書いてあること
- 主な読者:金融機関との関係を強化し、成長につなげたい経営者
- 課題:金融機関が自社をどう評価しているか知りたい。自社のさらなる成長につなげたい
- 解決策:金融機関の営業担当者と一緒に、ローカルベンチマーク(ロカベン)を元に自社の強みと課題を把握するところからスタートする
1 金融機関による「事業性評価」とは
1)金融機関は“本気で”取引先企業のことを知ろうとしている
現在、金融機関は、金融庁の号令のもと、企業の事業内容や成長性などを分析・評価する「事業性評価」に基づく融資に取り組んでいます。その目的は、「金融機関が、財務データや担保・保証のみに依存する融資体制を見直し、本業支援を通じて企業の成長に貢献していく」ことにあります。
つまり、事業性評価とは、金融機関が企業のことをよく知り、“本当にその企業にとって必要なこと(課題)は何か”を本気で考え、それを解決し成長を支援するということに他なりません。こうした金融機関の姿勢は、経営者にとっても大きな意味があります。
2)経営者にとっての「事業性評価」の意味
事業性評価では、金融機関担当者はまず、事業内容をよく知るために経営者にヒアリングなどを行います。そのとき、金融機関担当者が特に重視するのは、企業の「強み」と「課題」です。これらを知ることが企業の今後の成長を促す第一歩だからです。
経営者にとっても、自社の強みと課題の把握・分析が欠かせないのは言うまでもありません。多くの金融機関では、企業の現状や事業内容などを整理する項目を立てています。経営者もそうした項目を活用して自社の現状を“見える化”すると、強みと課題を整理しやすくなるでしょう。
また、資金ニーズに対応する金融機関担当者と一緒に強みと課題を把握・分析することで、実効性のある具体策が実施できる可能性が高まります。

この他、事業性評価に基づく支援として、企業の人材不足に対応する施策を打ち出している金融機関が増えています。これは、金融機関による人材紹介業務への参入が可能になったためです。今後も人材紹介業務を行う金融機関は増えるものと考えられます。
2 強みと課題を把握・分析するきっかけになる“ロカベン”
1)“ロカベン”で着目されている4つの視点
自社の強みと課題を把握・分析するには、まず現状をつかむことが必要です。その際、定量面(財務面)と定性面(非財務面)の両方からアプローチすることになりますが、特に難しいのは定性面の把握・分析です。
定量面は財務情報から明らかにしやすいといえますが、技術力や人材力、営業ノウハウ、ネットワークなど財務情報には表れない「知的資産」などは、改めて自社の現状をひもといてみなければ明らかにできないからです。
こうした定性面の把握に参考となるのが、経済産業省が提示している「ローカルベンチマーク(ロカベン)」という経営状態を把握するためのツールです。経営者と金融機関担当者の双方がロカベンを使って現状把握すれば、同じ目線に立って課題を話し合うことができるため、ロカベンは“事業性評価の入り口”になるといえるでしょう。
ロカベンでは、企業の定性面をチェックする項目として、「経営者」「事業」「企業を取り巻く環境・関係者」「内部管理体制」という4つの視点を挙げています。

企業には、「創業期→成長期→成熟期→転換期(事業承継期、衰退期)」といったライフサイクルがあり、それぞれのライフステージによって課題は変わってきます。例えば創業期には資金調達が大きな課題になり、成長期には販路や経営規模の拡大、安定した仕入れ先の確保などが主な課題になるでしょう。その他、業種や規模によっても課題は異なります。そこで、図表2で紹介した項目のうち、自社に当てはまるものを中心に現状把握してみるのが現実的かもしれません。
また、強みと課題を把握・分析する際には「ヒト・モノ・カネ」といった経営資源について明らかにすることになりますが、それらは「事業」「企業を取り巻く環境・関係者」にある項目を中心に明らかにすると整理しやすくなります。
自社の強みと課題を考える際に、特に重要なのは、「事業」に挙げられている「顧客から選んでもらっている理由は把握できているか」という点です。次項ではこの点を掘り下げる方法を見てみましょう。
2)バリューチェーンで自社の強みと課題を明らかに
強みと課題の把握・分析というと、多くの場合、企業の外部環境と内部環境から事業機会や課題を見つける「SWOT分析」を連想するかもしれません。しかしここでは、より自社の事業内容を掘り下げるために、事業を分解して分析する「バリューチェーン」を取り上げてみます。ロカベンでも、強みと課題を知るためにバリューチェーンの考え方を取り入れ、「業務フロー」や「商流」などを整理し、優位性を分析する方法を提示しています。

業務フローや商流などを明らかにする際に重要なのは、「他社にない製造工程」「短納期なデリバリー」などのように、分解した業務のどの部分で付加価値を生み出しているかを挙げることです。それが「顧客提供価値=なぜ自社が選ばれているか」という自社の強みだからです。同時に「コスト負担が大きい」「ミスが発生しやすい」など、それぞれの業務の課題も明らかにしていきます。挙げられた課題については、その理由を掘り下げ、本質的な問題点を探し出す用にします。
また、課題の洗い出しには「比較」が必要です。自社の現状と、自社の理想型や業界上位企業のバリューチェーンなどを比較すれば、現状の課題が見えてくるでしょう。
3 強みと課題を把握・分析するために、経営者が忘れてはならない3つのポイント
1)全社的に実践する
自社の強みと課題を把握・分析するためには、経営者1人の視点では限界があります。経営者は、顧客からのリピートやクレームの状況について、リピート率やクレーム件数などの数字やおおよその内容は分かっているでしょう。
しかし、日々現場でやり取りされている顧客と社員の生の声までは把握できていないかもしれません。また、市場環境や顧客、競合についても、経営者は俯瞰(ふかん)的に捉えることはできているかもしれませんが、現場の状況を肌で感じている営業担当者は、経営者とは違った視点で捉えている場合もあるでしょう。そのため、自社の強みと課題の把握・分析は、全社員を巻き込んで現場の声も取り入れて行う必要があります。
企業規模にもよりますが、経営者が各部門長と各部門の社員数名にヒアリングを行ったり、各部門ごとに社員同士で話し合ってバリューチェーンや3C分析などを実践させてもよいでしょう。こうして全社員に自社の強みと課題を分析させれば、社員がどのように現状を認識しているかを知ることもできます。
また、社員に自社の強みと課題などについて考えさせることは、社員自身にとっても大きな意味があります。例えば、ある企業では、自社の強みと課題を明らかにしようと、経営者が経営幹部や社員と協力して知的資産報告書(目に見えない資産を明らかにする報告書)を作成したところ、社員一人一人が経営の視点を持って業務に取り組むようになったといいます。全社員を巻き込む強みと課題の分析は、社員教育にもつながり、それが企業の強みになっていくのかもしれません。
2)外部の視点を取り入れる
自社の強みと課題は、外部の視点を取り入れ客観的に捉えることも大切です。外部の視点は、経営者や社員が気付いていなかった強みや課題を提示してくれる可能性があるからです。そうした意味では、さまざまな業種、規模の企業について知っている金融機関担当者は、外部の頼れる情報源ともいえるでしょう。同業種、同規模、同じライフステージの企業がどのような強みと課題を持っているのか、どのようにして改善したかなどを金融機関担当者に聞いてみるとよいでしょう。
また、各都道府県にあり、無料で相談できる「よろず支援拠点」などの外部機関を活用するのも一策です。例えば、東京都よろず支援拠点では、相談しに来た経営者が思いもよらなかったアドバイスによって売り上げが向上した例があるといいます。ある居酒屋の経営者は自店舗の強みを「地酒と料理」と考えていましたが、東京都よろず支援拠点の専門家が強みとして注目したのは、「高齢者が多い高層マンションの1階にある」という立地でした。そこで、居酒屋の事業を継続しながら、店内のメニューを高層マンションに住む世帯向けにそのまま届ける宅配事業にチャレンジすることにしました。「出来立ての良さをそのままに……」というチラシ訴求のせいか、多くのマンション住民からの宅配注文が入り、結果的に宅配ユーザーが居酒屋利用客へ進化する好循環が生まれました。このように、外部の視点を取り入れれば、社内では見えない“新しい強み”が発見できるかもしれません。
3)財務面も必ずチェックする
本稿では、多くの金融機関担当者が注目している定性面からの強みと課題を明らかにする方法を紹介してきましたが、先にも述べた通り、定量面(財務面)からのアプローチも欠かせません。
特に、課題は、財務情報について他社比較や時系列比較をすることで明らかになる場合があります。分かりやすい例を挙げると、売り上げは右肩上がりにもかかわらず、利益が横ばいもしくは減少しているなどのケースです。この場合、仕入れ原価が年々膨れ上がっているなどの課題があるのかもしれません。
このように財務情報から明らかになった課題について、バリューチェーンなどで定性面から分析し、その要因を見つけるという流れで進めると、「顧客の要望に対して仕入れ先を変えることだけで対応していた。しかし、工夫すれば自社で対応できそうなので、まずそれを考えるべきだ」など、改善すべき本当の課題が発見しやすくなるでしょう。
4 企業の未来をつくろう!
ここまで、金融機関が行っている「事業性評価」を基に、自社の強みと課題を分析する方法について見てきました。繰り返しになりますが、事業性評価は金融機関が企業の将来のために、本気で、伸ばすべき強みと改善すべき課題を見つけ支援するというものです。これは、過去(財務情報による実績)だけではなく、企業の未来を見据えて行う取り組みといえます。
金融機関担当者は、これまで以上に企業のことをよく知ろうと、経営者に何度も会い、ヒアリングし、工場見学にも来るでしょう。経営者も企業の未来をつくるために、こうした事業性評価の取り組みを活用し、自社の強みと課題の分析に本気で取り組んでいくことが求められているのです。
以上(2019年4月)
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企業を困らせる悪質クレーム(カスタマーハラスメント)を退ける!
書いてあること
- 主な読者:利用客からのクレームに悩む経営者
- 課題:威圧的なクレームにどう対処すればいいのか分からない
- 解決策:不用意に謝らない、即答しないなど、対応時のルールを徹底することが大事
1 強要や暴言といった脅威が企業のリスクに
「おいっ! どうなってんだ? 責任者を呼べっ!」。威圧的な態度で理不尽な要求を突き付ける利用客。ひたすら頭を下げる店員。店内には怒号が鳴り響き、周囲にいた他の利用客はその場を離れ始める……。
誰もが遭遇したことがあるかもしれないシーンです。第三者であれば「あぁ~、やだやだ」で終わりますが、もし皆さんの会社が当事者になったら、そして従業員が店員だったら、どのような指示を出しますか?
「クレームはありがたい」とは言うものの、強要や暴言などの悪質クレーム、いわゆる「カスタマーハラスメント」は脅威です。対応を誤ればイメージ低下や顧客離れを招きかねません。企業はカスタマーハラスメント対策を真剣に講じる必要があります。
2 カスタマーハラスメントが生まれる要因
1)増加するも抜本的な解決策を見いだせず
社会問題化しつつあるカスタマーハラスメントは、自社の商品開発や業務改善に役立つクレームとは異なり、「店員への土下座の強要」などのように、常識的に許される範囲を超えているのが特徴です。
カスタマーハラスメントを受けたことのある人は少なくありません。流通業などの労働組合であるUAゼンセンが2017年に実施したアンケート調査によると、「ある」と答えた人の割合は73.9%を占めます。「増えている」と答えた人の割合は49.9%で、「減っている」(3.3%)を大きく上回っています。


中でも「暴言」「何回も同じ内容を繰り返すクレーム」「権威的(説教)態度」の割合が高くなっています。「辞めろ」「死ね」と怒鳴られたり、同じ問い合わせを何回もされたり、「お前は私の会社なら首だ」と叱られたりするなどの例があるようです。

こうしたカスタマーハラスメントへの対応は、「謝り続けた」と答えた人の割合が37.8%で最も高く、抜本的な解決策を見いだせずにいる企業は少なくないようです。

2)利用客が企業や店員より強い立場に
「お客様は神様」といった考えが接客業を中心に根強く残っていることが、カスタマーハラスメントを生む要因の1つと考えられます。「利用客の要望に応えるのがサービス」という考えが根底にあるため、店員は多少理不尽でも要望を聞き入れたり、利用客の発言を否定しなくなったりします。その結果、「多少の無理を聞いて当たり前」「客の要望を満たすのが店員の仕事」と解釈した利用客を増長させてしまうのです。
SNSやブログサイトの影響力が拡大したことも要因です。「食べ物に異物が混入していた」「店員が失礼な態度を取った」などの失態は、SNSなどを介して容易に拡散される時代です。たった一度の失態も、企業の信用を大きく失墜しかねません。そのため企業は、拡散による信用低下を恐れるあまり、利用客の要望に常に応えようとします。こうした取り組みが利用客をかえって増長させ、さらなる悪質クレームを誘発させるのです。

その他、UAゼンセンへのヒアリングによると、格差社会による歪みが一部の人のストレスを増加させ、反抗できない店員に強い態度を取らせてしまうことも要因になり得るそうです。消費者庁に代表される消費者偏重の保護体制も要因といえます。
消費者の立場が企業や店員より強い一方、企業や店員は消費者に言い返せず恐れているという構図が、カスタマーハラスメントを生む素地になっていると考えられます。
3 カスタマーハラスメントがもたらす弊害
1)企業のイメージ低下
言いがかりをつける利用客が店舗に頻出したり、SNSやブログサイトで自社商品やサービスの評価を下げられたりすると、自社や自社ブランドのイメージが損なわれかねません。イメージ低下は売り上げに影響し、企業の業績低迷にも直結します。一度低下したイメージを回復するのは難しいことから、長期的なダメージを被ります。
社会的な責任を負う可能性もあります。もし経営者による謝罪要求を受け入れれば、企業としての信頼が大きく失墜します。顧客離れはもとより、取引先や商談先と築き上げてきた関係も崩れかねません。
2)従業員の心的負担増加
暴言や暴力、威嚇などの行為は、対応する店員などにとって大きなストレスです。悪質な嫌がらせなどが続けば、心の病を患って長期離脱する店員も現れるでしょう。ストレスを強く受ける職場で働きたくないと考える店員が、離職する恐れもあります。
利用客による過度な要求は店員を疲弊させる他、働くモチベーションを低下させます。こうした職場環境を抱える企業は、従業員の離職率増加と定着率減少に悩まされる他、人材獲得が難しくなるといった課題に直面することになります。
3)利用客への影響拡大
自社商品やサービスのファンだった優良な利用客が、一部の言いがかりを発端とした風評被害で離れてしまう可能性があります。中でもSNSやブログサイトに投稿された口コミの影響力は甚大で、たとえ誤った情報でも真実と受け止められかねません。誤った情報を信じる利用客の中には、少なからず不信感を芽生えさせてしまう人もいるでしょう。
悪質なクレーム対応に時間を割かれると、他の利用客の満足度も低下します。店舗を訪れる利用客に商品などを十分に説明できなくなるため、利用客の商品知識やブランドへの理解が定着しにくくなることが懸念されます。
4 カスタマーハラスメントの傾向
1)クレームの悪質性の有無を見極める
利用客のクレームが悪質かどうか判別しにくいことが、店員や企業の対応を難しくしています。利用客が一方的に謝罪を要求したとしても、店員や企業に落ち度があれば一概に悪質とは言えません。10分で済む接客に1時間以上かかっても、利用客の主張に正当性があれば、それは必要な時間といえるでしょう。
「このクレームは悪質である」と断言しにくいことに加え、クレームは状況に応じた個別性が高いため、多くの企業が具体的な対策を講じるのに苦慮しています。
とはいえ、カスタマーハラスメントの対応を場当たり的にしのぐのは好ましくありません。そこで次の言動が見られる場合、カスタマーハラスメントを疑い、注意深く対応することが望まれます。
- 大声で怒鳴る、威嚇する
- 一般的には無理な要求を突き付ける
- 店員の人格を否定する、名誉を毀損する
- 責任者や経営者による対応を執拗に迫る
- 危害を加える、器物を破損する
その他、店員や企業側の落ち度を理由に高額な賠償を請求したり、理不尽な要求を何回も何時間もし続けたりするケースも、状況によっては悪質性が疑われます。悪質性の有無を早期に見極め、不当な強要や暴言が続くようなら、毅然とした態度で拒否することが大切です。
2)カスタマーハラスメントの主な例
カスタマーハラスメントに該当する行為を分類すると、「暴言」「説教」「威嚇・脅迫」「拘束」「セクハラ行為」「暴力」などがあります。次の具体的な悪質クレーム例を参考に、自社でどのような対策を講じるのかを分類ごとに検討してみましょう。


5 カスタマーハラスメントを退ける具体策
1)不用意に謝らない
「申し訳ございません」「すみません」などの発言に注意します。言いがかりをつける利用客の中には、「謝罪=非を認めた」と受け止める人がいるからです。不用意な謝罪は利用客をさらに増長させ、経営者の謝罪や高額な賠償などを要求する事態につながりかねません。
とはいえ、店員や企業に落ち度があれば謝罪は必要です。全ての言いがかりに対して「謝罪しない」という姿勢ではなく、利用客の気持ちをくみ取った配慮を示すことが大切です。謝罪する場合、漠然ではなく何について謝るのかを明確に示すことも必要です。
2)即答しない
利用客からの要求に対し、「分かりました」「そのようにします」などの即答は避けるべきです。事態を早急に収拾しようと、要求を安易に受け入れるのは禁物です。利用客の主張を正しく認識し、店員個人としての判断ではなく、事実確認や原因を踏まえた上で、企業として判断するのが望ましいでしょう。
曖昧な返事にも注意します。「結構です」「検討します」といった発言は肯定と受け取られます。拒否する場合、「即答できません」「約束しかねます」などときっぱり否定します。
3)トップを出さない
「店長を出せ」「社長を呼んでこい」などの要求は原則、のむべきではありません。意思決定者が対応すると即答を迫られるからです。再び言いがかりをつけに現れたとき、「前回は店長が対応した。今回も店員ではなく店長に代われ」などと、責任者の対応が常態化する懸念もあります。
もっとも、判断の難しい要求は店長やエリア統括マネジャーなどに代わるケースがあります。責任者としての見解を求められたり、解決まで長期化しそうだったりする場合、責任者に対応を引き継ぐことも必要です。
4)対応時間を短くする
言いがかりをつける利用客の中には店員を何時間も拘束し、理不尽な要求をし続けるケースがあります。店舗の営業時間終了後も店員を拘束し続けることは珍しくありません。長時間の拘束によって業務が停滞しないよう、できるだけ短い時間で対応を打ち切ります。
「○時○分までお話をうかがいます」などと、対応可能な時間を事前に伝えても構いません。対応時間を過ぎても帰らない場合、警察に通報するなどの措置を検討します。対応時間は長くても30分程度を目安にするとよいでしょう。
6 企業としての対策を講じる
1)全社で情報を共有する
過去に対応したカスタマーハラスメントの事案は、全社で共有することが大切です。利用客の具体的な要求、態度、行為などを記録し、どんなケースが多いのかを把握できるようにします。加えて、過去の事案に応じた対策も周知します。
店員が「クレームは接客対応した自身のミス」と受け止めて、報告をためらうことがないようにします。具体的には、クレームに関する相談窓口を用意するとよいでしょう。どう対処すべきかアドバイスを受けられるようにするとともに、店員の心をケアするために有効です。女性店員が相談しやすいよう女性の窓口担当者を配置するのも一案です。
2)マニュアルを作成する
接客や電話応対に不慣れな若手社員の場合、カスタマーハラスメントに対して誤った対応をする恐れがあります。企業としてどう臨むのかをマニュアルで標準化し、経験の浅い社員でも適切に対応できるようにします。
特に、利用客の要求に応えるか否かを明確に定めることが必要です。企業によっては「お客様の要求には徹底的に応える」といった方針を打ち出すケースが見られるものの、悪質で理不尽と思われる要求は断る方針も示すべきです。
店員の中には「たとえ悪質であっても要求に応えないと会社に迷惑をかける」と思う人がいます。カスタマーハラスメントには毅然とした態度で臨むという企業方針を打ち出すことが、従業員を保護するためには必要です。
3)2人以上で対応する
言いがかりをつける利用客の対応は、担当者1人を孤立させず2人以上を配置できるようにします。できるだけ多人数で対応し、利用客が威圧的な態度や恫喝(どうかつ)しにくい雰囲気をつくります。
状況に応じて利用客の要求をメモします。利用客の要求を正しく把握するとともに、訴訟になったときの証拠とします。会話の録音やカメラによる録画も有効です。「録音/録画する」という行為自体が、暴言や威嚇の抑止力にもなります。
4)外部と連携する
利用客の暴力やセクハラ行為などを想定し、警察との支援体制を確立します。近隣の警察署の担当部署や問い合わせ窓口などを事前に確認し、非常時にはすぐ通報できるようにします。
弁護士への相談体制も検討します。顧客や消費者とのクレーム対応や、カスタマーハラスメントを含むハラスメント全般に精通する法律事務所は少なくありません。こうした専門家のアドバイスを受けられる体制づくりも視野に入れましょう。悪質クレームを続ける利用客に対し、法的措置に踏み切るなどの強い姿勢を示せるようにします。
なお、カスタマーハラスメントに関する弁護士への電話相談が無料になる保険も登場しています。体制や対策を自社で講じられない場合、こうしたサービスの活用を検討してもよいでしょう。
以上(2018年12月)
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反社会的勢力の活動への対策ポイント
書いてあること
- 主な読者:反社会勢力からの被害の防止に備えたい経営者
- 課題:具体的にどのような対策をしておけばよいのか分からない
- 解決策:ケースごとの具体的な対応要領を押さえておく。相談窓口も確認しておく
1 反社会的勢力の活動の状況
暴力団やその関連企業など(以下「反社会的勢力」)は、組織の実態を隠し、企業活動を装ったり、共生者(注)を利用したりするなどして、活動を不透明化させています。反社会的勢力は、企業などに対してさまざまな手段で不当な要求を行い、活動の資金源としており、証券取引や不動産取引などを通じて資金獲得活動を巧妙化させています。
暴力団関係相談受理件数の推移は次の通りです。ただし、これはあくまで警察と暴追センターに寄せられた相談受理件数であり、実際には、警察や暴追センターに相談していないケースもあると考えられます。
(注)暴力団に利益を供与することにより、暴力団の威力、情報力、資金力などを利用し自らの利益拡大を図る者。

2 反社会的勢力の活動への対策のポイント
1)反社会的勢力による被害を防止するための基本原則
政府は、2007年6月に「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ。以下「指針」)を公表し、反社会的勢力による被害を防止するための基本原則として、次の5項目を示しています。
- 組織としての対応
- 外部専門機関との連携
- 取引を含めた一切の関係遮断
- 有事における民事と刑事の法的対応
- 裏取引や資金提供の禁止
2)経営トップのコミットメント
企業が組織として対策を進める上で重要なのは、「反社会的勢力とは一切の関係を持たない」という基本方針と、経営トップによるコミットメントです。多くの企業が、倫理規程として定める企業行動指針や、就業規則など従業員が順守しなければならない義務を定めた規程の中で、反社会的勢力との関係遮断について明文化しています。
反社会的勢力の活動をリスクとして認識し、一切の関係を遮断することは、反社会的勢力の活動資金源を絶つことにつながります。
3)取引先の状況を確認する
新規取引先や既存取引先が反社会的勢力と関係していないか、調べ直すことも大切です。すぐに実行できる方法として新聞記事や雑誌記事を検索し、取引先の企業情報を収集・分析することが挙げられます。
また、専門会社のデータベースを利用するのもよいでしょう。例えば、企業の危機管理を総合的に支援するエス・ピー・ネットワークでは、反社会的勢力に係る独自のデータベースを使った情報分析サービスを提供しています。
この他、所轄の警察署や都道府県警察本部の暴力団対策主管課に照会する方法も考えられます。警察では、取引などの相手方が反社会的勢力でないことを確認するなど、暴力団排除条例に定められた事業者の義務を履行するために必要と認められる場合には、可能な限り情報提供を行っています。
4)契約書や取引約款に「暴力団排除条項」を盛り込む
暴力団排除条項は、取引先が反社会的勢力と認められる場合には一方的に契約を解除できることを定めるもので、反社会的勢力との関係遮断のために有効です。ただし、現行の契約書や取引約款に暴力団排除条項を盛り込む場合、「コンプライアンスを重視する企業の姿勢を示す一環として、暴力団排除条項を盛り込むことになりました」と説明するなど、取引先に失礼のないようにしなければなりません。
5)日ごろからの対策
反社会的勢力の活動への対策を進めることは、企業の社会的責任の観点からも重要です。基本方針に基づいて、反社会的勢力への応対の方法を検討します。また、責任体制を明確にし、経営トップ以外で直接応対に当たる責任者を選任し、日ごろの心構え、具体的な応対要領を従業員に徹底します。
3 具体的な応対要領
1)相手を確認する
初対面の段階で、名刺をもらうか面会カードに記載を求めるなどの方法で相手の氏名、勤務先などを確認します。相手がこれに応じなければ、「お引き取りください」などと面談を断ります。
2)相手より有利な人数や場所で短時間で応対する
反社会的勢力の常とう手段は、大声や脅し文句で不安・恐怖を与え、懐柔するそぶりで困惑させ、要求に応じざるを得ないようにするものです。面談の際には、相手より多い人数で社内で応対することで心理的に優位な状態を保ちます。
反社会的勢力が指定する場所(暴力団の組事務所など)に出向いてはいけません。また、応対時間は、あらかじめ15分などと決め、それ以上に長引くようならば「お引き取りください」と言って面談を打ち切ります。なお、茶菓を出す必要はありません。
3)用件を確認する
初期段階で、相手の用件や要求内容を確認することが重要です。反社会的勢力は、恐喝や威力業務妨害などの罪に問われることを恐れて、「誠意を見せろ」などと要求内容を明示しない場合が多いので、「具体的にどうすればよいのですか」などと聞き返し、要求内容と根拠を相手自身から明確に引き出します。
なお、「お前では話にならない。社長(最高責任者)を出せ」と言われても、応対の責任者が「当社では、私がその担当者ですので、まず私が話を伺い、報告することになっています」と言って最高責任者には取り次がないようにします。
4)言動に注意する
反社会的勢力は巧みに論争に持ち込んで、相手の失言を誘い、言葉尻を捕らえて因縁をつけてきます。不用意な発言をしないように慎重に言葉を選び、発言は必要最小限にとどめます。また、相手の不当な要求に対しては、曖昧な返答をしないで明確に断ります。その場を逃れようとして「検討します」「善処します」などと言うのは禁物です。
5)応対内容を記録する
反社会的勢力との電話や面会の際には、応対内容を録音したり、メモを取ったりして正確に記録に残すことが重要です。また、事前に「正確を期すため、会話の内容を録音させていただきます」と告げることは、相手をけん制する上で効果的です。
6)わび状などの書類作成は拒否する
反社会的勢力は、「一筆書けば許してやる」などとわび状や念書を書かせようとします。わび状や念書は、相手の不当な要求に対して、非を認めた証拠となります。相手に有利な交渉材料を与えるだけなので、わび状や念書の作成には絶対に応じてはいけません。
7)警察に通報する
反社会的勢力が暴行や器物損壊など不法行為に及んだときは、直ちに警察に通報します。受傷事故などを防止するために、気付かれないように通報するとよいでしょう。通報することを相手にとがめられたら、「警察にそうするように指導を受けている」と答えます。
4 ケースを想定した対応策
1)見知らぬ団体などから機関紙・図書などが送り付けられ、料金を請求される
売買契約を結んでいない機関紙・図書が送り付けられてきた場合、相手に返送するのが基本です。
開封前であれば、メモ用紙に「受取拒否」と記載し、受取人の名前を記載して押印した上、郵便物などの宛名面に貼り付け、郵便局などを通じて返送します。
開封後であっても、購読拒否の意思を相手に明確に伝える文書を同封し、簡易書留や宅配便で送付します。なお、後日、言い掛かりをつけられる可能性もあるため、書留郵便物受領書や宅配便の送付依頼書、同封した文書の控えを保管しておくとよいでしょう。
2)見知らぬ団体などから電話があり、機関紙・図書などの購入を要求される
電話による機関紙・図書の購入要求に対しては「必要ありません」と明確に拒否することが基本です。
相手が「同業他社の多くが協賛している」「今回限りで構わない」などと強引に購入を要求してきても、その場しのぎに要求に応じてはいけません。また、「結構です」などといった、どちらとも取れる返答をするのは禁物です。なお、機関紙・図書などを購入するかしないかは、各企業の自由意思であり、購入を拒否する理由を告げる必要はありません。
今まで機関紙・図書の購読をしている場合でも、購入に至った経緯や現状での必要性を改めて確認し、必要のないものであれば購入を断るべきです。
5 主な相談先
各都道府県に設置されている暴力追放運動推進センターでは、反社会的勢力の活動に対する企業の対応について、弁護士や警察出身者など専門知識や経験を有する暴力追放相談委員による相談を受け付けています。
また、暴力追放運動推進センターや警察署では、暴力団対策法に基づき、事業所ごとに選任された不当要求防止責任者に対して、暴力団の情勢や暴力団からの不当な要求の対処方法などに関する講習を実施しています。
反社会的勢力の活動に関しては、所轄の警察や暴力追放運動推進センターの担当者との連携を密にし、ささいなことでも早期に相談するとよいでしょう。各都道府県の暴力追放運動推進センターは次のウェブサイトで確認することができます。
■全国暴力追放運動推進センター「都道府県暴追センター連絡先一覧表」■
http://fc00081020171709.web3.blks.jp/center/index.html
日本弁護士連合会や各地の弁護士会でも、反社会的勢力の活動に関する相談を受け付けています。
■日本弁護士連合会■
https://www.nichibenren.or.jp/
以上(2018年10月)
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弁護士が教える企業法務のツボ 厳格化する取締役の責任と会社の対策
書いてあること
- 主な読者:取締役、取締役就任予定の従業員
- 課題:取締役の法的な責任について知っておきたい
- 解決策:民事上、刑事上の責任を負っている。民事上では、特に不祥事が起こった場合、この責任の負担は、取締役本人のみにとどまらず、家族にまで及ぶ可能性がある。責任が大きいのは権限の大きさと比例している。取締役には企業をよい方向に導くためにその責任と権限を意識することが求められる
1 取締役の責任の厳格化の流れ
従来から日本の会社においては、長年会社に勤めてきた従業員が内部昇格して取締役になる傾向があります。このような生え抜きの取締役の場合、社内の事情に精通しているという利点がある半面、長年勤めていた会社であるが故に取締役就任に伴って、それまでとは異なる大きな責任を負うことを認識しづらいという問題があります。
近年、こうした問題点が広く認識されるようになり、投資家・消費者などを公正に保護しようとする傾向が生じていることから、取締役の責任が加重されつつあります。
その1つの例が2015年5月に施行された改正会社法です。この改正では、社外取締役などによる株式会社の経営に対する監査などの強化や、会社運営の適正化が大きな目的とされており、取締役の会社運営上の責任は一層重くなりました。
本稿では、押さえておくべき「取締役の法的責任」について、実例を用いて説明します。
2 民事上の責任1:取締役・執行役が負う責任の類型と賠償額
取締役は、経営に当たり会社に損害を与えないように注意すべきという善管注意義務を負っています(会社法第330条、民法第644条)。その義務の内容はさまざまですが、取締役の責任がよく問題となるケースとして「法令違反」「著しく不合理な経営判断」「監視監督義務違反」があります。
1)法令違反
取締役は、職務を行うに際して、法令を遵守する義務を負っています(法令順守義務、会社法第355条)。法令違反の事例としてはミスタードーナツをフランチャイズ経営していたダスキンで起こった事件(以下「ダスキン事件」)(大阪高裁平成18年6月9日判決判時1979号115頁)が有名です。ダスキン事件は、食品衛生法上使用が認められていない食品添加物を肉まんに使用して、販売したことが新聞・テレビ等で報道されて、ミスタードーナツの売上が低下する等の損害が生じたため、ダスキンは加盟店に売上減に対する補償等をするなど多額の出費をしたことについて、取締役および監査役の善管注意義務違反に起因するとして、株主代表訴訟が提起された事件です。
判決では、取締役が未認可添加物の使用および販売という事実を認識しながらも、その事実を公表せず継続して販売したことなどにより、会社の損害および信用失墜を大きくさせたことについて、隠蔽に関与した取締役だけでなく、隠蔽に関与していない11人の取締役についても責任を認め、具体的な損害賠償額は5億円以上にも上りました(ただし、取締役ごとで責任の範囲は異なっています)。
2)著しく不合理な経営判断
「法令違反」行為をした場合に責任を負わなければならないというのは、当然のことです。しかし、法令に反する行為ではなく、経営上の判断においても、取締役の責任が発生することがあります。
一般的に、会社の経営には一定程度のリスクを冒すことが不可避です。そのため、取締役の経営手腕を遺憾なく発揮できるように、経営上の判断についてはなるべく責任を負わせないようにすべきと考えられています。この考え方を経営判断原則といいます。しかし、近年、この経営判断原則を適用しつつも、取締役が経営判断に関して責任を負わされる裁判例が増えつつあります。
有名な事件としては、北海道拓殖銀行事件(最高裁平成20年1月28日判決判時1997号143頁他)が挙げられます。この事件では、取締役らが健全とは到底認められない貸付先に対して、確実な担保余力があるかどうかを慎重に検討せずに追加融資を決定したことについて、取締役の責任が問われました。最高裁は、銀行の取締役は、債権回収・保全を優先に考えるべきであるから、短期間のうちに対処方針および追加融資に応じるかどうかを決定しなければならないという時間的制約を考慮しても、その責任を免れることはできないとしました。そして、同事件では、一連の不祥事について5件の訴訟が起こされ、約101億円もの賠償金の支払いが13人の取締役に対して命じられました。
3)監視監督義務違反
取締役に就任した場合、自己の担当業務ではなくとも、他の取締役の行為について責任を取らなくてはいけないケースがあります。「代表取締役でもないのに、なぜ自分が関与していない他の取締役の行為にまで責任を負わなくてはいけないのか」と思うかもしれません。しかし、会社法第362条第2項第2号では取締役会の義務として取締役の職務執行を監督すべきことを定めています。判例でも、個々の取締役は、取締役会の構成員として、取締役会に上程された事柄についてだけ監視すればよいわけでなく、代表取締役の業務執行一般について監視する職務を有するとされています(最高裁昭和48年5月22日判決民集27巻5号655頁)。
これは、取締役が不正な行為をしないよう監督し、会社に損害を与えないようにするという取締役の善管注意義務から導かれます。複数の取締役が相互に監視監督し合うことで、会社業務の適正が確保されるのです。そのため、各取締役は取締役会のメンバーとして他の取締役の監視監督義務を負います。また、会社法第430条により、各取締役は連帯して賠償責任を負わなくてはならないため、監視監督義務違反だから責任は軽いだろうという油断は禁物です。
監視監督義務違反の有名な事件として、大和銀行事件(大阪地裁平成12年9月20日判決判時1721号3頁)があります。この概要は、大和銀行ニューヨーク支店の行員が、10年以上もの間、簿外で米国財務省証券の取引を行って約11億ドルの損失を出し、その隠蔽のため、大和銀行所有の米国財務省証券を無断で売却したというものです。同事件では、一部の取締役について監視監督義務違反が認められました。判決で認められた監視監督義務違反は次のようなものです。
まず、取締役会の招集権限を持っていた取締役会長については、代表取締役頭取の報告により簿外の無断取引行為と無断売却行為の事実を知ったのであるから、米国当局に対する届け出を行うように代表取締役に働きかけるべき義務があったとしています。
また、頭取については、一連の違法行為について認識しながら米国当局に対する届け出を行わなかったことを前提に、指揮系統の上位者であることを理由として、少なくとも未然に防止すべき義務があったとされています。
このように取締役には、行員による簿外での無断取引行為および無断売却行為を未然に防止すべき監視監督義務違反があったと認定されました。被告取締役のうち、11人に対して、総額7億7500万ドル(当時の日本円に換算して、約830億円)の損害賠償を命ずる判決が言い渡されています。
なお、この判決で注目すべきは仮執行宣言という裁判が出されたことです。通常、裁判は判決が言い渡されてから一定期間経過するまでの間、賠償金の支払義務は確定しません。ところが、仮執行宣言という裁判が出されてしまうと、直ちに支払義務(仮の支払義務)が生じることとなります。大和銀行事件では、約830億円もの賠償金の仮執行により、取締役は自宅を差し押さえられるか、それを免れる代償として約8億円もの供託金を集めるかという二者択一を迫られました。このことからも、取締役の責任がいかに重いものであるかが分かるでしょう。
また、近年では、子会社が不祥事を起こした場合に、親会社取締役の責任が追及されるケースがあります。ここでよく問題になるのは、親会社の子会社に対する監視監督義務違反です。例えば、子会社が「ぐるぐる回し取引」と呼ばれる粉飾決算の原因となる一種の架空の循環取引によって経営が破綻しかけたことをめぐる福岡魚市場株主代表訴訟事件(福岡高裁平成24年4月13日判決)が挙げられます。
この事件では、子会社がぐるぐる回し取引によって不良在庫を抱え、経営破綻しかけていたにもかかわらず、子会社に対して多額の貸付けなどを行った親会社の監視監督責任が問題となりました。福岡高裁は、親会社の取締役が子会社に不明瞭な多額の在庫があるとの報告を受け、その後も在庫や借入金が急速に増加し、状況が一向に改善しないことなどを認識していながら、何らの有効な措置を講じないまま経営破綻の事態が差し迫った状況になった後に、支援と称して貸付けなどを行ったことを指摘し、親会社取締役としての善管注意義務に違反すると判示しています。
この事件の第一審判決の中では、「公認会計士からの指摘を受けた時点で、親会社の取締役として、親会社および子会社の在庫の増加の原因を解明すべく、従前のような一般的な指示をするだけでなく、自ら、あるいは、親会社の取締役会を通じ、さらには、子会社の取締役等に働きかけるなどして、個別の契約書面等の確認、在庫の検品や担当者からの聴き取り等のより具体的かつ詳細な調査をし、またはこれを命ずべき義務があった」との指摘がなされています。現在では、子会社の株式は親会社にとっては財産であり、そのような財産の価値を維持するため、親会社の取締役は一定の範囲で子会社について監視をしなければならないと考えられています。その点から、上記裁判例は、親会社取締役の子会社に対する監督の在り方の参考になる一例といえるでしょう。
3 民事上の責任2:負担は家族にまで及ぶ
これまで見てきたように、取締役の責任は重く、特に不祥事が起こった場合の責任は甚大です。この責任の負担は、取締役本人のみにとどまらず、家族にまで及ぶ可能性があります。それは、高額な賠償額の支払いのため自宅が差し押さえられるということはもとより、取締役が亡くなった場合、その配偶者や子が高額の賠償義務を相続し、多額の負債を負う場合があり得るのです。
限定承認(注)や相続放棄という制度を用いてこの多額の債務を回避することはできますが、限定承認や相続放棄には熟慮期間という期間制限(自分のために相続があったことを知ってから3カ月以内)があり、原則としてその期間内に申立てなければならず注意が必要です(民法第915条第1項、第921条第2号)。
(注)「限定承認」とは、相続によって得た財産の限度においてのみ、被相続人の債務などを相続することです(民法第922条)。
4 刑事上の責任
取締役への就任に伴って生じる責任は、民事上の責任にとどまらず、刑事上の責任も生じます。実際にあった事件を参考に説明します。
1)北海道拓殖銀行事件
前述したように、北海道拓殖銀行の頭取が在職中に、実質破綻状態にあったグループ会社3社に対して十分な担保を取らず、融資した事件です。頭取と後任および融資を受けたグループ会社の実質的経営者が特別背任罪に問われ、全員実刑判決が言い渡されました(刑事事件につき札幌高裁平成18年8月31日判決刑集63巻9号1486頁)。
特別背任罪とは、会社法第960条に規定された犯罪で、刑法第247条の背任罪の特別規定で刑法上の背任罪より重く罰するものです。単なる背任罪よりも刑罰が加重されていることからしても、会社役員である取締役の責任の重さが分かるでしょう。取締役が自己や第三者の利益を図りまたは会社に損害を加える目的で、任務に違反し、会社に財産上の損害を与えた場合に成立します。法定刑は、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金またはその併科とされています。
また、実刑判決とは、一般に執行猶予が付されない懲役・禁錮刑のことを意味します。実刑判決が下されると、直ちに刑務所に入れられることになるので、執行猶予判決と異なり生活環境が大きく変わるという点で、重い処分といえるでしょう。
2)ライブドア事件
ライブドア社の粉飾決算などにより、元取締役らが旧証券取引法(現金融商品取引法)違反の罪に問われた事件(東京高裁平成20年7月25日判決判時2030号127頁、東京高裁平成20年9月12日判決)です。財務等に関する業務を統括していた元取締役に対して、懲役1年2カ月の実刑判決が言い渡されました。
3)ミートホープ事件
食肉製造加工会社のミートホープ社が、実際には豚肉や鶏肉などを混入した牛ひき肉を、牛肉のみを原料とするかのような表示をして製造・販売したとして、詐欺罪、不正競争防止法違反(虚偽表示)の罪に問われた食肉偽装事件(札幌地裁平成20年3月19日判決)で、同社元社長に、懲役4年の実刑判決が言い渡されました。
5 会社における対策
1)不祥事を防ぐ施策
まずは、会社の不祥事を未然に防ぐ策を施すこと、つまり不祥事を予防するためにリスク管理体制を徹底することが大切になります。会社法も、大会社(会社法第2条第6号)と指名委員会等設置会社(会社法第2条第12号)において、「内部統制システム」と呼ばれるリスク管理体制の構築・運用を、取締役会の義務として定めています(大会社については会社法第362条第5項および第4項第6号、指名委員会等設置会社については第416条第1項第1号ホおよび第2項)。
前述したように、取締役はその職責として、会社業務の適正を確保しなくてはなりません。しかし、事業が複雑化した大会社や指名委員会等設置会社では、体制としてリスク管理のシステムを構築しなければ、会社業務の適正を確保することは困難です。そこで、会社法では大会社や指名委員会等設置会社について、会社業務の適正確保という取締役の義務が全うされるよう、内部統制システムの構築を求められているわけです。
もっとも、法律上は、不正な行為を防止するために具体的にどのような内部統制システムを採用すべきかについてまでは規定されておらず(会社法施行規則第100条第1項各号参照)、各社の判断に委ねられています。これは、内部統制システムが、その会社の業務において想定されるリスク、想定リスクの現実化による事件・事故といった経験の蓄積、各社内でのリスク管理に関する研究の進展などといった、会社ごとの事情により充実していくシステムであるとされているからです。
従って、内部統制システム構築義務を負わない会社の取締役であれば、極端な話、内部統制システムを構築する必要がないと判断することも、それがその会社の実態に即した判断である限り許されるわけです。確かに、内部統制システムは、構築して運用するにはコストが掛かり、自由な組織風土を損ねる恐れもあります。内部統制システムを構築するかどうかも含め、自身の会社が置かれている状況やさまざまなバランスを考慮し、より良いリスク管理体制を模索していくことは、経営のプロフェッショナルである取締役の判断に委ねられているのです。
ここで内部統制システムの例としては、内部通報制度に関する規定や、担当窓口を設けるという方法があります。会社で不正な行為があった場合、やはり最初に気付くのは内部の人間であることが多くなります。内部通報制度が機能していれば、会社における不正行為によって、会社に甚大な損害が生じる前に食い止められる可能性が高まります。
また、不正防止委員会や担当者を置くという方法、コンプライアンス規定を定めて定期的に取締役や従業員に研修を行うという方法も考えられます。取締役は、予算や会社の組織風土などを考慮した上で、会社の実態に沿った内部統制システムを構築することになります。
昨今、個人情報や企業秘密の流出による不祥事が問題に上がることが多いですが、そのようなケースでは、現場の従業員を情報セキュリティー管理責任者に任命する、管理体制について第三者からのアドバイスを受けられるように諮問委員会を設置する、全ての派遣会社および従業員に対して集合教育・eラーニングテストなどによる個人情報保護教育を実施するなどといった措置が、内部統制システムの例として考えられます。
ただし、取締役は「他社もやっているから自社も」というのではなく、あくまで「自社にはこのやり方が合う」という見方で判断する必要があります。
2)顕在化した責任を軽減する施策
次に、実際に顕在化したリスクを軽減する策を施すことが考えられます。株式会社の取締役は会社との委任契約に基づいて会社に対する責任を負うため、不祥事が起きると会社から損害賠償を請求されてしまいます(会社法第423条)。
これに対しては、法律上の対策と事実上の対策が考えられます。まず法律上の対策として挙げられるのが、会社法第424条から第427条までに定められている責任免除ないし限定措置です。会社法第424条は、責任の全部免除について定めていますが、それには総株主の同意を得る必要があるとされており、現実的にはほとんど不可能と言わざるを得ません。
一方、会社法第425条および第426条は、責任の一部免除について定めており、株主総会特別決議または定款の定めに基づく取締役会決議を要する点で、決して容易な手段ではありませんが、全部免除よりは現実的な方法で、実際に利用されることもあります。なお、会社法第427条は、非業務執行取締役等の責任を限定する契約について規定しており、非業務執行取締役等はこの責任限定契約を事前に結ぶことで、多額の損害賠償債務を圧縮することができます。
また、実際に訴訟を提起されてしまった場合の対策としては、あらかじめ会社役員賠償責任保険(D&O保険)に加入しておくことや、請求額よりも低額による和解をすることなどが考えられます。会社役員賠償責任保険への加入は、米国のような訴訟社会では一般的のようですが、日本ではまだそれほど普及はしていません。しかし、最近の取締役の責任厳格化の傾向からすると、日本でも会社役員賠償責任保険への加入を真剣に考えるべき段階に至っているといえるでしょう。
6 まとめ
取締役の責任の重さは、権限の大きさの裏返しでもあります。前述した経営判断原則が一般的に承認されているのは、取締役にはその権限をフル活用し、時にはリスクを冒して、より良い経営を行うことが求められているからに他なりません。近年の取締役の責任厳格化の流れの中では、不祥事を起こさない十分なリスク管理体制の構築と、不祥事が起こってしまったとしても責任をなるべく軽減できるよう、対策をしっかり取って、取締役が萎縮することなく経営を行う環境を整えることが求められているといえるでしょう。
以上(2019年4月)
(監修 弁護士法人 法律事務所オーセンス 弁護士 佐藤駿介)
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効果的な「ほめ方」とは?/部下のやる気を引き出す「ほめ方」(3)
書いてあること
- 主な読者:「ほめる」のが苦手、「ほめ下手」なリーダー(経営者・部下を持つ上司)
- 課題:叱られた経験がほとんどない若手社員と良好な関係を築きたい
- 解決策:本連載を通じて「ほめる」ことができるリーダーになる。今回は、ほめることの本質は、「相手ではなく自分が変わることである」ことを知り、その上で効果的な「ほめ方」のポイントを解説
1 「ほめる」。その前に知っていただきたいこと
今回は、いよいよ「ほめる」ポイントについてお伝えしていきます。
「ほめる」とは、価値を発見して伝えること。ほめる達人とは、価値発見の達人でもあるのです。ですから、ほめる達人=「ほめ達」からすると、ほめるべき点がない人はいません。ほめられない=自分がほめるところを見つけられないだけ、ということになります。
その上で、皆さんに「ほめる」ことを実践する際に心しておいていただきたいことがあります。これからお伝えすることが、腹落ちしていないと、ほめ言葉が生臭く伝わります。逆に、このことをしっかり理解しておけば、どのようなほめ方をしても大丈夫です。
それは、
- 「ほめる」ことを、相手をコントロールすることには使わない
ということです。
皆さんご存知のように、人を変えることはできません。人は自ら気づき、変わることはあっても、人を変えることはできないのです。人には、影響を与えることしかできません。
では、「ほめる」ことによって、どんな良い結果が生まれるのか。それは、「ほめる」ことができると自分自身の心が整いだすのです。自分の心が整って、自分の心に余裕ができる。自分の心に余裕ができることによって、相手との関係性が変わりだすのです。「ほめる」は人の為ならず、回り回って我が身の幸せ。
「ほめる」ことは、自己完結なのです。「ほめる」ことで自分の心が整うことこそが、最大のメリットといえます。
2 効果的なほめ方
『「ほめる」ことを相手のコントロールには使わない』という点は理解していただけたと思います。とはいえ、それでも相手の心に届くほめ方のほうがいいですよね。
では、心に届く「ほめる」基本ポイントとは何なのか。これは「ほめる」と「おだてる」の違いでもあります。次に紹介する4つのポイントを押さえてください。
1.事実が入っている
- 例:「気持ちのいい挨拶だね!」
相手からすると、確かに自分は挨拶をしているので納得感があります。事実が入っているのが「ほめる」、事実が入っていないのがおべんちゃらです。
2.その事実の貢献を伝える
- 例:「気持ちのいい挨拶だね!」「なんだか朝から元気をもらえたよ!」
相手からすると、自分の挨拶が相手に貢献できたのだと実感できます。
3.第三者の声を使う
- 例:「部長も言ってたよ、〇〇さんの挨拶、いいよねって」
これはオプションです。相手からすると、「『部長も』ということは、本当に認められているのだな」と思います。
4.主観でほめ切る
- 例:相手
「いやいや、そんなことないですよ。普通の挨拶ですよ」 - あなた
「いや、少なくとも私は、〇〇さんの挨拶から元気もらっています。気持ちのいい挨拶だと思いますよ」
これは、もし相手が、ほめ言葉を受け止めようとしない時の最後のとどめです。ですから、主観でほめ切れないことは、言ってはいけない。心にもないことは、言ってはいけないということです。
3 さらに「ほめる」際の注意点
「ほめる」際の注意点として知っておいていただきたいことがあります。これは「ほめられない!」という理由をなくすポイントでもあります。
1.他者と比べない
「ほめる」ことの反対は、誰かと比べること。
優秀な人と比べたり、自分の過去と比べてしまうと、なかなか部下や後輩のことがほめられなくなります。比べるべきは、他人との比較ではなく、過去のその人です。半年前、1年前のその人の能力と比べてほんの少しでも、変化や成長があれば、そこに意識を向けて言葉にして伝えてあげる。誰かと比べ、水平にほめるのではなく、彼・彼女の過去の状態との変化を見つけて、時間軸の垂直で比べほめてあげる。これが大切です。
2.ほめ惜しみをしない
これまで数多くの失敗を重ねてきた。失敗10連発。今回、なぜか結果を出した、その時に「ほめる」、これが大切です。失敗10回に対して、成功が1回、マイナス10に対してプラスが1。差し引き、まだマイナス9だと思ってほめ惜しみをすると、次に「ほめる」チャンスは中々やってこないかもしれません。ほんの小さな結果でも、結果を出した時にほめ惜しみせずに「ほめる!」。これも重要です。
3.たまたまこそ、ほめる!
3つ目は、「ほめ惜しみをしない」と重なる部分もあるのですが、これを知って実践されると、皆さん、その効果に驚かれます。
いつも提出期限ギリギリに書類を提出する部下が、今回は早めに提出した。その時に何と言うかです。
ついつい、「おっ! 珍しいな、明日は雪でも降るんじゃないか」なんて言ってしまいませんか。
たまたま、きちんとしたことができた。たまたま、上手くいった。たまたまかもしれないけれども、結果が出た時に、「珍しいな」と言わずに、「さすが!」あるいは「意識できるようになってきたね!」とほめてあげる。これが大切なのです。たまたまをほめていると、不思議なぐらい、そのたまたまの頻度が上がっていきます。ぜひ、実践してみてください。
4 ほめ達の口癖「ほめ達3S」とは
ほめる達人が使っている口癖があります。これを使うと誰もがほめる達人になってしまうと言う口癖、それは、「ほめ達3S」です。
Sで始まる3つの言葉なのですが、おそらく皆さん、自然と使っている言葉だと思います。
それは、
- すごい!
- さすが!
- 素晴らしい!
これを口にするだけで、ほめる達人になってしまいます。皆さん、すごいです! お忙しい中、時間を作ってこの記事を読まれて、さらにここまで読み進められている、さすが! この記事をご購読されている読者の皆さん、その学びの姿勢が、本当に! 素晴らしいです!
と、私は心の底からそう思って、お伝えしているのですが、例えばこのように使うのです。
さらに相手へのインパクトを大きくするには、ささやくように、独り言のように言うと効果絶大になります。
また「ほめ達3S」ではないのですが、相手にアドバイスをしたい時に、相手が皆さんのアドバイスの続きを聞きたくて仕方がなくなるという言葉があります。子育てでも使える魔法の言葉です。
それは、「惜しい……」です。「惜しい……」と言われた方は、自分はもう8割は完成している。自分は認められている。完成に向けて、あともう少しであり、残り2割に向けてすぐに実践できる効果的なアドバイスが続くという安心感があるのです。本当は、「惜しい!」ではなくて、「残念!」な状態であっても、「惜しい!」で一つずつ直してもらう。人が一度に直せるのは一つずつなのですから。
5 人が大好きな言葉とは
人が大好きな言葉があります。その一つは、自分のものなのに、自分以外の人が最も使うもの。それは何でしょうか? 答えは自分の名前です。「君(きみ)」と呼ばれるより、「〇〇さん」と呼ばれたいものなのです。
ですから、会話の中に相手の名前を織り込みながら話してみてはいかがでしょうか。ちなみに皆さんは、部下の名前、全員、漢字フルネームで書くことができますか。名前の由来などはご存知でしょうか。相手の名前に関心を寄せるということは、相手の存在そのものに関心を寄せるということなのです。少し意識してみてはいかがでしょうか。
さらに、人が大好きな言葉で、普段私たちが無意識に使っている言葉があります。今後、皆さんにはぜひ、意識して使っていただきたい言葉です。これまでの連載でも触れてきましたが、それは、「ありがとう」です。
人は、ただ、ほめられたいのではないのです。自分が誰かの役に立っているということを知りたい! 感謝されたい! そういう気持ちが非常に強いのです。
ですから、単なる「ありがとう」ではなく、〇〇してくれて、ありがとう!と、事実+「ありがとう」。これが最高のほめ言葉です。
そして、「ありがとう」を言う機会を増やすヒントがあります。それは「ありがとう」の反対を考えること。「ありがとう」の反対は、「当たり前」です。
- 家族がいて、当たり前、自分の世話をしてくれて、当たり前。
- 仕事はあって、当たり前。
- お客様はいて、当たり前。
- 目標数字は達成されて、当たり前。
- 社員や部下は出社して、当たり前。
- 自分や家族は健康で、当たり前。
当たり前だと思った瞬間に感謝がなくなってしまうのです。当たり前の中に、価値を見つけ、言葉として届ける、これが「ほめる」ということなのです。人は、当たり前だと考えていたことが当たり前でなくなった時にしか、その価値を見つけられないもの。
今、当たり前だと思っていることに、気づき、言葉を届けてみませんか。
それこそが、究極のほめ言葉です。
以上(2020年4月)
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法人税法における繰延資産の概要
書いてあること
- 主な読者:適正な税務処理を徹底したい経営者・税務担当者
- 課題:そもそも、税務上繰延資産とは、どういうものなのか分からない経営者は多い
- 解決策:開業直後の費用や新規開発に要した費用など、税務上繰延資産として取り扱われる費用は決まっており、一定額以下のものは一括損金算入できる
1 繰延資産の範囲
法人税法上の繰延資産の範囲は次の通りです(法人税法施行令第14条)。なお、支出金額が20万円未満であるものについては、支出した事業年度の損金に算入することができます(法人税法施行令第134条)。
1)創立費
発起人に支払う報酬、設立登記のために支出する登録免許税その他法人の設立のために支出する費用で、当該法人の負担に帰すべきものをいいます。
2)開業費
法人の設立後事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用をいいます。
3)開発費
新たな技術もしくは新たな経営組織の採用、資源の開発、または市場の開拓のために特別に支出する費用をいいます。
4)株式交付費
株券等の印刷費、資本金の増加の登記についての登録免許税その他自己の株式(出資を含む)の交付のために支出する費用をいいます。
5)社債等発行費
社債券等の印刷費その他債券(新株予約権を含む)の発行のために支出する費用をいいます。
6)次に掲げる費用で支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶもの
- 自己が便益を受ける公共的施設または共同的施設の設置または改良のために支出する費用
- 資産を賃借または使用するために支出する権利金、立退料その他の費用
- 役務の提供を受けるために支出する権利金その他の費用
- 製品等の広告宣伝の用に供する資産を贈与したことにより生ずる費用
- その他、自己が便益を受けるために支出する費用
上記繰延資産1)~5)の償却の時期と償却の額については、税法上は法人の任意となっており、全額を一括して償却することもできますし、分割して随時償却することもできます(法人税法施行令第64条第1項第1号)。
繰延資産6)の償却限度額算出式は次の通りです。なお、償却期間については後掲表を参照してください。

2 繰延資産の例示
1)創立費(定款記載を欠く設立費用)
法人がその設立のために通常必要と認められる費用を支出した場合において、その法人の負担とすべきことがその定款などで定められていないときであっても、創立費に該当します(法人税基本通達8-1-1)。
2)開発費(資源の開発のために特別に支出する費用)
開発費には、新鉱床の探鉱のための地質調査、ボーリングまたは坑道の掘さくなどに要する費用などの資源の開発に直接要した費用のほか、その開発に要する資金に充てるために特別に借り入れた借入金の利子が含まれます(法人税基本通達8-1-2)。
3)自己が便益を受ける公共的施設の設置または改良のために支出する費用
「自己が便益を受ける公共的施設の設置または改良のために支出する費用(公共的施設などの負担金)」とは次に掲げる費用をいいます(法人税基本通達8-1-3)。
- 法人が自己の必要に基づいて行う道路、堤防、護岸、その他の施設または工作物などの公共的施設の設置または改良のために要する費用、または法人が自己の有する道路その他の施設または工作物を国などに提供した場合における当該施設または工作物の価額に相当する金額
- 法人が国などの行う公共的施設の設置などにより著しく利益を受ける場合におけるその設置または改良に要する費用の一部の負担金
- 法人が、鉄道業を営む法人の行う鉄道の建設に当たり支出するその施設に連絡する地下道などの建設に要する費用の一部の負担金
また、「自己が便益を受ける共同的施設の設置または改良のために支出する費用」には、法人がその所属する協会、組合、商店街などの行う共同的施設の建設または改良に要する費用の負担金も含みます。しかし、共同的施設の相当部分が貸室に供されるなど協会などの本来の用以外の用に供されているときは、その部分に係る負担金は、協会などに対する寄附金となります(法人税基本通達8-1-4)。
4)資産を賃借するための権利金等
次のような費用は「資産を賃借するための権利金等」として繰延資産に該当します。
- 建物を賃借するために支出する権利金、立退料その他の費用
- 電子計算機その他の機器の賃借に伴って支出する引取運賃、関税、据付費その他の費用
なお、建物の賃借に際して支払った仲介手数料の額は、その支払った日の属する事業年度の損金の額に算入することができます(法人税基本通達8-1-5)。
5)役務の提供を受けるための権利金等(ノウハウの頭金等)
ノウハウの設定契約に際して支出する一時金または頭金の費用は、「役務の提供を受けるための権利金等」として繰延資産に該当します。ただし、ノウハウの設定契約において、頭金の全部または一部を使用料に充当する旨の定めがある場合または頭金の支払いにより一定期間は使用料を支払わない旨の定めがある場合には、当該頭金の額のうちその使用料に充当される部分の金額またはその支払わないこととなる使用料の額に相当する部分の金額は、これを繰延資産としないで前払費用として処理することができます。
なお、前払費用として処理した頭金の額についてその使用料に充当すべき期間または使用料を支払わない期間を経過してなお残額があるときは、その残額は当該期間を経過した日の属する事業年度の損金の額に算入することができます(法人税基本通達8-1-6)。
6)製品などの広告宣伝の用に供する資産を贈与したことにより生ずる費用
「製品などの広告宣伝の用に供する資産を贈与したことにより生ずる費用」とは、法人がその特約店等に対し自己の製品等の広告宣伝等のため、広告宣伝用の看板、ネオンサイン、どん帳、陳列棚、自動車のような資産(展示用モデルハウスのように見本としての性格を併せ有するものを含みます)を贈与した場合、または著しく低い対価で譲渡した場合における当該資産の取得価額または当該資産の取得価額からその譲渡価額を控除した金額に相当する費用です(法人税基本通達8-1-8)。
7)その他自己が便益を受けるための費用
1.スキー場のゲレンデ整備費用
積雪地帯におけるスキー場(その土地が主として他の者の所有に係るものに限ります)においてリフト、ロープウェイなどの索道事業を営む法人が当該スキー場に係る土地をゲレンデとして整備するために立木の除去、地ならし、沢の埋立て、芝付け等の工事を行った場合には、その工事に要した費用の額は、「その他、自己が便益を受けるために支出する費用」として繰延資産に該当します。
当該スキー場において旅館、食堂、土産物店などを経営する法人が当該費用の額の全部または一部を負担した場合のその負担した額についても、同様とします。
ただし、既存のゲレンデについて支出する次のような費用の額は、その支出をした日の属する事業年度の損金の額に算入することができます。
- イ.おおむねシーズンごとに行う傾斜角度の変更その他これに類する工事費用
- ロ.崩落地の修復、補強などの工事費用
- ハ.シーズンごとに行うブッシュの除去、芝の補植その他これらに類する作業費用
なお、自己の土地をスキー場として整備するための土工工事(他の者の所有に係る土地を有料のスキー場として整備するための土工工事を含む)に要する費用の額は、構築物の取得価額に算入します(法人税基本通達8-1-9)。
2.出版権の設定の対価
著作権法第79条第1項に規定する出版権の設定の対価として支出した金額は、「その他、自己が便益を受けるために支出する費用」として繰延資産に該当します。
なお、漫画の主人公を商品のマークなどとして使用するなど他人の著作物を利用することについて著作権者の許諾を得るために支出する一時金の費用は、出版権の設定の対価に準じて取り扱います(法人税基本通達8-1-10)。
3.同業者団体などの加入金
法人が同業者団体など(社交団体を除く)に対して支出した加入金は、「その他、自己が便益を受けるために支出する費用」として繰延資産に該当します。
なお、構成員としての地位を他に譲渡することができることとなっている場合における加入金および出資の性質を有する加入金については、その地位を他に譲渡し、または当該同業者団体等を脱退するまで損金の額に算入しないものとします(法人税基本通達8-1-11)。
4.職業運動選手などの契約金
法人が職業運動選手などとの専属契約をするために支出する契約金は、「その他、自己が便益を受けるために支出する費用」として繰延資産に該当します。
なお、セールスマン、ホステスなどの引抜料、仕度金などの額は、その支出をした日の属する事業年度の損金の額に算入することができます(法人税基本通達8-1-12)。
5.簡易な施設の負担金の損金算入
国、地方公共団体、商店街等の行う街路の簡易舗装、街灯、がんぎなどの簡易な施設で主として一般公衆の便益に供されるもののために充てられる負担金は、これを繰延資産としないでその負担金を支出する日の属する事業年度の損金の額に算入することができます(法人税基本通達8-1-13)。
3 繰延資産の種類と償却期間

以上(2019年4月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)
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寄附金の範囲と損金算入限度額
書いてあること
- 主な読者:適正な税務処理を徹底したい経営者
- 課題: 税務上の寄附金は、一般的に使われているものよりも広い意味で使われる上、取り扱いも明確に規定されている
- 解決策:税務上、損金に算入できる寄附金の金額は計算や、子会社の損失負担や債務免除など税務特有の寄附金の事例を紹介
1 法人税法上の寄附金の6つの分類
1)一般の寄附金(法人税法第37条第7項、第8項)
寄附金とは、事業に直接関係ない者に対する金銭などの資産を贈与または経済的な利益を贈与または無償で供与した場合の資産または経済的利益をいいます。なお、交際費、接待費、福利厚生費などは除きます。資産の譲渡または経済的な利益の供与をした場合に、その対価の額が時価に比べて低いときにはその差額は寄附金の額に含まれます。
2)国または地方公共団体に対する寄附金(法人税法第37条第3項第1号)
その名の通り、国または地方公共団体に対する寄附金です。ただし、寄附した者がその寄附によって設けられた設備を専属的に利用するなど、特別の利益が寄附をした者に及ぶと認められる場合を除きます。
3)指定寄附金(法人税法第37条第3項第2号)
指定寄附金とは、公益社団法人、公益財団法人その他公益を目的とする事業を行う法人または団体に対する寄附金のうち、広く一般に募集されること、教育または科学の振興、文化の向上、社会福祉への貢献その他公益の増進に寄与するための支出で、緊急を要するものに充てられることが確実であるものとして、財務大臣が指定した寄附金のことです。
4)特定公益増進法人に対する寄附金(法人税法第37条第4項)
特定公益増進法人とは、公共法人、公益法人等、その他特別の法律により設立された法人のうち、教育または科学の振興、文化の向上、社会福祉への貢献その他公益の増進に著しく寄与するものとして、政令で定めるものに対する当該法人の主たる目的である業務に関連する寄附金のことです。
5)特定公益信託に対する寄附金(法人税法第37条第6項)
特定公益信託とは、「公益信託ニ関スル法律第1条(公益信託)」に規定する公益信託で、信託終了のときにおける信託財産がその信託財産に係る信託の委託者に帰属しないことおよびその信託事務の実施につき政令で定める要件を満たすものであることについて証明がされたものをいいます。特定公益信託の信託財産とするために支出した金額は寄附金の額とみなし、原則として一般の寄附金として、損金算入限度額の範囲内で損金算入を認めます。
6)認定NPO法人に対する寄附金(租税特別措置法第66条の11の2)
認定NPO法人(認定特定非営利活動法人)とは、特定非営利活動促進法第2条第3項に規定する特定非営利活動法人のうち、その運営組織および事業活動が適正であり、公益の増進に資するものとして所轄庁の認定を受けたものをいいます。
2 寄附金の損金算入限度額
1)寄附金の損金算入限度額の算出方法
国または地方公共団体への寄附金、指定寄附金は全額が損金となりますが、一般の寄附金や特定公益増進法人に対する寄附金などは、それぞれ限度額を超える金額を損金に算入することができません(法人税法施行令第73条第1項、第77条の2第1項)。
一般の寄附金の損金算入限度額(特定公益信託を含む)と特定公益増進法人に対する寄附金の特別損金算入限度額の算出式は次の通りです。
1.一般の寄附金の損金算入限度額(特定公益信託を含む)
一般の寄附金の損金算入限度額(特定公益信託を含む)の算出式は次の通りです。
- 損金算入限度額=(A+B)×1/4
- A=(事業年度の所得金額+損金経理の寄附金)×2.5/100
- B=(資本金の額+資本積立金額)×当期の月数/12×2.5/1000
2.特定公益増進法人に対する寄附金の特別損金算入限度額
特定公益増進法人に対する寄附金の特別損金算入限度額の算出式は次の通りです。
- 損金算入限度額=(A+B)×1/2
- A=(事業年度の所得金額+損金経理の寄附金)×6.25/100
- B=(資本金の額+資本積立金額)×当期の月数/12×3.75/1000
2)寄附金の損金算入限度額の算出例
次の前提条件を基に寄附金の損金算入限度額を算出してみます。
- 当期利益金額:5000万円
- 資本金:7000万円
- 一般寄附金:120万円
- 特定公益増進法人への寄附金:60万円
- 指定寄附金:150万円
- 寄附金支払額計:330万円(120万円+60万円+150万円)
損金算入限度額は次のように算出することができます。
1.一般寄附金の損金算入限度額
- 一般寄附金の損金算入限度額
- ={(5000万円+330万円)×0.025+7000万円×12/12×0.0025}×1/4
- =37万6875円
2.特定公益増進法人への損金算入限度額
- 実際の特定公益増進法人への寄附金支出額=60万円
- 特定公益増進法人への損金算入限度額
- ={(5000万円+330万円)×0.0625+7000万円×12/12×0.00375}×1/2
- =179万6875円
- 寄附金支出額60万円<損金算入限度額179万6875円
- ∴特定公益増進法人への損金算入限度額=60万円
3.指定寄附金の損金算入限度額
- 指定寄附金の損金算入限度額=指定寄附金の全額=150万円
4.寄附金の損金算入限度額
1.2.3.より、寄附金の損金算入限度額は、次のようになります。
- 損金算入限度額=37万6875円+60万円+150万円=247万6875円
従って、損金算入限度超過額は、次のようになります。
- 330万円-247万6875円=82万3125円
(注)100%出資グループ法人(法人による完全支配に限ります)間の寄附金は全額損金不算入です。
3 法人税基本通達に見る寄附金規定
1)子会社などを整理する場合の損失負担など
法人がその子会社などの解散、経営権の譲渡などに伴い、当該子会社などのために債務の引き受けその他の損失負担または債権放棄などをした場合、その損失負担などをしなければ今後より大きな損失を被ることが社会通念上明らかであると認められるため、やむを得ずその損失負担などをするに至ったことについて相当な理由があると認められるときは、その損失負担などにより供与する経済的利益の額は、寄附金の額に該当しません。
子会社などには、当該法人と資本関係を有するものの他、取引関係、人的関係、資金関係などにおいて事業関連性を有するものが含まれます(法人税基本通達9-4-1)。
2)子会社などを再建する場合の無利息貸付など
法人がその子会社などに対して金銭の無償もしくは通常の利率よりも低い利率での貸し付けまたは債権放棄などをした場合において、その無利息貸付などは寄附金の額に該当します。
しかし、業績不振の子会社などの倒産を防止するためにやむを得ず行われるもので合理的な再建計画に基づくものであるなど、その無利息貸付などをしたことについて相当な理由があると認められるときは、その無利息貸付などにより供与する経済的利益の額は、寄附金の額に該当しないものとします。
合理的な再建計画かどうかについては、支援額の合理性、支援者による再建管理の有無、支援者の範囲の相当性および支援割合の合理性などについて、個々の事例に応じ、総合的に判断します。例えば、利害の対立する複数の支援者の合意により策定されたものと認められる再建計画は、原則として、合理的なものとして取り扱います(法人税基本通達9-4-2)。
3)個人の負担すべき寄附金
法人が損金として支出した寄附金で、その法人の役員などが個人として負担すべきものと認められるものは、その負担すべき者に対する給与とします(法人税基本通達9-4-2の2)。
4)仮払い経理した寄附金
法人が各事業年度において支払った寄附金の額を仮払金などとして経理した場合には、当該寄附金はその支払った事業年度において支出したものとします(法人税基本通達9-4-2の3)。
5)未払いの寄附金、手形で支払った寄附金
未払いの寄附金については、各事業年度の所得金額の計算上、その支払いがされるまでの間、寄附金の支出は無かったものとします(法人税法施行令第78条)。
同様に当該寄附金の支払いのための手形の振り出し(裏書譲渡を含む)も、現実の支払いには該当しません(法人税基本通達9-4-2の4)。
6)国または地方公共団体に対する寄附金
国または地方公共団体に対する寄附金とは、国または地方公共団体において採納されるものをいいます。国立または公立の学校などの施設の建設または拡張などの目的を持って設立された後援会などに対する寄附金であっても、その目的である施設が完成後遅滞なく国または地方公共団体に帰属することが明らかなものは、これに該当します(法人税基本通達9-4-3)。
7)最終的に国または地方公共団体に帰属しない寄附金
国または地方公共団体に対して採納の手続きを経て支出した寄附金であっても、その寄附金が特定の団体に交付されることが明らかであるなど、最終的に国または地方公共団体に帰属しないと認められるものは、国または地方公共団体に対する寄附金には該当しません(法人税基本通達9-4-4)。
8)公共企業体などに対する寄附金
日本中央競馬会などのように全額政府出資により設立された法人、または日本下水道事業団などのように地方公共団体の全額出資により設立された法人に対する寄附金は、国または地方公共団体に対する寄附金には該当しません(法人税基本通達9-4-5)。
9)災害救助法の規定の適用を受ける地域の被災者のための義援金など
法人が災害救助法第2条の規定により知事が指定した区域の被災者のための義援金などの募金を行う募金団体(日本赤十字社、新聞・放送などの報道機関等)に対して拠出した義援金などについては、その義援金などが義援金配分委員会等に拠出されることが募金要綱、募金趣意書などにおいて明らかにされているものであるときは、地方公共団体に対する寄附金に該当するものとします(法人税基本通達9-4-6)。
10)災害の場合の取引先に対する売掛債権の免除など
法人が、災害を受けた得意先などの取引先に対して、その復旧を支援することを目的として災害発生後相当の期間内に売掛金、未収請負金、貸付金その他これらに準ずる債権の全部または一部を免除した場合には、その免除したことによる損失の額は、寄附金の額に該当しないものとします。
既に契約で定められたリース料、貸付利息、割賦販売に関わる賦払金などで、災害発生後に授受するものの全部または一部の免除を行うなど契約で定められた従前の取引条件を変更する場合、および災害発生後に新たに行う取引につき従前の取引条件を変更する場合も、同様とします。
得意先などの取引先には、得意先、仕入先、下請工場、特約店、代理店等の他、商社などを通じた取引であっても価格交渉等を直接行っている場合の商品納入先など、実質的な取引関係にあると認められるものが含まれます(法人税基本通達9-4-6の2)。
11)災害の場合の取引先に対する低利または無利息による融資
法人が、災害を受けた取引先に対して低利または無利息による融資をした場合、当該融資が取引先の復旧を支援することを目的として災害発生後相当の期間内に行われたものであるときは、当該融資は正常な取引条件に従って行われたものとします(法人税基本通達9-4-6の3)。
12)自社製品などの被災者に対する提供
法人が不特定または多数の被災者を救援するために緊急に行う自社製品等の提供に要する費用の額は、寄附金の額に該当しないものとします(法人税基本通達9-4-6の4)。
以上(2019年4月)
(監修 税理士法人コレド会計 税理士 石田和也)
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パートを採用する際に知っておきたい基本
書いてあること
- 主な読者:パートの採用を予定している企業の経営者、人事担当者
- 課題:これまでパートを採用したことがなく、採用活動を進めるポイントが分からない
- 解決策:パートが必要な理由や配置先、募集するターゲットなどを明らかにした上で、募集方法や面接時のポイントなどを押さえる
1 パートを採用する際の基本ポイント
1)パートが必要な理由と配置先を明らかにする
パートに限らず、企業が人材を採用するのには理由があります。パートを募集する際も、「新店舗の出店に伴ってホールスタッフが必要」など、パートが必要な理由と配置先を明らかにした上で、本当にパートが必要かを確認することが重要です。
パートであっても、採用活動やその後の教育に時間とコストが掛かります。そのため、採用活動は慎重に、無駄なく進めましょう。
2)配置時期と人数を明らかにする
パートの配置時期と人数を明らかにします。募集から採用までの期間は短くとも3カ月は掛かるでしょう。また、募集人数が多い場合は、求人誌や求人サイトヘの掲載、店頭チラシの掲示など複数の方法で募集しなければ、応募者の人数が集まりません。そのため、パートの募集は専任の採用担当者を配置して、計画的に実施することが重要です。
3)募集するターゲットを明らかにする
パートの中心は、近隣の主婦や通学の途中に立ち寄ることができる学生です。パートが担当する職務内容によっても異なりますが、オーソドックスなターゲットは主婦です。一般的に学生よりも社会経験が豊富だからです。
また、昨今は働き方改革の影響で、副業・兼業をすることが社会的に容認されてきており、会社員が本業と掛け持ちでパート勤務を希望するケースも珍しくありません。パートというと、正社員の補助的なイメージが強いかもしれませんが、こうした人材は即戦力として、正社員と同等以上の働きが期待できるケースもあります。
4)賃金を明らかにする
パートの賃金は時給制が一般的です。時給は近隣の相場などを参考に決定します。パートタイム労働法では、賃金は正社員などとの均衡待遇を図ることが労働条件に含まれており、「パートである」という理由だけで正社員よりも低い賃金を支払うことはできません。簡単に言うと、パートに支払う賃金のうち基本給や賞与、役職手当など職務に関連の深いものについては、その職務内容や成果、意欲などを勘案して均衡待遇を確保することが求められます。
パートの人件費を抑える場合は、パートが担当する職務を正社員とは明らかに異なる単純作業などの業務に限る必要があります(ただし、パートであるからといって、賃金を不当に低く設定してよいわけではありません)。
2 募集方法を検討する
1)求人誌への掲載
求人誌への掲載は最も一般的な募集方法であり、主婦や学生など幅広い属性の応募者に求人情報を伝えることができます。また、これまでは有料求人誌が中心でしたが、最近はフリーペーパーが求人媒体として定着してきています。
2)求人サイトへの掲載
フリーペーパーと並び、近年、大きな注目を集めている募集方法が求人サイトです。求人サイトにはパソコン用と携帯電話用があり、特に携帯電話用の求人サイトは、手軽に利用できることから広く普及しています。
3)店頭チラシの掲示
「パート募集」のチラシを内製して店頭などに掲示する方法です。これは、特別な費用が掛からない手軽な募集方法といえますが、求人誌や求人サイトに比べると求人情報の伝達先が制限される点に注意が必要です。
店頭チラシには、チラシを見つけた時点で応募できるという特徴があり、「いつからかは決めていないが、パートとして働こう」と考えている主婦などの応募者が就職を決意するきっかけとなります。そのため、店頭チラシは住宅地にある飲食店などがパートを募集する際に大きな効果を発揮することがあります。
4)パートからの紹介
求人誌や求人サイトへの掲載など、主なパートの募集方法と特徴について紹介してきましたが、この他の募集方法として「紹介」を検討するとよいでしょう。
これは、既に働いているパートから友人・知人を紹介してもらう方法です。企業から友人・知人の紹介をお願いされたパートの多くは、「真面目な人」を紹介してくるものです。また、紹介によりパートになった人は、既に働いているパートと知り合いであるため、採用後に職場でのコミュニケーション不和などの問題が起こりにくい点もメリットです。
3 面接時の基本ポイント
応募者が集まったらいよいよ面接です。面接では、企業が応募者の能力ややる気を見極めるのと同時に、応募者も職場の雰囲気を観察しています。明るく気持ちの良い態度で面接に臨みましょう。また、企業と応募者の条件のミスマッチがないかをしっかりと確認することも重要です。
1)歓待を心掛ける
応募者は、これから働くかもしれない企業がどのような所なのかについて敏感になっています。そのため、応募者からの問い合わせの電話を受ける際などは注意し、誰が電話に出ても気持ちよく対応し、「雰囲気の良い職場」であるという印象を持ってもらえるようにします。
2)応募者シートの用意
面接は、応募者と直接話をすることができる貴重な時間です。面接を効率的かつ効果的に行うために、履歴書や職務経歴書だけでなく、企業側が質問したい項目をまとめた「応募者シート」などを用意するとよいでしょう。その応募者シートに、応募者の発言などをメモしておけば選考時の貴重な資料となります。
3)面接時間に余裕を持つ
採用面接の段階で十分に時間を掛け、互いの希望をじっくりと話し合い、その後に調整することが重要です。
応募者の中には、「パートなので、いつ辞めても大きな問題ではない」と考える人もいます。しかし、たとえパートであっても、採用した人材が早期離職してしまうことは大きな損失です。企業は、面接の時間を有効に活用して、「応募者が本気で応募してきているのか」を見極めることが重要です。
以上(2019年4月)
pj00241
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「役職名」の基礎知識
書いてあること
- 主な読者:役職名の変更などを検討している企業の経営者、取引先などの役職で、どのような役割や責任があるのかを知りたいビジネスパーソン
- 課題:他社がどのような考えの下、役職名を決めているのか参考にしたい
- 解決策:役職名はビジネスの潮流や各社の価値観が表れるものであり、その役職名にどのような役割があるのかを考えたり、知ったりすることが重要
1 ビジネスの潮流などを反映する役職名
企業規模、業種、企業風土、経営戦略などさまざまな要素を考慮して、各企業は組織形態とそれに応じた役職名を採用しています。
従来、日本企業の多くは、「社長」「本部長」「部長」「次長」「課長」「係長」「主任」など、上位から下位に向けて命令が伝達される部課制(ライン組織)を採用してきました。しかし、最近では迅速な意思決定や対応を行うことを目的に、役職の階層を減らして組織のフラット化を進める企業もあります。
また、「CEO」といった役職名を目にする機会が増えています。こうした役職名はもともと経営の意思決定・監督機関としての取締役会と、意思決定に基づく業務執行機能を分離した制度(以下「執行役員制」)を採用する外資系企業などで使用されていました。現在では日本企業でも一般的になってきています。執行役員制を導入する企業などで使用されている代表的な役職名は次の通りです。

これらの役職名は社内規定に基づく呼称ですが、会長兼CEOなどといったように使われるケースが増えてきています。また、自社のブランドや価値観などを創造し、社内外に発信・浸透させていくCCO(Chief Culture Officer、最高文化責任者)や、健康経営を推進する企業などがCHO(Chief Health Officer、最高健康責任者)を設けるなど、自社が重視する価値観を表したユニークな役職を設けている企業もあります。
このように企業における組織とそれに応じた役職名の在り方は、その時々のビジネスの潮流を反映していたり、自社の重視する価値観を反映したりするものでもあります。
以降では、企業でよく使用されている役職名について紹介します。役職名の新設や変更を考える際、あるいは自社と異なる役職名を目にしたときに、どのような役割や権限があるのかを確認する際の参考としてください。
2 部課制における役職名
1)中間的な役職名
部課制(ライン組織)は、日本企業の多くで採用されている組織形態です。役職としては、「社長」「本部長」「部長」「課長」「係長」などがあり、そこに中間的な役職が加わって組織が形成されています。
中間的な管理職の代表的な役職名としては、「副本部長」「副部長(部長代理・部長補佐)」「次長・副次長(次長代理・次長補佐)」「副課長(課長代理・課長補佐)」「副係長(係長代理・係長補佐)」などがあります。
2)その他の役職名
中間的な管理職の他にも、「顧問」「相談役」「非常勤取締役」「参事」などという役職があります。また、支社(支店)・営業所・工場においては、部長クラスに代わる役職として「支社長(支店長)」「所長」「工場長」などを置いている場合があります。
本社・営業所を問わず「係長の代わりに主任」としている企業や、その下に「班長」がいる場合もあります。一方、事業部制を採用している企業では、「事業部長」という役職があり、社内的には取締役と同等の立場である場合もあります。
3)執行役員について
経営と業務の執行の分離が重要視されるようになり、さまざまな企業で社内体制として執行役員制が設立されたことから、多くの「執行役員」が選出されました。執行役員制は会社法の規定によるものではありません。そのため、社内体制や権限などについては各企業によって異なります。また、執行役員は現場のトップということもあって、本部長や営業部長を兼ねている場合が多いようです。
3 グループ制における役職名
グループ制とは、従来のピラミッド型の組織から、課や中間的な役職を除いた体制です。組織のフラット化を図り、意思決定や判断の迅速化を進めることを目的としています。
具体的には、「部を部門に変更し、部門の下にグループまたは室を置く」という体制です。役職は、次長クラス、係長クラスを廃止して、部長クラスは「部門長」「グループマネジャー」「主席」などに、課長クラスは「グループリーダー」「室長」「主査」などとなります。また、企業によっては室長や部長クラスがグループリーダーになっているケースもあります。
部課制・部門室制・グループ制の組織(例)は次の通りです。

4 マトリックス組織の概要
部門室制やグループ制などと並行して、業務遂行のためにプロジェクトチーム制を設けている企業もあります。プロジェクトチーム制では、各部門やグループから担当者が集まってチームを構成することによって、何らかの目的を果たすために業務を遂行していきます。スポーツメーカーを例に取ると、ユニフォームチーム、シューズチームなどとなり、各チームは企画・開発・販売・宣伝など各部門やグループから数名ずつ担当者が任命されて構成されています。
その際、各チームにチームリーダーが配置されます。この組織形態は、各スタッフがグループとチームの双方に所属するため、マトリックス組織とも呼ばれます。
例えば、資生堂では、世界の地域ごとに強いブランドを育成するため、5つのブランドカテゴリーと6つの地域を掛け合わせたマトリックス組織を発足させています。
マトリックス組織(例)は次の通りです。

5 専門職について
従来の人事制度では、管理職に就くことで高い賃金やキャリアを得ることが一般的でした。しかし、中には管理職に就くよりも、現場で高い専門性を発揮するほうが、企業にとって高い付加価値を生む人材もいます。また、消極的な理由として、管理職ポストが不足している場合に、専門職ポストを設ける場合もあるようです。
専門職は、部課制(ライン組織)上の役職とは異なり、部下を持たずに(持つ場合も少数)業務を遂行します。
専門職の仕事は、技術や営業・販売に関しては各企業の扱う製品やサービスによって異なるため一概にはいえません。ただし一般的には、研究開発に携わる研究者や技術者、法務・税務などの分野に関連した資格を持つ者、営業・システムエンジニアやコンサルタントなど、高度な専門性が求められる職種が挙げられます。
また、専門職は部課制(ライン組織)やグループ制において新しく課やグループをつくるに至らない(規模が小さい)場合にも有効な手段として導入されています。
この他、最近は高年齢社員の技能を活用するための専門職を設ける企業も増えています。こうした高年齢社員には、「シニアアドバイザー」「シニアマネジャー」などの役職が設けられ、一般の従業員とは別の基準で処遇されています。
以上(2019年4月)
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今どきの新入社員教育法―「父親型」か「友達型」か?
書いてあること
- 主な読者:新入社員の教育に悩む上司
- 課題:最近の新入社員は上司に対し、自分の話を聞いてもらうことや、一人ひとりに対して丁寧に指導することを期待する傾向にある。しかし、新入社員がどのような考えを持っていようと、理屈抜きで覚えてもらわなければならない内容もある
- 解決策:上司が強いリーダーシップで引っ張る「父親型」と新入社員の考えに耳を傾ける「友達型」の2つの指導法を状況に応じて使い分ける
1 「父親型」の上司と「友達型」の上司
新入社員は、右も左も分からない社会人の“赤ちゃん”のような存在です。上司にとっては当たり前の「社会人としての常識」が通じないことも多いため、「どこから教えればよいのか?」と迷ってしまうことがあります。また、今どきはパワハラが問題になることも多く、「どうやって伝えればよいのか?」という心配もあるかもしれません。
上司や新入社員の性格、仕事の内容、局面によって好ましい指導スタイルは変わってきますが、少々極端に分けた場合の1つのイメージは次の通りです。
- 父親型:
「私の言うことを聞け!」と強いリーダーシップで新入社員を引っ張って業務を遂行させるスタイル - 友達型:
「君はどうしたい?」と新入社員の意見や考えていることに耳を傾け、二人三脚で業務を遂行するスタイル
最近の新入社員は上司に対し、自分の話を聞いてもらうことや、一人ひとりに対して丁寧に指導すること、つまり友達型の指導を期待する傾向にあるようです。

とはいえ、上司が指導しなければならない内容は多岐にわたり、時には新入社員に「理屈抜きで覚えてもらわなければならない」こともあります。
父親型と友達型のどちらの指導法が適しているかはケース・バイ・ケースです。大切なのは新入社員の性格はもちろん、仕事の内容や局面を考慮しながら、父親型と友達型の指導方法を上手に使い分けていくことです。
2 ジェネレーションギャップを乗り越えろ!
ジェネレーションギャップは年代に限らず存在するため、比較的年配の上司が新入社員とうまくコミュニケーションを取るのは簡単ではありません。「何を考えているかよく分からない」と、上司同士で愚痴をこぼし合うこともあるでしょう。
しかし、それだけでは根本的な解決になりません。新入社員の教育に悩む上司は、まず今どきの新入社員の育った環境からその特徴を整理してみるとよいでしょう。
最近の新入社員には、次のような特徴がよく見られるようです。
- 上昇志向が低く、そこそこの成績や賃金で満足する
- 普段付き合いのない人間との会話に慣れておらず、挨拶や敬語、報告・連絡・相談ができない
- 「目立つと集団内で孤立する」と考える傾向があり、自分から発言をしない
- 叱られることに慣れておらず、上司が少し注意しただけで落ち込む
- 考えて行動するのが苦手で、「指示待ち人間」になりやすい
このようなことを理解した上で、それを上司自身が育った環境と比較してみると、「自分にとってはしっくりきた指導方法は、今の新入社員に向いているのだろうか……」と気付くことができるかもしれません。
3 父親型の指導のポイント
1)マナーや社会常識は父親型で指導する
父親型の指導は、マナーや社会常識など、社会人として不可欠な技術や知識を短い時間で確実に覚えさせるためのものです。これは理屈抜きで必要なことですが、上から目線で伝えるだけでは、新入社員は腹落ちしません。
大切なのは、「なぜ、そのような立ち振る舞いをするのか?」という理由や目的を伝えることです。新入社員が間違えたときも、ただ叱るのではなく、その間違いが仕事にどのような影響をもたらすのかを伝えるようにすると、新入社員も失敗の重さに気付くことができるでしょう。
また、注意をした後は、「次からは○○と言ったほうがいい」と具体的な改善方法を教えることも欠かせません。そうしたほうが新入社員も納得しやすく、「否定された」ではなく、「上司が自分を指導してくれた」という印象が心に残りやすくなります。
指導が一段落したら別の明るい話題に切り替えたり、全員の前で叱るのではなく、別室に呼んで指導したりするなどの配慮も大切です。指導されたことを引きずり過ぎないようにすると、新入社員は次の課題に向き合いやすくなります。
2)父親型から友達型へのシフト
入社したばかりの新入社員に、「自分で考えて仕事をしてくれ」と指示をしてもうまくいきません。新入社員が初めて携わる業務などは、まずは父親型で指導して経験を積ませる必要があります。その上で、新入社員の知識・経験などを考慮しながら、徐々に友達型に移行し、新入社員の自主性を育てる指導に切り替えていきましょう。
例えば商品のチラシの作成であれば、記載する事項はもちろん、色使いや文字のサイズ、フォント、時にはソフトの使い方まで上司が細かく指示を出さなければなりません。
そうして、ある程度知識や経験を積んだら、次は「以前チラシを作ってもらった商品○○のリニューアル版が出た。基本的なデザインは以前のチラシを踏襲しようと考えているが、新しい機能をアピールできるような説明を自分で考えて追加してみてくれ」と指示してみましょう。
新入社員の成長度合いや依頼する業務内容を勘案しつつ、父親型と友達型の指導のバランスを調整していくことで、新入社員の考える力が効果的に身に付いていくでしょう。
4 友達型の指導のポイント
1)考える力が要求される業務は友達型で指導する
友達型の指導は、「社員として必要な考える力を、ゆっくりと時間をかけて身に付けさせる」ためのものです。
友達型の指導が必要なのは、主体的に動こうとしない「指示待ち人間タイプ」や、報告・連絡・相談(以下「報連相」)ができない新入社員です。なかには「主体的に動きたい」「上司に相談したい」と思っていても、仕事・職場生活に対する疑問や不安が原因で実行に移せない新入社員もいます。
こういった新入社員の不安を解決して成長を促すための指導のポイントを、新商品のプレゼン資料を作ることを例にして紹介します。
2)仕事の目的を明らかにする
非合理的なことを嫌う最近の新入社員は、依頼された仕事について「この仕事に本当に意味があるのだろうか」という疑問を抱きがちです。仕事をする目的を伝え、新入社員の仕事に対するモチベーションを維持しましょう。
新商品のプレゼン資料を作る場合、「購入を検討している顧客に新商品のデザインや機能をPRするため」「自社の営業会議で、新商品をどのようなターゲットに向けて展開していくか協議するため」といったように、目的を具体的に伝えましょう。
3)上司と新入社員のギャップを見える化する
新入社員に仕事を任せても、上司の要求水準に達しなかったり、方向の誤った努力をしてしまったりすることはよくあります。上司がこと細かに指示を与えれば認識のギャップは生まれませんが、それでは新入社員の考える力が身に付きません。こういった場合は、上司と新入社員のギャップを見える化してみましょう。
新商品のプレゼン資料の作成では、取り掛かる前に資料全体の構成や盛り込む情報を、サマリーなどの形式で新入社員に報告させるとよいでしょう。サマリーを基に上司が確認することで、新入社員と上司の認識が合っているかどうかが分かります。
また、途中報告の期限についても「20%できた段階」などの曖昧な表現ではなく、「第○章までを○日の○時まで」と具体的に提示することで、計画的に仕事が進められます。
4)上司から新入社員に声を掛けて業務の進捗を確認する
上司が忙しそうで、報連相を行うタイミングが分からないという新入社員に対しては、上司のほうから積極的に声を掛けてみましょう。そうすれば、新入社員にとっても「この上司は話を聞いてくれる」という安心感が生まれ、報連相を行いやすくなります。
新入社員に声を掛ける際は、曖昧な質問をしないようにしましょう。例えば「業務の進捗はどう?」と聞かれても順調なのかどうか判断できない、「何か分からないことはない?」と聞かれても何を質問すればよいのか分からない、という新入社員もいます。
そのため、「第○章までを、今日の14時までに完成させてほしいのだけど、できそう?」「どこにデータがあるか分からずに困っているものはない?」などと質問することで、新入社員は疑問点が整理しやすくなります。
5 コミュニケーションの目的は?
上司が新入社員とコミュニケーションを取る目的は、新入社員に正しい行動を起こしてもらうこと、そして理想的には成果を上げてもらうことです。結果は同じでも、そこに導くためのプロセスは幾つもあり、父親型と友達型の指導はどのようなプロセスをたどるのかについての選択肢の1つにすぎません。
上司の重要な仕事は部下を導くことであり、特に企業の貴重な財産である新入社員の教育は、企業の成長のために欠かせない取り組みです。少しずつ仕事に慣れてきた新入社員は、徐々に“自分らしさ”を出してくるようになります。これは良いことですが、今どきの新入社員に対して先入観を持っていると、せっかく新入社員が表し始めた個性を、「生意気だ!」と感じ、抑え込んでしまうこともあり得ます。
新入社員の自主性を潰さないよう、まずは先入観を取り払ってフラットな視点で見てみましょう。新入社員は何に困り、どのようなサポートを求めているのか、おのずと見えてくるのではないでしょうか。
以上(2019年4月)
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