【朝礼】徳川慶喜に学ぶ「勝負の引き際」

新年度が始まり、「今期はあのクライアントから必ず契約を勝ち取る」「あの競合他社には絶対に負けない」など、熱い闘争心を持ってスタートを切った人も多いでしょう。ビジネスは常に競争です。ぜひその闘争心を大事にし、勝利に貪欲になってください。とはいえ、常に勝ち続けられるほど甘くないのがビジネスというもの。時には「勝負の引き際」を見極めて撤退することも大事です。今日は、江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜(とくがわよしのぶ)を題材に、勝負の引き際について話をします。

慶喜が将軍に就任した当時、日本では薩摩(さつま)と長州が結託して幕府を倒そうとしていました。武力衝突を避けたい慶喜は、先手を打って朝廷に政権を返上し、自らの手で幕府を終わらせます。徳川家には莫大な領地があり、慶喜には幕府がなくなった後も、新政府の下で徳川家による政治を続けられるという目算があったのです。

しかし、武力倒幕にこだわる薩摩と長州は、官位と領地の返上を迫るなどして慶喜を挑発します。武力衝突を避けたかった慶喜も、挑発に怒る家臣たちを抑えきれず、新政府軍と旧幕府軍との間で「戊辰(ぼしん)戦争」という内戦が勃発します。旧幕府軍は兵の数では上回っていましたが、武器の性能の差などから劣勢となり、さらに新政府軍が、旧幕府軍が朝廷の敵であることを表す「錦の御旗(にしきのみはた)」を掲げたことで、兵の多くが戦意を失ってしまいます。

戊辰戦争が始まった当初、慶喜は大坂にいましたが、この錦の御旗が掲げられたタイミングでひそかに江戸に戻り、恭順する意向を示します。徹底抗戦を訴える家臣もいましたし、慶喜と交流のあったフランスが援助を申し出る一幕もありましたが、慶喜はこれらを全て拒否し、恭順を貫きます。慶喜の中には「この戦いにはもう勝てない。だったら兵の命を無駄にしない選択をすることが、将来的に日本のためになる」という思いがあったのでしょう。実際、慶喜の選択は、内戦の長期化を防いで国力の疲弊を最小限に食い止め、さらに外国の軍事介入を防いで日本の国家としての独立を守ったとして、高く評価されています。

ビジネスに置き換えて考えてみましょう。例えば、営業がクライアントにサービスを提案する際、契約を取りたい一心で、価格を下げたり納期を短縮したりすることがあります。しかし、行き過ぎた条件の調整は自分たちの首を絞めることになりますし、クライアントが他社のサービスを利用する腹積もりの場合、あまり食い下がると「しつこい会社だ」と嫌われるリスクすらあります。こうした場合は、「勝負を続けることが、本当にクライアントや自社のためになるのか」を考えてみてください。状況次第では、別のサービスを提案する、提案を諦めて自社の利益につながる他のクライアントを探すといった選択肢もあるはずです。勝負を続けるより引いたほうが損失が少ないなら、撤退も立派な戦略なのです。

以上(2021年4月)

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画像:Mariko Mitsuda

気分だけセキュリティー? PPAP(パスワード付きzipのメール送信)の無意味を暴く

書いてあること

  • 主な読者:パスワード付きzipファイルをメールで送信(PPAP)している会社の経営者
  • 課題:PPAP廃止の流れに備えたいが、依存度が高いのでいきなり全面廃止するのは困難
  • 解決策:社内の一部からでもよいので、クラウドサービスを活用したPPAPに頼らない安全なファイル送信環境を用意する

1 PPAP廃止論にどう対応する?

セキュリティーのためになってもいないし、受け取る側も大迷惑!!

政府や民間企業の間で廃止論が高まっている「PPAP」。これは、ファイルをパスワード付きのzipに変換してメールを送信し、直後に解凍パスワードを別々のメールで送信するやり方です。PPAPという通称は、次の言葉の頭文字を取ったもので、数年前に人気を集めたお笑い芸人のネタになぞらえて揶揄(やゆ)されたものです(日本情報経済社会推進協会に所属していた大泰司章氏(現・PPAP総研)によって問題提議・命名)。

Password付きzipファイルを送ります

Passwordを送ります

An号化(暗号化)

Protocol(プロトコル、手順)

今、多くの人が抱くのは、同じ相手に間髪を入れずにファイルとパスワードを送るPPAPは本当に意味があるのかということです。

この疑問は的中しており、PPAPは安全ではありません。本稿ではその理由を説明した上で、クラウドサービスを活用した安全なファイル送信方法を紹介します。コストもかかるので、いきなり全社的にファイル送受信ルールを変更したりすることは難しいかもしれませんが、本稿が実効性のある安全なファイル送信環境を備えるきっかけになれば幸いです。また、ここでは特に触れませんが、PPAPでファイルを受け取る側の迷惑(手間やリスク)も考えるべきでしょう。

2 PPAPはなぜ安全でないのか

実はセキュリティー業界では以前から、PPAPについて「セキュリティー対策をしている感覚は得られるだろうが、実際には面倒なだけでセキュリティー対策効果がほとんどない」と指摘されていました。その理由をご説明します。

1)盗聴(盗み見)対策にならない

電子メールのセキュリティーの仕組みは、よくハガキに例えられます。電子メールが相手先に届くまでには、複数の電子メール配送サーバーを経由するのですが、原理的にはその間の通信全ての暗号化を保証することができない仕組みになっています。従って、普通にメールを送信すると、まるで機密情報を書き込んだハガキのように、通信経路上のどこかで盗み見られるリスクが生じてしまいます。

そこで、苦肉の策で広まったのがPPAPですが、パスワードも同じ経路で送信しているということは、ハガキを1枚から2枚にしただけで、同じ時刻に同じポストに投函(とうかん)しているようなものです。盗聴に対する効果がない、形だけの対策になってしまっているのです。

2)誤送信対策にならない

PPAPは誤送信対策になるという見方も正しくありません。1通目を送信した後、2通目のメールを送るまでに誤送信に気付く猶予があるといいますが、どうですか? 2通のメールアドレスを、コピーアンドペースト機能を使ってすぐに入力している人がいたら、効果は全くありません。

1通目で誤送信に気付き、誤送信先にパスワードが届かなかったので安全だというのも間違いです。実は、今やパスワード付きzipは、十分長く複雑なパスワードでない限り、パスワード総当たり攻撃で簡単に破られてしまいます。あるリポートによれば、一般に市販されているPCとツールで英大小文字+数字(62文字種)を使った7桁のパスワードの解析にかかる時間は、わずか15分でした。このツールは「zipパスワード忘れの解析ツール」という名目で簡単に手に入るものです。

たとえ暗号化していたとしても、ファイルの誤送信は情報漏洩事故として対応すべき事案ということになりますし、PPAPが誤送信対策になっていないといわれている理由にもなります。

3)受信者のウイルス感染リスクを高める

近年、Emotet(エモテット)やIcedID(アイスドアイディー)と呼ばれるマルウェア(悪意あるプログラム)が、主に添付ファイルを介してウイルスへの感染を狙う攻撃メールの被害が拡大しています。感染すると、個人や自社の情報漏洩だけでなく、過去のメール送受信先にもウイルスを感染させてしまう恐れがあります。

このマルウェアが最近、暗号化されたパスワード付きzipを隠れみのにして攻撃したケースが確認されています。暗号化されたパスワード付きzipによって、企業のセキュリティー検知を擦り抜けるためです。皮肉なことに、情報漏洩対策として行っているPPAPが、逆に受信側のウイルス感染リスクを高める危険な存在となってしまっているのです。

3 ファイルを安全に送るには

PPAPに代わって安全にファイルを送るには、主に3つの方法があります。それぞれ従来のPPAPと比べたメリット・デメリットを挙げるとともに、送信の方法を紹介します。

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1)PPAP(従来の方法)

前述の通り、パスワード付きのzipファイルに変換して、ファイルとパスワードを別々のメールで送信するやり方です。

2)PPAP+(複雑なパスワードをメール以外の経路で送信する)

現状の形骸化したPPAPの課題の対策として、次のような手順を踏む方法です。

  • パスワードは十分長くて推測できない複雑な文字列にする(例:英大小文字+数字+記号(96文字種)を使用し、12桁以上)
  • パスワードをメール以外の経路で送信する(例:事前の取り決め、電話、SMS、ビジネスチャットツールなど)

3)ファイル転送サービス

メールへのファイル添付に代わる方法として20年以上前から使われているのが、ファイル転送サービスです。ファイル送信に特化したこのクラウドサービスは、おおむね次のステップでファイルを送信します。

  • 送信者はファイルをクラウドサービス上にアップロードしパスワードを設定
  • 送信者が入力した宛先(メールアドレス)に専用URLが記載されたメールが自動送信
  • 受信者は当該URLからクラウドサービスにアクセス
  • 受信者は送信者からメール等で別途連絡を受けたパスワードを入力してダウンロード

4)クラウドストレージサービス

ファイルサーバーを仮想化して、クラウド上に大量のファイルを貯蔵し、社内外でファイルやフォルダを共有(コラボレーション)できるのがクラウドストレージサービスです。共有リンクと呼ばれる機能を使えば、ファイルを送信する目的でも利用できます。

なお、政府はPPAPの代わりに、「今後は主に内閣府が利用する民間のストレージサービスでファイルを共有し、パスワードをメールで送信する」との方針を表明しています。

  • 送信者はファイルをクラウドサービス上にアップロード
  • 送信者は共有リンク(1.のファイルに直接アクセス可能なURL)を作成し、パスワードを設定
  • 送信者は宛先に共有リンクとパスワードをメール等で送信
  • 受信者は共有リンクにアクセスし、パスワードを入力してダウンロード

4 PPAP依存から脱するための考え方

ファイル送受信の運用変更、ツールの導入などにはコストがつきものです。その他にも、企業にはなかなかPPAP脱却に踏み切れない事情があることでしょう。ここでは、企業が抱える課題を解決するための考え方について述べてみたいと思います。

1)手間も費用もかけたくない。今のまま何もしなくていいのではないか

2020年11月、河野太郎規制改革・行政改革担当大臣とのオープン対話を行った平井卓也デジタル改革担当大臣は、PPAP全廃を決めた理由を、次のように述べました。

zipファイルのパスワードの扱いを見ていると、セキュリティレベルを担保するための暗号化ではない。全ての文書をzipファイル化するのは何でもハンコを押すのに似ている。そのやり方を今までやってきたからみんなやっていたと思う

PPAP廃止論のきっかけは、セキュリティー事故ではありません。ハンコのように、本来の目的や必要性について十分議論せず、無駄な作業に多くの企業が時間を浪費している現状が課題となったのです。

時間の無駄はすなわち人件費の無駄。どうせコストがかかるなら、より本質的な部分に割くべきという政府のメッセージがPPAP廃止論だと理解しましょう。そう理解できれば、何もしないことがPPAPの解決にならないことはお分かりいただけると思います。

2)PPAPをやめるとファイルの誤送信が怖い

PPAPが誤送信対策にならないのは前述の通りです。添付ファイルの有無にかかわらずメールには誤送信リスクがつきものですので、PPAP対策とは切り離し、メール誤送信を予防する設定や対策ツールの導入を検討しましょう。

3)自社の環境では添付ファイルが自動的にPPAPで送られるようになっている

企業のメール環境によっては、メールにそのままファイルを添付すれば、自動的にPPAPで送信する仕組みが整っている場合があります。送信する手間はかからなくとも、受信者の手間やウイルス検知不可のリスクは残ります。また、PPAPを受け取れない企業が今後増えてくると見込まれますので、代替手段の検討は必要です。

4)結局社員はPPAPで送ってしまうのではないか

PPAPに代わるファイル送受信の新しいルールやツールを導入したとしても、それだけでは社員がPPAPでファイルを送ってしまうことを機械的にやめることはできません。例えばメールサーバーの設定を調整し、送信メールに添付されたファイルを削除することも一つの方法です。設定の仕方によっては、ファイル拡張子がzipなどの特定ファイルのみ削除するなども可能な場合がありますので、ご利用のメールサーバーの設定をご確認ください。

5)メール以外の方法だと受け取ってもらえない

取引先も同じように、PPAPから抜け出すことの難しさに直面しています。社内ルール上、ファイルをやりとりできるクラウドサービスの利用が禁止されている企業もありますので、こうした取引先宛には、短期的にはPPAPの利用はやむを得ません。

しかし、取引先によっては逆にPPAPだと受け取れない、と断られるケースも今後考えられますので、PPAPに依存しない環境の検討は必要です。そもそもPPAPは気休めにしかならないわけですから。

以上(2021年4月)
(執筆 セキュリティコンサルタント 土屋亨)

https://www.nri-secure.co.jp/

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画像:Adobe Stock-deepagopi2011

株主総会前に確認 会社法改正で必要な対応

書いてあること

  • 主な読者:株主総会前に例年と違う手続きがあるのかを知りたい経営者
  • 課題:会社法が改正されたため、自社がその影響を受ける可能性がある
  • 解決策:会社補償、役員等賠償責任保険の契約は、株主総会または取締役会での対応が必要

1 【改正会社法の施行】2021年の株主総会はいつもと違う?

中小企業の場合、株主の多くは親族や友人などの関係者なので、毎年特に問題なく株主総会が開催できます。しかし、2021年は少し状況が違います。なぜなら、2021年3月1日に改正会社法が施行された影響で、一部の会社では例年通りの準備や手続きでは不十分になったからです。具体的には次の対応が必要です。

  • 会社補償、役員等賠償責任保険の契約内容を株主総会または取締役会で決議
  • 株主提案権の行使の濫用に備えて、株式取扱規程を整備

これがどういうことなのか、早速、確認していきましょう。なお、本稿で対象としているのは、いわゆる「非公開会社」です。非公開会社とは、全ての株式の譲渡について、会社の承認が必要となる旨を定款に定めている会社です。

また、「株主総会の決議」とは、普通決議を指します。普通決議には、定款に別段の定めがある場合を除き、議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席(定足数)し、出席した株主の議決権の過半数の賛成(決議要件)が必要です。

2 会社補償と役員等賠償責任保険に関連した対応

1)会社補償の契約内容は、株主総会または取締役会の決議が必要

会社補償とは、役員が業務上の賠償責任を負った場合の弁護士費用や、賠償金などを会社が負担する契約です。細かな定義は次の通りです。

役員等がその職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、または責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用や、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における損失(いわゆる賠償金または和解金)の全部または一部を、株式会社が当該役員等に対して補償すること

会社補償を契約することで、取締役はリスクを恐れずに職務を執行できます。これまでは、会社補償の内容をどのように定めるべきか法律上明らかではなかったのですが、2021年3月1日以降変わりました。具体的には、会社補償の内容は株主総会の決議(取締役会設置会社は取締役会の決議)で決めることになりました。

ここまでのポイントを整理すると、次のようになります。

  • 会社補償の契約内容を株主総会または(取締役会設置会社は)取締役会で決議する
  • 上記の決議をした後、会社と役員が会社補償を契約する

2)会社補償の契約内容

会社補償の契約内容は次の通りです。全ての費用・責任が補償契約の対象になるわけではないので、その点に注意しましょう。

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3)役員等賠償責任保険の契約内容は、株主総会または取締役会の決議が必要

役員等賠償責任保険とは、取締役が業務上の賠償責任を負った場合の弁護士費用や、賠償金などを一定の範囲で補償する保険です。いわゆる「D&O保険(会社役員賠償責任保険)」などが該当します。細かな定義は次の通りです。

株式会社が、保険者との間で締結する保険契約のうち取締役等がその職務の執行に関し責任を負うこと、または当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が填補することを約するものであって、取締役等を被保険者とするもの

なお、以下の保険は役員等賠償責任保険には含まれません。

  • 主に法人に生じる損害を填補する保険で、取締役は付随的に被保険者になっている性質の保険。具体的には「PL保険、企業総合賠償責任保険」など
  • 取締役自身に生じる損害を填補するが、取締役の職務執行の適正性が阻害される懸念が小さい性質の保険。具体的には「自動車賠償責任保険、海外旅行保険」など

会社補償の場合と同様に、役員等賠償責任保険を契約することで、取締役はリスクを恐れずに職務を執行できます。これまでは、役員等賠償責任保険の内容をどのように定めるべきか法律上明らかではなかったのですが、2021年3月1日以降変わりました。具体的には、役員等賠償責任保険の内容は株主総会の決議(取締役会設置会社は取締役会の決議)で決めることになりました。新規契約だけでなく、契約の更新・更改も含みます。

ここまでのポイントを整理すると、次のようになります。

  • 役員等賠償責任保険の基本的な内容を株主総会または(取締役会設置会社は)取締役会で決議する
  • 決議する役員等賠償責任保険の基本的な内容とは、「保険会社、被保険者、保険料、保険期間、保険金の支払事由および支払限度額、保険金により填補される損害の範囲、保険会社の主な免責事由、主な特約条項など」のこと
  • 役員等賠償責任保険の更新時は、同様の決議をする

なお、(中小企業の場合、該当しない場合が多いと思われますが)株主総会に「取締役の選任」に関する議案を上程する場合で株主総会参考書類を交付しなければならない会社は、株主総会参考書類に取締役の候補者と補償契約および役員等賠償責任保険契約の締結状況(締結予定を含む)を記載しなければなりません。

3 株主提案権の濫用的な行使の制限に関連した対応

株主は株主総会の議案を提案できます。とはいえ、さまつな議案や会社を困惑させる目的の議案の提案があると、株主総会の意思決定機関としての機能が阻害されてしまいます。そこで会社法が改正され、「株主提案権の濫用的な行使が制限」されました。具体的には次の通りです。

取締役会設置会社の株主が、議案を提案し、招集通知に記載請求(議案要領通知請求)する場合、株主が記載請求できる議案数は10までとする。10を超過した場合、どの議案を選ぶかは、原則として取締役が決められる(株主が議案相互間の優先順位を定めている場合を除く)

ただし、取締役が恣意的に議案を決定することにもリスクがあります。例えば、株主から「議案の要領を株主総会の招集通知に記載する」ことが求められる、「取締役や会社に対して損害賠償請求がされる」などの恐れがあります。こうした株主からの指摘を避けるために、取締役会設置会社においては、あらかじめ株式取扱規程の中で、議案を選ぶ際の決定方法を定めておくとよいでしょう。

また、実際に株主から株主提案権の濫用的な行使がされてしまった場合は、まず株主にどの議案を優先するかを確認し、その確認が取れない場合は、株式取扱規程に従って対応することが望ましいでしょう。

以上(2021年4月)
(執筆 TMI総合法律事務所 弁護士 池田賢生、田椽史也)

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画像:LIGHTFIELD STUDIOS-Adobe Stock

賃金をどう分配する? 経営戦略から考える同一労働同一賃金

書いてあること

  • 主な読者:2021年4月1日から同一労働同一賃金に対応する経営者
  • 課題:同一労働同一賃金は、パート等の賃上げにしかならないと感じている
  • 解決策:解決策:経営戦略と賃金制度の連動を確認する。正社員とパート等といった雇用形態ではなく、経営戦略上の業務や能力の重要性に応じて賃金を分配する

1 同一労働同一賃金は適正賃金の実現に役立つ

パートタイム・有期雇用労働法によるパート等の同一労働同一賃金のルールが、2021年4月1日から中小企業にも適用されます。同一労働同一賃金はパート等の賃上げと考えられがちですが、そうではありません。同一労働同一賃金のルールの目的は、「同じ(価値の)仕事をしている社員に同じ額の賃金を支払う」ことです。ですから、社員の業務内容や責任の程度が違う場合、その違いに応じて賃金に差を設けても、待遇格差が不合理でない限りは違法になりません。

同一労働同一賃金は、経営者が経営戦略に沿って賃金制度を構築するきっかけになります。「経営目標・経営方針に照らして目下重要な戦略は何か。その戦略を実行するために核となる業務や能力は何か」を考え、その業務や能力の大きさに応じて賃金を支払うということです。賃金の支払い基準が明確であれば、パート等から待遇格差に関する疑問が寄せられたとしても、しっかりと説明することができます。本稿では、基準を明確にするための考え方の例を紹介します。

なお、同一労働同一賃金の基本ルールについては、次の記事をご確認ください。

2 経営戦略における賃金の立ち位置

一般的に経営戦略とは、経営理念やビジョンを実現するための、経営目標・経営方針や各分野の戦略を指します。

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賃金に関する戦略は経営戦略上、「人事戦略」に該当しますが、経営戦略の他の要素とも密接な関係にあります。例えば、賃金を引き上げる選択をした場合、人件費の増加によって経営目標・経営方針(期末営業利益○○万円など)、ひいては各分野の戦略の見直しが必要になる可能性があります。

賃金の見直しが経営戦略の他の要素に与える影響は、できる限り減らしたいところでしょう。そのためには、「賃金の見直しが必要だから経営戦略を見直す」のではなく、「経営戦略に沿って賃金を適正に支払う」という視点が重要になります。以降では、この視点に立った賃金支払いの考え方の例を2つ紹介します。

3 戦略実行の核となる「業務」に注目する

1)考え方

経営戦略上の重要度に応じて業務を順位付けし、その順位に応じて賃金を社員に分配します。例えば、IT戦略上「新データベースの構築」を重視する場合、その構築業務に従事する社員には、他の社員よりも多めに賃金を支払います。経営戦略上、特に重要と位置付けている業務であれば、さらに細分化してもよいでしょう。同じ新データベースの構築業務の中でも、「上流工程」である要件定義や設計などに従事する社員には、より多く賃金を支払うこともできます。

2)同一労働同一賃金との関係性

同一労働同一賃金では、業務内容や業務に対する責任の程度を基準に、「同じ仕事をしているか」を判断します。例えば、前述の「新データベースの構築業務」に従事する正社員とパート等が1人ずついて、正社員は主に「要件定義、設計」を、パート等は主に「開発、テスト」を担当するとします。この場合、業務内容が異なるため、両者は同じ仕事をしていることにはなりません。また、同じ業務に従事していても、正社員が業務を統括してパート等に指示を出す立場にあるならば、両者の責任の程度は異なるため、同じ仕事をしていることにはなりません。

「業務の重要性」をベースに賃金を設定した場合、パート等に正社員との待遇格差の理由を説明する際は、パート等の労働条件通知書などと照らし合わせながら、待遇格差が妥当なものであるかを明示するとよいでしょう。

4 戦略実行の核となる「能力」に注目する

1)考え方

経営戦略の達成に必要な能力を順位付けし、その習熟度に応じて賃金を社員に分配します。例えば、営業戦略上「サービスAの成約」を重視する場合、サービスAに関する営業の能力が高い社員には、他の社員よりも多めに賃金を支払います。

能力は人によって評価がブレやすいので、経営者が評価基準を決めます。例えば、「サービスAの成約」を重視する場合、成約件数や商談件数などが評価基準としては分かりやすいでしょう。「サービスの要点を理解して、プレゼンできるか」など、定性的な評価基準を用いる場合は、各部門長による人事考課の結果などを基にするのもよいでしょう(評価基準は事前に各部門長に伝えます)。

2)同一労働同一賃金との関係性

同一労働同一賃金では、能力の違いに応じて支給される賃金がある場合、その違いに応じた待遇格差は、原則として許容されます。例えば、前述の「サービスAの成約」の場合、成約件数や人事考課の結果に応じた待遇格差を設けることは、一概に不合理とはいえません。

ただし、成約件数などは社員の所定労働時間などに左右される部分もあるため、正社員とパート等の労働条件の違いも考慮する必要があります。また、人事考課の結果を賃金に反映させる場合は、正社員とパート等の人事制度の違いに注意しましょう。

「能力」をベースに賃金を設定した場合、パート等に正社員との待遇格差の理由を説明する際は、中期経営計画の中から企業が必要とする人材などの記述を引用し、営業成績表や人事考課表などと照らし合わせながら、能力との関連性を明示するとよいでしょう。ただし、「能力または経験」「業績または成果」「勤続年数」に応じて支給するものについては、それぞれに応じた部分に関して、同一であれば同一の支給をしなければならず、一定の相違がある場合はその相違に応じた支給をしなければならないので注意しましょう。

以上(2021年4月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ)

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画像:unsplash

【規程・文例集】産業雇用安定助成金に対応した「出向者取扱規程」と「出向契約書」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:「産業雇用安定助成金」を受給したい在籍出向を検討中の経営者
  • 課題:在籍出向をしたことがなく、何から着手すべきか分からない
  • 解決策:まずは「出向者取扱規程(就業規則)」と「出向契約書」を整備し、出向元、出向先、出向者の関係を明らかにする

1 コロナ禍の在籍出向を支援する「産業雇用安定助成金」

在籍出向とは、出向元(自社)と従業員の労働契約を維持したまま、従業員が出向元の指示で出向先(他社)とも労働契約を交わし、出向先の指揮命令で働くことです。大企業が子会社に従業員を出向させることが典型でしたが、足元では、コロナ禍の雇用維持のために取引先などと労働力をシェアする「従業員シェア」に、在籍出向の仕組みが利用されています。

そして、コロナ禍の在籍出向(従業員シェア)を支援すべく、2021年2月に「産業雇用安定助成金」が創設されました。

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産業雇用安定助成金は、親子関係など資本関係のない会社同士であれば、出向元も出向先も受給できることが特徴です(雇用調整助成金など他の助成金を受給している場合、受給できないこともあります)。受給要件はさまざまですが、まずは「出向者取扱規程(就業規則)」と「出向契約書」を整備することから始めましょう。これらは出向元、出向先、出向者の関係を法的に根拠付ける書類で、これらがないとそもそも在籍出向を実施できないからです。

以降では産業雇用安定助成金に対応した、出向者取扱規程と出向契約書のひな型を紹介します。

2 出向者取扱規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【出向者取扱規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、就業規則第○条の「出向」を命じられた従業員の取扱いなどについて定める。なお、本規程における出向は、出向先の経営力や技術力の強化、人材の育成、出向先との人事交流、雇用調整等を目的とする。

第2条(対象範囲)
本規程は、原則として無期契約の従業員にのみ適用する。

第3条(用語の定義)
本規程において各用語の定義は、次の各号に定めるところによる。

  • 出向
    会社に在籍したまま、会社の命令に従って、取引先など他の事業主との雇用契約関係に基づき当該事業主の業務に従事することをいう。
  • 出向者
    会社から出向する従業員をいう。
  • 出向先
    出向者を受け入れる取引先などをいう。

第4条(遵守事項)
1)会社は、出向の必要性を検討し、労働基準法などの関係法令を遵守し、出向者の選定方法その他の条件が適切なものとなるよう確認した上で従業員に出向を命じなければならない。
2)出向者は、出向目的に従って、出向先と会社との協力関係の維持発展に努めなければならない。

第5条(出向手続き)
1)会社が出向を命じるときは、事前に出向の対象となる従業員に出向の目的や出向先名、適用される就業条件を書面で明示する。
2)会社は、事業活動の縮小を理由として出向を命じるときは、事前に従業員の過半数を代表する者と、次の各号について定めた労使協定を締結する。

  • 出向先の事業所の名称、所在地、事業の種類および事業主の氏名(法人の場合は代表者の氏名)
  • 出向実施予定時期・期間
  • 出向期間中および出向終了後の処遇
  • 出向者の範囲および人数

3)会社は、事業活動の縮小を理由として出向を命じるときは、事前に出向の対象となる従業員から書面により同意を取得する。

第6条(出向期間)
1)出向期間は原則として1カ月以上2年以内の範囲で、目的に応じてその都度決定する。また、出向目的の達成状況などにより、出向期間を短縮または延長することがある。
2)出向者の出向期間は、会社の勤続年数に通算し、年次有給休暇、退職金、永年勤続表彰などに関し、通常の勤続期間と同様の取扱いとする。

第7条(出向期間中の会社における取扱い)
1)出向期間中、出向者は原則として会社の総務部に籍をおき、就業規則第○条の出向休職とする。
2)出向者の人事考課は、出向先からの報告に基づき会社が行う。また、出向期間中の会社における出向者の昇進および昇給については、会社に勤務した場合と同等に取り扱う。
3)出向者は、出向期間中に住所、連絡先、氏名、家族その他会社の人事管理上必要とする身上に変更が生じた場合は、都度会社に届け出なければならない。

第8条(出向者の労働条件等)
1)出向者の労働時間、休憩、休日、休暇、服務規律、安全衛生、法定外災害補償、福利厚生並びに出向先での配置転換および出張については、出向先の規程による。ただし、年次有給休暇は会社の勤続年数に基づき付与される(労働基準法第39条第7項の規定に基づく使用者の年次有給休暇の時季指定義務は出向先が履行する)。
2)出向先の労働時間、休日、休暇の労働条件が会社のものよりも不利益となる場合は、会社はその不利益を解消するよう必要な措置を講じる。
3)出向者は、出向期間中においても会社の福利厚生制度を利用することができる。
4)出向者の表彰および懲戒については、出向先の規程により出向先が行う。ただし、諭旨解雇および懲戒解雇については、会社の規程により会社が行う。
5)出向者の休職、退職および普通解雇については、会社の規程による。なお、出向者が出向期間中に休職(出向休職を除く。以下同じ)、退職または解雇(懲戒処分としての解雇の場合を含む。以下同じ)する場合は、会社に復職させた上で休職もしくは退職、または解雇する。
6)出向者の賃金については、会社が支払う。ただし、通勤費、交通費および出張費については、会社と出向先との合意により決定する。

第9条(社会保険等)
1)出向期間中、出向者の健康保険、厚生年金保険、介護保険および雇用保険の適用は、原則として会社において行う。ただし、法令により異なる取扱いがなされる場合は、この限りでない。
2)出向期間中、出向者の労働者災害補償保険の適用は、出向先において行う。

第10条(復職)
1)次の各号に定める事情が生じた場合、出向は終了し、出向者は会社に復職する。

  • 出向期間が終了したとき
  • 出向の目的を達成したとき、または出向の目的が消滅したとき
  • 心身の故障等出向先での労務提供が困難なとき
  • 会社の休職事由、普通解雇事由、懲戒事由に該当したとき
  • 出向期間中に会社を退職するとき
  • 前号に掲げる事由のほか、復職させるべき理由があるとき

2)復職後の所属および処遇は、業務上の都合もしくは出向者の能力、経験、技能、希望等を総合的に勘案の上決定する。

第11条(罰則)
従業員が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第12条(特例)
出向先の事情その他特別な事情により本規程で処理し難い場合は、取締役会において方針を決定するものとする。

第13条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

3 出向契約書のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした契約書を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【出向契約書のひな型】

○○(以下、「甲」という)と□□(以下、「乙」という)は、甲の従業員を乙に出向させるに際し、その取扱いについて次の通り出向契約(以下、「本契約」という)を締結する。

第1条(定義)
1)本契約において、出向とは、甲の従業員を甲に在籍させたまま、乙の従業員として乙の業務に従事させることをいう。
2)本契約において、出向者とは、乙に出向する甲の従業員をいう。

第2条(出向元と出向先の名称および所在地)
出向元(甲)と出向先(乙)の名称および所在地は次の通りである。

  • [出向元(甲)]名称             所在地 
  • [出向先(乙)]名称             所在地

第3条(出向者および出向期間)
出向者および出向期間は次の通りとする。なお、出向期間の短縮または延長をしようとする場合は、甲乙協議の上、書面による合意により決定し、甲は決定内容を出向者に通知する。

  • [出向者] 氏名        生年月日   年   月   日生
  • [出向期間]   年   月   日から   年   月   日まで( 年間)

第4条(出向形態等)
1)出向者は、出向期間中、甲の従業員者として甲に在籍したまま、乙の指揮命令下において乙の業務に従事する。
2)出向者は、出向期間中、甲において休職扱いとする。ただし、出向者の出向期間は甲の勤続年数に通算する。

第5条(二重出向の禁止)
乙は、出向者を乙以外の会社へ出向させてはならない。

第6条(出向者の業務等)
1)乙における出向者の勤務地、所属、役職および業務内容は次の通りとする。なお、乙は、これらの事項を変更する場合は、甲の事前の書面または電子メールによる承諾を得るものとする。

  • [勤 務 地]
  • [所 属]
  • [役 職]
  • [業務内容]

2)乙は、甲指定の方法に基づき、出向者の勤務状況その他甲指定の事項を翌月○日までに甲に報告するものとする。

第7条(出向者の労働条件等)
1)出向者の労働時間、休憩、休日、休暇、服務規律、安全衛生、法定外災害補償、福利厚生並びに乙での配置転換および出張については、乙の定めるところによる。ただし、年次有給休暇は甲の勤続年数に基づき付与される(労働基準法第39条第7項の規定に基づく使用者の年次有給休暇の時季指定義務は乙が負うものとし、その取扱いについては乙の定めるところによる)。
2)出向者の表彰および懲戒については、乙の定めるところにより乙が行う。また、諭旨解雇および懲戒解雇については、甲の定めるところにより甲が行う。
3)出向者の休職、退職および普通解雇については、甲の定めるところによる。
4)出向者の賃金(時間外、休日および深夜労働に対する割増賃金を含む)については、甲の定めるところにより甲が出向者に直接支払う。ただし、通勤費、交通費および出張費については、乙の定めるところにより乙が出向者に直接支払う。
5)乙は、出向時に、出向者に対して労働条件を明示する。ただし、甲は、甲乙協議の上、乙に代わって出向者に対して労働条件の明示を行うことができる。

第8条(安全衛生の措置等)
出向者に対する安全衛生の措置等は、乙の負担により乙が実施する。

第9条(社会保険等)
1)出向期間中、出向者の健康保険、厚生年金保険、介護保険および雇用保険については、甲において被保険者資格を継続させ、その事業主負担分の保険料は甲が負担する。
2)労働者災害補償保険については、乙において加入し、その保険料は乙が負担する。

第10条(出向先の給与負担金等)
1)出向に伴う給与負担金として、甲が第7条の定めに基づき出向者に支払った賃金(時間外、休日および深夜労働に対する割増賃金を含む)に相当する額を乙が全額負担する。ただし、月の途中に出向が開始または終了した場合の当該月の給与負担金については日割り計算とする。
2)乙は、甲に対して、前項に定める給与負担金を当月末日までに甲の指定する口座に振り込むものとする。なお、振込手数料は乙の負担とする。

第11条(復職)
出向者が次の各号に該当した場合、甲は当該出向者に対して復職を命じるものとする。

  • 出向期間が終了したとき
  • 出向の目的を達成したとき、または出向の目的が消滅したと甲が判断したとき
  • 心身の故障等乙での労務提供が困難であると甲が判断したとき
  • 甲の休職事由、普通解雇事由、懲戒事由に該当したと甲が判断したとき
  • 出向期間中に甲を退職するとき
  • 前号に掲げる事由のほか、復職させるべき理由があると甲が判断したとき

第12条(機密保持)
1)甲および乙は、本契約期間中に知り得た相手方の業務上の情報その他の機密情報(次の各号に該当するものを除く。以下、「機密情報等」という)を、相手方の書面による事前の同意を得ることなく、第三者に提供、開示または漏洩してはならず、本契約を履行する以外の目的に使用してはならない。

  • 開示を受けた時点で既に保有している情報
  • 開示を受けた時点で既に公知であった情報
  • 開示の前後を問わずその責に帰すべき事由によらずに公知となった情報
  • 開示の前後を問わず正当な権利を有する第三者より適法に入手した情報
  • 開示された情報に基づかずに独自に開発した情報

2)前項の規定にかかわらず、甲および乙は、裁判所または行政機関の命令、要請等により要求される場合には、当該要求に対応するのに必要な範囲で機密情報等を開示することができる。ただし、甲または乙は、当該要求を受けた旨を相手方に遅滞なく通知するものとする。
3)甲および乙は、機密情報等の滅失、毀損または漏洩のないようその責任において万全に機密情報等を保管するものとし、本契約が終了した場合において、相手方から機密情報等について返却または破棄(電磁的記録の場合は削除)を指示されたときは、その指示に従い返却または破棄(電磁的記録の場合は削除)をするものとする。
4)本条の規定は、本契約終了後もなお有効とする。

第13条(個人情報)
甲および乙は、出向者の個人情報の取扱いに関しては、個人情報の保護に関する法律、関連法令およびガイドラインを遵守し、当該個人情報の保護に努めるとともに、当該個人情報を出向者の雇用管理および業務に必要な範囲についてのみ使用し、当該個人情報の滅失、毀損または漏洩のないよう必要かつ適切な措置を講じるものとする。

第14条(損害賠償)
甲および乙は、本契約に違反することにより、相手方に損害を与えた場合、相手方に対し、損害賠償をしなければならない。

第15条(有効期間)
本契約の有効期間は、第3条の規定による出向期間が終了するまでとする。

第16条(協議解決)
本契約に定めのない事項、または本契約の解釈について疑義が生じたときは、甲乙は誠意をもって協議の上解決する。

第17条(合意管轄)
甲および乙は、本契約に関し裁判上の紛争が生じたときには、訴額等に応じ、○○簡易裁判所、または○○地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とすることに合意する。

以上(2021年4月)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)

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画像:ESB Professional-shutterstock

弁護士が教える 「従業員シェア」の税務上の取り扱いQ&A

書いてあること

  • 主な読者:コロナ禍の助け合いとして「従業員シェア」を検討している経営者
  • 課題:従業員シェアには「在籍出向、副業、業務委託」の形態がある。税務上、在籍出向の場合は注意が必要
  • 解決策:在籍出向により従業員シェアをする場合、給与は出向先が支払うのが基本

1 従業員シェア。対象者への給料が寄附金になる?

コロナ禍だからこそ、経営者は何としてでも従業員の雇用を守ろうと考えます。実際にそうした思いが形になっているのが、企業の垣根を越えた助け合いといえる「従業員シェア」です。従業員シェアとは、複数の企業が業務の繁閑に応じて従業員を融通し合う取り組みです。業績好調な企業は採用コストをかけずに働き手が見つかりますし、業績不振な企業も従業員の雇用を守ることができます。

こうした従業員シェアは、次のいずれかの仕組みで実現します。

  • 在籍出向
    出向元(自社)と従業員の労働契約あり。従業員は出向元の指示で、出向先(他社)とも労働契約を交わし、出向先の指揮命令で働く
  • 副業
    本業先(自社)と従業員の労働契約あり。従業員は自身の意思で、副業先(他社)とも労働契約を交わし、副業先の指揮命令で働く
  • 業務委託
    勤め先(自社)と従業員の労働契約あり。従業員は自身の意思で、他社と業務委託契約を交わすが、他社の指揮命令は受けず、裁量権をもって業務委託契約を履行する

お伝えしたいのは、在籍出向で従業員シェアをした場合の給与の取り扱いです。税務上の基本は「出向者の給与は出向先が支払う」というものであり、これと異なる取り扱いをすると、給与のつもりで支払ったのに、寄附金として処理することになるなど、意図せぬ事態に陥ります。これがどういうことなのかを説明します。

なお、本稿では取り上げていませんが、一定の在籍出向を行うと「産業雇用安定助成金」を受給できることがあります。この助成金に対応した「出向者取扱規程」などのひな型は以下のコンテンツで紹介しています。

2 出向者の給与に関する税務上のポイント

1)出向先が出向者に給与を支払った場合

前述した通り、税務上では出向者の給与は出向先が支払うことを基本とします。出向先が給与(出向先の基準に基づく。以降、同様)を支払うことは税務上の考え方に沿うものであり、出向先は給与を損金算入できます。

2)出向元が給与を支払い、出向先から給与相当額を受け取っている場合

出向者に給与を支払っているのは出向元でも、出向先がその相当額である「給与負担金」(経営指導料など名称は問わない)を出向元に支払っている場合、実質的に給与を支払っているのは出向先と考えられます。そのため、出向先は給与負担金を損金算入できます。

一方、出向元が出向先から受け取る給与負担金は益金となります。ただし、出向元が出向者に支払う給与も損金算入できるので、プラスマイナス0となり課税関係は生じません。

3)出向元が給与を支払い、出向先から給与相当額を受け取っていない場合

税務上は、出向先が負担すべき出向者の給与を、出向元が立て替えていると考えます。立て替えているのに出向先から給与負担金の支払いがない場合、出向元が支払った給与は出向先への贈与となり、寄附金として取り扱われるのが原則です。

例外的に、「出向元の事情で出向させ、かつ出向先では出向を受け入れることで何らの利益もないような場合」には、出向元が従業員に支払った給与は損金算入できます。

一方、出向先では、帳簿上特段の処理を行わないことが通常です。そのため、税務上も課税関係は生じません。

4)出向先が給与を支払い、出向元から給与相当額を受け取っている場合

出向元が支払う給与負担金は、上記3)と同様に、基本的には寄附金となりますが、合理的な理由がある場合は例外として損金算入できます。

一方、出向先が出向元から受け取る給与負担金は益金となります。ただし、出向者に支払う給与は損金算入されるので、プラスマイナス0となり課税関係は生じません。

5)出向先の給与が出向元より低いので、出向元が出向者に補填した場合

出向元が出向者に支払う金銭は、合理的な理由がなければ出向先への寄附金となります。給与水準の調整のために出向元が出向者に支払う補填金については「合理的な理由」があると認められるため、出向元は損金算入できます。

以上(2021年4月)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 堀田陽平)

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画像:Adobe Stock-fizkes

Web面接だと選考が難しい! は大間違いです:Web面接前編/2022年新卒採用必勝法〜優秀なコア人材を採用するなら今がチャンス〜(3)

超売り手市場から一転し買い手市場となったウィズコロナの今、採用のポイントは「量」ではなく「質」にシフトしています。不況期に採用投資が有効なのは、自社の未来を担っていく「優秀なコア人材」を獲得しやすいからに他なりません。この好機を逃さないために重要となる取り組みが“採用のオンライン化”です。中でもWeb面接のスキルを磨くことは不可欠です。

コロナ禍で非対面のWeb面接が一気に広がりました。導入した企業の人事担当者や面接官に聞いてみると、候補者の選考・見極めが難しいといった声が多く上がっています。確かにモニターを通しての面接では、候補者の表情や目線、緊張の度合いなどを読み取りづらくなります。対面面接よりも圧倒的にやりにくい、というのが面接官の本音でしょう。

しかし、実のところ対面面接の見極めの精度が高いわけでもないのです。連載3回目の本稿からは、いよいよWeb面接のノウハウを紹介していきます。今回は、まず対面とオンラインでのコミュニケーションの特性を掘り下げながら、Web面接における「選考」に関して徹底解説していきたいと思います。

1 非言語的手がかりの減少

そもそも対面とオンラインで、コミュニケーションはどう異なるのでしょうか。オンラインコミュニケーションの研究では、「非言語的手がかり」と「同期性」という2つの軸を用いてコミュニケーションの特性が整理されています。

非言語的手がかりとは、口調、服装、表情など、まさに言語以外の情報を指します。同期性はリアルタイム性とも表現できます。非言語的手がかりと同期性の2軸がともに高いのが、我々が慣れ親しんだ対面のコミュニケーションなのです。
Zoomなどのツールを使った画面越しのコミュニケーションは、同期性はともかく、どうしても非言語的手がかりが減少してしまいます。これによって円滑に会話するのが難しくなるのです。

オンラインコミュニケーションで、発言のタイミングが重なってしまうことがしばしばありますよね。あれは何故かというと、アイコンタクトという非言語的手がかりが減ることが影響しているからなのです。人は、実はアイコンタクトによって次は相手が話す番だと察しているのですが、モニター画面越しでは構造的に相手と目が合いません。カメラや画面を介している以上、アイコンタクトをすることは物理的に不可能です。

アイコンタクトができなくなる→発言がかち合ってしまう→会話のキャッチボールができにくくなる。オンラインコミュニケーションにストレスを感じてしまうのは、非言語的手がかりの減少が大きく関係しているのです。

2 伝達感と伝達度

一方で、オンラインコミュニケーションでは、言語的情報がむしろ伝わりやすくなります。例えば対面で打ち合わせした時よりも、メールのテキスト情報のほうが、情報の「伝達度」は大きいでしょう。記事として読むほうが内容を理解しやすい、という経験をした方も少なくないはずです。

ただし情報伝達に関しては、実際に伝わった「伝達度」だけでなく、自分の情報が相手に伝わったと感じる「伝達感」という感覚が存在します。そしてこの伝達感は非言語的手がかりが多いほう、つまり対面のほうが得られるのです。さらに厄介なのは、人の脳は伝達感を重視するようにできていること。情報の伝達ではオンラインが勝っていても、人の感じ方によって対面のほうに手ごたえを感じてしまうのです。

オンラインコミュニケーションでは、非言語的手がかりが減少することによって“相手に伝わっているのに伝わった感を得づらい”あるいは“相手からの情報を受け取れているのに理解できた感を得づらい”という現象が起こっているのです。

会話のキャッチボールがしづらかったり、情報の伝達感が低いことで相互理解しにくいと感じたり。非言語的手がかりが得づらいことが、面接官と学生の双方が感じるWeb面接のモヤモヤ感の正体なのです。

3 実は見極めの精度が上がる

またWeb面接を受けた候補者は、対面の面接を受けた候補者に比べて評価が低くなるという研究結果があります。非言語的手がかりも含めて得られる情報が減ることで、確信を持って採用したいと思えないのかもしれません。まさに「Web面接では選考・見極めが難しい」と感じる人事の声を立証しているような結果です。

しかし、非言語的手がかりが得やすい対面面接のほうが見極めの精度が高いかというと、実はそうでもありません。対面面接だからこそ過剰に評価されやすい人というのがいたりします。例えば、話の内容は同じでも、明るく振る舞う場合とそうでない場合、“明るく振る舞う”という非言語的手がかりによって、評価されやすくなることがわかっています。なんとなく明るい感じの人だとか、いわゆる「キャラ採用」のようなものが対面面接では起こりやすい傾向があるのです。残念なことに、対面面接では非言語的手がかりによって無意識にバイアスが発生しがちなのです。

一方、Web面接では非言語的手がかりが減ることでバイアスが軽減され、候補者が話す言葉の中身にフォーカスできるようになります。現に、Web面接での評価は仕事のパフォーマンスや定着と正の相関があると言う研究結果もあります。Web面接で評価が高かった人ほど実際の仕事でもパフォーマンスが高い傾向や、定着する傾向があるということです。この研究は、“非言語的手がかりが減ることにより、見極めの精度が上がる”ということを示唆しています。

非言語的手がかりが足りないことで見極めが難しいと感じがちなWeb面接のほうが、バイアスに振り回されることなく、むしろ妥当な見極めができる。実は、アカデミックなコミュニケーション研究では、こうした理解のほうが主流なのです。

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4 構造化面接のすすめ

Web面接に関するアドバイスでは、候補者にできる限り熱意を伝えるために大きく動きましょうとか、非言語的手がかりを増やそうというものが多いように思います。それはそれで一理あるかもしれませんが、非言語的手がかりが少なくなることで、中身にフォーカスしやすくなるといった特性を活かすことに舵を切ったほうが良いと思います。

そういった意味からも、本連載では“面接の構造化”を推します。構造化面接とは、面接のやり方や質問内容、評価の基準などをあらかじめ設定するというものです。一言で言えば、採用面接をしっかりマニュアル化することです。

そもそも対面かオンラインかにかかわらず、構造化することで見極めの精度が高まると言われていました。しかし対面面接が主流だった頃は、この構造化面接の導入はあまり進みませんでした。非言語的手がかりも含め選考を進める対面面接で、あまりガチガチにマニュアル化されると、面接自体が盛り上がりません。先述のようにバイアスとなるリスクがあっても、その場のノリが面接官にとっては重要な判断材料なのです。他方で面接を受ける学生にとっても、硬い質問ばかりだと機械的に対応されたような気持ちになってしまいがちで、対面での構造化面接は候補者に良い印象を与えないという側面もあります。

Web面接では、会話のキャッチボールがしづらく、そもそも盛り上がりは期待できません。むしろきちんと構造化をしたほうが、候補者は自分の能力を伝えやすく、話をしっかり聞いてもらえたと感じるという研究結果もあります。

面接でのやりとりも、候補者の話の腰をおらず、質問したいことはメモなどをして覚えておき、相手が話し終えてから質問をする。言ってみれば「キャッチボール型」から「ターン型」への変更です。こうした進め方もマニュアルに組み込むことで、面接官と学生双方のコミュニケーション納得度が向上するはずです。

つまりWeb面接と構造化面接は極めて相性が良いのです。逆の言い方をすると、Web面接ではきちんと構造化しないと対面面接に劣ってしまうということです。

5 構造化の概要

構造化面接とは、

  • 求める人物像の特定
  • 質問の固定化
  • 詳細な質問内容の特定
  • 評価基準の特定

の4つがポイントです。

まずは、求める人物像をしっかり特定するのが基本です。多くの企業が実践しているのは、優秀な社員(ハイパフォーマー)や幹部層にヒアリングを行い、それを整理して求める人物像を定めるといったものです。

質問の固定化では、質問の答えとして期待しているエピソードを具体的に特定します。例えば長い期間取り組んでいた活動において、自身の工夫や努力で困難を乗り越えた経験について教えてくださいなどと具体的にすると良いでしょう。

さらに質問に対して深掘りする場合は、どのような観点で深掘りするかも構造化していくべきです。候補者が何かエピソードを話す際には、「あった問題」「とった対策」「出た結果」の3点にフォーカスしてアピールすることが多いでしょう。これを踏まえると「問題の背景となる環境」「実行した対策以外に浮かんだアイデア」「自身の貢献度」などが、深掘りのポイントになってきます。

評価基準の特定は、評価の中点(5段階評価だとしたら3点)のレベル感を定めることから始めましょう。具体的な人物を当てはめながら設定するとぶれが少なくなります。求める人物像を特定する際にヒアリングしたハイパフォーマーをイメージしながら定めていくといいかもしれません。

本稿では、次のポイントを解説してきました。

  • 優秀人材の獲得にWeb面接スキルの向上は欠かせない
  • Web面接は、選考や見極めが難しいという面接官の声が多数
  • その原因は、非言語的手がかりが得にくいというオンラインコミュニケーションの特性にある
  • しかし、実は非言語的手がかりが少ないほうがバイアスが軽減され、Web面接の見極め精度は高い
  • Web面接を構造化することで見極め精度が向上するのはもちろん、面接官と学生双方の納得度も向上するメリットがある

また、構造化面接について、その概要をかいつまんでお伝えいたしました。

次回は、Web面接のカギを握る構造化面接についての詳細編です。構造化の進め方や重要なポイントを具体的に解説させていただきます。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年4月9日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

従業員が仕事を楽しみ始める、経営者の「対話術」(2)~従業員に「成長」を意識させて仕事を楽しくするには?~

書いてあること

  • 主な読者:自社の従業員がイキイキと働いていないと感じる経営者
  • 課題:従業員が、「自分は変われる」という「成長マインド」で仕事をしていない
  • 解決策:自分の理想像を目標に掲げるように導く。成長のきっかけやヒントにつながる具体的な指摘や、公平で納得感のある評価を伝えることで、成長マインドを刺激する

1 イキイキ働くための鍵「成長マインド」は入社3カ月で低下?

従業員がイキイキと働くために、極めて重要な鍵となるものが「成長マインド」です。一人ひとりのエンゲージメントに気を配ることも必要ですが、その前に、まず成長マインドを持てる文化や制度を整えること。その前提があって、従業員のエンゲージメントは高まるのです

ところが、成長マインドを持って入社した従業員が、入社後わずか3カ月で成長マインドを低下させてしまうケースもあるようです。「2019マイナビ新入社員意識調査~3カ月後の現状~」では、「社会人生活にどのようなことに期待をもっていますか」という質問に対して、入社時は、1位が「自分が成長できる」(68.0%)で、2位以下は「収入が得られる」(47.7%)、「新しいことに挑戦できる」(43.0%)、「新しく人間関係を構築できる」(32.0%)、「社会や会社に貢献できる」(29.3%)と続いています。

収入が得られるという現実的な項目よりも、自己成長に対する期待感が強いのが分かります。自己成長だけでなく、新しいことへの挑戦や社会や会社への貢献などの項目も、それを通じて自分が成長しますから、成長に関する項目であるといえます。そして、いずれもエンゲージメントを高めるために重要な要素です。そのマインドが、3カ月という実に短い期間のうちに変化してしまうというのです。

入社から3カ月後の7月に行った意識調査では、「自分が成長できる」は10.8ポイント下がって57.2%、「新しいことに挑戦できる」は10.3ポイント下がって32.7%、「社会や会社に貢献できる」は3.0ポイント下がって26.3%と、エンゲージメントを高める要素が軒並み低下しています。

それに対して「収入が得られる」が11.7ポイントも上昇して59.4%で、「自分が成長できる」を逆転して1位になっています。このマインドの違いは仕事のあらゆる場面で関わってきて、その人の成長を左右します。

2 「成長マインド」の有無で上司への反応が真逆に

1)「成長マインド」を刺激してエンゲージメントを高める

成長マインドは、キャロル・S・ドゥエックが自身の著書『マインドセット「やればできる!」の研究』で提唱した考え方で、エンゲージメントを高めるうえで極めて重要な鍵となるものです。

成長マインドは「自分は変わる」「自分は変われる」という前提で臨む姿勢のことです。上司はさまざまな場面で、部下を評価する言葉を語りますし、時に叱責することもあるでしょう。日ごろの仕事においても、「キミはここをもっと直したほうがいい」「こういうところにもっと力を入れたほうがいい」など、上司から見たフィードバックを与えてくれることもあります。

成長マインドで受け取るならば、「上司の指摘を次の成長の糧にしよう」「ヒントとして活かせる部分を見つけよう」と、その先の成長につながる要素をいくらでも見つけ出すことができるのです。

これを上司の立場から見るなら、上司としては部下の成長マインドにしっかりと訴え、成長のきっかけやヒントとなるような指摘を、なるべく具体的に提示するよう心掛けるべきだといえます。そうした部下の成長マインドを刺激することで、エンゲージメントをさらに高めることができるようになるのです。

2)「固定マインド」の従業員は、自分を評価する上司しか認めない

給料の面での「成功」を得るために必要なものは、上司の評価です。ある程度真面目に仕事をして、上司に気に入られ、それなりの成果も出していれば、上司は評価をしてくれるはずです。その結果、給料は多少なりとも上がることでしょう。

しかしこの場合、部下が上司に対して抱くのは「この上司は自分を評価してくれる。良い上司だ」という、あくまでも自分の都合に合わせて上司の存在意義を規定したものにすぎません。これを「成長マインド」とは逆の意味の「固定マインド」といいます。

固定マインドは、簡単にいうなら「自分は変わらない」「自分は変われない」という考えを前提に置いた姿勢です。

ここで大切なのは、部下の側がそうした言葉を固定・成長のどちらのマインドで受け取るか、つまり部下側の受け取り方です。

「固定マインド」で受け取ると、上司が良い評価をしてくれたときは「良い上司だ」と思う半面、上司に怒られたときは「この上司とは合わない」「悪いところしか見てくれない」と考えてしまいがちです。これでは、その先の成長につながる要素を何一つつかむことができません。

3 従業員の「成長マインド」の育て方

1)自分の理想像を描き、心から納得できる「目標」を掲げる

成長マインドのトリガーになるのは「目標」です。人は自分がそうなりたいと願う理想像を描き、それを目標として掲げると、現状とのギャップがおのずと浮かび上がり、「そのギャップを埋めよう」というマインドになっていきます。このように目標を掲げることで成長意欲を引き出す手法は、コーチングでもごく一般的なものです。

目標に向かって努力しているのに成長マインドになり切れていない人は、目標と自分のなりたい姿にズレがあるのかもしれません。エンゲージメントを高めるには、自分が心から納得できる目標を掲げることが大切です。

2)「報われない感覚」が成長意欲をそぎ、バーンアウト(燃え尽き症候群)を引き起こす

ストレスなくイキイキと働くためには、労働時間の長さよりエンゲージできているかどうかが大切です。いくら短時間でも仕事がつまらないと感じればストレスがたまり、逆に仕事が楽しければ、多少は長く働いても精神的な疲れが蓄積していくことはありません。ただ、がむしゃらに働いていたのに、ある日突然、風船がしぼむようにして気持ちが萎えてしまうことがあります。いわゆるバーンアウトです。

バーンアウト研究の第一人者であるオランダの心理学者シャウフェリは、バーンアウトの特徴として、「疲労感」「皮肉感(仕事や会社に対する嫌悪感や、それを自覚しつつも働き続ける自分に抱く自嘲的な感覚)」を挙げています。

疲労感や皮肉感を左右する重要なものに、対価・報酬と公平感があります。自分は会社に貢献しているつもりなのに、それに対して正しい対価や報酬が支払われない。この報われない感覚が疲労感や皮肉感のもとになり、成長意欲をそいで、燃え尽き症候群を引き起こすのです。

3)公平で納得感のある評価を行い、フィードバックする

従業員の成長意欲が活発でエンゲージメントが高く、疲弊退場型の退職が少ない会社の多くは、褒める仕組みや納得感のある評価制度が整えられています。

納得感の高い評価制度を導入している会社の一つがグーグルです。どれだけパフォーマンスを出したのかというKPI(重要業績評価指標)も評価対象になっていますが、根底にあるのは、「Googly(グーグルらしさという意味の造語)」の評価だそうです。グーグルらしさに明確な定義はありませんが、話を聞いていると、従業員は個人プレーではなくチームワークを重視して働くことをグーグルらしいと捉えているようです。興味深いのは、それを360度、つまり上司だけでなく、同僚や部下も評価するという点です。例えばチームワークをうまく促せず、メンバーの能力を発揮させられないマネジャーは部下から悪い評価を下されます。上からだけでは一面的になりかねない評価も、360度で見ることでより公平なものになる、という考え方のようです。

そうした評価が全員にフィードバックされることも特徴の一つといわれています。最終的な評価だけが伝えられるのではなく、何がどう評価されたのかを確認できるので、次の年度に改善すべき点がはっきりと分かります。成長マインドを持つ人は、上司から足りない点を指摘されたとき、それを受け止めて理想の自分に近づく努力をすることができるといいました。従業員全員に評価をフィードバックしてくれるグーグルは、成長マインドの人にとって理想の環境といえるでしょう。

従業員が組織に貢献することで、周りから褒められたり正しく評価されたりする仕組みによって、働く人がきちんと報われる感覚を持てれば、バーンアウトするのではなくエンゲージメントの高い状態を保つことができ、さらに組織に貢献してくれます。

褒められたり正しく評価されたりする環境があることは、働く人の成長マインドも促します。一人ひとりが成長マインドで仕事に取り組めば、組織としても成長しやすくなります。マネジメント側の責任は重大です。

【参考文献】

「楽しくない仕事は、なぜ楽しくないのか?」(土屋裕介、小屋一雄、2020年2月)

以上(2021年4月)
(執筆 日本エンゲージメント協会 佐々木拓哉、小屋一雄)

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画像:Gutesa-shutterstock

【2021年版】「補助金」で資金調達する際の大切なポイント

中小企業の支援を目的とする補助金や助成金(以下「補助金」)は、条件が適合すれば支援が受けられるものと、条件には適合しても提案内容が優れていなければ支援が受けられないもの(以下「競争型」)とに分かれます。

新型コロナウイルス感染症の影響から経営環境が大きく変わり、補助金の利用を検討している中小企業も多いと思います。補助金の申請前にその仕組みや申請のポイント、選び方などを押さえておきましょう。特にハードルが高いと感じる方が多いのは、申請書の書き方です。この記事では、申請のポイントとして、審査委員に評価してもらいやすい書き方などを第2章で紹介していますので、ぜひお役に立てれば幸いです。

1 補助金について勘違いしがちなポイント

1)補助金はすぐにはもらえない

国や地方自治体による補助金は、採択されてもすぐにもらえるわけではなく、原則として後払いです。期中に「概算払い」がされるケースもありますが、その場合も通常、対象になるのはその時点で支払い済みの経費です。そのため、事業に必要な資金は、一旦自社で全額を調達しなければなりません。

2)事業の費用を全額賄えない

補助金の採択が決まっても、その事業にかかる費用の全額を賄えることはまれです。補助金には上限額が設定されている、あるいは「事業費の3分の2を補助」といったように、費用の一定割合を補助するケースがほとんどです。そのため、一部の資金は自社で負担しなければなりません。

3)補助金は一切返済不要であるとは限らない

補助金は一切返済不要というイメージがありますが、例外もあります。補助金の中には、「補助金事業終了後の5年間に限り、その事業の成果によって得られた利益が特定の限度を超えた場合、その利益の一部を返済しなければならない」といった規定(「収益納付」といいます)が設けられているものがあります。実際、収益納付をしなければいけないケースは少ないものの、規定の有無は確認しておきましょう。

2 申請のポイント

1)審査基準を意識して申請書を作成

補助金に応募するときには、補助事業を行う目的や、審査基準など補助事業全般について記載されている公募要領を理解することが大切です。公募要領の中で、特に重要になるのは審査基準です。「審査項目」「評価基準」「審査事項」「評価」など色々な表現がありますが、どの公募要領にも必ず記載されています。採択される可能性を高めるために、内容をしっかりと確認しておきましょう。

例えば、審査基準に「技術的課題の解決方法が明確かつ妥当であり、優位性が見込めるか」といったものがあれば、次のように申請書内でこの審査基準に対応することが基本です。表現は審査基準に沿って記載することを意識しましょう。

  • 本計画の技術的課題は1.……、2.……であり、その解決方法は1.……、2.……を予定している
  • 他社の技術と比較して本計画の技術が優れている点は……

上記のように記載すれば審査委員も評価がしやすく、審査基準に関係する記載が曖昧な申請書と比べて有利になると考えられます。逆に、審査基準を意識せずに申請書を作成すると、一部の審査基準に関する記載が漏れてしまったり、不明瞭になってしまったりすることがあります。この場合、事業内容自体は優れていても、高い評価を得られないことがあるので注意しましょう。

2)読みやすさ・分かりやすさが大切

補助金の審査は、申請書に書かれた文章で評価されます。その文章は審査委員を担う「人」が読むものなので、読みやすさは採否を決める大きな要素となります。とはいえ、プロの小説家のような高度なテクニックが必要というわけではありません。審査委員が事業の全体像をイメージできるようなものであれば十分です。

また、審査委員は限られた時間の中で、定められた審査基準に対応する部分を確認しながら、申請書を読みます。そのため、申請内容を分かりやすく伝えるための写真やグラフなどのビジュアル素材を活用すると効果的です。とりわけ専門分野の説明は、文章だけで表現してもなかなか理解してもらうのは難しいでしょう。例えば、生産工程の一部分を新たな技術に変更するなど、文章だけでは意図を正確に伝えるのが困難な場合でも、全体図を示しながら、変更する工程を「この部分」と枠で囲んで示せば一目瞭然です。ビジュアル素材をできるだけ利用して、「一目で理解できる」申請書を作成しましょう。

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3 「競争型」補助金の選び方

最後に、補助金の選び方についてお伝えします。自社に適した補助金を見つけるために、補助金の利用を検討している商品・サービスの内容や必要な費用などを明らかにすることが重要です。例えば、新商品・新サービスの開発資金に利用したい場合、具体的な構想を立て、その実現に必要な開発費用やスケジュールを明確にしましょう。こうすることで、補助金を絞り込みやすくなります。

実際に補助金を探す際は、次に紹介するような公的機関が運用している補助金検索サイトを利用するとよいでしょう。いずれも地域や利用目的などの条件を選んで検索できるので、「東京都の設備導入に関する補助金」のような絞り込みが可能です。

●J-Net21(中小企業基盤整備機構)
https://j-net21.smrj.go.jp/

●ミラサポplus(中小企業庁)
https://mirasapo-plus.go.jp/

また、現在公募中の補助金だけでなく、公募期間が終了している補助金も確認することをお勧めします。今年度の公募が終了後も情報が公開されたままになっている補助金は、来年度以降も繰り返し公募されることがあるからです(ケース・バイ・ケースなので、詳細は補助金の担当部署にご確認ください)。

興味のある補助金を見つけたら、必ず補助金の額を確認しましょう。ポイントは、自社が必要とする額と補助金の額に大きな差がないものを選ぶことです。例えば、設備投資として3000万円が必要なのに、補助金上限が300万円だとあまりに資金が足りません。逆に、自社が必要なのは300万円なのに、補助金上限が3000万円という場合、採択される可能性が低くなる恐れもあります。一般論ですが、補助金上限が高い場合は、より競合が激しくなると思われるからです(例:より技術水準の高い企業が申し込みをする可能性が高まるためです)。

なお、補助金は公募期間が終了してもすぐに採否の結果が出ません。一例ですが、採択通知まで2カ月以上を要する場合があり、さらにその後、補助金額の適正を確認する「交付審査」というプロセスもあります。この結果「補助事業期間」の開始、すなわち発注したものが補助金の対象となる期間までに、公募期間終了より3カ月以上かかることもあるので注意が必要です。

以上

(監修 株式会社アライブビジネス)

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