1 賃上げの不安は、助成金を上手に活用して払拭する
物価高の影響等から、賃上げ(定期昇給やベースアップ)に向けた動きが活発になっています。2026年春闘の動向を見ても、賃上げ率は2024年・2025年に引き続き、「5%以上(定期昇給相当分を含む)」と高水準です。
一方で、多くの経営者は「先行きが不透明で、簡単には賃上げができない……」と不安を抱えています。一度賃金を引き上げてしまうと簡単には引き下げることができないのが現状です。賃上げは簡単でも、賃下げは「労働条件の不利益変更」等の問題が絡み、経営者の一存での対応は非常に難しいので、不安になるのも無理はありません。
そこでご提案したいのが、助成金を上手に活用し、賃上げによるコストアップの補填に充てることです。例えば、中小企業の場合、
有期パート等(契約期間の定めがある非正規雇用の社員)の基本給を3%以上増額すると、最大740万円を受け取れる
のをご存じでしょうか。これは「キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)」というものですが、他にも賃上げに関する助成金があります。
以降で、中小企業(雇用保険の適用事業主であることを前提とする)向けの助成金を取り上げ、支給額や要件等の情報に加え、専門家のワンポイントアドバイスも併せて紹介します。ぜひ、参考にしてみてください。
なお、助成金の内容は、2026年4月22日時点のもので、将来変更される可能性があります。申請書の書き方や添付書類等については、各章で紹介しているURLをご参照ください。また、いわゆる「賃上げ促進税制」については、こちらのコンテンツをご確認ください。
▶ 30237 【中小企業向け】税理士が厳選! 2026年度に使える主な税制
2 キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)(最大740万円)
1)キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)とは?
有期パート等の基本給を3%以上増額するように賃金規定等を改定し、その規定を適用させた場合、賃上げをした有期パート等の人数に応じ、助成金を受け取れるというものです。
2)助成金を受け取るには?
まず、会社が次の要件を全て満たす必要があります。「キャリアアップ計画」は、有期パート等のキャリアアップを図る上での目標や会社の取り組みに関する計画、「賃金規定等」は、就業規則の賃金規定、賃金テーブル、賃金一覧表等のことをいいます。
- コースの実施日(賃金規定等の改定日)の前日までに、キャリアアップ計画を作成し、都道府県労働局に提出すること
- 有期パート等の基本給を3%以上増額するように賃金規定等を改定すること
- 改定後の規定に基づき、増額した賃金を6カ月間支給していること
ちなみに、既存の賃金規定等を改定した場合だけでなく、新たに規定を作成した場合であっても、過去3カ月の賃金実績と比較し3%以上増額していれば助成の対象となります。
なお、助成金は賃上げをした有期パート等の人数(1年度1社当たり100人が上限)に応じて支給されますが、対象となるのは、
雇用保険の被保険者で、賃金規定等の改定の3カ月以上前から勤務している有期パート等だけ(助成金の申請時点で離職している者等を除く)
なので注意が必要です。ちなみに、原則として週の所定労働時間が20時間以上で、雇用期間の見込みが31日以上ある人が、雇用保険の被保険者になります。
会社も有期パート等も要件を満たしている場合、6カ月分の賃金を支給した日の翌日から2カ月以内に都道府県労働局に申請をすれば、助成金を受け取れます。
3)受け取れる金額はいくら?
「賃上げ率に応じた支給額」(具体的には図表1の額)を定額で受け取れます。また、職務評価(職務の大きさを相対的に把握すること)を実施し、適正に有期パート等の賃金規定等に反映した場合、別途加算が受けられます。

仮に中小企業が100人に対し、6%以上の賃上げを実施した場合、加算額も含めると、1年度につき最大740万円を受け取れる計算になります。
4)専門家のワンポイントアドバイス
賃金規定等を3%以上増額改定する場合でも、
基本給以外の諸手当等を減額している場合は、支給対象とならない
ので注意が必要です。なお、増額改定とする制度設計は、申請者だけでなく、原則として全ての有期パート等を対象とする必要があります(ただし、合理的な理由があれば、一部に限定した改定・昇給であっても対象と認められるとされています)。
また、賃上げの実施前にキャリアアップ計画を作成・提出しないと、この助成金は受け取れません。また、労働保険料の未納や労働関係法令の違反がある会社は、助成金の対象から外れる恐れがあります。なお、
第3章で紹介する「業務改善助成金」の賃上げ対象にした社員は、キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)の対象にカウントすることができない
ので注意が必要です。
3 業務改善助成金(最大600万円)
1)業務改善助成金とは?
会社(実際は支店等の事業場単位)が事業場内最低賃金(最も賃金が低い社員の時給)を50円以上引き上げ、生産性を向上させるための設備投資等を行った場合、その費用の一部について助成金を受け取れるというものです。こちらは中小企業・小規模事業者だけが対象です。
2)助成金を受け取るには?
まず、会社が次の要件を全て満たす必要があります。
- 中小企業・小規模事業者であること
- 事業場内最低賃金が、2026年度の地域別最低賃金未満であること
- 解雇や賃金引き下げ等の不交付事由に該当しないこと
要件を満たしている場合、「賃上げの計画」「設備投資等の計画」を作成し、都道府県労働局に提出します。交付が決定されたら、計画に沿って賃上げと設備投資等を実施し、都道府県労働局に結果を報告すれば、助成金を受け取れます。
なお、賃上げの対象は雇用保険被保険者に限定され、助成金の対象になる設備投資等の例としては、次のようなものが挙げられます。
- 設備投資(例:POSレジシステム導入による在庫管理の短縮、リフト付き特殊車両の導入による送迎時間の短縮)
- コンサルティング(例:専門家による業務フロー見直しによる顧客回転率の向上)
- その他(例:店舗改装による配膳時間の短縮)
3)受け取れる金額はいくら?
「助成上限額」までの範囲内で、「設備投資等の費用×助成率」で計算した額(具体的には図表2の額)を受け取れます。なお、「社員数30人以上」か「社員数30人未満」によって、助成上限額が一部異なる場合があります(図表2の赤字部分参照)。

要件を満たす場合、最大600万円を受け取れる計算になります。
4)専門家のワンポイントアドバイス
業務改善助成金における賃上げとは、全ての賃金の合計額をみて、所定の額以上の引き上げがされているものをいいます。そのため、
手当等を減額して基本給を引き上げた場合でも、ただちに助成金の対象から除外されるものではない
とされています。キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)とは、賃上げの考え方が少し異なるため、注意が必要です。
事業場内最低賃金の計算に含まれるのは、「毎月支払われる基本給と諸手当(職務手当、役職手当、住宅手当等)」だけで、時間外勤務手当(残業代)や賞与、通勤手当、家族手当などは対象外です(地域別最低賃金と同じ)。
ただし、事業場内最低賃金の計算の基礎に含まれないからと言って、通勤手当や家族手当などを減額や廃止するのは考えものです。その分の額を基本給などの引き上げに回したとしても、賃金全体の総額で見た場合に各コース所定の引き上げ額を下回っていると、賃上げとは認められません。
助成金の申請時に、賃上げ対象となる社員(必要がある場合は他の社員も)について、賃金台帳を基に実際の支給状況を確認されることがあるので、自社の賃金形態をあらかじめ確認しておきましょう。
なお、2026年度の交付申請は、2026年9月1日からスタートしますが、
締切は地域別最低賃金の発効日(2026年10月1日以降、各都道府県で随時発効。2026年11月30日以降の発効になる場合は、11月30日が締切)となっていて、申請期間が短い
です。また、
賃上げは、2026年9月1日から地域別最低賃金の発効日の前日までの間に行う
必要があるので、申請前に賃上げを実施してしまわないよう注意しましょう。
4 人材確保等支援助成金(雇用管理制度・雇用環境整備助成コース)(最大325万円)
1)人材確保等支援助成金(雇用管理制度・雇用環境整備助成コース)とは?
社員の離職率を低下させるために、
- 雇用管理制度(賃金規定制度、諸手当等制度、人事評価制度、職場活性化制度、健康づくり制度)
- 雇用環境整備(業務負担軽減機器等の導入(社員の業務負担の軽減が図られる機器・設備等の導入))
の措置のいずれかを実施し、離職率が低下した場合に助成金を受け取れるというものです。
2)助成金を受け取るには?
まず、会社が次の要件を全て満たす必要があります。「雇用管理制度等整備計画」は、雇用管理制度や業務負担軽減機器等の導入に関する計画のこと、「評価時離職率算定期間」は、計画期間終了から1年経過するまでの期間のことで、この期間に離職率の変化を評価します。
- 雇用管理制度等整備計画を作成し、都道府県労働局に提出して「認定」を受けること
- 計画の認定申請日から計画期間末日までの間、同一の社員(最低1人)を計画の適用対象者として継続雇用すること
- 雇用管理制度または業務負担軽減機器等を新たに導入し、適用対象者の2分の1以上に制度・機器等を適用し、さらに、制度・機器等を評価時離職率算定期間の末日まで運用すること
- 離職等について一定の要件を満たし、評価時離職率算定期間が終了するまで(計画期間終了から1年経過するまで)の離職率を、計画提出前1年間よりも原則として1%ポイント以上低下させること(雇用保険被保険者数が10人未満である場合は、要件緩和あり)
上記の要件を満たした上で、評価時離職率算定期間が終了してから2カ月以内に、都道府県労働局に結果を報告すれば、助成金を受け取れます。
3)受け取れる金額はいくら?
雇用管理制度については「制度の内容に応じて定められた額」を定額で、雇用環境整備については、「対象経費の2分の1に相当する額」を受け取れます(いずれも上限額あり)。
また、このコースでは計画期間中に、雇用管理制度・雇用環境整備の対象者について、「毎月決まって支払われる賃金を5%以上(一定の要件を満たす場合は3%以上)賃上げ」すると、加算が受けられます。なお、雇用環境整備に限り、7%以上の高い賃上げを実施した場合は更に高額な加算を受けることができます。

雇用管理制度・雇用環境整備の措置を両方実施し、なおかつ、賃金要件も満たした場合、最大325万円を受け取れる計算になります。
4)専門家のワンポイントアドバイス
助成の要件として、計画開始日6カ月前から計画期間の末日までにおいて、雇用保険被保険者を会社都合で解雇等していないことが含まれています。助成の獲得を狙うのであれば、計画の達成だけに注視するのではなく、日常的な運営にも留意する必要があります。
賃金要件を満たすためには、雇用管理制度等整備計画の認定申請後、
雇用管理制度・雇用環境整備の措置の実施日から、計画期間の末日までに賃上げ
を行う必要があります。また、社員それぞれの「毎月決まって支払われる賃金」について、
賃上げ前3カ月間の合計額と、賃上げ後3カ月間(賃上げした月を含む)の毎月決まって支払われる賃金の合計額を比較して、原則5%以上増加
していることが必要です。
以上(2026年5月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)
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