非正規格差を指摘されにくい? これからの賞与や退職金の決め方

2020年10月13日と15日、最高裁が同一労働同一賃金に関する5つの事件について判決を出しました。これらは、賞与や退職金、夏期冬期休暇、年末年始勤務手当等について、非正規格差(正社員と非正規社員の待遇格差)が「不合理かどうか」を判断したものです。
5つの事件の最高裁判決の概要を紹介した上で、待遇の見直しを行う際のポイントや今後の賃金の潮流について、弁護士が2回に分けて解説します。
なお、5つの事件の概要と全体的な評価は以下のコンテンツをご確認ください。

1 賞与の見直しの方向性

1)「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保や定着を図る」ために支給しているか?

大阪医科大学事件では、同大学の支給基準や支給実績から、正職員に支給する賞与には複数の性質があると指摘しています。また、同大学の正職員の賃金体系や、求められる職務遂行能力、責任の程度等から、の賞与制度の主な目的を「正職員としての職務を遂行し得る人材の確保や定着を図ること」と判断しています。
そのため、賞与の趣旨・目的が、「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保や定着を図ること」にあるのかが1つのポイントとなります。
賞与の支給について、給与規程等に「会社の業績および労働者の勤務成績等を考慮して各人ごとに決定する」といった定めをしている企業は多いと思います。このような定め方の場合、賞与の趣旨は「業績への貢献度に応じて支給される」とも読み取れ、非正規社員でも一定の貢献があったものとして賞与の支給を求められる可能性があります。
しかし、大阪医科大学事件のように、次のような事情がある場合、正社員の賞与を手厚くすることで企業が求める人材の確保や定着を図る趣旨であると評価される余地があります。

  • 支給基準が基本給○カ月分とされている
  • 会社の業績に連動することなく支給される実績がある
  • 賞与の算定基礎となる基本給についても勤務成績や勤務年数に応じて昇給する

2)正社員への登用制度等の見直しを検討しているか?

また、大阪医科大学事件では、その他の事情として、正職員への登用制度が設けられていること等を考慮要素として指摘しています。登用制度が設けられていれば、非正規社員が正社員への登用を目指すことで、非正規格差を是正する道が残されているといえます。
このような制度は、企業が求める人材の確保や定着を図るために、非正規格差を設ける合理性を補強する事情になり得るものと思います。

以上のように、賞与の支給について見直しを行う場合、単に賞与の支給基準や支給実績を確認・見直すだけでなく、正社員の賃金体系や、それに応じて求められる職務遂行能力、責任の程度等、その他人事労務制度全般について併せて検討する必要があります。

2 退職金の見直しの方向性

1)「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保や定着を図る」ために支給しているか?

メトロコマース事件では、同社の正社員に対する退職金の支給要件や支給内容等から、同社の退職金制度の主な目的を「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保や定着を図ること」と判断しています。この考え方は賞与で解説したものと同様です。
一般的に、退職金制度には、労務の対価の後払い的性質、功労報償、企業が求める人材の確保や定着を図る目的等が考えられます。
しかし労務の対価の後払い的性質を重視した場合、退職金は対象期間中の就労に対する賃金であると考えられ、非正規社員に対して退職金を全額不支給とすることは不合理であると判断される恐れがあります。
また、功労報償の性質を重視した場合も、非正規社員について一定の功労が認められれば、全額不支給とすることは不合理であると判断される恐れがあります。メトロコマース事件の原審が一部不合理と判断したのも、功労報償の性格を重視したことによるものです。
そのため、退職金額の算定において、勤続年数に比例して累進加算する制度を採用する等して、その目的が、企業が求める人材の確保・定着を図ることにあると、合理的に説明できるようにすることが重要です。

2)正社員への登用制度等の見直しを検討しているか?

メトロコマース事件でも、大阪医科大学事件と同様、正社員への登用制度が設けられること等が考慮要素として挙げられています。
このような制度を設けることも、企業が求める人材の確保・定着を図るために、非正規格差を設ける合理性を補強する事情になり得るものと思います。

3 手当や休暇の見直しの方向性

1)手当や休暇の趣旨・目的が非正規社員にも同様に妥当するなら、支給・付与を検討する

3つの日本郵便事件では、主に手当や休暇の有無について、不合理性の判断がなされています。特に注目すべき点は、正社員と非正規社員の職務内容等に一定の相違があるとしつつも、手当や休暇の趣旨・目的はこれらの相違とは関係がなく、非正規社員にも同様に妥当するため、非正規格差は不合理であると判断していることです。
日本郵便(大阪)事件で争点となった扶養手当であれば、その趣旨は、「扶養家族を有する従業員に対する福利厚生、生活保障を通じて継続的な雇用を確保する」というものです。この趣旨は、正社員と非正規社員の職務内容等の相違とは関係がないという判断につながりやすいと思います。
そのため、正社員と非正規社員の職務内容等の相違と直接関係がない手当については、正社員と非正規社員ともに同一の支給条件にて支給する、または手当自体を廃止して職務内容等に応じて基本給の中で調整する等の対応が考えられます。
また、休暇についても、日本郵便(佐賀)事件で争点となった夏期冬期休暇のように、一定の就労に対する心身の疲労回復を目的とする休暇については、非正規社員にも同様にその趣旨が妥当するとして、非正規社員にも付与することが考えられます。

2)必ず正社員と非正規社員の待遇を同じにしなければならないわけではない

正社員と非正規社員の職務内容等の相違と直接関係がある手当であれば、非正規格差を設けることは必ずしも違法ではありません。
例えば、役職手当であれば、その趣旨・目的は、「役職に対する責任に対して支給されるもの」と考えられ、正社員と非正規社員が同じ役職にあったとしても、役割の内容や責任の範囲・程度によっては、手当の支給に差異を設けることも許容される可能性があります。
以上のように、手当や休暇の趣旨・目的がどこにあるのかを見直し、その趣旨・目的が職務内容等の相違と関係するものであるか検討する必要があります。

4 最高裁判決を受けて賃金の潮流はどう変わっていくか?

これまで最高裁の判断が示されていなかった各種待遇や、厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」に明記されていなかった退職金や休暇等については、見直しを留保していた企業も多いと思います。しかし、今回の最高裁判決を受けて、各企業においては、退職金や休暇を中心に、改めて見直しが進んでいくことが考えられます。
また、2021年4月1日からは、中小企業に対してもパートタイム・有期雇用労働法が適用されます。そのため、最高裁の判断を待っていた中小企業でも、今回の判決の内容も踏まえて、人事労務制度・賃金体系の見直しを進めていく必要があります。
具体的にどのようにしていくかは、雇用形態や人事労務制度・賃金体系によってさまざまです。しかし、一度定められた正社員の待遇を引き下げることは、労働条件の不利益変更に該当する恐れもあり容易ではありません。
そのため今後は、非正規格差の見直しが進んだ結果、多くの企業で非正規社員の基本給・時給や各種手当が引き上げられること、賞与や退職金の一部支給がなされること、福利厚生が充実することが予想されます。
また、中小企業においては、必ずしも複雑な雇用形態が取られていることは多くないでしょう。そのため、職務内容に直結しないような各種手当を廃止して、職務内容に応じて基本給を調整する等して、シンプルな賃金体系に見直しが進むことも予想されます。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年11月30日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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非正規格差の最高裁判決。賞与や退職金をどう見直すべき?

2020年10月13日と15日、最高裁が同一労働同一賃金に関する5つの事件について判決を出しました。これらは、賞与や退職金、夏期冬期休暇、年末年始勤務手当等について、非正規格差(正社員と非正規社員の待遇格差)が「不合理かどうか」を判断したものです。
5つの事件の最高裁判決の概要を紹介した上で、待遇の見直しを行う際のポイントや今後の賃金の潮流について、弁護士が2回に分けて解説します。1回目の今回は、5つの事件の概要と全体的な評価を紹介します。

1 非正規格差と最高裁の判断

1)大阪医科大学事件(最高裁第三小令和2年10月13日判決)

賞与の非正規格差が問題となりました(本件では、業務外の疾病による欠勤中の賃金の支給についても争われましたが、主な争点が賞与であるため割愛します)。
同大学では、正職員には支給される賞与が、アルバイト職員には支給されていませんでした。

最高裁は、次のような事情を考慮し、本件の非正規格差は不合理でないと判断しました。

  • 待遇の趣旨・目的:本件の賞与は、主に正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るために支給されている
  • 職務内容:一定の相違がある(アルバイト職員と正職員の業務内容は共通する部分もあるが、業務の難度や責任等が異なる等)
  • 職務内容・配置の変更範囲:一定の相違がある(アルバイト職員は正職員と違い、原則として配置転換がない等)
  • その他の事情:アルバイト職員が正職員になるための登用制度が設けられている等

2)メトロコマース事件(最高裁第三小令和2年10月13日判決)

退職金の非正規格差が問題となりました。
同社では、正社員には支給される退職金が、契約社員には支給されていませんでした。

最高裁は、次のような事情を考慮し、本件の非正規格差は不合理でないと判断しました。

  • 待遇の趣旨・目的:本件の退職金は、主に正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るために支給されている
  • 職務内容:一定の相違がある(契約社員と正社員の業務内容はおおむね共通するが、正社員は他者の代務業務やエリアマネージャー業務も担当している等)
  • 職務内容・配置の変更範囲:一定の相違がある(配置の変更範囲:契約社員は正社員と違い、原則として配置転換がない等)
  • その他の事情:契約社員が正社員になるための登用制度が設けられていて、相応の登用数がある等

3)日本郵便(佐賀)事件(最高裁第一小令和2年10月15日判決)

夏期冬期休暇(夏期(6~9月)と冬期(10~3月)に付与)の非正規格差が問題となりました。
同社では、正社員には付与される夏期冬期休暇が、契約社員には付与されていませんでした。

最高裁は、次のような事情を考慮し、本件の非正規格差は不合理であると判断しました。

  • 待遇の趣旨・目的:本件の夏期冬期休暇は、労働から離れる機会を与えることにより心身の回復を図るために付与されている。また、正社員の場合、夏期冬期休暇の取得の可否や取得日数は、勤続期間の長さとは無関係である
  • 職務内容等(注):相応の相違があるが、待遇の趣旨・目的に照らすと、非正規格差を設けることは不合理である

(注)この記事では便宜上、「職務内容」「職務内容・配置の変更範囲」「その他の事情」をひとくくりにする必要がある場合、「職務内容等」と表記しています。

4)日本郵便(東京)事件(最高裁第一小令和2年10月15日判決)

年末年始勤務手当(年末年始に勤務した場合に支給)、病気休暇(私傷病等で勤務できない場合に付与)の非正規格差が問題となりました(夏期冬期休暇の付与も争点となりましたが、日本郵便(佐賀)事件と違い、非正規格差が不合理であることを前提として損害発生の有無が争われたため割愛します)。
同社では、正社員には支給される年末年始勤務手当が、契約社員には支給されていませんでした。また、病気休暇については、正社員の場合は有給であるのに対し、契約社員の場合は無給とされていました。

最高裁は、次のような事情を考慮し、本件の非正規格差は不合理であると判断しました。

  • 待遇の趣旨・目的:本件の年末年始勤務手当は、業務の内容や難度等に関係なく、所定の期間に勤務した場合に支給されている。また、病気休暇は、長期にわたり継続的な勤務が期待される社員が私傷病にかかった場合、生活保障を図り、治療に専念させることで、継続的な雇用を図るために付与されている
  • 職務内容等:相応の相違があるが、待遇の趣旨・目的に照らすと、非正規格差を設けることは不合理である

5)日本郵便(大阪)事件(最高裁第一小令和2年10月15日判決)

扶養手当(所定の扶養親族がいる場合に支給)、祝日給(祝日や年始に勤務した場合に支給)の非正規格差が問題となりました(年末年始勤務手当の支給、夏期冬期休暇の付与も争点となりましたが、日本郵便(東京)事件と同様の判断がされているため割愛します)。
同社では、正社員には支給される扶養手当が、契約社員には支給されていませんでした。また、祝日給については、正社員が年始に勤務した場合は支給されるのに対し、契約社員が年始に勤務した場合は支給されていませんでした。

最高裁は、次のような事情を考慮し、本件の非正規格差は不合理であると判断しました。

  • 待遇の趣旨・目的:本件の扶養手当は、長期にわたり継続的な勤務が期待される社員に扶養親族がいる場合、その生活設計等を容易にさせることで、継続的な雇用を確保するために支給されている。また、年始期間の勤務に対する祝日給は、最繁忙期である年始期間に勤務することの代償として支給されている
  • 職務内容等:一定の相違があるが、待遇の趣旨・目的に照らすと、非正規格差を設けることは不合理である

2 最高裁判決から企業が学ぶべきこと

1)特に重要なのは待遇の趣旨・目的

今回の5つの最高裁判決では、いずれも各種待遇の趣旨・目的を踏まえた上で、正社員と非正規社員の職務内容等の相違に言及しています。
大阪医科大学事件やメトロコマース事件では、正社員と非正規社員の職務内容等に一定の相違があるとし、また、賞与や退職金の主な目的が「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図ること」にあるため、非正規格差は不合理でないと判断しています。
しかし、他の3つの日本郵便事件では、正社員と非正規社員の職務内容等に相応の相違があるとしつつも、手当や休暇の目的が非正規社員にも同様に妥当するため、非正規格差は不合理であると判断しています。すなわち、職務内容等の相違が認められたとしても、それだけで直ちに非正規格差が許されるわけではなく、待遇の趣旨・目的によっては非正規格差が不合理であると判断される可能性があることになります。

従って、各種待遇の趣旨・目的がどのようなものか、その趣旨・目的が非正規社員にも同様に妥当するかという視点で、人事労務制度・賃金体系を見直すことが重要です。

2)職務内容等に相違がない場合は要注意

今回の5つの最高裁判決は、いずれも正社員と非正規社員の職務内容等について一定の相違があると判断していますが、メトロコマース事件の補足意見(多数意見に賛成であるが、意見を補足するもの)でも指摘されているように、職務内容等に実質的な相違がない場合、非正規格差が不合理であると判断される恐れがあります。

そのため、非正規社員の業務内容、責任、権限等を洗い出し、非正規社員に依頼する職務を明確化して、従業員に説明・周知できるようにすることが必要です。

次回は、これらの考え方を、賞与、退職金、手当や休暇といった具体的な待遇に落とし込み、非正規待遇の見直しの方向性を解説していきます。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年11月30日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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第16回 【前編】ルクセンブルク貿易投資事務所(東京) 松野 百合子氏/森若幸次郎(John Kojiro Moriwaka)氏によるイノベーションフィロソフィー

かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。

第16回に登場していただきましたのは、欧州において高い信頼性と生産性を誇る国際イノベーション都市・ルクセンブルクと日本の架け橋を担う、ルクセンブルク貿易投資事務所 エクゼクティブ・ディレクタター 松野百合子氏(以下インタビューでは「松野」)です。

前後編に分けてお送りします。今回は前編として、ルクセンブルクという国の特性と、松野さんのキャリアについて伺いました。

1 「ルクセンブルク貿易投資事務所は、貿易と投資誘致の全てを管轄する部門です。大使館の中に位置しながらも半ば独立した、特殊な立ち位置にいる部門と言えます」(松野)

John

本日は、大変お忙しいところを本当に愛りがとう(愛+ありがとう)ございます! 今日は1人あたりのGDP(国内総生産)世界第1位、欧州の中でも重要なイノベーションハブの1つであるルクセンブルクのお話をお伺いできることを非常に楽しみにしております。

早速ですが、松野さんがいらっしゃるルクセンブルク貿易投資事務所は、ルクセンブルク大使館の中の1部門と伺っております。
具体的にどういったセクションなのか、ご説明いただいてもよろしいですか?

松野

ルクセンブルク貿易投資事務所は、貿易と投資誘致の全てを管轄する部門です。大使館の中に位置しながらも半ば独立した、特殊な立ち位置にいる部門と言えます。

もともとは、「貿易は外務省、投資誘致は経済省」と違う管轄だったのが、政府内の調整により経済省傘下にまとめられたような形ですね。

具体的な役割としては、経済省の政策目標に従い、日本企業に接触して投資を誘致したり、ルクセンブルク企業が日本に進出するのを助けたりしています。大使館では、ルクセンブルクの経済的な利害に関わる部分を担当する部署として、大使をサポートするような仕事をしています。

部門の立ち位置が少しわかりにくいかと思いますが、よく私が例に挙げているのは、JETRO(日本貿易振興機構)。
外務省の海外ネットワークの要として大使館・領事館がありながらも、経済省の海外ネットワークの要という位置づけで、JETROが存在していますよね。

ルクセンブルク貿易投資事務所はJETROほど独立性の高い組織ではないものの、大使館の中に一部JETROのような機能を持つ部門があると考えていただくとわかりやすいかと思います。

John

なるほど。経済的な領域を任されつつ、あくまで大使館の一部ということなのですね。

松野

そうです。大使は、経済利害も代表する存在ですので、私たちとは一心同体。

経済プロモーションのレセプションやセミナーを大使館で行う際には、大使が挨拶やホストをしてくださいますし、企業へ表敬訪問していただくこともありますね。

John

一度、私もルクセンブルク大使館にお邪魔したことがありますが、すごく広々として雰囲気が良く、明るいオフィスですよね。

私の中では、大使館というのはもっと緊張感があって入りにくいイメージがあったのですが。

松野

ありがとうございます。
ルクセンブルク大使館の建設にあたっては、建築家の方と、デザインについて何度も話し合いました。

大使館という建物は、外交的な友好親善の目的を持ちながらも、安全性・セキュリティを担保せねばならず、建築物としてのコンセプトづくりは非常に難しいのです。

友好親善のための建物とするのか、安全性・セキュリティを追求するのか、どちらかを選択をしなくてはいけないと言えるかもしれません。

幸い、ルクセンブルクは外交的な問題を抱えておらず、どこの国とも軋轢のない国。そして日本という安全な国で使用する大使館ということで、「友好親善」を目的においています。

訪れる方に気持ちよく来てもらおう」というコンセプトの建築に振り切ることができたのです。私たちスタッフも、そういう気持ちで働いています。

John

訪問した私たちにもその気持ちはすごく伝わっていましたよ!

2 「ルクセンブルクの国民性として、全体的なコンセプトを見直して、そこから現実的に施策を考えていくのが得意だと感じます」(松野)

John

ルクセンブルクに行くと、大使館以外にも、オープンなメンタリティを感じます。例えば、公共バスがすべて無料で利用できるというのには非常におどろきました。

あれは、街に来てもらうことで経済的に活性化させよう、という意図での施策なのですか?

松野

そうですね。Johnさんがおっしゃるような消費促進というのもありますし、CO2削減と渋滞緩和のため、自家用車の通勤を減らすというのも、もう1つの大きな目的です。

現在、ルクセンブルクでは、全国の公共交通機関は全て無料ですが、消費促進を目的とした週末限定のバス無償化というのは以前から実験的に行なっていたのです。

そこから、「これは渋滞緩和やCO2削減にもつながるのではないか」という仮説の元、さまざまなシミュレーションが重ねられました。

あらゆる角度から検討した結果、「運賃収入がなくなることは大きな問題ではない」ということが結論づけられたのです。

運賃収入のロスは、バス内の広告収入、政府からの助成金などでカバーできてしまう。であれば、渋滞の緩和になり、環境不可を削減できる無償化を実現しましょう、となりました。

最終的に、政府の閣僚会議で公共交通機関の無償化をもっとも強く推したのはルクセンブルク政府の財務大臣だったというのも、おもしろいエピソードです。


(画像:Luxtram LFT)

John

財務大臣が、国の財源の1つである公共交通機関の運賃無償化に賛成するというのは非常におもしろいですね。

松野

その背景には、周辺国からの通勤労働者の問題があります。

ルクセンブルクには周辺の3つの国から19万人もの労働者が通勤しています。その方々の納税、社会保障、さまざまな手当てのことを、常に周辺国と調整する必要があるのです。

財務省としては、公共交通機関の無償化により、周辺国からの通勤労働者が通いやすくなることは、バスの運賃よりもメリットがあるのです。

大使館の話もそうですが、ルクセンブルクの国民性として、全体的なコンセプトを見直して、そこから現実的に施策を考えていくのが得意だと感じます。

John

非常に興味深いですし、日本との国民性の違いを感じるエピソードです!

松野

フランスやドイツといった強国にはさまれた立地から、そうした考え方、調整力やバランス感覚が養われたのかもしれませんね。


(画像:LFT_JonathanGodin)

3 「世の中にPR・広報という仕事があるというのをその時初めて知ったくらいでしたが、仕事は非常におもしろかったです」(松野)

John

ルクセンブルクという国について、よくわかりました。続いて、松野さんのことを教えてください。

どのような大学時代を過ごされていたのですか?

松野

立教大学の英米文学科出身です。文学が好き、自分で文章を書くのが好きで、大学には論文入試で入学しました。

当時、私は文学の中でも、特に米国のマイノリティ文学に興味がありました。社会的な圧力を感じている方々が、どのような文学表現をするのかということに興味があったのです。

米国文学を研究する著名な教授のゼミに入ることができたので、ますます米国文学の研究にのめり込みました。

学外では大手通信会社の国際電話の交換のアルバイトをしていました。米国軍基地などと、プロとして英語で電話をつなぐ場面もありましたので、後から考えるとこのアルバイトは、かなり英語のトレーニングになっていたかと思います。

そして、アルバイトでお金を貯めてはバックパッカーとして海外旅行へ行く。そんな学生生活でしたね。

John

すばらしい行動力です。その頃のご活動が現在の礎になっているのですね。
どのような国へ行かれたのですか?

松野

米国のマイノリティ文化に興味があったので、初めて旅行したのは米国のニューオーリンズでした。

その後もボストンやニューヨークなどにも1人で旅行しましたし、アジアではタイやシンガポール、ヨーロッパにも行きましたね。

今も旅行は趣味で、先日はミャンマーを旅行してきました。

John

素敵です! ぜひミャンマーのお話、今度ぜひ詳しく聞かせてください。

大学生活を満喫しながら、キャリアについてはどのように考えてらっしゃったのですか?

松野

物を書きたいという気持ちはありましたので、出版社を目指していました。

当時はバブルの頃。出版業界はとても狭き門で、何社か受けたのですがどこも受からなくて……。

そんな中、ある外資系のPR会社が初めて新卒採用をするということを知り、受けてみたのです。「プレスリリースを書くことも、文章を書く仕事だな」という考えからでした。

結果は内定。世の中にPR・広報という仕事があるというのをその時初めて知ったくらいでしたが、仕事は非常におもしろかったです。

コーポレートPRも担当していたので、企業の経営層の方々などと直接お話をする機会も多く、とても勉強になりました。さまざまな業種のクライアントがいらっしゃいますので、いろいろな業界のことを調べたり、勉強したりすることも楽しかったです。

しかし、当時はバブルで、毎日終電まで仕事をしても、まだ山のように仕事がある時代。2年半ほどそんな生活を続けていく中で、体力的にも限界を感じはじめてしまいました。

また、エージェント側にいるうちに「クライアントサイドに行ってみたい」という気持ちが湧いてきました。

そこで、次のキャリアを考えるようになりました。

4 「営業のコミュニケーションツールを作るための広報、企業イメージ向上のための広報。それらを切り分けるのではなく一気通貫で『マーケティングコミュニケーション』とすることが、私に期待されていると感じました。」(松野)

John

次に入られたのは、どのような会社だったのですか?

松野

米国とドイツに本社をもつ、分析機器メーカーの日本支社で、マーケティングコミュニケーションの責任者を探しているというお話を伺い、そちらに転職しました。

扱っていた商品は、分子の重さをはかる質量分析機器などの機械で、クライアントは製薬会社や原子力発電所、大学の研究所などでした。

マーケティングマネージャーとしての仕事内容は、日本における新製品のマーケティング戦略策定、展示会出展などのプロモーション活動、パンフレットや営業支援ツールの作成などですね。

あとは本社への視察ツアーをアレンジし、主要顧客である研究所の先生たちをご招待するような仕事もありました。周年行事をプロデュースさせて頂いたのも良い経験でした。

そこではいろいろ勉強させてもらいましたね。マーケティングマネージャーという立場でしたので、経営会議にも参加させてもらっていました。

John

それまでのキャリアと異なり、理系の世界だったかと思いますが、どのように対応されていたのですか?

松野

社長の理解とサポート、そして私自身のエージェントで培った経験が大きかったように思います。

日本支社の社長は理系で工学博士を取得されていた方。社員の教育に熱心で、私の製品理解向上のために、社費で物理のチューターをつけてくれて、物理の基礎から勉強させてくれました。

また、私自身がエージェント出身で、常にクライアントの中でプレゼンテーションをしてきた経験も活きていました。

経営会議の場でも、マーケティングコミュニケーションのプロフェッショナルとして、「どういう考えに基づいた戦略で、具体的にどのような作業を行い、会社にどう役に立つのか」を論理的に説明しようと心がけました。

社長のサポートと、自分のエージェントとしての経験。その2つがあったからこそ、自分よりも業界経験が長い方などに対しても、臆さず話をすることができたのだと思います。

John

環境にも恵まれていたのですね。
当時から「マーケティングコミュニケーション」という考え方があった会社、という点も興味深いです。

松野

本社が米国のサンノゼにあり、マーケティングコミュニケーション部門もありましたので、日本支社にも立ち上げようという発想だったのだと思います。

「何となく広報」では意味がなく、マーケティングコミュニケーションという考え方を体現することが私のミッションでした。

いわゆる広告やマーケティングの仕事と、営業のコミュニケーションツールを作るための広報、企業イメージ向上のための広報、それらを切り分けるのではなく一気通貫で「マーケティングコミュニケーション」として実施することが、私に期待されていると感じました。

John

すごいですね。その役割を見事に果たされ、その後のキャリアについてはどのように考えていかれたのですか?

松野

その会社での仕事は楽しかったのですが、製品理解にはどうしても壁を感じてしまいました。

自社製品のどういったところがすごいのか、それを使う研究所の先生たちにとってどのようなメリットのある製品なのか、どうしても共感しきれなかったのです。

そのような状況で、自分からアイデアを出すことが難しく、言われたことをやるマーケティングとなっている気がして、退職を決意しました。

「一度休んで考えてみよう」と思い、会社を辞めてからは自分の好きなことや興味があることに没頭してみたのです。ワインが好きだったので、ソムリエ学校に通ってワインの勉強をしてみた時期もありました。

その期間を経て、「やはり私はPRの仕事をしたい」という気持ちに気がつき、個人で名刺を持ち、知り合いのプレスリリースを書いたり、外国語FMの開局に伴うお仕事をお手伝いしたりしていました。

その頃、米国留学時代の先輩が声をかけてくださり、ルクセンブルク大使館のお仕事をご紹介いただいたのです。

当初は3カ月間限定の欠員補充というお約束でしたが、大使の意向もあり、正式なオファーをいただいて就職することとなりました。

私としても、ルクセンブルクへの興味がかなり高まっていましたし、「この仕事なら、根源的に理解し、自らアイデアを出して、今までのスキルも活かして働ける」と思えたので、オファーをお受けすることにしました。

また、当時私は結婚したばかりで、子どもが生まれそうな時期だったこともあり、ワークライフバランスに理解がある環境だったことも、後押しになりました。

5 「『最低2週間は休まないとリフレッシュなんてできない。君たちはバカンスのために働いているのではないのか?』と、大使が真剣な表情でおっしゃるのです」(松野)

John

いろいろなタイミングが重なって、ルクセンブルク大使館へ就職されたということですね! 人生何があるかわからないものです。

やはり欧州では、大使館であっても、ワークライフバランスを重視されるのですか?

松野

そうですね。ワークライフバランスというよりも「ライフワークバランス」と表現されるくらい。

わかりやすいエピソードとして、私が正式に大使館で働きはじめた頃、当時の大使から「君たち、夏休みはいつ取得するの?」と3月に聞かれたことがありました。

私が「主人の夏休みがお盆の1週間だと思うので、それに合わせます」と答えると、「1週間なんてバカンスとは言わないよ!」と返されました。

「最低2週間は休まないと、人間はリフレッシュできない。君たちはバカンスのために働いているのではないのか?」と、大使が真剣な表情でおっしゃるのです。

「でも……」と私がしぶると、最後には「お願いだから僕のために2週間休んでくれ!」と言われてしまいました(笑)。

彼らからすると、日本人が休みの取得を遠慮したり、会社や仕事のことで悩んで体を壊してしまったりすることは、本当に理解に苦しむようです。そのくらい、文化が違うのです。

John

それは日本人の感覚とは大いに異なりますね。
ルクセンブルクの企業はどこも同じような感覚なのでしょうか。

そんな文化の中、長年にわたりGDP世界第1位を保っているのだとしたら、すごいことですよね。

松野

そうですね、ルクセンブルクの労働環境は民間企業でも非常に恵まれています。

ルクセンブルクは金融センターを持ち、投資効率の良いビジネスを確立できている分、その利益を働く人々への福利厚生として還元することができているという背景があります。

とはいっても、適正値というものはあると私は思います。

昨今では、子どもの病気による休暇も有給として認められたり、献血休暇が認められたりするなど、福利厚生がさらに充実してきているのです。

働く人を大切にする姿勢と、国としての競争力をどう保つか、そのバランスをいかに取るかが今後の課題になってくると予想しています。

John

確かに、それは今後の課題と言えそうですね。

松野さんのお話から、ルクセンブルクという国への理解が深まりました。愛りがとうございます!

(画像:LFT_JonathanGodin)

  • 松野氏との対談はまだまだ続きます!
    この続きは「後編」をご確認ください!

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年11月27日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

【朝礼】結局、他人のせいにしていませんか?

最近、「心理的安全性」「エンゲージメント」などの言葉をよく聞きます。社員が安心して発言できる雰囲気づくりや、会社への愛着心を高めてもらう施策が、これからの組織運営上、重要なテーマになると私も認識しています。

だからこそ、今朝はあえて皆さんに苦言を呈したいと思います。

当社の行動指針に「少しのムダと思いやり」というものがあります。困っている同僚がいたら、率先してサポートできる組織でありたい。また、忙しいときに手を差し伸べられた人は、「自分でやったほうが早い」などと言って相手の厚意を台なしにせず、自分の仕事を説明し、一緒に仕事をしてもらいたい。説明などで多少のムダが出て通常より時間がかかってもいい。互いを思いやる気持ちを持った組織こそ、私が求める理想の姿です。そして、この考えを定着させるために、組織への貢献を把握し、賞与査定に反映しているのです。

ここで考えたいのは、同僚をサポートするときの皆さんの気持ちです。「賞与が上がるぞ!」と期待していますか。あるいは、「大して賞与に反映されない」と不満ですか。それとも、元来の優しい性格で、リターンなどは求めていませんか。

この手の話をするとき、よく取り上げられるのが「コブラ効果」です。19世紀、イギリスはインドを支配していました。当時のインドにはコブラが多く生息していて危険だったので、イギリス政府はコブラ退治に報奨金を出しました。

すると市民は率先してコブラを退治し、その数は順調に減っていきました。ところが、もっと報奨金をもらいたいと考えた市民は、なんと自分たちでコブラを飼育し始めたのです。それを知り憤慨したイギリス政府は、報奨金を廃止します。すると市民は、無価値となったコブラを野に放ってしまいます。その結果、皮肉にも、コブラの数が以前よりも増えてしまいました。

行動の対価としてリターンを求め、リターンがなくなれば態度が変わることを私は否定しません。むしろ、人間として自然です。ただ、忘れてならないのは、「相手も、こちらにリターンを求めていることがある」という事実です。

話を戻しますが、会社が心理的安全性などを確保しようと取り組むのはなぜなのか、皆さんは少しでも考えたことがありますか。

それは、皆さんに「当たり前のことが、当たり前のようにできる戦力になってほしい」と期待しているからです。会社から見ると、会議で一言も発言しないとか、十分な顧客対応ができない社員は戦力外です。そして、皆さんがそれをできない理由が、心理的安全性にあると聞けば、会社は本気で心理的安全性を確保しようとするわけです。

皆さんが会社にリターンを求めるように、会社も皆さんに求めています。心理的安全性もエンゲージメントも、会社の努力だけでは決して高まりません。会社と皆さんの相互理解、そしてたゆまぬ努力が不可欠なのです。

以上(2020年10月)

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画像:Mariko Mitsuda

【規程・文例集】「自転車通勤規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:自転車通勤制度の導入を検討している経営者
  • 課題:保険への加入など、リスク管理を含めて制度を整備したい
  • 解決策:自転車通勤は許可制とする。本稿で紹介するひな型を参考に制度を整備する

1 自転車通勤制度を導入するには

1)自転車通勤のリスク。どこに注意して許可すべき?

自転車通勤には、健康増進、通勤ラッシュの回避など、企業と従業員に双方にさまざまなメリットがあります。特に、コロナ禍では「密を避けられる」という点で、自転車通勤を希望する従業員が増えているようです。

一方、電車通勤に比べ車両や歩行者との交通事故を起こしやすいなど、自転車通勤特有のリスクもあります。そのため、自転車通勤は許可制とし、「保険に加入している」など一定の要件を満たす従業員についてのみ認めるのがよいでしょう。

自転車通勤を希望する従業員がいた場合、具体的には次の点などを確認します。

1.保険への加入

自転車による交通事故が増加傾向にあることや、事故による賠償金が高額化しているとされます。そのため、東京都など全国各地の自治体では、保険への加入を義務化しています。

保険への加入が義務付けられていない地域であっても、従業員の自転車通勤を承認する場合、従業員の保険への加入は必須としたほうがよいでしょう。その際は、保険の契約期間が通勤許可期間をカバーしているかについても確認します。

2.駐輪場の確保

企業で駐輪場を整備していない場合、従業員が自ら駐輪場を確保している旨を証明する書類を提出してもらうなどして、駐輪場を確保していることを確認する必要があります。

3.合理的な通勤経路

通勤に必要以上に時間を掛けて疲弊し、業務に支障が出るようでは本末転倒です。どの程度の距離まで自転車通勤を認めるかは企業によって異なりますが、疲労によって業務に支障がないよう、距離にして10キロメートル、時間にして1時間程度を目安に、通勤距離・時間の限度を決めるのがよいでしょう。

自転車通勤を許可するかを検討する際は、自宅から会社までの通勤経路を申告してもらいます。従業員の通勤経路を把握しておくと、万一、事故が起こったとき、労働者災害補償保険(以下「労災保険」)の通勤災害として認定されずに、従業員が不利益を被ることを防ぐこともできるでしょう。後述の通勤手当を幾ら支給するか決める際の基準にもなります。

1.から3.の内容を確認するに当たっては、保険証書のコピー、駐輪場の契約書、通勤経路を示した資料を「自転車通勤許可申請書」「誓約書」とともに提出させ、総務部などの担当部署で確認した上で自転車通勤の可否を判断するとよいでしょう。詳細は第2章をご確認ください。

2)通勤手当の取り扱い

自転車通勤者に対する通勤手当の支給方法の一つとして、通勤距離に応じて一定額を支給する方法があります。通勤手当の計算方法は、1キロメートル当たりの支給額を設定した上で、通勤距離に応じた額を支給する方法や、数キロメートルごとにテーブルを設けて、テーブルごとに支給額を変更する方法などが考えられます。

1カ月当たりの非課税限度額は次の通りです。

画像1

通勤距離ごとの非課税限度額を基準に、自動車通勤をする従業員などと公平性が保たれるように自転車通勤の手当の額を決めるとよいでしょう。

次章では、ここまでの内容を踏まえた自転車通勤規程のひな型を紹介します。

2 自転車通勤規程のひな型

以降で紹介するひな型などは一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、自転車活用推進官民連携協議会が公表している「自転車通勤導入に関する手引き」を参考にしたり、必要に応じて専門家のアドバイスを受けたりすることをお勧めします。

■自転車活用推進官民連携協議会が公表している「自転車通勤導入に関する手引き」■
https://www.jitensha-kyogikai.jp/project/

【自転車通勤規程のひな型】

第1条(総則)
本規程は、従業員が通勤のために自転車を使用する場合の取り扱いについて定める。

第2条(適用範囲)
1)本規程は、従業員が所有者または使用者となっており、専ら通勤のために使用する自転車について適用する。
2)本規程は、会社の許可を得た上で業務に使用する自転車については適用しない。

第3条(許可条件)
1)自転車による通勤を希望する者は、会社に申請して許可を受けなければならない。
2)自転車による通勤は、次の各号を全て満たす従業員に認める。
1.自宅から会社までの直線距離が10キロメートル未満の者であり、自転車による通勤時間が1時間を超えない者。
2.安全運転に支障のない者。
3.自転車保険に加入している者。
3)従業員の自宅から会社までの経路については、安全且つ合理的 でなければならない。
4)自転車通勤の許可期間は1年以内とし、毎年4月1日に更新する。
5)更新は自動更新とせず、所定の承認手続きを取らなければならない。

第4条(許可)
1)自転車通勤を希望する者で第3条第2項各号の要件を満たした者は、所定の書類を添えて「自転車通勤許可申請書」を提出し、総務部長の承認を得なければならない。
2)「自転車通勤許可申請書」の記載内容に変更があった場合には、速やかに総務部長に報告し、再度、自転車通勤の許可を受けなければならない。

第5条(禁止事項)
1)運転に際しては、次の各号に該当する行為をしてはならない。
 1.自転車を業務に使用すること。
 2.労働時間中に私用で自転車を使用すること。
 3.許可を受けた自転車を他者に使用させること。
 4.飲酒運転をすること。
 5.過度の疲労等、安全運転が困難と予想される状態で運転すること。
 6.整備不良の自転車を使用すること。
 7.安全のための装備(ヘルメット、グローブ)をせずに運転すること。
 8.携帯電話を使用しながら運転すること。
 9.傘を差しながら運転すること。
 10.夜間、無灯火で運転すること。
 11.2人乗りをすること。
 13.その他、道路交通法等の各種法令により禁止されている行為や会社が不適と認める行為をすること。
2)第1項各号に該当する行為をした場合には、自転車通勤の許可を取り消すことがある。

第6条(安全教育)
自転車通勤を許可された従業員は、会社が主催する安全教育を年に1回受けなければならない。

第7条(事故等の取り扱い)
1)自転車での通勤途中に事故を起こした場合は、速やかに上長に報告し、その指示に従わなければならない。
2)第1項における事故について、会社は第三者に対する賠償責任を負わない。また、事故に伴う物損についてもその補償を行わない。
3)第1項における事故により会社が損害を受けたとき、会社は当該従業員に対して、賠償請求を行うことがある。
4)駐輪場内での自転車の破損・盗難等について、会社は一切の補償を行わない。

第8条(通勤手当等)
1)自転車による片道の通勤距離が2キロメートル以上の場合には、通勤距離に応じて、1キロメートル当たり400円を通勤手当として支給する。
2)通勤に使用する自転車の修理費その他一切の費用については、従業員の自己負担とする。

第9条(自転車の無断駐輪禁止)
1)自転車通勤をする従業員は、原則として会社の指定する駐輪場に通勤で使用する自転車を駐輪するものとする。
2)会社指定の駐輪場を利用しない特別な理由がある場合には、第4条に定める書類に加え、利用しない理由等を記載した事由書及び代替として利用する駐輪場の利用許可証等を添付した上で総務部長に提出し、許可を得るものとする。
3)会社の指定する駐輪場もしくは事前に許可を得ている駐輪場以外の場所に駐輪してはならない。

第10条(罰則)
従業員等が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第11条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

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以上(2020年11月)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:ESB Professional-shutterstock

リアル商談会に参加してビジネスの可能性を広げよう~事前準備編~

書いてあること

  • 主な読者:商談会への参加を検討する経営者
  • 課題:商談会に出展するためには、何を準備すればよいか分からない。大変そうに思える
  • 解決策:商談会のルールや雰囲気を把握した上で、必要な設備、準備する備品などを整理。感染症対策に必要なものも用意する

1 事前準備では、まず出展条件などを確認する

本稿では、リアル商談会に出展する際に必要な事前準備を見ていきます。商談会で良い出会いを果たし、その後、最終的に取引につなげるには、この事前準備の段階が非常に重要です。なお、本稿では「商談会」は全て、特別なことわりがない限り「リアル商談会」を指します。

1)商談会のルールや雰囲気を把握する

出展準備の前に、商談会のルールや固有の雰囲気を把握しておきましょう。これはブース作りなどにも役に立ちます。ルールは、主催者が準備している資料をよく読み、不明な点は主催者に確認しましょう。

注意が必要なのは各商談会固有の雰囲気です。例えば、ブースであれば「おしゃれで洗練されたブースが多い」「手作り感のあるブースが多い」「派手な装飾はなく『実質重視』のブースが多い」などのような違いがあります。また、商談会によっては、「大企業中心」「中小企業中心」といったように来場者層も異なります。こうした雰囲気はルールを確認するだけでは分かりにくい点があります。そのため、定期的に開催されている商談会であれば、出展前に、その商談会に足を運んで雰囲気を肌で感じておくとよいでしょう。また、主催者や出展経験者に話を聞くことや、以前に開催された際の映像や画像などを確認することも大切です。

2)ブースの備品、使用可能な設備などを確認する

通常、主催者は出展企業に、テーブル、椅子、パネル、スポットライトなどの照明器具、社名の入った看板といった備品などを提供しています。また、電源(コンセント数)などの設備は、使用できる数などが制限されていることがあります。

足りない備品があれば自社で準備しなければなりませんし、使用できる設備に制限があれば、ブースでの展示内容や展示方法などが制限されることもあります。備品や使用可能な設備などについては、必ず確認しましょう。

3)関連サービスの提供・あっせんの有無を確認する

商談会によっては、出展費用とは別料金で、主催者が関連サービスを提供・あっせんしている場合があります。例えば、オリジナルブース施工業者のあっせん、展示に必要な機器の貸し出し、搬入・搬出作業の補助など行っている場合があります。

また、備品の中には、申し出のあった出展者にのみ無料で貸し出す場合もあるようです。こうした関連サービスを上手に活用することで、負担を軽減しながら準備を進められる場合もあるので、忘れずに確認するようにしましょう。

2 自社で準備する物品の確認・手配を行う

1)ブース作りに必要な備品を準備する

展示する製品などブース作りに必要となる備品を準備します。主催者側が用意する備品は、通常、最低限度のものに限られるので、種類や数を確認しましょう。

ブース作りに関して準備する備品(例)は次の通りです。

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特に最近は、アルコール消毒液やマスクといった感染症対策に必要な備品の準備も欠かせません。来場者も、ブースにいる社員も、どちらも安心して参加できるように心掛けることが大切です。

2)来場者への配布物を準備する

会社案内や製品パンフレットなど、来場者への配布物を準備します。配布物として準備するもの(例)は次の通りです。

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この他にも、名刺交換などを通じて顧客情報を得るためのツールとして、簡単なアンケートを実施してもよいでしょう。

3)商談シートを準備する

商談会当日の商談内容を整理する「商談シート」を準備します。商談シートは、短時間で記載できるように、記載項目を絞り込んだシンプルなフォーマットにします。また、記載の手間を省き、後で見ても商談のポイントが分かりやすいように、可能な項目についてはチェックボックスを設けておくとよいでしょう。また、商談シートは、パソコンやスマホで簡単に入力できるような方法を検討するのも一策です。

4)人の手配をする

商談会には、さまざまな役割の人が必要となります。例えば、ブースへの来場者に製品の説明をしたり質問に答えたりする「説明担当」、来場者と商談を行う「商談担当」などが考えられます。また、場合によっては、商談会前日や終了後にブースへの機器類の搬入・搬出などをする人員も必要かもしれません。最小限で最大のパフォーマンスを発揮できるよう、役割分担やスケジュールなども、事前に決めておくことが大切です。

3 商談会への出展をPRする

1)招待状や案内状でご案内

既存の顧客や見込み客へは招待状や案内状などでご案内します。ただし、中には、「人がたくさん集まる場所に行くのはちょっと……」という考えの人もいます。強引に会場に呼ぶことのないようにしましょう。そういう人には、「当日、出展の模様をライブ中継します」といった案内方法もよいかもしれません。

一方、ご招待・ご案内して来てくださった方に対しては、感謝の気持ちを込めて、ノベルティーグッズなどのプレゼントを用意することも考えましょう。

2)自社ウェブサイトやSNSなどへの情報掲載

来場者は、事前に参加企業を確認し、興味があれば、会社概要や製品に関する情報収集を行います。そのため、主催者は、参加企業や展示製品の概要をパンフレットや商談会専用のウェブサイト・SNSなど(以下「ウェブサイトなど」)で紹介しています。しかし、多くの来場者は、それらとは別に当該企業のウェブサイトなどを閲覧します。また、会場で気になったブースがあれば、帰社後に当該企業のウェブサイトなどを閲覧します。

こうした情報ニーズに応えるため、自社のウェブサイトなどで商談会のパンフレットなどには掲載しきれない、より詳しい情報を掲載するようにします。また、会社概要や商談会当日に展示する製品以外の情報も、必要があれば掲載しておきましょう。

4 商談に関する事前準備を行う

事前マッチング制などによって、商談会当日の商談予定企業が事前に決まっている場合は、当該企業に関する情報収集を行います(「事前マッチング制」活用のポイントは後述参照)。商談会の参加企業の中に興味のある企業があれば、そこに対しても同じです。

基本的な情報は当該企業のウェブサイトやパンフレットなどを参考にします。また、商談会当日に、より踏み込んだ商談に至る可能性がある場合などは、帝国データバンクや東京商工リサーチなどの信用情報も確認するとよいでしょう。

5 その他の準備事項を確認する

ここまで、一般的に必要となる事前準備の事項を紹介しましたが、他にも、確認したほうがよいことがあります。例えば、ブース作りに使用する物品をレンタルするなど、社外から調達する場合は、それらを手配する必要があります。また、招待客に対する交通や宿泊の手配が必要になることもあります。商談会当日の商談が事前に決まっている場合は、スケジュール調整も必要です。このように、事前に準備すべき事項は多岐にわたるので、一覧表などを作成して漏れがないように進めていくようにしましょう。

6 事前マッチング制活用のポイント

1)事前マッチング制の概要

商談会当日に活発な商談が行われるように、事前マッチング制を導入しているケースがあります。事前マッチング制は、おおむね次のような流れです。

  • ブース出展者や商談会への来場予定者などが、事前に商談ニーズなどを記載したシートを作成・登録する
  • 商談ニーズなどを出展者や来場予定者などで共有し、興味のある企業に対して、商談会当日に行う商談を申し込む
  • 商談を申し込まれた企業が了承すれば、商談会当日に商談を行う

また、主催者がニーズの近い企業同士をマッチングしてくれる場合もあります。

2)商談ニーズを分かりやすく記載する

事前マッチング制を上手に活用するためには、シートに自社の商談ニーズを分かりやすく記載することが大切です。そのためには、「商談ニーズが一目で分かるタイトルとする」「自社のニーズを明確にし、取引実績など信頼性を高める情報を掲載する」などに留意するとよいでしょう。参考として、以下に、食品加工業者に関する商談ニーズの記載例(タイトル20文字以内、本文200文字以内)を紹介します。

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「悪い例」は、タイトルからは販売製品が分からず、商談ニーズをイメージすることができません。また、本文は事業内容や取扱製品は分かるものの、希望する取引先や取引実績などが不明確になっています。一方、「良い例」は、タイトルから製品の種類が一目で判断できます。本文には、事業内容、取扱製品、取引実績、希望取引先などが分かりやすくまとめられています。

3)幅広い相手と商談を行う

商談の申し込みを行う場合や、申し込まれた商談に対して了承するか否かを判断する場合は、自社のニーズに合っているか否かということを厳格に判断するのではなく、「参考になりそうな企業、面白そうと思う企業であれば、商談を申し込む(商談の申し込みを了承する)」というイメージで間口を広くするようにしましょう。

以上(2020年11月)

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画像:pixabay

リアル商談会に参加してビジネスの可能性を広げよう~商談会の概要~

書いてあること

  • 主な読者:商談会への参加を検討する経営者
  • 課題:商談会に参加したことがないので不安。何を準備したらいいかも分からない
  • 解決策:まずは、商談会の種類や特徴を知る。事前・当日・後日など時系列でどのようなことが必要か整理することも大切

1 商談会に参加してビジネスチャンスをつかもう!

商談会の主催者やスタイルはさまざまです。例えば、一般的には自治体や商工会議所、金融機関、コンサルティング会社などが主催するものが挙げられます。さらに、本稿で取り上げるのは実際に会場に出展・参加する「リアル商談会」ですが、今年2020年は、インターネット上での「オンライン商談会」「ウェブ展示会」も数多く開催されるようになっています。

商談会で、見込み先やアライアンス先候補と出会い、その後、最終的に取引につなげていくには、集客方法や商談会後のフォロー方法などについて、事前に準備することが大切です。本稿では、そうした準備をするために必要な基礎情報(商談会の種類、特徴など)をまとめていますので、商談会への参加を検討する際に、ぜひ、ご一読いただければと思います。

(注)開催されている商談会は「展示会」「ビジネスフェア」「ビジネスマッチング」など、さまざまな名称が用いられていますが、本稿では「商談会」として統一表記します。特別なことわりのない限り、本稿での「商談会」は「リアル商談会」を指しています。

2 商談会の来場者像を理解する

商談会への出展検討や、出展決定後の計画立案に際しては、まず、「来場者は何を目的に来るのか」という特徴を認識しておきましょう。

商談会では、「商談会で具体的な商談をしたい」「その場で、製品の購入先を決定したい」といった来場者は多くはありません。新製品、関連業界、競合他社などの情報収集を目的とした来場者がほとんどです。

例えば、「自社が販売できるような目新しい製品はないか」「最近の業界のトレンドはどのようなものか」「競合他社はどのような製品を展示しているか」といった意識で来場しています。こうした来場者は、事前に興味のあるブースをいくつか決めており、それらのブースを中心に会場全体を見学します。

ただし、興味のあるブースを見つけても、通常はその場では担当者の説明を立ち話程度で聞いたり、資料をもらったりして会社に帰ります。そして、社内でじっくりと検討し、本当に興味のある会社に対しては、改めて連絡を取り、商談に至るというケースが多いようです。

3 商談会の特徴と参加目的の検討

1)商談会の種類を把握する

商談会への参加を検討する際には、来場者の特徴などを把握し、自社の目的に合った商談会を選ぶようにする必要があります。ここでは、商談会の分類例を見てみましょう。

1.出展企業の立地と業種による分類

商談会の特徴は、出展企業の立地と業種によって大まかに分類することができます。出展企業の特性に基づく商談会の分類は次の通りです(あくまで一例です)。

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この図表1は、従来の一般的な内容をまとめたものですが、今は状況が変わってきています。例えば、これまで、全国各地から企業が出展・参加する「全国-総合型」「全国-業種特化型」は、規模が大きく、東京や大阪といった大都市での開催が多いのが一般的でした。

しかし、最近では、新型コロナウイルス感染症対策などの面でも、オンライン商談会が定着してきているため、全国区=大都市開催という常識は、変わりつつあります。むしろ、リアルで開催する商談会の場合には、「実際に会場に行くなら、東京や大阪などへ出かけていくより、地元や近場開催のほうがよい」という人も多いかもしれません。今後、立地や業種によって商談会を分類するやり方については、見直していく必要があるでしょう。

2.ターゲットによる分類

業種による分類と似ていますが、「誰(どの地域の企業)に向けてアピールする商談会か」というターゲットを明確にしている商談会があります。分かりやすいところでいえば、海外市場などが挙げられます。その他、特定業界や特定の職種(バイヤー向け、人事担当者向けなど)をターゲットにしているケースもあります。

2)商談会への出展目的を明確にしよう

商談会の主な特徴は次の通りです。

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これは、一般的な特徴を整理したものです。出展を検討する際には、各商談会の特徴を把握した上で、例えば、「営業エリアなどの活動地域が限られているので、自社の活動地域を対象にした『特定地域型』の商談会に出展する」といったように、自社の目的や予算に合った商談会を選択するようにしましょう。

4 商談会への参加に際して検討・実施すべき主な事項

商談会への出展に際しては、ここまで紹介した点を勘案しながら、計画的に準備を進めていきます。商談会の事前準備から終了後に検討・実施すべき主な事項は次の通りです。

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以上(2020年11月)

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画像:unsplash

リモートワーク導入時に再確認 固定資産管理を徹底しよう

書いてあること

  • 主な読者:固定資産管理が曖昧な中小企業の経理や総務担当者
  • 課題:固定資産管理が徹底されていないと、会計・税務のミスや、無駄な支出につながる恐れがある
  • 解決策:帳簿管理と現物管理を徹底することで、適切な会計処理や、固定資産税の節約ができる可能性がある

1 固定資産管理が必要な理由

1)会計上、事業を行った上での諸問題

在宅勤務の広がりにより、パソコンなど会社の固定資産が社外に持ち出される機会が増える中、固定資産管理の重要性が高まっています。特に中小企業においては、固定資産管理に十分に手が回らず、固定資産台帳に載っているのに現物がないケースや、現物があるのに固定資産台帳に載っていないケースがよく見られます。

会社の固定資産管理が適切に行われていない場合、会社として固定資産の紛失や故障などを把握できず、会計上の影響はもとより、事業を行っていく上でもさまざまな問題が生じます。

まず、固定資産周りの会計処理(減価償却など)が実態と異なってしまうことにより、会社の決算や法人税などの計算に誤りが生じる恐れがあります。また、必要ない固定資産や処分済みの固定資産を資産計上し続けている場合、固定資産税を過大に支払ってしまうこともあります。なぜなら、固定資産税は、毎年1月に会社が会計上の固定資産をもとに作成し、市町村に提出する償却資産申告書により計算されるからです。

事業を行っていく上でも、すでに会社にある固定資産を重複して購入してしまうなど無駄な出費や、紛失・盗難に気付かないといった問題が生じる可能性があります。

2)在宅勤務により増える会社資産の家庭内使用

在宅勤務により、外部への資産持ち出し(家庭内使用)が増える中で、従業員が会社の資産を使っていることの意識が薄い可能性もあります。例えば、会社から貸与されているパソコンを私用で使ったり、従業員が退職時に貸与されているパソコンを返却せず、会社側もそれに気付かず私物化してしまったりすることがあり得ます。会社の資産を使っているということを従業員へ認識してもらうことも、適切な固定資産管理を行うために大切です。

2 固定資産管理のイロハ

固定資産管理には、主に帳簿管理と現物管理があります。

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1)帳簿管理

帳簿管理では、固定資産台帳を作成します。固定資産台帳の記載内容は特に決められているわけではありません。一般的に次のような項目があればよいでしょう。

  • 管理番号、資産名、管理部門、設置場所、取得年月日、数量、取得価額、耐用年数、償却方法、期首帳簿価額、当期減価償却額、期末帳簿価額、減価償却累計額

重要なのは固定資産台帳の記録ルールの徹底です。固定資産の取得時、移動時、処分時には、社内稟議(りんぎ)や許可申請を行うなど、必要な申請手続きをとるようにしましょう(詳細は後述)。

よく見られる事例は、減価償却資産については台帳を作成しているものの、減価償却の対象外である固定資産については台帳を作成していないケースです。適切な固定資産管理のためには、減価償却の対象外である固定資産(減価償却が終了している固定資産など)についても、台帳に記載する必要があります。

また、管理が徹底されていない事例として、取得時の記載漏れはないとしても、移動や処分については手続きが不十分で、設置場所が不明になっていたり、処分済みの固定資産が台帳に載ったままであったりするケースがあります。

リース資産を使用している場合には、リース資産台帳を作成します。主な記載内容は次の通りです。

  • 管理番号、資産名、管理部門、設置場所、数量、契約開始日、契約終了日、支払回数、支払間隔、支払リース料、リース料総額

なお、小規模な会社であれば、固定資産台帳やリース資産台帳はエクセルで作成していることが多いですが、固定資産管理業務が煩雑になるようなら、費用対効果を勘案してシステムの導入を検討することをお勧めします。

2)現物管理

現物管理の主な内容には、固定資産現物への管理ラベルの貼付があります。管理ラベルには資産の品目名や管理番号などを記載することで、固定資産台帳と照合できるようにします。なお、管理ラベル自体は、市販されているものを利用するといいでしょう。

また、年に1~2回程度で現物実査を行います。現物実査では固定資産台帳と現物との突合を行い、合わないものがあればその原因を調べます。なお、現物実査ではあるかないかだけを調べるのではなく、現物の状態も確認し、処分する必要がないかなどを検討します。

中小企業では、この現物実査が不十分なケースが多く、税務調査などで初めて固定資産の紛失や廃棄が発見されることがあります。現場と経理などの部署間の電話連絡や申請書ベースのコミュニケーションだけでは、どうしても漏れが生じることがあります。現場に足を運び、実物を確認することは大切です。

3)より効率的に行うために

固定資産管理をより効率的に行うためには、固定資産管理規程を整備するなど、管理ルールを作成し、担当者に対して周知徹底する必要があります。発注、検収、移動、処分ごとに担当者を分け、権限や責任を明確にする(職務分掌)などのルールを作り、社内で共有しましょう。中小企業の場合は、人手の問題から業務分担がこの通りにできないこともあります。その場合は、最低限「入り(取得)」と「出(廃棄や売却など)」は別の担当者を設けるなど、適切な固定資産管理に加え、社内不正を予防するためのルールを考えるようにしましょう。

以上(2020年11月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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対象範囲が拡大されたiDeCo+(イデコプラス)、メリットや注意点を解説!

iDeCo+(イデコプラス)は、スタートアップ企業や中小企業でも、比較的軽い負担で従業員の退職後(老後)に備えた資産形成を支援できる制度です。2020年10月から、実施可能な従業員数の要件が、「100人以下」から「300人以下」に拡大されました。これにより、企業規模の拡大により従業員数が100人を超える可能性がある企業も、iDeCo+を導入できるようになります。
注目されるiDeCo+について、制度の概要と、今回の対象範囲拡大が導入企業にどのような影響を及ぼすのかについて解説していきます。その上で、実際に導入する際の手順や導入時の注意点も分かりやすく紹介しています。

1 スタートアップ企業や中小企業でも取り組みやすいiDeCo+

1)なぜ退職金制度を導入するのか?

福利厚生や退職金の充実は、従業員に生活面の豊かさを大切にする経営者のメッセージを伝え、欲しい人材を獲得し定着させるための有効な施策の1つです。
従業員に安心感をもって働いてもらうことで、長期的にはパフォーマンスや生産性の向上につながることも期待できます。しかし、多くのスタートアップ企業や中小企業では、そこまでの充実を図る余力がないのが実情かもしれません。
特に退職金(退職給付)に関しては、退職時あるいは退職後にまとまったお金を支給することになるため、長期的な視点から制度設計や資金準備の計画を立てることが求められます。
また、一度、退職金制度を設けると、企業には規定通り退職金を支払う責任が生じ、相応の理由と適正な手続きがなければ支給額を勝手に減らすことはできません。そのため、長期的な経営の見直しが不確かな中では、新たに退職金制度を導入することには慎重にならざるを得ないでしょう。

そうしたスタートアップ企業や中小企業においても、比較的軽い負担で従業員の退職後(老後)に備えた資産形成を支援できる仕組みがiDeCo+です。正式には中小事業主掛金納付制度といいます。

2)iDeCo+の概要とメリット

まず、iDeCo(イデコ)とは個人型確定拠出年金の愛称です。
個人が、iDeCoを取り扱っている金融機関で専用口座を開設し、原則として毎月一定額の掛金を積み立てていきます。会社員の場合、拠出できる掛金は最大で月額2万3000円です。
そして、その金融機関が用意した運用商品の中から自分で商品を選び、積み立てた資金を運用していきます。
老後資金準備を目的とした制度であるため、例外的なケースを除いて60歳になるまで積み立てたお金を引き出すことはできませんが、その代わりに、各年に積み立てた掛金をその年の所得から控除できるなどの税制上のメリットを受けることができます。
経営者が老後資金を蓄える手段としても有効なiDeCoについては、次の記事で分かりやすく解説しています。

そして、iDeCo+はその名の通り、従業員が自ら加入して積み立てるiDeCoの掛金に、企業が一定額をプラス(上乗せ)する仕組みです。掛金を一定額補助することで、老後資金の積み立てに主体的に取り組む従業員を支援することができます。
退職金制度とは異なり、企業は負うべき責任は、あらかじめ定めた上乗せ掛金(事業主掛金)を、給与天引きした本人の掛金(加入者掛金)とともに納付することに限定されます。退職時にまとまったお金を支給したり、運用で損が出たからといって穴埋めしたりする必要はありません

事業主掛金は月額1000円から設定可能で、無理のない範囲から始めることができます。加入者掛金と事業主掛金は合計で月額5000円以上2万3000円までの範囲で拠出が可能です。

(出所:iDeCo公式サイト)

事業主掛金は法人税の損金に算入することができ、個人にとっても給与所得の収入金額には含まれません。
また、社会保険料の算定基礎となる標準報酬にも含まれないため、iDeCo+の実施により、企業および従業員の社会保険料負担が増えることはありません

税金や社会保険料に関しては、企業年金の掛金と同様の取り扱いとなっています。

同じような制度に企業型確定拠出年金(企業型DC)があります。企業型DCは企業が主体となって実施する企業年金制度の1つであり、掛金は企業が支払います。iDeCo+とは逆に、従業員が本人の選択により自分の給与から掛金を上乗せできる仕組みもあります。
また、従業員の口座に積み立てる掛金とは別に、運営管理や資産管理に関する業務委託手数料を負担することになります。iDeCo+では、企業の手数料負担は発生しません。

ちなみに、企業型DCでは、企業の責任は単にあらかじめ定めた掛金を毎月支払うことにとどまらず、委託先の金融機関を運用商品のラインアップ等の観点から適切に評価・選定したり、従業員が積み立てられた掛金を適切に運用できるように継続的な教育を行ったりすることが求められます。
企業型DCでは、iDeCo+よりもより多くの掛金を拠出することができますが(最大で月額5万5000円)、企業が負うべき責任もより大きいものとなります。

2  iDeCo+の対象範囲が「従業員300人以下」に拡大。どんな影響が?

iDeCo+は、企業型DCなどの企業年金を実施することが困難な中小企業を対象として2018年5月からスタートした新しい制度であり、2020年9月までに2009社が導入しています(iDeCo(個人型確定拠出年金)の加入等の概況 (2020年9月時点))

当初は、企業年金を実施していない従業員数100人以下の企業で実施可能となっていましたが、法改正により2020年10月からは従業員数の要件が「300人以下」に拡大されました。
事業の拡大などにより従業員数が増加して要件を満たさなくなるとiDeCo+を続けることができなくなるため、従来は、100人以下の企業であっても近い将来100人を超える可能性がある場合はiDeCo+の導入をためらうケースもあったものと考えられます。しかし、要件が「300人以下」に拡大されたことにより、今後成長が見込まれる企業でも導入しやすくなりました。

一方で、従業員数が多くなることで、iDeCo+にかかる事務負担も大きくなる点には注意が必要です。
iDeCo+は、本人がiDeCoに加入していること(すなわち自ら掛金を拠出すること)が前提です。iDeCo+の資格を満たす従業員から加入の申出があれば、その都度、iDeCo実施機関である国民年金基金連合会に登録の届出を行う必要があります(iDeCo+の資格については後述)。
また、一度加入した従業員から掛金の停止や退職の申出があったときには、上乗せする事業主掛金もなくなるため再度届出が必要となります。
その他、給与天引きの事務や、従業員から掛金(本人拠出分)の変更の申出があった場合の対応など、iDeCo+の実施にあたっては様々な運営のための事務手続きも必要です。

国民年金基金連合会への各種届出にあたって、いくつかの様式についてはExcel版が用意されていますが、最終的に書面を印刷して郵送しなければなりません。行政手続きのデジタル化が叫ばれている中で、iDeCo+についてもオンライン手続きによる業務の効率化が期待されるところです。

また、従業員数が100人を大きく超える規模にまで拡大してきたら、本格的な退職金(退職給付)制度の整備を検討してもよいでしょう。iDeCo+を実施していた企業であれば、企業型DCへの移行は社内の理解を得やすく、比較的スムーズに実施できると考えられます。
なお、iDeCo+は企業年金がない企業でのみ(企業年金の代わりに)実施可能な制度であるため、企業年金制度の1つである企業型DCを導入した時点でiDeCo+は終了となります。
その場合、iDeCoに加入していた各従業員は、積み立てた資産をいったん現金化して新たに設けられる企業型DCの口座に移すか、引き続きiDeCoの口座で運用を続けるかを選択することができます。

3 iDeCo+の導入手順と注意点

iDeCo+を導入する際には、

  • 従業員のうちiDeCo+の対象とする範囲をどうするか
  • 上乗せ掛金をいくらにするか

の2点を各企業で定めることとなります(最終的には労使合意が必要です)。

1.については、iDeCoに加入できる厚生年金被保険者の全員を対象とすることもできますし、別途資格を定めて対象範囲を限定することもできます。ただし資格を定めるに当たっては、就業規則等で定められた職種、または一定の勤続年数により定めることとされており、それ以外の方法(例えば「部長以上」など役職による方法)は認められていません。
2.についても、対象者全員を同じ上乗せ掛金額とすることもできますし、資格ごとに掛金額を設定することも可能です。ただしこの場合の資格は、拠出対象者の一定の資格(職種、勤続年数)の他、労働協約または就業規則その他これらに準ずるものにおける給与および退職金等の労働条件が異なるなど、合理的な理由がある場合において区分する資格に限ります。

また、正規雇用の従業員のみをiDeCo+の対象にしたり、正規雇用と非正規雇用で上乗せ掛金に差を設けたりする場合には、「同一労働同一賃金」の観点から、その違いが職務の内容等に照らして不合理でないことが求められます。
なお、既にご説明した通り、会社員のiDeCo掛金は、iDeCo+による企業の上乗せ分を含めて月額2万3000円が限度となっています。加入者本人が拠出する掛金は少なくとも1000円以上とする必要があるため、上乗せ掛金の限度は2万2000円となります。
また繰り返しになりますが、そもそも本人がiDeCoに加入していなければiDeCo+による掛金の上乗せはできません。

その他、導入にあたっては社内規定の整備や従業員への説明、従業員代表者の同意等の手続きを経たうえで、必要書類をそろえて国民年金基金連合会に提出する必要があります。

公式サイトに掲載されている説明資料を確認し、不明点は国民年金基金連合会コールセンターに問い合わせるなどしながら手続きを進めます。制度に精通している専門家や、iDeCoを取り扱っている金融機関のサポートを受けるのもよいでしょう。

ただし、iDeCoに加入するかどうか、また、どの金融機関に口座を開設するかは本人が決めるべきことであり、企業側が強制することはできない点には注意が必要です。

iDeCo+について詳しくはこちら

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以上

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続・用語が分かれば理解しやすい! 民法改正を読み解く用語集

書いてあること

  • 主な読者:分かるようで分からない民法の用語を正しく理解したいビジネスパーソン
  • 課題:日常で使用している用語と意味が違ったり、聞き慣れなかったりする用語が多い
  • 解決策:弁護士がピックアップした、要注意な用語から押さえる

このシリーズでは、民法で頻出する次の用語の意味を、前後編に分けてご紹介しています。

  • 前編で紹介している用語
    法律全般(内容証明郵便、公正証書、供託、確定期限、条件付法律行為(停止条件・解除条件)、信義則、権利の濫用、善意、悪意、権限、権原、重過失、錯誤、心裡留保、取消し、無効、地位の移転、地位の留保、特定物・不特定物)、時効(時効、時効期間、時効の完成、時効の完成猶予と更新)、保証(保証、根保証、極度額、個人貸金等根保証契約)
  • 後編で紹介している用語
    債権総論(債権者代位権、詐害行為取消権(債権者取消権))、取引総論(無過失責任、契約不適合責任、危険負担、不可抗力、反対給付)、契約各論(双務契約、要物契約、有名契約(典型契約)、無名契約(非典型契約)、定型約款、消費貸借契約、委任契約、請負契約)、執行・保全(仮差押え、差押え)
本稿は後編です。
前編については、次のコンテンツに記載されています。合わせてお読みください。

1 債権総論

1)債権者代位権

債権者代位権とは、債権者が自己の債権について十分な弁済を受けるために、債務者が他人に対して持つ権利(被代位権利)を代わって行使する権利のことをいいます。例えば、債権者が債務者に債権を有し、債務者が取引相手に唯一の財産である債権を有する場合、民法上の要件を満たせば、債権者は債務者に対する債権を回収するため、債務者に代わって取引相手に対する権利を行使できます。これにより、事実上他の債権者よりも優先して弁済を受けられるようになります(事実上の優先弁済機能)。

2)詐害行為取消権(債権者取消権)

詐害行為取消権とは、債権者が債務者の行為を一定の要件の下、取消すことができる権利です。詐害行為取消権を行使するためには、裁判所に取消しの訴えを提起する必要があります。典型的には、債務者が債権者への債務弁済ができなくなるような財産処分(財産減少行為)を行った場合に、当該財産処分行為を取り消して、債務者の元に当該財産を取り戻す権利として認められています。

2 取引総論

1)無過失責任

損害の発生について故意・過失がなくても損害賠償の責任を負うことをいいます。民法上の原則は、損害賠償責任を負うのは故意・過失がある場合と考えられているため、無過失責任は例外的な場合といえるでしょう。

2)契約不適合責任

契約不適合責任とは、例えば、商品に品質不良や品物違い、数量不足などの契約内容に適合しない不備があった場合に、売主が買主に対して負う責任のことをいいます。契約不適合がある場合、買主は売主に対して追完(目的物の修補、代替物の引渡しまたは不足分の引渡し)を請求でき、これにもかかわらず追完がなされないときは、不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができるとされました。

3)危険負担

危険負担とは、売買等の双務契約が成立した後に、一方の債務が債務者の責めに帰することができない事由で履行ができなくなってしまった場合に、そのリスクを当事者のいずれが負担するかという問題をいいます。改正民法においては、債務者主義が原則となり、債務の履行不能についてのリスクは債務者が負担しなければならないことになりました。例えば、ある商品の引渡し前に震災により商品が滅失してしまい、買主(債権者)は商品を受け取れなくなった場合、売主(債務者)への支払義務がなくなります。

4)不可抗力

不可抗力とは、外部から発生した事実で、通常要求される注意や予防を講じても、損害を防止できない力や事態をいいます。

5)反対給付

例えば、売買契約において、買主の金銭給付(代金支払い)に対し売主が売買目的物を買主に交付する給付のことを反対給付といいます。

3 契約各論

1)双務契約

契約の当事者の双方が、互いに対価的な債務を負担する契約をいいます。

2)要物契約

契約を締結する当事者の合意の他に、目的物の引渡しが契約を有効に成立させるための要件となっている契約をいいます。

3)有名契約(典型契約)

売買契約、賃貸借契約等の、法律に名称や内容が規定されている契約類型をいいます。

4)無名契約(非典型契約)

有名契約以外の契約類型をいいます。契約自由の原則の下、当事者間に合意があれば、基本的にはどのような内容の契約も有効と考えられています。

5)定型約款

ある特定の者が、不特定多数を相手方とし、取引内容の全部または一部が画一的であることが双方にとって合理的な取引において、取引契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体を定型約款といいます。鉄道・バス・航空機などの旅客運送で定められている運送約款や電気の供給取引などにおいて定められている電気供給約款などがこれに該当します。

6)消費貸借契約

消費貸借契約とは、借りた物と同じ物を、同じ数量を返却することを約束して、物や金銭を貸借する契約をいいます。

旧民法において、消費貸借契約は、要物契約であるとされていました。しかし、実務上、判例で無名契約としての諾成的消費貸借契約が認められていたこともあり、改正民法では、書面または電磁的記録による諾成的消費貸借の規定が設けられました。

7)委任契約

委任契約とは、一定の法律行為としての事務を行うことを委託する契約をいいます。報酬は原則無償となりますが、契約内容で報酬について特約がある場合は、それに応じて報酬を支払うことになります。

8)請負契約

請負契約とは、仕事を完成する契約をいいます。請負人は、業務を行うだけではなく、発注側が求めた仕事を完成させて、納品する必要があります。

4 執行・保全

1)仮差押え

訴訟を提起して判決を得る前に、あらかじめ相手方の財産を保全しておくために暫定的に行う差押えを仮差押えといいます。これにより債務者は、仮差押えの対象となった財産の処分を禁止されます。仮差押えが認められると債務者が観念して任意の弁済に応じることも少なくなく、それゆえ、仮差押えは、債権回収の有効な手段の1つと考えられています。

2)差押え

法律に基づく強制力をともなった債権回収方法で、債務者が有する特定の有体物または権利について、事実上・法律上の処分を禁止し、回収することをいいます。

「信義則」「時効期間」などは次のコンテンツに記載されています。合わせてお読みください。

以上(2020年11月)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Akira Kaelyn-shutterstock