書いてあること
- 主な読者:経理人材の育成や、経理部全体の効率化に悩む中小企業のマネジメント職
- 課題:メンバーについて、業務面のみしか把握できていないため、個々人の価値観に即した人材育成が難しい
- 解決策:メンバーについて業務面・個人面両方を把握するため日常のささいな会話からも情報収集し、人材育成に役立てる。また、指示を伝える際にはホワイトボードなどを使って具体的に伝える
1 人を育てるためには、日常の些細なやり取りが大切
管理職の重要な仕事の1つに、ピープルマネジメントスキルがあります。ピープルマネジメントスキルとは、
メンバー一人ひとりに向き合い、仕事に対するモチベーションやエンゲージメントを向上させ、チーム全体の力を高めるスキル
です。書店に行くと、部下との接し方といった本を多く見かけることからも、おそらく苦手にしている方も多いのではないでしょうか。私の印象では、経理の管理職の皆さんも例外ではなく、むしろ他の職種以上に課題感を感じている方が多い気もします。
そこで今回は、
ピープルマネジメントスキルの中でも、日常のやり取り
を中心に見てみます。評価面談など定期的に行われるかしこまったやり取りももちろん人材育成に影響を与えますが、圧倒的に多くの影響を与えるのは日常のやり取りです。日常の中で、どのような情報を得ておくとメンバーとのコミュニケーションがスムーズになるのか、また、こちらから指示など伝えるときのポイントなどをお話しします。
2 メンバーについて5分間語れるように
突然ですが、
皆さんのチームのメンバー全員について、それぞれどのような人物なのかを5分間ずつ説明をすることはできますか?
管理職の方であれば、業務面での課題については延々と話せる方もいると思います。ただ、これから挑戦してほしいことといったメンバーの弱みが中心になりがちで、すでに達成している強みには目が向いていない方もいらっしゃるのではないのでしょうか。
管理職はメンバーに比べて視野が広く、かつ視座が高いものの、多忙を極めるため、なかなか小さな変化には気付きにくいものです。しかし、メンバー本人の視点に立てば、以前できなかった業務ができるようになること(変化)が、仕事に対するモチベーションに大きく影響してきます。このようなメンバーの変化を把握し、折に触れてコメントするだけでも、思った以上に相手に響きます。私の経験では、小さな事柄ほど、「こんなことまで気が付いてくれた、見守ってくれている」というように好意的に解釈してくれて、効果が高いものです。ぜひ、できるようになったことやプラスの面にも視点を向けるようにしてください。
次に確認していただきたいのは、
業務面と個人面の両方から語られているかということ
です。業務面とは具体的に、入社年次、これまでの配属と業務内容、担当業務を行ううえでの強みと課題、資格といったことです。これらの業務面に触れるのは難しくないと思いますが、業務面だけ押さえるのでは不十分です。
ぜひ個人面についてもコメントできるようになりましょう。例えば、入社理由、家族構成や状況、性格や思考、趣味など大事にしていることです。なぜこれらが大事かといえば、業務の進め方や得意不得意に与える影響が大きいためです。例えば、思考のパターンだけみても、慎重にミスがないことを確認しながら仕事を進めるタイプもいれば、スピード感をもって次々進めることを好むタイプもいます。私たちが行う経理業務にとって正確さもスピードもどちらも大事な要素ですが、メンバーがどちらのタイプなのかによっては、管理職の皆さんの確認すべき項目や仕事の依頼内容も変わるはずです。
また、個人的項目の中でも、入社の理由は必ず押さえておきましょう。なぜこの会社を選んだのか、経理の仕事に就いたのか、を聞くことで、本人の価値観やキャリアの考え方のベースを知ることができます。面談で改まって今後のキャリアへの希望を聞いても、饒舌(じょうぜつ)に語ってくれるメンバーは少ないものです。しかし、なぜここを選んだのかという過去については、本人も大体よく記憶しており、率直に教えてくれるケースが多いのです。まずはそれを聞き出して、今後の業務において少しでも考慮することができれば、本人のやる気アップにも中期的なキャリア形成にもつながり、一石二鳥です。
このように、個人面の情報を知ることは、雑談もできる、人間関係がスムーズになるからというレベルの話ではありません。私は、
管理職の仕事は「チューニング」だと考えています。個人の方向性と会社の方向性を合わせることで、業務の進み具合は大きく変わります。
共通点を見つけ、実行を助けるのがまさに管理職の仕事といえます。最近聞く「パーパス経営」も、個人のパーパス(存在意義)と会社のパーパスを合わせることが重要といわれており、もはや管理職の役割として社会的にも求められているのです。
3 ツールや会話を通じて、メンバーの情報を集める
では、業務面の情報はまだしも、個人面の情報はどのように集めたらいいのか、悩む方もいるでしょう。
1つの手は、性格診断テストの活用です。もし会社で人材育成の目的で受けたものがあれば、その結果を人事部門から入手して見直すといいでしょう。管理職であれば、多くの場合メンバーの診断結果は見られるはずです。おすすめなのは、
その結果を半年に1回程度定期的に目を通すこと
です。そうすることで、最近見かけた気になる行動について、この思考タイプが影響していたのかもとつながりに気が付くことがあります。これらの情報は、日常をより良く理解し、個人の性格に合わせた人材育成を行うためのものです。決して日常と切り離さないことが大事です。
例えば、私が在籍していた日本マクドナルドやウォルト・ディズニーでは、「ストレングスファインダー」という強みを把握する診断テストを部門で受検していました。各人の強みが公開されており、チームマネジメントやプロジェクトマネジメントに活用されていました。どのようなテストでも、参考になる情報は含まれています。
また、テストは大げさかもと感じる方は、会話のなかで情報を少しずつ集めていくのもおすすめです。メンバーの中には、あまり自分からは発言しないタイプもいます。その場合は、例えば、管理職自身が自分自身のことから発言してみるのもいいでしょう。あるいは、新たなメンバーが来るなど皆が自己紹介をする機会を積極的に設けることができれば、そこで改めて聞くこともできます。また、口下手なメンバーと仲がいい他のメンバーと一緒に会話をするのもおすすめです。上司と自分という1対1だと緊張あるいは警戒しますが、社交的なメンバーを巻き込むことで複数人の和のなかで安心して発言してもらえます。
私の場合には、部の定例ミーティングの報告内容に、「今週のすごい!」という項目を入れて、発表してもらっていました。対象は、仕事でもプライベートでも構いません。自身がこの1週間の中ですごいと感じたことを共有してもらいます。2~3カ月続けると、各人の傾向がかなり見えて、その方の特性が理解できるようになりました。新しい職場などでお互いの理解を深めたい場合に特におすすめです。
情報を集める際の全般的なポイントは、
自分の推測をはさまないこと
です。推測ではなく、本人の発言を得てその内容を重視してください。例えば、子供のいる女性には負担が少ないよう経験のある仕事を中心に任せようと、優しい性格の方ほど先回りして考えがちです。そのような配慮を実際に行う前に、ぜひ本人に働き方の希望を聞いてみてください。人間ですので自分の先入観がどうしても推測にはいってしまいがちですが、本人の発言ほど役に立つものはありません。もしかすると、プライベートに関することは聞きにくいと思うかもしれませんが、この例のように業務分担のための質問であれば、その旨を説明したうえで質問することには大きな問題はないはずです。
4 具体的に伝える
ここまでは、メンバー各人の情報を得るというインプットの話でした。管理職の皆さんは、インプットした情報を踏まえて、メンバーに指示などを出す場面も日常では多いはずです。ここからは、アウトプットする際のポイントを見ていきましょう。
まず、
新しい話や不得手そうな話は、対面で伝える
ようにします。もちろん、リモート勤務の場合には最近多いWeb会議でも構いません。要は電話やメールといった相手に伝わる情報(表情や雰囲気など)が少ない手段は避ける方がいいでしょう。また、本人にとって難易度が高いであろう仕事の話をする場合には、相手の反応が容易に分かり、臨機応変に説明を変えられる方法で伝えます。
また、
紙に書いたり、ホワイトボードを活用したりする
こともいい方法です。私の上司は、私に新しい資料の作成を依頼するときには、一緒にホワイトボードの前に立ちイメージを書き込み、さらにスマホで画像データにして共有してくれました。そうすることで、行き違いを防ぎ、何度も見直すことができます。対面と紙・ホワイトボードに共通するメリットは、容易に目に見えることといえます。
他にも、
理解の相違を避けるためには、使う言葉を選ぶこと
も大事です。例えば、「注意する」「意識する」などは、あまり使わない方がいいでしょう。なぜなら、具体的に何をどうすることなのかが分かりにくいからです。実際に本人が対応方法を考えることになってしまうため、そこでずれが生じがちなのです。もしそれを考えさせたいということであれば、会話の中で、具体的にどうやったらいいと思いますか? と質問して、その回答内容をもとに必要なら説明する方がいいでしょう。
さらに、
日常においてメンバーが判断する拠り所を、標語にして伝える
のも有効です。例えば、私の上司は「Quick Win」という言葉を部門の指針として使っていました。Quick Winとは、とりあえずすぐにできることに取り組んで少しでも改善するという意味です。当時、残業が非常に多く、業務上の課題が山積みという状況でした。その中で、完璧な解決を目指すのではなく、少しでも前に進もうということでこの言葉を使っていたようです。メンバーである私は、この言葉を判断基準として、根本的な解決に時間がかかる場合には応急処置を優先するという行動を迷わずとることができました。このように、標語はいちいち指示をしなくても、管理職の皆さんの考え方を届けてくれるのです。
以前に比べて、コミュニケーションの「ブラックボックス」化が進んでいる今、このような「分かりやすさ」は人材育成や業務の進捗に大きく影響すると感じます。
少し前の時代では、上司が電話でやり取りする様子を伺って、こういうことも起こるんだとか、こういう風に伝えればいいんだと、まさに背中を見て学ぶことができました。しかし、もはや電話はそれほどかかってこない時代であり、代わりにチャットなどで1対1でのコミュニケーションが簡単にとれるようになりました。それも同じタイミング(同期)ではなくお互いの都合がいいタイミングで(非同期)というタイムラグもあります。
よく世代による考え方の違いを踏まえてメンバーとコミュニケーションをとるべきといわれます。しかし、私はそれに加えて、コミュニケーションツールが変わったことで、学ぶ機会が大幅に減少していることをメンバーとのやり取りにおいては大いに踏まえる必要があるのではないかと強く感じます。
以上(2023年9月作成)
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