契約内容の変更、解約の流れ/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(6)

1 契約内容を変更する2つの方法

契約当事者の事情の変更などによって、契約内容が変わることは珍しくありません。既に交わしている契約書(以下「原契約書」)の内容を変更する場合、

  • 原契約書を失効させて、新たな契約書を交わす方法
  • 原契約書は有効としたまま、変更内容だけを「覚書」で交わす方法

のいずれかとなります。

新たな契約書を交わす場合、その前文に、

本契約の成立により、甲乙間で○○年○月○日に締結した「□□に関する契約書」は失効するものとする

などと定めたり、別途「合意解約書」を交わしたりします。この方法は確認や承認に時間がかかるので、大きな変更でなければ、覚書で対応するケースが多いです。ただし、覚書が原契約書よりも法的効力が弱いなどといったことはないので、この点は勘違いしてはいけません。

覚書を交わす場合、どの原契約書に関するものなのかを明確にします。具体的には、覚書の前文に、

甲と乙は、甲乙間で○○年○月○日に締結した「□□に関する契約書」の●●に関する定めを変更する目的で、以下の通り、覚書を締結する

などと定めます。

なお、合意解約書には、契約の終了日の他、残存条項の内容を変更する場合はその旨を定めます。また、債権・債務がないときはその旨を、債権・債務があるときは「清算に関する事項(金額、返済期限、返済方法など)」を定めるのが一般的です。合意解約書は、契約を終了させるための必須事項ではありませんが、後のトラブルを防止する上では有効です。

2 新旧対照表の作成

原契約書の内容を変更する際、変更箇所をまとめた「新旧対照表」を作成することがあります。新旧で変更のない条項については「第○条(略)」などとして、内容の記載は省略します。また、変更のある条項については、全文を記載した上で、変更した文言に下線を引いて、変更した部分が一目で分かるようにします。

(図表)新旧対照表

変更前契約 変更後契約
第1条乃至第5条(略) 第6条(対価)甲が、乙に対して、本契約に基づいて支払うシステムメンテナンス料は、1年間で420,000円(税別)とする。
第6条(対価)甲が、乙に対して、本契約に基づいて支払うシステムメンテナンス料は、1年間で350,000円(税別)とする。

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

3 契約終了の基本的な流れ

1)契約期間や取引状況を確認する

契約終了を検討する際は、原契約書で定められている「契約期間」「契約終了後も効力が残る『残存条項』」などを確認します。例えば、秘密保持義務については、契約終了後も一定期間は残存するのが通常です。また、「掛(かけ)」で取引をしている場合、契約終了後も債権・債務が残ることがあります。このような注意点を洗い出した上で、契約終了日や残存条項の内容を検討します。

そうして契約を終了させる意向が固まったら、相手方にその旨を伝えます。相手方に配慮し、こうした連絡は早めにすることが大切です。なお、後述の通り、契約書に「契約終了時の通知方法」や「通知期限」の定めが置かれている場合は、その方法に基づいて期限までに通知を行わないと契約終了の意思表示と評価されない恐れがあるので、注意が必要です。

2)契約を終了させる

契約書に自動更新の定めがある場合、

契約期間は○○年○月○日から○○年○月○日までとする。ただし、契約期間満了日の3カ月前までに、甲乙いずれからも解約の申し出がないときは、本契約と同一の条件でさらに1年間更新されるものとし、以後も同様とする

というように、解約申し出期間が定められています。この場合、解約申し出期間内に、相手方に解約する旨の申し出をします。契約書に特段の定めがなければ、申し出方法に決まりはありませんが、解約を申し出た証拠が残るようにします。

一方、原契約書に自動更新に関する定めがなく、

契約期間は○○年○月○日から○○年○月○日までとする

といったように、契約期間だけが定められているときは、特段の手続きを取らなくても、契約期間の満了とともに契約は終了します。

3)契約を中途解約する

契約期間の満了時ではなく、期間の途中で契約を終了したい場合、原契約書に

甲及び乙は、解約日の○カ月前までに相手方に書面又は電磁的方法で通知することにより、本契約を解約することができる

といった定めがあれば、中途解約は可能です。原契約書に定められている方法で、相手方に解約の意思表示を行うとよいでしょう。

仮に原契約書にそのような定めがなく、法律上のルール(例:民法第651条)の適用対象にもならない場合、当事者間で解約について合意しなければ、中途解約はできません。そのため、中途解約を検討する可能性がある取引については、契約を締結する際に、契約書に中途解約条項の定めがあるかを確認し、ない場合はこれを追記する交渉をする必要があるでしょう。

いかがだったでしょうか? 契約内容の変更、解約の流れについて詳しく紹介しました。

この「弁護士が教える契約・契約書の基礎知識」シリーズでは、以下のコンテンツを取りそろえていますので、併せてご確認ください。

以上(2024年4月更新)

(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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契約書のチェック! 知財条項、反社条項など/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(5)

1 侮ってはいけない一般条項

一般条項とは、契約内容にかかわらず、共通して定められることの多い条項です。決まり文句のようなものもあるので、チェックが甘くなりがちです。しかし、「多くの契約書で定められているものだから問題ないだろう」などと確認を怠ると、知的財産を相手にいいように使われてしまったり、なかなか債務を履行してもらえなかったりすることがあります。自社にとって不利な内容とならないように、一般条項もしっかり確認しましょう。

シリーズ第4回「契約書のチェック! 基本構成から解除条項や損害賠償条項まで」に引き続き、この記事では、多くの契約書に共通する一般条項に関するチェックポイントを紹介します。

2 「知財条項」のチェックポイント

1)重要性を増す知財条項

知財条項(知的財産(権)に関する条項)とは、請負契約の成果物に含まれる知的財産の取り扱いや、ライセンス契約における相手方の知的財産(権)の利用ルールなどを定めるものです。

知的財産には次の2種類があります。

  • 発明や商標などのように、所定の手続きを経て初めて知的財産権(知的財産の創作者の財産を保護する権利)として保護されるもの
  • 著作権のように特に手続きを経ずとも、著作物を創作した時点で自動的に知的財産権として保護されるもの

請負契約の発注側やライセンス契約のライセンサーは、契約を締結する前に、既存および将来生み出される可能性がある知的財産を含めて関係する知的財産(権)を明確にし、それを守るための措置を講じる必要があります。この点を明らかにしておかないと、「知的財産(権)がどちらに帰属するのか」「知的財産(権)をどのように利用するのか」について、契約当事者間でトラブルになってしまうからです。

2)知的財産(権)の帰属

非常に重要なのは、知的財産(権)の帰属を明らかにすることです。知的財産(権)は物体とは異なり、財産的な価値を持つ情報であることから、権利が誰に帰属するかが不明確である、権利者以外の人が簡単に知的財産を利用できる、といった特徴があります。

成果物が物体の場合、「納品と同時に所有権も相手方に移る」ことだけを定めるケースがあります。物体の所有権という意味ではこれでよいですが、そこに知的財産(権)が含まれる場合、その帰属についても明確に定めなければなりません。例えば、ウェブサイトの構築のように成果物に知的財産(権)が含まれる契約では、プログラムに知的財産(権)が含まれることがあるので、その帰属をより明確に定める必要があります。

また、お互いが知的財産(権)を自社で保有したいと考えた場合、双方の話し合いによって帰属する知的財産(権)の範囲を定めます。1つの成果物の中に知的財産(権)が複雑に入り組んでいる場合、一概に分けるのは難しいため、「知的財産(権)の取り扱いは双方の協議で決めるものとする」といったように定めることになります。

3)知的財産(権)の利用

例えば、共同研究の場合、そこから得られた知見を別の研究に活かしたり、別のビジネスパートナーと提携したりして、ビジネスチャンスを広げたいと思うものです。請負契約から生まれた成果物を改変して、別の相手に販売するというケースも考えられます。

一方、相手方(当初の共同研究者・ビジネスパートナー)としては、できるだけ利用を制限して、自社のビジネスの障害になる可能性のある要素は排除しておきたいと考えるため、利害の不一致からトラブルになることがあります。

このようなケースでは、共同研究の成果などに関する知的財産(権)の利用範囲を制限することも定める必要があります。よくある内容としては、同業他社や競業する取引先との共同利用を制限する、一定期間を置いてから利用を認める、利用にあたって事前承認を必要とする、事前に合意した範囲で双方が自由に利用できるといった定めを置くことです。

3 「期限の利益喪失条項」のチェックポイント

金銭消費貸借契約では、借主は借りたお金を定められた期限までに返済すればよいことになります。このように、「債務の履行を期限までしなくてよい」という債務者(金銭消費貸借契約では借主)の利益を「期限の利益」といいます。

期限の利益喪失条項とは、一定の事由が生じたときに、期限の利益を喪失させて、あらかじめ定められていた期限の到来を待たずして、即時に一括して債務の履行を請求できるようにするものです。民法では、

  • 債務者が破産手続開始の決定を受けたとき
  • 債務者が担保を滅失させ、損傷させ、または減少させたとき
  • 債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき

の3つを期限の利益喪失事由としています。

実務の契約では、この3つ以外にも期限の利益喪失条項を定めるのが通常です。多く見られるのは、契約違反(例:弁済期限を遅滞した場合等)、差押え・仮処分・強制執行、破産・民事再生・会社更生の各手続きの開始申し立て、支払停止・不渡処分、営業停止処分などです。また、定め方として、相手方からの通知によって期限の利益が喪失するものと、相手方からの通知がなくても期限の利益を喪失するものがあります。

4 「反社条項」のチェックポイント

反社条項(反社会的勢力排除条項)とは、契約当事者が暴力団などの反社会的勢力ではないことの表明や、反社会的勢力であることが判明した場合の、契約解除に関する規定などを定めたものです。暴力団排除条例が各都道府県で施行され、企業においてもコンプライアンスが重視される中、相手方に反社会的勢力の疑いがあるか否かにかかわらず、反社条項は契約書に盛り込まれるのが一般的です。

反社条項では、こちらが反社会的勢力でないことを表明するのはもちろん、相手方が反社会的勢力ではないことも確認します。そのために相手方の表明を受ける他、相手方に関する新聞記事や雑誌記事などの検索を行います。こうした確認は、契約当事者(代理人を含む)に対して行うのが基本ですが、グループ会社などについても確認できれば理想的です。

また、反社会的勢力の範囲については、例えば「暴力団員、暴力団や暴力団員と密接な関係にある者、総会屋、社会運動等標榜ゴロなど」といったように定め、反社会的勢力全てが対象になっているかを確認します。

ここまでは反社会的勢力との契約を未然に防ぐ予防措置ですが、反社会的勢力排除条項には、相手方が本条項に違反していることが判明した場合に、無催告解除をするための解除条項も定めることが重要なポイントとなります。

なお、反社会的勢力排除条項については、業界団体がモデル条項例を公開していることがあるので参考にするとよいでしょう。

5 「合意管轄条項」のチェックポイント

合意管轄条項とは、契約に関するトラブルで裁判になった際、「どこで裁判をするか?」を決めるものです。

よくある専属的合意管轄は合意管轄の1つで、必ず契約当事者が合意した裁判所で第一審の裁判を行います。これを定めていない場合は法定管轄に従うことになり、基本的には被告の住所地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所で行います。ただし、財産上の訴えの場合は義務履行地、手形または小切手による金銭の支払いの請求を目的とする訴えの場合は手形または小切手の支払地、不法行為に関する訴えのあった場合は不法行為があった地の地方裁判所または簡易裁判所が管轄します。

例えば、北海道札幌市に本社を置くA社と、沖縄県那覇市に本社を置くB社が契約を締結したものの、その契約では専属的合意管轄裁判所を定めていなかったとします。あるとき、B社が契約義務を履行せず裁判になったとしたら、契約の義務履行地がB社の本社の所在地であれば、A社は義務を履行してもらえない上に、那覇地方裁判所または那覇簡易裁判所まで行かなければなりません。これは1つの例ですが、専属的合意管轄裁判所は自社に近い場所のほうが有利だといえるのです。

この他、専属的合意管轄裁判所を決めておくことで、裁判への対応がスピーディーになりますし、先の例であれば、自社から離れた場所で、裁判が起こされることがなくなるなどのメリットもあります。

なお、地方裁判所と簡易裁判所の違いは訴額により決まります。原則として、訴額が140万円を超える請求なら地方裁判所、訴額が140万円以下の請求なら簡易裁判所が管轄権を有します。

裁判手続きがIT化され、裁判期日がWebで行われるなど、わざわざ提起された裁判所に出頭しなくても裁判手続きを進められる場合もあり、その意味では以前と比べると、合意管轄を定めるインパクトはやや小さくなっているかもしれません。しかし、全く裁判期日に出頭しなくてよいわけではないですし、近くの裁判所に管轄権があるに越したことはありませんので、管轄合意についてはしっかり検討したほうがよいでしょう。

いかがだったでしょうか? 一般条項もしっかりとチェックしなければならないことがお分かりいただけたと思います。

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契約書作成・チェックのポイント

以上(2024年4月更新)

(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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契約書のチェック! 基本構成から解除条項や損害賠償条項まで/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(4)

1 契約トラブルの回避は締結前のチェックが重要!

しゃくし定規に言えば、一度締結した契約は、不本意なものでも守らなければいけません。もちろん、相手と協議して変更を求めることはできますが、時間や手間がかかります。それに、こちらが変更しようとしている内容が、相手にとっては不利なものの場合、なかなか変更に応じてもらえないかもしれません。

ですから、契約書の内容は締結前に慎重に検討することがとても大事です。

特に契約実務に慣れていない人は、「相手方の契約実務に詳しい人が作成したのだから、間違いはないだろう」「ひな型にあるのだから、必要な条項なのだろう」などと思い、確認を怠ることがあります。

しかし、分からない点を、分からないままにして契約書を交わすと、後々、大きなトラブルになることもあります。そのため、契約書は、次のような視点からチェックする必要があります。

  • 交渉で決めたことが正しく、かつ過不足なく盛り込まれているか
  • トラブル防止などに必要となる条項が適切に盛り込まれているか
  • 法的に認められない条項や条項間の矛盾はないか

2 契約書の構成に沿った基本的なチェックポイント

一般的な契約書の構成に沿って、チェックポイントを紹介していきます。なお、契約書を読む際に紛らわしい用語などは、次の記事で紹介しているので参考にしてください。

1)タイトル

タイトルは、契約書を読む人が勘違いしないように、内容がおおよそイメージできるものになっているかをチェックします。とはいえ、タイトルによって契約の法的効力が変わることはありません。

2)前文

前文には、契約当事者や契約の目的などが定められています。これだけで契約当事者などが確定するわけではありませんが、正しく定められているかをチェックします。なお、民法が改正され、契約不適合責任や債務不履行責任を考えるに当たって、これまで以上に当事者の意思が重視されるようになってきているため、前文で契約の目的を詳細に定めている場合、その前文が当事者の意思を解釈する際に、重要な意味を持つことになるでしょう。

3)主要条項

ここからが重要ですが、一般的な契約書は、

「契約自由の原則」は、具体的に次の4つの自由から成り立っています。

  • 主要条項(契約当事者の権利義務)
  • トラブルの際の条項(解除条項や損害賠償条項)
  • 一般条項(合意管轄、準拠法など)

といった並びになっています。

1.主要条項(契約当事者の権利義務)

最も大事なのが主要条項です。その内容は契約ごとに異なりますが、権利・義務の内容が適切かをチェックするのが基本です。読み方としては、

自社は何をしなければならないのか、あるいは相手方に何を求めているのか?

という根本を明確にすることです。複雑な条文は理解しにくいですが、そのような場合は、

「誰が」「誰に」「何を」「いつ」「どこで」「何の目的で」「どのように」「いくらで」

といった要素に分解してみましょう。これらの要素で不明な点は相手に確認しますし、逆にこれらの要素が抜けている場合は、必要に応じて付け加えます。

また、契約書の前半では用語の定義がされていることが多いですが、この定義が曖昧だと契約当事者間で解釈に違いが生じてトラブルになることがあります。さらに、裁判になったときは、用語の解釈が争点とされることもあるので慎重にチェックします。

2.トラブルの際の条項(解除条項や損害賠償条項)

何らかのトラブルがあった場合に対応するための条項です。この記事では、特にご質問を受けることが多い条項として、「解除条項」「損害賠償条項」に注目し、個別に解説しています。

4)一般条項

一般条項とは、契約内容にかかわらず、共通して定められることの多い条項で、合意管轄や準拠法などが該当します。一般条項のチェックについては、次の記事で紹介しています。

5)後文

後文では、「上記合意成立の証しとして、本契約書2通を作成し、甲乙各々署名捺印の上、甲乙各1通を保有する」というように、作成通数、署名押印を要する旨などが定められます。

なお、電子契約の場合、厳密には「甲乙が電子署名をした電子データを保管し〜」などと記載すべきですが、紙の契約書と同様の文言を使っているケースもよく見かけます。

6)契約書作成日

意外と軽視されがちですが、契約書作成日はとても大切です。契約書に特別の定めがある場合以外は、原則として契約書作成日が契約成立日(締結日)と推定され、契約の効力が発生する日となります。また、契約書作成日はトラブルが生じたときに、いつの時点の合意内容であるかを示す重要な証拠となるので、誤りがないかをチェックします。

3 解除条項を定める際のポイント

1)法定解除と約定解除

解除とは、一方の契約当事者の意思表示によって、契約を遡及的に解消することをいいます。契約書に解除条項がなくても、民法上、一方の契約当事者に債務不履行があった場合、契約を解除できることが定められています。これを「法定解除」と呼びます。

ただし、実務上は、この他にも契約を解除しなければならない事由が想定されるため、その旨を契約書に定めておく必要があります。これを「約定解除」と呼びます。

2)約定解除の事由

法定解除に該当せず、約定解除の事由として定めていないことは、一方的に解除できません。そのため、約定解除として必要な事由を漏れなく、契約書に盛り込むことが大切です。

一般的な解除事由には、契約違反、差押え・仮処分・強制執行、破産・民事再生・会社更生の各手続きの開始申し立て、支払停止、営業停止処分、事業譲渡、合併、解散などがあります。その他としては、例えば、業務委託契約では、

相手方の責により、委託業務が期日までに履行される見込みがないとき

などがあります。

3)無催告解除

通常、解除事由が発生した場合、相手方に催告をして契約に従って対応してもらうように促します。それでも対応してもらえないときに契約を解除します。

無催告解除とは、こうしたプロセスを経ないで、解除事由が発生したら、相手方に解除の意思表示をした上で、すぐに契約を解除できるようにする条項です。こちらが該当する場合、相手からすぐに契約を解除されてしまうということでもあるので、契約書の内容は慎重に検討しましょう。

4)解除後の措置

契約を解除するときは「けんか別れ」のようになっていて、とても話し合いができる状態ではないこともあります。そのため、解除後の措置は「協議して決める」というような話し合いを前提とせず、できる限り手続きなどを具体的に定めておきましょう。

契約解除の流れとトラブル時の対応などについては、次の記事でまとめているので参考にしてください。

4 「損害賠償条項」のチェックポイント

1)損害賠償条項の意義

民法上、契約書に損害賠償条項がなくても、債務不履行によって損害を受けたときは、損害を受けた契約当事者に損害賠償請求権が発生します。とはいえ、損害発生時の話し合いをスムーズに進めるためには、損害賠償条項を契約書に定めるのが一般的です。

この際、妥当な損害賠償の範囲と損害賠償額を定めることが大切です。損害賠償は契約当事者間のパワーバランスが表れやすい分野ですので、優位な立場にあるほうは相手方に配慮し、劣位な立場にあるほうは自社が許容できる内容にすることが大切です。

2)損害賠償の範囲

損害賠償の範囲は、損害額に影響する非常に重要なポイントです。例えば、契約当事者が受けた直接的な損害のみとするのか、あるいはそれに関連して第三者が受けた間接的・付随的な損害も含むのかによって、損害額は大きく違ってきます。

このあたりは、実際に損害が発生したときに、契約当事者間で争いになりやすいところなので、明確にしておきましょう。契約当事者間で合意できるのであれば、「直接的な損害のみとする」といったように、契約書で損害賠償の範囲を決めておくとよいでしょう。

3)損害賠償額の予定

損害賠償額が、会社が負担できないほど高額になるリスクを避けるためには、「損害賠償の額は、第○条に定める年間業務委託料の○倍を上限とする」といったように、あらかじめ損害賠償額の上限を定めるのも一案です。

4)損害賠償額の上限

損害賠償額が、会社が負担できないほど高額になるリスクを避けるためには、「損害賠償の額は、第○条に定める年間業務委託料の○倍を上限とする」といったように、あらかじめ損害賠償額の上限を定めるのも一案です。

5)残存条項との整合性

契約書の中には、「本契約の義務は、本契約終了後も○年間は引き続き効力を有する」といったように、契約終了後も効力が存続する条項が定められていることがあります。これを「残存条項」と呼びます。

例えば、契約終了後であっても秘密情報の漏洩は経営に大きな影響があるため、秘密保持義務に関する条項は残存条項とすることが多いのですが、残存条項に反したときにも損害賠償を請求できるように、損害賠償条項も併せて残存条項の扱いにしておく必要があります。

いかがだったでしょうか? 契約書をチェックする際の基本的な視点と、解除条項と損害賠償条項について詳しく紹介しました。

この「弁護士が教える契約・契約書の基礎知識」シリーズでは、以下のコンテンツを取りそろえていますので、併せてご確認ください。


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契約書作成・チェックのポイント

以上(2024年4月更新)

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【図解】印鑑の意義、契約書への印鑑の押し方、印紙の貼り方/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(3)

1 印鑑がなくても文書は有効?

実は多くのビジネスにおいて、印鑑は法的には不要です。

日々、当たり前のように印鑑を使っている私たちにとって驚くべき事実ですが、「不動産会社が作成する重要事項説明書」など、一部の文書を除き、印鑑がなくてもその効力に問題はありません。

では、印鑑には何の効力もないのでしょうか?

法律では「押印」があると、「文書が真正」であることが推定されます(民事訴訟法228条4項)。文書が真正とは、本人の意思に基づいて文書が作成されたという意味です。つまり、

文書中の印影が本人の印章によって顕出されたものである場合、本人の意思に基づいて文書に押印されたものと推定されるので、名義人は「勝手に偽造された」と主張しにくくなる

ということです。偽造されたと主張したいなら、印鑑で表示された名義人が、偽造された事実を証明しなければなりません。

もしも契約書などに署名がなく、記名だけで印鑑がなかったら(ゴム印だけが押されているようなケース)、反対に「この文書を本人が作成したものである」と主張する人が、その事実を証明する必要があります。

このように押印があると、法的に文書の効力が認められやすくなります。そのため、日本の商慣行として印鑑が定着しているのです。

なお、印鑑が必要な一部の文書の例は次の通りです。

契約書など文書名 概要
自筆証書遺言 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならないとされています(民法第968条)
不動産の登記申請書類 申請書には申請人又はその代表者(当該代表者が法人である場合には、その職務を行うべき者)若しくは代理人の押印が必要と定められています(商業登記法第17条第2項)。

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

2 電子署名があれば大丈夫?

押印があると、法的に文書の効力が認められやすくなるということは、逆に押印がないと認められにくくなるのかと考えてしまいますが、その心配はありません。

2001年4月1日に「電子署名法(電子署名及び認証業務に関する法律)」が施行され、電子署名が手書きの署名や押印と同等に通用する法的基盤が整備されました。

電子署名とは、ネット上のやり取りで利用できる署名です。きちんと認定を受けた認証機関で手続きを行って電子文書をやり取りすれば、電子署名にも印鑑と同じ効力が認められます。今は法律も「印鑑を必須とはしていない」ともいえます。

なお、WordやExcelなどのアプリケーションを使って、印影を模したスタンプを作って利用しているケースもあります。ただ、これは電子署名法における電子署名とは全くの別物であり、法的効力もありません。

以上が印鑑の効力に関する説明です。多くの契約書においては押印がなくても大丈夫ということですが、実際は相手ありきです。こちらが印鑑は不要な理由を説明しても、すぐに印鑑がなくなるとは限りません。そこで以降では、契約に伴う印鑑の利用に関するポイントを分かりやすく紹介します。

3 印鑑の基本

1)印鑑には格がある

「印鑑とはハンコ(判子)の正式名称である」と理解している人もいるようですが、厳密には違います。正しくは、私たちが印鑑やハンコと呼んでいるものを総称して「印章」、印章を紙などに押しつけて映ったものを「印影」と呼びます。

ちなみに、印鑑とは、印章のうち、登記所や銀行などに届け出た特定の印章(印影)のことを指すのですが、この記事では分かりやすく説明するために、全般的に「印鑑」と表現しています。

通常、会社は何本かの印鑑を使い分けています。例えば、見積書は「パソコンでの印字と社印」の組み合わせになっているのをよく見かけます。この組み合わせに問題があるわけではありませんが、契約書の場合で考えると少々軽い印象を受けます。

印鑑には格があり、契約書に押す印鑑はそれなりのものであるほうが好ましいのです。

2)登録印・認印

登録印とは、登記所に登録した印鑑のことで、印鑑証明書を取得できるものです。会社では、登録印や実印、代表印などと呼ばれ、契約書でも利用されます。

規模が大きな会社で代表者が複数いる場合は、複数の登録印を所有していることもあります。 なお、その印鑑が登録印であるか否かは、印鑑証明書によって明らかになります。そのため、契約書に印鑑証明書を添付することもあります。

認印とは、登録印以外の印鑑のことです。

認印は、例えば、宅配便の受取書や簡単な申込書など日常取引等の押印の際に使われるもので、印鑑としての格は低いといえるでしょう。認印としてよく使われる印鑑は、いわゆる「シャチハタ(インキ浸透印)」や「三文判」です。

3)銀行印

銀行印とは、口座開設手続きなどの際に銀行に届け出ている印鑑のことで、その用途は銀行との取引に限定するのが基本です。

多くの金融機関と取引している会社は、複数の銀行印を所有して使い分けていることもあります。登録印と同じように銀行印は重要なものなので、紛失時のリスクを低減するなどの狙いもあります。

4)社印

社印とは、会社名だけを印影とする印鑑のことで、角印や社判などと呼ばれることもあります。

社印が押してあれば、少なくとも会社が、その文書を正式なものとして認識している場合が多いといえるでしょう。

しかし、登録印や銀行印ほど利用者が限定されるわけではないため、相手方から見ると、どの程度の権限を持つ人が、どのような手続きを経て押したのかが分かりません。このように、印鑑の格が必ずしも高くはないため、契約書ではほとんど利用されません。

4 【図解】契印・割印などの印鑑の押し方いろいろ

契約書にはさまざまな意味合いで印鑑が押されます。契約当事者が署名や記名の横に押す「契約印」の他にもいろいろな種類があるので、以下で整理してみましょう。

1)契印はどこに押せばいい?

契印とは、2枚以上にわたる契約書について、それが一体の文書であることを明らかにするために押すものです。

2枚以上の契約書の場合、各ページを開いて、それぞれのページにまたがるように押します。

契印の押し方を示した画像です

また、契約書が多数枚に及び、背が白色の製本テープなどでとじられている場合は、その製本テープ(帯)と契約書本体の境目に印影がかかるように押します。

契印の押し方を示した画像です

2)割印はどこに押せばいい?

割印とは、2通の契約書が同時に作成されたことを明らかにするために、それらの契約書を少しずらして重ね、全てに印影がかかるように押すものです。

3通の場合は、契約書を少しずつずらして重ね、それぞれに印影がかかるように押す方法があります。この場合、各契約書には、印影の上3分の1、中3分の1、下3分の1が押されることになります。

割印の押し方を示した画像です

3)消印はどこに押せばいい?

消印とは、印紙を使用済みの状態にして再利用を防止するために、契約書に貼った印紙と契約書の双方に、印影がかかるように押すものです。

慣例上、1枚の印紙に対して契約当事者がそれぞれ消印を押すことが多くなっていますが、「印紙を使用済みにする」という目的に照らせば、契約当事者のいずれか一方が消印を押せば十分です。なお、消印は押印である必要はなく、署名でも問題ありません。

消印の押し方を示した画像です

4)訂正印・捨印はどこに押せばいい?

訂正印とは、契約書の字句を訂正するために押すものです。

一般的には、訂正箇所に二重線を引き、その上に訂正印を押して正しい字句を記載する方法を取ります。なお、訂正の方法は法令で定められているものではなく、他にも方法がありますが、ここでは省略します。

訂正印の押し方を示した画像です

捨印とは、将来の契約書の訂正に備えて、あらかじめ余白に押しておくものです。

捨印で訂正する場合は、正しい字句に訂正し、訂正箇所を明らかにした上で、余白に「削除○文字」「加筆○文字」などと記します。捨印を押す位置や「削除○文字」などの記載位置は、訂正箇所の近くか余白になりますが、できるだけ訂正箇所の近くにしたほうが、どこを訂正したのかが分かりやすくなります。

捨印の押し方を示した画像です

契約書を訂正する際、新たに訂正印を押してもらうことが難しい場合もあります。そこで、捨印を押しておき、将来起こるかもしれない契約書の訂正を可能にします。ただし、相手方に勝手に契約書を訂正されてしまう危険もあるので、捨印は押さないほうが無難です。

5)止印はどこに押せばいい?

止印とは、文書の最後に余白が生じたときに、そこに押すものです。

止印を押すことで、以下は余白であることを明らかにし、相手方に余白を勝手に利用されないようにします。止印の代わりに、「以下、余白」などと記載する場合もあります。

止印の押し方を示した画像です

6)契約印はどこに押せばいい?

契約印とは、契約当事者が署名や記名の横に押すものです。

もはや都市伝説のようなものですが、この契約印をどこに押すのかについて、「名前にかかるように押すべきだ」「いや、名前にしっかりかかっていると訂正印みたいだから、名前のギリギリに押すべきだ」「印影がはっきり分かるように、名前から離して押すべきだ」などの主張があります。

結論から言うと、契約印の決まった位置はありません。そもそも契約印は、契約締結の意思表示の完全性を高めるためのものであり、押してあることが大事なので、名前の横に押してあれば大丈夫です。

5 契約書に貼る印紙のルール

印紙とは、印紙税法に基づいて納める国税の1つです。

印紙を貼らなければならない文書を「課税文書」と呼び、その文書を作成した人が印紙税を納めなければなりません。課税文書は第1号から第20号まであり、契約書や領収書などがあります。詳細は国税庁のホームページなどで確認できます。

●国税庁「印紙税」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/inshi301.htm

1)印紙税は誰が納めるのか?

印紙税は、課税文書を作成した人が納めます。ただし、例えば二者間契約の場合、印紙税を契約当事者が折半して納めなければならないといった決まりはないため、納めるのはどちらか一方であっても問題ありません。

ただし、「どちらか一方が納める」というのは、あくまでも契約当事者間の取り決めに過ぎません。印紙税を納めていないほうが税務調査などで指摘されてしまったら、納税を免れることはできません。

2)タイトルを変えれば非課税文書になるのか?

課税文書に該当しなければ印紙税は納めなくてもいいため、契約書のタイトルを変えて課税文書に該当しないようにする人がいます。しかし、課税文書か否かの基準は、契約内容を実質的に見て判断されるため、タイトルだけを変えても意味がありません。

3)貼り忘れた場合の過怠税

印紙の貼り忘れは税務調査でも指摘されることが多い事項です。もし、印紙税の不納があった場合、過怠税として納めるべき印紙税の3倍(自主的に申し出た場合は1.1倍)が徴収されます。

4)印紙税を節約する方法はないのか?

印紙税は、正本にのみ課されます。そのため、契約書を正副と区別して節税しようとすることがあります。ただし、副本(コピー)として認められるためには、署名がないことなど複数の条件をクリアする必要があるので、事前に正副の解釈基準をきちんと確認することが大切です。

なお、電子契約においては書面が作成されないため、印紙税は課税されません。ですから、

節税と併せて業務効率化を進めるためには、電子契約を取り入れることが有効である

といえます。

5)消印が必要

印紙には消印をしなければなりません。消印によって、その印紙が使用済みであることが明らかになります。消印をしなかった場合、納めるべき印紙税と同額の過怠税が課されます。

6)契約内容を変更したときの印紙税の負担

契約書が印紙税法上の課税文書に該当する場合、新たな契約書を交わすと、あらためて印紙税を納めなければなりません。

なお、覚書の場合は、

変更箇所が重要な事項の変更となる場合は課税文書として取り扱われますが、重要な事項を含まない変更の場合は課税文書に該当しないため、印紙税が不要になる

ことがあります。判断に迷う場合は、税理士や弁護士などの専門家に確認をするとよいでしょう。

6 課税文書に該当するか否かの判断

文書の内容によって課税文書に該当するか否か、第○号文書かということで決まりますが、解釈が難しい場合もあります。例えば、次のようなケースです。解釈が難しい場合は、所轄税務署に確認してみましょう。

  • 文字通りのリース契約は課税文書に該当しないが、それに付随する機器の保守が請負契約に該当するのか?
  • 基本契約について第7号文書として印紙を貼っているが、そこから派生する個別契約も内容に応じて課税文書に該当するのか?
  • 1通の契約書に、複数の課税文書に該当する要素が含まれている場合、何号として取り扱えばよいのか?

7 印紙はいつ貼る? 契約書の交わし方

実務上、意外と迷うのが契約書の取り交わし方です。契約当事者が一堂に会するのことはなかなか難しいので、郵送などで手続きをすることが多くなります。その際、「印紙はどのタイミングで貼るのか?」などといった素朴な疑問が生じることがあります。

ここでは、A社とB社が契約書Xを交わすときの手順を整理してみましょう(必要に応じて契印や割印を押しますが、ここでは省略しています)。契約書を郵送する際は、簡易書留など記録が残る方法で送付することも検討しましょう。

印紙の貼り方を示した画像です

8 電子契約を採用すると印鑑は不要になる?!

ここまで、印鑑や印紙のルールについて紹介してきました。これらは非常に重要なことですが、電子契約によって変わってきます。

  • 電子契約では、本物の印鑑を押す必要はなく、電子署名をする(電子契約のシステムやプランによって異なる)
  • 電子契約では、紙の契約書を郵送する必要がない
  • 電子契約では、印紙を貼る必要がない
  • 電子契約では、紙の契約書を保管しておく必要がない(キャビネットなどが不要)

電子契約は、今後も普及していくでしょうが、注意点もあります。電子契約には「当事者型」と「立会人型」があります。

  • 当事者型:契約当事者の本人確認をした上で、電子署名を行う
  • 立会人型:電子契約サービスの提供者が、第三者として電子署名を行う

電子契約で利用されている多くは「立会人型」です。こちらは、本人確認のコストがかからないため、電子契約サービスの提供者が「無料プラン」などとして提供できるからです。ただし、「立会人型」が「当事者型」に比べると、本人確認の面で不安を残すことは間違いありません。「当事者型」は、契約当事者が電子の「印鑑証明書」を取得するようなものであり、手間とコストはかかりますが、

重要な契約書を取り交わす際は、「当事者型」を検討する

ことも重要になるでしょう。

また、電子契約では法的効力を持たない契約書もあります。具体的には次の通りです。そのほか、電子契約の利用は可能ですが相手方の承諾が必要な契約書(建設工事の請負契約書(建設業法19条3項、施行規則13条の2)等)もありますので、そういった契約書については注意が必要です。

(図表2)電子契約では法的効力が不十分な契約書の例

契約書など文書名 概要
事業用定期借地契約 事業用定期借地契約は公正証書で契約しなければならないことになっています(借地借家法第23条第3項)。
任意後見契約書 任意後見契約は、法務省令で定める様式の公正証書によってしなければならない(任意後見契約に関する法律第3条) 。

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

いかがだったでしょうか?契約書の取り交わしについて、疑問に感じることが多いポイントが整理できたと思います。

この「弁護士が教える契約・契約書の基礎知識」シリーズでは、以下のコンテンツを取りそろえていますので、併せてご確認ください。


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契約書作成・チェックのポイント

以上(2024年4月更新)

(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

よくある契約書の構成、「条・項・号」、用語の使い分け/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(2)

1 パターンが決まっている「契約書の基本的な構成」

契約書で定める事項に決まった作り方があるわけではありません。しかし、契約書の基本的な構成はおおむねパターンが決まっていて、

タイトル、前文、本文、後文、契約締結日、署名(記名押印)

となっています。

早速、業務委託基本契約書のイメージを確認してみましょう。

(図表)業務委託基本契約書のイメージ

業務委託基本契約書のイメージ

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

1)タイトル

タイトルとは、「業務委託基本契約書」「売買契約書」「秘密保持契約書」などの表題のことです。タイトル自体に契約の法的効力への影響はなく、自由に付けることができます。ただし、実務上は、契約内容が一目で分かるようなものにします。

また、契約書を「契約書」「契約証書」「覚書」などとすることもあります。こちらもタイトルによって法的効力が変わることはありませんが、実務上は次のように使い分けられることが多いです。

  • 契約書、契約証書:契約当事者双方が権利・義務関係を明確にして、両者が連名で調印する場合
  • 念書、誓約書:一方の契約当事者だけが自分の義務履行を承認して、相手方に差し入れる場合
  • 覚書、協定書:契約条項の解釈や前提事実を明確にするために、主たる契約に付随して作成する場合

2)前文

前文とは、「○○(以下「甲」という)と、□□(以下「乙」という)は、△△について次の通り契約を締結する」といった文言です。契約当事者は誰なのか、契約の目的は何であるのかなどを明らかにします。

3)本文

本文は、一般条項と主要条項に大別されます。

一般条項とは、契約内容にかかわらず、共通して定められることの多い条項です。「解除条項」「損害賠償条項」などがあります。

主要条項とは、一般条項以外の条項です。個々の契約書で大きな違いが生じます。

契約書に記載する順番は、言葉の定義など以降の内容に関わってくる条項や、基本的なもの(売買契約であれば、甲が乙に◇◇を販売するなど)から記載していくのが一般的です。また、一般条項の一部は、契約書の後半にまとめて記載することが多いです。

4)後文

後文とは、「上記合意成立の証しとして、本契約書2通を作成し、甲乙各々署名捺印の上、甲乙各1通を保有する」といった文言です。契約書原本の作成通数、保有する者などを定めます。

5)契約締結日

いつ契約を締結したかが分かるように、契約締結日を記載します。契約書に特別な定めをしていなければ、当該日付が契約の効力発生日と推定されます。なお、本来的にはこのようなことは望ましくありませんが、交渉や手続きの遅れなどからバックデート(日付の遡及)をせざるを得ないことがあります。この場合、契約書に特別な定めをしていなければ、過去に遡って契約に基づく履行義務が生じることになるため注意が必要です。

6)署名(記名押印)

契約当事者(または、その代理人)の署名または記名押印がある契約書は、契約当事者の意思に基づいて成立したものであると推定されます。署名がされておらず、記名だけの場合は、押印もすることで署名と同じ効力があるとされています。また、日本においては、実務上、署名だけではなく、併せて印鑑も押すのが通常です(署名捺印)。

  • 署名:本人が自筆で自分の名前を記すこと
  • 記名:パソコンの印字など、署名以外の方法で自分の名前を記すこと
  • 押印:紙での契約の場合は印鑑を押すこと、電子契約の場合は電子署名または電子押印すること

なお、最近は電子契約システムを利用した契約締結方式も多くなっています。このシステムを利用する場合、署名や記名押印も全て電子で行われます。この点については、以下のコンテンツで解説しています。

2 条・項・号の違い

契約書の内容を確認する際は、「第○条第○項第○号で定めてあります」「第○条の前段と第○条の但書は矛盾していませんか?」といったように、該当箇所を特定して協議をします。

しかし、条・項・号、柱書(はしらがき)、但書、前段、後段の違いを正確に理解していないと、契約内容の確認などの際に、契約当事者間で認識に相違が生じる恐れがあります。そうしたことがないように、以下で基本的な構成を理解しましょう。

1)基本的な構成

1.条・項・号

基本的な構成は条・項・号となります。項は条を細かくしたもの、号は項を細かくしたものです。条の内容が比較的シンプルで、条件などを列挙する場合は、項を飛ばして号が定められることもあります。

なお、契約書によっては条の数が多くなり、内容が分かりにくくなるケースがあります。このような場合は、条の上位の階層に「章」を置いて整理します。

2.項と号の番号に注意

項と号には「1」「(1)」「一」などの番号を付けます。項と号の番号の付け方が同じだと紛らわしくなるので使い分けましょう。

第1項には「1」「(1)」「一」の項番号を付けず、第2項から「2」「(2)」「二」などと付け始めるのが基本です。契約書のひな型などを見ると、第1項から項番号を表示しているものが少なくありませんが、これは分かりやすく表記しているためです。

また、書き方として、号は体言止めにするのが基本です。

2)柱書

柱書とは、条項の中に、号によって項目が箇条書きにされている場合、その号を除いた部分を指します。

3)但書

但書とは、文字通り「但し」という記述から始まり、前文や本文に補足などを加えている部分を指します。

4)前段、後段

前段とは、条項の文章が句点で2つの文に分かれている場合の前半の文、後段とは、同じく後半の文を指します。しかし、後半の文が「但し」で始まる場合は、後段ではなく但書と呼びます。

ちなみに、条項の文章が3つの文に分かれている場合、真ん中の文を中段と呼びます。

第1条(条・項・号など基本的な構造)

これが第1条第1項である。但し、第1項には項番号を付けないのが基本であり、この文は但書である。

2 これが第1条第2項の前段である。これが第1条第2項の後段であり、ここまでを柱書という。

一 これが第1条第2項第1号。

二 これが第1条第2項第2号。

3 契約書でよく見かける、紛らわしい用語の使い方

1)正しい使い分けは意外と難しい?

契約書の作成や確認の際に困るのは、契約書でよく見かける独特の表現です。例えば、「又は」と「若しくは」はどのように使い分ければよいのか、「直ちに」と「速やかに」にはどのような違いがあるのかといったことで、迷ったことはないでしょうか。

ここでは、契約書でよく見かける表現ではあるものの、使い方や解釈に迷ってしまう契約書独特の表現について整理してみましょう。

2)契約書でよく使われる接続詞

1.「又は」「若しくは」

「又は」と「若しくは」は、いずれも「or」を意味する接続詞です。接続する内容が同一グループの場合、最後だけ「又は」を使います。

例)リンゴ又はバナナ
例)リンゴ、バナナ又はイチゴ

以上は全て「果物」という同一グループ内の接続ですが、ここにタコという「魚介」のグループが加わったらどうでしょうか。大きなグループ(果物と魚介)と、小さなグループ(果物グループの中のリンゴとバナナなど)がある場合は、大きなグループは「又は」、小さなグループは「若しくは」でつなげます。

例)リンゴ若しくはバナナ又はタコ
例)リンゴ、バナナ若しくはイチゴ又はタコ

イメージ

2.「及び」「並びに」

「及び」と「並びに」は、いずれも「and」を意味する接続詞で、基本的な使い方は「又は」と「若しくは」と同じです。接続する内容が同一グループの場合、最後だけ「及び」を使います。

例)リンゴ及びバナナ
例)リンゴ、バナナ及びイチゴ

また、大きなグループ(果物と魚介)と、小さなグループ(果物グループの中のリンゴとバナナなど)がある場合は、大きなグループは「並びに」、小さなグループは「及び」でつなげます。

例)リンゴ及びバナナ並びにタコ
例)リンゴ、バナナ及びイチゴ並びにタコ

3)ややこしい表現を正しく理解する

1.「することができる」「するものとする」「しなければならない」

契約書にありがちな文末の表現には、次のような意味があります。

  • することができる:するか否かを選択できる
  • するものとする:することが義務である
  • しなければならない:することが義務である

「するものとする」という表現には、「しなければならない」ほどの言い回しの強さはありませんが、意味は同じと考えてよく、義務であることに変わりありません。

2.「推定する」「みなす」

「推定する」と「みなす」には、次のような意味があります。

  • 推定する:反証を許す
  • みなす:反証を許さない

「推定する」ことと「みなす」ことの違いは、反証があるときの考え方です。例えば、「冬に収穫した赤い果物はリンゴと推定する」場合は、冬に収穫された果物が実はイチゴであるという明確な証拠があれば覆る可能性があります。しかし、「冬に収穫された赤い果物はリンゴとみなす」場合は、事実とは関係なく、冬に収穫された赤い果物をリンゴと捉えるため、たとえ赤い果物がイチゴであったとしても、それはリンゴとして取り扱うことになります。

3.「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」

スピードを示す表現には、次のような意味があります。

  • 直ちに:一切の間を置かず、即時に
  • 速やかに:できるだけ早く
  • 遅滞なく:事情が許す限り、最も早く

速い順に表すと「直ちに > 速やかに > 遅滞なく」となります。ただ、いずれも「○日以内」といった具体的な基準にはなりません。そのため、契約書には必要に応じて「3営業日以内」などと定めたほうがよいでしょう。

4.「その他」「その他の」

「その他」と「その他の」には、次のような意味があります。

  • その他:並列関係 例)リンゴ、バナナ、イチゴその他果物
  • その他の:包含関係 例)リンゴ、タコその他の食材

「その他」は並列なので、果物は全て横に並ぶイメージです。一方、「その他の」は包含関係なので、食材という大きな概念の中に、リンゴ、タコが含まれているイメージです。

5.「時」「とき」

「時」と「とき」には、次のような意味があります。

  • 時:時点を指す
  • とき:仮定的条件を指す

例えば、「契約締結の時」とあれば、契約を締結した時点となります。また、「疑義が生じたとき」とあれば、疑義が生じた場合となります。「とき」については、「場合」と読み替えてほぼ問題ありませんが、仮定的条件が2つ以上重なる場合は、大きい条件に「場合」を使い、小さい条件に「とき」を使います。具体的には次の通りです。

第○条

次の各号に該当する場合は、速やかに相手方に報告するものとする。

一 相手方に不利益を与えるおそれがあるとき。

二 ……。

いかがだったでしょうか? 契約は非常に身近な法律行為なので、プライベートではいちいち契約書を作成しないことが多い一方、ビジネスでは契約書を作成することが基本となっている理由をご理解いただけたと思います。

この「弁護士が教える契約・契約書の基礎知識」シリーズでは、以下のコンテンツを取りそろえていますので、併せてご確認ください。


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契約書作成・チェックのポイント

以上(2024年3月更新)

(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

画像:Andrey Popov-Adobe Stock

【かんたん会社法(6)】株主の権利と株式の種類

書いてあること

  • 主な読者:株主の権利や株式の種類について知りたい人
  • 課題:経営方針の決定や資本政策などに株主の権利がどう影響するかが分からない
  • 解決策:株式には3種類の制約を付けられる。また、9種類の種類株式がある

1 株主の権利と株主平等の原則

1)株主の権利は自益権と共益権

株主は、株式会社(以下「会社」)会社に資本を提供する出資者であり、会社が倒産すれば、出資を失うリスクを負っている実質的な会社の所有者です。そのため、会社が儲かった場合、配当(剰余金)を受け取ったり、経営者を選ぶ権利を持っています。これらを自益権と共益権といいます。

1.自益権

自益権とは、株主が会社から直接経済的な利益を受ける権利です。「剰余金の配当を受ける権利」「残余財産(会社が解散し、清算される際に残っている会社の財産)の分配を受ける権利」などがあります。

2.共益権

共益権とは、株主が会社の経営に参加する権利で、「株主総会における議決権」などがあります。上記の通り、経営者である取締役を選任する決議権が典型です。

2)株主平等の原則

株主としての権利義務は、持っている株式の内容と数に応じて平等でなければなりません。そこで、会社は株主名簿を作成し、次の内容を記載・記録することになっています。

  1. 株主の氏名または名称および住所
  2. 株主が持っている株式の数(種類株式の場合、株式の種類と種類ごとの数)
  3. 株主が株式を取得した日
  4. 会社が株券発行会社である場合は株式の株券番号

会社は、一定の日を定めて、その日に株主名簿に記載・記録されている株主を権利者と定めます。

2 株式の内容

会社の設立や新株発行は、株主を募ることでもあり、同時に出資金を募ることでもあります。様々なタイプの会社や株主の要望に応じられるように、株式の内容を自由に設計できれば、それだけ、資金調達がしやすくなります。それゆえに、会社法では多様な株式を認めています。

1)全ての株式の内容を異なる株式にする

定款で一定の事項を定めることで、全ての株式について普通株式とは異なる取り扱いにすることができます。具体的に次の通りです。

  • 譲渡制限株式:株式を譲渡する際に会社の承認が必要な株式
  • 取得条項付株式:一定の事由が発生した場合、会社が強制的に取得できる株式
  • 取得請求権付株式:株主が会社に対して取得を請求できる株式

2)株主によって株式の権利内容を変える

株主は、原則として、株式の内容と数に応じて平等に扱われなければなりません。しかし、非公開会社(全ての株式について譲渡制限(譲渡にあたり会社の承認が必要)がある旨を定款に定めている会社)の場合、定款に定めることで、剰余金の配当、残余財産の分配、議決権行使について株主ごとに異なる定めができます。例えば、

  • 特定の株主にのみ複数の議決権を与える
  • 保有株式数にかかわらず、頭割りで議決権を与える
  • 特定の株主にのみ保有株式数に応じた金額以上(または以下)の剰余金の配当等を行う
  • 保有株式数にかかわらず、頭割りで剰余金の配当等を行う

といった具合です。

3 9つの種類株式

定款で一定の事項を定めることで、次の9つの種類株式を発行できます。

1)剰余金の配当額が異なる株式

優先株式と劣後株式の両方があります。他の株主の先だって、剰余金の配当を受けられる権利があるのが優先株で、この反対の他の株式より遅れてしか配当を受けられないのが劣後株です。業績が悪いときに等に出資を募りたい場合は、優先株を発行するでしょうし、また、会社に資金援助の必要がある場合に親会社や企業が劣後株を引き受けることがあります。

2)残余財産の分配額が異なる株式

優先株式と劣後株式の両方があります。優先、劣後の関係が、上記の剰余金の配当ではなく、会社解散の際の残余財産の配分において認められる株式です。

3)議決権が制限される株式

株主総会の全部または一部の事項について議決権を行使することができない株式を、議決権制限株式といいます。議決権の制限のない一定の株主が会社支配権を持つことになりますが、一定のベンチャー企業等にニーズがあると考えられています。必ずしも健全な姿とは言えないため、公開会社の場合、議決権のない株式が発行済み株式の1/2を超える場合、これ以下にするための必要な措置を講じなければなりません。

4)株式を譲渡する際に会社の承認が必要な株式

一部の種類の株式についてのみ譲渡制限がある会社は、会社法上の公開会社に該当します。公開会社は、非公開会社に比べて定款で会社の基本的な規則を定める自由度が低く、より厳格な会社法上の規律に従うことになります。

従前からある小規模閉鎖会社を念頭にした制度で、仲間以外の人間の会社参入を防ぐことができましたが、一部の株式だけに譲渡制限も付けられるようになっており、より多様な目的にかないます。

5)株主が会社に取得を請求できる株式

株主は、定款に定められた期間内に請求することで、定款の定めに従い、対価を得ることができます。一定の期間、会社の資金需要を賄いつつ、一定の期間後、会社の配当の負担を減らすことが可能になります。

6)一定の事由が発生した場合、会社が強制的に株式を取得できる株式

会社は、定款に定められた事項が生じたことを株主等に通知・公告し、定款の定めに従い対価を支払うことによって、会社が株主から株式を取得することができる株式です。

7)株主総会の特別決議により、他の株式などと引き換えに会社が取得できる株式

株主総会の特別決議によりその種類の株式の全部を取得することができる株式です。

8)一定の事項につき、株主総会の決議に加え、その種類株主総会の決議が必要な株式

いわゆる黄金株や、拒否権付き株式といわれるものです。その種類株主総会で会社の合併などの総会決議事項を否決することできます。合弁会社やベンチャー企業においてニーズがあるといわれてはいますが、特異な制度ではあります。

9)当該株式の種類株主総会の決議だけで取締役または監査役を選任・解任する株式

ある種類株式の種類株式総会だけで、取締役又は監査役を選任できる株式です。その種類株式総会で選任できる取締役、監査役の人数は、定款で定めなければなりません。これらも合弁会社やベンチャー企業において、ニューズがあるといわれています。なお、委員会設置会社および公開会社はこの株式を発行することはできません。

4 発行済株式の内容を変更する手続き

1)既存の全ての株式の内容を変更する手続き

1.譲渡制限

定款を変更して普通株式に譲渡制限を付ける場合、株主総会の特殊決議が必要です。特殊決議には、議決権を行使できる株主の半数以上であって、当該株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です。また、反対株主には買取請求権が与えられます。

2.取得条項

定款を変更して普通株式に取得条項を付ける場合、全ての株主の同意が必要です。反対株主に株式買取請求権は与えられません。

3.取得請求権

定款を変更して普通株式に取得請求権を付ける場合、株主総会の特別決議が必要です。特別決議には、議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です。反対株主に株式買取請求権は与えられません。

2)既存の一部の種類株式の内容を変更する手続き

1.譲渡制限

定款を変更して種類株式に譲渡制限を付ける場合、その種類株式を持つ株主が参加する種類株主総会の特殊決議が必要です。特殊決議の内容や株式買取請求権については、前述した「既存の全ての株式の内容を変更する手続き」と同じです。

2.取得条項

定款を変更して種類株式に取得条項を付ける場合、全ての種類株主の同意が必要です。反対株主がいても、株式買取請求権は与えられません。

3.全部取得条項

全部取得条項付種類株式とは、「7.株主総会の特別決議により、他の株式などと引き換えに会社が取得できる株式」(前述した「2)権利の異なる複数の種類の株式を発行する」を参照)のことです。特別決議には、議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2以上の賛成が必要です。

定款を変更して、ある種類株式に全部取得条項を付ける場合、その種類株式を持つ株主が参加する種類株主総会の特別決議が必要です。また、反対株主には買取請求権が与えられます。

5 譲渡制限株式を譲渡するための手続き

1)株主からの承認の請求

譲渡制限株式の譲渡人は、譲渡制限株式を発行した会社に対して、譲受人への譲渡を承認するか否かを決定するよう請求します。

2)譲渡の承認の決定など

譲渡人から譲渡承認の請求を受けた会社は、承認するか否かを決定し、その内容を譲渡人に通知します。この通知は、譲渡承認の請求から2週間以内にしなければならず、これを超えると譲渡を承認したものと見なされます。なお、定款に定めることで2週間を短縮できます。

3)会社または指定買取人による買取請求

会社が譲渡を拒否すれば、譲渡人は株式に投資した資本を回収できません。そこで、譲渡人は、譲渡承認の請求に際して、譲渡を承認しない場合は会社または指定買取人が譲渡制限株式を買取るように請求できます。

4)会社または指定買取人による買取り

3)の請求がなされ、会社が株式譲渡を承認しない場合、会社は、会社が買取るか、別の買取人を指定するかを決定します。

会社が買取る場合、会社は2)の通知をしたときから40日以内(これを超えた場合、譲渡を承認したと見なされる)に、1株当たり純資産額に買取る対象株式数を乗じて得た額を供託します。そして、当該供託を証する書面を譲渡人に交付し、譲渡人に株式を買取る旨および買取る株式の種類および数を通知します。

別の買取人を指定する場合、指定買取人は2)の通知をしたときから10日以内(これを超えた場合、譲渡を承認したと見なされる)に、指定買取人が1株当たり純資産額に買取る対象株式数を乗じて得た額の供託を証明する書面を譲渡人に交付します。そして、指定買取人として指定された旨および買取る株式の種類および数を通知します。

5)売買価格の協議

会社または指定買取人から譲渡人に4)の通知があったら、売買価格を協議します。協議が調えば、それが売買価格となります。

6)裁判所による売買価格の決定

4)の通知があった日から20日以内に、裁判所に売買価格決定の申し立てがあれば、裁判所が定めた額が売買価格となります。一方、20日以内に申し立てがない場合は、4)で供託した金額が売買価格となります。

7)留意点

以上は、譲渡人が承認を求める流れです。反対に譲受人から承認を求めることもでき、基本的な手続きの流れは同じです。譲受人が承認を求める場合、「取得した株式の株主名簿上の株主またはその一般承継人と共同で請求」をするか、「確定判決、裁判上の和解、競売、株式移転などで株式を取得したことを示す資料を提供して請求」します。

6 株式に係るその他の制度について

1)単元株制度

単元株制度とは、

定款で一定数の株式を「1単元」と定め、単元株式数(1単元の株式)につき1個の議決権を認める一方、単元株式数に未たなければ議決権を認めない

というものです。単元株制度の目的は、少額出資者の権利(特に「共益権」)を限定し、会社の株主管理コストを削減することです。つまり、一定の株式数を持つ株主だけを対象に議決権行使に関する手続きをすればよいので、業務が効率化できるのです。

一方、単元株制度は、単元未満株主の権利を制限するため、会社法ではこの点に配慮しています。例えば、

  • 単元株式数の上限を1000および発行済株式の総数の200分の1
  • 単元未満株主は会社に株式の買取請求ができる
  • 単元株式数となるように、単元未満株主が会社に株式を売り渡すよう請求できる

ことなどを定めています。

2)株式の分割・併合

株式の分割とは、発行済株式を細分化することです。例えば、1株を10株に分割すると、会社財産は変わらないまま株式総数が増えます。その結果、1株当たりの株価が下がり、株式の流動性が向上します。株式分割は既存株主にはあまり影響がないため、取締役会設置会社は取締役会の決議、その他の会社は株主総会の普通決議で決められます。

株式の併合とは、数個の株式を合わせることです。例えば、2株を1株に合わせると、会社財産は変わらないまま株式総数が減ります。その結果、1株当たりの株価が上がり、株式の流動性が低下します。また、株主管理コストを削減したり、合併や株式交換などに先立って株式の割当比率を調整したりすることができます。

株式の併合によって1株に満たない端数が生ずる場合、会社は端数の合計数に相当する株式を競売などで売却し、売却金を従前の株主に分配することになるので、既存株主にとっては影響が大きい手続きといえます。そこで、株式の併合を行うためには、原則として、株主総会の特別決議が必要です。また、取締役はその株主総会において、株式併合の必要性を説明しなければなりません。

以上(2024年7月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 有村佳人)

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画像:Mariko Mitsuda

「契約」とは何か? 身近だからこそ正しく知ろう/弁護士が教える契約・契約書の基礎知識(1)

1 実はとても身近な「契約」

契約とは、一方の「申し込み」と、もう一方の「承諾」によって成立する法律行為です。

契約はとても身近なものですが、いざ「契約を締結しましょう」と言われたら、ちょっと身構えてしまいます。しかしご安心を。実は私たちの生活は契約だらけなのです。

例えば、仕事では会社と社員は「労働契約」を交わしています。これにより、あらかじめ約束した仕事を社員は行い、その対価として会社は給料を支払います。もっと身近な例では、皆さんがコンビニエンスストア(以下「コンビニ」)でコーヒーやお菓子を買うときなどは、「売買契約」を交わしています。ただ、コンビニの店員が、「今から、このコーヒーについて、売買契約を交わしましょう」などと言っていないだけで、れっきとした法律行為がなされているわけです。

いかがでしょうか。コンビニで買い物をする(売買契約)、レストランで食事をする(役務提供契約)など、これら全てが契約なので、皆さんは、毎日多くの契約を交わしながら生活しているわけです。

この記事では、契約と法律の関係を整理した上で、契約書を作成する理由や、実際に契約を締結できる人は誰なのかについて弁護士が解説します。

2 最初に確認。「契約と法律」の関係

1)「契約自由の原則」とは

契約と法律の関係に関する重要な考え方に、「契約自由の原則」があります。

「契約自由の原則」とは、契約に関する事項は、契約当事者が自由に決めることができ、国家はこれに干渉しないというものです。

「契約自由の原則」は、具体的に次の4つの自由から成り立っています。

  • 相手方選択の自由:契約を締結する相手方を決める自由
  • 内容の自由:契約内容を決める自由
  • 方式の自由:書面か口頭かなど、契約の方式を決める自由
  • 締結の自由:契約を締結するか否かを決める自由

契約は「誰と」「どのような内容で」「どのような方式で」締結してもよく、また「契約を締結するか否か」についても自由に決めることができます。そして、契約で決めたことが法律に優先するのが原則です。

2)公序良俗に反するものはダメ

ただし、契約自由の原則があるとはいえ、何でも契約できるわけではなく、

公序良俗・強行規定 > 契約自由の原則 > 任意規定

といった関係があります。強行規定はおかしな契約を認めないもの、任意規定は契約で不明瞭な部分を補足するものといったイメージですので、以下で確認してみましょう。

まず、「強行規定」についてです。

強行規定とは、「公序良俗」を具体的に定めたものであり、契約当事者の意思にかかわらず適用されます。

強行規定について、民法で「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする」と定められています。具体的には、建物の賃貸借契約において、「物件が天災、火災、地変その他の災害によって使用できなくなったときには敷金を返還しない」というように、借主の責任ではなく、貸主の責任や不可抗力による場合に敷金を返還しないとすることは、公序良俗に反するとして、裁判で無効とされたケースがあります。

次に、「任意規定」についてです。

任意規定とは、契約当事者の意思が不明確であるときに、不明確な部分を補充するための規定です。契約当事者間の合意があれば、その合意が任意規定よりも優先されます。

任意規定の例には、民法の「典型契約」があります。

民法の典型契約とは、「代表的な契約の種類を定めたものである」と説明されるように、日々の生活に密接に関係するものが多く含まれています。例えば、消費者がお店で買い物をする売買契約や、友人と洋服を貸し借りする使用貸借契約などがあります。

これらは日常の行為であるが故に、細かな条件を契約書で定めることはほとんどありません。こうした、ある意味曖昧な権利・義務関係において何らかのトラブルが生じた場合、判断のよりどころとなるのが典型契約なのです。

実際は、「どれが強行規定で、どれが任意規定なのか」といった判断が難しいことがあります。そのようなときは、弁護士などの専門家に相談しましょう。

3 口約束でも成立するのに、契約書を作成する理由とは?

さて、冒頭の説明でもお分かりいただけたように、コンビニで買い物をするときに、いちいち契約書を作成しません。実際、口約束だけでも「申し込み」と「承諾」があれば契約は成立します(「保証契約」「定期借地権契約」など、一部の契約は書面がなければ成立しないので注意が必要です)。

しかし、ビジネスは必ずといってよいほど契約書を作成するのは、後のトラブルを防ぐためです。以下に具体的な効果を示すので、確認してみてください。

1)契約内容を明確にできる

人の記憶は曖昧ですし、自分にとって都合の良い解釈をしがちです。そのため、口約束だけで契約を締結すると、後になって「言った、言わない」のトラブルになるリスクが高まります。

この点、契約書を作成しておけば、こうした問題が回避されます。互いの曖昧な記憶ではなく、契約書の記載内容に基づいて判断することができます。

2)トラブル発生時に自社を守る

口約束だけだと、大枠では合意しているものの、細かな取引条件まではきちんと合意できておらず、後々、トラブルになるリスクがあります。実際、「納品日・数量・料金の支払日」といった基本的なところが漏れているケースもありますし、目的物が契約に適合しているか否かを判断するよりどころもありません。

受注側は仕事欲しさに「きちんと対応しますよ!」などと安請け合いしますが、目的物が契約に適合しない不備があると、場合によってはいつまでもその対応に追われて、適正な収益が得られなくなります。他方、発注側も契約書に記載がないと、目的物に不備があった場合に、取引相手にどのようなことが主張できるかが明確ではなく、想定外の不利益を被る恐れがあります。こうしたことがないように、契約書で目的物が契約に適合しない不備があるときの補正内容や、その期間を定めておけば、自社を守ることができます。

3)契約内容を慎重に検討できる

その場の雰囲気や会話の流れに影響されて、契約内容を慎重に検討しないまま不利な口約束をしてしまうことがあります。

しかし、契約書を作成するということになれば、事前に何度も契約内容を確認します。社内確認はもちろん、ときには弁護士のリーガルチェックも受けるので、自社にとって不利な条件で契約を締結するリスクは低減されます。

4)後任の担当者が確認できる

ビジネスで、何かのプロジェクトについて契約書を作成する場合、最初の担当者はプロジェクトの内容や契約の経緯を十分に理解しています。しかし、異動によって担当者が代わると、当時の状況は十分に引き継がれなくなり、何かの確認があった際に、「なぜ、このような取り決めをしているのか?」と混乱することがあります。

この点、きちんと契約書を作成していれば、ひとまずそれに基づいて判断することができます。また、契約の背景について社内のメモや、相手とのメールなどを残しておくと理想的です。

5)裁判時の証拠書類になる

相手とトラブルになってしまい、しかも当事者で解決できない場合、裁判で争うことになります。その際、契約書は裁判において有力な証拠書類になり、契約書で合意していた内容やその妥当性が争点となります。

契約書に定めていれば何でも大丈夫というわけではありませんが、契約書は自社の主張の正当性を示す、とても重要な証拠書類となります。

契約書を作成することの効果が大きいと、お分かりいただけたと思います。ですから、

先代から続く長年の取引先やスピード重視で即決したい相手であっても、契約書を締結することが重要

になります。

4 契約を締結できる人、できない人

1)法人と契約をする場合

法人と契約を締結する場合、誰でも契約ができるわけではなく、ふさわしい権限を有していなければなりません。具体的には次の通りです。

(図表1)【法人と契約をする場合に、契約を締結できる人】

相手の状況 法的な問題点 ポイント
代表者 法人の代表者は法人を代表する法的権限を有しているので、契約を締結することができる。株式会社の場合、代表取締役が代表者であるのが一般的。 法人によって代表者の肩書はさまざまなので、法的な権限があるかについては、登記事項証明書で確認する。
支配人 支配人とは、会社から本店または支店の主任者として選任された商業使用人のこと。商法において、その営業に関して会社を代表して契約を締結する権限が与えられているので、契約を締結することができる。 ホテルやレストランなどの責任者を「支配人」と呼ぶことがあるが、商法上の支配人とは必ずしも同じではない。法的な権限があるかについては、登記事項証明書で確認する。
事業責任者 代表権はないため、実際の権限を確認する必要がある。実際に、その契約内容の範囲において事業に関する権限を有していれば契約を締結できる(実際は契約を締結する権限がなく、相手方がそのことを知っていた、または知らないということにつき重大な過失がある場合は除く)。 事業責任者の権限は登記事項証明書では確認できないため、相手に確認する必要がある。

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

2)個人と契約をする場合

個人と契約を締結する場合、誰でも契約ができるわけではなく、ふさわしい権限を有していなければなりません。具体的には次の通りです。

(図表2)【個人と契約をする場合に、契約を締結できる人】

相手の状況 法的な問題点 ポイント
未成年 結婚している場合などの例外を除き、法定代理人(親権者や未成年後見人)の同意を得ていない場合は、法定代理人や未成年者本人に契約を取り消される恐れあり。
親権者などその未成年者に代わって契約を締結できる人(法定代理人)などと契約を締結するか、法定代理人などの同意(親権者が婚姻中の場合は父母両方の同意)が必要。
本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。
契約を取り消されると、遡って契約はなかったものとなる。
成年被後見人 成年後見人や成年被後見人本人から契約を取り消される恐れあり(成年被後見人は、成年後見人の同意を得ていても、自ら有効な契約を締結できないため、事前に成年後見人の同意を得ていたとしても、成年後見人から契約を取消されるおそれあり。)。 本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。
日用品の購入その他日常生活に関する行為は取消不可。
被保佐人 不動産売買などの重要な契約について、保佐人の同意なく契約した場合は、保佐人や被保佐人本人から契約を取り消される恐れあり。 本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。
保佐人の同意が必要な行為は、民法13条第1項で列挙されている。例えば、預貯金の払い戻し、お金の貸し借り、不動産の売却や賃貸借契約の締結などがある。
被補助人 不動産売買などの重要な契約を、家庭裁判所が「補助人の同意が必要な重要な行為」と定めた場合、補助人の同意なく契約した場合は、補助人や被補助人本人から契約を取り消される恐れあり。 本人確認として、運転免許証、パスポート、個人番号カード(マイナンバーカード)などで、住所・氏名・生年月日などを確認する。
補助人の同意が必要な行為は、家庭裁判所が定めたもののみ。

(出所:弁護士監修のもと、日本情報マート作成)

3)契約当事者に代わって契約を締結できる代理人

代理人は、契約当事者に代わって契約を締結できる人で、「法定代理人」と「任意代理人」がいます。

法定代理人とは、法律によって代理権があることが定められた人です。一方、任意代理人とは、法定代理人以外の代理人で、契約当事者から権限の委任を受けた人です。

任意代理人と契約を締結するときは、「一定の代理権はあるが、実は契約締結については代理権の範囲外だった(代理権がなかった)」ということがないように注意しましょう。こうしたリスクを避けるためには、できるだけ契約当事者と手続きをする必要があります。

また、どうしても任意代理人と手続きをしなければならない場合は、

  • 委任状に記載する委任事項について、「○○との間で締結する『売買契約』に係る一切の権限」といったように、代理権を有する範囲を厳格に定める
  • 不明な点はすぐに契約当事者に確認する

などの対応をしましょう。

いかがだったでしょうか? 契約は非常に身近な法律行為なので、プライベートではいちいち契約書を作成しないことが多い一方、ビジネスでは契約書を作成することが基本となっている理由をご理解いただけたと思います。

この「弁護士が教える契約・契約書の基礎知識」シリーズでは、以下のコンテンツを取りそろえていますので、併せてご確認ください。


あわせて読む
契約書作成・チェックのポイント

以上(2024年3月更新)

(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

画像:LIGHTFIELD STUDIOS-Adobe Stock

【朝礼】そうだ、旅に行こう

おはようございます。今日は「休暇」に関する話をします。適度に休み、心身のコンディションを整えて仕事のパフォーマンスを上げるのは、ビジネスパーソンの大事な心得の1つです。もちろん、皆さんの多くが休暇をちゃんと取っているのは知っていますが、なかには「仕事が忙しいから」といって休みたがらない人もいます。

今日は、改めて私から言わせていただきます。休暇は皆さんに与えられた権利ですから、ちゃんと取ってください。そして、もう1つ。休暇を取ったら、ぜひ「旅行」に行くことをおすすめします。

なぜ、旅行に行ってほしいのか。最近の私の経験からお話しします。私は先日、家族と一緒に伊豆に行ってきました。温泉に入るのが目的でしたが、そこに向かうまでの道中からして、とても楽しいものだったのです。

今回、熱海からローカル線に乗って伊豆に向かったのですが、行く先々の駅の造りが昭和チックで、子どもの頃を思い出してノスタルジーに浸れましたし、晴天の中、緑豊かな山々や美しい駿河湾が見られて、とても心が癒されました。

また、普段はビジネス関係の書籍ばかり読んでいるのですが、今回はせっかく伊豆に向かうのだからと、久しぶりに小説を読んでみました。皆さんもご存じ、川端康成(かわばたやすなり)氏の「伊豆の踊子(いずのおどりこ)」です。一人の青年と旅芸人一座の踊子の淡い恋愛を描いた小説ですが、誰かと旅をしながら孤独だった青年の心が解きほぐされていくストーリーが胸を打ちましたし、ちょうど電車のルートが小説に出てきた場所を通るので、主人公の旅を追体験しているようで楽しめました。

ここまでは、「癒された」「楽しかった」という話ですが、ビジネスパーソンとして心を揺さぶられる体験もありました。私が泊まった宿の温泉は大正時代に採掘されたものなのですが、今のように採掘の技術も優れていなかった当時の人々が、いかに苦労して温泉を掘り当てたかが記されていました。当時の様子をうかがい知れる写真や建物も残っていて、「仮に恵まれない環境にいたとしても、簡単にチャレンジを諦めてはいけない」と身が引き締まる思いでした。

ひたすら私の旅行話になってしまいましたが、私が伝えたいのは「旅に出て、いつもと違う環境に身を置いてみると、得るものがたくさんある」ということです。

もちろん、休暇の使い方は各々の自由ですから自宅で休むのも結構ですし、「旅行はお金も体力もいるからちょっと……」という人もいるでしょう。ただ、一度旅に出てみて、さまざまな面から刺激を受けると、自分の中の「あれをやってみたい」「これをやってみたい」という気持ちが揺り動かされ、休みが明けたとき、元気良く仕事に臨めるのです。月並みな話ではありますが、ぜひ皆さんも旅に出てみてください。

以上(2024年7月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

なぜ、「損金」を知れば決算対策の方向性が見えてくるのか?

1 決算対策の第一歩は税金計算の仕組みを知ること

創業して間もないなど、まだもうけ(利益)が出ていないときは気にならない税金(法人税)。しかし、もうけが出てくると一転して経営者は税金を意識し、いわゆる「税金対策」を講じることもあります。

対策の対象は「法人税」ですが、これは益金から損金を差し引いた所得に対して課されます。そのため、税金対策の基本は、いかにして所得を減らすか、つまり益金から差し引ける損金の取り扱いがとても重要になってくるのです。

詳細は「「経費」「費用」「損金」とは? 似ているけど決定的に違う意味」で説明しているので、ここでは簡単に示しますが、財務会計と税務会計で儲けを計算する仕組みは次のように違います。

財務会計と税務会計で儲けを計算する仕組み

肝となるのは、ずばり「税務調整」ですので、以降でその基本を紹介します。

2 4種類の税務調整

税務調整には次の4種類があります。

税務調整の種類

税金計算の基本的な流れは次の通りです。税務調整によって、所得が増えることも減ることもあるわけですが、ここがとても重要になるわけです。

  • 財務会計の収益・費用に、税務調整を加減算して、税務会計の益金・損金とし、所得を算出する
  • 上で算出した所得に税率を乗じて、税額を算出する

3 決算対策の基本的な考え方

税金計算の仕組みが分かれば、「税金対策とは何か?」が分かってきます。そう、決算対策の基本は損金を増やして、所得を減らすことなのです。

決算対策の基本的な考え方

  • 所得が低ければ低いほど、税額は少なくなる
  • 所得を減らすために、損金を増やす

利益を増やすことが会社経営の基本ですが、決算対策など納税額を減らすためには、所得(利益)を減らすという逆の考え方が必要です。なお、所得を減らすために、益金を減らすという考え方もできますが、税務上、益金を減らす対策(売上の計上基準を変更するなど)は一般的には行われません。

それでは、税金対策のために重要な「損金」について、詳しく確認していきましょう。

4 損金とは?

損金とは、法人税を計算する際に益金から差し引くことを税法で認められているもので、「1.売上原価」「2.販売費及び一般管理費その他の費用」「3.損失」の3つに分類されます。なお、税法上で取り扱いが定められている項目以外は、財務上の費用と同じ取り扱いになります。

1)売上原価

売上原価とは、その事業年度の売上に対応する売上原価、完成工事原価その他の原価です。損金に算入できるのは、その事業年度に計上された売上に直接対応しているものです。この考え方は財務会計でも同じです。

また、「売上原価=仕入高」とはならないことを覚えておきましょう。仕入高は、商品の仕入れ時には費用として計上されますが、事業年度末に棚卸しを行い、その事業年度の売上に対応する部分(売上原価)と在庫となる部分(資産)に区分されるからです。そして、事業年度末の在庫に係る仕入高は、費用(財務会計)にも損金(税務会計)にもなりません。

2)販売費及び一般管理費その他の費用

販売費及び一般管理費その他の費用(以下「販管費等」)とは、償却費以外の費用で、その事業年度末までに債務が確定しているものです。具体的には、次の3つの要件を満たしている費用です。

  • 事業年度末までに債務が成立していること
  • 事業年度末までに支払い原因となる事実が発生していること
  • 事業年度末までにその金額が合理的に算定できること

また、役員報酬や交際費など一部の販管費等については、上記の3つの要件とは別のルールが定められているものもあります。

販管費等や交際費、役員報酬については、次の記事で詳しく説明しています。

3)損失

損失には棚卸資産の評価損や、災害等により生じた損失、金銭債権などの貸倒損失などがあり、それらの事実が生じた事業年度に損金に算入されます。そのため、損失に基づく事実の発生の有無やその発生時期の判断が重要になります。税法上では、損金に算入できる主な損失については、個別に通達が設けられています。

5 専門家に相談する

損金に算入できるか否かによって納税額が変わるため、会社のキャッシュフローに影響を及ぼします。また、損金を気にするということは、所得が出ている(利益が出ている)ということです。

経営者は、攻めの経営で設備投資や人材採用を加速させるのか、はたまた守りの経営で内部留保を厚くするのかなど、所得(利益)をどのように使うのかを考えなければなりません。その一環として、経営者は決算対策の正しい知識を持っておく必要があります。

なお、実際に税金対策に取り組む際は、資金繰りや会社の資産状況などの幅広い視点が必要なので、税理士などの専門家と相談しながら進めるのがよいでしょう。

以上(2024年3月更新)

(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

画像:Rawpixel.com-Shutterstock

損金の計算で重要な「減価償却」の肝は取得価額と使用可能期間

1 固定資産を取得などした場合に有利な選択をする

企業の成長過程では、さまざまな設備投資が必要です。例えば、取引が大きくなると製造機械や装置の刷新・増設、人材が増えるとオフィスの拡大、さらにオフィス機能を充実化するための備品調達などです。

設備投資に要した支出は、損金(税務上の費用)に算入できますが、そのルールは複雑で次のような分岐があります。

固定資産を取得した場合の基本的な処理の流れ

また、固定資産は取得だけではなく、修理・改良や廃棄・売却をした際の取り扱いにも注意が必要です。さらに、一定の設備投資をした際は、投資額の一部について税額控除などの優遇を受けられる優遇税制もあるので、検討したいところです。

この記事では、有形固定資産を「取得、修理・改良や廃棄・売却」した場合の損金算入に関する基本的なルールと、中小企業の設備投資に係る主な優遇税制を紹介します。

2 「少額減価償却資産」は支出した年に全額を損金に算入できる

1)「少額減価償却資産」とは

「10万円までなら一括で落とせるよね?」。経営者同士でこんな会話がされることがあります。これは「少額減価償却資産」の話題です。

少額減価償却資産とは、「使用可能期間が1年未満」または「取得価額が10万円未満」のいずれかに該当する固定資産です。そして、少額減価償却資産の取得価額は、事業のために使い始めた年に全額を損金に算入できるので、「一括で消耗品費などの経費として落とせる」ということです。

この場合、固定資産として計上しないので減価償却は不要です。また、少額減価償却資産は、取得価額の全額を損金として処理しなければならず、一部だけを資産計上することはできません。

2)1事業年度で総額300万円まで使える「少額減価償却資産の特例」とは

少額減価償却資産は取得価額が10万円未満までですが、青色申告を行う中小企業者等(資本金の額などが1億円以下で一定の法人)には特例があります。少額減価償却資産の特例と呼ばれるもので、「取得価額が30万円未満」の固定資産を少額減価償却資産として処理し、事業のために使い始めた年に、全額を損金に算入できます。これにより、その事業年度の課税所得を減らすことができるのがメリットです。

少額減価償却資産の特例の限度は、1事業年度で総額300万円までです。総額ですから、30万円未満のパソコンを10台調達した場合に全額を損金の額に算入することができます。

3 取得後、数年間にわたって損金に算入する減価償却

1)通常の減価償却資産

少額減価償却資産に該当しない固定資産については、減価償却が必要です。減価償却とは、取得価額を耐用年数にわたって適正に配分(減価償却費として計上)することであり、これにより正しく期間損益計算を行うことが会計上の目的です。ただし、土地のように使用や時間の経過で価値が減少しないと考えられているものは、減価償却の対象にはなりません。

経営者から見ると、減価償却費はキャッシュアウトを伴わない費用であり、タックスプランニングを含めた損益計算において無視できない重要な制度です。前述した「少額減価償却資産の特例」を使うことで、その事業年度の法人税の支払いを抑えることができるでしょう。

では、具体的に減価償却はいつから、どれくらいの期間行うのでしょうか。

まず、減価償却は事業のために使い始めた日から計算するため、基本的には取得時に減価償却方法や耐用年数を判断しなければなりません。この耐用年数が減価償却の期間であり、税務上の耐用年数は法令で定められています。固定資産の種類・仕様・用途などさまざまな要素ごとに細かく規定されており、それぞれの固定資産の特徴を踏まえて決定します。実務上は、国税庁のホームページなどで確認し、対応する耐用年数を決定することになります。

国税庁「主な減価償却資産の耐用年数表」

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/pdf/2100_01.pdf

2)定額法と定率法の違い

主な減価償却方法には定額法、定率法、生産高比例法がありますが、生産高比例法は対象資産が限定されているため、説明を省略します。

定額法と定率法の比較は次の通りです。

定額法と定率法の比較

なお、定額法と定率法のどちらを選択した場合でも、耐用年数を通して見れば減価償却費の合計額は同じです。例として、期首に車両(500万円、耐用年数5年)を取得した場合の定額法と定率法の減価償却費の推移を紹介します。

定額法と定率法の減価償却費の推移

3)一括償却資産

一括償却資産とは、取得価額が20万円未満の減価償却資産のことで、3年間の均等償却ができます。つまり、

機械装置や工具器具備品などについて、個々の耐用年数を把握し、固定資産として計上して通常の減価償却をするのではなく、一括償却資産として計上し、3年間の均等償却をする

という選択肢があるわけです。通常の減価償却の耐用年数は3年を超えるものが多く、一括償却資産を選択すれば短期間で損金に算入できます。

4 まとめ:固定資産を取得した場合の取り扱い

ここまで、固定資産の取り扱いとして「少額減価償却資産」「少額減価償却資産の特例」「通常の減価償却資産」「一括償却資産」について説明してきました。改めてそれぞれの特徴を整理すると次のようになります。

固定資産を取得した場合の取り扱い

5 固定資産を修理・改良した際の支出は損金に算入できるか?

長年使用してきた固定資産が故障してしまった場合、修理・改良(以下「修理等」)が必要です。この場合の選択は、修理等のための支出を、

修繕費などとして損金に算入するか、新たな固定資産の取得とみなして資産計上するか

となります。固定資産として計上しなければならない修繕費を、税務上「資本的支出」と呼びます。

まとめると、固定資産の修理等のうち、「通常の維持管理または原状回復のための支出」は修繕費、「固定資産の価値や耐久性を高めたと認められる支出」は資本的支出として処理することになり、資本的支出の場合は減価償却が必要となります。

例えば、資本的支出に該当するのは、次のようなものです。

  • 建物の避難階段の取り付けなど、物理的に付加した部分に係る費用の額
  • 用途変更のための模様替えなど、改造または改装に直接要した費用の額
  • 機械の部品を特に品質または性能の高いものに取り替えた場合のその取り替えに要した費用の額のうち、通常の取り替えの場合にその取り替えに要すると認められる費用の額を超える部分の金額

ただし、これだけでは判断できないことがほとんどなので、実際は図表5で示した修繕費と資本的支出の判定フローチャートを参考にしながら検討することになります。

修繕費と資本的支出の判定フローチャート

6 固定資産を廃棄や売却したら損金に算入できるか?

長年使用して老朽化したり、新モデルが開発されて陳腐化したりした固定資産を廃棄・売却した場合、その時点における固定資産の帳簿価額と売却価額の差額を、固定資産除却(売却)損益として損金(または益金)に算入します。

このあたりは簿記の話となりますが、要するに売却価額が帳簿価額を下回れば損金、上回れば益金となります。なお、廃棄・売却の際に、運送費や廃棄手数料などの付随費用が生じたときは、その金額は固定資産除却(売却)損益に含めて処理します。

以上が基本ですが、一括償却資産の場合は異なります。

3年間の償却期間中に一括償却資産を廃棄(売却)した場合、その除却(売却)損に相当する額は損金に算入できない

というルールがあります。そのため、廃棄(売却)した年も、引き続き3年均等償却をしなければなりません。実務上は、一度、固定資産除却(売却)損を計上し、税務申告書上で調整をするという、少々面倒な手続きをすることになります。

また、廃棄せずに保有している固定資産であっても、次の場合は固定資産除却損として損金に算入できます。

  • その使用を廃止し、今後通常の方法により事業の用に供する可能性がないと認められる固定資産
  • 特定の製品の生産のために専用されていた金型等で、当該製品の生産を中止したことにより将来使用される可能性のほとんどないことがその後の状況等から見て明らかなもの

7 中小企業が設備投資で使える有利な優遇税制

ここまで、固定資産について取得、修理・改良、廃棄・売却した場合の取り扱いについて紹介してきました。いずれも中小企業が有利な選択をするための一助となる情報です。最後に紹介する優遇税制も、大切な内容ですので、ぜひ、ご確認ください。

1) 中小企業投資促進税制

中小企業投資促進税制とは、生産性の向上を目的に一定の設備投資やソフトウエアを購入した場合に、その投資額の一部を税額控除か、特別償却(通常の減価償却費のかさ増し)のいずれかを選択して適用(資本金3000万円超の中小企業については特別償却のみ)できる制度です。

中小企業投資促進税制の概要

例えば、生産性向上を目的に300万円の機械装置を購入して、税額控除を選択した場合、21万円(300万円×7%)を法人税額から控除できます(法人税額の20%限度内である場合)。

なお、購入する設備ごとに購入金額や重量などに下限が決められているため、注意が必要です。また、一部の業種(電気業、水道業、鉄道業、航空運輸業、銀行業、映画業を除く娯楽業など)は対象外とされているため、自社の業種が指定事業に含まれているか確認するようにしましょう。

この税制を受けるためには、事前の申請などは必要なく、法人税の申告の際に、確定申告書に一定の書類を添付することで適用を受けることができます。

中小企業投資促進税制を利用する際に必要な書類

2)中小企業経営強化税制

中小企業経営強化税制とは、中小企業等経営強化法の認定を受けた経営力向上計画に基づいて新たな設備投資をした場合に、税額控除か即時償却(購入時に全額を損金に算入)のいずれかを選択して適用できる制度です。

要件は4つのタイプに分かれており、それぞれに定められた要件を満たす必要があります。また、法人税の申告の際に、確定申告書に一定の書類(別表や適用額明細書)を添付することで適用を受けられます。

中小企業経営強化税制の概要

例えば、100万円のシステム投資を行って税額控除を選択した場合、10万円(100万円×10%)を法人税額から控除できます(法人税額の20%限度内である場合)。

なお、中小企業投資促進税制と同様、購入した設備ごとに購入金額の下限が決められているため、注意が必要です。また、一部の業種(電気業、水道業、鉄道業、航空運輸業、銀行業、映画業を除く娯楽業など)は、対象外とされているため、自社の業種が指定事業に含まれているか確認するようにしましょう。

この税制を受けるためには、事前に経営力向上計画を作成し、国から認定を受けなければなりません。申請準備から認定までおおよそ3カ月はかかるといわれているので、早めの相談が必要です。また、法人税の申告の際に、確定申告書に一定の書類(認定計画の申請書および認定書の写しや、別表、適用額明細書)を添付しなければなりません。

以上(2024年3月更新)

(監修 税理士法人アイ・タックス 税理士 山田誠一朗)

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