特許/実用新案 「いつもやっていること」が特許になる可能性も。/意外と知らない「知的財産権」シリーズ3

書いてあること

  • 主な読者:発明やアイデアを「特許」として権利化したい経営者
  • 課題:特許として認められるためには高度な技術などが必要? ハードルが高そう
  • 解決策:ありふれているもの、日々のノウハウや業界の常識と思われるものでも、物や機器との組み合わせや工夫次第で特許として認められる可能性がある

1 立食形式の量り売りステーキ店のアイデアは特許の対象になる?

一つ、特許に関する興味深い事例をご紹介しましょう。突然ですが、問題です。

【問題】
ある立食形式のステーキ店が、お客さんの注文した種類と量の肉が間違いなく提供されるように、テーブル番号・肉の種類・量が印字されたシールを皿に貼るというステーキ提供システムを発案し、類似店を排除するために特許を求めました。
果たして、このステーキ店は、特許で守られたでしょうか? 

上記の問題、皆さんはどう考えるでしょうか。一見すると単なる人為的な取決めやビジネスを行う方法にとどまるようなアイデアですから、このようなものは今さら特許発明にはならない、と思われるでしょうか。

【正解】
正解は、上記のアイデアは特許の対象となり、このステーキ店は後発の類似店を約1年半にわたって防ぐことに成功しました。

ヒットすればすぐに類似店が出てくるという厳しい飲食店業界では、とても珍しい事例です。このステーキ店は、「特許登録キャンペーン」を打つなど、特許を出願・登録したことをしっかり「活用」して、実際の売上や競争優位性の維持につなげています。

2 ステーキ店が特許で守られた理由

実は、このステーキ店の特許問題は、専門家の間でも判断の分かれる難しい問題でした。当初は特許査定を得ることができましたが、その後、第三者からの特許異議申立てを受け、いったん特許庁が特許を取り消したのです。ところが、これを不服としたステーキ店が訴訟を行った結果、このステーキ提供システムを実現するための具体的な構成とそれによる効果には技術的な意義があるとして、特許が認められたという経緯があります。

1)特許の争点は「発明」といえるか否か

詳しくご説明するために、まずは、このステーキ店の提供システムを分解してみます(読みやすくするために一部言い回しを加工しています)。

  • A 立食形式で、お客様からステーキの量をお伺いし、オーダーの量の肉をカットして焼き、それをお客様のテーブルまで運ぶというステーキの提供システムで、
  • B お客様を案内したテーブル番号が記載された札と、
  • C お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と、
  • D その肉を他のお客様のものと区別する印しを備え、
  • E 計量機が計量した肉の量と札に記載されたテーブル番号を記載したシールを出力し、その印しが計量機が出力した肉の量とテーブル番号が記載されたシールであるという、ステーキの提供システム(特許第5946491号)

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一見すると、どこの飲食店でも従来やっているようなオーダーの管理方法ですから、このようなものは今さら特許発明にはならない、と思われるかもしれません。

争点は「発明」といえるか否かです。なお、「発明」か否かの判断につき、特許庁の審査基準では「自然法則を利用していないもの」は発明には該当しないとされており、その具体例として、「人為的な取決め」や「ビジネスを行う方法それ自体」などが挙げられています(特許・実用新案審査基準第Ⅲ部第1章2.1.4参照)。

2)特許庁の判断

審査段階では最終的に特許査定を得ることができたようですが(平成28年4月26日特許査定)、その後、第三者からの特許異議申立てを受けました。そこで特許庁は「『ステーキの提供システム』は、…経済活動それ自体に向けられたものであることに鑑みれば、社会的な『仕組み』(社会システム)を特定しているものにすぎない」として、「発明」には該当しない(特許を取り消す)と判断しました(平成29年11月28日決定)。

3)裁判所の判断

これを不服としてステーキ店が提起した訴訟において、知財高裁は、前述したアイデアのA部分については「ステーキ店において注文を受けて配膳をするまでに人が実施する手順を特定したものであると認められる。よって、本件ステーキ提供方法の実施に係る構成は、『ステーキの提供システム』として実質的な技術的手段を提供するものであるということはできない」として否定的な判断を示しました。

しかし、B以下の構成に関しては「札、計量機及びシール(印し)という特定の物品または機器(本件計量機等)を、他のお客様の肉との混同を防止して、発明の課題を解決するための技術的手段とするものであり、全体として『自然法則を利用した技術的思想の創作』に該当するということができる。したがって、『発明』に該当するということができる」として、「特許を取り消す」とした特許庁の決定を取り消しました(平成30年10月17日判決)。

当該特許権は本稿執筆時点でもなお有効に存続しています。

この事例は、一見すると単なる「人為的な取決め」や「ビジネスを行う方法にとどまるようなアイデア」であっても、解決課題との関係で意味のある「物」や「機器」を用いることで、特許発明になることが明らかにされた点でとても意義があります。本件では「札」「計量機」「シール」が発明成立性を肯定する決め手となりましたが、これらはステーキ店であれば恐らくどのお店にも置いてある物だと思われます。

つまり、お客様に対する商品やサービスの提供方法、顧客管理方法などについても、何か特定の「物」や「機器」を使ってしっかり構成をすれば、その「物」や「機器」自体はありふれたものであっても、十分特許性が認められるのです。この「機器」には、「コンピューター」や「IT機器」も含まれますので、DX(デジタル・トレンスフォーメーション)を使ってビジネスを再構築しようというときには、特許性のある「発明」がないか、ぜひ一度チェックしてみてください。きっと皆さんの業界にも特許発明となる鍵があちこちに転がっているはずです。

3 身近なビジネスにも発明の種はある

先に事例をご紹介しましたが、今回は特許にフォーカスしてお話ししたいと思います。

特許の対象が「新規性」「進歩性」を有する産業上利用可能な「発明」であることについては、ご存じの方もおられると思います。

「発明」というと、実験室で研究をして生まれるもの、といったイメージがあるかもしれませんが、先ほどのステーキ店の事例のように、実はもっと幅広い「発明」が特許権の対象になります。皆さんのビジネスのあちこちに、特許権を受けることができ、他の競争者と差別化できる種となる「発明」が隠れているはずです。それらを探し出して、自社のビジネスの強みを再認識し、事業の付加価値につなげてみてはいかがでしょうか?

4 ありふれているからといって、諦めない。証拠が全て

ところで、皆さんの業界には、「そんなのこの業界じゃあ常識だよ。みんなやっているよ」というような技術やノウハウ、やり方などはないでしょうか?

本来、特許は、「新規性」や「進歩性」、つまり、それまで世の中に存在しない発明で、かつ、従来の技術からは容易に考えつかないような発明に対して認められるものです。従って、すでに皆さんが実施しているような技術ややり方は、特許にならないのが原則です。

しかし、実際にはこういったものでも、特許として登録を受けて、1社が独占権を持つということがあり得るのです。

1)“塩味が染みた冷凍枝豆”が特許に

ある食品製造会社が特許出願を行い、次のような内容で特許権を取得しました。

「豆の薄皮に塩味が感じられ、かつ、豆の中心まで薄塩味が浸透しているソフト感のある塩味茹枝豆の冷凍品。」(特許第2829817号)

要するに“塩味が染みた冷凍枝豆”ですから、当時の業界に与えたインパクトは想像に難くありません。当然、多くの同業他社から特許異議申立てと特許無効審判の請求を受けることとなりましたが、その前に、なぜこのような出願が審査を通ってしまうのか理解しておく必要があります。

2)特許出願人は「新規性」や「進歩性」があることの証明が不要

特許出願は、審査官によって内容を審査され、「特許査定」を受けて、初めて特許権の設定登録へと手続が進むこととなります。実際の「特許査定」の中身は「この出願については、拒絶の理由を発見しないから、特許査定をします」というたった一言からなり、拒絶理由の存在については、審査官のほうが立証責任を負うものと理解されています。

つまり、発明に「新規性」や「進歩性」がないことの証拠は、審査官のほうで集めなければなりません。審査官が「こんなの普通にありふれているよな」と思ったとしても、すでに世の中にそのような発明が存在しているとか、業界の人なら簡単に思いつくものだとかいうことを審査官が証拠で証明できない限り、その「発明」は特許として登録されてしまうのです。

本件では「豆の中心まで薄塩味が浸透している」という構成要件に関する文献が見つからなかったために、審査官としても拒絶理由があることを証明できず、最終的には特許を認めざるを得なかったという経緯があったものと思われます。

その後、多数の同業他社から複数回の異議申立て・無効審判の請求を受け、最終的にこの特許は無効にされてしまいます。しかし、なかなか「豆の中心まで薄塩味が浸透している」ことに関して特許性を崩せる証拠が挙がらず、特許権が成立した1998年から無効審決となった2003年までの間、この枝豆はずっと特許発明品であり続けたのです。

いかに特許庁といえども、証拠がなければ特許性を否定することは許されません。むしろ、特許出願をしない傾向にある業界にこそ、思いもかけない特許発明が眠っている可能性があるのです。

5 発想こそ全て

前述したように、特許発明と聞いて超ハイレベルな最先端技術をイメージされるのは無理もないことですが、必ずしもそうでないことは繰り返し述べているところです。技術レベルよりも、むしろ柔軟な発想によって特許発明を生み出し、それが大きなビジネスにつながっている事例はたくさんあります。

身近なところでは、アップル製品に搭載されている、いわゆる「バウンス・バック機能」(iPhoneなどにおいて表示されたリストやページをタッチしてスワイプ、スクロール等していき、最終位置に到達すると、それ以上先に行きそうで行かない引っ張られたような描写となって、指を離すと跳ね返るように所定の位置に戻る挙動)は、必ずしも難解な科学技術に基づくものではなく、むしろユーザー目線の柔軟な発想によるアイデアですが、こちらも特許発明品です(特許第4743919号)。

アップル製品の洗練されたデザインと直感的なUI(ユーザー・インターフェイス)とが相まって大きなシェアを獲得していることは言うまでもありません。それに加え、この特許権があるために、日本では他社が無断でスマホにバウンス・バック機能を搭載できない状況となっていることもまた、アップル社の市場優位性を維持する一因となっているといえるでしょう(この関連特許を巡って日本を含むさまざまな国々でアップル社とサムスン社で紛争に発展していることはメディアでも報道されているところです)。

このように、経営リソースとして利用可能な特許発明を手にするために、必ずしも高度な技術レベルは必要ありません。皆さんが日々取り組まれているビジネス上の課題とそれを解決する知恵の中にこそ、特許発明の可能性は秘められているのです。

以上(2021年9月)
(執筆 明倫国際法律事務所 弁護士 田中雅敏)

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人材流動化が進む時代の上司道。部下への「感謝」の気持ち忘れないこと

書いてあること

  • 主な読者:人材流動化が進む時代の上司のあり方について迷っている人
  • 課題:部下の至らないところばかりが目についてしまう
  • 解決策:部下への感謝の気持ちを忘れない。また、実際に部下に感謝の気持ちを伝える

1 部下を失う上司の気持ち……

中堅社員のAさんは、システム部に所属しています。今夜は今月末で転職する同僚Bの最後の出勤日です。同僚Bは学生時代の友人に誘われて、その友人が働いている会社に転職することを決意したそうです。要するに、引き抜きです。詳細は不明ですが、噂によると同僚Bの労働条件は今よりも良くなるようで、システム畑の人間としては、キャリアアップにつながるチャンスです。

システム部の部長も加わって、会話をしています。笑顔は絶やしませんが、部下が去っていく寂しさは隠しきれません。いずれAさんも上司になり、部下を本気で叱ったり、部下を失ったりすることもあるでしょう。そのために学ぶべきことが多いと感じる夜でした。

2 人は意外と簡単に辞めていく?

多くのビジネスパーソンにとって、人(上司、部下、同僚など)は、そこに居ることが当たり前の存在になっているのではないでしょうか。

しかし、役職が上がってくると、そのように楽観的な考え方はできません。なぜなら、人は意外と簡単に会社を去っていくからです。特に人材流動化が当たり前になりつつある今はなおさらです。実際、「今よりも良い条件の会社に誘われたとき」「家庭の事情で働き続けることが難しくなったとき」「上司や同僚とどうしても反りが合わないとき」「仕事に飽きてしまったとき」。このような状況に置かれたら、今の会社を去るというのも有力な選択肢になるはずです。

役職が上がるということは、それだけキャリアを積んできた証しです。自身の退職を真剣に考えたことがあるかもしれませんし、部下の退職を経験しているかもしれません。そうした中で、人に対する認識が、居ることが当たり前の存在から、居てくれることがありがたい存在に変わっていくのです。

3 感謝の気持ちが前提

こうした感覚は、自分が率いる組織が大きくなるほど強くなります。組織が大きくなるということは、自分の目が行き届かない範囲が広がり、部下に任せなければ回すことができない仕事が増えるということです。

上司は、部下に「仕事が遅い!」「仕事が雑だ!」などと不満を感じますが、部下の仕事を全て上司が行うことはできません。上司から見て至らないところが多くても、自分の指示を聞いてくれる部下が居るからこそ仕事が成り立つということです。上司は部下に感謝しなければなりません。

4 自分よりも優秀な部下を求める

しかし、世の中には「自分の指導の至らなさ」が分からない上司が多いものです。そして、そうした上司ほど、部下にドリームチームのような働きを求めます。

ただし、ここで確認しておきたいのは、上司自身がドリームチームを率いるのにふさわしい指揮官であるかということです。皆さんが部下を持つ場合、自分よりも「能力が高い部下」と「能力が低い部下」のどちらを求めるでしょうか。

ドリームチームを求めるならば、自分よりも能力が高い部下を求めるはずですが、実際は自分よりも能力の低い部下を集める上司が少なくないようです。そのほうが、部下を従わせやすいからです。

にもかかわらず、自分よりも能力が低い部下にドリームチームのような働きを求めるということに、大きな矛盾があります。役職に応じて仕事の難易度も上がります。困難な仕事をやり遂げるためには、自分よりも優秀なメンバーを確保し、マネジメントできる上司にならなければなりません。

5 上司の人間性

昨今では、Aさんの同僚Bのように他社から引き抜かれる社員もいれば、逆に自社が他社から引き抜くこともあります。

そのような状況で、自分よりも優秀なメンバーを確保し、マネジメントしていくことは容易ではありませんが、特に優秀な部下は飽きやすいことを念頭に置いておきましょう。

部下から見たときに、直属の上司が、そのまた上司から指示されたことだけを黙々とこなす人だったらどうでしょうか。刺激や新鮮さが感じられずに閉塞感を覚え、新天地を探したくなるかもしれません。

こうしたことがないように、特に優秀な部下に対しては新しい仕事を任せるようにしましょう。期待以上の成果を上げることもあるはずです。

また、上司は謙虚さと誠実さを忘れてはいけません。ダメな上司は、目の前の“大人”が、部下として自分の指示に従ってくれることのすごさに気付かず、部下を気遣いません。部下は、そのような上司についていきたいとは思わないでしょう。上司と部下といえども、最後は人と人との関係です。上司は部下のことを尊重し、真摯に向き合わなければなりません。

6 上司の器がはっきりと分かるのは?

最後に、自分の部下が転職によって会社を去る場合を考えてみます。転職の理由はどうあれ、部下が会社を去っていくのはつらいものです。

しかし、上司が意識すべきは会社に残る部下です。その部下たちは、会社を去っていく部下にどのように接するかをよく観察しています。もし、去っていく部下に嫌みの一つでも言おうものなら、たちまち「器の小さい上司」のレッテルを貼られ、後のマネジメントに悪影響が出るでしょう。Aさんの上司であるシステム部の部長が送別会で笑顔を絶やさなかったように、上司は寛容な姿勢を示さなければなりません。

また、昨今では一度会社を去った社員が出戻ってくることが珍しくありません。あるいは、ビジネスパートナーになる可能性もあります。つらくても先々のことを考え、笑顔で部下と握手をして別れることが上司には求められるのです。

以上(2021年9月)

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KPIを使って、全社一丸で業績改善/経営者のためのファイナンス講座(7)

書いてあること

  • 主な読者:将来の意思決定に役立つファイナンス思考を身に付けたい経営者
  • 課題:業績改善のために、何から取り組めばよいのか判断が難しい
  • 解決策:KPIに分けることで、原因把握、改善の優先順位付け、そしてアクションがとりやすくなる

1 利益はKPI達成の積み重ね

KPI(Key Performance Indicator)という言葉を聞いたことはありますか? この10年ほどでよく耳にするようになった言葉なのですが、日本語では、

KPIは重要業績評価指標

といった意味で使われています。例えば、製造業の材料歩留り率や稼働率、営業であれば受注率などがこれに当たります。

最終的な業績というのは、利益で表現されることが多いものですが、直接利益を上げようと思っても難しいものです。KPIを用いて改善に取り組むことで、最終的に利益を上げることにつなげるのです。

KPIは横文字3つの略称ということで、難しいのではないかと警戒される方もいるかもしれませんが、ポイントだけ押さえればKPIは使い勝手がいいものです。中小企業で実際に使えるKPIのポイントを、今回は見ていきたいと思います。

2 KPIに分けることで、取り組みやすくなる

在宅勤務が増えてから、自宅の電気代が上がり、困っているという話を聞くことがあります。私も以前電気代の高さに驚いて、利用明細を確認したことがありました。

利用明細には、請求される電気代の金額はもちろん、併せて電気代の計算の基となった使用量や単価が載っています。電気代が高いといっても、使用量の問題なのか、それとも単価の問題なのか、両方あり得るのです。つまり、電気代を下げたいのであれば、まず、どちらの問題なのかを確認する必要があります。

また、使用量については、前年同月比や前月比なども載っていることが多いです。これを使えば、いつからどれだけ上がっているか、その傾向や原因も分かるかもしれません。さらに、単価は電力会社などが決めることなので、新電力に切り替えない限り、自分では対応することはできません。自分で取り組めるのは、使用量だけなのです。

このように、電気代は私たちにとって身近な例ですが、ここにもKPIは存在します。分かりやすく言うと、

使用量は、家計に残るお金(=利益)を増やすためのKPI

となるのです。また、KPIは、ただ定めるのではなく、それを改善することが最終目的です。ですから、この場合では、在宅日数を確認したうえで、在宅日数と1日当りの使用量のどちらに原因があるのかを確認してみるのもいいでしょう。つまり、ここで大事なのは、

KPIに分けることで、原因把握、改善の優先順位付け、そしてアクションがとりやすくなる

ということです。

3 KPIは、指標を選んで数字を決める

電気代の例で、1日当りの使用量をKPIとして選んだとします。次に行うのは、水準を決めることです。例えば、1日当りの使用量を10%削減するといった感じです。会社でKPIを運用するときの流れもまさに同じです。利益に影響を与える項目を分解して、その中から指標を決定します。そのうえで、どの水準を目指すかを数値で表すのです。

例えば、コンビニエンスストア(以下「コンビニ」)では、たびたびこんなキャンペーンをやっているのを見かけます。「700円買ったらスピードくじを1回」。なぜ700円かといえば、これも実は、売上のKPIが理由なのです。小売業の売上は主に客数と客単価に分解されるので、客単価を上げれば伸びます。チェーンによって異なるものの、一般にコンビニの客単価は600円程度と言われます。もし、あと100円で700円になって、スピードくじが引けるのであれば、本来は買う予定がなかった商品を手に取るかもしれません。これが客単価アップのからくりで、そうした最後の購買を後押しするために、レジ周りには手に取りやすい、100円程度のまんじゅう類などが並べられているのです。

4 誰が担うかを明確にするのも大事

客単価を上げるための取り組みでも、担当する部署や人によって出てくる案は異なります。前述した陳列方法の工夫は店舗指導をする担当者によるアイデアでしょうし、スピードくじは販売促進を担当する人のアイデアでしょう。

会社で、KPIを運用するときも、誰に依頼するかは大事です。それにより、期待できる効果の大きさが変わるからです。経営者や経理担当者は、KPIの指標と水準を決めたあとに、最適な担当者を選ぶのを忘れないでください。コンビニの例の通り、1つのKPIに対して影響を与えるのは1つの部門や担当者だけとは限りません。全社を見る視点から、現状を踏まえて見極める必要があるということです。

5 KPIは先行指標だからこそ役立つ

利益改善のためにKPIは役立つと言いました。しかし、なぜKPIを設定するのでしょうか。直接、利益改善を狙えばよいとも考えられます。

こうしない1つの理由は、

利益は多様な勘定科目から計算されるものなので、要因を区分けしないと取り組みにくい

ことあがります。利益はまさに会社全体の活動の「結果」なので、社内で仕事を分担しているのと同様です。改善したい場合には、KPIとして分担し直す必要があるのです。特に、各部門にとっては利益といわれても理解しづらく、さらには自分たちのアクションにつながりづらいので、KPIというわかりやすい言葉に「翻訳」しているのです。

もう1つの理由は、

利益が計算されるのには時間がかかるので、速報として状況を把握するのにKPIの方が適切

だからです。経理が月次決算で利益を算出するのに、数日は要します。それを見てから改善のためのアクションをとるのでは、遅い場合があります。そこで、KPIを通じて状況を早期に把握して、必要な場合には対処を早めにとることを可能にします。つまり、KPIは、利益を生み出すためのPDCAサイクルをタイムリーに回すのに役立ちます。

6 業績改善のためには、KPIの通訳に

この連載で扱うファイナンスの目的は、業績を良くすることにあります。まさにKPIは、業績改善には欠かせない各部門のアクションを促すのに効果的なツールといえます。

各部門に動いてもらうには、正しく理解してもらうのが不可欠ですから、各部門になじみが深いKPIを使うのが効率的なのです。

KPIは業務の理解がないと難しい場合もあるかもしれませんが、業績改善の効果は期待できます。また、KPIは各部門の方と話すときの共通言語のようなものです。多くの場合、各部門の従業員は会計に対する理解が深くないため、利益で話しても難しいことが多いものです。

全社の業績を担う経営者や経理の方には、

利益とKPIのあいだで自在に翻訳できる通訳になっていただく

ことが不可欠といえます。

以上(2021年9月)
(執筆 管理会計ラボ 代表取締役 公認会計士 梅澤真由美)

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令和3年度の最低賃金額改定と業務改善助成金

1 改定の仕組み

厚生労働大臣から諮問を受けた中央最低賃金審議会が、「中央最低賃金審議会目安に関する小委員会」により審議を重ね、取りまとめた「目安に関する公益委員見解」などを、地方最低賃金審議会に示します。各地方最低賃金審議会では、この答申を参考にしつつ、地域における賃金実態調査や参考人の意見などを踏まえた調査審議のうえ、答申を行い、各都道府県労働局長が地域別最低賃金を決定することとなります。

2 今回の答申のポイント

今回の中央および地方最低賃金審議会の答申のポイントは以下の通りです。

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3 業務改善助成金の拡充

今回の答申で盛り込まれた業務改善助成金は、設備投資により生産性を向上させ、事業場内最低賃金の引き上げを図る中小企業を支援するものです。8月から、この助成金に賃金引上げ対象人数で最大10人以上の枠が増設され、助成上限額が450万円から600万円に拡大されました。以下にその特例の概要をお伝えします。必要な要件などの詳細は厚生労働省のHPでご確認ください。

(1)特に業況の厳しい事業主への特例

 ① 対象人数の拡大・助成上限額引上げ

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 ② 設備投資の範囲の拡充

現行では自動車(特種用途自動車を除く)やパソコン等の購入は対象外とされていますが、コロナ禍の影響を受ける中にあっても、賃金引上げ額を30円以上とする場合には、生産性向上に資する自動車やパソコン等も補助対象に拡充されます。

(2)全事業主を対象とする特例

 ① 45円コースの新設

 ② 同一年度内の複数回申請

通常、同一年度内の複数回の受給は認められていませんが、特例により年度内に2回までの申請が可能となります。

4 さいごに

コロナ禍冷めやらぬ中での最低賃金の改定によって、事業運営に大きく影響を及ぼす企業もあるでしょう。雇用を維持し生産性を向上するために、本助成金の活用を検討してみてはいかがでしょうか。

※本内容は2021年8月13日時点での内容です

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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「あなたの得意分野は何ですか?」 ~得意分野を中心に大きく広がる活躍のフィールド~

書いてあること

  • 主な読者:自分の得意分野を持ちたい入社3〜5年の社員
  • 課題:得意分野を持つことに半信半疑で、なかなか具体的な行動に移せない
  • 解決策:「社内で相対的に強いではなく、社外でも絶対的に強い」を意識する

1 得意分野があるってうらやましい!

人事部に配属された入社5年目のAさん。これまで営業や調達の仕事をしてきたAさんにとって、人事部は全くの別世界で、日々、戸惑いの連続です。

同じ時期、人事部にはもう1人の新人が配属されました。中途採用のBさんです。Bさんは前職でも人事部で働いており、社会保険労務士の資格も持っています。人事の仕事は慣れたものです。そんなBさんの姿を見たAさんは、「得意分野があるってすごいな。それに比べて俺ときたら……」と、肩を落としてしまいました。

昼休み、落ち込むAさんに課長が声を掛けました。「焦る必要はないぞ。Bさんは人事の経験者で、Aさんとはそもそもスタートが違うのだから」。するとAさんは、「しかし、Bさんは転職してきたばかりですよね。どこに行っても通用する得意分野があるのはうらやましいです」と言いました。それを聞いてニヤッと笑った課長は、「じゃ、Aさんも得意分野を持てばいいよ!」。

2 自分の得意分野を持とう!

「自分の得意分野を持たなければ!」

これは、入社3~5年程度の社員が直面しがちなテーマです。一通りの教育を受けてビジネスパーソンとしての基礎体力がついてくるこのころ、次のステップとして自分の得意分野を意識し始める社員が少なくないためです。

得意分野はそう簡単に持てるものではなく、継続的に努力する必要があります。あえてそれにチャレンジしようとするのは、その社員が次のようなことを認識したのでしょう。

  • 将来、実現したいビジネスや自分が活躍したいフィールドが明確になってきた
  • 目標となるビジネスパーソンを見つけ、それに近づきたいライバルを見つけた
  • 手痛い失敗して、切実に自分の能力向上をしたい

これは、ビジネスパーソンとしての目標が明確になってきているということであり、中堅社員が半歩先に進んだ証しです。

3 なぜ、得意分野を持つとよいのか?

1)深掘りの仕方が身に付く

専門性を高めるためには、1つの分野を深掘りしなければなりません。それも、正しい手順で、適切な場所を掘らなければ、知識は効率的に身に付きません。資格取得などを通じて専門性を高める過程で、課題に取り組む際の正しいアプローチの方法と、これまで気付いていなかった物事の奥深さを知ることができます。

2)成長が加速する

1つの得意分野を持つことは、自分がビジネスパーソンとして成長していくための足掛かりになります。1つの分野を深掘りしたときの成功体験と失敗体験、その際に獲得した知識を整理するために作った“器”(頭の中の引き出し)が、別の分野を深掘りする際に生かされるため、以前よりも効率的に知識を吸収することができます。

3)良質な人脈が広がる

資格取得のために勉強する中で知り合う人々は、皆、同じ目標に向かって努力している仲間です。目標を共有しているということで互いに心を開きやすく、関係が深まっていくことも珍しくありません。そこから広がっていく人脈はとても貴重で、有力な情報源にもなります。

4)経験が糧になる

得意分野を持つためには継続した努力が必要で、時にはプライベートを犠牲にしなければならないこともあります。そうしたつらい経験は、自分の“心”を鍛えてくれます。何らかの試練に遭遇したとき、「あのときに克服できたのだから、今回も大丈夫!」と、自分自身を勇気づけてくれるでしょう。

5)継続的な取り組みになる

得意分野を確立するのは容易ではありませんが、それ以上に、得意分野を維持することのほうが大変です。状況は刻々と変化するため、常に知識を正確で最新の状態にアップデートしておかなければなりません。これを継続することができれば、知識の幅はますます広がり、その分野に明るいといわれる人よりも有利になります。

4 基準は「社外でも絶対的に強い」こと

人は意外と物事を知りません。そのため、ある事柄についてちょっと勉強しただけで、周囲よりも情報通になれます。しかし、ちょっと勉強した程度の中途半端な知識では得意分野とはいえません。どこまで深掘りしていくかの基準を設けましょう。

分かりやすいのは資格の取得ですが、資格制度が整備されていない分野の場合は、“他流試合”をして、確かめてみましょう。その分野について学んでいる人が集まっている勉強会などを見つけ、積極的に参加してみるのです。そうした場でも、自分の知識が十分に通用するようならば、社外でも絶対的に強いレベルといえます。

以上(2021年9月)

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【朝礼】ロミオとジュリエットから学ぶ私の「役」

今日は、最近私がプライベートで「面白い」と思ったことについて話します。先日、私は「ロミオとジュリエット」のミュージカルを見に行きました。普段あまりミュージカルは見ないのですが、好きな俳優さんが出ると聞いて興味が湧き、劇場に足を運んでみたのです。

ロミオとジュリエットは、16世紀にウィリアム・シェイクスピアが手がけた、イタリアの都市ヴェローナを舞台にした恋愛悲劇です。モンタギュー家の一人息子ロミオとキャピュレット家の一人娘ジュリエットが恋に落ちるも、お互いの家が敵同士だったために結ばれず、両家の争いが激しくなる中で2人は悲劇的な最期を迎えます。しかし、それによってモンタギュー家とキャピュレット家は争うことの愚かさを知り、長年の憎しみを捨てて和解するというストーリーです。

有名な話なのでご存じの方も多いでしょうし、私自身も過去に映画でロミオとジュリエットを見たことがあります。しかし、先日見たミュージカルには、映画にはない、まさに舞台劇ならではの印象的な役が存在していました。

それが「死」です。黒い帽子と黒いコートに身を包み、肌を白く塗った、死神のような風貌の役。「死」はモンタギュー家とキャピュレット家が争うシーン、ロミオとジュリエットが秘密裏に結婚式を挙げるシーンなど劇中の至るところに登場し、終盤はロミオのそばに立ち続け、彼がどのような結末を迎えるかを観客に予感させます。

「死」は人間ではなく、抽象的な概念を観客に見えるよう具現化した役なので、せりふは一切なく、どの登場人物にもその存在を認識されることはありません。ですが、気付けば必ず舞台のどこかに立っていて、しかも最初は遠くからロミオを見ているだけだったのが、ストーリーが進むごとにロミオとの距離を詰めていくので、いい意味で不気味な存在感がありました。

私がこのミュージカルを見て改めて思ったのは、「ストーリーに彩りを与えるのは、主役だけではない」ということです。主役はもちろんロミオとジュリエットですが、「死」という役の存在によって、終始ストーリーに緊張感があり、2人の悲劇性が一層際立っていました。

会社での仕事に置き換えると、私はバックオフィスの担当で、製造に携わったり、直接お客さまに接したりする機会は少ないです。会社の活動を、売り上げと利益を上げつつ社会に貢献するストーリーと置き換えるなら、私にとってこのストーリーの主役は、製造に携わったり、直接お客さまに接したりしている人たちです。ですが、その人たちが主役を演じきるためには、彼らが仕事をしやすいように支える私たち「脇役」の存在もまた不可欠なのだと改めて思いました。私がロミオとジュリエットを「いいミュージカルだった」と感じたように、お客さまから「あの会社はいい会社だね」と言ってもらえるよう、私の「役」をしっかり演じきりたいと思います。

以上(2021年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

変革を生み出す戦略の在り方/ローマ史から学ぶガバナンス(2)

書いてあること

  • 主な読者:現在・将来の自社のビジネスガバナンスを考えるためのヒントがほしい経営者
  • 課題:変化が激しい時代であり、既存のガバナンス論を学ぶだけでは、不十分
  • 解決策:古代ローマ史を時系列で追い、その長い歴史との対話を通じて、現代に生かせるヒントを学ぶ

1 軍事における戦略

ビジネスでは、軍事的な言葉が数多く使われます。「戦略」という言葉はその端的な例でしょう。ビジネスでは競争相手と戦うのですから、当たり前のようにも思えますが、「戦略」という言葉がビジネスの文脈で使用されるようになったのは1960年代からで、ここ50年程度の話です。今日まで発展してきた経営戦略論は、かつての戦争や軍事理論などから多くのヒントを得て構築されてきました。

その1つに19世紀前半のプロイセンの軍事学者クラウゼヴィッツが執筆した「戦争論」があります。この著書の中でクラウゼヴィッツは、戦略とは、精神的要素、物理的要素、数学的要素、地理的要素、統計的要素という5つの要素で構成されており、とりわけ精神的要素が重要だと説いています。これは決して精神論ではありません。戦争には不確実性が伴うため、戦略は憶測と仮定に基づき、指揮官の才覚、組織編成、兵器戦力等といった基礎的単位の新たな組み合わせで構築される。そのように構築された新たな戦略すらすぐに常識化してしまう。こういう状況の中では、強靭な精神を持って、常に新たな組み合わせを発見し、実行できなければならない、ということなのです。

2 近現代のイノベーション論

この考えは、近現代のイノベーション論に繋がっていきます。20世紀初め、経済学者シュンペーターは、基礎的単位を単に結合するのではなく、全く新しい組み合わせで結合し、その新結合によって創造的破壊を生み出す者こそが企業家であり、そこからイノベーションが生まれると説いています。

また、1990年代後半、大資本のリーダー企業が苦戦している状況について、リーダー企業が既存技術の延長線上の「持続的イノベーション」に留まっているのに対し、新規参入企業は全く新しい技術による「破壊的イノベーション」を起こしており、リーダー企業が追従できなくなっていると説かれました。ハーバードビジネススクールのクリステンセン教授の「イノベーションのジレンマ」です。

ここで指摘しておきたいのは、創造的破壊にせよ、破壊的イノベーションにせよ、それは早晩、戦略として常識化してしまうということです。時間の経過や環境の変化によって、先進性も革新性も失われます。いつまでも新しいものなどないのです。

もはや陳腐な例ですが、かつてソニーのウォークマンは、イノベーションの代表例でした。しかし、ご存じの通り、米Apple社がデジタル音楽配信サービスとしてビジネスモデルを変え、ウォークマンはiPodなどに代わられ、現在ではスマートフォンにウォークマンの機能が組み込まれています。破壊的イノベーションも持続的イノベーションになり、やがて次の破壊的イノベーションに駆逐されるのです。

3 無謀な冒険か、イノベーションか

紀元前2~3世紀、地中海の覇権を巡って争われたポエニ戦争に、軍事的戦略としてのイノベーションとその末路を見ることができます。

紀元前272年にイタリア半島を統一したローマは、シチリアの獲得、そして地中海への勢力拡大を目指し、北アフリカの大国カルタゴとの対決に臨みます。ローマは苦戦しながらも、新兵器を駆使し、紀元前241年、シチリアを手に入れました。これが第1次ポエニ戦争です。

そして、23年後の紀元前218年、カルタゴの名将ハンニバルによるローマへの反撃が始まります。第2次ポエニ戦争です。スペインに本拠地を置いていたハンニバルは、常識では考えられないルートでイタリアに進攻します。エブロ河を渡り、ピレネー山脈を越え、ローヌ河を渡り、アルプスを越え、という北からの進攻ルートでした。ハンニバル29歳。この若い司令官が5万の兵士、40頭の象を率いて、アルプスを越えてイタリアに攻め込むなどあり得ないことでした。しかし、ハンニバルにとっては現実的で合理的なルートでした。確かにリスクを伴う進攻でしたが、ハンニバルは、周辺民族がアルプスを越えて往来していることを知っており、その情報をもとに計画し、実行しました。決して無謀な冒険ではなかったのです。イノベーションは、無謀な冒険ではなく、冷徹な計算の上で成り立つのです。そして、若き司令官が機動力を引き出し牽引した新規参入企業のような組織だったからこそ、実行できたのです。

4 模倣されるイノベーション

イタリアに攻め込んだハンニバル率いるカルタゴ軍は、各地でローマ軍を打ち破り、第2次ポエニ戦争の最大の会戦「カンナエの戦い」を迎えます。ローマ軍8万超に対し、カルタゴ軍5万と数的には不利な状況でしたが、圧倒的な勝利を収め、ローマ軍に大きな打撃を与えました。この戦いでのカルタゴ軍の軍略は、今でも防衛大学校で取り上げられるほどで、当時としては軍事的なイノベーションだったことでしょう。具体的には、騎兵を多く備え、凸陣形にした歩兵の両脇に配置した上で、歩兵中心のローマ軍の攻撃を陣形の中央で受けながら後退し、凹陣形にしてローマ軍を引き込みます。そして、騎兵が後背に回り込み、完全包囲して殲滅(せんめつ)していったのです。

しかし、14年後の紀元前202年、カルタゴの本拠地での「ザマの戦い」では、攻守を変えて再現されることになりました。すなわち若き司令官スキピオ率いるローマ軍は、騎兵を十分に備え、ハンニバル率いるカルタゴ軍を包囲殲滅したのです。先進的、革新的であった戦略も模倣され、常識化します。いつまでも新しいものなどないのです。

5 戦略の本質とは

「カンナエの戦い」はローマ軍の大敗、「ザマの戦い」はカルタゴ軍の大敗という結果でしたが、国家レベルでの打撃には大きな差がありました。ローマ軍はカンナエで大敗したものの、周辺国が寝返らなかったため、カルタゴ軍がローマに攻め入ることができず、国家としての余力を残すことができました。一方、カルタゴは、スキピオの巧みな策略でスペイン支配を奪われた後、本拠地ザマで大敗しました。文字通り、国家的危機を招き、第3次ポエニ戦争で滅亡するのです。

これは、国家レベルにおける戦略の差と言えます。ローマは国家戦略として外交で周辺国を掌握していたため、カンナエでの大敗の影響を極小化することができ、最終的に勝利を収めることができたのです。企業においても、営業での競争や製品の比較など個別の戦いで敗れても、収益モデルやサービスモデルなどを含む経営戦略や事業戦略に先進性、革新性があり優位性を築ければ、より高いレベルでの成功を収めることができます。しかし、これもまた模倣され、常識化してしまえば駆逐されます。強靭な精神を持って、常に新たな組み合わせを発見し、実行できなければならない。これは、戦略の本質であり、企業家に課せられた使命なのです。

以上(2021年9月)
(執筆 辻大志)

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画像:unsplash

【与信管理】取引先の信用力を調査する

書いてあること

  • 主な読者:経営環境の変化が激しい現在、与信管理をこれまで以上に徹底したい経営者
  • 課題:与信管理として具体的に何をしたらよいのか分からない
  • 解決策:取引開始後も与信管理を継続し、必要に応じて外部機関の情報も参考にする

1 取引先との良好な関係を築くために信用力調査を行う

取引の始まった頃は、あんなにも良好な関係だったのに、時間の経過とともに、少しずつ関係が悪化してしまうことがあります。ビジネスの条件について折り合わないような場合は仕方ないですが、売掛金の回収ができないなどとなると話は別です。

「何となく大丈夫だろう」と思っていたのに、実際に取引を始めてみると、取引先の経営状況が思った以上に悪く、早々に弁済猶予を求められてしまったなどということも珍しくありません。また、新型コロナウイルス感染症の拡大によって、オンラインでしか話したことのない相手と取引することもあります。取引開始時に取引先の信用力調査を、これまで以上に十分に行っておかないと、後で痛い目を見るのは自社であることを肝に銘じて、取引先と良好な関係を築いていくために、信用力調査を怠らずに行っていきましょう。

この記事では、取引先の信用力調査としてどのようなことを行えばよいのかを説明します。

2 取引開始前に行っておきたい取引先調査について

取引を開始するに当たって、今後良好な関係で取引を行っていくために行っておきたい調査事項として、以下のようなことが挙げられるでしょう。

1)取引先の代表者と面談し、会社の経営方針・取引先などを確認する

特に中小企業においては、代表者に実権が集中し、資金繰りなどを含む会社の経営実態を正確に把握しているのは代表者だけであることも少なくありません。そのため、会社の代表者と実際に面談し、経営方針や沿革・理念などを確認しながら、自社が継続的に取引をしていく会社として適切かどうかを見極めるとよいでしょう。

また、その際に、取引先にどのような属性(業種、会社規模など)の会社が多いのかなどを確認してその信用力を調査するとともに、債権の焦げ付きの可能性や支払いサイトがどのようになっているかなどもそれとなく把握できるとより良いでしょう。

2)営業担当者間で連絡を取る方法を確認しておく

些細な違和感が大きな問題の氷山の一角であることも少なくありません。そのため、気になることをすぐに確認できるように、会社の外線や直通番号だけでなく、営業担当者の携帯電話番号やSNS、LINEのアカウントなども確認しておくとよいでしょう。なお、会社によっては、業務上のやり取りをSNSやLINEで行うことが禁止されている場合もあるため、事前に確認しておきましょう。

3)信用調査サービスやインターネット上の情報から企業情報を取得する

会社の代表者との面談や営業担当者とのやり取りを通じて、ある程度は取引先の情報を取得することはできますが、例えば、取引金額が大きく、債権が焦げ付いてしまうと自社への影響が大きいため、信用調査に万全を期したいといった場合には、信用調査サービスを利用して企業情報を取得してみるとよいでしょう。これにより、会社の代表者との面談や営業担当者とのやり取りでは分かりにくい第三者から見た会社の現況や健全度が分かることがあります。

また、インターネットで会社名や会社所在地、代表者の名前などをGoogleなどで検索したり、会社登記簿を取得することによっても、会社の代表者との面談や営業担当者とのやり取りからは知り得なかった事実が分かるかもしれません。様々調べてみて、再度気になることを会社に確認してみるとよいでしょう。

3 取引継続を検討するために確認しておきたい取引先の信用力

 

会社の経営状況は日々変わります。そして、その変化は、小さな変化の積み重ねによって、やがて大きな変化になるということも少なくありません。

そのため、日ごろの取引先の担当者とのやり取りなどを通じて、取引先にどのような変化が起きているかなどを感じ取って、取引継続に支障が生じていないかを確認する必要があります。参考までに、以下のような事情があるかどうかは取引先の変化を察知する一つのきっかけになると思いますので、参考にしてください。

  • 日ごろ、担当者とは円滑に連絡が取れているか
  • 担当者が突然変わったり、定期的に退職者が出ていたりすることはないか
  • 取引先を訪問した際に、会社の雰囲気が変わっていないか
  • 納品や支払いが理由なく遅れることがないか
  • 取引先の事業計画、経営方針が大きく変わったりしていないか

4 取引先の信用力は定期的に調査しなければ意味がない

上述の通り、会社の経営状況は、社会情勢などにより日々大きく変わり得るものですので、取引先の信用力も、現在と6カ月前、6カ月後で大きく変わっている可能性があります。

そのため、取引開始時にきちんと調査をしたから当面大丈夫だろうと思っていても、例えば、大口の取引先の債権が焦げ付いて、一気に財務状況が悪化することもあります。こういったことをいち早くキャッチして、今後も取引先への支援という意味合いも込めて、取引を継続するのか、それとも取引を抑えたり、停止したりするのかを検討する必要があるでしょう。

このように、取引先の信用力の調査は一度行うだけでは意味がなく、取引を継続している間は定期的に行う必要があります。売り上げや取引が増加しても、その代金をきちんと支払ってもらわなければ、意味がありませんので、取引先の信用力を開始前から継続的に調査をしながら取引を行うことを心掛けるようにしましょう。

以上(2021年9月)
(執筆 竹村総合法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

早期帰宅や避難の判断材料となる防災気象情報とは?/中小企業のためのBCP

1 適切な行動を取るために把握すべき災害情報

洪水、高潮、崖崩れ、地すべりなど、気象や防災に関して収集すべき情報はさまざまあります。「注意報」や「警報」などの警戒レベルに応じて、取るべき行動も異なります。経営者は、こうした情報や警戒レベルを正しく理解し、早期帰宅や避難、自宅待機などの指示を迅速かつ的確に出さなければなりません。

オフィスや工場、営業拠点などが、被災しやすい地域にあるのかを事前に把握しておくことも欠かせません。オフィスの近くに河川や海がある場合は洪水や高潮が起きやすいのか、オフィスが山間部にある場合は崖崩れや地すべりが起きやすいのかなどを把握します。被害が起きそうな地域を地図で可視化した「ハザードマップ」を使い、想定される被害状況を踏まえておくのが望ましいでしょう。

2 防災気象情報と警戒レベルとの対応

「避難情報に関するガイドライン」(内閣府(防災担当))では、「自らの命は自らが守る」意識を持ち、自らの判断で避難行動をとるとの方針が示され、この方針に沿って自治体や気象庁等から発表される防災情報を用いて、取るべき行動を直感的に理解しやすくなるよう、5段階の警戒レベルを明記して防災情報が提供されることとなっています。政府では、警戒レベル5の状況は安全に避難できない状態であり、警戒レベル5の発令を待つのではなく、警戒レベル4までに必ず避難することとしています。

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3 主要な防災向けウェブサイト

災害が起きやすい地域などを確認できる防災向けウェブサイトを紹介しています。BCPを策定するときの参考にしてください。

1)国土交通省「ハザードマップポータルサイト」

洪水・土砂災害・高潮・津波のリスク情報、道路防災情報、土地の特徴・成り立ちなどを地図や写真に自由に重ねて表示できる「重ねるハザードマップ」、各市町村が作成したハザードマップを検索できる「わがまちハザードマップ」が掲載されています。

■国土交通省「ハザードマップポータルサイト」■
https://disaportal.gsi.go.jp/

2)気象庁「キキクル(危険度分布)」

大雨による災害発生の危険度が地図上で確認できます。危険度は、「極めて危険」(濃い紫色)、「非常に危険」(うす紫色)、「警戒」(赤色)、「注意」(黄色)、「今後の情報等に留意」(無色)の5段階で色分けされ、10分ごとに情報が更新されます。「土砂災害」「浸水害」「洪水害」の危険度を切り替えて確認できます。

■気象庁「キキクル」■
https://www.jma.go.jp/bosai/risk/

以上(2021年9月)

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画像:Maslakhatul Khasanah-Shutterstock

これからはチャット上手の上司がもてる?

書いてあること

  • 主な読者:テレワークなどでチャットを使っているが、部下とうまくコミュニケーションがとれない上司
  • 課題:すぐに返信がこないことにイラつくし、意図が正確に伝わらない
  • 解決策:これからはチャットが中心になると心得え、自身のコミュニケーションをバージョンアップする

1 チャットが苦手で……

「何で誰もリアクションをしないのだ!」。中堅社員のAさんはいら立ちを隠せません。グループチャットを使って複数の部下に一斉に指示を出したのに、“数分”待っても、誰からも何の返信もないのです。しばらくして、Aさんの上司であるB本部長が、同じようにグループチャットで部下に指示を出しました。すると間髪入れずに部下が反応し、コミュニケーションが成立したのです。この違いの理由は、役職の違いだけなのでしょうか。

あるとき、AさんはB本部長に愚痴をこぼしました。「私がチャットで指示を出しても、皆のリアクションが悪くて本当に困ります。B本部長のときとは大きな違いですよ。私は軽く見られているのでしょうか……」。するとB本部長は、次のように返しました。

「Aさんが軽く見られているわけではないよ。ただ、チャットには対面はもちろん、メールとも違う独特の雰囲気があるから、それを理解しないといけないね。それからチャット以外の、日ごろのコミュニケーションが大事なんだよ」

2 広がるチャットツール

最近はチャットツールがビジネスの連絡手段として定着しています。リモートワークなど、離れた場所にいる複数の人がコミュニケーションを取る手段として、チャットは便利です。しかし一方で、チャットのコミュニケーションの問題が出ている企業も少なくありません。

例えば、チャットツールはテキストのやり取りが中心で、相手の表情が分かりません。電話やメールも同じですが、電話なら声が聞けます。また、メールは誤解が生じないように丁寧過ぎるくらい、固い表現で書く人が少なくありません。対してチャットは「手軽さ」を重視します。相手の表情が分からず、また声も聞けない状態ですが、いきなり要件に入ります。メールのように、「いつもお世話になっております」などの前置きもありません。

この雰囲気に慣れていないと、チャットなのに堅苦しくなったり、逆にはしょり過ぎて意味が通じなくなったりします。受け手も同様です。手軽だからこそすぐに返すのが礼儀ですが、「チャットだからいいか」と、ついつい返事を先送りにしてしまいがちです。

3 日ごろからイライラしない

いろいろと難しい面のあるチャットですが、だからこそ上司にとってはコミュニケーションの訓練になります。例えば、対面や電話だとつい余計なことまで話して時間を浪費しがちですが、チャットならば必要最低限の言葉で正確に伝えようと努めます。

これは“アバウトに伝える”ことに慣れている上司にとっては、意外と難しいことです。チャットでは、「あれ、これ、それ」などの指示語の多い文はとても分かりにくいので、具体的かつ簡潔に示さなければなりません。

また、日ごろからイライラしないことも重要です。なぜなら、いつもイライラしている上司からのチャットに返信する勇気のある部下は少ないからです。関わったら最後、矢継ぎ早にチャットが入り、少しでも返信が遅いと叱られそうだと思うはずです。

自分のチャットに返信がないのは、自分自身の日ごろのコミュニケーションに問題があるケースも考えられます。また、チャットを送った側は即座の対応を求めますが、受け取った側にも事情がありますので、返信をせかしたいところを少し我慢しましょう。

また、チャットは手軽なので、つい休日にも送りがちです。送る側の上司の意図は、「忘れないうちに伝えておきたい」というものですが、今どきは休日に仕事の連絡を取るのもはばかられます。就業時間後や休日のチャットを禁止している企業も少なくありません。

4 「あれ、どうなった?」は通用しなくなる

「(上司)あれ、どうなった?」「(部下)あれって何ですか?」「(上司)何で分からないんだ。あれだよ、あれ!」。このような上司と部下のやり取りは、今後ますます減っていくのでしょう。

これから組織を率いる人は、その場に居合わせなくても、適時、適切なコミュニケーションが取れる組織を作らなければなりません。そうした意味では、“チャット上手”が上司の絶対条件になっていくかもしれません。

以上(2021年9月)

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画像:George Rudy-shutterstock