知的財産権侵害のリスクと知的財産権活用のメリット/意外と知らない「知的財産権」シリーズ1

書いてあること

  • 主な読者:知的財産権を侵害してしまうリスクと活用するメリットについて知りたい経営者
  • 課題:何をすると他社の知的財産権を侵害してしまうのか? また、どうすれば自社の知的財産が保護されるのか?
  • 解決策:商標権の侵害はよくあるリスクなので、事前調査をしっかり行い、自社の商品名などについて商標権を取得する

1 中小企業こそ知的財産権を活用しよう

知的財産権と聞くと、一般的には、最先端の科学技術である発明や、世界的に有名となった一流ブランド、あるいは大ヒットした映画や音楽などがイメージされるかもしれません。特に中小企業にとっては、「あまり関係のない話だ」と考えられる方も少なくないでしょう。

しかし、実際には、

中小企業こそ、知的財産権を活用することで大きな競争優位性を確保できることもあれば、事業の存続が危ぶまれるリスクにもなり得るという点で、重要な経営上のリソース

の一つと言えます。そこでこの記事では、経営者の皆さま向けに知的財産権の基礎として主に次の点をご紹介していきます。「知的財産権を知っておくと何の役に立つか」のご参考にしていただければと思います。

  • 知的財産権とは
  • 事例:知的財産権を侵害するとどういうトラブルになるか
  • 事例:中小企業が活用するとどういうチャンスにつながるか

2 知的財産権とは

では、そもそも「知的財産権」とは何かについて、ご説明します。知的財産権には次のようなものが挙げられます。

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覚えておいて欲しいのは以下のポイントです。

  • 物の構造や作り方、方法などといった「アイデア」を保護するものとして代表的なのは、特許権や実用新案権
  • 商品の名前やロゴ、ブランドなどを保護するものとして代表的なのは、商標権や商品等表示(不正競争防止法)
  • 物品や店舗のデザインなどを保護するのは意匠権
  • 楽曲や文章、写真、プログラムなどの創作的な表現を保護するのは著作権
  • 営業秘密などを保護するのは不正競争防止法

これらの各種権利等によって守られている対象を無断で複製したり使用したりした場合は、

差止め、損害賠償、信用回復措置などの民事上の責任に加え、刑事上の責任も追及される

ことがあります。

このため、商品を製造・販売する企業であれば、その商品に具体化されたアイデアは「発明」として、デザインは「意匠」として、商品名は「商標」として、ノウハウは「営業秘密」としていくつもの知的財産に関連性を有しています。その企業が特許権(発明)や商標権などの知的財産権を取得していれば、模倣品を製造・販売する者に対してその中止や損害の賠償などを請求できます。

反面、その商品の製造・販売が他人の知的財産権を侵害するものである場合は、差止め、損害賠償等の責任を負わされる恐れがあります。

3 他人の知的財産権を侵害すると大きなビジネスリスクに

他社の知的財産権を侵害してしまうことがないように、あらかじめ商品・サービスに関する特許権や商標権の事前調査を行うべきことは、読者の皆さんもご存知だと思います。

特に、商品・サービスの名前、場合によっては会社の名前などについて、必要な商標権が取得できていないために、多額の損害賠償を支払わされたり、急に名称が使えなくなってしまったりということで、重大なトラブルになることは、頻繁にあります。

商品・サービスの名前を決める際には、必ず商標調査をしなければなりませんし、可能であれば、商標登録もしっかり済ませておく必要があります。以下で紹介するのは、商標調査が不十分なためにトラブルになった事例です。

1)「どん兵衛」vs日清食品

山口県萩市を中心に、中国地方などでうどんやそばなどを提供する外食チェーン店を20店舗程度経営していた「どん兵衛」が、カップうどん「どん兵衛」の製造元である日清食品から、商標権侵害を理由に、1億1000万円の損害賠償と「どん兵衛」の名称の使用中止を求める訴訟を提起された

このようなケースでは、一地方の中小企業である「どん兵衛」が、日清食品の大ヒットカップ麺である「どん兵衛」と関係がある、と思う消費者はほとんどいなかったのではないかと思います。しかし、そのような「消費者が間違うことはない」や「一地方の小規模な店舗だから」という理由で商標権侵害が正当化されることはなく、結果的に他人の商標権を侵害してしまえば、大きな法的責任を負うリスクがあると言えます。

なお、この「どん兵衛」は、日清食品との間で、2010年11月に、店舗名称の変更等を内容とする和解をしましたが、2011年には経営破綻しました。

2)「ゆうメール」vs日本郵政

札幌市でダイレクトメールの発送等を行っていた企業が、「ゆうメール」の商標権を保有していたところ、日本郵政の「ゆうメール」がその商標権を侵害するということで日本郵政を訴えた

この訴訟は、日本郵政側が不利となり、2012年9月、日本郵政が札幌の企業から、この商標権を買い取る形で、和解により終結しています。

企業規模にかかわらず、商標権の調査や検討がいかに重要かということを、この例は、私たちにわかりやすく教えてくれます。新しい商品やサービスの名前を決める際には、必ず商標調査を行うことが必要です。

また、近年増加しているのが、Webサイトや販促物などのデザインや表現が他人の著作権を侵害してしまうケースです。多くの企業では、Webサイトや販促物のデザインや表現は、自社では作成せず、デザイン会社や広告代理店などに外注されていると思います。しかし、その外注先のデザイン会社や広告代理店が著作権侵害をしていないかをきちんと確認している企業は少ないでしょう。もし、外注先のデザイン会社や広告代理店が著作権侵害をすると、発注元の企業が責任を負うケースがあります。

3)「パンダイラスト事件」(東京地判平成31年3月13日)

菓子等を製造するA社は、新しい菓子のパッケージデザインを制作するにあたり、デザインの外注先であるB社から提案されたパンダのイラストを採用し、これを菓子の外箱に印刷して販売した。

実はこのパンダのイラストは、全く別のX社が、自社の手ぬぐいを製造するにあたってデザインした柄であったものを、B社の社員が無断で転用していた。そこでX社は、デザインを盗用したデザイン会社であるB社ではなく、その菓子の製造販売元であるA社を、著作権侵害として訴えた

裁判所の判断を簡単に紹介すると、A社(発注元)がB社(外注先)より納品を受けたデザインを、何ら著作権処理が適正かの検証を行わなかったことに対して、注意義務違反を認めています。発注元に注意義務違反が認められた場合、著作権侵害の責任を負わされる可能性があります。つまり、発注元は外注先によるデザイン作成の過程についても、きちんと管理しておかなければならないということです。

とはいえ、外注先のデザイン創作の過程をすべて把握することは実際上困難です。万が一、著作権侵害が含まれていた場合に備えて、損害賠償の範囲、額、さらに著作権侵害行為がないことの表明・保証についてあらかじめ契約で定めておくことが重要となってきます。

4 知的財産権は中小企業のビジネスチャンスを広げる

知的財産権をうまく活用することで、ビジネス上の付加価値を増大させ、企業経営上の大きなメリットが得られるケースもあります。

1)アスタリスク社

ファーストリテイリング社(以下「ファストリ社」)の経営するユニクロ、ジーユーの店舗に2019年頃から導入され始めた買い物かごを置くだけで中身の合計額が自動的に計算されるセルフレジについて、アスタリスク社が自社の特許権を侵害されたとして、東京地裁に差止めの仮処分命令の申立てを行った。

ファストリ社は、当該特許の有効性を争い、両社が現在も係争中

この特許の有効性については、特許庁の審判段階において一部無効との判断がなされたものの、知財高裁は特許庁の判断を破棄して全部有効であるとの判断を示しました。まだ、訴訟の最終的な帰趨(きすう。ゆきつくところ)は不明ですが、ファストリ社は、アスタリスク社との間で適切なビジネス上の関係を構築できない限り、このセルフレジの使用ができなくなった上で、多額の賠償金を支払うことになる可能性があります。

報道などによると、ファストリ社は新しいセルフレジを導入するにあたって、もともと取引関係にあったアスタリスク社と交渉をしていたようです。ただし、アスタリスク社に対して、同社の製品を導入するとか、適切な特許のライセンスを受けるということは検討せず、一方的にアスタリスク社の特許の使用をファストリ社に許諾するようにということで、「ゼロ円ライセンス」を要求したと言われています。

今回の知財高裁の判決により、従業員100人程度の小さな会社でも、強い知的財産権を持っていれば、時価総額日本第7位という巨大な企業とも対等に渡り合えるということが、明確に周知されることになりました。

昨今の、経営資源における知的財産権重視の傾向からも、今後ますます、有効な知的財産権を保有していれば、中小企業にとってもビジネスチャンスを広げたり、大企業とも対等な交渉ができる結果、単なる「下請」を脱却して、対等なビジネスパートナーとしての関係を築けたりするでしょう。

2)ユニバーサルビュー

眼科医療機器開発ベンチャーであるユニバーサルビュー社は、いわゆるピンホール原理をコンタクトレンズに応用し、レンズに微細な穴を穿設することで、度を入れなくとも近視、遠視、老眼のすべてに対応できるようにしたコンタクトレンズに関するアイデアで世界各国において特許権や意匠権を取得。

一部上場企業である東レから出資を受けて共同でビジネス展開、さらにベンチャーキャピタルからの出資獲得などに成功

ユニバーサルビュー社は、2001年に設立された「社員数9名」(2021年6月15日時点の同社Webサイトより)の決して大きいとは言えない企業ですが、同社は知的財産権の有効活用によって資金調達や信用獲得を成功させています。

創業当初は多方面に事業範囲を向けていたようですが、コアとなるピンホールコンタクトレンズなどのごく限られた範囲に事業活動に絞り込むことで資本を集中させ、大企業を含む競合他社に対して高い参入障壁を形成・維持する目的で、特許権や意匠権などの知的財産権の拡充に取り組むことに方針転換しました。

また、ユニバーサルビュー社は、韓国のコンタクトレンズメーカーとの間における知財紛争を約2年間にわたり徹底的に戦って勝訴し、国内外の業界内における同社の知財の存在感を顕在化させることにも成功しています。

さらにこのピンホールコンタクトレンズに対してウェアラブルデバイスとしての要素を付加したスマートコンタクトレンズの開発を行っており、これらの技術についても知財を拡充させながら発展を続けています。

5 中小企業にとって、経営陣の知財リテラシーが、事業の成否を決める時代が来ている

知的財産権は、きちんと向き合わなければ事業を破綻させるリスクにもなり得る半面、しっかりとした戦略を作り、それに基づいて知的財産権を活用することができれば、飛躍的に事業を拡大させるきっかけともなると言えます。

「知的財産権は、一部の技術系企業だけが考えるもの」という考えは、もう通用しません。どんな業種、規模の企業であっても、経営陣の知財リテラシー(知的財産権に関するリテラシー)と知財戦略が事業の成否を分ける、という時代が、もう既に到来しているのです。

以上(2021年7月)
(執筆 明倫国際法律事務所 弁護士 田中雅敏)

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座学だけでなく実践を! 「70:20:10」の法則で部下を育てる

書いてあること

  • 主な読者:入社3〜5年目でさらに成長したい中堅社員と、それを見守る経営者
  • 課題:一生懸命に勉強しているのに、なかなか実際のビジネスに活かせない
  • 解決策:座学だけではなく、実際に「経験」できる機会をどんどん与える

1 部下が育たない……

「あぁ~、もう! 何度言ったら分かるの!! ビジネスは相手の立場も考慮しながら進めないとトラブルになるよ。社内も社外も同じ。『次工程はお客様』って言うでしょ」。こう語気を強めているのは、営業を担当する中堅社員のAさん。

Aさんは、日々、部下に営業の姿勢を指導していますが、なかなか成果があがりません。そこでAさんは、上司であるB本部長に相談しました。「部下がなかなか育ちません。本を読ませたり、セミナーに行かせたりしているのに……。今のままではとても現場に出すことは難しいです」。するとB本部長は、次のように返しました。

「Aさんが教育熱心なのは分かっているよ。部下もそれを分かっているから、Aさんが厳しくてもついてくるんだよ。でもね、Aさん。人は受け身の座学だけでは成長できないんだよ」

2 「70:20:10」の法則

社員教育の現場でしばしば話題に上る、「70:20:10」の法則というものがあります。これは、

人の成長に影響を与えるのは、70%の経験、20%の教え(上司などからの)、10%の座学(研修など)である

ことを示しています。

教えや座学も大事だけれど、実際に自分で経験してみなければ身に付かないことが多いというのは感覚で分かります。特に、失敗は貴重な経験で、次の挑戦に生かすことができます。ところが、部下の教育に熱心な上司ほど“30%の壁”にぶつかります。「まずは基礎固めから」「失敗しないように慎重に」などの思いから、20%の教えと10%の座学という、足して30%の教育(教えと座学に偏った教育)ばかりを実行してしまうのです。

その理由は、

実は教えと座学に偏った教育は、上司にとっては達成感がある

からです。そもそも座学の機会を与えているのは自分(上司)です。同様に、自分の指示に従っている部下を見ることで、自分の教えが浸透していると誤解します。しかし実際は、上司の言葉の字面しか理解していない部下は少なくないものです。

足して30%の教育で成長できるのは、自ら率先して行動できる人だけです。そうでなければ、「頭ではある程度理解しているが、経験が浅いため現場に出ると何をしてよいのか分からずに動けない」ことにあります。冒頭のAさんが直面しているのは、まさに“30%の壁”です。自分(上司)としては十二分に教えているのに、いつまでたっても部下が現場で通用するほどには育たない。そんな困った状況にあるわけです。

3 もう少し問題を掘り下げる

足して30%の教育がもたらす問題をもう少し掘り下げてみましょう。部下は上司の下で成長できないばかりか、将来に向かって「勇気(ゆうき)」「当事者意識(とうじしゃいしき)」「やる気(やるき)」という、ビジネスで大切な3つの“き”を失います。

まず、経験がなければ、現場で一歩を踏み出す勇気が湧いてきません。そうしたときに、上司が常にフォローしていれば当事者意識をなくします。そして最後は、「どうせ自分は仕事ができない」とやる気を失うのです。

こうした状況が長く続くほど、事態は深刻になります。そして、上司は簡単な仕事さえ任せることができなくなり、本来は上司がやるべきではない仕事をいつまでも引き受けることになります。上司が上司としての仕事をしなければ、組織は停滞します。

4 経験しながら学ぶ機会が大事

「70:20:10」の法則を考慮すれば、部下の成長を促すためには経験が大切です。そこで、部下には小さな経験からしてもらい、上司は少しずつ難しい局面を設定するようにします。例えば、最初は上司が同行している商談の場でサービスの提案をさせ、その後に価格交渉など利害が衝突しやすい局面を経験させます。

難しいのは、冒頭のAさんが遭遇したような、「相手のことを考えて行動する」といった類いのつかみどころのない内容です。これは個人によって考え方が異なるもので、世代によっても“常識”が違います。個人の考え方を教えるのは難しく、それが良いともいえません。また、仮に上司の考えを隅々まで教えられたとしても、同じような考え方をするメンバーが多い組織に多様性はありません。

そこで、上司のほうが部下の多様な考え方を受け入れるという発想の転換が必要かもしれません。もちろん、守らなければならない接客の基準などがあって、その部分については議論の余地はないわけですから、徹底的に教え、経験させましょう。

以上(2021年8月)

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【朝礼】残念な「時間の感覚」を改善する2つのコツ

つい先日、社外の人とオンライン会議の日程調整をしているときに、「マナーがなっていない」と感じることがありました。初めてお会いする相手だったので、私も気を使い、候補日を3つ提示しました。各日それぞれ3時間の範囲から選んでもらう想定でしたので、合計9時間です。相手の日程調整がなかなか進まず、結局、1週間もかかりました。しかも決まったのは、最初の候補日の前日ギリギリです。その間、私は仮予定として9時間をブロックされたままです。こういう時間の感覚は本当に良くないと改めて思った次第です。

今挙げた例は極端ですが、「自分のところで仕事を止めてしまい次工程が遅れる」「リアクションが遅く相手を待たせてしまう」なども同様に良くない時間の感覚です。これでは物事が停滞し、前に進められないからです。

どうですか。皆さんもやりがちなことではないですか?

特に、リモートワークをしている当社では時間の感覚がとても重要です。この感覚が適切でないと大きなミスにつながりますし、全体的に緩い雰囲気となれば、組織の成長の妨げにもなります。これまでも繰り返してきましたが、改めて言います。皆さん、時間の感覚をバージョンアップさせてください。そのためのコツが2つあります。

1つ目は「早く返す」ことです。メールの他、チャットやSNSツールなど、リモートワークではさまざまな形でメッセージが届きます。

いずれの場合も、まずは早くリアクションしてください。特別な理由がなければ、長くても、待って1日です。すぐに答えられなくても、「確認が必要なので明日の17時までに回答します」と返すことはできるでしょう。特にチャットの場合、半日過ぎたら遅いくらいです。立て込んでいる場合は、「本日は16時ごろまで他案件で立て込んでおりリアクションできません。それ以降に確認します」と返しておけばいいのです。相手を「どうなっているか分からない状態のまま待たせる」のは、相手の時間を奪っているものと認識してください。

2つ目は「早く放出する」ことです。これは、60%でいいのでとにかく早く相手に出す、見せることです。「自分の中でメドがついてから」「完璧にしてから」と考えてため込んでいると物事は停滞します。相手も状況が分かりません。リモートワークにある意味慣れてきた皆さんの中には、「まだメドがついていないし、催促されていないから黙っていよう」という人が出てきています。これは大きな間違いです。催促されないことほど怖いことはありません。社内外問わず、「この人のところで仕事が止まる」というレッテルを貼られている可能性のあることを自覚してください。

時間の感覚のバージョンアップは、組織のバージョンアップにつながります。むしろ、そうしていかなければ、皆さん自身も、当社も生き残れません。ぜひ、今日から実践してください。

以上(2021年7月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】人を動かすために知っておくべき、たった1つのこと

今朝は管理職の方に集まってもらいました。日ごろ皆さんと話をしていると、思うように部下とコミュニケーションが取れないという相談をよく受けるので、その点をテーマに取り上げたいと思います。

皆さんが部下を褒めたり叱ったりするのは、部下に何かを伝えるためです。こうした行為を一般的にコミュニケーションと呼びますが、コミュニケーションと伝えることは同じではありません。ビジネスにおけるコミュニケーションの目的は、相手に動いてもらうことであり、伝えることの一歩先になります。部下とのコミュニケーションを良くするための方法として、伝える言葉を吟味して、伝える回数を増やし、伝えるシーンにもこだわることを推奨する書籍があります。これらは大切なことですが、表面上のテクニックとして実践するだけでは、部下は動いてくれないでしょう。

まず、部下を動かすためには、教えることと促すことが必要だと理解してください。教えることとは、AがAであることを部下のレベルや成長度合いに応じて効率的に教え、理解してもらうことです。一方、促すこととは、Aをしなければならない理由、あるいはAをしてはいけない理由を伝え、実際にそう動いてもらうことです。

正しい知識を教え、そこから派生する問題を部下の“自分事”として伝えて行動を促せば、部下は動いてくれるでしょう。これが上司と部下の理想的なコミュニケーションです。

こうしたコミュニケーションができるか否かで大きな差がつきます。

今、我が社は「自己啓発」を重視しています。部下に自己啓発の大切さを教え、実際に取り組むように促すのは上司の役割ですが、上司によって部下の行動に大きな違いが生じています。ある上司の部下は積極的に自己啓発に励み、別の上司の部下は全く自己啓発に取り組もうとしません。

個々の部下の姿勢による違いはあります。しかし、それを凌駕するようなコミュニケーションを上司が取れていないということでもあります。

大切なのは、促す力です。なぜなら、ここで教えるのは「どうして、会社が自己啓発を求めているのか」「会社の方針に合った自己啓発はなにか」といったことであり、誰が説明をしてもそれほど大きな違いはないからです。

上司は部下と真正面から向き合い、本気で自己啓発に取り組んだ場合に、部下の活動フィールドがどのように広がっていくのかを伝えなければなりません。部下の行動を促すには、部下が理想とする具体的なキャリアと、その実現に自己啓発が不可欠であることを伝える必要があります。これは、日ごろから部下のことを真剣に考えている上司でなければ分からないことです。

部下とのコミュニケーションは、時間をかけて良くなっていくものです。日ごろから良い関係づくりを心掛けつつ、教え、促してください。

以上(2021年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

従業員を海外赴任させるときの源泉税・住民税の取り扱いは?

書いてあること

  • 主な読者:従業員の海外赴任を検討している中小企業の税務担当者
  • 課題:海外進出を検討する際の税務上の問題点を把握したい
  • 解決策:従業員の源泉所得税・住民税の取り扱いに注意が必要

1 海外赴任と税金

コロナ禍により、一時的に海外往来はストップしているものの、近年は大企業だけでなく中小企業においても、海外進出が増えており、海外赴任をする従業員も珍しくない時代です。本記事では、従業員を海外に赴任させる際におけるその従業員に関する税金の取り扱いを解説していきます。

なお、本稿における海外赴任とは、企業等に属する個人が辞令等により日本国外の関係会社もしくは支店等に1年以上の長期にわたり勤務する行為をいい、短期の出張等に関しては海外赴任に含めないものとします。

2 海外赴任に関連する国内の主な税金

1)所得税

所得税法では、1年以上日本国内に住所等(住民票の有無にかかわらず、居所や生活の本拠地等実情に基づいて総合的に判断)を有しない者を「非居住者」といい、居住者(永住者、日本国内に住所等を有する者)と比べて、所得税の課税範囲が異なります。

居住者に対する所得税の課税範囲が、全世界所得(国内源泉所得+国外源泉所得)であるのに対して、非居住者に対する課税範囲は、国内源泉所得に限定されます。

なお、国内源泉所得とは、国内で生じた所得(収入)をいい、具体的には国内勤務の対価として支払われる給与や国内に所在する不動産から生じた賃貸料収入、国内の銀行から受ける利息や国内の企業から受ける配当などがあります。

2)住民税

住民税はその年の1月1日時点で日本国内に住所等を有する場合に課税されます。そのため、12月31日に海外赴任により出国した場合には翌年の住民税について課税は生じませんが、1月1日に出国した場合は課税関係が生じることになります。なお、普通徴収の未納分(あるいは特別徴収未済分)については、海外赴任をしても納税が免除されるわけではないので、出国前に全て納付するなどの留意が必要です。

3)国外転出時課税制度

海外赴任者が、出国時に多額の金融資産(株式などで時価が1億円以上)を所有している場合は、「国外転出時課税制度」が適用されることがあります。そのため、多額の金融資産を有する同族会社のオーナー一族の人などが海外赴任をする際には留意が必要です。なお、国外転出時課税の申告が必要な海外赴任者が、国外転出のときまでに一定の手続きを行った場合には、国外転出の日から5年間(延長の届出により最長10年間)納税が猶予されます。

(注)「国外転出時課税制度」とは、1億円以上の金融資産を保有している者が国外に転出する場合に、その金融資産の未実現利益(含み益)に対して課税を行う制度です。

3 赴任先における税金負担(所得税)

送り出し企業が海外赴任者に対して留守宅手当等の名目で支給する給与については、原則的には国外源泉所得として日本での課税が生じない代わりに、通常は赴任先の国等において課税が生じることになります。ただし、赴任者が従業員でなく「役員」である場合には、留守宅手当等の名目で送り出し企業が支給しているものであっても、国内源泉所得として源泉徴収が必要になるので注意が必要です。なお、国外支店等において役員としてではなく「使用人」として赴任する場合は、通常の従業員と同様にその給与は国外源泉所得として日本では課税されません。

また、赴任先における課税範囲や課税方法は各国等の税法等により異なるため、どのような税負担や申告、納税方法を採用しているか確認し、赴任後に思いがけない課税等が生じることのないよう、事前の対応が必要です。

各国等における代表的な課税範囲の取り扱いを例示すると、赴任先での業務に係る給与の全て(現地払い分+現地以外(日本)払い分+経済的利益)を対象としていることが多く、この場合、現地払い給与のみを申告している際などは特に留意しなければなりません。実際、適切な申告をせずペナルティーが科せられる事例や、国等によっては未納等がある場合には出国(帰任)できないなどの事例もあるようです。

このように税金の取り扱いについては、国等によってさまざまであるため、実際の対応については、海外進出支援を行っている税理士などの専門家に相談するようにしましょう。

4 海外赴任者に係る税務手続きに関する留意点

1)海外赴任前の国内の給与所得等に関する留意点(所得税の精算)

海外赴任者が1カ所の給与所得のみで、その収入総額が2000万円以下の場合は、送り出し企業はその者の出国時までに、年末調整により所得税を精算する必要があります。なお、出国前までの期間(国内勤務期間)に相当する賞与を「出国後に支給」した場合は、国内勤務期間に相当する部分の金額は、非居住者に対する国内源泉所得として通常の給与(居住者時代の給与)とは異なる税率で源泉徴収が必要になります。このような複雑な実務を回避する方法として、出国までに賞与を支給し、出国時に年末調整を実施することなどが考えられます。

また、2カ所以上からの給与や不動産所得など、給与所得以外の国内源泉所得を有する海外赴任者は、出国時までに納税管理人を選定し、所轄の税務署および住所のある市町村に届け出ます。納税管理人は法人・個人いずれでも届け出ることができ、海外赴任者の代理人として確定申告をすることになります。なお、納税管理人を選定しない場合は、出国時までに自分自身で確定申告をしなければなりません。

その他、参考として、海外赴任者がNISA口座を保有している場合の留意点を紹介します。以前は、非居住者(国内に恒久的施設を有しないもの)はNISA口座を保有できないこととなっていたため、赴任前に証券会社にて出国に係る諸手続きを経てNISA口座を廃止し、お金を払いだす必要がありました。しかし、2019年度税制改正に伴い、NISA口座については、証券会社にて一定の手続きを取ることにより、継続保有が可能となっています。ただし、非居住者については証券口座自体の保有を認めていない証券会社もあり、これらの取扱いは各証券会社で異なるため、各自で事前に確認する等の留意が必要となります。

2)非居住者に係る源泉所得税の納付書に関する留意点

非居住者に対して支給する役員報酬や、出国後に支給される出国前の国内勤務期間に係る賞与等は国内源泉所得に該当するため、20.42%の源泉所得税の徴収が必要です。また、この際の納付書は通常の給与に係る納付書と様式が異なります。

3)非居住者の確定申告(納税管理人の届出有り)に関する留意点

前述した一定の国内源泉所得を有する非居住者で、納税管理人の届出書を提出した場合は、申告期限(原則3月15日)までに、納税管理人を通じて確定申告書を提出し納税します。当該確定申告に係る課税範囲は国内源泉所得に限られ、また適用される所得控除は、基礎控除、寄附金控除及び雑損控除(国内資産から生じたもの)に限られます。

4)帰任時の留意点

赴任者が帰任(一時的なものを除く)した場合には、帰国した日の翌日から居住者となり、通常の従業員と同様の方法で、給与に対する源泉徴収が必要になります。また、帰任後に現地勤務に起因する給与や賞与が支給された場合においても、日本の課税対象となりますので、現地勤務に起因する給与等は帰国前にすべて支給し、現地で納税を済ませることで二重課税を避けるといった工夫が必要です。なお、二重課税が生じた場合も、確定申告で外国税額控除(詳細な説明は省略)を適用することにより、一定の額について二重課税を排除することが可能となる場合があります。

その他、納税管理人を選定している場合は、納税管理人の解任手続きが必要です。また、国外転出時課税制度の納税猶予を届け出ている場合には、課税の取り消しや更正の請求手続き等に留意が必要です。

なお、2019年度税制改正により、5年以内の海外転勤であればNISA口座の継続利用が可能になったため、出国の段階で証券会社に「継続適用届出書」を提出していた場合には、帰国後に「帰国届出書」を提出する必要があります。

5 【参考】短期滞在者免税(租税条約)

海外赴任ではなく、自社の業務等で海外に出張したときにも、その出張先の国等によっては、現地で課税が生じることがあります。この場合、同じ所得に対して、日本と出張先の国等の双方で課税関係が生じることになります(二重課税)。この二重課税の排除を目的として租税条約において「短期滞在者免税」という規定があります。この短期滞在者免税の要件を満たす場合は、現地での課税が免除されます。そのため、日本と出張先の国等との間に租税条約が締結されているかどうかや、その免除条件を確認することも重要です。

以上(2021年7月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森 浩之)

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消費生活用製品安全法の概要

書いてあること

  • 主な読者:消費生活用製品の製造・輸入、または販売を行う事業者
  • 課題:消費生活用製品安全法について押さえておきたい
  • 解決策:「PSCマーク制度」「製品事故情報報告・公表制度」「長期使用製品安全点検・表示制度」について把握し、製品事故や危害拡大の防止を図る

1 消費生活用製品安全法(消安法)とは

消費生活用製品安全法(消安法)は、消費生活用製品により起こり得るけが、やけど、死亡などの事故の発生を未然に防ぎ、消費者の安全と利益を保護することを目的として制定された法律です。

消費生活用製品とは、家庭用電気製品をはじめ、一般消費者の生活の用に供される目的で、市場で一般消費者に販売されている製品のほとんどを指すものとされます(船舶、消火器具など、食品、毒物・劇物、自動車・原動機付自転車などの道路運送車両、高圧ガス容器、医薬品・医薬部外品・化粧品・医療器具など、他の法令で個別に安全規制が図られている製品については除外)。

この記事では、消費生活用製品の製造・輸入、または販売を行う事業者の方向けに、消安法の柱である「PSCマーク制度」「製品事故情報報告・公表制度」「長期使用製品安全点検・表示制度」の3つの制度について紹介します。

2 PSCマーク制度

消費生活用製品の中でも、消費者の生命・身体に対して特に危害を及ぼす恐れがある「特定製品」について、国が定めた技術基準に適合していることを示すPSCマークの表示を義務付け、PSCマークのない製品の販売や販売目的の陳列を規制する制度です。

規制対象となる「特定製品」は、家庭用の圧力鍋および圧力釜、乗車用ヘルメット、乳幼児用ベッド、登山用ロープ、携帯用レーザー応用装置、浴槽用温水循環器、石油給湯機、石油風呂釜、石油ストーブ、ライターの10製品です。

特定製品の製造または輸入を行う事業者は、事業の届け出、自主検査による技術基準への適合の確認、検査記録の作成・保存などの義務を履行したとき、製品に○囲みのPSCマークを付すことができます。

また、特定製品のうち、乳幼児用ベッド、携帯用レーザー応用装置、浴槽用温水循環器、ライターの4製品は、特別特定製品として、自主検査に加え、登録検査機関による適合性検査が義務付けられています。特別特定製品の製造または輸入を行う事業者は、自主検査記録の作成・保存、登録検査機関による適合性検査への合格など義務を履行したとき、製品に◇囲みのPSCマークを付すことができます。

PSCマークのない危険な製品が市中に出回ったときは、消費者庁は製造・輸入または販売を行う事業者に回収などの措置を命ずることがあります。

3 製品事故情報報告・公表制度

消費生活用製品の製造または輸入を行う事業者に対して、重大製品事故が生じたことを知ったとき、10日以内に事故の発生日、概要などについて消費者庁に報告することを義務付ける制度です。

重大製品事故とは、消費生活用製品の使用に伴い発生した事故で、死亡事故、一酸化炭素中毒事故、30日以上の治療を要した事故、火災、後遺障害事故が該当します。

消費者庁は、重大製品事故による危害の発生および拡大を防止するため必要と認めるときには、製品の名称・型式、事故の内容などを迅速に公表します。

4 長期使用製品安全点検・表示制度

1)長期使用製品安全点検制度

経年劣化によって火災や死亡事故などを起こす恐れがある「特定保守製品」の製造または輸入を行う事業者に対して、設計上の標準使用期間、点検期間、点検の要請を容易にするための問い合わせ連絡先などの表示を義務付ける制度です。「特定保守製品」の製造または輸入を行う事業者が、製品の所有者に登録してもらい、設計標準使用期間が終わるころに点検の通知をして、所有者の依頼を受けて点検を実施し、事故の防止を図る仕組みです。

規制対象となる「特定保守製品」は、屋内式ガス瞬間湯沸器(都市ガス用・LPガス用)、屋内式ガスバーナー付風呂釜(都市ガス用・LPガス用)、石油給湯機、密閉燃焼式石油温風暖房機、ビルトイン式電気食器洗機、石油風呂釜、浴室用電気乾燥機の9品目です。

2)長期使用製品安全表示制度

「特定保守製品」ではないものの、長期にわたって使用され経年劣化による事故が多い製品の製造または輸入を行う事業者に対して、製品に設計上の標準使用期間と経年劣化に関する注意喚起などの表示を義務付ける制度です。

規制対象となる製品は、扇風機、エアコン、換気扇、洗濯機(洗濯乾燥機を除く)、ブラウン管テレビの5品目です。

5 参考

1)関係法令、制度全般について知りたい方に

■経済産業省「消費生活用製品安全法」■
https://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/shouan/

実務レベルのガイドブック「消費生活用製品安全法 法令業務実施ガイド」の他、問い合わせ窓口となる経済産業局の情報も掲載されています。

2)製品事故情報報告・公表制度について詳しく知りたい方に

■消費者庁「消費者安全」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/

事故情報の集約等 > 消費生活用製品安全法のページに、制度の解説書「消費生活用製品安全法に基づく製品事故情報報告・公表制度の解説」の他、重大製品事故発生時の報告方法などが掲載されています。

3)具体的な製品事故情報・リコール情報について知りたい方に

■製品評価技術基盤機構(NITE)「製品事故情報・リコール情報」■
https://www.nite.go.jp/jiko/jikojohou/

NITEは、消費生活用製品等に関する事故情報の収集を行い、事故原因を調査・究明し、その結果を公表することによって、製品事故の再発・未然防止を図っています。

以上(2021年7月)

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画像:pexels

海外の取引先の与信管理 貿易でのリスクを低減する3つの方策

書いてあること

  • 主な読者:商社などを通さず独自に貿易をしている、またはしようとしている企業の経営者
  • 課題:海外の取引先は訪問するのが容易でないので与信管理が難しい
  • 解決策:民間調査機関を活用する、信用状を発行してもらう、荷為替手形による決済を行う、ファクタリングや貿易保険を活用するなどしてリスクを減らす

1 日本の“当たり前”が通用しない海外の取引先の与信管理

与信管理で基本的かつ有効な方法といえるのは、実際に取引先を訪問することです。これにより、「動いていない生産ラインがある」「社内に活気がない」「来客がまばら」など取引先の様子が分かり、倒産などトラブルの兆候を見つけられる可能性が高くなるからです。コロナ禍において取引先を訪問するハードルは上がっているとはいえ、こちらが希望すれば実現できます。

しかし、クロスボーダー取引、つまり海外企業との取引ではそうはいきません。訪問しようにも、今は新型コロナウイルス感染症の拡大でそれが許されにくいからです。さらに、交通費や移動時間がかかるという根本的な問題もあります。

この他にも、クロスボーダー取引では、

  • 全般的な海外情報の不足
  • 言語やコミュニケーションの壁
  • 商習慣や文化の違い
  • カントリーリスク

といった課題があります。この記事では、これらの点を踏まえ、海外に所在する取引先と、商社などを通さず独自に貿易する際の与信管理について、リスクを低減する3つの方策を紹介します。

2 方策その1:幅広い情報収集、リスクを契約条件に織り込む

1)信用できる相手か?

信用できる相手であるかどうかの確認は、与信管理の基本です。一般的には、決算書を提出してもらったり、調査機関に企業調査を依頼したりして情報収集を行い、信用できるかどうか判断する材料にします。

情報収集の対象は貿易相手だけではありません。独自に貿易を行う場合、売り手(輸出者)・買い手(輸入者)だけでなく、運送業者、金融機関はもちろん、船積みや貿易関連の事務などを担当するフォワーダー、輸出入国の税関といったさまざまな主体が取引に関わります。このため、関係する幅広い取引先の情報収集が必要になります。

リスクを見極める際には、東京商工リサーチ「D&Bレポート(海外企業情報レポート)」、帝国データバンク「海外企業信用調査」、コファス・サービス・ジャパン「海外企業調査レポート」など、有力な調査機関による情報を活用することが考えられます。

■東京商工リサーチ■
https://www.tsr-net.co.jp/
■帝国データバンク■
https://www.tdb.co.jp/
■コファス・サービス・ジャパン■
https://www.coface.jp/

2)リスクの許容範囲を決め、契約書に反映させる

取引先から提出された書類の精査や、調査機関による企業調査の結果などを総合的に評価して、信用できる企業であると判断した場合であっても、リスクマネジメントが必要です。具体的には、取引で許容できるリスクの程度を決めておき、それを基にした支払い条件などを契約書で定めます。例えば、事前に取引金額の30%の代金支払いを確保したいのであれば、そうした条件で取引をします。

3 方策その2:特有の決済方法などを活用する

1)前提となる認識

貿易取引は国内取引に比べて代金の流れ・商品の流れ・書類(船積書類など)の流れが複雑で、手続きも煩雑になります。そのため、手続きの内容や必要な書類について熟知し、適切な貿易決済手段を選択することが大切になります。

貿易取引特有の決済方法は、以降で紹介するものも含めて、取引金融機関や売り手(輸出者)・買い手(輸入者)によって、利用が制限される場合があります。例えば、後述する「信用状が付く荷為替手形」は、信用状を発行する金融機関自体の信用度に問題がある場合、荷為替手形の買い取りを拒否されることがあります。

まずは、取引金融機関や専門家に相談した上で、自社に合った方法を選びましょう。なお、以降で紹介する内容は概要となるため、詳細については、別途確認をするようにしてください。

2)代金を前払いしてもらう

代金を前払いしてもらうことは、有効なリスク低減策です。買い手(輸入者)が代金を前払いする場合の貿易取引の主な流れは次の通りです。

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ただし、信頼関係が構築されていない取引当初は、買い手(輸入者)に代金の全額前払いを受け入れてもらうことは困難でしょう。そのため、代金の一部の前払いなど、買い手(輸入者)に受け入れてもらえる提案が欠かせません。

3)信用状(L/C)を買い手(輸入者)の取引金融機関に発行してもらう

信用状(L/C)とは、

買い手(輸入者)の取引金融機関(以下「信用状発行銀行」)が発行する書面で、信用状発行銀行が信用状で定めた書類の提示を条件に支払いを確約するもの

です。通常は取引ごとに「発行」されますが、同一種類の物品の継続的な取引に利用できるもの(回転信用状)など、さまざまな種類があります。なお、買い手(輸入者)が信用状発行銀行に信用状を発行してもらうことを「開設」ということがありますが、この記事では便宜上「発行」で統一します。

買い手(輸入者)の信用リスクが高い、初めての取引で信頼関係が構築されていないなど、貿易取引に不安がある場合は、信用状を発行してもらい、確実に支払いを受けられるようにして、与信管理を万全に行えるようにするとよいでしょう。

4)貿易取引特有の「荷為替手形による決済」

荷為替手形による決済とは、

売り手(輸出者)が振り出す為替手形に、船積書類を添付して「荷為替手形」を作成し、金融機関経由で買い手(輸入者)に提示して、代金支払い、または手形引き受けと引き換えに船積書類を引き渡す決済方法

です。売り手(輸出者)の取引金融機関に手形を買い取ってもらう場合と、買い手(輸入者)への取り立てのみを依頼する場合の2通りがあります。荷為替手形の買い取りを行う金融機関を「買取銀行」といいます。

荷為替手形による決済には、信用状が付く場合と付かない場合の2種類があります。

1.信用状が付く荷為替手形による決済

信用状が付いた荷為替手形を、売り手(輸出者)の取引金融機関に買い取ってもらうまでの手続きの流れは次の通りです。

まず、売り手(輸出者)は、信用状発行銀行を名宛人とする為替手形を振り出し、輸出地の買取銀行に買い取りを依頼します。買取銀行は書類点検後、買い取り代金を売り手(輸出者)に払います。

その後、買取銀行は荷為替手形などを信用状発行銀行に送付します。信用状発行銀行は書類点検後、買取銀行に代金を支払います。

信用状発行銀行は買い手(輸入者)に対して、代金の支払いと引き換えに船積書類を渡します。これにより、買い手(輸入者)は商品を受け取れます。「信用状に記載されている条件を満たす荷為替手形の提示に対して代金を支払う」という信用状発行銀行の確約があるため、商品だけが買い手(輸入者)に渡って代金が売り手(輸出者)に支払われない恐れがなく、リスクを低減できます。

信用状が付く荷為替手形の買い取りは、提示された為替手形と船積書類が信用状条件に合致しているかを確認し、不一致な点がない場合に実行されます。そのため、売り手(輸出者)は信用状に記載されている条件に合致する書類を作成する必要があります。

信用状が付く荷為替手形による決済の主な流れは次の通りです。

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2.信用状が付かない荷為替手形による決済

信用状が付かない荷為替手形による決済には、「手形支払書類渡(D/P)決済(以下「D/P決済」)」と「手形引受書類渡(D/A)決済(以下「D/A決済」)」の2つがあります。

D/P決済とは、

買い手(輸入者)が代金を支払うことにより、添付されている船積書類を引き取ることができ、さらには商品を引き取ることができる取引方法

です。売り手(輸出者)へ代金の支払いをしてから商品を引き取ることになるため、代金決済がされない状態で商品が買い手(輸入者)に渡るリスクがありません。ただし、買い手(輸入者)が決済できない場合、引き取られなかった商品が現地に残留することになるため、割引価格による現地処分や、返送に伴う運賃の負担といった損失が生じます。

D/A決済とは、

買い手(輸入者)が手形を引き受けて支払いを確約することで、添付されている船積書類を引き取る取引方法

です。手形には支払猶予期間(ユーザンス)が設定されているので、買い手(輸入者)は引き受け後、支払期限まで支払いを延ばすことができます。そのため、手形の不渡りが生じた際は、商品だけ買い手(輸入者)に渡って、売り手(輸出者)に代金が支払われないというリスクがあります。

信用状が付かない荷為替手形による決済の主な流れは次の通りです。

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4 方策その3:支払いを保証するサービスを活用する

買い手の支払いを保証する「ファクタリング」、貿易取引の決済に関する事故を補償する「貿易保険」「取引信用保険」などの活用を考えてもよいでしょう。

ファクタリングとは、

ファクタリング事業者と呼ばれる企業が、売り手の持つ債権を買い取って債権回収を行ったり、債権の決済の保証などをしたりするサービス

で、一部の事業者は海外企業との貿易取引も対象としています。

貿易保険とは、主に日本貿易保険が提供する保険サービスで、貿易取引の代金が回収できなかったときの補償に加え、輸入制限や紛争といったカントリーリスクそのものに起因する損失(輸出不能になるなど)も補償対象となっています。国や地域によっては、カントリーリスクの一部を補償対象外としていたり、保険の引き受けそのものを行っていなかったりする場合などがあります。

取引信用保険は、民間の損害保険会社が提供する保険サービスで、代金が回収できなかったときの補償をしており、国内外問わず売買取引に際して利用できます。

■日本貿易保険■
https://www.nexi.go.jp/

5 その他:専門機関や専門家に相談するのも一策

取引先が海外に所在する場合、自社で取れる対応は限られがちであり、専門的な知識も求められます。そのため、次に挙げる日本貿易振興機構(ジェトロ)などの専門機関、弁護士や貿易アドバイザーといった専門家を活用して、万が一の事態を未然に防ぐ体制を整えておき、いざというときには相談するようにしましょう。

1)日本貿易振興機構(ジェトロ)

日本貿易振興機構(ジェトロ)は、独立行政法人日本貿易振興機構法に基づき設立された貿易・投資の支援機関です。同機構は、海外進出を検討している企業に対して、貿易投資相談(無料)、海外ミニ調査サービス(有料)などを提供しています。

■日本貿易振興機構(ジェトロ)■
https://www.jetro.go.jp/

2)中小企業基盤整備機構 販路支援部 海外展開支援課

中小企業基盤整備機構では、中小企業国際化支援アドバイスを行っています。個別の相談ごとに、各分野で専門性の高いスキルを持つ「国際化支援アドバイザー」が、経営課題解決の観点に立ったアドバイスを行っています。アドバイスの費用は無料となっており、何度でも相談できます。

また、同機構では、ウェブサイト上での情報提供や、全国各地において貿易など海外展開に関するセミナーを実施しています。

■中小企業基盤整備機構「海外展開に関する相談」■
https://www.smrj.go.jp/sme/overseas/consulting/

3)日本商事仲裁協会

日本商事仲裁協会は、商事紛争の処理および未然防止などを図ることによる、円滑な国際取引の促進を目的とした団体です。同協会は、国内外の商事紛争を対象としていますが、元来は国際商事紛争の解決を主な業務としていたことから、貿易取引に関する支援などが充実しています。具体的には会員向けに国際契約・国際取引法律相談などを行っています。

■日本商事仲裁協会■
https://www.jcaa.or.jp/

4)貿易アドバイザー協会(AIBA)

貿易アドバイザー協会(AIBA)は、貿易に関するコンサルティングなどを行う貿易アドバイザーによって運営されている団体です。同協会では、貿易アドバイザーの認定の他、輸出入実務サポート、海外法規制・市場調査、貿易に関するセミナーの講師派遣、現地視察への同行などを行っています。

■貿易アドバイザー協会(AIBA)■
https://trade-advisers.com/

以上(2021年7月)
(監修 一般社団法人貿易アドバイザー協会(AIBA))

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画像:pixabay

【朝礼】イメージトレーニングを実践してみよう

いよいよ4年に1度のスポーツの「熱き祭典」が始まりました。新型コロナウィルス感染症などさまざまな課題はあるものの、世界のトップアスリートたちを、是非、応援したいものです。

さて、トップアスリートと呼ばれる人のほとんどが「イメージトレーニング」を取り入れているそうです。トップアスリートたちは、自分がこれからする競技を頭の中で思い浮かべて成功をイメージし、本番ではそのイメージを持って競技に挑むのだといいます。

例えば、マラソン競技ならばコースの風景や上り下りの傾斜をイメージしながら頭の中でレースを進め、スパートをかける勝負どころはどこなのかをあらかじめイメージしてレースに向かうのだそうです。また、「自分が先頭でゴールテープを切る姿」を思い浮かべて、成功をイメージすることも大切なイメージトレーニングだといいます。

イメージトレーニングが効果的なのはスポーツだけに限るものではありません。私たちが仕事に取り組む上でも、イメージトレーニングはとても大切です。仕事に取り組むときには、どのような手順で仕事を進めるのか、そのためには事前の準備として何をすればいいのか、そして最終的なゴールはいつ、どのようなものになるのかを事前にイメージしておきましょう。

例えば今日、お客様を訪問する予定があれば、お客様の顔を思い浮かべながら伝えなければいけないことや聞きたい話を整理し、お客様がどのような質問をしてくるか、どう説明すれば成功に結びつくかをイメージしておくとよいでしょう。

ひとは誰でもよい仕事をしたいし、よい結果を残したいと思っているはずです。けれども、ただ漠然と成功したいと考えているだけではそれはうまくいかないかもしれません。

自分がなすべきこととそこに至る道筋をあらかじめ頭の中でまとめて、なすべきことと成功へのイメージを作っておけば、目の前の仕事に追われてしまって右往左往してしまうことも少なくなります。

アスリートたちの勝負は、競技が始まるずいぶん前に、イメージの中で始まっています。同じように、私たちの仕事も本当は事前にイメージすることから始めてみてはどうでしょう。仕事に取り掛かる前には、自分のやるべきことをできるだけはっきりと具体的にイメージしておくのです。頭の中でのイメージを具現化するように仕事に取り組むことで、段取りよく無駄のない仕事ができるようになります。また、イメージした通りに仕事が進んだり、商談が成立すれば、成功体験を2回することができ、仕事に対する自信にもつながります。

以上(2021年7月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】身近にあるワクワクや感謝に気付ける人になる

先日、取引を始めたばかりのクライアントから、Z世代向けのマーケティングについて相談を受けました。Z世代とは、1990年代後半から2012年ごろに生まれた世代で、当社がターゲットとする顧客層とは大きく異なります。この話を断ることもできましたが、「打席に立つ」のが私のモットーですし、こうした機会でもなければ接することのない分野だと思ったので、少し調べてみることにしました。

Z世代について書かれた書籍を読み、Z世代が好むとされる音楽を聴いてみました。知り合いにも相談してみました。すると、想定していなかった新しい発見がたくさんあったのです。

例えば、Z世代向けの書籍を読んだことで、軟らかい文章を書く際のヒントがつかめました。最新の音楽を聴き、新鮮な気持ちで「かっこいい!」と感じてリフレッシュできました。それに、この件で相談した知り合いと、ビジネス以外の「趣味の話」をすることができ、これまで以上に仲良くなれました。

とてもワクワクする楽しい経験をしたわけですが、ここで私はふと、気付いたのです。「この経験は、当社に所属していなければできなかったかもしれない」ということに。そして、この経験のきっかけとなったクライアントとの取引は、ここにいる皆さんが1年以上もかけて努力し続けてきた成果であることに。改めて、私は皆さんとクライアントに「ありがとう」と思ったのです。

このエピソードを通じて、私が皆さんに伝えたいのは、

私たちの周りにはワクワクすることや、感謝の気持ちを抱かせるようなことであふれている

ということです。しかし残念なことに、それに気付いていない人があまりにも多くいます。

最近、「好きな仕事だけをすればいい」「我慢する必要はない」といった風潮があります。そして、右へ左へと気軽に動くことを「流動化」として推奨しているようにさえ感じます。しかし、「この仕事はつまらない。私には合わない」と凝り固まった考え方をし、簡単に会社を辞めたり、諦めてしまったりしている人がいるとすれば、それは大きな間違いと言わざるを得ません。

そうした人が「青い鳥」を探しに行ったとしても、きっと見つからないと思うからです。今、自分がいる場所で、身近にあるワクワクや感謝にさえ気付けないのですから、よそに行っても見つかるはずがありません。

仕事が自分に向いているか否か、仕事が楽しいか否かを決めるのは、その仕事の内容だけではありません。皆さんがその仕事とどう向き合うのか、そしてワクワクや感謝に気付くことができるかが大切なのです。どうか、気付くための感性を養ってください。そして、ワクワクや感謝などの

「気付き」に気付ける人

になってください。それだけで皆さんのビジネスパーソンとしての世界が豊かになります。

以上(2021年7月)

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画像:Mariko Mitsuda

海外評価が急上昇! 酒類から学ぶ「ジャパンブランド」作りの極意

書いてあること

  • 主な読者:小売業、食品・飲料業の経営者
  • 課題:自社の存在感を高め、販路拡大をしたい
  • 解決策:輸出が堅調なお酒の販売戦略・商品開発を参考にする

1 輸出額は10年連続過去最高! 日本のお酒が世界進出

このところ、日本産のお酒の販売が海外で好調なのをご存じですか?

なんと、お酒の輸出金額が10年連続で過去最高を記録し、2011年の約190億円から、2020年には4倍近い約710億円に成長しているのです。国内のお酒市場が「若者のアルコール離れ」や新型コロナウィルス感染症による影響などで苦戦するのとは対照的に、海外市場は大いに注目されています。

この機会をいかそうと、日本酒では、「酒スタートアップ」が日本酒の高級ブランド化に取り組んだり、外国人の嗜好に合わせた新商品を製造・販売したりしています。ワインでは、日本で製造する「日本ワイン」の輸出拡大を目指し、ワイナリーを開設する企業も増えています。ウイスキーに目を向けると、2021年4月に定義が確定した「ジャパニーズウイスキー」が海外進出を本格化させようとしています。

世界進出する日本のお酒! この動向は異業種であっても、海外への販路拡大やブランド確立の際の参考になるはずです。

2 お酒事業者の取り組み

今回は、日本酒・ワイン・ウイスキーにスポットを当て、海外で売れる商品を追ってみます。縦軸を「新機軸を採用する/伝統を重んじる」、横軸を「既存の魅力を深掘りする/多様化・現地に最適化させる」で分類してみると次のようになります。

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1)高級日本酒を海外展開:Clear

Clearは日本酒の製造・販売事業に特化したスタートアップで、世界のラグジュアリーブランドに匹敵する日本酒を目指し、高級日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を展開しています。2018年に造り酒屋を買収し、オリジナルブランドの製造・販売を開始し、現在は、1万5400円~19万8000円の価格帯で販売しています。最高級ランクとされる大吟醸の商品の多くが数千円程度で流通している中、割高な印象を受けますが、厳選した米を200時間かけて精米するなど、質へのこだわりに妥協は見られません。同社の「百光」は、世界的権威のあるワイン品評会で金賞を受賞したり、東京都内の外資系高級ホテルでの提供が開始されたりと着実に評価を高めています。

また、同社は日本酒ウェブメディア「SAKE TIMES」も運営しており、日本語版、英語のグローバル版を通じ、「日本酒業界の今」を内外に発信しています。

2)フランス パリで酒蔵をオープン:WAKAZE

WAKAZEは、東京都の三軒茶屋とフランスのパリに醸造所を開設し、これまでにない酒造りに取り組んでいます。

日本国内で新たに日本酒(清酒)を製造する場合、酒税法の規制により年間6万リットル(一升瓶換算で約3万本以上)の最低製造量が課せられており、新規参入への高いハードルとなっていました。そこで、同社は2019年にフランスのパリに醸造所「KURA GRAND PARIS」をオープンしました。ここは、タンクや圧搾機などの、酒造りに必要な器具を備えたヨーロッパ最大規模の酒蔵です。フランス国内の米や水などを用い、食の都パリで、洋食にペアリングできる日本酒を発信しています。

同社のオンラインストアでは、外国人など、お酒になじみの薄い人たちへの「SAKEの世界」の入り口となる、果実感を感じる味とワインボトルのようなデザインの「THE CLASSIC」や、洋食とマッチし、ワイングラスで香りを楽しむことを想定した「ORBIA」、国産のかんきつ類やスパイスを配合したボタニカル酒「FONIA」などを製造・販売しています。

同社は、2021年6月、ジャフコ グループ、ニッセイ・キャピタルなどから総額3.3億円の資金調達を実施しました。今後は、この資金を元にヨーロッパ全土、アメリカへの浸透を図る狙いです。

3)「ワインツーリズム」で日本ワインをPR:メルシャン

キリンホールディングス傘下のメルシャンは、国内でワイナリーの開業を進めています。同社の日本ワイン(国産のぶどうを100%使用して国内で製造されたワイン)のブランド「シャトー・メルシャン」は、海外で普及している「ワインツーリズム」の確立も視野に入れ、日本ワインの輸出拠点として長野県に「シャトー・メルシャン 椀子(まりこ)ワイナリー」を2019年にオープンしました。

このワイナリーは、浅間山や北アルプスの絶景を望む丘にあり、30ヘクタールの敷地を有しています。2020年には世界の優れたワイナリーを選ぶ「ワールド・ベスト・ヴィンヤード 2020」で日本初のランクインとアジア第1位を獲得しました。同ワイナリーでは、ワイナリーツアーも実施していますが、今後は周辺のワイナリーや軽井沢などの観光資源を巻き込みながら、国内外に向けてワインツーリズムを推進していく計画です。

メルシャンは2021年に、日本を代表するぶどう「甲州」を用いた「シャトー・メルシャン 岩出甲州 オルトゥム 2020」を発売し、日本ワインのさらなる価値向上を目指していく予定です。

4)気候変動で注目される北海道のワイナリー:北海道ワイン

北海道ワインは、いわゆる「国産ワイン(原料のぶどう果汁や外国産のワインを輸入し、ブレンドしたもの)」の製造は行わず、栽培から販売までをすべて国内で行う日本ワインの製造・販売に特化しています。同社の「余市ハーベスト ツヴァイゲルト スペシャルキュヴェ2017」は、アジア最大級の国際酒類コンペティションで北海道産のワインとして初の金賞を受賞し、国内外での評価を高めています。

2020年には、北海道ワイン後志ヴィンヤードを設立し、2024年の収穫を目指しています。同所では、ケルナーやシャルドネ、ピノ・ノワールを各2200本栽培する計画です。また、「北海道」という商品の名称(地理的表示)を知的財産として登録し保護する地理的表示(GI)保護制度に登録することも目指しています。

近年の地球温暖化の影響を受け、北海道は、ワイン生産地として海外からも注目されるようになってきました。これまで北海道は、ワイン用のぶどうが栽培できる北限とも言われており、寒冷地でも栽培可能なドイツ原産のケルナーなどが代表品種でした。近年では、これまで栽培されていなかった、フランス原産のピノ・ノワールなどの栽培が増えています。

フランスのワインの名産地であるブルゴーニュ地方やシャンパーニュ地方などの緯度が北緯47度~48度、北海道がおよそ42~45度となり、北海道の厳しい冬の影響もあり、ヨーロッパ品種のぶどうの栽培に適しているとされています。

これを裏付けるように、フランスのブルゴーニュ地方の老舗のドメーヌ・ド・モンティーユが、北海道にワイナリーを開設し、日本ワイン「de Montille & Hokkaido」のブランド名で事業を開始しています。

5)ジャパニーズウイスキーの雄:サントリー&ニッカウヰスキー

日本のウイスキーは、サントリーとアサヒビール傘下のニッカウヰスキーが販売の大部分を占めています。海外で日本のウイスキーの評価が高まった要因として、2000年代に入り、両社のウイスキーをはじめとする「Japanese Whisky」が海外のコンテストで軒並み上位にランクインするようになったことが挙げられます。

こうして世界に日本産のウイスキーの品質が認められると、旅行先としての日本の認知度が高まってきたことも手伝い、山崎や余市などの両社の蒸留所へのツアーの人気も高まりました。

サントリーの「響」、ニッカウヰスキーの「竹鶴」などは、毎年のように世界の賞を受賞しており、欧米圏などを中心に高い人気を誇っています。

一方、ウイスキーの製造には、商品によっては熟成に十数年以上掛かることもあり、国内の大手メーカーが実質的に2社に限定されていることもあり、急激な需要の変化に対応しにくいことが課題と言えます。

上記の海外での評価の上昇と並行し、国内ではハイボールブームや、ウイスキーがテーマの朝の連続ドラマが放映されるなどした結果、ウイスキーの原酒が不足し、一部の銘柄の終売や、流通価格の高騰などの弊害も起きています。

6)地ウイスキーも続々登場:本坊酒造&三郎丸蒸留所

日本のウイスキーの評価が高まる中で、小規模ながらこだわりのウイスキー「地ウイスキー」も登場しています。世界5大ウイスキーのスコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本のさまざまな原酒をブレンドしたオリジナルの地ウイスキーも、海外で世界最高賞を受賞するなど、高く評価されています。

本坊酒造(鹿児島県)は、自社ブランド「マルスウイスキー」を展開しています。1985年に長野県に蒸留所をオープンし、地ウイスキーブランドとしての地位を確保しています。同社の「こだわりモルトの地ウイスキー」は、モルト原酒にグレーン(穀類)などをブレンドし、日本酒のように一升瓶に瓶詰めされています。

三郎丸蒸留所(富山県)は、北陸唯一のウイスキー蒸留所とされています。同所は、2017年に設備をリニューアルし、世界初の技術を取り入れたポットスチル(蒸留機)を使用してこだわりのウイスキーを生産しています。現在では、国内初の国内の他の蒸留所との原酒の交換を実現し、ジャパニーズウイスキーの安定的な製造・販売を確立すべく、ボトラーズ事業のためのクラウドファンディングをモルトウイスキーの販売専門店のモルトヤマと共同で実施しています。

ウイスキーに関しては、2021年4月にジャパニーズウイスキーの定義が確定・公表されました。この定義では、日本国内の水を用いて日本国内で製造・貯蔵・瓶詰めされたものがジャパニーズウイスキーとして定義されます。

これまでは、海外産の原酒を日本で瓶詰めやブレンドしたものなどでも、ジャパニーズウイスキーとして国内外で流通することができましたが、定義の公表が「世界5大ウイスキー」の一つであるジャパニーズウイスキーの保護・販売拡大の追い風となるでしょう。

3 お酒関連の動向

冒頭で触れたように、お酒の輸出金額は増加しています。輸出金額やお酒市場の置かれている現状を見てみましょう。

1)日本からの輸出額:国税庁「酒類の輸出動向」

国税庁の資料「酒類の輸出動向」によると、近年の日本のお酒の輸出金額は次の通りです。

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お酒の輸出金額は、ここ10年で順調に右肩上がりを維持しています。この図表にはありませんが、2020年に輸出金額が大きかったお酒は、1位がウイスキー(271億円)、2位が清酒(241億円)、3位がリキュール及びコーディアル(86億円)となっています。

2011年から2019年までは、清酒が金額トップを維持していましたが、2020年には清酒が前年比3.1%増にとどまった一方、ウイスキーは同39.4%に成長し、金額トップの座に着きました。

2)お酒市場の現状

お酒市場の現状として、次のようなものが想定されます。海外向けの動きとしては、近年の日本(食)ブームと政府による貿易振興支援が奏効していますが、国内に目を向けると、お酒市場の縮小や後継者不足など、課題が山積していると言えます。また、地球温暖化を受けた産地の変化は今後要注意と言えます。実際に、寒冷な気候の北海道に岐阜県の酒蔵やフランスのワイナリーが移転したり、ぶどうの栽培を始めたりしています。

そうした中で、「酒スタートアップ」の登場や、テクノロジーを用いて新商品の開発や販売に取り組む企業が現れるなど、明るい動きも出てきています。

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3)輸出支援の参考資料

政府もお酒の輸出に対して支援を行っています。JETRO(ジェトロ、日本貿易振興機構)は、国税庁と共同で、日本酒の輸出を検討する事業者向けに「日本酒輸出ハンドブック」を公開しています。

このハンドブックは、現在「香港編」「中国編」「台湾編」「韓国編」「米国編」「カナダ編」が公開されています。

日本酒の輸出を想定しているものの、ハンドブックの内容は、日本からの輸出品などのデータや現地の消費トレンド、輸出に際しての手続きや留意点などが数十ページでまとめられており、日本酒の輸出にとどまらず、他のお酒の輸出を検討する際のヒントに活用できそうです。

■JETRO 日本酒輸出ハンドブック■
https://www.jetro.go.jp/industry/foods/notice/e677cd2ac372fb1e.html

以上(2021年7月)

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