建設業の担い手確保! 2025年全面施行の改正法、ポイントは3つ!

1 建設業の担い手確保に向けて

建設業者は、地域のインフラや住居・オフィス・商業施設の建設を担う重要な存在でありながら、他の産業よりも賃金が低く、就労時間も長いという課題があります。

一方で、2024年4月1日から労働基準法の「時間外労働の上限規制」が建設業にも適用されるようになったこと(いわゆる「2024年問題」)等を受けて、これまでのような長時間労働に依存した働き方も難しくなり、建設業の担い手を一刻も早く確保する必要が出てきています。

そんな中、建設業の担い手確保に向けて、2024年6月14日に改正建設業法・入契法が公布され、2025年12月13日までに全面施行されることとなりました(2025年9月現在、すでに施行済みの内容もあります)。ポイントは大きく次の3つに分けられます。

  • (ポイント1)処遇改善
  • (ポイント2)資材高騰に伴う労務費へのしわ寄せ防止
  • (ポイント3)働き方改革・生産性向上

以降で簡単にポイントを紹介します。より詳しく知りたい場合は、国土交通省のウェブサイトをご確認ください。

■国土交通省「建設業法・入契法改正(令和6年法律第49号)について」■
https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/tochi_fudousan_kensetsugyo_const_tk1_000001_00033.html

2 (ポイント1)処遇改善

1)労働者の処遇確保の努力義務化

建設業者に対し、労働者の処遇を確保する「努力義務」が課せられます。具体的には、

  • 労働者の能力(知識や技能)を公正に評価して、適切な賃金を支払うこと
  • その他、労働者の処遇を確保するための措置を効果的に実施すること

が求められるようになります。

2)不当に金額の低い見積もり提出・見積もり依頼の禁止

また、労務費(賃金原資)について、国土交通省の中央建設業審議会が「労務費の基準」を作成・勧告することになりました。そして、この基準に照らして、

著しく低い材料費等による見積もり提出・見積もり依頼が禁止

されるようになります。

この規定に違反した場合、発注者は国土交通大臣による勧告・公表の対象、受注者は指導・監督の対象となります。特に重要なのが「公表」です。従来の規制下では、不適切な契約が結ばれても、受注者側が泣き寝入りするケースが多くありました。しかし、今回の改正により、不当に低い労務費の見積りを依頼した発注者の名称が公表されることになります。

3)原価割れ契約の禁止

この他、建設工事の請負契約について、

建設業者がその地位を利用して、原価に満たない金額で契約を締結することが禁止

されます。ただし、自ら保有する安価な資材を工事に用いることができる等、正当な理由がある場合を除きます。

3 (ポイント2)資材高騰に伴う労務費へのしわ寄せ防止

1)契約締結前のルールの追加

請負契約の締結前のルールとして、

受注者が注文者に、資材高騰等の請負金額に影響を及ぼすリスクの情報(おそれ情報)を通知すること

が義務付けられます。おそれ情報には、必要な資材の供給不足や価格高騰、特定の建設工事における労働者不足等が含まれます。また、

おそれ情報と併せて、状況把握のために必要な情報(根拠情報)を通知すること

も求められます。根拠情報は、メディアの記事、資材業者の記者発表、公的機関による統計資料等一定の客観性を有するものである必要があります。

さらに、契約締結後に予期せぬ事態が発生した際の協議を円滑に進めるためのルールとして、

資材が高騰した際の請負代金等の「変更方法」を、契約書記載事項として明確に定めること

が義務付けられます。

2)契約締結後のルールの追加

請負契約の締結後のルールとして、

  • 実際に資材の価格高騰等が起きた場合、受注者が注文者に、請負代金等変更について協議を申し出ることができること
  • 注文者は、受注者から協議の申し出があったら、誠実に応じる努力義務を負うこと

が定められます。協議すること自体を正当な理由なく拒絶したり、協議の開始をあえて著しく遅らせたり、受注者の主張を一方的に否定したり、十分に聞き取らずに協議を打ち切ったりすると、「誠実」に協議に応じていないと判断されます。

4 (ポイント3)働き方改革・生産性向上

1)働き方改革

いわゆる工期ダンピング(建設工事を施工するために通常必要とされる期間よりも著しく短い工期を設定する請負契約)への規制が強化されます。

もともと注文者については、工期が著しく短い請負契約を締結することが禁止されていますが、このルールが受注者側にも適用

されるようになります。受注者自らが無理な工期設定を提案することを抑制し、長時間労働の温床を根本から絶つのが狙いです。

また、

  • 受注者が注文者に、資材が入手困難になる等工期に影響を及ぼすリスクの情報を通知する義務を負うこと
  • 通知を受けた注文者は、工期の調整について誠実に協議に応じる努力義務を負うこと

が定められます。

2)生産性向上

本来、公共性があったり、多くの人が利用したりする建物の建設工事では、専任の監理技術者等を置くことが義務付けられていますが、

ICT(情報通信技術)を活用することを条件に、専任者の設置義務が緩和

されます。ICTの活用例としては、

  • タブレット端末を通じた設計図面や現場写真等の共有
  • ウェアラブルカメラ等による現場のリアルタイム映像・音声の共有

等が挙げられます。ただし、ICTの活用と併せて「現場間の移動時間が概ね2時間以内であること」等の要件も満たす必要があります。

以上(2025年9月作成)

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【収支シミュレーション】 サバイバルゲームフィールドの開業収支モデル

1 サバイバルゲーム市場の動向

サバイバルゲームとは、エアソフトガン(BB弾を発射する銃。以降、エアガン)や赤外線が出る光線銃を使って、敵味方に分かれて撃ち合い、決められたルールに基づいて勝敗を競うゲームです。

矢野経済研究所「オタク」市場に関する調査によると、2024年度の予測で、サバイバルゲームの施設運営事業者の市場規模は売上高ベースで76億円、サバイバルゲームで使われるトイガンの国内メーカーの市場規模は出荷金額ベースで88億円とされています。

サバイバルゲームの検索やイベントなどの情報発信を行うウェブサイトの東京サバゲーナビによると、都道府県別のサバイバルゲームフィールドの件数は次の通りです(2025年8月13日時点)。なお、フィールドの種類(アウトドア、インドアなど)は問いません。

サバイバルゲームフィールドの件数

全国で見ると、特に千葉県には46カ所のサバイバルゲームフィールドが集中しており、関東圏のプレイヤーが集まる中心地となっています。

なお、常設でないサバイバルゲームフィールド(例:スキー場などを、本業で稼働していない時期に期間限定でサバイバルゲームフィールドとして開放する)などもあるため、表中の件数と実際の件数は異なる可能性があります。

2 サバイバルゲームフィールドの事例

1)サバイバルゲームフィールドの運営について

サバイバルゲームフィールドは、普段一緒にゲームを楽しむ仲間同士での貸し切り利用に限りません。多くのサバイバルゲームフィールドでは、運営事業者が不特定多数のプレイヤーが参加できる「定例会」と呼ばれるイベントを定期的に開催し、集客を図っています。

また、道具を持っていない人でもサバイバルゲームを楽しめるように、「エアガン」「目や顔を守るためのゴーグルやフェイスマスク」などの装備をレンタル品として貸し出したり、初心者向け講習会、親子向けイベントを開いたりすることで、間口を広げる取り組みをしている施設もあります。

2)アウトドアフィールドとインドアフィールドの比較

サバイバルゲームフィールドは、大きくアウトドア型とインドア型で分けられます。

アウトドア型は、森林などの自然や実際の地形を活かして作られるサバイバルゲームフィールドです。自然下でゲームを楽しめるため、非日常感を味わいたいユーザーや、大人数で楽しみたいユーザーを取り込みやすいことが強みになります。一方で、都市部から立地が離れてしまうため、アクセス手段が限られてしまうことや、天候や季節に営業が左右されることがデメリットといえます。

インドア型は、倉庫や既存の物件を改装するなどして作られたサバイバルゲームフィールドで、少人数でのグループ利用が中心となります。天候に左右されずに営業ができ、都市部や駅の近くに立地しやすいため、初心者やライト層を取り込みやすいことが強みになります。

その他の特徴は、次の通りです。

アウトドアフィールドとインドアフィールドの比較

2)アウトドア型サバイバルゲームフィールドの事例

1. BE FORESTER 壬生(栃木県壬生町)

フォレストーリー(栃木県宇都宮市)が運営するサバイバルゲームフィールドです。同社は林野庁「令和元年度森林づくりへの異分野技術導入・実証事業」の委託事業者で、栃木県壬生町の18ヘクタールの森林を山主から借り上げ、自然を活かしたフィールド作りをしています。

サバイバルゲームの参加費の一部を山主に還元し、山林管理費に充当している他、参加者がごみ拾いをすることで、適切な山林管理につながる仕組みづくりに取り組んでいます。

ウェブサイトでは、サバイバルゲームのルール解説や必要な道具を紹介している他、関連グッズの通信販売なども手掛けています。

なお、上記の他、長野県伊那市にも原野林を利用したサバイバルゲームフィールド「BE FORESTER 伊那」が存在します。

■BE FORESTER■
https://beforester.net/

2.宍道サバゲーPARK DANDAN(島根県松江市)

CLIP(島根県松江市)が「宍道総合公園古墳の森」を活用し、占用して開設したサバイバルゲームフィールドです。古墳の森は維持管理コストが高い一方で利用客が少ないという課題があり、同施設は地域の再生とまちおこしを目的に作られました。

ウェブサイトでは、初心者・未経験者向けにサバイバルゲームのルールや必要な道具を解説するなどの情報発信を行っている他、カレンダーや公式ラインで手軽に予約しやすいように工夫がされています。

■宍道サバゲーPARK DANDAN■
https://dandan.kk-clip.co.jp/

3.箱根サバイバルゲームフィールド山中合戦場(静岡県三島市)

戦国時代に武田軍と北条軍がぶつかった、山中合戦場跡地にあるサバイバルゲームフィールドです。箱根の自然を活かしつつ、戦国時代を彷彿とさせる造りを取り入れています。

防風林に囲まれており、風の影響を受けずにゲームができる、会場南側から駿河湾、箱根、伊豆の絶景が一望できる景観の良さも施設の売りとなっています。

親子で参加できる「親子サバゲー」や、夕方から夜間の時間帯にゲームを行う「夜戦」などのイベントを開催しています。

■箱根サバイバルゲームフィールド山中合戦場■
https://hakone-survival.com/

3)静岡県内のインドア型サバイバルゲームフィールドの事例

1.OPERATION JUDGMENT(静岡県浜松市)

アクション映画やドラマの世界のようなフィールドが特徴の施設です。東名高速道路浜松ICより車で約4分とアクセスしやすい立地です。

親子で参加できる「親子サバゲー」や、10歳以上18歳未満用のエアガンを使った「10禁サバゲー」などのイベントを定期的に開催しています。

また、ショップも併設しており、トイガンの買い取り、修理、カスタマイズも受け付けることで、収益源を多角化しています。

■OPERATION JUDGMENT■
http://www.judgment.jp/

2.浜松戦闘ごっこ社(静岡県浜松市)

10歳以上向けの専用サバイバルゲームフィールドを常設している施設です。「子供が堂々と合法的に遊べるサバイバルゲームフィールド」として、ファミリー層からの支持を得ています。フィールド上空でドローンを飛ばすこともできるのも特徴です。

水鉄砲で戦う「水鉄砲エキシビジョンマッチ」や、サバイバルゲームではないですがもの作りが無料で楽しめる「竹灯篭製作体験」など、ユニークなイベントを開催しています。

■浜松戦闘ごっこ社■
http://sentougoccosya.com/

3.SPECIAL FORCE(静岡県焼津市)

インドア型のサバイバルゲームフィールドで、リアルな廃バスや車が障害物として活用されており、縦長のデザインが特徴です。自販機や水道、照明、コンセント、電気ポット、電子レンジも完備されており、快適性が重視されています。

大人チームと子供チームに分かれてのゲームが楽しめ、市街地で戦闘をしているようなスリリングな体験ができます。

■SPECIAL FORCE■
https://x.com/specialforce888

3 開業に当たり留意したい法規制

1)銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)

銃刀法では、サバイバルゲームで用いられるエアガンの発射速度を0.98J(ジュール)と定めています。サバイバルゲームフィールドの運営者は受付時に参加者の銃の弾速を測定し、この法定初速を超えていないか確認する必要があります。

2)建築基準法

倉庫などの既存の建物を改装し、サバイバルゲームフィールド(特殊建築物)として利用する場合、用途変更の確認申請が必要となることがあります。特に、用途を変更する面積が200㎡を超える場合は確認申請が必須です。

3)消防法

延べ面積が一定規模(特定防火対象物で300㎡以上、非特定防火対象物で500㎡以上など)以上の建物では、防火管理者の選任が義務付けられます。

消火器の設置も義務付けられており、各防火対象物・部分から歩行距離20m以下(大型消火器は30m以下)になるよう各階ごとに設置し、床面からの高さ1.5m以下に設置する必要があります。

4 運営に当たり対策すべきこと

1)騒音問題への対策

エアガンの発射音、プレイヤーの声、アナウンス、来場者の車両などの騒音対策に備えることが重要です。来場者に対しては、車両の騒音を抑えるための駐車場までのルート指定や、フィールド内での大声の使用を控えるようにマナー啓発を行うことも大切です。

2)保険への加入

運営や施設の設備に不備があり、利用者が怪我をしてしまった場合に備えて、賠償責任保険に加入している施設もあります。一方で、利用者同士がプレイ中に怪我をしたり、エアガンなどの持ち物が破損したりしてしまった際の補填は、利用者自身が保険に加入することで備えてもらう必要があります。

3)ごみ問題への対策

特に、アウトドア型のサバイバルゲームフィールドではごみやBB弾の適切な処理に注意が必要です。生分解性(微生物の働きによって自然に還る性質)のBB弾でも、地面に放置するのではなく、土中に埋めないと適切に分解されないとされています。利用者に対してはごみの分別やBB弾の適切な処理を呼びかけることが大切です。

5 サバイバルゲームフィールドの開業収支シミュレーション

1)前提条件

前提条件として、静岡県藤枝市内の空き倉庫を改装して、広さ約826平方メートル(約250坪)、スタッフ3人でインドア型のサバイバルゲームフィールドを開業するものとします。

1.売上高

売上高は年間2570万円とします。算出式は次の通りです。

利用金額1人3300円×1回当たりの利用人数15人×1日当たりの回転数2回×年間営業日数260日(週5日営業×52週間)≒2570万円

2.原価率

日本政策金融公庫「小企業の経営指標調査(サービス業)」(2024年8月公表)に掲載の娯楽業(黒字かつ自己資本プラス企業平均)の売上高総利益率73.3%を参考に、原価率を年間売上高の27%とします。

原価には水道光熱費、エアガンを始め、目や顔を守るためのゴーグルやフェイスマスクなどの装備などのレンタル品、BB弾、エアガン用のガスなどの消耗品が含まれます。

3.人件費

サバイバルゲーム運営スタッフの求人情報を基に、スタッフの給与を月25万円とします。スタッフの総数を3人として、年間人件費は900万円とします。

4.賃借料

静岡県藤枝市内の貸し倉庫賃料を月60万円と仮定し、年間720万円とします。

5. 施設整備・設備整備費用

この項目は、総額で270万円とします。主な費用は次の通りです。

  • トイレ、事務所、店舗設置:80万円
  • フィールド内の障害物の設置:70万円
  • 電気工事:50万円
  • 水道工事:40万円
  • 安全管理設備(防弾ネットやフェンス、セーフティゾーンなど):30万円

6.開業費用

この項目は、開業に当たっての立地調査や広告宣伝費などを想定し、総額50万円とします。

7.差入保証金

差入保証金は、賃借料の10カ月分となる600万円とします。

2)収支シミュレーション

収支シミュレーションの前提条件

収支シミュレーション(財務三表)

主な財務指標

以上(2025年8月作成)

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画像:Philipimage-Adobe Stock

徳島から日本を変える起業家たち ― TIBリレーインタビュー ― Vol.2 岡本昌幸氏(ひとざい104株式会社 代表取締役

1 徳島から日本を変える起業家たち

徳島から、日本を変える。

そんな無謀とも思える挑戦を、本気で掲げている起業家支援団体があります。
その名も徳島イノベーションベース、通称『TIB』。

TIBは、行政・金融・メディア・教育機関など、地域の中核を担う組織が一体となって“本気の起業家”を応援する、全国でも類を見ないプラットフォームです。

設立は2020年。

以来、全国へと広がりを見せる「xIB」の原点として、徳島の地から数多くの挑戦者たちを支えてきました。

※TIBの詳細は、前回の記事をご覧ください。


この連載では、そんなTIBに集う起業家たちにフォーカス。

彼らが描くビジョンや挑戦、TIBで得た学びや仲間、そして未来への想いをインタビュー形式でお届けします。

前回登場したのは、TIB第5期運営委員長・尾崎大さん。

その尾崎さんが次のバトンを託したのは——ひとざい104株式会社 代表取締役・岡本昌幸さん。

徳島発・変革者たちのリアルな声に、どうぞご注目ください。

2 事業について

私が経営している「ひとざい投資104株式会社」では、現在いくつかの事業を展開しています。

メインは、ファイナンシャル・プランニング(FP)や法人向けの財務サポート。

ひとざい投資104

それに加えて、歯のホワイトニング事業、そして子ども向けのアントレプレナーシップ教育も。

さらに最近は、ありがとう代行やSES(システムエンジニア派遣)を通じたDX支援といった新しい取り組みにもチャレンジしています。

もともと私は証券会社の出身で、資産運用が得意分野。

今は、個人のお客様に向けて、「お金に関するライフプラン」の相談を顧問契約という形で受けています。たとえば、子どもの教育費、将来の住宅購入、年収アップのためのキャリア設計、相続の悩みなど、人生にまつわるお金の相談ごとを幅広くサポートしています。

お客様の中には会社経営者やお医者さんといった法人の方も多くいらっしゃいます。その方々の会社全体の資金の流れや財務の見直しをお手伝いするようになったのが、法人財務支援の始まりでした。

また、経営者だけでなく、その会社に勤める従業員の方々のファイナンシャル・プランニングも行っています。従業員の方々にとっても、「今後の生活設計」や「貯蓄・投資の仕方」といったお金の悩みは尽きません。そうした“日常のお金の相談相手”として、会社単位で契約いただくケースも増えています。

3 経歴や事業を始めるきっかけ

最初に就職したのは証券会社でした。中途入社で、当時26歳。

まったくのゼロからお客さまを開拓していく営業の仕事でしたが、信頼を得て、資産運用の提案がうまくいったときの手応えが嬉しくて、夢中で取り組んでいました。

ただ、30代に入る頃から少しずつ違和感を感じはじめました。

リーマンショック直後、大量の早期退職があったんです。特に私より5〜10歳上、まさに会社の中核を担うはずだった層がごっそり抜けてしまって。その影響で、数年後には、同年代か少し下の世代が、支店長クラスに一気に昇進していきました。

現場では若手ばかりが残り、ベテランが少ない。そんな状態でも、会社からは当然「数字を上げろ」という指示が飛んできます。でも、経験の浅い若手にその数字を背負わせるのは、あまりに酷。実際、横で苦しんでいる同僚の姿を何度も見てきました。

そんな中、私は徳島の地で営業専門としてやってきた分、それなりにお客さまもいて、数字を作ること自体はできました。だけど、それって「お客さまのため」じゃないんですよね。

ある時から、“数字”を出すために、自分が得てきた“信頼”を切り売りしているような感覚になってきて、それがすごく嫌だったんです。

そんなある日、ふと頭をよぎったのが──
「この仕事を、子どもに胸を張って見せられるだろうか?」ということ。

「このままじゃ、汚いお金で子どもを育てているみたいだ」──
そう思うようになったんです。

そしてもうひとつ。

経済や金融の知識を持っているからこそ見える将来への不安。
このまま進んでいけば、自分の子どもが大きくなる頃には、日本の社会は今以上に厳しい状況になっているかもしれない。もちろん、自分の子どもにだけ経済やお金の知識を教えることはできるけど、結局は「環境」がすべてです。

だったら、自分の持っている知識を、子どもの未来をよくするために使えないか。

徳島が、日本が、世界が…なんて大きなことは言えないけれど、せめて“自分の子どものまわり”くらいは変えてやりたい。

辞めたいという“後ろ向きな気持ち”から始まった想いが、子どもが生まれたことで“前向きな決意”に変わっていきました。

4 なぜ他業種へチャレンジを?

独立してすぐに直面したのは、“値段が決められない”という悩みでした。

証券会社にいた頃は、「この商品を売ってください」「売れたらこれだけフィーが入ります」と、すべての値段が決まっていました。

独立してすぐに直面したのは、“値段が決められない”という悩みでした。

「このサービスって、いくらで出すのが正解なんだろう?」
「お金をいただく価値って、自分にあるのかな?」

そんなモヤモヤを抱えていた時、鈴江社長(グリーンエナジー&カンパニー株式会社 代表取締役)とのメンタリングの中で、こんな一言をいただきました。

「だったら、“あるもの”を買って売ればいいじゃん」

その瞬間、視界が開けたような感覚がありました。

鈴江社長と岡本さん

自分でゼロから商品をつくることにこだわらなくてもいい。すでにノウハウが確立され、実績のある仕組みを活用して、まずは事業を成長させる。それだって立派な選択肢のひとつなんだと気づかされました。

実際、世の中にはフランチャイズで成り立っている成功例がたくさんあります。オートバックス、ほっともっと、auショップなど、知名度のある事業の多くがFCモデルで展開されています。

私自身もいくつかのフランチャイズを比較し、自社の理念に合うと感じた2つを選びました。

そのひとつが、今展開している「歯のホワイトニング事業」です。フランチャイジーとして、すでに実績のある仕組みを導入し、事業をスピーディに立ち上げました。

セルフホワイトニングサロン

そして、現在行っているもうひとつの事業が、子ども向けの起業教育(アントレプレナーシップ教育)です。

子ども向けアントレプレナーシップ教育

こちらも考え方は同じで、ゼロからプログラムをつくるのではなく、すでに成果の出ている仕組みを活用させてもらう形でスタートしました。

「これからの時代を生きる子どもたちに、“経済”や“起業”の視点をどう伝えていくか」というテーマは、私自身が独立するうえで強く感じていた課題でもあります。

だからこそ、自分の中にある“想い”を、すでに体系化されたプログラムに乗せることで、より多くの子どもたちに届けていけると考えました。

また、鈴江社長からはこんな考え方も教わりました。

「縦軸に“信頼”、横軸に“お金”があるとする。多くの人は“信頼を積んでからお金を得よう”とするけど、まずはお金を稼ぐことが、結果的に信頼を得る一番の近道なんだ

やりたいことをやるには、まず稼げる仕組みを持つこと。その土台があるからこそ、挑戦の幅も広がっていく。

そうやって、今の私の“他業種へのチャレンジ”は形になってきました。

5 徳島で起業した理由は?

「なぜ徳島で起業したんですか?」ってよく聞かれるんですが、正直なところ、“徳島に強くこだわっていた”わけではありません。

私がやっている仕事は、基本的に場所に縛られません。今はオンラインで東京や大阪のお客さまとやりとりするのも当たり前になってきていますし、極端な話、どこに住んでいても成立する仕事です。

そういう意味では、「じゃあ東京でやればいいじゃないか」と言われることもあるんですが、逆に“徳島でやらない理由もない”んですよね。

特段の理由がないなら、住み慣れたこの土地で、家族と一緒に、自分のペースでやっていけばいい。それくらいの感覚で、自然と徳島に拠点を置いています。

もちろん、今後の展開次第で拠点が増えたり、動き方が変わったりすることはあるかもしれません。でも今のところは、“徳島であること”に特別な意味を持たせるより、まずは自分にとって無理なく続けられる環境で力を発揮する、それが一番だと思っています。

6 徳島との関わりや、徳島でのビジネスに可能性を感じた点

正直、「徳島でやってよかった!」と強く実感したことがあるかというと、そこまでではありません。ただ、私が徳島で生まれ育った人間だからこそ、見えている課題や感覚は確かにあると思っています。

どんな考え方でこれまで選択してきたのか。どんな価値観を持っているのか。そういう“人間的な部分”を理解しないと、本質的なサポートはできません。

だからこそ、その土地の空気や文化を肌で感じてきた人間にしかわからないことって、確実にあると思うんです。

私自身が徳島で生まれ育ったからこそ、徳島に根ざしたお客さまの考え方や価値観に自然と寄り添える。そういう安心感は、お金というセンシティブなテーマを扱ううえでとても大きな意味を持っています。

もちろん、東京をはじめ県外のお客さまとも多く関わっています。

でも「徳島にいるからこそ相談しやすい」と言ってもらえることもあって、距離があるからこそ“構えずに話せる”というメリットもあるんだなと感じています。

地元だから特別、というよりは──地元だから“伝わること”がある。
それが、私が徳島でビジネスをする上での強みになっているのかもしれません。

7 徳島イノベーションベースに参加・所属したきっかけ

TIBに入会したのは、2021年3月です。きっかけをくれたのは、尾崎大さんでした。

尾崎さん

当時、私は証券会社に勤めていたんですが、「もう辞めよう」と決めたのがその年の2月半ば。そこから約1ヶ月後の3月末には、退職していました。かなりスピーディな決断だったと思います。

退職を決めたタイミングで、最初に相談したのが尾崎さんでした。

証券会社時代からのお付き合いで、もう15年近くになります。もともとはお客さまとして出会った関係でしたが、公私ともに仲良くさせてもらっていて、いざというときに頼りたくなる存在でした。

「辞めようと思ってるんだけど…」と話すと、尾崎さんは
「だったら、TIBっていうのがあるから一度来てみたら?」と声をかけてくれたんです。

当時は、FP(ファイナンシャル・プランナー)の資格もあったので、「これで独立してやっていこうかな」と考えていて、尾崎さんも同じ資格を持っていたことから、「何か一緒にできることはないかな?」という気持ちで相談した部分もありました。

そのご縁が、今につながっています。

起業のスタートラインに立ったばかりの自分にとって、TIBという場所は「道しるべ」のような存在になりました。

TIBに入会したのは、2021年3月の月例会に参加したその日でした。

実際に月例会に参加してみて、正直なところよくわからなかったんです。

会場の熱気はすごかったし、「とんでもない場に来たな」とは思いました。でも、自分がその中でどうなるのか、何を得られるのか、その時点で具体的なイメージは全く湧いていませんでした。

ただ、私には昔から一つ、“自分の中で大事にしている考え方”があります。

それは、「チャンスは人が運んでくる」ということ。

そして、運んできてもらったチャンスは、とりあえず一回全部受け入れる。

自分に必要じゃないこと、できないことって、そもそも周りの人は言ってこないと思っていて。私のことを理解してくれている人が言ってくれることには、きっと意味がある。だったら、乗っかってみよう。今回もまさにそのパターンでした。

尾崎さんは、友人であり、ライバルでもあり、信頼できる存在です。そんな彼が勧めてくれたんだから、きっと自分にとってプラスになるはずだ、と。

何かサポートが欲しかったとか、こうなりたいと思っていたというよりも、「信頼する人の言葉を信じて、まずは飛び込んでみよう」

それが、TIBに入会した一番の動機でした。

8 徳島イノベーションベースのプログラムや活動で1番印象に残っていることは?

印象に残っていることは…ありすぎて選べません(笑)。

でも、自分の中での1番のチャレンジは「メンタリングを受ける」と決めたことです。

正直、それまでは「私なんかがメンタリングを受けていいんだろうか?」と思っていました。

TIBに入った当初は、売上ゼロ。周りには、年商100億を超える経営者や、ものすごい実績のある方々がいて「私はただのFPで、経営者とも言えない立場だし…」と、どこか引け目を感じていたんです。

実際、TIBに入ったのも、運営やフォーラムに参加するようになったのも、自分から手を挙げたことは一度もありません。

すべて、人に声をかけてもらって参加してきました。
たとえば、フォーラム。

第3期フォーラムが立ち上がる時、アサインされるはずだった方の予定が合わなくなって「運営の中でまだフォーラムに入ってないの、岡本さんだけですね…」という流れに。

そこで、「じゃあ、私が入りましょうか?」と、参加が決まりました。

第3期フォーラムのメンバー

TIBにも運営にもフォーラムにも入ってはいても、どこか自分ごとじゃないというか…ずっと自分のことを“起業家”というより“投資家”のような目線で見ていたんですよね。

周りを俯瞰して、「この人に投資したらどう伸びるかな」みたいな。「私はあくまで支える側」という感覚でした。

でも、フォーラムに入って「もしかしたら、私も“起業家”って名乗っていいのかもしれない」と少しずつ変わってきました。そしてフォーラム参加から1年半くらい経った頃「メンタリング、受けてみようかな」と初めて自分から思ったんです。

これが、TIBに入ってから初めての“自分発の挑戦”でした。

メンタリング初回(2023年)の面談で、その想いを鈴江社長にお話ししたら、こんな言葉をいただきました。

「岡本さんさ、退職してから世界を放浪する旅に2年くらい出たらよかったよ。 自分を見つめ直す時間が2年あるかどうかで、事業の成功率は大きく変わる。 岡本さんにとっては、それがTIBでの2年間だったんだね。」

その言葉を聞いて、ハッとしました。

ああ、私はこの2年間、みんなのおかげで“準備期間”をもらっていたんだ。

だったら、ここからは走らないといけない。やっとスタートラインに立てたんだ、と。

そこからはとにかく、「メンタリングを受けるに値する状態になろう」という思いで走り続けました。

申し込んだのは1月。それから5月のメンタリング開始までの間に、やれることは全部やろうと決めて、いろんな仕込みや内省を重ねました。

「課題は何か?」「自分にできること・できないことは何か?」全部整理して、メンタリングでは“学ぶだけ”の状態にして臨もうと決めていたんです。

メンタリング中の目標は、「まず月商70万円」。「そこまでいかなきゃ、そもそも話にならない」と思って、自分で数字の目標を引き上げました。

結果として、5月〜7月の3ヶ月で一気に業績が伸び、前年比600%を達成。そしてその翌年、TIBのグロース・オブ・ザ・イヤーを受賞することができました。

やっと、「やる気になれた」と思えた出来事でした。

9 徳島イノベーションベースに所属して、苦労したことや課題はありましたか?

苦労というか、ずっとTIBの運営に関わらせてもらっている中で、最近よく考えることがあります。

それは、「私、そろそろ引いたほうがいいんじゃないか?」ということです。

TIBには、次々と新しい人が入ってきていて、どんどん新しい考え方や視点が入ってくることがこの場の強さだと思っているので、それを止めてしまってはいけないな、と。

TIB第6期運営委員会

もちろん、私自身は運営にいることで毎回たくさんの学びがあります。だからこそ「まだいたいな」とも思うし、続けさせてもらえているのはありがたいとも思っています。

でも一方で、「岡本さんが言ってること=TIBの正解」「これがTIBの歴史なんだ」と受け取られてしまうことがもしあるなら、それはちょっと違うなと思っていて。

TIBには、“藤田さん”という強い軸がちゃんと存在している。だからこそ、いろんな人が入ってきてもブレないし、多様性が成り立つ場所になっているんだと思います。

だったら、私のようにずっと関わってきた人間が一歩引いて、次の人にバトンを渡していくことも、ひとつの役割なのかもしれない。

そんなことを考えるようになりました。

10 今後の展望について

正直に言うと、「明確にこうしたい」というプランは、あまり持っていません。そう言うと少し矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、数字の目標はちゃんとあります。

たとえば今季の売上目標は、前年の310〜320%を見込んでいて、現時点でほぼ固まりつつあります。来年以降も、「6年連続で前年比200%達成」という目標は掲げています。

ただ、それを“どうやって”達成するかには、あまりこだわりはありません。

というのも、私がやっているのは「これを売る」「これを広げる」といったプロダクトありきの事業ではなく、 “課題解決(ソリューション)を提供すること”だからです。

関わる人にとってベストな形で、課題が解決され、最終的に「可処分所得が増える」こと。それが、私が一貫して大事にしているテーマです。

私の会社のコンセプトは、 「関わるすべての人の可処分所得を増やす」こと。

相場予想解説セミナー

その方法は一つじゃありません。

  • 資産運用で増やす
  • スキルを磨いて収入を増やす
  • 無駄な出費を減らす
  • 見た目の印象を変えて選ばれやすくなる(ホワイトニングには、そんな効果があるというデータもあります)
  • 起業して新しいキャリアをつくる
  • 感謝の気持ちを伝える仕組みが、関係性を良くしてビジネスにつながる
  • デジタル化によって業務効率を上げる
  • ──全部「可処分所得を増やす」手段です。

    だから、それがFPでも、ホワイトニングでも、起業教育でも、ありがとう代行でも、SESでもいい。極論を言えば、私の会社のサービスでなくても構わない。私を頼ってくれた人が、何かしらの形で課題を解決できれば、それが一番いいと思っています。

    そういう意味で、私は“顧問”というより、村の“長老”みたいな存在になれたらいいなと思ってるんです。

    「困ったら、あの人に聞いたらなんとかしてくれるよ」
    「自分で解決できなくても、誰かにちゃんとつないでくれるよ」

    そんなふうに思ってもらえる存在に。

    その中で、自分が得意なことは自分でやるし、向いていないことまで無理に手を広げるつもりはありません。

    無理に自分で抱えず、人を頼って、人を信じて、結果として一緒に課題を解決できる仕組みを育てていけたらと思っています。

    それが、これからの私の目指す姿です。

    11 これから徳島イノベーションベースに参加しようと考えている方へ、アドバイス

    もし今、「なんかもやもやしてるな」「このままでいいのかな」って思っているなら、とりあえず一回やってみたらどうですか?

    別に、合わなかったらやめてもいい。やってみてダメだったら、それはそれでいい経験です。 死ぬわけじゃないんだから。

    TIBは、あくまで“ひとつのソリューション”にすぎません。TIBでしか解決できないことがあるわけじゃないけど、TIBで解決できることはたくさんあると思います。

    合う・合わないもあるし、入っただけでは何も変わらない。でも、もやっとしてる気持ちがあるなら、まずは“動く”ことからじゃないかなと。

    それがたまたまTIBだった、くらいの軽い気持ちで来てもらえたらいいんじゃないかと思います。

    12 徳島イノベーションベースへの想いと、今後の期待

    TIBって、経営者でも、学生でも、どんな立場の人でも「ちょっと変わりたい」「今のままじゃイヤだな」って思ってるときに、 “とりあえず行ってみたら?”って言われる場所になったらいいなと思っています。

    第3期フォーラム

    TIBに来たからって、全部が解決するわけじゃないかもしれない。でも、TIBの中には人がいて、ネットワークがあって、いろんな“解決のヒント”が転がっている。

    場合によっては、TIBじゃなくても、メンバーや他地域のIB、金融機関、メディアの力を借りて解決できることもある。

    いろんな人、こと、ものがここに集まってきて、そこから自然とチャンスが生まれて、誰かの変化のきっかけになる。
    TIBがそんな“村の長老”的な存在になっていけばいいなと思っています。

    13 次回のインタビューは…

    次にバトンを渡したいのは、川辺めぐみさんです。

    川辺めぐみさん

    川辺さんのすごいところは、行動力と、自分が思ったことを素直に言葉にして出せるところ。
    たとえば誰かを誘うときも、まったくやらしさがなくて、すごく自然。「これ、いいと思うからシェアしたい!」っていう純粋さがあるんです。

    そして、人のために本気で頑張れる人。今までやったことがないことにも、怖がらずにチャレンジできる。本当に尊敬しています。

    私は持っていないものをたくさん持っている人です。だから、もし「何か新しいことに挑戦したい」「一歩踏み出したい」って思っている人がいたら、ぜひ川辺さんの話を聞いて、背中を押してもらってください。

    PROFILE
    岡本 昌幸(ひとざい投資104株式会社 代表取締役)
    徳島県名東郡佐那河内村(徳島県唯一の村)出身。現在は徳島市在住。
    双子の女の子のパパでもある。元大手証券会社勤務。
    日本株系ユーチューバー『株学』としても活動経験あり。金融機関従業員向け研修講師。
    カルチャーセンター徳島講師。国立大学でオンライン講義経験あり。
    『徳島から日本を変える起業家たち〜TIBリレーインタビュー〜vol.3』株式会社Grace・代表取締役の川辺めぐみ氏へのインタビューの更新もお楽しみに!
    TIBのWEBサイト、SNSより更新のお知らせをご覧いただけます。
    〈リンク〉
    ・WEBサイト:https://tibase.jp/

    ・Facebook:https://www.facebook.com/TokushimaInnovationBase

    ・Instagram:https://www.instagram.com/tib_tokushima/

    以上(2025年9月作成)

    画像:TIB

    【中小企業のためのM&A】 専門的な知識と経験でM&Aを支援してくれる「七人の専門家」

    1 M&Aでは専門家の支援が不可欠

    M&Aの交渉では、次のような調査や検討が必要になるので、専門的な視点から支援してくれる専門家の存在が不可欠です。

    • M&Aの対象となる事業・会社の探索・選定
    • 法律、会計、税務等の専門的事項に関する整理
    • 買収資金の調達
    • 取得する資産の価値、不適合の有無 など

    M&Aにおける専門家の役割は基本的に分業体制ですが、

    全体のスケジュール管理を行う専門家、法務や財務の専門家が基本

    になるといえるでしょう。この記事では、中小企業のM&Aでよく登場する主要な専門家とその役割を説明します。

    なお、中小企業庁では、中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤を構築するため、M&A支援機関に係る登録制度を実施しています。M&A支援機関には、これから紹介するフィナンシャル・アドバイザー(FA)やM&A仲介会社などが該当します。中小企業にとってのメリットは、

    • 中小M&Aガイドライン(中小企業庁が策定)の遵守を宣言しており、相対的にM&Aの支援機関としての適性を備えている
    • 登録を受けたM&A支援機関を利用すると、必要な手数料の一部が補助され、金銭的な負担が軽減される

    ことです。

    ■M&A支援機関に係る登録制度■
    https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2021/211007m_and_a.html
    ■中小M&Aガイドライン■
    https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html

    2 中小企業のM&Aを支援してくれる「七人の専門家」

    七人の専門家

    1)フィナンシャル・アドバイザー(FA)

    フィナンシャル・アドバイザー(FA)は、M&Aの初期段階からクロージングまで案件全体のスケジュールを設定・管理する水先案内人のような役割を果たします。具体的には、

    買い手か売り手の一方に対して、M&Aの対象事業や対象会社の探索に始まり、スキームの提案や契約交渉の助言・支援の他、M&Aに関する各種専門家の紹介、簡易な企業価値の算定など

    を行います。ただし、FAの業務内容は会社の方針や個別ケースによって大きく違うので、個別に確認したほうが無難です。

    中小企業のM&Aでは、銀行がFAを担当するケースが比較的多く、その他だと証券会社などとなります。また、顧問税理士を通じてM&Aが実現する場合だと、税理士がFAのような役割を果たすこともあります。

    2)M&A仲介会社

    M&A仲介会社は、M&Aの買い手と売り手をつなぐマッチングの役割を担います。具体的には、

    買い手と売り手の間に立って、M&Aの初期段階からクロージングまで案件全体のスケジュールの設定・管理など

    を行います。

    支援内容はFAと似ていますが、利益が相反しがちな買い手と売り手の間に立って、中立的に業務を行うところに一方サイドに立つFAと大きく違う点があります。難しい立場でM&Aの実現を導くことになるため、双方が考える落としどころをうまく調整して話をまとめられるような経験と能力が必要です。

    3)弁護士

    弁護士は、M&Aを実現する際に必要な法的な問題点の洗い出し(法務デューディリジェンス(DD))や、M&A全体の手続きのコーディネートなどを行います。具体的には、

    M&Aの対象事業や対象会社についてのDD、実行するM&Aのスキームの検討、M&Aの条件交渉、それを取りまとめる基本合意書・最終契約書の作成など

    を行います。

    4)司法書士

    司法書士は、買い手または売り手の登記やその関連業務などを行います。具体的には、

    議事録の作成、会社分割等の組織再編スキームを用いてM&Aを行う場合やM&Aに伴って会社組織等を変更する場合の登記(取締役会設置会社を非設置会社にする、株券不発行会社にするなど)、現役員が退任する場合の登記、新役員の選任等の登記など

    を行います。なお、これらの業務を社内で全て行う場合は、司法書士は担当しません。

    5)弁理士

    弁理士は、特に買い手側の立場から、M&Aの対象事業や対象会社の知的財産権に関する調査などを支援します。具体的には、

    知的財産権の権利範囲、ライセンス契約や職務発明規程はどのように整備・管理されているかなどの知的財産権の価値評価や、登録されている知的財産権について必要な変更手続きなど

    を行います。なお、知的財産権の価値評価については、弁護士が担当することもあります。

    6)公認会計士

    公認会計士は、特に買い手側の立場から、財務デューディリジェンスなどを行います。具体的には、

    企業価値の算定、財務的観点からの問題点の洗い出し、M&A後の収益見込みなどをシミュレーションした上での事業計画の作成支援など

    を行います。

    7)税理士

    税理士は、特に買い手側の立場から、M&Aによって懸念される税務リスクの洗い出しなどを行います。具体的には、

    将来発生するものも含めて法人税等のタックスプランニング(税務戦略)など

    を行います。M&Aの規模が大きくなればなるほど、取引金額も相応になりますので、税務上のインパクトを勘案しておく必要があります。

    8)その他

    前述した専門家の他に、次のような専門家の支援が必要になることもあります。

    • 社会保険労務士:人事労務問題への対応
    • 行政書士:行政上の許認可関係の手続き
    • 不動産鑑定士や汚染調査会社:不動産の価値・土壌汚染の有無の調査など
    • ITコンサルタント会社:対象事業・対象会社のシステムの情報漏洩や情報セキュリティー上の欠陥の有無、システム統合をする上での課題の洗い出しなど
    • 中小企業診断士:M&A後を見据えた経営課題全般の助言

    以上(2025年9月更新)
    (執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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    【事業承継】経営理念など「知的資産」の承継で、経営者の思いと強さを引き継ぐ

    1 知的資産の承継で「仏造って魂も込める」

    事業承継の対象で「知的資産」と呼ばれるのは、

    「経営理念、経営者の信用」など業種や規模に関係なく全ての会社にある競争力の源泉

    です。事業承継において、人や資産を承継して器をつくっても、知的資産が承継されなければ「仏造って魂入れず」の状態に陥ってしまうため、経営者は知的資産を確実に承継しなければなりません。目に見えにくい知的資産の取り扱いは難しいのですが、例えば、

    • 後継者教育を通じて承継すること
    • 体制の整備で承継すること
    • 自社の把握によって明らかにし、承継すること

    と整理すれば分かりやすいです。以降で順番に確認していきます。

    2 後継者教育を通じて承継する知的資産

    後継者教育を通じて承継する知的資産には、

    「経営理念、組織力、経営者の信用」

    があります。このうち経営理念については、

    「事業承継とは【経営理念】の承継である」

    と言う経営者がいるくらい、とても大切です。経営理念とは、会社の理想の姿であり、向かうべき目的地でもあります。経営理念がなければ、会社はまとまりがなく、また、向かうべき目的地も定まらないまま空中分解してしまうかもしれないからです。経営者には、「どのような会社にしたいか」という理想や、大切にしたい価値観があります。これは、経営上の意思決定において最も基本的かつ重要な指針であり、「会社らしさ」です。経営理念のように明文化されたものばかりではなく、暗黙のうちに組織内で共有されているものもあるので、経営者はきちんと言語化し、後継者に伝えましょう。この経営理念という力強い大黒柱があるからこそ、組織力が発揮され、経営者の対外的・対内的な信用につながるわけです。一方、「経営理念がない」という会社があるかもしれませんが、正しくは「経営理念として明文化していない」だけのことです。事業承継を機に後継者の思いも踏まえた経営理念を明文化し、社内に共有してください。

    3 体制の整備で承継する知的資産

    体制の整備で承継する知的資産には、「社員の技術や技能、ノウハウ、取引先との人脈、顧客ネットワーク」があります。

    1)社員の技術や技能、ノウハウ

    まず、社員の技術や技能、ノウハウについてですが、これは会社内の職務分析を通じて明らかにする必要があります。日々、社員が当たり前のように提供してくれるので気付きませんが、他社からうらやましがられるような素晴らしい技術や技能が自社にはあります。それをきちんと棚卸ししてください。

    そして、ここが重要なのですが、

    社員が「ヘソを曲げる」と技術や技能は十分に発揮されず、最悪の場合は社員の離職によって社外に流出する

    ことです。残念ながら事業承継によってやる気を失う社員や離職する社員が出てくると思います。高い技術を持つ社員が反目に回っては困るので、必ず事前にケアしてください。一体感を高めるためには、全社的な取り組みとして会社の強みを棚卸しします。そして、その強みが価値の源泉であることを社員に伝え、「誇り」を持ってもらいます。また、事業承継にあたり、後継者を中心とする経営チームをつくることがありますが、重要な技術を所管する責任者を経営チームに加えることも検討します。

    2)取引先との人脈、顧客ネットワーク

    会社経営では、社内外との良好な関係が欠かせません。とはいえ、経営者が長年にわたって培ってきた信頼関係は、「後継者」という立場だけで自動的に引き継がれるものではありません。そこで経営者は、

    後継者が、「社内の幹部、金融機関、取引先」とのコミュニケーションを深める場をセッティング

    しましょう。例えば、経営者が頼りにしている社内の幹部と後継者を一緒に仕事させれば、互いのことがより深く理解できます。また、社外については金融機関や取引先などとの会談、会合に後継者を同席させ、必ず発言させるようにします。ここで重要なのは、主役はあくまでも後継者ということです。「まだまだ若くて、私が見ていないと……」と、経営者は後継者をフォローするつもりで言っているかもしれませんが、そんなことよりも後継者が真っすぐ話したほうが相手に伝わります。

    4 自社の把握によって明らかにし、承継する知的資産

    自社の把握によって明らかにし、承継する知的資産には、

    「知的財産権、許認可」

    があります。他の知的資産に比べると、最も分かりやすいものである半面、専門的なものなので、必要に応じて専門家に相談しながら整理しましょう。知的財産には、特許や商標などさまざまなものがありますが、著作権を除けば、権利化しないと守れません。そのため、

    まだ権利化していない知的財産があれば、事業承継を機に、権利化を検討する

    ことが大切です。

    また、許認可については有効期間を確認しながら一覧にし、更新に抜け漏れがないようにしなければなりません。その際、

    • Pマークなど会社が取得しているものと、その担当者
    • 社員が取得している資格

    の両方を整理することが大切です。

    以上(2025年8月更新)

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    画像:Mariko Mitsuda

    脱炭素経営に取り組む事業者を募集! 徳島県の脱炭素社会推進事業


    ↑クリックで拡大表示↑

    徳島県の脱炭素社会推進事業で、脱炭素経営の伴走支援がスタート! 脱炭素経営に取り組む事業者を募集しています。

    脱炭素に本気で取り組みたい方にとって、絶好の機会です。ご興味のある方はぜひ、お申し込みください。


    【募集概要】

    • 伴走支援期間 令和7年10月~令和8年3月
    • 対象者 徳島県内に本社がある中小企業
    • 定員 3社
    • 募集期限 令和7年9月30日(火)まで

    詳細のご確認とお申し込みは、下記URLからお願いいたします。


    以上(2025年9月作成)

    【事例付き】社員の交通事故で会社が問われる3つの責任

    1 社員が交通事故を起こした場合、会社の責任は?

    警察庁、交通事故総合分析センターのデータによると、2023年は27万2108件の自動車事故が発生していて、うち2万3606件が事業用自動車の事故です。直近10年間で見ると事故は減少傾向にありますが、それでもゼロにはなりません。会社がどれだけ事故防止対策をしても、業務で自動車を使っている限り、交通事故に遭うリスクはあるわけです。

    自動車事故の件数

    そして、社員が業務中や通勤中に交通事故を起こした場合、

    運転者本人だけでなく、使用者である会社も責任を問われ、賠償義務が生じる

    ことがあります。業務で自動車を使用する会社に問われる責任は、大きく分けて、

    • 使用者責任(民法)
    • 運行供用者責任(自動車損害賠償保障法)
    • 違反行為の下命・容認による刑事責任(道路交通法、交通事故が社員の飲酒運転や過労運転に起因するものだった場合)

    の3つです。

    業務中の交通事故の場合、会社側から社員に損害額を求償するのは難しく、

    基本的には、会社が損害額を全額負担する

    ことになります。事故の被害者が死亡したり、介護を要する重度の後遺障害が残ったりした場合、損害賠償額が数億円に上るケースもあります。

    「もしものとき」の膨大な損失を避けるため、いま一度、使用者責任などの定義と会社が負うリスクについておさらいし、社有車の保険契約内容を確かめてみましょう。

    2 【責任その1】使用者責任

    1)使用者責任の概要

    一般的に、交通事故の加害者となった社員は、民法第709条による「不法行為責任」を負います。さらに、使用者である会社は、社員が業務中に起こした事故(不法行為)について、民法第715条による「使用者責任」を負います。簡単に言うと、

    会社は社員を使って利益を得ているのだから、社員が起こした事故の損害についても責任を負うべき

    という考え方です。

    例えば、社有車を使った業務中の事故で、会社がその使用を認めていた場合、交通事故の発生は十分予見できるので、使用者責任が認められやすくなります。使用者責任が認められると、被害者は加害者である社員だけでなく、会社にも損害賠償を請求できます。

    なお、会社が使用者責任を免れるためには、

    • 被用者の選任や事業の監督に相当な注意を払ったこと
    • 相当な注意を払っても損害の発生を避けられなかったこと

    のいずれかを証明する必要があります。ただし、裁判上、これらを理由に会社の責任が免除された事例はほとんどありません。

    2)使用者責任が認められた裁判例

    社有車での事故で、使用者責任が認められた裁判例(最高裁第二小法廷、令和2年2月28日)を紹介します。

    • 概要:社員が業務中、社有車で人身事故を起こした。社員は被害者から訴えられ、賠償金を支払った。社員は退職後、会社に対して支払った、賠償金の求償を請求する裁判を起こした
    • 問題点:会社は事故当時、社有車に任意保険をかけていなかった
    • 判決:業務中の事故であり、会社も社員の運転によって利益を得ていたため、使用者責任が認められ、賠償金の請求は可能と判断された

    このように、業務中に起きた事故は使用者責任が認められる可能性が非常に高いほか、事故が原因で退職した社員から裁判を起こされたり、車両保険に入っていないことで膨大な賠償金を求められたりするケースもあります。

    3 【責任その2】運行供用者責任

    1)運行供用者責任の概要

    運行供用者責任とは、自動車損害賠償保障法第3条に定められた制度で、

    人身事故が発生した場合、「運行供用者」が賠償責任を負う

    というものです。運行供用者とは、「自己のために自動車を運行の用に供する者」、つまり事故を起こした車両の運行を管理し、それによって利益を得ている者を指します。

    誰が運行供用者になるかはケース・バイ・ケースですが、典型的なのは車両の「保有者」です。簡単に言えば、

    業務中の交通事故の場合、基本的には「会社=保有者」となり、会社名義でなくても、会社がその車両の使用権を持っていれば「保有者」に該当する

    ということです。例えば、社員が社有車で事故を起こした場合、保有者である会社が運行供用者責任を問われる恐れがあります。

    一方、社員が無断でマイカー通勤をし、その通勤途中に事故を起こした場合、会社は通常、運行供用者責任を負いません。ただし、使用者責任の場合と同様、

    会社がマイカー通勤を黙認していたり、マイカーで営業をさせたりしていた場合、社員の運転によって会社が利益を得ていたと判断され、運行供用者責任が認められやすくなる

    ので注意が必要です。

    なお、運行供用者責任では、不法行為責任や使用者責任と異なり、善意・無過失であることの立証責任を運行供用者自身が負います。会社が責任を免れるには、過失がなかったことを自ら立証する必要があります。具体的には次の3つ全てを証明しなければなりません。

    • 自己および運転者が車の運行に関し注意を怠らなかったこと
    • 被害者または運転者以外の第三者に故意または過失があったこと
    • 車の構造上の欠陥または機能上の障害がなかったこと

    2)運行供用者責任が適用された裁判例

    マイカー通勤による事故について、会社に運行供用者責任が認められた裁判例(最高裁第三小法廷平成元年6月6日判決)を紹介します。

    • 事故の概要:社員が工事現場から会社の寮へ帰宅途中、マイカーで事故を起こした
    • 問題点:会社はマイカー通勤を禁止していたが、アクセス困難な現場のため黙認していた(社員は注意を受けたこともなかった)。会社は社屋近くの駐車場も利用させていた
    • 判決:会社は社員にマイカーを利用させて利益を得ており、運行供用者責任が認められると判断された

    このように、黙認や便宜提供(駐車場利用など)があれば禁止規程があっても責任を負う可能性が高く、マイカー通勤に関する管理・規程の徹底は不可欠でしょう。

    4 【責任その3】違反行為の下命・容認による刑事責任

    1)違反行為の下命・容認による刑事責任の概要

    道路交通法第75条では、自動車の使用者(安全運転管理者等)は、自動車の運転者に対し、次の違反行為を命じたり、違反行為を知りながら放置したりしてはならないとされています。

    • 無免許運転
    • 最高速度制限違反運転
    • 飲酒運転
    • 過労運転
    • 大型自動車等無資格運転
    • 積載制限違反運転
    • 車両の放置行為

    この中でも、会社側が特に注意すべきなのが、4.の過労運転です。

    過労運転とは、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができない恐れがある状態で自動車を運転すること

    を指します。

    例えば、社員が過労状態であることを知りながら適切な措置を取らず、自動車を運転させた場合、会社は労働契約法第5条に基づく「安全配慮義務(社員が安全で健康に働けるよう配慮する義務)」違反を問われ、社員からも損害賠償請求を受ける恐れがあります。

    つまり、過労運転による交通事故が発生した場合、会社は交通事故の被害者だけでなく、社員本人に対しても損害賠償のリスクを負うということです。

    2)違反行為の下命・容認による刑事責任が認められた裁判例

    過労運転による刑事責任が認められた裁判例(仙台簡易裁判所、平成19年8月2日判決)を紹介します。

    • 事故の概要:社員が居眠り運転で赤信号交差点に進入し、他車と衝突した
    • 問題点:社員は疲労による眠気を自覚しており、本来は運転を中止すべき状況だったが、会社は社員が過労で正常に運転できない恐れを認識していたにもかかわらず、運転を指示した
    • 判決:道路交通法違反罪(過労運転の下命)で会社側の刑事責任が認められた

    このように、過労運転を知りながら運転を指示すると刑事責任を問われる恐れがあり、労働時間管理と体調確認は企業の安全配慮義務として極めて重要です。

    過労運転を防ぐポイントの1つは適正な労働時間管理です。厚生労働省がトラック、バス、タクシー運転者の労働時間等の改善基準のポイントを示しているので、参考にしてください。

    ■厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」■
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/roudoujouken05/

    以上(2025年9月更新)
    (監修 Earth&法律事務所 弁護士 岡部健一)

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    用がないのに「早出」する社員でも賃金は支払わないとダメ?

    1 「業務外の早出」を放置すると会社に弊害が生じることも

    A社長が朝早く会社に来て仕事をしていると、まだ始業時刻前なのに、社員のBさん、Cさんが出社してきました。驚いたA社長が話しかけると、2人は苦笑いしながらこう言いました。

    A社長「2人とも随分早いな。始業は9時からだぞ? 何か急ぎの仕事でもあるの?」

    Bさん「いいえ、そういうわけでは……。ただ、通勤ラッシュが苦手で」

    Cさん「年のせいか朝早く目が覚めてしまうので……。会社で読書でもしようかと」

    用がないのに朝早くから出勤してくる社員は、意外と多いものです。多少なら問題ありませんが、行き過ぎると次のような弊害が生じる恐れがあります。

    • 早出時に勤怠打刻されると、その分の賃金を支払う必要が出てくる
    • 始業前に事故などが起きた際、会社が対応できない
    • 空調設備を朝から稼働させることでコストが増える

    一方、社員側には「通勤ラッシュを回避できる」「朝の時間を自己啓発などに使える」「(夏の時期は)涼しい時間帯に作業ができる」など利点があるのも事実です。そういった意味では、

    労務管理上のポイントを押さえた上で業務外の早出を認める

    という選択肢も考えられます。

    2 労務管理のポイントは「労働時間管理」「安全管理」

    業務外の早出を認めるかどうかを検討する際、まず押さえるべきポイントは次の2つです。

    1)労働時間管理:働いていない時間については、賃金の支払いは不要

    業務外の早出については、

    原則として労働時間には該当せず、賃金の支払い義務もありません。

    これは、「ノーワーク・ノーペイの原則(働いていない時間には給料が発生しない)」に基づくものです。ただし、完全月給制(1カ月単位で算定され、労働時間に関係なく定額で賃金を支給する)などの例外もあるため、自社の給与体系との整合も確認しましょう。

    2)安全管理:業務外でも労災が認定される場合あり

    早出中の事故でも、次のようなケースでは労災が認められる可能性があります。

    • 業務災害:業務に従事していなくても、会社の施設や設備が原因で事故が発生した場合
    • 通勤災害:就業日に早めに通勤している途中で事故が起きた場合

    さらに、会社側に落ち度があれば、「社員の安全管理を怠った(安全配慮義務違反)」として行政指導の対象となったり、被災者である社員から損害賠償請求を求められたりするリスクもあります。

    3 ルールを作り、社員に周知徹底することがカギ

    業務外の早出を認める場合、会社がルールを明確にし、社員に厳守させる必要があります。次で紹介するルールなどを就業規則等に明文化し、社員に周知徹底しましょう。

    1)「事前申請」ルールで、早出の把握と区別を

    早出を希望する社員には、

    理由に関係なく「事前申請」を義務付け

    ましょう。例えば、社員が早出を希望する場合、前日に申請させます。その際、申請書(紙)や申請フォーム(Web)に、「業務上の早出」「業務外の早出」のチェック欄を設けておき、早出の時間については

    • 「業務上の早出」→労働時間にカウントする(賃金を支払う)
    • 「業務外の早出」→労働時間にカウントしない(賃金を支払わない)

    というように申請内容に応じて取り扱いを分けます。ただ、社員の中には、本当は業務外の早出なのに、業務上の早出であると嘘の申請を挙げて、賃金を多くもらおうとする不届きな人間もいるかもしれないので、防止策として

    業務上の早出をする場合、「申請時に業務内容も記載させる」「上司が成果物を確認する」

    といった対応も必要になってくるでしょう。逆に、本当は業務上の早出なのに、「仕事が遅れていることを上司に悟られたくない」や「会社に余計な経済的負担を掛けたくない」という理由で、業務外の早出として申請を挙げる社員もいるかもしれません。こうした社員がいないか、定期的に実態を調査することも大切です。勤怠管理システムについても、早出時間が自動で労働時間に含まれないように設定されているかをよくよく確認する必要があります。

    2)「時差出勤制度」で、コストと柔軟性の両立を

    業務外の早出をする社員が増えると、社内の照明や冷暖房などの水道光熱費がかさみます。そこで、「時差出勤制度」の導入も検討します。

    時差出勤制度とは、所定労働時間を変更せずに始業・終業時刻を変更する制度

    です。例えば、1日の所定労働時間が8時間、休憩が1時間の社員について、始業・終業時刻だけを「9時始業、18時終業」から「8時始業、17時終業」に変更するイメージです。所定労働時間は8時間のまま変わらないので、水道光熱費の問題を最小限に抑えられます。なお、時差出勤を導入する際は、就業規則の変更・届け出が必要です。さらに柔軟な制度を目指すなら、社員に始業・終業時刻を自ら管理させる「フレックスタイム制」を導入するのもよいでしょう。ただし、「導入の要件が細かい」「社員が制度を理解し適切に運用することが求められる」「社員の稼働する時間帯が時差出勤制度以上にバラバラになりやすい」などの注意点もあります。

    3)危険な場所には立ち入らせない

    始業時刻前は安全管理が手薄になりやすく、建設業や製造業では早出した社員が事故を起こすリスクが高まります(例:上司の見ていないところで作業場などに立ち入ってけがをする)。

    そこで、業務外の早出をする社員については、

    事務室や休憩室など安全な「待機場所」を設定し、作業場には立ち入らせない

    ようにルール化します。出社から始業までの時間は待機場所で過ごしてもらい、作業場などには立ち入らないよう厳命するのです。待機場所を定めることが難しい場合などは、社員が行動してよい範囲を厳格に決めておくようにします。この他、早出時の私物持込や設備利用(Wi-Fi、飲食など)に関するルールも、安全管理や情報管理の観点から必要です。

    4)場合によっては、早出そのものを禁じることも必要

    例えば、荒天・災害時には、社員が「早めに出社しておこう」と考える場合がありますが、それで事故に遭うと、安全配慮義務違反で会社が責任を問われることもあります。ですから、

    防災気象情報などの内容に応じて、社員に自宅待機を命じる(早出そのものを禁じる)

    といった対応が必要になってくるでしょう。

    以上(2025年9月更新)
    (監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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    画像:khwanchai-Adobe Stock

    【中小企業のためのM&A】基本となる9つのプロセスを順番に確認

    1 事業拡大から事業承継まで。中小企業にも身近になったM&A

    新規事業への進出から事業承継まで、会社経営の重要な局面で有力な選択肢となるのが「M&A」です。M&Aとは、

    Mergers(合併)and Acquisitions(買収)の略称で、資本の移動を伴う企業の合併と買収のこと

    です。最近は、会社の成長を目指す中小企業と事業承継をしたい中小企業とがM&Aをするなど、M&Aは中小企業にとっても身近なものになっています。

    M&Aで重要なのは、

    明確なビジョン・目的を明確にした上で、理想のシナリオを描き、戦略的にM&Aを進めていくこと

    です。とはいえ、M&Aで買収するモノ(事業)は、ビジネス上、頻繁に行われる商品の売買とは大きく異なる点が多々あります。経営者としては、

    • 買収先はどうやって探す?
    • M&Aを進める体制はどうする?
    • M&Aのスキーム(手法)はどれが適切?
    • どのような情報を基に買収を判断したらよい?
    • 買収した会社をどのように運営していけばよいか?
    • 期待する効果は得られる?

    などの疑問や課題が浮かび、何をどこから検討すればよいのかお困りかと思います。

    この記事では、M&Aの全体を簡潔に分かりやすくまとめました。これからM&Aを検討する経営者の方に、最初に読んでいただくことを想定しています。M&Aの全体を把握し、疑問や課題を整理するためにお役立てください。

    2 M&Aの基本となる9つのプロセス

    M&Aの基本的なプロセスは次の通りです。

    M&Aの基本的なプロセス

    1)M&Aの相手を選定

    まずは、M&Aの相手となる企業を探します。M&Aの明確な目的がないままに、やみくもに相手を探してもM&Aは失敗してしまうことが多いです。そのため、M&Aのビジョン・目的をしっかり考えることが先決です。つまり、

    • M&Aは、新規の事業を始めるために行うのか、既存の事業の強みを伸ばすために行うのか、弱みを補完するために行うのか
    • M&Aの結果、会社をどのように拡大していきたいのか

    などを考えます。

    また、相手の探し方は、

    • 特定の企業を一本釣りで検討する
    • M&Aの売り手と買い手をつなげるM&A仲介会社や、FAと呼ばれるフィナンシャル・アドバイザーに相手となる会社の候補をリストアップしてもらって検討する
    • インターネット上のM&Aマッチングサービスを利用して、ニーズに合う会社を探して検討する

    などさまざまです。

    相手先の設立年度や資本金、株主構成、業績の推移、今年度の事業の見通しなどを確認するとともに、自社と社風や風土が合うかどうかなど、数字に表れない部分も検討する必要があるでしょう。

    2)秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)の締結

    M&Aでは、会社の重要な情報を開示する必要があります。M&Aの対象となる会社としては、会社の重要な情報だけ吸い上げられて、それを利用されることは避けたいと考えます。そのため、情報を開示する前に秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)を結ぶことが不可欠です。

    NDAを締結し、M&Aの対象となる会社からビジネスの商流や仕入先、販売先、今後の事業展開など、通常第三者に知られたくない重要な情報を開示してもらいながら、M&Aを実行することが双方にとって良い結果となるかを検討していくことになります。

    3)M&Aのスキーム(手法)の策定

    中小企業の場合、

    株式譲渡のスキームが取られることが大半

    ですが、さまざまな事情を考慮して、事業譲渡や会社分割、場合によっては合併などのスキームを検討することになります。どのようなスキームを取るかは、M&Aのビジョン・目的を達成するためにどうすればよいかという点の他、スケジュールや法務、税務、会計上の観点を加味しながら決めることになります。

    M&Aのスキームによっては、自社に不必要な資産や負債を引き継いでしまうなど、想定していたM&Aのメリットを得られない場合もあります。簡単でもよいので専門家に相談するなどして、それぞれのスキームのメリット・デメリットを理解しながら進めることをお勧めします。

    4)条件交渉

    双方にとって譲れない条件は何かなど、契約の核となる点について交渉をします。この段階で条件面の折り合いがつかなければ、後述する基本合意を締結することなくM&Aは決裂となります。また、この段階での交渉は、M&Aの核となる部分ですので、とても重要なフェーズといえるでしょう。例えば、一般的に、次の事項について条件交渉をすることが多いです。

    • 独占交渉の有無
    • 譲渡対象となる重要な部分(事業譲渡の場合は事業の内容・範囲、株式譲渡の場合は譲渡株式数、譲渡対価など)
    • 買収後の会社の運営体制の方向性(取締役、キーパーソンの去就など)

    クロージングまでのスケジュール

    5)基本合意の締結

    M&Aでは、詳細まで合意を得ることになるので、クロージングするまでに半年から1年程度の期間を要することも珍しくありません。そのため、前述した基本事項が合意でき、おおよその方向性が決まった段階で基本合意書が締結されることがよくあります。

    なお、基本合意は、あくまで双方の今後の交渉にあたっての認識の擦り合わせという意味合いが多いため、

    基本合意に定める事項には法的拘束力を持たないこと

    も少なくありません。基本合意は、LOI(Letter of Intent)やMOU(Memorandum of Understandings)などと呼ばれることもあります。

    6)デューディリジェンス・バリュエーション

    M&Aに向けた方向性が決まった段階で、M&Aの対象となる会社の実態を調査するため、デューディリジェンス(DD)が行われます。中小企業同士のM&Aでは、コストやスケジュールとの関係で、DDを行わなかったり、調査する範囲を絞ったりすることが少なくありませんが、一般的には、ビジネス、会計、法務の他、税務、人事労務などの観点から、M&Aのビジョン・目的との関係で気になる点に絞って調査をすることが多いように思います。

    DDは、軽視されることもありますが、買い手にとってはM&Aを後悔しないために必ず行ったほうがよいプロセスです。

    DDの結果によって、M&Aの検討を断念したり、基本合意で擦り合わせた条件内容を変更する交渉を行ったりするような場合があります。

    7)最終契約の締結

    DDによって明らかになった内容や問題点を踏まえて、譲渡価格、譲渡条件、表明保証条項、誓約条項、譲渡後の義務等について協議をし、最終的に合意に至った内容を契約書に整理して締結することになります。

    中小企業のM&Aでは、最終契約の締結日に、対象会社において必要な株主総会・取締役会といった内部手続きを経ることが多いです。

    8)クロージング(契約の効力発生日)

    中小企業同士のM&Aでは、最終契約の締結日に契約の効力が発生し、クロージングとなる場合もあります。ただし、一般的には最終契約で定めたクロージングの前提条件の履行や会社法、商業登記法等の手続き上必要なことを行うため、契約締結日とクロージング日は別の日とすることが多いです。

    9)M&A後の統合プロセス(PMI)

    M&Aで最も大事なことは、

    クロージング後に買収した事業を買い手の下で、どのように軌道に乗せていくか

    ということに尽きるといってもよいでしょう。

    一般的に、クロージング後は、買い手がM&Aを決めた目的を達成するのに必要な事業シナジーの実現のための事業計画の策定や実行、KPI(目標達成度を測る指標)の設定・管理、人事労務関係、決裁プロセス、社内規程等の統合作業などが行われます。

    以上(2025年9月更新)
    (執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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    画像:Atstock Productions-shutterstock

    【事業承継】「財産の承継」は合わせ技。基本的な方法を押さえよう

    1 事業承継で重要となる自社株式の評価

    オーナー企業の事業承継では、自社株式の評価額が非常に重要になります。業績好調で利益を積み重ねれば自社株式の評価は上がりますが、事業承継に限っていえば、評価が上がるのは好ましいことばかりではありません。なぜなら、

    親族内承継であれば評価額を下げたいですし、M&Aによる第三者への承継であれば評価額を上げたい

    からです。実際、親族内承継の場合、後継者に株式の買い取り資金がないこと、譲渡の際の贈与税・相続税が高いということが課題となっています。

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    自社株式を後継者に「安く」引き継ぐことが事業承継を成功させるポイントですが、

    • さまざまな方法があり、それぞれ専門的である
    • 専門家や支援機関によって指摘するポイントが違う

    といった課題があり、とっつきにくい分野です。そこで、この記事では、親族内承継を中心に財産の承継において、これくらいは知っておきたいというポイントをまとめます。実際に取り組む際は、必ず専門家などにご相談ください。

    2 後継者に「3分の2以上」の株式を集中させる

    後継者に自社株式を集中させる必要がありますが、具体的な割合を意識していますか? 過半数あれば大丈夫と考えているかもしれませんが、これは「普通決議」ができる水準にとどまります。より安定的な経営をするためには、「特別決議」ができる3分の2以上を後継者に集中させなければなりません。「特別決議」で決められることには「定款の変更や組織再編など」があり、より積極的な経営がしやすくなります。一方、長く続いている会社ほど株式が分散する傾向があります。そこで、

    会社や後継者が自社株式を買い取り、後継者を対象にした新株発行などを通じて、後継者の持株比率を高めること

    を検討する必要があるでしょう。

    さらに、事業承継をした後の株式分散を防止するために、定款に株式譲渡制限や株式の買い取り請求に関する事項を定めることも検討しましょう。

    3 自社株式の評価を引き下げる、引き継ぐ数を減らす

    1)自社株式の評価を引き下げる方法

    自社株式の評価方法はさまざまです。中小企業の場合、

    • 類似業種比準価額方式:事業内容が類似する上場会社の平均株価を参考に計算する
    • 純資産価額方式:評価時点で資産や負債を時価評価した場合の純資産価額を、自社株式の数で除して計算する
    • 両方を併用

    が用いられますが、いずれも純資産価額を引き下げれば自社株式の評価は下がります。純資産価額を引き下げる方法には、

    • 役員退職慰労金を支払う
    • 不動産を購入する

    などがあります。特に役員退職慰労金は、経営者と後継者が話し合ってしっかりと決めるべきです。経営者は「勇退時にいくら欲しいのか」を明確に告げ、時期を決めて支給すれば自社株式の評価を引き下げられます。とはいえ、いくらでもよいというわけではなく、過大であれば税務上否認される恐れがあります。また、不動産の購入についても相続時の評価などに注意する必要があります。

    2)引き継ぐ自社株式の数を減らす方法

    全株式を引き継ぐと後継者の負担が重くなります。「3分の2」の株式を後継者に集中させれば、残りの3分の1は別の株主でもよいわけです。それも、

    会社の方針に賛成し、長期に保有してくれる安定株主が好ましい

    ということであり、ここで検討されるのが「従業員持株会」の設立です。従業員に株式を保有してもらえば、経営の安定と事業承継時の後継者の負担軽減が実現します。

    4 「相続」の負担を軽減する

    高齢の経営者が親族内承継をする場合、「相続」が事業承継の中心的な話題となります。負担軽減にどのような方法があるのか、ポイントを簡単に紹介します。

    1)相続時精算課税:イメージは2500万円+年間110万円

    「相続時精算課税」とは、贈与税の先送りのような制度です。具体的には、生前贈与について、特別控除(累計2500万円)と基礎控除(年間110万円で、2024年1月1日以後の贈与に適用)の合計額まで贈与税が非課税となり、これを超える部分には一律20%の贈与税がかかります。実際に相続が発生した場合、生前贈与した部分(年間110万円の基礎控除分を除く)も含めて相続財産を評価し、相続税を計算します。ポイントは、

    生前贈与した時点と、相続した時点の財産の価値の違い

    です。価値が小さいうちに生前贈与し、価値が大きくなったときに相続が発生すると、生前贈与時の小さい価値により相続財産とされるため、後継者の負担は軽減されることになります。つまり、将来、業績が向上して自社株式の評価が高まると考えるなら、相続時精算課税はさらに有効な手段になります。

    2)暦年贈与:イメージは年間110万円

    「暦年贈与」という制度もあります。これは、年間110万円までの贈与が非課税となる制度です。非課税はうれしいところですが、年間110万円までしか非課税枠がなく、10年間にわたって利用しても贈与できるのは1100万円です。経営者が若く、よほど計画的に事業承継を検討していない限り、メリットは小さいかもしれません。また、前述した相続時精算課税と併用することもできません。なお、暦年贈与については死亡日以前3年~7年間の分を相続財産に加えることになっています。つまり、相続税がかかるということです。

    • 死亡日以前3年間:これまで同様に全て相続財産に加える
    • 死亡日以前4〜7年間(2027年の相続については最長4年間となり、翌年から段階的に延長され2030年以後の相続で最長7年間):100万円を差し引いた額を相続財産に加える

    といった取り扱いになります。

    3)事業承継税制

    事業承継税制とは、

    一定の要件を満たし続ければ、承継した自社株式にかかる相続税・贈与税が猶予・免除される制度

    です。一定の要件についての詳細は割愛しますが、簡単にいうとある程度の規模を継続しながら会社経営を続け、事業承継のたびにこの制度を使えば、相続税と贈与税が猶予・免除され続けるというものです。

    4)持ち株会社(ホールディングス)

    厳密には相続と違いますが、事業承継の通過点として持ち株会社(ホールディングス)が設立されることもあります。株式移転などの組織再編の手法を用いるのですが、

    持ち株会社に会社の株式を移転。事業会社(元の会社)は、持ち株会社の100%子会社

    とします。経営者は持ち株会社の代表、後継者は元の事業会社の代表になり、経営者は持ち株会社の代表の立場から後継者の経営をサポートします。ある意味で「院政」のような体制となりますが、後継者がまだ若い場合など、事業承継前のワンステップとして有効です。

    5 遺言書の作成、家族信託の利用

    1)遺言書の作成

    ここまで後継者の負担軽減を前提に説明してきましたが、それ以外の親族への配慮も必要です。例えば、経営者に長男と次男がいて、後継者である長男にだけ遺産を集中させると次男が不満を覚え、兄弟げんかになって会社経営に悪影響を及ぼしかねません。そこで、経営者は「遺言書」を作成し、

    遺産の配分や、配分した意図(法的拘束力はない)

    を残しておくことが大事です。なお、相続には「法定相続分」があります。例えば相続人が「配偶者や子」の場合、それぞれ2分の1ずつ相続できることになっています。しかし、遺言書を書くとこれを変えることができます。とはいえ、遺言書に書いたからといって法定相続分がゼロになることは問題なので、「遺留分」が定められています。相続人が「配偶者や子」の場合、それぞれ4分の1ずつ相続できることになっています。

    2)家族信託の利用

    ちょっと視点は変わりますが、財産の承継を間違いなく行うために、「家族信託」を利用することもあります。家族信託とは、

    経営者が家族に財産(自社株式も含む)の管理を託すこと

    であり、経営者が認知症になった際の対策として利用されるのが一般的です。高齢な経営者は認知症のリスクがあり、万一の場合は冷静な判断ができません。そうなると事業承継どころか会社経営が立ち行かなくなってしまうため、家族信託を利用し、長男が「議決権」を行使できるようにするなどします。

    6 M&Aを検討する際の主なポイント

    1)M&Aの目的と課題

    ここまで親族内承継を中心に考えてきましたが、最後にM&Aについても簡単に触れておきます。アンケートなどを見るとM&Aに対する悪いイメージは根強いようですが、一方で近年は後継者不足からM&Aによる第三者への承継が増えているのも事実です。M&Aによって想定されている効果と課題は次の通りです。

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    2)M&Aの種類

    M&Aにはさまざまな種類があり、代表的な方法およびそれぞれの特徴は次の通りです(中小企業庁「事業引継ぎハンドブック(2015年9月)」)。

    1.株式譲渡

    譲渡する側の会社のオーナー(経営者)が所有している発行済株式を、譲り受ける側の会社に売却し、子会社になることです。株主および経営者が交代するだけで、社員や社外の関係は変わりません。会社をそのまま存続させたいときや、オーナー(経営者)の持つ株式を現金化したいときに向いています。

    2.事業譲渡

    譲渡する側の会社が、その事業部門の全部または一部を譲り受ける側の会社に売却します。債権や債務、契約関係、雇用関係などについて、それぞれ同意を取り付けてなければいけないため手続きは煩雑です。また、複数の事業のうちの一部だけを売却し、その他の事業は残したい場合には有効な方法です。

    3.吸収合併・吸収分割

    吸収合併は、譲渡する側の会社の全ての資産や負債、社員などを譲り受ける側の会社が吸収し、譲渡する側の会社は消滅します。雇用条件の調整や事務処理手続きの合意の形成が難航する恐れがあります。吸収分割は、譲渡する側の会社が、その事業部門の全部または一部を分割した後、譲り受ける側の会社に承継させる方法です。労働契約承継法によって、社員の現在の雇用がそのまま確保されます。

    3)M&Aに向けた事前準備と支援機関への相談

    M&Aで会社を売却する場合、相手先との交渉に入る前に、仲介機関の選定や会社の実態把握、企業の「磨き上げ」などさまざまなことをしなければなりません。最も注意すべきなのは、

    いかにして秘密を守り、外部への漏洩を防ぐか

    です。第三者はもちろん、親族や友人、役員・社員に至るまで十分に注意しましょう。また、こうした一連の手続きを自社だけで行うことは困難なので、専門的なノウハウを有する支援機関に相談しましょう。具体的には、事業引継ぎ相談窓口、事業引継ぎ支援センター、商工会議所、金融機関(銀行、生命保険会社、損害保険会社)、税理士、弁護士、M&A仲介業者などがあります。それぞれ得意分野や業務の範囲、報酬体系などが異なるため、実績や利用者の声などを十分調査して選択しましょう。その際、複数の機関から話を聞いて比較することを忘れないでください。

    以上(2025年8月更新)
    (監修 アイ・タックス税理士法人 税理士 山田誠一朗)

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    画像:Mariko Mitsuda