【収支シミュレーション】 訪問看護ステーションの開業収支モデル

書いてあること

  • 主な読者:訪問看護ステーションの開設を検討している人
  • 課題:物件を賃借し、訪問看護ステーションを開設する
  • 解決策:開業、運営に掛かる費用の目安を押さえ、収支計画をシミュレーションしてみる

1 訪問看護ステーションとは

訪問看護ステーションとは、

都道府県知事から事業所の指定を受けて、看護師等が利用者の居宅を訪問し、病状の観察、リハビリテーション、医師の指示に基づく医療処置、医療機器の管理、家族への介護支援・相談、週末期のケアなどを行うサービス

です。

なお、病院や診療所が「みなし指定(健康保険法の保険医療機関・保険薬局が介護保険法による医療系サービスの事業者として、指定をされたものとみなすこと)」としてサービスを提供する場合は「訪問看護」の名称になります。以降では、注釈がない限りは訪問看護ステーションで呼称を統一します。

訪問看護ステーションを開設するには、

  • 法人格を取得する
  • 厚生労働省令で定められた事項を都道府県知事に届け出る
  • 厚生労働省が定める「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」を満たす
  • 施設の所在地の都道府県知事(指定都市・中核市は各市長)から「指定居宅サービス事業者」の指定を受ける

必要があります。

なお、市区町村によって基準が異なる場合や、設置を計画していた施設の数を満たしているといった理由で申請を受け付けていない場合があるため、事前に市区町村の担当部署に確認しましょう。

また、市区町村によって施設整備費や設備整備費などに補助金を出していることもあるので、併せて確認するとよいでしょう。

2 開業収支を考える

1)前提条件

1.売上高

売上高は、1カ月あたりの利用者数を70名として年間3980万円とします。算出式は次の通りです。

介護サービス費4万7300円×1カ月あたりの利用者数70名×12カ月≒3980万円

訪問看護ステーションの売上高は、介護サービス費から成ります。

厚生労働省「介護給付費等実態統計月報(令和6年3月審査分)第5表 介護サービス受給者1人当たり費用額,要介護状態区分・サービス種類別」によると、訪問看護の介護サービス受給者1人当たり費用額は4万7300円となっています。介護保険が適応されるので利用者の負担は1割(一定基準以上の所得がある場合は2割または3割)となります。

2.原価率

原価率は、後掲の図表4(訪問看護の1施設1カ月当たり収支)の介護事業費用のうち(4)その他を参考に18.1%とします。

3.人件費

人件費は同じく後掲の図表4(訪問看護の1施設1カ月当たり収支)の介護事業費用のうち(1)給与費74.6%を参考に2969万円(3980万円×74.6%)とします。

4.その他

ここでは、車両のリース費用として、年間48万円(月額2万円×12カ月×2台)を盛り込んでいます。

5.施設整備・設備整備費用

駐車場付きの物件を賃借することとします。賃料は月額22万円と仮定し、設備・備品の購入費用を50万円と仮定します。

その他の諸条件は図表1の通りです。

画像1

2)収支シミュレーション

画像2

画像3

3 訪問看護の1カ月当たり収支

厚生労働省「令和5年度介護事業経営実態調査」によると、訪問看護の1施設1カ月当たり収支は次の通りです。

画像4

以上(2024年8月更新)

pj50215
画像:Akarawut-Adobe Stock

高収入の社員はボーナスをもらうと損?〜社会保険の仕組みを丸裸にして社員に寄り添った支給を!

書いてあること

  • 主な読者:社員の賃上げやボーナスのアップを考えている経営者、人事労務担当者
  • 課題:ボーナスの額によっては社会保険料が増えて、社員の手取りが減少する
  • 解決策:標準報酬月額、標準賞与額のルールを理解し、社会保険料をシミュレートする

1 ボーナスを上げると社員も会社も損をする?

ここ最近、賃上げに向けた動きが活発化しています。この賃上げを「ボーナス(賞与)の引き上げ」で検討する会社もあるでしょう。ただし、ご用心。なぜなら、

月給「65万円以上」の社員のボーナスを引き上げると、逆に社会保険料(その計算基礎となる標準報酬月額や標準賞与額)が増えて、月給を引き上げるより手取り額が減るケース

があるからです。これは、社会保険料の額に「上限」が設定されていることで起きる現象ですが、せっかく賃上げをするなら、より手取り額が増えたほうが喜んでもらえますよね。

年収が同じで月給で支払う場合とボーナスで支払う場合についてシミュレートするので、参考にしてください。なお、この記事では、健康保険の保険者は「協会けんぽ(全国健康保険協会)」とします。

2 社会保険料の額には「上限」がある

1)月給の場合

月給の社会保険料(健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料)は、「標準報酬月額×保険料率」で計算します(労使折半で負担)。

標準報酬月額とは、報酬(正確には所定の方法で計算した報酬月額)を一定の金額幅で等級別に区分したもの

です。報酬には、基本給、役付手当、勤務地手当、家族手当、通勤手当、住宅手当、残業代などが含まれます。一方、支給回数が年3回以下のボーナスや退職金などは含まれません。

標準報酬月額は、健康保険が50等級、厚生年金保険が32等級に分かれていて、

  • 健康保険の場合、標準報酬月額の上限は139万円(50等級)
  • 厚生年金保険の場合、標準報酬月額の上限は65万円(32等級)

となっています。

2)ボーナスの場合

ボーナスの社会保険料は、「標準賞与額×保険料率」で計算します(労使折半で負担)。

標準賞与額とは、ボーナスの総額から1000円未満を切り捨てた額

です。標準賞与額の対象となるのは、労働の対償として支払われる支給回数が年3回以下のボーナスです。夏季と年末にボーナスを支給している場合、標準賞与額も年2回計算します。

標準報酬月額のように等級はありませんが、金額の上限は決まっていて、

  • 健康保険の場合、標準賞与額の上限は年度累計で573万円
  • 厚生年金保険の場合、標準賞与額の上限は1カ月当たり150万円

となっています。

3 実際のところ、社会保険料はどのぐらい変わるのか?

月給が標準報酬月額の上限を、ボーナスが標準賞与額の上限を超える場合、上限を超える部分の額については社会保険料がかかりません。そのため、高収入の社員の場合、

月給とボーナスのウエイトを調整することで、社会保険料の負担を減らせるケース

があります。特に1番ハードルの低い上限である

厚生年金保険の標準報酬月額の上限「65万円」

に注目しておきましょう。

この上限がどう社会保険料に影響するのか、社員の収入のパターンを次の2種類に分けてシミュレートしてみます。どちらのパターンも年収は同じですが、Bパターンのほうは、月給を1年間で120万円(10万円×12カ月)多く支払う代わりに、ボーナスの支給を0円にしています。

【Aパターン】年収900万円(月給65万円、ボーナス120万円(60万円×年2回))

【Bパターン】年収900万円(月給75万円、ボーナス0円)

協会けんぽ「令和6年度保険料額表(東京都)」の場合、保険料率はそれぞれ

  • 健康保険料率:9.98%
  • 介護保険料率:1.6%(40歳から)
  • 厚生年金保険料率:18.3%

です。社員を40歳以上と仮定して、この保険料率をベースに社会保険料を計算すると、次のようになります。

画像1

年収は同じなのに、ボーナスを支給しないBパターンのほうが、1年間で10万9800円(134万4600円-123万4800円)、社会保険料が低くなっています。

ポイントは、月給にかかってくる厚生年金保険料(図表の赤字部分)

です。厚生年金保険の場合、標準報酬月額の上限は65万円なので、月給が65万円から75万円になっても、厚生年金保険料は変わりません。加えてBパターンでは、ボーナスの支給がないことにより、ボーナス分の社会保険料が発生せず、負担が抑えられるわけです。このように

ボーナスを月給に付け替え、月給が標準報酬月額の上限を超えるように設定する

と、手取りが増えて喜ばれるかもしれません。

ただ、注意すべきなのは、社会保険料の負担が減ることにより、

社員が将来受給する老齢年金の支給額が目減りする可能性がある

という点です。次章で解説しますので、メリット・デメリットをよく考えながら、月給とボーナスのウエイトを決めていくようにしてください。

4 社会保険料を抑えると、老齢年金はどのぐらい減るのか?

老齢年金は「老齢基礎年金(国民年金)」と「老齢厚生年金(厚生年金保険)」の2階建てになっていて、一般的に支給額の多くを占めるのは、老齢厚生年金の「報酬比例部分」です。

報酬比例部分の額は、社員が厚生年金保険に加入したのが2003年度以降の場合、

平均標準報酬額×0.5481%×2003年度以降の厚生年金保険の被保険者期間(月)

で計算します(2002年度以前に加入した場合、計算方法が異なります)。なお、

平均標準報酬額とは、2003年度以降の「標準報酬月額+標準賞与額」の月平均のこと

です。

さて、第3章で「月給65万円、ボーナス120万円」の場合と「月給75万円、ボーナス0円」の場合の社会保険料を比較しましたが、今度は同じ条件で、報酬比例部分の額についてシミュレートしてみましょう。

画像2

赤字の部分に注目してください。今回は月給とボーナスの額が変動しない想定なので、平均標準報酬額と報酬比例部分の額は次のようになります。

【Aパターン】

  • 平均標準報酬額:75万円((標準報酬月額65万円×12カ月+標準賞与額120万円)÷12カ月)
  • 報酬比例部分の額:4万9329円(平均標準報酬額75万円×0.5481%×12カ月)

【Bパターン】

  • 平均標準報酬額:65万円((標準報酬月額65万円×12カ月+標準賞与額0円)÷12カ月)
  • 報酬比例部分の額:4万2752円(65万円×0.5481%×12カ月)

Bパターンではボーナスの支給がない上に、標準報酬月額も65万円が上限なので、Aパターンよりも平均標準報酬額が10万円低くなります。それに引っ張られ、報酬比例部分の額も、Bパターンのほうが1年当たり6577円低くなります。仮に20年間、同じ状況が続けば、支給額に約13万円の差が出ます。老後のことを考えると安い額ではありません。

現役時代の手取りを増やすか、将来の年金を増やすか、どちらが得かを慎重に考える必要

があるわけです。

なお、老齢年金は、住んでいるエリアによって(社会保険料等の控除額が異なるため)手取り額が変わったり、細かな改正が行われていたりする分野なので、シミュレーションをする際にはぜひ、お近くの年金事務所や社会保険労務士などの専門家にご相談ください。

以上(2024年5月作成)

pj00711
画像:78art-Adobe Stock

【朝礼】ビジネスの「賞味期限」は、あなた次第で決まる

おはようございます。今朝は、「考え事の賞味期限を決める」ことについてお話しします。

食べ物には賞味期限や消費期限、建築物には耐用年数といった期限があります。この期限を守らないと、食べ物をおいしく食べることも、建築物を安全に利用することもできません。私たちにも、健康寿命と命の寿命があって、その期間にできることは限られています。

こう考えると、私たちの活動には、「寿命のある者(私たち)が、寿命が尽きる前に、何かを食べたり利用したりして、やはり寿命のある何かを生み出す」という側面がありますね。

そして、何を食べるか、何を利用するかを「決める」のにも時間の制約があります。例えば、ランチにラーメンとカレーのどちらにするか、長い時間迷っていたら昼休みが終わってしまいます。これは極端な例ですが、日々の生活はこうした決め事の連続ですから、早く決めれば、それだけやれることも増えるわけです。とはいえ、全てを自分だけで決められるわけではありません。特にビジネスはそうで、こちらと相手の息が合わないと、できることもできなくなってしまいます。

一つ、興味深い言葉を紹介します。それは「不期明日(みょうにちをきせず)」という禅の言葉です。千利休(せんのりきゅう)の孫である宗旦(そうたん)が、自身の隠居所となる茶室を建て、そこに禅の師匠である清巌(せいがん)を招きました。ところが、約束の時間に清巌は訪れません。

仕方がないので、宗旦は「また明日、お越しください」という伝言を弟子に託し、自らは別の用事で出掛けました。宗旦が戻ったとき、茶室には清巌が書いた「懈怠比丘不期明日(けたいのびくみょうにちをきせず )」という言葉が残されていました。「怠け者の私(清巌)は、明日来てほしいと言われても、行けるかどうか分かりません」という意味です。この言葉を見た宗旦は、茶室に「今日庵(こんにちあん)」という名前を付けたそうです。

この教えは、「明日はどうなるか分からないので、先延ばしにせず、やるべきことは今日やることが大事」というものです。これはその通りですが、時間通りに来なかったのは清巌であり、「宗旦がずっと待ち続けるべきだったのか?」という疑問が残ります。

この点について、私は「考えることも、行動することも、自分のスピード感に相手を巻き込むことが大切」と考えています。先の例で言えば、清巌が「時間通りに必ず行こう。とても楽しそうだ!」「いつもお世話になっているから、遅れることはできない」と思っていたら、違う結末になっていたはずです。

「賞味期限」とは、単に時間の長さだけではなく、物事に対する関係者の熱量であると考えることができます。そして、その賞味期限は、関係者間で共有できるようにしておかないと、物事は前に進まないのです。

以上(2024年5月作成)

pj17179
画像:Mariko Mitsuda

霞ヶ浦産「AIシラウオ」の大躍進! ~行政とスタートアップのコラボレーション

書いてあること

  • 主な読者:AIを導入したい経営者、または行政とのコラボレーションを目指している経営者
  • 課題:AIの導入を検討しているが使いどころが分からない、また効果的な行政とのコラボレーションの方法に悩んでいる
  • 解決策:課題を明らかにした上で、それを解決すべく「適材適所」で、AIの長所と人間の長所を使い分けて組み合わせることで、効果的なAI導入を図ることができる

1 AIで輝きを増す「霞ヶ浦のダイヤモンド」

全国第2位の面積を誇る湖、茨城県霞ヶ浦。釣り愛好家の間ではバス釣りの名所として知られているこの地で、近年、最新技術を駆使した「AIシラウオ」が注目を集めています。

地元では「霞ヶ浦のダイヤモンド」とも呼ばれる透明で美しいシラウオは、全国第2位の漁獲量を誇っていたにもかかわらず、長い間脚光を浴びることがなく、持続可能な漁業が危ぶまれる状況にありました。

この問題を解決するために霞ヶ浦湖東の行方(なめがた)市が始めたのが、スタートアップとのコラボレーション。スタートアップのima(アイマ、東京都中央区)と行方市が協力し、AIの技術を使ったシラウオのブランド化に挑戦したのです。

本プロジェクトは、難しいとされがちな行政×スタートアップのコラボレーションの成功例といえます。

本取り組みの2つの軸は、AIの長所である「客観性」を活かした技術の導入と、人間の長所である「つながり」を活かした斬新なコラボレーション。

2つの長所が組み合わさり、AIと人間が【適材適所の働き】を見せることで、本プロジェクトは大成功し、霞ヶ浦のシラウオ漁業問題も解決の道へと進み始めています。

また、本プロジェクトの肝である【適材適所:技術の使い分け】には、停滞する経営にてこ入れし、好循環を生み出すためのヒントも隠されていました。

この記事では行方市とimaの取り組みを紹介し、自社で活かせるポイントを説明していきます。

2 「AIシラウオ」プロジェクト

漁業にAIを組み合わせる「スマート漁業」は黎明(れいめい)期にありますが、行政の取り組みはとても斬新です。行方市はどのような問題を抱え、それをどうやって解決したのでしょうか? その流れを見てみましょう。

1)霞ヶ浦の負のスパイラル

霞ヶ浦のシラウオ漁業は、漁獲量頼みの経営が原因の「負のスパイラル」に陥っていました。この悪循環が生まれた理由は、大きく分けて以下の2つです。

1.漁獲量が不安定であること

漁業は気候変動や他生物の増減などの影響を受けやすく、毎年の漁獲量にどうしても差が出てきます。何らかの理由によって魚の数が減少すると、当然その年の漁獲量も減ります。

2.価格も不安定であること

画像1

このグラフのように価格が不安定である主な理由に「霞ヶ浦近郊に卸市場が存在しないこと」が挙げられます。卸市場には、価格をコントロールしながら広く商品を流通させ、結果的に漁業者を守る機能があります。しかし、卸市場が存在しない霞ヶ浦の漁業者は、商社(加工業者)や飲食店と直接売買を行うほかありませんでした。すると、どうしても価格が買い手主導のものとなってしまうため、霞ヶ浦の漁業者たちは苦しい経営を余儀なくされていました。

また、生活を豊かにしようとたくさんのシラウオを漁獲すると、卵を産む親魚の数が減り、翌年以降の漁獲量が減少します。漁獲量が減ると生活が苦しくなり、生活を豊かにするためにシラウオを取ればまた漁獲量が減ってしまう――霞ヶ浦のシラウオ漁業は、この「負のスパイラル」に陥っていたのです。

「漁獲量が不安定」「価格も不安定」という問題を解決するために、そして、持続可能な漁業を実現して地域を豊かにするために、行方市は2021年、新たな取り組みを始めました。

それがスタートアップとのタッグ、そしてAIを使った品質保証による、霞ヶ浦産シラウオのブランド化プロジェクトです。

2)敏腕目利き役「AI」

画像2

行方市とタッグを組んだのは、同県つくば市在住の三浦亜美氏が代表を務めるスタートアップ企業のimaです。「あらゆるものの“合間”をとりもち、社会のデジタルトランスフォーメーション(DX)化を支援する」というコンセプトを持つimaは、本取り組みで「行方市」と「AIという最新技術」の手をつながせました。

両者のコラボレーションの肝は、「AIによる客観的な品質保証」です。

シラウオは鮮度が命。AIが客観的に鮮度を目利きできれば、卸市場の代わりにAIがシラウオのおいしさなど品質を保証することが可能で、それ自体が大きな付加価値となります。

AIシラウオ(AIが品質保証したシラウオ)のブランド化が進めば取引価格も安定し、漁業者の労働時間の改善、所得の増加、そして漁業自体のイメージアップにもつながります。この好循環を創り出し、ゆくゆくは霞ヶ浦地域全体に持続可能な漁業が根付くことを目的とした、「霞ヶ浦産シラウオ×AIプロジェクト」が幕を開けたのです。

imaは最新技術を導入するために、また流通やAI開発の手助けにするために、AI開発会社のみならず、東京農業大学(東京都世田谷区)や近畿大学(大阪府東大阪市)とも協力し、霞ヶ浦産シラウオのブランド化に注力しました。

この取り組みにおいて着目されたのは、新鮮なシラウオとそうでないシラウオの姿の違いです。

シラウオは1年で成長し、卵を産むことで一生を終える「年魚」。1年を通して大きさ・色が変化するために、新鮮なシラウオがどの時期にどんな姿をしているのか、膨大なデータをAIに学ばせることが必要です。

そこで行方市は漁業者の協力を得て、時期によるシラウオの姿の違いのデータを収集し、時期ごとに鮮度等級を定め、そのデータをAIに学ばせ、等級を判別する技術を開発しました。

本プロジェクト始動から約1年後の2022年、行方市とimaは、ついにシラウオの鮮度等級を判別し、品質を保証するAI技術を完成させたのです。

3)最大のデメリットを最大のメリットへ

今、霞ヶ浦産シラウオはAIによる品質保証という付加価値が認められ、また東京近郊であるという地理的な利点を活かして、都内の飲食店への直送システムの構築や販路の開拓にも成功しました。

通常、都内でシラウオを販売する場合、青森県産や島根県産のシラウオは朝の漁の後、空輸で豊洲市場まで運ばれるため、飲食店での提供はどうしても漁の翌営業日からになります。

一方、霞ヶ浦産のシラウオは茨城県から卸を通さずに都内へ直送されるので、朝取れの新鮮なシラウオを、漁をしたその日の午前中に、飲食店に届けることが可能です。

都内では延べ13店舗もの飲食店が霞ヶ浦産のAIシラウオを提供し、「朝取れなので活きが良い」「早い時間のお客さまにも提供できる」と評判になったといいます。本プロジェクトでは品質管理センターを設けるなど、今後も継続的に東京近郊への販路拡大を目指すそうです。

シラウオは鮮度が命。霞ヶ浦が抱える「卸市場がない」というデメリットが、本プロジェクトにより、唯一無二の強みとなったといえます。

4)ブランド化成功の夜明け

画像3

また、霞ヶ浦産シラウオのブランド化戦略の一環として、加工品の開発も行われています。

2023年には行方ブランド戦略会議が開発した、地元料理・シラウオの塩辛から着想を得た「しらうお魚醤(ぎょしょう)」の「こはく・すず」が発売され、先着のモニター販売はわずか3時間で完売という素晴らしい結果を残したのです。「こはく・すず」は、現在は地元の道の駅やECサイトでの販売をはじめとして、ふるさと納税の返礼品や、ゆくゆくは茨城県のアンテナショップなどでも取り扱われる予定となっています。

霞ヶ浦産シラウオは行方市を代表する特産物として成長し、そのブランド化は着実に、成功の道へと進み出しているのです。

画像4

行方市の取り組みの肝は、「適材適所」が付加価値を生んだという点です。

資源を持つ行方市、技術や知識を持つAI開発会社・大学、そして、その合間を取り持ちプロジェクト提案と進行を担ったima。三者が手を取り合ったことで、今、「霞ヶ浦のダイヤモンド」は唯一無二の輝きを放ち始めたのです。

3「適材適所」が価値を生む

行方市の取り組みから学ぶことができるのは、以下2つの「適材適所」による価値の創出とそのプロセスです。

1)AIの長所は「客観性」

本取り組みにおいて有効活用されたAIの長所とは、「客観性」です。

AIによる客観的な評価を取り入れた結果、行方市のシラウオには新たな付加価値が加わり、そのブランド化と、持続可能な漁業をするための好循環の構築に成功しつつあります。

第一次産業に限らず、「勘と経験と度胸」という主観的な物差しだけでは信用を勝ち取れないケースは数多く存在します。また、客観的な評価を「適材適所」でAIに任せれば、業務が効率化するとともに、顧客や人材の信用も勝ち取ることができます。AIの使いどころを見定めることで、一見AIとは距離が遠く思える分野においても、効果的に最新技術を導入することが可能です。

2) 人間の長所は「つながり」

また、行政とのコラボレーションを目指す中小企業にとっても、この取り組みは大きなヒントとなり得ます。

今回の取り組みでは行政とAI開発会社・大学との合間をスタートアップ企業がつなぎ、また行政が地元漁業者の協力を得てAI開発会社・大学との合間をつないだことで、AIの技術開発や商品のブランド化成功への道が開けました。問題を抱えていた地元の漁業者が持つ知恵を最新技術のなかに活かすことが、このプロジェクトの本質的な成功の秘訣といえるでしょう。

一見難しく思える異業種コラボレーションも、「何が問題なのか」「それを解決するために何が必要なのか」を理解し、長所を活かした「適材適所」の提案をしてつながり合うことで、プロジェクトに大きな価値と好循環を生むことが可能でしょう。

以上(2024年5月作成)

pj50538
画像:なめがたブランド戦略会議

「社員の成長は会社の成長」 ~成長する社員に共通する3つの特徴とは?

書いてあること

  • 主な読者:最近、社員があまり成長していないと感じている経営者
  • 課題:忙しさもあり、社員の仕事ぶりをしっかりと見ることができていない
  • 解決策:具体的な成果にも着目するが、加えて成果を上げやすい社員の言動にも注目する

1 社員の成長なくして会社の成長なし

最近、「社員が成長したな!」と嬉しく感じたことはありましたか? もし、記憶にないということでしたらご用心。経営者が社員の成長を感じられない主な理由は、次の通りです。

  • 経営者が社員の成長に気付けていない
  • 本当に社員が成長していない

1.のような状況だと、社員は自分の成長に目を向けてくれない会社に不安を覚え、もっと成長できる場所、認めてもらえる場所を探して転職してしまうかもしれません。また、2.の場合は採用(怠け者を採用してしまっているなど)や教育制度の問題ですから、より根本的に人事制度を見直さなければなりません。

社員の成長なくして会社の成長はありません。経営者の皆さんは非常に多忙ですが、改めて社員の働きぶりに目を向けてみてください。そうすると「おっ!」と思える成長をしている社員がいるかもしれません。

この記事では、「1.経営者が社員の成長に気付けていない」の課題に注目し、経営者が気付いてあげたい、意外な社員の成長の兆しについて紹介していきます。もし該当する社員がいたら声をかけてあげてください。働き方がどう変わろうとも、経営者の一言は社員の成長を促す大きなエネルギーになります。

2 スマホがよく鳴る社員は社外から頼りにされている

社員の成長としては、仕事の処理スピードアップや新規営業先の獲得が分かりやすいですが、これは目に見える成果の形の一例です。経営者が注目したいのはその一歩手前、つまり「成果を上げやすい行動」です。社員をよく見ていると、その片鱗が垣間見えます。

例えば、スマホが頻繁に鳴り、笑顔で話している社員に注目してみましょう。このような社員は、社外の人から頼りにされやすく、気軽に連絡できる親しみやすい性格の持ち主かもしれません。仕事は関係者が協力し合って進めるものですから、

誰と協力するのか?

が成功のためにとても重要です。能力が足りていることもそうですが、「信頼できる(頼りになる)」というのが大前提になります。その信頼は、会社の規模や実績からも判断できますが、窓口担当者の言動も大きく影響します。社員のスマホに多くの連絡が寄せられることは、業務効率化の観点からは問題かもしれませんが、「何かと頼りにされている」という意味では、頼もしい存在だと言えます。

3 「運がいい」が口癖の社員は、大量のチャンスを獲得中

「運」に関しては、多くの人が研究を進めていますが、「確率」が大きく関係していることは確かでしょう。ビジネスにおいても、

多くの人と交流を持てば、成果を上げるチャンスも増える

ということです。かつて、「名刺の減り方と成長スピードは関連がある」と言われましたが、これと似た考え方かもしれません。

また、実際に多くの人と出会っている社員は、そうしたシーンに慣れています。そして、無理に特定の人との出会いを追求せず、自然なコミュニケーションで話を進めることができます。そうした出会いからビジネスに結びつくことがあれば、

あの時、あの人に出会えたからビジネスで成功した。運が良かった

と言うのです。

御社に、多くの人と出会っている社員がいれば、「最近出会った面白い人は誰?」と尋ねてみてください。おそらく、経営者の皆さんがまだ知らない人物が紹介されるでしょう。これは良い兆候です。なぜなら、会社全体として、重複のない広いつながりを持てていることの証だからです。

4 「理解しづらい」ことを言う社員は、新規事業の原石

生成AIなど、新しいアイデアや技術が次々と登場しています。御社には、新しいことが大好きで、すぐに取り組む社員はいますか? そんな社員は、まさに新しいものを取り入れて成長している最中です。その発言は、新しいものを敬遠しがちな社員や、変化を好まない社員からすると、理解しづらく評価の低いものになります。しかし、それでいいのでしょうか?

経営者も新しい情報や技術に触れることが大切ですが、初めて聞く内容や理解しにくい提案をする社員がいる場合、彼らこそが新しいビジネスチャンスを生み出す原石かもしれません。

「何か新しいことがしたい」と言う人に限って、なかなか今の行動を変えることができないものであり、経営者も例外ではありません。そうした経営者にとって、理解し難いことを提案してくる社員は、注目に値する、成長中の社員かもしれません。

5 放置してはいけない

以上が、成長する社員が見せる特徴の一例です。この他にもさまざまな兆しがあるので、社員の日頃の言動に注目してみてください。また、大切なことは、成長中の社員を見つけて放置することなく、声をかけ、具体的なチャンスを与えることです。経営者の声掛けと経験が社員の成長スピードをさらに早めることでしょう。

以上(2024年6月更新)

pj00671
画像:OKADA-Adobe Stock

経営者を支える「参謀2.0」。参謀獲得の新たな動きを見逃すな!

書いてあること

  • 主な読者:会社をさらに成長させるために、頼れる参謀を切望している経営者
  • 課題:参謀には経営者とは異なる視点を持ってほしいが、そうした人材は少ない
  • 解決策:「参謀は内部人材に限らないし、ジョブ型でもいい」という感覚を持つ

1 「参謀2.0」を考える。なぜ、経営者には参謀が必要なのか?

いかに優れた経営者でも1人でできることは限られます。ですから、

経営者には、自身とは違う視点で物事を捉え、時には自身をいさめてくれる「参謀」

が必要です。特に、コロナ禍を経て、経済が再び急速に動き始めた今、攻めるときも守るときも、経営者を支える参謀の存在は頼もしいはずです。

一方、ここ数年で参謀の在り方も変わってきました。例えば、新規事業を立ち上げる際、コアとなる人物(参謀)を業務委託で外部から招聘(しょうへい)するケースがあります。また、金融機関がDX参謀などとして、会社を強力にサポートするケースもあります。これらの動きは、

  • 参謀を内部人材とは限らず、業務委託で外部から招聘できる
  • 一部の分野に特化した「ジョブ型参謀」の組み合わせでもよい

という状況の変化を反映したものです。以降ではこの流れを踏まえて、経営者が参謀を獲得する上で重要な視点を紹介します。

2 「内部×外部」で化学反応を起こす!

参謀は誰にでも務まるものではないため、その選定や育成に時間がかかります。とはいえ、経営者が捻出できる時間には限りがあります。また、経営者が自ら参謀を育成することになれば、参謀の考え方は経営者と似通ってくるので、「異なる視点 で局面を見る」という、参謀にとって重要な条件が満たされにくくなります。

もし、御社が参謀の育成に困っているなら、参謀を「業務委託で外部から招聘する」のも一策です。実際、こうして参謀を獲得し、事業を成功に導いている経営者は数多くいます。とはいえ、単に業務委託として使うだけだと、その参謀との契約期間が終了した後に何も残りません。ですから、社内の参謀候補と外部から招聘した参謀とでチームをつくり、自社の参謀候補に新しい知見を吸収させることが重要です。

これには別の意味もあります。外部から参謀が招聘されると、自社の参謀候補は面白くありません。しかし、外部から招聘した参謀とチームを組ませることで、参謀候補は自身への経営者の期待を再認識できるわけです。

3 「ジョブ型」参謀はすでに存在する

経営者に「経営に必要な能力は?」と質問すれば、おのおのが自身の考えを述べるでしょう。例えば、「人間力」「判断力」「リーダーシップ」などですが、これらは抽象的です。より具体的に掘り下げるにしても、経営者の仕事は多岐にわたり、具体化してみると実に多くの能力を求められていることが分かります。そして、多様な能力が求められるのは、経営者を支える参謀についても同様です。

ただ、何もかもに精通した「オールマイティーな参謀」は、そうそういるものではありません。ですから、考え方を少し変えて「ジョブ型参謀」のチームを意識してみましょう。「DXであればA参謀」「採用教育であればB参謀」といった具合です。例えば、顧問税理士は、税務会計における社外参謀といえますが、DXには明るくないかもしれません。こういう場合は、別の分野で専門的な知見を持つ参謀を獲得し、組み合わせればよいのです。

また、参謀は必ずしも管理職クラス(部長や課長など)である必要はありません。通常の社員の中にも、経営者の目が届かないところ(テレワークなど)で、さまざまなことを学習し、特定分野においては社内の誰よりも知識を持っている人がいます。そうした社員は、自分の得意とする分野において、ジョブ型参謀としての役割を立派に果たしてくれるでしょう。

4 参謀リーダーという考え方

参謀は1人とは限らず、複数人いるケースもあるわけですが、この場合、参謀を束ねる参謀リーダーがいると意見がまとまりやすくなります。この参謀リーダーは、DXや税務会計などに明るくなくてもよく、むしろ「コミュニケーション能力が高く、ある意味で狡猾(こうかつ)に経営者を利用できる器」であることが求められます。例えば、次のような資質を備えた人物は参謀リーダーに向いています。

1)イエスマンにも反対勢力にもならない

参謀リーダーは経営者が好みそうな意見をまとめる「イエスマン」ではありません。さまざまな知見に触れ、経営者に「異見」を提示できる立場である必要があります。ただし、決して経営者を軽んじたり、反対勢力になったりすることはありません。

2)現場(社員)の声を吸い上げる

経営者は現場の社員の声を聞こうとしますが、社員は経営者に率直な意見を言うことをためらいます。特に悪い情報は、経営者の耳に入らないことが多いものです。そこで、参謀リーダーは経営者の目となり耳となって、経営者が把握しにくい社内の声や雰囲気などをつかみ、経営者に伝えなければなりません。特に、経営者に反抗的な社員がいる場合は注意します。

3)経営者の代弁者となる

経営者は、社員にさまざまなことを語りかけます。組織に一体感を与えるために理念を語ることもあれば、新たに講じた施策の内容やその意図を語ることもあるでしょう。しかし、多くの社員にとって、経営者の思いや意図は分かりにくいものです。そこで、参謀リーダーが経営者の代弁者となり、経営者の真の思いや意図を分かりやすく伝えるようにしましょう。

4)経営者をうまく使う

経営者でなければ対処できない課題があります。例えば、重要な交渉が暗礁に乗り上げたときに、経営者が出ていくことで流れを変えられることもあります。常に経営者を頼るというわけではなく、「ここぞ!」というときに、良い意味で経営者を使い、物事をうまく運ぶ器用さが参謀リーダーには求められます。

以上(2024年6月更新)

pj00307
画像:pexels

介護離職を防止する3ステップと復職支援

書いてあること

  • 主な読者:社員の介護離職が心配な経営者
  • 課題:何も対策しないわけにはいかないが、介護はデリケートな問題なので介入しにくい
  • 解決策:介護に直面する前から、相談しやすい雰囲気づくりや支援制度の情報提供に努める

1 仕事を辞めたいわけではない「介護離職」を防止する

介護離職とは、

仕事と家族の介護を両立することが難しくなり、仕事を辞めること

で、1年に約10万人の離職者がいます。特に2025年には「団塊の世代」が75歳を超え、その子供である「団塊ジュニア世代」(40~50代)の介護離職が大幅に増える可能性があります。ただ、介護はデリケートな問題故に、会社側からは積極的に介入しにくいのが悩みどころです。

そこで、大事になってくるのが

社員のほうから会社に相談してもらえるよう、社員が介護に直面する前から準備をする

という考え方です。会社が日ごろから介護について相談しやすい雰囲気づくりや、両立支援に関する情報提供に取り組んでいると、社員に「介護に直面しても仕事を続けられる(または辞めても戻ってこられる)」という安心感を与え、復職につなげられる可能性があるのです。以降で、介護離職を防止する3つのステップと復職支援について紹介していきます。

画像1

2 介護について相談しやすい雰囲気づくり

社員は「介護は家族の問題だから、自分で何とかしなければ……」と考えがちですが、経営者や上司が日ごろから次のようなメッセージを積極的に発信していれば、介護について相談しやすくなります。

  • 介護は誰もが直面する可能性があり、自分だけのことではない
  • 介護を担う社員に対して、仕事と介護の両立を支援するための制度がある
  • 介護休業などの支援制度の利用を理由に、評価が低くなることは決してない
  • 介護をしていることを隠さずに相談してほしい

また、会社は社員の家族構成についても、可能な範囲で把握しておきましょう。一般的に、75歳を超えると要介護状態になる人が多くなるといわれています。社会保険の被扶養者情報などに目を通しておくと、これから介護が必要となりそうな社員がある程度分かるでしょう。

「仕事と介護の両立支援のため」に、社員の家族構成や親の健康状態などを、年2回の個人面談の際に把握しているという例もあります。

■経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン-参考資料集-」■
https://www.meti.go.jp/press/2023/03/20240326003/20240326003.html

3 両立支援に関する情報提供

1)法定の両立支援制度に関する情報

育児・介護休業法には「介護休業」「介護休暇」など、仕事と介護を両立するためのさまざまな支援制度が定められています。例えば、次のような情報を伝えてあげると、社員は「介護をしながら働くこと」を前向きに検討できます。

  • 介護休業は、要介護の家族1人につき通算93日まで、3回を上限に分割取得できる
  • 介護休業を取得した場合、介護休業給付金(雇用保険)が支給されることがある
  • 介護休暇は、要介護の家族1人につき1年に5日間、1日または1時間単位で取得できる
  • 介護の必要がなくなるまで、所定外労働の制限(残業の免除)などが受けられる

2)公的介護保険サービスに関する基礎的な情報

自治体などから提供されている、公的介護保険サービスに関する情報も社員に伝えましょう。

  • 介護について分からないことは、地域包括支援センターの専門家に相談できる
  • 公的介護保険サービスを利用するには、地域包括支援センターか市区町村に申請する
  • 要介護(要支援)認定の申請やケアマネジャーの手配は、地域包括支援センターで行っている
  • 日中の見守りや夜間の緊急対応が受けられるかもしれない

3)会社独自の取り組みや民間の保険サービスに関する情報

テレワークなど、社員が介護をしながら働ける取り組みがあるなら、積極的に周知しましょう。社員が取り組みの存在を知らなかったり、自分は対象にならないと思い込んでいたりするケースは意外と多いものです。

社員本人が40歳(介護保険料を支払う年齢)になったら、社外から講師を招くなどして、公的介護保険サービスについて学べるセミナーを開催するのもよいでしょう。

また、損害保険会社が販売する団体保険で、社員の親が介護状態になると保険金を受け取れる、いわゆる「親の介護による休業補償特約」「親介護一時金支払特約」などの加入を検討してもよいかもしれません。要介護の状態になると、自宅のバリアフリー改修や有料老人ホームへの入居などで、まとまった費用が必要になることが少なくないからです。

4)親族の協力の重要性など踏み込んだ情報

仕事と介護を両立する際、親族の協力があればとても心強いものです。社員によって親族との関係性が違うので一概には言えませんが、次のようなことを伝えるとよいでしょう。

  • 将来の介護を見据え、日ごろから親や親族とコミュニケーションを取ったほうがよい
  • 親の状況(持病、かかりつけ医、親しくしている近所の人など)は親族間で共有する
  • 親の介護保険証や健康保険証の保管場所を確認しておく

4 介護に直面した社員との話し合い

社員が介護に直面した場合、なるべく早い段階で経営者が、「介護を理由に辞めてほしくない。会社として仕事と介護の両立を支援したい」というメッセージを伝えましょう。その上で、今後について話し合い、社員が介護をしながら無理なく仕事を続けられるように支援します。次のようなサポートをすることで、社員の気持ちをつなぎ留めることができるかもしれません。

1.要介護(要支援)認定を取得したか?

取得していなければ、窓口となる地域包括支援センターを紹介します。

2.ケアマネジャーにケアプランを作成してもらったか?

担当のケアマネジャーが分からなければ、窓口となる地域包括支援センターを紹介します。

3.介護をしながら仕事を続ける上で困っていることはないか?

介護休業・介護休暇の取得や、可能であればテレワークを勧めます。

4.仕事や介護の不安・悩みなどはいつでも相談してほしい

不安や悩みを1人で抱え込む必要はないことを伝え、サポートする姿勢を示します。経営者や上司が継続的に見守り、両立が困難な状況に陥っていないか、社員の心身のケアをします。

5 自社への復職を支援する

介護の悩みは、その社員が置かれた状況によって千差万別で、その状況も刻一刻と変化します。場合によっては、介護休業から復職できず、最終的に離職を選択してしまう社員もいるでしょう。ただ、そうした場合であっても、「状況が変わったら、いつでも連絡してほしい」と伝えておくなどすれば、復職の可能性を残すことができます。

離職した社員の状況などにもよりますが、離職後も定期的に連絡を取り続け、様子を確認するとともに、「会社はあなたのことを気にしている」という思いを伝えることも大切かもしれません。知識や技術を持ち、経験を積んだ社員は会社にとって貴重な戦力です。一から教育する必要がない経験者は、たとえ一度は職場を離れても、戻ってきてもらう価値があるでしょう。

以上(2024年5月更新)

pj00166
画像:photo-ac

なぜ、「仕事ができない」と思っていた部下が転職先で活躍できるのか?

書いてあること

  • 主な読者:相性の悪い部下がいて、うまくコミュニケーションが取れない上司
  • 課題:仕事なのは分かっているが、「好き嫌い」の問題を突破できない
  • 解決策:自分のやり方にはまらないから「嫌い」という考え方は改める。部下と協力して新しい方法を模索する姿勢を示す

1 上司の「枠」は絶対的な評価基準ではない!

「仕事ができない」と思っていた部下が転職先で活躍している……。割とよくある話ですが、実際に転職先で活躍している人に話を聞いてみると、転職先の雰囲気や仕事内容もそうですが、

転職先の上司との相性が良かったことが大きい

ようです。上司との相性がビジネスパーソンの成長と活躍に大きな影響を及ぼすことに疑いの余地はありませんが、問題は「なぜ、自社ではダメで転職先ではうまくいったのか」です。

相性の問題は「好き嫌い」の問題でもあります。もう少し分解して、

  • 人としての好き嫌い
  • 仕事の進め方の好き嫌い

に整理してみます。人間ですから「人としての好き嫌い」はどうにもならない部分もありますが、文字通り多様性が当たり前になりつつある今、上司にはさまざまな部下を受け入れる器の大きさが求められています。

もう一方の「仕事の進め方の好き嫌い」は、上司の「やり方」にはまるか否かに言い換えられます。かつては、上司のやり方が優れていて、部下のゴールは「上司と同じやり方で仕事を進められるようになること」でした。しかし、今の時代は違い、異質なものを束ねる能力が上司に求められます。にもかかわらず、上司が自分のやり方にはまらない部下を低く評価しているとしたら、その部下が転職先で活躍するのは当然のことです。なぜなら、その部下は、

一般的に能力が足りないわけではなく、上司のやり方と合わなかっただけ

だからです。

上司は、部下への指導の在り方をいま一度、見直す時期に来ています。ここでは、部下をフラットに評価する際に役立つ2つの視点を紹介するので参考にしてください。

2 虫の目・鳥の目・魚の目をバランス良く

ビジネスを進める上で重要な視点を、次のように「虫の目」「鳥の目」「魚の目」に例えることがあります。

  • 虫の目:目の前にある業務を、複眼的に注意深く確認する視点
  • 鳥の目:上から見下ろすように、全体像を俯瞰(ふかん)する視点
  • 魚の目:川や海を泳ぐように、将来のビジネスの方向を予想する視点

自分のやり方にこだわる上司は、何かにつけて「虫の目」の指示を出すことが多いです。しかし、ビジネスにはさまざまな手順があり、上司のやり方だけが正しいわけではありません。例えば、ITを使った業務では、部下のほうが詳しいといったケースもあります。経験に勝る上司と、新しい発想を持つ部下が意見を出し合って、より良い方法を模索する姿勢が求められます。

ただし、これは部下に迎合するということではありません。部下の考え方が正しくないと感じたら、そこはしっかりと指導しましょう。

3 部下の状況把握シートを活用する

部下は日々成長しており、担当する業務の難易度や処理スピードも変わります。上司が部下の状況を把握して、それに応じた指示を伝えれば、部下のレベルアップを図ることができるでしょう。部下の状況を客観的に把握するために役立つのが次の「部下の状況把握シート」です。

画像1

1)横軸は部下の行動レベル

「部下の状況把握シート」の横軸は、部下の行動レベルを示しています。例えば、ある業務内容に対する部下のレベルを「知っている」から「理解している」に引き上げるには、視点の大小や高低、業務の流れを意識した知識をインプットさせます。

また、レベルを「理解している」から「実践している」に引き上げるには、アウトプットの機会をたくさん与えます。例えば、営業担当であれば、顧客訪問に同行させるなどします。

レベルを「実践している」から「応用している」に引き上げるには、上司と部下が成功体験と失敗体験について話し合い、良かった点、悪かった点を整理した上で、次のアウトプットにつなげるようにします。

2)縦軸は部下の状態

「部下の状況把握シート」の縦軸は、部下の状態を示しています。

例えば、部下の行動レベル(横軸)を、「知っている」から「理解している」に引き上げる場合で考えてみましょう。当該業務の経験があったり、それが得意であったりする部下は知識の吸収が速く、少し難しい話をしてもついてくるでしょう。ただ、そうでない部下には、通常よりも丁寧に伝えます。

やる気はどうでしょうか。今、その部下にやる気がありそうなら、新しいことを教えるチャンスです。理解しているレベルから、実践しているレベルに部下を引き上げるための指示を出すのもよいです。

部下の性格を客観的に把握することは難しいですが、「緻密である」や「大ざっぱである」といった傾向は分かります。これに応じて指導のしかたを見直し、指示の伝え方やコミュニケーションの密度を変えてみるとよいでしょう。

以上(2024年6月更新)

pj00266
画像:pexels

「無期転換」が2024年4月改正で再注目。対象者や転換時期、労働条件の明示などについて改めて確認!

書いてあること

  • 主な読者:契約期間が通算5年を超えそうな有期パート等がいる経営者、人事労務担当者
  • 課題:無期転換に関連する法令改正があるようだが、内容が分からない
  • 解決策:2024年4月1日から、無期転換の「申込機会」「転換後の労働条件」の明示が義務化される

1 【無期転換】10年前に始まった制度が再注目される理由

「無期転換」とは、

同じ会社での契約期間が「通算5年」を超える有期パート等(契約期間の定めがあるパート等)が会社に申し込むと、契約期間の定めのない「無期契約」に転換される制度

です。なお、正社員転換と混同されることがありますが、無期転換は契約期間が無期になるだけで、雇用区分はパート等のままです。ただし、無期転換することで契約更新という概念がなくなるので、雇止めなどはできなくなります。

無期転換制度は今から10年以上も前の2013年4月1日から始まりました。これが改めて注目されているのは、労働基準法施行規則の改正で、

2024年4月1日から、会社は無期転換の対象となる有期パート等に、契約更新のタイミングごとに、無期転換の「申込機会」「転換後の労働条件」を明示する

ことが義務となったからです。この改正を機に、有期パート等からの問い合わせが増えるかもしれないので、おさらいの意味も込めて、無期転換の基本を確認しておきましょう。なお、法令改正についてだけ知りたい人は、第6章をご確認ください。

2 無期転換の対象

無期転換の対象は、

契約期間(同じ会社でのもの)が通算5年を超える有期パート等

です。短時間労働者だけでなく、フルタイムで働く人も対象になります。ただし、

「高度専門職」「継続雇用の高齢者」は一定の場合に対象外

となります(図表1)。

画像1

具体的には、会社が適切な雇用管理に関する計画を作成し、所轄都道府県労働局長の認定を受けている場合、次の期間において無期転換の対象外になります(図表1)。

  • 高度専門職:5年を超える一定の期間内に完了することが予定されている業務に就く期間(上限は10年)
  • 継続雇用の高齢者:定年後引き続き雇用されている期間

なお、高度専門職の場合は、収入要件(1年間当たりの賃金額が1075万円以上)を満たしていることも条件とされています。

3 申し込み時期と転換時期

有期パート等は、契約期間が通算5年を超えることになる有期契約の更新時から無期転換を申し込むことができ、最後の有期契約が満了すると無期契約に転換されます。申し込みは口頭でも問題ありませんが、トラブルを避けるために「無期転換申込書」などの書面を提出してもらうのが無難です(ひな型は第7章の末尾にて紹介)。いずれにしても、会社は無期転換の申し込みを拒否できません。

無期転換の申し込みは、通算5年を超える有期契約の初日から満了日まで有効です。例えば、2019年4月1日から1年ごとに契約を更新している場合、2024年4月1日から1年以内に申し込めば、2025年4月1日から無期契約に転換されます(図表2)。

画像2

また、2021年4月1日から3年ごとに契約を更新している場合、2024年4月1日に契約更新をした時点で通算契約期間は6年となり無期転換の権利が生じることになります。従って、この契約期間内である3年の間に申し込めば、2027年4月1日から無期契約に転換されます(図表3)。

画像3

4 無期転換の申し込みがなかったら?

有期パート等から無期転換の申し込みがなければ、契約は有期のままです。ただし、申し込みは契約更新のたびにできるので、下図の場合、2025年4月1日から1年以内に改めて申し込めば、2026年4月1日から無期契約に転換されます(図表4)。

画像4

5 契約期間に「空白」があると通算されない?

契約期間を通算する場合、契約期間の途中に契約をしていない一定の無契約期間(空白期間)があると、それ以前の契約は通算対象から除外されるというルールがあります(クーリング)。

例えば、無契約期間以前の通算契約期間が1年以上である場合、

契約と契約との間が6カ月以上空くと、通算契約期間のカウントがリセットされる

ため注意が必要です。例えば、2019年4月1日に有期契約を締結後、2020年4月1日から1年間契約が途切れてしまった場合、2021年4月1日から契約期間を通算し直します(図表5)。

画像5

なお、無契約期間以前の通算契約期間が1年未満である場合、その長さに応じて、クーリングに必要となる空白期間の月数が変わってきます

6 【法令改正】有期パート等への明示方法など

会社は、2024年4月1日から無期転換の対象となる有期パート等に対し、次のことを労働条件通知書などで明示しなければなりません。

  • 申込機会:無期転換の申し込みができること
  • 転換後の労働条件:労働条件の変更の有無、転換後の労働条件の一覧または変更箇所

労働条件通知書の「契約期間」「契約更新の基準」の欄の下に「無期転換に関する事項」の欄を追加するイメージです(図表6)。

画像6

「申込機会」については、無期転換を申し込むことができる旨の明示と申し込みをした場合に無期契約に変わる日付(◯年◯月◯日)を明記します。

「転換後の労働条件」については、変更の有無を明らかにした上で、変更がある場合は転換後の労働条件の一覧や変更箇所を「別紙」で示します。

明示は「契約更新のタイミングごと」に行います。例えば、2019年4月1日から1年ごとに契約を更新している場合、2024年4月1日からの契約更新時から1年ごとに繰り返し明示します(図表7)。

画像7

7 就業規則はどう定める?

最後に、パートタイマー就業規則に無期転換の定めをする場合の規定例を紹介します。なお、「就業規則」「パートタイマー就業規則」など、複数の就業規則がある会社では、

有期パート等が無期転換後、どの就業規則が適用されるのか分からなくなる

というトラブルが起きがちなので、就業規則の適用範囲(赤字)についても確認してください。

【規定例】

第○条(適用範囲および均衡待遇)

1)本規則の適用を受ける従業員は、第○条の手続きを経て、会社と期間に定めのある労働契約(以下「有期契約」)を交わした従業員で、1週間の所定労働時間が一般の従業員よりも短い短時間勤務従業員(以下「パートタイマー」)とする。

2)会社は、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」を遵守し、パートタイマーの待遇を就業の実態から判断して決定するものとし、一般の従業員との均衡を図るよう努めるものとする。

3)本規則に規定する「無期転換」によって期間に定めのない労働契約(「以下「無期契約」)に転換したパートタイマーについては、転換後も本規則を適用とする。

第○条(無期転換)

1)契約期間が通算5年を超えるパートタイマーは、別途定める「無期転換申込書」で申し込むことにより、現在締結している有期契約の契約期間の末日の翌日から、無期契約に転換できる。

2)前項の申し込みは、原則として、現在の契約期間が満了する1カ月前までに行うものとする。

3)第1項の通算契約期間は、2013年4月1日以降に開始した有期契約の契約期間を通算するものとし、現在締結している有期契約については、その末日までの期間とする。ただし、労働契約が締結されていない期間が連続して6カ月以上ある場合、それ以前の契約期間は通算契約期間に含めない。なお、労働契約が締結されていない期間以前の通算契約期間が1年未満の場合、当該契約期間の通算の可否については、労働契約法およびその他の関係法令に従うものとする。

4)この規則に定める労働条件は、第1項の規定により無期契約に転換した後も引き続き適用する。ただし、労働条件通知書により別段の定めをした場合は、この限りでない。

5)無期契約に転換したパートタイマーに係る定年は、満60歳とする。ただし、満60歳を超えて無期契約に転換したパートタイマーの定年は満65歳とする。

6)無期契約に転換したパートタイマーで定年を迎えた者が希望し、解雇事由または退職事由に該当しないときは、労働条件通知書により満65歳まで継続雇用する。なお、前項ただし書きのパートタイマーに対する定年後の継続雇用については、都度決定をする。

【無期転換申込書】

画像8

以上(2024年5月作成)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

pj00710
画像:chaylek-Adobe Stock

『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』その3は「前向き発想」/武田斉紀の『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』(10)

書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:最近話題のZ世代(1990年代後半以降生まれで会社においては20代前半くらいまで)だけでなく、それ以前の平成生まれ(30代前半くらいまで)の世代と、現在経営や管理職を担っている昭和世代との世代間ギャップが注目されています。それは価値観の違いやコミュニケーションの違いとして表れ、変化や多様性が求められる昨今、日本企業において深刻な経営の足かせとなりつつあるようです。
  • 解決策:まず会社においてZ世代を含む平成生まれと昭和生まれの世代背景を整理しながら、ギャップを埋めるための「価値観の変化」を明らかにします。その上で、筆者が多くの講演や企業研修で紹介してきた『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』を実践的に指南します。

1 昭和生まれの管理職・リーダーだけでなく、30代にも必須の習慣

今シリーズの『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』では、管理職・リーダー側の皆さんがすぐにでも取り組むべき3つの習慣をご紹介しています。

第1回、第2回で取り上げたように、昭和生まれの管理職・リーダー世代と、平成生まれ、とりわけ「Z世代」との価値観に、ここ10年ほどで“真逆”といえるほどのギャップが生まれています。

「自分は一応昭和生まれだけど、まだ30代だから大丈夫」という人も、「自分はぎりぎり平成生まれだから平気」と考えている人も、入社当時を思い出してみてください。10年以上前と現在のビジネス、世界の潮流、IT環境などは劇的に変わっていませんか。

変化の激しい時代には、自分が社内で積み重ねてきたはずのスキルや経験があっという間に使い物にならなくなってしまいます。最近「ソフト老害」という言葉が注目されているように、30代ですら新時代の若い才能の邪魔をしているかもしれません。

昨今の世界のビジネス上の価値観は、「Z世代」の価値観のほうに寄っており、会社の成長を今後も目指すためには現在管理職やリーダーの側の皆さんが、これまでの価値観やコミュニケーション習慣を見直す必要に迫られているのです。

ということで、第3回から第5回までは3つの習慣の1つ目「傾聴」について、第6回から第9回までは2つ目の『褒める』について、今日から始められるレベルでお話ししてきました。

前回第9回では「叱る」についても触れました。

社内や人生の先輩であっても世の中の新たな潮流で知らないことはあるし、スマートフォンやそのアプリなど新しいデバイスにおいては若い世代のほうがずっと詳しく、上司や先輩といえど“教えてもらう”立場にあります。

そもそもお互い同じ大人で同じ社会人である以上、一方的に「叱る」のはおかしい。

必要なら良い所を先に褒めた上で、「注意やアドバイス」をすればいいのです。

むろん社会人1年目から先輩諸氏と同じレベルでできることは少なく、同じ大人、社会人として要望することは厳しい対応かもしれません。が、そこで子ども扱いせずに一人の大人として認めて期待をするからこそ、彼らは自身の長所や良さに対して誇りを失わず、前向きに頑張ろうと思えるのではないでしょうか。

それ自体は、昭和生まれ、一部平成生まれの管理職・リーダー世代が、かつて上司から叱られながらも「なにくそ、自分にだって長所や良さがあるはずだ!」とはい上がってきた経験と重なって見えませんか。ただ時代とともに頑張り方が変わっただけで。

さて今回は、3つ目で最後の『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』である「前向き発想」についてお話ししていきます。

2 いつの時代もリーダーには「前向き発想」が求められているけれど…

「前向き発想」自体は別に新しいものではありません。いつの時代もリーダーに求められてきたものではないでしょうか。

リーダーとは文字通り、メンバーをリード=導いていくのが仕事です。会社の掲げるビジョンや与えられた目標に対して、メンバー一人ひとりがやる気を持てて、その個性や能力を存分に発揮できるように導くこと。失敗しても再び立ち上がって頑張れるように導く役割が求められます。

そのためにもリーダーは常に前向きに発想し、やや高い目標に対しても、部下に対して「きっとやれる、一緒に頑張ろう」と鼓舞する必要があります。少しでも早く気持ちを切り換えさせて動き出すことで、自己や組織の成長、次の成功へと近づくことができるのです。

では皆さんに質問です。メンバーが次のような状況のとき、リーダーとしてはどのように声をかけてあげればいいでしょうか。少し考えてみてください。

1)全員で(あるいは個人が)一生懸命頑張ったけれど、目標を達成できなかった

いかがでしょう。リーダーとしては、苦しい今の状態を脱して、一瞬でも早く気持ちを切り換えさせてやりたいでしょうか。実にメンバー想いの発想だと思います。

けれどもいくら鼓舞されても、すぐに切り換えられないメンバーもいるのです。それは目標達成への意欲が強かったメンバーほどそうなのかもしれません。

3 リーダーになった人が忘れがちな、大切なこと

相手が全員トップアスリートであれば、監督(リーダー)は1)の状況の直後に次のように声をかければいいでしょう。

「終わったことは変えられない。我々に落ち込んでいる暇などない。1秒でも早く気持ちを切り換えて、次につなげよう!」と。

しかしながら、トップオブトップのアスリートである日本代表チームにあっても、ベテランと若手では国を背負う覚悟には温度差があると聞きます。何度も悔しい思いを経験してきたベテランは、まさに命がけで臨み、監督と共に敗戦の事実をすぐに受け入れ、冷静に気持ちを切り換えられるようです。

一方で代表に選ばれたばかりの若手は、選ばれたことに浮足立ち、代表として負けた経験も少ない分、結果をすぐには受け入れられないかもしれません。いわんや、皆さんの抱えるメンバーはスポーツの日本代表でもトップアスリートでもないわけです。

ある元日本代表アスリートの奥様がこぼしていました。その方は一般人なのですが、「普段、私がうまくいかないことがあって落ち込んで動けないでいると、旦那はすぐに“切り換え、切り換え、次に行こう!”って急かすんです。気持ちなんてすぐに切り換えられないし、正直言ってしんどいです」と。

「誰もが簡単に気持ちを切り換えられるわけではない」。それが分かっていないリーダーは一人で暴走しがちです。気が付けばメンバーの誰もついていけていないばかりか、みんなすっかり疲弊してしまっています。いつしかあなたに対して「このリーダーにはしんどいだけでついていけない」となっていることでしょう。これではチームとしての成果が上がりようもありません。

とりわけ早くリーダーになった人が陥りがちなのが、この「誰もが簡単に気持ちを切り換えられるわけではない」ことへの無理解です。

早くリーダーになった人はこう考えて生きてきたはずです。「失敗しても落ち込んでいる暇はない、すぐに気持ちを切り換えてライバルに追いつき、追い越すための努力を始めよう」。もっと言えば、「失敗して落ち込んでいる時間など無駄でしかない。勝利への近道は、いかに一瞬で気持ちを切り換えて次に向かえるかなのだ」と。

裏返せば、「誰もが簡単に気持ちを切り換えられるわけではない」からこそ、早く切り換えられた自分だけがその差で勝てたということです。それなのに、自分がリーダーになった途端に今度はメンバー全員に求めているという“矛盾”に気付いていないのです。

確かにスポーツやビジネスの場面では、「失敗しても落ち込んでいる暇はない、すぐに気持ちを切り換えてライバルに追いつくために努力を始めよう」が正解です。けれども人間には人それぞれ個性があり、トップアスリートや一部のリーダーを除いては、「誰もが簡単に気持ちを切り換えられるわけではない」と知るべきです。

勘違いしてはいけないのは、すぐに気持ちを切り換えられない人が人生の弱者というわけではないということ。他人の気持ちに寄り添うことで誰かを救えたり、感受性の強さが生きる場面は人生はもちろん、ビジネスにおいてもたくさんあるのですから。

すぐに切り換えられない人が多いということは、あなたのメンバーの中にもそうした人が多いのかもしれないと思ってください。リーダーであるあなただけが気持ちを切り換えられれば組織がうまく回り、高いパフォーマンスを上げられるわけではないのです。

組織を任されたリーダーにとっての成果は、リーダー個人の成果ではなく、チームの総量であることを忘れてはいけません。

では、1)の「全員で(あるいは個人が)一生懸命頑張ったけれど、目標を達成できなかった」という状況で、リーダーはメンバーに対して、最初にどのように声をかけてあげればいいでしょうか。

例えば、まず「みんな、〇カ月の間、よく頑張ってきた。それなのに達成できなくて悔しいね。本当に悔しいよね」と声をかけてあげましょう。気持ちを受け止め、共有して、しばし振り返りの時間を持つのです。それから次に向かっても遅くないはずです。

「頑張ったのに結果が出なかった」ときに、リーダーが最初にするべきことは「メンバーの今の気持ちをしっかりと受け止める」。それこそが次に向かうための近道なのです。

4 「前向き発想」の言葉は1つじゃない

さて最後に、次の質問を皆さんに投げかけて終了としましょう。メンバーが次のように思っている、あるいは口に出したとき、リーダーとしてはどのように声をかけてあげればいいでしょうか。答えは1つとは限りません。少し考えてみてください。

2)この目標達成は正直言って難しいですね

3)〇〇が邪魔して目標達成できそうにありません

2)も3)も、先ほどの1)と同じように、まずはメンバーの気持ちを想像してあげてください。中には数字だけを見て、最初から達成を諦めている否定的な人もいるでしょう。ですが彼らとて、仕事に前向きではないとは限りません。

また前向きにチャレンジしようとしたものの、やっぱり難しいなと弱気になっているメンバーもいるかもしれません。その辺は、個々に聞いてみないと分かりませんよね。

「前向き発想」の言葉は、どんなケースにおいても1つとは限りません。場面や相手によっても異なりますし、投げかける側の気持ちや発想によっても変わります。だからこそ奥が深いし、面白いのです。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回も『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』その3「前向き発想」をテーマに、今回の宿題2)と3)の解説と、さらなる応用スキルをご紹介していきます。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mail to: brightinfo@brightside.co.jp

※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』 https://amzn.asia/d/e8GZwTB

『なぜ社長の話はわかりにくいのか』 https://amzn.asia/d/8YUKdlx

以上(2024年4月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

pj90259
画像:PureSolution-Adobe Stock