書いてあること
- 主な読者:宿泊・住宅事業経営者、不動産を所有している経営者、金融機関担当者
- 課題:民泊が注目を集めているのは分かるが、成功するポイントを知りたい
- 解決策:立地や建物にあったプランを打ち出す。その上で利用者との「気張らないコミュニケーション」が人気の鍵になる
1 注目を集める民泊。成功するポイントは?
今、民泊が再び注目されています。2022年10月に日本への入国規制が緩和され、日本政府観光局(JNTO)によると2023年5月の訪日外客数は約190万人(推計値。コロナ禍前の2019年同月比68.5%)と、着実にインバウンド需要が回復しています。
訪日外国人の受け皿の一つである民泊の届出住宅数は、2020年の2万1385件をピークに減少に転じた後、2022年10月から徐々に増加し、2023年5月15日時点で1万9208件となっています。このまま外国人観光客が増え続けると、民泊の需要が供給を上回ることが想定されます。
現に、2023年2~3月末における全国の民泊宿泊者数は約25万人(前年同期比179.3%)に増えています。
そうした未来を見据え、国は民泊参入の要件を緩和します。民泊運営を行うには国土交通省に「住宅宿泊管理業者」として登録する必要がありますが、そのためには
宅地建物取引士、マンションの管理業務主任者、賃貸不動産経営管理士いずれかの資格か、2年以上の住宅取引や管理の事業経歴が必要
です。
この厳しい要件が参入の大きなハードルとなっていましたが、今後は、
通信講座20時間と講義7時間の実務講習を受け、修了試験に合格すれば資格が与えられる
ように要件が緩和されます。国土交通省によると、2023年12月または2024年の1~3月頃には実際に講習が始まる予定とのことです。
このように注目を集める民泊ですが、空き物件や空室を民泊にすればすぐさま利用者で埋まるというわけではありません。民泊事業を成功させるには、
利用者が民泊に何を求めているか
を理解した上で運営することが重要です。
この記事では、民泊仲介大手Airbnb(エアビーアンドビー)の広報部長・松尾崇氏(以下、松尾氏)へのインタビューや、コロナ禍でも客足を伸ばした事例から、「今民泊を運営するならどうすれば成功するか」を紹介します。
2 利用者は「どんなところに泊まりたいか」
1)大都市や観光スポット以外は難しいと思われがちだが……地方の古民家に熱視線
民泊事業で成功するために重要なものの1つは立地です。大都市や観光地の需要が高く、都道府県別の宿泊者数を見ると東京都が最も多く、次いで北海道、大阪府となっています。
こうした立地に恵まれた場所では、今年に入って「1泊7万円」という高単価にもかかわらず、すぐに予約で埋まったり、部屋によっては客室単価を上げてもコロナ禍前のピーク時期より高い売り上げを記録したりするケースもあります。これを聞くと、地方の特に観光スポットのない立地では民泊は難しいのではと思われがちですが、地方にも十分勝機はあるといわれます。
松尾氏によると、
「今は外国人観光客のリピーターが増えているが、東京・大阪・京都といった有名なスポットではなく、地方の日本的なたたずまいの古民家に長期滞在するケースも増えている」
といいます。
2)「古民家に泊まって交流したい」というニーズの高まり
今、20代~30代の若い外国人観光客や日本人旅行者の中には、旅行先を選ぶ際に写真映えするか、どういう雰囲気で旅ができるかも重視する傾向があります。「あの有名な観光スポットに行きたい」「あの有名な温泉に入りたい」といった従来のニーズの他に、
こういう雰囲気の場所に泊まりたい、友人や大切な人、家族とこういう場所で時間を過ごしたい
というニーズで宿泊先を選ぶケースが増えているということです。
松尾氏によると、
「周囲に有名な観光スポットがなくても、その地域の人と交流し、日本の文化や伝統を体験できるという理由で地方の古民家が好まれている。エアビーアンドビーに掲載されている建物自体も蔵造りや茅葺き屋根古民家や歴史ある建物など、バラエティに富んでいるのも大きな魅力」
といいます。
また、地方の古民家が好まれる理由として、
日本の地方自体の魅力が広く知られるようになった
というのも大きいとのことです。
「日本は地方に行けば景観が良く、地形や自然環境も多岐にわたり、その土地ならではの風景があります。しかも、有名ではないにしても温泉や歴史的建造物、神社仏閣、果樹園など、たいてい観光に適した場所があります。人も優しく、地元の人だけが通うような美味しいお店があったりもするのです。エアビーアンドビーでは日付や旅行先を入れなくても宿泊施設を検索することができ、『ビーチフロント』や『最高眺め』といった60以上あるカテゴリからニーズに適した所を選ぶことができるため、旅行先が分散化され、必ずしも観光地ではないところに予約が入るようになっています」(松尾氏)
こうした知られざる地方の楽しみを味わえるのも、民泊の大きな魅力です。有名な観光スポットのない場所には、そもそもホテルや旅館はないことが多いためです。
エアビーアンドビーが2023年7月に発表したデータによると、2022年には日本国内のホテルがない地域で宿泊をした旅行者は6万7000人を超えています。
3)自治体も古民家活用を支援
ここ最近、古民家のリノベーション技術が確立されてきたことも需要が高まっている大きな要因です。昔ながらの日本家屋といえば隙間が多く寒いというイメージが先行しがちですが、昨今では床も壁も断熱材を組み込むことで冬は暖かく、夏は涼しい快適な居住環境を確保することができるようになっています。
松尾氏によると、こうした古民家の快適性が上がったことにより、
「日本人の若い人も古民家民泊を利用する人が増えている」
といいます。
エアビーアンドビーでは2023年7月、世界遺産に登録されている富山県南砺市の五箇山・菅沼集落の合掌造りに無料で宿泊できるキャンペーンを開催。地元の郷土料理や和紙づくりなどの地元体験を通じて、古民家民泊の魅力を世界に発信しています。
こうした古民家民泊の需要に対し、自治体も古民家再生に力を入れています。
兵庫県では、2007年から「古民家再生促進支援事業」を実施。県内の古民家所有者から申請があれば専門家を派遣して建物調査を行い、再生手法の提案などを行っています。そのうち宿泊体験施設や地域活動・交流拠点として再生するもので、改修工事費が500万円以上掛かる場合は補助金を出して支援しています。
■兵庫県「古民家再生促進支援事業」■
https://web.pref.hyogo.lg.jp/ks26/wd27_000000038.html
4)地方の民泊事業参入は今がチャンス?
地方の民泊に外国人観光客や日本人旅行者のニーズが高まり続けると、その需要に対して供給が足りなくなる可能性があります。民泊はコロナ禍で事業を廃止するところが増加し、数が絞られました。
またそもそもの問題として、この記事の冒頭で紹介したように住宅宿泊管理業者の資格を取得するには高いハードルがあり、民泊を始めたいが自分ではなかなか始められず、委託しようにも地方には住宅宿泊管理業者が少ないため見つからず、開業を断念するといったケースもありました。
民泊は日常的な清掃や利用者とのコミュニケーションが必要不可欠なため、離れた都市部の住宅宿泊管理業者では、地方の物件の対応は困難です。
今回、住宅宿泊管理業者の要件が緩和されることで、地方での開業もしやすくなります。要件緩和となったタイミングで早めに資格を取得し、住宅宿泊管理業者が少ない地方で開業することで、「地方の古民家に泊まりたい」という潜在的なニーズに応えられる可能性が高くなるでしょう。
3 成功の肝は気張らないコミュニケーション
民泊運営で多くの利用者に選んでもらうためには、外観や内装を明るいライティングで撮影し、そういった写真を数多く掲載するといった見映えの部分も大事ですが、もっとも大事なのは、
利用者との密なコミュニケーション
といわれます。これは利用者に好まれ、高い宿泊率を維持するのにも重要な要素です。松尾氏によると、
「エアビーアンドビーでは外観や内装よりも、利用者と宿泊前から(場合によっては宿泊後も)メッセージのやり取りをこまめにすると人気が出やすく、レビューも高い傾向にある」
といいます。交流を目的にしている外国人観光客としては、こうしたやり取りだけで大きな満足感を得られるというわけです。
とはいえ複数の住宅を管理する場合、一人ひとりの利用者との丁寧なやり取りは負担が大きいでしょう。この点について、松尾氏によれば、
「利用者が事前に欲しているのは、例えば『到着時に分かりやすい目印があるか』『朝7時からやっているカフェはあるか?』『近くにおいしいお店はあるか?』といったごくシンプルなやり取りだったり、快適に過ごす上で必要な周辺の地元ならではの情報です。こうした情報を共有するだけならさほど負担は大きくありません。複数管理しているプロの方でも、利用者が行くべき・見るべきものを教えてくれるところは人気があります」
とのことです。
エアビーアンドビーでは、チャットで文面を打ち込むと即座に72言語の一つに精度高く自動翻訳され、外国人観光客と気軽にやり取りすることが可能になっています。
そしてこうしたコミュニケーションで成功しているケースに必ず共通しているのが、
気張らないこと
だといいます。
「利用者に対してあれもこれもと気負って、かしこまったやり取りはあまり必要ではありません。普段の気軽な感じで『あそこの店のあんパンはおいしいからおすすめですよ』『あの美容室は雰囲気がいいから行ってごらん』と、地元ならではの情報を知っていて、かつ自然体で教えてくれるホストは評価が高いです。その上で、部屋のテーブルに『ようこそ』と書かれた手紙を一つ置いておくだけで、利用者は求めていた温もりを感じてリピートしてくれやすくなります」(松尾氏)
4 日本人利用者がコロナ禍でさまざまな利用方法に気づいた
1)コロナ禍で民泊の利用用途が広がった
ここまで主に外国人観光客を意識したポイントをお伝えしてきましたが、民泊の利用者は日本人(日本国籍を有する者)が多くを占めます。
冒頭で紹介した2023年2月~3月末における全国の民泊宿泊者数約25万人のうち、外国人は約9万人(前年同期比1645.4%)、日本人は約16万人(前年同期比118.8%)です。2019年2~3月末は日本人の利用が約9万人だったので、コロナ禍前よりも日本人の利用が増えています。
これは、コロナ禍によって日本人が、
民泊の多様な利用方法を知ったから
だといわれます。
まずコロナ禍では、人々は他人との「密」な会話や、エスカレーター、エレベーターといった他人との接触を避ける宿泊先として民泊が注目されました。加えて、友人や恋人と気兼ねなく過ごす空間としての需要も高まり、女子会や誕生会、飲み会などに民泊が利用されるようになったのです。
松尾氏によれば、こうした旅行以外の利用について、コロナ禍直後は都市部の住宅が好まれていましたが、次第に都市部から80キロメートル圏内(首都圏近郊では湯河原など)の郊外や観光地の利用も増えていったそうです。
こうして多くの人がコロナ禍を通じて民泊の多岐にわたる利用方法を知り、民泊の魅力を体感したことで、今後も日本人の利用者が増えていくといわれます。
松尾氏によれば、コロナ禍当初はエアビーアンドビーのウェブサイトで多く検索される日本語のキーワードとして「Wi-Fi」「エアコン」「キッチン」「無料駐車場」など、長期間のワーケーションを連想させるものが増えたといいます。ワーケーションとは、Work(仕事)とVacation(休暇)を組み合わせた造語で、普段の職場や自宅とは異なる場所で仕事をしながら、自分の余暇の時間も過ごすことです。
現在では長期間利用の用途は多岐にわたるようになり、エアビーアンドビーでの長期滞在(28泊以上の宿泊予約)の宿泊数は、2023年第1四半期だけで見ても予約総泊数の約20%を占めているそうです。
民泊で成功するには、場所や宿泊施設の特性など複数の要素を考慮しながらも、こうした利用者のニーズを察知し、それに対応したサービスを打ち出したり、対応可能であることをアピールしたりすることが重要です。
2)コロナ禍でも売り上げを伸ばした民泊サービス
民泊の総合支援会社であるmatsuri technologies(マツリテクノロジーズ)は2020年5月、都心の住宅を中心に、お試しで同棲したいカップル向けに「おためし同棲」サービスを立ち上げました。
1カ月単位の短期契約を前提としたサービスで、敷金や礼金、仲介手数料などの初期費用を掛けずに、家具や家電の用意された住宅で同棲ができるというものです。
不動産のように2年間の賃貸借契約ではなく、保証人も不要なため、始めやすく途中でやめやすいというメリットが多くの注目を集めました。家具や家電があらかじめそろっているという民泊ならではの特色を生かしたサービスといえます。
以上(2023年9月作成)
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