委託先が狙われる サプライチェーンの「弱点」にならないための基本対策

1 あなたの会社も「踏み台」として狙われている

取引先を踏み台にしたサイバー攻撃や業務委託先での情報漏えいなど、サプライチェーンを狙った脅威が年々深刻化しています。

IPA(情報処理推進機構)の「情報セキュリティ10大脅威2026」では、「サプライチェーンや委託先を狙った攻撃」が第2位としてランクイン

しました(初選出の2019年以来、8年連続8回目)。

主に受託側となる中小企業にとっても、次のような悩みは尽きません。

  • 自分たちがサイバー攻撃の踏み台にされて、取引先に迷惑をかけたらどうしよう
  • 限られた予算と人手の中で、何からどう対策すればいいのか分からない
  • 取引先から急にセキュリティチェックシートの提出を求められたが、何を書けば良いのか分からない

攻撃者は、セキュリティが強固な大手企業を直接狙うのではなく、セキュリティの体制が手薄になりがちな中小の業務委託先や関連会社を「踏み台」にして侵入する(サプライチェーン攻撃)手口を常套手段としています。

もし自社がサイバー攻撃の踏み台にされ、取引先の機密情報を流出させてしまった場合、取引停止や巨額の損害賠償請求に発展する恐れがあります。

この記事では、リソースの限られた中小企業が、取引先からの信頼を守り、サプライチェーンの「弱点」にならないための現実的なステップを解説します。

2 まずは自社の情報セキュリティ対策状況をチェック

IPAの「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン第4.0版」の付録5:情報セキュリティ関連規程(サンプル)の中に、参考情報として「委託先情報セキュリティ対策状況確認リスト」が紹介されています。

次の26個の確認項目について、実施状況を○、×で回答していくものです。これを使って、まずは自社の情報セキュリティ対策状況をチェックしてみましょう。

(図表)【委託先情報セキュリティ対策状況確認リスト】
区分 No 確認項目 実施状況(○、×)
ガバナンスの整備 1 セキュリティ推進活動を担当する部署、役員及び従業員を決定し、責任及び権限を割り当てていますか?
ガバナンスの整備 2 守秘義務のルールを策定し、遵守させていますか?
ガバナンスの整備 3 自社のセキュリティ対応方針を策定し、周知していますか?
取引先管理 4 取引先と自社とのビジネス又はシステム上の関係を把握していますか?
取引先管理 5 自社の機密情報の取扱い方法を、共有先との間で明確にしていますか?
取引先管理 6 セキュリティインシデント発生時の他社との役割及び責任を明確にしていますか?
リスクの特定 7 情報機器、OS及びソフトウェアに関する情報を把握していますか?
リスクの特定 8 ネットワークに関する情報を把握するための仕組みを整備していますか?
リスクの特定 9 自社の機密情報を扱う外部情報サービスを管理していますか?
リスクの特定 10 機密区分に応じた情報の管理ルールを定め、それに基づく管理を行っていますか?
攻撃等の防御 11 ユーザーIDの発行・変更・削除の手続を定めていますか?
攻撃等の防御 12 管理者IDの発行・変更・削除の手続を定めていますか?
攻撃等の防御 13 システム及び情報の重要度に応じて認証の強度及び実装方法を決定していますか?
攻撃等の防御 14 パソコン及びスマートデバイスにはロック制御を行っていますか?
攻撃等の防御 15 パスワード設定に関するルールを定め、周知していますか?
攻撃等の防御 16 パスワードの管理に関するルールを定め、周知していますか?
攻撃等の防御 17 アクセス権の管理ルールを定めていますか?
攻撃等の防御 18 セキュリティインシデント発生時の対応に関する教育・訓練を行っていますか?
攻撃等の防御 19 適切なバックアップを行っていますか?
攻撃等の防御 20 情報機器、OS及びソフトウェアの安全な構成を確立し、維持していますか?
攻撃等の防御 21 情報機器、OS及びソフトウェアへのセキュリティパッチ及びアップデートの適用に係る手続を定めていますか?
攻撃等の防御 22 システムをマルウェア感染から保護していますか?
攻撃等の防御 23 ネットワークを適切に分離し、境界部分を防護していますか?
攻撃等の検知 24 ネットワーク上の適切な場所でネットワーク接続及びデータ転送を監視していますか?
インシデントへの対応 25 セキュリティインシデントへの対応手順、対応体制等を定めていますか?
インシデントからの復旧 26 事業上重要なシステムについて、事業継続の要件に沿う復旧に必要な準備を行っていますか?
(出所:IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン第4.0版」付録5)

3 重要なのは「実態の把握」と「継続的な改善」

IPAの「委託先情報セキュリティ対策状況確認リスト」や、取引先から送られてくる「セキュリティチェックシート」などの確認項目に対して、「うちには専門家がいないから全部『×』や『いいえ』になってしまう」と悩むかもしれません。

とはいえ、委託元(発注側)が恐れているのは、「セキュリティの不備があること自体」もさることながら、「リスクを放置し、事故が起きた時に連絡すら取れないこと」です。

確認項目で「×」や「いいえ」が多い場合でも、「現在、どのような対策を段階的に進めているか」や「万が一のときの連絡体制や初動はどうなっているか」を誠実に示し、最低限の「基本(当たり前)」を押さえていることを説明できれば、取引先との信頼関係を損なわずにすみます。

情報セキュリティに完璧はありません。できるところから段階的に対応を進めて、継続的な改善をしていくというアプローチが重要です。

4 2026年度末に運用開始予定の「SCS評価制度」への備え

経済産業省および内閣官房国家サイバー統括室は「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」(以下「SCS評価制度」)の導入に向けた検討を進めています。「SCS評価制度」は、企業のサイバーセキュリティ対策状況を星(★)の数で可視化・評価する仕組みで、

  • 国が主導して、満たすべきセキュリティ対策の水準 (★レベル) を標準化する
  • 発注企業・受注企業の2社間の取引契約で、★レベルを満たすことが条件となる
  • 結果として、サプライチェーン全体でセキュリティが強化される

というものです。IPAを事務局として、2026年度末(2027年1月~3月ごろ)の本格運用開始に向けて準備が進められています。

先ほど紹介した「委託先情報セキュリティ対策状況確認リスト」は、この「SCS評価制度」で、全ての企業が最低限実装すべきセキュリティ対策として位置付けられる「三つ星(★3)」で求められるレベルと同じです(実際には、さらに細かい評価項目があります)。

大企業は、SCS評価制度を活用して取引先中小企業のセキュリティ体制を点検し、自社の安全を確保しようとするはずです。こうした動きに備える意味でも、早めに自社の情報セキュリティ対策状況をチェックし、できるところから対応を進めていきましょう。

以上(2026年7月更新)

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画像:日本情報マート

部下を「うつ病」にしてしまった上司の処分はどこまでが適切か?

1 部下をマネジメントできない上司の処分をどうする?

上司の役目は、部下が仕事のルールを守り、心身ともに健康に働けるようきちんとマネジメントすることです。仮に上司が部下のマネジメントを怠り、

  • 部下が過重労働などによりうつ病になってしまった
  • 部下が不祥事を起こしてしまった

などの問題が起きてしまった場合、監督不十分ということで何らかの懲戒処分を検討するのは自然な流れです。

ただ、「どの程度の懲戒処分が妥当か?」というのは難しい判断です。労働契約法では「社員の問題行動に対して重すぎる懲戒処分は無効」とされていて、上司の監督責任についても一般的には、

  • 監督責任を果たせなかったからといって上司を懲戒解雇にすることは困難
  • 部下が不祥事を起こした場合、部下よりも重い処分を上司に科すことも困難

と考えられています。

とはいえ、懲戒処分に消極的になって、マネジメント能力に問題のある上司を放置してしまっては本末転倒です。経営者に求められるのは、

懲戒処分のルールを押さえた上で、「会社の秩序を守るためなら、必要な処分は辞さない」という毅然とした態度を崩さないこと

です。この記事では、部下をうつ病にしてしまうなど、監督責任を果たせない上司の懲戒処分についてまとめています。参考にしていただければ幸いです。

2 まずは就業規則をチェック!

部下をマネジメントできない上司に懲戒処分を科す根拠は、会社の「就業規則」です。具体的には、「監督責任を果たさないこと」を、就業規則の懲戒事由の1つとして定めておく必要があります。例えば、

  • 部下への管理監督、または業務上の指導、指示を怠ったとき
  • 業務上の怠慢、または監督不行き届きにより事故を発生させたとき

といった具合です。普通、就業規則には、懲戒事由の最後に

  • その他前各号に準ずる行為

という規定を設けて、懲戒処分の対象となる行為を広く解釈できるようにするのですが、こうした定め方は社員とのトラブルにつながることもあるので、上のように明確に定めておいたほうが無難です。

以上が懲戒処分を行う上で最初に押さえるべきポイントです。以降は、「部下が過重労働でうつ病になってしまった場合」「部下が不祥事を起こした場合」という具体的なケースについて、懲戒処分のポイントを見ていきましょう。

3 部下が過重労働などによりうつ病になってしまった場合

1)基本的な考え方

部下が過重労働などによりうつ病になってしまった場合、上司の懲戒処分を検討する際のポイントは次の通りです。

  • 上司の指示の仕方に問題はなかったか、部下の心身にどのぐらい影響を与えたか
  • 部下の業務量、業務内容、労働時間を適切に把握していたか
  • 上司が部下の心身の不調を知り、それを防げる状況にあったか
  • 過去の懲戒処分とのバランスはとれているか

上司は、部下に業務について指示をする権限を持っていますが、同時にその負担が重くなりすぎないようマネジメントする責任も負っています。ですから、上司の指示の仕方に問題があった場合、監督責任を問われる可能性が高くなります。

なお、上司の指示自体が適法な業務指導の範囲内であっても、それだけで安全配慮義務を果たしたことにはなりません。部下の体調不良等が人間関係に起因すると容易に想定できたのに、担当業務を軽減したのみで上司が面談や配置転換などの具体的な対応を怠ったとして、指導方法とは別に安全配慮義務違反が認められた裁判例があります(徳島地裁平成30年7月9日判決)。

2)事例で考える上司の懲戒処分

1.部下が過重労働になり、うつ病になったケース

部下が過重労働になった場合、上司の指示の仕方などによっては、懲戒処分が認められる可能性があります。

一般的に懲戒解雇は難しいといわれていますが、

上司が「部下が過重労働をしていること」「心身の不調があること」を知りながら、過重な業務を指示しているなど、相当悪質なケースの場合は、懲戒解雇が認められる可能性

があります。

また、上司には部下の労働時間を適正に把握する義務がありますから、例えば「テレワークで管理がしにくい」などは、監督責任を軽くする理由にはなりません。テレワークであれば、上司はウェブ面談や電話を通じて、部下の仕事の状況を把握する必要があります。 

2.上司の指示がパワハラになり、それがもとで部下がうつ病になったケース

上司に悪意がなくても、指導の仕方に問題(暴言を吐く、大勢の前で長時間叱るなど)がある場合、パワハラ(パワーハラスメント)になることがあります。

一般的にパワハラの懲戒処分に関しては、

初犯の場合、懲戒解雇のような重い処分は認められにくく、通常は降格処分が限界

と考えられています。懲戒解雇クラスの処分が認められるのは、

  • 過去にパワハラを理由に懲戒処分を受けた上司が、その後も執拗なパワハラを続けていて、今後も改善される見込みがないといったケース
  • 初犯であっても暴行に及ぶようなハラスメントが長期間継続され組織秩序を大きく害したケース

など、悪質な場合に限られるでしょう。

こうしたケースでは、懲戒処分に固執せず、上司としての資質を欠いているとして、人事評価を引き下げるなどの人事上の処遇で対応することも検討するとよいでしょう。

4 部下が不祥事を起こした場合

1)基本的な考え方

部下が不祥事を起こした場合、上司の懲戒処分を検討する際のポイントは次の通りです。

  • 部下の行為が会社にどのぐらいの損害を与えたか
  • 上司が部下の不正行為を知り、それを防げる状況にあったか
  • 過去の懲戒処分とのバランスはとれているか

また、上司の監督責任が問われる具体的なケースとしては、次のようなものが考えられます。

  • 部下が横領などの犯罪行為をした
  • 部下がハラスメントをした

部下の犯罪行為について、上司の監督責任を問うことは可能です。ただし、上司に懲戒処分を科す理由は、あくまで「監督責任を怠った」からです。例えば、部下が巧妙に犯罪を隠して、簡単には気付けないようなケースでは、上司の監督責任を問うことは難しいでしょう。

2)事例で考える上司の懲戒処分

1.部下が横領などの犯罪行為をしたケース

横領などの重大な犯罪行為の場合、部下本人については懲戒解雇が認められるケースが多いです。ただ、それに引きずられて上司に対しても同じような重い処分を科すのは問題です。

部下の横領と上司の「監督責任」は別の問題であり、一般的に部下に対する処分よりも軽い処分が相当

とされているからです。つまり、懲戒解雇が認められるケースはほとんどありません。

上司に対する懲戒解雇が認められるケースは、上司が部下の犯罪行為を知っていた、または容易に知り阻止できる状況にあったのに、その対応を怠った場合などに限定されるでしょう。

2.部下がハラスメントをしたケース

会社にはパワハラやセクハラ(セクシャルハラスメント)を防止する義務がありますから、ハラスメントをした部下とその上司については、厳正に対処する必要があります。一方、この場合も、

上司に対する懲戒処分は、部下に対する処分よりも軽くするのが相当

とされているので、実際にはけん責などの軽度の処分に落ち着くケースが多いでしょう。

ただ、ハラスメントを防げなかった点は、上司の資質にかかわる問題なので、懲戒処分にこだわらず、人事上の処遇によって降格などを行うことについては検討の余地があります。

ハラスメントの事案でしばしば見られるのは、上司が責任を負うのを恐れ、部下からハラスメントの申告を受けているのにうやむやにしたり、杜撰(ずさん)な対応をしたりして、強引に解決したかのように扱ってしまうケースです。被害者は、ハラスメント行為そのものだけでなく、こうした上司の対応によってもひどく傷付けられます。

こうした上司による「もみ消し」を防ぐためにも、会社としてハラスメントの相談窓口を設置し、社内に周知しておくことが重要です。

なお、ハラスメント意識が向上したこともあり、ある部下Aが、他の部下Bからハラスメントを受けていると相談してきた場合に、反対に、部下Bも部下Aからハラスメントを受けていると主張し、ハラスメント相談の応酬となることがあります。

このような場合には、上司としてはあくまで中立的に対応し、事実関係を調査した上で適切に対応する必要があります。

仮にそのような場合に、一方的にハラスメントの有無を決めつけ、適切な対応を怠ると安全配慮義務違反が成立する場合もあります。一方的に他方のハラスメントがないとして対応を行ったこと等を理由として会社の不法行為責任を認めた裁判例があります(東京地裁平成27年3月27日判決)。

5 社員の不祥事に対する役員の責任は?

最後に、課長や部長が不祥事を起こした場合等に、その担当役員(取締役)に懲戒処分を科すことはできるかを検討していきます。結論から言うと、

就業規則は「社員」に対して適用されるため、役員に懲戒処分を科すことは不可

です。

とはいえ、役員は「善管注意義務」として、不祥事の防止に加え、不祥事が生じない組織体制を構築する義務を負っています。ですから、こうした義務を怠って会社に損害を生じさせた場合については、担当役員に損害賠償を請求することが可能です。

また、会社法では、役員はいつでも株主総会決議で解任することができます。正当な理由のない解任を行った場合には、残任期間の報酬に相当する額などを支払う必要がありますが、会社の不祥事等の防止を怠り、善管注意義務を果たしていないといえるような場合には、「正当な理由」があると判断される可能性があります。

なお、よく大企業の不祥事で役員の給与が減給とされる例がありますが、たとえ株主総会決議で減給の決議がされたとしても、その役員が合意しなければ減給とすることはできないので注意しましょう。

以上(2026年8月更新)
(執筆 TMI総合法律事務所 弁護士 堀田陽平)

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画像:Jumpei-Adobe Stock

労働時間が変則的な「シフト制パート」は社会保険に入るべき?

1 社会保険の適用拡大で「シフト制パート」の働き方が変わる?

社会保険の適用拡大とは、社会保険(健康保険と厚生年金保険)の被保険者となるパートの範囲が段階的に拡大されることです。ここでいう「パート」とは、

週の所定労働時間または月の所定労働日数が、正社員の4分の3未満の短時間労働者

のことです。本来、パートは社会保険の適用対象外ですが、会社が厚生年金の被保険者数について一定の要件を満たし、さらにパートが労働時間や賃金について一定の要件を満たすと、社会保険に強制加入となります(図表1)。

パートの被保険者要件(現行)

ただ、図表1の要件は今後、社会保険の適用拡大により、図表2のように緩和されます。

パートの被保険者要件(改正後)

つまり、今まで以上に多くのパートが社会保険に加入することになるわけですが、難しいのは、社会保険の適用拡大の対象となる会社が、

労働日や労働時間が流動的な「シフト制パート」を雇用している場合

です。シフト制パートは、週や月ごとに作成されるシフト表などに基づいて、「1日4~6時間×週2~3日」など流動的に働くので、被保険者に該当するのかが分かりにくくなっています。一方で、社会保険の適用拡大によって、被扶養者であるパートが被保険者になると、

家族の扶養から外れ、これまで負担義務のなかった社会保険料が賃金から天引きされる

ようになります。「社会保険料の負担義務がない」「家族の扶養の範囲内で働きたい」という理由でパート勤務を希望している人もいるでしょうから、トラブルがないようにするには、

  • シフト制パート特有の労働時間のルールを押さえること
  • どのシフト制パートが被保険者になるのかシミュレートすること
  • 社会保険の適用拡大後の働き方を、シフト制パートと協議すること

が大切です。以降で詳しく見ていきましょう。

2 シフト制パート特有の労働時間のルールを押さえる

1)被保険者になるか否かは、労働時間を「週単位に換算」して判断する

パートが社会保険に加入する要件の1つは、「週の所定労働時間が20時間以上であること」ですが、シフト制パートは労働時間が流動的なため、日本年金機構では、

一定期間内の労働時間を週単位に換算した場合、20時間以上になるかどうか

で判断するとしています。具体的な計算方法は図表3の通りです。

労働時間を週単位に換算する場合の計算方法

1日の所定労働時間は労働日ごとに異なるが、休日などの周期は一定である場合(例:月に10日の休日を確保する場合)は、図表3の1.の計算式を使います。

また、就業規則や個別の労働契約に「所定労働時間は月◯時間(年◯時間)」といった定めがある場合、2.または3.の計算式を使います。なお、2.の計算式については次のように、繁閑期(繁忙期や閑散期)などがある場合に適用される特別ルールがあります。

繁閑期などで特定の月の所定労働時間が「例外的に長く(短く)なる」場合、その特定の月を除く月の所定労働時間を、「月の所定労働時間×12カ月÷52週」で週単位に換算する

2)労働時間は、労働契約ではなく実態で判断する

もう1つ押さえておくべきなのが、

労働契約上の所定労働時間が「週20時間未満」でも、実労働時間が2カ月連続「週20時間以上」で、今後も同じ状況が続くと見込まれる場合、3カ月目から社会保険に加入する

というルールです(日本年金機構「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大Q&A集」)。つまり労働時間は、労働契約ではなく実態(実労働時間)で判断します。

逆に言うと、次のようなケースでは社会保険に加入しないことになります。

  • 所定労働時間は「週20時間以上」だが、実労働時間が毎月「週20時間未満」である場合
  • 実労働時間が2カ月連続で「週20時間以上」になったが、3カ月目は「週20時間未満」で、今後も同じ状況が続くと見込まれる場合

ただ、その場合、雇用契約内容が実態と乖離しているとも言えますので、当人と働き方について確認し、必要に応じてすみやかに雇用契約の再締結を検討するようにしましょう。年金事務所の調査では、雇用契約書の提示を求められることがあり、場合によってはマイナスに作用することもあります。

3 どのシフト制パートが被保険者になるのかシミュレートする

1)毎月89時間以上働くなら、確実に労働時間の要件を満たす

基本的なルールが分かったら、自社のどのシフト制パートが被保険者になるのか、シミュレートしてみましょう。まずは労働時間の確認です。

労働時間を週単位に換算する方法は前述した通りですが、それだけだと分かりにくいので、図表4のように、週単位に換算した労働時間が20時間以上となるボーダーラインを出してみます。

週単位に換算した労働時間が20時間以上となるボーダーライン

シフト制パートについて、特有の週の所定労働時間が明確でなく、雇用契約書などでも判断できない場合は、前述した通り実態でも判断されることになります。仮に各月の実労働時間が図表5の通りであれば、1.から3.のボーダーラインを全て超えるので、週単位に換算した労働時間は確実に20時間以上になります。

週単位に換算した労働時間が確実に20時間以上になる働き方

分かりにくければ、ざっくり

毎月89時間以上働くなら、確実に労働時間の要件を満たす

と覚えておくとよいでしょう。

2)その他の要件も確認する

あとは、

  • 1カ月当たりの賃金が8万8000円以上
  • 継続して2カ月を超えて使用される見込み
  • 学生でない

という要件を満たせば、そのシフト制パートは社会保険に加入することになります。ただし、

「1カ月当たりの賃金が8万8000円以上」の要件(賃金要件)は、2026年10月に撤廃

が予定されています。

なお、ここまで被保険者要件を確実に満たす働き方を紹介してきましたが、実際は

週単位に換算した労働時間が、20時間以上の月もあれば、20時間未満の月もある

など、働き方が一定ではなく、被保険者になるかの判断がつきにくい場合があります。このあたりについては個別・具体的な判断になる可能性があるため、所轄の年金事務所に確認するようにしてください。

4 社会保険の適用拡大後の働き方を、シフト制パートと協議する

1)社会保険に加入することのメリットとデメリットを伝える

どのシフト制パートが被保険者になるのかが分かったら、対象となるパートに、いつから社会保険に加入することになるのかを伝えた上で、今後の働き方について協議します。まずは社会保険に加入するメリットとデメリットを伝えましょう。

現状、被扶養者であるシフト制パートが社会保険に加入すると、

家族の扶養から外れ、これまで負担義務のなかった社会保険料が賃金から天引きされるようになり、賃金の手取り額が減る可能性

があります。ただ、その代わり、

  • 傷病手当金や出産手当金などの保険給付を受けられるようになり、保障が手厚くなる
  • 国民年金に加えて厚生年金保険の給付も受けられることになり、将来の年金が増える
  • 今までのように扶養の範囲(労働時間や賃金など)を気にせず、思い切り働ける

といったメリットがあります。加えて、産前・産後休業や育児休業を取得する際、社会保険料が免除されることなども教えてあげるとよいでしょう。

2)社会保険加入前後の労働条件を明らかにする

シフト制パートが一番気にするのは、「社会保険に加入した場合、手取り額がいくら減るのか」でしょう。こうした場合、図表6のように「社会保険加入前」と「社会保険加入後」の労働条件が分かる比較表を作って説明すると、本人も働き方をイメージしやすくなります。

社会保険加入前後の労働条件の比較表

3)働き方の希望を聞き、必要に応じて労働条件を調整する

労働条件の比較表を渡す際は、併せて図表7のような「社会保険の加入に関する意向確認書」も交付しましょう。これは、社会保険の適用拡大後、社会保険への加入を希望するかどうかの、本人の希望を確認するための書面です。

社会保険の加入に関する意向確認書

「社会保険に加入したくない」と回答したシフト制パートについては、今後の労働時間など、労働条件の変更について話し合う必要があります。なお、その際は

仮にシフト制パートの労働時間を減らした場合、社会保険の適用拡大後、業務を回していけるか

に注意しなければなりません。場合によっては、シフト制パートの労働時間を減らした分、「他のパートに仕事を割り当てる」「新たにパートを雇用する」などの対応が必要になる可能性があります。

以上(2026年7月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:metamorworks-Adobe Stock

保有個人データについて問い合わせが来たら、どうすればいいの?【かんたん個人情報保護法(7)】

1 保有個人データについて所定の情報は本人の知り得る状態に

会社が保有する個人データのことを「保有個人データ」といいます。正確な定義は、

個人情報取扱事業者(会社)が、開示、内容の訂正、追加または削除、利用の停止、消去、第三者への提供の停止を行うことのできる権限を有するもの

です。

保有個人データについては、次の1から5までの情報を本人の知り得る状態に置かなければなりません(本人の求めに応じて遅滞なく回答する場合を含む)。

  1. 個人情報取扱事業者の氏名または名称および住所(法人にあっては、その代表者名)
  2. 保有個人データの利用目的
  3. 利用目的の通知の求めまたは開示等の請求に応じる手続きおよび手数料の額
  4. 保有個人データの安全管理のために講じた措置
  5. 保有個人データの取扱いに関する苦情の申出先

実務上は、講じた措置の概要や一部をホームページに掲載し、残りを本人の求めに応じて遅滞なく回答を行うといった対応が可能です。とはいえ、「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」に沿って安全管理措置を実施しているといった内容の掲載や回答のみでは適切ではないとされており、具体的にどういった措置を講じているのかを掲載したり、回答したりする必要があります。

2 保有個人データの開示等の請求等への対応

本人(または代理人)から

  • 保有個人データの「利用目的の通知」の求め
  • 保有個人データの「開示」「第三者提供記録の開示」「内容の訂正・追加・削除」「利用の停止」「消去」「第三者への提供の停止」の請求

があった場合、原則としてその求めや請求に沿って対応しなければなりません。

これらの開示等の請求を受け付ける方法として次の(1)から(4)までの事項を定めることができる(ガイドライン3-8-7参照)ので、実務的にも、あらかじめ定めておくほうがよいでしょう。

(図表1)【保有個人データの開示等の請求等への対応で定めておく事項】
(1)申出先
(例)担当窓口名・係名、郵送先住所、受付電話番号、受付FAX番号、メールアドレス等
 
(2)提出すべき書面の様式、その他の受付方法
(例)郵送、FAX、電子メールやウェブサイト等のオンラインで受け付ける等
 
(3)本人またはその代理人であることの確認の方法
(事例1)来所の場合:
運転免許証、個人番号カード(マイナンバーカード)表面、旅券(パスポート)、在留カード、特別永住者証明、年金手帳、印鑑証明書と実印
(事例2)オンラインの場合:
あらかじめ本人が個人情報取扱事業者に対して登録済みのIDとパスワード、公的個人認証による電子署名
(事例3)電話の場合:
あらかじめ本人が個人情報取扱事業者に対して登録済みの登録情報(生年月日等)、コールバック
(事例4)送付(郵送、FAX等)の場合:
運転免許証等の公的証明書のコピーの送付を顧客等から受け、当該公的証明書のコピーに記載された顧客等の住所に宛てて文書を書留郵便により送付
 
(4)対応に際して徴収する手数料とその徴収方法
手数料を徴収する場合は、実費を勘案して合理的であると認められる範囲内において、その手数料の額を定めなければならない
(出所:個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)を基に作成)

なお、本人(または代理人)の請求等に対して、確認・調査を行った結果、そもそも当該保有個人データが存在しないことや、第三者提供をしていないこともあり得ます。また、請求された措置をとらない決定をすることもあり得ます。例えば次のような場合です。

(図表2)【保有個人データの開示等の請求等への対応の例外】
保有個人データの利用目的の通知
保有個人データに関する事項の本人への周知により、利用目的が明らかである場合
本人または第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
当該個人情報取扱事業者の権利または利益が侵害されるおそれがある場合
 
保有個人データの開示
本人または第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合
他の法令に違反することとなる場合
 
第三者提供記録の開示
本人または第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合
他の法令に違反することとなる場合
 
保有個人データの訂正等
利用目的からみて訂正等が必要ではない場合
保有個人データが誤りである旨の指摘が正しくない場合
 
保有個人データの利用停止等
法違反である旨の指摘が正しくない場合
(出所:個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)を基に作成)

請求された措置をとらない、またはその措置と異なる措置をとる場合は、その旨を遅滞なく本人に通知しなければならないのですが、注意が必要なのは、その理由も説明することが求められるということです。実務上、事態をこじらせないために、本人が納得のいくように理由を説明することが大切です。

以上(2026年7月更新)

pj60354
画像:日本情報マート

【入社1年目の『教科書の教科書』】情報の取り扱い編

新入社員には、良くも悪くも「社会人の常識」が通用しません。例えば、

  • 議事録の要約、ChatGPTにやらせちゃダメなんですか?
  • お客さんの名刺、スマホで撮って保存しても大丈夫ですよね?

など、こうしたことを(悪意なく)聞いてきます。

そこで、先輩社員の皆さん向けに

新入社員がやりがちなミスやそれを防ぐための指導のポイント、事前に押さえておきたい法律の基礎知識など

を「入社1年目の『教科書の教科書』」としてまとめました。今回のテーマは、「仕事の情報の取り扱い」です。


この「入社1年目の『教科書の教科書』」シリーズは、新入社員向けに社会人の基礎をまとめた「入社1年目の教科書」シリーズを、先輩社員向けに再編したものです。

新入社員用はこちら!

指導で参考になりそうなコンテンツはこちら!

以上(2026年8月作成)

pj00834
画像:日本情報マート

個人データを第三者に渡しても良い?【かんたん個人情報保護法(6)】

1 個人データの第三者提供には、あらかじめ本人の同意が必要

一般の事業会社が、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供できるのは、次のような場合です。

  1. 法令に基づく場合
  2. 人の生命、身体または財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき
  3. 公衆衛生の向上または児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき
  4. 国の機関もしくは地方公共団体またはその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき

なお、そもそも「第三者への提供」自体が利用目的である場合などには、所定の事項をあらかじめ本人に通知するか、本人が容易に知り得る状態に置いた上で、個人情報保護委員会へ届け出れば、「オプトアウト」の形で個人データを第三者に提供できます。

オプトアウトとは、あらかじめ本人の同意を得ることなく、個人データを第三者に提供すること(本人から求めがあった場合に、求めに応じて第三者提供を停止することが条件)

です。

注意が必要なのは「要配慮個人情報」を第三者に提供する場合です。

要配慮個人情報とは、不当な差別や偏見などの不利益が生じないよう、取り扱いに特に配慮を要する個人情報のこと

です。具体的には、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実、心身の機能の障害があること、医師等により行われた健康診断の結果などが該当します。要配慮個人情報をオプトアウトの形で第三者に提供することは禁止されており、法令に基づく場合などの例外を除いて、必ず本人の同意を得なければなりません。

実務上、社員の健康情報(健康診断の結果や病歴など、健康に関する個人情報)を健康保険組合に提供する場合などがありますが、健康情報の多くは要配慮個人情報に該当し、そうでない場合も機微な情報が含まれ得ることなどから、要配慮個人情報に準じて取り扱うことが望ましいとされています。あらかじめ利用目的を通知し、社員の同意を得ておくとよいでしょう。

■個人情報保護委員会「雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」■

https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/ryuuijikou_health_condition_info/

2 外国にある第三者への提供は制限されている

個人データを外国にある第三者に提供する場合、あらかじめ外国にある第三者への提供を認める旨の本人の同意を得なければならず、その際、

  • 当該外国の名称
  • 適切かつ合理的な方法により得られた当該外国における個人情報の保護に関する制度
  • 当該第三者が講ずる個人情報の保護のための措置

に関する情報を、本人に提供しなければなりません。

この他にも押さえるべきポイントは多岐にわたります。そのため、ガイドライン(通則編)とは別に「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(外国にある第三者への提供編)」が定められています。興味のある方は確認してみてください。

■個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(外国にある第三者への提供編)」■

https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_offshore/

3 第三者提供については記録を残す

個人データを第三者に提供したとき、または第三者から個人データの提供を受けるときには、次の事項の確認および記録の作成を行わなければなりません(保存期間は原則3年)。

(図表)【個人データの第三者提供に係る確認・記録の事項】
個人データを第三者に提供したとき 第三者から個人データの提供を受けたとき
・提供した年月日
・当該第三者の氏名
・本人を特定するに足りる事項
・当該個人データの項目
・提供を受けた年月日
・当該第三者の氏名
・本人を特定するに足りる事項
・当該個人データの項目
・当該第三者による当該個人データの取得の 経緯
(出所:個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)を基に作成)

この他にも押さえるべきポイントは多岐にわたります。そのため、ガイドライン(通則編)とは別に「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(第三者提供時の確認・記録義務編)」が定められています。興味のある方は確認してみてください。

■個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(第三者提供時の確認・記録義務編)」■

https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_thirdparty/

以上(2026年7月更新)

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画像:日本情報マート

経営のヒントとなる言葉(吉田松陰)

「飛耳長目(ひじちょうもく)」(*)

出所:「吉田松陰の実学 世界を見据えた大和魂」(PHP研究所)

冒頭の言葉は、

「何事に対しても、アンテナを高く張って多くの情報を集め、長期的な視点で思考し、自分自身の考えによって判断を下さなくてはならない」

ということを表しています。

松陰が講義を行っていた松下村塾(しょうかそんじゅく)は、封建制度の下の教育機関としては画期的なものでした。長州藩には「明倫館(めいりんかん)」という藩校がありましたが、明倫館に入学できるのは藩士の子弟のみでした。しかし、松下村塾は、身分を問わず誰でも入塾することができました。このため、足軽などの下級武士や農民、商人の子弟など、さまざまな身分の子どもが一緒に学んでいました。

また、当時の寺子屋や私塾などでは、先生が生徒に対して講義を行うことが一般的でしたが、松陰は生徒に対して「先生」ではなく「同志」として接しました。一方的に教えるのではなく、「自分自身も塾生たちと一緒に学ぶ」という姿勢をとったのです。

さらに、松下村塾の大きな特徴として、「情報を非常に重視した」という点が挙げられます。松下村塾には、「飛耳長目(ひじちょうもく)」というノートがありました。これは、江戸や長崎から伝わる国内外の最新の情報を整理してまとめたものです。

松陰は、生涯を通じて、常により多くの情報に接するよう努めました。1850年、松陰は講義をしていた明倫館を辞職して九州遊学に旅立ち、以降は江戸や東北など、日本中を旅して多くの書籍を読み、各地でさまざまな人々と対話し、多くの情報を得ました。その後、旅先の江戸で黒船来航の報に接すると、「日本を守るためには、西洋の新しい知識を学ばなくてはならない」と考え、1854年に再度黒船が来航した際には、深夜に小舟で乗り付けて米国への密航を企てました。そして、このことにより萩の野山獄に投獄されると、約1年間で約600冊もの書籍を読破したといわれています。

こうして得た多くの情報を基に、松陰はさまざまな問題を正しく判断し、門下生にもその考え方を説きました。松陰が松下村塾で講義をしていたのはわずか数年間でしたが、その間に松下村塾で学んだ門下生は、この考え方を身に付け、松陰が亡くなった後に大きくはばたき、明治維新を成立させて近代国家日本の礎を築いていきました。

後に、松陰は次のような言葉を遺しています。

「成し難きものは事なり、失ひ易きものは機なり。機来り事開きて成す能はず、座してこれを失ふものは人の罪なり」(**)

この言葉は、「事を成し遂げることは難しく、成し遂げるための機会は失いやすいものである。それ故、事を成す機会が訪れた際にそれを生かせないのは罪である」ということを表しています。

機会を生かすためには、物事を正確に判断する必要があります。そのためには、情報が必要です。より多くの情報を集め、それらを総合的に分析して判断しなくてはなりません。多くの情報に惑わされることなく、それらの中から確かなものを見抜き、自分自身で判断することが重要なのです。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

よしだしょういん(1830~1859)。長門国(現山口県)生まれ。私塾「松下村塾」で講義を行い、高杉晋作(たかすぎしんさく)や伊藤博文(いとうひろぶみ)氏などの門下生を育成。

【参考文献】

(*)「吉田松陰の実学 世界を見据えた大和魂」

(木村幸比古、PHP研究所、2005年6月)

(**)「【ひとすじの蛍火.吉田松陰 人とことば】(78)冬編(4)間部要撃策

(産経新聞 東京朝刊(2007年4月4日付))」(産経新聞社、2007年4月)

「日本の名著 31」

(吉田松陰(著)、松本三之介(責任編集)、中央公論社、1984年6月)

以上(2026年5月更新)

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画像:日本情報マート

ビジネスで使う住所を7桁英数字でデジタル化。中小企業DXの第一歩に

「法人の住所情報の品質は、ある意味、その企業の活動の品質とイコールです」

日本郵便でビジネスデジタルアドレスを推進する担当者は、インタビューの中でこう語ってくれました。住所情報の品質=企業の活動の品質。印象的なフレーズです。

住所が「1丁目1番1号」「1-1-1」と人によって違う表記で書かれ、移転のたびに営業・経理・物流の各システムを手作業で更新する……この光景、どの中小企業にも覚えがあるはずです。

これを解決するべく日本郵便が2026年3月19日に提供を開始した「ビジネスデジタルアドレス」は、住所を7桁の英数字に置き換え、企業情報をまとめて管理できるサービスです。

住所を管理しやすくなるので、一番分かりやすいのは物流におけるメリットだと思いますが、それ以外にも、中小企業のDXの第一歩としての可能性を、日本郵便への取材から探ります。

1 【地味な不便】が削っている、日本企業の競争力

ビジネスデジタルアドレスは日本郵便が提供しているもので、企業や個人事業主が住所を「ABC-1234」のような7桁の英数字に置き換え、企業名・電話番号・ホームページのURL・法人番号などをまとめて紐付けられるサービスです(2026年6月時点では、1社につき1つのビジネスアドレスを無料で取得できます)。

日本郵便が2025年5月に提供を開始した個人向け「デジタルアドレス」の法人版にあたります。個人と比べて法人はパブリックな情報が多いので、個人向けよりも実はデジタル化しやすいという側面があります。

日本郵便でビジネスデジタルアドレスを発案し進めてきた担当者は、今回の法人向けリリースの背景を次のように話してくれました。この話は、どの職場でもよくあることだと思います。

「法人の住所情報というのは、企業活動においてとても大事なものなのに、情報を正しく収集・更新できていない。掘れば掘るほど住所の不便はたくさんあります。取引先の移転情報が速やかに反映されない、東京駅や大学、工場のように広い場所でも住所は一つしかないため、正確な配達場所がわからず手間や時間がかかる、といった具合です。

でも、こうした住所に関連する不便さは、仕事を進める上で現場が【ちょっと我慢】すればなんとかなってしまうものです。そのため、現場が【人力で】頑張ってなんとかしてきています。その【地味な不便】の積み重ね、円滑じゃない何かがもたらしている経済活動の損失はとても多く、日本はそこの競争力が低いのではないかと思います。他国にはこんな住所問題はありません。日本特有です」

これまで現場の地道な努力で支えてきた住所管理を、デジタルで根本から変える。それがこのサービスの本質です。

ビジネスデジタルアドレスとは

(出所:日本郵便のウェブサイトより)

2 なぜ中小企業DXの第一歩になりうるか

ビジネスデジタルアドレスが、なぜ中小企業にとって「DXの第一歩」と言えるのか。それは、ビジネスデジタルアドレスを取得して自社の情報を紐付けることが、自社に関する正しい情報を広く伝えることになるからです。日本郵便の担当者は、こう語ります。

「正しい取引先の情報を取得すること自体がそもそも難しい。加えて、自社の移転や異動があったとしても、取引先側では窓口である営業担当と請求書を発行する経理とアフターサービス担当者など、全部署、全社の中で情報共有できていない。実はそれぞれで違うシステムやツールを使っていて、情報が分断されているのが実情ではないでしょうか。そっちの部署・担当者では更新されているが、こっちでは更新されてないということが多々あります」

この「情報のサイロ化」は、中小企業にこそ重い問題です。部署が明確に分かれていない中で担当者間で伝え合って情報共有するという、現場の人手でなんとかしてきているからです。テレワークなどもあって、「あのクライアントは請求書の送り先が変わった」という情報の伝達漏れが、請求書の遅れや再発行の手間につながるなど【地味な不便】は今日もどこかできっと発生しています。

今回のビジネスデジタルアドレスは、そこに対して、次のような変化をもたらします(2026年6月時点では未実装で、今後対応予定の内容も含みます)。

ビジネスでの住所にまつわる課題に対応

(出所:日本郵便のウェブサイトより)

日本郵便によると、ビジネスデジタルアドレスに関する中小企業のメリットは、次のように整理できます。

中小企業にとって最大のメリットは、「住所」をきっかけに、社内外に散らばった情報を整理・統一しやすくなる点です。

中小企業では、営業・経理・配送などで別々に顧客情報を管理しているケースも多く、取引先の移転や担当変更が各部署に十分共有されず、請求書の再送や配送ミスなどにつながることがあります。

ビジネスデジタルアドレスは、7桁の英数字を共通キーとして企業情報を扱えるため、住所や企業情報の更新・共有をシンプルにし、入力ミスや表記ゆれも減らせます。

大規模なシステム投資をしなくても始められるため、「まずは情報を整える」という中小企業のDXの入り口として活用いただけると考えています。

具体的に見ていきましょう。

1)自社の顧客にとってもメリットがある

中小企業にとっては、自社の顧客にとっても、申込書や登録フォームへの住所入力の手間が減り、誤入力による差し戻しもなくなります。請求書・納品書の送付先確認のやり取りも削減できます。

また、日本郵便では今後、地方銀行や信用金庫と連携し、融資先のDX支援としてビジネスデジタルアドレスの取得を促していく予定です。

「中小企業にとっては、ビジネスデジタルアドレスを取得することがDXの第一歩になると思います。取引先の正しい情報を取得すること自体も難しい現状で、一気にデジタル化するきっかけになるかもしれません」

と担当者は期待をあらわにしています。しかも、ビジネスデジタルアドレスは、フリープランなら1社につき1つまで無料で取得できます(2026年6月時点)。新たなシステム投資も、専門のIT人材も必要ありません。「最も手軽で、しかし確実なDXの第一歩」。その実体が、このサービスにあるのです。

2)取引先情報の入力・更新作業が、ほぼなくなる

取引先がビジネスデジタルアドレスを取得していれば、システムに7桁の英数字を入力するだけで、社名・社名カナ・住所・電話番号・ホームページのURL・法人番号がまとめて反映されます(※)。「株式会社」と「(株)」の違いや、「1丁目1番1号」と「1-1-1」のような表記ゆれによる名寄せの問題や修正対応も、根本からなくなります。

「住所をはじめとする取引先の情報は、正確に把握したい。入力する人によって株式会社が前株に略されるということもなく、正しい情報で。かつ、その情報が正確に早くアップデートされている世界をつくりたい」

日本郵便の担当者が見据える、理想の姿です。

(注)「郵便番号・デジタルアドレスAPI」をご利用いただく必要がございます。

3)部署(担当者)ごとに分散していた顧客マスタが統合できる

営業が把握している顧客住所と、経理が請求書を送っている宛先と、物流が納品先として登録している住所……別々にエクセル管理していてバラバラだった情報が、ビジネスデジタルアドレスという共通のキーでつながります。取引先の移転や担当変更があっても、ビジネスデジタルアドレスに紐付いた情報が最新化されていれば、社内の各担当者に同じ情報が行き渡る仕組みを作ることができます。

4)自社の拠点情報も一元管理できる

将来的に、支社・支店・営業所・倉庫など、自社が複数の拠点を持つ場合、それぞれに別のビジネスデジタルアドレスを持たせることができるようになります。移転や新設のたびに、社内外の関係者に最新情報を共有する負担が大幅に減ります(複数のビジネスデジタルアドレスを持つ際は、費用がかかる場合があるため、日本郵便の「ビジネスデジタルアドレス」公式サイト(https://lp-biz.da.pf.japanpost.jp/)にてご確認いただくことをおすすめします)。

ビジネスデジタルアドレスを活用することで、

「『人力で何とかしていた情報管理』をデジタル化する第一歩になり得る」

といえるでしょう。

活用メリット

(出所:日本郵便のウェブサイトより)

3 【ここが大事】業種別・シーン別で見る、現場の変化

ビジネスにおける住所課題は、業種ごとあるいはシーンごとに特徴があります。例えば、農業分野では、ビニールハウスごとに違った肥料を配送(納品)してほしいというニーズがあるそうです。広大な農地における各ビニールハウスに肥料を納品する必要があったものの、住所だけでは特定できず、結局電話対応等のやりとりが発生して負荷がかかっている、とのことでした。

ビニールハウス単位でビジネスデジタルアドレスを持てるようになれば、配送先をより細かく特定できるため、誤配送や確認作業の削減につながる可能性があります。

つまり、「これまで曖昧だった配送先をデジタルで整理できる」といえます。

そのほか、インタビューでは、ビジネスデジタルアドレスを活用する業種やシーンごとのメリットとして、次のような点が挙げられました。

1)物流・配送業界 ベテラン依存からの脱却

物流では「2024年問題」に象徴される労働力不足が深刻で、ベテランの「勘」に頼った配送には限界があります。これを大きく改善できると担当者は言います。

「全くその土地に土地勘がない、あるいは配送を経験したことがないという人に対しても、そのエリアの情報や置き配(おきはい)の場所などが分かりやすくなります。労働力不足や経験値不足を補う一つの存在として、物流・配送の現場で役に立つと考えています」

新人の配達担当者あるいは外国人労働者でも、正確な地点にたどり着ける。そうした未来が見えてきます。

2)飲食・美容・小売業界 情報の「一括アップデート」

飲食店や美容院などでは、新規開業や移転のたびに、Googleマップ、SNS、予約サイトなど各種媒体への登録・修正をするのが大変な手間になっています。

「ビジネスデジタルアドレスを飲食店が取得してくれて、かつそれが各社(媒体)で導入されていれば、移転等による情報変更を一気に全部反映できる」

また、日本郵便の担当者いわく、店舗の営業時間(平日休日の通常営業時間のほか、年末年始やGWなどイレギュラーな営業時間も)、クレジットカードの使用可否、個室の有無、喫煙室の有無といった店舗固有の情報をビジネスデジタルアドレスに付帯し、APIで連携できるようにする構想もあります。そうすれば、インバウンドの旅行者がタクシーで7桁の英数字を見せるだけで、目的の店舗にスムーズにたどり着けるようになりますし、知りたい情報を一気に確認することができます。

3)高齢者対応 「書く」ストレスからの解放

法人に限った話ではありませんが、シーン別で言えば、高齢者にとってもうれしいという側面があります。郵便局の窓口では、住所の記入や入力が困難な高齢の方も少なくありません。7桁の英数字を書くか示すだけで済むようになれば、申込書や届出書の負担が大幅に軽減されます。

4 Salesforceとの連携もスタート

2025年5月26日に郵便番号とデジタルアドレスの両方を住所に復号できるAPIとして「郵便番号・デジタルアドレスAPI」がスタートしています。加えて、ビジネスデジタルアドレスのサービス開始と同日の2026年3月19日には、SalesforceのAppExchange上で「郵便番号・デジタルアドレス for Salesforce」の提供も始まりました。SFA・CRM上でビジネスデジタルアドレスや郵便番号を入力するだけで、住所・企業名・電話番号・法人番号などがレコードに直接反映できる仕組みです。すでにSalesforceを利用している中小企業であれば、AppExchange上のアプリを追加するだけで使えるようになります。

5 【補足】仕組みと既存の「番号系サービス」との違い

ビジネスデジタルアドレスは住所に紐付いたユニークな7桁の英数字です。個人向けは住所のみを紐付けるシンプルな仕組み(いわば「住所の短縮URL」)。法人向けのビジネスデジタルアドレスは、これに会社名・電話番号・URL・法人番号、さらに将来的には搬入口や受付の場所など様々な付帯情報が紐付けられるようになります。

補足情報として、マイナンバーや法人番号といった既存の番号系サービスとの比較をまとめてみました。

(図表)【マイナンバー、法人番号との比較】

項目 マイナンバー 法人番号 ビジネスデジタルアドレス
発行主体 国(J-LIS) 国(国税庁) 日本郵便
発番方法 自動発番 自動発番 ユーザーの申請に基づき発番
対象 住民票を持つ個人 設立登記法人等 法人・個人事業主 ※デジタルアドレスは個人でも取得できます。
主な用途 行政手続き・税・社会保障 行政の効率化・データ活用 配送・営業・顧客管理・民間取引
情報の柔軟性 固定 登記情報に基づく ユーザーが追加・更新可能
詳細地点情報 住所地まで 本店所在地まで 搬入口・受付の場所まで(拡張予定)

(出所:日本情報マート作成)

マイナンバーや法人番号と、ビジネスデジタルアドレスの最大の違いは、民間の経済活動に特化し、ユーザー(企業)自身が情報を更新できる「動的なインフラ」であることです。2026年6月時点では、プランは1社につき1つ無料で取得できる「フリープラン」がスタートしているほか、今後、複数アドレスが取得できる「ビジネスプラン」、好きな英数字を選べる「エンタープライズプラン」の2種類を追加でリリースする予定です。

6 住所の「主権」がユーザーにある世界線

インタビューの終盤、日本郵便の担当者から、印象的な「未来の概念」が語られました。住所の「ポータビリティ」と「主権」の話です。

「今回の住所のデジタル化は、電話の進化と似ています。昔は自宅の固定電話でしたが、今は携帯電話、スマホになってポータブルできている。デジタルアドレスは【住所のポータビリティ】みたいなもの。これまでの住所はもともと決められているもので、その中に自分がいる、という感覚。しかしデジタルアドレスは、個人や企業が7桁の英数字の所有権を持って、その所有権に対して住所を紐付けさせる。いわば主権が住所側ではなく、ユーザー側に来る、今までとはまったく違う世界です」

「主従の逆転」がここにあるといいます。

「役所や病院でも住所を書くケースはかなり多いです。住所は長かったり難しかったりする。見る側が読めないこともあります。それを、もう7桁の英数字を出せばそれで済むよねくらいの形に持っていきたいと思っています。

この仕組みの先行事例は、電子決済です。キャッシュレス(電子決済)が実現できるなんて、以前は想像もしなかったですが、今では電子決済が普通になっています。

ビジネスデジタルアドレスも社会全体で管理できる企業のユニークIDのような感じになっていって、他社との連携ができるオープンなソースになっていくと思っています。経済活動に貢献できるレベルまで持っていくのが理想です」

クレジットカードや電子マネー、QRコード決済が普及した今、現金一辺倒の生活には戻りにくくなっているように、ビジネスデジタルアドレスも同じ位置づけになり得るインフラだと日本郵便の担当者は語ります。

一方、ビジネスデジタルアドレスは、日本郵便への問い合わせ自体は増えているものの、まだ普及しはじめたばかりというのが実態です。自社も取引先も、ビジネスデジタルアドレスを取得して互いに7桁の英数字で管理し合えるのが望ましい姿です。

日本郵便が4年の歳月をかけて作り上げたこの仕組みは、2026年6月時点の今は、フリープランなら1社につき1つまで無料で取得できます。中小企業にとって、とても手軽、しかし確実なDXの第一歩になるのではないでしょうか。

【ご参考 ビジネスデジタルアドレス取得の流れ】

ビジネスデジタルアドレス取得の流れ

(出所:日本郵便のウェブサイトより)

7 住所の「デジタル化」における、日本郵便ならではのポイント

最後に、この「住所のデジタル化」について、日本郵便だからこそできたことを聞いてみました。コメントは次の通りです。

【デジタル化における日本郵便ならではのポイント】

住所は単なる文字列ではなく、「実際に荷物を届けるための社会インフラ」です。

日本郵便は、全国の住所・郵便番号データを長年運用し、日々の配送業務を通じて住所の変化や現場課題と向き合ってきました。

だからこそ、

  • 表記ゆれ
  • 同一住所問題
  • 搬入口が分からない
  • 新築や移転への追随
  • ベテラン依存

といった、現場で起きている“住所の不便”を深く理解した上で、設計できたのが特徴です。

単にコードを発番するだけではなく、「実際に届くこと」を前提に、住所と物流・企業活動をつなげている点が、日本郵便ならではだと考えています。

■法人向け ビジネスデジタルアドレスのサイト■
https://lp-biz.da.pf.japanpost.jp/
■個人向け デジタルアドレスのサイト■
https://lp.da.pf.japanpost.jp/

以上(2026年7月作成)

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画像:日本郵便

「うちは揉めない」が一番危険!事業承継における法的リスクと備え

事業承継とは、ただでさえ難しい事業の存続を成し遂げた経営者が、成功の果てに遭遇する最後の課題です。また、数代に亘り続く伝統企業においては、その歴史のバトンを未来へつなぐ一大事業(そしてそれは、その伝統企業の経営者にとっての実は最大の事業)でもあります。以下では、そんな「事業承継」について、具体的な論点と対処法とを考えてみることにしましょう。

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経歴詐称や犯罪歴の秘匿をした社員が入社してきたらどうする?

1 経歴詐称で入社してきた社員でも簡単には解雇できない

採用ではミスマッチがつきものですが、

「学歴・職歴」「健康状態」「犯罪歴・処分歴」などについて嘘をついたり、都合の悪い事実を隠したりして入社してくる社員

がいたら、さすがに見過ごすわけにはいきませんよね。

とはいえ、ちょっと理不尽に感じるかもしれませんが、いったん採用してしまうと、たとえ経歴を偽って入社した社員であっても、そう簡単には解雇できません。解雇が認められるのは、「解雇されても仕方ない」といえる程度に、客観的で合理的な理由があり、社会通念に照らして相当と判断される場合に限られるからです。

こうした「秘密を抱えた社員」には、次のように段階を踏んで対応していくことになります。

  • 面接の段階で見抜き、採用しない
  • 試用期間中に見抜き、本採用をしない
  • 本採用してしまった後は、配置転換などで雇用継続の道を探る
  • それでもダメなら解雇する

この記事では、上の4段階の対応について詳しく説明した後、「学歴・職歴」「健康状態」「犯罪歴・処分歴」といった秘密の内容に応じたポイントを紹介します。

2 秘密を抱えた社員への対応は4段階で考える

1)面接の段階で見抜き、採用しない

採用してから解雇するのはハードルが高いですが、採用する前であれば、会社には「採用の自由(誰を、どのような条件で採用するかの自由)」があります。ですから、面接の時点で求職者の秘密を見抜き、そもそも採用しないというのが、一番確実な対策です。

面接での質問の仕方次第で、「何か秘密を抱えていそうか」をある程度見極められる可能性があります。例えば「はい」「いいえ」で終わってしまう質問ではなく、求職者自身に説明してもらう質問を投げかけてみましょう。「○○の業務を担当することになったら、あなたは何ができますか?」と聞いて、じっくり答えてもらうのです。受け答えに違和感を覚えたら、その部分をさらに深掘りして、考え方や能力レベルを確認していきます。

2)試用期間中に見抜き、本採用をしない

採用の段階で秘密を見抜けなかった場合、次のチャンスは「試用期間」です。試用期間中に業務への適性などをしっかり確認し、社員として必要な能力が備わっていないと判断できれば、本採用を見送るという選択肢があります。

「本採用を見送る=解雇」ということにはなりますが、試用期間はもともと本採用前に適性を判断するための期間なので、本採用後に比べると解雇が認められやすい面があります。例えば実務経験を条件に採用した場合は、面接の時点で担当できる業務とその遂行力を確認した上で、試用期間中に実際にこなせているかをチェックします。その上で、面談時点で想定していた能力等がないと判断すれば、本採用の拒否を検討することになります。

なお、試用期間満了に伴う本採用拒否は「退職に関する定め」に当たるため、就業規則などに「試用期間中に不適当と認めた者は、解雇することがある」といった規定をあらかじめ設けておきましょう。

3)本採用してしまった後は、配置転換などで雇用継続の道を探る

本採用した後に秘密が発覚した場合は、やはり簡単には解雇できません。例えば、ドライバーとして採用した社員に、本採用後、運転に支障が出る病気が見つかり、運転を任せるのが難しいと分かったようなケースでは、まずは別の仕事への配置転換を検討するなど、雇用を継続する方向で対応していくのが基本です。

なお、配置転換をするためには、就業規則などに「業務上の必要がある場合には、配置転換を命ずることができる」といった規定を定めていることが前提になります。

4)それでもダメなら解雇する

配置転換などを試みても社員が力を発揮できない場合、ここでようやく解雇を検討する段階に入ります。解雇には、能力不足などを理由とする「普通解雇」と、詐称や秘匿へのペナルティ(懲戒処分)としての「諭旨解雇・懲戒解雇」があります。

とはいえ、会社は、自由に解雇できるわけではありません。

  • 客観的に合理的な理由がある
  • 社会通念上相当と認められる

という2つの要件を満たさなければ、解雇は無効になってしまいます。一般的には、実務上、解雇が有効と認められるハードルは高いですが、3)の段階で雇用継続の道をきちんと探っていれば、万が一解雇後に社員とトラブルになっても、会社側が解雇の要件を満たしていると認められる可能性は高まります。

3 学歴・職歴に秘密がある社員の対処

1)会社にどのような影響がある?

学歴・職歴の詐称や秘匿には、例えばこんなケースが当てはまります。

  • 最終学歴が高卒なのに、大卒であると嘘をつく
  • 資格者でないのに、資格者であると嘘をつく
  • 前の会社に在籍していた期間を、実態よりも長く偽る

専門知識が必要な業務に就かせる予定がある、あるいは将来的にそうした業務を任せたいと考えて採用する場合、学歴・職歴は重要な判断材料になります。ですから、そこに詐称や秘匿があると、会社が描いていた計画が狂いかねません。

2)入社前の段階で秘密を見つけ出すには?

求職者に求める能力の水準がはっきりしているなら、知識や教養、技術力を確認できるテストを実施するのも一つの方法です。よく知られているのは、語彙力・読解力・計算力といった基礎的な能力を測る「SPI」です。特定の資格が必要な業務を任せる予定があるなら、その資格試験の過去問を解いてもらうのもいいでしょう。

また、履歴書と他の書類を突き合わせて学歴・職歴を確認する方法もあります。例えば雇用保険被保険者証には前職での被保険者資格取得日が、源泉徴収票には前職の会社名や年収などが記載されているので、詐称や秘匿がないかをチェックする材料になります。

さらに、内定を通知する段階で、提出書類や面接での説明内容に嘘がないことを求職者自身に確認してもらう「誓約書」を取得しておく方法も効果的です。誓約書には、内定から入社までの間に会社が経歴確認(リファレンスチェック)を行うことへの同意も盛り込んでおくと、後で詐称が発覚した際、内定取消しや本採用拒否を含む解雇を裏付ける事実関係を収集しやすくなる可能性もあります。

3)採用してしまったら?

学歴・職歴を詐称した社員を解雇し、会社と社員が争いになった裁判例(大阪地裁平成6年9月16日決定)では、次のような理由から解雇は有効と判断されました。

  • 学歴の詐称については、会社が過去に高卒未満の学歴の人も採用していて、学歴重視で採用活動をしていたとまでは言えないため、就業規則にある「重要な経歴を偽り採用された場合」には当たらない
  • 職歴の詐称については、採否や適性の判断を誤らせるものなので、就業規則にある「重要な経歴を偽り採用された場合」に当たる

また、労働者派遣事業を営む会社が、「経営コンサルタント業務の経験がある」と職歴を偽って入社した社員を解雇し、争いになった裁判例(東京地裁平成22年11月10日判決)では、

仮に本当のことを話していたら会社が雇用しなかっただろうと認められる場合は、会社に具体的な損害がなくても「重要な経歴を偽り採用された場合」に当たる

として、解雇は有効と判断されました。

さらに、中途採用の選考で、過去にトラブルがあった前職2社での在籍実績や離職の経緯を記載しなかった社員について、会社が内定を取り消した裁判例(東京地裁令和6年7月18日判決)では、

中途採用では、前職でのトラブルや短期離職の事実は、業務遂行能力や従業員としての適格性を評価する上で重要な判断材料であり、会社がその事実を把握していれば採用しなかった可能性が高い

として、解雇は有効と判断されました。

学歴・職歴の詐称や秘匿が解雇の理由になるかどうかは、会社のこれまでの採用実績や、詐称・秘匿が業務や会社の秩序にどれくらい影響を与えるかなどによって判断されるようです。

4 健康状態に秘密がある社員の対処

1)会社にどのような影響があるか?

病気などの詐称や秘匿には、例えばこんなケースが当てはまります。

  • 病気にかかっているのにそれを隠す、あるいは「治った」と嘘をつく
  • 特定の業務を控えるよう医師に言われているのに、それを隠す

会社は社員の健康状態を踏まえて担当業務を決めるので、病気などについて詐称や秘匿があると、予定通りに人員を配置できなくなる恐れがあります。

2)入社前の段階で秘密を見つけ出すには?

健康状態が業務に大きく影響する場合は、面接で求職者に健康状態を確認しますが、質問できるのはあくまで業務への適性を判断するために真に必要な範囲にとどまります。また、病歴は「要配慮個人情報」という、扱いに特に注意が必要な個人情報なので、取り扱いは慎重に行いましょう。

3)採用してしまったら?

ガソリンスタンドなどを経営する会社が、視力障害を隠して入社し、重機運転手の業務に就いた社員を解雇し、争いになった裁判例(札幌高裁平成18年5月11日判決)では、

視力障害は社員の総合的な健康状態に影響するレベルのものではなく、重機運転手として不適格とまではいえないこと

に照らし、解雇は無効と判断されました。

病気などの詐称や秘匿が解雇の理由になるかどうかは、それが社員の心身の安全や業務にどれくらい影響を与えるかによって判断されるようです。

5 犯罪歴・処分歴に秘密がある社員の対処

1)会社にどのような影響があるか?

犯罪歴・処分歴の詐称や秘匿には、例えばこんなケースが当てはまります。

  • 過去に犯罪を行って刑罰を受けたのに、そのような事実はないと嘘をつく
  • 前職で不祥事による懲戒解雇を受けたことについて、その事実を秘匿する

過去に犯罪を行っていたとしても、更生していれば業務に支障はないかもしれません。ただ、周りの社員は不安に感じることもあるでしょう。

2)入社前の段階で秘密を見つけ出すには?

犯罪歴の詐称や秘匿を防ぐために、求職者には賞罰欄のある履歴書を提出してもらいましょう。賞罰の「罰」とは「一般に確定した有罪判決(前科)」のことで、会社から特に言及しない限り、起訴猶予事案などの犯罪歴(前歴)は含まれません。賞罰欄のある履歴書を指定すれば、求職者は少なくとも前科について会社に申告する義務が生じます。

ただし、古い前科について申告を求める際は注意が必要です。過去に強盗罪で懲役刑を受けたことなど、前科・前歴を採用時に申告しなかった社員を解雇し、会社と社員が争いになった裁判例(仙台地裁昭和60年9月19日判決)で、次のように判断されているからです。

  • 履歴書の中に賞罰欄がある場合、求職者は真実を記載しなければならない
  • ただし、刑法第34条の2(注)により刑が消滅した前科については、特段の事情(前科が労働力の評価に重大な影響を及ぼすなど)がない限り、労働者に告知する義務はない

(注)刑法第34条の2では、拘禁刑以上の刑の執行が終わって10年が経過した場合などは、刑の言い渡しは効力を失う(法律上は刑を受けたことがないものとして扱われる)とされています。

この他、犯罪歴・処分歴の詐称や秘匿を見つける方法としては、身元保証書や退職証明書を提出してもらうことも考えられます。

身元保証書は、求職者が入社後に本人の故意や重大な過失で会社に損害を与えた場合、本人と身元保証人が連帯して責任を負うという書類です。犯罪歴・処分歴に限らず、過去に何らかの問題があった求職者は身元保証人を見つけにくいため、提出をためらうこともあります。

退職証明書は、前職を退職したことを証明する書類です。退職理由が記載されているため、懲戒解雇を隠していないかを確認する材料になります。

3)採用してしまったら?

2)の裁判例では、履歴書の賞罰欄に犯罪歴を記載しなかったことが争点となりましたが、

社員の犯罪歴はすでに刑が消滅したもので、こうした前科に会社が言及することは、労働者の更生を妨げかねない

として、解雇は無効と判断されました。

これを踏まえると、会社に求められているのは、犯罪歴・処分歴ではなく、社員の「今の」就業態度や能力によって処遇を決めることだと言えるでしょう。

なお、犯罪の経歴(前科や犯罪行為をした事実)や、本人が被疑者・被告人として刑事事件の手続きを受けたことなどは「要配慮個人情報」に当たります。前述の病歴などと同じく、取り扱いには細心の注意を払いましょう。

以上(2026年8月更新)
(監修 TMI総合法律事務所 弁護士 池田絹助)

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