自販機を使ったインバウンド向けの新たな商機

書いてあること

  • 主な読者:インバウンド需要の取り込む手法を探る経営者
  • 課題:都心や観光地で見かける外国人観光客向けの自動販売機は今後広がるのか
  • 解決策:外国人観光客向けの自動販売機が注目される背景や、導入の方法、課題などについてまとめる

1 自販機の隠れた魅力

全国に約300万台(日本自動販売システム機械工業会)。私たち日本人の生活にすっかり根付いている自動販売機(以下「自販機」)ですが、外国人旅行者にとっては、「“変”なもの」らしいです。

  • 「なぜ、日本には大量の自販機が無防備に設置されているのか?」

というのが、“変”の正体です。この点について、筆者が日本在住の外国人に聞いてみました。すると、次のように教えてくれました。

  • 「自販機は海外にもあるけど、日本ほど多くは見かけない。そして、何といっても、ほとんど盗難されないところがすごいよね。あとは、デザインが奇抜なところ、売っている商品が多種多様なところ、ハイテクなところもすごいと思うよ」

こうした背景から、もしかすると、自販機にビジネスチャンスがあるのではないか、と考える人が増え、インバウンド需要を狙う自販機が登場してきました。政府も条件付きではあるものの、自販機を「免税店」として扱う制度を開始する意向です。

「外国人旅行者×自販機」から生まれてきそうなビジネスチャンスを、事例とともに考えます。   

2 普及率は世界一!?

日本自動販売システム機械工業会によると、単純な設置台数は米国が世界一といわれていますが、人口や国土の面積などを勘案すると、普及率では日本が世界一と推測されるそうです。

同工業会へのヒアリングによると、「インバウンド需要を取り込むため、工業会として統一の施策などは取っていないものの、会員企業の中には、インバウンド需要を狙った自販機の製造に取り組んでいるところもある」とのことです。

実際、「近年は来日する外国人旅行者が増加しており、そうした人々がSNSなどに日本の街角と一緒に自販機の写真や商品をアップすることで、認知度が上がってきている。こうしたインバウンド需要を取り込むため、新しいタイプの自販機に対する需要・関心は高まっている」という自販機メーカーもあります。

3 自販機を店舗に設置するには

1)費用や期間

自販機を店舗に設置するにはどのような準備が必要なのでしょうか。飲料水などを販売する自販機の場合、一般的には自販機を販売する企業(自販機メーカー)や飲料水を製造・販売する企業(オペレーター)が設置費用などを負担し、リース費用などは掛からないようです。自販機を設置する側(ロケーションオーナー)の負担としては、電気代が1カ月当たり数千円となります。

お土産用やイベント用などのさまざまな用途に応じた自販機の販売および設置支援を行っているパルサー(宮城県)へのヒアリングによると、こうした自販機を設置する際に発生する費用としては、次のようなものがあるそうです。

  • 自販機の設置費用は1台当たり50万~60万円程度。販売する商品の形状やサイズによっては、梱包費用などが必要な場合もある。飲料水などを販売する自販機と同様、ランニング費用として電気代が1カ月当たり数千円程度掛かる
  • 自販機を設置するまでに、商品によって払い出しの試験運用をする場合もあるが、契約締結後1~2カ月程度で納入することができる

2)必要な許可または免許など

日本自動販売システム機械工業会のウェブサイトによると、缶・ビン・ペットボトルに入った飲料水を販売する場合には、許可は必要とされていません。しかし、以下のような商品を販売する場合は、関連する法令に基づき、許可または免許などが必要です。

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3)インバウンド需要を取り込むためのヒント・注意点

パルサーによると、インバウンド需要を取り込むためのヒント・注意点として、次のようなものが挙げられるそうです。

  • 外国人旅行者の目を引き付けるためには、ぱっと見た自販機のインパクトが重要。そのためには、有名キャラクターや忍者などのデザインや柄で自販機本体をラッピングし、「分かりやすい日本らしさ」を見せることが不可欠
  • 販売する商品の形状によって、飲料水などを販売する自販機と、自販機の正面部分がガラス製で、商品が視認できるスパイラル式に構造が大別できる。前者は耐久性・安全性が高く屋外に設置できるが、格納できる商品は缶やペットボトル状の円柱形にする必要がある。後者は、ガラス製なので耐久性や日光の遮光性が低いため屋内に設置されるが、雑貨などの形状が一定でない商品を格納することができる

4 インバウンド需要を狙った“変”な自販機の事例

1)SHIBUYA109エンタテイメント:渋谷のお土産需要を創出

SHIBUYA109エンタテイメント(東京都)は、渋谷のお土産需要を創出するために、2018年9月にクリエーターによるオリジナルTシャツを「スーベニア自動販売機」で販売しました。

渋谷はスクランブル交差点が有名な観光スポットとなっているなど、訪問者数は増加しています。ただ、渋谷には代表的なお土産がなく、外国人旅行者も渋谷周辺にあまり宿泊しません。ここにビジネスチャンスを見いだし、お土産需要の創出を狙っているようです。

2019年は同様のオリジナルTシャツを5~7月にかけて販売しました。今回は、デザインの数や参加するクリエーターの数も増え、パネル展示やフォトスポットの設置など、付随するイベントも行っています。

2)アイナス:ご当地限定の缶詰を3つの基準で選定

アイナス(兵庫県)は、その土地でしか入手できない商品が入った缶詰「ゴトカン」を販売する自販機を、兵庫県や香川県に設置し運営しています。

ゴトカンの内容は「ご当地愛」「ご当地貢献度」「ご当地チャレンジ精神」の3つのルールに沿って査定され、基準点以上のものがゴトカンの商品として認定されます。このルールでは、現地の材料を用いて現地で加工されていること、地域経済が潤うこと、外国人旅行者にもアピールできることなどが判断基準とされます。

同社へのヒアリングによると、外国人旅行者からの評判は良好で、その要因として、海外ではあまり見かけない自販機で、質の高いご当地の食品などが販売されていることが挙げられるそうです。

この自販機で外国人旅行者にアピールするため、同社は「タッチパネルの3言語(日本語、英語、中国語)対応」と、「設置場所」に注意したそうです。

自販機になじみのない外国人旅行者に、購入方法や商品を自国語などで説明することで、「珍しい自販機の写真を撮る」という行動から実際の購入へ促すことができます。

同社は自販機を設置する際に、飲料水などを販売する自販機の隣に設置するのではなく、実店舗に隣接して設置したり、商品を製造する工場の見学ルート上に設置したりすることで、効率的に販売しているそうです。

3)インバウンド十和田:観光地図やショップカード同封で地域を活性化

インバウンド十和田(青森県)は、十和田市の魅力を海外に発信し、地域経済の活性化を目的に活動しています。同社は2019年9月から、十和田市のピンバッジや観光地図、近隣の飲食店のショップカードなどを詰め込んだ「とわだばこ」を自販機で販売しています。

この自販機は、中古のタバコの自販機を一部改修して利用しています。新品の自販機の購入コストを抑えることができ、タバコの自販機に搭載済みの成人識別カード「タスポ」の機能を残したことで、アルコール類のドリンクサービス券を封入したり、タスポを店舗で借りるときに店舗内に誘導できたりするなどのメリットがあります。

同社へのヒアリングによると、この自販機の運営開始からまだ日が浅く、売り上げに劇的な伸びは見られないそうですが、新聞やテレビなどで何度も取り上げられたことで、全国の自治体などからの問い合わせが殺到しているそうです。

この自販機を設置するに当たって工夫したこととして、前述の中古のタバコの自販機を転用したことに加え、地元の商店街への集客を狙うために、観光地図や協賛した店舗のショップカードを封入したこと、観光地図の裏面を多言語表示にし、観光地や各店舗のQRコードを記載したことが挙げられます。

同社は、この自販機の設置台数を、販売する商品に変更を加えながら、2020年以降も増やしていく計画のようです。

5 外国人旅行者に直撃インタビュー

前述の通り、各地でインバウンド需要の取り込みを狙った自販機が出現しています。日本の空の玄関口、羽田空港にはこうした自販機が幾つか設置されています。空港内の外国人旅行者にインタビューした結果は次の通りです。

1)自販機の印象

  • さまざまな商品(キャラクターグッズ、伝統工芸品、お菓子、だしなど)が販売されており、他の国ではまず見かけない光景なので面白い。価格が1000円以上するような商品を自販機で販売できるのは、治安が良いことを表す証拠にも映る
  • 中華圏や東南アジア圏からの旅行者の中には、日本のアニメのキャラクターを知っている人もおり、キャラクターが描かれた自販機は目に入りやすい
  • 商品の表記が日本語のみの場合が多く、商品の説明もないため、何を売っているかイメージが湧きやすいように、多言語での商品説明を、自販機の目の付きやすい場所に表示することが望ましい

2)外国人旅行者からの提言

  • 自販機で外国人旅行者向けに商品を販売する場合には、飲料水などを販売する自販機に隣接して設置すると、その自販機に利用者の視線が奪われやすい。そのため、観光スポットや土産物店などに設置するほうが、効率的に集客できると推測する
  • 商品の価格を1つの自販機で統一する必要はないが、比較的高額な商品と一般的な価格の商品を同じ自販機で販売すると、価格差に違和感がある

なお、実際に羽田空港では、2000円以上のグッズと数百円のお菓子が同じ自販機で販売されていました。

6 自販機が免税店に?

冒頭の通り、増加する外国人旅行者向けのビジネスを促進するため、政府は条件付きで自販機を免税店扱いすることを検討しているようです。国土交通省は、「令和2年度 国土交通省税制改正要望事項」の中で、「外国人旅行者向け消費税免税制度の拡充(消費税・地方消費税)」を政府に対して要望しています。

これは、従業員を介さずに免税手続きが可能な機器を設置した場合、この機器を通じて販売した商品を免税の対象とするものです。現行では、免税店の許可要件として、免税販売手続きに必要な人員を配置することなどがあります。

観光庁にヒアリングしたところ、一部の大手企業が、外国人旅行者向けに腕時計やオリンピック関連のTシャツなどを自販機で販売することを検討しており、これらの商品の免税を要望しているそうです。

また、新たに免税店として想定されている自販機として、顔認証システムを搭載し、個人やパスポートなどの認証機能を備えたものなどが挙げられるとのことです。

以上(2019年12月)

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できる経営者は「飲み会」でビジネスを成功させる

書いてあること

  • 主な読者:飲み会をうまく利用してビジネスの可能性を広げたい経営者
  • 課題:店選びや会話のペースがうまくつかめない
  • 解決策:飲み会といえども礼節をわきまえる。遊び心も忘れずに

1 一昔前のスタイルでは嫌われる

「上座に深々と座り、左右は“ごますり隊”で固める。誰かがお酌をしてきたら応じるが、自分からは動くことはない」。一昔前の飲み会で見かけたかもしれない社長の姿です。今、このような態度を取ったら、座がしらけるのは明白です。

その宴席が社外でも社内でも、社長は最高のエンターテイナーであり、セールスマンでなければなりません。相手を自分のファンとし、オフィシャルだと話しにくいことも酒のさかなにしてしまう。そんなすてきな宴会術を紹介します。

2 下見は決して手を抜かない

自分がホスト役の場合、なじみの店を使うのが基本です。そのため、和食・中華・イタリアン・バーなどでなじみの店を幾つか確保しておきたいものです。なじみになるためには定期的に訪れる必要がありますが、その飲食代は自分への投資です。

一方、新規の店を使う場合は、下見が必要です。店のこだわり、お酒の種類、おすすめの料理はもちろん、トイレの位置なども把握します。店長や料理長などにも挨拶をして、「○○日はよろしくお願いします」などと伝えるようにします。

そして当日は、相手に「大切な飲み会なので、最も良いお店を準備した」ことをさりげなく伝えます。例えば、「この街で飲むのなら、ぜひ、このお店にお連れしたくて」などと特別感をアピールするのです。

下見は物事に向き合う真摯な態度の表れです。きちんと下見をして、真剣に店を選んでいることは相手にも伝わります。特に、同じように人をもてなす立場にいる人は、こちらの真摯な姿勢に好感を抱いてくれるでしょう。

3 聞くことを基本にする

人は「自分の意見を聞いてほしい」という欲求を持っており、飲み会でも変わりません。そのため、社内の飲み会といえども社長の独演会は好ましくありません。また、やたらと自分の得意分野に話題を振りたがる人は、次に誘ってもらえないかもしれません。

飲み会では、自分がホスト役であっても、ゲストであっても、相手の話を聞くスタンスで臨みます。さらに、ホスト役の場合は周囲を気遣い、飲み会の雰囲気になじめない人がいたら率先して話しかけ、その人が主役になれる時間をつくりましょう。

「ちょっといいですか。この方の経歴、とても面白いですよ」など、ホスト役の権限で参加者の時間を少しだけもらうのです。ホスト役は、全ての参加者が主役になれる時間をつくり、置いてけぼりになる人をつくらないことが大切なのです。

お店の状況によりますが、カジュアルな居酒屋などの場合は、同じ席にとどまらずにいろいろな人の隣に座るのがよいでしょう。社長といえども、今どきはフットワークの軽さが大事です。

なお、相手との話が盛り上がらない場合は、お互いの共通項を探して話題を膨らませるようにします。仕事、地域、学校、家族構成、趣味など、共通項が多ければ多いほど、親近感が湧くものです。

4 真面目なだけでは目立たない

大勢が参加する飲み会では、皆の印象に残らなければなりません。どんなに礼儀正しく振る舞ったとしても、それだけでは特徴がありません。何か一つでも「この人は面白い」と印象付ける“ネタ”が必要です。

まず、ベタですが「自己紹介」は工夫したいものです。多くの人は自己紹介で自分の名前を覚えてもらおうと努力します。しかし、お酒の入っている状況で、そう何人もの名前を覚えることはできません。

名前は後で名刺を見れば分かります。大事なのは、顔と名前を一致させてもらうこと、つまり名刺の裏に書き込んでもらう内容のインパクトです。仕事内容を淡々と説明しても印象に残りにくいので、インパクトのあるフレーズが欲しいものです。

例えば、○○市場の10%を占める会社の代表を務めている場合、自分の名前よりも「『10%の男』と覚えてください」などと自己紹介します。自分の本名はその場では覚えてもらえないかもしれませんが、「10%の男」は印象に残るでしょう。

また、個別に話すときのために、“鉄板ネタ”を一つは持っておきたいものです。仕事でもプライべートでもよいのですが、真面目になりすぎず、“毒がある”ところをうまく見せると、人間の面白みを感じてもらえます。

ちなみに、経営者同士の飲み会でよくあるのは社員に関するネタです。ただし、相手に真に受けられると困るので、毒のある話をするときはタイミングに注意し、すぐに笑い話にすることが不可欠です。

仕事は真面目にするものですが、宴席で真面目な話ばかりをしていると、相手は退屈になります。それは「この人と仕事をしても面白くない。可能性を感じない」という印象に変わってしまうことがあるからです。

5 真剣トークの時間を設ける

社長の場合、人脈形成や商談のきっかけづくりとして飲み会に参加することが多いものです。とはいえ、その場で商談の話ばかりをしていたら嫌われてしまうでしょう。飲み会は、あくまでも相手を知る場であると割り切ります。

特に、誰かから紹介を受けた場合はなおさらです。行儀の悪いまねをすれば、紹介してくれた人のメンツを潰してしまいます。そうした場では、紹介してくれた人に進行を任せ、前述した通り、自分が何者であるかをうまくアピールします。

一方で、今後のために相手が話したことも覚えていなければなりません。とはいえ、目の前でスマートフォンやメモ帳にメモを取るわけにはいきません。そうした場合は、自分がトイレに行って(あるいは相手がトイレに行っているときに)メモを取ります。

また、ちょっとしたテクニックですが、相手の話を聞くときはうなずき、別れ際には「今日は楽しかったです」などと伝えるのがポイントです。ただし、相手に「楽しかった。また会いましょう!」と言ってもらうには、こちらに光るものがないといけません。

その光るものを示すために、飲み会の中に真剣トークの時間をつくります。長い飲み会の間にほんの数十分でいいのですが、自分がどのようなことに真剣に取り組んでいるのかを伝えます。これが相手に伝われば、そこから関係が深まります。

6 当日にお礼を。信頼は飲み会後に強まる

飲み会が終わったら、その日のうちにお礼をするのが基本です。FacebookやLINEなどでつながっている相手なら、「本日はありがとうございました」など、簡単なメッセージを送ります。

当日にお礼ができなかった場合は、翌朝、相手が出社してメールを確認したときに、こちらからのお礼のメールが確認できるようにします。礼儀正しく接しているうちに信頼関係が強まり、そこからビジネスの話につながっていきます。

飲み会の場で意気投合し、ビジネスの話で盛り上がることもありますが、その場の雰囲気と勢いによる約束は、後日、有名無実化することがよくあります。一緒に仕事ができるほどの信頼関係は少しずつ構築されるものです。

また、飲み会に誘われることもあるでしょうが、その際は「大いに飲み、食べ、笑う」ようにします。相手は、自分がホスト役を務める飲み会を楽しんでくれる人を好むものなのです。

飲み会では相手の本音が分かることがあります。ただし、飲み会だけで信頼を得ることはできず、その後の付き合い方が重要です。飲み会とそれ以外の場を上手に使って、相手との信頼関係を築くことが大切です。

以上(2018年6月)

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経営者が押さえておくべき収支シミュレーションの作り方

書いてあること

  • 主な読者:起業するときや既存の企業が新規事業への参入を検討している経営者
  • 課題:綿密な収支シミュレーションを作成する際のポイントを知りたい
  • 解決策:業種別のポイントや、事例を用い作成手順を解説する

1 収支シミュレーションとは

1)収支シミュレーションを作成する目的

収支シミュレーションは、起業するときや既存の企業が新規事業への参入を検討するときなど、新たに事業を開始する場面で必要なものです。コスト削減など、経営改善策を検討するときにも有効です。

完成した収支シミュレーションは、経営者が思い描く事業の将来像を数値で表現したものです。結果はもとより、その数値を導いた思考プロセスも大切です。まだ見えない収益や費用を数値化していく過程で、事業の実現性や難所を改めて整理・チェックし、事業計画をブラッシュアップすることができます。

なお、外部からの資金調達を必要とする際は、資金提供者を説得するために欠かせない資料の1つでもあります。

2)損益計画と収支計画の違い

ここで、「損益計画」と「収支計画」の違いを押さえておきましょう。

損益計画とは、売上、売上原価、経費、利益を見積もることで、決算書の「損益計算書」を予測するイメージです。

販売先との取引条件が「月末締め翌月末入金」の場合、売掛金の入金は翌月になりますが、売上は当月に計上します。また、店舗物件の取得資金など、設備投資に該当するものは、貸借対照表の固定資産に計上するので、損益計画には反映されません。

それに対して収支計画は、売上は入金される月に収入として計上し、設備投資の資金は支出として計上します。実際の資金の入出金と現預金残高を予測することで、資金ショートを防ぐ方策の必要性を把握できます。「資金繰り表」や「キャッシュフロー計算書」をイメージした計画だといえます。

新規事業を始める際などには、損益計画に加えて収支計画を作成することで、より綿密な検討が可能になります。

3)業種ごとのポイント

収支シミュレーションは、業種ごとの特徴を反映したものでなければなりません。ここでは、業種別に主なポイントを紹介します。

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2 事例で見る収支シミュレーションの作成手順

実際の作成手順を理解するために、ここではイタリアンレストランの新規開業を例にとって説明します。

A法人は事業多角化の一環として、飲食業への参入を決め、新たにイタリアンレストランを開業(20XX年10月1日)することにしました。

東京都台東区の▲▲駅徒歩7分の雑居ビルの1室、15坪程度の広さの物件で開業を検討中です。本ケースの開業計画における収支シミュレーション(1年目)について考えていきましょう。

1)前提となる投資計画を立てる

収支シミュレーションを作成する前提として、開業するには何にいくらの資金がかかるか(かけるべきか)、資金調達はどうするか、といった投資計画の検討が必要です。

投資計画は、開業当初にかかるイニシャルコストに加えて、開業後半年~1年の間に予想される資金不足を賄うためのランニングコストも含めて検討します。具体的には、店舗の敷金・保証金、内装工事費、厨房設備や備品などの設備資金と、当面の人件費、家賃、広告宣伝費、水道光熱費などの運転資金に分けて考えます。

さらに、これらの資金調達方法の計画も不可欠です。自己資金、融資、出資など、考えられる方法をピックアップして、投資総額の調達が可能かどうか検討します。

事業の成功確率を高めるための基本的な姿勢は、当初の投資金額が過大にならないようにすることです。投資金額が大きいと、元を取るために必要な売上が増えることになります。かといって投資を削りすぎると、顧客を確保できない原因になることがあります。投資金額は、実現可能な売上から逆算して見積もる必要があります。

そのために投資計画は、収支シミュレーションを検討しながら、適正と判断できる内容に修正することで、事業の成功確率を高めることができます。

本ケースでは、次のような計画を立てました。

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2)損益計画を作成する

先に損益計画を検討すれば、収支シミュレーションを作成しやすくなります。ここでは、損益計画の各項目の検討方法について解説します。

1.売上高

飲食店の場合の売上予測は、「お客様の平均単価×座席の数×回転数」で算出するのが一般的です。

  • (ランチタイム) 単価1,000円×36席×2回転/1日=7万2000円
  • (ディナータイム)単価3,000円×36席×1回転/1日=10万8000円

このように、1日の売上を算出して、月の売上を予測します。なお、ウイークデーと週末に分ける、2月や8月など一般的に飲食店の売上が低下する月は予測を下げるなど、事前調査や経験などに基づいた変動要因(季節指数など)を加味することで、より現実的な計画に近づきます。

なお、本ケースでは、12月は忘年会シーズン、3、4月は送歓迎会シーズンであることから、季節指数を高めに設定しています。

2.売上原価

飲食店の売上原価は、食材やドリンクの仕入れなどが該当します。本ケースでは、原価率を飲食店の平均的な水準である35%と想定しました。つまり、月商が300万円だとすると、原価は300万円×35%=105万円になります。

原価率など経営指標の業界平均は、中小企業庁「中小企業実態企業調査」や日本政策金融公庫「小企業の経営指標調査」などを参考にするとよいでしょう。

3.販売費および一般管理費

販売費および一般管理費(以下「販管費」)は、家賃、人件費、水道光熱費、減価償却費などの費用を想定していきます。販管費は、売上の増減にかかわらず一定の「固定費」と、売上の増減によって変動する「変動費」とに分けて検討すると、より精緻な計画になります。主な固定費には家賃、人件費、減価償却費などがあります。また、主な変動費には広告宣伝費、消耗品費や、前述の売上原価などがあります。

ただし、固定費と変動費の分類は会社ごとに異なるため、費用ごとに自社の売上の増減と連動する費用かどうかの判断が必要になります。

  • 給与・賃金:正社員2人 30万円と25万円、パート(1人当たり)10万円×2名=20万円
  • 家賃:42万円(木造2階建の物件。1階15坪、2階15坪)
  • 広告宣伝費:販促物製作費やポスティング費用で、初月に60万円、2カ月目に40万円を見込む。3カ月目以降も、継続的にチラシ配布や飲食店サイトへの広告出稿を行う費用として月に20万円を見込む
  • 水道光熱費:水道料は月5万円、光熱費を月10万円と見込む
  • リース費:一部備品のリース費用として月5万円を見込む
  • 通信費:電話料、Wi-Fi使用料などで月3万円を見込む
  • 備品・消耗品:布ナプキンや割り箸などの消耗品の他、備品の補修料として月に10万円を見込む
  • その他:諸会費や突発的な費用が掛かることを予想して月に5万円を計上

4.営業外損益

本業以外での収入が見込める場合は、営業外収入として計上します。例えば、受取配当金などがあります。また、営業外費用としては、主に借入金の利息が考えられます。本ケースでは、利息の支払いが2万円/月としています。

5.損益分岐点売上高

売上と費用項目が出そろったら、損益分岐点売上高を計算しましょう。損益分岐点売上高とは、事業が黒字になるか赤字になるかの境界、つまり採算が合うか合わないかの売上高をいいます。損益分岐点は次の計算式で算出されます。

  • 損益分岐点売上高=固定費/(1-(変動費/売上高))

3)収支シミュレーションの作成

損益計画ができたら、実際の資金の出入りを反映した収支計画を作成しましょう。融資金が入金されるタイミング、設備投資の支払いのタイミングなどを考慮し、表に落とし込んでいきます。

Excelなど表計算ソフトを活用すれば、「売上原価率が38%になった場合」など、数値が変動したときを想定したシミュレーションが簡単にできます。

損益計画と収支計画について、「何年くらい先まで作成すべきか」ということは、事業内容によって変わってきます。ベンチャー企業でプロダクト開発に数年を要する場合は、5年以上先までが必要となるでしょう。飲食店の場合は、開業後3年先まで作成すれば通常は十分と考えられます。

A法人の事例では、次のような収支シミュレーションを作成しました。

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3 収支シミュレーションにおいて留意すべきポイント

1)収支計画の根拠を明確に

収支シミュレーション作成時に陥りがちな過ちは、「数字の遊び」になってしまうことです。収支をプラスにすることだけを考えて、希望的観測で数字をいじっていても、「絵に描いた餅」の計画になってしまいます。

「事業はやってみなければ結果は分からない」のは事実ですが、根拠をより明確にすることで実現可能性は高まります。ディナータイムで1日1回転することを見込むとすれば、その根拠がどこにあるかがポイントです。

飲食店の場合に根拠となるのは、店舗の立地条件(人通り、顧客層の数、競合店の分布と繁盛ぶり)、自店のコンセプト、提供する料理、サービスの魅力や競合優位性などです。こうした分析と検討が、売上見込の算出根拠として説得力を持ちます。

売上見込の算出方法は、業種や事業内容によって異なります。法人向けのサービス業などBtoBの事業であれば、すでに見込取引先があるかどうか、これまでの人脈などからアプローチできる先がどれくらいあるか、といった点が根拠になり得ます。これまでにない斬新なビジネスでブルーオーシャンを狙うベンチャー企業は、市場規模を想定したうえで、市場占有率から予測する方法も考えられます。

事業内容に応じて、多面的な視点から収支の妥当性を検証することが、成否を左右するといえます。

2)3つのケースで予測する

収支シミュレーションは、環境変化や不測の事態も想定して、3つのケースで予測しましょう。

1つ目は「ベースケース」で、必ず達成したい水準の計画です。「これくらいはいかないとやる意味がない」といえる数字で策定するものです。多くの創業者や経営者は、ベースケースを甘く立てがちな傾向にあります。慎重に根拠を検証して、保守的な計画にすることが重要です。

2つ目は「ポジティブケース」で、予想以上にいい条件が重なったとした場合に想定できる希望的観測値です。これを策定するメリットは、チームが達成意欲を向上できることです。

3つ目は「ネガティブケース」で、ベースケースを下回ることを想定した計画です。悪条件が重なったとしても、最低でも達成できると思う水準です。ネガティブケースも想定したうえで、余裕ある資金を準備できることが望ましいといえます。

収支シミュレーションを運用するうえでは、それぞれのケース間で異なるポイントを整理し、一定期間(例えば、四半期・半期など)ごとに実績がいずれのケースで進んでいるのかをチェックすることが大切です。なぜポジティブケース、あるいはネガティブケースになっているのか、その原因を詳細に検証していくことで、収支シミュレーションは日々の経営判断を支える重要なツールとなります。

3)数字以外の計画との整合性

とかく「事業計画=数値計画」と認識されがちですが、数字以外の事業計画を練り上げてこそ、収支の実現可能性を高めることができます。

数値計画が「定量計画」といわれるのに対して、数字以外の事業計画とはビジネスモデル、コンセプト、マーケティング、アクションプランなど「定性計画」です。「定量計画」と「定性計画」の整合性を考えることが、事業の成功確率を高めることにつながります。

例えば、「売上を月300万円にするためには、どんなマーケティングを行うべきか」など、数値計画を達成するための定性計画をブラッシュアップすることです。事業を開始した後も、数字の動きを見ながらアクションを何回でも修正することで、事業の発展を図っていきましょう。

以上(2019年10月)
(執筆 株式会社MMコンサルティング 代表取締役・中小企業診断士 上野光夫)

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画像:photo-ac

医療施設における患者トラブルとその対応を考える

書いてあること

  • 主な読者:患者とのトラブルを危惧する医療従事者
  • 課題:患者からクレームがあったときの対応が定まっていない
  • 解決策:患者に適切な対応をとるとともに、防止策も検討する

1 医療施設における患者トラブル

高齢化が進み、治療や介護などで医療施設を利用する人が増えています。それに伴い、これまではトラブルにならなかった些細なことが、例えば「これは医療ミスではないか」などといった患者からのクレームにつながるケースが増えています。

トラブルと一言でいっても、治療行為そのものに関するクレームから、「治療内容についてしっかりと説明を受けていない」「治療費に納得がいかない」「処方された薬でアレルギー反応が出た」など、その内容はさまざまです。患者の多くは、健康や生命に不安を感じており、早く身体を治したいという強い願望を抱いています。その思いが強い分、医療従事者との些細なコミュニケーション不足などが原因で、根深い不信感を招き、トラブルに発展するケースが少なくありません。

2 患者が抱く不満

厚生労働省「平成29年受療行動調査の概況」によると、外来患者および入院患者の病院に対する項目別の満足度(2017年)は次の通りです。

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外来患者の不満では「診療までの待ち時間(26.3%)」という回答が上位となっています。また、入院患者の不満では「食事の内容(15.9%)」「病室・浴室・トイレなど(10.2%)」という回答が上位に挙がっています。こうした不満が基でトラブルに発展する恐れが大きいと考えられます。

3 患者からのクレームへの対応

医療施設や医療従事者は、次の2つの考え方を持つことが重要となります。

  • 患者とのトラブルを未然に防止する
  • トラブルに発展してしまった患者に対して適切な対応をとる

「患者とのトラブルを未然に防止する」ために必要なのは、患者の不満に気付く努力をすることです。例えば、「患者向けアンケート調査の実施」「投書箱の設置」などによって、患者の意見を幅広く集めていきます。その結果、アンケートでの評判が良くない医療従事者に対して改善を求めたり、評判が良い医療従事者を表彰したりすることもできます。

患者へのアンケートでは、「病院にどのような対応を求めるか」「これまで診療を受けた病院で最も印象に残っているサービスはどのようなものか」といった、医療施設そのものに対する患者の意識調査を実施し、患者の生の声に基づいて施設や運営、サービスなどを見直すことも効果的です。

「トラブルに発展してしまった患者に対して適切な対応をとる」ために必要なのは、クレームの内容・要求が正当かを見極めることです。必要以上に患者とのトラブルを恐れるあまり、結果的に無理な依頼を受けてしまったりすると、かえって問題をこじらせてしまうことがあります。クレームの内容が正当かつ要求も正当であれば、誠意をもって対応し、場合によっては謝罪することも求められます。逆に、クレームの内容が不当かつ要求も不当であれば、毅然とした態度で臨む必要があるでしょう。

もし、クレームの内容は正当であっても、それに対する要求が不当な場合は、慎重に対応しないと大きなトラブルに発展しかねません。このような場合は、その場で即答することを避け、組織として対応するようにしましょう。

4 医療メディエーション

メディエーションとは、紛争の当事者に対して、メディエーターと呼ばれる第三者が相互の対話を促し、それによって当事者が自主的に紛争を解決していくものです。

「医療メディエーション」は、患者と医療従事者との対話不足を解消することを重視し、相互の不信感の払拭を目指すものです。

2012年の診療報酬改定で「患者サポート体制充実加算」が新設され、医療施設には、患者相談窓口を設置し、患者やその家族からの相談の受け付けや、医療従事者との話し合いの場を作る「医療対話推進者」として専任の看護師などを配置すること、患者支援のマニュアル作成、医療従事者への研修実施など、相談体制の整備が求められています。

こうした中、日本医師会、日本医療機能評価機構などの団体が医療メディエーター研修(医療対話推進者養成研修)を実施しています。医療メディエーターは、公的な資格ではありませんが、患者と医療従事者が向き合う場を設定し、対話を促進することを通して関係の再構築を支援する人材です。

5 ADRの活用

ADR(Alternative Dispute Resolution:裁判外紛争解決手続)とは、訴訟手続きによらずに民事上の紛争の解決をしようとする当事者のため、公正な第三者が関与して、その解決を図るものです。

ADRは、「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」に基づく手続きです。同法では、ADRについて、民間事業者が行う調停、あっせんなどの和解を仲介する業務を対象として、それが法律に定められた基準・要件に適合している場合に法務大臣が認証する制度を設けています。認証された民間事業者の手続きを利用した場合には、一定の要件の下に時効中断などの法的効果が認められるなど、その利便性が高められています。

刑事事件ではない場合、患者が医療施設・医療従事者を相手取って裁判で法的責任を追及するには結審するまで3~4年かかるといわれています。ADRは、半年程度での和解成立を目指すもので、裁判と比べて費用の負担が少ないというメリットがあります。

また、裁判では、原告・被告に分かれて責任のなすり合いをして、結審後にも遺恨が残りがちですが、ADRは、医療施設・医療従事者と患者の対話の場としても期待されています。

■法務大臣による裁判外紛争解決手続の認証制度「かいけつサポート」■
http://www.moj.go.jp/KANBOU/ADR/

医療施設・医療従事者向けのADRに関しては、日本弁護士会連合会が各地の弁護士会医療ADRを紹介しています。

■日本弁護士連合会「医療ADR」■
https://www.nichibenren.or.jp/activity/resolution/adr/medical_adr.html

6 患者トラブルへの対応に関する相談先

各地にある医師会、保険医協会、看護協会などでは、研修会を実施するなど、患者トラブルへの対応に関する取り組みを進めているところも少なくありません。

この他、本格的にトラブルに巻き込まれた場合、暴力行為や威力業務妨害など刑事事件の可能性があれば所轄の警察に相談するとよいでしょう。また、弁護士会を通じて、医療施設に関連したトラブルの案件に精通した弁護士を紹介してもらうのもよいでしょう。

以上(2019年5月)

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M&A成功のカギを握るPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)実施のポイント

書いてあること

  • 主な読者:M&Aの効果を最大化したいと考える経営者
  • 課題:M&A成立後の経営統合に向けた施策が分からない
  • 解決策:PMIと呼ぶ統合プロセスを使って具体的な施策を検討する

1 買い手から見たM&Aのメリット

M&A(企業の合併・買収)が多くの企業で検討・実施されています。M&Aが経営戦略や事業戦略の実現手段の1つとして定着してきた背景には、企業間の競争激化による事業領域の選択と集中を進めるための施策としてM&Aが積極的に活用されるようになったことや、後継者不在による事業承継の困難さが増していることなどが挙げられます。

特に、他の企業が保有する既存の経営資源の買収による事業領域の拡大・再構築は、企業経営にとって大きなメリットです。

一般的に、買い手(買収側)から見たM&Aのメリットには次のようなものがあります。

1)時間を買う

新製品の開発、異業種分野への進出、あるいは規模の利益を狙う場合に、手っ取り早く「時間を買う」ことによって、早期の市場参入と早期の業績に寄与します。

2)人材を獲得する

売り手(被買収側)の優れた人材を、自社に取り込むことができます。

3)投資を節約する

51%の株式の取得で買い手(買収側)は売り手(被買収側)の経営権を取得することができます。企業全体の価値からみれば、49%引きで売り手(被買収側)を取得することになります。

4)顧客を獲得する

売り手(被買収側)の持つ顧客を、自社の顧客とすることができます。同時に売り手(被買収側)の持つ販路や営業データなども自社のものとして利用できます。

5)事業リスクの低減

売り手(被買収側)の過去の業績データを参考にできるため、全くの新事業分野へ進出する場合に比べ、投資の計算がより現実味のあるものとなり、リスクを低減することができます。

6)シナジー効果の期待

買収側(買い手)の経営資源(主として経営ノウハウ)と売り手(被買収側)の経営資源の組み合わせによるシナジー効果(相乗効果)が期待できます。

2 M&Aの成否を握る事業統合後のマネジメント

M&Aでは、相手企業と合意するまでの、企業買収そのもののプロセスに関心が集中しがちです。しかし、前述のメリットを効果的に生かし、最大限のシナジー効果を発揮するためには、売買契約の合意・成立後に売り手・買い手双方の事業分野を整理・統合し、それらの事業分野が効果的に機能するようなマネジメントをしなくてはなりません。株式を取得して支配権を得るだけでは、単なる株式投資と変わらないからです。

特にM&Aの中でも企業合併の場合は子会社化に比べて企業内が混乱しがちです。準備が不十分な場合、重大なミスやシステム障害などが発生し、最悪の場合には社員の離職や業績悪化、内部対立の顕在化などを招き、M&Aが逆に企業の成長力を損なう要素となるかもしれません。その意味では、M&A成立後の統合に向けたマネジメントがM&Aの成否を握っているといえるでしょう。

3 PMIを構成する3つの段階

M&Aによる企業合併の効果を最大化するための統合プロセスは、PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション、以下「PMI」と表記)と呼ばれます。PMIのプロセスは、おおむね次の3段階に分かれています。

  • 経営の統合(理念・戦略・経営体制の統合)
  • 業務の統合(業務内容・人事制度・組織・拠点の統合)
  • 企業風土・文化の統合

PMIに取り組むには、これらのうちどれを優先し、いつまでに統合するかを決定することが必要です。そして、広範な領域に及ぶ企業の統合を成功させるためには、全体の整合を図りながら個々の統合について検討を進めることが条件となります。

以降では、各段階についてポイントとなる施策をまとめます。

4 合併後の経営統合に向けた施策

1)ビジョンの明確化

経営理念、企業戦略、経営陣の体制などを統合するのがこの段階です。

PMIを進めるに当たって必要な業務は、経営資源の再配分や業務プロセスの統合、社内書式の統一など膨大な量に上ります。この大量の業務を処理する上での羅針盤となるのが「ビジョン」です。

事業統合によって何を実現するのか、将来的なゴールはどこに置くのかなど、企業が目指すべき道を明快なビジョンによって共有することで、統合に向けた作業を進めていく上での判断にぶれが生じにくくなります。

なお、ビジョンを策定する際には、成長の目標を盛り込むのが望ましいでしょう。単純な資産・設備の統廃合によるコストの削減だけでは、現状維持あるいは縮小均衡にとどまります。PMIによってシナジー効果を期待するならば、明確な成長のビジョンを持って業務に臨まなければなりません。

その他、ビジョンの策定に当たっては次のような点を明示したほうがよいでしょう。

  • 合併によって何を達成したいのかを明確に定義する
  • 目指すべき合併効果の目標値を設定する

2)強いリーダーシップの実現

事業統合の強い推進力となるのが、リーダーシップを持つ人物が企業の方向性を明確に指し示し、目標に向かって全従業員が動くという体制作りです。

どんなに素晴らしいビジョンがあっても、個々の施策が着実に実行されなくてはビジョンの実現はままなりません。ビジョンが企業の行き先を定める羅針盤とするならば、強いリーダーシップでPMIをけん引する人物の存在は、目標に向けて組織のかじを切る船長として不可欠であるといえるでしょう。強いリーダーシップを実現するために、次のような点に留意する必要があります。

1.経営トップによるコミットメント

強いリーダーシップを実現するためには、M&Aが決定した早い段階で、ビジョンや基本方針について経営者によるトップダウンの形で従業員に提示することが重要です。経営トップ自らが従業員に対して宣言し、コミットメント(約束)することで、企業の新しい姿が明確になり、目指すべき方向性を従業員に浸透させることが容易になります。

2.プロジェクトリーダーを明確にする

経営トップが明確な方向性を指し示したら、次に業務を推進するためのプロジェクトリーダーを決定します。プロジェクトリーダーは、組織・業務・人事といった業務ごとに、ビジョンによって指し示された統合計画を推進していきます。

プロジェクトリーダーの決定は、PMI開始後可能な限り早くしなくてはいけません。「当面は話し合いながら」などの理由でリーダーが定まらないまま統合作業がスタートすれば、意思決定が遅れ、従業員に統合への不安が広がりかねません。

特に、有能な人材に対しては早い時期からリーダーとしての役割と権限を与え、主体性を持ってPMIに取り組ませることで人材の流出を防ぎ、モチベーションの維持を図ることができます。

3.誰をリーダーにするか

業務ごとのプロジェクトリーダーを誰にするかは、PMIの成否を決める重要な要素です。吸収合併であれば買収側がリーダーとなり主導権を握ることも可能なのですが、対等合併の場合では事業執行の主導権争いによってPMIの実務が停滞してしまう恐れがあります。

3)専任部署の設置

PMI全体を統括する専任部署の設置も不可欠な要素の1つです。専任部署は一般的にPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)と呼ばれます。

PMOの役割は、PMIの全体最適を目指して同時並行の形で進む各部署の統合関連業務を把握し、それぞれの調整役として円滑な遂行を図ることにあります。膨大な業務が発生するPMIにおいて、扇の要となる役割を担っているといえるでしょう。PMI作業全体をまとめるPMOが効果的に機能しているかによって、PMI全体の成否が左右されるほど、PMOの役割は重要といえます。

PMOの役割には、次のようなものがあります。

  • PMIの基本計画の策定
  • 全体スケジュールの調整
  • 基本方針の提案・伝達・徹底
  • 各部署ごとの検討・進ちょく状況の整理
  • 各部署ごとの決定内容の共有

PMOのメンバーは、経営企画部門だけでなく、間接部門や事業部門など幅広い部門の業務を知る人材を選出するとよいでしょう。また、管理職ポストの統廃合への執着が薄い中堅従業員に実務を担当させたのほうが、より機能的な活動ができると考えられます。

5 人事制度の設計の考え方

人事・報酬制度の相違や格差は、PMI推進に当たって非常に大きな阻害要因となります。合併によって目指す目標やビジョンに整合する形で新たな制度を構築することが望ましいでしょう。

人事制度の統合のパターンは、大まかに分けて次のようなものがあります。

  • どちらかの企業に人事制度を合わせる(片寄せ)
  • どちらか一方の人事制度をベースに、2社の制度を反映した制度を作る(折衷型)
  • ゼロベースで全く新しい人事制度を構築する(新規構築)

一般的には、吸収合併の場合は吸収する企業の人事制度に片寄せするケースが多いようです。一方の制度に片寄せする場合、方針が明確になり制度設計上の検討項目も少なくなるため、意思決定が迅速で徹底しやすいというメリットがあります。また、待遇面での悪化がなければ、被吸収企業の従業員からも制度を受け入れられやすいでしょう。

対等合併の場合、人事制度は折衷型または新規構築の形をとることが多くなりますが、この場合、従業員間の融和を考慮して、管理職の数や給与体系などで両社のバランスをとらざるを得ないことが多くなり、結果として全体の整合性が失われることもあります。

従業員に勝敗の意識を持たせないことはPMIにおいて重要ですが、意思決定の遅れやシナジー効果を追求するダイナミズムの喪失は、さらに大きな悪影響を及ぼす要因となるでしょう。

人事制度の設計に際しては、実務上の視点から見れば経営トップが強いリーダーシップを持ってどちらかの制度に片寄せし、バランス調整は最小限にとどめるのが望ましいでしょう。

対等合併であり、かつ合併当事会社2社の代表者による代表取締役2人体制であるなど、仮に合併に際して人事制度を調整せざるを得ない事情があったとしても、長時間の議論よりも迅速な意思決定を優先すべきです。

6 組織設計のポイント

1)組織設計の考え方

組織の設計には、2つの大きなポイントがあります。1つは、組織の枠組みをどのように作るのかという点、もう1つは、組織の枠組みに基づいてどのように人材を配置するかという点です。比較的大規模な企業の場合は、まず組織の枠組みを決定し、その組織に人材を配置する方法をとるほうが効率がよいでしょう。一方、比較的小規模の企業の場合には、各部門の責任者となる人材を決定し、その人材に合わせた組織を設計するという方法も有効に機能します。

組織を作る上で、理想的には新たなビジョンが示す枠組みに基づく組織を新規に構築するのが望ましいのはいうまでもありません。しかし、近接した2つの営業拠点が存在するケースなど、現実的には合併対象となる2社の組織が並立しながら業務を進めるというケースが少なくありません。

2社の組織が併存している状況は、シナジー効果の追求という点では非効率であることは否めません。可能な限り速やかに組織の枠組みを決定し、効率的な組織体制を構築する必要があります。人事制度の構築と同様に、PMIにおいては調整や長時間の議論よりも、迅速な意思決定を優先すべきでしょう。

以降では、組織構築に当たっての留意点を紹介します。

2)組織能力の棚卸しを行う

まずは、目標を達成するために必要な能力・スキルを検討します。その上で企業が保有するスキル、能力、実績を把握し、将来のあるべき姿に対する過不足を洗い出します。この組織の持つ能力・スキルの「棚卸し」によって、企業にとって強みとなる分野や不足している能力が明確になるでしょう。

この作業を行うことで、全く新しい部署の設置や、旧組織の持ち味をそのまま生かした組織再編などの検討がしやすくなります。

3)企業の内外から意見を求める

合併当事会社双方の従業員・顧客・取引先などから、幅広く意見を聞くとよいでしょう。意見を聞くことで組織の良い点や問題点が明確になります。同時に、従業員に対しては組織設計に対する不満の抑制効果を期待でき、社外に対しては合併に伴って企業が「変革」に向けて動いていることをアピールすることができます。

なお、組織設計に当たっては、新しい組織の構造を明確に伝えるとともに、どのような役割や機能を持っているのかという点と、なぜそのような組織設計を行ったかについて、従業員や取引先に意図が正しく伝わるように説明することが重要です。

7 業務・情報システムの統合

顧客データベースなどの情報システム、在庫管理の手法、販売管理の方法、細かなことでは伝票処理のルールなど、合併当事会社双方の業務の進め方には大きな違いがあります。こうした業務を統合する作業は、PMIの中でも最もボリュームがあります。

業務処理の統合については、そのボリュームの大きさに配慮し、どちらか一方の企業の処理方法に片寄せすることを基本に、細部については調整を行うのが現実的です。

特に、業務の基盤となる情報システムについては、合併と同時に全く新しい仕組みを導入するのは危険でもあります。まずは片寄せを基本として統合を行い、既に稼働実績のあるシステムで運用をするのがよいでしょう。

業務を片寄せする上の基準としては次のような点を考慮するとよいでしょう。

  • 業務推進手順をシミュレーションし、より効率的な方法に片寄せする
  • 取引条件面で有利な方法に片寄せする
  • 業務のボリュームが大きく、主幹的な業務に片寄せする

なお、合併の直後は、従業員にとって不安が最も大きくなる時期です。自身の処遇も含めて、今後企業がどうなっていくのかという関心が最も高まる時期といえるでしょう。

このような時期には、即効性のある小さな変革を矢継ぎ早に実施することが重要になります。例えば「コストダウン」「労働条件の改善」「間接業務の効率化」「調達の一本化」など、目に見える形で小さな成果を上げることが、従業員に「この合併は成功だった」という実感を持たせることにつながります。中長期的なビジョンを明確にすることはPMI実施の上で非常に重要ですが、それと並行して従業員のモチベーションを維持するための即効性の高い施策を進めておきましょう。

8 企業文化の統合に向けた施策

1)まずは方向性の共有から

PMIにおいて、企業文化の統合は最も困難な問題をはらんでいます。

例えば製造業でも、伝統的に開発者の発言力が強い企業もあれば、営業の意見が最優先される企業もあります。小さなところでは、「毎日朝礼がある企業」と「朝礼がない企業」というのもあるでしょう。企業文化とは、過去の企業の歴史に支えられて醸成されてきたものであり、100の企業があれば100の企業文化があるといってよいでしょう。異なる企業文化を一つに融合し、より強い企業を作るための新しい企業文化を生み出すことが、PMIの最終的な目標といえるかもしれません。

企業文化は、従業員の意識に根付いているものだけに、統合は一朝一夕に進むものではありません。企業規模に圧倒的な差がある場合は、吸収企業の文化に同化させることは困難ではありませんし、結果的にそのほうがうまくいくケースもあります。しかし、基本的な企業文化の統合を進める上での考え方としては、2つの企業文化を同一のものにするのではなく、まずは方向性を共有することを優先するのがよいでしょう。方向性とはM&Aのビジョンや短期・中期の目標を従業員全員が共有し、その目標に向けて進んでいくということです。

無理に企業文化を創り出そうとせず、「共通の目標を持つことができれば、その目標を達成する過程で新たな企業文化が生み出されるかもしれない」という考え方のほうが、社内に不要なあつれきや不満を生み出さないと思われます。また、将来に対する明確な目標があれば小さな企業文化の差はちょっとした習慣の違いとしてやがて収束していくことでしょう。

とはいえ、異なる企業が1つになる以上、相互理解を深めるための努力は不可欠です。そこで、以降では、企業文化に対する相互の理解を進める上でポイントとなる点を挙げてみます。

2)研修の実施とリーダーの選出

従業員間の相互理解を深めるために、研修などを実施して広報も積極的に行うのがよいでしょう。研修は、ビジョンや目標を伝える場であると同時に、参加者同士の横の連携を通じて、相互の価値観を知るための場ともなります。

研修の実施に当たっては進行役となるリーダーを選出します。リーダーは少なくとも合併企業それぞれから1名ずつ選出するとよいでしょう。リーダーに適した人材の条件は、「相互の企業文化を受け入れることができる」「人望があり、積極的に行動できる」「改革への意欲が高い」などが挙げられます。

3)「対等な関係」の構築

少なくとも、合併企業の従業員間では対等な関係を築くことは重要です。仮に資本関係の上では支配的な合併であっても、業務の現場では相互の企業文化を尊重し、理解し合う姿勢を徹底しないと、無用なあつれきを生んでしまいます。特に、吸収合併の場合には被吸収企業の従業員に不満が出やすく、これを放置すると優秀な人材の流出にもつながってしまいます。

4)討論の場を設ける

相互理解を深めるためには、従業員の間で討論の場を設けるのが効果的です。研修プログラムの中に討論の時間を組み込むのが一般的ですが、それ以外に定期的に社員同士が討論する場を設けるとよいでしょう。お互いが疑問点を話し合うことで、相互理解が深まると同時に「場を共有」することによる一体感も生まれます。

なお、討論の場を設ける際にはPMI開始の初期よりも、従業員がある程度企業文化の違いを肌で理解してからのほうがよいでしょう。

以上(2019年7月)

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会社を守るために知っておくべき「暴力団排除条例」

書いてあること

  • 主な読者:暴力団等の排除を進めたい経営者
  • 課題:暴排条例において企業はどんな取り組みをすべきかが分からない
  • 解決策:日ごろから新聞記事などで取引先について調べ、不安があったら、所轄の警察署に相談する。後述する暴力団等の排除に関する特約条項を契約書に盛り込むことも重要

1 暴力団等排除の当事者に位置付けられた事業者

「暴力団排除条例」(以下「暴排条例」)の目的は、社会全体で暴力団を含む反社会的勢力(以下「暴力団等」)を排除することによって、住民の安全で平穏な生活を確保し、事業活動の健全な発展に寄与するために、47都道府県でそれぞれ施行されています(各都道府県によって暴排条例の名称および内容が異なる場合があります)。

事業者が注意しなければならない大切なポイントは、暴排条例において、事業者自身も暴力団等排除の当事者に位置付けられていることです。具体的には、「利益供与の禁止」「契約時における措置」「不動産の譲渡等における措置」などの取り組みによって暴力団等を排除しなければなりません。さらに、暴排条例に違反した場合、事業者も勧告や公表などのペナルティーを受けます。

本稿では、東京都の暴排条例を中心に、事業者に求められる暴排条例上の措置、暴排条例に違反した場合のペナルティー、基本的な暴排条例対策について紹介します。なお、東京都の暴排条例は2019年中に、暴力団員による「みかじめ料」の要求に加え、飲食店などがみかじめ料を支払った場合も罰則の対象とする改正を予定しています。

2 暴力団等の定義

暴排条例では、幾つかのレベルに分けて暴力団等を定義しており、それに応じて規制の内容が変わります。東京都の暴排条例における暴力団等の定義は次の通りです。

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近年、暴力団等の活動は巧妙さを増しており、事業者が特に暴力団関係者や規制対象者に関する情報を入手することが難しくなっています。相手が暴力団等であることを知らずに利益供与などをした場合、事業者が暴排条例違反に問われることはないものの、顧客、取引先、従業員から「暴力団等の実質的支配下にある『フロント企業』と関係していたらしい」などといった評判を立てられ、会社の信用が低下するリスクがあります。

3 事業者に求められる暴排条例上の措置

1)利益供与の禁止

利益供与の禁止の対象となる主な行為は、次のように大別されます(「威力の利用」と「助長取引」は、便宜上、定義したものです)。なお、相手方が供与された利益に見合った適正な料金を支払ったとしても、利益供与には該当します。

  • 威力の利用:
    事業者が暴力団等の威力を利用するために(利用したことに関し)、金品その他財産上の利益を与える行為
  • 助長取引:
    事業者がその行う事業を通じて暴力団等の活動を助長するなどの行為

一見分かりにくい助長取引の具体的な内容を、東京都の暴排条例で確認してみましょう。

【東京都 暴力団排除条例第24条第3項】

事業者は、第1項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることの情を知って(注1)、規制対象者又は規制対象者が指定した者(注2)に対して、利益供与をしてはならない。ただし、法令上の義務(注3)又は情を知らないでした契約に係る債務の履行(注4)としてする場合その他正当な理由がある場合には、この限りでない。

1.暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることの情を知って(注1)

「暴力団の活動を助長し、または暴力団の運営に資することになるという『事情』を知って」ということです。そのため、そもそも相手が暴力団員などの規制対象者または規制対象者が指定した者だと知っていたか否かだけではなく、その活動の助長等につながることを認識していたか否かも重要なポイントとなります。また、これは決裁権者の、利益供与時の認識を基準とします。

暴排条例に違反するケースと、そうではないケースの例は次の通りです。

  • 違反している:
    ホテルが、暴力団組長の襲名披露パーティーに使われることを知って、宴会場を貸し出す
  • 違反ではない:
    ホテルが、暴力団等の会合とは知らず、また、知る余地もないまま宴会場を貸し出したところ、会合後に暴力団員の利用であった

2.規制対象者又は規制対象者が指定した者(注2)

第1には、事業者は「規制対象者=暴力団員」として対策を講じることになるでしょう。なぜなら、暴力団員以外の規制対象者(フロント企業など)に関する情報を事前に入手するのは難しいからです。

ただし、業界や地域警察のデータベースに登録のある規制対象者については,実際にデータベース等を見ていなかったというだけで単純に「知らなかった」と扱ってもらえるとは限りません。言動等から疑わしく感じられる取引先については、都度調査するなどの対策を講じる必要があります。

3.法令上の義務(注3)

医療やライフライン(電気・水道・ガス)の提供や、建築物等の維持保全などがこれに当たります。そのため、情を知った上で規制対象者または規制対象者が指定した者に医療やライフラインを提供しても、暴排条例違反とはなりません。

4.情を知らないでした契約に係る債務の履行(注4)

情を知らずに交わした契約の債務を履行することは暴排条例違反とはなりません。例えば、次のケースは暴排条例違反とはなりません。

  • リース会社が、相手が規制対象者または規制対象者が指定した者であることを知らずにOA機器のリース契約を交わしたが、後日規制対象者であることが判明したので、契約書上の暴排条項に基づいて直ちに解約し、解約前の利用分についてリース料を請求した

更新契約を締結することはもちろんのこと、規制対象者だと判明して以降もなお、契約書に暴排条項がありながら解約をせずに契約関係を続ければ、条例違反となる可能性が高いでしょう。

2)契約時における措置

契約時における措置とは、事業者が、事業に関する契約が暴力団の活動の助長等につながる疑いがあると認められる場合には、相手方(代理人もしくは媒介する者を含む。以下、本章にて同様)が暴力団関係者でないかを確認するように努めなければならないというものです(東京都暴排条例18条1項)。

また、契約書面に次のような特約条項等を盛り込むように努めなければなりません(同条2項1号)。

相手方が暴力団関係者であることが判明した場合、事業者は催告を要せずに契約を解除できる

3)不動産の譲渡等における措置

不動産の譲渡等における措置は、不動産の譲渡または貸し付け(地上権の設定を含む)を行う者が、相手方に、その不動産を暴力団事務所に使うものではないことを確認するように努めなければならないというものです(不動産の譲渡等の契約主体は事業者に限られません。以下、本章にて同様)(東京都暴排条例19条1項)。

加えて、契約書面に次のような条項を盛り込むことも、努力義務として求められています(同条2項1号2号)。

  • 当該不動産を暴力団事務所として使ってはならない、または第三者に暴力団事務所として使用させてはならない
  • 当該不動産を暴力団事務所として使っていることが判明したときは、催告を要せずに契約を解除し、または当該不動産を買い戻すことができる

また、不動産仲介業者は、暴力団事務所に利用されることを知って不動産の仲介をしないように努めるとともに、不動産の仲介を依頼する者に対して、適切な情報提供などの助言その他必要な措置を講じることが求められています(同条例20条)。

4)その他の措置

上記の他、祭礼、花火大会、興行等の主催者等は、当該行事の運営に暴力団等を関与させないための措置を講ずること、青少年の教育または育成に携わる者は、暴力団等に加入せず、暴力団員による犯罪の被害を受けないよう、指導、助言等の措置を講ずること等が規定されています(東京都暴排条例16条,17条)。また、暴力団排除活動に資する情報を知った場合、都道府県または暴追センター等に情報提供することが定められている場合があります(同条例15条1号参照)。

4 暴排条例に違反した場合のペナルティー

東京都の暴排条例に違反した場合に事業者が受けるペナルティー等としては,公安委員会から報告や資料提出を求められること、立入検査、勧告、公表、命令があり(東京都暴排条例26条から30条)、特にこの命令に違反した場合には、その行為態様次第で1年以下の懲役または50万円以下の罰金を受ける可能性があります(同条例33条)。しかも、法人、担当者、代表者全員に対して罰が下される可能性があります(同条例34条)。

暴排条例に違反することがないよう、しっかりと手を打っておくべきであることは間違いありません。

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5 事業者が行う基本的な暴排条例対策

1)情報収集が基本

事業者が取り組む暴排条例対策の基本は情報収集です。近年、暴力団等の活動は巧妙さを増しています。暴力団等の実質的支配下にある「フロント企業」を隠れみのにして、その実態を巧みに隠しながら事業者に近づいてきます。

役員や株主に手を回していることがあり、その正体をつかむことは以前にも増して難しくなっています。悪意のない「助長取引」を避けるためにも、日ごろから取引先などに関する情報収集を徹底することが重要です。基本的な情報収集の方法は次の通りです。

  • 新聞記事:
    新聞のデータベースで過去の記事を検索し、相手が暴力団等との関係を持っていないか、トラブルを起こしていないかなどを調べます。
  • 信用調査:
    帝国データバンクなどの信用調査会社を利用して、相手の情報を入手します。明るみに出ていない、業界内での情報などが分かる可能性もあります。
  • 雑誌記事:
    週刊誌に暴力団等の記事、人物の名前などが掲載されていることがあるので、国立国会図書館などでバックナンバーを調べます。

以上のような情報収集の結果、少しでも不安を感じたらすぐに所轄の警察署に相談するようにしましょう。所轄の警察署は、暴排条例を順守するために事業者が行う照会に対して、事案に応じて情報を提供してくれる可能性があります。

例えば、相手方が次のような場合は注意が必要です。

  • 明確な理由がないのに、頻繁に社名を変更している
  • 会談の場などで態度が横柄かつ言葉遣いが威圧的である
  • 袖口などから暴力団員と推測されるような入れ墨が見える
  • 事務所が住宅地にあり、その入り口周辺に不自然に複数の防犯カメラが設置されている、怪しい人物が周辺を見回るなどして警備している

2)契約書面に盛り込む暴力団等の排除の特約条項

契約に暴力団等の排除に関する特約条項(暴力団排除条項)を盛り込むことも重要です。以下は特約条項の一例(甲はご自身、乙は相手方を指します)であり、事業者の実態に応じて必要な修正を行うとよいでしょう。

第○条(反社会的勢力の排除)

1)乙は、甲に対し、次の各号のいずれにも該当しないことを確約し、甲は、乙が次の各号に該当する場合に、何らの催告を要せず、本契約を解除することができる。甲がこれによって解除した場合、乙は、甲に対して負うすべての債務について期限の利益を喪失し、直ちに弁済する。

  • 乙(または乙の保証人)が、暴力団、暴力団員、暴力団員でなくなったときから5年を経過しない者、暴力団準構成員、総会屋等、社会運動等標ぼうゴロ、政治活動等標ぼうゴロ、宗教活動標ぼうゴロ、または暴力団関係企業もしくは特殊知能暴力団その他これらに準ずるものに属する者(以下「反社会的勢力」という)に該当すること。

  • 乙(または乙の保証人)が、現在または将来にわたって、反社会的勢力または反社会的勢力と密接な交友関係にある者(以下併せて「反社会的勢力等」という)と次のいずれかに該当する関係を有すること。

    • 反社会的勢力等が、その経営を支配している関係
    • 反社会的勢力等が、その経営に実質的に関与している関係
    • 乙(または乙の保証人)や第三者の不正の利益を図り、または第三者に損害を加えるなど、反社会的勢力等を利用している関係
    • 反社会的勢力等に対して資金等を提供し、または便宜を供与するなどの関係
    • その他反社会的勢力等との社会的に非難されるべき関係
  • 乙(または乙の保証人)が、甲に対して、自らまたは第三者を利用して次のいずれかの行為を行ったこと。
    • 暴力的な要求行為
    • 法的な責任を超えた不当な要求行為
    • 取引に関して、脅迫的な言動をし、または暴力を用いる行為
    • 風説を流布し、偽計または威力を用いて甲の信用を毀損し、または甲の業務を妨害する行為
    • その他イからニに準ずる行為

2)甲が前項の規定により本契約を解除した場合には、乙に損害が生じても甲は何らこれを賠償ないし補償することは要せず、また、かかる解除により甲に損害が生じたときは、乙はその損害を賠償するものとする。

(出所:暴力団追放運動推進都民センター「暴力団対応ガイド」を基に作成)

 

以上はあくまで一例に過ぎません。事業や契約の内容次第でカスタマイズする必要がございます。そして、契約書は、将来のトラブルを予測して事前にリスクを潰すものでなければ意味がありません。安易に上記例文を契約書へコピーアンドペーストし完了とするのではなく、ぜひ、法律相談または顧問契約をご利用の上、きちんと将来のトラブルを抑止できる契約書をご作成ください。

3)経営者のリーダーシップ

正しい方向で事業を運営していくことは経営者の使命であり、暴排条例への対応もその一環です。経営者は、自らが強いリーダーシップを発揮して、組織に暴力団等の排除の意識を定着させていかなければなりません。

同時に、「助長取引」などを防止するためには、最前線でさまざまな情報に触れている従業員の“感覚”が重視されます。少しでも不安を感じたら、その情報がすぐに上層部に報告されるような、風通しの良い組織をつくることが重要です。

4)相談窓口

警察関係で事業者が初めに相談することになるのは、所轄の警察署です。「暴力団排除条例の関係で相談したい」と伝えれば、担当課につながります。この他、東京都の場合は以下も相談先となります。

・警視庁 組織犯罪対策第三課 特別排除係
 TEL:03-3581-4321(警視庁代表)
・警視庁 暴力ホットライン
 TEL:03-3580-2222(24時間受け付け)
・暴力団追放運動推進都民センター
 TEL:0120-893-240
・公益財団法人警視庁管内特殊暴力防止対策連合会
 TEL:03-3581-7561

以上(2019年5月)
(監修 ベリーベスト法律事務所 福田匡剛)

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働き方改革に適した組織再考~昭和、平成の組織から振り返る~

書いてあること

  • 主な読者:いまの時代にあった組織変革を考える経営者
  • 課題:働き方改革など、社会の状況が変化する中で、適切な組織形態を選択したい
  • 解決策:昭和から平成に起こった社会と組織形態の変化と、自社に合った組織形態を選択するためのポイントを解説する

1 令和時代の組織はどうあるべき?

30年以上続いた平成が終わりを迎え、いよいよ「令和」の時代が始まります。改元という節目に当たり、改めて企業の未来に思いを馳せている経営者も多いでしょう。振り返ってみると、昭和から平成にかけて企業を取り巻く環境は大きく変化しました。

“労働力を提供する大勢の中の1人”だった従業員が“個”としての性格を強め、終身雇用ではなく、転職や副業など自分で働き方を選ぶ時代になりました。インターネットの発展により、情報戦略の重要性がこれまで以上に増しています。

こうした変化は、時として組織の在り方にも影響を与えます。組織上の階層がなく、全従業員が自らの権限で資源分配や意思決定を行う「ティール組織」などは、その最たる例といえるかもしれません。

経営者は、企業を取り巻く環境の変化に合わせて、組織の在り方を見直さなければなりません。とはいえ、「世間で注目されているから、うちもティール組織にしよう」といった考えはあまりにも安直です。

どのような組織にも長所と短所があり、企業によって在るべき姿が異なります。令和時代の組織はどうあるべきか、昭和から平成にかけての環境の変化などを踏まえて考えてみましょう。

2 昭和から平成にかけての環境の変化

1)「企業主導の働き方」から「従業員主導の働き方」へ

昭和の時代は、多くの企業が終身雇用や年功主義といった「日本的雇用システム」を採用し、長期的に労働力を確保することで、高度経済成長期(1955年ごろから1973年ごろまでを指すといわれます)を乗り切ろうとしました。

従業員は、一度入社すれば企業にその生活を保障される代わりに、長時間労働や今であればハラスメントに該当しそうな上司のしごきなど、多少のつらいことには耐えながら働く時代でした。

しかし、平成に入り、バブル崩壊後の長期不況により、リストラなどに踏み切る企業が出てくると、企業の生活保障能力に不安を抱く従業員が出てきました。同時に、それまで企業から生活を保障される代わりにある程度我慢していた、長時間労働やハラスメントが社会問題化するなど、従業員の働き方についても見直しが始まりました。

こうした状況の中、「定年まで1社に勤め続ける」という働き方は一般的でなくなっていきました。今では、「企業が自分に合わないと思ったら転職する」「あえて労働時間の短い働き方を選び、空いた時間を自分の趣味・自己啓発・副業などのために使う」など、従業員が自分で働き方を選ぶことが当たり前になりつつあります。

2)「社内の労働力」から「社外の労働力」へ

昭和の時代は、もともと雇用している既存の従業員だけが企業の労働力でした。しかし、1986年の労働者派遣法施行に伴い、派遣社員という社外の労働力を活用することが正式に認められました。

さらに、バブル崩壊後は、社内のコスト削減や中核事業への注力などを目的として、社内の業務の一部を「アウトソーシング」する企業が出てきました。インターネットを通じて、不特定多数の個人に業務を委託する「クラウドソーシング」も登場しました。

また、派遣社員やアウトソーシングとは視点が異なりますが、オフィス外に労働力が出ていくという点では、テレワークなども注目すべき働き方です。昭和の時代は、外回りなどの業務を除き、オフィス内で仕事をするのが当たり前でしたが、インターネットの発展に伴い、在宅などでも仕事をすることができるようになりました。

3)「トップダウン」から「ボトムアップ」へ

昭和の高度経済成長期は、「三種の神器(冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビ)」や「3C(カラーテレビ・クーラー・自動車)」など、消費者の生活レベルを向上させる製品を大量生産して販売する時代でした。

うがった見方をすれば「モノを作れば売れた時代」であったため、企業の向かうべき方向性がある程度明らかであり、経営者に求められたのは、企業がその方向性に向かって進むことができるよう、従業員の足並みをそろえることでした。

しかし、高度経済成長期が終わりを迎えると、経済環境は徐々に複雑化します。平成に入ると、バブル崩壊後の消費減退に伴い、「モノを作るだけでは売れない時代」へと変わっていきます。

さらに、インターネットの普及に伴い、市場情報などがリアルタイムで入手できるようになると、「消費者のニーズや他社の動きを迅速にキャッチして、経営判断に回さなければならない」など、情報戦略が重要性を増してきます。

企業が生き残るのに必要な情報や意見を、スピーディーに集約するため、従業員から経営者へのボトムアップが昭和の時代以上に求められるようになってきたのです。

3 組織形態の選択肢

1)さまざまな組織形態

1.機能別組織

経営者の下に総務部門、経理部門、営業部門、製造部門といった機能・役割別の部門を置いたピラミッド型組織の典型例です。部門は機能・役割によって、部や課などに細分化され、それぞれに部長、課長などの長が置かれています。そして、経営者を筆頭に、上の階層の従業員(役員を含む)から下の階層の従業員に命令が与えられます。

中小企業の場合は、大企業ほど部門が明確に区分されていないところがありますが、総務担当者、営業担当者など、従業員個人が部や課の役割を果たし、実質的に機能別組織に近い運用をしていることがあります。

機能別組織は、指揮命令系統が明らかであるため、従業員を統率するのに適しています。一方、階層が多くなればなるほど、下の階層の従業員は自身の裁量で行える業務の幅が狭くなります。そのため、上の階層からの命令に従い、淡々と業務を行うだけの従業員も多く、情報や意見のボトムアップが行われにくい面があります。

2.マトリックス組織

1人の従業員が同時に2つ以上の部門に所属する組織形態です。1人の従業員が構造的に2人以上の上司を持ち、2つ以上の指揮命令系統によってコントロールされることになります。

例えば、多数の製品を担当する「営業部」の従業員が、特定の製品Aについて、製造部門や営業部門も併せた「製品A部」にも属するというようなイメージです。この場合、従業員は、営業部の上司と製品A部の上司の2人から命令を与えられることになります。

マトリックス組織は、複数の目的(上の例でいえば営業部の業績アップと、製品Aの販売促進など)を同時に進めるのに適しています。一方で、指揮命令系統が複雑になり、業務の責任者が曖昧になりやすい傾向があります。

3.アウトソーシング型組織

社内の業務の一部を、外部の専門業者などに切り出した組織形態です。アウトソーシングを行う場合は、外部の専門業者などと、業務委託契約・請負契約・委任契約などを締結することになります。

外部の専門業者などは、企業とは指揮命令関係にないため、基本的に依頼された仕事について企業から逐一指示を受けることはありません。ただし、例えば、ウェブサイトの制作などの場合、依頼元の企業と依頼先のITベンダーなどが、半ばパートナーのような形で仕事を進めることになります。

アウトソーシング型組織は、企業が社内のコスト削減を図ったり、中核事業に注力したり、自社では提供できないノウハウが必要だったりする場合などに適しています。一方で、外部の専門業者などに逐一具体的な指示を与えるなど、労働者に近い扱いをしてしまうと、法的なトラブルに発展する恐れがあります。

4.リモート型組織

従業員が必ずしもオフィスに出社せず、自宅やサテライトオフィスなどでテレワークの形態で仕事をする組織形態です。就業場所などの労働条件が一部変更されるだけなので、オフィス内で働く場合と指揮命令系統は変わりません。

ただし、オフィス内で働く場合に比べ、上司の目が届きにくいため、実質的には業務委託などに近い働き方になります。従業員には、上司に管理されなくても業務を遂行できるだけの自己管理能力が求められます。

リモート型組織は、従業員が就業場所をある程度自由に選択できるため、育児・介護と仕事を両立させたり、集中しやすい場所で働くことで、オフィス内で作業する場合よりも仕事がはかどったりといった効果が期待できます。一方で、オフィス外で行える業務が限定されやすい、働き方によっては上司が部下に具体的な命令を出すことが認められないことがある(事業場外みなし労働時間制など)といったデメリットもあります。

5.ティール組織

部長、課長などの組織上の階層がなく、指揮命令系統が存在しない次世代型の組織形態です。全従業員は、自らの権限と責任で資源分配や意思決定を行います。

例えば、プロジェクトを推進したり、物資を購買したりする場合、事前に他の従業員からの助言を受ける必要がありますが、反対する従業員がいたとしても、必ずしもコンセンサスを得る必要がありません。

組織内での役割分担から労働時間、賃金に至るまで、企業から一方的に決められることはほとんどなく、従業員自身の判断または他の従業員との話し合いで決めることになります。

ティール組織は、従業員が自身の裁量で行える業務の幅が広いため、経営上の意思決定を迅速に行うことができ、一般的な企業でありがちな「経営陣の承認を待っている間にビジネスチャンスを逃す」といった問題を回避できる可能性があります。一方で、従業員の業務習熟度や知識量が不足していると、正しい資源分配や意思決定が行われない危険性があります。

2)各組織形態の比較

ある企業の経営者、営業部、製造部、企画部を例にとって、各組織形態のイメージを比較すると、次の図表のようになります。なお、図表の色付きの箇所は、組織内の指揮命令系統に属しているもの、色付きでない箇所は指揮命令系統に属していないものです。

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機能別組織は、経営者を筆頭に上の階層から下の階層に命令が及ぶ組織形態です。マトリックス組織も、「従業員が営業部と製品A部に属し、同時に2人の上司を持つ」といった特徴はありますが、上の階層から下の階層に命令が及ぶシステム自体は機能別組織と変わりません。

アウトソーシング型組織では、例えば企画部の業務をアウトソーシングした場合、その業務に携わる外部の専門業者などは企業の指揮命令系統には属しません。また、リモート型組織で、企画部の従業員にテレワークを認めた場合、その従業員は依然として指揮命令系統には属するものの、オフィス内で作業している場合に比べ、指揮命令が及びにくくなり、業務委託などに近い形になります。

ティール組織では、指揮命令系統は完全に廃止され、各部門の従業員が自身の判断または他の従業員の助言を受けたりしながら業務を行うことになります。

4 組織形態を考える上での注意点

1)そもそも組織形態を変える必要があるのか?

企業が組織形態を変えると、第3章で紹介したように、組織内の指揮命令系統が少なからず変更される可能性があります。安易に組織形態を変えるとかえって従業員を混乱させることになりかねません。

組織形態を変える必要があるか否かの判断は、まず「自社が抱えている重要な課題があるか?」「その課題は、組織形態の変更以外の手段で解決することができないのか?」などを検討した上で行うのがよいでしょう。

例えば、「これまで機能別組織でやってきたが、従業員からの情報や意見のボトムアップがほとんどない。企業内にイノベーションを起こすために組織形態を変える必要がある」といった課題があれば、従業員自身の裁量で行える業務の幅を広げることから始めてもよいでしょう。幾つか対策を講じても効果がないときに、初めて組織形態の変更を検討するべきです。

2)従業員は組織形態の変更に対応できる?

企業の組織形態を変える必要性があったとしても、その変化に従業員が対応できるとは限りません。

例えば、リモート型組織やティール組織を導入する場合、従業員が自身の自己管理を行うことができることや、業務習熟度や知識量が高いレベルに達していることが求められます。また、機能別組織のようなトップダウン型の組織であっても、そもそも従業員の多くが経営者の強いリーダーシップに憧れて働いているような場合は、組織形態の変更が、かえって従業員の仕事へのモチベーションをそいでしまう恐れもあります。

組織形態を変更する場合は、「今の組織形態について感じていることは何か?」「〇〇の組織形態についてどのような意見を持つか?」といった内容について、事前に従業員にヒアリングやアンケートを実施するなどして、慎重に進める必要があるでしょう。

3)1つの組織形態にこだわりすぎていないか?

第3章では5つの組織形態を紹介しましたが、自社の在り方を5つの組織形態のいずれかに無理やり当てはめる必要はありません。

例えば、リモート型組織を導入する場合、従業員がオフィスに出社する日とテレワークを行う日を決めておき、オフィスに出社する日は、機能別組織の指揮命令系統に基づいて業務を進めるといった対応が可能です。ティール組織を導入する場合も、緊急時においてはトップダウン型で意思決定を行う必要があるかもしれません。

組織の在り方に正解はありません。経営者が自社の課題、従業員の希望や能力などを勘案し、自社に最も適合するであろう形に組織をカスタマイズしていくことを心掛けるとよいでしょう。

以上(2019年5月)

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経営者と音楽

書いてあること

  • 主な読者:余暇に音楽を楽しみたい、音楽をビジネスに活かしたい経営者
  • 課題:音楽とどう向き合い、ビジネスに活かせばいいのかが分からない
  • 解決策:クラシック音楽への理解を深める。音楽を使った事例を参考にする

1 音楽への参加の実態

1)音楽のもたらすさまざまな効果や楽しみ方

音楽は、人の心を動かし、喜びや感動、癒しを与え、そして時には聴く人の悲しみやせつなさを代弁してくれる。また、「ゆったりとした」「高揚した」「威厳に満ちた」「はかなげな」など、さまざまな雰囲気を演出する。

音楽が人の心に与えるさまざまな効果をビジネスに取り入れている例は少なくない。例えば、ホテルのラウンジではゆったりとくつろぐことができるよう、控えめで穏やかな音楽が流れている。また、エステティックサロンやリラクゼーション施設などでは美しい音色のクラシック音楽で高級感を演出している。

そして音楽は、自らが演奏者となって奏でるという楽しみ方もできる。ピアノ・バイオリン・ギター・トランペットといった楽器を独奏して楽しむ他、オーケストラに参加したりバンドを結成するなど複数人で音楽を演奏することもできる。複数人での演奏は、「共に1つの音楽を作り上げる」という一体感で心を満たしてくれるだろう。

団塊の世代などを対象とした音楽教室も多くなっており、こうした大人向けの音楽教室では、楽器のレンタルやサークル感覚で集えるグループレッスンなどが行われている。これまで楽器に触れたことのない初心者でも気軽に参加できるし、さまざまな人と交流することもできる。

本稿では、余暇活動として音楽を楽しむ人がどのくらいいるのかというデータを紹介するとともに、経営者が音楽をビジネスに生かす方法を考えていく。

2)音楽への参加人口

日本生産性本部「レジャー白書」によると、音楽関連の余暇活動参加人口の推移は次の通りである。

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音楽関連の余暇活動を楽しむ人は、減少傾向にある。スマートフォンやゲームなど余暇時間を楽しむための選択肢が増えているからかもしれない。ただし、2017年以降、作曲ができるウエアラブル端末なども登場しているため、上記の項目に当てはまらない“新しい音楽の楽しみ方”もこれから増えていくかもしれない。

2 音楽と心

1)心に影響を与えるさまざまな音楽

そもそも音楽は人の心に影響を与えるものだが、特に「ヒーリングミュージック」は人の心に癒しを与えてくれる。小川のせせらぎや小鳥のさえずりなど自然を連想させる穏やかなヒーリングミュージックは、医療機関や福祉施設などでも取り入れられている。

また、映画やテレビといった映像の世界では、多くの音楽が、観ている者に対してより効果的に喜び・悲しみ・せつなさといった心の機微を伝えたり、あるいは恐怖感や高揚感を高める手段として用いられている。

この他、格闘技の選手入場の際には、気分を奮い立たせるような、あるいは選手の特徴を表すようなテーマ曲が会場に響き渡る。観客は、テーマ曲が流れると大いに盛り上がり、気持ちを高めつつ、試合を観戦することができる。

2)心に影響を与えるクラシック音楽の例

音楽が人の心に喜びや悲しみをもたらし、心を動かす作用は古くから注目されてきた。音楽には、クラシック・ジャズ・ロック・パンク・ポップス・レゲエ・歌謡曲などのさまざまなジャンルがあるが、特にクラシック音楽は、時を越え場所を越えて人々の心に語りかけ、共通の音楽として全世界に広がっている。

例えば、18世紀、バッハやハイドンをしのぐ人気を博していたといわれるドイツの作曲家テレマンは、「ターフェルムジーク」すなわち「食卓の音楽」という宮廷音楽を作っている。「食事時が楽しくなるような音楽」「食が進む音楽」として宮廷で行われた祝宴のときなどに多く演奏された。

また、19世紀のドイツの作曲家ワーグナーによる歌劇「ニーベルングの指環」の第1夜「ワルキューレ」で演奏される「ワルキューレの騎行」が、闘争心をかきたて人々の心を高揚させる曲として、政治家の演説の際などに聴衆を引き付けるために用いられたのは有名な話である。

この他、クラシック音楽は戦時中に自らの主義主張を訴える手段としても用いられた。ロシアの作曲家ショスタコービッチによって第二次世界大戦時に作曲された交響曲第7番「レニングラード」は、ドイツ軍に包囲されたレニングラードを表している作品で、ショスタコービッチのドイツ軍への反発の気持ちを表現しているとされている。当時、ロシアではドイツ軍による侵略に対する不満が渦巻いていたことから、ドイツ軍への反発を表現した「レニングラード」は人気を集めたという。

このように、音楽は、古くから人の心に影響を与えるものとして認識されてきた。

3 経営者が音楽をビジネスに生かす

1)ビジネスに生かす考え方

これまで、音楽は少なからず人の心に影響を与えることを紹介してきた。ここでは、こうした音楽を経営者が実際にビジネスに生かすことを考えていく。

飲食店などのサービス業の多くは、集客策の一環として、顧客に対して「居心地のよい空間」「オリジナル性豊かな空間」の提供を心がけている。こうした空間を演出する際に、BGMとして流す音楽が大きな役割を担うことになる。

また、音楽は人の心にさまざまな影響を与えることが多いため、顧客に対してだけではなく、メンタルヘルスケアの観点から従業員に対しての活用も考えられる。従業員の心を癒しリラックスさせるというだけではなく、従業員に前向きな気持ちになってもらうために活用してもよいだろう。

ここでは、さまざまな音楽のジャンルの中から主にクラシック音楽を取り上げ、集客策やメンタルヘルスケアなどにつながる音楽を紹介しよう。

1.飲食店などのサービス業における集客策としての音楽

サービス業での効果的な音楽の活用方法は、2つのパターンが考えられる。1つ目は「一般的に軽やかでやわらかな、耳にして気持ちが良いとされる音楽を流す」というものである。多くの人が好む(あるいは不快感を抱かない)とされる音楽をBGMとして流すことで、顧客に対する居心地のよい空間の提供を試みるのである。例えば飲食店などの場合、先に紹介したテレマン作曲の「ターフェルムジーク」などは、多くの顧客が気持ち良く食事をする雰囲気を作り上げるだろう。

また、一般的に軽やかでやわらかな音楽として、モーツァルトの曲がBGMに広く活用されている。モーツァルトの場合、明るい、軽やかといったイメージの曲が多いため、葬送用の「レクイエム」などの一部の曲を除けば、どの曲を流しても和やかな雰囲気が生まれるだろう。モーツァルトの曲の中で紹介するとすれば、「フルートとハープのための協奏曲」などは、優雅で宮廷にいるような時間を演出してくれる。また、誰もがそのメロディを知っている「きらきら星変奏曲」は、軽快で楽しく、明るい雰囲気を演出してくれるだろう。

サービス業での効果的な音楽の活用方法の2つ目は、店舗のコンセプトや雰囲気に応じて「自店舗の特徴を表現する音楽を流す」というものである。例えば、スペイン料理店では情熱的なラテン系のギター演奏が行われていることが多い。こうした店舗では、料理を楽しみながらスペイン音楽に触れ、顧客は舌と耳の両方でスペインを堪能することができる。

この他、スーパーマーケットなどのタイムサービス時などに、フランスで活躍したドイツの作曲家オッフェンバッハの「天国と地獄」を流し、テンポよく顧客心理を盛り上げても面白いかもしれない。

2.従業員のメンタルヘルスケアや気分転換としての音楽

従業員に対するメンタルヘルスケアや気分転換には、「朝の出勤時間・業務終了時間などにその時間にふさわしい音楽を流す」ことが考えられる。朝であれば爽やかな気分になる音楽を流して従業員に気持ち良く1日をスタートしてもらい、業務終了時間には心に安らぎと癒しを与える音楽を流して従業員の心の疲れを癒す。

朝にふさわしい音楽としては、ノルウェーの作曲家グリーグによる「ペールギュント第一組曲」の中の「朝」が有名で、学校や職場で朝の音楽として広く活用されている。

業務終了時間には、心の疲れを癒すことを第一の目的として音楽を選択するとよいだろう。例えば、ドイツの作曲家パッヘルベルの「カノン」やバッハの「主よ人の望みの喜びよ」などは親しみやすく、心の疲れを洗い流してくれるような音楽である。

さらに、癒し効果のある音楽として取り上げられることが多いのが、モーツァルトである。モーツァルトは「胎教によい」「脳の活性化をサポートする」「ストレスをやわらげてくれる」などとされ、音楽療法などにも活用されている。業務終了時間には、モーツァルトの中でも心に染みる曲や優しい曲、あるいは充足感を感じるような曲などを流してもよいだろう。例えば「バイオリン協奏曲第3番第2楽章」などはバイオリンの旋律が心に染みる名曲である。また、「交響曲第40番」は優しいメロディと広がりのあるオーケストラの音色が、従業員の心をゆったりとやわらげてくれるだろう。

この他、音楽を流して「従業員の気持ちを盛り上げ会議などの活性化につなげる」といった例が考えられる。この場合、軽快なリズムと心が躍るような音楽がよいだろう。例えば、イタリアの作曲家ヴィヴァルディの「バイオリン協奏曲」や、「四季」の中の「春」などが挙げられる。会議の際、あるいは会議の休憩時間などに控えめに流しておいてもよいだろう。

2)経営者が自分自身のために聴く音楽

経営者は、1人部屋にこもり集中力を高めることもあるだろう。また、自分自身を鼓舞しなければならないときもある。このようなときも、音楽は効果的である。

人によって好みは異なるため、集中力を高める効果が得られる音楽のジャンルも人それぞれであろうが、ここではクラシック音楽の例を紹介する。

先に紹介したワーグナーの「ワルキューレの騎行」では、気分を奮い立たせることができるだろう。また、ドイツの作曲家ブラームスによる「交響曲第1番」も、1人で集中力を高めたいとき、あるいは自分を鼓舞したいときにお薦めの音楽とされている。オーケストラの荘厳な響きと打楽器(ティンパニ)の連打で重々しく幕を開けるこの交響曲は、完成までにブラームスが20年以上もの歳月を費やした曲である。20年以上という歳月がそのまま体現されているような重厚な曲で、特に第一楽章の始まりは、1歩1歩かみ締めながら運命を切り開いていくかのような雰囲気さえ漂っている。経営者が気持ちを集中し高めていくのにふさわしい曲といえるだろう。

以上(2019年5月)

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すごくいい、ちょっといい、ありがた迷惑/成功する経営者に欠かせない思考習慣

書いてあること

  • 主な読者:さらに成長するためのヒントが欲しい経営者
  • 課題:自分の考え方をバージョンアップするためにもがいている
  • 解決策:他の経営者の思考習慣も聞いてみる

1 「人をつなげる人」になる

ビジネスにはレイヤーがあり、それによって付き合い方が異なります。経営者同士のつながりは深く、トップセールスと呼ばれるように、その場で商談がまとまることがあります。また、他では聞けない貴重な情報を入手できることもあります。

そのため経営者にとって、ビジネスのつながりを広げていくことはとても大切な仕事です。しかし、つながりを広げるためにセミナーや勉強会に参加したり、紹介を求めたりしても、“当たり外れ”が大きいというのが実感でしょう。

経営者は、自らいい人と出会うこと、自分が大事にしている人にいい人を紹介してネットワークを広げること、そして何らかのビジネスを起こすことを加速させなければなりませんが、そのためには人とのつながり方を工夫する必要がありそうです。

今回は、「何としても『いい人』のコミュニティーに交じる」「いい人とは『愛ある人』のことである」「すごくいい、ちょっといい、ありがた迷惑」という3つを取り上げます。経営者が未来を見据える上で何らかのヒントになれば幸いです。

2 何としても「いい人」のコミュニティーに交じる

私の最近のアポイントは、ベンチャー界隈ではかなり有名な方(ここでは「Aさん」とします)からの紹介で多くが埋まります。紹介された人と1対1で会うこともあれば、会食で複数の人と会うこともあり、それなりの人数と会っています。

私が「すごいな!」と思うのは、Aさんから紹介される全ての人が「いい人」であることです。確率的には“よく分からない人”が交じっていてもおかしくないほどの人数を紹介されていますが、本当にいい人ばかりなのです。

Aさんは年間1000人もの経営者や学生などと会います。以前、「会う人はどのように決めているのですか」と聞いてみたことがあります。すると、「いい人から紹介された人とだけ会う。それだけです」と教えてくれました。

例えば、Aさんは、Zさんを紹介された場合、Zさんの人となりはもちろんですが、それ以上に誰からの紹介かを重視するというのです。Aさんが信頼するBさんの紹介ならZさんに会いますが、そうではないCさんの紹介では、Zさんには会わないということです。

また、いい人を集めるために重要なことは、「いかにして、いい人を集めるか」ではなく、「いかにして、良くない人を入れないか(排除するか)である」ということも教えてくれました。

いい人は、いい人とつながっています。そして、自分のネットワークがいい人だけであることを厳しく管理しているため、結果として、一人でもいい人と知り合うことが、人脈を広げる上でとても大切になるのです。

皆さんはいい人のコミュニティーに入っているでしょうか。セミナーや勉強会に参加することは大切ですが、実はいい人とつながることも大事なのです。となると、気になるのは、どのような人がいい人なのかということです。

3 いい人とは「愛ある人」のことである

お互いにプロフェッショナルのビジネスパーソンとして会う以上、その分野で“仕事ができる”のは当たり前のことです。そのため、仕事ができる人=いい人という図式は成り立ちません。

いい人のコミュニティーの中心になっている人がよく口にするいい人の特徴は、「愛がある」「『利他の心』を持っている」ことです。自分のことだけを考えず、世の中を良くしたいという信念を持って活動する人ともいえます。

そして、仕事ができるいい人(愛がある人)とつながると不思議なことが起きます。仕事ができるいい人は、相手の課題が分かります(この点は、次章で触れます)。そして、それを解決するのに役立ちそうな人を紹介してくれるのです。

実際、仕事ができるいい人や、その人から紹介された人と一緒にビジネスをすると、それまで取引先と行ってきたこまごまとしたやりとりがくだらないことに思えるほど、ビジネスをスムーズに進めることができます。

これは、相手が優秀だからという理由だけではありません。いい意味で、互いのことを信じて任せる部分が大きいので、細かく管理する必要がなく、進めやすいのです。相手を信頼しているため、相手の言動を受け入れやすいことも大きな理由です。

なお、愛や利他と聞いて「無償」をイメージする人が多いかもしれませんが、基本的にお金のやりとりはあります。ただし、仕事ができるいい人がお金をもらう目的は、通常のビジネスとは異なる面があります。

具体的には、「無理なく長く付き合うために、お金のことはきっちりしておく」、あるいは「お金をもらわない代わりに、自分が紹介する人ときちんと対話してほしい」といったことがお金をやりとりする主な目的であり、私欲のためではないのです。

4 すごくいい、ちょっといい、ありがた迷惑

ある大企業に“マッチングの神様”と呼ばれ、周囲から尊敬される人物がいます。私はご縁あってその方と出会い、何度か実際のマッチングの場に同席させていただく機会を得ました。

マッチングというと聞こえはいいですが、セッティングした人が「いい話になるから紹介するよ」と言いつつも、実は当人が気持ちいいだけで、その後のことはあまり考えられていないというケースが少なくありません。

そうした中、“マッチングの神様”は、とことん相手にヒアリングをします。同席していたとき、少し本題とそれているのではないかと感じたくらい、周辺情報も含めて本当に広い視点で相手のニーズを探ろうとします。

それも、2社のマッチングであれば交互に2社の立場に立って、「A社さんはこうすると好ましいわけですよね。それでB社さんはこの点を工夫したらニーズに合致しますか?」といった具合です。

こうして話をしていくと、場が次第に盛り上がってくるわけですが、“マッチングの神様”は途中、何度もクールダウンの時間を設けて、本当にA社とB社のためになるのか、また実現するために何が必要なのかを考えるのです。

マッチングの心構えを“マッチングの神様”に私が聞いてみたところ、「当事者にとって、マッチングというのは『すごくいい、ちょっといい、ありがた迷惑』の3つの段階がある。この段階を引き上げていくことが全て」と教えてくれました。

人と人とをつなぐことは、それを行う仲介者にとって、人から感謝される気持ちいい行為です。ただし、仲介者は、自分が人から感謝されるためや、自分の地位を高めることを目的に、相手のニーズについてよく調べずにつないではいけません。

こうした一人よがりな行為は、相手にとって「ありがた迷惑」なものです。「なぜ、自分が紹介されているのか分からない……」「ニーズは合っているが相手に全く権限がなく、世間話で終わってしまう」といったケースがこれに該当します。

人と人とをつなげる以上、相手にとって、最低でも「ちょっといい」、理想的には「すごくいい」マッチングを心掛けたいものです。「ちょっといい」マッチングとは、小さなビジネスにつながったり、その後も続く緩やかなご縁をいただいたりするものです。

これを超える「すごくいい」マッチングとは、大きなビジネスにつながることはもちろん、紹介された者同士が深い絆で結ばれることであり、そのきっかけとなるのが仲介者への信頼と感謝です。

仲介者のことを信頼し、また感謝しているのなら「あの仲介者を裏切ることはできないし、紹介してくれる人も大事にしなければならない」という思いになります。これが「すごくいい」マッチングに結び付くのです。

人と人を結び付けるためには、相手の課題を本当に分かっていなければなりません。もっとも、それは簡単に分かるものではありません。人間性を磨くことを含め、自分のビジネスのように真剣に取り組まなければ成し遂げられないでしょう。

以上(2019年6月)

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怒らせずに相手を動かす/成功する経営者に欠かせない思考習慣

書いてあること

  • 主な読者:さらに成長するためのヒントが欲しい経営者
  • 課題:自分の考え方をバージョンアップするためにもがいている
  • 解決策:他の経営者の思考習慣も聞いてみる

1 ピンチのときに前を向く強さはあるか?

ビジネスには順境もあれば、逆境もあります。何をやってもうまくいかないと、投げ出してしまいたくなるときが誰にでもあるものですが、経営者にはそれが許されません。経営者はつらくても前を向き、進み続けることが求められるからです。

つらさをこらえて前に進む経営者の姿は虚勢に見えるかもしれませんが、日々の経営で培った心の強さは本物です。内部と外部、人・物・金、あらゆるところで発生する大小の問題を自分の弱さと向き合いながら解決してきた経験は、経営者だからこそ持ち得る強さです。

経営者の力量はピンチのときほど試されます。つらくても今の事業を継続するのか、撤退して次の事業に懸けるのか。逆境において、自分をどれだけ信じてこの難しい判断を下せるかが大事です。経営者の決意が言動に表れ、組織を導く強い力になるからです。

今回は、「厄介なプライドを捨て、助けを求める」「小さな頼み事をする」「怒らせずに相手を動かす」という3つのテーマを取り上げます。経営者がピンチに直面したとき、それに立ち向かう上で何らかのヒントになれば幸いです。

2 厄介なプライドを捨て、助けを求める

本シリーズの前作「事を成すには、狂であれ/成功する経営者に欠かせない思考習慣」の中で、守屋淳著『組織サバイバルの教科書 韓非子』より“性弱説”という考え方をご紹介しました。

人間は環境によって心の持ちようや言動が変わってしまう弱い生き物であるという“性弱説”。経営者に限らず、ピンチのときはぜひとも確認したい考え方ですが、“性弱説”を意識してもなお、プライドによって正しい言動が制約されることがあります。

本当にピンチなのに妙に冷静に振る舞ったり、自分に歯向かってくる人を受け入れるそぶりを見せたりする人がいます。本当に強く、心も広いのなら素晴らしいことですが、そうした人はごくわずかでしょう。

大半の人は、「ピンチのときだって自分は強い」とプライドを保つためのカラ元気を示したり、本当は余裕がないのに、「歯向かってくる人さえ受け入れられる」という器の大きさをアピールしたりしたいだけなのです。

しかし、ピンチの経営者がこんなことをしている時間はないはずです。田村耕太郎著『頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法』(*)の中で、「メンツより実利」との指摘があります。ピンチのときこそ戦力を冷静に分析し、現実的な目標を設定しなければなりません。

起死回生の策でV字回復を果たすことはまれで、多くの場合は1つのきっかけを得て緩やかに上向いていきます。経営者はそのきっかけを見つけなければならないのですが、多くの場合は1人では解決できず、他人の助けが必要となります。

ピンチのときは困っていることを他人に示して助けを求めますが、相手が「もはや救いようがない」と判断すれば見放されます。逆に、「大したピンチではない」と判断されても、助けてもらえないときがあります。このような事態を避けるためには、どうすればよいのか考えてみましょう。

3 小さな頼み事をする

多くのビジネスパーソンが愛読する名著の1つに、D・カーネギー著『人を動かす 完全版』(**)があります。この中で指摘されている、人を動かす方法の1つが、「小さな頼み事をする」ことです。

皆さんは、人によく頼み事をするタイプですか、それともめったにしないタイプですか。日本人の場合、「人に何かを頼むと迷惑を掛けてしまうので、控えめにする」という人が多いかもしれません。

しかし立場を変えて、皆さんが頼み事をされる側になったらどうでしょう。“一部の頼み事”を除き、基本的に頼りにされることに嫌な気分はしないはずです。相手は困っていて、頼る相手として自分を選んでくれたわけですから。

特に経営者は社会に貢献したい、人の役に立ちたいという志を持っていることが多いはずです。そうした経営者は、人の頼み事をかなえて感謝される快感を知っているので、自分が忙しくても頑張ってしまうのです。

なお、“一部の頼み事”とは、単なる営業目的の頼み事です。それも、付き合いが浅く、普段はこちらがお世話をしているような相手から営業の頼み事をされると、へきえきしてしまうのです。

話を戻します。ピンチを切り抜けるために頼み事をするのはよいのですが、“小さな”というところがポイントです。頼み事の大小の基準は相手の力量によって違いますが、大切なのは事の大小よりも、相手に「小さい」と感じてもらえる関係性です。

まずは、「本当に困ったことがあります。どうか、お力添えください」と丁寧に頼み、こちらがピンチを脱する強い意志を持っていることを示しましょう。そうしたこちらの態度を見た瞬間に、相手はほとんど助けるか否かを決めているでしょう。

相手が助けるつもりなら、こちらの頼み事が厄介でも、「あなたのためならなんてことはないですよ」と応えてくれます。逆に、助けないつもりならば、こちらの頼み事がささいなことでも動いてくれません。この違いがどこからくるのか考えてみましょう。

4 怒らせずに相手を動かす 

ビジネスはチャンスとピンチの連続です。チャンスとピンチの波は市場環境の変化によって交互に訪れますが、それ以外にも「人とどのような付き合い方をしているか」にも影響を受けます。

企業を切り盛りする経営者は、それなりの自信を持っています。しかし、その自信が間違えた方向に向かうと、「自分が正しい」と思い込み、人の意見を聞かなくなります。経営者の独裁が指摘されにくい社内では、さらに経営者の言動が助長されます。

人材不足の折、社員の退職が後を絶たずに経営の継続が難しくなる企業があります。社員が新しい可能性を求めて前向きに転職するケースがある一方、経営者の間違えた自信がパワーハラスメントになってしまっているケースもあります。

これは極端な例ですが、社内外を問わず関係者とどのような関係を築いているかによって、ビジネスの状況が大きく変わるのは事実です。人の恨みによってピンチは訪れますが、人の情けによってピンチを脱することもできるのです。

ビジネスでは互いの利害はなかなか一致しません。双方が何らかの我慢を受け入れていますが、それが度を越したり、我慢する価値のない相手と判断されたりすれば、相手は怒るかもしれないし、黙って去っていくかもしれません。

ビジネスを進める上で、人との付き合い方はとても大切なことです。つまり、あなたが少々厄介な頼み事をしても、「何をいきなり……失礼な人だ」と怒るのではなく、「あなたのために頑張ります」と言ってくれる仲間をたくさん持つことが重要なのです。

では、利害が一致しない相手を怒らせずに動かすにはどうすればよいのでしょうか。前述した『人を動かす 完全版』の中でさまざまな指摘がされていますが、基本は「相手を認め、称賛する」ことです。

人は、自分の取り組みを認めてくれる人に好意を抱きます。年齢や業界に関係なく幅広い経営者の人脈を持つ人物も、「経営者は自分の話を聞いてもらい、認めてもらいたいと考えている。そこを突くのが関係構築のポイントだ」と言います。

とはいえ、あからさまな“おべんちゃら”は逆効果です。そうならないためにも、ちょっとした食事会であっても、事前に相手の取り組みを正しく知り、相手が認めてほしいと考えるポイントを押さえることが大切です。

ピンチのとき、プライドに負けるのは論外です。格好悪いなどと思わず、周囲に助けを求める姿勢が経営者には必要です。そして、そのときに実際に助けてもらえるか否かは、日ごろの相手との接し方によって変わってくるのです。

  • 【参考文献】
  • (*)「頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法」(田村耕太郎、朝日新聞出版、2014年7月)
  • (**)「人を動かす 完全版」(D・カーネギー、新潮社、2016年11月)

以上(2019年3月)

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画像:unsplash