世代間のコミュニケーションギャップで困っているあなたへ/武田斉紀の『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』【実践編】(1)

書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:コミュニケーションに関わる知識やノウハウは、頭では理解できても、実際の場面で使いこなせるようになるまでには高いハードルがあるものです。
  • 解決策:前回シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』での知識やノウハウを聞いただけではまだ一歩を踏み出せない、あるいはトライしてみたがうまくいかないという方のために、新シリーズでは【実践編】として社内の“あるある”場面を想定した質問に対して一緒に考えながら、実践イメージを膨らませていただきます。またリーダー側の視点とは別に、若手社員側の視点による上司世代との上手な付き合い方のヒントも紹介していきます。リーダー世代と若手社員とのコミュニケーションギャップを埋めることは、世界を舞台にスピーディな成長をめざす日本企業にとっても喫緊の課題だからです。

1 コミュニケーションに関わる知識やノウハウを、実践するのは難しい

今回から新シリーズが始まります。その前に、前回シリーズの『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』を読んでくださった皆さん、ありがとうございました。その後、現場で実践してみていただけましたか? うまく一歩を踏み出せたでしょうか?

今シリーズは、「コミュニケーションに関わる知識やノウハウを、実践するのは難しい」という前提でお送りする前回シリーズの【実践編】です。

前回シリーズをまだ読んでいないという方、読んだけれど忘れてしまったかもという方のために、簡単におさらいしておきましょう。「私はしっかり読んで覚えている」という方はこの章を飛ばして先に進んでください。

組織は人でできていて、多くの仕事がチームで行われるため、仕事をスピーディかつ高い成果へと結実させるには、人と人とのコミュニケーションが欠かせません。とりわけ管理職・リーダーの立場にある人たちには、チームとしての課や部、経営者であれば会社全体をリードしマネジメントしたりする立場として高いコミュニケーション能力が求められます。

しかしながら、ここ10年で若手社員が職場や上司に求めるものがすっかり変化しているにもかかわらず、そのことに気付いていないリーダーが多いのです。

新入社員が理想とする職場像の上司像のキーワードとして、ここ10年で「丁寧な指導/褒める/傾聴」「個性の尊重/助け合い」などの優先順位が上昇しています。逆に低下したのは「活気がある」「互いに鍛え合う」「みんなで1つの目標を共有する」などでした。

若手社員のそうしたスタンスに対して、上司としては「君たちは仕事や組織というものが全く分かっていない、教えてやろう」と言いたくなる方もいるかもしれません。が、グローバルな視点で見てみれば、彼らのスタンスの方が正しいことが分かります。

世界のビジネストレンドのキーワードは、[競争]から[共創]へ、[経験・改善]から[新価値創造(イノベーション)]へと変わり、それらを選択し、決断した企業が高い成長力を手にしています。

[共創]や[新価値創造(イノベーション)]を進めていくためのマネジメントにおいても、[管理]から[自律]へ、[指導]から[支援]へと時代は変わっているのです。これらは先ほど挙げた新入社員が理想とする職場像の上司像である「丁寧な指導/褒める/傾聴」「個性の尊重/助け合い」の方向性に合致しています。

すなわち、管理職・リーダーの側が昭和世代のマネジメントやコミュニケーションスタイルを持ち出しても何の解決にもならないばかりか、成長が期待できず戦えない、そして若手の人材確保すらできなくなってしまうのです。

会社は人でできています。将来に向けて人がいなくなれば、会社は存在できません。となれば、昭和世代の上司やリーダーの側が若手や世界のトレンドに合わせ、むしろ推進していくしかありません。

そこで前回シリーズでは『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』として「①傾聴」「②褒める」「③前向き発想」の3つをご提案し、詳しい解説とその使い方をご紹介しました。

さて問題は実践です。私はコラムの執筆以外にもコンサルティングを初め、企業向け研修の講師や講演・セミナーなどを行っているのですが、そこで受講者の声として感じるのは実践し定着させることの難しさです。

2 お金と時間をかけていくら学んでも、実践しない限り1円にもならない

世の中には参加無料をうたう研修・講演・セミナーがいろいろあります。

経済の原則からすれば至極当然ですが、こうした研修などの裏には、費用を負担している主催者側の少なからぬ期待が隠れています。それは必ずしも受講者の学びや成長を意図するものではありません。募集で得た受講者リストを事後の商売につなげる意図があるからこそ、費用を全て負担=投資してくれているのです。

片や有料の場合はどうでしょう。

受講者本人が費用を負担するケースと会社が「行って来い」と送り出して負担するケースがありますが、いずれにしても“投資”です。会社負担の場合、単価と人数を考えれば年間では少なくない金額となるでしょう。加えて本人が参加している時間自体も投資です。だからこそ、私は講師として受講者の皆さんにこう言います。

「お金と時間をかけていくら学んでも、あなたが実践しない限り1円にもなりませんよ」

自腹を切ることなく、会社負担で参加されている社員の皆さんにも分かってほしいのです。社員研修や講演・セミナーへの参加は、新たな機械やシステムの導入、新事業開拓、新技術への投資などと同じく“投資”であり、投資額に見合ったリターンが必要なのです。同じ額を他のことに投資したらどうだっただろうという検証も含めて。

管理職・リーダーの方にとっては釈迦(しゃか)に説法かもしれませんね。その上で「分かってはいるけれど、『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』をなかなか実践できない」と悩んでおられるのかもしれません。

そんなわけで、今シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣【実践編】』をスタートすることとしました。

『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』の実践がうまくいかないという方のために、

毎回社内の“あるある”場面を想定したケースを用意し、回をまたいで読者の皆さんにも考えていただきながら、実践イメージを膨らませていただきます。

また、若手社員の読者の皆さんに向けては、リーダー側の視点とは別に、若手社員側の視点による“上司世代との上手な付き合い方のヒント”も紹介していこうと思います。

ご期待ください。

3 笑顔のない新人Aさんを飲みに誘ったところあいまいな返事。どうしますか?

ではさっそく、第1回の“あるある”場面を想定したケースについて考えていきましょう。

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[事例1]

〇4月に新人Aさんが加わりました(皆さんの部署に新卒配属がなければ、若手の異動をイメージしてください)。歓迎会など酒席パーティが開かれ、部署単位での2次会も用意してひと通りの交流を無事に終えました。幸いにも部署の業績は右肩上がりで、その後はずっと部署全員が日々の業務に追われる毎日でした。

〇ところが最近Aさんの表情が心配です。「おはよう」と声をかけても元気がなく、業務中も飲み会の時に見たような笑顔がありません。

〇そこで上司であるあなたは、Aさんと話す時間をつくってみようと考えて声を掛けました。「Aさん、最近仕事はどう? よかったら今日仕事が終わったら一杯飲みに行かないか」。するとAさんは「ええ……まあ……」とはっきりしません。

—————————

Q. Aさんに対して、あなたはこの後、最初にどんな声をかけますか? また最初の声かけを考える際に注意するべきポイントを3つほど挙げください。書かれているさまざまな要素を考慮してみましょう。

ヒントの1つは、「まずAさんの現在の心の状態を想像すること」です。「ええ……まあ……」の言葉の裏にはどんな心理状態があるのでしょうか。

4 あなたが新人Aさんだとして、上司にどのように告げればうまくいくでしょうか?

Aさんのような若手社員の皆さん。あなたの上司がこのコラムを読んで一生懸命に若手社員の気持ちやコミュニケーションを考えて努力してくれる人であればいいのですが……。

必ずしもそうでなかった場合、あなたならどのような一言を告げますか。上司の反感を買うことなく、自分の素直な気持ちを伝えられるでしょうか。

上司の側の視点だけでなく、上司からの的確な一言が期待できなかった場合 の部下側の上手なコミュニケ―ションの方法についても触れていきたいと思います。ぜひ第2回までに考えてみてください。

上司の方にとっても若手社員の視点を想像することは、毎回の事例を考える上でもヒントになります。彼らがどんな気持ちでそのように返してくるのかを想像できれば、自身の日常のコミュニケ―ションを『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』に変えるヒントになることでしょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。次回は、[事例1]に対して最初に上司がAさんにかけるべき一言、また若手社員Aさんが上司の反感を買うことなく、自分の素直な気持ちを伝えられる一言の例をご紹介していきたいと思います。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

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※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』 https://amzn.asia/d/e8GZwTB

『なぜ社長の話はわかりにくいのか』 https://amzn.asia/d/8YUKdlx

以上(2024年7月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)

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画像:PureSolution-Adobe Stock

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損益分岐点を下げる管理会計

会計には、財務会計、税務会計、管理会計の3種類があります。財務会計とは「株主や金融機関などの利害関係者に会社の状況を説明するための会計」、税務会計とは「法人税や住民税などを申告・納税するための会計」、管理会計とは「経営者が会社の状況を知って意思決定するための会計」といったところです。

ビジネスでよく聞く「損益分岐点」とは、管理会計で用いられる最もポピュラーな項目の1つです。英語では「Break-even Point」と訳され、文字通り、「利益を出すために必要な売上高」ということになります。裏を返せば、「いくら売れば利益が出るのか」ということであり、経営者にとっては、足元の状況を確認するときや、将来の経営計画を立てるときに重要な指標となります。

経営者の興味は損益分岐点の計算方法を暗記することではなく、いかに損益分岐点を下げるかにあるでしょう。つまり、どのようにして効率的に利益を上げていくかということです。これを検討するには、やはり損益分岐点の構造を知る必要があります。その上で、目標利益に応じて必要な売上高を計算するなど、より実践的な使い方をしていくことが大切です。

1 損益分岐点=固定費/限界利益率

タイトルでも示している通り、損益分岐点は「固定費/限界利益率」で求めることができます。とにかく、この基本を覚えてください。この公式を覚えたら、これらが何を意味しているのか、具体的に確認していきましょう。

1)費用を「固定費」と「変動費」に分ける

損益分岐点とは、売上と費用が収支トントンになるポイントです。ここでいう費用の内容は、財務会計でいうところの売上原価や販売費及び一般管理費(以下「販管費」)をイメージすればよいのですが、区分の仕方が違います。財務会計では、売上に直接的に関係するものを売上原価、売上を上げるための活動に関係するものを販管費に区分します。

しかし、損益分岐点を求める際は、費用を「固定費」と「変動費」に分けます。固定費と変動費の考え方はとてもシンプルです。固定費とは、販売数量などにかかわらず一定額が発生する費用であり、減価償却費や建物の賃借料などが該当します。変動費とは、販売数量などに比例して増加する費用であり、仕入原価や材料費などが該当します。固定費と変動費のイメージは次の通りです。

固定費と変動費のイメージを示した画像です

固定費は販売数量などにかかわらず常に一定額なので、真横の線になります。変動費は販売数量などに比例して増加するので、右肩上がりの線になります。そして固定費と変動費の合計額が費用総額となります。

2)「限界利益」と「変動費率」を求める

先に損益分岐点のイメージを確認しておきましょう。上の図表【固定費と変動費のイメージ】に売上高の線を加えると次のようになります。売上高と費用総額の線が交差するポイントが損益分岐点になります。そして、売上高が損益分岐点を超えると利益が生まれます。この利益は、財務会計の営業利益と考えればよいでしょう(売上原価と販管費は、固定費か変動費として認識しているためです)。

損益分岐点売上高のイメージを示した画像です

では、「限界利益」と「変動費率」を確認しましょう。限界利益とは、売上高から変動費を引いたものです。具体的には、次のように限界利益を計算します。

限界利益=売上高-変動費

変動費は販売数量などに応じて変動するものですから、売上が増えるときも減るときも一緒についてくるイメージです。基本的には限界利益を超える利益を出すことはできず、限界利益は会社に残る利益の源泉といえます。つまり、限界利益で固定費を賄えれば利益が出るということであり、限界利益と固定費が同じになるポイントが損益分岐点です。

さて、計算の話に戻りましょう。限界利益が分かれば、「限界利益率」も理解しやすくなります。限界利益率とは、売上に占める限界利益の割合です。具体的には、次のように限界利益率を計算します。

限界利益率=限界利益/売上高

限界利益率が高ければ(変動費率が低ければ)、損益分岐点は低くなる傾向となります(固定費の状況にもよります)。そして、固定費を限界利益率で割ることで、どれだけの限界利益率ならば固定費を賄うことができるかが分かります。これが損益分岐点です。具体的には、次のように損益分岐点を計算します。

損益分岐点=固定費/限界利益率

なお、損益分岐点の計算式としては、次のものを見かけることが多いかもしれませんが、意味する内容は同じであることを理解いただけると思います。「(1-(変動費/売上高))」の部分が表しているのは、限界利益率のことなのです。

損益分岐点=固定費/(1-(変動費/売上高))

2 損益分岐点を計算してみよう

1)本当にもうかっているのかな?

次のように判断することが、結構多くありませんか。しかし、「40万円の黒字」というのは本当なのでしょうか?

「よし、2000個を完売! 仕入原価が160万円(800円×2000個)で、売上は200万円(1000円×2000個)なので、40万円の黒字だ!」

実は、上の説明だけでは40万円の黒字と判断することはできません。仕入原価は変動費であり、売上高から変動費を引いたものが限界利益です。そのため、「40万円の限界利益」あるいは「限界利益率は20%」という説明は正しくても、「40万円の黒字」と判断するのは早計です。

なぜなら、損益分岐点を求める際は固定費も考えなければなりません。例えば、製造機械の減価償却費や、建物の賃借料などが固定費となります。この固定費を限界利益で賄えているかどうかが重要です。仮に「固定費が50万円」だったらどうでしょうか。40万円の黒字どころか、10万円の赤字に転落してしまいます。計算式は次のようにシンプルです。

200万円(売上高)-160万円(変動費)-50万円(固定費)=-10万円

2)いくら売ればよい?

では、このようなケースでは、いくら売れば利益が出るのでしょうか?

これを求めるのが損益分岐点です。損益分岐点の求め方はこれまで紹介した通り、「損益分岐点=固定費/限界利益率」となります。具体的には、次のように損益分岐点を計算します。

損益分岐点=50万円/20%=250万円

参考として、よく見る計算式も紹介しておきましょう。この2つの計算式は同じことを示しています。

損益分岐点=50万円/(1-80%)=250万円

3 損益分岐点を下げる

ここまでの内容で、損益分岐点やそれに関連した数値の求め方についてご紹介しましたが、冒頭で触れた通り、 経営者の興味は損益分岐点を下げることです。実際のビジネス上では、より多くの利益を上げる、つまり損益分岐点を下げるために、硬軟織り交ぜた戦略が取られますが、その効果を感覚的に検証するだけでは十分ではありません。損益分岐点の考え方を加え、定量的に捉えるようにしましょう。以下で2つの例を紹介します。

1)目標利益を達成する売上高の求め方

ビジネスプランを練る際、「夢のあるトップライン(売上高)から決める!」という人がいます。悪いことではないものの、利益についても考慮しないと、目標売上は達成しているのに、利益が出ていないということになりかねません。そこで、目標利益をきちんと設定し、それを達成する売上高を求める必要があります。具体的には、次のように目標利益を達成する売上高を計算します。

目標利益達成売上高=(固定費+目標利益)/限界利益率

仮に、「固定費は400万円」「目標利益は500万円」「限界利益率は30%(変動費率:70%)」といった場合、次のように目標利益を達成する売上高を計算します。

目標利益達成売上高=(400万円+500万円)/30%=3000万円

さて、上の例では500万円の目標利益を達成するためには、3000万円の売上が必要ということになります。単純にいえば、利益を上げる方法は売上高を上げるか、費用を抑えるかの2通りしかないわけです。仮に、費用を抑える施策を打つとしましょう。仕入先を変えて変動費率を10%削減できれば、変動費率の裏返しである限界利益率は10%向上します。その結果、目標利益を達成する売上高は次のようになります。

目標利益達成売上高=(400万円+500万円)/40%=2250万円

2)広告と値下げ、どちらが効果的か?

損益分岐点を下げる、つまり売上高を上げるか、費用を抑えるかの方法について、今度は売上高を上げる施策を取った別の事例を見てみましょう。売上高を上げるために広告を打つか、それとも値下げをするか。ビジネスでよくあることです。どちらの施策が効果的なのかを検証してみましょう。

ここで販売するのは「商品A」です。この商品Aの過去の販売実績は次の通りです。

  • 単価:1000円
  • 販売数量:1万個
  • 売上高:1000万円
  • 変動費:600万円
  • 固定費:350万円

商品Aの販売数量を30%伸ばすために、次の2つのプランを検討しています。どちらが効果的だと思いますか?

  • プラン1:広告戦略。100万円で広告を打つ
  • プラン2:値下げ戦略。販売単価を10%引き下げる

この前提条件で考えた場合の結果は次の通りです。

損益分岐点売上高のプランです

プラン1:広告戦略の利益は70万円、プラン2:値下げ戦略の利益は40万円なので、このケースではプラン1:広告戦略が効果的という結果になります。ただし、状況によって結果は大きく変わるので注意が必要です。図表3の【参考_値下げ戦略】の欄を見てください。仮に商品Aの価格弾力性が高く、値下げによって販売数量が45%伸びると予想すれば、利益は85万円となります。

4 固定費と変動費をどう分ける?

損益分岐点を求める際の基本である固定費と変動費について、現場において最も迷う点について触れておきます。それは、費用を固定費と変動費のどちらに区別するかということです。

例えば、「広告宣伝費は、固定費か、変動費か」と聞かれたら、迷う人もいるのではないでしょうか。利用する広告媒体などによって違いますが、原則として、広告宣伝費は売上高の金額に比例して増加しないので、固定費に分類します。

それぞれの費用を厳密に分類するのは難しく、時間もかかります。少し大ざっぱでもよいので、経理・会計上の勘定科目に基づいて、次の方針に従って分類するとよいでしょう。その上で、不都合が生じれば、実情に応じて見直しましょう。

  • 仕入原価、材料費、外注費のように、明らかに変動するものは変動費とする
  • その他の費用は、全て固定費とする
  • 水道光熱費のように発生場所が明らかなものは、その場所(区分)の費用とする

5 損益分岐点を用いた主な財務指標

1)損益分岐点比率

損益分岐点比率とは、実際の売上高に占める損益分岐点売上高の割合で、企業がどれだけの売上減少に耐えられるかが把握できます。この比率が低ければ低いほど良く、一般的に80%以下であるのが望ましいとされています。具体的には、次のように損益分岐点比率を計算します。

損益分岐点比率=損益分岐点売上高/実際の売上高

2)安全余裕率

安全余裕率とは、実際の売上高に占める、実際の売上高と損益分岐点売上高の差額の割合で、企業の経営状況にどの程度余裕があるのかが把握できます。この比率は高ければ高いほど良く、一般的に20%以上であるのが望ましいとされています。具体的には、次のように安全余裕率を計算します。

安全余裕率=(実際の売上高-損益分岐点売上高)/実際の売上高×100

6 損益分岐点の活用方法

1)価格設定の最適化

損益分岐点を計算することで、取り扱う商品やサービスに対して最適な価格を設定する助けになります。思うように商品が売れなかったり、集客がうまくいかない状況が続いたりすると、安易に価格を下げすぎてしまったり、割引セールなどの施策に走ってしまったりしがちです。そういった場合でも損益分岐点を押さえておくことで、利益とのバランスを考慮した価格設定を意識することができます。

2)売上目標の設定

損益分岐点を分析することで、売上目標の設定にも役立ちます。分析結果を基に、事業として目指すべき売上高を定量的に定めることができます。これによって、営業活動やマーケティング戦略を具体的かつ効果的に策定するための指標として利用でき、また貴重な経営資源も効率よく配分することが可能になります。

3)リスク管理の強化

損益分岐点を把握することで、市場の変動や経済状況の悪化に対するリスク管理を強化できます。例えば、市場が予想よりも縮小した場合に、どれだけの売上が減少するか、またそれによってどの程度利益に影響が出るかを事前に把握することができます。こういった情報は、不測の事態に備える上での貴重なデータとなり、将来的にも持続可能な成長を支える基盤となります。

7 損益分岐点の分析におけるAIの活用事例

ここまでの解説で、損益分岐点の分析が、いかに企業の健全性や効率的な経営戦略を把握するために重要かということが理解できたのではないでしょうか。近年では人工知能(AI)の進化により、こういった売上関連の分析手法も革新的な変化を遂げています。最後に、身近なAIの活用事例をいくつかご紹介しておきたいと思います。

1)ダイナミックプライシング

ダイナミックプライシングとは、需要と供給のバランスに合わせて価格設定を変動させるシステムのことです。これまで商品やサービスの価格設定は、この記事でもご紹介したように、損益分岐点などの分析結果や経営者の経験に基づいた判断などによって決定されてきました。そのため、どうしても属人化に対する費用や時間の面で、価格設定の変更には大きな負担が伴っていました。

ところがAIの活用により状況は一変、より高度で複雑な価格設定が即座に反映できるようになりました。飛行機や新幹線のチケット、ホテル・旅館などの宿泊料金などは、このダイナミックプライシングのシステムの身近な導入事例として、なじみがあるのではないでしょうか。

2)ECプラットフォームでもAI機能が活躍

近年、ShopifyなどのECプラットフォームでも、AIによる技術が積極的に導入されています。これによりオンラインストアの運営がさらに効率化されるだけでなく、売上データの分析にも大きな影響を与えており、販売戦略や価格設定の最適化などにも活かされています。

以上(2024年5月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

【資金調達】 「資産、負債、純資産」ごとの 資金調達法〜バランスシートに注目

資金は会社の血液であり、事業の存続のために資金を絶やさないことが不可欠です。経営の先行きはいつも不透明だからこそ、適切な資金調達によって憂いのない資金繰りを実現することは経営者の重要な責務の1つです。

資金調達の方法はさまざまですが、この記事では、貸借対照表(バランスシート)の「資産」「負債」「純資産」の3つに分けて整理していきます。

1 「資産」に注目した資金調達

貸借対照表の「資産」に計上されている項目に関する資金調達には、ファクタリング、動産担保融資、リース、不要な資産の売却があり、アセットファイナンスと呼ばれます。それぞれ保有資産を現金化したり、資産購入時の支払いを先延ばししたりすることで行われます。

1)ファクタリング

ファクタリングは、会社がファクターと呼ばれる事業者に対して、回収期日前の売掛債権を譲渡することで現金化する資金調達方法です。利用に際しては、ファクターへの手数料が必要になることや、基本的には売掛先の同意を取り付けなければならないので注意が必要です。

2)動産担保融資(ABL_Asset Based Lending)

動産担保融資は、原材料・在庫・売掛金などを担保に金融機関から融資を受ける資金調達方法です。企業の事業性などを考慮した上で動産の担保価値を評価するため、「経営能力は高いものの、不動産など一般的な担保が乏しい」ケースでも、相応の金額の資金を調達できる可能性があります。

3)リース

リースはリース会社を通して設備を導入する方法であり、契約で定めるリース期間にわたって、リース料を支払います。そのため、購入すると多額の資金が必要になるような設備もリース期間にわたって分割払いすることで、少額の手元資金で設備の導入ができます。

リースの利用は、直接的な資金調達方法ではありませんが、資金調達と同じような効果を得ることができるため、高額な設備購入の際には検討しましょう。

4)不要な固定資産の売却

不要だけれど、会社が保有し続けている固定資産を売却し現金化する資金調達方法です。例えば、活用されていない建物や土地、現在取引がなくなった得意先の有価証券などがあります。

また、テレワークの広がりにより、以前はオフィスにあることが当たり前だったものも、不要になっている可能性があります。例えば、オフィス機器や家具類など(備品)は、全社員がオフィスにいることが前提の分量が用意されていましたが、在宅勤務によりオフィスに通勤する社員の数が激減し、使用していないものが相当数出てきます。現状にあった見直しにより資金調達とまではいかないまでも、コスト削減による資金確保ができるかもしれません。

2 「負債」に注目した資金調達

貸借対照表の負債に計上される資金調達には、金融機関(銀行や保険会社など)からの借入や社債の発行などがあり、デットファイナンスと呼ばれます。この方法により資金調達した場合には、調達した金額(元本)と利息の返済・支払いが必要になります。

1)金融機関からの借入(融資)

金融機関からの借入(融資)は、資金調達時の交渉相手が金融機関だけであり、比較的手間のかからない資金調達の方法で、主なものに証書借入、当座借越、手形借入、手形(電子記録債権)割引などがあります。

1.証書借入(オンラインレンディング含む)

証書借入は、金額、利率、借入期間、返済条件などを記載した金銭消費貸借契約証書を金融機関に差し入れる資金調達方法で、主に比較的大きな額の設備資金など、中長期資金の調達に利用されます。

この証書借入の一部で、オンライン上で申し込みから審査、入金までが完結するのがオンラインレンディング(オンライン融資)と呼ばれる借入方法です。会計データなどを基にAIが審査を行うため、手続き全てがオンライン上で済み、スピーディーに借入できるのが大きな特徴です。

2.当座借越(ビジネスローン含む)

当座借越は、当座預金の残高を超えて融資を受ける資金調達方法で、機動的に資金調達できるため、主に短期の運転資金の調達に利用されます。金融機関と当座勘定借越契約を結ぶことで、契約の限度内で何度でも借り入れることができ、ビジネスローンなども該当します。

3.手形借入

手形借入は、自社が金融機関を受取人とした手形を振り出して融資を受ける資金調達方法で、3カ月程度の短期の運転資金の調達に利用することが一般的です。

4.手形(電子記録債権)割引

手形(電子記録債権)割引は、支払期日前の手形や電子記録債権を金融機関に譲渡して融資を受ける資金調達方法です。資金調達できる金額は、手形の場合は額面金額から割引料(金利+手数料相当額)を差し引いた金額、電子記録債権の場合は金融機関に譲渡した金額から割引料を差し引いた金額となります。

2)社債発行

社債の発行は、社債(会社が発行する債券)を、投資家などに引き受けて(購入して)もらい資金を調達する方法です。社債を発行する方法として、私募債と公募債があり、私募債は投資家を限定する方法で、公募債は不特定多数の投資家などに対して発行する方法です。また、企業が発行する社債には、次のような種類があります。

(図表1)【会社が発行する主な社債の種類】

種類 内容
普通社債 特別な権利が付与されていない社債
新株予約権付社債(転換社債型新株予約権付社債) 株式に転換できる権利が付与された社債(注)

(注)転換社債型新株予約権付社債を取得した投資家は、償還期限の満期日に社債を償還するか、もしくは社債を株式に転換するかのいずれかを選ぶことができます。なお、株式に転換した場合、企業は元金を返済する必要はありません。

3 「純資産」に注目した資金調達

貸借対照表の純資産に計上される資金調達には、株式の発行やクラウドファンディングなどがあり、エクイティファイナンスと呼ばれます。資金調達した金額(出資額など)の返済は必要ありません。ただし、配当により出資者に対する支払いが必要であったり、発行する株式の種類によっては投資家による経営介入のリスクが高まったりする可能性があります。

1)株式の発行

株式の発行の方法は、「公募」「株主割当」「第三者割当」の3つに分けられます。

公募は、不特定多数の者に対して募集を行う形態です。証券取引所(金融商品取引所)への上場時や、上場後に行うのが一般的です。

株主割当は、既存株主に株式の割当を受ける権利を与えた上で、これらの者に株式を発行する形態をいいます。

第三者割当は、特定の者のみを相手に募集を行い、その者だけに株式を発行する形態です。例えば、ベンチャーキャピタルや役員・従業員などの自社の関係者に対して、新たに引き受けてもらいます。

また、企業が発行できる株式には、次のような種類があります。

(図表2)【企業が発行できる主な株式】

種類 内容
普通株式 当該株式を所有する株主の権利に制限のない株式
種類株式 取締役会の決議事項の拒否権が付いていたり、配当や議決権などの権利が異なったりする株式(注)

(注)拒否権付株式(いわゆる黄金株)や配当優先株式などがあります。

2)クラウドファンディングの利用

クラウドファンディングは、ウェブサイト上で企業と出資者を仲介して資金調達する方法です。

出資者は、リターン(返礼)を受け取るなどができます。このリターンの内容によって、さまざまな種類に分けられます。一般的に利用されるのは、株式型、ファンド型、融資(貸付)型、購入型、寄付型などです。なお、株式型とファンド型以外は、純資産に計上される資金調達ではありませんが、まとめてここで紹介しています。

1.株式型

株式型は、未公開株式を提供して事業資金を募集する方法です。企業の調達可能額が年間で1億円未満、出資者の投資可能額は同一の企業につき年間で50万円以下といった制限があります。

2.ファンド型

ファンド型は、ファンドを組成した上で、事業資金を募集する方法です。融資(貸付)型と似ていますが、利息ではなく事業の配当を支払います。配当だけでなく、事業で作られた商品やサービスの割引券などを提供する場合もあります。

3.融資(貸付)型

融資(貸付)型は、ソーシャルレンディングともいわれる方法で、事業資金への融資を募集します。融資してくれる人には元金を返済し、利払いをします。なお、受け取ったお金は、通常の融資と同様貸借対照表の負債(借入金)として計上されます。

4.購入型

購入型は、リターンは支援金額に応じた金銭以外の商品やサービスになります。例えば、新製品の開発・生産コストを募集するプロジェクトであれば、商品を一般販売よりも先行して手に入れられるといった特典が付いている場合があります。なお、受け取ったお金は一旦貸借対照表の資産(前受金)として計上し、商品などを引き渡した時に損益計算書の収益(売上)に計上されます。

5.寄付型

寄付型は、被災地支援や途上国の支援など社会的意義が大きい一方で、収益が見込めないプロジェクトで多く採用されることが多く、リターンがないものをいいます(活動報告書など無償の成果物が提供される場合があります)。なお、受け取ったお金は損益計算書に収益(受贈益などの勘定)として計上されます。

4 上記以外の資金調達(助成金・補助金)

国(各省庁)や地方自治体などでは、創業間もない会社に対する助成金・補助金事業を行っています。助成金・補助金は、原則、返済の必要がありませんが、一定の要件に該当する場合しか利用できなかったり、該当していても応募者数が多い場合などは受給できなかったりすることがあります。

また、提出する書類が多く手続きが煩雑であったり、多くの助成金・補助金は受け取った資金用途が決められたりするので、内容をしっかり確認するようにしましょう。

以上(2024年5月更新)

運転資金の計算方法と資金繰り改善のシミュレーション

運転資金とは、日々会社を経営するために必要な資金です。「資金繰り」の目的の1つは、運転資金が不足しないように管理することです。

運転資金を意識することはとても重要ですが、皆さんは「運転資金の計算方法」や「毎月必要な運転資金額」を把握していますか。また、いざというときに備えて、運転資金の調達先を確保していますか。

この記事では、運転資金の基本について紹介します。

1 運転資金の計算は「売掛金+棚卸資産(在庫)−買掛金」で、まずはざっくりと!

会社を経営していくためには様々な資金が必要となりますが、大別すると、

  • 運転資金:会社を経営するために、「継続的に」必要となる資金
  • 設備資金:土地・建物やPCなどを調達するために、「そのときだけ」必要となる資金

になります。運転資金は継続的に発生するものだからこそ、足りなくなると資金ショートを起こし、最悪の場合は倒産してしまいます。

となると、気になるのは自社にいくらの運転資金が必要なのかということだと思いますので、実際に計算してみましょう。まずは皆さんの会社の貸借対照表(BS)をご準備ください。そして、貸借対照表の中から「売掛金」「棚卸資産(在庫)」「買掛金」の3つの数字を見つけて、次のように計算してみてください。

運転資金=売掛金+棚卸資産(在庫)−買掛金

これが、御社に必要な運転資金をざっくりと示す目安です。図で示すと、次のようなイメージになります。

運転資金のイメージ画像です

なぜ、この計算式で運転資金が分かるのかを簡単に説明します。

  • 売掛金とは、既に販売しているが、まだもらっていないお金。「売上債権」ともいう
  • 棚卸資産(在庫)とは、既に調達しているが、まだお金になっていない商品など
  • 買掛金とは、既に購入しているが、まだ払っていないお金。「仕入債務」ともいう

整理すると、売掛金と棚卸資産(在庫)はまだお金になっていない資産です。一方、買掛金は手元にあるお金で、支払期日までは自由に使えます。売掛金と棚卸資産(在庫)が入ってくるまでの間、買掛金で賄えればよく、足りないようなら、その部分を補うのが運転資金となるわけです。

2 「運転資金回転期間」で、もう少し細かく!

先の「運転資金=売掛金+棚卸資産(在庫)−買掛金」は、ざっくりと運転資金を計算するものですが、もう少し細かく計算する方法もあります。それは、財務分析で一般的な「回転期間」を用いるものです。回転期間とは会社経営の効率性を知るためのもので、売掛金や棚卸資産(在庫)などの資産を回収するための期間や、買掛金などの負債を支払うまでの期間を把握することができます。

具体的には次の3つの回転期間を用います。なお、以下では日ごとの指標としています。

月間で計算する場合は、「÷365日」の部分を「÷12カ月」としてください。

  • 売上債権回転期間=売上債権÷(売上高÷365日)
  • 仕入債務回転期間=仕入債務÷(売上原価÷365日)
  • 棚卸資産回転期間=棚卸資産÷(売上原価÷365日)

売上債権回転期間は、売掛金を回収するまでの期間を示すもので、数値は小さいほど好ましいです。反対に仕入債務回転期間は、買掛金を支払うまでの期間を示すもので、数値は大きいほど好ましいです。また、棚卸資産回転期間は、在庫が売れるまでの期間を示すもので、数値は小さいほど好ましいです。

これら3つの回転期間を使って、運転資金回転期間を次のように求めます。

運転資金回転期間=売上債権回転期間+棚卸資産回転期間−仕入債務回転期間

ここで出てきた期間の運転資金が必要ということになります。例えば、計算した結果が、

運転資金回転期間=30日

1日当たりの売上高=10万円

となった場合、

運転資金=300万円(30日×10万円)

となります。

3 固定的にかかる費用も賄う。「固定費」と「変動費」について

 ここまで運転資金の計算方法について解説してきましたが、

会社経営にはオフィス賃料や人件費などのコストもかかる

ことに注意が必要です。こうした、売上に関係なくかかる費用を「固定費」と呼びます。教科書的には、

固定費は、売上が増えても変わらない点は好ましく、逆に売上が減っても変わらない点は好ましくない

という二面性があります。なお、実際の経営においては、売上が増えれば仕事も増えるので社員を雇ったりするため、実際は固定費も増えます。同様に売上が減ればコスト削減をするため、やはり固定費は減ります。

一方、売上高の増減に比例する費用を「変動費」と呼びます。ここまで触れてきた売上原価は、典型的な変動費です。

代表的な固定費と変動費の例を示した画像です

4 運転資金が不足する原因とは?

1)原因1:決済サイトのバランスが悪い

資金繰りは、手元にお金があればあるほど楽になるもので、逆もしかりです。では、皆さんが販売する側になった場合、

  • パターンA:売掛金の決済サイトは60日、買掛金の決済サイトは30日
  • パターンB:売掛金の決済サイトは30日、買掛金の決済サイトは60日

では、どちらが好ましいといえるでしょうか?

話を単純にするために、

  • 販売は、60日ごとに250万円
  • 仕入れは、60日ごとに50万円
  • 固定費は、30日ごとに80万円

という前提で、パターンAとパターンBをシミュレーションしてみましょう。

シミュレーション例を示した画像です

当然ですが、買掛金の決済サイトが売掛金の決済サイトよりも長いパターンBのほうが資金繰りは楽になっています。

また、注目したいのはパターンAです。損益計算書(PL)では、

  • 年間の売上高:1500万円(250万円×6回)
  • 年間の費用:1260万円(50万円×6回+80万円×12カ月)
     ※なお、7回目の仕入れは在庫の状態であり費用(売上原価)に計上されません。
  • ・年間の営業利益:240万円(1500万円−1260万円)

となるのですが、キャッシュはマイナス10万円となっていることです。これが「勘定合って銭足らず」の状態で、黒字倒産の原因となります。

対して、パターンBは、

年間の営業利益:240万円(1500万円−1260万円)

と同額ですが、キャッシュはプラス240万円となっています。

この大きな違いは決済サイトによるものです。

となると、売掛金の決済サイトは短く、買掛金の決済サイトは長くすればよいということになりますが、これは取引相手と表裏の関係であることを忘れてはなりません。自社が楽になれば、相手が苦労することになるかもしれません。

このことを念頭に置き無茶な要求はせず、双方にとってバランスの良い決済サイトを契約によって決めることが、スムーズな取引のために必要です。

2)原因2:棚卸資産回転期間が悪い

棚卸資産は、すぐに販売してキャッシュに変えたほうが効率的です。これを定量的に示す財務分析の指標が、前述した「棚卸資産回転期間」です。

棚卸資産回転期間=棚卸資産÷(売上原価÷365日)

前述のパターンAとパターンBで、売掛金と買掛金の決済サイトを変えず、棚卸資産回転期間が2分の1になった場合で考えてみましょう。

話を単純にするために、

  • 販売は、30日ごとに250万円
  • 仕入れは、30日ごとに50万円
  • 固定費は、30日ごとに145万円(売上高が増えるので、固定費も増やしています)

という前提で、パターンAとパターンBをシミュレーションしてみましょう。

シミュレーション例を示した画像です

棚卸資産回転期間を2分の1にしたことで、パターンAとパターンBともに資金繰りが楽になっています。

3)原因3:売上が増えた

売上が増えれば変動費も増えます。また、固定費についても、どこかのタイミングで上げざるを得ません。

例えば、売上増に対応するため人員増・設備増・家賃増などの投資を行った結果、これに伴う支出の増加が売上の増加を上回る場合などがあります。売上だけではなく利益にも注目し、変動費と固定費をコントロールしなければ、資金繰りが厳しくなる恐れがあります。

この辺りは、損益分岐点の考え方が役立ちます。

4)原因4:売上が減った

売上が減れば変動費も減ります。しかし、一定期間、固定費はそのままとなるので、資金繰りが厳しくなります。

5)原因5:スポットや季節的要因で資金が必要になった

賞与の支払い、急な仕入れなど、会社経営ではスポットで資金が必要になることがあります。こうしたときは資金繰りが厳しくなります。

また、スポットではありませんが、季節的要因で資金が必要になることもあります。

5 急な運転資金の不足の時などに検討したいビジネスローン

経営においては、日々の資金繰りによって運転資金が不足しないかを確認することが重要です。事業が好調で売上が増えている状況であれば、銀行などに相談して増加運転資金の融資を受けることが検討されます。

一方、スポットで資金が必要になることなどは、事前に予測するのが困難です。銀行の融資審査もすぐに通るとは限りません。こうした場合は、ビジネスローンやファクタリングなどの利用を検討することになるでしょう。

6 その他の運転資金の調達方法

1)公的な融資制度

日本政策金融公庫や地方自治体が行う公的な融資制度です。基本的には低金利で融資を受けることができ、かつ創業時などで実績がない会社にとっても窓口を広げているため、有効な選択肢となります。

2)ファクタリング

売上債権を現金化するファクタリングという資金調達方法です。自社が所有している売掛金を専門のファクタリング会社に売却することで、すぐに資金を手に入れることができます。手数料などの分、目減りしてしまうものの、資金回収の待ち時間を短縮できます。

3)クラウドファンディング

インターネットを通じて、不特定多数の人から資金を調達するのがクラウドファンディングです。クラウドファンディングの主な型は次の3種類です。

  • 購入型(製品やサービスを受ける権利を購入してもらって、資金を調達する方法)
  • 寄付型(製品やサービスなどのリターンは発生しない、寄付と同様な形で資金を調達する方法)
  • 投資型(将来的に株式や利子、配当をリターンとして、投資してもらい資金を調達する方法)

4)設備のリース・レンタルサービス

設備投資に関連する運転資金を節約するために、リースやレンタルのサービスを利用する方法です。これにより初期投資を抑えつつ、必要な機材や設備をそろえることができます。

7 運転資金の種類

ここまでの説明で間接的に触れていることではありますが、運転資金には、いくつかの種類があるので補足しておきます。

1)経常運転資金(正味運転資金、所要運転資金)

経常運転資金、正味運転資金、所要運転資金などと呼ばれるものです。いわゆる「運転資金」というときは、この経常運転資金を指します。求め方は、前述した通りです。改めて紹介すると、次のようになります。

  • 運転資金=売掛金+棚卸資産(在庫)−買掛金
  • 運転資金=運転資金回転期間×1日当たりの売上高

2)増加運転資金

売上の増加に伴い必要となる資金です。売上が増えると仕入れなどが増え、運転資金が必要になることがあります。

3)減少運転資金

売上の減少に伴い必要となる資金です。売上が減っても、一定期間、固定費は変わらないため、運転資金の確保が難しくなります。

4)スポット、季節運転資金

賞与の支払いや急な仕入れ、季節的要因によって必要となる運転資金です。

以上(2024年5月更新)

(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

画像:pixta

拡大が期待されるシニア向けeスポーツ市場 新規参入時に参考にしたい基本情報や事例

米国や中国、韓国などで盛んな「eスポーツ」は、日本でも広がりを見せています。後述しますが、日本のeスポーツ市場は2025年まで右肩上がりとの予測で、これからまだまだ発展していきそうです。

今、日本のeスポーツで注目のキーワードは「シニア向け」です。シニア向けeスポーツ施設や、シニアだけのメンバーでプロ選手を目指すeスポーツチームが登場し、メディアに広く取り上げられています。2023年には、シニアeスポーツ協会が発足しました。同協会では、シニア向けのeスポーツイベント・大会の開催をはじめ、コミュニティー支援、eスポーツプログラムの提供などを手掛けています。

この記事では、シニア向けeスポーツ市場について、参入する際に考えられる競争環境や事例などをまとめています。新しいビジネスを検討している方のご参考になれば幸いです。

1 日本のeスポーツ市場規模~2025年には217億8100万円との予測

日本eスポーツ連合によると、日本のeスポーツの市場規模は2025年には217億8100万円に達すると予測されています。シニア向けに限りませんが、eスポーツ市場は全体的に拡大していくものとみられています。

日本のeスポーツの市場規模

2 可能性の塊! シニア向けeスポーツ

大会を中心にeスポーツ市場がにぎわっているのは事実ですが、競技性だけではなく、娯楽性を重視した自分のペースで楽しむeスポーツもあります。シニア向けeスポーツはまさにこうした一例で、「楽しい」に加えてストレス軽減や記憶力向上、認知症予防にもつながることが期待されています。

例えば、シニア向けeスポーツ施設では、スタッフが初心者にゲーム機の操作方法などを指導しながら、ゲームを楽しんでもらう事業を行っているところもあります。シニア層が同じ施設に通う仲間同士で交流したり、自分の孫や会社の若手社員と一緒にオンラインゲームで遊んだりすることで、刺激を受けられるという面もあるでしょう。

一方、「本気でプロの選手を目指す」シニアだけのeスポーツチームもあります。競技性・娯楽性の両面で、シニア向けはまだまだ可能性がありそうです。

3 シニア向けeスポーツ事業参入の分析

ここでは、シニア向けeスポーツ施設を開業する、もしくは関連のサービスを行うと仮定して、シニア向けeスポーツ事業の競争環境を、ビジネスフレームワークの「ファイブフォース分析」で考えてみます。

ファイブフォース分析

自治体が企業や福祉施設と提携してシニア層に対してeスポーツの体験会を行うなど、シニア向けeスポーツを普及させる様々な取り組みが進んでいます。

シニア層の中には、デジタルのゲームはとっつきにくい、ゲームは体に良くないといったマイナスイメージを抱えている方もいるかもしれません。一方で、そうしたシニア層に対して、「認知症の予防に効果がある」「シニア層同士、あるいは世代を超えた新たな出会いやコミュニケーションの場ができる」、そして、「これから仲間と本気でプロ選手を目指すワクワク&充実感を、改めて感じてみませんか」などのアピールをしていくことが、eスポーツを普及させる鍵になりそうです。

4 シニア向けeスポーツの事例

1)シニア向けeスポーツ施設:ISR e-Sports(兵庫県神戸市)

日本初の60歳以上限定のeスポーツ施設です。この施設ではeスポーツを通じて、同じ場所で同じ時間を共有し、シニア世代にとっての生きる目的づくりや孤立防止に役立て、新しいコミュニケーションが生まれることを大切にしています。

プレー前に準備体操を取り入れたり、プレー後は、コーヒーを飲みながらオフラインで談笑をしたりすることで、体を休めるクールダウンタイムを設けるなど、体に負担がかからないようにeスポーツを楽しめる施設となっています。

■ISR e-Sports■
https://isr-group.co.jp/isr-parsonel/e-sports/

2)シニア向けeスポーツ関連サービス:ハッピーブレイン(熊本県合志市)

自治体や高齢者施設、重度障がい者向けにeスポーツの導入サービスを提供しています。ボタンスイッチのみで楽しめる「UDe-スポーツ(ユーディイースポーツ)」を取り入れており、施設内でのオフライン対戦だけでなく、Zoomで同社のサービスを導入している他の施設とつながり、オンラインで交流を図りながら対戦することもできます。

■ハッピーブレイン■
https://hb-e-sports.com/

3)リハビリ施設でのeスポーツ活用:友愛会(宮崎県小林市)

運営している通所リハビリテーション施設のデイケアさとやま(静岡県沼津市)において、リハビリサービスの一環としてeスポーツを活用しています。この施設では、eスポーツが、利用者の注意・遂行機能の向上や、ワーキングメモリー・情報処理能力の改善などを楽しく実現できる「脳トレ」になると考えて、eスポーツの活用を決めたといいます。

1年間の構想期間のうちに、地域イベントで利用者にeスポーツ体験をしてもらったり、職員が日本アクティビティ協会の「健康ゲーム指導士養成講座」を受講したりするなど、万全の状態でサービス提供できるよう準備を進めたそうです。

■デイケアさとやま■
https://www.satoyama2.jp/daycare/index.html

4)シニア専門のeスポーツチーム運営:エスツー(秋田県秋田市)

プロ選手を目指す平均年齢65歳以上のeスポーツチーム、「マタギスナイパーズ」を運営しています。「孫にも一目置かれる存在」をスローガンに打ち出しているのが印象的です。

eスポーツの導入を加齢や病気の予防だけにとどめずに、プロ選手・プロゲーマーを目指すために若手の専属コーチを付け、仲間と切磋琢磨(せっさたくま)する姿は、「かっこいい」「燃える」がキーワードの、シニア向けeスポーツの新しい在り方かもしれません。

■マタギスナイパーズ■
https://matagi-snps.com/
■エスツー■
https://www.esu2.co.jp/

この他、全国の自治体でも、シニア向けeスポーツ(シニアeスポーツ・高齢者eスポーツ・シルバーeスポーツなど名称は自治体ごとに異なります)の講座や体験会、交流会を実施しています。

なぜ自治体も注目しているのかというと、シニア層のニーズが変化してきているからです。シニア層の中には「自分を高齢者と思わない」人がいたり、仕事などでパソコンやスマートフォンといった電子機器に使い慣れていたりする人も増えています。そのため、シニア向けの趣味とされていたゲートボールや囲碁・将棋への関心が薄くなり、タブレット講座やSNS講座などのデジタル分野へのニーズが高まっているといいます。さらに、eスポーツは、認知症予防の効果が期待できること、足腰が悪くてもプレーできること、孫や地域の若者との交流を生み出せる可能性などから関心が高まっているのです。

これらの体験会や交流会を通じて、「ゲームは良くないもの」というマイナスイメージも払拭されつつあります。こうした意識の変化は、シニア向けeスポーツ施設の開業において有利に働いてくれるでしょう。

また、教室事業などについては、業務の委託先を募集していることもあります。eスポーツ事業に興味のある方は、各自治体のウェブサイトを確認しておくとよいでしょう。

■群馬県太田市役所「シニアeスポーツ、始めました!」■
https://www.city.ota.gunma.jp/page/1023988.html

5 シニア向けeスポーツ施設を開業する際の法的留意点

最後に、シニア向けeスポーツ施設を開業する際の法的留意点を紹介します。

シニア向けeスポーツ施設にゲーム機を設置して開業する場合、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)の適用を受けることがあります。風営法の適用を受ける場合、学校の近くには開業できなかったり、都道府県の公安委員会への営業許可申請が必要になったりします。

インターネットカフェなどが、パソコンのように汎用性のある機器を用いてeスポーツを楽しめる環境を提供する場合、その機器はゲーム以外の機能が現実に利用可能な状態である限り、「ゲーム機」には当たらない(風営法の適用を受けない)とされていますが、この辺りは専門家に確認するなどして慎重に判断する必要があります。

また、シニア向けeスポーツ施設を経営していて、ゲームの大会を開催したい場合、告知や大会での競技の様子をインターネット配信する際に著作権法違反に該当しないか、賞金を用意したい場合、刑法上の賭博罪に当たらないかなどに留意する必要があります。

日本eスポーツ連合では、eスポーツにまつわる法律上の課題や、大会を開く際の留意点などをまとめた「かんたんeスポーツマニュアル」を公開しているので、参考にするとよいでしょう。

■日本eスポーツ連合「規約・マニュアル」■
https://jesu.or.jp/contents/terms/

以上(2024年5月更新)

画像:Viacheslav Yakobchuk-Adobe Stock

運転中のリスクテイキングと「心の天秤」(2024/7号)【交通安全ニュース】

活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

片側一車線の道路を走行中、前にゆっくり走る車がいると、対向車の有無など周囲の状況をよく確認しないまま前の車を追い越したくなることはありませんか。

追い越し時に対向車と衝突するかもしれない、というようなリスクに気付いていながら効率など何らかのメリットを得るためにリスクを冒そうとしてしまう心理について考えます。

運転中のリスクテイキング

1.「心の天秤」に影響されるリスクテイキング行動

リスクテイキング行動とは「危険や損害の可能性を認識しているがリスクを冒す」行動です。

冒頭の例は、追い越し行為を行った場合とそうでない場合との、それぞれのメリット・デメリットやリスクの大きさなどを「心の天秤」にかけ、リスクテイキング行動となる追い越しを実行するか考えながら運転している状態と言えます。

リスクテイキング行動

リスクテイキング行動の例としては先に挙げた追い越しのほかに、信号無視、短い車間距離、割り込み、カーブや交差点でのスピードの出しすぎなどが挙げられます。

運転中のリスクテイキング行動といえる例

リスクテイキング行動の例

リスクテイキング行動の例

リスクテイキング行動の例

もし、周囲に車がいるのにそれを見落とすなどしてリスクの大きさを見誤ると、事故発生につながる危険なリスクテイキング行動となる恐れがあります。

2.なぜ危険なリスクテイキング行動を選んでしまうのか

運転中に、「心の天秤」はなぜ危険なリスクテイキング行動を選択するほうに傾いてしまうのでしょうか。これには以下のような原因が考えられます。

【リスク(ハザード、事故の要因や対象)の見落とし】

「右左折時に信号や標識を見落とす」、「歩行者を見落とす」、「車線変更のとき右後方の死角に潜んでいるバイクに気付かない」などの状況のままリスクテイキング行動を選ぶケースです。

【自分の運転スキルを過大評価】

「少々危ないかもしれないが、自分の運転なら、まあ大丈夫だろう」などと判断するケースです。

【経験による「メリットが大きい」との思い込み】

多少危ない運転をしても、事故に遭わず到着時間短縮などメリットが感じられる経験を重ねた結果、「大丈夫だろう」と思い込みがちになるケースです。

【個人の性向による「メリットが大きい」との思い込み】

積極的にリスクを冒す運転をすることで感じられる「スリル」を、ストレス解消や眠気覚ましの手段として利用するなどのケースです。

※上記のほか、心身状態の影響による判断ミスなども考えられます

リスクテイキング行動

参考文献: 蓮花一己, 向井希宏 編著, 「交通心理学」, 2013, NHK出版

3.より安全な運転に向けて

例えば駐車場から出てくる車や、車の陰にいる歩行者の存在を予測しながら運転すること、つまり『かもしれない』運転の励行は安全運転の基本であり、危険なリスクテイキング行動を避けることにつながります。

これ以外にも以下のような対策が考えられます。

【自分の運転スキルを過大評価しないために】

同乗者からの意見や、ドラレコやスマホアプリ等の運転診断機能活用など、第三者からの評価は自分自身の運転スキルについて気づきを得られるきっかけになりそうです。

【慣れ、個人の性向の問題に対応するために】

個人での解決が難しい部分もあります。安全運転を「ほめる」文化や、トップから現場まで同じレベルの交通安全意識を共有する風土作りなど、組織的な取り組みをお勧めします。

以上(2024年7月)

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画像:amanaimages

【総まとめ】契約実務で押さえておくべき3つのポイント/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(7)

1 契約を締結する当事者は誰か

このシリーズで触れてきたように、契約は日常のさまざまなシーンで締結されます。これまで6回にわたって契約書の定義、契約書の読み方、印鑑の意義、具体的なチェック方法を説明してきました。しかし、契約実務にあまり携わったことがない人にとっては、やはり「よく分からない」ものかもしれません。

とはいえ、注文書のやり取りだけをして契約書を締結せずにビジネスを進めることにはリスクがあります。また、「市販のひな型だから大丈夫」と内容を確認しないまま契約を締結するという形だけ整えることも、実態に即していない内容である可能性があるため問題です。

そこで、この記事では、これまでの連載を踏まえて、特に注意しなければならない、次の3つの点を簡潔にまとめましたので、有効に活用していただければと思います。

  • 契約を締結する当事者は誰か
  • 一般的な契約条項で見落としはないか
  • 押印・印紙貼付に誤りはないか

2 契約を締結する当事者は誰か

まずは、契約相手の誰が、契約締結権限を有しているかを確認しましょう。相手が法人の場合、代表取締役や支配人であれば契約当事者として問題ありませんが、事業責任者などは契約内容を実質的に決定する権限があっても、会社を代表して契約を締結する権限まではないことも多々あります。

契約を締結できる人・できない人については、「契約」とは何か?身近だからこそ正しく知ろうで詳しく紹介しているのでご確認ください。

(図表1)【法人と契約をする場合に、契約を締結できる人】

相手の状況 法的な問題点 ポイント
代表者 法人の代表者は法人を代表する法的権限を有しているので、契約を締結することができる。株式会社の場合、代表取締役が代表者であるのが一般的。 法人によって代表者の肩書はさまざまなので、法的な権限があるかについては、登記事項証明書で確認する。
支配人 支配人とは、会社から本店または支店の主任者として選任された商業使用人のこと。商法において、その営業に関して会社を代表して契約を締結する権限が与えられているので、契約を締結することができる。 ホテルやレストランなどの責任者を「支配人」と呼ぶことがあるが、商法上の支配人とは必ずしも同じではない。法的な権限があるかについては、登記事項証明書で確認する。
事業責任者 代表権はないため、契約締結権限があるかを個別に確認する必要がある。実際に、その契約内容の範囲において事業に関する権限を有していれば契約を締結できる。 事業責任者の権限は登記事項証明書では確認できないため、相手に直接確認する必要がある。

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

(図表2)【個人と契約をする場合に、契約を締結できる人】

相手の状況 法的な問題点 ポイント
未成年 未成年は、結婚している場合などの例外を除き、法定代理人(親権者や未成年後見人)の同意を得た上で、契約を締結する必要がある。法定代理人の同意を得ていない場合は、法定代理人や未成年者本人に契約を取り消される恐れがある。親権者などその未成年者に代わって契約を締結できる人(法定代理人)などと契約を締結するか、法定代理人などの同意(親権者が婚姻中の場合は父母両方の同意)が必要。 本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。契約を取り消されると、遡って契約はなかったものとなる。
成年被後見人 成年被後見人は、自ら契約を締結することはできない。成年被後見人は、成年後見人の同意を得ていても、自ら有効な契約を締結できないため、事前に成年後見人の同意を得ていたとしても、成年後見人から契約を取消される恐れがある。成年被後見人と契約を締結しても、成年後見人や成年被後見人本人から契約を取り消される恐れがある。 本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。日用品の購入その他日常生活に関する行為は取消不可。
被保佐人 被保佐人は、不動産売買などの法律で定められた重要な契約については、保佐人の同意なく契約をすることはできない。これに反して契約した場合は、保佐人や被保佐人本人から契約を取り消される恐れがある。 本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。保佐人の同意が必要な行為は、民法13条第1項で列挙されている。例えば、預貯金の払い戻し、お金の貸し借り、不動産の売却や賃貸借契約の締結などがある。
被補助人 被補助人は、不動産売買などの重要な契約を、家庭裁判所が「補助人の同意が必要な重要な行為」と定めた場合、補助人の同意なく契約をすることはできない。これに反して契約を締結した場合は、補助人や被補助人本人から契約を取り消される恐れがある。

本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。補助人の同意が必要な行為は、家庭裁判所が定めたもののみ。

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

3 一般的な契約条項で見落としはないか

契約の本文は一般条項と主要条項に大別されます。

一般条項とは、契約内容にかかわらず、共通して定められることの多い条項です。「解除条項」「損害賠償条項」などがあります。

主要条項とは、一般条項以外の条項です。個々の契約書で大きな違いが生じます。

一般条項は「当たり前の定め」として認識されがちなため、抜け漏れも生じます。そうならないようにしっかりと確認しましょう。一方、主要条項は個々の契約によって変わるため、注意が必要です。納期や金額などをしっかり確認しましょう。

ここでは、民法改正を踏まえて、契約締結に当たって、一般的に注意すべき点を契約類型ごとに見ていきましょう。

1)契約目的を明記しているか

改正民法では当事者の意思が尊重され、どのような目的で契約が締結されたかによって履行責任、債務不履行責任、契約不適合責任等の内容が変わってくるため、今後は契約目的を明記することが重要になってきます。

2)知的財産権の帰属や利用方法について、どのように規定されているか

納品物に係る所有権と知的財産権は、権利としては別であり、それぞれの帰属を明記する必要があります。そして、所有権と知的財産権の帰属が異なる場合には、知的財産権の利用方法(使用許諾等)を定める必要があります。

3)危険負担は誰が負うか

改正民法では、いわゆる債権者主義が撤廃され、債務者主義に統一されました(売買契約において天災で物が滅失した場合、その危険は債務者(売主)が負うことになります)。そのため、従前のように債権者主義としたい場合には、契約書に記載する必要があります。

4)債務者の帰責性が要件となっているか

改正民法によって、債務不履行解除を行うに当たって、債務者の帰責性は不要となりました。そのため、債務不履行解除ができる場合を制限するために、債務者の帰責性を必要とする場合には、契約書に記載する必要があります。

5)損害賠償の内容はどのように規定されているか

賠償義務を負う損害の範囲や損害賠償額の上限がどのように規定されているか。また、損害額の算定が難しい場合には、損害賠償額の予定に関する記載が必要かを検討しなければなりません。

6)専属的合意管轄の裁判所はどこになっているか

離れた場所にある裁判所で訴訟を提起されることになると、訴訟対応の手間・労力が増えることから、留意して決める必要があります。

4 押印・印紙貼付に誤りはないか

契約内容が決まり、残すは締結だけとなった場合でも、押印作業を誤ってしまうと契約の効力が否定されることになりかねません。また、課税文書について印紙を納めていないと、思わぬ形で過怠税を徴収されるリスクが生じることもあります。

そのため、押印と印紙についても注意をする必要があるでしょう。具体的には次の点に留意する必要があります。

1)電子契約で締結可能か

電子契約で締結する場合は、法律上、書面によることが必要な契約でないかを確認する必要があります。また、電子署名を行う相手が契約締結権限のある者(または契約締結権限のある者から委任を受けた者)であるかの確認も必要です。

2)契約書に押す印鑑は代表者印とすべきか

法人が契約当事者の場合に、角印が押されている契約書がありますが、角印は信用性が必ずしも高いとはいえず、あまりお勧めはできません。契約者が代表取締役である限り、代表者印(実印など)を押すことをお勧めします。

3)捨印は押すべきか

契約書の内容を修正する際に、訂正印を押して厳格な手続きを踏むことが煩雑である場合などに、簡易な方法で契約書の修正ができるように捨印を押すことがあります。捨印が押されている場合、契約書の内容を簡単に修正することはできますが、想定していなかった内容で修正をされてしまう可能性を否定できません。そのため、捨印は特段の事情がない限り、押さないほうがよいでしょう。

4)契印・割印は押すべきか

全ての契約書に契印・割印を押すことは煩雑なので、重要な契約に限定して行われることが多いです。ただし、契印・割印を押すことによって、デメリットが生じることはありませんので、契約の相手方から契印・割印を押すことを求められた場合は応じてもよいでしょう。

5)課税文書にはどのような契約書があるか

国税庁「印紙税額の一覧表」にて課税文書を確認することができます。また、課税文書かどうかの判断に悩んだ際には、同じく国税庁印紙税の手引」を参照するとよいでしょう。なお、電子契約による場合は、印紙貼付は不要になります。

6)印紙税を節約する方法はあるか

契約書のタイトルを変更したり、正本を1通だけ作成したり(契約当事者の一方は副本を保管する)といった方法で印紙税を節約することは認められていません。契約書の記載や作成方法を変更することで、印紙税を節約することは難しいでしょう。

7)印紙はどのように貼付すればよいのか

貼付する場所に条件はありませんが、契約書の最初のページの左上に貼付することが多いといえます。ただし、どこに貼付しても効力に変わりはありません。

印鑑の種類などについては【図解】印鑑の意義、契約書への印鑑の押し方、印紙の貼り方で詳しく紹介しているのでご確認ください。

5 最後に

契約を締結するに当たっては、個別事情に応じた交渉をして重要な取引条件を決め、契約書に落とし込んでいくことが最も大事であることは言うまでもありません。もっとも、それ以外にこの記事でまとめた点についても対応することで、初めてトラブルにならない契約書の作成が可能となります。この記事が契約書作成の参考となることを願っています。

この「弁護士が教える契約・契約書の基礎知識」シリーズでは、以下のコンテンツを取りそろえていますので、併せてご確認ください


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以上(2024年5月更新)

(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

契約内容の変更、解約の流れ/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(6)

1 契約内容を変更する2つの方法

契約当事者の事情の変更などによって、契約内容が変わることは珍しくありません。既に交わしている契約書(以下「原契約書」)の内容を変更する場合、

  • 原契約書を失効させて、新たな契約書を交わす方法
  • 原契約書は有効としたまま、変更内容だけを「覚書」で交わす方法

のいずれかとなります。

新たな契約書を交わす場合、その前文に、

本契約の成立により、甲乙間で○○年○月○日に締結した「□□に関する契約書」は失効するものとする

などと定めたり、別途「合意解約書」を交わしたりします。この方法は確認や承認に時間がかかるので、大きな変更でなければ、覚書で対応するケースが多いです。ただし、覚書が原契約書よりも法的効力が弱いなどといったことはないので、この点は勘違いしてはいけません。

覚書を交わす場合、どの原契約書に関するものなのかを明確にします。具体的には、覚書の前文に、

甲と乙は、甲乙間で○○年○月○日に締結した「□□に関する契約書」の●●に関する定めを変更する目的で、以下の通り、覚書を締結する

などと定めます。

なお、合意解約書には、契約の終了日の他、残存条項の内容を変更する場合はその旨を定めます。また、債権・債務がないときはその旨を、債権・債務があるときは「清算に関する事項(金額、返済期限、返済方法など)」を定めるのが一般的です。合意解約書は、契約を終了させるための必須事項ではありませんが、後のトラブルを防止する上では有効です。

2 新旧対照表の作成

原契約書の内容を変更する際、変更箇所をまとめた「新旧対照表」を作成することがあります。新旧で変更のない条項については「第○条(略)」などとして、内容の記載は省略します。また、変更のある条項については、全文を記載した上で、変更した文言に下線を引いて、変更した部分が一目で分かるようにします。

(図表)新旧対照表

変更前契約 変更後契約
第1条乃至第5条(略) 第6条(対価)甲が、乙に対して、本契約に基づいて支払うシステムメンテナンス料は、1年間で420,000円(税別)とする。
第6条(対価)甲が、乙に対して、本契約に基づいて支払うシステムメンテナンス料は、1年間で350,000円(税別)とする。

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

3 契約終了の基本的な流れ

1)契約期間や取引状況を確認する

契約終了を検討する際は、原契約書で定められている「契約期間」「契約終了後も効力が残る『残存条項』」などを確認します。例えば、秘密保持義務については、契約終了後も一定期間は残存するのが通常です。また、「掛(かけ)」で取引をしている場合、契約終了後も債権・債務が残ることがあります。このような注意点を洗い出した上で、契約終了日や残存条項の内容を検討します。

そうして契約を終了させる意向が固まったら、相手方にその旨を伝えます。相手方に配慮し、こうした連絡は早めにすることが大切です。なお、後述の通り、契約書に「契約終了時の通知方法」や「通知期限」の定めが置かれている場合は、その方法に基づいて期限までに通知を行わないと契約終了の意思表示と評価されない恐れがあるので、注意が必要です。

2)契約を終了させる

契約書に自動更新の定めがある場合、

契約期間は○○年○月○日から○○年○月○日までとする。ただし、契約期間満了日の3カ月前までに、甲乙いずれからも解約の申し出がないときは、本契約と同一の条件でさらに1年間更新されるものとし、以後も同様とする

というように、解約申し出期間が定められています。この場合、解約申し出期間内に、相手方に解約する旨の申し出をします。契約書に特段の定めがなければ、申し出方法に決まりはありませんが、解約を申し出た証拠が残るようにします。

一方、原契約書に自動更新に関する定めがなく、

契約期間は○○年○月○日から○○年○月○日までとする

といったように、契約期間だけが定められているときは、特段の手続きを取らなくても、契約期間の満了とともに契約は終了します。

3)契約を中途解約する

契約期間の満了時ではなく、期間の途中で契約を終了したい場合、原契約書に

甲及び乙は、解約日の○カ月前までに相手方に書面又は電磁的方法で通知することにより、本契約を解約することができる

といった定めがあれば、中途解約は可能です。原契約書に定められている方法で、相手方に解約の意思表示を行うとよいでしょう。

仮に原契約書にそのような定めがなく、法律上のルール(例:民法第651条)の適用対象にもならない場合、当事者間で解約について合意しなければ、中途解約はできません。そのため、中途解約を検討する可能性がある取引については、契約を締結する際に、契約書に中途解約条項の定めがあるかを確認し、ない場合はこれを追記する交渉をする必要があるでしょう。

いかがだったでしょうか? 契約内容の変更、解約の流れについて詳しく紹介しました。

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(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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契約書のチェック! 知財条項、反社条項など/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(5)

1 侮ってはいけない一般条項

一般条項とは、契約内容にかかわらず、共通して定められることの多い条項です。決まり文句のようなものもあるので、チェックが甘くなりがちです。しかし、「多くの契約書で定められているものだから問題ないだろう」などと確認を怠ると、知的財産を相手にいいように使われてしまったり、なかなか債務を履行してもらえなかったりすることがあります。自社にとって不利な内容とならないように、一般条項もしっかり確認しましょう。

シリーズ第4回「契約書のチェック! 基本構成から解除条項や損害賠償条項まで」に引き続き、この記事では、多くの契約書に共通する一般条項に関するチェックポイントを紹介します。

2 「知財条項」のチェックポイント

1)重要性を増す知財条項

知財条項(知的財産(権)に関する条項)とは、請負契約の成果物に含まれる知的財産の取り扱いや、ライセンス契約における相手方の知的財産(権)の利用ルールなどを定めるものです。

知的財産には次の2種類があります。

  • 発明や商標などのように、所定の手続きを経て初めて知的財産権(知的財産の創作者の財産を保護する権利)として保護されるもの
  • 著作権のように特に手続きを経ずとも、著作物を創作した時点で自動的に知的財産権として保護されるもの

請負契約の発注側やライセンス契約のライセンサーは、契約を締結する前に、既存および将来生み出される可能性がある知的財産を含めて関係する知的財産(権)を明確にし、それを守るための措置を講じる必要があります。この点を明らかにしておかないと、「知的財産(権)がどちらに帰属するのか」「知的財産(権)をどのように利用するのか」について、契約当事者間でトラブルになってしまうからです。

2)知的財産(権)の帰属

非常に重要なのは、知的財産(権)の帰属を明らかにすることです。知的財産(権)は物体とは異なり、財産的な価値を持つ情報であることから、権利が誰に帰属するかが不明確である、権利者以外の人が簡単に知的財産を利用できる、といった特徴があります。

成果物が物体の場合、「納品と同時に所有権も相手方に移る」ことだけを定めるケースがあります。物体の所有権という意味ではこれでよいですが、そこに知的財産(権)が含まれる場合、その帰属についても明確に定めなければなりません。例えば、ウェブサイトの構築のように成果物に知的財産(権)が含まれる契約では、プログラムに知的財産(権)が含まれることがあるので、その帰属をより明確に定める必要があります。

また、お互いが知的財産(権)を自社で保有したいと考えた場合、双方の話し合いによって帰属する知的財産(権)の範囲を定めます。1つの成果物の中に知的財産(権)が複雑に入り組んでいる場合、一概に分けるのは難しいため、「知的財産(権)の取り扱いは双方の協議で決めるものとする」といったように定めることになります。

3)知的財産(権)の利用

例えば、共同研究の場合、そこから得られた知見を別の研究に活かしたり、別のビジネスパートナーと提携したりして、ビジネスチャンスを広げたいと思うものです。請負契約から生まれた成果物を改変して、別の相手に販売するというケースも考えられます。

一方、相手方(当初の共同研究者・ビジネスパートナー)としては、できるだけ利用を制限して、自社のビジネスの障害になる可能性のある要素は排除しておきたいと考えるため、利害の不一致からトラブルになることがあります。

このようなケースでは、共同研究の成果などに関する知的財産(権)の利用範囲を制限することも定める必要があります。よくある内容としては、同業他社や競業する取引先との共同利用を制限する、一定期間を置いてから利用を認める、利用にあたって事前承認を必要とする、事前に合意した範囲で双方が自由に利用できるといった定めを置くことです。

3 「期限の利益喪失条項」のチェックポイント

金銭消費貸借契約では、借主は借りたお金を定められた期限までに返済すればよいことになります。このように、「債務の履行を期限までしなくてよい」という債務者(金銭消費貸借契約では借主)の利益を「期限の利益」といいます。

期限の利益喪失条項とは、一定の事由が生じたときに、期限の利益を喪失させて、あらかじめ定められていた期限の到来を待たずして、即時に一括して債務の履行を請求できるようにするものです。民法では、

  • 債務者が破産手続開始の決定を受けたとき
  • 債務者が担保を滅失させ、損傷させ、または減少させたとき
  • 債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき

の3つを期限の利益喪失事由としています。

実務の契約では、この3つ以外にも期限の利益喪失条項を定めるのが通常です。多く見られるのは、契約違反(例:弁済期限を遅滞した場合等)、差押え・仮処分・強制執行、破産・民事再生・会社更生の各手続きの開始申し立て、支払停止・不渡処分、営業停止処分などです。また、定め方として、相手方からの通知によって期限の利益が喪失するものと、相手方からの通知がなくても期限の利益を喪失するものがあります。

4 「反社条項」のチェックポイント

反社条項(反社会的勢力排除条項)とは、契約当事者が暴力団などの反社会的勢力ではないことの表明や、反社会的勢力であることが判明した場合の、契約解除に関する規定などを定めたものです。暴力団排除条例が各都道府県で施行され、企業においてもコンプライアンスが重視される中、相手方に反社会的勢力の疑いがあるか否かにかかわらず、反社条項は契約書に盛り込まれるのが一般的です。

反社条項では、こちらが反社会的勢力でないことを表明するのはもちろん、相手方が反社会的勢力ではないことも確認します。そのために相手方の表明を受ける他、相手方に関する新聞記事や雑誌記事などの検索を行います。こうした確認は、契約当事者(代理人を含む)に対して行うのが基本ですが、グループ会社などについても確認できれば理想的です。

また、反社会的勢力の範囲については、例えば「暴力団員、暴力団や暴力団員と密接な関係にある者、総会屋、社会運動等標榜ゴロなど」といったように定め、反社会的勢力全てが対象になっているかを確認します。

ここまでは反社会的勢力との契約を未然に防ぐ予防措置ですが、反社会的勢力排除条項には、相手方が本条項に違反していることが判明した場合に、無催告解除をするための解除条項も定めることが重要なポイントとなります。

なお、反社会的勢力排除条項については、業界団体がモデル条項例を公開していることがあるので参考にするとよいでしょう。

5 「合意管轄条項」のチェックポイント

合意管轄条項とは、契約に関するトラブルで裁判になった際、「どこで裁判をするか?」を決めるものです。

よくある専属的合意管轄は合意管轄の1つで、必ず契約当事者が合意した裁判所で第一審の裁判を行います。これを定めていない場合は法定管轄に従うことになり、基本的には被告の住所地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所で行います。ただし、財産上の訴えの場合は義務履行地、手形または小切手による金銭の支払いの請求を目的とする訴えの場合は手形または小切手の支払地、不法行為に関する訴えのあった場合は不法行為があった地の地方裁判所または簡易裁判所が管轄します。

例えば、北海道札幌市に本社を置くA社と、沖縄県那覇市に本社を置くB社が契約を締結したものの、その契約では専属的合意管轄裁判所を定めていなかったとします。あるとき、B社が契約義務を履行せず裁判になったとしたら、契約の義務履行地がB社の本社の所在地であれば、A社は義務を履行してもらえない上に、那覇地方裁判所または那覇簡易裁判所まで行かなければなりません。これは1つの例ですが、専属的合意管轄裁判所は自社に近い場所のほうが有利だといえるのです。

この他、専属的合意管轄裁判所を決めておくことで、裁判への対応がスピーディーになりますし、先の例であれば、自社から離れた場所で、裁判が起こされることがなくなるなどのメリットもあります。

なお、地方裁判所と簡易裁判所の違いは訴額により決まります。原則として、訴額が140万円を超える請求なら地方裁判所、訴額が140万円以下の請求なら簡易裁判所が管轄権を有します。

裁判手続きがIT化され、裁判期日がWebで行われるなど、わざわざ提起された裁判所に出頭しなくても裁判手続きを進められる場合もあり、その意味では以前と比べると、合意管轄を定めるインパクトはやや小さくなっているかもしれません。しかし、全く裁判期日に出頭しなくてよいわけではないですし、近くの裁判所に管轄権があるに越したことはありませんので、管轄合意についてはしっかり検討したほうがよいでしょう。

いかがだったでしょうか? 一般条項もしっかりとチェックしなければならないことがお分かりいただけたと思います。

この「弁護士が教える契約・契約書の基礎知識」シリーズでは、以下のコンテンツを取りそろえていますので、併せてご確認ください。


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契約書作成・チェックのポイント

以上(2024年4月更新)

(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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契約書のチェック! 基本構成から解除条項や損害賠償条項まで/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(4)

1 契約トラブルの回避は締結前のチェックが重要!

しゃくし定規に言えば、一度締結した契約は、不本意なものでも守らなければいけません。もちろん、相手と協議して変更を求めることはできますが、時間や手間がかかります。それに、こちらが変更しようとしている内容が、相手にとっては不利なものの場合、なかなか変更に応じてもらえないかもしれません。

ですから、契約書の内容は締結前に慎重に検討することがとても大事です。

特に契約実務に慣れていない人は、「相手方の契約実務に詳しい人が作成したのだから、間違いはないだろう」「ひな型にあるのだから、必要な条項なのだろう」などと思い、確認を怠ることがあります。

しかし、分からない点を、分からないままにして契約書を交わすと、後々、大きなトラブルになることもあります。そのため、契約書は、次のような視点からチェックする必要があります。

  • 交渉で決めたことが正しく、かつ過不足なく盛り込まれているか
  • トラブル防止などに必要となる条項が適切に盛り込まれているか
  • 法的に認められない条項や条項間の矛盾はないか

2 契約書の構成に沿った基本的なチェックポイント

一般的な契約書の構成に沿って、チェックポイントを紹介していきます。なお、契約書を読む際に紛らわしい用語などは、次の記事で紹介しているので参考にしてください。

1)タイトル

タイトルは、契約書を読む人が勘違いしないように、内容がおおよそイメージできるものになっているかをチェックします。とはいえ、タイトルによって契約の法的効力が変わることはありません。

2)前文

前文には、契約当事者や契約の目的などが定められています。これだけで契約当事者などが確定するわけではありませんが、正しく定められているかをチェックします。なお、民法が改正され、契約不適合責任や債務不履行責任を考えるに当たって、これまで以上に当事者の意思が重視されるようになってきているため、前文で契約の目的を詳細に定めている場合、その前文が当事者の意思を解釈する際に、重要な意味を持つことになるでしょう。

3)主要条項

ここからが重要ですが、一般的な契約書は、

「契約自由の原則」は、具体的に次の4つの自由から成り立っています。

  • 主要条項(契約当事者の権利義務)
  • トラブルの際の条項(解除条項や損害賠償条項)
  • 一般条項(合意管轄、準拠法など)

といった並びになっています。

1.主要条項(契約当事者の権利義務)

最も大事なのが主要条項です。その内容は契約ごとに異なりますが、権利・義務の内容が適切かをチェックするのが基本です。読み方としては、

自社は何をしなければならないのか、あるいは相手方に何を求めているのか?

という根本を明確にすることです。複雑な条文は理解しにくいですが、そのような場合は、

「誰が」「誰に」「何を」「いつ」「どこで」「何の目的で」「どのように」「いくらで」

といった要素に分解してみましょう。これらの要素で不明な点は相手に確認しますし、逆にこれらの要素が抜けている場合は、必要に応じて付け加えます。

また、契約書の前半では用語の定義がされていることが多いですが、この定義が曖昧だと契約当事者間で解釈に違いが生じてトラブルになることがあります。さらに、裁判になったときは、用語の解釈が争点とされることもあるので慎重にチェックします。

2.トラブルの際の条項(解除条項や損害賠償条項)

何らかのトラブルがあった場合に対応するための条項です。この記事では、特にご質問を受けることが多い条項として、「解除条項」「損害賠償条項」に注目し、個別に解説しています。

4)一般条項

一般条項とは、契約内容にかかわらず、共通して定められることの多い条項で、合意管轄や準拠法などが該当します。一般条項のチェックについては、次の記事で紹介しています。

5)後文

後文では、「上記合意成立の証しとして、本契約書2通を作成し、甲乙各々署名捺印の上、甲乙各1通を保有する」というように、作成通数、署名押印を要する旨などが定められます。

なお、電子契約の場合、厳密には「甲乙が電子署名をした電子データを保管し〜」などと記載すべきですが、紙の契約書と同様の文言を使っているケースもよく見かけます。

6)契約書作成日

意外と軽視されがちですが、契約書作成日はとても大切です。契約書に特別の定めがある場合以外は、原則として契約書作成日が契約成立日(締結日)と推定され、契約の効力が発生する日となります。また、契約書作成日はトラブルが生じたときに、いつの時点の合意内容であるかを示す重要な証拠となるので、誤りがないかをチェックします。

3 解除条項を定める際のポイント

1)法定解除と約定解除

解除とは、一方の契約当事者の意思表示によって、契約を遡及的に解消することをいいます。契約書に解除条項がなくても、民法上、一方の契約当事者に債務不履行があった場合、契約を解除できることが定められています。これを「法定解除」と呼びます。

ただし、実務上は、この他にも契約を解除しなければならない事由が想定されるため、その旨を契約書に定めておく必要があります。これを「約定解除」と呼びます。

2)約定解除の事由

法定解除に該当せず、約定解除の事由として定めていないことは、一方的に解除できません。そのため、約定解除として必要な事由を漏れなく、契約書に盛り込むことが大切です。

一般的な解除事由には、契約違反、差押え・仮処分・強制執行、破産・民事再生・会社更生の各手続きの開始申し立て、支払停止、営業停止処分、事業譲渡、合併、解散などがあります。その他としては、例えば、業務委託契約では、

相手方の責により、委託業務が期日までに履行される見込みがないとき

などがあります。

3)無催告解除

通常、解除事由が発生した場合、相手方に催告をして契約に従って対応してもらうように促します。それでも対応してもらえないときに契約を解除します。

無催告解除とは、こうしたプロセスを経ないで、解除事由が発生したら、相手方に解除の意思表示をした上で、すぐに契約を解除できるようにする条項です。こちらが該当する場合、相手からすぐに契約を解除されてしまうということでもあるので、契約書の内容は慎重に検討しましょう。

4)解除後の措置

契約を解除するときは「けんか別れ」のようになっていて、とても話し合いができる状態ではないこともあります。そのため、解除後の措置は「協議して決める」というような話し合いを前提とせず、できる限り手続きなどを具体的に定めておきましょう。

契約解除の流れとトラブル時の対応などについては、次の記事でまとめているので参考にしてください。

4 「損害賠償条項」のチェックポイント

1)損害賠償条項の意義

民法上、契約書に損害賠償条項がなくても、債務不履行によって損害を受けたときは、損害を受けた契約当事者に損害賠償請求権が発生します。とはいえ、損害発生時の話し合いをスムーズに進めるためには、損害賠償条項を契約書に定めるのが一般的です。

この際、妥当な損害賠償の範囲と損害賠償額を定めることが大切です。損害賠償は契約当事者間のパワーバランスが表れやすい分野ですので、優位な立場にあるほうは相手方に配慮し、劣位な立場にあるほうは自社が許容できる内容にすることが大切です。

2)損害賠償の範囲

損害賠償の範囲は、損害額に影響する非常に重要なポイントです。例えば、契約当事者が受けた直接的な損害のみとするのか、あるいはそれに関連して第三者が受けた間接的・付随的な損害も含むのかによって、損害額は大きく違ってきます。

このあたりは、実際に損害が発生したときに、契約当事者間で争いになりやすいところなので、明確にしておきましょう。契約当事者間で合意できるのであれば、「直接的な損害のみとする」といったように、契約書で損害賠償の範囲を決めておくとよいでしょう。

3)損害賠償額の予定

損害賠償額が、会社が負担できないほど高額になるリスクを避けるためには、「損害賠償の額は、第○条に定める年間業務委託料の○倍を上限とする」といったように、あらかじめ損害賠償額の上限を定めるのも一案です。

4)損害賠償額の上限

損害賠償額が、会社が負担できないほど高額になるリスクを避けるためには、「損害賠償の額は、第○条に定める年間業務委託料の○倍を上限とする」といったように、あらかじめ損害賠償額の上限を定めるのも一案です。

5)残存条項との整合性

契約書の中には、「本契約の義務は、本契約終了後も○年間は引き続き効力を有する」といったように、契約終了後も効力が存続する条項が定められていることがあります。これを「残存条項」と呼びます。

例えば、契約終了後であっても秘密情報の漏洩は経営に大きな影響があるため、秘密保持義務に関する条項は残存条項とすることが多いのですが、残存条項に反したときにも損害賠償を請求できるように、損害賠償条項も併せて残存条項の扱いにしておく必要があります。

いかがだったでしょうか? 契約書をチェックする際の基本的な視点と、解除条項と損害賠償条項について詳しく紹介しました。

この「弁護士が教える契約・契約書の基礎知識」シリーズでは、以下のコンテンツを取りそろえていますので、併せてご確認ください。


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契約書作成・チェックのポイント

以上(2024年4月更新)

(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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