【オーナー企業の事業承継(5)】承継のタイミングと承継対策

1 自社株式を承継するタイミング

自社株式の後継者への承継(移転)において、移転の際に課される税金は、承継に係るコストになります。このコスト(税額)は自社株式の評価額によって左右されるため、

評価額が下がるタイミングを逃さずに自社株式を承継(移転)すること

が、効率的な事業承継を実現するための大切なポイントになります。

なお、自社株式の評価の算定式については、次の記事をご参照ください。

2 自社株式の評価が下がるタイミングとは

自社株式の評価の算定式から見ると、評価が下がるのは、次のタイミングとなります。

  • 純資産価額が減る
  • 類似業種の株価が下がる
  • 配当が下がる
  • 利益が減る
  • 会社の規模が大きくなる:類似業種比準価額<純資産価額の場合
  • 会社規模が小さくなる:類似業種比準価額>純資産価額の場合

また、会社の業績面・保有資産面から見た株価評価が下がるタイミングは次の通りです。

株価評価が下がるタイミング

つまり、

  • 会社の業績:業績が悪くなると評価は下がる
  • 会社の保有資産:不動産投資をすると時価(投資額)に比べて相続税評価額の評価が大きく下がることがある

とまとめることができます。特に賃貸用建物は建築価額に対して相続税評価額は半分以下になることもあります。

3 自社株式の相続税評価額が、どのくらい下がるのか?

1)ケースごとの相続税評価額の計算例

ここでは、次の前提条件を基に、「利益が50%減少し、同額の純資産が減少したケース」と「前提条件と利益その他の条件は変わらないが、従業員数の増加により企業規模が『中会社の大』から『大会社』となったケース」で、相続税評価額にどのような違いが生じるのかを紹介します。まずは、次の前提条件下で相続税評価額がいくらになるのかを計算します。

前提条件

前提条件下における自社株式の相続税評価額は次の通りです。

相続税評価額

2)利益が50%減少し、同額の純資産が減少したケース

利益が50%減少し、同額の純資産が減少したケースにおける自社株式の相続税評価額は次の通りです。

相続税評価額

3)前提条件と利益その他の条件は変わらないが、従業員数の増加により企業規模が「中会社の大」から「大会社」となったケース

利益その他は変わらないが、従業員数の増加により企業規模が「中会社の大」から「大会社」となったケースにおける自社株式の相続税評価額は次の通りです。

続相税評価額

4 中小企業投資育成株式会社を活用した事業承継対策

1)投資育成会社を活用した事業承継対策の仕組み

投資育成会社(正式には「中小企業投資育成株式会社」)とは、「中小企業投資育成株式会社法」に基づき設立された、中小企業の自己資本の充実と健全な経済成長支援を目的として活動する公的な投資機関です。

投資育成会社を活用した事業承継対策の流れは次の通りです。

事業承継対策の流れ

2)投資育成会社を活用した事業承継のメリット

投資育成会社を活用した事業承継のメリットは次の通りです。

  • 投資育成会社が新株を引き受ける場合は、次の算式で表される独自の評価方法によって計算した価額で第三者割当増資が行われ、税務上も適正な価額として取り扱われる。

事業承継のメリット

  • 新株引受価額が従来の相続税評価額よりも低い場合は、増資後の株価が引き下げられ、株式移転に係る税負担が軽減される。
  • 公的機関が株主になるため、対外的な信用力が高まる。
  • 投資育成会社は原則として当該会社の経営陣の判断を尊重するため、経営自体に対する影響が少ない。

3)投資育成会社を活用した事業承継のデメリット

投資育成会社を活用した事業承継のデメリットは次の通りです。

  • 投資育成会社の出資は、原則として新株発行によるため、オーナー所有の株式を直接、譲渡することができない(ただし、自己株式として保有している自社株式の引き受けは可能)。
  • 増資に伴う資本金、資本金等の額の増加により、法人税等の税負担が増加する可能性がある。
  • 投資育成会社の出資に当たっては、当該会社の業績や株式の種類(普通株式もしくは配当優先株式)などによって異なるものの、継続的に安定的な配当を期待されるため、配当方針には配慮が必要となる。
  • 投資育成会社に対しては、定時株主総会の開催前に決算内容の開示と説明が必要となるため、事務負担が増える可能性がある。
  • 投資育成会社が投資した株式を買い取る場合には、原則、出資時と同じ方法により算出された買い取り時点での価額での取引となるため、業績の動向によっては出資時よりも高額の評価額となり、買い取り資金が負担となるケースもある。

5 役員退職金を活用した事業承継対策

1)役員退職金を活用した事業承継対策の仕組み

オーナーが退任し、代表取締役の地位を後継者に譲り役員退職金の支給を受けます。一般的には、この役員退職金の支給は多額の現金支出を伴うため、

内部留保の取り崩しにより純資産が減少し、自社株式の純資産価額が引き下げ

られます。また、併せて多額の損失が計上されるため、

利益の圧縮により類似業種比準価額も引き下げ

ることができます。この自社株式の評価額が下がったタイミングで、贈与や譲渡などにより後継者に自社株式を移動することにより、後継者への円滑な自社株式の承継が可能となります。役員退職金を活用した事業承継対策の流れは次の通りです。

事業承継対策

2)役員退職金を活用した事業承継対策のメリット

役員退職金を活用した事業承継対策のメリットは次の通りです。

  • オーナーの退任と役員退職金の支給により後継者へのバトンタッチを明確にし、後継者に経営者としての自覚を促すことができる。
  • オーナーの退任と株式の移動をセットで行うため、対外的にも説明がつきやすい。
  • 役員退職金は受け取るオーナーの税負担が少ないため、オーナーの手元に多額の現金が残り、その資金を相続税の納税資金や遺留分対策に活用することができる。なお、退職所得に係る税額は次の通り。

事業承継対策

3)役員退職金を活用した事業承継対策のデメリット

役員退職金を活用した事業承継対策のデメリットは次の通りです。

  • 役員退職金を支給するための多額の資金を調達する必要がある。
  • 役員退職金を受け取ったオーナーは経営の第一線から退く必要がある。
  • 役員退職金の支給による株価の引き下げ効果が最もあるのは役員退職金を支給した次の決算期中の1年間だけであり、この期間を過ぎると効果は半分以下に減ってしまう可能性がある。
  • 著しく高額な役員退職金の場合は、過大役員退職金として、法人税の損金に算入できない恐れがあるので、役員退職金規程の整備や株主総会での決議などの手続きを確実に行っておく必要がある。なお、一般的な役員退職金の算定方法は次の通り。

a.功績倍率法:最終報酬月額×在任年数×功績倍率(+功労加算)

b.1年当たり平均額法:比較法人の1年当たり平均役員退職金額×在任年数

c.役位別定額法:役位別定額×役位在任年数

実務上はaの功績倍率法を採用する企業が多いようですが、最終的に適正な役員退職金の水準は、支給金額ともろもろの事情(法人の業務に従事した期間、退職の事情、その法人と同種の事業を営む法人で、その事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況など)を加味した実態で判断することとなり、この水準を著しく上回る場合には、過大役員退職金と判定されることがあります。なお、役員退職金に係る課税イメージは次の通りです。

課税イメージ

4)役員退職金活用による事業承継対策の盲点

役員退職金の支払いによって株価が下がったタイミングで自社株式を後継者に承継するという方法は、よく実施される事業承継対策の基本パターンともいえる手法です。ここでは役員退職金の支払いに係る実務上の盲点について紹介します。

オーナーとしては「自分が心血を注いでここまで会社を大きくしてきたのに、思ったほど役員退職金をもらうことができない」と感じてしまうケースも少なくありません。

このような場合、

往々にしてオーナー自身(あるいは顧問税理士)が「役員退職金の支払限度額=法人税の損金算入限度額」という考えにとらわれていること

があります。これが役員退職金の支払いに係る実務上の盲点なのです。

会社の資金繰りに問題がある場合は別として、もう少し柔軟に役員退職金の限度額について考えたほうがよいかもしれません。つまり、役員退職金の額はオーナーの会社経営に関する通信簿なので、

「法人税法に過度にとらわれることなく、有税扱いされる部分が生じても構わない」

という考え方です。

まさにオーナーが心血を注いで育て上げた高収益事業と、その財産に対する功績が認められるのであれば、事業の存続・承継に無理のない範囲内で、いわゆる「過大役員退職金」に伴う法人税を納めることをよしとする考え方があってもおかしくはないのです。

役員退職金は「次にやりたい事業に投資する」「第二の人生を謳歌する」「社会貢献」「個人の資産形成」「相続税の納税準備」など、受け取るオーナーのライフステージに応じて、その使途はさまざまです。

このようにオーナーの退職後の人生設計について、法人税の観点からだけでその思いに壁を作ることなく、今までの会社への貢献を考慮した上で、自信を持って役員退職金額を決めることも大切になります。

以上(2025年8月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:soo hee kim-shutterstock

【オーナー企業の事業承継(4)】自社株式の承継方法「譲渡」と「贈与」

1 自社株式の承継方法

事業承継では、自社株式の後継者への承継(移転)が大きなポイントとなります。

相続以外で自社株式を後継者に承継する方法は、大きく「譲渡」と「贈与」に分かれます。なお、相続による承継はオーナーの死亡が伴うため、「時期を選べない」「他の相続人との調整が必要となる」などの問題があります。よって、適宜の時期に円滑に自社株式を移転するためには、後継者に対して株式を有償で承継するか(譲渡)、無償で承継するか(贈与)を検討する必要があります。

この記事では、自社株式の「譲渡」および「贈与」による承継方法に関する検討ポイントを紹介します。

2 譲渡による承継と贈与による承継

1)譲渡による承継

譲渡による承継とは、後継者がオーナーから有償で自社株式を買い取ることをいいます。譲渡による承継(イメージ)は次の通りです。

譲渡による承継

オーナーは通常、換金しにくい自社株式を現金化することができるため、その資金を老後資金や相続税の納税資金の備えとすることができます。しかし、通常オーナーの保有する自社株式の取得価額は低いため、売却価額との差額(売却益)に譲渡所得として税金が課されます。

一方、後継者としては、取得資金の調達が問題となります。通常、業歴が長く内部留保の多い会社は株価も高く購入資金が多額となります。そのため、銀行借り入れなどを活用することとなりますが、担保、返済資金の確保などを検討する必要があります。また、この記事では詳細の説明は省略しますが、後継者個人で自社株式を購入するのではなく、後継者を株主とする持株会社を設立して取得する方法もあります。

2)贈与による承継

贈与による承継とは、贈与者(オーナー)と受贈者(後継者)がお互いに合意の上、株式を無償で与えることをいいます。贈与による承継(イメージ)は次の通りです。

贈与による承継

譲渡による承継と比較すると、オーナーは資金を一切受け取ることはできませんが、オーナーが所有する資産が減少し、後の相続時の相続財産の圧縮につなげることができます。また、後継者は取得資金ほど多額の資金を調達する必要はありませんが、納税資金の確保を検討する必要があります。

このため保険や金庫株(自己株式)を活用した納税資金の確保や納税猶予制度の活用に加えて、次の贈与税の実効税率表を参考にして、暦年贈与により基礎控除をフル活用しながら時間をかけて贈与することで、贈与税額の負担を軽減させることも一法です。

実効税率表

例えば、5000万円を一括して子(成人)に贈与した場合と、500万円ずつ10年間かけて子(成人)に贈与した場合の贈与税の負担は次のような差が生じます。

  • 5000万円を一括して子に贈与した場合の贈与税額:2049.5万円
  • 500万円ずつ10年間かけて子に贈与した場合の贈与税の合計額:48.5万円×10年=485万円
  • 差額:2049.5万円-485万円=1564.5万円

3)「譲渡」と「贈与」による承継の検討ポイント

1.譲渡か? 贈与か?

上記の通り自社株式の承継については、その方法ごとに承継側(後継者)、被承継側(オーナー)それぞれにメリット・デメリットがあることから、双方の財産保有状況、資金力と税負担額などのコストを比較して検討することとなります。

自社株式移転方法の比較(相続を含む)は次の通りです。なお、これらの判断には専門的な知識などが必要になるため、税理士や公認会計士などの専門家の意見を参考に検討するようにしましょう。

自社株式移転方法の比較

2.株価対策

譲渡した場合の譲渡所得や贈与した場合の贈与税は、株式の評価額(株価)に応じて算出されるため、株価が下がれば課税負担が軽減されます。また、この記事では詳細の説明は省略しますが、役員退職金の支払いや中小企業投資育成株式会社引き受けによる増資などの株価対策も参考にして、承継の時期などを検討してください。

3.経営権の移転対応

自社株式の承継が行われると財産権とともに会社の経営権も移転します。自社株式の承継時点では、後継者に全ての経営判断を任せることが難しい場合などには、種類株式や信託などを活用して、経営権の移転を一定期間留保することで、経営の安定化を図ることも重要です。

3 譲渡における株価について

1)株価算定上の留意点

自社株式の譲渡においては、利益が相反する純然たる第三者間の取引では、お互いに合意した価格が「時価」とみなされるため、価格の算定に関する課税上の問題が生じる可能性は低いといえます。

一方、第三者間の取引に該当しない場合(同族関係者間の取引の場合)は、お互いに合意した価格には客観性が乏しく、適正な価格で取引されないこともあり得ます。そのため、後述する低額譲渡や高額譲渡と認定されると、売り主・買い主の双方、あるいは当事者のいずれかが法人の場合には、その法人の個人株主に対しても「みなし贈与」などの課税が生じる可能性があります。

2)自社株式(非上場株式)の適正価格

一般的に非上場株式の同族関係者間の取引の場合は、次の方法により計算した価格をもって取引を行うこととされています。実際の取引に当たっては、それぞれの取引と適正価格を整理して低額譲渡や高額譲渡の問題も考慮した上で、具体的な取引価格を決定します。

自社株式(非上場株式)の適正価格

1.財産評価基本通達に基づく適正価格の算定

同族株主は原則的評価方式により評価します。原則的評価方式では会社規模に応じて類似業種比準方式または純資産価額方式を基礎として計算します。

また、同族株主以外の株主は、例外的評価方式により評価します。例外的評価方式は配当還元方式により計算します。

なお、自社株式の評価方式に関する詳細については、以下のコンテンツをご参照ください。

2.法人税基本通達に基づく適正価格の算定

課税上の弊害がない限り、上記の財産評価基本通達による計算に次の制限を加えて計算します。

  • 当事者が中心的な同族株主(注)に該当するときは「小会社」として計算する。
  • 純資産価額方式の計算上、土地または上場有価証券については時価による。
  • 純資産価額方式の計算上、37%控除はしない。

(注)中心的な同族株主とは、同族株主のうち1人並びにその株主の配偶者、直系血族、兄弟姉妹および1親等の姻族(特殊関係会社を含む)の有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の25%以上である場合の当該株主をいいます。

3.所得税基本通達に基づく適正価格の算定

課税上の弊害がない限り、上記の財産評価基本通達による計算に次の制限を加えて計算します。

  • 同族株主の判定は当該譲渡または贈与直前の議決権の数による。
  • 当事者が中心的な同族株主に該当するときは「小会社」として計算する。
  • 純資産価額方式の計算上、土地または上場有価証券については時価による。
  • 純資産価額方式の計算上、37%控除はしない。

3)低額で譲渡した場合の課税関係

適正時価に比べて低額で譲渡した場合の売り主・買い主双方の課税関係は、当事者が個人か法人かに応じて次の通りとなります。

低額で譲渡した場合の課税関係

低額で譲渡した場合の課税関係

4)高額で譲渡した場合の課税関係

適正時価に比べて高額で譲渡した場合の売り主・買い主双方の課税関係は、当事者が個人か法人かに応じて次の通りとなります。

高額で譲渡した場合の課税関係

高額で譲渡した場合の課税関係

4 名義株について

1)名義株の問題点

名義株とは、名義が本来の所有者とは異なっている株式で、将来、本来の所有者が株主であるとみなされる株式のことをいいます。

名義株の問題点としては、名義株の処理がされないまま名義人が死亡し、その法定相続人によって株式が相続された場合、会社経営に全く関係のない第三者に議決権が渡ることになります。もし、その第三者の議決権比率が高い場合には経営上重大なリスクとなることがあります。

2)名義株を集約するための2つの対処法

1.資金負担を伴わない処理

名義株主と本来の所有者が「名義株式である旨の確認書」を作成し、株式の名義を本来の所有者名義に変更します。

2.資金負担を伴う処理

名義株主を本来の所有者と考えて次のような対応を取ります。

  • 「株式贈与契約書」または「株式売買契約書」を作成し、株式の名義を本来の所有者名義に変更する。
  • 金庫株(自己株式)として株式を買い取る。
  • 後継者あるいは後継者の出資する持株会社で株式を買い取る。

3)対応のポイント

名義株の対応は各株主の収入や保有財産の状況が異なることから、買い取りの時期や金額などの具体的な交渉には注意が必要です。

また、各株主とのコミュニケーションを考えると、問題を先送りせず、現オーナーが健在なうちに早期に対処することが必要です。

以上(2025年8月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:soo hee kim-shutterstock

【中堅社員のスピーチ例】チームで支える休暇取得のススメ

【ポイント】

  • 周りに遠慮して、休みを取らないようにしている人がいるかもしれない
  • 不安を払拭するためには、「自分がいないと仕事が回らない」という状況を避ける
  • 業務の見える化やお互いの声掛けで、柔軟で休暇を取りやすいチームを目指そう

おはようございます。夏真っ盛りのこの時期、休暇を取得してリフレッシュを考える人もいるでしょう。一方で、皆さんの中には、「今、休んでしまうと業務が滞るのではないか」「周りに迷惑が掛からないだろうか」などの不安から、周りに遠慮して休みを取らないようにしている人もいるかもしれません。

そのような不安を払拭するためには、「自分がいないと仕事が回らない」という状況をつくらないことが大切です。自分がいないと仕事が回らない状況は、一見すると自分がチームにすごく貢献しているように思えるかもしれません。しかし、それは同時に、チームが特定の個人に依存している状態ともいえます。これは健全な状態ではありませんし、自分自身が「いざというときに周囲のサポートを当てにできない」という気持ちになってしまいます。

こうした状況に陥らないためには、日ごろから自分が担当している業務の進捗を、他の人でも理解できるようにしておくことがあります。例えば、プロジェクト管理ツールなどで自分の仕事の進捗を他の人でも見えるようにするといった方法があります。また、ルーティーン業務や複雑な業務は、手順書を用意して他の人にもできる状態にするとよいでしょう。これによってチーム全体の多能工化が進み、予期せぬ事態にも柔軟に対応しやすくなります。

併せて、周囲のメンバーが「誰かが休んでも、迷惑は掛からない」と安心できるような雰囲気づくりも肝心です。「〇〇さん、この件で困っていることはないですか?」「何か手伝えることはありますか?」など、普段から周囲の状況に気を配り、声を掛け合うことで、お互いに助け合える関係性ができあがります。

いかがでしょうか? 休暇の取得は個人のプライベートの充実だけでなく、業務効率やパフォーマンス維持のためにも重要です。日ごろから業務の見える化やお互いの声掛けで、柔軟で休暇を取りやすいチームを目指しましょう!

以上(2025年8月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

イベントレポート「Femtech Japan2025/Femcare Japan 2025」2025/7/10開催

2025年7月10日木曜日、アニヴェルセル表参道にて、

Femtech Japan 2025/Femcare Japan 2025

が同時開催されました。

Femtech Japan 2025

本イベントは、同イベント実行委員会が主催する、フェムテック(女性の健康課題をテクノロジーで解決する製品やサービス)、フェムケア(女性の健康やライフステージに特化した製品やサービス)の展示会です。

Femtech Japan 2025/Femcare Japan 2025のテーマは、「表参道で日本らしいフェムテック・フェムケアを」。当日は40以上のブースで各社の製品・サービスが紹介され、会場は大盛況!

Femtech Japan 2025

Femtech Japan 2025

Femtech Japan 2025

また、セミナースペースでは、今回が初回となる、Femtech Japan Innovation Pitchも開催されました。これは、 20社・団体を超える製品・サービスのサプライヤーが、フェムテック・フェムケアに関する熱のこもったピッチを行うコンテストです。

壇上では、生理や子宮頸がんなどのフィジカルな課題を解決するものから、精神的なサポートまで。革新的なイノベーションが、サプライヤーによって活き活きと発表されていました!

Femtech Japan 2025

Femtech Japan 2025

中小企業がフェムテック・フェムケアに関する製品やサービスを導入するメリットとして、まず、

女性の健康課題を緩和することで、パフォーマンスの向上や離職率低下に繋がる

ことがあげられます。また、「女性を大切にする企業」ということで、従業員満足度や企業イメージの向上にも繋がっていくでしょう。

現在、政府や自治体からの支援策も活用できるため、導入ハードルも下がりつつあります。例えば、

  • 女性用トイレに生理用品を常備する
  • 生理に関する研修制度を利用する(生理用品メーカーなどが実施)

など、些細なことからフェムテック・フェムケアを始めるのを検討するのも、企業が社会的に前進するための第一歩となり得るのです。

企業における「生理」の悩みについてのコンテンツはこちら

以上(2025年7月作成)

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画像:日本情報マート

【オーナー企業の事業承継(3)】 自社株式の評価と相続税額の把握

1 事業承継や相続における現状分析と問題点の把握

事業承継や相続に関する検討の第一歩は、現状分析と問題点の把握です。ここでいう現状分析とは事業自体が継続できるかどうか、また後継者の有無に加えて、株主構成、経営権の承継に関する問題点、自社株式の評価額、オーナーに万一のことがあった場合の相続税額の把握などが含まれます。

2 自社株式の評価方法

1)評価方法

相続税や贈与税の計算上、自社株式の評価は財産評価基本通達に基づき、次のいずれかの方法で行います。

  • 「同族株主」間の相続や贈与の場合:原則的評価方式
  • 上記以外の少数株主の場合:例外的評価方式

2)同族株主の判定

原則的評価方式が適用される「同族株主」とは、

株主の1人とその同族関係者(詳細は後述)の保有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の30%以上である場合の、その株主とその同族関係者

をいいます。

ただし、株主の1人とその同族関係者の保有する議決権の合計数の最も多いグループが、その会社の議決権の50%超を保有している場合には、その50%超の議決権を保有する同族関係者グループだけが「同族株主」となり、その他の株主グループが30%以上の議決権を保有していたとしても「同族株主」とはなりません。

3)同族関係者とは

「同族関係者」とは株主の1人と特殊な関係のある個人または法人(判定しようとする会社の株主の1人が他の会社を支配している場合における当該他の会社)をいいます。なお、特殊な関係のある個人とは次に掲げる者などをいいます。

  • 株主などの親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族)
  • 株主などの使用人
  • 株主などと婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者

なお、「原則的評価方式」が適用となる株主は、上記の「同族株主」がいる場合の他、他の「同族関係者」グループの議決権割合に応じて、さまざまな場合に該当する可能性があります(末尾に参考資料を添付)。

実際の評価方法の判定に当たっては税理士、公認会計士などの専門家に助言を求めるようにしてください。

3 原則的評価方式による評価

1)原則的評価方式のフロー

原則的評価方式は会社規模などにより、

  • 類似業種比準方式
  • 類似業種比準方式と純資産価額方式の折衷方式
  • 純資産価額方式

で評価する方法をいいます。なお、原則的評価方式による評価は、

  • 会社規模の判定
  • 特定会社の判定
  • 株式の評価方式の決定

の順に行います。原則的評価方式のフローは次の通りです。

原則的評価方式のフロー

2)会社規模の判定

会社規模は、評価する株式を発行した会社(以下「評価会社」)の「従業員数」「総資産価額」「取引金額(売上高)」により判定し、「大会社」「中会社の大・中・小」「小会社」に区分します。

  • 従業員数が70人以上の評価会社は、「大会社」に該当します。
  • 従業員数が70人未満の評価会社は、次の(図表2)に基づき、「取引金額基準」「従業員数を加味した総資産基準」で、それぞれ会社規模の判定を行い、いずれか大きいほうの会社規模を採用します。

会社規模の判定

例えば卸売業で「取引金額」6.5億円、「従業員数」51人、「総資産価額」5億円の会社は「取引金額基準」では「中会社の中」となり、「従業員数を加味した総資産基準」では「中会社の大」となり、会社規模の判定は大きいほうの「中会社の大」に該当します。

3)特定会社の判定

評価会社が次の特定会社に該当する場合は、一般の評価会社とは資産の保有状況や営業の状況が異なるため、後述の評価方式の決定にかかわらず、原則として「純資産価額方式」により株価を計算することとなります。通常は「純資産価額方式」によって計算すると株価が高くなるケースが多いため、十分な注意が必要です。

1.株式保有特定会社

株式保有特定会社とは、評価会社の相続税評価額による総資産のうち、保有する株式および出資(以下「株式等」)の価額の合計額の占める割合が50%以上の会社をいいます。

2.土地保有特定会社

土地保有特定会社とは、評価会社の相続税評価額による総資産のうち、保有する土地などの価額の合計額の占める割合が次に該当する会社をいいます。

土地保有特定会社

3.比準要素数1の会社

比準要素数1の会社とは、類似業種比準方式の計算の基となる1株当たりの「配当」「利益」「純資産」の3つの要素の直前期における金額のうち、いずれか2つの要素の金額がゼロまたはマイナスであり、かつ直前々期における2つ以上の要素の金額がゼロまたはマイナスである会社をいいます。

4.開業後3年未満の会社

課税時期において開業後3年未満の会社をいいます。

5.比準要素数0の会社

比準要素数0の会社とは、類似業種比準方式の計算の基となる1株当たりの「配当」「利益」「純資産」の3つの要素の直前期における金額が、いずれもゼロまたはマイナスである会社をいいます。

6.清算中の会社

7.開業前または休業中の会社

4)株式の評価方式の決定

上記の特定会社に該当しない場合は、会社規模に応じて評価方式を決定します。評価方式の決定は次の通りです。

株式の評価方式の決定

5)類似業種比準方式

1.類似業種比準方式の計算

類似業種比準方式とは、評価会社の1株当たりの「配当」「利益」「純資産」の3要素を基準にして、類似する業種の上場会社の株価に比準して株価を計算する評価方式です。類似業種比準方式の計算方法は次の通りです。業種および比準する株価等の数値は国税庁が公表する「類似業種比準価額計算上の業種目及び業種目別株価等」から選定します。

類似業種比準方式の計算

2.類似業種比準方式の計算上の留意点

類似業種比準方式の計算上の留意点は次の通りです。

  • 3つの要素の金額は原則として直前期、直前々期の平均数値を使用します。従って評価額には株式相場の水準に加えて、評価会社の決算での業績が影響を与えます。
  • 比準する類似業種の数値に対して自社の3つの要素が高い場合は、自社株の評価額も高くなります。
  • 業種目は評価会社の主たる業種目により判定します。複数の業種目を兼業している場合は、単独の取引金額が50%を超える業種目により判定します。
  • 計算に用いる「配当」「利益」は経常的なものに限ります。そのため、「配当」については特別配当や記念配当などの将来毎期継続することが予想できない金額は除いて計算します。

また、「利益」については固定資産売却益や保険差益といった非経常的な利益は除いて計算します。この場合、非経常的な利益より非経経常的な損失が大きいときは、非経常的な利益はゼロとして計算します。

6)純資産価額方式

1.純資産価額方式の計算

純資産価額方式は、会社の資産の額から負債の額を控除した純資産価額を自社株式の価値とする方式です。これは会社の清算価値に着目した評価方式ともいえます。純資産価額方式のイメージ図と計算方法は次の通りです。

純資産価額方式のイメージ図

計算方法

2.純資産価額方式の計算上の留意点

純資産価額方式の計算上の留意点は次の通りです。

  • 長期に滞留している不良資産や含み損を抱えた遊休資産について、税法上認められる範囲で除却することにより、評価を引き下げることができます。
  • 相続税評価上、資産内容を時価よりも評価を引き下げられるような不動産などの資産に組み替えることも、評価の引き下げに効果があります。ただし、評価時点から3年以内に取得した不動産については取引価額での評価となるため、組み替え後3年を経過しないと、引き下げの効果は得られないため注意が必要です。

4 例外的評価方式による評価

同族株主以外の株主や同族株主のうち少数の株式を有している株主が取得した株式については、会社の規模にかかわらず、例外的評価方式である配当還元方式により株式評価を行います。配当還元方式の計算方法と計算例は次の通りです。

例外的評価方式による評価

5 相続税の計算

1)相続税の計算フロー

相続による自社株式の承継に係る相続税は、承継のためのコストと捉えることができます。また、相続税の納付は原則金銭による一括納付が原則ですが、これを納付期限である相続発生後10カ月以内に納付することが必要となりますので、相続税の納付資金をあらかじめ用意しておくことは、スムーズな事業承継を進めるための第一歩ともいえます。それには、オーナーに万一のことが発生した場合に必要となる相続税額を、大まかにでも把握しておくことが大切です。相続が発生した場合の相続税の計算フローは次の通りです。

相続税の計算フロー

1.課税遺産総額の計算

土地、建物、現預金といったプラスの財産の評価額の合計額から、借入金や未払金などのマイナスの財産および葬式費用の合計額を差し引いた正味の遺産額から基礎控除額(3000万円+(600万円×法定相続人の数))を引いた額が課税遺産総額となります。課税遺産総額の計算(イメージ)は次の通りです。

課税遺産総額の計算

法定相続人は、民法で範囲が決められていて、次のような相続人の順番になっています。

  • 第1順位:配偶者と子
  • 第2順位:配偶者と直系尊属(被相続人の父母)
  • 第3順位:配偶者と兄弟姉妹

また、遺言などにより相続分の指定がない場合の共同相続人の順位と相続分は次の通りです。なお、配偶者は常に相続人となります。

相続分の指定がない場合の共同相続人の順位と相続分

2.相続税総額の計算

算出した課税遺産総額を、いったん法定相続分で分割したものと仮定して、各相続人の相続分を算出し、これに相続税率を乗じて計算した税額の総額が相続税総額となります。なお、相続税総額を計算する際は、次の速算表を参考にするとよいでしょう。

相続税総額の計算

3.各人の相続税額の計算

上記で算出した相続税総額に実際の各人の取得割合を乗じて相続税額を算出します。

各人の相続税額の計算

2)相続財産について

次の財産については、相続が発生した時点で被相続人が保有していた財産に加算されて相続財産となりますので、注意が必要です。

1.一定の贈与財産

次の一定の贈与財産は、相続財産とみなして相続税が課されます。

  • 相続開始前3年以内(2024年1月1日以降に発生した相続については、3~7年以内に段階的に延長)の暦年課税贈与財産
  • 相続時精算課税制度により贈与された財産(2024年1月1日以降に発生した相続については、相続時精算課税制度を選択した上で行った贈与のうち、毎年110万円までの贈与は相続財産に含まれません)
  • 贈与税の納税猶予制度により贈与された非上場株式

2.みなし相続財産

次の財産は民法上では受取人固有の財産ですが、相続税法上では相続財産とみなして相続税が課されます。なお、生命保険金と退職手当金については、それぞれ「500万円×法定相続人の数」を非課税財産として控除することができます。

  • 死亡保険金(生命保険・損害保険)
  • 死亡後3年以内に支給が確定した退職手当金
  • 生命保険契約に関する権利

6 (参考資料)同族株主のいない場合の評価方法の選定フロー

同族株主のいない場合の評価方法の選定フローは次の通りです。

同族株主のいない場合の評価方法の選定フロー

7 (参考資料)同族株主のいる場合の評価方法の選定フロー

1)筆頭株主グループの議決権割合が30%以上50%以下の場合

同族株主のいる場合の評価方法の選定フロー(筆頭株主グループの議決権割合が30%以上50%以下の場合)は次の通りです。

同族株主のいない場合の評価方法の選定フロー

2)筆頭株主グループの議決権割合が50%超の場合

同族株主のいる場合の評価方法の選定フロー(筆頭株主グループの議決権割合が50%超の場合)は次の通りです。

同族株主のいない場合の評価方法の選定フロー

以上(2025年8月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:soo hee kim-shutterstock

【賃金データ集】雇用形態別のモデル支給額

【賃金データ集】シリーズとは?

【賃金データ集】シリーズは、基本給や諸手当など賃金の主要な構成要素ごとの近年のトレンドを、モデル支給額を中心とした関連データとともに紹介します。経営者や実務家の方々が賃金支給水準の決定や改定を行う際の参考としてご活用ください。なお、モデル支給額などのデータを紹介する際は、基本的に出所に記載されている用語を使用するものとします。また、データは公表後に修正されることがあります。

この記事で取り上げるのは雇用形態別の「基本給」「賞与・期末手当」です。

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なお、以降で紹介する図表データのExcelファイルは、全てこちらからダウンロードできます。

こちらからダウンロード

1 雇用形態の概要

企業が労働者を雇用する際の労働条件(特に雇用契約の期間)の違いによる類型を、「雇用形態」と呼びます。一般的に、雇用形態は次のように大別されます。現在は、同一労働同一賃金の議論に見られるように、非正規雇用労働者の待遇改善が進められています。

  • 雇用契約期間に定めがなく、フルタイムで働く「正社員」(正規雇用労働者)
  • 正社員以外の「パート等」(非正規雇用労働者)

2 雇用形態別の労働者数

 総務省「労働力調査」では、非正規雇用労働者を「パート・アルバイト、労働者派遣事業所の派遣社員、契約社員・嘱託、その他」に分類して集計しています。非正規雇用労働者数は、2024年時点で2126万人です。その中心はパート・アルバイトで、2024年は1502万人となっています。

また、現状、労働者の65歳までの就労機会を確保するための措置を講じることが企業に求められていますが、2021年4月1日より、改正高年齢者雇用安定法が施行され、企業は希望する従業員に、70歳まで働く機会を与える努力義務を負うことになりました。今後は契約社員・嘱託などがさらに増加するかもしれません。

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3 厚生労働省の統計資料による短時間労働者のモデル支給額

ここでは、厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査」より、短時間労働者のモデル支給額を紹介します。

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4 厚生労働省の統計資料による派遣労働者のモデル支給額

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5 情報インデックス(この記事で紹介したデータの出所)

この記事で紹介した統計資料は次の通りです。調査内容は個別のURLからご確認ください。なお、内容はここ数年の公表実績に基づくものであり、調査年(度)によって異なることがあります。

■労働力調査■
https://www.stat.go.jp/data/roudou/

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■賃金構造基本統計調査■
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html

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■労働者派遣事業の事業報告の集計結果■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000079194.html

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以上(2025年8月更新)

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画像:ChatGPT

【事業承継】M&Aを活用するメリットと実務

1 事業承継でM&Aを活用する4つのメリット

事業承継におけるM&A(企業の合併・買収)とは、

主に第三者である他の企業や投資ファンドなどが、承継対象会社の株式や事業を取得すること

をいいます。

近年、従業員数が数名の零細企業のM&Aも頻繁に行われており、中小企業のM&Aが一般化しています。M&Aを活用して事業承継を進めると、次の4つのメリットがあります。

  • 後継者問題の解決
  • 株式・持分譲渡による手元資金の確保
  • 従業員の雇用安定とキャリアの広がり
  • 顧客・取引先の信頼維持

1)後継者問題の解決

M&Aの最大のメリットは、後継者不在の問題を解決できる点です。親族に子どもがいても、遠方や大手企業などで働いている場合、家業を継がせるために仕事を辞めて帰ってくるように頼むことは、現実的に困難ですです。M&Aを活用すれば、無理に子どもに家業を継がせる必要がなくなり、より経営効率の高い会社(第三者)に事業を委ねることができます。

2)株式・持分譲渡による手元資金の確保

第2のメリットは、株式・持分を現金化できる点です。非上場会社の株式は本来現金化が困難で、相続時には多額の税負担が発生しやすい資産です。しかし、M&Aにより株式譲渡すれば、その資産を現金化できます。また、株式譲渡時の税率は20%(有価証券の譲渡所得税としての課税)で、法人清算を選択した場合における税率50%(配当課税)よりも税負担が軽く済みます。これにより、オーナー経営者は、老後資金や次の投資資金を効率的に確保できます。

3)従業員の雇用安定とキャリアの広がり

第3のメリットは、従業員の雇用安定とキャリアの広がりが期待できる点です。M&Aで会社がより大きな企業グループに組み込まれることで、財務基盤や経営資源が強化されます。また、従業員にとってもスキルアップの機会や異動・昇進の可能性が広がり、自社単独では到達できなかった市場や分野に挑戦する機会も生まれます。

4)顧客・取引先の信頼維持

第4のメリットは、顧客や取引先の信頼維持です。後継者不在の状況では、顧客や取引先は本当に事業が継続できるのか不安を感じますが、買収企業のバックアップにより経営基盤が安定することになるので、そうした信用不安を払拭できます。特に同業種間でのM&Aであれば、業務の一貫性やノウハウの承継も期待が持てます。

2 M&Aに取り掛かり、実行する際の手続き

1)意向決定・方針策定

まずは、経営者自身がM&Aによる事業承継を選択する意思を明確にします。後継者がいない、親族内承継が難しい、あるいは従業員承継にもリスクがあるなどの状況下で、第三者承継(M&A)を選ぶ意義を整理する必要があります。

2)アドバイザーの選定

M&Aの仲介会社やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)、弁護士、税理士といった専門家を選任します。売り手企業の適正価値を把握するための株価評価や、法的・税務的な課題の洗い出しのためには、M&Aに精通した専門家の支援が必要となります。

3)ノンネーム資料・インフォメーションメモランダム(情報開示資料)の作成

買い手候補に提示するため、会社概要や財務情報をまとめた資料を作成します。初期段階では社名を伏せたノンネーム資料を使い、興味を示した候補先に対して詳細なインフォメーションメモランダム(情報開示資料)を開示します。

4)買い手選定・条件交渉

買い手候補から意向表明書(LOI)を受け取り、価格や会社の譲渡時期、従業員処遇等の条件を交渉します。条件が合意に達すれば、基本合意書(MOU)を締結します。

5)デューディリジェンス

買い手候補による財務・法務・労務などについての調査が実施されます。その中で、買収価格を減額すべき事由がないか否かが調べられます。

6)最終契約の締結

デューディリジェンスの結果、発見された課題については、買収価格の減額調整や補償条項などを入れて、最終契約を締結することになります。

7)クロージング(決済)

最終契約に基づき、合意した日に株式名簿の書き換え、代表印や銀行預金通帳の引き渡しなどと交換に株式譲渡代金が支払われ、決済されます。

3 事業承継でM&Aを活用する際のポイント・留意点

1)情報管理

M&Aを実行するにあたって重要となるのが、情報管理です。M&Aをすること自体が、従業員や取引先にとって非常に重要な情報であるため、この情報が洩れないよう配慮しなければなりません。そのためには、インフォメーションメモランダム情報を開示する買収候補先を極力減らすことが重要です。また、役員や従業員にいつ情報を共有するかの、タイミングを見極めることも大切です。

2)価格以外の買収条件

M&Aは株式譲渡の額(詳細は後述)も重要ですが、それだけでなく、従業員の雇用維持、取引先との関係維持、経営理念の親和性など非財務的な要素も非常に大切になります。特に地域密着型の中小企業では、企業文化の親和性なども、買い手選定の大きな判断基準となります。

3)従業員の離職リスク

M&Aをきっかけに、多数の従業員が離職する事態が起こることもあります。M&Aによって従業員の就業関係の変化に対応できるような環境整備を行い、買収した会社と買収された会社とが、うまく融合するような配慮が求められます。

中小企業にとってM&Aは、「撤退」ではなく「承継」のための前向きな経営戦略となっています。時間を味方につけ、信頼できる専門家と連携しながら準備を進めることで、経営者、従業員、顧客全てが納得のいく形でバトンを渡すことができます。M&Aの活用は、地域経済の持続的な発展にも資するものであり、今後ますますその重要性は高まっていくと考えられます。

4 M&A価格の決定方法

M&Aを通じて株式や事業を譲渡する際、その対価がどのように決まるかは、売り手・買い手双方にとって重要な論点になります。価格の妥当性をめぐる認識の齟齬(そご)は、交渉決裂の大きな要因にもなり得るため、客観的な基準と交渉の実務を正しく理解する必要があります。

M&Aにおける企業価値の評価方法は、次のように大別できます。

  • 時価純資産法(Net Asset Approach)
  • 類似業種比準法(Market Approach)
  • 収益還元法(DCF法など)
  • 上記1.~3.を踏まえて、中小企業のM&Aの実務上で使われる年買法

1)時価純資産法(Net Asset Approach)

時価純資産法とは、

企業の資産と負債を時価で再評価し、その差額である純資産価額を基に評価する方法

です。資産価値の大きい不動産業や清算価値を重視する場合に適しています。シンプルで理解しやすいですが、将来の収益力を反映しないため、成長企業の評価には採用しにくい面があります。

2)類似業種比準法(Market Approach)

類似業種比準法とは、

上場企業や同業他社の株価や財務指標(PER、PBR・EBITDA倍率等)を参考に、自社の売上や利益水準に倍率を乗じて評価する方法

です。中小企業では上場類似企業との乖離(かいり)が大きい場合もあるため、適切な調整(会社の規模に応じて時価純資産法と組み合わせたり、従業員数に応じて一定の調整をしたりするなど)が必要となります。

3)収益還元法(DCF法など)

収益還元法とは、

将来生み出すであろうキャッシュフローを割引現在価値(一定の割引率を乗じて算出)に換算し、企業価値を算定する方法

です。将来の成長性や収益性を反映することができますが、前提とする収益予測や割引率に主観が入りやすく、算定結果の幅が大きく出やすいところがあります。

4)上記1)~3)を踏まえて、中小企業のM&Aの実務上で使われる年買法

M&Aの実務では、これらの複数の手法を併用して評価レンジ(金額の幅)を算出し、最終的には交渉による価格調整がなされます。特に中小企業のM&Aでは、

時価純資産法+営業利益の3年分から5年分を目安とする「年買法」による評価

が使われることが多いです。

以上(2025年8月作成)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 福崎剛志)

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画像:Mariko Mitsuda

【事業承継】MBOを活用するメリットと実務

1 事業承継でMBOを活用する2つのメリット

MBO(Management Buyout:マネジメント・バイアウト)とは、

役員が社長から株式を買い取り、後継者となる手続き

のことです。これは、親族内に後継者がいないものの、社内に経営を任せられる役員がいる場合に活用される、事業承継の手法の1つです。このMBOにより事業承継を進めると、次の2つのメリットがあります。

  • 創業者の経営理念や経営ビジョンを次世代に引き継ぐことができる
  • 役員・社員のモチベーションの維持・向上できる

1)創業者の経営理念や経営ビジョンを次世代に引き継ぐことができる

M&Aによって第三者に事業を承継する場合、その第三者が経営者になることで、経営理念や経営ビジョンが大きく変わってしまうリスクがあります。会社の目標が変われば、社員個人の目標なども一新しなければなりません。もし、買収者の経営理念や経営ビジョンが共感できるものでなければ、社員がそれまで大切にしてきた価値観ともミスマッチが生じる恐れがあり、離職などの選択を検討しなければならない環境下に置かれることになります。

この点、MBOであれば、これまで社長とともに経営理念や経営ビジョンを共有していた役員が経営者となるため、急激な方針転換が少なく、社員は安心して会社で働き続けることができます(取引先にも通ずるところがある)。また、社長にとっても、自身が築き上げた経営理念の実現に向けて、後継者が会社を前進させてくれるというメリットがあります。

2)役員・社員のモチベーションが維持・向上できる

M&Aで第三者に会社を売却する場合、社長などの重要ポストについては、どうしても買収者側から派遣されるケースが多くなります。そうなると、将来は社長や専務になれると思っていた役員や、そうしたポジションを目指していた社員のモチベーションは低下します。人事評価や業務の進め方についても変更を迫られるケースが少なくなく、成果や貢献が正当に評価されなくなるかも、慣れ親しんだ働き方が変わってしまうかもという不安を生む要因になります。

MBOの場合には、これまでと同じ舟に乗ってきた役員が経営者となるため、事業承継後に重要ポストを買収者側で独占されたり、人事評価や業務の進め方に大幅な変更を求められたりすることはありません。その環境下で、経営者の若返りなどの変化が起きれば、役員や社員のモチベーションの維持だけでなく、会社に対する期待度の向上も見込めるかもしれません。

2 MBOを実施する際の2種類の方法

1)役員個人が株式を買い取る場合

役員が社長から株式を個人で買い取る方法です。

役員個人が株式を買い取る場合

このように役員個人が社長から株式を買い取る方法は、最も簡単でシンプルですが、

役員個人が、社長から会社の株式を買い取るための資金を用意できるか

が問題となります。1000万円程度の資金であれば、それまでの収入が給与所得だけであった役員でも買い取れる可能性がありますが、数億円の株式になると、個人では買い取れないケースが多くなります。

そのような場合には、役員に対し、まず少数の株式を原則の評価方法で計算する金額より安い金額で、一部譲渡しておく施策が考えられます。税務上、株式は会社を支配する一族以外の者への譲渡の場合には、配当還元価格(配当金などを基に算出する評価額)による評価が認められ、安く譲渡できます。しかし、社長としては、本来は高額の評価がつく株式を役員に安く譲渡する(受け取る金額が少なくなる)ことになるので、そもそもそのような取引が望まれるかについては注意が必要です。

その他の施策としては、社長が退職慰労金を受け取り、株価が押し下がるタイミングで役員に株式を譲渡することで、役員に係る株式の買い取り負担を軽減するというものがあります。社内の留保金を支払いに充てることで純資産価額が変動する、あるいは退職慰労金が多額の損金となり、所得が下がって株式の評価額が変動することで、株価が押し下がるのです。

2)受皿会社を設立するケース

役員が社長から買い取る株式が高額な場合には受皿会社を設立し、銀行から株式買取資金を借り入れ、その資金を使って受皿会社がX社から株式を買い取る方法です。

受皿会社を設立するケース

このように銀行からの借り入れを活用することで、役員は手元資金がなくても、社長から会社の株式を買い取れます。しかも、受皿会社が社長からX社の株式を取得した後は、X社から受皿会社に配当をし、その配当された資金をもって銀行に借入金の返済が行えます。

X社から受皿会社への配当は、親子間の配当であるため、課税されることなく資金を受皿会社に移せます。これによって、役員はX社に蓄積していた利益剰余金(社内の留保金)、あるいは、将来の利益を使って買収資金を銀行に返済できます。

また、X社の株主構成が社長だけではなく、他の株主もいる場合には、

  • 引き続き経営に参加する株主の保有している株式は買い取らない
  • 経営から離れる株主が保有する株式のみを買い取る
  • 残る株式は、受皿会社の株式と株式交換をする

という進め方があり、買い取らなければならない株式数を減らせ、借り入れの負担を軽減できます。

3 事業承継でMBOを活用する際のポイント

以上のように、MBOの手続きを活用すれば、親族内に後継者がいない場合にも、自社の役員に経営を承継してもらえます。しかも、社長としては、株式を役員に買い取らせることができますので、保有される株式の現金化も可能になります。株式を現金化する場合には、有価証券の譲渡所得税(20%)が課税されるので、その点でも贈与などに比べて有利な税率を適用して現金を得ることができます。

他方、留意点としては、MBOは役員のいずれかの者にオーナー経営者の地位を譲ることになりますので、その役員に本当に会社を経営していく手腕があるかどうかは慎重に見極める必要があります。サラリーマンとして働いてきた役員とオーナー経営者は、そもそも仕事に対するモチベーションが違います。サラリーマンであった役員が、オーナー経営者として、会社を成長させられる後継者となれるのか否か、ここがMBOの一番難しいポイントです。

以上(2025年8月作成)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 福崎剛志)

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画像:Mariko Mitsuda

植村直己は「感謝の気持ち」を担いで最高峰へと辿り着いた!

「私たちはうしろにいる家族、友人、知人、この隊の派遣に尽力してくれたスポンサーによって支えられていることに感謝し、無事登頂に成功して、ふたたび全員がこの高台で乾杯できるように祈ります」

植村直己(うえむらなおみ)氏は、1970年に日本人で初めて世界最高峰のエベレスト登頂に成功し、さらに同年、北米大陸のマッキンリー登頂を成し遂げて、世界初の五大陸最高峰登頂者となった人です。

冒頭の言葉は、植村氏がエベレスト登頂を果たした際、山に登る前に登山隊の隊長として述べた挨拶です。植村氏は、農家の生まれで小さい頃から自然に親しみ育ちましたが、本人曰く登山に関しては「ほんの新米」で、数々の偉業も「幸運とまわりの人の協力や友情に恵まれたから」。五大陸最高峰制覇を果たしてなお、この謙虚さを持っているのですから驚きです。

植村氏は登山において、常にこの謙虚でひたむきな姿勢を貫き通してきました。例えば24歳の頃、アルプス近辺でアルバイトをしながら登山のための資金を稼いでいた植村氏は、母校・明治大学山岳部のヒマラヤ遠征隊に参加することに。ゴジュンバ・カンという未踏峰に挑み、登山隊の中で唯一頂上を踏んで新聞の一面に掲載されましたが、「頂上に立たせてもらっただけで、他の隊員のように骨身を削ったわけではない」と、日本帰国の勧めを断りアルプスへ帰ってしまいます。

また、エベレスト登頂の際も、同行していた松浦輝夫氏に、「先輩お先にどうぞ」と頂点への最初の一歩を譲りました。植村氏はこのアタック隊に選ばれたことについても、「このうえもなくうれしい反面、みんな頂上に立ちたいのに、心苦しかった」と語っています。

登山において、謙虚さは必要不可欠です。なぜなら、山が高ければ高いほど、一人の力で登りきるのが難しくなるからです。偵察や警備や、場合によっては軍隊やスポンサーまで多くの人の協力や援助が必要であり、「自分の力だけで山に登っている」という傲慢な考えでは、人はついてきません。頂上に立つ人は、植村氏の言う通り誰かに「支えられて」そこに立っているわけです。

植村氏はどれほど高い山の頂上に立っても決しておごらず、その謙虚さと周囲への感謝の気持ちを持ち続けました。経営者もビジネスの世界で、社員という登山隊を率いて山を登り続けているわけですが、高い山に登った人、つまり成功を収めた人ほど、「自分がここにいるのはみんなのおかげだ」という謙虚さを持っているはずです。

もっとも、植村氏のエピソードからは、「感謝の気持ちや謙虚さを持ち続けるだけでなく、伝え、行動で見せることが大切」ということも学べます。日ごろから顔を合わせる社員へ感謝の気持ちを素直に表すのは気恥ずかしいですが、植村氏を見ていると、「伝える」ことの重要性も理解できます。

植村氏は自身の挑戦を振り返り、出会った人々の中に誰ひとり悪人は居なかった、と語っていますが、それは「良い人の周りに良い人が集まる」ということ。その摂理は、悠然と構える山岳のように、不動のものだといえるでしょう。

出典:「エベレストを越えて」(植村直己著、文藝春秋社、1984年12月)

以上(2025年8月作成)

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画像:dadakko-Adobe Stock

2025年上半期 よく読まれた人気コンテンツランキング

2025年も早くも8月に入りました。

どのような情報に多くの関心が集まったのか——1月から6月までのアクセスをもとに、当サイトの「よく読まれた人気コンテンツ」をランキング形式でご紹介します!

どんなテーマに注目が集まったのかを振り返りながら、まだご覧になっていない記事がありましたら、この機会にぜひチェックしてみてください。

第1位

第2位

第3位

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2025年下半期は、経営者の皆さまに向けた「座右の銘」や「生成AIの活用」など、さまざまなテーマでアンケートを実施中です。
今後の結果発表も、どうぞお楽しみに!

2025年も、いよいよ後半戦に突入しています。
引き続き、少しでも皆さまの経営や業務に役立つ情報をお届けできるよう努めてまいります。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

以上(2025年8月作成)

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画像:日本情報マート