2024年版「中小企業白書」の要点 中小企業が取り組むべき課題は人手不足と生産性向上

書いてあること

  • 主な読者:2024年版「中小企業白書」から、現在の中小企業の課題を知りたい経営者
  • 課題:現状、中小企業が抱えている課題と解決策の事例を知り、他社との競争に勝ちたい
  • 解決策:主な課題は「人手不足」「生産性向上」。取り組みは賃上げや省力化投資など

1 2024年を中小企業の飛躍の年に!

新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」)が5類に移行してから1年余り。このタイミングで発刊された2024年版「中小企業白書」(以下「白書」)をひもとくと、

中小企業の業況は、業種によるばらつきはあるものの、コロナ禍の落ち込みから回復してきている

とあります。

しかし、順風満帆ではありません。多くの中小企業は人材不足に直面していますし、過去最高水準となった賃上げにも対応しなければなりません。足りない人材を補うためにも、人件費を捻出するためにも、省力化投資などを通して生産性向上を目指す必要性がありそうです。

この記事では、「人手不足」と「生産性向上」の2つの課題を取り上げ、その解決のヒントを紹介します。また、この2つ以外にも、白書の中で紹介されている中小企業の課題(事業承継やBCP(事業継続計画)など)についても簡単に解説します。

なお、以降で紹介する図表の出所は全て白書であることや、分かりやすさを重視したことから、出所の記載や注釈は省略しています。詳細な内容を確認したい場合は、白書の本編をご覧ください。

■中小企業庁「中小企業白書」■
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/

2 人手不足:外国人雇用にも注目しつつ、職場環境を整備

コロナが5類に移行し、中小企業の事業活動が再び活発化しています。一方、時間外労働の上限規制などにより、少ない社員に頼る働き方は難しくなり、人手が必要になります。しかし、そんな中小企業の思いとは裏腹に、人手不足はますます深刻化しています。中小企業は、女性・高齢者の他、外国人労働者などの活用にも目を向ける時期にきています。また、自社の職場環境・制度を見直し、整備することなども必要でしょう。

1)外国人労働者の活用

日本人だけを対象とした採用活動では、人手不足の解消が難しくなってきた中、外国人労働者の活用が期待されています。実際、図表1の通り、外国人労働者の数・就業者全体に占める割合は共に上昇傾向にあります。

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また、白書の別のデータでは、2070年には日本の生産年齢人口(15~64歳の人口)のうち、14.9%が外国人になるという推計もあります。将来的な人材確保を見据えて、今のうちから外国人雇用に目を向け、検討してみる価値はあるでしょう。

厚生労働省では、各ハローワークに外国人雇用に関する相談を受け付ける「外国人雇用管理アドバイザー」を置いたり、外国人が働きやすい環境づくりに取り組んだ企業に、最大57万円を助成する「人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)」を設けたりしています。詳細は厚生労働省ウェブサイトをご確認ください。

■厚生労働省「外国人を雇用する事業主への支援策」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/jigyounushi/page11_00027.html

2)職場環境・制度の整備

自社の職場環境・制度を整備することも、人手不足を解消する上では不可欠です。既存社員の離職防止だけでなく、自社の取り組みを積極的にPRすることで、新規採用にもつながるでしょう。

実際、白書によると、人材を十分に確保できている企業では、働きやすい職場環境・制度の整備が進んでいます。図表2は、人材を十分に確保できている企業の取り組みをまとめたもので、特に、賃金や賞与の引き上げ(賃上げ)に取り組んでいる企業の割合が高いことが分かります。

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厚生労働省では、下記ページにて、人材確保につながる職場環境・制度のポイントや事例、相談窓口などを紹介しています。看護・介護・保育・建設については、その分野特有の人材確保対策を紹介しているのでご確認ください。

■厚生労働省「人材確保対策」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000053276.html

3)賃上げ

図表3の通り、最低賃金の改定率・春闘の賃上げ率は、2023年度時点で過去最高水準となっています。一方、物価上昇などの影響を受けて、防衛的賃上げ(業績の改善が見られない中で、離職防止などのために行う賃上げ)を実施する企業も多く、いかに収益を上げて、賃金の原資を確保するかが重要になってきます。

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賃金の原資確保のために行った施策には、人件費以外のコスト削減、価格転嫁、労働時間の削減などが挙げられます。

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厚生労働省では、賃上げを実施した企業の取り組み事例や、各地域における平均的な賃金額など、賃上げのために参考となる情報を掲載する「賃金引き上げ特設ページ」を開設しています。詳細については、こちらをご確認ください。

■厚生労働省「賃金引き上げ特設ページ」■
https://saiteichingin.mhlw.go.jp/chingin/

3 生産性向上:コスト削減と単価引き上げ

日本は就業者数が減少する中、OECD(経済協力開発機構)加盟国のうちで、労働生産性が平均より低くなっており、省力化投資などによる生産性向上が重要視されています。

1)省力化投資

生産性向上を図るための省力化(人間が行う作業を見直して効率化を図り、機械やシステムを導入することで作業負担を減らす取り組み)に向けた設備投資が注目されており、図表5のように、省力化投資を実施した企業は、売上高にプラスの変化が見られる傾向にあります。

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省力化投資の具体例として、

  • 製品製造時の全数検査を、人に代わって行う自動検査装置の導入
  • EDI(電子データ交換)を活用した販売管理システムの構築

に取り組む企業などがあります。

また、省力化投資を支援する取り組みもあります。例えば、経済産業省では、賃上げに向けて省力化等の大規模投資を行った場合、最大50億円を補助する「中堅・中小企業成長投資補助金」を実施しています。また、中小企業庁では、IoTやロボットなどを特定のカタログから選択・導入した場合、最大1500万円を補助する「中小企業省力化投資補助金」を実施しています。

■中堅・中小企業成長投資補助金■
https://seichotoushi-hojo.jp/
■中小企業省力化投資補助金■
https://shoryokuka.smrj.go.jp/

2)価格転嫁

生産性という言葉には様々な意味がありますが、1人当たりや1時間当たりで生み出す付加価値の額として捉えるのであれば、値上げの視点も重要です。

バブル期以降、日本企業は低コスト化・数量増加の取り組みを続けてきました。ですが、その結果、大企業の売上高や利益率は増加する一方、中小企業は発注側の売上原価低減の動きの中で低迷したままです。白書でも、「今後は低コスト化・数量増加以上に、単価の引き上げも重視されている」としています。

コスト増加分を十分に価格転嫁できていない企業は多いですが、その中でも取引先との価格協議を実施した企業は、自社の意向を価格に反映できている傾向があり、協議を実施できていない企業に比べて、価格転嫁に成功しやすいことが分かります。

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また、自社の商品やサービスについて、競合他社との差別化ができている企業ほど、価格転嫁も進んでいる傾向にあります。価格転嫁の協議を有利に運ぶために、いま一度、自社商品・サービスの強みを分析するのもよいでしょう。

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中小企業庁は、中小企業が取引先と適切に価格交渉・価格転嫁できる環境を整備するために、各都道府県のよろず支援拠点に「価格転嫁サポート窓口」を置いています。詳細については、こちらをご確認ください。

■中小企業庁「価格転嫁サポート窓口」■
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/tenka_support.html

4 その他の課題と解決のヒント

「人手不足」「生産性向上」以外にも、中小企業は以下のような課題を抱えています。それぞれの課題に対応する解決策の事例も簡潔に記載しますので、自社の問題を解決する際のヒントとしていただけましたら幸いです。

1)売上・受注の停滞、減少

コロナの5類移行の後も「宿泊」「交通」の消費が戻り切らないなど、コロナ禍の影響は続いており、現在も経営改善・再生支援のニーズは高いです。

各都道府県の「中小企業活性化協議会」では、企業の課題・問題点、ビジネスモデルに合わせ、収益力改善に向けた計画や、事業再生に必要な金融支援策の策定をサポートしています。2023年度には、中小企業の経営改善・再生支援を加速するための経済産業省「挑戦する中小企業応援パッケージ」の一環で、中小企業活性化協議会の専門家(弁護士)を倍増させるなどの体制強化も始まりました。詳細については、こちらをご確認ください。

■中小機構「中小企業活性化協議会」■
https://www.smrj.go.jp/sme/succession/revitalization/index.html
■経済産業省「挑戦する中小企業応援パッケージ」■
https://www.meti.go.jp/press/2023/08/20230830002/20230830002.html

2)事業承継・後継者不在への対応策

白書によると、2023年時点で54.5%の中小企業で後継者が不足しています。また、後継者が決まっている企業も、経営能力や相続税や贈与税などの問題を抱えていることがあります。

後継者不在の問題については第三者承継(M&A)を視野に入れることや、事業承継税制を利用するなどの取り組みが、解決策として挙げられます。また、各金融機関では、地域企業後継者の支援エコシステムの醸成・構築が進められていますので、問い合わせてみるのもよいでしょう。

なお、事業承継税制は、後継者が取得した一定の資産について、相続税や贈与税の納税を猶予する制度で、2025年度末まで、納税猶予の対象者などを大幅に拡充する特例措置が講じられています。詳細については、こちらをご確認ください。

■中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」■
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html

3)脱炭素化への対応

近年は、中小企業が自社の取引先から、省エネルギーやCO2排出量削減目標の策定など、脱炭素化への対応要請を受けることも多いです。ただ、75.0%の中小企業が脱炭素化に当たって、取引先からのサポートを受けられていないというデータもあり、公的機関の補助金などの支援を利用するなど、外部からの協力を仰ぐことも重要になってきます。

経済産業省では、脱炭素化に向けて、一定の取り組みをする中小企業に対する補助金の支給(例:IT導入補助金、省エネ補助金)などを行っています。また、中小機構は、脱炭素化の取り組みについて、専門家のアドバイスなどが受けられる「カーボンニュートラル相談窓口」を設置しています。詳細については、こちらをご確認ください。

■経済産業省「中小企業等のカーボンニュートラル支援策」(下記URL中段)■
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/SME/index.html
■中小機構「カーボンニュートラルに関する支援」■
https://www.smrj.go.jp/sme/sdgs/favgos000001to2v.html

4)BCPの見直し

2024年1月に「令和6年能登半島地震」が発生し、広い範囲にわたって建物や設備の損傷などの被害を受け、災害への備えとして、BCPの策定・見直しが更に重要視されています。

中小企業庁では、中小企業向けにBCP策定の手引きなどをまとめています。詳細については、こちらをご確認ください。

■事業継続力強化計画(中小企業庁)■
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.html

以上(2024年8月作成)

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画像:ChatGPT

モスクの経営戦略 寄付金や物販等の収入増加策や注意すべき税制を紹介

書いてあること

  • 主な読者:宗教法人、特にモスク(ムスリム向け)の経営者
  • 課題:動向をはじめ、寄付や物販などの収入確保策、注意すべき税制を知りたい
  • 解決策:イスラムに関する講座などを開催して参加費用を集めたり、ハラールショップを併設して物販で収入を確保したりする事例がある

1 日本国内のイスラム関係団体、モスクの動向

1)モスクの起源について

モスクとは、ムスリム(イスラム教徒)の礼拝施設を指します。日本国内では、礼拝施設としてだけでなく、在住ムスリムのコミュニティーの場所でもあり、冠婚葬祭や、ムスリム以外の人に対してイスラム文化を伝える役割も担っています。

日本で最初に建設されたモスクは,1935年に神戸在住のインド系ムスリムや在日タタール人によって建設された「神戸モスク」といわれます。1990年代後半から2000年代にかけて、モスクの建設ラッシュが進み、早稲田大学の店田廣文名誉教授が代表を務める研究調査「滞日ムスリム調査プロジェクト」によると、2022年2月時点で国内に113カ所のモスクがあるとされています。

モスクが増えた背景として、次のようなことが挙げられます。

  • 自営業者として成功を収めたムスリムや留学生が各地に増加したことで、居住地の近くにモスクを求める声が増えたこと
  • モスク建設資金を確保するための情報発信の方法が多様化したこと(例:既存モスクの訪問、口コミ、メール、ウェブサイトなど)

2)イスラム関係の法人化について

前述の「滞日ムスリム調査プロジェクト」によると、2022年5月の時点でイスラム関係団体の宗教法人は30社、2022年2月時点でイスラム関係団体の一般社団法人は28社となっています。

■滞日ムスリム調査プロジェクト■
https://www.imemgs.com/

2 寄付金や物販等の収入増加策

1)寄付金について

礼拝の参加者に振る舞われる食事や礼拝堂、施設の維持修繕などのモスクの運営に必要な費用は、寄付金によって賄われています。例えば、日本イスラーム文化センターでは14軒のモスクを管理しており、月間の管理費を50万円としています。

ウェブサイトを開設しているモスクでは、銀行口座への振り込みに限らず、オンライン上で寄附ができるシステムを用意して寄付を募っています。

また、モスクの建設の際には、国内の寄付だけでなく、SNSによって同胞のイスラム教徒や母国の著名人に協力を仰ぎ、資金を集めているケースもあります。

2)寄付以外の収入確保策について

寄付によって資金を募るだけでなく、イスラムに関する講座や書道教室を開催して参加費用を集めたり、モスクにハラールショップを併設したりしており、お土産やハラールフード、書籍などの物販によって資金を確保しているところもあります(詳細は事例で後述)。

3 運営に当たり注意するべき税制、法規制

1)宗教法人に関する税務について

宗教団体の中には、「宗教法人」として法人格を持つ(法人化)ところもあります。法人化することで財産の管理が容易になったり、宗教活動に係るものは法人税等が非課税になったりするといったメリットがあります。

なお、モスクの維持管理や運営費用が寄付のみで厳しい場合には、さまざまな活動を通して収入を得る必要がありますが、活動内容によっては収益事業として課税対象になるケースもあるので、注意が必要です。

宗教法人に関する税務の詳細については、下記をご参照ください。

■国税庁「令和6年版宗教法人の税務(源泉徴収全般の項目にリンクがあります)」■
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/01.htm

2)宗教法人法

宗教法人の設立、管理、規則、解散などについて定めた法律です。法律違反があった場合、内容によっては罰則や解散命令の対象になります。例えば、所轄庁への書類の提出義務(毎会計年度終了後4カ月以内に、役員名簿や財産目録などの書類の写しを、所轄庁に提出する)に違反した場合は「10万円の過料」が科せられます。また、法令や定款に著しく違反し、または公共の福祉を害する行為をした場合は解散命令が出されることがあります。

宗教法人法の詳細や、宗教法人法に基づく各手続きについては、下記をご参照ください。

■宗教法人法■
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=326AC0000000126
■文化庁「宗教法人と宗務行政」■
https://www.bunka.go.jp/seisaku/shukyohojin/index.html

3)法人等による寄付の不当な勧誘の防止等に関する法律

不当な宗教勧誘によって高額な寄付を迫られる問題を未然に防止するための法律です。宗教法人が寄付の勧誘を行う際に、寄付者の自由な意思を抑圧し、適切な判断が難しい状況に陥ることがないようにしたり、寄付者やその配偶者・親族の生活の維持を困難にしたりしないようにすることなどを求めています。

法人等による寄付の不当な勧誘の防止等に関する法律の詳細については、下記をご参照ください。

■消費者庁「法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/donation_solicitation/

4 日本国内の宗教法人、モスクの活動事例

1)東京ジャーミイ・ディヤーナト トルコ文化センター(東京都渋谷区)

日本国内では最大規模とされているモスクです。礼拝には多くの外国人が訪れますが、東南アジアのムスリムが増えていることから、礼拝の説教は信者のニーズに合わせて、トルコ語、日本語、英語などで執り行われています。

また、施設内には書店やハラールマーケットを併設しており、そこで物販を行っている他、イスラムに関する基礎講座やアラビア語書道教室などのイベントも開催されています。

■東京ジャーミイ・ディヤーナト トルコ文化センター■
https://tokyocamii.org/ja/

2)岐阜ファティフモスク(岐阜県各務原市)

カラオケ店を改装して設立されたモスクで、東海地域に在住のトルコ、パキスタン、インドネシア出身のイスラム教徒が礼拝に訪れているといいます。

施設の完成記念や、2024年で日本とトルコの外交樹立から100年が経過した節目のタイミングで、イスラム教やトルコの文化を知ってもらうためのイベントを開催しています。イベントでは、ケバブやトルコアイスなど

手作りの伝統料理や、雑貨の販売、モスク内の見学などを通して、イスラム教徒と地元住民との交流が実現できたとしています。

■岐阜ファティフモスク(Facebookページ)■
https://www.facebook.com/jpgufatih

3)マスジド大塚(東京都豊島区)

日本イスラーム文化センターが管理、運営する施設です。パキスタンやバングラデシュ、ウズベキスタンやインドネシアの学生など、さまざまな国籍のムスリムが訪れるといいます。

イスラムに関する勉強会などのイベントをはじめ、炊き出しホームレス支援や災害に見舞われた被災地の支援といった慈善活動に積極的に取り組んでいます。子どもがクルアーン(コーラン)を学べる「子供向けクルアーンクラス」も運営しています。

■日本イスラーム文化センター「マスジド大塚」■
https://www.islam.or.jp/

4)名古屋イスラミックセンター名古屋モスク(愛知県名古屋市)

名古屋モスクと岐阜モスクを運営する宗教法人です。モスクは礼拝の場だけではなく、アラビア語のレッスンなどの勉強会や、警察や税関の職員が犯罪予防について話をする講義場としても活用されています。

また、教育機関向けにイスラム文化などを解説する講演、出張講義を行っています。

■名古屋イスラミックセンター名古屋モスク■
https://nagoyamosque.com/

以上(2024年7月作成)

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画像:vladimirzhoga-Adobe Stock

【かんたん会社法(11)】 企業再編の1つである「事業譲渡」

書いてあること

  • 主な読者:企業再編の1つとして「事業譲渡」の基本を知りたい人
  • 課題:事業譲渡の手続きはとても複雑そうで、とっつき難い
  • 解決策:通常、事業譲渡では買い手が事業を選択し、対価は金銭となる

1 さまざまな企業再編

「M&A(Mergers and Acquisitions)」は、企業が成長や競争力を高めるための戦略であり、具体的には、新市場の開拓、競争相手の排除、コスト削減、経済規模の拡大などさまざまな目的で実施されます。M&Aには、合併と買収という2つの意味がありますが、両方の意味を含むものとして、「企業再編」という言葉が使われることがあります。主な企業再編には次の7つの手法があります。

  • 株式譲渡:会社の株式の全部または一部を他の会社に譲渡する
  • 事業譲渡:事業の全部または一部を他の会社に譲渡する
  • 合併:複数の会社を1つにする。吸収合併と新設合併とがある
  • 会社分割:事業の全部または一部を他の会社に分割して承継する。吸収分割と新設分割とがある
  • 株式交換:既にある会社を100%子会社にするために、子会社となる会社の株主の株式と親会社となる会社の株式を交換する
  • 株式移転:既にある複数の会社が新規に100%親会社を設立するために、それぞれが保有する株式を100%親会社に移転し、対価として100%親会社の株式の交付を受ける
  • 株式交付:既にある会社を子会社(100%子会社とは限らない)にするために当該子会社の株式を譲り受け、対価として自社株式を交付する

ここで紹介するのは上記のうち、事業譲渡であり、基本的に譲渡会社(売り手)の立場で紹介します。

2 事業譲渡とは

事業譲渡とは、自社の全部または一部の事業を別の企業に売り渡すことです。事業そのものは存続し、事業を運営する会社が変わるイメージです。大きな特徴は、

  • 譲渡する事業の内容、範囲を自由に選択できる
  • 通常、対価は株式などではなく金銭となる

ことです。

また、事業譲渡では当該事業に従事する従業員、取引関係なども対象にするのが通常なので、譲受側は新たに従業員教育や営業をせずに事業を開始できます。一方で、従業員との雇用関係や取引先との売買契約などをすべて巻き直す必要があるため、実務が煩雑になる点はデメリットです。

3 事業譲渡の手続き

1)株主総会の特別決議

事業譲渡において、「事業の全部を譲渡する場合」「事業の【重要】な一部を譲渡する場合」などは、譲渡会社において株主総会の特別決議を経ることが必要です。この株主総会の招集の際は、通常、「事業譲渡を行う理由」「契約の内容の概要」「対価の算定の相当性に関する事項の概要」を記載した参考書類を株主に交付します。

なお、ここでいう【重要】とは、例えば、その事業の帳簿価額が会社の総資産の20%(定款の定めで引き下げることが可能)を超える場合などですが、基本的には個別の解釈によって決まります。

2)反対株主の買取請求

さらに、譲渡会社は、事業譲渡に反対する株主のために、株式買取請求の機会を与えなければなりません。具体的には、原則として、効力発生日の20日前までに事業譲渡を行う旨を株主に通知します。これを受け、事業譲渡に反対する株主は、事業譲渡の効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日までの間に、自己の有する株式を公正な価格で買い取るよう譲渡会社に請求できます。

譲渡会社は、反対株主との間で買取価格の協議が調った場合は、効力発生日から60日以内にその金額を支払います。一方、効力発生日から30日以内に協議が調わなかった場合、譲渡会社または株主はその期間の満了の日後30日以内であれば、裁判所に対して価格の決定の申し立てをすることができます。

3)上記以外の場合の手続き

事業譲渡に関して、上記と異なる場合として、

  • 簡易事業譲渡:「事業の重要な一部」の譲渡をしない事業譲渡
  • 略式事業譲渡:譲渡会社が譲受会社の特別支配会社である事業譲渡

があります。

簡易事業譲渡は、具体的には、譲渡資産について、その帳簿価額が、当該会社の総資産額の5分の1を超えないような事業譲渡を指します。このような場合は、「事業の重要な一部」の譲渡には該当しないため、株主総会決議は不要になります。

また、譲渡会社が譲受会社の特別支配会社である場合、略式事業譲渡に該当するため、株主総会決議は不要になります。なお、特別支配会社とは、単独である会社の議決権の90%以上を有する会社、または完全子会社などの保有分と合わせてある会社の議決権の90%以上を有する会社を指します。

4 事業譲渡における注意事項

1)競業禁止義務

事業譲渡の効力が生じたときは、譲渡契約の内容に従って財産の引き渡しなどを行います。合併などと違い、債権・債務や契約上の地位の移転については個別に相手方の同意を得なければなりません。

また、事業譲渡には会社法上、競業禁止義務が定められています。すなわち、譲渡会社は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一および隣接する市区町村の区域内で、事業譲渡を行った日から20年間、同一の事業を行うことはできません。もっとも、特約によってかかる義務を排除することができるため、実務上、事業譲渡契約においてこれよりも短い期間の競業避止義務の定めを置くことが多いでしょう。

なお、この競業禁止規定に関係なく、そもそも譲渡会社は不正競争の目的をもって同一の事業を行うことはできません。

2)商号の利用

譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負います。この弁済責任を負わないようにするためには、事業譲渡の後、遅滞なく、

譲受会社は、本店の所在地で譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨を登記するか、譲受会社および譲渡会社から第三者に対してその旨を通知する

必要があります。

また、譲受会社が商号を使用しない場合でも、譲受会社が譲渡会社の債務を引き受ける旨の広告(債務を引き受ける旨の明確な記載がなくても、社会通念上、債権者において、譲受人が譲渡人の事業によって生じた債務を引き受けたものと信じるものと認められる広告であればこれに該当します)を行ったときは、譲渡会社の債権者は、譲受会社に対して弁済の請求をすることができます。

以上(2024年8月更新)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】モノレールには200年の歴史がある

おはようございます。今日は乗り物の「モノレール」について話をします。皆さんは、モノレールというと、その空中を走る姿から、2本のレールを走る普通の電車に比べ「新しい」「未来的」といったイメージを抱くかもしれません。ですが、その歴史は意外と古いのです。

辞書でモノレールの定義を調べると、「1本のレールで列車を走らせる鉄道」とあります。そんなモノレールが世界で最初に作られたのは、今から200年前、1824年の英国。ヘンリー・パルマという人物がロンドン埠頭(ふとう)内に敷設したのが最初です。ちなみに世界で初めて蒸気機関車が製作されたのが1825年、実はモノレールは汽車よりも歴史が古いのです。といっても、当時のモノレールは、今のような形ではなく、貨物を運搬するために、木材のレールに車両をまたがらせ、馬で牽引するというものでした。

次にモノレールが歴史の表舞台に出てくるのは、そこから60年以上後、1888年のアイルランド。蒸気機関車で貨物を牽引輸送するモノレールが整備され、約40年運送されたそうです。

モノレールが都市交通機関として使われるようになったのは、1901年のドイツ。ここに来てようやく、人を乗せるモノレールが登場します。

ちなみに、日本でモノレールが本格始動するのは1964年。東京五輪が開催された年で、主に選手の輸送を目的として作られたそうです。その後、自動車の普及によって道路の渋滞問題が発生し、その問題解決の手段としてモノレールの需要が高まり、今の形へとつながっていくわけです。

以上、モノレールの歴史をざっくりお伝えしましたが、私が注目してほしいのは、1824年に初めてモノレールを作ったヘンリー・パルマです。皆さん、彼の気持ちになってみてください。当時のモノレールは、あくまで貨物運搬が目的。それも、建築現場という限られた場所で使われ、人が乗るような代物ではありませんでした。パルマ自身、まさか自分の考案したモノレールが、200年後に今のような形で使われるなんて、想像もしなかったでしょう。

モノレールが次に姿を現すのが、60年以上後というのも面白いです。水面下で実用化のための研究が進められていたのか、何十年もたってからパルマのモノレールに着目する人がいたのかは分かりませんが、いずれにせよ、昔のテクノロジーが時代を経て呼び起こされるのはロマンがありますよね。

私たちは、今自分たちの周りにあるものから、ビジネスの可能性を模索しようとしがちですが、新しいビジネスのアイデアは、意外と昔のテクノロジーの中に眠っているのかもしれません。たまには歴史をひもといて、昔に目を向けてみてはどうでしょうか。私たちが今当たり前に使っているテクノロジーも、何百年か後には全く違う形で使われているかもしれない、そんなことを想像するのも面白いですね。

以上(2024年8月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

【かんたん会社法(10)】株式会社の計算(決算)

書いてあること

  • 主な読者:会社法で作成が義務付けられている計算書類について知りたい人
  • 課題:計算書類などを作成した後、どう扱えば良いのか分からない
  • 解決策:決算の結果は公告などをする必要がある。また、計算書類などは株主総会での説明資料になる

1 決算は株主への説明、計算書類はその資料

1)定量的に示す資料:4種類(計算書類と個別注記表)+1種類(附属明細書)

株式会社(以下「会社」)は、株主などから資金を集めて設立、運営されます。そのため、会社の活動について定期的に株主などに説明しなければなりません。この説明が「決算」であり、その際に示されるものの1つが、いわゆる「計算書類」です。計算書類という言葉は聞き慣れないかもしれませんが、要は決算書のことであり、会社法ではこれを計算書類と呼びます。会社に作成が義務付けられている計算書類は4種類です。

  1. 貸借対照表:どのように資金を調達し、何に使っているかを示す
  2. 損益計算書:どれだけ売って、どれだけ利益をだしたかを示す
  3. 株主資本等変動計算書:株主の出資の増減を示す
  4. 個別注記表:上記について必要な説明を加える

また、上記4つに説明を加えるものとして計算書類の「附属明細書」の作成も義務付けられています。具体的には、固定資産・引当金・販管費(販売費および一般管理費)の明細などです。

以上の書類は、作成時から10年間保存しなければなりません。なお、書面である必要はなく、電磁的記録であっても大丈夫です。

2)定性的に示す資料:1種類(事業報告)+1種類(附属明細書)

先ほど紹介した資料は定量的な会社の状態を示すものですが、定性的に会社の情報を示す資料として、「事業報告」と事業報告の「附属明細書」の作成も義務付けられています。詳細は割愛しますが、事業の内容やその状況などについて記載します。

以上の書類は、5年間保存しなければなりません(起算は株主総会の1週間前。取締役会設置会社は2週間前)。なお、書面である必要はなく、電磁的記録であっても大丈夫です。

2 計算書類が作成された後の流れ

1)計算書類の監査と承認

作成された計算書類は、監査を受けなければなりません。機関設計によってルールが変わるところがあるので、ここではポイントを紹介します。なお、監査を受けた計算書類は取締役会の承認を受けます(取締役会が設置されていない場合は、取締役の承認)。

1.監査役設置会社

計算書類と事業報告、その附属明細書について監査役の監査を受けなければなりません。

2.会計監査人設置会社

計算書類および附属明細書について、監査役および会計監査人の監査を受けます。また、事業報告および附属明細書について監査役の監査を受けなければなりません。

2)定時株主総会における手続き

取締役会設置会社の取締役は、定時株主総会の招集通知の際、株主に取締役会の承認を受けた計算書類および事業報告、さらに監査報告または会計監査報告(監査を受けた場合)を提供します。そして、定時株主総会において計算書類等について報告し、原則として株主の承認を得ます。

3)公告と備え置き

株主総会の後、遅滞なく株主総会で承認を受けた計算書類を公告しなければなりません。非大会社の場合、貸借対照表を計算書類として公告します(損益計算書は不要です)。大会社とは「資本金が5億円以上または負債総額が200億円以上の会社」のことなので、これ以外が非大会社となります。

公告の方法は、「官報」「日刊新聞紙」「電子公告」の中から選んで定款に定めることができます。定款に定めがない場合は官報で公告します。公告方法が官報または日刊新聞紙の場合、貸借対照表の要旨を公告すれば大丈夫です。

なお、公告方法を官報または日刊新聞紙としている場合でも、決算公告のみをインターネットのホームページに掲載して対応することができます。この場合、貸借対照表などが掲載されるウェブページのURLを登記する必要があります。

他方、電子公告による場合は、要旨による公告は認められません。また、公告方法を官報または日刊新聞紙と定めている会社であっても、これらの方法での公告に代えて、インターネット上のサイトに貸借対照表等の内容を5年間掲載する措置を取ることもできます。この場合は要旨による公告は認められません。

3 資本金・準備金の概要

1)資本金

資本金とは、設立または株式の発行に際して株主となる者が、当該会社に払い込んだ金銭または給付した現物の額です。ただし、会社法ではこれらの金額の2分の1を超えない額については資本金に計上しないことを認めており、それは資本準備金として計上されます。

2)準備金

準備金とは、何かの事態に備えて会社が準備しておくもので、資本準備金および利益準備金の総称です。前述した通り、資本準備金とは設立または発行の際に払い込んだ金銭または給付した現物のうち、資本金としなかったものです。

利益準備金とは、剰余金(利益)の中から配当時に積立てられる金額です。会社は剰余金の中から配当します。この際、剰余金を原資とする配当額の10%を利益準備金として計上すべきとされています。

3)資本金の減少・増加

1.資本金の減少

資本金の減少については、原則として、株主総会の特別決議が必要です。「減少する資本金の額」「減少する資本金の額の全部または一部を資本準備金とするときはその旨と準備金とする額」「資本金の額の減少がその効力を生じる日」を定めます。

資本金の減少は債権者の利害に影響を及ぼすため、債権者保護手続きが設けられています。具体的には、会社は資本金の減少の内容などを官報に公告し、かつ、把握している債権者には個別に催告しなければなりません。これに対して債権者が異議を述べた場合、会社は、原則として、当該債権者に弁済または相当の担保の提供などをします。

2.資本金の増加

資本金の増加については、株式発行の他、剰余金の額を資本金の額に組み込むことにより行われます。この場合、株主総会の普通決議によって、減少する剰余金の額と資本金の額の増加が効力を生じる日を決定します。この場合、債権者保護手続きは必要ありません。

4)準備金の減少・増加

1.準備金の減少

準備金の減少については、原則として、株主総会の普通決議が必要です。「減少する準備金の額」「準備金の全部または一部を資本金に組み入れるときはその旨と資本金とする額」「準備金の額の減少が効力を生じる日」を定めます。また、資本金額の減少の場合と同様、債権者保護手続きが必要となります。ただし、減少する準備金の全部を資本金に組み入れる場合、債権者の利益を害すことはないので、債権者保護手続きは必要ありません。

2.準備金の増加

準備金の増加については、剰余金を減少させて準備金に組み込むことにより行われます。この場合、株主総会の普通決議によって、減少する剰余金の額と準備金の額の増加が効力を生じる日を決定します。この場合は、債権者保護手続きは必要ありません。

4 剰余金の配当

1)剰余金配当の手続き

剰余金がある場合、つまり利益が上がっている場合、会社は株主に配当することができます。剰余金を配当する際は、原則として、株主総会の普通決議が必要です。株主総会では、「配当財産の種類および帳簿価額の総額」、「株主に対する配当財産の割当に関する事項」「当該剰余金配当がその効力を生じる日」を定めます。なお、配当は金銭に限らず現物配当もできます。

株主総会の決議が必要ない場合もあります。会計監査人設置会社であることなど一定の要件を満たせば、定款の定めにより剰余金の配当を取締役会の決議事項とすることができます。また、取締役会設置会社の場合、定款の定めにより、事業年度で1回だけ取締役会の決議で剰余金配当を行うことができます。

2)分配可能額の制限

配当するといっても、会社法で定められている分配可能額を超える配当はできません。分配可能額は、剰余金の額を基礎に、自己株式の帳簿価額、のれん等調整額など複雑な加減計算をして求めます。違法配当(分配可能額の制限に違反して配当)をした場合、

  • 配当を受けた株主は、配当を会社に返還する責任を負う
  • 配当について、株主総会に提案した取締役、取締役会で決議した取締役等は、注意を怠らなかったことを証明できなければ、株主と連帯して責任を負う

ことになります。

また、法令または定款の規定に違反する違法配当をした取締役らは、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金に処し、またはこれを併科するものと定められています。

以上(2024年7月更新)
(監修 弁護士 八幡優里)

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画像:Mariko Mitsuda

採用における「人材要件」~戦わない人材採用のススメ~

1 人材採用手法の見直しの必要性

人手不足、採用難が叫ばれて久しい今日では、人材採用は企業経営における最重要課題となっています。これまでは従来通りのやり方で何とかなってきた企業においても、自社の希望通りの人材を採用することはすでに厳しい状況となっており、今後は「人手不足倒産」の大幅な増加が見込まれています。

信用調査会社「帝国データバンク」の調べによると、2023年に日本国内で倒産した企業8,497件のうち、「人手不足」を倒産原因としているものは260件あり、前年の140件から約1.9倍に増え過去最多を更新しました。

このように、人材採用に対する対策は待ったなしの状況となっており、人口減少、少子高齢化が加速度的に進んでいる現状では、自社の人材採用手法について根本的な見直しが必要なタイミングに来ていると言えます。

2 採用における「人材要件」

人材採用はいくつかのフェーズに分けられますが、まずはそのスタートラインとなる「人材要件」について考えたいと思います。人材採用における「人材要件」とは、企業が採用したい理想的な人物像を具体的に定義したもので、採用ターゲットとなる人材の属性やスキルを言語化したものです。

経営者に「どんな人を採用したいですか?」と聞けばほとんどの方が「若くて優秀な人材」と答えると思います。では「優秀」とは何を持って優秀というのかという点や、当然「若くて優秀な人材」は他の企業も欲しいと思っていますので、他社との差別化を図る意味でも「自社独自の優秀さとは何か」という点を深く掘り下げていくことが必要になります。

「人材要件の作り方」のような記事がネットや書籍などで公開されていて、MUST・WANT表(下記参照)の作成など一般的なメソッドはありますので、基本的にはそれに沿って作り上げていけば良いわけですが、気を付けなくていけないのは深く考えずに作ると、ごくごくありふれたものになってしまって他社との差別化がまったく図れなくなることです。

「人材要件の作り方」の例

出所:インスワーク社会保険労務士法人監修

3 戦わない人材採用とは

この記事の題名を「戦わない人材採用」とした理由は、就職したい企業人気ランキングの上位にくるような企業なら別かも知れませんが、そこまで著名な企業でない場合、他社と同じレベルで戦っていては、「若くて優秀な人材」は規模が大きく知名度が高い企業に獲られてしまいますので、いかに他社と戦わずに自社の独自路線を打ち出せるかが人材採用に成功する一つのカギになっているからです。

一般的に考えられる採用時に必要な能力としては、「コミュニケーション力」「主体性」「チャレンジ精神」「熱意」「柔軟性、適応力」「ストレス耐性」などが上げられますが、このような能力を持ち合わせた人材はどこの企業でも欲しい人材であり、他社よりも優位性を持った企業でないと採用できません。

そこで、「人材要件」について、一般的に考えられることだけでなく自社のオリジナリティを前面に出すことで、自社独自の「戦わない人材採用」が可能になるのです。

4 マネーボール理論

ここで話が飛びますが「マネーボール理論」はご存知でしょうか?もしかしたら、映画「マネーボール」をご覧になった方もいらっしゃるのではないかと思いますが、映画は2011年にアメリカで制作され、ブラッド・ピットが主演のメジャーリーグ(野球)を題材にしたものです。MLBの中でも資金力に乏しい弱小球団が、選手の評価基準を大きく変える戦略を取ることによって強豪チームに成長して行くというものです。

採用の人材要件と野球が何か関係あるの?とお考えかと思いますが、「選手の評価基準を変えた」というところが採用の人材要件につながる「マネーボール理論」になります。

具体的にはこんな感じです。例えば打者の評価については、一般的には打率、ホームラン数、打点(3冠王の要素)などが評価対象となると思いますが、マネーボール理論では、野手は打率ではなく「出塁率」を評価基準とする。つまりヒットもフォアボールも同じ扱い、ということです。私は野球に特に詳しいわけではありませんが、ヒットやホームランが打てる打てないの前に選球眼の良さがポイントということでしょうか。ちなみに、昨年38年ぶりにプロ野球日本一となった阪神の岡田監督も、「堅実な野球」を掲げ、開幕前から選手の年俸につながる基準のフォアボールのポイントを上げるように球団に掛け合っていたそうです。

このように選手の評価基準を大きく変えたことで、他球団が見向きもしない選手や、短所には目をつぶり自分たち独自の分析により作りあげた評価基準(人材要件)において強みを持つ選手を仕入れ(他球団が目を付けないからこそ安く仕入れることができる)、優勝を争うようなチームに成長させていきました。

5 自社オリジナルの「人材要件」

「マネーボール理論」から学ぶべきは、自社の「人材要件」を考えるにあたっては自社で活躍している社員を徹底的に分析するなどして、「採用時に本当に必要な能力は何なのか?」を深掘りする必要があるということです。

ただし、「深掘りして自社なりの人材要件を作成する」とお伝えしましたが、独自性を高めることと基準(ハードル)を上げることは別です。深掘りしていく中であれもこれもとなってしまうと、そもそもそのようなスーパーマンのような人材がこの世の中に存在するのか?ということになりかねません。決定していくプロセスの中で必要な能力を沢山出すのは良いとして、最終的な「人材要件」を決定する際には、採用後に育成することで身に着けることが可能な能力(テクニカルスキル)かどうかという観点も非常に重要です。

メンタル力や成長意欲のようなベーシックな部分(ポータルブルスキルや価値観)については、遅くとも就業可能な年齢になればおおよそ出来上がっており、採用後に何とかしようと思っても難しいという側面があります。一方で、経験や技術的な要素であれば、全くの未経験者であったとしても採用後にOJTをしっかりとやることでカバーが可能と考えられます。

社員に求められる能力

出所:インスワーク社会保険労務士法人監修

人材要件については、ハードルを上げすぎることなく門戸は広く構え、自社が考える絶対に外せない能力については厳しく見つつも、採用時点で足らない能力(テクニカルスキル)については採用後の育成の中でしっかりとカバーして成長を支えていくという視点が最も重要になります。

以上(2024年7月作成)

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画像:sinseeho-Adobe Stock

【中堅社員のスピーチ例】成功者が誰よりも謙虚な理由

私は、実は経営者の自叙伝を読むのが好きで、最近は「お、ねだん以上。」のキャッチコピーで知られるニトリの創業者、似鳥昭雄(にとりあきお)さんの自叙伝を読みました。自叙伝には、似鳥さんがいかにニトリのビジネスモデルの基礎を築き、事業を成功に導いたかが記されています。

例えば、ニトリの強みの1つは、「シリーズ家具によるコーディネートの提案力」ですが、この強みは、似鳥さんが1972年に米国の家具店を視察したときの出来事がもとで生まれたものです。当時事業に苦戦し、何とか起死回生の一手を打たねばと日本を飛び出した似鳥さんは、米国の家具店を見て驚愕します。当時の日本の家具店は、メーカーが作った商品を並べて売っているだけでちぐはぐなコーディネートになりがちだったのですが、米国の家具店は色やデザインがしっかりコーディネートされていて、統一感があるのです。日本でも同じことをやったら成功するはずだと確信した似鳥さんは帰国後これを実行に移し、見事、倒産寸前の会社を立て直します。

もう1つニトリの強みとして挙げられるのが、「安価な価格設定」です。ただし、クオリティーを維持しながら製品を安く売るのは簡単ではありません。似鳥さんは、この問題をクリアするため、安く家具を仕入れられる海外の調達先を開拓することに注力します。似鳥さん自ら海外に渡り、観光ガイドを通訳にして、電話帳から家具会社を探し、しらみつぶしに当たっていったそうです。いち早く海外進出を果たしたおかげで、1985年のプラザ合意で円高が急速に進行した際、他社に先んじて輸入を本格化させることができたのです。

この自叙伝が面白いのは、似鳥さんがこうした偉業を誇るのでははく、「運が良かった」と結論付けていることです。私は正直、なぜ似鳥さんがこれほど謙虚なのかが疑問だったのですが、この自叙伝を読み進めることでその理由が理解できました。その理由とは、似鳥さんが「成功以上に失敗を多く経験しているから」というものです。

例えば、先ほどの海外調達を始めた頃の話です。台湾から家具を仕入れてみると、「椅子に座った途端に壊れた」といったクレームが多く寄せられたそうです。原因は、現地と日本の湿度や習慣などの違いでした。似鳥さんいわく「行き当たりばったり」が招いた失敗でした。この他に、低コストのエアドーム店舗を思い付くも、出店後に「店舗の室温が高くなりすぎる」「ドームが雪で潰れる」などトラブルが相次ぎ、5年ほどで撤退を余儀なくされるといった失敗談などもありました。

成功者は、数多くの失敗を経験しているからこそ、自分の力を過信せず、大きな成功をつかんでも「運が良かった」と謙虚に語るのです。しかし、その失敗は膨大な数のチャレンジの裏返しであり、確かに成功者の力になっています。私はそこに至るまでの努力をしているだろうかと反省せずにいられません。だから、私は初心に帰りたいとき、いつも誰かの自叙伝を読むのです。

以上(2024年8月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

【かんたん会社法(9)】社債の発行

書いてあること

  • 主な読者:資金調達の1つとして「社債」の基本を知りたい人
  • 課題:社債の発行にはいくつかの種類があり、分かりにくい
  • 解決策:社債の募集事項の決定機関は会社法で定められていないが、実際は取締役会などとなる。募集社債の総額に届かなくても、募集分だけ社債を発行できる

1 社債は資金調達法の1つ

社債とは、

会社が多額で長期間の資金を調達する際に行われる手法

の1つで、社債を発行することを「起債」といいます。投資家から見た場合、社債は株式とは違い、会社が儲かっていなくても、あらかじめ定められた利息を受け取ることができます。

ここでは株式会社(以下「会社」)に注目し、社債の発行手続きを紹介します。社債の発行手続きは、「社債権者となる者を募集する方法」と「特定の者に社債を引き受けさせる方法」(総額引受)とがあります。また社債には、「普通社債(新株予約権が付されていない社債)」と「新株予約権付社債」とがありますが、ここでは普通社債に注目します。

2 社債権者となる者を募集する方法

1)募集事項の決定

社債を引き受けてくれる人を募集する際、会社は次の事項を決定します。

  • 募集社債の総額
  • 各募集社債の金額
  • 募集社債の利率
  • 募集社債の償還の方法および期限
  • 利息支払の方法および期限
  • 社債券を発行するときは、その旨
  • 社債権者が、社債の全部または一部について無記名式社債を記名式社債にできないこととする場合はその旨(記名式社債を無記名式社債にする場合も同様)
  • 社債管理者を定めないこととするときは、その旨
  • 社債管理者が、社債権者集会の決議によらずに「破産手続き等に関する行為」をできることにする場合は、その旨
  • 社債管理補助者を定めることとするときは、その旨
  • 募集社債の払込金額かその最低金額、またはこれらの算定方法
  • 募集社債と引き換えにする金銭の払い込みの期日
  • 一定の日までに募集社債の総額について割当を受ける者を定めていない場合において、募集社債の全部を発行しないこととするときは、その旨およびその一定の日
  • 前各号に掲げるものの他、法務省令で定める事項

会社法では、募集事項をどの機関が決定するのかについて定めていません。そこで、会社の業務執行を決定する権限がある機関がその役割を担うことになります。具体的には、取締役会設置会社の場合は取締役会(代表取締役に決定権限を委任できる)、取締役会非設置会社の場合は取締役が決定します。

2)申し込み・割当

会社は、募集社債に申込もうとする申込者に対して、次の事項を通知します。

  • 会社の商号
  • 募集事項
  • その他法務省令で定める事項

申込者は、氏名または名称、住所、引き受けようとする募集社債の金額、金額ごとの数などを記載した書面で会社に申し込みます。

会社は、申込者が金銭を払い込む期日の前日までに、その申込者に割り当てる募集社債の金額および金額ごとの数を通知します。もし、申し込みが募集社債の総額に届かなかった場合でも、会社は割り当て分のみを社債発行できます。

3)払い込み

割当を受けた申込者は、払込期日までに払込金額を払い込みます。ただし、この払い込みは社債の成立要件ではありません。申込者は、会社が募集社債の割当をすることで社債権者となり、払込債務を負います。そのため、払込期日が過ぎても払い込みがなされない場合、会社は催告の上、払込債務の履行を求めることができます。それでも申込者がこれに応じない場合、会社は社債発行契約を解除できます。

ただ、実務上、会社は申込者に申込証拠金として払込金額相当を要求するのが通常なので、こうした事態はあまり見受けられません。

4)社債券は不発行が原則

社債券は不発行が原則です。ただし、募集事項に社債券を発行する旨を定めている場合、会社は社債を発行した日から遅滞なく社債券を発行しなければなりません。

3 特定の者に社債を引き受けさせる方法(総額引受)

特定の者に社債を引き受けさせる「総額引受」の場合の発行手続きは次の通りです。

  1. 募集事項の決定
  2. 総額引受契約の締結
  3. 払い込み
  4. 社債券の発行

基本的な手続きは、社債権者となる人を募集する際の手続きと同様です。ただし、総額引受の場合、「申し込み」、「割当」の手続きはありません。

以上(2024年7月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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画像:Mariko Mitsuda

決算直前では間に合わない!? はじめての賃上げ促進税制のデータ収集実務

書いてあること

  • 主な読者:今年度賃上げを実施した中小企業の経営者・経理担当者
  • 課題:賃上げ促進税制は適用要件の計算や税額控除額の計算に必要な資料収集などの事務負担が多い
  • 解決策:人事労務関連の資料(賃金や役員の離就任)や、助成金情報、教育訓練費関連の情報など必要なデータを事前に集め、決算期前に計算の下地を作っておく

1 税負担の軽減効果は大だが、データ収集など実務負担も大

前年度より一定の割合以上の賃上げをした場合に適用できる賃上げ促進税制。今年度は、賃上げが中小企業にも広がり、賃上げ促進税制の適用をはじめて検討するという会社もあるのではないでしょうか。

賃上げ促進税制は、前事業年度からの人件費増加額の15%(諸条件を満たすと最大45%)が税額控除でき、

税負担を軽減させる効果が大きい税優遇の1つ

です。その反面、

適用要件や税額控除額の計算に必要な資料やデータ収集といった実務負担が大きい

という特徴もあります。

資料やデータ収集は、決算申告作業時に行わなければならない作業ではありますが、人事(役員変更、入退職、教育訓練費関連)や給与関連のデータも含まれるため、担当者間のやり取りも必要になります。まだゆとりのある時期に、データ収集の下地作りを始めておきましょう。

この記事では、中小企業の賃上げ促進税制の検討から適用に際して、経理の現場でどのような作業が必要で、どのようなデータを収集しなければならないのかをまとめます。

制度の概要や、専門用語の解説については最後にまとめていますので、併せて確認したい場合は一読ください。

2 検討から適用に際して必要なデータ収集の作業フロー

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1)集計の対象となる「国内雇用者」の範囲を確定させる

国内雇用者とは、国内の事務所に勤務し、会社が賃金を支払っているすべての使用人をいいます。正社員に限らず、嘱託社員、パートタイマー、アルバイトなど雇用形態に関係なく賃金台帳に載っている人全員が対象です。

ただし、雇用者であることから分かるように、

  • 役員(取締役〇〇部長のような使用人兼務役員を含む)
  • 役員の親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族までが該当)
  • 役員と婚姻届けは提出していないものの、事実上婚姻関係にあるとみられる人
  • 上記以外で、役員から生計のサポートを受けている人(当人と生計を一にする親族を含む)

は、集計する対象から除かれます。つまり、役員報酬や、役員の親族に対する賃金も対象外となります。また、年の中途で役員になった人がいる場合には、役員に就任する前後の賃金・報酬で取り扱い(対象/対象外)が異なりますので、注意しましょう。

2)該当者の前年度と今年度の給与等支給額の一覧を作成し、集計する

ここで集計する給与等支給額は、給与、俸給、賃金、賞与など、原則、給与課税の対象となるものが含まれます。集計時の主な注意点を次のとおりです。

  • 通勤手当の取り扱いについては、原則除いて集計する。ただし例外的に、毎年継続することを要件に、通勤手当を含めて支給額ベースで集計してもよい。
  • 決算賞与(当事業年度末時点では未払いの賞与)においては、損金算入の3つの条件を満たしている場合には、当事業年度の雇用者給与等支給額に含めて集計できる
    1. 支給者全員に対して、個別に支給額を通知していること
    2. 決算日の翌日から1カ月以内に支給すること
    3. 損金経理していること
  • 退職金は給与課税ではなく、退職金別個での課税(退職金課税)となるため対象外

上記を踏まえ、賃金台帳(前事業年度と当事業年度分)から、下記のように各人別の社員番号、氏名、各月の支給額を一覧にまとめます。なお、役員の就退任や役員との親族関係、入退職情報を記載しておくと、集計時に対象となる国内雇用者の選別(ソート)がしやすくなるため有用です。

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上記の事例では、役員であるA、B、C(役員就任後の前事業年度7月以降)、役員と親族関係にあるEへの給与等支給額は、集計の対象外となります。なお、以前の制度(令和3年度税制改正前)では中途入社した社員の給与は対象から除くなどの調整が必要でしたが、現在の制度では中途入社の社員分も含めて集計します。

3)給与等に充てるために他の者から支給を受けた金額がある場合には、その金額を集計する

給与等に充てるために他の者から支給を受けた金額については、この制度の適用要件を満たすかどうかの判断時や税額控除額の計算時の都合から、

  1. 雇用安定助成金額(雇用調整助成金などの助成金)
  2. 雇用安定助成金額以外で、他の者から支給を受けた金額

の2つに区分して集計します。

雇用安定助成金額は、国や地方公共団体から受ける助成金で、主なものには、

雇用調整助成金、緊急雇用安定助成金、産業雇用安定助成金、労働移動支援助成金(早期雇い入れコース)、キャリアアップ助成金(正社員化コース)、特定求職者雇用開発助成金(就職氷河期盛大安定協実現コース)、特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)

などがあります。前事業年度と当事業年度に該当する助成金を受け取っている場合には、リスト化してまとめておきましょう。

雇用安定助成金以外で、他の者から支給を受けた金額の代表例には、出向社員がいる場合における出向元または出向先から支払わられる出向負担金があります。

4)教育訓練費がある場合には、前年度分と今年度分の関連支出を集計する

教育訓練費とは、従業員(国内雇用者に限る)の知識や技術などのスキルアップを目的に外部に対して支出する費用をいいます。具体的には、

外部のセミナー講師に対する謝金や、外部の施設使用料、外部セミナーの参加費用、国内外の大学院に通わせる場合などの授業料など

が該当します。

この項目で注意が必要なのが、集計時に含めてはいけない関連費用です。含めてはいけない主な費用は、

  • 自社の社員や役員に支払う受講中の人件費や報奨金など
  • 研修に関連する旅費交通費、食費、宿泊費、居住費(海外留学時の居住費など)
  • 自社で保有する施設で研修を行った場合における諸費用(水道光熱費、維持管理費など)
  • 外部に委託せず、自社で行う研修に使用する教材費の購入やコンテンツの製作にかかる費用

があります。

5)子育て支援や女性活躍支援企業として認定を受けている会社である場合には、認定情報を収集する

子育て支援や女性活躍支援企業として厚生労働省の認定を受けている会社については、税額控除の上乗せ措置があります。具体的には、

  1. くるみん認定:育児をしている社員らの雇用環境の整備や、インターンシップやトライアル雇用を通じた若年者の安定就労に向けた取り組みなど10項目の認定基準を満たすことで受けられる。さらに、すでにくるみん認定を受けている会社が、より高い水準で子育て支援の取り組みを行っていると認められる場合には、プラチナくるみん認定を受けられる
  2. えるぼし認定:女性の管理職の割合を一定以上とすることや、採用時の男女の競争倍率(応募者数/採用者数)が同程度であることなど5つの基準を満した数に応じて、1~3段目のえるぼし認定を受けられる。さらに、すでにえるぼし認定を受けている会社で、それらの取り組みの実施状況が特に優良であると認められる場合には、プラチナえるぼし認定が受けられる

の2つの認定があります。中小企業の場合、賃上げ促進税制の上乗せ要件として求められているのは、

  • くるみん認定以上であること
  • えるぼし認定の2段目以上であること

です。

3 必要なデータや資料の収集まとめ

上記を踏まえ、賃上げ促進税制の適用に際して、社内で集める必要のある主な資料や情報をまとめます。

  • 賃金台帳(当事業年度と前事業年度分):給与システムから入手する
  • 役員の就任・退任情報(当事業年度と前事業年度分):定款や株主総会、取締役会の議事録などを入手する
  • 入退職者情報(当事業年度と前事業年度分):労務管理担当者などと連携して、関連情報を入手する
  • 給与等に充てるために他の者から受けた金額の情報(当事業年度と前事業年度分):出向社員の有無、いる場合には出向元または出向先からの支払いを受ける出向負担金があるか確認する
  • 雇用安定助成金の情報(当事業年度と前事業年度分):助成金受領の有無を確認し、ある場合には雑収入など、該当勘定科目からピックアップし、関連情報を入手する
  • 教育訓練費関連の情報(当事業年度と前事業年度分):研修費や外部委託費など該当勘定科目からピックアップし、請求書や委託契約内容をもとに、該当する支出・そうでない支出を明確に抽出する
  • 女性活躍関連の認定情報:関連部署や担当者に、認定の有無を確認する

4 参考:賃上げ促進税制(中小企業向け)の概要と用語解説

1)賃上げ促進税制(中小企業向け)の概要

賃上げ促進税制は、当事業年度の人件費(正確には雇用者給与等支給額という)が前事業年度比で1.5%以上増加しているという通常要件に加え、追加の要件を満たすことで、税額控除率を上乗せできる措置が3つ用意されています。前事業年度からの増加が要件であるため、新規設立で前事業年度がない会社については、適用対象外となります。

まずは通常要件を確認し、上乗せ措置1~3の要件と内容を確認しましょう。この表中で使われている専門用語については、次の「2)賃上げ促進税制で使われる専門用語の解説」で解説しています。

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また、2024年4月1日以降に始まった事業年度より、

繰越税額控除(今回の申告で控除できない税額控除額は、翌事業年度以降の税額から控除できる)の仕組みが導入

されます。賃上げ促進税制は法人税額から直接控除する税額控除の制度であるため、赤字で法人税額が発生しない会社では、要件を満たしていてもメリットを受けられませんでした。繰越税額控除の導入により、当事業年度が赤字であっても、翌事業年度以降(5年間)黒字の事業年度で、使えなかった税額控除を繰り越して使うことができるようになっています。

2)現場担当者が押さえておきたい専門用語の解説

1.雇用者給与等支給額

雇用者給与等支給額は、通常要件や上乗せ措置要件の判定時と、控除税額の算定時に使用する金額で、次の算式で計算します。

当事業年度の国内雇用者に対する給与等支給額-当事業年度の給与等に充てるために他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金を除く)

2.比較雇用者給与等支給額

比較雇用者給与等支給額は、通常要件の判定時と、控除税額の算定時に使用する金額で、次の算式で計算します。

前事業年度の国内雇用者に対する給与等支給額-前事業年度の給与等に充てるために他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金を除く)

3.控除対象雇用者給与等支給額

控除対象雇用者給与等増加額は、税額控除額率(15~45%)を乗じる基となる金額で、次の算式で計算します。

雇用者給与等支給額-比較雇用者給与等支給額

以上(2024年7月作成)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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画像:HONGWEI-Adobe Stock

「社内参謀」候補が見つかる39のチェックリスト

書いてあること

  • 主な読者:自分と同じ目線を持つ相談相手を社内に求めている経営者
  • 課題:自社には参謀となれるような人材がいないと感じてしまう
  • 解決策:独自の「社内参謀 チェックリスト39」で、参謀の卵を見つけて教育する

1 社内参謀としての素質を見極める

経営者は、自分一人では対処が困難な経営課題にしばしば直面します。そうした問題は複雑なので、相談できる相手がいないケースもしばしばです。そうした経営者が求めるのは、

社内の人間関係や実務に精通し、会社の状況を理解した上で経営者に客観的なアドバイスができる「社内参謀」

です。

社内参謀を獲得するために、まず社内参謀としての資質を持った社員を見つけることから始めましょう。人事考課が飛び抜けて優秀な社員がいれば、その社員を候補としますが、いなければテストをしてみます。

この記事では、参謀的資質を見極めるためにオリジナルの「社内参謀 チェックリスト39」を用意しています。社内参謀に必要な資質の有無を確認する39の設問を紹介しており、得点は100点満点です。各設問に対する得点は右欄に記してあります。実際にチェックリストに答えてもらう際は、得点配分は除いてください。

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ボーダーラインは70点程度としましょう。70点以上の社員が複数いる場合は、社内の評判が良い、性格が明るいなどを基準に選抜します。参謀候補を数人選抜して絞り込んでいくのも1つの方法ですが、最初から1人に絞って経営者が育成をしたほうが効率的です。

2 社内参謀の教育

1)聞く力と記憶する力を磨く

参謀候補は聞き手として「相手の話を真摯に聞く」ことが求められますが、大切なのは、聞いた話の要点を絞り込み、正確に記憶しておくことです。

次のようなビジネスシーンをイメージしてください。経営者同士の会議が1時間にも及びました。最初の10分は世間話でしたが、途中から互いに事業の概況について話を始めました。足元の経営状況、取引先の動向、競合他社の営業活動や新製品の開発動向などの話があった後、自社との取引内容についての改善提案まで話が進みました。このような状況で、話の内容を全てメモすることはできませんし、全て記憶することも不可能です。ただし、要点を押さえ、それを正確に記憶することは訓練次第で可能です。

経営者と参謀候補とで要点が相違してはいけないので、最初のうちは話し終わった後、経営者が要点を教えます。こういうと、「さまざまな考えがあっていいのでは?」と言われそうですが、それは、

同じ要点に対する考え方はさまざまでよいということであり、前提となる要点が相違していてはかみ合わない

ことになるのです。

2)問題点に気付く力を磨く

問題点に気付く力は、経営者の話や会議の議論の矛盾点を質問などで指摘することで磨かれます。矛盾点を指摘することは容易ではなく、正確な情報収集力や分析力、論理性が求められます。不勉強な社員や論理的思考ができない社員には務まりません。

参謀候補としての自覚のある社員なら、会話や議論における矛盾点の指摘は場数を踏むことで慣れてくるでしょう。ただし、単に回数を重ねるだけではなく、周囲に飛び交う情報に敏感に反応させる訓練をしなければなりません。そのためには、経営者が抜き打ちで質問するなど、常に高い緊張感を保たせます。

話し手の不足点や矛盾点を指摘することは、実務でも非常に重要です。話し手を議論で「やり込める」のではなく、「納得してもらう」ための話し方を習得する機会となります。

3)企画する力を磨く

「アッ!」と驚く企画の立案は容易ではありません。しかし、内容や質を問わず、何らかの企画を立案する程度なら、「聞く力」「問題点に気付く力」を持つ社員ならこなせます。つまり、参謀候補は、何らかの企画を考えるまでに成長しているはずです。現実的に、新鮮なアイデアがないと面白い企画は生まれにくいものですが、さまざまな視点から物事を判断できると、次第に的を射た企画を立案できるようになります。

企画する力を磨くには、参謀候補にさまざまな企画書を作らせてみます。企画書を作らせる狙いは、「自由に企画書を作成させて、自分の不足点や矛盾点について考える機会を多く与える」ことです。企画書の作成を繰り返すうちに、参謀候補の情報収集力や分析力が高まります。

創造力を磨くのもこの段階です。予備知識なしに創造力は生まれません。過去の事例を数多く検証し、それらの事例から不足点や矛盾点を発見し、それを修正することで新しいものができるのです。既成概念にとらわれない大胆な発想や斬新なアイデアは、こうした努力を積み重ねることで生まれるのです。

4)根回しする力を磨く

根回しというと、政界の裏工作などを連想し、悪い印象を抱きがちです。しかし、ビジネスでも1つの企画を実行するためには、各方面への根回しが必要になることがあります。ビジネス上必要な根回しとは、関係者との交渉に他なりません。これは組織を動かす上で重要な実務です。企画書は書けるが交渉力がない社員は、実行力に乏しいと考えてよいでしょう。

また、この段階では完璧主義を捨てなければなりません。計画を企画書通りに実務に落とせればよいのですが、現実には難しいことが多いです。関係者との交渉を重ねた結果、幾つかの修正が入って妥協点が生じ、当初の企画内容と少し異なるものとなっても、企画の骨子が揺らいでいなければ良しとすべきです。大切なのは企画を実行することなのです。

3 社内参謀を認め、感謝する

社内参謀の教育で紹介した4つの力を備えた社員は「社内参謀」に成長しています。社内参謀は経営に必要な情報がいつでも引き出せ、それを経営者の視点で分析できます。ある意味で、社内参謀のものの見方は、経営者以上に多面的かつ論理的です。企画を実務に落とし込む際は、当該企画の問題点に気付くはずですし、利害関係者の要望を組み入れた修正案を想定することもできます。

経営者は社内参謀をパートナーとして認め、感謝しましょう。社内参謀は、自分が社内のどんなポジションにいるのか、経営者が自分のことをどのように評価しているのかを敏感に感じ取ります。会社は社内参謀にふさわしい役職を用意することになるでしょうが、何よりも大切なことは、経営者が「ありがとう」「役に立ったよ」と声を掛けてあげることです。

以上(2024年8月更新)

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画像:unsplash