった業種の1つが、自動車関連です。自動車部品を含むバネの設計・製造を行う沢根スプリング(静岡県浜松市)も少なからぬ影響を受けましたが、1つの業種や取引先に依存しない事業構造への転換を進めてきたため、大きなダメージを回避することができました。

その背景には、「会社を永続させる」という経営理念の下、社長の沢根孝佳さんの主導で、平時の役割を重視したBCP(事業継続計画)に取り組んできたことがあります。事業構造の転換を含む経営力強化は、危機対応力の強化と並ぶ同社のBCPの柱です。また、平時から従業員やその家族とのコミュニケーションを大切にしてきたため、コロナ下でも従業員の家族を含めた感染症対策を行うことができたといいます。

1)東日本大震災を機に策定したBCPを毎年更新

同社の2020年度上期(1月~6月)の業績は、「前年同期比で売上高は15%程度の減少、利益は半減した」といいます。特に自動車部品の売り上げは大きく落ち込みましたが、「かつては全売り上げの7~8割を占めていたが、3割を切るまでに減らしてきた」ことから、創業以来続いている黒字経営を揺るがすには至りませんでした。

同社がこれまで、大量生産型の下請け製造業からの転換を進めてきたことが、コロナ下で力を発揮したといえます。同社は、小口のスポット品については2時間以内の問い合わせの返答と、3日以内の商品発送という「世界最速工場」を売りに、取引先の拡大を進めてきました。2020年は小口のスポット品の売り上げが63%を占めており、売り上げを一番占める自動車部品の取引先でもその割合は13%にとどまっています。

事業構造を転換する原動力となっているのは、会社を永続させるという経営理念であり、それを具現化しているのがBCPへの取り組みです。

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沢根さんがBCPに取り組み始めたきっかけは、2011年の東日本大震災でした。同社がある静岡県浜松市は、東海地震が発生した際に、津波などの被災が想定されています。そのため、沢根さんは東日本大震災直後の東北地方に赴き、津波に遭った町工場を見学するとともに、町工場の経営者から「何をしておくことが大切か」を学びました。その際に記した「危機は計画どおりに発生しない」などの教訓は、今でも社内に掲示しています。そして翌2012年、社内でBCPを策定。それ以来、BCPを毎年更新しています。

2)問題解決予防型のBCPを重視

同社のBCPには、大きな特徴が2つあります。1つは、単に震災や水害などの災害対応だけではない点です。会社の永続という視点で考えた場合、リスクは災害だけでなく、SARSや鳥インフルエンザなどの感染症、バブル崩壊やリーマンショックなどの経済危機も、災害と同じリスクに位置付けられます。コロナ禍についても沢根さんは、「リスクの1つとして、感染症も想定していた」といいます。例えばマスクは、一部の製造工程で従業員が使用することもあり、大量に備蓄していました。中国で感染症が発生した当初は現地の関連会社にマスクを送り、日本で感染が拡大した際には、中国から送られてきた分も含めて、全従業員に1箱ずつ配布することができました。

もう1つの特徴は、問題が起きてから対処する「問題対処是正型」でなく、問題が起きる前に想定して対策を実施しておく「問題解決予防型」を重視している点です。沢根さんは、「重要だけれど緊急ではないことを、どれだけ平時にやれているかが大事」といいます。事業構造の転換は、その一環でもあります。また、県外の同業者4社との間で、大規模な災害時などの相互応援協定を結び、工場が稼働できなくなった際の生産の委託や、人的・物的支援を行うための体制も整備しています。さらに資金面では、静岡県信用保証協会からBCP特別保証を受けている他、金融機関からも融資枠を確保しているといいます。

3)従業員とその家族の理解と協力を得る

事業面では約8年かけて強化してきた平時のBCPが奏功しましたが、「従業員とその家族の安全を第一に考えた」という新型コロナウイルス感染症対策については、「目に見えるものではなく、専門の知識もないので、これで十分だという自信はなかった」といいます。とはいえ、「会社の永続のためには、事業を止めないことも大事」です。

最も重視したのは、従業員とその家族の理解と協力を得ることでした。家族も含めているのは、家族から従業員が感染する可能性もありますし、「家族に何かあれば、従業員は出社どころではない。家族も含めて会社のメンバー」という思いがあるからです。沢根さんは、平時から月1回のペースで従業員との懇談会を開催したり、給料袋に「社長だより」という家族向けのメッセージを入れたりして、コミュニケーションを図ってきました。

従業員とのコミュニケーションを通じ、沢根さんは、「コロナに対する不安の抱き方は、個人差があると感じた」といいます。そこで、従業員や家族の不安を軽くするためにも、「会社としてはこれだけの感染症の予防対策を取っている。経済を止めてもいけない」ということを繰り返し説明しました。また、従業員やその家族がPCR検査を受ける際の要件や、検査を受けた場合の会社の対応、陽性だった場合の対策などのルールを明確にし、家族にも周知を図るとともに協力を呼びかけました。

4)社会の変化は、会社も変化するチャンス

沢根さんは、「コロナ禍で世の中が変化している今は、会社にとってチャンスでもある」と捉えています。「10年はかかるといわれていたデジタル化が、コロナ禍を機に一気に進んだ。少し以前には考えもしなかったオンライン会議を、今では当たり前のようにするようになった」。こうした社会の変化に合わせて、同社もコロナ禍を機に、Web会議のクラウドサービスや非同期のコミュニケーションツールを導入。会議時間の短縮や議事録および社内メールの廃止につなげました。

事業面でも、コロナ禍が変化のきっかけを与えてくれました。自社で製造するコロナ対策グッズの販売を始めたことです。発端は、1日中マスクをしている工場の従業員が、耳の痛さを解消するためのワイヤを発案したことです。本業がバネの製造業ですから、ワイヤの加工はお手の物。従業員からの「こんなものできましたけど、もっと作りましょうか」との提案に、「皆困っているだろうから、ご近所にも配ろう。うまくいけば販売もできるのでは」と、新商品「痛くなイヤー」の製造が始まりました。さらに、新商品の配布先や購入者からの要望に応える形で、蒸れたり曇ったりしにくいフェースシールド、耳にかけずに使える蒸れにくいマウスガードも開発し、ラインアップが広がりました。

「ここで我々は学ぶことができた」と、沢根さんは言います。同社は消費者向けの取引をしていなかったため、個人からの代金回収ノウハウがありませんでした。コロナ対策グッズの販売を始めたことで、新たにクレジットカードの決済手段も追加導入につながりました。「事業にBtoCという多様性が生まれた。バネ製品には個人向けのものもあるので、販路の拡大にもつながっていく」。沢根さんは可能性の広がりを感じています。

5)会社の未来を描いて従業員に示す

沢根さんは2021年に社長交代することを明言しており、現在は10年後を見据えた「2030年ビジョン」の作成を始めています。沢根さんは、ジグソーパズルを例に、ビジョンの作成の重要性を強調します。

ジグソーパズルは、絵や写真が描かれているから完成できる。もし真っ白だったら、パーツを組み合わせるのは大変で、時間がかかるし、嫌になってしまう。コロナ禍は、ジグソーパズルが真っ白になった状態と同じです。「先が見通しにくいときこそ、未来への決断をして、夢を描き、それを従業員に説明をするのがトップの役割。会社が描いている未来はこのようなものだと示した上で、だから今はこのようなことをどんどん進めていこう、と従業員に訴えることが大事。これはトップにしかできない」。沢根さんは、こう考えています。

4 コロナ下の変化に会社を適応させる

2人の社長の共通点は、従業員の安全という守りを固める一方で、コロナ禍は「チャンスでもある」と捉え、攻めの気持ちも忘れていないことです。そして攻め方も、コロナ禍によって変化した社会や事業環境に、会社を適応させていくという点で共通しています。

誰もが分かる逆境にあり、後ろ向きになりがちなときだからこそ、従業員に攻め方を指し示し、少しでも前向きな気持ちにさせることが、トップに求められています。

以上(2020年11月)

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画像:インタビュー先より提供

PL法(製造物責任法)の概要と改正に伴い製造業者が留意すべきこと

書いてあること

  • 主な読者:製造業者や輸入業者の経営者
  • 課題:2020年のPL法改正の内容を理解し、製造業者や輸入業者がどのような対策を取らなければならないかを考える
  • 解決策:従来よりも消費者の権利を保護する方向で、PL法が運用されることとなるので、社内の製品安全管理体制と品質保証体制を再度見直し整備する。特に、書類の保存期間と製品の指示・警告表示の見直しは早急に行う

1 民法改正に伴い製造物責任法が改正されました

製造物責任法(Product Liability Act(以下「PL法」)は、製造物の欠陥が原因で、人の生命、身体、財産に被害が生じた場合、製造業者等に対して損害賠償を求められる法律です。

民法改正に伴いPL法が一部改正され、2020年4月1日から施行されました。本稿では、PL法の概要と改正のポイント、改正に伴い製造業者が留意すべきことなどをご提案します。

2 PL法の概要

1995年7月にPL法が施行されてから25年が経過しました。PL法施行以前は、欠陥商品による損害賠償の裁判において、民法の不法行為を根拠にせざるを得ませんでした。

不法行為では、加害事業者の「過失」の存在を被害者が主張立証しなければなりません。しかし、近代的な工場における製造工程のどこでどのような過失があったかということを、被害者である消費者に立証させることは、現実的には不可能を強いるに等しいことでした。

PL法の制定によって、被害者は「過失」に代わって、「通常有すべき安全性を欠いていること」という「欠陥」の存在を主張立証すればよいこととなり、被害者救済の道が開けていきました。裏を返せば、製造業に携わる方は、通常通り製造していただけであっても、「欠陥」の存在を主張立証された場合には、無過失であっても法的責任を負わなければなりません。

「欠陥」は、「製造上の欠陥」、「設計上の欠陥」と「指示・警告上の欠陥」の3つに分類されます。

3 どのような「製造物」がPL法の対象なのか

「製造物」とは、「製造又は加工された動産」のことです。家電製品、家具、食品や医薬品など幅広い製品を含みます。ただし、不動産やソフトウエアなどの無体物は、PL法の対象となりません。

また、「製造又は加工」されていない自然産物、例えば未加工の農林畜水産物はPL法の対象となりません。しかし、原材料に加熱、味付けなどをした場合はPL法の対象となります。

なお、「修理」などは、「動産」に本来存在する性質の回復や維持を行うことと考えられ、「製造又は加工」には当たらないと考えられています。

4 責任を負うのは「製造業者」だけではありません

PL法においては、製造業者だけではなく、輸入業者も責任を負います。なぜなら、輸入品の場合、消費者が直接海外の製造業者を訴えることは困難であるため、欠陥のある製造物を国内に持ち込んだ者が責任を負うことが合理的と考えられたからです。

また、自ら製造、加工又は輸入を行っていない場合であっても、「製造元〇〇」、「輸入元〇〇」などの肩書きで自己の氏名などを付している場合や、特に肩書きを付することなく自己の氏名・ブランドなどを付している場合なども、製造業者と同じ責任を負います。

5 民法改正に伴い消滅時効が改正されました

1)人の生命又は身体の侵害によるPL法に基づく損害賠償請求権の時効期間の長期化

人の生命又は身体の侵害によるPL法に基づく損害賠償請求権の時効期間は、被害者またはその法定代理人が損害および賠償義務者を「知った時から3年」でしたが、改正により「知った時から5年」に長期化されました。

人の生命又は身体という利益は、財産的な利益などと比べて保護すべき度合いが強いこと、被害が生じた後、通常の生活を送ることが困難な状況に陥るなど、被害者の速やかな権利行使が困難な場合が少なくないためです。

2)PL法に基づく損害賠償請求権に関する長期10年の権利消滅期間の意味の明記

PL法に基づく損害賠償請求権に関する権利消滅期間は「その製造業者等が当該製造物を引き渡した時から10年を経過したとき」とされています。この長期10年の権利消滅期間は、従前は「除斥期間」と考えられていましたが、「時効期間」であることが明記されました。

除斥期間の場合、時効期間と異なり原則として中断や停止が認められず、期間経過により権利は消滅してしまいます。そのため、長期間にわたって加害者に対する損害賠償請求をしなかったことに真にやむを得ない事情がある事案において、被害者の救済を図ることができないおそれがありました。「時効期間」と明記することで、そのような事案においても被害者の救済を図ることができるようになりました。

6 PL法改正に伴い製造業者が留意すること

今回の改正は、消費者側の権利をより強く保護するものです。加害者となり得る製造業者は、今回の改正を契機として、今まで以上に厳しい姿勢で、社内の体制や製品の表示を見直す必要があります。

1)製造業者におけるPL対策とは

製造業者におけるPL対策とは、「社内の製品安全活動が日常業務になっていれば、おのずからPLリスクの低い製品を市場に出せるという観点から、製品安全評価とISO9000シリーズ規格(注)による品質保証の方針を明らかにし、それを実施するための社内の製品安全管理体制と品質保証体制を整備・確立し、愚直に実践すること」でしょう。そして、具体的には、以下の多面的対策が必要と考えられます。

  • 製品事故の防止や安全性に関する法規や制度を、商品の企画担当者や研究者が熟知し、確実に遵守すること
  • 研究開発の段階で製品の安全性確保の検討を十分に行うとともに、必要な安全性試験を全項目行い、事前に危険を排除すること
  • 実際に使われる場における安全性評価を行い、問題点が見つかれば直ちに改善すること
  • 「指示・警告上の欠陥」は、比較的短期間かつ少ないコストでPL対策を実行できるという側面を持つので、検討すること
  • 消費者教育や啓発活動で、必要な情報を提供するなど、消費者自身に危険回避の努力をしてもらう活動を行うこと
  • 販売後、消費者から寄せられるクレームや問い合わせは、実際に使われる場における使用テストであると考え、その意見を商品の改善に活かすこと

(注)ISO9000シリーズとは品質保証の国際規格、つまり「よりよい製品やサービスを提供するための仕組みを評価するガイドライン」のことです。認証の対象は製品自体ではなく、製品の生産に使われる品質システム(生産の仕組み、あるいはプロセス)であることが大きな特徴です。その認証取得・登録は海外貿易の前提条件となっています。

2)PL法が適用された判例

「製造物の特性」を考慮して「欠陥」を判断した裁判で、裁判所の判断が分かれた判例があります。判断を分けたのは、具体的対策4.の内容である「指示・警告上の表示」が十分であるか否かです。

1.給食食器の破片により女児の右眼視力が低下

国立小学校に在学していた3年生の女児が、給食食器片付けの際、落とした強化耐熱ガラス製ボウルの破片を右眼に受けて角膜裂傷などを負った事案です。

裁判所による判断の概要は次の通りです(奈良地判平成15年10月8日)。

  • 商品カタログや取扱説明書等において、本件食器が陶磁器等よりも「丈夫で割れにくい」といった点を特長として、強調して記載するのであれば、併せて、それと表裏一体をなす、割れた場合の具体的態様や危険性の大きさをも記載するなどして、消費者に対し、商品購入の是非についての的確な選択をなしたり、また、本件食器の破損による危険を防止するために必要な情報を積極的に提供するべきである。
  • 本件食器が破損した場合の態様等について、取扱説明書等に十分な表示をしなかったことによりその表示において通常有すべき安全性を欠き、製造物責任法第3条にいう欠陥があるというべきである。

2.こんにゃく入りゼリーを喉に詰まらせ1歳児が死亡

1歳9カ月の幼児がこんにゃくゼリーを食べて喉に詰まらせて窒息し、その後に死亡した事案です。

裁判所による判断の概要は次の通りです(大阪高判平成24年5月25日)。

  • 本件警告表示においては、子どもや高齢者がこれを食すると喉に詰まらせる危険性があることが、外袋のピクトグラフ等の記載や外袋裏側の警告文に明確に表示されており(これは赤枠で一見しても相当に目立つ警告文であることが分かる。)、しかも、通常のゼリー菓子ではなく、こんにゃく入りであることも、外袋の表にも裏にも記載され、特に、子どもや高齢者は食べないでくださいと明確に表示されていたもので、本件こんにゃくゼリーの食べ方についての留意事項については、警告文として特に不十分な点はない。
  • 本件こんにゃくゼリーは、通常有すべき安全性に欠けていたとまではいえない。

3)PL法改正に伴い製造業者が行うべきこと

  • 長期10年の権利消滅期間が「除斥期間」ではなく「時効期間」と明記されたため、書類の保存期間を今までより長くしなければならない可能性があります。この機会に、保存する書類の内容と保存期間を見直しましょう。
  • 「指示・警告上の欠陥」は、紹介した判例のように、裁判で主張されることが多い半面、比較的短期間かつ少ないコストでPL対策を実行できるという側面を持ちます。検討しましょう。
  • 今後は、従来よりも消費者の権利を保護する方向でPL法が運用されます。社内の製品安全管理体制と品質保証体制を見直し、整備しましょう。必要ならば、PL法に詳しい弁護士などの専門家に協力してもらいましょう。

7 参考

1)民法改正に伴うPL法改正の説明を読みたい方に

■消費者庁「民法(債権関係)改正に伴う製造物責任(PL)法の一部改正」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/product_liability_act_amendment/

消滅時効においては、以下のように経過措置にも注意してください。

  • 生命又は身体を侵害した場合のPL法に基づく損害賠償請求権の消滅時効の期間は、2020年4月1日の施行日の時点で消滅時効が完成していない場合には、改正後の新しいPL法が適用されます。
  • 施行日において長期の権利消滅期間(10年)が経過していないときも、改正後の新しいPL法が適用され、除斥期間ではなく時効期間とされます。

2)PL法の詳しい解説が読みたい方に

■消費者庁「製造物責任(PL)法の逐条解説」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/product_liability_act_annotations/
■国民生活センター「製造物責任法(PL法)を学ぶ」■
https://warp.ndl.go.jp/

国立国会図書館 インターネット資料収集保存事業のウェブサイトで「製造物責任法(PL法)を学ぶ」でキーワード検索をかけると読めます。

3)PL法に基づく訴訟情報が見たい方に

■消費者庁「製造物責任(PL)法に基づく訴訟情報の収集」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/product_liability_act/

4)論考

『製造業におけるPL対策について』花王株式会社 小西一生
繊維製品消費科学 Vol.35 No.11(1994)584-589
https://doi.org/10.11419/senshoshi1960.35.584

以上(2020年11月)
(執筆 のぞみ総合法律事務所 弁護士 片岡由紀)

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