【朝礼】理想の姿を描けば、なすべきことが見えてくる

ここ数カ月、私は知り合いの経営者に勧められて、「経営道場」なるものに参加しています。ここでは、受動的に学ぶのではなく、能動的にあるべき「理想の姿」を追求していきます。そして、理想の姿を実現するために足りていない部分を認識し、それを埋めるために最も効果的な取り組みを検討、実行します。

この一連の流れを繰り返す、こんなシンプルな経営道場での活動を通じて、私はとても重要な2つの気付きを得ました。今朝は、それを皆さんにお伝えします。

1つ目の気付きは、「『理想の姿』を持つ」ことの大切さです。経営道場の参加者は、向上心あふれる経営者ばかりなので、仕事についての理想の姿を熱く語ることができます。理想の姿を実現したいという思いは、日々の活力になります。

皆さんはどうですか。仕事でもプライベートでも結構です。「理想の姿」はありますか?

もしかすると、仕事について理想の姿を持つことは難しいかもしれません。私や上司の指示に従うことに慣れ過ぎていて、自由に発想することが苦手になっているかもしれないからです。

では、「皆さんに、仕事上の課題はありますか?」という質問ならどうですか。

こちらのほうが答えやすいのではないでしょうか。謙遜もあるかもしれませんが、自分の至らない部分、つまり課題を挙げるのは比較的、簡単なことでしょう。

問題は、皆さんが挙げた課題のほとんどが、改善に向かっていないと思われることです。それはなぜか。厳しい言い方かもしれませんが、課題について深く考えていないからです。この朝礼のように、課題の解決を約束するような場でなければ、「何となく、このままではいけない」と思っている程度のものについて、さも自分が思い悩んでいる重要な課題として話していないでしょうか。

ここで、経営道場で学んだ、重要な2つ目の気付きが活きてきます。それは、「自分を疑う」ことです。経営道場で私も熱く理想の姿を語りました。しかし、他の経営者から突っ込んだ質問をされると言葉に詰まってしまいました。考えているようで、実は表面的なところしか捉えていなかったのです。そこで、何度も何度も「それは本当に自分の理想なのか?」と自分に問いかけた結果、表面的な部分がそぎ落とされていき、本当の理想に近づけたのです。

理想が明確になると、今、克服しなければならない課題も分かります。課題を公式化すると、「理想-現実=課題」となります。本気で願う「理想の姿」から、正しい「現実」を引き算した結果が、今、取り組むべき本当の課題なのです。

ビジネスでは正しい課題設定が重要です。ただし、足元を見るだけでは正しい課題は見つかりません。思いつきレベルの課題でお茶を濁すのは、論外です。本当に重要な課題は、「理想の姿」を描くことで見つかるものなのです。

以上(2019年11月)

pj16981
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】勝ちたければ、やるべきことはひとつ

今日は皆さんに、私が知っているある2人の話をします。2人とも、私がよく行くビリヤード場で一緒にビリヤードをする人です。その2人の話から何を感じるか、それぞれ考えてみてください。

1人は、ビリヤードを始めてまだ2カ月とほぼ初心者なのですが、とても研究熱心です。ビリヤードのプロの動画を何度も何度も見て正しいフォームを一から覚え、ビリヤード場で繰り返し練習しています。思うように玉を突けないときは、プロの動画を改めて見直したり、ビリヤードの上手な人に頭を下げて教えてもらったりしています。やみくもに自分の突き方だけを押し通そうとせず、素直に教えを聞き、自分の良くない点を改善しようとしているのです。

こうした姿勢でビリヤードに取り組む彼は、まだ始めてたった2カ月ですが、どんどん腕を上げ、時にはビリヤード歴の長い人に勝つこともあるくらいです。

一方、もう1人は、かれこれ、もう2年以上ビリヤード場に通っている人ですが、言葉を選ばずに言えば、実に下手で、誰かに勝っているのをほとんど見たことがありません。研究熱心な彼とは違い、練習したり誰かに教わったりするわけでもないので、一向に上達する気配もありません。単にビリヤードをすること自体が好きなのかと思っていましたが、本人はとても負けず嫌いな性格で、「勝ちたい」といつも言っています。負けると悔し涙を浮かべることもあるくらいです。

研究熱心な彼と、上手ではない彼は、「勝ちたい」という気持ちは同じです。しかし、気持ちは同じでも、それを原動力にして実際に行動に移したかどうかで、その先は大きく違ってきます。

研究熱心な彼は、勝ちたいと思うからこそ、研究し、練習したり教わったりするのは当たり前だといつも言っています。これには非常に共感しますし、彼の本気度合いが伝わってきます。

その一方で、本人はどう考えているのか分かりませんが、上手ではない彼が「勝ちたい」と言っていても、とても本気には思えません。「勝ちたい」と言う割に、勝つための努力や工夫をしようとしていないからです。負けて悔し涙を浮かべるのも、「誰かに負けてしまう」という事実を、感情的に嫌がっているようにしか見えないのです。

ビリヤードは単なる遊びですが、この2人の行動は、仕事にも通じるところがあると思います。皆さんも、日ごろ仕事で、「こうすればいいのに」「もっとこうしたい」などといろいろと言うことがあるでしょう。果たして、皆さんの「こうしたい」は、どれだけ本気で言っていることなのでしょうか。皆さんは、「こうしたい」ことを、実際にどのような行動に移しましたか。

口であれこれ言うのは簡単です。誰でもできることです。大切なのは、その先に、実際に具体的な行動に移したかどうかです。皆さん、「口だけ」は早く卒業してください。行動が全てです。皆さんの本気の行動を期待しています。

以上(2019年11月)

pj16982
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】自分の「人付き合いルール」を持つ意味

先日、とても尊敬しているメンターの方から、人付き合いについて大切なことを教えてもらいましたので、それを皆さんに共有します。

実は、私は最近、仕事上で協業する可能性がある人との人間関係に困っていました。相手は悪い人ではないし、仕事で協業できそうなことも多いのですが、言動を見ているとどこか違和感があり、なんとなく打ち解けられずにいたのです。

そうした折、メンターの方とお会いする機会があったので、相手の実名は出さずに、私の心持ちだけを打ち明けてみました。するとメンターの方は、私にこう尋ねたのです。

「あなたが、『付き合わない』と決めているのは、どのような人ですか?」

正直に言えば、これまで私は、そうした視点で考えたことはありませんでした。「どのような人と付き合いたいか」と聞かれたら、恐らくすぐに答えることができたでしょう。しかし、「どのような人とは『付き合わない』のか」という問いかけに、私は答えることができませんでした。

メンターの方は続けて言いました。「経営者ともなると、多くの人と出会います。だからこそ、『こういう人とは付き合わない』というルールを持っておくことが、あなた自身と会社を守ることにつながります。『付き合わない』というルールに当てはまる人に出会ったら、早いうちに、お付き合いをお断りするのがよいでしょう。ただし、謙虚な気持ちで丁寧にお断りすることです」

私は、どのような人とは「付き合わない」のかをじっくりと考えてみました。私にとって大切なのは、やはり、「人」です。特に、社員や部下を大切にしていないと感じる人とは、たとえ仕事上のメリットがあっても、付き合いたくありません。当社の社員である皆さんのことも大切にしてもらえないような気がするからです。それが私の人付き合いのルールなのだと、初めて実感しました。

恐らく、私は今回、そうした点で相手に違和感を持ったのでしょう。その人との協業の話は、お断りしました。ただし、これはあくまでも私の主観です。実は社員や部下を大切にする人なのに、私が未熟で、そのことに気付けなかっただけなのかもしれません。そう考えると、メンターの方が言う「お断りは、謙虚な気持ちで丁寧に」というのも、よく分かる気がしたのです。

今日お伝えしたことは、皆さんには、まだピンとこないかもしれません。しかし、「こういう人とは付き合わない」という自分のルールを決めておくことは、皆さん自身が「どのように仕事をしていきたいか」「どのような人生を送りたいか」につながっていくのではないでしょうか。

ちなみに、尊敬するメンターの方は、「人の時間を大切にしない人とは付き合わない」と決めています。遅刻の他、自分勝手に仕事を進め、周りへの配慮がない人も該当するそうです。そうした方にお付き合いいただけることに感謝し、自分を顧みる軸にしようと、改めて感じました。

以上(2019年11月)

pj16983
画像:Mariko Mitsuda

【規程・文例集】「私有スマートデバイス取扱規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:最新法令に対応し、運営上で無理のない会社規程のひな型が欲しい経営者、実務担当者
  • 課題:法令改正へのキャッチアップが難しい。また、内規として運用してきたが法的に適切か判断が難しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士、公認会計士などの専門家が監修したひな型を利用する

1 私有スマートデバイスを業務に利用する「BYOD」

スマートフォンやタブレット端末などの携行可能な情報通信機器(以下「スマートデバイス」)が普及し、従業員が私有スマートデバイスを業務に利用する「BYOD」(Bring Your Own Device)という考え方が広まっています。

従業員にとってBYODは、使い慣れたスマートデバイスで、自ら導入したアプリケーション(アプリ)やクラウドサービスを利用し、いつでもどこでも業務を行えるという面で大きなメリットがあります。例えば、次のような行為を日常的にしているビジネスパーソンは少なくないのではないでしょうか。

  • 私有のスマートフォンで顧客に連絡し、訪問のアポイントメントを取る
  • 私有のスマートフォンにインストールした名刺管理アプリで顧客情報を管理する
  • 私有のタブレット端末で会社のサーバーにアクセスし、メールを確認する
  • 自宅で私有のタブレット端末を使い、見積書を作成する
  • 出張先のホテルで私有のタブレット端末を使い、翌日の会議の資料を作成する

会社にとってBYODは、従業員の業務効率化や組織の生産性向上、機器の導入や使い方の教育に掛かるコスト抑制などが期待できる半面、ルールを定めなければ、重要な情報の紛失・漏洩にもつながる危険性をはらむ悩ましい課題です。

BYODを有効活用するためには、私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する際の取り扱いと情報管理について定めた規程の策定や、業務に利用する場合の注意点についての教育を受ける機会を設ける必要があります。

本稿では、コンピュータソフトウェア協会が公表している「私有スマートデバイス取扱規程サンプル」「私有スマートデバイス利用許可申請書サンプル【新規】」「私有スマートデバイス利用許可申請書サンプル【機器追加】」「私有スマートデバイス利用解除申請書サンプル」(注)を基に、私有スマートデバイス取扱規程のひな型について紹介します。

■コンピュータソフトウェア協会「『BYOD』導入検討企業向け情報提供ページ」■
https://www.csaj.jp/activity/support/sample/byod.html

(注)コンピュータソフトウェア協会「私有スマートデバイス取扱規程サンプル」「私有スマートデバイス利用許可申請書サンプル【新規】」「私有スマートデバイス利用許可申請書サンプル【機器追加】」「私有スマートデバイス利用解除申請書サンプル」は、クリエイティブ・コモンズライセンス「CC BY-SA 2.1 JP 」によって許諾されています。

BY-SA

ライセンス証  https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.1/jp/
リーガルコード https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.1/jp/legalcode

なお、これらのサンプルは、特定の前提条件を想定して作成されており、それぞれの内容が必ずしも参照される各社の状況にそのまま合致するとは限りません。

2 私有スマートデバイス取扱規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【私有スマートデバイス取扱規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する際の取り扱いと情報管理について定めるとともに、私有スマートデバイスからの情報漏洩、紛失、盗難、外部侵入などの危機に際しての行動指針を定め、会社の情報セキュリティの維持・向上並びに業務効率の向上を通じて、顧客の信頼を確保することを目的とする。

第2条(適用範囲)
1)本規程は、役員および従業員(以下「従業員等」)に適用されるものとする。
2)会社の業務委託を受けて、会社の情報システムに接続する委託事業者および派遣社員等が、私有スマートデバイスから会社の情報システムへ接続することは原則禁止とする。

第3条(用語の定義)
スマートデバイスとは、スマートフォン、タブレット端末等の携行可能な情報通信機器もしくは会社が判断した機器をいう。

第4条(利用許可)
1)利用許可を得た従業員等に限り、会社の許可条件に従い、私有スマートデバイスで、会社の電子メール、業務で使用する情報資産、顧客情報、業務アプリケーションの使用等もしくは、VPN、有線LAN、無線LAN等へ接続、使用することができる。なお、利用許可の範囲は、会社が認めた所定の範囲とする。
2)従業員等は、業務遂行において私有スマートデバイスを利用しようとする場合、所定の別表第1「私有スマートデバイス利用許可申請【新規】」を提出し、承認を得なければならないものとする。
3)会社は、利用状況等に鑑み、いつでも前項に規定する利用許可を解除することができるものとする。
4)会社は、第2項に規定する利用許可に当たり、許可申請のあった私有スマートデバイスに他の企業の機密情報であって、持ち出し・複製・第三者への開示が禁止された情報が含まれている場合には、従業員等に当該情報を消去させることができる。
5)従業員等は、会社が定めた私有スマートデバイス利用許可申請に記載されている内容および本規程の全てを順守するものとする。
6)従業員等は、会社が実施する私有スマートデバイスに関する教育プログラムを受講し、受講報告書を提出するものとする。
7)従業員等は、業務遂行において私有スマートデバイスを追加する場合、所定の別表第2「私有スマートデバイス利用許可申請【機器追加】」を提出し、承認を得なければならないものとする。
8)従業員等は、退職や業務遂行において私有スマートデバイスを利用する必要がなくなった場合、所定の別表第3「私有スマートデバイス利用解除申請」を提出し、承認を得なければならないものとする。なお、従業員等は利用解除に当たり事前に、利用していた私有スマートデバイスに登録されている会社業務に関する全ての情報を消去するものとする。
9)従業員等は、機種変更などの事由により業務遂行において私有スマートデバイスを変更する場合、初めに別表第3を提出した後、あらためて別表第1を提出し、承認を得るものとする。
10)利用許可を得ていない従業員等は、私有スマートデバイスによる会社の電子メール、業務で使用する情報資産、顧客情報、業務アプリケーションの使用等もしくは、VPN、有線LAN、無線LAN等への接続、使用を一切禁止する。

第5条(費用負担)
1)会社は、従業員等が利用する私有スマートデバイスの通信費用、保守費用、データバックアップ費用、紛失等での再取得費用等を原則として一切負担しない。
2)私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する従業員等は、業務利用部分の通話費用を明確にした請求書を作成し、部門長、総務部門を経由して経理部門に届け出るものとする。その場合、加入電話会社が提供する通話記録の明細書を添付しなければならない。
3)前項の請求分は毎賃金計算期間の末日に締め切り、別途「賃金規程」(省略)に定める賃金支払日に支給する。

第6条(善管注意義務)
1)私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する従業員等は、個人情報保護、不正競争防止、情報管理における一般的な知識の下、法令を順守し、善良なる管理者の注意をもって私有スマートデバイスを管理、運用しなければならない。
2)従業員等は、本規程、その他情報セキュリティに関連する全ての規程等(以下「情報セキュリティ等の規程等」)の改定、変更に注意を払い、常に最新の情報セキュリティ等の規程等を十分に理解するよう努めなければならない。
3)従業員等は、私有スマートデバイスの管理、運用に当たり、業務で利用する情報とプライベートで利用する情報を、明確に分けておかなければならない。
4)従業員等は、私有スマートデバイスを紛失し、もしくは盗難に遭った場合、またはコンピューターウイルスに感染し、もしくはその恐れがあると判断した場合には直ちに上長等に報告しなければならない。

第7条(監査)
1)私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する従業員等は、会社の求めに応じて、情報セキュリティ等の規程等に関する適用状況について、監査を受けなければならない。
2)私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する従業員等は、監査において、デバイスの安全性や設定状態、業務情報の保存状態の開示、これらを確認するための操作に協力しなければならない。

第8条(緊急措置)
1)会社は、会社のデータやプログラム、もしくは情報システム、または顧客のデータ(以下「データ等」)の保護のため必要と判断される場合、従業員等の私有スマートデバイスによる会社の情報システムへの接続を解除することができる。
2)従業員等は、本規程に違反し、もしくはその恐れがあると判断された場合、速やかに私有スマートデバイスの利用を中止し、上長等に報告するとともに、本規程で定められた手順、もしくは上長等の指示にのっとり、私有スマートデバイスにあるデータ等の消去など、適切な処置を講じなければならない。
3)前項の私有スマートデバイスにあるデータ等の消去には、状況に応じて私有スマートデバイスに保存されたプライベートで利用する情報が含まれる場合がある。
4)上長等は第1項および第2項に規定する措置を実施するに際し、合理的かつ有効な措置を従業員等とともに講じなければならない。
5)従業員等が第2項にあるデータ等の消去などを速やかに行わない、もしくはそれらの措置を講じることが困難な場合、会社は強制的にデータ等の消去などを行える権利を有するものとする。

第9条(免責)
従業員等は、業務遂行において私有スマートデバイスを利用するに当たって生じるリスクについて、全ての責任を負うものとし、会社は一切責任を負わないものとする。これには、会社が第8条第3項にある私有スマートデバイスに保存されたプライベートで利用する情報などを消去した場合を含む。

第10条(賠償)
従業員等が本規程に違反し会社に損害を与えた場合、会社は当該従業員等に対して相当分の賠償を求める場合がある。

第11条(罰則)
従業員等が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第12条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

(別表第1)

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(別表第2)

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(別表第3)

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以上(2019年11月)

op60147
画像:ESB Professional-shutterstock

私有スマートデバイスの業務利用BYODについて考える

書いてあること

  • 主な読者:私有スマートデバイスを業務で利用する従業員がいる企業の経営者、情報システム部門、管理責任者
  • 課題:従業員の業務効率化や組織の生産性向上は図りたいが、重要な情報の紛失・漏洩は避けなければならない
  • 解決策:実態を把握した上で、リスクの軽減と、従業員の利便性や業務効率化を勘案した対応をしていく

1 私有スマートデバイスの脅威

1)BYODとは

スマートフォンやタブレット端末などの携行可能な情報通信機器(以下「スマートデバイス」)が普及し、従業員が私有スマートデバイスを業務に利用する「BYOD」(Bring Your Own Device)という考え方が広まっています。

従業員にとってBYODは、使い慣れたスマートデバイスで、自ら導入したアプリケーション(アプリ)やクラウドサービスを利用し、いつでもどこでも業務を行えるという面で大きなメリットがあります。

一方、企業にとってBYODは、従業員の業務効率化や組織の生産性向上、機器の導入や使い方の教育にかかるコストの抑制などが期待できる半面、重要な情報の紛失・漏洩の危険性もはらむ悩ましい課題です。

2)情報漏洩が発生すれば企業の責任が問われる

業務用の社有パソコンについては、多くの企業が情報システム部門や管理責任者などを設置し、端末の管理規程や利用マニュアルを整備し、情報セキュリティや個人情報保護に関する教育などの措置を講じ、取り扱いを管理・監視する体制を構築していることでしょう。

一方、従業員の私有スマートデバイスについては、あくまで「私物」であり、企業の管理の範囲外と見なしているケースもあるようです。しかし、仮に、業務にスマートデバイスを利用し、そのことが原因でセキュリティ被害や情報漏洩が発生した場合には、「そのスマートデバイスが社有か、私有か」「利用場所は社内か、社外か」「利用時間は業務時間内か、業務時間外か」などにかかわらず、企業の責任が問われることになります。

3)リスクを認識し、実態に即した対応が求められる

企業がルールを定めなければ、従業員は私有スマートデバイス内に、業務データとプライベートなデータを混在させて保存することになります。従業員のプライベートなデータを企業が管理・監視することは、プライバシーの権利の観点からも現実的ではありませんが、業務データは企業が管理・監視し、守るべき重要な経営資源の1つです。

従業員が、私有スマートデバイスを使って社有パソコンと同等の業務データを取り扱えるという状況は紛れもない事実であり、その状況を看過、黙認することは、業務データの紛失・漏洩などにつながりかねません。

企業は、BYODにおける脅威およびリスクを認識する必要があります。そして、自社のBYODの実態を把握した上で、リスクの軽減と、従業員の利便性や業務効率化を勘案した対応をしていくことが求められます。

2 BYODにおける脅威およびリスクの例

BYODにおける脅威およびリスクの例として次が挙げられます。

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従業員は、私有スマートデバイスを常に持ち歩くため、紛失、水没や落下による故障といった偶発的な事象によって業務データが漏洩、消失する恐れがあります。

また、悪意を持った第三者による盗難、画面ののぞき見、不正プログラムへの感染などによって業務データが漏洩する恐れもあります。

さらに、タッチパネルの反応範囲や反応速度による操作ミス、Wi-Fiの自動接続設定をオンにしておいたことによる不正な無線LANアクセスポイントへの接続、私的に利用するアプリがGPSの位置情報や電話帳データにアクセスすることを知らずにインストールしていたなど、従業員の認識不足が業務データの漏洩につながる恐れもあります。

3 BYOD導入に当たっての検討課題

1)BYODにおけるリスクへの対応

リスクの大きさは、一般的に、脅威の発生確率、脅威が及ぼす影響度の掛け算によって評価できます。

BYODにおけるリスクへの対応を検討する際には、まず、自社にどのような脅威があるのか、実態を把握し、リスクを適切に評価する必要があります。アンケートやヒアリングを実施するなど、私有スマートデバイスの業務利用について従業員の実態を確認し、脅威を洗い出し、その上で、脅威の発生確率や影響度について評価していきます。

リスク評価の結果は、どのような業務をBYODで遂行するのか/しないのかを決める際の1つの判断材料となります。

2)従業員の利便性や業務効率化の勘案

どのような業務をBYODで遂行するのか/しないのかを決める際、重要なのは、リスク評価の結果と従業員の利便性や業務効率化の関係を勘案することです。

リスク評価の結果、仮にリスクが大きいと判断したとしても、リスクに比して、従業員の利便性や業務効率化の効果が期待できることもあり得ます。また、仮に、リスクが大きいという理由で、ある業務をBYODで遂行することを禁止したとしても、隠れて行う従業員が出てくる可能性もあります。

リスクへの対応は、リスク評価の結果と従業員の利便性や業務効率化を比較検討し、経営判断を下すことになります。

3)セキュリティ対策の考え方

BYODにおけるセキュリティの確保は、従業員の意識次第という面は否めません。そのため、BYODにおけるセキュリティ対策を検討する際には、従業員による運用面と企業(情報システム部門)による技術面の2つの側面から考える必要があります。BYODにおけるセキュリティ対策例として次が挙げられます。

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例えば、盗難や紛失は、発生してしまうことを前提に、「端末内に業務データを残さないこと」が情報漏洩を防ぐための基本的な考え方となります。その上で、業務データが残っている可能性を考慮し、「第三者による侵入やデータの窃取を防ぐために端末をパスワードで保護しておくこと」、さらに「万一、端末のパスワードが破られた場合に備えてデータを暗号化しておくこと」が必要といえるでしょう。

4)従業員の私的なデータと業務データの使い分け

BYODで重要なのは、私的なデータと業務データを明確に使い分けることです。これらが端末内で混在して保存されていた場合、万一の際、業務データの情報漏洩を防ぐために、リモートワイプ機能で私的なデータも一緒に消去しなければならなくなります。

また、私的なデータと業務データがクラウドサービスなどの外部記憶域で混在して保存されていた場合、業務データが個人ごとに異なるクラウドサービスに広く拡散し、情報漏洩などが発生した際の原因究明や対策が困難になってしまいます。

業務で利用するアプリやアカウントは、プライベートで利用するアプリやアカウントと別にするなど、「公私を使い分ける」ことを従業員に理解させる必要があります。

5)利用終了時の取り扱いの明確化

従業員が退職したときやスマートデバイスを買い替えたときなどには、それまで使ってきたスマートデバイスを、業務で利用できないようにしなければなりません。その際、顧客情報や業務上知り得た機密情報などが、端末内に残存していないかチェックし、残っていれば削除する必要があります。また、ファイルサーバー、社内ネットワークなどへのアクセス権限も削除します。

ただし、従業員が個人で利用しているクラウドサービスのシステム上に残っている業務データについて、企業側で把握することは困難です。そのため、クラウドサービスについてあらかじめ利用を禁止するか、クラウドサービスのシステムから業務データを削除したことを誓約させるなどの措置が必要です。

6)費用負担

業務目的以外で従業員が自費で購入した有償アプリの取り扱い、スマートデバイス本体の購入代金の負担、通信費の負担などについても取り決めておく必要があります。

例えば、セキュリティ対策製品の導入や業務アプリのインストールなどについては、状況によって企業側の費用負担を考慮する必要があるでしょう。

なお、ビジネス用には050で始まる番号(IP電話)、プライベート用には080/090で始まる番号を簡単な操作で使い分けでき、ビジネスで利用した通話料は企業に請求するサービスもあります。そうしたサービスの利用も検討するとよいでしょう。

以上(2019年11月)

op60146
画像:photo-ac

全国、全ての中小企業を黒字に!〜ITサービスを提供するライトアップ社が実現したいこと/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人 杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、昨年(2018年)6月にマザーズに上場された株式会社ライトアップの代表取締役である白石 崇さんです。

全国にあまたある企業の中で、周知のとおり圧倒的に数が多いのは中小企業。平成27年度国税庁データによると、企業数における大企業の割合は、0.3%。残りの99.7%の中で、黒字の中小企業は35.4%、圧倒的多数を占める64.3%の中小企業が赤字となっている現実。この赤字の中小企業にIT化という経営支援を推進することで経常利益率は1.46倍(出所:経済産業省)に。そこにコミットして、サービスを販売することから考えると儲かりづらい赤字中小企業にマーケットを絞り、愚直に事業に取り組んでおられる白石さんにお話を伺いました。

1 中小企業の課題感について

1)現状について なぜ赤字中小企業にターゲットを絞っているか?

大企業も中小企業の支えがあってこそ経営がなりたっているはず。その中で中小企業を取り巻く環境は厳しくなる一方。その支えている中小企業の3分の2が赤字決算、本当に厳しい経営環境。なぜ企業はITやネットを活用しようとしているのか? それは経営状態を改善したいからだ(売上向上等)と、いつしか考えるようになった白石さん、そのために2014年に専門部署を立ち上げ『経営支援』に真っ向から取り組んでいくと覚悟を決めたそうです。

冒頭の、業務をIT化することで経常利益が1.46倍に増える!ここにフォーカスして赤字企業を黒字へ導く支援をスタートしたそうです。赤字企業のIT化へのネックは【資金不足】と【人材・ノウハウ不足】の2点(中小企業庁のデータより)。ここも明確化している、そのために【安価】なITサービスを提供し、そのためのチャレンジ資金をなんとか確保する。解決施策と資金の両方の【解】をセットで提供することでどんな赤字企業でも業務のIT化が実現し、利益率を向上させることができる環境を作り、提供していきたいと話します。もともとITの世界にいた白石さんは、【資金不足】と【人材・ノウハウ不足】の2点をITで解決するのが、IT企業の役割、存在意義だと語ります。

2)白石さんが実現したいこと

国の税収は主に3つ、所得税、法人税、消費税で合計60兆円。支出は約100兆円。毎年40兆円の国債が新規で発行されている現実。現在300万社の法人が存在しますが、その合計で30兆円の利益を出し、12兆円の法人税が納付されています。

ここを白石さんは、すべての企業が3倍の利益を出すことができれば、法人税は36兆円となり、国債発行はほぼ必要なくなる。そしてさらに3倍の利益になれば国家予算は2倍に増えて、すべての社会問題に対して何らかの対策を打つことができ、日本を再度活性化させることができると思っていらっしゃいます。

起業家として大きな課題解決を掲げて取り組む大切さを感じました。

3)白石さんが実現できたこと(2018年度)

  • 年間2万社の経営者に2時間の経営勉強会でIT活用のノウハウ提供ができた
  • 年間2000社に対して経営コンサルティングができた
  • 年間3000社に対して業務のIT化支援を提供できた

この実績はなかなかすごいですね。そもそも事業投資、事業継続もままならない、赤字企業へアプローチすること、儲からないの一言が参入障壁となっていると感じますが、その儲けづらいマーケットをあえて選んで事業展開をされていることに頭が下がります。

その上、想いの高さ、大きな実績を作っておられる白石さん、続いて起業に至るまでのお話についてお聞きしました。

2 起業のキッカケ

1)NTTを辞めるまで 会社員時代6万人のファンがいたそうです

大学生の時の衝撃的な出会い、それがEメール、インターネット。【世の中を変える】そう感じ、一生このインパクトあるツールとなにかしら付き合っていこうと決めていたそうです。

その環境を続けられる会社として選択したのがNTT。「マルチメディアを形にするNTT」というテレビCMを見たことがきっかけだったそうです。サラリーマン活動がスタートしました。でもなかなか自分のやりたいことができない時、入社4年目にインターネットプロバイダ事業を行う子会社に出向した際、その事業連携の打診先にと連絡を取ったのが、後に転職することになる、まだまだ人数の少なかったサイバーエージェント社だったそうです。白石さんから連絡した時に、サイバーエージェント社側から『あのメルマガで有名な白石さん?』と聞かれたそうで、ご自身がビックリ。

白石さんは、大学時代から心理学を学び、それを題材に個人でメルマガを発行していたそうで、読者が当時6万人を超えてランキング3位という、その世界では【有名人】だったそうです。この有名人の白石さんから連絡があった、サイバーエージェント社側が、白石さんをスカウトへと動いて、NTTを退職することになったそうです。

2)サイバーエージェント社をスピンアウト

サイバーエージェント社に入社した白石さん、プログラム以外の仕事はすべてやりました、と話します。同社初のコンテンツ企画制作部門を創っていかれたそうです。

入社して1年ほどで転機を迎えます。白石さんが管掌していたコンテンツ部門が業務縮小へと方針が変化し、仕事がやりづらくなっていったそうです。その頃一緒に仕事していた部下の皆さんから『辞めないのですか?』『起業しないのですか?』と尋ねられるようになり、全く起業志向ではなかった中で周りから背中を押される感じで、起業の道を選んだそうです。サイバーエージェント社とはその後も友好関係が続き、創業後数年間はたくさんの仕事を発注してもらえたそうです。

以下にライトアップ社HPから同社の変遷をご紹介します。

    ・(株)ライトアップ・現在までの歴史

    (株)ライトアップは、2002年にサイバーエージェント社コンテンツ部門メンバーが中心になり設立されました。元々の部署名が「メルマガファクトリ」だったこともあり、当初は様々な企業の「メールマガジン」の編集代行を実施していました。現在でも、ライトアップは「現存する国内最古のメルマガ編集会社のひとつ」だと思います。

    その後、「メルマガ」→「ブログ」→「バズマーケ」→「ソーシャルマーケ」→「SEO」→「クラウドツール」→「経営コンサル」・・・と新規事業と業態転換を続けながら拡大していきます。その結果、2018年6月22日(金)に東証マザーズ市場へ上場することができました(証券コード:6580)。

    選択と集中という言葉がありますが、弊社は真逆を進み「世の中が望むサービスをできるだけたくさん、できるだけ低コストで提供し続けていく」をモットーに、あらゆるネット系新規事業にチャレンジし続けています。

    20年近くの社歴に基づいた安定感と、社員の数より多い商品・サービス群を武器に、これからも「受託制作業務」→「クラウドツール開発・卸業務」→「赤字の中小企業への経営・IT支援」に全力で取り組んでまいります。

    現在、最も力を入れていることはこちらです。これがIT・ネット企業の存在意義だと考えています。

    「全国、全ての中小企業を黒字にする」

    (出所:ライトアップ社ウェブサイト)

この歴史を拝見していて、まさに企業は生き物、トライアンドエラーの連続、ITを土台に時代にマッチする事業を行っている。白石さんのマーケットの声を聞く姿勢があればこそのことと感じました。

続いて、同社の事業概要、今力を入れている事業についてお話を聞きました。

3 毎年、年間600回のセミナーを開催、2万社の経営層が参加!

1)年間600回をどうやって?

年間600回のセミナー、勉強会、イベントを実施されている白石さん、IT企業だけにオンラインで実施している?と思いますがそれが全てリアルイベントだそうです。白石さん曰く、まだまだ地方の中小企業経営者はインターネットを日常的に【活用していない】ため、IT企業でありながら、対面状況を創り全国で600回にのぼるリアルな説明会イベントを開催しています。と。このリアルイベント、勉強会を開催するために、全国の、地銀、電力会社、生損保、自治体、商工会議所等と連携もしているそうです。智恵を絞り出されていますね。

2014年に経営支援に真っ向から取り組む覚悟で開発したツールが、社長のための経営支援サービス

Jマッチの画像です

これは、自社の【資本金、社員数、所在地、売上等】の【基本情報】と、【売上減少、人材採用難、離職率等】の【経営課題】を入力することで、最適な【解決策】と【資金確保手段】を自動的に提案するようになっています。

その結果、2017年には大きく飛躍することができ、会員1万社、80億円超の資金確保(返済不要)、多様な人材研修の提供などが実現できました。大変好評です。とのこと。

Jマッチの画像です

道玄坂日記の画像です

2)現状注力中のITサービスについて

白石さんにココ最近一番注力していること、そこを尋ねますと、真っ先に返事があったのが【採用です】と。昨今採用費はうなぎ登り、コストを掛けても採用人数0人やせっかく採用してもすぐに辞めていく。そんな中で、一人あたりの採用コストが150万円となっている現実。そこを10万円に下げようと頑張っていらっしゃいます。その余ったコストの100万円分を入社後の育成、研修や業務のIT化に投資できる経営環境を作りたいと思っています。

自社でもコスト70万円で15名の採用に成功されています。その概要はこちらです。

上記以外にも、外国人に特化した求人媒体、ロジックで最適人材を紹介する全自動の人材紹介会社システム、1日500円からの短期バイト・マッチングサービス、無料で利用できる採用診断システム、と多彩なサービスを展開中です。

3)今後の展開について

採用の次は離職の防止で経営者の役に立ちたいと思っている白石さん。

「革命的なPCログ分析ツール」「かゆいところに手が届く月次自動アンケートシステム」「ブロックチェーンを活用した福利厚生サービス」「かなり真面目な離職確率測定サービス」となかなかおもしろい企画が目白押しだそうです。順次、システム提供に移っていこうとされています。白石さんは、採用、育成、離職防止といった「人」に関する大切なことにITを活用して自動化し、売上向上や社員の働きやすい環境を実現して、本当の意味で生産性を向上させる。そんな取り組みを進めていこうとされていると思います。

【赤字】の中小企業を支援したいと事業にコミットしている、そんな会社はライトアップくらいだと奇特な会社扱いをされるそうですが、白石さんは、至って真面目に、真剣に取り組んでいますと胸を張ります。

最後に事業連携についても積極的に進めようとされています。同社としても提供できること、また必要としていることについても伺いました。

◆同社が提供できるもの

  • Jマッチ会員5万社をご紹介できます(79%が経営層・社員数20名未満)。毎年2万社の経営層が参加する勉強会を共同で開催したり、サービスを公的支援制度対応にリパッケージできます(価格ネックの大幅低減)。
  • 最新の各種ITツールを安価に“卸”せます。

◆同社が必要としているもの

  • 中小企業を支援したいと考えている「パートナー企業」「個人」
  • 中小企業の経営課題を解決できる「IT系サービス」
  • 新しいITサービスを開発したが、売り方がわからない「ベンチャー企業」

※法人、個人の区別なく、ビジョンに共感していただける方は大歓迎です、とのこと。

自分たちは、日本経済の足元を支えている中小零細企業の社長の悩みに向き合って、それに対して何をしたらいいかだけを真剣に考えてきた、そしてこれからも考えていく会社です。とお話しされる白石さん。

事業連携も加速していきながら赤字の中小企業を無くす、白石さんの「世の中へのお役立ち」にますますの成長を期待したい会社だと感じる次第です。

白石さんと杉浦さんの画像です

以上(2019年10月作成)

売れる営業の5つの条件

1 販売だけではない営業担当者の仕事

営業活動の中心は販売ですが、そこに至るまでには次の活動も不可欠です。これらの活動は数字には表れませんが、優れた営業担当者はその重要性を十分に理解して取り組んでいます。

  • 関係者との良好な関係構築など、商品を販売しやすい環境をつくり上げる
  • つくり上げた環境を活かし、顧客に適切な提案をする

このような機能を「商品販売」「関係構築」「情報収集」「アラーム」に分類した場合、それらの関係図は次の通りです。

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「商品販売」機能の活性化は、営業担当者の最終目標です。この機能を十分に発揮するためには、「関係構築」「情報収集」「アラーム」の3つの機能が欠かせません。また、「関係構築」「情報収集」「アラーム」機能から「商品販売」機能に向かう途中に、最後の壁が立ちはだかっていることが分かります。最後の壁を突破できなければ、「商品販売」機能を十分に発揮することは難しいのです。

本稿では、「商品販売」「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能について確認した後、最後の壁を突破するための考え方を紹介します。

2 「商品販売」機能

「商品販売」機能とは、取り扱う商品を販売することであり、営業活動の中心です。ただし、営業担当者は営業成果として売り上げのことだけを考えていればよいわけではありません。「商品販売」機能を十分に発揮するために、営業担当者は「関係構築」機能などにも積極的に取り組まなければなりません。

一方、「関係構築」機能などが不十分であっても、コンスタントに成果を上げる営業担当者がいます。こうした営業担当者は、「事前準備が不十分でも、最後の壁を突破する力が強い」「本当に重要な場面で、上手に『関係構築』機能などを発揮している」のです。あるいは、たまたま自社の商品などを求めている顧客をタイミング良く訪問するなど、強運の持ち主であることもあります。いずれにしても、他人がまねをすることは難しいスタイルです。

営業の基本は、あくまでも「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能を十分に発揮することです。

3 「関係構築」機能

1)「関係構築」機能とは

「関係構築」機能とは、社内外を問わず、関係各所と良好な関係を構築する活動です。もし営業担当者が、「営業成果は自分の手柄。だから、社内でも社外でも一匹おおかみでいい」と考えているのなら改めましょう。顧客の要求が高度になっている現在、営業担当者だけの力には限界があります。少し乱暴な言い方ですが、「利用できる相手は利用する」姿勢が必要で、そのためには周囲との関係構築が重要となるのです。

営業担当者が「関係構築」機能を発揮すべき主な相手は次の通りです。

2)社内との関係構築

1.上司との関係

上司との関係を良好に保って信頼を獲得します。上司の信頼が得られれば自分の提案などが承認されやすくなり、営業の幅が広がります。

2.他の営業担当者との関係

他の営業担当者の好成績をうらやむだけでは前に進みません。自分よりも優れた営業担当者と積極的に情報交換を行い、そのノウハウを自分のものにしていきましょう。

3.他部門との関係

製造部門、経理部門など他部門との連携を深めましょう。営業部門と製造部門の連携がスムーズなら、少々厳しい納期にも製造部門が対応してくれるでしょう。

3)顧客との関係構築

1.窓口担当者との関係

既存顧客や見込み客から見て、営業担当者は常に頼れる味方でなければなりません。営業担当者は複数の顧客を担当しますが、顧客に「自社は○○さんが担当している営業先の1つ」と意識させては失格です。あたかも専属の営業担当者であるかのように振る舞い、「○○さんは、いつも自社のことを考えてくれる面倒見の良い担当者だ」と思わせることが重要です。

2.窓口担当者の上司の存在を意識する

営業担当者は、「自分の取引相手は顧客の窓口担当者」と考えてはいけません。窓口担当者の背後には、上位の意思決定権者がいます。その存在を常に意識しておきましょう。

3.窓口担当者の上司と商談する際のポイント

窓口担当者の上司と商談できる機会は限られています。その貴重な機会を無駄にしないよう、臆せずに自信を持って提案していきましょう。営業担当者の自信ある姿は相手に安心感を与え、信頼へとつながっていきます。

4)業界団体との関係構築

1.業界団体との関係

多くの業界には、いわゆる「業界団体」があります。必要に応じて業界団体との関係を構築しておくと、業界全体の動きが把握しやすくなります。

2.業界団体との関係構築のポイント

業界団体との関係を構築する上で注意が必要なのは、業界団体はあくまでも公平・公正な立場の組織であるということです。無理に取り入ろうとすれば、かえって不信感を抱かれます。まずはこまめに連絡するなど、自社の存在、自社の取り組み、自分の名前を覚えてもらうようにしましょう。

5)他社との関係構築

1.競合先との関係

競合先を意識し過ぎるのは問題です。競合先の営業担当者もあなたと同じ悩みを抱えているはずです。一線を引く必要はありますが、営業担当者レベルで適度に良好な関係を築き、情報交換ができる関係になるのは有意義です。

2.類似商品の販売企業との関係

直接の競合先には当たらないものの、同業界で類似した商品を販売している企業があります。こうした先を気に留めない営業担当者が多いようですが、これは残念なことです。顧客層が異なる(競合先ではない)分、ざっくばらんに情報交換ができますし、信頼関係が強まれば、互いに見込み客を紹介し合う間柄に発展することもあります。

6)友人・知人などとの関係構築

営業担当者の優劣は情報の収集・分析力にあります。社内や顧客などから得られる情報は、営業担当者には不可欠です。さらに、家族・友人・知人など営業担当者の私的な人脈から得られる情報もあります。また、セミナーや趣味などで広げた人脈を大切に育むことも非常に重要です。

4 「情報収集」機能

1)「情報収集」機能とは

「情報収集」機能とは、幅広く適切な情報を収集することです。営業担当者が収集すべき情報は多岐にわたります。「顧客との関係構築」が発揮されていれば、比較的スムーズに情報収集できるでしょう。「情報収集」機能に取り組み始めた当初、集まってくる情報は“点”にすぎないかもしれません。しかし、“点”は少しずつ連続して“線”となり、何本も“線”が引かれることで、最後は大きな“面”となります。“面”となった情報は営業戦略の方向性を確認し、必要に応じて修正していく際の羅針盤となります。

目標は、全ての情報が自分(自社)に集まるような体制を整えることです。そのために、例えば、次のような情報の収集に取り組みましょう。

2)商品情報の収集

1.同業他社の商品情報の収集

同業他社の商品情報も徹底的に収集します。一通りの情報は他社のウェブサイトなどから収集できます。

2.自社商品と他社商品の比較

自社商品と他社商品の機能などの違いをまとめた一覧表を作成することは非常に重要です。ただし、これは多くの営業担当者が実践していることなので、そこで一歩踏み込んで、顧客の窓口担当者とその上司の立場で、自社商品と他社商品について必要な情報を整理してみましょう。その際の視点は次の通りです。

  • 窓口担当者

窓口担当者は、複数の企業の商品を比較し、どの企業の提案が最も上司に報告しやすいかを考える傾向があります。また、自分と相性が良く、自分の意図を正確に理解してくれる営業担当者を好みます。窓口担当者が興味を示すのは、各社の商品の機能や価格などを一目で比較できるような資料です。

  • 窓口担当者の上司

窓口担当者の上司(この説明では以下「上司」)は、ある程度の権限を持ち、企業全体の利益を常に考えて判断しています。誰でも知っているようなメリットや機能は、既に窓口担当者からの報告で把握しています。

上司が興味を示すのは、他社の動向、商品導入後に自社が他社より優位に立てる点です。また、「費用対効果」についてもシビアなので、上司は価格に見合ったメリットを知りたいと考えています。

3)業界情報の収集

業界団体のウェブサイトや業界紙などを確認し、業界の動向を把握します。規制強化・緩和など業界の方向性を左右する重要な情報は、必要に応じて業界団体に直接問い合わせて確認します。この確認作業は、業界団体との関係構築にもつながります。

4)顧客情報の収集

1.ウェブサイトや業界紙などを通じた基本的な情報の継続的収集

業界団体のウェブサイトや業界紙などから、顧客に関する基本的な情報を収集します。例えば顧客の窓口担当者からの連絡で、「先月、当社は新しい顧客管理システムを導入したんですよ」などと、事後報告を受けるようでは失格です。顧客より先に連絡し、「御社は新しい顧客管理システムを導入されたようですね」と先手を打つようでなければなりません。これは電話が先か後かの時間的な違いではありません。先手を打って連絡することで、窓口担当者が「この営業担当は自社のことをよく理解している。信頼できるな」と考えるようになるのです。

2.窓口担当者を通じた情報収集

業界団体のウェブサイトや業界紙などから収集できない情報は、積極的に窓口担当者に連絡して確認しましょう。窓口担当者と良好な関係を構築できていることが前提ですが、窓口担当者は自分が採用した取引先を上手に使いたいと考えているので、そのために必要な情報は提供してくれることが多いのです。

3.人脈を活かした情報収集

家族や友人などから貴重な顧客情報を収集できることもあります。友人の学生時代の後輩が顧客企業に勤めているなどのケースは意外とあるものです。

5)他社情報の収集

1.ウェブサイト、窓口担当者などからの情報収集

一通りの情報は、他社のウェブサイトなどから収集可能です。より踏み込んだ詳細な情報は、顧客の窓口担当者から収集できることもあります。窓口担当者は、自分の立場を維持するためにも、自分が選択した取引先に一番でいてほしいと考えます。そのため、同業他社について「先日、○○社さんがこんな提案をしてきたよ」などといった貴重な情報を教えてくれることがあります。窓口担当者がこうした情報を教えてくれたときは、素直に感謝しましょう。

2.窓口担当者から情報収集する際の注意点

顧客の窓口担当者が情報を提供してくれるとはいえ、それに頼り過ぎることは禁物です。窓口担当者はこちら側の情報収集力を疑い、「実は何も知らないのではないか」と考えます。一度そのように思われてしまうと、信頼を回復することは容易ではなく、最後は取引を打ち切られるといった最悪のケースもあり得ます。

3.同業他社からの情報収集

同じ業界に属している企業は情報の宝庫です。積極的に情報交換しましょう。

5 「アラーム」機能

1)「アラーム」機能とは

「アラーム」機能とは、業界・顧客・他社などのちょっとした変化も見逃さず、自社のチャンスになる場合も危機になる場合も必ず上司に報告する活動です。この「アラーム」機能が発揮されなければ、「情報収集」機能は意味がありません。

例えば顧客の窓口担当者が、「先日、○○社さんが来て、新しいサービスの提案をしてくれたよ」と貴重な情報を教えてくれたにもかかわらず、何の対策も講じず、上司にも報告しない営業担当者がいたとします。

最悪の場合、この営業担当者は取引先を○○社に奪われてしまいます。また、最悪のケースは回避できたとしても、顧客の窓口担当者は「○○社の提案内容を教えているのに、今の取引先から何のリアクションもない。もしかすると、自社にとってあまり良くない取引先なのではないか」と信頼を失う結果になりかねません。

こうしたことがないように、営業担当者は業界・顧客・他社などのちょっとした変化も見逃してはなりません。例えば、次のような変化には注意が必要です。

2)業界の動き

1.顧客が属する業界で新たな規制強化(緩和)が実施された

自社商品が規制強化(緩和)に対応しているかを即座に確認しましょう。自社商品は既に対応しているが、他社商品はまだ対応していないのであれば大きなビジネスチャンスです。逆の場合は危機であり、早急な対応が求められます。

2.業界団体が、業界標準のサービス構築を進めている

自社商品が業界標準になるチャンスである半面、他社商品が業界標準となれば、多くの顧客を失う危険性があります。

3)顧客の動き

1.顧客からの連絡が途絶えている

頻繁に連絡のあった顧客から、プッツリと連絡が途絶えたら危険信号です。こちらから連絡して状況を確認しましょう。

2.顧客が同業他社のことについて質問してきた

顧客が同業他社を必要以上に気にし始めたら危険信号です。「同業他社から提案がきているのか」「その提案はどのような内容か」を素直に質問し、対策を講じましょう。

3.顧客が突然、訪問したいと言ってきた

通常は営業担当者が顧客を訪問するものです。にもかかわらず、顧客のほうが訪問を申し出てきたら、大きな危機かもしれません。落ち着いて訪問の理由を聞いてみましょう。

4.顧客が値下げ要請をしてきた

値下げ要請は危険信号ですが、大切なのは値下げの金額だけではありません。顧客が値下げを要請してきた理由です。顧客企業内でコスト削減の対象となったのか、他社が自社を下回る価格で提案をしてきているのかを確認しなければなりません。場合によっては、窓口担当者が“言ってみただけ”ということもあります。値下げ要請を受けると、多くの営業担当者は慌てますが、こんなときこそ冷静に対応しなければなりません。

5.顧客がまともに話を聞いていない

営業担当者としての信頼を失っている危険性があります。一から関係を構築し直す必要があるかもしれません。

6.顧客の窓口担当者が異動になった

状況に応じてチャンスにもなりますが、前提として認識しなければならないのは、新たな窓口担当者は、自社商品に何の思い入れもないということです。そのため、取引先を変更したり、それまでの提案の差し戻しを求めることがあります。

一方、前任の窓口担当者になかなか採用してもらえなかった商品を、仕切り直しで提案するチャンスでもあります。いずれにしても、慎重に一から関係を構築し直さなければなりません。

7.顧客の主要な営業エリアで大きな事件や事故があった

顧客への影響が心配です。プレスリリースやインターネットから必要最低限の情報を入手しておきましょう。ただし、こちらから質問することは控えます。

8.顧客の窓口担当者が、訪問前の事前の資料提出を求めている

これまで提出してきた提案書などが、窓口担当者のイメージ通りでなかった場合は危機です。半面、窓口担当者が“本気”で上司に商品導入を進言しようとする際も、同様の動きが見られます。その場合はチャンスです。

9.商談の場に窓口担当者の上司、あるいはさらに上役が出席すると言っている

顧客は営業担当者の提案を本気で検討する姿勢を見せています。大きなチャンスであるため、臆することなく、自信を持って提案しましょう。

10.門前払いが多かった見込み客が、話を聞きたいと言っている

商品を導入したいのか、情報収集だけをしたいのかは微妙です。ただし、見込み客との関係を深めるチャンスであることに違いはありません。

4)他社の動き

1.他社が新しい商品を開発した

新商品に関する情報を収集し、特徴・機能を整理しましょう。仮に自社商品よりも優れているようであれば、その点は素直に認め、顧客から質問されれば事実を伝えます。

2.新たな競合先が誕生した

危機であるかチャンスであるかは分かりません。「強力なライバル」になる可能性と「頼れる提携先」になる可能性の両方があるためです。「関係構築」機能と「情報収集」機能を発揮させ、状況を見守りましょう。

3.顧客から他社の悪評を頻繁に耳にする

顧客の言葉は受け流し、悪評の事実関係の確認を急ぎましょう。決して、顧客と他社の悪口で盛り上がってはいけません。

6 「Win-Win関係創造」機能

1)「Win-Win関係創造」機能がブラックボックスを解き明かす

営業では「商品販売」機能が注目されがちですが、実際は「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能も欠かせません。そして多くの営業担当者は、このことは頭では理解しています。事前準備を周到に行うだけでは営業成果に結びつかないこと、あるいは事前準備をおろそかにしては、コンスタントに営業成果は上げられないことを知っているのです。

実際、多少のビジネスセンスのある営業担当者は、事前準備として「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能を発揮しています。にもかかわらず、なかなか「商品販売」機能に結び付かないのは、事前準備から最終目標である販売に向かう途中に立ちはだかる最後の壁を突破することができないからです。最後の壁は営業のブラックボックスといえ、それを解き明かす鍵となるのが、「Win-Win関係創造」機能です。「Win-Win関係創造」機能の発揮のイメージは次の通りです。

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2)「Win-Win関係創造」機能の基本は想像力

「Win-Win関係創造」機能の基本は、「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能によって明らかになった状況を確認し、自社と顧客の双方にメリットがあるWin-Winの関係をじっくりと想像してみることにあります。要はWin-Winの関係が構築できるように、さまざまな仮説を立ててみればよいのです。

営業担当者が立てた仮説がそのまま実現することは少ないかもしれません。しかし、仮説を立てて検証するという一連の思考を何度も繰り返すことで、「Win-Win関係創造」に近づくことができます。こうした創造のための想像力(仮説立案とその検証)が研ぎ澄まされてくれば、最後の壁を打ち破るための本当の営業力が養われていきます。

  • ケーススタディー

次のような場面に遭遇した際、あなたはどのような仮説を立てますか。

    • 自社:顧客にシステムの一部を販売している。
    • 顧客C社:自社の既存顧客であり、ライバル社とも取引関係にある。
    • ライバル社:競合先。顧客C社にシステムの一部を販売している。
    • 同業他社:自社とライバル社のいずれとも競合関係にない同業他社。自社の営業担当者は、同業他社の営業担当者と関係を構築している。

現在、自社とライバル社は顧客C社にシステムの一部を販売しています。自社とライバル社は競合関係にありますが、顧客C社に関しては一応、営業上のすみ分けができており、直接的な競合関係にはありませんでした。

ところが、顧客C社の業界に直接関係する新法が施行されることになって状況が一変します。顧客C社は新法に対応した新システムの導入を検討し始めました。その一環として複数のシステム業者と取引している現在の体制を見直し、取引先を一本化することも検討しています。

ライバル社はいち早く新法に対応した新システムを開発し、活発に営業活動を展開しています。当然ながら、顧客C社にも積極的にアプローチしています。

また、このケーススタディーで「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能を発揮した結果は次の通りです。

1.「関係構築」機能

    • 私は自社の営業部長とのコミュニケーションは良好で、かなり信頼されている。
    • 私が同僚の営業担当者に聞いたところ、最近、ライバル社の営業が活発らしい。
    • 私がライバル社の営業担当者に聞いたところ、最近、新法に関する問い合わせが多いらしい。
    • 私は顧客C社の窓口担当者と非常に良好な関係を築いている。

2.「情報収集」機能

    • 私が調べた結果、顧客C社の業界では、新しい業界指針が出るらしい。
    • 顧客C社の窓口担当者は、私にこう言っていた。「現在、複数の取引先に自社システムの構築をお願いしているが、できれば一本化してコストを削減したい」
    • 私は同じ業界の同業他社から、次のような情報を入手した。「ライバル社が新法に対応した新しいシステムを開発したらしいが高価格のようだ」

3.「アラーム」機能

    • 顧客C社の窓口担当者の上司から私に直々に連絡があり、会いたいと言ってきた。その際、システムを一手に引き受けた場合の見積もりを提示してほしいと求められた。新法への対応が前提のようだ。
    • そういえば先日、顧客C社の窓口担当者は、私に今のシステムがもう少し安くならないかと尋ねた。本気とは思わなかったが、どうやら自社の価格競争力を確認しているようだ。
    • 顧客C社の窓口担当者は、訪問前に資料だけ送ってほしいと言っている。

例えば次の仮説が立てられるのではないでしょうか。

    • 顧客C社の業界では、新法への対応が重要な課題となっている。近々、業界指針が出るらしく、急いで対応しなければならないようだ。
    • 顧客C社は、新法対応とコストダウンのため、取引先の一本化を図っているようだが、それに対応できる企業は限られてくる。
    • そこで、現時点で有力な選択肢の1つとなっているのが、ライバル社の開発した新システムなのだろう。
    • ただし、同業他社からの情報通り、ライバル社の新システムは高価格らしい。顧客C社の窓口担当者とは良好な関係を築いているはずなのに、わざわざその上司から連絡があり、見積もりが欲しいというのは迷っている証拠だ。
    • いずれにしても、顧客C社は新法に対応したシステムを一手に引き受けてくれる取引先を探していることは間違いない。しかも事前に資料提出まで要求しているところを見ると、商談の場に上位の役職者が出席するかもしれない。

この仮説が妥当であるか否かは分かりません。しかし、このような仮説を立てた営業担当者は、上位の役職者が出席するかもしれない商談をチャンスと捉えることができます。そして、顧客C社のシステムを一手に引き受けるために、新法に対応できるシステムを提案するでしょう。

また、顧客であるC社との交渉では価格が1つのポイントとなることも分かっているため、事前に自分の上司である営業部長に通常よりも低価格で提案をすることの承認も得てあります。顧客C社から見ると、この提案は求める要求の多くを満たすものであり、十分に検討に値するでしょう。

最終的に、顧客C社に自社システムを導入できるか否かは分かりません。もしかすると、ライバル社が大幅な値下げをしてくる可能性もあります。仮にライバル社が大幅な値下げをして、自社が顧客C社を失うことになったとしても、それは営業担当者の責任ではありません。自社のシステムがライバル社より価格競争力で劣っていたための結果であるからです。

営業担当者が臆する必要はありません。大切なことは、継続して「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能を発揮して営業の事前準備を行い、常に「Win-Win関係創造」機能を発揮するといった、正しい営業のプロセスを踏んでいればよいのです。これを続けていけば、いずれは最終目標である「商品販売」機能が高まるでしょう。

7 スランプのときこそ基本に立ち返る

本稿では、営業という仕事を改めて見直すために、営業担当者に求められる機能を「商品販売」「関係構築」「情報収集」「アラーム」「Win-Win関係創造」の5つに分けて紹介してきました。

これらは営業の基本ですが、スランプに陥った営業担当者は、得てして営業の基本を忘れてしまいがちです。大切なのは、スランプのときこそ基本に立ち返ってコツコツと営業活動を展開していくことなのです。

また、「商品販売」機能は、一足飛びに達成できるものではありません。田畑を耕すように事前準備を進め、出始めた芽が枯れないように育て、慎重に収穫までこぎつけなければなりません。

営業の仕事は毎日続くものです。そして、営業の仕事には高いモチベーションとその維持が求められます。このような仕事だからこそ、正しいアプローチを常に継続し、それを自信につなげていきましょう。今は数字が上がっていなくても、正しいアプローチを続けてさえいれば、必ず成約(収穫)のときが訪れます。

以上(2019年10月)

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画像:photo-ac

新たな食糧源として注目される昆虫食の動向

書いてあること

  • 主な読者:食品としての昆虫に関心のある経営者
  • 課題:昆虫食の長所、短所を把握する
  • 解決策:国内外の事例や、専門家の意見を参考にする

1 注目される昆虫食

昨今、「昆虫食」がにわかに注目されており、日本では、昆虫食のメニューや試食会を紹介する記事やテレビ番組を目にすることが増えています。世界に目を向ければ昆虫食は20億人の食生活の一部になっており、今後はさらにその数が増えると予測されています。

昆虫食が注目を集める背景には、食糧を巡る問題があり、昆虫食はその解決策として期待されています。2013年には、国際連合食糧農業機関(以下「FAO」)が、食用昆虫の飼育を推奨する報告書を公表し、昆虫食への注目度が一段と高まりました。

こうした中、海外を中心に、従来は駆除の対象であった昆虫の飼育に乗り出している畜産家や農家がある他、効率的に昆虫を養殖する方法や、昆虫を原料とする加工品などの製造・販売に取り組む企業が出てきています。

2 国内外を取り巻く昆虫食の状況

1)昆虫食を取り巻く世界の状況

世界的に人口や中間所得者層の増加が見込まれる中、食糧の安定的な確保、肉などの動物性たんぱく質のコスト上昇、家畜生産の増加による環境汚染の拡大など、さまざまな食糧を巡る問題への対応が求められています。

こうした中、FAOが「食用昆虫についての報告書」(Edible insects Future prospects for food and feed security)を2013年に公表しました。この報告書では、食用昆虫が、牛肉や鶏肉に匹敵する栄養分を含有し、かつ大きな設備などを必要とせず、水や餌などを抑えて養殖できることが示されています。

また、2018年1月から施行された「新規食品(ノベルフード)」に関するEU規則も、昆虫食市場への追い風とされています。従来、食品としての昆虫の販売は、禁止も認可もされていない状態でした。そのため、昆虫が新規食品として認定されたことで、EU全域で食品として昆虫を流通させることができるようになりました。

昆虫食には、マクドナルドや穀物メジャーのカーギルなどのグローバル企業も注目しています。こうした企業は、肉や大豆といった従来のたんぱく源への依存を減らし、代替たんぱく源の獲得を志向しているとされており、昆虫食関連の企業へ出資しています。

もともと昆虫食の文化があるタイなどの他、欧米諸国においても、昆虫を効率的に養殖するための研究や養殖工場の建設を手掛ける企業、昆虫の粉末を含んだプロテインバーなどの加工品の製造・販売に取り組む企業などが注目されています。

世界全体の市場規模については明らかではないものの、2019年から2030年までの間に、年率24%以上の上昇を続け、2030年には約80億ドル(約8500億円)に達するとの予測もあります。

2)国内の状況

日本における昆虫食の市場規模はどうなのでしょうか。農林水産省や財務省などに生産量や輸入量などについてヒアリングしたところ、昆虫食の市場規模は小さく、統計を集計していませんでした。

昆虫食を販売している国内企業などへのヒアリングによると、一部の大学が研究として昆虫の養殖などを手掛けてはいるものの、タイや欧米諸国のように、本格的な養殖工場などを持っている日本企業はまだないようです。

ただし、伝統的なイナゴのつくだ煮や蜂の子などを製造・販売する企業にヒアリングしたところ、FAOの報告書が公表されてから販売数が増えており、新たな引き合いに対応できないほど盛況のようです。さらに、これらの企業に対して、スーパーマーケットなどを展開する大手企業から、全国の店舗で昆虫のつくだ煮などの販売を打診されているとのことです。

3 従来の家畜との比較

昆虫は、牛や豚、鶏などの従来の動物性たんぱく源に比べると、飼育のための水や餌、土地などが少なくて済むので、生産コストを低く抑えられ、環境への影響も小さいとされています。

その理由として、昆虫は外部の温度により体温が変化する変温動物であるため、牛や豚、鶏などの恒温動物と異なり、体温を保つのに消費するエネルギーが少ないことが挙げられます。

また、種類によって異なるものの、昆虫は従来の動物性たんぱく源と同等かそれ以上の栄養素を含んでいます。FAOの報告書を基に、従来の家畜を生産する場合と昆虫を養殖する場合に必要な水・餌・土地および栄養素の比較は次ページの通りです。

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4 国内外の昆虫食の製品事例

1)Exo(エクソ)(米国):コオロギ粉末を使ったプロテインバーを製造・販売

昆虫食ベンチャーのエクソは、コオロギの粉末を練り込んだプロテインバーを製造・販売しています。同社のプロテインバーは、単にたんぱく質が豊富なコオロギの粉末を固めるだけでなく、フルーツなどの天然素材とミックスさせたものを販売しています。

同社のウェブサイトでは、16グラムのたんぱく質を配合したアイスクリームやチョコブラウニー味などのプロテインバーを、1ダース28ドル(定期購入の場合は23.8ドル)で販売しています。

また、大手広告代理店の電通が運用するコーポレート・ベンチャーキャピタル・ファンドである電通ベンチャーズでは、2016年4月に同社に出資し、製品の普及や新規事業の開発を支援しています。

2)TAKEO(東京都):昆虫食の販売、店舗の運営、昆虫の養殖

昆虫食を販売するTAKEOは、日本で唯一の実店舗を運営しています。実店舗では、同社が運営する通販サイトと同様に、バッタなどの粉末や、サソリをチョコレートでコーティングしたお菓子、タガメからエキスを抽出し、国内で製造されたサイダーなどを販売しています。

同社は、食用の昆虫を養殖するため、神奈川県で「むし畑」も運営しています。むし畑は、できるだけ自然に近い形で環境に配慮した養殖を行うため、化学薬品の使用を極力抑えた土壌や餌を用いています。同社はむし畑で養殖された昆虫の初めての収穫を2019年秋に予定しています。

5 昆虫食の製造・販売を行う際のコスト・留意点

1)原料について

昆虫のつくだ煮などを製造・販売している塚原信州珍味(長野県)によると、日本国内の昆虫を原料とする場合、田畑での採集が基本になります。捕獲は自社で行うか、捕子と呼ばれる昆虫を採集する業者に依頼します。

ただし、自然採集には限界があります。最近では引き合いが増えており、需要に対応するために東北地方や長野県内から仕入れているイナゴや蚕を自社で養殖したり、昆虫食が盛んなラオスから輸入したりすることを検討しているそうです。

なお、同社では、加工前のイナゴを冷凍し、食品の原料用として1キログラム当たり3300円で販売しています(2018年8月時点)。

また、FAOの報告書「Six-legged livestock : edible insect farming, collection and marketing in Thailand」には、昆虫食が盛んなタイ国内での食用昆虫の卸売価格が掲載されています。

同報告書によると、ヨーロッパイエコオロギが1キログラム当たり80~100タイバーツ(当時の日本円で約257~322円)、蚕のさなぎが同120タイバーツ(同約386円)で卸業者向けに販売されていました。

この他、フィンランドで昆虫食の製造・販売をしているEntoCube(以下「エントキューブ」)にヒアリングしたところ、法人向けのコオロギのアメリカ向け参考価格は、最低販売可能数量の2キログラムで70ユーロ(約8800円)、一般向けは5キログラム200ユーロ(約2万5000円)で販売しています(2018年8月時点)。

フィンランド大使館商務部によると、エントキューブも含め、現時点でフィンランドから食品の原料として昆虫を日本へ輸出している企業は把握していないそうです。また、フィンランド国内で流通している食品を日本へ輸入する場合、運賃や保険料などが加算されるため、現地価格の約1.3~2倍程度になるケースが多いとのことです。

2)昆虫の養殖コストについて

エントキューブによると、フィンランド国内でコオロギを養殖する場合、1キログラム当たり5.5ユーロ(約690円)の固定費がかかるそうです。この固定費の中には、餌代や温度調節のための電気代などが含まれています。また、固定費の他にも人件費や運送費、昆虫を乾燥させるための熱処理などの費用がかかるとのことです(2018年8月時点)。

また、農家などが新規に養殖を行う際、養殖器具に関連する費用として、次のようなケースが挙げられるとのことです。

中規模の農家が450個の養殖器具を導入し、1器具当たり1.5キログラムのコオロギを年間11回繰り返して養殖した場合、約4万ユーロ(約500万円)の費用が想定されます。これに加えて、器具の更新などのため、およそ1000~3000ユーロ(約12万5000~37万5000円)の費用が発生するそうです(2018年8月時点)。

3)輸入および国内で製造・販売する際の法規制など

厚生労働省や農林水産省などの関係省庁に確認したところ、昆虫食を輸入および国内で製造・販売する際の法規制などは見当たらないとのことです。しかし、輸入する場合には検疫所、製造・販売する場合には保健所へ相談するのが望ましいとのことです。

また、昆虫食を販売している店舗では、消費者の昆虫食に対する認識が低いため、衛生面で問題が発生しないことに特に留意しているとのことです。

6 専門家からのコメント 

昆虫食の可能性や食べ方について研究をしている、昆虫食普及ネットワーク理事長の内山昭一氏にインタビューした結果は次の通りです。

1)日本における昆虫食の養殖の現状

  • 日本では本格的にビジネスとして昆虫を養殖している企業はまだ多くはありません。徳島大学が食用コオロギの研究に取り組み、地元の企業が連携し、非常食としてコオロギの粉末を生地に練り込んだパンの缶詰を製造しています
  • MUSCA(東京都)は、家畜のし尿にイエバエの卵を入れて短期間に魚の飼料と農業用肥料を量産するシステムを開発しました。他にも小規模ながらコオロギなどを養殖し、商品化を目指す企業や個人からの問い合わせがここ数年増えてきています

2)養殖に適した立地や昆虫の種類

  • 昆虫の養殖は広い面積を必要としない利点があります。飼育セットを積み上げれば狭い面積でも量産できます。また、耕作放棄地に養殖用ハウスを設置する方法も想定されます。外気温が成長速度や身体の大きさに影響を与えるため、温暖な地域が養殖に適しているといえるでしょう
  • 食用としては、今のところ飼育技術が確立しているコオロギ、ミールワーム、蚕などが適しています。イナゴやトノサマバッタなども候補として挙げられるでしょう。飼料としてはイエバエが注目されています。生ごみや家畜の排せつ物なども餌として活用でき、ライフサイクルも他の昆虫に比べて早いのが利点です

3)昆虫食の市場を広めるための課題

  • 今後、市場を拡大するためには、見た目と安全性、価格が主なハードルです。見た目については、欧米の昆虫食品メーカーは、高い栄養素をセールスポイントにして、粉末やプロテインバーに加工し、健康意識の高い人をターゲットに販売しています。日本でもそうした工夫が必要です
  • EUでは昆虫を「新規食品」に加える規則改正が2018年1月から施行されましたが、日本では昆虫はJAS規格に入っていません。昆虫もJAS規格として認定されれば安心して食べてもらえると思います
  • 見た目と安全性がクリアできれば、消費が増えて価格を抑えることができるでしょう

以上(2019年10月)

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会社計算規則に準拠した自己株式の会計処理と表示

書いてあること

  • 主な読者:自社株の取得・処分を検討している中小企業の経営者
  • 課題:中小企業では、自社株取引は頻繁に発生しないため、その取り扱いに迷う
  • 解決策:自社株を取得・処分をした場合の会計上の取り扱いを解説する

1 貸借対照表の純資産の部の表示例

会社法により、株式会社は、自社の株式を取得することが認められています(会社法第155条)。自己株式の会計処理と表示については、法務省令の会社計算規則に定められています。

株式会社が自己株式を取得する場合、その取得価額を自己株式の額とします(会社計算規則第24条第1項)。自己株式は、純資産の部の株主資本に係る項目の中で、控除項目として区分表示します(会社計算規則第76条第2項)。

また、企業会計基準委員会の「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準(企業会計基準第1号)」には、自己株式の貸借対照表における表示方法について「取得した自己株式は、取得原価をもって純資産の部の株主資本から控除する。期末に保有する自己株式は、純資産の部の株主資本の末尾に自己株式として一括して控除する形式で表示する」とされています。会社計算規則に基づいた貸借対照表の純資産の部の表示例は次のようになります。

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本稿は、会社計算規則と企業会計基準委員会の「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準(企業会計基準第1号)」を基に自社株の取得・処分に係る会計処理方法についてまとめたものです。

2 自己株式の会計処理

1)自己株式の取得と保有

自己株式については、従来より資産として扱う考えと資本の控除として扱う考えがありました。資産として扱う考えは、自己株式を取得したのみでは株式は失効しておらず、その他の有価証券と同様に換金性のある会社財産とみることができる点を論拠としています。また、資本の控除として扱う考えは、自己株式の取得は株主との間の資本取引であり、会社所有者に対する会社財産の払戻しの性格を有することを主な論拠としています。

会社法第155条には、「株式会社は、次(同条第1~第13号)に掲げる場合に限り、自己株式を取得することができる」と規定されています。

取締役会設置会社は、市場取引等により自己株式を取得することを取締役会の決議によって定めることができる旨を定款で定めることができます(会社法第165条第2項)。

自己株式の取得価額の総額は、分配可能利益を超えることはできません(会社法第461条第1項)。会社法上の「分配可能額」は分配(配当や自己株式取得)時の財政状態を基に計算されます(会社法第461条第2項)。

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自己株式2000万円を保有したまま期末を迎えた場合、貸借対照表の純資産の部は次のようになります。

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2)自己株式の処分

自己株式の処分は株主との間の資本取引と考えることができ、自己株式の処分に伴う処分差額は原則として損益計算書に計上せず、純資産の部の項目を直接増減します。 自己株式を処分する際に生じる自己株式の処分差益は、その他資本剰余金に計上します。自己株式の処分差損は、その他資本剰余金から減額し、減額しきれない場合は、繰越利益剰余金から減額します。

自己株式処分差益と自己株式処分差損は、会計年度単位で相殺した上で上記処理を行います。

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自己株式1000万円を保有したまま期末を迎えた場合、貸借対照表の純資産の部の株主資本は次のようになります。

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3)自己株式の消却

株式会社は自己株式を消却することができます(会社法第178条第1項)。また、取締役会設置会社では、株式消却の決定は取締役会の決議によらなければなりません(会社法第178条第2項)。自己株式を消却する場合、消却手続きが完了したときに、その他資本剰余金から減額します。

その他資本剰余金の残高がマイナスになった場合、会計期間末において、その他資本剰余金をゼロとして、そのマイナス分の金額を繰越利益剰余金から減額します。

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以上(2019年10月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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褒めればなんでもいいってもんじゃないんだ/若手社員が採用できる、辞めない職場づくりのヒント(3)

1 褒めるべきか褒めないべきか、それが問題だ……

最近の若者は承認欲求が強めだという声をよく耳にします。一方では、あるマネジャーが「若手は派手に営業表彰されるのが嫌いだ」と話していました。褒めればいいのか、褒めないべきか……。対応を間違えるとすぐに辞めてしまうので、余計に悩ましいところです。キーワードは「忖度(そんたく)」。忖度というと政治家や権力者に対するオトナの配慮といったイメージがあるかもしれません。その昔、KY(空気読めない)という言葉がはやりましたが、最近の若者は、実は空気読みまくり、忖度しまくりなんです。 本稿では、拙著『なぜ最近の若者は突然辞めるのか』から一部抜粋し再構成の上、そんな若者への適切な接し方を探ります。

2 やる気アップを促す表彰問題

とあるアパレル企業の例をご紹介しましょう。この企業では、四半期に1度のキックオフが行われ、「売上ナンバーワン販売員」を大々的に表彰するのが恒例です。

  • 「第2クオーターの売上ナンバーワンは、加藤さんです!」。上田店長(男性・36歳)は、入社2年目の販売員・加藤さんの名を、高らかに呼びます。
  • 「はい。なんか、すみません……」
  • 「加藤さんは入って1年ちょっとだけど、勉強熱心だしサボらない。追い抜かれちゃった先輩も、また取り返すぞという気持ちで切磋琢磨(せっさたくま)していってください。じゃあ、加藤さんから、何か工夫したこととか、一言お願い」

たたえられているはずの加藤さんは、どこか居心地が悪そうにしていたものの、指名されたので仕方なしに話し始めました。

  • 「ありがとうございます。そんなに工夫したとか、私なんかが偉そうに言えるようなことはなくてですね、たまたま、うまくいったんだと思っていて……。あの、これが続くように頑張りますので、よろしくお願いします。すみません」

なぜか表彰された人の謝罪で終わるという微妙な空気の中、会は次の段取りへといつも通り進んでいきました。上田店長は過剰なくらい謙遜する加藤さんを見て、「これはもっと彼女を盛り上げて、自信をつけさせないとな」と課題を胸にしまうのでした。

3 褒めて褒めて伸ばさないと!

さて、ここに残念なズレが起こっています。

  • 上田店長の言い分
    「最近の若い子は承認欲求が強いから、褒めて褒めて伸ばしてやらないと。やっぱりご褒美こそがモチベーションだよな。ちょっと叱るとすぐ心が折れちゃうし。でも自信さえつけば、もっともっと成長してくれるはずだ。加藤さんはなんだか気まずそうにしていたけど、結果を出しているんだから、あそこは堂々としていてほしいんだよな。彼女がバリバリやることで、他のスタッフにも活気が出てくるんだから」
  • 加藤さんの言い分
    「ホント、勘弁してほしいなあ。うれしくないことはないけど、なんか大げさすぎるんだよね。あれじゃあ、私だけ意識高い感じがするし、なんか、いい子ちゃんみたいに思われてたらどうしよう。「先輩も加藤さんに負けないように」みたいなこと言って、マジ最悪。あー、また明日から先輩に気を使わないといけないじゃん……。めんどくさ」

4 認めてほしいが目立ちすぎは困る

今の若者は、実は忖度しまくっています。みなさんもニュースなどで、タレントや企業のSNSが「炎上」している様子を見たことがあると思います。一度炎上してしまった投稿は、削除したところですでに手遅れ。写真のコピーや投稿画面のキャプチャ画像があっという間に増殖して、ネット上では半永久的にさらされ続けることになるのです。消したくても消せない過去の汚点。これを「黒歴史」や「デジタルタトゥー」というそうです。

若者たちは、SNSのこうした「常に誰かに見られているリスク」を念頭に置いて、コミュニケーションをとる習性が身についています。もちろん認めてもらうことはうれしいのですが、自分アピールが強すぎると叩かれる。若者はそんなリスクマネジメントをしているのです。ですから「加藤さんってこんなにすごい」とやたらに推されるのが、恥ずかしい上にリスキーなのです。

活躍にスポットライトを当てることができない。なかなか大変な世の中になってきました。

5 「いいね!」社交界に生きる若者

また、このSNS的な忖度の流れには、取りあえずの「いいね!」もあります。

「今日、23歳のバースデー! 仲間にお祝いしてもらいました!」「1週間、お休みもらってスペインに行ってきた! ガウディ最高!」。そんな友達の投稿に、無心で「いいね!」を押す。それがSNSの世界では当たり前の習慣です。自分が何か投稿すれば、どんなささいな内容でも何件かレスポンスがあるというのが普通。逆にレスポンスがなかったりしたら、彼らは言い知れぬ不安に襲われます。何かおかしな投稿をした? 周りに変なふうに思われていない? そんな気持ちが増幅していきます。だからこそ友達の投稿にほぼ自動的に「いいね!」を押すのです。

「いいね!」を押し合うのは、言ってみれば礼儀作法。こうして「いいね!」社交界が形成され、友達に忖度した「いいね!」が激増、結果「いいね!」がばらまかれます。もはや若者が押す「いいね!」は、「見たよ!」というサイン程度のものです。

そして若者たちは、職場にも同様の感性を持ち込みます。だから、なにかにつけ「いいね!」がデフォルトなのです。例えば「課長、アレやっときました!」などと報告があったとき、目も見ないで「ああ」とか、素っ気ない返事をしていると、確実に「あれ?」と思われてしまいます。「いいね!」どころかレスポンスが薄い……。自分が何かおかしなことをしたのではないかと不安になるのです。

6 とにかくプチ褒め! プチ感謝!

SNSの発達が、若者に過剰なメンタリティを植え付けたことは間違いありません。目立ちたいけど目立ちすぎるのはリスク。でもやっぱちょっとは目立ちたい。この葛藤の中で若者は揺れているのです。そして自意識が勝ってしまったとき、バズりたい表現がチラリと顔をのぞかせます。しかし悪目立ちするわけにはいきません。小さなコミュニティーの中で小さく「バズる」のが、ちょうどいいのです。それは、すなわち友達からの「いいね!」。

そう考えると、若者の褒め方が見えてきます。職場でリアルな「いいね!」をたくさん送ればいいのです。彼らにフィットするのは、日々の「プチ褒め」。

その昔、「褒め」はとっておきの最終奥義だったような気がします。ここぞというときに、すごいシゴトを成し遂げたときに大いに褒める。むしろ、ちょこちょこ褒めていると、それが当たり前になって、勘違いするんじゃないかとか、効き目がなくなるんじゃないかとか考えられていました。

いつもしかめっ面で怒ってばかりの厳しい師匠が、最後の最後で「よく頑張ったな」とポツリ。またしかめっ面で歩き出す師匠。その背中を、目に涙を浮かべた弟子が追いかけていく……。褒めの究極的なシーンとは、こんなイメージじゃないですか。しかし、残念ながら若者はこんな「ドラマチックな光景」は望んでいません。

7 コミュニケーションは質より量

実は、私が取材してきた中で、スタッフがイキイキ働いていると思った職場のマネジャーは、全員、コミュニケーションは質より量です!と言い切っていました。

彼らは、図らずも自身の経験から、職場でのリアルいいね!を実践しているのです。みんな、内容はたいしたことでなくてよいと口をそろえます。例えばメールの返信が早かったね!とか、挨拶の声が良かったね!とか。自分が見てもらえていると感じるだけでも承認欲求が満たされるのです。

また「プチ感謝」も効果的です。例えば報連相には必ず「ちょい足し」して返す。言葉はなんでも構いません。「良くなったな」と褒めてもいいし「大変だったろう」と共感してもいいし、「助かったよ」と感謝を伝えてもいいでしょう。

8 松岡修造さんに学ぶ褒めの極意

褒めのプロといえば、松岡修造さん。彼は「ほめくりカレンダー」を発売するなど、今や日本における褒めの第一人者。ちなみに産業能率大学が毎年発表している「理想の上司」にランクインすることもしばしばです。

彼は、ただ褒めるのではなく、相手をちゃんと把握して褒めるのに定評があります。2018年に平昌(ピョンチャン)で開催された冬季五輪でのエピソードを紹介しましょう。女子フィギュアスケートで宮原知子選手が4位に入賞したときのインタビューシーン。あるテレビ局の女子アナがかけたねぎらいの言葉は「メダル、惜しかったですね」でした。多くの日本国民が感じたであろう言葉を代弁したようなコメントです。ところが別の番組で、松岡修造さんがかけたのは「良かったね! 自己ベスト」という言葉でした。

「メダル惜しかったね」ではなく「良かったね! 自己ベスト」で、ひとつの褒めが誕生したわけです。しかもこのすてきな褒めは、宮原選手のこれまでのスコアなどをしっかり把握していたからこそ生まれたわけです。相手に「自分のことを見てくれているんだ」「自分は理解してもらえているんだ」と感じさせる究極の褒め。ここが彼のセンスです。

いきなりシューゾーレベルになるのは難しいかもしれません。しかし前述のようにささいな褒めでも、見てもらえているんだ感は提供できます。自分の部下を細かく観察してあげること、それが愛情です。

SNS世代の若者が抱える複雑な価値観や行動原理。忖度と承認欲求の葛藤を知ると、少しは彼らへのコミュニケーションが見えてきませんか。小さくたくさん褒める。そこから彼らとの信頼関係が育まれていくのです。

以上(2019年10月)
(執筆 平賀充記)

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