パートタイム・有期雇用労働者の労働条件に注意!

パートタイム・有期雇用労働者の待遇改善を進めるため、2026年10月1日から、これらの労働者に関するルールが改定されます。今回の改定では、雇入れ時に明示する労働条件に新たな項目が追加されるほか、正社員との間の待遇差について考え方や具体例を示す「同一労働同一賃金ガイドライン」も見直されます。
本稿では改定内容と各企業で準備すべきことの概要について紹介します。

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パートタイム・有期雇用労働者の労働条件に注意!

パートタイム・有期雇用労働者の待遇改善を進めるため、2026年10月1日から、これらの労働者に関するルールが改定されます。今回の改定では、雇入れ時に明示する労働条件に新たな項目が追加されるほか、正社員との間の待遇差について考え方や具体例を示す「同一労働同一賃金ガイドライン」も見直されます。

本稿では改定内容と各企業で準備すべきことの概要について紹介します。

1 雇入れ時の労働条件明示事項の追加

今年の10月1日にパートタイム・有期雇用労働者の雇入れ時の労働条件明示事項に新たな項目が追加されます。その内容は以下の通りです。なお、これに違反した場合10万円以下の過料に処せられる可能性があるため、遺漏のないように準備する必要があります。

現行の明示事項

10月1日以降追加が必要な項目

昇給の有無

退職手当の有無

賞与の有無

相談窓口

待遇の相違等に関する説明を求めることができる旨

① 労働条件通知書・雇用契約書の確認・準備

今回の改定に合わせて、現在使用している労働条件通知書や雇用契約書に、新たな明示事項が盛り込まれているか確認する必要があります。

厚生労働省では、労働条件通知書への記載例として、次の図のように通常の労働者との間の待遇の相違について説明を求めることができる旨と、その説明を担当する部署・担当者や連絡先を記載する方法を示しています。

労働条件通知書の記載例

また、改定後のモデル労働条件通知書も厚生労働省のサイトで公開されていますので、自社の書式を見直す際の参考にするとよいでしょう。

② 不合理な待遇差の有無の確認と説明準備

労働条件通知書等の見直しとあわせて、正社員とパートタイム・有期雇用労働者との間にどのような待遇差があるのかも確認しておきましょう。

待遇差があること自体が、直ちに問題となるわけではありません。それぞれの待遇を設けている目的や、職務内容、責任の程度、配置変更の範囲などを踏まえて、その違いを説明できるかを整理することが重要です。

また、従業員から待遇差の内容や理由について説明を求められた場合に備え、それぞれの待遇を設けている目的や、待遇差の根拠を整理しておくことも必要です。あわせて、説明を行う担当者や対応方法についても確認しておきましょう。

2 同一労働同一賃金ガイドラインの改定

正社員とパート・有期雇用の従業員との間の「不合理な待遇差」の考え方や具体例を示している「同一労働同一賃金ガイドライン」が、この10月1日より改定され、以下の項目が追加されます。

  • 賞与・退職手当
  • 無事故手当
  • 家族手当
  • 福利厚生施設
  • 病気休職
  • 夏季冬季休暇
  • 褒賞

自社にこれらの手当や制度がある場合には、まずその待遇を設けている目的を確認しましょう。そのうえで、正社員とパートタイム・有期雇用労働者の職務内容や責任、働き方などの違いを踏まえ、現在の取扱いに合理的な理由があるかを確認します。

単に「パートだから」「有期契約だから」という理由だけで対象外としている制度がないかについても、今回の改定を機に改めて点検しておきましょう。

点検の結果、見直しが必要な待遇がある場合には、就業規則や賃金規程、各種制度の内容・運用を確認し、必要な対応を進めます。あわせて前述のように、従業員から待遇差について説明を求められた場合に対応できるよう、説明内容や社内の対応方法を整理しておくことも重要です。

3 さいごに

今回紹介したパートタイム・有期雇用労働者に関する法令の改正は、いずれも大変重要な内容です。貴重な人材を確保するためにも、これらの改定に遺漏なく対応することは必須であると言えるでしょう。

※図表は全て厚生労働省「パートタイム・有期雇用労働者に関するルールが変わります(令和8年10月1日施行)」を参照。

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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画像:photo-ac

【2026年9月号】ちょっと未来のニュース~制度改正、予定イベント&統計情報

少しだけ未来を見る、経営者のための月次ニュースレターです。2026年9月、経営者が押さえておきたい法令・イベント・統計・政策の動きなどを紹介します。

1 制度改正編

9月に予定されている制度改正のうち、中小企業経営者が特に注意すべき2本を紹介します。

1)生活道路における自動車の法定速度引き下げ(2026年9月1日~)

道路交通法施行令の改正で、2026年9月1日より住宅街などの「生活道路」での自動車の法定速度が、時速60キロメートルから時速30キロメートルへと引き下げられます。対象はセンターラインがない幅員5.5メートル未満の道路です。標識がない道路でも一律時速30キロメートルが上限となります。

営業車や配送車を運用する会社は、違反や事故を防ぐため全社的な周知と運行管理の見直しが急務です。

▶ 経営者のTo Do

  • 営業車・配送車のドライバーへ、生活道路での法定速度引き下げ(時速30キロメートル)の新ルールを周知する
  • 配送ルートや訪問スケジュールへの影響を事前検証し調整する
  • 社内研修等で事故削減とコンプライアンス意識向上を図る
■警察庁「生活道路における自動車の法定速度が引き下げられます!!」■
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/seikatsudouro/seikatsudoro.html

2)国税庁の次世代基幹システム「KSK2」稼働開始(2026年9月24日予定)

国税庁の基幹システム「国税総合管理(KSK)システム」が、2026年9月24日(予定)より次世代システム「KSK2」へと刷新されます。従来の税目別(法人税・所得税・相続税など)による縦割り管理から、納税者ごとにすべてのデータを横断して一元管理する仕組みへと移行します。また、外部ネットワーク接続やAI・ビッグデータ分析、金融機関等とのオンライン照会が強化されることで、法人と個人の資金移動や申告内容の不整合、申告漏れが迅速かつ自動的に検知・把握されるようになります。

▶ 経営者のTo Do

  • 法人の売上・役員報酬と、役員個人の資産状況・過去の所得データ等に不自然なズレや矛盾がないか、顧問税理士と確認・検証を行う
  • 電子取引データ、領収書、契約書などの根拠書類を正確に保管し、いつ税務調査が入っても速やかに提示・証明できる体制を整える
  • 名義預金などの曖昧な管理を排除し、生前贈与や役員・親族間での資金移動の際は贈与契約書や理由書を交わすなど、明確な書面記録を残す
■国税庁「国税システムの更改」■
https://www.e-tax.nta.go.jp/shiyo/index.htm#anc15

2 イベント編

1)第20回アジア競技大会(2026愛知・名古屋)開幕

トップアスリートが集うアジア最大の総合スポーツ大会「アジア競技大会」が9月19日~10月4日に愛知県・名古屋市を中心に開催されます(日本での開催は32年ぶり)。オリンピック種目に加え、「柔術」「武術太極拳」「カバディ」といった地域色の濃い競技や、コンピュータゲームによる対戦「eスポーツ」などが行われます。

アジア競技大会(2026愛知・名古屋)の競技種目

■第20回アジア競技大会(2026愛知・名古屋)■
https://www.aichi-nagoya2026.org/ja/

2)「シルバーウィーク」は11年ぶりの5連休

「敬老の日」と「秋分の日」に挟まれた9月22日が祝日法第3条第3項による休日となるため、土日休みの場合、9月19日(土)~23日(水・祝)まで5連休となります。

観光需要が高まる一方、物流遅延や業務過密化が生じやすいため、納品や決済スケジュールの計画的な調整が必要です。

■内閣府「国民の祝日について」■
https://www8.cao.go.jp/chosei/shukujitsu/gaiyou.html

3)国際物流総合展2026

9月8日(火)~9月11日(金)まで、東京ビッグサイトで開催されるアジア最大級の物流総合展示会です。今年は「知恵と技術で、物流の未来を切り拓く。」がテーマ。最新の自動化・省人化技術、情報技術、物流システム(ハード・ソフト)が集結し、国内外の関係者が一堂に会する貴重な機会となります。

■国際物流総合展2026■
https://www.logis-tech-tokyo.gr.jp/ltt/

4)東京ゲームショウ2026

9月17日(木)~9月21日(月・祝)まで、千葉・幕張メッセで開催される世界でも有数の規模を誇るゲームイベントです。1996年に初めて開催され、30周年を迎える今年は「史上最長、遊びづくしの5DAYS」がテーマ。生成AIやWeb3・メタバースなど最新のデジタル技術が集まる場でもあり、新規事業やマーケティングの参考になります。

■東京ゲームショウ2026■
https://tgs.cesa.or.jp/2026/

3 統計・政策情報編

2026年9月は、法人企業統計調査の「年次別調査」と「四半期別調査」の結果や、各省各庁の令和9年度概算要求、日本銀行の金融政策決定会合を受けた「当面の金融政策運営について」などが公表される予定です。図表2に、本章で取り上げる統計・政策文書の一覧を示します。

2026年9月公表予定の主な統計・政策文書

1)法人企業統計調査

「法人企業統計調査」は、日本の企業活動の財務実態を把握するための基幹統計調査です。総合的な決算状況を調べる「年次別調査」と、直近の景気動向を追う「四半期別調査」に分かれています。調査結果から、業種別・企業規模(大企業・中小企業)別の売上高、経常利益、人件費の動きや収益構造の変化が分かります。また、機械・機器やソフトウェアへの投資額の増減、企業の内部留保(利益剰余金)の蓄積状況などが確認できます。

■財務省財務総合政策研究所「法人企業統計調査」■
https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/

2)令和9年度予算 各省各庁の概算要求

各省庁が8月末までに財務省へ提出する来年度予算の概算要求の取りまとめ結果が、9月上旬以降に公表される予定です。国の来年度の施策や重点投資分野を知る最速の公式情報です。中小企業向けの省エネ支援、DX・IT導入補助金、賃上げ促進策等の方向性が示されます。

■財務省「令和9年度予算」■
https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2027/

3)「当面の金融政策運営について」

年8回開催される日本銀行の金融政策決定会合での議論を経て、政策委員会(総裁・副総裁2名・審議委員6名の計9名)の多数決で決定された内容をまとめたものです(次回の金融政策決定会合は9月17日、18日に開催予定)。

政策金利(無担保コールレート・オーバーナイト物)の誘導目標、国債の買入れ方針や、その他の資産(ETFなど)の取り扱い方針が明らかになり、国内景気、個人消費、設備投資、賃金、物価(消費者物価指数)などの最新状況について、日銀がどう評価しているかが提示されます。

■日本銀行「金融市場調節方針に関する公表文 2026年」■
https://www.boj.or.jp/mopo/mpmdeci/state_2026/

4)中小企業景況調査報告書

中小企業庁および中小企業基盤整備機構が四半期ごとに実施している、全国の中小企業の「生の業況感」を把握するための基幹的な意識調査です。各項目(売上高、採算、資金繰りなど)について「好転(増加)」と答えた割合から「悪化(減少)」と答えた割合を引いたDI(Diffusion Index:業況判断指数)で数値化されます。

■中小企業庁「中小企業景況調査報告書」■
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/chousa/keikyo/
■中小企業基盤整備機構「中小企業景況調査」■
https://www.smrj.go.jp/research_case/survey/

4 話題のタネ

訪問時の雑談のきっかけに。9月ならではのトピックを集めました。

1)「防災の日」――関東大震災だけではない「9月1日」である理由

毎年9月1日は「防災の日」。1960年、政府が9月1日を「防災の日」と定めた背景の1つには、1923年9月1日に発生し、死者・行方不明者10万5000人以上といわれる「関東大震災」の記憶と教訓を継承し、都市防災や避難意識を後世に伝えるということがあります。

実は、この関東大震災以外にも「防災の日」が9月1日になった理由があります。古くから大風(台風)が急襲する時期とされてきた「二百十日(にひゃくとおか)」です。立春から210日目は毎年9月1日ころにあたり、制定前年の1959年9月にも「伊勢湾台風」により死者・行方不明者5000人以上の甚大な被害が出たことが「防災の日」制定の大きなきっかけとなりました。

大震災の悲劇を忘れない「歴史的な理由」と、毎年訪れる台風への警戒を高める「季節的な理由」の双方が合致しているため、関東大震災から100年以上の時を経ても9月1日が防災の節目として機能し続けているのです。

■東京消防庁「防災の日と二百十日」■
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/learning/elib/qa/qa_59.html

2)「中秋の名月」は必ずしも満月ではない

「中秋の名月」は旧暦8月15日の夜に見える月のことで、2026年は9月25日です。実は、「中秋の名月」は、「満月(太陽・地球・月が一直線に並ぶ瞬間)」とは必ずしも一致しません。

これは、新月から満月になるまでの日数が一定ではないためです。月の公転軌道は楕円形をしているため、地球に近い場所ではスピードが速く、遠い場所では遅くなります。その結果、新月から満月になるまでに約13.9日~15.6日と幅が生じます。旧暦では新月の日を「1日」と数えるため、15日目の夜である「名月」は、実際の満月より1~2日手前であるケースもしばしばです。2026年は9月27日が満月となり、名月と満月の日付が2日ずれています。

■国立天文台「中秋の名月(2026年9月)」■
https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2026/09-topics03.html

以上(2026年8月作成)

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画像:日本情報マート

「居抜き物件」に潜む税務の罠 思いもよらぬ追徴課税にご注意!

1 居抜き物件で痛い目に遭わないために必要なこと

「居抜き物件だから初期費用を抑えられた」――そう喜んでいたのも束の間、数年後、

税務調査で「この厨房設備、減価償却の処理が間違っています」「経費に計上しすぎています」などと指摘され、追徴課税(後から追加で徴収されるお金)が発生してしまう。

飲食店の開業支援の現場では、こうしたケースは決して珍しくありません。

居抜き物件とは、前のテナントが使用していた厨房設備や内装、什器などをそのまま引き継いで借りる物件のこと

です。設備を新たに購入する必要が少ないため開業コストを抑えられ、短期間で開業できるため、飲食店や小規模店舗の経営者にとって非常に魅力的な選択肢となっています。

しかし、そのまま引き継げるという手軽さの裏には、見落としやすい税務上の注意点があります。取得した設備の評価や減価償却の方法、契約書への記載内容、固定資産税(償却資産税)の申告などを誤ると、後になって追徴課税を受ける可能性があるのです。

居抜き物件で失敗しないためには、特に次の3つのポイントを押さえておくことが重要です。

  • 有償・無償にかかわらず取得設備の「時価」を把握し、リース資産の有無も確認する
  • 引き継ぐ設備は1点ごとに金額を明記した契約書を作成し、設備リストを残す
  • 固定資産税(償却資産税)特有の申告ルールを確認する

この記事では、居抜き物件を活用して飲食店や小規模店舗の開業を検討している経営者に向けて、税務処理で損をしないために知っておきたい基礎知識と実務上のポイントを分かりやすく解説します。

2 取得設備の「時価」を把握し、リース資産の有無も確認する

前のテナントから設備を引き継ぐ場合は、「有償」と「無償」の違いだけでなく、その価格が時価と比べて妥当かどうかまで確認することが重要です。

  • 有償で譲り受けた場合:
    原則として支払額が取得価額となる
  • 無償で譲り受けた場合や、時価より著しく安い価格で取得した場合:
    税務上は時価で取得したものとして、時価と支払額との差額が「受贈益」として課税対象になる可能性がある

特に居抜き物件では、設備を一括で譲り受けるケースが多く、「厨房設備一式」「内装一式」といった曖昧な契約内容のまま取引が行われることも少なくありません。

しかし、税務調査では「その価格は適正だったか」「時価をどのように算定したのか」を説明できることが求められます。契約書に設備ごとの内訳を記載したり、中古市場の相場や見積書など、価格の根拠となる資料を保存したりしておくと、後日の税務調査で指摘されるリスクを大きく減らせます。ポイントは、価格交渉だけでなく、その価格を客観的に説明できる証拠を残しておくことです。

また、

設備の中にリース資産が含まれていないかを必ず確認

しましょう。業務用冷蔵庫や食器洗浄機、空調設備などは、前のテナントではなくリース会社が所有しているケースが少なくありません。

このような資産は新旧テナント間で勝手に譲渡できないため、譲渡対象に含める場合はリース会社の承諾や名義変更の手続きが必要になります。契約によっては引き継ぎ自体が認められないこともあるため、

設備リストや契約書を確認し、残債やリース料を誰が負担するのかまで明確にしておく

ことが重要です。所有権の確認を怠ると、引渡し後に設備の返還を求められたり、想定外の費用を負担したりする恐れがあるため、契約前に管理会社や前のテナントへ確認し、不明な点は専門家へ相談するようにしましょう。

3 契約書には設備ごとの金額を明記し、設備リストを作成する

税務調査で指摘を受けやすいのは、

前のテナントとの契約で「残置物一式〇〇万円」とだけ決めてしまい、後で「この設備はいくらで引き継いだものか」が分からなくなり、正しい税務処理ができなくなってしまう

というパターンです。

そのため、契約書では

厨房設備、空調、内装、什器などを「一式〇〇万円」とまとめるのではなく、「冷蔵庫〇万円」「エアコン〇万円」「内装造作〇万円」と設備ごとの金額を明記すること

が重要です。税務上は設備1台ごとの取得価額によって処理方法が異なります。内訳が不明確な契約では適切な処理ができず、税務調査で経費計上を否認されるリスクがあります。

税務上は設備1台ごとの取得価額によって処理方法が異なる

設備リストには名称や数量だけでなく、型番、製造年、所有権の帰属まで記載しておくと安心です。リース資産が含まれていないか、どの設備を引き継ぎ、どの設備を撤去するのかを契約前に確認しておけば、後日のトラブルも防げます。また、引き渡された設備の故障などの責任(契約不適合責任)や、退去時の原状回復義務についても、賃貸借契約との整合性を含めて契約書で明確にしておきましょう。

併せて、耐用年数(何年かけて経費にするかを示す年数)を取得初年度に正確に申告することが大切です。居抜き物件で取得した設備は中古資産となるため、

新品と同じ耐用年数ではなく、中古資産の耐用年数を適用する

のが一般的です。法定耐用年数を経過した設備は

法定耐用年数×20%(最低2年)

という簡便法で計算します。

(注)耐用年数が残っている設備は「(法定耐用年数-経過年数)+経過年数×20%」。(1年未満の端数は切り捨て、算出年数が2年に満たない場合は2年)

重要なのは、この耐用年数の判断は取得初年度の確定申告時に行う必要があり、原則として過去に遡って変更することができない点です。後の修正申告や税務リスクを防ぐには、設備の取得時期や製造年、使用開始時期が分かる資料も併せて保管し、不明な場合は税理士に確認した上で処理を進めることが重要です。

4 固定資産税(償却資産税)特有の申告ルールを確認する

固定資産税は本来、土地や建物の所有者に課税される税金です。そのため、テナントとして店舗を借りている場合、建物や土地にかかる固定資産税はオーナー(大家)が負担し、テナントが直接支払うことはありません。しかし、居抜き物件の場合、

テナントが取得した設備について、別途「償却資産」として固定資産税の申告が必要になるケースがある

ため注意が必要です。厨房機器や業務用エアコン、レジ設備などの他、施工した内装工事や電気設備工事などの建物附属設備も、テナント側が取得した資産であれば申告対象となることがあります。

一方で、すべての設備が申告対象となるわけではありません。次の資産などは、原則として償却資産税の対象外です。

償却資産税の対象外になる主な資産

しかし、一定の要件を満たす中小企業向けの少額減価償却資産の特例を適用し、

40万円未満(2026年4月1日以降取得分。それ以前の取得分は30万円未満)の資産を法人税上は全額経費にした場合でも、償却資産税では申告対象

となる点は見落とされやすいポイントです。また、帳簿上は減価償却が終わっていても、事業で使用し続けている限り申告が必要になる場合があります。

実務では、「法人税では経費になったから申告も不要」と誤解してしまうケースが少なくありません。しかし、法人税と償却資産税ではルールが異なるため、会計処理だけを見て判断すると申告漏れにつながる恐れがあります。

特に居抜き物件では、前のテナントから引き継いだ設備、自社で追加した設備、オーナー所有の設備が混在しやすく、「誰が所有している設備なのか」が曖昧になりがちです。そのため、設備ごとの所有者、取得日、取得価額、耐用年数などを固定資産台帳や設備リストで整理し、取得時点から適切に管理しておくことが重要です。

また、償却資産税には

課税標準額の合計が150万円未満であれば課税されない「免税点」があります

が、課税されない場合でも原則として申告義務はあります。「税金が発生しない=申告しなくてよい」と誤解しないよう注意しましょう。申告は毎年1月1日時点で所有している償却資産について、1月31日までに資産所在地の市区町村へ行います(eLTAXによる電子申告も利用できます)。

居抜き物件に限らずですが、設備を取得・譲り受けたタイミング(できれば計画のタイミング)で税理士や市区町村へ確認することで、後日の税務調査や追徴課税のリスクを大きく減らすことができます。併せて経営者自身も、「設備を購入したら法人税だけでなく償却資産税も確認する」という習慣を持つことが、実務上の最も有効な対策といえるでしょう。

以上(2026年8月作成)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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賢者の「家訓」 長く続く企業の拠り所となる圧倒的な言葉の力

1 家訓は偉大な先人たちの「知恵の結晶」

愛情を注いで育て上げた子供や孫、あるいは経営する企業について、自分が去った後の行く末を案じる気持ちは、誰にでもあるものです。こうした不安を少しでも和らげるために、子孫や部下に対する訓戒として「家訓」を遺すことは、古くから行われてきました。

東京・日本橋の老舗企業である伊場仙(後述)は、投機を戒める家訓を守ったおかげで、バブル崩壊時に損害を免れたといいます。家訓とは、偉大な先人たちが自らの人生経験から得た教訓や価値観を、後継者たちが活かせるようにまとめた「知恵の結晶」ともいうべきものです。

この記事では、企業の後継者に伝える家訓づくりの参考になるように、生きていく上での処世術や、企業を永続させるための教え、組織のリーダーとしての心構えを中心に紹介します。なお、参考文献を引用したものは、現代仮名遣いに直すなど平易に読めるようにしており、必ずしも原文とは一致しません。参考文献を記載していない家訓は、当該企業に直接確認をしています。

2 日常生活に関する戒め

実はどの時代に遺された家訓も、「朝は早く起きなさい」「怠けるな」「酒に溺れるな」「忍耐せよ」など、親が子供に諭す“小言”のような内容が多くを占めています。

例えば、中国の歴史小説「三国志演義」で天才的な軍師として活躍している中国・三国時代の諸葛亮(孔明)ですが、妹の子に対して戒めたとされる書簡の中に、次のような一節があります。

「自分の意志を抑えることを学び、感情的な些細(ささい)にとらわれず、疑問に対しては謙虚に教えを請い、また人に対する疑いや恨みをなくすようにすれば、たとえ一時的に挫折することがあっても、品格を損なうことはなく、実現できないことから絶望に陥ったりはしないものだ」(*1)

特に子供や親族に対しては、リーダーとしてよりも、まずは一人の人間として立派に成長してほしいと願うのは、親の正直な気持ちといえます。

3 生きていく上での処世術

1)武田信玄(戦国武将)

「弓矢の儀、勝負の事、十分(のうち)六分、七分の勝ちは十分の勝ちとする。特に大合戦はこのようにすることが肝要だ。なぜなら八分の勝ちは危うく、九分、十分の勝ちは味方が大敗する下地になる」((*2)を現代語に訳しています)

特に大きな戦いで完勝すると心におごりが生じ、後の大敗につながると戒めたものです。戦国時代最強ともいわれた武田軍団を支えたのは、トップである信玄の用心深さでした。急成長を続けている企業ほど、こうした家訓を遺しておくべきかもしれません。

2)徳川光圀(水戸藩主)

「掟(おきて)に怖(お)じよ、火に怖じよ、分別なきものに怖じよ(後略)」((*3)を現代仮名遣いにしています) 

水戸黄門でおなじみの、水戸藩の2代藩主である徳川光圀によるとされる「徳川光圀卿壁書」の一節です。光圀は“不良少年”時代に一念発起して勉学に励み、後に「大日本史」の編さんなどの文化事業にも力を注いだ君主とされています。

上記の家訓は現代風に解釈すると、法令遵守、災害対策、内部統制および顧客対応というリスク管理に対する警鐘とも受け取れます。企業にとって影響の大きいリスクをズバリと指摘する家訓は、遺された後継者にとって有益なアドバイスになるでしょう。

4 企業を永続させるための教え

1)半兵衛麸(京都府京都市)

「財を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上、されど、財なくば事業保てず、事業なくば人育たず」

1689年(元禄2年)創業の、京麸・京ゆばを製造販売する「半兵衛麸」(京都府京都市)に、「先義後利」「不易流行」の家訓とともに伝わる教えです。経営者にとって、最も大切にすべきは人材でしょう。とはいえ企業である以上、利益を出すことも欠かせません。理想を掲げながらも、現実とのバランスを促す内容です。「商売であるのでもうけないといけないが、大事なのはもうけた金を何に使うかだ。世の中のために使うということが大事だと考えており、その1つに人材育成がある」とのことです(玉置万美前社長)。

老舗と呼ばれる商家の家訓の中には、「先義後利」や「三方よし」に代表されるように、自社の利益だけでなく、企業倫理や社会に貢献することを重視した、現代のCSR(企業の社会的責任)に通じる内容の教えが少なくありません。

経営者が自社を永続させたいと願うのは当然ですが、半兵衛麸の家訓には、ステークホルダーから「この企業は永続させたい」と思われることが、結果的に企業の永続につながるという教訓が込められているようです。

2)大七酒造(福島県二本松市)

「起きて造って、寝て売れ」

1752年(宝暦2年)創業の老舗酒造「大七酒造」(福島県二本松市)で先代から受け継がれた家訓で、朝早起きして一生懸命おいしい酒造りに励んでいれば、売る段階で苦労しないという教えです。

十代目 太田七右衛門氏(第10代当主 太田英晴社長)は、「今の時代、マーケティングが非常に重要であることは言うまでもないが、それでも、良いものを一生懸命に造ってきたという自信がなければ、相手の心を捉える良いマーケティングにつながらない。家訓は今でも私どもの心に生きている」と話しています。

また、同社には「外に樫(貸し)、内に花梨(借りん)」の家訓とともに、中庭に植えられた花梨の木が残っています。江戸時代に地元の藩主の別邸で落雷に遭った木を、4代目の当主が賜って植えたもので、雷が一度落ちた木には二度と落ちないだろうという験(げん)担ぎもあるそうです。高品質な酒米の購入や、高品質を維持するための設備投資、醸造過程での長期間の熟成など、「酒蔵の経営は資金力が大切」であり、家訓は「堅実経営と、世間に対して貸しをつくる社会貢献の教えとして受け継がれている」といいます。

大七酒造の中庭にある花梨の木

3)伊場仙(東京都中央区)

「2とつくことには手を出すな」

1590年(天正18年)創業の、うちわ・扇子・和紙製品を製造販売する東京・日本橋の老舗「伊場仙」(東京都中央区)で代々受け継がれてきたものです。「2とつくこと」とは、セカンドビジネスや投機、セカンドハウス、セカンドカーなど、本業と異なる分野やぜいたく品を意味します。「1つの事業でも続けていくのは大変なので、2番目に手を出す余裕はないと、父から口伝として教えられた」そうです(第14代当主 吉田誠男前社長)。

同社はこの他、災害に備えておくことの重要さも伝えられてきたといいます。吉田前社長は「江戸は火災や震災が多く、400年の歴史で店舗は10回焼失している。今は地震保険などの備えがあるが、かつては災害時に仮店舗も開ける避難地を所有し、店舗を復旧させるための材木の貯木もしていた」と話しています。

5 組織のリーダーとしての心構え

1)立花宗茂(戦国武将)

「戦は兵数の多少によるものではない。一和の(一つにまとまった)兵でなくては、どれほど大人数であっても勝利は得られないものだ。道雪(注)以来、我らにおいても、小人数をもってたびたび大勝利を得た。これは兵の和によるものだ。その一和の元は、日ごろから心を許して親しむことにある。そうしておけば、ただ一言によっても身命を捨てるものであるから、大将たる者は心得ておくべきだ」((*4)を現代語に訳しています)

(注)立花宗茂の義父である立花道雪を指します。

この教えを遺した立花宗茂は、豊臣秀吉から「東の本多忠勝、西の立花宗茂。東西無双」とたたえられた武将です。関ヶ原の戦いで西軍に味方していったんは改易(取り潰し)されましたが、誠実で廉潔な人柄や武将としての能力が徳川家康・秀忠に評価されて、後に旧領への復帰を果たし、柳川藩(福岡県)の藩祖となりました。

宗茂に対する家臣の信望は厚く、改易後の浪人時代にも一部の家臣が付き従い、他家に移った旧家臣も経済的な援助をしながら宗茂の復帰を待ち望んだといわれています。

企業にも劣勢の状況で挑戦しなければならないときや、苦境に立たされるときがあるものです。そのようなときこそ、日ごろ築いてきた従業員との信頼関係が大きな意味を持つことでしょう。

2)久保本家酒造(奈良県宇陀市)

「一年の計は田でせよ百年の計は山でせよ それ以上は人でせよ」

1702年(元禄15年)創業の「久保本家酒造」(奈良県宇陀市)に伝わる家訓です。酒造りは田で米をつくることから始まり、1年はかかります。また、久保家では山林を所有していますが、出材まで100年がかかります。しかし、何よりも大切なのは「人」なのだという教えです。

同社は2003年に生もと造りを導入するに当たり、新たな杜氏(とうじ)を招くなど多数の協力者を得ました。「周りの人が助けてやろうと集まってくれるような、人間としての器をつくっていくことが、『人でせよ』という意味なのだと痛感している」(第11代当主の久保順平社長)そうです。

同社にはこの他にも、「自分はぜいたくせず、人様を優先させよ」「自利・利他」、第6代当主の弟と親交のあった福沢諭吉の言葉を家訓にした「家業に励み、他を羨むな」といった教えが伝えられています。

6 家訓を遺される側にも配慮を

1)時代の変化に即した家訓に

建国者や創業者の偉業の恩恵が、その後の何世代にもわたって及ぶ時代であれば、家訓は金科玉条のように守られても不思議ではありません。しかし、先代と同じことだけをしていては生き残れない可能性もある現代では、先代の家訓は一歩間違うと、一方的な時代遅れの「押し付け」と受け取られることにもなりかねません。

前述の伊場仙の吉田前社長によると、「江戸の老舗には、家訓が遺されている店はそれほど多くない。江戸は経済環境の変化が激しく、火事などの災害も多かったため、のれんを守っていくためには、家訓を遺すことよりも、業態や経営の柔軟性を失わないことのほうが重視されていた」ようです。

無借金経営を勧める家訓が遺っている前述の大七酒造では、2002年の創業250周年記念事業として、新社屋および精米工場を建設するために借り入れを行う決断をしました。太田七右衛門氏は、「祖父も父も、闇雲に節約して貯めるのではなく、いざというときに大胆に投資できるために蓄えてきた。今の時代は文字通りの無借金経営にこだわるよりは、健全経営に配慮しつつも、将来をみすえた投資をも大切にしている」といいます。

経営者が一番に守るべきものは家訓ではなく、従業員、顧客、取引先などを含めた企業そのものです。家訓を守るために企業の存続が危ぶまれては、本末転倒というものです。

2)家訓の伝達効果を高める方法

戦国時代の武将で津藩(三重県)の藩祖となった藤堂高虎は200カ条の家訓を遺し、それでも足りないとばかりに、さらに4カ条を追加しました。藩の行く末を案じる気持ちは分かりますが、家訓があまりにも多過ぎると、かえって後継者に伝わりにくくなるかもしれません。現代では、家訓を受け継ぐ人の気持ちにも配慮し、本当に伝えたいことに絞って簡潔にまとめることが、賢者の家訓をつくるための条件の一つになるといえるでしょう。

家訓の伝達効果を高めるためには、伝えたいことを絞るだけでなく、文書の書き方の工夫もあるとよいでしょう。前述の久保本家酒造の家訓のような対句法を活用した表現や、数え歌形式の家訓などは、後継者が覚えやすい家訓をつくるための参考になります。

また、後継者が日ごろから家訓を意識しやすくするための工夫があると、伝達効果はさらに高まるでしょう。家訓は文書にまとめて遺されることが多いですが、中には代々の口伝としている家もあるようです。例えば前述の大七酒造のように、中庭の木が家訓の由来になっていると、後継者はその木を見るたびに家訓を意識することになります。書家や企業にゆかりのある人に揮毫(きごう)してもらった掛け軸ないし色紙を飾っておくなど、目に入りやすい形にして家訓を遺しておくのもよいかもしれません。

7 目的ごとの家訓の種類

この記事で紹介してきた家訓のように、一口に家訓といっても、誰が、どのような目的で誰に遺すかによって、内容も書き方もさまざまです。京都府が地元の老舗企業への調査などを基に編集した「老舗と家訓」(*5)では、家訓のテーマは次のように分類されるとしています。

1.家名継承、2.祖先崇拝と信仰、3.孝道、4.養生、5.正直、6.精勤、7.堪忍、8.知足、9.分限、10.倹約、11.遵法、12.用心、13.陰徳、14.和合、15.店則

さらに15.の店則については、遵法、信用、商才、倹約(始末)、職分、団結の6つに分類しています。

上記の分類を基に、家訓を目的別(組織の永続か日常生活の規範か)および内容別(実践的か心構えか)に分けて図示しました。次の図表から、家訓には日常生活に関する戒め(日常生活の規範のための実践)、生きていく上での処世術(日常生活の規範のための心構え)、企業を永続させるための教え(組織の永続のための実践)、組織のリーダーとしての心構え(組織の永続のための心構え)といったタイプがあることが分かります。

家訓の目的別・内容別の分類

【参考文献】

(*1)「中国歴代家訓選」(永井義男、徳間書店、1991年2月)

(*2)「甲陽叢書第一篇 甲陽軍鑑 上」(高坂弾正、温故堂、1892年12月)

(*3)「日本教育文庫 訓誡篇 上」(同文館編輯局編、同文館、1910年5月)

(*4)「名将言行録 前編 下巻」(岡谷繁実、文成社、1896年11月)

(*5)「老舗と家訓」(京都府編、京都府、1970年2月)

以上(2026年8月更新)

pj10036
画像:ChatGPT

経営者の思いを未来につなぐ「社史」編さんの進め方やポイント

1 なぜ、会社は社史を編さんするのか?

創業時の思いは、放っておけば必ず風化します。「なぜこの会社を始めたのか」「どうやって成長してきたのか」を語れる社員は、年々減っていく。自分がこれまで守ってきた会社は、将来どうなってしまうのか……。これは多くの経営者が抱えている不安かもしれません。

その不安を和らげ、次世代への継承を後押ししてくれるのが「社史」です。

社史は、会社の生い立ちや、これまで乗り越えてきた出来事を一冊にまとめたもの

です。社員にとって、歴代の経営者が守ってきたものを自分ごととして受け止めるきっかけになります。実際に社史を編さんした会社からは、「会社が歩んできた道を正史として残すことができる」「社員の帰属意識やモチベーションが高まる」といった声もあがっています。

社史の主な機能と期待できる効果

リソースが限られている中小企業の場合、社史の編さんを一から十まで全部こなすことは困難で、一般的には

自費出版専門会社、出版社の自費出版部門などの外部委託先と協力して編さんを進行

します。この記事では、社内と外部委託先が二人三脚で編さんすることを前提に、最近の社史の形態や編さんの流れ、費用などを紹介します。自社の歩みを社内外の関係者と共有し、採用活動にも使える社史の編さんを検討する際の参考となれば幸いです。

2 社史の基本

1)社史の内容

社史と一口に言っても、盛り込む内容に決まった正解があるわけではありませんが、多くの社史に共通して盛り込まれる要素としては、次のようなものが挙げられます。

1.創業の経緯

創業者の思い、社名の由来、創業当時の社会の状況などをまとめます。例えば、創業者がなぜこの事業を始めたのかなど、会社の原点となる出来事なども交えて書きます。

2.会社の沿革

設立から現在までの主な出来事を時系列でまとめます。単なる年表の羅列ではなく、例えば、主要な出来事に一言コメントを付した「年表+解説」形式でまとめる、それぞれの時代の写真を入れ込んで絵巻方式にするなどの工夫をすると、印象に残りやすくなります。

3.主力製品・サービスの開発秘話や事業展開の歴史

自社の看板となる製品・サービスが生まれた背景や、事業を広げてきた経緯をまとめます。開発当時の担当者へのインタビューを通じて、開発時の苦労や試行錯誤、顧客からの反応など、当事者にしか語れない臨場感のあるエピソードを盛り込むと、読み応えが出てきます。

4.危機や転換点(経営難、業界の変化など)をどう乗り越えたか

経営難や業界構造の変化などで会社が危機に陥った時期があった場合、直面した危機の詳細と、いかにそれを乗り越えたかをまとめます。例えば、経営危機当時の資金繰りの状況や、社内の雰囲気まで踏み込んで書くとよいでしょう。

5.経営者やキーパーソンへのインタビュー、社員の声

経営者やキーパーソン、社員の生の声をまとめます。例えば、歴代経営者や在籍年数の長い社員へのインタビューはもちろん、若手社員と経営者の対談企画、座談会企画など、さまざまな形式が考えられます。

6.今後のビジョンや将来への展望

これまでの歩みを踏まえた、今後の事業展開や会社としての目指す姿をまとめます。過去の振り返りだけで終わらせずに、未来につながるメッセージを最後に記載することで、読み手に前向きな印象を残すことができます。

これらの要素をどの程度、どのような切り口で盛り込むかによって、社史の性格は大きく変わります。例えば、会社のスピリッツをもとに歩んできた歴史を多く掲載すれば「次世代の社員のための参考書」のような社史になり、未来への展望を多く掲載すれば、「採用活動やブランディングに生きる社史」になります。

つまり、

社史に何を掲載するかを考えることは、「何のために社史を作るのか」という目的を改めて言語化する作業

でもあります。まずは自社が伝えたい要素は何かを整理しておくと、その後の編さん作業がスムーズに進むでしょう。

2)社史の構成

発行形態によって詳細は異なりますが、書籍の社史の場合、一般的には次のような構成が考えられます。

社史の構成

本文については、例えば、

  • 社内向けの資料として社史を編さんする場合:製品開発、プロジェクトの歴史、会社の利益の変遷など、自社の足跡が分かる情報が主体
  • 社外向けの人材募集やブランディングを目的に社史を編さんする場合:社員インタビューや製品・サービスのPR、未来への展望など、自社の雰囲気や事業内容が伝わる情報が主体

など、目的により内容が大きく異なります。

3)社史の発行形態

社史と言うと、百科事典のような分厚い書籍を想像するかもしれませんが、昨今では、想定する読み手や活用シーンに応じたさまざまな形態での編さんが可能です。

それぞれの形態の特徴は、次の通りです。

社史の発行形態

また、最近は創業期の苦労話など重要な部分のみを読みやすくリライトして編さんする場合もあります。

社史を誰に読んでもらいたいか、編さんした社史をどのように活用したいのかで適した発行形態が異なるので、読み手と活用シーンを外部委託先の担当者と一緒に検討しましょう。

3 社史編さんの流れ

1)書籍の社史の例

発行形態によって編さん過程や工程は異なりますが、ここでは書籍タイプの社史を編さんすることを想定して、手順の一例を紹介します。

書籍の社史の例

社史の完成までにかかる期間は、社史の発行形態や求めるレベルによっても異なりますが、最短でも1年程度と長期になる場合が多いため、入念な準備が欠かせません。スケジュールの管理や進行については、外部委託先の担当者と共に段取りをして、進めていきましょう。

2)必要な情報の集め方

情報収集の考え方をまとめると、次のようになります。

必要な情報の集め方

このような情報を収集する方法としては主に、

1.文書としてまとめられた資料やデータに当たる

2.関係者へのインタビュー

の2つがあります。

1.資料やデータに当たる

例えば、社内にある次のような資料から情報収集することが可能です。

  • 会社設立時の登記簿
  • 各種会議の議事録
  • 会計関係書類
  • 就業規則などの規程
  • 社内報
  • 社員手帳
  • 会社案内

2.関係者へのインタビュー

社内、社外を問わず、

会社に関わってきた人はそれぞれの出来事の主役であり、その人から直に聞いた話は大きな情報源

になります。インタビューの際には聞きたい内容が分かるよう、あらかじめ関連資料を対象者に渡すなどしてインタビューの目的をはっきりさせておくことが大切です。外部委託先の担当者が同席し、聞き取りや原稿化までサポートしてくれるケースもあります。

例えば、インタビュー対象には次のような人物が挙げられます。

  • 社内:経営陣、管理職、一般社員など
  • 社外:社員の家族、OB・OG、取引先、業界団体、エンドユーザーなど

また、情報を収集するときには

近くの情報から遠くの情報へ、社内から社外に広げていく

ことを意識すると、情報収集がしやすくなるでしょう。

4 社史編さんの費用

ここでは、社史を編さんする際、外部委託先と協力して編さんを進めることを前提に、社史編さんの費用について紹介します。

社史や自分史などの受託出版を数多く手掛けている、株式会社日経BPマーケティングによると、社史の製作費の一例は次の通りです。

社史の製作費の一例

費用はハード部門(印刷関係、製本代、製函代、用紙代など)とソフト部門(原稿料、写真撮影費、レイアウト・デザイン料、編集費、校正費など)に分かれます。総ページ数やカラーページの量、通史本文ページの執筆に伴う原稿料、撮影費などでハード・ソフト部門の費用が異なります。

5 参考:社史編さんに役立つ情報

1)出版文化社「社史編集室」

企画編集方針、編さん過程、情報収集などに関するノウハウやコラムを紹介しています。

■出版文化社「社史編集室」■
https://www.shashi.co.jp/index.html

2)日本ビジネスアート「社史の教科書」「周年の教科書」

「社史入門」として社史を編さんしていくための基本的なステップや、実際に社史を編さんした会社のノウハウを紹介しています。

■日本ビジネスアート「社史の教科書」■
https://shashi-kyokasho.com/
■日本ビジネスアート「周年の教科書」■
https://jba-anniversary.com/

3)神奈川県立川崎図書館「すごい社史」

開館当初から65年以上、さまざまな会社の社史を収集しており、社史およそ2万冊を所蔵しています。特色のあるさまざまな社史をウェブサイト「すごい社史」上で公開しています(随時更新)。

■神奈川県立川崎図書館「すごい社史」■
https://www.klnet.pref.kanagawa.jp/find-books/kawasaki/shashi-shiryo/sugoi-shashi/

以上(2026年8月更新)

pj00724
画像:日本情報マート

町中華の経済学 多品種、丼勘定は本当か?

1 丼勘定は本当か?

「安い・うまい・早い」の三拍子そろった町中華。どこの街にでもありますが、長く続く秘訣は何でしょうか? 低価格で、客数はさほど多くもなさそう。でも潰れない。

町中華探検隊として町中華を食べ歩くライターの北尾トロ氏は、町中華を「昭和以前から営業し、1000円以内で満腹になれる庶民的な中華店。単品料理主体や、ラーメンなどに特化した専門店と異なり、麺類、飯類、定食など多彩な味を提供する。カレーやカツ丼、オムライスを備える店も。大規模チェーン店と違ってマニュアルは存在せず、店主の人柄や味の傾向もはっきりあらわれる」と定義づけています(「町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう」北尾トロ、下関マグロ、竜超著、KADOKAWA、2018年9月)。

丼勘定のイメージがありますが、本当にそうでしょうか? 以降では、公認会計士・税理士で、自身も青森県八戸市でラーメン店を経営し、『会計の基本と儲け方はラーメン屋が教えてくれる』(日本実業出版社)の著書もある石動龍氏へのインタビュー内容を交え、町中華がいかにして生き残っているのか、他の飲食店や小売業などの経営者が、管理会計で押さえるべきポイントは何かを紹介します。

なお、インタビュー内容や本文内に登場する価格相場などは2022年9月当時のものとなります。あらかじめご了承ください。

2 町中華が強い3つの秘訣

1)多品種に対応できる使い回しが利く仕入れ

町中華の特徴は豊富なメニューです。しかし、原材料となる食材は実は共通の食材が多いのです。町中華によくあるメニューと食材の例を挙げました。

(図表) 【町中華のメニュー例と主な原材料】

(調味料は除く)

八宝菜 回鍋肉 青菜の塩炒め 酢豚
豚バラ肉
白菜
玉ねぎ
人参
きくらげ
たけのこ
うずらの卵
豚バラ肉
キャベツ
人参
長ネギ
豚バラ肉
チンゲンサイ
きくらげ
ニンニク
豚バラ肉
人参
ピーマン
玉ねぎ
ラーメン 麻婆豆腐 麻婆茄子 カニ玉
鶏ガラ
チャーシュー
長ネギ
豚ひき肉
豆腐
長ネギ
豚ひき肉
茄子
春雨
長ネギ

カニのほぐし身
長ネギ
きくらげの卵炒め トマトの卵炒め 餃子 春巻き
豚バラ肉

きくらげ
豚バラ肉

トマト
豚ひき肉
キャベツ
ニラ
長ネギ
ニンニク
豚ひき肉
長ネギ
春雨
たけのこ

(出所:日本情報マート作成)

こうして見ると、豚バラ肉など汎用性の高い食材が多く使われていることが分かります。仕入れや在庫管理の工夫はあるのでしょうか。冒頭で紹介した石動氏は次のように教えてくれました。

「お客さんへ魅力を感じてもらえるよう、豊富なメニューを用意するとしても、食材のロスのないよう、メニュー構成や、原材料の仕入れ、管理を工夫する必要があります。例えばレバニラ炒めにしか使わないレバーを大量に仕入れるわけにはいかないでしょう。共通の食材で、いかに幅広いメニューを用意するか。食材のロスがないように仕入れ、管理するか。品質を保ちながら冷凍保存するのも一案でしょう」

2)適正な利益を確保できる価格設定

価格帯が異なるメニューが共存できるのも町中華の強みであると、石動氏は指摘します。中華料理には、北京ダックやフカヒレスープ、つばめの巣といった高級メニューがあります。町中華でもエビチリくらいはラインアップとしてあるところも少なくないでしょう。町中華でチャーハンが750円でエビチリが1500円で販売されていても違和感はありませんよね。一方、よほどのマーケティング的な狙いがない限り、価格帯の大きく異なるメニューを並べるのは、ラーメン屋やファストフード店では難しいでしょう。1杯750円が相場のラーメン屋に、1500円のラーメンがあったら違和感を覚えますよね。つまり、

町中華は適正な利益を確保できる価格設定がしやすい業態

ともいえるわけです。

3)居心地の良さが利益を生む

町中華に行くと、おつまみを数品頼んでお酒を飲んでいるお客さんを見かけます。この点も町中華の強みであると、石動氏は自著で述べています。つまり

長居をしてもらって、原価率が低いおつまみやお酒を頼んでもらうことで利益を確保

しているのです。例えば800円の炒め物が原価率30%だとして(粗利560円)、加えておつまみとお酒を2000円分オーダーし、その原価率が10%だったとします(粗利1800円)。そうすると、客1人当たりの限界利益は2360円になります。

町中華の店主がそのように狙っているかは分かりませんが、町中華には手軽な「居酒屋」という側面もあります。ファストフード店などが努力して取り込もうとしている居酒屋需要が町中華にはあるのです。

3 ココだけは押さえたい管理会計のポイント

1)FLR比率に注目する

本当に丼勘定でやっていると、自分の店が苦戦している理由として、固定費が高いのか、原材料費が高いのかすら分からなくなります。一般的に、飲食店経営で大切な指標といえばFLRコストです。それぞれ、

  • F(Food):食材費
  • L(Labor):人件費
  • R(Rent):賃料

を指しています。店の状況によってさまざまですが、一般的に、

F比率は30%程度、FL比率は60%程度、FLR比率は70%程度

に抑えるのが理想とされています。

FLR比率=(食材費+人件費+賃料)÷売上

とはいえ、R(Rent/賃料)は、都市部と地方とで大きな差があります。都市部の好立地では、賃料は高くなりますが、それに見合う人通りもあります。ちなみに、昔ながらの商店街で数十年と続いている町中華がありますが、

「そのような店の多くは、持ち物件で営まれているのかもしれませんね。さらにもし家族経営だったとすれば、それだけで固定費の大半がカットできます。コストはほぼ食材のみとなり、あとは利益となるのです」(石動氏)

2)固定費と変動費に分ける

コストには、売上高に関係なく発生する固定費と、売上高に応じて発生する変動費があります。FLRコストに注目すると、

  • 固定費:人件費、賃料
  • 変動費:食材費

となります。これを軸に考えると、

月の売上高から食材費を引いたものを「限界利益」と呼び、この限界利益で人件費や賃料を賄えるか否か

が重要となります。これは、一般的な損益分岐点の考え方です。

3)利益構造を把握する

石動氏によると、押さえておきたいポイントは、

  • 客単価
  • 来客人数
  • コスト:固定費(主に人件費、賃料)
  • コスト:変動費(主に食材費)

です。客単価をベースとして、何人の来客数があれば、コストがどれくらいかかり、どれくらいの利益が残るのかという利益構造を把握していれば、食材費などが高騰したときも、どこに影響が出て、どこをやりくりすれば賄えるのかという打ち手がイメージできるようになります。

例えば、麺の仕入れ価格が、1玉当たり5円値上がりしたとすると、

5円×月の来客数=月の原材料コストがいくら上がるか

がすぐに分かり、ダメージの小さいうちに対処することができるのです。町中華の店主は、このあたりの計数感覚を自然と身に付けているのかもしれません。

以上のようなポイントを押さえ、管理会計を経営に活かしましょう。

以上(2022年10月)

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画像:和久 澤田-Adobe Stock

その場で迷わない! 現場で使う「カスハラ対応」マニュアル(2026年9月号)

ことし10月から、すべての会社に「カスタマーハラスメント(カスハラ)対策」が義務化されます。それを見据え、現場担当者が「その場で判断できる」ことを最優先に、本冊子ではカスハラ対策を解説します。カスハラの定義や法的整理にとどまらず、実際にカスハラが起こり得る場面・NG対応・推奨対応・エスカレーション基準を例示しています。加えて、カスハラ発生時の証拠保全やカスハラに対応するための社内マニュアルの作成方法など、会社としてのリスク管理に直結する実務も整理し、全社員への配布・教育ツールとして活用できる内容としています。


従業員・元従業員からの情報漏洩を防ぐには?

1 内部不正による情報漏えい等に注意

どれだけセキュリティ対策を強化しても後を絶たない情報漏えい。外部からのサイバー攻撃が巧妙化していることもさることながら、情報漏えいの多くは、人間の不注意や操作ミス、リテラシー不足によるものです。

そして、数は少ないとはいえ、深刻な問題となるのが、従業員・元従業員が会社の機密情報、顧客の個人情報などを法令や社内ルールに違反して持ち出す「内部不正」です。

IPA(情報処理推進機構)の「情報セキュリティ10大脅威2026」では、「内部不正による情報漏えい等」が第7位としてランクイン

しました(初選出の2016年以来、11年連続11回目)。

不正が起きるのは、米国の犯罪学者ドナルド・クレッシーが提唱した「不正のトライアングル」と呼ばれる3つの要素「動機」「機会」「正当化」がそろったときとされています。

この記事では、中小企業の経営者やマネジメント層の方に向けて、「不正のトライアングル」の3つの要素のうち、「機会」をなくし、「正当化」させないためのアプローチ方法について解説していきます。

2 不正の「機会」をなくすためのアプローチ

1)情報(データ)への「アクセス権限の管理」

最も基本的な対策は、

従業員の異動時・退職時には速やかにアクセス権限を変更・削除する

など、情報(データ)へのアクセス権限をしっかり管理することです。

とはいえ、権限のある人が、魔が差して不正を行うケースを防ぐには、それ以外の「機会(不正ができる環境、隙)」も排除していく必要があります。

2)抑止力としての「ログの記録・監視」

重要なデータへのアクセスログが記録されるようにするのはもちろん、そのログが改ざんされない状態で長期保管できるようにしましょう。

また、大量のデータアクセスなど、通常と違う動きを検知して管理者にアラートを飛ばす仕組みや、ファイルのダウンロードやコピーなどの操作ログを取得する仕組みを導入することも検討するとよいでしょう。

「不正を行ったら、後からでも必ず追跡され発覚する」という環境は、内部不正を思いとどまらせる抑止力になり得ます。

3)単独での不正を防ぐ「相互監視・牽制体制」

重要なデータの持ち出しや印刷には必ず上長や別部門の承認を必須にする「承認制」の導入や、データの「管理責任者」と「利用者」を明確に分け、同一人物が両方の権限を持たないように職務分掌を徹底することを検討しましょう。

可能であれば、定期的なジョブローテーションによって、同じ業務が特定の人物に長期間固定し不正の温床になることを防ぐとよいでしょう。

1人だけの判断で重要なデータに触れられる環境をなくすことが大切です。

4)データの「持ち出し手段の遮断」

重要なデータを外部に持ち出す手段を、物理的・技術的に遮断することを検討しましょう。例えば、USBメモリなどの外部記録媒体の接続をPC側のOSやソフトの設定で無効化することや、社内ネットワーク経由で個人のクラウドストレージやウェブメール、SNSへのアクセスを許可しないといった対策です。

USBメモリなどの外部記録媒体の接続は、物理的に挿せないようにポートを塞いでしまう方法もあり得ます。

重要なデータを持ち出そうとしたときに、簡単にはできない環境であることが求められます。

3 不正を「正当化」させないためのアプローチ

従業員・元従業員に対して秘密保持・競業避止義務を課すことにより、抑止力が働き、情報漏えいが起こった場合は当該従業員・元従業員の責任を追及できる可能性があります。

1)従業員・元従業員の秘密保持義務

労働契約の存続期間中、従業員(パートなどを含む)は秘密保持義務を負うと考えられています。秘密保持義務とは、

企業の業務上の情報を第三者に開示・漏えいしない義務

です。就業規則などで明確に定めていなくても、労働契約の付随的義務として信義則上負うものと考えられています。

また、労働契約の終了後においても、契約書や誓約書等を作成していない場合であっても、信義則上、一定の範囲で秘密を漏えいしない義務を引き続き負っていると考えられています。もっとも、情報漏えいを防止する観点からは、その秘密の性質・範囲、価値、従業員の退職前の地位などを考慮して、別途、退職時に秘密保持契約を締結するなどの手立てを講じておくことが望ましいでしょう。

2)秘密保持・競業避止義務の範囲

従業員・元従業員が秘密保持義務や競業避止義務を負う場合でも、その範囲は無制限ではありません。職業選択の自由や営業の自由を制約することはできないため、度が過ぎると公序良俗に反するものとして、無効になる場合があります。

例えば、従業員に対して「秘密情報を利用して、在職中、退職後に競合他社に就職するなどの競業行為を行ってはならない」とする競業避止義務を課す場合がありますが、このような規定の有効性については個別具体的な状況によって判断されます。

また、退職後の秘密保持義務についても、これを広く容認することは職業選択の自由を制約することになるので、義務の内容が公序良俗に反して無効となる場合があります。公序良俗に反するかは、その秘密の性質・範囲、価値、労働者の退職前の地位に照らし、合理性が認められるかどうかにより判断します。また、退職後の契約上の秘密保持義務の範囲については、その義務を課すのが合理的であるといえる内容に限定して解釈するのが相当であるとされています。

その他、就業規則に退職後の競業避止義務や秘密保持義務を規定しておくことも可能ですが、競業避止義務や秘密保持義務の内容は、個別に従業員の地位や仕事内容に合わせて設定する必要があるため、個別に誓約書や合意書などを取り付けるのが望ましいでしょう。

3)秘密情報・秘密保持義務などの定義

秘密情報の定義やその管理方法は法的に定められていません。従業員・元従業員に秘密保持義務や競業避止義務を課すためには、従業員・元従業員に秘密情報の対象を明示し、秘密情報として管理されていることが認識できる状態にしていたか否かなどが問われます。

そのため、例えば、従業員・元従業員に秘密情報の対象を示さず、全従業員が容易に秘密情報にアクセスできるような管理状態では、秘密情報だと主張して、従業員・元従業員に秘密保持義務を課すには不十分だということです。

以上から、就業規則や秘密保持に関する誓約書などにおいて、秘密情報の対象と取り扱い範囲を規定することが必要といえるでしょう。これらに違反した場合の処分規定を設けておけば、従業員・元従業員が秘密情報を不当に持ち出すことの抑止力にもなります。

秘密情報の範囲は不明瞭になりがちなので、できるだけ具体的に秘密情報を規定し、新しい情報をその都度、追加していくとよいでしょう。

なお、経済産業省のウェブサイトでは、秘密情報の管理方法や秘密保持契約(誓約書)のひな型などが公開されているため、参考にするとよいでしょう。

■経済産業省「営業秘密~営業秘密を守り活用する~」■
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/trade-secret.html

4)従業員以外にも及ぶ営業秘密の効力

特に重要な秘密情報については、「営業秘密」として管理することが肝要です。従業員・元従業員が秘密保持義務に違反し、第三者に秘密情報を漏えいさせても、企業は当該第三者と契約関係がないため、第三者に対して債務不履行責任を問うことは基本的にできません。しかし、不正競争防止法上の「営業秘密」と認定されれば、その侵害については罰則が設けられているため、刑事・民事の両面で、当該第三者に対する法的措置が取りやすくなります。

また、情報を持ち出された企業が損害賠償を請求する場合、企業が損害の発生や損害額を立証する必要がありますが、営業秘密と認定されることで、不正競争防止法上の損害額の推定規定が適用されます。

営業秘密とは、不正競争防止法の保護・規制を受ける、次のような情報です。

秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの

営業秘密として認定されるためには、

1.秘密管理性(秘密として管理されていること)

2.有用性(有用な営業上または技術上の情報であること)

3.非公知性(公然と知られていないこと)

の3要件を満たす必要があります。この3要件を意識し、情報に接することができる従業員等にとって、秘密だと分かる程度の措置(例えば、紙や電子記録媒体へ「マル秘」「持ち出し禁止」の表示をする、秘密保持契約等によって秘密情報の対象を特定する、データへのアクセス制限をする、パスワード設定をするなど)を講じるとよいでしょう。

4 内部不正対策チェックリスト

1)不正の「機会」をなくすために

チェック項目
従業員の異動や退職時に、アクセス権限を速やかに変更・削除する手順が決まっている
業務上、本当にそのデータが必要な人だけに限定して権限を付与している
重要なデータへのアクセスログは、改ざんされない状態で長期保管できている
ファイルのダウンロード・コピーの操作ログを自動記録している
大量のデータアクセスなど、通常と違う動きがあった際に管理者に通知が飛ぶ仕組みがある
重要データの持ち出しや印刷には、上長や別部門の承認を必須にしている
データの「管理責任者」と「利用者」を分け、同一人物が両方の権限を持たないようにしている
特定の業務が1人の担当者に長期間固定化しないよう、定期的なジョブローテーションを検討または実施している
PC側の設定で、USBメモリなどの外部記録媒体の接続を無効化している(またはポートを物理的に塞いでいる)
社内ネットワークから、個人のクラウドストレージ、ウェブメール、SNSへのアクセスを禁止している

2)不正を「正当化」させないために

チェック項目
在職中の従業員(パートを含む)に対して、会社の情報を漏えいしない秘密保持義務を定めている
退職時に、別途「退職後の秘密保持契約(誓約書)」を取り付ける手続きを踏んでいる
就業規則や誓約書において、何が秘密情報の対象になるのか範囲を具体的に規定している
従業員が容易にアクセスできる状態を避け、従業員が「これは秘密情報だ」と明確に認識できる状態を作っている
秘密保持や規則に違反した場合の懲戒処分などの規定をあらかじめ設けている
重要なデータや書類に「マル秘」「持ち出し禁止」の表示をし、秘密管理性を持たせている
扱う情報が、会社の事業活動に役立つもの(有用性)であり、かつ一般には知られていない情報(非公知性)であることを意識して管理している
万が一の漏えい時に、第三者に対しても刑事・民事の法的措置(損害賠償請求など)が取りやすい体制を整えている

以上(2026年7月更新)

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画像:日本情報マート

経営のヒントとなる言葉(石ノ森章太郎)

「壁を越えるのはちょっと苦しいけれど、越えればそこには必ず新しい世界がある」(*)

出所:「絆 不肖の息子から不肖の息子たちへ」(NTT出版)

冒頭の言葉は、

「困難を乗り越える強い意志が、新しい世界をもたらす」

ということを表しています。

少年時代から漫画雑誌への投稿で注目を集めていた石ノ森氏は、高校卒業後に上京し、後に有名になる藤子不二雄(藤本弘(ふじもとひろし)氏と安孫子素雄(あびこもとお)氏の合作ペンネーム)氏、赤塚不二夫(あかつかふじお)氏など、多くの若手漫画家が住むアパート「トキワ荘」で本格的な作家生活を始めました。

当時の日本は高度経済成長期にあり、急速に経済発展を遂げていました。同時に漫画の人気は次第に高まっていき、石ノ森氏の元にも次々と仕事の依頼が舞い込むようになりました。日々漫画を描くことに追われて忙しく過ごす中で、石ノ森氏はふと「このまま漫画家として生活していっていいのだろうか」という疑問を抱くようになりました。仕事の依頼に応じて漫画を描き続ける日々を送っているうちに、石ノ森氏は「自分は漫画に引きずられているのではないか」と感じるようになり、将来に対する漠然とした不安が芽生えてきたのです。

悩み続けた石ノ森氏は、ふと思い立ち、自身を見つめ直すために世界一周旅行に出かけることにしました。当時の日本では海外旅行は自由化されておらず、個人での観光はほとんど不可能でした。しかし、石ノ森氏は出版社による取材という形で多額の借金をし、海外へ旅立ったのです。海外でさまざまな体験を経た石ノ森氏は、帰国後、借金を返済するために再び漫画を描き始めました。そのとき、自身の中に変化が起こっていることに気付きました。以前は漫画を描くだけで頭が一杯だったのに対し、旅から帰ってきた後は、自身を客観的に見ながら漫画を描けるようになっていたのです。

かつて、石ノ森氏は、自分では満足がいく作品を描いても読者からの評判が芳しくないことにいら立ちを感じていました。また、「自分は漫画家には向いていないのではないか」と思い悩み、小説家や映画監督を目指そうと考えたこともありました。

しかし、一時的に漫画から離れたことにより、石ノ森氏は改めて自分がプロの漫画家であることを自覚し、そして自分の作品を読んでくれる読者のことを意識するようになりました。それ以来、「漫画家としてこうあるべき」という固定観念を捨て去り、「面白い漫画を描こう」という前向きな気持ちを抱くようになったのです。

後に、石ノ森氏は、漫画を「無限の可能性を持つメディア」という意味の「萬画」と呼び、漫画の表現力によって無限の可能性を追求しました。石ノ森氏は、著書の中で若者に向けたメッセージとして次の言葉を残しています。

「人生で一番大切なことは、何かを成し遂げるために、自分自身を乗り越えることだ」(**)

石ノ森氏は、漫画を心から愛し、漫画に対する強い情熱を持っていたからこそ、壁を乗り越えることができました。そして、さらにさまざまな方向に枝を張り巡らせ、漫画の可能性を追求しました。

経営環境が日々めまぐるしく変化する昨今、ビジネスにおいてはさまざまな壁が存在し得ます。時として、それらを乗り越えるのは容易ではないかもしれません。しかし、その壁の向こうには、きっと素晴らしい景色があります。そして、さらに枝をあちこちに張れば、その景色はより一層広がりを持ちます。困難を乗り越える強い意志と、そこから生まれる好奇心が、経営者の目前に更なる新しい世界をもたらすのです。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

石ノ森章太郎(1938~1998)。宮城県生まれ。1954年、投稿作「二級天使」が『漫画少年』に掲載される。1964年、「サイボーグ009」の連載を開始。1971年、「仮面ライダー」の連載を開始。

【参考文献】

(*)「絆 不肖の息子から不肖の息子たちへ」(NTT出版、2004年12月)
(**)「心に響く名経営者の言葉 決断力と先見力を高める」(PHP研究所、2014年8月)
「心を揺さぶる名経営者の言葉 人を動かし、時代を変えた」(PHP研究所、2014年8月)

以上(2026年8月更新)

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画像:日本情報マート