【収支シミュレーション】訪問リハビリテーションの開業収支モデル

書いてあること

  • 主な読者:訪問リハビリテーションの開設を検討している人
  • 課題:自社の所有地で訪問リハビリテーション事業を新たに行う
  • 解決策:開業、運営に掛かる費用の目安を押さえ、収支計画をシミュレーションしてみる

1 訪問リハビリテーションとは

訪問リハビリテーションとは、

医師の指示に基づき理学療法士や作業療法士等が利用者の居宅を訪問し、心身機能の維持回復および日常生活の自立を助けるサービス

です。

訪問リハビリテーション施設では、身体機能(関節拘縮の予防、筋力・体力)の維持、自主トレーニングの指導、基本動作訓練(寝返り、起き上がり、移乗動作など)などを行います。

訪問リハビリテーションを開設するには

  • 病院、診療所、または介護老人保健施設、介護医療院であること
  • 厚生労働省令で定められた事項を都道府県知事に届け出る
  • 厚生労働省が定める「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」を満たす
  • 施設の所在地の都道府県知事(指定都市・中核市は各市長)から介護保険法の「通所介護」に係る「指定居宅サービス事業者」の指定を受ける(注)

(注)健康保険法により「保健医療機関」の指定を受けた病院・診療所に関しては申請不要です。

必要があります。

なお、市区町村によって基準が異なる場合や、設置を計画していた施設の数を満たしているといった理由で申請を受け付けていない場合があるため、事前に市区町村の担当部署に確認しましょう。

また、市区町村によって施設整備費や設備整備費などに補助金を出していることもあるので、併せて確認するとよいでしょう。

2 開業収支を考える

1)前提条件

1.売上高

売上高は、1カ月あたりの受給者数を20人として年間912万円とします。算出式は次の通りです。

(介護サービス費3万8000円)×1月あたりの受給者数20人×12カ月≒912万円

訪問リハビリテーションの売上高は、介護サービス費から成ります。

厚生労働省「介護給付費等実態統計月報(令和6年3月審査分)第5表 介護サービス受給者1人当たり費用額,要介護状態区分・サービス種類別」によると、訪問リハビリテーションの介護サービス受給者1人当たり費用額は3万8000円となっています。介護保険が適応されるので利用者の負担は1割(一定基準以上の所得がある場合は2割または3割)となります。

2.原価率

原価率は、後掲の図表4(訪問リハビリテーションの1施設1カ月当たり収支)の介護事業費用のうち(4)その他を参考に15.1%とします。

3.人件費

人件費は同じく後掲の図表4(訪問リハビリテーションの1施設1カ月当たり収支)の介護事業費用のうち(1)給与費73.8%を参考に673万円(912万円×73.8%)とします。

4.その他

ここでは、福祉車両のリース費用として、年間30万円(2万5000円×12カ月)を盛り込んでいます。

5.施設整備・設備整備費用

このシミュレーションでは、病院や診療所、他の介護サービス施設が既存の施設でリハビリテーション事業を行うものとし、建物付属設備を150万円とします。

その他の諸条件は図表1の通りです。

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2)収支シミュレーション

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3 訪問リハビリテーション施設の1カ月当たり収支

厚生労働省「令和5年度介護事業経営実態調査」によると、訪問リハビリテーション(予防を含む)の1施設1カ月当たり収支は次の通りです。

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以上(2024年8月更新)

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画像:Orapun-Adobe Stock

【有利な契約】「信義則」「権利の濫用」の規定は自社を守ってくれるのか?

書いてあること

  • 主な読者:信義則と権利の濫用について理解を深め、いざというときに主張したい経営者
  • 課題:契約書などでよく見る言葉だが、具体的なイメージがつかめない
  • 解決策:相手の権利侵害などに対抗できる場合がある

1 実は重要な「信義則」と「権利の濫用」

ビジネスでトラブルが生じた場合、当事者が話し合って解決を目指しますが、それができなければ民事訴訟等により法律に基づいて解決します。ただし、全てのケースで法律が万能に機能するわけではありません。そこで、裁判所が妥当な解決の道筋を立てるための法理である、

信義誠実の原則(以下「信義則」)、権利の濫用の禁止

を適用して解決を図ることがあります。

まず、信義則とは、

「当事者は、相互に相手から期待される合理的な行動を取るべきであり、相手方の信頼を不当に害さないようにしましょう」といった行動準則

です。また、権利の濫用とは、

外見上は権利の行使のように見えても、実際は権利の行使として認めることが社会的に妥当とはいえないため、権利の行使を認めるべきではないといった行動準則

です。

決まり文句のようなものと考えられ、ともすれば軽視されがちな信義則や権利の濫用ですが、万一の際に皆さんを救ってくれるかもしれない大切な法理です。この記事では、信義則と権利の濫用のポイントを事例とともに解説していきます。

2 信義則が問題となる場面

1)権利者が不誠実な態度であった場合

権利者の態度が不誠実なため、信義則の適用を認めた裁判例(大審院大正9年12月18日判決)があります。古いものですが、今でも妥当だと考えられているので紹介します。

ある不動産の売買について買戻特約付売買契約をした売主(買戻権者)が、当該契約に基づいて買戻権を行使し、代金と契約費用を買主に支払いました。ただ、売主は金額を勘違いしていて、契約費用が2円ほど不足していました。これに対して、買主は契約費用が足りないことを理由に不動産の買戻しを認めませんでした。これを不当として、売主が裁判で不動産の返還を求めました。

判決では、契約費用が2円ほど不足していたことを買主が売主にきちんと告げていれば、売主は不足する2円ほどを支払って、買戻権を行使できたはずなので、買主が不足金額を告げずに買戻権の行使を拒絶することは、信義則に反すると判示しました。

2)契約準備段階において先行行為が存在する場合

契約締結を前提に当事者間で交渉をして、既に相手方が契約締結を見込んで費用まで支出した後に契約交渉を白紙撤回した事案で、信義則の適用を認めた裁判例(東京地裁平成8年12月26日判決)があります。

不動産会社のX社は、自己が所有する土地にリゾートマンションを建築して、Y社に分譲することで基本協定を締結しました。この協定には、X社とY社がマンションの建築請負と売買契約を締結する条件として、X社が契約締結前に、(1)土地を更地にする、(2)マンションの開発許可に必要な手続きを完了させるという先行行為の履行がありました。また、この基本協定には、マンションの建築請負に係る代金、売買代金についても明記されていました。

しかし、Y社は、X社が先行行為の履行を完了してもX社と売買契約を締結しませんでした。その理由は、X社の先行行為の履行が大幅に遅れたこと、マンションの市況が悪化して銀行借入が難しくなったことでした。

このような状況で、X社は、Y社には信義則上の義務違反があるとして、損害賠償を求めて訴訟を提起しました。裁判所は、以下の通り判示しました。

  • 基本協定の成立により、X社とY社との間には緊密な関係が生じた。先行行為の履行も完了している以上、特段の事情のない限り、契約成立の合理的な期待がある
  • その合理的な期待を裏切り、特に正当な理由もないのに契約に向けた行為を一方的に拒否することは信義則に反する
  • Y社はX社に損害賠償責任を負う

3)継続的な取引により解約権の制限を受ける場合

長期にわたって継続的に取引してきた場合、信義則上、解約が制限される場合があります。いわゆる「信頼関係破壊の法理」です。

例えば、A社はB社の下請けとして自動車部品の製造を受託しています。B社とは10年近い付き合いで、売上全体の6割程度を占めます。A社は、B社との関係を会社存続のために重要視しており、最近、A社の2年分の売上総利益に相当する金額を投じて製造機械を導入しました。ところが、B社から「今後は中国製の部品を仕入れるので、本年中で取引を停止したい」と言われました。この場合、A社はB社に対して何かしらの損害賠償請求ができるのでしょうか。

原則として、当事者間の契約は自由で、締結することも解約することもできます。しかし、契約が長期にわたる場合、その後も継続するであろうと期待して新しい機械を導入したり、人材を採用したりすることがあります。こうした場合、裁判所によっては、

契約自由の原則を修正して、取引関係を終了する場合に、「やむを得ない事由」が必要と判断される可能性

があります。この「やむを得ない事由」が認められない場合、解約は正当なものとはならず、損害賠償請求を認めるということになります。

3 権利の濫用が問題となる場面

本来、権利者が権利を行使することは自由です。しかし、裁判では客観的要因と主観的要因を勘案し、権利の濫用だと判断される場合があります。

客観的要因では、権利者は権利を主張してどのような利益を得るのか、一方で、第三者がどのような不利益を被るのかといった点を考慮します。こうしたことを利益衡量し、後者がより重視されるべき要素である場合、権利の濫用が認められる傾向にあります。

主観的要因では、権利の行使は相手を害する目的でなされたのか、自らの利益を実現するためになされたのかといった点を考慮して、判断されます。

権利の濫用は、さまざまな場面で認められています。例えば、土地使用権を有するからといって、音響、煤(ばい)煙、振動等によって第三者の生活を妨害することは認められません。また、貸主の承諾の下、借主が長期にわたって建物の外壁に無償で看板を設置していた場合、貸主が代わって、新しい貸主が、前の貸主と借主との合意を白紙撤回して看板の撤去を求めたとしても、権利の濫用として撤去が認められないことがあります(最高裁平成25年4月9日判決)。

4 ビジネスを進める上での心構え

信義則や権利の濫用は、法律では十分に具体化されていない点を補うための法理として有用です。ただ、その判断基準が法律で明確になっているわけではないため、説得力に欠け、場合によっては恣意的に法律と異なる結論を導く便法になります。そのため、これらの法理が果たすべき機能を適正な範囲に限定すべきであると考えられており、裁判等で信義則や権利の濫用を主張したとしても、認められる場合は必ずしも多くありません。

とはいえ、社会の変化が目まぐるしい現在において、このような法理の有用性は否定できませんので、知識としては押さえておきましょう。

以上(2024年5月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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「社長と幹部の2.0」激動の時代を共に乗り切る社長と幹部社員の付き合い方

書いてあること

  • 主な読者:幹部社員との付き合い方に悩む経営者、幹部社員に辞めてほしくない経営者
  • 課題:幹部社員の信頼を失いたくない。同時に幹部社員にもっと成長してもらいたい
  • 解決策:幹部社員との付き合い方を、根本的かつ具体的に見直してみる。一方、「幹部社員に対する考え方のバージョンアップ」も忘れないようにする

1 明日から幹部社員がいなくなってしまったら……

幹部社員の離職は経営危機に直結します。中小企業の場合は特にそうです。人材不足の日本では中高年の転職も活発化しており、もはや幹部社員の流出は身近な問題です。

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今やどのような会社でも幹部社員の流出リスクはあります。そこで社長がやるべきことは、

「幹部社員はいつまでもついてくる」という勘違いを改め、いま一度、幹部社員と信頼関係を築くこと

です。具体的にどういうことなのか確認していきましょう。

2 社長が幹部社員に抱く勘違い

1)社長は絶対的な存在ではない

一般社員と幹部社員とでは、社長に対して抱く印象が異なります。一般社員は社長と接する機会が少ないため、「社長はすごい人」という印象を抱きます。一方、幹部社員は社長に近い存在なので、社長の言動をよく見ています。ビジネスパーソンとしての実力はもちろん、人間性に至るまで冷静に社長を評価しています。

社長は、「幹部社員は自分をよく理解していて、いつまでも自分についてくる」と思い込んでいるかもしれませんが、実際は違います。社長をよく知っている分、逆に愛想を尽かすことがあります。幹部社員が離職する理由として、「社長への不信感」は結構多いのです。

2)幹部社員も一社員である

社長は幹部社員を頼りにしています。その前提は、「幹部社員は、自分のことを理解してくれている」と信じているからです。これは間違っていませんが、幹部社員が理解しているのは社長の能力や人間性であって、社長という立場の重さではありません。社長と幹部社員の間でしばしば起こる感覚のズレは、社長と社員という圧倒的な立場の違いから生まれます。

社長は、幹部社員なら自分と同じ感覚を持っていると考えるからこそ相談し、意見を求めます。しかし、幹部社員から見れば、「それは社長しか分からない。答えようがない」といった相談も少なくありません。幹部社員は「幹部であっても一社員」なのです。

3)幹部社員の焼きもちは激しい

社長は、幹部社員に相応の権限を与えており、その範囲の中でビジネスを自由に進めて、会社に貢献してほしいと願っています。そのため、幹部社員を管理するつもりはなく、特別な事情がなければフォローもしません。

これは社長ならではの信頼の示し方ですが、幹部社員によっては、「もう自分は期待されていない」と、大きな勘違いをすることがあります。また、社長は次世代の幹部社員を育て、今の幹部社員がもう一段上に行ける体制を整えようとします。しかし、こうした社長の意図が正しく伝わらず、幹部社員は次世代の幹部社員候補に焼きもちを焼くこともあります。

4)放っておけば幹部社員の気持ちは離れていく?

以上から分かるように、社長は幹部社員のことを正しく理解できていない面があります。幹部社員は、社長と違う価値観を持っています。これは、話し方や服装にも及びます。例えば、社長が幹部社員に対し、「もっとおしゃれになれ」と思っている一方で、幹部社員は社長に対し、「若作りするな」と思っています(あくまで一例です)。

社長と幹部社員にはこうした擦れ違いがあります。また、互いに心が強いため、言葉を選ばずに言うと「一度こじれると厄介」です。社長の考え方にもよりますが、幹部社員を失わないためにも、社長は他の社員以上に幹部社員に配慮をしなければなりません。

3 見直そう、幹部社員との付き合い方

1)必要なら、労働条件はすぐに改善すべき

特に技術系の社長は、自分の役職などに無頓着なことが多いもので、幹部社員の労働条件にもあまり気を使わないことがあります。しかし、労働条件に関する理由で転職する30~50代(幹部社員)は少なくありません。

労働条件に対する幹部社員の不満は、比較的容易に解決できる問題です。幹部社員の労働条件を確認し、世間の相場と大きく乖離(かいり)しているようなら、あるいは幹部社員が不満を持っていそうなら、早急に改善を検討しましょう。

2)仕事を集中させ過ぎない

中小企業の幹部社員は、社長から依頼された仕事や、部下を含めた同僚のサポートの他、自分の仕事もこなさなければならず、かなり多忙です。「幹部社員は多忙が当たり前」というのも一理ありますが、仕事の質と量によります。

例えば、低レベルの仕事に時間を取られるようでは、幹部社員の成長機会が失われます。また、忙しさの度が過ぎれば、転職の動機になります。こうならないように、社長は幹部社員の仕事量をコントロールしなければなりません。

3)重要事項は必ず相談する

社長は、会社の重要事項については必ず幹部社員に相談しましょう。幹部社員にとって、「社長は、重要なことは必ず自分に相談してくれる」ことが、高いモチベーションになります。

中には、社長に遠慮して意見を言わない幹部社員もいて、社長は物足りなさを感じます。しかし、それでも社長は重要事項を幹部社員に相談するべきです。他の社員よりも先に社長と課題を共有することで、幹部社員は自分のポジションを確認できるからです。

4)意思を尊重し、成長意欲を促す

タイプによって表現の仕方は異なりますが、幹部社員が社長や周囲に認められる存在になったのは、常に自分を高める勤勉さと、それを継続する情熱、そして、もちろん仕事そのものへの使命感や喜びを持っているからに他なりません。

社長は、こうした幹部社員の長所と呼べる点を尊重し、さらに伸ばしていく努力をしなければなりません。そのためには、幹部社員を型にはめず、自由に動けるフィールドを確保しておくことが大切です。

5)不在時のリーダーシップをたたえる

普段はあまりリーダーシップを発揮しないものの、社長が不在のときは先頭に立って組織を切り盛りしてくれる幹部社員がいます。しかし、当の社長はその場にいないので、幹部社員の頑張りに気付くことができません。

こうした擦れ違いを避けるために、社長は自分が不在のときの幹部社員の働きぶりを、別の社員に確認しましょう。自分が不在のときに幹部社員が組織をまとめてくれていたら、これほど頼りになる存在はいません。心からたたえましょう。

6)特別なお店で食事をする

会社の中で、社長が一緒に食事をする機会が最も多いのは幹部社員でなければなりません。同じ空間で、同じものを食べながら、会社のことを話し合うのは有意義です。また、特別感があればなおさら効果的です。

毎回というわけにはいきませんが、社長が接待などで使うお店に幹部社員を連れて行くのもよいでしょう。幹部社員にふさわしいグレードのお店ということです。幹部社員にとっても、普段、あまり行かないお店で食事をすることは良い経験になります。

7)「大人の合宿」に出掛ける

幹部社員は、「社長は何を考え、どこに進もうとしているのか」を気に掛けています。日々の仕事の多くは過去の延長線上にありますが、そればかりをしていても、厳しい競争に勝ち抜くことはできないことを分かっているからです。

社長と幹部社員は、事あるごとに会社の展望を話し合っていると思いますが、たまには会社とは全く違う場所に出掛け、時間を気にすることなく議論できる「大人の合宿」をしてみるのも悪くありません。

8)家族に対しても感謝の気持ちを示す

幹部社員に家族がいる場合、その家族にもきちんと感謝の気持ちを示しましょう。例えば、幹部社員がお正月の休みに帰省する場合、お酒の1本でも贈るくらいの気遣いがあってもよいでしょう。

また、幹部社員が40~50代の場合、その親は相応の年齢です。幹部社員の実家が会社と離れている地域にある場合、将来のことを考え始める時期でもあります。社長は、そうした相談にも乗り、テレワークの実現など、働き続けられる環境を一緒に考えていく必要があります。

4 社長と幹部の2.0

ここまでは「幹部社員に長くついてきてもらうために、どのように付き合うべきか」を見てきました。一方、急速な環境の変化の影響で、旧来のビジネスだけでは勝ち残ることが難しくなっている現在、次のような考え方もあり得ます。

「そもそも、幹部社員とはどのような社員か? 社歴が長いからうちの業務には慣れているが、それだけで幹部社員といえるのだろうか」

「幹部社員が流出することは本当に損失か? 社員という形でなくとも、一緒にプロジェクトを良い方向に進められる関係なら、幹部社員の独立や転職はむしろアリではないか」

幹部社員が大切な存在だからこそ、社長は「自社にとって幹部社員とは?」を考え、必要に応じてバージョンアップしていかなければなりません。

以上(2024年5月更新)

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【有利な契約】「秘密保持契約書」で確認すべきポイントとひな型

書いてあること

  • 主な読者:自社の秘密情報をしっかりと守りたい経営者
  • 課題:秘密保持契約を軽視しがちで、相手から提供されるひな型を使うことも多い
  • 解決策:秘密情報をきちんと定義し、保護の仕組みが定められているかを確認する

1 秘密保持契約を軽視してはいけない

秘密保持契約(NDA(Non-Disclosure Agreement))とは、

取引や交渉の過程で、広く知られていない情報を相手に開示する場合に、その情報を秘密として保持する義務を定めた契約

です。秘密保持契約は「本契約前のお決まりの作法」のように軽視されることもあり、相手から提供されるひな型をそのまま利用しがちですが、これは危険です。そもそも秘密保持契約は、

自社の営業上、技術上の重要情報を守るためのものであり、それが実現できなければ本契約はあり得ない

わけですから、本契約と同じように慎重に取り組む必要があります。

この記事では、秘密保持契約の確認ポイントを説明した上で、弁護士が監修した秘密保持契約書のひな型を紹介します。

2 秘密保持契約で必ず確認すべきポイント

1)秘密情報の定義

最も大切なのは何を守るのか、つまり「秘密情報の定義」です。しかし、多くの場合はこの点に注力せず、単に「書面、電磁的記録、口頭、視覚的方法その他の方法を問わず、相手方から開示を受けた、当該相手方の営業上、技術上その他業務上の一切の情報」などと定めます。この場合、当事者間でやり取りする情報を包括的に契約の対象にできる良さはありますが、具体的でないため、自社と相手とで重視する秘密に対する認識が一致されていないとトラブルになりかねません。

そこで、次のように秘密情報をより具体的に定めることが重要です。秘密情報の表示・明示等、実務が煩雑になりますが、秘密情報を守るためには必要なことです。

【具体的に定める場合の条項例】

本契約における秘密情報とは、営業上、技術上その他業務の一切の情報であって、次の各号に該当するものをいう。

  1. 秘密である旨の表示がなされている書面および電磁的方法によって記録された情報。
  2. 口頭または視覚的方法により開示された情報であって、開示の時点で秘密である旨が明示され、開示後○日以内に、その内容が秘密情報である旨を明示した書面により相手方に対して通知されたもの。

2)秘密情報を守る取り決め

秘密情報が定義できたら、それを守るための具体的な取り決めがあるかを確認します。最低でも次の5つがしっかりと定められている必要があります。

  1. 秘密情報にアクセスできる役職員が限定されているか
  2. 秘密情報の利用目的が明示されているか
  3. 秘密情報の目的外利用が禁止されているか
  4. 秘密情報を複製する場合の「事前承諾」などが定められているか
  5. 秘密情報の廃棄や返還の手続が定められているか

3)損害賠償請求

秘密情報の漏洩などによって生じた損害に対する賠償請求について定めます。秘密情報の漏洩などによる損害額は算定しにくく、争いになることがあります。

そこで、事前に賠償額を定めておくことも一案です(賠償額の予定、または違約金)。注意が必要なのは、実際の損害額に関係なく、事前に定めた賠償額が原則となることです。そのため、「○○○万円以下」といったように、当事者が負担可能な賠償額の上限金額を定めておくことも一策です。

4)残存条項

契約期間が終了すれば、その契約は効力を失います。一方、秘密情報は契約期間が終了したからといって、その重要性が失われるものではありません。そのため、契約期間終了後も一定の義務を課す必要があります(残存条項)。

残存条項は、秘密保持義務や損害賠償義務などを対象にすることが一般的です。とはいえ、契約期間終了後もずっと義務を課し続けるのは妥当ではないため、併せて残存条項が効力を持つ期間を定める必要があります。

なお、1回だけの業務委託など、取引関係の終了後も秘密保持義務を長期間課し続けるのが適切ではないケースもあるので、取引内容に合わせて存続期間を定めることも考えられます。存続期間の長さは、秘密情報の性質(時間の経過によって重要性が変わる情報か、保管コストはどの程度かなど)や取引内容を検討しながら決めることになります。

3 秘密保持契約書のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした契約書を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

 

【秘密保持契約書のひな型】

 

○○(以下「甲」という)と□□(以下「乙」という)は、甲および乙間において開示される秘密情報について、次の通り秘密保持に関する契約書(以下、「本契約」という)を締結する。

第1条(目的)

1)甲および乙は、△△を目的として、相手方に対して秘密情報を開示する。

2)甲および乙は、相手方から開示された秘密情報を前項の目的以外に使用してはならない。

第2条(秘密情報)

1)本契約における秘密情報とは、営業上、技術上その他業務の一切の情報であって、次の各号に該当するものをいう。

  1. 秘密である旨の表示がなされている書面および電磁的方法によって記録された情報。
  2. 口頭または視覚的方法により開示された情報であって、開示の時点で秘密である旨が明示され、開示後○日以内に、その内容が秘密情報である旨を明示した書面により相手方に対して通知されたもの。

2)前項にかかわらず、次の各号に該当するものは秘密情報に当たらないものとする。

  1. 相手方から開示される前に既に公知となっている情報。
  2. 相手方から開示される前に被開示者が保有していた情報。
  3. 相手方から開示された後に、被開示者の責によらず公知となった情報。
  4. 正当な権限を有する第三者から、秘密保持義務を負わず適法に入手した情報。
  5. 開示者から開示された秘密情報に基づかず、被開示者が独自に開発をした情報。

第3条(秘密保持義務)

1)甲および乙は、相手方から開示された秘密情報を厳重に保管・管理し、相手方の書面による承諾なく、秘密情報を開示、漏洩してはならない。

2)前項にかかわらず、甲および乙は、以下の関係者に対し、本契約の目的(以下「本件業務」という)遂行の範囲内で、事前に相手方の書面による承諾を得ることなく秘密情報を開示することができる。ただし、甲および乙は、秘密情報の開示を受ける者に対し、本契約に定める秘密保持義務と同等の秘密保持義務を遵守させなければならない。

  1. 甲および乙の役職員で、本件業務の遂行に従事し、かつ秘密情報の開示を受けることが必要な者。
  2. 本件業務について相談する必要がある弁護士、公認会計士、税理士等の専門家。

3)第1項にかかわらず、甲および乙は、裁判所からの命令、その他の法令に基づき開示が義務付けられる場合は、秘密情報を開示・提供することができる。

第4条(複製の禁止)

甲および乙は、事前に相手方からの書面による承諾を得た場合を除き、秘密情報の一部または全部を書類または電磁的記録媒体に複写または複製してはならない。

第5条(立入調査)

1)甲および乙は、相手方における秘密情報の管理状況等を調査するため、相手方に事前に通知した上で、相手方の営業時間内に、相手方の事業所に立ち入ることができるものとする。

2)前項に基づき、立入調査の通知を受けた当事者は、相手方による立入調査を承諾し、当該調査について協力をしなければならない。

第6条(秘密情報の破棄等)

甲および乙は、本契約が終了したときは、秘密情報(複写または複製された秘密情報がある場合はそれらを含む)を、相手方の指示に従い破棄または返還しなければならない。

第7条(事故報告)

甲および乙は、秘密情報の漏洩等の事故が発生し、または発生する恐れのある事態が生じたときは、直ちに相手方に報告をし、その指示を仰がなければならない。

第8条(損害賠償義務)

甲および乙は、本契約に違反することにより、相手方に損害を与えた場合、相手方に対し、損害の賠償をしなければならない。

第9条(反社会的勢力排除)

1)甲および乙は、次の各号の事項を表明し、保証する。

  1. 自らまたは自らの役職員が暴力団、暴力団員、暴力団準構成員、暴力団関係企業、総会屋、社会運動等標榜ゴロ、特殊知能暴力集団若しくはこれらに準ずる者またはその構成員(以下「反社会的勢力」という)ではないこと。
  2. 自らまたは自らの役職員が反社会的勢力に対し、資金等の提供、便宜の提供等反社会的勢力と何ら取引をしていないこと。
  3. 自らまたは第三者を利用して、次の行為をしないこと。
    • 相手方に対する脅迫的な言動または暴力を用いる行為。
    • 法的な責任を超えた不当な要求行為。
    • 偽計または威力を用いて相手方の業務を妨害し、または信用を毀損する行為。

2)甲および乙は、相手方が前項に違反した場合、何らの催告なしに直ちに本契約を解除することができる。この場合、相手方は他方当事者に発生した全ての損害を賠償するものとする。

第10条(有効期間)

本契約の有効期間は○年○月○日から○年○月○日までとする。ただし、有効期間満了日の○カ月前までに、いずれの当事者からも解約の申し出がない場合には、更に1年間本契約を延長し、以後も同様とする。

第11条(残存条項)

第3条および第8条に定める義務は、本契約終了後○年間存続するものとする。

第12条(協議解決)

本契約に定めのない事項、または本契約の解釈について疑義が生じたときは、甲および乙は誠意をもって協議の上解決する。

第13条(合意管轄)

甲および乙は、本契約に関し裁判上の紛争が生じたときには、訴額等に応じ、○○簡易裁判所または○○地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とすることに合意する。

以上(2024年5月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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最低限知っておきたい 中小企業における若者の早期離職防止のポイント

厚生労働省が令和5年10月に発表した、最新の新規学卒就職者の就職後3年以内の離職率は、新規高卒就職者が37.0%(前年度と比較して1.1ポイント上昇)、新規短大等卒就職者が42.6%(同0.7ポイント上昇)、新規大学卒就職者が32.3%(同0.8ポイント上昇)となりました。3年以内の離職率が高い状況が続いています。

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【産業医監修】ウチの社員は「6月病」? 主な症状や医療機関の受診のポイントを紹介

書いてあること

  • 主な読者:6月病(≒適応障害)による社員の離職などが心配な経営者、管理職
  • 課題:6月病になりやすい社員のタイプや、6月病が疑われる場合の対応を知りたい
  • 解決策:真面目な社員、抱え込みやすい社員などが6月病になりやすい。いつもと様子が違ったら上司などが話を聞く。不調が1~2週間続くなら、医療機関での受診を勧める

1 6月病の社員にご用心

6月病(5月病ともいわれます)とは、

4月に入社や異動をした社員が、環境の変化に適応できずにストレスを抱え過ぎて心身の不調や体調不良を起こすこと

です。医学的には環境因によるストレスで引き起こされる「適応障害」と診断される状態の一部として考えられます。6月病(≒適応障害)の主な症状は次の通りです。最初は情緒面の症状が多く、やがて行動面、身体面でも症状が表れます。

  • 情緒面:抑うつ、不安、焦り、緊張、イライラ、突然泣き出すなど
  • 行動面:暴飲暴食、無断欠勤、危険運転、虚偽の発言、けんかや口論の頻発など
  • 身体面:疲労感、不眠、頭痛、胃痛、動悸(どうき)、めまい、手の震えなど

6月病が重症化すると業務に支障を来し、最悪の場合、離職につながることもあります。そうならないためには「早期の発見、早期の対処」が肝心です。この記事では、産業医監修のもと、6月病対応のポイントを次の3つにまとめました。

  1. 6月病になりやすい社員を早期に発見する
  2. 不調が1、2週間続くなら、医療機関での受診を勧める
  3. 医師の意見を参考に、休職や職場復帰について判断する

2 6月病になりやすい社員を早期に発見する

一般的に次のような性格の人は6月病になりやすいといわれます。

真面目、責任感が強い、心配性、完璧主義、頼まれると断れない、気が小さい、周りの意見を気にする、失敗や苦悩を引きずりやすい

特に若手の社員は、仕事上のストレスとまだうまく付き合うことができず、ささいなことでもストレスをためて6月病になってしまうことがあります。思い当たる社員がいる場合、試しに次の視点で観察してみると、何らかの変化が起きているかもしれません。

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該当項目が多い場合、上司のほうから、

「いつもと様子が違うようだけど、何かあった?」

などと声を掛け、話を聞いてみます。その際、上司が一方的にアドバイスをするだけでは、悩んでいる社員にそれを受け入れる余裕はありません。そのため、

「それは大変だね」「つらかったね」

など、社員の話に「共感を示す」ことがまずは大切です。「自分のことを分かってもらえる」という安心感があれば、社員は自分のことをもっと話してくれます。また、ストレスによって離職を考えていたとしても、こちらの対応によって離職を思いとどまるかもしれません。

社員が話しやすい環境を整えるポイントとしては、

  • 対面:個室など他人の目のない場所で話す、飲み物を飲みながらなど、緊張しない空気づくりを意識する
  • オンライン:個別のミーティングルームを設定する、「顔出し」を強要しない

などが考えられます。また、日ごろから「いつでも相談してほしい」など、次につながる声掛けをするのも大切です。

3 不調が1~2週間続くなら、医療機関での受診を勧める

6月病の場合、受診のタイミングは

症状が表れてから1、2週間以上続いている状態が目安

といわれています。社員に「いつごろからつらいの?」と症状が表れた時期を確かめ、1、2週間以上つらい状態が続いている様子であれば、医療機関での受診を勧めることを検討します。ただし、

  • 「君はきっと病気だよ! 受診してきなさい」などと決めつけるのはNG
  • 「最近遅刻やミスが多くて、どうも疲れているように見えるよ。だから一度体調を診てもらったほうがいいんじゃない?」など、理由を提示して受診を勧めることが大切

です。

それでも社員が受診を拒むなら、その家族に相談するのも1つの手です。ただし、社員を責めるような言い方をすると、家族が会社に反感を持ったり、逆に本人に詰め寄ったりしてトラブルになる恐れがあります。そうではなく、

「○○さんのご家庭での様子はどうですか? 会社としても心配しています」など、社員を気遣う伝え方

を心がけましょう。

4 医師の意見を参考に、休職や職場復帰について判断する

1)通院しながら働いてもらうか、休職させるか

社員が6月病(適応障害)と診断された場合、会社は通院しながら働いてもらうか、休職させるかを検討します。その際は、会社の産業医や社員の主治医の意見を参考にしつつ、就業規則の休職規定と照らし合わせて決めます。

通院しながら働いてもらう場合、今の業務が治療に影響を与えないかを十分検討し、場合によっては軽度な業務などに転換します。

2)職場復帰させるか

休職期間の終了後(または、休職期間途上で休職事由が解消した場合)、会社は産業医などの意見を参考に職場復帰させるか否かを判断します。職場復帰後に再び症状が出るケースもあるので、職場復帰の時期や復帰後の配置などについては慎重に検討します。

職場復帰の手続きや条件、復帰後の配置などについては、あらかじめ休職規定に定めておきます。また、「長い休職の後でいきなり通常勤務に戻すのは不安……」ということであれば、

同じく就業規則にリワーク規定やリハビリ勤務規定などを定めておく

ようにしましょう。そうすれば、社員は徐々に体を慣らしながら復職することができます。

職場復帰の具体的な手順は、厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が参考になります。職場復帰の可否を判断する基準の例は次の通りです。

  • 労働者が十分な意欲を示している
  • 通勤時間帯に1人で安全に通勤ができる
  • 決まった勤務日、時間に就労が継続して可能である
  • 業務に必要な作業ができる
  • 作業による疲労が翌日までに十分回復する
  • 適切な睡眠覚醒リズムが整っている、昼間に眠気がない
  • 業務遂行に必要な注意力・集中力が回復している など

診断上は職場復帰が可能でも、社員が離職の意思を固めていることもあります。その場合、面談などを通じて丁寧に話し合い、後にトラブルが生じないようにします。

■厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000055195_00005.html

5 6月病にならないためには?

6月病にならないために、日ごろからストレスをため過ぎないようにしましょう。趣味を楽しむ時間を確保したり、生活リズムを整えたりすることはストレス対策の基本ですから、そのことを積極的に社員に伝えしましょう。

また、真面目でミスを引きずる人が6月病になりやすいといわれますので、経営者が率先して

「失敗を許容する雰囲気」をつくることも大切です。甘やかすということではなく、失敗から学び、次にチャレンジする文化を育むという意味

です。

また、テレワークだとコミュニケーションが取りにくく、社員がストレスを抱え込みやすくなります。さじ加減が難しいところですが、個別チャットなどで上司がこまめに簡単な連絡を入れたり、定期的に社員と個別に面談する機会を設けたりして、通常よりも意識的にコミュニケーションを取るようにしましょう。

以上(2024年4月更新)
(監修 株式会社フェアワーク 吉田健一)

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画像:pixabay

【有利な契約】自社が不利にならない「契約期間」の定め方

書いてあること

  • 主な読者:相手の提示またはひな型通りの契約期間にしている経営者
  • 課題:例えば、契約期間が必要以上に長いと、不要な契約上の義務を負う恐れがある
  • 解決策:権利付与の側面が大きいなら契約期間は長く、義務負担の側面が大きいなら契約期間は短くするのが基本

1 契約期間を長くしたほうがよい場合と短いほうがよい場合

契約書を確認する際、金額や知的財産の帰属もそうですが、契約期間についてもしっかり確認しなければなりません。なぜなら、契約期間が適切でないと、

  • 契約期間が短く、想定よりも自社の権利から得られる収益が小さくなった
  • 契約期間が長く、必要以上に契約上の義務を負うことになった

などの問題が起こるからです。契約期間は、契約相手との力関係、契約内容、契約依存度などによって異なりますが、基本的な考え方は次の通りです。

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契約内容が自社に権利を付与する面が大きく、契約依存度が高い(契約が自社ビジネスに与える影響が大きい)場合、契約期間は長いほうがよいです。逆に、契約内容が自社に義務を負わせる面が大きく、契約依存度が低い(契約が自社ビジネスに与える影響が小さい)場合、契約期間は短いほうがよいです。

この記事では、自社の不利にならない契約期間の考え方、定め方を紹介します。また、秘密保持契約、取引基本契約、ライセンス契約の契約期間を決める際の注意点も説明します。

2 契約書における契約期間の3つの定め方

1)契約期間(有効期間)に関する定め

契約期間(有効期間)は、

本契約書の有効期間は○年○月○日から△年△月△日までとする

などの定めです。物品やサービスを販売・提供するだけで即時に完結する、いわゆる「一回的契約」などを除き、契約期間を定める必要があります。「本契約書の有効期間は本契約締結日から○年間とする」といったように、契約期間だけを定めるケースもありますが、「初日不算入の原則」(民法第140条)や期間満了日が休日である場合、翌営業日を期間満了日とするなどのルールや慣習がトラブルにつながる恐れがあります。そのため、明確に始期と終期を特定しましょう。

2)契約更新に関する定め

契約更新は、

契約当事者から書面による解約の申し出がないときは、本契約書と同一条件でさらに○年間延長し、以後も同様とする

などの定めで、これは契約期間を長くしたい場合の定め方です。一方、契約を短くしたい場合は、更新拒絶ができる条項にします。具体的には、

本契約は契約満了により終了するものとする。ただし、甲乙が同一条件での更新に合意した場合はさらに1年間延長する

といった具合です。

契約更新は双方の利害が一致しにくい部分なので、慎重に検討しましょう。なお、契約更新に関する定めは、契約期間(有効期間)に関する定めと同じ条項に記載されることが多いです。

3)中途解約に関する定め

中途解約は、

契約当事者は、相手方当事者に対して○カ月以上の予告期間を置いて書面で通知することにより、本契約を中途解約することができる

などの定めです。これは契約期間を長くしたい場合の定め方ですが、さらに強化する場合は、

中途解約に違約金を設けたり、中途解約の定めを置かなかったりする

ことが考えられます。一方、短くしたい場合は、できるだけ制限なく中途解約ができるようにすることがポイントで、

中途解約の通知をすれば、通知をした月の末日に契約を終了できる

といったように定めます。

なお、中途解約に関する定めがなくても、相手方に債務不履行があれば契約は解除できます。逆に言うと、債務不履行ではない理由で解約することは難しいです。契約期間中、契約に拘束されることがリスクになるか否かを考えた上で、中途解約について検討しましょう。

3 契約期間はどれくらいが適切なのか?

1)秘密保持契約

秘密保持契約は、主たる契約の前段階や、付随する契約として締結することが多いです。秘密保持契約の契約期間は、主たる契約を実現するのに必要な範囲で設定するのが基本です。つまり、主たる契約が長期にわたる場合は秘密保持契約も長期となります。また通常は、秘密保持契約は主たる契約が終了した後も「一定期間」は有効です。この一定期間についてですが、

秘密保持契約で開示される情報の重要性によって異なりますが、一般的には2~3年

が適切でしょう。

2)取引基本契約

ビジネスでは、取引基本契約を締結して取引の大枠を決めた上で、発注書や請求書と請書などのやり取りによって個別契約を成立させる方法で取引を進めることがよくあります。その際、個別契約の終了期間が明確ならば、取引基本契約の契約期間は「契約締結日から○年間」と定めても問題ないといえます。

しかし、個別契約の終了期間が不明確な場合、

取引基本契約は終了しているのに、個別契約は継続しているといったおかしなことになり、その結果、取引基本契約で定めたことが個別契約に適用されない

といった事態に陥りかねません。

そのため、前述した「契約期間(有効期間)に関する定め」と矛盾しますが、取引基本契約の契約期間をあえて明確にせず、

全ての個別契約が終了してから○カ月後

といったように定めることも検討しましょう。

3)ライセンス契約

通常、ライセンス契約は長期にわたることが多いため、

契約期間を長く設定する、もしくは契約更新(自動更新)の定めを置いて、知らない間にライセンスが失効してしまう事態を防ぐ

ことが大切です。

また、ライセンスを受けて物品を製作・販売している場合、ライセンス期間が終了した時点(契約終了時点)で物品を完売できずに、在庫が残っていることがあります。こうしたケースに備えて、

契約終了後も当該物品の販売を可能にする、あるいは適正価格で買い取ってもらう

などの条項を定めておくことが重要です。

以上(2024年5月更新)
(監修 Earth&法律事務所 弁護士 岡部健一)

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画像:picjumbo

【中堅社員のスピーチ例】マルハラを「面倒くさい」と言う前に……

おはようございます。さて、皆さんは「マルハラ」という言葉をご存じですか? 正しい名称は「マルハラスメント」。SNSなどでやり取りする際、上司や先輩から来るメッセージの文末が句点、つまり「。(まる)」で終わっていると、句点を使うのに慣れていない最近の若い人が距離感や冷たさを感じてしまう、という最近話題になっているハラスメントの一種だそうです。

私は、ネットで最初にこのマルハラの記事を読んだとき、正直「面倒くさい」と思いました。セクハラやパワハラのように明らかに人を傷付けるハラスメントはともかく、会話の文末が「。(まる)」で終わるのはただの文法で、これまでの仕事場でも当たり前にやってきたことを「ハラスメント」呼ばわりされる筋合いはないと思ったのです。何でも「何とかハラスメント」と呼ぶ世間の風潮にも辟易(へきえき)していたのですが、最近こうした考えを反省する出来事がありました。

それは、ある取引先の方々と会食をしたときのことです。私の隣に座ったのは、私の上司や先輩がとてもお世話になった方。私自身は初対面でしたが、その方がとても話しやすく、若干の酔いも手伝って、私はふいに、「最近、話題になっているらしいんですが」とマルハラの話を切り出しました。正直、私のマルハラに対する不満を聞いてほしいという気持ちも半分あってこの話を切り出したのですが、その方が口にしたのは意外な言葉でした。

「若い人の中には句点を嫌がる人もいるらしいですね。私も若い人たちとSNSで会話することがあるんですが、例えば、文末の『。(まる)』を『!(ビックリマーク)』に変えてみるとか、今までと文章の打ち方を変えてみるだけで会話が弾むこともあって、これが面白いんですよ!」

私はこれを聞いて自分が恥ずかしくなりました。その方は私よりも一回り年上で、とても失礼なことですが、おそらく年代からして、私のマルハラに対する不満に共感してくれるのではないかと期待していました。しかし、その方は自分のコミュニケーションのやり方を今の時代に合わせてアップデートし、なおかつその過程を心から楽しんでいる。年齢を感じさせない若さがあり、逆にマルハラを表面的に捉えて辟易していた自分のほうが、年下なのに「固定観念にとらわれた古い人間」のように思えてしまいました。

皆さんは、新しい文化に出会ったとき、それに正面から向き合うことができていますか。もちろん、できている人もたくさんいるでしょうが、冒頭の私のように、「面倒くさい」「昔は良かった」などと難癖を付けて向き合えないでいる人も少なくないと思います。ですが、どれだけ文句を言っても昔には戻れません。それなら時代に合わせて自分をアップデートし、その変化の過程を楽しんでみるのもよいのではないでしょうか。「笑う門には福来る」ではないですが、いつの時代も人生は「楽しんだ者勝ち」なのですから。

以上(2024年4月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

2024年4月から始まる! 変わる! 注目制度10選

書いてあること

  • 主な読者:2024年度の法改正について知りたい経営者や実務担当者
  • 課題:法改正の内容が多くてキャッチアップできていない。どれを押さえておけばいい?
  • 解決策:まずは2024年4月施行のものを押さえる(主な法改正は10件)

1 2024年度の法改正を一覧表でチェック!

いわゆる「2024年問題」や「相続登記の義務化」など、2024年度もさまざまな分野で法改正が行われます。内容をキャッチアップしきれず困っているという人向けに、2024年度の主な法改正を一覧にまとめました。

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以降で、それぞれの法改正の簡単な概要と各省庁のURLを紹介します。まずは2024年4月の法改正を確実に押さえましょう。

2 2024年4月の主な法改正(10件)

1)労働条件通知書、大丈夫? 社員に明示する労働条件が増えます!

労働契約の締結・更新時に、労働条件として明示すべき事項が増えました。具体的には「就業場所・業務の変更範囲」「契約上限の有無とその内容」「無期転換の申込機会と転換後の労働条件」がそうです。これらは原則書面で明示しなければならないので、労働条件通知書などのアップデートが必要です。

■厚生労働省「令和6年4月から労働条件明示のルールが改正されます」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_32105.html

2)社員数40人以上なら障害者雇用は義務です! 顧客などにも配慮して!

常時雇用する社員数が一定数以上の会社は、社員数に一定の割合(障害者雇用率)を掛けた人数以上の障害者を雇用しなければなりません。この常時雇用する社員数が「43.5人以上」から「40人以上」に引き下げられ、障害者雇用率は「2.3%」から「2.5%」に引き上げられました。また、雇用面だけでなく、障害のある顧客などと接する際にも、障害の特性などに応じた「合理的配慮」をすることが義務化されました(従前は努力義務)。

■厚生労働省「障害者雇用対策」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/index.html
■内閣府「令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されます!」■
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai_leaflet-r05.html

3)ついに来た、2024年問題! 建設業なども残業規制の対象です!

建設業、自動車運転業務、医師、砂糖製造業(鹿児島県・沖縄県)にも「時間外労働の上限規制」が適用されました。時間外労働の上限規制は、36協定に記載する時間外労働(残業)の時間数に上限を設けるというルールで、2019年4月1日から始まりました。上記の事業・業務については長らく適用が猶予されていましたが、その猶予措置が終了しました。なお、自動車運転業務の場合、拘束時間や休息時間について定めた「改善基準告示」の改正にも注意が必要です。

■厚生労働省「建設業・ドライバー・医師等の時間外労働の上限規制 (旧時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務)」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/topics/01.html
■厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/roudoujouken05/index.html

4)裁量労働制の濫用防止! 導入などの手続きが厳しくなります!

「専門業務型裁量労働制」「企画業務型裁量労働制」について、導入・運用の手続きが厳格化されました。専門業務型裁量労働制については、労使協定に記載すべき事項が追加。企画業務型裁量労働制については、労使委員会で決議すべき事項が増えた他、制度の対象となる社員の賃金・評価制度を変更する場合、労使委員会に変更内容を説明することが義務付けられました。

■厚生労働省「裁量労働制の概要」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/sairyo.html

5)化学物質、アスベスト、一側足場……。社員の安全衛生管理は大丈夫?

「リスクアセスメント対象物」に該当する化学物質を扱う場合、化学物質管理者や保護具着用管理責任者の選任や、関連事項についての衛生委員会での調査審議が義務付けられました。この他、石綿(アスベスト)の切断作業をする際に除じん性能のある電動工具の使用などが義務付けられたり、建設現場における一側足場の使用範囲が明確化されたりしています。

■厚生労働省「化学物質による労働災害防止のための新たな規制について」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000099121_00005.html
■厚生労働省「労働安全衛生法関係の法令等(石綿)」(令和5年8月29日厚生労働省令第105号を参照)■
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/sekimen/hourei/index.html
■厚生労働省「安全衛生関係リーフレット等一覧」(「足場からの墜落防止措置が強化されます(令和5年6月)」を参照)■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyousei/anzen/index.html

6)交際費の5000円ルールが「1万円ルール」に!

社外飲食費(専ら自社の役員や従業員との接待などのために支出する費を除く)に該当する交際費は、金額が一定以下であれば、原則損金に算入できない交際費の範囲から除かれ、会議費などとして損金に算入できます。この額が、2024年4月1日以降の支払いについては1人当たり5千円から「1万円」に引き上げられます。ただ、中小企業(資本金1万円以下)の場合、社外飲食費の50%までの額(飲食費の額を問わない)、もしくは年間800万円までの交際費のどちらかを選択して損金に算入できる特例があるので、そこまで気にする必要はないかもしれません。

■財務省「令和6年度税制改正の大綱の概要」■
https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2024/06taikou_gaiyou.htm

7)相続登記が義務化。放置した場合は罰金も!

相続した不動産を3年以内(相続の開始を知った日から)に登記することが義務化されました。もし、期限内に所有権移転の登記をしない場合には、10万円以下の過料(行政上の罰金)となります。2024年3月31日以前に相続した不動産も、登記義務の対象になるので注意が必要です。

■法務省「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し(民法・不動産登記法等一部改正法・相続土地国庫帰属法)」■
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00343.html?_fsi=h8mmuWaB
■法務省「相続登記の申請義務化特設ページ」■
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00590.html

8)中小企業の商機拡大! 商標登録などがしやすくなりました!

知的財産に関する複数の法律が改正されました。商標の登録要件が緩和され、デジタル空間における模倣行為の差止めも認められるようになるなど、リソースの少ない中小企業も知的財産をビジネスに活用しやすくなりました。

■特許庁「不正競争防止法等の一部を改正する法律(令和5年6月14日法律第51号)」■
https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/hokaisei/sangyozaisan/fuseikyousou_2306.html

9)「白タク」が合法に? ライドシェアが一部解禁!

ライドシェアは、配車アプリで乗客とドライバーをマッチングし、乗客がドライバーに対価を支払って目的地まで車で運んでもらうサービスです。従前はいわゆる「白タク」行為として禁止されていましたが、タクシー事業者の運行管理の下で一部認められるようになりました。

■国土交通省「自家用車活用事業の制度を創設し、今後の方針を公表します。」■
https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha03_hh_000416.html

10)子どもは誰の子? 離婚後に生まれた子の「嫡出推定」に例外規定!

離婚後300日以内に生まれた子を前夫の子とみなす「嫡出推定」について、女性が出産時に再婚していれば「現夫の子」とみなすこととする例外規定が設けられました。嫡出推定見直しに関連し、女性にのみ設けられている「離婚後100日間は再婚できない」との規定も撤廃されます。

■法務省「民法等の一部を改正する法律について」■
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00315.html

3 2024年5月以降の主な法改正(3件)

1)50人超の会社に勤めるパート等は社会保険に加入!(2024年10月1日)

2024年10月1日より、社会保険(健康保険と厚生年金保険)の適用対象となるパート等の範囲が拡大されます。パート等は本来、社会保険の適用対象外ですが、厚生年金保険の被保険者数が一定数いる会社に勤め、労働時間や賃金などの要件を満たすと社会保険に加入します。この厚生年金保険の被保険者数の要件が「100人超」から「50人超」へと引き下げられます。

■日本年金機構「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大」■
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/tanjikan.html
■厚生労働省「社会保険適用拡大 特設サイト」■
https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/

2)フリーランスとの曖昧な契約や支払い遅延はNG!(2024年秋ごろまでに)

2024年秋ごろまでに、下請法とは別に、業務委託で働くフリーランスを保護するための法律「フリーランス保護新法」が施行予定です。給付の内容や報酬の額、支払い期日等を書面やメールで明示、フリーランスから給付を受けた日から60日以内に報酬を支払ったりすることなどが義務付けられます。

■厚生労働省「フリーランスとして業務を行う方・フリーランスの方に業務を委託する事業者の方等へ■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00002.html

3)不当表示等に関する取り締まりが強化!(2024年秋ごろまでに)

2024年秋ごろまでに、商品・サービスの品質・内容・価格等を実際よりも良く見せる「不当表示」等に関する取り締まりが強化される予定です。悪質な不当表示等を行った会社に対し、行政処分を経ずに直罰(100万円以下の罰金)を科すことができるようになるなどの法改正があります。

■消費者庁「国会提出法案」(「第211回国会(常会)提出法案」を参照)■
https://www.caa.go.jp/law/bills/

以上(2024年4月作成)

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画像:sunabesyou-Adobe Stock

【契約書の実務(3)】契約内容の変更・訂正時のルールを確認

書いてあること

  • 主な読者:契約実務に慣れてない経営者、担当者
  • 課題:印紙を貼るタイミングや、契約書を訂正する際の進め方が分からない
  • 解決策:基本を知っておく必要があるが、大事なのは相手に確認しながら進めること

1 混乱しがち? 郵送による契約締結の手順

1)手順を整理することが大切

契約書を郵送でやり取りする場合、無駄なやり取りがないようにしたいものです。X社とY社が契約書を締結するとして、2社とも印紙に消印する場合の流れは次の通りです。

1.X社の手続き

  • 契約書(A):X社の署名等。契印と割印。印紙にX社の消印
  • 契約書(B):X社の署名等。契印と割印
  • 契約書(A)と(B)を、簡易書留等、Y社が受領した記録が残る方法で郵送

2.Y社の手続き

  • 契約書(A):Y社の署名等。契印と割印。印紙にY社の消印(X社とY社の署名等、契印と割印、消印がそろうので、Y社が保管)
  • 契約書(B):Y社の署名等。契印と割印。印紙にY社の消印
  • 契約書(B)を、簡易書留等、X社が受領した記録が残る方法で郵送

3.X社の手続き

  • 契約書(B):印紙、X社の消印(X社とY社の署名等、契印と割印、消印がそろうので、X社が保管)

2)契約書の保管

締結後の契約書は紛失しないように保管します。保管方法については、「文書管理規程」などの社内規程で定められているときは、それに従います。

一般的には、「契約当事者>契約書の内容>時系列」の順番に整理するとよいでしょう。また、複数のファイルごとに保管しているときは、契約当事者名などを一覧にした目次を作成してファイルにとじておくと、契約書を探しやすくなるので便利です。

3)締結済みの契約書をペーパーレス化したい場合

紙ベースで締結した契約書は、保管場所が必要なことや、テレワークの際などに確認できないため、スキャンし、データとして保管しておきたいと考えるかもしれません。この場合、法的に次のような保存要件が定められています。

  • 真実性の確保:認定タイムスタンプ(日本データ通信協会の認定を受けた事業者が発行するタイムスタンプ)または適切に訂正・削除の履歴が残るか、できなくするためのシステムの利用か、方法を定めた社内規程があること
  • 関係書類の備付:どのように電子化するのかを定めたマニュアルが備え付けられていること
  • 見読性の確保:納税地で画面とプリンターで契約内容が確認できること
  • 検索性の確保:主要項目を範囲指定および組み合わせで検索できること

上記を満たした上で、納税地でデータを7年間(欠損金の繰越控除をする法人は、最長で10年間)保存する義務が定められています。データさえあれば問題ないということではないので、契約書をスキャンして保存する場合は注意が必要です。

2 締結済みの契約書の内容を変更するには?

1)重要な条項の変更や変更箇所の多いとき

締結済みの契約(以下「原契約」)の内容を変更することはよくあります。その際には、次のような方法で行うのが一般的です。

  • 原契約を失効させて、新たな契約の内容を記載した契約書を締結する
  • 原契約は有効としたままで、変更する部分を記載した「覚書」等を締結する

契約書は契約当事者の合意内容を記載した重要な書面です。契約内容の読み間違いや、書面の紛失等があってはならないので、重要な条項の変更や変更箇所が多岐にわたるときは、新たな契約書を締結することが多くなります。

これ以外にも、原契約の内容を変更する方法を決めるときには、次の点を考慮します。

2)変更の回数

何度も契約書を締結すると、書面の数が多くなるので、契約内容の読み間違いや、書面の紛失といったことが起こりやすくなります。こうしたときは、今回の変更箇所だけでなく、過去の変更箇所全てを反映させた新たな契約書を交わしたほうがよいでしょう。

3)契約書の確認に伴う手間

法務の担当者が契約書の内容を確認するときは、新たな契約書であれば、変更しない点も含め全ての条項を確認することになるので、手間がかかることがあります。こうしたときは、変更する条項のみを記載した契約書を交わしたほうがよいでしょう。

4)印紙税の納付

契約を変更して新たに契約書を作成した場合に、その契約書が、印紙税が課税される課税文書であるときは、改めて印紙税を納付しなければなりません。ただし、契約内容の一部を変更した場合、その変更部分のみを記載した契約書を作成すれば課税文書に該当せず、印紙税が不要になることがあります。こうしたときは、税負担を軽減するために、変更した契約内容のみを記載した文書を交わしたほうがよいでしょう。

なお、原契約に定めている事項のうち、「重要な事項」の変更のために作成した文書は課税文書となり、印紙税の納付が必要です。一方、原契約に定めている事項のうち、「重要な事項」を含まない変更のために作成した文書は課税文書に該当せず、印紙税の納付は必要ありません。「重要な事項」は、印紙税法基本通達別表第2「重要な事項の一覧表」において、課税文書の種類ごとに定められています。

3 締結済みの契約書の内容を変更するときの注意点

1)新たな契約書を締結するときのポイント

新たな契約書を締結するときは、新旧の契約が併存し矛盾することのないように、原契約を失効させます。具体的には、原契約が失効する旨を新たな契約書の前文などで定めたり、その旨を定めた「合意解約書」などを別途交わしたりします。実務的には書面作成などの手間を軽減できる前者のほうが多いようです。新たな契約書の前文に定めるときの文例は次の通りです。

本契約の成立により、甲乙間で○年○月○日に締結した「□□に関する契約書」は失効するものとする

また、契約の一部を変更し、変更部分のみを記載した契約書を作成する場合には、「覚書」や「念書」等の標題が用いられることが多いようです。このような文書を締結するときには、どの原契約に対するものなのかを特定する必要があります。具体的には、覚書等の前文に定めることが多いようです。

覚書等の前文に定めるときの文例は次の通りです。

甲と乙とは、甲乙間で○年○月○日に締結した「□□に関する契約書」について、以下の通り、その内容を変更することを目的として覚書を締結する

2)新旧対照表の作成

締結済みの契約書の内容を変更するときには、変更した条項が一目で分かるように「新旧対照表」を作成することがあります。新旧対照表は、新たな契約書や覚書等の別紙とすることもありますが、実務担当者等の参考資料として作成することもあります。

新旧対照表の例は次の通りです 。

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4 契約書の訂正に関する注意点

1)契約書を訂正する方法

訂正印は、一般的には、訂正箇所に二重線を引いて押印することをいいます(訂正の方法は法令で定められているわけではありませんので、他にも方法がありますが今回は省略します)。また、捨印により訂正することもあります。捨印は、書面の内容に訂正が生じることを予見して、あらかじめ文書の欄外に押しておくものです。捨印で修正する場合は、正しい字句に訂正し、訂正箇所を明らかにした上で、余白に「加筆○字」「削除○字」などと記載します。

訂正印の例と捨印の例は次の通りです。

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2)捨印の押印は慎重に

捨印には、契約書に誤りがあったときに、すぐに対応できるというメリットがあるものの、知らないところで、契約書の内容を勝手に書き換えられてしまうという重大な危険性があります。そのため、原則として「捨印」は使用しないようにしましょう。もし、相手方から捨印を求められた場合は、安易に応じずに弁護士などに確認しましょう。

以上(2024年5月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 栗原功佑)

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