働く人なら一度は考えるべき「ビジネスの三種の神器」

書いてあること

  • 主な読者:立場を問わず、悩みや迷いを抱える全ての働く人
  • 課題:もやもやした悩みや迷いを誰に相談したらいいか、どう解決したらいいか分からない
  • 解決策:自分がビジネスにおいて大事にしている軸は何か。それを「三種の神器」として改めて考えてみる

1 「ビジネスの三種の神器」とは何か

ビジネスにおいて大切だと思うものが何かは、人によって異なります。「コミュニケーション」を大切にしている人もいれば、「知識」が大切という人もいます。これらはいわば、「ビジネスの価値観」です。

ビジネスの価値観が明確な人は、実はあまり多くはありません。むしろ、これまで考えたこともないという人が大半ではないでしょうか。そうした人にお勧めしたいのが、「ビジネスの三種の神器」を挙げてみることです。

戦後の日本における新生活の象徴であり、生活の必需品だった「白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫」は、一般的には「家電の三種の神器」といわれていました。「ビジネスの三種の神器」は、そのビジネス版と考えれば分かりやすいでしょう。

自分のビジネスにおける必需品、欠かせないもの、大切にしているもの。こうした「ビジネスの三種の神器」を挙げれば、ビジネスに対する取り組み方や向き合い方が分かります。本稿では、「ビジネスの三種の神器」の活用法や例などを紹介します。

2 「ビジネスの三種の神器」で見えるその人の姿

自分で挙げるだけでなく、人の「ビジネスの三種の神器」を知れば、その人の考え方や姿勢が見えてきます。経営者と社員、上司と部下などが、それぞれ「ビジネスの三種の神器」とその理由を挙げれば、互いに対する理解が一歩深まるかもしれません。

また、社内外を問わず、自分よりも立場が上の人に聞いてみると、自分では思い至らなかった「ビジネスの三種の神器」を学ぶことができます。「ビジネスの三種の神器」は、立場によって変わってくるからです。

例えば、ある営業担当者が「パソコン、スマホ、名刺」というツールを3つ挙げたのに対して、その上司は「パソコン、部下、メンター」を挙げました。部下やメンターが必要だという考えは、上司という立場だから出てきたものといえるでしょう。

起業家と社員でも「ビジネスの三種の神器」は違います。例えば、ある起業家は「理念、情熱、教育」の3つを挙げています。もし、社員がこうしたものを挙げたなら、その社員には新しい道を切り開いていこうとする起業家マインドがあるのかもしれません。

3 「ビジネスの三種の神器」には理由がある

「ビジネスの三種の神器」に正解はありません。人それぞれで、立場の他にも、関わっている仕事によっても異なるでしょう。例えば接客業であれば、「笑顔」を挙げるかもしれません。専門職の人の中には「技術力」を挙げる人もいるでしょう。

また、ツールとスキルを組み合わせる人もいます。「パソコン」に加え、「文章力、分析力」を挙げた人がいますが、これは、パソコンは必需品ではあるものの、それだけでは十分ではなく、自分で考えアウトプットすることが大切だといいます。

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「ビジネスの三種の神器」は、「何を挙げるか」も大切ですが、それよりもっと重要なのは、自分にとっての「ビジネスの三種の神器」は何か、それはなぜかを考えることにあります。そうすると、ビジネスに対する自分の思いが明らかになるからです。

例えば、上表では「墓参り」を挙げている人がいます。これは、その人が日ごろから感謝の気持ちを忘れず、常に正しい行いをしていることがビジネスの成功につながると考えているからであり、正しい行いを象徴するのが「墓参り」なのだといいます。

また、「人物を見極める力」を挙げている人は、相手が何をどこまでできる人なのか、本当に信頼できる人なのかを見極める力が、ビジネスには欠かせないといいます。ビジネスは一人ではできない、「人」の力こそが必要だという思いの表れといえるでしょう。

4 誰の「ビジネスの三種の神器」を聞きたいか

「ビジネスの三種の神器」がビジネスに対する思いを表すのなら、次に考えてみたいのは、「誰に聞きたいか」ということです。自分が尊敬している人や一目置いている人、目標としている人の「ビジネスの三種の神器」を聞きたいと思うのではないでしょうか。

そうした人には機会を見つけて、「ビジネスの三種の神器」を尋ねてみましょう。周りから尊敬されるような人は、ビジネスに対する強い思いや信念を持っているものです。大きな学びとなる「ビジネスの三種の神器」を答えてくれることでしょう。

また、部下育成に悩んでいる経営者や上司は、部下に、誰の「ビジネスの三種の神器」を聞いてみたいかを尋ねてみるのも一策です。そうすれば、部下がどのような人を尊敬しているか、どのような人に憧れを抱いているかが見えてくるかもしれません。

5 変化する「ビジネスの三種の神器」

立場が変われば「ビジネスの三種の神器」も変わってきます。そうした意味では、成長度合いを測るモノサシともいえます。経営者や上司は、定期的に部下に、「今のビジネスの三種の神器は何か」を尋ねてみてもよいでしょう。

自分の「ビジネスの三種の神器」の記録を付けておけば、自分自身の成長を測ったり、考え方の変化を認識したりすることもできます。今の「ビジネスの三種の神器」を書き留めておき、3年後、5年後に改めて振り返ってみるのもよいでしょう。

例えばある経営者は、会社設立当初は、恐らく「信念、スピード、根性」といったものが「ビジネスの三種の神器」だったと振り返ります。経営が安定し社員が増えた今では、「信念」は変わらないものの、残り2つは「社員」と「誇り」だといいます。

人にもよりますが、「ビジネスの三種の神器」の変化は、どのようにビジネスに取り組んできたかを表す軌跡でもあります。今、自分がビジネスにおいて大切だと思うものは何か。そして、それがどのように変化していくのか。一度、真剣に考えてみましょう。

以上(2019年1月)

pj10016
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経営者と管理職の役割分担を考える

書いてあること

  • 主な読者:もっと管理職に期待に応えてほしいと思っている経営者
  • 課題:管理職との意思疎通がうまくできていない、管理職が頼りない
  • 解決策:経営者がやるべきは、思いの共有、役割の確認、そして我慢

1 経営者から見ると管理職が頼りない?

経営者は、管理職が自分(経営者)の考えや思いを正しく理解し、それを現場に伝えてまとめてほしいと期待します。しかし、これができている管理職は多くはありません。経営者から見ると、管理職が管理職としての仕事をしていないのです。

見かねて管理職のやり方に口を出し、場合によっては経営者自身が細かく指導することもあるでしょう。社員育成は経営者の仕事ですが、細かなところまでやっていては、将来のビジネスの種を見つけ、組織を前に進めるという経営者本来の仕事ができません。

このように、経営者が管理職を頼りないと感じると、経営者と管理職の役割分担がうまくいかなくなり、企業活動に支障を来すことがあります。本稿では、そうならないようにするために、経営者が意識すべきポイントをまとめました。

2 組織のギャップを解消する

1)まずはギャップの認識

理想的な組織は、経営者が掲げる“理想の社員像”を少なくとも管理職が理解し、それに基づく指導を現場で行うことです。しかし、経営者と管理職の考えや思いには次のようなギャップがあり、なかなか認識合わせができません。

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2)理解できる? 管理職の経営者に対する不満

経営者が管理職に不満を覚えているのと同様に、管理職も経営者に不満を覚えています。管理職も「管理職としての役割を果たそう」と思ってはいます。「自分がこの組織を回していく!」という責任感や、やりがいを持っている管理職もいます。

しかし、経営者の思いが分からず、自分のやり方に自信が持てない管理職もいるのが事実です。特に、答えが見えにくい部下指導については、自分のやり方が正しいのかどうか迷うことが多いのです。

経営者は、管理職の部下指導が正しくない、迷っているのだろうと感じると口を出します。経営者は指導方法の手本を管理職に見せているつもりですが、管理職にはそれが分からず、「自分のやり方はそんなにまずいのか」と自信をなくします。

そして、経営者が直接社員を指導するなら、「自分は何も言わないほうがよいのではないか」と誤解する管理職が出てきます。経営者は管理職を指導しているつもりが、自信のない管理職は、強烈な“ダメ出し”をされているように感じるのです。

3)経営者と管理職のギャップを埋めるには?

こうした経営者と管理職のギャップを埋めるために、経営者は管理職に2つの働き掛けをしましょう。1つ目は経営者の考えや思いを管理職に伝え、理解させることです。2つ目は、経営者が管理職に対して、管理職として成長させる機会をつくることです。

そのためには、経営者自身が経営者と管理職の役割を整理した上で、「経営者として何をすべきか」「どこまで管理職に任せるか」を考えなければなりません。管理職も、「経営者が教えてくれないから分からない」と言っているだけではなく、経営者の考えや思いを理解するよう努め、部下指導に生かす方法を考えなければなりません。

以降ではそれぞれのやるべきことを見てみましょう。

3 経営者と管理職が考えや思いを共有する

1)経営者は管理職に「何を大切にしているか」をイメージさせる

経営者は、管理職に自分の考えや思いを伝える機会を設けましょう。経営者の考えや思いをある程度理解し、行動に移すことのできる管理職もいます。そうした管理職に協力してもらって、他の管理職に伝えてもらうのも一策です。ただしその場合、えこひいきに思われないよう注意が必要です。

経営者の言うことを“腹落ち”しないと思う管理職もいますが、そうした管理職に対しては、ゆっくり時間をかけて話すしかありません。

2)管理職のほうから経営者に近づく努力をする

経営者の考えや思いが分からない、期待されている役割が分からないという管理職は、遠慮せずに経営者に質問してみましょう。しかし、一見簡単なようでいて、この「経営者に質問する」ことがなかなかできないのが管理職です。

管理職には「管理職なのだから自分でなんとかしなければ」という思いがあるのです。そこでまず、経営者の愛読書や普段よく使う言葉などから、「経営者が何を大切にしているか」を学び取ることから始めてみましょう。

経営者が大切にしていることを学ぶと、経営者と同じ言葉で話ができるようになります。経営者が管理職や他の社員に、考えや思いを伝えるのは言葉です。経営者と同じ言葉で話せるようになれば、経営者の考えや思いに近づくことができるでしょう。

管理職が経営者の考えや思いを理解するために、部下指導について具体的な相談を持ち掛けるのも一策です。経営者の答えとその理由を聞けば、経営者がどのような部下指導を求めているかを知るためのヒントになるでしょう。

3)「耳の痛い話」こそ共有できる関係を目指す

「こんなことは経営者に言えない」と思い、自ら口を閉ざしてしまう管理職もいるでしょう。特に、自分の部下のマイナス点は「部下のために」「経営者に心配を掛けたくない」と、よかれと思って言わない管理職は少なくありません。

しかし、部下にマイナス点があるのなら、その事実は早く経営者に伝えなければなりません。経営者には、現状を正しく把握し、組織全体の今後を考える責任があります。現場の社員(部下)の現状を、正しく経営者に伝えるのも管理職の重要な役割です。

一方の経営者も、管理職から部下のマイナス点など「耳の痛い話」を聞き出せるように、一緒に飲みに行くなどの機会をつくらなければなりません。耳の痛い話こそ、経営者と管理職で共有していくことが大切です。

4 管理職が管理職としての役割を果たすには

1)経営者はとにかく我慢する

基本的には、「経営者が決めて管理職が実行する」というのが経営者と管理職の役割分担です。経営者が部下指導について決めるのは、会社としてのルール、社員のあるべき姿、そして個々の社員について「どのレベルに達してほしいか」の3つです。

この3つを管理職に伝えた上で、具体的な部下指導の方法は管理職に考えさせましょう。どうしても管理職がうまく指導できないときなどは、経営者が口を出す必要がありますが、原則として部下指導は管理職に任せ、「我慢する」のも経営者の役割です。

経営者から見れば、管理職の部下指導は不十分に思えることが多々あります。その場合も、経営者が直接その部下に指導する前に、管理職に「もし私だったらこうする」と伝えてみるとよいでしょう。そうして管理職を成長させることが必要です。

2)管理職は経営者の決めたことを部下に行動で示す

管理職の役割の1つは、経営者と部下(社員)のクッションになることです。経営者の決めたことを部下が理解できるよう、管理職が自分(管理職)の言葉や行動で、「どうすればよいか」を具体的に示すことが大切です。

例えば、経営者が「自己啓発に積極的に励んでほしい」と決めたとしましょう。管理職がやるべきは、まず、セミナーに参加したり資格取得を目指すなどして、管理職自身が自己啓発に努めている姿を部下に見せ、まねさせることです。

部下にまねさせるには、実績を上げなければなりません。この場合、本気で自己啓発に取り組み、資格取得にチャレンジするなら合格することが大切です。その上で、部下の適性やキャリアなどを考え、具体的に部下が行くべきセミナーなどを指示しましょう。

ルールについても同様です。「挨拶をする」のが会社のルールなら、管理職自身が職場の誰よりも挨拶をしっかりしなければなりません。時間管理を徹底するのがルールなら、管理職がまず時間管理をしなければならないのです。

3)管理職の仕事を取り上げられるのは経営者しかいない

多くの管理職が抱えるのが「時間の壁」です。プレイングマネジャーの管理職は、部下指導に割く時間がないというのが本音です。状況に応じて管理職の仕事を取り上げ、他の社員に振り分けるのは経営者の仕事です。

管理職は、ある程度は自分で差配してなんとかしなければなりませんが、難しい場合はそのことを経営者に相談しましょう。「大丈夫です」と言って無理に仕事を抱え込むのは、管理職として正しい選択ではないことを理解しなければなりません。

5 経営者も管理職も考えるべき管理職の成長

部下指導について経営者と管理職のやるべきことを見てきましたが、重要なのは、経営者が決めたことを管理職が実行できるよう、経営者が管理職を育てることです。同様に管理職は、自ら管理職として成長できるよう努めなければなりません。

経営者が管理職に求めることは、経営者の考え方や会社の規模などによって違ってきますが、「全体を捉えられる大局観」「部下がまねしようと憧れる人間力」「やるべきことを遂行する仕事力」です。そして、これを表しているのが次のカッツ・モデルです。

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カッツ・モデルの特徴は、ヒューマン・スキルがどのレベルの管理職にも求められることと、管理職のレベルによって重要度が増す能力(コンセプチュアル・スキルとテクニカル・スキル)が違ってくることです。

しかし、人数の少ない会社では、「上位だから」「下位だから」と言っている場合ではありません。管理職である以上、前述の3つの能力全てを身に付けて成長できるように、経営者も管理職も努めなければならないといえるでしょう。

組織の成長は、日ごろ現場の社員を指導している管理職の成長なくして実現することはできません。人が育つ、人を育てる会社になるには、経営者も管理職も、互いに思いを共有し、力を合わせなければならないことを、いま一度、自覚することが大切です。

  • 【参考文献】
  • 「一日一話 仕事の知恵・人生の知恵」(松下幸之助(著)、PHP総合研究所(編)、PHP研究所、1999年4月)

以上(2019年4月)

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信頼される経営者になるための「10のチェックリスト」

書いてあること

  • 主な読者:改めて自分自身の立ち位置、足りない部分を知りたい経営者
  • 課題:どのような経営者であれば、社内外でもっと信頼されるか分からない、迷う
  • 解決策:自分自身の「やりたいこと」を考え抜き、周りに感謝の気持ちを持つことが大切。本稿では、経営者が今日からやるべき10のことを明らかにする

1 経営者に求めるものは何か

経営者は「会社の顔」であり、常に、顧客や取引先、金融機関、社員などから見られています。これらの人々が経営者に対して求めるものはさまざまですが、根源にあるのは、「『この人なら』と信頼できるかどうか」ではないでしょうか。

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上表は、経営者から見ると、「言われなくても分かっている」と感じることかもしれません。しかし、実際に身に付けられているかは別問題です。本稿では、「信頼される経営者」になるために、経営者が自らを振り返る「10のチェック項目」を紹介します。

2 どのような経営者が信頼されるのか

経営者の仕事は、利益を出し、社員を雇用し、何があっても会社を存続させることです。会社の規模にもよりますが、「この人ならそれができる」と信頼されるためには、「先見性」「決断力」「ビジネスを形にする行動力」「人を育てる力」などが必要です。

これらの力さえあればよいわけではありませんが、時代を読み顧客が何を望んでいるのか、ビジネスチャンスはどこにあるのかを見極めて進む力、それを形にして利益を出す力、会社の成長を担う社員を育てる力などは経営者の基本といえるでしょう。

3 信頼される経営者になるために必要な10のこと

1)「やりたいこと」を明確に示しているか

よくいわれる例えですが、経営者は会社という船の船長です。船長は、世の中の流れを読みつつも、船がどこに進むのか、何を目指しているのかということを一番明確に持っていなければなりません。会社の「理念」と言い換えてもよいでしょう。

社内外に対して、この理念を明確に示すのは経営者の重要な仕事です。何をしている会社なのか、これから先、何を実現しようとしているのか。顧客や金融機関などの他、実際に現場で働く社員に対しては、特に繰り返し伝えていかなければなりません。

2)自分の弱点を認識しているか

経営者一人の力では会社は立ちゆきません。社員や周囲の協力、補完があって初めてて、会社は成り立ちます。この点についてよく例に挙げられるのは、本田技研工業の創業者である本田宗一郎氏とその名参謀、藤沢武夫氏の関係です。

2人は、「技術の本田」「経営(販売)の藤沢」と呼ばれるほど、それぞれが得意分野を突き詰め、互いに補完し合って会社を成長させたといいます。経営者には、自分の弱点を認識した上で社員や周囲に協力してもらい、それに対して感謝する器が必要です。

3)社外ネットワークを広げているか

経営者には、社外ネットワークも必要です。「困ったときに相談できる“その道のプロ”がどれだけいるか」「自社のために一肌脱いでくれる社外の人がどれだけいるか」は、信頼される経営者のバロメーターの一つといえるでしょう。

また、テクノロジーが発展し、グローバル化が進む現在では、社内のリソースだけでは今後の成長が難しい局面も出てくるでしょう。新しい分野の社外ネットワークを築き、ビジネスの可能性を広げていくことも、経営者にとって欠かせない仕事です。

4)誰よりも勤勉であるか

経営者は、自社のことに加え、顧客や業界のことについて社内外の誰よりも詳しいといえるくらい常に情報収集し、学び続けなければなりません。経営者には、会社を存続させていくために先見性が求められますが、それには裏付けとなる知識が必要です。

また、業種や規模にもよりますが、現場に行って情報収集することにも勤勉でなければなりません。顧客が今、何を求めているのか、オペレーションにはどのような課題があるのかなどは、実際に現場に行ってこそ見えてくるものです。

5)キャッシュフローを把握しているか

会社の規模にもよりますが、経営者が意外と正確に把握できていないのが「会社のお金の動き」です。金融機関などステークホルダーに対して説明するのはもちろん、会社のあらゆる活動を進めていくため、「お金の動き」は必ず把握しなければなりません。

ただし、経営者が知っておくべきなのは、細かい仕訳などではありません。例えば、前月どれだけの利益を出しているのか、すぐに動かせるキャッシュはどのくらいあるのか。こうした数字を把握しておけば、経営者は迅速に“次の一手”が打てるでしょう。

6)決断する軸を持っているか

会社の最終的な意思決定者は経営者です。大なり小なり、日々、あらゆることを決断するのが経営者の仕事です。しかも、決断したことの責任も、最終的には全て経営者が負うことになります。経営者とその他の社員とでは、この点が決定的に違います。

だからこそ、経営者は決断するのに迷うことがあります。そこで必要なのは、決断する軸として、「どのようなことを大切にする会社なのか」「どのような経営者でありたいか」といったことを、常に自分の中に持っておくことです。

7)社員の「人間力」を磨いているか

経営者には社員を成長させる責任がありますが、それは仕事面のことだけではありません。会社で重要なのは「人」です。「相手のことを考える」「礼儀をわきまえる」「困難を乗り越える」など、社員の基本的な「人間力」を育成することが必要です。

また、経営者が直接指導して育成するだけでは足りません。経営者がいなくても、あるいは次の経営者にバトンタッチした後も、「社員が社員を育てる」会社にしていくことが理想です。非常に難しいことですが、信頼される経営者としての重要な役目です。

8)社員に誇りを持たせられているか

考え方は人によりますが、社員が働きがいを感じ成長していく源泉は、「この会社で働くことを誇りに思える」ということです。そして、社員に誇りを持たせることができるのは、経営者に他なりません。

自社のビジネスや社員一人ひとりの活動にはどれだけ価値があるか、どのような顧客に喜ばれているか、どれだけ経営者が社員に感謝しているか。そうしたことを社員に伝え、社員と一緒に大きな夢を描いていきましょう。それが社員の誇りにつながります。

9)素直であり続けているか

環境や時代の変化など、何があっても会社を存続させていくために、経営者には時に柔軟性も必要です。そのために忘れてならないのは「素直さ」です。立場や年齢などにこだわらず、社員や周囲の人の話に、素直に耳を傾けてみましょう。

そうすることで、経営者が気付いていなかった思わぬヒントが得られる場合があるからです。特に、経営者とは異なる視点や反対意見を持つ人の話は、腹が立つかもしれませんが、素直に聞いてみれば大きな発見があるかもしれません。

10)24時間365日、経営者でいられるか

社員には休みがありますが、経営者には休みはありません。24時間365日、経営者は経営者です。会社のこと、社員のこと、ビジネスのことなどを、いつでもどこでも考えることができるのが真の経営者といえるでしょう。

会社を経営するのは簡単ではありません。つらいことも困難も山ほどあります。しかし、ビジネスが成功したときや社員の成長を感じられたときなど、24時間365日経営者でいた者にしか味わうことのできない、大きな深い喜びもあることを忘れてはなりません。

4 まとめ:10のチェックリスト

  • 「やりたいこと」を明確に示しているか
  • 自分の弱点を認識しているか
  • 社外ネットワークを広げているか
  • 誰よりも勤勉であるか
  • キャッシュフローを把握しているか
  • 決断する軸を持っているか
  • 社員の「人間力」を磨いているか
  • 社員に誇りを持たせられているか
  • 素直であり続けているか
  • 24時間365日、経営者でいられるか

以上(2019年3月)

pj10020
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シニア層の需要が広がる自費出版の動向

1 自費出版の動向

1)自費出版のニーズについて

自費出版の顧客は、60歳以上がメーンとなっています。この理由として、退職などをきっかけに、自分のこれまでの歩みを自分史として書籍に残したいなどのニーズが増えていることが挙げられます。一方で、若年層の場合は、紙媒体よりもSNSやウェブサービスによって手軽に自己表現、情報発信をする傾向にあるようです。

自費出版物の制作、販売支援や日本自費出版文化賞の開催などを通じて自費出版物の社会的評価の向上に取り組む日本自費出版ネットワークへのヒアリングによると、「書籍の制作費用が高額なことから、自費出版文化賞への応募も資金面に余裕がある高齢者が多いとみられる。応募総数は全分野合わせて毎年500部前後で推移しており、自費出版文化賞の地域文化、個人誌、小説、エッセー、詩歌、研究・評論、グラフィックの7部門のうち、写真・画集などのグラフィック部門と現代詩、俳句、短歌などの詩歌部門の応募が増えている」(*)とのことです。

また、今後の自費出版のニーズについては、「会員企業を通じての応募の呼び掛けや、郵送による応募の強化などに取り組んでいるため、今後も自費出版文化賞への応募や、自費出版をやりたいというニーズは増えていくと思われる」(*)とのことです。

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(*)日本自費出版ネットワーク(2020年2月7日時点)

一方で、自費出版を手掛ける企業にとっては、どのようにして顧客からの受注を増やすのかといった課題があります。また、顧客の中には、自費出版をやりたいが、原稿の書き方が分からないといった悩みを抱えている人もいます。

そのため、企業の中には、地域の公共施設で自費出版に関する講座を開いたり、原稿を制作するためのマニュアルを配布したりすることで、顧客からの相談や受注の増加につなげているケースがあります。

以降では、自費出版に注力する企業に対して、顧客層や受注状況、自費出版の取り組みなどをヒアリングした結果を紹介します。

2)朝日印刷工業(群馬県前橋市)

書籍の制作、画像加工、ウェブサービスなどを手掛ける朝日印刷工業では、デジタル印刷ショップの「ディップス朝日」を運営しており、個人市場をターゲットにした小ロットの書籍づくりに注力しています。同社は、社内に自分史活用アドバイザー(自分史活用推進協議会の認定資格者)がいることから、自分史を中心とした自費出版の制作提案に取り組んでいます。

朝日印刷工業にヒアリングした結果は次の通りです。(2020年2月8日時点)

【顧客について】

60歳以上の顧客がメーンとなっている。朝日印刷工業では、県内の図書館や公民館で自費出版に関する講座を開催しており、それがきっかけで、来社した顧客からの相談や依頼を受けるケースが増えている。

【受注状況、制作部数について】

年間平均で20件程度となっている。1人当たりの制作部数は、作成した書籍を家族や友人に配りたいのか、書店で販売したいのかといった目的によっても異なるが、少ない場合で15~20冊、多い場合で150~200冊程度となっている。顧客が原稿を用意していない場合でも、外部のライターと提携し、一から原稿を作ることができる。

3)清水工房(東京都八王子市)

研究誌、機関誌、会社案内などの冊子印刷を手掛ける清水工房では、自伝・社史を制作するための簡易年表や、自分史の書き方を分かりやすく解説したマニュアル本の提供などの丁寧な対応を強みとしています。

また、書籍の企画段階から配送までを一貫して手掛けており、出版部門の「揺籃社(ようらんしゃ)」を立ち上げ、自費出版で制作した書籍を全国の書店で販売したいというニーズに対応しています。

清水工房へのヒアリング結果は次の通りです。(2020年2月12日時点)

【顧客について】

制作費用の都合や、編集者と頻繁に打ち合わせをする必要があることから、60歳以上で地元の顧客からの受注が多い。

知り合いからの紹介や、口コミで評判を聞いた人から受注が来るケースが多い。また、駅前の公共施設などを借りて、自費出版に関する無料相談会を開催することで、顧客からの相談や受注の増加につなげている。

【受注状況、制作部数について】

1人当たりの平均制作部数は200冊程度、書店で販売する場合は、1500~2000冊程度制作するケースがある。また、清水工房では電子書籍での自費出版も手掛けているものの、紙の書籍を出版したいという顧客が多い。

4)めぐみ工房(新潟県長岡市)

学校印刷物の制作や文集の製本などを手掛けるめぐみ工房では、自費出版でエッセーや郷土史、ブログ本、写真集などの制作実績があります。

めぐみ工房へのヒアリング結果は次の通りです。(2020年2月8日時点)

【顧客について】

60歳以上の高齢の顧客が多い。知り合いからの紹介や、口コミで評判を聞いた人から依頼を受けることがほとんどとなっている。

【受注状況、制作部数について】

受注件数は非公表だが、高齢の顧客がほとんどなので、自分が亡くなったときに、家族に残すための終活ノートを作成するケースが多い。作成した書籍は家族や親戚のみに配るため、制作部数も10~15冊程度となっている。

5)自費出版の競争状態

自費出版の競争状態について、ビジネスフレームワークの「ファイブフォース分析」に沿って考えます。

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自費出版は厳しい環境に置かれているといえます。書籍を制作する材料となる印刷用紙やインクの価格が高騰しており、清水工房へのヒアリングによると「紙の価格は、本のページに使う書籍用紙で1~2割程度、表紙に使う特殊紙は書籍用紙よりも高くなっていると感じる。また、使われる頻度が少ない紙はメーカーが生産を取りやめているため、紙の供給も少なくなっているのではないか」(*)とのことでした。

一方で、自費出版は、60歳以上の高齢者がメーンとなっています。電子書籍に対する抵抗や、紙の書籍を創る憧れがあることから、すぐに電子化で代替される可能性は低いといえるでしょう。

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(*)清水工房(2020年2月12日時点)

以上(2020年5月)

pj59024
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民間主導で空き家、空き店舗などを活用したまちづくりに取り組む事例

書いてあること

  • 主な読者:空き家・空き店舗を活用して地域を活性化させたい企業や団体
  • 課題:活用するためのアイデアが十分に集められていない
  • 解決策:他地域での成功事例を参考にする

1 空き家、空き店舗、廃校利活用の方向性

一言に空き家、空き店舗、廃校の利活用といっても、建物を管理する事業者が建物をリノベーションし、利用者に貸し出す場合もあれば、利用者自身で建物をリノベーションする場合もあります。以降で紹介する事例は、建物をリノベーションする主体と目的の違いで、次のように整理できます。

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2 空き家の利活用事例

1)尾道空き家再生プロジェクト(広島県尾道市)

尾道空き家再生プロジェクトは、NPO法人尾道空き家再生プロジェクトの代表である豊田雅子氏が、2007年に空き家となっていた「旧和泉家別邸」を購入、修復したことがきっかけで始まった取り組みです。

空き家をリノベーションし、尾道市街の古い町並みや景観の保全などを図るため、空き家に放置されている家財道具のチャリティー蚤(のみ)の市、市民に空き家問題についての理解を深めてもらうためのまちづくり発表会、古い空き家の修復と「坂の町」尾道の暮らしを楽しむ体験型夏合宿などに取り組んでいます。

■NPO法人尾道空き家再生プロジェクト■
http://www.onomichisaisei.com/

2)越後妻有 大地の芸術祭の里(新潟県十日町市)

「越後妻有(つまり) 大地の芸術祭の里」は、NPO法人越後妻有里山協働機構が運営元として、3年に1度開催される「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の舞台となっている場所です。この場所では、過疎化、高齢化や2004年の新潟県中越地震などの影響で空き家や廃校が増えています。こうしたことから、地域の景観を維持するために、空き家や廃校をリノベーションし、アート作品や美術館として活用しています。空き家や廃校のリノベーションは、大地の芸術祭の会期中に限らず、通年で取り組んでいます。

空き家をリノベーションした施設として、家全体に彫刻刀で彫り込みを入れることでアート作品に再生させた「脱皮する家」や、かやぶき屋根の古民家を「やきものミュージアム&レストラン」に再生させた「うぶすなの家」などがあります。

■越後妻有 大地の芸術祭の里■
http://www.echigo-tsumari.jp/

3 空き店舗の活用事例

1)岩村田本町商店街(長野県佐久市)

岩村田本町商店街では、同振興組合が中心となって空き店舗の活用に取り組んでいます。空き店舗は、住民アンケートによる活用策を基にリノベーションをしており、これまでに、地域コミュニティーの集い場「中宿おいでなん処」、手作り総菜の店「本町おかず市場」、若手起業家の育成施設「本町手仕事村」の他、「岩村田寺子屋塾」「子育てお助け村」などの地域密着型施設を整備しています。

この取り組みの結果、空き店舗数は2000年時点で15店舗でしたが、2015年には2店舗まで減少しています。

■岩村田商店街オフィシャルサイト いわむらだ.こむ■
http://www.iwamurada.com/

2)長浜・黒壁スクエア(滋賀県長浜市)

長浜・黒壁スクエアは、地元企業や長浜市が共同で設立したまちづくり会社の黒壁が、黒壁銀行の愛称で親しまれた古い銀行の建物をリノベーションしたのをきっかけに始まった取り組みです。同社では、ガラス工芸品の販売事業を手掛けており、その売り上げを空き店舗のリノベーション費用などの町並み形成に充てています。

また、長浜・黒壁スクエアのにぎわいを周辺の地域に拡大するため、まちづくり会社の長浜まちづくりが設立され、空き家再生バンクや空き家をリノベーションしたシェアハウスの運営、若者の創業支援などを手掛けています。

長浜まちづくりへのヒアリングによると、「既存店舗のリノベーションを含む空き店舗を活用した出店実績は、2008年からの累計で118店舗となっている」(*1)とのことです。また、来街者数について、黒壁へのヒアリングによると、「2017年が195万9000人、2018年が211万6000人と増加傾向にある」(*2)とのことです。

■黒壁■
https://www.kurokabe.co.jp/

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(*1)長浜まちづくり(2019年11月14日時点)
(*2)黒壁(2019年11月14日時点)

3)なごのや(名古屋市西区)

なごのやは、観光まちづくりに関するコンサルティングや訪日外国人向けツアーオペレーターなどを手掛けるツーリズムデザイナーズが、円頓寺(えんどうじ)商店街の廃業した喫茶店「西アサヒ」をリノベーションし、2015年4月にオープンした複合店舗です。店舗の1階が喫茶・食堂、2階が民宿となっています。1階は喫茶・食堂としての役割だけでなく、アーティストのライブ会場や作品展示の場としても活用されています。

また、2018年4月にはボルダリング施設とゲストハウスを併設した別館をオープンしました。

■なごのや■
https://www.nagonoya.com/

4)沼垂テラス商店街(新潟県新潟市)

沼垂テラス商店街は、旧市場の長屋が連なる沼垂地区のシャッター通りを再生するため、地元の商店主が旧市場全体を買い取り、2014年に管理事務所となるテラスオフィスを設立したのがきっかけで始まった取り組みです。2019年11月時点で雑貨店や飲食店など28の店舗と、管理事務所兼ゲストハウスなど4つのサテライト店舗があります。

空き店舗のリノベーション方法や、新規出店を誘致するための方法などについて、商店街の運営を手掛けるテラスオフィスへヒアリングした結果は次の通りです。

  • 空き店舗は、テラスオフィスで屋根や外壁などを修復し、内部のリノベーションは入居する店舗にお願いしている。リノベーションの費用は、店舗の規模によって異なるものの、例えば1棟を丸ごとリノベーションし、ゲストハウスにした場合は1000万円以上の費用が掛かっている。
  • 新規出店の募集、来訪者の誘致などの情報発信はSNSを中心に行っている。また、商店街のほとんどの店舗が何かしらのSNSツールを利用しており、各店舗の情報発信が相乗効果を生み、情報が広がっている。それをキャッチしたメディア(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・WEBメディアなど)が取り上げてくれることで、さらに認知度が高まっていると実感している。他にも、外部イベントへの出店によって、知名度アップや新規顧客の誘致につながっている場合もある。
  • 知名度のアップなどによって「沼垂テラス」というブランドが構築されつつあり、この場所で起業したい、出店したいという相談を受けており、空き家のオーナーとの調整を行っている最中である。今後、年に何軒もリノベーションを手掛けるのは難しいものの、1年に1軒程度は実現していけるような目標設定をしている。(*3)
■沼垂テラス商店街■
https://nuttari.jp/

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(*3)テラスオフィス(2019年11月13日時点)

4 廃校の活用事例

1)猟師工房ランド(千葉県君津市)

猟師工房ランドは、狩猟ビジネスを手掛けるTSJが君津市から旧香木原(かぎはら)小学校の体育館と土地を借り受け、同社が改装、2019年7月にオープンした施設です。

君津市では、鳥獣による農作物への被害が大きな問題となっていることや、旧香木原小学校を地域活性化の拠点として有効活用するため、鳥獣被害対策をテーマに民間事業者を公募した結果、TSJからの応募があり施設を貸し付けることになりました。

約2500坪の土地に狩猟大学校、キャンプ場、ドッグラン、バーベキュー場があります。施設は、君津市内で捕獲された鹿やイノシシを加工した食品、工芸品の販売に利用されているだけでなく、有害鳥獣の駆除、狩猟ビジネスに取り組みたい市内の若者が、狩猟の知識や技術を学ぶ場所としても活用されています。

■廃校施設を活用した地域活性化の拠点「猟師工房ランド」■
http://maruchiba.jp/sys/data/index/page/id/18829

2)潮の杜(宮崎県日南市)

潮の杜は、マリンスポーツ用品の販売などを手掛けるレジェンドが、廃校となった旧日南市立潮(うしお)小学校を活用し、起業支援や地域交流の拠点として2014年4月にオープンした施設です。校舎は地域の団体が教室やワークショップを開くための場だけでなく、日南市鵜戸(うど)地区の地域おこしにつながる起業支援の場として活用されています。起業支援は、空き教室の提供だけでなく、経営に関するノウハウ提供やインターネットでのPRなどのサポートもしています。

また、グラウンドはオートキャンプ場として活用されており、宿泊も可能です。

■潮の杜■
https://www.ushio.co/

5 その他の事例

ヤマキウ南倉庫(秋田県秋田市)は、インテリアやグラフィックなどのデザイン制作を手掛けるSee Visionsが、不動産事業を手掛けるヤマキウの旧倉庫を改装し、2019年6月にオープンした複合施設です。倉庫内にはスーパーマーケット、雑貨店、美容院など10の店舗と6つのオフィス、コワーキングスペース、ホールがあります。

同社は、秋田市南通亀の町のエリアリノベーションに以前から取り組んでおり、閉店した居酒屋を改装したバル(軽食喫茶店)やベーカリーなどを開店した実績があります。

■ヤマキウ南倉庫■
https://yamakiu-minamisoko.com/

以上(2020年2月)

pj50493
画像:photo-ac

【朝礼】道を切り開くのは「上司」ではない。自分だ

先日、当社の若手・中堅社員にアンケートをとりました。内容は、「将来、当社がもっと輝くために、改善すべき点は何か?」というものです。普段、思っていることや考えていることを、正直に答えてほしかったので、あえて匿名でのアンケートにしました。

すると、若手・中堅社員のさまざまな不満が明らかになったのです。今日は、そのアンケートの結果を基に、皆さんにお話しします。腹が立つ人や耳が痛いと思う人もいるかもしれませんが、現状を真摯に受け止めてください。

回答の中で特に多かったのは、「自分たちが日ごろ頑張っているのだから、上司にももっと仕事をしてほしい」「上司には、部下の頑張りをもっと分かってほしい」「上司にはちゃんと判断してほしい」といった、上司に対する不満や要望でした。皆さんは、これを、どのように感じますか。

本当に至らない上司が多いのか、それとも若手・中堅社員が分かっていないだけなのか。もちろん、それも問題なのですが、私が気になったのは、別のことです。「若手・中堅社員は、将来も、この会社を動かしていくのは上司だと思っているのか。自分たちでどうにかしてやろうとは思わないのだろうか」。そう危機感を覚えたのです。

若手・中堅社員に聞きます。「能力の高い、ちゃんとした上司がいて、それに従う」のが、皆さんにとっての「将来、当社が輝いている姿」なのですか。本当にそれでいいのでしょうか。

誤解を恐れずに言います。若手・中堅社員の皆さん、当社は、「上司ありき」の会社ではありません。社歴も役職も関係ありません。上司がふがいないなら、「自分たちで会社を変えてやる」と行動を起こしてください。「これを自分たちにチャレンジさせてほしい」と、ぜひ、手を上げてほしいのです。若手・中堅社員のチャレンジを、私は心から応援し、バックアップします。

もちろん、至らない上司には、私から指導しますが、上司が変わるのを待たないでください。変わるのは、上司の指示に従うだけだった若手・中堅社員の皆さんです。大切なのは、「上司がどうするか」ではなく、「将来に向けて、自分がどうしたいか」です。

また、上司の皆さん。実情はどうであれ、あなた方の部下は、「上司本願」で物事を捉えています。若手・中堅社員には、自分で考え、行動し、道を切り開いていく力を付けてもらわなければなりません。その機会を創るのが上司の仕事です。将来を担っていく若手・中堅社員が、上司を基準に物事を捉えているのは、皆さんが部下のやる気や成長の機会を奪ってきた結果ではないでしょうか。私は、それが部下の「上司が変われば会社が良くなる」という考えの根本にあると思います。

そして、もう一度言います。若手・中堅社員の皆さん、これから会社を変えていくのは、皆さん自身です。今、この時から、立ち上がってください。

以上(2020年2月)

pj16992
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】審議書は新たなチャレンジのチケット

先日、とある上司と部下のコンビ、ここではAさんとBさんとしておきますが、その2人のデスクの前を通りかかったときのことです。書類を前に、2人で難しい顔をしながら話し合っていたので、何の件なのかと思って聞いてみると、審議書を作成しており、上司のAさんから部下のBさんに対して修正の指示をしているとのことでした。

部下のBさんはついこの前入社したばかりだと思っていたのに、審議書を作成するようになったのだなと思うと、頼もしく感じました。

ちなみに皆さんは、審議書と聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか。もし、「手続き、根回し、面倒」というイメージを持っていて、「できれば審議書なんて作りたくない」と考えているのだとしたら、ビジネスパーソンとしてはあまりに物足りません。

審議書の目的は、会社の想定を超えたレベルでビジネスをすることにあります。投資であったり、新規契約であったり、何かあれば会社に大きな影響がある内容だからこそ、審議書を通して、複数の人間がさまざまな角度から、この取り組みには問題がないかを確認するのです。

審議書が承認されれば、チャレンジはお墨付きだといえます。しかし、この点を意識していない人からは、会社にとって想定内のビジネスについての審議書しか挙がってきません。例えば、当社の今月の取締役会に上程された、パソコン入れ替えに関する審議書がそうです。

この審議書の内容は、リース期間の終了に伴い、今と同スペックのパソコンを調達するというものでした。確かに審議書は上程されましたが、単に前例踏襲のための手続きであり、全くチャレンジしていません。それでは、いつまでたってもビジネスチャンスは訪れないでしょう。

働き方改革を進めている当社にとって、パソコン入れ替えは千載一遇のチャンスです。デスクトップをノートにしたり、ファイル管理方法を見直したりすれば、フリーアドレスやリモートワークなど、働き方改革が加速します。

しかし、その審議書はパソコンを調達できるギリギリの時期に上程されたので、もはや新たな計画を検討する猶予はありませんでした。結局、その内容のまま承認されることになりました。

この例で上程された審議書が、いけないわけではありません。パソコンの入れ替えのための手続きとしては、要件を満たしています。しかしそこまでのことで、私から見ると本当に物足りません。

審議書が承認されたら、新たなチャレンジをするための“公式チケット”を手に入れたのと同じです。今年度、皆さんは何枚のチケットを手に入れたでしょうか?

その枚数は、皆さんのチャレンジのバロメーターです。新年度、積極的にチャレンジする皆さんの姿勢が、審議書として上程されてくることを楽しみにしています。

以上(2020年2月)

pj16993
画像:Mariko Mitsuda

「ほめる」って本当に必要ですか?/部下のやる気を引き出す「ほめ方」(1)

書いてあること

  • 主な読者:「ほめる」のが苦手、「ほめ下手」なリーダー(経営者・部下を持つ上司)
  • 課題:叱られた経験がほとんどない、若手社員との良好な関係を築くために「ほめ下手」を解消したい
  • 解決策:本連載を通じて「ほめる」ことができるリーダーへと進化できる。今回は、なぜ「ほめる」ことが必要なのかを解説

1 ダメ出しの達人から「ほめる達人」へ

「働き方改革」が叫ばれて久しい現在、長時間労働や休日出勤が横行している企業は減ってきていると思います。ところが、就業時間を短くし、お休みもしっかり与えているのに、「離職する社員が減らない。特に若手の離職が止まらない……」という悩みを抱えるリーダーは多いようです。

どうすれば社員が辞めずに、やる気を高めて仕事に取り組んでくれるのかと悩む中で、「ほめる」ことが課題解決につながるのではと考えて、我々、一般社団法人 日本ほめる達人協会(以下「ほめ達」協会)に研修を依頼する企業の担当の方が、引きも切らずいらっしゃいます。

私は、今でこそ「ほめ達」協会を設立して活動していますが、もともとはダメ出しの達人でした。転機となったのが、家業のホテル経営で人材定着に悩んでいたところ、ダメ出しの逆、「ほめて、認めて、アドバイスして」というやり方に変えた途端、驚くほど社員が成長し、辞めなくなり、ホテルの業績も上がる経験をしたことでした。

「ほめる」ことで、なぜこれほどの成果が上がるのか。不思議で仕方なかった私は、12年前から「ほめる」効果についての研究を始めました。すると、脳科学、コーチング、カウンセリング、NLP(神経言語プログラミング)、ファシリテーション、心理学、TA(交流分析)などと関連づけて、「ほめる」効果を説明することができました。それらの理論を体系立てて、誰もが、すぐに、再現性を持って実践できるように整理したものが、「ほめ達」研修なのです。今回の連載では、「ほめ達」研修の内容の中から、重要なポイントをえりすぐってご紹介してまいります。

2 「ほめる」ことで、アドバイスを受け止められるようになる

今どきの若手社員は、親や大人から叱られた経験がほとんどない人が多いのです。叱られることに慣れていないため、社会に出て、ちょっと注意されただけで、「非難された、中傷された、パワハラだ」と感じます。成長のために必要な、ストレス耐性が弱いのです。ストレス耐性とは、周りからのフィードバックをアドバイスとして受け止め、それを成長のバネに変える力です。言い換えると、若手社員はアドバイスというボールを受け取る構えができていない、手が体の後ろに回っている状態です。その状態で、リーダーがいきなりボールを投げると、若手社員はうまくボールをキャッチできずに、体や顔に当ててしまい、「痛い!」という反応を示します。

ですから、リーダーは一手間かけて、まず若手社員が受け止めたくなるようなボールを投げることで、手を体の前に出させ、受け止める準備をさせることが必要なのです。そして、この構えを作らせるために、まず相手に投げる緩いボール、これが「ほめる」という行為なのです。

例えば、「君は、こういうところ頑張っているよね」「この部分が成長したよね」「会社に対して、このような貢献をしてくれているよね」と伝えた上で、「あと、惜しいところは……」と続ける必要があります。ほめて、認めて、アドバイス。この順番が大切です。「いやぁ、面倒臭い時代になったなぁ……」とお嘆きの方もいらっしゃるかもしれませんが、今の時代には必要なことです。

そして、「ほめる」ことは若手社員の離職防止にとどまりません。「ほめる」ことを正しく理解して、実践していくと、職場での人間関係がうまくいくだけでなく、夫婦関係、親子関係(子育て)など、身近な人との関係性が改善したという声が「ほめ達」研修の受講生から寄せられています。

3 「ありがとう」の反対は

ここで、私たち「ほめ達」協会が、「ほめる」をどのように定義しているかを説明させていただきます。

私たちが定義する「ほめる」とは「価値を発見して伝える」ことです。おだてたり、おべんちゃらを使ったり、相手の心地いいことだけを伝えたりということではありません。

そして、「価値を発見して伝える」対象は、「人・モノ・出来事」です。「人・モノ・出来事」の「価値を発見して伝える」ことができるようになると、ビジネスパーソンとしての能力、スキルが一気に上がります。今回の連載では、このスキルのうち、特に「人」に関わる部分についてお伝えしていきます。

まず、価値を発見するということにおいて、最初に知っていただきたいことがあります。それは、「ありがとう」の反対は何か? ということです。考えたことはあるでしょうか。

「ありがとう」の反対は、「当たり前」です。家族がいて、当たり前。家族は自分の世話をしてくれて、当たり前。自分や家族は健康で、当たり前。仕事はあって、当たり前。社員は出社してきて、当たり前。予算は達成されて、当たり前。

そう、当たり前だと思った瞬間に感謝はなくなり、価値を感じられなくなるのです。当たり前だと、ついつい思ってしまうことに意識を向けて、言葉や感謝を伝える。これも「ほめる」の本質の一つであり、重要なポイントの一つです。

4 「心の報酬」が必要な時代

「働き方改革」では解決されない課題、それを解決するのが「働きがいの創造」です。これからのリーダーには、この「働きがいの創造」という能力が求められます。では、そのためには何が必要か、その答えが「心の報酬」です。お金ではない報酬、出世や肩書ではない報酬、それが「心の報酬」であり、「ほめる」ことと深く結び付いています。

「心の報酬」には、大きく二つのものがあります。一つは「成長の実感」、もう一つが「貢献の実感」です。まず「成長の実感」ですが、今ときの若手社員は、成長の実感を求めながら、それを得られないという状況に苦しんでいます。なぜ、成長の実感を求めるのか、それはそのように育ってきたからです。今の若い人は、「ゲーム世代」で、物心ついたときからゲームをして育ってきました。そして、ゲームとは、つまるところ「成長を実感させることで時間やお金を消費させるもの」だといえます。成長して、レベルが上がって、倒せなかった敵を倒せるようになる、使えなかった道具が使えるようになる、行けなかった町に行けるようになる。成長することで自分の世界が広がる。ところが、実社会では、そのような実感を得ることがほとんどない。ですから、「成長実感の演出」というものも「心の報酬」を考える上では重要になってきます。

そして、二つ目が「貢献の実感」です。東日本大震災以降、特に若い人の貢献欲求が高まっているようです。仕事はそこそこなのだけれども、休みの日にボランティアですごく活躍している、実際には活動まではしていないけれども、誰かの役に立つ仕事がしたいと考えている人が非常に多いのです。しかし、よく考えてみると、本業においても、誰の役にも立たない仕事などありません。リーダーが自分たちの仕事の再定義をして、自分たちの仕事の意義を説き、自分たちの仕事と顧客や社会とのつながりを伝えることができれば、若手社員の貢献欲求も満たされていくはずです。

そして、実はこの「成長の実感」と「貢献の実感」の二つよりも、もっと手軽で価値の高い「心の報酬」があります。私たちの周りにもうすでにありながら、なかなか光が当たっていないものです。次回は、このすぐに使えて、効果が高い「心の報酬」を取り上げます。次回以降は、より実践的な内容になりますので、ぜひお楽しみに。

※「心の報酬」について、もっと詳細にお知りになりたい方は、拙書最新刊『リーダー必読!「ほめ達」の極意 やる気を引き出す「心の報酬」』(PHP研究所)も併せてお読みください。

以上(2020年2月)

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画像:photo-ac

「上司」世代のための働き方改革/若手社員が採用できる、辞めない職場づくりのヒント(6)

1 昭和な働き方よ、サヨナラ

2020年4月から、働き方改革関連法の大きな柱である法改正が施行されます。いわゆる「同一労働同一賃金」の導入です。非正規社員と正社員との不合理な待遇差を解消するのが狙い。すごくざっくり説明すると、均等・均衡待遇原則に沿って、働き方が同じであれば同一の待遇にしなさい、働き方に違いがあれば、違いに応じてバランスをとって待遇差を解消しなさいということです。

働き方改革は、安倍政権が「一億総活躍社会」を実現するために推進されている改革。一億総活躍社会とは老若男女一人一人の多様な個性を尊重し、社会で活躍できるような社会のことを指しています。戦後から発達してきた日本型雇用慣行では、“働き盛りの男性正社員が長時間労働し、女性は専業主婦として家庭を守る”というスタイルが主流でした。一億総活躍社会を目指すための働き方改革は、「正社員至上主義」や「長時間労働」といった旧来型システムとの決別を意味しています。

2016年9月に安倍首相が「働き方改革実現推進委員会」を立ち上げ、2019年には「残業時間の上限規制」を柱とした労働関連8法案が改正されました。そのラストピースが「同一労働同一賃金」の導入というわけです。

2 職場マネジメントの転換点

働き方が大きく変革していけば、当然のことながら、今までのオトナの常識は通用しなくなります。つまり働き方改革は、日本型雇用慣行が染みついた世代の働き方やマネジメントにも、変化の必要性を突き付けているのです。

そもそも本稿シリーズでは、拙著「なぜ最近の若者は突然辞めるのか」をもとに、職場における若者のトリセツについて解説してきました。「SNS世代の若者」側にフォーカスし、彼らの価値観を理解したうえで1対1コミュニケーションの在り方について示唆してきました。しかし、もはや「最近の若者は……」と眉をひそめている場合ではなく、変わらなければいけないのは自分たちだったりするわけです。

本稿では、「働き方改革」というパラダイムチェンジを余儀なくされる職場の上司が、どうあるべきかを俯瞰(ふかん)的に論じてみましょう。そういった視点から、「昭和なメンタリティ」に改めてフォーカスしてみると、それはそれでオトナの常識にもたくさんの「?」があります。

3 そもそもマネジメントがイケてなかった

自戒の念も含めて客観的に評価すると、日本の管理職(特に大企業のホワイトカラー層)のマネジメントは、そもそもイケてないという事実に直面します。

日本型雇用慣行といわれる雇用システムは、「終身雇用」「年功賃金」「企業内組合」というシステムで成り立っていました。このシステムは、企業と労働者の運命共同体的関係を育んできました。企業側は「うちの会社に就職したら一生安泰」という安心・安定を保障する一方で、労働者側は「雇って(=守って)もらっているわけだから、会社の都合で、なんでもやります。どこでも転勤します」と忠誠を誓う。家族のような絆で結ばれた関係性であることから、メンバーシップ型雇用ともいわれます。家族だから無理も通ります。そこには戦略的なマネジメントもなければ、モチベーションを高めるコミュニケーションも必要ありません。上司からすると、めちゃめちゃ楽な職場です。

その結果、本来必要とされるマネジメントスキルが昭和世代の上司には熟成されませんでした。もっというと、メンバーシップ型雇用の社会は、マネジメント力やコミュニケーション力を磨かなければならないという自覚の芽生えさえも摘んでしまいました。

4 働き方改革は「働き方開国」

昭和世代の上司をめちゃくちゃにこき下ろしているように聞こえるかもしれませんが、グローバルな視点で見ても、日本のマネジメントはかなり楽チンだと言わざるを得ません。

仮に上司が「今週の土曜、出社して課内研修しよう」と提案したとします。昭和の日本では、内心「え?」と思いながらも「分かりました!」と答える部下が大半でした。でもアメリカでは、100%「WHY?」という声が返ってきます。土曜出社する意味や目的をきちんと理解してもらう説明能力が必要になります。「いいからやれ!」と高圧的な要求をしたり、「言われたことしかやらない!」と嘆いたりするのは、グローバルな社会では通用しません。

インドネシアで、現地ワーカーを指揮する日本人マネジャーの研修を手掛ける人材コンサルタントに話を聞いたときのこと。「遅刻せずにちゃんと来い!」と言っても、遅刻の概念から説明しないといけないと教えてくれました。朝の出社定時を2時間以上過ぎてもお昼前に来れば遅刻じゃないと思っているインドネシア人が少なくないからです。

現地でのマネジメントにおいて、特に「物差し」「理由」「メリット」を語ることが重要だと聞いたときに、ピンとくるものがありました。これって、本シリーズで取り上げてきた「今どきの若者」に対峙するのに必要なコミュニケーションに似ていませんか。つまり扱いにくい今どきの若者は、働き手のグローバルスタンダードなんです。ガラパゴス化したこれまでの常識をリセットしてマネジメントを変える。昭和世代の上司にとっては「働き方開国」でもあるのです。

5 働く場所と時間がほどけていく

働き方改革やグローバル化に加え、テクノロジーの進化も職場マネジメントに大きな変化をもたらしています。ソフトバンクが大型投資したことで注目を集めた「WEWORK」は、シェアオフィス事業の寵児(ちょうじ)。ノマドワーカーが集うコワーキングスペースを提供して一気に成長しました。

オフィス機器や通信技術の発達によって、シェアオフィスやサテライトオフィスが広まっています。今までの企業組織は、当然ですが物理的な働く場所でした。しかしわざわざ職場まで行かなくても仕事ができる時代になってきたのです。テクノロジーは、働き手をオフィスから解放しつつあります。

テレワーカーが増えてきたら、会議も面談もオンライン上で行う機会が増えていきます。モニター越しのコミュニケーションになじめない管理職も少なくないでしょう。働きぶりが見えないなかで、どうやってマネジメントすればいいのかと戸惑う声もよく聞きます。

6 ギグワーカー社会

物理的な距離が離れていくだけではありません。今、アメリカでは「ギグワーカー」という働き方が注目を集めています。ギグとは、そもそもジャズやロックのミュージシャンが一晩限りの契約でライブ演奏に参加することを指していました。そこから転じて「ギグワーカー」という言葉が生まれ一般化したようです。

例えば、サラリーマン兼ブロガー兼ウーバーイーツ配達員兼ユーチューバー。こんなふうに、1つの会社に依存せず、1つの仕事にとらわれず、空いた時間を使って複数の仕事をこなしていく働き方です。我々、ツナグ働き方研究所の調査でも、単発バイトをやっている属性のトップは学生ではなくて社会人でした。副業、いや複業が一般化している証です。

こういう流れを後押しするのがインターネットです。先述の「ウーバーイーツ」の募集、テレビCMで知名度を上げたスキマバイトアプリ「タイミー」など、オンライン上でさっくりギグワークが見つかるようになってきました。1DAYワークやスポットワークのマッチングサービスが多く登場したおかげで、会社や職場という境界線がどんどん曖昧になってきています。

7 問われるエンゲージメント

ギグワーカー的な働き方は、いやが上でも一企業組織への帰属意識を弱めます。だからこそ企業側にとっては、従業員の帰属意識を高めていくような取り組みが必要になってきます。そのキーワードが「従業員エンゲージメント」。エンゲージメントとは、従業員の会社に対する愛着心や思い入れといった意味です。このような感情は多くの場合、会社側の努力もあって初めて従業員側に生じるものです。そのためには個人と組織が対等の関係性で、互いの成長に貢献し合うことが肝要だとされています。

つまり帰属意識は、縛り付けるのではなく、むしろさまざまなギグワークを支援することで醸成されていくわけです。さまざまなコミュニティーでの仕事を通して育まれる個人のアイデアや知見を活かしていこうというスタンスが求められているのです。

だとしたら、これからは、他社と人材を共有するくらいの意識でいるほうがよくはないでしょうか。働き手を縛り付けずに、あちこちの壁を乗り越えていってもらい、自社にとっても他社にとっても、いい結果をもたらしてくれる。会社間や職場間を自由に行き交う若者たちを上手にシェアすることが、企業として勝ち残る重要なポイントになるのではないでしょうか。

8 職場のプラットフォーム化

そう考えると令和の職場では、人材を抱え込むのではなく、オープンソースとして共有するスタンスが必要になるでしょう。人材を自社から逃がさないように縛ろうとするのは、全くもってナンセンス。職場がプラットフォームのような構造になっていくと捉える視座が問われるでしょう。

同一労働同一賃金導入によって、一連の働き方改革関連法案が出そろう2020年。法改正というトピックを機に、本稿では日本における働き方の変化について俯瞰的に論じてみました。働き方のスタンダードが変われば、当然ながら職場マネジメントにも変化が求められます。

しかも幾つかの観点を検証してみたところ、時代の流れは、上司が理解しがたいと感じていた若者世代の価値観にフィットしているという事実にたどり着いてしまいました。

冒頭でも述べましたが、「最近の若者は……」と眉をひそめている場合ではなく、変わらなければいけないのは自分たちなのです。

結局のところ、今「働く」に対する価値観が問われているのです。そのパラダイムチェンジこそが、職場マネジメントを円滑にする最大のレバレッジなのではないでしょうか。

以上(2020年2月)
(執筆 平賀充記)

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画像:NDABCREATIVITY-Adobe Stock

織田信長(武将)/経営のヒントとなる言葉

「人を用ふるの者は能否を択ぶべし。何ぞ新故を論ぜん」(*)

出所:「戦国武将のひとこと」(丸善)

冒頭の言葉は、

  • 「部下(家臣)の能力を見極めて、適材適所で仕事を任せることが組織づくりの要である」

ということを表しています。

信長は従来の因習や決まり事などを打ち破り、独創的な発想で政治に取り組みました。その1つに有名な、楽市・楽座令の発布が挙げられます(楽市・楽座令の発布は信長以外の戦国大名によっても行われましたが、特に信長が発布したものが有名です)。

楽市・楽座令の発布は戦いによって荒廃した市場の復興や、新設市場・新城下町の繁栄を目的としたものです。信長は既得権を廃止し、参入障壁を取り除くことで、自由競争を促しました。

また、戦いにおいても、信長は当時の最新兵器である鉄砲を導入するなど、常に新しい取り組みによって、天下統一まであと一歩というところまで上り詰めました。

信長の躍進を支えた要因の1つに、部下との密なコミュニケーションがあったといわれます。次の言葉からも信長がそれを重視していた一端をうかがい知ることができます。

「およそわが命ずるところ便(びん)ならざるものあらば、即ち来たりこれを争え。われまさに改めんとす」(**)

この言葉は家臣の柴田勝家(しばたかついえ)に越前国(現福井県)を任せた際に宛てた書状に記されたものです。独創的な発想に優れていたものの、家臣に対して、時には冷酷な処罰を下したとされる信長は、どちらかと言えばワンマンなイメージが強いのではないでしょうか。しかし、この言葉からは信長が何でも独断するのではなく、家臣の意見に耳を貸すリーダーであることが分かります。

ちなみに、信長は長きにわたって仕えた家臣である佐久間信盛(さくまのぶもり)とその息子が本願寺を攻略できなかったことに対して怒り、折檻(せっかん)状を書いて、追放しています。その折檻状の中には、信盛親子が武力をもって期待通りの働きができないならば、謀略を巡らし、足りない部分については、信長に報告して意見を求めるべきであるのに、それすらしないとして、信盛親子の無策を断じています。

もしかすると、信盛親子があらかじめ信長に状況を報告し、策を相談していれば、追放されることはなかったかもしれません。

生き馬の目を抜く戦国時代、判断の遅れは命取りになります。特に、領地が広がるにつれて、信長1人では全ての領地の状況を把握し、つつがなく治めることは不可能です。

そのため、信長の命令を順守することが前提ではあるものの、勝家には北陸方面、豊臣秀吉(とよとみひでよし)には中国方面などのように、信長は信頼できる家臣に領地を任せました。それによって、いち早く情報を収集し、新たな発想の源泉や判断材料としたのでしょう。

結局、信長は家臣の明智光秀(あけちみつひで)の裏切りに遭い、天下統一の夢を果たすことができませんでした。光秀が信長を裏切った理由は定かではありませんが、信長と光秀の間で、組織としてのビジョンや戦いの目的が共有できていれば、事態は違う展開を見せていたかもしれません。

戦国時代のような、日常的に命の危険にさらされている場合、組織においては裏切りはもとより、少しの足並みの乱れも許されません。組織一丸となって敵に当たる必要があるものの、そのためには家臣おのおのが組織としてのビジョンや戦いの目的を理解し、そこに意義を見いださなければ、命を賭して戦うことはないでしょう。

現代のビジネスにおいては、戦国時代のように命を賭すといったような極端な場面に遭遇することはありません。しかし、組織が一丸となって困難な状況を打開する場面はたくさんあります。そうしたときに必要となるのは、リーダーが日ごろから部下の話に耳を傾けることでコミュニケーションを図り、組織のビジョンを部下に理解してもらうことです。

信長のエピソードからは、迅速な情報収集と部下への接し方という、現代の経営にも通じるリーダーの在り方を学ぶことができます。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

おだのぶなが(1534~1582)。尾張国(現愛知県)生まれ。尾張国を統一し、天下統一を図る。本能寺の変にて自害。

【参考文献】

(*)「戦国武将のひとこと」(鳴瀬速夫、丸善、1993年6月)
(**)「心に響く勇気の言葉100」(川村真二、日本経済新聞出版社、2011年11月)
「信長公記 現代語訳」(太田牛一(著)、中川太古(訳)、KADOKAWA、2013年10月)
「戦国武将の名言に学ぶ」(武田鏡村、創元社、2005年8月)

以上(2020年2月)

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