1 退職金制度の導入率は10年間で14.7ポイント低下
中小企業の退職金制度の導入率は、2024年時点で64.2%です。2014年は78.9%だったので、10年間で14.7ポイント低下しました(東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」)。

退職金制度には、一時金で支給する「退職一時金」、年金形式で支給する「退職年金(企業年金)」があります。中小企業の76.1%は退職一時金のみの導入で、基本的には長く働くほど金額が増える仕組みになっています。
ただ、最近は定年まで同じ会社で働き続ける人が減ってきた関係で、従来の退職金制度が実情に合わなくなってきている面は否定できません。とはいえ、経営者としては「従業員の頑張りに、何らかの形で報いたい」という思いもあるでしょう。
そこで、この記事では、退職金制度の見直しの方向性として、
1.退職金制度の廃止(制度を廃止して賃金に上乗せするなど)
2.退職金制度の変更(支払いの負担が少ない制度などに移行する)
の2つを紹介します。
2 退職金制度の廃止の方向性
1)退職金前払い制度
退職金制度を廃止して、その分を賃金に上乗せする方法です。次のように、「会社に勤め続けるか分からないから、それなら賃金が増えたほうがよい」と考える社員に寄り添ったものになります。
また、「今の収入を増やして運用に回したい」と考えている従業員がいれば、そのニーズに対応できます。

常用雇用の社員1人1カ月当たりの労働費用(社員を雇用することで発生する費用)を見てみましょう。現金給与額(賃金)と退職給付等の費用(退職金)の関係は次のようになっています。

退職給付等の費用を現金給与額に回せば、他社を上回る賃金水準にすることもできるかもしれません。ただし、次のような注意点があります。
- 賃金の上げ幅によっては、社会保険の標準報酬月額(月例賃金を一定の金額幅で区分したもの)が上がり、社員と会社の社会保険料負担が増える
- 退職一時金には「退職所得控除」、退職年金には「公的年金等控除」という非課税枠が設けられているが、現金給与として前払いする場合、その分の金額は「給与所得」として課税対象になる(手取りがさほど増えない可能性がある)
- 賃金に上乗せした分は、時間外労働や休日労働の割増賃金(残業代)の算定基礎にも含まれるため、残業代の単価も上がる(割増賃金の基礎から除外できるのは、家族手当・通勤手当・住宅手当など法令で限定された7種類の賃金のみ)
退職金制度を完全に廃止することで、対外的なアピールポイントが下がる
なお、退職金制度の廃止や減額は、社員にとって労働条件の「不利益変更」に当たります。原則として社員一人ひとりの合意が必要で、合意を得ずに就業規則(退職金規程)の変更だけで進める場合は、変更の必要性、社員が受ける不利益の程度、賃金への上乗せなどの代償措置、労働組合等との交渉の経緯などから見て「合理的」と認められることが条件になります。
少なくとも、廃止時点までに積み上がった退職金相当額は保全する経過措置を設けた上で、過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)の意見書を添えて変更後の就業規則を労働基準監督署に届け出(常時10人以上の社員を使用する場合)、社員に周知しましょう。
2)iDeCo+(イデコプラス)
iDeCo(イデコ)とは、社員が自分で掛金を拠出して運用し、60歳以降に受け取る個人型確定拠出年金です。このiDeCoの制度の中に、
拠出限度額の範囲内(社員の掛金と会社の掛金の合計で0.5万円以上、2.3万円以下)で、iDeCoに加入する社員の掛金に追加して、会社が掛金を拠出できる「iDeCo+(イデコプラス)」
という制度があります(正式名は「中小事業主掛金納付制度」)。
会社が拠出した掛金は全額損金に算入されます。つまり、
給与扱いにならないため、標準報酬月額に影響せず、社会保険料も増えない
ということです。また、個人の運用をサポートする制度なので、通常の退職金制度より事務負担が軽くなります。
ただし、次の点に注意が必要です。
- 対象は、社員(厚生年金の被保険者)が300人以下で、企業型確定拠出年金(企業型DC)、確定給付企業年金(DB)、厚生年金基金を実施していない中小企業に限定される
- 導入するには、過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)の同意が必要になる
- 会社が、掛金(社員拠出分と会社拠出分)をまとめて実施機関に納付する必要がある(社員拠出分の掛金は、給与天引き)
なお、iDeCoについて2点、制度改正があります。現行のルールでは、会社員(国民年金の第2号被保険者)の場合、iDeCoに加入できるのが65歳未満となっていますが、
2026年12月1日から、加入可能年齢が70歳未満に引き上げ
られることが決まっています。また、同じく
2026年12月1日から、拠出限度額が2.3万円から6.2万円
に引き上げられます。
いずれも2026年12月分の掛金(2027年1月引落し分)から反映されます。iDeCo+の掛金合計の上限(2.3万円)もこれに合わせて引き上げられる予定で、国民年金基金連合会では2026年7月から、事業主掛金を増額したい会社向けの事前受付を始めています。
■厚生労働省「2025年の制度改正(確定拠出年金)」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/kyoshutsu/2025kaisei.html
■iDeCo公式サイト「お知らせ」■
https://www.ideco-koushiki.jp/news/
iDeCo+を活用することで、社内の退職金制度を廃止した後も、社員への将来に向けた補助を継続させることが可能となります。また、iDeCo+を導入していることは採用面などにおいて、自社アピールに利用することができます。
3 退職金制度の変更の方向性
中小企業が導入できる退職金制度には次のようなものがあります。それぞれ特徴があるので、支払いの負担などを考慮して、自社に合ったものを選定しましょう。

退職金制度の選択肢は、退職一時金と退職年金のどちらを採用するか、または併用するかです。支払いの負担を考えると、年金形式で支給する退職年金は、退職一時金に比べて負担を平準化しやすいメリットがあります。一方で、退職年金には「60歳以降など、一定の年齢にならないと引き出せない」というルールがあり、退職金を早くもらいたい社員からは敬遠されるかもしれません。
また、退職金の準備を自社で行うか、外部機関で行うかも重要です。例えば、中小企業退職金共済制度を利用していない場合、中小企業は自社で引当金を積むケースが多いですが、その場合、損金算入が認められません。一方、外部機関に積み立てる場合、損金に算入できる部分があるため、税法上のメリットがあります。
外部機関の代表例が中小企業退職金共済制度(中退共)です。掛金は全額が損金(個人事業主は必要経費)になる上、新規加入時には掛金月額の2分の1(社員1人当たり上限5000円)を加入後4カ月目から1年間、月額1万8000円以下の掛金を増額した場合には増額分の3分の1を1年間、国が助成します。退職金制度の変更先として検討する際は、この助成も織り込んで負担を試算しましょう。
■中小企業退職金共済事業本部「制度の特色」■
https://chutaikyo.taisyokukin.go.jp/kentou/seido/seido02.html
退職金制度の種類は、どれも一長一短です。1つの退職金制度に絞り込むのではなく、退職金前払い制度なども含め、複数の仕組みを組み合わせるのも一策です。
なお、図表4のうち、企業型確定拠出年金(企業型DC)について1点、制度改正があります。企業型DCには、会社が拠出している掛金に、社員自身が掛金を上乗せすることができる「マッチング拠出」という仕組みがあります。かつては、社員の掛金が会社の掛金を超えられないという制限がありましたが、
2026年4月1日から、この掛金に関する制限は撤廃
されています。これにより、余裕があれば多くの掛金を拠出できるようになりました。
また、税務面でも2026年1月1日から退職金に関する改正が施行されています。企業型DCやiDeCoの一時金を2026年1月1日以後に受け取り、その翌年以降に会社の退職一時金を受け取る場合、受け取る年の前年以前9年内(改正前は4年内)に受け取ったDCの一時金が退職所得控除の重複調整の対象になりました(いわゆる「5年ルール」から「10年ルール」への見直し)。併せて、会社が2026年1月1日以後に支払う退職金については、受給者全員分の「退職所得の源泉徴収票」を税務署に提出することになったため、退職金の支払事務も見直しておきましょう。
■国税庁「源泉徴収のあらまし(令和8年版)税制改正等の内容」■
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/aramashi2026/pdf/01.pdf
4 廃止と制度変更の「折衷案」
ここまで、退職金制度の廃止と変更の方向性について考えてきましたが「折衷案」として、
賃上げと退職金制度の縮小を同時に実施する
という方法もあります。

例えば、企業型DCを導入している場合、
賃金の一部を、引き続き賃金(手当など)として受け取るか、企業型DCの掛金にするかを社員が選択できる「選択制DC」
という制度があります。今の収入を多くしたい社員などは賃金として受け取り、将来に備えたい社員などは掛金にすることを選択します。掛金にすることを選択した場合、当然賃金は減りますが、その分、社会保険料負担なども下がる可能性があります。
ただし、掛金に回した分だけ標準報酬月額や雇用保険の賃金額が下がるため、将来の老齢厚生年金のほか、傷病手当金・出産手当金、雇用保険の基本手当・育児休業給付などの給付額も下がる可能性があります。選択制DCを導入する際は、こうしたデメリットも含めて社員に説明し、説明した記録を残しておくことが、後々のトラブル防止につながります。
■厚生労働省「確定拠出年金制度」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/kyoshutsu/index.html
退職金前払い制度に似ていますが、こちらは社員に受け取り方の選択肢を与えることで、実質的に賃上げと退職金制度の縮小を同時に実施するイメージです。
以上(2026年10月更新)
(監修 社会保険労務士 柴田充輝)
pj00371
画像:ChatGPT