建物や家具だけじゃない 木材活用の意外な現在地

書いてあること

  • 主な読者:木材卸、製材加工を手掛ける企業
  • 課題:間伐材の利用を促進するため、販路開拓や新たな商品開発のヒントがほしい
  • 解決策:建物や家具に限らない活用例を知り、自社で取り組めそうなものを検討する

1 なぜ、木材の活用が重要なのか?

日本は国土の3分の2(67%)が森林に覆われており、世界的に見ても有数の「森林大国」といえます。森林を健全な状態に保つために必要なのが、密集した木を間引く「間伐」です。間伐によって、太陽光がまんべんなく木々に行き届き、成長が促進されるようになります。

国産材と、間伐によって切り出された間伐材の積極的な利用は、SDGsの目標達成(気候変動対策、陸の豊かさを守る)にもつながります。

一方で、間伐材の利用はまだまだ少ないのが実状です。林野庁の調査によると、2021年度の段階で間伐材の利用率は約35%となっています。間伐材は、太さや長さの兼ね合いから、建物や家具には不向きなため、そのまま森林に放置され、市場に流通していないといった課題があります。

この記事では、販路開拓や新たな商品開発のヒントとして、間伐材を中心に、木材の意外な活用事例を紹介します。

2 糸から人工衛星まで 木材の意外な活用事例

この章で紹介する事例は、ポジショニングマップで次の2軸に分けられます。

  • 一般消費者向けに提供する/企業・団体向けに提供する
  • 木材単体を加工して原材料にする/他の原材料と組み合わせて新しい材料にする

製品展開する際の方向性を決めるためにご活用ください。

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1)間伐材と紙資源をアップサイクル:アップサイクル(大阪府大阪市)

食品、印刷会社や染織工房など合わせて27の企業・団体や自治体が参画する同法人では、使用後の紙資源と間伐材をアップサイクル(資源に付加価値を与えて作り変えること)した紙糸の「TSUMUGI」を用いたプロジェクトを手掛けています。

この糸は参画企業である備後撚糸(広島県福山市)で製造されています。菓子のパッケージや牛乳パックなど使用後の紙資源と、神戸市の六甲山から出た間伐材が材料となっていて、軽く、吸湿性が高いのが特徴です。糸は子ども服に用いられ、製造した子ども服を神戸市内にある児童養護施設に寄贈した実績があります。

2)牛用飼料を製造:エース・クリーン(北海道北見市)

同社では、木質蒸煮(じょうしゃ)飼料の「キャトルエース」を製造・販売しています。北海道産のシラカンバを高温高圧の水蒸気で処理することで製造された製品で、廃棄物の回収や中間処理を手掛ける同社が、自社の蒸煮装置を別の用途で利用できないかを模索したことが製品開発のきっかけといいます。牛の嗜好性が高く、適度な硬さがあるので消化を促進し、軟便や下痢を抑えて健康を保てるメリットがあります。

また、地域資源を原料にしているため、輸入飼料のように国際情勢に左右されたり、牧草のように天候に左右されたりすることがなく、安定して供給ができることもメリットとしています。

3)組み換え自在の木質ユニットを製造:三進金属工業(大阪府忠岡町)

同社では、イベントやポップアップショップ、医療ブースなどに使える木質ユニット製品の「つな木」を製造・販売しています。日建設計(東京都千代田区)が企画・プロデュースをしており、フレームとなる角材、天井・目張り用のシート、フレームを固定する留め具、移動用の車輪がセットになった製品です。

利用者の用途に合わせてフレームを自由に組み替えることができるため、普段はベンチとして使用しているものを非常時の際には組み替え、医療ブースや避難スペースなどとして使うことができます。

4)木造の人工衛星実現に向けた研究:住友林業・京都大学

住友林業と京都大学は、宇宙での木材活用の研究を進めており、2024年2月以降に木造の人工衛星を打ち上げる計画です。

これに先立ち、2022年3月~12月の期間でヤマザクラ、ホオノキ、ダケカンバの3種類の木材を宇宙空間に晒して耐久性を図る実験を行った結果、いずれも劣化が少なく、木材の耐久性が優れていることが確認されています。

人工衛星の材料に木材を用いることで、次のようなメリットがあるとしています。

  • 人工衛星を製造する際の二酸化炭素の排出量を削減できる
  • 役割を終え、大気圏に突入して燃えるときに有害物質を出さず、宇宙ごみの発生も抑えられる
  • 金属製の人工衛星と異なり、電磁波を通すため、アンテナなどの部品を内部に収めることで小型化ができる

5)杉の木から糸を製造:すぎとやま(徳島県上勝町)

同社では、杉の木を材料に用いた糸の「KEETO(キート)」を製造・販売しています。材料となる杉の木は国内で切り出された間伐材で、材木として使うには太さが足りないものが用いられています。杉の木を製糸用のチップに加工した上で紙にして、その紙を細くカットしてよることで糸を製造しています。

杉の木を材料に用いることで、通常の糸よりも抗菌性が高く、乾きやすいというメリットがあります。そのため、織物メーカーなどと提携し、靴下やストール、タオルに使われている実績があります。また、自社ウェブサイトでは糸単品でも販売しています。

6)木質バイオマス発電事業に参入:曽我産業(青森県八戸市)

同社では、社有地のある青森県南部町で新たに木質バイオマス発電事業を始めるため、子会社の立ち上げや発電所の建設などを進めています。同社は木材を伐採、木質チップとして加工した上で発電所向けに販売する事業に取り組んでいます。新たに木質バイオマス発電事業を始めることで、木くずなどの廃材や使われずに放置されてきた間伐材の有効活用や林業の振興などの地域活性化につなげたいとしています。発電所の商業運転開始は2024年12月を予定しています。

7)おがくずを酵素浴に活用:テーブルカンパニー(東京都新宿区)

同社が運営を手掛ける温浴施設の「発酵温浴nifu」では、酵素浴の原材料となるおがくずに間伐材、林地残材(間伐で発生し、そのまま山に放置された木材)を使う取り組みを進めています。

2022年に奈良県の吉野町で廃業予定だった製材所を同社が引き継ぎ、間伐材の回収・加工などを手掛けています。

また、発酵温浴で使用済みとなったおがくずもたい肥や土壌改良材として提携している農場に提供することで、資源の無駄が出ないように取り組んでいます。

8)卓上ミニ織り機キットを販売:チーム・オースリー(東京都世田谷区)

同社では、オーガニックコットンを展開する「メイド・イン・アース」のブランド名で、一枚板から簡単に組み立てられる「ミニ織り機キット」を販売しています。

東京・奥多摩の間伐材をはじめとする国産ひのき材を材料にした1枚の板から織り機を組み立て、組み立てた織り機を使って糸紡ぎや手織りを体験できるキットです。

この製品は一般消費者向けに限らず、学校の教材用としても販売されています。同社では学校への出前授業も手掛けており、生徒が自分で織り機を組み立て、布を織ることで、SDGsやエシカル消費、サステナブルについて学ぶきっかけとして活用されています。

9)間伐材を自動車部品向けの素材に応用:トヨタ車体(愛知県刈谷市)

同社では、杉の間伐材と熱可塑性樹脂(加熱することで柔らかくなる樹脂)を組み合わせた自動車部品向け素材の「TABWDR®(タブウッド)」を製造しています。従来の自動車部品向けの素材には、熱可塑性樹脂の強度や耐熱性を高める方法としてタルク(滑石)やガラス繊維を加えていましたが、これらを杉の間伐材に置き換えることで、強度や耐熱性が従来の素材よりも高くなり、軽量化が実現できたとしています。

TABWDR®は一部車種のフォグランプブラケットやワイヤーハーネスカバーなどの部品や内外装に使用されています。また、TABWDR®の技術を基にした素材も開発され、食器に採用されるといった実績もあります。

3 関連団体・参考資料

1)全国森林組合連合会 間伐材マーク事務局(東京都千代田区)

間伐材マークを使い、間伐推進の普及啓発や間伐材利用促進を目的としている団体です。事業者は同団体に申請・認証を受けた上で、間伐材を原材料にした製品に間伐材マークを付けることができます。このマークを付けることで、間伐の重要性や、脱プラスチックなどの取り組みを推進していることを対外的にアピールできます。

ウェブサイトでは、間伐材マーク認定製品や間伐材マークを取得している企業の事例も紹介しています。

■全国森林組合連合会 間伐材マーク事務局■

http://www.zenmori.org/kanbatsu/

2)新未来(東京都港区):木材プラットホーム「eTREE」

設計者・デザイナー・建設事業者向けに、木材製品や材料を探すことができるウェブサイトです。会員登録することで金額やサイズ、生産地から木材を検索できるだけでなく、業界レポートや補助金情報なども掲載しています。

ウェブサイトでは、商品情報・加工技術を提供できる企業の募集も受け付けています。

■木材プラットホーム「eTREE」■

https://www.etree.jp/

以上(2023年11月作成)

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画像:pinyo bonmark-shutterstock

年間25兆円の入札市場! 大手に勝てる狙い目の案件とは?

書いてあること

  • 主な読者:官公庁や地方自治体、外郭団体などが公告している入札案件に興味がある経営者
  • 課題:そもそも入札のルールがよく分かっていない、大手企業との競争に勝てるか不安
  • 解決策:「入札参加資格」を取得すれば、どの企業も入札に参加できるが、細かいルールは発注機関により異なる。「競争率の低い案件を探す」などのポイントを押さえる

1 案件の50%超を中小企業が落札! 入札市場とは

「新規顧客の開拓が難しい」「安定的な収益が欲しい」――今、その解決策として注目されているのが「入札」市場への参入です。入札とは、

官公庁や地方自治体、外郭団体など(以下「官公庁など」)が公開した案件について、各企業が見積金額や企画を提示し、一番条件の良い企業に官公庁などが案件を発注すること

です。

全国約8000の行政・公的機関から年間180万件以上の案件が公表され、その総額は25兆円以上、1案件当たり1000万円以上にもなる大きな市場です。「入札なんて出来レース」「受注するのは大手だけ」と思っている人もいるかもしれませんが、実は

2021年度の時点で、入札案件の50.1%を落札しているのは中小企業

で、中には個人事業主でも参加できる案件もあるなど、広く開かれた市場でもあります(中小企業庁「官公需法に基づく『令和5年度中小企業者に関する国等の契約の基本方針』について」)。

入札は「入札参加資格」という資格さえ取得すれば、実績のない企業などでも参加できます。つまり、

入札の流れを理解し、「競争率の低い案件を探す」など勝つためのポイントを押さえる

ようにすれば、御社にもチャンスがあるかもしれません。

この記事では、「中小企業が入札市場に参入すべき理由」「入札の基本的な流れ」「入札で勝つためのポイント」を紹介します。

2 なぜ、中小企業こそ入札市場に参入すべきなのか?

1)国が精力的に後押ししている

国は今、「中小企業向けの入札案件を増やす」という方針を定め、精力的に中小企業の参入を後押ししています。企業規模や入札経験にかかわらない公平な制度で競争できる環境整備が進められており、入札実績のない企業にもチャンスが広がってきているのです。

中小企業庁「中小企業者に関する国等の契約の基本方針」では、案件全体に対する中小企業・小規模事業者の契約比率、金額を年々引き上げており、直近では次のようになっています。

  • 2021年度実績:50.1%、4兆6535億円
  • 2022年度目標:61%、5兆2738億円
  • 2023年度目標:61%、5兆6598億円

2)手間がかからず、手続きがスムーズに進む

入札は、公開された案件に企業が応募するスタイルなので、通常のビジネスのように、見込み客を獲得したり、商談のアポイントを取ったりする手間がかかりません。

また、公告された案件は、オンラインで入札に参加できる「電子入札システム」などで簡単に検索できますし、入札の締切、開札(企業が入札した内容の確認)の日時なども案件ごとに決まっているので、手続きがスムーズに進みます。

3)与信上のリスクが低く、案件次第では短期間での収益化も期待できる

入札は、官公庁などの公的機関が発注者なので、通常のビジネスでありがちな支払い遅延・滞納などのリスクがほとんどありません。契約後の値引き交渉なども基本的にないですし、落札(受注)後も仕様書に基づき作業を行うので、後から追加作業が発生するリスクも比較的低いといえます。

落札・作業完了後の入金についても、時期が明確になっているので安心です。また、例えば、物品調達などの単発的な入札案件の中には、取引代金の締め日から支払日までの期間が「物品検査後30日程度」などと短く設定されているものもあり、短期間での収益化が期待できます。

4)官公庁などとの取引実績がブランディングにつながる

入札の大きな魅力は、官公庁などとの取引実績を獲得できることです。仮に大規模なプロジェクトの案件を落札できれば、企業の信頼度は増し、ブランディングにもつながります。案件を落札すると金融機関からの信用を得られるケースもあるようです。

3 入札の基本的な流れを理解する

入札に参加するメリットが分かったら、次は基本的な流れを押さえましょう。主なプロセスは「1.入札参加資格を取得する」「2.案件を探す」「3.仕様書を確認し、入札する」です。

1)入札参加資格を取得する

入札に参加するためには、発注機関(官公庁など)や事業内容によって異なる「入札参加資格」を取得する必要があります。入札参加資格は、大きく次の4つに分けられます。

  1. 全省庁統一資格(全省庁の「物品・役務系案件」に参加できる資格、全国共通)
  2. 地方自治体の「物品・役務案件」に参加できる資格(原則、地方自治体ごとに異なる)
  3. 「建築・建設・土木系案件」に参加できる資格(官公庁や地方自治体ごとに異なる)
  4. 外郭団体(独立行政法人など)の案件に参加できる資格(団体ごとに異なる)

この4つの資格は、さらにいくつかのランクに分かれます。例えば、全省庁統一資格は、資格取得申請の際に提出する財務諸表などをベースに、売り上げや資本金、営業年数などの合計ポイントからA~Dの4つのランクに分かれます。

自社が参加したい入札の案件によって必要な入札参加資格は異なるので、不安な場合は、参加可能な案件数が多い1.の全省庁統一資格を最初に取得するとよいでしょう。

資格取得の細かいルールも発注機関などによって異なりますが、基本的に試験などはなく、必要書類を提出し、審査を通れば資格を取得するという流れになります。ただし、資格によっては取得期間が限定されている場合もあるため注意が必要です。

例えば、全省庁統一資格は随時取得が可能ですが、地方自治体の資格は取得期間が短い傾向があります。また、地方自治体は「〇〇県内・〇〇市内の業者限定」などと、参加条件を限定しているケースもあるので、資格要件の内容はしっかり確認しておきましょう。

2)案件を探す

前述した通り、入札の案件は全国約8000の行政・公的機関から、年間180万件以上公表されています。その中から自社に合ったものや、狙い目の案件を探していくことになります。

なお、入札というと建設工事のイメージが強いかもしれませんが、実は「物品・役務の提供」に関するものが数多くあります(例:衣服、紙製品、図書、車両、電子機器、清掃、管理、派遣など)。

入札情報は公開される時期やサイト、仕様書なども発注機関によって異なりますが、例えば、民間の入札情報サービス「NJSS(エヌジェス)」を活用すると、全国の入札情報と入札結果を一括で検索できます。なお、NJSSでは、自社の業種や業務内容、所在地などから適した入札案件があるか、そもそも入札に向いているかどうかを無料で診断するサービスも展開しています。

■NJSS■

https://www2.njss.info/

3)仕様書を確認し、入札する

入札したい案件を決めたら、その仕様書を取得します。仕様書には、入札方式や参加資格要件、見積もりを出すために必要な情報などが掲載されています。基本的にはネット上で取得が可能ですが、案件によっては、説明会への参加が必要なケースもあるので注意が必要です。

仕様書をもとに、見積もりや企画書などを作成し、入札に臨みます。入札方法は「電子入札」「会場での入札」「郵便入札」があり、近年は「電子入札」を利用する企業が増えています。

見事落札した場合、その結果は、発注機関のウェブサイトに掲載されます。その際は同時に入札に参加した企業の入札金額も公表されるので、相場感や競合他社の動向を把握するのにも役立ちます。晴れて自社が落札できたら、発注機関との契約に進みます。

4 入札で勝つためのポイントを押さえる

1)競争率の低い案件を探そう

落札の可能性を高めるには、いかに競合他社が少ない案件を見つけるかが重要です。

例えば、第3章の入札参加資格の項では、全省庁統一資格よりも地方自治体の資格のほうが取得のハードルが高い場合があるとお伝えしましたが、これは逆に考えると、

地方自治体の「物品・役務案件」のほうが、競争率は低くなりやすい

ということでもあります。また、東京などの主要都市の入札案件は多くの企業がターゲットにしやすいため、その点でも地方自治体のほうが狙い目といえます。

なお、地方自治体よりさらに競争率が低くなる可能性があるのが、外郭団体です。

  • 特殊法人・会社(日本年金機構、日本たばこ産業株式会社など)
  • 財団法人(全日本交通安全協会、日本生産性本部など)
  • 独立行政法人(日本貿易振興機構、国際協力機構など)
  • 国立大学法人(東京大学、一橋大学など)
  • 都道府県や市区町村の外郭団体(〇〇県スポーツ協会、〇〇市信用保証協会など)

などが該当しますが、これらの外郭団体の中には、

省庁が所管する法人の他、都道府県や市区町村の出資によって運営されているものなど一般に知名度の高くない機関もあり、そうした案件は比較的狙い目

です。

また、官公庁の案件の場合、データのやり取りについてセキュリティの観点からチャットツールやクラウドツールを活用していないケースがあります。一方で、外郭団体は民間企業に感覚が近く、最新のツールを導入している場合が多いため、民間企業を相手にしているような感覚でスムーズにやり取りを進めることができます。

こうした狙い目の外郭団体をリスト化し、常に案件情報などにアンテナを張っておくことが重要です。

2)案件ごとの相場感をつかむ

入札案件の中で多くを占める一般競争入札方式の場合、納品物の品質保証を前提としつつ、見積価格での競争になることが少なくありません。このとき重要になってくるのが、案件ごとの相場感をつかむことです。

前述したNJSSなどの入札情報サービスでは、案件の過去の落札金額を検索できます。

過去の落札金額が分かれば、今年度についてもある程度予想がつき、それより少し低い見積金額を提示すれば、落札できる可能性は高くなる

といえます。自社の利益を確保できる金額であることが条件ですが、確保できるなら入札に参加してみる価値はあるでしょう。

ただし、過去数年にわたって同一企業が落札しており、しかも落札金額が年々下がっている場合などは、その企業の中で業務効率化が進み低コストで業務を遂行できるようになっていると推察できるため、他社が参加するのはハードルが高いといえます。

一方で、落札企業や落札金額が一定でない場合は、落札の判断基準が明確でなかったり、要件が変化したりしている可能性が高いため、新規参入でも落札のチャンスがあるといえます。

3)落札できなくても、タダでは転ばない

入札に参加する目的は、あくまで安定的な収入源の確保や新規顧客の開拓です。その意味では、自社に合った案件を大手企業が落札している場合、

落札した企業に営業をかける

という戦略も有効かもしれません。

大手企業の場合、落札した業務を下請け企業に発注するケースも少なくありません。そこで大手企業に営業をかけることで、結果的にその案件を請け負うことができる場合があるのです。

こうした可能性もふまえ、自社に合った案件を多く落札している企業に対して、事前に営業をかけておくのも一策でしょう。

以上(2023年11月作成)

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画像:GDM photo and video-Adobe Stock

約束手形が廃止へ! 資金繰りは大丈夫? 代わりの決済手段はどうすればいい?

書いてあること

  • 主な読者:約束手形の廃止について準備をしていない経営者や会計担当者
  • 課題:約束手形の廃止について、どう対応していいか分からない
  • 解決策:電子記録債権やクレジットカードなど、約束手形に代わる決済手段を比較検討した上で、取引先と決済手段の変更について交渉する

1 2026年に「約束手形」は完全廃止の予定

約束手形とは、

手形の「振出人」が、約束の期日までに定められた金額を支払うことを「受取人」に約束する有価証券

です。手形自体は江戸時代から続く決済手段で、卸売業などでも利用が多くなっています。

この約束手形について、2026年をめどに紙を廃止し、全て電子化する方針が示されています(注)。「ペーパーレス化」が社会的に進むなかで、紙の手形や小切手もデジタル化して、作業負担の軽減や効率化を図ることが求められるようになったためです。

(注)2017年「未来投資戦略2017」において「オールジャパンでの電子手形・小切手への移行」が明記され、2021年「成長戦略実行計画」において「5年後(2026年)の約束手形の利用の廃止に向けた取組を促進する」と明記されています。

この流れの中で、2022年4月には手形交換所が廃止され、金融機関も電子化への移行を優遇したりしています。しかし、手形や小切手の利用はなかなか減りません(小切手は、支払地となる金融機関に行けばすぐに決済できるもの)。

全国銀行協会「産業界における手形・小切手の利用実態等に関する調査(2023年6月)」(調査は三菱UFJリサーチ&コンサルティング)で、振出人と受取人の双方に、手形や小切手を「やめたいが、やめられない」理由が示されています。具体的には、

  • 振出人:受取側が手形を希望している、経理事務の変更に抵抗がある
  • 受取人:振出側が手形を希望している、手形をやめる必要性を感じない

などが挙げられています。

このように、日本企業に深く根付いている手形や小切手ですが、電子化されるのは間違いありません。手形は振出側と受取側の二者間の問題なので自社の一存では実行しにくい面がありますが、今の時点から電子化による影響を知り、対応を進めることは大切です。この記事で、

  • 約束手形の廃止で事務負担や資金繰りはどうなるのか
  • 約束手形に代わる決済手段は何か
  • 約束手形を廃止するためには

を紹介するので、参考にしてください。

2 約束手形の廃止で事務負担や資金繰りはどうなるのか

約束手形を廃止すると、振出側・受取側ともに事務負担やコストが減る一方、資金繰りでは振出側にはマイナスの、受取側にはプラスの影響が出ます。

1)振出側の影響

1.事務作業などの負担やコストが減る

手形帳や印紙の購入コストがなくなります。また、手形の作成や発送事務などの実務負担がなくなります。

2.支払期日の短縮で資金繰りが悪化?

支払期日が短くなるので、資金繰りに影響が出ます。例えば、約束手形の平均支払期日は約100日です。銀行振込の平均は約50日ですので、単純計算で50日、早く支払わなければなりません。その分、手元資金を確保する計画を立てておく必要があります。

2)受取側の影響

1.事務作業の負担やコスト、紛失・盗難リスクが減る

振出側から受け取った約束手形は、受取側が支払期日まで管理する必要があります。その管理や支払期日になってから行う取立などの事務負担、取立手数料や領収書の印紙代などのコストが低減されます。また、約束手形を管理している間の紛失や盗難のリスクもなくなります。

2.支払期日の短縮で資金繰りが改善する

支払期日が短縮されれば、資金繰りが改善されます。また、支払期日前に割り引いて手形を買い取ってもらう「手形割引」や、手数料を支払うことで、期日前に債権を買い取ってもらうなどの「ファクタリング」を利用せずに済みます。

3 約束手形に代わる決済手段は何か

約束手形に代わる決済手段として代表的なものは、銀行決済(インターネットバンキング)、電子記録債権、クレジットカードなどです。

1)銀行決済(インターネットバンキング)

インターネットバンキングは、銀行決済をインターネットで行うものです。パソコンやスマートフォンを使い、銀行窓口やATMに行かなくても振込手続きが行えます。

また法人口座を開設すれば、複数の振込先に一括で振込手続きができるので、事務負担を軽減できます。代表的な支払期日は「月末締め翌月末払い」で、締め日から30日前後の入金となります。

2)電子記録債権

電子記録債権は、例えば、手形の作成・保管などのコストの低減や売掛債権の二重譲渡リスクなどの回避を可能とする新たな金銭債権で、電子債権記録機関で記録(振出)、譲渡(支払)ができます。

国内最大規模の電子債権記録機関が、でんさいネット(全銀電子債権ネットワーク)で、都市銀行、地方銀行、信用金庫、信用組合、JAなど国内495の金融機関が参加しています(2022年7月19日時点)。でんさいネットが取り扱う電子記録債権を「でんさい」といいます。

でんさいは、取引金融機関のインターネットバンキングなどを通じて、でんさいネットに「発生記録請求」を行うことで振出となり、支払期日になると受取側の決済口座に振り込まれます。

ただし、振出・受取の双方がでんさいネットを利用している必要があります。支払期日は、発生日(銀行営業日)から起算して3~7銀行営業日を経過した日以降、最長で10年後までです。

3)クレジットカード

多数の取引先に対して、少額のサービスや商品を提供する会社にとって便利です。代金はクレジット会社が立て替え、後から支払請求が来る決済手段です。クレジット会社によって引き落としや入金の時期が異なります。

4 約束手形を廃止するためには

1)約束手形を廃止するための手続き

振出側・受取側で手形決済のメリット・デメリットが異なるため、双方での調整が必要です。双方がやるべきことの流れを紹介します。

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2)約束手形を廃止するために下請法を知る

約束手形は業界の取引慣行として長年利用されてきたため、「やめにくい事情」があります。特に大口の顧客が約束手形を継続する意向が強く、取引の停止や取引要件の変更などを示してきた場合などは、難しい対応を迫られる可能性があります。もし、振出側が難色を示したら、いったん引き下がり、公正取引委員会「下請法の相談・申告等の窓口」や、中小企業庁「下請かけこみ寺」などに相談するのも一策です。

■公正取引委員会「下請法の相談・申告等窓口」■

https://www.jftc.go.jp/shitauke/madoguti.html

■中小企業庁「下請かけこみ寺」■

https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/kakekomi.html

以上(2023年11月更新)

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画像:BBuilder-Adobe Stock

子どもたちの未来を支える児童発達支援・放課後等デイサービス 開業前に知っておきたいこと

書いてあること

  • 主な読者:保育や子育て支援関係のビジネスチャンスを探している経営者
  • 課題:「児童発達支援事業」「放課後等デイサービス事業」について知りたい
  • 解決策:事業の特徴や外部環境についてポイントを押さえる

1 ニーズが高まる児童発達支援・放課後等デイサービス

「児童発達支援」「放課後等デイサービス」(以下、一部を除き「児発」「放デイ」)は、児童福祉法に基づいて自治体の認可(指定)を受けた事業者が、

身体・精神・知的障害をもつ子どもや、発達に心配のある子どもを預かり、集団生活や社会生活を送るために必要な能力を身につける支援(療育)を行う福祉サービス

です。

児発と放デイが大きく異なるのは利用者(対象となる子ども)の年齢で、

  • 児発:0歳から小学校就学前の6歳までを対象とし、日常生活における基本的な動作の指導、知識技能の付与、集団生活への適応訓練などのサービスを提供
  • 放デイ:就学している6歳から18歳まで(特例により20歳まで)を対象とし、学校の授業の終了後または休業日に、生活能力の向上のために必要な訓練、社会との交流の促進などのサービスを提供

します。

児発・放デイの事業所数は、児童福祉法の改正により制度がスタートした2012年から直近の統計データが確認できる2021年の10年間で、

  • 児発:2804事業所→1万183事業所(約3.6倍)
  • 放デイ:3107事業所→1万7372事業所(約5.6倍)

と、少子化にもかかわらず、大きく増えています。

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児発・放デイの事業所数が増えているのは、主に次のような理由からです。

  • 社会全般的な傾向として、発達障害を含む「自閉症・情緒障害」の児童・生徒数が増加している
  • サービス提供者側の視点で見ると、経営者自身が専門的な資格を保有する必要はないため、スタッフを確保できれば新規参入しやすい
  • サービス提供者側の視点で見ると、売上の回収が困難になる可能性が低い(利用料金の9割は国民健康保険連合会に請求し、自治体経由で報酬として支払われる)
  • 利用者(子どもの保護者)側の視点で見ると、子どもの成長をサポートしてもらえ、比較的低料金で預けることができる(世帯収入に応じて利用金額に上限がある)

少子化が進む中、小・中学校、義務教育学校の特別支援学級に在籍する児童・生徒数は、2012年の16万4428人から2021年には32万6457人と倍増しています。特に顕著なのが、発達障害を含む「自閉症・情緒障害」の児童・生徒数で、2012年の6万7383人から2021年には16万6323人と約2.5倍になっています(文部科学省「学校基本調査」)。

児発・放デイは、一定のニーズを見込むことができ、政府が進める「子ども・子育て支援」や、SDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」にも合致する社会的にも意義のあるビジネスとして注目されています。

この記事では、児発・放デイ事業所の開業を検討する際に押さえておきたいポイントを紹介していきます。

なお、児童発達支援には、中核施設として地域支援の役割も担う「児童発達支援センター」がありますが、この記事での「児発」は、児童発達支援センター以外の事業所のことをいいます。

2 どれくらいの収益が見込まれる? 児発・放デイの経営状況

実際のところ、児発・放デイはどれくらいの収益が見込まれるのでしょうか。福祉医療機構が公表した調査結果によると、児発・放デイの経営状況(2021年度)は次の通りです。

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ここでは営利法人に注目して見てみましょう。

児発は、従事者1人当たりサービス活動収益が466万3000円、1事業所当たり従事者数が7.0人なので、1事業所当たりのサービス活動収益(≒売上高)は約3264万円となります。

放デイは、従事者1人当たりサービス活動収益が492万5000円、1事業所当たり従事者数が6.8人なので、1事業所当たりのサービス活動収益(≒売上高)は約3349万円となります。

1事業所当たり年間3000万円超のサービス活動収益が見込まれる一方、赤字事業所割合は、児発で25.2%、放デイで32.4%となっており、苦戦する事業所も少なくないことがうかがわれます。

かつてのように開業しただけで利用者が集まる時代は終わりつつあり、

  • 利用率を高める:療育プログラムを充実させる、独自プログラムを導入するなど
  • 年間営業日数を増やす:土日祝日にも営業するなど
  • 利用児童単価を高める:「送迎」などの障害福祉サービス等報酬が加算されるサービスも提供する

といった、他の事業所と差別化を図る工夫が必要になってきています。また、人件費率、経費率、減価償却費率を抑える努力は必要ですが、良質なサービスを提供する上では適切な値にとどめることも重要です。

3 開業を検討する際に押さえておきたいポイント

1)開業には法人格が必要

児発・放デイとして自治体の認可(指定)を受けるには、株式会社、社会福祉法人、NPO法人などの法人格が必要です。定款に児童福祉法に基づき児童発達支援事業ないしは放課後等デイサービス事業を行う旨を明記します。すでに法人格がある場合は、事業目的を変更する手続きが必要です。

2)人員基準

児発・放デイ事業所が満たすべき基準については、「児童福祉法に基づく指定通所支援の事業等の人員、設備及び運営に関する基準」(平成24年厚生労働省令第15号)に定められており、児発・放デイともにほぼ共通です。

児発・放デイ事業所の主な人員基準は次の通りです(重度の肢体不自由と重度の知的障害とが重複した「重症心身障害児」以外を通わせる場合)。

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この他に、機能訓練を行う場合は、機能訓練担当職員(理学療法士や作業療法士、難聴の子どもが通う場合は言語聴覚士など)を、医療的ケアが必要な子どもに人工呼吸器による呼吸管理や痰の吸引などの医療行為を行う場合は、看護職員(保健師、助産師、看護師または准看護師)を配置する必要があります。

なお、児童発達支援管理責任者、児童指導員、保育士になるにはそれぞれ資格や所定の実務経験、研修受講などが必要ですが、管理者になるための特段の資格はありません。

3)設備基準

児発・放デイ事業所の設備については、

  • 指導訓練室のほか、サービス提供に必要な設備および備品等を備えなければならない
  • 指導訓練室は、訓練に必要な機械器具等を備えなければならない

とされています。指導訓練室のほかに必要となる空間などについては、別途、厚生労働省によるガイドライン(後述の「4 参考」を参照)が作成されており、これを基に全国的に同様の基準が設定されています(実際には自治体により基準が異なる場合があるため、確認が必要です)。

一般的には、相談室、事務室、洗面所、トイレなどが必要になります。また、静養室(興奮した子どもを落ち着かせる部屋)を備える事業所もあるようです。

なお、事業所として使用する物件は、建築基準法や消防法の基準を満たしていなければなりません。

4)利用定員

児発・放デイ事業所の利用定員については、10人以上(主な利用者が「重症心身障害児」の場合は5人以上)とされています。

5)利用料金

児発・放デイの利用者は、障害の医学的な診断や障害者手帳が必須というわけではなく、自治体から「通所受給者証」が発行された子どもが対象となります。通所受給者証があれば利用料金の9割は公費負担で、残りの1割が利用者の自己負担になるのが一般的です。ただし、児発については、就学前の障害児を支援するため、満3歳になって初めての4月1日から3年間は利用者の自己負担は無償化されています(2019年10月~)。

利用料金は障害福祉サービス等報酬改定に基づき自治体ごとに定められた金額で、1回当たりの利用者の自己負担は1100円前後です。また、利用者の自己負担は、前年度の世帯所得に応じて上限額が定められており、

  • 生活保護世帯や住民税非課税世帯は0円
  • 年間所得890万円までの世帯は月額4600円
  • 年間所得890万円以上の世帯は3万7200円

です。

なお、昼食・おやつを提供する場合や、行事・イベントなどで実費が発生する場合は利用者の自己負担となります。

6)障害福祉サービス等報酬改定

障害福祉サービス等報酬改定は3年に1回行われており、次の改定は2024年度(令和6年度)になります。要件を満たすことで基本報酬と別に得られる加算、事業所が認可(指定)基準を満たさない場合に基本報酬を減らされる減算について確認が必要です。

また、報酬改定によって公費負担の対象となる活動が変わる可能性があることに要注意です。2023年5月に公表された、厚生労働省「障害児通所支援に関する検討会報告書―すべてのこどもがともに育つ地域づくりに向けて―」では、ピアノや絵画等の支援について「これらのみを提供する支援は、公費により負担する児童発達支援として相応しくないと考えられる」といった意見も示されており、単なる習い事のような活動は規制されていくかもしれません。

7)送迎サービスには子どもの置き去りを防止する安全装置が必要

多くの児発・放デイでは、障害福祉サービス等報酬の「送迎加算」もあって、自動車による利用者の送迎サービスを行っています。

こうした中、2022年9月に静岡県牧之原市の認定こども園で、送迎用バスに園児が置き去りにされ、亡くなる事件が起きたことを受け、2023年4月から児発・放デイにも、送迎用の自動車に子どもがまだ車内にいるのを見落とさないようにするブザーなどの装置を装備し、降車時に子どもの所在を確認することが義務付けられました。

対象となるのは、座席が2列以下の自動車を除く全ての送迎用の自動車です。3列シート車やマイクロバスなどを送迎サービスに使っている場合、経過措置が終了する2024年3月末までに対応が必要です。

なお、児発・放デイの送迎サービスは、道路運送法の旅客自動車運送事業には当たらず、ドライバーが第2種免許を持っている必要はありません。第1種運転免許を持っているスタッフや管理者が送迎を担当するのが一般的です。

8)日本版DBSの導入

政府は、子どもと接する職業に就く人に性犯罪歴がないことの証明を求める仕組み(日本版DBS)の導入に向けた検討を進めています。国会への法案提出は、この記事の執筆時点で未定ですが、児発・放デイが義務化の対象になる可能性もあります。

4 参考

■児童福祉法に基づく指定通所支援の事業等の人員、設備及び運営に関する基準■

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=424M60000100015_20230401_505M60000100048

■児童発達支援ガイドライン■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000117218.html#h2_free3

■放課後等デイサービスガイドライン■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000117218.html#h2_free2

■障害福祉サービス等報酬改定検討チーム■

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-syougai_446935_00001.html

■障害児通所支援に関する検討会■

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_27047.html

■こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議■

https://www.cfa.go.jp/councils/kodomokanren-jujisha/

以上(2023年11月作成)

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社会保険の適用拡大と「年収の壁」の問題から生じるリスクと対応について

1 社会保険の適用拡大と年収の壁について

パート・アルバイト(以下、「パート等」)への社会保険の適用拡大と「年収の壁」の問題には密接な関係があり、パート等の個人生活や中小企業経営に大きな影響を与えます。

いわゆる「年収の壁」の問題を、私たち企業経営者は、どのように受け止めるべきでしょうか。

パート等にとって社会保険の適用拡大は、年金制度や医療保険の充実等のメリットもありますが、厚生年金や健康保険の保険料(以下、「社会保険料等」)の負担で手取り収入が大幅に減少するため、保険料等の負担を避ける為に就業調整を行うことが想定されます。

一方、企業側は社会保険料の会社負担の増加は非常に大きなコストアップであり、人材不足の中で就業時間の確保の必要性と人件費の負担増の中で苦しい判断に迫られています。

また、人材不足の中で社会保険の適用拡大が影響を与えているのが「年収の壁」の問題です。「年収の壁」とは、パート等で働く人が一定の年収を超えると配偶者の扶養を外れて社会保険料等の支払いが生じることで手取りの収入が減るもので、従業員が壁を意識して働く時間を抑えることが人手不足につながっていると指摘されています。そして、パート等への社会保険の適用拡大が進むことで、新たに「106万円の壁」の問題が生じる中小企業が増える事となります。そのため、人手不足への対応が急務となる中で、パート等が「年収の壁」を意識せず働くことができる環境づくりを支援するため、当面の対応として厚生労働省は「年収の壁・支援強化パッケージ」(以下、「支援強化パッケージ」)に取り組むこととなっています。足元で賃上げが進む中、年収の壁を超えないように就業時間を減らすパートや派遣社員が増えている現状から脱却するためにも、新たな対策で深刻な人手不足に歯止めをかけ、優遇策を通じて企業にさらなる賃上げを促すことが重要です。

2 社会保険の適用拡大について

パート等への社会保険の適用は、従業員数501人以上の企業には2016年10月から義務付けられていましたが、2022年10月からは従業員数101人~500人の企業、来年2024年10月からは従業員数51人~100人の企業にも義務付けられます。

なお、この従業員数は「現在の厚生年金保険の適用対象者」であり、フルタイムの従業員と週労働時間及び月労働日数がフルタイムの3/4以上の従業員数の合計の人数となります。また、社会保険の適用対象となるパート等については4つの要件を全て満たす方となります。

一つ目は、週の所定労働時間が20時間以上30時間未満であることで、二つ目は、所定内賃金が月額8.8万円以上であること。3つ目が、2ヶ月を超える雇用の見込みがあることで、最後の四つ目が学生ではない事です。

それらの要件を満たすパート等が在籍する企業については、4つのステップで準備を進める事が求められています。

最初に適用者数と負担する保険料の把握を行い、次のステップで社内及び適用対象者へ周知を行います。ステップ3では必要に応じて説明会や個人面談を行い、社会保険の加入メリットや保険料等の案内が求められ、その上でオンライン上での事務手続きを行います。

しかし、企業の財務面を考えると適用拡大は非常に厳しく、社会保険の対象となるパート等が20人で、一人あたりの年収が120万円(月10万)の場合では、企業の負担は年間約350万円も増える事になります。また、当然従業員にも同様に約15%程度の負担が発生するため、手取額を維持しようと思うと年約21.6万円(約18%)の上乗せが必要となり、企業としては賃上げ分で432万円(差額21.6万×20名)、社会保険料で約410万円の合計約842万円もの負担増が生じ、企業の財務に非常に大きなマイナス影響を与えることになります。

社会保険の適用拡大のイメージ

(出典:厚生労働省 社会保険適用ガイドブック)
参考HP:https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/jigyonushi/

3 年収の壁に対する支援強化パッケージと企業の対応について

上記の問題等を踏まえて、厚生労働省は「年収の壁」に対する当面の対応としての支援強化パッケージを公表しました。

ここでは詳細には記載しませんが、「106万円の壁」に対しては、キャリアアップ助成金のコースを新設し、パート等が保険料等の支払で手取り収入の減少を意識せずに働けるように、労働者の収入を増加させる取組を行った事業主に、労働者1人当たり最大50万円の支援を行います。

また、「130万円の壁」に対しては、パート等の年収が一時的に130万円以上となる場合は、事業主の証明を添付することで、迅速に被扶養者認定が可能になりますが、あくまでも「一時的な事情」として認定を行うため、同一の者について原則として連続2回までが上限となります。

しかし、来年2024年10月以後は更に51人以上の企業にも「106万の壁」の問題が生じ、将来的には規模の要件が撤廃され、全ての中小企業に影響が及ぶ可能性もあるため、早急に対応を検討する必要があるでしょう。

人手不足が叫ばれる中、パート等に出来るだけ長い時間働いてもらうには、従業員の手取り額を減らさない取組が必要になりますが、それには更なるコストアップが伴います。そのため、当面の措置としてはご紹介した支援強化パッケージ等を活用することが求められますが、今回の措置はあくまでも時限措置であり、不公平との指摘もあるため、将来的な事を考えると、早い段階で生産性を向上させ、福利厚生等の充実によって魅力的な職場となることが求められます。

それらを実現する一つの手段として、今年の8月31日から拡充された「業務改善助成金」が考えられます。これは、事業場内の最低賃金(事業場内で最も低い時間給)を一定額以上引き上げるとともに、生産性向上に資する設備投資等を行った中小企業・小規模事業者に対し、その設備投資等に要した費用の一部を助成するものであり、活用によって処遇を改善してモチベーションを高め、生産性の向上に繋げていくことが考えられます。

また、魅力的な職場を目指して、パート等に対する新たな福利厚生制度や退職金制度等を導入し、手取の減収分を埋める等の対応も考えられます。こちらも導入によって費用は増加しますが、社会保険料の算定対象には入らないため、費用増加を抑える事が可能になると考えられます。しかしながら、適切な制度設計と運用を行わなければ福利厚生費用として認められないケースや、退職金として認められないケースが生じ、税法上の不利益等を被る可能性があるため注意が必要です。

何れにしても、社会保険の適用拡大によるコストの増加、「年収の壁」による労働力不足の可能性といった避けられないリスクに対して、企業として如何に向き合い、対応していくかが問われています。

パート・アルバイトで働く方の「年収の壁」に対する意識

(出典:厚生労働省 年収の壁・支援強化パッケージ)

令和5年度業務改善助成金のご案内

(出典:厚生労働省 令和5年度業務改善助成金のご案内)

以上(2023年11月)

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提供:ARICEホールディングスグループ( HP:https://www.ariceservice.co.jp/
ARICEホールディングス株式会社(グループ会社の管理・マーケティング・戦略立案等)
株式会社A.I.P(損保13社、生保15社、少額短期3社を扱う全国展開型乗合代理店)
株式会社日本リスク総研(リスクマネジメントコンサルティング、教育・研修等)
トラスト社会保険労務士法人(社会保険労務士業、人事労務リスクマネジメント等)
株式会社アリスヘルプライン(内部通報制度構築支援・ガバナンス態勢の構築支援等)

【朝礼】「上機嫌」でいるために実践したい2つのこと

おはようございます。今日は皆さんに、日々仕事をしていく上でぜひ心掛けてほしいことをお伝えしたいと思います。

私の知り合いの経営者には6歳の子どもがいるのですが、子どもに「ある英才教育」をしているそうです。それは、「誰に対しても、いつもご機嫌に、ニコニコ笑顔で握手して挨拶すること」です。将来どのような世界で生きていくとしても、これが一番大事だと、その経営者はよく言います。

この話は極端かもしれませんが、私は共感しています。社内外さまざまな人と関わりながらビジネスを進める中で、「自分で自分の機嫌を良くする、気持ちをアゲる」ことの大切さを日々実感しているからです。

不思議なもので、「機嫌」は人に伝わりますし、うつります。皆さんもおそらく経験があるでしょう。不機嫌に仕事をしていると雰囲気は悪くなり、やり取りもギスギスし、話もしにくくなります。特に上の立場の人が不機嫌だと顕著です。良いアイデアが生まれるどころか、ピリピリしたムードが続いてコミュニケーションがうまくいかず、ミスやトラブルにつながってしまいます。

逆に上機嫌でいると、雰囲気も良くなり、会話も弾み、人も情報も集まってきます。機嫌の良さは周りにも伝播するので、活発に意見交換できたりアイデアが出てきたりもします。何より、「上機嫌な人」は周りから好かれます。不機嫌と上機嫌、どちらがいいかは言うまでもありません。

私の好きな言葉に、イギリスの作家、ウィリアム・メイクピース・サッカレーの「上機嫌は、人が着ることができる最上の衣装である」という名言があります。意味や背景はあまり明らかになっていませんが、私は「人は、相手やTPOなどに応じてさまざまな装いをするけれど、どんな素晴らしい格好よりも、上機嫌でいること、それが一番の装いである」という意味だと解釈しています。

そして、私が特に大切だと感じるのは、上機嫌という装いは「自分で選んで着ることができる」点です。要は、上機嫌で気持ち良く日々仕事を進められるかどうかは、自分の心持ち次第ということです。そこで皆さん、ぜひ次の2つのことを実践してみてください。

1つ目は、まず、「自分の機嫌」に気付くことです。自分が今、不機嫌になっていないか、言動を振り返りましょう。舌打ち、乱暴な言葉遣いや振る舞い、ネガティブな物言いなど、周りを不快にさせる不機嫌な言動を取っていないか、客観的に自分を振り返ってみるのです。

そして2つ目、もし自分が不機嫌だと感じたら、とにかく「笑うこと」です。たとえ不機嫌でなかったとしても気持ちがアガるので、声を出して笑うことは本当にお勧めです。

自分の機嫌は、自分でコントロールできます。今日から1日1笑い、声を上げ、気持ちもアゲていきましょう。皆さんの素晴らしい「上機嫌な装い」を、ぜひ見せてください。

以上(2023年11月)

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画像:Mariko Mitsuda

多様化する働き方。給与と外注費の違いをしっかり認識して損をしないようにしよう

書いてあること

  • 主な読者:正社員に限らず、雇用形態が多岐にわたる会社の経営者、経理担当者
  • 課題:給与と外注費とでは、税金面や社会保険の取り扱いが異なる
  • 解決策:「依頼業務の遂行状況」「会社の指揮監督の有無」「報酬の支払いタイミング」「業務に必要な用具・材料などの支給の有無」から総合的に見てどちらになるかを判断する

1 同じ費用でも給与と外注費は明確に区別すべし

働き方が多様化し、社員だけではなく業務委託を利用することも一般的になりました。そうした中で出てくる疑問が、

支払った報酬は給与と外注費のどちらか?

ということです。人を雇用して支払う対価は「給与」、業務委託契約などに基づいて支払う対価は「外注費」と呼びますが、会社にとってはいずれも費用です。

とはいえ、ひとくくりにしてはいけません。なぜなら、

給与と外注費とでは消費税や源泉所得税、社会保険の取り扱いが異なる

からです。両者の取り扱いを間違えると、税務調査や年金事務所の調査などで指摘され、

思わぬ税金や社会保険の負担を強いられる恐れがある

のです。この記事を読んで、両者の違いや判断基準を明確にして、適切な処理を心がけましょう。

2 まずは給与と外注費の主な違いを把握

1)所得の区分と源泉徴収

給与は、それを受け取った人の「給与所得」となります。そのため、給与を支払う会社は、

給与所得としての源泉徴収を行う

必要があります。

一方、外注費は、それを受け取った人の「事業所得」に該当する場合が多いです。外注費を支払う会社は、

源泉徴収は必ずしも行わなくてよい

ことになります(原稿料や講演料といった例外もあります)。このため、外注費を受け取った側は、源泉徴収が行われない代わりに所得税の確定申告をしなければなりません。

給与に対して源泉徴収を行うのは会社の義務です。そのため、会社が外注費として支払い、源泉徴収を行っていなかった場合でも、税務調査で給与に該当すると指摘されると、会社は

  • 未徴収であった源泉所得税を国に納めなければならない
  • 加算税なども課される

ことになります。

国に納めた源泉所得税分については、外注費の支払先に返還を求めることもできますが、すでに契約を解約済みで連絡が取れないケースも出てくるので注意しましょう。

2)消費税の取り扱い

消費税は「事業者が事業として行った取引」について課される税金です。そのため、次のような違いがあります。

  • 雇用契約によって支払われる給与は、労務の対価なので消費税は課されない
  • 外注費の支払い時には、消費税が課される

このような違いがあるのは、会社と個人が業務委託契約を結び、これによって「役務(サービス)の提供を行っている」と考えるからです。

外注費として支払う場合、会社は外注費に消費税を上乗せして支払い、その支払った消費税は、仕入税額控除(消費税の計算上、控除できる金額)の適用を受けることになります。ただし、税務調査で「給与」と指摘された場合は仕入税額控除が認められず、その分の追加納税と加算税などが課されることになるので注意しましょう。

3)社会保険や雇用保険の取り扱い

会社は、一定の条件を満たす従業員を雇用契約によって雇用し、給与を支払う場合、

その従業員を社会保険や雇用保険(以下「社会保険等」)に加入

させなければなりません。これに対して、業務委託契約などによって外注費を支払うケースの場合、その支払い先を社会保険等に加入させる必要はありません。

このため、外注費として支払い、支払先を社会保険等に加入させていなかった場合でも、年金事務所などの調査で「雇用契約があるので社会保険等に加入させる必要がある」と判断された場合には、

  • 加入手続きに関する事務の手間が増える
  • 未納付分の社会保険料等について納付する
  • 本人負担分の保険料を外注費の支払い先から返還してもらう

必要が出てきます。また、社会保険料については、会社負担分(法定福利費分)についてコストの増加に繋がることになりますので注意しましょう。

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3 給与と外注費が分かれる4つの判断基準

気になるのは給与と外注費のどちらになるのか、その判断基準です。これは契約書の名称といった形式だけでは判断されず、主に次の4つの項目から判断されます。

  1. その役務提供の内容が、他者で代替できるものかどうか
  2. 役務の提供に当たり、会社側の指揮監督を受けるかどうか
  3. 既に提供した役務に対する報酬の請求ができるかどうか
  4. 役務の提供に必要な用具・材料等を支給されているかどうか

これらは「全て満たしていないといけない」とか「1つでも欠けるとNG」といったようなものではありません。あくまでも総合的な観点から最終的には判断するため、事案が生じた際には税理士や社会保険労務士などの専門家に相談するようにしましょう。

1)その役務提供の内容が、他者で代替できるものかどうか

外注の場合、極端に言えば依頼された業務が完了・完成すればよいので、必ずしも依頼された外注先本人が業務を担当する必要はありません。つまり、依頼された外注先が雇っている従業員などが仕事をしても良いということになります。

これに対し、給与は従業員の労働の対価として支払われるものなので、従業員本人が労働という役務を提供することになり、誰かが取って代わることは基本的にできません。

2)役務の提供に当たり、会社の指揮監督を受けるかどうか

これは特に重要で、業務の依頼者(会社)の指揮監督を受けるものは給与、受けないものは外注として判断されます。このため、タイムカードなどで時間が管理されていたり、作業時間や休憩時間が指定されていたりすると、給与と判断される可能性が高くなります。

3)既に提供した役務に対する報酬の請求ができるかどうか

外注では依頼された仕事が完了・完成して初めて報酬を請求することができます。一方、給与では仮に業務が完了しなかったとしても、労働時間に対する給与の支払いを請求することができます。つまり、外注の場合には、外注先が受託業務に対するリスクを負っているということになります。

4)役務の提供に必要な用具・材料等を支給されているかどうか

給与の場合、従業員が働く上で必要な用具や材料は会社が準備します。これに対し、外注の場合には、外注先が必要な用具などを自分で準備する必要があります。そのため、外注の場合には必要な用具の購入費用や材料の仕入値といったことも考慮して報酬が決められることが多くあります。

4 判断を誤りやすいケース

1)従業員だった人を業務委託に切り替えた場合

従業員として雇用していた人を業務委託契約に切り替えるケースがあります。この場合、形式的に業務委託契約書を結ぶだけで、実態は従業員の時と何も変わっていないようなら、外注費が給与として認定される可能性が高いです。つまり、契約を切り替えても、出勤時間や退勤時間が決められており、会社が準備した用具を使用して仕事をし、業務完了の有無に関わらず報酬が支払われているといったケースは注意が必要です。

従業員を業務委託に切り替える場合は、契約書の名称だけにとらわれず、外注先となる従業員と綿密に話し合い、具体的にどのような形で業務を進めるのか決定しましょう。これは給与か外注費かの判断もさることながら、対価の支払いに関する金銭トラブルを避けるためにも重要です。

2)発注元が1社だけの場合

外注先が特定の1社に専属して業務受託している場合は注意が必要です。この場合、外注先からすれば業務を受託しているのは1社しかないため、発注元の従業員と一緒に仕事をしているケースが多いからです。1社に専属して業務受託することが悪いわけではありませんが、結果として発注元の指揮監督のもとで業務を行っていることを理由に外注費が給与と指摘される可能性があります。

3)完全歩合制の場合

完全歩合制は外注費になると誤解されがちですが、完全歩合制であること自体は、給与か外注費かの判断においてはあまり関係がありません。完全歩合制ということは、契約の獲得といった依頼業務の完了をもって対価を受け取ることができるとも言えますが、それは1つの側面に過ぎません。あくまでも紹介した判断基準をベースに、総合的な観点から判断されるので注意しましょう。

以上(2023年11月作成)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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過去最大の引き上げ額 最低賃金引き上げによる企業への影響と実務

1 地域別最低賃金制度と2023年度引き上げ額

地域別最低賃金が、過去最大の引き上げ率により、全国加重平均1,002円へと改定されてから2か月が経過しました。都道府県別に見ると、最高は東京都の1,113円で、最も低い岩手県では、従前から39円引き上げられて893円となっています。政府の最重要課題に位置付けられた賃上げを実行する形での改定となりましたが、企業ではどんな影響があるのか、求められている実務的対応とともにまとめました。

毎年10月に改定される地域別最低賃金は、夏頃に中央最低賃金審議会で答申が取りまとめられ、都道府県労働局長が決定します。労働者代表、使用者代表と公益代表の各同数による委員で、賃金に関する実態調査結果などの各種統計を参考に、審議が行われています。こうして決定された地域別最低賃金の全国加重平均が千円を超えるのは初めてのことであり、昨年度に引き続き、2年連続で過去最大の引き上げとなりました。

この地域別最低賃金は、アルバイトや臨時等の雇用形態や呼称に関係なく、原則としてすべての労働者に適用されます。もちろん、試用期間であっても最低賃金を下回ることはできません。実際に支払われた賃金が最低賃金額を下回っていた場合は、法律上、最低賃金額と同様の定めをしたものとみなされるため、不足分は未払い賃金となり、労働者は支払請求をすることができます。

2 地域別最低賃金額を正しく満たしているか確認する方法

ここで、最低賃金の対象となる賃金を確認してみましょう。実際の賃金は、時間外手当や休日手当、さらに皆勤手当や通勤手当等、さまざまな手当から成り立っていることが多いですが、これらすべてを対象として最低賃金の時間額を計算することはできません。つまり、最低賃金の対象となるのは、「毎月支払われる基本的な賃金」であり、割増賃金や臨時に支払われた賃金等を含めることはできません。さらに、毎月支払われる賃金であったとしても、精皆勤手当や通勤手当、家族手当は最低賃金の対象とはならないことに注意が必要です。具体的には、実際に支払われる賃金から次の賃金を除外したものが最低賃金の対象になるとともに、その賃金額が、地域別最低賃金額を満たしていなければなりません。

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初めての職場つみたてNISA 2024年1月からの改正点も踏まえて解説!

書いてあること

  • 主な読者:社員の資産形成をサポートするために、職場つみたてNISAの導入を検討している経営者・人事労務担当者
  • 課題:そもそもどういう制度なのかがよく分からない。iDeCo+(イデコプラス)など他の制度と比較してどうなの?
  • 解決策:会社が社員のNISA口座の開設や株式などの購入手続きを支援する。投資金額の一部を会社が支援することも可。投資可能額が大きく、途中引き出しもできる

1 「人生100年時代」の資産形成……社員をどうサポートする?

「人生100年時代」ともいわれる現代において、長い老後生活に向けた資産形成はますます重要になってきています。社員の資産形成をサポートする会社も少なくありません。

かつては資産形成のサポートというと、退職金制度一択でしたが、「定年まで同じ会社で働く」という価値観が薄れている昨今、退職金制度の存在意義を疑問視する声もあります。

そのような状況で、社員の資産形成をサポートする方法として注目されているのが「職場つみたてNISA」です。「職場つみたてNISA」は、2024年1月に実施予定のNISA制度の改正もあり、社員にとってメリットが大きい制度となっています。

そこで、この記事では

  • 職場つみたてNISAがどういう制度なのか
  • どういう社員が多い会社に職場つみたてNISAが向いているのか

をNISAに詳しくない人にも分かりやすく解説します。2024年1月の改正内容やiDeCo+(イデコプラス)との比較についても紹介するので、ぜひご確認ください。

2 そもそも「NISA」って何なの?

「職場つみたてNISA」に触れる前に、まずは「NISA」について簡単に説明します。

NISAとは、「NISA口座」と呼ばれる口座を使って個人が株式投資などを行った場合、毎年一定金額の範囲内で得た利益が非課税になる(税金がかからなくなる)制度のこと

です。

通常、投資で得た利益には約20%の税金がかかります。例えば、100万円で購入した株を120万円に値上がりしたタイミングで売却した場合、利益20万円(120万円-100万円)に対して約4万円(20万円×約20%)の税金がかかるイメージです。しかし、NISA口座で投資すれば利益が非課税になるため、約4万円の税金は発生せずに、利益20万円を全て受け取れます。

また、NISAは年間投資可能額や非課税期間、対象年齢などによって「一般NISA」「つみたてNISA」「ジュニアNISA」の3種類に分かれおり、このうち一般NISAとつみたてNISAが、この後紹介する「職場つみたてNISA」に対応しています。

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 一般NISAは、年間投資可能額が120万円と高額ですが、非課税保有期間は5年間と短くなっています。一方で、つみたてNISAは年間投資可能額が40万円と低額ですが、非課税保有期間は20年間と長いことが特徴です。

3 職場つみたてNISAとは?

さて、ここから本題の職場つみたてNISAについて見ていきます。職場つみたてNISAとは、会社が、社員のNISAを使った資産形成を支援する制度です。通常、NISAは個人が口座開設手続きや投資商品の購入手続きを行いますが、

職場つみたてNISAとは、会社が社員のNISA口座の開設や株式などの購入手続きを支援することが特徴

です。

まず、会社は証券会社などのNISA取扱事業者と契約し(契約時に一般NISAか、つみたてNISAのいずれかを選択)、NISA取扱業者が社員に対して説明会等を実施します。社員は任意でNISA口座を開設し、NISA取扱業者が選定する金融商品の中から投資対象を指定して、投資を行うという仕組みです。

指定した金融商品は毎月同額購入します。投資資金は、給与天引や口座引落で支払います。なお、会社が「奨励金」として投資金額の一部を支援することも可能です。奨励金制度を設ければ、社員が職場つみたてNISAを利用するメリットはより大きくなるでしょう。

1)職場つみたてNISAの特徴

職場つみたてNISAの特徴は次の通りです。

  • 職場で相談できるため、NISAを始めやすい
  • NISA取扱業者から情報提供が受けられる
  • 自動で長期分散投資ができる
  • 少額から投資を始められる
  • いつでも引き出せる
  • 福利厚生として始めやすい
  • 奨励金は損金になる

職場つみたてNISAの最大の特徴として、職場で説明会などを実施するため、社員同士での相談がしやすく、資産形成に取り組むハードルが低いことが挙げられます。また、基本的に毎月同額を積み立てるため、長期的な分散投資が可能です。

さらに、職場つみたてNISAで運用するお金は社員が好きなタイミングで自由に引き出せます。他にも、会社が奨励金を出す場合、奨励金を全額損金として計上できるのも会社にとってはメリットです。

2)どういう会社に向いているの?

職場つみたてNISAは比較的簡単に導入できる福利厚生制度で、人材不足や社員の離職に悩む会社、若い社員が多い会社などにおすすめです。イメージは次のような会社です。

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3)どうすれば導入できるの?

次に、実際に職場つみたてNISAを導入する場合の手続きを見ていきましょう。日本証券業協会が公表する導入までのスケジュール例は次の通りです。あくまで例ですので、実際に導入する際は、金融庁や職場つみたてNISAを取り扱う金融機関に相談してください。

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金融庁や金融機関から詳細は案内されるため、基本的には案内に沿って導入手続きを進めます。利用規約等は日本証券業協会ウェブサイトにひな型があるので、参考にするとよいでしょう。なお、スケジュール例の通り、導入までにある程度時間がかかることに注意してください。

4)2024年1月から制度はどう変わる?

現在、職場つみたてNISAは「一般NISAか、つみたてNISAのいずれか」を会社が制度導入時に選択する仕組みになっています。この仕組みが2024年1月から変わります。具体的には、

一般NISAが「成長投資枠」に、つみたてNISAが「つみたて投資枠」に名称変更され、両者を併用することが可能

になります。つまり、制度導入時に一般NISAかつみたてNISAかの選択で迷う必要がなくなるのです。

5)職場つみたてNISAとiDeCo+、どっちがいい?

社員の資産形成サポートで、よく話題に上がるのが「iDeCo+(イデコプラス)」です。

iDeCo+とは、社員が自分で掛金を拠出する個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」に、会社が追加して掛金を拠出できる中小企業限定の制度

で、正しくは「中小事業主掛金納付制度」といいます。iDeCo+も、NISAと同様、投資で得た利益が非課税になります。また、掛金が所得控除の対象となるため、毎年支払う所得税や住民税を抑えられます。

ここで、「2023年12月までの職場つみたてNISA」「2024年1月からの職場つみたてNISA」「iDeCo+」の制度内容を比較してみましょう。

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2024年1月からの職場つみたてNISAは、最大で年間360万円(成長投資枠240万円+つみたて投資枠120万円)の投資が可能になります。また、非課税期間も無期限になるため、より長期投資向きの制度といえるでしょう。

一方で、iDeCo+は、図表の通り導入できる会社に制限があります。また、原則として60歳にならないとお金を引き出せないため、急にお金が必要となる可能性の高い若手社員などには向いていないかもしれません。ただし、所得控除により、所得税や住民税を抑えられる点は、職場つみたてNISAにはないメリットです。

職場つみたてNISAとiDeCo+は併用が可能なため、場合によっては両方を導入することを検討してみてもいいかもしれません。

3 資産形成のシミュレーション

職場つみたてNISAを使って資産運用をしたら、実際にどれくらい資産が増えるのかシミュレーションしてみましょう。

【シミュレーションの条件】

  • 社員の拠出分と会社の奨励金を合わせた毎月の投資額が月5万円
  • 積立期間は5年間・10年間・20年間・30年間の4パターン
  • 運用利回りは年利1~6%の6パターン

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運用期間が長く運用利率が高いほど、資産を大きく増やせます。例えば、年利6%で30年間投資を続けた場合、5000万円を超える資産を築くことが可能で、運用による利益は3200万円を超えます。

ただし、投資は最初から運用利率が決まっているわけではなく、経済動向や投資対象によって運用成績が異なります。つまり、元本割れするリスクもあるということです。職場つみたてNISAを導入する際は、社員にこうしたリスクについて周知することが大切です。

以上(2023年11月作成)
(監修 社会保険労務士法人AKJパートナーズ)

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画像: hearty-Adobe Stock

【中堅社員のスピーチ例】ピカソの絵が「落書き」でない理由

おはようございます。今日は、私が先週の休みに美術館に行ったときのことをお話しします。私は正直、美術はあまり詳しくないのですが、美術館の静かな雰囲気が好きで、時間のあるときにたまに足を運びます。今回美術館で鑑賞したのは、あの有名なパブロ・ピカソの絵です。

ピカソといえば、目は正面を向いているのに鼻が横を向いているなど、一見子どもの落書きのようにも思えてしまう、独特の画風が特徴です。5人の女性を描いた「アビニョンの娘たち」や、戦争の恐怖を描いた「ゲルニカ」などは特に独特ですね。専門的な言葉を使うと、あの画風は「キュビズム」といって、複数の視点から見たイメージを、一枚の絵の中に集約するという試みなのですが、そういったことを知らない人間からすると、どうも「変わった絵」というイメージが先行します。私は昔から、ピカソの絵がなぜ世間から評価されているのかが疑問だったのですが、今回行った美術館で、その答えになるかもしれない、ちょっとした発見がありました。

実は、今回美術館で私の目を引いたのは、ピカソが10代から20代前半の頃に描いたとされる絵でした。恥ずかしながら、私はピカソの若い頃をほとんど知らなかったのですが、その頃の彼の絵は、まるで写真を撮ったかのように精巧で美しいのです。それもそのはず、ピカソと同じく画家だった彼の父親が、ピカソを早くから美術学校に通わせ、絵の才能を徹底的に磨き上げたからです。

ただ、ピカソは自身の才能が研ぎ澄まされていくうちに、「目で見たものをそのまま描くのではなく、心で感じ取った通りに表現したい」と考えるようになり、父や学校から教わった写実的な絵の描き方を脱却して、他のスタイルを模索するようになりました。そんな挑戦の中で彼が行き着いたものの1つが、キュビズムだったわけです。

ピカソがキュビズムに目覚め、その最初の作品として「アビニョンの娘たち」を描いたとき、一部の画家や画商は「ピカソが革命的なことをやろうとしている」と気付いたそうです。それは、ピカソが基本となる写実的な絵の世界でしっかりと研鑽(けんさん)を積み、実績を残してきたからではないでしょうか。彼が何の下積みもなく、いきなりキュビズムの絵を描いていたら、誰からも見向きもされず、「落書き」と一蹴されて終わっていたかもしれません。

私たちも自社の商品やサービスについて、常に「新しいアイデア」を探していますが、何の下積みもなく、単に奇抜なことをやっても周りはなかなか認めてくれません。基本となる確かな知識や技術があるからこそ、地に足の着いたアイデアが生まれますし、アイデアを誰かにプレゼンするときも「これまで基本に忠実だった人が、新しい挑戦をしようとしている。面白そうだから話を聞いてみようかな」と、前向きに受け取ってもらえるように思えます。王道をしっかりと歩んだ先に、初めて新しい道が見えてくるのです。

以上(2023年11月)

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画像:Mariko Mitsuda