【かんたん会社法(10)】株式会社の計算(決算)

書いてあること

  • 主な読者:会社法で作成が義務付けられている計算書類について知りたい人
  • 課題:計算書類などを作成した後、どう扱えば良いのか分からない
  • 解決策:決算の結果は公告などをする必要がある。また、計算書類などは株主総会での説明資料になる

1 決算は株主への説明、計算書類はその資料

1)定量的に示す資料:4種類(計算書類と個別注記表)+1種類(附属明細書)

株式会社(以下「会社」)は、株主などから資金を集めて設立、運営されます。そのため、会社の活動について定期的に株主などに説明しなければなりません。この説明が「決算」であり、その際に示されるものの1つが、いわゆる「計算書類」です。計算書類という言葉は聞き慣れないかもしれませんが、要は決算書のことであり、会社法ではこれを計算書類と呼びます。会社に作成が義務付けられている計算書類は4種類です。

  1. 貸借対照表:どのように資金を調達し、何に使っているかを示す
  2. 損益計算書:どれだけ売って、どれだけ利益をだしたかを示す
  3. 株主資本等変動計算書:株主の出資の増減を示す
  4. 個別注記表:上記について必要な説明を加える

また、上記4つに説明を加えるものとして計算書類の「附属明細書」の作成も義務付けられています。具体的には、固定資産・引当金・販管費(販売費および一般管理費)の明細などです。

以上の書類は、作成時から10年間保存しなければなりません。なお、書面である必要はなく、電磁的記録であっても大丈夫です。

2)定性的に示す資料:1種類(事業報告)+1種類(附属明細書)

先ほど紹介した資料は定量的な会社の状態を示すものですが、定性的に会社の情報を示す資料として、「事業報告」と事業報告の「附属明細書」の作成も義務付けられています。詳細は割愛しますが、事業の内容やその状況などについて記載します。

以上の書類は、5年間保存しなければなりません(起算は株主総会の1週間前。取締役会設置会社は2週間前)。なお、書面である必要はなく、電磁的記録であっても大丈夫です。

2 計算書類が作成された後の流れ

1)計算書類の監査と承認

作成された計算書類は、監査を受けなければなりません。機関設計によってルールが変わるところがあるので、ここではポイントを紹介します。なお、監査を受けた計算書類は取締役会の承認を受けます(取締役会が設置されていない場合は、取締役の承認)。

1.監査役設置会社

計算書類と事業報告、その附属明細書について監査役の監査を受けなければなりません。

2.会計監査人設置会社

計算書類および附属明細書について、監査役および会計監査人の監査を受けます。また、事業報告および附属明細書について監査役の監査を受けなければなりません。

2)定時株主総会における手続き

取締役会設置会社の取締役は、定時株主総会の招集通知の際、株主に取締役会の承認を受けた計算書類および事業報告、さらに監査報告または会計監査報告(監査を受けた場合)を提供します。そして、定時株主総会において計算書類等について報告し、原則として株主の承認を得ます。

3)公告と備え置き

株主総会の後、遅滞なく株主総会で承認を受けた計算書類を公告しなければなりません。非大会社の場合、貸借対照表を計算書類として公告します(損益計算書は不要です)。大会社とは「資本金が5億円以上または負債総額が200億円以上の会社」のことなので、これ以外が非大会社となります。

公告の方法は、「官報」「日刊新聞紙」「電子公告」の中から選んで定款に定めることができます。定款に定めがない場合は官報で公告します。公告方法が官報または日刊新聞紙の場合、貸借対照表の要旨を公告すれば大丈夫です。

なお、公告方法を官報または日刊新聞紙としている場合でも、決算公告のみをインターネットのホームページに掲載して対応することができます。この場合、貸借対照表などが掲載されるウェブページのURLを登記する必要があります。

他方、電子公告による場合は、要旨による公告は認められません。また、公告方法を官報または日刊新聞紙と定めている会社であっても、これらの方法での公告に代えて、インターネット上のサイトに貸借対照表等の内容を5年間掲載する措置を取ることもできます。この場合は要旨による公告は認められません。

3 資本金・準備金の概要

1)資本金

資本金とは、設立または株式の発行に際して株主となる者が、当該会社に払い込んだ金銭または給付した現物の額です。ただし、会社法ではこれらの金額の2分の1を超えない額については資本金に計上しないことを認めており、それは資本準備金として計上されます。

2)準備金

準備金とは、何かの事態に備えて会社が準備しておくもので、資本準備金および利益準備金の総称です。前述した通り、資本準備金とは設立または発行の際に払い込んだ金銭または給付した現物のうち、資本金としなかったものです。

利益準備金とは、剰余金(利益)の中から配当時に積立てられる金額です。会社は剰余金の中から配当します。この際、剰余金を原資とする配当額の10%を利益準備金として計上すべきとされています。

3)資本金の減少・増加

1.資本金の減少

資本金の減少については、原則として、株主総会の特別決議が必要です。「減少する資本金の額」「減少する資本金の額の全部または一部を資本準備金とするときはその旨と準備金とする額」「資本金の額の減少がその効力を生じる日」を定めます。

資本金の減少は債権者の利害に影響を及ぼすため、債権者保護手続きが設けられています。具体的には、会社は資本金の減少の内容などを官報に公告し、かつ、把握している債権者には個別に催告しなければなりません。これに対して債権者が異議を述べた場合、会社は、原則として、当該債権者に弁済または相当の担保の提供などをします。

2.資本金の増加

資本金の増加については、株式発行の他、剰余金の額を資本金の額に組み込むことにより行われます。この場合、株主総会の普通決議によって、減少する剰余金の額と資本金の額の増加が効力を生じる日を決定します。この場合、債権者保護手続きは必要ありません。

4)準備金の減少・増加

1.準備金の減少

準備金の減少については、原則として、株主総会の普通決議が必要です。「減少する準備金の額」「準備金の全部または一部を資本金に組み入れるときはその旨と資本金とする額」「準備金の額の減少が効力を生じる日」を定めます。また、資本金額の減少の場合と同様、債権者保護手続きが必要となります。ただし、減少する準備金の全部を資本金に組み入れる場合、債権者の利益を害すことはないので、債権者保護手続きは必要ありません。

2.準備金の増加

準備金の増加については、剰余金を減少させて準備金に組み込むことにより行われます。この場合、株主総会の普通決議によって、減少する剰余金の額と準備金の額の増加が効力を生じる日を決定します。この場合は、債権者保護手続きは必要ありません。

4 剰余金の配当

1)剰余金配当の手続き

剰余金がある場合、つまり利益が上がっている場合、会社は株主に配当することができます。剰余金を配当する際は、原則として、株主総会の普通決議が必要です。株主総会では、「配当財産の種類および帳簿価額の総額」、「株主に対する配当財産の割当に関する事項」「当該剰余金配当がその効力を生じる日」を定めます。なお、配当は金銭に限らず現物配当もできます。

株主総会の決議が必要ない場合もあります。会計監査人設置会社であることなど一定の要件を満たせば、定款の定めにより剰余金の配当を取締役会の決議事項とすることができます。また、取締役会設置会社の場合、定款の定めにより、事業年度で1回だけ取締役会の決議で剰余金配当を行うことができます。

2)分配可能額の制限

配当するといっても、会社法で定められている分配可能額を超える配当はできません。分配可能額は、剰余金の額を基礎に、自己株式の帳簿価額、のれん等調整額など複雑な加減計算をして求めます。違法配当(分配可能額の制限に違反して配当)をした場合、

  • 配当を受けた株主は、配当を会社に返還する責任を負う
  • 配当について、株主総会に提案した取締役、取締役会で決議した取締役等は、注意を怠らなかったことを証明できなければ、株主と連帯して責任を負う

ことになります。

また、法令または定款の規定に違反する違法配当をした取締役らは、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金に処し、またはこれを併科するものと定められています。

以上(2024年7月更新)
(監修 弁護士 八幡優里)

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画像:Mariko Mitsuda

【高齢者雇用】定年後の社員を70歳まで継続雇用するときに注意すべきこと

書いてあること

  • 主な読者:「70歳までの就業機会確保」について知りたい経営者、人事労務担当者
  • 課題:雇用負担が増えるのが不安、社員が70歳まで業務に耐えられるか分からない
  • 解決策:会社と社員の負担が少ない継続雇用制度が人気。自社での雇用が難しい場合は、他社での再就職、業務委託契約の締結などを検討。就業規則の変更を忘れずに

1 努力義務の70歳雇用……自社でもできる?

生涯現役社会。高齢社員の活用はどの会社にとっても重要なテーマです。定年や定年後の働き方に関するルールは高年齢者雇用安定法に定められていて、会社は、

  • 定年を設定する場合は60歳以上とする義務
  • 65歳まで雇用するための措置を講じる義務(65歳までの雇用確保)
  • 70歳まで働ける機会を確保する努力義務(70歳までの就業機会確保)

を負っています。

3.の「70歳までの就業機会確保」は、2021年4月1日から始まったルールで、2.の「65歳までの雇用確保」を拡充したものです。実施は努力義務ですが、中小企業の30.3%はすでに措置を講じています(厚生労働省「令和5年高年齢者雇用状況等報告」)。

「会社の雇用負担が増えるのでは?」「70歳まで業務に耐えられない社員もいるのでは?」と不安かもしれませんが、ご安心ください。

会社と社員の負担が少ない継続雇用制度(定年後も社員を引き続き雇用しつつ、1年ごとなどに雇用継続が可能かを判断した上で、契約を更新する)を導入

することなどによって、そのリスクを減らせる可能性があります。では、70歳までの就業機会確保の全体像、継続雇用制度のポイントなどを紹介するので確認していきましょう。

2 70歳までの就業機会確保の全体像

70歳までの就業機会確保には、「3つの雇用確保措置」「2つの創業支援等措置」があります。

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1)「65歳まで」と「70歳まで」とで何が変わる?

「雇用確保措置」は、定年延長など、従来からの65歳までの雇用確保を踏襲したものです。70歳までの就業機会確保では、ここに「創業支援等措置」が新たに追加され、社員がフリーランスとして働くことを支援するなど、自社で雇用しない選択肢が増えます。いずれも努力義務です。

2)措置の内容はどうやって決めればいい?

70歳までの就業機会確保の5つの措置のうち、どれを選択するかは、会社と社員が十分に協議し、社員のニーズに応じて決定するのが望ましいとされています。ちなみに、

複数の措置を導入し、どの措置を適用するかは社員ごとに決定する

こともできます。例えば、原則として雇用確保措置で対応するけど、健康状態などの関係で自社での雇用が難しい社員については創業支援等措置を検討するといった具合です。

3)対象者を限定することはできる?

65歳までの雇用確保については、原則として対象者を限定することができません。唯一、継続雇用制度(65歳まで)については、

労使協定(2012年度以前に締結されたものに限る)により、一部の社員を対象から除外すること(雇用確保義務に対する経過措置)が認められていますが、その経過措置が2025年3月31日をもって終了となる為、2025年4月1日以降は不可(=定年に達した全社員が対象)

となります。

一方、70歳までの就業機会確保については、

定年廃止と定年延長を除き、対象者を限定する基準を設けることが可能

です。ただし、基準を設ける場合、過半数労働組合等の同意を得るのが望ましいとされています。また、過半数労働組合等との協議の上で設けた基準であっても「上司の推薦がある者に限る」「男性に限る」など、法の趣旨や労働関係法令・公序良俗に反するものは認められません。

4)他に注意点は?

ここまで紹介した内容は、就業規則に定めなければ実施できないので、

就業規則の変更手続き(過半数労働組合等への意見聴取、所轄労働基準監督署への届け出、変更後の就業規則の周知)

を忘れないようにしてください。

ちなみに、すでに70歳までの就業機会確保に取り組んでいる中小企業のうち78.2%は、「70歳までの継続雇用制度の導入」で対応しています(厚生労働省「令和5年高年齢者雇用状況等報告」)。そこで、次章では雇用確保措置のうち、継続雇用制度に焦点を当てて、制度の概要や実務の留意点を紹介していきます。

3 継続雇用制度の概要と実務上の留意点

1)継続雇用制度の概要は?

70歳までの継続雇用制度を導入する場合、

定年を60歳などに据え置きつつ、引き続き70歳まで雇用する

ことになります。継続雇用制度は、

  • 勤務延長制度(定年後も雇用契約関係を終了させず、引き続き雇用する)
  • 再雇用制度(定年時に一度雇用契約関係を終了させ、再び雇用する)

の2種類に大別されますが、一般的に浸透しているのは再雇用制度です。

制度のイメージをつかむため、定年延長(定年を70歳まで引き上げる)と再雇用制度の違いを比較してみましょう。

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大きな違いは契約期間です。定年延長では70歳まで契約期間の定めがありません。一方、

再雇用制度では、1年ごとなどに再雇用するか否かを決められるので、会社と社員の状況に応じて更新の可否やさまざまな条件を話し合うことが可能

となります。

また、60歳到達時の賃金額と比べ、一定の割合に賃金が引き下げられた場合など所定の要件に該当した場合、公的給付(雇用保険からの継続雇用給付金)を最長5年間に渡り受給することができるため、人件費の引き下げを目的として、再雇用制度を導入する会社も多いです。

ただ、この雇用保険からの継続雇用給付金(高年齢者雇用継続給付金)については、高年齢者雇用確保措置の進展などを踏まえ、2025年4月に制度の一部改正が予定されています。

2)再雇用制度の場合、契約更新の有無を会社が自由に決められるか?

社員が契約更新を期待する合理的な理由があり、会社が更新の申込みを拒絶する合理的な理由がない場合、会社は原則として契約更新をする必要があるとされています。

再雇用制度では、社員が定年に達した後に嘱託社員(呼び方はさまざま)として有期労働契約を締結し直します。この時点で、会社は社員に対して、契約更新の有無と契約更新の可能性がある場合はその基準を明示します。

なお、2024年4月の労働条件明示のルール改正により、契約更新に上限(通算契約期間や更新回数の上限)がある場合は、その内容の明示が義務

となりました。

契約を更新しない場合、その社員が、

  • 契約が3回以上更新されている
  • 1年以下の契約の更新によって、通算契約期間が1年を超える
  • 1年を超える契約期間の労働契約を締結している

のいずれかに該当するときは、契約期間満了の30日前までにその旨を予告しなければなりません。また、社員が請求したときは契約を更新しない理由を明示する必要があります。

なお、労働契約法には、通算契約期間が5年を超える社員が申し出た場合、無期契約に転換する「無期転換ルール」があります。ただし、定年後に会社に継続雇用される社員については、

会社が適切な雇用管理に関する計画を作成し、所轄都道府県労働局長の認定を受けている場合、定年後に引き続き雇用されている期間については、無期転換申込権が発生しない

という制度(継続雇用の高齢者の特例)があります。

3)継続雇用時に賃金の支給額を下げるのは同一労働同一賃金違反?

パートタイム・有期雇用労働法により、会社は基本給や賞与などについて、非正規社員(嘱託社員など)と正社員との間に不合理な待遇格差をつけることができません(同一労働同一賃金)。継続雇用している嘱託社員と、正社員との待遇差を設ける場合は次の3つに注意してください。

  • 職務内容(業務内容、責任の程度)
  • 職務内容・配置の変更範囲(人材活用の仕組み・活用等)
  • その他の事情(成果、能力、経験等が該当)

直近では2023年7月に、定年再雇用で嘱託になった職員の基本給を、正職員の頃の60%未満まで引き下げたことでトラブルが起き、最高裁判決までもつれ込んだ事案がありました。その際、

高裁が「60%を下回るのは違法」と判断したのに対し、最高裁が「単純な額の問題ではなく、基本給の性質や支給目的を精査すべき」として、高裁に判決を差し戻した

ことが話題になりました(最高裁第一小法廷令和5年7月20日判決)。

継続雇用の際は、社員の賃金が正社員時より下がるイメージが強いですが、実際は、

  • 仕事内容や役職は定年前から変わるか
  • 労働時間や、社会保険・雇用保険の適用(労働時間に応じる)は変わるか
  • 責任はどうなるか(仕事のノルマはあるか)

などを総合的に判断して金額を決める必要があります。

また、専門性の高い業務に従事するなど優秀な社員の場合、高い賃金を支払ってでも会社にとどまってほしいケースもあるでしょう。こうした場合、基本給などを下げる代わりに、職務内容や技能に応じた手当などを特別に支給したり、賞与などで功績を都度評価したりするというのも1つの方法です。

4)継続雇用した社員にも定期健康診断は実施すべき?

定期健康診断の実施義務があるのは、

無期契約または1年以上雇用される見込みがあり、週の所定労働時間が正社員の4分の3以上の社員

です。継続雇用によって嘱託社員などに雇用形態が変わっても、この条件に該当する場合は定期健康診断を実施しなければなりません。

ただし、一般的に加齢によって健康状態に不安を感じる社員は増えるので、長期雇用を検討するのであれば、上の条件に該当しない社員も定期健康診断の対象にするとよいでしょう。がんなどのリスクを考慮し、法定外の人間ドックなどを受けさせるのも1つの方法です。

一方、「自分はまだ若い」と考えて、無理な働き方をして体調を崩したり、労働災害に遭ってしまったりする社員もいます。そのため、高齢社員に今の健康状態を正しく把握してもらうために、体力チェックテストなどを実施している会社もあります。

社員の体調面などを考慮してこれらの制度を積極的に取り入れることで、会社の福利厚生の拡充を図り、企業価値の向上に繋げられる可能性があります。

以上(2024年8月)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:unsplash

【規程・文例集】70歳までの就業機会確保に対応した「定年後の再雇用規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:「70歳までの就業機会確保」に対応した会社規程のひな型が欲しい経営者
  • 課題:どうやって70歳まで働ける機会を与えるか迷っていて、規程の方向性が定まらない
  • 解決策:自社の「65歳までの雇用確保」の措置をベースに考える。例えば、65歳まで継続雇用する制度があるなら、その対象年齢を70歳に引き上げるだけでもよい

1 70歳までの就業機会確保(努力義務)とは?

70歳までの就業機会確保とは、

70歳まで働くことを希望する社員に、会社がそうした機会を与える努力義務を負う

というもので、具体的には次の5つの措置のいずれかを実施することとされています(複数の措置を導入し、どの措置を適用するかは社員ごとに決定するといった対応も可能)。

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もともと会社は「65歳までの雇用確保」の措置として、「定年廃止」「定年延長(65歳まで)」「継続雇用制度(65歳まで)の導入」のいずれかを実施する義務を負っています。なお、継続雇用制度(65歳まで)については現状、

労使協定(2012年度以前に締結されたものに限る)により、一部の社員を対象から除外することが認められていますが、2025年4月1日以降は不可(=定年に達した全社員が対象)

となるので注意が必要です。

70歳までの就業機会確保の措置の内容を考える場合、まずは自社が実施している65歳までの雇用確保の措置をベースにするのがよいでしょう。世間一般に浸透しているのは、継続雇用制度の「再雇用制度(定年時に一度雇用契約関係を終了させ、再び雇用する)」です。

そこで、この記事では、

定年後、社員を70歳まで再雇用することを想定した、定年後の再雇用規程のひな型

を紹介します。なお、加齢により社内での就業継続が難しくなる社員などが出てくることが予想されるため、ひな型では定年後の再雇用を原則としつつ、

社員が希望する場合、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する

という選択肢も用意しています(実施に当たっては、創業支援等措置の計画の作成等が必要)。

2 定年後の再雇用規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【定年後の再雇用規程のひな型】

第1条(目的)

本規程は、定年後の再雇用について、対象となる従業員などについて定めるものである。労働条件については労働条件通知書によって個別に定めるものとする。

第2条(定義)

定年後の再雇用とは、就業規則および契約従業員就業規則に定める定年に達した従業員を、最長で満70歳に達するまで継続雇用する制度である。

第3条(対象となる従業員)

1)定年に達した従業員のうち、再雇用を希望し、かつ各規則に定める退職事由および解雇事由に該当しない者は、満65歳に達するまで再雇用の対象とする。

2)前項にかかわらず、65歳に達した後も再雇用されることを希望し、各規則に定める退職事由および解雇事由に該当しない者のうち、会社の定める基準に該当する者については、満70歳まで再度の継続雇用の対象とすることがある。

第4条(再雇用の希望の聴取)

会社は、定年退職日の6カ月前までに、再雇用の希望の有無を聴取する。

第5条(再雇用期間および更新)

1)1回の再雇用期間は原則として1年間とする。ただし、契約の上限は従業員が満70歳に達するまでとし、それ以降の再雇用は行わない。

2)再雇用契約の更新を希望する従業員は、各契約期間満了の1カ月前までに会社に申し出るものとする。

3)会社は、第2項の申し出をした従業員について勤労意欲、就業態度、健康状態、会社の経営状況などを総合的に判断した上で労働条件を通知し、当該従業員がそれに合意した場合に再雇用契約を更新する。なお、更新に際し、労働条件は変更することがある。

4)65歳に達した者で、第2項の申し出をした従業員について、会社は、従業員の勤労意欲、就業態度、健康状態、会社の経営状況などを総合的に考慮し、就業の継続が難しいと判断した場合、再雇用契約の更新をしないことがある。その場合、会社は各契約期間満了の30日前までに、従業員に再雇用契約の更新をしない旨の予告をするものとする。

5)会社は、65歳に達した者で再雇用契約の更新をしない従業員が希望する場合、特定の業務について業務委託契約を締結することがある。

6)第5項の業務委託契約の上限は従業員が満70歳に達するまでとする。また、従業員が従事する業務、金銭の支払い、契約の締結頻度等の内容は、別途定める「創業支援等措置の計画」(省略)を基に決定するものとする。

第6条(賃金、昇給、賞与)

1)賃金は、業務内容および勤務時間数などを総合的に勘案し、個別に設定する。

2)昇給は原則として行わない。

3)賞与は個別に決定する。

第7条(退職金)

定年後の再雇用の従業員が退職した場合、退職金は支給しない。

第8条(年次有給休暇)

定年退職時に保有する年次有給休暇は引き継ぐものとする。また、年次有給休暇の勤続年数は定年退職前の勤続年数と通算する。

第9条(福利厚生)

再雇用者の福利厚生については、原則として、正社員と同一の扱いとする。

第10条(準用)

本規程に定めのない事項については、個別に労働条件通知書で定めたものを除き、「契約従業員用就業規則」(省略)を準用する。

第11条(改廃)

本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則

本規程は、○年○月○日より実施する。

以上(2024年8月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:ESB Professional-shutterstock

採用における「人材要件」~戦わない人材採用のススメ~

1 人材採用手法の見直しの必要性

人手不足、採用難が叫ばれて久しい今日では、人材採用は企業経営における最重要課題となっています。これまでは従来通りのやり方で何とかなってきた企業においても、自社の希望通りの人材を採用することはすでに厳しい状況となっており、今後は「人手不足倒産」の大幅な増加が見込まれています。

信用調査会社「帝国データバンク」の調べによると、2023年に日本国内で倒産した企業8,497件のうち、「人手不足」を倒産原因としているものは260件あり、前年の140件から約1.9倍に増え過去最多を更新しました。

このように、人材採用に対する対策は待ったなしの状況となっており、人口減少、少子高齢化が加速度的に進んでいる現状では、自社の人材採用手法について根本的な見直しが必要なタイミングに来ていると言えます。

2 採用における「人材要件」

人材採用はいくつかのフェーズに分けられますが、まずはそのスタートラインとなる「人材要件」について考えたいと思います。人材採用における「人材要件」とは、企業が採用したい理想的な人物像を具体的に定義したもので、採用ターゲットとなる人材の属性やスキルを言語化したものです。

経営者に「どんな人を採用したいですか?」と聞けばほとんどの方が「若くて優秀な人材」と答えると思います。では「優秀」とは何を持って優秀というのかという点や、当然「若くて優秀な人材」は他の企業も欲しいと思っていますので、他社との差別化を図る意味でも「自社独自の優秀さとは何か」という点を深く掘り下げていくことが必要になります。

「人材要件の作り方」のような記事がネットや書籍などで公開されていて、MUST・WANT表(下記参照)の作成など一般的なメソッドはありますので、基本的にはそれに沿って作り上げていけば良いわけですが、気を付けなくていけないのは深く考えずに作ると、ごくごくありふれたものになってしまって他社との差別化がまったく図れなくなることです。

「人材要件の作り方」の例

出所:インスワーク社会保険労務士法人監修

3 戦わない人材採用とは

この記事の題名を「戦わない人材採用」とした理由は、就職したい企業人気ランキングの上位にくるような企業なら別かも知れませんが、そこまで著名な企業でない場合、他社と同じレベルで戦っていては、「若くて優秀な人材」は規模が大きく知名度が高い企業に獲られてしまいますので、いかに他社と戦わずに自社の独自路線を打ち出せるかが人材採用に成功する一つのカギになっているからです。

一般的に考えられる採用時に必要な能力としては、「コミュニケーション力」「主体性」「チャレンジ精神」「熱意」「柔軟性、適応力」「ストレス耐性」などが上げられますが、このような能力を持ち合わせた人材はどこの企業でも欲しい人材であり、他社よりも優位性を持った企業でないと採用できません。

そこで、「人材要件」について、一般的に考えられることだけでなく自社のオリジナリティを前面に出すことで、自社独自の「戦わない人材採用」が可能になるのです。

4 マネーボール理論

ここで話が飛びますが「マネーボール理論」はご存知でしょうか?もしかしたら、映画「マネーボール」をご覧になった方もいらっしゃるのではないかと思いますが、映画は2011年にアメリカで制作され、ブラッド・ピットが主演のメジャーリーグ(野球)を題材にしたものです。MLBの中でも資金力に乏しい弱小球団が、選手の評価基準を大きく変える戦略を取ることによって強豪チームに成長して行くというものです。

採用の人材要件と野球が何か関係あるの?とお考えかと思いますが、「選手の評価基準を変えた」というところが採用の人材要件につながる「マネーボール理論」になります。

具体的にはこんな感じです。例えば打者の評価については、一般的には打率、ホームラン数、打点(3冠王の要素)などが評価対象となると思いますが、マネーボール理論では、野手は打率ではなく「出塁率」を評価基準とする。つまりヒットもフォアボールも同じ扱い、ということです。私は野球に特に詳しいわけではありませんが、ヒットやホームランが打てる打てないの前に選球眼の良さがポイントということでしょうか。ちなみに、昨年38年ぶりにプロ野球日本一となった阪神の岡田監督も、「堅実な野球」を掲げ、開幕前から選手の年俸につながる基準のフォアボールのポイントを上げるように球団に掛け合っていたそうです。

このように選手の評価基準を大きく変えたことで、他球団が見向きもしない選手や、短所には目をつぶり自分たち独自の分析により作りあげた評価基準(人材要件)において強みを持つ選手を仕入れ(他球団が目を付けないからこそ安く仕入れることができる)、優勝を争うようなチームに成長させていきました。

5 自社オリジナルの「人材要件」

「マネーボール理論」から学ぶべきは、自社の「人材要件」を考えるにあたっては自社で活躍している社員を徹底的に分析するなどして、「採用時に本当に必要な能力は何なのか?」を深掘りする必要があるということです。

ただし、「深掘りして自社なりの人材要件を作成する」とお伝えしましたが、独自性を高めることと基準(ハードル)を上げることは別です。深掘りしていく中であれもこれもとなってしまうと、そもそもそのようなスーパーマンのような人材がこの世の中に存在するのか?ということになりかねません。決定していくプロセスの中で必要な能力を沢山出すのは良いとして、最終的な「人材要件」を決定する際には、採用後に育成することで身に着けることが可能な能力(テクニカルスキル)かどうかという観点も非常に重要です。

メンタル力や成長意欲のようなベーシックな部分(ポータルブルスキルや価値観)については、遅くとも就業可能な年齢になればおおよそ出来上がっており、採用後に何とかしようと思っても難しいという側面があります。一方で、経験や技術的な要素であれば、全くの未経験者であったとしても採用後にOJTをしっかりとやることでカバーが可能と考えられます。

社員に求められる能力

出所:インスワーク社会保険労務士法人監修

人材要件については、ハードルを上げすぎることなく門戸は広く構え、自社が考える絶対に外せない能力については厳しく見つつも、採用時点で足らない能力(テクニカルスキル)については採用後の育成の中でしっかりとカバーして成長を支えていくという視点が最も重要になります。

以上(2024年7月作成)

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【財務分析】PLやBSを「見える化」して業種ごとの特徴を分析しよう

書いてあること

  • 主な読者:業種ごとの財務分析に取り組んでみたい社員
  • 課題:財務分析は難しそうでとっつきにくい、何からやれば良いのかが分からない
  • 解決策:業種別のPLやBSを「見える化」すると視覚的に増減が分かりやすくなる

1 損益計算書(PL)と貸借対照表(BS)を「見える化」してみよう

損益計算書(以下「PL」)や貸借対照表(以下「BS」)を使って財務分析をしようとしても、細かな数字が多く、どこをみると良いのか判断に困った経験はないでしょうか。

こうしたときには、図表に落とし込んで視覚的に増減が分かるようにすると、読みやすくなります。

この記事では、財務総合政策研究所「法人企業統計調査 時系列データ」を基に、業種ごとの営業利益率などを「見える化」します。これで、業種ごとのコスト構造が一目瞭然になります。

■財務総合政策研究所「法人企業統計調査 時系列データ」■

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00350600&tstat=000001047744&cycle=8&tclass1=000001049372&tclass2val=0

2 PLを「見える化」して業種ごとの利益率を確認しよう

PLは、一定期間の業績を表す財務諸表です。

一番上の「売上高」から費用を引いていき、「売上総利益」「営業利益」「経常利益」「税引前当期純利益」「当期純利益」の5つの利益を求める構造になっているため、

それぞれの利益を売上高で割り、段階的に利益率を出すことで収益性が分析できる

ことが特徴です。

早速、業種ごとの利益率と特徴を確認してみましょう。

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図表から分かる、業種ごとの主な特徴は次の通りです。

  • 電気業、運輸業・郵便業、卸売業・小売業は商品やサービスに付加価値をつけにくく、他業種と比べて売上原価率が高くなる傾向にある
  • 宿泊業・飲食サービス業、教育・学習支援業、医療・福祉業は販売店舗(施設)の運営に人件費・減価償却費・光熱費・広告宣伝費などが必要なため、販管費の割合が他の業種よりも高い

2 BSを「見える化」して企業の「体力」を確認しよう

PLから企業の「もうける力」が分かりますが、これだけでは判断が不十分です。例えば、「もうける力」が大きかったとしても、借金があまりに多く、返済が追い付いていないなどの場合もあるためです。また、PLで売り上げが計上されていても、売上代金が支払われるまでにはタイムラグがあります。これを「売掛金」といいますが、売掛金が膨らみ売上代金の回収が遅れるようでは、そのうち営業できなくなるかもしれません。

また、資産をどのくらい自己資本で賄っているか、いざというときに、お金に換えられる資産がどのくらいあるかといった企業の「体力」も確認する必要があります。これを安全性分析といい、財務諸表のうち、主にBSの項目を使います。BSは、企業の体力を「資産」と「負債」に分け、そのバランスを見ていくことになります。

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一般的に、安全性分析では流動資産と流動負債を比較して短期的な支払い能力を見る「流動比率」、負債を含めた総資本に対する自己資本の割合を見る「自己資本比率」などの指標を見ていきます。

例えば、流動比率は1年以内に返済しなければならない流動負債に対して、1年以内に現金化できる流動資産がどのくらいあるかを見るものです。卸売業や小売業などは短い期間で仕入れと販売を繰り返すため、流動資産と流動負債が大きくなります。こうした業種の場合、短期的な支払い能力を見る流動比率は重要な指標といえます。一方、そもそも流動負債が小さい電気業(電力会社など)は、流動比率だけでは企業の「体力」を知ることは難しいので、自己資本比率を見ることになります。

なお、厳密にはキャッシュ・フロー計算書なども併せて安全性分析をする必要がありますが、ここでは分かりやすくするために自己資本比率で「体力」を見ることとしています。

前述したPLと同様に、BSも業種によってさまざまな特徴があります。

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図表から分かる、業種ごとの主な特徴は次の通りです。

  • 建設業では、工事期間が長期間にわたり、会計期間中に完了しなかった案件が未成工事支出金・未成工事受入金として流動資産・流動負債に計上されるため、それらの割合が高い
  • 卸売業・小売業では、売掛金や商品など流動資産と買掛金や運転資金の借り入れなど流動負債の割合が高い

3 成長企業を見極めるには、この指標もポイント!

1)キャッシュ・フロー計算書(CF)も併せて確認しよう

企業の「もうける力」や「体力」を見極めるためには、PLやBSに加え、現金の流れが分かるキャッシュ・フロー計算書(以下「CF」)も見なければなりません。

前述した通り、いくら売り上げが立っていても、資金がなければ営業を続けられず倒産してしまいます。その逆もあります。例えば電気業(電力会社など)のBSを見ると自己資本比率(純資産÷総資産×100)が高くありません。一見すると「体力」がなく、支払い能力が乏しいように感じます。しかし、電気業の場合、電気料金という必ず支払われる膨大なキャッシュがあり、そうした意味では支払い能力の高い業種といえます。

CFは、「営業キャッシュ・フロー」「投資キャッシュ・フロー」「財務キャッシュ・フロー」に分かれます。一般的に、順番にプラス・マイナス・マイナスになっているのが良い状態です。営業活動で得た資金を投資活動に回して企業を大きくしつつ、銀行などへの返済や株主への配当などを増やすため、財務活動上はマイナスになる。これが成長企業のキャッシュ・フローの理想型といえます。ただし、単年度に限らず、数年間この状況が続くことが大切です。

2)利益と資産の関係で見るROAとROE

利益と資産の関係から、どのくらい効率的に利益を上げているかという観点で収益性を見ることもできます。例えば、総資産に対してどれだけ利益を上げているかを見る指標にROA(総資産利益率)があります。一般的に、IT関連など大きな固定資産を持たない業種ではROAは高くなり、製造業などの装置産業の場合は低くなる傾向にあります。

また、ROE(株主資本利益率)は、株主から預かった資本に対して、どのくらい効率的に利益を出しているかを見るものです。なお、計算上は自己資本比率が下がるとROEは上がることになるため、この指標で企業を見るときには借入金の急激な増加や自社株式の購入等がある場合には注意が必要です。

以上(2024年7月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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【中堅社員のスピーチ例】成功者が誰よりも謙虚な理由

私は、実は経営者の自叙伝を読むのが好きで、最近は「お、ねだん以上。」のキャッチコピーで知られるニトリの創業者、似鳥昭雄(にとりあきお)さんの自叙伝を読みました。自叙伝には、似鳥さんがいかにニトリのビジネスモデルの基礎を築き、事業を成功に導いたかが記されています。

例えば、ニトリの強みの1つは、「シリーズ家具によるコーディネートの提案力」ですが、この強みは、似鳥さんが1972年に米国の家具店を視察したときの出来事がもとで生まれたものです。当時事業に苦戦し、何とか起死回生の一手を打たねばと日本を飛び出した似鳥さんは、米国の家具店を見て驚愕します。当時の日本の家具店は、メーカーが作った商品を並べて売っているだけでちぐはぐなコーディネートになりがちだったのですが、米国の家具店は色やデザインがしっかりコーディネートされていて、統一感があるのです。日本でも同じことをやったら成功するはずだと確信した似鳥さんは帰国後これを実行に移し、見事、倒産寸前の会社を立て直します。

もう1つニトリの強みとして挙げられるのが、「安価な価格設定」です。ただし、クオリティーを維持しながら製品を安く売るのは簡単ではありません。似鳥さんは、この問題をクリアするため、安く家具を仕入れられる海外の調達先を開拓することに注力します。似鳥さん自ら海外に渡り、観光ガイドを通訳にして、電話帳から家具会社を探し、しらみつぶしに当たっていったそうです。いち早く海外進出を果たしたおかげで、1985年のプラザ合意で円高が急速に進行した際、他社に先んじて輸入を本格化させることができたのです。

この自叙伝が面白いのは、似鳥さんがこうした偉業を誇るのでははく、「運が良かった」と結論付けていることです。私は正直、なぜ似鳥さんがこれほど謙虚なのかが疑問だったのですが、この自叙伝を読み進めることでその理由が理解できました。その理由とは、似鳥さんが「成功以上に失敗を多く経験しているから」というものです。

例えば、先ほどの海外調達を始めた頃の話です。台湾から家具を仕入れてみると、「椅子に座った途端に壊れた」といったクレームが多く寄せられたそうです。原因は、現地と日本の湿度や習慣などの違いでした。似鳥さんいわく「行き当たりばったり」が招いた失敗でした。この他に、低コストのエアドーム店舗を思い付くも、出店後に「店舗の室温が高くなりすぎる」「ドームが雪で潰れる」などトラブルが相次ぎ、5年ほどで撤退を余儀なくされるといった失敗談などもありました。

成功者は、数多くの失敗を経験しているからこそ、自分の力を過信せず、大きな成功をつかんでも「運が良かった」と謙虚に語るのです。しかし、その失敗は膨大な数のチャレンジの裏返しであり、確かに成功者の力になっています。私はそこに至るまでの努力をしているだろうかと反省せずにいられません。だから、私は初心に帰りたいとき、いつも誰かの自叙伝を読むのです。

以上(2024年8月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

【かんたん会社法(9)】社債の発行

書いてあること

  • 主な読者:資金調達の1つとして「社債」の基本を知りたい人
  • 課題:社債の発行にはいくつかの種類があり、分かりにくい
  • 解決策:社債の募集事項の決定機関は会社法で定められていないが、実際は取締役会などとなる。募集社債の総額に届かなくても、募集分だけ社債を発行できる

1 社債は資金調達法の1つ

社債とは、

会社が多額で長期間の資金を調達する際に行われる手法

の1つで、社債を発行することを「起債」といいます。投資家から見た場合、社債は株式とは違い、会社が儲かっていなくても、あらかじめ定められた利息を受け取ることができます。

ここでは株式会社(以下「会社」)に注目し、社債の発行手続きを紹介します。社債の発行手続きは、「社債権者となる者を募集する方法」と「特定の者に社債を引き受けさせる方法」(総額引受)とがあります。また社債には、「普通社債(新株予約権が付されていない社債)」と「新株予約権付社債」とがありますが、ここでは普通社債に注目します。

2 社債権者となる者を募集する方法

1)募集事項の決定

社債を引き受けてくれる人を募集する際、会社は次の事項を決定します。

  • 募集社債の総額
  • 各募集社債の金額
  • 募集社債の利率
  • 募集社債の償還の方法および期限
  • 利息支払の方法および期限
  • 社債券を発行するときは、その旨
  • 社債権者が、社債の全部または一部について無記名式社債を記名式社債にできないこととする場合はその旨(記名式社債を無記名式社債にする場合も同様)
  • 社債管理者を定めないこととするときは、その旨
  • 社債管理者が、社債権者集会の決議によらずに「破産手続き等に関する行為」をできることにする場合は、その旨
  • 社債管理補助者を定めることとするときは、その旨
  • 募集社債の払込金額かその最低金額、またはこれらの算定方法
  • 募集社債と引き換えにする金銭の払い込みの期日
  • 一定の日までに募集社債の総額について割当を受ける者を定めていない場合において、募集社債の全部を発行しないこととするときは、その旨およびその一定の日
  • 前各号に掲げるものの他、法務省令で定める事項

会社法では、募集事項をどの機関が決定するのかについて定めていません。そこで、会社の業務執行を決定する権限がある機関がその役割を担うことになります。具体的には、取締役会設置会社の場合は取締役会(代表取締役に決定権限を委任できる)、取締役会非設置会社の場合は取締役が決定します。

2)申し込み・割当

会社は、募集社債に申込もうとする申込者に対して、次の事項を通知します。

  • 会社の商号
  • 募集事項
  • その他法務省令で定める事項

申込者は、氏名または名称、住所、引き受けようとする募集社債の金額、金額ごとの数などを記載した書面で会社に申し込みます。

会社は、申込者が金銭を払い込む期日の前日までに、その申込者に割り当てる募集社債の金額および金額ごとの数を通知します。もし、申し込みが募集社債の総額に届かなかった場合でも、会社は割り当て分のみを社債発行できます。

3)払い込み

割当を受けた申込者は、払込期日までに払込金額を払い込みます。ただし、この払い込みは社債の成立要件ではありません。申込者は、会社が募集社債の割当をすることで社債権者となり、払込債務を負います。そのため、払込期日が過ぎても払い込みがなされない場合、会社は催告の上、払込債務の履行を求めることができます。それでも申込者がこれに応じない場合、会社は社債発行契約を解除できます。

ただ、実務上、会社は申込者に申込証拠金として払込金額相当を要求するのが通常なので、こうした事態はあまり見受けられません。

4)社債券は不発行が原則

社債券は不発行が原則です。ただし、募集事項に社債券を発行する旨を定めている場合、会社は社債を発行した日から遅滞なく社債券を発行しなければなりません。

3 特定の者に社債を引き受けさせる方法(総額引受)

特定の者に社債を引き受けさせる「総額引受」の場合の発行手続きは次の通りです。

  1. 募集事項の決定
  2. 総額引受契約の締結
  3. 払い込み
  4. 社債券の発行

基本的な手続きは、社債権者となる人を募集する際の手続きと同様です。ただし、総額引受の場合、「申し込み」、「割当」の手続きはありません。

以上(2024年7月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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画像:Mariko Mitsuda

定年後も働く場合の社会保険料は? 4つのパターンでシミュレーション

書いてあること

  • 主な読者:定年後の生活が気になる社員、自社の高齢者雇用の体制を見直したい経営者
  • 課題:定年後の働き方によって社会保険料が変わるらしいが、ルールがよく分からない
  • 解決策:定年後に社会保険に加入する4つのパターンと、それぞれの保険料負担を理解する

1 定年後の働き方によって社会保険料が変わる?

「人生100年時代」や「生涯現役社会」といわれる昨今、定年後も自分のペースで仕事を続ける人は少なくありません。定年などのルールは高年齢者雇用安定法に定められていて、会社は、

  • 60歳以上に定年を設定する義務
  • 65歳まで雇用するための措置を講じる義務(再雇用制度など)
  • 70歳まで働ける機会を確保する努力義務(2.と同様の措置の他、フリーランス契約など)

を負っています。

社員(この記事では正社員を想定しています)が、定年後も会社に雇用されて働くことやフリーランスとして一緒に仕事をすることを希望する場合、会社は社員と相談しながら、定年後の労働条件や取引条件を決めることになります。ただ、その際、注意したいのが「社会保険(健康保険と厚生年金保険)の扱いです。

定年後は社会保険に加入するパターンが4つあり、パターンごとに保険料負担が異なる

からです。詳細は後述しますが、イメージは図表1の通りです。

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定年後の賃金・報酬ばかりに気を取られて、社会保険料の負担を失念すると、社員の手取り収入が大きく減ってしまう恐れがあります。逆に社会保険のルールを理解していれば、会社も社員も定年後の働き方をイメージしやすくなり、労働条件や取引条件に関する相談もスムーズに進むでしょう。

以降で、定年後に社会保険に加入する4つのパターンの概要や、社会保険料のシミュレーションなどを紹介します。

2 定年後に社会保険に加入する4つのパターン

定年後に社会保険に加入するパターンは、「健康保険」に注目すると次の4つに分けられます。

1)「会社の健康保険」に加入する

社員が定年後も会社に雇用されて働く場合、図表2の1.から3.のいずれかに該当するのであれば、定年前と同じく会社の健康保険に加入します(厚生年金保険にも同時に加入)。

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社会保険料(健康保険料と厚生年金保険料)は、それぞれ、

標準報酬月額(月例賃金を一定の金額幅で区分したもの)×保険料率

で計算した額を、会社と社員が折半して負担します。例えば、健康保険の保険者が全国健康保険協会(協会けんぽ)東京支部の場合、2024年度の保険料率は次のようになっています。

  • 健康保険料率:9.98%(40歳未満の場合)、11.58%(40歳以上65歳未満の場合)
  • 厚生年金保険料率:18.3%

2)「任意継続」の制度を利用する

1)に該当しないパート等や、定年後フリーランスになった社員は、会社の健康保険に原則加入できません(定年となる日の翌日に被保険者資格を喪失)が、例外として、

会社の健康保険に2年間だけ継続加入できる「任意継続」の制度を利用する

ことで、健康保険の給付を受けられるようになります(けがや病気の際、原則3割負担で治療を受けられるなど)。ただし、定年前に健康保険の被保険者期間が連続して2カ月以上必要です。

任意継続で加入するのは健康保険だけで、厚生年金保険は非加入となるので、社員は健康保険料のみ負担します。健康保険料は、

退職時の標準報酬月額×保険料率

で計算します。ただし、任意継続の場合、

  • 社員が健康保険料を全額負担する(会社負担はなし)
  • 標準報酬月額の上限が30万円に設定されている(協会けんぽ(2024年度)の場合)

という点が、1)と異なります。

3)「家族の扶養」に入る

社員に家族がいて、その家族が健康保険の被保険者である場合、

「家族の扶養」に入る(被扶養者となる)

ことで、健康保険の給付を受けられるようになります。社員が家族の扶養に入るには、社員が家族と三親等内の関係にあり、なおかつ家族の収入によって生計を維持されている必要があります。社員が60歳以上のときは、

  • 家族(被保険者)と同一世帯の場合:社員の年間収入が180万円未満で、家族(被保険者)の年間収入の2分の1未満
  • 家族(被保険者)と世帯が異なる場合:社員の年間収入が180万円未満で、家族(被保険者)からの援助による収入額より少ない

というのが、収入面で被扶養者と認定されるための要件になります。

社員が家族の扶養に入る場合、社員本人が健康保険料を負担することはありません。厚生年金保険も非加入となるので、社員本人の保険料負担は一切発生しないことになります。

4)「国民健康保険」に加入する

社員が会社の健康保険にも、家族の扶養にも入れない場合、

社員の住所を管轄する自治体が保険者になっている「国民健康保険」に加入する

ことになります。一部の外国人や生活保護受給者は対象外ですが、その他は前述の1)から3)に該当しない社員であれば、加入することになります。

国民健康保険に加入する場合、社員が国民健康保険料を全額負担します(厚生年金保険は非加入)。なお、保険料負担の計算方法は自治体によって異なります。

3 定年後の社会保険料をシミュレートしてみよう

ここでは、間もなく60歳で定年を迎える社員Aさんが、定年後、社会保険に加入することを想定し、社会保険料をシミュレートしてみます。会社の健康保険の保険者は「協会けんぽ(東京支部)」とし、社会保険料は同協会の「令和6年度保険料額表(東京都)」を用いて算定します。

Aさんの条件は次の通りです。

  • 退職前の賃金(月額):46万円(注)
  • 退職前の標準報酬月額:47万円
  • 住所:東京都江戸川区
  • 家族構成:妻(専業主婦、60歳)

(注)厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査」における、一般労働者(55~59歳、男性、調査産業計)の「きまって支給する現金給与額」を基に算定しました。

これを基に、社会保険に加入するパターンごとのAさんの社会保険料(本人負担)と、手取り収入(賃金・報酬から社会保険料を差し引いたもの)を算定したシミュレーションが図表3です。

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1.と4.と6.の赤字に注目してください。これらは定年前後で賃金・報酬が46万円から変わらなかったケースを想定していますが、「会社の健康保険」「任意継続」「国民健康保険」のどれを選択するかによって、社会保険料と手取り収入の額が変わってきます。なお、4.の「任意継続」の社会保険料が低い理由は、

  • 1.の「会社の健康保険」のケースと異なり、厚生年金保険料の負担がないから
  • 本来は賃金額に基づく標準報酬月額(47万円)で社会保険料を算定するが、任意継続の場合、標準報酬月額の上限が30万円とされているから

です。

また、もう1つ注目したいのが、5.の「家族の扶養」に入るケースです。5.では報酬を他のパターンよりも明らかに低い14万円に設定していますが、これは、

社員の年間収入が180万円(月換算15万円)以上になると、被扶養者要件を満たさなくなるので、そもそも低い金額しか設定できないから

です。

4 在職老齢年金にも注意しよう

定年後も働く場合、もう1つ注意しておきたいのが「在職老齢年金」の問題です。

在職老齢年金とは、60歳以降も働きながら老齢年金をもらう場合、支給額が減ってしまう制度のこと

です。対象となるのは、厚生年金保険の被保険者、つまり、この記事でいうところの、

定年後も「会社の健康保険」に加入する社員(厚生年金保険にも同時に加入)

です。

在職老齢年金では、2024年4月1日から

「基本月額」と「総報酬月額相当額」の合計が50万円を超えると老齢年金が減額される

ことになっています(従前は48万円を超えると減額)。「基本月額」は老齢厚生年金の報酬比例部分の月額、「総報酬月額相当額」は「その月の標準報酬月額」に「その月以前1年間の標準賞与額の合計÷12」を足したものです。

  • 60歳以降の賃金が下がれば、その分「基本月額と総報酬月額相当額の合計」も下がり、老齢年金は減りにくくなる
  • 逆に賃金が維持されれば、老齢年金は減りやすくなる

ことになります。社員と定年後の賃金について相談する場合、このあたりも考慮に入れておくとよいかもしれません。

■日本年金機構「在職中の年金」■
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/roureinenkin/zaishoku/index.html

以上(2024年8月更新)
(監修 社会保険労務士法人AKJパートナーズ)

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決算直前では間に合わない!? はじめての賃上げ促進税制のデータ収集実務

書いてあること

  • 主な読者:今年度賃上げを実施した中小企業の経営者・経理担当者
  • 課題:賃上げ促進税制は適用要件の計算や税額控除額の計算に必要な資料収集などの事務負担が多い
  • 解決策:人事労務関連の資料(賃金や役員の離就任)や、助成金情報、教育訓練費関連の情報など必要なデータを事前に集め、決算期前に計算の下地を作っておく

1 税負担の軽減効果は大だが、データ収集など実務負担も大

前年度より一定の割合以上の賃上げをした場合に適用できる賃上げ促進税制。今年度は、賃上げが中小企業にも広がり、賃上げ促進税制の適用をはじめて検討するという会社もあるのではないでしょうか。

賃上げ促進税制は、前事業年度からの人件費増加額の15%(諸条件を満たすと最大45%)が税額控除でき、

税負担を軽減させる効果が大きい税優遇の1つ

です。その反面、

適用要件や税額控除額の計算に必要な資料やデータ収集といった実務負担が大きい

という特徴もあります。

資料やデータ収集は、決算申告作業時に行わなければならない作業ではありますが、人事(役員変更、入退職、教育訓練費関連)や給与関連のデータも含まれるため、担当者間のやり取りも必要になります。まだゆとりのある時期に、データ収集の下地作りを始めておきましょう。

この記事では、中小企業の賃上げ促進税制の検討から適用に際して、経理の現場でどのような作業が必要で、どのようなデータを収集しなければならないのかをまとめます。

制度の概要や、専門用語の解説については最後にまとめていますので、併せて確認したい場合は一読ください。

2 検討から適用に際して必要なデータ収集の作業フロー

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1)集計の対象となる「国内雇用者」の範囲を確定させる

国内雇用者とは、国内の事務所に勤務し、会社が賃金を支払っているすべての使用人をいいます。正社員に限らず、嘱託社員、パートタイマー、アルバイトなど雇用形態に関係なく賃金台帳に載っている人全員が対象です。

ただし、雇用者であることから分かるように、

  • 役員(取締役〇〇部長のような使用人兼務役員を含む)
  • 役員の親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族までが該当)
  • 役員と婚姻届けは提出していないものの、事実上婚姻関係にあるとみられる人
  • 上記以外で、役員から生計のサポートを受けている人(当人と生計を一にする親族を含む)

は、集計する対象から除かれます。つまり、役員報酬や、役員の親族に対する賃金も対象外となります。また、年の中途で役員になった人がいる場合には、役員に就任する前後の賃金・報酬で取り扱い(対象/対象外)が異なりますので、注意しましょう。

2)該当者の前年度と今年度の給与等支給額の一覧を作成し、集計する

ここで集計する給与等支給額は、給与、俸給、賃金、賞与など、原則、給与課税の対象となるものが含まれます。集計時の主な注意点を次のとおりです。

  • 通勤手当の取り扱いについては、原則除いて集計する。ただし例外的に、毎年継続することを要件に、通勤手当を含めて支給額ベースで集計してもよい。
  • 決算賞与(当事業年度末時点では未払いの賞与)においては、損金算入の3つの条件を満たしている場合には、当事業年度の雇用者給与等支給額に含めて集計できる
    1. 支給者全員に対して、個別に支給額を通知していること
    2. 決算日の翌日から1カ月以内に支給すること
    3. 損金経理していること
  • 退職金は給与課税ではなく、退職金別個での課税(退職金課税)となるため対象外

上記を踏まえ、賃金台帳(前事業年度と当事業年度分)から、下記のように各人別の社員番号、氏名、各月の支給額を一覧にまとめます。なお、役員の就退任や役員との親族関係、入退職情報を記載しておくと、集計時に対象となる国内雇用者の選別(ソート)がしやすくなるため有用です。

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上記の事例では、役員であるA、B、C(役員就任後の前事業年度7月以降)、役員と親族関係にあるEへの給与等支給額は、集計の対象外となります。なお、以前の制度(令和3年度税制改正前)では中途入社した社員の給与は対象から除くなどの調整が必要でしたが、現在の制度では中途入社の社員分も含めて集計します。

3)給与等に充てるために他の者から支給を受けた金額がある場合には、その金額を集計する

給与等に充てるために他の者から支給を受けた金額については、この制度の適用要件を満たすかどうかの判断時や税額控除額の計算時の都合から、

  1. 雇用安定助成金額(雇用調整助成金などの助成金)
  2. 雇用安定助成金額以外で、他の者から支給を受けた金額

の2つに区分して集計します。

雇用安定助成金額は、国や地方公共団体から受ける助成金で、主なものには、

雇用調整助成金、緊急雇用安定助成金、産業雇用安定助成金、労働移動支援助成金(早期雇い入れコース)、キャリアアップ助成金(正社員化コース)、特定求職者雇用開発助成金(就職氷河期盛大安定協実現コース)、特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)

などがあります。前事業年度と当事業年度に該当する助成金を受け取っている場合には、リスト化してまとめておきましょう。

雇用安定助成金以外で、他の者から支給を受けた金額の代表例には、出向社員がいる場合における出向元または出向先から支払わられる出向負担金があります。

4)教育訓練費がある場合には、前年度分と今年度分の関連支出を集計する

教育訓練費とは、従業員(国内雇用者に限る)の知識や技術などのスキルアップを目的に外部に対して支出する費用をいいます。具体的には、

外部のセミナー講師に対する謝金や、外部の施設使用料、外部セミナーの参加費用、国内外の大学院に通わせる場合などの授業料など

が該当します。

この項目で注意が必要なのが、集計時に含めてはいけない関連費用です。含めてはいけない主な費用は、

  • 自社の社員や役員に支払う受講中の人件費や報奨金など
  • 研修に関連する旅費交通費、食費、宿泊費、居住費(海外留学時の居住費など)
  • 自社で保有する施設で研修を行った場合における諸費用(水道光熱費、維持管理費など)
  • 外部に委託せず、自社で行う研修に使用する教材費の購入やコンテンツの製作にかかる費用

があります。

5)子育て支援や女性活躍支援企業として認定を受けている会社である場合には、認定情報を収集する

子育て支援や女性活躍支援企業として厚生労働省の認定を受けている会社については、税額控除の上乗せ措置があります。具体的には、

  1. くるみん認定:育児をしている社員らの雇用環境の整備や、インターンシップやトライアル雇用を通じた若年者の安定就労に向けた取り組みなど10項目の認定基準を満たすことで受けられる。さらに、すでにくるみん認定を受けている会社が、より高い水準で子育て支援の取り組みを行っていると認められる場合には、プラチナくるみん認定を受けられる
  2. えるぼし認定:女性の管理職の割合を一定以上とすることや、採用時の男女の競争倍率(応募者数/採用者数)が同程度であることなど5つの基準を満した数に応じて、1~3段目のえるぼし認定を受けられる。さらに、すでにえるぼし認定を受けている会社で、それらの取り組みの実施状況が特に優良であると認められる場合には、プラチナえるぼし認定が受けられる

の2つの認定があります。中小企業の場合、賃上げ促進税制の上乗せ要件として求められているのは、

  • くるみん認定以上であること
  • えるぼし認定の2段目以上であること

です。

3 必要なデータや資料の収集まとめ

上記を踏まえ、賃上げ促進税制の適用に際して、社内で集める必要のある主な資料や情報をまとめます。

  • 賃金台帳(当事業年度と前事業年度分):給与システムから入手する
  • 役員の就任・退任情報(当事業年度と前事業年度分):定款や株主総会、取締役会の議事録などを入手する
  • 入退職者情報(当事業年度と前事業年度分):労務管理担当者などと連携して、関連情報を入手する
  • 給与等に充てるために他の者から受けた金額の情報(当事業年度と前事業年度分):出向社員の有無、いる場合には出向元または出向先からの支払いを受ける出向負担金があるか確認する
  • 雇用安定助成金の情報(当事業年度と前事業年度分):助成金受領の有無を確認し、ある場合には雑収入など、該当勘定科目からピックアップし、関連情報を入手する
  • 教育訓練費関連の情報(当事業年度と前事業年度分):研修費や外部委託費など該当勘定科目からピックアップし、請求書や委託契約内容をもとに、該当する支出・そうでない支出を明確に抽出する
  • 女性活躍関連の認定情報:関連部署や担当者に、認定の有無を確認する

4 参考:賃上げ促進税制(中小企業向け)の概要と用語解説

1)賃上げ促進税制(中小企業向け)の概要

賃上げ促進税制は、当事業年度の人件費(正確には雇用者給与等支給額という)が前事業年度比で1.5%以上増加しているという通常要件に加え、追加の要件を満たすことで、税額控除率を上乗せできる措置が3つ用意されています。前事業年度からの増加が要件であるため、新規設立で前事業年度がない会社については、適用対象外となります。

まずは通常要件を確認し、上乗せ措置1~3の要件と内容を確認しましょう。この表中で使われている専門用語については、次の「2)賃上げ促進税制で使われる専門用語の解説」で解説しています。

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また、2024年4月1日以降に始まった事業年度より、

繰越税額控除(今回の申告で控除できない税額控除額は、翌事業年度以降の税額から控除できる)の仕組みが導入

されます。賃上げ促進税制は法人税額から直接控除する税額控除の制度であるため、赤字で法人税額が発生しない会社では、要件を満たしていてもメリットを受けられませんでした。繰越税額控除の導入により、当事業年度が赤字であっても、翌事業年度以降(5年間)黒字の事業年度で、使えなかった税額控除を繰り越して使うことができるようになっています。

2)現場担当者が押さえておきたい専門用語の解説

1.雇用者給与等支給額

雇用者給与等支給額は、通常要件や上乗せ措置要件の判定時と、控除税額の算定時に使用する金額で、次の算式で計算します。

当事業年度の国内雇用者に対する給与等支給額-当事業年度の給与等に充てるために他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金を除く)

2.比較雇用者給与等支給額

比較雇用者給与等支給額は、通常要件の判定時と、控除税額の算定時に使用する金額で、次の算式で計算します。

前事業年度の国内雇用者に対する給与等支給額-前事業年度の給与等に充てるために他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金を除く)

3.控除対象雇用者給与等支給額

控除対象雇用者給与等増加額は、税額控除額率(15~45%)を乗じる基となる金額で、次の算式で計算します。

雇用者給与等支給額-比較雇用者給与等支給額

以上(2024年7月作成)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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画像:HONGWEI-Adobe Stock

【管理会計】赤字の注文でも変動費が低ければ利益がでる〜「限界利益」を覚える

書いてあること

  • 主な読者:感覚だけではなく、定量的な基準や根拠を持ってビジネスの判断をしたい人
  • 課題:製造原価よりも安い注文は赤字に決まっている? 受注していいのか、どうやって判断すればいい?
  • 解決策:売上高から変動費を引いた「限界利益」を計算して、受注するか否かを判断する

1 質問:製造原価よりも安い注文はお断りするべきか?

自社の商品(自社工場で製造)が百貨店バイヤーの目に留まり、新規で10万個の注文がありました! 現在、その商品は取引先20社に提供していて、すべて販売単価は700円、製造原価は550円です。

ところが、百貨店の条件は厳しく、

販売単価を500円に値下げしてほしい

と値引きを要請してきました。自社工場の生産能力には余力があって10万個の追加製造は引き受けられそうですが、販売単価が安い。

さて、ここで問題です。単純に、

原価割れで、赤字だ!

と考えるのは正しいのでしょうか。こうしたシーンに直面することはよくあるので、判断の基準をご紹介します。

2 「限界利益」という感覚を持つ

前述した百貨店の案件は、数字だけ見ると原価割れです。しかし、原価の内訳を確認すると評価が変わるかもしれません。仮に、その商品の原価は次の通りのだったとしましょう(工場の光熱費や社員の残業手当などは考慮しない)。

  • 変動費:450円。販売個数に応じて増える材料費など
  • 固定費:100円。販売個数に関係なく生じる人件費など

現在の生産能力で10万個の増産に耐えられるなら(固定費が増えないなら)、商品を1個販売するごとに増える原価は材料費の450円だけです。つまり、百貨店提示の販売単価でも、1個販売するごとに50円(500円-450円)もうかります。これを管理会計の分野では「限界利益」と呼びます。

限界利益=売上高-変動費

変動費は売上高に応じて増える費用なので、これを差し引いた利益は、「もう、これ以上の利益は出ません」という、文字通り、限界の利益なのです。そして、この限界利益で固定費を賄うことができれば収支トントンであり、これを「損益分岐点」と呼びます。

3 「損益分岐点」をマスターする

改めて整理すると、

商品の売上高から変動費を引いたものが限界利益で、この限界利益が固定費を上回れば利益が出る

ということです。そして、限界利益と固定費がイコールになるポイントが損益分岐点です。図で確認すると分かりやすいでしょう。

画像1

固定費を限界利益率(売上高に占める限界利益の割合)で割れば、損益分岐点になる売上高が分かります。

損益分岐点売上高=固定費÷(1-(変動費÷売上高))

これにより、「この商品が、どのくらいもうけを出しているか」が分かるので、百貨店の注文を受けるか否かについて根拠を持って決められるようになります。念のため補足をすると、販売価格が同じであれば、限界利益率の高いほうが利益を出しやすくなります。

4 練習問題

(問題1)

販売単価が1000円(変動費400円、固定費400円)の商品を、合計で5000個販売しました。この場合の限界利益はいくらですか? また、限界利益率はどのくらいですか?

(問題1の回答)

販売単価の1000円から変動費400円を引くと、1個当たりの限界利益は600円です。その商品を合計で5000個販売しており、商品全体の限界利益は600円×5000個で、300万円となります。また、限界利益率は売上高に占める限界利益の割合なので、60%となります。

問題1の答え:300万円、60%

(問題2)

販売単価が1000円、製造単価が800円の商品があります。製造を外注した場合、外注単価は570円です。この商品を外注するか否かを検討する際に、どのような情報が必要ですか? また、どのような条件の場合に外注しようと思いますか? なお、外注費は全て変動費として取り扱います。

(問題2の回答)

自社の製造単価が800円、外注単価(変動費)が570円の場合、一見、外注すれば230円のコストが削減できると思えます。しかし、自社の固定費が高く、外注すると製造単価が800円を超える恐れがあります。となると、単純にいえば自社の変動費が570円超ならば外注を検討することができます。

問題2の答え:必要な情報は変動費と固定費

以上(2024年7月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:pixabay