目次
1 日本の9割を占める同族企業。「お家騒動」は他人事ではない
日本の全企業のうち、実に9割以上が創業者や創業者一族が株主または経営者として関与する「ファミリービジネス(同族企業)」であると言われています。地域に根ざし、日本経済の屋台骨となってきたのは、間違いなく全国のファミリービジネスです。
一方で、事業が成長し、創業から第2世代、第3世代へと世代交代が進むにつれて、かつては存在しなかった構造的な摩擦や利害対立が表面化することがあります。
「うちは家族経営だから身内同士の意思疎通は取れている」と思われる経営者の方も多いかもしれませんが、創業者一族による「お家騒動」や「公私混同」、「後継者争い」といったネガティブな事例がメディアを賑わすことがあるのも事実です。そのため、「同族企業はガバナンスが効きにくい」という印象を持たれることがあります。
そうした中、経済産業省が2026年6月、新たに「ファミリーガバナンス・ガイダンス」を策定しました。
■経済産業省「『ファミリーガバナンス・ガイダンス』の公表について」■
https://www.meti.go.jp/press/2026/06/20260605001/20260605001.html
「ファミリーガバナンス」というと、「企業経営とは直接関係のないプライベートな事柄にまで国が踏み込んでくるのではないか」といった抵抗感や違和感を覚える人もいるかもしれませんが、同ガイダンスでは「ファミリーガバナンス」は、
ファミリー内における協働、及び、ファミリーと株主をはじめとする従業員・役員・顧客・地域社会等のステークホルダーとの協働を促し、結果として事業を継続・承継し、持続的に成長するための仕組み
として定義されています。言い換えれば「ファミリービジネスのあり方の指針」です。
この記事では、「ファミリーガバナンス・ガイダンス」(以下「ガイダンス」)に基づき、ファミリービジネス特有の強みとその裏に潜む「構造的リスク」、そして問題発生を未然に防ぐ「ファミリーガバナンス」の基礎について分かりやすく解説します。自社の経営や一族の現状を客観的に見直し、将来に向けた家族・親族間での対話を始めるきっかけとしてお役立てください。
2 ファミリービジネスの強みとその裏に潜む「構造的リスク」
1)ファミリービジネス「2つの強み」
ファミリービジネスには、非同族企業にはない決定的な強みが存在します。経済産業省のガイダンスにおいても、持続的成長の源泉として次の2点が挙げられています。
1.長期的な視点での経営と連続的な挑戦
一般的な上場企業では数年単位で経営者が交代するケースが多いのに対し、ファミリービジネスでは一人の経営者が数十年にわたってかじ取りを行うことが一般的であり、1世代(30年単位)という長い時間軸で経営を行うことが可能です。そのため、短期的な業績変動にとらわれず、研究開発や設備投資、新規事業の開発など、将来を見据えた投資を粘り強く継続することもできます。
四半期ごとの利益還元を強く求める外部株主からの圧力に左右されないため、「創業の志」や「現場の信念」に基づいた息の長い事業推進が可能です。また、時代の変化に応じて先代の成功体験に固執せず、自らの代で新たな事業を展開する「第二創業(事業転換)」を推進できる点も強力な強みとなります。
2.迅速な意思決定と強いリーダーシップ
ファミリービジネスの経営者は、自ら筆頭株主(所有者)であり、同時にファミリー(一族)の代表を兼ねているケースが多く見られます。所有と経営が一体化しているため、重要事項の意思決定において複雑な社内調整を経る必要がなく、トップダウンで迅速に決定することが可能です。
以前のコロナ禍のような感染症の拡大、物価高騰や産業構造の変化といった急激な外部環境の変化に直面した際、トップの強いリーダーシップのもとで即座に経営方針を転換できる機敏さ(アジリティ)は、競合他社に対する大きなアドバンテージとなります。
2)ファミリービジネスの強みの裏に潜む4つの「構造的リスク」
ファミリービジネスの強みは、運用を誤るとそのまま致命的な「リスク」へと裏返る構造的側面を持っています。
ガイダンスの策定過程における実務上の分析では、ファミリービジネスの構造的リスクとして主に次の4点が整理されています。
- 経営者の独善的行動・保身・成長意欲の減衰(エントレンチメント)
- 公私混同(会社資産の私的利用や不透明な親族優遇)
- 親族内の利害対立・感情的対立(いわゆる「お家騒動」)
- 後継者不足や経営能力不足、事業承継の遅れ
(注)エントレンチメント(Entrenchment)とは、長年経営の座にとどまることで社内に意見できる人材がいなくなり、経営者が独善的になったり、保身に走って新しい挑戦への情熱を失ったりすることで会社全体が停滞してしまう状態を指します。
3)なぜ世代交代が進むと揉める? 「スリーサークルモデル」で解き明かす
昔は家族みんなで協力していたのに、なぜ世代が進むと揉めるのか――この背景には、ファミリービジネス特有の構造変化が存在します。
学術・実務で広く用いられる「スリーサークルモデル」によれば、ファミリービジネスは「家族」「所有」「経営」の3つの要素の重なり合いで構成されています。創業期は創業者を中心に「家族」「所有」「経営」が一体化していますが、第2世代、第3世代へと進むにつれて相続により株式が分散するなどして、一族の中で「経営に関与する親族」と「株だけを持つ経営非関与の親族(少数株主)」に分かれていきます。
(図表)【ファミリービジネスに関するスリーサークルモデル】

(出所:経済産業省「ファミリーガバナンス・ガイダンス」)
所有と経営の分離が進むと、経営に関与する親族は「事業成長のために利益を社内留保して再投資したい」と考え、株だけを持つ経営非関与の親族は「適正な配当還元や経営情報の透明化」を要求するようになります。
双方の立場による「利害の不一致」に加え、親族間の感情的なもつれが長きにわたって蓄積され、合理的な話し合いが困難となり、「お家騒動」へと発展
します。これは個人の感情論ではなく、所有と経営が分離していく過程で生じる「落とし穴」です。
3 問題発生を未然に防ぐ「ファミリーガバナンス」の基礎
1)ファミリーガバナンスの定義とコーポレートガバナンスとの違い
冒頭でも触れたように、ファミリーガバナンスとは、
ファミリー内における協働、及び、ファミリーと株主をはじめとする従業員・役員・顧客・地域社会等のステークホルダーとの協働を促し、結果として事業を継続・承継し、持続的に成長するための仕組み
です。
コーポレートガバナンス(企業統治)が、取締役会などが、株主や顧客等の立場を踏まえて適正・迅速な意思決定を行う「会社経営の仕組み」であるのに対し、ファミリーガバナンス(一族統治)は、一族の理念・価値観を共有し、一族内のルールや合意形成メカニズムを整え、会社と一族との健全な関係性を維持する「所有者・一族側の仕組み」です。
2)なぜ今、経済産業省が動いたのか? 財産承継から「一族のガバナンス」へ
従来の事業承継対策は、株式の評価引き下げや相続税の節税といった「財産承継」の手法が中心でした。しかし、形式的な財産引き継ぎを行っても、その後に一族内で対立が生じたり、社内の信頼関係が損なわれたりすれば、事業の継続は困難になります。
今回、経済産業省が「ガイダンス」を策定した背景には、単なる節税対策にとどまらず、「創業者一族内の価値観・志の共有」や「公私の明確な整理(ルール化)」という本質的なガバナンス構築こそが、企業の持続的成長に不可欠であるという認識が高まったためです。
4 手遅れになる前に。「対話」から始める将来への投資
この記事では、ファミリービジネスが持つ本来の強みと、世代交代に伴って生じる構造的リスク、そして一族と会社を健全に結ぶ「ファミリーガバナンス」の基本概念について解説しました。
ファミリービジネスの持続的成長において何より重要なのは、問題が表面化してから法的な争いで解決を図ることではなく、
摩擦が生じる前に、転ばぬ先の杖としてルールと対話の場を整えておくこと
です。
まずは自社が「スリーサークルモデル」のどの段階にあるのかを客観的に把握し、ご家族や親族間で創業の歴史や想いを語り合う小さな対話から始めてみてください。
次回は、経済産業省の「ファミリーガバナンス・ガイダンス」が提示する「5つの柱」を軸に、「お家騒動」を防ぎ、世代を超えて持続的成長を続けるための実践的アプローチを解説します。
以上(2026年10月作成)
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画像:ChatGPT




















