目次
1 中小企業経営者が今から知っておくべき理由
「給付付き税額控除」という言葉を耳にする機会が増えています。「個人の税金や社会保障に関する制度で、会社経営にはあまり関係がない」と思っている経営者も多いかもしれませんが、実はそうとは言い切れません。
給付付き税額控除は、従業員の手取りや働き方に影響する可能性があり、特に人手不足に悩む中小企業にとっては、無視できないテーマ
です。例えば、パートやアルバイトの従業員が、「これ以上働くと税金や社会保険料の負担が増える」「年収を一定範囲に抑えたい」と考え、勤務時間を減らすケースがあります。いわゆる「年収の壁」による働き控えです。
この点、給付付き税額控除が、「一定以上働くと、かえって手取りが増えにくくなる」という問題を和らげる仕組みとして設計されれば、従業員の働き方が変わり、人手不足の解消につながる可能性があります。一方で、制度の内容によっては、給与計算や従業員への説明など、企業側に新たな対応が求められる可能性もあります。
つまり、給付付き税額控除は「従業員が受け取るお金の話」にとどまりません。
人材の確保や働き方、給与・福利厚生のあり方、さらには会社の事務負担にも関係する可能性がある制度
なのです。
制度の具体的な内容はまだ固まっていません。だからこそ、制度が決まってから慌てて対応するのではなく、「自社にどのような影響がありそうか」を今のうちから知っておきましょう。
2 給付付き税額控除の基本的な考え方と導入議論の現況
1)給付付き税額控除の基本的な考え方
給付付き税額控除を一言でいえば、税金を減らす「控除」と、現金を支給する「給付」を組み合わせた仕組みです。

従来の控除は、納める税金が多い人ほど恩恵を受けやすい一方、所得が低く、そもそも納税額が少ない人には十分な効果が及ばないという面がありました。そこで、税額から差し引いても控除しきれない分を現金で給付することで、こうした差を埋めようというのが給付付き税額控除の考え方です。
例えば、10万円の税額控除があるとします。所得税を30万円納めている人なら、10万円がそのまま減税され、納税額は20万円になります。
一方、所得税が8万円の人は、まず8万円の税金がゼロになり、残った2万円が現金で給付されることになります。所得税がゼロの人であれば、10万円がそのまま給付されるイメージです。
2)給付付き税額控除制度の導入議論の現況
上記の解説はあくまで「給付付き税額控除」という仕組みの基本的な考え方です。2026年7月時点の政府・与野党協議では、当初想定されていた「税額控除+給付」の組み合わせは当面見送り、まずは所得に応じた「現金給付のみ」でスタートする方向で大筋合意がなされています。
新たな給付制度は、働く中低所得者を主な対象とし、所得が増えるにつれて給付額を段階的に変えることで、「年収の壁」による働き控えを抑え、就労を促すことが狙いです。
2029年度の本格導入を目指し、今後、給付を開始・終了する年収水準や具体的な給付額、恒久的な財源などを詰めていく方針です。なお、税額控除との組み合わせを将来的に見送ると決めたわけではなく、今後も検討を続けるとされています。
3 中小企業経営者にとって、具体的に何が変わるのか
経営者として特に注目したいのが、パートやアルバイトなどの従業員の働き方への影響です。人手不足に悩む中小企業では、「年収を一定範囲に抑えたい」という従業員がいることで、繁忙期に必要な人員を確保できないケースがあります。
もし給付付き税額控除によって、収入が増えた場合の手取りの減少を抑えられるようになれば、「これ以上シフトを増やすと手取りがあまり増えない」という理由で勤務時間を抑えていた従業員が、今より柔軟に働けるようになる可能性があり、人手不足の解消につながるかもしれません。
また、従業員への生活支援を目的として会社が支給している家族手当などについても、今後はその役割を見直す必要が出てくる可能性があります。国による支援が拡充されるのであれば、会社が負担してきた福利厚生の原資を、基本給の引き上げや資格取得支援など、従業員の成長につながる施策に振り向けるという考え方もできます。
4 企業側の事務負担には注意が必要
経営者として見逃せないのが、制度導入に伴う事務負担です。
まだ、制度の詳細は決まっていませんが、給付付き税額控除では、給与だけでなく、副業による所得、不動産所得、株式などから得られる所得まで含めて、個人の所得を正確に把握する必要があります。所得を十分に把握できなければ、本来より多く給付を受ける人や、逆に必要な支援を受けられない人が生じる可能性があるためです。また、制度の設計によっては、企業の給与計算や年末調整などに新たな対応が求められる可能性もあります。
現状、2026年7月の実務者会議では、当面「税額控除」を組み合わせず、所得に応じた現金給付に一本化する方向が示されています。これは、2024年の定額減税で企業や自治体の事務負担が大きくなった反省を踏まえたものとされ、マイナンバーや公金受取口座を活用して国が直接給付する仕組みが想定されています。実現すれば、企業側が給与計算や年末調整で個別に対応する負担は、当初想定より抑えられる可能性があります。
ただし、対象者の判定に必要な所得情報の把握方法や、企業からの情報提供の要否など、実務上の詳細はまだ固まっていません。制度の内容だけでなく、「誰が計算し、誰が手続きをするのか」、確認することが重要です。
5 今から経営者が意識しておきたい4つのポイント
1)給与計算などのデジタル化を進めておく
新たな税制や社会保障制度が導入されるたびに、給与計算や年末調整の方法が変わると、担当者の負担が大きくなります。
クラウド型の給与計算システムなどを活用し、法改正に対応しやすい環境を整えておくことは、給付付き税額控除に限らず、今後の制度変更への備えにもなります。
マイナンバーや公金受取口座を利用して国から直接給付する仕組みが採用されれば、企業側の手続きを抑えられる可能性もあります。制度の詳細が固まった段階で、自社の給与計算システムでどのような対応が必要になるのかを確認しましょう。
2)従業員からの質問に備える
制度が始まれば、「自分はいくら受け取れるのか」「会社で手続きする必要はあるのか」といった質問が従業員から寄せられることも考えられます。
全てを経営者や人事担当者が説明する必要はありませんが、会社が対応する部分と、従業員自身が手続きする部分を整理しておくことは大切です。
制度の内容を正確に把握し、従業員に分かりやすく伝えられるようにしておけば、制度変更に対する不安を抑えることにもつながります。
3)福利厚生や賃金体系を見直すきっかけにする
給付付き税額控除によって、国が従業員の生活を直接支援するようになれば、会社が担ってきた福利厚生の役割も変わる可能性があります。例えば、家族手当などのあり方を見直し、その財源を基本給の引き上げや資格手当、教育研修などに振り向ける方法も考えられます。
単に「会社の負担を減らす」という発想ではなく、限られた人件費をどのように配分すれば、人材の確保・定着につながるのかという視点で考えることが重要です。
4)税理士や社会保険労務士などの専門家と情報を共有する
給付付き税額控除は、税制だけでなく社会保障や給与計算にも関係する可能性があります。制度の内容が決まったら、顧問税理士や社会保険労務士などに、自社への影響を確認しておきましょう。
特に中小企業では、経理や人事を一人の担当者が兼務しているケースも少なくありません。制度変更のたびに担当者だけで対応するのではなく、専門家と早めに情報を共有することで、実務上の混乱を抑えやすくなります。
以上(2026年8月作成)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)
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画像:日本情報マート
