書いてあること
- 主な読者:事業が軌道に乗ってきて、今後の方向性を検討している地方の飲食店経営者
- 課題:東京進出したいが、競争率や家賃が不安。でも、今の地域にいたまま成功できる?
- 解決策:ランチェスター戦略の「局地戦」に注目し、地域ナンバーワンシェアを目指す
1 東京進出はリスクだらけ?
事業が軌道に乗ってきたら東京に進出して、ウチの店の味がどこまで通じるか試したい! このように東京進出を夢見る飲食店経営者は少なくないでしょう。店舗が大きな売り上げや利益を上げている場合、マーケットの大きい都会に進出して会社を飛躍的に成長させたいというのは当然の考えです。
ですがご用心。安易な東京進出には、さまざまなリスクが付いて回ります。例えば、
- 飲食店で言えば、現在の東京は店舗数が飽和状態に近く競争が激しい
- 好立地物件の家賃相場が地方に比べて高い
- 地元ならではの食文化や慣習、地産地消などを名物にしている店の場合、東京や全国区で通用するかは不透明
- 地元ならではの食材を売りにしている場合、原材料の確保や物流コストが掛かる
- 激化する競争環境の中で、各社がSNSなどを使った熾烈なマーケティング合戦をしており、対抗するには多くの手間とマーケティング費用が必要になる
といった具合です。
こうしたリスクに対して、十分な準備が整わないのであれば、
現在店舗のある地域でナンバーワンを取る
ことをお勧めします。これはビジネス用語の「ランチェスター戦略」における「局地戦」を基本とした考え方です。局地戦とは、地域や限定的な市場にあえて戦力を集中投下し、その市場におけるシェア拡大を図り、東京など大都市圏に進出するよりも高い収益性を上げるというものです。
実際に、この局地戦を制して成功した会社の事例は数多くあります。この記事ではそうした事例を挙げつつ、「今の時代に地域ナンバーワンシェアを取るには」という観点で具体的な手法を紹介していきます。
2 「局地戦」を制して成功した会社の事例
1)北海道でコンビニシェアナンバーワンの地位を確立した「セイコーマート」
セイコーマートは、北海道内で1090店(2023年7月時点)を誇るコンビニエンスストアです。日本におけるコンビニの3強であるセブンイレブン、ローソン、ファミリーマートをしのぐ店舗数で、北海道ではシェアナンバーワンです。
セイコーマートは北海道でのシェア拡大を徹底し、地域特化のうまみを生かした戦略によって差異化を図っています。これこそランチェスター戦略における「局地戦」の好事例といえるでしょう。
セイコーマートが行っている差異化戦略は次のようなものです。
- 店内で調理を行うイートインコーナー「HOT CHEF (ホットシェフ)」を提供
- 大手が出店しないようなへき地や離島にも出店
- 安価で多種多様な総菜を含めた豊富な商品ラインアップ
ホットシェフは、各店舗にある店内調理場で総菜や弁当を作るというサービスです。大手コンビニのように揚げたり温めたりするのではなく、専任担当者が厨房に立ち、出来立てを提供しています。
本来であれば、余分な人員が必要で、売り場スペースも減る店内調理は、効率性やスピードが重視されるコンビニ経営には不都合で、実際、大手コンビニでは店内調理場はほとんど見かけません。
しかし、ここで北海道ならではの事情が関わってきます。例えば、北海道はへき地や離島が多いですが、こうした地域への出店では、長距離輸送によって店に商品が届いてからの販売時間が短くなったり、天候悪化で客足が止まったりすると大量の廃棄食材が出てしまうケースが少なくありません。
ですが、セイコーマートの場合、主軸サービスであるホットシェフが、保存のきく冷凍食材を、その時の客足に応じて調理するスタイルのため、食品ロスが少ないのです。これにより、へき地や離島でも効率的な店舗経営が可能になっています。
また、安価で多種多様な総菜を含めた豊富な商品ラインアップも大きな強みです。大手コンビニは全国、特に大都市圏に多くの店舗を展開しているため、統一された商品は都市型にならざるを得ません。
一方のセイコーマートは北海道に特化することで、北海道の客層に合わせたラインアップを提供できます。前述したように飲食店のように利用する層や、食品スーパーの代わりに使うニーズもあります。そのため同社では、数十種類に及ぶ1人用の総菜を安価で提供しています。また、北海道の原料を使ったカップ麺やお酒のつまみ、アイス、北海道限定ビールなど、北海道ならではの商品も多く陳列されています。これも大手に比べて大きな差異化要因です。しかも、北海道で作られたものを使って自社工場で製造しているので、安さを維持できています。
なお、セイコーマートの出店地域には飲食店が少ないエリアもあります。そうしたエリアでは、セイコーマートのイートインコーナーが、温かい食事を取りながら家族や知り合いと団らんする飲食店の代わりになっているようです。
2)地域一番店を目指す「炭焼きレストランさわやか」
さわやかは、静岡県内で34店舗(2023年8月時点)を経営する、「げんこつ・おにぎりハンバーグ」を主力商品にしたレストランです。
さわやかが行っている差異化戦略は次のようなものです。
- メニュー数を絞り「げんこつハンバーグ」「おにぎりハンバーグ」に一点集中
- 出店を静岡県内に限定することで希少性や地域密着性を演出
さわやかは「ハンバーグがおいしい店」として有名で、静岡県に来たら必ず食べる人も多く、食べるために静岡県に来るというケースもあるほどです。
ここまでイメージ戦略に成功している理由の1つが、主要メニューを「げんこつハンバーグ」「おにぎりハンバーグ」に絞り込んだことです。メニューを一点集中させ、その分、味や品質に徹底してこだわることで、他社との差異化を図っているのです。
肉はオーストラリア南東部の指定牧場で育てた牛のみを使用し、静岡県にある自社工場でハンバーグを製造しています。さらに各店舗で、毎日開店前にハンバーグの焼成条件や鉄板加熱条件、利用客に提供するのと同じやり方でハンバーグの提供を行い、試食して問題がないことを確認しています。これも、メニューを絞り込んでいるからこそできることです。
また、調理や提供のオペレーションも簡略化できるため、スタッフの負担も軽減され、丁寧な調理や接客に集中できます。
さらに、静岡県限定で店舗展開することで県外の利用客に「希少性」を印象付け、また静岡県産の食材を使ったサイドメニューを提供するなど「地域ならでは」を押し出すことで、県内の利用客の好感度も上げています。
こうしたイメージ戦略や、前述したメニューの一点集中による味や接客の質向上により、「常に行列ができる店」「休日にはディズニーランドを超える待ち時間」などとして、メディアでも取り上げられるようにもなりました。
3 局地戦の具体的な手法
1)狭い地域に集中展開する「ドミナント出店」
局地戦で打って出る場合に重要な考え方が、
狭いエリアに高い密度で集中出店する「ドミナント出店」
です。これは1店舗目が繁盛している場合、2店舗目、3店舗目をどこに出店するかを検討する際に役立つ考え方です。
ドミナント出店の成功例を見てみましょう。これは、ある美容室の事例です。開業当初から丁寧な接客などで大きな利益を上げていたその店には、駅を挟んで反対側に強力なライバル店がいました。
そこで、この店が取った戦略がドミナント出店です。常日頃、駅の反対側を利用する人が自店を利用するのは考えにくいと判断し、2店舗目も自店がある、駅の手前側に出店したのです。さらにチラシを駅の手前側で集中的に配布しました。地の利の悪い地域ではなく、利用客のニーズや年齢層、行動パターンなどをある程度把握しているエリアに販促費を集中投入したのです。
3店舗目、4店舗目も同じエリアに出店したことで、
- 予約にあぶれた利用客に近くの別店舗を紹介できる
- 人員が足りない場合に近くの店舗からヘルプを呼べる
- 人員や地域を統括するマネージャーの移動時間が抑えられる
- スタッフ同士が店舗をまたいで円滑にコミュニケーションを取れる
ようになりました。こうした取り組みの結果、この美容室は自分たちのエリアでシェアナンバーワンを取ることができたのです。
このように地域を絞って集中展開することで、集客や採用、マネジメント、さらには販促やマーケティングのコストを安く抑えられるのです。飲食店であれば、仕入れや配送の効率化による影響も大きいでしょう。
ただし、ドミナント出店をする場合、自店舗同士で利用客の「奪い合い」が起きないようにすることが大切です。事例の美容室の場合、「30代以上の男性向け」「髪質向上特化」などといった形で店舗ごとの個性を出し、グループ自体のブランドは維持しながらも自店舗同士が食い合わないようにしました。こうすることで、例えば、主婦の利用客がいたらその夫に「30代以上の男性向け」の店舗を紹介するといった、潜在顧客の掘り起こしや誘導も可能になります。
2)地域に特化したSNSマーケティング
WebやSNSマーケティングの激戦区である大都市圏とは違い、地方の店舗ではこうしたマーケティングに注力できていないケースが多いといわれます。つまり自社が取り組めば、競合他社と差異化を図り、地域シェアナンバーワンを取りやすくなるということです。
地域に根差したSNSマーケティングの一例としては、
インスタグラムを使った認知・集客
があります。インスタグラムは女性や主婦層の利用が多いといわれ、飲食店や美容室、ペットショップなど多くの店舗がその効果を期待できます。
ここ最近、注目を集めている手法が、インスタグラムの「いいね」機能を使った集客です。具体的な方法は次の通りです。
- シェアを取りたい地域の他の店舗に訪れた人、コメントをしている人を見つけ、その人の投稿に「いいね」をする。この際、最初はプライベートな投稿よりも、同様に地域の店や話題を紹介している投稿がよい。紹介している店が同業他社でも問題ない
- 「いいね」がその人に通知されるので、一定の割合でフォローをしてもらえる(潜在的な利用客の獲得)
- 後は店舗の内装や商品・サービスの紹介、開店日のカレンダーなどを定期的に投稿しつつ、24時間で投稿が消えてしまう「ストーリー」という機能を使ってタイムセールや新商品・サービスのキャンペーン情報などを宣伝する
タイムセールでは、地域の競合他社の近似商品・サービスよりも安くしたり、内容の良さをアピールしたりするのが有効です。
この記事では、見映えがする投稿(いわゆる「インスタ映え」)のポイントについては割愛しますが、一般的に投稿をする際は、商品やサービスの写真をメインに据え、商品と同系色の背景や文字を用いて、商品名や価格、セールの日時を記載するのが効果的といわれています。
3)ローカル局のテレビCMを利用してみる
地域に特化した差異化戦略として、テレビCMを打つというのも一策です。テレビCMと聞くとお金が掛かるイメージがありますが、テレビ局を
- 主に東京にある大手キー局
- 名古屋や大阪などの準キー局
- 一定の地域を放送エリアに持つローカル局(地方局)
に分けて見ていくと、実は必ずしも高額というわけではありません。
ローカル局は放送エリアも限定的になるため、地域に密着した広告を打つことができ、さらにキー局や準キー局に比べてCMを流す放映料も安くなります。15秒のCMを1回流すのにキー局が数十万~100万円以上掛かるといわれる一方、ローカル局の場合は大体1万5000~数万円が相場といわれます。なお、CM放映料については地域、時期、季節、放映する期間や時間帯、放送回数などによって変動するため、CMを打ちたい地域のローカル局に問い合わせ、料金や放映期間を決める必要があります。
ここまでの話で、「地方のテレビCMを見る人は少ないのでは?」「テレビCMを見た人への広告効果はあまり期待できないのでは?」と思った人もいるでしょう。その懸念は正しいです。ただ、このローカル局のテレビCMを使った手法は、CMそのものの広告効果を狙うのではなく、
CMを打っているという既成事実を作るためのもの
です。具体的に言うと、CMを打っている期間、店舗の壁や外から見えやすい場所に「テレビCM放映中!」などのポスターやチラシを置くだけでいいのです。
CMで紹介しているというだけで、利用客はその会社に「箔」を感じますから、結果、競合他社の近似商品やサービスとの差異化を図ることができます。「CMで話題になっているらしい」というイメージは、それだけで大きいものです。
この箔付けが主目的なので、実際のCMの内容については凝ったものを製作する必要はありません。有名人などは起用せず社長や店長、社員が出演するのでもいいですし、そういった撮影などをせずに写真や文字、アナウンスだけでも十分です。
そうすることで、CMの製作費も低く抑えることができ、安価でその地域において優位になるマーケティングを展開することができるのです。
以上(2023年10月作成)
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画像:beeboys-Adobe Stock