再雇用後の賃下げは違法? 賃金設計のシミュレーションを紹介!

1 「この人の仕事の価値はいくら?」という視点が大切

日本の会社では、社員の定年退職時に退職金を支払った後、「嘱託」などとして再雇用する「定年再雇用」が広く浸透しています。ただ、定年再雇用は再雇用時に労働契約を締結し直す働き方なので、定年後の労働条件をめぐって会社と社員の間でトラブルが起きるケースが少なくありません。

トラブルの争点になりがちなのは「賃金」です。2023年7月に、定年再雇用で嘱託になった職員の基本給を、正職員の頃の60%未満まで引き下げたことでトラブルが起き、最高裁判決までもつれこんだ事案がありました。詳細は後述しますが、その際、

高裁が「60%を下回るのは違法」と判断したのに対し、最高裁が「単純な額の問題ではなく、基本給の性質や支給目的を精査すべき」として、高裁に判決を差し戻した

ことが話題になりました(最高裁第一小法廷令和5年7月20日判決)。

この判決はいわゆる「同一労働同一賃金」、簡単に言うと「同じ働き方をしている人には、同じ賃金を支払いなさい」というルールを、最高裁が改めて明確に示したものです。「生涯現役社会」ともいわれる時代、定年再雇用はもはや当たり前の働き方になりつつありますが、

会社が再雇用後の賃金を決める際は、「いくらまでなら減額してよい?」ではなく「この人の仕事の価値はいくら?」という視点を持つ

ようにしないとトラブルになりかねません。

そこで、この記事では最高裁判決の内容に触れつつ同一労働同一賃金の基本をおさらいした後に、社員の働き方に応じた再雇用後の賃金設定のシミュレーション(社会保険労務士監修)を紹介します。

「同一労働同一賃金については大体分かっているから大丈夫」という人は、先に第3章(定年前後の働き方と賃金をシミュレートしてみよう)をご確認ください。

2 同一労働同一賃金の視点で、最高裁判決をひもといてみよう

同一労働同一賃金は、パートタイム・有期雇用労働法などを根拠とするルールで、その根幹にあるのは「均等待遇」「均衡待遇」という考え方です。

  • 仕事の内容などが同じなのに、非正規雇用であるという理由だけで正社員よりも低い労働条件にすることはできない(均等待遇)
  • ただし、能力や成果に基づく待遇格差は、合理的なものであれば問題ない(均衡待遇)

具体的には、図表1の3つの考慮要素をもとに判断します。「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに待遇格差を設けることはできません。ですが、「3.その他の事情」に該当する、個人の能力や成果に基づく格差は、合理的なものであれば認められます。

3つの考慮要素

さて、前述した最高裁判決の事案は、嘱託として再雇用された自動車学校の教習指導員2名が、

定年前後で「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに、再雇用後の基本給が定年前の40%台(月額7~8万円台)まで引き下げられたのは不合理だ

と訴え、これが同一労働同一賃金に違反しないか争われたものです。高裁と最高裁は、それぞれ図表2のように判断しました(基本給以外にも争点はありましたが、ここでは割愛します)。

高裁と最高裁の判断

同一労働同一賃金の考え方に照らせば、本来「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに基本給を引き下げるのは不合理といえますが、最高裁の判断に基づくと、

能力や貢献度、健康状態、将来的なポテンシャルなどを考慮して、あえて定年前後で支給基準を変えているのなら、「3.その他の事情」に照らして必ずしも不合理とはいえない

と考えることができます。

以上、最高裁判決の内容に触れつつ同一労働同一賃金の基本をおさらいしましたが、そうは言っても、いざ再雇用後の賃金を決めるとなると、「本当にこの賃金設計で大丈夫か?」と不安になってしまう経営者もいるはずです。次章からは、社員の働き方に応じた定年再雇用の賃金設定のシミュレーションを紹介します。

3 定年前後の働き方と賃金をシミュレートしてみよう

冒頭で「この人の仕事の価値はいくら?」という視点で賃金設計をすることが大切とお話ししましたが、当然ながら「何となくこのぐらいの額」というような曖昧な決め方ではトラブルになるので、次のようなことを考慮しながら明確な基準に基づいて額を定める必要があります。

  • 仕事内容や役職は定年前から変わるか
  • 労働時間や、社会保険・雇用保険の適用(労働時間に応じる)は変わるか
  • 責任はどうなるか(仕事のノルマはあるか) など

図表3は、正社員(役職者、転勤あり、1日8時間×週5日勤務、社会保険あり、雇用保険あり、仕事のノルマあり、賞与支給あり)が定年後に再雇用される場合の働き方を、A~Dの4種類にパターン分けしたものです。赤字は、正社員時と働き方が変わる部分です。

定年前後の働き方

パターンA

能力も意欲も十分で、定年後も会社の戦力となる社員を想定しています。仕事の内容や労働時間に変更はありませんが、定年後なので今まで以上にプライベートも大事にしてほしいという意図から、役職、転勤、残業、ノルマはなしとしています。一方、仕事へのモチベーションはある程度維持したいので、「嘱託用評価制度」により正社員時の最大50%の賞与を支給します。

パターンB

パターンAと同じく能力も意欲も十分ではあるものの、自身の体調や家族の介護などの関係で、フルタイムでの勤務は難しい社員を想定しています。基本的な労働条件はパターンAと同じですが、労働時間(労働日数)を減らしています。

パターンC

能力はそれなりですが、意欲については「定年後なのでゆったり働きたい」というレベルの社員を想定しています。労働時間は1日6時間×週5日、社会保険と雇用保険の適用はありますが、仕事内容は正社員時よりも簡易な業務に変え、賞与の支給はなしとしています。

パターンD

副業や起業など新しいキャリアを模索しており、他の人ほど長く働けない社員を想定しています。労働時間は1日6時間×週4日、雇用保険の適用はありますが、社会保険の適用はなくなります。仕事内容は正社員時よりも簡易な業務に変え、賞与の支給はなしとしています。

これをベースに、パターンA~Dの月例賃金の賃金設計をシミュレートしたものが図表4です。

賃金設計のシミュレート

図表4の中で押さえておきたい主なポイントは次の通りです。

1.正社員時を100%とした場合の総支給額の比率

パターンDは、賃金の総支給額が正社員時の60%を下回っています。この「60%」というのは前述した最高裁判決の事案で、高裁が「生活保障の観点から看過し難い水準」と判断したパーセンテージでした。ただ、最高裁が判断している通り、賃金は「その性質や支給目的に照らして合理的といえるか」が重要なので、2.以降で紹介するように、まずは再雇用後の賃金支給について、明確な基準があるかどうかを確認しましょう。

なお、賃金が60歳到達時の75%未満に低下する社員については、一定の要件を満たすことで、雇用保険から「高年齢雇用継続給付」が支給されるので、制度を利用できる場合はその旨を社員に伝えておくとよいでしょう(ただし、支給できる期間は65歳までの最長5年間で、加えて2025年4月1日から最大支給率が15%から10%に引き下げられているので注意が必要です)。

2.基本給

基本給は、パターンA~Dの労働時間(図表3を参照)をベースにした額になっています。パターンAについては、労働時間の変更はないため基本給は変えていませんが、パターンB~Dについては、定年前(正社員時)に比べて労働時間が減った分だけ、基本給を減額させる内容としているため、ある程度合理的な賃金設計といえるでしょう。もしも、更に基本給に変動を持たせたい場合などは、「職務の内容、職務の内容・配置の変更範囲」など(図表1を参照)や会社の財務状況など、複数の要因を考慮して合理的に決定する必要があります。

3.諸手当

図表4に記載している諸手当の概要は次の通りです。

  • 役職手当:正社員の中から指定された役職者に対して支給
  • 資格手当:職務遂行に特定の資格が必要で、その資格を有している場合に支給
  • 精皆勤手当:欠勤せずに出勤することの奨励として支給
  • 交代勤務手当:交代制勤務がある場合に支給
  • 住宅手当:住宅費の負担を補助するために支給
  • 通勤手当:通勤費の負担を補助するために支給

今回、パターンA~Dの全てのケースで支給しているのは、精皆勤手当と通勤手当です。通勤したり、欠勤せずに出勤したりすることは、雇用形態や働き方の違いには直接関係がないので、再雇用後の社員にも支給すべきものです。

その他の手当については、支給対象としませんでした。役職手当などは役職者にのみ支給するものですし、その他の手当も、再雇用後の働き方が手当の支給要件にマッチしないのであれば支給は不要という考えを前提にシミュレートを行っています。

やや判断が難しいのが住宅手当ですが、今回は「正社員は転勤があるのに対し、再雇用後は転勤がなく、正社員に比べ住宅費の負担が抑えられる」という理由から、支給しない設計にしてみました。

4.賞与

パターンAとBの社員には、前述した通り、賞与が支給されます。これはモチベーション維持のためでもありますし、同一労働同一賃金のルールに照らした際、「仕事内容が正社員時と変わらないのに、賞与は支給しないのは不合理」という考え方ができるためです。

一方、額については前述した通り、正社員時の最大50%としています。これは、パターンAとBがともに、役職任用がなく仕事の責任についても正社員よりも軽い(ノルマがない)ことを考慮したものです。50%は上限ですので、実際は評価制度に基づき、社員の成果と貢献を公正に評価して支給額を決めることになります。

以上(2025年10月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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【高齢者雇用】 70歳雇用のポイント 賃金や契約更新に要注意!

1 努力義務の70歳雇用……自社でもできる?

生涯現役社会。高齢社員の活用はどの会社にとっても重要なテーマです。定年や定年後の働き方に関するルールは高年齢者雇用安定法に定められていて、会社は、

  • 定年を設定する場合は60歳以上とする義務
  • 65歳まで雇用するための措置を講じる義務(65歳までの雇用確保)
  • 70歳まで働ける機会を確保する努力義務(70歳までの就業機会確保)

を負っています。

3.の「70歳までの就業機会確保」は、2021年4月1日から始まったルールで、2.の「65歳までの雇用確保」を拡充したものです。実施は努力義務ですが、中小企業の30.3%はすでに措置を講じています(厚生労働省「令和5年高年齢者雇用状況等報告」)。

「会社の雇用負担が増えるのでは?」「70歳まで業務に耐えられない社員もいるのでは?」と不安かもしれませんが、ご安心ください。

会社と社員の負担が少ない継続雇用制度(定年後も社員を引き続き雇用しつつ、1年ごとなどに雇用継続が可能かを判断した上で、契約を更新する)を導入

することなどによって、そのリスクを減らせる可能性があります。では、70歳までの就業機会確保の全体像、継続雇用制度のポイントなどを紹介するので確認していきましょう。

2 70歳までの就業機会確保の全体像

70歳までの就業機会確保には、「3つの雇用確保措置」「2つの創業支援等措置」があります。

70歳までの就業機会確保

1)「65歳まで」と「70歳まで」とで何が変わる?

「雇用確保措置」は、定年延長など、従来からの65歳までの雇用確保を踏襲したものです。70歳までの就業機会確保では、ここに「創業支援等措置」が新たに追加され、社員がフリーランスとして働くことを支援するなど、自社で雇用しない選択肢が増えます。いずれも努力義務です。

2)措置の内容はどうやって決めればいい?

70歳までの就業機会確保の5つの措置のうち、どれを選択するかは、会社と社員が十分に協議し、社員のニーズに応じて決定するのが望ましいとされています。ちなみに、

複数の措置を導入し、どの措置を適用するかは社員ごとに決定する

こともできます。例えば、原則として雇用確保措置で対応するけど、健康状態などの関係で自社での雇用が難しい社員については創業支援等措置を検討するといった具合です。

3)対象者を限定することはできる?

65歳までの雇用確保については、原則として対象者を限定することができません。唯一、継続雇用制度(65歳まで)については、

以前は労使協定(2012年度以前に締結されたものに限る)により、一部の社員を対象から除外することができましたが、2025年4月1日以降は不可(=定年に達した全社員が対象)

となっています。

一方、70歳までの就業機会確保については、

定年廃止と定年延長を除き、対象者を限定する基準を設けることが可能

です。ただし、基準を設ける場合、過半数労働組合等の同意を得るのが望ましいとされています。また、過半数労働組合等との協議の上で設けた基準であっても「上司の推薦がある者に限る」「男性に限る」など、法の趣旨や労働関係法令・公序良俗に反するものは認められません。

4)他に注意点は?

ここまで紹介した内容は、就業規則に定めなければ実施できないので、

就業規則の変更手続き(過半数労働組合等への意見聴取、所轄労働基準監督署への届け出、変更後の就業規則の周知)

を忘れないようにしてください。

ちなみに、すでに70歳までの就業機会確保に取り組んでいる中小企業のうち78.2%は、「70歳までの継続雇用制度の導入」で対応しています(厚生労働省「令和5年高年齢者雇用状況等報告」)。そこで、次章では雇用確保措置のうち、継続雇用制度に焦点を当てて、制度の概要や実務の留意点を紹介していきます。

3 継続雇用制度の概要と実務上の留意点

1)継続雇用制度の概要は?

70歳までの継続雇用制度を導入する場合、

定年を60歳などに据え置きつつ、引き続き70歳まで雇用する

ことになります。継続雇用制度は、

  • 勤務延長制度(定年後も雇用契約関係を終了させず、引き続き雇用する)
  • 再雇用制度(定年時に一度雇用契約関係を終了させ、再び雇用する)

の2種類に大別されますが、一般的に浸透しているのは再雇用制度です。

制度のイメージをつかむため、定年延長(定年を70歳まで引き上げる)と再雇用制度の違いを比較してみましょう。

制度の比較

大きな違いは契約期間です。定年延長では70歳まで契約期間の定めがありません。一方、

再雇用制度では、1年ごとなどに再雇用するか否かを決められるので、会社と社員の状況に応じて更新の可否やさまざまな条件を話し合うことが可能

となります。

また、賃金が60歳到達時の75%未満に引き下げられたなど所定の要件に該当した場合、雇用保険から「高年齢雇用継続給付金」を受給することができるため、人件費の引き下げを目的として、再雇用制度を導入する会社も多いです。ただ、高年齢者雇用継続給付金については、

2025年4月から、最大給付率が「15%→10%」に引き下げ

られており、再雇用時の賃金設計については慎重に検討する必要があります。

2)再雇用制度の場合、契約更新の有無を会社が自由に決められるか?

社員が契約更新を期待する合理的な理由があり、会社が更新の申込みを拒絶する合理的な理由がない場合、会社は原則として契約更新をする必要があるとされています。

再雇用制度では、社員が定年に達した後に嘱託社員(呼び方はさまざま)として有期労働契約を締結し直します。この時点で、会社は社員に対して、契約更新の有無と契約更新の可能性がある場合はその基準を明示します。なお、

契約更新に上限(通算契約期間や更新回数の上限)がある場合は、その内容の明示が必須

です。

契約を更新しない場合、その社員が、

  • 契約が3回以上更新されている
  • 1年以下の契約の更新によって、通算契約期間が1年を超える
  • 1年を超える契約期間の労働契約を締結している

のいずれかに該当するときは、契約期間満了の30日前までにその旨を予告しなければなりません。また、社員が請求したときは契約を更新しない理由を明示する必要があります。

なお、労働契約法には、通算契約期間が5年を超える社員が申し出た場合、無期契約に転換する「無期転換ルール」があります。ただし、定年後に会社に継続雇用される社員については、

会社が適切な雇用管理に関する計画を作成し、所轄都道府県労働局長の認定を受けている場合、定年後に引き続き雇用されている期間については、無期転換申込権が発生しない

という制度(継続雇用の高齢者の特例)があります。

3)継続雇用時に賃金の支給額を下げるのは同一労働同一賃金違反?

パートタイム・有期雇用労働法により、会社は基本給や賞与などについて、非正規社員(嘱託社員など)と正社員との間に不合理な待遇格差をつけることができません(同一労働同一賃金)。継続雇用している嘱託社員と、正社員との待遇差を設ける場合は次の3つに注意してください。

  • 職務内容(業務内容、責任の程度)
  • 職務内容・配置の変更範囲(人材活用の仕組み・活用等)
  • その他の事情(成果、能力、経験等が該当)

2023年7月には、定年再雇用で嘱託になった職員の基本給を、正職員の頃の60%未満まで引き下げたことでトラブルが起き、最高裁判決までもつれ込んだ事案がありました。その際、

高裁が「60%を下回るのは違法」と判断したのに対し、最高裁が「単純な額の問題ではなく、基本給や賞与の性質や支給目的を精査すべき」として、高裁に判決を差し戻した

ことが話題になりました(最高裁第一小法廷令和5年7月20日判決)。

継続雇用の際は、社員の賃金が正社員時より下がるイメージが強いですが、実際は、

  • 仕事内容や役職は定年前から変わるか
  • 労働時間や、社会保険・雇用保険の適用(労働時間に応じる)は変わるか
  • 責任はどうなるか(仕事のノルマはあるか)

などを総合的に判断して金額を決める必要があります。

また、専門性の高い業務に従事するなど優秀な社員の場合、高い賃金を支払ってでも会社にとどまってほしいケースもあるでしょう。こうした場合、基本給などを下げる代わりに、職務内容や技能に応じた手当などを特別に支給したり、賞与などで功績を都度評価したりするというのも1つの方法です。

4)継続雇用した社員にも定期健康診断は実施すべき?

定期健康診断の実施義務があるのは、

無期契約または1年以上雇用される見込みがあり、週の所定労働時間が正社員の4分の3以上の社員

です。継続雇用によって嘱託社員などに雇用形態が変わっても、この条件に該当する場合は定期健康診断を実施しなければなりません。

ただし、一般的に加齢によって健康状態に不安を感じる社員は増えるので、長期雇用を検討するのであれば、上の条件に該当しない社員も定期健康診断の対象にするとよいでしょう。がんなどのリスクを考慮し、法定外の人間ドックなどを受けさせるのも1つの方法です。

一方、「自分はまだ若い」と考えて、無理な働き方をして体調を崩したり、労働災害に遭ってしまったりする社員もいます。そのため、高齢社員に今の健康状態を正しく把握してもらうために、体力チェックテストなどを実施している会社もあります。

社員の体調面などを考慮してこれらの制度を積極的に取り入れることで、会社の福利厚生の拡充を図り、企業価値の向上に繋げられる可能性があります。

以上(2025年10月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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【ハラスメント対策】 相談窓口の設置は会社の義務! 社内と社外、どちらに設ける?

1 相談のハードルをいかに下げるかがポイント

労働施策総合推進法などにより設置が義務付けられている「ハラスメント相談窓口」(以下「相談窓口」)には、ハラスメントに関する相談や苦情を受け付け、被害を最小限に食い止める役割があります。相談窓口がうまく機能していれば、深刻なハラスメント問題に至る前に事態を収めることができます。そして、うまく機能させるには、

社員から「相談しにくい」と思われそうな要素をできるだけなくすこと

が大切です。

例えば、相談窓口には、

  1. 内部相談窓口:社内の人材を相談窓口の担当とする
  2. 外部相談窓口:弁護士事務所やコンサルタントなどに委託する
  3. 併設:内部相談窓口と外部相談窓口を併設する

の3種類があります。中小企業では内部相談窓口が一般的ですが、「内部だと相談しにくい」という社員のケアや、複雑な事案への対応も考えるのであれば、外部相談窓口も併設するのが理想です。

また、相談窓口の存在は必ず社員に周知しなければなりませんが、その際は、次の事項などを分かりやすく伝え、相談のハードルを下げる必要があります。なお、これらの事項は、相談窓口を設置したときだけでなく、定期的に周知することが大切です。

  • 相談者のプライバシーを守ること
  • 相談しても不利益はないこと
  • 実際に起きていなくても、ハラスメントが起こりそうな状態の相談も受け付けること
  • 面談、電話、メール、ウェブ上のフォーム、郵送など相談方法を選べること
  • 相談担当者として男女それぞれを設置していること

相談窓口が使いやすいかどうかは、傍目からは分かりにくいので、「相談しにくい雰囲気がないか」などを、社内アンケートなどで実態を調査することも大切です。逆にちゃんと運用されていて、その上でハラスメントの問題が起きていないのであれば、それは相談窓口がうまく機能している証拠ですから、基本的には評価してよいと思われます。

2 「相談しにくい……」と思わせない担当者を選ぶ

内部相談窓口の担当者には、次のような人たちがいます。

  1. 経営者や役員
  2. 管理職
  3. 人事労務担当部門や法務部門の社員
  4. 社内の診察機関、産業医、カウンセラー
  5. 労働組合

経営者や役員が担当者になると、相談を受けた後の事実確認や行為者の処分の検討などをスピーディーに行えます。ただ、「経営者には相談しにくい」という社員もいますし、万が一、経営者や役員が行為者の場合、周囲が忖度(そんたく)してしまうこともあります。

こうしたデメリットを考慮するのであれば、経営者や役員だけでなく管理職も担当者に加えるようにしましょう。とはいえ、相手が直属の上司だと、やはり相談しにくいケースもあるので、その場合は複数の管理職を担当者にするなどの配慮が必要です。

また、セクハラの場合は羞恥心の問題もあるので、同性の担当者が相談を受け付けるのが望ましいです。そうした意味では、男女両方の担当者を置くことも大切です。

3 相談担当者の教育や研修を実施する

信頼できる相談窓口を作るためには、ハラスメントの基本知識や相談への対応方法等に関するマニュアルを作成したり、相談担当者に対する研修を実施したりするようにしましょう。相談担当者がうまく対応できないと、二次被害(相談窓口の担当者の言動によって、相談者がさらなる被害を受けること)が発生してしまう恐れがあります。こうした事態は防がなければなりません。

また、相談窓口には、内部告発(内容はハラスメントに限らない)の声が寄せられることもあります。こうした声は公益通報として、公益通報者保護法の保護下に置かれます。公益通報保護法では、社員数が常時300人超の会社に対し、「内部通報窓口」の設置などが義務付けられています。要件に該当する会社は、

相談窓口と内部通報窓口を一体的に運用すること

を検討してみるのもよいでしょう。

近年、ハラスメント事案が年々増加する傾向にある中、これからの相談担当者は最新の法律知識・社会的動向などを踏まえた対応を求められることになります。

4 社外にも相談窓口の存在を明確に伝える

2024年11月1日から、フリーランス(注)に対しても、社員と同様のハラスメント防止措置を講じることが義務付けられます。相談窓口についても、基本的に社員と同じ窓口をフリーランスにも適用するという対応で差し支えありませんが、注意しなければならないのは、

あらかじめ相談窓口の存在を明確に伝えておかないと、ハラスメント事案が発生した際、フリーランスが外部のユニオンなどに駆け込んで、問題が大きくなる恐れ

があることです。フリーランスと契約を締結する際に、相談窓口の担当者や連絡先を、書面などで明らかにしましょう。

(注)ここでいうフリーランスとは、業務委託先の事業者であり従業員を使用していない者(いわゆる個人事業主等)を指します(フリーランス・事業者間取引適正化等法)。

就活生に対しても同様です。2025年6月11日公布の改正男女雇用機会均等法により、就活生に対する「就活セクハラ」についても、社員と同じようにハラスメント防止措置を講じることが義務付けられました(公布日から1年6カ月以内に施行予定)。相談窓口についても

自社のウェブサイトや採用ページなどで、相談窓口の担当者や連絡先を明示

しておきましょう。

以上(2025年10月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 栗原功佑)

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【規程・文例集】吸収分割契約書のひな型

1 吸収分割契約書に定めるべき内容

中小企業のM&Aのほとんどは、株式譲渡か事業譲渡です。ただし、

  • 優良事業を切り出して事業再生を図る
  • 許認可が必要な事業だけを切り出してM&Aを実行する

といった場合に会社分割が利用されることがあります。事業譲渡と会社分割には似たような機能がありますが、事業譲渡が個別承継となるのに対し、会社分割は組織法上の行為で包括承継となるという大きな違いがあります。また、手続上の違いとして、会社分割は、債権者異議手続、反対株主の株式買取請求等の法律で定められた手続きを履践しなければなりません。

吸収分割を行うときには、分割会社と承継会社との間で分割契約を締結し、次の事項(法定記載事項)を定めなければなりません(会社法第757条、第758条)。なお、新株予約権を発行している場合などには別途追加で定めるべき事項がありますが、この記事では省略します。

  • 分割会社及び承継会社の商号及び住所(第2条)
  • 承継会社が承継する資産・負債等の権利義務に関する事項(第3条)
  • 承継会社が分割会社に対して交付する金銭等に関する事項(第4条)
  • 効力発生日(第6条)

2 吸収分割契約書のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際に就業規則を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【吸収分割契約書のひな型】

株式会社○○(以下「甲」という)と○○株式会社(以下「乙」という)とは、甲の営む事業につき、次のとおり、吸収分割契約(以下「本件契約」という)を締結する。

第1条(吸収分割)

1)甲及び乙は、甲が営む○○事業(以下「本件事業」という)に関して有する権利義務の全部を吸収分割により乙に承継させ、乙はこれを承継する(以下、「本件吸収分割」という)。

2)甲及び乙は、信義に従い誠実に、本件吸収分割等の取組みを実施し、互いにとってより良い結果となるよう努めると共に、当該取組みによって何らかの問題・支障が生じた場合には、解決に向けて相互に協力して対応にあたることを確認する。

第2条(商号及び住所)

甲及び乙の商号及び住所は、以下のとおりである。

甲:吸収分割会社

(商号)株式会社○○

(住所)東京都○○区○○

乙:吸収分割承継会社

(商号)○○株式会社

(住所)東京都○○区○○

第3条(権利義務の承継)

1)乙が本件吸収分割により甲から承継する資産、債務、契約その他の権利義務(以下「承継対象権利義務」という。)は、別紙のとおりとする。

2)本件吸収分割による甲から乙に対する債務の承継は、免責的債務引受の方法による。甲は、承継対象権利義務に含まれる債務について履行をしたとき(会社法第759条第2項に基づき履行をしたときを含む。)は、乙に対してその全額について求償することができる。

3)乙は、承継対象権利義務に含まれる債務以外の甲の債務について履行をしたとき(会社 法第759条第3項又は第4項に基づき履行をしたときを含む。)は、甲に対してその全額について求償することができる。

第4条(本吸収分割に際して発行する株式の割当)

乙は、本件吸収分割に際して発行する普通株式○○株を、甲に対して交付する。

第5条(増加すべき乙の資本金及び準備金)

本件吸収分割により増加すべき乙の資本金、資本準備金及び利益準備金は、以下の額とする。

資本金 ○○円。分割後の乙の資本金は○○円とする。

資本準備金 ○○円

利益準備金 ○○円

第6条(本件吸収分割の効力発生日)

本件吸収分割の効力発生日は、○年○月○日とする。ただし、吸収分割手続の進行上必要がある場合、甲乙が協議の上、これを変更することができる。

第7条(株主総会決議)

甲及び乙は、それぞれ○年○月○日に株主総会を開催し、本件契約の承認及び本件吸収分割に必要な事項の決議を求める。ただし、分割手続きの進行上の必要性その他の事情により、甲乙協議の上、開催期日を変更できるものとする。

第8条(競業避止義務)

甲は、効力発生日から○年○月○日までの間、本件事業と実質的に同一の事業を行わないものとする。ただし、甲乙間で別途合意した場合はこの限りではない。

第9条(業務運営)

甲及び乙は、本件契約締結後効力発生日に至るまで、善良なる管理者の注意をもってその業務の執行及び財産の管理、運営を行い、その重要な財産又は権利義務に重大な影響を及ぼす行為については、あらかじめ甲乙協議の上、これを行うものとする。

第10条(条件の変更、解除)

本件契約締結日後効力発生日に至るまで、本件事業又は承継対象権利義務に重大な変動が生じた場合、本件吸収分割の実行に重大な支障となる事態が生じた場合、その他本件契約の目的の達成が困難となった場合には、協議の上、合意により、本件契約を変更し又はこれを解除することができる。

第11条(準拠法及び管轄裁判所)

1)本契約は、日本法を準拠法とし、日本法に従って解釈される。

2)本契約に関し紛争が生じたときは、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。

第12条(協議事項)

本件契約に定める事項のほか、本件吸収分割に必要な事項は、本件契約の趣旨に従い、甲及び乙が協議し合意の上、これを定める。

本件契約締結の証として、本書2通を作成し、甲乙記名押印のうえ、各1通を保有する。

○年○月○日

(甲)

東京都○○区○○

株式会社○○

代表取締役 ○○

(乙)

東京都○○区○○

○○株式会社

代表取締役 ○○

別紙 承継対象権利義務

1)資産

1.流動資産

2.固定資産

2)債務

本件事業に関する債務は承継されないものとする。

3)契約

効力発生日において甲が締結している契約のうち、以下に定める本件事業に関連する契約に係る契約上の地位及び当該契約に基づく権利義務

契約

4)労働契約上の権利義務

以下に定める従業員に関する雇用契約

雇用契約

以上(2025年9月作成)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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【規程・文例集】 合併契約書のひな型

1 合併契約書に定めるべき内容

中小企業のM&Aで合併が利用されるケースは少ないですが、比較的よく見られるケースは、株式譲渡によって完全子会社にした後に、当該会社と親会社が合併して1つの会社になるケースです。

吸収合併を行うときには、存続会社と消滅会社との間で合併契約を締結し、次の事項(法定記載事項)を定めなければなりません(会社法第748条、第749条)。なお、新株予約権を発行している場合などには別途追加で定めるべき事項がありますが、この記事では省略します。

  • 分割会社及び承継会社の商号及び住所(第1条)
  • 承継会社が分割会社に対して交付する金銭等に関する事項(第2条)
  • 消滅会社の株主に対する金銭等の割当てに関する事項(第2条)
  • 効力発生日(第4条)

2 合併契約書のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際に就業規則を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【合併契約書のひな型】

株式会社○○(以下「甲」という。)と○○株式会社(以下「乙」という。)とは、両社の合併に関して次の契約を締結する。

第1条

1)甲と乙は、甲を吸収合併存続会社、乙を吸収合併消滅会社として合併(以下「本合併」という)し、甲は乙の権利義務の全部を承継する。

2)本合併に係る吸収合併存続会社及び吸収合併消滅会社の商号及び本店は、以下のとおりである。

1.吸収合併存続会社

 商号 株式会社○○

 本店 東京都千代田区○○

2.吸収合併消滅会社

 商号 ○○株式会社

 本店 東京都渋谷区○○

第2条

1)甲は、本合併に際し、普通株式○○株を発行し、本合併の効力発生日(以下「効力発生日」という)前日最終の乙の株主名簿に記載された各株主(甲及び乙を除く)に対して、その所有する乙の普通株式に代えて、当該普通株式1株につき甲の普通株式○○株の割合(以下「割当比率」という)をもって割当交付する。

2)甲が発行する株式数の合計に1株未満の端数株式が発生した場合には、これを切り上げることとし、乙の株主に対して交付する株式数に1株未満の端数が生じた場合には、これを一括売却又は買受けをし、その処分代金を、端数が生じた株主に対して、その端数に応じて分配する。

3)本合併に際して発行する甲の新株式に対する利益又は剰余金の配当は、効力発生日から起算する。

第3条

甲が合併により増加すべき資本金等の取扱いは、次のとおりとする。ただし、効力発生日前日における乙の資産及び負債の状態により、甲及び乙が、協議の上、これを変更することができる。

  • 増加する資本金の額   ○○円
  • 増加する資本準備金の額 ○○円
  • 増加するその他資本剰余金の額 会社計算規則第35条第1項の株主資本等変動額から上記1.及び2.の額を減じて得た額

第4条

効力発生日は、令和○年○月○日とする。ただし、前日までに合併に必要な手続が遂行できないときは、甲及び乙が、協議の上、会社法の規定に従い、これを変更することができる。

第5条

1)乙は、令和○年○月末日現在の貸借対照表その他同日現在の計算書を基礎とし、これに効力発生日前日までの増減を加除した一切の資産、負債及び権利義務を効力発生日において甲に引き継ぐ。

2)乙は、令和○年○月末日以降、効力発生日前日に至るまでの間に生じたその資産、負債の変動については、別に計算書を添付して、その内容を甲に明示しなければならない。

第6条

甲及び乙は、本契約締結後、効力発生日前日に至るまで、善良なる管理者の注意をもって各業務を遂行し、かつ、一切の財産の管理を行う。

第7条

1)甲は、効力発生日において、乙の従業員を甲の従業員として雇用する。

2)勤続年数は、乙の計算方式による年数を通算するものとし、その他の細目については甲及び乙が協議して決定する。

第8条

甲と乙は、本合併契約書につき承認を得るため、令和○年○月末日までに、それぞれ株主総会の承認を得るものとする。

第9条

この契約締結の日から効力発生日までの間において、天災地変その他の理由により、甲若しくは乙の資産状態又は経営状態に重大な変更が生じた場合又は隠れたる重大な瑕疵が発見された場合には、甲及び乙が協議の上、本契約を変更し又は解除することができる。

第10条

本契約に規定のない事項又は本契約書の解釈に疑義が生じた事項については、甲及び乙が誠意をもって協議のうえ解決する。

本契約の締結を証するため本書1通を作成し、甲が保有する。

○年○月末日

(甲)

東京都○○区○○

株式会社○○

代表取締役 ○○

(乙)

東京都○○区○○

○○株式会社

代表取締役 ○○

以上(2025年9月作成)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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【外国人雇用】留学生を募集できる5つのルートと雇用に関するトラブル防止のポイント

1 初めての外国人雇用、まずは留学生から当たってみよう

「日本人でなくてもいいから、優秀な人材が欲しい」「海外進出したいから、現地の言葉が話せる外国人を雇いたい」などと言いつつ、日本との言語や文化のギャップが不安で、なかなか外国人雇用に踏み切れない……。こうした経営者は少なくないかもしれません。

そんな場合に検討したいのが「留学生の雇用」です。コンビニや飲食店での働きぶりを見ていると気付くかもしれませんが、彼らは日本に来てからある程度の期間が経過しているため、日本語や日本の文化に精通している人も多いです。つまり、

留学生を雇用すると、海外に居住している外国人を日本に呼ぶよりも、会社に早くなじめる可能性がある

というわけです。

一方で、「どこに求人を出せばいいのか分からない」「言語の違いや在留資格などでトラブルにならないか不安」などの理由から、留学生の募集に踏み切れない人もいるでしょう。まずは、

  • 大学への求人情報など、留学生を募集するためのルートを知ること
  • 在留資格など、雇用に関するトラブル防止のポイントを押さえること

が大切です。以降で詳しく見ていきましょう。

2 留学生を募集するための5つのルート

1)大学への求人情報の提供

留学生を募集する一番シンプルな方法は、彼らが通っている大学と連絡を取ることです。具体的には、学内のキャリア支援課や留学生支援室に、求人案内を出します。まずは会社のことをよく知ってもらいたいということであれば、インターンシップの募集や学内説明会への参加から始めてみるのもよいでしょう。

ちなみに、日本学生支援機構が運営する日本留学情報サイト「Study in JAPAN」では、留学生の受け入れ・就職支援に力を入れている大学の情報、求人案内やインターンシップの受け付け状況が分かります。

■日本学生支援機構「Study in JAPAN」■
https://www.studyinjapan.go.jp/ja/

2)留学生を対象とした合同会社説明会や交流イベントへの参加

人材紹介会社や地方自治体、地元の商工会議所などが主催する合同会社説明会や交流イベントに参加すると、一度に多くの留学生と接点をつくることができます。会社が求める人材像やスキルなど具体的な話もしやすいです。

例えば、東京外国人材採用ナビセンターでは、都内の中小企業と外国人のマッチングなどを目的とした合同会社説明会を開催しています。

■東京外国人材採用ナビセンター■
https://tir-navicenter.metro.tokyo.lg.jp/

3)人材紹介会社からのあっせん

1.大手人材紹介会社

大手人材紹介会社では、留学生を紹介するエージェントサービスを提供しています。人材紹介会社ごとに詳細は異なりますが、多数の登録者の中から人材紹介会社がスクリーニングを行い、顧客である会社のニーズに適した人材を紹介するというサービスが一般的です。

例えば、マイナビの「グローバル人材紹介(Global Agent)」では、「理系を専攻している」「特定言語が話せる」といった外国人留学生に対する会社側のニーズに沿って留学生を探すことが可能です。また、サイト内で留学生のための特集ページや留学生を採用する会社の検索機能を設ける取り組みもしています。

■マイナビ「グローバル人材紹介(Global Agent)」■
https://ag.global.mynavi.jp/

2.特定の国や業種に強い人材紹介会社

海外進出する地域が決まっていたり、自社の業種が特殊だったりする場合は、特定の国や分野の留学生の紹介に強みを持つ人材紹介会社を頼るのも一策です。

例えば、ASIA Link(アジアリンク)は、東アジア、ASEAN諸国の留学生の紹介を強みとしています。同社では、経営者と留学生の合同会社面談会だけでなく、会社の採用ニーズに合わせて留学生を1人ずつピンポイントで紹介する個別紹介サービスも手掛けています。

他にも、Funtoco(ファントコ)では、介護・宿泊・外食といったサービス業での外国人人材の紹介に強みがあります。

■ASIA Link(アジアリンク)■
https://www.asialink.jp/
■Funtoco(ファントコ)■
https://funtoco-inc.com/

4)公的機関からのあっせん

厚生労働省管轄の外国人雇用サービスセンターでは、留学生の就職支援、会社向けの情報提供、留学生との面接会、インターンシップなどを行っています。いわば「外国人専門のハローワーク」で、東京、名古屋、大阪、福岡にそれぞれ設置されています。

また、厚生労働省が運営する「外国人雇用管理アドバイザー制度」では、ハローワークを窓口として、外国人の採用や労働条件に関する課題、生活上の悩みなど、外国人雇用に関する幅広い事項について無料で相談を受け付けています。

■厚生労働省「外国人雇用サービスセンター」一覧■
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_12638.html
■厚生労働省「外国人雇用管理アドバイザー制度」■
https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/seido/anteikyoku/koyoukanri/index.htm

5)SNS・アプリを使ったダイレクトリクルーティング

会社がFacebookやLinkedInなどのSNSに自社アカウントで求人情報を投稿すれば、大学や人材紹介会社を介さずに、留学生と直接やり取りができます。いわゆる「ダイレクトリクルーティング」です。求人情報以外にも、実際に社員が働いている様子や社内で開催しているイベントの様子などを投稿すれば、会社の雰囲気をよりリアルに留学生に伝えられるでしょう。

「WORK JAPAN」や「ギフコネ」など、外国人専用の職業仲介アプリを使う方法もあります。アプリであれば、求人票の掲載から面接調整、結果通知がオンラインで完結するので、スピーディーに採用活動を進められます。

3 言語の違いや在留資格などに注意する

1)言語の違いに配慮した募集・選考

留学生が日本での生活に慣れているとはいえ、日本語能力のレベルは人によってまちまちです。「当然、日本語は分かるだろう」という先入観にとらわれると、募集の際、留学生との意思疎通がうまくいかず、トラブルになりかねません。ですから、日本語能力にハンディを抱える留学生にも自社の情報が伝わるよう、募集方法を工夫しましょう。

例えば、採用サイトで情報発信をする場合、日本語版の採用ページにひらがなをつける、英語版の採用情報ページを設けるなどの工夫をします。また、すでに外国人を雇用している会社であれば、採用面接の際にその社員に同席してもらうなどの配慮もあるとよいでしょう。

なお、募集・選考に先立って、留学生にどの程度の日本語能力を期待するかの方針を決めておきましょう。日本語が堪能なのに越したことはないですが、例えば、

  • コンサルティング業務などは、日本人の顧客と接する機会が多い場合、高い日本語能力が求められる
  • 研究開発職などは、英語や技術用語を使うことが多い場合、日常のコミュニケーションが図れる程度の日本語能力があればよい

など、入社後の業務内容によって必要とされるレベルは異なります。

また、雇用の際に交付する「労働条件通知書」にも注意しましょう。会社と留学生との間で、労働条件について認識のギャップがあると、後々トラブルになる恐れがあります。厚生労働省では、英語、中国語、韓国語、ポルトガル語など13カ国語に対応した「外国人労働者向けモデル労働条件通知書」を公表しているので、留学生の出身国に合わせて活用するとよいでしょう。

■厚生労働省「外国人労働者向けモデル労働条件通知書」(下記URL中段)■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000056460.html

2)在留資格の確認・変更

留学生を卒業後に正社員として雇用する場合、在留資格を「留学」から、業務内容に応じたものに変更しないと、日本で働かせることができません。在留資格と対応する職業は、例えば次のようなものが挙げられます。

  • 「技術・人文知識・国際業務」:機械工学等の技術者、通訳、デザイナー、私会社の語学教師、マーケティング業務従事者等
  • 「介護」:介護福祉士
  • 「技能」:外国料理の調理師,スポーツ指導者、航空機の操縦者、貴金属等の加工職人等
  • 「特定技能(1号・2号)」:特定産業分野で一定の技能を必要とする業務の従事者

ちなみに、「特定技能(1号・2号)」の特定産業分野とは、

  • 特定技能1号(16分野):介護、ビルクリーニング、工業製品製造業、建設、造船・舶用工業、自動車整備、航空、宿泊、自動車運送業、鉄道、農業、漁業、飲食料品製造業、外食業、林業、木材産業
  • 特定技能2号(11分野):ビルクリーニング、工業製品製造業、建設、造船・舶用工業、自動車整備、航空、宿泊、農業、漁業、飲食料品製造業、外食業

を指します。

在留資格の変更は、外国人の住所地を管轄する地方出入国在留管理局(出入国在留管理庁の地方支分部局、以下「入管」)に申請しますが、

申請してから新しい在留資格が許可されるまでは一定の期間があるので、場合によっては入社日の延期などが必要

になります。なお、トラブルにならないよう、求人案内や労働条件通知書には「在留資格が許可されていること」が雇用の条件である旨を明記しておきましょう。

在留資格が許可されると、入管から在留資格と在留期間(満了日)が記載された在留カードが発行されます。在留期間が満了すると国内で働けなくなるので、会社のほうでも在留期間を把握しておき、更新の手続きが滞らないようにしましょう。

この他にも、留学生の採用・雇用については、出入国管理及び難民認定法(入管法)をはじめとした法令上の留意点があるため、詳細については、外国人の雇用に詳しい行政書士や社会保険労務士などの専門家、入管などに確認・相談するようにしましょう。

4 留学生採用の現状

1)日本国内の留学生数の推移

日本学生支援機構「外国人留学生在籍状況調査」によると、日本国内の留学生数の推移は次の通りです。

日本国内の留学生数

2020年から2022年にかけてはコロナ禍の入国制限により留学生が減少していましたが、コロナ禍の規制解除とともに再び増加し、2024年5月1日時点の留学生数は過去最高の33万6708人となっています。また、2024年5月1日時点の出身国別の留学生数は、1位が中国(12万3485人)、2位がネパール(6万4816人)、3位がベトナム(4万323人)となっています。

2)留学生の国籍・地域別に見た採用者数の推移

出入国在留管理庁「留学生の日本企業等への就職状況について」によると、留学生の国籍・地域別に見た採用者数の推移は次の通りです。

留学生の国籍・地域別に見た採用者数

 採用者数はアジア諸国が上位5位を占めています。

3)国は留学生の就職を後押し

文部科学省では、関係省庁等と協力し、留学生の就職支援に係るプラットフォームの構築など、留学生の受け入れ環境支援を進めています。また、留学生の採用に不慣れな会社向けに、「外国人留学生の採用や入社後の活躍に向けたハンドブック」を公表しています。このハンドブックには、留学生の採用などにおける課題を整理できるチェックリストや、採用・活躍に向けた成功事例などが掲載されています。

■文部科学省「外国人留学生の採用や入社後の活躍に向けたハンドブック」■
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/mext_00001.html

参考:採用に当たって利用できる機関・相談先

1)相談

■厚生労働省「外国人雇用管理アドバイザー制度」■
https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/seido/anteikyoku/koyoukanri/

2)情報提供

■出入国在留管理庁「在留支援」■
https://www.moj.go.jp/isa/support/index.html
■厚生労働省「外国人雇用対策」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/gaikokujin/
■文部科学省「外国人留学生の受入れについて」■
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/1306886.htm

以上(2025年10月更新)

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【かんたん消費税(4)】消費税が課税される取引と、課税されない取引の違い

1 消費税を知るための4つの取引

消費税の取引は、

課税される「課税取引」と、「課税されない取引」

に分かれます。さらに、課税されない取引は、

課税対象外取引(以下「不課税取引」)、非課税取引、免税取引

の3つに分かれます。つまり、消費税の取引は全部で4つに分類されます。

取引の区分

消費税が課税されない取引が細かく分類されているので複雑ですが、ここをしっかり押さえないと、消費税の納税額が変わって損をすることがあります。この記事では、消費税の仕組みを知る上でとても大切な4つの取引の概要とともに、分類を間違えた場合に、どのような影響があるのかを説明していきます。

2 取引ごとに異なる消費税の納税額

売上・仕入ともに不課税取引、非課税取引、免税取引は消費税が課されませんが、この3つの取引を一くくりにして会計処理をしてはいけません。なぜなら、

売上が4つの取引のどれに該当するかによって、仕入税額控除の金額が変わる

からです。仕入税額控除とは、

預かった消費税(仮受消費税)から支払った消費税(仮払消費税)を差し引くこと

です。

仕入税額控除

仕入を行った際に支払う消費税は、どんなときでも仕入税額控除できるわけではなく、売上取引区分ごとに次のようにまとめられます。

  • 課税売上に対応する支払った消費税:仕入税額控除できる
  • 不課税売上に対応する支払った消費税:仕入税額控除できない
  • 非課税売上に対応する支払った消費税:仕入税額控除できない
  • 免税売上に対応する支払った消費税:仕入税額控除できる

なお、免税売上は「消費税はかかっているが、税率は免除されている(0%=免税)」と考えるため、これに対応する支払った消費税は仕入税額控除できます。

経営者の方は、それぞれの取引の細かいところまで知る必要はありませんが、この取引区分を誤ると、消費税の納税額に大きな影響を与えることを理解し、経理担当者や税務担当者に適切な指示を出すようにしましょう。

3 それぞれの取引の解説

1)「課税取引」と「不課税取引」

どのような取引が課税の対象(課税取引)になるのかは、消費税法で決まっています。具体的には、

  1. 日本国内において行う取引であること
  2. 会社や個人事業主など、事業者が行う取引であること
  3. 対価を得て行われるものであること
  4. 物の売買や貸し借り、あるいはサービスの提供であること

の4つの要件を全て満たす取引をいいます。もし、1つでも満たさなければ、消費税はかからない不課税取引となります。

1.日本国内において行う取引であること

消費税法は日本の法律なので、課税の対象となるのは日本国内で発生する取引だけです。外国で物を売っても日本の消費税はかかりません。

2.会社や個人事業主など、事業者が行う取引であること

消費税は、事業として行われる取引だけが課税の対象です。そのため、自家用車をディーラーに売却したり、友人同士でたまたま物を売買したりした場合は消費税がかかりません。

3.対価を得て行われるものであること

消費税は、対価がある取引だけが課税の対象です。そのため、試供品やサンプルの配布など、商品をタダであげたりした場合には消費税がかかりません。

4.物の売買や貸し借り、あるいはサービスの提供であること

消費税は、商品の売買や資産の貸し借り、コンサルティングなどのサービスの提供といった取引だけが課税の対象です。そのため、これらに該当しない配当金の支払いや、労働の対価として支払われる給料などには消費税がかかりません。

2)「課税取引」と「非課税取引」

上記4つの要件を満たす取引は消費税の課税対象となりますが、

実際に消費税を課すのにはなじまないもの、あるいは政策的な配慮から消費税をかけないこととしているもの

があり、これを「非課税取引」といいます。つまり、4つの要件は満たすものの、種々の理由から「例外的に課税しない」こととしている取引です。主な非課税取引には次のようなものがあります。

非課税取引

3)「課税取引」と「免税取引」

消費税は日本国内の消費について課税されるものなので、同じ商品の売買であっても、海外で消費されるもの(輸出されるもの)は消費税が免除されます。例えば、皆さんが海外旅行に行く際に、羽田空港の免税店でお菓子(商品)を購入したとします。通常、お菓子の購入には消費税が課税されますが、実際にお菓子を食べるのは出国した後(=海外)ということが前提となるため、消費税が免除されるわけです。また、通常の商品の輸出の他、国際電話や国際郵便、国際線の航空料金なども免税取引になります。

なお、「非課税」と「免税」は両方とも消費税がかからないという点では共通しているため、2つの違いが分かりにくいかもしれませんが、

「非課税」は、本来は課税対象だけど、例外的に課税しないこととしているもの

であるのに対し、

「免税」は、消費税は課税されているが、税率が0%(=免除)になっている

と考えると分かりやすいかもしれません。

以上(2025年10月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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定年後も働く場合、社会保険料の負担はどのぐらい?

1 定年後の働き方によって社会保険料が変わる?

「人生100年時代」や「生涯現役社会」といわれる昨今、定年後も自分のペースで仕事を続ける人は少なくありません。定年などのルールは高年齢者雇用安定法に定められていて、会社は、

  • 60歳以上に定年を設定する義務
  • 65歳まで雇用するための措置を講じる義務(再雇用制度など)
  • 70歳まで働ける機会を確保する努力義務(2.と同様の措置の他、フリーランス契約など)

を負っています。

社員(この記事では正社員を想定しています)が、定年後も会社に雇用されて働くことやフリーランスとして一緒に仕事をすることを希望する場合、会社は社員と相談しながら、定年後の労働条件や取引条件を決めることになります。ただ、その際、注意したいのが「社会保険(健康保険と厚生年金保険)」の扱いです。

定年後は社会保険に加入するパターンが4つあり、パターンごとに保険料負担が異なる

からです。詳細は後述しますが、イメージは図表1の通りです。

保険料負担

定年後の賃金・報酬ばかりに気を取られて、社会保険料の負担を失念すると、社員の手取り収入が大きく減ってしまう恐れがあります。逆に社会保険のルールを理解していれば、会社も社員も定年後の働き方をイメージしやすくなり、労働条件や取引条件に関する相談もスムーズに進むでしょう。

以降で、定年後に社会保険に加入する4つのパターンの概要と、定年後の働き方に応じたシミュレーションを紹介していきます。

2 定年後の社会保険加入の4パターン

定年後に社会保険に加入するパターンは、「健康保険」に注目すると次の4つに分けられます。

1)「会社の健康保険」に加入する

社員が定年後も会社に雇用されて働く場合、図表2の1.から3.のいずれかに該当するのであれば、定年前と同じく会社の健康保険に加入します(厚生年金保険にも同時に加入)。

会社の健康保険

社会保険料(健康保険料と厚生年金保険料)は、それぞれ、

標準報酬月額(月例賃金を一定の金額幅で区分したもの)×保険料率

で計算した額を、会社と社員が折半して負担します。例えば、健康保険の保険者が全国健康保険協会(協会けんぽ)東京支部の場合、2025年度の保険料率は次のようになっています。

  • 健康保険料率:9.91%(40歳未満の場合)、11.5%(40歳以上65歳未満の場合、介護保険料を含む)
  • 厚生年金保険料率:18.3%

2)「任意継続」の制度を利用する

1)に該当しないパート等や、定年後フリーランスになった社員は、会社の健康保険に原則加入できません(定年となる日の翌日に被保険者資格を喪失)が、例外として、

会社の健康保険に2年間だけ継続加入できる「任意継続」の制度を利用する

ことで、健康保険の給付を受けられるようになります(けがや病気の際、原則3割負担で治療を受けられるなど)。ただし、定年前に健康保険の被保険者期間が連続して2カ月以上必要です。

任意継続で加入するのは健康保険だけで、厚生年金保険は非加入となるので、社員は健康保険料のみ負担します。健康保険料は、

退職時の標準報酬月額×保険料率

で計算します。ただし、任意継続の場合、

  • 社員が健康保険料を全額負担する(会社負担はなし)
  • 標準報酬月額の上限が32万円に設定されている(協会けんぽ(2025年度)の場合)

という点が、1)と異なります。例えば、退職時の標準報酬月額が40万円であった場合、任意継続では上限額の32万円として保険料が算定されます。

3)「家族の扶養」に入る

社員に家族がいて、その家族が勤務先等で健康保険の被保険者になっている場合、

「家族の扶養」に入る(被扶養者となる)

ことで、健康保険の給付を受けられるようになります。社員が家族の扶養に入るには、社員が家族と三親等内の関係にあり、なおかつ家族の収入によって生計を維持されている必要があります。社員が60歳以上のときは、

  • 家族(被保険者)と同一世帯の場合:社員の年間収入が180万円未満で、家族(被保険者)の年間収入の2分の1未満
  • 家族(被保険者)と世帯が異なる場合:社員の年間収入が180万円未満で、家族(被保険者)からの援助による収入額より少ない

というのが、収入面で被扶養者と認定されるための要件になります。

社員が家族の扶養に入る場合、社員本人が健康保険料を負担することはありません。厚生年金保険も非加入となるので、社員本人の保険料負担は一切発生しないことになります。

ただし、年間収入が180万円未満であることが扶養の要件となるため、定年後の働き方に一定の影響を及ぼします。

4)「国民健康保険」に加入する

社員が会社の健康保険にも、家族の扶養にも入れない場合、

社員の住所を管轄する自治体が保険者になっている「国民健康保険」に加入する

ことになります。一部の外国人や生活保護受給者は対象外ですが、その他は前述の1)から3)に該当しない社員であれば、加入することになります。

国民健康保険に加入する場合、社員が国民健康保険料を全額負担します(厚生年金保険は非加入)。なお、保険料負担の計算方法は自治体によって異なります。国民年金保険料は、原則として前年の収入額に基づいて算定されるため、退職初年度の保険料は高くなる傾向があります。詳しくは、各自治体の担当窓口にて確認をすることができます(社員本人が確認)。

3 定年後の社会保険料をシミュレートしてみよう

ここでは、間もなく60歳で定年を迎える社員Aさんが、定年後、社会保険に加入することを想定し、社会保険料をシミュレートしてみます。会社の健康保険の保険者は「協会けんぽ(東京支部)」とし、社会保険料は同協会の「令和7年度保険料額表(東京都)」を用いて算定します。

Aさんの条件は次の通りです。

  • 退職前の賃金(月額):48万円(注)
  • 退職前の標準報酬月額:47万円
  • 住所:東京都江戸川区
  • 家族構成:妻(専業主婦、60歳)

(注)厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」における、一般労働者(55~59歳、男性、調査産業計)の「きまって支給する現金給与額」を基に算定しました。

これを基に、社会保険に加入するパターンごとのAさんの社会保険料(本人負担)と、手取り収入(賃金・報酬から社会保険料を差し引いたもの)を算定したシミュレーションが図表3です。

シミュレーション

1.と4.と6.の赤字に注目してください。これらは定年前後で賃金・報酬が48万円から変わらなかったケースを想定していますが、「会社の健康保険」「任意継続」「国民健康保険」のどれを選択するかによって、社会保険料と手取り収入の額が変わってきます。なお、4.の「任意継続」の社会保険料が低い理由は、

  • 1.の「会社の健康保険」のケースと異なり、厚生年金保険料の負担がないから
  • 本来は賃金額に基づく標準報酬月額(47万円)で社会保険料を算定するが、任意継続の場合、標準報酬月額の上限が32万円とされているから

です。

また、もう1つ注目したいのが、5.の「家族の扶養」に入るケースです。5.では報酬を他のパターンよりも明らかに低い14万円に設定していますが、これは、

社員の年間収入が180万円(月換算15万円)以上になると、被扶養者要件を満たさなくなるので、そもそも低い金額しか設定できないから

です。

4 在職老齢年金にも注意しよう

定年後も働く場合、もう1つ注意しておきたいのが「在職老齢年金」の問題です。

在職老齢年金とは、60歳以降も働きながら老齢年金をもらう場合、給与や賞与額等に応じて年金額が減額調整されてしまう制度のこと

です。対象となるのは、厚生年金保険の被保険者、つまり、この記事でいうところの、

定年後も「会社の健康保険」に加入する社員(厚生年金保険にも同時に加入)

です。

在職老齢年金では、2026年4月1日から

「基本月額」と「総報酬月額相当額」の合計が62万円を超えると老齢年金が減額される

ことになっています(現在は51万円を超えると減額)。「基本月額」は老齢厚生年金の報酬比例部分の月額、「総報酬月額相当額」は「その月の標準報酬月額」に「その月以前1年間の標準賞与額の合計÷12」を足したものです。

  • 60歳以降の賃金が下がれば、その分「基本月額と総報酬月額相当額の合計」も下がり、老齢年金は減りにくくなる
  • 逆に賃金が維持されれば、老齢年金は減りやすくなる

ことになります。社員と定年後の賃金について相談する場合、このあたりも考慮に入れておくとよいかもしれません。

■日本年金機構「在職中の年金」■
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/roureinenkin/zaishoku/index.html

以上(2025年10月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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【ハラスメント対策】5種類のハラスメントと「なる・ならない」の境界線

1 まずは代表的な5つのハラスメントを押さえよう

職場で発生する「ハラスメント(嫌がらせ)」。時代とともにモラハラやロジハラなど、次々と新しいものが出てきて、正直ウンザリという人もいるでしょう。

とはいえ、ハラスメントは民法の不法行為(故意・過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害する行為)にもなり得る重大な問題ですし、仮に不法行為にならなくても、職場の雰囲気の悪化、会社の社会的信用の低下などの悪影響を生じますから、対策は必須です。

ハラスメント

「それは分かるけど、ハラスメントの種類が多過ぎて対応しきれない……」という人は、まず法令によってその内容が明確に定義されている

「パワハラ、セクハラ、マタハラ、パタハラ、ケアハラ」の5つ

についての対策を見直すところから始めてみましょう。

これら5つのハラスメントは、「ハラスメント防止措置」の実施が、会社に義務付けられています。ハラスメント相談窓口の設置や、相談があった場合の事実確認などがそうですが、こうした措置を講じずにハラスメントを放置すると、最悪の場合、会社名を厚生労働省ウェブサイトで公表される恐れがあります。

だから、法令で決まっている対応を、ちゃんと押さえて臨まなければなりません。特に、

2024年11月1日からは、社員だけでなく会社が取引する「フリーランス」に対しても、社員と同様のハラスメント(パワハラ、セクハラ、マタハラ)防止措置を講じることが義務化

されているので、改めて自社の体制を見直しておく必要があります。

まずは、5つのハラスメントの内容を正しく理解することが肝心です。以降で、各ハラスメントの定義と、ハラスメントに「なる・ならない」の境界線を紹介します。

2 パワハラとは?

1)パワハラの定義

パワハラは、職場の優越的な関係(例:上司と部下)を利用した嫌がらせです。正確には「優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当の範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されること」をいいます。上司が部下に対して行うイメージが強いですが、部下から上司へのパワハラ(逆パワハラ)もあります。パワハラの類型は次の6つです。

  • 身体的な攻撃:暴行、傷害
  • 精神的な攻撃:脅迫・名誉毀損、侮辱、ひどい暴言等
  • 人間関係からの切り離し:隔離、仲間外れ、無視
  • 過大な要求:業務上明らかに不要・遂行不可能なことの強制、仕事の妨害等
  • 過小な要求:不合理に程度の低い仕事を命じること、仕事を与えないこと
  • 個の侵害:私的なことへの過度な立ち入り

2)パワハラの境界線

部下に注意や指導をするのは、上司の仕事です。時には厳しくすることも必要ですが、それが常識の範囲内なら問題ありません。例えば、得意先との重要な商談に遅刻した部下を注意するのは当然です。ただし、言葉遣いには気を付けましょう。例えば、「大事な商談に遅刻するとは、君は【クズ】だな。【親も時間にルーズ】なのか?」などの暴言は、当然パワハラです。

一般的な感覚があれば、パワハラになるか否かの判断を大きく誤ることはないでしょう。パワハラに限らず、ハラスメントの事例として紹介される言動は、「さすがにそれは言い過ぎでしょう……」というようなものがほとんどだからです。相手の人格を否定したり、名誉を害したりする発言は一発アウトになると考えておきましょう。

また、管理し過ぎるのもよくありません。例えば、部下のプライベートなことに首を突っ込んだり、仕事の連絡であっても休日や深夜にしつこく電話をしたりするのは問題です。

フリーランスについては、会社の担当者が暴言の他、「契約にない作業を要求する」「作業のやり直しを求める」「報酬の支払いを拒む」など、過大な要求に当たるパワハラをする傾向があるようです。フリーランスは社員ではないので、上司が部下に接するように、自由に指示を出すことはできません。フリーランスは、取引先の1人であり、契約に従い、「社外の人間」であることを意識して丁寧に対応しましょう。

3)(参考)自爆営業に関する改正の動向について

「自爆営業」とは、会社が社員に不要な商品の購入を強要したり、ノルマを達成できない場合に自腹で契約を結ばせたりすることです。

2025年3月に厚生労働省が「労働者に対する商品の買取り強要等の労働関係法令上の問題点」を公表し、次のケースが一定の場合にパワハラになると明記したので、押さえておきましょう。

  • 企業が使用者としての立場を利用して、従業員に不要な商品を購入させた
  • 企業が従業員に対して自社商品の購入を求めたが、従業員が断ったため、懲戒処分や解雇を行った
  • 社員ごとに売上高のノルマが設定され、未達成の場合には人事上の不利益取扱いを受けることが明示されていて、ノルマ未達成の従業員が自分の判断で商品を購入した
  • 現実的に達成困難なノルマを設定し、ノルマ未達成の場合には人事上の不利益処分を行うこととしている
厚生労働省「労働者に対する商品の買取り強要等の労働関係法令上の問題点」
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001462034.pdf

3 セクハラとは?

1)セクハラの定義

セクハラは、身体的な接触や言葉による性的な嫌がらせで、次のように分けられます。

  • 対価型セクハラ:食事に誘われたので断ったら、不利益な取り扱いを受けた
  • 環境型セクハラ:性的な言動で働きにくくなり、成果が上がらない

2)セクハラの境界線

行為だけを見れば、セクハラになる・ならないの線引きは、パワハラに比べて分かりやすいように思えます。にもかかわらずトラブルが起きるのは、当事者同士の関係や職場の雰囲気によって、相手が「セクハラ」と感じる場合と、そうでない場合があるからです。

例えば、男性社員が女性社員に「髪を切ったんだ。とても似合うね!」と発言をしたら、「セクハラです!」と指摘されてしまうケースです。法的には、この発言がセクハラと認められる可能性は低いですが、女性社員が不快に感じたことは事実です。本人は褒めているつもりでも、基本的に容姿に踏み込むような発言は避けたほうが無難でしょう。

また、いわゆる「下ネタ」がセクハラかどうかもよく問題になります。下ネタは、原則として、異性にとって性的に不快な言動といえます。ですから、たった一度の下ネタ発言くらいならば許されるとは考えないほうがよいでしょう。また、人によって許容度が異なりますが、周りで聞いている社員が不快に感じることもあるため、性的な言動や話題自体を避けたほうが賢明です。

なお、セクハラは、男性社員から女性社員に対する行為とは限らず、男性社員が被害者にもなり得ますし、同性同士でも成立します。また、上司から部下に対して行われるものだけでなく、同僚や部下からの行為でも、セクハラは成立します。フリーランスについても同様です。

4 マタハラ、パタハラ、ケアハラとは?

1)マタハラ、パタハラ、ケアハラの定義

マタハラは、女性社員の妊娠・出産・育児、パタハラは男性社員の育児、ケアハラは介護に関する嫌がらせです。この3つは併せて「職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント」と呼ばれ、次のように分けられます。

  • 制度等の利用への嫌がらせ型:育児・介護休業などの利用に関する言動により就業環境が害される
  • 状態への嫌がらせ型:妊娠や出産したことに関する言動により就業環境が害される

2)マタハラ、パタハラ、ケアハラの境界線

1.マタハラ、パタハラ

前提として、会社は妊娠している女性社員の体調が悪ければ、休憩や早めの帰宅を勧めなければなりません。会社には社員の健康に配慮する義務(安全配慮義務)があり、女性社員と胎児の安全を考えなければならないからです。女性社員が「働きたい」と言っても、明らかに女性社員の体調が悪いのであれば、こうした対応をしてもマタハラになりません。

また、育児休業を取得する社員に、会社が「いつからいつまで休むの?」と確認することがありますが、業務上の理由があって聞いているのなら、マタハラやパタハラにはなりません。しかし、悪意を持って「こんな忙しいのに、いつまで休むつもり?」などと言ったら、マタハラやパタハラになる恐れがあります。妊娠や育児に対するネガティブな印象を与えないよう、丁寧な対応を心がけましょう。

2.ケアハラ

育児休業と基本的な考え方は同じです。介護休業を取得する社員に、会社が「家族のサポートは受けられそう?」と確認することがありますが、介護休業する社員を気遣って聞いているのならケアハラにはなりません。しかし、悪意を持って「会社も休めて、介護も手伝ってもらって、いい身分だな」などと言ったら、ケアハラになる恐れがあります。

これらはフリーランスについても同様です。なお、ハラスメント防止措置とは別に、

2024年11月1日からは、フリーランスからの申し出に応じて、育児や介護と仕事を両立するために必要な配慮をすることが義務化(フリーランスと6カ月以上の業務委託契約を締結する場合)

されています。例えば、「子どもが急病のため、納期を延長してほしい」「家族の介護のため、特定の日の作業をオンラインにさせてほしい」といった申し出があったら、可能な範囲で配慮する必要があります。何もせず申し出を無視したり、契約を解除するなどの不利益な取扱いをしたりするのは違法ですので注意が必要です。

以上(2025年10月更新)
(監修 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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【規程・文例集】事業譲渡契約書のひな型

1 事業譲渡契約書に定めるべき内容

人事、総務、会計、法務などの管理部門に十分なリソースがない中小企業は、株式譲渡などで会社を丸ごと譲り受けるのが難しいことがあります。そのような場合に利用されるのが事業譲渡です。事業譲渡では、譲渡対象となる資産・負債、人材、のれんなどを比較的自由に選別できるメリットがありますが、反面、譲渡対象を明確にしておかないと後々トラブルになることも多いので要注意です。

事業譲渡契約において特に押さえておく必要のある主な事項は次の通りです。

1)譲渡対象(第2条第1項~第3項)

事業譲渡における権利義務の移転は個別承継なので、どの資産や負債、契約上の地位を移転させるのかを個別に特定する必要があります。なお、譲渡人と譲受人の認識に相違がない場合、譲渡対象について「○○事業に関する資産、負債及び契約上の地位の一切」などと定めることもありますが、明確性に欠けるので避けたほうが無難です。

2)事業譲渡の実行(クロージング)条件について

クロージング時には、譲渡対象となっている権利義務を個別に移転する必要があります。具体的には次の通りであり、こうしたことをクロージングの条件として設定することが多いです。

  • 不動産:所有権移転登記手続き
  • 契約:相手方当事者に契約上の地位を移転することについての承諾
  • 登録を要する特許、商標など:登録変更手続きなど
  • 雇用契約:従業員の個別の同意

3)競業避止義務について

会社法第21条第1項では、「当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村およびその隣接市町村の区域内において 譲渡の日から20年間は、同一の事業を行ってはならない」と定められています。この条項が適用されないようにするために、「当事者の別段の意思表示」として、事業譲渡契約において、法律とは異なる条件で競業避止義務を定めることがほとんどです。

通常は競業避止義務を20年よりも短い期間に設定しますが、仮にこれよりも長い期間として30年超とした場合、30年を超える期間の効力は認められないので注意が必要です(会社法第21条第2項)。

このほか、従業員の引き抜き等を制限する定めを置く場合もあります。

2 事業譲渡契約書のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際に就業規則を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【事業譲渡契約書のひな型】

○○(以下「売主」という。)と、○○(以下「買主」という。)は、売主が営む○○事業(以下「本件事業」という。)の譲渡(以下「本件事業譲渡」という。)に関し、次のとおり、事業譲渡契約(以下「本契約」という。)を締結する。

第1条(本件事業譲渡)

1)売主は、買主に対し、○○年○○月○○日又は本契約当事者間で別途合意した日(以下「譲渡日」という)をもって、売主の○○事業(以下「本件事業」という)を譲渡し、買主はこれを譲り受ける。

2)本件事業譲渡に係る対価は、金○○万円(税込)とする。

3)買主は、前項の譲渡対価を、譲渡日限り、売主が指定する振込口座に振り込む方法によって支払うものとする。なお、振込手数料は買主の負担とする。

第2条(資産・負債等)

1)売主及び買主は、本件事業に含まれる資産は以下の通り(以下「主要資産目録」という)とする。

  • 1.○○
  • 2.○○

2)売主及び買主は、本件事業に含まれる債務は以下の通り(以下「本件債務」という)とする。

  • 1.○○
  • 2.○○

3)売主は、買主に対し、譲渡日までに本件事業に係る営業上の秘密、ノウハウその他本件事業譲渡の目的を達成するために必要な事項をすべて引き渡すものとする。

4)売主は、譲渡日までに本件事業譲渡に必要な登記や登録、通知、承諾その他一切の手続きを完了する。

5)買主が売主から承継する債権債務は、譲渡日前日までに既に発生しているものに限ることとし、譲渡日以後に譲渡日前日までに発生した債権債務について、清算や事務処理が必要となった場合には甲乙間で別途協議してすみやかに対応するものとする。

第3条(譲渡承認等)

1)売主及び買主は、相互に相手方に対し、本件譲渡を承認する旨の取締役会の決議が完了していることを保証する。

2)売主は買主に対し、譲渡日までに本件事業譲渡を承認する株主総会の議事録の写しを交付する。

第4条(売主及び買主の表明保証)

1)売主は、買主に対し、本契約締結日及び本件事業譲渡実行日において、別紙1記載の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する。

2)買主は、売主に対し、本契約締結日及び本件事業譲渡実行日において、別紙2記載の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する。

第5条(買主の義務の前提条件)

買主による本件事業譲渡の対価の支払義務の履行は、買主が書面によって別途放棄しない限り、本件株式譲渡実行日までに、以下の全ての事項が充足されていることを条件とする。なお、かかる条件の全部または一部の放棄によって、買主の売主に対する賠償または補償等の請求が妨げられるものではないものとする。

  • 第4条第1項に定める売主の表明保証が、本契約締結日及び本件事業譲渡実行日(ただし、本件事業譲渡が実行される直前)において、真実かつ正確であること。
  • 本件事業譲渡に基づいて承継される契約上の当事者たる地位を移転することにつき、各相手方契約当事者から同意を得ていること。
  • 第10条1項に基づいて、雇用契約を終了させ、退職手続を完了させていること。同時に売主から買主に転籍することについて書面による同意を取得していること。
  • 売主が本契約に基づき、本件事業譲渡実行日までに履行又は遵守すべき事項のいずれにも違反していないこと。
  • 本契約締結日以降、本件事業の資産価値又は財政状態に関して、重大な悪影響を及ぼす事情が生じていないこと。
  • 地震、洪水、津波等の天災、内乱、戦争、暴動その他破壊的活動等の、本件事業譲渡の実行が不可能となるか、著しく困難となる事象が発生していないこと。

第6条(売主の義務の前提条件)

売主による本件事業の譲渡義務の履行は、売主が書面によって別途放棄しない限り、本件事業譲渡実行日までに、以下の全ての事項が充足されていることを条件とする。なお、かかる条件の全部または一部の放棄によって、売主の買主に対する賠償または補償等の請求が妨げられるものではないものとする。

  • 第4条第2項に定める買主の表明保証が、本契約締結日及び本件事業譲渡実行日(ただし、本件事業譲渡が実行される直前)において、真実かつ正確であること。
  • 買主が本契約に基づき本件事業譲渡実行日までに履行又は遵守すべき事項のいずれにも違反していないこと。
  • 本件事業譲渡の実行について、買主の社内手続その他必要とされる一切の手続を履践していること。
  • 本契約締結日以降、買主の事業、資産又は財政状態に関して、重大な悪影響を及ぼす事情が生じていないこと。
  • 地震、洪水、津波等の天災、内乱、戦争、暴動その他破壊的活動等の、本件事業譲渡の実行が不可能となるか、著しく困難となる事象が発生していないこと。

第7条(善管注意義務等)

1)売主は、譲渡日まで、本件事業に関する一切の法律、規則、規制、契約および他の規律事項を遵守し善良なる管理者の注意をもって本件事業を続行する。

2)売主は、譲渡日まで、従業員を含めて現在の組織体制及び取引相手との関係性を維持する。

3)売主は、譲渡日まで、以下の行為を行わない。ただし、売主及び買主が書面で合意する場合はのぞく。

  • 1.本件事業の価値を減少させるおそれのある行為
  • 2.本件事業の通常の範囲を超える負債を負う可能性がある行為
  • 3.定款変更
  • 4.その他本件事業に悪影響を及ぼす可能性のある一切の行為

4)買主が本件事業譲渡に関し会社法第22条第2項に基づく免責登記を行うこととしたときは、当該登記申請に必要となる売主の承諾書及び印鑑証明書の買主への提出その他の免責登記手続に必要な協力を行うものとする。なお、この場合の登記費用は買主の負担とする。

第8条(競業避止義務)

売主は、譲渡日後○○年間、本件事業と競合する可能性のある同種あるいは類似事業を行わない。

第9条(取引先の維持)

売主は、本件事業譲渡完了後においても、顧客が、買主との取引を停止又は終了したり、取引量を減じたりすることのないよう努める。

第10条(従業員)

1)本件事業に従事する売主の従業員は、従業員が希望する限り、買主が引継ぎ雇用する。この場合、売主は、譲渡日までに売主との雇用契約を終了させ、退職手続を完了させるものとし、同時に、対象従業員全員から、売主から買主に転籍することについて、書面による同意を取得するものとする。

2)買主が売主の従業員を引き継ぐ場合、売主の従業員には従前と同一の雇用条件が適用される。

3)売主及び買主は、本件事業譲渡に伴い、譲渡日までに発生した原因から生じる従業員の退職金、給与、未払残業代その他雇用契約に関連する一切の債務を買主が承継しないことを相互に確認する。

第11条(譲渡後の支援)

売主は、本件事業譲渡後、買主が経営を行うにあたり、買主に対して本件事業の事業引継ぎ及び経営における助言等の支援を行う。

第12条(補償)

1)本契約において別段の定めがある場合を除き、売主及び買主は、本契約に定める事項に違反したこと、又は本契約において表明及び保証した事項が真実ではなく若しくは不正確であったことに起因して、相手方に生じた損害、損失、費用(弁護士、公認会計士、税理士その他外部アドバイザーの報酬及び費用並びに加算税、延滞税並びに付帯する国税及び地方税を含むが、これに限られない。以下総称して「損害等」という。)等を補償するものとする。ただし、補償する損害等の総額は本件事業譲渡の対価を上限とする。また、損害等を被った当事者が認める場合には、損害等を生じさせないための必要な措置をもってこれに代えることができる。

2)第4条第1項に基づいて行われた売主の表明若しくは保証の違反、又は本契約に基づき履行若しくは遵守すべき売主の義務の違反に起因して、本件事業の価値若しくは時価純資産の減少があった場合、当該減少額(ただし、買主が本契約に基づき取得する株式数の割合に応じた額とする。)のいずれか大きい金額をもって、対象会社及び買主の被った損害等の額と推定する。ただし、買主がかかる金額以上の損害等が生じたことを立証の上売主に対し補償を請求することを妨げるものではない。

第13条(本契約の解除)

1)以下のいずれかに該当する場合、売主及び買主は、相手方に対し、書面をもって通知することにより、本契約を解除することができる。なお、本項に基づく解除は、解除を通知する当事者が前条に基づく補償を求めることを妨げるものではない。

  • 相手方が、本契約に関して重大な違反をし、本件事業譲渡実行日までに当該違反が治癒されないとき
  • 第4条各項に基づく本契約締結日及び本件事業譲渡実行日における相手方の表明保証が真実かつ正確でないことが判明したとき
  • 解除を通知する当事者の責めに帰すべからざる事由により、本件事業譲渡実行日までに、本件事業譲渡が実行されなかったとき
  • 相手方について、破産手続、民事再生手続、または会社更生手続の申立てを受け、若しくは自ら申立てたとき
  • 相手方について、差押え、仮差押え、仮処分若しくは競売の申立てがあったときまたは滞納処分を受けたとき

2)売主及び買主は、本契約の一部のみ解除することはできないものとし、また、売主及び買主のうち一部の当事者が本契約を解除した場合、他の当事者の解除の意思の有無にかかわらず、当然に本契約の全部が遡及的に消滅するものとする。

3)売主及び買主は、第3条に基づく本件事業譲渡の実行の全部が完了した後は、いかなる場合でも本契約を解除することはできないものとする。

第14条(公租公課の負担)

譲渡日の属する年度における、本件事業に関する固定資産税、都市計画税、償却資産税、消費税などの公租公課については、譲渡日の前日までの分を売主、譲渡日以降の分を買主が、それぞれ日割で按分して負担する。

第15条(費用)

本契約に別段の定めがある場合を除き、売主及び買主は、本契約の締結及び履行にあたって自己が支出し、又は支出することになる費用(弁護士、税理士、公認会計士、フィナンシャル・アドバイザーその他のアドバイザーにかかる費用を含む。)を自ら支払うものとする。

第16条(譲渡禁止)

売主及び買主は、相手方の事前の書面による承諾を得ることなく、本契約により生じた権利義務の全部若しくは一部又は本契約上の当事者たる地位を、第三者に譲渡し、担保に供し、又はその他の方法で処分してはならない。

第17条(適用法と裁判管轄)

本契約に関する解釈および紛争に対しては日本法を適用とし、東京地方裁判所を管轄裁判所とする。

第18条(協議条項)

本契約に記載の無い事項または本基本契約の内容に疑義が生じた場合の取扱いについては、買主および売主は、誠実に協議し、その解決を図るものとする。

以上、本契約の成立を証するため本書2通を作成し、買主売主が記名捺印し、各1通を保管する。

○○年○月○日

売主

買主

別紙1 売主の表明保証(第4条第1項)

1)組織及び構成

  • 1.売主は、日本法に準拠して適法かつ有効に設立され、適法かつ有効に存続している法人であり、本件事業を行うために必要な権限及び権能を有すること。
  • 2.売主が本契約を適法かつ有効に締結し、これを履行するために必要な権限及び権能を有していること。
  • 3.売主による本契約の締結及び履行は、その目的の範囲内の行為であり、売主は本契約の締結及び履行に関し、法令等及び売主の定款その他の内部規則において必要とされる内部手続を全て適法かつ有効に履践していること。

2)法令等との抵触等の不存在

本件事業譲渡の実行は、関連法令及び売主の定款その他社内規則、許認可等、売主が当事者となっている契約の何れにも違反するものではないこと。 [cite: 1]

3)計算書類

  • 1.売主の直近決算期日以後譲渡日までの間、本件事業部門の資産及び負債の状況、財政状態並びに経営成績に重大な影響を及ぼし、または重大な変動またはその原因となるような事実は何ら生じていないこと。
  • 2.売主の本件事業部門には、直近決算期日以後譲渡日までの間における通常の営業の範囲内において生じた債務以外には、いかなる債務若しくは偶発債務も存在しないこと。

4)資産の所有及び使用権限等

  • 1.本契約に基づく承継対象資産のすべてについて、質権その他担保権、その他一切の負担、制約が課せられ、又は設定されておらず、売主が適法かつ有効に所有、保有又は使用する権限を有していること。
  • 2.本契約に基づく承継対象資産について、法律上の負担等は存在せず、本件事業譲渡の実行により、買主が譲渡資産について完全な権利を売主から取得するものであること。
  • 3.また、本件事業は第三者の重要な権利及び権限を侵害するものではないこと。

5)契約関連事項

売主が当事者である契約は適法かつ有効に締結されており、売主及び相手方当事者はこれを完全に遵守し、かかる契約に基づく義務をその条件に従い履行しており、かかる契約下での解除事由、期限の利益喪失事由その他売主に重大な不利益を生じさせる原因となる事由は存在せず、また、そのおそれもないこと。

6)潜在債務等の不存在

本契約に定めのあるものを除き、本件事業譲渡において買主が承継する売主の債務は一切存在しないこと。また、本件事業譲渡において、第三者の債務を負担し若しくは保証し、または第三者の損失を補填若しくは担保する契約は存在せず、またそれらの契約を引き継ぐこともないこと。

7)法令の遵守

売主は関連法令等を遵守しており、関係法令に基づく関係官署、公的機関、その他公的機関に類する自主規制団体などからの指導・処分を受ける事由は存在しないこと。

8)許認可

売主は、本契約締結時点において、実施している本件事業の運営に必要なすべての許認可を有効に取得、保有しており、これらの許認可の無効、取消事由は存在しないこと。

9)知的財産権の侵害

売主は、本件事業を遂行するにあたり、第三者の特許権、意匠権、商標権、著作権その他知的財産権を侵害しておらず、また、侵害をしている旨の警告書その他通知等を第三者から受領していないこと。

10)紛争等

売主を当事者とする、民事、刑事または行政上の裁判手続、訴訟その他の争訟は係属しておらず、また、本件事業、譲渡資産または財務状況に重大な影響を及ぼす可能性のある紛争は存在せず、またそのおそれもないこと。

11)情報開示の正確性

売主が買主に対して開示した情報は、いずれも真実かつ正確であること。また、本件事業の運営又は価値に関連性を有する重要な文書及び情報を全て交付又は提供していること。

12)労働契約

売主は、本件事業を遂行するにあたり、労働関係法令を遵守しており、承継対象の従業員との間における雇用条件に関し違反を行なっておらず、当該従業員との間における紛争は存在しておらず、また、これらが発生するようなおそれもないこと。売主と当該従業員の間において、同盟罷業、ピケッティング、業務停止、怠業等の労使紛争は発生していないこと。

別紙2 買主の表明保証(第5条第2項)

1)日本法に準拠して適法かつ有効に設立され、適法かつ有効に存続している法人であり、現在行っている事業を行うために必要な権限及び権能を有すること。

2)本契約を締結し、本契約に規定された義務を履行する能力及び権能を有すること。また、買主による本契約の締結、本契約に規定された義務の履行については、買主内部において正式な手続による承認がなされていること。

3)買主による本契約の締結又はその履行は、法令もしくは定款その他の社内規則又は買主を当事者とする第三者との契約に違反するものではないこと。

以上(2025年9月作成)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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