1 「ビジネスと人権」が注目されている
人権DD(デューディリジェンス)とは、
企業が事業活動で発生する人権への負の影響(人権リスク)を特定し、そのリスクを軽減・防止するために、研修や社内環境の整備、サプライチェーンの管理などの対応策を実施し、フォローアップを行っていくプロセス
のことです。事業活動における人権問題というと、例えば、洗剤など多くの日用品に使われているパーム油に関する強制労働や児童労働などは、広く知られるところでしょう。
そして、日本国内でも次のような人権問題が日々取り沙汰されるようになってきています。人権DDについては、今後、サプライチェーンの文脈で中小企業にも対応が求められます。
- 大手ファッションブランドが強制労働によって生産された製品を利用している疑いがあるとされ、米国でシャツの輸入を差し止められた
- 有名芸能事務所による性加害問題が国連の人権理事会による被害者へのヒアリングに発展。その後も、エンターテインメント業界に広く影響を及ぼしている
日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、2022年時点の「人権DDへの対応実施率」は大企業が28.0%なのに対し、中小企業はわずか7.8%ですが、注目すべきは人権DDを実施する大企業の74.5%が「調達先企業にも自社のサプライチェーンにおける人権方針への【準拠を求めている】」という点です(ジェトロ「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」)。
今後、中小企業にとって、ますます他人事ではなくなっていくと思われる「ビジネスと人権」。取引先から、「調達先も含め、人権に配慮しているか(問題ないか)を示してほしい」と求められるのが当たり前になるかもしれません。その時になって慌てても、もう遅いでしょう。
そこでこの記事では、主に次の点を簡単にまとめた上で、参考となる資料なども紹介します。中小企業における人権DDへの対応の第一歩としてお読みください。今のうちから準備を検討してみてはいかがでしょうか。
- 人権DDをめぐる日本国内での動きには、今、どのようなものがあるか
- 中小企業が今後実施を考えておいたほうがよい対応はどのようなものが考えられるか
2 日本国内における人権DDをめぐる動き
1)政府や公的機関でガイドラインなどが取りまとめられている
国連は、人権問題の解決に向けて2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」を公表し、世界各国の企業に対して人権方針の策定や人権DDの実施を求めています。
日本政府も、「ビジネスと人権に関する指導原則」を踏まえて「ビジネスと人権に関する行動計画」「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を作成するなど、さまざまな機関が人権DDに関する公表を行っています。簡単ですが、政府や他の機関によるガイドラインなどを下記にまとめます。
■ビジネスと人権に関する行動計画(2020-2025)■
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008862.html
2020年10月に日本政府が策定。「ビジネスと人権」に関して、今後、政府が取り組む各種施策を記載している。政府から企業に対しての、人権DDの導入促進への期待も表明。
■責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン■
https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003.html
2022年9月に日本政府が策定。企業が業種横断的に活用できるガイドラインで、企業における人権尊重の取り組みは、「人権方針を策定し、人権DDを実施し、救済措置を整備する」ことが基本となるとされている。
■責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料■
https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230404002/20230404002.html
2023年4月に経済産業省が公表。上記のガイドラインに沿って取り組みを行う企業がまず検討する、「人権方針の策定」や、「人権への負の影響(人権侵害リスク)の特定・評価」について詳細な解説や事例を掲載。
■中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン■
https://www.cfiec.jp/gsg/
2022年2月に国際経済連携推進センターが公表。人権問題への対応に関して情報が不足しがちな中小企業向けに人権DDのガイドラインを取りまとめたもの。
最後に紹介した「中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン」は、中小企業の人権DDの取り組み事例の他、「仕事を進める上で、どういうことが人権侵害に該当するか」も掲載されています。後ほど内容を紹介します。
2)対応を進める日本国内の大企業
大企業が取引先や調達先に対して人権DDへの取り組みを要請することも増えてきているようです。例えば、ユニクロを展開するファーストリテイリングは、社内にサプライチェーンの人権対応を担当するチームを持っており(メンバーは国内外合わせて約30人)、世界各国の縫製工場や生地工場の人権問題の調査などを行っています。
また、洗剤やシャンプーなどを販売する花王で行っているのは、サプライヤーに対して国際NPOが提供するプラットフォームを利用して人権リスクを評価する仕組みです。総合評価がA未満の場合には、改善の要請をしています。
3 人権DDのプロセスと中小企業が考えたほうがよい対応
1)基本的な考え方。OECD(経済協力機構)による人権DDのプロセス
人権DDに関する日本国内の動きを把握したところで、次は、実際にどのように対応していくことになるかを考えてみましょう。ジェトロのウェブサイトで、OECD「デュー・ディリジェンス・ガイダンス」に基づき、人権DDのプロセス・手段が公開されています(図表1)。日本における「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」にまとめられているのも、国連による指導原則や、OECDのガイドラインに沿った対応です。
人権DDは、企業がビジネスを行う上で発生する人権リスクの特定と軽減、そのモニタリングを実施する必要があります。
人権問題への対応を怠ると、企業のブランド価値が棄損したり、損害賠償請求や不買運動をおこされて経営が立ち行かなくなったりと、デメリットも多いです。また、人権DDへの取り組みはESG投資のS「Social」として投資家からも注目されているため、上場企業などはこうした取り組みが株価にも影響することが考えられます。
2)中小企業が今後、実施を考えておいたほうがよい対応
中小企業における今後の人権DDの取り組みとして、どのような手順で進めていくことになるかを見てみましょう。前述した資料「中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン」に示されている、人権DDの具体的なステップは次の4つです。
ステップ1:人権方針の策定
ステップ2:人権の影響評価
ステップ3:是正・軽減措置の実行
ステップ4:モニタリング・実効性評価
以降では、「中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン」を基に、ステップごとの対応方法を紹介します。
1.人権方針の策定
まずは人権方針を策定し、自社が人権を尊重したビジネスを行っていくことを社内外に宣言します。人権方針には次の項目を盛り込むことが一般的です。
- 国際的な基準に従って人権を尊重することの宣言
- 方針の適用範囲(役職員やグループ会社、取引先など)
- 法令順守と人権DDを実施していくことの宣言
- 人権DDの取組体制や管理体制
- 人権に関する社内教育方法
- 各ステークホルダーとの対話や協議、情報開示を積極的に行うことの宣言
また、人権方針の策定においては、次の5つの事項に配慮することが大切です。
- 企業の経営トップが承認していること
- 一般公開され、関係者(従業員、取引先、出資者など)に周知されていること
- 策定にあたり社内外から専門的な助言を得ていること
- 関係者に対する人権配慮への期待を明記すること
- 企業全体の事業方針や手続きに人権方針を反映させること
2.人権の影響評価
人権方針を策定したら、次に自社ビジネスが及ぼす人権リスクの洗い出しを実施し、取り組みの優先順位を付けます。
ビジネスの流れを洗い出して、各工程で発生する恐れのある人権課題を特定していきます。例えば、製造業のサプライチェーンとそれに応じた人権課題の例は次の通りです。働く環境、安全や心身の健康といった点から考えていくと人権課題が挙げやすいかもしれません。
その他、人権課題を洗い出す際には、「中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン」に掲載されている以下の例なども参考になります。業種別の人権リスクが指摘されている例で、「建設現場における危険労働」「従業員の長時間労働」「セクハラ」なども挙げられています。
人権課題を洗い出したら、次に課題の優先順位付けを行います。優先順位は、「問題が発生した場合の負の影響の深刻度」「問題発生する可能性の高さ」「自社事業にとっての重要性」などを基準に決めていきます。
なお、業界特有の人権課題もあると思われるので、業界団体(自社の業界の組合など)、同業他社の経営者仲間といった関係者と相談し合ったり、その業界に精通した弁護士などに話を聞いたりしてみるのがよいかもしれません。
3.「是正・軽減措置の実行」と「モニタリング・実効性評価」
人権課題の影響の評価ができたら、次はステップ3の「是正や軽減措置」を行い、ステップ4として、その効果をモニタリングします。
例えば、「差別・ハラスメントの防止」「外国人技能実習生の権利保障」「サプライチェーン上の児童労働や強制労働の防止」を優先的に対応すると決めた製造業者は、以下のような是正・軽減措置とモニタリングを行います。
適切にモニタリングを行うためには、研修受講率などの取り組みの度合いが分かる具体的な指標を設定します。自社の人権問題対応の進捗度が明確になります。
以上、中小企業における人権DDへの取り組みの手順を紹介しましたが、毎日の仕事が忙しい中ですぐに着手できるとは限りませんし、具体的に自社に落とし込むことがイメージできないかもしれません。繰り返しになりますが、業界団体や経営者仲間に聞いてみることから始めるのが現実的でしょう。
例えば、日本繊維産業連盟では、2022年8月に「繊維産業における責任ある企業行動ガイドライン」を発行し、説明会も実施しました。同連盟の文言を借りると、次の通り、日本国内の中小企業のことを考慮した内容になっているようです。ぜひ、こうした業界団体の取り組みなどをチェックし、積極的に活用していきましょう。
【日本繊維産業連盟のリリース文言】
本ガイドラインは、中小・小規模企業がほとんどである日本の繊維産業の特徴を踏まえ、サプライチェーンの末端に位置する受注者としての立場に軸足を置いた内容となっております。
また、確認すべき事項につきましては、個別の課題ごとにリスト化し、それをチェックすることで中小・小規模経営者にも実情を把握出きるようにしております。
同ガイドラインをダウンロードしたい場合は、日本繊維産業連盟ホームページのトップページから申し込みフォームにリンクすることができます。
■日本繊維産業連盟「繊維産業における責任ある企業行動ガイドライン」を発行しました■
https://www.jtf-net.com/news/200220831RBCguideline.htm
4 参考資料など
最後に、前述したガイドラインなどの他に、参考になる資料などのURLを紹介します。
■国連広報センター「ビジネスと人権に関する指導原則」■
https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/
■外務省 OECD「多国籍企業行動指針」■
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/csr/housin.html
■OECD「責任ある企業のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」■
https://mneguidelines.oecd.org/OECD-Due-Diligence-Guidance-for-RBC-Japanese.pdf
■ジェトロ「要請高まるグローバルな人権尊重対応(総論)」■
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0302/f22b36902a04180b.html
■ジェトロ「動き出した人権デューディリジェンス―日本企業に聞く」■
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0302.html
■ジェトロ「人権デューディリジェンス、日本企業の対応は?」■
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0303/9cfcf53ac729103f.html
以上
※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2023年11月8日時点のものであり、将来変更される可能性があります。
※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。
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