社員がキラキラ働き出す! 事業計画を策定する本当の意義

書いてあること

  • 主な読者:事業計画の重要性は認識しているが、実際には策定していない社長
  • 課題:事業計画の策定には時間がかかるし、社長(経営者)の頭の中にあれば十分では?
  • 解決策:事業計画は社員の成長のきっかけになる。社長と社員が一緒に事業計画を策定する

1 多くの社長が理解していない事業計画の意義

皆さんの会社では事業計画を策定していますか? もし策定していないとしたら、その理由は次のようなものかもしれません。

  • 策定するのに手間と時間がかかる
  • どうせ計画通りには進まないと思っている
  • 全て自分(社長)の頭の中にあるから大丈夫

この理由を見て「大体、そんな感じ」と思った皆さん、少しお付き合いください。今のままで放置していると、会社が次のような停滞ムードが漂う組織になってしまうかもしれません。

  • 経営方針は社長が決めていて、社員は指示に従うだけ
  • 足元の業務に追われ、目線を上げて検討できない
  • 良くも悪くも安定していて刺激がなく、社員に向上心が芽生えない

事業計画がない会社の社員は、

明確な目標と活動のよりどころがなく、目標を達成しようとする推進力もない状態

で働いているところがあり、経営が安定している会社ほど「ゆでガエル」状態に陥る恐れがあります。もちろん、事業計画さえあれば万全というわけではありませんが、

社長の頭の中にある見通しや、今、力を入れている事業の重要さが社員に共有されれば、社員は日々の頑張りが「何のためであるのか」を理解できる

ようになります。積極的な社員は目標達成のために必要な能力を得ようと自発的に勉強しますし、社外とのつながりを広める社員もいるでしょう。こうした社員がいる中小企業は強いです。

このように、事業計画は、

事業を定義し、その進捗を管理するだけでなく、組織を作り、社員の成長を促すもの

です。この記事では、「事業計画(利益計画・販売計画)」の一般的な内容を紹介しますが、

裏ミッションとして「社長にしかできない組織作り」

を意識していただければ幸いです。

2 事業計画で社員は全てを理解する

事業計画とは、

当期の経営目標を達成するための計画

です。事業計画に必ず盛り込まれるのは、

  • 利益計画:目標となる売上高や利益をまとめたもの
  • 販売計画:顧客別や商品別の売上高(販売数量)をまとめたもの

です。詳細な「数字」が記載されているので、金融機関などとコミュニケーションを図る際も役立ちます。この他、例えば人員を増やす場合や新規事業を始める場合は、その計画を詳細にまとめたりします。

いずれにしても、事業計画には会社全体の取り組みがまとめられています。また、「どの程度いけそうなのか?」といった肌感覚も盛り込まれるため、事業計画の策定に社員を巻き込めば、社員は会社の多くを知ることができます。大企業では、

社長→(ここが遠い)→経理本部→本部長→部長→課長→社員

といったコミュニケーションになりがちですが、中小企業では、

社長→全ての社員

といったコミュニケーションも可能です。社員からすれば、

利益計画・販売計画といった具体的な数値について、社長がどのような思いやロジックで考えているかを間近で見ることができる

という、貴重な経験になるわけです。

3 利益計画策定のポイント

1)利益計画は具体的な行動まで落とし込む

ここからは、少し実務的な話をします。

利益計画とは、目標となる売上高や利益をまとめたもので、いわば計画年度の予測損益計算書(予測P/L)です。事業計画の策定は利益計画から検討するのが一般的ですが、それは会社が達成すべきゴールを示すのが利益計画になるからです。

ゴールが決まると現状とのギャップも明らかになりますが、それだけでは社員はそのギャップを埋める具体的な行動を起こしません。ですから、利益計画の数字を達成するための具体的な行動まで落とし込む必要があります。例えば、当期純利益を前年度比20%増に設定する場合、

どの商品の販売を強化すべきなのか(販売計画)を、全社的な課題と位置付けた上で、具体的に検討していく

ことになります。

2)フォーマットは損益計算書に合わせる

利益計画の進捗管理をスムーズに行うために、利益計画のフォーマットは損益計算書と同じにするのが基本です。また、実現性・妥当性のある利益計画にするために、科目は細かな単位まで落とし込みます。細分化の基準は、

経理が使用している勘定科目や補助科目

です。さらに、年度の金額を月次で細分化します。支店(店舗)や部門が複数ある場合は、「支店(店舗)別・部門別」でも細分化するとよいでしょう。

3)当期純利益から逆算するのが基本

損益計算書は「売上高-費用=利益」という構成になっていますが、利益計画では、

目標利益=達成可能売上高-許容費用

と考えます。言葉を変えると、まず獲得すべき目標利益があり、それを達成可能な売上高の中で実現するために許容できる費用を算出します。会社の状況などによりますが、達成すべき目標登記純利益は、「企業(社長)の目標額」「過去数年間の実績額」「資金計画(借入金計画、資金調達計画など)」などを勘案して検討します。

借入金の返済などを考慮した当期純利益は、次の計算式で算出できます。

目標当期純利益=予定借入金返済額+予定配当金額+目標社内留保額-予定減価償却費

目標当期純利益を決定したら、損益計算書を下から上っていくイメージで費用を検討します。

  • 法人税などを加えて税引前当期純利益を算出する
  • 特別損益がある場合はこれを加減して経常利益を算出する
  • 営業外損益を加減して営業利益を算出する
  • 販売費・一般管理費を加えて売上総利益を算出する
  • 最後に売上原価を加えて必要な売上高を算出する

といった具合です。この際、不要な費用は削減していきますが、実現性・妥当性が重要です。無理に費用を削減して、見た目だけ筋肉体質の利益計画としても意味がありません。また、支出額を予測しにくい費用は、前年度実績を目安に計上するとよいでしょう。

4 販売計画策定のポイント

1)「顧客別」と「商品別」に検討する

販売計画は、利益計画で策定した売上高や売上総利益(粗利益)などを、顧客別・商品別に展開した計画であり、

  • 顧客別販売計画:顧客別に売上高などを検討する
  • 商品別販売計画:商品別に売上高などを検討する

が基本となります。

例えば、小売業など不特定多数、あるいは小口取引が中心の会社は、顧客別販売計画の策定にあまり意味がなく、商品別販売計画がメインとなります。一方、製造・卸売業など大口顧客との継続取引が中心の会社は、顧客別販売計画と商品別販売計画の両方を策定します。

2)実現性・妥当性がある計画を策定する

販売計画でも実現性・妥当性が求められます。社員を巻き込みながら販売計画を策定する場合、「目標利益を達成する!」という強い思いが社員に芽生えるのはよいのですが、実現が難しいチャレンジングな販売計画になってしまうことがあります。

気持ちは大事です。しかし、確たる根拠もないまま希望的観測に基づいて見積もられた販売計画は意味がなく、時間が進むほどに未達成が大きくなってきつくなります。必ず具体的なアクションプランとセットで考えましょう。

3)攻める順番を決める

販売計画の実現性・妥当性を高める戦略の考え方は、確実性の高いところを攻めることです。販売先(既存顧客・新規顧客)と商品(既存商品・新商品)に分けた場合、次のようになります。

  1. 既存顧客への既存商品の販売額
  2. 既存顧客への新商品の販売額
  3. 新規顧客への既存商品の販売額
  4. 新規顧客への新商品の販売額

これは、過去の販売実績や市場のトレンドなどに基づいて優先順位を付ける考え方です。「1.既存顧客への既存商品の販売額」は、最も確実性が高くなります。逆に「4.新規顧客への新商品の販売額」は未知であり、販売計画の精度は落ちます。

ただ、これはあくまでも一例です。新規事業にチャレンジしている場合などは、当然、「4.新規顧客への新商品の販売額」を検討することになります。

5 社長と社員が一緒に事業計画を遂行する

事業計画は策定して終わりではなく、遂行しなければ意味がありません。教科書的に言えば、

月次単位で実績を把握して、事業計画との差異を分析して対策を講じる

ことになるのですが、この説明に具体性はありません。

事業計画の遂行についても、月次で全社ミーティングを行い、全社的に共有するのが望ましいでしょう。メンバーはいずれ絞っていけばよいですが、当初は会社が本気で事業計画を運営していることを周知するため、全社員に参加してもらいます。そうする中で、自社に合った方針が固まっていきます。例えば、計画と実績にプラスマイナス5%の差異が生じた場合、その理由を追及する会社がありますが、ただそれをまねするだけでは現場の実務負担が増すだけです。

中小企業には中小企業のやり方、自社には自社のやり方があります。「プラスマイナス15%になった差異から注目する」など、自社にとって無理のないルールを決めればよいですし、見るべき数字を絞ってもよいでしょう。とにかく、

社長と社員にとって事業計画が常に意識される存在

になれば成功です。

また、会社にはチャレンジしなければならないときがあります。そうしたときこそ、この記事で紹介したように全社一丸となって事業計画を策定し、推進していければ理想的です。それが会社と社員の大きな成長につながります。

以上(2024年10月更新)

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「退職一時金と企業年金」「DBと企業型DC」、結局どれを選ぶべき?/人生100年時代の退職金制度を考える(2)

書いてあること

  • 主な読者:自社の退職金制度の方向性について考えている経営者
  • 課題:「退職一時金と企業年金」「DBと企業型DC」、結局どの制度を選べばいいのか?
  • 解決策:社員の手取りが増え、会社にとっても負担の少ない制度を選択する。税金のルール(退職所得控除、公的年金等控除など)、運用の責任・利回りなどに着目する

1 退職金をいかに魅力的な制度にするか?

大卒の社員が定年退職したときにもらえる退職金は、2012年(約1224万円)から2022年(約1092万円)にかけて、10年間で約132万円減少しています。高専・短大卒、高校卒の場合も傾向は同じで、特に2022年の退職金は両者とも1000万円を下回っています。

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退職金が減っている主な理由は、昔に比べ定年まで働く社員が減り、退職金制度の在り方を見直す会社が増えてきたからだといわれています。そんな状況なので、逆に今、退職金の額を増やそうとしている会社は、社員にとって魅力的に見えるかもしれません。

「ウチの会社の規模ではそんなに退職金を払えない……」という経営者もいるでしょうが、

  • 税金の負担が少なく、控除後の手取りが多くなる退職金制度
  • 会社の負担は一定で、社員が運用に成功すれば手取りを増やせる退職金制度

などもあるので、諦めるのはまだ早いです。

第1回では、「人生100年時代」の中で、社員が老後を過ごすのにどのぐらいの費用が必要で、いくら退職金があれば生活費を賄えるかをシミュレートしました。85歳までの生活を想定した場合、夫婦2人暮らしでは912万円、独身では744万円の退職金が必要でした。

今回は、「社員の手取りが多くなる退職金制度は何か」に注目し、「退職一時金 vs 企業年金」「DB vs 企業型DC」を比較し、どの制度が退職金の手取りがより多くなるのかをシミュレートします。なお、シミュレーションは、統計データを参考にした一例であり、実際の内容は会社の制度や社員の働き方、運用結果などによって異なります。

2 退職一時金 vs 企業年金

退職金の受け取り方には「退職一時金」「企業年金(退職年金)」の2つがあります。

退職一時金は、退職金を一括で受け取る方法です。退職所得控除(課税計算をする際、退職金の収入額から差し引くことのできる非課税枠)が利用でき、退職金が一定金額以内であれば所得税や住民税はかかりません。

企業年金は、退職金を年金形式で受け取る方法です。退職金を受け取り切るまでは勤めていた会社が運用してくれるので、一時金で受け取るより年金額が多くなることがあります。ただし、退職所得控除は受けられず、代わりに公的年金等控除(課税計算をする際、公的年金と企業年金の合算額から差し引くことのできる非課税枠)が適用されます。

両者のどちらが魅力的かですが、結論、退職金が退職所得控除の範囲内に収まるのであれば「退職一時金」で問題ありません。一見、企業年金のほうがお得に感じますが、なぜでしょうか。その理由を次のシミュレーションで解説します。

【試算条件】

  • 65歳男性で、配偶者はなし
  • 勤続43年で、再雇用はなし
  • 退職金額は1000万円
  • 一時金で受け取る場合と、年利1.0%の10年確定年金(年間101万円)で受け取る場合で試算
  • 公的年金は年180万円(月15万円×12カ月)を65歳から75歳まで受け取るものとする
  • iDeCoや企業型DCは未加入とする
  • 社会保険料は考慮しない

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退職金が退職所得控除の範囲内に収まるのであれば、退職一時金で受け取ったほうが手取りは多くなります。額面上多く見える企業年金を選びたくなりますが、退職一時金で受け取ったほうが支払う税金が少なくなるのです。その理由は、退職所得控除と公的年金等控除の非課税枠の違いにあります。

退職所得控除は、勤続年数が20年超の場合、「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」で算定します。勤続年数が長いほど、非課税枠を大きく利用できる仕組みです。勤続43年なら、

退職一時金の非課税枠=2410万円(800万円+70万円×(43年-20年))

となります。

一方、公的年金等控除は、社員の年齢と「公的年金+企業年金」の額をベースに算定されます。社員が65歳以上で「年110万円<公的年金+企業年金<年330万円」(その他所得を考慮しない)の場合、公的年金等控除は年110万円です。今回のケースでは「公的年金(年180万円)+企業年金(年101万円)=年281万円」なので、10年間で見ると、

企業年金の非課税枠(10年間)=1100万円(110万円×10年間)

となるのです。額面上は企業年金のほうが多くても、税金の非課税枠を考えると、退職一時金のほうがお得なわけです。

改めて、退職一時金と企業年金のメリット・デメリットを確認してみましょう。

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手取りの観点では、シミュレーションでも紹介した通り、退職一時金に軍配が上がることが多いようです。ただ、一度に大金が手元に入るため、計画性がなかったり浪費癖があったりする社員の場合などは、使い込んでしまうリスクを考えて、企業年金のほうがよいという考え方もできるでしょう。

3 DB vs 企業型DC

DB(確定給付企業年金)は、受け取る年金額があらかじめ決まっている企業年金です。労使間の規約に基づいて運用する「規約型」と、会社とは別法人の基金を設立して行う「基金型」に分けられます。想定通りの運用ができない場合、会社が追加の拠出をするので、社員は決められた年金額を必ず受け取れます。

一方、企業型DC(企業型確定拠出年金)は、会社が掛け金を拠出するものの、運用は社員が自分の責任で行う企業年金です。運用に成功すれば退職金を本来の額よりも増やすことができますが、運用に失敗した場合は、元本割れで退職金が減ることもあります。

結論から言うと、両者のどちらが魅力的かは、ケース・バイ・ケースです。具体的に、次のシミュレーションで解説します。

【試算条件】

  • 65歳男性で、配偶者はなし
  • 年収400万円で試算
  • 勤続43年で、再雇用はなし
  • DB・企業型DCともに、65歳になったときから10年間、年金形式でもらうと仮定
  • DBは、企業年金連合会の規約型のデータを基に年100万円で試算
  • 企業型DCは、22歳で加入とし、運用失敗(元本割れ)した場合と、運用成功(月2万円を年利2.0%で運用)した場合の両方を想定
  • 公的年金は年180万円を65歳から75歳まで受け取るものとする
  • 社会保険料は考慮しない

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計算結果を確認すると、手取り合計は、

企業型DC(運用成功)>DB>企業型DC(運用失敗)

となっています。上記のシミュレーションの場合、運用成功した企業型DCの金額は魅力的ですが、運用に失敗した場合のリスクもなかなかです。確実に退職金を用意したい社員にとっては、DBを選択したほうが無難かもしれません。

なお、DBの受け取り方や企業型DCの積立金額・利率によって試算結果は異なるので、実際の額のイメージについては、専門家などに確認してみましょう。また、企業型DCは最大で5.5万円までの掛け金を設定できるため、上記の試算結果よりも多くの退職金を用意できる可能性があります。

改めて、DBと企業型DCのメリット・デメリットを確認してみましょう。

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シミュレーションでも紹介した通り、DBと企業型DCは対照的な制度です。「将来の受給額を確定させたい」という社員にはDBが、「運用次第で元本以上の退職金を受け取りたい」という社員には企業型DCがオススメです。

4 「制度の併用」も視野に入れる

退職金制度は、必ずしも1つに絞る必要はありません。複数の退職金制度を組み合わせる「制度の併用」も可能です。例えば、DBと企業型DCの併用がそうです。

前述した通り、DBは将来の受給額が決まっていて安心な半面、会社にとっては追加拠出のリスクがあり、企業型DCは会社が運用成績について責任を負わない半面、社員にとっては元本割れのリスクがあります。この点、両制度を併用すると、それぞれの制度の長所を活かしつつ、リスクを低減できる可能性があります。

なお、DBと企業型DCを併用する場合、2024年12月からの制度改正についても押さえておきましょう。両制度を併用する場合、

2024年11月までは、企業型DCの掛け金は「月額2.75万円」が上限

となります。つまり、DBの運用に関係なく、企業型DCの掛け金の上限が一律で決まってしまうルールになっているのですが、制度改正により、

2024年12月からは、企業型DCの掛け金は「月額5.5万円-DBの掛け金相当額」が上限

になり、改正前よりも柔軟な制度運用が可能になります。詳細については、厚生労働省ウェブサイトをご確認ください。

■厚生労働省「確定給付企業年金制度の主な改正(令和6年12月1日施行)」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/newpage_00041.html

次回は、「退職金制度を見直してみたが、それでも十分な退職金を用意できそうにない……」という経営者向けに、財形貯蓄やiDeCo+(イデコプラス)などの福利厚生と退職金制度を併用して、社員の資産形成をサポートする方法を紹介します。

以上(2024年11月作成)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:pek-Adobe Stock

その指導、パワハラかも……? 弁護士が教える、危うい上司4タイプと指導改善のポイント!

書いてあること

  • 主な読者:自分の指導がパワハラになるんじゃないかと不安な上司
  • 課題:自分の指導のどのあたりがパワハラなのか、どう直せばいいのかが分からない
  • 解決策:パワハラ予備軍の上司を「価値観押し付けタイプ」「正論押し付けタイプ」「過干渉タイプ」「丸投げタイプ」に分けた上で、指導の改善のポイントを押さえる

1 上司に悪気がないからこそ厄介なパワハラ

パワハラ(職場におけるパワーハラスメント)とは、

職場の優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた(行き過ぎた)言動により、就業環境が害される(仕事に支障を来す)こと

です。「職場の優越的な関係」の典型的なパターンは「上司と部下」で、次の6つが一般的なパワハラの行為類型(通称:パワハラの6類型)とされています。

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部下が上司をパワハラで訴えることは今や珍しくありませんが、実は上司が明確な悪意を持ってパワハラをしたという事案はあまり多くありません。むしろ多いのは、部下に問題(指示したことができない、同じミスを繰り返す、報連相を軽視するなど)があり、

上司は「良かれと思って」指導をするものの、そのやり方に問題があってパワハラになる

というケースです。例えば、指導をしているうちに感情がヒートアップして暴言を吐いてしまう場合などがそうです。

部下の指導は上司の役目であり、そこに臆病になる必要はありません。ただ、その指導が前述した「業務上必要かつ相当な範囲」を超えないよう、自己分析をすることは大切

です。あらかじめ上司の指導の中でパワハラになりそうな要素を押さえ、そういう指導をしないように心掛けていれば、パワハラの問題は防げます。

この記事では、日本ハラスメントカウンセラー協会の顧問として数々の会社のハラスメント対策に向き合ってきた弁護士(筆者)が、「パワハラ予備軍」とでも呼ぶべき上司のタイプを次のように分け、その指導をどう改善していけばよいかを解説します。

  • 部下を精神的に追い込む「価値観押し付けタイプ」
  • 論理的だが話を聞かない「正論押し付けタイプ」
  • 部下にかまいすぎる「過干渉タイプ」
  • 部下に任せきりで指導をしない「丸投げタイプ」

2 部下を精神的に追い込む「価値観押し付けタイプ」

1)どういうタイプ?

「価値観押し付けタイプ」の上司は、

昔の価値観から抜け出せない、「〇〇すべき」「仕事はこういうもの」といった自分の価値観を、部下にも強制してしまうタイプ

です。上司自身も若い頃、自分の上司からその価値観を押し付けられ、時には暴言にさらされるような環境で過ごしてきたため、今の部下に対して同じような態度で接してしまいます。

具体的には、

  • 部下に対する言葉がキツくなり、ヒートアップすると「お前はばかだ」「新入社員以下だ」など暴言を吐いてしまう
  • 部下のことを「常識がない」などと決めつけて、その部下に対して異様に冷たく接してしまう。ミーティングに参加させなかったり、仕事を取り上げたりする

といった特徴が見られます。

2)どういう指導がパワハラになる?

暴言は、典型的なパワハラです。上司自身は部下の成長を願って厳しく指導しているつもりでも、「お前はばかだ」「新入社員以下だ」など、

名誉や人格を著しく傷付ける言動を繰り返すと、パワハラの6類型の「精神的な攻撃」

になる恐れがあります。部下が暴言により精神を病み、休職や退職に追い込まれるケースは少なくなく、裁判で高額の損害賠償(自殺事案だと数千万円以上、自殺事案でなくても100万円以上)が認められたパワハラ判決の多くは、このタイプの上司による事案です。

価値観の合わない部下に異様に冷たく接する、ミーティングに参加させないといったように、

個人を疎外する行為は、程度によっては「人間関係からの切り離し」

になる恐れがあります。期待通りの働きができない部下に単純作業だけを命じるなど、

仕事を取り上げる行為は、業務上の合理性を欠くと「過小な要求」

になる恐れがあります。

なお、パワハラ全般に言えることですが、上司の言動がパワハラと認定されるのは、

原則として問題のある言動が「何度も、継続的」に行われた場合です。ただ、頻度や継続性に関係なく、1回の言動でパワハラ(一発アウト)になるケースも存在

します。例えば、他の社員のいる状況で「お前の働きぶりをご両親に報告してやろうか」など、家族に言及しさらし者にする行為は、侮辱的な言動として一発アウトになる可能性が高いです。カッとなってゴミ箱を投げ付けるなどの「身体的な攻撃」も、原則として一発アウトです。

3)指導の改善のポイントは?

次章以降で紹介するタイプにも言えることですが、筆者の経験上、

パワハラの加害者は、職務上の上下関係、男性・女性、勤務成績、年齢、容姿など、人格価値と関連のない属性に基づいて、相手を軽く扱う傾向がある

と感じます。当たり前のことですが、職務上の上下関係はあくまで組織の指揮系統であって、上司だから部下を軽んじていいなんてことは決してありません。ですから、

まず大切なのは、部下を個人として尊重した振る舞いをすること

です。例えば、上司自身よりも上位の役職者や同僚には到底使えないような言葉を部下に使っていないか、社外の人であれば絶対しないような態度で部下に接していないかを確認します。

ジェネレーションギャップへの対応、つまり、

昭和・平成時代は良しとされた(黙認された)価値観や言動が、令和の時代では必ずしも通じないと自覚すること

も大切です。「若い頃に厳しく鍛えられたから今の自分がある」「今さら自分を変えるなんて難しい」という上司もいるでしょうが、社会の変化を感じ取って指導の仕方を修正しないと、パワハラで糾弾されるリスクからは逃れられません。

部下の指導は上司の役目ですから、指摘すべき点は毅然と指摘すべきですが、

指導する際は業務上の問題点に焦点を絞り、人格に踏み込まないこと

が大切です。「〇〇の部分ができていない」と事実ベースで問題点を指摘するなどしましょう。人格に踏み込む発言はパワハラになりやすいだけでなく、部下のほうも「自分を否定された」という印象ばかりが残り、肝心の指導内容が頭に入っていきにくいです。

部下を指導する際、つい感情的になってしまうという人は、

自分の感情を意識しながら指導すること(アンガーマネジメント)を心掛ける

ようにしましょう。例えば、不手際に接してイラッとした場合に、「ああ、自分はいらついているんだな」と、自分の感情を客観的に見つめる癖を付けると、意外と冷静になれるものです。

3 論理的だが話を聞かない「正論押し付けタイプ」

1)どういうタイプ?

「正論押し付けタイプ」の上司は、

感情に左右されず、論理的に指導をするが、その論理から外れた行動をする部下に異常に厳しいタイプ

です。なお、「論理的に指導をしている」というのはあくまで上司自身の認識で、実際は部下の力量や経験、他の業務の状況などを正しく把握できておらず、的外れな指導をしてしまうケースも多いです。自分に自信がある分、意外と周りが見えていないタイプともいえるでしょう。

具体的には、

  • 「私の言うこと、間違っている?」「この通りにやれば成果が出るはずなのに、なぜやらない?」などの言い方で、部下を追い詰めて萎縮させる
  • 「私の言うやり方ならできるはずだ」と、部下の力量や経験、他の業務の状況などを考えず、キャパオーバーの業務を振り、部下が難色を示しても取り合わない

といった特徴が見られます。

2)どういう指導がパワハラになる?

部下のミスに対して、指導する時と場所を選べるにもかかわらず、

周囲に他の社員がいる状況で長時間の叱責をすると、正論であっても「精神的な攻撃」

になる恐れがあります。

キャパオーバーの業務を振り、部下が難色を示しても取り合わないのは、

振った業務が明らかに遂行不可能なものであれば、「過大な要求」

になる恐れがあります。正論を言っているつもりでも、実は部下の状況を正しく把握できていない上司がいるというのは、前述した通りです。部下の言い分を聞いて軌道修正を図るならよいですが、「言い訳する暇があったら先に進もうよ」などと言って、取り合わないのはNGです。

正論押し付けタイプの上司に接すると、部下は逃げ場がなくなってしまい、ストレスの蓄積により精神を病んでしまうことがあります。パワハラによるストレスだけで精神を病んだとはいえなくても、他のストレス(困難な業務による精神的負担や長時間の勤務などによるストレス)が合わさって、メンタルヘルス不調になったと判断されることがあるので注意が必要です。

3)指導の改善のポイントは?

正論押し付けタイプは、部下が相談を持ちかけても、上司側の正論で一刀両断してしまうため、部下にとっては「取り付く島もない」状態になることもあります。上司にとっては「相談するまでもないこと」でも、部下にとってはそうではありません。

まずは上司が部下の話によく耳を傾けること、つまり「傾聴」

が大切です。上司が話を聞いてくれれば、部下は言葉に出しながら自らの問題点や課題を整理でき、解決の糸口を見つけられます。部下の発言が、上司側の正論から外れたものであったとしても、まずは「部下には部下の言い分があるのだろう」と肯定的に受け止めましょう。

また、価値観押し付けタイプの上司にも言えることですが、正論押し付けタイプの上司には、自身の誤りを認めることが得意でない人がいます。部下の納得感を得るためにも、

上司の指示や指導に落ち度があれば、素直に認めること

が大切です。これは「謝るべきは謝り、過大な謝罪要求は毅然とお断りする」という、カスタマーハラスメントなどと同様の対応です。

4 部下にかまいすぎる「過干渉タイプ」

1)どういうタイプ?

「過干渉タイプ」の上司は、

部下がちゃんと働いているかが気になって、過剰に干渉してしまうタイプ

です。業務の進捗を管理するのは上司の役目ですが、その管理が行き過ぎることで、かえって仕事に支障を来してしまうのです。

具体的には、

  • 必要以上に連絡を取ろうとし、ある程度経験がある部下が相手でも、細かく仕事の進め方を決めないと気が済まない
  • 部下が期待通りの働きをしていない場合、「普段の生活態度が仕事に影響してくるんだ」などと、部下の私生活にまで言及してしまう
  • 「部下が大変そうだから」「定時で帰らせたいから」と、任せた仕事を引き取ってしまう

といった特徴が見られます。

2)どういう指導がパワハラになる?

部下の業務の進捗管理については、

休日や深夜などの時間帯にまで連絡を入れて報告を求めると、「過大な要求」

になる恐れがあります。テレワークをしている部下に、勤務時間中はオンライン会議システムのカメラを常にオンにしておくように命じたり、頻繁に点呼を取ったりするのも、場合によっては「過大な要求」になり得ます。

期待通りの働きをしていない部下に、「普段の生活態度が仕事に影響してくるんだ」などと、

私生活にまで言及して叱責するのは、「精神的な攻撃」または「個の侵害」

になる恐れがあります。毎日定時で帰る部下に「そういう甘い考え方だから仕事も中途半端になるんだ。考えを改めよう」と叱責したりするケースなども同様です。一方、

育児や介護をしている部下について、業務量を調節するために家族の事情について質問する場合などは、基本的にパワハラにはならない

と考えられます。とはいえ、根掘り葉掘り質問をして、部下が「個人的なことですから」と、話したくない態度を示したのにしつこく質問すると、「個の侵害」になる恐れがあります。

「部下が大変そうだから」「定時で帰らせたいから」と、

部下に任せた仕事を引き取るのは、行き過ぎると「過小な要求」

になる恐れがあります。業務負担の偏りや納期などの事情に配慮して、部下の仕事を引き取ることは業務上必要なことなので、本来パワハラにはなりませんが、簡単な仕事しか与えない状況が常態化している場合などは話が変わってきます。

3)指導の改善のポイントは?

目の届かない所で仕事をしている部下が心配なのは分かりますが、上司の目の前で仕事をしている社員が成果を上げているとは限りませんし、その逆もしかりです。まずは、

上司として、ある程度部下を信頼して任せる態度を取ること

が大切です。監視・干渉しなくても、業務管理できるシステムの導入などを検討しましょう。

また、上司と部下の間で、

1日の中で業務の定期連絡をするタイミングを決めておき、メールやチャットの場合、上司が勤務時間外に送信しても、部下は勤務時間中の返信可能なときに返信すればよい

という具合に、連絡に関するルールを共有しておくのもよいでしょう。ただ、勤務時間外に繰り返し上司からメールやチャットが送信されるようだと、部下が「自分も早く返信しなければ」と圧を感じることがありますから、勤務時間外の送信は最低限にしておきましょう。

一度部下に任せた仕事を引き取るのは、業務負担の偏りや納期などを考慮して、

どうしても必要な場合だけにとどめ、上司が仕事を引き取る状況を当たり前にしない

ように注意しましょう。「一度仕事を任せた以上は、部下にやらせる」という意識を持たないと、部下はいつまでたっても成長しませんし、上司の負担も増えます。なお、仕事を引き取る際は、上司の意図が部下に正しく伝わらないと、部下は「経験を積みたいのに、自分は嫌われているのだろうか」などと不安に感じますから、引き取る理由を明確に伝えましょう。

5 部下に任せきりで指導をしない「丸投げタイプ」

1)どういうタイプ?

「丸投げタイプ」の上司は、

ハラスメントと言われるのが怖かったり、管理職になりたてで指導に自信がなかったりして、部下とコミュニケーションをあまり取らないタイプ

です。言葉を選ばずに言うと、部下を指導する上司の役目を放棄している人たちです。

具体的には、

  • 指導を嫌がる。部下に「分からないことがあったら聞いて」と言っておきながら、いざ相談されたら「少しは自分で考えろ」と言って突き放す
  • 「プレーヤー」としての自分の仕事以外の「マネジャー」的な仕事をしたがらない

といった特徴が見られます。

2)どういう指導がパワハラになる?

部下が新入社員だったり、異動直後だったりと、

明らかにサポートを必要としている状況にもかかわらず、指導や相談対応をしない場合、部下の負担の大きさによっては「過大な要求」

になる恐れがあります。また、私傷病休職から復帰した直後の部下なども、心身が十分に回復しておらずケアが必要な場合がありますが、こうしたケースで部下に配慮をせず、

休職前と変わらない業務を担当させ、「パフォーマンスが悪い」などと叱責すると、「精神的な攻撃」や「過大な要求」

になる恐れがあります。

3)指導の改善のポイントは?

丸投げタイプの上司の場合、まずは自身がマネジャーであることを意識すること、つまり、

「部下を指導するのは上司の役目」という自覚を持つこと

が大切です。とはいえ、ハラスメントと言われるのが怖い、新任管理職なので指導に自信がないという上司の心情も理解できます。このあたりは、経営者などが「指導そのものはハラスメントにはならない」ということを明確に伝えたり、上司の上位者(部長クラスなど)が、必要に応じて指導の相談に乗ったりすることも大切です。

なお、上司がマネジメント業務を怠ると、

それが上司と部下だけでなく、会社全体の問題に発展してしまうケースがあることも認識

しておきましょう。実際にあったケースで、社内で発生したハラスメント問題(部下が被害者)について、上司が「見て見ぬふり」をしてしまい、ハラスメントがエスカレートしてしまった事案があります。会社は社員に対して「安全配慮義務」(労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務)を負っています。実際の裁判でも、

上司は会社の安全配慮義務の「履行補助者」である

として、上司が部下の安全が害されていると知りながら放置した場合、会社の安全配慮義務違反を認定するケースがありますから、マネジメント業務をおろそかにしてはいけません。

以上(2024年11月作成)

pj00728
画像:ChatGPT

【人事部DX】社員の入社手続きをオンラインで行う

書いてあること

  • 主な読者:入社手続きをオンラインで行うことになった人事労務担当者
  • 課題:具体的な業務が整理されていない。何がオンライン可能なのか分からない
  • 解決策:「雇入時健康診断」以外は、オンライン化が可能

1 手続きの多くはオンライン化できる

この記事では、人事労務の仕事を紙からデータに切り替えたい人向けに、

入社手続きはどこまでオンライン化できるのか

をまとめます。一般的な入社手続きは、原則オンライン化が可能ですが、図表の赤字に注意が必要です。

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【社会・労働保険、税務関連の書類の取得】

マイナンバーを扱うため、社員とオンラインでやり取りをする際は細心の注意が必要

【法定書類(社会・労働保険関連、税務関連)の提出】

社会保険関連の制度改正がある(2024年12月2日以降、健康保険被保険者証が廃止される。経過措置あり)。税務関連の書類は、電子証明書がないとオンラインで提出できない

以降では「入社前または入社当日の手続き」と「入社後の手続き」の2段階に分けて、労務管理のオンライン化のポイントを見ていきます。

2 入社前または入社当日の手続き

1)労働条件通知書の交付

会社は社員を雇用した際、賃金や労働時間など主要な労働条件を、書面などで明示しなければなりません。これが「労働条件通知書」です。なお、労働条件通知書は紙で明示するのが基本ですが、社員が同意をした場合、メールやSNSにPDFを添付するなどの電子交付が可能です。

2)社会・労働保険関連、税務関連の書類の取得

社員が入社する際、社会保険や雇用保険の資格取得手続き、賃金支給における所得税の計算、年末調整を行うため、次の書類を本人から提出してもらう必要があります。

1.マイナンバーカード・雇用保険被保険者証のコピー

マイナンバーカード・雇用保険被保険者証のコピーは、会社が年金事務所やハローワークへ提出する書類を作成する際に参照するものなので、提出の方法は会社が自由に決められます。メールやSNSにPDF、写真などを添付してもらうのが簡単です。

ただし、マイナンバー(個人番号)の取り扱いには細心の注意を払わなければなりません。提出を受ける場合、マイナンバー法上、添付ファイルにパスワードをかける、個人番号事務取扱担当者だけが閲覧できるメールアドレスに送信をしてもらうなどの対応が必要です。

この他、クラウド型の人事労務手続きソフトを経由してマイナンバーを受け取る方法もあります。これらのソフトは、事前に管理者として権限が与えられた担当者しか提出された情報を閲覧できませんし、提出された個人番号などの情報も、クラウド上に安全に保存されます。

2.給与所得の源泉徴収票(前職分)

給与所得の源泉徴収票(前職分)は、年の途中での転職者について年末調整を行うために必要な書類です。社内で年末調整事務をする際に参照するものなので、添付ファイルで提出を受ければ問題ありません。

3.給与所得者の扶養控除等(異動)申告書

給与所得者の扶養控除等(異動)申告書は、紙(所得税法で定められた書式)での提出が原則です。ただし、所轄税務署に「源泉徴収に関する申告書に記載すべき事項の電磁的方法による提供の承認申請書」を提出すれば、添付ファイルで提出を受けたり、人事労務手続きソフトを用いてクラウド上で自動作成されたデータを保存したりできます。

3)その他の書類の取得

行政手続きなどで必要ということではありませんが、社内での労務管理のため、会社が社員に次のような書類の提出を求める場合があります。

  • 住民票記載事項証明書
  • 免許証・資格証明書
  • 給与振込先届出書・通勤経路届
  • 誓約書・身元保証書

これらの書類は、法的に必要な書類ではないので、提出の方法は会社が自由に決められます。メールやSNSを経由して、添付ファイルで提出してもらうとよいでしょう。ただし、誓約書・身元保証書のように、本人や身元保証人に署名を求める書類については、電子契約書ソフトを経由して、電子署名を添えて提出してもらうのが望ましいといえます。

3 入社後の手続き

1)法定書類(社会・労働保険関連、税務関連)の提出

1.社会・労働保険関連

社員から提出された個人情報に基づき、会社は、社会保険や雇用保険の資格取得、扶養家族の認定に関する書類を作成、提出します。具体的には次の書類が該当します。

  • 健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届
  • 健康保険被扶養者(異動)届(被扶養者がいる場合)
  • 国民年金第3号被保険者関係届
  • 雇用保険被保険者資格取得届

これらの書類は紙で提出することもできますが、政府は電子申請の利用を推奨しています。

電子申請は、「電子政府の総合窓口(e-Gov)」から行います。インターフェースから該当する手続きを選択した上で、必要情報を入力し、電子証明書を添えて手続きを行います。なお、電子証明書を持っていない場合、GビズID(1つのIDでさまざまな行政サービスにアクセスできるサービス)による手続きも可能です。

申請が受理されると、被保険者資格の取得に関する通知などの「公文書」がメールで送信されてきますので、データで保存しておきましょう。また、雇用保険の場合、公文書の一部として雇用保険被保険者証がPDFで発行されます。PDFが原本扱いとなりますので、データのまま本人に転送する形で問題ありません。なお、社会保険については、

これまで「現物」で発行されていた健康保険被保険者証が、2024年12月2日以降、マイナンバーカードとの一体化により発行されなくなる(経過措置により、既存の健康保険被保険者証は最長1年間使用できる)

ので、「入社の際に、健康保険被保険者証を交付する」という実務はなくなります。

■電子政府の総合窓口(e-Gov)■

https://www.e-gov.go.jp/

■GビズID■

https://gbiz-id.go.jp/top/

2.税務関連

社員の住民税の納付を普通徴収から特別徴収に切り替える「特別徴収に係る給与所得者異動届出書」は、税法上の手続きであるため、e-Govからの電子申請はできません。

電子申請は、「地方税ポータルシステム(eLTAX)」から行います。インターフェースに必要な情報を入力し、電子証明書を添えて提出するという流れは、e-Govの電子申請と同様です。

GビズIDでも申請可能な社会・労働保険関連の書類と違い、

税務関連の書類は電子証明書がなければ、電子申請は不可

です。電子証明書を取得するには、所定の認証局への申請が必要です。認証局は複数の窓口がありますが、通常は所轄登記所に申請します。法務省が提供する専用ソフトウエア「商業登記電子認証ソフト」をダウンロードし、そこから申請書等を作成して、所轄登記所に提出すれば、電子証明書を取得できます。

■地方税ポータルシステム(eLTAX)■

https://www.eltax.lta.go.jp/

■商業登記電子認証ソフト■

https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00027.html

3.その他

社員の入社などにより、次の書類の提出が必要になることがあります。

  • 高年齢者雇用状況報告書(提出は全ての会社(集計は社員数が21人以上の会社)が対象)
  • 障害者雇用状況報告書(社員数が40人以上の会社が対象)

これらの書類は、毎年6月1日現在の高年齢者および障害者の雇用状況を毎年7月15日までに申告するもので、e-Gov経由での電子申請が可能です。

2)法定三帳簿の作成

社員を雇用する場合、次の「法定三帳簿」の備え付けが義務付けられます。

  • 労働者名簿
  • 賃金台帳
  • 出勤簿

法定三帳簿は、PDFなどデータで保存でき、勤怠管理ソフトや給与計算ソフトの中に保存することも可能です。労働基準監督署などの調査があった際に、これらの法定三帳簿を画面上に表示したり、必要に応じてプリントアウトしたりできる状態になっていれば問題ありません。

3)雇入時健康診断

雇入時健康診断は原則、会社が費用を負担し入社後速やかに受診させる必要があります(本人が入社3カ月前までに受診した健康診断書があれば、それで代用することも可)。

国から費用補助が受けられるので、雇入時健康診断を、健康保険の「生活習慣病予防健診」を利用して行うことがあります。国から費用補助を受けると言っても、手続き自体は健診実施機関に直接申し込むだけでよく、また、電話やウェブで予約ができる健診実施機関もあります。

健康診断については、採血や医療器具を用いた検査を行うため、基本的にオンラインでは実施できません。

健康診断結果については、紙またはデータで保存することとされています。なお、健康診断結果の個人票をデータで保存する場合、医師等の電子署名や押印は不要です。

以上(2024年11月更新)
(監修 Earth&法律事務所 弁護士 岡部健一)

pj00453
画像:Stokkete-shutterstock

【賃金データ集】時間外労働手当などのモデル支給額

書いてあること

  • 主な読者:賃金体系や賃金支給額の見直しを考えている経営者
  • 課題:自社の賃金体系や賃金支給額が妥当か分からない。判断基準が欲しい
  • 解決策:統計資料における同規模・同業種の企業のデータなどを参考にする

【賃金データ集】シリーズとは?

【賃金データ集】シリーズは、基本給や諸手当など賃金の主要な構成要素ごとの近年のトレンドを、モデル支給額を中心とした関連データとともに紹介します。経営者や実務家の方々が賃金支給水準の決定や改定を行う際の参考としてご活用ください。なお、モデル支給額などのデータを紹介する際は、基本的に出所に記載されている用語を使用するものとします。また、データは公表後に修正されることがあります。

この記事で取り上げるのは「時間外労働手当など」です。

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なお、以降で紹介する図表データのExcelファイルは、全てこちらからダウンロードできます。

こちらからダウンロード

1 時間外労働手当などの位置付け

時間外労働手当などとは、労働基準法(以下「労基法」)で定める時間外労働などに対して支給する「割増賃金」のことです。近年は時間外労働の上限規制、割増賃金に関する中小企業の猶予措置の廃止などが定められ、時間外労働手当などのマネジメントが求められています。

2 時間外労働手当などの潮流

企業は、「時間外労働」「休日労働」「深夜労働」に対して、時間外労働手当などの割増賃金を支給しなければなりません。割増率は、1カ月当たりの時間外労働の時間数や企業規模などによって決定される仕組みです。その概要は図表2.の通りです。

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赤字の部分に注目してください。2023年3月31日までは、時間外労働が月60時間を超えた場合、超えた時間分の割増率が50%以上になるのは大企業だけでした(中小企業は25%を超える努力義務)。しかし、2023年4月1日からこの猶予措置は廃止され、中小企業も月60時間を超える時間外労働について、50%以上の割増率が適用されるようになりました。

なお、例えば、

  • 月60時間以内の時間外労働に対する割増賃金率を25%
  • 月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率を50%

とした場合、月60時間超の時間外労働に適用される割増賃金率のうち通常(月60時間以内)の割増賃金率に上乗せされた25%(50%-25%)については、割増賃金の代わりに「代替休暇」を与えることも可能です(導入には労使協定の締結が必要)。

3 厚生労働省の統計資料によるモデル支給額

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4 情報インデックス(この記事で紹介したデータの出所)

この記事で紹介した統計資料は次の通りです。調査内容は個別のURLからご確認ください。なお、内容はここ数年の公表実績に基づくものであり、調査年(度)によって異なることがあります。

■毎月勤労統計調査■
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/30-1.html

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■賃金構造基本統計調査■
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html

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以上(2024年10月更新)

pj17906
画像:ChatGPT

【中堅社員のスピーチ例】この人にあと何回会える?

【ポイント】

  • 年月を経ると、「いるのが当たり前」だった人と別れなければならないことがある
  • 一回一回の出会いを意味のあるものにする、「一期一会」の精神を大切にする
  • 一期一会を意識すると、人との接し方や仕事への向き合い方が変わってくる

おはようございます。今日は、私の家族のことについて話します。少し前に父が誕生日を迎えたので、お祝いをするため、父と母を浅草に連れていきました。2人が人力車に乗ったことがないというので、人力車に乗せて浅草の町を観光し、そのまま和楽器の生演奏を楽しめる居酒屋へと連れていき、食事と音楽を堪能しました。父と母はたいそう喜んでくれました。

これまでもささやかな誕生日プレゼントなどは時折贈っていましたが、実は両親のためにこうしたイベントを企画するのは、恥ずかしながら生まれて初めてのこと。なぜ、今回急に企画を考えたのかというと、自分が30代、両親が60代を迎える中で、ふと「自分は両親にあと何回会えるのだろう?」という疑問が浮かんできたからです。

両親はまだまだ元気ですが、普段は離れて暮らしていて、直接顔を会わせるのは年に数回です。昔は「両親がいるのが当たり前」と考えていましたが、年月とともに亡くなる親戚も出てくる中で、かつては当たり前だと感じていたことが、次第にそうではなくなってきました。だからこそ、「両親が健在なうちに、少しずつ恩返しをしていきたい」と、今さらながら考えたわけです。

会社員としての日々も同じです。私は毎日皆さんと挨拶を交わし、顧客や取引先と接していますが、時折「この人にあと何回会えるかな?」と考えることがあります。また、毎日のようにデスクに向かい、仕事をしていますが、「この日々はいつまで続くのかな?」と考えることもあります。

茶道には、「一期一会(いちごいちえ)」という言葉があります。茶会で相手と接する際は、それが一生に一度の出会いであると心得て、互いに誠意を尽くすべきという考え方です。茶はいつでも飲めるけれど、「同じ茶」が飲める機会は一度きりしかないから、その一度きりを大切にしようというのです。

「日々、当たり前だと思っていることは、実は当たり前ではないんだ」と考えると、多少馬が合わない人がいたとしても、あるいは日々の仕事にマンネリを感じていても、向き合い方が変わってくるかもしれません。月並みではありますが、今日という日を大切にしていきましょう。

以上(2024年11月作成)

pj17198
画像:Mariko Mitsuda

デリケートな「生理」の問題。 体調が悪そうな女性社員に、どう声をかけますか?~事例付きで紹介

書いてあること

  • 主な読者:「生理」で体調を崩している女性社員への対応を知りたい男性の経営者や上司
  • 課題:女性特有の問題だけに深入りしにくいし、どう対応すればいいのか分からない
  • 解決策:女性社員が自然に自己対応できる雰囲気を作る。まずは生理の基礎知識を再確認する。また、福利厚生の制度などを取り入れることも効果的

1 「生理の問題はタブー」という意識から脱却しよう

女性にとって深刻な「生理」の問題。女性社員314人に独自アンケート(2024年9月30日から10月1日まで)を実施したところ、62.1%から「生理が原因で不便を感じたことがある」との回答が得られました。

もしも職場に生理で体調を崩している女性社員がいたら、男性の経営者や上司の方は、どう声をかけるでしょうか? 正直なところ、

「助けにはなりたいけど、女性特有の問題だけに声をかけにくい……」

という人が多いかもしれません。とはいえ、「何とかしたいけど、何もできない」という状態が続くのは、お互いにとってストレスになりますし、労務管理上の問題も出てきます。

そこで、この記事では、生理の問題に冷静に対処する上で押さえておきたい内容として、

  • 生理の基礎知識(周期や症状)、女性社員が体調を崩したときのための福利厚生
  • 体調の悪そうな女性社員への声のかけ方(だめな言い方、望ましい言い方の事例付き)

を紹介します。

2 生理の基礎知識と福利厚生

具体的な内容に入る前に、生理について押さえておいてほしいことが2点あります。

  • 症状には個人差があること
  • 体調不良の際に備えて、働き方の選択肢があるのが望ましいこと

生理の症状やその程度は、個人によってかなり大きな差があります。自分の家族などの症状を基準にすると、対応を間違える恐れがあります。

また、生理による体調不良の程度は、女性社員本人にしか分かりません。休むのか出勤するのか、あるいは、テレワークに切り替えるのか会社で稼働を続けるのか。本人に選択肢を与えられることが望ましいです。

以上2点を念頭に置いた上で、まずは生理の基礎知識から見ていきましょう。

1)生理の基礎知識(周期や症状)

生理について、最低限押さえておきたいのが図表1の内容です。

画像1

繰り返しになりますが、全ての項目について「個人差がある」ことに注意が必要です。例えば、腹痛はなく、経血量も少なく、3日で生理が終わる人や、立ち上がれないくらいの体調不良と、気軽に動けない経血量と、7日以上の出血などの症状を抱えている人もいるなど、かなり差があります。

他に知っておくとよい知識として、次のようなことが挙げられます。

  • 経血を排出するタイミングや量を、本人がコントロールすることはできない
  • 生理は必ずしも、毎月決まった日に来るわけではない
  • 病院に行っても、アレルギーや体質、周りの環境によって、症状が改善しない人もいる
  • 生理前にPMS(月経前症候群)で体調が悪くなる人も。何らかの症状がある人は70%~80%、日常生活に支障をきたす人は5.4%ほど(日本産婦人科学会「月経前症候群(Premenstrual syndrome:PMS)」)
  • 生理の症状には個人差があるため、同性である女性同士でも理解し合うことができず、症状が軽い人が症状が重い人に心無い発言をすることも少なくない。「女性のことだから」と他の女性社員に対応を任せるのではなく、会社として対応を考えるのが望ましい

2)女性社員が体調を崩したときのための福利厚生

労働基準法上、生理で就業が困難な女性社員から請求があったら、会社は休暇を与えなくてはなりません。これを一般的に「生理休暇」といいます。とはいえ、ただ生理休暇を与えるだけでは、体調不良の女性社員への対応として不十分なケースもあります。

誰にとっても働きやすい職場を実現するため、生理に関する福利厚生の例を紹介します。 なお、実際に福利厚生を整備する場合、次のポイントが網羅できていると理想的です。

  • 複雑な手続きや直接的な言葉なしで、自己判断で制度を利用できる
  • 本人に行動の選択が委ねられている
  • 「女性だけ」「生理痛だけ」に限定しない

1.「体調不良休暇」を導入しよう

2023年に厚生労働省が公開したデータでは、

女性労働者がいる事業所のうち、2020年度中に生理休暇の請求者がいた事業所はわずか3.3%(出所:厚生労働省「働く女性と生理休暇について」)

です。生理休暇を請求しない理由としては、「(男性上司なので/利用している人が少ないので)申請しにくい」「休んで迷惑をかけたくない」などがあるようです。

こうした問題をクリアしたい場合、理由に関係なく取得できる年次有給休暇(年休)を使ってもらうという方法もありますが、「せっかくの年休が、毎月の生理のためだけに減っていくのは困る……」と不満に思う女性社員もいるかもしれません。

そこで、会社が独自に定める特別休暇の1つとして、

性別に関係なく、生理の症状に限らず、体調不良であれば取得できる「体調不良休暇」

などを導入するのもよいでしょう。なお、性別を問わず腹痛や頭痛がある場合、鎮痛剤や他の薬を飲んでから効果が出るまでは、一定の時間を置く必要があります。こうした場合に備え、

体調不良休暇を「1時間単位」で取得できる仕組みにしておく

こと、さらに鎮痛剤などが効くまでの間、小休憩を取れる場所も確保できるとよいでしょう。

2.テレワーク制度の拡充を検討しよう

テレワークを実施できる業種・職種の場合、

体調不良時に自己判断でテレワークへの切り替えができる制度

を導入するのも効果的です。生理による症状で就業できなくなる理由には、「職場の空調で気分が悪くなる」「人目が気になる」「気を使われたくない」など、勤務場所を自宅に切り替えれば解決する問題も存在します。

3.専門家に相談しやすい環境を導入しよう

婦人科医などの専門家に相談しやすいシステムを導入するのもいいでしょう。生理痛の症状で困っているけど、上司や同僚には相談しにくいという場合、

婦人科のオンライン診療サービスなどを福利厚生に加えることで、本人が自発的に診療を受ければ、症状を和らげられる可能性

があります。職種にもよりますが、通院にかかる時間や病院での待ち時間の問題をクリアできます。なお、当たり前ですが、こうした福利厚生サービスは存在が知られていないと意味がないので、定期的に社内に周知することも忘れないようにしましょう。

4.女性用トイレに生理用品を常備しよう

急に生理が来たときにも対応できるよう、生理用品を女性用トイレに常備しておきます。ただ「置いておく」だけでは防犯上好ましくない場合もありますが、最近は女性用トイレの個室内で、アプリを使って無料で生理用品を取り出せる機器なども開発されています。

5.研修制度を導入しよう

生理用品メーカーなどは、会社向けに生理に関する研修を行っているところがあります。研修では生理の基礎知識や生理用品についての講習の他、相互理解を促すディスカッションなども実施されます。性別や年齢に関係なく、社員全員が研修を受けることで、知識や会話の擦れ違いを緩和することができるでしょう。

3 体調の悪そうな女性社員への声のかけ方

ここでは、体調が悪そうな女性社員に接する際の声のかけ方の事例を、

  • セクハラやパワハラになり得る「問題発言(だめな言い方)」
  • 問題発言を女性社員に寄り添うものに変えた「言い換え事例(望ましい言い方)」

に分けてシチュエーション別に紹介します。なお、問題発言のセリフは、冒頭で紹介した独自アンケートの対象者(女性社員314人)のうち、「生理中、職場で不快に感じる言動をされた(あるいは見聞きした)ことがある」という85人が、「実際に言われて困った言葉」です。

1)女性社員の体調が悪そうに見えるとき

まずは、女性社員の体調が悪そうに見えるときの言い換え事例です。

生理と明言しないこと、周囲に他の社員がいる環境では指摘しないこと

がポイントです。

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2)女性社員から生理痛がつらいと申告されたとき

次に、社員に「生理痛がつらい」と申告されたときの言い換え事例を紹介します。

否定から入らないこと、解決法を決め付けずに本人に選択を委ねること

がポイントです。

例えば、病院に行くかどうかは本人の体調にもよりますし、人によっては生理痛のために病院に行くことを悟られたくない場合もあります。

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3)業務が忙しいとき

業務が忙しいときに体調を崩されると、いつもよりスムーズに業務ができなくなって困ることもあるでしょう。しかし、生理の症状はコントロールできないことも多く、また、生理休暇の取得の拒否は、前述した通り労働基準法違反にもなり得ます。どうしても人員が必要な場合、

時間休や休憩の提案、テレワークへの切り替えを含め、本人に判断を委ねること

がポイントです。

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4)その他

その他、アンケートで挙がってきた問題発言としては、次のようなものがあります。これらのセリフは言い換えが難しく、そもそも発言を控えるべき言葉です。

・生理休暇、前回と同じ日に取らないんだね

生理は毎月決まった日に来るわけではありません。

・今日は生理休暇取れないよ

労働基準法上、生理休暇は女性社員が請求したら必ず取得させなければなりません。

・(冷え込みが辛いという女性社員に対して)せっかく換気しているのに……

生理痛は、冷え込みで症状が悪化します。嫌な顔をせず、どうしても換気が必要な場合はブランケットを貸し出す、事前に許可を得てコートなどを着てもらう、風の当たらない場所に移動してもらうなどの配慮が求められます。

・生理中かどうか、においでわかるときがあるんだよね

女性に明らかに不快感を与える発言は、セクハラになる恐れがあります。

・女はこれだから困るよ

「女だから」「男だから」など性差を強調する発言は、セクハラになる恐れがあります。

・今日はよくトイレ行くね/今忙しいからトイレ行かないで

相手を精神的に追い詰めたり、明らかに不要(または不可能)なことを命じたりする発言は、パワハラになる恐れがあります。

以上(2024年11月作成)

pj00729
画像:nabuKO

企業理念を策定する際の基本ステップ

書いてあること

  • 主な読者:企業理念を通じて、企業の価値観を社員と共有したい経営陣
  • 課題:企業理念を策定、あるいは改定したい。企業理念を日々の活動に役立てたい
  • 解決策:社員を巻き込みつつ企業理念を策定、あるいは改定し、定期的に思いを再確認する場を設ける

1 今こそ求められる企業理念

  • お客さまを起点にすること、創造への情熱、優れた運営へのこだわり、長期的な発想―Amazon.com,Inc.)
  • Paint it RED! 未来を塗り替えろ。―コカ・コーラボトラーズジャパン株式会社
  • 服を変え、常識を変え、世界を変えていく―株式会社ファーストリテイリング(ユニクロ)

これらは全て、誰もが名前を知っている企業の「企業理念」です。

企業理念は、企業としてどうありたいか、大切にしたい価値観はどういうものかを言語化し、社内外に示すものです。経営環境がめまぐるしく変化する今だからこそ、企業理念を策定する、あるいは改定することに大きな意味があるのではないでしょうか。

また、自社が今後も進化し成長していくためには、社員一人ひとりが自分で考え行動できる組織が理想的です。社員が企業の一員としてどう動いていくかを考える際に、企業理念は行動のよりどころとなります。

自社がこの先も成長し、業績を伸ばしていくために、社員全員で企業理念を共有することには一考の価値があります。この記事では、社員を巻き込みながら企業理念を策定、あるいは改定するためのステップを、順を追って紹介します。

2 企業理念を策定、あるいは改定する際の基本ステップ

1)まずは現状分析を行う

企業には、明文化されているか否かにかかわらず、「企業文化(価値基準)」が存在します。

例えば、

  • 商品を作るときに必ず考えるべき視点
  • サービスとして世に出す際に譲れない基準

といったもので、「企業文化」は「その企業らしさ」を表します。この企業らしさは、企業理念と密接に関係してきます。仮に、素晴らしい文章・文言の企業理念を策定したとしても、今ある企業文化とかけ離れていると社員は共感せず、企業理念を策定、あるいは改定することによる効果は期待できなくなるでしょう。

そこで、まずは企業文化となっている価値基準や考え方を明らかにするために、自社の現状分析をしてみましょう。このとき、

必ず社員を巻き込んで行う

ことがポイントです。今の企業文化を醸成し、それに従って実際に行動している社員たちを対象としたアンケートやインタビューを行ったりすると、自社のリアルな現状が見えてきます。

ただし、単に「企業活動において重視していることや価値観を教えてください」と質問しても、社員は回答に困り、有効な回答が得られにくいでしょう。同年代の社員や同じ部課の社員など、

比較的親しい人たちを複数集めて、「仕事をするときに、何を大切にしている?」などのテーマで、雑談風に話を進める

のも一策です。

2)次に共通項を探し出してキーワードを検討する

現状分析から得た結果を基に、多くの社員が共有している価値観や考え方などを抽出していきます。具体的には、社員の口からよく出るキーワードやフレーズなどを探し、羅列していくと、現状の企業文化がだんだんと見えてくるでしょう。

例えば、

「少しくらい時間がかかっても、お客さまのためなら動いちゃうところはあるよね」

「みんなそれを嫌だとも思っていないですよね。むしろ要望を言ってもらったほうがやりがい感じるというか」

「お客さまに喜んでもらえることを大切にしている社員が多いですね」

という会話があったとします。ここからは、「お客さま第一」「やりがい」といったキーワードやフレーズが抽出できます。

次に、抽出したキーワードやフレーズの妥当性を検討します。社員の価値観を尊重することは重要ですが、それだけで企業理念を策定することはできません。企業のかじ取りを行う経営者の思いも反映させつつ、社員の思いとバランスを取ることが重要です。

また、多くの社員の中で共有されているキーワードやフレーズでも、それが企業にとってあまり重要なものでなければ排除します。これらの視点から検討を加え、実際に企業理念に盛り込むべきキーワードやフレーズを絞り込みます。

3)表現のスタイルを検討し、企業理念を具体的に決めていく

最後に、いよいよ企業理念を形にしていきます。策定した企業理念は、社員に広く受け入れられ、親しまれるものにする必要があります。そのためには、表現のスタイルについても、慎重に検討することが大切です。

例えば、表現のスタイルには、以下のようなものが挙げられます。

  • 漢字中心のシンプルなスタイル(「利他の心」「愛他主義」など)
  • 長めの文章スタイル(「私たちは、お客さま第一主義を貫き通します」など)
  • カタカナ・英語スタイル(「クライアント・ファースト」「Just for our clients」など)

どれも意味としてはほとんど同じですが、伝わり方や印象が全く違うことが分かります。社風や年齢層などに見合った表現方法を選ぶことで、社員に浸透しやすい企業理念になります。表現方法一つにしても、企業の「あるべき姿」を表す重要なものと認識しましょう。

3 企業理念を活用して、前向きな企業を目指す

最後に、企業理念を経営に活かしている好事例を紹介します。

今回、企業理念の活用についての取材に応じてくださったのは、タスキーグループ代表の青谷 貴典(あおや たかのり)氏。同グループは仙台とつくばを主な拠点に、バックオフィスの総合支援事業を行っている企業です。

青谷氏は、企業理念についてこう語ります。

「企業理念って、旗のようなイメージなんです。企業としての課題を肌で感じると、自然に旗が立つ。社員も経営者も、同じ旗のもとに集まって、共感して、一緒に働き戦っていく。そして、その旗の下が居場所になっていくような」(青谷氏)

同グループが掲げているのは、以下のようなMVVC(ミッション、ビジョン、バリュー、カルチャー)。企業によってMVVCの定義は異なりますが、一般的にミッションが本記事における「企業理念」、カルチャーが「企業文化」に相当します。

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同グループでは今年の夏初めて、これらを活用した研修を行いました。その目的は「企業理念(ミッション)」と密接に関係している、「企業文化(カルチャー)」の再検討です。

「私自身も、新卒で入社した企業で一社員として働いていた頃は、「企業理念は経営者から与えられるもの」という印象が強かったんです。すると、仕事もやらされている、という感覚になり、自分の仕事に手触り感がなくなって、楽しくなくなっていく。やはり企業理念は、社員全員が「自分事」として感じる必要があると思っています。そのために、若手含めみんなで、企業理念について考える機会が欲しかったんです」(青谷氏)

研修では、インターンも含めた社員全員でグループのMVVCを再確認。グループの価値観や強みについてディスカッションを行った後、企業文化(カルチャー)について再考すべく、意見を出し合いました。

「企業理念を活用した研修で、社員それぞれの視点や価値観を聞くことができて面白かったし、参考になった。これからも定期的にこのような研修を続けていきたいし、若手社員主導で、時代に合わせて企業理念を改定したりすることも考えています。これをやりなさい、と押し付けられるよりも、何でやらなきゃいけないのか、を自分たちで考えて、仕事の価値観を明確にしたほうが、働くことは確実に楽しくなりますから」(青谷氏)

今回の研修で話し合った意見を基に作り上げた、タスキーグループの新たな企業文化は、2025年の年明けにも発表予定です。

トップダウン方式で企業理念を決めるのではなく、社員と共に考え、共有し、一丸となって働いていく。

企業理念という「旗」を全社一体となって描くことは、皆が前向きに働くためのきっかけにもなり得るでしょう。

企業理念は、策定したら終わりというわけではありません。企業理念を企業内部に浸透させ、それを常に尊重して活動できる組織を作り上げることに意味があります。そのためには、

社員に企業理念の周知徹底を図ることはもちろん、経営者自らが率先して企業理念を重視した活動を心掛けること、そして企業理念に込められている思いを社員と共有する場を定期的に設けること

が必要です。定期的に場を設けることは、テレワークなど社員同士が離れて仕事をする機会が多くなっている場合、コミュニケーションの機会創出という面でも有効でしょう。

また、既に企業理念が存在している企業であっても、定期的に企業理念を見直すことを検討してみましょう。その際は、現場で働く社員たちも巻き込み、共に企業理念を練り直すことが重要です。皆で同じ理念を持っている、という感覚を手に入れることで、社員はもっと活き活きと働けるようになるのではないでしょうか。

以上(2024年10月更新)

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企業の未来図「中期経営計画」を立ててみよう

書いてあること

  • 主な読者:魂のこもった中期経営計画を策定したい企業の関係者
  • 課題:自社の中期経営計画を策定あるいは見直しし、具体的な行動につなげたい
  • 解決策:フレームワークを使って現状と未来を、定量・定性両面からまとめる。「策定」は目的ではなく、あくまでも実行が大切

1 中期経営計画とは何か

中期経営計画とは、企業が3~5年先の「将来あるべき姿」の実現に向けて現状を改めて確認し、これからやるべきことを定めた計画です。特に経営環境が刻々と変化しているときには、中期経営計画によって企業の進むべき方向性を明確にし、内外に示すことが大切です。

中期経営計画で示される3~5年の活動は、単年度の事業計画にも落とし込まれます。「将来あるべき姿」の達成に向け、年度ごとの売上目標・製品販売個数などに反映することで、具体的にどのような行動を起こせばいいかが定まってきます。

企業によりますが、中期経営計画は、基本的には以下の図のような手順で策定します。

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この記事では、中期事業計画の事前準備から策定、運用に至るまでの一般的な流れと、そのポイントをご紹介します。

2 フレームワークを活用して、現状分析をしてみよう

1)現状分析で活用できるフレームワークとは

中期経営計画を策定するには、まず自社の現状を確認し分析することが必要です。ここでは

  • 外部環境を分析する「PEST分析」
  • 顧客(市場)・競合・自社の現状を洗い出す「3C分析」

の2つのフレームワークを紹介します。自社を取り巻く環境について確認することが、中期経営計画策定に向けた第一歩です。

他にも外部環境・内部環境の分析に使えるフレームワークとして、自社の強み・弱みを確認する「SWOT分析」、業界の競争環境を分析する「ファイブフォース分析」などがあります。

2)PEST分析

PEST分析は、自社を取り巻く外部環境のうち、政治や経済といった世の中の大きな流れを整理し、確認するフレームワークです。「PEST」(ペスト)は、分析する4つの項目の頭文字を表しています。

  • 政治(Politics):政府の方針、法改正などの動向
  • 経済(Economy):景気、価格変動などの動向
  • 社会(Society):社会的な背景、世論などの動向
  • 技術(Technology):技術革新、代替技術などの動向

項目ごとに現状を洗い出し、それが自社にとってプラス(↑)なのかマイナス(↓)なのかをまとめます。分析を重ねていけば、単に現状を理解するだけでなく、これからの時代の変化を予測するのにも役立ちます。

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3)3C分析

3C分析は、顧客(市場)・競合・自社の現状を洗い出すフレームワークです。顧客(市場)のニーズや、競合に対する自社の優位性といった現状を把握するための基本となるものです。それぞれ確認する主な指標や項目などは次の通りです。

  • 顧客(市場)(Customer):市場規模、成長性、購買動向、ニーズの変化など
  • 競合(Competitor):販売実績、販売価格、新製品開発、営業戦略など
  • 自社(Company):市場シェア、技術力、営業力、収益性、安全性、生産性など

3C分析では、市場規模・販売実績・市場シェアなどの定量面と、顧客(市場)のニーズの変化・競合の営業戦略といった定性面の両方を洗い出します。特に難しいのは定性面ですが、現場の営業担当者が持っている情報などが参考になるでしょう。

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PEST分析や3C分析などを活用して現状を把握する際は、財務省「貿易統計」や内閣府「景気動向指数」、総務省「国勢調査」などの公的データに加え、新聞、インターネット、関係各所へのヒアリングなどが必要です。

3 戦略策定の要は「事業ドメイン」

現状分析で自社の立ち位置を把握したら、「戦略策定」を行いましょう。戦略策定とは、「将来あるべき姿」はどのようなものか、それに向かってどのように進むかを描いていくものです。

1)事業ドメインを検討する

戦略策定のためにまず重要なのは、自社が勝負する事業領域である「事業ドメイン」を決めることです。

創業時などを除けば、既に事業ドメインは決まっていることが多いでしょう。そのため中期経営計画を策定する際には、現状分析に基づいて、「事業ドメインを見直すかどうか」を検討することになります。

事業ドメインの決定や見直しは、企業が今後成長していくために重要な“要”であり、経営者1人の知見で考えられるものではありません。企業規模にもよりますが、日々現場でビジネスを進めている社員の、自社に対する意見をよく聞くことも大切です。

2)アンゾフの成長マトリクスで戦略を策定

今後、企業を成長させるための戦略を決めるには、どの市場・製品で成長していくのか、専業でいくのか多角化するのかなどを考えなければなりません。こうした戦略策定に活用できるのが、「アンゾフの成長マトリクス」です。

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「既存市場×既存製品=市場浸透」は、これまでの自社のノウハウを活かしやすいこともあり、成功率が高い戦略といわれています。具体策としては、新しい提案方法で使用量を増やすなどが考えられるでしょう。

「新規市場×既存製品=新市場開拓」は、例えばターゲットの拡大です。既存製品を使って他の顧客(市場)を開拓するので、既存製品に対するニーズがありそうな顧客(市場)を見極める力や、営業力の強化が必要になるでしょう。

「既存市場×新規製品=新製品開発」は、既存顧客の潜在ニーズの掘り起こしが求められるでしょう。

「新規市場×新規製品=多角化」では、思い切った新規事業開発が必要になるかもしれません。

こうして全体的な方向性が決定した後は、それを実現するためのマーケティング戦略や人材戦略などを個別に決めていくことになります。個別の戦略策定では、どこに経営資源を集中させるかという点を重視するとよいでしょう。

4 計画立案は「課題」と「数値」がポイント

1)盛り込むべき内容

戦略策定の後、いよいよ具体的な計画を立案します。進め方としては、ビジョンにたどり着くために解決すべき課題を、時間軸とともに盛り込んでいくのが分かりやすいでしょう。次のような項目などで資料に落とし込むイメージです。

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具体的な計画立案では、活動計画に落とし込んでいくのが難所の1つです。そこで、「理由:なぜこの課題を改善するのか」「手段:改善するために必要なことは何か」などを整理していきます。

例えば、「理由:新規市場開拓に注力するためには営業面の人材確保・育成が課題」「手段:既存の営業担当者の社外研修、新しい営業担当者の採用枠拡大」といったことが考えられるでしょう。

改善する課題は企業によって違いますが、課題となりやすいのは売上増大や管理者層の育成、資金繰りなどです。現状分析に基づく自社の課題に加え、日本政策金融公庫「事業計画書」などを参考にすると、抜け漏れがなく課題を考えられるでしょう。

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2)数値計画を踏まえた経営計画

計画立案では、これからの活動を具体的な数値に落とし込みます。企業の状況にもよりますが、「営業利益」がポイントの1つです。3~5年先には「本業でどれだけもうけられるようになっていたいか」を念頭に、数値計画を立てていきます。

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ただし、数値が一人歩きするようではいけません。3~5年先のビジョンを達成するため、「いつ、どのような課題を解決するか」「どのように営業利益を伸ばしていくか」といった活動計画と連動させると、具体的な経営計画となります。

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5 中期経営計画を運用していくための4つのポイント

1)経営者が自ら全社員に伝える

まず、中期経営計画の内容を、経営者が全社員に伝えることが大切です。外部環境・内部環境から自社の置かれている現状を説明し、「なぜこのような中期経営計画が必要なのか」というところから話します。

このとき、ビジョンをしっかりと伝えましょう。例えば、「今から10年後の203X年に、我が社は○○のような姿になっている」と理想を語り、社員に夢を持たせるのもよいでしょう。

2)責任者を明確にする

活動計画には、具体的なプロジェクトやタスクが盛り込まれます。それらを進行し、経営者に進捗状況を報告する責任者を明確にします。経営者は責任者と話し合い、「いつまでに」「何をするか」を決め、ガントチャートを作成しておくとよいでしょう。こうして責任者を明確にしておけば、「計画は立てたものの、誰も何も動いていなかった」という事態を防げます。

また、細かな確認のためにプロジェクトなどの進行が止まらないように、責任者にはある程度の権限を与えることも必要です。

3)進捗を確認できる仕組みをつくる

進捗を確認できる仕組みをつくります。例えば、毎月1回、責任者を集めて報告会を行うようにします。オンラインミーティングが定着した今、地理的に離れた場所にいる責任者ともコミュニケーションが取りやすくなりました。事前に動画や資料で状況を報告してもらうことで、責任者が順番に話す単なる報告会ではなく、その場で議論ができるようになります。

4)月次決算を行って予実管理をする

月次決算は、中期経営計画の達成度合いを把握するのに有効です。とはいえ、年度末の決算書のようなルールがないので、数値計画と照らし合わせやすいように、売上や利益であれば取引先別・製品群別に管理するなどの工夫が必要です。いわゆる「管理会計」の分野です。

ただし、管理会計は凝り過ぎると実務負担が大きくなるので注意しましょう。売上原価を管理する場合はあまり科目を細かくせずに、固定費と変動費の内訳がおおよそ分かるくらいのレベルでよいでしょう。

6 中期経営計画にとって本当に必要なもの

中期経営計画は策定して終わりではなく、実行、つまり具体的な行動が伴わなければ意味がありません。また、行動の内容は外部環境・内部環境の変化などに応じて柔軟に見直す必要があります。その時々の状況によって優先すべきことは変わってくるからです。

また、市場環境が大きく変化した場合は「将来あるべき姿」そのものを見直さざるを得ないこともあります。企業にとって、「将来あるべき姿」はとても重要ですが、企業経営では、多角化によって事業ドメインそのものを変えなければならないこともあります。こうした大きな方向転換は大変なことです。

とはいえ、「事業ドメインそのものを変えるべき」なのに、その変化に気付かず進んでしまうことのほうが問題です。「将来あるべき姿」を決めたからといって、必ずそのゴールにたどり着かなければならないわけではないのです。

中期経営計画を策定した後は、常に「本当にこれが自社にとって正しいのか」を客観視する目を持ち、変化を捉え続ける努力が求められます。こうした努力こそが、中期経営計画を支え、企業の未来をつくっていくのです。

以上(2024年10月更新)

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選択と集中のための「戦略的事業撤退」の考え方

書いてあること

  • 主な読者:企業の将来を見据え、撤退を含めた事業の再構築を検討したい経営者
  • 課題:どうしても足元の収益性だけで継続か撤退かを決めてしまう
  • 解決策:将来の「あるべき姿」を定義し、その実現のために必要な事業を決める

1 事業撤退の要因

単一事業で永続的に成長できることは非常に稀であり、新製品の開発や新規事業の進出へのチャレンジが欠かせません。それと同様に大切な経営判断となるのが、店舗の閉鎖や製品の生産中止といった「撤退」です。そして、撤退には、赤字続きなど後ろ向きの判断の他に、

コア事業を成長させるためにその他の事業からは撤退するという、いわゆる「選択と集中」

もあります。この記事では、こうした前向きな事業撤退を「戦略的な事業撤退」として提案し、その視点に立った事業撤退プロセスの基本を紹介しています。

2 収益性だけで撤退を決めてはいけない

撤退を検討する際、足元の「収益性」だけで判断するのではなく、「今後、この事業を自社で行っていく必要があるか」にも注目することが重要です。極端な例ですが、

  • 現在は赤字でも、将来の成長のために必要な事業なら継続する
  • 現在は黒字でも、将来の成長のために不要な事業なら徹底する

といったこともあり得ます。「黒字なのに撤退する」ことには違和感があるでしょうが、自社の将来にとって不要であったり、逆に足枷になったりするのであれば、今、そこにリソースを割いていることの機会損失も考えるべきです。これは、自社開発と受託開発のジレンマに似ています。つまり、

受託開発は収益が安定しますが、そこにリソースが割かれる分、本当にやりたい自社開発が滞ってしまう

ということです。

特に中小企業は単一事業に最適化された組織となり、いざ現在の枠を出ようとしても、経営者の号令だけで組織がついてこられません。こうした事情も想定しつつ、素早く、そして勇気ある判断が経営者に求められることがあります。

3 事業撤退のプロセス

事業撤退を検討する前提は、

自社の「あるべき姿」が明確になっていること

です。そして、「あるべき姿」を実現するために必要な事業分野を決めます。このプロセスは、自社の経営戦略を明らかにすることと同じです。経営戦略の策定は、次のようなプロセスで進めるのが基本です。

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1.経営理念と経営目標の明確化

「自社は何のために存在するのか」という企業の存在意義や使命を明確にします。

2.SWOT分析

外部資源について「機会(Opportunities)と脅威(Threats)」、内部資源について「自社の強み(Strengths)と弱み(Weaknesses)」を把握します。

3.事業ドメイン(事業領域)の設定

事業ドメインの設定とは、自社の強みを活かしながら成長できる事業領域を検討・決定することです。ここで決定した事業ドメインに基づいて、自社が将来にわたって実行する事業構成や事業内容を決定します。

4.事業戦略の立案

事業構成や事業内容を決定した後は、個々の事業に応じた戦略を立案します。具体的にはヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源の配分やマーケティング戦略の立案などとなります。

5.個別事業戦略の実行

これらの事業戦略を立案後に戦略を実行します。

4 早期撤退戦略と収穫戦略

1)早期撤退戦略と収穫戦略

撤退を決めた事業が赤字なら、早期撤退戦略を取ります。文字通り、できるだけ早く撤退します。

一方、撤退を決めた事業が黒字なら、収穫戦略も検討されます。撤退を決めた事業へのリソース配分を最小限に抑えつつ、そこから得られる収益を、自社にとって重要な事業の育成に使うのです。収穫戦略を実行する場合は、撤退基準として一定の収益水準を事前に決めた上で取り組む必要があります。

2)収穫戦略を検討する際の視点

収穫戦略を検討する際、対象となる事業の収益の予想は重要な視点です。もし、対象となる事業は競合他社が多く、競争も激しい場合、短期間で収益が落ち込む恐れがあります。それを避けるためには一定の投資が必要となり、結果とし、撤退を決めている事業にこれまでと同等、あるいはそれ以上のリソースを割かなければならなくなってしまいます。簡単な図で示すと、dの事業が最も収穫戦略に向いているということです。

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5 事業撤退を検討・実施できる組織

事業撤退は先送りにされがちです。その要因としては、

  • 他の事業に転用できない工場・機械などの資産の存在
  • その事業に携わっている多くの従業員の存在
  • 経営者や従業員などの心理的抵抗感
  • 取引先などの利害関係者からの反対
  • 業界内などにおける社会的風評

などがあります。これらの中には、経営者として慎重な対応が求められるものがあります。例えば、ある事業から撤退することが他の事業の取引関係にも影響を及ぼす恐れがある場合、事前に十分な説明をして取引先の理解を得なければなりません。

一方、合理的な意思決定を妨げる要因もあります。例えば、経営者や従業員などの心理的抵抗感です。特に、自らの手で生み出し、育て上げてきた事業には愛着があり、なかなか撤退を検討できないわけですが、経営者が率先してそうした意識を変革していく必要があります。

そのために重要なのが、

事業撤退を検討する基準を作る

ことです。具体的には、「△年間継続して売上高利益率が○%を下回った場合」などの定量的な基準となります。これがあれば、事業撤退の検討を自分の都合で先送りにすることはなくなるでしょう。

また、撤退検討基準を作ったら、社内に広く公表しましょう。こうすることで、撤退検討基準に該当しそうな事業に携わる従業員に対して、事業を立て直す努力をするチャンスを与えることができます。そして、残念ながら撤退が決定された場合にも従業員の納得性を高め、不要なあつれきを防止することができます。

以上(2024年10月更新)

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