【管理会計】部門や支店が増えた場合に役立つ「貢献利益」による業績評価

書いてあること

  • 主な読者:感覚だけではなく、定量的な基準や根拠を持ってビジネスの判断をしたい人
  • 課題:事業規模が拡大する過程で、部門や支店ごとの業績が見えにくくなる
  • 解決策:部門別の貢献利益によって、部門や支店ごとの業績を把握する

1 質問:部門ごとの利益を把握していますか?

店舗販売部門、外商部門、卸売部門の3つの部門を持つA社。会社全体の利益はすぐに出てくるものの、部門ごとの利益は売上総利益(売上-売上原価)までしか把握できていません。

創業当初はシンプルだった組織も、事業規模が拡大していくにつれ、さまざまな部門が設置され、営業所なども増えてきます。ここで問題となるのが、部門や営業所ごとの業績が見えにくくなることです。こうした状況に直面した場合における判断の基準をご紹介します。

2 部門などごとに「貢献利益」を算出する

貢献利益とは、限界利益(売上高から変動費を引いた値)から管理可能固定費を引いた値です。管理可能固定費とは、各部門でコントロールできる固定費をいいます。

貢献利益は次のように計算します。

  • 限界利益=売上高-変動費
  • 貢献利益=限界利益-管理可能固定費

なお、限界利益については、下記の記事をご参照ください。

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管理会計では、費用は売上高の増減に合わせて変動する「変動費」と、売上高の増減に関係なく発生する「固定費」とに分けられます。売上高が伸びると変動費は増えますが、固定費は一定です。

例えば小売業の場合、売上原価などは売上高に合わせて増減する変動費になります。一方、人件費や減価償却費、賃借料などが固定費となり、その中には各部門で管理可能(コントロール可能)なものと管理不能(コントロール不能)なものがあります。

各部門で決裁権のある費用は管理可能固定費となります。例えば、消耗品費、会議費、交際費などについて、各部門や支店での判断が可能ならばコントロール可能な固定費となります。

部門や支店の要請で人員補充が行われる場合、人件費も管理可能固定費とします。一方、支店、営業所、工場などの開設に伴う賃借料や減価償却費、支払利息のように経営者の経営判断によるものは、各部門にとっては管理不能固定費とします。

3 事例を用いた「貢献利益」の計算例

1)事例前提条件

A社には、店販部門、外商部門、卸売部門の3つの販売部門があります。また、自社ビルを保有し、その中にこの3部門が設置されています。

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店舗販売部門は、自社ビル内の店舗で小売販売をしています。店販部門の売上高は10億円です。商品の値入率は55%(原価率45%)です。管理可能固定費は、人件費1億4400万円(480万円×30人)とします。

外商部門は、会員顧客(年間に一定金額以上を購入する優良顧客)向けに訪問販売と通信販売を行っています。掛率(小売価格に対する販売価格の割合)は90%です。管理可能固定費は、人件費7200万円(480万円×15人)、車両費・物流費4200万円(営業車7台分の減価償却費・管理費・燃料費700万円+代金引換を含む小口配送費用3500万円)とします(便宜上、配送費用は管理可能固定費に含めています)。

卸売部門は、百貨店等の大規模小売店や専門店に対して商品を卸売りしています。掛率は65%です。管理可能固定費は、人件費7200万円(480万円×15人)と交通費・物流費2700万円(営業交通費200万円+商品配送費用2500万円)とします。商品配送費用は、売上高に応じて変動する性質の費用ですが、ここでは管理可能固定費としています。

2)店販部門の貢献利益

店販部門の売上高は10億円、商品の値入率が55%なので、売上原価と限界利益は次のように算出することができます。

  • 売上原価=売上高10億円×売上原価率45%=4億5000万円
  • 限界利益=売上高10億円-売上原価4億5000万円=5億5000万円

店販部門の管理可能固定費は、人件費1億4400万円なので、貢献利益は次のように算出することができます。

  • 貢献利益=限界利益5億5000万円-管理可能固定費1億4400万円=4億600万円
  • 従業員1人当たり貢献利益=貢献利益4億600万円/従業員数30人≒1353万3300円

3)外商部門の貢献利益

外商部門の売上高は6億円、店販部門の販売価格に対して掛率90%で販売しているので、売上原価と限界利益は次のように算出することができます。

  • 売上原価=売上高6億円/90%×売上原価率45%≒3億円
  • 限界利益=売上高6億円-売上原価3億円=3億円

外商部門の管理可能固定費は、人件費7200万円と車両費・物流費4200万円なので、貢献利益は次のように算出することができます。

  • 貢献利益=限界利益3億円-管理可能固定費1億1400万円=1億8600万円
  • 従業員1人当たり貢献利益=貢献利益1億8600万円/従業員数15人≒1240万円

4)卸売部門の貢献利益

卸売部門の売上高は10億円、店販部門の販売価格に対して掛率65%で販売しているので、売上原価と限界利益は次のように算出することができます。

  • 売上原価=売上高10億円/65%×売上原価率45%≒6億9200万円
  • 限界利益=売上高10億円-売上原価6億9200万円=3億800万円

卸売部門の管理可能固定費は、人件費7200万円と交通費・物流費2700万円なので、貢献利益は次のように算出することができます。

  • 貢献利益=限界利益3億800万円-管理可能固定費9900万円=2億900万円
  • 従業員1人当たり貢献利益=貢献利益2億900万円/従業員数15人≒1393万3300円

5)各部門の比較

A社の部門別貢献利益を一覧で示すと次の通りです。

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3部門で貢献利益が最も大きいのが店販部門で、他2部門を大きく上回っています。次いで卸売部門、外商部門となっています。

店販部門は、売上高が大きく限界利益率が高いことが特徴で。卸売部門は、限界利益率は低いものの、それを売上高でカバーしている状況です。

従業員1人当たり貢献利益では、卸売部門が最も大きく、次いで店販部門、外商部門という結果になっています。

実際には、部門別に時系列で比較し、各事業部門の貢献利益の増減を比較評価するのが効果的です。

4 貢献利益を運用する際の注意点

1)目に見えないもう1つの貢献利益

部門別の貢献利益によって、部門や支店ごとの業績が把握できます。活用方法はさまざまで、例えば賞与の査定に差をつけることもできます。

ただし、慎重に運用しなければなりません。なぜなら、各部門は独立した組織であるようでいて他部門から少なからず影響を受けているものであり、各部門からのアシストについても考慮する必要があります。

各部門の貢献利益を比較する場合、他部門からの好影響(創業からの貢献度合いやブランド価値など)も考えなければなりません。これを考えずに、部門別貢献利益を他部門との比較のために用いると、部門間にあつれきが生じる危険があります。

2)適正な売上管理や労務管理が大前提

管理可能固定費というのは、各部門でコントロールが可能な費用です。部門別業績評価をする場合、各部門の売上管理や労務管理等が適正に行われていることが不可欠です。

例えば、各部門に未払いの残業代があるなどの場合が問題です。もし、部門内でサービス残業が常習化しているような場合、それを管理可能固定費に加味すると貢献利益は異なってきます。また、評価基準を利益に重きを置きすぎたときに生じる売上の粉飾もあります。不正へのきっかけとならないためにも、社員教育の徹底や管理体制の整備も同時に行っていきましょう。

5 練習問題

(問題1)

A事業部の売上高は5000万円(変動費率55%)、管理可能固定費は1500万円です。A事業部の貢献利益はいくらですか?

(問題1の回答)

A事業部の限界利益は、売上高の5000万円から変動費の2750万円を引いた2250万円となります。貢献利益は限界利益から、管理可能固定費を引いた利益なので750万円(2250万円-1500万円)となります。

問題1の答え:750万円

(問題2)

A事業部に係る費用項目は次の通りです。A事業部の管理可能固定費はいくらですか?

接待交際費180万円、福利厚生費30万円、器具備品の減価償却費80万円、

オフィス賃借料850万円、光熱費100万円、広告宣伝費130万円、旅費交通費200万円、

A事業部の役員給与1000万円、A事業部の従業員給与8640万円

(問題2の回答)

管理可能固定費とは、A事業部がコントロールできる費用です。上記の中では、接待交際費、福利厚生費、光熱費、広告宣伝費、旅費交通費、A事業部の従業員給与となります。なお、役員給与は株主総会(役員個人の給与額については取締役会または代表取締役)の決議事項であるため、管理不能固定費に該当します。

問題2の答え:9280万円

以上(2024年7月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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画像:photo-ac

2024年改正に対応。人生100年時代の老齢年金は「繰り上げて長くか、繰り下げて多く」が判断のポイント

書いてあること

  • 主な読者:老後の生活設計として、やはり「老齢年金」を頼りにしたい人
  • 課題:老齢年金は制度が複雑で、支給額がどのくらいになるのかよく分からない
  • 解決策:いつからもらうかで支給額が変わる。働きながらもらうと減額されることが多い

1 人生100年時代の必須知識

人生100年時代。老後の生活設計を考えると、やはり頼りにしたいのが「公的年金」です。ここでいう公的年金は、一定の年齢になったら支給を申請できる「老齢年金」のことで、

  • 国民年金から支給される「老齢基礎年金」
  • 厚生年金保険から支給される「老齢厚生年金」

に大別されます。気になるのは、「いつから、いくらもらえるのか?」ですよね。これを知るためには、次の3点を押さえることが肝要になります。

  1. 老齢年金は2階建て。原則65歳から支給
  2. 繰り上げと繰り下げで支給額が変わる
  3. 働きながらもらうと支給額が減る可能性がある

この記事では、制度が複雑な老齢年金について、この3つのポイントを掘り下げて説明します。なお、老齢年金やその他の制度の内容は、2024年4月1日時点のものです。

2 老齢年金は2階建て。原則65歳から支給

老齢年金には老齢基礎年金と老齢厚生年金があり、次のように2階建てのイメージです。どちらも、

原則65歳(正しくは、65歳に達する日(誕生日の前日)が属する月の翌月)から支給

されます。

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2024年4月1日時点で、65歳以降の支給額は次の通りです。

  • 老齢基礎年金:81万6000円×国民年金の保険料納付済月数など÷480月
  • 経過的加算:1701円×生年月日に応じた率×厚生年金保険の加入月数-81万6000円×(20歳以上60歳未満の厚生年金保険の加入月数÷(加入可能年数×12))
  • 報酬比例部分:2002年度以前の報酬の平均(a)+2003年度以降の報酬の平均(b)

    a=平均標準報酬月額×0.7125%×2002年度以前の厚生年金保険の加入月数

    b=平均標準報酬額×0.5481%×2003年度以降の厚生年金保険の加入月数

  • 加給年金:23万4800円(配偶者と第1子・第2子、配偶者のみ生年月日に応じた特別加算あり)、7万8300円(第3子以降)

報酬比例部分にある「平均標準報酬月額」と「平均標準報酬額」は紛らわしいですが、要は

2002年度以前と2003年度以降とに分けて、1カ月当たりの報酬の平均額を出している

ということです。

  • 2002年度以前は「標準報酬月額(月例賃金などの「報酬月額」を一定幅で区分したもの)」の平均額
  • 2003年度以降は「標準報酬月額+標準賞与額(賞与総額から1000円未満の端数を切り捨てたもの)」の平均額

を使って、報酬比例部分の額を計算します。

■日本年金機構「年金額の計算に用いる数値」■

https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/kyotsu/nenkingaku/20150401-01.html

3 繰り上げと繰り下げで支給額が変わる

1)繰り下げ受給・繰り上げ受給:繰り上げると減額、繰り下げると増額

老齢年金の繰り上げ受給と繰り下げ受給には、次のような真逆の性質があります。

  • 繰り上げ受給:65歳よりも早く老齢年金をもらう(60~64歳)。支給額は減る
  • 繰り下げ受給:65歳よりも遅く老齢年金をもらう(66~75歳)。支給額は増える

具体的に、どれだけ支給額が変わるのかのイメージは次の通りです(金額は概算です)。

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繰り上げ受給の場合、支給を1カ月繰り上げるごとに、1962年4月1日以前生まれの人は0.5%(最大30%)、1962年4月2日以後生まれの人は0.4%(最大24%)、支給額が減ります。

繰り下げ受給の場合、支給を1カ月繰り下げるごとに、生年月日に関係なく0.7%(最大84%)、支給額が増えます。

一度、繰り上げか繰り下げをした場合、それを取り消すことはできず、減額または増額された老齢年金が生涯支給されます。ただし、老齢年金のうち「加給年金」だけは、繰り上げ・繰り下げの対象外のため、減額や増額がされることはありません。また、繰り下げ期間中、加給年金は支給されません。

2)特別支給の老齢厚生年金:繰り上げ受給に似ているが別の制度

特別支給の老齢厚生年金とは、

65歳前の一定の年齢に達したときから老齢年金を特別にもらえる制度

です。老齢年金の繰り上げ受給に似ていますが、対象は、

  • 男性:1961年4月1日以前生まれ
  • 女性:1966年4月1日以前生まれ(男性の5年後)

に限定され、支給開始時期も性別と生年月日によって決まっています。

2024年4月1日以降に特別支給の老齢厚生年金の受給権が発生する場合、65歳前にもらえるのは「報酬比例部分」だけで、「定額部分(老齢基礎年金に相当する部分)」の支給は原則としてされない

という点に注意が必要です。

2024年4月1日以降に特別支給の老齢厚生年金をもらえる人は次の通りです。もともとこの制度は、1985年に老齢年金の支給開始時期(原則)が60歳から65歳に引き上げられた際、経過措置として設けられたものなので、将来的には対象者がいなくなります。

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4 働きながら老齢年金をもらうと支給額が減る可能性がある

1)在職老齢年金:減額されることがある

在職老齢年金とは、

60歳以降も働きながら老齢年金をもらう場合、支給額が減る制度

です。具体的には、老齢厚生年金の報酬比例部分の額と、賃金額に基づく「総報酬月額相当額」の合計が一定額を超えると支給額が減ります。

総報酬月額相当額:標準報酬月額+(過去1年間の標準賞与額÷12)

報酬比例部分と総報酬月額相当額の合計が50万円を超えるか否かで、次のように支給額が変わります。なお、

「50万円」という数字は、2024年4月1日から設定されたもの(改定前は48万円)で、今後も定期的に変更される可能性

があります。

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2)高年齢雇用継続給付:減額予定

高年齢雇用継続給付とは、雇用保険給付の1つで、

現在は、賃金額が60歳到達時の75%未満に低下した場合に、低下後の賃金に一定率を掛けた額の給付を受けられる制度

です。

高年齢雇用継続給付と老齢年金が併せて支給される場合、60歳到達時の賃金と比較した低下率を基に、老齢年金が次のように減額されます。

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なお、高年齢雇用継続給付は

2025年4月1日から、最大支給率が「15%から10%」に引き下げ

となります。賃金の低下率が64%未満の場合の支給率が10%で、64%以上の場合は厚生労働省令の定めに従って徐々に支給率が下がっていきます。ただし、2024年6月21日現在、支給率の逓減率の詳細については公表されていません。

以上(2024年8月更新)
(監修 ひらの社会保険労務士事務所)

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画像:pixabay

人生100年時代の羅針盤。「老齢年金のシミュレーション」を複数の条件でやってみた

書いてあること

  • 主な読者:老後の生活設計として、やはり「老齢年金」を頼りにしたい人
  • 課題:老齢年金は制度が複雑で、支給額がどのくらいになるのかよく分からない
  • 解決策:いつからもらうかで支給額が変わる。働きながらもらうと減額されることが多い

1 あなたの老齢年金はいくら?

人生100年時代。何だかんだといっても「老齢年金」にも頼りたいところです。皆さんが知りたいのは、「何歳になったらいくらもらえるのか?」ということだと思いますので、この記事で、2024年4月1日時点の制度に基づいた概算を示します。

モデルとなるのは、次の条件のAさんで、60歳以降の賞与はありません。

  • 生年月日:1964年4月2日(2029年4月1日に65歳)
  • 性別:男性
  • 生計維持関係にある家族:妻(2029年4月1日に60歳)
  • 国民年金保険料の納付済期間:2024年4月1日時点で40年(1984年4月1日加入)
  • 厚生年金保険の被保険者期間:2029年4月1日時点で42年(1987年4月1日加入)
  • 平均標準報酬月額(2003年3月31日まで):28万5000円
  • 平均標準報酬額(2003年4月1日以降):41万7000円

老齢年金は、原則として65歳からもらえます。Aさんの老齢年金の支給額(原則)は次の通りです。

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受給開始は2029年4月1日以降、支給額は月額19万9063円ですが、これだけで老後の生活を支えられるか気になります。そもそも老後の生活費はどのぐらいなのか、次の章で確認してみましょう。

2 老齢年金だけだと厳しい?

総務省「2023年家計調査」によると、1世帯1カ月当たりの実支出(2人以上、勤労者世帯)は次の通りです。

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Aさんの老齢年金の支給額(原則)は月額19万9063円でした。妻の老齢年金やその他の収入もあるので一概に言えませんが、

65~69歳の実支出(総額)が月額38万5137円であることを考えると、少なくともAさんの老齢年金だけで生活を支えるのは難しい

といえそうです。

3 働きながら老齢年金をもらうと支給額が減る?

60歳以降も厚生年金保険に加入したまま、働きながら老齢年金をもらうと、

「在職老齢年金」といって、賃金額に応じて老齢年金が減る仕組みの対象

になります。老齢年金と賃金の合計額が「支給停止調整額」というボーダーラインを超えると、老齢年金が減額されます。

ここでは、Aさんの60歳到達時の賃金などの前提条件を、次のように設定します。

  • 60歳到達時の賃金(月額):40万円
  • 基本月額:9万1915円(老齢厚生年金の報酬比例部分の額)
  • 総報酬月額相当額:41万円(日本年金機構「厚生年金保険料額表」を基に算定)

2024年4月1日以降の在職老齢年金の制度では、

基本月額と総報酬月額相当額の合計が50万円を超えると、老齢年金が減額される

ことになっています(改定前は48万円)。基本月額は老齢厚生年金の報酬比例部分のことなので、60歳以降の賃金が下がればその分基本月額も下がり、老齢年金は減りにくくなります。この点を強調し「賃金が維持されても、手放しで喜ぶべきではない」と示す記事もありますが、

老齢年金が減るだけで全体の収入は増えますし、会社もこの点を考慮して賃金を設定する

ため、それほど気にする必要はないかもしれません。Aさんが65歳から老齢年金をもらう場合の収入(月額)は次の通りです。

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賃金が60%に下がったとしても月額43万4492円なので、前述した月額38万5137円(65~69歳の1世帯1カ月当たりの実支出)を超えます。

4 60歳から老齢年金をもらう場合は?

60歳から65歳までの生活が不安な場合、「繰り上げ受給」といって、老齢年金をもらう時期を前倒しにすることができます。ここでは支給を60歳に繰り上げることを想定します。この場合、老齢年金(加給年金は繰り上げできず、65歳から満額を支給)は60歳からもらえますが、

支給を繰り上げた5年分、支給額が減る(Aさんの場合、24%の減額)

ので注意が必要です。また、老齢年金と「高年齢雇用継続給付」を同時にもらう場合も、老齢年金が減ります。高年齢雇用継続給付とは、雇用保険給付の1つで、

賃金額が60歳到達時の75%未満に低下した場合に、低下後の賃金に一定率を掛けた額の給付を受けられる制度(65歳になると支給停止)

です。Aさんが60歳から老齢年金をもらう場合の収入(月額)は次の通りです。

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支給を繰り上げた分、60~64歳の収入は安定しますが、65歳以降の老齢年金は減るので、慎重な判断が必要です。

5 75歳から老齢年金をもらう場合

老後の生活に余裕がありそうな場合、繰り上げ受給とは逆に、「繰り下げ受給」といって老齢年金をもらう時期を後ろ倒しにすることができます。ここでは支給を75歳に繰り下げることを想定します。この場合、老齢年金(加給年金を除く)は75歳からもらうことができ、

支給を繰り下げた10年分、支給額が増える(Aさんの場合、84%の増額)

ことになります。ただし、繰り下げ受給だと加給年金は一切もらえなくなるので注意する必要があります。Aさんが75歳から老齢年金をもらう場合の収入(月額)は次の通りです。

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支給を繰り下げた分、75歳以降の収入が多くなります。ただ、65~74歳の間は賃金や私的な年金などで生活しなければならないので、60歳以降も賃金が多い人や貯蓄に余裕がある人に向いているといえます。

以上(2024年8月更新)
(監修 ひらの社会保険労務士事務所)

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画像:takasu-Adobe Stock

2024年版「中小企業白書」の要点 中小企業が取り組むべき課題は人手不足と生産性向上

書いてあること

  • 主な読者:2024年版「中小企業白書」から、現在の中小企業の課題を知りたい経営者
  • 課題:現状、中小企業が抱えている課題と解決策の事例を知り、他社との競争に勝ちたい
  • 解決策:主な課題は「人手不足」「生産性向上」。取り組みは賃上げや省力化投資など

1 2024年を中小企業の飛躍の年に!

新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」)が5類に移行してから1年余り。このタイミングで発刊された2024年版「中小企業白書」(以下「白書」)をひもとくと、

中小企業の業況は、業種によるばらつきはあるものの、コロナ禍の落ち込みから回復してきている

とあります。

しかし、順風満帆ではありません。多くの中小企業は人材不足に直面していますし、過去最高水準となった賃上げにも対応しなければなりません。足りない人材を補うためにも、人件費を捻出するためにも、省力化投資などを通して生産性向上を目指す必要性がありそうです。

この記事では、「人手不足」と「生産性向上」の2つの課題を取り上げ、その解決のヒントを紹介します。また、この2つ以外にも、白書の中で紹介されている中小企業の課題(事業承継やBCP(事業継続計画)など)についても簡単に解説します。

なお、以降で紹介する図表の出所は全て白書であることや、分かりやすさを重視したことから、出所の記載や注釈は省略しています。詳細な内容を確認したい場合は、白書の本編をご覧ください。

■中小企業庁「中小企業白書」■
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/

2 人手不足:外国人雇用にも注目しつつ、職場環境を整備

コロナが5類に移行し、中小企業の事業活動が再び活発化しています。一方、時間外労働の上限規制などにより、少ない社員に頼る働き方は難しくなり、人手が必要になります。しかし、そんな中小企業の思いとは裏腹に、人手不足はますます深刻化しています。中小企業は、女性・高齢者の他、外国人労働者などの活用にも目を向ける時期にきています。また、自社の職場環境・制度を見直し、整備することなども必要でしょう。

1)外国人労働者の活用

日本人だけを対象とした採用活動では、人手不足の解消が難しくなってきた中、外国人労働者の活用が期待されています。実際、図表1の通り、外国人労働者の数・就業者全体に占める割合は共に上昇傾向にあります。

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また、白書の別のデータでは、2070年には日本の生産年齢人口(15~64歳の人口)のうち、14.9%が外国人になるという推計もあります。将来的な人材確保を見据えて、今のうちから外国人雇用に目を向け、検討してみる価値はあるでしょう。

厚生労働省では、各ハローワークに外国人雇用に関する相談を受け付ける「外国人雇用管理アドバイザー」を置いたり、外国人が働きやすい環境づくりに取り組んだ企業に、最大57万円を助成する「人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)」を設けたりしています。詳細は厚生労働省ウェブサイトをご確認ください。

■厚生労働省「外国人を雇用する事業主への支援策」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/jigyounushi/page11_00027.html

2)職場環境・制度の整備

自社の職場環境・制度を整備することも、人手不足を解消する上では不可欠です。既存社員の離職防止だけでなく、自社の取り組みを積極的にPRすることで、新規採用にもつながるでしょう。

実際、白書によると、人材を十分に確保できている企業では、働きやすい職場環境・制度の整備が進んでいます。図表2は、人材を十分に確保できている企業の取り組みをまとめたもので、特に、賃金や賞与の引き上げ(賃上げ)に取り組んでいる企業の割合が高いことが分かります。

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厚生労働省では、下記ページにて、人材確保につながる職場環境・制度のポイントや事例、相談窓口などを紹介しています。看護・介護・保育・建設については、その分野特有の人材確保対策を紹介しているのでご確認ください。

■厚生労働省「人材確保対策」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000053276.html

3)賃上げ

図表3の通り、最低賃金の改定率・春闘の賃上げ率は、2023年度時点で過去最高水準となっています。一方、物価上昇などの影響を受けて、防衛的賃上げ(業績の改善が見られない中で、離職防止などのために行う賃上げ)を実施する企業も多く、いかに収益を上げて、賃金の原資を確保するかが重要になってきます。

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賃金の原資確保のために行った施策には、人件費以外のコスト削減、価格転嫁、労働時間の削減などが挙げられます。

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厚生労働省では、賃上げを実施した企業の取り組み事例や、各地域における平均的な賃金額など、賃上げのために参考となる情報を掲載する「賃金引き上げ特設ページ」を開設しています。詳細については、こちらをご確認ください。

■厚生労働省「賃金引き上げ特設ページ」■
https://saiteichingin.mhlw.go.jp/chingin/

3 生産性向上:コスト削減と単価引き上げ

日本は就業者数が減少する中、OECD(経済協力開発機構)加盟国のうちで、労働生産性が平均より低くなっており、省力化投資などによる生産性向上が重要視されています。

1)省力化投資

生産性向上を図るための省力化(人間が行う作業を見直して効率化を図り、機械やシステムを導入することで作業負担を減らす取り組み)に向けた設備投資が注目されており、図表5のように、省力化投資を実施した企業は、売上高にプラスの変化が見られる傾向にあります。

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省力化投資の具体例として、

  • 製品製造時の全数検査を、人に代わって行う自動検査装置の導入
  • EDI(電子データ交換)を活用した販売管理システムの構築

に取り組む企業などがあります。

また、省力化投資を支援する取り組みもあります。例えば、経済産業省では、賃上げに向けて省力化等の大規模投資を行った場合、最大50億円を補助する「中堅・中小企業成長投資補助金」を実施しています。また、中小企業庁では、IoTやロボットなどを特定のカタログから選択・導入した場合、最大1500万円を補助する「中小企業省力化投資補助金」を実施しています。

■中堅・中小企業成長投資補助金■
https://seichotoushi-hojo.jp/
■中小企業省力化投資補助金■
https://shoryokuka.smrj.go.jp/

2)価格転嫁

生産性という言葉には様々な意味がありますが、1人当たりや1時間当たりで生み出す付加価値の額として捉えるのであれば、値上げの視点も重要です。

バブル期以降、日本企業は低コスト化・数量増加の取り組みを続けてきました。ですが、その結果、大企業の売上高や利益率は増加する一方、中小企業は発注側の売上原価低減の動きの中で低迷したままです。白書でも、「今後は低コスト化・数量増加以上に、単価の引き上げも重視されている」としています。

コスト増加分を十分に価格転嫁できていない企業は多いですが、その中でも取引先との価格協議を実施した企業は、自社の意向を価格に反映できている傾向があり、協議を実施できていない企業に比べて、価格転嫁に成功しやすいことが分かります。

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また、自社の商品やサービスについて、競合他社との差別化ができている企業ほど、価格転嫁も進んでいる傾向にあります。価格転嫁の協議を有利に運ぶために、いま一度、自社商品・サービスの強みを分析するのもよいでしょう。

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中小企業庁は、中小企業が取引先と適切に価格交渉・価格転嫁できる環境を整備するために、各都道府県のよろず支援拠点に「価格転嫁サポート窓口」を置いています。詳細については、こちらをご確認ください。

■中小企業庁「価格転嫁サポート窓口」■
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/tenka_support.html

4 その他の課題と解決のヒント

「人手不足」「生産性向上」以外にも、中小企業は以下のような課題を抱えています。それぞれの課題に対応する解決策の事例も簡潔に記載しますので、自社の問題を解決する際のヒントとしていただけましたら幸いです。

1)売上・受注の停滞、減少

コロナの5類移行の後も「宿泊」「交通」の消費が戻り切らないなど、コロナ禍の影響は続いており、現在も経営改善・再生支援のニーズは高いです。

各都道府県の「中小企業活性化協議会」では、企業の課題・問題点、ビジネスモデルに合わせ、収益力改善に向けた計画や、事業再生に必要な金融支援策の策定をサポートしています。2023年度には、中小企業の経営改善・再生支援を加速するための経済産業省「挑戦する中小企業応援パッケージ」の一環で、中小企業活性化協議会の専門家(弁護士)を倍増させるなどの体制強化も始まりました。詳細については、こちらをご確認ください。

■中小機構「中小企業活性化協議会」■
https://www.smrj.go.jp/sme/succession/revitalization/index.html
■経済産業省「挑戦する中小企業応援パッケージ」■
https://www.meti.go.jp/press/2023/08/20230830002/20230830002.html

2)事業承継・後継者不在への対応策

白書によると、2023年時点で54.5%の中小企業で後継者が不足しています。また、後継者が決まっている企業も、経営能力や相続税や贈与税などの問題を抱えていることがあります。

後継者不在の問題については第三者承継(M&A)を視野に入れることや、事業承継税制を利用するなどの取り組みが、解決策として挙げられます。また、各金融機関では、地域企業後継者の支援エコシステムの醸成・構築が進められていますので、問い合わせてみるのもよいでしょう。

なお、事業承継税制は、後継者が取得した一定の資産について、相続税や贈与税の納税を猶予する制度で、2025年度末まで、納税猶予の対象者などを大幅に拡充する特例措置が講じられています。詳細については、こちらをご確認ください。

■中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」■
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html

3)脱炭素化への対応

近年は、中小企業が自社の取引先から、省エネルギーやCO2排出量削減目標の策定など、脱炭素化への対応要請を受けることも多いです。ただ、75.0%の中小企業が脱炭素化に当たって、取引先からのサポートを受けられていないというデータもあり、公的機関の補助金などの支援を利用するなど、外部からの協力を仰ぐことも重要になってきます。

経済産業省では、脱炭素化に向けて、一定の取り組みをする中小企業に対する補助金の支給(例:IT導入補助金、省エネ補助金)などを行っています。また、中小機構は、脱炭素化の取り組みについて、専門家のアドバイスなどが受けられる「カーボンニュートラル相談窓口」を設置しています。詳細については、こちらをご確認ください。

■経済産業省「中小企業等のカーボンニュートラル支援策」(下記URL中段)■
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/SME/index.html
■中小機構「カーボンニュートラルに関する支援」■
https://www.smrj.go.jp/sme/sdgs/favgos000001to2v.html

4)BCPの見直し

2024年1月に「令和6年能登半島地震」が発生し、広い範囲にわたって建物や設備の損傷などの被害を受け、災害への備えとして、BCPの策定・見直しが更に重要視されています。

中小企業庁では、中小企業向けにBCP策定の手引きなどをまとめています。詳細については、こちらをご確認ください。

■事業継続力強化計画(中小企業庁)■
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.html

以上(2024年8月作成)

pj80167
画像:ChatGPT

モスクの経営戦略 寄付金や物販等の収入増加策や注意すべき税制を紹介

書いてあること

  • 主な読者:宗教法人、特にモスク(ムスリム向け)の経営者
  • 課題:動向をはじめ、寄付や物販などの収入確保策、注意すべき税制を知りたい
  • 解決策:イスラムに関する講座などを開催して参加費用を集めたり、ハラールショップを併設して物販で収入を確保したりする事例がある

1 日本国内のイスラム関係団体、モスクの動向

1)モスクの起源について

モスクとは、ムスリム(イスラム教徒)の礼拝施設を指します。日本国内では、礼拝施設としてだけでなく、在住ムスリムのコミュニティーの場所でもあり、冠婚葬祭や、ムスリム以外の人に対してイスラム文化を伝える役割も担っています。

日本で最初に建設されたモスクは,1935年に神戸在住のインド系ムスリムや在日タタール人によって建設された「神戸モスク」といわれます。1990年代後半から2000年代にかけて、モスクの建設ラッシュが進み、早稲田大学の店田廣文名誉教授が代表を務める研究調査「滞日ムスリム調査プロジェクト」によると、2022年2月時点で国内に113カ所のモスクがあるとされています。

モスクが増えた背景として、次のようなことが挙げられます。

  • 自営業者として成功を収めたムスリムや留学生が各地に増加したことで、居住地の近くにモスクを求める声が増えたこと
  • モスク建設資金を確保するための情報発信の方法が多様化したこと(例:既存モスクの訪問、口コミ、メール、ウェブサイトなど)

2)イスラム関係の法人化について

前述の「滞日ムスリム調査プロジェクト」によると、2022年5月の時点でイスラム関係団体の宗教法人は30社、2022年2月時点でイスラム関係団体の一般社団法人は28社となっています。

■滞日ムスリム調査プロジェクト■
https://www.imemgs.com/

2 寄付金や物販等の収入増加策

1)寄付金について

礼拝の参加者に振る舞われる食事や礼拝堂、施設の維持修繕などのモスクの運営に必要な費用は、寄付金によって賄われています。例えば、日本イスラーム文化センターでは14軒のモスクを管理しており、月間の管理費を50万円としています。

ウェブサイトを開設しているモスクでは、銀行口座への振り込みに限らず、オンライン上で寄附ができるシステムを用意して寄付を募っています。

また、モスクの建設の際には、国内の寄付だけでなく、SNSによって同胞のイスラム教徒や母国の著名人に協力を仰ぎ、資金を集めているケースもあります。

2)寄付以外の収入確保策について

寄付によって資金を募るだけでなく、イスラムに関する講座や書道教室を開催して参加費用を集めたり、モスクにハラールショップを併設したりしており、お土産やハラールフード、書籍などの物販によって資金を確保しているところもあります(詳細は事例で後述)。

3 運営に当たり注意するべき税制、法規制

1)宗教法人に関する税務について

宗教団体の中には、「宗教法人」として法人格を持つ(法人化)ところもあります。法人化することで財産の管理が容易になったり、宗教活動に係るものは法人税等が非課税になったりするといったメリットがあります。

なお、モスクの維持管理や運営費用が寄付のみで厳しい場合には、さまざまな活動を通して収入を得る必要がありますが、活動内容によっては収益事業として課税対象になるケースもあるので、注意が必要です。

宗教法人に関する税務の詳細については、下記をご参照ください。

■国税庁「令和6年版宗教法人の税務(源泉徴収全般の項目にリンクがあります)」■
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/01.htm

2)宗教法人法

宗教法人の設立、管理、規則、解散などについて定めた法律です。法律違反があった場合、内容によっては罰則や解散命令の対象になります。例えば、所轄庁への書類の提出義務(毎会計年度終了後4カ月以内に、役員名簿や財産目録などの書類の写しを、所轄庁に提出する)に違反した場合は「10万円の過料」が科せられます。また、法令や定款に著しく違反し、または公共の福祉を害する行為をした場合は解散命令が出されることがあります。

宗教法人法の詳細や、宗教法人法に基づく各手続きについては、下記をご参照ください。

■宗教法人法■
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=326AC0000000126
■文化庁「宗教法人と宗務行政」■
https://www.bunka.go.jp/seisaku/shukyohojin/index.html

3)法人等による寄付の不当な勧誘の防止等に関する法律

不当な宗教勧誘によって高額な寄付を迫られる問題を未然に防止するための法律です。宗教法人が寄付の勧誘を行う際に、寄付者の自由な意思を抑圧し、適切な判断が難しい状況に陥ることがないようにしたり、寄付者やその配偶者・親族の生活の維持を困難にしたりしないようにすることなどを求めています。

法人等による寄付の不当な勧誘の防止等に関する法律の詳細については、下記をご参照ください。

■消費者庁「法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/donation_solicitation/

4 日本国内の宗教法人、モスクの活動事例

1)東京ジャーミイ・ディヤーナト トルコ文化センター(東京都渋谷区)

日本国内では最大規模とされているモスクです。礼拝には多くの外国人が訪れますが、東南アジアのムスリムが増えていることから、礼拝の説教は信者のニーズに合わせて、トルコ語、日本語、英語などで執り行われています。

また、施設内には書店やハラールマーケットを併設しており、そこで物販を行っている他、イスラムに関する基礎講座やアラビア語書道教室などのイベントも開催されています。

■東京ジャーミイ・ディヤーナト トルコ文化センター■
https://tokyocamii.org/ja/

2)岐阜ファティフモスク(岐阜県各務原市)

カラオケ店を改装して設立されたモスクで、東海地域に在住のトルコ、パキスタン、インドネシア出身のイスラム教徒が礼拝に訪れているといいます。

施設の完成記念や、2024年で日本とトルコの外交樹立から100年が経過した節目のタイミングで、イスラム教やトルコの文化を知ってもらうためのイベントを開催しています。イベントでは、ケバブやトルコアイスなど

手作りの伝統料理や、雑貨の販売、モスク内の見学などを通して、イスラム教徒と地元住民との交流が実現できたとしています。

■岐阜ファティフモスク(Facebookページ)■
https://www.facebook.com/jpgufatih

3)マスジド大塚(東京都豊島区)

日本イスラーム文化センターが管理、運営する施設です。パキスタンやバングラデシュ、ウズベキスタンやインドネシアの学生など、さまざまな国籍のムスリムが訪れるといいます。

イスラムに関する勉強会などのイベントをはじめ、炊き出しホームレス支援や災害に見舞われた被災地の支援といった慈善活動に積極的に取り組んでいます。子どもがクルアーン(コーラン)を学べる「子供向けクルアーンクラス」も運営しています。

■日本イスラーム文化センター「マスジド大塚」■
https://www.islam.or.jp/

4)名古屋イスラミックセンター名古屋モスク(愛知県名古屋市)

名古屋モスクと岐阜モスクを運営する宗教法人です。モスクは礼拝の場だけではなく、アラビア語のレッスンなどの勉強会や、警察や税関の職員が犯罪予防について話をする講義場としても活用されています。

また、教育機関向けにイスラム文化などを解説する講演、出張講義を行っています。

■名古屋イスラミックセンター名古屋モスク■
https://nagoyamosque.com/

以上(2024年7月作成)

pj50543
画像:vladimirzhoga-Adobe Stock

【かんたん会社法(11)】 企業再編の1つである「事業譲渡」

書いてあること

  • 主な読者:企業再編の1つとして「事業譲渡」の基本を知りたい人
  • 課題:事業譲渡の手続きはとても複雑そうで、とっつき難い
  • 解決策:通常、事業譲渡では買い手が事業を選択し、対価は金銭となる

1 さまざまな企業再編

「M&A(Mergers and Acquisitions)」は、企業が成長や競争力を高めるための戦略であり、具体的には、新市場の開拓、競争相手の排除、コスト削減、経済規模の拡大などさまざまな目的で実施されます。M&Aには、合併と買収という2つの意味がありますが、両方の意味を含むものとして、「企業再編」という言葉が使われることがあります。主な企業再編には次の7つの手法があります。

  • 株式譲渡:会社の株式の全部または一部を他の会社に譲渡する
  • 事業譲渡:事業の全部または一部を他の会社に譲渡する
  • 合併:複数の会社を1つにする。吸収合併と新設合併とがある
  • 会社分割:事業の全部または一部を他の会社に分割して承継する。吸収分割と新設分割とがある
  • 株式交換:既にある会社を100%子会社にするために、子会社となる会社の株主の株式と親会社となる会社の株式を交換する
  • 株式移転:既にある複数の会社が新規に100%親会社を設立するために、それぞれが保有する株式を100%親会社に移転し、対価として100%親会社の株式の交付を受ける
  • 株式交付:既にある会社を子会社(100%子会社とは限らない)にするために当該子会社の株式を譲り受け、対価として自社株式を交付する

ここで紹介するのは上記のうち、事業譲渡であり、基本的に譲渡会社(売り手)の立場で紹介します。

2 事業譲渡とは

事業譲渡とは、自社の全部または一部の事業を別の企業に売り渡すことです。事業そのものは存続し、事業を運営する会社が変わるイメージです。大きな特徴は、

  • 譲渡する事業の内容、範囲を自由に選択できる
  • 通常、対価は株式などではなく金銭となる

ことです。

また、事業譲渡では当該事業に従事する従業員、取引関係なども対象にするのが通常なので、譲受側は新たに従業員教育や営業をせずに事業を開始できます。一方で、従業員との雇用関係や取引先との売買契約などをすべて巻き直す必要があるため、実務が煩雑になる点はデメリットです。

3 事業譲渡の手続き

1)株主総会の特別決議

事業譲渡において、「事業の全部を譲渡する場合」「事業の【重要】な一部を譲渡する場合」などは、譲渡会社において株主総会の特別決議を経ることが必要です。この株主総会の招集の際は、通常、「事業譲渡を行う理由」「契約の内容の概要」「対価の算定の相当性に関する事項の概要」を記載した参考書類を株主に交付します。

なお、ここでいう【重要】とは、例えば、その事業の帳簿価額が会社の総資産の20%(定款の定めで引き下げることが可能)を超える場合などですが、基本的には個別の解釈によって決まります。

2)反対株主の買取請求

さらに、譲渡会社は、事業譲渡に反対する株主のために、株式買取請求の機会を与えなければなりません。具体的には、原則として、効力発生日の20日前までに事業譲渡を行う旨を株主に通知します。これを受け、事業譲渡に反対する株主は、事業譲渡の効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日までの間に、自己の有する株式を公正な価格で買い取るよう譲渡会社に請求できます。

譲渡会社は、反対株主との間で買取価格の協議が調った場合は、効力発生日から60日以内にその金額を支払います。一方、効力発生日から30日以内に協議が調わなかった場合、譲渡会社または株主はその期間の満了の日後30日以内であれば、裁判所に対して価格の決定の申し立てをすることができます。

3)上記以外の場合の手続き

事業譲渡に関して、上記と異なる場合として、

  • 簡易事業譲渡:「事業の重要な一部」の譲渡をしない事業譲渡
  • 略式事業譲渡:譲渡会社が譲受会社の特別支配会社である事業譲渡

があります。

簡易事業譲渡は、具体的には、譲渡資産について、その帳簿価額が、当該会社の総資産額の5分の1を超えないような事業譲渡を指します。このような場合は、「事業の重要な一部」の譲渡には該当しないため、株主総会決議は不要になります。

また、譲渡会社が譲受会社の特別支配会社である場合、略式事業譲渡に該当するため、株主総会決議は不要になります。なお、特別支配会社とは、単独である会社の議決権の90%以上を有する会社、または完全子会社などの保有分と合わせてある会社の議決権の90%以上を有する会社を指します。

4 事業譲渡における注意事項

1)競業禁止義務

事業譲渡の効力が生じたときは、譲渡契約の内容に従って財産の引き渡しなどを行います。合併などと違い、債権・債務や契約上の地位の移転については個別に相手方の同意を得なければなりません。

また、事業譲渡には会社法上、競業禁止義務が定められています。すなわち、譲渡会社は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一および隣接する市区町村の区域内で、事業譲渡を行った日から20年間、同一の事業を行うことはできません。もっとも、特約によってかかる義務を排除することができるため、実務上、事業譲渡契約においてこれよりも短い期間の競業避止義務の定めを置くことが多いでしょう。

なお、この競業禁止規定に関係なく、そもそも譲渡会社は不正競争の目的をもって同一の事業を行うことはできません。

2)商号の利用

譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負います。この弁済責任を負わないようにするためには、事業譲渡の後、遅滞なく、

譲受会社は、本店の所在地で譲渡会社の債務を弁済する責任を負わない旨を登記するか、譲受会社および譲渡会社から第三者に対してその旨を通知する

必要があります。

また、譲受会社が商号を使用しない場合でも、譲受会社が譲渡会社の債務を引き受ける旨の広告(債務を引き受ける旨の明確な記載がなくても、社会通念上、債権者において、譲受人が譲渡人の事業によって生じた債務を引き受けたものと信じるものと認められる広告であればこれに該当します)を行ったときは、譲渡会社の債権者は、譲受会社に対して弁済の請求をすることができます。

以上(2024年8月更新)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

pj60076
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】モノレールには200年の歴史がある

おはようございます。今日は乗り物の「モノレール」について話をします。皆さんは、モノレールというと、その空中を走る姿から、2本のレールを走る普通の電車に比べ「新しい」「未来的」といったイメージを抱くかもしれません。ですが、その歴史は意外と古いのです。

辞書でモノレールの定義を調べると、「1本のレールで列車を走らせる鉄道」とあります。そんなモノレールが世界で最初に作られたのは、今から200年前、1824年の英国。ヘンリー・パルマという人物がロンドン埠頭(ふとう)内に敷設したのが最初です。ちなみに世界で初めて蒸気機関車が製作されたのが1825年、実はモノレールは汽車よりも歴史が古いのです。といっても、当時のモノレールは、今のような形ではなく、貨物を運搬するために、木材のレールに車両をまたがらせ、馬で牽引するというものでした。

次にモノレールが歴史の表舞台に出てくるのは、そこから60年以上後、1888年のアイルランド。蒸気機関車で貨物を牽引輸送するモノレールが整備され、約40年運送されたそうです。

モノレールが都市交通機関として使われるようになったのは、1901年のドイツ。ここに来てようやく、人を乗せるモノレールが登場します。

ちなみに、日本でモノレールが本格始動するのは1964年。東京五輪が開催された年で、主に選手の輸送を目的として作られたそうです。その後、自動車の普及によって道路の渋滞問題が発生し、その問題解決の手段としてモノレールの需要が高まり、今の形へとつながっていくわけです。

以上、モノレールの歴史をざっくりお伝えしましたが、私が注目してほしいのは、1824年に初めてモノレールを作ったヘンリー・パルマです。皆さん、彼の気持ちになってみてください。当時のモノレールは、あくまで貨物運搬が目的。それも、建築現場という限られた場所で使われ、人が乗るような代物ではありませんでした。パルマ自身、まさか自分の考案したモノレールが、200年後に今のような形で使われるなんて、想像もしなかったでしょう。

モノレールが次に姿を現すのが、60年以上後というのも面白いです。水面下で実用化のための研究が進められていたのか、何十年もたってからパルマのモノレールに着目する人がいたのかは分かりませんが、いずれにせよ、昔のテクノロジーが時代を経て呼び起こされるのはロマンがありますよね。

私たちは、今自分たちの周りにあるものから、ビジネスの可能性を模索しようとしがちですが、新しいビジネスのアイデアは、意外と昔のテクノロジーの中に眠っているのかもしれません。たまには歴史をひもといて、昔に目を向けてみてはどうでしょうか。私たちが今当たり前に使っているテクノロジーも、何百年か後には全く違う形で使われているかもしれない、そんなことを想像するのも面白いですね。

以上(2024年8月作成)

pj17190
画像:Mariko Mitsuda

【かんたん会社法(10)】株式会社の計算(決算)

書いてあること

  • 主な読者:会社法で作成が義務付けられている計算書類について知りたい人
  • 課題:計算書類などを作成した後、どう扱えば良いのか分からない
  • 解決策:決算の結果は公告などをする必要がある。また、計算書類などは株主総会での説明資料になる

1 決算は株主への説明、計算書類はその資料

1)定量的に示す資料:4種類(計算書類と個別注記表)+1種類(附属明細書)

株式会社(以下「会社」)は、株主などから資金を集めて設立、運営されます。そのため、会社の活動について定期的に株主などに説明しなければなりません。この説明が「決算」であり、その際に示されるものの1つが、いわゆる「計算書類」です。計算書類という言葉は聞き慣れないかもしれませんが、要は決算書のことであり、会社法ではこれを計算書類と呼びます。会社に作成が義務付けられている計算書類は4種類です。

  1. 貸借対照表:どのように資金を調達し、何に使っているかを示す
  2. 損益計算書:どれだけ売って、どれだけ利益をだしたかを示す
  3. 株主資本等変動計算書:株主の出資の増減を示す
  4. 個別注記表:上記について必要な説明を加える

また、上記4つに説明を加えるものとして計算書類の「附属明細書」の作成も義務付けられています。具体的には、固定資産・引当金・販管費(販売費および一般管理費)の明細などです。

以上の書類は、作成時から10年間保存しなければなりません。なお、書面である必要はなく、電磁的記録であっても大丈夫です。

2)定性的に示す資料:1種類(事業報告)+1種類(附属明細書)

先ほど紹介した資料は定量的な会社の状態を示すものですが、定性的に会社の情報を示す資料として、「事業報告」と事業報告の「附属明細書」の作成も義務付けられています。詳細は割愛しますが、事業の内容やその状況などについて記載します。

以上の書類は、5年間保存しなければなりません(起算は株主総会の1週間前。取締役会設置会社は2週間前)。なお、書面である必要はなく、電磁的記録であっても大丈夫です。

2 計算書類が作成された後の流れ

1)計算書類の監査と承認

作成された計算書類は、監査を受けなければなりません。機関設計によってルールが変わるところがあるので、ここではポイントを紹介します。なお、監査を受けた計算書類は取締役会の承認を受けます(取締役会が設置されていない場合は、取締役の承認)。

1.監査役設置会社

計算書類と事業報告、その附属明細書について監査役の監査を受けなければなりません。

2.会計監査人設置会社

計算書類および附属明細書について、監査役および会計監査人の監査を受けます。また、事業報告および附属明細書について監査役の監査を受けなければなりません。

2)定時株主総会における手続き

取締役会設置会社の取締役は、定時株主総会の招集通知の際、株主に取締役会の承認を受けた計算書類および事業報告、さらに監査報告または会計監査報告(監査を受けた場合)を提供します。そして、定時株主総会において計算書類等について報告し、原則として株主の承認を得ます。

3)公告と備え置き

株主総会の後、遅滞なく株主総会で承認を受けた計算書類を公告しなければなりません。非大会社の場合、貸借対照表を計算書類として公告します(損益計算書は不要です)。大会社とは「資本金が5億円以上または負債総額が200億円以上の会社」のことなので、これ以外が非大会社となります。

公告の方法は、「官報」「日刊新聞紙」「電子公告」の中から選んで定款に定めることができます。定款に定めがない場合は官報で公告します。公告方法が官報または日刊新聞紙の場合、貸借対照表の要旨を公告すれば大丈夫です。

なお、公告方法を官報または日刊新聞紙としている場合でも、決算公告のみをインターネットのホームページに掲載して対応することができます。この場合、貸借対照表などが掲載されるウェブページのURLを登記する必要があります。

他方、電子公告による場合は、要旨による公告は認められません。また、公告方法を官報または日刊新聞紙と定めている会社であっても、これらの方法での公告に代えて、インターネット上のサイトに貸借対照表等の内容を5年間掲載する措置を取ることもできます。この場合は要旨による公告は認められません。

3 資本金・準備金の概要

1)資本金

資本金とは、設立または株式の発行に際して株主となる者が、当該会社に払い込んだ金銭または給付した現物の額です。ただし、会社法ではこれらの金額の2分の1を超えない額については資本金に計上しないことを認めており、それは資本準備金として計上されます。

2)準備金

準備金とは、何かの事態に備えて会社が準備しておくもので、資本準備金および利益準備金の総称です。前述した通り、資本準備金とは設立または発行の際に払い込んだ金銭または給付した現物のうち、資本金としなかったものです。

利益準備金とは、剰余金(利益)の中から配当時に積立てられる金額です。会社は剰余金の中から配当します。この際、剰余金を原資とする配当額の10%を利益準備金として計上すべきとされています。

3)資本金の減少・増加

1.資本金の減少

資本金の減少については、原則として、株主総会の特別決議が必要です。「減少する資本金の額」「減少する資本金の額の全部または一部を資本準備金とするときはその旨と準備金とする額」「資本金の額の減少がその効力を生じる日」を定めます。

資本金の減少は債権者の利害に影響を及ぼすため、債権者保護手続きが設けられています。具体的には、会社は資本金の減少の内容などを官報に公告し、かつ、把握している債権者には個別に催告しなければなりません。これに対して債権者が異議を述べた場合、会社は、原則として、当該債権者に弁済または相当の担保の提供などをします。

2.資本金の増加

資本金の増加については、株式発行の他、剰余金の額を資本金の額に組み込むことにより行われます。この場合、株主総会の普通決議によって、減少する剰余金の額と資本金の額の増加が効力を生じる日を決定します。この場合、債権者保護手続きは必要ありません。

4)準備金の減少・増加

1.準備金の減少

準備金の減少については、原則として、株主総会の普通決議が必要です。「減少する準備金の額」「準備金の全部または一部を資本金に組み入れるときはその旨と資本金とする額」「準備金の額の減少が効力を生じる日」を定めます。また、資本金額の減少の場合と同様、債権者保護手続きが必要となります。ただし、減少する準備金の全部を資本金に組み入れる場合、債権者の利益を害すことはないので、債権者保護手続きは必要ありません。

2.準備金の増加

準備金の増加については、剰余金を減少させて準備金に組み込むことにより行われます。この場合、株主総会の普通決議によって、減少する剰余金の額と準備金の額の増加が効力を生じる日を決定します。この場合は、債権者保護手続きは必要ありません。

4 剰余金の配当

1)剰余金配当の手続き

剰余金がある場合、つまり利益が上がっている場合、会社は株主に配当することができます。剰余金を配当する際は、原則として、株主総会の普通決議が必要です。株主総会では、「配当財産の種類および帳簿価額の総額」、「株主に対する配当財産の割当に関する事項」「当該剰余金配当がその効力を生じる日」を定めます。なお、配当は金銭に限らず現物配当もできます。

株主総会の決議が必要ない場合もあります。会計監査人設置会社であることなど一定の要件を満たせば、定款の定めにより剰余金の配当を取締役会の決議事項とすることができます。また、取締役会設置会社の場合、定款の定めにより、事業年度で1回だけ取締役会の決議で剰余金配当を行うことができます。

2)分配可能額の制限

配当するといっても、会社法で定められている分配可能額を超える配当はできません。分配可能額は、剰余金の額を基礎に、自己株式の帳簿価額、のれん等調整額など複雑な加減計算をして求めます。違法配当(分配可能額の制限に違反して配当)をした場合、

  • 配当を受けた株主は、配当を会社に返還する責任を負う
  • 配当について、株主総会に提案した取締役、取締役会で決議した取締役等は、注意を怠らなかったことを証明できなければ、株主と連帯して責任を負う

ことになります。

また、法令または定款の規定に違反する違法配当をした取締役らは、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金に処し、またはこれを併科するものと定められています。

以上(2024年7月更新)
(監修 弁護士 八幡優里)

pj60075
画像:Mariko Mitsuda

採用における「人材要件」~戦わない人材採用のススメ~

1 人材採用手法の見直しの必要性

人手不足、採用難が叫ばれて久しい今日では、人材採用は企業経営における最重要課題となっています。これまでは従来通りのやり方で何とかなってきた企業においても、自社の希望通りの人材を採用することはすでに厳しい状況となっており、今後は「人手不足倒産」の大幅な増加が見込まれています。

信用調査会社「帝国データバンク」の調べによると、2023年に日本国内で倒産した企業8,497件のうち、「人手不足」を倒産原因としているものは260件あり、前年の140件から約1.9倍に増え過去最多を更新しました。

このように、人材採用に対する対策は待ったなしの状況となっており、人口減少、少子高齢化が加速度的に進んでいる現状では、自社の人材採用手法について根本的な見直しが必要なタイミングに来ていると言えます。

2 採用における「人材要件」

人材採用はいくつかのフェーズに分けられますが、まずはそのスタートラインとなる「人材要件」について考えたいと思います。人材採用における「人材要件」とは、企業が採用したい理想的な人物像を具体的に定義したもので、採用ターゲットとなる人材の属性やスキルを言語化したものです。

経営者に「どんな人を採用したいですか?」と聞けばほとんどの方が「若くて優秀な人材」と答えると思います。では「優秀」とは何を持って優秀というのかという点や、当然「若くて優秀な人材」は他の企業も欲しいと思っていますので、他社との差別化を図る意味でも「自社独自の優秀さとは何か」という点を深く掘り下げていくことが必要になります。

「人材要件の作り方」のような記事がネットや書籍などで公開されていて、MUST・WANT表(下記参照)の作成など一般的なメソッドはありますので、基本的にはそれに沿って作り上げていけば良いわけですが、気を付けなくていけないのは深く考えずに作ると、ごくごくありふれたものになってしまって他社との差別化がまったく図れなくなることです。

「人材要件の作り方」の例

出所:インスワーク社会保険労務士法人監修

3 戦わない人材採用とは

この記事の題名を「戦わない人材採用」とした理由は、就職したい企業人気ランキングの上位にくるような企業なら別かも知れませんが、そこまで著名な企業でない場合、他社と同じレベルで戦っていては、「若くて優秀な人材」は規模が大きく知名度が高い企業に獲られてしまいますので、いかに他社と戦わずに自社の独自路線を打ち出せるかが人材採用に成功する一つのカギになっているからです。

一般的に考えられる採用時に必要な能力としては、「コミュニケーション力」「主体性」「チャレンジ精神」「熱意」「柔軟性、適応力」「ストレス耐性」などが上げられますが、このような能力を持ち合わせた人材はどこの企業でも欲しい人材であり、他社よりも優位性を持った企業でないと採用できません。

そこで、「人材要件」について、一般的に考えられることだけでなく自社のオリジナリティを前面に出すことで、自社独自の「戦わない人材採用」が可能になるのです。

4 マネーボール理論

ここで話が飛びますが「マネーボール理論」はご存知でしょうか?もしかしたら、映画「マネーボール」をご覧になった方もいらっしゃるのではないかと思いますが、映画は2011年にアメリカで制作され、ブラッド・ピットが主演のメジャーリーグ(野球)を題材にしたものです。MLBの中でも資金力に乏しい弱小球団が、選手の評価基準を大きく変える戦略を取ることによって強豪チームに成長して行くというものです。

採用の人材要件と野球が何か関係あるの?とお考えかと思いますが、「選手の評価基準を変えた」というところが採用の人材要件につながる「マネーボール理論」になります。

具体的にはこんな感じです。例えば打者の評価については、一般的には打率、ホームラン数、打点(3冠王の要素)などが評価対象となると思いますが、マネーボール理論では、野手は打率ではなく「出塁率」を評価基準とする。つまりヒットもフォアボールも同じ扱い、ということです。私は野球に特に詳しいわけではありませんが、ヒットやホームランが打てる打てないの前に選球眼の良さがポイントということでしょうか。ちなみに、昨年38年ぶりにプロ野球日本一となった阪神の岡田監督も、「堅実な野球」を掲げ、開幕前から選手の年俸につながる基準のフォアボールのポイントを上げるように球団に掛け合っていたそうです。

このように選手の評価基準を大きく変えたことで、他球団が見向きもしない選手や、短所には目をつぶり自分たち独自の分析により作りあげた評価基準(人材要件)において強みを持つ選手を仕入れ(他球団が目を付けないからこそ安く仕入れることができる)、優勝を争うようなチームに成長させていきました。

5 自社オリジナルの「人材要件」

「マネーボール理論」から学ぶべきは、自社の「人材要件」を考えるにあたっては自社で活躍している社員を徹底的に分析するなどして、「採用時に本当に必要な能力は何なのか?」を深掘りする必要があるということです。

ただし、「深掘りして自社なりの人材要件を作成する」とお伝えしましたが、独自性を高めることと基準(ハードル)を上げることは別です。深掘りしていく中であれもこれもとなってしまうと、そもそもそのようなスーパーマンのような人材がこの世の中に存在するのか?ということになりかねません。決定していくプロセスの中で必要な能力を沢山出すのは良いとして、最終的な「人材要件」を決定する際には、採用後に育成することで身に着けることが可能な能力(テクニカルスキル)かどうかという観点も非常に重要です。

メンタル力や成長意欲のようなベーシックな部分(ポータルブルスキルや価値観)については、遅くとも就業可能な年齢になればおおよそ出来上がっており、採用後に何とかしようと思っても難しいという側面があります。一方で、経験や技術的な要素であれば、全くの未経験者であったとしても採用後にOJTをしっかりとやることでカバーが可能と考えられます。

社員に求められる能力

出所:インスワーク社会保険労務士法人監修

人材要件については、ハードルを上げすぎることなく門戸は広く構え、自社が考える絶対に外せない能力については厳しく見つつも、採用時点で足らない能力(テクニカルスキル)については採用後の育成の中でしっかりとカバーして成長を支えていくという視点が最も重要になります。

以上(2024年7月作成)

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画像:sinseeho-Adobe Stock

【中堅社員のスピーチ例】成功者が誰よりも謙虚な理由

私は、実は経営者の自叙伝を読むのが好きで、最近は「お、ねだん以上。」のキャッチコピーで知られるニトリの創業者、似鳥昭雄(にとりあきお)さんの自叙伝を読みました。自叙伝には、似鳥さんがいかにニトリのビジネスモデルの基礎を築き、事業を成功に導いたかが記されています。

例えば、ニトリの強みの1つは、「シリーズ家具によるコーディネートの提案力」ですが、この強みは、似鳥さんが1972年に米国の家具店を視察したときの出来事がもとで生まれたものです。当時事業に苦戦し、何とか起死回生の一手を打たねばと日本を飛び出した似鳥さんは、米国の家具店を見て驚愕します。当時の日本の家具店は、メーカーが作った商品を並べて売っているだけでちぐはぐなコーディネートになりがちだったのですが、米国の家具店は色やデザインがしっかりコーディネートされていて、統一感があるのです。日本でも同じことをやったら成功するはずだと確信した似鳥さんは帰国後これを実行に移し、見事、倒産寸前の会社を立て直します。

もう1つニトリの強みとして挙げられるのが、「安価な価格設定」です。ただし、クオリティーを維持しながら製品を安く売るのは簡単ではありません。似鳥さんは、この問題をクリアするため、安く家具を仕入れられる海外の調達先を開拓することに注力します。似鳥さん自ら海外に渡り、観光ガイドを通訳にして、電話帳から家具会社を探し、しらみつぶしに当たっていったそうです。いち早く海外進出を果たしたおかげで、1985年のプラザ合意で円高が急速に進行した際、他社に先んじて輸入を本格化させることができたのです。

この自叙伝が面白いのは、似鳥さんがこうした偉業を誇るのでははく、「運が良かった」と結論付けていることです。私は正直、なぜ似鳥さんがこれほど謙虚なのかが疑問だったのですが、この自叙伝を読み進めることでその理由が理解できました。その理由とは、似鳥さんが「成功以上に失敗を多く経験しているから」というものです。

例えば、先ほどの海外調達を始めた頃の話です。台湾から家具を仕入れてみると、「椅子に座った途端に壊れた」といったクレームが多く寄せられたそうです。原因は、現地と日本の湿度や習慣などの違いでした。似鳥さんいわく「行き当たりばったり」が招いた失敗でした。この他に、低コストのエアドーム店舗を思い付くも、出店後に「店舗の室温が高くなりすぎる」「ドームが雪で潰れる」などトラブルが相次ぎ、5年ほどで撤退を余儀なくされるといった失敗談などもありました。

成功者は、数多くの失敗を経験しているからこそ、自分の力を過信せず、大きな成功をつかんでも「運が良かった」と謙虚に語るのです。しかし、その失敗は膨大な数のチャレンジの裏返しであり、確かに成功者の力になっています。私はそこに至るまでの努力をしているだろうかと反省せずにいられません。だから、私は初心に帰りたいとき、いつも誰かの自叙伝を読むのです。

以上(2024年8月作成)

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画像:Mariko Mitsuda