【自社を強くする管理会計(1)】管理会計は気負わずに

書いてあること

  • 主な読者:管理会計を取り入れたい中小企業の経営者、経理担当者
  • 課題:自社にとって効果的な理論や手法が分からない
  • 解決策:管理会計で大事なのは、経営者が知りたいことを数字で表現すること

1 管理会計とは一体何か?

管理会計には、予算管理や部門別損益といったイメージがあります。管理会計の勉強をしたことがある方は、CVP分析(Cost-Volume-Profit Analysis)やABC(Activity Based Costing)についても知っているかもしれません。しかし、これらの理論はよく知られていますが、会社の中では実際に目にすることが少ないものです。

そこで、本連載では、実務で本当に「使われている」と同時に「使える」(=役に立つ)管理会計のやり方を、特に中小・中堅企業を想定しながら解説していきます。

管理会計の定義を正確に覚えたり、管理会計の全体像を網羅的に説明したりはしません。なぜなら、皆さんのゴールは、自社に管理会計を取り入れることですので、それに直接役に立つ方法を中心に紹介します。

2 経営者が欲しい数字を届けよう

管理会計で最も大事なことは、経営者が欲しい数字を届けることです。分かりやすくいえば、管理会計というのは「経営者のための数字の見える化」です。管理会計が成功しているかどうかは、数字の提供状況について、自社の経営者が満足しているかどうかで判断できます。

経営者は日々多くの意思決定を行います。その際、判断を誤らないために役に立つのが、状況を客観的に教えてくれる数字です。

どのような数字を出したらいいかは、経営者や現場のトップがその答えを持っています。例えば製造業においては、業績不振の典型的な原因に「稼働率が低いライン」があります。そして、多くの場合、経営者や製造部門のトップはそのことにすでに気付いているものです。このとき、稼働率をラインごとに集計してみたり、業績が良かった過去も含めて5年間の稼働率の推移をグラフにしてみたりするといいでしょう。そうすることで、肌感覚だけに頼らず、正しく状況を把握することが可能になります。

例えば、プロ経営者として有名な松本晃さんがカルビーの立て直しを行ったときに、稼働率に注目し、徹底して改善に取り組んだというのは有名な話です。何に取り組んだら最も効果が高いのかを数字を使って検討する。これも立派な管理会計の取り組みの1つです。

3 正しさ以上に、スピードが大事

経営者に数字を提供するときに、大事なのはスピードです。前述のように、経営者が数字を欲しがるのは、これからのことを考えるのに使いたいからです。とすると、必要な数字をタイムリーに届けることが重要です。

もしあなたが経理畑で、経験も長いとすると、スピード以上に、正しさが気になるかもしれません。通常の経理では伝票を一枚一枚円単位で切るため、正しさが大事というのは当然の感覚です。しかし、管理会計の情報の使い手は、経営者です。多くの場合、1円単位はもちろん、会社の規模にもよりますが、数万円であっても経営者の意思決定においては誤差の範囲ということもあり得ます。正しさにこだわって、経営者が必要とするタイミングに数字が出せないとすれば、その方が問題なのです。

ぜひ経営者にとって、どのくらいの桁までは許容できるのか、そしていつまでに数字が欲しいのかを明確に把握しておきましょう。

4 予算管理から始めてはいけない

冒頭にも挙げた予算管理は、管理会計の代表例です。予算管理は、中小企業の管理会計で最も普及しているものだと思います。しかし、皆さんの会社が現在予算管理を行っていないのであれば、予算管理から管理会計の取り組みを始める必要はありません。

予算管理とは、年度初めに目標となる予算を作り、その通りに実績が推移するかを月次決算の都度確認していく手法のことをいいます。2~3カ月をかけて予算を作るという会社も多くあり、問題点の1つ目はまさにそこです。予算を作るのにあまりに時間がかかりすぎるのです。また、予算を作るには、会社全体の協力は必須であり、必要とする情報も膨大です。予算作りは、あまりに大がかりな取り組みといえます。

その結果、多くの会社では、年度初めの予算作りに疲弊してしまい、その後の進捗管理がおざなりになっている光景を見ます。しかし、これでは本末転倒です。予算という目標を立てるからには、本来達成に向けて期間中に頑張らなくては意味がないのです。

このような現状を踏まえると、時間も労力も多大に必要とする予算管理は、必ずしも取り組むべき管理会計とは言えません。むしろ、予算管理は、管理会計にある程度習熟した会社にとってこそ、効果的な管理会計の最高峰なのです。

もし、自社が予算管理をやっていない、またはうまくいっていない場合には、予算管理にとらわれずに、数字のPDCAを小さく回すことから始めてみてください。その題材は何でも構いませんので、前述の通り経営者が見たい数字から始めるといいでしょう。

予算管理もそうですが、世の中で管理会計として紹介されている取り組み全てを自社に取り入れる必要はありません。それよりは、経営者や部門のトップの声に耳を傾け、ヒントを得てください。それこそが、自社に合ったものであり、効果が期待できるものといえます。

5 「天気予報」のイメージを忘れない

管理会計を、皆さんのなじみのあるものに例えるなら、天気予報といえます。天気予報を皆さんが見るのは、これからの天気を知ることで、必要な準備をし、より快適に過ごすためでしょう。管理会計も同様です。得られた情報をもとに、会社のこれからをより良くできるからこそ、価値があるのです。管理会計は難しそうと気負わずに、経営者の声に耳を傾け、取り組めるところから小さく始めていきましょう。

以上(2024年6月更新)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役・公認会計士 梅澤真由美)

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定年再雇用で基本給を下げたら違法? 合理的な賃金設計をシミュレート!

書いてあること

  • 主な読者:まもなく定年を迎える社員を嘱託などとして再雇用する予定の経営者
  • 課題:再雇用後の賃金設計で社員とトラブルにならないか不安
  • 解決策:「いくらまでなら減額してよい?」ではなく「この人の仕事の価値はいくら?」という視点を持つ

1 「この人の仕事の価値はいくら?」という視点が大切

日本の会社では、社員の定年退職時に退職金を支払った後、「嘱託」などとして再雇用する「定年再雇用」が広く浸透しています。ただ、定年再雇用は再雇用時に労働契約を締結し直す働き方なので、定年後の労働条件をめぐって会社と社員の間でトラブルが起きるケースが少なくありません。

トラブルになりがちなのは「賃金」です。直近では2023年7月に、定年再雇用で嘱託になった職員の基本給を、正職員の頃の60%未満まで引き下げたことでトラブルが起き、最高裁判決までもつれこんだ事案がありました。詳細は後述しますが、その際、

高裁が「60%を下回るのは違法」と判断したのに対し、最高裁が「単純な額の問題ではなく、基本給の性質や支給目的を精査すべき」として、高裁に判決を差し戻した

ことが話題になりました(最高裁第一小法廷令和5年7月20日判決)。

この判決はいわゆる「同一労働同一賃金」、簡単に言うと「同じ働き方をしている人には、同じ賃金を支払いなさい」というルールを、最高裁が改めて明確に示したものです。「生涯現役社会」ともいわれる時代、定年再雇用はもはや当たり前の働き方になりつつありますが、

会社が再雇用後の賃金を決める際は、「いくらまでなら減額してよい?」ではなく「この人の仕事の価値はいくら?」という視点を持つ

ようにしないとトラブルになりかねません。

そこで、この記事では最高裁判決の内容に触れつつ同一労働同一賃金の基本をおさらいした後に、社員の働き方に応じた再雇用後の賃金設定のシミュレーション(社会保険労務士監修)を紹介します。

「同一労働同一賃金については大体分かっているから大丈夫」という人は、先に第3章(定年前後の働き方と賃金をシミュレートしてみよう)をご確認ください。

2 同一労働同一賃金の視点で、最高裁判決をひもといてみよう

同一労働同一賃金は、パートタイム・有期雇用労働法などを根拠とするルールで、その根幹にあるのは「均等待遇」「均衡待遇」という考え方です。

  • 仕事の内容などが同じなのに、非正規雇用であるという理由だけで正社員よりも低い労働条件にすることはできない(均等待遇)
  • ただし、能力や成果に基づく待遇格差は、合理的なものであれば問題ない(均衡待遇)

具体的には、図表1の3つの考慮要素をもとに判断します。「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに待遇格差を設けることはできません。ですが、「3.その他の事情」に該当する、個人の能力や成果に基づく格差は、合理的なものであれば認められます。

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さて、前述した最高裁判決の事案は、嘱託として再雇用された自動車学校の教習指導員2名が、

定年前後で「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに、再雇用後の基本給が定年前の40%台(月額7~8万円台)まで引き下げられたのは不合理だ

と訴え、これが同一労働同一賃金に違反しないか争われたものです。高裁と最高裁は、それぞれ図表2のように判断しました(基本給以外にも争点はありましたが、ここでは割愛します)。

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同一労働同一賃金の考え方に照らせば、本来「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに基本給を引き下げるのは不合理といえますが、最高裁の判断に基づくと、

能力や貢献度、健康状態、将来的なポテンシャルなどを考慮して、あえて定年前後で支給基準を変えているのなら、「3.その他の事情」に照らして必ずしも不合理とはいえない

と考えることができます。

以上、最高裁判決の内容に触れつつ同一労働同一賃金の基本をおさらいしましたが、そうは言っても、いざ再雇用後の賃金を決めるとなると、「本当にこの賃金設計で大丈夫か?」と不安になってしまう経営者もいるはずです。次章からは、社員の働き方に応じた定年再雇用の賃金設定のシミュレーションを紹介します。

3 定年前後の働き方と賃金をシミュレートしてみよう

冒頭で「この人の仕事の価値はいくら?」という視点で賃金設計をすることが大切とお話ししましたが、当然ながら「何となくこのぐらいの額」というような曖昧な決め方ではトラブルになるので、次のようなことを考慮しながら明確な基準に基づいて額を定める必要があります。

  • 仕事内容や役職は定年前から変わるか
  • 労働時間や、社会保険・雇用保険の適用(労働時間に応じる)は変わるか
  • 責任はどうなるか(仕事のノルマはあるか) など

図表3は、正社員(役職者、転勤あり、1日8時間×週5日勤務、社会保険あり、雇用保険あり、仕事のノルマあり、賞与支給あり)が定年後に再雇用される場合の働き方を、A~Dの4種類にパターン分けしたものです。赤字は、正社員時と働き方が変わる部分です。

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パターンA

能力も意欲も十分で、定年後も会社の戦力となる社員を想定しています。仕事の内容や労働時間に変更はありませんが、定年後なので今まで以上にプライベートも大事にしてほしいという意図から、役職、転勤、残業、ノルマはなしとしています。一方、仕事へのモチベーションはある程度維持したいので、「嘱託用評価制度」により正社員時の最大50%の賞与を支給します。

パターンB

パターンAと同じく能力も意欲も十分ではあるものの、自身の体調や家族の介護などの関係で、フルタイムでの勤務は難しい社員を想定しています。基本的な労働条件はパターンAと同じですが、労働時間(労働日数)を減らしています。

パターンC

能力はそれなりですが、意欲については「定年後なのでゆったり働きたい」というレベルの社員を想定しています。労働時間は1日6時間×週5日、社会保険と雇用保険の適用はありますが、仕事内容は正社員時よりも簡易な業務に変え、賞与の支給はなしとしています。

パターンD

副業や起業など新しいキャリアを模索しており、他の人ほど長く働けない社員を想定しています。労働時間は1日6時間×週4日、雇用保険の適用はありますが、社会保険の適用はなくなります。仕事内容は正社員時よりも簡易な業務に変え、賞与の支給はなしとしています。

これをベースに、パターンA~Dの月例賃金の賃金設計をシミュレートしたものが図表4です。

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図表4の中で押さえておきたい主なポイントは次の通りです。

1.正社員時を100%とした場合の総支給額の比率

パターンB~Dは、賃金の総支給額が正社員時の60%を下回っています。この「60%」というのは前述した最高裁判決の事案で、高裁が「生活保障の観点から看過し難い水準」と判断したパーセンテージでした。ただ、最高裁が判断している通り、賃金は「その性質や支給目的に照らして合理的といえるか」が重要なので、2.以降で紹介するように、まずは再雇用後の賃金支給について、明確な基準があるかどうかを確認しましょう。

なお、賃金が60歳到達時の75%未満に低下する社員については、一定の要件を満たすことで、雇用保険から「高年齢雇用継続給付」が支給されるので、制度を利用できる場合はその旨を社員に伝えておくとよいでしょう(ただし、2025年4月1日から最大支給率が15%から10%に引き下げられるので注意が必要です)。

2.基本給

基本給は、パターンA~Dの労働時間(図表3を参照)をベースにした額になっています。定年前(正社員時)に比べて労働時間が減った分だけ、支給額も減っているので、ある程度合理的な賃金設計といえるでしょう。なお、実際は職務の内容、職務の内容・配置の変更範囲など(図表1を参照)や会社の財務状況など、複数の要因を考慮して決定する必要があります。

3.諸手当

図表4に記載している諸手当の概要は次の通りです。

  • 役職手当:正社員の中から指定された役職者に対して支給
  • 資格手当:職務遂行に特定の資格が必要で、その資格を有している場合に支給
  • 精皆勤手当:欠勤せずに出勤することの奨励として支給
  • 交代勤務手当:交代制勤務がある場合に支給
  • 住宅手当:住宅費の負担を補助するために支給
  • 通勤手当:通勤費の負担を補助するために支給

今回、パターンA~Dの全てのケースで支給しているのは、精皆勤手当と通勤手当です。通勤したり、欠勤せずに出勤したりすることは、働き方の違いには直接関係がないので、再雇用後の社員にも支給すべきものです。

その他の手当については、支給対象としませんでした。役職手当などは役職者にのみ支給するものですし、その他の手当も、再雇用後の働き方が手当の支給要件にマッチしないのであれば支給は不要です。

やや判断が難しいのが住宅手当ですが、今回は「正社員は転勤があるのに対し、再雇用後は転勤がなく、正社員に比べ住宅費の負担が抑えられる」という理由から、支給しない設計にしてみました。

4.賞与

パターンAとBの社員には、前述した通り、賞与が支給されます。これはモチベーション維持のためでもありますし、同一労働同一賃金のルールに照らした際、「仕事内容が正社員時と変わらないのに、賞与は支給しないのは不合理」という考え方ができるためです。

一方、額については前述した通り、正社員時の最大50%としています。これは、パターンAとBがともに、仕事の責任が正社員よりも軽い(ノルマがない)ことを考慮したものです。50%は上限ですので、実際は評価制度に基づき、社員の成果と貢献を公正に評価して支給額を決めることになります。

以上(2024年6月作成)
(監修 ひらの社会保険労務士事務所)

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【事業承継】「財産の承継」は合わせ技。基本的な方法を押さえよう

書いてあること

  • 主な読者:最も有利な方法で後継者に自社株式を集中させたい経営者
  • 課題:さまざまな方法があり、それぞれが専門的でよく分からない……
  • 解決策:財産の承継は合わせ技。後継者や経営者の年齢、経営見通しなどから判断する

1 事業承継で重要となる自社株式の評価

オーナー企業の事業承継では、自社株式の評価額が非常に重要になります。業績好調で利益を積み重ねれば自社株式の評価は上がりますが、事業承継に限っていえば、評価が上がるのは好ましいことばかりではありません。なぜなら、

親族内承継であれば評価額を下げたいですし、M&Aによる第三者への承継であれば評価額を上げたい

からです。実際、親族内承継の場合、後継者に株式の買い取り資金がないこと、譲渡の際の贈与税・相続税が高いということが課題となっています。

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自社株式を後継者に「安く」引き継ぐことが事業承継を成功させるポイントですが、

  • さまざまな方法があり、それぞれ専門的である
  • 専門家や支援機関によって指摘するポイントが違う

といった課題があり、とっつきにくい分野です。そこで、この記事では、親族内承継を中心に財産の承継において、これくらいは知っておきたいというポイントをまとめます。実際に取り組む際は、必ず専門家などにご相談ください。

2 後継者に「3分の2以上」の株式を集中させる

後継者に自社株式を集中させる必要がありますが、具体的な割合を意識していますか? 過半数あれば大丈夫と考えているかもしれませんが、これは「普通決議」ができる水準にとどまります。より安定的な経営をするためには、「特別決議」ができる3分の2以上を後継者に集中させなければなりません。「特別決議」で決められることには「定款の変更や組織再編など」があり、より積極的な経営がしやすくなります。

一方、長く続いている会社ほど株式が分散する傾向があります。そこで、

会社や後継者が自社株式を買い取り、後継者を対象にした新株発行などを通じて、後継者の持株比率を高めること

を検討する必要があるでしょう。

さらに、事業承継をした後の株式分散を防止するために、定款に株式譲渡制限や株式の買い取り請求に関する事項を定めることも検討しましょう。

3 自社株式の評価を引き下げる、引き継ぐ数を減らす

1)自社株式の評価を引き下げる方法

自社株式の評価方法はさまざまです。中小企業の場合、

  • 類似業種比準価額方式:事業内容が類似する上場会社の平均株価を参考に計算する
  • 純資産価額方式:評価時点で資産や負債を時価評価した場合の純資産価額を、自社株式の数で除して計算する
  • 両方を併用

が用いられますが、いずれも純資産価額を引き下げれば自社株式の評価は下がります。純資産価額を引き下げる方法には、

  1. 役員退職慰労金を支払う
  2. 不動産を購入する

などがあります。特に役員退職慰労金は、経営者と後継者が話し合ってしっかりと決めるべきです。経営者は「勇退時にいくら欲しいのか」を明確に告げ、時期を決めて支給すれば自社株式の評価を引き下げられます。とはいえ、いくらでもよいというわけではなく、過大であれば税務上否認される恐れがあります。また、不動産の購入についても相続時の評価などに注意する必要があります。

2)引き継ぐ自社株式の数を減らす方法

全株式を引き継ぐと後継者の負担が重くなります。「3分の2」の株式を後継者に集中させれば、残りの3分の1は別の株主でもよいわけです。それも、

会社の方針に賛成し、長期に保有してくれる安定株主が好ましい

ということであり、ここで検討されるのが「従業員持株会」の設立です。従業員に株式を保有してもらえば、経営の安定と事業承継時の後継者の負担軽減が実現します。

4 「相続」の負担を軽減する

高齢の経営者が親族内承継をする場合、「相続」が事業承継の中心的な話題となります。負担軽減にどのような方法があるのか、ポイントを簡単に紹介します。

1)相続時精算課税:イメージは2500万円+110万円

「相続時精算課税」とは、贈与税の先送りのような制度です。具体的には、生前贈与が2500万円まで贈与税が非課税となり、これを超える部分には一律20%の贈与税がかかります。実際に相続が発生した場合、生前贈与した部分も含めて相続財産を評価し、相続税を計算します(2024年1月1日以降の改正については後述)。

ポイントは、

生前贈与した時点と、相続した時点の財産の価値の違い

です。価値が小さいうちに生前贈与し、価値が大きくなったときに相続が発生すると、生前贈与時の小さい価値により相続財産とされるため、後継者の負担は軽減されることになります。つまり、将来、業績が向上して自社株式の評価が高まると考えるなら、相続時精算課税は有効ということです。

なお、相続時精算課税は後述する「暦年贈与」とは別の仕組みなので、110万円より少ない贈与でも申告が必要であり、ここが面倒な点でもありました。これの制度が改正され、2024年1月1日以降の贈与については、相続時精算課税に110万円の基礎控除の枠が設定されます。この110万円には贈与税も相続税もかからないため(相続財産にも加わりません)、申告も不要となります。

2)暦年贈与:イメージは毎年110万円

「暦年贈与」という制度もあります。これは、毎年110万円までの贈与が非課税となる制度です。非課税はうれしいところですが、毎年110万円までしか非課税枠がなく、10年間にわたって利用しても贈与できるのは1100万円です。経営者が若く、よほど計画的に事業承継を検討していない限り、メリットは小さいかもしれません。また、前述した相続時精算課税と併用することもできません。

なお、暦年贈与も2024年1月1日以降に変わります。これまで、たとえ暦年贈与でも死亡日以前3年間の分については、相続財産に加えることになっています。つまり、相続税がかかるということです。この取り扱いが変わり、

  • 死亡日以前3年間:これまで同様に全て相続財産に加える
  • 死亡日以前4~7年間:100万円を差し引いた額を相続財産に加える

といった取り扱いになります。

3)事業承継税制

事業承継税制とは、

一定の要件を満たし続ければ、承継した自社株式にかかる相続税・贈与税が猶予・免除される制度

です。一定の要件についての詳細は割愛しますが、簡単にいうとある程度の規模を継続しながら会社経営を続け、事業承継のたびにこの制度を使えば、相続税と贈与税が猶予・免除され続けるというものです。

4)持ち株会社(ホールディングス)

厳密には相続と違いますが、事業承継の通過点として持ち株会社(ホールディングス)が設立されることもあります。株式移転などの組織再編の手法を用いるのですが、

持ち株会社に会社の株式を移転。事業会社(元の会社)は、持ち株会社の100%子会社

とします。経営者は持ち株会社の代表、後継者は元の事業会社の代表になり、経営者は持ち株会社の代表の立場から後継者の経営をサポートします。ある意味で「院政」のような体制となりますが、後継者がまだ若い場合など、事業承継前のワンステップとして有効です。

5 遺言書の作成、家族信託の利用

1)遺言書の作成

ここまで後継者の負担軽減を前提に説明してきましたが、それ以外の親族への配慮も必要です。例えば、経営者に長男と次男がいて、後継者である長男にだけ遺産を集中させると次男が不満を覚え、兄弟げんかになって会社経営に悪影響を及ぼしかねません。そこで、経営者は「遺言書」を作成し、

遺産の配分や、配分した意図(法的拘束力はない)

を残しておくことが大事です。

なお、相続には「法定相続分」があります。例えば相続人が「配偶者や子」の場合、それぞれ2分の1ずつ相続できることになっています。しかし、遺言書を書くとこれを変えることができます。とはいえ、遺言書に書いたからといって法定相続分がゼロになることは問題なので、「遺留分」が定められています。相続人が「配偶者や子」の場合、それぞれ4分の1ずつ相続できることになっています。まとめると、

遺留分>遺言書>法定相続分

ということになります。

2)家族信託の利用

ちょっと視点は変わりますが、財産の承継を間違いなく行うために、「家族信託」を利用することもあります。家族信託とは、

経営者が家族に財産(自社株式も含む)の管理を託すこと

であり、経営者が認知症になった際の対策として利用されるのが一般的です。高齢な経営者は認知症のリスクがあり、万一の場合は冷静な判断ができません。そうなると事業承継どころか会社経営が立ち行かなくなってしまうため、家族信託を利用し、長男が「議決権」を行使できるようにするなどします。

6 M&Aを検討する際の主なポイント

1)M&Aの目的と課題

ここまで親族内承継を中心に考えてきましたが、最後にM&Aについても簡単に触れておきます。アンケートなどを見るとM&Aに対する悪いイメージは根強いようですが、一方で近年は後継者不足からM&Aによる第三者への承継が増えているのも事実です。M&Aによって想定されている効果と課題は次の通りです。

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2)M&Aの種類

M&Aにはさまざまな種類があり、代表的な方法およびそれぞれの特徴は次の通りです(中小企業庁「事業引継ぎハンドブック(2015年9月)」)。

1.株式譲渡

譲渡する側の会社のオーナー(経営者)が所有している発行済株式を、譲り受ける側の会社に売却し、子会社になることです。株主および経営者が交代するだけで、社員や社外の関係は変わりません。会社をそのまま存続させたいときや、オーナー(経営者)の持つ株式を現金化したいときに向いています。

2.事業譲渡

譲渡する側の会社が、その事業部門の全部または一部を譲り受ける側の会社に売却します。債権や債務、契約関係、雇用関係などについて、それぞれ同意を取り付けてなければいけないため手続きは煩雑です。

また、複数の事業のうちの一部だけを売却し、その他の事業は残したい場合には有効な方法です。

3.吸収合併・吸収分割

吸収合併は、譲渡する側の会社の全ての資産や負債、社員などを譲り受ける側の会社が吸収し、譲渡する側の会社は消滅します。雇用条件の調整や事務処理手続きの合意の形成が難航する恐れがあります。

吸収分割は、譲渡する側の会社が、その事業部門の全部または一部を分割した後、譲り受ける側の会社に承継させる方法です。労働契約承継法によって、社員の現在の雇用がそのまま確保されます。

3)M&Aに向けた事前準備と支援機関への相談

M&Aで会社を売却する場合、相手先との交渉に入る前に、仲介機関の選定や会社の実態把握、企業の「磨き上げ」などさまざまなことをしなければなりません。最も注意すべきなのは、

いかにして秘密を守り、外部への漏洩を防ぐか

です。第三者はもちろん、親族や友人、役員・社員に至るまで十分に注意しましょう。

また、こうした一連の手続きを自社だけで行うことは困難なので、専門的なノウハウを有する支援機関に相談しましょう。具体的には、事業引継ぎ相談窓口、事業引継ぎ支援センター、商工会議所、金融機関(銀行、生命保険会社、損害保険会社)、税理士、弁護士、M&A仲介業者などがあります。それぞれ得意分野や業務の範囲、報酬体系などが異なるため、実績や利用者の声などを十分調査して選択しましょう。その際、複数の機関から話を聞いて比較することを忘れないでください。

以上(2024年5月更新)
(監修 税理士 石田和也)

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画像:Mariko Mitsuda

孤高の天才ドライバー、アイルトン・セナ。彼が言う「集中」の意味、そして勝利への覚悟が分かる一言とは?

結局、自分や他人の失敗から学んでいくしかないんだ。それが僕のいう、『コンセントレーション(集中)』の意味だ

アイルトン・セナは、F1世界選手権において、1988年、1990年、1991年と計3度のチャンピオンを獲得した、ブラジルのレーシングドライバーです。彼がレース中の事故でこの世を去ってからちょうど30年。今なお世界中のレーシングファンの憧れであるセナは、1988年からの約6年間、イギリスのレーシング・チームであるマクラーレンに所属していました。当時、マクラーレンとタッグを組んでいたのは日本企業のホンダです。

冒頭の言葉は、当時ホンダのF1総監督だった桜井淑敏(さくらい よしとし)氏が、セナに「F1のドライビングの難しさは?」と聞いた際の返答の一部です。セナが口にした「集中」という言葉を、私たちは「余計なことを考えず、一点だけを見据える」という意味で捉えがちですが、彼の場合はその逆でした。セナの考える集中とは、「自分を取り囲むあらゆる要素、つまりレースにおけるその時々の状況、サーキットやマシンのコンディション、天候などを完全に理解すること」でした。要するに、ゴールの一点だけを見据えて走るのではなく、視野を広く持って周囲を冷静に観察しながら走るというアプローチです。

デビューして間もない頃のセナは、速く走りたいと気が急くあまり、マシントラブルやアクシデントを起こすことが度々ありました。ただ速く走るだけではトップに立てないと気付いたセナは、「自分の感情をコントロールし、置かれているシチュエーションを完璧に読み解くこと」を信条とします。何度も失敗を繰り返しますが、その失敗の繰り返しこそが彼の集中力を研ぎ澄ましていったのです。その先に3度のチャンピオン獲得という栄光があったことは言うまでもありません。

社員の人生や会社の未来を一身に背負う経営者もまた、並大抵ではない集中力が求められますが、「成功したい」と気が急くあまり、周りが見えなくなっているときはないでしょうか。そんなときこそセナの言葉を思い出し、「自分や会社の置かれているシチュエーションを読み解くこと」に集中してみてください。

そして、もう1つ忘れてはならないのが、集中を支える「原点」です。誰しも集中力を維持することは簡単ではありません。なぜ、セナは維持できたのか。それは、一選手としての重圧だけでなく、故郷の未来も背負って戦っていたからです。

セナは生前、獲得した多額の賞金を匿名で、故郷・サンパウロ(ブラジル)の病院や施設に寄付していました。レースを終えるたびに貧富の差が激しい故郷へと戻り、その現状を見て「故郷のために負けられない」と気持ちを新たにし、次のレースに向かう。それが彼の原動力だったのです。

自分の原点は何か。自分は今どこに立っているのか。冷静に考えていけば、視界はクリアーになり、進むべき道が自然と明らかになります。その先にはきっと、「成功」という勝利のチェッカーフラッグが見えてくるはずです。

出典:『セナ(RiversidePress)』(桜井淑敏、谷口江里也(著)、早川書房、1996年12月)

以上(2024年6月作成)

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【事業承継】後継者に読んでほしい。自信を持って理想を追求しよう

書いてあること

  • 主な読者:事業承継したばかりで、プレッシャーを感じている経営者(後継者)
  • 課題:老舗のブランド、積み上げてきた利益など、これらを守るプレッシャーが……
  • 解決策:変化の激しい時代。守るだけではなく、新たに創る。後継者にはその権利がある

1 先代からの授かり物ではなく、未来からの預かり物

後継者は望むと望まざるとに関係なく、先代が築いたさまざまな経営の資産を引き継ぎます。収益や負債、それ以外にも会社の雰囲気のような無形のものまで引き継ぎます。先代が抜群のカリスマ性で組織を率いていたら、後継者は自分にもカリスマ性があるか悩みますし、周囲も先代と後継者を比較します。

そのようなとき、後継者の選択は、

  • 先代のまねをする
  • 自分を出す
  • 最初だけ先代のまねをする

といったものです。2つ目の「自分を出す」であれば、

「私は先代のようなカリスマ性はありませんので、全員で知恵を出し合いながら経営をしたいと思います。どうか力を貸してください」

などと宣言します。後継者は後継者であり、自由なのです。

ただし、一つだけ決して忘れてはならないことがあります。それは、

その経営の資産は、先代からの授かり物ではなく、未来からの預かり物である

ことです。先代が残してくれたものは、会社をさらに発展させて未来にバトンをつなぐために使うものなのです。

2 とはいえ、さまざまなプレッシャーが……

1)失敗をしてはいけない?

「自分は自分」と思っていても、会社が積み重ねてきた歴史はやはり重たいものです。老舗のブランド、積み上げてきた利益など、後継者はそれらを守らなければならないというプレッシャーを感じるでしょう。

厳しいようですが、これは後継者の宿命として受け入れるしかありません。また、新しいことにチャレンジしなければ老舗であっても潰れる時代ですから、「ブランドを守りつつ、新しいことにチャレンジする」という難しいかじ取りも求められます。これを実行した結果、一時、収益は落ち込むかもしれませんが、将来の飛躍のための通過点と割り切るくらいのハートの強さを持ってください。

2)この雰囲気を壊してはいけない?

特に中小企業の場合、社長の意向やキャラクターによって会社の雰囲気が決まります。今、先代の雰囲気で会社がうまく回っているとしたら、後継者はそれを壊したくないとプレッシャーを感じるでしょう。事業承継をきっかけに辞める社員が出ているようなら、なおさらです。

しかし、これは一過性のものなので安心してください。後継者は意識しなくても、後継者がそこにいるだけで、自然に後継者の雰囲気が会社になじんでいきます。また、ほんの一部の社員を除けば、社員は後継者が考えているほど過去の雰囲気に固執していませんし、深く考えてもいません。

3)取引を守らなければいけない?

当然ながら、これまでの取引を守らなければならないというプレッシャーを感じるでしょう。しかし、残念なことに、自社との取引を見直したいと考えていた先は、事業承継をきっかけに取引解消や値下げを申し出てくるかもしれません。いきなりタフな交渉となりますが、結果はどうあれ、やられっ放しは駄目なので、つらくても踏ん張って自身の存在感を示してください。

見方によっては、事業承継をしてすぐにタフな交渉に臨むことで、経営者としての胆力も鍛えられるでしょう。それに、事業承継を利用したいのはこちらも同じです。例えば、

先代の時代は紙でやりとりしていた請求書などを、代替わりでDXを推進することになったのでデータにするように依頼する

など、取引慣習を見直す絶好のチャンスです。

いずれにしても、最初のうちは取引先と交渉する内容について先代に相談するようにしましょう。どういった経緯で現在の取引になっているのかが分かれば交渉を有利に進められます。

3 後継者が自分のために取り組んだほうがよいこと

1)メンターや仲間を持つ

困ったことがあったときに限らず、定期的に話を聞いてくれるメンターを持ちたいものです。全く別の視点からのアドバイスは、後継者にとって厳しくもあり、優しくもあります。メンターはさまざまな出会いの中で見つけます。「この人だ!」という人がいたらメンターになってほしいとお願いすればよいですし、経営者仲間から紹介してもらうこともできるでしょう。

また、よくいわれることですが、経営者は孤独です。それは、経営者の気持ちは経営者しか分からないところがあるからです。そこで、ぜひとも、利害関係のない経営者仲間を持ちたいものです。後継者教育の一環として大学院に通ったのなら、その同窓生は仲間になりやすいです。異業種交流会に参加して、気の合う経営者と仲良くなることもできます。相手も経営者仲間を探しているので、ハードルは高くないです。

2)サボらず勉強する

経営者は多忙ですが、勉強しない人はいません。「本を読む」「人から話を聞く」など、どのような方法でもよいので、ぜひ、最新で多様な情報に触れる機会を必ず持ってください。これを怠ると、本当にあっという間に時代に取り残され、周囲の話についていけなくなります。

なお、勉強するというと専門家のような知識を身に付けることを考えるかもしれませんが、そこまでの必要はありません。肝となる部分さえ押さえておけば大丈夫です。ただし、念のためにお伝えしますと、

本業については他を寄せ付けないほどの専門家

でなければなりません。

以上(2024年5月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

2024年6月から始まる「定額減税」の内容とやるべきことを整理

書いてあること

  • 主な読者:社員の給与計算を担当している給与計算担当者
  • 課題:イレギュラーな手続きであるため、減税の処理の漏れも心配だが、そもそも現場では何をすればよいのか把握できていない
  • 解決策:2024年6月以降に支払う給与等の源泉徴収税額から定額減税額を控除し、年末調整時も定額減税を反映させた精算が必要になる

1 2024年6月から始まる「定額減税」とは?

昨今の物価上昇を上回る賃上げを実現するために、令和6年度税制改正で決まった所得税と住民税の定額減税。定額減税とは、

2024年6月以降、会社から支給される従業員の給与、賞与から所得税と個人の住民税に一定額の減税(税額控除)が行われる制度

です。

定額減税の処理の一部は、社内の給与計算担当者が一定の調整を行わなければなりません。もし、その調整を忘れてしまうと、社員が受けられるはずの減税の恩恵を受けられず、損をしてしまいます。定額減税のようなイレギュラーな対応を漏れなく行うために、事前に何をすべきなのか、制度の概要とともに何をすべきかを把握しておきましょう。

1)定額減税の対象者

定額減税の対象者は、以下のすべての要件を満たす人です。

  • 2024年1月1日時点で日本国内に住所を有する個人、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人であること
  • 2024年分の所得金額が1805万円以下であること
  • 給与収入のみの場合は年収2000万円以下であること
  • 子ども、特別障害者等を有する者等の所得金額調整控除の適用を受ける場合、2015万円以下であること

2)定額減税の減税額

実際の減税額は次の通りです。

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2 【所得税】定額減税で新たに生じる実務

所得税については、

  • 給与計算:2024年6月以降に支払う給与などの源泉徴収税額から定額減税額を控除(月次減税事務という)
  • 年末調整:2024年10月~12月の年末調整作業時に定額減税額に基づいた精算を行う(年調減税事務という)

の2つの実務が生じます。

1)給与計算

2024年6月1日以降に支払う給与について、月次減税額(2024年6月以降に支払う給与などの源泉徴収税額から控除する3万円の定額減税額)を源泉徴収額から、できる限り控除します。

賞与支給月は、同月に給与と賞与の支給が発生すると思います。まず先に支給される給与もしくは賞与から月次減税額を控除します。控除しきれない場合、その後に発生する給与もしくは賞与から残額を控除します。

もし、従業員の収入額や扶養家族の人数などにより、6月中の給与や賞与だけで月次減税額の上限に達せず、控除しきれない場合は7月以降の給与や賞与に繰り越して残額を控除していきます。

なお、これらの処理は、2024年6月1日時点で勤めている従業員(定額減税対象者で、扶養控除等申告書を提出している人に限る)に対して行います。6月2日以降に入社した従業員については月次減税事務ではなく、年末調整減税事務で対応します。

また、2024年6月時点では、合計所得金額が1805万円を超えると見込まれる役員や従業員に対しても月次減税処理を行う必要がある点には注意が必要です(年末調整時において精算)。

2)2024年末の年末調整ですべきこと

従業員本人およびその家族の12月31日時点の状況を確認し、

  • 所得税の定額減税対象者であること
  • 定額減税対象者の場合の減税額

を確認した上で年末調整により年間の所得税額の調整を行います。

また、6月2日以降に入社した従業員や役員(前職で定額減税の処理が終わっている人は除く)に対しては、ここで定額減税額を控除します。なお、年末調整時に合計所得金額が1805万円を超えると分かっている役員や従業員については、この制度の対象外であるため、定額減税額を控除しないで年末調整を行います。

3 【住民税】定額減税で新たに生じる実務

1)住民税の処理の基本

住民税の実務はシンプルです。具体的には、

各市区町村から、定額減税を反映した特別徴収税額決定通知書が送付されてくるので(各従業員分)、そこに記載されている金額を法定控除する

ことになります。

注意すべきは特別徴収です。従来、ほとんどの給与所得者は前年度の所得に基づいて当年6月から翌年5月にかけて給与から住民税を特別徴収します。しかし、定額減税の対象者については、

2024年6月の特別徴収額を0円

とします。その上で、以下の計算式で計算した金額を11で割った金額を年間の住民税として、2024年7月の給与から2025年5月の給与にかけて特別徴収します。

所得割―定額減税額+均等割+森林環境税

2)源泉徴収票への記載

定額減税の対象者については、源泉徴収票の摘要欄に以下の通り記載する必要があります。

「源泉徴収所得税減税控除済額〇〇円」

「控除外額〇〇円」

ちなみに、年末時点で控除外額がある場合の調整給付に関しては、各市区町村により実施されるため企業側の対応は不要です。

以上(2024年6月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:umaruchan4678-Adobe Stock

【事業承継】後継者を信じて教育し、見込みがなければ厳しくても引導を渡す

書いてあること

  • 主な読者:具体的に後継者教育を進めていこうとしている経営者
  • 課題:多くの社員を教育してきたが、「後継者」の教育となると重みが違う……
  • 解決策:主役は後継者。つらさよりも楽しさを伝え、一緒に中期経営計画を策定する

1 信じて教育する

事業承継で大切なのは後継者選びですが、その後の後継者教育は大変です。なぜなら、後継者教育には、

  • 長い取り組みとなる(3~5年程度が多い)
  • 後継者の覚えが悪くても、信じて教育し続けなければならない
  • それでも見込みがなければ、後継者候補を変えなければならない
  • 自身の経営哲学を押し付けるわけにはいかない

といった特徴があるからです。長期の取り組みの中で経営者と後継者が衝突することは避けられないでしょうし、後継者が経営者には不向きであることが分かれば、そのことを後継者に伝えて引導を渡さなければなりません。相手が自身の子供であっても例外はありません。

後継者教育は覚悟を決めた経営者でなければできない最後の人材育成です。それも、

後継者は「もう私には無理です」と辞退することができます。しかし、経営者に代わりはおらず、逃げることができない

ということです。実際、半数近い会社では経営者(社長)が直接教育をしています。

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教育方針は経営者の考え方次第であり、それが尊重されるべきです。この記事では、後継者教育をする経営者のお手伝いとして、重要となるポイントを紹介しています。「それはやめたほうがいいですよ」と、経営者には耳の痛いこともあるかもしれませんがお付き合いください。

2 経営者は、まずこの3つを理解する

1)経営感覚は少しずつ養われる

経営者の皆さんが若手だった頃は、「石にかじりついてでも3年」と、どんなにつらくても自分のためになると踏ん張ってきたことでしょう。今でこそ「あのときの経験があるから今がある」と迷わずに言えるでしょうが、若かった頃は「何でこんなに苦労しなければならないんだ」と思っていませんでしたか。経営者が長い時間をかけて培ってきた考え方は、やはり一定の時間をかけてゆっくりと伝えていかないと後継者がついてこられません。

2)主役は後継者である

後継者教育の主役はあくまでも後継者です。よく指摘されるポイントですが、多くの経営者は「取引先に後継者を連れて行ったときは、後継者にしゃべらせているから大丈夫」などと言います。これはこれでよいのですが、もっと大切なのは、目に見える言動というよりも、後継者の「考え方」を尊重することなのです。日ごろ「君の考えは甘い」と後継者を認めていないのに、訪問先に行ったときだけ引き立てられたら、後継者は余計に嫌になります。

3)つらさよりも楽しさを

経営者は幾多の困難を乗り越えてきており、そうした話をすることが後継者のためになると考えます。しかし、経営の厳しさやリスク、そして経営者の孤独などつらさばかり伝えられたらどうでしょうか。もともと「経営者になりたい!」と志していた後継者ならいざ知らず、迷いがある後継者にとっては、「やっぱり自分には無理かも……」となってしまいます。経営の楽しさや、やりがいを伝えなければなりません。

3 経営者にしかできない地ならし

1)事業承継の告知と反対者への対応

前章の3つをご理解いただいた上で後継者教育を進めていくのですが、まずは社内の地ならしをしましょう。事業承継や後継者のことを理解してもらうには長い時間がかかります。そのため、経営者は後継者と事業承継の時期を早い段階で告知したほうがよいでしょう。できれば、事業承継の2年ほど前に告知するのがよいと考えられます。

そうすると、残念なことに「退職する社員」が出てきます。また、特に幹部社員の中には、「若い後継者を下に見る者」「自分が後継者になれなかったことを妬む者」がいるかもしれません。そうした幹部社員は経営者が直接説得しますが、改善しないようなら処遇を考えざるを得ません。事業承継後に後継者に反旗を翻すようなことがあっては困るからです。ただし、処遇をする際は、その幹部社員がそれまで会社を支えてくれたことをくれぐれも忘れてはなりません。

2)社外の関係者に後継者をアピール

社内と同様に、社外の地ならしもします。金融機関などについては、事業承継計画書を提出しながら説明します。また、取引先や顧客については、できれば訪問して挨拶したいところですが、時節柄、オンラインでもよいでしょう。

こちらも残念なことに、相手から見ると、事業承継は取引終了や値下げを申し入れる絶好のタイミングになります。これを防ぐためには、挨拶などの際に後継者が頑張らなければなりません。経営者の横に置物のように座っているだけでは駄目で、後継者にきちんと自己主張をさせましょう。

3)後継者のための経営チームを組成

後継者と同年代などの社員も交えた経営チームを組成します。最初、後継者は自分だけで物事を決めることが難しいので、経営チームで議論し、最後は後継者が決めるようにして訓練していきます。経営チームの人選は後継者に一任しますが、経営者もサポートします。また、後継者を十分にサポートできる人材がいない状況はつらいので、後継者と同年代の社員の教育も行う必要があります。

また、経営者も経営チームに参加しますが、あくまでも主役は後継者です。後継者が筋の悪い意見を言うこともあるでしょうが、その場できつく指摘せず、肯定的に接します。そして、会議が終わった後に1on1で意見を擦り合わせるようにします。後継者が自分の子供であれば、一緒にお酒でも飲みながら話をすることも大事な教育です。

4 どこで育成・修業させるか

具体的な後継者教育の方法には、

  1. 他社に勤務させる(社外教育)
  2. 自社内の最前線で「現場の仕事」を経験させる(社内教育)
  3. 各部門の管理職や新規部門の立ち上げなどを経験させる(社内教育)
  4. 経営者の側近として傍らに置き、経営者としての「帝王学」を学ばせる(社内教育)
  5. 経営大学院や研修機関など外部の機関で学ばせる(社外教育)

があります。社外教育については、「他社で修業する機会」を提供するサービスが数多くあるので、そうしたものを利用するのもよいでしょう。社内ではどうしても甘やかされてしまうので、先に外に出て、ビジネスの厳しさを知った上で自社に戻ってくれば、後継者の姿勢も違ってくるはずです。

また、国内外の大学院で学ばせ、経営の知識を一通り身に付けさせることも有効です。一定期間、業務と離れて勉強すれば集中できますし、通常の業務では得られない人脈も築けます。それに経営の知識を身に付ければ、幹部社員と同じ言語で話せるようになります。

5 アウトプットは中期経営計画の策定と実行

後継者教育の方法はさまざまあるわけですが、より実践的な方法は、

中期経営計画の策定と実行

です。中期経営計画には、「収益、予算、人員」などさまざまな要素が含まれます。当然、事業承継計画もその中に含まれるわけで、そうした計画を経営者と後継者が一緒に策定し、実行していくことほど、現場に根付いたアウトプットはありません。

後継者が社外で修業した経験があるのであれば、自社と他社の違いを踏まえつつ考え抜いた中期経営計画になりますし、自身が考えた新規事業を実行することで、経験しなければ分からない事業推進から多くを学ぶことができます。

以上(2024年5月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

「ワーケーション」の労務管理は業務とプライベートの線引きが重要!

書いてあること

  • 主な読者:旅行先でテレワークをする「ワーケーション」の導入を検討している経営者
  • 課題:業務とプライベートの境界など、管理上の問題がありそうな気がする
  • 解決策:ツールを使うなどして業務中か否かを把握。業務中はオフィス勤務と同じ

1 旅行先でテレワークをする「ワーケーション」

ワーケーション(Workation)とは、「ワーク(Work)=仕事」と「バケーション(Vacation)=休暇」を組み合わせた造語です。例えば、旅行先でテレワークをすることを「ワーケーション」と呼び、

旅先のホテルなどでテレワークをしながら、空いた時間で休暇を楽しむという自由な働き方

の事を指します。働き方改革や地域おこしにつながるという理由から、国や地方自治体もワーケーションの普及・啓発に力を入れていて、アフターコロナが本格化してからは再び注目を集めています。

ただ、旅行先で「仕事も遊びも両方する」という働き方なので、

業務とプライベートの境界をしっかり分けて労務管理

をしないと、「労働時間管理」「労災(労働災害)の判断」「ワーケーションの費用負担」などで思わぬトラブルに遭遇します。以降でポイントを確認していきましょう。

2 「始業・中断・終業」のタイミングはこまめに把握する

業務とプライベートの境界が曖昧だと、労働時間を正確に算定できないだけでなく、労災の判断や、ワーケーションに掛かる費用負担の判断なども難しくなります。

問題は、ワーケーションでは次の図表のように、1日の中で業務と観光が交互に発生したり、日によって労働時間が変わったりすることです。

画像1

こうした問題を解決するには、

業務の「始業・中断・終業」のタイミングをこまめに把握すること

が大切です。社員から都度チャットツールで連絡を入れてもらうのもよいですし、最近は1日に複数回の打刻ができる勤怠管理システムなどもあります。業務とプライベートの境界が明らかになれば、「観光中、上司から仕事の連絡が入ってちゃんと休めない」といった事態も防ぎやすくなります。

ただ、旅先に仕事を持ち込むことで、ついつい仕事に対する比重が重くなってしまい、せっかくの休暇(プライベート)を潰してしまう事にもなりかねません。そのため、あらかじめ仕事に充てることのできる時間数の上限をルールとして決めておくのも良いかもしれません。

次の問題は、賃金の取り扱いです。上の図表の場合、所定労働時間中に、1日目は5時間(8時間-3時間)、2日目は3時間(8時間-5時間)の不就労時間があります。不就労時間の賃金は控除できます(完全月給制の場合などを除く)が、ワーケーションを強く推進したいのであれば、

「半日単位」や「時間単位」の年休(年次有給休暇)を活用することを推奨

するなどして、社員が気兼ねなく休めるよう配慮しましょう。ちなみに、

  • 半日単位年休:導入する場合、就業規則への定めが必要
  • 時間単位年休:導入する場合、就業規則への定め、労使協定の締結が必要

です。なお、半日単位年休も時間単位年休も、計画的付与(会社が年休の取得日の計画を立て、日にちを指定すること)の対象にはならないので、取得はあくまで社員の意思に委ねられます。

3 業務中と自宅・ホテル間の移動中の被災は労災になり得る

労災には、業務上の事由により発生する「業務災害」と、通勤上の事由により発生する「通勤災害」とがあります。以下でそれぞれの考え方を紹介しますが、実際は個別の案件ごとに労災認定が行われるので、必ず所轄労働基準監督署などに判断を仰いでください。

1)業務災害の考え方

業務災害は、

  • 業務遂行性(社員が会社の支配下にあるときに被災したこと)
  • 業務起因性(業務と被災との間に因果関係があること)

の両方を満たすと労災として認定されます。

業務に従事しているときや、業務に付随する行為(業務の準備や業務中にトイレに行くなど)をしているときに被災すると、「業務遂行性」が認められます。ただし、業務遂行性が認められても、業務中にこっそり私的な用事をしていて、それが原因で被災した場合などは「業務起因性」が否定され、業務災害になりません。

ワーケーションの際、例えば、

ホテルでテレワークをしている最中に喉が渇き、階段下の自動販売機に飲料水を買いに行こうとして階段から転落した場合

などは、業務災害に当たる可能性があります。飲料水を買いに行く行為が、業務に付随する生理的行為に該当すると考えられるからです。

2)通勤災害の考え方

次に通勤災害は、

  • 自宅と就業場所
  • 就業場所と他の就業場所
  • 帰省先と赴任先と就業場所の三者間(やむを得ない事情がある場合)

のいずれかを、合理的な経路・方法で移動していて被災した場合に労災として認定されます。

ただし、合理的な経路を逸脱(通勤上、不要な遠回りなどをした場合)したり、移動を中断したり(通勤と関係ない行為をした場合。ただし日用品の購入などは可)していて被災した場合は、通勤災害になりません。ワーケーションの際、例えば、

ホテルでテレワークをするという前提があって、自宅とホテルの往復中に被災した場合

などは、通勤災害に当たる可能性があります。この場合、自宅とホテルの往復が、「自宅と就業場所」の移動に該当すると考えられるからです。

4 業務に関する費用以外は個人負担としても差し支えない

ワーケーションで発生する費用としては、自宅とホテル間の交通費や宿泊費、通信費などが考えられます。結論から言うと、

通信費など業務に関する費用以外は、個人負担としても差し支えない

と考えられます。

自宅とホテル間の交通費や宿泊費は、出張や社内研修のように会社命令に基づくものであれば、会社負担とするのが妥当です。ただ、会社命令ではなく社員自身の意思で就業場所を選択している場合は、個人負担としても差し支えないでしょう。

通信費については、会社がパソコンなどを貸与する場合、会社負担とします。社員が私物のパソコンなどを使って業務を行う場合も、業務に要した分については会社負担とするのが妥当でしょう。

この他、最近は、社員がホテルなどでワーケーションを行いながら、人間ドックや保健指導、運動指導などを受けられるサービスも登場しています。社員がこうしたサービスを受ける可能性がある場合、福利厚生として会社負担にするのか、社員の意思に任せて個人負担にするのかも決めておきましょう。

5 必要に応じて就業場所や対象者、使用機器などを制限する

ワーケーションの就業場所は、

原則として社員が自由に選択できるようにしつつ、「集中できなかったり、セキュリティーに問題があったりする場所は認めない」というのが基本

です。例えば、不特定多数が出入りし、パソコンの画面を見られる恐れがある場所は不適切です。どこまでやるかは会社次第ですが、参考として紹介すると、

始業前に就業場所の状況を映せるコミュニケーションツールを使用して、上司の承認を得ている会社

もあります。

また、ワーケーションの対象となるのは、

ある程度自立して業務を遂行できる社員

です。このあたりも会社次第になりますが、例えば、就業規則で「能力や勤務態度を考慮して、所属長が承認した者を対象とする」などと定めておき、事前にワーケーションの就業場所や期間を申請してもらう形にすると、管理がしやすくなります。

ワーケーション中に使用する機器については、

会社が貸与するパソコンやWi-Fi端末を利用させるのが基本

です。私物のパソコンなどの利用を認める場合は、

  • 会社指定のセキュリティーソフトをインストールさせる
  • フリーのWi-Fiには接続させないようにする

などの対策を取りましょう。Wi-Fi環境を整備しているホテルなどは多くありますが、セキュリティーの強度が異なるので、社員には会社から貸与したモバイルルーターなどを使用させるのが無難です。対策の詳細については、総務省の資料などが参考になります。

■総務省「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)(令和3年5月)」■
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/cybersecurity/telework/

以上(2024年6月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:pixabay

Z世代のトリセツ イマドキの若手社員を指導する際に知っておくべき3つのポイント

書いてあること

  • 主な読者:入社1~3年目のZ世代の若手社員を指導する上司
  • 課題:Z世代には、これまでの指導法が通用しない……
  • 解決策:「対面の指導を望む」など、Z世代の特徴を踏まえた指導をする

1 Z世代の若手社員向けに指導をアップデート

入社1~3年目の若手社員は、いわゆる“Z世代”(1990年代半ば~2010年代初頭生まれ)と呼ばれ、ようやく戦力になった“ミレニアル世代”(1980年代~1990年代半ば生まれ)とは違う価値観を持っています。

日本能率協会マネジメントセンター「イマドキ新入社員の仕事に対する意識調査2023」(以下「調査」)によると、Z世代の若手社員は、上司の指導に関して次のニーズを持っています。

  • デジタルネイティブだけど対面での指導を望んでいる(社内の人間関係が大切で、自分のことを認めてほしい)
  • 自分が納得のいく方法で指導してほしい(自分らしく、自分のペースで取り組みたい)
  • うまくいかなかった経験から学びたいが、失敗はしたくない(無理のない範囲で成長したい)
  • 時には厳しい指導も望むが、理由や目的を明確に伝えてほしい(きちんと納得した上で、指導を受け入れて成長したい)

この記事では、Z世代の若手社員(以下「Z世代 」)の特徴を捉えた指導法を紹介します。

2 指導で押さえておくべき3つのポイント

1)遠慮せずに対面でコミュニケーションを取る

Z世代は、対面での指導を望む傾向があります。調査でも「報告・連絡・相談をするのに、有効と感じるのは対面とチャットツールのどちらか」という質問に対し、74.4% が「対面」を望んでいます。この点を踏まえると、リモートワークをしている会社でも、上司は伝えるべきことは対面で伝えることが大切です。

また、「これくらいは分かっているだろう」と放置せず、「ここは理解している?」と細かく確認しながら、必要な指示を出すようにします。さらに、Z世代が理解した指示の内容を言葉で表現してもらうと、確認できるので確実です。

「任せた」「やっておいて」という言葉にも注意しましょう。上司からすれば期待を表現した言葉であり、Z世代にとってもやりがいがあるはずです。しかし、共有すべきことが共有されていないと、互いにイメージと違ったアウトプットになり、ストレスが高まります。もしもZ世代からアウトプットされた仕事が上司のイメージと違った場合は、きちんと認識に齟齬(そご)があったことを認め、丁寧に説明した上で修正を依頼することが必要です。

2)無理をさせず、じっくりと育てる

Z世代は、まずは自分の能力の範囲で仕事をしたいと考えています。調査でも「自分自身が成長することについて、どのように考えるか」という質問に対し、53.9%が「無理のない範囲で業務に取り組みたい」と回答しています。この点を踏まえると、上司は大きく構えてZ世代と接する必要があります。

例えば、Z世代から「ちょっと難しいです」「期限に間に合いそうにないです」と言われると、上司はむっとしてしまいますが、Z世代は「今の実力ではまだ難しい」ということを真剣に上司に訴えているだけです。部下の成長を望むのが上司ですが、そこは焦らず、少しずつ難しい仕事や、量の多い仕事を任せるようにしてみましょう。

また、調査では「新しい知識やスキルを身につけることは重要か」という質問に対し、「YES」と答えたZ世代が86.0%います。これは、ミレニアル世代(80.7%)よりも高い数値です。無理をしたくないだけで、「学びたい、成長したい」という意欲自体はZ世代は十分に持っているので、働きぶりを見ながらゆっくりと業務の幅を広げていくとよいでしょう。

3)いつの時代も? 褒めると伸びるタイプ

Z世代は、褒められながら成長したいという傾向があります。調査でも「自分はどのように指導されることで、成長していけると考えるか」という質問に対し、65.7% が「できている点に目を向け、褒めてもらう」ことを望んでいます。この点を踏まえると、上司は、ささいなことでも、きちんと褒める配慮が必要です。

Z世代は、まだ自分の仕事に自信が持てていません。Z世代が1つの仕事を終えても、上司から何も言われずにすぐに次の仕事を振られてしまうと、「本当にこれでよかったのか」という不安が生じます。この気持ちが続くと、Z世代は「自分はあまり期待されていない」と思うようになり、上司の言葉も次第に響かなくなってしまいます。そこで上司は、

Z世代の仕事や仕事ぶりに良い点を見つけたら、積極的に褒める

ようにします。その際、褒める基準を明確にします。特に、Z世代は失敗を恐れる傾向が強いので、成否を問わず挑戦に対して褒めるようにします。

一方、重大な過失に関しては、50.8%のZ世代が「二度と同じ失敗をしないためにも、本気で厳しく叱ってもらいたい」と回答しており、必要に応じて厳しい指導も望んでいます。しかしその際、Z世代が厳しく指導される理由を納得できるように説明する必要があります。例えば、「悪かった点とその理由を具体的に伝える」「不明な点は確認する(決め付けない)」「過去のミスや人格などに話を発展させない」「人前で叱らない」などを踏まえた上で指導すれば、Z世代は成長のために不可欠なものとして受け入れてくれることでしょう。

以上(2024年6月更新)

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画像:unsplash

事業再構築補助金の採択事例から見る、新規事業開発のヒント

書いてあること

  • 主な読者:新分野展開、業態転換、業種転換などのヒントをつかみたい経営者
  • 課題:ちまたに情報があふれていて、どれが自社に合っているか分からず、コストも心配
  • 解決策:「事業再構築補助金」の採択事例に注目し、補助金をもらいながら事業を見直す

1 事業再構築補助金はビジネスヒントの宝庫?

経営者は、会社を成長させるために、常に新しい事業の可能性を模索しています。ただ、ビジネスが複雑化し、目まぐるしいスピードで変化し続ける昨今は、会社の方向性を見定めるのも一苦労です。そんなときにヒントとなるのが、

中小企業が思い切った事業再構築(新分野展開、業態転換、業種転換など)に取り組むことを支援する「事業再構築補助金」

です。

本来は、コロナ禍で商品・サービスの需要や売り上げが減退した中小企業を救済するための補助金ですが、その採択事例の中には、今の時代に新たな取り組みにかじを切ろうとする経営者にこそ見てほしいものがあります。

国が、今後どのような中小企業の取り組みを支援し、どのような産業や業種・業態を後押ししようとしているのかを測る指標にもなるので、事例を知っておいて損はありません。

この記事では、事業再構築補助金の今後の動きを紹介しつつ、これまで採択された数多くの事例のうち、いくつか汎用性のありそうなものをピックアップして紹介します。

2 国が「成長を見込む」業種・業態とは

事業再構築補助金について今押さえておきたいトレンドが、

第12回公募における類型の見直しから生まれた「成長分野進出枠」

です。これはさらに「通常類型」と「GX進出類型」に分かれています。

まず、

通常類型は、過去~今後のいずれか10年間で、市場規模(製造品出荷額や売上高など)が10%以上拡大する業種・業態への新規参入などを支援するもの

です。

具体的には、国が経済産業省の統計データを基に選出した109種の他、各業界団体から客観的なデータを募って選出した38種が対象です(2024年5月7日時点)。38種には宇宙機器産業やリチウムイオン蓄電池の製造関連、キャンプ場・グランピング施設宿泊業、eスポーツ興行などがあり、こうした対象業種・業態のリストを見るだけでも、今後新規事業や参入を考える際の参考になります。

また、

GX進出類型は、「2050年カーボンニュートラル(2050年までに二酸化炭素の排出を実質ゼロとする取り組み)」の実現に当たり、成長が期待される産業(14分野)について、研究・技術開発や人材育成を行う中小企業を支援するもの

です。

14分野は洋上風力・太陽光・地熱産業や水素・燃料アンモニア産業といった次世代エネルギーの開発から、自動車・蓄電池産業といった製造分野、住宅・建築物・次世代電力マネジメントなど多岐にわたります。

成長分野進出枠は、国が今後成長を見込み、後押ししていこうと考えている業種・業態が対象となっています。事業再構築補助金ウェブサイトでチェックしておくとよいでしょう。

■事業再構築補助金ウェブサイト■
https://jigyou-saikouchiku.go.jp

上のURLをクリック後、

  • 「通常類型」については、「2023.09.13 第11回公募以降の成長枠対象業種・業態リストの公開について」
  • 「GX進出類型」については、「2022.04.19 グリーン成長枠の想定事例集について」

に進むと、それぞれの対象となる業種・業態を確認できます。

3 採択事例から見る新規事業開発のヒント

1)自社の遊休地を活用してドッグラン・グランピング複合施設をオープン

自社のリソースをそのまま活用して、新しい分野での事業展開に成功した会社の事例です。

この会社は、建設会社向けの機械のリースなどを手掛けてきましたが、コロナ禍の影響に加え、大手レンタル会社が業界に参入してきたことなどで、営業赤字が続いていました。そこで

事業再構築補助金を活用し、機械のストックヤード用の遊休地に全天候型のドッグランコートを備えたグランピング施設をオープン

しました。

既存の事業の資産、人材、ノウハウなどをそのまま活用することで、施設内の機器の導入費やメンテナンス費用が抑えられ、低価格でサービスを提供できています。しかも、元々首都圏とつながる高速道路のインターチェンジより数分という好立地にあるため、競合他社との差異化も図れています。

コロナ禍以前からあったグランピングの需要と、コロナ禍で高まったペットという孤独を癒やしてくれる存在の需要、その両方を取り込んだ事例といえます。

2)鉄工職人の技術を活かしてアウトドア製品を開発

これまで培ってきた専門技術を活かして、新しい分野に挑戦した会社の事例です。

この会社は、水門などの水利設備を製造してきましたが、コロナ禍の影響に加え、水利設備工事自体が、新しいものを建造するより既存のものを長寿化させる方向へとシフトしてきたこともあって、売り上げの確保が厳しくなっていました。そこで、

事業再構築補助金を活用し、在籍する鉄工職人の技術を生かしたアウトドア製品を開発

しました。

2年以上の歳月を費やして開発したのは、アウトドア用の窯・コンロ一体型グリル。オーブン調理とバーベキューを一度に楽しめるようにした製品です。水門設備にも使っているステンレス素材を採用して、耐久性が高くて熱効率の良い設計、組み立ての必要がない手軽さなど、鉄工職人の熟練技術を活かした製品となっています。

従来のビジネスのノウハウをコロナ禍でも好況だったアウトドア市場に横展開し、注目を集めた事例といえます。

3)高度な技術力で別分野に進出

これまで特殊分野で培ってきた高い技術力を活かして、対面で調整する必要が少ない部品の受注生産への新規参入に挑戦した会社の事例です。

この会社は、ミクロン単位の超高精度の切削加工技術を持ち、航空・宇宙、自動車、半導体、建設機械などさまざまな分野で、小ロットの特注品や、産業機器の試作開発を得意としてきました。しかし、コロナ禍では対面での細かな調整や確認が難しくなったことで多くのプロジェクトが停滞、新規案件も激減してしまいました。そこで、

事業再構築補助金を活用して、対面のやり取りが発生しづらい超高速鉄道用の部品製造事業にも参入

することにしました。

超高速鉄道用の部品は、あらかじめ指定されたスペックに基づいて製造するので、試作品を作るときのように何度も現場でやり取りする必要がありません。さらに、品質が顧客から認められれば、長期にわたって安定した取引ができます。

自社の強みを活かせる事業として、コロナ禍の状況でも対応できる堅実な成長産業に新規参入した事例といえます。

4)発泡プラスチック成形機の製造から電気自動車分野に参入

自社の強みとする素材の加工技術を活かして新規の事業分野に参入し、さらに参入市場にそれまでなかった新しいニーズをもたらした会社の事例です。

この会社は、発泡樹脂成形品の成形機や金型の設計・製造、発泡樹脂製品の断熱材や家電の部品、自動車の内装部材などを手掛けてきました。ですが、これらの商材は、プラスチック使用量の削減や、新築住宅戸数の減少などで需要が減ってきていました。そこで、

事業再構築補助金を活用して、これまでの成形加工技術と金型設計ノウハウを生かせる電気自動車向けバッテリーケースの製造分野に参入

することにしました。

電気自動車向けバッテリーケースは、円筒型やパウチ状などさまざまな形状があるため、高精密の特殊な金型や、機械制御の技術が要求されます。これまで多様な高機能発泡製品を原料の性質に合わせて製造してきた技術を活かし、この課題に対応した成形機を設計・導入します。また、従来のバッテリーケースはスチール製のため、重量や電池安定性の問題、漏電・発火事故などのリスクがありましたが、発泡樹脂製品に置き換えればそれらの課題も解消できます。

電気自動車分野と一口に言っても関連部品は多く、市場の要求に耳を傾けることで新規事業につながった事例といえます。

5)化石燃料と新エネルギーの両方を取引先にして経営を安定化

従来の事業分野が縮小していくのに伴い、その代替として成長している事業分野にも参入した事例です。

この会社は、国内の火力発電所を中心とするプラントに工業用弁やバルブを提供してきました。バルブメーカーにとって、近年の化石燃料依存から脱却していく方針や、再生可能エネルギー推進の動きは、ビジネス上の脅威といえます。そこで、

事業再構築補助金を活用して、エネルギー産業機械部品などの加工分野に参入

することにしました。

新規事業として考えられたのは、火力発電の代替となる新エネルギー分野の部品です。原子力発電所の弁遠隔操作装置の微細加工や、水素関連設備用機器の製作などです。これまで高く評価されてきた製造技術と品質管理能力を活かし、迅速さと低コストを武器に勝負を懸けました。

同一市場の中でも、縮小傾向の事業と拡大傾向の事業を両立させると、バランスのいい事業ポートフォリオを構築できるかもしれないというヒントを与えてくれる事例です。

6)工具メーカーが医療機器産業へ参入

異業種同士の連携コーディネーターとの出会いから、従来の製品と全く違うジャンルの製品の開発・製造に取り組んだ事例です。

この会社は、製鉄工具や土木工具の独自開発・製造・販売を手掛けてきました。ですが、国内の製鉄産業は高炉数がどんどん減っており、成長が見込めないという状況でした。そこで、

事業再構築補助金を活用して、医療機器産業へ参入

することになりました。

意外な業界へ参入することとなったきっかけは、医工連携コーディネーター(注)との出会いです。これまで培ってきた技術力を活かし、外科手術に使う内視鏡スコープレンズの洗浄装置の開発に挑戦することを決めました。さらに、販売代理店や行政との連携によって販売を推進していきます。

異業種の方や業界をまたぐ人材との出会いは、ときに思いがけない事業転換のきっかけになるということが再確認できる事例といえます。

(注)優れた技術を持ち、医療機器産業への参入意欲のある企業と、医療機器の製造販売企業や臨床機関とのマッチングを支援できる人材のこと

7)ワーケーションのためのテレワーク対応ホテルを整備

コロナ禍によって需要が高まったワーケーション(リゾート地などに滞在しながらテレワークをすること)に対応した会社の事例です。

この会社は、自然豊かな土地でホテル業を営み、宿泊のみならず結婚式や宴会も手掛けていました。ですが、コロナ禍による影響で予約キャンセルが相次ぎ、売り上げの6割を占める結婚・宴会部門が特に甚大な影響を受けます。そこで、

事業再構築補助金を活用し、コロナ禍で需要が増えたワーケーション対応の宿泊施設を新たに整備する

ことを決めました。

施設の共有スペースには、モニター用の50型テレビや、FAX・コピー機などのオフィス機器を配置。ミーティングスペースも用意するなど、コワーキングに十分な設備をそろえています。さらに、共用のキッチンや大型冷蔵庫、コインランドリーも設置しており、長期の宿泊でも対応できるようにしました。

もともと取り組みたいと考えていたワーケーション事業の需要がコロナ禍で高まったタイミングをとらえ、うまく取り込んだ事例といえます。

8)とび職人たちがオリンピック競技BMXのパークを自社建設&自社運営

これまで受注施工してきた施設を、自社で企画から設置まですべて作って運営することで収益を上げている事例です。

この会社は鉄骨工事(とび・土工工事、鉄骨組み立て工事)を専門として、工事のプランニングから設計、施工までを一貫して受注しています。ですが、冬には閑散期となるため、どうしても経営が不安定な状況でした。さらに、コロナ禍による建設需要の低下も重なったころ、競技者との個人的な交流から生まれた構想を実現させる予定でした。そこで

事業再構築補助金を活用し、BMXパークの施工・運営に挑戦

しました。

BMXとはバイシクルモトクロス(Bicycle Motocross)の略で、2021年の東京五輪からは正式種目にも選ばれている自転車競技です。同社のある九州では雪が降らず、BMX競技が盛り上がれば冬場の安定収入となります。自社の名前でパークを運営しているため、公園などの施工を新たに受注・請負する上での宣伝効果も期待できます。

新規事業の成功が、新規受注にもつながる好循環を生み出せるという事例です。パーク運営となればチャレンジ性は高いですが、製品サンプルを作るという観点で考えてみると、応用できそうな企業は多いのではないでしょうか。

9)ゲストハウスが離婚家庭の親子の面会交流を支援

従来の稼働外時間を活用して、社会ビジネスを展開している事例です。

この会社は、元民家をリノベーションしてゲストハウスを運営していました。しかし、コロナ禍で宿泊客が激減してしまいます。そこで、

事業再構築補助金を活用し、アイドルタイム(宿泊客のいない時間)を活用する新しい取り組みとして「ペアレンティングハウス事業」を実施

しました。

ペアレンティングハウス事業とは、両親の離婚や別居によって離れ離れで暮らす親子の面会交流を支援するというものです。面会の承認・調整がアプリ上でできるシステムを構築して、親同士が直接連絡を取り合わなくても親子が会えるという環境を提供しています。また、全国のゲストハウスにも参加を呼びかけているようです。

社会問題に切り込んだビジネスは多くありますが、まだまだ新しい切り口が見つかるかもしれないと思わせてくれる事例です。

4 採択事例は今後も要チェック

事業再構築補助金では、その時々のビジネス環境の変化や、それに応じた応募枠の趣旨に合致した事業が採択されます。中小企業庁の技術・経営革新課にヒアリングしたところ、次の回答が得られました。

「事業再構築補助金は、コロナ禍における補助事業として始まりました。しかし、アフターコロナを迎え、今後は企業の成長支援に軸足をシフトし、ビジネスにおける新しい挑戦を応援するような採択事例がますます増えていくと考えられます。

 

なお、2023年11月までの調査において、採択された事業の13%が収益化に成功していることが分かっています。BtoBビジネスは収益化まで時間が掛かる傾向にありますが、それでも全体の56%が1回以上の販売実績を得ており、順調に効果が出ているといえます。

また、事業計画の達成率については、計画を上回っている事業者が多いのが、基礎素材型産業と加?組?型産業における製造業で、計画を下回っている事業者が多いのは飲食業となっています」(中小企業庁技術・経営革新課)

なお、これまで採択された事業のその後の展開については、経済産業省が次のウェブサイトで公表しています。

■経済産業省「事業再構築補助金」■
https://www.meti.go.jp/covid-19/jigyo_saikoutiku/index.html

以上(2024年6月更新)

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画像:Nuthawut-Adobe Stock