脱税と節税の違いを誤ると会社は奈落の底に… その境界線とは?

1 会社にお金を残したくても「脱税」はダメ!

「脱税」という言葉に、どのようなイメージを抱くでしょうか。普段意識している節税の仕方をちょっと間違えたくらいのものと軽く考えているのであれば、考えを改めなければなりません。

脱税は犯罪行為であり、最悪逮捕され、刑事罰をうける恐れがあるものです。

会社にお金を残したいのは当然ですが、税金対策も度を越えると脱税になって取り返しのつかないことになります。経営者は、税務上の善悪(節税と脱税)の線引きをしっかり持ちましょう。また、経営陣が知らないところで、従業員がごまかし程度の感覚で脱税につながる行為をしていたり、社内の手続きミスが脱税とみなされたりするケースもあるので、会社全体として税務上の善悪の意識を持ちましょう。

では、具体的に税務上の善悪の線引きがどこにあるのかについて紹介していきますので、経営者自身が理解することはもちろん、従業員にも周知徹底しましょう。

2 悪質な脱税には1000万円以下の罰金が科されることも

節税と脱税の違いは、

  • 節税:税法のルールの範囲内で納税額を低くする行為
  • 脱税:税法のルールを無視、あるいは自分に都合よく解釈して納税額を低くする行為

といったように明確に違います。節税は経営努力であり、積極的に取り入れることで会社の資金繰りも楽になります。一方、脱税は犯罪であり、脱税と判断された場合は、次の税が追加で課されます(税務署が判断する悪質度合いなどにより課される加算税の種類は変わる)。

追加で課税される税金の種類

より悪質であったり、金額が大きかったりする重大な脱税の場合、刑事罰(10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金、またはその両方)の対象となる恐れもあります。

なお、節税と脱税以外に税務のグレーゾーンと呼ばれる処理があります。これは、節税と脱税の間に位置する処理で、ルールに従って処理しているつもりであるものの、税務調査で認められる可能性もあれば、認められない可能性もあるという曖昧な部分をいいます。税務のグレーゾーンについては、以下の記事で解説しているので参考にしてください。

3 脱税と判断される代表的な10の取引

1)架空経費を計上する

主な例は次の通りです。

  • 業務目的でない支払いの領収書など集めて、会社の経費として計上する
  • 人件費を水増しして(実際に支給している金額と異なる金額を)計上する
  • 実在しない会社に対する架空の外注費を計上する
  • 実際の請求書を偽造・複製するなどして、架空の支払い費用を計上する

2)売り上げを過少に見せかける・除外する

主な例は次の通りです。

  • 現金売り上げを計上していない
  • 継続しない単発的な取引に関する売り上げを計上していない
  • 特定の口座に入金されている売り上げを計上していない

3)在庫を過少に見せかけて、売上原価を過大に計上する

主な例は次の通りです。

  • 在庫の紛失など現場担当者が自身のミスを隠すため、実地棚卸の数字を調整する
  • 仕掛りの製品などについて、製作に要している材料費・労務費・経費などを在庫として計上していない
  • 翌期の売り上げのために決算日にすでに出荷している、いわゆる「トラック在庫」を計上していない

これらの行為は、税務調査により、必ず明らかになります。税務調査では、税務上の取り扱いやお金の流れに不可解な点を見つけるために、その会社に訪問して調査する実地調査だけでなく、取引先や金融機関へ問い合わせを行う反面調査など、様々な調査が行われます。税金を低く抑えることに執着しすぎたり、脱税行為を軽く見すぎたりしないよう、経営者自身だけでなく、従業員に対しても正しい認識を持つよう周知徹底しましょう。

以上(2025年11月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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税務のグレーゾーン 経営者が押さえておくべき勘所

1 グレーゾーンを把握して、税務の勘所を高めよう

経営をしていると、税務処理を選択しなければならない機会が結構あります。問題は白黒がはっきりしていない、つまり場合によっては課税リスクが高まるかもしれないケースがあることです。税務処理の選択による課税リスクは、「白・黒・グレー」の3色で表現され、それぞれ次のような意味合いで使われます。

グレーゾーン

経営者が税務の勘所を高めるために重要なのは、グレーゾーンの考え方を知ることです。グレーゾーンは解釈次第で税務署側の取り扱いが変わることがあるためです。グレーゾーンは「〇〇円未満なら白で、それ以上は黒」といったように、文字通り、金額で白黒はっきりするようなものではなく、法令でも、

「不相当に高額」「通常要する費用」「専ら」

などという言葉で表現されます。これらが具体的にどのようなことを示しているのでしょうか。税務調査で指摘を受けやすいグレーゾーンとして、

  • 「不相当に高額」な役員報酬
  • 「不相当に高額」な役員退職金
  • 「通常要する費用」としての交際費
  • 「専ら」従業員のために行われる福利厚生費

について解説していきます。


2 「不相当に高額」な役員報酬

1)「不相当に高額」と判断される一般的な基準(考え方)とは

役員報酬については、定期同額(毎月一定の額など)で支給されているなどの条件を満たしていれば基本的に損金(税務上の費用)とすることができます。しかし、その支給金額が「不相当に高額」な場合、その高額と判断された部分については損金と認められません。

役員報酬について「不相当に高額かどうか」を判断する基準には、

  • 形式基準
  • 実質基準

の2つがあります。

形式基準とは、

定款や株主総会の決議で決めた役員報酬の限度額と照らし合わせて判断するもの

です。つまり、あらかじめ決定した限度額を超えて支給した場合は、超過額部分については損金とされないことになります。

実質基準とは、

役員の職務の内容や会社の収益状況、従業員に対する給与の支給状況、あるいは、同業他社との比較などで「不相当に高額かどうか」を判断するもの

です。そのため、

  • 実質的に何もしていない役員(名前だけの役員)に役員報酬を支給している場合
  • 売上・利益が減少していて、従業員のボーナスなどもカットしているのに、役員報酬だけ増加傾向にある場合

には、税務調査で指摘されることが多いです。

2)現場レベルで注意すべき点は

形式基準は、定款や株主総会の議事録などで確認できます。もし実際の支給額と限度額の金額が近い場合には、次の株主総会で限度額の増額を決定しておくようにしましょう。

また、役員報酬を決定するときには、会社の利益の状況などを踏まえた上で決定することとし、「なぜその金額に決定したの?」という調査官からの問いかけに対して、合理的に説明できる資料を書面で準備しておくことが重要です。特に役員報酬を増額する際にはその理由を明確にしておきましょう。

3 「不相当に高額」な役員退職金

1)「不相当に高額」と判断される一般的な基準(考え方)とは

役員退職金は基本的に損金とすることができるのですが、その支給金額が「不相当に高額」な場合、その高額と判断された部分については損金と認められません。

役員退職金は、職務に従事していた期間や退職の事情や、同業他社の支給状況などを総合的に勘案して判断されます。よく利用される基準に「功績倍率法」というものがあります。これは、次の算式に当てはめて役員退職金の額を決定する方法です。

退職直前の役員報酬の月額 × 勤続期間 × 職責に応じた倍率

必ずしも功績倍率法で計算すれば税務上認められるわけではありませんが、支給額を決定する際の参考にするとよいでしょう。

なお、

  • 実質的に何もしていない役員(名前だけの役員)に退職金を支給した場合
  • 退職直前に極端に役員報酬を増額し、功績倍率法の計算結果を意図的に増やした場合

には、税務調査で指摘されることが多いので注意しましょう。

3)現場レベルで注意すべき点は

役員報酬と同じで、支給した役員退職金について「なぜその金額に決定したの?」という調査官からの問いかけに対して合理的に説明できる資料を書面で準備しておくことが重要です。

また、功績倍率法を使用する場合は役員退職金規程を整備するとともに、役員報酬については会社の利益の状況などを鑑みつつ、計画的に増額するようにするとよいでしょう。

4 「通常要する費用」としての交際費

1)「通常要する費用」と判断される一般的な基準(考え方)とは

中小企業の場合、損金として認められる交際費は「年間800万円まで」と決まっています。そのため、飲食費だからといってなんでも交際費にしてしまうと、損金として認められない交際費が出てくる可能性があります。

一般的に交際費となりそうな費用であっても、「通常要する費用」の範囲内であれば交際費としなくてもよいケースがあります。

一般的に多く見られる事例としては、

会議に関連して、茶菓、弁当等の飲食物を供与するために通常要する費用

があります。つまり、会議で提供された飲食関連の費用であっても「通常要する費用」の範囲内であれば交際費とせず、会議費(金額基準に関係なく損金とすることができる)として処理することができます。

通常要する費用とは、

  • 必要があって支出したもので、
  • 一般的・常識的な範囲内であるもの

ということになります。そのため、会議時に提供されたお弁当の金額が1000円から3000円くらいの範囲内であればさほど問題になるケースは多くないものと考えられますが、フレンチのフルコースなど、会議というより接待が主になると思われるようなものは交際費とされる可能性が高くなります。

また、月に数回程度の会議であれば問題ありませんが、ほぼ毎日会議を行い、お弁当を食べている場合には「必要外のもの」と判断されて交際費とされることもあります。いずれにしても「常識の範囲内」というのが判断基準になります。

2)現場レベルで注意すべき点は

会議費などで飲食を伴った場合には、まず「金額が大きくなりすぎていないか」について敏感になる必要があります。この金額についての判断が現場担当者の間で曖昧になるようであれば、社内規程などを設け、会議飲食費としての金額範囲などを決めてしまうのも一方法です。また、会議を行った場合は、

「本当に会議が存在したこと」を証明するため、議事録などは必ず作成する

ようにしておきましょう。

5 「専ら」従業員のために行われる福利厚生費

1)「専ら」と判断される一般的な基準(考え方)とは

「専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用」については交際費とせず、福利厚生費(金額基準に関係なく損金とすることができる)として費用処理することができます。

「専ら」とは、

必ずしも100%である必要はないものの、80%から90%は該当するような状態

と言われています。例えば忘年会などの催し事の場合、全従業員を対象として開催しつつも、業務の都合で参加できない人が出てくる可能性がありますが、最終的に80%から90%の人が参加すれば福利厚生費として処理されます。そのため、

  • 特定の役職者のみを対象とした飲み会
  • 役員のみを対象とした慰安旅行

については、税務調査で交際費に該当すると指摘されたり、給与として源泉徴収すべきと指摘されたりするので注意しましょう。

2)現場レベルで注意すべき点は

福利厚生費として処理すべき年間行事はさほど頻繁に行われるものではありませんので、行事の内容や参加者(人数)、費用の総額などを一覧にし、税務調査で指摘された際には明確な説明できるような書類を準備するようにしておきましょう。

以上(2025年11月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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「取適法」で会社を守る交渉術! 弁護士が教える4つのステップ

1 力関係にかかわらず、フェアな取引を!

下請取引では、発注者(依頼をする側)が大企業、受注者(依頼を受ける側)が中小企業であることが多く、その「力関係の差」から、受注者(中小企業)が、

  • 不当な値下げを要求される
  • いつまでたっても代金を支払ってもらえない

などの不利益を被るケースが少なくありません。

このようなときに受注者を守ってくれるのが、下請取引で発注者がやってはいけない禁止行為などを定めた「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」。簡単に言うと、

発注者と受注者が力関係にかかわらず、フェアな取引をするための法律

です。2026年1月からは「中小受託取引適正化法(取適法(とりてきほう))」という名称に変わり、発注者の禁止行為が追加されるなど、受注者の保護が強化されます(以降、「取適法」で統一します)。

この記事では、受注者が取適法を活用しながら発注者と交渉する際のポイントを、4つのステップに分けて紹介します。なお、取適法の改正内容(2026年1月施行)については、次のコンテンツをご確認ください。

(注)この記事では便宜上、下請法(取適法)の用語である親事業者(発注者)を「発注者」、下請事業者(中小受託事業者)を「受注者」、下請代金(製造委託等代金)を「代金」と呼びます。

2 (ステップ1)取適法で禁止されている行為を理解する

まずは、取適法の対象となる不当な行為の類型を理解しておくことが大切です。発注者から無理な要求を受けたときに、「これは法律で禁止されている行為」だと判断できれば、冷静に対応・交渉したり、専門機関に相談したりできます。

取適法では、発注者がやってはいけない禁止行為が11項目定められています。そのうち、中小企業が受注者側の場合によく直面する禁止行為としては、次のようなものが挙げられます。

(図表1)【発注者の禁止行為(中小企業がよく直面するもの)の例】

禁止行為 行為の例
受領拒否 発注した成果物の受領を理由なく拒否する
代金の支払遅延 受注者が成果物を納品してから3カ月たっても代金を支払わない
代金の減額 納品後に「単価を下げてほしい」と受注者に要求する
買いたたき 市場価格より、著しく低い価格を受注者に強要する
不当なやり直し等 受注者に責任がないにもかかわらず、無償でやり直しを依頼する
協議に応じない一方的な代金決定(注) 原材料の高騰に際し、受注者が代金の額の引き上げについて協議を求めたのに、協議に全く応じず、価格を据え置きする

(出所:筆者作成)

(注)「協議に応じない一方的な代金決定」は、2026年1月から(下請法が取適法に名称変更されてから)追加される禁止行為です。

3 (ステップ2)取引の「現状」を整理する

発注者から無理な要求を受けた場合や、その他に取引で「おかしいな」と思う点があった場合、(ステップ1)に沿ってその内容が取適法の禁止行為に当たらないかを確認します。

禁止行為に当たる可能性がある場合、受注者は取引の「現状」を整理しましょう。次のように項目別にまとめると、状況が整理しやすくなります。

(図表2)【取引の「現状」について受注者が整理すべき項目】

項目 内容
取引内容 発注者とは、どのような取引をしているか?
・例:メーカーが販売する自動車部品の製造を受注
行為内容 発注者から、どのような内容の不当な行為を受けたのか?
・例1:納品後に単価の減額を求められ、応じるまで支払ってもらえない
・例2:原材料の高騰に伴って値上げの協議を求めたが無視された
5W1H 具体的にいつ?(日時)、どこで?(場所、出席者)、誰が?(担当者の部署、氏名)、何を?(対象)、なぜ?(理由)、どうやって?(メール、会議、口頭など)
証拠となる資料 取引に関するメールのやり取り、議事録、発注書など証拠を確認。開始前の価格交渉であれば、原材料やエネルギーコストの上昇に関するエビデンス資料を用意

(出所:筆者作成)

発注書などの書面は、御社を守る重要な証拠となります。発注者には、

発注時に取引内容を記載した書面(メールなどの電磁的記録を含む)を交付することが義務付けられている

ので、仮に発注者とのやり取りが口頭だった(書面が交付されていない)場合でも、受注者から改めて書面の交付を求めることが可能です。

また、メールやチャットのやり取りも重要な証拠となります。電話や口頭でのやり取りであっても、次のように別途メールなどを送ることを習慣にしましょう。

  • 送信:「先ほどはありがとうございました。念のため確認ですが……。」
  • 返信:「確認しました。よろしくお願いいたします。」

少々面倒かもしれませんが、こうした一手間を加えることで交渉過程が形として残り、いざトラブルが生じた際に、交渉経緯を裏付ける重要な証拠になるのです。

4 (ステップ3)発注者に「書面」で交渉を申し出る

(ステップ2)に沿って「現状」の整理ができたら、次は実際の交渉に移ります。口頭での交渉だと、発注者から「そんな話はしていない」「その条件で合意した覚えはない」と一蹴されてしまう恐れがあるので、

口頭での交渉は避け、必ず書面やメールなど、記録に残る形で交渉を申し出る

ようにしましょう。交渉の際、記録に残すべき事項は次の通りです。

(図表3)【交渉の際、記録に残すべき事項】

項目 書面やメールに残すときの記載例
問題となっている事象 ・例1:「〇月〇日付の発注案件について、代金の支払いが〇カ月遅延しております。」
・例2:「〇月〇日に、御社との取引に関し、原材料の高騰に伴う価格改定をご相談いたしましたが、何ら協議に応じていただけず、現状維持とされました。」
取適法の根拠 ・例1:「これは、取適法第5条第1項第2号『下請代金の支払遅延の禁止』に抵触する可能性がございます。」
・例2:「これは、取適法第5条第2項第4号『協議に応じない一方的な代金決定の禁止』に該当するのではないかと考えます。」
受注者から要求する是正策 ・例1:「つきましては、〇月〇日までに代金をお支払いいただきたく、ご連絡申し上げます。」
・例2:「つきましては、原材料の高騰に関する資料を添付いたしますので、改めて協議の場を設けることを申し入れます。」
穏便な解決を求める姿勢 ・例:「今後とも貴社との良好な関係を継続したいと存じます。何卒、ご対応のほどよろしくお願い申し上げます。」

(出所:筆者作成)

(ステップ2)の話とも重なりますが、書面やメールなど形に残る交渉の記録は、次の(ステップ4)で紹介するように、専門機関に相談する際にも有力な証拠になります。それに、交渉内容を「見える化」して社内で共有しておけば、今後、同じようなトラブルが起きた際の参考にすることもできます。

また、公正取引委員会のウェブサイトでは、受注者が発注者に対して、労務費の転嫁の交渉を申し込む際の一例として、見積書のひな型を公表しています。発注者との価格交渉を行う際には、このようなひな型も参考にするとよいでしょう。

■公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」■
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/romuhitenka.html

ただし、交渉はけんかではありません。法律を盾にしつつ、あくまで柔らかい言い回しで伝えることが大切です。重要な取引先との関係を損なってしまうことは、会社としても本意ではないはずです。

5 (ステップ4)交渉がうまくいかなかったら……

(ステップ3)までを経ても、発注者との交渉がまとまらない場合、次の機関に相談しましょう。

1)公正取引委員会・中小企業庁

取適法は、公正取引委員会・中小企業庁が所管しており、取引に関する相談窓口を設けています。もしも、発注者が交渉に応じてくれなかったり、取適法に違反する取引を強要されたりした場合には、これらの窓口に相談しましょう。

「発注者から取引を打ち切られたらどうしよう……」などの心配から、相談をちゅうちょしてしまうかもしれませんが、取適法では、

受注者が発注者の違法行為などを申告したことを理由に、発注者が受注者に対して不利益な取扱い(取引数量を減じる、取引を停止するなど)をすることを禁止

しています(報復措置の禁止)。仮に発注者から不利益な取扱いを受けた場合、その旨も相談してみるとよいでしょう。

ただし、公正取引委員会・中小企業庁は、相談に応じたり、違法行為の調査・指導を行ったりはしてくれますが、

発注者と受注者のトラブルを仲裁する権限は持っていない

のでご注意ください。

2)下請かけこみ寺

中小企業庁が実施している「下請かけこみ寺」では、専門の相談員や弁護士が無料で中小企業の取引上のトラブルに関する相談に応じてくれます。こちらは、

裁判外での紛争解決手続(ADR)を提供しているので、発注者と受注者の具体的なトラブル解決が可能

です。解決方法は弁護士による調停で、裁判と異なり非公開で行われるため、当事者以外には秘密が守られますし、調停場所や時間なども融通が利きやすくなっています。

以上、受注者が取適法を活用しながら発注者と交渉する際のポイントを紹介しました。発注者からの無理な要求に対して、「従わないと取引してもらえない」「こちらが少し無理をすればなんとかなる」と諦める前に、まずはこの記事で紹介したステップを試してみてください。取適法をしっかり理解して行動に移すことが、会社を守る力になります。

以上(2025年12月作成)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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【解決編】円満退職したはずの社員と裁判で争うことになるなんて……

この記事は、退職者から未払賃金の請求が来た場合の対応を紹介するコンテンツの後編です。前編はこちらをご確認ください。

1 主張が相いれない場合の解決方法

シーン:退職者側の弁護士との任意交渉、そして訴訟へ

会社の顧問弁護士であるC弁護士が、Xの代理人であるB弁護士と面談をしました。Xの主張は

タイムカードの打刻後もサービス残業をしていて、未払賃金が発生している(未払賃金の計算は、Xが自ら記録していた手帳・日記の記載によるもの)

というものでした。

社長は、在職時のXの上司に聞き取り調査を行いました。しかし、Xのサービス残業があったことは確認できず、証拠に客観性が乏しい状況です。そこで、A社長はC弁護士に対し、

直ちにXが主張する未払賃金を支払うのではなく、未払賃金の額を争う方針での任意交渉

を依頼しました。

こうして弁護士間での任意交渉が始まりました。

  • C弁護士:手帳・日記はXが作成したものであり、根拠としては不十分である
  • B弁護士:他にも客観的資料を確認している

双方の主張は平行線となりました。C弁護士は、客観的な証拠があれば和解も検討するつもりでしたが、最終的にB弁護士から資料の開示について難色を示されたため、任意交渉は決裂。その後、Xから会社に対しての訴訟が提起されました。

Q1:紛争を解決する方法にはどのようなものがある?

紛争を解決する方法としては、主に次の3つがあります。

1.任意交渉

法的手続によらず話し合いによって解決を図ります。裁判や労働審判などの法的手続の場合、解決までに時間がかかりますが、任意交渉は、スムーズに進めば、早期に紛争を解決できます。

2.訴訟

この記事の事案では、未払賃金の支払いを求める訴訟を指します。事案や争点にもよりますが、多くの訴訟では、第一審の判決までに1年から1年半ほどの時間がかかります。

3.労働審判

訴訟と同じく裁判所による法的手続です。「原則3回以内」という短い期日で集中的に審理を行うため、訴訟よりも迅速に手続が進みます。ただし、「事実関係が複雑」「法的な判断が難しい(退職者の管理監督者性など)」など、審理に時間がかかる複雑な事案の解決には不向きです。労働審判手続を行うことが適当でない場合、訴訟手続に移行することがあります。

Q2:解決方法を選択するポイントは?

一般的には、

まずは任意交渉によって解決を試み、任意交渉では双方の折り合いがつかない場合、訴訟や労働審判による解決を考える

ことになります。具体的には、

  • 未払賃金の算定根拠が乏しく、会社として支払いに妥協できない場合
  • 法的な判断が求められる上に、他の社員にも影響する内容(労働時間管理の方法、退職者の管理監督者性など)について、会社側と退職者側双方の主張が対立している場合

などに、裁判所の判断を仰ぐことを検討します。ただし、訴訟の場合は、労働審判と異なり、付加金の支払いが求められる可能性があり、注意する必要があります。

2 退職者側との交渉の落としどころは?

シーン:訴訟から1年が経過、そして和解へ

訴訟では、Xの主張する残業時間について争われましたが、両者の主張は平行線のまま、約1年間が経過しました。証人尋問が終わった後、裁判長は会社側に対し、和解による解決の可能性がないかを尋ねました。これを受けて、C弁護士はA社長に今後の方向性を相談しました。

C弁護士:A社長、Xさんの手帳・日記の他に、ビルの入退館記録やPASMOの記録が証拠として提出されています。これらの証拠を見て、裁判所はXさんの主張には一定の理由があると考えているようです。

A社長:Xの主張する額が全額認められるわけではないですよね? だったら、引き続き裁判で争い、判決を待つという対応でもいいんじゃないですか?

C弁護士:判決となった場合、未払賃金に加えて、遅延損害金や付加金を支払わなければならない恐れがあります。それに、Xさんと同じ労働条件で働いている他の社員から同様の請求を受けてしまうかもしれません。

A社長:うーん、そういう事態は避けたいなぁ……。

C弁護士:和解であれば、遅延損害金や付加金の支払免除を求めることができるかもしれません。それにXさん側の条件を聞くことで、御社の労働時間管理を見直す良い機会にもなるのではないですか?

A社長はこの考えに同意し、C弁護士に和解による解決を依頼しました。そして、最終的にXの主張する未払賃金の一部を支払うことで和解が成立しました。

Q3:交渉の決着方法にはどのようなものがある?

訴訟になったからといって、必ずしも判決による解決がなされるわけではなく、裁判所の関与の下、和解による解決がなされることも多くあります。

1.判決

裁判所が会社側と退職者側双方の主張を基に事実を認定し、未払賃金の額を判断します。

  • (会社側の主張が合理的で、退職者側の立証が不十分であると判断された場合)退職者側の請求を棄却する判決
  • (退職者側の主張の一部または全部が正しいと認められる場合)会社側に未払賃金(裁判所が事実認定によって判断した額)の支払いを求める判決

がなされます。

2.和解

裁判所の関与の下、会社側と退職者側双方の要望を盛り込んだ和解条項を作成します。和解条項には、

遅延損害金や付加金の支払免除、退職者の守秘義務(トラブルの存在や和解内容を他言しない旨)など

を盛り込みます。

Q4:どのような場合に和解を選択する?

和解を検討するのは、

敗訴する可能性が高い場合や、可能性が低くても敗訴したときの影響が大きい場合など

です。

判決での解決になると遅延損害金が発生する上に、事案によっては裁判所から付加金の支払いを命じられることもあります。そのため、裁判所が会社にとって不利な心証を抱いていると考えられる場合(退職者側が提出した証拠が合理的な場合など)には、遅延損害金などの負担を避けるため、和解を選択することが考えられます。

さらに、会社としては、他の社員との関係にも注意する必要があります。万が一、判決によって会社側が敗訴すると、退職者と同じような労働条件にあった他の社員からも、同様の請求を受けてしまう恐れがあります。こうした場合の対策として、

和解条項に守秘義務を設けることで、他の社員からの請求を回避する

ことも考えられます。

以上(2025年11月更新)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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【勃発編】円満退職したはずの社員が未払賃金を請求してきた!?

1 円満退職したはずの社員が未払賃金を請求してきた

シーン:弁護士名義の内容証明郵便

社長室でくつろぐA社長。そこに、人事部長が1通の郵便物を持って駆け込んできました。その郵便物は、差出人を「X代理人弁護士B」とする内容証明郵便。Xは、先月に退職した社員です。書面の内容は、

「2022年4月1日から2025年3月31日までの3年分の未払賃金として、200万円を支払え」

というものでした。「Xは円満退職じゃなかったのか?」と、ショックを隠せないA社長でした。

Q1:そもそも、なぜ未払賃金が発生する?

・管理監督者の誤認

「課長職だから」という理由で割増賃金を支払っていなかったが、実は労働基準法上の管理監督者に該当しなかった。

・サービス残業の見落とし

タイムカードで労働時間を管理していたが、実は社員がタイムカードを打刻した後、サービス残業を行っており、割増賃金の一部が支払われていなかった。

・固定残業代の誤認

「固定残業代制度を導入しているから」という理由で割増賃金を支払っていなかったが、ルールの整備や固定時間の設定が誤っていた。

・テレワークの労務管理の不備

テレワークの社員について、日々の労働時間を本人からの自己申告で把握していたが、申告漏れがあった場合は、実態を確認せずに「所定労働時間を働いたもの」として扱っていた。その結果、実際は残業しているのに割増賃金が支払われないことがあった。

Q2:未払賃金は、どのような方法で請求される?

未払賃金の請求は、

退職者が依頼した代理人弁護士から内容証明郵便の形式で受けるケース

が多いです。

また、労働組合との団体交渉によって、未払賃金の支払いを求められることもあります。

社内に労働組合のない会社であっても、退職者が個人でユニオン(合同労働組合)に加入し、そのユニオンが会社に団体交渉を申し込んでくるケース

があります。

Q3:請求された未払賃金は、全額支払わなければならない?

会社が未払賃金を支払わなければならないのは、本来支払うべき額を正しく支払っていなかったときだけです。ですから、退職者から未払賃金を請求されたとしても、

請求された額が正しくない場合(計算間違いなど)、請求通りに全額を支払う必要はない

ということになります。なお、未払賃金の時効は、

本来の支払期日から5年間(当面の間は3年間)

です。

Q4:未払賃金が発生した場合の制裁(ペナルティー)は?

1.遅延損害金

未払賃金が発生した場合、支払いがなされるまでの間、

未払賃金に一定の利率を掛けた遅延損害金が発生

します。退職者の場合、遅延損害金の利率は、

  • 在籍していた期間については、年利3%
  • 退職日の翌日以降については、年利14.6%

となります。つまり、未払賃金の支払いをめぐって会社と退職者がトラブルになった場合、争いが長期化した分、遅延損害金の負担も大きくなるということです。

2.付加金

退職者が請求した場合、

裁判所は会社に対して、未払賃金と同額の付加金の支払いを命じることが可能

です。裁判所が常に付加金の支払いを命じるとは限りませんが、退職者側の弁護士は、訴訟になれば必ず付加金も併せて請求してきます。

2 請求が来たら会社は何をすべき?

シーン:請求内容を確認の上、弁護士に相談

A社長は、まず、Xの未払賃金を確認することにしました。賃金規程を確認した上で、賃金台帳とタイムカードを照合して、X代理人弁護士Bが請求する額と照らし合わせました。

しかし、A社長が確認したところ、Xへの割増賃金は全て支払い済みで、未払賃金は存在しないようです。内容証明郵便には「回答期限が10日以内」「回答がない場合には法的措置を取る」と書かれていたため、A社長は、会社の顧問弁護士であるC弁護士に相談しました。

Q5:請求が来たら、まず何をすべき?

未払賃金の請求が来た場合、

未払賃金の請求根拠と、退職者が請求する額が正しいかを確認

しましょう。労働基準法により、会社は、

賃金台帳やタイムカードなどの重要な書類を5年間(当面の間は3年間)保管する義務

があります。そのため、会社に保管されているこれらの書類に基づいて、退職者が請求する額が正しいかを確認します。

Q6:請求が来た際にやってはいけないNG行動は?

未払賃金の請求が来た際、

退職者に請求の取下げを迫ったり、請求を放置したりするのはNG

です。このような行動を取ると、退職者が労働基準監督署に通報し、会社に調査や指導が入る恐れがあります。さらに、訴訟や労働審判になった場合、不利に扱われて、付加金の支払いを命じられてしまう可能性もあります。

また、

未払賃金の請求を受けたことを他の社員に話したり、公開したりするのも避けるべき

です。会社には、請求を行った退職者と同じ労働条件で勤務する社員が在籍していると思います。そのため、特定の退職者から未払賃金の支払請求を受けたことが公になってしまうと、他の社員からも同様の請求を受けてしまうことがあります。

Q7:弁護士に相談するタイミングは? 用意すべき資料は?

いったん訴訟が提起されてしまうと、退職者との間で円満に解決することは難しくなります。また、争いが長期化するだけで遅延損害金が発生してしまいます。そのため、未払賃金のトラブルになった場合には、できるだけ早く弁護士に相談すべきです。今回の事案でいえば、

内容証明郵便が来た時点で弁護士に相談するのがよい

でしょう。

また、弁護士に相談する際は、事前に次の資料を用意しておくと、スムーズに進めることができます。

  • 退職者から送付を受けた内容証明郵便
  • 就業規則や賃金規程などの社内規程
  • タイムカードや勤怠管理表などの退職者の労働時間を管理する資料
  • 給与明細の控えや賃金台帳

前編はここまでです。A社長は、この難局をどう切り抜けるのか、次のコンテンツでご確認ください。

以上(2025年11月更新)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

pj00381
画像:pexels

ヒント5[仕事1]:事前にいくら伝えても、入社後のギャップは必ずある/武田斉紀の『人が辞めない会社、10のヒント』(6)

1 本人が自信をもって入社しても、日々の仕事にギャップはある

今シリーズの狙いは、経営者、人事担当者、現場の皆さんのお悩みである「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」という課題を解決すること。『人が辞めない会社、10のヒント』と題して、毎回1つずつご紹介していきます。

『人が辞めない会社』に変わるための課題、その原因と解決策は会社によってさまざまです。

今回ご提示するヒントが皆さんの抱える原因に明らかに当てはまらない場合は、読み飛ばしてくださって結構です。ですが、ヒントの1~9までが該当しなくても、10が当てはまるかもしれません。

全社共通の原因もあれば、部署ごとの固有の原因も存在することでしょう。原因が1つだけというケースは少ないので、何回分か読んでいただければ「これはうちにも当てはまるな」というものを見つけていただけるのではと思います。

第2回から前回の第5回まで、『人が辞めない会社』に変わるための「採用段階」におけるヒントについてお話ししてきました。第6回からは入社後のヒントについてです。

さて、採用し内定を出した候補者が、無事に入社してくれたとしましょう。いざ配属されてみると、本人にとって「採用時に聞いていたイメージと違った」「こんなはずじゃなかった」となるケースは珍しくありません。皆さんにも覚えがあるのではないでしょうか。

いくら入社までに丁寧に情報を伝えてきたとしても、入社後の配属現場でのイメージに100%ギャップがないということはありません。

たとえ、アルバイトからそのまま正社員になって、同じ職場に配属されたとしてもです。アルバイトと正社員の仕事内容の違い、期待の違いからギャップは生まれます。

ましてや一般の新卒採用や中途採用のルートで入社した場合、もっとギャップはあるでしょう。

会社側は、入社者にとって誰しも「事前のイメージとのギャップはあるもの」と想定して対応するべきなのです。

2 新卒採用、中途採用、入社後ギャップが生まれるそれぞれの理由

新卒であれば、職種別採用でもなければ本人希望の職種に配属されるとは限りません。そのギャップから、「自分がやりたい仕事ではない」「こんなはずじゃなかった」とモチベーションが下がり、早期に辞めてしまう可能性があります。

もし、配属が本人希望職種の通りだったとしても、先ほども触れたようにアルバイトと正社員では任される仕事内容も期待も異なります。

本人のイメージより内容や期待が大きすぎて「自分には無理だ」と思わせてしまうこともあれば、逆に「この程度の仕事しか任せてもらえないのか」と落胆することもあるでしょう。

そこは丁寧に説明してあげてください。例えば「最初に任せる仕事はこれこれで、できれば半年、1年後にはこうなってほしいが、このように育てていくので安心して欲しい。先輩たちも最初は戸惑うけれど、1年後にはみんな一人前に育っているよ。その先にはこんな世界が待っているよ」と。

中途採用の場合は、経験やスキルを期待しての職種別採用が主体でしょうから、仕事上のギャップは少ないだろうと思われるでしょうか。実はそうとも限りません。

同じ職種であっても会社が違えば大なり小なり業務内容は異なります。職場環境や文化の違いもあるでしょうし、入社前に描いていたイメージと完全一致する可能性は低いでしょう。

また、「三つ子の魂百まで」といいますが、社会人として就職した1社目での経験の影響は大きいもの。良かれ悪かれ“基準”になりがちです。前職での経験やルールが邪魔をして新しい職場にすぐに慣れないこともあります。新卒のように気軽に相談できる同期も少なく、中途入社者のほうが「こんなはずじゃなかった」に陥りやすいのかもしれません。

繰り返しますが、会社側は、どんなルートで入社した人でも「事前のイメージとのギャップはあるもの」と想定して対応するべきです。

特に最初が肝心。早い人だと初日で結論を出してしまうかもしれません。どうすればいいでしょうか?

3 初日から丁寧に、少しずつ間隔を空けつつ定期的なフォローを続ける

少しの時間でもいいので、初日終了後に本人の感想を聞く時間を設けましょう。

他の人がいる場で「どうだった?」と投げかけても、なかなか本音は聞けません。表情や態度だけで判断するのも危険です。本音が表に出やすいか否かには個人差がありますから。

できればいわゆる1on1(ワン・オン・ワン、1対1)の形で設定できるといいでしょう。本人に振り返りの感想を短い文章にしてもらって、それを共有しながら進めるのもいいかもしれません。文章にすることで本人の感情、本音が予め整理できます。

入社初日から数日を研修に充てている場合は、初日終了後面談を担当した人で集まって、改善点を翌日以降の研修に反映できるといいでしょう。その上で「昨日皆さんに初日の感想を聞いて、こういう意見がいくつか聞かれたので、今日はこんな感じに少し変えてみますね」という一言をもらえるだけで、入社者は安心できるものです。

「(新卒、中途に関わらず)新人の導入にそこまで慎重かつ丁寧に対応しなければいけないの?」と思われるでしょうか。

こうしたフォローは本人を甘やかすためのものではありません。新たな職場への不安は、誰しも大なり小なり感じるもの。細やかなフォローは、その不安や誤解を解消し、防げる退職を減らすためであり、一日も早く本来の仕事に取り組んでもらうために必要なことなのです。

もし、皆さんが卒業した学校のよく知る後輩が、あるいはあなたの家族や親戚が、あなたがいるからと同じ会社に入社してきたのだとすればどうですか?入社日にちゃんと来ているか気になるでしょう。初日を終えてどんな感想を抱き、どんな気持ちでいるか心配ではないでしょうか。

後輩や家族を迎えるのと同じ気持ちで新しいメンバーを迎えることができれば、彼らは心強いでしょう。たとえ「こんなはずじゃなかった」と思えるできごとがあったとしても、すぐに辞めようとは発想しないでしょう。その前に、一度相談してみようと思うのではないでしょうか。

入社後すぐに人事主導の導入研修がある場合は、採用活動から直接接してきた担当者がフォローするほうが本人も本音を言いやすく、相談もしやすいでしょう。でも、配属先で過ごす時間が増えてくると、なかなか人事だけではフォローしきれなくなってきます。

そこで入社時点で、入社者一人ひとりに“メンター”と呼ばれる相談相手を、現場に近い人から選んで付けておくといいでしょう。

職場の先輩や上司でもいいのですが、彼らはそうでなくても仕事上フォローする立場にあります。仕事でのトラブルの場合は、かえって相談しづらくなる場合もあります。

できれば近い部署、近い年代で、本人と相性の良さそうな同性のメンターがお薦めです。

相性が心配であればメインとサブの2人体制でも構いません。本人には何かあれば遠慮せず相談しやすいほうに声を掛ければいいと伝えておいてください。上司や職場の仲間にも、メンター制度と担当者については予め理解を得ておいてください。

そうして「入社初日」、「研修が続くのであれば中日や終了後」に人事担当者から。「現場での初日」、「1週間後くらい」にメンターや職場の上司から声をかけて1on1ミーティングを実施してみましょう。

4 一人ひとりの面談後の記録を人事が一元管理し、必要に応じたフォローを

入社者一人ひとりの面談後の記録は、人事で一元管理しておきましょう。各部署にいる間は上司が閲覧できるようにし、退職を予感させる変化があれば双方が気付けるようにするのです。最近ではAIがコメントから退職可能性を予測してくれたりもします。

上司が変化に気付けば、まず自ら声をかけてみてもいいでしょうし、かけづらいようなら人事に気軽に相談できる仕組みにします。現場の上司は毎日接しているだけに変化に気付きにくいかもしれません。メンバーの悩みへの対応スキルにも差があるでしょう。

人事が先に変化に気付けば、上司にフィードバックして対応方法を相談する。あるいは上司との関係が原因と思われる場合は、先に本人に直接話を聞いてから対応を考えます。

職場の先輩やメンターにまで個人の面談情報を全て共有するのは難しいかもしれません。彼らには「気になる変化があれば上司または人事、どちらでもよいので相談してほしい。報告して欲しい」と伝えておきましょう。

情報が漏れなくタイムリーに集まる仕組みを作っておくことが重要です。

入社者の側からすると、「常に誰かが見てくれている安心感がある」「複数の相談相手がいるので、ケースバイケースで相談しやすい」「誰に相談しても最終的には人事(入社時に世話になった人など)も知ってくれているのだと思える」。

そうして「人事」「職場の先輩や上司」「メンター」が随時情報を共有しながら、本人が一日も早く仕事に集中できる環境づくりに努めましょう。こうした丁寧かつ定期的なフォローがあればあるほど、本人はすぐに辞めないはずです。

少子化や人手不足の中、時間とお金をかけて採用した人材は“宝”です。“宝”だから甘やかしましょうと言っているのではありません。“宝”だから、大切に扱ってほしいのです。

人事で一元管理しておく一人ひとりの面談後の記録は、その他の人事情報とも連携させることで、長期的な人材育成にもつなげることができます。その辺りの話はまた改めて。

入社初日から一人ひとりを個別にフォローするとともに、当面は頻繁にフォローできる体制をつくりましょう。人事と現場、さらにはメンターを設定して三者が協力しながら、スムーズな導入を目指してください。

第6回を最後までお読みいただきありがとうございました。次回も[仕事]についてのヒントをご紹介します。

毎回ご紹介するヒントを参考にしながら、自社を退職する一人ひとりの「辞める理由」と、働いている一人ひとりの「辞めない理由」を丁寧に拾ってみましょう。見えてきた自社ならではの“課題”を解消し“強み”を活かせれば、『人が辞めない会社』へと変われるはずです。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mailto:brightinfo@brightside.co.jp
https://www.brightside.co.jp/

※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』
https://amzn.asia/d/e8GZwTB
『なぜ社長の話はわかりにくいのか』
https://amzn.asia/d/8YUKdlx

以上(2025年12月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

pj90279
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【資金繰り】不確実な時代の資金繰りを安定させるポイントとは?

1 適切な資金繰りはできていますか?

経営が行き詰まる最大の原因は資金ショートですから、

資金繰り表を作成し、適切な資金繰りを管理することでリスクを回避することが基本

です。物価高や国際情勢の不安定化などで経営の先行きが不透明さを増している現在、資金繰りがより重要になってきていることを、経営者は痛感していることでしょう。

資金繰り表は最低でも3カ月先、理想的には1年先まで作成しておきたいものです。また、一般的な資金繰り表は月次ですが、資金繰りがタイトな場合は、日次の資金繰り表(日繰り表)を作成します。また、資金繰り表はキャッシュ・フロー計算書と混同されがちですが、両者は、

  • 資金繰り表:将来のお金の流れを把握して経営のかじ取りに活かす内部資料であり、いわゆる直接法(主要な取引ごとに資金の増減を加減算する方法)で計算されることが多いです。
  • キャッシュ・フロー計算書:過去のお金の流れを社外に報告するための財務諸表でいわゆる間接法(損益計算書の利益から一定の項目を調整する方法)で計算されることが多いです。

といったように異なります。

この記事では、月次資金繰り表の例を見ながら、実際の作業やポイントを解説していきます。押さえるべき主なポイントは次の通りです。

  • 資金繰り表の記載内容を理解する
  • 予測と実績の差異を分析し、その後の資金繰りに活かす
  • 月末の必要現金を確保する
  • 資金繰りが悪化する原因を知る(売上の急拡大など)

2 月次資金繰り表のポイント

まずは、月次資金繰り表の例をご確認ください。どういったことが読み取れるでしょうか?

月次資金繰り表の例

1)前月繰越金

最初の月(上記の例では8月の100,000)の前月繰越金(1)は、

実際の現金残高を記入します。銀行口座や小口現金出納帳の合計額を確認

しましょう。それ以降の月は、前月の翌月繰越金(8)と同額が記入されるようにします。

2)営業収入と営業支出

営業収入の項目(2)には、

営業部門などから販売実績や販売見込みの情報を入手

して記入します。過去の銀行口座などの入金を観察することも、得意先の販売傾向の予測に役立ちます。販売見込みは可能な限り正確な予測を入手し利用することが理想的ですが、将来のシナリオを考えるうえで楽観・中庸・悲観の3つの数値を用意することもあります。担当者からの報告を反映するだけでなく、経営者としての経験則を活かして見極めるようにすることが大切です。すでに発生している売掛金・受取手形などの営業債権については、回収スケジュールに基づき資金繰り表に反映します。

営業支出の項目(3)には、

過去の銀行口座や小口現金出納帳の出金を基に記入

します。過去の出金内容から網羅的に支出項目を抽出できるため、銀行口座や小口現金出納帳の情報は重要です。すでに支払義務が生じている買掛金・支払手形などの営業債務については、支払スケジュールに基づき資金繰り表に反映します。なお、リモートワークから出社回帰といった勤務形態の変更などによってオフィス家賃や通勤手当などの固定費が変わることもあるので、そのときの状況に合わせて精査していきます。

3)投資収入と投資支出

投資収入の項目(4)には、

設備投資計画、稟議書や取締役会議事録を基に、店舗閉鎖などによる重要な資産の売却情報を記入

します。

投資支出の項目(5)には、

設備投資計画、稟議書や取締役会議事録を基に、設備投資の購入情報を記入

します。

いずれも、取引の内容によっては見積額と実績が大きく乖離(かいり)することがあるため、可能な限り精度の高い情報を得るようにします。

4)財務収入と財務支出

財務収入の項目(6)には、

新規の借入れや増資の金額を記入

します。

財務支出の項目(7)には、

借入金の返済・利払いは、金銭消費貸借契約書などに添付されている返済予定表を基に、借入金の返済と利払いを記入

します。

3 差異分析こそノウハウの種

資金繰り表は、過去の実績を基に将来予測を作成します。そのため、

実績が判明した段階で予測と実績の差異を分析し、その後の資金繰り表の作成に活かす

ことが不可欠です。中小企業においては資金繰り表自体を作成していないこともあるかもしれませんが、経営者が資金繰りに積極的に関与することで、今まで知らなかった課題や取引先の状況変化のサインが見えてくることがあります。

例えば、いつもは期日通り行われていた取引先からの入金が遅れていた場合には、取引先の財務状況の悪化のサインかもしれません。このような小さなサインがあれば、将来考えられる営業収入への悪影響を、実際の資金繰り表に当てはめて調整していきましょう。

4 月末必要現金を増やして安全弁に

資金繰り表を作成したら、各月末残高(翌月繰越金)に注目します。資金ショートを防ぐためには、各月末残高(翌月繰越金)が月末必要現金を上回っていることが必須条件です。月末必要現金は、翌月上旬の支払合計額に一定のバッファーを見込んで決めるもので、通常は月売上の1~2カ月分程度の現金があることが望ましいといわれます。ただし、現在のような不確実性の高い時代には、重要な得意先の売掛金の回収が遅れた場合なども想定して、資金繰りに支障を来さないような現金を準備しておくことが目安になるでしょう。

5 資金繰り悪化の代表的なケース

1)赤字の継続

販売不振が続き、入金が減少する一方で、それに見合うだけの費用を減らすことができず出金が一定額のままの場合、赤字(損失)が継続します。その結果、会社の現金が減り続け、資金繰りが悪化していきます。

2)売上の急拡大

売上が急拡大した場合、それに合わせて資金も豊富になると考えがちです。これは中長期的には正しいですが、短期的には正しくないことがあります。なぜなら、入金と支払いのタイミングによっては支払額の方が多額となり、資金繰りが一時的に苦しくなることがあるからです。

例えば、新規取引先に商品を販売する場合、出荷の時点で売上は計上されますが、代金が入金されるまでには一定の期間がかかります。また、その商品を仕入れたり、配送したりするためのコストがかかっています。さらにいえば、新規獲得に関わる人件費などのコストもかかっています。以上から、売上が急拡大するときには資金繰りに注意する必要があります。

3)販売できないと見込まれる棚卸資産

棚卸資産は、原則として、得意先に引き渡されることで売上が計上され、その結果、入金につながります。しかし、棚卸資産として会社の手元にある間は、現金が棚卸資産に形を変えていると解釈できるため、棚卸資産を長く保有すると自由に使用できない現金が増え、資金繰りの悪化原因となり得ます。また、陳腐化や品質の低下により価値が低くなり、販売見込みがなくなった棚卸資産は、さらに資金繰りに悪影響を与えます。したがって、棚卸資産の保有期間や保有量を減らすことも、資金繰りの改善に役立ちます。

以上(2025年11月更新)
監修(税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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【ビジネス文書・法令文書】令和7年分法定調書の作成・提出の実務と改正された令和8年1月以降の源泉徴収事務

法定調書とは、一定の支払いを行った場合に、その作成や提出が法律上義務付けられている調書をいい、その支払金額がそれぞれ一定金額を超えるもの等については、翌年1月31日までに税務署に提出する必要があります。
令和7年分は「給与所得の源泉徴収票(給与支払報告書)」の記載内容が改正されています。
そこで本稿では、これらの内容を含めた令和7年分法定調書の作成・提出の実務と改正された令和8年1月以降の源泉徴収事務について解説しています。

ビジネス文書・法令文書 今月の特集は、こちらからお読みいただけます。pdf


【PDF】年末に増える迷惑電話対策用「印刷して貼れる職場ポスター」

印刷して職場に掲載できるポスターです。

今回は、年末に増える迷惑電話への対策用に、社員に守ってほしい電話応対の3つのポイントをまとめました。


こちらからポスターのPDFをダウンロードできます。社員への呼びかけのため、職場などに貼ってご活用ください

こちらからダウンロード

以上(2025年12月作成)

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画像:日本情報マート

社会保険の適用拡大、ついに全企業へ! 会社の保険料負担はいくらに……?

1 社会保険の適用拡大……いよいよ全ての会社が対象に?

「社会保険の適用拡大」とは、社会保険(健康保険と厚生年金保険)の被保険者となるパート等の範囲が拡大されることです。ここでいう「パート等」とは、

週の所定労働時間または月の所定労働日数が、正社員の4分の3未満の短時間労働者

のことです。本来、パート等は社会保険の適用対象外ですが、会社が厚生年金の被保険者数について一定の要件を満たし、さらにパート等が労働時間や賃金について一定の要件を満たすと、社会保険に強制加入となります。

現状は、会社とパート等が図表の1.から5.までの要件を全て満たすと、パート等が社会保険に加入するルールになっていますが、2025年6月20日公布の年金制度改正法によって、図表1の赤字部分「1.厚生年金保険の被保険者数」「3.賃金」にメスが入ることになりました。

パート等の被保険者要件

「1.厚生年金保険の被保険者数」については、現状は常時50人超の被保険者を雇用する会社が対象になっていますが、

10年かけて段階的に縮小・撤廃され、2035年10月以降は全ての会社が対象になる

ことになりました。直近では、2027年10月から、被保険者数が常時35人超の会社が対象になります。

厚生年金保険の改正

「3.賃金」については現状、月額8.8万円以上の賃金要件が定められていますが、

1年金制度改正法の公布日(2025年6月20日)から3年以内に、この賃金要件は撤廃される

ことになりました。

賃金の改正

2 社会保険料の負担はいくら増えるのか?

1)まずは条件を設定しよう

社会保険の適用拡大によって、今雇用しているパート等が新たに被保険者になると仮定します。会社とパート等の条件を次のように設定してみましょう。社会保険料は、全国健康保険協会(以下「協会けんぽ」)の「令和7年度保険料額表(東京都)」を用いて計算します。

  • 厚生年金保険の被保険者数:36人(2027年10月から社会保険の適用拡大の対象)
  • 週の所定労働時間:20時間(1日4時間×週5日勤務)
  • 1カ月当たりの賃金:10万4000円(時給1300円×週20時間×4週)
  • 勤務期間の見込み:継続して2カ月を超えて使用される見込み
  • 適用除外:学生でない

なお、時給については、2025年10月から、東京都の地域別最低賃金が1226円になったことを受け、1300円で設定しています。

2)会社の毎月の負担は、パート等1人につき最低でも1万4669円増える

社会保険料は、健康保険料と厚生年金保険料に分かれていて、それぞれ、

標準報酬月額(月例賃金を一定の金額幅で等級別に区分したもの)×保険料率

で計算した額を、会社とパート等が折半して負担します。なお、健康保険料率はパート等が40歳未満の場合と、40歳以上65歳未満の場合とで異なります。1)の条件の場合、

  • 標準報酬月額:10万4000円
  • 健康保険料率:9.91%(40歳未満の場合)、11.5%(40歳以上65歳未満の場合)
  • 厚生年金保険料率:18.3%

となり、会社とパート等の社会保険料の負担は次のようになります。

会社とパート等の社会保険料の負担

図表4の場合、パート等が社会保険に加入することで、会社の負担はパート等1人につき

月額1万4669円(1万5496円)、年額に換算すると17万6028円(18万5952円)増える

ことになります。

3 実務上、会社がすべきことは何か?

1)対象となるパート等に、社会保険料の天引きが発生する旨を説明する

パート等の中には現状、配偶者などの家族(被保険者)の扶養に入っている人(被扶養者)がいます。社会保険の適用拡大によって、被扶養者であるパート等が被保険者になると、

家族の扶養から外れ、これまで負担義務のなかった社会保険料が賃金から天引きされる

ようになります。「社会保険料の負担義務がない」という理由でパート等での勤務を希望している人もいるでしょうから、被保険者要件を満たすパート等には、社会保険の適用拡大が開始される前に、社会保険料の天引きが発生する旨を説明しましょう。

なお、パート等の中には現状、家族の扶養に入っておらず、国民健康保険と国民年金に加入して自分で保険料を払っている人もいます。こちらのパート等についても社会保険料の天引きは当然発生しますが、保険料の負担については、

社会保険料<国民健康保険料+国民年金保険料

と、社会保険への加入によって軽くなるケースが多いようです(国民健康保険料の計算方法が自治体によって異なり、賃金額などによっては負担が重くなることもあるので注意)。

また、社会保険への加入により厚生年金にも同時加入する事になりますので、将来、自身が受け取る年金額にも寄与できる旨を説明に加えるのもよいかもしれません。

2)社会保険料の天引きと併せて、保険給付の変更についても説明する

パート等が社会保険の被保険者になると、社会保険料の負担が発生する代わりに、今まで受けられなかった保険給付を受けられるようになります。

保険給付の比較

ざっくりイメージを説明すると、

社会保険に加入することで、私傷病や出産で休業する期間の生活保障が受けられるようになり、年金については、国民年金に加えて厚生年金保険の給付も受けられる

ようになります。社会保険料の天引きの件と併せてパート等に伝えてあげると親切です。

3)パート等が希望する場合、労働条件の見直しを検討する

パート等が被扶養者の場合、社会保険が適用されると聞いて「扶養から外れたくないから、もう少し労働時間を短くしたい」などと、会社に相談してくる可能性があります。この点、

会社がパート等と合意して労働条件を変更した結果、パート等が被保険者要件を満たさなくなるのであれば、社会保険に加入させる必要はない

ということになります。

一方、パート等の中には「これ以上労働時間を短くすると、賃金が減って生活が苦しいから社会保険には加入する。むしろ社会保険料が天引きされるなら、もっと労働時間を長くして賃金を増やしたい」と考える人もいるかもしれません。基本的な考え方は労働時間を短くする場合と同じですが、パート等に配偶者がいると、

労働時間を長くしてパート等の給与収入(賃金など)が増えると、パート等の配偶者が所得税の配偶者特別控除を受けられなくなるケースがある

ので注意が必要です。労働条件の見直しについては慎重に検討しましょう。

4)社会保険に加入するパート等については、適正に加入手続きを行う

社会保険の適用拡大が施行される前に、パート等の労働条件を見直すのは問題ありませんが、施行後は被保険者要件を満たすパート等を全員、社会保険に加入させなければなりません。

直近では、2027年10月1日から、厚生年金保険の被保険者数が常時35人超の会社が対象になります。これらの会社に被保険者要件を満たすパート等がいる場合、

被保険者要件を満たすようになった日から5日以内(この場合、2027年10月6日まで)に、各パート等の「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」を所轄年金事務所に提出

しなければなりません。

5)新しいパート等の採用に向けて、求人案内や労働条件通知書も見直す

社会保険の適用拡大が開始された以降も、新しいパート等を採用することがあると思います。求人案内や労働条件通知書についても忘れずに見直しておきましょう。

求人案内については、職業安定法上、

募集するパート等に社会保険が適用されるかどうかを、必ず明示しなければならない

ので注意が必要です。社会保険の被保険者要件を満たすのにもかかわらず、「社会保険の適用なし」と記載しているのであれば、内容を修正しましょう。

労働条件通知書については、労働基準法上、社会保険の適用について明示する義務まではありませんが、現状の書式に項目があるのであれば、求人案内と同じように内容を修正します。

なお、社会保険の適用について確認するだけでなく、その他の労働条件が妥当かどうかについても、改めて検討してみましょう。例えば、

  • 現状、パート等の所定労働時間を週20時間に設定しているが、本当に週20時間も働く必要があるのか?
  • 現状、パート等1人につき担当業務を2つ設定しているが、担当業務を1つにする代わりにパート等を2人雇用することで、賃金や労働時間をコントロールできないか?

などを考えてみます。ただし、賃金に変更を加える場合は、最低賃金や同一労働同一賃金などの問題に注意が必要です。

直近の社会保険の適用拡大まで約2年あります。「まだ2年もある」と考えがちですが、思っているよりも早く時間は過ぎていくものです。自社が対象となる場合、または対象になりそうな場合は、できるだけ早めに準備を進めるようにしましょう。

以上(2025年12月更新)

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