労災防止! 建設業特有の安全衛生管理体制をチェック

1 安全管理が大変だからこそ、ルールが重要な建設業

建設業は、墜落・転落などの労働災害(以下「労災」)が特に起きやすい業種です。危険な作業が多いのもそうですが、もう1つ大きな理由として、多くの事業者が同じ場所で作業をする「重層下請構造」のため、安全管理が難しいということが挙げられます。

重層下請構造のイメージ

労働安全衛生法(以下「安衛法」)では、こうした建設業特有の事情に合わせた労災防止のルールを定めています。取り急ぎ押さえておくべきルールは、

  • 注文者や事業者など、立場に応じて変わる労災防止対策の義務
  • 統括安全衛生責任者など、建設業特有の安全衛生管理体制

です。以降で詳しく紹介しますので、不安がある場合はご一読ください。

2 立場に応じて変わる労災防止対策の義務

1)注文者、事業者、特定元方事業者それぞれの義務を整理

建設業の労災防止対策を考える上で、まず押さえておきたいのが安衛法の「注文者」「事業者」というワードです。簡単に言うと、

  • 注文者:仕事の全部または一部を他者に依頼する者
  • 事業者:自社の雇用する労働者に作業をさせる者(事業を行うもので労働者を使用するもの)

という意味で、それぞれに異なる労災防止対策が義務付けられています。言葉の意味は単純ですが、建設業の場合、前述した重層下請構造の関係で、誰が注文者で、誰が事業者かが分かりにくいので、念のため図で整理してみましょう。図表2の赤囲みの部分が該当者です。

建設業における注文者と事業者のイメージ

図表2の場合、注文者は「発注者、元請、一次下請」になります。二次下請は自分たちの仕事の一部を請け負わせる相手がいないため、注文者にはなりません。一方、事業者は「元請、一次下請、二次下請」になります。発注者は自社の雇用する労働者を現場で働かせないのであれば、(建設現場の労災防止対策を実施すべき)事業者にはなりません。

さて、注文者と事業者には、それぞれ図表3の労災防止対策が義務付けられています。なお、事業者のうち、建設業・造船業の場合については、

発注者から直接建設等の仕事の依頼を受ける元請は、安衛法の「特定元方事業者」

に当たり、通常の事業者の義務に加えて、特定元方事業者の義務も果たさなければなりません。

注文者、事業者、特定元方事業者の義務

どれも大切な義務ですが、図表3の赤字の「健康障害防止措置」については、2023年4月1日に「一人親方等の安全衛生対策」に関する法改正がありましたので、事業者は義務の内容について認識の誤りがないか、いま一度確認しておきましょう。

2)健康障害防止措置は、労働者だけでなく「一人親方等」も対象

健康障害防止措置とは、安衛法第22条で列挙されている「危険有害な作業」に従事する労働者が健康障害になるのを防ぐため、事業者が実施しなければならないとされる措置のことです。具体的には、

  • 原材料、ガス、蒸気、粉じん、酸素欠乏空気、病原体等による健康障害
  • 放射線、高温、低温、超音波、騒音、振動、異常気圧等による健康障害
  • 計器監視、精密工作等の作業による健康障害
  • 排気、排液または残さい物による健康障害

を防止するために必要な措置を実施する義務があります。

建設業の場合、例えば、ずい道(トンネル)の掘削作業や金属の溶接作業などで、労働者が粉じんにさらされることがありますが、こうした場合は「粉じんを防ぐための保護具を労働者に着用させる」などの措置を実施する必要があります。また、

自社の労働者だけでなく、「作業を請け負わせる一人親方等」「同じ場所で作業を行う労働者以外の人」についても、健康障害防止措置が義務付け

られています。

一人親方等や労働者以外の人に対する健康障害防止措置

一人親方等や労働者以外の人に対して健康障害防止措置を実施する義務を負うのは、「その人たちに仕事を請け負わせる事業者」です。イメージは図表5の通りです。

健康障害防止措置の実施義務を負う事業者

なお、元請(特定元方事業者)の場合、自ら仕事を請け負わせる一次下請や一人親方等に対して健康障害防止措置の実施義務を負うだけでなく、

下請(一次下請だけでなく全ての下請)が健康障害防止措置の実施義務に反している場合、その下請に対して必要な指示を行う義務

も負います。

3 建設業特有の安全衛生管理体制

前章で紹介した義務を確実に履行するため、各事業者には安全衛生管理体制の構築が義務付けられています。建設業の場合、図表6の通り、建設業特有の担当者の選任が必要となります。なお、労働者数は同じ場所で作業をする労働者(自社が雇用する者以外も含む)の人数です。

建設現場に必要な担当者は?

以降で各担当者の概要、選任に必要な手続きを紹介します。なお、図表6は建設業特有の内容ですが、この他に通常の安全衛生管理体制(建設業以外の業種にも広く適用されるもの)の構築も必要となるため、注意してください。詳細は、次の記事をご確認ください。

1)統括安全衛生責任者

1.主な職務

元方安全衛生管理者などを指揮し、次の6つの事項を統括管理します。

  • 協議組織の設置・運営
  • 作業間の連絡・調整
  • 作業場所の巡視(巡視の頻度については特に定めなし)
  • 下請(関係請負人)が行う労働者の安全衛生教育に対する指導・援助
  • 仕事の工程に関する計画、作業場所における機械、設備等の配置計画の作成、当該機械、設備等を使用する作業に関し下請(関係請負人)が安衛法等に基づき講ずべき措置についての指導
  • その他労働災害防止のために必要な事項

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

建設現場において、事業を実質的に統括管理する者が担当します。元請(特定元方事業者)は事業の開始後、担当者の氏名等を、遅滞なく現場を管轄する労働基準監督署長に報告します。

2)元方安全衛生管理者

1.主な職務

統括安全衛生責任者が統括管理する事項のうち、技術的事項の管理を担当します。

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

大学または高等専門学校における理科系統の正規課程修了者で、3年以上建設工事の施工における安全衛生の実務に従事した経験がある者など、一定の資格を有する者でなければなりません。元請(特定元方事業者)は事業の開始後、担当者の氏名等を、遅滞なく現場を管轄する労働基準監督署長に報告します。

3)店社安全衛生管理者

1.主な職務

統括安全衛生責任者・元方安全衛生管理者の選任義務がない建設現場にて、主に次の5つの職務を担当します。

  • 建設現場における、統括安全衛生管理を担当する者(現場代理人等)に対する指導
  • 作業場所の巡視(毎月1回以上)
  • 労働者の作業の種類その他作業の実施状況の把握
  • 協議組織の会議への参加
  • 仕事の工程に関する計画、作業場所における機械、設備等の配置計画の作成、当該機械、設備等を使用する作業に関し下請(関係請負人)が安衛法等に基づき講ずべき措置が講じられているかの確認

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

大学または高等専門学校の卒業者等で、3年以上建設工事の施工における安全衛生の実務に従事した経験がある者など、一定の資格を有する者でなければなりません。元請(特定元方事業者)は事業の開始後、担当者の氏名等を、遅滞なく現場を管轄する労働基準監督署長に報告します。

4)安全衛生責任者

1.主な職務

建設業特有の安全衛生管理体制の中で、唯一下請(関係請負人)が選任する担当者で、次の6つの職務を担当します。

  • 統括安全衛生責任者との連絡
  • 統括安全衛生責任者から連絡を受けた事項の関係者への連絡
  • 2.の事項のうち、下請(関係請負人)に関するものの実施についての管理
  • 下請(関係請負人)がその労働者の作業の実施に関し計画を作成する場合における当該計画と元請(特定元方事業者)が作成する仕事の工程に関する計画等との整合性の確保を図るための統括安全衛生責任者との調整
  • 労働者の混在作業に起因する労働災害に関する危険の有無の確認
  • 下請(関係請負人)がその仕事の一部を他の請負人に請け負わせている場合における、その請負人の安全衛生責任者との作業間の連絡調整

2.担当者になれる者、選任時に必要な手続き

担当者になるための要件については特に定めがありませんが、職長が選任されることが多いようです。なお、選任に当たり、現場を管轄する労働基準監督署長などへの報告は不要です。ただし、選任した場合はその旨を元請(特定元方事業者)に遅滞なく通報する必要があります。

以上(2025年6月更新)
(監修 TMI総合法律事務所 弁護士 池田絹助)

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画像:unsplash

はじめてでも大丈夫!【とくぎんサクセスクラブ】パソコンセミナーのご紹介

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会場:株式会社ジョイメイト徳島バイパス店 徳島市沖浜1丁目9番地2

8月開催のPCセミナーはAI基本講座! AIを仕事で上手く活用する方法を学ぶことができます!

 

前園さん

【インストラクター 前園 和弘 氏】

「仕事でイメージしやすい」を意識して講習しています。講習中は、職場でどういう場面で利用されているかを交えながら、様々な機能をマスターしてもらいます。
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森さん

【インストラクター 森 尚美 氏】

「丁寧にわかりやすく」を心がけて講習しています。
講習に使用するテキストは、当校の講師によるオリジナルです。仕事でよく利用する機能を中心に構成し、普段のパソコン教室で質問が多かったり、操作に注意が必要だったりする内容も踏まえていますので、講習後にすぐに仕事に取り入れることができます。
どの科目もご好評いただいておりますので、ぜひ受講してみてください!

 

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セミナーの様子

 

【過去受講者さまの声】

  • 「初めて参加しましたが、また機会がありましたらぜひ参加させていただきます。とても勉強になり、楽しかったです。」
  • 「参考になる話が多く、もっと色々と教えていただきたいです。」
  • 「前より分かることが増えて、嬉しかったです。」
  • 「説明がとても分かりやすかったです。」

セミナー内容は開催月によって変わります。

初級~応用コースまで、レベルに合わせての受講ができますので、この機会にご参加ください! お申込みは以下のセミナー・イベントページよりお進みください。

以上(2025年6月作成)

【朝礼】「6月病」と“ゆるさ”のすすめ……ゆっくり前に進むチームづくりを!

【ポイント】

  • 6月病になりやすい人には、真面目、責任感が強いなどの特徴がある
  • 「無理をしすぎない。でも、自分に余裕がある日は、誰かをちょっと助けてみる」が大切
  • “持ちつ持たれつ”の精神を大切にするチームは、折れずに生き残っていける

おはようございます。皆さんは「6月病」をご存じでしょうか。5月病ともいわれますが、4月に入社や異動を経験した人が、環境の変化に適応できずにストレスを抱え過ぎて心身の不調や体調不良を起こすことをいいます。医学的には「適応障害」の一種で、真面目な人、責任感が強い人などが6月病になりやすいそうです。

私は医者ではないので医学的なアドバイスはできませんが、6月病になりにくいチームをつくるため、日々の仕事の心構えとして、皆さんの心に留めておいてほしいことが2つあります。

1つは、「無理をしすぎないように」です。当たり前のことですが、頑張りすぎて体や心を壊してしまっては元も子もありません。もちろん、時には歯を食いしばってガッツを見せなければならない場面もありますが、頑張りというものはそこまで長く持続しません。大切なのはメリハリですから、いい意味で“ゆるさ”を身に付けてください。

もう1つは、「余裕があるときは、誰かをちょっと助けよう」です。頑張りすぎてしまう人というのは、「自分が頑張らないせいで、他の人にしわ寄せがいってしまうこと」を心配しています。だから、「この人、少し頑張りすぎだな」と思う人がいたら、「今日は私がやっとくよ」と自分のほうから助け舟を出せる人になってください。余裕のあるときだけ、ちょっとだけでいいのです。真面目な人にそういうことを言うと、「いえ、一人で大丈夫です」と返してくるのがお決まりですが、そこでもう一押し、「いいから、いいから」と笑顔で言える人になりましょう。

無理をしすぎない。でも、自分に余裕がある日は、誰かをちょっと助けてみる。そのぐらいのメンタルでいたほうがお互いに楽ですし、私はそういう“持ちつ持たれつ”の精神を大切にするチームこそ、これからの厳しいビジネス環境を生き残っていけると思います。しなやかな組織ほど、折れにくいですからね。

今日も、それぞれのペースで。でもチーム全体としては、ゆっくりでもちゃんと前に進んでいける。そんな一日を一緒につくっていきましょう。

以上(2025年6月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

「大学×企業の可能性を広げる」近畿大学リエゾンセンターに聞く産学連携の今と未来(2)

令和4年3月24日、近畿大学と徳島大正銀行は「産学連携包括契約」を締結しました。
産学連携・交流を円滑に推進するための組織が近畿大学リエゾンセンター(KLC)です。
「とくぎんサクセスクラブnavi」(とくさくnavi)では、KLCのコーディネーター武田和也さんへのインタビューを3回連載でお届けします。産学連携の『今』、地域企業とのつながり方や未来の可能性に迫ります。

【第2回】

第2回では、実際に企業と行われた産学連携の事例を中心に紹介します。産学連携のメリットや、とくぎんサクセスクラブ会員企業さまとのエピソードも交え、その実態に迫ります。

―近畿大学ではこれまでにどのような産学連携の取り組みがありましたか。

現在、年間で250~300程の相談事案をコーディネートしています。相談の件数はどんどん増えてきました。私は全ての相談に目を通していますが、以前は理系ネタが多かったんです。町工場から、こういう機械加工をしているけれど加工がうまくいかない、プラスチックの成型するときのプラスチックの流れ方がうまくいかない、そのような技術的な相談が多かったんです。最近では、文系ネタも増えて、自社商品を展開したい、などのビジネスの相談が多いです。デザインの相談も多くなっていますね。
近畿大学が学生を増やそうと広報にも力を入れて、その宣伝で大学の名前が知れ渡っていくにつれて、KLCへの相談の数も増えていきましたね。
ご相談をいただく地域は近畿地区が一番多く、次に関東、と続きます。海外からのご相談もあるんですよ。四国からのご相談は少ないので、今回を機にぜひ増えてほしいです。
以前は直接面談ばかりでしたが、コロナ以降はWeb面談も増えました。遠方であったり、ご都合で難しい際はwebでも対応することができます。

―大学と企業のどのような橋渡しを目指しているのですか。

なるべくお断りしないようにしています。どうしても先生がいらっしゃらない場合や、分析装置だけを貸し出してほしい、なんてご依頼の時はお断りをすることもあります。ただ、お断りするときも、その分析ならあそこの研究機関でできますよ、とご紹介したり情報をお渡しするようにしています。
ご相談を引き受けるときは、企業も大学もWIN WINになるように。また、どんぴしゃの先生でなくてもある程度情報をお渡しすることもできるので、関連の先生をご紹介するようにしていますね。

近畿大学内にあるKLCショールーム

―企業がKLCを活用することでどんなメリットがありますか。

企業内に研究部門や部署がなくても委託することができます。得意な分野を持っている先生と企業が希望しているものが合致するなら研究を依頼するのもありなんじゃないでしょうか。また、いつも同じ頭で考えていると似たような商品展開になることがありますよね。
ちょっと違うアイデアがほしい、そんな時に大学を利用してもらうのもいいと思います。学生たちのアイデアは常識に縛られていません。奇抜なアイデアになるかもしれませんが、それが社内の起爆剤になるかもしれないですね。
また、企業にとっては、近畿大学との共同研究という謳い方ができるので、そちらもメリットになるのではないでしょうか。
新潟のおせんべい屋さんからのご相談の例です。若い人たちにおせんべいを食べてもらいたいのでビジネス展開を考えてほしいとご依頼を受けました。また、おせんべい屋さんはお得感のある大きなパッケージでなければ売れないというイメージを持っていました。そこで、学生たちの鞄の中身をみせてもらい、テーブルの上に出して、どんなお菓子をもっているかの傾向を調べると、小さくてかわいいお菓子が入っていたんです。お徳用サイズを持ち歩く学生はなかなかいないので、小さくても売れるんではないかとヒントを得て、小さいパッケージの商品を開発しました。そして生まれた商品は、小さくて持ち運びしやすく、若者でも親しみやすいと好評でした。パッケージのキャラクターも学生たちの案です。

共同研究により開発された様々な商品

共同研究により、これまでに様々な商品が開発されています。次回はリエゾンセンターが描く産学連携の進め方や、企業へのメッセージをご紹介します。
近畿大学産学連携についてのご相談は、お取引のある営業店にお問合せください。または、とくぎんサクセスクラブnaviのお問合せフォームからご連絡ください。

以上(2025年6月作成)

画像:近畿大学リエゾンセンター

【債権回収】もう一度チェック! 「危ない手形」の見分け方

1 後を絶たない手形による被害

約束手形については、手形交換所が2022年11月に廃止され、政府は2026年をめどに全ての紙の手形や小切手を電子化する方針を示しています。とはいえ、足元ではまだまだ使われていて、不渡りなどの問題も生じています。

そこで、この記事では「危ない手形」の典型である、

「1.借用書代わりの手形」「2.回り手形」「3.融通手形」「4.偽造手形」

の特徴を紹介した後、万一の備えとしてすべき債権保全の策を紹介します。なお、手形を利用していない経営者は読む必要性の乏しい記事です。

2 「危ない手形」の4つのタイプ

1)借用書代わりの手形

借用書代わりの手形とは、

資金不足を補おうと、安易に振り出される手形

で、「危ない手形」の典型です。振出人の経営者は、支払期日が近づくと資金集めに奔走しますが、資金が集まらなければ倒産し、手形は不渡りとなります。

借用書代わりの手形を振り出す会社には、次のような傾向があるので注意しましょう。

  • 「台風手形」といわれる、決済期間が210日もしくはそれ以上に長い1年といった長期の手形を振り出すことが多い
  • 手形用紙が誰でも持ち出せる場所に置かれている。またいつでも振り出せるように、金額や支払期日を記載していない未使用の手形用紙に会社印などが押印されている
  • 手形の控えに金額、振出日、支払期日、受取人を書き入れていない
  • 社長、経理担当者が支払期日に不在の場合が多い

2)回り手形

回り手形とは、

取引先自らが振り出した手形ではなく、裏書譲渡された手形

です。裏書譲渡された手形は、振出人だけでなく、裏書人にも支払いを請求できるので、この点については安全といえるかもしれません。

ただし、特に裏書人が多い場合は注意しましょう。振出人や裏書人に信用があれば、自社に回ってくる前に銀行や手形割引専門業者が手形を割り引いてくれるはずで、次から次へと裏書されることは少ないと考えられるからです。従って、裏書人の多い手形は「危ない手形」の恐れがあります。もし、回り手形が振り出されたら、裏書人が正しく連続しているかについても確実にチェックしましょう。

なお、割引手形と似ているところがありますが、回り手形が支払目的である一方で、割引手形は支払期日よりも前に現金化することを目的とするという違いがあります。

3)融通手形

融通手形とは、

実際の商取引が伴わず、単に資金を調達する目的で振り出される手形

です。手形の受取人は、この手形を銀行などで割り引く(手形割引)ことで当面の資金を調達します。資金繰りに窮した会社同士が、相互に発行しあうこともあります。

融通手形を振り出せば、手形振出人は手元に現金がなくても資金に困った人の面倒を見ることができますが、手形の受取人は返済資金を工面できず、結果として手形の振出人にその請求がくるケースが多いです。そのため、

取引先から融通手形振り出しの依頼があっても、断るのが賢明な判断

です。一般的に、「振出会社の名義が、手形を持ち込んできた会社の通常の取引先とは考えにくい場合」「取引関係からみて手形金額が大き過ぎる場合」などは、融通手形の可能性があります。また、融通手形が回り手形として回ってくる恐れもあるので注意しましょう。

4)偽造手形

偽造手形とは、

振出人の署名を偽ったり、手形用紙や印鑑を盗用したりする、文字通り、偽造の手形

です。偽造手形は、受取人側が「振出人本人が手形用紙の振出人欄に署名したこと」を立証できない場合、手形の受取人は現金化することができない場合があるので注意が必要です。

3 「危ない手形」のチェックポイント

1)約束手形の絶対的記載事項

約束手形には、必ず記載しなければならない「絶対的記載事項」があります。これらが間違いなく記入されているかを確認しましょう。

「約束手形」という文字、金額(チェックライターまたは漢数字で記載されているか確認)、支払い約束の文言、支払期日、受取人、支払地、振出日、振出地、振出人の署名

もし、以下に該当する手形があれば、それは「危ない手形」である恐れがあります。

  • 振出日と支払期日の間が通常より長い
  • 支払日を訂正している(資金繰りが厳しくなっている可能性がある)
  • 手形の金額が振出人の規模からみて大き過ぎる
  • 振出人のメーンバンク以外から振り出されている(融通手形の可能性がある)
  • 裏書人の数が多い(回り手形)

また、手形の記載に誤りや有害的な文言がある場合、手形そのものの効力が無効になるので注意しましょう。例えば、

支払期日:令和7年1月1日、振出日:令和7年3月1日

など、支払期日よりも振出日が後の場合、手形は無効になります(最高裁平成9年2月27日判決)。

2)振出人の経営状態の確認

「手形が危ない」とは、手形を振り出した会社の倒産が近いことを意味します。従って、その手形を振り出した会社や裏書をしている会社がどのような経営状態にあるかについて調べれば、手形の危険度が判断できます。会社の経営状態を調べる際、留意すべき事項は次の通りです。

1.「割止め情報」があるか

「割止め情報」(市中金融機関が手形の割引を拒否したという情報)を入手したからといって、その会社が倒産するとは限りませんが、その会社が危険な経営状態である可能性は高いと考えられます。また、振出人の所在地の登記事項証明書を取り、「不動産があるかどうか、もしある場合、担保が付いているかどうか」などを調査しておくのも万一の備えとして有効です。

2.同業者の間で悪い噂が立っているか

「債務超過に陥っているらしい」「銀行から融資を断られたらしい」など信用不安に関する情報を同業者からキャッチしたときには、その会社は危ないと判断したほうが賢明かもしれません。ただし、当然ながら噂の出所や真偽のほどについては十分に確認する必要があります。

3.過去に手形ジャンプの要請があったか

手形ジャンプとは、手形の支払期日を先の日付に延長することです。手形ジャンプの要請は、その会社の資金繰りが逼迫していることを示します。手形ジャンプの要請があったことは、すぐに同業者や市中金融機関などに知れ渡り、結果としてビジネスに支障を来したり、融資を受けられなくなったりする恐れもあります。従って、手形ジャンプの要請は倒産の兆候と判断すべきかもしれません。

4.大口の焦げ付きが発生しているか

手形振出人の得意先が倒産し、振出人に大口の焦げ付きが発生した場合は注意が必要です。資金繰りに支障を来し、振出人まで連鎖倒産する恐れがあります。

4 手形による被害に遭わないための債権保全

どれほど注意しても、受け取った手形が不渡りになる可能性は否定できません。たとえ不渡りになったとしても、確実に債権が回収できるよう事前に対策を取っておく必要があります。

1)人的担保

一番簡単な対策は、資力のある人に手形の支払いを保証してもらうことです。手形上に保証人として署名してもらう方法の他に、手形の原因となった債務について振出人の社長、専務、常務などの役員に個人保証してもらうのが一般的です。ただし、個人企業や中小企業の場合、多くの債務に役員の個人保証が付いていて、振出人の破産とともに役員個人も同時に破産することもあるため、個人保証をしてもらったからといっても必ずしも十分ではありません。

なお、改正民法により、役員などではない個人が、事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約を締結する場合、その締結日の前1カ月以内に作成された公正証書(保証意思宣明公正証書)を作成し、保証人になる個人が、保証債務を履行する意思を表示していなければなりません。

2)物的担保

営業所や社長の自宅などに根抵当権、もしくは金額を確定した抵当権を設定するのも効果的な対策です。

また、倉庫などに特定の商品を一定量常に保持しておく等の義務を相手方に負わせ、不渡りの場合、その商品を引き揚げる契約(集合動産譲渡担保契約)を交わす方法もあります。この契約書には、公証人の確定日付を押印してもらうとよいでしょう。

ただし、確定日付は「遡及(バックデイト)」していない証拠にはなりますが(日付によっては管財人から否認されないというメリットがある)、集合動産譲渡担保を破産管財人など第三者に対抗するには対抗要件が必要です。

5 不渡りとなった場合の対処

1)債権保全をしていない場合

振出人に対して「手形訴訟」(もしくは通常の訴訟)を提起すると同時に、商品、銀行預金など相手の資産の仮差押えを行います。仮差押えは、将来の強制執行に備えて振出人の処分権を奪っておくために行うものです。

なお、手形訴訟は通常訴訟よりも簡易迅速に債務名義(判決)を取得することを目的とする特別の訴訟手続です。そのため、通常訴訟と異なり、証拠調べの方法が原則として書証に限られ、原則として控訴が認められないなど簡略化された訴訟手続きです。

2)債権保全をしている場合

物的担保を取得している場合、担保権の行使によって債権の保全を図ります。人的担保を取得している場合、振出人と手形上の保証人を債務者として手形訴訟(もしくは通常の訴訟)を提起するか、簡易裁判所を通じて行う支払督促の申し立てをします。判決や支払督促などの債務名義を取得しているのに、それでも支払に応じない場合は、強制執行を行うことになります。

なお、担保権を行使しても、相手方が不渡り金額の返還に応じられそうにないときは、相手の扱う商品、原材料などを譲り受け、対価で相殺するのも選択肢の一つです。

以上(2025年7月)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:Mariko Mitsuda

【分かりやすい原価計算(6)】設備などの初期投資は超・固定費~投資の判断を左右する「回収期間」~

1 設備などの初期投資は、超・固定費

「設備投資がなかったら、どんなに楽だっただろう」という嘆きを聞くことがあります。この設備投資というものが、どうしてその後の状況の変化で大きな問題になるのか、投資するときにはどのようなことに気を付ければよいかを一緒に考えていきましょう。これも原価計算が解決する課題です。

費用をかけるときはそれが変動費であるか固定費であるかを理解しておく必要があります。そして、今回は固定費の中の固定費ともいえる「初期投資」について説明したいと思います。

固定費は、売上の増減によらず一定額発生する費用であり、何か手を打たなければ将来にわたり発生し続けるものです。これに対して、初期投資は、

設備や新規事業など多額のお金がいっぺんに出ていってしまうもの

です。支払ったら最後、もう取り返すことはできません。実は、この特徴が通常の固定費(基本的に将来にわたって発生が続く費用)以上にやっかいなのです。

どういうことかというと、初期投資を支払った後で、状況が想定と違ってしまうケースがあります。例えば、海外から観光客が増えているからとホテルを建設中にコロナ禍に見舞われた会社は、既に建設に要した初期投資を取り戻すことはできません。また、仮にホテルはなんとか開業できたとしても、人の動きが抑制され宿泊客が激減している状況では、建設にかかった初期投資をすぐに取り戻すことは不可能です。このように、過去に支払ってしまったものというのは、当たり前の話ではありますが、どうにもできないのです。

初期投資のために銀行から借入をする場合も、考え方は同じです。なぜなら、自社から実際にお金が出ていくタイミングが銀行からの借入によって後ろ倒しになるだけで、結局自社で負担せざるを得ないのは同じだからです。

そうは言っても、経営をする以上は投資をしないというわけにはいきません。では、どうすればよいでしょうか。それは、初期投資が必要になった場合には、その案件の自社にとっての負担の大きさ、つまりリスクの大きさを客観的に理解しておくと判断がしやすくなります。

2 リスクは「回収期間」でつかもう

初期投資のリスクの大きさを測る指標として「回収期間」を使います。ざっくり言えば、回収期間とは「投資後、何年たったら収支がトントンになる予想なのか」を示しています。

例えば、新工場建設にかかる投資の回収期間が2年という場合には、新工場が予定どおりに操業し売上につながれば、投資で出ていった金額と同じ金額が入ってきて元がとれるのが、2年後ということです。

「回収」という言葉の意味は、かけたお金が回収できる、つまり、収支がトントンになることを意味します。ちなみに、有名な「損益分岐点売上高」は、損益計算書上の収支がトントン、つまり利益がゼロになる売上高のことです。回収期間というのは、「投資版の損益分岐点売上高」と考えると分かりやすいかもしれません。

次に、判断の仕方です。回収期間が2年と4年であればどちらがいいでしょうか。答えは2年です。

この数年の間で痛感した方も多いと思いますが、遠い将来ほど予測することは難しいものです。回収期間においても、先は分からないので、長くないほうが安全という考え方がベースにあります。回収期間は簡単に計算できますので、ぜひ勘を鍛えるために次の数値例を参考にしてください。

3 事例で確認。回収期間で見る投資リスク判断

機械の購入代金が100万円であり、手元に残るお金が年30万円という投資案件があったとします。まず、投資のマイナスと投資してからの収支のプラスを前から足していき、プラスになるところを見つけます。

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この場合、

-100万円(機械の購入代金。つまり初期投資額)に30万円+30万円+30万円+30万円で4年目でプラス

になります。プラスになる年数が同じであれば、その中でも小数点以下がどれくらいになるかの端数を見て判断します。

最初の3年と、4年目は10万円だけあればよいので、10万円を1年分の30万円で割って0.33…、3.33年となります。

この投資の回収期間は、3.33年と評価します。

4 実務の手順の肝は、予測数値の洗い出し

実際の実務の手順は、

  1. 投資額を見積もる
  2. 変化する収入と費用の金額を洗い出す
  3. 「回収期間」を計算
  4. 計算結果をもとに経営者と検討

となります。上記で見たように計算自体は簡単ですが、肝となるのは1.と2.の手順です。

1.については、業者に設備の見積もりを依頼するなどして投資額を見積もります。

2.については、製品の増産や新製品の販売によって売上が増える場合はその金額を変化する収入として予測します。また、それにともなって増加する仕入などが変化する費用です。あるいは、人を増やさないといけないのであれば、人件費の増加も変化する費用になります。ここでポイントとなるのは投資によって変化するものを考えるということです。投資してもしなくてもかかる費用は、考える必要がありません。なぜなら、投資してもしなくても変わらないので、投資の判断には影響がないからです。このように数値を予測するところが大事になります。

5 回収期間は何年がベスト!?

投資の検討をする際、回収期間は短いほうが安全でよいのは分かると思います。では、実際の判断に用いるときには、具体的に何年までならよいのでしょうか。実は、この点については、各社の資金状況や事業の種類によって大きく異なります。そのため、個別に判断していくしかないのです。そして、同じ業種でも扱うジャンルによっては、回収期間の目安は異なるべきです。

飲食業で考えてみましょう。飲食業は、出店のために6カ月分の敷金や什器備品を必要とするなど初期投資が多い業種の1つです。そのため、回収期間が指標として重視される傾向にあります。

例えば、タピオカ屋を出店するとしましょう。数年前に流行したのはまだ記憶に新しいですが、タピオカのような新メニューを主に扱う場合には、その流行が数年、数十年にわたって続くかどうかはその時点では分かりません。とすると、回収期間としてはできるだけ早く、数カ月から1年程度、長くても2年以内を目指したほうが安全でしょう。

一方、出す店がラーメン屋だった場合は話が変わります。ラーメンは、人気が安定しているジャンルといえるため、タピオカに比べれば、長い期間需要が見込めるでしょう。もちろん、回収期間は短いほうがいいものの、3~5年程度の回収期間であれば、許容できることも多いといえます。

このように、同じ飲食業でも主力のメニューが違えば、顧客や市場の状況はまったく異なります。その結果、回収期間の目安にも大きな影響を与えるのです。そこで、自社が取り組む事業の性質を十分理解した上で、目安は各自が設定するしかありません。逆に、目安がイメージできないようであれば、その事業や業種に関する情報収集が十分ではない可能性がありますので、再考したほうがいいかもしれません。

いかがでしょうか。固定費の中の固定費である「初期投資」の判断に役立つ手法として、回収期間を押さえて、次の一手につなげてほしいと思います。

以上(2025年5月更新)

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クラウドソーシングや在籍出向の労務管理のポイントは?

1 「人は欲しいが先行きは心配」な社長へのご提案

人手不足と働き方改革が同時に進む日本では、働き手の確保がますます難しくなりました。一方、先行きが不透明な中で新たに社員を雇用すると、後々の負担になってしまうという心配もあります。「人は欲しいが先行きは心配」、そんな社長にご提案したいことが2つあります。

1つは、

「業務委託」や「在籍出向」など、雇用によらない方法で働き手を確保すること

です。業務委託(この記事では主にクラウドソーシングを紹介)については、仲介業者が数多く存在しており、必要なときだけ随時仕事を依頼したいという会社に向いています。直接雇用ではないので、負担も軽いです。在籍出向は、親会社と子会社などのグループ間で社員を行き来させる制度ですが、こちらも出向期間を決めることで、必要なときだけ働き手を確保できます。

もう1つは、

「副業の解禁」など、働き方の自由度を上げて今いる働き手を会社に定着させること

です。人手不足なのに副業を解禁するというのは矛盾しているように思えますが、働き方改革の視点では、現在雇用している社員が会社から離れていかないための工夫が大切です。それに、御社が副業人材を受け入れることもあるでしょうから、副業について最低限の知識を得ておくことは重要なのです。

以降で、業務委託、在籍出向、副業それぞれの労務管理のポイントを紹介します。

業務委託、在籍出向、副業の労務管理上の違い

2 業務委託

1)概要

業務委託とは、

外部の法人や個人に自社の業務を委託する契約(請負契約や準委任契約)の総称

です。業務委託契約の形態はさまざまですが、ここではその一例として「クラウドソーシング」を紹介します。

クラウドソーシングでは、仕事を受けるフリーランス(個人)と仕事を依頼する会社が、それぞれ仲介業者の運営する人材プラットフォームに登録し、オンライン上で両者がマッチングすることなどにより、業務委託契約が締結されます。契約締結後、フリーランスは会社から依頼された仕事をこなし、会社は仕事に対する報酬をフリーランスに支払います。

クラウドソーシングのイメージ

なお、フリーランスに仕事を頼む場合のルールについては、2024年11月に「フリーランス・事業者間取引適正化等法」が施行されたことで、規制が厳しくなっています。細かい内容については、厚生労働省ウェブサイトのリーフレットなども併せてご確認ください。

■厚生労働省「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス・事業者間取引適正化等法)■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00002.html

2)業務上の指示

業務委託契約では、会社はフリーランスに対し、稼働する場所や時間、業務の進め方などについて具体的な指示を出すことができません。不用意に指示を出すと、フリーランスが労働基準法上の「労働者」とみなされる恐れがあり、その場合、

  • 稼働時間に応じて、時間外労働や休日労働の割増賃金を支払わなければならなくなる
  • 業務委託契約を解消した場合、フリーランスから不当解雇を主張される

などのリスクが生じます。

会社は、業務の進め方について注文があれば、必ずフリーランスと協議し合意を得るようにします。ただし、会社の注文を受けるか否かはフリーランスに決める権利があるので、会社が一方的に命令することはできません。トラブルを防ぎたいのであれば、業務委託契約を結ぶ時点で、業務の内容をできるだけ明確にしておく必要があります。

なお、2024年11月からは、会社がフリーランスに仕事を頼む際、

書面(契約書や発注書)、電磁的方法(メールやSNS)で取引条件を明示することが義務化(口約束はNG)

されています。クラウドソーシングの場合は、仲介業者がフォーマットなどを用意してくれていることも多いですが、注意しましょう。

3)報酬の支払い

会社は、仕事の完成などを確認したら、業務委託契約に基づいてフリーランスに報酬を支払います。クラウドソーシングのように仲介業者を挟む場合、例えば

  1. 会社が仲介業者に対し、フリーランスに支払う分の報酬を預ける
  2. 仕事の完成などの後、会社から預かった報酬を、仲介業者がフリーランスに支払う

といった流れで支払いが行われます。仲介業者は、会社から預かった報酬から、人材プラットフォームの利用料などを差し引いてフリーランスに支払う場合があります。

なお、2024年11月からは、

フリーランスから「給付を受領した日」から起算し、原則60日以内のできる限り短い期間内で報酬の支払期日を定め、期日までに報酬を支払うこと

が義務化されていますので、支払い遅延がないように注意しましょう。「給付を受領した日」とは、フリーランスが仕事を完成させ、納品等を終えた日という意味です。

4)労働時間管理

フリーランスは労働者ではないため、労働時間管理という概念はありません。

そのため、会社はフリーランスに「何時から何時まで働くように」と指示することはできません。万が一こうした指示を出すと、フリーランスが労働者に該当する恐れがあり、「稼働時間に応じて割増賃金を支払わなければならなくなる」などのリスクが出てきます。

5)社会労働保険の適用

社会保険(健康保険・厚生年金保険)と労働保険(雇用保険・労災保険)は、労働者でないフリーランスには原則として適用されません。ただし、フリーランスが個人で国民健康保険に加入したり、エンジニアなど特定の職種に該当する場合に、労災保険に特別加入(会社ではなく特別加入団体の労災保険に加入)したりすることは可能です。

そのため、会社では社会労働保険の実務は基本的に発生しません。ただし、労働災害に関しては、自社の労災保険には加入しなくても、フリーランスの安全や健康が損なわれないよう業務委託契約の内容に配慮したり、自社の社内で作業をする場合に事故などが起きないよう配慮したりする必要があります。

なお、建設業のように労災事故の発生率が高い業種では、フリーランスに仕事を発注する際、労災保険に加入していることを発注の条件にしているケースも多いです。

3 在籍出向

1)概要

在籍出向とは、

社員が出向元(社員を送る側の会社)との労働契約を維持したまま、出向先(社員を受け入れる側の会社)とも労働契約を締結して働くこと

です。基本的には、親会社と子会社などのグループ間で活用される制度です。

在籍出向では、出向元から出向を命じられた社員は、出向先の指揮命令を受けて働きます。出向社員への賃金を出向元が支払う場合、出向先は通常、出向元に出向負担金を支払います。

在籍出向のイメージ

2)業務上の指示

社員に業務上の指示を出せるのは、原則として出向先です。

自社が出向元の場合、社員の業務については、原則として口を出さないようにします。ただし、出向先が出向契約にない業務を命じている場合などは必要に応じて改善を求めます。

自社が出向先の場合、出向契約にない業務を社員に命じる必要があれば、その都度出向元と相談します。

3)賃金の支払い

出向契約により異なりますが、賃金は、出向元が支払うことが多いです。

自社が出向元の場合、出向元が賃金を全額負担するのであれば、賃金支払いの実務は基本的に従前通りです。なお、通常は出向負担金を賃金に補填します。

自社が出向先の場合、出向元が賃金を全額負担するのであれば、特に注意点はありません。

4)労働時間管理

出向契約により異なりますが、労働時間は出向先が管理します。時間外労働や休日労働については、出向先の36協定(労働基準法第36条に基づく労使協定)が適用されます。なお、

出向元が賃金を全額負担するのであれば、出向元も社員の始業・終業時刻や時間外労働や休日労働の時間を把握する必要

があります。

自社が出向元の場合、出向先または社員から、毎月末日など給与計算の締日に勤怠実績(勤怠管理表など)を提出してもらい、それに基づいて賃金を支払います。

自社が出向先の場合、出向中の始業・終業時刻を管理し、社員が自社の36協定に違反しないよう注意します。

5)社会労働保険の適用

社会保険と雇用保険は、出向元が賃金を全額負担するのであれば、出向元で加入します。労災保険は、出向先の労災保険が適用されるのが一般的です。

自社が出向元の場合、社会労働保険の実務は基本的に従前通りです。

自社が出向先の場合、社員が自社で負傷などをしたときは、労災保険関連の手続きを速やかに行います。また、出向元が賃金を支払っている場合でも、労災保険に係る保険料は出向先が納付します。

4 副業

1)概要

副業とは、

社員が本業先(先に社員と労働契約を締結した会社)と副業先(後から社員と労働契約を締結した会社)の両方で仕事をすること

です。副業中は、社員は副業先の指揮命令を受けて働きます。なお、本業先と副業先の間に金銭のやり取りは発生しません。

副業のイメージ

2)業務上の指示

社員の業務の内容は、副業先と社員の労働契約で定めます。副業中における業務上の指示も、副業先が出します。

自社が本業先の場合、副業中の社員の業務については、口を出さないようにします。本業先の経営者が副業先の経営者に対し、「ウチの社員の成長のために、〇〇の方法で業務をやらせてみてくれないか?」といった相談をするような場合も、決定権限はあくまで副業先にあることを忘れてはいけません。

自社が副業先の場合、自社の労働契約や就業規則に基づいて、通常の社員と同じように業務を行わせればいいので、特に注意点はありません。

3)賃金の支払い

賃金は、副業先での労働については副業先が支払います。

自社が本業先の場合、副業先での労働について賃金を支払うことはありません。ただし、社員が本業先と副業先の両方で働く場合、後述の時間外労働のルールを理解して割増賃金を支払う必要があります。

自社が副業先の場合、同じく割増賃金の問題を除けば、特に注意点はありません。

4)労働時間管理

労働時間は、本業先と副業先がそれぞれの就業先での労働時間を管理します。

時間外労働については、社員が1日の間に本業先と副業先の両方で働く場合、両社の労働時間を通算し、法定労働時間(原則として1日8時間、1週40時間)と照らし合わせて判断します。例えば、1日の中で本業先で5時間、副業先で4時間働いた場合

  • 1日の労働時間は通算9時間
  • 時間外労働は1時間(9時間-8時間)

となります。なお、この場合、

時間外労働は原則として労働契約の締結時期が遅い会社で発生したと判断(例外あり)

されます。一般的には、副業先で1時間の時間外労働が発生することになるでしょう。

社員が1日ごとに就業場所を変えている場合は、通常の労働時間管理と同じです。例えば、月曜日に本業先で10時間(副業先での勤務なし)、火曜日に副業先で9時間(本業先での勤務なし)働いた場合、

  • 月曜日については本業先で2時間(10時間-8時間)の時間外労働
  • 火曜日については副業先で1時間(9時間-8時間)の時間外労働

が発生します。

自社が本業先の場合も副業先の場合も、こうした時間外労働のルールに注意して労働時間管理を行いましょう。なお、自社は自社以外の就業場所での労働時間を、社員からの自己申告などによって把握する必要があります。ただ、この点については、

労働基準法の遵守などに支障がなければ、「一定の日数分の労働時間をまとめて申告させる」などの対応でも問題ない

とされています。詳細については厚生労働省のガイドラインをご確認ください。

■厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html

5)社会労働保険の適用

社会保険の適用要件は、本業先と副業先それぞれにおいて判断されます。社員が本業先と副業先の両方でそれぞれ被保険者要件を満たす場合、

  • 本業先か副業先を「主たる事業所」として選択し、報酬月額を合算し社会保険料を算定
  • 社会保険料は、本業先と副業先の報酬月額に応じて案分

されます。特に、社会保険の適用拡大に伴い、副業先が特定適用事業所に該当している場合等は、短時間勤務であったとしても被保険者要件を満たしているケースも出てきますので、注意する必要があります。

雇用保険は、それぞれの会社において被保険者要件を満たす場合、

賃金額が多いほうの会社で加入

します。ただし、65歳以上で一定の条件を満たす社員に限り、本業先と副業先それぞれで被保険者要件を満たさない場合であっても、本業先と副業先の労働時間を合算して、雇用保険に加入することがあります(原則として、対象となる社員自身が手続きを行います)。

労災保険は、副業中は副業先の労災保険が適用されますが、労災保険給付の支給額については、本業先と副業先の賃金額の合計を基に算定されます。

自社が本業先の場合も副業先の場合も、社員が社会保険の被保険者要件を満たすか、自社以外で雇用保険に加入していないかを確認しましょう。

また、自社が本業先の場合も副業先の場合も、社員が自社で負傷などをしたときは、労災保険関連の手続きを速やかに行います。自社で起きた労働災害でない場合も、社員から事業主の証明を求められる場合がありますので、その際は適切に対応します。

以上(2025年5月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:Mono-Adobe Stock

(後編)若手・中堅社員400人アンケート 社長の頼もしかった/残念だった瞬間

1 若手・中堅社員は「社長」のことを、こう見ている!

「いまどきの若手・中堅社員には、社長に対する敬意というものが感じられない!」

社長の皆さん、そんな思いをされたことはありませんか? この記事では、20代、30代、40代の社員400人から回答を得た、自社の社長をどのように見ているかに関するアンケートの結果を、前後編に分けてお送りします。

次の2点の質問について、得られた回答を6つの項目に分類して紹介します。

  • 「あなたの会社の社長を頼もしいと感じた瞬間はどのようなときでしょうか?」
  • 「あなたの会社の社長を残念だと感じた瞬間はどのようなときでしょうか?」

後編も、「納得できない!」と感じる回答が少なくないかもしれません。でも、もし1つでも「なるほど」と思えるものがあれば、他山の石として、参考にしてみてはいかがでしょうか。若手・中堅社員との距離が少し縮むかもしれません。

アンケートは2025年4月に、インターネットを通じて行いました。回答の中で、明らかに誤字と思われる表記などは修正しています。また、前編についてはこちらをご確認ください。

2 社長は「Cool Head, but Warm Heart(冷静な頭脳と温かい心)」で

1)第1選:冷静に、よく考えて行動しないと…

熟慮の末の決断なのに、「コイツ、何も考えてないな」と思われていたら、つらすぎます。

頼もしかった/残念だった瞬間その1

2)第2選:現場の人の気持ちを大事にしましょう!

強い会社は強い現場から。いつまでも現場の気持ちを忘れない社長でいたいものです。

頼もしかった/残念だった瞬間その2

3)第3選:リーダーにコミュニケーション能力は欠かせません

社員との連絡は、少なすぎても多すぎてもダメ? 社員との距離感は難しいです。

頼もしかった/残念だった瞬間その3

4)第4選:変わり、変える勇気を持ち続けましょう

いつまでも、しなやかに時代の変化に柔軟に対応し続けたいものです。

頼もしかった/残念だった瞬間その4

3 社長は器が大きくないと!

1)第5選:器の大きさって何だろう?

「細かいところに気を使って、何が悪い!」と言うと、若手・中堅社員からはさらに「器が小さい」と評価されてしまうのでしょうか?

頼もしかった/残念だった瞬間その5

2)第6選:ビジネスパーソンに報いるには、やっぱり「これ」です!

社長の評価も、最後はやはり金次第?

頼もしかった/残念だった瞬間その6

以上(2025年6月更新)

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画像:いらすとや

(前編)若手・中堅社員400人アンケート 社長の頼もしかった/残念だった瞬間

1 若手・中堅社員は「社長」のことを、こう見ている!

「いまどきの若手・中堅社員は、社長(自分)のことを何だと思っているのか!」

社長の皆さん、そんないら立ちを感じることはありませんか? 若手・中堅社員の自分への態度が、理解できないこともあるでしょう。この記事では、20代、30代、40代の社員400人から回答を得た、自社の社長をどのように見ているかに関するアンケートの結果を、前後編に分けてお送りします。

次の2点の質問について、得られた回答を7つの項目に分類して紹介します。

  • 「あなたの会社の社長を頼もしいと感じた瞬間はどのようなときでしょうか?」
  • 「あなたの会社の社長を残念だと感じた瞬間はどのようなときでしょうか?」

回答内容の中には、「人の気持ちも知らないで…」と感じる意見が少なくないかもしれません。でも、もし1つでも「なるほど」と思えるものがあれば、他山の石として、参考にしてみてはいかがでしょうか。若手・中堅社員との距離が少し縮むかもしれません。アンケートは2025年4月に、インターネットを通じて行いました。回答の中で、明らかに誤字と思われる表記などは修正しています。また、後編についてはこちらをご確認ください。

2 社長の仕事ぶりが注目されています

1)第1選:仕事ができてこそ社長たるもの

社長は、名監督兼名選手であることが求められているようです。

頼もしかった/残念だった瞬間その1

2)第2選:仕事への向き合い方も見られています

社員の前ではつらい顔ができないのが、社長のつらいところです。

頼もしかった/残念だった瞬間その2

3 組織のトップとしての自覚が求められています

1)第3選:社員は社長のリーダーシップに期待しています

やはり社長には、トップとしての力量が求められているようです。

頼もしかった/残念だった瞬間その3

2)第4選:社員を大切に扱っていますか?

社長から「大事だ」と言われると、お世辞だと思っていても社員はうれしいものです。そして、社員を怒りのはけ口にするのは、控えたほうがよさそうです。

頼もしかった/残念だった瞬間その4

3)第5選:話し上手に聞き上手

話すのも上手、聞くのも上手。社長のハードルは高い!

頼もしかった/残念だった瞬間その5

4 「社長として」よりも「人として」?

1)第6選:“人間力”が重要です

トップでいるには、1人の人間として尊敬されることも重要です。

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2)第7選:他にはこんなところも……

社長はこんなところまで見られています。

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以上(2025年6月更新)

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画像:いらすとや

カーボンクレジットを活用した「地域の脱炭素」から日本の脱炭素の実現へ。圧倒的な深さとスピード感、そして多くの人を巻き込む力。地域金融機関や自治体とのスピード連携の根底にあるのは「自分は黒子。周りを良くする、周りを喜ばせたい」という仕事への姿勢/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、下村 雄一郎さん(株式会社バイウィル 代表取締役社長)です。

「日本の脱炭素を、カーボンクレジットで真剣に目指す」

と大きな夢を掲げ、着実にしかも迅速に事業を進めている下村さん。

この日本で、カーボンクレジットが環境的にも大きな意味があり、そしてちゃんと経済的にもメリットがあるものとして普及していくようカーボンクレジットの創出と流通に尽力しているわけですが、ポイントの一つは、

自治体や地域金融機関と連携し、地域企業を巻き込んで、「地域を主役」に進めている

ところです。

こうした下村さんたちの取り組みはとても注目されており、日本の林業界では知らない人がいないくらいの林業会社の代表や元環境省事務次官、元金融担当大臣といったそうそうたる顔ぶれが顧問に名を連ねています。

下村さんたちは、地方銀行など日本全国の地域金融機関や自治体、地方のテレビ局などとかなりのスピード感を持って連携してきています。「自分のことよりまず周りのこと。人を喜ばせたい」という下村さんの仕事に取り組む姿勢が、多くの人を惹きつけ巻き込んでいるからこそ、すごい勢いで賛同され、連携がどんどん広がっているのではないかと感じます。

この記事では、下村さんのそうした仕事への姿勢やカーボンクレジットの事例などをお伝えします。新しい年を迎えた今、多くの経営者の方や、地域金融機関の方に、

  • 2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする)に向け、継続していける地域の脱炭素活動とはどういうものなのか
  • 人とかかわってビジネスを進めるときに大切なことは何か

などのご参考になりましたら幸いです。

【プレスリリース】経営体制強化のため、顧問7名を招聘(2024年9月)
https://www.bywill.co.jp/news/20240905-2
【プレスリリース】元大和証券 専務取締役の丸尾浩一氏と元日本郵政 専務執行役CCOの早川真崇氏がバイウィルのアドバイザーに就任(2025年4月25日)
https://www.bywill.co.jp/news/20250425

1 バイウィルのパーパスと下村さんのプロフィール

事業開始からたったの2年あまりで、カーボンクレジットについて地方銀行など119のパートナー(2025年5月7日時点)と提携してきた下村さんたちバイウィル。掲げるパーパスは次の通りです。

バイウィルのパーパス

(出所:株式会社バイウィルのコーポレートサイトから抜粋)

注目度も高く快進撃を続けているバイウィルの根底には、「下村さんの描く大きなあるべき姿=夢」「環境的意義に加え、経済的にもメリットがある分かりやすい仕組み」、そして何より「地域が主役」「人のために」といった「下村さんの仕事の姿勢」がありました。

まずは下村さんのプロフィールからご紹介します。

下村さんのプロフィール

(出所:株式会社バイウィル会社紹介・サービス紹介資料より抜粋)

プロフィールからも分かる通り、ビジネスのプロフェッショナルな下村さん。それだけではありません。コンサルティング会社の後「夢ある人を“勝手に”応援する会社」をつくったりするなど、とにかく常に「人のために」の姿勢を貫いている方でもあります。

2 下村さんが注目される理由を紐解くと「姿勢」が見えてきた

下村さんが行っているカーボンクレジットが注目されているのにはさまざまな理由がありますが、ここでは次のような、下村さんの「仕事に取り組む姿勢」に焦点を当ててみたいと思います。

  • 地域が主役、自分たちは黒子に徹する
  • 自分よりも周り。人を喜ばせたい
  • 大義と実利

1)地域が主役、自分たちは黒子に徹する

下村さんがバイウィルの社長になってからは、カーボンクレジットに絞って事業を展開しています。なぜカーボンクレジットを選択したかについて、下村さんは、次のように話しています。

「カーボンクレジットに取り組んだ結果、CO2の削減量などを増やした分が環境価値になり、さらにはそれが経済価値になって、お金として循環するという……。『環境の取り組みそのもの』がサステナブルであってほしい、という願いも込めてカーボンクレジットを選択しました」

意義もあり、かつ、経済的メリットもあるということが、環境の取り組みを継続していくためには重要だと下村さんは繰り返します。

カーボンクレジットを選択した下村さん、

どうせやるならいくとこまでいったるか!

と決めて、大きな夢「日本の脱炭素を、カーボンクレジットで真剣に目指す」を掲げます。「日本の」とはいえ、日本には47都道府県それぞれ地域があります。そこで下村さんは「地域の脱炭素」から日本の脱炭素を実現しようと考えます。ここでも下村さんは大事なキーワードを話しています。

とにかく地元、地域の方々が主役。私たち(バイウィル)は黒子に徹する。そうしたほうが地域の脱炭素は進む

「地域が、地元が主役」を繰り返す下村さん。地域の方々が主役ということは、旗振り役も地域の方々です。地方銀行や自治体が旗振りして自主的に進めていくのを、下村さんたちは後ろで支援する。そういう仕組みやモデルを作って、地方銀行や自治体との連携を増やしてきたといいます。これは、地方銀行や自治体にとっては、本当にうれしい、地域のことを本当に考えている取り組みといえるのではないでしょうか。

こうした「地域が主役、自分たちは黒子」という思いについて、下村さんは、次のように説明してくれました。

「自分がまだ20代、30代だったら『自分たちのサービスや商品が一番』と掲げて世の中に広げていくのかもしれないですし、若いころは、実際にそれに近いことをしていたと思います。

ただ、自分が40代になって色々な方にお世話になって生きてきたからこそ、『やりたいことは日本の脱炭素であり、地域の脱炭素であり、地域にお金が循環する仕組み。その仕組みの中で自分たちが目立つ必要はなく、地域の皆さんが前に立っていただくのがよい』と考えるようになった。そういう、地域の方が主役になるビジネスをつくりたい」

こうした考えを伝えてきたことが、わずか2年足らずで66もの地方銀行や自治体との連携を実現しているのだと思います。

サービス紹介

(出所:株式会社バイウィル会社紹介・サービス紹介資料より抜粋)

また、地域の脱炭素を継続して実現していくために、実際に地方銀行などに利益を出すということも、連携が進んできた理由といえるでしょう。ここも、下村さんの「自分は黒子として働き、周り、相手(地方銀行など)を喜ばせたい」という姿勢が貫かれているように思えます。

2)自分よりも周り。人を喜ばせたい

バイウィルでカーボンクレジットを手掛けているから、ということではなく、下村さんは、「自分よりも周りの人がよくなるように。人を立てる。人を喜ばせたい。人のために」という姿勢を、もっと前から持っていて、ずっとその姿勢で仕事に取り組んでいると思います。

ご自分からはお話になりませんが、下村さんは、以前のコンサル会社時代にもそういうことをやってきています。当時、コンサル会社における関西の責任者として、全く縁もゆかりもない関西エリアに一人で乗り込んで来た下村さん。にもかかわらず、当時、地方銀行(コンサル時代も地方銀行とはかかわっていました)と徹底的に黒子の立場で、ほとんど常駐くらいの勢いで現場に入っていました。自分は黒子に徹して、銀行(相手、かかわった人)と真摯に向き合って喜ばせるという下村さんの姿勢は、当時からとてもあったように思います。

コンサル会社の最後の2年9カ月、下村さんはメガバンクに出向しており、法人戦略部で銀行内部のことにも取り組んでいました。そこでも、ものすごくたくさんの方から慕われて頼りにされ、「(銀行に)残ってほしい」と盛んに言われていました。昔から「自分よりも周りの方々が良くなるようにする」という姿勢だった下村さん。こういう仕事の姿勢があるので、今、まさに全国の多くの地方銀行が賛同しているという素晴らしい結果につながっているのではないでしょうか。

「自分よりも周りに良くなってほしい、喜んでほしい」という姿勢の理由を聞いてみると、「自分ではなく周りの方がすごい方が多かったので。そういう方々と接して、そういう方々に憧れていくうちに、唯我独尊のようなビジネスをしたいとは全く思わなくなりました」という答えが返ってくる下村さんです。

3)大義と実利

2年あまりという短期間で多くの連携先を獲得している下村さんたちですが、特に一般的には時間がかかりそうな地域金融機関と数多く連携していることを考えると、圧倒的なスピード感です。

なぜここまで地域金融機関の賛同を得ているのか。下村さんは、「大義と実利」という言葉を地域金融機関に対してずっと言ってきたと語ります。

「地域金融機関さんからよく伺っていたのは、やはり、『地元のため、ということから逃れられない』ということです。それならば、地域の脱炭素というのは、地元に対する『大義』として掲げられる。金融庁も求めているとなると、『大義』はとても立ちやすいです。

一方、『大義』が立っても『実利』が無ければ、金融機関としては動けない。この場合の『実利』は、カーボンクレジットの発行です。発行して流通に回すと、そこに差益が生まれますので、そこを銀行さんに取っていただく。

ですので、例えば、その県のカーボンニュートラルを、その地方銀行さん主導で進めていただくのが大義。実利は実際にカーボンクレジットを発行・流通させた際の差益。こうして『大義』と『実利』を絡めながら、地域金融機関さんにお話させていただきました。

(連携を進めるのは)それでも難しいところはありましたが、ご縁がつながったり、ハブになってくださった金融機関さんがあったりしましたので、それと、やはり大義と実利。これを丁寧にお伝えしながらここまで来られたと思います」

ここにも、「地域金融機関を喜ばせたい、地域金融機関のためになることは何かを考える」という下村さんの気持ち、そしてそれを伝え実践し続ける真っ直ぐさ、あたたかさを感じます。これが地域金融機関に伝わっているからこそ、これほど多く賛同を得ているのだと思います。

3 今取り組んでいる事例と、顧問団の話

下村さんたちが今取り組んでいることや、2024年9月と2025年4月にリリースした顧問の方々について聞いてみました。

1)地域脱炭素推進コンソーシアム

地域金融機関や自治体、地方のテレビ局など、連携先を増やしているバイウィルは、2025年にはなんと、70~80くらいの自治体と連携協定する予定だそうです。こうした自治体との連携協定においても、「自治体とバイウィルではなく、地域金融機関に入ってもらうことに意義がある」と言う下村さんです。

また、バイウィルでは、「地域脱炭素推進コンソーシアム」も設立しています。カーボンクレジットについてまだまだ不明確な法的、会計的、税務的部分などについて地域金融機関と一緒にワーキンググループを立ち上げて、地域に脱炭素が浸透していくような取り組みを進めています。

地域脱炭素推進コンソーシアム

(出所:株式会社バイウィル会社紹介・サービス紹介資料より抜粋)

2)地域の脱炭素活動の取り組み事例

バイウィルでは、北は稚内(わっかない)から、南は屋久島(やくしま)まで、地域の脱炭素活動を行っています。

下村さんが「地域の脱炭素活動」をもう少し開いて説明してくださったのが次の内容です。

「例えば、自治体では『ゼロカーボンシティ』という、自治体参加でCO2排出量をゼロにしようという動きがすでに行われています。それに対して環境省なども補助金を出したりしている。ただ、どうしても体制などの問題でうまくいかないことがあります。そうしたときに、例えばこのカーボンクレジットは、『自分たちが持っている財産価値(森を持っていたり、電気をすべてLEDにしていたり)をまず、ちゃんと価値化しよう』というものです」

具体的な例として挙がったのは、バイウィルの連携先である中部圏の地域の事例です。

その地域では、まず市(自治体)が率先してLEDに変えた効果をクレジット化しようとしています。商工会議所と地元の地方銀行とで地元の企業に対してセミナーを開催し、「市も脱炭素の取り組みを行ってそれを価値に変えたので、地元の企業さんたちも一緒にやりましょう!」と呼びかけようとしています。

また、この市の場合、クレジットを買ってくれる側の大企業もあるのが大きな特徴です。

つまり、市がハブとなり、地元企業を巻き込んでクレジット化して価値を創出しようとしていたり、クレジットを買ってくれる側の地元の大企業も巻き込んで流通に回そうとしていたりしているのです。このとき、地元企業とつながりがある地元の地方銀行は、地域の現場で地元企業と連携を取り地域の流通に回す、ということをしています。

このような、自治体、地域金融機関、地元企業を巻き込んだ動きをしているのが、下村さんたちの地域の脱炭素活動の事例です。

なお、下村さんいわく、こうした地域の脱炭素事例は、地域ごとに特徴がいろいろあるそうです。例えば鹿児島だったら牛・豚系のメタンに注目しているとか、静岡だったらお茶に注目しているなど。地域特性を活かしながら、自治体や地方銀行に、自分たちで率先して創出し、流通に回すという仕組みをつくってもらいつつ進めているといいます。自治体も地方銀行も地元企業も巻き込みつつ、こうした地に足の着いたオペレーションに落とし込んでいるというのは、なかなか他にはないことで、他では実現しにくいのではないかと思います。

どうしてここまで、自治体と地方銀行が動けるのか、その理由は、

「分かりやすさと、大義と実利にこだわっているから。分かりやすくして、大義もあってお金にもなりますよ、というところがあるからです」

という下村さん。

「例えば、先ほど例に挙げた市の場合は、『LED化した人、この指とまれ』と言っているだけです。難しいこと、複雑なことをやろうとしているわけでは全くありません。

現場で地元企業と接する銀行の営業担当者にも、『地元企業の方に対して営業する必要はありません。LEDについて、この質問とこの質問だけしてください』というものを定めているんです」

この分かりやすさ、現場での取り組みやすさ、動きやすさ。これもすべて、周りをよくしたいという下村さんの気持ちが細部にまでも表れているということではないでしょうか。

バイウィルには、メンバーとして銀行出身者やメーカーの営業出身者がいて、ひたすら全国各地を回り、そこで得た情報を定期的に情報交換して地域ごとのプランとモデルをつくる、そしてそれを持ってまたひたすら全国を回る、ということを繰り返しているのも大きな強み、スピーディさの一因です。

3)そうそうたる顧問の方々

この記事の冒頭でもご紹介しましたが、バイウィルには、2024年9月、2025年4月にプレスリリースしたそうそうたる顧問団、アドバイザーの方々がいます。

例えば、林業の世界ではおそらく誰もが知っている林業の大家、速水林業の9代目代表の速水亨さんがおられます。速水さんは、森林認証システム「FSC認証」を日本で普及させて山の価値を高めていこうという活動を進めています。

下村さん曰く、速水さんは「山の持ち主、林家の方々にお金が戻ってくる仕組みがあるのであれば、それを広めて山の価値を高めていくことに活かしたい」ということで、日本の林業の未来のために、顧問として参画してくださっているそうです。

また、元環境省事務次官の中井徳太郎さんは、日本製鉄の顧問もされています。中井さんは環境省時代から地域内で価値と経済が循環することを考えてこられました。中井さんは、バイウィルには大義があり、その大義が世の中のためになるということで応援したいと参画してくださっているそうです。

顧問の方々のプロフィールなどは、こちらからご確認いただけます。

https://www.bywill.co.jp/advisor

4 今後について

下村さん曰く、バイウィルは今後、次のように進化していく方針です。

今後について

(出所:株式会社バイウィル会社紹介・サービス紹介資料より抜粋)

「いかに脱炭素の取り組みが進んでいくのかという創出側と、お金に換えられる流通側、この両方をもっともっと進めていかなければならないと思っています。

今まで進めてきたのは、(上記)資料の1-1、いわば『気づかれていなかった脱炭素の取り組みを価値化すること、誰かがやったこと』。そして今は、1-2、『我々が直接かかわって、脱炭素の取り組みを加速させていく』ことを行っています。

2-1では『作られた価値は金融機関を通して価値に代わり、流通に回す』ということを行ってきました。今後は、2-2の『大企業などをもっと巻き込み、先行投資してその結果得たクレジットを分配する』という仕組みも作っていきたいです。

また、2-3の『我々が流通プラットフォームを作り、情報を細分化、リッチに(森なら森、生物多様性ならその分野など)しながら個別の価値をつくり、その取り組みから生まれたクレジットを買う理由を作っていく』ということも進めていきます。

例えばのイメージですが、畜産分野でいうと私たちがメタンガスを発酵させる機械を買って地域に設置する。そうすると地域の方々の手間も減るし、CO2の発生も抑えられるし、価値に変わる。私たちバイウィルが実際に協力することで取り組みが加速する。こうして、いかに脱炭素の取り組みが加速するか(資料の向かって左側)、いかに価値に変わるか(資料の向かって右側)の2つを、地域の皆さんと協力して作っていく。これが、今後取り組んでいきたいことです」

「今後」と言いつつも、下村さんにさらに伺うと、なにかものすごいスピードで既に動いていることが分かります。例えば、

  • 資料の2-2は事例ができたので普及させるターン
  • 左側の1-1はもうやっている
  • 1-2はまず林業から進めていくことは決めている、具体的なテーマももう決まる
  • 1-3については、省が関わったり法整備が必要だったりするので明確な時期が未定ではあるものの2年以内には新しい枠組みを国と作っていきたい

とのことです!

圧倒的なスピード感と深さ、全社的な行動力。その根底にある下村さんの「人のために。周りを喜ばせたい、良くしたい」という仕事への姿勢。脱炭素の世界に、ものすごい方が表れたと感じます。2025年、さらに地域の脱炭素活動が大きく進化していきそうです。

下村さん、たくさんのお話を本当に有り難うございます!

以上(2025年5月作成)