人手不足に悩む中小企業にとって、60代のシニア層の活用は有効な解決策のひとつとなり得ます。本稿では、公益財団法人産業雇用安定センターが、求職活動中の60代男女を対象に実施した「60代シニア層の就業ニーズに関するアンケート調査」(2023年11月。男女各500人回答)の結果をもとに、働くことに関するシニア層の希望や意識についてお伝えします。
50代から考える定年後の「働き方&年金」ハンドブック(2024年9月号)
「人生100年」──。これは、ロンドン・ビジネス・スクールのリンダ・グラットン教授が『LIFE SHIFT──100年時代の人生戦略』のなかで提唱した言葉です。同書は、2007年生まれの2人に1人が100歳を超えて生きる「人生100年時代」が到達するとし、長い人生をどうやって生きるかを考える人生設計の必要性を説いています。
改めて、「人生100年」時代を見据え、本冊子は「定年後の人生」が視野に入りつつある50代社員を対象に、定年後の人生設計を考えるための基礎情報を解説します。
社労士が教える「社会保険の適用拡大(2024年10月)」直前対策!
書いてあること
- 主な読者:パート等を雇用していて、正社員などが51人以上いる企業の経営者、労務担当者
- 課題:2024年10月から「社会保険の適用拡大」の対象になる。具体的な実務を知りたい
- 解決策:まずは、社会保険の被保険者になるパート等がいないかを確認(いる場合、資格取得の手続き)。配偶者の扶養から外れたくないパート等への対応なども忘れずに
1 「社会保険の適用拡大」とは?
社会保険の適用拡大とは、
2016年10月から社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入するパート等の範囲が、段階的に拡大されること
です。また、「パート等」とは、
週の所定労働時間または月の所定労働日数が、正社員の4分の3未満の短時間労働者
です。これまでは「厚生年金保険の被保険者数(正社員など)が101人以上」の企業に勤め、一定の要件を満たすパート等が対象でしたが、2024年10月から「101人以上」の部分が「51人以上」に拡大されます。
パート等の社会保険加入の手続きを怠ると、健康保険法・厚生年金保険法により「6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金」という罰則の対象になります。
そこで、この記事では、被保険者数が51人以上でパート等を雇用している企業向けに、社会保険加入のヌケモレを防止するためのチェック項目と各実務のポイントを紹介します。
2 社会保険加入の対象者がいるかを確認しよう!
まずは、社会保険加入の対象となるパート等がいるかを確認します。パート等について、図表2のチェック項目を確認し、当てはまる場合は「〇」を付けてみてください。「全ての項目」に〇が付く場合、そのパート等は2024年10月から社会保険に加入します。逆に1つでも満たさなければ、社会保険に加入させる必要はありません。
1)企業が「特定適用事業所」かを確認
前述した通り、2024年10月からパート等を社会保険に加入させる義務があるのは、厚生年金保険の被保険者数が51人以上の企業です。該当する企業を「特定適用事業所」といいます。
「被保険者数が51人以上か」は、パート等(週労働時間がフルタイムの3/4未満)の人数を除外し、図表3のAとBの人数を合計して判断します(支店や営業所が複数ある場合、全事業所の合計で判断)。
また、人の入れ替わりが激しく、「51人以上」「50人以下」のラインを上下する場合、
直近12カ月のうち「51人以上」の月が6カ月以上あるかで判断
します。この要件を満たす見込みがある企業(2023年10月から2024年7月までの10カ月のうち「51人以上」の月が6カ月以上ある企業)には、
2024年9月上旬に、日本年金機構から「特定適用事業所該当事前のお知らせ」が送付
されていますので、そちらが届いているかも併せて確認してください。
2)パート等が「被保険者要件」を満たすかを確認
1)の特定適用事業所に雇用され、次の労働条件の要件を「全て」満たすパート等が、2024年10月から社会保険の被保険者になります。ポイントを見ていきましょう。
1.週の所定労働時間が20時間以上か
所定労働時間とは、就業規則や労働条件通知書で決められている労働時間のことです。注意が必要なのが、労働時間が流動的な「シフト制」のパート等です。シフト制のパート等は
一定期間内の労働時間を週単位に換算した場合、20時間以上になるかどうか
で要件を満たすかを判断するので、シフトの組み方によっては意図せず被保険者になることがあります。
2.所定内賃金が月額8.8万円以上か
所定内賃金とは、週給、日給、時間給を月額に換算したものに諸手当等を含めたもののことです。ただし、次に掲げる賃金は所定内賃金に含めません。
- 臨時、または1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金(結婚手当、賞与など)
- 時間外労働、休日労働、深夜労働の賃金(つまり残業代)
- 最低賃金法で算定対象外とされている賃金(精皆勤手当、通勤手当、家族手当)
3.2カ月を超える雇用の見込みがあるか
2カ月以内の雇用期間で労働契約を締結した場合であっても、2カ月を超える見込みがある場合、被保険者になります。労働条件通知書などの記載内容ではなく、実態で判断します。
4.学生でないか
学生は原則として対象外ですが、卒業証明書をもらっていて「卒業後の雇用継続」が見込まれる学生、休学中の学生、夜間学生などは、例外的に被保険者になります。
3 社会保険加入の手続き前にパート等への説明を!
社会保険加入の手続きをする前に、対象となるパート等に対して社会保険加入後の働き方について、必要な説明をしましょう。また、社会保険加入後の、企業の人件費負担についても併せて確認しておきましょう。
1)対象となるパート等への説明
社会保険に加入する場合、パート等には次のようなメリット・デメリットがあります。
- (メリット)傷病手当金や出産手当金の対象になる/厚生年金保険に加入するので年金額が増える/扶養の範囲(労働時間や賃金)を気にせず働ける など
- (デメリット)パート等が被扶養者の場合、家族の扶養から外れ、社会保険料が賃金から天引きされる(賃金の手取り額が減る可能性がある) など
社会保険料の負担がないという理由でパート等として勤務している人もいるでしょうから、2024年10月から被保険者になる人には、メリット・デメリットの説明資料や、パート等から質問されるであろう点をまとめたFAQなどを準備した上で、面談を実施しましょう。
自社で説明資料などを準備するのが難しい場合、厚生労働省が運営する「社会保険適用拡大特設サイト」を紹介するのもよいでしょう。「パート・アルバイトのみなさま」のページに、傷病手当金などの保険給付や社会保険料についての紹介動画・パンフレットが掲載されています。
■厚生労働省・社会保険適用拡大特設サイト「パート・アルバイトのみなさま」■
https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/dai1hihokensha/
2)2024年10月以降の働き方についてパート等と協議
1)の説明をした場合、パート等から「扶養から外れたくないので、労働時間を調整したい」「社会保険に加入するのはいいが、手取りが減るので出勤日を増やしたい」といった要望が出る可能性があります。必要に応じて本人と協議し、労働条件の見直しを検討しましょう。
ただし、2024年10月1日時点で被保険者要件(第2章参照)を満たしているパート等は、必ず社会保険に加入させなければならないので、労働条件を見直す場合は早めの対応が必要です。
3)企業の人件費負担の確認
社会保険料は企業と従業員が折半で負担します。ですから、2024年10月から新たに社会保険に加入するパート等が増えれば、企業の人件費負担が増加することは避けられません。経営にも関わる部分なので、具体的な額を事前に把握しておきましょう。
前述した社会保険適用拡大特設サイトの「社会保険料かんたんシミュレーター」を使うと、企業負担分の社会保険料がどの程度変動するのか、簡単に試算できます。また、同サイトでは、人件費負担などの経営相談に対応してくれる専門家や、パート等を正社員化するときのための助成金なども紹介しているので、必要に応じてご活用ください。
■厚生労働省・社会保険適用拡大特設サイト「事業主のみなさま」■
https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/jigyonushi/
4 社会保険加入の手続きと、その後の対応
最後に、2024年10月の制度改正のタイミングで、被保険者となるパート等を社会保険に加入させます。給与システムの変更なども忘れないようにしましょう。
1)法定書類の提出など
社会保険の加入手続きは、被保険者要件を満たすようになった日(資格取得日)から5日以内に行う必要があります。2024年10月1日時点で被保険者要件を満たしているパート等の場合、
2024年10月6日までに被保険者資格取得届を、日本年金機構の所轄年金事務所(郵送の場合は所轄事務センター)に提出
しなければなりません。
提出後、健康保険被保険者証と資格取得に関する通知が会社に送付されますので、被保険者証は社員に交付、通知は社内で保管します。なお、被保険者証は、マイナンバーカードと一体化される関係で、2024年12月に廃止が予定されています。
2)社内のシステムや各書式の変更
1)の資格取得に関する通知には、パート等の標準報酬月額が記載されているので、給与システムへの反映を忘れずに行いましょう。
賃金が毎月末日締め、翌月払いの場合、11月支給の賃金から社会保険料の天引きを開始
します。
また、社会保険の適用拡大後に、新しいパート等を採用する予定があるのであれば、求人案内や労働条件通知書の「社会保険の適用」についても、必要に応じて記載内容を修正しておきましょう。
以上(2024年9月作成)
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「年収の壁」は6枚。配偶者特別控除が受けられなくなる年収、社会保険料の負担が発生する年収はいくら?
書いてあること
- 主な読者:いわゆる「年収の壁」について正しく知りたい人
- 課題:年収の壁は複数の制度にまたがっており、いくつもあるので全体がつかみにくい
- 解決策:年収の壁は6枚。税制上の壁の「100万円、103万円、150万円、201万円」と、社会保険上の壁の「106万円、130万円」を覚えよう
1 年収によって生じる6枚の壁
年収の壁とは、
税金や社会保険料の負担が変わる境目の年収
です。具体的には次の6枚の壁があります。
年収の壁についてざっくりとしたイメージはあったかもしれませんが、このように表にすると、複数の制度にわたっていて複雑であることが分かります。また、近年は、共働き世帯の増加など家庭内の所得構成の変化を背景に、年収の壁に関係した制度改正や支援策導入が活発です。
年収の壁は、
- 従業員個人にとっては、本人、配偶者、子供の働き方次第で手取りが変わってくる要因
- 会社にとっては、パート等のシフト調整や勤怠管理をする際に考慮すべき一定の基準
になりますので、きちんと理解をしましょう。この記事を従業員に読んでもらうのも、有益な情報提供になるでしょう。
2 税制上の壁:100万円、103万円、150万円、201万円
1)100万円の壁
100万円の壁は、住民税が課税されるか、されないかの境目となる壁です。年収が100万円を超えると、住民税が課税されます。住民税は前年の所得を基に計算されるので、実際に納税(給与を受け取っている人は給与から徴収)するのは、100万円を超えた翌年6月以降です。
住民税は、都道府県民税と市町村民税に分かれ、それぞれ「均等割(均等に一定額が課される)」と「所得割(その人の所得を基に課される)」によって計算されます(東京23区内の法人都民税は、法人市町村民税分を分けず、合わせて計算されます)。標準税率は、
- 均等割:都道府県民税が1000円、市区町村民税が3000円の合計4000円(2024年度より森林環境税が1000円課税されます)
- 所得割:都道府県民税が4%、市町村民税が6%の合計10%
です。標準税率とは、地方税法で定められた税率のことです。各自治体が一定の範囲内で標準税率と異なる税率(制限税率)を定めることができるため、お住まいの自治体によって税率が異なる場合があります。
2)103万円の壁
103万円の壁は、所得税が課税されるか、されないかの境目となる壁です。年収が103万円を超えると、所得税が課税されます。実際は、月給が8万8000円を超えると、支給される給与から所得税が差し引かれます。もし、年収が103万円以下の年に、たまたま月給が8万8000円を超えた月があるときは、年末調整(年末時点の年収から正確な所得税を計算し、精算する処理)または確定申告をすることで、差し引かれる必要のない所得税を返してもらえます。
所得税の税率は所得額に応じて異なり、所得額(年収から控除額を控除した金額)の区分別に5~45%で、所得額が高くなるにつれて税率が上がります。最小の税率(5%)は、所得1000円~194万9000円までの区分に適用されます。
103万円という金額は給与を支給される人(一定の人を除く)が受けられる控除である、
- 基礎控除の48万円
- 給与所得控除の55万円(給与所得が180万円以下の場合受けられる控除の最低額)
の2つの控除の合計額(103万円=48万円+55万円)です。控除額の合計額が103万円以内の年収であれば、所得は0円扱いとなり所得税が掛からないというわけです。
年収 103万円-給与所得控除額 55万円-基礎控除額 48万円=所得額 0円
3)150万円の壁と201万円の壁
150万円の壁は、配偶者特別控除の満額である38万円を受けられるか、受けられないかの境目となる壁です。配偶者特別控除は、一定の所得範囲の配偶者がいる納税者が受けられる控除です。
納税者本人(扶養者)をA、その配偶者をBとします。配偶者Bの年収が150万円を超えると、控除額は段階的に減少し、納税者Aの税負担が増えていきます。また、納税者Aの収入金額によっても控除額が異なり、原則1195万円(所得金額が1000万円)を超えると、配偶者Bの所得に関係なく、配偶者特別控除は受けられません。
201万円の壁は、配偶者特別控除が受けられるか、受けられないかの境目となる壁です。配偶者Bの収入金額が201万円(正確には201.6万円)を超えると、配偶者特別控除が受けられず、納税者Aの税負担が増えます。
3 社会保険上の壁:106万円、130万円
1)106万円の壁
106万円の壁は、一定の規模以上の会社における社会保険(健康保険、厚生年金保険)への加入義務が発生するか、しないかの境目となる壁です。パート等(パート、アルバイト)は「週の所定労働時間または月の所定労働日数が、正社員の4分の3未満」であれば社会保険には加入しませんが、次の1.から5.を全て満たす場合については、被保険者(社会保険の加入者)になります。
- 会社規模:勤務先の従業員数(厚生年金保険の被保険者数)が常時100人超(2024年10月1日以降は50人超)
- 給与収入:所定内賃金が月額8万8000円以上(8万8000円×12カ月≒106万円)
- 労働時間:週の所定労働時間が20時間以上
- 雇用期間:継続して2カ月を超えて使用される見込み
- 適用除外:学生でない
これらの要件のうち、2.の給与収入が「106万円の壁」です。
社会保険料は、「標準報酬月額(月の収入を一定幅で区分したもの)×保険料率」で計算します。ここでは、健康保険の保険者が全国健康保険協会(協会けんぽ)である会社の場合を紹介します。協会けんぽでは健康保険料率が都道府県支部ごとに異なりますが、例えば東京支部では
- 健康保険料率:9.98%(40歳以上の場合、介護保険料分の負担が加わり11.58%)
- 厚生年金保険料率:18.3%
となっています(2024年度)。社会保険料は会社と従業員が半分ずつ負担するので、収入の14~15%程度が、従業員の自己負担分として給与から差し引かれます。
2)130万円の壁
130万円の壁は、社会保険の扶養に入れるか、入れないかの境目となる壁です。パート等の年収が130万円を超えると、そのパート等は配偶者らの扶養から外れ、勤務先の社会保険に加入しなければなりません(勤務先で加入しない場合、自分で国民健康保険料や国民年金に加入)。つまり、それまで負担しなくてよかった保険料を、負担しなければならなくなるということです。
106万円の壁には会社規模(従業員数)の要件がありますが、130万円の壁は全ての会社で働く人が対象です。ただし、国の施策により、一時的な増収により年収130万円を超えたと認められる場合、一定期間、配偶者らの扶養にとどまることができる措置が取られています(後述)。
4 政府による年収の壁への支援策
働く人にとって年収の壁は切実です。壁を越えないように働く時間を調整することが多く、これが人材不足に拍車をかけていると指摘されています。そこで、2023年10月から「年収の壁・支援強化パッケージ」と呼ばれる
年収の壁(106万円の壁・130万円の壁)に対する支援策が開始
されています。具体的には、
- 106万円の壁に対する支援:賃上げや労働時間(週所定労働時間)の延長などを取り組む会社に対して、1人当たり最大50万円(最長3年間)の助成金を支給
- 130万円の壁に対する支援:繁忙期に残業が増えるなどにより一時的な増収があった場合、連続2年間は扶養にとどまれる措置
です。なお、今のところは2023年10月から2年間だけの期間限定の支援策とされていますが、経済的な効果や反響によっては延長される可能性などもあるため、今後の動きにも注目しておきましょう。
以上(2024年8月作成)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ)
(監修 社会保険労務士法人AKJパートナーズ)
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画像:ChatGPT
福利厚生100! 基本メニューから変わり種まで
書いてあること
- 主な読者:あまりコストをかけず、社員に喜ばれる福利厚生を実現したい経営者
- 課題:具体的にどんな福利厚生がいいのか、思い浮かばない
- 解決策:福利厚生を「家計」「健康」「育児・介護」「自己啓発」「コミュニケーション」「レジャー」「その他」の7つにカテゴリー分けし、主なものを押さえる
1 コストをかけず、充実した福利厚生を実施するには?
福利厚生とは、社員の生活や職場環境を良くするための報酬やサービス全般を指す言葉で、
- 法定福利厚生:法律で実施が義務付けられている福利厚生(社会・労働保険)
- 法定外福利厚生:会社が独自に実施する福利厚生(各種手当や社内設備など)
に分けられます。法定福利厚生を法令違反のないように実施しつつ、法定外福利厚生の内容を工夫して、人材の採用・定着や、会社のイメージ向上などにつなげていくのが基本です。
とはいえ、法定外福利厚生は種類も多いので、他社と差別化しようにも「どのような福利厚生があるのか分からない」という経営者は少なくないはずです。また、リソースの限られる中小企業の場合、ある程度コストを抑えて福利厚生を実施したいというニーズもあるでしょう。
そこで、この記事では実際に行われている福利厚生で、中小企業向けのものを、一般的なものからユニークなものまで次のようにカテゴリー分けし、計100種類集めました。気になる章からご確認ください。
2 「家計」系(住宅手当など、20種類)
通常の給与に手当をプラスしたり、給与の前払いを認めて支給ルールを柔軟にしたりするなどして、社員の家計をサポートします。
1)住宅手当
家賃や住宅ローンの負担を軽減するために支給します。
2)家族手当
扶養家族がいる社員の生活費を補助するために支給します。
3)単身赴任手当
社員が家族と別居し、赴任先で一人暮らしをする場合、生活費を補助するために支給します。引っ越しなどの初期費用については、別途「転勤支度金」などを支給するケースもあります。
4)子女教育手当
社員に子どもがいる場合、その教育費を補助するために金銭を支給します。最近は、教育費だけでなく、「給食費の補助」を行っている会社もあります。
5)ペット手当
社員がペットを飼う場合、飼育費を補助するために支給します。例えば、ある会社は、社会貢献の一環で猫の保護に力を入れている関係で、猫を飼っている社員に手当を支給しています。
6)食事手当
食費の負担を軽減するために支給します。
7)地域手当
社員が物価の高い地域で勤務する場合、他地域との物価格差を補うために支給します。似たようなケースとして、寒冷地で勤務する場合に、他地域との暖房費の差を補うために「寒冷地手当」などを支給するケースもあります。
8)インフレ手当
物価高が続く間、社員の生活費を補助するために支給します。
9)慶弔見舞金
社員やその家族に祝事や不幸があった際、金銭を支給します。結婚や出産の場合は「祝金」、病気やけがの場合は「見舞金」、死亡の場合は「弔慰金」といった名称になります。
10)退職金制度
退職金制度も、退職後の家計を支えるという意味では、重要な福利厚生です。退職時に一括で受け取る「退職一時金」と年金形式で受け取る「企業年金」とに大別されます。
11)選択制DC
企業年金の代表格は、会社が毎月決まった掛金を拠出する「企業型DC(企業型確定拠出年金)」です。この企業型DCの中に、給与の一部を引き続き手当などとして受け取っていくか、企業型DCの掛金にするかを社員が選択できる「選択制DC」という制度があります。
12)iDeCo+(イデコプラス)
iDeCo(イデコ)は、社員が自分で掛金を拠出して運用する個人型の確定拠出年金です。このiDeCoの中に、一定額の範囲内で、社員の掛金に追加して、会社が掛金を拠出できる「iDeCo+」という制度があります。
13)財形貯蓄
毎月一定の額を給与天引きなどで積み立て、社員が目的に応じて、積み立てたお金を任意のタイミングで払い出します。
14)職場つみたてNISA(ニーサ)
NISAは、「NISA口座」と呼ばれる口座を使って個人が株式投資などを行った際、一定の範囲内で得た利益が非課税になる制度です。このNISAの中に、会社が社員のNISA口座の開設や株式などの購入手続きを支援する「職場つみたてNISA」という制度があります。
15)奨学金の代理返還
社員が学生時代に借りた貸与奨学金を、会社が社員に代わり返済します。
16)給与の前払い
社員から請求があった場合、本来の支給日を待たず、すでに働いた分の給与を支払います。
17)社宅・寮の貸与
会社が法人名義で賃貸物件を借り上げ、社員に貸与します。家賃が安くなることが多いです。
18)団体保険
会社が保険の契約者となり、社員は傷病、死亡などの際に保障を受けられます。
19)家計のコンサルティングサービス
ファイナンシャルプランナーなどの専門家に依頼し、社員のお金に関する相談に対応してもらいます。
20)日用品購入などの福利厚生サービス
低価格で日用品を購入したり、レンタカーを借りたりできるサービスなどを導入します。
3 「健康」系(人間ドックの費用補助など、18種類)
社員に健康に働いてもらうため、人間ドックで病気を早期発見できるようにしたり、健康促進のための取り組み(自転車通勤など)を推奨するための手当を支給したりします。
1)人間ドックの費用補助
人間ドックを実施し、その受診費用を補助します。人間ドックは、法定の定期健康診断などよりも検査項目が多く、自覚症状のない病気なども早期発見できる可能性があります。
2)予防接種の費用補助
社員がインフルエンザなどの予防接種を受ける場合、その費用を会社が補助します。
3)自転車通勤手当
健康促進のため、自転車で通勤する社員に対し、毎月定額で手当を支給します。
4)花粉症手当
花粉症の時期に、病院の診察や薬剤の費用を補助するため、手当を支給します。手当の支給と併せて、ティッシュ、マスク、目薬などを現物支給するケースもあります。
5)残業削減インセンティブ
過重労働防止の観点から、残業を削減した社員に、達成度合いに応じて金銭を支給します
6)早起き推奨制度
始業より一定時間以上前に出社した場合、金銭を支給します。満員電車を避けられ、通勤時のストレス軽減につながります。出社から始業までの時間は自由時間で、仕事以外の自己啓発などに充ててもらいます。
7)健康診断ボーナス
健康診断でA判定(健康状態:良好)が出た場合や、特定の数値が改善した場合などに、金銭を支給します。
8)スマホアプリを用いた健康イベント
健康促進につながる社内イベントを実施します。例えば、各社員のスマホに歩数計アプリをダウンロードしてもらって歩数を競い合い、成績の良かった社員には賞品を贈呈します。
9)病気休暇
けがや病気の療養のための特別休暇(年次有給休暇などの「法定休暇」とは別に取得できる、会社独自の休暇)を付与します。
10)二日酔い休暇
お酒を飲みすぎた場合、翌日の午前に体を休めるための特別休暇を付与します。
11)非喫煙者向けの特別休暇
一定期間、禁煙を成功させた社員や、もともと喫煙しない社員に特別休暇を付与します。
12)姿勢矯正クッション、スタンディングデスク
デスクワークが多い社員向けに、正しい姿勢で快適に仕事をしてもらうための姿勢矯正クッションや、座りすぎを防ぐためのスタンディングデスクを貸与します。
13)健康に良い食品の提供
栄養バランスの良い食事や野菜などを、オフィスや社員の自宅に配達してもらい、メタボリック改善などに活用します。
14)昼寝スペース
会議室などを一定の時間帯、昼寝スペースとして開放します。
15)社内フィットネスジム
社内に腹筋台、フィットネスバイク、懸垂器などのトレーニング器具を設置します。
16)フィットネスジムの利用割引
会社がフィットネスジムの法人会員になり、社員に低料金で利用してもらいます。
17)運動指導
フィットネスジムから会社にスポーツインストラクターを派遣してもらい、社内でトレーニング指導を行ってもらいます。
18)健康相談サービス
医師・保健師・心理カウンセラーなどに依頼し、社員の健康(メンタルヘルスを含む)に関する相談に対応してもらいます。
4 「育児・介護」系(休業・休暇期間の延長など、12種類)
社員が育児・介護に注力できるよう、休業・休暇制度を法律の内容よりも充実させたり、ベビーシッターなどの費用を補助したりします。休業中の社員のフォローに回る同僚を対象とした福利厚生もあります。
1)休業・休暇期間の延長
育児休業・介護休業の期間や、子の看護休暇・介護休暇の日数を、育児・介護休業法で定められている期間・日数よりも延長します。
2)配偶者出産休暇
配偶者の出産に立ち会うための特別休暇を付与します。似たようなケースで、「孫の誕生に立ち会うための休暇」を導入している会社もあります。
3)学校行事休暇
子どもの学校行事に参加するための特別休暇を付与します。
4)不妊治療休暇
不妊治療を受けるための特別休暇を付与します。不妊治療であることを悟られたくない社員のため、配偶者出産休暇や学校行事休暇などと統合して、「ファミリーサポート休暇」といった名称にすることもあります。
5)不妊治療の費用補助
社員が不妊治療を受ける場合、その治療費を補助します。治療前にまとまった金額を貸し付けるケースもあります。
6)ベビーシッターの費用補助
社員がベビーシッターを使いながら働く場合、そのベビーシッター代を補助します。
7)業務代替手当
育児・介護で長期休業する社員のフォローに入る同僚がいる場合、その同僚に手当を支給します。休業のフォローで仕事が増える同僚の不満を和らげる意味合いがあります。
8)授乳室
乳児を連れて出勤する社員がいる場合、その社員が使える授乳室を設置します。生理痛などの体調不良時の休憩スペースとしても利用できます。
9)企業主導型保育施設(他社と共同利用も可)
企業主導型保育施設とは、社員の子どものために、オフィス内や近隣地に設置する「認可外保育施設」のことです。自社だけで運営するのはハードルが高いですが、他社が設置した施設を「共同利用」させてもらえるケースもあります。
10)育児・介護研修
外部から講師を招いて研修を実施します。例えば、育児・介護に関する公的サービスやノウハウ(ミルクの作り方、おむつの替え方など)を学ぶことができます。
11)家事代行サービス
「仕事+育児・介護」で時間が捻出しにくい社員のために、買い物、掃除、食事などの家事代行サービスを利用してもらいます。
12)育児・介護相談サービス
保健師・看護師・ケアマネジャーなどに依頼し、社員の育児・介護に関する相談に対応してもらいます。
5 「自己啓発」系(貸出図書など、14種類)
社員が自主的に勉強できるよう、書籍を貸し出したり、特定の資格を取得した際に金銭を支給したりします。「おしゃれ」などの自分磨きに焦点を当てた福利厚生もあります。
1)貸出図書
書籍や新聞を共有スペースなどに配置し、希望する社員に無料で貸し出します。
2)書籍代の補助
仕事につながる書籍を購入する場合、購入費用を補助します。
3)受講費用の補助
社員が有料のセミナーに参加したり、仕事につながる資格を取得するため学校に通ったりする場合などに、受講費用を補助します。
4)資格報奨金
仕事につながる資格などを取得した場合、金銭を支給します。
5)アート鑑賞などの費用補助
アートに触れて感性を磨くという観点から、美術館の入館費用などを補助します。
6)おしゃれの費用補助
仕事上の身だしなみを整える目的で衣類やカバンを購入する場合、その費用を補助します。
7)勉強休暇
自己啓発のための特別休暇を付与します。
8)会議室などの貸し出し
就業時間外に自己啓発に取り組む場合、会議室などの使用を認めます。
9)社内勉強会
定期的に社員同士の勉強会を開催します。業務に関する内容だけにとどまらず、社員が自主的に勉強していることなどもテーマとして扱います。
10)スタンプ制度
社内勉強会などに参加した場合、1回参加につき1つスタンプを押し、一定数たまると交換できる景品を提供します。
11)パラレルワーク
社員の知見を広めるため、パラレルワーク(副業)を推奨します。
12)社内副業
通常の業務をこなしつつ、社内の別部署の業務に従事することを認めます。
13)eラーニング
仕事に必要な知識を動画などで学べるeラーニングサービスを導入します。
14)コーチング
コーチングサービス会社などに依頼し、社員のキャリア形成やスキルアップに関する相談に対応してもらいます。
6 「コミュニケーション」系(誕生祝いなど、10種類)
誕生日や勤続◯年など節目を迎えた社員を祝ったり、他部署メンバー同士の交流を深めたり、社員同士のコミュニケーションを活性化させます。
1)誕生祝い
誕生日を迎えた社員を祝います。例えば、ある会社は、誕生日の社員に対し、他の社員が一輪ずつ花をプレゼントするという取り組みを行っています。
2)入社祝い
新たに入社した社員を祝います。例えば、ある会社は一定の金額の範囲内で、社員が自分の好きなデスク周りの備品を買える制度を設けています。
3)勤続◯年表彰
勤続が一定年数に達した社員を祝います。例えば、ある会社は勤続7年を迎えた社員に、特別休暇と旅行代金をプレゼントしています。
4)ランチの費用補助
社内であまり関わらない「他部署メンバー」「役員と社員」や、より関係を深めてほしい「上司と部下」などがランチに行く場合、その費用を補助します。
5)飲み会の費用補助
特定のプロジェクトが完了した際などに、そのメンバーに対しての打ち上げ代を補助します。
6)部活動の費用補助
部活動での社員同士の交流を活性化させるため、活動費を補助します。
7)コーヒーブレイク
特定の時刻になったら、全社員が業務を一時中断し、コーヒーを飲みつつ歓談します。
8)同僚へのメッセージカード
「仕事を手伝ってくれてありがとう」など、同僚に対するちょっとした感謝のメッセージを、カードなどにしたためて贈ります。似たようなケースで、全社員が、毎月ランダムに別の社員1人の長所だけを評価し、評価の内容を書面で本人に伝える会社もあります。
9)季節イベント
希望者を集めて、花火大会やハロウィン、社員旅行などのイベントを企画します。
10)ファミリーデー
社員が子どもを連れて参加できる、食事会や運動会などのイベントを開催します。「子どもの世話があるから……」と、普段社内イベントに来られない社員も、参加しやすくなります。
7 「レジャー」系(推し休暇など、14種類)
プライベートを充実させ、メリハリを付けて仕事に励んでもらえるよう、社員の「推し活」のための特別休暇を付与したり、その費用を補助したりします。
1)推し休暇
社員が「推し」のアーティストなどのライブやイベントに参加するための特別休暇を付与します。推しが結婚した、グループを脱退したことによる「ロス(喪失感)」を癒やすための「推しロス休暇」というものもあります。
2)ボランティア休暇
社員が社会・地域貢献活動に参加するための特別休暇を付与します。
3)スポーツ観戦休暇
サッカーのワールドカップなど、世界的なスポーツの大会が行われる際、日本代表戦のときだけ特別休暇を付与します。
4)結婚休暇
社員が結婚した際、新婚旅行などのための特別休暇を付与します。
5)誕生日休暇
社員の誕生日(または誕生月)に特別休暇を付与します。社員の家族や恋人の誕生日に特別休暇を付与する会社もあります。
6)夏季休暇
7~9月にかけて取得できる特別休暇を付与します。
7)リフレッシュ休暇
一定の勤続年数に応じた特別休暇を付与します。
8)山ごもり休暇
まとまった日数の特別休暇を付与しつつ、休暇中は電話連絡やメールでのコンタクトを禁止することで、仕事から完全に社員を解放します。
9)年次有給休暇の積み立て制度
使われずに時効により消滅する年次有給休暇を積み立てておき、社員が任意のタイミングで取得できるようにします。
10)推し活の費用補助
アーティストなどのライブやイベントなど「推しの特別な日」に限り、推し活の費用を補助します。
11)帰省の費用補助
社員が休暇を取って実家に帰省する際、その旅費を補助します。
12)婚活の費用補助
社員が会社指定のアプリを使って婚活を行う場合、その利用費を補助します。
13)施設の利用割引
旅行会社との法人契約により、社員が低料金で飲食店や宿泊施設を利用できるようにします。
14)サブスクリプションサービス
福利厚生サービス会社との法人契約により、社員が低料金で「Netflix」などのサブスクリプションサービスを利用できるようにします。
8 「その他」(社員食堂など、12種類)
ここまで紹介したものの他にも、さまざまな福利厚生があります。
1)社員食堂
社員が低価格で利用できる食堂を運営します。自社だけで運営するのはハードルが高いですが、複数の会社が1つの食堂を「共同運営」するケースもあります。
2)まかない制度
会社のキッチンや食材を使って、社員が自由に昼食を作れるようにします。
3)フリードリンク・スナック
会社に飲み物やお菓子を常備しておき、社員が好きなときに飲食できるようにします。
4)サテライトオフィス
通常のオフィス(本社など)とは別のオフィスを設けます。ワーケーションの一環で、古民家などをサテライトオフィスにしている会社もあります。
5)駐車場
マイカー通勤を希望する社員のために、駐車場を貸与します。オフィスに駐車場がない場合、月極駐車場を法人契約することもあります。
6)通勤バス
最寄り駅からオフィスまでの距離が遠い場合などに、社員用の通勤バスを手配します。
7)アルムナイ社員の原職復帰
社員が退職してから一定期間以内であれば、復職しても元のポジションに就けるようにします。
8)アルムナイ社員への支度金
一度会社を退職し、再入社する社員に、支度金として金銭を支給します。
9)フルフレックスタイム制
フレックスタイム制でコアタイム(必ず勤務しなければならない時間帯)を設けず、始業・就業時刻を完全に自由にします。
10)働き方宣言
あらかじめ宣言することで、働く時間帯や場所を社員が自由に決められるようにします。
11)特別休暇の買い取り
社員が特別休暇を使わない場合、本人からの請求に応じて、その休暇を買い取ります。なお、特別休暇の買い取りは基本的に会社が自由にルールを決められますが、法定の年次有給休暇の場合、買い取りの仕方によっては違法と判断されるケースもあるので注意が必要です。
12)法律相談サービス
弁護士法人との法人契約により、社員がプライベートの法律相談をできるようにします。
以上(2024年9月作成)
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60代の就業ニーズ
人手不足に悩む中小企業にとって、60代のシニア層の活用は有効な解決策のひとつとなり得ます。本稿では、公益財団法人産業雇用安定センターが、求職活動中の60代男女を対象に実施した「60代シニア層の就業ニーズに関するアンケート調査」(2023年11月。男女各500人回答)の結果をもとに、働くことに関するシニア層の希望や意識についてお伝えします。
1 仕事内容・働きやすさ重視
シニア層が仕事探しで最も重視しているのは、「仕事内容や職場の働きやすさ」です。60代男女全体の40.1%が「重視する」と答えました。次いで「就業場所・通勤時間」が34.9%、「就労日数・就業時間」が33.7%、「これまでの職業経験・知識を活かせる」が32.5%でした。「給料」は25.1%、「体力・体調に合っている」は22.7%にとどまりました。
仕事探しで重視するもの
2 60~64歳男性、週5日以上希望
「週に何日働きたいか」という質問では、男性の働く意欲が高いことがうかがえます。「週6日」または「週5日」と答えた男性は、60~64歳で計48.6%、65~69歳でも計30.3%に上りました。「1日に何時間働きたいか」という質問でも、60~64歳男性の70%が「6~8時間程度」と回答しています。
週に何日働きたいか
1日に何時間働きたいか
また、民間企業における仕事の希望度としては、「事務補助・雑務」「一般事務」「商品仕分・梱包業務」などといった業務を希望する割合が比較的高くなっています。また、人手不足の運輸、警備、介護福祉などの仕事であっても、ルート配送、福祉施設の間接業務、夜勤なしといった業務に対しては一定数の希望者がみられます。
3 さいごに
企業には、65歳までの雇用機会の確保が義務付けられ、70歳までの就業機会の確保も努力義務となっています。これから60代以上の従業員が意欲的に、能力を発揮しながら働けるよう、これまで以上の配慮が求められるでしょう。ぜひ、本稿で紹介したアンケート結果を参考に、シニア層の就業ニーズを的確につかみ、対策を立ててください。
※3つのグラフは、公益財団法人産業雇用安定センター「60代シニア層の就業ニーズに関するアンケート調査」の結果より抜粋
※本内容は2024年8月13日時点での内容です。
(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)
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2024年11月からの新法施行でフリーランスとの取引が厳格に…… 会社が押さえておくべき7項目とは?
書いてあること
- 主な読者:フリーランスに仕事を依頼する経営者や実務担当者
- 課題:2024年11月に施行される新しい法律のポイントが分からない
- 解決策:「書面等による取引条件の明示」をはじめ7つの項目を押さえる
1 罰則ありのフリーランス・事業者間取引適正化等法に備える
フリーランスを活用する会社が増えてきましたが、発注側と受注側の力関係から、フリーランスが一方的に不利益を被るケース(低報酬、短納期、ハラスメントなど)が少なくありません。皆さんの会社は大丈夫ですか?
2024年11月1日から、「フリーランス・事業者間取引適正化等法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)」(以下「新法」)が施行され、フリーランスの権利保護が次のように強化されます。なお、「現状」は、下請法や独占禁止法の規制を記載しています。
「下請法」もフリーランスの保護につながりますが、これは資本金が1000万円超の会社を対象とするため、小さな会社と契約するフリーランスは守られにくい状況です。一方、新法はフリーランスと取引する全ての会社が対象となります。
新法の施行以降は、会社(発注事業者)が図表1の義務を果たさない場合、行政機関からの立入検査、指導・助言、勧告・命令が行われることがあります。勧告・命令に従わない場合、
- 会社名が公表される
- 命令違反に対して50万円以下の罰金が科される
といったペナルティーがあります。以降で、2024年11月から対応が必要となる各義務のポイントを紹介します。なお、新法の細かい内容については、厚生労働省ウェブサイトのリーフレットなども併せてご確認ください。
■厚生労働省「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス・事業者間取引適正化等法)■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00002.html
2 書面等による取引条件の明示(口約束はNG)
会社がフリーランスに仕事を頼む際、
書面(契約書や発注書)、電磁的方法(メールやSNS)で取引条件を明示すること
が義務付けられます。口約束はNGです。具体的に明示すべき項目は次の8つです。
- 会社とフリーランス、それぞれの名称
- 会社とフリーランスとの間で業務委託をすることを合意した日
- 仕事の内容(品目、品種、数量・回数、規格、仕様など)
- 仕事のスケジュール(いつ納品するのか、いつ作業をするのか)
- 仕事の場所(どこに納品するのか、どこで作業をするのか)
- 仕事の検収をする場合、それが完了する期日
- 報酬の額と支払期日(具体的な報酬額を記載することが難しい場合は算定方法でも可)
- 現金以外の方法で報酬を支払う場合、支払方法に関すること
このルールは2024年11月以降に締結する業務委託契約だけでなく、既存の契約についても適用されるので、現在仕事を依頼しているフリーランスに対し、8つのうち明示していない事項があれば、新たに書面等を交わしてフリーランスと合意する必要があります。
なお、8つの明示事項のうち、正当な理由があって内容が決められない事項(未定事項)がある場合、その理由と、未定事項の内容が決まる予定日を委託時に明示する必要があります。
3 原則60日以内の報酬支払い
フリーランスに仕事を依頼する場合、
フリーランスから「給付を受領した日」から起算し、原則60日以内のできる限り短い期間内で報酬の支払期日を定め、期日までに報酬を支払うこと
が義務付けられます。「給付を受領した日」とはフリーランスが仕事を完成させ、納品等を終えた日という意味です。例えば、次のようなイメージです。
- 物品の製造・加工:物品を受け取り、会社の管理下に置いた日(検収の要否は関係ない)
- 情報成果物(ソフトウェアなど)の作成:データの入ったメールやUSBメモリを受け取り、会社の管理下に置いた日
- 役務(サービス)の提供:個々の役務の提供を受けた日、または一連の役務の提供が終了した日
支払期日を定めなかった場合は「給付を受領した日」に、また法律に反し、給付を受領した日から60日を超える日を支払期日とした場合は「60日目」に報酬を支払わなければなりません。また、フリーランス側の事情で支払いが遅れる場合は「その事情が解決してから60日以内」に支払えばよいとされています。
なお、会社(発注事業者)が取引先など(元委託者)から受けた仕事をフリーランスに「再委託」する場合、例外的に
「再委託である旨」「元委託者の名称」「元委託業務の支払期日」をフリーランスに明示することで、元委託業務の支払期日から起算し、30日以内で支払期日を定めることが可能
です。これを「再委託の例外」といいます。
4 発注における問題行為の禁止
フリーランスと1カ月以上の業務委託契約を締結する場合、次の7つの行為が禁止されます。この7つは、フリーランス側の同意があったとしても、行った時点で違法なので注意が必要です。
ちなみに、図表3の7つは現状でも、独占禁止法の「優先的地位の濫用」に該当し得る行為として、内閣官房のガイドラインに記載されています(全ての会社が対象)。なお、上の7つ以外にも「優先的地位の濫用」に該当する行為が4つあります。併せて押さえておきましょう。
「優先的地位の濫用」については、内閣官房のガイドラインも併せてご確認ください。
■内閣官房「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」■
https://www.cas.go.jp/jp/houdou/20210326guideline.html
5 募集情報の的確な表示
会社がコーポレートサイトや広告などを使ってフリーランスを募集する際、
募集情報が「虚偽の表示をしたり、誤解を生じさせたりする表示になっていないか」「正確かつ最新の内容となっているか」を確認すること
が義務付けられます。具体的には次の5つの項目について、募集情報の的確な表示ができているかを確認する必要があります。
フリーランスとのトラブルを防止するため、上の5つの項目については可能な限り具体的な情報を記載し、また変更があった場合、その部分を明らかにして速やかに明示します。
なお、「通常の社員」と「フリーランス」の募集情報が混同されるケースがありますので、
- フリーランスの募集情報に業務委託であることを明記する
- コーポレートサイトは、社員用とフリーランス用とで募集のページを分ける
などの対応をして、トラブルがないようにしましょう。
6 出産・育児・介護に関する配慮
フリーランスと6カ月以上の業務委託契約を締結する場合、
フリーランスから申し出があった際、出産・育児・介護と仕事を両立できるよう、必要な配慮を行うこと
が義務付けられます。具体的には、次の流れで対応します。
フリーランスは社員ではないので、産前・産後休業や育児・介護休業の対象にはなりませんが、例えば「仕事の量」「打合せ日時、稼働時間、納期」「テレワークの可否」などについて、可能な範囲で配慮する必要があります。
フリーランスの申し出通りに必ず措置を講じなければならないわけではありませんが、実施できない場合、その旨と理由を本人に説明する必要があります。何もせず申し出を無視したり、契約を解除するなどの不利益な取扱いをしたりするのは違法です。
7 ハラスメント対策の体制整備
業務委託でフリーランスとコミュニケーションを取るに当たり、
フリーランスに対するハラスメントを防止するための体制を整備すること
が義務付けられます。現状、通常の社員については、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法により次のハラスメント対策を講じることが義務付けられていますが、これをフリーランスにも準用するイメージです。
- ハラスメント防止方針の明確化、周知・啓発
- 相談窓口の設置・運用
- 事実確認、ハラスメント行為者の処分と再発防止策の検討
- その他プライバシーの保護のための措置など
ハラスメント防止方針に「フリーランスに対する悪質な言動も、ハラスメントとして厳しく対処する」旨などを追記し、相談窓口はフリーランスからの相談も受け付けられるようにした上で、社員とフリーランスに周知徹底しましょう
また、フリーランスが相談をしやすくなるよう、フリーランスも対象とするハラスメント防止研修などを企画し、ハラスメントに関する基本知識や相談の流れを身に付けさせるのもよいでしょう。
8 中途解除等の事前予告・理由開示
フリーランスと6カ月以上の業務委託契約を締結する場合、
フリーランスとの契約を解除する際に、30日前までに契約解除の予告をすること
が義務付けられます。イメージは、通常の社員を解雇する際の「解雇予告」と同じです。ただし、「金銭を支払って、予告期間(30日)を短縮する」といった「解雇予告手当」のような制度はありません。また、
契約解除の予告後、フリーランスから請求があったら、契約解除の理由を開示すること
が義務付けられます。なお、事前予告や理由開示は、書面の交付、ファックス、電子メール等のいずれかの方法で行わなければなりません。
通常の社員の解雇でもそうですが、契約の解除は特にトラブルになりやすい分野であるため、解除の可能性が生じた時点で、速やかにフリーランスと協議を行うことをお勧めします。
以上(2024年9月作成)
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【資金繰り】税金の中間申告・納付を正しく理解して安定した資金繰りをしよう
書いてあること
- 主な読者:納税がどのタイミングで資金繰りに影響するのかを知りたい経営者
- 課題:確定申告のときだけではなく、年に数回の中間納付があるがよく分からない
- 解決策:法人税と地方税(住民税・事業税)は年に1回、消費税は最大年11回の中間申告・納付が必要
1 中間申告・納付の時期と金額を正確に把握しよう
税金の納付は期末の決算後だけではありません。年度の途中にも中間申告・納付があって、これが資金繰りに直結する問題になることがあります。注意したいのは、
中間申告・納付は税金の種類ごとに、また確定納付額などで納付時期や回数が異なるため、前期どおりと考えてはいけない
ということです。中間納付額は、当期末に算出される確定納付額から精算されます。仮に中間納付額が当期の確定申告分より多ければ、翌期に還付されるものの、それまでの間は、その資金は事業活動には使えません。
中間納付額の計算方法は、
- 前期の実績に基づく計算方法
- 仮決算(詳細は後述)に基づく計算方法
の2つです。例えば、前期に不動産売却があって臨時的に所得が大きく生じた場合などは、
前期の実績に基づく計算方法ではなく、仮決算(詳細は後述)に基づく計算方法を採用して、実態に合った中間納付額を申告・納付する
などの対策が必要になります。ただ、こうした対策を講じるためには、中間申告・納付に関する基本を押さえておくことが前提となります。そこで、この記事では経営者も押さえておきたい中間申告・納付の基本を紹介します。
2 法人税の中間申告・納付
1)申告の対象となる法人
法人はその事業年度が6カ月を超えるときは、原則として、その事業年度開始の日から6カ月を経過した日から2カ月以内(例えば、3月末決算法人の場合は11月末まで)に、法人税の中間申告・納付をしなければなりません。
ただし、次の法人については中間申告・納付の義務はありません。
- 新設法人の設立初年度や清算中の法人
- NPO法人や公益法人、協同組合等の普通法人以外の法人
- 前期の確定申告書に記載された法人税額が20万円以下である法人
なお、法人税の申告期限の延長の特例申請の承認を受けていても、中間申告の申告期限の延長はないので要注意です。
2)中間納付額の計算方法は2つ
中間納付額の計算方法には、
- 前期実績に基づく計算方法
- 仮決算に基づく計算方法
の2つがあります。
前期実績に基づく計算方法は、原則として前期の法人税額の半分を納めるという簡便な方法で、
前期の法人税額÷前期の月数(通常は12)×6=中間納付額
の算式で計算されます。
仮決算に基づく計算方法は、事業年度開始の日から6カ月間を一事業年度とみなして、決算(仮決算)を行う方法で、
一事業年度とみなした期間について、通常の確定申告書を作成するときと同様の税額計算
を行います。
もし、中間申告書の提出期限までに確定申告書の提出をしなかった場合、その提出期限において、前期実績に基づく計算方法による申告書の提出があったものとみなされます(みなし申告)。したがって、仮決算に基づく計算方法による中間申告を行おうとするときには、必ずその申告期限までに中間申告書を提出しなければなりません。
その他、法人税の中間申告書を提出する法人は、地方法人税についても同時に申告・納付をする必要があります。
3 地方税の中間申告・納付
法人の事業活動に関係する主な地方税には、
都道府県民税・市町村民税(以下「住民税」)、事業税、事業所税、固定資産税(償却資産税)など
があります。これらのうち、住民税、事業税は、法人税の中間申告制度(申告の対象となる法人や、中間納付額の計算方法、みなし申告)と同様の取り扱いになります。
また、事業所税や固定資産税(償却資産税)には、中間申告制度に関する規定はなく、年1回の申告・納付や年4回の賦課決定納付(自治体から納付額の通知を受けること)など、定められた納付期日(回数)により納付手続きを行います。
4 消費税の中間申告・納付
1)申告の対象となる法人
消費税の中間納付は、前期に納めた消費税額(以下「前期の確定消費税額」)によって中間申告の回数が異なります。
法人は、原則、前期の確定消費税額の区分ごとに決められている課税期間の末日の翌日から2カ月以内に消費税の中間申告・納付を行わなければなりません。
なお、次の法人については中間申告・納付の義務はありません。
- 新設法人の設立初年度(合併による設立を除く)
- 前期の確定消費税額が48万円以下の法人
- 消費税課税期間特例選択届出書の提出により、課税期間の短縮特例を受けている法人
なお、中間申告の義務がない法人でも、自身で選択して、年2回に分けて納付ができる「任意の中間申告制度」があります。
2)中間納付額の計算方法は2つ
中間納付額の計算方法には、
- 前期の確定消費税額に基づく計算方法
- 仮決算に基づく計算方法
の2つがあります。
前期の確定消費税額に基づく計算方法は、図表1で紹介した
中間申告の回数に応じて、前期の確定消費税額の6カ月相当額、3カ月相当額、1カ月相当額を中間納付額として計算する方法
です。この場合、前期の確定消費税額による中間納付額が記載された中間申告書および納付書が、所轄税務署長から送付(e-Taxを利用している場合にはメッセージ通知)されてきます。
仮決算に基づく計算方法は、図表1で紹介した
中間申告の回数に応じた中間申告対象期間を、一課税期間とみなして仮決算を行う方法
です。この計算方法を選択する場合は法人税の中間申告と同じく、提出期限までに中間申告書を提出しなければなりません。なお、仮決算によって控除不足額(還付額)が生じても、中間申告時点では還付が行われません。
その他、中間申告書の提出期限までにその提出がなかった場合には、法人税と同様に、前期実績に基づく計算方法による申告書の提出があったものとみなされます。
3)任意の中間申告
前期の確定消費税額が48万円以下の法人が任意の中間申告を希望する場合は、「任意の中間申告書を提出する旨の届出書」を所轄の税務署長に提出します。これにより、毎年、年1回の中間申告が行えます。また、任意の中間申告をやめる場合には、「任意の中間申告書を提出することの取りやめ届出書」を提出しなければなりません。
なお、届出をした法人が、提出期限までに中間申告書を提出しなかった場合は、その法人は、任意の中間申告書を提出することの取りやめに関する届出書の提出があったものとみなされます。よって、万が一、提出期限までに中間申告書の提出がなかったときでも、延滞金は発生しません。
5 申告・納付の年間カレンダー
以上(2024年9月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)
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高齢歩行者との事故防止(2024/09号)【交通安全ニュース】
活用する機会の例
- 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
- 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
- マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など
9月21日から秋の全国交通安全運動が始まり、全国の重点取り組みの一つに『歩行者の交通事故防止』があげられています。
昨年は、交通事故死者数、重傷者数ともに増加しました。死者数では、歩行中に亡くなった方が最も多く、なかでも 65歳以上の高齢者の占める割合が高くなっています。
今回は、高齢歩行者事故の特徴を考え、運転時に注意すべき点についてまとめてみました。
1.高齢者事故の件数と発生要因
◆高齢者の死亡・重傷事故の割合
図1の令和5年中の交通事故での死者数は2,678人でしたが、そのうちで65歳以上の方は1,466人、全体の54.7%を占めています。重傷者数では36.7%が65歳以上の高齢者となっており、統計からは高齢者との事故では死亡・重傷事故になりやすい傾向が読み取れます。
出典:警察庁「令和5年中の交通事故の発生状況について」より当社作成
◆高齢歩行者との事故の特徴
65歳以上の高齢者の事故として多いのが歩行中の事故で、重傷者数の55.6%、死者数の70.6%が歩行中の事故によるものです。
図2の65歳未満では、路上横臥 ※が最も多く、横断歩道・横断歩道以外の横断中に発生した事故は41%程度ですが、65歳以上の高齢者では横断歩道以外横断中に発生した事故が50.9%と最も多く、横断歩道横断中の事故を合わせると全体の約4分の3になります。
道路横断中の事故が突出して多いのが高齢歩行者との事故の特徴です。
※道路上に泥酔、居眠り等で横たわっていた時に事故が発生した類型
出典:警察庁「令和5年中の交通事故の発生状況について」より当社作成
2.高齢歩行者の特徴
なぜ高齢者には道路横断中の事故が多いのか?
その理由を考えるには一般的な高齢者の傾向について理解しておく必要があります。
◆一般的に高齢になると運動機能が低下し、ゆっくりした歩行になることで横断に要する時間が長くかかることになります。さらに筋力の低下で前かがみ姿勢になると、視野が狭くなり、視線も足元に向きがちになって周囲の危険を発見しにくくなります。
◆視力も低下するため、動く物や遠くの物が捉えにくくなったり、明るさの変化に慣れるのに時間が掛かるようになるため、車両の発見が遅れたり、接近してくる車両の速さや距離がつかみにくくなったりします。
◆認知機能の低下は、同時に多方向へ注意を向けながら、新しい情報を処理、判断していくことが苦手になる傾向があります。例えば、横断をはじめると注意は足元に向けられ、途中での安全確認がおろそかになり、横断の後半では車両の接近に気付きにくくなります。
※上記は、いずれも個人差があります。
出典:損害保険料率算定機構 高齢者の歩行中の交通事故を防ぐには P1-P15 P5を基に当社作成
https://www.giroj.or.jp/publication/accident_prevention_report/pdf/senior_driver_202102.pdf(2024/08/01 アクセス)
3.高齢歩行者との事故防止
運動能力や認知能力には個人差が大きくでます。運転中に高齢者など個々の能力を把握することは困難ですので、想定される最悪の状況に対処できる運転をする必要があります。
高齢者は車両に気付かず、急に横断をはじめたり、横断中に立ち止まったり、引き返したり、運転者が予測しない、思いもよらない行動をとることがあります。また、危険を感じても急いだり、走ったりしての回避ができないこともあります。
したがって、突発的な状況に対応できる速度と距離を保持し、歩行者優先で運転するのが安全運転の要です。
また、早め点灯で高齢者に車両の接近を気付きやすくしたり、夜間はハイビームにより横断する高齢者を早く発見したりすることも安全確保に重要です。
以上(2024年9月)
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日本における西洋菓子製造のパイオニア・森永太一郎。彼が生涯大切にしていた言葉から分かる、顧客に愛され続ける秘訣とは?
人間は正直でなければならない。殊に商売は正直でなければいけない
森永太一郎氏は、森永製菓の創業者。だいだい色のパッケージにエンジェルマークが印象的な「森永ミルクキャラメル」が発売されてから、2024年で111周年です。森永氏は2坪の製造所から始まった森永製菓(当時は森永商店)を、日本を代表するお菓子メーカーに育て上げました。
冒頭の言葉は、森永氏の伯父が説いた商道徳であり、森永氏が生涯大切にし続けたものです。幼い頃に両親と離別した森永氏は、陶器商だった伯父に引き取られ、「正直」な商売―どんなときも、商品を手に取る消費者に誠実な商売を徹底することの大切さを教わります。やがて森永氏は成人し、日本の陶器を売るため渡米しますが、全く売れず途方に暮れ、そんなときに現地のキャンディーを口にします。その味に感動した森永氏は、「日本の子どもたちにも栄養のあるおいしいお菓子を食べてもらいたい」という夢を抱き、陶器商から一転、菓子職人になるための修業に明け暮れ、11年後、一人前の職人になって帰国しました。
ですが、いざ西洋菓子を売り始めると和菓子とは違う独特の形や味が理解されず、買い手がつきません。そんな状況から森永氏が成功をつかむことができたのはなぜか。その理由の1つは、伯父の教えである「正直」な商売を徹底したからです。
例えば、西洋菓子の営業をしに行ったときのこと。取引先から「商品が小さくて見栄えが悪いから上げ底をして売ってくれ」と頼まれた森永氏は、「消費者を裏切りたくない、インチキはできない」と首を横に振ります。このような誠実な行動が積み重なって評判となり、最初は敬遠されがちだった西洋菓子は、次第に多くの人に受け入れられ、森永製菓を大企業へと押し上げていきます。
また、1923年の関東大震災の折には、こんな出来事がありました。森永製菓が被災者にミルクを配ることになった際、大行列に驚いた部下が、1人当たりのミルクの量を規定量より減らそうとしたことがありました。それを見た森永氏は、「そんな誠意のないことはできん、どんなことをしても私が工面するから規定通りでお渡しするんだ」と一喝。30万人の被災者全員に規定量のミルクを配るべく奔走し、感謝されたそうです。
「商売」とは、文字通り「商品を売ること」ですが、同時に「思いを売ること」でもあります。長く商品を買い続けてくれる顧客というのは、その会社の人が情熱を注いだ商品、その思いに共感してくれる“ファン”だからです。その点で言うと、森永氏の考え方の根底にある「日本の子どもたちにも栄養のあるおいしいお菓子を食べてもらいたい」という思いは、彼が「正直」を積み重ねたからこそ、多くの人に届いたといえるでしょう。
今も盛んに手に取られている森永ミルクキャラメルの姿を見てみると、一粒のキャンディーから抱いた熱い想いとそれを届けようとする彼の「正直」な商売が、未来まで愛される会社や商品を作ったのだと窺い知れます。
出典:『キャラメル王森永太一郎伝』(山本清月(著)、関谷書店、1937年4月)
以上(2024年9月作成)
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