企業成長に資するダイバーシティ経営~形だけのダイバーシティ経営からの脱却~

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【インタビュー相手】
佐々木かをり(ささき かをり)氏

株式会社イー・ウーマン代表取締役社長。ダイバーシティの第一人者。日本最大級のダイバーシティ会議「国際女性ビジネス会議」を26年にわたり企画・プロデュース。組織の多様性と成長性を年1回数値化する「ダイバーシティインデックス」を開発、今年第5回目を募集する。内閣府男女共同参画会議、厚生労働省など多くの政府審議会等委員、上場企業等の社外取締役を務める。世界銀行「女性起業家資金イニシアティブ(We-Fi)」日本代表。日本語・英語での講演も多くAPEC、OECDなど国内外で1700回を超える。メディア出演も多い。

1 “ダイバーシティ経営”にまつわる誤解

近年、“ダイバーシティ経営”という言葉が広がり、これを経営戦略や経営計画に掲げる企業も増えています。ダイバーシティは“多様性”を意味し、政治的背景、社会的背景、経済的背景など様々な文脈で語られていますが、企業として実践すべき“ダイバーシティ経営”として見てみると、その企業にとって都合よく偏った解釈に基づいていたり、きわめて表層的な側面だけを捉えていたり、といった状況が散見されます。

「ダイバーシティ経営の目的や効果を本質的・根本的に理解していない経営者の方々が多い」

“ダイバーシティ経営”を30年来唱え続ける、ユニカルインターナショナル、イー・ウーマンで代表を務める佐々木かをり氏はこう指摘されています。「ダイバーシティ経営を“女性活躍”と置き換えて解釈し、“女性社員を増やすことでしょう? うちのように男性中心の業界には関係ないよ”と言う方もいらっしゃいますし、“女性社員を増やしているし、管理職の女性比率も〇%だからダイバーシティ経営はできているよ”と言う方もいらっしゃいます。しかし、いずれも完全な理解ではありません。また、業界特性上、女性社員を増やすことが難しいといった固定観念も自社のためになりません。ダイバーシティ経営=女性比率だけではありませんので、ぜひ、ダイバーシティ経営がどれだけ自社にとって重要かを知ってほしいと思います」

このようにダイバーシティ経営を“女性活躍”として捉えてしまっている例の他、外国人雇用として捉えてしまっている方も多いようです。地方の建設業、製造業などでは、外国人労働者を積極的に多数雇用している企業が多く、外国人雇用者数のみを見て、ダイバーシティ経営をしているとおっしゃる経営者の方も少なくないようです。

ダイバーシティ経営に対するこれらの誤解は、日本固有の社会情勢に起因するところもあります。2000年代から少子高齢化が大きな社会問題として強く叫ばれるようになり、将来の労働力不足の懸念から、女性、外国人、さらには高齢者も含め、積極的に活用しようという流れが起こり、この流れと欧米で発展したダイバーシティ経営が紐づけて語られるようになってしまった、というのが現在の日本における“ダイバーシティ経営”です。単なる労働力MIXでしかないような場合でも、その比率をもってダイバーシティ経営をしているつもりになってしまうわけです。

また、ダイバーシティ経営という言葉が持つポジティブなイメージから、これを企業PRやマーケティングに活かすよう、看板や道具としている企業も少なくありません。この点について、佐々木かをり氏は「上場企業や大手企業では、各種の機関や団体が示す女性管理職比率や障碍(がい)者雇用比率の指標を達成してAwardや認証を取得することで安心しているように見えるケースもあります。また、IR活動として、各種の目標指標を示して、社内サーベイの結果と達成状況を市場に発信している企業もあります。こうした取り組みは第一歩に過ぎず、ダイバーシティ経営の本質を全うするためには、さらに前進が必要です」と懸念を示されています。「せっかくダイバーシティ経営に向けての組織作り、採用活動、社内セミナー等に対して真面目に取り組んでも、先述のような認識に依拠し、企業風土として全社的に浸透しない、企業活動の担い手である中間管理職層の理解が得られない、企業成長につながる形で昇華されない、という状況に陥りがちです。次の段階、すなわち本来のダイバーシティ経営の成果を得る段階に移行が必要な企業も多いことが現状です」(佐々木かをり氏)

では、ダイバーシティ経営の本質とは何なのか、その目的・意義、期待できる効果はどういったものなのか。次章で明らかにしていきます。

2 ダイバーシティ経営の本質

「ダイバーシティ経営は、多様な労働者を雇用し、その人たちの力を活かし、声を聞き、会社を変革していくことによって、社会への還元に留まらず、企業の成長、そして、もうけられる企業への転換につながること。それが目的なのです」(佐々木かをり氏)

ダイバーシティ経営が一体どうやって企業の成長につながるのでしょうか? その点についてさらにご説明いただきました。「Collective Genius、日本語では“集合天才”と訳され、“三人寄れば文殊の知恵”と言われることもありますが、多様な視点を集めてこれを経営に活かしイノベーションを起こすということ。これが企業成長の源泉になります。なぜダイバーシティ経営が必要なのか? と問われれば、人権を守りながら、持続可能な社会を作るための基本であることは間違いないですが、それが実は、企業の成長やイノベーションを起こすことに直結しているのです。こうした考えに基づき組織、制度、風土を醸成することで、長期的に成長する企業組織となっていくことがダイバーシティ経営の本質です。ダイバーシティ経営に取り組まない企業には、成長も未来もありません」(佐々木かをり氏)

ダイバーシティ経営は、人間社会としてのモラルや倫理に根差すソフトなアクションに加え、競争市場でのハードな“攻め”のアクションとしても捉える必要がありそうです。社会的要請に応えるため、あるいは市場からの批判や非難を避けるためといった消極的な目的に基づくアクションではなく、あくまでも成長戦略、競争戦略としての積極的なアクションであることを肝に銘じなければなりません。こうしたことを踏まえ、ダイバーシティ経営の本質、目的・意義、期待効果を見失うことなく、着実な取り組みにするために押さえておくべき4つのキーワードについてご説明いただきました。

1)ダイバーシティ(Diversity=多様性)

本稿のテーマが“ダイバーシティ経営”ですので、改めて掲げるまでもないかもしれませんが、先述の通り、女性や障碍(がい)者など偏った見方を持たれている方が多いのも事実です。企業の成長を見据え、「性別、年齢、国籍、経歴など多様な人材を採用し、昇格させる人事・採用戦略がダイバーシティの基礎であり重要です」(佐々木かをり氏)。多様性のある人材が長期にわたって企業の価値創造に貢献できる環境を作っていくこと自体が、企業の自力を高めていくことになります。

2)エクイティ(Equity=公平)

「今大切なキーワードは、エクイティです。イクオリティ(Equality=平等)と異なる概念です。“平等”とは、すべての人を同じように扱うことを意味します。一方で、“公平”とは、個々の状況やニーズを踏まえながら誰もが力を発揮できるように条件に揃えていくことです」(佐々木かをり氏)

言うは易く行うは難しではありますが、企業の成長という観点、すなわち個々に異なる従業員から見て有利不利がなく事業成果や付加価値を適正に図る仕組みを継続的に改善していくことが重要になります。

3)インクルージョン(Inclusion=包含)

多様な人材を採用したとしても、それらの人材が委縮し、自身の意見や考え方を示せずにいたら、新たな気付きや発見はありません。「多様な意見や考え方が気兼ねなく自由に示され、それらを広く包み込み、受け入れ、業務を進化させていく組織風土を作り上げることが重要です」(佐々木かをり氏)。そこから自由闊達な意見交換が重ねられ、イノベーションの種が見つけられるのです。最近では、製品開発や技術改革、研究開発や組織改革などにおいて、自社以外の組織や機関などが持つ知識や技術を取り込んでいく“オープンイノベーション”が度々話題に上りますが、まずは社内の多様な人材がオープンに意見交換し、互いの考え方を受け入れ、尊重する土壌を作ることが重要です。我々日本人は、比較的近しい環境で育った者同士が集まって活動している機会が多いため、特にこの点は留意する必要があります。

4)ガバナンス&イノベーション(Governance & Innovation=内部統制と革新)

ダイバーシティ経営が全社に及んでいくことにより、経営の意思決定も様々な意見交換や議論を通じて行われることになります。スピード経営が求められる昨今の競争環境においては、社長一人の意思決定のほうが速やかな対応ができ優位性があるように見え、ダイバーシティ経営では最終的な意思決定に時間と労力を要するように見えます。しかしダイバーシティ経営で生み出したイノベーションが世に出るスピードを高めて企業成長することが重要です。

「ダイバーシティ経営ではイノベーションが起きるだけでなく、役員レベルに多様な視点が入ることで内部統制が働き、社長の一存や勘に頼らない適切かつ革新的な意思決定を導く、またリスク回避にもつながります」(佐々木かをり氏)

3 中小企業にダイバーシティ経営が求められる理由

これまでに述べた通り、ダイバーシティ経営は、激しい競争に打ち勝つことを目的にした成長戦略、競争戦略としての積極的なアクションであり、このことは、中小企業にとっても何ら変わることなく当てはまることになります。とは言え、多くの中小企業にとっては、限られた経営資源(従業員)を多様化させること自体に限界があり、自分たちの課題として認識しづらい状況にあるのではないかと思われます。しかしながら、佐々木かをり氏によると、中小企業はダイバーシティ経営の実践を急務として考えねばならない状況にあるようです。以下、その状況についてご説明いただきました。

1)取引先や関係会社の変化

昨年(2021年)6月、東京証券取引所はコーポレートガバナンス・コードに係る有価証券上場規程の一部改正を公表・施行しました。改正の主なポイントの1つとして「企業の中核人材における多様性の確保」が挙げられています。これらは上場企業に求められる事項ではあるものの、新たな成長を実現する企業全般に求められる要素として受け止められています。また、「こうした事項が求められている上場企業は、共に成長する取引先企業として、ダイバーシティ経営を行っている企業のみを選ぶことがルールとなり始めています」(佐々木かをり氏)

すなわち、中小企業にとっても、ダイバーシティ経営を真剣に考えるときが来ているということです。

2)投資家、金融機関の変化

ダイバーシティ経営の本質を考えるにあたり、SDGsの文脈に若干触れましたが、それとは別の流れとして、投資家や金融機関における判断基準の変化があります。「これまでのような経営財務や事業価値の観点だけで投融資を判断するのではなく、SDGsやESGなどの非財務情報が投融資の判断となる流れになっています」(佐々木かをり氏)

換言すると、経営財務や事業価値が高く評価されたとしても、ダイバーシティ経営が十分に行われていなければ将来性に乏しいと見られ、必要な投融資を引き出せない事態もあり得る状況になりつつあります。なお、中央省庁や地方自治体による補助金事業等においては、応募資格としてダイバーシティ経営の深度が問われるような事項が含まれています。ダイバーシティ経営を含むSDGsやESGに関する取り組みが、中小企業を含む事業体の評価・判断に広く使われるようになる流れはますます進んでいくことでしょう。

3)需要サイドの多様化(供給サイドの多様化対応)

BtoC領域のみならず、BtoB領域においても、製品やサービスの需要サイドは多様化が進んでいます。以前から言われていることではありますが、需要サイドの多様化が進み、需要サイドが選ぶ側になり、供給サイドは選ばれる側になっています。需要サイドが発する様々なメッセージやニーズを的確に把握し、それに応えていくためには、供給サイドもダイバーシティ経営を推し進め、多様なプロトコルで双方向のやり取りができる体制を備え、選ばれる企業に変貌しなければなりません。「ダイバーシティ経営に取り組んでいない企業は、ダイバーシティ経営を重視する取引先や協力会社と建設的・発展的なコミュニケーションが取れなくなります。企業を取り巻く環境変化を理解し消化することができない中小企業は、ビジネス機会が減っていく可能性があるのです」(佐々木かをり氏)

4 ダイバーシティ経営“事始め”

ここまで、ダイバーシティ経営の本質は、企業成長のための戦略的・積極的な“攻め”のアクションであり、ダイバーシティ経営の実践は、中小企業を含む事業体にとって急務であることを申し述べてきました。“ダイバーシティ経営の重要性や緊急性はよく分かった。では、いったいどこから手を付ければいいのか?”。こうした問いに対して、佐々木かをり氏より助言をいただきました。

1)ダイバーシティ状況の可視化

どのような企業変革テーマであっても、まずは自社の状況や立ち位置を客観的に捉えることが重要です。単に人数やその比率を計測するのではなく、ダイバーシティの進捗状況や課題を可視化することはできないか、という問題認識の下、国内外のダイバーシティ有識者や様々な企業の協力によって作られたのが、様々な企業が年1回参加する『ダイバーシティインデックス』です。

ダイバーシティインデックスは、先述した4つのキーワード、“ダイバーシティ”、“エクイティ”、“インクルージョン”、“ガバナンス&イノベーション”の4つの角度から、自社のダイバーシティ経営とその成果を客観的に数値で把握することができます。ダイバーシティインデックスが備えているプログラムは、①企業の意識調査、②個人の認識調査、③個人テスト・セルフラーニングの3つのセクションで構成されています。年1回、非財務情報を可視化し、他社の状況をベンチマークしながら経営者や従業員に対する“気付き”の機会を与えるプログラムになっています。ダイバーシティ経営を取り組み始める初年度から記録を始め、毎年の経年変化を把握しながら取り組んでいくことが重要でしょう。「ダイバーシティインデックスは、経営戦略に使えるように作られており、ESG経営におけるS(ソーシャル)とG(ガバナンス)に相当する部分を数値化しています。社内改革のみならず、IRにも活用でき、ESG投資家などからも注目を集めています」(佐々木かをり氏)

2)業界を越えたダイバーシティ連携

先述の通り、多くの中小企業にとっては、限られた経営資源(従業員)を多様化させること自体に限界があるのも実態であり、ダイバーシティ経営への取り組みも段階的・長期的にならざるを得ないという側面があります。しかしながら、ダイバーシティ経営は、社内に限って考えなければならないものではありません。ダイバーシティ経営の本質は、企業成長のための戦略的・積極的な“攻め”のアクションですから、そうした観点から自社でできることを考えてみるべきです。そのうちの1つとして、他社とのダイバーシティ連携があります。ダイバーシティですから、同じ業界や関係会社などとではなく、まったく異なる業界の企業と、“ダイバーシティ経営”という共通の目的を持って、様々な取り組みを協働していき、お互いのイノベーションの発芽を目指していくことになります。もちろん、業界を越えた事業展開の青写真がすでにあった上で提携できればこの上ないですが、そういった青写真がなくとも、“ダイバーシティ経営“という目的のみで始めることで、想像を越えるイノベーションを生み出す可能性があります。また、企業と企業の連携に限らず、自社の顧客や利用ユーザーをメンバー化し、経営者層から従業員層まで広く展開して、仮想的・疑似的なダイバーシティ組織を組むことは、中小企業にとってもすぐに実践できる取り組みです。

3)社外取締役の戦略的登用

昨年(2021年)3月から、上場会社では社外取締役の設置が義務化されました。その理由は、取締役会の運営を健全化する観点から、会社からの独立性が高い人材を経営陣に送り込む必要があるためです。こうした流れは上場会社に限ったことではなく、事業体として取締役会の運営を健全化し、さらには有効化・高度化していきたいという考えの下で、社外取締役を戦略的に登用していこうとする企業が増えています。

“ダイバーシティ経営”の文脈で言えば、社外取締役の戦略的登用は、“はじめの一歩”になる取り組みになります。ダイバーシティ経営の4つのキーワードの1つ、“ガバナンス&イノベーション”でも触れた通り、社外取締役を戦略的に迎え入れることにより、経営の意思決定に内部統制が働き、加えて適切かつ革新的な意思決定に導くことにつながります。ダイバーシティ経営は一朝一夕にはいかず、相応の時間を要する取り組みですが、社外取締役の戦略的登用は、経営者層として取り組みやすい施策ではないでしょうか。「私自身、複数の企業の社外取締役を担わせていただいており、社外取締役の役割は、取締役会に多様な視点を持ち込み貢献することだと実感しています。成長への視点とリスク回避への視点の両方の視点を加えるダイバーシティ経営とは、ガバナンス強化そのものです。適切な社外取締役を探している企業のために、優秀な女性や外国人などの独立社外取締役を企業にご紹介するお手伝いも始めました。日本企業が社外取締役を活用し、成長することを心から期待しています」(佐々木かをり氏)

今回は、ユニカルインターナショナル、イー・ウーマンで代表を務める佐々木かをり氏へのインタビュー内容をもとに、ダイバーシティ経営についての基本的な理解から具体的な施策までを取りまとめました。今後のダイバーシティ経営の一助になれば幸いです。

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以上(2022年2月)
(執筆 辻 佳子)

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画像:Lucky Business-shutterstock

【朝礼】「継続」を実現する3つの秘訣

もうすぐ年度末を迎えます。皆さんは、今年度立てた目標をどのくらい実践できていますか。この時期になると、毎回、「今年度の目標が達成できそうにない」と嘆く人がいます。また、「2022年を迎え、今年こそはこれをやろうと思っていたが、1カ月たってみるとやはり継続できていない。早くも挫折した……」という人が、そろそろ出てきたのではないでしょうか。

今日はそんな皆さんに、「目標に向けて何かを継続する秘訣」を3つ伝えます。今日からでも実践できることばかりですので、3つとも、ぜひやってみてください。

まず1つ目は、「刻む」です。これは、「時を刻んで捉える」という意味です。「長く継続しなければ」「ずっとやり続けなければ」と深刻に考えすぎず、まずは1週間やってみてください。筋トレで考えると分かりやすいでしょう。取りあえず1週間、毎日10分や15分など短い時間でいいので実践してみます。1週間続けられたら、翌週も1週間、その次も1週間やってみる。そうして「1週間ずつ」を積み重ねていくのです。語学や資格の勉強なども同じです。まずは目の前の1週間だけ実践することを考えて取り組みましょう。

2つ目は、「記録する」です。簡単なメモ書きでいいので、自分が実践したことを記録に残します。例えば、先に1つ目として伝えた「1週間ずつ刻む」を実践した人は、1週間でやったことをスマホなどにメモしておきましょう。

見るのは自分だけですので、美しい文章や格好つけた内容はいりません。例えば、「1週間毎日スクワット30回」「今週は語学リスニングを5時間」などでもいいでしょう。記録をつけておくと、自分が実践したことがまさに「残る」ため、途中でやめたり放棄したりしにくくなります。「これだけやってきたのにやめたらもったいない。もうちょっとやろうかな」という心理が働くのです。

そして最後の3つ目は、「思い込む」です。これは文字通り、「自分は意志が強いからできる」と思い込むことです。これで継続できるか半信半疑な人もいるかもしれませんが、私は実際に、「自分は意志が強いから続けられる」と思い込んで、20年以上吸ってきたタバコを、キッパリやめることができました。「思い込む」に加えて、「刻む」「記録する」も実践しているからでしょうが、私は禁煙、筋トレ、語学の勉強を、もう5年も続けられています。

元東レ経営研究所社長の佐々木常夫(ささき つねお)さんが部下に言ったとされる有名な言葉に「良い習慣は才能を超える」があります。良い習慣を身に付けると毎日成長し続け、いつか才能ある人を超えるくらいになるという意味です。私はこの名言に「そして【良い習慣】は、まず1週間から」を追加して皆さんに伝えたいと思います。駄じゃれのようですが、年間の大きな目標も、まずは目の前の1週間からです。さて、年度末に向けて、今週も頑張っていきましょう!

以上(2022年2月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】部下の「裏切りの真意」はどこにある?

今朝は「裏切り」についてお話しします。「裏切る」という言葉には、味方に背いて敵方に付く、約束・信義・期待などに反するといった意味があり、「悪い行い」と認識されています。しかし、少し視点を変えてみると、必ずしも悪い行いとは言い切れない場合もあります。

歴史上の人物で例を挙げると、勝海舟(かつかいしゅう)が該当します。海舟は、明治維新における新政府軍と旧幕府軍の戦いで、旧幕府軍の交渉役として新政府軍の西郷隆盛(さいごうたかもり)と会談し、江戸城の「無血開城」を成し遂げた人物です。

海舟は江戸を戦火から救った人物として評価されていますが、明治が始まった頃の評価は高くありませんでした。新政府軍との戦いで旧幕府軍の多くが戦死したのに、海舟は戦わずして生き延び、明治維新後は新政府の要職を歴任しました。そのため、海舟のことを幕府の裏切り者と噂する声が少なくなかったのです。

しかし、海舟には生涯持ち続けた1つの信念がありました。それは、「日本を諸外国と渡り合える強い国にする」こと。アメリカに渡った経験を持つ海舟は、当時の日本の文化や政治が、いかに諸外国に遅れているかを知っていました。

だからこそ、彼は国内の争いによって諸外国に攻め込む隙を与えないよう、無血開城に踏み切り、明治維新後も、日本を強くするため、新政府への協力を惜しまなかったのです。

しかし、明治が始まった頃の日本は、まだ海外に関する情報が少なく、海舟のようにグローバルな視点で物事を考える人は少数でした。だから、表面上の行いだけを見て、彼を裏切り者と決めつけてしまう人が多かったのでしょう。

ビジネスにおいても「仕事の進め方を教えたのに、その指示を守らず失敗した」など、部下が上司の信頼を裏切ってしまうケースがあります。皆さんがこうした裏切りにあった場合、私からぜひともお願いしたいことがあります。いきなり部下を否定するのではなく、「なぜ、部下はそんな行動をしたのだろう」と考えてほしいのです。

もしかすると、部下は独自の着眼点で仕事を進めようとしたのかもしれません。その進め方はまだまだ未熟かもしれませんが、そこは周囲がフォローしてあげてください。

不祥事のような悪質なケースでなければ、部下を否定するのは、その「裏切りの真意」を知った後でも遅くはないはずです。なぜなら、こちらから見れば裏切りでも、その真意は正義であり、勇気ある行動であることが多いからです。部下の正義と勇気を知ろうとすることで、皆さんも管理職として成長することができるでしょう。

以上(2022年2月)

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画像:Mariko Mitsuda

【SDGs】「脱プラ」はここまで進んだ バイオプラスチック最前線

1 SDGs達成に不可欠なバイオプラによる「脱プラ」

かつて「夢の素材」といわれたプラスチックは、今では海洋汚染や二酸化炭素排出の元凶となり、廃プラスチックの「3R(リデュース、リユース、リサイクル)」が地球環境問題の重要テーマとなっています。しかし、年間3億6800万トン(2019年)も生産されるという全てのプラスチックを3Rだけでカバーするのは現実的ではありません。また、焼却して「熱回収」しても二酸化炭素の排出問題は解決されません。

こうした中で注目されているのが、

生物由来の原料や、自然に分解される性質を持った代替素材「バイオプラスチック」

です。既存のプラスチックと比べてまだ割高ですが、世界的な地球環境問題への関心の高まりに伴い、普及への動きが急速に進んでいます。世界では、

2022年のバイオプラスチック製品の生産能力は、2021年の2倍近くに増強される

との推計もあります。国内でも、ベンチャー企業なども含めた民間企業が商品化を進めており、政府も積極的に利用を推進しています。

国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)の中でも、バイオプラスチックの普及は「12つくる責任 つかう責任」「13気候変動に具体的な対策を」「14海の豊かさを守ろう」などに深く関連しています。この記事を通じて、バイオプラスチックの普及に向けた官民の動きをチェックし、「脱プラ」を検討してみてください。

2 バイオプラスチックの現在の普及状況

1)生分解性は海水での分解、バイオマスは非可食素材が開発テーマに

バイオプラスチックには2種類あります。1つは、

微生物によって最終的に水と二酸化炭素に分解される生分解性プラスチック

で、もう1つは、

生物由来の再生可能な原料で製造されるバイオマスプラスチック

です。生分解性プラスチックの中には生物由来でないものもありますが、バイオプラスチックと総称されます。2種類のバイオプラスチックは、製品の用途や処分(リサイクル)方法によって使い分けされます。

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同じ生分解性プラスチックでも、素材によって分解の条件が異なります。分解される条件が最も限定されている一方、開発が一番簡単なのが、専用のコンポストに入れると分解される素材です。次いで土の中で分解される素材、淡水で分解される素材が続き、最も開発が難しいのが、微生物の少ない海水でも分解される素材です。

バイオマスプラスチックに関しては、とうもろこしなどを原料とした可食性の素材と、植物残渣(ざんさ)など非可食性の素材に分けることができます。将来的な食料問題を想定し、非可食性の素材を開発する動きも進んでいます。

2)バイオプラスチックの生産量

欧州のバイオプラスチック製造業者などで構成される「ヨーロピアンバイオプラスチックス」によると、2021年の世界のバイオプラスチック製品の生産能力は241万7000トン(生分解性プラスチック155万3000トン、バイオマスプラスチック86万4000トン)でした。2022年には471万9000トン(生分解性プラスチック369万4000トン、バイオマスプラスチック102万5000トン)へとほぼ倍増し、2026年には759万3000トン(生分解性プラスチック529万7000トン、バイオマスプラスチック229万7000トン)へと3倍以上に増加するとの見通しとなっています。

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日本バイオプラスチック協会によると、国内では2019年のバイオプラスチックの出荷量の推計(原料別)は、生分解性プラスチックが4300トン、バイオマスプラスチックが4万2350トンで、合わせて4万6650トンとなっています。日本プラスチック工業連盟が公表した2019年のプラスチック原材料生産実績の約1051万トンと比較すると、約0.44%に相当します。

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3 商品化が進むバイオプラスチック

最近は地球環境問題への関心の高まりもあって、ベンチャー企業などを中心に、バイオプラスチックの商品化が進んでいます。一部を紹介します。

1)植物に多量に存在する「ヘミセルロース」を活用

事業革新パートナーズは、細胞壁など植物の成分の約20%を占める多糖類「ヘミセルロース」を原料とした生分解性プラスチックを開発しました。ヘミセルロースは、摂氏27度の海水で90%の生分解率があるのが特徴です。

東日本旅客鉄道(JR東日本)のベンチャー子会社とともに、福島県の鉄道林の間伐材から抽出したヘミセルロースを原料にしたタンブラーを製造しました。

2)海水での生分解率を向上

ダイセルは、植物由来のセルロースと酢酸を原料とした生分解性プラスチック「酢酸セルロース」の海水での生分解率を、従来の2倍に高めました。2021年8月には、海洋生分解性を証明する国際認証「OK biodegradable MARINE」を取得しています。

ダイセルは後述のネクアスと共同で、食品容器や包装資材などの製品開発を進めています。

3)竹を主原料としたストローの国内生産を開始

アミカテラは植物繊維を主原料に、でんぷんや植物由来の天然樹脂を使ったバイオプラスチックを開発しました。植物繊維は、植物残渣や農業廃棄物などからも抽出でき、独自開発した機械で粉砕をして加工します。

海水での生分解も可能といいます。2021年10月からは、竹を主原料としたストローの国内生産を開始しました。

4)木粉を複合したウッドプラスチックを商用可能に

アイ-コンポロジーは、木粉とプラスチックの複合材であるウッドプラスチックを、耐熱性が求められる射出成形も可能な素材に改良しました。これにより、プラスチック製品の量産に適し、コスト面でも商業的に活用できるようになったといいます。

また、東京都立産業技術研究センターと共同で、海水での生分解性を高めた生分解性プラスチック樹脂を開発しました。サトウキビと石油を使ったポリマーと植物粉を混ぜています。

5)独自開発の添加剤で既存のバイオプラスチックを進化

バイオワークスは、耐熱性や成形性で難点のあったバイオプラスチック「ポリ乳酸」に、独自に開発した植物由来の添加剤を5%加えることで、耐熱性や強度を向上させることに成功しました。他のバイオプラスチックと比べてコスト面で優位にあり、生分解も可能といいます。

6)卵の殻やコーヒーかすなどからバイオプラスチック製品を製造

プラント設備などを行う三和商会のグループであるネクアスは、石油由来のポリマーに、卵の殻、米、木粉、貝殻、灰、コーヒーかすなどを高充填したバイオプラスチック製品を開発しています。顧客の要望によって充填する素材を変えることも可能です。

7)米どころ新潟で古古米を使った製品を開発

新潟県上越市にあるバイオポリ上越は、古古米などを使ったバイオマスプラスチックを開発しました。もみ殻や木くず、貝殻でも製造が可能です。米由来の製品では、プラスチック樹脂の他、ごみ袋やうちわ骨なども製造しています。

この他、新潟県南魚沼市に工場があるバイオマスレジンホールディングスも、食用に適さない古米や、米菓メーカーなどで発生する破砕米などを混ぜたバイオプラスチックを開発し、スプーン、おちょこ、レジ袋などを販売しています。

8)再製品化までのサービスを提供

カミーノは、ポリ乳酸に紙を複合させて耐熱性や耐久性、成形性を改良したプラスチック製品を開発しました。主に飲食店や公共施設など向けに、タンブラー、カップ、トレーを販売しています。生分解も可能ですが、製品を回収して再製品化するサービスも行っているのが特徴です。顧客が回収した古紙を使って製品を製造することも可能といいます。

個人向けにはタンブラーを販売しています。

4 バイオプラスチックの普及に向けた政府の取り組み

2021年1月に環境省、経済産業省、農林水産省、文部科学省が合同で策定した「バイオプラスチック導入ロードマップ」によると、既存のプラスチックと比べたバイオプラスチックの製造コストは、生分解性プラスチックが約2~5倍、バイオマスプラスチックが約1.5~3倍です。まだまだ価格面では既存のプラスチックに劣っていることから、現時点でのバイオプラスチックの普及に向けた動きは、「官主導」の側面が強いといえます。この章では政府の取り組みを紹介します。

1)2030年までにバイオマスプラスチックを約200万トン導入

消費者庁など9省庁が2019年5月に策定したプラスチック資源循環戦略では、2030年までにバイオマスプラスチックを最大限(約200万トン)導入するよう目指すことを掲げています。これに基づき前述の通り2021年に環境省、経済産業省、農林水産省、文部科学省が合同で、「バイオプラスチック導入ロードマップ」を策定しています。

また、内閣府の「統合イノベーション戦略推進会議」が2021年1月に策定した「バイオ戦略2020(市場領域施策確定版)」では、「バイオプラスチック」を9つの市場領域の1つに指定しました。市場規模目標として、高機能バイオ素材などを含めた2030年の市場規模を41.4兆円(2018年は23.1兆円)に引き上げると設定しています。

さらに、経済産業省による産業構造審議会のバイオ小委員会が2021年2月に取りまとめた報告書では、今後、バイオプラスチックであることが分かる新たな表示制度の導入を進めることや、バイオ由来製品の開発・利用企業の中で、先進的・独創的な取り組みを行った企業の表彰制度を創設するとしています。

2)プラスチック資源循環法が施行

2022年4月、プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律(プラスチック資源循環法)が施行されます。プラスチック製品の設計から廃棄物処理まで、プラスチック製品の資源循環などの取り組みを促進させるための法律です。

同法によって、バイオプラスチックなど代替素材の活用など、環境に配慮したプラスチック使用製品の設計指針が策定されます。設計指針に適合した製品は、国から認定を受けることができます。

3)グリーン購入法にバイオプラスチックを追加

2019年度から、政府は環境負荷が低い製品やサービスの購入を推進する「グリーン購入法」の対象に、バイオプラスチックを追加しています。プラスチック資源循環戦略に基づいたもので、2019年度、2020年度の見直しに伴い、バイオプラスチックに関する基準を定めたものは、重点的に調達を推進すべき環境物品等(特定調達品目(275品目))のうち37品目となりました。2021年度には、ごみ袋等の植物を原料とするプラスチックの含有率の引き上げなどを行っています。

グリーン購入法に基づいた製品やサービスの購入は、国などの機関は義務、地方公共団体などは努力義務とされています。公的機関などのバイオプラスチックの需要の拡大によって、バイオプラスチックの製造コストの低減につながることが期待されます。

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以上(2022年2月)

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画像:pixabay

【朝礼】私、失敗しますので

突然ですが、皆さんにおわびしたいことがあります。以前より、新たな取引先を獲得しようと、皆さんに色々と無理なお願いをしていたのですが、私の失敗のせいで契約に至らず交渉が終わってしまいました。大変申し訳ありません。ただ、今回の失敗によって得たものもありました。むしろ失ったものより得たもののほうが大きかったくらいです。今日はそれをぜひ、皆さんに聞いていただきたいと思います。

まずは、今回の失敗の大まかな経緯を説明します。今回の新たな取引先候補となった会社は、これまでお付き合いしている先とは異なる、外資系の新興企業でした。私が懇意にしている取引先の方からご紹介いただいたこともあり、何としてでも新たな取引先にしたいと、上司や先輩からいただいたご忠告もよく聞かずに、強引に交渉を進めてしまいました。

交渉の進め方にも問題があったと思います。最初にコンタクトした時点で、大筋で合意できたと思ってしまって安心し、従来通りの交渉の進め方や条件の提示で問題ないと思っていました。結果的に、この最初のボタンの掛け違いが尾を引き、契約が流れてしまう原因となってしまいました。私の見通しの甘さが招いた失敗でした。

契約に至らなかったことは本当に悔しいですし、何より私自身の力不足を痛感しています。ですが、私は、この失敗によって、とても貴重な財産を得ました。それは「経験」です。

先ほどもお話ししたように、今回の交渉相手は既存の取引先とは異なり、今までの業界の常識が通じない会社でした。交渉をする中で、先方が望んでいる情報や、取引先に選ぶ基準も、既存の取引先と全く異なっていることが、次第に分かってきました。

また、交渉の途中からは、なんとか契約につなげようと、新たなアプローチによる交渉の進め方も試すことができました。今後、こうした会社との交渉が増えていくことも想定されますので、今回の経験が役に立つと思います。

失敗しておいておこがましいとは思いますが、今回の件は、既存とは異なる新たな取引先を開拓するための、試行錯誤の一環だったと思っています。せんえつながら、現時点で新規開拓のノウハウを一番持っているのは、私ではないでしょうか。

今回の経験から、私は、これからも「失敗できる」社員になりたいと思いました。もちろん、同じ失敗をする社員ということではありません。会社から期待され、難しい仕事を与えられるという意味での「失敗できる」社員です。そして、たとえ失敗しても、その過程で自分自身や会社のための貴重な経験を得て、次につなげられる社員こそ、本当の「失敗できる」社員だと思います。

また失敗できるチャンスを得られるよう、まずは今回の失敗を取り返すために頑張ります。このたびは申し訳ありませんでした。これからもご指導のほど、よろしくお願いいたします。

以上(2022年2月)

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画像:Mariko Mitsuda

不正競争防止法~顧客情報やノウハウなどの営業秘密を守る~/意外と知らない「知的財産権」シリーズ7

1 顧客情報やノウハウなどの営業秘密を保護する

顧客情報や製造設計書、各種のノウハウなど、職場では、会社が競争力を維持するために極めて重要な情報(営業秘密)が、従業員の目に触れる場所に存在しています。もし、従業員がこれらの情報を無断で持ち出してライバル企業に売り渡したり、転職や独立をしてしまったりしたら、会社はどのような対応を取ることができるでしょうか?

顧客情報などの営業秘密は、特許法などの産業財産権法の保護対象として権利を取得するのは難しいですが、不正競争防止法による保護を受けられます。ただし、全て法的に保護されるというわけではないので、

適切な保護を受けるために、事前に会社がやるべきこと

があります。以降で確認していきましょう。

2 営業秘密の流出事件と不正競争防止法の適用例

不正競争防止法では、他人の技術開発、商品開発等の成果を冒用する行為等を不正競争として広く禁止しています。不正競争防止法では、次のような行為を禁止し、差止め・損害賠償の対象としています。

  • ブランド表示の盗用
  • 形態模倣等
  • 営業秘密の不正取得、使用、開示

では実際に、営業秘密が流出し、不正競争防止法によって差止め・損害賠償の対象となったケースを紹介します。

1)顧客情報の流出:退職従業員が競合他社の副社長の地位と引き換えに

・事案
オークションで落札した中古車を海外顧客にインターネット経由で販売するシステムを開発し売り上げを伸ばしていた原告企業において、退職従業員が退職直前にアクセス権限を悪用して原告企業の顧客情報を複製して持ち出し、副社長としての地位を約束されていた被告企業(中古車販売業者)に流したうえで、その顧客情報を用いて中古車を販売していた事案です。

・判決(大阪地方裁判所 平成25年4月11日判決)
顧客情報の使用差止め、廃棄、および不正取得を行った退職従業員(個人)に約1億3000万円、当該顧客情報を不正使用した被告企業2社に、それぞれ約9000万円と約5000万円の損害賠償責任が認められました。

2)技術情報の流出:独立した元幹部らがデータを持った従業員を引き抜く

・事案
半導体全自動封止機械装置を製造する企業の常務取締役らが、退職直前に、自ら設立した会社に原告企業の従業員を引き抜き、その持ち出した封止用金型を構成する一部の部品に関する図面のCAD(コンピューター支援設計)データを、自社の製造販売事業に利用した事案です。

・判決(福岡地方裁判所 平成14年12月24日判決)
技術情報の使用差止め、廃棄、および不正取得・不正使用した被告企業と原告企業の元常務取締役らに約4億円の損害賠償責任が認められました。

このように過去の事案においても、裁判所は、顧客情報、技術情報いずれの持ち出しに対しても、1億円以上の高額な損害賠償責任を認めています。最近でも、ソフトバンクが、楽天モバイルに移籍した元従業員が退職に際して5G関連の技術情報を持ち出し、営業秘密を不正取得・不正使用されたと訴訟を提起しました。ソフトバンク側は、「控えめに見積もっても1000億円を下らない」と主張していることは、報道されている通りです。

営業秘密の不正取得等に関する事件は、従業員が退職に際して会社の営業秘密を持ち出すというケースが多く、しかもその退職従業員と受入先会社とが裏でつながっていることも多々あることから、当事者間の対立は激しく、解決にかなりの期間を要することとなります。

また、従業員の退職は待遇面などでの不満を理由とする場合が少なくないことから、営業秘密を持ち出した退職従業員を全面的に責めるべきかどうか分からない、という価値判断が働く場面もあるでしょう。そこでやはり、会社としても営業秘密の漏洩に十分な対策をしておく必要があります。

3 「営業秘密」として保護されるための3要件

不正競争防止法上の「営業秘密」として保護されるためには、次の3要件(不正競争防止法第2条第6項)を満たす必要があります。

  • 秘密管理性(秘密として管理されていること)
  • 有用性(事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること)
  • 非公知性(公然と知られていないものであること)

1)秘密管理性

「秘密として管理されている」とは、

客観的に秘密として管理されている状態

のことです。まず重要なことは、

社外秘の表示、秘密管理規程の整備、従業員教育や啓発活動など、比較的簡単にできる対策をしっかりやっておくこと

だといえます。裁判所は秘密管理性について、次の2つの要素を考慮しています。

1.その情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)
具体的には、次のような例が挙げられます。

  • 対象となる情報へのアクセスにパスワード等が要求されている(特に退社意思表明後)
  • 当該情報が暗号化されている
  • 当該情報がインターネット等のネットワークに接続されていないパソコン、その他隔離された場所で保管されている
  • 使用後に回収・廃棄・処分が行われている
  • 当該情報を閲覧・複製・持ち出しできる者が限定されている

2.その情報にアクセスした者に、当該情報が営業秘密であることが認識できること(客観的認識可能性)
具体的には、次のような例が挙げられます。

  • 媒体に「マル秘」「社外秘」などと表示されている
  • 就業規則・秘密管理規程・誓約書(入社時・退社時)などにおいて、営業秘密となる文書がリスト化されている
  • 定期的な研修等において、営業秘密に該当する情報や取り扱いについて注意喚起がされている

このうち、「アクセス制限」については、特に中小企業にとっては、現場の効率性や対策予算などを考えると、すぐには対応できない場合もあるかと思います。しかし、「アクセス制限」と「客観的認識可能性」は、秘密管理性の有無を判断する重要なファクターであるものの、それぞれ別個独立した要件ではなく、「アクセス制限」は、「客観的認識可能性」を担保する一つの手段であると考えられています。

つまり、必ずしも「アクセス制限」が完璧でなかったとしても、「客観的認識可能性」がある場合、情報にアクセスした者にとって、その情報が「秘密」であると認識できる場合には、「秘密管理性」が認められ得ると理解されています(経済産業省「営業秘密管理指針」)。

なお、実際の事案では、以下のような場合に秘密管理性が否定されていますので注意が必要です。

  • PCを操作する者が限定されておらず、パスワードでアクセス制限がかけられているわけでもない情報、机上や無施錠のキャビネットに保管され、社内の誰もが自由に閲覧できるファイルや袋に入れられている情報であって、秘密表示のないもの(東京地判平成11年5月31日「化学工業薬品事件」)
  • 社外秘等の表示がなく、社外に預ける際も秘密保持契約を締結しない場合は、従業員に対する関係では、秘密管理性がない(京都地判平成13年11月1日「人工歯事件」)
  • 同種書類中の一部のみにマル秘の押印があるだけで、同じ内容の情報がパスワードのない状態でPCに保存されている場合も、秘密管理性はない(東京地判平成12年12月7日「車両変動状況表事件」)

2)有用性

「有用である」とは、

「財やサービスの生産、販売、研究開発に役立つ」(平成12年(ワ)第9499号)こと

と理解されています。

従って、過去に失敗した実験データなども、不要な研究開発費用を回避できるとして有用性は肯定されます。一方、技術情報であっても技術的価値の低いものや、企業の脱税スキームなど反社会的な情報は法的保護に値せず、有用性は否定されるため、不正競争防止法で保護されるべき「営業秘密」には該当しません。

実際の裁判例では、以下のような情報について、有用性を否定する判断がなされています。

  • 被告において決められていた小型USBフラッシュメモリの寸法に応じて、公知の技術をどのように組み合わせて各部品を配置するかは、当業者であれば、通常の工夫の範囲内において適宜選択・決定する設計的事項であるということができ、当該組み合わせによって、予測外の格別の作用効果を奏するものとも認められないから、有用性があるとは認められない(東京地裁平成23年3月2日、知財高裁平成23年11月28日)
  • セメントに炭素を混合することが開示されている以上、炭素を混合するに当たり、偏りのないよう均一に混合するというのは、当業者であれば、通常の創意工夫の範囲内において適宜に選択する設計的事項にすぎず、有用性があるとは認められない(大阪地裁平成20年11月4日)
  • エルメスのバーキンに酷似したバッグに、独自の標章を付して廉価で販売することにより、エルメスに憧れながら買えないでいる消費者層に、商品展開を行う方法に関する情報には有用性がない(東京地裁平成13年8月31日)

3)非公知性

「公然と知られていない」とは、

その営業秘密が一般に知られていない状態、または容易に知ることができない状態

をいいます。従って、仮に外国の刊行物にその営業秘密が記載されていたとしても、その取得に時間的・資金的に相当のコストを要する場合には、非公知性は否定されないということになります。

また、営業秘密はさまざまな知見を組み合わせて一つの情報を構成していることが通常ですから、すでに刊行物に掲載されている情報の断片から、営業秘密に近い情報が再構成できるからといって、そのことをもって直ちに非公知性が否定されることにはなりません。

非公知性が問題になりやすいケースとしては、リバースエンジニアリングによる非公知性の喪失があります。つまり、リリースされた製品などを見たり解析したりすれば、容易にその内容が分かるというような場合は、すでに「公知」になったものとして、その情報はもはや「営業秘密」としては保護されない、というものです。

裁判例では、次のような事案がありますが、判断基準としては、「リバースエンジニアリングによって当該技術情報を容易に再製可能」である場合は、非公知性を失っており、「営業秘密」としての保護は及ばないとしています。

  • 原告のセラミックコンデンサー積層機および印刷機のリバースエンジニアリングによって、本件電子データと同じ情報を得るのは困難であるものと考えられ、仮にリバースエンジニアリングによって本件電子データに近い情報を得ようとすれば、専門家により、多額の費用をかけ長期間にわたって分析することが必要であるものと推認されるから、非公知性は失われていない(大阪地裁平成13年(ワ)第10308号)
  • 錫(すず)製品の製造に携わって錫の性質を熟知した者は、いかなる元素が錫合金に適しているかを経験によって知悉(ちしつ)しており、リバースエンジニアリングを行うに際して多大な手間、費用をかける必要はなく、錫製品を専門的に製造した経験のない者であっても、錫合金の素材となり得る元素はインターネットや一般の書籍で得た知識に基づいて容易に推測しておよその見当が付くのであり、リバースエンジニアリングを行う際の分析対象となる元素はせいぜい数種類の候補に絞られるから、非公知性は失われている(知財高裁平成23年7月21日)

4 不正競争防止法の対象外の情報の保護

特許法などの産業財産権法と不正競争防止法のいずれの保護対象にも当たらない情報についても、一切法的保護が受けられないというわけではなく、秘密保持契約などの契約によって当事者を拘束することが考えられます。その際、当該情報が営業秘密に該当するかどうかは問題となりませんが、

契約当事者以外の第三者に対する拘束力はなく、また、損害額の推定など不正競争防止法等に定める特別規定の適用も受けられない

ことには注意が必要です。

また、判例上は、すでに「公知」になっていたり、「有用性」がなかったりするような情報は、秘密保持契約の対象たる「秘密」に該当しないといった判断をしているものもありますので、いずれにしても、対象情報を「秘密」として守るという会社の姿勢は、やはり重要だといえるでしょう。

5 意図せず秘密漏洩の加害者になってしまう危険も

営業秘密の漏洩に関しては、会社の情報を持ち出されるケースだけでなく、新規に採用した従業員が従前の職場から営業秘密を持ち出している可能性もあります。つまり、会社が意図していなくても、知らないうちに加害者側に回ってしまう危険も潜んでいます。このため、

従業員の中途採用時には、必ず「前職の営業秘密を保持していない」ことや、「当社の業務を行うにつき、前職で知り得た情報を一切利用しない」といった旨の誓約書を取り付ける

必要があるでしょう。

また、昨今の世相から特に気を付けるべきケースとしては、

SNSの普及により、従業員が業務に関連する情報をSNSなどに不用意に上げた結果、会社がその取引先の「秘密情報」を開示してしまった

というようなことも、しばしば見られるところです。

例えば、取引先とのランチの様子を画像投稿したところ、当社とその会社に接点があることを知れば、同業者であればどのようなプロジェクトが検討されているかを推測することができます。そもそも、そのような接点があること自体が秘密情報に該当するものであった、といったこともしばしば見受けられます。

他にも、取引先やその周辺で撮影した写真に、その取引先の重要情報が写り込んでしまっていたということもあります。意図せず、取引先の秘密情報を漏洩した加害者となってしまわないよう、十分に気を付けなければなりません。

SNSの普及度は国によってまちまちです。例えば中国との取引などの場合、中国では日本とは比較にならないほどSNS文化が普及していますので、このような観点からも、秘密情報の管理には万全の体制で臨む必要があります。

以上(2022年2月)
(執筆 明倫国際法律事務所 弁護士 田中雅敏)

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令和4年4月施行せまる個人情報保護法改正の実務対応ポイント

1 令和4年4月に施行される改正個人情報保護法

ここ1~2年の間に個人情報保護法の改正が急ピッチで進められています。

具体的には、まず令和2年3月10日に「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律案」が第201回通常国会に提出され、令和2年6月5日の国会において可決、成立し、令和2年6月12日に公布されました(図表)。

個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律(概要)

その後、令和3年2月9日に「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案」が第204回通常国会に提出され、令和3年5月12日の国会において可決、成立し、同年5月19日に公布されました。

これらの改正法はいずれも一部を除き、令和4年4月1日施行が予定されているところです。

本稿では、個人情報取扱事業者(以下、単に「事業者」という)が対応すべき事項については主に令和2年改正のほうで対応がなされていますので、以下ではこの令和2年改正の内容を軸に事業者が施行前に見直すべき対応ポイントについて述べていきます。ただ、法令の条数に関しては同日付の令和3年改正の一部施行を踏まえた最終の条数で示すこととしますので、この点につきご留意ください(以下、個人情報保護法は「法」、個人情報保護法施行規則は「規則」と表記する)。

(日本法令ビジネスガイドより)

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【朝礼】名著「武士道」に学ぶ「伝え方」のヒント

いつの時代も「コミュニケーション」は難しい課題です。例えば、皆さんは、商品やサービスのプレゼンの場で、お客さまがつまらなそうにしていたり、話についてこられなかったり、終始時間を気にしていたりして、伝えたいことをうまく伝えられなかった経験はないでしょうか。どうすれば自分の考えをうまく相手に伝えられるのか。今日はそのヒントになるように、新渡戸稲造(にとべいなぞう)氏の名著「武士道」を紹介します。

新渡戸氏は明治から昭和にかけて活躍した日本の教育者です。国際連盟の事務次長を務めたこと、旧紙幣の五千円札の肖像画になったことなどで有名ですが、その存在が世界に知られるようになったきっかけこそ「武士道」です。新渡戸氏は、若い頃海外に留学していた際、「日本の学校では宗教を教えないのに、どうやって子どもに道徳を身に付けさせるのか」と質問されます。そして、考えた末、日本では宗教の代わりに、武士特有の名誉や礼儀を重んじる道徳観が生活に根付いていることに気付き、それを本にまとめたのです。

「武士道」は1900年に米国で刊行され、世界中で翻訳されます。この本が世界のベストセラーになった理由ですが、私は3つあると思います。

1つ目は「情熱」です。新渡戸氏はもともと武家の生まれで、明治維新以降、日本が西洋化していく中でも、武士の教えを大事にしていました。そのため、学生の頃から「日本の思想を世界に伝えたい」という強い情熱を持っていたようです。

2つ目は「分かりやすさ」です。新渡戸氏は幼少の頃から英語を学び、さらに長期の海外留学によって人並み外れた語学力を身に付けていました。「武士道」の初版は英語で書かれていますが、新渡戸氏の文章は分かりやすいうえに格調が高く、海外の読者から高い評価を得ていたようです。

3つ目は「タイミング」です。「武士道」が刊行された頃の日本は、江戸幕府の滅亡から数十年で近代国家としての体制を整え、日清戦争で中国を破るなど、大きな発展を遂げていました。まさに世界が日本に注目していたときに刊行されたため、「武士道」は多くの人を引き付けたのです。

もし、皆さんが、伝えたいことが相手にうまく伝わらないという問題で悩んでいるとしたら、それは「情熱」「分かりやすさ」「タイミング」のどれかに問題があるからかもしれません。冒頭のプレゼンの話に戻ると、自社の商品やサービスに対して情熱を持っていない人の話には魅力がありません。また、情熱があっても、難しい言葉でまくし立てるように説明したり、お客さまの忙しいときに長々と話をしたりするようでは、相手に伝わりません。

逆に「情熱」「分かりやすさ」「タイミング」が備わっている人というのは、「仕事に愛がある人」だと私は思います。つまり、商品やサービスへの愛、お客さまへの愛、それらを全て兼ね備えた人です。皆さんにもぜひ、そんな社員になってほしいと願っています。

以上(2022年2月)

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画像:Mariko Mitsuda

2代目に内定した34歳社員、社長急逝で奮闘/社長が語る 私はこうして後継者不在の問題を解決した(後編)

前編では、悩んだ末に会社の譲渡を決断し、自らが事業のお手本としていた同業大手の社長に、会社を譲り受けてもらうための「直談判」をした、山下ミツ商店の山下浩希さんへのインタビューを紹介しました。

1 社長が急逝! 跡を継いだ最年少・出戻り社員が奮闘

「廃業しようかとも思っているんだけど、どうしようか」。親族に跡継ぎ候補が見当たらず、健康に不安を抱えていた社長。会社の行く末を社内の幹部や地元の商工会議所に相談する日々が続いていました。将来の廃業の危機を免れるために、後継者として手を挙げたのは、社内でほぼ最年少の「出戻り」社員。ところが、社長夫人と全社員の賛同を得て引き継ぎを始めようとした矢先に、社長が急逝してしまいます。

2 健康不安を抱えていた社長は、廃業も意識

機械の整備やメンテナンスのための金属加工を行う高田組(北海道苫小牧市)は、1976年に故・高田勝義社長が創業しました。社員は10人弱と多くありませんが、電力会社などからの受注を強みに、ほぼ無借金経営を続ける優良企業でした。

その高田組の唯一といってもよい悩みが、後継者問題でした。還暦を過ぎた高田社長の子供は別の会社に就職して跡を継ぐつもりがなく、社員も職人気質の人ばかりで、尻込みする専務も含め経営者を目指すタイプの人材はいませんでした。

社員の間では、「高田社長の血圧が高いようだ。薬もいろいろ飲んでいる」「この会社は高田社長の代で終わるんじゃないか」といった会話が交わされ、高田社長自身も幹部の社員に、「何年か後にはやめようかとも思っているんだけど、どうしようか」と相談することがあったといいます。

高田社長の相談先は、社外にまで広がっていきました。2015年11月、66歳になっていた高田社長は地元の苫小牧商工会議所に、「年齢、体力的に厳しい。取引先に迷惑を掛ける前にやめたい」と相談します。高田組の経営状況をよく知る商工会議所では、「業績も良く、廃業するような会社ではない」と、事業承継の道を探るよう説得したといいます。

「このままでは、会社がなくなってしまう」

そんな危機感を募らせ、勇気を振り絞って後継者として手を挙げたのが、後に2代目社長に就任することになる、社員の高橋純さんでした。社内でほぼ最年少の34歳。しかも、入社3年余りで高田組を一度退職し、その後再入社したという経歴でもありました。

3 後継者に名乗りを上げた、出戻りの最年少社員

高橋さんが最初に高田組に入社したのは2000年。同じく金属加工の職人だった父親の影響を受け、ものづくりへの興味から高田組に入社したといいます。

高橋さんの入社当時の高田組には、昔ながらの「仕事は盗んで覚える」という職人の世界が残っていました。20代前半だった高橋さんは、作業現場で先輩たちの仕事を見よう見まねで覚えていきました。

金属加工職人として3年余りが過ぎた頃、徐々に腕を上げていた高橋さんに転機が訪れます。苫小牧市に隣接する高橋さんの地元・白老町の大手金属加工会社が中途募集を開始し、大手企業に憧れて応募した高橋さんが採用されたのです。

退職を申し出た高橋さんに対し、高田社長は「一度、そういう経験をするのもいいことだ」と気持ちよく送り出してくれたといいます。その後も高田社長はたまに高橋さんに連絡しては、「そっちのほうはどうだい?」「こっちに戻ってきてもいいんだぞ」と声を掛けてくれました。高橋さんも、何度か高田組の事務所に顔を出して挨拶する関係が続いていました。

大手に就職して安定した人生がスタートしたと思ったのもつかの間、高橋さんは、転職先の会社の経営が傾いているのを知ることになります。3年ほど勤めたものの、「この会社にいても将来は厳しい」と見切りをつけた高橋さんは、高田社長に「もしよければまた使っていただけますか」と相談します。事務所を訪ねた高橋さんを、高田社長は「いいよ、また来なよ」と快く受け入れてくれました。

「何でも言える、第二の親父(おやじ)のような存在」。いつしか高橋さんと高田社長との関係は、会社の社長と部下から、親子のような絆が生まれていました。

4 前職での経験を活かし頭角を現す

高田組に戻った高橋さんは、メキメキと頭角を現します。その基礎になったのは、前職の大手金属加工会社での経験でした。

経営難には陥っていたものの、現場の技術のレベルは同業他社からも見学者が来るほどの水準にあり、そこで高橋さんは鍛えられました。機械加工技能士の資格がないとできないような難易度の高い作業もこなすようになり、「できる仕事の幅が広がって、『その仕事はできません』と言わない自信がついた」と言います。

高田組にはなかった高い技術が認められた高橋さんは、徐々に事務所に呼ばれる頻度が増え、工事の見積もりや営業なども任されるようになります。「営業の経験はなかったのに、やってみたらお客さんとのコミュニケーションが苦にならなかった」という高橋さん。自力で仕事を取ってくるまでに成長し、高田組は発注が少ない冬場の仕事も埋まるようになりました。会社を支えるエースとなった高橋さんは、再入社しておよそ3年後には社内で実質ナンバー4に当たる部長に抜てきされました。

高橋さんの活躍で高田組に勢いがついていただけに、後継者問題は一層深刻でした。「会社は利益を出しているのだから、なくなる必要はないじゃないか。前回の会社のように、将来の不安で転職することは繰り返したくない」。高橋さんは専務などと相談し、自ら後継者候補に手を挙げることにします。

5 社長夫人と全社員が高橋さんの承継に賛同

高橋さんの申し出に対して、「任せるから、頼むな」と高田社長が喜んだのは言うまでもありません。高田社長の妻で事務を担当していた百合子さんも、「高橋さんしかいない」と歓迎してくれたといいます。

社員に対しては、高田社長と高橋さんが全社員を休憩室に集めて、一人ひとりに意見を聞くことにしました。ほぼ全社員が高橋さんより年長で社歴も長く、専務に至っては上司という立場でしたが、そこは実力がモノをいう職人の世界。皆が「高橋さんに付いていきます」と賛同してくれたといいます。高橋さんは、「もしずっと高田組にいたら、仕事でそこまで成長できず、後継者候補になろうと思わなかったかもしれない」と振り返ります。

高田社長は高橋さんに、「会社を赤字にしてはいけない。そのためにも、社員を遊ばせないように仕事を取ってくることが、社長にとって一番重要だ」と伝授したそうです。

後継者問題に決着がつき、高田組の将来は安泰と思えた瞬間でした。

6 まさかの社長急逝

後継者が決まった高田組は、高橋さんが社長として一本立ちできるまで、まずは高田社長が会長となって、数年かけて引き継ぎを行うことになりました。

ところが、思いもよらなかったことが起きます。

「お疲れさまです」

「明日もよろしく頼むな」

それが、高橋さんと高田社長が交わした最後の会話だったといいます。2017年3月、新体制への移行を直前に控えて、高田社長が急逝してしまったのです。

右も左も分からないまま社長に就くことになった高橋さん。最初は給与計算のやり方も分からず、夜中の2時、3時まで事務所に残って仕事をする日々が続きました。「なるべくお客さんには迷惑を掛けたくない。社員の家族まで守らないといけない」。気が張っていたためか、自分でも不思議なほど疲れを感じず、がむしゃらに1年、2年を過ごしたといいます。同業の社長や営業で培った取引先などが親身になってアドバイスしてくれたことも、高橋さんの支えになりました。

「できれば、高田社長にもう少し長生きしてもらうか、もっと早く引き継ぐ準備ができていればよかったという気持ちはあります。早めに後継者を決めて育てるのは、難しいことも分かっているのですが」。高橋さんは当時を振り返って、こう話します。

長らく後継者が決まっていなかった問題は、今でも別の形で影響が表れています。設備などの更新が滞っていた問題が、高橋さんが社長の代になって出てきたのです。高田組がほぼ無借金でやってこられたのは、高田社長が廃業の可能性も考えて、投資を控えてきたからでもありました。高橋さんは新たな投資のための資金手当に奔走することになりました。

7 株式譲渡で名実ともに新体制に

会社の引き継ぎでのもう一つの懸念材料は、会社の株式の扱いでした。

高田組にとって幸運だったのは、高田社長夫人の百合子さんが高橋さんへの株式の譲渡に好意的だったことと、当初から第三者のアドバイスを受けられたことでした。アドバイスを行ったのは、高田社長が事前に相談していた苫小牧商工会議所から連絡を受けた、札幌商工会議所の北海道事業承継・引継ぎ支援センター(以下「引継ぎ支援センター」)です。

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高田社長の急逝後、高田組の株式は高田社長夫人とその子供が所有していましたが、当初は無償で株式を譲渡するという話もあったそうです。これに対して引継ぎ支援センターは、「取引先や社員に対しても、雇われ社長にならず名実ともに社長になるためにも、株式を買い取って社長としての覚悟を示すほうがよい」と、MBO(マネジメントバイアウト)によって高橋さんが全株式を取得することを勧めました。会社の資産を基に引継ぎ支援センターがアドバイスし、同センターが紹介した税理士が株価を算出して譲渡価格を決定。2018年10月、高橋さんは銀行融資を元手に、一部贈与、残りを買い取りという形で株式を譲り受けました。

8 社内の人間関係は焦らずゆっくりと

社長就任後、高橋さんにとって最大の課題は、なんといっても高橋さんを取り巻く人間関係が大きく変化した社内の融和でした。残された社員は、ほぼ全員が高橋さんより年長で、社歴も長い先輩ばかり。10歳近い年上の専務とは、上司と部下の関係も逆転しました。

高橋さんは、40歳になった今でも、この問題に焦って対処する考えはないといいます。「一緒に働いている仲間という関係性は、ほとんど変わっていません。『社長』という呼び方も、皆さんなかなか呼びづらそうなので、名前で呼んでもらったりもしています。だんだん、というか、お互いに気を使いながら、少しずつ慣れていくという感じです」と話します。

「自分は敵を作りたくない性格。社員を強く引っ張るタイプではないので、あまり社長に向かないのかもしれない」と話す高橋さんのモットーは、「なるべく丸く収めること」だと言います。「あまり社員とぶつかることもないですし、社員がなにか問題を起こしたり失敗したりしたときも、次の日には引きずらないようにしています。本当に危ないことをしたときぐらいしか厳しいことは言いません。なるべく社員を尊重し、働きやすい環境を作っていくことを心掛けています」という高橋さん。温和で純朴な性格の高橋さんだからこそ、社長急逝後の混乱状態でも社内融和を進められたのかもしれません。

高橋さんが社長になってから会社を辞めたのは、かつての高橋さんのように、念願かなって大手企業に転職していった若い社員1人だけだといいます。朴訥(ぼくとつ)な話ぶりの高橋さんが自信を持って語ったのは、この一言でした。

「高田社長に胸を張って言えることは、社員が抜けずにやっていけているということです。これは、私にとっても一番うれしいことです」

(取材協力 北海道事業承継・引継ぎ支援センター)

9 とにかくスピード第一。早い動き出しが成功につながる

希望の相手に会社を譲渡できた山下ミツ商店の山下さんは、会社のブランドを残す価値があるうちに話を持ちかけたことが成功の秘訣でした。高田組の高田社長も、事前に社内外に相談をしていたことで、急逝する直前に後継者を決めることができました。2人に共通するのは、後継者不在という問題をいち早く自覚し、行動に移したことです。その際、特に外部などさまざまな人に相談したり、話を聞いたりしていたことも共通しています。

後継者不在の問題で悩んでいる際には、外部の人(機関)が入ったほうが、冷静かつ客観的に判断でき、スムーズに話が進むようにみえます。

心血を注いできた会社を手放すことは断腸の思いであり、悩みに悩むのは当然のことです。ですが、誰か一人が永遠に社長ではいられないのも変わらない事実です。会社を大切に思うのであれば、会社の存続や発展を最優先することも大切なのではないでしょうか。

以上(2022年2月)

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画像:北海道事業承継・引継ぎ支援センター提供

飲酒運転対策における企業の責任

昨年、勤務中の飲酒運転による事故で児童が死傷する事故が起こりましたが、事故を起こした自動車は自家用車であったことから、事業用自動車と異なり企業に対してアルコール検査の義務がありませんでした。

このことを受けて、道路交通法施行規則などが改正され、自家用車にも安全運転管理者制度が適用される企業に対してアルコール検査の義務が適用されます。本稿ではその改正の内容、および企業の責任について概説いたします。

1 対象

今回の改正は、安全運転管理者の選任義務がある事業所が対象となります。

<安全運転管理者の選任対象となる事業所>

  • 自動車5台以上、または定員11人の車両を1台以上使用している事業所。
    ※自動二輪車は0.5台で計算。
  • 自動車運転代行業者は、台数に関係なく営業所ごとに選任事業所(自動車使用の本拠)ごとに1人を選任

対象は、令和2年3月末時点で約34万事業所、管理下運転者数は約769万人に上っています。

2 改正点

安全運転管理者の業務内容について、以下の業務が段階的に追加されます。

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なお、道路交通法では、次の通り使用者の責任を明示しており、今回の改正はその責任の履行について明確化したものと捉えられます。

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3 交通事故時における企業の賠償責任について

交通事故により、企業が被害者に対して負う民事上の責任は、従業員が業務中などに起こした事故について、企業が従業員とともに損害賠償義務を負うという「使用者責任」と、自動車の運行により利益を得て、その運行について直接または間接に指揮・監督しうる場合に損害賠償義務を負う「運行供用者責任」の2つがあります。

一例として、危険運転致死傷罪の成立のきっかけとなった、1999年の飲酒運転による交通事故では、企業は適切な調査を行っていれば、被告の常習的な飲酒運転を把握することができ、本件事故の発生を未然に防止することが可能であったと認定し、裁判所は被告のみならず企業らに対しても約2億5000万円を連帯して支払うよう命じています。

4 さいごに

今回の改正により、飲酒運転に対する社会の目はますます厳しいものになるでしょう。改正としては、安全運転管理者制度が適用される事業所に課せられる義務ではありますが、適用されていない事業所であっても、飲酒運転による事故が発生した場合の企業のリスクは莫大なものとなります。

自社の業務に供されている自動車がある場合には、今一度安全に運行される体制は整っているのか、服務規律や車両管理規定を確認するとともに、運行状況などを定期的に確認してみることをお勧めします。

※本内容は2022年1月12日時点での内容です

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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