2024年版「中小企業白書」の要点 中小企業が取り組むべき課題は人手不足と生産性向上

書いてあること

  • 主な読者:2024年版「中小企業白書」から、現在の中小企業の課題を知りたい経営者
  • 課題:現状、中小企業が抱えている課題と解決策の事例を知り、他社との競争に勝ちたい
  • 解決策:主な課題は「人手不足」「生産性向上」。取り組みは賃上げや省力化投資など

1 2024年を中小企業の飛躍の年に!

新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」)が5類に移行してから1年余り。このタイミングで発刊された2024年版「中小企業白書」(以下「白書」)をひもとくと、

中小企業の業況は、業種によるばらつきはあるものの、コロナ禍の落ち込みから回復してきている

とあります。

しかし、順風満帆ではありません。多くの中小企業は人材不足に直面していますし、過去最高水準となった賃上げにも対応しなければなりません。足りない人材を補うためにも、人件費を捻出するためにも、省力化投資などを通して生産性向上を目指す必要性がありそうです。

この記事では、「人手不足」と「生産性向上」の2つの課題を取り上げ、その解決のヒントを紹介します。また、この2つ以外にも、白書の中で紹介されている中小企業の課題(事業承継やBCP(事業継続計画)など)についても簡単に解説します。

なお、以降で紹介する図表の出所は全て白書であることや、分かりやすさを重視したことから、出所の記載や注釈は省略しています。詳細な内容を確認したい場合は、白書の本編をご覧ください。

■中小企業庁「中小企業白書」■
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/

2 人手不足:外国人雇用にも注目しつつ、職場環境を整備

コロナが5類に移行し、中小企業の事業活動が再び活発化しています。一方、時間外労働の上限規制などにより、少ない社員に頼る働き方は難しくなり、人手が必要になります。しかし、そんな中小企業の思いとは裏腹に、人手不足はますます深刻化しています。中小企業は、女性・高齢者の他、外国人労働者などの活用にも目を向ける時期にきています。また、自社の職場環境・制度を見直し、整備することなども必要でしょう。

1)外国人労働者の活用

日本人だけを対象とした採用活動では、人手不足の解消が難しくなってきた中、外国人労働者の活用が期待されています。実際、図表1の通り、外国人労働者の数・就業者全体に占める割合は共に上昇傾向にあります。

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また、白書の別のデータでは、2070年には日本の生産年齢人口(15~64歳の人口)のうち、14.9%が外国人になるという推計もあります。将来的な人材確保を見据えて、今のうちから外国人雇用に目を向け、検討してみる価値はあるでしょう。

厚生労働省では、各ハローワークに外国人雇用に関する相談を受け付ける「外国人雇用管理アドバイザー」を置いたり、外国人が働きやすい環境づくりに取り組んだ企業に、最大57万円を助成する「人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)」を設けたりしています。詳細は厚生労働省ウェブサイトをご確認ください。

■厚生労働省「外国人を雇用する事業主への支援策」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/jigyounushi/page11_00027.html

2)職場環境・制度の整備

自社の職場環境・制度を整備することも、人手不足を解消する上では不可欠です。既存社員の離職防止だけでなく、自社の取り組みを積極的にPRすることで、新規採用にもつながるでしょう。

実際、白書によると、人材を十分に確保できている企業では、働きやすい職場環境・制度の整備が進んでいます。図表2は、人材を十分に確保できている企業の取り組みをまとめたもので、特に、賃金や賞与の引き上げ(賃上げ)に取り組んでいる企業の割合が高いことが分かります。

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厚生労働省では、下記ページにて、人材確保につながる職場環境・制度のポイントや事例、相談窓口などを紹介しています。看護・介護・保育・建設については、その分野特有の人材確保対策を紹介しているのでご確認ください。

■厚生労働省「人材確保対策」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000053276.html

3)賃上げ

図表3の通り、最低賃金の改定率・春闘の賃上げ率は、2023年度時点で過去最高水準となっています。一方、物価上昇などの影響を受けて、防衛的賃上げ(業績の改善が見られない中で、離職防止などのために行う賃上げ)を実施する企業も多く、いかに収益を上げて、賃金の原資を確保するかが重要になってきます。

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賃金の原資確保のために行った施策には、人件費以外のコスト削減、価格転嫁、労働時間の削減などが挙げられます。

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厚生労働省では、賃上げを実施した企業の取り組み事例や、各地域における平均的な賃金額など、賃上げのために参考となる情報を掲載する「賃金引き上げ特設ページ」を開設しています。詳細については、こちらをご確認ください。

■厚生労働省「賃金引き上げ特設ページ」■
https://saiteichingin.mhlw.go.jp/chingin/

3 生産性向上:コスト削減と単価引き上げ

日本は就業者数が減少する中、OECD(経済協力開発機構)加盟国のうちで、労働生産性が平均より低くなっており、省力化投資などによる生産性向上が重要視されています。

1)省力化投資

生産性向上を図るための省力化(人間が行う作業を見直して効率化を図り、機械やシステムを導入することで作業負担を減らす取り組み)に向けた設備投資が注目されており、図表5のように、省力化投資を実施した企業は、売上高にプラスの変化が見られる傾向にあります。

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省力化投資の具体例として、

  • 製品製造時の全数検査を、人に代わって行う自動検査装置の導入
  • EDI(電子データ交換)を活用した販売管理システムの構築

に取り組む企業などがあります。

また、省力化投資を支援する取り組みもあります。例えば、経済産業省では、賃上げに向けて省力化等の大規模投資を行った場合、最大50億円を補助する「中堅・中小企業成長投資補助金」を実施しています。また、中小企業庁では、IoTやロボットなどを特定のカタログから選択・導入した場合、最大1500万円を補助する「中小企業省力化投資補助金」を実施しています。

■中堅・中小企業成長投資補助金■
https://seichotoushi-hojo.jp/
■中小企業省力化投資補助金■
https://shoryokuka.smrj.go.jp/

2)価格転嫁

生産性という言葉には様々な意味がありますが、1人当たりや1時間当たりで生み出す付加価値の額として捉えるのであれば、値上げの視点も重要です。

バブル期以降、日本企業は低コスト化・数量増加の取り組みを続けてきました。ですが、その結果、大企業の売上高や利益率は増加する一方、中小企業は発注側の売上原価低減の動きの中で低迷したままです。白書でも、「今後は低コスト化・数量増加以上に、単価の引き上げも重視されている」としています。

コスト増加分を十分に価格転嫁できていない企業は多いですが、その中でも取引先との価格協議を実施した企業は、自社の意向を価格に反映できている傾向があり、協議を実施できていない企業に比べて、価格転嫁に成功しやすいことが分かります。

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また、自社の商品やサービスについて、競合他社との差別化ができている企業ほど、価格転嫁も進んでいる傾向にあります。価格転嫁の協議を有利に運ぶために、いま一度、自社商品・サービスの強みを分析するのもよいでしょう。

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中小企業庁は、中小企業が取引先と適切に価格交渉・価格転嫁できる環境を整備するために、各都道府県のよろず支援拠点に「価格転嫁サポート窓口」を置いています。詳細については、こちらをご確認ください。

■中小企業庁「価格転嫁サポート窓口」■
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/tenka_support.html

4 その他の課題と解決のヒント

「人手不足」「生産性向上」以外にも、中小企業は以下のような課題を抱えています。それぞれの課題に対応する解決策の事例も簡潔に記載しますので、自社の問題を解決する際のヒントとしていただけましたら幸いです。

1)売上・受注の停滞、減少

コロナの5類移行の後も「宿泊」「交通」の消費が戻り切らないなど、コロナ禍の影響は続いており、現在も経営改善・再生支援のニーズは高いです。

各都道府県の「中小企業活性化協議会」では、企業の課題・問題点、ビジネスモデルに合わせ、収益力改善に向けた計画や、事業再生に必要な金融支援策の策定をサポートしています。2023年度には、中小企業の経営改善・再生支援を加速するための経済産業省「挑戦する中小企業応援パッケージ」の一環で、中小企業活性化協議会の専門家(弁護士)を倍増させるなどの体制強化も始まりました。詳細については、こちらをご確認ください。

■中小機構「中小企業活性化協議会」■
https://www.smrj.go.jp/sme/succession/revitalization/index.html
■経済産業省「挑戦する中小企業応援パッケージ」■
https://www.meti.go.jp/press/2023/08/20230830002/20230830002.html

2)事業承継・後継者不在への対応策

白書によると、2023年時点で54.5%の中小企業で後継者が不足しています。また、後継者が決まっている企業も、経営能力や相続税や贈与税などの問題を抱えていることがあります。

後継者不在の問題については第三者承継(M&A)を視野に入れることや、事業承継税制を利用するなどの取り組みが、解決策として挙げられます。また、各金融機関では、地域企業後継者の支援エコシステムの醸成・構築が進められていますので、問い合わせてみるのもよいでしょう。

なお、事業承継税制は、後継者が取得した一定の資産について、相続税や贈与税の納税を猶予する制度で、2025年度末まで、納税猶予の対象者などを大幅に拡充する特例措置が講じられています。詳細については、こちらをご確認ください。

■中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」■
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html

3)脱炭素化への対応

近年は、中小企業が自社の取引先から、省エネルギーやCO2排出量削減目標の策定など、脱炭素化への対応要請を受けることも多いです。ただ、75.0%の中小企業が脱炭素化に当たって、取引先からのサポートを受けられていないというデータもあり、公的機関の補助金などの支援を利用するなど、外部からの協力を仰ぐことも重要になってきます。

経済産業省では、脱炭素化に向けて、一定の取り組みをする中小企業に対する補助金の支給(例:IT導入補助金、省エネ補助金)などを行っています。また、中小機構は、脱炭素化の取り組みについて、専門家のアドバイスなどが受けられる「カーボンニュートラル相談窓口」を設置しています。詳細については、こちらをご確認ください。

■経済産業省「中小企業等のカーボンニュートラル支援策」(下記URL中段)■
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/SME/index.html
■中小機構「カーボンニュートラルに関する支援」■
https://www.smrj.go.jp/sme/sdgs/favgos000001to2v.html

4)BCPの見直し

2024年1月に「令和6年能登半島地震」が発生し、広い範囲にわたって建物や設備の損傷などの被害を受け、災害への備えとして、BCPの策定・見直しが更に重要視されています。

中小企業庁では、中小企業向けにBCP策定の手引きなどをまとめています。詳細については、こちらをご確認ください。

■事業継続力強化計画(中小企業庁)■
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.html

以上(2024年8月作成)

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画像:ChatGPT

モスクの経営戦略 寄付金や物販等の収入増加策や注意すべき税制を紹介

書いてあること

  • 主な読者:宗教法人、特にモスク(ムスリム向け)の経営者
  • 課題:動向をはじめ、寄付や物販などの収入確保策、注意すべき税制を知りたい
  • 解決策:イスラムに関する講座などを開催して参加費用を集めたり、ハラールショップを併設して物販で収入を確保したりする事例がある

1 日本国内のイスラム関係団体、モスクの動向

1)モスクの起源について

モスクとは、ムスリム(イスラム教徒)の礼拝施設を指します。日本国内では、礼拝施設としてだけでなく、在住ムスリムのコミュニティーの場所でもあり、冠婚葬祭や、ムスリム以外の人に対してイスラム文化を伝える役割も担っています。

日本で最初に建設されたモスクは,1935年に神戸在住のインド系ムスリムや在日タタール人によって建設された「神戸モスク」といわれます。1990年代後半から2000年代にかけて、モスクの建設ラッシュが進み、早稲田大学の店田廣文名誉教授が代表を務める研究調査「滞日ムスリム調査プロジェクト」によると、2022年2月時点で国内に113カ所のモスクがあるとされています。

モスクが増えた背景として、次のようなことが挙げられます。

  • 自営業者として成功を収めたムスリムや留学生が各地に増加したことで、居住地の近くにモスクを求める声が増えたこと
  • モスク建設資金を確保するための情報発信の方法が多様化したこと(例:既存モスクの訪問、口コミ、メール、ウェブサイトなど)

2)イスラム関係の法人化について

前述の「滞日ムスリム調査プロジェクト」によると、2022年5月の時点でイスラム関係団体の宗教法人は30社、2022年2月時点でイスラム関係団体の一般社団法人は28社となっています。

■滞日ムスリム調査プロジェクト■
https://www.imemgs.com/

2 寄付金や物販等の収入増加策

1)寄付金について

礼拝の参加者に振る舞われる食事や礼拝堂、施設の維持修繕などのモスクの運営に必要な費用は、寄付金によって賄われています。例えば、日本イスラーム文化センターでは14軒のモスクを管理しており、月間の管理費を50万円としています。

ウェブサイトを開設しているモスクでは、銀行口座への振り込みに限らず、オンライン上で寄附ができるシステムを用意して寄付を募っています。

また、モスクの建設の際には、国内の寄付だけでなく、SNSによって同胞のイスラム教徒や母国の著名人に協力を仰ぎ、資金を集めているケースもあります。

2)寄付以外の収入確保策について

寄付によって資金を募るだけでなく、イスラムに関する講座や書道教室を開催して参加費用を集めたり、モスクにハラールショップを併設したりしており、お土産やハラールフード、書籍などの物販によって資金を確保しているところもあります(詳細は事例で後述)。

3 運営に当たり注意するべき税制、法規制

1)宗教法人に関する税務について

宗教団体の中には、「宗教法人」として法人格を持つ(法人化)ところもあります。法人化することで財産の管理が容易になったり、宗教活動に係るものは法人税等が非課税になったりするといったメリットがあります。

なお、モスクの維持管理や運営費用が寄付のみで厳しい場合には、さまざまな活動を通して収入を得る必要がありますが、活動内容によっては収益事業として課税対象になるケースもあるので、注意が必要です。

宗教法人に関する税務の詳細については、下記をご参照ください。

■国税庁「令和6年版宗教法人の税務(源泉徴収全般の項目にリンクがあります)」■
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/01.htm

2)宗教法人法

宗教法人の設立、管理、規則、解散などについて定めた法律です。法律違反があった場合、内容によっては罰則や解散命令の対象になります。例えば、所轄庁への書類の提出義務(毎会計年度終了後4カ月以内に、役員名簿や財産目録などの書類の写しを、所轄庁に提出する)に違反した場合は「10万円の過料」が科せられます。また、法令や定款に著しく違反し、または公共の福祉を害する行為をした場合は解散命令が出されることがあります。

宗教法人法の詳細や、宗教法人法に基づく各手続きについては、下記をご参照ください。

■宗教法人法■
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=326AC0000000126
■文化庁「宗教法人と宗務行政」■
https://www.bunka.go.jp/seisaku/shukyohojin/index.html

3)法人等による寄付の不当な勧誘の防止等に関する法律

不当な宗教勧誘によって高額な寄付を迫られる問題を未然に防止するための法律です。宗教法人が寄付の勧誘を行う際に、寄付者の自由な意思を抑圧し、適切な判断が難しい状況に陥ることがないようにしたり、寄付者やその配偶者・親族の生活の維持を困難にしたりしないようにすることなどを求めています。

法人等による寄付の不当な勧誘の防止等に関する法律の詳細については、下記をご参照ください。

■消費者庁「法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/donation_solicitation/

4 日本国内の宗教法人、モスクの活動事例

1)東京ジャーミイ・ディヤーナト トルコ文化センター(東京都渋谷区)

日本国内では最大規模とされているモスクです。礼拝には多くの外国人が訪れますが、東南アジアのムスリムが増えていることから、礼拝の説教は信者のニーズに合わせて、トルコ語、日本語、英語などで執り行われています。

また、施設内には書店やハラールマーケットを併設しており、そこで物販を行っている他、イスラムに関する基礎講座やアラビア語書道教室などのイベントも開催されています。

■東京ジャーミイ・ディヤーナト トルコ文化センター■
https://tokyocamii.org/ja/

2)岐阜ファティフモスク(岐阜県各務原市)

カラオケ店を改装して設立されたモスクで、東海地域に在住のトルコ、パキスタン、インドネシア出身のイスラム教徒が礼拝に訪れているといいます。

施設の完成記念や、2024年で日本とトルコの外交樹立から100年が経過した節目のタイミングで、イスラム教やトルコの文化を知ってもらうためのイベントを開催しています。イベントでは、ケバブやトルコアイスなど

手作りの伝統料理や、雑貨の販売、モスク内の見学などを通して、イスラム教徒と地元住民との交流が実現できたとしています。

■岐阜ファティフモスク(Facebookページ)■
https://www.facebook.com/jpgufatih

3)マスジド大塚(東京都豊島区)

日本イスラーム文化センターが管理、運営する施設です。パキスタンやバングラデシュ、ウズベキスタンやインドネシアの学生など、さまざまな国籍のムスリムが訪れるといいます。

イスラムに関する勉強会などのイベントをはじめ、炊き出しホームレス支援や災害に見舞われた被災地の支援といった慈善活動に積極的に取り組んでいます。子どもがクルアーン(コーラン)を学べる「子供向けクルアーンクラス」も運営しています。

■日本イスラーム文化センター「マスジド大塚」■
https://www.islam.or.jp/

4)名古屋イスラミックセンター名古屋モスク(愛知県名古屋市)

名古屋モスクと岐阜モスクを運営する宗教法人です。モスクは礼拝の場だけではなく、アラビア語のレッスンなどの勉強会や、警察や税関の職員が犯罪予防について話をする講義場としても活用されています。

また、教育機関向けにイスラム文化などを解説する講演、出張講義を行っています。

■名古屋イスラミックセンター名古屋モスク■
https://nagoyamosque.com/

以上(2024年7月作成)

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画像:vladimirzhoga-Adobe Stock

【かんたん会社法(11)】 企業再編の1つである「事業譲渡」

書いてあること

  • 主な読者:企業再編の1つとして「事業譲渡」の基本を知りたい人
  • 課題:事業譲渡の手続きはとても複雑そうで、とっつき難い
  • 解決策:通常、事業譲渡では買い手が事業を選択し、対価は金銭となる

1 さまざまな企業再編

「M&A(Mergers and Acquisitions)」は、企業が成長や競争力を高めるための戦略であり、具体的には、新市場の開拓、競争相手の排除、コスト削減、経済規模の拡大などさまざまな目的で実施されます。M&Aには、合併と買収という2つの意味がありますが、両方の意味を含むものとして、「企業再編」という言葉が使われることがあります。主な企業再編には次の7つの手法があります。

  • 株式譲渡:会社の株式の全部または一部を他の会社に譲渡する
  • 事業譲渡:事業の全部または一部を他の会社に譲渡する
  • 合併:複数の会社を1つにする。吸収合併と新設合併とがある
  • 会社分割:事業の全部または一部を他の会社に分割して承継する。吸収分割と新設分割とがある
  • 株式交換:既にある会社を100%子会社にするために、子会社となる会社の株主の株式と親会社となる会社の株式を交換する
  • 株式移転:既にある複数の会社が新規に100%親会社を設立するために、それぞれが保有する株式を100%親会社に移転し、対価として100%親会社の株式の交付を受ける
  • 株式交付:既にある会社を子会社(100%子会社とは限らない)にするために当該子会社の株式を譲り受け、対価として自社株式を交付する

ここで紹介するのは上記のうち、事業譲渡であり、基本的に譲渡会社(売り手)の立場で紹介します。

2 事業譲渡とは

事業譲渡とは、自社の全部または一部の事業を別の企業に売り渡すことです。事業そのものは存続し、事業を運営する会社が変わるイメージです。大きな特徴は、

  • 譲渡する事業の内容、範囲を自由に選択できる
  • 通常、対価は株式などではなく金銭となる

ことです。

また、事業譲渡では当該事業に従事する従業員、取引関係なども対象にするのが通常なので、譲受側は新たに従業員教育や営業をせずに事業を開始できます。一方で、従業員との雇用関係や取引先との売買契約などをすべて巻き直す必要があるため、実務が煩雑になる点はデメリットです。

3 事業譲渡の手続き

1)株主総会の特別決議

事業譲渡において、「事業の全部を譲渡する場合」「事業の【重要】な一部を譲渡する場合」などは、譲渡会社において株主総会の特別決議を経ることが必要です。この株主総会の招集の際は、通常、「事業譲渡を行う理由」「契約の内容の概要」「対価の算定の相当性に関する事項の概要」を記載した参考書類を株主に交付します。

なお、ここでいう【重要】とは、例えば、その事業の帳簿価額が会社の総資産の20%(定款の定めで引き下げることが可能)を超える場合などですが、基本的には個別の解釈によって決まります。

2)反対株主の買取請求

さらに、譲渡会社は、事業譲渡に反対する株主のために、株式買取請求の機会を与えなければなりません。具体的には、原則として、効力発生日の20日前までに事業譲渡を行う旨を株主に通知します。これを受け、事業譲渡に反対する株主は、事業譲渡の効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日までの間に、自己の有する株式を公正な価格で買い取るよう譲渡会社に請求できます。

譲渡会社は、反対株主との間で買取価格の協議が調った場合は、効力発生日から60日以内にその金額を支払います。一方、効力発生日から30日以内に協議が調わなかった場合、譲渡会社または株主はその期間の満了の日後30日以内であれば、裁判所に対して価格の決定の申し立てをすることができます。

3)上記以外の場合の手続き

事業譲渡に関して、上記と異なる場合として、

  • 簡易事業譲渡:「事業の重要な一部」の譲渡をしない事業譲渡
  • 略式事業譲渡:譲渡会社が譲受会社の特別支配会社である事業譲渡

があります。

簡易事業譲渡は、具体的には、譲渡資産について、その帳簿価額が、当該会社の総資産額の5分の1を超えないような事業譲渡を指します。このような場合は、「事業の重要な一部」の譲渡には該当しないため、株主総会決議は不要になります。

また、譲渡会社が譲受会社の特別支配会社である場合、略式事業譲渡に該当するため、株主総会決議は不要になります。なお、特別支配会社とは、単独である会社の議決権の90%以上を有する会社、または完全子会社などの保有分と合わせてある会社の議決権の90%以上を有する会社を指します。

4 事業譲渡における注意事項

1)競業禁止義務

事業譲渡の効力が生じたときは、譲渡契約の内容に従って財産の引き渡しなどを行います。合併などと違い、債権・債務や契約上の地位の移転については個別に相手方の同意を得なければなりません。

また、事業譲渡には会社法上、競業禁止義務が定められています。すなわち、譲渡会社は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一および隣接する市区町村の区域内で、事業譲渡を行った日から20年間、同一の事業を行うことはできません。もっとも、特約によってかかる義務を排除することができるため、実務上、事業譲渡契約においてこれよりも短い期間の競業避止義務の定めを置くことが多いでしょう。

なお、この競業禁止規定に関係なく、そもそも譲渡会社は不正競争の目的をもって同一の事業を行うことはできません。

2)商号の利用

譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負います。この弁済責任を負わないようにするためには、事業譲渡の後、遅滞なく、

譲受会社は、本店の所在地で譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨を登記するか、譲受会社および譲渡会社から第三者に対してその旨を通知する

必要があります。

また、譲受会社が商号を使用しない場合でも、譲受会社が譲渡会社の債務を引き受ける旨の広告(債務を引き受ける旨の明確な記載がなくても、社会通念上、債権者において、譲受人が譲渡人の事業によって生じた債務を引き受けたものと信じるものと認められる広告であればこれに該当します)を行ったときは、譲渡会社の債権者は、譲受会社に対して弁済の請求をすることができます。

以上(2024年8月更新)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】モノレールには200年の歴史がある

おはようございます。今日は乗り物の「モノレール」について話をします。皆さんは、モノレールというと、その空中を走る姿から、2本のレールを走る普通の電車に比べ「新しい」「未来的」といったイメージを抱くかもしれません。ですが、その歴史は意外と古いのです。

辞書でモノレールの定義を調べると、「1本のレールで列車を走らせる鉄道」とあります。そんなモノレールが世界で最初に作られたのは、今から200年前、1824年の英国。ヘンリー・パルマという人物がロンドン埠頭(ふとう)内に敷設したのが最初です。ちなみに世界で初めて蒸気機関車が製作されたのが1825年、実はモノレールは汽車よりも歴史が古いのです。といっても、当時のモノレールは、今のような形ではなく、貨物を運搬するために、木材のレールに車両をまたがらせ、馬で牽引するというものでした。

次にモノレールが歴史の表舞台に出てくるのは、そこから60年以上後、1888年のアイルランド。蒸気機関車で貨物を牽引輸送するモノレールが整備され、約40年運送されたそうです。

モノレールが都市交通機関として使われるようになったのは、1901年のドイツ。ここに来てようやく、人を乗せるモノレールが登場します。

ちなみに、日本でモノレールが本格始動するのは1964年。東京五輪が開催された年で、主に選手の輸送を目的として作られたそうです。その後、自動車の普及によって道路の渋滞問題が発生し、その問題解決の手段としてモノレールの需要が高まり、今の形へとつながっていくわけです。

以上、モノレールの歴史をざっくりお伝えしましたが、私が注目してほしいのは、1824年に初めてモノレールを作ったヘンリー・パルマです。皆さん、彼の気持ちになってみてください。当時のモノレールは、あくまで貨物運搬が目的。それも、建築現場という限られた場所で使われ、人が乗るような代物ではありませんでした。パルマ自身、まさか自分の考案したモノレールが、200年後に今のような形で使われるなんて、想像もしなかったでしょう。

モノレールが次に姿を現すのが、60年以上後というのも面白いです。水面下で実用化のための研究が進められていたのか、何十年もたってからパルマのモノレールに着目する人がいたのかは分かりませんが、いずれにせよ、昔のテクノロジーが時代を経て呼び起こされるのはロマンがありますよね。

私たちは、今自分たちの周りにあるものから、ビジネスの可能性を模索しようとしがちですが、新しいビジネスのアイデアは、意外と昔のテクノロジーの中に眠っているのかもしれません。たまには歴史をひもといて、昔に目を向けてみてはどうでしょうか。私たちが今当たり前に使っているテクノロジーも、何百年か後には全く違う形で使われているかもしれない、そんなことを想像するのも面白いですね。

以上(2024年8月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

【高齢者雇用】定年退職した社員にフリーランスで手伝ってもらう場合の注意点

書いてあること

  • 主な読者:定年退職した社員と業務委託契約を交わしたい経営者、人事労務担当者
  • 課題:業務委託契約に不慣れで、実務のポイントが分からない
  • 解決策:フリーランスは社員ではなく外部の人間であることを前提に検討する

1 継続雇用と業務委託のハイブリッド

2021年4月1日以降、いわゆる「70歳までの就業機会確保」により、会社は社員が70歳まで働ける機会を確保する「努力義務」を負っています(改正高年齢者雇用安定法)。

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具体的な方法は、

  • 継続雇用制度などによる「雇用確保措置」
  • 業務委託契約などによる「創業支援等措置」

となりますが、現在、多くの会社は65歳までの継続雇用制度を導入しているので、これを70歳まで延長するのが最も簡単です。ただし、高年齢者の中には、セカンドライフの充実などのために、自由度が高い業務委託契約を希望する人もいるかもしれません。

人材を確保しつつ、こうした高年齢者の希望に沿うためには、

継続雇用制度をベースに、希望者は業務委託契約に切り替える

という設計も検討できます。そこで、この記事では、新たに創設された創業支援等措置の導入のステップや業務委託契約の注意点などを紹介していきます。

2 「創業支援等措置の計画」がカギ

高年齢者と業務委託契約を締結する流れは次の通りです。

  1. 創業支援等措置の計画を策定する
  2. 過半数労働組合等の同意を得る
  3. 創業支援等措置の計画を社内に周知する
  4. 個々の高年齢者と業務委託契約を締結する

「創業支援等措置の計画」(以下「計画」)では、次の12の事項を定めます。

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この計画を過半数労働組合等の同意を得て社内に周知すれば、業務委託契約を締結できるようになります(労働基準監督署などに届け出は不要)。計画を作るのは面倒ですが、高年齢者との業務委託契約の内容は計画をベースに決定されるので、

契約内容への誤解などから、会社と高年齢者がトラブルになるリスクを低減

することができます。

3 創業支援等措置の計画を作成・運用する際のポイント

業務委託契約を交わす高年齢者は社員ではなく外部の人間なので、

  1. 独占禁止法、下請法、フリーランス保護新法(2024年11月1日施行)に違反しないこと
  2. 実質的に「労働者」となるような指示等を行わないこと

に注意しましょう。なお、1.のフリーランス保護新法については、まだなじみが薄いという人もいるでしょうが、簡単に言うと

「下請法に関係なく、会社はフリーランスを保護しなさい」という趣旨の法律

です。フリーランスは、契約する会社が一定の資本金要件を満たす場合、下請法による保護を受けられますが、中小企業はその資本金要件を満たさないケースが多く、フリーランスが保護されにくいという問題があり、これを解決するためにフリーランス保護新法がされました。

厚生労働省によると、

創業支援等措置を新たに設ける場合も、労働基準法の「退職に関する事項」として、業務委託契約を締結する旨や対象者の範囲等を、就業規則等に記載する必要がある

とされていますので、1.と2.を踏まえつつ、計画に記載する12項目の中から厚生労働省のパンフレットで、特に注意が必要とされる6項目のポイントを紹介します。

1)高年齢者が従事する業務の内容

フリーランス(高年齢者)が従事する業務の内容は、本人の知識・経験・能力等を考慮した上で定めます。「元社員だから」ということで会社が一方的に業務を決めてしまいがちですが、契約内容の一方的な決定や不当な契約条件の押し付けは独占禁止法、下請法違反になります。

フリーランス(高年齢者)と社員の業務内容が同じでもよいのですが、労働時間、休日、責任の重さなどまで同じになると、「労働者」として労働基準法などの適用を受けます。この場合、稼働時間に応じた割増賃金の支払いなどが必要になることがあります。

なお、2024年11月1日からはフリーランス保護新法により、

社員と同じように、業務内容を書面やメールで明示すること

が義務付けられます。また、

フリーランス(高年齢者)に落ち度がないのに「納品物などの受領を拒絶する、返品する」「業務内容を変更させる、やり直させる」といった行為も同法違反

となります。

2)高年齢者に支払う金銭

フリーランス(高年齢者)に支払う金銭は、「1回の契約(または1活動など)当たり△△円以上」といった具合に定めます。高年齢者が社員だった頃の基準とは切り離し、業務の内容や当該業務の遂行に必要な知識・経験・能力、業務量などを考慮して金額を設定しましょう。

フリーランス(高年齢者)に支払う金銭を理由なく減額したり、支払いを遅らせたりすることは、独占禁止法、下請法違反になります。

なお、2024年11月1日からはフリーランス保護新法により、

  • 報酬の額、支払い期日等を書面やメールで明示すること
  • 報酬の支払い期日について、原則として納品などの日から起算して60日以内で、かつできる限り短い期間内に設定すること

が義務付けられます。また、

フリーランス(高年齢者)に落ち度がないのに「報酬を減額する」行為なども同法違反

となります。

3)契約を締結する頻度

契約を締結する頻度は、「○○に関する業務を1年当たり○回から△回まで」といった具合に定めます。適切な頻度は個々のフリーランス(高年齢者)のスキルや健康状態などによっても変わるので、65歳時点での業務量なども考慮して決めましょう。

4)契約に係る納品の方法

契約に係る納品は、「履行期限は発注後○日から△日とし、個別契約で定める期限までに○○により納品する」といった具合に定めます。成果物が契約で定められた目的を達成していないときは、やり直しを求めることができますが、フリーランス(高年齢者)は自己の責任と判断で委託業務を行うことになり、業務上の指揮命令関係があるわけではないため、社員と同じように指示できるわけではないことに注意が必要です。

また、納品された成果物の「検収(発注内容に沿っているかを検査すること)」も重要な問題です。会社側はちゃんと成果物をチェックしたつもりでも、受託者にそれが伝わらないとトラブルになるので、検収のルールは明確に決めておきましょう。

5)契約の変更

契約の変更は、「委託業務の内容、実施方法など契約条件の変更を行う必要があると判断した場合は、甲乙協議の上、変更することができる」といった具合に定めます。例えば、業務の内容の場合、外部に発注する業務がなくなったときや、フリーランス(高年齢者)の健康状態が悪化したときなどに変更が必要になります。ただし、一方的に契約内容を変更することはできませんので、フリーランス(高年齢者)と合意した上で変更しましょう。

6)安全・衛生

安全・衛生は、「機械器具・原材料による危害を防止するために必要な措置を講じる」など、会社が行う取り組みの内容を定めます。

フリーランス(高年齢者)には労働安全衛生法や労働契約法が適用されないので、会社は安全衛生管理をしなくてもよいと思うかもしれませんが、例えば、納期が極めて短期であり過重労働とならないように、適切な納期を設定することなどが必要になります。

なお、2024年11月1日からはフリーランス保護新法により、

社員と同じように、ハラスメントの防止や出産・育児・介護への配慮といった「就業環境の整備」を行うこと

が義務付けられます。

7)その他(成果物の権利)

1)から6)までの内容の他、「納品された成果物の権利」も重要です。例えば、フリーランス(高年齢者)の成果物が、本人の思想や感情を創作的に表現する「著作物」に該当する場合、

  • 著作権(著作財産権):著作物を勝手に複製されたり、配信されたりしない権利
  • 著作者人格権:著作物を勝手に公表されたり、内容を変更されたりしない権利

が認められます。著作権(著作財産権)については著作者以外への譲渡もできますが、著作者人格権については譲渡不可なので、納品後にその内容を公表したり、変更したりするにはフリーランス(高年齢者)の同意が必要になります。

フリーランス(高年齢者)による制作物を、編集したり修正したりすることが想定される場合には、フリーランス(高年齢者)から、制作物に関する「著作権(著作権を含む知的財産権)を譲渡する」ことに加え、「著作者人格権を行使しない」ことについても同意を得た上で、契約書に記載することなどを検討するとよいかもしれません。

以上(2024年8月更新)
(監修 みらい総合法律事務所 弁護士 田畠宏一)

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画像:Jacob Lund-Adobe Stock

【かんたん会社法(10)】株式会社の計算(決算)

書いてあること

  • 主な読者:会社法で作成が義務付けられている計算書類について知りたい人
  • 課題:計算書類などを作成した後、どう扱えば良いのか分からない
  • 解決策:決算の結果は公告などをする必要がある。また、計算書類などは株主総会での説明資料になる

1 決算は株主への説明、計算書類はその資料

1)定量的に示す資料:4種類(計算書類と個別注記表)+1種類(附属明細書)

株式会社(以下「会社」)は、株主などから資金を集めて設立、運営されます。そのため、会社の活動について定期的に株主などに説明しなければなりません。この説明が「決算」であり、その際に示されるものの1つが、いわゆる「計算書類」です。計算書類という言葉は聞き慣れないかもしれませんが、要は決算書のことであり、会社法ではこれを計算書類と呼びます。会社に作成が義務付けられている計算書類は4種類です。

  1. 貸借対照表:どのように資金を調達し、何に使っているかを示す
  2. 損益計算書:どれだけ売って、どれだけ利益をだしたかを示す
  3. 株主資本等変動計算書:株主の出資の増減を示す
  4. 個別注記表:上記について必要な説明を加える

また、上記4つに説明を加えるものとして計算書類の「附属明細書」の作成も義務付けられています。具体的には、固定資産・引当金・販管費(販売費および一般管理費)の明細などです。

以上の書類は、作成時から10年間保存しなければなりません。なお、書面である必要はなく、電磁的記録であっても大丈夫です。

2)定性的に示す資料:1種類(事業報告)+1種類(附属明細書)

先ほど紹介した資料は定量的な会社の状態を示すものですが、定性的に会社の情報を示す資料として、「事業報告」と事業報告の「附属明細書」の作成も義務付けられています。詳細は割愛しますが、事業の内容やその状況などについて記載します。

以上の書類は、5年間保存しなければなりません(起算は株主総会の1週間前。取締役会設置会社は2週間前)。なお、書面である必要はなく、電磁的記録であっても大丈夫です。

2 計算書類が作成された後の流れ

1)計算書類の監査と承認

作成された計算書類は、監査を受けなければなりません。機関設計によってルールが変わるところがあるので、ここではポイントを紹介します。なお、監査を受けた計算書類は取締役会の承認を受けます(取締役会が設置されていない場合は、取締役の承認)。

1.監査役設置会社

計算書類と事業報告、その附属明細書について監査役の監査を受けなければなりません。

2.会計監査人設置会社

計算書類および附属明細書について、監査役および会計監査人の監査を受けます。また、事業報告および附属明細書について監査役の監査を受けなければなりません。

2)定時株主総会における手続き

取締役会設置会社の取締役は、定時株主総会の招集通知の際、株主に取締役会の承認を受けた計算書類および事業報告、さらに監査報告または会計監査報告(監査を受けた場合)を提供します。そして、定時株主総会において計算書類等について報告し、原則として株主の承認を得ます。

3)公告と備え置き

株主総会の後、遅滞なく株主総会で承認を受けた計算書類を公告しなければなりません。非大会社の場合、貸借対照表を計算書類として公告します(損益計算書は不要です)。大会社とは「資本金が5億円以上または負債総額が200億円以上の会社」のことなので、これ以外が非大会社となります。

公告の方法は、「官報」「日刊新聞紙」「電子公告」の中から選んで定款に定めることができます。定款に定めがない場合は官報で公告します。公告方法が官報または日刊新聞紙の場合、貸借対照表の要旨を公告すれば大丈夫です。

なお、公告方法を官報または日刊新聞紙としている場合でも、決算公告のみをインターネットのホームページに掲載して対応することができます。この場合、貸借対照表などが掲載されるウェブページのURLを登記する必要があります。

他方、電子公告による場合は、要旨による公告は認められません。また、公告方法を官報または日刊新聞紙と定めている会社であっても、これらの方法での公告に代えて、インターネット上のサイトに貸借対照表等の内容を5年間掲載する措置を取ることもできます。この場合は要旨による公告は認められません。

3 資本金・準備金の概要

1)資本金

資本金とは、設立または株式の発行に際して株主となる者が、当該会社に払い込んだ金銭または給付した現物の額です。ただし、会社法ではこれらの金額の2分の1を超えない額については資本金に計上しないことを認めており、それは資本準備金として計上されます。

2)準備金

準備金とは、何かの事態に備えて会社が準備しておくもので、資本準備金および利益準備金の総称です。前述した通り、資本準備金とは設立または発行の際に払い込んだ金銭または給付した現物のうち、資本金としなかったものです。

利益準備金とは、剰余金(利益)の中から配当時に積立てられる金額です。会社は剰余金の中から配当します。この際、剰余金を原資とする配当額の10%を利益準備金として計上すべきとされています。

3)資本金の減少・増加

1.資本金の減少

資本金の減少については、原則として、株主総会の特別決議が必要です。「減少する資本金の額」「減少する資本金の額の全部または一部を資本準備金とするときはその旨と準備金とする額」「資本金の額の減少がその効力を生じる日」を定めます。

資本金の減少は債権者の利害に影響を及ぼすため、債権者保護手続きが設けられています。具体的には、会社は資本金の減少の内容などを官報に公告し、かつ、把握している債権者には個別に催告しなければなりません。これに対して債権者が異議を述べた場合、会社は、原則として、当該債権者に弁済または相当の担保の提供などをします。

2.資本金の増加

資本金の増加については、株式発行の他、剰余金の額を資本金の額に組み込むことにより行われます。この場合、株主総会の普通決議によって、減少する剰余金の額と資本金の額の増加が効力を生じる日を決定します。この場合、債権者保護手続きは必要ありません。

4)準備金の減少・増加

1.準備金の減少

準備金の減少については、原則として、株主総会の普通決議が必要です。「減少する準備金の額」「準備金の全部または一部を資本金に組み入れるときはその旨と資本金とする額」「準備金の額の減少が効力を生じる日」を定めます。また、資本金額の減少の場合と同様、債権者保護手続きが必要となります。ただし、減少する準備金の全部を資本金に組み入れる場合、債権者の利益を害すことはないので、債権者保護手続きは必要ありません。

2.準備金の増加

準備金の増加については、剰余金を減少させて準備金に組み込むことにより行われます。この場合、株主総会の普通決議によって、減少する剰余金の額と準備金の額の増加が効力を生じる日を決定します。この場合は、債権者保護手続きは必要ありません。

4 剰余金の配当

1)剰余金配当の手続き

剰余金がある場合、つまり利益が上がっている場合、会社は株主に配当することができます。剰余金を配当する際は、原則として、株主総会の普通決議が必要です。株主総会では、「配当財産の種類および帳簿価額の総額」、「株主に対する配当財産の割当に関する事項」「当該剰余金配当がその効力を生じる日」を定めます。なお、配当は金銭に限らず現物配当もできます。

株主総会の決議が必要ない場合もあります。会計監査人設置会社であることなど一定の要件を満たせば、定款の定めにより剰余金の配当を取締役会の決議事項とすることができます。また、取締役会設置会社の場合、定款の定めにより、事業年度で1回だけ取締役会の決議で剰余金配当を行うことができます。

2)分配可能額の制限

配当するといっても、会社法で定められている分配可能額を超える配当はできません。分配可能額は、剰余金の額を基礎に、自己株式の帳簿価額、のれん等調整額など複雑な加減計算をして求めます。違法配当(分配可能額の制限に違反して配当)をした場合、

  • 配当を受けた株主は、配当を会社に返還する責任を負う
  • 配当について、株主総会に提案した取締役、取締役会で決議した取締役等は、注意を怠らなかったことを証明できなければ、株主と連帯して責任を負う

ことになります。

また、法令または定款の規定に違反する違法配当をした取締役らは、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金に処し、またはこれを併科するものと定められています。

以上(2024年7月更新)
(監修 弁護士 八幡優里)

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画像:Mariko Mitsuda

【高齢者雇用】定年後の社員を70歳まで継続雇用するときに注意すべきこと

書いてあること

  • 主な読者:「70歳までの就業機会確保」について知りたい経営者、人事労務担当者
  • 課題:雇用負担が増えるのが不安、社員が70歳まで業務に耐えられるか分からない
  • 解決策:会社と社員の負担が少ない継続雇用制度が人気。自社での雇用が難しい場合は、他社での再就職、業務委託契約の締結などを検討。就業規則の変更を忘れずに

1 努力義務の70歳雇用……自社でもできる?

生涯現役社会。高齢社員の活用はどの会社にとっても重要なテーマです。定年や定年後の働き方に関するルールは高年齢者雇用安定法に定められていて、会社は、

  • 定年を設定する場合は60歳以上とする義務
  • 65歳まで雇用するための措置を講じる義務(65歳までの雇用確保)
  • 70歳まで働ける機会を確保する努力義務(70歳までの就業機会確保)

を負っています。

3.の「70歳までの就業機会確保」は、2021年4月1日から始まったルールで、2.の「65歳までの雇用確保」を拡充したものです。実施は努力義務ですが、中小企業の30.3%はすでに措置を講じています(厚生労働省「令和5年高年齢者雇用状況等報告」)。

「会社の雇用負担が増えるのでは?」「70歳まで業務に耐えられない社員もいるのでは?」と不安かもしれませんが、ご安心ください。

会社と社員の負担が少ない継続雇用制度(定年後も社員を引き続き雇用しつつ、1年ごとなどに雇用継続が可能かを判断した上で、契約を更新する)を導入

することなどによって、そのリスクを減らせる可能性があります。では、70歳までの就業機会確保の全体像、継続雇用制度のポイントなどを紹介するので確認していきましょう。

2 70歳までの就業機会確保の全体像

70歳までの就業機会確保には、「3つの雇用確保措置」「2つの創業支援等措置」があります。

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1)「65歳まで」と「70歳まで」とで何が変わる?

「雇用確保措置」は、定年延長など、従来からの65歳までの雇用確保を踏襲したものです。70歳までの就業機会確保では、ここに「創業支援等措置」が新たに追加され、社員がフリーランスとして働くことを支援するなど、自社で雇用しない選択肢が増えます。いずれも努力義務です。

2)措置の内容はどうやって決めればいい?

70歳までの就業機会確保の5つの措置のうち、どれを選択するかは、会社と社員が十分に協議し、社員のニーズに応じて決定するのが望ましいとされています。ちなみに、

複数の措置を導入し、どの措置を適用するかは社員ごとに決定する

こともできます。例えば、原則として雇用確保措置で対応するけど、健康状態などの関係で自社での雇用が難しい社員については創業支援等措置を検討するといった具合です。

3)対象者を限定することはできる?

65歳までの雇用確保については、原則として対象者を限定することができません。唯一、継続雇用制度(65歳まで)については、

労使協定(2012年度以前に締結されたものに限る)により、一部の社員を対象から除外すること(雇用確保義務に対する経過措置)が認められていますが、その経過措置が2025年3月31日をもって終了となる為、2025年4月1日以降は不可(=定年に達した全社員が対象)

となります。

一方、70歳までの就業機会確保については、

定年廃止と定年延長を除き、対象者を限定する基準を設けることが可能

です。ただし、基準を設ける場合、過半数労働組合等の同意を得るのが望ましいとされています。また、過半数労働組合等との協議の上で設けた基準であっても「上司の推薦がある者に限る」「男性に限る」など、法の趣旨や労働関係法令・公序良俗に反するものは認められません。

4)他に注意点は?

ここまで紹介した内容は、就業規則に定めなければ実施できないので、

就業規則の変更手続き(過半数労働組合等への意見聴取、所轄労働基準監督署への届け出、変更後の就業規則の周知)

を忘れないようにしてください。

ちなみに、すでに70歳までの就業機会確保に取り組んでいる中小企業のうち78.2%は、「70歳までの継続雇用制度の導入」で対応しています(厚生労働省「令和5年高年齢者雇用状況等報告」)。そこで、次章では雇用確保措置のうち、継続雇用制度に焦点を当てて、制度の概要や実務の留意点を紹介していきます。

3 継続雇用制度の概要と実務上の留意点

1)継続雇用制度の概要は?

70歳までの継続雇用制度を導入する場合、

定年を60歳などに据え置きつつ、引き続き70歳まで雇用する

ことになります。継続雇用制度は、

  • 勤務延長制度(定年後も雇用契約関係を終了させず、引き続き雇用する)
  • 再雇用制度(定年時に一度雇用契約関係を終了させ、再び雇用する)

の2種類に大別されますが、一般的に浸透しているのは再雇用制度です。

制度のイメージをつかむため、定年延長(定年を70歳まで引き上げる)と再雇用制度の違いを比較してみましょう。

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大きな違いは契約期間です。定年延長では70歳まで契約期間の定めがありません。一方、

再雇用制度では、1年ごとなどに再雇用するか否かを決められるので、会社と社員の状況に応じて更新の可否やさまざまな条件を話し合うことが可能

となります。

また、60歳到達時の賃金額と比べ、一定の割合に賃金が引き下げられた場合など所定の要件に該当した場合、公的給付(雇用保険からの継続雇用給付金)を最長5年間に渡り受給することができるため、人件費の引き下げを目的として、再雇用制度を導入する会社も多いです。

ただ、この雇用保険からの継続雇用給付金(高年齢者雇用継続給付金)については、高年齢者雇用確保措置の進展などを踏まえ、2025年4月に制度の一部改正が予定されています。

2)再雇用制度の場合、契約更新の有無を会社が自由に決められるか?

社員が契約更新を期待する合理的な理由があり、会社が更新の申込みを拒絶する合理的な理由がない場合、会社は原則として契約更新をする必要があるとされています。

再雇用制度では、社員が定年に達した後に嘱託社員(呼び方はさまざま)として有期労働契約を締結し直します。この時点で、会社は社員に対して、契約更新の有無と契約更新の可能性がある場合はその基準を明示します。

なお、2024年4月の労働条件明示のルール改正により、契約更新に上限(通算契約期間や更新回数の上限)がある場合は、その内容の明示が義務

となりました。

契約を更新しない場合、その社員が、

  • 契約が3回以上更新されている
  • 1年以下の契約の更新によって、通算契約期間が1年を超える
  • 1年を超える契約期間の労働契約を締結している

のいずれかに該当するときは、契約期間満了の30日前までにその旨を予告しなければなりません。また、社員が請求したときは契約を更新しない理由を明示する必要があります。

なお、労働契約法には、通算契約期間が5年を超える社員が申し出た場合、無期契約に転換する「無期転換ルール」があります。ただし、定年後に会社に継続雇用される社員については、

会社が適切な雇用管理に関する計画を作成し、所轄都道府県労働局長の認定を受けている場合、定年後に引き続き雇用されている期間については、無期転換申込権が発生しない

という制度(継続雇用の高齢者の特例)があります。

3)継続雇用時に賃金の支給額を下げるのは同一労働同一賃金違反?

パートタイム・有期雇用労働法により、会社は基本給や賞与などについて、非正規社員(嘱託社員など)と正社員との間に不合理な待遇格差をつけることができません(同一労働同一賃金)。継続雇用している嘱託社員と、正社員との待遇差を設ける場合は次の3つに注意してください。

  • 職務内容(業務内容、責任の程度)
  • 職務内容・配置の変更範囲(人材活用の仕組み・活用等)
  • その他の事情(成果、能力、経験等が該当)

直近では2023年7月に、定年再雇用で嘱託になった職員の基本給を、正職員の頃の60%未満まで引き下げたことでトラブルが起き、最高裁判決までもつれ込んだ事案がありました。その際、

高裁が「60%を下回るのは違法」と判断したのに対し、最高裁が「単純な額の問題ではなく、基本給の性質や支給目的を精査すべき」として、高裁に判決を差し戻した

ことが話題になりました(最高裁第一小法廷令和5年7月20日判決)。

継続雇用の際は、社員の賃金が正社員時より下がるイメージが強いですが、実際は、

  • 仕事内容や役職は定年前から変わるか
  • 労働時間や、社会保険・雇用保険の適用(労働時間に応じる)は変わるか
  • 責任はどうなるか(仕事のノルマはあるか)

などを総合的に判断して金額を決める必要があります。

また、専門性の高い業務に従事するなど優秀な社員の場合、高い賃金を支払ってでも会社にとどまってほしいケースもあるでしょう。こうした場合、基本給などを下げる代わりに、職務内容や技能に応じた手当などを特別に支給したり、賞与などで功績を都度評価したりするというのも1つの方法です。

4)継続雇用した社員にも定期健康診断は実施すべき?

定期健康診断の実施義務があるのは、

無期契約または1年以上雇用される見込みがあり、週の所定労働時間が正社員の4分の3以上の社員

です。継続雇用によって嘱託社員などに雇用形態が変わっても、この条件に該当する場合は定期健康診断を実施しなければなりません。

ただし、一般的に加齢によって健康状態に不安を感じる社員は増えるので、長期雇用を検討するのであれば、上の条件に該当しない社員も定期健康診断の対象にするとよいでしょう。がんなどのリスクを考慮し、法定外の人間ドックなどを受けさせるのも1つの方法です。

一方、「自分はまだ若い」と考えて、無理な働き方をして体調を崩したり、労働災害に遭ってしまったりする社員もいます。そのため、高齢社員に今の健康状態を正しく把握してもらうために、体力チェックテストなどを実施している会社もあります。

社員の体調面などを考慮してこれらの制度を積極的に取り入れることで、会社の福利厚生の拡充を図り、企業価値の向上に繋げられる可能性があります。

以上(2024年8月)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:unsplash

【規程・文例集】70歳までの就業機会確保に対応した「定年後の再雇用規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:「70歳までの就業機会確保」に対応した会社規程のひな型が欲しい経営者
  • 課題:どうやって70歳まで働ける機会を与えるか迷っていて、規程の方向性が定まらない
  • 解決策:自社の「65歳までの雇用確保」の措置をベースに考える。例えば、65歳まで継続雇用する制度があるなら、その対象年齢を70歳に引き上げるだけでもよい

1 70歳までの就業機会確保(努力義務)とは?

70歳までの就業機会確保とは、

70歳まで働くことを希望する社員に、会社がそうした機会を与える努力義務を負う

というもので、具体的には次の5つの措置のいずれかを実施することとされています(複数の措置を導入し、どの措置を適用するかは社員ごとに決定するといった対応も可能)。

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もともと会社は「65歳までの雇用確保」の措置として、「定年廃止」「定年延長(65歳まで)」「継続雇用制度(65歳まで)の導入」のいずれかを実施する義務を負っています。なお、継続雇用制度(65歳まで)については現状、

労使協定(2012年度以前に締結されたものに限る)により、一部の社員を対象から除外することが認められていますが、2025年4月1日以降は不可(=定年に達した全社員が対象)

となるので注意が必要です。

70歳までの就業機会確保の措置の内容を考える場合、まずは自社が実施している65歳までの雇用確保の措置をベースにするのがよいでしょう。世間一般に浸透しているのは、継続雇用制度の「再雇用制度(定年時に一度雇用契約関係を終了させ、再び雇用する)」です。

そこで、この記事では、

定年後、社員を70歳まで再雇用することを想定した、定年後の再雇用規程のひな型

を紹介します。なお、加齢により社内での就業継続が難しくなる社員などが出てくることが予想されるため、ひな型では定年後の再雇用を原則としつつ、

社員が希望する場合、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する

という選択肢も用意しています(実施に当たっては、創業支援等措置の計画の作成等が必要)。

2 定年後の再雇用規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【定年後の再雇用規程のひな型】

第1条(目的)

本規程は、定年後の再雇用について、対象となる従業員などについて定めるものである。労働条件については労働条件通知書によって個別に定めるものとする。

第2条(定義)

定年後の再雇用とは、就業規則および契約従業員就業規則に定める定年に達した従業員を、最長で満70歳に達するまで継続雇用する制度である。

第3条(対象となる従業員)

1)定年に達した従業員のうち、再雇用を希望し、かつ各規則に定める退職事由および解雇事由に該当しない者は、満65歳に達するまで再雇用の対象とする。

2)前項にかかわらず、65歳に達した後も再雇用されることを希望し、各規則に定める退職事由および解雇事由に該当しない者のうち、会社の定める基準に該当する者については、満70歳まで再度の継続雇用の対象とすることがある。

第4条(再雇用の希望の聴取)

会社は、定年退職日の6カ月前までに、再雇用の希望の有無を聴取する。

第5条(再雇用期間および更新)

1)1回の再雇用期間は原則として1年間とする。ただし、契約の上限は従業員が満70歳に達するまでとし、それ以降の再雇用は行わない。

2)再雇用契約の更新を希望する従業員は、各契約期間満了の1カ月前までに会社に申し出るものとする。

3)会社は、第2項の申し出をした従業員について勤労意欲、就業態度、健康状態、会社の経営状況などを総合的に判断した上で労働条件を通知し、当該従業員がそれに合意した場合に再雇用契約を更新する。なお、更新に際し、労働条件は変更することがある。

4)65歳に達した者で、第2項の申し出をした従業員について、会社は、従業員の勤労意欲、就業態度、健康状態、会社の経営状況などを総合的に考慮し、就業の継続が難しいと判断した場合、再雇用契約の更新をしないことがある。その場合、会社は各契約期間満了の30日前までに、従業員に再雇用契約の更新をしない旨の予告をするものとする。

5)会社は、65歳に達した者で再雇用契約の更新をしない従業員が希望する場合、特定の業務について業務委託契約を締結することがある。

6)第5項の業務委託契約の上限は従業員が満70歳に達するまでとする。また、従業員が従事する業務、金銭の支払い、契約の締結頻度等の内容は、別途定める「創業支援等措置の計画」(省略)を基に決定するものとする。

第6条(賃金、昇給、賞与)

1)賃金は、業務内容および勤務時間数などを総合的に勘案し、個別に設定する。

2)昇給は原則として行わない。

3)賞与は個別に決定する。

第7条(退職金)

定年後の再雇用の従業員が退職した場合、退職金は支給しない。

第8条(年次有給休暇)

定年退職時に保有する年次有給休暇は引き継ぐものとする。また、年次有給休暇の勤続年数は定年退職前の勤続年数と通算する。

第9条(福利厚生)

再雇用者の福利厚生については、原則として、正社員と同一の扱いとする。

第10条(準用)

本規程に定めのない事項については、個別に労働条件通知書で定めたものを除き、「契約従業員用就業規則」(省略)を準用する。

第11条(改廃)

本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則

本規程は、○年○月○日より実施する。

以上(2024年8月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:ESB Professional-shutterstock

採用における「人材要件」~戦わない人材採用のススメ~

1 人材採用手法の見直しの必要性

人手不足、採用難が叫ばれて久しい今日では、人材採用は企業経営における最重要課題となっています。これまでは従来通りのやり方で何とかなってきた企業においても、自社の希望通りの人材を採用することはすでに厳しい状況となっており、今後は「人手不足倒産」の大幅な増加が見込まれています。

信用調査会社「帝国データバンク」の調べによると、2023年に日本国内で倒産した企業8,497件のうち、「人手不足」を倒産原因としているものは260件あり、前年の140件から約1.9倍に増え過去最多を更新しました。

このように、人材採用に対する対策は待ったなしの状況となっており、人口減少、少子高齢化が加速度的に進んでいる現状では、自社の人材採用手法について根本的な見直しが必要なタイミングに来ていると言えます。

2 採用における「人材要件」

人材採用はいくつかのフェーズに分けられますが、まずはそのスタートラインとなる「人材要件」について考えたいと思います。人材採用における「人材要件」とは、企業が採用したい理想的な人物像を具体的に定義したもので、採用ターゲットとなる人材の属性やスキルを言語化したものです。

経営者に「どんな人を採用したいですか?」と聞けばほとんどの方が「若くて優秀な人材」と答えると思います。では「優秀」とは何を持って優秀というのかという点や、当然「若くて優秀な人材」は他の企業も欲しいと思っていますので、他社との差別化を図る意味でも「自社独自の優秀さとは何か」という点を深く掘り下げていくことが必要になります。

「人材要件の作り方」のような記事がネットや書籍などで公開されていて、MUST・WANT表(下記参照)の作成など一般的なメソッドはありますので、基本的にはそれに沿って作り上げていけば良いわけですが、気を付けなくていけないのは深く考えずに作ると、ごくごくありふれたものになってしまって他社との差別化がまったく図れなくなることです。

「人材要件の作り方」の例

出所:インスワーク社会保険労務士法人監修

3 戦わない人材採用とは

この記事の題名を「戦わない人材採用」とした理由は、就職したい企業人気ランキングの上位にくるような企業なら別かも知れませんが、そこまで著名な企業でない場合、他社と同じレベルで戦っていては、「若くて優秀な人材」は規模が大きく知名度が高い企業に獲られてしまいますので、いかに他社と戦わずに自社の独自路線を打ち出せるかが人材採用に成功する一つのカギになっているからです。

一般的に考えられる採用時に必要な能力としては、「コミュニケーション力」「主体性」「チャレンジ精神」「熱意」「柔軟性、適応力」「ストレス耐性」などが上げられますが、このような能力を持ち合わせた人材はどこの企業でも欲しい人材であり、他社よりも優位性を持った企業でないと採用できません。

そこで、「人材要件」について、一般的に考えられることだけでなく自社のオリジナリティを前面に出すことで、自社独自の「戦わない人材採用」が可能になるのです。

4 マネーボール理論

ここで話が飛びますが「マネーボール理論」はご存知でしょうか?もしかしたら、映画「マネーボール」をご覧になった方もいらっしゃるのではないかと思いますが、映画は2011年にアメリカで制作され、ブラッド・ピットが主演のメジャーリーグ(野球)を題材にしたものです。MLBの中でも資金力に乏しい弱小球団が、選手の評価基準を大きく変える戦略を取ることによって強豪チームに成長して行くというものです。

採用の人材要件と野球が何か関係あるの?とお考えかと思いますが、「選手の評価基準を変えた」というところが採用の人材要件につながる「マネーボール理論」になります。

具体的にはこんな感じです。例えば打者の評価については、一般的には打率、ホームラン数、打点(3冠王の要素)などが評価対象となると思いますが、マネーボール理論では、野手は打率ではなく「出塁率」を評価基準とする。つまりヒットもフォアボールも同じ扱い、ということです。私は野球に特に詳しいわけではありませんが、ヒットやホームランが打てる打てないの前に選球眼の良さがポイントということでしょうか。ちなみに、昨年38年ぶりにプロ野球日本一となった阪神の岡田監督も、「堅実な野球」を掲げ、開幕前から選手の年俸につながる基準のフォアボールのポイントを上げるように球団に掛け合っていたそうです。

このように選手の評価基準を大きく変えたことで、他球団が見向きもしない選手や、短所には目をつぶり自分たち独自の分析により作りあげた評価基準(人材要件)において強みを持つ選手を仕入れ(他球団が目を付けないからこそ安く仕入れることができる)、優勝を争うようなチームに成長させていきました。

5 自社オリジナルの「人材要件」

「マネーボール理論」から学ぶべきは、自社の「人材要件」を考えるにあたっては自社で活躍している社員を徹底的に分析するなどして、「採用時に本当に必要な能力は何なのか?」を深掘りする必要があるということです。

ただし、「深掘りして自社なりの人材要件を作成する」とお伝えしましたが、独自性を高めることと基準(ハードル)を上げることは別です。深掘りしていく中であれもこれもとなってしまうと、そもそもそのようなスーパーマンのような人材がこの世の中に存在するのか?ということになりかねません。決定していくプロセスの中で必要な能力を沢山出すのは良いとして、最終的な「人材要件」を決定する際には、採用後に育成することで身に着けることが可能な能力(テクニカルスキル)かどうかという観点も非常に重要です。

メンタル力や成長意欲のようなベーシックな部分(ポータルブルスキルや価値観)については、遅くとも就業可能な年齢になればおおよそ出来上がっており、採用後に何とかしようと思っても難しいという側面があります。一方で、経験や技術的な要素であれば、全くの未経験者であったとしても採用後にOJTをしっかりとやることでカバーが可能と考えられます。

社員に求められる能力

出所:インスワーク社会保険労務士法人監修

人材要件については、ハードルを上げすぎることなく門戸は広く構え、自社が考える絶対に外せない能力については厳しく見つつも、採用時点で足らない能力(テクニカルスキル)については採用後の育成の中でしっかりとカバーして成長を支えていくという視点が最も重要になります。

以上(2024年7月作成)

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画像:sinseeho-Adobe Stock

【中堅社員のスピーチ例】成功者が誰よりも謙虚な理由

私は、実は経営者の自叙伝を読むのが好きで、最近は「お、ねだん以上。」のキャッチコピーで知られるニトリの創業者、似鳥昭雄(にとりあきお)さんの自叙伝を読みました。自叙伝には、似鳥さんがいかにニトリのビジネスモデルの基礎を築き、事業を成功に導いたかが記されています。

例えば、ニトリの強みの1つは、「シリーズ家具によるコーディネートの提案力」ですが、この強みは、似鳥さんが1972年に米国の家具店を視察したときの出来事がもとで生まれたものです。当時事業に苦戦し、何とか起死回生の一手を打たねばと日本を飛び出した似鳥さんは、米国の家具店を見て驚愕します。当時の日本の家具店は、メーカーが作った商品を並べて売っているだけでちぐはぐなコーディネートになりがちだったのですが、米国の家具店は色やデザインがしっかりコーディネートされていて、統一感があるのです。日本でも同じことをやったら成功するはずだと確信した似鳥さんは帰国後これを実行に移し、見事、倒産寸前の会社を立て直します。

もう1つニトリの強みとして挙げられるのが、「安価な価格設定」です。ただし、クオリティーを維持しながら製品を安く売るのは簡単ではありません。似鳥さんは、この問題をクリアするため、安く家具を仕入れられる海外の調達先を開拓することに注力します。似鳥さん自ら海外に渡り、観光ガイドを通訳にして、電話帳から家具会社を探し、しらみつぶしに当たっていったそうです。いち早く海外進出を果たしたおかげで、1985年のプラザ合意で円高が急速に進行した際、他社に先んじて輸入を本格化させることができたのです。

この自叙伝が面白いのは、似鳥さんがこうした偉業を誇るのでははく、「運が良かった」と結論付けていることです。私は正直、なぜ似鳥さんがこれほど謙虚なのかが疑問だったのですが、この自叙伝を読み進めることでその理由が理解できました。その理由とは、似鳥さんが「成功以上に失敗を多く経験しているから」というものです。

例えば、先ほどの海外調達を始めた頃の話です。台湾から家具を仕入れてみると、「椅子に座った途端に壊れた」といったクレームが多く寄せられたそうです。原因は、現地と日本の湿度や習慣などの違いでした。似鳥さんいわく「行き当たりばったり」が招いた失敗でした。この他に、低コストのエアドーム店舗を思い付くも、出店後に「店舗の室温が高くなりすぎる」「ドームが雪で潰れる」などトラブルが相次ぎ、5年ほどで撤退を余儀なくされるといった失敗談などもありました。

成功者は、数多くの失敗を経験しているからこそ、自分の力を過信せず、大きな成功をつかんでも「運が良かった」と謙虚に語るのです。しかし、その失敗は膨大な数のチャレンジの裏返しであり、確かに成功者の力になっています。私はそこに至るまでの努力をしているだろうかと反省せずにいられません。だから、私は初心に帰りたいとき、いつも誰かの自叙伝を読むのです。

以上(2024年8月作成)

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画像:Mariko Mitsuda