目次
1 不確実な時代だからこそ求められるシナリオ分析と感度分析
多くの経営者は、事業が計画通りに進むことを前提に、投資の効果をシミュレーションします。しかし、実際はそう計画通りにはいきません。特に売上は不確実性が高く、「予定通りに売れる」とは限りませんし、将来の数字を正確に予測することも容易ではありません。
不確実性の高い時代だからこそ、投資評価も「最も可能性が高いと考えたケース(以降「ベースケース」)」だけで判断するのでは不十分です。
売上や費用などが想定から外れた場合に対応するためにも、「シナリオ分析」や「感度分析」を活用することが重要
です。
もし計画が大きく狂ったとき、その投資は「会社を支える武器」ではなく、「会社を沈める重り」になってしまう可能性もあります。投資をギャンブルにしないためにも、様々なケースを想定し、投資の判断のよりどころとなる「数字を使った会社の守り方」を学んでいきましょう。
2 将来の不確実性を反映させた投資評価の分析手法
シナリオ分析と感度分析は、
将来の不確実性を考慮して投資の妥当性を判断するための投資評価における分析手法
です。実務では両者は同じ意味で使われることもありますが、厳密には分析の仕方が異なります。ここではそれぞれの特徴を分けて考えていきます。
これまで見てきた投資評価の代表的な4つの指標、
1.回収期間法
2.投資利益率法
3.現在価値法
4.内部利益率法
について、それぞれの指標を使う際に、シナリオ分析、感度分析をどのように取り入れるのかを見ていきましょう。どちらも、経営者が投資を実行するかどうかの意思決定をする際に役立つ手法なので、ぜひ基本的な考えを理解し、実務に活かしていただけたらと思います。
3 シナリオ分析は「複数の前提(数値)」を変えて考える
シナリオ分析とは、
売上、費用、資本コスト(投資に必要な資金の調達コスト)など、複数の前提を同時に変えて、投資結果がどう変わるかをシナリオごとに確認して投資評価を行う分析手法
です。代表的なのは、
1.ベースケース(想定しているケース)
2.楽観ケース(上振れしたケース)
3.悲観ケース(下振れしたケース)
の3つを用意する方法です。
例えば、売上が計画を上回り、費用も抑えられた場合にはどうなるのか。反対に、売上が伸びず、費用も増えた場合にはどの程度の損失が出るのか。このように複数の条件を組み合わせて考えることで、どのような状況なら投資が成立し、想定外の事態が起きた場合にどれくらい損失が出てしまうのかを数字で把握できます。
4 感度分析は「1つの前提(数値)」を変えて考える
感度分析は、
売上高の成長率や販売単価など、1つの前提だけを変えた場合に、投資評価にどのように影響を与えるかを見ていく分析手法
です。
例えば、「売上高の成長率が1%上がった場合に利益はどれくらい増えるか、投資利益率は何%変わるのか」「逆に売上高の成長率が1%下がった場合にどれだけ利益が減り、投資利益率は何%変わるのか」といった形で分析します。
このように、1つの数値を動かしてみることで、どの数値が投資結果に大きな影響を与えるのかを把握できます。つまり、注目した数値の変化が、検討する指標にどれだけ影響を与えるかの感度を分析します。
5 シナリオ分析と感度分析どちらを使うか
シナリオ分析と感度分析は、理論上は異なる分析方法ですが、実務では必ずしも明確に分けられていないケースが多いと感じます。このことに、問題があるわけではありません。中小企業の投資判断では目的に応じて両方を組み合わせるなど、その場に合った分析方法を選んで使うとよいでしょう。
シナリオ分析では、複数の前提を同時に変えて分析するため、行う人によって作る数字にかなり幅があり、設定次第ではさまざまなケースが考えられます。そこで、まずは前述した「ベースケース」「楽観ケース」「悲観ケース」の3つのシナリオに絞って考えてみましょう。
ベースケースでは、売上、費用、資本コストなどについて、「最も可能性が高い」と思う数値を設定します。楽観ケースでは事業がかなりうまく進んだベストの場合の数値を、悲観ケースでは事業がかなり厳しい状況になったワーストの場合の数値を設定します。
楽観ケースと悲観ケースで、極端なケースを想定しておくことで、それぞれの数字をどの程度にするか悩む余地を減らすことができ、シナリオを立てやすくします。また、極端なケースとベースケースがあれば、投資の全体像のイメージがつきやすくなります。
一方で、感度分析では、一つの数値に絞って、その数値のみを変化させ分析します。ここで注目したいのがKPI(重要業績評価指標)です。KPIとは、事業の業績に大きな影響を与える重要な数字のことです。
例えば、営業部門なら「販売単価」や「販売個数」、製造部門なら「歩留り率」や「機械稼動率」などがKPIに当たります。投資判断では、こうしたKPIを一つずつ動かしてみることで、「どの数字が計画を左右するのか」が把握できます。
6 事例演習:店舗の新規開設シミュレーション
それでは事例をつかってシナリオ分析と感度分析を行ってみましょう。ベースケースとなる前提条件は次の通りです。
なお、ここで掲載するシミュレーション一覧で使用されているExcelシートは、記事の末尾からダウンロードできます。
【前提条件(ベースケース)】
- 年間売上:初年度2000万円、2年目から3年目の成長率2%、4年目・5年目は横置き
- 売上原価率(変動費):売上の40%
- 人件費(固定費):300万円
- 賃借料(固定費):200万円
- 交通費(変動費):売上の5%
- 初期投資額(固定費):2000万円、減価償却方法は5年償却・定額法・残存価額ゼロ
- 実効税率(変動費):30%
- 割引キャッシュ・フロー(将来得られるお金を現在の価値)で用いる割引率:10%

1)シナリオ分析のシミュレーション例
まず、シナリオ分析からやってみましょう。売上成長率と原価率を変化させる数字とし、楽観と悲観のシナリオは次のとおりとします。

なお、楽観ケースの場合のシミュレーション一覧は次の通りです。

悲観ケースの場合のシミュレーション一覧は次の通りです。悲観ケースの場合は、正味現在価値がマイナスとなってしまいます。

これにより各指標は次のようになります。

会社全体の財政状況や収支計画により、一概には言えませんが、上記の結果を踏まえた分析例を挙げておきます。
【分析例】
この投資は、順調に売上が伸びれば(楽観およびベースケースの場合)、約3~3年半で回収でき利益も出ます。ただし、売上が落ち込み、原価率が高まる(悲観ケースの場合)と逆に赤字になり、投資額を回収できなくなる恐れがあります。良いときより悪いときの影響の方が大きいため、実行はしつつ、毎月売上と原価率を確認し、悪化の兆しが出たらすぐ見直せる体制を整えることが大切です。
2)感度分析のシミュレーション例
次に、感度分析を行います。売上の成長率に注目して考えてみましょう。
売上成長率を3%に変えた場合の感度分析を行った場合のシミュレーション一覧は次の通りです。

上記のシミュレーションの前提(売上成長率3%)に加え、売上成長率を1%ずつ変えたときの各指標は次のようになります。売上成長率が1%変わると、投資利益率が約0.6%増減することが見てとれます。

会社全体の財政状況や収支計画により、一概には言えませんが、上記の結果を踏まえた分析例を挙げておきます。
【分析例】
売上成長率が年2%から3%に上がると、利益や投資の採算はかなり良くなります(回収の速さ・利益ともに改善)。逆に言えば、売上の伸びがわずかに計画を下回るだけで採算が悪化しやすい投資でもあるため、毎月の売上をこまめに確認しながら進めることが大切です。
7 経営現場でどう活用すべきか
中小企業の現場では、複数の項目を変化させるのは煩雑であるため、重要と考えるKPIに絞った感度分析が現実的でしょう。ただし、投資の計画段階で「この数字を下回ったら投資を続けるのは難しい」という、ワーストのシナリオを描いて最低限のラインを決めておくことも重要です。あらかじめ厳しいケースを想定し、撤退基準を持っておけば、事業が想定通りに進まなかったときにも、冷静に判断しやすくなります。
これは、「ここまで大量の時間とお金をかけたのだから、今さらやめられない」という誤った経営判断を防ぐことにもつながります。すでに投じた時間とお金は、取り戻すことができない「埋没コスト」です。投資を続けるか撤退するかを判断するときは、過去にいくら使ったかではなく、その時点から先にどれだけの収入が見込め、どれだけの支出が必要になるかを比較することが大切です。
分析は、数字を作ること自体が目的ではありません。実際の経営判断に役立ててこそ意味があります。「何を判断するための分析なのか」を意識しながら、投資を続ける場合と撤退する場合の両方を考えておきましょう。
8 シミュレーション用Excelシート
最後に、これまで解説してきたシミュレーション一覧で使用されているExcelシートをご提供します(ダウンロードしてお使いください)。Excelシートの左側(青色の背景色のセル)の前提数値を入力すると、右側のシミュレーション結果が自動で更新されます。自社で新規出店や設備投資を検討する際にも、数字を置き換えて活用してみてください。
以上(2026年10月作成)
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画像:日本情報マート























