出向社員を受け入れる側の留意点

書いてあること

  • 主な読者:親会社から出向社員を受け入れる予定のある企業の経営者
  • 課題:出向について親会社に確認すべきことや出向社員への対応のポイントが分からない
  • 解決策:親会社には出向期間・賃金・賞与・労働条件などを確認する。出向社員とトラブルにならないよう出向者を受け入れる際の覚書を用意する(本稿でひな型を紹介)

1 人事権の基本的な考え方

使用者には、出向など労働者の地位の変更に関する事項について、その裁量で決定できる権利、すなわち「人事権」が認められています。ただし、人事権は使用者が自由に行使できるわけではありません。個々のケースで解釈が異なる場合があるものの、基本的な考え方を確認していきましょう。

使用者と労働者が締結している労働契約の条件は、就業規則などで定められています。人事権は労働契約に基づく指揮命令の一つであると解釈されていることから、「就業規則などで定められた範囲で行使することができる権利である」と考えることができます。そのため、出向などについて、就業規則で定められた範囲を逸脱した決定を下すと、使用者の人事権の濫用と判断されてしまうことがあります。

加えて、就業規則などの定めだけを根拠とする人事権が問題となることがあります。就業規則などに、出向などに関する定めがあったとしても、それが「業務上の必要性があること」「不当な目的によるものでないこと」などの要件を満たしていない場合、使用者の人事権の濫用と判断されてしまうことがあります。

この点については、労働契約法でも定められており、使用者が出向を命じることができる場合であっても、その必要性や対象となる労働者の選定の方法などを考慮し、それが使用者の権利濫用であると認められるときは出向命令を無効にするとしています。

2 出向の種類と主な目的

1)在籍出向と転籍出向

1.在籍出向

在籍出向とは、労働者が出向元(出向を命じる会社)との労働契約を維持したまま、出向先(出向する労働者を受け入れる会社)と労働契約を交わして労働する形態です。労働者の立場から見ると、就業場所が変わるイメージです。

2.転籍出向

転籍出向とは、労働者が出向元との労働契約を終了した後、新たに出向先と労働契約を交わして労働する形態です。労働者の立場から見ると、勤め先の会社が変わるイメージです。

通常、人事権の範囲に含まれると解釈されるのは在籍出向までです。労働者との労働契約が消滅する転籍出向は人事権の範囲には含まれず、これを命じる場合は労働者の同意が必要となります。

以降では、在籍出向に注目し、その特徴などを紹介していきます。

2)会社が労働者に出向を命じる主な目的

1.新会社の経営の早期安定

新分野に進出する際に新会社を設立することがあります。新会社の経営を早期に軌道に乗せるために、優秀な労働者を出向させることがあります。

2.人材開発

人材の育成を目的として、若手や幹部候補の労働者をグループ会社などに出向させることがあります。

3.雇用の維持

親会社での雇用が困難になった場合、子会社に出向させることで雇用を維持するケースがあります。

3 出向者を受け入れる際の留意点

出向先が、出向者を受け入れる際の主な留意点を紹介します。

1)出向期間

出向者を受け入れる際の条件はさまざまですが、まずは出向期間を明確にしなければなりません。例えば、優秀な出向者が短期間で出向元に呼び戻されてしまったら、出向先は業務の引き継ぎなどに苦労します。逆に、優秀ではない者の出向が長期にわたる場合は雇用負担が重くなります。また、出向先は出向期間に応じて、出向者の教育ペースや配置を考えるものです。仮に、「3年間」といったように出向期間を明確にすることが難しい場合は、出向期間を1年単位とした上で、更新の3カ月~6カ月前までに、次期の出向の有無を決定するようにします。

2)賃金・賞与などの支払い

出向期間中の出向者に対する賃金・賞与などの支払い方法は次に大別されます。

  • 出向元か出向先のどちらかが全額を負担するケース
  • 出向元と出向先が負担割合を決めて負担するケース

特に、出向元と出向先が負担割合を決めて負担する場合は、負担割合を明確にしておくことが大切です。

3)出向者の労働条件

出向元よりも、出向先の労働条件のほうが低いことがあります。このような場合、出向者のためにも出向元の労働条件を適用することが理想的です。これが難しい場合、あらかじめ出向者に、出向元と出向先の労働条件の違いを伝え、同意を得ることが不可欠です。

4)親会社が出向者の受け入れを要請してきた場合の対応

親会社が子会社に出向者の受け入れを要請してきたケースを考えてみましょう。

出向元(親会社)が出向者の受け入れを要請してきた場合、基本的に出向先(子会社)はこれを受け入れることになるでしょう。出向者の受け入れによる人的交流を図ることで出向元との関係強化が期待できるからです。

とはいえ、労働者を一人雇用する際の負担はとても大きなものです。そのため、出向先は、前述した出向期間・賃金・賞与・労働条件を十分に確認しなければなりません。これに加え、出向の目的についても確認しておきます。出向元が出向者の受け入れを要請する目的は、ポスト不足・技術支援・雇用調整の布石などさまざまで、これによって出向先の対応も異なります。仮に、出向元が出向者を高く評価しており、幹部候補として送り込んでくるのであれば、出向先もそれなりの処遇をしなければなりません。

また、こうした出向元との条件確認に加え、出向先は自社の労働者に対する説明もしなければなりません。「親会社からの出向者を受け入れる」ことについて、出向先の労働者は高い関心を持っています。出向者を受け入れた後の円滑なコミュニケーションを実現するためにも、出向先は労働者に対して「出向者を受け入れる理由と活用の方針」を説明しておく必要があるかもしれません。

一方、雇用負担やポスト不足などを理由に、出向元からの出向要請を断らざるを得ない場合は、出向元との円満な関係を維持するために、十分に話し合います。その際は、「出向者を受け入れることができない理由」を明確に伝えることが重要です。

4 出向者受け入れに関する覚書のひな型

出向者を受け入れる際の覚書のひな型を紹介します。なお、次のひな型は一般的な定めを紹介したものであるため、実際にこうした覚書を作成する際は弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談することをお勧めします。

【出向社員受け入れに関する覚書のひな型】

○○株式会社(以下「甲」)と△△株式会社(以下「乙」)とは、甲から乙へ出向の取り扱いを受ける甲の従業員◇◇◇◇(以下「丙」)の労働条件その他について、以下の事項を確認し、その証として本書を交換する。

第1条
この出向により、甲と丙の労働契約が終了することはなく、出向期間中も丙は引き続き甲の従業員としての地位を維持する。

第2条
出向期間は○年○月○日より○年○月○日までとする。ただし、甲乙の協議により出向期間が変更されることがある。この場合、甲は丙の同意を得た上で出向期間を変更する。

第3条
出向期間中、丙は乙の指揮命令に従って労働する。

第4条
出向期間中の丙の労働条件は乙の就業規則に基づくものとする。

第5条
出向期間中、甲は丙に所定の給与、賞与、通勤費実費を支給する。

第6条
丙の健康保険、介護保険、厚生年金保険および雇用保険などの社会・労働保険については、甲において引き続き加入する。

第7条
丙の安全衛生および災害補償義務は乙が負い、丙の労災保険料は乙が負担する。

第8条
丙が乙の指揮命令による業務の従事中、過失などにより乙または第三者に損害を及ぼしたときは、乙はその責任においてこれを処理し、甲に対して何ら請求をしない。

第9条
出向により、丙が何らかの不利益を被ることがある場合は、甲乙並びに丙が協議してその解決を図るものとする。

第10条
本書の解釈などに疑義のあるときは、その都度、甲乙協議のうえで決定する。

本書締結の証として、2通を作成し甲乙各々その1通を保有する。

○年○月○日

以上(2019年4月)

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心理学で見る「ゆとり社員」の特徴

書いてあること

  • 主な読者:いわゆる「ゆとり教育」を受けた「ゆとり社員」とのコミュニケーションに悩む上司や先輩社員
  • 課題:もっとやる気を持って仕事に取り組んでほしいが、強く注意すると逆にやる気を失うような気がして、うまく指導できない
  • 解決策:「自身にとって必要なことには真面目に取り組む」「成長意欲が高い」など、仕事に対する原動力になり得る特性を押さえる

1 若手社員の中に「ゆとり社員」がいたら……

世代間のギャップはいつの時代にもあるもので、企業の組織においても例外ではありません。例えば、入社して間もないのにすぐに辞めようとしたり、自ら進んで仕事に取り組もうとしなかったりする社員を見ると、上司や先輩社員は「今どきの若者は……」と思うでしょう。

こうした「今どき」の若い社員は、1990年代から2000年代初頭に行われたいわゆる「ゆとり教育」を受けた世代と重なるため、現在では「ゆとり社員」と呼ばれることが多いようです。

とはいえ、ゆとり社員とのコミュニケーションの問題は、上司や先輩社員が、物事の伝え方、言葉の選び方、接し方を少し注意するだけで解決することもあります。「ゆとり社員」の特徴を、心理学的視点から考えていきましょう。

2 自分の居場所はここじゃない~青い鳥症候群~

1)青い鳥症候群とは

青い鳥症候群とは常に現状に不満を持ち、新しい居場所を求め続ける状態で、童話「青い鳥」にちなんで名付けられました。仕事に当てはめると、「自分にはもっと適した仕事があるはずだ」と転職を繰り返す、ということなどになります。

「最近の若者は忍耐力が足りず、1つの仕事が続かない」などといわれますが、そうした人は、青い鳥症候群の可能性があります。

青い鳥症候群は、挫折経験が少ない人や、自分の能力に自信を持っている人がなりやすいようです。にもかかわらず、入社直後は先輩社員のサポートなど地味な仕事ばかり任されるので、「自分の能力が適正に評価されていない」と不満を抱くのです。

2)青い鳥症候群にならないためには

上司や先輩社員は、青い鳥症候群の部下を「どこに行っても同じ」などと説得します。しかし、青い鳥症候群になっている部下は、「もっと自分に向いた仕事があるはず」と信じているため、それを受け入れることはできません。

青い鳥症候群にならないためには、「より良い場所」への憧れを捨てさせるのではなく、現状に対する不満を軽減させることが重要です。ゆとり社員の不満は、多くが「自分は適正に評価されていない」「自分の能力が発揮できない」というものです。

この不満を軽減させるには、まず「ゆとり社員が現在行っている仕事の意味をしっかりと伝える」ことです。地味に思える仕事でも、企業全体の中では重要な意味を持っているのだということを伝えます。

さらに「評価していることを示す」ことも重要です。「地味に思える仕事だが、君がこの仕事をやってくれるので、とても助かっている」などと声を掛けることで、ゆとり社員が仕事に意味を見いだせるようになるでしょう。

なお、ゆとり社員の中には、成長意欲がとても強く、ごく短期間でのキャリアアップを望む人もいます。「早く結果を出したい」と考えているため、目に見える成果を実感しにくい仕事の意味を理解しないことがあります。

このような場合は、一度難しい仕事を任せて失敗させるのも1つの方法です。ゆとり社員に意図的に挫折を経験させた上で、現在の仕事が成長のために不可欠であること、結果だけでなく取り組み姿勢などを総合的に評価していることを説明するのです。

3 誰かがやるだろう~責任の分散~

1)責任の分散とは

責任の分散とは、複数の人間が1つの問題に向かい合うことで、個人が感じる責任の程度が軽減され、積極的な行動を取らなくなることをいいます。企業に当てはめると、「自分の仕事は行うが、担当者が決まっていない仕事には取り組まない状態」といえます。

例えば、共用スペースのゴミを「誰かが拾うだろう」と自分では拾わなかったり、代表電話を「誰かが出るだろう」と自分では出なかったりする場合です。

責任の分散は、ゆとり社員だけに限ったことではありません。ただし、入社から日の浅いゆとり社員の場合、重い責任を負った経験が少なく、責任の分散が起こりやすいといえます。

2)責任の分散を防ぐには

責任の分散を防ぐためには、担当者を決めて各人の責任を明確にすることが有効です。しかし、全ての活動の担当者を決めるのは困難です。また、仮に全ての活動の担当者を決めたとすると、担当者以外はその活動に参加しなくなるかもしれません。

特に、問題発見や新たな提案などは、社員全員が随時取り組むべきもので、これを行う社員を決めてしまうことは好ましくありません。担当者を決めずに責任の分散を防ぐためには、各社員に「自分自身が問題に向き合っている」という意識を持たせることです。具体的には、次のような方法が考えられます。

  • 経営者や上司が各社員に個別に声を掛けるなどすることで、大勢いる社員の中の1人ではない「個人としての意識」を高める
  • 担当者が定まっていない活動に自ら取り組んだ社員を朝礼で称賛するなど、きちんと評価していることを伝える
  • 360度人事評価(多面評価)を導入するなど、他者の目を意識させる

4 ゆとり社員を戦力化するためには

ゆとり社員の共通の特性として、「自身にとって必要なことには真面目に取り組む」「無駄なことはしたがらない」「成長意欲が高い」「他者から認められたいという欲求が強い」といった面があるようです。

これらは、仕事に対する原動力になり得るものです。表面的な態度などから、つい「やる気がない」などと判断してしまいがちですが、意識をうまく仕事に向けさせると、ゆとり社員は大変な集中力と意欲を持って仕事に取り組むでしょう。

入社して間もないゆとり社員は、企業にとっては次代を担う大切な人材です。表面的な態度だけから、「最近の若い社員は駄目だ」と決め付けて、彼らの意欲をなくさせるのは企業にとって大きな損失です。ゆとり社員の特性を理解した上で、次代を担う戦力へと成長させていくマネジメントを心掛けましょう。

以上(2019年1月)

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労使コミュニケーションがうまくいく5つの取り組み

書いてあること

  • 主な読者:社員に会社を好きになってもらいたい経営陣
  • 課題:経営陣と社員は気持ちがすれ違う、分かりあえないところが多い
  • 解決策:労使コミュニケーションのきっかけは経営陣がつくり、主役を社員にするのが大切。「伝える」「示す」「聞く」「交わす」「育てる」の5つで実践しよう

1 理想的な労使コミュニケーションとは

経営陣と社員との意思の疎通を指す「労使コミュニケーション」。労使コミュニケーションの重要性は会社(経営陣)も社員も理解していますが、なかなかうまくいかないのが実情です。

労使コミュニケーションが良好な状態とは、会社と社員が“両思い”にあることです。会社は全ての社員に感謝し、そして社員が意欲的に仕事に取り組むことができるよう教育します。さらに、チャンスを与え成長を促します。

それに対して社員も会社に感謝し、会社の目標(理念)を理解した上で、会社の成長にどのように貢献できるかを自分で考え、それを行動に移します。これを社員が当たり前に行っていれば、労使コミュニケーションは理想的な姿といえるでしょう。

2 伊那食品工業(長野県)の例

良好な労使コミュニケーションで知られている伊那食品工業(長野県)は、業績と働きがいが両方ある会社として有名な寒天メーカーです。

伊那食品工業は社員はもちろん、地元の人も「あの会社はいい会社だ」と自慢するほどで、日本銀行やトヨタ自動車のトップなども視察に訪れ、伊那食品工業の会社としての在り方などを学んでいます。

伊那食品工業の会長である塚越寛氏は、社員を幸せにすることを会社の目的としており、「いい会社をつくりましょう」(*)という社是を掲げています。また、社員が自ら考え行動できるようにしようと、トップの考え方や生きざまを朝礼などで伝えています。

良好な労使コミュニケーションは一朝一夕に実現できるものではありません。特に現在、労使コミュニケーションで悩みを抱えている会社であれば、腹を据えて年単位で取り組んでいくことが求められます。

それでは、伊那食品工業のような良好な労使コミュニケーションを実現するためにはどうしたらよいのでしょうか。ここでは、「伝える」「示す」「聞く」「交わす」「育てる」の5つの要素から考えていきます。

3 大切な5つの要素

1)伝える

例えば、今年度の事業方針説明会などを行って、会社の現状、今後の方針、今年度の計画、具体的な目標などを社員に伝えます。これは、社員に自分が取り組んでいる仕事が全体像のどの部分か、どのような意味があるのかを認識してもらうためです。

また、「伝える」ことには、トップの考え方や思いを社員に明確に伝えるという意味もあります。京セラ創業者の稲盛和夫氏は、トップと現場の社員が経営目標を共有することの重要性を説いており、自身も経営に対する思いを熱く社員に語ったといいます。

稲盛氏は、このことについて、社員に「エネルギーを転移する」(**)という言葉を使っています。社長など経営陣が全身全霊をささげて本気で思いを伝えることで、社員の意欲を鼓舞することができるのかもしれません。

2)示す

労使コミュニケーションが良好だと、経営陣と現場で働く社員の考えが一致するようになります。それを実現するには、経営陣のほうから社員に「よりどころ=行動指針」となる明確な基準を示すことが大切です。

例えば、ヤマト運輸には、創業者の小倉昌男氏が残した「サービスが先、利益は後」(***)という言葉があります。コストが掛かっても、お客様の要望に応えようとする姿勢が社員のよりどころになっているといいます。

このように、社員にとって分かりやすい言葉をつくり、それを「我が社の品質基準=行動指針」とすることも、労使コミュニケーションの一環といえるでしょう。行動指針は、社員にとって分かりやすく覚えやすいのが一番です。

例えば、「ダントツ」という言葉を社内外に浸透させた小松製作所の相談役である坂根正弘氏のように、社長をはじめ経営陣が、社員が覚えやすい新しい言葉をつくったり、あるいは造語を考えたりしてもよいかもしれません。

3)聞く

良好な労使コミュニケーションを実現するために、経営陣が社員側の考え方や意見を聞くことも大切です。例えば、直属の上司が部下の考え方・意見を聞く機会を増やし、それを上司が経営陣に伝えられる仕組みをつくるとよいでしょう。

とはいえ、部下である社員の話を聞くのは“つらい”と感じる経営陣や上司は少なくありません。部下の話は、主語がない、事実と意見が混在している、主観的過ぎて視野の狭い発言が多いなどの改善すべき点が多いためです。

加えて、経営陣や上司は多忙です。主語がなかったり事実と意見が混在していたりして分かりにくい部下の話を、「もっと分かりやすく話をして」などと、毎回聞き直してじっくり聞いている時間は確保しにくいでしょう。

そこで、月に一度など定期的に経営陣や上司が「部下の話を聞く日」をつくって徹底的に聞いてみましょう。その際、部下の話をできるだけさえぎらずに、最後まで“聞き切る”ことを心掛けることが大切です。

もちろん、日ごろから部下に、人に物事を話したり伝えたりするときには、主語・目的語・結論・時間軸などを明確にするなど、分かりやすく整然と話すよう指導することも忘れてはなりません。

4)交わす

社員が生き生きと働く会社の多くは、まず、気持ちの良い挨拶が実践できています。社員同士は「今日も一緒に頑張ろう、よろしくお願いします」という気持ちを込めているのでしょう。

社員同士が気持ち良く挨拶ができる会社は、社外の人が訪れた場合も同じように挨拶ができます。社外の人を迎える社員が、「我が社に来てくださってありがとうございます」という感謝の気持ちを込めて挨拶することができるのでしょう。

こうした挨拶を交わすことを社員に浸透させるには、まず、社長自らが明るく気持ち良く挨拶をしなければなりません。そして、それに他の取締役や上司も倣っていくことが大切です。

社長をはじめ経営陣や上司は、挨拶をしている自分の姿を鏡で毎朝確認したり、自分で録画したりして、「本当に明るく気持ち良く挨拶ができているか」をチェックしてみるのもよいでしょう。

気持ちの良い挨拶が全社員に浸透するには時間がかかります。経営陣や上司は、たとえどのようなことがあったときでも、まずは、明るく気持ちの良い挨拶を毎日欠かさず続けましょう。

また、意見・議論を「交わす」ことも必要です。前述した「聞く」にも通じますが、社員と積極的に意見・議論を交わすには、部下の話を聞く日を設けるなど、まず、経営陣や上司が部下の意見を聞く姿勢、議論する姿勢を見せなければなりません。

5)育てる

本稿では、労使コミュニケーションを実現する「伝える」「示す」「聞く」「交わす」を紹介してきました。大切なのは、これらの取り組みを実践できるような組織風土を醸成すること、そしてその組織風土を維持することです。

つまり、風土と社員を常に「育てる」ことが欠かせないということです。多くの会社が「育てる」ことの重要性を分かっていますが、実現できている会社は少ないのではないでしょうか。実現するにはまず、社長の言動が必要です。

社長が毎日気持ち良く挨拶をし、「社員が生き生きと働くことのできる会社にしよう」と決め、社員の話を聞きます。そして、時には本気で議論することを実践していかなければなりません。社員はその姿を見て育ちます。

前述の伊那食品工業の場合は、積雪の多い長野県にあるため、本社前の道路脇の溝に自動車がはまってしまうことがあるそうです。それを見た社員が他の社員に呼び掛けると、「困っている人を助けるのに理由は要らない」と、何人もの社員が自動車を引き上げるといいます。

伊那食品工業の社員がこうしたことを実践するのは、社員をはじめ会社に関わる人全てに「いい会社だ」と言ってもらえる会社になろう、という塚越氏の理念に基づきます。こうした“生きざま”を社員が常に見ていて、「自分たちもそうしよう」と思っている証しです。

4 労使コミュニケーションという呼び方が変わる?

社員の働き方は、テレワークなどに代表されるように多様化しており、今後は毎日出社する必要がない会社が増えていくかもしれません。会社と社員の関係も変わりつつある時代だからこそ、経営陣と社員が強い信頼関係を築くことがますます重要になるでしょう。

なぜなら、たとえ会社の外で仕事をしていようと、経営陣と離れたところで仕事をしていようと、自ら意欲的に仕事に取り組み、会社や同僚のことを考えて行動できるような社員を増やしていかなければならないからです。

伊那食品工業には、労働組合がありません。塚越氏は、社長と社員は「労使」ではなく、社員全員の幸せを目指す「同志」だからと言っています。これからは、“労使コミュニケーション”という呼び方も、新しく変わっていくのかもしれません。

【参考文献】

(*)「いい会社をつくりましょう」(塚越寛(著)、大久保寛司(監修)、文屋、2012年5月)
(**)「燃える闘魂」(稲盛和夫、毎日新聞社、2013年9月)
(***)「小倉昌男 経営学」(小倉昌男、日経BP社、1999年10月)
「ダントツ経営 コマツが目指す『日本国籍グローバル企業』」(坂根正弘、日本経済新聞出版社、2011年4月)
「月曜日の朝からやる気になる働き方 成功より成長を楽しむ」(大久保寛司、かんき出版、2008年12月)

以上(2019年1月)

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シーン別に押さえる「伝え方」の流儀/「断り方」編

書いてあること

  • 主な読者:ビジネス上で「断る」のが苦手なすべての人
  • 課題:なかなか相手の立場に立つことができない
  • 解決策:「意図を明確にする・気持ちを伝える・スピード感を持つ」の3つがポイント。本稿では、悪い例と良い例を具体的に挙げているので、今日からでも実践できる

1 なぜ、うまく伝えられないのか

ビジネスにおいて、「伝え方」はとても大切です。立場や考え方、仕事の進め方など、さまざまなことが異なる者同士が互いに意図を伝え、認識を共有し合って物事を判断し、進めていくのがビジネスの基本だからです。

しかし、うまく伝えられない人は少なくありません。その理由の1つに、「相手のことを考えられていない」ことがあります。伝える際の基本は、「どうすれば相手が理解しやすいか、行動に移しやすいか」と、相手の立場で考えることです。

「伝え方」の中でも、特に難しい、苦手だと感じることが多いのは「断る」ときでしょう。本稿では、「断り方」について、「意図を明確にする」「気持ちを伝える」「スピード感を持つ」という3点で考えていきます。日ごろのやり取りの参考になれば幸いです。

2 意図を明確にする

ビジネス上の依頼や誘いなどを断るときの悪い例は、回りくどいことです。断るならば、その意思を明確に伝えなければなりません。こちらは相手に気を使っているつもりでも、伝わりにくいと、相手は「どっちなの?」とかえって混乱してしまいます。

メールなど文章だけで伝えるときは、特に難しいものです。基本は誤解がないようにはっきり断りますが、機械的にならないことです。まず、悪い断り方の例を見てみましょう。このようなメールを受け取ったとして、「断っている」と分かりますか?

    • 【悪い例(1)】
    • お話、誠にありがとうございます。弊社としても親和性があるお話で、いろいろな方法が考えられると思います。ただし、申し訳ありませんが、弊社のリソース面を考慮すると、ご希望の通りに対応するのは、もしかしたら難しいかもしれません。
    • 素晴らしいお話をいただきまして大変感謝しておりますので、その分野に強い方をご紹介することはできるかもしれません。来月になれば、その方と一度お会いすることになっていますので、少しお待ちいただければ幸いです。

相手に失礼のないように配慮しているのは分かります。しかし、断っているのか、可能性があるのか、相手が分からないのでは問題です。「少しお待ちいただければ」と相手の行動を止めているのもよくありません。相手は、次のように感じるかもしれません。

    • 【悪い「断り方」をされた相手の気持ち(1)】
    • 結局、どっちなの? 本当は断りたいのに、断ったらこちら側がマイナスの評価をするとでも思っているのだろうか。それとも、少しでも自分たちのビジネスにつなげようとしているのか。意図が分からないから次に進めにくい。困る。

時と場合にもよりますが、本当に相手のことを考えるなら、明確に断るべきでしょう。こちらの「断る」という意図が伝われば、相手は、別の方法を考えるなど次の行動に移すことができます。それを妨げるようなことをしてはなりません。

また、相手との関係性にもよりますが、相手に「断りにくいのだろうか」と思わせてしまったら、それも失礼です。相手は、「言うべきことを言える間柄ではないのか」と失望してしまうかもしれません。例えば、次のような文章で明確に断るとよいでしょう。

    • 【良い例(1)】
    • お話、誠にありがとうございます。とても光栄なのですが、リソース面を考えると、お引き受けするのは難しいのが現状です。せっかくの機会、お引き受けできず、本当に申し訳ありません。またお役に立てそうな機会がありましたら、お声掛けいただけましたら幸いです。

3 気持ちを伝える

内容や相手との関係性にもよりますが、「断る」ときには、「気持ちを伝える」ことも必要です。依頼や誘いなどは、相手が期待してくれている、こちら側のことを考えてくれていることの表れです。「断る」ときでも、感謝の念をしっかり伝えましょう。

とはいえ、「断る」のは気まずいもので、相手との関係が微妙に変化することもあります。そのため、「断る」行為をすぐに終わらせたいと思うあまり、次のような「そっけない」メールを出してしまうことがあります。しかし、これはよくありません。

    • 【悪い例(2)】
    • ご案内いただきまして、誠にありがとうございます。いただきました内容について、社内で情報共有させていただきますが、今すぐには対応させていただくのが難しいのが現状です。大変申し訳ありませんが、必要があればこちらから改めてご連絡いたします。

今回はお断りをしても、今後も相手との付き合いを続けたいのなら、文章を改める必要があります。丁寧な言葉で感謝や断ることのおわびを示してはいますが、事務的で気持ちが伝わらず、相手は次のように感じるでしょう。

    • 【悪い「断り方」をされた相手の気持ち(2)】
    • そっけなく断られてしまった。忙しいところを邪魔してしまったのだろうか。それとも、何か意に沿わないことをしてしまったのかもしれない。かえって申し訳ないことをしてしまった。おわびしよう。今後は、こうした案内は控えたほうがいいのかもしれない。

相手にこうしたことを思わせないためにも、気持ちはしっかり伝えましょう。難しく考えることはありません。「光栄です」「うれしいです」「残念です」といった感情を一言添えるだけでもいいのです。例えば、次のようにです。

    • 【良い例(2)】
    • ご案内、ありがとうございます。弊社のことをとても考えてくださった内容で、本当に光栄です。ただ、今のところすぐには対応が難しいのですが、今後もこうしたご案内は、ぜひお願いしたいので、引き続きよろしくお願いいたします!

4 スピード感を持つ

「断る」ときは、スピード感も重要です。ビジネスでは、自分がボールを持ったらできるだけ早く打ち返すのが基本ですが、特に、断ったり良くない話を伝えたりするときほど速さが大切です。そのほうが、相手が次の一手を早く打てるようになるからです。

局面によりますが、話を聞いた段階で断る可能性が高いと思ったら、その場でそれを伝えます。また、相手が返事を待ってくれている段階で、断る可能性が出てきたら、それを“先出し”するのも一策です。全ては、相手が次の行動を取りやすくするためです。

「伝え方」は、使う言葉や言い回しなどテクニックで上達するわけではありません。相手の状況や立場、気持ちを想像し、常に「どのようにすれば相手が前に進みやすいか」を思って伝えることが大切です。これこそが、上手な「伝え方」の一番大切な流儀です。

以上(2019年4月)

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「やる気」のメカニズムを理解して成果の上がる指導を実践しよう

書いてあること

  • 主な読者:部下のやる気を引き出したい上司
  • 課題:部下が思ったような成果を上げてくれない
  • ポイント:本稿で紹介する意思決定のマトリクスを活用して、部下の考えを知り、指導に活かす

1 部下の「やる気」を引き出せ!

1)部下が成果を上げるために必要な5つの要素

部下を持つ上司に求められる役割の中で、最も重要なことは「部下に成果を上げてもらうこと、そして会社・部・課などが掲げている目標の達成に貢献する」ということです。しかし、上司がいくら、日々努力しても、部下が期待するような成果を上げてくれるとは限りません。むしろ、期待通りにいかないことのほうが多いと悩んでいる上司も多いのではないでしょうか。

その原因は、視点を変えて部下の立場から考えると分かりやすいかもしれません。部下が上司の期待通りの成果を上げるためには、次の5つの要素が必要です。

  • 上司が指示した業務の内容や、期待されている成果に対する理解力
  • 業務を遂行し、期待されている成果を実現できるだけの能力
  • 上司(あるいは企業)に対して「上司(あるいは企業)の期待に応えたい」という思い(貢献意欲)
  • 実際の行動に移す意思
  • より良い成果を上げるために、そのプロセスにおいて工夫・調整・継続などの努力を行う意欲(創意工夫)

部下が期待通りの成果を上げるためには、5つの要素全てが重要ですが、本稿では、「4.実際の行動に移す意思」と「5.より良い成果を上げるために、そのプロセスにおいて工夫・調整・継続などの努力を行う意欲(創意工夫)」のポイントを紹介します。

2)「やる気」を引き出すことの難しさ

「部下が期待通りの成果を上げるために必要な5つの要素」のうち、「4.実際の行動に移す意思」と「5.より良い成果を上げるために、そのプロセスにおいて工夫・調整・継続などの努力を行う意欲(創意工夫)」に共通しているのは、「意思」や「意欲」という言葉が示すように、部下の「やる気」が関係していることです。

「やる気の問題」ほど、上司にとって厄介な問題はありません。能力の問題であれば、経歴・経験などから、ある程度客観的に判断して、適材適所の配置を行うことができます。また、指導・教育を通じて能力向上のための工夫もできます。

しかし、やる気はそう簡単にはいきません。例えば、上司の手前もあり、口先では「やる気があります!」と部下は言うものの、本心ではやる気がなく、結局、期待通りの成果を上げられなかったという経験をしたことがある人は少なくないでしょう。

2 やる気のメカニズム

1)意思決定の基本マトリクスとやる気の関係

仕事に限らず、人はさまざまな意思決定を行い、それが行動となって表れます。例えば、今日のランチは何を食べるかということについて、「カレーライスにしよう!」と意思決定を行い、実際に食べに行くという行動となって表れます。そのため、やる気を理解するには、まず、人の意思決定の仕組みから考えることが必要です。

意思決定を「メリットとデメリットを比較した結果」に基づいて考えてみます。意思決定を基本マトリクスにすると次の通りです。なお、本稿では「やる気」をテーマにしているので、便宜上、意思決定の内容を「やる場合」「やらない場合」と表記します。

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4つの象限の中には、「やる」という意思決定の促進要因(AとD)と、「やらない」という意思決定の促進要因(BとC)があります。例えば、「やる」という意思決定の促進要因について見ると、「A.やる場合のメリット」があれば、「やる」という意思決定を促進する要因となります。また、「D.やらない場合のデメリット」があれば、そのデメリットを避けるために「やる」という意思決定を促進する要因となります。「やらない」という意思決定の促進要因は、これと逆になります。

人は「やる」と「やらない」という意思決定の促進要因を比較して、意思決定を行います。これを“意思決定の公式”として整理すると次のようになります。

  • A+D>B+Cの場合:「やる」という意思決定をする
  • A+D≦B+Cの場合:「やらない」という意思決定をする

(注)A+D=B+Cの場合は、「やっても、やらなくても同じ」状態なので、「やらない」という意思決定をすることになります。

2)簡単な例で考えてみる

例えば、「新規顧客を開拓する」という新たな業務に対する部下の思いを「意思決定の基本マトリクス」に従って整理すると次の通りとなります。

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なお、人の意思決定は「やる場合」「やらない場合」という単純な二者択一ではありません。同じ「やる場合」でも、「積極的にやる」「最小限の範囲でやる」といったようにやる気には濃淡があります。この差は、「やる」という意思決定の促進要因と、「やらない」という意思決定の促進要因の差として考えることができます。

例えば、「A+D>B+C」であれば人は「やる」という意思決定をしますが、同じ「A+D>B+C」の状態であっても次のような場合では、後者のほうが、より積極的に「やる」ことになります。

  • 「A+D=5」>「B+C=4」
  • 「A+D=10」>「B+C=1」

もちろん、人の意思決定をこのように単純化して考えることはできません。しかし、まずは、こうした考え方を押さえておくことが、部下に期待通りの成果を上げさせるための第一歩となるのです。

3)部下のやる気を高めるための基本的な指導方針

ここまで紹介したことから、部下のやる気を高め、期待した成果を上げさせるために上司が取るべき基本的な指導方針として次のような点が明らかになります。

  • 「A.やる場合のメリット」と「D.やらない場合のデメリット」を最大化する
  • 「B.やる場合のデメリット」と「C.やらない場合のメリット」を最小化する

前述した新規顧客開拓における指導方針(例)は次の通りです。

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3 期待した成果を上げさせるために上司が注意すべきこと

1)部下の考えや思いを把握するよう努力する

部下を効果的に指導するためには、最初に部下の考えや思いをできるだけ正確に把握することが必要です。人はメリットとデメリットを比較して意思決定を行っていても、「何がメリット(デメリット)なのか」といった判断は、意思決定を行う人(この場合は部下)の主観によって異なります。

そのため、部下の考えや思いを把握することができれば、より効果的な指導が行えるようになります。とはいえ、部下の考えや思いを知ることは容易ではありません。特にやる気を低下させる要因となる「B.やる場合のデメリット」や「C.やらない場合のメリット」については注意が必要です。

これらは「部下に積極的に仕事に取り組み、成果を上げてもらいたい」という上司の考えと相反するものです。そのため、上司が直接話を聞いても、部下は本音を話しません。従って、上司は、直接聞いた話はもちろんですが、日ごろの言動など部下に関するあらゆる情報を基に部下の考えや思いを把握する必要があります。

また、「自身が部下の立場だったらどう思うか」ということを考えてみることも大切です。部下の考えや思いを知るためには、このようにさまざまな角度から考えてみるようにしましょう。

2)指導の基本的な方向性を理解する

部下の考えや思いを把握したら、それに見合った指導を行います。基本的には「『A.やる場合のメリット』と『D.やらない場合のデメリット』を最大化する」ことと、「『B.やる場合のデメリット』と『C.やらない場合のメリット』を最小化する」ことになります。一般的には、最初の第一歩を踏み出してもらいたいときにはA、B、Cを重視した指導、継続的に取り組んでもらいたいときにはA、Bを重視した指導を、それぞれ行うとよいでしょう。

また、いずれの場合にも「D.やらない場合のデメリット」を最大化する指導は好ましくありません。「D.やらない場合のデメリット」は罰則を科すなど、脅しが中心です。脅しは簡単に行え、期待した成果も得られやすい指導方法です。しかし、脅しによって開始、継続された行動は、部下の本心からのものではないので、自発性や発展性は望めません。また、上司に対する感情的な反発や、面従腹背の恐れがあります。場合によっては、パワハラと言われて問題となる可能性もあるため注意が必要です。

従って、「D.やらない場合のデメリット」を取り入れた指導は、非常事態を除いて、避けたほうがよいでしょう。

3)冷静な指導を心掛ける

本稿で紹介した内容を踏まえて部下に対する指導を行おうとしても、「指導内容をうまく伝えることができない」、あるいは「適切な指導を行ったと思っていたものの、部下には指導内容が正確に伝わっていなかった」ということもあるかもしれません。その一因は、上司が自身の感情に流されてしまうことにあるようです。部下には、必要なことを、適切な話し方で伝えなければなりません。しかし、「ついカッとなる」「くどくど叱る」、あるいは「面倒くさい」「必要ないことまで話したいという気持ちを抑えられず話してしまう」など、感情に流されてしまうことが多いようです。

部下への指導は、自分の感情をコントロールし、冷静に行う必要があります。もちろん、時には「叱る」という行為も必要です。しかし、それは「冷静に目的を認識し、言葉や口調にも注意を払いながら叱る」ようにし、決して感情的対処となってはいけません。常に冷静な気持ちで部下に接し、伝えるべき内容をしっかりと伝えるということが、適切な指導を行う上では重要となるのです。

以上(2019年7月)

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採用率がアップする人材紹介の使い方

書いてあること

  • 主な読者:人材紹介を使って採用をしたい経営者、採用担当者
  • 課題:こちらの意図した人材が紹介されてこない。また、相手の担当者をうまくコミュニケーションが取れない
  • 解決策:人材紹介の仕組みを理解し、上手く求職者に情報を伝達するようにする

1 採用率を上げるキーパーソンは誰だ?

成功報酬型の「有料人材紹介サービス」(以下「人材紹介」)は、求職者の紹介を受けるだけなら費用は掛からず、採用に至った場合は、年収の30~35%を紹介料として企業が人材紹介会社に支払う仕組みです。

紹介料は決して安くありませんが、人材採用難の中、今では人材紹介を取り入れる中小企業が急速に増えています。ところが、人材紹介を使いこなしている中小企業の経営者は多くないようです。

人材紹介では多くのプレーヤーが登場するため、うまく使わないと“伝言ゲーム”になってしまいます。そして何より、自社を担当する「企業担当者」とのコミュニケーションが大事です。

2 人材紹介は企業担当者を介した“伝言ゲーム”

1)基本的なスキーム

企業と求職者を結び付けるという意味では、人材紹介の仕組みはシンプルです。しかし、そのスキームには数多くのプレーヤーが登場し、さまざまな情報が“伝言ゲーム”のようにやり取りされます。基本的な人材紹介のスキームを確認してみましょう。

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企業サイドには企業担当者、求職者サイドには「キャリア・アドバイザー」(以下「CA」)が付いて、それぞれの活動をサポートします。人材紹介会社によって企業担当者やCAの名称は異なりますが、役割は同じです。

また、企業担当者にはアシスタントが付きます。アシスタントは、主に企業とCAの間に入って面接などのスケジュール調整を行います。通常は、複数の企業担当者に1人のアシスタントが付く体制になっています。

2)“伝言ゲーム”の流れ

企業の求人票や、求人票では表現しにくい職場の雰囲気などの情報は、企業担当者からCAに伝えられ、CAが求職者に紹介します。求職者が自社に応募してきたら、その情報はCAから企業担当者に伝えられ、企業担当者が企業に紹介します。

求職者の応募後、企業は本格的な選考に入ります。この段階で重要になるのは、面接では明らかにされにくい求職者の本音や、併願先の選考状況などの情報です。これらの情報は、CAが求職者から聞き出して、企業担当者を通じて企業に伝えられます。

企業は、そうした情報を基に情報戦を繰り広げます。例えば、求職者が「働きやすさ」を重視していることが分かったら、企業担当者を通じて、社内イベントで社員が和やかに談笑している画像などを求職者に提供し、自社をアピールします。

3)企業担当者は企業の味方

このように、企業担当者は企業の情報源であり、宣伝係であり、アドバイザーでもあります。そして、企業担当者は良好な関係を築いている企業を強く応援します。そのため、企業は企業担当者と積極的にコミュニケーションを取ったほうが有効的なのです。

では、企業担当者と良好な関係を築くためにはどうしたらよいのでしょうか。次章で、大手人材紹介会社で働く複数の企業担当者から聞いた、「企業担当者がサポートしやすい企業」の特徴を紹介します。

3 企業担当者がサポートしやすい企業とは

1)事業内容を丁寧に説明する

人材紹介は、企業が企業担当者に事業内容と採用したい人材像を伝えることからスタートします。企業担当者の業界知識はほぼ期待できません。事業内容は、会社案内やウェブサイト、実際の商品などを見てもらいながら、時間を掛けて丁寧に説明します。

執務スペースや工場も見学してもらい、できれば2~3人の社員と話をする機会を設けましょう。企業担当者は、現場の雰囲気を体感することで企業に対する理解が深まり、パートナーとしての意識も高まります。

2)「人柄や性格に関する軸」は実際に会って判断する

採用したい人材像は、「キャリアに関する軸(中途採用の場合、職務経験や希望年収など)」と「人柄や性格に関する軸(明るく元気である、勤勉であるなど)」に分けて伝えると、企業担当者が整理しやすくなります。

ただし、人柄や性格に関する軸を満たすのは難しいものです。求職者は自分を良く見せるために、明るさや勤勉さを必ずといってよいほどアピールしてきますが、本当にその通りなのは一部だからです。

人柄や性格は会って確かめるしかありません。そのため、書類選考の合格基準は少し低めに設定するのも一策です。会ってみると、意外と優秀な求職者に出会えることがありますし、企業担当者も多様な求職者を紹介しやすくなります。

3)難題でもぶつけてみる

かなうかどうかは別として、企業が採用したい人材像は「言ったもの勝ち」のところがあります。例えば、「育児が一段落して、もう一度働き始めようとしている女性」といった一見難しそうな人材像でも、企業担当者に伝えればそれなりに探してくれます。

人材紹介を使い慣れていない企業は、企業担当者に遠慮して、このような難題をぶつけません。しかし、企業担当者の印象はこれとは違っていて、「難題をぶつけられるほど、自分は頼りにされている」と意気に感じることが多いものです。

4)携帯電話に連絡をする

大手人材紹介会社に勤める中小企業マーケットの企業担当者の場合、1人当たり100社以上のクライアント(企業)を受け持っています。そのため外出が多く、人材紹介会社に電話をしてもつかまりにくいため、携帯電話に連絡するのが基本です。

また、比較的遅い時間に連絡をしても大丈夫なことが多いようです。現職がある求職者との面接は18時以降になることが多いのですが、面接後に企業担当者と携帯電話で作戦会議をすることも珍しくありません。

5)アドバイスに耳を傾ける

企業担当者は、「自分が担当するクライアント(企業)の採用活動をサポートしたい」という強い思いを持っています。個人差はありますが、「自分のアドバイスが奏功してクライアント(企業)が採用に成功する」ことが高いモチベーションになっています。

それにもかかわらず、企業が自分のアドバイスに聞く耳を持ってくれなければ、企業担当者は、自分のアドバイスは必要とされていないと考え、求職者を紹介するだけになります。こうなってしまうと、収集できる情報が限られ、採用活動に支障を来します。

企業には採用に対する独自の考えがあり、それが企業担当者のアドバイスと違うこともあります。ただし、企業担当者は採用のプロです。アドバイスを実践するか否かは別として、企業担当者のアドバイスに聞く耳を持ったほうが得になるのです。

6)良好な関係を築こうとしている

中小企業の場合、社長が企業担当者と打ち合わせをすることが多く、打ち合わせ後、そのまま2人で飲みに行くことも珍しくありません。こうした場を持つことで、企業担当者との関係性が強化されることもあります。

この他にも、以前にその人材紹介会社を通じて採用した社員が元気に働いている姿を見せるのも、企業担当者の“やる気をくすぐる”良い方法です。企業担当者は、自分が紹介した人材が幸せに働いているのかを気にしているものです。

7)CAを味方にする

以上のポイントに配慮する企業のことを、企業担当者は「働きやすそう」「オープンな社風」などと高く評価し、これをCAに伝えます。CAは良い企業を求職者に紹介したいため、企業担当者からの情報を踏まえて、評判の良い企業を求職者に紹介します。

4 企業担当者を代えてもらう

前章で「企業担当者がサポートしやすい企業」を紹介したのは、企業担当者に迎合するという意味ではなく、人材紹介のスキームでは、企業担当者がとても重要な役割を担っていることを説明したかったからです。

もう一面から考えると、理解力やコミュニケーション力などが乏しい企業担当者は、企業のパートナーとして不適切です。企業担当者が次の項目に幾つも当てはまり、指摘をしても改善されないなら、人材紹介会社に変更を申し出ることもやむを得ません。

  • 何度説明しても、事業内容を正しく理解してくれない
  • 何度説明しても、紹介されてくる求職者が自社の希望に近付かない
  • 約束した日時に連絡をしてこない。ひどい場合には忘れている
  • 連絡を避けてほしいと伝えた時間帯でも、お構いなしで連絡をしてくる
  • 紹介されてくる求職者の面接キャンセルが多い
  • 面接後、催促をしなければ求職者の感想を教えてくれない
  • CAとの連携がうまくいっていないようだ
  • 求職者に伝えてほしいと依頼した内容が伝わらない
  • 求職者の併願先の情報がほとんど上がってこない
  • 1カ月間の紹介が0件でも、一切連絡をしてこない

企業担当者に情が移ることもありますが、頼りにならない企業担当者と付き合っていても採用のチャンスを逃すだけです。こうした意味でいうと、人材紹介を使う際、企業が最初に採用するのは、求職者ではなく企業担当者ということになります。

5 企業担当者と連携した採用活動

1)まずは求職者の本音を引き出す

企業担当者とのやり取りが重要になってくるのは、本格的な選考に入ってからです。特に中途採用の場合、求職者には「自社に転職する、併願先に転職する、転職をやめて現職にとどまる」という3つの選択肢があります。

自社に入社してもらうために、企業はライバルとなる併願先や求職者の現職よりも自社のほうが優れているポイントを見つけ、求職者にアピールしなければなりません。そのために、求職者の本音と自社の印象を企業担当者に質問し、情報を得ましょう。

すると、「併願先はA社とB社です。また、他の人材紹介会社を通じた先もあるようです。面接後のアンケートでは御社を第1候補と回答していますが、恐らくA社の意欲が高く、御社は2番手だと思います」といった情報を得られることがあります。

次に企業担当者に質問するのは、求職者が転職に際して重視している軸です。求職者が年収アップを重視しているのなら、募集条件の変更を検討します。そうではなく、キャリアアップを重視しているのなら、キャリアプランを提示します。

2)併願先の弱点を突く

併願先の弱点も、企業担当者を通じて探ります。例えば、「併願先A社の人事部は厳しい。求職者が現職のトラブルで面接に10分遅刻したところ、事前に連絡していたにもかかわらず『始末書』を書かされた」といったケースがあったとします。

併願先A社のような不寛容な姿勢を、企業担当者とCAは快く思っていないはずです。そこで、自社はそれを逆手に取り、真摯で寛容な姿勢を示すことで企業担当者とCAを味方に付け、自社のことを求職者に強く勧めてもらいます。

求職者に家族がいたら、その意向も探ります。転職先選びには、家族の意向も影響します。もし、家族も併願先A社の対応を嫌悪していたら、次の面接の際、「ご家族にも当社のオープンな社風をお伝えください」と一言添えて、家族にも自社をアピールします。

3)交渉に応じるか否かを決める

企業担当者が求職者に面接のアドバイスをすることもあり、求職者の心理をある程度理解しています。例えば、求職者が年収アップを提示するのはよくあることです。企業担当者は、それが譲れない条件なのか、軽い気持ちなのかを感覚的に判断しています。

企業にとって年収は重要な募集条件です。求職者が年収アップを提示してきたら、企業担当者の意見を聞いてみましょう。すると、「『そうなったらいいな』くらいの気持ちのようなので、聞き流していいと思います」といった回答を得られることもあります。

4)求職者に直接メッセージを送る

人材紹介の仕組みでは、面接以外の場で企業が直接求職者と話をすることはできません。一方、最後の一押しなど、どうしても自分の言葉で求職者に伝えたいことがあります。そのような場合は、手紙やメールを書き、企業担当者を通じて求職者に送ります。

こうしたメッセージは、面接をした直後であったり、週末に考えてもらうために金曜日の夜であったりと、送るタイミングも重要です。企業担当者に意図を伝え、指定した時間に送ってもらうようにします。

5)貴重な情報を聞き出せるかも?

企業担当者は、口頭なら教えてくれそうでも、文書やメールには残せない情報を持っています。関係が良好なら、飲みにケーションなどのときに、さわりだけ教えてくれるかもしれません。その情報は採用活動を進める上で有益なものになるでしょう。

6)全ては企業担当者との良好な関係があってこそ

人材紹介を使って採用率をアップするためのキーパーソンは、企業担当者であることがお分かりいただけたことでしょう。企業は、付き合っていく企業担当者を妥協せずに選び、さまざまな情報を引き出しながら採用活動を進めていくことが大切です。

以上(2019年10月)

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効果的な新人研修を実現するポイント

書いてあること

  • 主な読者:新人研修の実施を検討する経営者
  • 課題:新人研修の効果を高められない、有効な新人研修の方法が分からない
  • 解決策:新人研修の目的を明確にし、継続して効果を高められる工夫を施す

1 人材育成で大切な4つのこと

人材育成で大切なポイントは次の4つです。

  • 企業が習得してもらいたい知識やスキルを社員に伝えること
  • 実際に社員がその知識やスキルを習得するためにサポートすること
  • 社員が習得した知識やスキルを生かせる場をつくること
  • 社員の成長意欲を刺激すること

学校教育とは異なり、社員教育では一から十までを教える時間が取りにくいものです。そこで、社員のキャリアに応じて教えるべき内容を絞り込み、社員が前向きに学習できるようサポートする必要性が高まります。

人材育成は長期的な計画に基づいて進められるものですが、ビジネスパーソンとしての土台が形成される新人研修は特に重要です。真っさらの状態にある新人をいかに教育していくかによって、その後のキャリア形成の質やスピードが変わってくるからです。

新人は社会人としての経験が無い分、スポンジが水を吸うように何でも吸収します。“鉄は熱いうちに打て”といわれるように、この段階で真剣に学ぶことの大切さと自己成長の喜びを伝えなければなりません。

2 新人研修の効果を高めるためには

1)外部の専門機関を活用するメリット

中小企業の社員教育はOJTが中心ですが、新人研修では外部の専門機関が行う研修が活用されています。新人研修は外部研修の定番メニューとなっていて、内容も比較的安定しています。

この他、会計や営業などの研修に、新人のキャリアに応じて基本的なビジネス知識を習得させるのに、外部の専門機関を活用しています。こうした研修では、知識を学ぶ以外に、新人が他の会社の新人と出会えるメリットもあります。

2)研修の成果が感じられない理由

企業は研修に参加した新人に、研修で学んだことを日々の仕事に生かす姿勢や、今後に向けて意気込む姿を期待します。しかし、実際は研修に参加しても代わり映えのしない新人を見て、がっかりすることが多いものです。

新人の心中は実際に本人に聞いてみなければ分からないことであり、見た目だけで判断すべきではありません。態度には示さなくても、実は並々ならぬやる気を秘めていることもあり、実際、本人が望む仕事を与えると、見違えるように打ち込む新人もいます。企業は、このような新人の特性を理解し、新人と対話しましょう。例えば、教育担当者は新人に「研修で何を学び、何を感じたのか。またそれを日々の仕事にどのように生かしていきたいのか」を質問してみる必要があるでしょう。

3 目的を持った新人研修を実施する

1)明確な目的を持つ

教育担当者と新人の対話をスムーズに行うために、研修に参加する新人に、事前に「なぜ、その研修に参加してもらうのか」を伝えるようにしましょう。こうすることで、新人はある程度の目的意識を持って研修に参加することができます。

新人研修では、「新人研修でプレゼンテーションのスキルを習得させ、先輩社員が同行しなくても、立派に商品の説明ができる」など、明確なゴールを設定するのがよいでしょう。参考として、新人研修の方法とその目的の例を紹介します。

2)現場研修

現場研修の主な目的は、「商品の特徴・価格・流通ルート・主要購買層などを理解すること」です。現場研修では、新人に目的を明確に伝えるようにしましょう。現場に配属された理由が分からないままでは、新人は漫然と研修を受けることになります。

3)ボランティア研修

福祉施設などを訪問するボランティア研修を実施する企業があります。ボランティア研修の主な目的は、「社員の社会性の向上」「チームワークの向上」です。現場研修の場合と同様に、研修の目的を明確に新人に伝えることはとても大切です。

4)新人に対する配慮

研修に参加した新人は、現実の社会が自分が想像していたよりはるかに厳しいことに気付きます。特に現場研修では、アルバイトでは経験したことが無いほど厳しい仕事をしなければならないこともあります。

ショックを感じた新人は「いつまでこんなことをしていればいいんだ」と不満と不安を抱きます。新人の苦悩を解決するために、「現場業務に携わる期間を明確に伝える」「新人と年齢の近い先輩社員と交流する場を設ける」などのサポートが必要になります。

4 研修効果を持続させるためのポイント

1)社会人の厳しさを認識させる

新人に社会人の厳しさを認識させることができたら、新人研修の目的はほぼ達成されたといえます。新人が「今の自分の能力では社会に通用しないことが多い……」と感じ、その意識が前向きに働けば、少しでも早く戦力になろうと努力するからです。

そうした新人のモチベーションを維持するために、外部の専門機関を活用するのも効果的です。専門機関には長年蓄積されたノウハウがあり、企業が望む内容を体系立てて教育してくれるからです。

また、新人に社会人の厳しさを教える場合、時には厳しい指導が必要になることがあります。そのため、企業内部で直接行うよりも外部に委託したほうが、パワーハラスメントなどの労務リスクを低減できる面もあります。

2)課題を持たせる。また、意見・主張を聞く

新人に明確な課題を持たせるために、経営者自ら企業の現状と新人に期待することを伝えましょう。自分に何が望まれているのかを知った新人は、それを実現するために積極的に行動するでしょう。

同時に、教育担当者を含む先輩社員は、新人との対話の場を定期的に設け、良き相談相手になるように努力しましょう。こうすることで、先輩社員と新人との信頼関係が強くなっていきます。

3)継続的な学習機会

新人研修後は、ほとんど研修を行わない企業があります。日々の業務が忙しくて時間を確保できない、人材育成に充てる予算が確保できないというのが主な理由です。しかし、新人は自分のキャリアに応じた継続的な研修を望んでいます。

そのため、企業は「入社時」「3カ月目」「1年目」「3年目」「5年目」など継続的な研修プランを組みましょう。時間とコストが掛かりますが、これらは将来のために必要な投資です。

4)学習した内容を生かせる組織

新人が学んだことを生かせる場をつくりましょう。せっかく学んだのに、「会社のやり方と違う」「今はその知識を生かせる場所が無い」というのでは、新人はやる気を失います。ここは意外とおろそかにされがちなポイントなので注意しましょう。

以上(2019年1月)

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管理職の人事評価表の作成と運用

書いてあること

  • 主な読者:管理職に対して、納得感のある人事評価を実施したい経営者
  • 課題:所属部門の業績や、部下指導力など本人の職務遂行能力以外の要素も考慮しなければならず、人事評価が難しい
  • 解決策:業績や部下指導力を評価項目に組み込んだ人事評価表を用意する

1 人事評価制度の目的

「人事評価(人事考課)制度」(以下「人事評価」)とは、評価期間(通期や半期など)における従業員の活動(業績など)を一定のルールに基づいて評価し、その結果を昇進・昇格、賃金・賞与査定などの人事処遇に反映させる仕組みです。

人事評価の目的は、従業員のモチベーションの維持・向上や、経営戦略などの企業の方針に連動した従業員の能力開発にあります。しかし、評価が適正に行われないと、従業員のモチベーションの低下や、経営戦略の実行に支障を来す恐れがあります。

特に管理職の人事評価は複雑です。本人の職務遂行能力だけでなく、所属部門の業績や、部下指導力などを総合的に判断して評価を下さなければなりません。そこで、本稿では、管理職向けの評価に焦点を当てた人事評価表の基本的な作成手順や運用上の留意点を中心に紹介します。

2 人事評価制度の基本

企業によって運用が異なりますが、一般的な人事評価の位置付けは次の通りです。

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期首に、従業員は「1.企業の方針」に基づいて「2.目標設定」を行います。期中(評価期間)に、従業員は目標を達成するための活動をします。期末に、「3.人事評価」として従業員の活動(業績など)を評価し、その結果を「4.人事処遇」に反映させます。 人事評価の実施方法や評価期間などの主なルールは、就業規則などの社内規程に定められています。人事評価で利用される代表的なツールは次の通りです。

  • 職種・等級表:職種と職階(等級)をまとめたもの
  • 等級要件書:部長や課長など職階ごとに求められる要件をまとめたもの
  • 人事評価表:人事評価の項目や要件をまとめたもの

また、評価区分には、業績評価・役割評価・能力評価・コンピテンシー(高業績者の行動特性)評価・勤怠評価などがあり、人事評価表にはこれらの評価基準がまとめられています。最近は、「人望」を評価基準に加える企業もあります。

3 人事評価表を作成する前の準備

1)理由の明確化

人事評価の新規導入や既存制度の見直しをする場合は、その理由を明確にする必要があります。例えば次のような理由が考えられ、その内容に応じて評価区分(業績評価など)やウエート付けが決まってきます。

  • 企業が成長期に入り、社長一人で評価するのが難しくなったため
  • 事業領域が拡大し、既存の人事評価の内容を見直す必要が出てきたため
  • 従業員の高齢化に伴い、人事ポストを整備・再構築する必要が出てきたため

例えば、企業が成長期に入り、社長一人で評価するのが難しくなったことに対応する場合、業績評価を重視して従業員の数字に対する意識を高め、さらなる成長のエンジンにするという考え方があります。評価方針は相対評価とし、従業員の競争意識を高めるのも効果的でしょう。また、全体的にシンプルな仕組みにして、人事担当者が運用しやすいようにすることも重要です。

2)職種・等級表の作成

人事評価の新規導入や既存制度の見直しを進める理由を明確にするのと並行して、企業の現状を把握するために職種・等級表を作成します。これは、企業内の職種や職階を整理したものです。企業の規模や組織形態(機能別組織、事業部制など)によって異なりますが、例えば、横方向に営業・製造・研究などの職種、縦方向に本部長・副本部長・部長などの職階を記載して整理します。

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このような職種・等級表を作成したら、それぞれのマス目に該当するポジション(「営業部門の本部長」など)がどのような仕事をしているのか、職務分析(企業にある各職務の内容、難易度、所要時間、他職務とのつながりなどを分析すること)によって職務内容を明らかにします。

その結果、必要に応じて職種や職階の一部を統廃合し、組織をシンプルにします。なお、企業によって異なるものの、等級は5~10等級とするケースが多いようです。

3)等級要件書の作成

職種・等級表が確定したら、各等級(各職階)の要件を明確にするための等級要件書を作成します。これは、人事評価の際に従業員の昇格などを判断する重要な指標です。

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一般的には、部長職以上の職階(図表3では5等級以上)になると、職務を確実に遂行する能力は前提条件となっており、それよりも新しい事業の立案など、組織を変革するリーダーとしての役割が強く求められるようになります。

同様に課長の職階(図表3では4等級)になると、より高度な職務を担当しつつ自身の研さんに努めるとともに、部下育成の役割も強く求められるようになります。

4 人事評価表の基本的な作成手順

1)基本的な考え方

前章で紹介してきた取り組み(理由の明確化など)との一貫性を保ちながら、人事評価表を作成します。その際に意識するポイントは次の通りです。

  • 評価区分(業績評価・能力評価など)やそれぞれの評価項目は、人事評価の新規導入や見直しの理由と、ある程度一貫性を持たせる必要がある
  • 職種・等級表に応じて人事評価表の種類を検討する。例えば、職種ごと(事業部ごと)・等級ごと・評価期間ごとなどの区分で複数の人事評価表を作成する
  • 等級ごと(管理職用・一般従業員用など)の人事評価表を作成する場合は、等級要件書の内容を参考にしながら評価項目を検討する

2)評価区分と評価項目

一般的に評価区分には、業績評価・役割評価・能力評価・コンピテンシー評価・勤怠評価などがあります。採用する評価区分を決めて、人事評価表にまとめます。

まずは、人事評価表のイメージを確認してみましょう。

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このイメージでは、評価区分を業績評価と能力評価にしています。実際に採用する評価区分は企業によって異なりますが、一般的には次の3つが中心になります(名称は企業によって異なります)。

  • 業績評価:部門目標や個人目標の達成度合いによって評価
  • 能力評価:発揮した能力、潜在的な能力を評価
  • 行動評価:仕事に対する姿勢、情意などを評価

評価区分・評価項目・評価基準の一例は次の通りです。

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評価項目は各企業の意向によって大きく異なります。人事評価表の事例を紹介した書籍などがあるので、そうしたものを参考にしながら決めていくとよいでしょう。

3)ウエート付け

ウエートとは、評価区分や評価項目の中で企業が何を重視するのかを示す数値です。同じA評価でも、ウエートの大きい評価区分や評価項目のほうが高い点数になります。

ウエートは、評価項目と同様、各企業の意向によって異なる他、評価の目的などによっても変わります。

例えば、昇給評価では、業績評価、能力評価、行動評価の結果を総合的に判断して決定することがあります。理由としては、短期的な業績のみならず、中長期的な視点からも従業員の能力や仕事に取り組む姿勢をバランス良く評価する必要があることなどが挙げられます。

一方、賞与評価では、業績評価のみを評価の基準とすることがあります。理由としては、「賞与は業績の良いときには多く、悪いときは少なく支給する」という、いわゆる業績連動方式の賞与支給を行っている企業が多いことなどが挙げられます。

ただし、業績連動方式の賞与は、支給額の変動幅が大きくなりがちで、従業員に不安を与えやすい側面もあります。そのため、近年は従業員の定着率向上のため、業績のウエートを見直す企業も少なくありません。

実際にウエート付けを行う際は、職種・等級表や等級要件書を確認しながら等級ごとの役割を明確にし、それと矛盾のないようにする必要があります。

5 人事評価の運用上の留意点

1)評価方針の決定

人が人を評価する人事評価では、不公平感を完全に払拭するのは困難です。しかし、企業ができるだけ透明・公平な制度を目指していくことは重要です。そのために必要な取り組みの1つが、評価方針の決定です。

人事評価の方針には、絶対評価と相対評価があります。絶対評価は、評価基準に照らし、他者を考慮せずに被評価者を評価する方法です。相対評価は、評価基準に照らし、被評価者と他者を比較しながら序列を付ける方法です。絶対評価は、評価基準を厳密に定義する必要がありますが、客観的な評価が可能です。相対評価は、絶対評価ほど手間は掛かりませんが、主観的な評価に陥ることがあります。

一般的に、一次評価(考課)では絶対評価が実施されるケースが多いといわれています。これは、絶対評価では他者に関係なく被評価者を純粋に評価することができるため、評価結果から被評価者の強み・弱みを明らかにして、人材育成につなげようとする企業が多いからだと考えられます。

一方、最終評価では相対評価が高くなる傾向にあります。これは、企業の中には、次のような人事評価結果の分布をあらかじめ決めているところが少なくなく、その分布通りに収めるために相対評価で序列を付ける必要があるためと考えられます。

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2)評価者が陥りやすい傾向

人事評価においては、次のように評価者が陥りやすい代表的な問題傾向があります。企業は評価者訓練を実施して、こうした問題傾向を防止する必要があります。

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3)厳格な運用

人事評価は、ルールに従って厳格に運用する必要があります。特に、部課長クラスの従業員は業績評価が中心となるため、期首の目標設定の段階で企業の方針を十分に説明し、それに合った目標を設定します。

また、人事評価の結果についても、ある程度は被評価者にフィードバックし、来期に向けてモチベーションの維持・向上を図る必要があります。特に、昇格人事の取り扱いは重要です。部課長ともなれば、その企業における自身のキャリアを本気で考えています。「何をすれば昇格できるのか」を明確にして、可能な範囲でその基準を公開することは、部課長のやる気を高めるとともに、透明な人事評価を実現する上で重要です。

ただし、一度基準を公開すれば、以降は原則としてその基準通りの運用をしなければならなくなります。そのため、公開する範囲は慎重に検討する必要があります。

4)早期定着

人事評価の新規導入や見直しによって新しい人事評価をスタートさせると、結果として、人事処遇でそれまでとは異なる格差が生じてきます。企業は、新しい人事評価をスタートする目的や、その設計について、繰り返し部課長を含めた従業員に対する説明会を開き、企業への早期定着を図っていくことが重要です。

以上(2018年12月)

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小さな組織の部門マネジメントと業績評価

書いてあること

  • 主な読者:現在は単一事業だが、今後、複数の事業を手掛ける予定のある経営者
  • 課題:損益計算書を見るだけでは各事業部門間での損益のバラツキに気付かず、企業が抱える問題点を把握しにくくなる
  • 解決策:商品(製品)別で部門を区分し、「縦割り組織」での業績評価を行う。時間が経過したら、セクショナリズム(いわゆる「縄張り意識」)の台頭にも注意する

1 部門別業績評価制度の導入

企業が成長し、複数の事業を行うようになると、企業全体の損益計算書を見るだけでは各事業部門間での損益のバラツキに気付かず、企業が抱える問題点を把握しにくくなります。

例えば、A部門の業績は非常に良いのにB部門の業績が悪い場合、企業全体の損益計算書ではA部門とB部門の業績が合計されるため、各部門の実情が把握できず、各部門の実情に合った適切な対策を打つことができません。

そこで、部門ごとに業績を管理することが必要になってきます。一般にこのようなやり方を「部門別業績評価制度」といいます。企業組織のイメージ図は次の通りです。

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A部門とB部門の業績を別々に捉える部門別業績評価制度の考え方は、同じ部門内における商品別(X・Y・Z)の業績についても適用することができます。

本稿では、部門別業績評価制度の導入・運営上のポイントなどを紹介します。

2 部門別業績評価制度の組織編成ポイントと留意点

1)区分の方法

部門を区分する方法はさまざまですが、例えば「1.商品(製品)別」「2.販売先別」「3.地域別」に区分する方法があります。どの区分が適切かは、自社の実情に応じて判断する必要があります。

商品(製品)別・販売先別・地域別で事業本部を組織している企業の例は次の通りです。

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業績責任は、各事業本部が負うことになります。

単一または同じカテゴリーの商品しか販売していない企業は、販売先別や地域別の部門に区分してもよいでしょう。ただし、主要な商品が複数ある企業は、「商品(製品)別」の組織が適しています。指揮命令・財務・商品開発・営業・人事労務などが明確になり、資材などへの投資判断、在庫管理、営業マニュアルの作成、販売や代金回収、人材教育などといった現場のマネジメントが容易になるためです。

2)「縦割り」で管理する

多くの企業は商品(製品)別で部門を区分しており、いわゆる「縦割り組織」の運営をしています。縦割り組織による運営のメリットは次の通りです。

  • 部門長への権限委譲が進み、モラールが向上する一方で、経営者は全社的な意思決定に注力できる
  • 業績の測定が容易で、責任の所在が明確になる
  • 分権組織として部門長は部門ごとに包括的な権限を行使することができる
  • 商品企画・仕入れ・生産・販売などの各担当職能間の対立を生じずに、良好なコミュニケーションを維持できる
  • 構成メンバーは常に部門の仕事・課題・目標が何かを把握しやすく、それに対する自分の責任もよく分かるようになる
  • 管理者は、販売から生産・仕入れ・在庫管理・財務管理に至るまでの広範囲の管理能力を習得することができ、幅広い人材の育成が可能になる

ただし、縦割り組織特有の留意点もあります。例えば、図表2のXYZ事業本部のケースで考えてみましょう。XYZ事業本部が一体となって事業運営に取り組めばよいのですが、同事業部内で縦割りの意識が顕著になると、事業本部の運営に問題が生じます。

XYZ事業本部の規模が拡大するに従い、X・Y・Zの商品別に分権化された組織の規模も拡大し、例えば、当初は課だったものが部に昇格するなどが起こります。そうすると、それぞれの部では、自己の利益追求行動が顕著になってくることがあります。

利益追求行動自体は、決して悪いことではありませんが、場合によっては、X商品部の利益追求行動がY商品部の損失に直結するといった事態になることがあります。

一方、次のように、組織は商品部ごとの縦割りであるにもかかわらず、実際の現場は地域ごとに区分(支社単位)されているケースもあります。この場合、支社ごとに各商品のマネジメントを行う人材が必要になります。

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仮に、東京支社のX商品部に属するマネジャーが、XだけでなくY・Zのいずれの商品、また関連するマネジメントについても精通していれば、東京支社のX・Y・Zのマネジメントはこのマネジャー1人で行うことができます。

各支社で同様の人材を配置できれば、マネジャークラスの人件費が1支社当たり3分の1で済みます。こうした配置が可能になれば、XYZ事業本部全体で考えた場合、人的なコストが削減できるため理想的です。しかし、現実には、事業本部で扱う全ての商品のマネジメントができる人材がいるケースはまれです。

3)権限と責任

組織単位の管理者・リーダーの職務と責任、特に達成すべき業績基準については、はっきり示さなければなりません。事業本部長が事業本部全体の責任を負うのは明確です。

また、次のように商品別の部となっていれば、部長がその部の責任を負います。

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4)セクショナリズムの台頭

部が創設された直後であれば、各部が切磋琢磨(せっさたくま)しながら健全な競争状態を維持できるかもしれません。しかし、時間の経過とともに、セクショナリズム(いわゆる「縄張り意識」)が台頭するようになります。

その原因は、「部長同士の人間関係が良好でない」「X商品部とY商品部の業績に格差がある」「X商品市場は好況である一方で、Y商品市場は不況など環境があまりに違い過ぎる」といったようにさまざまです。

セクショナリズムが深刻化すると、必要な情報の共有が行われなかったり、事業本部内で不健全な競争が起きたりするようになります。分かりやすいところでは、部同士での顧客の奪い合いが起きたり、見えないところではインフォーマルな場における他部の悪口などが出てきたりします。

こうした状況に陥らないようにするには、一般的には「トップ(上記の例では、XYZ事業本部長)によるマネジメント」「公正な人事評価」「一定期間ごとの人事異動」「組織改革」が必要といわれています。

5)チームとは

チームとは、それぞれ得意とする技能、知識を持っている人が集まり、目標達成のために共に働くことです。最近ではプロジェクトチームやタスクフォースといった組織形態がこれに該当します。

一般的には縦割り組織単位内(図表5ではXYZ事業本部)の役割分割です。事業本部をまたぐようなチームが組織される場合は、社長直轄のチームとなることが多いようです。チームの場合、チームリーダーの権限、意欲、能力、リーダーシップがチームの業績に大きな影響力を及ぼします。

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3 業績目標設定と年度事業計画策定

1)従業員の売上高や利益に対する意識をより高める

部門別に業績を管理すれば、経営者が各部門の状況を把握できるようになります。また、部門別に適正な業績目標を設定し、適正な評価結果を人事考課に反映させることで、従業員の売上高や利益に対する意識をより高めることができるでしょう。

2)業績目標設定・年度事業計画策定

業績管理制度の運用は、業績目標設定・年度事業計画策定(年度予算計画策定)から出発し、年度末の業績評価で一巡します。

業績目標設定では、業績評価基準に組み込まれている管理指標に沿って検討します。管理指標は部門管理者がその職務権限によってコントロールできる範囲が対象です。

事業本部長であれば、事業本部全体の売上高・経常利益・売上高経常利益率・総資本経常利益率など事業本部全体の業績が管理指標となります。

部長であれば、部の売上高・営業利益・生産性など、課長であれば課の売上高・営業利益・生産性など、係長以下は自分に課せられた売上高などです。また、場合によっては、新規顧客獲得○件、顧客訪問○件といった目標を管理指標とすることもあります。

業績目標設定・年度事業計画策定では、トップ・ダウンとボトム・アップの積み上げをフィードバックすることで、より効果的に業績管理を目指します。ただし、ここで求められるのは、単に業績を管理することではありません。業績が好調となるような業績目標設定・年度事業計画策定です。

おおむねトップ・ダウンで示される数値は、その達成が容易でないものが多くなります。一方、ボトム・アップの積み上げ数値は、その内容を慎重に判断しなければなりません。

例えば、課単位の業績数値を積み上げる場合、課長がトップの意向をくんで、さらに部下の現状を把握した上で、実現可能な数値を提示することが求められます。しかし、しばしば確実に(容易に)達成できる数値を示すことがあります。また、新任の課長は自己アピールのために、課の実力以上の実現不可能な数値を示すことがあります。こうしたケースでは、部門長がしっかりと内容を把握し、数値を修正する必要があります。

3)部門別損益計算ルール

部門別に業績を管理するには、まず部門別の業績を測定・把握しなければなりません。そのためには、「売り上げや原価がどこに、どの範囲で帰属するのか、経費はどこの負担になるのか」といった損益計算のルールが必要です。この計算ルールは、業績管理を進めるに当たり、あらかじめ各部門の業績責任のある管理者に周知徹底されていなければなりません。部門別損益計算ルールを決める場合の留意点は次の通りです。

1.納得した上での実施

関係者の大多数が「業績管理上の約束」だと割り切って、納得した上で実施されなければなりません。

2.目的の明確化

業績管理の目的をはっきりさせます。目的は次の通りです。

  • 経営者が正しい判断、適切な経営方針を打ち出すため
  • 部門と部門管理者の業績が明確化されることにより、責任体制の強化と組織の活性化が図れるため
  • 部門別に意思決定を迅速・適切にし、機動力を発揮するため

3.関係者の参画

本部や会計部門だけでなく、支社などライン部門の関係者も参加してルールをつくります。現場関係者の参画により納得性が高まり、生産や販売などの実情に合ったものになります。

4.ルールの継続

実情に合わなくなったり、実施して不都合が生じたりした場合を除き、一度決めたルールはなるべく変更しません。

5.真実の業績の表示

意思決定を誤らないように利益が正しく計算され、真実の業績が表示されるようなルールでなければなりません。

以上(2018年12月)

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中小企業だけが実現できる“人財”開発のための人事制度

書いてあること

  • 主な読者:人事制度における年功主義と能力・成果主義の比重に悩む経営者
  • 課題:経営者の目指す人事制度が社員に受け入れられるか分からない
  • 解決策:「人件費の抑制や若手社員の定着を図りたい」など経営方針に基づいた人事制度を基軸としつつ、意識調査などを通して社員のニーズに合わせた修正を図る

1 企業は人なり。人は重要な経営資源

「企業は人なり」といわれるように、企業経営において人材(社員)は重要な経営資源です。モチベーションが高く、優秀な人材が集まる職場は活気に満ちあふれ、課題に直面したときもそれに立ち向かおうとする機運が生まれてきます。

こうした社員は企業にとって「人材」ではなく「人財」です。人財とは、「業務に対するモチベーションが高く、能力の開発にも積極的である」「社長の意向を十分に理解し、他の人材への伝達役になれる」「上司に相談すべきことと、自己で解決すべきことの判断力に長けている」といった資質を備えた社員です。

とはいえ、採用難の昨今、こうした人財を採用するのは簡単ではありません。企業は採用活動と並行して、社員のモチベーションを高めるための人事制度を整備し、人材を人財へと開発していく必要があります。つまり、働きやすい職場づくりと人材教育に力を注ぐということです。

本稿では、人材を人財へと開発するための中小企業の人事制度の在り方を紹介していきます。なお、人事制度とは「採用から退職までの取り組みを一定の方向性(考え方)によって整理した一連の制度」です。

2 万能モデルは存在しない?

人材を人財に開発していく上で重要なことは、社員に刺激とチャンスを与え、モチベーションを高めることです。わが国では1960年代から広まった能力主義と1990年代から広まった成果主義(以下「能力・成果主義」)の導入によって、それを実現しようとする企業が出てきました。

能力・成果主義は、社員が保有する能力、発揮した能力、達成した成果を評価して処遇する仕組みです。頑張り次第で、年齢や勤続年数に関係なく賃金や賞与が上がる可能性があるため、これに魅力を感じる社員がいました。しかし、一方で、次のような理由から能力・成果主義を好まない社員もいました。

  • 高齢社員(既婚、持ち家)

「なぜ、いまさら能力・成果主義なの? 若い頃に我慢して、ここまできたのに。年功主義のままで定年を待ちたい」

  • 中堅社員(既婚、持ち家)

「能力・成果主義に興味はあるよ。だけど、出産・住宅ローンなどお金がかかることが多いので、将来のことが不安だ」

  • 若手社員(未婚、親元)

「能力・成果主義でいいんじゃないかな。頑張れば今の年功主義より賃金が高くなりそうだし」

既に高給を受け取っている高齢社員は、年功主義のまま定年を迎えたいと考えるのが自然です。同様に、住宅ローンが残っており、生活費がかさむ中堅社員は、賃金支給額が安定しない能力・成果主義に不安を感じることがあるでしょう。社員の立場や考え方によって好ましい人事制度は異なるのです。

3 中小企業ならではの柔軟な人事制度

1)柔軟な人事制度を構築する

人事評価には、年功主義、能力主義、成果主義などさまざまな方針があります。人事評価の方針の特徴は次の通りです。

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人事評価の方針は、賃金などにも影響します。例えば、多くの日本企業が導入している年功主義では、年齢や勤続年数を主要な評価基準として賃金などを決定しています。しかし、年功主義には社員の平均年齢が高くなると人件費が肥大するデメリットがあり、また年齢の若い社員や勤続年数の短い社員には必ずしも魅力的な制度とはいえません。

人件費の抑制や若手社員の定着を目指すのであれば、年功主義から能力・成果主義へのシフトを考えるのも1つの方法でしょう。幸い、中小企業は一元的で細かい労務管理が求められる大企業に比べると、「就業規則に細かい規定を設けず、社長の裁量で人事に関する問題を個別に解決する」など、柔軟に人事制度を運用できる面があります。

ただし、人事制度のルールを変える場合は、必ずそれに不安や不満を抱く社員がいることを考慮しなければなりません。年功主義から能力・成果主義に移行する場合であれば、注意が必要なのは年功主義のまま定年を迎えたいと考える高齢社員などです。企業が柔軟な人事制度を構築する上でのポイントを詳しく見ていきましょう。

2)社員の目線で人事制度を捉えてみる

柔軟な人事制度を構築する際は、まずは社員の意識調査を行ってニーズを探ります。社員は自分たちのニーズを探りながら職場づくりを進める企業に好感を持ちます。たとえ1つでも社員の意見を取り入れれば、仕事への意識が大いに高まるかもしれません。

次に意識調査の結果を分析し、可能な部分を人事制度に反映します。何を取り入れるかは企業次第ですが、「社長の考え方に合致する」「多くの社員が希望する」ものであることが前提です。なお、社員に対する意識調査の結果を人事制度に反映させる際の1つの考え方は次の通りです。ここでは、成果主義賃金を導入した場合を想定しています。

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成果主義賃金を導入するだけでは、不安や不満を感じる社員がいます。そこで、成果主義金に対して不安や不満を感じることが多い高齢社員を考慮して、「年功給の比率を維持する」「貢献度に応じて、法定年齢以上に継続雇用する」といった制度の導入を検討します。賃金は複数の要素の組み合わせで決定されるため、成果給(成果主義賃金)と年功給(年功主義賃金)を同時に採用することができます。新たに成果給を導入するとしても、既存の年功給を変えなければ高齢社員の安心につながるでしょう。

4 中小企業が能力・成果主義から学ぶこと

1)なかなか導入がうまくいかない能力・成果主義賃金

能力・成果主義賃金は、年齢や勤続年数といった属人的な要素ではなく、企業への貢献度によって賃金額を決定することが可能となるため、賃金制度の選択肢の1つとして注目されています。企業への貢献度によって社員を客観的に評価したいという意向は中小企業でも強く、能力・成果主義賃金はそれを実現しやすい仕組みとなっています。

ただし、能力・成果主義の導入に失敗した企業は少なくありません。社員が目標達成に過度のプレッシャーを感じてしまったり、不安定な賃金に大きな不満を抱くようになったりすると、能力・成果主義は機能不全に陥ります。社員のモチベーションが低下し、能力を十分に発揮できなくなったり、「ウチの会社は、能力・成果主義を名目に賃金をカットしようとしている」と会社に反発したりする可能性もあります。そのため、社員の意識調査をしっかりと行った上で構築される柔軟な人事制度が求められます。

2)能力・成果主義の評価体制から学ぶ

年功主義を見直し、能力・成果主義を導入する企業の間では、多くの成功例や失敗例が生まれています。例えば、能力・成果主義における社員の評価体制です。能力・成果主義が注目された当初、「能力・成果主義」と「結果主義」を混同してしまい、失敗する企業がありました。結果主義とは、文字通り最終的な結果のみを評価の対象とする考え方です。最終的な結果だけが評価される仕組みでは、社員は強いプレッシャーとストレスを感じ、チャレンジ精神を失ってしまいます。

こうした失敗を踏まえた現在の能力・成果主義では、「社員の能力」「設定された目標の難易度」「目標達成に向けたプロセス」「最終的な成果(結果)」を総合的に評価するようになっています。ただし、これでも全ての社員の理解を得ることはできず、不満の対象となることがあります。そのため企業は、より透明で公平性の高い評価制度を構築しようと努力を続けています。

能力・成果主義を導入している企業と社員の関係は、ドライであるといわれることがあります。しかし、真摯に社員と向き合いながら評価しようとする企業の姿勢からは、これまで以上に社員と親密な関係を感じることができます。社員と真摯に向き合う姿勢は、人事制度を構築する上で非常に重要であり、こうした姿勢を示すことで、社員の企業に対する理解と信頼が生まれてきます。

3)人事制度が人財を開発することもある

社員のモチベーションを高める柔軟な人事制度の構築には、労力と時間がかかります。しかし、社員の意識を吸い上げやすく、フットワークの軽い中小企業ならば実現可能でしょう。そして、柔軟な人事制度がうまく機能したとき、人材は中小企業にとって欠かせない人財へと開発されていくのではないでしょうか。

人材を人財へと開発する人事制度を構築する上で大切なポイントは次の5つです。

  • 社員と真摯に向き合う姿勢を貫くこと!
  • 必要以上に○○主義にとらわれないこと!
  • 社員の意識調査をしっかりと行うこと!
  • 柔軟に人事制度のメニューを決定すること!
  • 刺激と安定のバランスを上手に取ること!

5 社員の意識を調査するためのシート

最後に、第3章で述べた社員の意識調査を実施する際に使えるシートの例を紹介します。

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以上(2018年12月)

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