【事業承継】「事業承継計画書」を作成して計画的に進める

書いてあること

  • 主な読者:事業承継で大切なポイントを洗い出し、計画的に進めたい経営者
  • 課題:「事業承継計画書」を作成したいが、フォーマットや記載内容が分からない
  • 解決策:事業承継ガイドラインの様式を参考に、経営ストーリーなど独自の情報を追加する

1 「事業承継計画書」とは?

事業承継計画書とは、

文字通り、事業承継をどのように進めていくのかをまとめた計画

です。事業承継は中長期の取り組みなので、後継者候補がいる会社でも完了までに5~10年かかるとされています。

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事業承継を円滑に進めるためには、関係者の共通認識となる計画書があったほうがよいわけで、実際に後継者や従業員、銀行に事業承継計画を共有することが珍しくありません。また、「事業承継税制」や「事業承継特別保証」を利用する際も事業承継計画書が必要です。

この記事では、中小企業庁「事業承継ガイドライン」(以下「ガイドライン」)で紹介されているものを基本に、事業承継計画書に記載するとよい内容をまとめます。

2 ガイドラインにある「事業承継計画書」の様式

記入例付き(一部、筆者が表現を変更)で、ガイドラインにある「事業承継計画書」の様式を紹介します。空欄の様式は、中小企業基盤整備機構のウェブサイトからエクセル形式のファイルをダウンロードすることができます(2024年1月26日時点)。

■中小企業経営者のための事業承継対策■
https://www.smrj.go.jp/tool/supporter/succession1/

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ガイドラインにある「事業承継計画書」の様式は、事業承継に関する基本的な事項をまとめたものです。これを基本として、不足している情報は各社の実情に応じて追加していきます。追加したほうがよい情報の例を次章で紹介します。

3 「事業承継計画書」に追加したほうがよい情報

1)経営ストーリー

経営者がどのような思いで、何を最も大事にして会社を経営してきたのかを言語化し、テキストにまとめたり、動画を撮ったりします。事業内容は事業承継を機に変わるかもしれませんが、経営に対する思いの根本は受け継がれなければならないからです。

事業承継に当たり、現経営者と後継者はこうした話を何度もすることになりますが、後に後継者が振り返れるようにしておきます。

2)社内の関係者

事業承継に関わる関係者をまとめます。例えば、2人兄弟で長男を後継者とする場合、次男をどのようなポジションにする予定なのかについても明記します。平等にしようと兄弟の持株比率を同じにするのは好ましくなく、長男を後継者にするのであれば、長男に集中させます。

また、古参社員についてもリスト化します。事業承継に賛成の者も反対の者もいるはずであり、事業承継後の体制を安定させる上で重要な情報となります。

3)社外の関係者

社内の関係者と同様に、社外の関係者もまとめます。取引先、顧客、顧問契約をしている士業(税理士など)、銀行の担当者などとなります。また、現経営者が参加している交流会などに後継者も参加させるつもりなら、その主要メンバーもリスト化しましょう。

4)自社の経営環境

現経営者が分析する経営環境をまとめます。具体的には、自社が成長する機会や強み、逆に成長を阻む脅威や弱み、業界自体のライフサイクルなどとなります。事業承継後は後継者の見立てでビジネスを進めることになりますが、後継者としても現経営者がどのように考えていたのかは知りたいはずです。

5)社内の有資格者、許認可

会社経営に必要な社内の有資格者や許認可の状況も整理しておきましょう。後継者が自社の強みを把握するきっかけになりますし、資格更新などの抜け漏れを防ぐためでもあります。

4 中期経営計画との整合性

事業承継計画書は作ったら終わりというわけではありません。事業承継計画書は中期経営計画の一部として遂行されるものなので、収益計画などと整合性が取れていなければなりません。そうでなければ、事業承継計画書の関係者も納得できないでしょう。

また、中期経営計画は実績に応じて見直すこともあります。そうした際は事業承継計画書も確認し、必要に応じてこちらも見直さなければなりません。仮に自社株の評価が変わるような大きな業績の変化があったとすれば、それによって「資産の承継」の方針が変わってくることもあるからです。

以上(2024年5月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

【中堅社員のスピーチ例】初めて意識するようになった“機会損失”

私が昨年課長を拝命してから、約1年が経ちました。以前は自分1人で仕事をこなすだけでよかったのが、自分以外の誰かに仕事を振って部署を回していかなければならない立場になりました。誰かに指示をする管理職の仕事には、正直いまだに慣れません。ですが、自分なりに1年間課長を務めてみて、前より少しだけ成長したと思っている点もあります。それは会社に入って初めて“機会損失”を意識するようになったという点です。

例えば、フリーランスに仕事を頼む場合がそうです。コンテンツ制作会社である当社は、フリーランスのライターに、記事の作成やリライトを業務委託で依頼しています。フリーランスには「何時から何時まで働く」という就業時間のルールはなく、各々が1日の中で働く時間を決めて自由に働きます。一方、「1カ月に何時間まで稼働できる」という枠は決まっていて、この枠をしっかり有効活用するのが私の仕事です。

当社は小さな会社ですから、仮に1カ月に20時間まで稼働できるフリーランスに、10時間分しか仕事を頼まなかったら、残り10時間分の仕事は、社員が引き受けなければいけません。本来であれば他の仕事に割けたはずの10時間を失えば、それは“機会損失”です。だから、私はフリーランスが1つの仕事を完了させたら、間髪を入れずに次の仕事を依頼し、1カ月の稼働時間の枠を目一杯使うようにしています。もちろん、相手に負担をかけすぎないよう、配慮をした上でです。

今度は社内の話になりますが、部下に仕事を任せる際も“機会損失”に気を付けます。私が初めて持った部下は新入社員で、仕事にはまだ不慣れです。もちろん、1つの仕事をこなすのには時間がかかりますし、こちらで引き取ったほうが早く終わる可能性はあります。

ですが、それをやると、私が本来、他の仕事に割けるはずだった時間を失うことになります。だから多少時間がかかっても、部下に与えた仕事は信頼して任せます。ただし、部下が何かに困っていたら、その課題を解決するための指導の時間はしっかり確保します。これは“機会損失”ではなく、部下の成長のために必要な“投資”です。

と、ここまで偉そうに言ってきましたが、実は私の管理職としての仕事には甘いところが多々あります。フリーランスとの連携や、部下への指示など自分の目の届く範囲での“機会損失”には注意していますが、そもそも目の届く範囲が狭すぎるからです。私が気づかないうちに、誰かが私をフォローしてくれて、その人の“機会損失”が発生しているというケースはたくさんあるでしょうし、他にも多くの人の時間をムダにしていないかと心配しています。

今年度の私の目標は、「社内の皆の時間を大切にすること」です。そのためには、もっと視野を広くする必要があります。ですから皆さん、私が「全然周りを見られてないよ!」と思ったら、そのときは遠慮せずに言ってくださいね。

以上(2024年6月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

<新推計>2040年に584万人 経営者が考えておきたい「認知症対策」

書いてあること

  • 主な読者:認知症対策と併せて、会社の今後を考えておきたい経営者や経営者の親族
  • 課題:認知症になった場合には「成年後見制度」があるが、経営者の場合は株式の売買や贈与などの課題もある
  • 解決策:認知症になる前に「株式の信託」を行うのが有効。認知症は誰にでも起こりえる可能性があるので、早めに専門家に相談して準備を進めることが大切

1 2040年に認知症患者は584万人と推計

政府は2024年5月8日、65歳以上の高齢者の人口がピークを迎える2040年に、認知症患者が約584万人、認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)の患者が約613万人に上るとの推計結果を公表しました(九州大学などの研究チームによる将来推計)。

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約10年前の同研究班による将来推計では、2025年に高齢者の約5人に1人(約700万人)が認知症を発症するという結果が出ていましたが、医療技術の発展や健康志向の高まりなどで過去の研究よりも推計値が下回っています。

それでも、経営者にとって認知症は他人事ではありません。2022年版「中小企業白書」によると、経営者の年齢が65歳以上(2020年時点)の企業が41.5%を占めており、司法書士である私たちの現場でも、日々寄せられる相談の中に、「認知症対策」に関わるものが多くなっていることを実感しています。

この記事では、経営者の認知症対策に関わるものとして「成年後見制度」の課題を整理した上で、「信託」について説明していきます。

2 認知症が会社経営に与える影響

経営者が認知症になってしまったら、会社経営にはどのような支障が出てくるのでしょうか。具体的には、次のような困難が生じます。

  • 経営者個人として、売買や贈与などの契約を締結することが難しくなる
  • 株主総会での議決権の行使など、株主としての権利を行使することができなくなる

こうした契約や権利行使など、いわゆる法律行為を行う場合には、

自分(ここでは経営者)自身の行為の結果が判断できる能力(意思能力)

が大前提として必要とされます。認知症になると、この能力を欠いた状態になってしまい、意思能力が十分でない者の法律行為は無効とされるのです。

3 経営者と成年後見制度の課題1:株式の自由な売買・贈与ができない

認知症になった方に対応する制度として、「成年後見制度」というものが設けられています。

成年後見制度とは、認知症などで判断能力が低下した本人に代わって、法律行為を行うことができる代理人(成年後見人)を選定するというもの

です。

成年後見人は、本人の財産について包括的な管理権・代理権を持っており、「本人のために」、本人に代わって法律行為を行うことになります。本人の利益を守るために有効な側面がありますが、経営者の方、もしくはその親族の方や会社にとっては、さまざまな課題がある仕組みともいえるのが実情です。ここでは、その課題を整理してみましょう。

よく相談を受けるのは、事業承継対策、相続対策のタイミングです。こうした局面でしばしば行われるのが、

コンプライアンスに沿いながら自社の株式の価額をなるべく下げて、その上で株式の譲渡を行ったり、贈与を行ったりしやすくする

という対策です。しかし、成年後見制度には

本人の保有する株式の譲渡などに制限がかかるというルール

があります。成年後見人は、あくまで「本人のため」に法律行為を行うため、安価で株式の譲渡を行ったり、贈与を行ったりすることは、本人にとって不利益となり、成年後見人の職務に反することになってしまうのです。特に、株式の贈与については無償での譲り渡しとなり、本人にとって損失でしかないと見なされてしまうことがほとんどで、法令上、まず認められません。

株式の自由な売買や贈与ができなければ、事業承継対策や相続対策が行えなくなってしまい、親族、会社に負担になるのではないか……というご意見もよくあります。しかし、成年後見制度の趣旨はあくまで「本人のため」であり、「親族のため」「会社のため」ではないのです。

4 経営者と成年後見制度の課題2:第三者が後見人となる

さらに、別の課題もあります。成年後見人は家庭裁判所で選ばれますが、裁判所の最新の統計によれば、選任される成年後見人のうち81.9%が親族ではない第三者(司法書士、弁護士、社会福祉士など)から選任されています(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和5年1月~12月―」)。逆に言うと、親族が成年後見人になるケースは18.1%であり

たとえ経営者本人の親族であっても、当たり前のように後見人に選任されるわけではない

ということです。司法書士や弁護士といった専門家が後見人に選ばれ、株式の権利について第三者であるその後見人が行使していくことになる場合のほうが多いのです。

ここで選ばれる司法書士や弁護士、社会福祉士などはおのおのの分野の専門家ではありますが、必ずしも会社経営のプロではありません。むしろ、

個別具体的な会社の経営事情について、何も分からないということも少なくない

でしょう。こうした第三者が株主として権利を行使する可能性があることを、経営者として見過ごせないという方も多いはずです(なお、株主間で会社の運営方針に対立があるような場合には、成年後見人は議決権を行使しないという選択を行うこともあり得ます)。

5 経営者の認知症対策:信託

経営者が認知症になった場合、現行の成年後見制度に沿って手続きが進んでいきますが、そこには幾つかの課題があるということを見てきました。こうした課題への対策の一つとして、株式の「信託」という手法があります。

信託とは、自分の大切な財産を信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って、大切な人や自分のために運用・管理してもらうという仕組み

です。自分の財産を託す側の人を「委託者」、財産を託される側の人を「受託者」、財産から利益を受ける人を「受益者」と呼びます。

一般的な信託の仕組みは次の通りです。

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経営者の方(委託者)は、自分自身の保有する会社の株式を信託財産にして、信頼できる方を「受託者」とし、自らを「委託者」兼「受益者」として信託します。このように株式を信託すると、株式の管理権限は受託者に移るため、議決権は受託者が行使することになります。

なお、信託財産(この場合は自社の株式)に関して、受託者が行う管理・処分などについての指図をする「指図権者」を定めることができます。そこで、経営者の方は、自分自身を議決権行使の指図権者としておくことで、例えば次のようなことが可能になります。

  • 元気なうち:自分の指図によって受託者に議決権を行使させる
  • 認知症になった場合:受託者の判断によって議決権を行使してもらう

株式の信託後の権利関係は次の通りです。

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株式の信託後、委託者が認知症となった場合の権利関係は次の通りです。

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さらに、一連の信託契約の中で、経営者の方が認知症になった場合や亡くなった場合などの株式の承継方法、処分方法を定めることも可能です。

6 おわりに

以上、経営者の方が認知症になった場合に利用が可能な制度をご紹介させていただきましたが、判断能力を失う可能性があるケースというのは、何も認知症に限ったことではありません。年齢を問わず、不慮の事故や、大病を患うことで判断能力を失う場合もあります。

実際に周囲の経営者の方でも、不慮の事故によって意識不明の状態となってしまい、完全に会社の機能がストップしてしまったところや、30代でくも膜下出血により倒れた方もいらっしゃいます。

認知症や不慮の事故などで経営者が判断能力を失うことは、会社の機能を完全にストップさせてしまいかねません。そして、これは、どの経営者の方にも起こり得る問題なのです。

実際に経営者が判断能力を失ってしまった後では、打つ手は限られてきます。一方で、事前に対策を行っていれば、経営者の希望に沿った対策を立てやすくなり、対応がスムーズに進む可能性が高まります。認知症などによる判断能力の喪失は、誰しも起こる恐れがあることを意識して、対策を打っておくことが望まれるでしょう。

以上(2024年5月更新)
(執筆 杠司法書士法人 副代表 西本拓司、
司法書士法人ゆずりは後見センター 副代表 坂西涼)

【著者紹介】
西本拓司

司法書士。西本拓司
企業の法務顧問としての実績を多数持つ。コンサルティングファームや金融機関と連携した事業承継、M&Aに伴う法務の実務に多く携わっている。

坂西涼

司法書士。坂西涼
後見人としての活動にキャリアの最初から取り組み続け、識者として行政機関や介護事業者向けの研修、セミナーなどに登壇することが多い。

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画像:LIGHTFIELD STUDIOS-Adobe Stock

【事業承継】これだけ押さえて! 中小企業の事業承継

書いてあること

  • 主な読者:事業承継を意識しているが、やるべきことが整理できていない経営者
  • 課題:後継者選び、社内外への通知、自社株評価など、とにかくやることが多そう……
  • 解決策:「人(経営)」「資産」「知的資産」の3つの承継分野を整理する

1 なぜ、事業承継が必要なのか?

事業承継とは、

事業を後継者に承継して会社を存続させること

です。日本ではかつてないほど事業承継の話題が盛んですが、それは、

経営者の高齢化と後継者不足が進んでいるから

に他なりません。帝国データバンクが毎年公表している「全国社長年齢分析」によると、2022年時点の社長の平均年齢は60.4歳となりました。人は必ず年をとるので、平均年齢が上がるのは当然です。

となると、事業承継で社長の若返りを図るしかありません。しかし、社長の交代率は3.82%にとどまります。この主要な要因は後継者不足です。

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統計によって異なりますが、日本にあるとされる約380万社の会社のうち99%以上は中小企業です。日本経済を支える中小企業が、経営者の高齢化と後継者不足で廃業を余儀なくされれば、日本経済に与える影響は計り知れません。

今、一社一社の取り組みが重要な局面にきています。「事業承継」という多分野の取り組みで、経営者は何を意識すればよいのかをご紹介します。

2 事業承継するものは3つ

事業承継するものは「人(経営)、資産、知的資産」の3つです。

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1)人(経営)の承継

後継者を決定し、教育して経営権を承継します。誰を後継者にするかについては、「1.子どもなどへの親族内承継」「2.役員や従業員への親族外承継」「3.M&Aによる第三者への親族外承継」があります。これらは次章で紹介します。

2)資産の承継

自社株、土地などの不動産、設備などの動産などを後継者に引き継ぎます。このうち、自社株については評価が重要です。事業承継時は評価を下げたいはずですから、そうした方法を専門家に相談します。ここでは後継者の資力も問題になります。後継者に自社株の買い取り資金がないケースや、贈与や相続の問題が出てくることもあります。とはいえ、後継者の持株比率を薄めることは得策ではありません。この点は十分に認識すべきです。

詳細は割愛しますが、事業承継を資金面でサポートするものとして、「事業承継税制」「事業承継特別保証」もあるので、ぜひ確認してみてください。

また、承継されるのは資産だけではないことにも注意が必要です。例えば、会社が金融機関などからの借り入れ、つまり借金をしていれば、それも承継されます。つまり、貸借対照表(BS。Balance Sheet)が承継されるイメージを持っておくとよいでしょう。

3)知的資産の承継

知的資産は、自社の価値の源泉を承継することです。最上位の概念としては経営理念を承継することになります。経営者の中には「経営理念の承継こそが事業承継である」という人がいるくらい重要なものです。また事業承継を手伝う支援機関も、現経営者へのインタビューを通じて「思い」を言語化し、後継者候補などに伝えたりします。

この他、取引先、さまざまな人脈、技能、知的財産権、許認可など会社経営をするために不可欠なものを承継します。

3 後継者選びの選択肢

事業承継において、最も重要なのは「人(経営)の承継」だといえるでしょう。前述した通り、誰に承継するかの選択肢は、

  1. 子供などへの親族内承継
  2. 役員や従業員への親族外承継
  3. M&Aによる第三者への親族外承継

の3つに大別されます。子供などへの親族内承継が圧倒的に多いものの、最近は親族外承継が増えています。

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子どもなどに承継する親族内承継でも、これまでの事業をそのまま続けるのではなく、後継者の新しい発想でベンチャー企業のように新規事業にチャレンジするケースも増えています。

また、親族外承継では第三者への承継が増えていますが、これは親族や従業員に適した後継者候補がいないからです。「会社は家族で継いでいくもの」という意識が薄らいでいることも、親族外承継を後押ししています。ここ数年で、「後継者を求める会社」と「経営者になりたい人」をマッチングさせるサービスも多く、多様な候補の中から後継者を選べることができます。とはいえ、実際に事業承継をした経営者の中には、「安易なM&Aをすべきではない」と警鐘を鳴らす人もいます。特にオーナー企業の経営者にとって、会社は自分自身と一体であり、さまざまな思いが込められています。第三者に承継する場合は、本当に慎重な判断が必要です。

4 事業承継を誰に相談するか?

いざ事業承継を進めるとして、誰に相談すればよいのか迷います。これには幾つかの候補があるので紹介します。

なお、中小企業庁では、中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤を構築するために、2021年8月からM&A支援機関に係る登録制度を開始しました。M&A支援機関には、これから紹介するフィナンシャル・アドバイザー(FA)やM&A仲介会社などが該当します。中小企業にとってのメリットは、

登録を受けたM&A支援機関を利用すると、必要な手数料の一部が補助され、金銭的な負担が軽減される

ことです。

1)事業引継ぎ相談窓口、事業引継ぎ支援センター、商工会議所

中小企業庁が設置している事業承継を相談できる公的な窓口として、

  • 事業引継ぎ相談窓口:全国の商工会議所などに設置
  • 事業引継ぎ支援センター:事業承継に関する専門的なアドバイス。北海道、宮城、東京、静岡、愛知、大阪、福岡に設置

があります。

公的な窓口なので安心感があり、相談も無料です。ただし、具体的な取り組みを支援してくれるわけではなく、話が進むと弁護士などの専門家に有料で相談することになります。以上から、検討初期の相談に適しているといえるでしょう。

商工会議所でも、事業引継ぎ相談窓口など公的窓口の他に、独自に事業承継のサポートを行っています。商工会議所の会員になっていることが前提ですが、一度、相談してみるのもよいでしょう。

2)銀行、生命保険会社、損害保険会社など

取引のある銀行や生命保険会社、損害保険会社なども事業承継の相談先となります。特に銀行は経営計画などの提出を受けていることもあり、会社の状況をよく知っているはずなので、良い相談相手になってくれる可能性があります。また、事業承継をする場合は銀行に相談することになるので、この手間も省けます。

ただし、銀行が事業承継の全てに対応するわけではなく、話が進むと専門家に相談することになります。M&Aを検討している場合、銀行が提携するM&A仲介業者などを紹介してくれますが、客観的に自社に適しているM&A仲介業者かどうかは分かりません。そのため、独自に探してみるべきでしょう。

銀行ほど会社の経営に踏み入ってはいませんが、基本的な考え方は生命保険会社や損害保険会社についても同じです。生命保険会社は税制に強い(税理士などと連携している)ため、贈与や相続などについても相談できるでしょう。

銀行などの金融機関は、間接的なビジネスとして事業承継のサポートを行っており、最近は特に力を入れています。ただし、自ら事業承継に関わる各分野に専門的な知識を有しているとは限らず、どちらかといえば専門機関への引き継ぎを担うイメージかもしれません。

3)税理士、弁護士など

税理士は中小企業にとって最も身近な専門家です。日ごろの付き合いの中で会社のこともよく分かっています。税制に関する相談相手としては最適ですが、クオリティーのバラツキが大きいということと、自身の関与先の事例しか持ち合わせていないことが問題です。

弁護士は法的な見地からアドバイスを受けることができます。ただし、中小企業の事業承継で関わるのは税理士などが多く、弁護士の出番はあまりないのが実情ですが、資本政策が複雑になりそうなケースなどでは頼れる相談相手となります。

4)M&A仲介業者など

事業承継でM&Aを選択する場合に相談できます。M&A仲介業者やM&Aアドバイザー、M&Aコンサルティングなどの名称となりますが、基本的な違いはないでしょう。対象とするM&Aの規模によってはサポート対象外となることもあります。まずは銀行などからM&A仲介業者を紹介してもらい、そこで聞いた話を一つの基準に他の業者にも聞いてみるとよいかもしれません。

また最近は、

  • 後継者を求める会社と経営者になりたい人のマッチングプラットフォームの登場
  • 中小企業に幅広いネットワークを有する経営者が、知り合い同士をつなげる
  • 元ベンチャーキャピタリストなどが、知り合い同士をつなげる

などの動きもあり、相談先は多様化しています。

以上(2024年5月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

【収支シミュレーション】 ケアハウスの開業収支モデル

書いてあること

  • 主な読者:ケアハウスの開設を検討している人
  • 課題:自社の所有地でケアハウスを新築する
  • 解決策:開業、運営に掛かる費用の目安を押さえ、収支計画をシミュレーションしてみる

1 軽費老人ホーム(ケアハウス)とは

軽費老人ホームとは、

老人福祉法で定義されている、無料または低額な料金で老人を入所させ、食事の提供、その他の日常生活上必要な便宜を供与することを目的とする施設

です。

軽費老人ホームはA型・B型・C型・都市型の4種類に分けられており、C型が「ケアハウス」に当たります。

また、ケアハウスは、60歳以上の高齢者が対象の「一般(自立)型ケアハウス」と、65歳以上で要介護度1以上の高齢者が対象で、生活支援サービスと併せて介助サービスを受けることができる「介護型ケアハウス」の2種類があります。

なお、2008年6月1日以降は、軽費老人ホームとして開設できるのはケアハウスだけとなりました。従来からの軽費老人ホームのうちA型・B型は経過的軽費老人ホームと位置づけられています。

ケアハウスを開設するには、

  • 法人格を取得する
  • 厚生労働省令で定められた事項を都道府県知事に届け出る
  • 厚生労働省が定める「軽費老人ホームの設備及び運営に関する基準」を満たす
  • 施設の所在地の都道府県知事(指定都市・中核市は各市長)から社会福祉法に基づく「軽費老人ホーム」の指定を受ける
  • 介護型ケアハウスは、施設の所在地の都道府県知事(指定都市・中核市は各市長)から介護保険法に基づく「特定施設入居者生活介護」の指定を受ける

必要があります。

なお、市区町村によって基準が異なる場合や、設置を計画していた施設の数を満たしているといった理由で申請を受け付けていない場合があるため、事前に市区町村の担当部署に確認しましょう。

また、市区町村によって施設整備費や設備整備費などに補助金を出していることもあるので、併せて確認するとよいでしょう。

2 開業収支を考える

1)前提条件

ここでは、前述の「介護型ケアハウス」を開設する想定でシミュレーションをします。

1.売上高

売上高は、施設定員を38人として年間1億3300万円とします。算出式は次の通りです。

(介護サービス費23万200円×12カ月+月額利用料金10万円×12カ月+入居一時金30万円)×定員38人×稼働率90%≒1億4578万円

ケアハウスの売上高は、介護サービス費と月額利用料、入居一時金等(注)から成ります。

厚生労働省「介護給付費実態調査月報(2024年1月審査分)第5表、介護サービス受給者1人当たり費用額、要介護状態区分・サービス種類別」によると、特定施設入居者生活介護(短期利用以外)受給者1人当たり費用の平均月額は23万200円となっています。

介護保険が適応されるので利用者の負担は1割(一定基準以上の所得がある場合は2割または3割)となります。

(注)シミュレーション上の売上高(2年度目以降)は、入居一時金1026万円(=30万円×定員38人×稼働率90%)を除きます。

2.原価率

原価率は、後掲の図表4 厚生労働省「特定施設入居者生活介護(予防を含む)の1施設1カ月当たり収支)」の介護事業費用のうち(4)その他を参考に42.6%とします。

3.人件費

人件費は同じく後掲の図表4「特定施設入居者生活介護(予防を含む)」の1施設1カ月当たり収支)の介護事業費用のうち(1)給与費43.3%を参考に5629万円(1億3300万円×43.3%)とします。

4.施設設備整備費

施設整備費は6億7200万円(延床面積2100平方メートル。1平方メートル当たり工事単価32万円)、建物附属設備(電気・給排水・消火設備など)は9450万円とします。

その他の諸条件は図表1の通りです。

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2)開業収支シミュレーション

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3 ケアハウスの1カ月当たり収支

厚生労働省「令和5年度介護事業経営実態調査」によると、ケアハウス(特定施設入居者生活介護(予防を含む))の1施設1カ月当たり収支は次の通りです。

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以上(2024年5月更新)

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画像:ケイーゴ・K-Adobe Stock

【債権回収】倒産するかもしれない相手と取引を継続するか否かの判断基準

書いてあること

  • 主な読者:経営が危ぶまれる先との取引を継続するか否かを迷っている経営者
  • 課題:そもそも一方的に契約解除できるのか、継続する場合は条件を見直すのか?
  • 解決策:迅速に判断する。また、「相殺」など自社が取り得る手段を整理する

1 いかに早く察知できるかが勝負

取引先からの支払いが滞り、こちらの催促にも応じない場合、いよいよ経営が危ないかもしれないので、速やかに行動しましょう。債権保全と回収の方法は幾つかありますが、取引先が破産や民事再生などの法的手続きを取ると、原則として個別の取り立てを行うことが禁止され、債権回収が認められなくなる場合があります。また、取引先に債権を持つのは自社だけではないはずですから、債権回収は「早い者勝ち」ともいえます。

この段階になったら、

いかに早く察知して判断し、行動するかが重要

です。この記事では、危ない取引先との取引について、「訴訟になる前の債権回収」の視点でまとめています。経営者は特に、

  • 仮差押え:取引先が資産を処分できないように差し押さえる
  • 商品の引き揚げ:相手の同意を得て自社商品を引き揚げる
  • 相殺の実行:取引先との債権債務を相殺する
  • 担保の取得、実行:担保を取得する、債務不履行なら不動産競売などを行う
  • 動産売買の先取特権の実行:自社が販売した商品を当然に引き揚げる

について知っておかなければなりません。

2 取引を継続するか否かを判断する

取引先に関する情報収集が重要ですが、悠長に構えている時間はありません。取引を継続するか否かを判断する過程で、取引先へのヒアリングや、同業他社から情報収集をするので、情報収集と取引を継続するか否かの判断はセットで行うことになります。

取引を継続する場合は、

  • 決済サイトを短くする
  • 取引量を減らす
  • 担保を設定する
  • リスク相当分を価格に上乗せする

といったことも検討します。

取引を継続しない場合は、契約書の「解約」か「約定解除」を実行します。解約とは、

当事者の一方の意思表示により、将来に向かって解約するというもので、「3カ月前に通知すれば解約できる」

といったように定めるものです。約定解除とは、

契約書に定められた条件に抵触する場合に解除するというもので、「1度でも支払いを怠ったときに契約を解除できる」

といったように定めるものです。もし、契約書にこれらの定めがなければ、取引先との話し合いにより「合意解除」することになります。

なお、契約解除には「法定解除」もあります。法定解除ができるのは、相手に「債務不履行」や「契約不適合」(相手から納品された目的物が仕様とは異なっていること)があった場合です。債務不履行には次の3つがあります。

  1. 履行遅滞:支払いが遅れているなど
  2. 履行不能:支払うことができないなど
  3. 不完全履行:一部しか支払われていないなど

法定解除の場合、債務不履行があっただけではなく、その後に履行の催告等の手続きを経なければ、解除することはできません。

3 仮差押えをするか否かを判断する

取引先が資産を勝手に処分しないように、「仮差押え」をすることを検討します。仮差押えとは、

売上債権などの金銭債権を保全するために、取引先の保有している財産を暫定的に差し押さえる制度

です。もう少し簡単に言うと、

訴訟を提起して、判決が出ても、実際に回収ができるようになるまでには時間がかかります。その間に相手が資産を処分してしまうと、回収できる資産がなくなるので、そうならないよう(相手が勝手に処分することがないようにするため)、仮で差し押さえておく

というものです。仮差押えは金銭債権を対象としています。一方、仮処分とは、

仮差押えと異なり、取引先に対して有する金銭債権以外の権利を保全する制度

です。例えば、譲渡担保権を設定している取引先の物件が第三者に譲渡される恐れがある場合、それを阻止するために利用されます。以降、仮差押えについて説明をしていきます。

仮差押えは有効な債権回収の手段、交渉手段となりますが、次のような注意点もあります。取引先の状況や費用についても検討する必要があります。

  • 仮差押えは、回収の優先権ではない。従って、他の債権者も仮差押えを行った場合、各自の債権額の按分でしか回収できなくなる恐れがある
  • 仮差押えは、取引先が破産などの法的な倒産手続を取り、当該手続きが開始されると失効する。この場合、有効な債権回収手段とはならない
  • 仮差押命令を取得するためには、裁判所に担保金を積む必要がある。また、不動産を仮差押えする場合は登録免許税も必要

なお、仮差押えの主な流れは次の通りです。

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4 商品を引き揚げるか否かを判断する

取引を継続しない場合は、速やかに取引先の倉庫などにある自社の商品を引き揚げます。

一方、取引が継続している状態で商品を引き揚げるには取引先の同意が必要です。同意がないと、自社が窃盗罪に問われたり、不法行為として損害賠償責任を負わされたりする恐れがあるからです。ただし、取引先の同意を得た上での商品の引き揚げでも、その後すぐに取引先が破産などの法的手続を取った場合は認められないことがあります。

引き揚げ商品が自社の売却した商品でなければ、「代物弁済」または「動産譲渡担保権」を実行します。代物弁済とは、

他の動産を受け取って債権の弁済に充てること

です。動産譲渡担保権とは、

取引先がそのまま利用できる状態で、動産を担保に取る方法のこと

です。動産を取引先のところにおいたままですので、譲渡担保が設定していることを知らない第三者に対しては担保の効力を主張できない恐れがありますが、少なくとも譲渡担保を知っている第三者に対しては、自己の優先権を主張できるので、一定の効果はあります。そのため、機械等の動産を譲渡担保に取る場合は、機械にプレートを付けたり、担保物件であることを示す札を立てるなどして明認方法を施すようにします。

5 相殺するか否かを判断する

相殺とは、

自社が取引先に負っている債務と、取引先が自社に負っている債務(自社から見ると債権)を相殺すること

です。原則として債権債務の弁済期が到来していることが条件ですが、自社が取引先に負っている債務については、弁済期が到来していなくても、自社が期限の利益を放棄することで相殺の対象となります。相殺は、相手方に対する意思表示によって行います。通常、証拠を残すために「内容証明郵便」を送ることで相殺通知を行います。相殺をすることによって、自分の債務分については、事実上優先的に債権を回収することができることとなります。

なお、相殺は取引先が法的な倒産手続きを取った場合に制限されることがあります。例えば破産手続きの場合、

取引先が破産手続き開始申立をしたことを知っているのに、その後に債権や債務を取得して相殺を持ちかけることは禁止される

などといった制限です。

6 担保の設定・実行するか否かを判断する

担保には不動産などの物的担保と、経営者個人の連帯保証のような人的担保があります。ただ、担保を設定したとしても、例えば、経営者個人に支払い能力があるかは分からないので、この辺りの調査は必要です。

また、取引先が法的な破産手続きを取ることを知っているのに担保を取得しようとした場合、その担保は認められなくなる恐れがあります。

一方、債務不履行が発生し、取引先の経営が一刻を争う状態であれば、速やかに担保を実行します。例えば不動産を担保としている場合、担保不動産競売によって債権回収を図ります。担保不動産競売の主な流れは次の通りです。

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7 動産売買の先取特権を実行するか否かを判断する

商品などの動産を売買した場合、当該動産の代金が未払いであれば、「動産売買の先取特権」という「法定担保物権」を有します。まず、先取特権とは、

特定の財産について、他の債権者に優先して債権回収することを認める制度

です。この先取特権が動産売買についているわけですから、動産売買の先取特権とは、

自社は取引先に販売した動産を優先的に回収できる

というものです。さらにこれは、法定担保物権という、

法律上当然に発生する担保物権なので、事前に物的担保を設定しておく必要はない

ことになります。

動産売買の先取特権は、動産執行の手続きによって行われます。動産執行で競売となるのは次の場合です。

  • 債権者が執行官に対し当該動産を提出したとき
  • 当該動産の占有者が差押えを承諾することを証明する文書を提出したとき
  • 債権者が担保権の存在を証する文書を提出して動産競売の許可を申し立て、執行裁判所がこれを許可し、許可決定が債務者に送達されたとき

取引先が当該動産の代金を自社に支払わないまま、第三者に当該動産を譲渡してしまう場合もあります。しかし、取引先がその代金を第三者から受け取っていない場合は、取引先の第三者に対する売上債権を差し押さえることができます。これを、

動産売買の先取特権に基づく物上代位

といいます。

以上(2024年5月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

pj60188
画像:Mariko Mitsuda

【債権回収】テレワークでも失敗しない与信管理~20のチェックリスト付き

書いてあること

  • 主な読者:テレワークでも与信管理を徹底したい経営者
  • 課題:物価高倒産の増加など経営の先行きが不透明。会えない相手をどう管理すべきか?
  • 解決策:現状に合った与信管理をシンプルに行う。必ず債権回収とセットで考える

1 「無い者からは回収できない」が基本

テレワークの推進など、多くの会社が抜本的な業務効率化を進めています。いわゆる「印鑑レス」の動きや、生成AIを使った取り組みは慣習を断ち切るきっかけとなり、“ダラリ(ムダ、ムラ、ムリ)”が見直されていくのは本当に良いことです。

ただし、強化すべき業務には逆にてこ入れが必要です。例えば、この記事のテーマである「与信管理」もその1つでしょう。現在は相手と会う機会が減り、限られた情報を基に取引しなければなりませんし、いわゆる物価高倒産も増えています。

「無い者からは回収できない」というのが、与信管理・債権回収の大前提です。経営者はいま一度、自社の体制を確認する必要があります。

2 与信管理と債権回収を必ずセットにする

テレワークでも、与信管理で行うことは従来と同じです。

「テレワークなので、厳重に!」と強化したいところですが、やり過ぎると取引開始までに時間がかかったり、現場での負担が大きくなったりして活動が定着しない

恐れがあります。テレワークだからこそ、

与信管理はシンプルに進めることがポイント

です。決して手を抜くということではなく、テレワークに合ったやり方に変えていくのです。

社内に与信管理に留意する雰囲気を定着させることも大切です。そのために、与信管理のプロセスを「見える化」します。具体的には、与信管理の内容をデータ化して担当者で共有する、オンライン会議の場で取引先の状況を発表するなどします。こうして、社員が与信管理を身近な業務として認識できるようにします。

また、与信管理と債権回収が分断されていてはいけません。「おかしいな」と感じたら、即座に行動できるように、

  • 支払いが滞ったら、3日以内に催促メールを出す
  • それでも回収できなければ、内容証明郵便を送る

などをルール化します。時間がたつほど債権回収は困難になるので、先々を見据えた回収計画や対応を事前に決めておきます。与信管理は「転ばぬ先のつえ」ですが、実際に問題が顕在化した場合に即座に行動できなければ意味がありません。

3 正しい情報を得ることが与信管理の第一歩

1)代表者同士で面談する

多くの会社では、営業担当者の情報収集が与信管理の重要な一部となっています。しかし、物価高や人材不足など経営環境は、かつて経験したことのないレベルで変化しており、営業担当者が収集できるレベルの情報では判断が難しくなっています。こうした中、事業方針を大きく転換する企業もあり、それを営業担当者の報告だけで判断するのは難しいです。だからこそ、自社と取引先の代表者同士が面談し、状況を共有することはとても大切です。

2)営業担当者レベルでは、スマートフォンの番号などを交換する

テレワークでは、気軽に取引先を訪問できません。取引先もテレワークをしている場合はなおさらです。つまり、

訪問を前提とした営業担当者の情報収集は機能しにくい

ということです。

そこで、訪問の代わりにオンライン会議や電話で情報を収集します。スマートフォンの番号を交換したり、SNS(Facebookなど)のメッセージ機能を使ったりして、連絡を取れるようにしましょう。こうしたつながりは、ビジネスとしての訪問からプライベートに少し近づく行為ともいえるため、相手と良い関係が構築できていなければなりません。

3)もらいにくかった資料も提出してもらう

長く取引している相手の場合、決算書や事業計画書などの提出を求めないことがあります。「そうした書類がなくても信頼していますよ」という、こちらの信頼を暗に伝えるためです。

しかし、テレワークで与信管理を徹底するには、決算書や事業計画書は、ぜひ、提出してもらいたい資料です。「このようなときなので、お願いします」と依頼すれば、相手もむげに断ったりはしないでしょう。

4)信用調査サービスを利用する

自社だけでは収集できない情報を得たり、客観的に相手を分析したりするために、信用調査サービスを利用するのも1つの方策です。信用調査サービスはさまざまで、調査リポートを提出してくるサービスの他、SNSの投稿内容などを分析して、危険な場合にアラームを出して知らせてくれるサービスもあります。取引規模などに応じて、信用調査サービスを選択、利用するとよいでしょう。

4 テレワークでも使える与信管理「20のチェックリスト」

ここまでの内容も踏まえた、テレワークでも失敗しない与信管理をするためのチェックリストを紹介します。取引前と取引中でそれぞれ10項目、合計で20項目あります。

1)取引前のチェックリスト10

取引前に確認したいチェックリストは次の通りです。

  • 与信管理規定は整備されており、社内で周知徹底されていますか?
  • 電子契約の導入など、業務効率化を進めていますか?(与信管理から契約までの負担を軽減するためです)
  • 相手と知り合った経緯に違和感はないですか?(飛び込み営業、付き合いの浅い人からの紹介などは要注意です)
  • 取引の契約を交わす前に、日経テレコンや週刊誌などを検索し、違和感のある記事はないことを確認しましたか?
  • 信用調査サービスを使って事前に調査しましたか?
  • 可能であれば同業他社などからの情報を得て、違和感のある噂などがないことを確認しましたか?
  • 相手の代表者などと面談しましたか?(取引中も定期的に面談できたら理想的です)
  • 取引開始について、社内の3名以上が同意をしていますか?
  • 技術やサービスの水準に問題はないですか?
  • 取引に当たり、きちんと契約を交わしていますか?

2)取引中のチェックリスト10

取引中に確認したいチェックリストは次の通りです。

  • 取引の実態に応じて、「見積書、注文書、注文請書、納品書、検収書、請求書、領収書」などのデータを残していますか?
  • 自社内のミーティングで、与信管理や新規取引先の話題を共有していますか?
  • 決算書や事業計画書などの情報を収集していますか?
  • スマートフォンの番号などを交換し、すぐに連絡を取れる状態になっていますか?
  • 定期的にオンライン会議をしていますか?
  • 電話やオンライン会議の際、相手の言動に違和感はないですか?
  • たまに訪問して、相手の状況を確認していますか?
  • 納品が正当な理由なく遅延していませんか?
  • 支払いが正当な理由なく遅延していませんか?
  • 問題が顕在化した際、すぐに債権回収ができる体制になっていますか?

5 自社も与信管理される立場である

最後に補足をします。取引は相手ありきのことであり、自社も相手から与信管理をされています。つまり、この記事で紹介した内容の裏返しで、相手も自社の与信管理を強化したいと考えているはずです。そうした取引先とより良い関係を築くためには、互いの与信管理に快く協力するという視点を忘れてはなりません。

また、万一の際、即座に債権回収をせずに相手の復活を待つという判断をすることもあります。こうした判断の前提は「信頼」ですので、そうした意味でも日ごろの付き合い方が重要になってきます。

以上(2024年5月更新)

pj60222
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】「逆張り」の反対は順張りではない

皆さん、おはようございます。今朝は「逆張り」思考の真実についてお話しします。

「逆張り」とは、他の多くの人とは違う行動をすることですが、日本人はこれが苦手です。各国の国民性を比較したジョークがあります。「どうしたら国民がマスクをしてくれるか」というものですが、アメリカ人には「マスクをつけるとヒーローになれる」、ドイツ人には「マスクをつけることはルールだ」、イタリア人には「マスクをつけるとモテる」と伝えると効果的だそうです。日本人にはどう伝えるのかというと、答えは、

「他の人はマスクをしている」

というのですから笑えます。

さて、「逆張り」の反対は「順張り」、つまり多くの人と同じ行動をすることになるのかというと、必ずしもそうではありません。逆張りも順張りも自分の意思で決めるものですが、そうではない人は「もどき」です。

私の知人であるA部長は、長い時間をかけて営業体制を整えました。しかし、社長の鶴の一声で方針が転換され、これまでの努力がほぼ無駄になってしまいました。A部長はそのことが不満で周りに愚痴を言いますが、社長に直談判することはしませんでした。

もちろん、最終的には社長の方針に従わなければなりません。しかし、そうなる前にできることがたくさんあるはずなのに、具体的な行動を起こしません。これが「順張りもどき」の典型です。

皆さんに「順張りもどき」になってほしくはありません。きちんと自分の意見を言えるようになってください。とはいえ、考えなしに他人の反対をする「逆張りもどき」でも困ります。今は、自分の「考え(理想)」について改めて深く考えてみる時代なのです。

「逆張り」は投資の世界で使われる言葉ですが、その投資の世界に、

「他人を頼るべからず、自力を頼むべし」

という格言があります。他人が推奨する投資情報に頼ってばかりいないで、自分で決めなさいという意味では、「逆張り」を肯定しています。一方、

「落ちてくるナイフは拾うな」

という格言もあります。これは、下落している銘柄を買うなという意味で、皆に同じ行動を推奨するという点では、「順張り」の肯定といえます。

何だか矛盾しているように思えますが、どちらの格言も本質は同じです。要は「得をする(損をしない)選択をせよ」ということ。実は「逆張り」も「順張り」もなく、自分にとってベストなものを自分の「意思」で選択すればいいだけなのです。

私の知人に、誰もが「難しい」という領域でビジネスを始め、今も楽しそうにチャレンジを続けている人がいます。業績が芳しくないときに社員を採用し、育てた結果、その社員が原動力となり、数年後に業績を回復させた人もいます。全ては他人ではなく、自分がどう考えるか、その「意思」次第なのです。

以上(2024年6月作成)

pj17182
画像:Mariko Mitsuda

【債権回収】信用調査会社を与信管理に活用する

書いてあること

  • 主な読者:取引先の与信管理について信用調査サービスを利用したい経営者
  • 課題:信用調査会社のサービス内容や注意点を知りたい
  • 解決策:多様な情報が収集できるが、うのみにするのは危険。自社の情報と合わせたり、複数の信用調査会社を利用したりして総合的に判断する

1 信用調査会社を利用するメリット

与信管理では情報収集が大切です。信用調査会社を利用するなどして情報を収集しましょう。信用調査会社は、調査対象となる会社について「相手と直接面談をして情報を収集する」「取引をしている金融機関や仕入れ先・取引先から評判を聞き取る」「登記簿謄本などを取り寄せる」などの方法で調査し、報告書にまとめます。報告書の記載事項はおおむね次の通りです。

商号、設立年月日、資本金、所在地、代表者氏名、株主構成(主要株主など)、代表者の評価(経歴など)、沿革、事業内容、取得認証、行政処分情報、設備や事業所などの不動産明細、従業員数、取扱商品と仕入れ先/取引先、金融機関との取引状況、業績および業況、財務分析、決算書、信用評点

また、信用調査会社に依頼して、こちらが知りたいことをヒアリングしてもらうこともできます。コストは掛かりますが、取引規模が大きい相手の場合、信用調査会社の活用を検討したいものです。

2 信用調査会社が提供するサービス

1)代表的な信用調査会社

代表的な信用調査会社には「帝国データバンク」「東京商工リサーチ」があります。この2社は全国規模のネットワークがあり、全国の企業を対象に信用調査を行っています。その他にも、「リスクモンスター」「東京経済」などがあります。また、「アラームボックス」のようにインターネット上のSNS、ブログや口コミなどの中から、対象企業の信用情報を収集し、サービスの利用者に通知するサービスもあります。

■帝国データバンク■

https://www.tdb.co.jp/

■東京商工リサーチ■

https://www.tsr-net.co.jp/

■リスクモンスター■

https://www.riskmonster.co.jp/

■東京経済■

https://www.tokyo-keizai.co.jp/

■アラームボックス■

https://alarmbox.co.jp/

2)データベースサービス

信用調査会社は、独自に調査した企業情報をデータベース化して、インターネットなどを通じて有料で提供しています(日経テレコンなどでも利用できます)。閲覧できる情報の価格は、簡易なものならば1件当たり1000~2000円程度、少し充実したものなら数千円~5万円程度です。

ただし、データベースサービスで公開されている情報は、最新の情報とは限りません。新しい情報が必要な場合は、信用調査会社に依頼して報告書を更新してもらいます。こうした依頼をするには、基本料金(数件分の無料閲覧ができる場合あり)と実費が掛かります。

3)継続的に情報を入手する

会社の経営状態は常に変化します。与信管理を行う際は対象となる会社について継続的に情報収集をする必要があります。信用調査会社では、こうしたニーズに応えるために、希望した会社の情報を、継続的に提供するサービスを用意しています。

例えば、帝国データバンクの「インターネット取引先管理サービス C-モニタリング」の場合、取引先の変化や動向などを電子メールで通知します。こうしたサービスを利用すれば、常に取引先の最新動向が把握できます。

■帝国データバンク「インターネット取引先管理サービス C-モニタリング」■

https://www.tdb.co.jp/lineup/c-moni/

4)その他のサービス

信用調査会社は、企業信用調査サービスやデータベースサービス以外にも取引先の信用状況の把握に役立つさまざまなサービスを提供しています。

例えば、与信管理に活用できるサービスとしては、独自の手法に基づいて算出した倒産確率に関するデータや、海外企業に関する企業信用情報などを提供しているケースがあるので、必要に応じて利用を検討してもよいでしょう。

3 信用調査の活用ポイント

1)信用評点を過信しない

一般的に信用評点は大企業に甘く、中小企業や業歴が浅い企業には厳しくなりがちです。また、調査に非協力的な態度を取る場合や、決算書を公表しない企業は、信用評点も厳しくなりがちです。総合的な評価を端的に示している信用評点は分かりやすい評価基準ですが、うのみにするのは避けましょう。

2)自社が保有している情報と合わせて読み解く

報告書を見る際、代表者の経歴、会社の沿革、株主構成などに不審な点や不自然さがないかなどを、自社との取引内容や窓口担当者(営業担当者や購買担当者など)からの情報と照らし合わせて読み取るようにしましょう。

そして、「おかしい、変だ」と感じたことがあったら、そのままにせず、営業担当者に確認させるなど徹底的に調査しましょう。また、手元にある信用調査書が古い場合は、信用調査会社に依頼して最新の情報を収集するようにします。

3)複数の信用調査会社の信用調査書の利用を検討する

信用調査会社の調査員の経験・資質・能力などによって、調査結果にばらつきが出てくるケースがあります。また、同じ会社の調査を複数の信用調査会社に依頼すると、調査結果に大きな違いがあることもあります。

そのため、取引額が大きな取引先など、特に重要な会社の信用調査では、複数の信用調査会社の利用を検討してみてもよいでしょう。

以上(2024年5月更新)

pj60123
画像:Mariko Mitsuda

【労基署の臨検】送検される会社は全体の何パーセント? 労働基準監督年報で確認してみた

書いてあること

  • 主な読者:労働基準監督署の臨検監督について知りたい経営者、人事労務担当者
  • 課題:自社に調査が入る可能性や、送検される可能性がどのぐらいあるのか分からない
  • 解決策:厚生労働省「労働基準監督年報」でおおよその傾向を理解する。2022年のデータによると、調査が入る可能性は4.49%、送検される可能性は0.02%

1 ウチの会社にも労働基準監督署がやって来る?

労働基準監督署(以下「労基署」)による臨検監督(以下「臨検」)とは、

労基署の労働基準監督官(以下「監督官」)が会社(事業場)を訪問するなどして、労働基準関係法令に違反していないかをチェックすること

です。厚生労働省「令和4年労働基準監督年報」によると、2022年中に実施された臨検の状況は次の通りです。

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適用事業場382万3470件のうち、実際に臨検が実施されたのは4.49%、違反があったのは2.93%、司法処分を受けた(経営者などが検察庁に送検された)のは0.02%です。このパーセンテージだけを見ると、自社に臨検が入ったり、送検されたりする可能性は低そうです。ただし、押さえておきたいのは、

2024年4月に「労働時間」「労働条件の明示」など、労働基準法関連の重要な法改正があった関係で、今後、労基署の動きが活発になる可能性がある

ことです。以降では、図表1の労働基準監督年報のデータをもう少し細かくひもといて、労基署の臨検に関する現在の状況を探っていきます。

2 流れをもう一度! 定期監督や申告監督の件数は?

現在の臨検の状況についてイメージがつかみやすいよう、定期監督等(定期監督+災害時監督)と申告監督のフローと件数を整理したのが図表2です。

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前述した通り、司法処分(送検)までいくケースはまれですが、ただ送検されるだけでなく、会社名や違反内容が厚生労働省ウェブサイトで公表されるという、会社にとっては無視できない事態も招きます。

ちなみに、2023年3月1日から2024年2月28日までの公表事案を見ると、

1年間で約400件の会社が、賃金不払いや安全衛生管理の不備などで送検

されています(厚生労働省「労働基準関係法令違反に係る公表事案(2024年3月31日掲載)」)。

■厚生労働省「労働基準関係法令違反に係る公表事案(下記URLのページ中段)」■
https://www.mhlw.go.jp/kinkyu/151106.html

3 どのような業種の会社が臨検の対象になりやすいのか?

臨検の種類ごとに、2022年の実施件数が最も多い業種を見ていくと、

  • 定期監督等(14万2611件) → 建設業(4万9284件)
  • 申告監督(1万6639件) → 商業(2641件)
  • 再監督(1万2278件) → 製造業(4546件)

となっています。重大な労働災害が起きやすい業種や、労働基準関係法令の違反が多い業種は、臨検の対象となりやすいようです。

なお、厚生労働省は各年度の労働に関する施策の方針を示した「地方労働行政運営方針」を公表していますが、2024年度については、

2024年4月より「時間外労働の上限規制」の適用対象となった建設業、自動車運転業務、医師、砂糖製造業(鹿児島県・沖縄県)についても監督指導を行っていく旨

が示されています。ただし、こうした事業・業務については、「取引慣行などの関係で個々の事業場だけでは長時間労働の是正が困難な場合がある」とも言っていて、指導については慎重を期して行っていく方針のようです。

業種以外では、会社のライフサイクルなども関係することがあります。例えば、成長期にあり、従業員数を大幅に増やしている企業などは、労務管理が煩雑になりやすく、申告監督などが入りやすい傾向にあるようです。

4 どんな法令違反が指摘されている?

ここまで、調査・臨検の種類やフローなどを中心に紹介してきましたが、

大切なのは、日ごろからきちんと労務管理を行い、調査・臨検を受けることになっても、法令違反なしで完結すること

です。定期監督等と申告監督で法令違反として指摘される項目の上位5つを確認してみましょう。

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定期監督等では幅広い分野で法令違反が指摘されているのに対し、申告監督では賃金不払いが圧倒的に多く指摘されています。定期監督は違反の対象が絞り込まれているわけではないため、全般的に調査され、その中で違反が見つかったりします。一方、申告監督は、

特に退職者から残業手当の不払いなどの申告があるので、賃金不払いに集中しやすい

のです。

以上(2024年6月更新)

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画像:pexels