新しいSDGs「自然共生サイト」の認定を受けてみよう

1 自然共生サイトの認定を受けてみませんか?

地球上の様々な生物と生息環境を守り、自然の恵みを持続的に利用できるようにすることを「生物多様性の保全」といいます。世界中で生物種の減少や生態系の破壊が問題となる中、民間の力を活かした取り組みとして注目されているのが、「自然共生サイトの認定制度」です。

自然共生サイトの認定制度とは、

企業やNPOなど民間の取り組みによって生物多様性が保全されている区域を、国が評価・認定する仕組み

で、2025年7月現在で328カ所が認定されています。

■環境省「身近な自然も対象に『自然共生サイト』」■
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/

例えば、自社で管理する社有林や緑地などがある場合、その場所について自然共生サイトの認定を受けることで

生物多様性の保全に貢献している企業であることを分かりやすくPR

できます。また、企業の中には、自然共生サイトの認定を受けることで自社の水源域の保護に努めたり、従業員や地域住民とのレクリエーションの場に活用したりしている事例もあります(第3章で詳しく解説します)。

環境省でも、支援を必要とする自然共生サイトと支援先を探したい企業とのマッチングに取り組んでおり、今後は自然共生サイトに係る取り組みがより活発になることが予想されます。

そこで、この記事では、自然共生サイトの認定を受けるために必要な手続きや、自然共生サイトの認定を受けた場所での取り組み事例などの動向を紹介します。

2 自然共生サイトの概要と認定基準について

1)どのように始まった制度なのか?

自然共生サイトの認定制度は、2022年12月に開催されたCOP15(国連生物多様性条約第15回締約国会議)の中で採択された「ネイチャーポジティブ」がきっかけで始まりました。

ネイチャーポジティブとは、企業・経済活動によって生物多様性を維持するだけでなく、回復させる取り組みで、「2030年までに陸と海の30%以上を保全する」という世界目標

が掲げられています。

日本ではこのネイチャーポジティブの実現に向けて、2023年度から自然共生サイトの認定制度が創設され、2025年度からは生物多様性増進活動促進法に基づき、企業や地方公共団体等が作成する生物多様性の維持・回復・創出に資する計画を認定する制度が開始されました。現在は、「自然共生サイト=認定された計画の実施区域」という位置付けです。

ネイチャーポジティブについては、次のコンテンツで詳しく解説しています。

2)自然共生サイトとして認定される基準は?

自然共生サイトの対象となる区域は、次のような場所が挙げられます。

企業の森、ナショナルトラスト、バードサンクチュアリ、ビオトープ、自然観察の森、里地里山、森林施業地、水源の森、社寺林、文化的・歴史的な価値を有する地域、企業敷地内の緑地、屋敷林、緑道、都市内の緑地、風致保全の樹林、都市内の公園、ゴルフ場、スキー場、研究機関の森林、環境教育に活用されている森林、防災・減災目的の森林、遊水池、河川敷、水源涵養や炭素固定・吸収目的の森林、建物の屋上、試験・訓練のための草原など

このうち、自然共生サイトとして認定されるには、次の4つの基準を満たす必要があります。

  • 境界・名称に関する基準
  • ガバナンスに関する基準
  • 生物多様性の価値に関する基準
  • 活動による保全効果に関する基準

特に、「3.生物多様性の価値に関する基準」については、9項目の具体的な内容が定められています。9項目のうち、いずれかの価値がその場所にあることが認定基準とされています。

生物多様性の価値に関する基準

3)自然共生サイトの申請手順は?

自然共生サイトの申請先は、環境再生保全機構(ERCA)になります。

申請受付から認定までの大きな流れは次の通りです。

  • 申請受付:申請書類一式を事務局(ERCA)に提出
  • 予備審査:事務局で提出された申請書類を確認。必要に応じて、申請内容に関する確認や不足書類の提出が求められる
  • 有識者審査:有識者による、生物多様性の増進に関する専門的な見地から意見を聴くための審査
  • 省庁審査:主務省庁(環境省、農林水産省、国土交通省)による審査
  • 認定:審査の結果を踏まえ、環境大臣・農林水産大臣・国土交通大臣が認定

また、同機構では、自然共生サイト認定制度への申請を考えている人向けの研修・eラーニングも開催しています。申請手順の詳細などはこちらをご確認ください。

■環境再生保全機構「自然共生サイト」■
https://www.erca.go.jp/nature/index.html

3 自然共生サイトに認定された場所の事例

1)東急不動産:東京ポートシティ竹芝・九段会館テラス・日比谷パークフロント

東急不動産が経営するオフィスビルの3棟(東京都千代田区・港区)が、自然共生サイトとして認定されています。

オフィスビルの外構や屋上などに樹木を配置して緑化を図っている他、地域住民やオフィスワーカー向けの参加型プログラムなどを展開しています。

各施設での主な取り組みは次の通りです。

1.東京ポートシティ竹芝

  • 田植え・稲刈り・餅つきといった農体験の参加型プログラム、採蜜体験
  • 近隣小学校の社会科見学、大学生の生物多様性保全の学びの場を提供

2.九段会館テラス

  • オフィスワーカー・地域住民共同のモニタリング調査、生き物の住処づくりイベント
  • 屋上緑地でのフラワーガーデンツアー

3.日比谷パークフロント

  • オフィスワーカー向けの野菜教室や菜園活動を実施
  • 植物に触れ学ぶグリーンツアーなどのイベント開催

2)コカ・コーラボトラーズジャパン:コカ・コーラボトラーズジャパン水源の森えびの

コカ・コーラボトラーズジャパンでは、工場の水源域となる森林を「コカ・コーラボトラーズジャパン水源の森」と名付けて水資源保全活動を推進しており、このうち、えびの工場(宮城県えびの市)の水源域に位置する約203ヘクタールの里山が、自然共生サイトとして認定されています。

2014年に同社と宮崎県、えびの市の麓共有林、西諸地区森林組合の4者で森林保全協定を締結し、水資源の保護に取り組んでいます。さらに、竹林整備や獣害被害防止対策によって、地域住民が市の特産品であるタケノコを収穫できる環境にあります。地域住民や同社の社員・家族が参加し、タケノコ収穫体験や森の散策など、里山を体験できる取り組みも実施しています。

3)麻機遊水地保全活用推進協議会:麻機遊水地

麻機遊水地(静岡県静岡市)の114ヘクタールの区域が、自然共生サイトとして認定されています。この遊水地は、もともと治水施設として整備が進められてきましたが、造成工事をきっかけに土中に眠っていたさまざまな植物が復活したことで、トンボなどの昆虫や野鳥が飛来し、生き物成育・生息の場として注目されています。

管理はNPOや専門家、地域住民、関係地方公共団体などによって構成される麻機遊水地保全活用推進協議会が手掛けており、生物の保全活動や市民を対象とした観察会、シンポジウムなどを開いています。

4)資生堂掛川工場:資生堂掛川自然共生サイト

資生堂掛川工場(静岡県掛川市)敷地内の約3.5ヘクタールの緑地が、自然共生サイトとして認定されています。

シイ・カシニ次林や竹林、スギ植林などが生えており、隣接する保育所の園児が植物の採取や動物の観察を行うなどの自然体験や教育の場としても活用されています。また、敷地内には企業資料館や美術館も併設されており、環境や文化に配慮する同社の企業理念の発信にも寄与しているといいます。

5)関西エアポート:関西国際空港島人工護岸藻場サイト

関西国際空港(大阪府泉佐野市)の護岸に広がる82ヘクタールの藻場が、自然共生サイトとして認定されています。空港島の造成時に緩傾斜石積護岸(傾斜を緩やかにした石積みの護岸)を採用し、藻場を中心に多種多様な生き物が生息しています。

1989年から30年以上にわたり、海藻の分布状況を確認するモニタリング調査を行っています。2010年以降は魚介類の生息状況の調査や間引きなども行い、環境保全に努めています。

事例で紹介した以外にも、自然共生サイトに認定された場所は328カ所あります(2025年7月現在)認定サイトの詳細な内容は、以下のリンクから確認することができます。

■30by30「認定サイト一覧」■
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/nintei/index.html

4 自然共生サイトの認定を進めるための取り組み

1)自然共生サイトなどへの支援マッチング

環境省では、自然共生サイト(これから認定を目指す場所を含みます)と、それらへの支援(金銭的・人的・技術的支援など)を希望する企業や団体とのマッチングを促進する仕組みを検討しています。

ウェブサイト上でマッチングイベントの案内や、支援を募集している自然共生サイトの情報を掲載しています。そのため、「自社で認定を受ける土地は保有していないが、自然共生サイトへ支援することで生物多様性の保全に貢献したい」という企業はこちらを参考にしてください。

■環境省「自然共生サイトの促進に向けた取組」■
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/support/

2)経済的インセンティブなどの検討

環境省では、自らが土地を持っていない場合でも、自然共生サイトの質の維持や向上のために必要な支援をした際に「支援証明書」を発行するなどのインセンティブに向けた検討を進めています。

検討状況などを次のウェブサイトから確認することができます。また、緑地や自然環境保全に資する地方公共団体の補助金・免税等制度も掲載しています。

■環境省「30by30に係る経済的インセンティブ等に関する検討状況」■
https://www.env.go.jp/nature/30by30_00001.html

以上(2025年8月作成)

pj50560
画像:K.-U. Häßler-Adobe Stock

【朝礼】AI時代だからこそ考えたい野口英世の「泥臭い努力」

【ポイント】

  • 野口英世氏は、同僚から「いつ眠るのか」と言われるほど医学に没頭し、努力を重ねた
  • 自分の「武器」を磨く努力を忘れたら、何もできない人間になってしまうかもしれない
  • 他人から強制される努力は長続きしない。自分の情熱を傾けられるものを原動力にする

おはようございます。本日は、黄熱病の研究などで知られる細菌学者、野口英世(のぐちひでよ)氏についてお話ししたいと思います。細菌学者として偉大な功績を残している野口氏ですが、その功績は、彼の圧倒的な量の「努力」によるものでした。同僚から「いつ眠るのか」と言われるほど研究に打ち込み、「人間発電機(ヒューマンダイナモ)」というあだ名がついたほどです。

野口氏は、幼少期に左手の大やけどという大きな身体的ハンディキャップを背負いながら、左手の手術によりその苦難を克服。医学の素晴らしさを実感し、自らも医学の道を志すようになります。故郷を離れる際に「志を得ざれば再び此(こ)の地を踏まず」と柱に彫りつけるほど、医学には情熱を傾けており、その情熱が常に圧倒的な努力の根底にあったのでしょう。

こうした努力に関する話をすると、なかには「暑苦しい」「古臭い」と苦手意識を持つ人もいるようです。昨今はAIがめざましい進化を遂げ、それらをいかにうまく使って、効率良く仕事をするのかが重視されがちです。睡眠時間を削ってまで研究に打ち込んだ野口氏の話を聞いて、「すごい人なんだろうけど、自分にはちょっと……」と身構えてしまう気持ちも分からなくはありません。

一方で、便利なツールが次々に登場する中で、努力というものが軽視されがちな状況も、私は危険だと考えます。もちろん、効率は大事です。ただ、AIをはじめとする便利なツールの恩恵に甘えて、自分の「武器」を磨くことが疎かになってしまうと、いざというとき何もできない人間になってしまうかもしれない……。その危機感は常に持っておくべきでしょう。野口氏の残した言葉に「誰よりも三倍、四倍、五倍勉強する者、それが天才だ」というものがあります。時代に逆行するように聞こえるかもしれませんが、成功する人物というのは、周囲から天才と呼ばれながらもその陰で尋常ではない努力を重ねているものです。

とはいえ、他人から強制される努力は長続きしません。野口氏が子どもの頃に、自分の左手を治してくれた医学に情熱を傾けたように、皆さんにも自分の心が燃える、何か原動力になるものがあるはずです。自分の心に火を焚(く)べて努力を重ね、少しずつ前に進んでいってください。

以上(2025年8月作成)

pj17226
画像:Mariko Mitsuda

【債権回収】当事者間で一定の結論が出ている場合に有効な「即決和解制度」

1 即決和解を利用する意義

即決和解とは、「裁判上の和解」の一種で、

当事者が民事上の争いについてある程度の合意がある場合に、裁判所へ申立てをして裁判上での和解を行う制度

です。訴訟の提起前に行われるので「訴え提起前の和解」とも呼ばれます。ちなみに、示談など裁判所が関与しないものを「裁判外の和解」といいます。

即決和解の場合、裁判所が作成する和解調書は「債務名義」として、判決などと同様の強い効力があります。債務名義とは、「強制執行」をする根拠となる文書であり、「債権債務の存在を公に認めるもの」です。強制執行とは、「判決等によって債務の履行が決まっているのに相手がそれに応じない場合、国家の強制力によって判決等で定められた内容を実現する」ことです。

これに対して、示談(=裁判外の和解)の場合、それだけで強制執行はできません。相手が、考えを変えて、任意に債務を履行しない場合、訴訟を提起する等して債務名義を取らなければなりません。即決和解の方が一段効力が強い、といえます。

即決和解のメリットとデメリットは次の通りです。

【即決和解のメリット】

  • 判決と同じ効力が認められる
  • 裁判所に支払う費用は低額で済む
  • 金銭請求に限られない

【即決和解のデメリット】

  • 当事者間で合意があることが必要
  • 和解条項(案)の作成や書類の提出、各種目録の作成などの手間がかかる
  • 申立てから和解期日指定まで平均1カ月程度を要する

メリットで紹介した「金銭請求に限られない」について補足をします。当事者の合意を債務名義にする方法の1つに、「強制執行受諾文言付きの公正証書を作成する」がありますが、この方法は金銭債権に関する合意でしか使えません。これに対して、即決和解は金銭債権に限らず、建物の明渡しなどについても使うことができます。

2 即決和解手続の流れ

即決和解の流れは次の通りです。

即決和解手続の流れ

1)当事者間での事前の話し合い

即決和解を申し立てる前提は、「民事上の争いがあり、これを当事者間で話し合って、和解条件に折り合っていること」です。この条件を満たせば、債権者と債務者のどちらからでも申立てができます。

2)即決和解の申立書の提出

即決和解の申立ては、相手の住所か主たる営業所の所在地を管轄する簡易裁判所に対して行います。申立書には、紛争の内容を記載する他、合意に至った内容を和解条項(案)として添付します。その他の書類や、和解調書に添付するための目録(当事者目録や物件目録など)の提出が必要になることもあります。

3)和解期日までの準備

申立てがあると、裁判所において申立内容の審査を行う他、書類の追完を申立人に求めたり、和解条項の修正を依頼したりします。

その後、裁判所は当事者の希望を聞いて和解期日を指定します。その際、相手方が裁判所に出頭できる日は、申立人において確認することが求められます。

4)和解期日

和解期日では、当事者双方が和解条項について合意し、かつ、裁判所が相当と認めれば、和解が成立します。裁判所は「和解調書」を作成して当事者に交付します。

5)和解調書の効力

即決和解の手続により作成された和解調書は、確定判決と同一の効力を有します(債務名義になります)。従って、和解調書に基づいて強制執行が行えます。

6)費用

裁判所に納める費用(申立ての手数料)は、原則1件につき収入印紙2000円です。

その他、送付手数料として、郵便切手が必要になりますが、管轄裁判所や当事者の人数などによって納める金額が異なりますので、事前に裁判所に確認しましょう。

なお、東京簡易裁判所では、郵便切手750円(相手方1名につき(内訳:500円切手1枚,110円切手1枚,50円切手1枚,40円切手1枚,20円切手2枚,10円切手1枚)とされています。

7)速やかに即決和解を得たい場合

即決和解は、簡易裁判所でしか扱わない簡易裁判所の専属管轄となります。一般的には上記2)に記載した通り、相手の住所等を管轄する簡易裁判所に申し立てます。しかし、実務上、簡易裁判所の事件係属が多く、先の期日でなければ裁判期日が入らないこともあります(東京簡易裁判所などは、2~3カ月先になる場合もあります)。速やかに即決和解を得たい場合、相手方と協議して、別の簡易裁判所を探し、そこで即決和解をする管轄の合意を取って申立てをすれば、2~3週間で期日が入り、速やかに即決和解を得ることができます。

以上(2025年7月更新)

pj60257
画像:Mariko Mitsuda

お化け屋敷にホラー映像…… 夏の「ゾッとする」コンテンツ市場

1 夏の風物詩……背筋も凍る“恐怖”が生むビジネスの可能性

毎年、夏になると、お化け屋敷やホラー映像などの「ゾッとする」コンテンツが盛り上がりを見せます。日本では納涼の文化と結びつき、「夏季限定ホラーイベント」などのエンターテインメントとして独特の市場を形成しています。

この記事では、この「ゾッとする」コンテンツ市場について、経済規模や事例、成長の兆しをデータに基づいて紐解き、ビジネスとしての可能性を探ります。

2 怖いけど人気。「ゾッとする」コンテンツの集客力

1)代表的な事例は?

日本国内での代表的なゾッとする体験といえば、富士急ハイランド(山梨県富士吉田市)の「戦慄迷宮」が挙げられます。2003年の開業以来、530万人の入館者を恐怖のどん底に落とし入れているホラーアトラクションです。全長は約900メートルあり、世界最長のウォークスルー型ホラーハウス(参加者自らが歩いて回る形の施設)としてギネスブックに登録された実績もあります。

また、東京・お台場のデックス東京ビーチ(東京都港区)内にある常設型施設「台場怪奇学校」は、これまでに累計100万人以上が来場した実績があります。

■戦慄迷宮■
https://www.fujiq.jp/special/senritsu/
■台場怪奇学校■
https://obakeland.net/

こうしたホラーアトラクションだけでなく、心霊スポットを巡る動画やホラーゲーム、都市伝説を題材にしたYouTubeやTikTokのコンテンツも若年層を中心に人気を集めています。

Z世代の15~19歳の年齢層で、55%以上が「ホラー動画(映画・ドラマ・アニメ)を観る」と回答した調査もあり、夏の恐怖コンテンツは「観られる」「体験される」ジャンルとなっています(闇「ホラーエンタテインメントに関するアンケート」)。

2)市場規模はどのくらい?

日本国内の「ゾッとする」コンテンツは、テーマパーク内の施設やイベント、映像コンテンツ、ホラーゲームなどの広範囲なビジネスが展開されており、市場全体としての統計はありません。

参考として、ホラー文化が成熟しているアメリカでは、成人の18%(約4650万人)がお化け屋敷に行ったことがあるとしています(全米小売業協会の調査)。また、営利目的のお化け屋敷も約2100施設あるとされています(スケア・ファクター お化け屋敷のレビュー会社)。

日本でも富士急ハイランドを筆頭に、商業施設やホテルとのコラボ企画、イベント会社による地方型お化け屋敷の展開などが進み、着実にマーケットは広がりを見せています。

3)「怖い体験」需要は増えている?

「ゾッとする」コンテンツへの需要は増加傾向にあります。その背景には、次のような要素があるといいます。

1.SNSで拡散されやすい

ホラーの「刺激的・非日常・スリル」といった要素や、短い時間で恐怖や驚きを与える要素は、SNSの拡散力や情報伝達が速いという特性と相性が良く、プロモーションがしやすいとされています。2023年5月にコロナ禍が明けて以降、イベント回帰の動きが加速したことも、こうした動きに拍車をかけているといえます。

2.最新テクノロジー、体験の導入

近年では、プロジェクションマッピングやAR(拡張現実)、4D演出を取り入れた“ハイテクお化け屋敷”も登場しており、没入感の強い体験が話題を呼んでいます。また、これまでの「一方的に来場者を怖がらせる」スタイルに限らず、謎解き体験を盛り込むことで「参加者が能動的にスリルを楽しむ」スタイルのお化け屋敷なども登場しています。

3.恐怖体験はますます身近に……

お化け屋敷というと大規模な設備が必要になるイメージがあるかもしれませんが、近年は車を活用した移動型のお化け屋敷やオンライン配信型のお化け屋敷など、自宅にいながら恐怖体験ができるものも登場しています。

4)経済効果:収益モデルと事業化の可能性

「ゾッとする」ビジネスは、入場料以外にも複数の収益源を確保しやすいのが特長です。例えば、お化け屋敷の企画、製作、演出、監修などを手掛けるZAUNTED(東京都杉並区)によると、アメリカのホラー施設では、次のような構造でマネタイズをしているといいます。

  • 入場料収入:約70%
  • グッズ・物販:約20%
  • 飲食売上:約10%

このマネタイズは日本でも応用されています。例えば、富士急ハイランドの戦慄迷宮やユニバーサルスタジオジャパンのハロウィンイベントでは、限定グッズやフードを販売しており、入場料と併せて大きな売上を生んでいます。また、前述した通りホラー系イベントはSNS映えしやすく、「広告換算効果」の面でもコストパフォーマンスが高いと評価されています。

イベント主催者にとっては、恐怖体験そのものが「集客装置」となり、来場者の感情を動かすことで、SNS拡散→集客→再訪といった好循環を生み出す設計が可能になります。

3 「ゾッとする」コンテンツ、注目ポイントは?

「ゾッとする」コンテンツ市場は、単なるエンタメではなく、感情設計と顧客体験のデザインが収益に直結する非常にビジネスライクなジャンルです。注目ポイントは、次の通りです。

1)地方創生×ホラー

町の中にお化け屋敷を作ったり、ホラーイベントを開催したりするなどして、地方に人を呼び込む動きがあります。

例えば、お化け屋敷制作やホラーイベント制作を手掛けるHLC(東京都杉並区)では、東京都杉並区で一軒家を丸ごと使用したお化け屋敷の「畏怖 咽び家(いふむせびや)」を運営しています。同社では、テーマパークや自治体と提携したホラーイベントも多数開催しています。

■オバケン■
http://obakensan.com/

2)映像技術やウェアラブルデバイスとの融合

ARやバイタルデータを活用することで、怖さを演出する事例もあります。

例えば、NTT西日本(大阪府大阪市)では、京阪電気鉄道株式会社が運営する「ひらかたパーク」のホラーイベントにバイタルデータ、振動デバイス、AR・位置情報などを活用した技術協力を行った事例があります。

来場者にリストバンドを装着してもらい、恐怖、怯え、平静、硬直、驚愕などの状態を「ビビり度」として見える化したり、位置情報共有サービスを採用し、スマートフォン画面にアイテムやお化けをARで表示したりするといった演出が盛り込まれました。

■NTT西日本「ひらパーお化け屋敷に振動デバイスと位置情報やARを活用した技術協力」
https://www.ntt-west.co.jp/news/1807/180713a.html

以上(2025年7月作成)

pj50559
画像:yosei-illustAC

2025年施行の改正法対応 介護休業の実務ガイド(2025年8月号)

「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」が昨年改正され、ことし4月から段階的に施行されています。改正法対応は、事業主の義務というだけではなく、職場における介護離職防止のための経営課題ともいえます。
また、介護は育児と違って介護対象者の容態がさまざまで、ケアすべき期間が不明確であるなど先の見通しが立てにくく、仕事と育児の両立支援とは異なる課題があります。個々の従業員の仕事と介護をめぐる状況に適した支援を行ない、離職せずに働き続けられる環境整備を進める必要があります。
本冊子では、仕事と介護の両立支援にフォーカスし、改正内容をはじめ介護休業等に関連する実務について解説します。


4割以上の社員が悩んでいる!? 「気象病」の正体とその対処法

1 「気象病」対策で快適な職場環境を!

「気象病(天気痛)」という言葉をご存じでしょうか? 近年、メディアでも取り上げられることが増え、「もしかして自分も?」と、感じている人もいるかもしれません。

気象病とは、気圧や気温、湿度などの変化によって生じる身体的・精神的な不調のこと

です。最近は、天気予報で「頭痛警戒」などと聞くこともありますが、まさにそれが気象病の症状によるものです。日本医師会などによると、具体的な症状として、

頭痛、めまい、吐き気、関節痛、倦怠(けんたい)感など

が挙げられています。これらの症状は、社員の集中力や生産性の低下につながり、放っておくと会社全体にも影響を及ぼしかねないものです。

2025年6月に、316人の社会人(年齢不問)に対して「気象病」に関する独自アンケートを実施したところ、229人(72.5%)が気象病の存在を認知しており、さらにそのうち、

44.5%が「気象病の自覚がある、または過去に気象病になったことがある」と回答

していました。

気象病の症状の有無

会社として「気象病」対策に取り組むことは、次のように多くのメリットをもたらします。

  • 体調不良による集中力低下を防ぎ、社員が本来のパフォーマンスを発揮できる
  • 社員の健康に配慮することで、社員の会社に対する信頼感や満足度が高まる
  • 体調不良を理由とした離職を防ぎ、優秀な人材の定着につながる
  • 「社員を大切にする会社」として、採用活動などにおける会社のイメージが向上する
  • 体調不良による突発的な欠勤や早退が減り、業務計画が立てやすくなる

そこで、この記事では、アンケートの結果を参照しつつ、気象病による具体的な症状、会社でできる対処法などについて紹介します。

2 気象病の社員はどのような症状に悩まされているのか?

気象病の症状は多岐にわたります。図表1の設問で「気象病の自覚がある、または過去に気象病になったことがある」と回答した102人に具体的な症状を聞いたところ、「頭痛」の症状が出ている人が78.4%と最も多く、次に倦怠感、耳鳴りなどが続く結果となりました。

気象病の症状

また、気象病の症状の程度については次の通りです。

気象病の症状の程度

アンケートの結果を見ると、「通常通りの業務が不可能」と「休憩をはさめば通常通りの業務が可能」の合計が61.8%を占めており、気象病の症状がある人のうち約6割が、業務に大きく影響を与えるほどの症状を抱えていることが分かります。

また、「通常通りの業務が不可能(休みも視野に入る)」「休憩をはさめば通常通りの業務が可能」と答えた63人を対象にした、「気象病の症状が仕事中に強く出たとき、辛かったポイントは?」という設問への回答は以下の通りです。

仕事中に辛かったポイント

3 社員はどのような配慮を求めているのか?

気象病の症状が出たことがあると回答した102人に、「気象病の症状があるとき、会社であったら嬉しい配慮」を聞いたところ、次のような結果になりました。

気象病の際に望む対処

これを踏まえ、次章では仕事への影響が大きい症状と、会社でできる対処法の例を紹介します。ただし、

対処法の内容は、医療機関のウェブサイトなどに基づく一般的なものですので、実際に取り組みを講じる場合、必要に応じて医師や理学療法士などの専門家に相談

するようにしてください。

4 会社でできる「気象病」への対処法を検討してみよう

1)頭痛、めまい、吐き気、耳鳴りなどがある人への配慮

気象病の場合、頭痛、めまい、吐き気、耳鳴りといった症状は、主に、

気圧の変化が内耳に影響を与え、自律神経のバランスが乱れることで引き起こされる

と考えられています。自律神経は、交感神経と副交感神経がバランスを取りながら体の機能を調整していますが、このバランスが崩れると、上のような不調が現れやすくなるのです。

会社でできる対処法としては、次のようなものが挙げられます。

1.業務中の耳栓着用の許可

内耳への気圧の影響を和らげるため、社員が業務中、耳栓を着用することを許可します。気象病に特化した耳栓もあるので、会社で購入して配布するのもよいでしょう。

2.朝食を毎日しっかり取ることの推奨

朝食を取ることは、自律神経のバランスを保つ上で非常に重要です。例えば、農林水産省では、「めざましごはんキャンペーン」という、朝食を毎日しっかり食べることを応援するキャンペーンを実施し、ウェブサイト上で朝食が体に与える影響などを分かりやすく説明しています。こうした情報を、リーフレットやポスターで社員に周知するとよいかもしれません。

3.軽い運動を促す

休憩時間に軽いストレッチやウォーキングを勧めることも効果的です。血流を促し、体温を高めの状態で保つことは、自律神経の安定や痛みの軽減につながるといわれています。

4.温かい飲み物の提供

体を温めることは、自律神経のバランスを整えるのに役立ちます。例えば、オフィスに給湯器を設置し、温かい飲み物を自由に飲めるようにすることなどが考えられます。ただし、コーヒーや緑茶はカフェインを多く含むため、飲みすぎると自律神経が活性化し、かえって症状が悪化することがあるようです。ノンカフェインの飲み物を用意することも検討しましょう。

2)関節痛(関節内の圧力変化からくる症状)がある人への配慮

気圧の変化は、関節内の圧力に影響を与え、関節痛を引き起こすといわれています。

会社でできる対処法としては、次のようなものが挙げられます。

1.テレワークの許可

関節痛は、特定の姿勢を長時間続けると悪化することがあります。痛みが強い日には、通勤の負担を避けるためにテレワークを許可することも、症状の緩和につながります。

2.昇降式デスクなどの導入

長時間同じ姿勢でいることが関節痛の原因になる場合があります。高さを調節できる昇降式デスクを導入すると、立ったり座ったりしながら仕事をすることが可能になり、関節への負担を軽減できます。

3.軽いストレッチの奨励

関節を動かす体操やストレッチを行うことで関節周りが温まり、痛みが和らぐことがあります。休憩時間にできる簡単なストレッチを奨励したり、オフィスでストレッチ動画を流したりするのもよいでしょう。ただし、痛みの程度などによって、適切なストレッチ方法は異なる場合があります。

3)症状が重い人への特別な配慮

中には、気象病の症状が非常に重く、仕事に集中できないだけでなく、日常生活にも支障を来す社員もいます。このような場合、通常の体調不良と同様の柔軟な対応が求められます。

会社でできる対処法としては、次のようなものが挙げられます。

1.体調不良休暇の導入

年次有給休暇とは別に、体調不良時に取得できる特別休暇を導入することも一考に値します。無理に出社して体調を悪化させることを防ぎ、回復に専念できる環境を提供できます。

2.就業時間中の「中抜け」を認める

体調の良い時間に集中して仕事を進め、つらい時間は「中抜け」するなど、自身のペースで柔軟に働ければ、体調が悪いのに無理をして、更に症状が悪化することの防止につながります。中抜けの時間は休憩時間(無給)として扱うことも、時間単位年休(1時間単位で取得できる年次有給休暇)として扱うことも可能ですが、いずれの場合も就業規則等で定めなければいけません。また、時間単位の年休を導入するには、労使協定の締結が別途必要です。

3.産業医やカウンセラーとの連携

症状が継続的であったり、精神的な負担が大きかったりする場合は、産業医や社外のカウンセラーと連携し、サポートを受けられる体制を整えることも重要です。必要に応じて医療機関への受診を促し、適切な治療を受けられるよう支援しましょう。

5 より気象病に理解のある職場をつくるために……

最も大切なのは周囲が気象病への理解を深め、配慮する姿勢を示すことです。単に「だるいんだろう」「気分が優れないんだろう」で片付けず、社員の声に耳を傾け、困っていることを理解しようとする姿勢が、社員の安心感につながります。

1)定期的な情報発信

多くの人が気象病の症状を感じていても、それが気象の変化によるものだと自覚していないケースも少なくありません。「ただの体調不良」で片付けてしまうと、適切な対処が遅れる原因となりますので、会社として気象病に関する正しい情報を発信し、社員の認知度を高めることが重要です。例えば、次のような方法が挙げられます。

1.社内報や社内SNSでの情報発信

気象病の基礎知識、症状、対処法などを定期的に発信しましょう。専門家の監修を受けた情報であれば信頼性も高まります。

2.健康セミナーの開催

外部から専門家を招き、気象病に関するセミナーを開催するのもよいでしょう。質問の時間を設けることで、社員の疑問解消につながります。

2)ツールの利用

気象病は、天気予報や気圧予報を参考にすることで、ある程度の予測が可能です。また、自身の症状を記録することで、傾向をつかみやすくなります。次のようなツールを利用することも考えられます。

1.気圧予報アプリ・ウェブサイト

気象病の代表的な症状である頭痛に特化したアプリやウェブサイトなどもあります。社員が自身の症状と気圧変化の関連性を把握し、事前に体調管理を意識するのに役立つので、社内での活用を推奨したり、紹介をしたりするだけでも、社員のセルフケア意識を高められるでしょう。

2.気圧計

オフィスに簡易的な気圧計を設置するのも一つの方法です。社員が日常的に気圧の変化を意識し、体調管理の目安にするきっかけになります。

3.オンライン診療・健康相談サービス

症状が続く場合や、専門的なアドバイスが必要な場合に、オンラインで医師や専門家に相談できるサービスを導入することも検討しましょう。時間や場所の制約を受けずに相談できるため、社員の心理的負担を軽減し、早期の対処につながります。福利厚生の一環として導入することで、社員は安心して利用できます。

以上(2025年9月作成)

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画像:ミツキ(MiMi)-illustAC

【債権回収】破産しそうな債務者が利用できる「特定調停」の基本を押さえる

1 特定調停を利用する意義

特定調停は債務者に配慮した制度であり、債務者が申し立てるものです。債務者の立場としては、相手が特定調停を申し立てたときの備えをする必要があるため、この記事で特定調停の基本を紹介します。

特定調停とは、

債務の返済ができなくなる恐れのある債務者(以下「特定債務者」)の経済的再生を図るため、特定債務者が負っている金銭債務に係る利害関係の調整を行う手続

です。特定調停はいわゆる債務整理に特化した民事調停といえます。民事調停と同じく、裁判官と一般市民から選ばれた調停委員(特定調停委員)とともに進められます。なお、民事調停と違って申立てができるのは特定債務者だけです。また、

特定債務者の状況に配慮して調停が進むのが通常のため、債務は減額される

ことは珍しくありません。ただし、

特定債務者が破産する前に、減額されたとしても債権の一部は回収できる

という点は好ましいといえます。

債権者の立場から見た場合、特定調停に応じるメリットとデメリットは次の通りです。

【特定調停のメリット】

  • 特定債務者との話し合いができる
  • 調停が成立すれば判決と同じ効力が認められる

【特定調停のデメリット】

  • 特定債務者に配慮した結果になることが多い
  • 対応のための時間・費用がかかる

2 特定調停手続の流れ

特定調停手続の流れ(債務者申し立ての場合)は次の通りです。

特定調停手続の流れ

1)特定債務者による申立書の提出

特定債務者が簡易裁判所に特定調停の申立てをし、これが受理されると裁判所から債権者に申立書等の書類が郵送されます。裁判所から金銭消費貸借契約書等の写しの提出や、債権額に係る計算書の提出を求められた場合はこれに応じます。

2)調停期日の指定

通常、調停期日は2段階で進められます。まず、特定債務者のみから事情を聴取する事情聴取期日が開かれます。その後、裁判所において調整期日が開かれます。これは、債権者も出席して返済方法などを調整する日です。電話での調整が行われることもあります。

3)調停成立

裁判所が間に入って特定債務者が返済可能な弁済計画を立て、債権者の意見も聞いた上で返済方法の調整を行います。合意に至った場合、調停が成立します。裁判所は調停の内容を「調停調書」にまとめます。特定債務者が調停調書の義務を履行しない場合、強制執行が行えます。

なお、特定調停は、通常、申立てからおおよそ2カ月の期間で終了します。

4)調停に代わる決定

債権者が話し合いに応じなかった場合や合意に至らなかった場合、裁判所は「特定調停に代わる決定」を出すことがあります。特定調停に代わる決定とは、

裁判所が当事者の言い分を衡平に考慮した上で、解決条件などを決定して双方に提示するもの

です。当事者がこれを受け取った後、2週間以内に異議の申立てがなければ特定調停が成立したのと同じ効力が生じます。しかし、いずれか一方が異議を申し立てると効力は生じません。異議は、理由を問わず任意に出すことができます。

以上(2025年7月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 栗原功佑)

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画像:Mariko Mitsuda

組織をむしばむ「静かな退職」。 早期に対応する方法とは?

1 中小企業こそ要注意! 組織をむしばむ「静かな退職」

「静かな退職」とは、

すぐに仕事を辞めるつもりはないけれど、仕事への情熱や会社への貢献意欲が薄れてしまい、与えられた最低限の業務だけを淡々とこなすような働き方

のことをいいます。「静かな退職」は、中小企業にとって注意が必要な課題の一つとなってきています。それは少人数の職場では、一人ひとりの役割が大きいからです。

もし、誰かが「静かな退職」状態になってしまうと、これまでの業務の改善提案や、部下や後輩の指導、顧客との良好な関係づくりなどが次第に行われなくなります。その分、意欲的に働いている社員の負担が重くなり、職場全体の活気や効率が下がり、チームワークやコミュニケーションもうまくいかなくなります。場合によっては、やる気のある社員のほうが先に退職してしまうことも考えられます。

一方で、遅刻や欠勤があるわけでもなく、任された仕事はそれなりにこなしているため、会社側はなかなか気付きにくい、気付いたとしても指摘しにくいというのが、「静かな退職」のやっかいなところです。

この記事では、「静かな退職」の兆候を見逃さず、早めに対応していくための方法について、特に、厚生労働省が取り組んでいる「セルフ・キャリアドック」という制度に注目してご紹介していきます。

2 「静かな退職」の兆候は、合理的な塩対応?

「静かな退職」状態の社員には、次のような言動が見られる傾向があります。

  • 定時出社、定時退社を徹底する(残業を拒む)
  • 昇進や責任あるポジションに関心を示さない
  • 業務時間外の社内イベントへの参加を避ける
  • 仕事関連のメッセージに最低限しか返信しない
  • 会議での積極的な発言やアイデア出しをしない
  • 指示された以上の業務は行わない
  • 新しいスキルや知識の習得を避ける

「静かな退職」は、社員が自らの意思で過度な労働や貢献を避けるという選択をした結果であり、「ただ何となくやる気がない」といった受け身の姿勢とは異なります。社員なりにそうする理屈があり、ある種、合理性をもって塩対応をしているわけです。

なぜこうした行動や態度を取るのかというと、実は様々な要因が複雑に絡み合っています。例えば、次のようなものがそうです。

  • かつての日本的雇用慣行であった終身雇用制度が事実上崩壊し、社員は将来的なキャリアパスを描きにくくなっている
  • ワーク・ライフ・バランスへの関心の高まりなどの影響もあって、仕事を生活の手段と捉え、プライベートを重視する社員が増えている
  • 少子高齢化と人手不足の深刻化で、新卒社員の初任給を大幅に引き上げる一方、既存社員の待遇改善まで手が回らない会社があり、「頑張っても報われない」というやるせなさを感じている社員も少なくない
  • 会社によっては、心配事や意見を安心して話せない雰囲気があったり、上司と部下の信頼関係が薄く、コミュニケーションが一方的になっていたりする

3 「セルフ・キャリアドック」で仕事への愛を取り戻せ!! 

1)「セルフ・キャリアドック」とは

「セルフ・キャリアドック」とは、

年齢や昇進などのキャリアの節目に、キャリアコンサルティング面談やキャリア研修などを行い、社員のリスキリングの支援を含めた、主体的なキャリア形成を支援する取り組み

のことをいいます。あまり聞き慣れない用語かもしれませんが、

厚生労働省の「キャリア形成・リスキリング推進事業」で、企業・団体向けに無料で導入支援が受けられる

ことをうたっています(同事業はパソナが受託・運営)。これは、セルフ・キャリアドックを実施したい会社に対して、専門家(国家資格のキャリアコンサルタント)が伴走しながら支援するもので、キャリアコンサルタントが社員と会社の間に入り、社員個人が「なりたい姿」と、会社側が社員に求める「こうなってほしい姿」の、両方を考慮したアプローチを取るのが特徴です。

■キャリア形成・リスキリング推進事業■
https://carigaku.mhlw.go.jp/
■全国各地のキャリア形成・リスキリング支援センター及び相談コーナー■
https://carigaku.mhlw.go.jp/otw/

2)「セルフ・キャリアドック」の実施で期待される効果

「セルフ・キャリアドック」では、キャリアコンサルタントとの対話を通じて、社員が自分の仕事の価値や会社での存在価値を再認識することで、自らのキャリアを深く考え、やる気を取り戻す可能性があります。また、会社からキャリアサポートを受けることは、仕事に対する満足感や充実感を高め、組織への愛着を深めることにつながります。

例えば、ある宿泊業の会社は、社員が10年、20年後の自身のキャリアプランを考える機会として、セルフ・キャリアドックを導入。キャリアコンサルタントを呼び、「ジョブ・カード(注)」を用いて社員の強み・弱みを明らかにした後、責任者との面談でこれまでのキャリアを振り返り、今後の将来設計について話し合っているそうです。

(注)ジョブ・カードとは、職務経歴・学習歴・資格・仕事への意識や希望などを一元的にまとめられる、個人のキャリアポートフォリオのことです。

セルフ・キャリアドックと、特定のスキルを学べる社外研修なども実施したことで、「同じ仕事の反復にならないように、社外からのインプットを活かして成長をしたい」という社員の期待に応えることができるようになり、社員の主体性が育まれ、日々の業務のモチベーション向上につながっているそうです。

厚生労働省の「キャリア形成・リスキリング推進事業」で紹介されている導入事例を分析してみると、セルフ・キャリアドックにより、次のような効果が期待されるとしています。

  • キャリア面談や研修、肯定的な自己理解支援により、社員のキャリア自律を促す効果
  • 1on1やチームミーティングによる相談しやすい風土をつくり、コミュニケーションが活発になる効果
  • 社員が仕事のやりがいを再発見し、主体性・モチベーションを向上させる効果
  • 会社の人材育成方針と融合した制度にしていくことで、組織としての課題を「見える化」し、社員の処遇改善などにつなげる効果
■キャリア形成・リスキリング推進事業 活用事例■
https://carigaku.mhlw.go.jp/koujirei/

4 参考

■働きがいのある会社研究所(Great Place To Work® Institute Japan)「静かな退職に関する調査2025年」■
https://hatarakigai.info/news/2025/0304_3848.html
■マイナビキャリアリサーチLab「正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」■
https://career-research.mynavi.jp/reserch/20250422_95153/
■パーソル総合研究所「定点調査から見える『静かな退職』の動向~背景に潜む3つの就業変化~」■
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/column/202506120001.html
■エン・ジャパン「『静かな退職』実態調査(2025)」■
https://corp.en-japan.com/newsrelease/2025/42001.html
■リクルートワークス研究所「『辞めない理由』の研究からわかったこと」■
https://www.works-i.com/research/project/whytheystay/found/index.html

以上(2025年8月作成)

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精神障害の労災1,000件超え

仕事によるストレスが原因で精神障害を負い、国から「労災」と認められた件数が、令和6年度に1,055件に上りました。年々増える傾向にありますが、初めて1,000件を超え、過去最多となりました。本稿では、厚生労働省が今年5月に公表した「令和6年度 過労死等の労災補償状況」から、精神障害の労災認定に絞って主なデータを紹介します。

1 10年前の2倍以上に

精神障害の労災認定1,055件は、前年度と比べ172件増えました。10年前の平成26年度(497件)と比べると、2倍以上となっています。1,055件のうち自殺や自殺未遂に至ったのは88件でした。

精神障害の労災認定件数

精神障害の労災認定件数

※厚生労働省「令和6年度 過労死等の労災補償状況」より

1,055件を業種別に見ると、多い順に「社会保険・社会福祉・介護事業」152件、「医療業」118件、「道路貨物運送業」69件、「総合工事業」46件、「飲食店」44件となっています。このほか、「その他の事業サービス業」「その他の小売業」「食料品製造業」「宿泊業」などが上位15業種に入りました。

職種別では、1,055件のうち最多が「一般事務従事者」の97件、続いて「保健師、助産師、看護師」70件、「自動車運転従事者」と「介護サービス職業従事者」がそれぞれ62件、「営業職業従事者」51件、「社会福祉専門職業従事者」47件となっています。このほか、「法人・団体管理職員」「接客・給仕職業従事者」「商品販売従事者」などが上位15職種に入っています。

2 原因はパワハラが1位

1,055件を原因別に見ると、最も多かったのは、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」の224件。続いて、「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」が119件でした。「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(カスタマーハラスメント)が108件で3番目に多く、「セクシュアルハラスメントを受けた」が105件で4番目となっています。

長時間労働も主要な原因となっています。「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」が51件、「2週間以上にわたって休日のない連続勤務を行った」も36件ありました。仕事に伴うメンタル疾患を防ぐには、まず、ハラスメントや長時間労働を防ぐことが重要なのです。

ただ、それだけでは不十分です。日頃から、会社全体で従業員のメンタルヘルス対策に取り組む必要があります。ストレスチェックや面接などで、従業員一人一人の精神の状態を把握し、不調がある場合には、医療機関の受診を勧めるほか、業務量を減らしたり、休暇を与えたりといった配慮も欠かせません。

しかし、中小企業では、人的な余裕がないことなどを理由に、取り組みが低調になりがちです。厚労省の「令和5年 労働安全衛生調査(実態調査)」によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる企業の割合は、労働者数50人以上の事業場では91.1%に上りますが、30~49人の事業場では73.1%、10~29人の事業場では55.7%となっています。

3 さいごに

仕事が原因の精神疾患については、労災の請求件数自体も増える傾向にあり、令和6年度には、過去最高の3,780件の請求がありました。企業が、精神疾患について労災を国に請求するような事態は、かなり深刻なケースです。そうなる前に、日頃から従業員の心の状態に配慮し、メンタルヘルスケアに力を入れることが重要です。

すぐに参考になるのは、厚労省の「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト こころの耳」です。このサイトには、「中小企業の事業主の方へ~メンタルヘルスケアに役立つコンテンツ~」と題した特設ページがあります。このほか、「5分でできる職場のストレスセルフチェック」「働く人の疲労蓄積度セルフチェック」など、すぐに利用できるコンテンツもありますので一度確認してみてはいかがでしょうか。

※本内容は2025年7月10日時点での内容です。

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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精神障害の労災1,000件超え

仕事によるストレスが原因で精神障害を負い、国から「労災」と認められた件数が、令和6年度に1,055件に上りました。年々増える傾向にありますが、初めて1,000件を超え、過去最多となりました。本稿では、厚生労働省が今年5月に公表した「令和6年度 過労死等の労災補償状況」から、精神障害の労災認定に絞って主なデータを紹介します。

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