(画像:LFT_JonathanGodin)
かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。
第17回に登場していただきましたのは、欧州において高い信頼性と生産性を誇る国際イノベーション都市・ルクセンブルクと日本の架け橋を担う、ルクセンブルク貿易投資事務所 エクゼクティブ・ディレクタター 松野百合子氏(以下インタビューでは「松野」)です。
前後編に分けてお送りします。今回は後編です。
前編はこちらからご確認ください!
1 「ルクセンブルクが金融に強くなった背景には、1985年に新たに生まれたUCITS(ユーシッツ)という仕組みが関係しています」(松野)
John
前編ではルクセンブルクという国の特徴と、「ワークライフバランス」を重視する働き方についてお聞きしました。
ここからは、その恵まれた労働環境を保ちながら、20数年にわたってGDP世界第1位を保っている秘訣を伺っていきたいと思います。
松野さんが大使館で働き始めた当初から、ルクセンブルクのGDPは世界第1位だったのですか?
松野
私が働き始めたのは1996年で、スイスとGDP第1位を競い合っている頃でしたね。ルクセンブルクが1位になる年もあれば、スイスが1位になることもある、といった感じでした。
今もルクセンブルクの圧倒的な収入源となっている金融は、当時すでにビジネスとして確立されていました。1990年代半ばは、既存の製造業を発展させながら、さらに新たな収入の柱を立てようとしていた時期です。
ルクセンブルクがそれほどまでに金融に強くなった背景には、1985年に新たに生まれたUCITS(ユーシッツ)という仕組みが関係しています。
UCITSは、欧州内で国境を超えて流通できるファンドの仕組みのことで、ルクセンブルクはいち早くこれに注目し、欧州で初めて国内法を制定したのです。
その結果、世界中にファンドを流通させたい人たちがルクセンブルクに集まりファンドを組成するようになりました。
複数の国でファンドを組成しなくても、ルクセンブルクでファンドを組成すれば他国にも流通させることができるわけですからね。日本からも、8つの金融機関がルクセンブルクへ参入していました。
これが大きな転機となり、ルクセンブルクの金融は飛躍的に発展しました。
John
国内法を制定することで、海外から優秀な人材を集め、金融の国としての地位を獲得したのですね。
それから20年以上もの間、どのようにGDP第1位の座を保っているのでしょうか。
松野さんからご覧になって、その理由は何だと思われますか?
松野
理由は大きく3つあると思います。
1つ目は、金融センターが国のGDPの約25%に寄与していること。産業効率が非常に良いのです。
2つ目は、ルクセンブルクには僻地がないということ。例えばフランスやスペインのような国土の広い国では、どうしても人口が少なかったり、メジャーな産業のない、経済的なアウトプットが少なかったりするエリアが生まれてしまいます。
ルクセンブルクは国土が小さく、僻地といわれるようなエリアはないのです。
3つ目は通勤労働者の人々。ルクセンブルクの人口は62万人なのに対して、毎日19万人もの人々が周辺国から通勤し、経済活動に従事しています。
国民1人当たりのGDPを計算する際には、通勤労働者の人々は分母に入らないため、統計上底上げされる部分があります。
その方々を人口に加えてGDPを算出してみるという取り組みをしたことがありますが、そうするとルクセンブルクのGDPは世界第6〜7位程度となりました。
周辺国の方々は、福利厚生が充実したルクセンブルクで働いたほうが得られるものが多いのです。通勤労働者とは、持ちつ持たれつの関係と言えます。
(画像:LFT_JonathanGodin)
2 「『興味を持ってもらえるのであれば、日本のスタートアップ企業にもっとチャンスを作りたい』と思い、2010年に始まったICT SPRING というTech カンファレンスに日本のスタートアップを呼ぶことを思いつきました」(松野)
John
金融の印象が強いルクセンブルクですが、イノベーションにも力を入れ始めたようですね。
国として、どのようにしてイノベーション推進に注力されてきたのでしょうか?
松野
そうですね。1990年代、金融以外の柱をつくろうと製造業など他産業の強化に取り組んでいたルクセンブルクですが、その一方で「これからの時代、国としてどの領域に注力すべきか」という調査を綿密に重ねていました。
結果、候補として出てきたのはICT分野。
さらに、ICTの中でもデータマネージメントハブを目指すのが良いのではないかと考えたのです。
セキュリティレベルの高いデータセンターを次々とつくり、通信インフラにもかなりの投資をし、通信性を強化しました。さまざまな場所からルクセンブルクへの通信をスピーディにし、商業活動を活性化しようという意図です。
また、データ関連の法律制定も同時に進めていきました。
そうしたICT強化の一環として、「新しい技術を常に取り入れていかなくては競争力を保てない」という考えから、イノベーション推進に注力し始めたのです。
John
国を挙げてICT強化、その一環としてイノベーション推進に取り組まれたのですね。
松野さんはルクセンブルクと日本のイノベーションハブの役割を担う部門にいらっしゃいます。ルクセンブルクの戦略の変化や、ビジネスの移り変わりと共に、日本から進出する企業も変わっていったと感じますか?
松野
はい、変化しています。
昔は金融や製造が中心でしたが、テクノロジー系の企業が増え、2008年には楽天の欧州本社がルクセンブルクに設立されました。
私は役割上、海外に出たい日本企業を常に探していました。
日本はバブル時代に海外拠点を増やしたものの、うまくいなかった経験を持つ企業が多く、「複雑そうな欧州よりもまずはアジアへ進出する」という選択をされるケースが多かったのです。
しかし2000年代、日本国内でも少しずつスタートアップの気運が高まってきました。彼らは私たちにとっても興味深い技術を持っていましたし、「世界へ出たい! 欧州に拠点をつくるぞ」というスピリットのある会社も多くいました。
私たちとしても、「興味を持ってもらえるのであれば、日本のスタートアップ企業にもっとチャンスをつくりたい」と思い、2010年に始まったICT SPRINGというTechカンファレンスに日本のスタートアップを呼ぶことを思いつきました。
日本のスタートアップに向けた無料ブースの提供、ピッチ参加の機会、現地IT企業をめぐるツアーの企画提供をし、現地IT企業と日本のスタートアップ企業とが出会う機会を増やしていきました。
現在まで続くこのイベントは、6000人規模へ成長しました。これまで多くの優秀な日本のスタートアップ企業にご参加いただいたので、ルクセンブルク側の日本への期待も非常に高まっているところです。
日本企業にとって、このイベントが欧州を知るきっかけとなってくれたらと思っています。また、参加するとルクセンブルクのIT系の要人にほぼ会うことができるというのも大きな魅力になっているのではないでしょうか。
John
確かに、ルクセンブルクの首相も参加し、自らスタートアップ企業に向けて、すばらしいスピーチをされていて、印象的でした。
今年は残念ながら、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、初のオンライン開催となりましたね。しかし、松野さん達が企画された「ルクセンブルク貿易投資事務所と訪れるバーチャル・テックイベント『ICT SPRING EUROPE 2020』」にゲスト出演させて頂き、参加者の方々と共にオンライン上でICT SPRINGを訪れることができ、非常に楽しかったです。オンラインイベントをツアー形式で行うというのは珍しい体験でしたが、皆で昨年度の様子と比較しながらブースやイベントホールを訪れると理解も深まりますね。チャット機能など、参加者同士の交流を促進する機能もあってよかったと思います。
今回、オンライン開催を行なったことによって、イベントの持つ新たな可能性が発見されたように感じます。今後が楽しみです。
3 「パーティーの付加価値というのは、参加者の方々が『ここへ来て、良い人に出会えた』と思ってもらえる、それに尽きると思うのです」(松野)
John
また、松野さんは、カンファレンスの場やパーティーなどで、人と人とをつなぎ合わせるのが非常にお得意ですよね。
「こちら○○をされている、△△さんです」という紹介の仕方がとてもわかりやすいですし、一言で互いをリスペクトできるような表現をしてくださって、松野さんの優しさと心遣いを感じます。
人を紹介する際、気をつけているポイントがあれば教えてください。
松野
ありがとうございます。
パーティーの付加価値というのは、参加者の方々が「ここへ来て、良い人に出会えた」と思ってもらえる、それに尽きると思うのです。
主催者はそこに終始すれば良いとも思っています。
そのために、お客様がいらっしゃる前には、頭の中で何度もシミュレーションします。「今日はどんな方々が来るのか、この人とこの人を引き合わせることには意味があるだろうな」といったことを考え抜いているのです。
もちろん1人では手が回りませんので、それを他のスタッフにも共有し、「この人とこの人が近くにいたら、ご紹介してね。なぜなら、この人たちにはこんな共通点があるはずだから」と細かに伝えています。
John
やはり、そういった事前準備があるのですね。
そうした心配りが表れていますし、私も妻も、松野さんの主催されるパーティーへ行くのはいつもとても楽しみです。
松野
ありがとうございます。最高の褒め言葉です!
John
イベントに登壇される方々もすごい方ばかりですが、どのようにご依頼をされているのですか?
松野
そうですね、登壇者にとってもメリットのあるポイントを考えることでしょうか。どうしたら登壇してよかったと思っていただけるか、まずはそれを起点に考えます。
私は相手に対してすごく興味を持つタイプなのだと思います。
「この人だ!」と思ったら、イベント後の出待ちなどをすることもあるくらい(笑)。
John
そうした努力の積み重ねで、すばらしいイベントをつくり上げていらっしゃるのですね!感動しました。
4 「『立場や状況が人をつくる』と私は思っています。」(松野)
John
松野さんは外国人の方々のパネルディスカッションの際に、英語でモデレーターをされるほどの英語力を持っていらっしゃいますが、語学の勉強はどのようにされたのですか?
松野
ありがとうございます。私としては、いまだに英語にコンプレックスがあるのですけど。
ポイントがあるとすれば、自分より少し上の目標を置き、チャレンジングな場所に身を置くことでトレーニングを重ねてきました。
中高生の頃から英語のラジオをよく聴いていたことや、アメリカ留学を1年間、学生時代の電話交換のアルバイトなどもベースになっています。
しかし、本格的に英語力が鍛えられたのは、やはり社会人になってから。
ファーストキャリアは外資系のPR会社でしたので、本社から経営層の方が来日された際にアテンドをしたり、インタビューに同席させていただいて通訳の方とのやりとりを聞いていました。
また、今の仕事では毎月、ベルギーとルクセンブルクの商工会議所の理事会に、オブザーバーとして参加させてもらっています。
会議で使われるのは英語。参加者はほぼベルギー人で、ルクセンブルクからの参加者は私しかいないということも。
そんな状況で、私がルクセンブルクの代表として、しっかりと英語で主張をしなくてはいけないので、それはトレーニングになっていると思います。
「立場や状況が人をつくる」と、私は思っています。
John
すばらしいお言葉です。ご自身の英語への興味に加え、責任のある仕事を英語でこなさなければならない環境に身を置くことで、英語力に磨きをかけられてきたのですね。
私は、松野さんがとてもキチッとしたフォーマルな英語を話されることに非常に驚いたのですが、何か参考にされている本などがあるのでしょうか?
松野
大使のサポートとして、良い言葉に触れていることが大きいのだと思います。
外交官の方の言葉の選び方・使い方というのは、やはりとてもすばらしいのです。中でも、私が就職した当初に大使を勤めていた方は、冒頭で少し笑いをとったり、高尚なお話を組み込んだりと、とてもスピーチがお上手でした。
品格を持って、言葉を選んで話す方々ですので、外交官の方のインタビューや、国連の方々のスピーチなどを聞くこと、原文を読むことは英語の勉強になると思います。
ポイントは、文章を読むだけではなく、声に出して読んでみること。私も、1人の時には音読で練習しています。
John
外交官の方々が話す英語をお手本にするというアイデアは、美しい英語を話せるようになりたいと願う学習者にとって目から鱗が落ちますね。実践的なアドバイスをありがとうございます。
松野さんは、フランス語もお上手ですよね。
松野
フランス語は、まだまだ勉強中です。通勤中もずっとフランス語のラジオを聴いています。
子どもが受験生の時、子どもに対して「勉強しなさい」というだけでなく親が勉強する背中を見せようと思い、同時期にフランス語検定を受けることにしたのがきっかけでした。
John
その勉強熱心な姿勢、教養の高さが松野さんの大きな魅力だと思います。
今では、ルクセンブルク功労勲章まで受賞されていらっしゃいますものね。
受賞のポイントはどういったところだったのでしょうか?
松野
ありがとうございます。功労勲章は、2017年にいただきました。
勤続20年以上ということ、楽天など日本企業の誘致や、宇宙関連の事業などを掘り起こせたことが評価いただいたものかと思います。
John
本当に松野さんは、生き方がかっこいい! 大使館という場にいながら、おしゃれで自由で、ファンキーな方だなと私は思っています。
大使館の仕事のイメージも変わると思うし、今回のインタビューはたくさんの若い人たちに読んでもらいたいです。
松野
あぁ、確かに。世の中には知らないだけで、こういうおもしろい仕事や職場がたくさん眠っているかもしれませんよね。
5 「同じ課題に対しても、アプローチの仕方が違う。それを引き合わせることが異文化間のイノベーション交流のおもしろさだと思っています」(松野)
John
ICT SPRINGをはじめ、ルクセンブルクのイノベーションと日本のスタートアップの海外進出に貢献されている松野さんですが、お仕事のやりがいや楽しさを教えていただけますか?
松野
同じ課題に対しても、アプローチの仕方が違う。それを引き合わせることが異文化間のイノベーション交流のおもしろさだと思っています。
この仕事を始めた頃は、まだ欧州と日本のスタートアップシーンがつながっていなかった時代。私の仕事は、まず日本へ欧州の情報を持ってくることから始まりました。
そのフェーズはすでにクリアできたと思いますので、これからは、オープンイノベーションも含め、より深いところでの協力関係をつくりたいと思っています。
2020年からはイノベーションリーダーサミットという企画にも携わることになりましたし、ルクセンブルクにオープンイノベーションクラブというのもできました。この2つを、日本のスタートアップシーンとつないでいきたい。
互いに自分たちとは違うアプローチの仕方に触れて、「目から鱗」な体験をしてもらいたいですね。
John
すばらしいですね。松野さん達のお陰で、ますます日本とルクセンブルク間で相乗効果が発揮されていくことと思います。
では、最後の質問となりますが、松野さんの「イノベーションの哲学」を教えてください。
松野
「ボーダーを持たずに考える姿勢」です。
ボーダーには、過去と将来の境目、他人と自分の間の壁、国境など色々な意味があります。
ルクセンブルクはボーダーレスの国で、まず外国と自国という堺を超えて暮らそうとしますし、私のような現地採用スタッフにも勲章を出すような人たちです。
自分自身の枠(ボーダー)に捉われない発想こそが、ブレークスルーにつながるイノベーションを起こすと考えています。
そして、ボーダーレスな発想を広げるためには、たくさんの事例を見たり、他の社会に生きる方々のアプローチを知ったり、国際交流からヒントを得ることも多いはず。
自由な視点を持ち、ボーダーレスに、常に行動をおこしつづけている人のところにこそ、チャンスは訪れるのではないでしょうか。
John
異文化間で、たくさんのイノベーション交流を見てこられた松野さんならではのお言葉ですね。
本日は貴重なお話、本当に愛りがとうございました!
以上
※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年12月23日時点のものであり、将来変更される可能性があります。
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