「iDeCo+(イデコプラス)」を使った福利厚生の充実と人材確保

「人生100年時代」。中小企業の経営者としても、退職金制度を含め「従業員の老後」について真剣に考えるべき時代となりました。別の視点では、人材不足やリテンション(離職防止)を解決するために、福利厚生の充実を検討しなければなりません。
大企業のような充実した福利厚生を整備することは、コストや手間の問題で難しいものですが、「iDeCo+(イデコプラス。中小事業主掛金納付制度の愛称)」を導入することで、こうした課題の解決が期待できます。

iDeCo+では、企業の負担をコントロールしながら従業員の老後の資産形成をサポートすることができます。また、iDeCo+はポータビリティーが確保されており“大転職時代”に合った制度なので、中途採用が多い中小企業に向いています。
この記事では、iDeCo+の概要、中小企業が導入した場合のメリットや注意点を分かりやすくまとめていますので、ぜひ、ご一読ください。

1 iDeCo+(イデコプラス)とは

iDeCo+は、2018年5月に始まった制度で、正式名称は「中小事業主掛金納付制度」といいます。仕組みはシンプルで、個人型の確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」に加入している従業員の掛金に、企業が掛金を上乗せできる制度です。

iDeCo+のイメージ画像です

確定拠出年金には、企業型と個人型(iDeCo)とがあります。企業型の場合、各企業が運営管理機関(金融機関)を決めて制度を導入します。掛金を拠出(積み立て)するのは企業で、運用するのは従業員となります。
一方、iDeCoは、個人が自分でお金を拠出して運用する制度です。あくまで個人が自身の老後資金を形成する“個人が主役”の制度であるため、ここに企業が直接関わることは今までありませんでした。もしここに企業が掛金を上乗せすることができたら、企業は手軽に福利厚生を充実させられますし、従業員も掛金が増えて(負担が減って)うれしいものです。
これを実現したのがiDeCo+です。
なお、主体はあくまでも従業員のiDeCoなので、運営管理手数料などのコストは従業員の負担となります。また、上乗せした事業主掛金の運用も従業員が行い、最終的な給付額まで企業が責任を負うことはありません

2 iDeCo+(イデコプラス)を導入できる企業と従業員

iDeCo+を導入できるのは、次の要件を全て満たす企業です。企業規模が小さく、しかも他の企業年金を実施していないことが要件となっていることが分かります。

  • 従業員(使用する第1号厚生年金被保険者。公務員や教員は対象外)が300人以下であること
  • 企業型の確定拠出年金を実施していないこと
  • 確定給付企業年金を実施していないこと
  • 厚生年金基金を実施していないこと
  • 従業員の過半数で組織する労働組合があるときは労働組合、ないときは従業員の過半数を代表する者に、制度の実施について同意を得ること

注目すべきポイントとして、2020年10月に、従業員要件が100人以下から300人以下に拡大されました。これにより、企業規模の拡大により従業員数が100人を超える可能性がある企業も、iDeCo+を導入できるようになりました。

(※)対象範囲拡大が導入企業にどのような影響を及ぼすのかについては、次のコンテンツで解説していますので、こちらをご覧ください。

また、iDeCo+の対象となるのは、iDeCoに加入している全ての従業員とするのが基本ですが、職種や勤続期間などによって個別に定めることもできます。具体的には次のような運用が可能です。

職種や勤務時間などに応じた対象者の選別イメージの画像です

iDeCo+と比較されることが多い中小企業退職金共済は全従業員が対象であることを考えれば、柔軟性が高いことが分かります。また、iDeCo+は経営者や他の役員も対象にできることも大きな特徴です。

3 中小企業がiDeCo+(イデコプラス)を導入するメリット

中小企業にも退職金制度は浸透していますが、多くは長期雇用を前提とした制度で、「中小企業退職金共済」や「養老保険」によって支払い原資を準備するものです。しかし、“大転職時代”の現在、長期雇用を前提とする制度は、企業と従業員の双方にとって必ずしも魅力的ではなくなってきました。
 実際、中小企業で多く導入されている退職金制度の導入率は低下傾向にあります(東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」)。

退職金制度の導入率の推移などを示した画像です

前述した通り、iDeCo+はポータビリティーが確保されています。最近は大企業を離職し、中小企業に転職する人が少なくありません。大企業でiDeCoに加入していた人にとって、転職先の中小企業にiDeCo+があることは魅力的でしょう。また、新卒採用の場合も、学生などの求職者が就職先の福利厚生を重視する傾向が高まっているため、iDeCo+を導入すれば、ある程度、求職者のニーズに応えることができるでしょう。
企業の負担の面でもiDeCo+には柔軟性があります。中小企業が拠出する「事業主掛金」の額は、従業員の掛金と合計して1カ月当たり5000円以上2万3000円以下になるように、1000円単位で決定します。
事業主掛金は、基本的には対象者全員が同額となるように決定しますが、職種や勤続年数などによって事業主掛金に差をつけることができます。しかも、事業主掛金は全額を損金に算入できます。

注意点としては、職種や勤続年数などによって掛金に差をつけた場合でも、例えば同一職種の従業員については、事業主掛金を同額にしなければなりません。また、従業員の掛金を0円とし、全額を事業主掛金とすることはできません。
厚生労働省「平成28年就労条件総合調査」によると、退職金制度に関する企業の負担は、平均で1人当たり月額1万8834円となります。

常用労働者1人1カ月平均退職給付等の費用を示した画像です

iDeCo+については、現状、掛金に関する統計が存在しないため、他の退職金制度と一概に比較することはできません。しかし、事業主掛金は1000円単位で調整できるため、企業の状況に応じた柔軟性のある拠出が可能となります。
ここまで内容を踏まえると、中小企業がiDeCo+を導入するメリットは、次のようにまとめることができます。

【企業のメリット】

  • 企業型の確定拠出年金などに比べて、比較的手軽に導入できる
  • 企業のステージに応じて事業主掛金を設定できる。労使合意によって変更も可能
  • 全従業員を対象にしなくてもよい
  • 運営管理手数料などは従業員の負担となる
  • 最終的な給付額まで責任を負うことはない
  • 事業主掛金は、全額を損金算入できる
  • 人材の採用・定着につながる

4 経営者の思いに応える

2020年10月20日時点で、iDeCo+を実施している事業主数は2157社、加入者数は1万3986人となっており、2020年4月時点と比べると、半年で事業主数は4割近くも増えました。単純に1事業主の加入者数を計算すると6~7人となるため、比較的小規模な企業であっても導入をしていると想像できます。また、2020年10月から従業員要件が100人から300人に拡大されたため、今後もますます増加すると予想されます。
iDeCo+を実施する中小企業が増えているのは、中小企業が実施しやすい制度であるからでしょう。多くの経営者は、「月に数千円であっても、頑張ってくれている従業員のために福利厚生制度を整えたい」と考えています。
そうした制度は、企業のステージ(どれだけ費用を拠出できる余裕があるか)や、従業員の働きなどによって適正な差をつけることができ、なおかつ費用が損金算入できるのが理想的です。iDeCo+は、こうした経営者の思いに応えられる制度といえます。

iDeCo+について詳しくはこちら

「漫画でわかる iDeCo+導入の流れ」についてはこちら

iDeCo+ハンドブック無料ダウンロードフォームのページです

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年12月25日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

干支のエトセトラ(丑編)

書いてあること

  • 主な読者:丑年にちなんだ話題や、スピーチなどを探しているビジネスパーソン
  • 課題:話題などを調べたり、スピーチを考えたりする時間がない
  • 解決策:過去の丑年に起こった出来事、丑年にちなんだスピーチ例を学ぶ

1 丑(うし)に関する話

1)丑年に起きた出来事

2021年の干支は「丑(うし)」です。前回の丑年は、2009年(平成21年)でした。2009年はWBC(ワールドベースボールクラシック)の第2回大会で日本チームが2度目の優勝を果たしたことが日本を湧き立たせ、衆議院選挙によって自民党から民主党へ政権交代が行われたことが大きな話題となりました。それ以前の丑年には、1973年には第一次オイルショック、1985年にはプラザ合意と、世界経済の大きな節目となった年がありました。

過去5回の丑年に起きた主な出来事や流行語は次の通りです。

画像1

2)丑年生まれの有名人

丑年生まれの日本の有名人には、次のような人がいます(既に亡くなられた方も含みます)。

画像2

3)丑の話

江戸時代まで、日本では時刻を表すのに一昼夜を12に分け、それを十二支に当てました。真夜中が子(ね)の刻で、午前1時〜午前3時までを丑(うし)、午前3時〜午前5時までを寅(とら)といった具合に割り当てたわけです。

丑の刻を表す丑とはもともと位置や方角を示したものであり、丑と寅の刻の中心の3時を表す方角は北東となります。陰陽道では、この丑寅(艮)の方角は鬼門であり、鬼が侵入してくる方角だとされています。

このような陰陽道の影響もあり、丑の方角や丑の時刻というのは人々に恐れられてきました。丑の刻とは、おおよそ午前1時から3時を指しますが、この時間は人が鬼に変貌したり、鬼が現れたりする時間と考えられていたようです(現在でも、風水では鬼門は「災いが訪れる方角」として、家を建てる際に「水回り」「玄関」は北東の方角に造ると縁起が悪いなどといわれます)。

2 丑(うし)にちなんだスピーチ例

1)スピーチ例1

今年の干支は丑です。動物の「牛」にちなんだ諺(ことわざ)はさまざまありますが、その1つに「牛売って牛にならず」というものがあります。これは、「飼っていた牛を売った代金で、新たな牛を買おうとしても、お金が足りず買うことができない。見通しが甘くて損をしてしまう」という意味があるとされています。

こうした意味が転じて、「人は誰しも自分のことは高く評価しがちだが、自分が思っているほど他人からは評価されていない」という解釈もあるようです。皆さんの中にも、日ごろ、「自分はちゃんとやっているのに、周りから正当に評価されていない」と不満を持っている人がいるのではないでしょうか。

「ちゃんとやっている」と思っているのは、あくまでも皆さん自身の「自分の尺度」「自分の基準」です。人から見たら、「それはできて当たり前。まだまだ足りない」と思われるのかもしれません。今年は、そうした「自分視点」から抜け出して、周りの言うことを素直に受け止めてみてください。

一方で、矛盾するかもしれませんが、もう一つ私が皆さんに言いたいのは、「人からどう評価されるかを考えて仕事をしているうちは、まだまだだ」ということです。お客様のため、周りのために一生懸命に考え行動していれば、ワクワクしますし、「自分はちゃんとやっているのに正当に評価されていない」「自分は人からどう評価されているのだろうか」などと思う暇もありません。

今年、もし、「自分は正当に評価されていない」と思うことがあったなら、皆さんにやってほしいことは2つです。1つは、「これは自分の基準で考えていただけだ、相手の視点に立って考えてみよう」と「自分視点」を抜け出そうとすること。

そしてもう1つは、「そんなことを考えている暇もなくなるほど、もっと一生懸命に取り組もう」とすることです。極端かもしれませんが、どのような時代になっても、こうしたことは変わらず大切だと私は思います。今年も皆さん、ぜひよろしくお願いします。

2)スピーチ例2

今年の干支は丑ですが、実は、丑は昔から縁起の悪いものとして扱われてきた一面があるようです。「丑三つ時」「丑寅の方角」などは分かりやすい例でしょう。特に、「丑寅の方角」は鬼門といって鬼が侵入してくる不吉な方角だとされています。

しかし、同時に鬼門には、鬼が入ってこないようさまざまな方策が施されてきたのです。例えば、「丑の刻参り」で有名な京都の貴船神社では、平安の昔から日照りや長雨が続いたときや国家有事の際には、必ず勅使が差し向けられ、祈りがささげられていました。

このように、言ってみれば「丑」は、危難をもたらすとともに、危難から守るべき要を表してもいたのです。昔の人はこの鬼門にさまざまな工夫をして立ち向かっていきました。翻って皆さんは、自分の鬼門、苦手なことや過去の失敗などに、どのように向き合っているでしょうか。

鬼門の中には、これまで避けてきたから気付かなかっただけで、突破することで自身が成長できるものがあるかもしれません。そうした「突破すべき鬼門」がないか、皆さん、いま一度、避けてきたものと向き合ってみてください。

例えば、数字が苦手な人は、会社の売上や利益などの分かりやすい数字を把握するところから始めてもよいでしょう。営業活動に悩んでいる人は、担当のお客様に月一回必ず連絡を入れることを徹底するのも一策です。そうした一歩ずつでいいので、今年、皆さんがそれぞれの「鬼門を突破する」ことを期待しています。

3 豆知識・干支の由来

1)干支の起源

干支は身近な話題である一方、「干支とは何か?」について、はっきりと答えられる人は意外と少ないかもしれません。改めて「干支の基礎知識」を紐解いてみましょう。

干支は、「かんし」ともいわれ、古代中国に起源を持ち、年月や時刻、方位などを表す呼称とされる言葉です。干支の「干(え)」は10種類あり、十干(じっかん)といいます。

画像3

これに陰陽五行思想を結びつけて、それぞれ陽を意味する兄(え)、陰を意味する弟(と)を当てて、次のようにも読みます。

画像4

一方、干支の「支(と)」は古代中国の天文学で、木星の位置を示すために天を十二分した呼称を起源にしており、十二支といいます。

画像5

さらに、十二支を動物に当てはめて次のように呼ばれるようになったのです。

画像6

中国では、古く殷(いん)の時代(紀元前16世紀~紀元前11世紀頃)から、この十干十二支の組み合わせで年月日が数えられたといいます。これが干支の起源です。

2)干支と十二支

現在の日本では、干支は十二支と同じ意味で使われていますが、厳密には干支と十二支とは異なります。本来の干支(十干十二支)の組み合わせは全部で60通りあり、現在日本で使われている12通りの十二支とは違うのです。干支は年月日や時刻に当てられますが、日本では一般的に年に当てられて使われています。満60歳を還暦(かんれき、もしくは生まれ年の干支を「本卦(ほんけ)」と呼ぶことから本卦還りともいう)というのは、干支が1周して生まれ年の干支に還(かえ)るところからきています。

また、「甲子(きのえね)」などの言葉を耳にしたことがある人も多いはずです。この呼び方も干支からきています。

ちなみに、2021年の干支は辛丑(かのとうし)、2022年の干支は壬寅(みずのえとら)です。自分の生まれ年が干支では何年なのか、図表7で確認してみましょう。

画像7

3)干支が表す歴史年代

古くから、干支は年月日などの時間を表す呼称として使われてきました。具体的な年がすぐ分かる干支は、歴史上の事件に対する呼称としても多く用いられています。

有名な例としては次のようなものがあります。

  • 672年 みずのえさる 壬申(じんしん)の乱
  • 1592年 みずのえたつ 壬辰(じんしん)倭乱 ※日本でいう文禄の役
  • 1868年 つちのえたつ 戊辰(ぼしん)戦争
  • 1911年 かのとい   辛亥(しんがい)革命

ちなみに、阪神甲子園球場は「甲子(きのえね)」年の1924年に完成したことから名付けられています。

以上(2020年12月)

pj90001
画像:photo-ac

第17回 【後編】ルクセンブルク貿易投資事務所(東京) 松野 百合子氏/森若幸次郎(John Kojiro Moriwaka)氏によるイノベーションフィロソフィー

(画像:LFT_JonathanGodin)

 

かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。

第17回に登場していただきましたのは、欧州において高い信頼性と生産性を誇る国際イノベーション都市・ルクセンブルクと日本の架け橋を担う、ルクセンブルク貿易投資事務所 エクゼクティブ・ディレクタター 松野百合子氏(以下インタビューでは「松野」)です。

前後編に分けてお送りします。今回は後編です。
前編はこちらからご確認ください!

1 「ルクセンブルクが金融に強くなった背景には、1985年に新たに生まれたUCITS(ユーシッツ)という仕組みが関係しています」(松野)

John

前編ではルクセンブルクという国の特徴と、「ワークライフバランス」を重視する働き方についてお聞きしました。

ここからは、その恵まれた労働環境を保ちながら、20数年にわたってGDP世界第1位を保っている秘訣を伺っていきたいと思います。
松野さんが大使館で働き始めた当初から、ルクセンブルクのGDPは世界第1位だったのですか?

松野

私が働き始めたのは1996年で、スイスとGDP第1位を競い合っている頃でしたね。ルクセンブルクが1位になる年もあれば、スイスが1位になることもある、といった感じでした。

今もルクセンブルクの圧倒的な収入源となっている金融は、当時すでにビジネスとして確立されていました。1990年代半ばは、既存の製造業を発展させながら、さらに新たな収入の柱を立てようとしていた時期です。

ルクセンブルクがそれほどまでに金融に強くなった背景には、1985年に新たに生まれたUCITS(ユーシッツ)という仕組みが関係しています。

UCITSは、欧州内で国境を超えて流通できるファンドの仕組みのことで、ルクセンブルクはいち早くこれに注目し、欧州で初めて国内法を制定したのです。

その結果、世界中にファンドを流通させたい人たちがルクセンブルクに集まりファンドを組成するようになりました。

複数の国でファンドを組成しなくても、ルクセンブルクでファンドを組成すれば他国にも流通させることができるわけですからね。日本からも、8つの金融機関がルクセンブルクへ参入していました。

これが大きな転機となり、ルクセンブルクの金融は飛躍的に発展しました。

John

国内法を制定することで、海外から優秀な人材を集め、金融の国としての地位を獲得したのですね。
それから20年以上もの間、どのようにGDP第1位の座を保っているのでしょうか。

松野さんからご覧になって、その理由は何だと思われますか?

松野

理由は大きく3つあると思います。

1つ目は、金融センターが国のGDPの約25%に寄与していること。産業効率が非常に良いのです。

2つ目は、ルクセンブルクには僻地がないということ。例えばフランスやスペインのような国土の広い国では、どうしても人口が少なかったり、メジャーな産業のない、経済的なアウトプットが少なかったりするエリアが生まれてしまいます。

ルクセンブルクは国土が小さく、僻地といわれるようなエリアはないのです。

3つ目は通勤労働者の人々。ルクセンブルクの人口は62万人なのに対して、毎日19万人もの人々が周辺国から通勤し、経済活動に従事しています。

国民1人当たりのGDPを計算する際には、通勤労働者の人々は分母に入らないため、統計上底上げされる部分があります。

その方々を人口に加えてGDPを算出してみるという取り組みをしたことがありますが、そうするとルクセンブルクのGDPは世界第6〜7位程度となりました。

周辺国の方々は、福利厚生が充実したルクセンブルクで働いたほうが得られるものが多いのです。通勤労働者とは、持ちつ持たれつの関係と言えます。

首都ルクセンブルク市の旧市街の画像です

(画像:LFT_JonathanGodin)

 

2 「『興味を持ってもらえるのであれば、日本のスタートアップ企業にもっとチャンスを作りたい』と思い、2010年に始まったICT SPRING というTech カンファレンスに日本のスタートアップを呼ぶことを思いつきました」(松野)

John

金融の印象が強いルクセンブルクですが、イノベーションにも力を入れ始めたようですね。

国として、どのようにしてイノベーション推進に注力されてきたのでしょうか?

松野

そうですね。1990年代、金融以外の柱をつくろうと製造業など他産業の強化に取り組んでいたルクセンブルクですが、その一方で「これからの時代、国としてどの領域に注力すべきか」という調査を綿密に重ねていました。

結果、候補として出てきたのはICT分野
さらに、ICTの中でもデータマネージメントハブを目指すのが良いのではないかと考えたのです。

セキュリティレベルの高いデータセンターを次々とつくり、通信インフラにもかなりの投資をし、通信性を強化しました。さまざまな場所からルクセンブルクへの通信をスピーディにし、商業活動を活性化しようという意図です。
また、データ関連の法律制定も同時に進めていきました。

そうしたICT強化の一環として、「新しい技術を常に取り入れていかなくては競争力を保てない」という考えから、イノベーション推進に注力し始めたのです。

John

国を挙げてICT強化、その一環としてイノベーション推進に取り組まれたのですね。

松野さんはルクセンブルクと日本のイノベーションハブの役割を担う部門にいらっしゃいます。ルクセンブルクの戦略の変化や、ビジネスの移り変わりと共に、日本から進出する企業も変わっていったと感じますか?

松野

はい、変化しています。

昔は金融や製造が中心でしたが、テクノロジー系の企業が増え、2008年には楽天の欧州本社がルクセンブルクに設立されました。

私は役割上、海外に出たい日本企業を常に探していました。
日本はバブル時代に海外拠点を増やしたものの、うまくいなかった経験を持つ企業が多く、「複雑そうな欧州よりもまずはアジアへ進出する」という選択をされるケースが多かったのです。

しかし2000年代、日本国内でも少しずつスタートアップの気運が高まってきました。彼らは私たちにとっても興味深い技術を持っていましたし、「世界へ出たい! 欧州に拠点をつくるぞ」というスピリットのある会社も多くいました。

私たちとしても、「興味を持ってもらえるのであれば、日本のスタートアップ企業にもっとチャンスをつくりたい」と思い、2010年に始まったICT SPRINGというTechカンファレンスに日本のスタートアップを呼ぶことを思いつきました。

日本のスタートアップに向けた無料ブースの提供、ピッチ参加の機会、現地IT企業をめぐるツアーの企画提供をし、現地IT企業と日本のスタートアップ企業とが出会う機会を増やしていきました。

現在まで続くこのイベントは、6000人規模へ成長しました。これまで多くの優秀な日本のスタートアップ企業にご参加いただいたので、ルクセンブルク側の日本への期待も非常に高まっているところです。

日本企業にとって、このイベントが欧州を知るきっかけとなってくれたらと思っています。また、参加するとルクセンブルクのIT系の要人にほぼ会うことができるというのも大きな魅力になっているのではないでしょうか。

John

確かに、ルクセンブルクの首相も参加し、自らスタートアップ企業に向けて、すばらしいスピーチをされていて、印象的でした。

今年は残念ながら、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、初のオンライン開催となりましたね。しかし、松野さん達が企画された「ルクセンブルク貿易投資事務所と訪れるバーチャル・テックイベント『ICT SPRING EUROPE 2020』」にゲスト出演させて頂き、参加者の方々と共にオンライン上でICT SPRINGを訪れることができ、非常に楽しかったです。オンラインイベントをツアー形式で行うというのは珍しい体験でしたが、皆で昨年度の様子と比較しながらブースやイベントホールを訪れると理解も深まりますね。チャット機能など、参加者同士の交流を促進する機能もあってよかったと思います。

今回、オンライン開催を行なったことによって、イベントの持つ新たな可能性が発見されたように感じます。今後が楽しみです。

日経イノベーションミートアップのイベントスピーカー集合写真です

 

3 「パーティーの付加価値というのは、参加者の方々が『ここへ来て、良い人に出会えた』と思ってもらえる、それに尽きると思うのです」(松野)

John

また、松野さんは、カンファレンスの場やパーティーなどで、人と人とをつなぎ合わせるのが非常にお得意ですよね。

「こちら○○をされている、△△さんです」という紹介の仕方がとてもわかりやすいですし、一言で互いをリスペクトできるような表現をしてくださって、松野さんの優しさと心遣いを感じます。

人を紹介する際、気をつけているポイントがあれば教えてください。

松野

ありがとうございます。
パーティーの付加価値というのは、参加者の方々が「ここへ来て、良い人に出会えた」と思ってもらえる、それに尽きると思うのです。
主催者はそこに終始すれば良いとも思っています。

そのために、お客様がいらっしゃる前には、頭の中で何度もシミュレーションします。「今日はどんな方々が来るのか、この人とこの人を引き合わせることには意味があるだろうな」といったことを考え抜いているのです。

もちろん1人では手が回りませんので、それを他のスタッフにも共有し、「この人とこの人が近くにいたら、ご紹介してね。なぜなら、この人たちにはこんな共通点があるはずだから」と細かに伝えています。

John

やはり、そういった事前準備があるのですね。
そうした心配りが表れていますし、私も妻も、松野さんの主催されるパーティーへ行くのはいつもとても楽しみです。

松野

ありがとうございます。最高の褒め言葉です!

John

イベントに登壇される方々もすごい方ばかりですが、どのようにご依頼をされているのですか?

松野

そうですね、登壇者にとってもメリットのあるポイントを考えることでしょうか。どうしたら登壇してよかったと思っていただけるか、まずはそれを起点に考えます。

私は相手に対してすごく興味を持つタイプなのだと思います。

「この人だ!」と思ったら、イベント後の出待ちなどをすることもあるくらい(笑)。

John

そうした努力の積み重ねで、すばらしいイベントをつくり上げていらっしゃるのですね!感動しました。

4 「『立場や状況が人をつくる』と私は思っています。」(松野)

John

松野さんは外国人の方々のパネルディスカッションの際に、英語でモデレーターをされるほどの英語力を持っていらっしゃいますが、語学の勉強はどのようにされたのですか?

松野

ありがとうございます。私としては、いまだに英語にコンプレックスがあるのですけど。

ポイントがあるとすれば、自分より少し上の目標を置き、チャレンジングな場所に身を置くことでトレーニングを重ねてきました。

中高生の頃から英語のラジオをよく聴いていたことや、アメリカ留学を1年間、学生時代の電話交換のアルバイトなどもベースになっています。
しかし、本格的に英語力が鍛えられたのは、やはり社会人になってから。

ファーストキャリアは外資系のPR会社でしたので、本社から経営層の方が来日された際にアテンドをしたり、インタビューに同席させていただいて通訳の方とのやりとりを聞いていました。

また、今の仕事では毎月、ベルギーとルクセンブルクの商工会議所の理事会に、オブザーバーとして参加させてもらっています。

会議で使われるのは英語。参加者はほぼベルギー人で、ルクセンブルクからの参加者は私しかいないということも。

そんな状況で、私がルクセンブルクの代表として、しっかりと英語で主張をしなくてはいけないので、それはトレーニングになっていると思います。

立場や状況が人をつくる」と、私は思っています。

John

すばらしいお言葉です。ご自身の英語への興味に加え、責任のある仕事を英語でこなさなければならない環境に身を置くことで、英語力に磨きをかけられてきたのですね。

私は、松野さんがとてもキチッとしたフォーマルな英語を話されることに非常に驚いたのですが、何か参考にされている本などがあるのでしょうか?

松野

大使のサポートとして、良い言葉に触れていることが大きいのだと思います。

外交官の方の言葉の選び方・使い方というのは、やはりとてもすばらしいのです。中でも、私が就職した当初に大使を勤めていた方は、冒頭で少し笑いをとったり、高尚なお話を組み込んだりと、とてもスピーチがお上手でした。

品格を持って、言葉を選んで話す方々ですので、外交官の方のインタビューや、国連の方々のスピーチなどを聞くこと、原文を読むことは英語の勉強になると思います。

ポイントは、文章を読むだけではなく、声に出して読んでみること。私も、1人の時には音読で練習しています。

John

外交官の方々が話す英語をお手本にするというアイデアは、美しい英語を話せるようになりたいと願う学習者にとって目から鱗が落ちますね。実践的なアドバイスをありがとうございます。

松野さんは、フランス語もお上手ですよね。

松野

フランス語は、まだまだ勉強中です。通勤中もずっとフランス語のラジオを聴いています。

子どもが受験生の時、子どもに対して「勉強しなさい」というだけでなく親が勉強する背中を見せようと思い、同時期にフランス語検定を受けることにしたのがきっかけでした。

John

その勉強熱心な姿勢、教養の高さが松野さんの大きな魅力だと思います。

今では、ルクセンブルク功労勲章まで受賞されていらっしゃいますものね。

受賞のポイントはどういったところだったのでしょうか?

松野

ありがとうございます。功労勲章は、2017年にいただきました。
勤続20年以上ということ、楽天など日本企業の誘致や、宇宙関連の事業などを掘り起こせたことが評価いただいたものかと思います。

John

本当に松野さんは、生き方がかっこいい! 大使館という場にいながら、おしゃれで自由で、ファンキーな方だなと私は思っています。

大使館の仕事のイメージも変わると思うし、今回のインタビューはたくさんの若い人たちに読んでもらいたいです。

松野

あぁ、確かに。世の中には知らないだけで、こういうおもしろい仕事や職場がたくさん眠っているかもしれませんよね。

5 「同じ課題に対しても、アプローチの仕方が違う。それを引き合わせることが異文化間のイノベーション交流のおもしろさだと思っています」(松野)

John

ICT SPRINGをはじめ、ルクセンブルクのイノベーションと日本のスタートアップの海外進出に貢献されている松野さんですが、お仕事のやりがいや楽しさを教えていただけますか?

松野

同じ課題に対しても、アプローチの仕方が違う。それを引き合わせることが異文化間のイノベーション交流のおもしろさだと思っています。

この仕事を始めた頃は、まだ欧州と日本のスタートアップシーンがつながっていなかった時代。私の仕事は、まず日本へ欧州の情報を持ってくることから始まりました。

そのフェーズはすでにクリアできたと思いますので、これからは、オープンイノベーションも含め、より深いところでの協力関係をつくりたいと思っています。

2020年からはイノベーションリーダーサミットという企画にも携わることになりましたし、ルクセンブルクにオープンイノベーションクラブというのもできました。この2つを、日本のスタートアップシーンとつないでいきたい。

互いに自分たちとは違うアプローチの仕方に触れて、「目から鱗」な体験をしてもらいたいですね。

John

すばらしいですね。松野さん達のお陰で、ますます日本とルクセンブルク間で相乗効果が発揮されていくことと思います。

では、最後の質問となりますが、松野さんの「イノベーションの哲学」を教えてください。

松野

「ボーダーを持たずに考える姿勢」です。

ボーダーには、過去と将来の境目、他人と自分の間の壁、国境など色々な意味があります。

ルクセンブルクはボーダーレスの国で、まず外国と自国という堺を超えて暮らそうとしますし、私のような現地採用スタッフにも勲章を出すような人たちです。

自分自身の枠(ボーダー)に捉われない発想こそが、ブレークスルーにつながるイノベーションを起こすと考えています。

そして、ボーダーレスな発想を広げるためには、たくさんの事例を見たり、他の社会に生きる方々のアプローチを知ったり、国際交流からヒントを得ることも多いはず。

自由な視点を持ち、ボーダーレスに、常に行動をおこしつづけている人のところにこそ、チャンスは訪れるのではないでしょうか。

John

異文化間で、たくさんのイノベーション交流を見てこられた松野さんならではのお言葉ですね。

本日は貴重なお話、本当に愛りがとうございました!

松野氏のイノベーションフィロソフィーを示した画像です

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年12月23日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

売掛金を回収する基本的な方法(債権回収)

債権回収は企業にとって重要なテーマです。「ないところは取れない」が債権回収の基本であり、そうなる前に行動を起こさなければなりません。ただ、債権回収の方法は状況によって異なるため、具体的に何をすべきなのか分かりにくいところがあります。
そこで、りそなcollaborareでは、「債権回収」をシリーズとして紹介していきます。

1 自力救済の禁止とは?

こんにちは、弁護士の皆元大毅と申します。
シリーズの第1回は、相手方が任意に支払いに応じないケースを想定した「債権回収のいろは」を扱います。

ビジネスでは、日々、お金を貸したら将来返す、物を売ったら代金を支払う、物を借りたら対価を支払う、といった経済活動が行われています。これは、法的な約束に基づくもので契約責任と呼ばれます。また、契約関係の有無にかかわらず、他人の権利ないし利益を違法に侵害すれば、その損害を賠償する義務を負い、これを不法行為責任といいます。
他方、このような責任が発生しても、債務者がその履行を拒絶すると、権利者は債権を有しているにもかかわらず、自らの権利を実現することができません。
しかしながら、民事法上、債務者が義務を履行しないとき、債権者が司法手続によらず実力で権利回復を図ることが禁止されています。これを「自力救済の禁止」といいます。そのため、権利者が強制的に被った被害を回復するには、司法手続を利用する必要があります。
「債務者がなすべき支払いをせずに困っている。裁判所に訴えたい!」というご相談を受けますが、実は、勝訴判決を得れば相手方から完全な債権回収ができる訳ではありません。金銭の支払いを求める訴訟で勝っても、なお債務者が支払いに応じないケースも存在します。そのような場合に、債権回収を強制的に実現する制度が強制執行手続になります。

2 強制執行手続を検討するにあたって

1)強制執行手続とは

強制執行手続とは、国が強制的に債務者の財産を換価処分したり、債権者に引渡したりすることを意味します。強制執行手続は、債務者の財産を強制的に換価処分する非常に強力な手続です。そのため、債権者が強制執行手続を利用することにより、債権回収を実現するためには、厳格なルールが定められています。それでは、強制執行手続で必要になる書類として、どのようなものがあるのでしょうか。

    深掘りキーワード

    • 換価処分

    不動産や動産などの財産を第三者に売却・処分することにより、その財産をお金に換えることをいいます。

2)強制執行手続で必要になるもの

一般的に、強制執行手続を開始するためには、1.債務名義、2.執行文、3.送達証明書という書類が必要です。
この3点セットは、強制執行手続を利用する際に必要になる極めて重要な書類です。どれか1つでも欠いてしまうと、基本的に裁判所は強制執行手続を開始することができません。1.債務名義、2.執行文、3.送達証明書の取得方法は次の通りです。

3)強制執行手続で必要になる「1.債務名義」とは

債務名義とは、債権の存在を公的に証明する文書を指し、一般的によく利用される債務名義として以下のような書類があります。

a.確定判決
b.仮執行の宣言を付した判決・支払督促
c.執行証書
d.和解調書、調停調書

a.確定判決とb.仮執行の宣言を付した判決・支払督促の債務名義のうち判決については、訴訟提起を行った上で裁判所が判決を下すことにより取得することができます。訴訟提起から判決に至るまでの期間は、個々の事案によりケースバイケースですが、判決まで1年以上必要になる事案も多数存在しますので、判決という形で債務名義を取得しようとすると、費用や時間を多く要することになるのが一般的です。
b.の支払督促とは、簡易裁判所において金銭の支払いを求める制度であり、簡易迅速な書類審査である点に特徴があります。もっとも、債務者が支払督促に異議を申し立てると、請求額に応じ、地方裁判所又は簡易裁判所へ訴訟手続が移行することになるので、債務者からの異議申立てがあれば、結局裁判所で争うことになります。
c.の執行証書とは、公証役場で公証人が公正証書として作成したもので、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述(執行受諾文言)が記載されているものを指します。公証役場において、予め執行証書の形で契約を締結していれば、迅速に強制執行手続を利用することが可能になります。
d.和解調書、調停調書(裁判手続や調停手続において当事者の合意により解決されたことを示す書面)とは、裁判手続や調停手続において、当事者双方の合意に至れば作成されることになる書面であり、話合いにより解決できた場合に取得することができます。

4)強制執行手続で必要になる「2.執行文」とは

執行文とは、請求権が存在し、それにより強制執行手続を実施できる状態であることを公証するために付与される文言です。執行文を取得するには、基本的に債務名義を用いて裁判所に執行文付与の申立てを行う必要があります。この申立てを行うことにより、債務名義の末尾に「債権者は、債務者に対し、この債務名義により強制執行することができる」と記載してもらうことにより、執行文を得ることになります。
このように、具体的な請求権が存在するか明らかであることを証するために「債務名義」が求められ、また、その債務名義が有効なものであることを示すために「執行文」が必要になります。

5)強制執行手続で必要になる「3.送達証明書」とは

送達証明書とは、債務名義となる書類を強制執行手続の前に、債務者に対して送付したことを執行裁判所(強制執行手続に関する権限をもつ裁判所)に対して証明する書類を指します。
債務者からすると、債務名義が送達されなければ、ある日突然、強制執行手続を受ける地位に立たされることになり、仮にそれが不当な強制執行手続であったとしても、防御のしようがありません。そのため、強制執行手続が始まる前に、どのような債務名義に基づき執行がされるのかを債務者に示すため、送達証明書が必要になります。
債務者としては、送達がされると、債務名義に記載された請求権の存否を判断することができ、もし請求権がないと主張するのであれば、債務名義自体の執行力の排除を目的とする訴え(これを請求異議の訴えといいます。)を提起することができます。

メールマガジンの登録ページです

3 強制執行手続を検討する際の留意点

我が国の強制執行手続は、換価処分する財産の対象ごとに手続が異なっています。大別すると、不動産、動産、債権に分類することができます。各手続で必要書類が異なりますが、これまでに述べた3点セット1.債務名義、2.執行文、3.送達証明書は、いずれの手続でも必要になります。
債務者が任意の支払いに応じないケースでは、最終的に強制執行手続を見据えて裁判手続を行う必要がありますが、実際に強制執行手続を利用する場合には、これらの3点セット(特に債務名義)をどの程度の労力で揃えることができるのか、という点が1つのポイントになります。
また、別の視点で重要なのが、債務者の資力です。この3点セットを用意できたとしても、債務者に財産がなければ意味がありません。換価処分・取立てる財産としては、株式、売掛債権、不動産など多岐に及びますが、債務者が無一文であると、強制執行手続を利用しても空振りに終わる可能性があります。また、強制執行手続を利用するにしても費用がかかりますので、費用倒れにならないよう債務者の資力を勘案するというのも重要なポイントになります。

そこで次回は、債務者の資力を判断するために、債務者の有する財産の調査方法について解説します。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年12月22日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

【朝礼】坂本龍馬に学ぶ「勉強が楽しくなるとき」

私は日ごろから皆さんに、書籍を読んで知識を蓄える、外部の人間に会って知見を広げるなど、「勉強」を欠かさないよう伝えています。しかし、残念ながら、現状ではこれが十分にできている社員はほとんどいません。

皆さんの多くは、私から注意を受ければそのときは積極的に勉強しようとしますが、その姿勢は長続きしません。それは皆さんの中に、「業務が忙しいから、勉強にまで手が回らない……」「難しい勉強は苦手だ……」といった思いや考えがあるからでしょう。しかし、私に言わせると、勉強はとても楽しいものであり、勉強が続かない人はそこに気付いていないのです。そこで、今日は「勉強が楽しくなるヒント」について話したいと思います。

皆さんは、土佐藩出身の幕末の志士、坂本龍馬をご存じでしょうか。当時、険悪だとされていた薩摩藩と長州藩の仲を取り持って「薩長同盟」を成立させ、倒幕のきっかけをつくった人物です。この他にも、議会による政治運営など新しい政治構想についてまとめた「船中八策」を起草するなど、先進的な考えを持った聡明(そうめい)な人物というイメージがあります。

ただ、こうしたイメージとは裏腹に、子供の頃の龍馬は、実は落ちこぼれだったといわれています。12歳で漢学の塾に入学したものの、勉強嫌いであまりに出来が悪かったため、すぐに退塾させられたという説があります。

一方、剣術が得意だった龍馬は、14歳で入門した道場で腕を上げ、19歳のときに土佐藩から剣術修行のための江戸遊学の許可を得ます。しかし、江戸を訪れて間もなく、ペリー率いる黒船の来航を目の当たりにし、外国の軍事力に強い関心を持つようになります。龍馬は、兵学者・佐久間象山などに学んで外国に関する知見を広げ続けます。そして、28歳のときに幕臣・勝海舟の「外国に負けない強い海軍をつくる」という考えに感銘を受けて彼の弟子となり、歴史の表舞台へと飛び出していきます。

子供の頃は勉強嫌いだった龍馬が、外国という知らない世界について、積極的に学ぼうとした理由は何だったのか。考え方はさまざまですが、私は龍馬が得意とした剣術が関係しているように思います。龍馬は卓越した強さを持っていたものの、江戸で見た黒船は剣術では到底太刀打ちできない存在でした。剣術に打ち込み、強さを追求し続けてきた龍馬だからこそ、黒船の強さに人一倍魅了され、それが外国について学びたいという思いへと変わっていったのではないかと思います。

ですから勉強が苦手という皆さんは、まず自分の得意分野を極めることを考えてください。もしかしたら、その先に別の世界への入り口が待っているかもしれません。たとえ自分が知らない世界でも、それが自分の得意分野の延長線上に広がっている世界であれば、学びたいという思いは自然と湧き上がってくるはずです。

以上(2020年11月)

pj17028
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】リモートワークは実践フェーズに突入します

今朝は、リモートワークを今後も当社の基本的な働き方として続けていく上で、皆さんに認識してほしい大事な話をします。

新型コロナウイルス感染症まん延の影響で、ビジネスの進め方も働き方も変化しました。特に最近、当社において大きく変わってきたと私が感じているのは、社外の人との関わり方です。当社は今までも、社外のさまざまなネットワークを活用して仕事を進めてきました。ここにきてリモートワークやオンライン会議が定着してきたこともあり、数カ月の間に、その動きが加速したと思っています。

これまでは、どうにか当社の中で進めようとしてきた仕事を、社外の知見ある人に依頼することでスピードアップし、より質の高い成果が得られるようになってきているのです。皆さんは、このことを、どれだけ実感を持って受け止められているでしょうか。

はっきり言いましょう。社外の人との仕事が加速すれば、社員である皆さんに求められることのレベルは一段も二段も上がります。「あなたは当社にいて、何を実現できるのですか?」という質問を、一人ひとりが突き付けられていることに他ならないからです。この大きな状況の変化を、皆さんは認識していますか?

皆さんの仕事ぶりを見聞きしていると、中には、この変化を本当に分かっているのかどうか、いささか疑問に思える人もいます。

私は、こうした変化を皆さんが認識できないのは、一義的には私に責任があると思ってきました。リモートワークの場合、会社が変わろうとしている空気感などを実感するのは難しいものです。それならば、組織を率いる者は、そうした空気感を言葉にして皆さんに伝えなければならない。そう思って私はこの数カ月、社外の人との仕事が加速すること、会社がこれから実践しようとしていること、営業状況などを一つひとつ具体的に、皆さんにアナウンスしてきました。

皆さん一人ひとりに求めるレベルやスピード感が大きく変わっていくということも、繰り返し伝えてきました。しかし、その「伝達フェーズ」は終わりです。これからは、もう遅いくらいですが、「実践フェーズ」に突入します。

私はもう、一つひとつの出来事を、具体的に皆さんにアナウンスすることはしません。会社が今後どう変わるのか、何をやろうとしているのかを、本当に知りたい人は、私や上司に自ら質問してきてください。社外の人に負けない知見を得て、自分に任せてほしい仕事があるなら、ぜひ自分から手を挙げて実績を見せてほしいのです。

指示や情報を与えられることを待っているだけでは、もう前に進めない、何も手に入らないことを、どうか認識してください。そういう段階は、もう終わりです。当社はこれからますます変わります。ついてこられるか否かは、皆さん次第です。肝に銘じてください。

以上(2020年10月)

pj17027
画像:Mariko Mitsuda

黒字なのにお金がない理由とは?/資金繰りの基本(2)

新型コロナウイルス感染症の影響により、経営課題としての重要度がより高まっている資金繰り。すでに影響を受けている会社だけでなく、今はまだそれほど受けていない会社においても、不確実な未来に向けた対策は欠かせません。

このシリーズでは、中小企業の経営者向けに、資金繰りの基本や資金繰りを行う上でのポイントを専門家が分かりやすく解説します。

1 摩訶不思議な中小企業の現実

顧問税理士や金融機関の担当者から「社長、こんなにも利益が出ていますよ。すごいですね」と言われるけれども、素直に喜べないと違和感を覚える社長も多いのではないでしょうか?「そうかウチの会社はそんなにもいい状況にあるのか」と思う半面、「ん?待てよ。それほどお金に余裕はないぞ。本当に喜んでいい状況なのか?」という違和感を抱く中小企業経営者は少なくないようです。
経営者であれば一度は聞いたことがあると思いますが、黒字倒産という言葉があります。黒字倒産とは、文字通り黒字の会社が倒産してしまうことです。決算書上は黒字でも資金繰りが行き詰まってしまえば倒産してしまうわけです。不思議ですよね?
なぜ黒字なのに倒産してしまうのでしょうか。その元になる考え方、すなわち「黒字なのにお金がない5つの理由」と「5つの解決策」を一緒に勉強していきましょう。

2 黒字なのにお金がない5つの理由とは?

黒字なのにお金がない理由は5つあるといわれています。その5つの理由を分かりやすくシンプルな図にして解説をしていきたいと思います。

1)売掛金

1つ目の理由は売掛金です。下の図表をご覧ください。左側は決算書の数字で、右側は実際のお金の動きを表したものです。ここで200万円の売掛金があった場合を考えてみましょう。売掛金はお金をもらっていないのにもかかわらず、決算書では売上としてカウントされます。決算書を見てみると売上は1000万円と計上されますが、その1000万円の中には売掛金としてまだお金をもらっていない200万円が含まれています。つまり、実際のお金の動きとしては、「入り」は800万円ということになります。その結果、決算書では70万円の利益は出ているので黒字なのですが、実際のお金の動きは130万円減ってしまっているという現実があります。

売掛金の動きを示した画像です

2)在庫

2つ目の理由は在庫です。在庫の支払代金は、実際にお金が会社の外に出ていきます。しかし、決算書は在庫を費用として認めてくれません。
ここで200万円の在庫があった場合を考えてみましょう。下の図表の決算書を見てください。決算書の仕入600万円には在庫の支払代金は含まれていません。しかし、実際のお金の動きを見てみると、右図で200万円の在庫を含めたところで800万円の仕入れ代金が支払われていることが分かります。つまり決算書では70万円の利益が出ているので黒字に違いないのですが、実際のお金の動きは130万円減ってしまっているという現実があります。

在庫が与える影響を示した画像です

3)設備投資

3つ目の理由は設備投資です。設備投資で支払った分は、決算書では数年にわたって費用処理していくことになります。ここで300万円の車を一括払いで買った場合を考えてみましょう。ちなみにこの事例では決算書上3年にわたって毎年100万円ずつ費用処理していくことにします。
下の図表の決算書の経費の中には、車以外の経費200万円と車の経費100万円(300万円÷3年)があります。ところが、実際のお金の動きを見てみると、車以外の経費200万円と一括払いをした車の支払い分300万円があります。あわせて500万円の経費支払いです。その結果、決算書では70万円の利益が出ているので黒字なのですが、右図のように資金繰りでは、実際のお金の動きは130万円減ってしまっているという現実があります。

設備投資が与える影響を示した画像です

4)税金

4つ目の理由は税金です。決算で利益が出ていれば税金を支払わなければいけません。ところが、利益が出ているにもかかわらず、税金を支払うときにそのお金がない、ということが多々あります。上記1)~3)と後述する5)が原因で税金を支払うお金が無くなることがほとんどですが、たまに下の図表のようなケースもありますので紹介いたします。
季節によって入出金状況が大きく変動する会社は要注意です。お金がない時期と納税時期が重なる会社は特に要注意。下のグラフ「預金残高の推移」をご覧ください。3月決算法人なのですが、税金を支払う5月にいつもお金が足りなくなります。このように季節変動が大きく、お金がない時期に税金を支払わなければならない会社は、決算書は黒字であっても税金を払うお金がないという事態に陥ってしまいます。ちなみに、このような会社は大抵お金を借りて税金を支払っています。

納税と預金残高の関係を示した画像です

5)借入の返済

5つ目の理由は借入の返済です。中小企業でよくみられるケースです。上記1)~4)までの原因(売掛金、在庫、設備投資、税金)によってお金が足りなくなるので、会社は銀行からお金を借りることになります。そして、借りたら返済をしていきます。ところが、借入の返済は決算書では費用として認められません。ですから、下の図表のように、決算書では利益が出ていても、その利益よりも返済額のほうが大きければ、実際のお金の動きは「入り」よりも「出」のほうが大きくなってしまします。黒字であってもお金は減っていくわけです。

借入の返済が与える影響を示した画像です

3 会社にお金が残るようになる5つの解決策とは?

黒字なのにお金がない5つの理由について、そのカラクリを見てきました。ここからは、会社にお金が残るようになる解決策を一緒に見ていきましょう。

1)回転期間のバランスを取る!

「1)売掛金」と「2)在庫」に対応する解決策です。ついでに買掛金についても一緒に考えていきましょう。左側のケースをご覧ください。商品を購入して販売するまでの在庫の期間が12日あり、販売してから入金までの売掛金の期間が34日あります。これらの期間のことを回転期間と呼びます。在庫と売掛金の回転期間は、長くなるよりも短くなるほうが資金繰りは楽になりますので、少しでも短くなるようにチェックすることが大切です。
そして、次に買掛金について見ていきます。商品を購入して支払いまでの買掛金の期間が31日あります。買掛金の回転期間については先ほどとは逆で、短くなるよりも長くなるほうが資金繰りは楽になりますので、少しでも長くなるようにチェックすることが大切です。
極端な例ですが、右側のケースのように在庫と売掛金の回転期間をそれぞれ短縮し、買掛金の回転期間を長くすることで、入金が支払いの前にくるのが資金繰り上は理想的な形となります。

回転期間を変更した場合を示した画像です

2)設備投資をするときの鉄則!

「3)設備投資」に対応する解決策です。左側の図表は、300万円の車を一括払いで買った場合の数字です。お金は「入り」よりも「出」のほうが多くなっていることが分かります(お金が減っています)。このような場合は、一括払いで買うのではなく、右側の図表のように「出」が「入り」の範囲内で収まるように長期にわたって支払っていくほうが資金繰りは楽になります。「出は遅く長く」が鉄則です。

設備投資に対する解決策を示した画像です

3)事業年度を変更するだけで資金繰りが楽になる!

「4)税金」に対応する解決策です。左側のグラフは、お金がない時期と納税時期が重なっています。このような会社は税金を支払うときに資金繰りが悪化します。そのような場合は、決算期を変更するだけで資金繰りが改善します。決算期を変更することを、正確には「事業年度の変更」といいます。会社の設立当初に預金残高の推移を正確に予測するのは難しいものです。そもそも決算期と資金繰りを関連付けて決めたという経営者はそれほど多くないでしょう。
事業年度の変更の手続き(株主総会の決議や税務署への届出など)は割と簡単なので、資金繰りを改善する目的でやっている会社は多いです。資金に余裕がある時期と納税時期が重なるように事業年度を変更すればいいわけです。この事例でいえば、3月決算を12月決算にすればいいわけです。

事業年度を変更した場合を示した画像です

4)手っ取り早くて効果が大きい解決策!

「5)借入の返済」に対応する解決策です。決算書の利益よりも返済額が大きければ当然お金は減っていきます。逆に返済額が利益の範囲内に収まっていればお金は自然に増えていきます。上記のようなケースでは、金融機関と相談しながら返済期間を延ばすなど、毎月の返済額を減らしてもらうことをお勧めします。お金が増える体質にするには、この解決策が一番手っ取り早く効果的だからです。

借入の返済に対する解決策を示した画像です

5)4カ月先までの「資金繰り表」がないと話にならない!

資金繰りを改善するには、「資金繰り表」が大事であることは言うまでもありません。そして資金繰り表は形が大事です。月ベースの資金繰り表だとか、1カ月先までしか読み取ることができない資金繰り表を使っている中小企業をよく見かけます。資金繰り表は、できれば日繰り表(日ベース)で4カ月先くらいまでは見通すことができるものが望ましいです。一般的に取引のワンサイクルが4カ月くらいだからです。欲を言えば1年先くらいまで日繰りで見通せるものであればなお良いです。そのような資金繰り表をチェックしながら経営のかじ取りをしていけば、自ずと会社にお金が残りやすくなっていきます。次の図表は、筆者がクライアント企業に提供している資金繰り表のプロトタイプですので参考にしてください。なお、この資金繰り表は、こちらからダウンロードできます。

資金繰り表の例を示した画像です

4 まとめ

もし、あなたが顧問税理士や金融機関の担当者から「社長、こんなにも利益が出ていますよ。すごいですね。」と言われたときに、「ん?待てよ。そんなにもお金に余裕はないぞ。本当に喜んでいい状況なのか?」という違和感があるなら、黒字なのにお金がない体質の会社である可能性が高いでしょう。でも慌てることはありません。5つの解決策を1つずつ丁寧に実践してみてください。そうすれば、下の左側の状態から右側の状態に変化し、近い将来、あなたの会社は黒字かつお金が増える体質の会社に変身していることでしょう。

会社は黒字かつお金が増える体質の会社を示した画像です

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年12月11日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

【朝礼】働きアリが働く目的は?

先日読んだ本が興味深かったので、今朝はそのお話をします。テーマは「働きアリの働き方」です。アリについては、「女王アリは至れり尽くせりの世話を受けて幸せ。働きアリは一生働かなければならず、ブラック企業の社員みたい」といったイメージがあるかもしれません。

しかし、働きアリは無理やり働かされているわけではありません。女王アリに卵を産ませたほうが自分に近い遺伝子を残せるので、そこは女王アリに任せ、自分は他の仕事をしているのです。またこの労働は、滅私奉公ではありません。働きアリの役割は、幼虫を育てる、巣を掃除する、エサを見つけて運び込む、外敵が来たら戦うなどですが、女王アリから指図されているわけではなく、個々の裁量でやるべきことを決めています。

そのため、働きアリをよく観察していると、隊列から外れてフラフラとサボるアリもいます。ただ、こうしたアリも、巣が壊れる、外敵が襲ってくるなどの非常事態には率先して仲間を助けます。また、うろちょろと寄り道をする中で、エサへの近道を見つけることもあります。

こうした働きアリの生態には学ぶことも多いですが、私は違和感も覚えます。

その違和感とは、「女王アリと働きアリ」「種の保存」という、いつまでも変わらない価値観の中だけで動いているように見えるところです。

私たちはどうでしょうか。知らず知らずのうちに、いつまでも変わらない価値観に支配されていることはないでしょうか?

働きアリが本能で女王アリの世話をするように、私たちは生きるために働き、家族も養います。そのために一生懸命になることは、会社にとってありがたいことですが、これは最も基本的な「生理的欲求」です。そして次に、やりがいを見つけるために、「目的」を決めようとします。上司と部下の面談でよく見かける、「あなたの働く目的を決めましょう」といったものですが、この行為さえも、今、本当に必要なのかは疑問です。

極端に言えば、確固たる目的ややりがいがなくても、「こういうものがあったら便利かも」「今の仲間と一緒に働けるのは勉強になる」という気持ちが少しでもあり、それを軸に自分で行動できれば、それでいいのではないでしょうか。むしろ、「上司から言われたので目的を考えた」という既定路線の受け身な姿勢は、進化の邪魔になります。

働きアリの話から飛躍しているかもしれませんが、私はむしろ、働きアリの話にただ感心しているようではいけないと危機感を覚えました。皆さんはどうでしょうか。今、皆さんの価値観や「なぜ働くか」について、バージョンアップを図る時期に差し掛かっているのです。

以上(2020年10月)

pj17026
画像:Mariko Mitsuda

【資金調達】シード・ファイナンスで使える5つのスキーム

今回は、エクイティ・ファイナンスを行う上で、実務上注意すべき点を解説します。種類が豊富で後の資本政策にも大きな影響を与え得るシード・ファイナンスを念頭に置き、創業期のエンジェル投資からシリーズAファイナンス前までに行われるエクイティ・ファイナンスを取り上げます。具体的には、普通株式、みなし優先株式、J-KISS、転換社債型新株予約権付社債、優先株式を用いたスキームを解説します。

1 普通株式を用いるスキーム

出資と引き換えに普通株式を発行するものであり、基本的に、本稿で紹介する5つのスキームの中で最も簡易かつスタンダードなものといえます。ただし、投資契約や株主間契約の内容いかんによっては、複雑なものとなることがあります。
J-KISSや転換社債型新株予約権付社債との比較でいうと、投資家に議決権を与えることになるため、みなし優先株式や優先株式と同様、株主総会において会社の意思決定への関与が認められるという点に留意する必要があります。
また、株式を発行する以上、株価を定める必要があり、創業から間もなく、バリュエーションを決定しづらいフェーズでは、みなし優先株式や優先株式と同様、やや使いづらいという欠点があります。

2 みなし優先株式を用いるスキーム

普通株式を発行しつつ、会社と投資家・既存株主が出資の際の株主間契約において、将来、一定の条件に適合する優先株式を用いたファイナンス(「適格ファイナンス」などと呼ばれます)が行われた場合に、当該普通株式を、適格ファイナンスにおいて発行される優先株式に転換することを合意しておくスキームです。
従って、優先株式を発行する場合と異なり、みなし優先株式を用いる場合には、種類株式の内容などに関する定款変更やこれに付随する登記手続きを行う必要がありません。
会社法上、明文の規定はありませんが、特定の株式を別の種類の株式に転換する場合、主に登記実務の運用に基づき、

  • 会社と当該転換に係る株式を保有する株主の合意
  • 当該転換に係る株式と同種の株式を保有する全株主の同意
  • 当該転換によって損害を受ける恐れのある種類株式についての種類株主総会による特別決議

が必要とされています。

また、みなし優先株式によるファイナンスと適格ファイナンスの間にブリッジファイナンスが行われる場合、特に「2.当該転換に係る株式と同種の株式を保有する全株主の同意」の要件との関係で、当該ブリッジファイナンスの投資家からも、みなし優先株式によるファイナンスの際に発行された普通株式が適格ファイナンスにおいて優先株式に転換されることへの同意を取得しておくべきということになります。この点については、実務上、会社が、株主間契約の当事者を代理して、当該株主間契約に、適格ファイナンスまでの間に現れる新たな株主を参加(加入)させるための参加(加入)契約書を締結する義務を負っているケースがほとんどです。従って、適格ファイナンスまでの間に出資してもらう投資家に対し、みなし優先株式の存在を黙っておくことは、事実上困難であることについても留意しておく必要があります。
なお、転換対象となる普通株式と適格ファイナンスにおいて発行される優先株式の転換比率は、原則として1:1とされています。これは、普通株式の優先株式への転換が、上記登記実務の運用を利用した、あくまで株式の「内容」の変更であり、株式の「数」の変更ではないことに由来するものと考えられます。株主間契約の中で、普通株式の優先株式への転換に際して、追加の新株の発行などを定めることにより、事実上1:1以外の転換比率を定めることができないとはいえませんが、設計が複雑となるため、実務上、あまりないのではないかと考えます。

3 J-KISSを用いるスキーム

出資と引き換えに新株予約権を発行し、将来、一定の条件に適合するエクイティ・ファイナンス(「次回株式資金調達」と表現されます)が行われた場合に、当該ファイナンスにおいて発行される株式に転換することができる旨を新株予約権の内容として定めておくスキームです。なお、新株予約権を「転換」するという表現が用いられていますが、会社法に基づく取り扱いとしては、通常の新株予約権の場合と同様、新株予約権の行使に伴い、一定の内容の株式が発行されることに変わりはありません。本稿では便宜上、J-KISS型新株予約権の行使に伴う株式の発行についても「転換」と表現しています。
J-KISSは、米国発祥のベンチャーキャピタルの日本向けファンド「500 Startups Japan」が公表したスキームであり、契約書や発行される新株予約権の内容についても、ひな型が公開されています。
J-KISSの大きな特長は、新株予約権と引き換えに払い込む金額を決定する必要があるものの、株価それ自体を決定する必要がないという点にあります。シード・ファイナンスでは、会社が創業から間もないこともあり、株価を見積もることが難しいケースも多いため、J-KISSは、昨今、多くのケースで用いられています。また、みなし優先株式と比較すると、転換に際して、他の株主による同意などは特に必要がないため、手続き上の煩雑さがありません。さらに、上記の通り、契約書や新株予約権の内容について、シンプルなひな型が公開されているため、契約交渉時の工数も少なくて済むというメリットがあります。
もっとも、転換時にどのように発行される株式の数が算出されるかについては、若干、複雑な定めがなされていることから、その内容をきちんと理解しておく必要があります。J-KISSにおいて、転換時に発行される株式の数の算出方法は、およそ以下の2パターンが定められており、いずれかのうち多いほうの株式数が、転換により新株予約権の保有者に発行されるものとなっています。

以上の算出方法を前提に、具体例を挙げて、転換に伴い発行される株式の数を算出してみます。

例)以下を前提に、上記の図の通り、次回株式資金調達が行われる場合について、各パターンの試算を行うと、以下の計算通りとなります。

  • J-KISSの発行価額(出資額)の総額:3000万円
  • 次回株式資金調達の総調達額の下限:1億円
  • 評価額上限:2億円

計算)

上記の例では、パターン1:1250株、パターン2:3000株となるため、転換に伴い発行される株式の数は、より多いほうの3000株ということになります。このようにJ-KISSを用いると、次回株式資金調達が行われる際に、転換に伴う既存株主の持ち株比率の希釈化が生じるため、将来のファイナンスを見据えたシミュレーションを必ず行うべきといえます。

4 転換社債型新株予約権付社債を用いるスキーム

出資と引き換えに新株予約権付社債を発行し、社債を新株予約権の行使時の出資の代わりに用いることができるものとするスキームです。
J-KISSと同様、株式を発行するものではなく、また、株価それ自体を決定する必要がないという特長があります。もっとも、転換社債型新株予約権社債は、あくまで「社債」であることから、会計上、負債に位置付けられます。また、社債権者が新株予約権の行使を行わない場合、会社は、社債の内容に従い、償還を行わなければなりません。
会社にとってのメリットは、デット・ファイナンスを中心に取り扱う投資家からの調達という選択肢が広がることです。一方、デメリットとしては、償還義務があることから、J-KISSに比して会社のリスクが高いということが挙げられます。

5 優先株式を用いるスキーム

出資と引き換えに、普通株式よりも有利な内容が定められた種類株式を発行するスキームです。通常は、いわゆるシリーズA以降のファイナンスにおいて用いられることが多いスキームですが、事業のリスクが特に高い投資やIPOではなくバイアウトを目標としている事業への投資などでは、シード・ファイナンスにおいても用いられることがあります。
優先株式において定められる内容とそれに応じた注意点は様々ありますが、

  • 種類株主総会決議に関する定め
  • 残余財産の分配の定め

の2点は特に重要です。

会社法第322条第1項は、株式の種類の追加、株式の併合または株式の分割、合併などについて、種類株主総会決議を要する事項として定めているため、これを定款の定めにおいて排除しない限り、これらの事項について種類株主に拒否権が付与されてしまいます(同条第2項)。また、この他にも種類株式について、種類株主総会決議を要する事項を定めることが可能であるため(会社法第323条)、そのような定めがなされていないか注意する必要があります。
残余財産の分配は、会社清算時の財産の分配に関する定めであるため、直接的に適用されるシチュエーション自体は多くありません。しかし、この定めは、多くの場合、株主間契約において、バイアウト時の譲渡対価の分配に関する規定にひも付いています。すなわち、株主間契約では、優先株式の株主に対して、買収時の譲渡対価が優先的に分配される旨が定められており、この優先分配額が残余財産の分配の定めに準ずるものとされていることが一般的です。従って、特にバイアウトとの関係で、残余財産の分配の定めには注意が必要といえます。

6 おわりに

今回は、シード・ファイナンスを念頭に、エクイティ・ファイナンスを行う上で、実務上注意すべき点について解説をしました。スキームごとに特長や注意すべき点は異なりますが、重要なことは、会社のフェーズにおいて適切なスキームを選択しているかという点です。ファイナンスのスキームは一見して複雑なものが多いため、その特長や注意点をよく理解した上で、スキームを選択する必要があります。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年12月4日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。