地域商社の成功事例 強さの最大の源泉は「地元愛」

書いてあること

  • 主な読者:地域商社との取引がある、あるいは取引開始を検討中の経営者
  • 課題:取引すべき地域商社を知るために、どのような地域商社が成功しているのか知りたい
  • 解決策:成功している地域商社の事例を参考に、成功している地域商社の特徴を押さえる。最後に重視すべきは「地元愛」の強さ

1 取引したい、取引すべき地域商社とは?

近年、数を増やしている地域商社。この記事では、地域商社の成功事例を紹介します。成功している地域商社の事例から、自社の発展の強い味方になってくれる地域商社にはどのような特徴があるのかを知るための参考にしてください。

なお、ここ数年の地域商社の動向と分類に関しては以下のコンテンツで紹介していますのでご参照ください。

2 地域の課題解決のためにビジネスの視点からアプローチ

1)地域商社の概要

社名:karch(カーチ、北海道上士幌町)

事業領域:プロデュース、地域内調整(観光事業が中心)

設立母体:上士幌町(50%超出資)、旅行業・観光事業者、ガス会社、新聞社、地域金融機関

2)町内の観光資源のマネタイズが使命

karchは、上士幌町が50%超を出資する第3セクターの地域商社です。大雪山国立公園の麓の十勝平野北端に位置する同町の主な産業は、5000人弱の人口に対して約4万7000頭の牛を飼育する酪農業と、「日本一広い公共牧場」であるナイタイ高原牧場や旧国鉄士幌線コンクリートアーチ橋梁群などの資源を活用した観光業です。

karchは2018年5月、強風で倒壊したナイタイ高原牧場レストハウスの再整備(ナイタイテラス、2019年6月オープン)と、町内への道の駅の開設(道の駅かみしほろ、2020年6月オープン)という、町の2つの大きな構想の運営主体の受け皿として設立されました。社名は、「上士幌の価値(カーチ)を見出す、伝える」ことを目指して名付けられました。現在のkarchの事業統括で、設立時は町役場の商工観光課の職員として設立に関わった石井竜也さんは、「2つの観光施設の運営だけでなく、町内の魅力的な観光資源を観光ビジネスという観点からマネタイズし、地域に経済効果をもたらすために、DMO(観光地域づくり法人)のような株式会社の組織が好ましいということになった」といいます。

画像1

3)コロナ禍の逆風に早期に対応

2つの観光施設は、オープン早々にコロナ禍の影響を受けました。特に道の駅は、コロナ禍によってオープン自体が1カ月遅れるなど、初年度から当初計画を下回っています。逆風下でのスタートでしたが、karchは早期に対策を打つことで、損害を最小限に食い止めました。

売り上げを補うのに最も貢献したのは、ふるさと納税業務でした。2021年度に全体の売上高の2割以上に当たる1億700万円の売り上げを叩き出し、飲食部門のマイナスを補いました。石井さんは、「主力商品の乳製品の知名度が高いこともあり、もともと町のふるさと納税のポータルサイトは、都市部の多くの方に見てもらっていました。そこで、町の担当者からのアドバイスをもらいながら、人気商品のラインアップを増やすなどの変更を行った」といいます。

道の駅については、オープンからこれまでの3年間、常にショップや品ぞろえの見直しを図っています。3つのテナントショップのうち、直営店舗だった1店も委託に切り替え、自社のリスクを軽減しました。その一方で、物販店での自社開発商品のラインアップについては、当初の10種類弱から約40種類へ増やしました。また、レストランのメニューをコース料理からプレートメニューに変更して価格帯を下げるとともに、開店時間を早めて車中泊の観光客向けのモーニングを開始。石井さんは、「コロナ禍で観光客の動向が変わっている。リスクマネジメントは行いつつ、やれることはできるだけ早く手を打っていかないと取り残されてしまう」と話します。

4)地域の課題を解決するための起点になれる商社

karchの強みは、過半を出資する町と連携しながら、地域の課題解決に向けた町全体の合意形成の起点になる「課題解決型の地域商社」であることです。町内で合意形成を図る際には、採算性や費用対効果などの視点に立った地域商社ならではの強みも発揮できるといいます。

その1つが、電力小売り事業への参画です。町の課題の1つに、牛などの家畜のふん尿処理の問題がありました。この課題を解決するため、町役場や地元農協が主体となって処理施設を設置する一方で、処理の際に発生するバイオガスで発電した電力を販売する役割を、karchが請け負うことにしたのです。「一定の要件であれば大手の電力会社より安く提供できている」(石井さん)といい、2019年2月の事業開始から順調に利用者を増やし、今では柱の事業の1つとして安定収益を生み出すようになっています。

また、2021年12月と2023年3月に町内で開催した、約300機のドローンが夜空に絵を描く「ドローンショー」でも、karchは存在感を示しました。1974年に日本で初めて熱気球大会を開催して以来、毎年バルーンフェスティバルを開催している上士幌町は、同じ「空のコンテンツ」であるドローンを、物流、観光、遭難救助などに活用する取り組みに力を入れています。初回は、まだ他地域での開催も少なかった時期でしたが、ドローンショーによる誘客と町内の経済効果や、町のPRで期待される関係人口の増加など、町の活性化につながるメリットを示すことで、開催のための合意形成につながったといいます。実際に、2021年の第1回開催時は9日間で約1万2000人を集め、メディアにも取り上げられるなどの成果につながったそうです。

画像2

石井さんは、「町と当社は運命共同体。町の発展がなければ当社の発展もなく、町が衰退すれば当社の経営も成り立たない。その一方で、当社の経営状態が悪くては町の発展に貢献できない。町の課題解決のために、どのように解決するのか、誰と解決するのかを決め、実行していくことが、町と当社の発展につながる」と話しています。

3 地元の強みを活かして地元産りんごの輸出を拡大

1)地域商社の概要

社名:ファーストインターナショナル(青森県八戸市)

事業領域:流通(海外、農水産物が中心)

設立母体:商工会議所青年部の有志

2)地元産のりんごを世界に!

ファーストインターナショナルは、地元の特産品であるりんごなど、青森県や岩手県北部の農水産品の輸出などを手掛ける、貿易業を中心とした地域商社です。

同社は1994年9月、地元の八戸商工会議所青年部の有志たちが出資して設立しました。設立のきっかけは、1994年に八戸港に国際コンテナ定期航路が開設されたことでした。常務取締役の桜庭雅紀さんは、「当時の商工会議所青年部のメンバーが、地元に商社がなければ地域として国際航路が開設されたメリットにつながりにくいと考え、当社が設立された。八戸港を利用してりんごなどの地元特産品を自分たちの手で海外に届けたいという気持ちもあった」といいます。

設立に際して、海外との貿易に関する知見や実務経験がなかったので、大手商社出身の経験者を招いてノウハウやコネクションを取り入れました。

こうして設立されたファーストインターナショナルですが、知名度も規模もないため、販路の開拓は簡単ではなかったといいます。

3)地元企業のニーズを聞く

こうした状況を打破したのは、地域密着ならではの、「ニーズを聞く力」でした。最初の取引となった玉ねぎの輸入は、地元の青果卸問屋から玉ねぎを輸入したいという相談を受け、独自に輸入ルートを開拓したことで実現しました。

桜庭さんは、「地元の企業と情報交換を頻繁に行うようにしている。地元にいる利点を活かして、企業1社1社に対して、細かい対応をするように心がけている。輸出先からのニーズや要望があれば、それらを正確に伝えるようにしている」といいます。

同社では海外にも社員を派遣し、ニーズを探るようにしています。例えば、主に地元で水揚げされたサバなどの輸出先である中国やベトナムには、社員が毎年訪問し(2020年から2022年はコロナ禍により海外出張が中断)、取引先から何か商品や取引に問題がないか、新しい引き合いがないかなどを聞き、地元の企業に伝えているそうです。

画像3

りんごの輸出の拡大は、台湾へのルートの開拓からでした。「台湾はフルーツの消費大国なので、輸出先として一番のターゲットに考えていた」(桜庭さん)といい、地道にコンタクトを続ける中で、取引先を広げていくことに成功しました。当時、青森県産りんごは関西地方など他県の商社が多く取り扱っていたそうですが、ファーストインターナショナルは「生産地と距離が近い利点を活かし、青森県産りんごの魅力を伝えた」(桜庭さん)ことで、取引先からの信頼を得ていったといいます。今では青森県産りんごの輸出が、ファーストインターナショナルの主力ビジネスになっています。

画像4

4)地元愛の共有が自社の強みに

こうしてファーストインターナショナルは、設立して約30年が経過した現在、海外の取引先が18カ国に広がっています。

桜庭さんは自社の強みについて、「距離的にも、心理的にも地元に近いこと。1社1社にきめ細かい対応ができるだけでなく、地元の企業の方々に、なるべく地元の企業と取引したいという気持ちを持ってもらっていることが強みになっている」と話します。取引先との「地元愛」という思いを共有することが、地域商社の存在を高めているといえそうです。

以上(2023年8月作成)

pj50527
画像:ipopba-Adobe Stock

地域商社、ただいま増加中!取引で成果が上がる地域商社の選び方

書いてあること

  • 主な読者:地域商社との取引がある、あるいは取引開始を検討中の経営者
  • 課題:地域商社との取引を、成果が上がるものにしたい
  • 解決策:商品開発や販路開拓など、自社の取引目的に強みを持っている地域商社と協働する

1 増加を続ける地域商社との取引で成果を上げる!

地域商社とは、

地域密着の存在で、地域の事業者の活動をサポートしつつ、地域の商品(特産品等)を全国や海外に売り込み、地域や地域資源の価値を高めていく組織

です。日本商工会議所の調査では、2021年に84社となりました。

画像1

地域の特産品に関わっている経営者や、地域の発展に寄与したい経営者にとって、地域商社は有力な取引先となります。この記事では、取引で成果を上げるために、自社の目的に強みを持っている地域商社選びの参考になるよう、地域商社を事業領域や設立母体などで分類します。

なお、以下のコンテンツでは、地域の発展に貢献している地域商社の事例を紹介しますので、併せてご一読ください。

2 地域商社の多様な事業領域と設立母体

地域商社の業務内容と事業領域は、それぞれおおむね6つに分類することができます。

画像2

地域商社は同じような業務内容であっても、農林水産業、食品加工・販売業、観光事業など、得意とする業種が異なります。また、それぞれの地域商社が持っているノウハウやコネクションも異なります。地域商社と取引をする場合は、その地域商社の過去の実績を調べて、強みとしている業種や業務内容を押さえましょう。

また、地域商社の強みを知る上で、設立母体を把握しておくこともポイントになります。設立母体には、自治体や商工会議所、第3セクター、地域金融機関などがあり、複数の団体が共同出資しているケースもあります。

一般的に、設立母体に自治体が関わっている場合は、地域課題の発見や地域連携の拡大に有利といえます。自治体が中心となったアンテナショップや催事場での商品展開により、大都市圏などへ販路を開拓する機会を得られる可能性もあるでしょう。

また、地域金融機関や商工会議所が関わっている場合は、ビジネスマッチングのノウハウやコネクションが豊富だと考えられます。この他、DMO(観光地域づくり法人)は、観光客をターゲットにした商品開発を含めた観光事業に、業界団体や組合・個別事業者は、それぞれ従事する業種に特化した強みを持っているといえるでしょう。

画像3

3 地域商社の増加と設立母体の多様化の背景

1)政府による地方自治体への支援

政府は2014年からの「まち・ひと・しごと創生総合戦略」、2022年からの「デジタル田園都市国家構想」に基づき、自治体による地域商社の設立・拡大を支援しています。

2022年以降は、内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局と、内閣府地方創生推進事務局が地域商社の推進を担当しています。地域商社事業の設立・拡大や地域商社が活用する先導的な施設整備に取り組む自治体に対して、「デジタル田園都市国家構想交付金」を交付するなどして支援しています。

2)法改正で地域金融機関による設立が加速

2017年4月の銀行法改正により、銀行は金融庁からの認可取得を条件として、地域商社を含む「銀行業の高度化または利用者利便の向上に資する業務を営む会社」(銀行業高度化等会社)に対して、100%出資(従来は5%まで)することが可能となりました。

2019年10月には、金融庁が「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」を改正し、地域商社が銀行業高度化等会社であることを明確化するとともに、地域商社に出資する際の留意点(在庫の保有・製造・商品加工に携わることの制限など)を追記しました。また、銀行法で規定している内閣府令の改正により、投資専門子会社を通じた地域商社への議決権保有制限を40%未満にまで緩和(2021年11月に100%まで緩和)しました。

さらに、2021年11月の銀行法改正により、銀行が出資する地域商社も金融庁の認可を得れば、在庫の保有・製造・加工に携わることが可能になりました。また、信用金庫なども、銀行法の改正に準じる形での法改正が行われました。このため、2022年から信用金庫による地域商社の設立も始まっています。

以上(2023年8月更新)

pj50341
画像:pixabay

旅行者の健康増進に地域資源を活用!“追い風”が到来したヘルスツーリズム

書いてあること

  • 主な読者:新しい旅行サービスとしてヘルスツーリズムの展開を検討している経営者
  • 課題:ヘルスツーリズム関連市場の、コロナ禍後の動向と市場を取り込む方法を知りたい
  • 解決策:ヘルスツーリズムの類型や特徴を知り、観光地としたい地域に医学的価値があるかを調べる。ヘルスツーリズム大賞の受賞事例や政府の支援事業を参考にする

1 「旅行と健康」で、旅行者の心身と旅先の地域を元気に

高齢社会の進展と健康志向の高まり、そしてコロナ禍の行動制限の緩和などを背景に「旅行と健康」を組み合わせたヘルスツーリズムが注目されています。経済産業省によると、ヘルスツーリズムの国内市場は、

2019年の約2兆8600億円から、2030年には約4兆5200億円に成長する

と推計されています。さらに足元では、政府や自治体が

  • コロナ禍後の旅行支援
  • 観光客の誘致による地域活性化

を目的に、ヘルスツーリズムをはじめとした地域観光に対して、さまざまな支援や認証制度を行っています。心身を健康にし、地域の活性化にもつながるヘルスツーリズムに、今まさに“追い風”が到来したといえるでしょう。

この記事では、ヘルスツーリズムの展開を検討している経営者の方に、

  • ヘルスツーリズムの分類
  • ヘルスツーリズムで押さえるべき要点
  • 参考となるヘルスツーリズム大賞の事例

について紹介します。

2 ヘルスツーリズムの分類

ヘルスツーリズムとは

自然豊かな地域を訪れ、そこにある自然、温泉や身体に優しい料理を味わい、心身ともに癒され、健康を回復・増進・保持する新しい観光形態で、医療に近いものからレジャーに近いものまで含む

ものです(2012年に閣議決定の「観光立国推進基本計画」)。また、国連世界観光機関(UNWTO)によるとヘルスツーリズムには、

  1. さまざまな医療サービスや、科学的根拠に基づいた医療行為として病気などの予防・リハビリテーションが行われるメディカルツーリズム
  2. 運動、健康的な食事、リラクゼーションなどの癒やしによる病気などの予防や生活習慣の改善を目指すウェルネスツーリズム

の2種類があるとされます。

「医療に近いもの」がメディカルツーリズムで、「レジャーに近いもの」がウェルネスツーリズムといえます。それぞれの旅行プログラムの内容としては、図表1のようなものがあります。

画像1

メディカルツーリズムは高価な治療・健診などの医療資源を活かした滞在プランが多く、消費の中心はインバウンドとなっています。

一方で、ウェルネスツーリズムの範囲は幅広く、心身の健康やリフレッシュを目的とした旅行を好む国内外のあらゆる世代が消費者となっています。

3 ヘルスツーリズムで押さえるべき要点

経済産業研究所の上席研究員で、ヘルスツーリズムの研究を行っている関口陽一さんによると、ヘルスツーリズムが通常の観光旅行と異なるポイントは、

地域資源を近代医学に基づいた客観的な価値として旅行者に提供すること

だと言います。そのため、ヘルスツーリズムで押さえておくべきことは、

  • 地域の価値を伝えるエビデンスの蓄積・共有:他の地域と差別化を図るためにも、地域の価値を近代医学に基づいた客観的な価値にして蓄積し、自治体、事業者、医療機関などと価値を共有する
  • 関係者の連携:体験アクティビティを提供する事業者や飲食店、宿泊施設などの複数の関係者が連携し、複数のアクティビティを組み合わせたストーリー性のあるプログラムをつくる

ことだそうです。なお、地域の価値を伝える手段として、オンラインでのツアーやセミナー、相談会の開催などのデジタル技術の活用は、ますます欠かせなくなると言います。

4 参考となるヘルスツーリズム大賞の事例

1)参考となるヘルスツーリズム大賞

日本ヘルスツーリズム振興機構は、各地方でのヘルスツーリズムの取り組みを「ヘルスツーリズム推進地」としてウェブサイトで紹介しています。中でも次の3つの基準で優れた取り組みに対して、ヘルスツーリズム大賞を選出しています(2008年度から2018年度まで)。

  1. 科学的根拠に基づくプログラムに妥当性があり、ヘルスツーリズムの振興に寄与しているか
  2. 老若男女を問わず誰もが安心して楽しめるプログラムであり、バリアフリーの配慮があるか
  3. 地域の特性を活かし、地域振興や活性化に貢献しているか

ヘルスツーリズム大賞は該当なしの年度もあり、これまで7つの取り組みが選出されています。

画像2

大賞に選出された中で、メディカルツーリズムの参考事例として北海道豊富町「ミライノトウジ」(2017年度)を、ウェルネスツーリズムの参考事例として長野県飯山市「飯山市森林セラピー」(2010年度)を紹介します。

2)北海道豊富町「ミライノトウジ」の取り組み

1.地域資源

豊富町は北海道北部の町で、豊富温泉は日本最北の温泉郷といわれています。豊富温泉は温泉水に石油成分を含み、世界に2つ、日本にはただ1つといわれるほど珍しい泉質で、昭和初期から尋常性乾癬(かんせん)やアトピー性皮膚炎に悩む人々が湯治目的で訪れているそうです。

市内には利尻礼文サロベツ国立公園の一部であるサロベツ原野があり、ミライノトウジは、豊富温泉の泉質のPRを中心に、サロベツ原野の自然などの地域資源と連携した自然体験プランなどを提供しています。

2.取り組み

「仲間と一緒に楽しみながら心身ともに療養すること」をコンセプトに、次のようなコンシェルジュデスクによる支援の他、医療費控除と補助金などの取り組みを自治体として行っています。

  • コンシェルジュデスク:保健師、看護師、健康運動指導士が常駐し、専門的なアドバイスを行う他、ヨガ教室や健康講座、長期滞在客に対しての求人案内、湯治客同士の交流を目的としたイベントの企画
  • 温泉利用型健康増進施設に認定:施設利用料金、施設までの往復交通費について所得税の医療費控除を受けられる
  • 湯治留学生制度:アトピーなどに悩む小中学生を対象に入浴料免除や住宅費の一部補助が受けられる
  • オンライン相談会「アトピー広場」:コロナ禍で温泉に行きづらい人たちに向けて、豊富温泉の湯治に理解のある医師によるオンライン相談会を実施

■ミライノトウジ■

https://toyotomi-onsen.com/

3)長野県飯山市「飯山市森林セラピー」

1.地域資源

飯山市は、林野庁が普及を進める森林セラピー認定制度を活用して、森林セラピーの体験メニューを提供しています。同市には、ブナの樹林帯である「母の森・鍋倉山周辺」、約50キロメートルの自然散策道のある「母の森・斑尾高原」、修験道の山である小菅山のある「神の森・小菅神社と北竜湖」の3つの森林セラピーエリアがあります。

なお、森林セラピーとは、林野庁によると健康増進やリハビリテーションに役立てる科学的な根拠のある森林療法とされています。2023年6月現在、森林セラピーソサエティにより全国の56の森林が森林セラピー基地・ロードとして認定されています。森林セラピー基地とは、森林セラピーロード(生理・心理実験によって癒やしの効果が実証された歩道)が2本以上あり、健康増進やリラックスを目的とした包括的なプログラムを提供している地域のことです。

2.取り組み

森林セラピーを体験するためのメニューとして、次のようなものがあります。

  • 身体測定:医療機関でのメディカルチェックを受けた後に、身体測定をして森林セラピー後の変化を知る
  • 森の案内人による森林セラピー案内:森林ウオーキング、森林浴、森林ヨガ、ノルディックウオーキングなど
  • その他:温泉入浴、健康食、インストラクターによる季節に応じた自然体験など

■森林セラピー基地認定いいやま■

https://www.iiyama-therapy.com/

5 参考:ヘルスツーリズムに関する認証制度など

1)ヘルスツーリズム認証委員会「ヘルスツーリズム認証」

2018年に開始された認証制度です。消費者がその品質を一目で把握できるように、ヘルスツーリズム認証委員会がプログラムの内容および提供する事業者の取り組み体制を前述した3つの観点から評価します。

ヘルスツーリズム認証は、文書審査形式で審査され、初回有効期間は3年間となっています。初回審査費用は1つのプログラムにつき8万5000円(税別)です。

■日本ヘルスツーリズム振興機構 ヘルスツーリズム認証委員会■

https://htq.npo-healthtourism.or.jp/

2)厚生労働省「宿泊型新保健指導(スマート・ライフ・ステイ)プログラム」

2018年の「標準的な健診・保健指導プログラム(平成30年度版)」で盛り込まれた宿泊を伴う保健指導プログラムです。糖尿病が疑われる人などを対象に、ホテルや旅館など地域の宿泊施設や観光資源を活用しながら保健師・栄養士などが連携して提供します。

地域によって異なりますが、プログラムでは「生活習慣病予防についての個別面談や勉強会」「周囲の自然を楽しみながらのウオーキングなどの健康体験」「地元産の食材を使いつつ栄養バランスが取れた食事」「心身ともにリラックスできる温泉タイム」などが盛り込まれていて、ヘルスツーリズムのプログラムづくりの参考になります。

■宿泊型新保健指導(スマート・ライフ・ステイ)プログラム■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/sls/index.html

3)林野庁「森林サービス産業」

2018年に林野庁が始めた取り組みです。山村の活性化のために森林空間を健康、観光、教育などの分野で活用して新たな産業として創出することを目的としています。2020年度からは年度ごとに新たな産業創出のモデルとなる事業を募集しており、モデル地域の事例を参考にヘルスツーリズムのプログラムや企業の健康経営などの取り組みに役立てるためのエビデンスを集めています。

なお、前述の森林セラピーもモデル事業の1つとして取り上げられています。

■森林サービス産業■

https://www.rinya.maff.go.jp/j/sanson/kassei/sangyou.html

4)新・湯治

2018年に環境省によって提言された取り組みです。温泉地に滞在することを通じて、入浴だけでなく周辺の自然や歴史、文化などを楽しみ、心身ともにリフレッシュできるプログラムの提供や全国の温泉効果の把握と普及を図るものです。

温泉を通じた周辺の地域資源の活用はヘルスツーリズムの一環として捉えられています。

■チーム 新・湯治■

https://www.env.go.jp/nature/onsen/spa/spa_team.html

以上(2023年8月更新)

pj50318
画像:pixabay

廃棄食材がビジネスチャンスに!? 食品ロス削減に取り組む企業の事例10選

「廃棄食材」は、飲食業界にとって大きな問題です。農林水産省の調査によると、まだ食べられる食品が廃棄されてしまう「食品ロス」は、日本で年間523万トンも発生しています(2021年度の統計)。単に「もったいない」というだけの問題にとどまらず、地球環境にも悪影響を与えるため、SDGsの「12 つくる責任 つかう責任」の観点からも世界的に注目されています。
上の食品ロス523万トンのうち279万トンは、食品関連事業者が出す売れ残りや食べ残し、規格外品といいますから、廃棄食材の扱いに悩んでいる飲食店の経営者は多いでしょう。そこで紹介したいのが、近年食品ロスの対策として注目されている「アップサイクル」です。

アップサイクルとは、廃棄予定のものに新たな価値を加えて世に送り出すこと

です(例:カレー屋で残った炊飯米を利用してクラフトビールを製造・販売する)。
うまく廃棄食材をアップサイクルできれば、食品ロスを減らすだけでなく、新たなビジネスチャンスが生まれるかもしれません。とはいえ、いきなりアップサイクルと言われても「具体的に何をすればいいのか分からない、何だか難しそう」という方も多いでしょう。
そこでこの記事では、そんな飲食店の経営者の助けになるよう、アップサイクルの流れのイメージや、実際に食品ロス削減に取り組む企業の事例10選を紹介します。

1 アップサイクルの流れのイメージ

一口にアップサイクルといっても、その方法はさまざまです。ここでは2つのタイプに分けて、アップサイクルの流れと関係者を紹介します。イメージが伝わりやすいよう、図を交えて紹介しますので、自社に合った方法を探してください。

1)自社で出た廃棄食材をアップサイクルする

自社で出た廃棄食材をアップサイクルする場合、自社で直接加工して消費者に販売するケース、他社に加工を依頼して加工後の商品を販売するケースなどがあります。具体的な事例は後述しますが、流れのイメージは図表1の通りです。

自社で出た廃棄食材をアップサイクルする場合の画像です

消費者への販売方法もさまざまです。食品へアップサイクルするのであれば、来店する顧客への提供が考えられます。ほかにも、オンラインショップなどでの販売も検討してみてもいいかもしれません。実際に、アップサイクル商品であることを売りにオンラインショップなどで人気を集めている事例も多くあります。

2)他社から廃棄食材を仕入れてアップサイクルする

自社ではほとんど廃棄食材が出ない代わりに、他社で出た廃棄食材を自社で加工して販売・提供するケースもあります。例えば、農家が規格外や傷があるために廃棄するフルーツなどを仕入れて加工し、販売するといった具合です。流れのイメージは図表2の通りです。

他社から廃棄食材を仕入れてアップサイクルする場合の画像です

なお、図表2は、自社が他社(仕入れ先)から廃棄食材を仕入れて加工・販売するケースですが、自社が仕入れ先の立場であれば、すでにアップサイクルに取り組んでいる会社に依頼し、廃棄食材を引き取ってもらうことで食品ロスを減らすという対応も考えられます。

2 中小企業でもできる食品ロス削減の事例10選

実際に、中小企業でもできる食品ロス削減に向けたアップサイクルの事例を10個見ていきましょう。なお、図表3は以降で紹介する事例を

  • 自社の廃棄食材をアップサイクルするor 仕入れた廃棄食材をアップサイクルする
  • 食品にアップサイクルする or 食品以外にアップサイクルする

の2軸で区分けしたものです。

ポジショニングマップの画像です

1)マルセリーノ・モリ(東京都台東区)

マルセリーノ・モリは、サンドイッチ専門店です。同店では、毎日のサンドイッチ製造で出る使い道のないパン耳を乾燥加工して「クラフトビール」にアップサイクルしています。同店はパン耳をアサヒグループのクラフトビール醸造所に提供して、加工・製造しています。製造したクラフトビールの「蔵前WHITE」は、実店舗やアサヒグループのオンラインショップなどで販売しています。パン耳由来の香ばしさと小麦由来のフルーティーな香りが特徴です。

2)鎌屋(広島県広島市)

鎌屋は、たこ焼き店舗の「大釜屋」を経営しています。「大釜屋」では、硬いくちばしの殻があるために処分していた「たこの口」を燻製にし、お酒のおつまみ「タコリップ」にアップサイクルしています。「たこ焼きで使うたこを余すことなく使い切れないか」というアイデアが、アップサイクル商品の製造につながったそうです。

3)ジパングフードリレーションズ(大阪府大阪市)

ジパングフードリレーションズは、和風カレーなどを提供する「Zipangu curry café(ジパングカリーカフェ)」を経営しています。同社では、まだ食べられるのに捨ててしまう炊飯された廃棄米を「箔米ビール」にアップサイクルしています。製造に当たっては、フードテック企業のCRUST JAPANの技術提供協力を得ています。米から製造されているため「和の食材に合うビール」として注目されています。

4)ここちクリエイト(東京島足立区)

ここちクリエイトは、フルーツ1個を丸絞りしたサワーが人気の居酒屋「CAJYULABO」を経営しています。同店では、サワーに使用した後に廃棄するレモンの皮を「レモンジン」にアップサイクルしています。同商品は、同じく東京都足立区に本社がある国産クラフトジンの製造会社「Ginpsy」と協業して制作しています。

5)ONIBUS(東京都目黒区)

ONIBUSは、東京都内でコーヒーショップの「ONIBUS COFFEE」を経営しています。 同社では、コーヒーカスを培養土「COFFEE SOIL」にアップサイクルしています。同商品は、実店舗やオンラインショップで販売しており、またパッケージには、不要になったコーヒー豆の袋を再利用しています。

6)大賀酒造(福岡県筑紫野市)

大賀酒造は、日本酒や梅酒の製造などを行う酒造メーカーです。同社では、梅酒を製造した際に出る廃棄梅を「キャンドル」へとアップサイクルしています。アップサイクルに当たっては、九州発のキャンドルブランドである「コーシェリジャパン」と協業しており、製造したキャンドルは、福岡県太宰府市のふるさと納税の返礼品にも採用されています。

7)MUGEN(東京都目黒区)

MUGENは、炭火焼濃厚中華そば「海富道(しーふーどう)」を経営しています。海富道では、形が不揃いなどのさまざまな理由で廃棄予定だった魚を仕入れて、丸ごと「ラーメンのスープ」にアップサイクルしています。他社から廃棄食材を仕入れてきて、自社で加工(アップサイクル)した事例です。

8)日本丸天醤油(兵庫県たつの市)

日本丸天醤油は、粉末調味料や醬油、つゆ、ポン酢などを製造しています。日本丸天醬油は、不揃いや傷が原因で商品にできないフルーツなどを農家から仕入れてきて、ジェラートの「YASASHIKU Gelato」にアップサイクルしています。自社で醤油を製造する際に生まれる甘酒を使うことで、さっぱりとしたしつこくない甘さを実現したジェラートです。「YASASHIKU Gelato」は、公式オンラインショップで販売しています。

9)根津(東京都立川市)

根津は、パイ専門店の「Adam’s awesome PIE」を経営しています。根津は、サイズが大きいことや傷があることを理由に廃棄されるサツマイモを仕入れて、「スイートポテトパイ」にアップサイクルしています。パイは5層構造となっていて、パイの香ばしい香りとサツマイモの濃厚さが特徴です。

10)アップサイクルジャパン(神奈川県茅ケ崎市)

アップサイクルジャパンは、近隣の農家から仕入れた規格外の野菜や余剰野菜を調理して提供する「もったいない食堂」を経営しています。また、店舗で使用する容器は、全て自然に還る生分解が可能な容器を使用しています。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2023年8月1日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

【中堅社員のスピーチ例】「ノーサイド」が意味する本当の“勝者”

おはようございます。いま、私が最も関心を持っているイベントが、2023年9月からフランスで開催されるラグビーワールドカップ2023です。私も多くの日本人と同様に、4年前の2019年に日本で開催された前回大会での日本代表の活躍に感動して、「にわか」ファンになった一人です。

前回大会の開催前は、ラグビーの簡単なルールさえ知りませんでしたが、試合や関連番組をテレビで観戦するうちに、ルールだけでなく、ラグビーの“哲学”のようなものも知ることができました。ご存じの方も多いでしょうが、けさは、その中でも私が最も感銘を受けている「ノーサイドの精神」について、私の考えを話したいと思います。

ご存じのように、多くのスポーツでは試合終了のことを「ゲームセット」と呼びますが、ラグビーの場合は「ノーサイド」と呼びます。つまり、敵と味方に分かれていた2つのサイドがなくなるということです。ラグビーでは、試合が終わると、互いに健闘をたたえ、感謝し、同じラグビー愛好者として友情を深めることが当たり前になっています。これは選手に限らない話で、観客も、ひいきのチームの枠を超えて友情を深めます。

ノーサイドの精神は、ただ日本代表が試合に勝つことを願っていた私に、ラグビーをする、もしくは応援する本当の目的を考えさせてくれました。試合に勝つことも大事ですが、試合を通じてラグビーを愛する多くの人と友達になれれば、人生はより豊かなものになるのです。

もちろん、勝つことは大事ですし、勝利を目指して真剣に戦った相手でなければ、健闘をたたえて感謝することもできません。ですが、ノーサイドの精神を踏まえると、たとえ試合では“敗者”になったとしても、試合を通じて得るものがあるのなら、その人も“勝者”といえます。

私は、「ノーサイドの精神」を知ってからのこの4年間、仕事でもノーサイドの精神を意識するようにしてきました。

例えば、ライバル会社との顧客獲得競争に関してです。もちろん、ライバル会社に顧客を奪われれば悔しいですし、逆に顧客を奪えればうれしいです。ですが、顧客獲得競争が一段落した後にノーサイドの精神で振り返ってみると、顧客獲得競争の本当の意義は、当社とライバル会社がしのぎを削り、互いの製品やサービスをレベルアップしていくことで、お客さま、ひいては社会の役に立っていくことではないかと思うようになりました。それは、競争があるからこそできることです。

「自社の製品・サービスをいかに売るか」はもちろん大切です。ですが、競争の勝ち負けしか見えていない人には、その先がありません。大事なのは「自社の製品・サービスをいかにお客さま、社会のために役立てるか」です。たとえ一時の競争で“敗者”になったとしても、競争によってその大事な目的のために得るものがあったなら、私たちは“勝者”です。皆さんも、ノーサイドの精神を忘れずに競争してみませんか。

以上(2023年8月)

pj17151
画像:Mariko Mitsuda

市場拡大・長寿命化への取り組みが進む人工関節の市場動向

人工関節とは、変形性関節症・関節リウマチなどの疾病や、けがなどで機能が損なわれたりした人や、激しい痛みが生じるようになった人の関節を置き換えるために使用される医療機器です。高齢化や関節リウマチなどの患者数の増加により、注目が集まっています。
この記事では、人工関節の概要と市場動向、メーカーの取り組みなどを解説します。異業種からの参入事例も紹介しているので、新規参入のヒントとしてご活用ください。

1 人工関節の概要

1)人工関節とは

人工関節とは、変形性関節症・関節リウマチなどの疾病や、けがなどで機能が損なわれたりした人や、激しい痛みが生じるようになった人の関節を置き換えるために使用される医療機器です。次のような素材が人工関節の部品になります。

  • コバルトクロムやチタンなどの金属合金
  • アルミナやジルコニアなどのセラミック
  • ポリエチレン

骨に埋め込む部分(ステム)は金属合金を使い、骨と骨を接続する箇所(関節)には、金属合金を使ったちょうつがいに似た部材や、継ぎ手部分にポリエチレンやセラミックと金属を組み合わせた部材を使い、関節の滑らかな動きを再現しています。
主な人工関節としては、股関節、膝関節、肩関節、肘関節、手指関節、足関節が挙げられます。

2)人工関節置換術とは

人工関節置換術とは、関節そのものを外科手術によって抜本的に治療する方法です。施術内容には、皮膚の切開、骨の切除・切削、関節の除去などが含まれます。
かつての人工関節置換術は、人工関節の耐用年数が10年~20年程度とされていたこともあって、他の手法では回復が見込みにくく、かつ人工関節の耐用年数の影響を受けにくい高齢者に対して行われるのが一般的でした。
しかし、現代では人工関節の素材の進歩などによって耐用年数が伸び、より若い年齢の患者に対しても人工関節置換術が行われるケースが増えています。例えば、スポーツによる関節の故障を、人工関節置換術によって補うといった具合です。

3)中小企業が人工関節にどう関わることができるか

中小企業が人工関節に関わるには、次のような方法が考えられます。

  • 人工関節の材料を提供する形で関わる
  • 人工関節メーカーとして関わる
  • 人工関節の輸出入に関わる

必ずしも、人工関節の専業メーカーになる必要はなく、自社の技術や資源を活用できる方法で参入を検討することができます。異業種でも、元々は自動車部品やゴルフ製品の製造を請け負っていた会社が、新たに膝用の人工関節事業に参入した事例などがあります。後述の「人工関節メーカーの動向」で詳しい企業事例も紹介しますので、自社が参入する姿をイメージしてみてください。

2 人工関節の市場

1)高齢化の進展

人工関節置換術の適応対象となりやすいのは、一般的に、関節リウマチや変形性関節症の症状が深刻で、ほかの治療法では回復が見込みにくい患者です。年齢でいうと、65歳以上の高齢者が主な対象です。そのため、市場動向を考える際は、高齢者の人口推移に注意を払う必要があります。
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」によると、年齢別の将来推計人口は次の通りです。

年齢別の将来推計人口の画像です

2045年まで65歳以上の高齢者人口は増加傾向が続くものと推計されており、それだけ人工関節置換術の適応対象となる患者数も増加するものとみられます。

2)人工関節置換術の適応対象となる疾病の動向

厚生労働省「国民生活基礎調査」によると、人工関節置換術の適応対象となりうる関節リウマチ、関節症の総傷病数の推移は次の通りです。なお、個別症状の総傷病数は、3年に一度の大規模調査でのみ調査が行われています。
65歳以上の高齢者に注目してみると、高齢化に伴って関節リウマチ、関節症とも一貫して通院患者数が伸びており、人工関節置換術の潜在的ニーズも増大しているものとみられます。

国民生活基礎調査の画像です

3)人工関節の生産・輸入・販売動向

厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」によると、人工股関節、人工膝関節、人工肩関節、人工肘関節の生産・輸入・出荷の推移は次の通りです。

生産・輸入・出荷の推移の画像です

市場として一番大きいのが人工股関節で、ついで人工膝関節、人工肩関節、人工肘関節と続きます。
人工股関節の市場が一番大きい理由として、股関節が次に挙げるような特徴を持っており、人工関節置換術のニーズが高いことが挙げられます。

また、2番目に市場が大きいのは人工膝関節ですが、こちらについても機能の低下や痛みの発生によって生活に支障が出る、変形関節症になりやすい、といった特徴があります。
 市場全体をみると、輸入製品が市場の多くを占めており、外資系メーカーが市場で優位に立っているものと考えてよいでしょう。

4)輸出入の動向

財務省「貿易統計」によると、人造関節(人工関節)の輸出入の推移は次の通りです。

輸出入の推移の画像です

財務省「貿易統計」によると、人工関節の主な輸入元(2022年)は次の通りです。

輸入元の画像です

金額ベースでみると、主要な人工関節メーカーが集中している米国からの輸入金額が全体の37.8%を占めています。また、2位のアイルランドからの輸入金額が多いのは、人工関節の大手メーカーであるジョンソン・エンド・ジョンソングループやストライカーグループなどの生産拠点が同国に立地しているためとみられます。
また、人工関節の主な輸出先(2022年)は次の通りです。

輸出先の画像です

3 人工関節メーカーの動向

1)市場拡大に向けた取り組み

人工関節置換術は徐々に関心が高まっていますが、日本での認知度は、欧米に比べるとまだまだ低い状況です。そのため、多くの会社では人工関節置換術の普及を進めるため、一般顧客(患者)向けに人工関節や人工関節置換術に関する情報提供を行っています。具体的には、自社ウェブサイト上で一般顧客向けの情報提供を充実させたり、人工関節に関するセミナーを開催したりしています。
例えば、帝人ナカシマメディカル(岡山県岡山市)では、読売・日本テレビ文化センターが主催している市民講座に協賛する形で患者向けの情報提供活動を強化しています。こうした市民講座は、全国各地で行われており、それぞれの地域で活躍する整形外科医や人工関節専門医が、関節痛に関する知識の提供や、人工関節・人工関節置換術の紹介などを行っています。

2)長寿命化への取り組み

かつて10年~20年程度といわれた人工関節の耐用年数は、前述した通り素材や性能の進化によって伸びてきていますが、まだ一生使い続けるには十分とまではいえません。学会や各メーカーでは、人工関節の耐用年数を伸ばすための取り組みを進めています。

1.学会の取り組み
日本人工関節学会では、主要な人工関節置換術の実施機関の協力を得て、手掛けている置換術に関する追跡調査を行っています。具体的には、「日本人工関節登録制度(略称:JAR(Japan Arthroplasty Register))」を学会が運営し、人工関節置換術の症例を実施機関に登録してもらうというものです。追跡調査の結果がフィードバックされることで、品質の向上や施術の最適化による長寿命化が期待できます。

■日本人工関節学会■
https://jsra.info/

2.メーカーの取り組み
人工関節の耐用年数は、骨と骨をつなぐ関節部分の摩耗、さらにはそれに伴うゆるみの発生度合いなどに左右される傾向があります。大手メーカーでは、摩耗を抑えるため、採用素材の見直しなどを進めています。例えば、京セラ(京都府京都市)では摩擦粉を減らしたり、生体への反応を抑えたりするために、「MPCポリマー」を用いた人工股関節の「Aquala(アクアラ)」を開発し、摩耗を未処理の場合の10分の1まで抑えることで、長寿命化を図っています。

3)知識・技術獲得に向けた取り組み

人工関節の開発は、整形外科をはじめとする医学だけでなく、金属やセラミックなどの材料工学など、複数分野の知識や技術が求められます。そのため、人工関節メーカー、特に外資系に比べて知識・技術の集積度合いが低い国内系メーカーでは、知識・技術獲得に向けた施策を講じています。

1.産学連携
知識・技術の獲得に向けて一般的に行われているのは、大学や研究機関との産学連携です。具体的には、人工関節に関する共同研究を行う、大学に人工関節に関する寄付講座(運営資金を会社が寄付する形の講座)を設けてもらうなどが挙げられます。例えば、京セラでは、東京大学との産学連携を通じて、新材料・新技術の研究開発を行っています。前述した人工股関節のAqualaは、この産学連携によって生まれた製品です。

2.関連会社の技術活用
親会社や母体会社の技術を活用して、知識・技術の獲得を進めているケースもみられます。例えば、帝人ナカシマメディカルは、母体である船舶用部品メーカーのナカシマプロペラ(岡山県岡山市)の精密加工技術を活かした製品づくりを進めています。

3.ロボット技術の販売・活用
人工関節の手術における正確性向上を目的として、民間の会社や病院でロボット技術の販売・活用が進められています。例えば、京セラは韓国のCUREXO(キュレクソ)社と整形外科手術用ロボットの日本国内の独占販売契約を結びました。人工関節事業に強みを持っている京セラは、ロボットの販売で人工関節置換術分野の事業拡大を狙っています。
また、金沢大学附属病院整形外科は2021年6月、米国製の手術支援ロボット「ROSA Knee(ロザ・ニー)システム」を導入しました。同ロボットは変形性膝関節症や変形性股関節症の手術に活用されています。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2023年8月7日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

職場に知られたくない「不妊治療」。社員が支援制度を利用しやすくなる 2つのポイント

書いてあること

  • 主な読者:社員の不妊治療を支援して、離職防止や採用時のPRなどにつなげたい経営者
  • 課題:デリケートな問題ゆえに、支援制度を設けても社員が利用しにくいかもしれない
  • 解決策:各社員に不妊治療に対する正しい知識を身に付けさせる。不妊治療のことを知られたくない社員の気持ちに寄り添う

1 なぜ、「不妊治療」の支援が求められるのか?

今、仕事と子育ての両立支援の中で強く求められているのが「不妊治療」の支援です。少子化対策が会社の社会的な責任ということもありますし、何より、

不妊治療を受ける社員のうち15.8%が、仕事と治療を両立できずに離職する

という驚愕の事実があります。

改めて確認すると、不妊とは、健康な男女が避妊をせず性交しているのに一定期間(通常1年)妊娠しないこと、不妊治療とは、不妊を解決するためのタイミング法、体外受精などの治療のことを指します。不妊治療には時間がかかり、また精神面の負担も大きいため、仕事と不妊治療の両立を諦める社員が多いのです。

画像1

皆さんの会社の状況はどうですか。会社が不妊治療の支援制度を整備することの意義は大きいです。また、不妊治療はデリケートな問題なので、制度を利用しやすい工夫をすることも大切です。具体的には、次の2つのポイントを押さえることです。

  1. 組織が不妊治療の正しい知識を身に付ける
  2. 不妊治療のことを知られたくない社員に配慮する

2 組織が不妊治療の正しい知識を身に付ける

皆さんは、「通常、不妊治療には2年ほどかかること」「男性も不妊治療を受けるケースがあること」をご存じですか? 不妊治療について正しい知識がないと、不妊治療を受ける社員に「休み過ぎだよ」「男のくせに不妊治療?」などと心無いことを言ってしまう恐れがあります。

ですから、不妊治療を支援するための第一歩は、会社全体が正しい知識を身に付け、支援に前向きな風土をつくることです。

1)不妊の原因は3つ

不妊に悩む夫婦が医療機関を受診した場合、まず不妊の原因を探るための検査をします。不妊には、

  • 男性側に原因がある不妊
  • 女性側に原因がある不妊
  • 原因が分からない不妊

があり、それぞれ治療法は図表2のように異なります。

なお、2022年3月までは、原因が分かる不妊のみが保険適用の対象でしたが、2022年4月からは、原因が分からない不妊の治療にも保険が適用されています。ただし、「第三者の精子・卵子等を用いた生殖補助医療」については、法規制の在り方などについて議論があり、現状は保険適用外です。

画像2

2)不妊治療は2年程度

通常、不妊治療にかかる期間は2年程度です。ただ、治療期間は受診開始から妊娠・出産まで、あるいは治療をやめるまで続くので、個人差があります。治療内容によって通院日数などに違いがありますが、1回の不妊治療で妊娠・出産に至らなければ、月経周期に合わせて繰り返し治療を受けます。

治療にかかる通院日数の目安は図表3の通りです。

画像3

3)不妊治療の平均費用は約32万円

厚生労働省によると、不妊治療にかかる費用は平均で約32万円です。また、治療内容ごとの費用は、「人工授精」で約3万円、「体外受精」で約50万円、「精巣内精子採取術」で約17万円、「顕微鏡下精巣精子採取術」で約30万円です(厚生労働省「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業『不妊治療の実態に関する調査研究』」)。

4)不妊の原因の約半数が男性

WHO(世界保健機関)によると、不妊の約半数は男性に原因があるとされています。男性の場合は性交障害、精液異常など、女性の場合は排卵因子(排卵障害)、卵管因子(閉塞、狭窄、癒着)などが不妊の主な原因として挙げられます。

3 不妊治療のことを知られたくない社員に配慮する

主な不妊治療の支援制度は図表4の通りです。図表4の支援制度の具体的な内容を知りたい場合は、次のマニュアルをご確認ください。

■不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアル■

https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001073885.pdf

画像4

通院のために休暇が取れたり、会社が治療費を補助してくれたりすると、社員は喜ぶでしょう。一方、会社に不妊治療を受けている(またはその予定がある)ことを知られたくない社員もいるので、次のような配慮が必要になります。

1)必要最低限の範囲に情報をとどめる

社員の不妊治療を支援するためには、その社員が報告してもらわないとなりません。社員は必要最低限の範囲で、不妊治療について報告したいと考えるかもしれないので、その気持ちに寄り添いましょう。言うまでもないことですが、不妊治療は機微に触れるような個人情報なので、情報の取り扱いには細心の注意を払います。

また、厚生労働省推奨の「不妊治療連絡カード」を利用するのも有効です。不妊治療連絡カードとは、社員の主治医が不妊治療に当たって会社が配慮すべき事項などを記載するカードです。このカードを上司などに提出すれば、社員は上司などと直接面談しなくても、必要な情報を伝えられます。

■不妊治療連絡カードをご活用ください!■

https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30b.pdf

2)不妊治療だと悟られにくくする

どうしても不妊治療のことを知られたくない社員に配慮するのであれば、経営者が個別に相談を受け、「不妊治療連絡カード」の情報を基に特別休暇を与えることも考えられます。とはいえ、個別に判断するようにすると制度化しにくいため、「不妊治療」を含めた家族支援の休暇制度をつくるほうが制度化しやすいでしょう。

例えば、「不妊治療」であることがすぐに分かるような「不妊治療休暇」などの名称にするのではなく、「ファミリーサポート休暇制度」などとして、育児や看護、介護にも利用できるようにすることで、不妊治療だと悟られにくくなります。また、「フレックスタイム制」と「テレワーク」を同時に適用すれば、社員は不妊治療の間だけ席を外し、治療後に仕事に戻るという働き方ができます。

3)相談窓口を設置する

不妊治療を受けている社員が相談できる窓口を設定しましょう。とはいえ、誰に相談するか問題です。特に女性の場合、妊娠・出産の経験者である実母や義母にも悩みを分かってもらえず、相談できないことがあるそうです。

そこで、専門家による個別カウンセリング窓口や外部の相談機関などの情報提供をすることを検討します。会社が社員と専門家の仲介をする場合は、相談場所は申し込みがあった本人のみに通知し、開催時間帯も離席しやすい時間帯(昼休みに近い12時から14時の間など)にするといった配慮があるとよいでしょう。

4 補足:政府が実施している不妊治療支援

1)両立支援等助成金(不妊治療両立支援コース)

両立支援等助成金(不妊治療両立支援コース)とは、次のいずれか、または複数の制度を導入し、社員に利用させた中小企業に支給される助成金です。

  1. 不妊治療のための休暇制度(多目的・特定目的とも可)
  2. 所定外労働制限制度
  3. 時差出勤制度
  4. 短時間勤務制度
  5. フレックスタイム制
  6. テレワーク

支給額は

A:最初の社員が休暇制度・両立支援制度を合計5日(回)利用した/30万円

B:Aを受給し、社員が不妊治療休暇を20日以上連続して取得した/30万円

となっています。支給はともに1回限りとなります。

■両立支援等助成金■

https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000928925.pdf

2)くるみん認定プラス

2023年4月から、次世代育成支援対策推進法に基づく3種のくるみん認定(くるみん認定、プラチナくるみん認定、トライくるみん)に、仕事と不妊治療を両立できていることを証明する「くるみん認定プラス」が追加されました。すでに3種のくるみん認定のいずれかを受けている会社が、政府の基準を満たすことで「くるみん認定プラス」の認定を受けることができます。自社ウェブサイトなどに掲載すれば、会社のPRなどにつながるでしょう。

■くるみん認定・トライくるみん認定・プラチナくるみん認定を目指しましょう!!!■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/pamphlet/26.html

以上(2023年8月作成)

pj00672
画像:adragan-Adobe Stock

【上手な話の聞き方】聞く力と認知バイアス

1 もっと聞く力を伸ばしたい

聞く姿勢ができてくると、同じ話を聞いても得られる情報、気づきが増えていきます。話し手の声のトーンや表情、視線や姿勢、言葉遣いのちょっとした違いなどから、言外のニュアンスがつかめるようになるのです。すると、少しずつ相手に合わせた反応を取れるようになり、予想外の話を聞かせてもらえることが増えていきます。会話が前よりももっと楽しくなるはずです。

とはいえ、人は常に変化するので、傾聴は奥深く、いくら努力しても決して完璧にはなりません。いくら上達しても失敗することはありますが、不確実なところも含めておもしろいのです。もっと聞く力を伸ばしたいという熱意があれば、どこまでも努力できるでしょう。

聞くときに注意すべき点は、目的によって変わります。例えば、ケアを目的に話をする心理療法の場合は、一般的には対話の型があり、型に沿って進みます。治療の質を一定にし、仮説と振り返りのサイクルを回すためです。コーチングなら、話し手が自分で気づき、やる気を引き出すように促すでしょう。他の人が知らないおもしろい話を引き出すインタビューなどであれば、方法はもっと自由です。

さまざまな聞き方に共通して大切なことは、聞き手が自分のバイアスを自覚することです。話し手と真剣に向き合ううちに、自分の思い込みで相手を判断しないことがどれだけ難しいか気づいてきます。自分のバイアスに合わせて、相手を誘導するような発言をしてしまうからです。

この記事では、注意すべき自分のバイアスについて紹介します。

2 思い込みがあることを前提にする

人間は自分で自覚できていない思い込みや傾向性を持っています。パートナーのことはよく知っていると思っていたら実はすれ違ってしまっていた、部下のせいでイライラしていると思ったら実は自分の寝不足や飲みすぎが原因だったということがあります。人間の意識の90%以上は無意識といわれるほど、私たちは自分に無自覚なのです。

思い込みを持って聞く

「この人は●●な人だ」「この職業の人は●●すべきだ」という思い込みは誰でも持っています。また、体調が悪いといつもの食事をおいしくないと思うように、自分の体調や感情によって相手に違った印象を持ちます。

こうした思い込みや傾向性を完全に無くすことはできません。自分にどんなバイアスがあるのか、どういうときに感情が揺れやすいかを知り、そういう場面では慎重に判断する方法を用意しておくのです。

3 バイアスの種類

思い込みや傾向性、経験や固定観念によって判断することを、認知バイアスといいます。認知バイアスには次のような種類があります。

  • 確証バイアス:自分の思い込みを補強する情報ばかりに意識がいく
  • ネガティビティバイアス:ネガティブな情報に注意を向けやすい
  • 同調バイアス:みんなの意見に流されやすい
  • ハロー効果バイアス:顕著に目立つ特徴に引きずられて評価がゆがめられる
  • 生存者バイアス:成功した人・組織の事例ばかり注目する
  • 根本的な帰属の誤り:誰か、何かのせいにする
  • 後知恵バイアス:物事が起きてから、それが予測可能だったと考える
  • 正常性バイアス:予期せぬ出来事に鈍感に対応する

バイアスがあるおかげで、わたしたちは全ての出来事を一から十まで判断する手間を省き、状況に素早く対応できます。こうしたバイアスは全て悪いと考える必要はないのです。

しかし、こうしたバイアスに無自覚だと、偏った考え方をしがちになります。人間にはこういう傾向があると自覚し、自分が感情的になりやすい話題や、信じやすい話題などを自覚するようにしましょう。そして、そのような場面に遭遇したら、悪い方向にバイアスが働いていないか、冷静に考えてみるのです。

自分のバイアスを自覚し、確認する方法について知りたい人は、次の資料が参考になります。

【参考文献】

「観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか」(佐渡島庸平、SB新書、2021年9月)

以上(2023年8月)

pj96924
画像:fotogestoeber-Adobe Stock
画像:unsplash

【上手な話の聞き方】聞く姿勢を整えよう

1 いつもは自分の興味で聞いている

人と距離を縮めるには聞くことが大切ですが、普段人と話しているとき、実は私たちは相手の話をほとんど聞いていません。一度、会話を録音してみると、自分が相手の話から、自分の興味のある部分だけを切り取って話していることに気づき、驚くはずです。相手が言いたいことではなく、自分が聞きたい部分を切り取り、自分の都合で解釈しているのです。

例えば、友人から「福岡に異動になったんだ」と言われた例を見てみましょう。

友人はこう続けます。「単身赴任だよ。子どもも中学生になるし、妻も都内で仕事をしてる。家のローンも残っててさ。住宅手当は出るけど、月数万円は自腹になりそうだ。ただ、福岡支社の支社長は面識もあっていい人だから、そこはよかったよ。今の上司とは相性が悪くて、前に具合が悪くなったこともあるからね」

友人は頭をかきながら、ちらりと視線をこちらに向けます。少し早口で、声のトーンは何となく明るい気がしました。

こんな友人に対して、あなたは何と声をかけるでしょうか? 最初の部分を抜き取って「単身赴任か、大変だな」と答えるでしょうか。もしくは、「福岡か。しばらく会えそうにないな」「お子さん、受験するのか?」と聞くこともできます。

つまり、聞いた内容のうち、どこを深掘りするか決めるのは聞き手なのです。自分の興味がある質問をするのは簡単ですが、もし、友人の視線や声の明るさに気づいたなら、あなたは彼が何を聞いてほしいのか察して、こうたずねるでしょう。

「転勤は慣れるまで大変そうだけれど、福岡に異動したらその支社長の直属で働けるのか?」

すると、友人は「ああ、実は副支社長に昇進したんだ」と答えるはずです。

このように、相手が聞いてほしい質問をするには、「話し手はなぜ、この話を私に聞かせているのだろう?」と自問する習慣をつけるのが大切です。相手の声のトーン、視線などに注目していると、少しずつ相手が隠している思いや、他人には伝わらないと思っているこだわりに気づけるようになります。

すると、話し手が思いもよらない話をしてくれることが増え、いつもよりも互いの距離がぐっと縮まった感覚になるはずです。

2 テクニックよりも大切なのは「聞く姿勢」

聞く力を伸ばすには、カウンセリングをする心理療法士やインタビューをするアナウンサーなど、聞く専門家と呼ばれる人々しか知らない特別なテクニックが必要なのでしょうか? もちろんそれに越したことはありませんが、もっと基本的な姿勢、態度に注意するだけで、相手の反応はまったく違います。

よく、人の話を聞くときは「否定しない」「受け止める」「穏やかに接する」ようにといわれますが、実はこの基本的な姿勢が整っているだけでも十分よい聞き方だといえるのです。

なぜ、聞く姿勢がそれほど大切なのでしょうか? その理由は、就職や仕事で面接をしたことを思い返すと分かるはずです。面接官が自分のあら探しをしていると感じたら、本音を隠して話そうとするでしょう。何を聞かれても当たり障りのない建前の話だけ語り、本音は見せません。否定的な態度で向き合うと、相手はそれを敏感に察知して、自分を隠してしまいます。

そして、日常会話の中でこうした「否定的な態度」になりやすいのは、私たちが悩みや愚痴、自分と違った意見などを聞くときです。「アドバイスしよう」「話し手が言っているのは事実か」「自分の意見を擁護しよう」など、知らず知らずのうちに上から目線になったり、相手を疑ったりします。特に、自分と反対の意見の人がいると、イライラして相手の主張の半分も聞けなくなるでしょう。

3 穏やかな気持ちで話を聞く方法

穏やかな気持ちで聞く

1)基本は「今の相手の話」に集中すること

「考えながら聞かないと、相手にアドバイスも質問もできない」と心配になるかもしれませんが、それは「次に何を言おう」と思いながら聞いているからです。言い換えれば、相手ではなく自分が、今ではなく未来について考えている状態です。

今の相手の話以外に注意がいくと何が問題なのでしょうか? 例えば、研修などで「相手から聞いた話をまとめて、最後に発表してください」と指示された場合を想像してみてください。発表のことが気になって、しゃべっている人の「後で発表しやすい部分」に注意がいってしまうのです。

「アドバイスしよう」などと考えるのも同じです。相手の気持ちやよいところではなく改善できる点、つまり悪い点に目がいきます。「今の相手の話」に集中するのは、こうしたバイアスを避けるためなのです。

2)「自分の雑念」と見分けるポイント

「今の相手の話」に集中すると言っても、最初はピンとこないかもしれません。なぜなら、普段の私たちは自分の思考にあまり注意しておらず、浮かんできたことをそのまま受け入れているからです。

では、どんな思考が「今の相手の話」で、何が「自分の雑念」なのでしょうか。見分けるときの基準は「自分の心が穏やか」であるかどうかです。緊張したり、怒りが湧いてきたりするのは、自分の雑念だと判断しましょう。

また、「この人は我慢強い人なんだな」と相手をプラスに評価することも、雑念の一種です。自分のこれまでの価値観で「我慢強い」と評価するのと、「わがまま」と感じるのは実は同じことだからです。

3)穏やかな気持ちになるためのプロセス

最初は自分の雑念の多さにショックを受けるかもしれません。しかし、私たちが話を聞きながら別のことを考えてしまうのは、相手の話に興味がないからではなく、話すスピードと考えるスピードの違いが主な原因です。

一般的に会話のスピードは1分で300文字前後ですが、わたしたちの脳はもっと速く情報を処理できます。余った処理能力で他のことを考えてしまうのは、むしろ当たり前のことなのです。

「またこの話か」「相手の髪がぼさぼさだな」など、「今の相手の話」以外の思いが浮かんだと気づいたら、その事実を受け入れ、落ち着いてその思考を一旦脇におきます。そして、もう一度相手の話に集中します。すると、次第に悩み相談や愚痴でも感情的にならず、穏やかな気持ちで聞けるようになってきます。

この練習を始めるときは、最初は5分間くらいの短い時間に区切ってやってみます。余裕があれば、一呼吸おいて、もう一度やってみましょう。聞き手が穏やかな気持ちでいると、話し手は自己正当化する必要がなくなり、素直な気持ちで話せるようになります。

聞き手は相手の話していることについて、無理に自分の意見を言う必要はありません。「あなたが言いたいことはこういうこと?」と、自分の解釈を確認するだけでも、話し手にしっかり話を聞いていると伝わります。

なお、話を聞きながら穏やかになるプロセスにもっと知りたい場合は、以下の書籍が参考になります。

【参考文献】

「やっぱり、それでいい。: 人の話を聞くストレスが自分の癒しに変わる方法」(細川貂々 (著)水島広子(著)、創元社、2018年11月)

以上(2023年8月)

pj96923
画像:Hero Images/Hero Images-Adobe Stock
pixabay

【上手な話の聞き方】人間関係と聞く力

1 人との距離を近づける「聞く力」

「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」といわれるほど、私たちは周囲とよい関係を築きたいと望んでいます。周囲からの評価を気にして身だしなみを整えたり、伝え方を工夫した経験はきっと誰にでもあるでしょう。

それでも人の人とすれ違いはなくなりません。人間関係にはよく「話し方」「伝え方」が大事だといわれますが、自分の考えを相手に知ってもらうだけでは、相手に「私の立場を理解し、尊重してほしい」と言っているようなものです。ボタンの掛け違いをなくすには、自分が相手の話を聞いて、相手の感情、考えを受け止める努力も必要になります。

「話す」が自分の気持ちや意見を描写して伝える行為だとすると、「聞く」は反対に自分が相手を受け止め、共感し、新しい気づきを得る行為です。つまり、相手に興味を持ち、自分から近づくことといえます。

聞く力がなければ相手の気持ちのほとんどを取りこぼしてしまいますが、意識しているうちに段々とうまくなっていきます。聞く力を伸ばすことで、良い人間関係をつくりやすくなるでしょう。

2 それでも「聞く」のはつらい?

人類学者のロビン・ダンバーによると、人間にとっての会話(雑談やおしゃべり)は、霊長類が行うグルーミングに当たるといいます。

グルーミングとは、お互いをなでて身づくろいすることです。グルーミングによって、霊長類はお互いを知って好感を育み、エサを分け合ったり、敵から守り合ったりする関係性をつくっています。一方で、人間はグルーミングの代わりに雑談やおしゃべりをして、相手との距離を縮めています。「雑談には意味がない」という意見を聞くことがありますが、雑談自体が目的なのです。

グルーミング

しかし、雑談があまり好きではないという人は少なくありません。人を笑わせる「鉄板ネタ」を持っていれば、最初は楽しく過ごせますが、自分の話はいつか尽きるので、途中からは相手の話を聞くことになります。相手によっては、自分に興味がない話や悩みごとばかり話してくるかもしれません。お互いが何に興味があるかを知り、心地よいと感じる関係性を築けなければ、「この人の話を聞いてもつまらない」「話すと疲れる」と感じ、次第に疎遠になってしまうのです。

3 「聞く力」で自分も相手も楽にする

他人と無理して付き合う必要はありませんが、人には嫌な面も良い面もあります。会話はお互いにつくりあげていくものなので、聞き方しだいで相手の話し方、内容も変化します。自分で相手の良い面、おもしろい面を引き出せると、人の話を聞くのが楽しくなるのです。

イギリスの哲学者であるポール・グライスによると、人と人とが会話をするときに、話し手と聞き手がお互いに守ることを期待している4つのルールがあるそうです。

  • 質 真実と思うことを伝え、受け取る。真実でないと分かっていることや確信していないことを正しいと誤解させない、しないようにする。
  • 量 必要な情報を過小でも過剰でもない量だけ交換する。新しい情報は聞き手が圧倒されない程度の量だけにする。
  • 関係 会話の内容に関係がある情報を伝達する。
  • 様式 曖昧で不明瞭な表現は好まず、適度に簡潔で順序立った話を望む。

つまり、聞き手は話し手が会話の目的や話の流れを無視した発言をすると会話に集中しにくくなり、話し手は聞き手が自分の発言を曲解したり、必要な情報を聞き漏らしていると感じたりするとイライラしやすいのです。

聞く力を伸ばしたいなら、話し手が自分の望む話し方をしてくれないときでも、意識して聞き続ける努力が必要です。また、話し手は自分の話が誤解されていると感じると、正しく伝えようと同じ話を何度も繰り返したり、途中で理解してもらうことを諦めたりすることがあります。よい会話ができなかったからといって、自分を責める必要はありませんが、自分の話し方や聞き方が相手にネガティブな影響を与えていないか、自問自答してみるとよいでしょう。

【参考文献】

  • 「LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる」(ケイト・マーフィ (著)、篠田真貴子(監訳)、松丸さとみ(訳)、日経BP、2021年8月)
  • 「やっぱり、それでいい。: 人の話を聞くストレスが自分の癒しに変わる方法」(細川貂々 (著)水島広子(著)、創元社、2018年11月)
  • 「元コミュ障アナウンサーが考案した 会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書」(吉田尚記(著)、アスコム、2020年8月)
  • 「観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか」(佐渡島庸平(著)、SB新書、2021年9月)
  • 「聞く力―心をひらく35のヒント」(阿川佐和子(著)、文春新書、2012年1月)

以上(2023年8月)

pj96922
画像:Krakenimages.com-Adobe Stock
画像:pixabay