その指導、パワハラかも……? 弁護士が教える、危うい上司4タイプ!

1 上司に悪気がないからこそ厄介なパワハラ

パワハラ(職場におけるパワーハラスメント)とは、

職場の優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた(行き過ぎた)言動により、就業環境が害される(仕事に支障を来す)こと

です。「職場の優越的な関係」の典型的なパターンは「上司と部下」で、一般的な行為類型は次の6つです(通称:パワハラの6類型)。

パワハラの6類型

ただ、実は上司が明確な悪意を持ってパワハラをするケースはあまり多くありません。むしろ、部下のほうに問題(指示したことができない、同じミスを繰り返すなど)があって、

上司が「良かれと思って」指導をした結果、そのやり方が行き過ぎてパワハラになる

というケースが多いのです(指導中、感情がヒートアップして暴言を吐いてしまうなど)。

部下の指導は上司の役目であり、そこに臆病になる必要はありません。ただ、

指導が「業務上必要かつ相当な範囲」を超えないよう、自己分析をすることは大切

です。この記事では、日本ハラスメントカウンセラー協会の顧問として数々の会社のハラスメント対策に向き合ってきた弁護士(筆者)が、「パワハラ予備軍」とでも呼ぶべき上司のタイプを次のように分け、その指導をどう改善していけばよいかを解説します。

  • 部下を精神的に追い込む「価値観押し付けタイプ」
  • 論理的だが話を聞かない「正論押し付けタイプ」
  • 部下の仕事を取り上げる「過干渉タイプ」
  • 部下に任せきりで指導をしない「丸投げタイプ」

2 部下を精神的に追い込む「価値観押し付けタイプ」

1)どういうタイプ?

「価値観押し付けタイプ」の上司は、

「〇〇すべき」「仕事はこういうもの」といった昔ながらの価値観を、部下にも強制してしまうタイプ

です。上司自身も若い頃、自分の上司からその価値観を押し付けられ、時には暴言にさらされるような環境で過ごしてきたため、今の部下に対して同じような態度で接してしまいます。

具体的には、

  • 部下に対する言葉がキツくなり、「お前はばかだ」「新入社員以下だ」など暴言を吐いてしまう
  • 部下のことを「常識がない」などと決めつけ、その部下に異様に冷たく接してしまう。ミーティングに参加させなかったり、仕事を取り上げたりする

といった特徴が見られます。

2)どういう指導がパワハラになる?

上司側は“愛の鞭”のつもりでも、部下に対して「お前はばかだ」「新入社員以下だ」など、

名誉や人格を著しく傷付ける言動を繰り返すと、「精神的な攻撃」

になります。部下が暴言により精神を病み、休職や退職に追い込まれるケースは少なくなく、裁判で高額の損害賠償(自殺事案だと数千万円以上、自殺事案でなくても100万円以上)が認められたパワハラ判決の多くは、このタイプの上司による事案です。

価値観の合わない部下に異様に冷たく接する、ミーティングに参加させないといったように、

個人を疎外する行為は、程度によっては「人間関係からの切り離し」

になります。期待通りの働きができない部下に単純作業だけを命じるなど、

仕事を取り上げる行為は、業務上の合理性を欠くと「過小な要求」

になります。

なお、パワハラ全般に言えることですが、上司の言動がパワハラと認定されるのは、

原則として問題のある言動が「何度も、継続的」に行われた場合です。ただ、頻度や継続性に関係なく、1回の言動でパワハラ(一発アウト)になるケースも存在

します。例えば、他の社員のいる状況で「お前の働きぶりをご両親に報告してやろうか」など、家族に言及しさらし者にする行為は、侮辱的な言動として一発アウトになる可能性が高いです。カッとなってゴミ箱を投げ付けるなどの「身体的な攻撃」も、原則として一発アウトです。

3)指導の改善のポイントは?

次章以降で紹介するタイプにも言えることですが、筆者の経験上、

パワハラの加害者は、人格価値と関連のない属性(職務上の上下関係、男性・女性、勤務成績、年齢、容姿など)に基づいて、相手を軽く扱う傾向がある

と感じます。当たり前のことですが、職務上の上下関係はあくまで組織の指揮系統であって、上司だから部下を軽んじていいなんてことは決してありません。ですから、

まず大切なのは、部下を個人として尊重した振る舞いをすること

です。例えば、自分よりも上位の役職者や同僚には到底使えないような言葉を部下にぶつけていないか、取引先などが相手なら絶対しないような態度で部下に接していないかを確認します。

ジェネレーションギャップへの対応、つまり、

昭和・平成時代は良しとされた(黙認された)価値観や言動が、令和の時代では必ずしも通じないと自覚すること

も大切です。「若い頃に厳しく鍛えられたから今の自分がある」「今さら自分を変えるなんて難しい」という上司もいるでしょうが、社会の変化を感じ取って指導の仕方を修正しないと、パワハラで糾弾されるリスクからは逃れられません。

部下の指導は上司の役目ですから、指摘すべき点は毅然と指摘すべきですが、

指導する際は業務上の問題点に焦点を絞り、人格に踏み込まないこと

が大切です。「〇〇の部分ができていない」と事実ベースで問題点を指摘するなどしましょう。人格に踏み込む発言はパワハラになりやすいだけでなく、部下のほうも「自分を否定された」という印象ばかりが残り、肝心の指導内容が頭に入っていきにくいです。

部下を指導する際、つい感情的になってしまうという人は、

自分の感情を意識しながら指導すること(アンガーマネジメント)を心掛ける

ようにしましょう。例えば、不手際に接してイラッとした場合に、「ああ、自分はいらついているんだな」と、自分の感情を客観的に見つめる癖を付けると、意外と冷静になれるものです。

3 論理的だが話を聞かない「正論押し付けタイプ」

1)どういうタイプ?

「正論押し付けタイプ」の上司は、

感情に左右されず、論理的に指導をするが、その論理から外れた行動をする部下に異常に厳しいタイプ

です。なお、「論理的に指導をしている」というのはあくまで上司自身の認識で、実際は部下の力量や経験、他の業務の状況などを正しく把握できておらず、的外れな指導をしてしまうケースも多いです。自分に自信がある分、意外と周りが見えていないタイプともいえるでしょう。

具体的には、

  • 「私の言うこと、間違っている?」「この通りにやれば成果が出るはずなのに、なぜやらない?」などの言い方で、部下を追い詰めて萎縮させる
  • 「私の言うやり方ならできるはずだ」と、部下の力量や経験、他の業務の状況などを考えず、キャパオーバーの業務を振り、部下が難色を示しても取り合わない

といった特徴が見られます。

2)どういう指導がパワハラになる?

部下のミスに対して、指導する時と場所を選べるにもかかわらず、

周囲に他の社員がいる状況で長時間の叱責をすると、正論であっても「精神的な攻撃」

になります。

キャパオーバーの業務を振り、部下が難色を示しても取り合わないのは、

振った業務が明らかに遂行不可能なものであれば、「過大な要求」

になります。部下の言い分を聞いて軌道修正を図るならよいですが、「言い訳する暇があったら先に進もうよ」などと言って、取り合わないのはNGです。

正論押し付けタイプの上司に接すると、部下は逃げ場がなくなってしまい、ストレスの蓄積により精神を病んでしまうことがあります。パワハラによるストレスだけで精神を病んだとはいえなくても、他のストレス(困難な業務による精神的負担や長時間の勤務などによるストレス)が合わさって、メンタルヘルス不調になったと判断されることがあるので注意が必要です。

3)指導の改善のポイントは?

正論押し付けタイプは、部下が相談を持ちかけても、上司側の正論で一刀両断してしまうため、部下にとっては「取り付く島もない」状態になることもあります。上司にとっては「相談するまでもないこと」でも、部下にとってはそうではありません。

まずは上司が部下の話によく耳を傾けること、つまり「傾聴」

が大切です。上司が話を聞いてくれれば、部下は言葉に出しながら自らの問題点や課題を整理でき、解決の糸口を見つけられます。部下の発言が、上司側の正論から外れたものであったとしても、まずは

「部下には部下の言い分があるのだろう」と肯定的に受け止めましょう。

また、価値観押し付けタイプの上司にも言えることですが、正論押し付けタイプの上司には、自身の誤りを認めることが得意でない人がいます。部下の納得を得るためにも、

上司の指示や指導に落ち度があれば、素直に認めること

が大切です。これは「謝るべきは謝り、過大な謝罪要求は毅然とお断りする」という、カスタマーハラスメントなどと同様の対応です。

4 部下にかまいすぎる「過干渉タイプ」

1)どういうタイプ?

「過干渉タイプ」の上司は、

部下がちゃんと働いているかが気になって、過剰に干渉してしまうタイプ

です。業務の進捗を管理するのは上司の役目ですが、その管理が行き過ぎることで、かえって仕事に支障を来してしまうのです。

具体的には、

  • 必要以上に連絡を取ろうとし、ある程度経験がある部下が相手でも、細かく仕事の進め方を決めないと気が済まない
  • 部下が期待通りの働きをしていない場合、「普段の生活態度が仕事に影響してくるんだ」などと、部下の私生活にまで言及してしまう
  • 「部下が大変そうだから」「定時で帰らせたいから」と、任せた仕事を引き取ってしまう

といった特徴が見られます。

2)どういう指導がパワハラになる?

部下の業務の進捗管理については、

休日や深夜などの時間帯にまで連絡を入れて報告を求めると、「過大な要求」

になります。テレワークをしている部下に、勤務時間中はオンライン会議システムのカメラを常にオンにしておくように命じたり、頻繁に点呼を取ったりするのも、場合によっては「過大な要求」になります。

期待通りの働きをしていない部下に、「普段の生活態度が仕事に影響してくるんだ」などと、

私生活にまで言及して叱責するのは、「精神的な攻撃」または「個の侵害」

になります。毎日定時で帰る部下に「そういう甘い考え方だから仕事も中途半端になるんだ。考えを改めよう」と叱責したりするケースなども同様です。一方、

育児や介護をしている部下について、業務量を調節するために家族の事情について質問する場合などは、基本的にパワハラにはならない

と考えられます。とはいえ、根掘り葉掘り質問をして、部下が「個人的なことですから」と、話したくない態度を示したのにしつこく質問すると、「個の侵害」になる恐れがあります。

「部下が大変そうだから」「定時で帰らせたいから」と、

部下に任せた仕事を引き取るのは、行き過ぎると「過小な要求」

になります。業務負担の偏りや納期などの事情に配慮して、部下の仕事を引き取ることは業務上必要なことなので、本来パワハラにはなりませんが、簡単な仕事しか与えない状況が常態化している場合などは話が変わってきます。

3)指導の改善のポイントは?

目の届かない所で仕事をしている部下が心配なのは分かりますが、上司の目の前で仕事をしている社員が成果を上げているとは限りませんし、その逆もしかりです。まずは、

上司として、ある程度部下を信頼して任せる態度を取ること

が大切です。監視・干渉しなくても、業務管理できるシステムの導入などを検討しましょう。

また、上司と部下の間で、

1日の中で業務の定期連絡をするタイミングを決めておき、メールやチャットの場合、上司が勤務時間外に送信しても、部下は勤務時間中の返信可能なときに返信すればよい

という具合に、連絡に関するルールを共有しておくのもよいでしょう。ただ、勤務時間外に繰り返し上司からメールやチャットが送信されるようだと、部下が「自分も早く返信しなければ」と圧を感じることがありますから、勤務時間外の送信は最低限にしておきましょう。

一度部下に任せた仕事を引き取るのは、業務負担の偏りや納期などを考慮して、

どうしても必要な場合だけにとどめ、上司が仕事を引き取る状況を当たり前にしない

ように注意しましょう。「一度仕事を任せた以上は、部下にやらせる」という意識を持たないと、部下はいつまでたっても成長しませんし、上司の負担も増えます。なお、仕事を引き取る際は、上司の意図が部下に正しく伝わらないと、部下は「経験を積みたいのに、自分は嫌われているのだろうか」などと不安に感じますから、引き取る理由を明確に伝えましょう。

5 部下に任せきりで指導をしない「丸投げタイプ」

1)どういうタイプ?

「丸投げタイプ」の上司は、

ハラスメントと言われるのが怖かったり、管理職になりたてで指導に自信がなかったりして、部下とコミュニケーションをあまり取らないタイプ

です。言葉を選ばずに言うと、部下を指導する上司の役目を放棄している人たちです。

具体的には、

  • 指導を嫌がる。部下に「分からないことがあったら聞いて」と言っておきながら、いざ相談されたら「少しは自分で考えろ」と言って突き放す
  • 「プレーヤー」としての自分の仕事以外の「マネジャー」的な仕事をしたがらない

といった特徴が見られます。

2)どういう指導がパワハラになる?

部下が新入社員だったり、異動直後だったりと、

明らかにサポートを必要としている状況にもかかわらず、指導や相談対応をしない場合、部下の負担の大きさによっては「過大な要求」

になります。また、私傷病休職から復帰した直後の部下なども、心身が十分に回復しておらずケアが必要な場合がありますが、こうしたケースで部下に配慮をせず、

休職前と変わらない業務を担当させ、「パフォーマンスが悪い」などと叱責すると、「精神的な攻撃」や「過大な要求」

になります。

3)指導の改善のポイントは?

丸投げタイプの上司の場合、まずは自身がマネジャーであることを意識すること、つまり、

「部下を指導するのは上司の役目」という自覚を持つこと

が大切です。とはいえ、ハラスメントと言われるのが怖い、新任管理職なので指導に自信がないという上司の心情も理解できます。このあたりは、経営者などが「指導そのものはハラスメントにはならない」ということを明確に伝えたり、上司の上位者(部長クラスなど)が、必要に応じて指導の相談に乗ったりすることも大切です。

なお、上司がマネジメント業務を怠ると、

それが上司と部下だけでなく、会社全体の問題に発展してしまうケースがあることも認識

しておきましょう。実際にあったケースで、社内で発生したハラスメント問題(部下が被害者)について、上司が「見て見ぬふり」をしてしまい、ハラスメントがエスカレートしてしまった事案があります。会社は社員に対して「安全配慮義務」(労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務)を負っています。実際の裁判でも、

上司は会社の安全配慮義務の「履行補助者」である

として、上司が部下の安全が害されていると知りながら放置した場合、会社の安全配慮義務違反を認定するケースがありますから、マネジメント業務をおろそかにしてはいけません。

以上(2025年10月更新)
(執筆 東京エクセル法律事務所 弁護士 坂東利国)

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画像:ChatGPT

解雇でも賃金は支払わないとダメ? 不当解雇と「バックペイ」のリスク

1 解雇が無効になった場合に発生する「バックペイ」

解雇に関するトラブルは多く、裁判で解雇が無効(不当解雇)となるケースも少なくありません。その場合、

会社は社員に対し、解雇期間中の賃金(バックペイ)を支払わなければならない

ことになります。通常、会社が社員を解雇すれば、労働契約は終了し、賃金を支払う義務はなくなります。ですが、解雇が無効になると、労働契約は終了しなかったことになるので、解雇期間中(会社が社員を解雇してから、社員が職場に復帰するまで)の賃金を支払う必要が出てくるのです。解雇した時点に遡って賃金を支払うことから、「バックペイ」と呼ばれています。

バックペイの支払いイメージ

解雇期間中、社員は働きません。そのため、会社は社員が働いていないのに賃金を支払わなければならず、裁判が長引けば長引くほど、その金額も大きくなってしまいます。

逆に、バックペイのルールをしっかり理解しておけば、

「解雇が無効になったら、どのぐらいの額の支払いが必要になるのか」をシミュレートし、裁判が長引きそうな場合、和解などで解決を図る

といった対策を講じることができます。以降でポイントを確認していきましょう。

2 バックペイの根拠は民法にあり

前述した通り、解雇が無効になると、会社は働いていない社員に賃金を支払う必要があります。それは、民法第536条第2項に、

債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受けることができる

と定められているからです。これを解雇トラブルに当てはめると、次のようになります。

  • 債権者=会社
  • 債務者=社員
  • 債権者の責めに帰すべき事由=不当解雇
  • 債務の履行=労務の提供
  • 反対給付=賃金の支払い

つまり、会社が社員を不当解雇したせいで、社員が労務を提供できなくなった場合、会社は賃金の支払いを拒めないとなるわけです。ただし、社員が会社に対し、労務を提供する(債務を履行する)意思があることがこのルールの前提なので、例えば、

社員が「会社に戻るつもりはないけれど、解雇自体には納得がいかない!」と訴訟を起こした場合などは、バックペイの支払いは不要(不当解雇に関する損害賠償などは別)

です。ちなみに、社員が解雇期間中、別の仕事に就いていた場合に、会社に復帰する意思があるといえるのかどうかがよく問題になりますが、この点については第5章で説明します。

3 バックペイから除外できるもの、できないもの

バックペイの対象となる期間を、日給月給制(1カ月単位で賃金を計算し、働いていない時間分は控除する)の場合で考えてみます。会社が社員を解雇し、その後裁判で解雇が無効になった場合、その社員は、

  • 原則:解雇期間中の全労働日を出勤したとみなすので、賃金の支払いが必要
  • 例外:解雇されなくても就労できなかったであろう期間は、賃金の支払いは不要

となります。就労できなかったであろう期間とは、

  • 私傷病により療養していた期間
  • 産後8週間の期間(母体保護のため、労働が原則として禁止されている期間)

などです。

支払いが不要になる期間のイメージ

4 通勤手当や賞与など、一部は支払わなくてもよい

バックペイとして支払う賃金は、原則として

社員が解雇されなかった場合、確実に支払われたであろう賃金

です。ですから、毎月、固定給として支給される基本給はもちろん、諸手当(役職手当、家族手当、住宅手当など)についても確実に支払わなければなりません。一方、過去の裁判例の中には、

賃金の一部(通勤手当、残業代、賞与など)は、バックペイに含まなくてもよい

と判断したものがあります。

1)通勤手当

通勤時の交通費を補てんするために支給される通勤手当については、

交通費の実費弁償的な性質があるので、実際に就労していなければ請求できない

と判断した裁判例(名古屋高裁昭和56年4月30日判決など)があります。

2)残業代

時間外勤務の実績に応じて支払われる残業代については、

時間外勤務を命じられて現実に勤務をして初めて発生するため、実際に時間外勤務をしていなければ請求できない

と判断した裁判例(東京地裁平成7年12月25日判決など)があります。ただし、固定残業代のように、残業時間に関係なく定額で支給する残業代については、バックペイの対象になります。

3)賞与

半年に1回など、通常の賃金とは別に支給される賞与については、

業務成績等を個別に査定した上で賞与を支給する場合、実際に査定を受けていなければ請求できない

と判断した裁判例があります(東京地裁平成18年1月23日判決)。逆に、個別の査定を行わずに賞与を支給する場合、バックペイの対象になると判断した裁判例もあります(福岡地裁平成21年6月18日判決)。

このように賃金の一部はバックペイから除外できる可能性がありますが、注意が必要なのが

バックペイの総額は、「平均賃金×60%以上×解雇期間中の所定労働日数(解雇されなかった場合、就労できたであろう日数)」を下回ってはならない

という点です。これは、労働基準法第26条の「休業手当(会社都合で社員を休業させる場合に支払う手当)」のルールをバックペイに適用したものです。平均賃金は、

解雇期間初日の直前3カ月間の賃金総額÷直前3カ月間の総日数

で計算しますが、この場合の賃金総額には、通勤手当や残業代も含まれるので注意が必要です(3カ月を超える期間ごとに支給する賞与は賃金総額に含めない)。

5 解雇期間中に他社で働いていたらどうなるの?

第2章で、バックペイの前提は、その社員が会社に復帰する意思があることだと説明しました。では、解雇期間中に社員が他の仕事に就いていたらどうなるのでしょうか。これについては、

解雇期間中の収入が解雇前に比べて低く、また他の仕事に就く前から一貫して解雇の無効を訴えていることなどから、復帰の意思がある

と判断した裁判例(東京高裁平成31年3月14日判決)や、

他社に就職しつつも、解雇前の会社に復帰できるよう住所を維持していたり、再就職した会社をすぐに退職することが可能と証言していたりすることから、復帰の意思がある

と判断した裁判例(東京地裁令和4年3月16日判決)などがあります。

つまり、解雇期間中に他の仕事に就いていても、会社への復帰の意思が即座に否定されるわけではないとうことです。ただし、社員が

解雇期間中に収入を得ていた場合、その額をバックペイの額から控除することは可能

です。もっとも、前述した通り、バックペイの総額は「平均賃金×60%以上×解雇期間中の所定労働日数」を下回ってはいけないので、控除額には限界があります。また、仕事による収入の控除は認められますが、社員が在職中、雇用保険に加入していた場合、

雇用保険の「失業手当」などの給付額は、バックペイの額から控除できない

ので注意が必要です。

以上(2025年11月更新)
(監修 Earth&法律事務所 弁護士 岡部健一)

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画像:taa22-Adobe Stock

労務の都市伝説「課長には残業代を払わなくてよい」は是か非か?

1 残業代が不要なのは「管理監督者」だけ

「管理職には残業代を支払う必要がない」。これは半分正解で、半分不正解です。労働基準法(以下「労基法」)上、残業代が不要な管理職と、そうでない管理職がいるからです。

  • 残業代が不要:監督もしくは管理の地位にある「管理監督者」
  • 残業代が必要:課長などの役付きだが、管理監督者には当たらない「名ばかり管理職」

労基法上、管理監督者には労働時間・休憩・休日の規定が適用されないので、そもそも残業という考え方がなく、残業代を支払わなくてもよいとされています(深夜労働の残業代を除く)。

「それなら、うちの管理職に残業代を支払う必要はない」と考える経営者の方もいそうですが、そう簡単ではありません。なぜなら、管理監督者と認められる要件が非常に厳しいからです。まずは図表1を見て、具体的な社員をイメージしながら◯×を付けてみてください。

管理監督者と認められる要件

いかがでしょうか。1つでも「×」が付いたら、管理監督者ではないと判断される恐れがあります。そして、管理監督者でないと判断された場合、その社員には残業代を支払わなければなりません。

働き方改革などで、社員の労働に対する権利意識は高まってきています。不要な労務トラブルを避けるためにも、このタイミングで管理監督者の要件を確認していきましょう。

2 管理監督者と名ばかり管理職の違い

管理監督者には、労基法の次の規定が適用されません。

  • (労働時間)原則として、休憩時間を除いて1日8時間、1週40時間
  • (休憩)労働時間が6時間を超える場合は45分、8時間を超える場合は1時間
  • (休日)1週間につき1日あるいは4週間当たり4日

つまり、管理監督者は

就業時間(始業から終業まで)と休憩時間、労働日と休日などの区別がない状態で働き、時間外・休日労働といった考え方がない

ということです。

ただし、深夜労働の規定は適用されるので、22時から翌日5時までの間に残業した場合は残業代の支払いが必要です。勤続年数に応じた年次有給休暇の付与については、管理監督者も対象となります。

また、労働安全衛生法の「労働時間の把握義務」は管理監督者にも適用されるので、

あくまで時間外・休日労働などの規制から外れるだけで、労働時間管理自体は必須

である点に注意が必要です。

一方、肩書きはあるが管理職の権限や実態がなく、残業代が支払われないなど待遇が不十分という社員は、名ばかり管理職です。このような社員は、管理監督者とは認められないので、時間外・休日労働、深夜労働全ての残業代を支払わないといけません。また、いわゆる「時間外労働の上限規制」(原則として月45時間、年360時間など)も適用されます。

3 管理監督者に該当するか否かが決まる3つの要素

法令上、管理監督者とは、

労働条件の決定その他労務管理について、経営者と一体的な立場にある人

のことです。具体的には次の3つの要素を基に、管理職が経営者と一体的な立場にあるか(管理監督者性)を判断します。実態で判断するので、課長などの役付者であるかは関係ありません。

管理監督者に該当するか否かが決まる3つの要素

それぞれの要素について、重要なポイントを見ていきましょう。

1)職務内容と責任・権限

管理職が、経営者が主催する幹部会などへの参加、社員の採用、労働時間管理、人事考課など、経営上重要な職務に携わっている必要があります。ただし、経営者から指示を受けて職務を遂行するだけでは不十分で、次のように一定の責任・権限を与えなければなりません。

  • (経営者が主催する幹部会などへの参加)重要事項の決定に携わっている
  • (社員の採用)採用面接に参加後、採用の決定にも携わっている
  • (労働時間管理)部下の労働時間管理などについて、一定の権限を持っている
  • (人事考課)考課後の処遇の決定について、一定の権限を持っている

中小企業の場合、管理職の多くは現場の職務とマネジメントを兼務する「プレイングマネジャー」です。マネジメントの比重が小さいと、管理監督者として認められにくくなるので、その場合はマネジメントの比重を上げる必要があります。

2)勤務態様

時間帯や休日に関係なく経営上の判断や対応を求められるなど、イレギュラーな働き方をしている必要があります。ただし、イレギュラーな働き方をさせる以上、労働時間については管理職が自由に決められるようにしなければなりません。

具体的には、出退勤はもちろん、中抜けの自由も認め、遅刻、早退、中抜けなどによる減給がないようにします。ただし、管理監督者だからといって過重労働は認められません。健康管理や深夜労働の管理のためにも、出退勤時刻の把握は必須です。

3)待遇

賃金について、管理職と一般社員との間に相応の待遇格差を付ける必要があります。管理職の場合、基本給が高く、役職手当なども支払われるので、通常の賃金は、

管理職の基本給や手当>一般社員の基本給や手当

となります。しかし、一般社員に残業代などが支払われると、

管理職の基本給や手当<一般社員の基本給や手当+残業代など

といった逆転現象が起きることがあります。

そのため、管理職の賃金については、各社員の労働時間や残業代などを考慮した上で、一般社員と比較して高い水準を確保できるよう配慮しなければなりません。

4 小売業や飲食業などはより厳しくチェックされる

ここまでが、管理監督者の要件に関する基本的な考え方です。

多店舗展開する小売業や飲食業の店長などの場合、特に注意が必要です。名ばかり管理職の問題が起きやすいため、管理監督者の要件を本当に満たしているか、より厳しくチェックされる傾向があります。

厚生労働省からも、これらの業種について、前述した3つの要素「1.職務内容と責任・権限」「2.勤務態様」「3.待遇」それぞれについて、「管理監督者性を否定する要素」を示す通達が出されています(平成20年9月9日基発第0909001号)。簡単に言うと、管理職として取り扱っていたとしても、これらの要素に該当する場合、管理監督者ではないと判断されてしまう恐れがあるということです。第3章で紹介した内容と一部重なる部分もありますが、確認していきましょう。

管理監督者性を否定する要素

以上(2025年11月更新)

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画像:ChatGPT

2025年12月15日開催!やまがた未来(みら)くる人材&外国人材活用セミナーのご案内

2025年12月15日、きらやか銀行は、山形県の後援を受け、キャプラスクインターナショナル合同会社との共催で「やまがた未来(みら)くる人材&外国人材活用セミナー」を開催します。

このセミナーでは、副業・兼業プロ人材マッチング支援の状況や、全国でも年々拡大している外国人材受け入れの事例、鍵となるポイントは何か、人口減少時代にどのように対応していくかなどを紹介いたします。

このページの最後に、外国人材活用に役立つコンテンツも紹介しますので、ぜひご覧ください!


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お申し込みフォームはこちらから(外部サイトへリンク)(先着順)

お申し込み締め切りは2025年12月8日(月)17:00です。

開催概要

  • 日時:2025年12月15日(月) 15:30~17:00
  • 会場:きらやか銀行本社 3階大会議室(定員50名)、
    ZOOMでのオンライン(定員制限なし)
  • 参加費:無料

プログラム

  • 15:00-15:30 受付開始
  • 15:30-15:35 開会ご挨拶 きらやか銀行 取締役頭取 西塚 英樹
  • 15:40~16:00 やまがた未来(みら)くる人材活用事業を通じた山形県のプロ人材マッチング支援について
    山形県みらい企画創造部 移住定住・地域活力拡大課
    関係人口創出拡大主査 渡会 崇 氏
  • 16:00~16:50 県内企業における外国人材活躍事例について
    キャプラスクインターナショナル合同会社
    代表 森岡 拓也 氏
  • 16:50~17:00 質疑応答
  • 17:00 閉会挨拶
お問合わせ先
きらやか銀行 法人サポート部 担当:松田、鈴木
電話:023-628-3822(直通)

きらやか情報ステーションでは、外国人材活用に役立つコンテンツも公開しています。ぜひご覧ください!

女性が働きたくなる企業をつくるには?/大門あゆみ弁護士の女性活躍ナビ(3)

1 現状の課題

近年、女性の労働力人口は増加傾向にあり、企業にとって女性の活躍はますます重要になっています。しかし、多くの企業では、優秀な女性が結婚、妊娠、出産、育児、そして家族の介護といったライフイベントを機に、キャリアを諦め、離職してしまうという現実に直面しています。これは企業にとって大きな損失であり、労務管理上の重要な課題です。

2 制度はあるのに、なぜ利用されないのか?

「育児・介護休業規程はちゃんと整備しているのに、取得しないまま辞めていく」。多くの中小企業の経営者から、このような声が聞かれます。制度が形骸化してしまう背景には、いくつかの運用上の問題点があります。

1)周知不足と諦め

企業の実態調査やアンケートを取ると、社員が社内の両立支援制度を知らないと回答する割合も多いようです。そもそも制度が知られていなければ、利用にはつながりません。また、当初から企業に支援を期待しておらず、昇進などへの不安から、介護に直面していることなどを申告しないケースもあります。

2)「育児」と「介護」の特性の違い

育児は妊娠から出産、休業まである程度計画的に準備できますが、介護は「ある日突然」始まることも多く、終わりが見えにくいという特性があります。特に介護は、職場の基幹人材である40代以上の社員が直面するケースが多く、代替要員の確保が難しいという問題も深刻です。

3)利用しづらい職場の雰囲気

男性が育児休業を取得しない理由として、「職場が育休を取りづらい雰囲気であること」や「業務の都合」が多く挙げられています。これは女性にも当てはまる問題であり、制度の利用を阻む大きな壁となっています。

3 就活生の意識の変化

他方で、マイナビ「2026年卒 大学生のライフスタイル調査」によると、2026年卒の大学生の「育児休業を取って子育てしたい」割合は男子56.3%、女子58.2%となっており、男子学生の共働きや育児休業取得への希望が一定数あることが分かります。「男性育休は当たり前」の社会がすぐそこまで来ています。男性が家庭生活に参画することは、女性のキャリア継続を支える上でも不可欠です。

長時間労働を前提としない業務体制の構築や、テレワーク・フレックスタイム制といった柔軟な働き方の導入は、男女を問わず、全社員のワーク・ライフ・バランスを実現するために重要であり、「就職したい!」と思ってもらえる企業になるための大切な要素であることが分かります。

4 法令遵守と攻めの人事戦略としての両立支援

こうした課題に対し、国も法改正を進めています。改正育児・介護休業法が2025年4月と10月に施行され、次の取り組みなどが義務付けられました。法令を遵守することはもちろん、「攻めの人事戦略」として両立支援を強化することが、企業の持続的成長につながります。

  • 男性育休の取得促進:育休取得率の公表義務が社員1000人から300人超の企業に拡大
  • 柔軟な働き方の促進:子の年齢に応じた柔軟な働き方を実現するための措置の拡充
  • 介護離職の防止:介護に直面した社員への個別周知・意向確認や、雇用環境の整備の義務付け

5 中小企業でもできる!実用的な取り組み

では、両立支援に向けて、実用的な取組みにはどのようなものが考えられるでしょうか。ご参考にいくつか例を紹介します。

1.両立支援ハンドブックの作成

自社の制度や相談窓口、公的支援などをまとめたハンドブックを作成・周知しましょう。厚生労働省のガイドラインも活用できます。

■厚生労働省「仕事と育児/仕事と介護の両立支援ガイド(企業向け)」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/model.html

2.「育休復帰支援プラン」の策定

厚生労働省が提供するマニュアルを活用し、社員の円滑な育休取得と職場復帰をサポートするプランを策定します。代替要員の確保や、法定を上回る子の看護休暇制度なども有効です。

3.ジョブ・リターン制度の導入

ライフイベントで一度離職した社員が、再び活躍できる道を開く制度の構築も有用です。

4.外部支援の活用

中小企業は、社会保険労務士などの専門家から無料のアドバイスを受けられる事業や、ハローワークによる代替要員確保の支援などを活用できます。近年は、両立支援に取り組む事業主向けの助成金も拡充されているので、ぜひ利用を検討してみてください。

■厚生労働省「両立支援等助成金のご案内」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/shokuba_kosodate/ryouritsu01/index.html

6 まとめ―両立支援は「コスト」ではなく「未来への投資」―

仕事と家庭の両立支援は、「コスト」ではありません。企業のイメージアップ、社員のモチベーション向上、生産性の向上、そして何より優秀な人材の確保と定着につながる「未来への投資」です。実際に、女性管理職比率の高い企業が株式市場で高いリターンを生み出すという分析もあり、投資家も企業の女性活躍への取り組みに注目しています。

「くるみん認定」や「えるぼし認定」といった国の認定制度は、企業のイメージ向上や優秀な人材確保に直結し、公共調達で有利になることもあるなどのメリットもあります。学生もこうした情報を企業選びに活用しており、他社との大きな差別化につながります。

男女を問わず、すべての社員がライフステージの変化に対応しながら、安心して能力を発揮できる。そんな「就職したくなる企業・辞めたくない企業」をつくることこそが、これからの時代で発展し続けるための、経営戦略といえるでしょう。

以上(2025年12月作成)
(執筆 法律事務所UNSEEN 弁護士 大門あゆみ)

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画像:法律事務所UNSEEN 弁護士 大門あゆみ

【税務調査の真実(2)】オンラインの調査が増えているって本当?

もはや都市伝説? 税務調査にまつわる噂

「別に悪さをしているわけではないけれど、税務調査は嫌だ」。ほとんどの経営者はこう考えるでしょう。いきなり調査官がやって来て、あれこれと帳簿の提出を求められ、多額の税金を支払わされるイメージです。それに、とにかく「面倒」です。

こうした思いもあり、税務調査については、

「税務調査は突然やってくる」や「税務調査は断れる」

など、さまざまな臆測が飛び交いますが、これは本当なのでしょうか。この記事では、現役税理士に覆面インタビューを実施し、普段はなかなか聞くことのできない税務調査の舞台裏を徹底的に聞き出しました。

Q1 オンラインによる税務調査って本当に増えているの?

これまで大企業中心だったオンラインによる税務調査(以下「オンライン税務調査」)が、2025年9月以降、中小企業にも本格的に導入され始めます。最初は金沢・福岡国税局エリアから導入され、順次エリアが拡大される予定です。

画面越しの調査は実地調査に比べ一見ラクに感じますが、対面とは違い、相手の反応や表情が読み取りづらく、意図しない発言が誤解されるリスクがあります。また、資料をその場で提示して説明できないため、「誤送信」や「ファイルの誤共有」といったオンライン特有のトラブルも起こることもあり得ます。税理士の立会いもオンライン対応が可能になったものの、通信環境によっては調査官とのやり取りが途切れたり、調査の流れをコントロールしづらくなったりすることもあります。経営者は、発言内容だけでなく、送受信データや画面共有の管理にも十分注意を払う必要があります。

なお、オンライン税務調査については、納税者と顧問税理士の同意があった上で実施されます。

Q2 調査日数は会社ごとに違う?

調査日数は会社ごとに異なり、1日で終わる調査もあれば、5日以上続く調査もあります。一般的な中小企業の場合、大体2~3日の調査が多いようです。

調査日数は、会社の規模(売上高や資産規模など)、業種業態、同時に行われる調査税目など、さまざまな要因で決定されます。そのため、前回の調査が1日で終わったからといって、次回も同じ調査日数だとは限りません。

Q3 税務調査の間、経営者は何をする?

税務調査の対応は、基本的には税理士と自社の経理(税務)責任者が行います。経営者が調査官と話をするシーンは、通常、調査の冒頭で行われる会社概要の説明時(スケジュールの調整は可能)となります。

知っておいてもらいたいのは、この会話の中においても、調査官は目を光らせているということです。趣味の話や世間話などをして場の雰囲気を和らげ、経営者を油断させるのも、調査官の調査手法の1つです。例えば、週末の過ごし方を聞く中で、経営者のプライベートな趣味やその頻度などを把握し、個人資産(別荘やクルーザーなど)を会社の資産として計上していないかなどの判断材料とすることもあります。

Q4 調査官は何を見ている?

基本的に、調査官は提出を要求した帳簿や、売上・仕入関連資料、経費資料などを黙々と調べ続けます。その他、棚卸資産・固定資産の実物チェックや疑義のある取引の担当者へのヒアリングが行われます。最近では、従業員のパソコンや、サーバー内のデータをチェックすることもあります。例えば、表や文書ファイルの更新日時を見て、取引日と照らし合わせるなどです。

また、調査官にとっては、従業員同士の会話など、見聞きするもの全ての情報が税務調査の資料となります。例えば、トイレに行く際に社内の売店に立ち寄って、店員に世間話をしながら会社役員の勤務状況を聞いたり、喫煙室で従業員同士の会話を聞いていたりと、いろいろなところで調査官は会社の実態を知ろうとします。

Q5 社歴の浅い会社には税務調査は入らない?

税務調査が全くないわけではありませんが、設立後3年未満の会社に税務調査が入ることはまれだといえます。

モバイルアプリ開発などで、売上が急激に伸びた会社などは調査に入ることがあるかもしれませんが、設立直後の会社は売上規模が小さく、取引の動きも少ないことから、調査に入っても指摘事項があまりないと考えられます。また、過去の取引が少ないと、調査官側も事前に十分な分析ができないことなどから、調査対象になりにくいのではないでしょうか。

Q6 調査官によって調査の結果が左右される?

調査官によって調査の結果が左右されることは、少なからずあります。納税者側の反論に耳を傾けてくれる調査官もいれば、全く耳を傾けない調査官もいます。また、高圧的な態度の調査官もいれば、柔和な態度の調査官もいます。

ただ、耳を傾けない調査官だからといって、指摘を全て受け入れないといけないかといえば、そうではありません。そういうときのために、代理人として税理士がいますので、納得のいかない指摘に対しては、税理士と相談しながら理路整然と対応していきましょう。

Q7 前回調査と指摘が変わることってあるの?

前回の税務調査で指摘されなかった項目について、次の税務調査で指摘されることがあります。中には、前回の調査官から認められた経理処理について指摘される場合もあります。

調査ごとに指摘が変わるのは、前回の調査官が見落としていたり、判断が間違っていたりすることなどが考えられます。もし、前回の調査官に認められた経理処理について指摘された場合は、前回の調査で、調査官に対して話した取引の背景や、経理処理が認められた経緯などを詳細に説明しましょう。

Q8 税務調査対策としてワンポイントアドバイスを!

基本的なことですが、書類をしっかり保存・整理しておきましょう。言うまでもありませんが、契約書関係はすぐに提出できるようにしておいてください。調査官にとっても、提出依頼をした書類がすぐに出てくると、その会社に良い印象を抱くはずです。

万一、作成漏れなどにより契約書がない取引などがある場合は、税務調査の有無にかかわらず、すぐに作成するようにしてください。最終的に、調査官は書類を基に、その経理・税務処理が認められたものなのか、認められたものでないのかを判断することになるからです。

ただし、印紙を貼るべき契約書の作成を失念していた場合には注意が必要です。印紙のデザインは年度によって異なる場合があり、調査のために後付けで貼ったことが露呈する恐れもあります。

以上(2025年11月更新)

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画像:Andrey_Popov-shutterstock

【税務調査の真実(1)】AIで対象の会社を決めているって本当?

もはや都市伝説? 税務調査にまつわる噂

「別に悪さをしているわけではないけれど、税務調査は嫌だ」。ほとんどの経営者はこう考えるでしょう。いきなり調査官がやって来て、あれこれと帳簿の提出を求められ、多額の税金を支払わされるイメージです。それに、とにかく「面倒」です。

こうした思いもあり、税務調査については、

「税務調査は突然やってくる」や「税務調査は断れる」

など、さまざまな臆測が飛び交いますが、これは本当なのでしょうか。この記事では、現役税理士に覆面インタビューを実施し、普段はなかなか聞くことのできない税務調査の舞台裏を徹底的に聞き出しました。

Q1 対象になるのは、どんな会社? AIが決めているって本当?

基本的に、どのような会社も税務調査の対象になります。ただ、長い間(7年以上)、税務調査が入っていない会社や、直近3~5年の決算書類の比較・分析から異常な数値の動きが見られる会社は、調査の対象となりやすいようです。また、国税局・税務署側も毎年テーマを持って調査を行っているケースがみられます。例えば、ネット通販やクラウドサービスの利用を通じて、海外の取引先やプラットフォームと関わるケースが増えていることや、各国の税務当局の国際連携の強化を背景に、海外の業者や子会社との取引、暗号資産の海外利用などは、近年の調査で注目度が高まっている分野です。他にも、売上が急激に伸びている会社なども目につきやすいでしょう。

近年、税務署は膨大な申告データをAIで分析し、申告漏れや不正の可能性が高い納税者を調査対象として選定しているようです。一部報道では、2023年度の中小法人の追徴税額(法人税・消費税)の約8割はAI判定対象から発生したとも報じられています。

Q2 税務調査は突然やって来る?

税務調査は強制調査と任意調査とに大別されます。強制調査は、突然、やってきますが、これは悪さをしている場合に受ける調査です。通常は、事前に連絡があります。

強制調査とは、悪質な脱税の疑いがある者に対して行われる調査です。いわゆる「マルサ」(国税局査察部の通称)が担当し、査察調査とも呼ばれます。調査官は事前に実態を調べ、脱税が事実であることに確信を持った上で会社にやって来ます。納税者による帳簿などの証拠書類の隠蔽を防ぐために、事前の連絡はなく、突然やって来ます。

任意調査とは、調査に入るために会社の同意が必要な調査です。ほとんどの税務調査がこちらに該当し、強制調査のように突然やって来ることはありません。事前に会社や顧問税理士に対して調査の予告が来ます。基本的には電話で連絡が来た後に、事前準備資料リストその他の書類が送られてきます。

Q3 税務調査を断ることができる?

強制調査の場合は、裁判所の令状を持って調査に入るため断れません。会社側の都合で調査日を変更することもできません。

任意調査の場合も、原則として断ることはできません。ただし、事前予告の段階での日程調整は融通が利きます。調査官から日程が提案されますが、会社の繁忙期、立ち会いの税理士の都合などもろもろの正当な理由があれば、日程を調整できます。

Q4 税務調査が集中する時期はある?

調査官(税務職員)の人事異動は毎年7月に行われます。そこから1年間、調査官は与えられたノルマ(調査件数など)を基に税務調査を行っていくことになります。なるべく早くノルマを消化するため、年内、特に8〜9月に税務調査が多く行われます。

また、7月の人事異動に合わせて、調査官の評価が決まることを考えると、年内、遅くとも翌年の4月ごろまでに行われる調査に力が入ると考えられます。

Q5 税務調査が中止になることはある?

基本的に、一度予告された税務調査は必ず行われます。

ただし、4~6月ごろに予告された税務調査について、調査時期を7月以降で日程調整をお願いすると、まれに調査が実施されないことがあります。はっきりした理由は分かりませんが、調査の実施自体がうやむやになってしまうケースが過去にありました。明確ではありませんが、考えられるのは「7月に行われる調査官の人事異動により、新旧担当者間の引き継ぎがうまく行われていない」「そもそも重要性の高い調査対象ではない」といった理由です。

Q6 反面調査はどのように対応する?

反面調査とは、調査対象会社の取引先などに対して、取引状況などを確認する調査で、自社に対しては調査対象会社との契約書や請求書などの提出が求められます。反面調査の性質は、調査対象会社に対する税務調査が強制調査か任意調査かに準じます。調査対象会社に配慮して、事実と異なった回答をしたり、あやふやな回答をしたりすると、自分の首を絞めることにもなり得ます。事実を淡々と語り、求められた書類などは提出するようにしましょう。

Q7 繰越欠損金があると税務調査が入りにくい?

繰越欠損金がある会社は、税務調査後において修正申告をしても所得が発生しにくいので、税金を徴収できる可能性が低いという意味においては対象外となることが多いのではないでしょうか。

ただし、繰越欠損金のある会社に税務調査が入るケースもたくさんあります。そのため、繰越欠損金があるから、税務調査が来ないだろうという考えは正しくありません。

Q8 どういった科目を重点的に調査する?

売上・仕入関連の勘定の場合、期ズレに注意しましょう。例えば、3月決算の会社であれば、特に3月・4月の取引は重点的に調べられます。収益・費用を正確に計上するためには、日々の書類整理や、経理担当者だけでなく営業担当者など、従業員全体の期ズレに関する意識を高めることなどが大切です。

人件費では、役員、特に同族会社であれば身内に関連する報酬や給与でしょう。例えば、勤務実態(業務内容や出勤日数)に見合わない報酬・給与を支払っていないかが重点的に調べられます。

固定資産では、資本的支出(固定資産として計上しなければならない修繕費用など)を、費用計上していないかといった点も指摘されやすい箇所でしょう。

他には、外注委託費です。特に外注委託先に身内が経営している会社がある場合、委託業務の内容と金額が適正なものかがよく調べられます。

Q9 税務調査に臨む経営者にアドバイスを!

税務調査のあるなしにかかわらず、税務顧問としてお願いしたいのは、「イレギュラーなことをやるときは、事前に相談してほしい」ということです。事前に相談してくれさえすれば、多くの場合、税務的なリスクをかなり減らすことができます。もちろん、完全に違法な取引を合法にすることはできませんが、白黒つけがたい取引であれば、より白に近づけることは可能です。もし、事後に報告を受けた場合には、後付けで対策を練ることとなってしまい、十分な対応ができません。

また、税務・会計処理は日々の取引の積み重ねです。税務調査の予告が来てからまとめて書類を整理したとしても、どうしても抜け漏れが生じます。日々の税務・会計処理を、継続して適切に処理していれば、税務調査は決して恐れるものではないのです。

以上(2025年11月更新)

pj30034
画像:ChatGPT

【朝礼】自分なりの「祓い」で場を整え、勝負に臨もう!

【ポイント】

  • 神道では、神事の前に「祓(はら)い」で不浄を取り除き、神々を待つ準備をする
  • ビジネスでは、「勝負事の前に、勝負に臨むためのマインドをつくる」ことが大切
  • 「深呼吸をする」「意気込みを紙に書きだす」など自分なりの祓いをして、勝負に臨もう

おはようございます。突然ですが、皆さんは「神楽月(かぐらづき)」というのをご存じですか?語源は神前で舞や音楽を奉納する「神楽(かぐら)」で、稲の収穫後や冬至の月に神を祀(まつ)る行事が多かったため、旧暦の11月を神楽月と呼ぶことがあるそうです。

さて、神楽に限らず神道では、神事の前に「祓(はら)い」という儀式が行われます。細かい内容は、神事の内容あるいは地域などによって異なりますが、例えば神楽の場合だと、東西南北の四方を舞い清めることなどがあります。心身に付いた罪や穢(けが)れなどの不浄を取り除き、清らかな状態に戻すことで、神々を待つ準備をするわけです。

なぜ、急にこんな話をするのかというと、この祓いは、私たちが日々仕事をする上での心構えにも大きく関係するからです。皆さんは「お客様は神様です」という言葉の由来をご存じでしょうか? 演歌歌手の三波春夫さんがよく口にしていた言葉だそうで、「客の前で歌うときは、あたかも神前で祈るときのように雑念を払い、澄み切った心にならなければ完璧な芸を見せることはできない」という意味が込められています。

大切なのは「雑念を払って、澄み切った心になる」「完璧な芸を見せる」という部分。つまり、神道の祓いというのはビジネス的な見方をすると、「勝負事の前に、勝負に臨むためのマインドをつくる儀式」ともいえるわけです。私たちの仕事の場面に置き換えてみましょう。

例えば、商談やプレゼンの当日であれば、「本番前に深呼吸をして、頬を軽くたたく」「当日の朝、意気込みを紙に1行ぐらいで書きだしてみる」といった具合に、何か特定の行動をしてみましょう。なんだか古臭いと思うかもしれませんが、「100パーセントの力を発揮できる」と自分に言い聞かせてやってみると、意外とそれが効いてくることがあるのです。

仕事に忙殺され、メリハリがなくなると、いざというときに力を発揮するのも難しくなります。大切なのは自分なりの「祓い」で場を整え、勝負に臨むこと。勝負の前のわずかな時間を大切にしていきましょう。

以上(2025年11月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

                             

2025年10月「日経ビジネス電子版」過去30日間の人気記事ベスト10

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経営者が認知症を発症した場合に会社が直面する4大リスク

1 単なる健康問題では済まない経営者の認知症リスク

日々精力的に活動している経営者の中には、「自分は認知症にならない」と考えがちな人が少なくありません。しかし、認知症は誰にでも起こり得るもので、決して他人事ではありません。しかも、いつ発症するかの予測はできませんから、何も対策をしていないと、会社は思わぬリスクに直面することになります。そうです、経営者の病は、経営者個人の健康問題にとどまらず、会社経営全般に関わる問題としての認識が必要なのです。

具体的に想定されるリスクは次の4つで、以降で順番に解説していきます。

  • 契約が無効になるリスク
  • 資金繰り悪化のリスク
  • 事業承継が進まないリスク
  • 経営者個人の資産管理トラブルが起こるリスク

なお、具体的な認知症対策については、次のコンテンツをご参照ください。

2 契約が無効になるリスク

中小企業やオーナー企業では、多くの場合、経営者自身が会社の重要な意思決定や契約を行っています。これらの契約が有効とされるためには、契約者自身が自分の行動の動機やその結果を正しく判断できる「意思能力」が必要です。

しかし、認知症が進み、正しい判断ができない(意思能力がない)となると、

契約や株式の売買、贈与、融資の契約などが法的に無効になる

ことがあります。例えば、「取引先との新規契約を結んだが、後に経営者の意思能力が問題となり、契約自体が無効と判断される」「金融機関との融資契約や保証契約を結んだが、経営者に意思能力がなかったとして、契約自体が無効と判断される」といった具合です。

さらに、経営者が会社の株式の過半数を持っている場合、判断力の低下は株主総会での議決権行使にも影響します。

決算承認や役員変更、会社のルール(定款)の変更など、会社経営に不可欠な決議ができなくなり、会社の経営機能が事実上ストップ

してしまいます。

こうした事態は、金融機関や取引先に信用不安を与えるだけでなく、会社の評判や新規取引のチャンスにも影響します。認知症による判断力低下は、単なる健康の問題ではなく、会社の法律行為や事業継続に直結する重大なリスクになります。

3 資金繰り悪化のリスク

もし、経営者が認知症などで判断力が低下すると、会社の資金繰りに大きな悪影響が出ます。

まず、経営者名義の預金口座についてです。金融機関は本人の判断力が不十分だとみなした場合、本人の財産をトラブルなどから守るために口座を凍結することがあります。これにより、生活費だけでなく、会社への貸付金や運転資金の入出金にも影響が出ます。特に、経営者個人の資金が会社の緊急資金や保証資金として使われている場合、

口座が凍結されると、会社への貸し付けや個人保証の実行ができず、資金ショートの発生リスクが高まる

ので注意が必要です。

さらに、経営者が保有する不動産や株式などの個人資産も、判断力が低下すると売却や担保設定ができなくなります。

個人資産が会社の資金繰りや融資の担保に使われている場合、資金調達が滞る

ことになり、会社の存続に影響します。

4 事業承継が進まないリスク

事業承継手続きの中心となる自社株式の譲渡や贈与は、経営者本人の意思に基づいて行う法律上の行為です。つまり、「自分が何を、なぜ、どんな目的で行っているのか」を正しく判断できる意思能力が必要になります。

しかし、もし経営者が認知症を発症すると、意思能力が失われ、

自社株式の譲渡や贈与といった行為は法的に無効になります。その結果、後継者に自社株式を移すことができず、事業承継そのものがストップ

してしまうのです。

さらに、自社株式を誰に承継するかを決めないまま経営者が亡くなってしまった場合、自社株式は相続財産となり、経営者の相続人間の遺産分割協議に委ねられます。場合によっては、会社経営に関与したことのない相続人や、複数の相続人が自社株式を相続し、一定数以上の議決権を保有するケースも考えられます。

会社の重要な決定を行うたびに、自社株式を相続した相続人全員の合意が必要となり、経営判断のスピード感が損なわれたり、なかには現場の感覚とずれた決議が行われたりする

こともあり得ます。

5 経営者個人の資産管理トラブルが起こるリスク

認知症が進むと、経営者自身が自分の財産を正確に把握することが難しくなります。例えば、どこの銀行にいくら預金があるのか、不動産の権利証や生命保険の書類がどこに保管されているのか、上場株式をどの証券会社で管理しているのかなどです。家族が本人に代わって管理しようとしても、全体像をつかむのに時間や手間がかかるケースが多いのです。

そして、見逃せないのが、重要書類や印鑑の管理が曖昧になるリスクです。

個人の銀行印や会社の実印が適切に管理されていないと、不正に使われたり、資産を勝手に引き出されたりする

ことがあります。なかには、家族や親族、さらには信頼していた社員が、経営者の判断力の低下に乗じて資産を流用してしまうトラブルも起こり得ます。こうした事態を防ぐには、早めに資産管理体制を整えることが欠かせません。

経営者の個人資産の管理が難しくなることは、一見すると家庭の問題のように見えます。しかし、中小企業では経営者個人の資産と会社の資金が密接に結びついているケースが多く、これは会社の資金繰りなどにも直結する経営課題です。さらに、財産の把握や管理をめぐって家族間で意見が割れると、相続トラブルや家族内の対立に発展し、結果的に会社の経営判断にも悪影響を及ぼします。

以上(2025年11月作成)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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画像:Quality Stock Arts-Adobe Stock