【債権回収(23)】取引先が「民事再生手続」を申立てたら債権はどうなるのか?

書いてあること

  • 主な読者:取引先が「民事再生手続」を申立てた場合の対応を知りたい経営者
  • 課題:何ができるのか分からないし、そもそも債権が回収できるのか不安
  • 解決策:強制執行ができなくなる場合がある。一定の条件のもと、相殺と担保権の実行が認められ、中小企業の救済措置もある

1 「民事再生手続」の位置付け

取引先が民事再生手続を申立てた場合、自社の債権は大きな影響を受けます。そのため、取引先の民事再生手続の申立てに備えて、事前に何ができるのかを知っておく必要があります。その前提となる情報として倒産処理の手続を整理します。

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会社が債務超過などで倒産した場合、その手続は、

  • 私的整理:裁判所を利用しない
  • 法的整理:裁判所を利用する

に大別されます。法的整理はさらに、

  • 清算型:会社の清算を目的とする
  • 再建型:会社の再建を目的とする

に大別されます。

民事再生手続は、

株式会社の他、個人や株式会社以外の法人においても利用できる制度

になります。財産の管理・処分権は原則として債務者が有することとなっており、各種手続も同じ再建型の手続きである会社更生手続よりも柔軟です。

では、民事再生手続の基本的なポイントを紹介していきます。

2 民事再生手続における債権の分類

民事再生手続では、債権を4つに分類します。

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商取引上の債権の多くは再生債権です。再生債権は、「債権は○%カットされる」など権利変更の対象になります。一方、共益債権・一般優先債権は再生手続によらず、随時弁済を受けることができます。また、詳細は省略しますが、通常の商取引では開始後債権に該当するものは限られます。

上記の他、「再生手続開始後の利息請求権」や「再生手続開始前に劣後的債権とすることを合意した債権」などは、劣後的取扱いのされる再生債権となります。

3 民事再生手続の概要

民事再生手続の主な流れは次の通りです。図の黒塗りの部分については以降で詳しく紹介しています。

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1)裁判所による保全処分・中止命令等

会社を再建するには、債務者が所有する財産の散逸を防がなければなりません。そのため、民事再生手続の申立てから開始までには、債権者などの権利行使を制限するさまざまな定めがあります。例えば、裁判所は、一部の債権者のみに弁済したり、各債権者が自己の債権回収を進めたりすることを防ぐため、申立てまたは職権で仮差押え・仮処分その他の必要な保全処分ができます。加えて、こうした個別の対処では不十分な場合に備えて、

再生手続開始の決定までの間、全ての再生債権者(再生債権の権利者)に対して、強制執行などを包括的に禁止する

こともできます。

例外的な債権回収方法は後述しますが、

再生債権に関しては、民事再生手続申立て後は、基本的に認可を受けた再生計画によらずに弁済を受けることは難しい

と考えておいたほうがよいでしょう。

2)再生債権の届出

再生債権者は、民事再生手続の開始決定時に定められた債権届出期間内に、裁判所に自らの債権の内容等を届け出なければなりません。

再生債務者(再生手続の対象者)は、届出があった再生債権について、その内容などの認否を記載した認否書を作成します。原則、この認否書の内容に基づいて各再生債権者の債権の額などが調査・確定されます。再生債務者は、届出がない再生債権があることを知っているときは、それも再生債権に含める必要があります。

3)再生計画案の決議・認可

再生計画とは、

再生債務者の再生を図るための取り組みなどを定めた計画

のことです。再生計画には、全部または一部の再生債権者の権利を変更する条項、共益債権および一般優先債権の弁済に関する条項などが定められます。再生債権者から見ると、「債権は○%カットされる」など、権利変更の内容が定められた計画です。

再生債務者などが裁判所に再生計画案を提出すると、裁判所は書面などによる決議または債権者集会による決議に付します。このとき、再生債権者は再生債権額などに応じて議決権を有します。再生債権者にとっては、意思表示ができる数少ない機会です。

可決要件は、債権者集会に出席している再生債権者または書面などによる議決権を行使した債権者の頭数による過半数の賛成と、議決権総額の2分の1以上の議決権を有する者の賛成の双方が必要となります。

4 民事再生手続中の取引先から債権回収する手立て

1)債権債務の相殺

再生債権者が再生債務者に対して債務がある場合、

債権届出期間内であれば、双方の債権債務を相殺

できます。相殺できる債権債務には一定の条件があります。主な条件は次の通りです。

  • 自働債権(相殺の意思表示をする側の債権。この場合は再生債権者)の弁済期が再生債権届出期間満了前までに到来していること。受働債権(相殺の意思表示をされる側の債権。この場合は再生債務者)の弁済期間が到来している必要はない
  • 再生債権者による相殺の意思表示が、再生債権届出期間内に相手方に到達していること

2)担保権の行使

民事再生手続開始の時点で、

再生債務者の財産に設定されている担保権(特別の先取特権、質権、抵当権、商事留置権)を有する者は、その目的である財産については「別除権」を有し、民事再生手続によらずに行使できる

とされます。そのため、上記に該当する担保権を有していれば、競売などを通じて債権回収できる可能性があります。

「特別の先取特権」は、「動産売買の先取特権」と「不動産の先取特権」に分けて詳細が定められています。動産売買の先取特権の場合、例えば、

再生債務者が自社から仕入れた商品を転売している場合、再生債務者が転売先に対して有する売掛金などの債権を、裁判所の債権差押命令によって差押さえて債権回収できる

場合があります。こうした方法で全額弁済を受けることができない場合は、不足する部分について、再生債権者として権利を行使することができます。

なお、一般の先取特権は別除権とはなりませんが、これによって担保される債権は、一般優先債権として、再生手続によらずに随時弁済を受けることができます。

3)その他の手立て

ここで紹介する手立ては再生債務者の申立てや裁判所の職権によるものなので、債権者が主体的に始めることはできません。しかし、債権回収の可能性がある手立てなので紹介します。

1.中小企業者の債権に対する弁済の許可

再生債務者を「主要な」取引先とする「中小企業者」が、再生債権の弁済を受けなければ事業継続に著しい支障を来す恐れがあるとき、裁判所は再生計画認可の決定が確定する前でも、再生債務者などの申立てや職権によって、その全部または一部の弁済を許可することができます。

なお、「主要な」や「中小企業者」について絶対的な基準はなく、中小企業者と再生債務者のその規模や、再生債務者への依存度(取引高の規模)などが考慮して決められます。

2.少額債権の弁済の許可

「少額」の再生債権を早期に弁済することで民事再生手続を円滑に進められるとき、または「少額」の再生債権を早期に弁済しなければ、再生債務者の事業継続に著しい支障を来すときは、裁判所は再生計画が認可される前でも再生債務者などの申立てによって、弁済を許可することができます。

なお、「少額」についても絶対的な基準はなく、再生債務者の規模、債務の総額、弁済能力、弁済の必要性などが考慮して決められます。

以上(2023年9月更新)
(監修 Earth&法律事務所 弁護士 岡部健一)

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画像:Mariko Mitsuda

フリーランスともめたらどうする? トラブル事例と解決のポイントを弁護士が解説

書いてあること

  • 主な読者:フリーランスとトラブルなく取引したい経営者
  • 課題:曖昧な条件でフリーランスに依頼してしまう。社員のように指揮することもある
  • 解決策:フリーランスは社員ではない。良い意味で一線を引いて真摯に付き合う

1 フリーランスとの取引増加、トラブル対応は大丈夫?

近年は、雇用にとらわれず、フリーランスなどに業務委託をしてリソースを確保するケースが増えてきました。新しい組織のあり方としてますます進みそうですが、条件面などでのトラブルが多いので注意が必要です。フリーランスはあくまでも外部の人材なので、取引先の会社と契約するように細かく条件を決める必要があるのです。

フリーランスとの取引については環境整備も進んでいて、2021年3月26日には「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(以下「ガイドライン」)が策定されました。そこでは、フリーランスとの取引における労働関係法令(労働基準法、労働組合法など)、独占禁止法、下請法上のルール適用の在り方を詳細に定めています。

ガイドラインは、労働関係法令、独占禁止法、下請法といった既存の法律の適用の在り方の明確化でしたが、新たな規制として、2023年4月28日には「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(通称:フリーランス・事業者間取引適正化等法)が成立し、5月12日に公布されました。施行は2024年11月までに開始の予定ですが、フリーランスを活用する会社は意識しなければならない法令です。

この記事では、ガイドラインなども意識しつつ、フリーランスと取引する際に特に重要なポイントを解説していきます。

■内閣官房「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」■

https://www.cas.go.jp/jp/houdou/20210326guideline.html

■e-GOV「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」■

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=505AC0000000025_20241111_000000000000000

2 フリーランスが社員みたいな扱いになることもある

業務委託契約であっても、就労実態などから次の2つが認められる場合、フリーランスであっても「労働者」とみなされます。これを「使用従属性」といいます。

  1. 指揮監督下の労働である(仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、拘束性の有無、代替性の有無を基に判断)
  2. 報酬の労務対償性がある(報酬が、発注者等の指揮監督の下で一定時間労務を提供していることに対する対価と認められるかを基に判断)

加えて、事業者性の有無(機械、器具、衣裳等の負担関係、報酬の額、商号使用などを基に判断)や専属性の程度(特定の発注者等への専属性が高いと認められるかを基に判断)も、フリーランスの「労働者性」を補強する要素になります。

労働基準法上の「労働者性」を確認する場合、次の図表を見ると分かりやすいです。

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フリーランスが労働者とみなされて労働関係法令が適用されると、次のようなリスクが生じます。

  • 稼働時間に応じて割増賃金を支払わなければならなくなる
  • 業務委託契約の解消について、フリーランスから不当解雇を主張される

フリーランス・事業者間取引適正化等法は、フリーランスを「事業者」として扱う法律ですが、この労働者性の解釈については、フリーランス・事業者間取引適正化等法の成立によっても変わるものではないでしょう。

3 悪気はなくても「上から目線」で依頼していることがある?

フリーランスとの取引では、会社の規模や業種を問わず独占禁止法が適用されます。発注者側である会社は受注者側であるフリーランスよりも優越的な立場にあることが多く、そうした地位を利用してフリーランスに不利益を強いると、独占禁止法の「優越的地位の濫用」に違反する恐れがあります。具体的には、ガイドラインで次の12の行為類型が挙げられています。なお、一部の行為類型は下請法の適用も受けます。

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独占禁止法との関係では、「優越的地位の濫用」の規定に違反した場合、次のような制裁を受けるリスクがあります。

  • 排除措置命令(違反行為をやめさせ、正常な状態に戻すための措置を命じること)
  • 課徴金納付命令(継続的に優越的地位の濫用行為を行った場合)
  • 損害賠償請求、差止請求

また、資本金が1000万円超で、フリーランスとの取引内容が「製造委託」「修理委託」「情報成果物作成委託」「役務提供委託」に該当する会社は、下請法も適用されます。その場合、所定の取引事項を記載した書面を交付することが義務付けられます。これを怠ると50万円以下の罰金に処される恐れがある他、勧告や会社名の公表などのペナルティーが課されます。

なお、フリーランス・事業者間取引適正化等法は、下請法よりも適用範囲が広く設定されているため、同法の施行後は、ガイドラインよりもフリーランス・事業者間取引適正化等法への対応を優先すべきでしょう。

4 決めることは双方のため。業務効率化にもつながる

独占禁止法、下請法の関係もありますが、フリーランスに発注する際は必ず書面の契約書を交わしましょう。特に、フリーランス・事業者間取引適正化等法では、書面に限りませんがフリーランスへの発注には広く取引条件の明示が義務付けられています。

フリーランスが条件を細かく確認してくることについて、「私を信用していないのか?」と気分を害する経営者がいるかもしれません。しかし、フリーランスには社員のような手厚い補償がありませんし、自身が体調を崩すなどして働くことができなくなれば収入もありません。身一つで仕事をしており、契約にないことをサービスで行うような余裕はないのです。そのため、フリーランスに依頼するときは発注する業務を明確に切り出し、契約書に落とし込むことが礼儀でもあるのです。

また、意外なことですが、フリーランスと取引をすることで業務効率化が実現することがあります。フリーランスはさまざまなITツールを使ってクライアント(この場合は自社)とコミュニケーションを取ったり、請求業務を効率化したりしています。フリーランスが利用しているITツールを自社も導入したり、日ごろのコミュニケーションの方法や時間に対する考え方を吸収したりすることは、自社にとってプラスになります。

以上(2023年10月更新)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 堀田陽平)

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画像:pixabay

【債権回収(22)】判決に従わない債務者から強制的に債権回収する「強制執行」

書いてあること

  • 主な読者:裁判に勝訴したのに、相手が債務を履行せずに困っている経営者
  • 課題:強制的に債務を履行させる方法がないのか知りたい
  • 解決策:「強制執行」による債権回収が可能だが、相応の時間とコストがかかる

1 判決を得ても債権回収できない場合の強制執行

裁判で勝訴をしても、相手が判決に従って弁済するとは限りません。そのような場合、「強制執行」を行う必要があります。強制執行とは、

判決内容に基づいて債務の履行をすべきなのに相手がそれを行わない場合、改めて裁判所に「強制執行の申立」をして、国家が強制的に判決で命じられた債務の履行を債務者に行わせること

です。強制執行は、民事執行法で定められた「民事執行」の1つで、

  • 金銭執行:金銭の支払いを目的とする
  • 非金銭執行:物の引渡しを目的とする等、金銭の支払い以外を目的とする

に分類され、対象となる財産や目的などによって細分化されます。

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この記事では、比較的事例の多い不動産執行(強制競売)と債権執行を紹介します。なお、強制執行には相応の時間とコストがかかります。そのため、担保を設定するなど、訴訟や強制執行によらずに債権回収ができる準備をしておくことも大切です。

2 強制執行をするための3点セット

強制執行には、

  1. 債務名義
  2. 執行文
  3. 送達証明書

の3点セットが必要です。

まず、債務名義とは、

強制執行によって実現されるべき請求権の存在・範囲、債権者、債務者を示す公の文書

です。債務名義には、確定判決の他、執行証書(公正証書)や和解調書などがあります。

この債務名義とセットになるのが執行文です。執行文とは、

債務名義の執行力を公的に証明する文書

です。なお、債務名義のうち、「少額訴訟の確定判決」「仮執行宣言付少額訴訟の判決」「仮執行宣言付支払督促」については、執行文がなくても強制執行ができます。

最後は送達証明書です。強制執行をするには、債務名義が債務者に送達されている必要があります。そこで、確かに送達されていることを証明する送達証明書が必要なのです。

3 不動産執行(強制競売)の概要

1)強制競売と強制管理とは

不動産執行には、

  • 強制競売:不動産の売却によって金銭を得るもの
  • 強制管理:不動産から得られる収益(家賃収入等)によって金銭を得るもの

があります。債権者は強制競売と強制管理のいずれか、もしくは併用を選択します。実務では、強制競売が選択されるケースが多いため、裁判所のウェブサイトを基に強制競売の手続きを紹介します。

2)不動産執行の申立

不動産執行の申立は書面で行います。書式例は、東京地方裁判所や大阪地方裁判所のウェブサイトに掲載されています。申立先は、目的不動産の所在地を管轄する地方裁判所となり、その裁判所を「執行裁判所」といいます。

3)開始決定・差押え

申立が適法なものと認められたら、執行裁判所は不動産執行を開始する旨および目的不動産を差押さえる旨を宣言します。

開始決定がされると、裁判所書記官が管轄法務局に目的不動産の登記簿に差押えの登記をするように嘱託します。また、債務者および所有者に開始決定正本が送達されます。差押えの効力は、強制競売の開始決定正本が債務者に送達されたとき、もしくは送達前に差押えの登記がされたときに生じます。

なお、差押えをされると、債務者は目的不動産を処分できなくなります。ただし、競売の手続きを経て買受人が決まり、買受人がその代金を納付して不動産を取得するまでは、通常の用法に従って目的不動産を使用することができます。

4)売却の準備

裁判所は執行官や評価人に命じて、目的不動産の詳細を調査します。この結果に基づき、裁判所は不動産の売却基準価額を定めます。また、物件明細、現況調査報告書、評価書を作成して一般の閲覧に供します。

5)売却実施

裁判所書記官が、売却の日時、場所、売却方法などを定めます。売却方法はさまざまですが、1回目の売却方法は定められた期間内に入札をする期間入札で行われます。裁判所書記官は、売却すべき不動産の表示、売却基準価額、売却の日時、場所を公告します。

6)入札から所有権移転まで

入札は、公告書に記載された保証金を納付し、売却基準価額からその20%相当額を差し引いた価額(買受可能価額)以上の金額でしなければなりません。最高価額で落札して売却許可がされた者(買受人)は、裁判所が通知する期限までに代金を納付します。納付代金は、入札金額から保証金額を引いた額であり、代金の納付をもって買受人は目的不動産を取得します。

なお、所有権移転等の登記の手続きは裁判所が行いますが、手続きに要する登録免許税等の費用は買受人の負担となります。

7)不動産の引渡し

不動産の引渡しが行われます。引き続き居住する権利のない人が居住している場合、その人に明渡しを求めることができます。この求めに応じないときは、代金納付後、6カ月以内であれば、裁判所に申立てて明渡しを命じる引渡命令を出してもらえます。引渡命令があれば、執行官に強制的な明渡しの手続きを取るように申立てることができます。

8)配当

裁判所が、申立てをした債権者や配当を要求した他の債権者に売却代金を配ります。原則として、抵当権を有している債権と、債務名義しか有していない債権とでは、抵当権を有している債権が優先されます。また、抵当権を有している債権の間では、抵当権が設定された日の早い順に優先されます。債務名義しか有していない債権の間では優先順位はありません。

4 債権執行の概要

1)債権執行とは

債権執行とは、

金銭の支払いまたは船舶もしくは動産の引渡しを目的とする債権(動産執行の目的となる有価証券が発行されている債権を除く)に対する強制執行

のことです。例えば、債務者の銀行預金を差押さえて債権回収を図る場合などです。ここでは裁判所のウェブサイトを基に債権執行の手続きを紹介します。

2)債権執行の申立て

債権執行の申立ては書面で行います。申立先は、債務者の住所地を管轄する地方裁判所ですが、住所地が分からないときは、差押さえたい債権の所在地となります。その裁判所を「執行裁判所」といい、「銀行」のように差押さえたい債権の債務者を「第三債務者」といいます。

3)差押命令

裁判所は、債権差押命令申立てに理由があると認めるときは、債務者に対して債権の取立てその他の処分を禁止し、かつ第三債務者に対し債務者への弁済を禁止すること等を内容とした差押命令を発し、債務者と第三債務者に送達します。差押えの効力は、差押命令が第三債務者に送達されたときに生じます。

4)差押え

執行裁判所は、差押さえるべき債権の全部について差押命令を発することができます。例えば、請求債権が250万円で、被差押債権が300万円の場合、差押えの効力は300万円全額に及びます。

また、給料その他継続的給付に係る債権の差押え効力は、差押債権者の債権および執行費用を限度に、差押え後に受けるべき給付に及びます。なお、給料などについては「差押禁止債権」として、債権額の一部の差押えが禁止されています。「差押禁止債権」の概要は次の通りです。この他、国民年金・厚生年金、児童手当給付金、生活保護給付金等については、個別法により差押え自体が禁止されています。

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5)取立て(または配当)

債権差押命令が債務者に送達された日から1週間(給料等の差押えの場合については4週間)を経過したときは、債権者はその債権を自ら取り立てることができます。ただし、第三債務者が供託をした場合、裁判所が配当を行うので直接取り立てることはできません。

5 財産開示手続の概要

財産開示手続とは、

債権者が債務者の財産に関する情報を取得し、強制執行の実効性を高めるための制度

です。債務者が裁判所の指定する財産開示期日に出頭し、自らの財産状況を陳述する手続になります。

これまでの財産開示手続は、債務者が出頭しなくても30万円以下の過料の制裁を科されるリスクしかなかったことから、債務者が財産開示手続に出頭しないことが少なくなく、実効性に疑問がありました。そのため、なかなか利用される制度ではありませんでした。

このような問題点を踏まえて、民事執行法が2020年4月1日に改正(施行)され、

財産開示手続に出頭しなかったり、債務者が財産状況について虚偽の陳述をしたりした場合、6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される

ようなりました。そして、法改正後、

裁判所の財産開示の呼び出しに応じなかった債務者が民事執行法違反で書類送検される

ケースも出てきました。

このように、財産開示手続に出頭しなかったり、虚偽の陳述をしたりすることによる刑事罰の定めが心理的なプレッシャーになり、今まではあまり利用されていなかった財産開示手続が今後、強制執行を実効化するために利用される機会が増えるのではといわれています。そのため、強制執行を検討するにあたって、このような手続きをきちんと知っておきたい場合には、弁護士に相談してみるとよいでしょう。

以上(2023年9月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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画像:Mariko Mitsuda

飲食店の東京進出はリスキー?まずは地域ナンバーワンシェアを目指そう!

書いてあること

  • 主な読者:事業が軌道に乗ってきて、今後の方向性を検討している地方の飲食店経営者
  • 課題:東京進出したいが、競争率や家賃が不安。でも、今の地域にいたまま成功できる?
  • 解決策:ランチェスター戦略の「局地戦」に注目し、地域ナンバーワンシェアを目指す

1 東京進出はリスクだらけ?

事業が軌道に乗ってきたら東京に進出して、ウチの店の味がどこまで通じるか試したい! このように東京進出を夢見る飲食店経営者は少なくないでしょう。店舗が大きな売り上げや利益を上げている場合、マーケットの大きい都会に進出して会社を飛躍的に成長させたいというのは当然の考えです。

ですがご用心。安易な東京進出には、さまざまなリスクが付いて回ります。例えば、

  • 飲食店で言えば、現在の東京は店舗数が飽和状態に近く競争が激しい
  • 好立地物件の家賃相場が地方に比べて高い
  • 地元ならではの食文化や慣習、地産地消などを名物にしている店の場合、東京や全国区で通用するかは不透明
  • 地元ならではの食材を売りにしている場合、原材料の確保や物流コストが掛かる
  • 激化する競争環境の中で、各社がSNSなどを使った熾烈なマーケティング合戦をしており、対抗するには多くの手間とマーケティング費用が必要になる

といった具合です。

こうしたリスクに対して、十分な準備が整わないのであれば、

現在店舗のある地域でナンバーワンを取る

ことをお勧めします。これはビジネス用語の「ランチェスター戦略」における「局地戦」を基本とした考え方です。局地戦とは、地域や限定的な市場にあえて戦力を集中投下し、その市場におけるシェア拡大を図り、東京など大都市圏に進出するよりも高い収益性を上げるというものです。

実際に、この局地戦を制して成功した会社の事例は数多くあります。この記事ではそうした事例を挙げつつ、「今の時代に地域ナンバーワンシェアを取るには」という観点で具体的な手法を紹介していきます。

2 「局地戦」を制して成功した会社の事例

1)北海道でコンビニシェアナンバーワンの地位を確立した「セイコーマート」

セイコーマートは、北海道内で1090店(2023年7月時点)を誇るコンビニエンスストアです。日本におけるコンビニの3強であるセブンイレブン、ローソン、ファミリーマートをしのぐ店舗数で、北海道ではシェアナンバーワンです。

セイコーマートは北海道でのシェア拡大を徹底し、地域特化のうまみを生かした戦略によって差異化を図っています。これこそランチェスター戦略における「局地戦」の好事例といえるでしょう。

セイコーマートが行っている差異化戦略は次のようなものです。

  • 店内で調理を行うイートインコーナー「HOT CHEF (ホットシェフ)」を提供
  • 大手が出店しないようなへき地や離島にも出店
  • 安価で多種多様な総菜を含めた豊富な商品ラインアップ

ホットシェフは、各店舗にある店内調理場で総菜や弁当を作るというサービスです。大手コンビニのように揚げたり温めたりするのではなく、専任担当者が厨房に立ち、出来立てを提供しています。

本来であれば、余分な人員が必要で、売り場スペースも減る店内調理は、効率性やスピードが重視されるコンビニ経営には不都合で、実際、大手コンビニでは店内調理場はほとんど見かけません。

しかし、ここで北海道ならではの事情が関わってきます。例えば、北海道はへき地や離島が多いですが、こうした地域への出店では、長距離輸送によって店に商品が届いてからの販売時間が短くなったり、天候悪化で客足が止まったりすると大量の廃棄食材が出てしまうケースが少なくありません。

ですが、セイコーマートの場合、主軸サービスであるホットシェフが、保存のきく冷凍食材を、その時の客足に応じて調理するスタイルのため、食品ロスが少ないのです。これにより、へき地や離島でも効率的な店舗経営が可能になっています。

また、安価で多種多様な総菜を含めた豊富な商品ラインアップも大きな強みです。大手コンビニは全国、特に大都市圏に多くの店舗を展開しているため、統一された商品は都市型にならざるを得ません。

一方のセイコーマートは北海道に特化することで、北海道の客層に合わせたラインアップを提供できます。前述したように飲食店のように利用する層や、食品スーパーの代わりに使うニーズもあります。そのため同社では、数十種類に及ぶ1人用の総菜を安価で提供しています。また、北海道の原料を使ったカップ麺やお酒のつまみ、アイス、北海道限定ビールなど、北海道ならではの商品も多く陳列されています。これも大手に比べて大きな差異化要因です。しかも、北海道で作られたものを使って自社工場で製造しているので、安さを維持できています。

なお、セイコーマートの出店地域には飲食店が少ないエリアもあります。そうしたエリアでは、セイコーマートのイートインコーナーが、温かい食事を取りながら家族や知り合いと団らんする飲食店の代わりになっているようです。

2)地域一番店を目指す「炭焼きレストランさわやか」

さわやかは、静岡県内で34店舗(2023年8月時点)を経営する、「げんこつ・おにぎりハンバーグ」を主力商品にしたレストランです。

さわやかが行っている差異化戦略は次のようなものです。

  • メニュー数を絞り「げんこつハンバーグ」「おにぎりハンバーグ」に一点集中
  • 出店を静岡県内に限定することで希少性や地域密着性を演出

さわやかは「ハンバーグがおいしい店」として有名で、静岡県に来たら必ず食べる人も多く、食べるために静岡県に来るというケースもあるほどです。

ここまでイメージ戦略に成功している理由の1つが、主要メニューを「げんこつハンバーグ」「おにぎりハンバーグ」に絞り込んだことです。メニューを一点集中させ、その分、味や品質に徹底してこだわることで、他社との差異化を図っているのです。

肉はオーストラリア南東部の指定牧場で育てた牛のみを使用し、静岡県にある自社工場でハンバーグを製造しています。さらに各店舗で、毎日開店前にハンバーグの焼成条件や鉄板加熱条件、利用客に提供するのと同じやり方でハンバーグの提供を行い、試食して問題がないことを確認しています。これも、メニューを絞り込んでいるからこそできることです。

また、調理や提供のオペレーションも簡略化できるため、スタッフの負担も軽減され、丁寧な調理や接客に集中できます。

さらに、静岡県限定で店舗展開することで県外の利用客に「希少性」を印象付け、また静岡県産の食材を使ったサイドメニューを提供するなど「地域ならでは」を押し出すことで、県内の利用客の好感度も上げています。

こうしたイメージ戦略や、前述したメニューの一点集中による味や接客の質向上により、「常に行列ができる店」「休日にはディズニーランドを超える待ち時間」などとして、メディアでも取り上げられるようにもなりました。

3 局地戦の具体的な手法

1)狭い地域に集中展開する「ドミナント出店」

局地戦で打って出る場合に重要な考え方が、

狭いエリアに高い密度で集中出店する「ドミナント出店」

です。これは1店舗目が繁盛している場合、2店舗目、3店舗目をどこに出店するかを検討する際に役立つ考え方です。

ドミナント出店の成功例を見てみましょう。これは、ある美容室の事例です。開業当初から丁寧な接客などで大きな利益を上げていたその店には、駅を挟んで反対側に強力なライバル店がいました。

そこで、この店が取った戦略がドミナント出店です。常日頃、駅の反対側を利用する人が自店を利用するのは考えにくいと判断し、2店舗目も自店がある、駅の手前側に出店したのです。さらにチラシを駅の手前側で集中的に配布しました。地の利の悪い地域ではなく、利用客のニーズや年齢層、行動パターンなどをある程度把握しているエリアに販促費を集中投入したのです。

3店舗目、4店舗目も同じエリアに出店したことで、

  • 予約にあぶれた利用客に近くの別店舗を紹介できる
  • 人員が足りない場合に近くの店舗からヘルプを呼べる
  • 人員や地域を統括するマネージャーの移動時間が抑えられる
  • スタッフ同士が店舗をまたいで円滑にコミュニケーションを取れる

ようになりました。こうした取り組みの結果、この美容室は自分たちのエリアでシェアナンバーワンを取ることができたのです。

このように地域を絞って集中展開することで、集客や採用、マネジメント、さらには販促やマーケティングのコストを安く抑えられるのです。飲食店であれば、仕入れや配送の効率化による影響も大きいでしょう。

ただし、ドミナント出店をする場合、自店舗同士で利用客の「奪い合い」が起きないようにすることが大切です。事例の美容室の場合、「30代以上の男性向け」「髪質向上特化」などといった形で店舗ごとの個性を出し、グループ自体のブランドは維持しながらも自店舗同士が食い合わないようにしました。こうすることで、例えば、主婦の利用客がいたらその夫に「30代以上の男性向け」の店舗を紹介するといった、潜在顧客の掘り起こしや誘導も可能になります。

2)地域に特化したSNSマーケティング

WebやSNSマーケティングの激戦区である大都市圏とは違い、地方の店舗ではこうしたマーケティングに注力できていないケースが多いといわれます。つまり自社が取り組めば、競合他社と差異化を図り、地域シェアナンバーワンを取りやすくなるということです。

地域に根差したSNSマーケティングの一例としては、

インスタグラムを使った認知・集客

があります。インスタグラムは女性や主婦層の利用が多いといわれ、飲食店や美容室、ペットショップなど多くの店舗がその効果を期待できます。

ここ最近、注目を集めている手法が、インスタグラムの「いいね」機能を使った集客です。具体的な方法は次の通りです。

  1. シェアを取りたい地域の他の店舗に訪れた人、コメントをしている人を見つけ、その人の投稿に「いいね」をする。この際、最初はプライベートな投稿よりも、同様に地域の店や話題を紹介している投稿がよい。紹介している店が同業他社でも問題ない
  2. 「いいね」がその人に通知されるので、一定の割合でフォローをしてもらえる(潜在的な利用客の獲得)
  3. 後は店舗の内装や商品・サービスの紹介、開店日のカレンダーなどを定期的に投稿しつつ、24時間で投稿が消えてしまう「ストーリー」という機能を使ってタイムセールや新商品・サービスのキャンペーン情報などを宣伝する

タイムセールでは、地域の競合他社の近似商品・サービスよりも安くしたり、内容の良さをアピールしたりするのが有効です。

この記事では、見映えがする投稿(いわゆる「インスタ映え」)のポイントについては割愛しますが、一般的に投稿をする際は、商品やサービスの写真をメインに据え、商品と同系色の背景や文字を用いて、商品名や価格、セールの日時を記載するのが効果的といわれています。

3)ローカル局のテレビCMを利用してみる

地域に特化した差異化戦略として、テレビCMを打つというのも一策です。テレビCMと聞くとお金が掛かるイメージがありますが、テレビ局を

  • 主に東京にある大手キー局
  • 名古屋や大阪などの準キー局
  • 一定の地域を放送エリアに持つローカル局(地方局)

に分けて見ていくと、実は必ずしも高額というわけではありません。

ローカル局は放送エリアも限定的になるため、地域に密着した広告を打つことができ、さらにキー局や準キー局に比べてCMを流す放映料も安くなります。15秒のCMを1回流すのにキー局が数十万~100万円以上掛かるといわれる一方、ローカル局の場合は大体1万5000~数万円が相場といわれます。なお、CM放映料については地域、時期、季節、放映する期間や時間帯、放送回数などによって変動するため、CMを打ちたい地域のローカル局に問い合わせ、料金や放映期間を決める必要があります。

ここまでの話で、「地方のテレビCMを見る人は少ないのでは?」「テレビCMを見た人への広告効果はあまり期待できないのでは?」と思った人もいるでしょう。その懸念は正しいです。ただ、このローカル局のテレビCMを使った手法は、CMそのものの広告効果を狙うのではなく、

CMを打っているという既成事実を作るためのもの

です。具体的に言うと、CMを打っている期間、店舗の壁や外から見えやすい場所に「テレビCM放映中!」などのポスターやチラシを置くだけでいいのです。

CMで紹介しているというだけで、利用客はその会社に「箔」を感じますから、結果、競合他社の近似商品やサービスとの差異化を図ることができます。「CMで話題になっているらしい」というイメージは、それだけで大きいものです。

この箔付けが主目的なので、実際のCMの内容については凝ったものを製作する必要はありません。有名人などは起用せず社長や店長、社員が出演するのでもいいですし、そういった撮影などをせずに写真や文字、アナウンスだけでも十分です。

そうすることで、CMの製作費も低く抑えることができ、安価でその地域において優位になるマーケティングを展開することができるのです。

以上(2023年10月作成)

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画像:beeboys-Adobe Stock

休めといっても休まない社員に休暇を取らせる効果的な方法

書いてあること

  • 主な読者:休暇制度は整備しているのに社員が休んでくれずに困っている経営者
  • 課題:社員が周囲への遠慮などから、なかなか休暇を取得しようとしない
  • 解決策:社員が気兼ねなく休める雰囲気をつくりつつ、半日・時間単位の休暇も導入する

1 仕事をしながら休暇を取ってもいい!

適度に休み、心身のコンディションを整えて仕事のパフォーマンスを上げる。何の異論もないところですが、なぜか休まない社員がいます。どうやら、

  • 周囲が忙しそうなのに自分だけ休めない
  • 休むといっても引き継ぎをするのが面倒

などと考えているようなのです。こうした社員は、

この会社は、いざというときに周囲のサポートを当てにできない

と考えており、ちょっとした気持ちの変化で文句を言ったり、ライフイベント(結婚や出産、介護など)の発生によって転職を決意したりします。そうならないために、

  • 雰囲気づくり:休暇を歓迎し、上司も快く部下の休暇を承認する
  • 休暇制度の見直し:半日休暇などを検討する

を進めることをご提案します。なお、休暇取得を促進するのは、決して甘い組織をつくりたいわけではなく、メリハリのある働き方の実現するためです。

2 休暇を取りやすい雰囲気づくり

1)休暇は楽しい!

「休暇は楽しい!」という雰囲気をつくりましょう。「え、そんなことでいいの?」と思われるかもしれませんが、とにかく休暇を取得する社員には明るく接し、プライベートに深入りしない程度に「いいね! どこに行くの?」「何の映画を見るの?」など、休暇を歓迎します。

もちろん、経営者自身も休みを取りましょう。差し支えなければ、自分の休暇の過ごし方をみんなに話して、

仕事もプライベートも大切にする会社であることをアピール

します。

2)上司(管理職)を巻き込む

休暇を申請したら上司がいい顔をしなかった。あるいは、上司がいつも残業しているのに自分だけ休むのは気が引ける……。こんな職場では部下は畏縮して休暇を取得できません。

そこで、経営者は、上司に部下の休暇取得を促進するように指示します。人事考課の中に、

部下の年休(年次有給休暇)の取得率を対前年度比で◯%向上させる

ことを加えるのもよいでしょう。

また、部下が遠慮しないで済むよう、上司自身にも休暇を取らせましょう。例えば、マネジメントが苦手で1人で仕事を抱え込んでしまう上司には、「それは君がやる仕事ではない」と伝え、部下に振るよう指導します。そうすれば、休暇のための時間は案外簡単に捻出できるものです。

3 休暇制度の中身を見直す

1)半日単位・時間単位の休暇にしてみる

半日単位や時間単位の休暇は、比較的、取得しやすいです。仕事とプライベートの用事(子どもの送り迎えや家族の介護など)を交互にこなす社員は多いですし、旅行先でレジャーを楽しみながら合間に仕事をしたい社員にとってもうれしいものです。

年休については半日単位で付与できますし、過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)と労使協定を締結すれば1時間単位でも付与できます。会社が独自に就業規則等で定める特別休暇についても、内容によっては半日単位・時間単位を検討してみましょう。

2)休暇取得日をあらかじめ指定する

休暇取得日をあらかじめ指定するのも一策です。年休の場合、

付与日数が年10日以上の社員(基本は正社員)については、そのうち5日まで会社が休暇取得日を指定して取得させる義務

があります。会社命令であれば、社員も周囲に遠慮せず休むことができます。

また、会社が年休取得日を計画的に割り振る「計画的付与」という制度もあります(労使協定の締結が必要)。社員が休暇を取得する日が事前に分かるので、同僚は協力してフォローすることができます。ただし、一度割り振った休暇取得日を後から変更することはできません。

休暇取得日を指定する場合は、ゴールデンウイークや夏季休暇、年末年始などに合わせて長期休暇を実現させるのもよいでしょう。例えば“年末年始が10連休以上”となれば、社員はそれを1つのゴールとして頑張ることができます。なかなか休暇が取得できない社員でも、夏季休暇や年末年始などであれば休みを取りやすいでしょう。

3)取得時季や目的が明確な特別休暇を利用する

休暇には、法令で定められている「法定休暇」と、会社が独自に設定する「特別休暇」があります。特別休暇は、取得時季や取得目的が明確な場合が多いことが特徴です。原則としていつでも取得できる年休よりも、特別休暇のほうが取得しやすいという社員も少なくないようです。

例えば、次のような特別休暇があります。

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ちなみに、図表の赤字の休暇は、「働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)」という助成金と関わりがあります。

図表の赤字の休暇のいずれか(有給のものに限る)を導入し、就業規則等で前述した「年休の5日取得」の規定を整備するなど一定の取り組みをすると、最大480万円

を受給できる可能性があります。興味のある人は、厚生労働省のウェブサイトをご確認ください。なお、2023年度の助成金の申請期限は、2023年11月30日までです。

■厚生労働省「働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120692.html

以上(2023年9月更新)

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画像:pixabay

【朝礼】藤井聡太八冠の言葉に学ぶ2つのこと

皆さん、おはようございます。今日は、10月11日に見事、全タイトル制覇を達成した将棋の藤井聡太八冠についてお話したいと思います。

その日、前人未到の偉業を成し遂げた藤井八冠は、その後の記者会見で今後の目標などを尋ねられたとき、何度も「面白い将棋を指したい」というフレーズを口にしていました。それがとても印象に残っています。「面白い将棋を指すこと」が、藤井八冠が理想とする「あるべき姿」であり、やりたいことなのだろうと思いました。

振り返ってみると、藤井八冠は、過去にインタビューで「勝つためには、いかに最善に近づくことしかない」という趣旨の言葉も残しています。

勝って強くなる、面白い将棋を指す、そのためには、余計なことをごちゃごちゃ考えず、「最善に近づく」ことを愚直に突き詰め、実践していく。そうしたとても真っ直ぐなシンプルさを、私は藤井八冠に感じています。将棋に専念しようと高校を中退したことも、この真っ直ぐさの表れではないかと思えます。

これと似ているのが、今年も大活躍した野球の大谷翔平選手です。「世界一、野球のうまい選手になりたい」という大谷選手は、その「あるべき姿」のために真っ直ぐです。彼は打者として、「どんな場面でも、ボール球は見送る。ストライクが来たら振る」という趣旨の言葉を残していますが、藤井八冠の真っ直ぐでシンプルな「最善に近づく」と通じるものがあるのではないでしょうか。

私は藤井八冠や大谷選手の真っ直ぐなシンプルさから2つのことが学べると感じています。

1つは、「あるべき姿」を持つことの大切さです。目標や目的よりもっと高いイメージで持つ、いわば人生においての「あるべき姿」です。どのようなことをやりたいか、成し遂げたいか。どのような人生を送りたいか。大げさに聞こえるかもしれませんが、それは、自分自身の大事な芯、基準、拠りどころ、そうしたものになります。

もう1つは、「あるべき姿」に向かう「真っ直ぐでシンプルな強さ」です。誰かと比べたり周りの目を気にしたり、プレッシャーを感じすぎたりと、そういう余計な雑念を入れず、「いかに最善に近づくか」ということだけを突き詰める。この真っ直ぐでシンプルな強さが、私は好きです。

皆さんは、どうでしょうか。「あるべき姿」を持っていますか。いきなり「あるべき姿」と問われても考えにくいかもしれません。そういう人は、自分はこれから先、何を大事に生きていきたいか。10年後、どうなっていたいか。そうしたことを一度、真剣に考えてみるとよいでしょう。

また、「あるべき姿」を持つことに年齢は関係ありません。何歳からでも、「あるべき姿」を持ち、真っ直ぐに向かうことはできるはずです。すべて、自分次第だと私は思います。

あと2カ月で2023年も終わります。皆さん、今年のうちに、一度、あなた自身の「あるべき姿」を考えてみてください。

以上(2023年10月)

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画像:Mariko Mitsuda

親が認知症に……財産管理は大丈夫?超高齢社会の今、押さえておきたい「家族信託」のポイント

書いてあること

  • 主な読者:高齢の親が認知症になった場合の、親の財産管理が心配な人
  • 課題:家族信託を利用したいけれど、内容がよく分からない
  • 解決策:財産を信託する(管理や処分を任せる)「委託者」、信託される「受託者」、信託の利益を受け取る「受益者」の関係に注目し、3種類の信託方法を押さえる

1 もはや他人事ではない認知症。親がなっても大丈夫?

いまや日本は、65歳以上の高齢者が全人口の約3割を占める超高齢社会。そして、2025年には高齢者の約5人に1人(約700万人)が認知症を発症するとの推計もあります(厚生労働省「認知症の人の将来推計について」)。

仮に何の対策もしていない状況で自分の親が認知症になってしまった場合、特に困るのは親の財産の管理です。認知症で記憶力や判断能力が低下してしまうと、次のような状況に陥ってしまうリスクがあります。

  • どのような財産があるのか誰も分からなくなってしまう
  • 預貯金が引き出せず、生活や医療・介護の費用を親族が立て替えざるを得なくなる
  • 所有する不動産の売却や活用ができない状態になる
  • 遺言などによる相続対策が困難になる
  • 詐欺や悪徳商法に引っかかりやすくなり、財産を失う恐れがある

こうしたリスクに備える上で知っておきたいのが「家族信託」です。家族信託とは、

親(委託者)が認知症の発症などのリスクが高まる老後に備え、あらかじめ信頼できる家族(受託者)に、財産を信託する(管理や処分を任せる)制度

です。これにより、親(委託者)は、元気なうちは自身の指示に基づく財産管理を、たとえ認知症になって判断能力が低下しても、自らの意向に沿った財産管理をしてもらえます。以降で基本的なルールを確認していきましょう。

2 「家族信託」のポイント

1)家族信託の方法は3種類

家族信託は、信託法に基づく財産管理のスキームで、財産を信託する「委託者」、信託された財産の管理や処分を行う「受託者」、財産の管理や処分によって生じる利益を受け取る「受益者」の三者によって構成されます。信託の方法には次の3種類があります。

1.契約による信託

委託者と受託者の間で、

委託者が受託者に対し財産の処分(財産の譲渡や担保権の設定)を行う、受託者が一定の目的(委託者の意向)に従い財産の管理や処分を行うという契約を交わす方法

です。これを「信託契約」といい、契約を締結することで信託の効力が生じます。

信託契約の期間終了を「委託者(親)が死亡するまで」とし、契約終了後の残余財産の帰属先を「受託者(家族)」に指定しておくことで、遺言を残すのと同様の効果を得られます。

2.遺言による信託

委託者が、

自分が死亡したら全財産(または特定の財産)を信託財産に入れ、その管理を受託者に任せるという遺言を残す方法

です。遺言の効力が生じることで信託の効力も生じます。

遺言ですから、委託者(親)の意向だけで成立します。死亡するまでは発動しないので何度も書き換えることが可能です。受託者(家族)に「後のことは任せる」ということを事前に伝えておくのが通常ですが、別に受託者(家族)の了解を得る必要はありません。

ただし、受託者となる者の知らないうちに、遺言によって受託者とされることがあり得ますので、受託者による信託の引受け(受託者への就任承諾) が必要になります。また、遺言による信託の場合、民法で定められた方式(自筆証書、公正証書、秘密証書)で手続きを進めなければなりません。

3.信託宣言による信託

委託者が、

自分の財産を信託財産に入れ、所有者としてではなく受託者として管理するという意思表示(信託宣言)をする方法

です。信託宣言は、書面または電磁的記録(以下「書面等」)で行いますが、書面等をどのように作成するかによって、いつ効力が生じるかが変わります。

  • 公正証書または公証人の認証を受けた書面等(以下「公正証書等」)による場合

公正証書等を作成することで信託の効力が生じます。

  • 公正証書等以外の書面等による場合

「受益者」になるべき第三者を指定し、その第三者(複数いる場合はうち1人)に対し、確定日付のある証書(内容証明郵便など)により、信託がなされた旨とその内容を通知することで信託の効力が生じます。

契約による信託や遺言による信託の場合、「委託者=受益者」となるのが一般的ですが、信託宣言による信託では「委託者=受託者≠受益者」となるのが特徴です。

例えば、委託者(親)が自分の財産を受益者(家族)のために、受託者として管理するという信託宣言を前述した所定の手続きによって行うと、財産権は移転しますが、財産の管理や処分は引き続き委託者=受託者(親)が行えます。ただし、税務上は「みなし贈与」として贈与税の課税対象となるので注意が必要です。

2)家族信託を行うメリット

家族信託にはさまざまなメリットがありますが、ここでは「契約による信託」を例に、次の2つを紹介します。

1.生前の財産管理から相続発生後の資産承継・財産管理まで賄える

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親が元気で判断能力がある間、財産管理を誰かに任せる場合は、委任契約を結ぶのが一般的です。ただ、その後、認知症を発症してしまうと、財産管理を行えるのは後見人だけになるため、成年後見制度を利用することになります。さらに死亡して相続が開始されると、遺言があれば遺言執行者(遺言執行人)によって資産承継・財産管理の手続きが行われることになります。

この点、家族信託は、これらの一連の機能をワンストップで果たすことができます。さらに、遺言書とは違い、相続人が死亡したあとの2次相続、3次相続など数次相続について、どの財産を誰に承継させるか指定しておくことも可能です。相続人同士が遺産分割協議でもめて相続手続きが難航するのを防ぐことも期待できます。

2.財産管理が委託者の判断能力の低下に左右されない

親が認知症を発症してしまうと、預金口座が凍結され、お金を下ろすことができなくなります。また、自宅などの不動産(土地・建物)を売却することもできなくなります。そうなった場合に利用できるのが成年後見制度ですが、家族(親族)が成年後見人等に選ばれるとは限らず、親族以外の専門職(司法書士や弁護士)が成年後見人等になるケースが多いのが実情です。

この点、家族信託は、委託者(親)は信頼できる家族に財産管理を任せることができますし、受託者(家族)は委託者(親)の判断能力の低下に左右されず、不動産の売却や活用などを行うこともできます。また、成年後見制度では、毎年の家庭裁判所への報告が必要になり、財産の管理運用や処分が制限されることがありますが、家族信託の場合はこの報告も不要です。

3 主な相談窓口

家族信託について分からない点や具体的な手続きは、司法書士や弁護士などの専門家に相談するとよいでしょう。

家族信託普及協会のウェブサイトでは、同協会の研修を修了した「家族信託コーディネーター」や「家族信託専門士」を検索することができます(家族信託普及協会が直接の相談を受け付けているわけではないのでご注意ください)。

「家族信託コーディネーター」は、相談者と専門家との間に立って、相談者の要望を整理したり、信託スキームの提案をまとめたりするなど、橋渡し的な役割を担います。「家族信託専門士」は、家族信託の組成を具体的に進めたいという依頼を受け、専門士業として具体的な契約書作成等の実務を担います。

■家族信託普及協会■

https://kazokushintaku.org/

4 信託銀行などの「遺言信託」と家族信託は全く別のもの

最後に、よく家族信託と混同されやすい、信託銀行などの「遺言信託」についても補足しておきます。「信託」という言葉の響きは同じでも、「家族信託」とは目的や内容が全く別のものです。

法律上の「遺言信託」は、第2章で紹介した「遺言による信託」、つまり遺言の中で信託を設定する家族信託のことを指します。

一方、信託銀行などが提供している「遺言信託」は、遺言書(公正証書遺言)作成の相談から、遺言書の保管、遺言者死亡後の財産目録の作成、遺言の執行まで相続に関する手続きをサポートするサービスです。家族信託とは違い、相続にまつわる一連のさまざまな手続きを信託銀行などに任せることになります。

「遺言信託」のサービスについて、詳細は信託協会のウェブサイトをご参照ください。

■信託協会「遺言信託」■

https://www.shintaku-kyokai.or.jp/products/individual/assetsuccession/testament_inheritance.html

以上(2023年9月作成)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像: kabu-Adobe Stock

その写真、掲載しても大丈夫?注意が必要な著作権・肖像権

書いてあること

  • 主な読者:自社のウェブサイトやSNSなどを通じて社内外へ情報発信を担う広報担当者
  • 課題:写真を掲載してビジュアルを充実させたいが、意図しない権利侵害が不安
  • 解決策:どういった場合に権利侵害になる恐れがあるのか、写真の著作権・肖像権について理解する

1 写真の権利についてしっかり理解していますか?

社内外へ情報を発信するとき、ビジュアルを充実させる写真は欠かせません。スマホで撮った写真をSNSにアップするのを誰もが日常的に行っている今、

他人が撮った写真を勝手に使ったり、被写体となった人の許諾を得ずに、個人が特定されてしまう載せ方をしたりするのはNGだというのは、もはや常識

でしょう。とはいえ、なぜNGなのか、写真や被写体の権利についてしっかり理解していない人も多いのではないでしょうか。

写真は著作権で保護されており、正しく扱わないと撮影者の権利を侵害することになります。また、被写体が人の場合は肖像権の問題が絡んできます。

これらの権利を侵害すると、損害賠償請求を受ける事態になってしまう恐れがあります。また、著作権侵害で刑事告訴された場合、罰則として、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金、またはその両方が科されることになるかもしれません。さらに、法人の業務に関して著作権侵害があったときは、行為者だけでなく法人にも3億円以下の罰金が科されます。

この記事では、注意が必要な「写真の著作権」「被写体となった人の肖像権」に焦点を当て、広報担当者として押さえておきたい基本的なポイントを、具体例を交えて解説します。

2 写真の著作権:写真は撮影者の著作物

他人が撮った写真を勝手に使うのがNGな理由は、

写真は撮影者の著作物であり、著作権の保護の対象

だからです。

著作物とは「思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの」をいいます。写真も、著作権法で著作物の一つとして例示されています。

例えば、風景や料理などは、それ自体は著作物ではないですが、それを撮影した写真は撮影者の著作物として保護の対象となります。

なお、外国の著作物にも同じように著作権があり、「ベルヌ条約」や「万国著作権条約」によって各国が保護し合っています。日本はどちらの条約も批准しており、「外国人が撮った写真ならば、日本の著作権法は関係ない」という考えは誤りです。

3 被写体となった人の肖像権:プライバシー権の侵害は要注意

人が被写体の場合は肖像権の問題が絡んできます。肖像権とは、

自分の顔や姿を許可なく撮影されたり、自分が写った写真や画像、動画を無断で使用したり公表されたりしない権利

です。肖像権については、個人情報保護法の個人情報の定義と重なる部分がありますが、法律上明文化された権利ではなく、裁判例で認められ、保護されている権利です。

肖像権には、プライバシー権とパブリシティ権の2つの側面があります。いきなり写真を撮られたり、その写真がSNSでさらされたりすることがプライバシー権の侵害なのは言うまでもありません。また、芸能人やプロスポーツ選手など著名人の肖像は一定の経済的価値を生むため、実務上は、芸能プロダクションや所属チームなどがパブリシティ権として管理し、無断使用を禁止しています。

被写体から個人を特定できる場合、被写体となった本人に写真の使用や公開の許諾を得るのが筋です。人が写っている写真を使いたい場合は、撮影者の責任において権利処理(撮影だけでなく公開の許諾)がなされているものを使いましょう。

4 よくあるケース別 写真の権利に関する注意点

1)画像素材サイトからダウンロードする場合

画像素材サイトには「Adobe Stock」「PIXTA」「Shutterstock」「iStock」などがありますが、こうしたサイトからダウンロードする写真は、各サイトの利用規約や使用許諾契約に定める範囲内で、許諾を受けて、自社のウェブサイトや印刷物などに使えます。

注意が必要なのは、商用利用が可能かどうか、撮影者の情報を掲載する必要があるかどうか、二次加工が可能かどうかといった条件です。有償の写真を購入したから何をしても良いというわけではなく、利用規約や使用許諾契約に従って適正に取り扱わなければなりません。

また、画像素材サイトにアップロードされている素材が、そもそも第三者の著作権を侵害したものではないかということにも気を付ける必要があります。

2)自分以外の社員が撮った場合

自分以外の社員が撮った写真は、業務の一環として撮ったものか、私的に撮ったものかによって誰が著作者なのかの判断が変わります。

社員が業務の一環として撮った写真であれば、一般論としては、著作権法第15条第1項の「職務上作成する著作物」に当たり、会社(法人等)が著作者となります。こうした写真は、会社が自由に自社のウェブサイトや印刷物などに使えます。

一方、社員が私的に撮った写真は撮影者である社員の著作物ですから、利用目的を伝え、許諾を得て使うのが筋です。それ以外の用途に無断で使うのはNGです。例えば、社内報に掲載する写真を社員から提供してもらう場合などは、後でトラブルにならないように注意しましょう。

3)カメラマンに発注して撮ってもらう場合

カメラマンに発注して写真を撮ってもらう場合、撮影業務に関する委託契約の中で、「著作権の帰属」「利用目的」についても決めることになるでしょう。著作権を委託者である会社に帰属させる(移転する)という契約もあり得ますが、ここでは、受託者であるカメラマンに著作権を帰属させたままにする場合の注意点を紹介します。

納品された写真を二次加工したり、発注時とは異なる用途で利用したりする場合には、撮影者の許諾を得る必要があります。例えば、ホームページ用に撮影してもらった写真を、プレスリリース用にちょうどよさそうだからといって無断で一部分を切り抜いて使うのは、撮影者の同一性保持権(自分の著作物の内容または題号を自分の意に反して勝手に改変されない権利)を侵害することになります。なお、用途が増えれば、その分、追加料金が発生します。そのため、著作者人格権を行使しないことを合意することも考えられます。

また、委託者以外に対する許諾を禁止する場合や、撮影者自身による利用を禁止する場合は、その旨を契約内容に盛り込んで双方が合意する必要があります。

4)人が写っている場合

たとえ被写体として意識していなくても、人が写っている場合、肖像権が問題になる恐れがあります。

デジタルアーカイブに関わる研究者や実務家らによって組織されるデジタルアーカイブ学会では、「肖像権ガイドライン~自主的な公開判断の指針~」を取りまとめ公表しています。

同ガイドラインでは、非営利目的のデジタルアーカイブ機関が所蔵している写真をインターネットなどで公開する場合を想定し、次のステップで、公開に適しているか、一定の判断基準が示されています。

  1. 知人が見れば誰なのか判別できるか?(デジタル拡大すれば判別できる場合も含む)
  2. その公開について写っている人の同意はあるか?(撮影の同意だけでは足りない)
  3. 公開によって一般に予想される本人への精神的な影響をポイント計算すると何点か?

詳細は割愛しますが、写真に写っている人が誰なのか判別できない場合や、写っている人が公開に同意している場合であれば、肖像権の侵害にはなりにくいと考えられます。

例えば、写り込んだ人の顔にぼかしを入れるなどの処理は、誰なのか判別できないようにすることで肖像権の問題を回避するための一つの手段といえます。

5)他人の著作物が写っている場合

たとえ被写体として意識していなくても、他人の著作物が写っている場合、その著作権侵害に当たるでしょうか? この点は、著作権法第30条の2「付随対象著作物の利用」で規定されています。

同条文などを解説した、文化庁「いわゆる『写り込み』等に係る規定の整備について」によると、次のような場合は、著作権侵害には当たらないとされています。

  • 写真を撮影したところ、本来意図した撮影対象だけでなく、背景に小さくポスターや絵画が写り込む場合
  • 絵画が背景に小さく写り込んだ写真を、ブログに掲載する場合

一方、次のような場合は、原則として著作権者の許諾が必要となります。

  • 本来の撮影対象として、ポスターや絵画を撮影した写真を、ブログに掲載する場合
  • 漫画のキャラクターの顧客吸引力を利用する態様で、写真の本来の撮影対象に付随して漫画のキャラクターが写り込んでいる写真をステッカー等として販売する場合

6)AIを使って生成された画像の場合

AIを使って生成された画像などは、原則として著作権法上の著作物とは認められません。もっとも、文化庁は、AIを使って生成された画像について、既存の画像(著作物)との類似性や依拠性が認められれば、著作権侵害に当たる恐れがあるとの見解を示しています。

なお、写真の創作性について、この記事では詳しく触れませんが、定点カメラで機械的に撮影された写真など創作性がない場合は、著作物とは認められない場合もあります。

5 参考

1)法令

■著作権法■

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=345AC0000000048

■文化庁「いわゆる『写り込み』等に係る規定の整備について」■

https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/utsurikomi.html

2)条約

■文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約パリ改正条約(抄)■

https://www.cric.or.jp/db/treaty/t1_index.html

■万国著作権条約パリ改正条約■

https://www.cric.or.jp/db/treaty/bap_index.html

3)判例

■最大判昭和44年12月24日刑集23巻12号1625頁:京都府学連事件■

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51765

■最一小判平成17年11月10日民集59巻9号2428頁:法廷写真事件■

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52388

4)その他

■著作権情報センター(CRIC)「著作権って何?(はじめての著作権講座 )」■

https://www.cric.or.jp/qa/hajime/

■デジタルアーカイブ学会「肖像権ガイドライン~自主的な公開判断の指針~」■

http://digitalarchivejapan.org/bukai/legal/shozoken-guideline/

■文化庁「令和5年度著作権セミナー『AIと著作権』■

https://www.youtube.com/watch?v=eYkwTKfxyGY

■文化庁「写真の撮影 | 著作権契約書作成支援システム」■

https://pf.bunka.go.jp/chosaku/chosakuken/c-template/type06_precution.php

以上(2023年10月作成)
(監修 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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画像:andranik123-Adobe Stock

早くて安い。アイデア続々、トレーラーハウスを使った新事業。意外と細かいルールに注意

書いてあること

  • 主な読者:既存事業の販路拡大や新規事業の開発を考えている経営者
  • 課題:トレーラーハウスで事業展開できるかを知りたい
  • 解決策:事業プランの作成と設置場所の確保をしつつ、製造・販売会社に相談。車両とみなされるように適法な設置をする

1 コツを押さえてトレーラーハウスで新事業に挑戦!

トレーラーハウスとは、

タイヤの付いたシャーシ(車台)の上に居住空間(上物)が乗っている工作物で、車でけん引して移動するもの

です。サイズや重量が道路運送車両の保安基準に適合する場合は、車両(被けん引自動車)として道路を走行できます。車両扱いとなれば、

  • 固定資産税の課税対象にならない
  • 建築確認の申請が必要ない
  • 市街化調整区域など建築に規制のかかる土地にも設置できる

などのメリットがあります。土地さえ確保できれば、建築物を建てるよりも安く早く店舗を開設でき、販路拡大や新規事業に挑戦しやすくなる可能性があります。実際、トレーラーハウスを活用したビジネスは広がっていて、近年特に注目されているのが、グランピングやホテルなどの宿泊施設や飲食店としての活用、市街化調整区域での事務所設置などです。

ただ、トレーラーハウスは、設置方法によっては車両ではなく、建築物として扱われる場合もあります。実際には適法ではない設置がされた使用例も少なくないようです。

せっかくの新事業が法的な問題でつまずいてしまうのは、もったいないことです。トラブルを最小限に抑えるため、この記事では、

  • トレーラーハウスを設置する際の法的な注意点
  • トレーラーハウスの店舗を開業するまでのステップ
  • トレーラーハウスの事業例

について紹介します。

2 トレーラーハウスを設置する際の法的な注意点

トレーラーハウスは、日本建築行政会議(JCBA)により「車両を利用した工作物」とされ、設置方法によっては、建築物とみなされることがあるので、注意が必要です。

なお、日本建築行政会議とは、建築基準法に関わる特定行政庁と指定確認検査機関を会員として設立された行政会議で、建築基準法の解釈や審査・検査の統一化などを図っています。

1)建築基準法上、建築物とされないトレーラーハウスとは

トレーラーハウスが建築物とみなされないためには、次の3つの条件を満たす必要があるとされています。

  1. 随時かつ任意に移動できる状態で設置すること
  2. ライフラインとの接続が工具を使用しない着脱方式であること
  3. 適法に公道を走れること

この条件は、1997年に建設省(現国土交通省)の通達により、バスやトレーラーハウスなどを建築基準法第2条第1号で規定する建築物として取り扱うとされ、それを逆説的に解釈したものとなっています。

建築物として取り扱う場合は、次のいずれかに該当するものとなります。

  • トレーラーハウス等が随時かつ任意に移動することに支障のある階段、ポーチ、ベランダ、柵等があるもの
  • 給排水、ガス、電気、電話、冷暖房等のための設備配線や配管等をトレーラーハウス等に接続する方式が、簡易な着脱式(工具を要さずに取り外すことが可能な方式)でないもの
  • 規模(床面積、高さ、階段等)、形態、設置状況から、随時かつ任意に移動できるとは認められないもの

なお、

  • 事前に建築確認申請を行わず、車両とされる条件も守っていない場合
  • 使用中に「随時かつ任意に移動できない」設置になった場合

は、その時点で違法建築物となります。違法建築となった場合、建築物の改築、移転、除却などの命令を受け、是正しない場合は、懲役や罰金の罰則が科されることもあります。

2)「道路運送車両の保安基準」上のトレーラーハウスとは

トレーラーハウスは、

住居、店舗、事務営業所、公共施設等として使用するための施設・工作物を有する被けん引自動車であって、その大きさが「道路運送車両の保安基準」第2条の制限(長さ12メートル、幅2.5メートル、高さ3.8メートル)を超えているもの

です。保安基準を超えた大型のトレーラーハウスは、設置予定地の運輸局に基準緩和の認定を申請し、管轄する国道事務所などで特殊車両通行許可を取得することで公道を走行できるようになります。

なお、保安基準第2条の制限以内のトレーラーハウスは、車検を取得する必要があります。

3)都市計画法上、トレーラーハウスが設置できる場所とは

都市計画法上、市街化調整区域では建築や特定工作物の建設が規制されますが、トレーラーハウスは建築物に当たらないため、設置基準を満たしていれば設置できる可能性があります。

ただし、自治体によってはトレーラーハウスであっても設置が禁止されている地域があります。また農地の場合、管轄する農業委員会への確認が必要となります。

3 トレーラーハウスの店舗を開業するまでのステップ 

トレーラーハウスの価格帯は、土地代を別にして、本体の製作費、運搬費、設置諸費用、自動車税等、トレーラーハウスの法的基準の整備や普及を図っている日本トレーラーハウス協会(以下「協会」)への申請費などを合計し、600万円から1000万円ほどになるようです。特に本体は安いものであれば、1台200万円前後で購入できるものもあるそうです。

■日本トレーラーハウス協会■

http://www.trailerhouse.or.jp/

1)設置したい場所を確保し、内装などイメージを固める

トレーラーハウスを使ったビジネスをする際は、まず設置する土地の確保が必要です。例えば、大自然を満喫するグランピングルームをつくりたいと思っても、確保した場所までトレーラーハウスを運搬できないとなると本末転倒です。トレーラーハウスを使ったビジネスコンセプトにふさわしい場所を探しましょう。

2)事業内容が決まったら許認可や申請先などを確認する

土地が決まったら内装などのイメージを固め、許認可や申請の必要な事業であれば、その確認も必要です。例えば飲食店や宿泊施設であれば、食品衛生管理者資格や旅館業の営業許可の取得、所轄の保健所と消防署への申請が必要になります。

なお、車両であるトレーラーハウスは消防法の適用外ですが、トレーラーハウスでの宿泊施設が増加していることから、一部の自治体では消防法が適用されるケースも出てきているそうです。そのため協会では、用途によっての防火基準を定めています。また、製造・販売メーカーは国土交通大臣が認定した防火材料で製作し、無線式警報装置を設置するなどの対応も行っているようです。

また、協会では許認可が必要となる運送・飲食・宿泊などの事業は、は「車検付トレーラーハウス」に限定します。

3)製造・販売会社に相談する

設置はトレーラーハウスの製造・販売を行っている会社に相談するとよいでしょう。協会では、加盟会社をウェブサイトで公開しているので、設置場所に近い地域の会社を探すことができます。トレーラーハウスは製作場所から設置場所まで運搬しなければいけないため、両者が近いほうが運搬コストを抑えることができます。

4)購入か、リースかを決める

購入は新品の場合は納品までに1、2カ月ほどかかるそうですが、中古の場合はもっと早くなるそうです。

また、イベント出店などの一定期間のみの設置でリース利用をしたい場合は、リースを行っている製造・販売会社か確かめてから連絡しましょう。

5)日本トレーラーハウス協会の調査を受ける

相談を受けた製造・販売会社は協会にトレーラーハウスを設置する際に形状や設置場所などに問題がないかを確認します。

6)設置場所まで運搬・設置してもらう

トレーラーハウスは製作現場から設置場所まで運搬され、到着すると設置作業に入ります。設置場所にもよりますが、設置は数時間から半日程度で終わるそうです。設置後、不備がないか協会の設置検査(図表参照)を経て、受け渡しとなります。

なお、協会は設置検査報告とともに、適法に移動できることを証明する公的な書類(車検証または基準緩和認定書と特殊車両通行許可症証)をトレーラーハウス内に常備しておくことを勧めています。

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7)撤去・移動の際には

トレーラーハウスは給排水、ガス、電気、電話などの配線や配管が工具を使わずに着脱可能であることが前提のため、別の場所への移動も容易です。運搬に関しては発注した製造・販売会社に相談するといいでしょう。

4 トレーラーハウスの事業例

実際に中小企業がトレーラーハウスを活用して事業を行っている例を紹介します。

1)宿泊施設

1.グランピング施設:Tiny Cabin TATEGU 軽井沢御代田

建具屋の花咲(東京都板橋区)は、「アウトドアが体験できるトレーラーハウス」というキャッチフレーズでグランピング施設を軽井沢で開業しています。2区画の森の中に1台ずつ設置して、木の素材を活かしたデザインにするなどし、非日常感を演出しているそうです。2区画は、屋外BBQエリア、薪サウナなどが設置されている区画と、ドッグラン、電気サウナなどが設置されている区画とになっているそうです。

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2.トレーラーホテル:Trail inn

トレーラーハウスの製造・販売や宿泊施設を運営するヒーローライフカンパニー(東京都港区)は、自社工場で製作した木質ユニットを活用したトレーラーハウスを使い国内9カ所のトレーラーホテルを運営しています。1台を1室として独立して、セルフチェックインで入室できるようです。

2)飲食店

1.バー:BAR GREEN ATSUMA

BAR GREEN-厚真-(北海道勇払郡厚真町)は、トレーラーハウスのバーとして同町で運営しています。かつてバーテンダーだった職歴を活かしてトレーラーハウスのバーを開業したといいます。店内にはDJブースもあり、CDやレコードを持ち込むことができるそうです。

2.カフェ・ステーキ:隠れの宮 あさごろも

隠れの宮 あさごろも(愛知県蒲郡市)は、トレーラーハウスのステーキ店として同市で運営しています。三河湾を眺めながらゆっくりブランチを楽しむ」をコンセプトにした店で、狭くてもメニューを充実させた店をつくりたく、トレーラーハウスなら自由に設計できると思って開業したそうです。

3)事務所

運送会社「阪神ロジテム」(兵庫県西宮市)は、事務所と乗務員の休憩施設を併設する岡山営業所(岡山県倉敷市)を、2台のトレーラーハウスにしています。一般的に、トラックなどの車両保管場所は建物を建てられない市街化調整区域であることが多く、従来の岡山営業所は車庫と営業所が約2キロメートル離れていました。そのため、飲酒チェックや車両の様子を報告する「乗務前点呼」を行う際、ドライバーは駐車場に出勤しトラックを点検した後に、点呼のためにマイカーで営業所まで移動し、再び駐車場へと戻る必要があったそうです。

車庫と同じ敷地内に営業所を設置することで、ドライバーの負担が大幅に軽減され、経費削減にもつながったといいます。

4)トレーラーハウス製造・販売

トレーラーハウス事業への進出が増えているのが住宅メーカーだといいます。住宅メーカーは自社の建築や販売のノウハウを活用できるので、新事業として参入しやすいそうです。住宅メーカーがトレーラーハウス事業に参入した例を紹介します。

1.住宅メーカーのノウハウを活かし製造・販売

住宅メーカーのアースデイ・システム(広島県福山市)は、一般住宅並みの構造や建材を採用して耐震性、快適性を持たせたトレーラーハウス「DASH‐BASE」を製造・販売しています。店舗・オフィス用と風呂など水回り設備付きの住宅用を用意。別荘や庭に置ける趣味の部屋を持ちたい個人や初期投資を抑えて店舗を構えたい飲食店、理美容院などの需要を取り込む狙いだそうです。

2.トレーラーハウス製造・販売企業と代理店契約を結ぶ

狭小地の住宅建築が得意分野で、デザイナーズ戸建賃貸住宅の設計施工を手がけるエーテル(岐阜県多治見市)は、トレーラーハウス製造・販売のカンバーランド・ジャパン(長野県長野市)と代理店契約を締結し、トレーラーハウスの専門展示場を開設しました。住居タイプを1台、店舗タイプ1台、床暖房完備の寒冷地仕様1台の3台の屋上付きトレーラーハウスを展示しています。また、法人利用についてはリースやレンタルにも対応する他、不要になった場合の売却もサポートするそうです。

以上(2023年10月作成)

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【中堅社員のスピーチ例】仕事を回すための“いい加減”

おはようございます。私が今年度の初めに課長を拝命してから、半年が経ちました。以前は上司から与えられた仕事をこなしていればそれでよかったのが、今は自分の仕事をこなしながら、部下にも仕事を割り振って部署全体を回していかなければならない立場になりました。皆さんもご存じの通り、失敗することもあった半年間ですが、今日はその中で1つ学んだことをお話しします。

皆さんは、「使う者は使われる」ということわざをご存じでしょうか。「誰かに仕事を頼む際は、準備が必要だし気苦労も多い。だから、人を使う立場の者は、実際には使われているようなものである」という意味です。

私は、管理職になってから最近まで、この「使う者は使われる」状態に陥っていました。部下に仕事を頼む際に、仕事のやり方をペーパーにまとめたり、間違っているところがあればマンツーマンで指導したりと色々と気を回しているうちに、自分のために割ける時間が少なくなってしまったのです。それが管理職の役割だと自分に言い聞かせつつも、「本当にそれでいいのか」と悩んだ時期がありました。

そんなときに、ある出来事が起きました。部下に新しい仕事を頼もうとした際、普段ならペーパーを作るところ、どうしてもそれを作る時間が取れなかったのです。やむを得ず、私は過去の成果物を部下に渡し、「大体こんな感じでやって!」というザックリした指示を出しました。

他の用事を済ませた後、「仕事の頼み方が“雑”過ぎたかもしれない。大丈夫かな」と、申し訳なさや心配を抱えつつ部下のもとに戻ったのですが、いざ戻ってみると、部下は私が頼んだ仕事をほぼ完璧な形でやり遂げていました。ペーパーを準備しなくても、過去の成果物を見せるだけで、彼は仕事のイメージをつかんでいたのです。

もちろん、指示を出したのは、彼ならある程度できるはずと思ったからですが、救われた気持ちでした。同時に、「これまで他の人に仕事を頼む際は、自分なりに完璧に準備しておかないと気がすまなかったが、それは自己満足に過ぎないかもしれない。良い意味で“いい加減”にできれば、もっと仕事は回せる」ということを学んだのです。

細かく管理しなくても仕事をこなせる部下のために必要以上に時間を割くのは、その人の力量を疑っているともいえます。だったら、おおまかな指示だけ与え、後は信じて任せるのもありだと考えました。もちろん、それによって空いた時間は無駄にはしません。まだ仕事に不慣れで細かい管理を必要とする人には、より多くの時間を割くようにしますし、外に出て勉強するなど自分のための時間を確保することも忘れません。

何に対し、どれだけ時間を割くのが適切なのかを常に考えながら、下半期も頑張ります。ただ、まだまだ半人前の管理職ですから、皆さん、私の指示や指導が「ずさん」だと思ったら、そのときは遠慮せずに言ってくださいね。

以上(2023年10月)

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画像:Mariko Mitsuda