新しい市場が広がる「キャンプ」関連業界の動向

書いてあること

  • 主な読者:従来のキャンプ場との差異化を検討する経営者
  • 課題:グランピングの動向、事例、留意点などを把握したい
  • 解決策:さまざまなタイプのグランピング施設を参考に、他社には無いサービスを提供する

1 10年に1度のビッグトレンド

大自然の中で、食事や宿泊を楽しむ。こうした自然に親しむという従来のキャンプの良さを残す一方で、豪華なインテリアに囲まれ、ホテル並みのサービスを受けられる「グランピング」が注目されています。

グランピングは、キャンプに興味はあるが未経験の層や、キャンプにそれほど関心がなかった層を取り込み成長しています。国内外の観光・レジャー業界では、「10年に1度のビッグトレンド」ともいわれています。

国や自治体もこれに注目し、地方創生の観点からグランピング事業を手掛けるDMO(地域と協同して観光地域作りを行う法人)のプロジェクトや事業者に対して補助金を交付するなどしており、ビジネスの裾野が広がっています。

2 グランピングの関連データ

グランピングという言葉は、グラマラス(Glamorous、魅惑的な)とキャンピング(Camping)を組み合わせた造語です。「テント設営や食事の準備などの煩わしさから旅行者を解放した『良い所取りの自然体験』」と定義されています(日本グランピング協会)。

グランピングの市場規模などに関する統計はありません。しかし、日本オートキャンプ協会「オートキャンプ白書2017」で示されている「オートキャンプの参加人口」の中には、グランピング施設の宿泊者も含まれているので参考になります。

画像1

オートキャンプの参加人口が増加している背景には、30~40代のいわゆる「団塊ジュニア世代」の参加の他、グランピングやアウトドア要素を取り入れたインテリアなどの普及などがあるようです。

オートキャンプ白書では、グランピングへの興味についても調査しています。年齢が若く(20代が35.0%、30代が30.6%)、キャンプの経験年数が浅い対象者(1年の対象者が36.2%、2~3年が28.6%)ほど、関心が高くなっています。

3 グランピングのポジショニング

1)キャンパーの裾野を広げるグランピング

オートキャンプの参加人口は2016年では830万人にすぎず(オートキャンプ白書)、顧客層の拡大が業界の課題です。キャンプは自然に触れることが醍醐味です。一方、準備の煩わしさなどが参加の妨げになっているため、この問題を解消しなければなりません。

例えば、キャンプ用品などを手掛けるスノピークでは、「自宅とテントを行き来する」をコンセプトに、普段着としても違和感のないアウトドアに対応した衣料品の販売や、インテリアや料理にキャンプの要素を取り入れたレストランの運営などをしています。

これと同じ感覚で、グランピングは非キャンパーがキャンプに関心を持つきっかけとなり得ます。従来のキャンプ市場と成長余地を取り込もうとするグランピング市場の関係をポジションマップにまとめると、次のようになります。

画像2

豪華な設備や充実したサービスが提供されることから、グランピングの利用料金は高額です。ただし、細かく見ていくと提供可能なアクティビティ、設備の充実度などで、主にターゲットとする顧客に違いも見られます。

ハイエンド志向タイプのグランピング施設にヒアリングしたところ、中心顧客は30~40代のカップルで、夏休みなどは家族連れも来るとのことです。同様に、雰囲気体験タイプの中心顧客は20代のカップルで、グループ利用も多いとのことです。

2)ハイエンド志向タイプ

広い敷地にテントやコテージが余裕を持って配置され、ぜいたくなプライベート空間が味わえます。インテリアやアメニティーなども著名ブランドで統一し、ハイキングや乗馬などのアクティビティも充実しています。施設例は「星のや富士」などです。

3)雰囲気体験タイプ

野外に設営されたテントなどで宿泊し、グランピング気分を味わえると同時に、入浴や食事などは既存の宿泊施設を利用します。施設例は「一里野高原ホテルろあん」などです。

4)レジャー充実タイプ

日帰り温泉、ゴルフ場、観光農園などのレジャー施設に併設・隣接されており、「お父さんはゴルフ、子どもたちは野山の散策」など、趣向の異なるさまざまなレジャーを楽しむことができます。施設例は「ネスタリゾート神戸」などです。

5)キャンプ場の手軽な多角化タイプ

既存のキャンプ場で、豪華な料理を食べたり、グランピング用のテントやコテージなどに宿泊したりするグランピングプランを楽しむことができます。施設例は「しのつ公園キャンプ場」などです。

6)ポジション未確定タイプ

宿泊施設は付随せず、都市部のビルの屋上や既存の結婚式場などの場所で、グランピングテイストの空間や食事を楽しむことができます。グランピング用のテントで食事ができる飲食店、グランピングウェディングなどがあります。施設例は「WILD MAGIC -The Rainbow Farm」などです。

4 広がる? ビジネスチャンス

グランピングにビジネスチャンスを見いだし、さまざまな事業者がグランピング施設の運営や関連事業に参入しています。実際に関連事業者はどう考えているのでしょうか。グランピング用のドームメーカーにヒアリングした結果は次の通りです。

  • 全国に先駆けてグランピング施設を開業した事業者は、海外で広まりつつあった豪華なイメージを打ち出すグランピングに目をつけた。これらの事業者は海外の最新のトレンドへの感度が高い、一部の富裕層を初期のメインターゲットとした
  • グランピング施設の顧客は、レジャーの選択肢として従来はキャンプを検討していなかった層が中心。ウェブサイトでグランピング施設の魅力的な内外装やたき火のイメージに引かれたことに加え、煩わしい準備がないことを評価している

同様に、グランピング用のトレーラーハウスなどを販売するメーカーへのヒアリングによると、「施設の設備などによって異なるものの、グランピング施設はホテルの建設などに比べて初期投資が少なく、地域の中小企業も参入しやすい」とのことです。

特にキャンプ関連事業者にとって、グランピング市場への参入障壁は低そうです。しかし、図表2の右側のポジションマップで示した「ポジション未確定タイプ」のように、特徴を打ち出し切れない施設も少なくないようで、今後の苦戦が懸念されます。

5 地方創生×グランピング

グランピングは地方創生の観点からも注目されています。欧米を中心に世界的にグランピングに関心を集めていることもあり、複数の自治体やDMOなどがインバウンドを含めた観光客を呼び込むために、グランピング事業に食指を動かしています。

例えば、国土交通省では、国立公園の有効活用を目的に、常設ではなく、全国各地を巡るアウトドアホテル(グランピング)を運営する企業と提携し、国立公園内でのグランピングをスタートさせようとしています。

また、岡山県赤磐(あかいわ)市は国の「地方創生拠点整備交付金」を使って、市営オートキャンプ場内にグランピング区画を整備しました。この他、土地の貸し出しなど通じて、グランピング事業を手掛ける事業者を支援しているケースも見られます。

グランピングは、土地整備、施設建設、施設運営(飲食、清掃など)など、関連事業者の裾野が広いことも特徴です。そのため、地域の関連事業者への経済効果なども期待されています。

6 開業に際しての留意点

1)運営に掛かる費用

グランピング施設の紹介や、参入を検討する事業者へのコンサルティングなどを行っているGLAMPING JAPANへのヒアリングによると、「新たにグランピング施設を開業する場合、レセプションを備え、テント3張り、ホワイトドーム(ドーム型テント)2基、コテージ5軒などを導入したケースを例にすると、水回りの整備や調度品の購入費なども含めて2億円程度は必要」とのことです。

このうち、約60%が土地の購入費や施設施工費、機材の購入費に割り当てられ、約20%がウェブサイトやプロモーション、それらの媒体に掲載するモデルやカメラマンへの支払いなどとなっています。この他、約10%が食材の購入費やメニュー考案のためのフードコーディネーターへの支払い、残る約10%がスタッフの育成費用です。

費用の中でも、広告費は重要です。顧客はイメージ画像に引きつけられる傾向があるため、モデルやプロのカメラマンを起用して、実際に訪れてみたいと思わせる画像を用意することが、プロモーションの重要なポイントとなります。

また、特に若い世代をターゲットとする場合、いわゆる「インフルエンサー」と呼ばれるインスタグラマーやYouTuberを活用し、SNSを通じて情報を拡散することも有効な方法となるようです。

2)稼働率を高める2つの取り組み

前述したGLAMPING JAPANによると、「グランピング施設の運営において、同一の敷地内でドーム型テントやキャビンなどの複数の宿泊設備を提供すること、付随するアクティビティを全て宿泊料金に含めた体系で提供することが重要」とのことです。

これにより、宿泊客を飽きさせず、明瞭会計で安心感を与えることもできます。例えば、スキー場を運営している奥伊吹観光は、夏場の収益源として、グランピング施設である「GLAMP ELEMENT」を運営しています。

同施設では、テントや高床式のキャビン、日本初上陸といわれる雨粒型のレインドロップテントなどを設置しています。宿泊料金には、朝食・夕食代だけではなく、バーでの飲食代も含まれています。2017年のオープン以降、非常に高い稼働率を誇っているそうです。

以上(2018年8月)

pj50143
画像:photo-ac

基礎から学ぶビジネスチャンスを見つける視点

書いてあること

  • 主な読者:ビジネスチャンスを探している経営者
  • 課題:商品のライフサイクルが短くなっており、新しいビジネスチャンスを常に探さなくてはならない
  • 解決策:消費者ニーズの影響要因、商品の影響要因などについて注意し、ビジネスチャンスを狙う

1 ビジネスチャンスの重要性

近年、ビジネスのスピードは増す一方です。多くの企業が消費者のさまざまなニーズを掘り起こそうと、さまざまな商品を次々と世に送り出す一方、商品のライフサイクルはどんどん短くなっています。なお、本稿で使用する「商品」という言葉は、製品だけではなくサービスも含みます。また、「消費者」という言葉は、最終消費者だけではなく企業など産業財のユーザーも含みます。

主力事業や商品の転換には相応の経営資源の投入が必要であり、大きなリスクを伴います。しかし、既存の事業や商品に安住し続けることのほうが大きなリスクであり、ビジネスチャンスを逃さず、商品を提供していくことが求められます。

本稿では、ビジネスチャンスを捉える際の基本的な考え方と、ビジネスチャンスを発見するための具体的な視点について紹介していきます。

2 ビジネスチャンスの正体を理解する

1)ビジネスチャンスとは

ここでは、ビジネスチャンスについて考えてみましょう。そもそも、見いだすべきビジネスチャンスとはどのようなものなのでしょうか。これは、「商品」とそれを購入する「消費者のニーズ(以下「消費者ニーズ」)」の関係を見ると分かりやすいでしょう。

「商品」と「消費者ニーズ」の関係(イメージ)は次の通りです。

画像1

消費者が商品を購入するのは、自身の持つニーズを充足するためです。従って、商品が消費者の持つニーズを完全に充足している姿が理想的な関係となります(図表左側の「理想的な関係」)。しかし、実際には、特定の商品が消費者ニーズを完全に充足しているケースはわずかです(図表右側の「現実の関係」)。むしろ、消費者は「若干の不満はあるものの、自身のニーズに一番近い商品を妥協して購入する」といったケースが多いものです。

例えば、図表右側の「現実の関係」のように「『購入した商品を、今すぐ使いたいのに、手元に届くのは3日後になる』『価格が高い』といったように『時間』や『価格』については不満があるが、他の商品よりは機能・特性などが良いので、これを購入しよう」というように購入を決定している消費者が多いのです。

消費者ニーズは多様です。このため、商品の持つ機能や特性などは消費者ニーズに追いつかず、商品と消費者ニーズの間に多くのギャップが存在しているのが実情なのです。

そして、このギャップにこそビジネスチャンスがあります。すなわち、このギャップを発見し、ギャップを解消する(消費者ニーズをより高い次元で充足させる)ような商品を提供できれば、消費者からの支持を集めることができます(商品を販売し、売り上げを上げることができます)。

2)具体例で考えるビジネスチャンス

簡単な例で考えてみましょう。「のどが渇いたので、今すぐ冷えたオレンジジュースをコップ1杯飲みたい」と考えている消費者に対して、その場でコップ1杯の冷えたオレンジジュースを販売している企業があれば、商品と消費者ニーズの間にギャップはありません。しかし、アップルジュースを販売している企業しか存在しなければ、商品と消費者ニーズの間にギャップ(ビジネスチャンス)が生じます。そこで、自社がオレンジジュースを販売できれば、消費者ニーズとの間のギャップを解消することができます。

また、他の企業がオレンジジュースを販売していても、1リットルのボトルサイズしか販売していなければ、同様にコップ1杯分のオレンジジュースを販売する自社商品を購入してもらうことができます。

これは、ビジネスチャンスを単純化した例です。実際には、「自社が収益を獲得することができるだけの市場性があるのか(ビジネスとして成立し得るのか)」「競合他社の動向はどうか」など、さまざまな側面から、ビジネスチャンスを検討する必要があります。しかし、商品と消費者ニーズの間にあるギャップこそがビジネスチャンスであり、そのギャップを埋めるような商品を消費者に販売することで売り上げを上げていくという視点が基本となります。

3)ビジネスチャンスの発生要因

次に、ビジネスチャンスである商品と消費者ニーズの間にギャップが発生する理由を考えてみましょう。その理由はさまざまですが、大別すると「消費者ニーズの把握の困難性」と「商品に関する制約要因の存在」に分けることができます。

1.消費者ニーズの把握の困難性

消費者ニーズは常に変化しています。そのため、消費者ニーズに関する情報収集を十分に行っていない場合はもちろん、独自に市場調査を実施している企業でさえ、消費者ニーズを的確に把握できないこともあります。

例えば、マーケティングの専門部署を設けて積極的に情報を収集している大企業でさえ、「消費者ニーズの読み違い」といった理由から事業に失敗するケースがあることを考えれば、消費者ニーズを把握することが困難なことは容易に理解できるでしょう。 

当然、消費者ニーズを的確に把握できなければ、消費者ニーズを完全に充足するような理想的な商品を開発・販売することはできません。つまり、消費者ニーズの把握の困難性という要因が、商品と消費者ニーズの間にギャップを発生させているのです。

2.商品に関する制約要因の存在

消費者ニーズには気付いても、そのニーズを充足するような商品を開発・販売できないことがあります。この場合も商品と消費者ニーズの間にギャップが生じます。

制約要因にはさまざまなものがありますが、代表的なものとしては、「技術面の制約要因」があります。例えば、多くの消費者が「タイムマシン」が欲しいと思っても、現在の技術水準では実現することは不可能でしょう。また、新規開発されたばかりの機器などの場合、商品(プロトタイプなど)の開発には成功しているものの、量産技術が確立されていないため、商品として販売できないケースもあります。

また、「コスト面の制約要因」がある場合もあります。商品化はできても、膨大なコストが掛かり、販売価格が高過ぎて、ほとんどの消費者が購入しないようなケースです。

これらのケースにおいては、企業が商品と消費者ニーズの間にギャップがあることに気付いていても、商品などが持つ制約要因の存在が、ビジネスチャンスをものにすることを妨げているのです。

3 ビジネスチャンスを見つける視点

1)ビジネスチャンスを見つける視点を身に付ける

ビジネスチャンスを発見するためには、市場調査などを通じて得た消費者や競合他社などの外部環境に関する情報、自社の商品や商品の製造プロセスなど内部環境に関する情報などを総合的に勘案しながら、商品と消費者ニーズの間に潜むギャップを発見することが必要です。

しかし、こうしたプロセスを経てもなお、ビジネスチャンスを発見するのは容易ではありません。ここでは、ビジネスチャンスを発見する際に参考となる視点について紹介します。

2)「ビジネスチャンスの発生要因」に注目する

1.消費者ニーズの影響要因に注目する

消費者ニーズに変化をもたらす影響要因が分かれば、消費者ニーズの動向を的確に把握できる可能性が高まります。多くの場合、消費者ニーズに影響を与える要因はさまざまであり、それら全てを明確にすることは困難です。

しかし、中には影響要因やそれが及ぼす影響を、比較的容易に捉えることができるものもあります。代表的なものは、法令改正などといったさまざまな制度変更です。制度変更には強制力を伴う法令改正や、業界団体などが策定する「ガイドライン」などのように、法的拘束力はないものの対象となる企業や個人の行動を事実上、制限してしまうものもあります。

制度変更があれば、関連する企業や個人は変更された制度に従わなければならないため、消費者ニーズの動向を容易に予測できる場合があります。

2.商品の制約要因に注目する

商品の制約要因を把握する際のキーワードは、「ボトルネック」です。ボトルネックとは、生産現場などではよく使われる言葉で、生産プロセスなどにおいて、全体の円滑な進行・発展の妨げとなるような制約要因のことをいいます。

例えば、「金型製作工程(A工程)→プレス工程(B工程)→溶接工程(C工程)→組立工程(D工程)→表面処理工程(E工程)」という金属プレス加工のプロセスがあるとします(各工程は流れ作業で進んでいきます)。この場合、B工程を除く各工程の処理速度が「1時間当たり5つ」で、B工程のみが「1時間当たり2つ」であれば、最終的にE工程を経た完成品は「1時間当たり2つ」しかできません。この場合、全体の処理速度を落としているB工程を「ボトルネック」といいます。ボトルネックは大きな問題ですが、逆の見方をすると、ボトルネックさえ解消することができれば、生産性は劇的に改善します。

ここでは、生産プロセスを例に説明しましたが、ボトルネックという考え方は商品の開発などにおいても同様です。技術の進展などによりボトルネックが解消されることで、商品の質や性能などが飛躍的に向上し、従来の商品では充足できなかった消費者ニーズを充足できるようになる可能性があります。

3)「時間・量・場所」に注目する

「消費者ニーズを捉えた商品づくり」といった取り組みを見ると、商品の持つ機能や特性といった「商品面」や、消費動向に大きな影響を与える「価格面」にのみ注力しているケースが散見されます。その結果、商品面や価格面以外のさまざまな消費者ニーズが見落とされていることがあります。例えば「『必要なときに、必要な量、必要な場所で』の商品が欲しい」といった消費者ニーズです。

一見、当たり前のことのようですが、「時間・量・場所」に要因に注目することで、ビジネスチャンスを発見できることもあります。「時間」でいえば、宅配便事業者が行っている荷物の配送時間帯を指定できる「時間指定配送」というサービスが代表的な例です。また、「量」という観点でいえば、単身者や一人暮らしの高齢者層の需要に対応した小分けの総菜などがあります。「場所」でいえば、通信販売で発注した商品を、自宅ではなく指定したコンビニエンスストアに配送してもらい、受け取ることができる「コンビニ受け取りサービス」があります。

4)「業界の常識」に注目する

「業界の常識を打破しろ」とは、ビジネスチャンスをつかんだ経営者などがよく口にする言葉です。確かに、業界内だけで通用するような商慣行や暗黙のルールといった「業界の常識」を打ち破ることでビジネスチャンスが広がる場合があります。

例えば、近年、葬祭業界では料金体系とそこに含まれるサービスを事前に明確にした「葬儀パック」などを提供している企業があります。「消費者に対して料金を明確に伝える」ことは、普通に考えれば「商売のいろはの『い』」に相当する基本的な条件です。 しかし、葬儀は、棺・祭壇・霊柩車や送迎用のバスなどさまざまな費用が別々になっている上、それぞれにグレードがあり、そのグレードに応じて料金が異なるなど、料金体系が非常に複雑です。こうした料金体系は長い間「業界の常識」とされてきました。

一方、消費者(利用者)側から見ると、葬儀社を利用する機会は限られており、料金体系や費用相場に詳しくないこと、突然の出来事の中でゆっくりと費用などを確認している時間がないなどの理由から、「料金が分かりにくい」「当初の説明よりも費用が多く掛かっている気がする」など、料金に不満を持つ消費者は少なくありませんでした。このような消費者のニーズを背景に、料金を明確にしている企業が支持を集めています。

この視点からビジネスチャンスを発見する際の問題は、そもそも業界の常識に気付かないことです。そのときに、有効なのが、他の業界と自らの業界を比較してみることです。そうすると、「業界の常識」が持つ盲点に気付くきっかけとなることがあります。

5)トレンドの「深掘り」を行ってみる

消費者は、ある商品によって自身の持つニーズが満たされると、一旦はそれで満足します。しかし、その商品を一旦「経験」すると、消費者ニーズはより高度なものへとシフトする傾向があります。先に紹介したオレンジジュースの例でいえば、最初は、「オレンジ味のする飲み物が欲しい」と考え、果汁10%のオレンジジュースで満足していたものが、今度は「より健康的なものが欲しい」と考え、果汁100%のオレンジジュースへとニーズがシフトします。最終的には「果物本来の持つ、新鮮さが味わえるものが欲しい」と考え、絞りたてのフレッシュジュースへとニーズが変化するようなケースです。

また、消費者ニーズは、高度化する過程で多様化が進むことも少なくありません。例えば、フレッシュジュースへのニーズが高まる一方で、「コップ1杯じゃ物足りないので、もう少し量の多いジュースが欲しい」「○○産のオレンジを使ったジュースが欲しい」といったニーズが出てくるといったケースです。

こうした高度化・多様化する消費者ニーズを捉え、ビジネスチャンスにつなげていくためには、消費者ニーズのトレンドを「深掘り」した商品を販売することが有効です。

6)「逆バリ」を行ってみる

先の例とは逆に、市場で主流と見られる消費者ニーズに逆らうような商品を開発することによって、ビジネスチャンスを見いだすケースもあります。

「逆バリ」商品が人気を集める背景には、消費者ニーズの多様化があります。一つのカテゴリーの商品群の中で、質の高い高価な商品を好んで購入する消費者もいれば、価格を重視して安価な商品を好む消費者もいます。また、同じ消費者でもその商品を購入・利用する状況によって選択する商品は異なる場合もあります。

「逆バリ」の商品は当該市場におけるメーン商品となることは少ないものの、一定の市場を確実にキャッチすることができるのです。

7)まとめ

ここで紹介したものは、ビジネスチャンスを発見する際に参考となる視点の例であり、こうした視点から検討をするだけで、簡単にビジネスチャンスを発見できるわけではありません。あくまで、消費者ニーズや市場動向などの情報を収集した上で、こうした視点を参考にしながら新たなビジネスチャンスについて検討してみるとよいでしょう。

本稿では、ビジネスチャンスの発見方法についていくつかの視点を紹介してきました。しかし、実際には、自社の経営資源に見合った実現可能なビジネスチャンスの獲得というものは、そう都合よくつかめるものではありません。

ビジネスチャンスをつかむ上でまず重要なことは、ビジネスチャンスを見落としてしまわないように、「担当者が積極的かつ敏感にビジネスチャンスを模索し続ける」「担当者の下に自社や業界の情報が集まってくる体制をつくり上げる」ことです。

以上(2018年4月)

pj80006
画像:fizkes-shutterstock

中小企業のブランド戦略

書いてあること

  • 主な読者:自社の製品やサービスをブランド化したい中小企業の経営者
  • 課題:限られたリソースの中で、ブランド化のために何をすればいいかわからない
  • 解決策:ブランド構築のための基本的な考え方を整理する

1 身近なことからブランドを考える

多くの経営者がブランドの重要性を認識しています。にもかかわらず、ブランドをしっかり意識しながら経営している中小企業はそれほど多くないようです。

これは、ブランドというと、製品に凝ったネーミングを付けたり、マスメディアやインターネットなどを駆使して大規模なプロモーションを展開したりというイメージがあるからかもしれません。また、ブランド構築に関する手法や考え方は、複雑な理論やフレームワークを用いて説明されることが多いことも、「ブランドは中小企業にとって縁遠いもの」という印象を与えているのかもしれません。

しかし、ブランドは日常的な企業活動と密接に関連しており、中小企業にとっても無関係ではありません。例えば、次に紹介する居酒屋の例も、ブランドを考える上でのヒントが隠れています。

Aさんの話

私には、週に数回、仕事帰りに立ち寄る「○○」という名前の居酒屋があります。その居酒屋は、店頭に赤ちょうちんが飾られ、店内は十数人入れば満席になるレトロなたたずまいです。

私がその居酒屋で気に入っているのは料理です。目新しいメニューはこれといってありませんが、全て手作りで、「家庭の味」といった料理を手ごろな値段で楽しめるのです。そうそう、その居酒屋は60歳代くらいの女性が1人で切り盛りしているのですが、その人と会えることもその居酒屋が好きな理由です。少しうるさいくらいおしゃべり好きな人ですが、いつも笑顔が絶えず、店内は明るい雰囲気で満ちあふれています。

また、お店に行くと「いらっしゃい」ではなく「お帰りなさい」と声を掛けてくれたり、「今日は忙しくて昼食抜きだった」なんて愚痴ったら、「お酒を飲む前に、ちゃんと食べないと悪酔いするわよ」と言って、注文した料理の量をいつもより多くしてくれたりします。そんなこともあって、「今日は真っすぐ家に帰るぞ」と思っていても、お店の近くに来ると、つい立ち寄ってしまうんですよね。

一見、どこにでもありそうな小さな居酒屋ですが、Aさんにとっては、自分の家のような特別な店です。消費者が企業に対して持つこうしたイメージが、ブランドの源泉となるのです。

本稿では、中小企業がブランドという視点から経営を考える際に留意すべき事項を紹介します。ブランドには、企業レベルのブランドである「企業ブランド」と、製品・サービスレベルのブランドである「製品ブランド」がありますが、本稿では企業ブランドを中心に紹介します。

2 ブランドを理解する

1)ブランドとは

一口にブランドといってもその定義はさまざまです。アメリカマーケティング協会(AMA)では、ブランドを次のように定義しています。

ある売り手あるいは売り手の集団の製品およびサービスを識別し、競合他社の製品およびサービスと差別化することを意図した名称、言葉、シンボル、デザイン、あるいはその組み合わせ

ブランドとは、製品・サービスに付加された名前やロゴ、パッケージだけではなく、企業名や店舗名といった名前までも含む概念であり、ブランドと無関係な企業はないということになります。

また、AMAの定義よりも、ブランドをさらに広い概念として捉えることもできます。AMAでは、ブランドの対象を名称やシンボル、デザインなどに限定していますが、消費者の立場に立って、自分の好きな企業や店舗、あるいは製品のブランドを思い浮かべてみてください。CMに出演している俳優、心のこもった温かい接客など、名前、シンボル、デザインなど以外にもそのブランドに関連するさまざまなことが思い浮かんだ人もいるでしょう。こうして考えると、ブランドとはAMAの定義だけではなく、消費者の持つイメージや具体的な経験も含まれるようです。

2)ブランド構築のメリットは

ブランドは消費者の心の中にあり、直接コントロールできないため、ブランドを構築する場合に「こうすればよい」という明確な答えはありません。

しかし、それでもブランドの構築に取り組むのは、消費者の目に留まりやすくなったり、ブランドとしての価値によって、競合他社と差異化ができ、価格競争に巻き込まれにくくなったりするなど、さまざまなメリットがあるからです。大企業に比べて価格競争力の弱い中小企業こそ、消費者に選ばれるブランドをつくることが重要だと言えるかもしれません。

以降では、ブランドを構築する際に知っておきたい、基本的な考え方を紹介します。

3 ブランド構築に際しての基本的な考え方

ブランド構築において重要なことは次の通りです。

  • 企業活動をブランドコンセプトに沿ったものにする(企業活動における意思決定の基準をブランドコンセプトに置く)
  • ブランドコンセプトの下に統一された企業活動に取り組み続ける

ブランドは消費者の心の中にあると前述しましたが、消費者の心の中につくられるイメージの多くは、製品、価格、プロモーション、人的サービスといった、いわば通常の企業活動を通じて形成されます。

冒頭の例を思い出してください。Aさんが居酒屋に対して抱いているイメージに影響を与えているのは、「家庭的な料理」「手ごろな価格」「温かい接客・サービス」など、特に目新しいことではありません。

また、消費者の心の中のイメージは、一朝一夕に形成されるものではありません。何度もその企業の製品・サービスなどを利用したり、プロモーションやインターネットなどを通じて得た情報などを参照したりすることによって、徐々に形成されます。そのため、ブランド構築は長期・継続的に取り組み続ける必要があるのです。

例えば、居酒屋の例でいえば、店主が機嫌の良いときは笑顔でいるものの、機嫌の悪いときは怒ったような顔つきで、会話もほとんどないお店では、Aさんは「温かいお店」というイメージを連想しないでしょう。

従って、ブランド構築に際しては、ブランドコンセプトの下に統一された企業活動に取り組み続けることが重要です。

4 ブランドコンセプト構築のポイント

ブランドコンセプトとは、「誰に対して、何を約束するのか(どのような価値を提供できるのか)」ということです。端的にいうと「自社はどのようになりたいのか」と、ほぼ同じ意味となるでしょう。

それは、経営理念や社是・社訓などのように明文化されたものではないかもしれませんが、「自社はどのようになりたいのか」という明確な思いは経営者の中にあるはずです。

ブランドコンセプトを決めるときには、市場環境など自社の現状を踏まえながら検討するのが望ましいものの、「誰に」「何を」「どのように」提供するのかを示す企業(事業)ドメインも、ブランドコンセプトを検討する際のヒントになります。

ブランドコンセプトの構築において重要なのは、ブランドコンセプトの構築自体ではなく、むしろ、作成したブランドコンセプトを明文化することにあるかもしれません。明文化することの重要性については後述します。

5 消費者にブランドメッセージを伝える2つのルート

実際に、顧客に対してメッセージを発信する前に、企業がブランドメッセージを発信できるルートを理解しておく必要があります。

  • 広告などを中心とした企業の「プロモーション活動」
  • 消費者が製品・サービスの購入や、購入した製品・サービスから得る「経験」

これが、企業がブランドメッセージを発信できる2つのルートです。消費者の視点から見ると、インターネットに流通している消費者の意見、口コミから得た情報、新聞・雑誌の記事など多様なルートがありますが、ここでは「企業が主体的にメッセージの内容をコントロールできるもの」という視点から2つに区分しています。

中小企業は、資本力のある大企業と異なり、テレビCMなどに多額の広告宣伝費を掛けられません。しかし近年、SNSなどのメディアによって、中小企業もプロモーション活動に取り組みやすくなりました。写真や言葉を用いながら、自社の商品の魅力やこだわりを発信することで、店舗に来たことのない消費者にも、自社のブランドメッセージを伝えることができます。

また、消費者が実際に店舗に訪れ、製品・サービスを購入して得た実体験は、ブランドイメージを育成する上で重要です。

6 ブランドメッセージを正しく発信するには

1)経営者と従業員が一丸となって取り組む

多額の広告宣伝費を掛けられる大手企業と異なり、中小企業は、時間を掛けて少しずつブランドを育成することが一般的です。そのため、経営者と従業員が一丸となって取り組む必要があります。

前述の通り、ブランド育成には、ブランドコンセプトの下に統一された企業活動に取り組み続けることが重要です。経営者だけでなく、ブランド育成の責任者を指名して、企業全体でブランド育成に取り組みましょう。

2)ブランドコンセプトを浸透させる

従業員の対策では、従業員教育を通じて能力の維持・向上を図ることが重要ですが、まず行うべきはブランドコンセプトの明文化です。

誰もが誤解することなく共感できるブランドコンセプトをつくりましょう。ブランドコンセプトを浸透させるために、経営理念や社是・社訓などを活用してもよいでしょう。

3)マニュアルとして落とし込む

ブランドコンセプトや伝えたいメッセージに合致した行動を取れるように、マニュアルとして具体的な形に落とし込むことも検討しましょう。誰が見ても理解できるマニュアルがあれば、サービス品質の安定化も見込めます。

とはいえ、マニュアルをつくるだけでなく、教育や日ごろのコミュニケーションなどももちろん大切です。マニュアルにない対応を迫られたときでも、従業員がブランドコンセプトに沿った対処ができるように、日ごろから「ブランドコンセプトに合った行動」を、従業員と一緒に考える必要があります。

4)やる気のない従業員への対処を忘れない

ブランドコンセプトの周知徹底のために必要な従業員教育などを行えば、従業員の多くは適切な行動を取るようになるはずです。しかし、そのような努力をしても、中には真剣に取り組まない従業員が出てくることがあります。

やる気のない従業員の存在は、その従業員だけの問題にとどまらずに、他の従業員に悪影響を及ぼす可能性があります。最悪の場合、ブランド構築に関する企業全体の取り組みが失敗に終わりかねません。

こうした状況に陥らないように、従業員に対して日ごろから十分なコミュニケーションを取り、教育や意識付けなどをしておくこと、そしてやる気のない従業員がいたら再教育を行うなど早期の対策を講じるようにすることが大切です。

5)社内体制の確認

ブランドコンセプトの下に統一された企業活動に取り組み続けるには、ブランドコンセプトを実行・管理するための社内体制を整備することが欠かせません。

しかし、人材に限りのある中小企業の場合、属人的に行われている業務が多く、安定した品質で長期的に製品・サービスを提供するには問題がある場合もあります。

このような場合、「他の従業員も対応できるように能力を引き上げる」「作業の標準化やシステム化を図るなどして、誰でも対応できる業務水準にする」「ブランドコンセプト自体を見直す」などによって、社内体制の整備を図ります。

中小企業だからブランドに無関係ということはありません。ブランドという視点から経営についてこれまで検討したことのない経営者は、本稿を参考に、ブランド構築に取り組むための第一歩を踏み出すとよいでしょう。

以上(2019年10月)

pj80007
画像:photo-ac

医療法人設立のメリット・デメリット

書いてあること

  • 主な読者:医療法人の設立を検討する個人開業医や勤務医
  • 課題:医療法人設立のメリット・デメリットを知りたい
  • 解決策:税務の観点などから、医療法人設立のメリット・デメリットを整理する

1 医療法人の概要

2007年4月1日から、持分の定めのある医療法人を新たに設立することができなくなり、代わって、基金拠出型の医療法人制度が導入されました。

基金拠出型とは、従来の出資に代えて、基金に拠出するという形を取ります。基金は、社団医療法人に拠出された金銭その他の財産であって、当該社団医療法人が拠出者に対して医療法施行規則第30条の37および同第30条の38並びに当該医療法人と当該拠出者との間の合意の定めるところに従い返還義務を負うものをいいます。基金の返還に係る債権には、利息を付することができません(医療法施行規則第30条の37第1項、第2項)。

残余財産の帰属すべき者に関する規定を設ける場合には、その者は、国もしくは地方公共団体または医療法人その他の医療を提供する者であって厚生労働省令で定めるもののうちから選定しなければなりません(医療法第44条第5項)。また、厚生労働省令で定めるものとは、医療法第31条に定める公的医療機関の開設者またはこれに準ずる者として厚生労働大臣が認めるもの、財団である医療法人または社団である医療法人であって持分の定めのないものとされています(医療法施行規則第31条の2)。

1)医療法人の成立

病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所または介護老人保健施設を開設しようとする社団または財団は、これを医療法人とすることができます(医療法第39条)。

医療法人は、都道府県知事の認可を受けなければ、設立することができません(医療法第44条第1項)。

医療法人は、設立または事務所の新設などをする際には登記をしなければなりません(医療法第43条第1項)。

2)医療法人の機関と役員

社団たる医療法人は、社員総会、理事、理事会および監事を置かなければなりません(医療法第46条の2第1項)。医療法人には、役員として、理事3人以上および監事1人以上を置かなければなりません。ただし、理事について、都道府県知事の認可を受けた場合は、1人または2人の理事を置けば足ります(医療法第46条の5第1項)。

3)配当の制限

医療法人の場合、出資者に対して剰余金を配当することができない(医療法第54条)ため、毎期の利益は法人に蓄積されていきます。この利益の使途は医業にのみ使うことに制限されます。このため個人的な使途(子供の教育費、個人的な借入金などの支払い)には使えません。

4)事業報告書等の作成

医療法人は、毎会計年度終了後2カ月以内に、事業報告書、財産目録、貸借対照表、損益計算書、関係事業者(MS法人等)との取引の状況に関する報告書その他厚生労働省令で定める書類(以下「事業報告書等」)を作成しなければなりません(医療法第51条第1項)。

また、医療法人は、事業報告書等につき監事の監査を受けなければなりません(医療法第51条第4項)。なお、社会医療法人(厚生労働省令で定めるものに限る)の理事長は、財産目録、貸借対照表および損益計算書を公認会計士または監査法人の監査を受けなければなりません(医療法第51条第5項)。

また、医療法人は、厚生労働省令で定めるところにより、毎会計年度終了後3カ月以内に、次に掲げる書類を都道府県知事に届け出なければなりません(医療法第52条第1項)。

  • 事業報告書等
  • 監事の監査報告書
  • 第51条第3項の社会医療法人にあっては、公認会計士等の監査報告書

法務局へは決算の都度、総資産の登記の変更が必要になります(医療法第43条第1項、医療法施行令第5条の12、組合等登記令第1条・別表)。

2 医療法人設立のメリット・デメリット

医療法人設立のメリットとしては、次のような点が挙げられます。

  • 節税効果(個人と法人の税率差)を活用することができる
  • 役員の退職金の支払いが可能になる(適正な場合のみ損金算入可)
  • 給与所得控除が活用できる
  • 法人を契約者、院長を被保険者として生命保険に加入することができる

など

一方、デメリットとしては、次のような点が挙げられます。

  • 個人の可処分所得が法人に留保される
  • 医療法特有の書類(事業報告書等)の都道府県への提出が必要になる
  • 解散した場合の残余財産は国等に帰属することになる
  • 社会保険の加入が義務付けられ負担が増える

など

医療法人設立は、法人化のメリットとデメリットとを比較考慮して、判断すればよいでしょう。例えば、配当の制限や法人経営の労力の増大はあるが、それ以上に、経営の近代化や対外的な信用などの効果が大きいと判断できれば、法人化を検討することになります。

3 税額を比較する

1)税務上の効果

医療法人設立による税務上の効果としては、次のような点が挙げられます。

  • 法人、理事長(院長)、理事(院長夫人など)に所得を分散できる
  • 給与所得控除を受けることができる
  • 所定の生命保険料の損金処理など、経費計上できる範囲が広がる
  • 理事長(院長)、理事(院長夫人など)に対する退職金の計上が認められる

所得税の税率は、課税所得金額が増えるほど税率が上がります(累進課税)。所得が分散し課税所得が減れば低い税率が適用されます。

一方、法人税の税率は、2012年4月1日より、課税所得金額に応じて、年800万円以下の部分につき本則19%(特例15%)および年800万円超の部分につき本則23.2%(資本金1億円超の場合は一律23.2%)(23.2%は2018年4月1日以後開始事業年度に適用される税率です。2016年4月1日~2018年3月31日に開始する事業年度に適用される税率は23.4%です)であり、最高税率が所得税よりも低い分、納税額が軽減される場合があります。なお、持分の定めのない医療法人は出資額0円として税率を適用します。

画像1

法人からの給与収入には、給与所得控除があります。例えば、給与収入1000万円の給与所得控除は220万円(1000万円×10%+120万円=220万円)であり、課税所得は780万円(1000万円-220万円)に軽減されます。

医業では自由診療から生じる所得に対して事業税および地方法人特別税が課せられます。また、資本金1億円以上の法人には、外形標準課税方式による事業税等が課されますが、医療法人は対象外です。

2)税額比較

図表2は、個人経営と法人経営の納税額を比較したものです。法人経営(ケース1)は利益の100%を理事長の給与収入とした場合、法人経営(ケース2)は利益の50%を理事長の給与収入、50%を法人の課税所得とした場合です。

法人の800万円以下の所得金額の税率は特例税率の15%、法人の所得800万円超の所得金額の税率は23.2%で計算しています。住民税の均等割は考慮していません。

画像2

個人経営の場合、課税所得2000万円の納税額は731万円ですが、法人経営(ケース1)のように、この2000万円全額を理事長の給与とした場合(法人の利益は0円、出資金1億円以下と仮定)の納税額は621万円となり、個人経営に比べて、税額の差は110万円となります。

法人経営(ケース2)のように、2000万円のうち1000万円を理事長の給与とし、1000万円を医療法人の利益とした場合の納税額は391万円となり、個人経営に比べて、税額の差は340万円となります。

これを6000万円で比較すると、納税額は次の通りです。

  • 個人経営:2867万円
  • 法人経営(ケース1):2744万円(個人経営との税額の差:123万円)
  • 法人経営(ケース2):1867万円(個人経営との税額の差:1000万円)

納税額の計算では住民税の均等割や事業税等を考慮していません。また、所得税の計算で基礎控除、配偶者控除、扶養控除などの各種控除も考慮していません。

なお、社会保険診療収入が5000万円以下かつ医療等に係る総収入金額が7000万円以下である場合、社会保険診療に関する所得のみ実額経費に代えて、所定の概算経費で申告することも可能です。

以上(2019年4月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

pj80053
画像:Pexels

変化を拒む従業員を組織変革に巻き込む技術

書いてあること

  • 主な読者:改革を進めたい経営者
  • 課題:従業員に危機感がなく、改革に対して協力的ではない
  • ポイント:組織変革の基本プロセスと従業員を巻き込むためのポイントを解説する

1 内部の人にフォーカスする

企業が改革に失敗する原因はさまざまですが、「組織内の人々を変革する」という視点の欠如が問題であることが少なくありません。企業を動かしている内部の人々が、改革を受け入れ、真剣に取り組める環境をつくるにはどうしたらよいのかを探ります。

2 組織変革に対する心理的拒否感

人は先の見えない不安定な状況を嫌い、現状を好む傾向があります。この本能的ともいえる改革に対する心理的拒否感はとても強力です。改革に対する心理的拒否感は、次のような事項に起因しているといわれています。

  • 改革により、自分たちが既得権益を失うと考えている
  • 改革を行う際に新たに発生するコストの負担が重いと考えている
  • 慣れ親しんだ習慣(仕事の進め方など)を変えなければならないと考えている
  • 改革の必要性(現状の問題点、改革後のメリットなど)を認識していない
  • 現状に不満を感じていないため、改革をしようという動機がない
  • 改革の必要性を人ごととして考えている

厄介なのは、改革によって自らが悪影響を受けることが明らかなときや、どのような影響を被るのか不透明なときだけではなく、自らにとってメリットの大きい結果が予想される場合でさえ心理的拒否感が高まってしまうことです。

特に幹部従業員の心理的拒否感は強力です。「自分が積み上げてきたものが否定される」と考えれば、企業変革の抵抗勢力となります。経営者はそのような幹部従業員を「分からず屋」と思うでしょうが、フォローしないと前に進みません。

3 組織変革の基本プロセス

1)推進チームの形成

組織変革を推進するチームを形成します。チームの人選は次の要件を重視して行いますが、注意が必要なのは、幹部従業員が企業変革に反対の場合、“計画を潰してしまう”恐れがあることです。リーダー格の従業員は慎重に選びます。

  • 社内に影響を与えることのできる人材
  • 課題に取り組むための高い専門知識を持つ人材
  • 既存のやり方にこだわらず、新しい発想ができる人材

推進チームのメンバーとしての適性は、通常の人事異動などの基準とは異なります。例えば、「仕事ができる」と社内で評価の高い従業員は、既存の業務プロセスになじんでいます。

一方、組織変革によってその業務プロセスを破壊することになるかもしれないとなると、前述の従業員には心理的拒否感が働きますし、新たな業務プロセスに適応できるかも分からないのです。

「既存のやり方にこだわらず、新しい発想ができる人材」を見つけ出す必要があります。表面上の変革者はたくさん出てくるでしょうが、本音でこう考える従業員は限られます。経営者が自ら面接をして選抜しましょう。

2)問題点などの分析

1.分析プロセスに社内人材を積極的に参加させる

問題点の分析には社内人材を積極的に参加させます。この過程で、従業員は自社の危機的状況を実感し、「このままでは、まずい!」と心理的拒否感が和らいでいく可能性があります。

とはいえ、社内人材だけに任せると、悪い要因を過小評価し、良い点を過大評価してしまうなど、自社に甘い評価を下してしまう危険性があります。また、こうしたプロジェクトに不慣れな人材だけで行うと、質の高い分析ができません。

そのため、客観的な立場から専門的な知識に基づく意見を言える人材として、コンサルタントなどの社外人材を活用することも一案です。ただし、社外人材はあくまで分析のサポート役とし、好き勝手な意見を言わせないようにします。

2.最悪のシナリオを明確にする

問題や課題を分析するときは、必ず、改革をしなかった場合の影響を明確にしなければなりません。この結果は、従業員の間に危機感を創出し、改革へのモチベーションを上げるために有効です。

また、最悪のシナリオは部門別、あるいは個人別のレベルまで細分化することで、従業員により身近な問題として認識させることができます。例えば、「全社売上高○%の減少」ではなく、「△部門の営業1課の取引先□社との取引停止」と示します。

3)ビジョンと戦略の検討

自社の将来あるべき姿を示すビジョン(全ての社内人材の行動をまとめ上げる際の指針)と、ビジョンを実現するための戦略を検討します。ビジョンを策定する際は、次の点に注意しましょう。

  • 誰もが簡単に理解でき、将来の企業像がはっきりイメージできるものである
  • 内外の人々にとって魅力的で、実現することが強く望まれるものである
  • 企業を改革することによって実現可能なものである

優れたビジョンはこれらの要件を満たしているといわれますが、実際にこれらの要件を満たした魅力的で優れたビジョンを生み出すことは容易ではありません。また、ビジョンを生み出すための簡単な方法はありません。

そのため、何度もミーティングして見直しを繰り返しながら、数カ月以上の時間を掛けることもあります。急ぐ場合は、あらかじめ期間を決定してビジョンを作成したり、目標値の設定などで代用したりする方法も検討しておく必要があります。

ビジョン作成後は、それを実現するための戦略を立案します。導入するマネジメント手法や新たな経営戦略などは戦略の一部を形成します。なお、戦略の立案は重要なステップですが、本稿は「人」を中心に取り上げているため説明を省略します。

4)危機意識とビジョン・戦略の周知

これまでのステップで検討した問題や課題、それらを放置した場合の最悪のシナリオ、それを回避するための改革に向けたシナリオ(ビジョンと戦略)を従業員に伝え、共有します。

最悪のシナリオによっては、「変わらなければならない」という危機意識が従業員に芽生えます。そして、改革に向けたシナリオを示すことによって最悪のシナリオを避けるために取り組むべき具体的な方策を示します。

このステップで重要なのは、改革を人ごとではなく自分の問題として認識させることです。また、経営者や改革推進チームのメンバーなどが中心となって、さまざまなコミュニケーション手段や機会を利用しながら、組織内部に広めていく努力も必要です。

5)計画の実行

1.改革の必要性やビジョンや戦略を繰り返し伝える

社内で共有化の進んだ危機意識や、ビジョンや戦略などの改革のシナリオを常に想起させるように、改革が成功するまで継続してそれらを伝え続ける必要があります。役員会、朝礼、ミーティングなどを利用します。

2.短期的な成果を実現する

従業員がビジョンや戦略を理解しても、思うような結果が出なければ改革に対するモチベーションが低下します。そうならないようにするためには、小さくても短期的な成果を実現していくことが大切です。

そうして短期的な成果を生み出し、「私たちの取り組みは正しい」ということを実感させることによって、改革に対するモチベーションを維持することができます。また、成功は、改革に反対している者や疑問を抱いている人に対する説得材料となります。

短期的な成果を生み出すためには、戦略立案の際に、短期的な成功が見込める段階的な目標を設定しておくことや、計画の一部を先行プロジェクトとして計画し、集中的に取り組み、短期的な成果を実現するなどの方法があります。

3.成果を適切に評価する

改革のプロセスは、短期的な成果の積み重ねです。必要に応じて人事評価制度を見直し、成功の都度適切に評価します。また、たとえ小さな成果であっても全社を挙げて喜び、成果を生み出す上で貢献した人材や部門を必ずたたえます。

4 組織変革で大切な要素

1)「慣性」を意識する

心理的拒否感は根深いため、改革が成功しているように見える状況においても、従業員の心の中には常に以前の状況に戻りたいという「慣性」が働いていることを忘れてはいけません。

この対処を怠ると、次第に従業員の間に慣性が広まっていき、改革が失敗に終わってしまう恐れがあります。慣性に流されないように、改革に対するモチベーションと勢いを維持しなければなりません。

2)反対者への対応

改革の必要性についてどれほど熱心かつ具体的な説明を行っても、改革に同意しない従業員が出てくることを経営者は覚悟しなければなりません。しかし、一口に反対者といっても、次のように「温度差」があります。

  • 表立って明確な反対行動は取らないが、改革には協力しない
  • 反対の立場を明確にした上で、改革に協力しない
  • 他の従業員に悪影響を与えるなど、改革に対してマイナスの影響を与える

反対者の意見に真摯に耳を傾けて、改革の取り組みをより多くの従業員が納得できるものにしていくことは大切です。しかし、改革を成功に導くためには、時には毅然とした態度を示すことも必要です。

3)経営者の積極的関与

経営者が全ての改革プロセスに主体的に関わる必要はありませんが、社内に明確な支持の姿勢を示すことは欠かせません。また、経営者は社内外の人々から注目されるため、改革の「語り部」として、改革後の素晴らしい未来を示すことが求められます。

改革は経営者など一部の人間の強力なリーダーシップによってもたらされると思われがちです。しかし、経営者がどれほど強力なリーダーシップを発揮しても、従業員が改革を拒めば企業は何も変わりません。

意外と忘れられがちなことですが、改革の成否は従業員の改革に対するモチベーションを高め、改革のプロセスに巻き込んでいくことができるかどうかに懸かっています。この点に十分に注意しましょう。

以上(2018年7月)

pj80010
画像:photo-ac

利益計画の作成と煩雑にならない実行方法

書いてあること

  • 主な読者:利益計画の重要性を認識しつつも、作成する時間がない経営者
  • 課題:利益計画の妥当性が分からないなど、時間がかかる
  • ポイント:経営者の夢や熱意を込めつつ、無謀ではない利益計画をまずは形にする

1 目標利益を導くアプローチ

利益計画を作成する際は、最初に利益目標を設定し、それを達成するための売上高を算出するのが通常です。ただし、単一事業で展開しているなど収益構造の変化が小さい場合は先に売上目標を設定し、そこから利益を逆算することもあります。いずれにしても、上下(売上と利益)を何度も行き来しながら確認します。

画像1

利益計画は、「予測PL(収支の目標を示したPL)」を作成して検討します。小さな会社なら経営者が、ある程度の規模になると企画部門や経理部門が予測PLを作成します。

理想的な利益計画は、経営者の夢や熱意が伝わり、なおかつ数字に裏付けられた実現可能性が高いことです。次章ではこの中の数字に注目し、主な損益項目を予測する際のポイントを確認していきます。

2 損益項目を予測する際の勘所

1)売上高の予測

売上高の予測は、過去3~5期分の(製品別の)売上高や伸び率などを分析しながら行います。関係部門の売上見込みを足し合わせていく方法と、当該部門に精通している担当者に見積もらせる方法を併用します。

例えば、関係部門から報告される売上見込みを足し合わせる場合、現場の担当者にヒアリングすることになりますが、担当者レベルだと視野に偏りがあります。そこで、当該部門に精通している担当役職者からセカンドオピニオンを取ります。

2)製造原価の予測

製造原価は材料費、労務費、製造経費に分けて予測します。さらに、製造に直接的に関係する「直接費」と、間接的に関係する「間接費」とにも分けます。例えば材料費の場合、製品に使用される部品は直接材料費、設備のメンテナンスなどに使う工具は間接材料費となります。

分かりやすいのは、製造個数と相関性のある直接費です。こちらは製造計画を確認しながら、過去の対売上高比率を参考に予測します。原材料価格の変動や人員計画を加味することも忘れてはなりません。

一方、間接費は売上高や製造個数と相関性があるとは限らないため、予測が難しくなります。過去データを参考にしつつ、現場の担当者へのヒアリングも行うとよいでしょう。

3)販売費・一般管理費の予測

販売費・一般管理費の細かな内容は企業によって異なりますが、広告宣伝費、交際費、人件費などの勘定科目ごとに積み上げて予測します。通常、販売費・一般管理費の大部分を占めるのは人件費なので、人件費とそれ以外の経費に分けて予測するのも1つの方法です。

人件費は、人員計画と1人当たりの人件費から予測します。また、それ以外の経費は、過去データから予測するのが基本ですが、設備投資をした場合は減価償却費に関係してくるので、設備投資計画も必ず確認しましょう。

4)営業外損益の予測

過去データから予測するのが基本です。金融機関からの借り入れの条件は必ず確認しましょう。この他、投資活動を行っている場合は、外部環境についても分析する必要があります。

3 目標利益を設定する4つの方法

1)前年度実績に上積みする方法

前年度の経常利益の5%増、10%増などといった具合に、上積みの目標利益を設定する方法です。

画像2

2)必要決算資金から決める方法

業績によって支払う配当金、役員賞与などの必要決算資金から、目標利益を設定する方法です。

画像3

3)借入金返済額から決める方法

借入金の返済原資は利益から生まれます。そのため、借入金の返済ができる利益を目標利益として設定する方法です。

画像3

4)売上高経常利益率から決める方法

売上高経常利益率の業界平均、上位企業の経常利益率や自社の過去3年平均の指標を参考にして、目標利益を設定する方法です。

画像5

5)目標利益には経営者の熱意がこもる

これらは定量的な分析から目標利益を導くものであり、経営者の熱意とは別のものです。こうして設定された目標利益に対して、「こんな弱気じゃ駄目だ! もっとチャレンジングな計画を立てよう!」などと、経営者が修正を求めることは珍しくありません。

放っておくと弱気になりがちな利益計画に刺激を与える意味で、経営者の熱意は大切です。ただし、実現可能性が著しく低いものでは意味がないため、次章で紹介するように、その妥当性を評価することになります。

4 目標利益の妥当性評価と改善

1)目標利益の妥当性を検証する

当初予測した利益と目標利益とを比較すると、必ず差額が生じます。この差異をどのように埋めていくかを検討します。仮に、目標利益よりも予想した利益が低い場合は、販売計画を強化する、目標利益を引き下げるなどの施策を検討します。逆の場合は、目標利益の実現可能性や、損益項目の検討が甘くなかったかを再検証するなどを行います。

2)目標利益を高める際の考え方

仮に、目標利益を上方修正する場合、損益分岐点の観点から次の3つを検討してみるとよいでしょう。

画像6

固定費の低減や限界利益率の向上によって損益分岐点は下がるため、利益が増加します。固定費については残業削減による人件費の削減、変動費については調達の見直しなどを検討します。また、売上の増加は、新規販売先の開拓や販売価格のアップ、値引きの停止などを検討します。

5 利益計画の実行

最終的に決定した利益計画は、経営企画部門や経理部門を通じて全社的に周知します。利益計画は実行しなければ意味がありませんが、日常業務に追われて改善活動がおろそかになり、計画倒れに終わることが珍しくありません。

そうならないように、各部門の責任者は、定期的に利益計画の進捗状況を経営者に報告するようにします。その報告には、「当初の計画に照らして状況は変化していないか」「推進上の問題点はないか」などの内容を盛り込みます。

また、3カ月に1回程度、各部門の責任者が状況の報告会を行います。その報告会には経営者も出席するようにします。もし、当初の計画に照らして状況が大きく変わっている、あるいは変わりそうなのであれば、利益計画を修正する柔軟性も必要です。

以上(2020年4月)

pj80017
画像:photo-ac

中小企業も早めの準備を! 義務化が進む税務の電子化

書いてあること

  • 主な読者:税務の電子化への切り替えを検討している中小企業の経営者・経理担当者
  • 課題:税務の電子化は、税目や業務ごとに電子申告システムが異なるなど難解
  • 解決策:電子化されている主な税務業務の解説と、税理士に聞いた留意点をまとめる

1 広がる税務の電子化、進む義務化

2020年4月1日以後に開始する事業年度から、大企業(資本金1億円超の法人)は、法人税、地方法人税、消費税及び地方消費税の電子申告が義務化されます。今のところ中小企業には義務化されていませんが、今後は義務化の見込みであるともいわれます。

上記以外にも、近年さまざまな税務に関する電子化の動きが進んでいます。現在電子化されている主な税務(法人の業務に限る)は次の通りです。なお、本稿では、税務の電子化により利用されるシステムをまとめて「電子申告システム」としています。

画像1

「e-TAX」および「eLTAX」でできることの詳細は、それぞれ下記のウェブサイトで確認することができます。

■e-TAX 利用可能手続き一覧■
https://www.e-tax.nta.go.jp/tetsuzuki/tetsuzuki6.htm
■eLTAXで利用可能な手続き■
https://www.eltax.lta.go.jp/eltax/gaiyou/tetuduki

2 電子申告システムの概要

1)e-Tax(国税電子申告・納税システム)

e-Taxは、国税(法人税、所得税、消費税など)に関する申告、納付・申請・届出について、インターネットなどを利用してオンライン上で行うことができるシステムです。2004年からサービスが開始され、現在では納税者本人に代わって税理士などが電子申告をする代理送信や、添付書類のイメージデータ(PDF形式やCVS形式)による提出も可能になっています。納付についても、税務署に事前届け出した預貯金口座から振替納付するダイレクト納付と、インターネットバンキングなどを通じたオンライン納付が可能になっています。

なお、大企業については2020年4月1日以後に開始する事業年度から義務化され、電子申告せず書面で提出した場合、その申告は無効なものとして扱われます。そうなると、原則無申告加算税の課税対象となります。

申告・納税以外にも、法定調書の提出もe-TAXで行うことができます。前々年の源泉徴収票などの支払調書の提出枚数が1000枚(2021年1月1日以後に提出する法定調書に係る判定は100枚)以上ある場合には、e-Taxまたは光ディスクなどによる提出が義務付けられています。そして、提出義務の判定は支払調書の種類ごとに行われます。

2)eLTAX(地方税ポータルシステム)

eLTAXは、地方税(法人住民税、法人事業税、固定資産税など)に関する申告、納付・申請・届出について、インターネットなどを利用してオンライン上で行うことができるシステムです。2005年から6府県でサービスが開始され、現在では、全ての都道府県・市区町村の地方税の電子申告に対応しています。納付についても、2019年10月から地方税共通納税システムが開始され、これまでは納付先の口座が自治体ごとに別々だったものが、共通口座への一括納付(ダイレクト納付またはオンライン納付)が可能になっています。

申告・納税以外にも、給与支払報告書の提出もeLTAXで行うことができます。前々年の所得税の源泉徴収票の提出枚数が1000枚(2021年1月1日以後に提出する法定調書に係る判定は100枚)以上ある場合には、eLTAXまたは光ディスクなどによる提出が義務付けられています。

3)年末調整控除申告書等作成用ソフトウェア

2020年分の年末調整から電子化が始まり、2020年10月に国税庁から無料の申告書等作成ソフト(年末調整控除申告書等作成用ソフトウェア。以下「年調ソフト」)が公開される予定です。

従業員自身が年調ソフトを国税庁のウェブサイトからダウンロードし、オンライン上で年末調整書類一式を作成し、会社にデータで提出できるようになります。年末調整手続きの電子化により、各保険会社からデータで発行される保険料控除証明書をこのソフトに取り込むことで、自動入力される仕組みとなっているようです。

なお、保険会社から保険料控除証明書をデータで発行を受けるためには、保険会社ごとに手続きが異なりますので、事前に確認するようにしましょう。

4)(参考)帳簿・決算書などの電子保存や、領収書などのスキャナ保存

事前に承認申請届出を国税庁に提出し、一定の要件を満たしていると承認を受けた場合には、貸借対照表や損益計算書などの決算関係書類や、仕訳帳や総勘定元帳などの帳簿について、電子保存(作成時から一貫してパソコンなどを利用して作成したものを保存すること)ができます。請求書や領収書については、さらにスキャナ保存(スキャナなどで読み取って保存すること)が認められており、近年の改正でスマートフォンを使用した読み取りも可能になっています。

3 税理士に聞く 税務の電子化Q&A

1)中小企業において、電子申告システムは普及しているのでしょうか?

多くの中小企業において、電子申告システムは利用されていると思います。

電子申告には、会社(納税者)自身で電子申告する方法と、顧問税理士が納税者に代わって電子申告する方法(「代理送信」という)がありますが、ほとんどの中小企業においては代理送信で行われていると思います。

2)電子申告システムのメリット・デメリット(留意点)を教えてもらえますか?

利用者のメリットは、提出に際して製本印刷をする手間が省けることや、申告書控えを紙ベースで保管する必要がないため、保管場所を考えなくてもよいことが挙げられます。

また、電子申告システムを利用すると、納税に関してもあらかじめ登録した金融機関からの口座振替やペイジーを利用して手続きを行うことができ、銀行窓口に足を運ぶ必要がありません。

一方デメリットとしては、やはり国税(e-Tax)と地方税(eLTAX)でシステムが別々である点が挙げられます。特に確定申告時期は、国税と地方税で一連の作業となるため、その点が手間となっているのは否めません。

また、e-Tax上の申告書等作成ページの入力欄の多くは、単に数字を入力するためのものであり、計算機能がありません。よって、e-Taxだけでは利用しづらく、また転記ミスを防ぐための確認時間を費やすことになります。そのため、別途、電子申告を行うことができる税務ソフトを備える必要がある点は注意しなければなりません。

3)電子申告システムの導入後、税務署とのやり取りなどで変わる点はありますか?

電子申告システムを導入すると以後の申告(確定申告、中間申告など)については、申告書用紙が税務署から送られず、納付書のみが送付されます。税務署からの申告のお知らせは、あらかじめ登録したメールアドレスに連絡が届き、税目ごとの専用ページ(e-TaxまたはeLTAX上のページ)からアクセスすると情報を閲覧することができます。

また、還付申告の場合、還付金の手続き状況について専用ページで確認ができる上、登録したメールアドレスにも情報が送られてきます。

なお、代理送信を税理士に依頼している場合で、顧問税理士を変更するときには、国税・地方税のIDとパスワードを引き継ぐ必要があります。IDを引き継ぐことにより、過去の申告状況を継続して確認することができます。ただし、IDを引き継がず、新たに取得してしまうと過去の情報は確認できなくなりますので、注意が必要です。

4)実際に電子申告システムを利用する際には、どのような点に注意が必要ですか?

電子申告システムを利用して申告をする場合、データ送信後、受信ボックスに申告受信通知が格納されたかどうか、確認をするようにしましょう。

また、添付書類をイメージデータ(PDFなど)によらず、別途書面で提出する場合には控えも税務署に提出し、税務署受領印をもらうようにした方がよいと思います。

その他、本店移転により納税地が変更となるときは、異動届を提出するとともに必ず基本情報も変更しなければなりません。

5)システム障害など、過去に起きたアクシデントとそのときの対応をお教えください。

過去にeLTAXへの接続が集中したため、接続できないなどのシステム障害が発生したことがあります(2017年1月27日~2月1日)。このときは、総務省より申告期限の延長をするように各自治体に対して指示がありました。

恐らく今後もシステム障害があったときは、自治体ごとの個別対応ではなく、上記の通り税務官庁から申告期限の延長の処分があるものと思われます。ただ、大規模な障害があったとき以外は申告期限の延長が認められるケースはまれだと思います。

また、申告期限の延長の処分は、基本的には事後の決定となります。実際に、上記のシステム障害が発生したとき(2017年)には、現場が混乱したのも事実です。電子申告に限りませんが、申告は余裕を持って行うことを心がけましょう。

6)まだ電子申告システムを導入していない中小企業に向けてアドバイスはありますか?

税務の電子化が義務化される流れは、中小企業にも必ずやって来ると思いますので、義務化が決まってから焦って導入するのではなく、余裕を持って対応する方がよいでしょう。

電子申告システムは慣れることが肝心です。まずは、毎月の源泉税納付や給与支払報告書の提出などで、電子申告システムを利用してみてください。今まで銀行窓口に足を運んでいたり、大量の書類を印刷したりしていた事務負担などがなくなり、その便利さを身近に感じることができるかもしれません。

以上(2020年4月)
(監修 税理士法人コレド会計 税理士 石田和也)

pj30087
画像:pixabay

住宅診断で期待される中古住宅の流通促進

書いてあること

  • 主な読者:中古住宅の流通を考える経営者
  • 課題:今後の中古住宅関連市場の可能性を知りたい
  • 解決策:改正された宅地建物取引業法の概要を把握し、新たなビジネスのヒントを得る

1 建物状況調査の法制化

日本では1968年から住宅ストックが世帯数を上回っています。2013年時点では818万戸の超過です。日本の住宅は新設着工数が多く、欧米などに比べて既存住宅(中古住宅)の取引数が少ないのが現状で、これを放置すると、空き家問題などが一層深刻になります。

そこで、既存住宅を流通させる環境を整備するために宅地建物取引業法が改正されました。この改正により、2018年4月から建物状況調査(住宅診断・インスペクション)が重要事項説明に追加されました。建物状況調査とは、専門の研修を受けた建築士が行う住宅診断で、既存住宅の構造耐力上の主要な部分に劣化があるかどうかの調査です。

これにより既存住宅の状態がある程度明らかになり、流通が促進されると期待されています。国も、既存住宅流通およびリフォームの市場規模を、2025年には20兆円に拡大させる方針を示しています。本当にビジネスチャンスは生まれるのでしょうか。本稿では、日本の住宅ストックの状況や法改正の概要を紹介します。

2 日本の住宅ストックの状況

総務省「住宅・土地統計調査」によると、住宅ストックと世帯数の推移は次の通りです。なお、同省では、平成30年住宅・土地統計調査の結果を2019年4月頃から順次公表する予定とのことです。

画像1

2013年の住宅ストックは6063万戸、世帯数は5245万世帯で、住宅ストックが世帯数を818万戸超過しています。

また、国土交通省の資料「既存住宅流通を取り巻く状況と活性化に向けた取り組み」によると、既存住宅流通シェアの国際比較は次の通りです。

画像2

2013年の既存住宅取引数は16万9000戸、新設着工数は98万戸、既存住宅の占める割合は14.7%(16万9000戸/(16万9000戸+98万戸))となっています。これは、米国83.1%(2014年)、英国88.0%(2012年)、仏国68.4%(2013年)など欧米諸国と比べると極めて低い水準です。

新設着工数が多い状況を放置すると、空き家が今後も増え続けることになります。この流れを止め、既存住宅の流通を促進するため、宅地建物取引業法が改正されました。

3 法改正の概要

1)宅地建物の売買または交換の媒介の契約を締結したときに交付する書面に追加

今回の法改正により、宅地建物取引業者が宅地建物の売買または交換の媒介の契約を締結したときに交付する書面に次の項目が追加されました。

  • 建物状況調査を実施する者のあっせんの有無(有・無)

2)重要事項説明への追加

1.建物状況調査

宅地建物取引業者が買い手に対して行う重要事項説明に次の事業が追加されました。

  • 建物状況調査の実施の有無(有・無)

また、建物状況調査を実施している場合には、その概要を重要事項説明に記載しなければなりません。建物状況調査の結果の概要(重要事項説明用)木造・鉄骨造(抜粋)は次の通りです。

画像3

2.建物の建築及び維持保全の状況に関する書類の保存の状況

重要事項説明に次の書類の保存の状況が追加されました。建物の建築及び維持保全の状況に関する書類の保存の状況(既存の建物のとき)は次の通りです。

画像4

宅地建物取引業者が媒介契約締結の際に交付する書面や重要事項説明を怠るなどの違反をした場合、国土交通大臣または都道府県知事は宅地建物取引業者に対して業務の停止を命じることができます。こうした罰則規定があるため、媒介契約締結の際に交付する書面や重要事項説明への建物状況調査に関する項目は必ず記載されることになります。これにより、売り手と買い手の双方に、建物状況調査は確実に認知されることになります。

3)既存住宅状況調査技術者講習制度の創設

建物状況調査を実施できるのは既存住宅状況調査技術者です。既存住宅状況調査技術者は、建築士(一級、二級、木造)であり、国土交通大臣が登録した講習を修了した者です。既存住宅状況調査技術者が建物状況調査を実施するには、建築士事務所について都道府県知事の登録を受ける必要があります。

4 今後のビジネスチャンス

1)世代間のミスマッチの解消

国土交通省「平成25年住生活総合調査」によると、土地の広さや間取りに対する不満は高齢者世帯に比べ、子育て世帯において大きいとされています。

また、内閣府「平成28年 高齢者の経済・生活環境に関する調査結果」によると、高齢者が現在の居住地に住み続けるとした場合、今後不便を生じる可能性があると考えるものとして、医療機関や商業施設、金融機関などの日常生活に必要な都市機能が徒歩圏内に確保されていないという回答が挙げられています。

既存住宅の流通は、こうした住宅ニーズのミスマッチを減少させることにつながります。例えば、高齢者は小売店や医療機関が近隣にある中心市街地のマンションに住み、子育て世代は郊外の庭付きの広い戸建て住宅に住むなど、地域の人口構成も変わるかもしれません。人が流入してくれば、その地域の医療、介護、小売り、サービスなどの事業者にとって新たなビジネスチャンスが生まれます。

2)新築からリフォームへ

前述の通り、国では既存住宅流通およびリフォームの市場規模を、2025年には20兆円に拡大するという方針を示しています。

将来人口が減少傾向にある中、住宅需要の増加は望みにくい状況です。そこへ、既存住宅の流通量が増加すれば、新設着工数は減少せざるを得ません。

また、既存住宅の流通量が拡大すれば、売買の前後において修繕や改装需要が高まります。屋根のふき替え、壁の塗り替え、3DKを2LDKに改装したり、和室を洋室に改装したり、それに付随した電気工事や水道工事など、リフォーム市場は拡大するでしょう。

3)その他の需要の広がり

1.安全・安心ニーズ

建物状況調査は目視による方法のため検査には限界があります。住宅に求められる安全・安心からは、建築鉄骨溶接部の超音波調査、エックス線によるコンクリート内探査や設備配管劣化調査など建物内部の見えない部分の検査も重要です。こうしたオプションの住宅診断の需要が高まるでしょう。

2.既存建物売買瑕疵(かし)保険

既存建物の売買に係る瑕疵担保責任に基づく損害を補填する保険として、既存建物売買瑕疵保険があります。こうした保険を利用すれば、購入者にとって安心はより大きくなります。既存住宅流通の拡大に合わせて既存建物売買瑕疵保険の利用も拡大するでしょう。

3.住み替え時の需要

住み替え時には引っ越しやハウスクリーニングがつきものです。また家具や家電製品の買い替え需要にもつながります。

4.空き家管理サービス

住宅は買い手がつかなければ販売につながりません。また、売却まで時間がかかる場合があります。例えば、相続した遠隔地の住宅を売却しようと考えた場合、買い手がつくまで1年以上かかるかもしれません。住宅は使用し、手入れをしないと傷みます。そのため、建物状況調査と併せて、屋内の通気・換気、床や天井の状態の確認など空き家管理サービスなどの需要も高まるでしょう。

4)日本の人口当たり既存住宅取引数が欧米諸国並みになったら

図表2の既存住宅取引数と総務省「世界の統計2018」の各国の人口(2017年時点)を基に人口に対する既存住宅取引数の割合を算出すると次の通りです。

  • 日本:約0.13%(16万9000戸/1億2600万人)
  • 米国:約1.52%(494万戸/3億2450万人)
  • 英国:約1.41%(93万2000戸/6620万人)
  • 仏国:約1.11%(71万9000戸/6500万人)

米国、英国、仏国は日本の約10倍に相当します。もし、日本の人口に対する既存住宅取引数の割合が欧米諸国と同程度になった場合、既存住宅取引数は16万9000戸(2013年時点)の10倍程度にまで拡大することになります。それに付随し、周辺市場にも大きな影響が及ぶことになります。

以上(2018年10月)

pj50204
画像:stocksnap

特定施設入居者生活介護サービス事業の概要

書いてあること

  • 主な読者:特定施設入居者生活介護サービス事業を新たに手掛けたい経営者
  • 課題:申請に当たって必要な書類や、設備基準について知りたい
  • 解決策:介護保険法や厚生労働省令「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」に基づき、手続きや必要なものを確認する

1 特定施設入居者生活介護事業における指定の申請

1)居宅サービス介護事業としての特定施設入居者生活介護

「特定施設入居者生活介護」とは、有料老人ホームやケアハウスなど厚生労働省令で定める特定施設に入居している要介護者等について、特定施設サービス計画に基づき、入浴、排せつ、食事などの介護、その他の日常生活上の世話、機能訓練および療養上の世話を行うことです。

特定施設入居者生活介護は介護保険制度における居宅サービスの1つです。居宅サービス事業者は都道府県知事(指定都市・中核市は各市長)より指定を受ける必要があります(介護保険法第41条第1項、同第70条第1項および第2項、同第203条の2)。入居定員が29人以下の小規模施設は地域密着型サービスを行う施設として市町村長への申請になります(介護保険法第78条の2第1項)。

2)提出事項

特定施設入居者生活介護を行うために事業者の指定を受けようとする者(居宅サービス事業者)は、次に掲げる事項を記載した申請書または書類を、当該指定に係る事業所の所在地を管轄する都道府県知事に提出しなければなりません(介護保険法施行規則第123条)。特定施設入居者生活介護に係る居宅サービス事業者の指定に当たって必要となる提出事項は次の通りです。

  • 事業所の名称及び所在地
  • 申請者の名称及び主たる事務所の所在地並びにその代表者の氏名、生年月日、住所及び職名
  • 当該申請に係る事業の開始の予定年月日
  • 申請者の定款、寄附行為等及びその登記事項証明書又は条例等
  • 建物の構造概要及び平面図(各室の用途を明示するものとする)並びに設備の概要
  • 利用者の推定数(要介護者及び要支援者のそれぞれに係る推定数を明示するものとする)
  • 事業所の管理者の氏名、生年月日、住所及び経歴
  • 運営規程
  • 利用者からの苦情を処理するために講ずる措置の概要
  • 当該申請に係る事業に係る従業者の勤務の体制及び勤務形態
  • 当該申請に係る事業に係る資産の状況
  • 指定居宅サービス等基準第192条の2に規定する受託居宅サービス事業者が事業を行う事業所の名称及び所在地並びに当該事業者の名称及び所在地
  • 指定居宅サービス等基準第191条第1項に規定する協力医療機関の名称及び診療科名並びに当該協力医療機関との契約の内容(同条第2項に規定する協力歯科医療機関があるときは、その名称及び当該協力歯科医療機関との契約の内容を含む)
  • 当該申請に係る事業に係る居宅介護サービス費の請求に関する事項
  • 誓約書
  • 役員の氏名、生年月日及び住所
  • 介護支援専門員(介護支援専門員として業務を行う者に限る)の氏名及びその登録番号
  • その他指定に関し必要と認める事項

事業所の所在地を含む区域における利用定員の総数が、都道府県の介護保険事業支援計画に定める合計数に達しているか、新たに指定することによってこれを超えることになる場合などには、都道府県知事は事業者の指定をしないことができます(介護保険法第70条第4項)。

2 特定施設入居者生活介護の事業基準、介護報酬

1)特定施設入居者生活介護の基本方針

特定施設入居者生活介護事業の人員、設備、運営に関する基準は、厚生労働省令「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(以下「基準」)」に規定されています。

居宅サービスに該当する特定施設入居者生活介護の事業は、特定施設サービス計画に基づき、入浴、排せつ、食事などの介護、その他の日常生活上の世話、機能訓練および療養上の世話を行うことです。これにより、入居者が要介護状態などとなった場合でも、当該指定特定施設においてその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるようにするものでなければなりません(基準第174条第1項)。

指定特定施設入居者生活介護事業者は、安定的かつ継続的な事業運営に努めなければなりません(基準第174条第2項)。

2)特定施設入居者生活介護の設備に関する基準

指定特定施設の介護居室、一時介護室、浴室、便所、食堂および機能訓練室は、次の基準を満たさなければなりません(基準第177条第4項)。

  • 1居室の定員は1人とする。ただし、利用者の処遇上必要と認められる場合は2人とすることができるものとする。プライバシーの保護に配慮し、介護を行える適当な広さであること。地階に設けてはならないこと。一以上の出入り口は、避難上有効な空き地、廊下または広間に直接面して設けること。
  • 一時介護室は、介護を行うために適当な広さを有すること。
  • 浴室は、身体の不自由な者が入浴するのに適したものとすること。
  • 便所は、居室のある階ごとに設置し、非常用設備を備えていること。
  • 食堂は、機能を十分に発揮し得る適当な広さを有すること。
  • 機能訓練室は、機能を十分に発揮し得る適当な広さを有すること。

指定特定施設は、利用者が車いすで円滑に移動することが可能な空間と構造を有するものでなければなりません(基準第177条第5項)。

指定特定施設の建物は、建築基準法に規定する耐火建築物または準耐火建築物でなければなりません(基準第177条第1項)。

指定特定施設は、一時介護室(一時的に利用者を移して指定特定施設入居者生活介護を行うための室)、浴室、便所、食堂および機能訓練室を有しなければなりません。ただし、他に利用者を一時的に移して介護を行うための室が確保されている場合には一時介護室を、他に機能訓練を行うために適当な広さの場所が確保できる場合には機能訓練室を設けないことができるものとします(基準第177条第3項)。

3)特定施設入居者生活介護の介護報酬

要介護者に対する「特定施設入居者生活介護」、要支援者に対する「介護予防特定施設入居者生活介護」の各サービスを提供した事業者には介護報酬が支払われます。

  • 介護予防特定施設入居者生活介護(介護予防給付)
  • 地域密着型特定施設入居者生活介護(定員29人以下):市町村が指定・監督権限を持ちます。
  • 地域密着型以外の特定施設入居者生活介護(定員30人以上):都道府県が指定・監督権限を持ちます。

特定施設入居者生活介護の介護報酬(1日当たり)は次の通りです。

画像1

2018年4月の介護報酬改定において、特定施設入居者生活介護に新設された加算としては、退院・退所時連携加算、入居継続支援加算、生活機能向上連携加算、若年性認知症入居者受入加算、口腔衛生管理体制加算などがあります。

  • 退院・退所時連携加算:30単位/日
  • ※入居から30日以内に限る
  • 入居継続支援加算:36単位/日
  • 生活機能向上連携加算:200単位/月
  • ※個別機能訓練加算を算定している場合は100単位/月
  • 若年性認知症入居者受入加算:120単位/日
  • 口腔衛生管理体制加算:30単位/月

3 有料老人ホームとケアハウスの状況

特定施設入居者生活介護の指定を受けてサービスを行っているのは、主に有料老人ホームとケアハウスです。厚生労働省「社会福祉施設等調査」によると、有料老人ホームとケアハウスの施設数、定員、在所者数の推移(各年10月1日調査)は次の通りです。

画像2

有料老人ホームは増加し続けています。これは介護専用型ではなく外部サービスを利用する「住宅型」の有料老人ホームが増加していることなどが理由にあります。

4 介護費の推移

国民健康保険中央会によると、特定施設入居者生活介護の介護費の推移は次の通りです。

画像3

特定施設入居者生活介護の利用は拡大を続けています。指定を受ける主な施設は有料老人ホームですが、低所得者対策などからも、ケアハウスなど有料老人ホーム以外の施設の充実の重要性も高まっています。

以上(2018年10月)

pj50210
画像:photo-ac

「共生型サービス」の開始で見込まれる障害福祉・介護業界への影響

書いてあること

  • 主な読者:共生型サービスを新たに手掛けたい経営者
  • 課題:概要や、サービスを始める際のポイントを知りたい
  • 解決策:例えば、障害者が65歳を過ぎても、同じ施設内でサービスを提供できるため、長期間にわたって利用することによる報酬の増加が見込める。また、新たな利用者を確保するためのコストを減らせるといったメリットがある

1 事業機会が広がる「共生型サービス」

2018年4月から、障害福祉制度と介護保険制度において「共生型サービス」がスタートしました。障害福祉サービス事業所が高齢者に介護保険サービスを提供したり、介護事業所が障害児・者に障害福祉サービスを提供したりすることを可能にする制度です。

具体的には、障害福祉サービス事業所または介護事業所であれば、もう一方のサービスを提供し、報酬(障害福祉サービス等報酬または介護報酬)を受け取ることができるようになりました。

これにより、65歳になった障害者が、使い慣れた障害福祉サービス事業所から介護事業所に切り替えなければならない、いわゆる「65歳の壁(介護保険優先原則)」など、縦割りの制度下で生じていたさまざまな課題の解消につながるといわれます。

国は、多くの事業所が共生型サービスに参入することで、既存の施設や限られた福祉人材をうまく活用し、地域のニーズに合ったサービスの提供を目指すとしています。

以降では、共生型サービスの概要や事業所が活用する上でのポイントを見ていきます。

2 共生型サービスの概要

1)共生型サービスとは

共生型サービスの先行モデルは「富山型デイサービス」と呼ばれるもので、1993年に富山県のデイケアハウス「このゆびとーまれ」が、高齢者、障害児・者などを同一施設内で受け入れたのが始まりです。

この取り組みは、富山県の支援を受けながら広がりを見せます。2003年に、富山県他3市2町が「富山型デイサービス推進特区」に認定され、2006年には、規制緩和により全国で富山型デイサービスを実施できるようになりました。

しかし、富山型デイサービスは、障害児・者の送迎加算などの各種加算が得られない、市町村が必要であると判断した地域でしか指定を受けられない、障害福祉サービス事業所は一定の基準を満たさないと指定を受けられないなどの点が、課題となっていました。

そのため、富山型デイサービスへの参入は限定的です。富山型デイサービスのような共生型の事業所数は2016年時点で全国約1700カ所にとどまり、デイサービスの介護事業所が約4万3000カ所、障害福祉サービス事業所が約1万カ所に比べて少なくなっています。

そこで、国はこうした課題の解消に取り組み、共生型サービスでは各種加算を得ることができ、サービスの指定に市町村の判断は介在せず、障害福祉サービス事業所は一定の基準を満たさなくても指定を受けられるようになりました。

2)共生型サービスの主なメリット

共生型サービスの指定を受けることによって得られるメリットは、現在の事業所の形態によって異なります。それぞれの形態別に見た主なメリットは次の通りです。

1.富山型デイサービス(高齢者+障害児・者)を提供している場合

障害児・者の送迎加算や欠席時対応加算(あらかじめ利用を予定していた障害児・者が急病等により欠席した際に、本人や家族との連絡調整などを行い、その内容等を記録した場合に算定される)などの各種加算が得られるため、報酬の増加が見込めます。

富山県厚生部へのヒアリングによると、「各事業所によって差はあるものの、全体的に売り上げが1割ほど増えている」とのことです。

2.障害福祉サービス事業所の指定のみの場合

障害者が65歳を過ぎても、同じ施設内でサービスを提供できるため、長期間にわたって利用することによる報酬の増加が見込まれます。また、新たな利用者を確保するためのコストを減らすことができます。

3.介護事業所の指定のみの場合

定員の空きを障害児・者を受け入れることで埋めることができるため、定員が不足している場合は、稼働率アップにつながる可能性があります。

障害福祉サービス市場は年々拡大しており、厚生労働省「障害福祉サービス等の利用状況について」によると、2013年4月の利用者数が約67万人(1人当たり費用額が約19万円)だったのに対し、2018年4月には約84万人(同約20万円)に増加しています。

3)共生型サービスの対象

共生型サービスの対象となるのは、ホームヘルプサービス、デイサービス、ショートステイの3種で、それぞれの区分の中で、例えば「居宅介護事業所であれば共生型の訪問介護」というように、対応するもう一方のサービスの指定を受けることができます。

画像1

3 共生型サービスの報酬

1)基準の満たし具合で報酬単位数は異なる

共生型サービスは、基準を満たさなくても指定を受けられる仕組みのため、基準を完全に満たして指定を受けた場合に比べて、報酬単位数が低く設定されています。

その上で、例えば障害福祉サービス事業所であれば、介護事業所の基準である「生活相談員の配置」などを行うことによって加算を得られるなど、基準を満たせば満たすほど、報酬単位数も上がっていきます。

2)障害福祉サービス事業所が共生型の介護保険サービスを提供する場合の報酬

障害福祉サービス事業所が共生型の介護保険サービスを提供する場合の主な報酬は、介護報酬の所定単位数に、一定の割合を乗じて算定されます。

画像2

これら共生型サービスの報酬・加算に加えて、障害児・者の送迎加算(10~28単位/回)や、欠席時対応加算(94単位)など、従来の障害福祉サービスの加算も得ることができます。

3)介護事業所が共生型の障害福祉サービスを提供する場合の報酬

介護事業所が共生型の障害福祉サービスを提供する場合の主な報酬は次の通りです。基準を完全に満たしている障害福祉サービス事業所への報酬単位数(所定単位数)に比べて、低くなっています。

画像3

4 共生型サービスの指定を受けるには

1)指定権者について

共生型サービスはみなし指定ではなく、申請をする必要があります。障害福祉サービス事業所または介護事業所は、各指定権者に事前に相談を行い、所定の必要書類を提出し、審査を経て指定を受けます。

指定権者は、申請する共生型サービスの形態によってそれぞれ異なります。

  • 障害福祉サービス事業所が共生型の介護保険サービスの申請を行う場合
  • 定員が18人以上:都道府県(事業所が中核市にある場合は中核市)
  • 定員が18人未満:市町村
  • 介護事業所が共生型の障害福祉サービスの申請を行う場合
  • 障害者向けのサービスを提供:都道府県(事業所が中核市にある場合は中核市)
  • 障害児向けのサービスを提供:都道府県

共生型生活介護と共生型児童発達支援など、障害者向けと障害児向けのサービスを両方申請する場合で、事業所が中核市にあるときは、共生型生活介護は中核市、共生型児童発達支援は都道府県というように、別々の指定権者に申請することになります。

2)審査について

審査は基本的には書類のみで行われ、実地調査や訪問はありませんが、各加算の基準に合っているかどうかを審査する際に、従業員の勤務表などの提出が求められます。各都道府県などへのヒアリングによると、審査期間は申請を行ってから2カ月程度とのことですが、審査件数の集中などの影響で期間は変わってくるそうです。

3)指定の基準について

障害福祉サービス事業所または介護事業所であれば、共生型サービスの指定を受ける際に、人員や設備の指定基準はありません。

ただし、指定を受けたい事業において、既に事業を行っている事業所などから技術的支援を受けることが必要となります。

例えば、共生型通所介護の指定を受けたい障害福祉サービス事業所は、既存の通所介護事業所に支援を依頼します。申請の際には、この技術的支援を証明する必要があります。証明方法は覚書であったり、契約書であったりと、指定権者によってさまざまです。

5 共生型サービス運営のポイント

共生型サービスは、2018年4月にスタートしたばかりです。そのため、共生型サービスを運営していくためのポイントを知るには、先行モデルである富山型デイサービスを展開する事業所や都道府県などの事例が参考になります。

上記の他、厚生労働省などへのヒアリングを基に、共生型サービスを運営する際のポイントを紹介します。

1)報酬単位数の違いに留意する

共生型サービスを見据えて障害福祉サービス事業または介護事業に新規参入する場合、一般的には、まずは介護事業所の指定を受けてから、共生型の障害福祉サービスの指定を受けたほうがよいといわれます。

富山型デイサービスの普及に取り組む富山県厚生部へのヒアリングによると、「報酬単位数は、介護報酬のほうが障害福祉サービス等報酬よりも高く設定されている。例えば、同じデイサービスの通所介護(定員18人以下、8時間以上9時間未満)と生活介護(定員20人以下)を比べると、通所介護のほうが2割以上高くなるという試算がある」とのことです。

利用者数等が同じ場合、通所介護事業所のほうが生活介護事業所よりも、報酬単位数は高くなります。また、介護・障害福祉サービスで10人、定員の不足分として共生型サービスで5人受け入れた場合で比べてみても、通所介護事業所のほうが報酬単位数は高くなります。

画像4

ただし、あまり多くないケースですが、利用者比率が半々になった場合は、生活介護事業所(+共生型通所介護)のほうが、報酬単位数は高くなることもあるようです。

2)自治体の講習・研修を利用する

障害福祉サービス事業所が共生型の介護保険サービスの指定を受けるより、介護事業所が共生型の障害福祉サービスの指定を受けるほうが、ノウハウ面でハードルが高いといわれます。知的・精神障害児・者への対応は、高齢者介護にはない専門的な知識が求められるためです。

こうした課題を解消するには、講習や研修を積極的に利用するのも一策です。各自治体では、介護・障害福祉事業への新規参入者向けの講習会や研修会を実施しています。 研修などを通して、実際に、知的・精神障害児・者に触れることで、現在の人員で対応可能か、受け入れる際にどのようなノウハウが必要かなどを検討することができます。

また、高齢者と障害児・者に対して、同じ空間・人員で同時にサービスを提供するノウハウがなく、不安を感じる事業者も多いようです。そのような場合は、ノウハウの蓄積のある富山型デイサービスの事業所による講習・研修などに参加するのもよいでしょう。

例えば、富山型デイサービス事業所で構成されている「富山ケアネットワーク」は、2002年から「富山型民間デイサービス起業家育成講座」を開催しており、県内外から毎回100人近い受講希望者が集まっているようです。

3)利用者確保には地域との協力が大事

安定して黒字経営を続けている、ある富山型デイサービス事業所へのヒアリングによると、「開設当初は、地域から離れたくない、施設に入りたくないという人を紹介してもらうよう地域の人にお願いして、利用者を確保していった」とのことです。

また、「基本的に近所の人の依頼は断らない。定員がいっぱいでそのときは受け入れられなくても空いたら連絡したり、他の施設を紹介するなどのフォローを欠かさないといったことを徹底した結果、『困ったらうちの施設』といった意識が地域に広まり、現在では宣伝・広告をしなくても利用者確保に困ることはない」とのことです。

多種多様な高齢者、障害児・者を幅広く、一体的に受け入れるためには、臨機応変な対応が不可欠です。このような運営体制を維持するためには、地域住民や地域の他施設との関係構築が重要になります。

以上(2018年11月)

pj50220
画像:photo-ac