これからの不動産の在り方。箱としてのビジネスでありながら、人のぬくもりがある。リクリー髙室氏が語る、不動産価値の再創造と「投資」としての新しいオフィス戦略/岡目八目リポート

年間1,000人以上の経営者と会い、人と人のご縁をつなぐ「代表世話人」杉浦佳浩さん。ベンチャーやユニークな企業の目利きとして知られる杉浦さんが今回紹介するのは、Reqree(リクリー)株式会社(以下「リクリー社」)代表取締役の髙室 直樹(たかむろ なおき)さんです。

不動産という「箱」を扱うビジネスでありながら、確かな「人のぬくもり」が通っている。髙室さんの話から、そのことがとても印象に残っています。

不動産はこれまで、「立地」「建物のスペック」そして「賃料」という3つの要素で評価されるのが当たり前でした。しかし、リクリー社はそこに「人の介在」という新しい視点を加えることで、物件が持つ価値を再定義しています。大手デベロッパーや不動産ファンド、そして今、地域の未来を担う金融機関からも注目を集めるリクリー社の取り組みについて、じっくりとお話を伺いました。

1 価値の再創造を目指す「リクリー」の原点

髙室さんはまず、社名に込めた想いから教えてくれました。

「『リクリー』という社名は、不動産の価値を再創造するという意味の英語『Recreate』に由来しています」

リクリーの原点

(出所:リクリー株式会社コーポレートサイトより)

リクリー社は、主にプライム市場上場のデベロッパーや、国内外の不動産ファンドを運営するアセットマネジメント会社をクライアントに持ち、オフィスビルや賃貸レジデンスの収益を最大化する支援を行っています。

ただし、リクリー社が行っているのは、単なる建物の改修やデザインではありません。オーナーが取得した物件に対し、どのようにハードとソフトの両面から付加価値を付け、長期的な収益を生み出すか。そのための全体的なディレクションを一手に引き受けています。

具体的な事例として髙室さんが教えてくれた西新宿(東京)のオフィスビルの話は、とても驚きでした。新宿駅から徒歩約15分、1990年竣工という、スペックだけを見れば決して恵まれた条件ではない物件です。しかし、リクリー社が介在することで、このビルは驚くべき変化を遂げました。髙室さんは西新宿のオフィスビルの賃料について次のように言っています。

「以前は坪単価18,000円から20,000円程度だった賃料が、現在では約33,000円から36,000円で契約されています」

賃料が約1.8倍という、不動産マーケットの常識では考えにくい賃料の数字。これを実現したのは、リクリー社が提唱する「これからの不動産に求められる価値」でした。この約1.8倍の賃料を実現できるようになった「付加価値がどのようなものか」は、後ほどご紹介します。

リクリーの実績

(出所:リクリー株式会社の資料から抜粋)

2 不動産収益を最大化する「3つのサービス」

リクリー社がサービスを提供するのは、「不動産収益を最大化する」のが目的です。サービスは、大きく3つの柱「企画コンサルティング」「オペレーションマネジメント」「プロモーションコンサルティング」で構成されています。

1)企画コンサルティング

1つ目は「企画コンサルティング」です。運営やリーシング(賃貸募集)の視点から、物件にどのような機能を持たせるか、どこに何を配置しどのように運営していくかなどをディレクションしていきます。例えば、先にお伝えした西新宿のビルでは、壁を取り払ってラグジュアリーな「ビジネスラウンジ」を設け、さらにワークアウト(ジム)エリアやゴルフブース、シャワールームまで、テナントが共有で使える充実した設備を配置しました。

さらに、この西新宿のビルで注目なのは「セットアップオフィス」という提供形態です。「通常、オフィスを借りる場合はテナント側が内装工事を行いますが、当社が行っているのはあらかじめ内装を仕上げた状態で貸し出す方式です。入り口を入るとテレブースやミーティングスペースなどが最初から備え付けられていて、テナント側が自分たちで作れば数千万円かかるような設備が整っています」と話す髙室さん。

セットアップオフィスは、スピード感を重視する成長企業にとって、初期投資を抑えつつ一等地のオフィス機能を享受できる極めて合理的な仕組みです。また、屋上には「ルーフトップテラス」もあり、夜は美しくライトアップされます。

「夏にはビールサーバーを用意して交流会を開き、1階のラウンジでもコミュニティマネージャーがケータリングやドリンクを用意してテナント間の交流会を開催することもあります」

オフィスが単なる仕事場ということではなく、チームでコミュニケーションが図れる企画や他社とも交流を図れる企画があるのは、オフィスで働く社員が意欲的になるためにとても効果があります。こうした社員満足度の向上につながる付加価値があるため、約1.8倍の賃料約33,000円〜36,000円が実現できているのだと思います。そしてポイントとなるのは「コミュニティマネージャー」の存在です。これは2つ目のサービス「オペレーションマネジメント」で登場してきます。

2)オペレーションマネジメント

リクリー社では、物件に正社員の「コミュニティマネージャー」を常駐させ、内覧時のアテンドから入居後のイベント企画、日々のきめ細かな受付対応までを担います。内覧時のアテンドでは、さまざまな付加価値のある機能を分かりやすく伝えるためにトークスクリプトも用意されています。

入居後も、例えばコーヒーマシンのメンテナンスや美観管理、イベント企画などを行い、ゲスト対応も含めた共有スペースの運営も対応します。どんなに豪華な箱を作っても、そこに「人」がいなければ、ただの無機質な空間で終わってしまいます。コミュニティマネージャーの常駐は、まさに「人のぬくもり」が感じられるサービスといえます。これは、これからの不動産に欠かせないサービスに思えます。

オペレーションマネジメント

(出所:リクリー株式会社の資料から抜粋)

3)プロモーションコンサルティング

オフィスビルの新しい付加価値の魅力を伝えることも大事です。リクリー社では、そうした「プロモーションコンサルティング」も行っています。髙室さんはこう言います。

「従来の比較表には載らない付加価値を、パンフレットやウェブ、SNSを通じて正しく伝えていく。そうでなければ、他物件と比べて賃料だけが高く見えてしまい、魅力が伝わらないからです」

企画コンサルティング、オペレーションマネジメント、プロモーションコンサルティング。この3つのサイクルが回ることで、不動産という「箱」に命が吹き込まれ、他にはない「付加価値」が生まれるのだと感じました。なんといっても、魅力的なオフィスは、そこで働く社員にとって大きな効果があります。そろそろ多くの経営者が、オフィスの価値向上の意義に気づき始めているのではないでしょうか。

3 従来の常識を覆す「6つの価値軸」

髙室さんは、不動産の評価軸を従来の「立地・建物・価格」の3軸に、さらに3つの「新価値軸」を加えた「6軸」で捉え直しています。

【3つの新価値軸】

  • 合理的価値: 豪華なラウンジやジムをビル側が用意し、各テナントが共有することで、自前で用意する場合と比較して圧倒的なコストメリットを提供すること。
  • 機能的価値: コロナ禍を経て多様化した働き方に対応し、集中もリラックスも、そして交流もできる環境を機能的に整えること。
  • 感情的価値: コミュニティマネージャーの挨拶や何気ない会話、交流会などを通じて生まれる、人との心地よいつながりがあること。

特に「感情的価値」について、髙室さんはこう言います。

「通常のオフィスビルは鉄とコンクリートとガラスでできた無機質な空間で、入っただけで笑顔になることはあまりありませんが、コミュニティマネージャーが『こんにちは』『おはようございます』と声を掛けることで、緩やかな人とのつながりが生まれます」

この視点、何かハッとさせられるところがあります。鉄とガラスの「箱」に「挨拶」というぬくもりが加わるだけで、そこは人が生き生きと働く温度感のある場所に変わるのです。この「感情的価値」こそが、リクリー社が選ばれ続ける真の理由だと確信しました。

これからのビルの価値軸

(出所:リクリー株式会社の資料から抜粋)

4 「ハイエンドオフィスビル」という新ジャンル

先ほども少し触れましたが、経営者がオフィスに求めるニーズは劇的に変化してきています。髙室さんは、現在のニーズを

「採用強化(リクルート)」「エンゲージメント強化」「エンパワーメント」の3点

に集約しています。

優秀な人材を採用するために魅力的な空間を整え、社員が「ここで働きたい」と心から思える環境を作る。そして、異なる知識や人が交流することで、AI時代に不可欠なクリエイティビティを引き出す場にする。

リクリー社では、これら3点に寄与するオフィスを「ハイエンドオフィスビル」と呼び、新しい賃貸オフィスのジャンルとして提供しています。

「オフィスを単なるコストではなく投資と捉え、賃料という形でその投資をしていただくという考え方です」

この髙室さんの一言は、全ての経営者に刺さる言葉ではないでしょうか。オフィスを「削るべき固定費」と見るか、「成長のための投資」と見るか。この意識の差が、これからの企業の競争力に大きな差を生むのだと思います。

ハイエンドオフィスビル

(出所:リクリー株式会社の資料から抜粋)

5 住まいに「つながり」を。賃貸レジデンスでの新しい豊かさの形

リクリー社が扱っているのはオフィスビルだけではありません。同社の考え方は、賃貸レジデンス(マンション)においても大きな力を発揮しています。

水天宮前(東京)にある事例では、単身者向けのワンルームマンションに、入居者専用のビジネスラウンジを設けました。

在宅勤務が広がる中、狭い自室で一人、朝から晩まで仕事をするのは、精神的にも決して楽なことではありません。しかし、1階に降りれば快適なラウンジがあり、そこにはコミュニティマネージャーがいます。髙室さんはコミュニティマネージャーのいる効果について、次のように話してくれました。

「人は社会的な生き物なので誰かと話すことが大切です。無機質なワンルームではご近所 付き合いも少なく孤独になりがちですが、1階にコミュニティマネージャーがいれば 『今日は在宅なんですね』といった何気ない会話が生まれます」

リクリー社の賃貸レジデンスでは、屋上で花火を見ながらのビール会など、緩やかなつながりを作るための交流会も開催されています。

また、コスト面でも、ラウンジやジムを活用することで、外部のコワーキングスペースやフィットネスジムに通う費用と時間を節約でき、極めて「合理的」な住まい方となっています。「住む場所」に「働く機能」と「人のつながり」が加わる。これは、これからの時代の住まいのスタンダードになる、そうなったら理想的だと感じます。

6 感情的価値の担い手「コミュニティマネージャー」の重要性

リクリー社の付加価値の核心を担うのは、間違いなく、物件に常駐するコミュニティマネージャーの方々です。髙室さんは、コミュニティマネージャーの方々を単なる「受付」とは定義していません。

リクリー社におけるコミュニティマネージャーの定義は、非常に志の高いものです。

「関わるすべての人への感情的価値を、人間関係の価値まで昇華させ、人生に彩りを与え、可能性を最大化する価値ある存在」

この定義を体現するために、リクリー社では非常に質の高い、独自の研修プログラムを多数用意しています。

「ビジネスマインド、経営者としての視点、コミュニケーション能力、信頼関係の構築、タイムマネジメントなど、さまざまな研修を行います。さらに、外部講師による認知科学の研修など、考え方や解釈力、視野を広げるための研修も取り入れています」と髙室さん。かなり分野が幅広いことが分かります!

単なる接客スキルの向上ではなく、入居企業や個人の可能性を広げる「エンパワーメント」を目指す。そのための教育に心血を注いでいるからこそ、リクリー社が手がける物件には、他には真似できない「人の温度」が宿っているのです。

コミュニティマネージャーの方に対するテナントおよびテナントオフィスメンバーの声を見てみましょう。心から喜んでいる様子がよく分かると思います。

コミュニティマネージャー

(出所:リクリー株式会社の資料から抜粋)

7 地域金融機関が自ら取り組む「地域貢献と収益」の新しい形

そして、このリクリー社の取り組みは今、金融機関にとっても大きなヒントとなっています。

例えば、石川県の北國銀行や、大阪の大阪シティ信用金庫など、地域の雄である金融機関が、自社ビルの建て替えや活用においてリクリー社をパートナーに選んでいます。

銀行の店舗は街の一等地にありますが、時代の変化とともに余剰スペースが課題となっています。そこを単なる「貸しスペース」にするのではなく、地域に新しいビジネスの風を吹き込み、人々が集う「公共性」のある場へと再構築する動きが加速しています。

髙室さんは、設計段階から運営を見据えたアドバイスを行っています。音漏れを防ぐための換気ダクトの位置や、内覧時の導線など、実際の現場でしか分からないようなことをしっかり提供しています。

「金融機関は利益だけでなく地域社会への貢献も重要です。そのため、シェアオフィスやビジネスラウンジを作ることで地域に貢献しつつ収益も得られる方法として関心が高まっています」

そう語る高村さん。この取り組みは、全国の金融機関にとって「自分たちも地域のために何ができるか」を考える際、かなり具体的な解決策になるはずです。地域に新しいビジネスが育つ場所を生み出し、そこから未来の顧客を創出していく。それこそが、特に地域の金融機関が果たすべき本来の役割ではないでしょうか。

8 不動産の未来に流れる「人のぬくもり」

髙室さんのお話を伺って、不動産の価値を最後に決めるのは「そこに流れる人の時間である」ということが、改めて感じられます。

建物のハードウェアは、完成した瞬間から経年劣化が始まります。しかし、そこで提供されるホスピタリティや、育まれる人間関係は、教育や工夫、そして情熱次第で、どこまでも磨き続け、価値を高めることができます。

「建物のハードは作ったときがピークで経年劣化していきますが、ホスピタリティやお客様との関係性はどこまでも向上させられると考えています」

髙室さんのこの言葉は、不動産業界のみならず、全てのビジネスに対しての“力強いエール”のように聞こえます。

リクリー社の不動産の付加価値を高める方法は、経営者にとっては「社員の可能性を育てる投資」として、金融機関にとっては「地域を豊かにするプラットフォーム」となります。「箱」としてのビジネスでありながら、人のぬくもりがある。リクリー社が取り組む「不動産の再創造」は、これからの日本における働き方、そして社会のあり方を、優しく、力強く示してくれていると感じました。

髙室さん、そしてリクリー社の皆さま、新しい不動産の考え方を本当にありがとうございます!

リクリー社コーポレートサイトはこちら

2025年11月には、リクリー社の公式Instagramが開設されています! このお知らせは下記からご確認いただけます。Instagramでは、物件の素晴らしさが具体的に分かります!

https://reqree.co.jp/news/581/

              

以上(2025年12月作成)

退職金制度、このままで大丈夫? 制度の方向性は「廃止or変更」

1 退職金制度の導入率は10年間で14.7ポイント低下

中小企業の退職金制度の導入率は、2024年時点で64.2%です。2014年は78.9%だったので、10年間で14.7ポイント低下しました(東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」)。

退職金制度の導入率

退職金制度には、一時金で支給する「退職一時金」、年金形式で支給する「退職年金(企業年金)」があります。中小企業の76.1%は退職一時金のみの導入で、基本的には長く働くほど金額が増える仕組みになっています。

ただ、最近は定年まで同じ会社で働き続ける人が減ってきた関係で、従来の退職金制度が実情に合わなくなってきている面があり、それが導入率低下の一因にもなっています。とはいえ、経営者としては「従業員の頑張りに、何らかの形で報いたい」という思いもあるでしょう。

そこで、この記事では、退職金制度の見直しの方向性として、

  • 退職金制度の廃止(制度を廃止して賃金に上乗せするなど)
  • 退職金制度の変更(支払いの負担が少ない制度などに移行する)

の2つを紹介します。

2 退職金制度の廃止の方向性

1)退職金前払い制度

退職金制度を廃止して、その分を賃金に上乗せする方法です。次のように、「会社に勤め続けるか分からないから、それなら賃金が増えたほうがよい」と考える社員に寄り添ったものになります。

退職金前払い制度

常用雇用の社員1人1カ月当たりの労働費用(社員を雇用することで発生する費用)を見てみましょう。現金給与額(賃金)と退職給付等の費用(退職金)の関係は次のようになっています。

常用雇用の社員1人1カ月当たりの労働費用

退職給付等の費用を現金給与額に回せば、他社を上回る賃金水準にすることもできるかもしれません。ただし、次のような注意点があります。

  • 賃金の上げ幅によっては、社会保険の標準報酬月額(月例賃金を一定の金額幅で区分したもの)が上がり、社員と会社の社会保険料負担が増える
  • 退職一時金には「退職所得控除」、退職年金には「公的年金等控除」という非課税枠が設けられているが、現金給与として前払いする場合、その分の金額は「給与所得」として課税対象になる(手取りがさほど増えない可能性がある)
  • 退職金制度を完全に廃止することで、対外的なアピールポイントが下がる

2)iDeCo+(イデコプラス)

iDeCo(イデコ)とは、社員が自分で掛金を拠出して運用し、60歳以降に受け取る個人型確定拠出年金です。このiDeCoの制度の中に、

拠出限度額の範囲内(0.5万円以上、2.3万円以下)で、iDeCoに加入する社員の掛金に追加して、会社が掛金を拠出できる「iDeCo+(イデコプラス)」

という制度があります(正式名は「中小事業主掛金納付制度」)。

会社が拠出した掛金は全額損金に算入されます。つまり、

給与扱いにならないため、標準報酬月額に影響せず、社会保険料も増えない

ということです。また、個人の運用をサポートする制度なので、通常の退職金制度より事務負担が軽くなります。

ただし、次の点に注意が必要です。

  • 対象は、社員(厚生年金の被保険者)が300人以下で、企業型確定拠出年金(企業型DC)、確定給付企業年金(DB)、厚生年金基金を実施していない中小企業に限定される
  • 導入するには、過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)の同意が必要になる
  • 会社が、掛金(社員拠出分と会社拠出分)をまとめて実施機関に納付する必要がある(社員拠出分の掛金は、給与天引き)

なお、iDeCoについて1点、制度改正があります。現行のルールでは、会社員(国民年金の第2号被保険者)の場合、iDeCoに加入できるのが65歳までとなっていますが、

2025年6月20日から3年以内に、加入可能年齢が70歳に引き上げ

られることが決まっています。iDeCo+を活用することで、社内の退職金制度を廃止した後も、社員への将来に向けた補助を継続させることが可能となります。また、iDeCo+を導入していることは採用面などにおいて、自社アピールに利用することができます。

3 退職金制度の変更の方向性

中小企業が導入できる退職金制度には次のようなものがあります。それぞれ特徴があるので、支払いの負担などを考慮して、自社に合ったものを選定しましょう。

退職金制度

退職金制度の選択肢は、退職一時金と退職年金のどちらを採用するか、または併用するかです。支払いの負担を考えると、年金形式で支給する退職年金は、退職一時金に比べて負担を平準化しやすいですが、一方で、退職年金には「60歳以降など、一定の年齢にならないと引き出せない」というルールがあり、退職金を早くもらいたい社員からは敬遠されるかもしれません。

また、退職金の準備を自社で行うか、外部機関で行うかも重要です。例えば、中小企業退職金共済制度を利用していない場合、中小企業は自社で引当金を積むケースが多いですが、その場合、損金算入が認められません。一方、外部機関に積み立てる場合、損金に算入できる部分があるため、税法上のメリットがあります。

退職金制度の種類は、どれも一長一短です。1つの退職金制度に絞り込むのではなく、退職金前払い制度なども含め、複数の仕組みを組み合わせるのも一策です。

なお、図表4のうち、企業型確定拠出年金(企業型DC)について1点、制度改正があります。企業型DCには、会社が拠出している掛金に、社員自身が掛金を上乗せすることができる「マッチング拠出」という仕組みがあります。現行のルールでは、社員の掛金が会社の掛金を超えられないという制限がありますが、

2025年6月20日から3年以内に、この掛金に関する制限が撤廃

られることが決まっています。

4 廃止と制度変更の「折衷案」

ここまで、退職金制度の廃止と変更の方向性について考えてきましたが「折衷案」として、

賃上げと退職金制度の実施を同時に実施する

という方法もあります。

廃止と制度変更の「折衷案」

例えば、企業型DCを導入している場合、

賃金の一部を、引き続き賃金(手当など)として受け取るか、企業型DCの掛金にするかを社員が選択できる「選択制DC」

という制度があります。今の収入を多くしたい社員などは賃金として受け取り、将来に備えたい社員などは掛金にすることを選択します。掛金にすることを選択した場合、当然賃金は減りますが、その分、社会保険料負担なども下がる可能性があります。

退職金前払い制度に似ていますが、こちらは社員に受け取り方の選択肢を与えることで、実質的に賃上げと退職金制度の縮小を同時に実施するイメージです。

以上(2025年12月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:Ljupco Smokovski-shutterstock

雇用環境・均等部(室)の是正指導

労働時間や賃金などについて違法が見つかると、企業は労働基準監督署から是正指導を受ける場合があり、多くの企業ではこの点について注意を払っていると思われます。しかし、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)の是正指導については、見落としがちです。本稿では、雇用環境・均等部(室)の是正指導についてポイントをお伝えします。労務管理の参考にしてください。

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雇用環境・均等部(室)の是正指導

労働時間や賃金などについて違法が見つかると、企業は労働基準監督署から是正指導を受ける場合があり、多くの企業ではこの点について注意を払っていると思われます。しかし、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)の是正指導については、見落としがちです。本稿では、雇用環境・均等部(室)の是正指導についてポイントをお伝えします。労務管理の参考にしてください。

1 是正指導44,436件

都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)は、男女雇用機会均等法、労働施策総合推進法(パワーハラスメント関係)、パートタイム・有期雇用労働法、育児・介護休業法に関して違反を見つけると、企業に是正指導を行います。

厚生労働省のまとめによると、この4つの法律にかかわる令和6年度の是正指導は、全国で44,436件に上りました。

令和6年度の都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における雇用均等関係法令の施行状況

※厚生労働省「令和6年度の都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における雇用均等関係法令の施行状況について」より

令和6年度は、パートタイム・有期雇用労働法の是正指導が圧倒的に多く28,299件でした。このうち、労働条件の文書交付の違反が最多(6,899件)でした。企業はパートや有期雇用労働者を雇い入れる際と契約更新の際に、基本的な労働条件に加えて、昇給の有無、退職手当の有無、賞与の有無、相談窓口についても文書の交付などにより明示する義務があります。違反が改善されなければ、10万円以下の過料の対象になります。

次に多かったのは、雇用管理の改善措置の説明違反(4,612件)でした。パートや有期雇用労働者を雇う際、正社員との間で不合理な待遇差を設けないことや、基本給額は何を勘案して決めたかなどを必ず説明しましょう。

3番目は、正社員への転換に関する違反(3,821件)でした。企業は、パートや有期雇用労働者が正社員に転換できるよう、試験制度を設けるなどの対策をとらなければなりません。

2 ハラスメントも要注意

育児・介護休業法に関する是正指導は8,330件で、このうち最多は、休業等に関するハラスメント防止措置の違反(育児1,391件、介護1,341件)でした。

男女雇用機会均等法に基づく是正指導は5,087件でした。このうち1,364件が妊娠・出産等に関するハラスメント措置義務、1,302件がセクシュアルハラスメント措置義務の違反でした。

労働施策総合推進法(パワーハラスメント関係)の是正指導は2,720件で、このうち1,698件がパワハラ防止措置の違反でした。

企業には、これらのハラスメントを防ぐため、相談窓口の整備や、ハラスメント発生時の適切な対応などが義務づけられています。相談窓口がない中小企業が多いので、注意してください。

3 さいごに

これら4つの法律では、違反に対し罰則を設けているケースは少ないです。しかし、労働者の関心は高く、労使間トラブル(紛争)になりかねません。社内で解決できないと、都道府県労働局で、局長による解決援助や調停会議による調停に持ち込まれます。最悪の場合、民事訴訟に発展しますので注意してください。

※本内容は2025年12月10日時点での内容です。

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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画像:photo-ac

「思いやり・ゆずり合い」運転(2026/1号)【交通安全ニュース】

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活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

車を運転するとき、交通法規を守ることはもちろん、周囲の状況を的確に把握しなければなりません。さらに、他車に迷惑をかけないような配慮も必要です。

そこで今回は、交通事故を防止する上で重要な基本姿勢ともいえる、「思いやり・ゆずり合い」運転について考えます。

「思いやり・ゆずり合い」運転

他車へ配慮した運転とは

車を運転をしていて、不安や怒りなどを感じることはないでしょうか。

次のようなケースを例に、思い出してみましょう。

他車へ配慮した運転とは

他車への配慮を考えるには、相手を「思いやり」そして「ゆずり合う」気持ちが大切です。

「思いやり・ゆずり合い」運転チェック

「思いやり・ゆずり合い」運転の例を以下に示します。

  • 駐車枠の中央に真っすぐ停車している。
  • 前の車と十分な車間距離を保って走行している。
  • 停車するとき、急ブレーキにならないよう徐々に減速し停車している。
  • 交差点で青信号に変わったとき、急発進せず周囲の安全を確認をしてから発進している。
  • 狭い道路で対向車が接近しているときは、率先して道をゆずるようにしている。
  • 渋滞中の道路を走行しているときに、脇道から合流待ちをしている他車を見かけたら、道をゆずるようにしている。
  • 優先道路を走行しているときでも、他車の状況に応じて安全に減速し道をゆずるようにしている。

この他にも、どのような「思いやり・ゆずり合い」運転があるか思い浮かべてみましょう。

「思いやり・ゆずり合い」運転による効果

「思いやり・ゆずり合い」運転は、交通事故防止だけではなく、様々な効果が期待できます。

「思いやり・ゆずり合い」を意識して、自分の気持ちの変化を感じてみてはいかがでしょうか。

「思いやり・ゆずり合い」運転による効果

以上(2026年1月)

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画像:amanaimages

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2026年度税制改正大綱のポイント~年収の壁178万円・租特メリハリ付け・物価高対応~

(要旨)

  • 2026年度税制改正大綱が決定。今回改正の特徴として、①所得課税の控除の見直し(いわゆる年収の壁)、②租特のメリハリ付け、③物価上昇に伴う複数の基準額の引き上げ、が挙げられる。
  • 昨年来議論されてきた所得税の「年収の壁」については、物価上昇に伴う引き上げに加え、低中所得層に限定して特例措置を上乗せする形で課税最低限を178万円とする。国民民主党が従来から求めてきた課税最低限の水準だが、所得制限や住民税が除外されている点等で当初の国民民主党案とは大きく異なる内容である。
  • 租税特別措置のメリハリ付けの方針のもと、大企業向けの賃上げ税制を25年度末で廃止とするなど賃上げ促進税制を縮小。また、所得税以外にも物価上昇に応じた基準額の見直しが複数実施される点も特徴。マイカー通勤の通勤手当や少額減価償却資産の基準額が物価上昇を踏まえて引き上げられる。
  • 所得税の基礎控除については、住民税や課税ブラケットの見直しがなされておらず、ブラケット・クリープ対策として不十分な点が課題。また働き控え解消の観点では社保の壁への対応が重要であり、今後検討される給付付き税額控除がその役割を担うことが期待される。法人課税について、改正のベクトルは法人負担増方向になりつつある。2027年度予算以降本稼働する高市政権の日本版DOGEは更なる租特の見直しを主たる議論に据えるだろう。

2026年度税制改正大綱が決定

2026年度の税制改正大綱が閣議決定された。今後の国会の審議を経て、大綱の内容に基づいて税制改正が決定されていく見込みだ。今回の改正の主な内容は本稿末尾の参考資料に整理した。改正内容は多岐にわたるが、本稿ではその中でも3つのポイントに絞って、今回の大綱の内容の特徴をまとめていく。

基礎控除・給与所得控除最低額を引き上げ:2年に1度物価で改定、当初案とは異なる「178万円」

今回、所得税関連において大きな改正となったのが所得税の基礎控除等の引き上げだ。いわゆる「年収の壁」の見直しの議論である。今回の控除の見直しは大きく2つの改正に分けられる。①控除額の物価連動の枠組みの整備、②昨年の三党合意:“178万円を目指す”を踏まえた基礎控除の特例措置の拡充である。

①に関しては、所得税の基礎控除及び給与所得控除の最低額について、「消費者物価の上昇率」を用いて2年に1度見直すことが明記された。これに基づき、2026年分の基礎控除(所得税、本則部分)と給与所得控除は双方4万円の引き上げがなされ、それぞれ62万円(現行:58万円)、69万円(現行:65万円)とする。これらは恒久措置となる。控除額をインフレに応じて引き上げることは、控除多くの国で行われている措置だ。諸外国でもこれに伴う財源確保などは基本的に要しておらず、今回大綱でも同様に「これらの引上げは、物価調整を行うものであることを踏まえ、特段の財源確保措置を要しない」旨も示された。

②については、昨年に設けられた基礎控除の特例措置を拡大することで、給与収入665万円相当までの人の基礎控除(特例)の額を42万円まで引き上げる(従来は年収に応じて37~5万円)。さらに、給与所得控除にも特例措置として5万円の引き上げがなされる。これにより、引き上げられた基礎控除(本則)、給与所得控除最低額との合計は178万円に達することになる。年収帯ごとの基礎控除(所得税)改正の概要を資料1にまとめた。特例措置部分は2026年・2027年の時限措置として実施されることになる。

資料1.基礎控除(所得税)改正の全体像

基礎控除(所得税)改正の全体像

(注)年収は給与収入の場合。赤字が今回改正部分。

(出所)自由民主党、日本維新の会「令和8年度税制改正大綱」より第一生命経済研究所が作成。

控除額の引き上げによって、各家計には減税効果が及ぶ。それらを試算したものが資料2である。特例措置の拡充の恩恵が及ぶ年収665万円以下の層の恩恵が特に大きいほか、基礎控除の本則部分の引き上げによって、高年収帯にも減税効果が及ぶことがわかる。昨年来「178万円」の実現を求めていた国民民主党の当初案では、中間層世帯でも10万円超の減税がなされる内容となっていた。これは103→178万円への引き上げのすべてについて、住民税を含む基礎控除の引き上げで実施するものであったことに由来する。また、178万円の根拠としていた「最低賃金上昇率で控除額の引き上げを行う」という仕組みについても取り入れられてはいない(消費者物価上昇率を採用)。所得税の課税最低限は178万円に引き上げられることとなったが、“引き上げ方”は国民民主党の当初案とは大きく異なる内容である。

なお、「今後、生活保護基準額が178万円に達するまでは課税最低限178万円を維持しつつ、(中略)基礎控除の本則部分と給与所得控除の最低保証額の引上げに応じて、同額を特例措置からそれぞれ振り替えていくことする」とされた。178万円のための特例措置部分については、“引き上げの先取り”として整理するイメージだ。

資料2.年収別の減税額試算

(25年と26年の比較、24年と26年の比較)

年収別の減税額試算

(注)単身の給与所得者を想定、住民税、復興特別所得税を勘案。一定の前提を置いた試算である。

(出所)税制改正の内容をもとに第一生命経済研究所が作成。

租税特別措置のメリハリ付け:大企業向け賃上げ促進税制は廃止に

各税の租税特別措置については、法人税を中心に見直しが行われる。昨年の税制改正大綱においても、過去に実施されてきた法人税率の引き下げについて、設備投資促進や雇用賃上げ促進等の効果が薄かったと評価してメリハリ付けの必要性が示されていた。今回、これらが改めて記述されるとともに、いくつかの租税特別措置の見直し・縮小が実行に移されることになる。

象徴的なものが賃上げ促進税制の縮小だ。一定の雇用や賃金の増加の要件を満たした企業に対する減税措置として実施されてきたが、大企業向けを2026年3月末で廃止、中堅企業(常時使用従業員2,000人以下)向けは2026年度に継続雇用者給与等支給額の増加要件を現行の3%以上から4%以上に引き上げたうえで2027年3月末に廃止、中小企業向けは現行制度を維持することが示された。一定の賃上げが定着しつつあることを受け、政策の必要性が薄れたとの判断のもとで制度の縮小が行われる。

また、研究開発税制については、AI・量子・半導体・バイオ・フュージョンエネルギー・宇宙の6分野を「戦略技術領域」として指定し、これらの分野では40%(認定機関との共同・委託研究は50%)の高い税額控除率を適用する一方、海外への委託研究については税額控除の対象を段階的に縮小し、2025年度は70%、2026年度は60%、2027年度は50%まで引き下げる。国内の研究開発基盤強化の観点から、国内での研究活動を促進する狙いがある。

設備投資減税については、新たに「特定生産性向上設備等投資促進税制」が創設された。投資額35億円以上(中小企業は5億円以上)で年平均投資利益率(ROI)15%以上という要件を設定したうえで、即時償却または7%(建物等は4%)の税額控除を可能とする。これにより、真に生産性向上に寄与する大規模投資に支援を集中させる方針が明確になっている。

物価高対応:マイカー通勤、少額減価償却資産などの基準額を引き上げ

物価高を受けた対応が複数盛り込まれたことも今回の改正の特徴だ。先の基礎控除等の引き上げもその一環であるが、ほかにもいくつかの改正がなされている。

まず、長年据え置かれてきた各種の税制上の基準額が物価上昇を踏まえて網羅的に見直された。マイカー通勤の通勤手当に係る所得税非課税限度額は、片道65km以上の長距離通勤者について新たに距離区分を細分化し、最大で月額66,400円まで引き上げられる(現行は55km以上で一律38,700円)。また、駐車場料金についても月額5,000円を上限に非課税限度額への加算が可能となる。

食事支給に係る非課税限度額も大幅に引き上げられる。使用者負担額の上限が月額3,500円から7,500円へと2倍以上に、深夜勤務の夜食代も1回300円から650円へと引き上げられる。これらは1980年代から据え置かれていた基準であり、実態との乖離が著しくなっていた。

また、少額減価償却資産の取得価額の損金算入特例の対象が30万円未満から40万円未満に引き上げられる。これにより、中小企業がパソコンやソフトウェアなどのIT機器を導入する際の税負担が軽減される。さらに、農業者年金の保険料上限が月額6.7万円から7.4万円に、厚生農業協同組合連合会の差額ベッド料金基準が5,000円以下から1万円以下に引き上げられるなど、物価上昇に対応した水準への調整が幅広く実施される。

今後の焦点:所得課税で積み残された課題と日本版DOGEの本稼働

今回大きな改正となったのは所得税の控除の見直しである。特に、日本でも物価上昇が定着しつつある中で、控除の自動調整の仕組みを整えた点は経済情勢に応じた適切な改正である。多くの先進国では基準額を物価上昇率等に応じて見直しており、日本でもその導入を行った点は評価したい。

しかし一方で、今回の改正対象は国税の所得税のみにとどまった。本来であれば、もう一つの所得課税である住民税の基礎控除も引き上げ対象に加えることがインフレ調整として適切な対応となる。大綱では「個人住民税については、「地域社会の会費」的な性格を踏まえ、所得税の諸控除の見直しのほか、地方税財源への影響や税務手続簡素化の観点等を踏まえつつ、その非課税限度額や基礎控除等について必要な対応を検討する」とされた。住民税の所得割は一律10%であり、“住民税の控除額が調整されない”ことで生じる負担は低中所得者にとってより大きい。

また弊著「『年収の壁』の議論が見落とす課題」(25.12.15)でも論じている通り、住民税のほかにも積み残された課題は多い。改正がなされた所得税についても課税最低限の引き上げのみにとどまっており、本来純粋なインフレ調整を実施するためには所得税の税率の上昇する所得の基準額も物価等に合わせて引き上げる必要がある。アメリカなどでは課税最低限のみでなくこの基準額も毎年自動調整がなされている。住民税の課税最低限や税率変更の基準額の調整が不在となっていることで、インフレとともに所得課税の実効税率が引き上がってしまう「ブラケット・クリープ」の問題は部分的にしか解消されていない。この問題に対して早期に解決を図るべきであろう。

さらに、控除のインフレ調整の問題と働き控えを生む年収の壁の問題は本来切り分けて考えるべきものである。手取り収入の急減につながるのは社会保険の壁(106万円・130万円・週20時間の壁)である。今後、給付付き税額控除の導入が本格的に議論されていくことになるが、社会保険料の負担が急増するこの社保の壁を解決する方向で進めることが望ましいだろう。

法人課税については、昨年の大綱に続いて従来の法人税率引き下げの効果を疑問視する旨の記載が盛り込まれたほか、今回は大企業向け賃上げ促進税制の廃止などが具体化された。インセンティブを強化しつつも、ベクトルとしては法人負担増を求める方向になりつつあると考えられる。社会保険料の増加に伴う家計の可処分所得の圧縮や個人消費の伸び悩みなどが日本経済の課題となる中で、特に法人課税関連の租特の圧縮は今後も実行されていく可能性が高そうだ。高市政権で発足した日本版DOGE(租税特別措置・補助金見直し担当室)は2027年度予算以降に本格的に稼働するスケジュールであり、この点が今後主たる議論となることが見込まれる。

参考資料.2026年度税制改正大綱の主な改正内容

1.物価高への対応

1.1物価上昇に連動して基礎控除等を引き上げる仕組みの創設

(物価上昇に伴う控除額の引き上げ)
物価上昇に対応し、所得税の人的控除等について自動的に調整する仕組みを新たに創設。

  • 令和8年度税制改正では、令和5年10月~令和7年10月の2年間の消費者物価指数(総合)の上昇率6.0%を踏まえ引上げを実施
  • 基礎控除(本則):58万円 → 62万円(+4万円)
  • 対象:合計所得金額2,350万円以下の個人
  • 給与所得控除の最低保障額:65万円 → 69万円(+4万円)

(今後の調整ルール)

  • 見直し前の控除額に、税制改正時点の直近2年間のCPI(総合)上昇率を乗じて調整
  • 初年度は源泉徴収では対応せず、年末調整から適用

1.2「三党合意」を踏まえた更なる対応(課税最低限178万円)

(基礎控除の特例〔時限措置〕)
物価高への迅速な対応として、所得税の課税最低限を178万円とする特例措置を、令和8年・9年分に限り実施。

  • 給与収入200万円相当以下
    • 基礎控除特例:37万円 → 42万円(+5万円)
  • 給与収入200万円超~475万円相当以下
    • 基礎控除特例:30万円 → 42万円(+12万円)
  • 給与収入475万円超~665万円相当以下
    • 基礎控除特例:10万円 → 42万円(+32万円)
  • 給与所得控除の最低保障額についても一律5万円引上げ

1.3税制上の基準額の点検・見直し

物価上昇を踏まえ、長期間据え置かれてきた税制上の各種基準額を網羅的に見直し。

  • (マイカー通勤の通勤手当非課税限度額)
    • 通勤距離65km以上の非課税限度額を引上げ
    • 駐車場料金相当額を月額5,000円まで加算可能
  • (食事支給の非課税限度額)
    • 使用者負担上限:月額3,500円 → 7,500円
    • 深夜勤務の夜食代:1回300円以下 → 650円以下
  • (中小企業者等の少額減価償却資産)
    • 取得価額基準:30万円未満 → 40万円未満
  • (厚生農業協同組合連合会の差額ベッド料金)
    • 病室差額料の平均額:5,000円以下 → 1万円以下

2.「強い経済」の実現に向けた対応

2.1大胆な設備投資の促進に向けた税制措置の創設

国内における高付加価値化型の大規模設備投資を促進するため、新たな税制措置を創設。

  • 投資下限額:取得価額の合計額が35億円以上(中小企業等は5億円以上)
  • ROI(投下資本利益率)15%以上を要件
  • 認定計画に基づく設備投資について、税額控除(7%、建物は4%)又は即時償却を選択適用

2.2研究開発税制の抜本強化

(重点産業技術試験研究費〔戦略技術領域型〕)

  • 基本税額控除率:40%
  • 認定機関との共同・委託研究:50%
  • 控除上限:法人税額の10%
  • 3年間の繰越控除を可能

(一般試験研究費)

  • 試験研究費の増減割合に応じ、8.5%~14%の税額控除率
  • 原則上限:法人税額の10%

(中小企業技術基盤強化税制)

  • 新たに3年間の繰越税額控除を導入
  • 増減試験研究費割合12%超等の特例を3年間延長

(海外委託研究の見直し)

  • 海外委託研究について、
    • 控除対象割合を段階的に縮減
      • 令和8年度:70%
      • 令和9年度:60%
      • 令和10年度:50%
    • 医薬品等の臨床試験は制限対象外

2.3住宅ローン控除の拡充

  • 適用期限を5年間延長(令和12年12月31日まで)
  • 既存住宅の優遇拡充:
    • 認定住宅・ZEH水準省エネ住宅:借入限度額3,500万円
  • 省エネ基準適合以上の既存住宅:
    • 控除期間を10年間→13年間に拡充
  • 子育て世帯等向け特例:
    • 認定住宅:借入限度額最大5,000万円
    • 対象を省エネ基準適合以上の既存住宅にも拡大
  • 床面積要件の緩和:
    • 40㎡以上50㎡未満も対象(合計所得金額1,000万円以下の年)
  • 災害レッドゾーンでの新築は適用対象外(建替えを除く)

2.4オープンイノベーション促進税制(M&A型)の拡充

  • 適用期限を2年間延長

(増資特定株式)

  • 株式取得価額要件:
    • 中小企業者以外:1億円以上 → 2億円以上

(買収による過半数取得)

  • 取得価額要件:5億円以上 → 7億円以上
  • 吸収合併時の特別勘定:
    • 合併日の翌事業年度から5年間で均等取崩し

(段階的買収への対応【新設】)

  • 対象:3年以内に過半数取得が見込まれる株式取得
  • 取得価額要件:3億円以上
  • 税制措置:
    • 取得価額の20%以下を特別勘定として損金算入
  • 上限額:200億円

3.資産形成の促進と金融を通じた経済成長

3.1 NISAの拡充

  • つみたて投資枠の対象年齢を0歳まで拡大
  • 0~17歳:
    • 年間投資枠:60万円
    • 非課税保有限度額:600万円
  • 12歳以降は子の同意を条件に払出し可能
  • 積立枠の対象商品の拡充:
    • 債券比率50%超の投資信託

3.2暗号資産の分離課税化

  • 投資家保護の法整備等を前提に、
    • 資産形成に資する暗号資産を分離課税の対象とする
  • 対象取引:
    • 現物取引、デリバティブ取引、ETF
  • 3年間の損失繰越控除制度を創設

3.3ふるさと納税の見直し

(特例控除額の上限設定:令和10年度分以後)

  • 上限額:
    • 住民税所得割額の2割と定額上限(道府県民税77.2万円+市町村民税115.8万円)のいずれか低い額

(制度運用の適正化)

  • 寄附金活用可能額:
    • (寄附金総額-募集費用)≧ 寄附金総額の60%(経過措置あり)
  • 使途に関する公表義務を新設
  • 指定取消しの強化:
    • 再指定禁止期間:2年 → 最大3年
    • 遡及期間:1年 → 最大4年

4.租税特別措置等の見直し・適正化

4.1賃上げ促進税制の見直し

  • 大企業向け措置:適用期限を待たず令和7年度末で廃止
  • 中堅企業向け措置:要件を強化しつつ令和8年度は継続。その後廃止。
  • 中小企業向け措置:令和8年度は現行制度を維持、必要な見直しを検討
  • 教育訓練費増加による上乗せ要件は廃止

4.2租税特別措置の不適用措置の強化

  • 大企業の研究開発税制等の適用の際、設備投資と賃上げについて、双方の要件を同時に満たすことを要求

4.3教育資金一括贈与の廃止

  • 適用期限(令和8年3月末)をもって延長せず廃止
  • 格差固定化懸念、教育無償化の進展、NISA拡充等を踏まえた判断

5.地方の伸びしろの活用・暮らしの安定

5.1中小企業支援

  • 少額減価償却資産の特例(再掲):
    • 取得価額基準:30万円未満 → 40万円未満
    • 適用期間を3年間延長
  • 中小企業技術基盤強化税制:
    • 3年間の繰越税額控除を導入
  • 事業承継税制:
    • 法人版:特例承継計画の提出期限を令和9年9月末まで延長
    • 個人版:提出期限を令和10年9月末まで延長

5.2ひとり親控除の拡充

  • 所得税:35万円 → 38万円(令和9年分以後)
  • 個人住民税:30万円 → 33万円(令和10年度分以後)

6.自動車関係諸税の見直し

6.1電気自動車への課税の見直し

  • 保有段階:
    • EVの自動車税について車両重量課税方式を検討
    • 令和9年度税制改正で結論
  • 利用段階(令和10年5月1日施行):
    • EV・PHEVに重量税の特例加算を車検時に徴収
    • 新車の新規検査分は課税免除

6.2軽油引取税の当分の間税率の廃止

  • 令和8年4月1日に廃止

6.3自動車重量税のエコカー減税

  • 適用期限を2年間延長
  • 燃費基準を段階的に強化

6.4環境性能割の廃止

  • 令和8年3月31日に廃止
  • 減収分は国の責任で手当

7.防衛力強化に係る財源確保

7.1防衛特別所得税(仮称)の創設

  • 所得税額に対し税率1%の付加税
  • 課税期間:令和9年1月以後
  • 家計負担増回避のため、
    • 復興特別所得税の税率を1%引下げ
    • 課税期間を令和29年まで延長

8.財源確保措置

8.1当分の間税率廃止・教育無償化の財源

  • 令和8年度税制改正により、約1.2兆円(平年度)を確保
  • 主な内訳:
    • 賃上げ促進税制の見直し
    • 超高所得者負担の適正化
    • 教育資金一括贈与の廃止

9.税負担の公平性確保

9.1極めて高い水準の所得に対する負担の適正化

  • 基準所得金額:3億3,000万円 → 1億6,500万円
  • 税率:22.5% → 30%
  • 適用:令和9年分以後の所得税

9.2租税回避への対応強化

  • 貸付用不動産の評価を利用した租税回避への対応
  • マンションの投機的取引の実態把握

<今後の検討事項>

  • 法人税率の在り方(メリハリある体系の構築)
  • 高校生年代の扶養控除の在り方
  • 自動車関係諸税(車体課税・燃料課税の一体的検討) など


以上(2026年1月)
(執筆 第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 星野 卓也)

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画像:photoAC

本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

【残業代の計算問題】 変形労働時間制やみなし労働時間制の場合はどう計算する?

1 変形労働時間制などは残業代の計算が複雑

残業代の計算は意外と複雑で、特に「変形労働時間制」や「みなし労働時間制」を導入している会社は要注意です。

変形労働時間制

1カ月や1年など一定の期間内において、総労働時間を定め、その期間を平均して法定労働時間を超えない範囲で、1日10時間や1日6時間など労働時間を弾力的に設定したり、始業・終業時刻の決定を社員に委ねたりできる制度です。日によって社員の労働時間が異なるので、残業時間の計算がしにくいケースがあります。

みなし労働時間制

労働時間が把握しにくかったり、仕事が専門的で会社が具体的な指示を出しにくかったりする場合に、実際の労働時間ではなく労使協定などで定めた特定の時間(みなし労働時間)を働いたとみなす制度です。残業代が発生しないと思われがちですが、実は法定労働時間を超えるみなし労働時間を定めた場合など、残業代が発生するケースがあります。

そこで、この記事では間違えやすい残業代の計算ルールを問題形式で3つ紹介します。次の用語は重要なので、問題に取り組む前に押さえておきましょう。

基本的な用語

なお、残業代については明確な定義がないので、この記事では

所定外労働(時間外労働、休日労働、深夜労働、所定外の法定内労働)に対する賃金

を残業代として扱います。

2 1カ月単位の変形労働時間制における残業代の計算

1)問題

Aさんが勤める会社では、「1カ月単位の変形労働時間制」を導入しています。

1カ月単位の変形労働時間制

1カ月以内の一定の期間(「変形期間」といいます)における週の平均労働時間が40時間(特例措置対象事業場は44時間)以内であれば、法定労働時間を超える所定労働時間を設定できる制度です。

変形期間内の所定労働時間の合計が、

法定労働時間の総枠=週の法定労働時間×変形期間の暦日数÷7日

を超えると、超過時間分の労働が時間外労働になります。

Aさんの労働条件は次の通りです。

  • 変形期間:毎月1日から末日の1カ月(31日)
  • 法定労働時間:1日8時間、1週40時間
  • 法定労働時間の総枠:177.1時間(40時間×31日÷7日)
  • 所定労働時間:後述のシフト表の通り
  • 法定休日:日曜日
  • 賃金体系:日給月給制(1カ月単位で賃金を計算し、その後不就労分の賃金を控除する)
  • 1時間当たりの賃金額:2000円(便宜上、これを残業代の算定基礎額とする)
  • 割増賃金率:時間外労働が25%、休日労働が35%、深夜労働が25%

Aさんの労働条件

ある月に、Aさんは次の勤怠管理表の通り働きました。この月のAさんの残業代はいくらになるでしょうか? 本来のシフト表と比較し、赤字の部分に注目しながら考えてみてください。

Aさんの残業代はいくら

2)答え:6万550円

1カ月単位の変形労働時間制で時間外労働になるのは次の3つのケースです。

  • (1日単位)所定労働時間が8時間を超える日はその所定労働時間、それ以外の日は8時間を超えて働いた時間
  • (1週単位)週の所定労働時間が40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超える週はその所定労働時間、それ以外の週は40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超えて働いた時間。ただし、1.で計算した時間を除く
  • (変形期間全体)法定労働時間の総枠を超えて働いた時間。ただし、1.または2.で計算した時間を除く

また、法定休日に働いた場合はその時間全てが休日労働、原則として22~5時の間に働いた場合はその時間全てが深夜労働になります。

これを基に考えると、この月のAさんの所定外労働は次の通りとなります。

Aさんの所定外労働

次に1日単位、1週単位、変形期間単位で所定外労働がどう発生するのかを見ていきましょう。

1日単位

2日(月)

休憩1時間を除くと、9~19時(9時間)が所定労働時間、9~21時(11時間)が実労働時間です。所定労働時間が8時間を超えるので、2時間(11時間-9時間)が時間外労働になります。

4日(水)

休憩1時間を除くと、9~16時(6時間)が所定労働時間、9~21時(11時間)が実労働時間です。所定労働時間が8時間を超えないので、3時間(11時間-8時間)が時間外労働になります。

18日(水)

休憩1時間を除くと、9~15時(5時間)が所定労働時間、9~17時(7時間)が実労働時間です。実労働時間は所定労働時間を超えますが、8時間を超えないので時間外労働にはなりません。

29日(日)

休憩1時間を除くと、9~18時(8時間)全てが休日労働になります。

31日(火)

休憩1時間を除くと、9~16時(6時間)が所定労働時間、9~23時(13時間)が実労働時間です。所定労働時間が8時間を超えないので、5時間(13時間-8時間)が時間外労働になります。また、22~23時の1時間は深夜労働になります。

1週単位

1日(日)から7日(土)の第1週は、実労働時間(47時間)から所定労働時間(40時間)を差し引くと、7時間になります。ただし、

1日単位で計算した5時間(2日(月)の2時間、4日(水)の3時間)

の時間外労働は除くため、ここでは2時間(7時間-5時間)が時間外労働になります。

変形期間単位

変形期間内の実労働時間(190時間、休日労働を除く)から法定労働時間の総枠(177.1時間)を差し引くと、12.9時間になります。ただし、

  • 1日単位で計算した10時間(2日(月)の2時間、4日(水)の3時間、31日(火)の5時間)
  • 1週単位で計算した2時間(第1週の2時間)

の時間外労働は除くため、ここでは0.9時間(12.9時間-12時間)が時間外労働になります。

また、これとは別に所定外の法定内労働も発生します。法定労働時間の総枠(177.1時間)からシフト表に定めた労働時間の合計(174時間)を差し引いた時間(3.1時間)がそうです。

以上から、この月のAさんの残業代は

6万550円=2000円×(12.9時間×1.25+8時間×1.35+1時間×0.25+3.1時間×1)

となります。

3 フレックスタイム制における残業代の計算

1)問題

Bさんが勤める会社では、「フレックスタイム制」を導入しています。

フレックスタイム制

3カ月以内の一定期間(「清算期間」といいます)についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で始業・終業時刻の決定を社員に委ねる制度です。

あらかじめ

清算期間内の総労働時間(1日8時間×清算期間内の所定労働日数など)

を定めます。この総労働時間が所定労働時間になります。また、清算期間内の実労働時間が、

法定労働時間の総枠=週の法定労働時間×清算期間の暦日数÷7日

を超えると、超過時間分の労働が時間外労働になります。なお、清算期間が1カ月超3カ月以内の場合のみ、「清算期間の開始日から1カ月ごとに区分した各期間の実労働時間が、週平均50時間を超えた場合も時間外労働になる」というルールがありますが、ここでは詳細は割愛します。

Bさんの労働条件は次の通りです。

  • 清算期間:毎月1日から末日の1カ月(31日)
  • 法定労働時間:1日8時間、1週40時間
  • 法定労働時間の総枠:177.1時間(40時間×31日÷7日)
  • 総労働時間:176時間(8時間×清算期間内の所定労働日数(22日))
  • コアタイム:10~15時
  • フレキシブルタイム:6~10時、15~19時(ただし、上司から許可を得た場合はフレキシブルタイム外の時間も働くことが可能)
  • 法定休日:日曜日
  • 賃金体系:月給制(総労働時間分の賃金を、実労働時間との過不足に応じて調整する)
  • 1時間当たりの賃金額:2000円(便宜上、これを残業代の算定基礎額とする)
  • 割増賃金率:時間外労働が25%、休日労働が35%、深夜労働が25%

ある月に、Bさんは次の勤怠管理表の通り働きました。この月のBさんの残業代はいくらになるでしょうか? 赤字の部分に注目しながら考えてみてください。

Bさんの労働条件

2)答え:3万9050円

清算期間が1カ月以内の場合、法定労働時間の総枠を超えて働いた時間が時間外労働になります。また、法定休日に働いた場合はその時間全てが休日労働、22~5時の間に働いた場合はその時間全てが深夜労働になります。

これを基に考えると、この月のBさんの所定外労働は次の通りとなります。

Bさんの所定外労働

29日(日)

休憩1時間を除くと、9~18時(8時間)が休日労働になります。

30日(月)

22~23時(1時間)が深夜労働になります。なお、時間外労働については清算期間単位で判断するので、1日単位では発生しません。

清算期間単位

清算期間内の実労働時間(183時間、休日労働を除く)から法定労働時間の総枠(177.1時間)を引いた5.9時間が時間外労働になります。また、法定労働時間の総枠(177.1時間)から清算期間内の総労働時間(176時間)を引いた1.1時間が所定外の法定内労働となります。

以上から、この月のBさんの残業代は

3万9050円=2000円×(5.9時間×1.25+8時間×1.35+1時間×0.25+1.1時間×1)

となります。

4 みなし労働時間制における残業代の計算

1)問題

Cさんが勤める会社では、「事業場外労働に関するみなし労働時間制」を導入しています。

事業場外労働に関するみなし労働時間制

社員が事業場外で働き、労働時間の把握が困難な場合に、所定労働時間または業務に通常必要な時間を働いたものとみなす制度です。

法定労働時間を超える時間を業務に通常必要な時間として定めると、超過時間分の労働が時間外労働になります。また、原則として社員の労働時間の把握は不要ですが、社員が事業場内と事業場外の両方で働くときは、

  • 所定労働時間をみなし労働時間とした場合、事業場内の労働時間の把握は不要で、「みなし労働時間を働いた」とみなす
  • 業務に通常必要な時間をみなし労働時間とした場合、事業場内の労働時間を把握しなければならず、「事業場内の労働時間とみなし労働時間の合計時間を働いた」とみなす

という、少し変わったルールが適用されます。

Cさんの労働条件は次の通りです。

  • 法定労働時間:1日8時間、1週40時間
  • 所定労働時間:9~18時の8時間(休憩1時間)
  • みなし労働時間:9時間(業務遂行に通常必要となる時間)
  • 法定休日:日曜日
  • 賃金体系:月給制(原則としてみなし労働時間分の賃金を支払う)
  • 1時間当たりの賃金額:2000円(便宜上、これを残業代の算定基礎額とする)
  • 割増賃金率:時間外労働が25%、休日労働が35%、深夜労働が25%

Cさんは、事業場外労働に関するみなし労働時間制の適用を受けており、通常は勤怠管理表に記入しません.一方、事業場内で働いた時間については、勤怠管理表に記入しています。ある月に、Cさんが事業場内で次の勤怠管理表の通り働きました。この月のCさんの残業代は事業場外の労働も含めいくらになるでしょうか? 赤字の部分に注目しながら考えてみてください。

Cさんの残業代

2)答え:12万7900円

今回の事例では、業務遂行に通常必要となる時間(9時間)をみなし労働時間としているので、事業場内で仕事をした場合、「事業場内の労働時間とみなし労働時間(9時間)の合計時間を働いた」とみなします。

また、法定休日に働いた場合はその時間全てが休日労働、22~5時の間に働いた場合はその時間全てが深夜労働になります。

これを基に考えると、この月のCさんの所定外労働は次の通りとなります。

Cさんの所定外労働

4日(水)

9~10時(1時間)+みなし労働時間(9時間)の計10時間を働いたとみなされます。ですから、2時間(10時間-8時間)が時間外労働になります。

14日(土)

9~11時(2時間)+みなし労働時間(9時間)の計11時間を働いたとみなされます。なお、13日(金)の時点で、第2週の時間外労働を除いたみなし労働時間の合計が40時間(8時間×5日)で法定労働時間に達しているので、11時間全てが時間外労働になります。

22日(日)

9~12時(3時間)+みなし労働時間(9時間)の計12時間を働いたとみなされます。ですから、12時間全てが休日労働になります。

31日(火)

19~23時(4時間)+みなし労働時間(9時間)の計13時間を働いたとみなされます。ですから、5時間(13時間-8時間)が時間外労働になります。また、22~23時(1時間)は、深夜労働になります。

他20日間については、1日当たり1時間(9時間-8時間)の時間外労働が20日分発生します。

以上から、この月のCさんの残業代は

12万7900円=2000円×(38時間×1.25+12時間×1.35+1時間×0.25)

となります。

以上(2025年11月更新)

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秀吉の「さし出づる」精神に表れる、有言実行型のリーダー像

人はただ さし出(い)づるこそ よかりけれ
軍(いくさ)の時も先駆けをして

豊臣秀吉は、戦国時代を代表する武将「三英傑」の一人です。2026年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、秀吉とその弟・秀長の物語が描かれます。今年、改めて注目を集める人物でしょう。近年の創作では嫌われ役を担うことも多いですが、農民(諸説あり)から成り上がり、主君であった織田信長亡き後、天下統一を成し遂げたその手腕は誰もが知るところ。努力と才覚で自らの地位を切り拓いた、日本史上屈指の成功者といえるでしょう。

冒頭の言葉は、秀吉が信長の家臣だった頃、同僚に「しゃしゃり出すぎだ」と言われた際の返答とされています。「何事も率先することが大切だ。私は戦うときだって真っ先に動く」という意味です。秀吉らしい言葉ですが、彼は常にその姿勢を結果に結び付けてきました。「さし出づる」という言葉からは、「言葉と行動を一致させる」という秀吉の覚悟も読み取れます。

例えば、信長が美濃の斎藤軍攻略に向け、墨俣(すのまた)に城を建てようとしていた1566年。信長の他の家臣が何度も築城に失敗する中、秀吉は「自分なら瞬く間に城を作ってみせる」と言い放ち、実際にそれを成し遂げたといわれています。世に言う「墨俣の一夜城」です。また、信長が浅井・朝倉連合軍と戦った1570年の「金ヶ崎の戦い」で、信長が撤退を余儀なくされた際、秀吉は、敵の追撃を一手に引き受ける殿(しんがり)に自ら志願しました。逃げ場のない危険な任務でしたが、秀吉はその役目に手を挙げただけでなく、信長の退却を見事に成功させたのです。

秀吉のこうした姿勢は、彼の家臣にも影響を与えていました。信長が明智光秀に討たれた本能寺の変の直後、秀吉は敬愛する主君の死に激しく同様したといわれています。しかし、家臣の黒田官兵衛が「今こそあなたが天下を取る好機です」と秀吉に言い聞かせ、さらに他の家臣たちも「次の天下を取るのは秀吉様だ」と奮い立ちます。これにより立ち直った秀吉は、主君のあだを討つため「中国大返し」を決行、光秀を打ち破ったのです。

発言や理想を語ることは簡単ですが、それだけでは人の心は動きません。秀吉のように、語った言葉を現実に変えるために自ら動くリーダーだからこそ、部下は「この人についていきたい」と思うわけです。そして、リーダーが部下たちに与えた希望は、回り回って、いざというときリーダー自身を助けてくれます。信長の死に打ちのめされた秀吉を家臣たちが立ち直らせたように、リーダーがピンチに陥ったとき、部下が「あなたならやれる」と支えてくれる。それが組織の強さなのです。「大きく出る」勇気は、部下を導く灯火であり、組織を成長させる原動力となるわけです。

今年は秀吉にあやかり、掲げた理想を達成する姿を社員たちに見せることを意識して、経営者自ら動いてみるとよいかもしれません。秀吉の気分で先陣を切り、社員皆を驚かせて士気を上げる、有言実行の一年を目指しましょう。

出典:「戦国武将名言録」(楠戸義昭著、PHP研究所、2006年)

以上(2025年12月作成)

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登記簿謄本の見方は?書類の基本からわかりやすく解説

不動産会社で従事している方にとって、登記簿謄本の見方は不可欠な知識です。そもそも登記簿謄本とは、不動産やその所有者に関する情報が記載された公的書類を指します。どの欄に何の情報が書かれているかポイントをあらかじめ押さえておくと、スムーズに活用できるでしょう。今回は、登記簿謄本の基本情報と表題部・権利部・共同担保目録の見方を、それぞれわかりやすく解説します。

登記簿謄本にまつわる基本情報

登記簿謄本にまつわる基本情報

登記簿謄本をスムーズに読めるようになるには、登記簿謄本がどういうものか、ポイントを押さえておくことが大切です。ここでは、登記簿謄本の概要・登記事項証明書との関係・種類・構成について、基本を押さえておきましょう。

登記簿謄本とは

登記簿謄本とは、不動産やその所有者に関する情報が記載された公的書類です。具体的には、建物(家屋)や土地といった不動産の所在地・面積・構造・所有者などがわかります。また、抵当権など担保の設定状況も確認できます。

登記簿謄本を用いるのは、主に物件の購入・売却を行う場合です。不動産を購入したときや相続などで所有者が変わるときなどは、登記手続きをして記載内容を更新する必要があります。

不動産取引の安全性確保のための書類である不動産登記簿謄本は、定められた手続きをすれば、誰でも内容を閲覧できるのが特徴です。

登記簿謄本と登記事項証明書

登記簿謄本と似た名称に、登記事項証明書があります。登記所の登記情報の管理方法によって呼び方が異なるだけで、登記簿謄本と登記事項証明書は、同じ内容の公的書類です。

登記情報をデジタル管理する登記所の場合、その登記情報を印刷し、「登記事項証明書」という名称で交付します。一方、登記情報を登記用紙に直接記載し管理する登記所では、その登記用紙を複写し、「登記簿謄本」の名称で交付していました。

現在ではデジタルに移行し、書類の名称は登記事項証明書で統一されていますが、今でも登記簿謄本と呼ばれる場合があります。

登記簿謄本の種類

登記簿謄本には全部事項証明書・現在事項証明書・一部事項証明書・閉鎖事項証明書の4種類があり、それぞれ記載内容が異なります。登記簿謄本の請求時は、取得したい内容が記載された種類を選びましょう。種類ごとの記載内容は、下記の通りです。

種類 内容
全部事項証明書 閉鎖記録以外のすべての登記簿謄本の情報を記載
現在事項証明書 過去の所有者や抹消済みの権利などを除く、現在有効な情報のみ記載
一部事項証明書 複数の権利者のうち特定の権利者の情報など、一部の情報のみ記載
閉鎖事項証明書 現在は存在しない不動産情報など、閉鎖記録を記載

登記簿謄本の構成

登記簿謄本は、「表題部」「権利部(甲区)」「権利部(乙区)」「共同担保目録」の4つで構成されています。

欄ごとに記載内容は異なるので、どの欄に何の情報が書かれているのかを把握しておくことが大切です。なお、不動産によっては、表題部のみの場合や、表題部と権利部(甲区)のみの場合など、一部の欄しか記載がないケースもあります。

表題部の見方

表題部の見方

登記簿謄本の表題部では、不動産の基本的な情報を確認できます。不動産の所在地・面積・構造・所有者などを知りたいときは、表題部を確認しましょう。

表題部は、土地・建物・マンションといった不動産の種類によって、記載内容に差があります。ここでは、種類ごとの見方を把握しておきましょう。

表題部の見方|土地の場合

登記されている不動産が土地の場合、表題部には、所在・地番・地積などの情報が記載されています。なお、土地の正確な位置は、所在と地番の2つを確認することで特定できます。表題部の記載項目と内容は、下記の通りです。

項目 内容
不動産番号 ・法務局が割り振った管理用の番号
地図番号 ・地図が整備されている場合は、その番号
・ない場合は空白
筆界特定 ・筆界(土地の範囲)特定の申し出と特定が行われた場合に、その旨を記載
・ない場合は空白
所在 ・丁目までの所在地
地番 ・法務局が定めた土地の番号
地目 ・宅地などの土地の用途
地積 ・土地の面積
原因及びその日付
(登記の日付)
・登記が完了した日付
所有者 ・土地の所有者の名前と住所

法務省の見本からは、下記のような内容が読み取れます。

  • 建物の所在地は、特別区南都町1丁目101番地
  • 土地は宅地用途の地域で面積は300㎡
  • 平成20年10月14日に登記
  • 所有者は甲野太郎

表題部の見方|建物の場合

建物の場合、表題部には、所在・家屋番号・構造・床面積などの情報が記載されています。主となる建物に加えて付属する建物があるときは、付属の建物の情報も確認できます。建物の表題部の記載項目と内容は、下記の通りです。

項目 内容
不動産番号 ・法務局が割り振った管理用の番号
所在図番号 ・建物所在図が整備されている場合は、その番号
・ない場合は空白
所在 ・番地までの建物の所在地
家屋番号 ・法務局が定めた建物の番号
種類 ・共同住宅、居宅、事務所などの建物の種類
構造 ・木造など、建物の主な材料
・屋根の種類
・階層
床面積 ・建物の各階の床面積
原因及びその日付
(登記の日付)
・登記が完了した日付
所有者 ・建物の所有者の名前と住所

法務省の見本からは、下記のような内容が読み取れます。

  • 建物の所在地は、特別区南都町1丁目101番地
  • 木造かわらぶき2階建ての構造で、1階部分は80㎡、2階部分は70㎡の床面積
  • 令和1年5月1日に新築された
  • 所有者は法務五郎

表題部の見方|マンションの場合

マンションの場合、同じ登記簿謄本の中に、マンション全体の情報と専有部分の情報の2種類が記載されています。一戸建てと異なり、土地・建物の両方の情報が1つの登記簿謄本で確認できるのは、マンションならではの特徴です。

マンション全体およびその土地に関する表題部には、下記のような内容が記載されています。

項目 内容
専有部分の家屋番号 ・マンション全体の専有部分の家屋番号の一覧
所有者 ・建物の所有者の名前と住所
所在図番号 ・建物所在図が備えられている場合は、その番号
・ない場合は空白
所在 ・番地までのマンションの所在地
建物の名称 ・マンション名、ビル名
構造 ・鉄筋コンクリート造など、建物の主な材料
・屋根の種類
・階層
床面積 ・建物の床面積
原因及びその日付
(登記の日付)
・登記が完了した日付
土地の符号 ・土地の筆数
所在地及び地番 ・土地の住所(一筆ごとに記載)
地目 ・宅地など、土地の用途
地積 ・土地の面積
登記の日付 ・登記が完了した日付

法務省の見本からは、下記のような内容が読み取れます。

  • 建物の所在地は、特別区南都町1丁目3番地1
  • マンション名は、ひばりが丘一号館
  • 鉄筋コンクリート造陸屋根2階建ての構造で、1階部分、2階部分ともに300㎡の床面積
  • 建物が建っている土地は宅地用途の地域で面積は350㎡

また、マンション専有部分に関する記載項目と内容は下記の通りです。

項目 内容
不動産番号 ・法務局が割り振った管理用の番号
家屋番号 ・各専有部分の番号
建物の名称 ・部屋番号など
種類 ・共同住宅、居宅、事務所などの建物の種類
構造 ・鉄筋コンクリート造など、建物の主な材料
・屋根の種類
・階層
床面積 ・建物の面積
原因及びその日付
(登記の日付)
・登記が完了した日付
敷地権の種類 ・所有権、地上権、賃借権のいずれか
敷地権の割合 ・専有部分の持ち分割合
所有者 ・マンションの分譲業者名など

法務省の見本からは、下記のような内容が読み取れます。

  • 専有部分は鉄筋コンクリート造1階建ての1階部分で、床面積は150㎡
  • 令和1年5月1日に新築された
  • 敷地権は所有権で、敷地権割合は4分の1

権利部の見方

権利部の見方

権利部には、権利部(甲区)と権利部(乙区)の2種類があります。甲区では所有権に関する内容を確認でき、乙区では所有権以外の権利に関してみることができます。ここでは、甲区と乙区に分けて、権利部の見方を確認しておきましょう。

権利部の見方|甲区

権利部(甲区)では、所有者の情報や所有権移転登記の状況などを確認できます。具体的な項目・内容は、下記の通りです。

項目 内容
順位番号 ・登記の順番
登記の目的 ・登記された目的(所有権の保存、移転など)
受付年月日・受付番号 ・登記を受け付けた日付と受付番号
権利者その他の事項 ・所有者の氏名、住所

法務省の見本からは、下記のような内容が読み取れます。

  • 現在の所有権者は法務五郎で、令和1年5月7日に売買で土地を取得
  • 法務五郎の前の所有権者は甲野太郎で、最初の土地の名義人

権利部の見方|乙区

権利部(乙区)では、抵当権など所有権以外の権利の状況を確認できます。具体的な項目・内容は、下記の通りです。

項目 内容
順位番号 ・登記の順番
登記の目的 ・登記された目的(所有権の保存、移転など)
受付年月日・受付番号 ・登記を受け付けた日付と受付番号
権利者その他の事項 ・所有者の氏名、住所

法務省の見本からは、下記のような内容が読み取れます。

  • 令和1年5月7日に抵当権登記を申請
  • 法務五郎の4,000万円の金銭消費貸借の担保として抵当権を設定
  • 抵当権者は南北銀行
  • 共同担保を設定している不動産がある

共同担保目録の見方

権利部(乙区)で記載されている抵当権について、ほかの不動産にも共同担保が設定されている場合、共同担保目録にその物件一覧が記載されます。例をあげると、土地と建物を購入するために住宅ローンを利用し、担保として土地・建物の両方に抵当権を設定した場合、共同担保目録に記載されます。

共同担保目録の具体的な項目・内容は、下記の通りです。

項目 内容
記号及び番号 ・共同担保目録の管理上の記号や番号
番号 ・担保のための権利の通し番号
担保の目的である権利の表示 ・共同担保が設定されている物件の情報
順位番号 ・抵当権の順位

法務省の見本からは、下記のような内容が読み取れます。

  • 特別区南都町一丁目101番地の土地と建物に共同担保が設定されている
  • 土地と建物どちらの抵当権順位も1位

まとめ

物件の売買などの際に必要な登記簿謄本は、「表題部」「権利部(甲区)」「権利部(乙区)」「共同担保目録」の4つで構成されています。欄ごとに記載内容が決まっており、表題部では不動産の情報、権利部では所有権やそれ以外の権利などについて確認できます。

とはいえ、登記簿謄本を実際に営業などで活用する際は、難解な専門用語の理解が求められる上に、抹消事項が多く、最終所有者の特定や持ち分の判読が大変です。また、差押や買戻権などの登記が入っている場合、売却活動の妨げになるため、抹消できるかの確認も必要になります。

登記簿謄本の情報を効率的に活用するなら、ホームズのスッキリ登記簿がおすすめです。スッキリ登記簿では、不要な登記を削除して登記内容を精査できます。複雑な権利関係の判読に時間をとられることがなくなり、現時点で有効な最終所有者も持ち分単位で明らかになります。業務効率化の必要性を感じている場合は、ぜひご活用ください。

(出典:ホームズメディア)

【かんたん消費税(8)】課税売上高5000万円以下なら利用できる楽々な「簡易課税制度」

1 簡易課税制度で面倒な事務負担を軽減!

消費税は、「預かった消費税(仮受消費税)」から「支払った消費税(仮払消費税)」を差し引いて計算され、これを「仕入税額控除」と呼びます。原則通りにやると、仕入税額控除の計算はとても複雑ですが、

小規模事業者だけは、仕入税額控除を簡単に計算する「簡易課税制度(以下「簡易課税」)」

が認められています。ここでいう小規模事業者とは、以下のいずれの要件を満たす会社です。

  1. 基準期間の課税売上高が5000万円以下
  2. 期日までに簡易課税を適用する旨の届出書を提出している

簡易課税では、

預かった消費税(仮受消費税)だけを把握すればよい

ので楽です。原則通りの計算を「原則課税」と呼びますが、これと比較すると簡易課税のシンプルさが分かります。原則課税の詳細は、以下のコンテンツでご確認ください。

簡易課税の注意点は期間です。簡易課税を適用したら最低2年間は原則課税に変更できず、仮に変更する場合は、変更のために所定の届出を期限(簡易課税をやめようとする事業年度の前事業年度末日)までに提出する必要があります。また、例外的なケースではありますが、簡易課税で納税額が増えることもあります。

この記事では、簡易課税の計算方法や簡易課税を適用したほうがよい会社を紹介しますので、参考にしてください。

2 5ステップで終わる簡易課税の計算

1)計算方法の概略

簡易課税は、実際に支払った仮払消費税の額に関係なく、

仮受消費税に一定割合を掛けたもの

を仮払消費税とみなして、仕入税額控除を計算します。

簡易課税の計算

一定割合を「みなし仕入率」と呼びます。みなし仕入率は事業区分ごとに決まっています。

みなし仕入率

2)具体的な計算方法

具体的な計算方法を確認していきましょう。

計算方法

3)ステップ1:事業区分別の課税売上高の整理

みなし仕入率は、事業区分ごとに決まっています。そのため、複数事業を行っている場合は、事業区分ごとに課税売上高(税込金額)を集計します。

4)ステップ2:課税標準額および消費税額(仮受消費税額)の計算

ステップ1で集計した課税売上高(税込金額)を税抜金額にします。具体的には、

「課税売上高」の税込金額×100/110

と計算します。税抜きにした後の金額を「課税標準額」と呼びます。課税標準額の1000円未満は切り捨てた上で、

課税標準額(端数切り捨て後)に消費税率を掛ける

ことで、課税標準額に対する消費税額(仮受消費税額)が計算できます。

なお、原則として消費税率は10%ですが、軽減税率(飲食料品などに適用される税率)が適用される取引は8%です(説明の便宜上、税率は国税と地方消費税の合計としています)。

5)ステップ3:みなし仕入率の確定

ステップ2で計算した「課税標準額に対する消費税額」に掛けるみなし仕入率の割合を確定します。

1.単一事業の場合

単一事業の場合は、その事業の区分に応じたみなし仕入率をそのまま使用します。

2.複数事業の場合

複数事業の場合は、みなし仕入率を少し調整します。具体的には、

事業区分ごとに計算した仮受消費税額に、各事業区分ごとに決まっているみなし仕入率を掛けたものを加重平均

して、みなし仕入率を計算します。これを算式で表すと次の通りになります。

みなし仕入率

ところで、複数事業を行っている会社がこのような調整を行うのは煩雑です。そこで、

1つの事業で売上の75%以上を占める場合などは、その大きな事業のみなし仕入率を他の事業にも適用できる

といった特例が設けられています。

なお、複数事業を行っているのに課税売上高を事業ごとに区分していない場合、

行っている事業に対応するみなし仕入率のうち、一番低いもの

が適用されてしまうので注意しましょう。

6)ステップ4:仕入税額控除額(仮払消費税とみなす金額)の計算

ステップ2で「課税標準額に対する消費税額」を計算し、ステップ3で「みなし仕入率」が確定すれば、

課税標準額に対する消費税額×みなし仕入率

によって、仕入税額控除額(仮払消費税とみなす金額)が計算できます。

7)ステップ5:納付する消費税額の計算

ステップ2で計算した「課税標準額に対する消費税額」から、ステップ4で計算した「仕入税額控除額(仮払消費税とみなす金額)」を差し引くことによって、納付する消費税額が計算されます。なお、計算した消費税額は100円未満を切り捨てます。

3 簡易課税を適用したほうがよい会社とは?

簡易課税で事務負担は軽減されるのですが、それによって税金が増えては本末転倒です。簡易課税は仮受消費税にみなし仕入率を掛けて仕入税額控除額を計算するので、「多額の経費の支払いが発生し、仮払消費税が多額になるようなケース」だと損をすることがあります。例えば、次のようなケースは要注意です。各会社の事業の種類や特性に応じ、シミュレーションをして判断しましょう。

1)仕入原価率の高い会社・課税取引となる経費の多い会社

仕入原価率(売上に対する仕入費用の割合)が高かったり、課税取引となる経費が多かったりして、仮払消費税が多額でも簡易課税では関係なく、

あくまでも仮受消費税を基準に計算

されます。原則課税では「預かった消費税(仮受消費税)」から「支払った消費税(仮払消費税)」を引くので、仮払消費税が大きいと納税額が減りますが、簡易課税では仮受消費税しか注目しないので損をすることがあるのです。

2)設備投資の予定がある

多額の設備投資をした事業年度については、簡易課税だと損をすることがあります。なぜなら、原則課税なら還付(仮払消費税が仮受消費税を上回る場合に生じる)を受けられるケースでも、簡易課税では還付を受けられないからです。

前述した通り、簡易課税を適用したら最低2年間は原則課税に変更できないので、

2年後までの設備投資計画を見据えて判断する

ことが重要です。

以上(2025年11月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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