デジタル遺品のトラブルを防ぐための 「1分」でできる一工夫

1 デジタルが欠かせないなら、「デジタル終活」も欠かせない

デジタルはすでに世の中に欠かせない存在になっています。コンビニのレジにも病院の受付にもQRコードを読み込むリーダーが設置されていますし、上場株を保有するならデジタルでの取引が必須条件となります。取引先への連絡手段としてもチャットやメールのほうが電話より利用している人が多いのではないでしょうか。

パソコンやスマートフォン(スマホ)、オンラインアカウントなどなど、好むと好まざるとにかかわらず、「デジタル資産」を全く持たない生活は不可能に近いでしょう。

であるならば、

万が一のときにデジタル資産で困らないようにする「デジタル終活」は誰にとっても欠かせないこと

だといえます。とりわけ、経営者の方はきちんと備えておかないと、社会的な信用問題に直結する恐れがあります。家族や社員、株主、取引先のためにも、日ごろからデジタル終活を実践しましょう。

2 必要最小限のデジタル終活は「スマホのスペアキー」

1)パスワードを書いた紙に修正テープを

最低限やっておくべきデジタル終活は何かと問われれば、誰に対しても「スマホのパスワードを紙に書いて残しておくことです」と答えます。スマホを持っていない方は、メインで使っているパソコンのパスワードと置き換えてください。

名刺サイズの厚紙にスマホの型番や特徴とパスワードを書き入れる。記入日も添えたい。

方法を具体的に解説しましょう。必要なものは名刺サイズの厚紙とペン、それに修正テープ、もしくはマスキングテープです。特別な道具は要りません。まずは厚紙にスマホの型番や特徴とパスワードを書き込みます。そして、パスワード部分にだけ修正テープを走らせます。一度だけでは透けてしまうので、2~3回重ねるのがコツです。厚紙を照明にかざすと裏側から文字が透けることもあるので、裏側にも同様に修正テープを重ねておきましょう。マスキングテープを使う場合も2枚重ねにすれば、文字が透けなくなります。

パスワード部分に修正テープを重ねてスクラッチカードにする。裏側にも同様の処理を施す。

これで即席のスクラッチカードの出来上がりです。これを預金通帳や権利書などの重要な書類と一緒に保管しておけば、万が一の際もかなり高い確率で家族や社員に気付いてもらえるはずです。普段盗み見られる心配も、修正テープが抑えてくれます。誰かが削って盗み見たら厚紙に痕跡が残るので、気付いた時点で手元のスマホのパスワードを変更して作り直すだけです。

有事に家族や社員が確認しそうな書類と一緒に保管しておく。

私はこれを「スマホのスペアキー」と名付けました。お手持ちの名刺を使えば、1分以内に作れそうではないですか?

作例のような専用カードを作るなら、筆者のホームページ(https://www.ysk-furuta.com/)でひな型を公開しているので、ぜひご利用ください。

2)なぜスマホなのか?――理由1:「スマホの財布化」

デジタル遺品になり得るものはさまざまな種類があります。その中で、なぜスマホを第一優先にすべきなのでしょうか。理由は2つあります。

ひとつは、スマホがデジタル遺品の要になりやすいことが挙げられます。通話やLINEのやりとりといったコミュニケーションの履歴が残るだけでなく、最近はネットバンキングや有価証券の取引の道具としても、パソコン以上に積極的に活用されています。

とりわけ近年目立っているのは、QRコード決済サービスです。スマホで使うことを前提に設計されたサービスで、業界大手の「PayPay」はサービス内に最大100万円分をチャージしておけます。スマホを最大100万円の財布として使えるわけですが、残高を残したまま持ち主に何かがあっても、残された人が現実の財布のようには抜き出すことはできません。

マイナンバーカードのスマホ実装も進んでいて、いまでは地方税や自動車税をスマホから納税することもできます。今後数年を見通しても、財産と個人情報の両面からみてスマホの存在感が高まっていくのは間違いなさそうです。

3)なぜスマホなのか?――理由2:「FBIでも開けない強固すぎる構造」

それでいて、スマホのロックは非常に強固です。それが2つ目の理由となります。

最新のスマホは指紋や瞳の虹彩、顔などの生体認証システムと、文字列などを使ったパスワードシステムを併用するロックが一般的です。どちらかの鍵さえあれば開けますが、どちらも手に入らないとお手上げになってしまいます。本人の身を不幸が襲って生体認証が使えなくなり、パスワードも本人の頭の中だけだったら……もうお手上げです。

ロックを解除する別の方法は、一切用意されていません。通信キャリアのショップやメーカーもマスターキーを提供していないので、相談しても無駄です。

比較的解析のノウハウが蓄積されているパソコンでも、この状態になると専門のサポートサービスでも難航するケースが増えています。ましてスマホとなると、解除を検討してくれるところは全国を見回しても片手で収まるほどしかありませんし、成功率はかなり低くなります。

象徴的なのが、2016年にFBIがアップル社を相手取って起こした連邦裁判です。前年に発生した銃乱射事件では、現場で射殺された犯人が同社のスマホ「iPhone」を所持していました。FBIはこのスマホの解析に乗り出しましたが、自力でのロック解除を断念。そこで製造元のアップル社に技術提供を要請したものの、その後の不正利用を不安視した同社が拒否したことで裁判に発展しました。

つまり、家電量販店や通信キャリアのショップに普通に並んでいるスマホは、一台一台が、FBIですら自力ではどうすることもできないほど強固なセキュリティー機能を有しているわけです。年々セキュリティー技術はハイレベルになっていることを考えると、2016年頃よりも現在のほうが難易度は数段増しているでしょう。ポケットに収まる地下金庫のような、アンバランスな存在といえます。

そんなスマホですが、いざというときにパスワードさえ伝わる仕組みを自分で作っておけば、不測の事態が起きても何の憂いもありません。そのために「スマホのスペアキー」を用意しておく必要があるのです。

3 日ごろから「求められるもの」と「隠すもの」に分ける

さて、スマホのスペアキーが役目を果たすときは、家族や社員が自分のデジタル環境に足を踏み入れるときでもあります。当たり前のことですが、ことデジタル環境においては、それを想定している人は意外と少ないようです。

ある女性から相談を受けました。法人成りした自営業の夫が急な不幸に見舞われたとのことで、仕事場に残された数台のパソコンを調べるためのアドバイスが欲しいといいます。法律面と技術面で基本的な情報を伝え、信頼できるデジタル遺品サポートを紹介したところ、連絡すべき相手や法人名義の預金口座など、あらかたの情報が拾い出せたそうです。しかし、仕事関連の隣にあったフォルダーからプライベートで収集していた画像が大量に見つかり、相当面食らったと後から教えてくれました。

プライベートなコレクションの中には、違法性が疑われるデータが出てきたという話も少なからず耳にします。その是非はさて置き、デジタル環境においても、日ごろから自分以外の誰かが足を踏み入れることを想定しながら使用する、という意識が必要なのは間違いないでしょう。

家族や社員がデジタル遺品を調べる動機は、金銭関連や進捗中の仕事の情報などの把握が第一に挙げられます。第二に家族写真などの思い出のデータを探したい欲求も強いことがよくあります。

そのように、残された側が求めるであろうデジタル遺品は、なるべく分かりやすいところに置いておくのが親切です。そして、隠しておきたいものがあるなら、その動線上に置かないように、日ごろから意識しておくのが鉄則です。

求められるものと隠したいものの配置を考える

パソコンには隠しファイル機能がありますし、パスワード付きの外付けハードディスクに保存するといった手もあります。スマホも特定の写真を隠しフォルダーに収納するなどの工夫の余地はいくらでもありますが、何よりこの鉄則を守ることが大切です。残された側が必死に探すモチベーションを持たない領域なら、いくらでも自由に隠したり壁を作ったりできるでしょう。

ただ、ひとつ注意したいのは、閲覧履歴や通信履歴などは普通に使っているとどうしても痕跡が残るということです。また、バックアップ機能も十分に把握しておかないと、隠したいものの完全な隠蔽は難しいでしょう。デジタル環境をきちんと整理整頓するには、それなりの知識と使いこなしが必要になります。残念ながら、魔法のようなアイテムは存在しません。

以上(2026年7月更新)

pj60299
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【労災の落とし穴(建設業)】熱中症は労災になる? ならない?

この記事では、現役社労士が直面した小さな建設業の労災の事例として、「社員が日陰も休憩もほとんどない環境で熱中症になったのに、『本人の自己責任なので労災ではない』と判断してしまった会社」の話を紹介します(実際の会社が特定できないように省略したり、表現を変えたりしているところがあります)。

1 日陰も休憩もほとんどない環境なのに、熱中症になったら自己責任と言われた……

社員数10人の屋根工事会社に勤めるベテラン社員のAさん。夏場の猛暑日が続く中、Aさんは屋根のふき替え作業を長時間続けていました。現場には日陰がほとんどなく、しかも社長が「早く終わらせよう」とせかすため、水分補給も十分にできません。そんな環境で仕事をしていたAさんは、作業中に突然、めまいや吐き気を感じ、倒れてしまいました。

同僚がAさんを日陰に移動させ、社長に報告しましたが、社長は「体調管理が甘かったんだろう」「水分をちゃんと取っていたら、こんなことにはならなかったはず」と、Aさんの自己管理不足を責める始末……。さらに、「大した症状ではないだろう」と判断し、労災対応や医療機関への報告も行わず、Aさんを自宅で休ませるだけにとどめてしまいました。

2 会社の安全配慮義務が原因で熱中症になったのなら、労災になり得る

業務中の事故でけがをした場合、それが労災になるかどうかは、

  • 業務遂行性:その事故は、「会社の支配・管理下にある」ときに発生したのか
  • 業務起因性:その事故は、「業務と因果関係がある」といえるか

を基準に判断されます。

Aさんは、屋根のふき替え作業中に突然、めまいや吐き気を感じたので、業務遂行性は認められるでしょう。問題は、業務起因性ですが、会社には安全配慮義務(労働者が安全に働けるよう配慮する義務)があるため、

安全配慮義務を果たさなかったことで事故が発生したのであれば、業務との因果関係があるとして、業務起因性が認められる可能性が高い

です。屋外作業や高温多湿の環境が原因で起こる熱中症は、会社が管理すべき作業環境が大きく影響します。Aさんのケースでは、「休憩を十分に与える」などの安全対策が取られておらず、安全配慮義務を十分に果たしているとはいえないので、労災になり得ます。「本人の体調管理が甘かった」「水分をちゃんと取らなかった」では済まされないのです。

3 万が一の発症時は、すぐ医療機関を受診&労災の手続きを

熱中症は重篤化すると生命に関わる危険があります。2025年の職場における熱中症の死傷者数は1803人、うち建設業は292人で全体の16.2%を占めています(厚生労働省「2025年(令和7年)職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」)。

熱中症の疑いがある社員がいたら、まずは速やかに作業を中断させ、医療機関を受診するよう指示しましょう。なお、会社には、

  • 熱中症の自覚症状がある場合や、熱中症の疑いがある同僚などを発見した場合に、そのことを会社に報告させる体制を整え、周知すること
  • 熱中症のリスクがある作業を行う場合、症状の悪化を防ぐための措置やその手順を作業場ごとに定め、周知すること(作業から離脱する、身体を冷やす、必要に応じて医師の診察を受けさせる など)

が義務付けられています。違反した場合、労働安全衛生法により、6カ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象になるので気を付けましょう。また、労災であれば、

4日以上の休業が発生した場合、労働基準監督署に「労働者死傷病報告」を遅滞なく提出しなければなりません。4日未満でも、四半期ごと(3カ月ごと)にまとめて報告が必要

です。こちらの違反は50万円以下の罰金の対象になります。

ここまでが、社員が熱中症になった場合の対応ですが、もちろん「予防」も大切です。

  • 定期的な休憩時間の確保
  • スポーツドリンクの用意
  • 日除け・テントや遮光ネットの設置
  • 冷却ベストやファン付き作業服の導入(作業服や保護具の通気性が悪い場合)

など、会社が取れる予防策は多岐にわたります。熱中症の初期症状(めまい、だるさ、吐き気、頭痛など)を社員に周知し、チーム全員で互いの体調をチェックし合えるようにするなど、安全衛生教育も不可欠です。

夏の建設現場は、何もしなくても熱中症になるリスクがあります。

社員の自己責任では片付けられない(会社が責任を問われる可能性がある)

ということを念頭に置いて、会社主導で積極的に対策を講じましょう。

以上(2026年7月更新)

pj00759
画像:ChatGPT

狙われるテレワーク環境 自宅のルーターの脆弱性にも要注意!

1 テレワーク環境のセキュリティ対策は十分ですか?

会社から離れた場所(自宅など)で、ITツールを使って仕事をするテレワーク。働き方改革の一環として、また、自然災害などの非常時でも事業を継続する手段として注目され、コロナ禍をきっかけにテレワークを行えるようにした会社も多くあります。

一方、セキュリティが十分に確保されていない環境でのテレワークが依然として行われており、そうした脆弱性を突かれて、さまざまな会社が深刻な被害に遭っています。

IPA(情報処理推進機構)の「情報セキュリティ10大脅威2026」では、「リモートワーク等の環境や仕組みを狙った攻撃」が第8位としてランクイン

しました(初選出の2021年以来、6年連続6回目)。

(注)「リモートワーク」と「テレワーク」はほぼ同義として扱われるため、この記事では総務省などの公的資料に倣い「テレワーク」という表記に統一して解説します。

この記事では、中小企業の経営者やマネジメント層、そして現場の従業員の方に向けて、テレワーク環境を狙ったサイバー攻撃の脅威に焦点を当て、今すぐ実践すべき注意点を解説します。

2 テレワークを行う際のセキュリティ上のポイント

1)基本は、日常における情報セキュリティ対策

テレワークを行う際のセキュリティ上のポイントは「ネットワーク環境の安全性」です。中でも、無線LAN(Wi-Fi)は、通信内容が傍受(盗聴)される危険性があるため特に要注意です。

ユーザーIDやパスワードなどのログイン情報をはじめ、機密性の高い情報をやり取りする場合には、自分と相手先との間で通信が暗号化されていることを確認しましょう。自宅内など自分でアクセスポイントを設置して利用する場合、無線LANの暗号化方式は「WPA3」もしくは「WPA2」を利用することが推奨されます。

メーカーのサポートが終了した機器の利用は避け、脆弱性を解消するアップデートプログラム(ファームウェア)を定期的に、できれば自動更新機能で適用しましょう。その他、外部からの不審な接続がないか、管理画面へのアクセス権限が適切かなど、ルーターの設定状況を定期的にチェックします。

また、ルーターの接続パスワードや管理画面のパスワードを、初期設定のままにしたり、簡単な文字列にしたりするのは厳禁です。

もちろん、次のような基本的な対策は欠かせません。

  • パソコンやスマートフォンのOS・ソフトウェアを常に最新版にする
  • セキュリティソフトを必ず導入し、定義ファイルの自動更新を有効化しておく
  • 安易にメールのリンクをクリックしたり添付ファイルを開いたりしない
  • パソコンの紛失、盗難に気をつける
  • パソコンの画面を覗き見されないようにする

2)「会社の管理外」のネットワーク環境にも注意

外出先(カフェ、ホテルや空港など)でテレワークを行う場合、最大のリスクは「会社がコントロールできない公衆無線LAN環境」に情報がさらされることです。会社としてモバイルルーターを貸与し、公衆無線LANへの接続を禁止するのも一手です。

もちろん、次のような基本的な対策は欠かせません。

  • 攻撃者が設置した「偽のアクセスポイント」に誤って接続しない
  • ウェブブラウザのURLを確認し、HTTPS通信になっているか(暗号化されているか)確認する
  • パソコンのファイル共有機能をオフにする

3)参考:日本テレワーク協会の「ツール一覧」の活用

技術的対策について「具体的にどのような製品を選べばよいか分からない」という課題に直面しがちです。その強力な助けとなるのが、日本テレワーク協会の「テレワーク関連ツール一覧」です。この資料は、テレワーク推進担当者向けに作成されており、導入時に検討すべき安全なネットワークや、各種ITツール(ソフトウェア・サービス等)を網羅的に提示しています。

■日本テレワーク協会「テレワーク関連ツール一覧」■
https://japan-telework.or.jp/tw_info/suguwakaru/guide/#tool

3 VPN機器の脆弱性などに要注意!

1)ランサム攻撃の侵入経路の6割以上がVPN機器

テレワークを実施する会社の多くは、外部から社内システムに安全に接続するための仕組みとしてVPN(Virtual Private Network)を導入しています。テレワーク環境を狙ったサイバー攻撃で、現在、最も警戒すべきなのが「VPN機器」への攻撃です。

警察庁の統計資料によると、2025年にランサム攻撃の被害に遭った企業・団体など226件へのアンケート結果で、「侵入経路はVPN機器が6割以上を占める」状況となっています。ランサム攻撃は、パソコンやサーバーなどに保存されているデータを暗号化して使用できない状態にした上で、そのデータを復号する対価として金銭や暗号資産を要求するサイバー攻撃です(IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」で第1位)。

ランサム攻撃の侵入経路

警察庁調査(2025年・被害企業226件)─ 侵入経路の6割以上がVPN機器

6割

がVPN機器からの侵入
VPN機器
その他の経路

中小企業では「サポート切れ機器の放置」や「例外措置の形骸化」が特に深刻。数年前に導入したまま見直していないVPN機器が、攻撃者にとって格好の標的になっている。

(出所:警察庁統計資料、IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」)

2)SSL-VPN接続は見直しが必要

テレワーク環境を持つ全ての会社が直面している重要な技術的トピックとして、

今まで広く使われてきたSSL-VPN接続は非推奨となっていること

が挙げられます。

例えば、統合脅威管理(UTM)機器「FortiGate」で知られる、業界大手の米Fortinet(フォーティネット)社は、同社製機器における「SSL-VPN接続機能」のサポート終了へと舵を切りました。これには、SSL-VPNという通信方式そのものに構造上の脆弱性が多く、世界中の攻撃者から執拗に狙われ続けてきたことが背景にあります。同社は、短期的には「SSL-VPN」から「IPSec-VPN」への移行を推奨しています。

SSL-VPNからIPSec-VPNへ

構造上の脆弱性を理由に、業界大手Fortinet社もSSL-VPNのサポート終了へ

非推奨

SSL-VPN接続

通信方式に構造上の脆弱性が多く、世界中の攻撃者から狙われ続けている

移行を推奨

IPSec-VPN

Fortinet社が短期的な移行先として推奨する通信方式

(出所:Fortinet社発表資料ほか)

4 テレワーク環境の安全性を確かめるためのチェックリスト

1)経営者・マネジメント層向け

チェック項目
テレワークに関する社内ルールを策定し、全社に周知・徹底しているか
承認制にするなど、テレワークを行う従業員を特定しているか
テレワークを行う従業員に対し、会社としてパソコンやモバイルルーターを貸与、管理しているか
テレワークを行う従業員に対し、定期的に情報セキュリティや労働時間などに関する教育を行っているか
社外から社内ネットワークへの接続を認める場合、「SSL-VPN以外」の方法を採用しているか

2)従業員向け

チェック項目
自宅の無線LANの暗号化規格は「WPA3」もしくは「WPA2」であるか
無線LANルーターの接続パスワードや管理画面のパスワードを推測されにくい複雑なものにしているか
無線LANルーターはサポート期間中で、ファームウェアが最新になっているか
無線LANルーターの設定を定期的に確認しているか
接続するアクセスポイント(SSID)を確認しているか
ウェブブラウザのアドレスバーでURLが「https://」となっているのを確認しているか
意図せずファイルやフォルダを他人に見られないよう、パソコンの共有設定に注意しているか
電車の網棚にパソコンが入った鞄を置き忘れたり、カフェなどでパソコンを放置して離席したりしていないか
パソコンに覗き見防止フィルターを装着しているか

以上(2026年7月作成)

pj60389

【文例付き】これからの会社を担う中堅社員の成長を促す経営者のメッセージ

1 中堅社員の成長が会社のこれからを決める

皆さんの会社の中堅社員は頼れる存在に育っていますか? 中堅社員の成長は、会社の今後に影響します。その理由は、主に4つ挙げられます。

  • 会社の戦力の底上げを図るためには、中堅社員の「伸びしろ」が重要になる
  • 中堅社員は、ベテラン社員と若手・新入社員とのつなぎ役として欠かせない
  • 中堅社員と年齢などが近い若手・新入社員の成長にも影響する
  • これから先、今の中堅社員が会社を動かす幹部になる可能性がある

自分で仕事を回せるようになってきた中堅社員に対して、細かくあれこれ口出しするようなメッセージの伝え方は反発を招きかねません。経営者のメッセージは、テーマを絞って、

経営者が伝えたい思いや、中堅社員に期待していることを明確

にする必要があります。

また、メッセージを伝える際は、単なるお説教にならないよう、親しみやすく具体的な事例を交えるとよいでしょう。この記事では、中堅社員の成長を促す経営者のメッセージの例を4つ紹介します。

2 「自分で考え行動する」ことを伝える

会社のこれからを担う中堅社員を成長させるには、若手・新入社員の頃のように、上司に言われた業務をこなすだけの状態から変わってもらう必要があります。経営者は中堅社員に、「会社と自身の成長のために、自分で考えて行動する」ことを伝えましょう。この思いを伝えるには、中堅社員が失敗を恐れずに行動できるよう、その背中を押す内容が好ましいです。

ただし、単に「自分で考えて行動せよ」と言うだけでは、中堅社員は何をしてよいか分かりません。そこで、著名なアスリートの言葉など、身近で具体的な事例を引用しながら、中堅社員に自発的な行動への意欲を持ってもらうことが大切です。

【文例:イチロー氏の言葉を引用して背中を押す】

元メジャーリーガーのイチロー氏は、こんな言葉を残しています。「“準備”というのは、言い訳の材料となり得るものを排除していく、そのために考え得るすべてのことをこなしていく、ということですね(*)」。私がこの言葉で印象的なのは、「誰かに言われたからやった」ではなく、「自分が納得できるまで考え、動く」という姿勢です。

皆さんももう、「上司に言われたからやった」という段階ではないはずです。「なぜこの仕事をするのか」「もっと良いやり方はないか」を自分で考え、動く。その積み重ねが、3年後・5年後の皆さんを大きく変えます。まず小さなことでいい。自分の判断で一歩踏み出す習慣をつけてみてください。

【参考文献】

(*)「イチロー流 準備の極意」(児玉 光雄 (著)、青春出版社、2017年9月1日)

3 「周りのことを考える」ことを伝える

中堅社員は、ベテラン社員と若手・新入社員とのつなぎ役として貴重な存在です。ですから、自分や目の前のことだけでなく、周りのことも考えるようにしてもらいたいものです。

こうした場合は、「お客さまに対するのと同じような丁寧さで、次工程の担当者が仕事を進めやすいようにする」という趣旨の「次工程はお客さま」など、中堅社員にとっても身近な事例を用いるとよいでしょう。

【文例:「次工程はお客さま」という言葉を使って周りへの配慮を促す】

「次工程はお客さま」という言葉があります。お客さまに対して行うのと同じような丁寧さで、次の工程の担当者が仕事を進めやすいようにするという趣旨の言葉です。「次工程はお客さま」を意識していない人は、例えば誰かに仕事を頼む際、自分が分かっていることは相手も分かっているはずだと思って、雑に仕事を振ってしまいます。逆にこれを意識している人は、相手が前提を知らない可能性を想定し、必要な背景や経緯も一緒に伝えるように心がけます。

後輩は、皆さんが思っている以上に、皆さんの仕事ぶりから学ぼうとしています。皆さんが「次工程はお客さま」と思って丁寧に仕事をしていれば、後輩もそれに倣うでしょう。逆に、雑なところを見せてしまえば、後輩も「それが普通なんだ」と受け取ってしまいます。皆さんが後輩に仕事を頼むときなどはぜひ、「次工程はお客さま」を思い起こしてください。

4 「教えることが自分の学びにつながる」ことを伝える

若手・新入社員は、自分と年齢の近い中堅社員の後ろ姿を常に見ていますし、中堅社員を相談相手に求めるケースも多いでしょう。新入社員の離職率を下げるためにも、中堅社員の存在は重要です。中堅社員にとっても、後輩の面倒を見る経験は、部下を持つ立場になったときに必ず役立ちます。

そこで、ともすれば自分の仕事にかかりきりになりがちな中堅社員に対して、後輩に教えることが自分自身の学びにもなるということを伝えましょう。押し付けがましくならないよう、世界的に知られる学習法など、身近な事例を交えて伝えるとよいでしょう。

【文例:ファインマン・テクニックの話を通して「教える意義」を伝える】

皆さんは「ファインマン・テクニック」というものをご存じですか? ノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマン氏が考案した学習法で、「物事を、子どもにも分かるような簡単な言葉で説明できないなら、本当に理解しているとはいえない」という考え方が根幹にあります。

後輩から「なぜそうするんですか?」と聞かれて、うまく答えられなかった経験はありませんか。それは教える力が足りないのではなく、そこがまだ「なんとなく分かっている」止まりだということです。後輩への説明は、自分の知識を本物にするための最良の機会です。ぜひ積極的に後輩の質問を受けてみてください。

5 「将来の自分の姿をイメージする」ことを伝える

今の中堅社員はこれから先、会社を動かす幹部になる人たちです。今から将来の自分の姿をイメージすることで、長期的な視点で「自分には何が足りないのか」「今、何をすべきか」を考えることができるようになります。

とはいえ、毎日同じ環境で仕事をしているだけでは、将来の姿というのはなかなか見えてきません。そこで、未知の環境に身を置くことで見えてくるものとして伝えてみてはいかがでしょうか。著名な宇宙飛行士のエピソードを引用してみるのも手です。

【文例:野口聡一氏のエピソードを引用して「将来」をイメージしてもらう】

宇宙飛行士の野口聡一氏は、2022年にJAXAを退職し、57歳で民間の研究者へと転身しました。定年まで勤めれば安定した生活が見込めたはずですが、野口氏は「自分の価値観やアイデンティティーを他人に委ねてはいけない」と考え、新しい環境に飛び込むことを選んだそうです。野口氏はこう語っています。「新しい『宇宙』に飛び込む勇気を持てば、必ず新たな気の合う仲間や、面白くて夢中になれるものに出合える(*)」。ここでの「宇宙」とは、未知の環境のことです。

将来の自分の姿は、今の仕事の延長線上だけでイメージするものではありません。新しい環境に身を置いてみることで、初めて「自分はこうなりたい」という軸が見えてくることもあります。皆さんも、いつもと違う仕事の進め方を試したり、知らない分野の人と話したりする中で、将来の自分のヒントが見つかるかもしれません。ぜひ、「未知への一歩」を意識してみてください。

【参考文献】

(*)「ダイヤモンド・セレクト 息子・娘を入れたい会社2023」(ダイヤモンド社、2022年12月)

以上(2026年7月更新)

pj10035
画像:chachamal-Adobe Stock

生成AI、経営者はどう使う? 年代別で見えてきた意外な違い

1 2026年最新!「会社での生成AI利用」事情

今やビジネスになくてはならない生成AI。先駆けとなったChatGPTや最近話題のClaudeなど、さまざまなツールが登場しており、用途に応じた使い分けも当たり前となってきました。さらに、AIエージェントの進化も目覚ましく、単に問答を繰り返すだけでなく、業務を自動的に回してくれる頼もしい存在にもなっています。

そのような中、経営者は生成AIをどのように活用しているのでしょうか。2026年5月から6月にかけて、全国の経営者計235人を対象に、独自アンケートを実施しました。

この記事では、調査結果から見えてきた

生成AIの具体的な利用状況などを、経営者の年代ごとに紹介

していきます。なお、回答の中で、明らかに誤字と思われる表記などは修正しています。

2 生成AIを利用していますか?

まず、経営者235人に、

「業務で生成AI(AIエージェントを含む。以降同様)を利用していますか?」

という質問をしてみました。

経営者の生成AIの利用状況(n=235)

結果を見ると、

  • 20~50代までは、どの年代も経営者の50%以上が生成AIを利用している
  • 60代以上の生成AIの利用率は、他の年代に比べると低い

ことが分かります。

3 どの生成AIを利用している?

次に、「業務で生成AIを利用している」と回答した経営者143人に、

「業務でどの生成AIを利用していますか?」

という質問をしてみました。

経営者が利用している生成AI(n=143、複数回答)

結果を見ると、

全体的にChatGPTとGeminiを利用している経営者が多い

ことが分かります。

年代別では、

  • 20代・40代・50代では、Geminiの利用が最も多い
  • 30代と60代以上では、ChatGPTの利用が最も多い
  • 60代以上では、ChatGPTに次いでCopilotの利用が多い

などの特徴が見られました。

なお、その他と回答した人は、CanvaAIを利用しているとのことです。

4 どのような業務で生成AIを利用している?

次に、「業務で生成AIを利用している」と回答した経営者143人に、

「主にどのような業務で生成AIを利用していますか?」

という質問をしてみました。

生成AIの主な利用用途(n=143、複数回答)

結果を見ると、

  • リサーチ(最新の制度改正、業界動向、取引相手など)
  • 事業アイデア(「新規事業のアイデアを10個挙げて」など)
  • 提案書作成(「◯◯のサービスについて提案書を作って」など)
  • 業務ヒント(「◯◯業務を効率化したいので、アイデアを出して」など)

の業務で、生成AIがよく利用されていることが分かります。

年代別では、

  • 30~40代はリサーチと事業アイデアで生成AIを利用している
  • 30代と60代以上は、翻訳・多言語対応で生成AIを利用している

などの特徴が見られました。

なお、その他と回答した人は、プログラミングのコード作成、ECショップの運営などに生成AIを利用しているとのことです。

5 生成AIを利用しないのはなぜ?

次に、「業務で生成AIを利用していない」と回答した経営者92人に、

「業務効率化などの目的で生成AIを利用しないのはなぜですか?」

という質問をしてみました。

業務で生成AIを利用しない理由(n=92、複数回答)

結果を見ると、

どの年代も「生成AIがなくても十分に業務が回っているから」の割合が最も高い

ことが分かります。

年代別では、

  • 20~40代は、「生成AIを利用してみたが思ったような回答が得られず、かえって時間がかかるから」の割合が高い
  • 40~60代以上は、「社内に生成AIに精通した社員がいないから」の割合が高い
  • 20代、60代以上は、「セキュリティが心配だから」の割合が高い

などの特徴が見られました。

なお、その他と回答した人は、「考える能力が育たないし、誤答も多い」という理由で生成AIを利用していないとのことです。

6 生成AIにあったらいいと思うサービスや機能は?

次に、全ての経営者235人に、

「生成AIをさらに利用する、あるいは利用を検討する上で、どのようなサービスや機能があったらいいと思いますか?」

という質問をしてみました。

生成AIにあったらいいと思うサービスや機能(n=235、複数回答)

結果を見ると、

全年代で、生成AIに欲しい機能はそれぞれ違う

ことが分かります。

年代別では、

  • 30代は、「自社業務を正しく理解し一貫して処理するAIエージェント」への関心が高い
  • 年代が上がるごとに、「セキュリティが万全の生成AIツール」への関心が高くなる
  • 60代以上は、他の年代と比べて関心が幅広い

などの特徴が見られました。

7 社員はどれくらい生成AIを利用している?

次に、全ての経営者235人に、

「あなたの会社の社員はどれくらい生成AIを利用していますか?」

という質問をしてみました。

社員の生成AIの利用状況(n=235)

結果を見ると、

「ほぼ全員」「半数以上」を合わせた組織全体への生成AIの浸透率は、年代が上がるごとに低下している

ことが分かります。

8 生成AIを利用すると社員の能力は向上する?

次に、社員が生成AIを利用していると回答した経営者149人に、

「生成AIを利用して社員の能力は向上したと思いますか?」

という質問をしてみました。

生成AIによる社員の能力の向上(n=149)

結果を見ると、

特に20~30代は、生成AIを利用する効果を実感している経営者が多い

ことが分かります。

9 どのように社員の能力が向上した?

次に、生成AIを利用して社員の能力が向上したと回答した経営者80人に、

「生成AIを利用することで社員の能力はどのように向上していると感じますか?」

という質問をしてみました。

生成AIの利用で向上した社員の能力(n=80、複数回答)

結果を見ると、どの年代も

  • アイデアの幅が広がった
  • 一人でこなせる業務が増えた
  • 企画や報告までのスピードが上がった

と回答した人が多いことが分かります。

年代別では、

  • 40代と60代以上は、「アイデアの幅が広がった」と実感している割合が高い
  • 50代は、「企画や報告までのスピードが上がった」と実感している割合が高い

などの特徴が見られました。

また、

「生成AIを利用したことで社員の能力が低下している」と回答した経営者は全世代で5人のみで、かなりの少数意見

でした。

生成AIを利用して社員の能力が低下したと回答した経営者5人に

「生成AIを利用することで、社員の能力はどのように低下していると感じますか?」

という質問をしてみたところ、次のような回答が得られました。

  • 提案書などのアウトプットのレベルが下がった
  • それっぽい企画や報告はするが、真偽不明のものが多い
  • 多くのアイデアは出すが、『数』勝負で吟味されていない

以上(2026年7月更新)

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画像:日本情報マート

この先、避けては通れない AIの利用をめぐるサイバーリスク

1 AIの普及、進化でサイバーリスクも加速

日進月歩の勢いで進化を続けるAI(人工知能)。AIには「未だ確立された定義は存在しない」とされますが、近年、一大潮流となっているのが「生成AI」。人が指示を与える(プロンプトを入力する)ことで、文章、画像、動画、プログラムなどを自動的に生成できるのが特徴です。

生成AIは、

  • これまで人が行ってきた業務・作業の圧倒的な効率化を実現し、人手不足を解消する
  • これまで人が思い付かなかったような新たなビジネスアイデアを創出する

上で大きな効果が期待されている一方、セキュリティ対策やガバナンスが追いつかず、思わぬトラブルに巻き込まれるケースも急増しています。

IPA(情報処理推進機構)の「情報セキュリティ10大脅威2026」では、「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が第3位として初めてランクイン

しました。

今や、AIに関するリスク管理は、情報システム部門や担当者の裁量に任せるレベルを超える「重大な経営課題」へと変貌しています。2026年には、総務省・経済産業省が「AI事業者ガイドライン」を改定(第1.2版)したり、金融庁が「『フロンティアAIによる脅威変化を踏まえた金融機関等の短期的な対応』に係る要請」(以下「フロンティアAI対応要請」)をしたりするなど、政府機関による方針作成や規制の動きも加速しています。

この記事では、中小企業の経営者やマネジメント層、そして現場の従業員の方に向けて、AIがもたらす新たな脅威の実態と、安全に使いこなして取引先からの信頼を勝ち取るための具体的なセキュリティ対策を解説していきます。

2 AIの利用をめぐるサイバーリスク:直面する4つの脅威

AIの普及、進化は、私たちのビジネスを便利にする一方で、サイバー犯罪の手口も急速に巧妙化させています。ここでは、IPAの「情報セキュリティ10大脅威2026」や最新のインシデント事例から、私たちが今まさに直面する4つの脅威を整理します。

AIの利用をめぐる4つの脅威

IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」でAIリスクが初の第3位にランクイン

THREAT 01

巧妙化するフィッシング詐欺

生成AIが自然な日本語のビジネスメールを大量生成。「ニセ社長詐欺」による送金被害が急増。

言語の壁が消え、見破れなくなった

THREAT 02

サイバー攻撃の自動化・高度化

AIが脆弱性探索や難読化コード生成を代行することで、未熟な攻撃者でも超一級の攻撃が可能に。

「AIアシスタント」が攻撃者側にも

THREAT 03

ハルシネーションと法的リスク

実在しない情報を「もっともらしく」出力。鵜呑みにして誤情報を提供すると、著作権侵害の恐れも。

ファクトチェックなき利用は危険

THREAT 04

間接プロンプトインジェクション

サイト・メールに仕込まれた不正プロンプトをAIが自律的に読込み、機密データを外部送信する恐れ。

「EchoLeak」のようなゼロクリック攻撃

(出所:IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」ほか)

1)言語の壁を超越した巧妙な「フィッシングメール」「ビジネスメール詐欺」

これまでの海外発のフィッシングメールやビジネスメール詐欺は、「てにをは」の使い方が不自然だったり、日本語の表現がどこか変だったりしたため、読めば見破ることができました。しかし、攻撃者が生成AIや翻訳文章生成ツールを悪用し、日常的な取引の文脈や業界の慣例を学習した違和感のない日本語のビジネスメールが瞬時に、大量に作れるようになっています。

2026年には、経営者などをかたって業務命令を装い、LINEグループの作成を要求した上、指定した口座に送金をさせる「ニセ社長詐欺」の被害が急増しています。

2)サイバー攻撃の「自動化」と「技術水準の底上げ」

生成AIを「サイバー攻撃のアシスタント」として悪用する攻撃者が登場しています。攻撃者は、AIにセキュリティホールとなる脆弱性を探させたり、セキュリティソフトの検出を回避する「難読化コード」や情報窃取コマンドを動的に生成させたりしています。これにより、高度なハッキング知識を持たない未熟者であっても、容易に超一級のサイバー攻撃を仕掛けられるようになっています。

3)実在しない情報を信じ込む「ハルシネーション(幻覚)」と法的リスク

対話型の生成AIは、確率的に「もっともらしい文章」を生成する仕組みであるため、時に架空の事実、間違った解釈を、あたかも真実であるかのように堂々と出力することがあります。これを「ハルシネーション」と呼びます。

AIが生成した内容を人間の目で検証(ファクトチェック)せずに鵜呑みにして、提案書やウェブサイトのコンテンツ、あるいはプログラムコードに利用すると、顧客へ誤った情報を提供してしまい信用を失う恐れがあります。また、意図せず、他者の知的財産権(著作権など)を侵害してしまう法的リスクもあります。

4)進化するAI固有のゼロクリック脆弱性「間接プロンプトインジェクション」

「Microsoft 365 Copilot」などのビジネスツールに生成AIが深く組み込まれる中、AI固有の新しい脆弱性を突いた攻撃が登場しています。その代表例が「間接プロンプトインジェクション」です。

AIには通常、悪意ある命令を拒否するセーフガード(保護措置)が導入されています。しかし、何らかの方法で、攻撃者にウェブサイトやメールの文面の中に、人間の目には見えない(または気づかない)不正プロンプトを仕込まれると、社内のAIがそのサイトやメールを自律的に読み込んだ際、仕込まれた不正な指示を真に受けて、「社内の機密データを外部のサーバーに勝手に送信する」といった動作(例えば、「EchoLeak」と呼ばれる脆弱性の悪用など)を、利用者が気づかないうちに実行してしまうのです。

3 「AI利用者」として押さえておくべき役割とポイント

総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」では、AIに関わる主体を「AI開発者(Developer)」「AI提供者(Provider)」「AI利用者(Business User)」の3つに大別しています。

  • AI開発者:AIモデルやアルゴリズムそのものを構築する事業者
  • AI提供者:AIをアプリやサービスに組み込んで提供する事業者
  • AI利用者:事業活動においてAIシステムやサービスを利用する事業者

ここでは、主に「AI利用者」として押さえておくべきポイントを、中小企業の経営者・マネジメント層と従業員それぞれの目線から紹介します。なお、一般の中小企業の大部分は「AI利用者」に該当しますが、自社で顧客向けにAIチャットボットを組み込んだウェブサイトを構築したり、システムを開発して提供したりする場合は「AI提供者」の責任も兼ねることになります(この記事では割愛)。

AIに関わる3つの主体

「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」による分類 ─ 自社はどこに立っているか

大部分の中小企業はここ

D

Developer

AI開発者

AIモデルやアルゴリズムそのものを構築する事業者

例:AIモデル開発企業

大部分の中小企業はここ

P

Provider

AI提供者

AIをアプリやサービスに組み込んで提供する事業者

例:AI搭載SaaS事業者

大部分の中小企業はここ

U

Business User

AI利用者

事業活動においてAIシステムやサービスを利用する事業者

例:ChatGPTやCopilotを業務で使う会社

※ 自社で顧客向けAIチャットボットを構築・提供する場合は「AI提供者」の責任も兼ねる

(出所:総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」)

1)経営者・マネジメント層目線:シャドーAI撲滅のためのリスクベースアプローチ

「うちはまだ業務にAIを導入していないから、リスクはない」と考えているとしたら、その考え方は危険です。会社が正式に利用を認めていない、あるいは安全な環境を用意していないにもかかわらず、現場の従業員が生産性を上げるために個人の判断で無料の公開型AIサービスを業務に使ってしまう「シャドーAI」が横行する恐れがあるためです。

無料の公開型AIサービスは、入力されたデータ(プロンプト)をAIの品質向上のために「再学習」する規約になっているケースが多々あります。ここに自社の機密情報、顧客の個人情報などをコピー&ペーストして入力すると、AIがそれを学習し、世界のどこかで別のユーザーが質問した際の「回答」として情報が漏えいしてしまうリスクがあります。

「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」が提唱する「リスクベースアプローチ」とは、利用するAIのリスクの大きさ(被害の大きさとその発生確率)を正しく把握し、それに見合った対策を講じる考え方です。経営者・マネジメント層に求められるのは、単に「AI利用は禁止」とすることではなく、データのオプトアウト(学習対象除外設定)が保証された法人向けの安全なAI環境(例えば、ChatGPT Team/Enterpriseや、Microsoft Copilotの商用データ保護環境など)を会社として公式に契約・提供し、シャドーAIを撲滅することです。

2)従業員目線:自動化バイアスの克服と入力(プロンプト)の厳格管理

現場の従業員が最も注意すべきは、AIを万能の道具だと錯覚してしまう「自動化バイアス(Automation Bias)」です。自動化バイアスとは、システムやAIが出した回答を過度に信頼し、人間が考えることを放棄して従ってしまう心理現象を指します。

AIがどれだけ自信満々に、美しい日本語で回答を出力したとしても、そこにはハルシネーション(幻覚)や、セキュリティ上の脆弱性が含まれている恐れがあります。従業員は次の「3つの原則」を守ることを徹底しなければなりません。

  • 重要情報の入力禁止:自社の機密情報、顧客の個人情報などは絶対に入力しない
  • ファクトチェックの義務化:AIの出力した数字、事実、ソース(根拠)は、必ず人間が別ルートで裏付けを取る
  • 責任の引き受け:AIは「アシスタント」であり、業務の最終決定と責任は人間の従業員自身にあることを自覚する

4 フロンティアAIの登場によるサプライチェーン全体への影響

今後、中小企業が避けては通れない課題が、「フロンティアAI」への対応と、それに伴うサプライチェーン全体の規制強化の波です。

フロンティアAIとは、米アンソロピック(Anthropic)社の「Claude Mythos(クロード・ミュトス)」などに代表される、現在の技術基準をはるかに超える極めて大規模で高性能な最先端のAIモデルを指します。「Claude Mythos」は、システムやソフトウェアの「未知の脆弱性」を自動で、短期間に、大量に発見する圧倒的な能力を持っています。一方で、攻撃者側に悪用された場合、脆弱性を突いた攻撃を開始するまでのタイムラグが極端に短縮されるという脅威が生じています。

冒頭で触れた、金融庁が発出した「フロンティアAI対応要請」は、これまで安全だとされていたシステムに、突然大量の脆弱性が発覚し、修正プログラム(パッチ)の適用が追いつかなくなる事態を想定し、金融機関に対して、自社だけではなく、システムの開発・保守を委託している外部のITベンダーやサプライチェーンの事業者も含めて、「大量の脆弱性への対応リソースがあるか」「パッチ適用が間に合わずにシステム停止に追い込まれるリスクはないか」を至急点検し、契約(SLA/SLO)を確認せよと命じているものです。

こうした動きは金融業界にとどまらず、2026年度末に予定されている経済産業省の「SCS評価制度(サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度)」の運用開始により、一般の製造業、流通業、サービス業の中小企業にも影響を及ぼすと考えられます。

現代のサイバー攻撃のトレンドは、セキュリティが強固な大企業を直接狙うのではなく、その取引先である中小企業や業務委託先を「踏み台」にして、ネットワークを経由して段階的に大企業へ侵入する「サプライチェーン攻撃」です(IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」で第2位)。

サプライチェーン攻撃の構造

IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」で第2位 ─ 狙われるのは”踏み台”の中小企業

攻撃者

Attacker

侵入

狙われるポイント

中小企業

(取引先・委託先)

セキュリティが手薄な”踏み台”に

経由

大企業

(最終ターゲット)

強固なセキュリティを直接突破できない

大企業は「SCS評価制度」で取引先のセキュリティ体制を点検する時代へ

フロンティアAIによる脆弱性増加への対応力を、チェックシート等で照会される。「対応していません」と答えれば、その瞬間に取引を失うリスクがある

(出所:IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」、経済産業省「SCS評価制度」)

大企業は、SCS評価制度を活用して取引先中小企業のセキュリティ体制を点検し、自社の安全を確保しようとするはずです。近い将来、中小企業は、大手の取引先から「フロンティアAIによる大量の脆弱性発覚に耐えられる体制があるか?」「委託先ベンダーとの保守体制は万全か?」という照会(チェックシートの提出要請など)を受けることになります。ここで「対応していません」「ITはベンダー任せで分かりません」と回答すれば、その瞬間に「リスクあり」と判断されてしまい、取引を失ってしまう恐れがあるのです。

5 自社の現状を評価するチェックリスト

1)経営者・マネジメント層向け

チェック項目
AI利用規程(ガイドライン)を策定し、全社に周知・徹底しているか
シャドーAI(無断での個人アカウント利用)を(技術的に)禁止・監視しているか
入力データが学習されない「安全な法人向けAI環境」を会社として提供しているか
外部のITシステムベンダーとの「保守契約(SLA/SLO)」を再確認しているか
自社が保有・利用・提供しているIT資産やソフトウェア構成を把握しているか
金銭支払いや契約変更等の重要業務において、複数人が関与する承認フローを構築しているか
サイバー攻撃によるシステム停止を想定したBCP(事業継続計画)を策定しているか

2)従業員向け

チェック項目
会社の秘密情報、顧客の個人情報、インサイダー情報をAIに絶対に入力していないか
AIの出力結果をそのまま鵜呑みにせず、必ず自分の目で検証(ファクトチェック)しているか
AIが生成したプログラムコードやシステム設定データを、検証せずに実業務に投入していないか
AIを悪用した巧妙な「なりすましメール」や「フィッシング詐欺」を疑う目を持っているか
万が一のトラブル(誤入力による情報漏えい等)が発生した際、すぐに報告できる窓口と手順を理解しているか

以上(2026年7月作成)

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画像:日本情報マート

中小企業も要注意の「情報セキュリティ10大脅威2026」

1 情報セキュリティ対策の第一歩は、脅威を知ることから

情報セキュリティ対策の第一歩は、自社を取り巻く環境にどのような脅威があるのかを知ることです。IPA(情報処理推進機構)が毎年公表する「情報セキュリティ10大脅威」で、社会的に影響の大きいものを確認してみましょう。

■IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」■
https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2026.html

こちらが「組織」向けの10大脅威です。「組織」向け脅威の列にあるリンクから、それぞれの脅威について分かりやすく解説した、対策チェックリスト付きの記事(2026年7月に随時公開予定)にジャンプできます。ぜひご確認ください。

(図表)【情報セキュリティ10大脅威2026】

順位 「組織」向け脅威 初選出年 10大脅威での
取り扱い
(2016年以降)
1 ランサム攻撃による被害 2016年 11年連続11回目
2 サプライチェーンや委託先を狙った攻撃 2019年 8年連続8回目
3 AIの利用をめぐるサイバーリスク 2026年 初選出
4 システムの脆弱性を悪用した攻撃 2016年 6年連続9回目
5 機密情報を狙った標的型攻撃 2016年 11年連続11回目
6 地政学的リスクに起因するサイバー攻撃(情報戦を含む) 2025年 2年連続2回目
7 内部不正による情報漏えい等 2016年 11年連続11回目
8 リモートワーク等の環境や仕組みを狙った攻撃 2021年 6年連続6回目
9 DDoS攻撃(分散型サービス妨害攻撃) 2016年 2年連続7回目
10 ビジネスメール詐欺 2018年 9年連続9回目

(出所:IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」)

2 できるところから始める「情報セキュリティ6か条」

インターネットの普及に伴い様々な脅威が現れ、攻撃者の手口は年々巧妙かつ悪質になっていますが、対策には共通する部分があります。ここでは、IPAが取りまとめた共通する基本的な対策「情報セキュリティ6か条」に解説を加えて紹介します。できるところから始めましょう。

1)OSやソフトウェアは常に最新の状態にしよう!

OSやソフトウェアに脆弱性が見つかった場合、通常、開発業者は脆弱性の情報とともに、脆弱性をカバーするためのプログラムである「セキュリティパッチ」を一般公開します。速やかにセキュリティパッチを適用するためには、

  • 自社で利用しているOS・ソフトウェアやネットワーク対応機器について、製品名とバージョン情報を把握する
  • 開発業者のウェブサイトで公開されている脆弱性対策情報を随時収集する

ことが求められます。

IPAのウェブサイトでも、主な製品の脆弱性対策情報が「重要なセキュリティ情報」として公開されています。自社で利用している製品があったら、緊急度・重要度に応じて関係先(組織内や顧客など)への周知、ソフトウェアの更新などの対応を行いましょう。

2)ウイルス対策ソフトを導入しよう!

昨今のサイバー攻撃は、ID・パスワードの奪取、遠隔操作、そしてファイルを勝手に暗号化して金銭を要求するランサムウェアなど、その手口が多様化しています。これらの脅威から社内の端末を守るためには、信頼できるウイルス対策ソフトの導入が不可欠です。

ウイルスを検出するための「ウイルス定義ファイル(パターンファイル)」を常に最新の状態に保つよう、自動更新を有効化することも忘れてはなりません。

3)パスワードを強化しよう!

パスワードは、他人が分からないように作成し、他人に使われないように管理しなければなりません。

単一要素認証として使うパスワードは、15文字以上の長さを確保し、推測されにくい複雑な文字列を設定することが推奨されています。

管理については、複数のサービスで使い回しをしないのが鉄則です。そうしないと、いかに強度の高いパスワードを設定したとしても、どこか1つのサービスから漏れた場合に「パスワードリスト攻撃」を受け、不正ログインを防げないからです。

なお、以前は推奨されていた、定期的なパスワード変更(リセット含む)は、今は不要とされています。

サービスによっては、「多要素認証」(MFA:Multi-Factor Authentication)が使えるので、積極的に取り入れましょう。多要素認証とは、ログインなどの際に、知識情報(ID・パスワード)、所有情報(ワンタイムパスワードや証明書)、生体情報(指紋・顔・虹彩・静脈)、その他の情報(グローバルIPアドレス)といった複数の情報を組み合わせて認証するものです。

4)共有設定を見直そう!

クラウドストレージやネットワーク接続された複合機などは、設定に不備があるとインターネットを通じて無関係な第三者に重要情報を漏えいさせるリスクをはらんでいます。意図しない情報開示を防ぐためには、アクセス権の厳密な管理が必要です。

クラウドやネットワーク機器の共有範囲は、業務上、本当に必要な人に限定して設定するようにしましょう。また、社員の退職時には速やかにユーザーアカウントを抹消する、異動時にはアカウントに付与したアクセス権限を見直すといった対策も必要です。

5)バックアップを取ろう!

ランサムウェア感染やハードウェアの物理的故障、従業員の誤操作によって業務データが消失した場合、バックアップがなければ事業継続は不可能です。失ったデータの復旧には多大な時間とコストを要するため、平時からの適切なバックアップ運用が組織のリスクマネジメントに直結します。

バックアップに使用する装置や媒体は、作業時以外はパソコンやネットワークから物理的に切り離して保管するか、安全な遠隔地・クラウドに保管するようにしましょう。また、保存したデータが正しくリストア(復元)できるかを定期的に確認することも大切です。

6)脅威や攻撃の手口を知ろう!

メールやウェブサイトを使って言葉巧みに誘導する手口は年々巧妙化しています。ただし、

どのような手口があるのか知っていれば、攻撃者が仕掛けた罠に気付き、被害を未然に防げる可能性が高まる

ことになります。

IPAでは情報セキュリティに関する脅威や対策などを学ぶことができる映像コンテンツを、YouTubeの「IPA Channel (ipajp)」で公開しています。参考にしてください。

■IPA「情報セキュリティ普及啓発映像コンテンツ」■
https://www.youtube.com/playlist?list=PLF9FCB56776EBCABB

以上(2026年7月更新)

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画像:日本情報マート

2027年4月からの新リース会計基準は中小企業にどう影響する?

1 新リース会計基準の影響を受けるのは、大企業だけじゃない

新リース会計基準は、2027年4月1日以降に開始する事業年度から、上場企業や会計監査人設置会社などの「大企業」を対象に強制適用されます。中小企業は任意適用ですが、次のように実質的に新基準を意識した会計対応が求められるため、無関係とはいえません。

  • 親会社が上場企業である場合(連結対象):親会社が上場企業である場合など、連結財務諸表に含まれるため、親会社の基準に合わせた会計処理が実質的に求められる
  • 金融機関や出資者などとの関係性を重視する会社:今後の成長戦略として上場やM&A、資金調達を検討している場合、財務の透明性を高めるために、適用が義務でなくとも、任意で新基準に沿った会計処理を選択することが求められる

新リース会計基準を適用した場合、経営への影響は数値の変化だけにとどまりません。会計処理の複雑化や、契約の洗い出し・再評価といった実務負担の増加、税務申告上の調整の発生など、財務・税務・経理の現場にも様々な対応が求められます。

この記事では、リースの借り手企業向けに、適用した場合の影響、新・旧リース会計基準との違い、税務上の取り扱い、そして今から講じるべき実務対応まで、段階的に解説していきます。

2 会計処理の大きな転換点 新・旧リース会計基準の違い

1)会計処理の違い

現行(旧リース会計基準)のリース取引は、

  • ファイナンス・リース:実質的に買うのと同じ性質(分割払いで購入しているのと同等の性質)を持つリース取引で、貸借対照表上の資産・負債の計上が必要(オンバランス処理)
  • オペレーティング・リース:上記のファイナンス・リース取引以外のリース取引で、貸借対照表上に資産・負債としての計上は不要で、毎年支払ったリース料を費用処理できる(オフバランス処理)

の2種類に分類されます。

新リース会計基準では、

上記のような取引の区分がなくなります。

会計基準の見直しの概要(借り手の場合)

今まで支払ったリース料を費用処理するだけでよかったオペレーティング・リース取引についても、貸借対照表上に資産・負債を計上しなければならない処理が必要になります。なお、リース契約期間が1年以下の短期リースや、少額リースに該当するリース取引については、現行(旧リース会計基準)から変わりなく、リース料を費用で処理することが認められています。

2)対象となるリース取引の違い

現行(旧リース会計基準)では、契約書に「リース契約」と明記されている取引であれば、原則としてリース会計の対象とされてきました。つまり、形式的にリース契約であるかどうかが判断基準となっていました。

しかし、新リース会計基準では考え方が大きく変わります。契約書に「リース」と書かれているかどうかではなく、契約の実態が「リースの定義」に該当するかどうかが判断基準となるためです。新リース会計基準における「リース」とは、

特定の資産を一定期間使用する権利を持ち、その使用に対価を支払う契約

をいい、名称にかかわらずその条件に該当するものは、全てリース会計の対象となります。例えば、オフィスやコピー機などの賃貸契約、不動産の借上契約などは、契約上「リース」と明記されていなくても、内容がリースと判断されれば、リース会計の対象となります。

一方、従来はリースとはみなされなかった電力供給契約や業務委託契約なども、その契約の中に特定の設備の使用権が含まれていれば、リースに該当する可能性があります。つまり、新リース会計基準では適用対象となる取引の範囲が大きく広がることになります。ただし、全ての取引が対象となるわけではありません。

使用期間が12カ月以下の短期リースや、1契約当たりの金額が非常に小さい少額リースについては、会計上の負担軽減のために、リース会計の対象外

とすることが認められています。

短期リースとは、契約期間が1年以下で、更新の義務や選択権がない契約を指します。少額リースは、1契約当たりの資産価格が企業の会計方針で「重要性が乏しい」と判断される程度の少額資産を対象とします。これらについては、従来通り費用で処理することができます。

3 税務上の取り扱い

税務上の取り扱いは2025年度の税制改正により明示されました。税務では、

オペレーティング・リースについて、現行の賃貸借処理から変更はなく、今まで通り支払ったリース料を損金とする処理が継続

することになります。税務上の取り扱いをまとめると、

  • ファイナンス・リースについては、売買処理(資産・負債を計上し、減価償却費と利息費用が損金になる)
  • オペレーティング・リースについては、賃貸借処理(資産・負債としての計上は不要で、支払ったリース料が損金になる)

されます。

そのため、新リース会計基準を早期に適用した会社については、会計上の費用計上額(減価償却費と利息費用)と、税務上の損金(賃借料)に差異が生じることから、2026年度以降の税務申告書上で税務調整が必要になります。

4 適用を検討している会社が今から講じるべき実務対応

1)自社が新基準の影響を受けるかどうかの確認

まず、貴社が新リース会計基準の強制適用対象となるか(上場企業の子会社、会計監査対象など)を確認しましょう。対象外であっても、将来IPO(株式公開)を目指していたり、大型のM&Aを検討していたりする場合には、任意適用を視野に入れるべきかの判断が必要になります。

2)既存リース契約の洗い出しと、詳細の把握

現在締結している全てのリース、賃借契約(名称が「リース」でなくても、実態としてリースに該当する可能性のある賃借契約やSaaS契約なども含む)を洗い出し、契約内容を詳細に把握しましょう。特に、リース期間やリース料総額、解約不能期間、残価保証の有無などを確認し、新リース会計基準の定義に照らして「リース」に該当するか、また「短期・少額リース」の簡便処理が適用できるかを判断しておきます。

3)経理業務の複雑化に備えた体制やシステムの準備

新基準への対応には、契約の識別、評価、会計処理、税務調整など、新たな業務プロセスと専門知識が必要になります。そのため、経理部門の教育や、必要に応じて会計システムの改修や新システムの導入などを検討し、実務負担の軽減を図る検討を始めましょう。

中小企業は、限られたリソースの中で新基準に対応するため、会計ソフトのアップデートだけでなく、AIを活用した契約管理システムなど、外部ソリューションの導入を積極的に検討すべきです。また、税務調整の複雑さや財務指標への影響を考慮すると、税理士や会計士といった専門家との連携を強化することが、適切な対応とリスク回避のために極めて重要となります。

4)必要に応じて金融機関など外部利害関係者との対話の準備

新リース会計基準が適用されると、これまで費用として処理していたリース契約の一部が、帳簿上では「使用権資産」(貸借対照表上の資産)と「リース負債」(貸借対照表上の負債)として記載されることになります。その結果、自己資本比率(会社の安全性を示す指標)やROA(資産を使ってどれだけ効率よく利益を出しているか)などの財務指標が、実態に変化がなくても悪く見えてしまうことがあります。

このような決算書の見た目の悪化は、外部利害関係者による融資判断や投資評価に影響する可能性があります。そのため、まずは新リース会計基準を適用した場合に、どのくらい財務数値が変動するかをあらかじめ試算(シミュレーション)しておくことが重要です。

また、必要に応じて、外部利害関係者に対し、「会計ルールの変更による財務指標の悪化が想定されますが、経営の実態は変わっていない」ことなどを事前に説明しておくと、誤解や不安を招かないですみます。

以上(2026年7月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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画像:webbiz-Adobe Stock

【賃上げ疲れの経営者へ】社員の働きぶりに見合った賃金の払い方

1 賃金原資は有限! 社員の働きぶりに見合った形で配分する

2026年7月3日に「2026年春闘」の最終回答集計が公表され、日本企業の賃上げ率(平均賃金方式、定期昇給相当分を含む、加重平均)は

2024年、2025年、2026年と3年連続で5%超え

となりました(日本労働組合総連合会「2026年春闘第7回(最終)回答集計」)。

一方で、多くの中小企業では、人手不足と物価高等によるコスト増によって収益が圧迫され、「賃上げ疲れ」が顕在化しています。「もう、最低賃金に合わせるのが精一杯だ!」と、そんな悲鳴を上げる経営者の方々に対し、社労士である筆者が提案しているのは、

ベースアップのように全員一律に給料を底上げする設計を見直すこと

です。

生成AIをはじめとする技術の進展によって、かつて社員が担っていた定型業務の一部は、AI・RPA・チャットボットなどで代替可能になりつつあります。そんな状況にあって、業務内容や貢献度を問わない一律の底上げは、社員を「自分の時間を切り売りするだけの働き方」に甘んじさせ、自ら付加価値を生み出そうとする自立心を阻害するリスクがあります。

限られた賃金原資だからこそ、社員の働きぶりに見合った形で「適正に分配する」決断

が必要です。

この記事では、賃金の「一律底上げ」から「適正な分配」へと発想を切り替え、

ジョブ型・手当重視型・成果型などを組み合わせた、柔軟な賃金設計のポイント

を紹介します。まず自社の現状(固定費率・評価制度の有無・職務の明確さ)を棚卸しし、どの設計から着手するかを検討してみてください。

2 柔軟に賃金を動かしやすい設計の考え方

1)経営側から見た賃金の役割

賃金には、「人件費管理」と「社員のモチベーション管理」という2つの役割があります。総額人件費は、収益計画・労働分配率・生産性のバランスで決まり、個々の社員については、職務内容・成果・能力・役割を評価軸にし、等級・職務ランクごとの期待成果とのギャップで「賃金が高すぎる/低すぎる」を判断するのが基本です。

実務では、次の2つの視点で確認するとよいでしょう。

  • 賃金水準の確認:同業他社の相場・社内分布との比較
  • 価値の見える化:売上・利益貢献だけでなく、品質・生産性・マネジメント・専門性など、職務別に“価値指標”を定義する

2)賃下げとなる場合は「労働条件の不利益変更」のルールに注意

賃金の「一律底上げ」をやめ、「適正な分配」を行う設計に切り替えた場合、期待成果とのギャップによって「賃金が下がる(賃下げとなる)」社員が出てくることになります。ここで、避けて通れないのが、労働契約法の「労働条件の不利益変更」の問題です。

まず、賃金の支給ルールを「個別の労働契約」によって定めている場合、

会社は個別の労働契約の内容を勝手に変更することはできず、社員との合意が必須

です。

また、支給ルールを「就業規則(賃金規程など)」で定めている場合も注意が必要です。通常、就業規則は過半数労働組合(または過半数代表者)の意見を聴いた上で変更することができますが、変更が社員にとって不利益に働く場合、

社員の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性(業績悪化や職務変更など)、内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などに照らして合理的な変更でないと無効

になります。特に、

賃金の場合は、評価制度と支給ルールが不透明なせいでトラブルになるケースが多いので、事前に社員に対し、変更内容の詳細を明示することが不可欠

です。

【社労士の実務メモ】

社労士として相談を受ける中でよくあるのが、「口頭で合意したから大丈夫」と思い込んでいるケースです。しかし、賃金の不利益変更は口頭合意だけでは法的に無効と判断されるリスクがあります。個別の労働契約で賃金のルールを決めている場合、書面(労働条件通知書や覚書)で個別に合意を取りましょう。

就業規則の改定については、一応、合理的な理由・対応であれば、個別の合意がなくても過半数労働組合(または過半数代表者)の意見を聴いた上で変更が可能ですが、賃金は社員の生活に直結する労働条件なので、やはり書面で個別に合意を取ったほうがよいです。なお、改定時は、労働基準監督署への届け出と、変更後の周知もセットで行うことが必須です。

3)柔軟に賃金を動かしやすい設計の考え方

日本企業の多くは、長く勤めればその分、基本給が増えていく年功的な制度を導入しています。しかし、基本給は一度金額を上げると下げにくい上に、賞与や退職金の算定基準になっていることも多いです。そのため、人の入れ替わりが少ない企業では、既存社員の高齢化に伴って、年々コストが膨らんでいきます。

対策として有効なのが、二層構造の設計です。具体的には、

  • 基本給は生活保障・能力等級に応じた「安定部分(固定)」
  • 手当・成果給は役職手当・職務手当・インセンティブなど、業績や役割の変化に応じて調整できる「柔軟部分(変動)」

として設計します。職務・成果・手当などの「変動要素」を増やすことで、働きぶりに応じた配分調整がしやすくなります。

以降で柔軟に賃金を動かしやすい設計の例をいくつか紹介します。

3 賃金設計の例:ジョブ型

1)ジョブ型の基本イメージ

ジョブ型とは、職務記述書(ジョブディスクリプション)によって仕事内容・責任範囲を明確に定義し、そのジョブ(役割)の市場価値・社内価値に応じて賃金を設定する設計です。

あらかじめ決められた職務要件を「満たしていること」を前提に賃金を支払い、要件を満たせなくなった場合にはジョブグレードを下げ、対応する賃金レンジに移行します。

例えば、次のようなイメージです。

  • 営業職:担当売上規模や新規開拓の有無に応じてグレード1~3を設定し、担当規模が縮小した場合にはグレードを見直す
  • 経理・バックオフィス職:日常経理のみ/月次決算まで/決算・資金繰り・予算管理まで、と担当範囲に応じてグレードを分ける
  • 現場リーダー・監督職:担当人数・ライン数などマネジメント範囲を職務要件として定義し、組織変更に応じてグレードを調整する

ジョブグレードと賃金レンジのイメージ

(出所:筆者作成)

2)導入時の注意点

ジョブ型という考え方自体はそこまで新しいものではありませんが、実際にジョブ型を導入している中小企業はいまだに少数派です。中小企業の場合、社員一人ひとりが担当する業務が広く、いわゆる「なんでも屋」になりやすいからです。

そのため、多くの中小企業はジョブ型の代わりに、能力評価に基づいて社員の賃金を決定する「職能型」を導入しています。しかし、この職能型も、「なんでも屋」になりがちな社員の能力をどう評価するかが難しく、結局年功的な評価(「○年勤めているのだからこのぐらいはできるだろう」という、上長の主観的な評価)に陥りやすいという側面を持っています。

「なんでも屋」が多いために職務定義が難しく、「誰が何の責任を負っているか」が分かりにくい。この問題が解決されないままジョブ型を導入しても、かえって混乱を招きます。

この問題を解決する上でのポイントは、

  • コア業務と周辺業務を分ける:コア業務に対してジョブグレードを定義し、周辺業務は付随業務として扱う
  • 段階的に導入する:いきなり全社員をジョブ型にせず、管理職・専門職など職務が比較的明確な層から始める

です。特に「職能型」から「ジョブ型」に変えるときは、

「能力評価を完全に捨てる」のではなく、「職務要求を満たすための能力」という形で位置づけ直す

のが現実的です。また、賃金レンジの移行時には、既得権の扱いと移行後の昇給余地をどうするかで揉めやすいです。移行措置(経過措置)と丁寧な説明プロセスを事前に設計しておきましょう。

【社労士の実務メモ】

ジョブ型への移行で最もトラブルになりやすいのは、「新制度では現在の賃金が維持できない社員」への対応です。社員にとって不利益な変更になるため、受け入れられないケースもあるでしょう。

実務上は、一定期間(例:2~3年)は現行賃金を保証する調整給を設ける手法がよく使われます。調整給は「新制度の賃金レンジと現行賃金の差額を埋めるもの」として位置づけ、昇給や賞与の原資を優先的に充てることで段階的に解消していく設計が一般的です。

また、ジョブディスクリプションは作成して終わりではなく、年1回以上の見直しを就業規則や運用ルールに明記しておくことが、後々の紛争リスクを下げる上で重要です。

4 賃金設計の例:手当重視型

1)手当重視型の基本イメージ

基本給は生活保障・安定性という性格が強く、一度上げると法的にも心理的にも下げにくい「固定費」として機能します。

一方、役職手当・職務手当・資格手当・インセンティブ手当などは、要件を満たさなければ支給停止にできるため、「役割が変わった」「業績が変わった」際に比較的柔軟に調整しやすい要素です。

具体的な手当の設計イメージは次の通りです。

1.役職手当

管理職としての責任範囲(マネジメント範囲・部門規模など)を明確に定義し、その役割を担っている間に限って支給します。

2.職務手当

ジョブ型の考え方と組み合わせて活用するもので、特定の職務(プロジェクト責任者・専門業務など)に就いている間だけ支給します。

3.インセンティブ報酬

業績目標・KPI達成・プロジェクト完遂・改善提案などの成果に対して、賞与・一時金・成功報酬といった形で短期的に支給します。

2)導入時の注意点

賃金全体に対する手当比率が高すぎると収入の変動が大きくなり過ぎて、生活不安や離職リスクを高める可能性があります。基本給と手当のバランス設計が重要です。

また、「手当を減らせばいつでもコスト削減できる」という発想だけで設計すると、社員から「都合のいい調整弁」と見なされ、モチベーション低下や不信感につながります。

手当の要件・評価指標・支給停止条件を事前に明示し、評価制度と連動させることで、「納得できる変動」にすることがポイント

です。

【社労士の実務メモ】

手当設計で見落とされがちなのが、割増賃金(残業代)の計算基礎への影響です。役職手当や職務手当は、原則として割増賃金の基礎となる「通常の労働時間の賃金」に算入する必要があります(労働基準法第37条)。

「管理職だから残業代は不要」と判断していたケースでも、実態として管理監督者に該当しないと判断されると、未払い残業代のリスクが生じます。

手当を新設・変更する際は、割増賃金の計算への影響と管理監督者の要件を必ず社労士に確認した上で、就業規則に反映させてください。

5 賃金設計の例:成果・変動報酬型

1)成果・変動報酬型の基本イメージ

成果・変動報酬型は、文字通り「業績や成果に連動して、報酬が変わる」という賃金設計です。大きなメリットは、賞与(ボーナス)の原資配分と直接連動させやすい点にあります。基本給の変更は手続きも心理的ハードルも高いですが、賞与は「今期の業績・成果に応じた配分」として社員にも説明しやすいです。

「まずは賞与を成果連動に切り替える」ことから始め、運用に慣れてから基本給の見直しなどへと段階的にシフトしていく中小企業が多いです。実務では、基本給レンジ・昇給テーブルに加えて、賞与テーブルやインセンティブ報酬を成果指標に連動させる手法が一般的です。

「総額人件費のうち、固定的に支給する賞与(最低保証部分)と変動部分(成果連動賞与+インセンティブ)を分ける」ことで、業績や個人の成果に応じた柔軟な調整が可能

になります。

具体的な仕組みの例を3つ紹介します。

1.評価ランク別賞与テーブル

賞与については「一律何カ月分」とするのではなく、基準賞与額を定めた上で、個人評価係数と会社の業績係数を掛け合わせて支給額を決める方法があります。

例えば、基準賞与額を「基本給の2.0カ月分」とし、個人評価係数をS=1.30、A=1.15、B=1.00、C=0.85、D=0.60と設定した場合の評価ランク別賞与テーブルのイメージは次の通りです。

評価ランク別賞与テーブル(例)

さらに、会社全体の業績に応じて業績係数を0.8~1.2の範囲で設定すれば、原資総額をコントロールしながら、成果に応じたメリハリのある配分が可能になります。

2.ポイント制報酬

プロジェクト完遂・改善提案・資格取得などの行動・成果にポイントを付与し、年間ポイント合計に応じてインセンティブ額を決める仕組みです。

例えば、1ポイント=100円として、年間1000ポイント(10万円)を上限とするポイント制を設計します。

  • プロジェクト完遂:1件当たり200ポイント
  • 改善提案の採用:1件当たり50ポイント
  • 業務に直結する資格取得:1件当たり200ポイント

といったルールをあらかじめ定めておきます。

年間の合計ポイントに応じてインセンティブの額を決めれば、「どの行動が評価されるのか」「どれくらい頑張ればどの程度の報酬になるのか」が見えやすくなります。

3.チーム成果連動型

チーム成果連動型の賞与は、まず「会社全体の業績に応じた賞与原資」を決め、そのうえで部署ごとの売上比率や達成度に応じて「部署別賞与枠」を配分する設計が実務上取り入れやすい方法です。

例えば、会社全体の賞与原資が2000万円、部署Aの売上構成比が30%・達成度120%の場合、

基準枠600万円(=賞与原資2000万円×30%)×達成度係数1.2=720万円

を部署Aの賞与枠とします。その上で、部署内では評価ランクに応じてS=1.3、A=1.1、B=1.0、C=0.8といった係数を設定し、リーダーが評価結果に基づいて枠内で配分します。こうすることで、チーム全体の成果と個人評価の両方を反映した運用が可能になります。

2)導入時の注意点

次の点に注意が必要です。

  • 短期成果に偏りすぎない:長期的な育成・品質・安全などが犠牲になるため、定性的な評価項目とのバランスが重要
  • 評価と報酬の連動を明確に説明する:「何を頑張れば報われるのか」が見えないと、制度への不信感につながる

【社労士の実務メモ】

成果連動賞与を導入する際、「賞与は会社の裁量で支給するもの」と思っている経営者は多いですが、就業規則や雇用契約書に「賞与○カ月分を支給する」などの支給を約束する文言がある場合、それは固定的な支払い義務として扱われるリスクがあります。

成果連動賞与に切り替えるなら、就業規則の賞与条項を「業績・評価に応じて支給することがある」という裁量型・業績連動型の文言に改定することが先決です。

また、評価結果と賞与額の対応表(賞与テーブル)は、社員への説明資料として開示するとともに、就業規則の別規程(賃金規程・賞与規程)に根拠を持たせておくことで、後々の「言った・言わない」トラブルを防げます。

以上(2026年7月作成)

pj00832
画像:ChatGPT

経営のヒントとなる言葉(豊田喜一郎)

「一本のピンもその働きは国家につながる」(*)

出所:「心に響く名経営者の言葉 決断力と先見力を高める」(PHP研究所)

冒頭の言葉は、

「たとえどんなに小さな点であっても、決してゆるがせにしたり妥協したりしてはならない」

ということを表しています。

大学を卒業後、豊田氏は父親である豊田佐吉(とよださきち)氏が設立した豊田紡織株式会社に入社し、佐吉氏とともに自動織機の研究に取り組んでいました。こうした中、1924年、豊田佐吉氏は、画期的な自動織機(無停止杼換(ひがえ)式豊田自動織機(G型)。以下「G型自動織機」)を発明しました。G型自動織機は大きな評判となり、1929年には織機の本場である英国のプラット社と特許権譲渡の契約が結ばれることとなりました。

世界的に有名なプラット社がG型自動織機を評価したのは喜ばしいことでしたが、契約のために英国を訪れた豊田氏は、かつては英国の花形産業であった紡績業がすっかり衰退している状況を目の当たりにし、将来に対する大きな不安を感じました。このため、自社の技術を生かせる新たな事業を模索し、その過程で自動車に着目しました。

日本では、1923年の関東大震災を契機として、都市交通としての自動車への注目が高まっていました。こうした中、1926年に設立された株式会社豊田自動織機製作所(現株式会社豊田自動織機。以下「豊田自動織機製作所」)で働いていた豊田氏は、1930年には小型エンジンの研究を開始し、1933年に豊田自動織機製作所に自動車部が設置されると、自身が中心となって本格的に自動車事業へ進出しました。

しかし、自動車事業への進出は困難を極めました。当時、フォードなどの海外の大手自動車メーカーは、部品の大半を社外から調達し、社内でそれらの部品を組み立てていました。しかし、日本で流通していた部品は品質が低かったため、自動車事業への参入に際しては、部品の大半を自社で製造しなくてはなりませんでした。このため、豊田氏は非常な苦労を重ねた末、1934年にはようやくA型エンジンの試作に成功し、1935年にはA1型試作乗用車およびG1型トラックを完成することができました。

その後、1937年にトヨタ自動車が設立されると豊田氏は副社長に就任し、1938年には挙母(ころも)工場が竣工して本格的な自動車製造が始まることとなりました。

ところが、挙母工場が稼働し始めると同時に、次々に問題が発生しました。試作品の生産段階では問題がなかったにもかかわらず、量産体制に入った途端に自動車の品質が低下してしまったのです。これは、政府からの指示を受け、量産体制の確立を急いだことによるものでした。

豊田氏は、すぐに問題の解決を図りました。発生した不良品は、材質や設計、製造方法など多面的かつ徹底的に見直しを行いました。また、各従業員の作業工程を書き出し、ムダを省いて合理化を図りました。さらに、工場全体の作業方法を見直し、各部署の生産量に偏りが生じないよう、進行状況を管理しました。こうした取り組みにより、品質問題は次第に改善に向かっていきました。

その後、豊田氏は同社の社長に就任し、以降は自動車事業のトップとしてさまざまな車両やエンジンの試作に取り組みました。トヨタ自動車は、挙母工場の稼働で明らかになった問題を基に製造現場の管理を充実させ、以降は自動車製造の一貫した体制整備を行うこととなります。

経営者であると同時に技術者でもあった豊田氏は、品質問題の解決に向けて、従業員に対し次のように述べています。

「豊田自動織機は本来、発明と研究をモットーとせる会社なり。そこより出立せる当社が、不良なる車を社会に送ると云ふ事は、当社として最も恥ず可きことなり」(*)

 

豊田氏の父親である豊田佐吉氏は、生涯を発明と研究に費やしました。そして豊田氏もまた、優れた技術者として自動織機の研究に取り組み、そして新たな分野である自動車事業へと進出しました。豊田氏は「発明と研究」という二つのモットーを佐吉氏から受け継ぎ、それを誇りとして小さな点にも妥協することなく仕事に取り組みました。その姿勢が、今日のトヨタ自動車の「お客様第一・品質第一」という理念の源流となっています。

小さな妥協は、やがて大きな妥協となります。たとえ小さな点であっても、決してゆるがせにせずに全力で取り組むことが、成功への一歩を固めるのです。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

豊田喜一郎(1894~1952)。静岡県生まれ。東京帝国大学工学部卒。1929年、豊田自動織機製作所(現株式会社豊田自動織機)の技師に就任。1937年、トヨタ自動車工業株式会社(現トヨタ自動車株式会社)を設立し、副社長に就任。1941年、同社社長に就任。

【参考文献】

(*)「心に響く名経営者の言葉 決断力と先見力を高める」(江上 隆夫、PHP研究所、2014年)
「トヨタウェブサイト」(トヨタ自動車株式会社)

以上(2026年7月更新)

pj15117
画像:日本情報マート