なぜか社員が辞めてしまう…… 社労士が教える「10の落とし穴」

会社では、社員が突然辞めてしまうことは珍しくありません。ですが、「真面目で不満なんて言ってなかったのに……」「何となく空気が合わなかったのかも」「転職は時代の流れだし、仕方ないよね」などと、社員の離職を運の悪い出来事として片付けていませんか?

実は辞めた社員本人に聞くと、「だいぶ前から限界だった」というケースが非常に多いんです。また、実際に退職はしていないものの、「静かな退職」といって、仕事へのモチベーションを失い、最低限の業務しかこなさなくなる社員が増えているという問題も指摘されています。

経営者や上司には悪気がない。けれど、どこかに小さなボタンの掛け違いがあり、それが積み重なると、気が付いた時には社員が去ってしまう、あるいは心ここにあらずの状態になってしまうのです。

この記事では、社労士の視点から、あなたの会社に潜む「無自覚の落とし穴」となりがちな10のポイントと、具体的な解決策をご紹介します。

(落とし穴1)賃金が新人の「後追い」になっている

「最低賃金が上がったから、それに合わせて新卒の基本給を引き上げた。でも、ベテラン勢は据え置きなんだよね……」。こうした声は、多くの会社で聞かれます。いつの間にか新入社員に基本給が抜かれていると気づいたら、頑張って会社を支えてきた既存社員から「私は頑張っても結局、報われないんですか?」と、不満の声が上がるかもしれません。

特に昨今の物価高騰は、社員の生活に大きな影響を与えています。厚生労働省の統計調査でも、実質賃金がマイナスで推移している傾向が見られ、社員の「もっと評価されたい」「もっと金銭的に報われたい」という欲求は高まる一方です。

既存社員の賃金が世間の相場から乖離していると、転職サイトなどで他社の求人情報に触れた際に、自身の待遇への不満が募り、離職に繋がりやすくなります。

【解決策】

まずは、勤続年数などに対応した「賃金テーブル(賃金表)」を整備しましょう。近年は最低賃金の大幅な引き上げが続いているので、例えば、時給ベースで

  • 勤続5年以上:最低賃金+50円
  • 勤続10年以上:最低賃金+100円
  • 勤続15年以上:最低賃金+150円

といった加給方式にすると、トラブルが起きにくくなります。

「役割」や「成果」に応じた昇給ルートを明確にすることも大切です。特に、会社への貢献度が高いにもかかわらず、給与が伸び悩んでいる中堅層には「成長の見える化」と「報酬の納得感」が必要です。

定期的な昇給レビューに加え、業績連動型のインセンティブや、個人のスキルアップに応じた手当の導入も有効です。透明性の高い評価と、それに基づいた報酬体系を構築することで、社員は自身の努力が正当に評価され、報われると感じることができます。

(落とし穴2)長時間労働が当たり前になっている

「ウチは皆、体力勝負だから!」「繁忙期なんだから、多少の無理は当たり前だろ?」など、体育会系の意識が根強く、無自覚な長時間労働が蔓延している会社は少なくありません。加えて、そうした雰囲気のせいで、定時で退勤打刻をした後、サービス残業が当たり前になってしまっている会社もちらほら……。

周囲に着いていけず、身体と心をすり減らした社員は、我慢の限界を迎えると静かに去っていきます。厚生労働省の「過労死等防止対策白書」でも、長時間労働などが心身の健康を損ない、離職や休職に繋がる深刻な問題であることが示されています。

【解決策】

まずは「長時間労働が当たり前」という雰囲気を社内から取り除く必要があります。社長から全社員に対し、「過去はなあなあでやっていたかもしれないが、もうサービス残業はさせないし、無駄な残業は削減していく」と宣言しましょう。特に上司が残業削減に消極的だと、その部下も早く帰れないので、上司の意識から変えていきましょう。部署の残業削減の成果を上司の評価にプラスすることなどが考えられます。

DX化などで残業削減を図っていくことも大切です。今やメール文面や提案書、ウェブページの作成などは、生成AIを使えば簡単にできるようになっていますし、ブルーカラーの業務でも、例えば「測量や土量算出をドローンで行う(建設業)」「ロボットを活用した自動点呼を行う(物流業)」などの形でDX化が進んでいます。

(落とし穴3)ルールが曖昧すぎる

「あの部署は年次有給休暇を申請すれば認められるのに、ウチの部署は閑散期しか認めてもらえない」「あの人は時短勤務ができるのに、私は認めてもらえない」など、休暇や働き方の自由度が人によってまちまちで、不公平感が広がっていることがあります。

原因はさまざまですが、「就業規則に制度の内容が明記されていない」「制度はあるが、対象者や利用方法が明確でない」など、社内ルールの曖昧さがこうした状況を生み出しているケースが少なくありません。

【解決策】

就業規則で「制度の内容・対象者・利用方法」が明確になっているかを確認しましょう。就業規則の内容が社員に伝わりにくい場合、誰が読んでも分かるように「社内マニュアル」も作成しておくと安心です。例えば、年次有給休暇の取得ルールや、テレワーク時の勤怠管理方法、残業代の計算方法や申請フローなどを明確にすることで、社員は安心して働けるようになります。

「ルール通りに休暇を申請しているのに、上司が認めてくれない」など、上司の匙加減で恣意的な運用がされているケースもあります。上司としての裁量権の範囲を勘違いしている人もいるでしょうから、管理職研修などを通じて、正しい運用を徹底させることが大切です。

(落とし穴4)社内コミュニケーションが偏っている

「ウチの会社のコミュニケーションはバッチリ!」と思っていても、よく見ると特定の部署やグループ間だけコミュニケーションが活発で、他の社員は蚊帳の外……。「ここにいても自分は大事にされていない」と感じて、離職の引き金になることも多々あります。

部署や役職、雇用形態によって話す相手が固定化され、他の社員との交流が少ない状態が続くと、孤独を感じる社員が出てきてしまいます。

【解決策】

最近は、いわゆる「飲みニケーション」を敬遠する社員も少なくなく、多くの会社がどのように社員とコミュニケーションを取ればいいか、困っていると思います。「業務時間外」のイベントで拘束されることを嫌う社員もいるので、例えば「社員が多く集まる社内会議の際に、全員で昼食を摂る」などハードルの低いところから始めてみましょう。

社員が一同に介する形が難しければ、スマホなどを使ったゲームイベントを実施するのもよいでしょう。例えば、歩数計のスマホアプリを使った社内イベントを実施している会社などがあります。通勤時などの毎日の歩数を集計してチームで競わせるイベントなので、社員が同じ場に集まる必要がありません。「社員が集まらなきゃ意味がないのでは?」と思うかもしれませんが、共通の話題を作ればそれがコミュニケーションのきっかけになります。

(落とし穴5)マネジメントが昭和のまま

上司の皆さん、「若いヤツは黙って俺たちのやり方を覚えろ!」「昔はこうだったんだ!」なんて、ついつい言っていませんか? 悪気はないと思いますが、これでは今の若手社員の心は動きません。今の若手社員は一方的な指示には反発を感じやすい傾向にあります。上意下達の一方的なマネジメントでは、「自分の意見が尊重されない」と感じてしまいます。

それに、今は多様な働き方が浸透しつつある時代。小さい子どもを育てる社員や、闘病中の人、家族の介護中の人など。個々人の状況に配慮せず、「ウチの会社は昔からこうだから!」と一方的に押し付けると、脱落してしまう社員も出てくるでしょう。

【解決策】

月並みですが、まずは相手(若手社員)の話によく耳を傾ける、「傾聴」を心がけましょう。昔ながらの文化や風習を大事にしたい気持ちも分かりますが、相手の話に「一理あるかもしれない」と思ったら、それを取り入れていくという意識が大切です。ただし、若手の言うことが何でもかんでも正しいわけではありません。大切なのは「道理」があるかどうかですから、明らかなワガママや間違いがあれば、毅然と指導します。

昨今の法改正の流れにも敏感になりましょう。例えば、改正育児・介護休業法の施行に伴い、

  • 介護休業などの支援制度について、会社が社員に個別に周知し、意向を確認することが義務化(2025年4月から)
  • 3歳以上小学校就学前の子を育てる社員に対し、「短時間勤務」「テレワーク」などの措置を講じることが義務化(2025年10月から)

など、社員の働き方はさらに柔軟になってきています。人手不足の会社では対応に苦慮する部分もあるでしょうが、「法律で定められたら、その働き方が社会のスタンダードになる」ということを認識しておきましょう。「ウチの会社はこうやっている!」はいつまでも通用しません。

(落とし穴6)人事評価が「社長や上司の匙加減」

「〇〇さんは、いつも頑張っているし、来年は昇給させようかな」「あの子は気が利くから、ちょっと評価を上げてあげよう」。こんな風に、人事評価が特定の担当者の主観や感覚で決まっている会社、心当たりありませんか? この状況だと、頑張りが見えにくい部署の社員やアピールが苦手な社員は、「どうせ頑張っても報われない」と静かに心を閉ざしてしまいます。なかには今、話題の「静かな退職(最低限の仕事しかやらない)」状態に陥る人も……。

評価基準が曖昧で、プロセスも不透明だと、社員は自分の努力が正しく評価されていないと感じ、会社への不信感を募らせてしまうんです。

【解決策】

評価基準を「見える化」して、誰もが納得できる仕組みを作りましょう。単一の評価者に頼るのではなく、複数の視点で確認する制度設計が重要です。例えば、社員一人ひとりが達成すべき具体的な行動目標や成果目標を設定し、その達成度で評価する「目標管理制度(MBO)」の導入を検討してみてください。

さらに、上司だけでなく同僚や部下も評価に参加する「360度評価」や、社員自身が自分の実績や貢献を申告する「自己申告制度」なども効果的です。客観的で透明性の高い評価は、社員のモチベーションを維持する上で不可欠であり、会社全体のパフォーマンス向上にも直結します。

(落とし穴7)フィードバックがない

評価面談が年に1回きり、普段の仕事ぶりには何も言わない。これは、多くの中小企業でありがちです。評価者になる社長や上司の立場からすると、「忙しいし、褒めるのは照れくさい。特別問題も起こしてないから、指摘しなくても大丈夫だろう……」というところなのでしょう。

ただ、この状況では、社員は「自分がどう見られているのか」「自分の仕事がどう評価されているのか」が分からず、不安になり、やがて成長意欲を失っていきます。特に新入社員や若手社員は要注意。日本能率協会マネジメントセンターの調査でも、若手社員は「自分の行動や言動に自信が持てず、前向きな1歩を踏み出しきれない」という傾向が顕著に現れています。

日本能率協会マネジメントセンター「最新調査から見えるイマドキ新入社員が示す『働き方』の新潮流」(2025年1月30日)
https://www.jmam.co.jp/topics/1289756_1893.html

【解決策】

年に1度だけでなく、日常的に「小さなフィードバック」を意識してください。業務の進捗や結果について、タイムリーに良い点や改善点を伝えることが重要です。できれば1on1ミーティングを月1回導入すると効果的です。定期的に行うことで、社員は自身の業務に対する客観的な評価を得られ、安心して業務に取り組めることでしょう。

また、フィードバックでは社長や上司が一方的に話をするだけでなく、社員との「対話」を意識しましょう。社員が疑問に思っていること、不満に思っていることなどを吸い上げる努力も忘れないようにしましょう。

(落とし穴8)「相談しても無駄」と思わせている

相談している部下に向かって、上司が「そんなことで悩むなよ、甘えるな!」「今忙しいから後にして!」と言ってしまう。それによって、部下の心がシャットダウンしてしまうこと、ありませんか?

こうした状況が繰り返されると、社員は問題を抱え込み、「相談しても無駄」と離職してしまうこともあります。特に怖いのは、部下が「ハラスメントを受けている」など深刻な悩みを抱えているにもかかわらず、上司が相談を受けてくれない場合です。こうした場合、上司が社員を守らなかったとして、「安全配慮義務違反」で訴えられるリスクもあります。

【解決策】

繰り返しになりますが、上司の「傾聴」する技術が大切です。忙しくても話の腰を折らず、「うんうん、それで?」「他には何かある?」と促すだけでも、社員の感じる印象は激変します。忙しくて話を聞く時間がない場合も、「忙しいから後にして!」で終わらせず、いつなら話を聞けるのか、具体的な時間を提示しましょう。あるいは毎日、上司と部下で業務の報告や相談事について話をする時間を決めておくのでもかまいません。

ハラスメントなどについては、上司に直接相談しにくいケースもあるので、相談窓口の存在を改めて周知しておきましょう。中小企業の場合、社内の相談窓口だと社員が相談しにくいケースもあるので、弁護士事務所やコンサルタントなどに委託して外部相談窓口を設けることも検討するとよいでしょう。

(落とし穴9)仕事の意味が見えない

毎日ひたすらルーティン作業を繰り返すだけだと、社員は「この仕事、一体誰の役に立っているんだろう?」と疑問に思うかもしれません。多くの会社で、目の前の業務に追われて、仕事の全体像やお客様への貢献が見えにくいことがあります。

「なぜ、この仕事をするのか」が明確でなく、自分の仕事が単なる作業の繰り返しで終わってしまう状態だと、社員は働く意味を見失い、モチベーションを低下させてしまいます。

【解決策】

例えば、期首に「針路説明会」を開催するなどしてみましょう。社長が全社員に対し、会社の事業や製品・サービスが社会にどのような影響を与えていて、今後どのような方向に向かっていくのかを具体的に伝える機会を設けるのです。上司はその内容を噛み砕いて、部下1人1人の仕事が会社の事業や製品・サービスを形作っているのかを説明します。

あとは、部下との1on1などで、お客様からの感謝の声や、社員の仕事が具体的にどのような成果に結びついたのかを定期的にフィードバックしましょう。加えて、プロジェクトの「成果の可視化」を工夫したりすることで、社員は自分の仕事が社会や会社にどう貢献しているかを実感できます。

(落とし穴10)ホワイトすぎてやりがいがない

残業はほとんどないし、ノルマもゆるやか。一見「ホワイト企業」に見えるけれど、実は社員からは「毎日同じことの繰り返しで、成長を感じられない」「もっとチャレンジしたいけど機会がない」という声が上がっていませんか?

安定志向の社員には良いかもしれませんが、自律性や成長意欲の高い社員は物足りなさを感じ、結果的にモチベーションを失ってしまうことがあります。これは、社員のエンゲージメント低下に繋がる大きな要因の一つです。

【解決策】

まずは1on1などで認識のすり合わせをすることが大切です。上司は、今の仕事をあとどのぐらいの期間若手に任せるつもりなのか、次に何の仕事を任せる用意があるのかなどを明らかにしつつ、若手にも今の仕事に対する不満などを聞いてみます。若手が「新しい仕事に挑戦したい」と考えているなら、その仕事について何を勉強しているのか、今任せている仕事に支障が出ないかなどを確認した上で挑戦させてみるのも1つの手です。

また、別の問題として、上司が部下から「パワハラ」と言われるのを恐れて、簡単な仕事しか振っていないケースがあります。部下を指導し、成長させるのが上司の役目であること、「業務上必要かつ相当な指導」はパワハラにならないことを、研修などを通して上司に教育することも大切です。

以上(2025年8月作成)

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画像:ChatGPT

【事業承継】後継者を信じて教育し、見込みがなければ厳しくても引導を渡す

1 信じて教育する

事業承継で大切なのは後継者選びですが、その教育は大変です。なぜなら、後継者教育には、

  • 長い取り組みとなる(3年以上かかるケースが多く、10年以上を要する会社もある)
  • 後継者の覚えが悪くても、信じて教育し続けなければならない
  • それでも見込みがなければ、後継者候補を変えなければならない
  • 自身の経営哲学を押し付けるわけにはいかない

といった特徴があるからです。長期の取り組みの中で経営者と後継者が衝突することは避けられないでしょうし、後継者が経営者には不向きであることが分かれば、そのことを後継者に伝えて引導を渡さなければなりません。相手が自身の子供であっても例外はありません。

後継者教育は覚悟を決めた経営者でなければできない最後の人材育成です。それも、

後継者は「もう私には無理です」と辞退することができます。しかし、経営者に代わりはおらず、逃げることができない

ということです。実際、半数近い会社では経営者(社長)が直接教育をしています。

後継者教育の実施

教育方針は経営者の考え方次第であり、それが尊重されるべきです。この記事では、後継者教育をする経営者のお手伝いとして、重要となるポイントを紹介しています。「それはやめたほうがいいですよ」と、経営者には耳の痛いこともあるかもしれませんがお付き合いください。

2 経営者は、まずこの3つを理解する

1)経営感覚は少しずつ養われる

経営者の皆さんが若手だった頃は、「石にかじりついてでも3年」と、どんなにつらくても自分のためになると踏ん張ってきたことでしょう。今でこそ「あのときの経験があるから今がある」と迷わずに言えるでしょうが、若かった頃は「何でこんなに苦労しなければならないんだ」と思っていませんでしたか。経営者が長い時間をかけて培ってきた考え方は、やはり一定の時間をかけてゆっくりと伝えていかないと後継者がついてこられません。

2)主役は後継者である

後継者教育の主役はあくまでも後継者です。よく指摘されるポイントですが、多くの経営者は「取引先に後継者を連れて行ったときは、後継者にしゃべらせているから大丈夫」などと言います。これはこれでよいのですが、もっと大切なのは、目に見える言動というよりも、後継者の「考え方」を尊重することなのです。日ごろ「君の考えは甘い」と後継者を認めていないのに、訪問先に行ったときだけ引き立てられたら、後継者は余計に嫌になります。

3)つらさよりも楽しさを

経営者は幾多の困難を乗り越えてきており、そうした話をすることが後継者のためになると考えます。しかし、経営の厳しさやリスク、そして経営者の孤独などつらさばかり伝えられたらどうでしょうか。もともと「経営者になりたい!」と志していた後継者ならいざ知らず、迷いがある後継者にとっては、「やっぱり自分には無理かも……」となってしまいます。経営の楽しさや、やりがいを伝えなければなりません。

3 経営者にしかできない地ならし

1)事業承継の告知と反対者への対応

前章の3つをご理解いただいた上で後継者教育を進めていくのですが、まずは社内の地ならしをしましょう。事業承継や後継者のことを理解してもらうには長い時間がかかります。そのため、経営者は後継者と事業承継の時期を早い段階で告知したほうがよいでしょう。できれば、事業承継の2年ほど前に告知するのがよいと考えられます。

そうすると、残念なことに「退職する社員」が出てきます。また、特に幹部社員の中には、「若い後継者を下に見る者」「自分が後継者になれなかったことを妬む者」がいるかもしれません。そうした幹部社員は経営者が直接説得しますが、改善しないようなら処遇を考えざるを得ません。事業承継後に後継者に反旗を翻すようなことがあっては困るからです。ただし、処遇をする際は、その幹部社員がそれまで会社を支えてくれたことを忘れてはなりません。

2)社外の関係者に後継者をアピール

社内と同様に、社外の地ならしもします。金融機関などについては、事業承継計画書を提出しながら説明します。また、取引先や顧客については、できれば訪問して挨拶したいところですが、時節柄、オンラインでもよいでしょう。

こちらも残念なことに、相手から見ると、事業承継は取引終了や値下げを申し入れる絶好のタイミングになります。これを防ぐためには、挨拶などの際に後継者が頑張らなければなりません。経営者の横に置物のように座っているだけでは駄目で、後継者にきちんと自己主張をさせましょう。

3)後継者のための経営チームを組成

後継者と同年代などの社員も交えた経営チームを組成します。最初、後継者は自分だけで物事を決めることが難しいので、経営チームで議論し、最後は後継者が決めるようにして訓練していきます。経営チームの人選は後継者に一任しますが、経営者もサポートします。また、後継者を十分にサポートできる人材がいない状況はつらいので、後継者と同年代の社員の教育も行う必要があります。

また、経営者も経営チームに参加しますが、あくまでも主役は後継者です。後継者が筋の悪い意見を言うこともあるでしょうが、その場できつく指摘せず、肯定的に接します。そして、会議が終わった後に1on1で意見を擦り合わせるようにします。後継者が自分の子供であれば、一緒にお酒でも飲みながら話をすることも大事な教育です。

4 どこで育成・修業させるか

具体的な後継者教育の方法には、

  • 他社に勤務させる(社外教育)
  • 自社内の最前線で「現場の仕事」を経験させる(社内教育)
  • 各部門の管理職や新規部門の立ち上げなどを経験させる(社内教育)
  • 経営者の側近として傍らに置き、経営者としての「帝王学」を学ばせる(社内教育)
  • 経営大学院や研修機関など外部の機関で学ばせる(社外教育)

があります。社外教育については、「他社で修業する機会」を提供するサービスが数多くあるので、そうしたものを利用するのもよいでしょう。社内ではどうしても甘やかされてしまうので、先に外に出て、ビジネスの厳しさを知った上で自社に戻ってくれば、後継者の姿勢も違ってくるはずです。

また、国内外の大学院で学ばせ、経営の知識を一通り身に付けさせることも有効です。一定期間、業務と離れて勉強すれば集中できますし、通常の業務では得られない人脈も築けます。それに経営の知識を身に付ければ、幹部社員と同じ言語で話せるようになります。

5 アウトプットは中期経営計画の策定と実行

後継者教育の方法はさまざまあるわけですが、より実践的な方法は、

中期経営計画の策定と実行

です。中期経営計画には、「収益、予算、人員」などさまざまな要素が含まれます。当然、事業承継計画もその中に含まれるわけで、そうした計画を経営者と後継者が一緒に策定し、実行していくことほど、現場に根付いたアウトプットはありません。

後継者が社外で修業した経験があるのであれば、自社と他社の違いを踏まえつつ考え抜いた中期経営計画になりますし、自身が考えた新規事業を実行することで、経験しなければ分からない事業推進から多くを学ぶことができます。

以上(2025年8月更新)

pj80113
画像:Mariko Mitsuda

「会社の飲み会は労働時間ですよね?」と社員に聞かれたらどう返す?

1 社員が自由に行動するか、会社から指示を受けて行動するか

会社が業務終了後に新人歓迎会や忘年会を開く際、時折「会社の飲み会は労働時間だから、残業代は出ますよね?」と尋ねてくる社員がいます。「そんなわけがないだろう!」と反論したくなるかもしれませんが、実は注意が必要です。

労働時間の基本ルールは、

  • 社員が自由に利用できる時間は、労働時間にならない
  • 会社から指示(黙示の指示も含む)を受けて行動する時間は、労働時間になる

なので、飲み会が「自由参加か、強制参加か」などによって結論が変わってくるのです。「労働時間なのに賃金を支払わない」のは違法ですし、逆に「労働時間でない時間にまで賃金を支払う」のではコストがかさみます。

そして、会社の飲み会以外にも、育児や介護のための中抜け、セミナー、健康診断など、日常の中で労働時間かどうか判断に迷うケースはさまざまあります。判断が複雑なものもあるので、事例別にイメージをつかんだほうが無難です。以降でいくつかの事例について、法令や裁判例に基づく解釈を紹介するので参考にしてください。

2 会社の飲み会

会社の飲み会が労働時間に当たるかは、参加が自由かどうかで決まります。

  • 「飲み会が自由参加」の場合、参加するかは社員次第なので、労働時間にならない
  • 「飲み会が強制参加」の場合、会社から指示を受けて参加するので、労働時間になる

という判断になります。なお、明確に「強制参加」としていなくても、「欠席する社員にその理由を執拗に尋ねる」「参加しない場合に評価を下げる」など、

  • 「暗に参加を指示している(黙示の指示)」と受け取れる場合、労働時間になる

と考えられます。

営業担当の社員が、上司から言われて取引先との飲み会に参加する場合も、基本的な考え方は同じです。取引上必要な接待で、上司の命令で飲み会に参加するなら労働時間になりますが、上司から「せっかく先方が誘ってくれているし、行ってみないか?」と誘われ、自分の意思で参加するレベルなら、労働時間にはならないでしょう。

3 中抜け

「子どもの保育園への送迎」「家族の介護」など、社員が私用で業務を中断することがあります。こうした中抜けの時間は、

会社から指示を受けず、社員が自由に利用できる場合、労働時間として扱わなくてもよい

とされています。労働時間を計算する場合、社員から1日の始業・終業時刻と一緒に中抜けの時間を報告してもらうなどして対応しましょう。

中抜けの時間は、「休憩時間(無給)」にすることも、社員の求めに応じて「時間単位年休(1時間単位で取得できる年次有給休暇)」とすることも可能です。ただし、どちらの場合も就業規則等で定め、事前に社員に周知しなければなりません。また、時間単位年休を導入するには労使協定の締結が別途必要です。

ちなみに、時間単位年休の時間は、社員の自由な行動が保障されていれば、労働時間になりません。例えば、就業時間が9時から18時までの会社(所定労働時間:8時間)で、社員が

  • 9時から11時まで、2時間の時間単位年休を取得
  • 11時から20時まで、8時間勤務(1時間休憩)

した場合、実際の労働時間は11時から20時までの8時間なので、法定労働時間内(原則として1日8時間、1週40時間)ということで残業は発生せず、割増賃金を支払う必要はありません。

4 テレワークや出張での移動時間

テレワークは、就業場所(自宅やサテライトオフィスなど)を、就業規則や雇用契約書で明示(限定)した上で実施します。とはいえ、社員が「より集中しやすい場所で作業したい」など、自分の都合でカフェや図書館に移動して作業することもあります。このように

社員自身の都合で就業場所を移動し、その間自由に利用できる時間は、労働時間として扱わなくてもよい

とされています。ただし、移動時間中に会社から指示を受けてノートPCなどで業務を行う場合や、会社がテレワークをやめて急遽出社するよう命じるなど、会社都合で就業場所を指定した場合は、会社の指揮命令下にあるとみなされ、労働時間になります。

出張の場合も基本的な考え方は同じです。自宅から出張先までの移動時間は、通常は労働時間になりませんが、上司と打ち合わせをしながら出張先に向かったり、会社から移動手段を指定されたり、会社から指示を受けてお金や製品を管理したりなど、会社の指揮命令下にあるとみなされる状況では、労働時間になります。

この他、建設業などの場合、一旦会社に集合してから現場に向かうことがありますが、この移動時間が労働時間に当たるのかも、移動の態様によって判断が分かれます。例えば、

  • 「会社に集合し、資材を積み込んでから現場に向かうよう、会社から命令されている」など、移動時間が自由時間とはいえないので、労働時間になる
  • 「現場に直行したい人は直行する」「会社に集合したい人は、集合してから向かう(車両運転者や集合時刻については各自が任意で決定)」など、移動の仕方を社員が自由に決められる場合、労働時間にならない

といった具合です。

5 始業時刻前の朝礼や着替え

会社の中には、始業時刻前の朝礼や着替えについて「始業時刻は9時だが、朝礼は8時50分から行う」「始業時刻前に作業着への着替えを完了させ、始業時刻とともに業務を始める」といったルールを設けているところがあります。

始業時刻に仕事を始められるよう準備をしておくのは、社員としてのマナーですが、

始業前の準備行為を「マナーでなく社内ルール」としている場合、労働時間になる

とされています。具体的には、

  • 朝礼への参加や始業時刻前の着替えがルール化され、それが常態化している場合
  • 朝礼に参加しない社員や、始業時刻前に着替えを完了しない社員への罰則がある場合
  • 朝礼に参加しないと、その日の業務を行うために必要な情報が得られない場合
  • 着替えを完了しないと業務を行えず、会社の更衣室でなければ着替えが困難な場合

などがそうです。

判断が難しいですが、始業前の準備行為については、「義務」ではなく「任意」であることを周知しておくのがよいかもしれません。義務付ける場合、就業規則等を改定して、朝礼や着替えにかかる時間分、始業時刻を前倒しする(または始業後に実施する)などの対応が必要になります。

6 仮眠

宿直など、1つの就業場所に長時間拘束される業務では、社員が現場で仮眠を取ることがあります。この仮眠については、

仮眠中、社員が会社の指揮命令下にあったかを基準に、労働時間になるかどうかを判断

します。例えば、ビルの管理会社の社員が、仮眠中でも、警報が鳴った際にすぐ対応するよう命じられている場合などは、

仮眠中も業務から完全には解放されているとはいえない(会社の指揮命令下にある)ので、労働時間になる

と考えられます。

ちなみに、一部の業種では、仮眠が労働時間として扱われないケースもあります。例えば、トラックの運転手は、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」という告示により、

拘束時間(始業から終業までの時間)が「労働時間(作業時間+手待ち時間)」と「休憩時間(仮眠時間を含む)」に明確に区分されているので、仮眠は労働時間に当たらない

と考えられています。ただし、仮眠中であっても会社の指揮命令下に置かれているものと判断される場合(待機状態など)は労働時間となりますので、運用には注意が必要です。

病院勤務の医師・看護師や、社会福祉施設勤務の職員は、常態としてほとんど労働する必要のない勤務に従事するなどの要件を満たす場合、

所轄労働基準監督署長の許可を得ることで、労働基準法の労働時間、休憩、休日に関する規定が適用されなくなる(深夜労働の規定は適用される)

というルールがあります。ちなみに、医師・看護師などのように24時間対応が求められる職種では、「オンコール対応」といって緊急時に備えて自宅などで待機することが求められますが、

  • オンコール対応の待機時間は、原則として労働時間には含まれない
  • ただし、呼び出しの頻度や、呼び出された場合にどの程度迅速に病院に到着することが義務付けられているか、待機中の活動がどの程度制限されているかなどを踏まえ、労働時間とみなされることがある

という考え方になるようです。

7 セミナー・研修・勉強会

セミナー・研修・勉強会(以下「セミナー等」)は、受講内容などによって労働時間になるかの判断が異なります。例えば、

  • 会社から参加が義務付けられている場合
  • 業務を遂行する上で必須とされている内容を学ぶ場合(資格取得講座など)
  • 参加しない場合に人事評価上の不利益があるなど、事実上参加が強制されている場合

などは労働時間になります。一方、社員が自己啓発やキャリアアップを目的に自分の意思で参加する場合、通常は労働時間になりません。

8 健康診断

健康診断はその種類によって、労働時間になるかの判断が異なります。例えば、

一般健康診断(定期健康診断など)は、職種に関係なく実施され、業務と直接の関連がないので、労働時間に含めなくてもよい(ただし、円滑な受診のため、受診時間分の賃金は支払うのが望ましい)

とされています。一方、特定の有害な業務に従事する社員に対して行う特殊健康診断(有機溶剤健康診断など)は、業務を遂行する上で実施が不可欠なので、労働時間になります。

以上(2025年10月更新)
(監修 弁護士 八幡優里)

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画像:design-Adobe Stock、ChatGPT

【事業承継】民事信託を活用するメリットと実務

1 事業承継に民事信託を活用する3つのメリット

民事信託を設定すると、事業承継対策として次の3つのメリットがあります。

  • 経営者自身に認知症など不測の事態が起きても、滞りなく経営権の移行ができる
  • 自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからない
  • 後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地ができる

1)経営者が認知症になるなど不測の事態でも、滞りなく経営権を移行できる

多くの中小企業では、経営者が自社株式の過半数を保有しています。もし、

認知症などで判断能力が低下し、株主総会で必要な議決権が行使できなかったら、会社の重要な意思決定が難しく

なります。

このような事態を回避するための仕組みが、親族などの後継者に経営者が保有する自社株式を託す「信託」です。信託とは、

自分の財産を信頼できる人に託し、自身が決めた目的に沿って、その財産の管理・運用などをしてもらう仕組み

です。信託は、

  • 自身の財産を託す「委託者」
  • 託された財産を管理・処分を行う「受託者」
  • 財産から生じる利益を受ける「受益者」

の3者で成り立ちます。

信託

信託には、商事信託と民事信託とがあります。商事信託は、営利目的(信託報酬を得るなど)、かつ反復継続して行われる信託で、国の許認可を受けた信託銀行や信託会社などが受託者となります。

一方、民事信託は、非営利目的、かつ反復継続して行われない信託で、原則、個人・法人を問わず受託者となることができます。民事信託は、

後継者を受託者として設定できたり、経営者自身が受託者にも受益者にもなれたりする

など柔軟なスキームが可能なため、経営者に認知症など不測な事態が起きたときでも、経営権の移行を滞りなく進めることができます。

2)自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからない

自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからないようにするには、経営者を委託者・受益者とし、後継者を受託者とする信託を設定します。

委託者・受益者

経営者が元気なうちに、後継者に自社株式を譲渡または贈与したいと考えても、買い取り費用や贈与税の負担があるので、すぐに実行できないかもしれません。しかし、

このスキームなら自社株式の買い取り費用は不要で、「委託者」である経営者を「受益者」にもすることで、財産の移転に伴う贈与税も課されない

ことになります。また、議決権の行使についても、

経営者が元気なうちは自身の指図で受託者に議決権を行使させ、認知症などで判断能力が低下したら議決権を後継者に移すように設定する

ことができます。

一方、法令上は受託者には「善管注意義務」という職務執行上の義務に加え、信託財産に関する帳簿などを作成する義務があります。また、もし受託業務から債務が発生した場合、受託者は信託財産の範囲内で責任を負うという限定責任信託にしていなければ、原則として無限責任を負うことになるので注意が必要です。

3)後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地ができる

後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地を作るためには、経営者が委託者・受託者、後継者が受益者とする民事信託を設定します。なお、委託者と受託者が同じケースを「自己信託」といいます。

委託者・受益者

後継者は決まっているものの、まだ実力が伴っていない、または、まだ自身が実質的な経営者でいなければならない状況にあるケースは多くあります。しかし、

このスキームなら信託設定後も経営者が自社株式の名義人なので、引き続き議決権を行使でき、実質的な経営権を維持する

ことになります。また、

後継者に実力が備わったと判断したときや、経営者自身が死亡したときに信託を終了するように設定する

こともできます。

一方、実質、財産は同一人物間(経営者)でやりとりされているだけなのですが、税務面では、委託者(経営者)から受益者(後継者)に贈与があったものとみなされます。そのため、受益者に対して贈与税が課されます。

3 民事信託を設定するための3種類の手続きと留意点

1)民事信託契約を締結する

委託者と受託者間の民事信託契約を締結します。その際、

  • 受益者
  • 信託目的
  • 信託財産の管理・処分方法

を決めます。なお、契約に受益者自身は関与する必要はありません。

2)遺言をする

委託者が自身の死亡後に後継者を受託者とすることを遺言で定めます。決めるべきことは、前述した民事信託契約の場合と同じです。なお、信託の開始は委託者の死亡時となることに注意が必要です。

3)公正証書を作成する等(自己信託の場合)

自己信託では委託者と受託者が同じ人物なので、公証役場で公正証書を作成するなどをしなければなりません。決めるべきことは、前述した民事信託契約の場合と同じです。

また、公正証書を作成しない場合は、信託の効力の発生のためには、確定日付のある書面により、信託内容を受益者に通知する必要があります。

以上(2025年8月更新)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

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以上(2025年8月作成)

細かな管理を止めたら「隠れ残業」が減るって本当?

1 管理、管理の「北風政策」では隠れ残業は減らない?

「隠れ残業」とは、

定時で退勤打刻し仕事を終えたように見せかけて、実はその後も仕事を続けること

です。いわゆる「サービス残業」ですが、隠れ残業には「会社に隠れてこっそり残業する」といったニュアンスがあります。

隠れ残業をする社員の言い分は、おそらく図表のようなイメージでしょう。

隠れ残業をする社員の言い分

一方、会社は社員の労働時間を管理する義務を負っていて、だからこそ多くの会社が残業を許可制にしているわけです。残業削減は社員の健康のためでもありますから、経営者は、

社員が残業のルールを守らないなら、もっと厳しく管理するしかない!

と考えます。これは至極当然の考え方ですが、長年、このアプローチを続けてもなかなか隠れ残業がなくならないのも事実です。

そこで、この記事では、

厳しく管理するという「北風政策」ではなく、「許可制を廃止し、ある程度社員の自主性に任せて残業を認めるという、いわば『太陽政策』で隠れ残業をなくす」考え方

をご提案します。ただし、「そもそも仕事が多すぎ! 『残業はダメ!』なんて言われても無理だよ……」といったケースは、業務効率化や人材採用の問題なので、この記事で提案する方法では事態が悪化する恐れがあります。

2 隠れ残業で会社に生じるリスクを確認

まずは、隠れ残業がなぜ問題になるのかを簡単におさらいしましょう。

会社は、36協定(労働基準法第36条に基づく労使協定)を締結し、労働基準監督署に届け出ることで、36協定に定めた範囲内で社員に残業を命じることができます。残業を許可制にしている場合、社員が残業を申請し、上司がそれを承認します。

明確な申請と承認がなければ残業は発生しないように思えますが、実は「黙示の指示」があれば残業を命じたとみなされることがあります。黙示の指示とは、

  • 残業しないと終わらない量の業務を社員に命じている場合
  • 社員が残業をしていることを知りながら放置している場合

などのことです。隠れ残業が法的に労働時間と判断されると、会社が把握していない残業が出てきます。その影響で社員の残業時間が36協定の時間数を超えると労働基準法違反となります。もちろん、残業手当の支払いも必要です。

また、隠れ残業によって過重労働となれば、

社員が心身の健康を害してしまう

恐れがあります。そうなると、会社が安全配慮義務(社員が心身の安全を確保しつつ働けるような配慮する義務)違反を問われることにもなります。

3 許可制を廃止しつつ、残業を必要最小限にとどめる!

1)残業時間の上限を社員ごとに設定する

隠れ残業が引き起こすリスクを回避するために、会社は残業の許可制を導入するなどして管理しようとするのですが、なかなかうまくいきません。であれば、いっそ許可制をやめてしまうというのがこの記事の提案です。

具体的には、残業の許可制を廃止する代わりに

ことにします。その際、残業時間の上限(1日○時間、1カ月□時間など)を社員ごとに設定し、月初などに本人と上司に通知します。上限は業務量や経験、職種などに応じて判断します。

例えば、明らかに業務量が多い社員や、新商品の開発など重要かつ時間が読みにくい業務に従事する社員は、36協定の範囲内で残業を認めます。一方、他の社員のサポートが主な業務である社員などは、実績に応じた時間を設定します。新入社員など残業をするほどの業務がなければ、残業を禁止します。

なお、36協定自体が法律に違反していないかもチェックが必要です。36協定で定める残業時間には、「原則1カ月45時間、1年360時間まで」などの上限があります。労働基準法の「時間外労働の上限規制」といわれるものです。

2)残業時間と社員の健康状態は常にチェックする

上限設定後も、社員がその枠内で安全に働いているかは定期的に確認します。上司は部下の日々の残業時間を把握し、残業が多い人がいたら、声をかけ状況を聞きます。必要な残業であれば認めますし、臨機応変にフォローもします。また、状況確認の結果に応じて設定する残業時間の上限を見直すようにします。

残業の許可制を廃止する際、特に注意が必要なのは社員の健康管理です。許可制なら体調不良の社員が残業を申請してきても、上司がストップすることができます。しかし、許可制を廃止すると社員の健康状態が分からないため、日ごろのコミュニケーションが大切になります。上司が相談しやすい雰囲気を作り、仕事の遅れや体調不良を早めに共有できるような仕組みを整える必要があるでしょう。

4 社員を尊重し、信じる「太陽政策」を進める

この記事で提案しているのは、残業の仕方について社員の自主性を尊重し、申告(勤怠管理システムの打刻など)を信じる仕組みです。社員が申告した時間に基づいて残業手当を支払うため、いわゆる「固定残業代」とは違います。

一定期間内の残業時間の上限を決めますが、それは個々の社員と向き合い、その仕事の状況を把握した結果です。全体を管理するための「申請制度」よりも、一歩も二歩も社員と向き合うことになるため、会社の負担は増えるかもしれません。しかし、会社と社員の双方がルールを守ることによって新しい残業制度となるでしょう。

5 許可制を廃止しても法的な問題はないのか?

最後に補足すると、残業の許可制を廃止すること自体に法令上の問題はありません。ただし、

  • 36協定の締結・届け出をし、その範囲内で残業を認める
  • 労働時間を適切に把握する
  • 設定した枠よりも長い残業をした場合は、その分の残業手当をきちんと支払う
  • 設定した枠内であっても、休日や深夜の残業には法定以上の割増率で残業手当を支払う

ことには注意が必要です。

また、実態を正確に把握したいならば、パソコンの使用時間のログを出力し、勤怠管理システムなどの打刻内容と乖離(かいり)がないか定期的に調査する方法もあります。

以上(2025年9月更新)

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画像:Elnur-Adobe Stock

地域とともに舞うー『とくぎん連』阿波おどりレポート

夏の夜、鳴り物の音に誘われて街がひとつになる瞬間、それが阿波おどりです。

8月13日、今年も当行は『とくぎん連』として参加者110名に、『はなしか連』さま20名が加わり阿波おどりに参加しました。行員有志による連は、日頃の業務とは一味違う熱気と笑顔に包まれ、お客さまや地域の皆さまと心を通わせる貴重なひとときとなりました。

その様子をとくぎんサクセスクラブ事務局よりレポートとしてご紹介します!

阿波おどりの様子01

踊りの練習は7月初旬からスタートしました。

練習は業務終了後に行われ、「とくぎん阿波おどりクラブ」(※)に所属している行員の主導による練習が続きました。踊り手は、入行1年目の行員から、支店長、役員まで幅広く参加しており、部署・支店・年齢を越えた交流が生まれました。互いに励まし合い、少しずつ息の合った連へと成長していく過程は、まさにチームワークの結晶でした。

(※)とくぎん阿波おどりクラブ
当行に勤務しているメンバーで構成されており、今年で結成7年を迎えます。阿波おどりを通じた地域貢献や活性化に繋がる活動を行っており、取引先の慰問や各種イベント等に参加して阿波おどりを披露しています。

阿波おどりの様子02

いよいよ阿波おどり当日、本店ホールに『とくぎん連』、『はなしか連』が集結。

板東頭取の挨拶とともに出陣の熱が高まり、演舞への期待が膨らんでいきました。

阿波おどりの様子03

その後、会場を本店東側駐車場へと移し、演舞がスタート。阿波おどりの衣装に身を包んだ行員たちが「ヤットサー!」の掛け声とともに、笑顔で踊りの輪を広げました。時間が経つにつれて、踊り手たちの足取りは力強さを増していきます。ひとりひとりの動きが次第にひとつの“連”としてまとまっていく様子が見られました。

阿波おどりの動画は、こちらからご覧いただけます!
(下の画像をクリックしていただくと、YouTubeに遷移します)


本店東側駐車場での演舞を皮切りに、紺屋町演舞場、南内町演舞場、そして両国本町演舞場へと舞台を移し、それぞれの会場にて心を込めた踊りを披露しました。

各演舞場では、桟敷席、沿道の皆さまから温かい拍手と声援をいただき、大きな励みとなりました。

阿波おどりの様子05

阿波おどりの様子06

阿波おどりの様子07

今回の阿波おどりを通じて、地域の皆さまと心を通わせる貴重な機会をいただきました。

来年もまた、あの熱気の中で皆さまとお会いできることを楽しみにしています。

引き続き、温かいご支援を賜りますようお願い申し上げます。

【今回とくぎん連に参加した、とくぎんサクセスクラブ事務局の杉綾香さん、泉はる香さん、法人推進部の宮本波太郎さんに感想を聞いてみました!】

阿波おどりの様子08

【関連コンテンツ】

以上(2025年8月作成)

動画:ST企画 提供

画像:徳島大正銀行 谷本真二 提供

【事業承継】投資育成会社を活用するメリットと実務

1 事業承継に投資育成会社を活用する3つのメリット

投資育成会社(正式には「中小企業投資育成株式会社」)とは、

中小企業投資育成株式会社法に基づき設立された投資会社で、その株式は経済産業省、地方公共団体、銀行などが保有

しています。一般的な株式会社と違う公的な株式会社として位置付けられており、東京・名古屋・大阪の3カ所にあります。

この投資育成会社を活用すると、事業承継対策として次の3つのメリットがあります。

  • 事業承継コスト(贈与税など)が軽減される
  • 会社の信用力を向上させる
  • 経営の安定性を高める効果が期待できる

1)事業承継コスト(贈与税など)が軽減される

例えば、社長が株価1億円の事業会社の株式を100%保有しているとします。その株式を長男に贈与する場合、1億円の財産を贈与したものとして贈与税が課税されます。一方、社長が保有する株式の30%を投資育成会社に売却し、70%しか保有していない状態にすると、7000万円の財産を贈与したものとして贈与税が課税されるので、負担が軽減されます。

負担が軽減

日本の贈与税や相続税は、財産の額が大きくなるほど税率も高くなるので、株式価値を減らせば事業承継コストはそれ以上の割合で軽減されます。しかも、投資育成会社は、事業会社の株式を保有したとしても経営に干渉することはありません。こうしたことから、事業承継対策の1つとして投資育成会社の活用が検討されているのです。ただし、投資育成会社は、事業会社の株式50%超は保有することができないことは把握しておきましょう。

2)会社の信用力を向上させる

投資育成会社が株主になると、会社の信用力向上が期待できます。投資育成会社から出資を受けるためには、出資に関しての事前相談をした上で、正式な出資申込を行い、審査を受けなければなりません。審査では、

  • 本社・工場の訪問
  • 経営方針、事業計画、事業内容、収益見通し等についてのヒアリング
  • 経営者自身のプレゼンテーション

が求められます。このような審査手続きをパスして、初めて投資を受けられることから、取引先や金融機関からの評価につながります。

投資育成会社の投資先は現在、全国に3000社以上ありますが、その投資先企業は優良な上場会社や中堅企業が多いです。

3)経営の安定性を高める効果が期待できる

投資育成会社が株主となることで、より確実な経営が行えるようになります。例えば、投資育成会社が株主となった場合、毎年の株主総会に投資育成会社が出席します。また、株主総会開催前に決算内容や議案などについて、事前説明を求められることも少なくありません。このように株主に投資育成会社が入ることで、会社法や税法など、これまで以上に法令を遵守した経営を求められるようになり、その結果、経営の安定性が高まるという効果が期待できます。

さらに、投資育成会社は、中小企業の「育成」を使命としているため、各種の経営課題についての相談もすることができます。

2 投資育成会社に株式を保有してもらうための手続き

1)事前相談と出資審査

投資育成会社から投資を受けるためには、東京・名古屋・大阪のいずれかの投資育成会社に投資の相談と申込をします。その上で、投資育成会社の審査を受け、投資決定を受ければ、株式を引き受けてもらえます。

投資育成会社からの出資の流れは次の通りです。

  • 【ご相談】事業の概況、増資計画等についてのヒアリング(会社パンフレット、最近3期分の決算書、株主名簿の提出)
  • 【お申込受付】投資決定に必要な資料の提出(事業計画書、事業経歴書、役員等の略歴、製品カタログ等の提出)
  • 【審査(事業調査)】本社・工場などの訪問。経営方針・事業計画、事業内容、収益見通し等についてのヒアリング。経営者の投資育成会社でのプレゼンテーション
  • 【投資決定】引き受けの可否および条件を投資育成会社内で機関決定
  • 【資金払い込み】株式、新株予約権付社債などの発行手続きと資金の払い込み
  • 【プレスリリース】新聞社などへのプレスリリース

2)株式取得

投資育成会社の投資が決定したら、経営者などが保有する既発行株式を譲渡するか、新株を発行することによって株式を保有させます。投資育成会社が株式を取得する価格は、投資育成株価算定方式(以下「投資育成算式」)という特有の計算方法で算定されます。投資育成算式とは、1株当たり予想利益を基にした収益還元方式によって算定されますが、その金額は一般的に使われる算式(類似業種比準方式など)に比べ、かなり低額になります。

3)安定配当の継続

投資育成会社は、毎年、投資額の6%程度を配当として求めてきます。通常配当を実施していない会社が6%の配当を実施するには、種類株式の優先配当株式(普通株式より優先して配当する株式)を設定したり、株式の属人的定め(定款で株主ごとに異なる取り扱いを定めること)を設けたりして、投資育成会社にだけ配当できるような仕組みを導入する必要があります。なお、投資育成会社は長期的な投資を行っており、一度投資をしたら原則として10年以上は投資を継続します。従って、年6%の配当は10年以上継続されます。ただし、事業の状況が悪いときは配当をする必要はありません。

3 株式を買い戻す際の重要なポイント

投資育成会社は、投資育成算式に従って企業の株式を取得します。投資育成算式は、1株当たりの予想利益を基にした収益還元方式なのですが、その算式によって算定される額は、

企業が成長するにつれ高額になっていく

ことが特徴です。従って、10年間、投資育成会社に株主になってもらい、事業承継も完了したので株式を買い戻したいと考え、改めて投資育成算式で株価を評価すると、何倍にもなっているということが少なくありません。

毎年6%の優先配当をし、最後には買い戻す価格が何倍にもなる可能性があることを理解した上で活用する必要があります。

また、株式を買い戻すとき、

自社の株主の3分の1以上が、従業員持株会、取引先、銀行などの同族株主以外の株主で占められていなければ、投資育成会社は株式の買い戻しには応じない

ことになっています。将来的に従業員持株会などが整備できなければ、買い戻しが困難となることに注意してください。

以上(2025年8月更新)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

「ワーケーション」の労務管理は業務とプライベートの線引きが重要!

1 旅行先でテレワークをする「ワーケーション」

ワーケーション(Workation)とは、「ワーク(Work)=仕事」と「バケーション(Vacation)=休暇」を組み合わせた造語です。例えば、

旅行先でテレワークを行いながら、空いた時間に休暇を楽しむという柔軟な働き方

を指します。働き方改革や地域おこしにつながるという理由から、各自治体もワーケーションの普及・啓発に取り組んでいます。

ただ、旅行先で「仕事も遊びも両方する」という働き方なので、

業務とプライベートの境界をしっかり分けて労務管理

をしないと、「労働時間管理」「労災(労働災害)の判断」「ワーケーションの費用負担」などで思わぬトラブルに遭遇します。以降でポイントを確認していきましょう。

2 「始業・中断・終業」のタイミングはこまめに把握する

業務とプライベートの境界が曖昧だと、労働時間を正確に算定できないだけでなく、労災の判断や、ワーケーションに掛かる費用負担の判断なども難しくなります。

問題は、ワーケーションでは次の図表のように、1日の中で業務と観光が交互に発生したり、日によって労働時間が変わったりすることです。

ワーケーション

こうした問題を解決するには、

業務の「始業・中断・終業」のタイミングをこまめに把握すること

が大切です。社員から都度チャットツールで連絡を入れてもらう、あるいは1日に複数回の打刻ができる勤怠管理システムを使う方法があります。また、業務時間が長くなりすぎると社員が休暇を楽しめないので、「1日当たりの業務時間の上限」を事前に決めておくとよいでしょう。

次の問題は、賃金の取り扱いです。上の図表の場合、所定労働時間中に、1日目は5時間(8時間-3時間)、2日目は3時間(8時間-5時間)の不就労時間(働かなかった時間)があります。完全月給制の場合などを除き、不就労時間の賃金は控除できますが、ワーケーションを強く推進したいのであれば、

「半日単位」や「時間単位」の年休(年次有給休暇)の活用

を促すのが望ましいです。ちなみに、

  • 半日単位年休:導入する場合、就業規則への定めが必要
  • 時間単位年休(年5日まで):導入する場合、就業規則への定め、労使協定の締結が必要

です。なお、半日単位年休も時間単位年休も、計画的付与(会社が年休の取得日の計画を立て、日にちを指定すること)の対象にはならないので、取得はあくまで社員の意思に委ねられます。

この他、ワーケーションの開始前に、期間中の行動計画、予定表などを作成し、社員と共有しておくのも有効です。

3 業務中と自宅・ホテル間の移動中の被災は労災になり得る

労災には、業務上の事由による「業務災害」、通勤上の事由による「通勤災害」があります。

1)業務災害の考え方

業務災害は、

  • 業務遂行性(社員が会社の支配下にあるときに被災したこと)
  • 業務起因性(業務と被災との間に因果関係があること)

の両方を満たすと労災として認定されます。業務に従事しているときや、業務に付随する行為をしているときに被災すると、「業務遂行性」が認められます。

2)通勤災害の考え方

通勤災害は、

  • 自宅と就業場所
  • 就業場所と他の就業場所
  • 帰省先と赴任先と就業場所の三者間(やむを得ない事情がある場合)

のいずれかを、合理的な経路・方法で移動していて被災した場合に労災として認定されます。ただし、合理的な経路を逸脱(不要な遠回りなどをした場合)した場合や、移動を中断した場合(通勤と関係ない行為をした場合。ただし日用品の購入などは可)は、労災になりません。

3)具体的には?

ワーケーションで想定される事故と労災の判断の例は次の通りです。ただし、細かい判断は個別の案件ごとに異なるので、必ず所轄労働基準監督署などに確認をしてください。

【自宅と就業先であるホテルの往復中に負傷した場合】

→自宅と就業場所の間を移動しているので、労災になる可能性が高い

【就業先のホテルや、ホテルへ移動する機内等で業務をしていて負傷した場合】

→業務中の負傷なので、労災になる可能性が高い

【就業先のホテルで、業務の準備や休憩(トイレに行くなど)をしていて負傷した場合】

→業務に付随する行為なので、労災になる可能性が高い

【業務終了後、就業先のホテルから飲食店に移動していて負傷した場合】

→飲食は業務(出張)に付随する行為なので、労災になる可能性が高い

【業務終了後、飲食店で飲酒をして酔っ払い、ホテルに戻る際に負傷した場合】

→酔っ払うのは業務(出張)に付随する行為とはいえず、労災にならない可能性が高い

【観光施設に行った後、ホテルに戻ろうとして負傷した場合】

→自分の意思で観光施設に行っている場合、業務(出張)に付随する行為とはいえないので、労災にならない可能性が高い

4 業務に関する費用以外は個人負担としても差し支えない

ワーケーションで発生する費用としては、自宅とホテル間の交通費や宿泊費、通信費などが考えられます。結論から言うと、

通信費など業務に関する費用は会社が負担し、それ以外の旅行費用は本人負担とする

のが一般的です。

自宅とホテル間の交通費や宿泊費は、出張や社内研修のように会社命令に基づくものであれば、会社負担とするのが妥当です。ただ、会社命令ではなく社員自身の意思で就業場所を選択している場合は、個人負担としても差し支えないでしょう。

通信費については、会社がパソコンなどを貸与する場合、会社負担とします。社員が私物のパソコンなどを使って業務を行う場合も、業務に要した分については会社負担とするのが妥当でしょう。

この他、最近は、社員がホテルなどでワーケーションを行いながら、人間ドックや保健指導、運動指導などを受けられるサービスも登場しています。社員がこうしたサービスを受ける可能性がある場合、福利厚生として会社負担にするのか、社員の意思に任せて個人負担にするのかも決めておきましょう。

なお、会社の命令によらないプライベートの旅行の途中で一部業務を行う場合、

旅行に係る交通費を会社が負担すると、その費用が従業員への給与として課税される可能性がある

と観光庁のQ&Aで指摘されています。旅費や宿泊費をどのように扱うかは、税務上の取扱いも踏まえて検討しましょう。

■観光庁「労災や税務処理に関するQ&A」■
https://www.mlit.go.jp/kankocho/workation-bleisure/corporate/qa/

5 必要に応じて就業場所や対象者、使用機器などを制限する

ワーケーションの就業場所は、

原則として社員が自由に選択できるようにしつつ、「集中できなかったり、セキュリティーに問題があったりする場所は認めない」というのが基本

です。例えば、不特定多数が出入りし、パソコンの画面を見られる恐れがある場所は不適切です。どこまでやるかは会社次第ですが、参考として紹介すると、

始業前に就業場所の状況を映せるコミュニケーションツールを使用して、上司の承認を得ている会社

もあります。

また、ワーケーションの対象となるのは、

ある程度自立して業務を遂行できる社員

です。このあたりも会社次第になりますが、例えば、就業規則で「能力や勤務態度を考慮して、所属長が承認した者を対象とする」などと定めておき、事前にワーケーションの就業場所や期間を申請してもらう形にすると、管理がしやすくなります。

ワーケーション中に使用する機器については、会社が貸与するパソコンやWi-Fi端末を利用させるのが基本です。私物のパソコンなどの利用を認める場合は、

  • 会社指定のセキュリティーソフトをインストールさせる
  • フリーのWi-Fiには接続させないようにする

などの対策を取りましょう。Wi-Fi環境を整備しているホテルなどは多くありますが、セキュリティーの強度が異なるので、社員には会社から貸与したモバイルルーターなどを使用させるのが無難です。対策の詳細については、総務省の資料などが参考になります。

総務省「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)(令和3年5月)」
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/cybersecurity/telework/

以上(2025年9月更新)
(監修 監修 弁護士 田島直明)

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画像:pixabay

【オーナー企業の事業承継(8)】資産管理会社を活用した事業承継対策

1 事業承継に伴う間接的な資産の移転

事業承継に伴う自社株式や不動産などの資産の移転は、相続や贈与により後継者に直接移転する方法の他に、いわゆる「資産管理会社(持株会社または不動産管理会社)」を活用して、間接的に後継者に移転する方法もよく使われます。

「資産管理会社(持株会社または不動産管理会社)」を活用して資産の移転をする場合の効果や留意点を認識し、自社に合った対策案として検討してみてください。

2 持株会社を活用した事業承継対策

1)持株会社とは

持株会社とは、

他の株式会社を支配する目的を持って、その被支配会社の株式を保有する会社

をいいます。なお、支配を本業とする持株会社を「純粋持株会社」といい、別途、本業を持ちながら他の会社を支配する持株会社を「事業持株会社」といいます。

2)持株会社活用の流れ

持株会社活用の流れは次の通りです。

  • 後継者の出資により持株会社を設立する
  • 持株会社が金融機関などから資金調達する
  • 株式を持株会社に譲渡する

なお、持株会社移行後の全体像は次の通りです。

持株会社移行後の全体像

持株会社移行後の全体像

3)持株会社へ移行する際のポイント

1.自社株式の買取価額

持株会社が自社株式を買い取る価額は「時価」となります。利益が相反する純然たる第三者との間の取引では、お互いの合意価額が「時価」になりますが、同族関係者間の取引の場合には、自分たちに都合の良い取引価額を決められる可能性があるため、原則として純資産価額を基に「時価」を算出します。なお、純資産価額の計算式は次の通りです。

純資産価額=会社の資産(時価評価額)-負債(時価評価額)

2.オーナーは確定申告が必要

非上場会社の株式を譲渡したオーナーは、「株式譲渡益」に対して譲渡所得税等(20.315%)を負担する必要があるため、譲渡した年の翌年3月15日までに確定申告をする必要があります。なお、株式譲渡益の計算式は次の通りです。

株式譲渡益=譲渡代金-取得費用(出資金額など)

4)持株会社活用のメリット

1.非上場株式が現金化できる

オーナーにとっては売却が難しく、換金性の乏しい自社株式を現金化することができます。併せて換金した現金を活用して、将来の相続税の納税資金に充てることで、納税問題も解決することもできるため、自社株式の時価評価額が高い場合や、社長の保有する財産の中での自社株式の占める比率が高い場合には効果があります。

2.いわゆる「争続」問題を回避できる

後継者がオーナーの子どもなどの相続人である場合、相続を待つことなく、事前にオーナーの意向に沿ったかたちで、後継者に法的な経営権を譲ることができます。

後継者にとっては、将来的な自社株式に関わる相続税の負担や遺産分割問題の心配がなくなり、経営に専念することができます。もし、後継者が自社株式を相続で引き継ぐことを前提に経営を引き継いだ場合には、「相続税負担を抑えたい」という思いと、「業績の向上による自社株の時価評価額の上昇(相続税負担の増加)」という矛盾を抱えて経営することになりかねませんが、こうした問題も解決できます。

また、オーナーの相続財産から自社株式を分離することで、結果的に相続人間の争い(争続)を回避することもできるため、収益力が高く、今後も自社株式の評価額が上昇していく見込みのある法人や、オーナーの相続人が複数存在する法人には効果的です。

3.後継者の保有株式の評価額の上昇を抑制できる

持株会社の純資産価額は計算上、保有資産の時価が取得時の価額(帳簿価額)を上回る場合、いわゆる「含み益」のある保有資産の評価は、法人税相当額37%を控除することが認められています。

含み益のある保有資産の計算式およびイメージは次の通りです。

保有資産の計算式

従って、社長と後継者間で直接自社株式を売買して後継者が直接保有する場合に比べて、資産管理会社を通じて自社株を保有するほうが、その純資産価額の評価は低くなり、後継者が将来的に直面する自身の相続財産の評価額の上昇を抑制することができます。そのため、収益力が高く、今後も自社株式の時価評価額が上昇していく見込みの法人には効果があります。

ここで、事例を使って自社株式を個人保有した場合と持株会社を活用した場合の自社株式の評価額を比較してみます。個人保有した場合と持株会社を活用した場合の比較例および比較表は次の通りです。

自社株式の評価額

自社株式の評価額

5)持株会社へ移行する際の留意点

1.持株会社設立、運営のコスト

持株会社を新会社として設立する場合は、登録免許税などの登記費用が必要となります。また、毎期、法人税等の確定申告が必要となるなどの管理コストに加えて、所得が発生する場合は、法人税等の納税に係る負担が発生します。仮に所得が発生しない場合でも、資本金等の額に応じた法人住民税均等割額の負担が発生します。

2.資金調達、返済の検討

持株会社は、自社株式を購入するための資金を準備する必要があります。また、銀行などの金融機関から資金を調達する場合は、その返済方法(返済資源)を検討しなければなりません。

事業会社の配当金を返済資源にする場合は、「受取配当等の益金不算入」規定などの適用を受け持株会社の法人税負担を抑制したり、あるいは持株会社に収益不動産を保有させたりして収益力を確保する必要があります。

3.自社株式の譲渡に関わる税負担

前述のように、自社株式を譲渡したオーナーは、譲渡代金から取得費用を差し引いて譲渡益が生じた場合は、その譲渡益に対して譲渡所得税等(20.315%)を申告、納税する必要があります。

また、時価以外での譲渡が行われた場合は、譲渡価額と時価との差額について、追加的な税負担が発生するケースもあるので注意が必要です。

3 不動産管理会社を活用した事業承継対策

1)不動産管理会社とは

不動産管理会社とは、

オーナーが所有している賃貸不動産などを購入し、その賃貸不動産などの管理や保有を主な事業とする会社

をいいます。

オーナー自身で経営する事業会社に事業用の不動産を貸し付けている場合は、承継後の経営をスムーズに行えるようにするため、原則、その事業会社が使用している資産を自社株式と同様に、後継者に承継する必要があります。

2)不動産管理会社活用の流れ

不動産管理会社活用の流れは次の通りです。

  • 後継者の出資により不動産管理会社を設立する
  • 不動産管理会社が金融機関などから資金調達する
  • 賃貸用不動産を不動産管理会社に売却する

不動産管理会社活用

なお、不動産管理会社への売却後の全体像は次の通りです。

売却後の全体像

3)不動産管理会社へ売却する際のポイント

1.不動産の売買価額

オーナーが賃貸用不動産を売却する価額は「時価」となります。この場合の時価には実務上、市場の実勢を反映した専門家による評価額として、「不動産鑑定士による鑑定評価額」を利用するケースが多くあります。

2.オーナーは確定申告が必要

賃貸用不動産を譲渡したオーナーは、「譲渡益」に対して譲渡所得税等を負担する必要がありますので、譲渡した年の翌年3月15日までに確定申告をする必要があります。

3.含み損のある不動産の売却

不動産の取得時の価額よりも時価の低い(含み損のある)不動産を売却した場合は、不動産売却損が計上されます。そのため不動産売却損が計上された年に、別の不動産の売却による不動産売却益がある場合は、売却損を売却益から控除することができます。

 

4)不動産管理会社活用のメリット

1.不動産を現金化することができる

オーナーは換金の難しい不動産を現金化することができます。また、相続人が相続するのは換金された現金(預金)となるため、遺産分割も容易で、相続人は相続した現金(預金)の一部を相続税の納税資金に充当することができます。

2.いわゆる「争続」問題を回避できる

相続資産の中で比較的ウエートの高い不動産を、オーナーの生前に、その意向に沿うかたちで承継させることができるため、複数の賃貸不動産を保有している場合は、物件ごとに承継者を決めるなどの対策で「争続」問題を回避することが可能です。

また、賃貸不動産売却後の賃貸料収入は不動産管理会社の収入となるため、収益の分散効果で、特に収益性の高い物件の売却によりオーナーの相続財産の抑制を図ることができます。

3.将来の相続登記の必要がなくなる

個人所有の不動産については、相続のたびに名義変更の登記が必要となりますが、法人所有にすることにより、登記に係る負担が不要になります。

5)不動産管理会社へ売却する際の留意点

1.不動産管理会社設立、運営のコスト

不動産管理会社を新会社として設立する場合は、持株会社のときと同様、登記費用の負担や、毎期の確定申告などの管理コスト、法人税等の負担が発生します。

2.資金調達、返済の検討

不動産管理会社で賃貸用不動産を購入するための資金を準備する必要があります。検討に当たっては、賃料収入から固定資産税などのランニングコストや大規模修繕のための積立金などを差し引いたフリーキャッシュフローについて、事前にシミュレーションを実施し、無理のない返済計画を策定することがポイントになります。また、空室の多い物件については、併せて空室率の改善計画なども立てる必要があります。

3.譲渡に伴う税負担の発生

不動産を購入した不動産管理会社は不動産の所有権移転に伴い、登録免許税(固定資産課税台帳の価格×原則2%)・不動産取得税(同×原則4%:特例による軽減あり)を負担する必要があります。

また、不動産を譲渡したオーナーは土地・建物の譲渡に係る譲渡所得税等を負担する必要があります。特に一族で代々所有してきた不動産については、取得費の不明なものもあり、長期譲渡所得といえども相当の負担となる場合がありますので、注意が必要です。

4.相続予定財産の一時的増大

時価による不動産譲渡の取引価格は、一般的にその不動産の相続税評価額より高額となるケースが多いため、譲渡代金を得たオーナーの相続予定財産は一時的に増大します。

相続予定財産の一時的増大

ただし、前述の通り、賃貸不動産の家賃収入は譲渡によりオーナーから不動産管理会社に移転するため、個人所得が減少し、中長期的には不動産管理会社を活用しない場合に比べて、相続予定財産の抑制につながります。

例えば、賃貸による家賃収入が年間1000万円あった場合には、10年後の相続予定財産はおおよそ家賃収入分(1億円)増加します。しかし、不動産管理会社を活用し、家賃収入を不動産管理会社に移転した場合には、その家賃収入分、オーナーの相続予定財産を抑制することができます。

5.建物のみを譲渡した場合の借地権相当額の取り扱い

コスト圧縮のため建物のみを不動産管理会社に譲渡するケースもありますが、この場合、通常では当該土地に借地権設定がなされるため、借地権相当額の収受がオーナーと不動産管理会社間で行われないときは、不動産管理会社に対して借地権相当分の受贈益が発生し、法人税等が課税されるケースがあります。

このため、実務上は不動産管理会社からオーナーに対して相当の地代を支払うか、税務署に無償返還の届け出をすることによって、受贈益課税を回避することが一般的です。

4 (参考)土地・建物の譲渡に係る譲渡所得税

土地や建物の譲渡所得に対する税金(譲渡所得税)は、他の所得と区分して計算し、適用される税率は、譲渡した土地や建物の所有期間が、譲渡した年の1月1日現在で5年を超えるかどうかによって異なります。

譲渡所得税額の計算式は、次のようになります。

譲渡所得税額の計算式

以上(2025年8月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:soo hee kim-shutterstock