家賃の減額交渉。借主はどのような交渉をすべき?

書いてあること

  • 主な読者:オフィスや店舗の家賃の減額交渉をしたいと考える経営者
  • 課題:どのような根拠を持って貸主と交渉すべきか知りたい
  • 解決策:賃貸借契約の期間延長を条件にするなど、貸主側のデメリットを少しでも補う交渉条件を考えておく

コロナ禍の影響などによるテレワークの普及でオフィスの在り方が見直され、オフィス市況も悪化しているようです。現在(2020年8月時点)は、緊急事態宣言が解除されているものの、第2波が警戒されており、経済活動が再び以前のように戻るには相当な期間が必要といわれています。

このような状況において、どうにか経営を維持していくために固定費であるオフィスや店舗の家賃(賃料)の減額ができないかと検討する企業や店舗が急増しています。この記事では、借主・テナント側が家賃の減額交渉を行うことについての法的根拠、家賃の減額を求める際の注意点について説明します。

1 家賃の減額等の交渉にあたっての法的根拠

まず、減額交渉を行うにあたって、賃借人はどのような法的根拠に基づいて減額請求ができるのかを説明します。

1)賃貸借契約書に基づく減額交渉

減額交渉を行うにあたって、まずは賃貸借契約書を確認する必要があります。一般的な賃貸借契約書には、一定の場合には賃料を協議の上、改定することができると定められている場合が多いでしょう。

契約書に賃料改定の規定があれば、まずは当該規定を根拠に賃料減額の申し入れをすることになります。

もっとも、賃貸借契約書に規定されている賃料減額の申し入れ事由は、後述する借地借家法に規定されている内容と同じく「租税公課の増減」、「土地建物の価格の増減その他の経済事情の変動」といった事情により「近傍同種の建物賃料と比較して不相当な賃料になった場合」などが規定されているのみであることが多いと思われます。

このような限定がある場合、後述の通り、賃料減額の申し入れができるかどうかには不透明な面があることは否定できず、賃貸借契約を根拠に賃料減額の申し入れをすることは難しい可能性があります。

なお、賃貸借契約書において賃料の減額を認めないとする「賃料不減額特約」が規定されている場合がありますが、この規定は無効と解されています(定期建物賃貸借契約の場合を除きます)。よって、貸主側が当該特約を理由に減額交渉に一切応じないと主張されたとしても、法的な根拠を伝えながら、粘り強く交渉してみる価値はあるでしょう。

2)民法第611条第1項に基づく減額交渉

2020年4月1日に施行された改正民法第611条第1項によると、「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益することができなくなった場合」に「使用収益できなくなった部分に応じて」賃料減額が認められると規定されています。民法改正前においては、法律上、「滅失」のみが賃料減額事由として規定されていましたが、法改正によって、「使用収益ができなくなった場合」が広く賃料減額事由として認められることになりました(なお、上記施行日前に締結された賃貸借契約については、原則として改正前民法が適用されます)。

そのため、この条項は、今回の新型コロナウイルス感染症の拡大による自主的な営業自粛、緊急事態宣言の発出を受けてなされた緊急事態措置等を理由とする休業、国が提言する新しい生活様式の実践としてなされる身体的距離(フィジカルディスタンス)の確保のための対策による恒常的な店舗の一部使用制限といったことを理由に、賃料減額請求をすることができる根拠にはなりうるでしょう。

ただし、これらの事情はいずれも自主的な決定であり、直接的な強制力を伴うものではありません。そのため、客観的に賃借物の使用収益ができなくなっているわけではないという理由で民法第611条第1項を理由に賃料減額請求をする根拠にすることはできないという見解もあります。

3)借地借家法第32条に基づく減額交渉

前述した民法に基づく賃料減額請求のほか、借地借家法第32条に基づく請求も考えられます。同法では、「租税その他の負担の増減」、「土地建物の価格の増減その他の経済事情の変動」といった事情により「近傍同種の建物賃料と比較して不相当な賃料になった場合」に賃料減額請求が認められると規定されています。

これは、あくまで一般的な事情変更の原則が認められる例示的な要素を示しているにすぎないものといわれています。賃料減額請求が認められる「経済事情の変動」とは、土地建物の価格の増減のほか、物価や所得水準の変動、経済活動の状況その他契約当事者が賃料を決定したさまざまな要素を総合考慮して決定されるべきものと考えられています。そして、「経済事情の変動」によって継続的な賃料が不相当となった場合に減額を認める規定と考えられています。

このような法の趣旨に鑑みると、今回のコロナ禍のように必ずしも土地建物の価格が増減しておらず、物価や所得水準の変動が今後どうなるかが不明で、現在の経済活動の停滞が長期継続的なものなのかが明らかではないような場合、借地借家法に基づく賃料減額請求が認められるかどうかは、不透明な面があることは否定できないといえるでしょう。

2 減額交渉にあたっての注意点

賃料減額交渉の法的根拠については前章で紹介した通りですが、次に、実際に賃貸人(貸主)と交渉を行うにあたって、どのような準備・心持ちで交渉をすればよいか、考えてみましょう。

1)賃料相場を理解しておく

まず、対象物件における賃料相場をきちんと理解しておくとよいでしょう。後述する通り、借主が、貸主と対立することは望ましいことではなく、良好で継続的な信頼関係を築いていくことが望ましいといえます。

そのため、自身が経済的に厳しい状況に立たされているからといって、対象物件について、合理的な賃料水準を大幅に超えるような減額請求をすることはお勧めできません。まずは、自身が交渉する減額賃料が、賃料相場と比べてどの程度の水準であるのかをきちんと理解し、その上で減額交渉をすることが望ましいといえるでしょう。

2)減額を求める理由を説明する

また、法的な根拠を示すだけではなく、賃料減額交渉に至った理由をきちんと説明することが必要です。賃料の減額は、貸主側からすると売上・利益の減少であり、損失になります。それでもなお、賃料の減額を認めてもよいと考える理由は、賃料減額請求に合理性があるからといえるでしょう。

3)貸主側のデメリット軽減を考える

2)に加えて、賃料減額という貸主側のデメリットを少しでも補う交渉条件を考えておくとよいでしょう。例えば、今後のウィズコロナ、アフターコロナにおいては、長期的な賃貸借契約を締結せずに、柔軟にオフィススペースを縮小できるような契約形態を検討する企業が増えるといわれています。そのため、賃料減額を提案することと併せて賃貸借契約の期間延長を条件にする(長期的に安定した賃貸借契約を締結する)、固定賃料に加えて歩合賃料制(一定の売上を超えた場合には、それに比例して追加で賃料を支払う)を導入するなどが考えられるでしょう。

3 最後に

以上の通り、本稿では賃料減額請求を行うための法的根拠と賃料減額交渉を行う際の留意点を説明しました。いうまでもなく、賃料減額交渉は、貸主と借主とで利益が相反するもので、賃料減額がなされること=貸主が損失を被ることになります。

そのため、賃料減額を強く主張することは、貸主との継続的な信頼関係を破壊することになりかねません。そのため、自らの利益や経済状況だけでなく、貸主の置かれている経済状況や考えを慮って、バランスの良い交渉をしていく必要があることを忘れてはいけないでしょう。どうしても賃料減額が難しい場合には、一時的に賃料納入を猶予してもらうことを考えてもよいかもしれません。

また、今後、あらたに賃貸借契約を再締結する場合には、新型コロナウイルス感染症の拡大による景気の急激な悪化などの未曽有の緊急事態が生じた場合に、円滑に貸主と賃料改定について協議できるように、現在の契約条項を見直して、協議の申し入れができるような条項を付加しておくことも必要といえるでしょう。

以上(2020年9月)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Gorodenkoff-shutterstock

第21回 【体験談編】東証の上場推進部課長の勝尾氏の仕事についての体験談(私感・私見)/イノベーションフォレスト(イノベーションの森)

30年以上、東京証券取引所の主に発行市場で働かれている勝尾修氏に、上場とは何か、これからの日本に必要なことについて、これまでのご経験を交えて教えていただきました。今回の「体験談編:東証の上場推進部課長の勝尾氏の仕事についての体験談(私感・私見)」と次回の「レクチャー編:東証市場・上場について」の2部に分けてお伝えいたします。
今回の「体験談編」では、勝尾氏がお話された内容をまとめております。上場についてや、キャリア・ビジネスにおける考え方などのご参考に、ぜひお読みいただければ幸いです。

1 上場・未上場に左右されない就職活動、 キヤノンへ入社

私(勝尾氏。以降、「私」は全て勝尾氏)は、理系崩れの慶應義塾大学では、電卓をたたく会計学を中心に学んだ後、キヤノンに入社し経理を担当しました。当時、就職活動をしている学生の間では「上場企業だから就職したい」という発想は今ほど強くなく、就職先として人気があったのは未上場の日本交通公社(現JTB)やマスコミ、電通、博報堂などでした。上場会社は優れ、未上場会社は劣ると言った評価はありませんでした。

最初に就職したキヤノンでは経理に配属になりました。まず驚いたことは、労働生産性を、1分を1000で評価したり、部品を銭単位まで細かく評価する原価計算をすることです。社会生活では1分は60秒が当たり前でしたが、組立ラインの労働生産性の管理では1000分の一秒で作業パフォーマンスを管理し、その時初めてRuという単位を知りました。さらに、部品の購入単価は、銭形平次でしかお目にかからない“銭”という単位で仕入れを管理し、トータルで工場原価の計算をしていたことです。

はじめは、お金を流通単位以下の単位で計算することに何の意味があるのだろうかと不思議に思っていましたが、例えばヒット商品が10万台売れれば、それでも大きな原価差額に繋がります。原価差額が生じると、工場中を走りまわって原価差額分析を行います。すると、作業効率を高めようと努力する製造現場の人々のパフォーマンスや仕入れ価格を交渉して下げようと努力する部品調達社員がいることが分かったりするのです。そういう現場の努力でプラスの原価差額に現れます。

社外の友人に「ソニーの社員は夢を語り、キヤノンの社員は原価計算を語る」と言われたこともあります。ソニーには、創業者の盛田昭夫氏のサクセスストーリーがあり、今でも起業を目指す人々の目標になっています。

一方、キヤノンは創業者のイメージはありませんが「いいものを安く提供したい」という経営者のビジョンに従って改善を重ねていました。経営者の特徴によって、企業イメージは勝手に醸成されていくのだと面白く感じました。

もう一つ、印象的だった話をすると、当時お世話になっていた工場の経理課長に教わった「会計学は英語にするとAccountingで、語尾に進行形「ing」が使わる。これは数ある学問の中でも珍しく、変化を追い続けることが表れている」という話です。人一倍好奇心の強い私に向いていると言っていただきました。

2 東京証券取引所への転職

東京証券取引所に興味を持ったきっかけは、キヤノン内で子会社をいくつか上場させようという動きが起きたことでした。当時は、大企業の子会社が次々と上場を果たしており、キヤノンでも日立グループの有名な「この木なんの木、気になる木~。」という日立の樹のCMでグループの名前が列挙されるように、5社、10社増やしたいと考えていたようです。その時に、ふと「誰が上場を認めるのか」と疑問に思ったことで、私は、証券取引所の存在を意識しました。するとタイミング良く、新聞記事にて「20年ぶり位でしたか、東証が中途採用の募集を行う」ということを知り、応募し、採用が決まりました。昭和63年(1988年)のことです。

金融業界に移ると、100万円以下は切り捨てるような仕事(上場会社の財務諸表は大体100万円以下は切り捨て)となりました。あまりにも今までと数字を評価する単位が違い、その金銭感覚や数値評価額の違いに驚きと面白さを感じました。

3 そもそも証券取引所とは?

証券取引所は、企業の株式等を売買しているところで、株式市場(マーケット)=証券取引所です。以前は、現物の取引所は大阪、新潟、京都、広島などにもありましたが、現在、日本には東京、札幌、名古屋、福岡の4カ所にあるだけで、私が勤めているのは東京証券取引所、通称「東証」です。日本全国には多くの株式会社がありますが、証券取引所でその全ての株式を売買しているというわけではなく、ある一定の要件を満たした上場会社の株式(上場株式)を売買しています。証券取引所があることで、企業の資金調達と株主の資金運用を効率的に行うことが可能です。

東証の画像です

4 上場までの流れと株主数

証券取引所には発行市場と流通市場があります。まず、発行市場で資金調達が必要な企業の経営者に、社長面談という形でヒアリングを行い、「その企業のビジョンは社会にとって必要なものか」「持続続可能な経営体制をなしているか」などを審査します。その他、定められた上場審査基準をクリアすると、流通市場に上場することになります。

流通市場には数多くの個人投資家や機関投資家がおり、彼らが上場企業の株を買う=出資することで、その企業に資金が集まります。例えば、ある会社が20億円調達したとして、銀行から調達した場合は1行からか、3~4行の協調融資という形になったりしますが、証券取引所の場合は200人、300人と多くの投資家からの調達という形になるのです。この投資家の数は、市場や企業の規模によっても違いがあります。東証第一部に上場する場合は2200人以上、第二部は800人、ベンチャー企業の上場が多いマザーズやJASDAQは200人が最低限必要です。なぜ、これだけの人数がいるのかというと、明確にお答えできませんが、社会の縮図を反映していると示せる程度の人数が必要だからではないでしょうか。これは流通市場では一定水準の流動性の確保にも繋がります。

ただし、ベンチャー企業に過剰な資金調達をさせると、配当負担で経営が圧迫されてしまう場合もありますが、逆にグローバルマーケットで戦おうという企業なら日本人約1億3000万人の内の2200人程度の支持者もいないで世界で戦えるのか、という話になるので、マーケットによって株主の必要最低数に違いがあります。あくまでも、この数字は最低ですから、通常はもっと多い数で上場しています。例を挙げると、東芝は270,570名の投資家がいますね(2019年3月31日現在)。

5 上場推進部での仕事は「野球のスカウトマン」に似ている

東京証券取引所の属す日本取引所グループ(JPX)は、東証以外にも大阪取引所や東京商品取引所も属す巨大な全国区組織です。ちなみに、東証の前身である東京株式取引所は渋沢栄一氏らによって明治維新から間もない1878年に創設されました。

東京証券取引所には、先ほどもお伝えしましたが、企業の上場に関わる発行市場と、上場後に投資家との関係を維持・管理する流通市場があります。私は発行市場の上場推進部で働いています。

私たちが何を行っているかは、野球で例えてみると分かりやすいかもしれません。ざっくり言うと、ベンチャー企業=野球するプレイヤー、流通市場=野球のグラウンド、投資家=観客だとすると、私たちはスカウトマンです。発行市場で資金調達をして社会のためにより成長してもらいたいと思うベンチャー企業を探し出し、「流通市場でプレーし、成長しませんか?」と提案して回ります。

具体的には、経営者に「成長を考える資金調達についてどう考えているか、必要かどうか、必要ならば銀行借り入れのみか、上場して不特定多数の投資家から資金を集めて起業を成長させるというプロセスを描くか」などをヒアリングしていきます。上場したいと思う経営者がいたら、そのためには何が必要か、経常利益はどの程度出して欲しい、コーポレートガバナンスは守って欲しい、帳簿は監査法人の監査証明書が2期間分は必要であるなど、細かいことをお伝えします。

また、セミナーを開き、上場について説明を行うこともあります。上場を目指す企業は、上場審査を受けることになりますが、必ず通るわけではありません。大学受験をイメージしてもらうといいと思いますが、大学が「入学しませんか」と募集をしたからといって、受験者全員が合格するわけではないのと同じです。上場審査に通らないということは、不特定多数の人が投資するには不安な点があるということですから、そこを改善して再挑戦していただくこともできますし、そのアドバイスも行います。

逆に、上場審査に通ったとしても、辞退することもできます。例えば、今回のコロナ禍などを考慮して「今上場するタイミングではない」と判断した時は、いったん辞退し、翌年以降に再度上場審査を受けてもいいのです。株価が下がると、その説明のために社長はIR活動(インベスター・リレーションズの略。投資家に向けて企業の経営状況などの情報発信を行う)をしなければならなくなりますから、コロナ禍のように社会的インパクトが大きすぎる場合、上場が可能であっても、経営の慎重さを優先される場合もあります。

企業が無事に上場を果たした後は、私たち上場推進部の人間は、その企業に対しては、基本的にはノータッチです。成長志向で社会貢献をしたいと思っている新しい企業を探しにいきます。

東証の鐘の画像です

6 昔の上場は、今よりずっと難しく感じていたのかもしれない……

1999年にマザーズが開設され、現在はスタートアップの上場も目立つようになりました。しかし、以前は上場というとスタートアップ企業の資金調達というよりは、創業20年とか30年で、相当練られた取引先を持つ優良企業が満を持して成長企業への軌道安定を狙う傾向があり、その数も年間50~60社程度でした。亀のようにコツコツと努力して成功してきた重厚長大型の企業が設備投資の資金調達として上場したり、店舗展開の拡充を目指した流通業などが、東証の新規上場会社に多かったのです。

間違いなく社会的に強いニーズを感じさせる企業は、上場後の決算修正も少なく、業績の成長を背景に株価も上昇するなどしていました。

また、経営者が「上場を目指す」と気楽に口外した時点で、内部情報管理の視点から上場申請の却下があったりしていました。上場するかどうかを決めるのは経営者ではなく、上場審査が客観性という視点を通じて、投資家のためにあるんだという感じもありました。

ところがベンチャー市場設立当初、市場間競争が優先され、また、IT企業の勃興により、IPOの市場が急速に肥大化した部分があります。これを、もっとオープンな経済活動に馴染んだエコシステムにしていかなければならないと思っています。

7 現代の軽薄短小なビジネスや地方企業の発展とTOKYO PRO Market

東証には、第一部、第二部、マザーズ、ジャスダックという4つの市場があり、このうちのマザーズとジャスダックはベンチャー向けマーケットです。

さらに、最近は、企業の収益基盤のダイバーシティ化が進み、多額の資金調達の必要性は低いが、経営の透明性等を高め、人材や知名度が欲しいという会社向けにTOKYO PRO Market(以下、TPM)という、プロの投資家しか市場に参加できないマーケットも作りました。

現在は、重厚長大という高度成長期の時代のビジネスから、設備投資が不必要なビジネスへと移り変わってきました。例えば、IT企業はPCとWi-fiがあれば創業のスタートに立つことができ、企業が成長し多くの注文が入るようになればコンピューター設備投資、人件費はかかりますが、それほど大掛かりな生産設備投資が必要になるわけではありません。このような企業に過剰な資金調達をさせる必要はないわけです。

過剰な資金調達をしてしまうと、「上場から半年も経っているのに、現預金が動いてませんよ」と証券アナリストに指摘されてしまったりして、急いで次のビジネスモデルを考えないといけなくなるなど、逆に負担が増えてしまうこともあります。

また、未上場会社の中にも、社歴も長く社会に根付いた立派な会社があるにも関わらず、上場会社じゃないというだけで社会的格付けが下がってしまう。このような感覚も含め、多様性を認めた市場運営を目指すため、最近はTPMが活用されています。具体例をいくつか挙げましょう。

ある地方の地元密着型企業は、東京に出て行った大学生が地元に戻ってくるための安心材料としてTPMに上場し、「上場会社に準じる経営体制がある」とアピールしました。また、ある会社は、正規のルールに則って営業していても、業種的に業界のマイナスのイメージを持たれがちであるため、信用を得るために上場。他にも、ある飲食会社はシンガポールに進出するために上場したことによって、不動産会社から良い物件を紹介してもらいやすくなったそうです。

このように、様々な目的でTPMを活用してもらっています。まだ、34社しか上場していないので(2020年2月時点)、使い方は企業が決める部分がありますが、多様性を重視する地方創生などに繋がる多くの可能性を秘めています。

また、必ずしも、東京で上場しないといけないわけではありません。企業の成長にとって誰の応援が必要なのかによって、適切なマーケットを選ぶと良いでしょう。例えば、煎餅屋さんなら原料となる米農家が多い地域で上場すれば応援してもらいやすいわけですから、札幌で上場した方がいいかもしれません。地元の漁師さんのサポートが必要なビジネスの場合も、東京で上場するよりも、地元で上場した方が親しみを持ってもらえます。その地域の文化が分かる人たちが株主になってくれることは、地元上場の大きなメリットです。

アフターコロナの対応の一つとして、地方企業が東京に本社を設置する理由は少なくなっていくのではないでしょうか。海外進出をする場合は、東京に営業本部を置いて東証に上場すればいいわけです。本社は地方に残しておけば、法人税も地元に納められ、貢献することができます。

東証の魅力は、国内外の多数の投資家が注目する市場で、グローバルに注目されている点ではないでしょうか。

8 海外との関わり

海外から注目されていることは、具体的には、東証一部の売買代金の75%は海外投資家による売買であるというところに表れています。特に欧米、香港・シンガポールの機関投資家などが存在感があります。これは、日本の企業は成長すると海外から評価されていることの表れでしょう。これからの上場企業には、国際会計基準を意識した財務関係書類の英文開示を求められる可能性も高いことは留意しておくと良いでしょう。

実は、「Japan as No.1」と呼ばれた頃には、東証には多数の外国企業が上場していました。当時、東証に上場するということは、世界的には日本経済との繋がりを求め、ステータスを示せるものであり、様々な国の企業が上場していました。その後、バブル崩壊後、失われた××年……となり、外国企業は減少傾向となりました。

今後は、日本経済・社会の強みを見直し、証券市場への求心力に繋ぎ直していく必要があるかと思います。

9 ブームから、エコシステムへ

これまで、何度かベンチャーブームが到来して社会が盛り上がっては、誰か失敗すると原因分析を行うばかりで、全てが失敗したかのように情報が伝わり、大騒ぎになって皆が委縮する傾向が見えました。これを反省し、ブームではなくエコシステムを作る必要があります。

そのために、私が会社から与えられたミッションとして、産学官連携を地域ごとに根付かせ、地域の住民たちが意識し、サポートするという分散的な拠点となる自治体を全国に多数作りたいと考えています。

例えば、福岡市は国家戦略特区「グローバル創業・雇用創出特区」に選ばれ、創業の支援と雇用の創出に取り組んでいます。このような取り組みを、別のテーマで戦略特区に選ばれた地域で考えたり、各地域ごとの特色を活かせると良いと思います。面白いのは、北海道は雪道での自動運転の実証実験に適しているので、その方向で、地域地域で推し進めていることです。

各地域で、金太郎飴のようなあれもこれもではなく、「私たちはこれが得意で、これでPRして行くんだ」というものを決め、地域の大学がそのジャンルにおいて最先端の研究を牽引する。そして地元企業も産学連携を活かして雇用創出に繋げられる、というエコシステム循環が、これからの日本には必要になっていくと思います。

知の源泉が、新たな産業の源泉・起爆剤にもなり、そこには老若男女が集い、未来志向のコミュニティを生み出していくというイメージでもあります。

10 証券市場のミッションは、株式の大衆化

私が感銘を受けた言葉に、松下幸之助氏の「株式の大衆化が日本人を豊かにする」というものがあります。松下氏は今から半世紀以上も前に、多くの国民が株を持ち、国家産業の興隆に寄与することの重要性を説いており、そこに国民全体の安定と繁栄を生み出す一つの道があると考えられていました。国民に応援され、企業が成長し、日本が豊かになる。好循環を生み出す金融(社会)エコシステムを構築することが求められています。

勝尾氏と森若氏の対談の画像です

勝尾さん、お忙しい中、たくさんのことを教えていただき、愛りがとうございました! 次回は続編として、「【レクチャー編】東証市場・上場について」をお届けいたします。

以上

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資金繰りのコツを押さえよう/資金繰りの基本(1)

新型コロナウイルス感染症の影響により、経営課題としての重要度がより高まっている資金繰り。すでに影響を受けている会社だけでなく、今はまだそれほど受けていない会社においても、不確実な未来に向けた対策は欠かせません。

このシリーズでは、中小企業の経営者向けに、資金繰りの基本や資金繰りを行う上でのポイントを専門家が解説します。

1 企業は何のために資金繰りをするのか?

企業は何のために資金繰りをするのでしょうか? 当たり前のことなので考えたことがないという方も多いかもしれませんが、とても大切なことなので、この機会に一緒に考えてみましょう。まずは「資金繰りが上手くいっていない会社」と「資金繰りが上手くいっている会社」の違いを一緒に見ていきましょう。

1)「資金繰りが上手くいっていない会社」8つの特徴

「資金繰りが上手くいっていない会社」の特徴を8つ挙げてみましたので、あなたの会社は幾つ該当するのかを確認してみてください。5個以上なら要注意です。

  • 資金繰りの予測が甘くて不正確
  • 頭の中で同じ計算を繰り返している
  • 幹部社員が資金繰りを分かっていない
  • 銀行が思うような提案をしてくれない
  • 無駄な経費に気付いていない
  • 行きあたりばったりの資金繰りをしている
  • 資金繰りの対策が遅れがちで常に焦っている
  • 売上アップの課題が後回しになっている

2)「資金繰りが上手くいっている会社」8つの特徴

次に、「資金繰りが上手くいっている会社」の特徴を8つ挙げてみましたので、あなたの会社は幾つ該当するのかを確認してみてください。5個以上なら合格です。

  • 資金繰りの予測の精度が高い
  • 頭の中で計算をする必要がない
  • 幹部社員と資金繰りの情報が共有できている
  • 銀行が期待以上の提案をしてくれる
  • 無駄な経費がない
  • 地に足を着けた資金繰りをしている
  • 早めに対策できるので気持ちに余裕がある
  • 売上、利益、残高が増えるようになっている

「資金繰りが上手くいっていない会社」も「資金繰りが上手くいっている会社」も、倒産や廃業をしていない限り、どちらもお金が回っているという点は同じです。それでは何が違うのでしょうか?
「資金繰りが上手くいっていない会社」は、日々恐怖におびえて焦りながらお金を回しているため、本来やるべきことが後回しになり、事業が好転しにくいという悪循環に陥っている傾向があります。それに対して、「資金繰りが上手くいっている会社」は、気持ちに余裕を持ちながらお金を回せるため、本来やるべきことに集中でき、事業が好転しやすいという善循環の傾向があります。
つまり、何のために資金繰りをするのか? という問いに対する答えとして、「気持ちに余裕を持ちながらお金を回し、本来やるべきことに集中して事業を好転しやすくするため」といったことが浮かび上がってきます。その結果として、経営は善循環に入っていきます。

2 そもそも資金繰りとは何のこと?

資金繰りを一言でいうと、「予測」することです。それでは、何を予測するのでしょうか? その答えは3つあります。お金の「入り」と「出」と「残り」です。ちなみに「残り」とは預金残高のことです。その「入り」と「出」と「残り」の予測の精度が低いと、悪循環に陥る可能性が高くなります。逆にそれらの予測の精度が高いと、善循環でやっていけるようになります。
ここで注意していただきたいことがあります。前述の通り、資金繰り=予測は正しいのですが、資金繰り=資金調達(借入)と勘違いされている方が多いように思われます。資金繰りとはあくまでも「入り」と「出」と「残り」を予測することです。その予測をした結果、例えば、4カ月後の仕入代金1000万円が足りなくなりそうなのであれば、資金調達(借入)をすればよいということになります。つまり、資金繰りは、まず予測ありきなのです。資金繰り=予測です。予測あっての資金調達(借入)なのです。

3 資金繰りのコツとは?

資金繰り(予測)を上手くやるコツは、簡単・シンプルに考えることです。これができそうでできない。ほとんどの会社は、その担当者でなければ分からないとか、その担当者でなければ使いこなすことができないという、独特で難解な表で資金管理をしています。その結果どうなっているかというと、予測の精度が低くなり悪循環に陥っている会社が大多数です。
重要なのでもう一度言います。資金繰りを上手くやるコツは、簡単・シンプルに考えることです。小学生にも理解できて、扱えるくらい簡単でシンプルな図や表で管理することが必要なのです。そうすれば、担当者が代わったときでも大変な目に遭うことなく、スムーズな引き継ぎを行えるようになるので安心です。誰が見ても一瞬で理解でき、余計な手間がかからずにやり切れる簡単・シンプルなツールが資金繰りには欠かせません。

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4 資金繰りツール「三種の神器」とは?

それでは、小学生でも分かるくらい簡単・シンプルな図や表とはどのようなものなのでしょうか? 文章で長々と説明をするよりも、見てもらったほうが早いと思いますので、ここで筆者が実際にクライアント企業に導入している図と表(三種の神器)をご紹介したいと思います。

1)「入り」と「出」の図解

「入り」と「出」の図解の画像です

上図のそれぞれの左側が「出」で、右側が「入り」です。「出」は大きく分けて4種類で、仕入、経費、税金、返済です。それではここで、メモ用紙でも何でもいいので記入するための紙を用意してみてください。そして用意していただいた紙に、この図の枠線を書いてみましょう。そしてあなたの会社の数字(キャッシュベースの数字)を大ざっぱでいいので、図に記入してみてください。縦の長さが数字の大きさです。左の「出」と右の「入り」、どちらが縦に長くなりましたか? 1~3のどのパターンに該当しましたか?

これらの図は、単にお金の「出」と「入り」のバランスを見るためのものなので、業種・規模にかかわらず、全ての会社が上図3つのいずれかのパターンに当てはまります。そして、左側に行くほど資金繰りが楽になりますので、左側のパターンに持っていくには「何をどれだけ減らせばいいのか?」「何をどれだけ増やせばいいのか?」など、この図を見ながら大まかな戦略を立てていきます。

2)資金繰り表(エクセル)

資金繰り表の肝は、「形」です。「形」が悪ければ悪循環から抜け出すことはできません。逆に「形」が良ければ、善循環で資金繰りを行っていけます。

下表が、資金繰り表のベストな「形」(基本形)です。月ベースではなく、日ベースになっているのが特徴です。そして、この表は通帳ごとに作成し、通帳に印字されている項目を基本的にはそのまま記入していきます。

「資金繰り表のベストな「形」(基本形)の画像です

エクセルで、1カ月分を1シートとし、12シート(1年分)を作成し、見込み(予測)の数字を1年先まで入力してしまいます。実際に動いた実績の数字については、見込み(予測)の数字を上書きして修正します。そのようにしていけば、「〇月〇日にいくら足りなくなるのか?」、あるいは「〇月〇日にいくらお金が余っているのか?」ということが、誰が見ても一目瞭然になり、支払い直前ギリギリではなく、何カ月も前に打つ手が明確になります。そのため、対策が立てやすく、気持ちに余裕を持って資金繰りができるのです。ちなみに、筆者がクライアント企業に導入しているこの資金繰り表は「どんぶり大福帳®」と名付けています。ありそうでない「形」です。前述4-1)の図の色に合わせて、白色は「入り」、黄色は「仕入」、緑色は「経費」、青色は「税金」、茶色は「返済」としています。
なお、この資金繰り表は、こちらからダウンロードできます。

3)折れ線グラフ

1年先までの「入り」と「出」を折れ線グラフにすると下図のようになります。これはクライアント企業の事例です。点線が「入り」で、実線が「出」です。この会社は毎年決算時に多額の保険料を支払っていました。その結果、「出」が「入り」よりも多くなっていました(下図参照、ビフォー)。

1年先までの「入り」と「出」を折れ線グラフにした画像

しかし、社長がこの折れ線グラフを見て、お金を減らす経営判断をしていたことに気付き、その後は、決算時に支払う保険料の額をコントロールして、お金が増える経営にシフトチェンジすることができました。
もし、この折れ線グラフを見ていなければ、お金を減らす経営をずっと続けていたことでしょう。

5 資金繰りの先入観をリセットする

資金繰り=資金調達(借入)と勘違いされている人が多いという話をしましたが、その他にも先入観による勘違いの多い事柄があります。それは何かというと、「決算書を読めるようになれば資金繰りが分かるようになる」という思い込みです。
ところで、決算書は何のために作られているのでしょうか? 非上場企業にとっての答えは、税金を計算するためです。ですから、決算書に記載されている数字は税金を計算するための過去の数字ということになります。つまり、決算書に記載されている過去の数字をいくら分析したところで、先々の資金繰り予測をするための判断材料になることはあり得ないということです。もし、自分の会社の資金繰りをきちんとするために決算書を勉強しようということであれば、その考えをリセットしましょう。前述した「三種の神器」で予測の精度を上げながら資金繰りをしていくことが、あなたの会社の経営が善循環に入っていく近道になりますので、まずはまねをしながらやってみてください。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年9月8日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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経営効率を高めるための分社化戦略/弁護士が教える組織再編~事業再編・M&Aを学ぶ~(4)

書いてあること

  • 主な読者:複数の後継者のいる事業承継を控えた中小企業の経営者
  • 課題:強引な事業承継は、将来の内部対立などが発生する可能性がある
  • 解決策:1つの会社を複数の会社にする会社分割を活用して、それぞれの後継者に独立した会社の経営者として事業承継を行うことができる

事業承継やM&Aを行う場面において、会社分割を活用するシーンが見られます。会社分割というのは、簡単にいえば、会社の一事業を、既にある会社、または新しく作った会社に移すことです。

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既にある会社に承継させる会社分割を「吸収分割」、新たに設立する会社に承継させる会社分割を「新設分割」といいます。事業承継やM&Aで会社分割を行う際には、既存の会社を利用するのか、新たに会社を設立するのかは、その会社の実情に合わせて判断していくことになります。

1 複数の後継者に事業承継できる

複数の事業を行っている経営者に、後継者となる意思や経営能力がある子供が複数いる場合、よく会社分割が検討されます。子供たちが現時点で仲が悪いわけでなくても、共同して経営を行えば、将来意見が食い違って対立することもあり得ます。そのため、会社を分け、それぞれの子供が独立して経営ができる体制を整えるわけです。

具体的なスキーム例として、甲社に事業Aと事業Bという2つの主力事業があり、100%の株式を保有する経営者に長男と次男の2人の子供がいる場合を考えてみましょう。

長男と次男で共同経営することが難しいのであれば、事前にどちらがどの事業を承継するのかを決めておく必要があります。そして、事業Aに関する資産や債権債務(以下「資産など」)を新たに設立した乙社に会社分割によって承継させます。その際、新たな乙社株式は経営者に交付します。その上で、経営者は甲社株式を長男に、乙社株式を次男に譲渡することにより、長男が甲社株式100%、次男が乙社株式100%を保有する株主となり、名実共に、それぞれ独立した会社の経営者となります。

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税コストについては、税制上のルールを満たす形(適格分割。本稿では詳細な説明は省略します)で行えば、甲社においては、簿価により資産などを引き継ぐことになり、譲渡益や譲渡損は認識されません。そのため、法人税は課税されず、乙社においても新設分割の場合は資本等取引にあたり法人税の課税は生じません(税制上のルールを満たさない場合には、資産などは時価により引き継がれるため、譲渡益や譲渡損が認識されることになります)。

ただし、経営者から長男と次男に対し株式を譲渡する際に、譲渡益が発生する場合は、所得税が課税されることになりますので注意が必要です。

2 親族内承継と親族外承継のハイブリッドが可能

現経営者の株式を相続する子供などに、現在行っている中心事業を引き継ぐ意思や経営能力がない場合があります。こうしたケースで、中心事業とは別に不動産事業などを営んでいるようなときは、会社分割によって、事業承継による経営のリスクを分散する方法が取られます。

いずれかの事業を別会社として分割(本ケースでは中心事業を営む会社を別会社として分割)し、不動産事業を営む会社(甲社)は創業家が、中心事業を営む会社(乙社)は親族ではない経営陣などの中で、後継者となり得る人が経営するという体制を取ります。

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この場合における税コストについても、税制上のルールを満たす形で行うことで法人税の課税が生じません。

ただし、経営者から創業家の親族と親族外の経営者に対し株式を譲渡する場合について、譲渡益が発生する場合は、所得税が課税されることになりますので、注意が必要です 。

なお、経営陣が甲社株式の一定割合を保有している場合などには、それぞれの会社株式の調整が必要になるなど、複雑な法務上の問題が生じる可能性があるため、弁護士などの専門家と相談しながら進めるようにしましょう。

3 中心事業とそれ以外の事業の業績を会社単位で把握する

例えば、収益不動産を保有している会社では、継続して一定の賃料収入が得られているため、会社の売上と利益が底上げされます。収益不動産からの賃料収入により、中心事業の赤字を埋め合わせているような場合、組織全体で中心事業の収益状況に対する危機意識を持てないと悩む経営者もいます。

そのような場合、会社分割により分割した不動産事業会社(乙社)の株式を、分割した元の会社(甲社)に交付する形の会社分割(いわゆる「分社型分割」)をすることで、中心事業を行う甲社の子会社として、不動産事業を行う乙社を位置付けます。これにより、中心事業の収益状況が組織全体に正確に認識され、危機意識を持って改善に向かうことができます。このように、会社分割は経営の改善・効率化のための手段としても用いられています。

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以上(2020年9月)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 神田芳明)

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画像:GaudiLab-Shutterstock

権利の帰属にご用心。スタートアップが直面する知的財産権の論点

前回の「【5分で分かる】起業家が知っておきたい知的財産権の基礎」では、特許権や著作権など知的財産権の種類、方式主義と無方式主義、財産権や人格権といった知的財産権の分類を解説した上で、知的財産権の効果についても考えました。

続く今回は、より実務的な観点から、「自社の知的財産権をいかにして守るか?」にフォーカスしていきます。非常に重要な内容となっておりますので、ぜひ、ご覧ください。

1 特に特許権の観点からみた「秘密保持契約締結(NDA)」の意義

秘密保持契約(NDA)の締結の意義については、自社のノウハウ等の流出の防止という観点で解説されているものが多く、実際、そのような観点での重要性が高いのも事実です。しかし、知的財産権(特に特許権)に関していうと、別の観点で重要な意義があります。
 特許権を取得するための主な要件には、

  • 産業上の利用可能性
  • 新規性
  • 進歩性

というものがあり、秘密保持契約の締結は、2.新規性に関して重要な意義を有します。
「新規性」とは、大ざっぱにいうと、発明が特許出願前に公知になっていないことを要件とするものです(特許法第29条第1項参照)。そのため、特許出願前に発明を第三者に開示してしまうと、この要件が喪失し、特許権を取得することができなくなってしまいます
例えばスタートアップでは、資金調達が生命線であることも多いため、投資家の候補者を信頼して、秘密保持契約を締結することなく、自社の発明の有用性を詳細に説明してしまうことも多いと思います。このようなケースで当該発明の特許出願を行うと、すでに新規性が喪失しているため、特許権を取得することができなくなってしまいます。もちろん、特許庁の審査官は“神の目”で新規性の有無を判断するわけではないので、このようなケースで新規性の喪失を懸念することは杞憂(きゆう)にすぎないかもしれません。
また、投資家と良好な関係を築けていれば問題は顕在化しづらいでしょう。しかし実際は、必ずしもそうしたケースばかりではありません。投資家は特定の分野・業種に重点的に投資していることも多く、自社の競合に投資が実行され、うっかり、開示した情報の一部が流出してしまうこともあり得るかもしれません。競合が後に、当該発明について特許が取得されていることを知れば、当然、無効審判等の手続により、一度取得された特許を消滅させに動くこともあり得るでしょうから、注意し過ぎるに越したことはないのです。

最近は、経済産業省をはじめとして、質の高い秘密保持契約のひな型も公表されているところですから、多少、手間であっても、秘密保持契約を締結することを強くお勧めします。具体的には、経済産業省『【参考資料】秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上にむけて~』の「参考資料2・各種契約書等の参考例」(PDF内・8ページ以降)をご参照ください。

なお、仮に秘密保持契約を締結せずに発明の内容を第三者に開示してしまった場合でも、開示した日から1年以内に特許出願を行うことで、新規性喪失の例外(特許法第30条第1項、第2項参照)の適用を受け得るため、諦めずに出願を検討してください。

2 社内プロダクトの権利帰属

特に、創業から1〜2年の間、最初のプロダクトを開発する段階では、経営者の知人・友人のエンジニア等に、開発を手伝ってもらうことが多いのではないでしょうか。
知的財産権は、原則的に発明や創作等を行った本人に権利(出願を行う権利を含む)が発生するものであるため、何もケアをしなければ、会社が成長して以降も、開発を手伝ってくれたエンジニアにプロダクトに関する知的財産権が帰属していることになります
こうしたプロダクトの開発に関与した方々と最後まで円満な関係でいられればよいのですが、スタートアップは、現実問題として予算もなく、人手不足であることが多いため、経済的な条件や過度な業務負担、人間関係のトラブルなど、様々な理由で“けんか別れ”になってしまうケースもよく耳にするところです。
そして、けんか別れになってしまった場合、会社に対するプロダクトの使用の差止請求を背景に、高額な報酬の交渉を受けてしまうということもあり得るので、スタートアップとしては、紙一枚でも構わないので、最低限、プロダクトの開発に関与してもらう前に、

  • 権利帰属
  • 人格権の行使制限の内容

を定めた覚書などを交わしておくべきです。

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3 従業員の成果物

従業員の成果物は会社の業務の中で作成されているので、何となく会社にその権利が帰属することが当たり前であると考えられていることが多いように思います。しかし、法律の原則では、知的財産権は、創作等を行った本人に帰属するものとされていますから、従業員の成果物についても、ケアをしておく必要があります
特許法(特許法を準用する実用新案法、意匠法を含みます)や著作権法では、職務発明や職務著作といった制度があり、一定の要件を満たすことで、従業員の成果物を自動的に会社に帰属させることができます。
職務発明(実用新案、意匠の場合を含みます)は、

  • 従業者等がなした発明について、
  • その性質上、その使用者等の業務範囲に属しており、
  • その発明に至った行為がその使用者等における従業者等の現在または過去の職務に属するものである場合に、
  • 予め、就業規則等で、使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めておくことで、

発明等を出願する権利を最初から会社に帰属するものとすることが可能です。

職務著作は、

  • 法人等の発意に基づき、
  • 法人等の業務に従事する者が、
  • 職務上作成する著作物で、
  • 法人等が自己の著作の名義の下に公表するものは、
  • その作成時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない場合は、著作者を法人等とするもの

とされています。

職務著作については、実態として、定義に該当すれば会社に権利が帰属する一方、職務発明については、あらかじめ、労働契約や就業規則等において、これを会社に帰属する旨を定めておく必要があるため、会社で発生し得る成果物の知的財産権について契約書や規程類を整備し、漏れがないようケアをしておくべきです

4 共同開発等における権利帰属とライセンス

PoC(Proof of Concept)、共同研究、開発業務委託など、2社以上で何らかのプロダクトの開発を行う場合(総称して「共同開発等」といいます)、名称は様々ですが、必ずと行っていいほど、成果物の権利の帰属が契約交渉における論点となります。
スタートアップがこうした案件の相手方とする大企業や大学などは、いろいろな理由を述べて、自社(自校)に権利が帰属するよう交渉をしてきますし、大きな案件につながる可能性がある状況で、相手方に遠慮してか、安易に成果物の権利を譲ってしまうケースもあるように思います。

権利を譲るべきか否かは、会社の置かれている状況や具体的な案件の内容いかんによって大きく変わってくる問題であるため、一概に述べることはできませんが、おおむね以下のような考え方をもって検討すべきであると筆者は考えています。

1)成果物からどのような権利が生じ得るか

仮に、契約の相手方に権利が帰属すると契約に定められていても、共同開発等において権利が発生しないのであれば、スタートアップ側としても何ら不利益は生じないため、権利の帰属に関する交渉にコストをかける必要はないといえます。
しかし、小規模な共同開発等であっても、企業間で時間と労力をかけて何らかの成果物を作成する場合、発明、著作物等何らかの知的財産権の対象となる成果物が発生する可能性は事実上高いといえ(権利の発生要件として投下された資本や労力が考慮されるわけではない点にはご注意ください)、安易に共同開発等において知的財産権が発生しないだろうと考えるのは危険といえます

2)成果物は、自社の軸となる商品・サービスとの関係でどのような位置付けであるか

スタートアップが、他社と共同開発等を行うフェーズでは、既にスタートアップ側に何らかの軸となる商品やサービスが存在しており、そこから派生したプロジェクトとしてその共同開発等が行われることが多いかと思います。
そのような前提で、スタートアップ側が軸となる商品・サービスについて、すでに特許権等を取得しているのであれば、共同開発等における成果物の帰属が相手方となっていても、スタートアップ側の事業の存続が脅かされるようなリスクは生じないでしょう。
一方で、軸となる商品・サービスの権利化が未了である場合や、権利化はしているものの、共同開発等において見込まれる成果物が、今後のスタートアップ側の事業展開において不可欠なものである場合には、成果物の知的財産権が相手方に帰属することによって、事業の存続が脅かされる可能性や事業展開に支障を来す可能性があるといえます

3)ライセンスのリスク

仮に成果物の知的財産権の帰属が相手方となっていても、その権利についてスタートアップ側がライセンスを受けることができれば、リスクは生じないのではないかと考えるかもしれません。
しかし、ライセンス自体が安定的なものではないことについて留意が必要であるため、ここでご説明いたします。
第1に、ライセンスは契約に基づき対象の権利について実施等を許諾するものであるため、契約上の存続期間の満了や、その他の契約終了事由に基づき、終了する場合があります。このようなライセンスの期間に伴うリスクは相手方との関係性に問題が生じない限り、基本的には契約更新等によって、解消できるリスクといえるでしょう。
第2に、知的財産権は、ライセンスが付されていようとも、原則的に自由に譲渡することが可能であるため、譲渡されてしまった場合に、スタートアップ側が譲受人の第三者に対して、ライセンシーとしての権利を主張できるのかが問題となります
特許権、実用新案権、意匠権、商標権については、ライセンシーによる譲受人への権利主張が認められています。商標権の場合のみ、譲受人に対する権利主張が認められるためには、事前に特許庁への通常使用権の登録手続きを行っておく必要がある点にご注意ください(商標法第31条第4項)。
一方、著作権については、著作権法上、ライセンシーによる譲受人への権利主張を認める規定がないため、これが認められないものとされています。従って、少なくとも、論文やソースコードといった著作物と成り得る成果物については、仮にライセンスを受けられたとしても、法的に極めて不安定な状態であることを認識しておくべきです

もっとも、著作権法におけるこのようなライセンシーの不安定性は、かねてより問題視されており、令和2年10月1日施行の改正著作権法第63条の2によって、特許法と同様の定めがなされることになりました。この改正法の施行日の前後いずれのタイミングで著作権の譲渡が行われたかによって、当該著作権のライセンシーが譲受人に権利主張できるか否かが変わりますので(改正著作権法附則第8条)、施行日までの間の契約締結に関しては、上記のリスクにご注意ください。

4)成果物の対価と均衡は取れているか

法律的な視点とは異なりますが、意外と見落とされがちなのが、知的財産権を相手方に帰属させるという結論をとる場合に、その対価が見合ったものになっているかという視点です。知的財産権を相手方に帰属させる場合、上記の通りリスクが生じるため、そのリスクに見合った対価が設定されているのかにつき、慎重に検討すべきであると考えます。

5 まとめ

知的財産権は、非常に広く深い法律分野の一つであり、本稿の解説だけではとうていその全てをカバーしきれるものではありません。
経済産業省、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)などが、開発案件に関し、フェアと考えられる契約書を公表し、充実した解説を掲載しています。契約交渉に当たっては、上記の視点に加えて、是非、こうした情報を参考にしつつ、慎重に権利帰属について検討していただきたいと思います。

また、特許庁『スタートアップ向け情報』を始めとし、省庁もスタートアップの知財戦略等について熱心な情報発信を行っているところですので、是非、そうした情報にもアンテナを張っていただき、感度を高めていただければと思います。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年9月4日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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フリーウエアでコスト削減 注意するべきポイントは?

書いてあること

  • 主な読者:ソフトウエアの費用を抑えたいと考える経営者、IT担当者
  • 課題:ソフトウエアを無償のものに切り替えたいが、トラブルなどが不安
  • 解決策:導入企業の声を聞いたり勉強会に参加したりして情報収集する

業務で使うソフトウエアを無償ソフトウエアに切り替えることで、コスト削減ができるケースがあります。特に最近は、テレワークにより複数のデバイスを使う機会が増えていてソフトウエアのライセンス料も膨らみがちなので、ソフトウエアを見直すチャンスです。

無償ソフトウエアを導入する際に検討したいポイントを紹介します。

1 ソフトウエアは無償でも、見えないコストが発生する

中小企業の場合、無償ソフトウエアに精通する人材がおらず、運用体制も確立されていないことがあります。ソフトウエアが無償でも、それを使ったオペレーションの構築にはパワーが必要です。そのため、無償ソフトウエアを使うなら、ITサポートを行う企業に相談したり、ユーザー会などに参加したりして情報を集めることが不可欠です。

以降で無償ソフトウエアを使った場合のコスト削減効果などを紹介していきますが、その前に大切なことは、

  • 運用体制を整備し、オペレーションにしっかりと落とし込まないと、後々、有償ソフトウエアを使うよりもコストが掛かってしまう

ということです。経営者はこの点を十分に認識する必要があります。

2 どれだけコストを削減できるのか?

無償というだけに、気になるのはコスト削減効果でしょう。例えば、マイクロソフトのオフィスソフトウエア「Microsoft 365 Business Standard」の1人当たりの月額料金は1360円で、従業員が50人なら年間81万6000円となります。

これを、グーグルの文書作成サービス「Googleドキュメント」や表計算サービス「Googleスプレッドシート」などの無償ソフトウエアに切り替えれば、ほぼコストを削減できます。実際に一部の自治体や企業が無償のオフィスソフトウエアを導入してコストを削減した事例もあります。簡易な文書作成や表計算しかしないなら、無償ソフトウエアで十分なケースがあります。

3 無償ソフトウエアの種類

1)フリーソフト/フリーウエア

一般的に、購入や利用における費用が掛からないソフトウエアを指します。例えば、キングソフトのウイルス対策ソフトウエア「KINGSOFT Internet Security」、アドビシステムズのPDF閲覧ソフトウエア「Acrobat Reader DC」などがあります。また、ガイアックスのグループウエア「iQube」のように、無償で利用できる代わりに人数を制限するものも多数あります。

その他、無償で利用できる期間や機能、容量を制限するもの、無償の代わりに広告が表示されるものもあります。前述の「Googleドキュメント」や「Googleスプレッドシート」の場合、さらに便利な機能を使いたければ「G Suite」という有償プランを用意しています。

2)オープンソースソフトウエア(OSS)

ソフトウエアをプログラムした記述(ソースコード)を公開するソフトウエアを指します。例えば、Mozilla Foundationのウェブブラウザー「Firefox」、日立製作所のBI(Business Intelligence)ソフトウエア「Pentaho」、グーグルのモバイル用OS「Android」、WordPress FoundationのCMSソフトウエア「WordPress」などがあります。

利用者はソースコードを書き換え、ソフトウエアに必要な機能を追加することができます。独自に機能を強化し、サポートを付与して有償ソフトウエアとして販売するといったことも可能です。

ライセンス料が掛からないものが多いことから「OSS=無償」と思われがちですが、必ずしも費用が全く掛からないわけではありません。導入や保守、新機能などの開発は外部に委託するケースが多く、これらに掛かる費用を考慮する必要があります。

多くのOSSが、世界中の開発者が集まるコミュニティーなどによって開発されています。バグの修正もコミュニティーが主導で対応するため、コミュニティーの円熟度がソフトウエアの品質向上や機能強化に大きく影響します。

4 目利きのポイント

1)互換性があるか

無償ソフトウエアに切り替える場合、これまで使っていたソフトウエアと同様にファイルを閲覧、作成できるかといった互換性を確認します。例えばマイクロソフトのオフィスソフトウエアを無償のオフィスソフトウエアに変えると、ファイルを閲覧できるものの文書や表のレイアウトが一部崩れたり、操作方法が違ったりするなど、使いにくいものもあるので注意が必要です。

2)無償のまま使い続けるか

無償ソフトウエアの中には、利用者数が増えたり機能を追加したりすると有償になるものが少なくありません。事業の拡大によってソフトウエアの利用者数が増えたり、どうしても必要な機能が有償版にしかなかったりする場合、有償ソフトウエアに切り替えることも検討すべきです。コスト削減を図る一方で、業務の効率性が損なわれないよう注意しましょう。

3)稼働環境を満たしているか

無償ソフトウエアが安定稼働するPCやサーバーのスペックを確認します。プロセッサやメモリーの推奨環境、ディスクの空き容量などを確認し、自社で使用するPCなどで問題なく稼働するかをチェックします。メニューが英語の海外製ソフトウエアの場合、日本語化ツールの有無も確認しておくのが望ましいでしょう。

4)他システムと連携できるか

自社で使用中の既存ソフトウエアとの連携を想定する場合、問題なく連携するかを事前に検証します。例えば、収集した数値情報を抽出、変換、格納するETLツールを介して分析ソフトウエアに移行できるか、無償ソフトウエアが備えるアダプターを介してデータ移行できるかなどを確認します。連携できない場合、別途ツールが必要かどうかも含めて代替案を検討します。

5)導入している企業はあるか

導入を検討している無償ソフトウエアの導入状況(企業、業種、規模など)を調査します。導入企業名が分かるなら、導入中や運用後の課題をヒアリングするとよいでしょう。特にOSSの場合、導入事例が公式ウェブサイトやニュース系ウェブサイトで数多く紹介されているので、参考にしましょう。IT担当者が上司などに無償ソフトウエアの導入を提言するときの資料にもなるので、他企業の動向も把握しておくべきです。

以上(2020年9月)

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画像:pexels

この勘定科目が危ない?勘定科目ごとの税務調査対策

書いてあること

  • 主な読者:税務調査のポイントを勘定科目ごとに知りたい経営者・経理担当者
  • 課題:どういった視点で調査するのかを知りたい
  • 解決策:勘定科目ごとの指摘の特徴を知る。とはいえ、日ごろから、しっかり運営することが最も重要

税務調査とは、申告内容に間違いがないかを確認する手続きです。日ごろから会計・税務を正しく認識した上で処理を継続していれば過度に心配する必要はありませんが、それでも経営者が気になるのは、「どの費用が危ないの?」といったところでしょう。本稿では、税務調査の際に指摘を受けやすい点を勘定科目ごとに整理します。

なお、新型コロナウィルスの影響により、今後の税務調査の方法が変わる可能性があります。2020年4月に緊急事態宣言が発出された際は、一時的な措置ではあるものの、会社の同意のもと、調査官と会社が双方にアクセスできるサーバーに必要書類を保存するといった形で資料の提示や質問のやり取りをする方法が取られた事例もありました。この辺りの動向についても注視しておきましょう。

1 勘定科目別 税務調査のポイント

1)売上・仕入・棚卸資産の主なポイント

1.期ずれ

物品の引渡しや役務の提供が完了しているものは、原則、その完了した時点で「売上」 として計上する必要があります。これに従わず、請求書が発行された日や売上代金が入金された日で売上計上している場合、税務調査で指摘される恐れがあります。税務職員は、売上計上のタイミングのずれを納品書や在庫表等で確認し、経理処理の誤りを指摘してきます。

また、原則として「仕入」は売上に対応して計上する必要があり、まだ計上されていない売上に対する「仕入」は、決算時には「棚卸資産」として経理処理しなければなりません。

2.売上の除外・仕入の架空計上

税負担は決して軽いものではありません。そういった中で税負担を回避しようと「売上」を意図的に除外、または架空の「仕入」を計上することをもくろむ経営者がまれにいます。税務職員は、反面調査や入金記録等さまざまな観点から調査を行い、巧みに売上除外や架空経費を検出することにたけています。税務調査でこれらが検出された場合、悪質であるとして、本来納める税金から当初納めた税金の差額(不足額)に加えて、重加算税が課されます。

2)人件費の主なポイント

1.役員給与

役員給与は、税務上のルールが厳格に定められています。役員への給与は「定期同額給与」「事前確定届出給与」「業績連動給与」のいずれかに該当しないと、税務上の費用(以下「損金」)として認められません。例えば「定期同額給与」は、原則として会計期間開始の日から3カ月を経過する日までに1回だけ改定することが認められています。この時期以外で役員に対して特別手当の支給や、報酬を改定した場合には、原則としてその改定した額等は、損金の額に算入されません。

2.その他の人件費

経営者の親族等に給料を払うケースはよくあることですが、実際に業務に携わっていない人に支給した給料や、業務に見合っていない高額な給与は損金の額に算入されません。税務調査時には、タイムカードの提示や業務内容の聴取等が行われます。

また、給与は経営者の親族等に限らず雇用している従業員等全てにおいて、一定額を超えて支払う場合、「源泉所得税」を徴収する必要があり、定期的に税務署に納めなければなりません。いくら徴収するかは、給与が支給される者の状況および支払額により決定されます。日雇い等、単発で支払う給与についても源泉所得税を徴収する必要があります。徴収していない場合、税務調査時において源泉徴収義務違反として指摘されます。

3)販売費及び一般管理費の主なポイント

1.交際費

交際費は損金として扱うことに対して、一定の制限が設けられています。会計上は交際費として経理処理していなくても、支出の内容が、接待・供応・慰安・金品贈与等に該当すると認められる場合には、税務上の交際費として取り扱われます。

また、交際費のうち、「社外の者との飲食その他これに類する行為のために要する費用」に該当する場合は、帳簿書類で次の事項を記録しておく必要があります。

  • その飲食があった年月日
  • その飲食に参加した取引先・得意先の氏名や名称と接待側との関係
  • その飲食の支払金額と支払先の名称および所在地
  • その他飲食費であることを明らかにするために必要な事項

2.修繕費

保有する固定資産等を修理して多額の出費があった場合、費用ではなく、資産として計上しなければならないケースがあり、これを資本的支出といいます。具体的には、固定資産の価値を高め、または、耐久性が増すことになると認められる部分がある場合は、資本的支出として資産計上しなければなりません。資本的支出に該当する場合、減価償却資産として、適正な耐用年数に従って毎期償却します。

3.退職金

退職金を支給した場合には、退職金を受給した従業員から「退職所得の受給に関する申告書」を受領しておく必要があります。これを受領することにより、退職金に対する源泉徴収税額の優遇措置が適用されます。もし、受領していない場合は、一律20.42%(復興特別所得税含む)の税率による源泉徴収を行う必要があります。なお、受領した申告書は税務署への提出は不要で、会社で保管します。

4.役員の個人的支出

会社の事業に関係のない個人的な支出は、損金として認められません。また、役員の支出した経費が、税務調査により個人的な支出であると指摘された場合、その支出が損金として認められないだけでなく、その役員に対する給与(賞与)であると指摘される恐れもあります。この場合、会社において源泉所得税の徴収漏れを指摘される他、その役員の所得税・住民税について追徴課税が行われることになります。

4)固定資産の取得、売却に関連する主なポイント

固定資産を取得した場合、その取得代金の他、取付工事費用や運搬費等の付随費用も、資産の取得価額(資産に計上する価額)に含まれる点に留意しましょう。また、耐用年数が適正に定められているか、減価償却が事業の用に供した日から正しく実施されているかという点も、税務調査の対象とされます。

固定資産を売却する場合、売却価格は時価とする必要があります。第三者へ売却する場合には、明らかな寄附・受贈の意思がない限り、通常、取引当事者間で交渉して決定される価格が時価として認められます。一方、グループ法人や親族等の同族関係者間で行われる売買については、取引価格を決定する過程において恣意性が働きやすいことから、その売買価格の妥当性が税務調査の対象とされます。

5)ソフトウエア、研究開発に関連する主なポイント

支出した金額が税務上の研究開発費(試験研究費)に該当する場合は、その支出金額は支出した時点で損金として取扱われます。

ソフトウエアの制作に要した支出であっても、税務上の研究開発費に該当する場合は、支出した時点で損金として取扱われます。それ以外のソフトウエアの制作に要した支出は固定資産に該当し、自社で制作した場合は、原材料費だけでなく労務費や間接経費も取得原価を構成します。

実務上、税務調査で無用な疑義を持たれないよう、開発しているソフトウエアごとにプロジェクトコードを付し、プロジェクトごとに開発フェーズ(研究→開発→製造)を分け、支出したコストをプロジェクト別および開発フェーズ別に配分し、適正な原価計算が行われる管理体制を構築しておくことが重要と考えられます。

2 税務調査時の最近の傾向や、経営者の心構え

近年は問題点の所在をつかむためにヒアリングする時間が増えていると感じます。これは、2013年1月の国税通則法の改正により、税務職員は納税者から提出された資料を、必要に応じて預かることができるようになったことが影響していると考えられます(それまでの現場での調査は資料閲覧が中心だった)。加えて、税務署側も納税者側への説明責任が強化されたことから、反面調査の割合も増え、その分、調査終了までの期間が長くなってきているとも感じます。

また、国税通則法を理解しないまま、税務調査の対応をしている税務職員や税理士がいることも確かです。ルールにのっとっていない税務調査には、経営者として対応する必要はありません。財務・経理の担当者は、税務職員から誤解を受けることのないようにポイントを押さえた会計・税務処理を心掛け、健全な税務調査対応を意識する必要があると考えられます。

何よりも大切なのは、指摘される事項がないように心掛け、また、それをチェックする体制を構築しておくことです。

なお、税務調査の全体の流れや税務調査後の手続き、税理士に聞いた税務調査の舞台裏については、以下のコンテンツをご参照ください。

▶ 30080 「税務調査」がよく分かる 手続きの流れを徹底解説
▶ 30092 税務調査で指摘されたら? 税務調査後の手続き
▶ 30034 ウソかホントか? 税務調査の舞台裏
▶ 30051 続・ウソかホントか? 税務調査の舞台裏

以上(2020年9月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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画像:igorstevanovic-shutterstock

目標管理で最も大切な「目標」の設定方法

書いてあること

  • 主な読者:アフターコロナに勝ち残るために社員の底上げをしたい経営者
  • 課題:目標管理制度が機能不全を起こしている上に、社員も学習しない
  • 解決策:上司と部下の相性を踏まえる。学習して目標を達成した社員は厚遇する

多くの会社が導入している目標管理が、機能不全を起こしています。皆がオフィスで働くのが当たり前だったこれまでは、上司のサポートを受けながら目標を達成する部下が多かったのですが、リモートワークなど働き方が劇的に変わる中で、指導の仕方が変化してきました。

また、そもそも目標管理が形骸化しているという問題もあります。目標を達成しなくても、給料や賞与がそれほど減るわけではないため、自分の目標さえ覚えていない社員がいる状況ですが、こうした社員は今後、戦力にならなくなるでしょう。

経営者は管理職としっかり話し合い、今後の目標管理を見直す必要があります。目標管理が機能するか否かによって、会社の業績は影響を受けるでしょう。

1 上司と部下が格好をつけずに「自分のタイプ」を宣言する

リモートワークなどが進む中で、「これまでのような密接な指導が難しくなった」という話をよく聞きますが、少し誤解があります。確かに対面する機会は減りましたが、オンラインでも部下を指導することはできます。実際、さまざまなツールを駆使して、むしろこれまで以上に密接にコミュニケーションを取っているケースがあります。

またもう1つ大事なことは、リモートワークなど働き方が変わる中で、次のような論調が高まっていることです。

  • 上司は、もっと自由に部下の可能性を引き伸ばさなければならない
  • 部下は、もっと自発的に自分と会社の可能性を広げなければならない

こうなると、例えば、本当は細かく部下を管理したい上司が、「マイクロマネジメントをする自分は格好良くない」と無理をしてしまいます。同様に部下も、本当は細かく指示をしてもらいたいのに、「指示がなければ動けない自分は格好良くない」と無理をしてしまいます。

上司と部下が無理をすることでコミュニケーションが難しくなっている面があるのは確かなので、上司も部下も世間のはやりに流されることなく、自分のタイプを再認識し、明らかにしましょう。

その上で、上司と部下のタイプ別の相性をまとめると次のようになります。

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経営者は、少なくとも「?」がつく組み合わせを、チーム編成の変更によって変える必要があります。例えば、委任型の上司が受動型の部下を指導すると、上司は「任せた!」と部下に権限を与えますが、部下は1人では何も動くことができません。同様に、管理型の上司が能動型の部下を指導すると、上司は「あれはどうなった?」と細かく連絡を取りますが、部下にとっては口うるさい限りでしょう。

オフィスにいれば、対面のコミュニケーションによってこうした問題はある程度解決されますが、リモートだとそれが難しくなります。そのため、上司と部下が本来のタイプを宣言した上で、チームを変える必要があります。

ただし、上司も部下も、格好をつけたがって、なかなか自分のタイプを正直に宣言しないかもしれません。経営者が1on1などで、「あなたはどのタイプか」をしっかりと聞くことも必要です。

もう1つ、読者にお伝えしたい重要な問題があります。それは、そもそも管理職としての資質がない社員の処遇です。管理職にもまた、それをフォローする上級の管理職がいます。例えば、部下に業務をうまく割り振れない管理職を見かねて、上級の管理職が業務の割り振りについて積極的に指示を出すといった具合です。

こうした人材は、上級の管理職のサポートを受けながら仕事をしているだけなのに、さも「自分は管理職としての責務を果たしている」かのような振る舞いをしていることが多くあります。しかし、そうした管理職を放置しておくと、プロジェクトは滞り、人材も育ちません。場合によっては、降格などの厳しい処遇も検討しなければならないでしょう。

2 スペシャリストもゼネラリストも必要

目標管理は、自社における既存の職務の習熟に主眼が置かれます。その結果、自社だけで通用する常識を習得することにあります。それを「たすき掛け、マルチタスク」の名の下に複数担当することになると、ゼネラリストが育ちます。今のところ、ゼネラリストの存在は貴重なのですが、今後のキャリアについては検討の余地があり、目標管理と密接に関係してきます。

図表2は、メディア事業を営む会社の職務の例ですが、ウェブ制作などいわゆるエンジニア領域を除いたものです。縦軸のレベルは、数字が大きいほど専門性が高まることを意味します。

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ありがちな目標管理では、「営業から登録(コンテンツの登録)まで、ある程度対応できる人材」を育てようとします。各職務のレベルがせいぜい2~3といったところですが、一応、一貫して対応できる、いわゆるゼネラリストです。そして、足りない部分(レベル4~5)はエース級の人材がカバーします。この体制は潰しが利きますが、これは「対面のコミュニケーションによって各人の忙しさを細かく管理し、人材を上手に融通できる場合」というのが前提です。つまり、全体のプロジェクトマネジャーがいて、うまくやりくりしているイメージです。

しかし、今、状況は変わってきています。まず、「ジョブ型」と呼ばれるように特定の職務についてレベル5までこなせる人材が必要となります。執筆でいえば、内容が薄く、専門性もなく、編集長から真っ赤に修正されるような原稿しか書けない人材は、今後戦力になりにくくなるでしょう。

また、図表2では、マーケティングという職務を加えています。これは1つの例ですが、これまであまり意識していなかった領域にも踏み込んでいかなければ、会社は勝ち残れません。例えば、これまで触ったこともない「マーケティングオートメーション」に習熟したり、さまざまな指標を分析し、施策を立案したりすることが求められるのです。

3 学習に基づく目標の設定

目標を設定する際は、実務レベルについて説明できるように落とし込むのが前提です。会社の中期経営計画などからドリルダウンしているものの、曖昧な目標だと、冒頭で紹介したように目標管理が形骸化してしまうからです。

  • 良い例:ツールに習熟し、○○メディアでコンバージョンを○件獲得する
  • 悪い例:デジタルマーケティングに対応できるように学習する

これを踏まえた上で、目標の設定には2つの方向性があります。1つはスペシャリストとして職務の専門性を高め、いわゆる「T型人材」を目指すことです。もう1つは、図表2で示したマーケティングのように、新しい職務領域を開拓することです。

そして、このいずれにも共通しているのは、「学習」です。1つの分野を掘り下げるにしても、新しい分野を開拓するにしても、実際に一定の時間を費やして学習しなければ達成できないものです。この目標管理を1回行ってみると、本当に学習する社員と口だけの社員が明確になってきます。

なお、一概には言えませんが、学習する社員の目標管理は、図表1の分類でいえば、次のような組み合わせで行うのがよいでしょう。

  • 自ら学習できる社員:委任型の上司と能動型の部下
  • 学習したいが自分で進めるのが難しい社員:管理型の上司と受動型の部下

問題は、学習しない社員です。専門分野がない場合、こうした社員は他の社員のサポートに回ってもらうしかありません。これが中途半端なゼネラリストの今後の役割となっていくでしょう。しかし、こうした社員が行う職務は業務効率化の中で廃止されたり、外部委託されたりする可能性があります。特に中高年社員の場合、自らの価値観をなかなか変えられないこともあるようなので、経営者はじっくりと話し合い、学習する癖をつけてもらう必要があります。

4 できたか、できなかったかが基準となる

目標を設定したら、それを達成できたか、できなかったかという基準で評価し、しっかりと報酬などに反映する必要があります。「達成できていないが、頑張っている」のは大切ですが、あくまでも評価の基準は、

  • できたか、できなかったか

であり、できた社員には、評価が分かりやすく伝わる処遇をするのが理想です。

以上(2020年9月)

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画像:NicoElNino-shutterstock

大幅減収、引当金増額、特損…今から見直すべきタックスプランニングの要点

書いてあること

  • 主な読者:新型コロナウイルス感染症の影響で、収益が大きく変動した経営者・経理担当者
  • 課題:実態に即したタックスプランの見直しと、利用できる制度の検討
  • 解決策:役員報酬の減額、欠損金の繰戻し還付。ただし、専門家への相談が必要

新型コロナウイルス感染症の拡大により、当初予想した収益計画を見直しせざるを得ない会社もあるでしょう。このときに注意が必要なのがタックスプランです。売上が大きく変動したり、欠損金の発生が見込まれたりする時期に検討すべき主な項目を解説します。新型コロナウイルス感染症の拡大に関する特例措置も含みます。

1 役員報酬の減額

業績の悪化により、役員報酬の減額を検討する場合、注意が必要です。「役員報酬の減額」は利益操作につながる恐れがあるため、税法上厳しく規制されているからです。税務調査でも重点的に調べられる項目です。

役員報酬は、決算後3カ月以内に開催される定期株主総会などで決議し、その決議した額を、毎月同額支給しなければ、損金の額に算入できません。これを定期同額給与といいます。そのため、原則事業年度の途中では、支給時期も、支給金額も変えることはできません。

しかし、業績悪化など一定の理由がある場合には、役員報酬の減額が認められます。新型コロナウイルス感染症の影響による業績悪化についても、役員報酬の減額が認められるケースの1つです。ただ、どれほどの業績が悪化したら認められるのかなど、明確な基準があるわけではないので、税理士などの専門家に相談するようにしましょう。

2 青色欠損金の繰戻し還付(適用対象の拡大)

青色欠損金の繰戻し還付とは、欠損金(税務上の損失)が発生した場合に、過去(その欠損金が生じた事業年度開始の日前1年以内に開始したいずれかの事業年度)に納付した法人税の還付が受けられる制度です。

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通常、制度の対象は資本金1億円以下の法人など一定の法人ですが、新型コロナウイルス感染症の影響により、特例的に適用対象の範囲が拡大されました。2020年2月1日から2022年1月31日までの間に終了する事業年度に生じた欠損金額については、資本金1億円超から10億円以下の法人にも適用されます。ただし、大規模法人(資本金10億円超の法人など)の100%子会社など一定の法人は適用対象外です。

3 災害損失欠損金の繰戻し還付

災害損失欠損金の繰戻し還付とは、災害のあった事業年度(またはその事業年度の中間申告時)において災害損失欠損金が発生した場合、過去(その事業年度開始の日前1年以内、青色申告法人は前2年以内に開始した事業年度)に納付した法人税のうち、災害損失欠損金額に対応する部分の還付が受けられる制度です。

災害損失欠損金が発生した全ての法人が適用対象であり、本決算時だけでなく、中間決算時においても還付請求することができます。その場合は、半期末(3月決算の場合は9月30日時点)に仮決算による中間申告をする必要があります。

なお、災害損失欠損金とは、棚卸資産や固定資産などで発生した損失(資産の滅失による損失や原状回復費用など)の金額で、保険金などにより補填された金額を除いて計算されます。新型コロナウイルス感染症の影響による災害損失欠損金は、次のような費用や損失が該当します。

  • 飲食業者等の食材の廃棄損
  • 感染者が確認されたことにより廃棄処分した器具備品等の除却損
  • 施設や備品などを消毒するために支出した費用
  • 感染発生の防止のため、配備するマスク、消毒液、空気清浄機等の購入費用
  • イベント等の中止により、廃棄せざるを得なくなった商品等の廃棄損

本制度は、前述した青色欠損金の繰戻し還付と併せて受けることができます。欠損金が発生し、かつ前事業年度で法人税を納付している場合には、還付申請を忘れないようにしましょう

4 テレワーク導入のための設備投資に対する優遇税制

青色申告書を提出する中小企業者などが在宅勤務を含むテレワーク導入の際に行った設備投資に対して、優遇税制(中小企業経営強化税制)の適用を受けることができます。

具体的には、即時償却(購入時に全額を損金に算入できる)、または設備投資額の7%(資本金が3000万円以下の法人などは10%)の税額控除(法人税額から控除)を受けることができます。

なお、中小企業経営強化税制の適用を受けるためには、一定の経営計画(経営力向上計画)を作成し、指定期間内に、経済産業大臣の認定が必要になります。また、対象となるデジタル化設備とは遠隔操作、可視化、自動制御化のいずれかを可能にする設備で次のものを指します。

  • 機械装置(160万円以上)
  • 工具(30万円以上)
  • 器具備品(30万円以上)
  • 建物附属設備(60万円以上)
  • ソフトウェア(70万円以上)

5 固定資産税等の軽減

新型コロナウイルス感染症の影響で収入が減少している中小企業者・小規模事業者(資本金が1億円以下の事業者など)に対しては、収入の減少の度合いに応じて、固定資産税・都市計画税をゼロまたは2分の1とする措置があります。この措置を受けるためには、税理士など(認定経営革新等支援機関)の確認を受けた申告書などを市町村(東京都の場合は都)の窓口に提出しなければなりません。

減免対象と要件は次の通りです。

  • 事業用家屋及び設備等の償却資産に対する固定資産税(通常、取得額または評価額の1.4%)
  • 事業用家屋に対する都市計画税(通常、評価額の0.3%)

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6 納税猶予の特例

2020年2月以降の任意で設定した一定期間(1カ月以上)において、収入が大幅に減少(対前年同期比おおむね20%以上)した全ての事業者について、無担保かつ延滞税なしで納税を1年間猶予することができます。基本的に、2020年2月1日から2021年2月1日までに納期限が到来する法人税や消費税、固定資産税など全ての税金納税が対象になっています。

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以上(2020年9月)
(南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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画像:Photoschmidt-Adobe Stock

クラウドファンディングや給付金 受け取ったお金の税務上の取り扱い

書いてあること

  • 主な読者:資金調達を実施した、または検討している中小企業等の経営者・税務担当者
  • 課題:資金調達方法ごとに、税務上の取り扱いが異なる
  • 解決策:基本的に返済義務がない場合には課税が発生し、返済義務がある場合には課税が発生しない

新型コロナウイルス感染症の拡大で経営の先行きが不透明ななか、中小企業および個人事業主(以下「中小企業等」)にとって資金調達が経営上の喫緊の課題となっています。近年、資金調達の方法は多様化していますが、税務上の取り扱いが気になるところです。クラウドファンディング、補助金・助成金、寄附金に注目し、それぞれの概要をおさらいした後、税務上の留意点を解説します。

1 クラウドファンディングの場合

1)クラウドファンディングの概要

クラウドファンディングとは、インターネット上で不特定多数の支援者から資金調達をする仕組みです。クラウドファンディングの類型はさまざまですが、例えば次の4つに区分することができます。

  • 購入型:起案者(中小企業等。以下、同様)は支援者へのリターンとして商品やサービスを提供。資金調達やPR、テストマーケティングのために実施される
  • 寄附型:起案者のプロジェクトを、支援者が寄附などの形で支援。基本的にリターンはなく、社会的意義のあるプロジェクトなどを直接、支援したい人を募る
  • 融資型:支援者から小口資金を集めて大口化し、中小企業等に融資。支援者へのリターンは元利金です。中小企業等は「デット」として資金調達
  • 投資型:中小企業等が未公開株を提供し、支援者から資金を募る。支援者へのリターンは配当や株主優待。中小企業等は「エクイティ」として資金調達

2)クラウドファンディングにより受け取った資金の税務上の取り扱い

1.購入型

購入型は、実質的に商品やサービスの予約販売であり、受け取った資金は商品・サービス提供に対する対価となります。そのため、法人税等の計算上、収益として計上(課税の対象となる)されます。

消費税に関しては、商品・サービス提供に対する対価は資産の譲渡等(消費税の課税対象となる取引。一定のものを除く)に該当するため、課税されます。

2.寄附型

寄附型で受け取った資金は、返済義務がないため、寄附金収入として法人税等の計算上、収益として計上されます。消費税に関しては、寄附金は資産の譲渡等に該当しないため、消費税は課税されません。詳細は後述の「3 寄附金の場合」と同じ取り扱いです。

3.融資型

融資型で受け取った資金は、支援者に対して返済義務があるため、債務(借入金として負債に計上)となります。そのため、法人税等および消費税共に課税関係は生じません。

4.投資型

投資型で受け取った資金は、株の発行により受け入れるお金であるため、資本金等(純資産に計上)となります。そのため、法人税等および消費税共に課税関係は生じません。

2 補助金・助成金の場合

1)補助金・助成金の概要

補助金・助成金は一定の要件を満たす場合に、国や地方自治体から支給されます。

補助金は、経済産業省が管轄しているものが多く、基本的に返済不要です。予算が決まっているため、支給を受けられる事業者や金額に上限があります。具体的には、設備投資などに対して支給されるものづくり補助金、持続化補助金などがあります。

助成金(給付金、奨励金も含む)は、厚生労働省が管轄しているものが多く、基本的に返済不要です。具体的には、雇用の維持、休業手当の補填などに対して支給される雇用調整助成金や、新型コロナウイルスの影響により売上が減少した事業者に支給される持続化給付金、家賃支援給付金があります。

2)補助金・助成金により受け取った資金の税務上の取り扱い

補助金・助成金は、基本的に給付が確定した時点で収益となり、法人税等の課税の対象となります。ただし、定額給付金など内容によっては非課税となるものもあります。

また、雇用調整助成金については、その収益の計上時期は、給付が確定した時点ではなく、給付の要因となった休業などの事実があった時点となります。仮に、雇用調整助成金の申請をした後、給付を受ける前に決算日を迎え申告を行う場合には、給付金額は確定していませんが、見積金額により収益を計上する必要があるため注意してください。

消費税に関しては、補助金・助成金の給付は資産の譲渡等に該当しないため、課税されません。

3 寄附金の場合

1)寄附金の概要

他者から中小企業等がお金またはその他の資産を無償で譲り受けるものをいいます。具体的には、災害などで被害を受けた際に、取引先から受ける寄附金収入などがあります。

2)寄附金により受け取った資金の税務上の取り扱い

寄附金により受け取った資金は、返済義務のないお金であるため、寄附金収入として法人税等の計算上、収益として計上されます。消費税に関しては、寄附金は資産の譲渡等に該当しないため、課税されません。

なお、相手先である支援者と寄附を受けた中小企業等の組み合わせにより、次の通り課税の内容が異なるため注意しましょう。

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以上(2020年9月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 富永慎也)

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