「無期転換」が2024年4月改正で再注目。対象者や転換時期、労働条件の明示などについて改めて確認!

書いてあること

  • 主な読者:契約期間が通算5年を超えそうな有期パート等がいる経営者、人事労務担当者
  • 課題:無期転換に関連する法令改正があるようだが、内容が分からない
  • 解決策:2024年4月1日から、無期転換の「申込機会」「転換後の労働条件」の明示が義務化される

1 【無期転換】10年前に始まった制度が再注目される理由

「無期転換」とは、

同じ会社での契約期間が「通算5年」を超える有期パート等(契約期間の定めがあるパート等)が会社に申し込むと、契約期間の定めのない「無期契約」に転換される制度

です。なお、正社員転換と混同されることがありますが、無期転換は契約期間が無期になるだけで、雇用区分はパート等のままです。ただし、無期転換することで契約更新という概念がなくなるので、雇止めなどはできなくなります。

無期転換制度は今から10年以上も前の2013年4月1日から始まりました。これが改めて注目されているのは、労働基準法施行規則の改正で、

2024年4月1日から、会社は無期転換の対象となる有期パート等に、契約更新のタイミングごとに、無期転換の「申込機会」「転換後の労働条件」を明示する

ことが義務となったからです。この改正を機に、有期パート等からの問い合わせが増えるかもしれないので、おさらいの意味も込めて、無期転換の基本を確認しておきましょう。なお、法令改正についてだけ知りたい人は、第6章をご確認ください。

2 無期転換の対象

無期転換の対象は、

契約期間(同じ会社でのもの)が通算5年を超える有期パート等

です。短時間労働者だけでなく、フルタイムで働く人も対象になります。ただし、

「高度専門職」「継続雇用の高齢者」は一定の場合に対象外

となります(図表1)。

画像1

具体的には、会社が適切な雇用管理に関する計画を作成し、所轄都道府県労働局長の認定を受けている場合、次の期間において無期転換の対象外になります(図表1)。

  • 高度専門職:5年を超える一定の期間内に完了することが予定されている業務に就く期間(上限は10年)
  • 継続雇用の高齢者:定年後引き続き雇用されている期間

なお、高度専門職の場合は、収入要件(1年間当たりの賃金額が1075万円以上)を満たしていることも条件とされています。

3 申し込み時期と転換時期

有期パート等は、契約期間が通算5年を超えることになる有期契約の更新時から無期転換を申し込むことができ、最後の有期契約が満了すると無期契約に転換されます。申し込みは口頭でも問題ありませんが、トラブルを避けるために「無期転換申込書」などの書面を提出してもらうのが無難です(ひな型は第7章の末尾にて紹介)。いずれにしても、会社は無期転換の申し込みを拒否できません。

無期転換の申し込みは、通算5年を超える有期契約の初日から満了日まで有効です。例えば、2019年4月1日から1年ごとに契約を更新している場合、2024年4月1日から1年以内に申し込めば、2025年4月1日から無期契約に転換されます(図表2)。

画像2

また、2021年4月1日から3年ごとに契約を更新している場合、2024年4月1日に契約更新をした時点で通算契約期間は6年となり無期転換の権利が生じることになります。従って、この契約期間内である3年の間に申し込めば、2027年4月1日から無期契約に転換されます(図表3)。

画像3

4 無期転換の申し込みがなかったら?

有期パート等から無期転換の申し込みがなければ、契約は有期のままです。ただし、申し込みは契約更新のたびにできるので、下図の場合、2025年4月1日から1年以内に改めて申し込めば、2026年4月1日から無期契約に転換されます(図表4)。

画像4

5 契約期間に「空白」があると通算されない?

契約期間を通算する場合、契約期間の途中に契約をしていない一定の無契約期間(空白期間)があると、それ以前の契約は通算対象から除外されるというルールがあります(クーリング)。

例えば、無契約期間以前の通算契約期間が1年以上である場合、

契約と契約との間が6カ月以上空くと、通算契約期間のカウントがリセットされる

ため注意が必要です。例えば、2019年4月1日に有期契約を締結後、2020年4月1日から1年間契約が途切れてしまった場合、2021年4月1日から契約期間を通算し直します(図表5)。

画像5

なお、無契約期間以前の通算契約期間が1年未満である場合、その長さに応じて、クーリングに必要となる空白期間の月数が変わってきます

6 【法令改正】有期パート等への明示方法など

会社は、2024年4月1日から無期転換の対象となる有期パート等に対し、次のことを労働条件通知書などで明示しなければなりません。

  • 申込機会:無期転換の申し込みができること
  • 転換後の労働条件:労働条件の変更の有無、転換後の労働条件の一覧または変更箇所

労働条件通知書の「契約期間」「契約更新の基準」の欄の下に「無期転換に関する事項」の欄を追加するイメージです(図表6)。

画像6

「申込機会」については、無期転換を申し込むことができる旨の明示と申し込みをした場合に無期契約に変わる日付(◯年◯月◯日)を明記します。

「転換後の労働条件」については、変更の有無を明らかにした上で、変更がある場合は転換後の労働条件の一覧や変更箇所を「別紙」で示します。

明示は「契約更新のタイミングごと」に行います。例えば、2019年4月1日から1年ごとに契約を更新している場合、2024年4月1日からの契約更新時から1年ごとに繰り返し明示します(図表7)。

画像7

7 就業規則はどう定める?

最後に、パートタイマー就業規則に無期転換の定めをする場合の規定例を紹介します。なお、「就業規則」「パートタイマー就業規則」など、複数の就業規則がある会社では、

有期パート等が無期転換後、どの就業規則が適用されるのか分からなくなる

というトラブルが起きがちなので、就業規則の適用範囲(赤字)についても確認してください。

【規定例】

第○条(適用範囲および均衡待遇)

1)本規則の適用を受ける従業員は、第○条の手続きを経て、会社と期間に定めのある労働契約(以下「有期契約」)を交わした従業員で、1週間の所定労働時間が一般の従業員よりも短い短時間勤務従業員(以下「パートタイマー」)とする。

2)会社は、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」を遵守し、パートタイマーの待遇を就業の実態から判断して決定するものとし、一般の従業員との均衡を図るよう努めるものとする。

3)本規則に規定する「無期転換」によって期間に定めのない労働契約(「以下「無期契約」)に転換したパートタイマーについては、転換後も本規則を適用とする。

第○条(無期転換)

1)契約期間が通算5年を超えるパートタイマーは、別途定める「無期転換申込書」で申し込むことにより、現在締結している有期契約の契約期間の末日の翌日から、無期契約に転換できる。

2)前項の申し込みは、原則として、現在の契約期間が満了する1カ月前までに行うものとする。

3)第1項の通算契約期間は、2013年4月1日以降に開始した有期契約の契約期間を通算するものとし、現在締結している有期契約については、その末日までの期間とする。ただし、労働契約が締結されていない期間が連続して6カ月以上ある場合、それ以前の契約期間は通算契約期間に含めない。なお、労働契約が締結されていない期間以前の通算契約期間が1年未満の場合、当該契約期間の通算の可否については、労働契約法およびその他の関係法令に従うものとする。

4)この規則に定める労働条件は、第1項の規定により無期契約に転換した後も引き続き適用する。ただし、労働条件通知書により別段の定めをした場合は、この限りでない。

5)無期契約に転換したパートタイマーに係る定年は、満60歳とする。ただし、満60歳を超えて無期契約に転換したパートタイマーの定年は満65歳とする。

6)無期契約に転換したパートタイマーで定年を迎えた者が希望し、解雇事由または退職事由に該当しないときは、労働条件通知書により満65歳まで継続雇用する。なお、前項ただし書きのパートタイマーに対する定年後の継続雇用については、都度決定をする。

【無期転換申込書】

画像8

以上(2024年5月作成)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

pj00710
画像:chaylek-Adobe Stock

『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』その3は「前向き発想」/武田斉紀の『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』(10)

書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:最近話題のZ世代(1990年代後半以降生まれで会社においては20代前半くらいまで)だけでなく、それ以前の平成生まれ(30代前半くらいまで)の世代と、現在経営や管理職を担っている昭和世代との世代間ギャップが注目されています。それは価値観の違いやコミュニケーションの違いとして表れ、変化や多様性が求められる昨今、日本企業において深刻な経営の足かせとなりつつあるようです。
  • 解決策:まず会社においてZ世代を含む平成生まれと昭和生まれの世代背景を整理しながら、ギャップを埋めるための「価値観の変化」を明らかにします。その上で、筆者が多くの講演や企業研修で紹介してきた『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』を実践的に指南します。

1 昭和生まれの管理職・リーダーだけでなく、30代にも必須の習慣

今シリーズの『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』では、管理職・リーダー側の皆さんがすぐにでも取り組むべき3つの習慣をご紹介しています。

第1回、第2回で取り上げたように、昭和生まれの管理職・リーダー世代と、平成生まれ、とりわけ「Z世代」との価値観に、ここ10年ほどで“真逆”といえるほどのギャップが生まれています。

「自分は一応昭和生まれだけど、まだ30代だから大丈夫」という人も、「自分はぎりぎり平成生まれだから平気」と考えている人も、入社当時を思い出してみてください。10年以上前と現在のビジネス、世界の潮流、IT環境などは劇的に変わっていませんか。

変化の激しい時代には、自分が社内で積み重ねてきたはずのスキルや経験があっという間に使い物にならなくなってしまいます。最近「ソフト老害」という言葉が注目されているように、30代ですら新時代の若い才能の邪魔をしているかもしれません。

昨今の世界のビジネス上の価値観は、「Z世代」の価値観のほうに寄っており、会社の成長を今後も目指すためには現在管理職やリーダーの側の皆さんが、これまでの価値観やコミュニケーション習慣を見直す必要に迫られているのです。

ということで、第3回から第5回までは3つの習慣の1つ目「傾聴」について、第6回から第9回までは2つ目の『褒める』について、今日から始められるレベルでお話ししてきました。

前回第9回では「叱る」についても触れました。

社内や人生の先輩であっても世の中の新たな潮流で知らないことはあるし、スマートフォンやそのアプリなど新しいデバイスにおいては若い世代のほうがずっと詳しく、上司や先輩といえど“教えてもらう”立場にあります。

そもそもお互い同じ大人で同じ社会人である以上、一方的に「叱る」のはおかしい。

必要なら良い所を先に褒めた上で、「注意やアドバイス」をすればいいのです。

むろん社会人1年目から先輩諸氏と同じレベルでできることは少なく、同じ大人、社会人として要望することは厳しい対応かもしれません。が、そこで子ども扱いせずに一人の大人として認めて期待をするからこそ、彼らは自身の長所や良さに対して誇りを失わず、前向きに頑張ろうと思えるのではないでしょうか。

それ自体は、昭和生まれ、一部平成生まれの管理職・リーダー世代が、かつて上司から叱られながらも「なにくそ、自分にだって長所や良さがあるはずだ!」とはい上がってきた経験と重なって見えませんか。ただ時代とともに頑張り方が変わっただけで。

さて今回は、3つ目で最後の『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』である「前向き発想」についてお話ししていきます。

2 いつの時代もリーダーには「前向き発想」が求められているけれど…

「前向き発想」自体は別に新しいものではありません。いつの時代もリーダーに求められてきたものではないでしょうか。

リーダーとは文字通り、メンバーをリード=導いていくのが仕事です。会社の掲げるビジョンや与えられた目標に対して、メンバー一人ひとりがやる気を持てて、その個性や能力を存分に発揮できるように導くこと。失敗しても再び立ち上がって頑張れるように導く役割が求められます。

そのためにもリーダーは常に前向きに発想し、やや高い目標に対しても、部下に対して「きっとやれる、一緒に頑張ろう」と鼓舞する必要があります。少しでも早く気持ちを切り換えさせて動き出すことで、自己や組織の成長、次の成功へと近づくことができるのです。

では皆さんに質問です。メンバーが次のような状況のとき、リーダーとしてはどのように声をかけてあげればいいでしょうか。少し考えてみてください。

1)全員で(あるいは個人が)一生懸命頑張ったけれど、目標を達成できなかった

いかがでしょう。リーダーとしては、苦しい今の状態を脱して、一瞬でも早く気持ちを切り換えさせてやりたいでしょうか。実にメンバー想いの発想だと思います。

けれどもいくら鼓舞されても、すぐに切り換えられないメンバーもいるのです。それは目標達成への意欲が強かったメンバーほどそうなのかもしれません。

3 リーダーになった人が忘れがちな、大切なこと

相手が全員トップアスリートであれば、監督(リーダー)は1)の状況の直後に次のように声をかければいいでしょう。

「終わったことは変えられない。我々に落ち込んでいる暇などない。1秒でも早く気持ちを切り換えて、次につなげよう!」と。

しかしながら、トップオブトップのアスリートである日本代表チームにあっても、ベテランと若手では国を背負う覚悟には温度差があると聞きます。何度も悔しい思いを経験してきたベテランは、まさに命がけで臨み、監督と共に敗戦の事実をすぐに受け入れ、冷静に気持ちを切り換えられるようです。

一方で代表に選ばれたばかりの若手は、選ばれたことに浮足立ち、代表として負けた経験も少ない分、結果をすぐには受け入れられないかもしれません。いわんや、皆さんの抱えるメンバーはスポーツの日本代表でもトップアスリートでもないわけです。

ある元日本代表アスリートの奥様がこぼしていました。その方は一般人なのですが、「普段、私がうまくいかないことがあって落ち込んで動けないでいると、旦那はすぐに“切り換え、切り換え、次に行こう!”って急かすんです。気持ちなんてすぐに切り換えられないし、正直言ってしんどいです」と。

「誰もが簡単に気持ちを切り換えられるわけではない」。それが分かっていないリーダーは一人で暴走しがちです。気が付けばメンバーの誰もついていけていないばかりか、みんなすっかり疲弊してしまっています。いつしかあなたに対して「このリーダーにはしんどいだけでついていけない」となっていることでしょう。これではチームとしての成果が上がりようもありません。

とりわけ早くリーダーになった人が陥りがちなのが、この「誰もが簡単に気持ちを切り換えられるわけではない」ことへの無理解です。

早くリーダーになった人はこう考えて生きてきたはずです。「失敗しても落ち込んでいる暇はない、すぐに気持ちを切り換えてライバルに追いつき、追い越すための努力を始めよう」。もっと言えば、「失敗して落ち込んでいる時間など無駄でしかない。勝利への近道は、いかに一瞬で気持ちを切り換えて次に向かえるかなのだ」と。

裏返せば、「誰もが簡単に気持ちを切り換えられるわけではない」からこそ、早く切り換えられた自分だけがその差で勝てたということです。それなのに、自分がリーダーになった途端に今度はメンバー全員に求めているという“矛盾”に気付いていないのです。

確かにスポーツやビジネスの場面では、「失敗しても落ち込んでいる暇はない、すぐに気持ちを切り換えてライバルに追いつくために努力を始めよう」が正解です。けれども人間には人それぞれ個性があり、トップアスリートや一部のリーダーを除いては、「誰もが簡単に気持ちを切り換えられるわけではない」と知るべきです。

勘違いしてはいけないのは、すぐに気持ちを切り換えられない人が人生の弱者というわけではないということ。他人の気持ちに寄り添うことで誰かを救えたり、感受性の強さが生きる場面は人生はもちろん、ビジネスにおいてもたくさんあるのですから。

すぐに切り換えられない人が多いということは、あなたのメンバーの中にもそうした人が多いのかもしれないと思ってください。リーダーであるあなただけが気持ちを切り換えられれば組織がうまく回り、高いパフォーマンスを上げられるわけではないのです。

組織を任されたリーダーにとっての成果は、リーダー個人の成果ではなく、チームの総量であることを忘れてはいけません。

では、1)の「全員で(あるいは個人が)一生懸命頑張ったけれど、目標を達成できなかった」という状況で、リーダーはメンバーに対して、最初にどのように声をかけてあげればいいでしょうか。

例えば、まず「みんな、〇カ月の間、よく頑張ってきた。それなのに達成できなくて悔しいね。本当に悔しいよね」と声をかけてあげましょう。気持ちを受け止め、共有して、しばし振り返りの時間を持つのです。それから次に向かっても遅くないはずです。

「頑張ったのに結果が出なかった」ときに、リーダーが最初にするべきことは「メンバーの今の気持ちをしっかりと受け止める」。それこそが次に向かうための近道なのです。

4 「前向き発想」の言葉は1つじゃない

さて最後に、次の質問を皆さんに投げかけて終了としましょう。メンバーが次のように思っている、あるいは口に出したとき、リーダーとしてはどのように声をかけてあげればいいでしょうか。答えは1つとは限りません。少し考えてみてください。

2)この目標達成は正直言って難しいですね

3)〇〇が邪魔して目標達成できそうにありません

2)も3)も、先ほどの1)と同じように、まずはメンバーの気持ちを想像してあげてください。中には数字だけを見て、最初から達成を諦めている否定的な人もいるでしょう。ですが彼らとて、仕事に前向きではないとは限りません。

また前向きにチャレンジしようとしたものの、やっぱり難しいなと弱気になっているメンバーもいるかもしれません。その辺は、個々に聞いてみないと分かりませんよね。

「前向き発想」の言葉は、どんなケースにおいても1つとは限りません。場面や相手によっても異なりますし、投げかける側の気持ちや発想によっても変わります。だからこそ奥が深いし、面白いのです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回も『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』その3「前向き発想」をテーマに、今回の宿題2)と3)の解説と、さらなる応用スキルをご紹介していきます。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mail to: brightinfo@brightside.co.jp

※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』 https://amzn.asia/d/e8GZwTB

『なぜ社長の話はわかりにくいのか』 https://amzn.asia/d/8YUKdlx

以上(2024年4月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

pj90259
画像:PureSolution-Adobe Stock

【朝礼】こだわって「こだわり」を捨てよう

皆さん、おはようございます。今朝は「こだわって『こだわり』を捨てる」ことについてお話しします。

こだわりを持つことは、好意的に受け止められることが多いです。例えば、私たちはライターの仕事に誇りを持っています。ですから、文章の構成や使う言葉にとことんこだわるわけです。このことを他業種の人に話すと、「プロですね!」と称賛もされます。こういうことはプライベートでも同じです。私の知人にお塩にこだわる人がいて、とても貴重な岩塩を使っています。正直、私には味の違いが分かりませんが、岩塩のうんちくを聞くのは苦ではありません。

ということで、こだわりを持つことは大切なのですが、「こだわりは、柔軟性とトレードオフの関係にある」ことは認識しておくべきです。

以前、仕事の進め方に強いこだわりを持つ部下がいました。面倒なことでも率先して取り組むところは素晴らしかったのですが、他人の意見を全く受け付けないところが問題でした。こちらの提案を吟味せず、自分のこだわりを貫きます。結果的にその部下の進め方が間違っていても、それを改善する思考の柔軟性はありませんでした。

もちろん、こだわるからには、それなりの理由があるはずなので、簡単には捨てられないでしょう。しかし、あえて皆さんに提案します。それは、「こだわって『こだわり』を捨てる」ということです。

例えるなら、文章の編集に似ています。私は、3500文字の原稿を編集するとき、3000文字以下にすることを目指します。くどい言い回しや不要な装飾を修正することもしますが、それ以上にこだわるのは、「読者には理解されないであろう筆者のこだわり」を見つけ、丁寧に圧縮することです。引き算をしながら、本当に大切なことを際立たせていくイメージです。

当然、文書をカットされた筆者は面白くないでしょう。しかし、私は編集者として筆者に信頼されているので、議論をすることはありますが、取り返しのつかない衝突をすることはありません。このことから、こだわりをぶつけ合うには、お互いの信頼関係や相手へのリスペクトが前提になることが分かるでしょう。

一方、私と筆者のようにはいかず、こだわりとこだわりが衝突して、一方が去っていくケースもあります。これが、単なる感覚的な好き嫌いの押し付けではなく、プロとプロとの譲れない意見の衝突であるならば、仕方のないことでしょう。

さて、皆さんにもたくさんのこだわりがありますね。そのこだわりは、皆さんの活動のよりどころであり、達成感の源泉でもあるはずですが、いま一度、考えてほしいのです。そのこだわりは、本当に必要ですか。単なる好みの押し付けになってはいませんか。ぜひ、こだわって「こだわり」を捨ててみてください。今よりも身軽になって洗練され、プロとして成長できるはずです。

以上(2024年4月作成)

pj17176
画像:Mariko Mitsuda

交渉に勝ちたければ、映画の脚本のような「交渉シナリオ」を作りなさい〜交渉シナリオのメリットとシナリオ例

書いてあること

  • 主な読者:経営者、その他、ビジネスで交渉する機会のある全ての人。特に交渉初心者
  • 課題:交渉がうまく進められない。交渉にもならない。やるべき用意も分からない
  • 解決策:交渉に臨む際には、事前に「交渉シナリオ」を作ってみよう

1 交渉シナリオを作るべき7つの理由

皆さんは、交渉上手と呼ばれる人の多くが、「交渉シナリオ」を作っていることをご存じですか。交渉シナリオとは、

交渉の流れを想定し、実際に自分が話す予定の言葉を、そのときに込める感情についてまでまとめたもの

です。リアルの交渉では、冷静を保っているつもりでも怒りや落胆など様々な感情が入り交じります。また、相手のリアクションをうまくかわすことができないと、想定外の方向に議論を展開されてしまいます。想定外の議論は、相手が意図的に仕掛けてきていることが多く、そこから脱しないと、相手のペースになってしまいます。

こうした事態を防ぐために作るのが交渉シナリオです。交渉上手の人が、タフな交渉でも動じることなく交渉できるのは、この交渉シナリオを持っているからなのです。交渉シナリオを作る理由は以下の7つです。

  • 交渉の前提としている事項に無理がないか、抜け漏れがないかを確認できる
  • 「話し言葉」で交渉シナリオを作ることで、交渉シーンがイメージしやすくなる
  • 交渉シナリオから逸脱したら、軌道修正が図れる
  • 大事なことを言い損ねることがなくなる
  • 交渉シナリオに無理があると分かったら、交渉を打ち切って出直せる
  • 相手のリアクションに応じて交渉を展開できる。相手が高圧的でも動じずに済む
  • 後から交渉を評価できる。交渉シナリオを部下と共有すれば育成にもなる

交渉シナリオには、相手のリアクションに応じて分岐となる質問も設けます。とても大切なポイントは、何だかんだといっても、相手の主張は、

  • YES
  • NO
  • 決められない(権限がない)

の3つしかないことです。相手は色々と理由を付けてきたり、はっきりと言わなかったりするので分かりにくいですが、結局はこの3つだけです。どうしてもはっきりしなければ、こちらから

これでいいですか(YESですか)? それもと何か違いますか(NOですか)?

と聞けば明らかになります。また、「決められない(権限がない)」という場合、

  • 相手が迷っているなら、こちらの都合のよいほうにする
  • 相手に権限がないなら、交渉を打ち切って、権限者に確認してもらう

という対応を取ります。こうして整理すれば、ある程度、交渉はパターン化できるのです。

2 交渉シナリオの作り方

1)「前提」を確認する

交渉シナリオには「前提」が必要です。それは、

  • 自社はどうしたいか?
  • それを相手に受け入れてもらうには何が必要か?
  • どうなったら交渉は成立するか、または決裂するか?

につきます。「自社はどうしたいか?」と「どうなったら交渉は決裂するか?」の間が交渉余地であり、交渉当事者の選択が生じる部分です。これらを明らかにした上で、交渉を進めるためのシナリオを作成します。

2)分岐となる質問を想定する

仮に最高がプランA、真ん中がプランB、最低がプランCとします。この場合、どういう条件が満たされたらプランAになり、満たされなければプランB以下になるのかをイメージします。分かりやすい例としては、

それは、どなたの意思ですか?

と意思決定権者を確認する質問があります。その結果としては、

  • 事業本部長の決定であれば覆しにくい
  • 担当者の考えであれば覆しやすい

となります。自社にとって好ましくないことでも、それが事業本部長の決定となると覆しにくいので、別の論点で譲歩を引き出します。「値下げは受け入れる代わりに、納期は延ばす」といった具合です。

3)「話し言葉」でシナリオを作る

こうして分岐となる質問と落としどころを決めたら、そこに至るまでの流れを、実際の会話のように書き進めていきます。そうすると、細かな言葉遣いも確認できるようになるので、相手を怒らせないようにしたり、逆に怒らせたりすることが可能になります。

このとき、「和やかに」とか「日頃の感謝を込めて」といったように、こちらの感情もシナリオに加えておくと、実際の交渉のときにこちら側の意図が伝わりやすくなります。チームで交渉に臨むときは、パートナーに、

ここで自分が感謝の気持ちを示すから、一緒に頭を下げるように

と伝えておきます。

なお、こちらの感情を示すのは、相手との不要な衝突を避けたり、想定通りに交渉を進めたりするためです。こちらが感情を込めたからといって、それだけで局面が変わることはありません。いわゆる「泣き落とし」が通じるケースは、本当に限られます。

3 交渉シナリオの例

最後に、交渉シナリオの例をご紹介します。交渉の内容は一つひとつ違います。ご紹介するのはあくまで一例であり、シナリオを分かりやすくするために、前提となる事項などもかなり簡略化している点にご留意ください。この例でイメージをつかみ、自分で交渉シナリオを作ってみましょう!

【交渉シナリオの例】

本交渉の目的(自社はどうしたいか)

相手からの値下げ要請に対して、「値下げを回避する」、もしくは「値下げ幅をこちら側の希望通りにする」こと

今回の交渉相手

担当課長、担当窓口(△△さま、◇◇さま)

交渉プラン

プランA(最高) :相手からの値下げ要請の撤回

プランB(真ん中):相手からの値下げ要請は受けるが、値下げ幅は要請の50%

プランC(最低) :相手からの値下げ要請を、値下げ幅も含めて受ける

ここから交渉シナリオ:感情は緑色ライン、分岐点は黄色ライン

(まずはアイスブレークで和やかに。相手のニュースリリースの話、新社屋の話)

先般、お話しいただいた内容について社内検討をさせていただきました。

基本的な方針は、これからも一緒に協力して法人向けの会員サービスを開発・提供し、お客さまのお役に立っていく、ということで承知しております。とても光栄に思っております。

(ここでしっかり感謝を込める)

今回の主な論点は、

「弊社から御社へのサービスご提供金額について」

だと思っていますが、これは合っていますか?

———-(認識は合っているとして)

まず、これまでの経緯からもお分かりいただけますように、当方も相当な値下げをしてきています。さらなる値下げということになりますが、これは部長さまのご意向でしょうか?(誰の意思なのかを確認)

(相手が)YES:なるほど。承知しました。→シナリオ1へ

(相手が)NO:なるほど。では、△△さま、◇◇さま(担当課長、担当窓口)のお考えということですね。→シナリオ4へ

シナリオ1:部長のご意向の場合

そうですか、分かりました。ところで、部長さまはこれまでの経緯をご存じなのでしょうか?

YES:なるほど。承知しました。→シナリオ2へ

NO:なるほど。ご存じないということですね、承知しました。→シナリオ3へ

シナリオ2:部長のご意向で、部長がこれまでの経緯をご存じの場合(今回はこれが濃厚)

部長さまはこれまでの経緯をご存じの上で、さらに値下げが必要だとお考えなのですね。

ところで部長さまをはじめ皆さまは、現在、このサービスが過去、具体的にはスタート当初の2018年に比べて、どのくらいユーザーが増えたかご存じでしょうか?

YES:そうですよね、当然、ご存じですよね→プランBを提案

御社からは今、値下げ要請をいただいていますが、実際にユーザーがスタートの2018年当時に比べて100倍に増えて、認知度も上がっていることを考えると、むしろ値上げ、増額させていただきたいくらいのお話かと思ったりもします。

(ここは嫌みにならないようにサラリと話す))

ただ、御社内でのご予算というお話も先日ご説明いただきました。致し方のないことで、値下げについてはお受けせざるを得ないと思いますが、その場合、2つお願いがございます。

  • 1つ目は、値下げ幅がご要請の通りでは、かなりきついです……(ここは感情を込めてツラいことを強く訴える)。そこで値下げ幅はご要請の50%くらいでお考えいただけないでしょうか。
  • 2つ目ですが、ユーザー数が増えていて、お客さまからも喜んでいただいているにもかかわらず、当方への値下げ要請となると、御社内での今後のこのサービス自体の立ち位置が心配になります。今まで通り、さらにユーザー数を増やす「攻めの体制」を、しっかりと御社内で改めて確立するお約束をいただけないでしょうか。そのために、私たちも機能や性能を磨くよう一層頑張ります。このサービスそのものが、私たちの誇りでもあるんです!(力強く)

NO:なるほど。それは当方のご説明不足でした。失礼いたしました。→プランAを提案

改めて皆さまにお伝えしますと、2018年からユーザー数は100倍に増えています。100倍です!アンケート結果から、認知度も向上していますし、喜んでいただいていることもよく分かります。これはひとえに皆さまのおかげと感謝しております。ありがとうございます!

(感謝を込めて改めて一礼)

このユーザー数が100倍になっているうれしい状況を、改めて部長さまをはじめ、御社内でご共有いただき、当方へのお支払いもこれまで通り、現状維持ということで、再度ご調整いただけないでしょうか。

その代わり、現状維持というお話をお受けいただきましたら、もっとユーザー数を増やすための企画を一つご提案させていただきます。これでユーザー数を増やして、もっともっと認知度を上げていきましょう!

(力強く)

メモ:部長のご意向なので、相手(今回話しをする窓口担当など)がかなり難色を示すようであれば、プランBも匂わせる。

シナリオ3:部長のご意向で、かつ、部長がこれまでの経緯を知らない場合

→プランAを提案

なるほど。分かりました。それではまず、部長さまにこれまでの経緯(相当値下げしてきている件)をご説明いただき、その上で本当に今、当方の値下げが必要かどうか、改めて御社内でお話ししていただけないでしょうか。

その際は、△△さま、◇◇さまが部長さまにお話ししやすいように、ご協力させていただきます。これまでの経緯と、加えて、ユーザー数が100倍に増えている現状も資料におまとめします。

△△さま、◇◇さまと一緒に頑張ってきたこのサービスを、部長さまはじめ御社内で改めて認めていただいて、盛り上げていきたいです、これからも一緒に頑張りたいです!

(力強く、明るい笑顔で)

シナリオ4:担当課長、担当窓口(△△さま、◇◇さま)のご意向の場合

→さらに話を掘り下げる

そうなのですね。ユーザー数が100倍に増えているこの状況で、お二方から当方に値下げ要請……。

(少し沈黙。考えている間を取る)

この状況ですと、なぜ値下げしなければならないのか分からない、というのが率直なところです。

何か、今まで明らかにしていただいていない理由、ご事情がありますでしょうか? そうしたことも含めて、一度、部長さまも交えてお話させていただけないでしょうか?

メモ:部長と直接話しをすることに相手が難色を示すようだったら、なぜ難しいかを掘り下げる。その上で、こちら側としてはプランAの意向であると伝える。

 ご紹介した【交渉シナリオの例の分岐点】をまとめると下記のようになります。

画像1

以上(2024年4月作成)

pj70127
画像:Nuthawut-Adobe Stock

【有利な契約】トラブルなく「契約解除」をするための基礎知識

書いてあること

  • 主な読者:トラブルになりがちな「契約解除」について詳しく知りたい経営者
  • 課題:契約書に定めた解除条項に該当しても、即時解除ができないケースがある
  • 解決策:解除条項をできるだけ具体的に定める。また、契約期間も慎重に決定する

1 ビジネスシーンで欠かせない契約

円満に始まった取引でも、実際に動き出すと「想定よりも品質が悪い」「納期遅れが頻発する」などの問題が生じることは珍しくありません。場合によっては契約解除を検討しますが、このようなときのトラブルを避けるために、

契約締結時に、解除条項をできるだけ具体的に規定すること

が大切です。

一方、継続的契約の場合、先々を見越して契約期間を長期に定めたり、契約期間を定めなかったりするケースがあります。一見、収益を安定させる自社にとって有利な条件のように思えますが、その間は自社も契約解除ができない諸刃の剣となります。

以上を踏まえつつ、この記事では「契約解除」について知っておきたい基礎知識を紹介します。契約が解消されるパターンは次の3つに大別されますが、この記事で注目するのは「3.契約解除」です。

  • 契約の無効:契約内容が公序良俗に反するなど、効力が認められない
  • 契約の取消し:未成年者が締結したなど、契約締結時に遡って取り消すことができる
  • 契約解除:契約自体は有効だが、契約を解消することができる(1.と2.以外のケース)

2 任意規定と強行規定

任意規定とは、

当事者の意思によって排除できる法令上の規定

です。民法の規定の多くは任意規定です。当事者が契約で定めた内容は任意規定に優先します。

強行規定とは、

当事者の合意に優先して適用される法令上の規定

です。下請代金支払遅延等防止法や労働法、消費者契約法などの規定の多くは強行規定です。当事者が契約で定めた内容でも、強行規定に反すれば無効です。

つまり、解除条項が強行規定に反すれば無効です。例えば、「倒産解除条項」などが該当します。倒産解除条項とは、

仮差押え、税金の滞納、支払停止など相手方に強い信用不安が生じたときや、破産・民事再生・会社更生手続開始の申立てがあった場合などに、無催告解除できる

というものです。これは、事業の再生を図る民事再生の趣旨に照らして妥当ではないなどの理由から、その効力が認められないとした最高裁判例があります。そのため、倒産解除条項を設けていても契約解除が制限されることがあります。

3 法定解除と約定解除

法定解除とは、

法律の規定に基づいて契約を解除すること

です。例えば、民法には債務不履行を理由とする契約解除が定められているので、相手に債務不履行があれば、契約書に解除条項がなくても契約解除ができます。

一方、約定解除とは、

契約の条項に基づいて契約を解除すること

です。例えば、契約に「営業停止、営業免許・営業登録・営業許可の取消し等の行政上の処分を受けたとき」などと定めた場合、実際に相手が支払停止などの状態に陥ったときは契約解除ができます。

4 継続的契約か否か

継続的契約であるか否かは、契約上の文言ではなく、取引の実態で判断されます。裁判例では、継続的契約の要件として、

取引の種類、態様、支払手段、契約当事者の意思等によって定まるものであって、契約書の存否によって左右されるものではない

と示されています。

そして、契約解除において、継続的契約か否かは大切なポイントとなります。継続的契約を解除する場合、

契約で定められている要件に該当することに加え、裁判例上、「解除につきやむを得ない事由」があるか否かを問われる

ことがあります。例えば、納期が遅れた場合は催告なしに、即刻、契約を解除できる旨を定めていたとしましょう。この規定自体は問題なく、わずかに納期が遅れた場合でも、契約の解除を求めることができます。

しかし、それが継続的契約の場合、相手との継続的な取引を念頭に、もう一方の契約の当事者が設備投資を行ったり、社員を雇用したりしていることがあります。こうした事情に鑑みて、解除してもやむを得ない事情があるかが問われるのです。そのため、わずかな納期遅れのような、軽微な債務不履行では契約の解除が認められないことがあります。

やむを得ない事情の有無は、下請契約であるなど解除する側とされる側の力関係や、継続的な取引を継続することが困難なほど信頼関係が破壊されたといえるかなどが考慮されるようです。

以上(2024年5月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 小出雄輝)

pj60153
画像:pixabay

【有利な契約】なぜ、会ったこともない「第三者」が自社の取引を邪魔できるのか?

書いてあること

  • 主な読者:契約当事者でない第三者が、取引にどのように影響するのかを知りたい経営者
  • 課題:第三者が取引上のリスクになる場合、どのように対処すればよいのか分からない
  • 解決策:相手が善意か悪意かよりも、まずは第三者への対抗要件を具備することが先決

1 取引に影響を与える「第三者」の存在

ビジネスは、売主と買主、貸主と借主といったように2者間で行われるのが基本です。しかし、もう少し視野を広げると、2者以外にも関係者が存在する場合があります。例えば、売主から売買代金債権を譲渡された第三者のように、直接の取引関係はないものの、取引について何らかの利害を有している者です。

そして、

こうした第三者が法律関係の発生、消滅、効力に影響を及ぼす

ことがあります。経営者は、取引上のリスクを避けるために第三者の存在を意識することが重要です。自身がどの立場になるかによって異なりますが、押さえておきたいのは、

  • 第三者が善意か悪意か(知らないか、知っているか)
  • 対抗要件は具備されているか
  • 第三者が悪意であり、かつ、信義則違反があるか否か(背信的悪意者)

となります。この記事で分かりやすく説明していきます。

2 第三者の正体と、善意と悪意の違いとは

法律上、第三者の定義は必ずしも一律ではありませんが、一般的には、

当事者およびその「包括承継人(ある者の法律上の地位を一括して引き継ぐ者(例:相続人や合併後の会社))」ではない者

となります。この第三者が法律上保護されるか否かの判断では、

「善意の第三者」なのか「悪意の第三者」なのかが問題

になることがあります。法律上の善意と悪意は、正義と悪というような倫理的な意味ではなく、対象となる取引や法的効果について、

善意は「知らない」、悪意は「知っている」

といったように、その人の主観的事情を指します。そして、当該主観的事情は、法律関係につき第三者が利害関係を有するに至った時期を基準として判断されます(最判昭和55年9月11日)。

3 事例1:他社に所有権がある商品を販売した第三者

A社は、B社に継続的に同一商品(動産)を販売する契約を交わしました。代金は後払いです。ただ、A社にとってB社との取引は初めてであり、代金回収に不安がありました。そこで、代金の支払いを受けるまでは、自社(A社)に商品の所有権を留保する契約内容としました。ところが、B社は、A社に所有権が留保されている商品をC社に売却して引き渡してしまいました。この場合、C社は当該商品の所有権を取得できるのでしょうか?

画像1

C社がA社とB社の取引内容(所有権が留保されていること)について知らなければ善意の第三者、知っていれば悪意の第三者と見なされます。

C社が善意の第三者である場合、上記事例で問題となるのは「動産」の所有権なので、

取引の安全が重視され、真の権利者(A社)よりも無権利者(B社)を真の権利者と誤信して取引をした第三者(C社)が保護され、C社が動産の所有権を取得できる

ことになります(即時取得・民法第192条)。ただし、C社の不注意(過失)で、A社とB社の取引内容について知ることができなかった場合、C社は動産の所有権を取得できません。

また、C社が悪意の第三者である場合、

取引の安全よりも真の権利者が保護され、C社は所有権を取得できない

ことになります。

4 事例2:対抗要件を具備した第三者とそうでない第三者

甲社は乙社に対して売買代金債権を有しています。しかし、すぐに現金化したかったので、当該債権を丙社に譲渡して現金化しました。ところがその後、甲社は資金難に陥り、同一債権を丁社に二重で譲渡しました。その際、丁社は「確定日付のある証書」で債務者(乙社)に通知しました。この場合、丙社と丁社のいずれが債権を取得できるのでしょうか?

画像2

丙社と丁社とは同一の権利について争う関係にあり、法律上は「対抗関係」と呼びます。丁社が甲社と丙社の債権譲渡について知らなければ善意の第三者、知っていれば悪意の第三者と見なされます。

前述した「事例1:他社に所有権がある商品を販売した第三者」と決定的に異なるのは、

丙社も丁社も、真の権利者(債権者)である甲社から債権を譲り受けている

ことです。このようなケースを債権の二重譲渡といい、先に債権を譲り受けた丙社に権利がありそうですが法的には逆で、

丁社が善意か悪意かにかかわらず、権利を有する

ことになります。なぜならば、丁社は「確定日付のある証書」で債務者(乙社)に通知することで、第三者への対抗要件を具備しているからです。対抗要件とは、

相手に自分が権利者であることを主張するために必要な要件

です。皆さんにここで押さえていただきたい重要なポイントは、

対抗関係が問題になる場合、原則として、当事者の善意と悪意は優劣に関係せず、先に対抗要件を具備したほうが権利を主張できる

ということです(なお、後述する背信的悪意者である場合は除きます。)。対抗要件にはさまざまな種類があるので次章で確認しましょう。

5 さまざまな取引の対抗要件

取引の内容によって対抗要件が異なるので整理しましょう。2020年4月1日施行の改正民法で、対抗要件を登記に一元化することも議論されましたが、これは実現しませんでした。

1)不動産の対抗要件

不動産の場合は、登記が対抗要件になります。

2)動産の対抗要件

動産の場合は、引渡しが対抗要件になります。引渡しには4つの方法があり、それぞれの特徴は次の通りです。

画像3

この他に「動産譲渡登記制度」というものがあります。これは、企業が保有する在庫商品、機械設備、家畜(牛や豚等)などの動産を活用した資金調達の円滑化を図るために法人が行う動産譲渡について、登記によって対抗要件を具備できる制度です。

3)債権の対抗要件

債権の場合は、債務者への「確定日付のある証書」による通知または「債務者の承諾」が対抗要件となります。動産と同じで債権譲渡にも登記制度があり、債権譲渡登記ファイルに記録することで、「確定日付のある証書」による通知があったものと見なされます。

6 事例3:背信的悪意者である第三者

対抗要件が重要であることを説明してきましたが、

背信的悪意者の場合は対抗要件を優先的に具備しても保護されない

ことになります。事例で確認しましょう。

A社は、所有する土地を資材置き場として利用したいというB社に売却することにしました。土地はB社に引き渡されましたが、B社はすぐに所有権移転登記をしませんでした。この状況を知ったC社が、B社に高く売りつける目的で、A社を強引に説得してこの土地を譲り受けて登記しました。その後、C社はB社に対し、土地の買取りを要求しましたが、B社は、自らが所有者であると主張して応じなかったため、C社はB社に対し、土地の明け渡しを求める訴えを提起しました。この場合、C社の主張は認められるのでしょうか?

画像4

譲受人が形式的に対抗要件を具備しても、

その者の権利取得を認めることが取引上の信義に反する場合、例外的に対抗要件具備の先後で権利の取得が決まらない

ことがあります。これを「背信的悪意者排除の法理」といい、C社を「背信的悪意者」といいます。取引上の信義に反するか否かの明確な基準はありませんが、次のような場合などに認められるといえるでしょう。

  • 詐欺や強迫によって登記の申請を妨げるなど
  • 不当に利益を上げようとする意図、他人の利益を害そうとする意図がある場合

問題は、このような背信的悪意者からの転得者は、対抗要件を具備すれば権利を取得できるのかということです。例えば、

C社からD社が土地を譲り受けた場合、D社は権利を取得できるのか

ということです。詳細は割愛しますが、D社が権利を取得できる可能性はあります。背信的悪意者であることを理由に権利を主張できないのはC社にだけ該当する主観的事情であり、D社が背信的悪意者でない限り権利を取得できることになります。

以上(2024年5月更新)
(監修 のぞみ総合法律事務所 弁護士 鈴木章太郎)

pj60096
画像:unsplash

【収支シミュレーション】訪問リハビリテーションの開業収支モデル

書いてあること

  • 主な読者:訪問リハビリテーションの開設を検討している人
  • 課題:自社の所有地で訪問リハビリテーション事業を新たに行う
  • 解決策:開業、運営に掛かる費用の目安を押さえ、収支計画をシミュレーションしてみる

1 訪問リハビリテーションとは

訪問リハビリテーションとは、

医師の指示に基づき理学療法士や作業療法士等が利用者の居宅を訪問し、心身機能の維持回復および日常生活の自立を助けるサービス

です。

訪問リハビリテーション施設では、身体機能(関節拘縮の予防、筋力・体力)の維持、自主トレーニングの指導、基本動作訓練(寝返り、起き上がり、移乗動作など)などを行います。

訪問リハビリテーションを開設するには

  • 病院、診療所、または介護老人保健施設、介護医療院であること
  • 厚生労働省令で定められた事項を都道府県知事に届け出る
  • 厚生労働省が定める「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」を満たす
  • 施設の所在地の都道府県知事(指定都市・中核市は各市長)から介護保険法の「通所介護」に係る「指定居宅サービス事業者」の指定を受ける(注)

(注)健康保険法により「保健医療機関」の指定を受けた病院・診療所に関しては申請不要です。

必要があります。

なお、市区町村によって基準が異なる場合や、設置を計画していた施設の数を満たしているといった理由で申請を受け付けていない場合があるため、事前に市区町村の担当部署に確認しましょう。

また、市区町村によって施設整備費や設備整備費などに補助金を出していることもあるので、併せて確認するとよいでしょう。

2 開業収支を考える

1)前提条件

1.売上高

売上高は、1カ月あたりの受給者数を20人として年間912万円とします。算出式は次の通りです。

(介護サービス費3万8000円)×1月あたりの受給者数20人×12カ月≒912万円

訪問リハビリテーションの売上高は、介護サービス費から成ります。

厚生労働省「介護給付費等実態統計月報(令和6年3月審査分)第5表 介護サービス受給者1人当たり費用額,要介護状態区分・サービス種類別」によると、訪問リハビリテーションの介護サービス受給者1人当たり費用額は3万8000円となっています。介護保険が適応されるので利用者の負担は1割(一定基準以上の所得がある場合は2割または3割)となります。

2.原価率

原価率は、後掲の図表4(訪問リハビリテーションの1施設1カ月当たり収支)の介護事業費用のうち(4)その他を参考に15.1%とします。

3.人件費

人件費は同じく後掲の図表4(訪問リハビリテーションの1施設1カ月当たり収支)の介護事業費用のうち(1)給与費73.8%を参考に673万円(912万円×73.8%)とします。

4.その他

ここでは、福祉車両のリース費用として、年間30万円(2万5000円×12カ月)を盛り込んでいます。

5.施設整備・設備整備費用

このシミュレーションでは、病院や診療所、他の介護サービス施設が既存の施設でリハビリテーション事業を行うものとし、建物付属設備を150万円とします。

その他の諸条件は図表1の通りです。

画像1

2)収支シミュレーション

画像2

画像3

3 訪問リハビリテーション施設の1カ月当たり収支

厚生労働省「令和5年度介護事業経営実態調査」によると、訪問リハビリテーション(予防を含む)の1施設1カ月当たり収支は次の通りです。

画像4

以上(2024年8月更新)

pj50214
画像:Orapun-Adobe Stock

【有利な契約】「信義則」「権利の濫用」の規定は自社を守ってくれるのか?

書いてあること

  • 主な読者:信義則と権利の濫用について理解を深め、いざというときに主張したい経営者
  • 課題:契約書などでよく見る言葉だが、具体的なイメージがつかめない
  • 解決策:相手の権利侵害などに対抗できる場合がある

1 実は重要な「信義則」と「権利の濫用」

ビジネスでトラブルが生じた場合、当事者が話し合って解決を目指しますが、それができなければ民事訴訟等により法律に基づいて解決します。ただし、全てのケースで法律が万能に機能するわけではありません。そこで、裁判所が妥当な解決の道筋を立てるための法理である、

信義誠実の原則(以下「信義則」)、権利の濫用の禁止

を適用して解決を図ることがあります。

まず、信義則とは、

「当事者は、相互に相手から期待される合理的な行動を取るべきであり、相手方の信頼を不当に害さないようにしましょう」といった行動準則

です。また、権利の濫用とは、

外見上は権利の行使のように見えても、実際は権利の行使として認めることが社会的に妥当とはいえないため、権利の行使を認めるべきではないといった行動準則

です。

決まり文句のようなものと考えられ、ともすれば軽視されがちな信義則や権利の濫用ですが、万一の際に皆さんを救ってくれるかもしれない大切な法理です。この記事では、信義則と権利の濫用のポイントを事例とともに解説していきます。

2 信義則が問題となる場面

1)権利者が不誠実な態度であった場合

権利者の態度が不誠実なため、信義則の適用を認めた裁判例(大審院大正9年12月18日判決)があります。古いものですが、今でも妥当だと考えられているので紹介します。

ある不動産の売買について買戻特約付売買契約をした売主(買戻権者)が、当該契約に基づいて買戻権を行使し、代金と契約費用を買主に支払いました。ただ、売主は金額を勘違いしていて、契約費用が2円ほど不足していました。これに対して、買主は契約費用が足りないことを理由に不動産の買戻しを認めませんでした。これを不当として、売主が裁判で不動産の返還を求めました。

判決では、契約費用が2円ほど不足していたことを買主が売主にきちんと告げていれば、売主は不足する2円ほどを支払って、買戻権を行使できたはずなので、買主が不足金額を告げずに買戻権の行使を拒絶することは、信義則に反すると判示しました。

2)契約準備段階において先行行為が存在する場合

契約締結を前提に当事者間で交渉をして、既に相手方が契約締結を見込んで費用まで支出した後に契約交渉を白紙撤回した事案で、信義則の適用を認めた裁判例(東京地裁平成8年12月26日判決)があります。

不動産会社のX社は、自己が所有する土地にリゾートマンションを建築して、Y社に分譲することで基本協定を締結しました。この協定には、X社とY社がマンションの建築請負と売買契約を締結する条件として、X社が契約締結前に、(1)土地を更地にする、(2)マンションの開発許可に必要な手続きを完了させるという先行行為の履行がありました。また、この基本協定には、マンションの建築請負に係る代金、売買代金についても明記されていました。

しかし、Y社は、X社が先行行為の履行を完了してもX社と売買契約を締結しませんでした。その理由は、X社の先行行為の履行が大幅に遅れたこと、マンションの市況が悪化して銀行借入が難しくなったことでした。

このような状況で、X社は、Y社には信義則上の義務違反があるとして、損害賠償を求めて訴訟を提起しました。裁判所は、以下の通り判示しました。

  • 基本協定の成立により、X社とY社との間には緊密な関係が生じた。先行行為の履行も完了している以上、特段の事情のない限り、契約成立の合理的な期待がある
  • その合理的な期待を裏切り、特に正当な理由もないのに契約に向けた行為を一方的に拒否することは信義則に反する
  • Y社はX社に損害賠償責任を負う

3)継続的な取引により解約権の制限を受ける場合

長期にわたって継続的に取引してきた場合、信義則上、解約が制限される場合があります。いわゆる「信頼関係破壊の法理」です。

例えば、A社はB社の下請けとして自動車部品の製造を受託しています。B社とは10年近い付き合いで、売上全体の6割程度を占めます。A社は、B社との関係を会社存続のために重要視しており、最近、A社の2年分の売上総利益に相当する金額を投じて製造機械を導入しました。ところが、B社から「今後は中国製の部品を仕入れるので、本年中で取引を停止したい」と言われました。この場合、A社はB社に対して何かしらの損害賠償請求ができるのでしょうか。

原則として、当事者間の契約は自由で、締結することも解約することもできます。しかし、契約が長期にわたる場合、その後も継続するであろうと期待して新しい機械を導入したり、人材を採用したりすることがあります。こうした場合、裁判所によっては、

契約自由の原則を修正して、取引関係を終了する場合に、「やむを得ない事由」が必要と判断される可能性

があります。この「やむを得ない事由」が認められない場合、解約は正当なものとはならず、損害賠償請求を認めるということになります。

3 権利の濫用が問題となる場面

本来、権利者が権利を行使することは自由です。しかし、裁判では客観的要因と主観的要因を勘案し、権利の濫用だと判断される場合があります。

客観的要因では、権利者は権利を主張してどのような利益を得るのか、一方で、第三者がどのような不利益を被るのかといった点を考慮します。こうしたことを利益衡量し、後者がより重視されるべき要素である場合、権利の濫用が認められる傾向にあります。

主観的要因では、権利の行使は相手を害する目的でなされたのか、自らの利益を実現するためになされたのかといった点を考慮して、判断されます。

権利の濫用は、さまざまな場面で認められています。例えば、土地使用権を有するからといって、音響、煤(ばい)煙、振動等によって第三者の生活を妨害することは認められません。また、貸主の承諾の下、借主が長期にわたって建物の外壁に無償で看板を設置していた場合、貸主が代わって、新しい貸主が、前の貸主と借主との合意を白紙撤回して看板の撤去を求めたとしても、権利の濫用として撤去が認められないことがあります(最高裁平成25年4月9日判決)。

4 ビジネスを進める上での心構え

信義則や権利の濫用は、法律では十分に具体化されていない点を補うための法理として有用です。ただ、その判断基準が法律で明確になっているわけではないため、説得力に欠け、場合によっては恣意的に法律と異なる結論を導く便法になります。そのため、これらの法理が果たすべき機能を適正な範囲に限定すべきであると考えられており、裁判等で信義則や権利の濫用を主張したとしても、認められる場合は必ずしも多くありません。

とはいえ、社会の変化が目まぐるしい現在において、このような法理の有用性は否定できませんので、知識としては押さえておきましょう。

以上(2024年5月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

pj60093
画像:pixabay

「社長と幹部の2.0」激動の時代を共に乗り切る社長と幹部社員の付き合い方

書いてあること

  • 主な読者:幹部社員との付き合い方に悩む経営者、幹部社員に辞めてほしくない経営者
  • 課題:幹部社員の信頼を失いたくない。同時に幹部社員にもっと成長してもらいたい
  • 解決策:幹部社員との付き合い方を、根本的かつ具体的に見直してみる。一方、「幹部社員に対する考え方のバージョンアップ」も忘れないようにする

1 明日から幹部社員がいなくなってしまったら……

幹部社員の離職は経営危機に直結します。中小企業の場合は特にそうです。人材不足の日本では中高年の転職も活発化しており、もはや幹部社員の流出は身近な問題です。

画像1

今やどのような会社でも幹部社員の流出リスクはあります。そこで社長がやるべきことは、

「幹部社員はいつまでもついてくる」という勘違いを改め、いま一度、幹部社員と信頼関係を築くこと

です。具体的にどういうことなのか確認していきましょう。

2 社長が幹部社員に抱く勘違い

1)社長は絶対的な存在ではない

一般社員と幹部社員とでは、社長に対して抱く印象が異なります。一般社員は社長と接する機会が少ないため、「社長はすごい人」という印象を抱きます。一方、幹部社員は社長に近い存在なので、社長の言動をよく見ています。ビジネスパーソンとしての実力はもちろん、人間性に至るまで冷静に社長を評価しています。

社長は、「幹部社員は自分をよく理解していて、いつまでも自分についてくる」と思い込んでいるかもしれませんが、実際は違います。社長をよく知っている分、逆に愛想を尽かすことがあります。幹部社員が離職する理由として、「社長への不信感」は結構多いのです。

2)幹部社員も一社員である

社長は幹部社員を頼りにしています。その前提は、「幹部社員は、自分のことを理解してくれている」と信じているからです。これは間違っていませんが、幹部社員が理解しているのは社長の能力や人間性であって、社長という立場の重さではありません。社長と幹部社員の間でしばしば起こる感覚のズレは、社長と社員という圧倒的な立場の違いから生まれます。

社長は、幹部社員なら自分と同じ感覚を持っていると考えるからこそ相談し、意見を求めます。しかし、幹部社員から見れば、「それは社長しか分からない。答えようがない」といった相談も少なくありません。幹部社員は「幹部であっても一社員」なのです。

3)幹部社員の焼きもちは激しい

社長は、幹部社員に相応の権限を与えており、その範囲の中でビジネスを自由に進めて、会社に貢献してほしいと願っています。そのため、幹部社員を管理するつもりはなく、特別な事情がなければフォローもしません。

これは社長ならではの信頼の示し方ですが、幹部社員によっては、「もう自分は期待されていない」と、大きな勘違いをすることがあります。また、社長は次世代の幹部社員を育て、今の幹部社員がもう一段上に行ける体制を整えようとします。しかし、こうした社長の意図が正しく伝わらず、幹部社員は次世代の幹部社員候補に焼きもちを焼くこともあります。

4)放っておけば幹部社員の気持ちは離れていく?

以上から分かるように、社長は幹部社員のことを正しく理解できていない面があります。幹部社員は、社長と違う価値観を持っています。これは、話し方や服装にも及びます。例えば、社長が幹部社員に対し、「もっとおしゃれになれ」と思っている一方で、幹部社員は社長に対し、「若作りするな」と思っています(あくまで一例です)。

社長と幹部社員にはこうした擦れ違いがあります。また、互いに心が強いため、言葉を選ばずに言うと「一度こじれると厄介」です。社長の考え方にもよりますが、幹部社員を失わないためにも、社長は他の社員以上に幹部社員に配慮をしなければなりません。

3 見直そう、幹部社員との付き合い方

1)必要なら、労働条件はすぐに改善すべき

特に技術系の社長は、自分の役職などに無頓着なことが多いもので、幹部社員の労働条件にもあまり気を使わないことがあります。しかし、労働条件に関する理由で転職する30~50代(幹部社員)は少なくありません。

労働条件に対する幹部社員の不満は、比較的容易に解決できる問題です。幹部社員の労働条件を確認し、世間の相場と大きく乖離(かいり)しているようなら、あるいは幹部社員が不満を持っていそうなら、早急に改善を検討しましょう。

2)仕事を集中させ過ぎない

中小企業の幹部社員は、社長から依頼された仕事や、部下を含めた同僚のサポートの他、自分の仕事もこなさなければならず、かなり多忙です。「幹部社員は多忙が当たり前」というのも一理ありますが、仕事の質と量によります。

例えば、低レベルの仕事に時間を取られるようでは、幹部社員の成長機会が失われます。また、忙しさの度が過ぎれば、転職の動機になります。こうならないように、社長は幹部社員の仕事量をコントロールしなければなりません。

3)重要事項は必ず相談する

社長は、会社の重要事項については必ず幹部社員に相談しましょう。幹部社員にとって、「社長は、重要なことは必ず自分に相談してくれる」ことが、高いモチベーションになります。

中には、社長に遠慮して意見を言わない幹部社員もいて、社長は物足りなさを感じます。しかし、それでも社長は重要事項を幹部社員に相談するべきです。他の社員よりも先に社長と課題を共有することで、幹部社員は自分のポジションを確認できるからです。

4)意思を尊重し、成長意欲を促す

タイプによって表現の仕方は異なりますが、幹部社員が社長や周囲に認められる存在になったのは、常に自分を高める勤勉さと、それを継続する情熱、そして、もちろん仕事そのものへの使命感や喜びを持っているからに他なりません。

社長は、こうした幹部社員の長所と呼べる点を尊重し、さらに伸ばしていく努力をしなければなりません。そのためには、幹部社員を型にはめず、自由に動けるフィールドを確保しておくことが大切です。

5)不在時のリーダーシップをたたえる

普段はあまりリーダーシップを発揮しないものの、社長が不在のときは先頭に立って組織を切り盛りしてくれる幹部社員がいます。しかし、当の社長はその場にいないので、幹部社員の頑張りに気付くことができません。

こうした擦れ違いを避けるために、社長は自分が不在のときの幹部社員の働きぶりを、別の社員に確認しましょう。自分が不在のときに幹部社員が組織をまとめてくれていたら、これほど頼りになる存在はいません。心からたたえましょう。

6)特別なお店で食事をする

会社の中で、社長が一緒に食事をする機会が最も多いのは幹部社員でなければなりません。同じ空間で、同じものを食べながら、会社のことを話し合うのは有意義です。また、特別感があればなおさら効果的です。

毎回というわけにはいきませんが、社長が接待などで使うお店に幹部社員を連れて行くのもよいでしょう。幹部社員にふさわしいグレードのお店ということです。幹部社員にとっても、普段、あまり行かないお店で食事をすることは良い経験になります。

7)「大人の合宿」に出掛ける

幹部社員は、「社長は何を考え、どこに進もうとしているのか」を気に掛けています。日々の仕事の多くは過去の延長線上にありますが、そればかりをしていても、厳しい競争に勝ち抜くことはできないことを分かっているからです。

社長と幹部社員は、事あるごとに会社の展望を話し合っていると思いますが、たまには会社とは全く違う場所に出掛け、時間を気にすることなく議論できる「大人の合宿」をしてみるのも悪くありません。

8)家族に対しても感謝の気持ちを示す

幹部社員に家族がいる場合、その家族にもきちんと感謝の気持ちを示しましょう。例えば、幹部社員がお正月の休みに帰省する場合、お酒の1本でも贈るくらいの気遣いがあってもよいでしょう。

また、幹部社員が40~50代の場合、その親は相応の年齢です。幹部社員の実家が会社と離れている地域にある場合、将来のことを考え始める時期でもあります。社長は、そうした相談にも乗り、テレワークの実現など、働き続けられる環境を一緒に考えていく必要があります。

4 社長と幹部の2.0

ここまでは「幹部社員に長くついてきてもらうために、どのように付き合うべきか」を見てきました。一方、急速な環境の変化の影響で、旧来のビジネスだけでは勝ち残ることが難しくなっている現在、次のような考え方もあり得ます。

「そもそも、幹部社員とはどのような社員か? 社歴が長いからうちの業務には慣れているが、それだけで幹部社員といえるのだろうか」

「幹部社員が流出することは本当に損失か? 社員という形でなくとも、一緒にプロジェクトを良い方向に進められる関係なら、幹部社員の独立や転職はむしろアリではないか」

幹部社員が大切な存在だからこそ、社長は「自社にとって幹部社員とは?」を考え、必要に応じてバージョンアップしていかなければなりません。

以上(2024年5月更新)

pj10051
画像:photo-ac

【有利な契約】「秘密保持契約書」で確認すべきポイントとひな型

書いてあること

  • 主な読者:自社の秘密情報をしっかりと守りたい経営者
  • 課題:秘密保持契約を軽視しがちで、相手から提供されるひな型を使うことも多い
  • 解決策:秘密情報をきちんと定義し、保護の仕組みが定められているかを確認する

1 秘密保持契約を軽視してはいけない

秘密保持契約(NDA(Non-Disclosure Agreement))とは、

取引や交渉の過程で、広く知られていない情報を相手に開示する場合に、その情報を秘密として保持する義務を定めた契約

です。秘密保持契約は「本契約前のお決まりの作法」のように軽視されることもあり、相手から提供されるひな型をそのまま利用しがちですが、これは危険です。そもそも秘密保持契約は、

自社の営業上、技術上の重要情報を守るためのものであり、それが実現できなければ本契約はあり得ない

わけですから、本契約と同じように慎重に取り組む必要があります。

この記事では、秘密保持契約の確認ポイントを説明した上で、弁護士が監修した秘密保持契約書のひな型を紹介します。

2 秘密保持契約で必ず確認すべきポイント

1)秘密情報の定義

最も大切なのは何を守るのか、つまり「秘密情報の定義」です。しかし、多くの場合はこの点に注力せず、単に「書面、電磁的記録、口頭、視覚的方法その他の方法を問わず、相手方から開示を受けた、当該相手方の営業上、技術上その他業務上の一切の情報」などと定めます。この場合、当事者間でやり取りする情報を包括的に契約の対象にできる良さはありますが、具体的でないため、自社と相手とで重視する秘密に対する認識が一致されていないとトラブルになりかねません。

そこで、次のように秘密情報をより具体的に定めることが重要です。秘密情報の表示・明示等、実務が煩雑になりますが、秘密情報を守るためには必要なことです。

【具体的に定める場合の条項例】

本契約における秘密情報とは、営業上、技術上その他業務の一切の情報であって、次の各号に該当するものをいう。

  1. 秘密である旨の表示がなされている書面および電磁的方法によって記録された情報。
  2. 口頭または視覚的方法により開示された情報であって、開示の時点で秘密である旨が明示され、開示後○日以内に、その内容が秘密情報である旨を明示した書面により相手方に対して通知されたもの。

2)秘密情報を守る取り決め

秘密情報が定義できたら、それを守るための具体的な取り決めがあるかを確認します。最低でも次の5つがしっかりと定められている必要があります。

  1. 秘密情報にアクセスできる役職員が限定されているか
  2. 秘密情報の利用目的が明示されているか
  3. 秘密情報の目的外利用が禁止されているか
  4. 秘密情報を複製する場合の「事前承諾」などが定められているか
  5. 秘密情報の廃棄や返還の手続が定められているか

3)損害賠償請求

秘密情報の漏洩などによって生じた損害に対する賠償請求について定めます。秘密情報の漏洩などによる損害額は算定しにくく、争いになることがあります。

そこで、事前に賠償額を定めておくことも一案です(賠償額の予定、または違約金)。注意が必要なのは、実際の損害額に関係なく、事前に定めた賠償額が原則となることです。そのため、「○○○万円以下」といったように、当事者が負担可能な賠償額の上限金額を定めておくことも一策です。

4)残存条項

契約期間が終了すれば、その契約は効力を失います。一方、秘密情報は契約期間が終了したからといって、その重要性が失われるものではありません。そのため、契約期間終了後も一定の義務を課す必要があります(残存条項)。

残存条項は、秘密保持義務や損害賠償義務などを対象にすることが一般的です。とはいえ、契約期間終了後もずっと義務を課し続けるのは妥当ではないため、併せて残存条項が効力を持つ期間を定める必要があります。

なお、1回だけの業務委託など、取引関係の終了後も秘密保持義務を長期間課し続けるのが適切ではないケースもあるので、取引内容に合わせて存続期間を定めることも考えられます。存続期間の長さは、秘密情報の性質(時間の経過によって重要性が変わる情報か、保管コストはどの程度かなど)や取引内容を検討しながら決めることになります。

3 秘密保持契約書のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした契約書を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

 

【秘密保持契約書のひな型】

 

○○(以下「甲」という)と□□(以下「乙」という)は、甲および乙間において開示される秘密情報について、次の通り秘密保持に関する契約書(以下、「本契約」という)を締結する。

第1条(目的)

1)甲および乙は、△△を目的として、相手方に対して秘密情報を開示する。

2)甲および乙は、相手方から開示された秘密情報を前項の目的以外に使用してはならない。

第2条(秘密情報)

1)本契約における秘密情報とは、営業上、技術上その他業務の一切の情報であって、次の各号に該当するものをいう。

  1. 秘密である旨の表示がなされている書面および電磁的方法によって記録された情報。
  2. 口頭または視覚的方法により開示された情報であって、開示の時点で秘密である旨が明示され、開示後○日以内に、その内容が秘密情報である旨を明示した書面により相手方に対して通知されたもの。

2)前項にかかわらず、次の各号に該当するものは秘密情報に当たらないものとする。

  1. 相手方から開示される前に既に公知となっている情報。
  2. 相手方から開示される前に被開示者が保有していた情報。
  3. 相手方から開示された後に、被開示者の責によらず公知となった情報。
  4. 正当な権限を有する第三者から、秘密保持義務を負わず適法に入手した情報。
  5. 開示者から開示された秘密情報に基づかず、被開示者が独自に開発をした情報。

第3条(秘密保持義務)

1)甲および乙は、相手方から開示された秘密情報を厳重に保管・管理し、相手方の書面による承諾なく、秘密情報を開示、漏洩してはならない。

2)前項にかかわらず、甲および乙は、以下の関係者に対し、本契約の目的(以下「本件業務」という)遂行の範囲内で、事前に相手方の書面による承諾を得ることなく秘密情報を開示することができる。ただし、甲および乙は、秘密情報の開示を受ける者に対し、本契約に定める秘密保持義務と同等の秘密保持義務を遵守させなければならない。

  1. 甲および乙の役職員で、本件業務の遂行に従事し、かつ秘密情報の開示を受けることが必要な者。
  2. 本件業務について相談する必要がある弁護士、公認会計士、税理士等の専門家。

3)第1項にかかわらず、甲および乙は、裁判所からの命令、その他の法令に基づき開示が義務付けられる場合は、秘密情報を開示・提供することができる。

第4条(複製の禁止)

甲および乙は、事前に相手方からの書面による承諾を得た場合を除き、秘密情報の一部または全部を書類または電磁的記録媒体に複写または複製してはならない。

第5条(立入調査)

1)甲および乙は、相手方における秘密情報の管理状況等を調査するため、相手方に事前に通知した上で、相手方の営業時間内に、相手方の事業所に立ち入ることができるものとする。

2)前項に基づき、立入調査の通知を受けた当事者は、相手方による立入調査を承諾し、当該調査について協力をしなければならない。

第6条(秘密情報の破棄等)

甲および乙は、本契約が終了したときは、秘密情報(複写または複製された秘密情報がある場合はそれらを含む)を、相手方の指示に従い破棄または返還しなければならない。

第7条(事故報告)

甲および乙は、秘密情報の漏洩等の事故が発生し、または発生する恐れのある事態が生じたときは、直ちに相手方に報告をし、その指示を仰がなければならない。

第8条(損害賠償義務)

甲および乙は、本契約に違反することにより、相手方に損害を与えた場合、相手方に対し、損害の賠償をしなければならない。

第9条(反社会的勢力排除)

1)甲および乙は、次の各号の事項を表明し、保証する。

  1. 自らまたは自らの役職員が暴力団、暴力団員、暴力団準構成員、暴力団関係企業、総会屋、社会運動等標榜ゴロ、特殊知能暴力集団若しくはこれらに準ずる者またはその構成員(以下「反社会的勢力」という)ではないこと。
  2. 自らまたは自らの役職員が反社会的勢力に対し、資金等の提供、便宜の提供等反社会的勢力と何ら取引をしていないこと。
  3. 自らまたは第三者を利用して、次の行為をしないこと。
    • 相手方に対する脅迫的な言動または暴力を用いる行為。
    • 法的な責任を超えた不当な要求行為。
    • 偽計または威力を用いて相手方の業務を妨害し、または信用を毀損する行為。

2)甲および乙は、相手方が前項に違反した場合、何らの催告なしに直ちに本契約を解除することができる。この場合、相手方は他方当事者に発生した全ての損害を賠償するものとする。

第10条(有効期間)

本契約の有効期間は○年○月○日から○年○月○日までとする。ただし、有効期間満了日の○カ月前までに、いずれの当事者からも解約の申し出がない場合には、更に1年間本契約を延長し、以後も同様とする。

第11条(残存条項)

第3条および第8条に定める義務は、本契約終了後○年間存続するものとする。

第12条(協議解決)

本契約に定めのない事項、または本契約の解釈について疑義が生じたときは、甲および乙は誠意をもって協議の上解決する。

第13条(合意管轄)

甲および乙は、本契約に関し裁判上の紛争が生じたときには、訴額等に応じ、○○簡易裁判所または○○地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とすることに合意する。

以上(2024年5月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

pj60058
画像:pixabay