第25回 【後編】弁護士が教える起業〜資金調達前の中小・スタートアップ企業がおさえておくべき法務のポイント/イノベーションフォレスト(イノベーションの森)

スタートアップブームが訪れているといわれる現在。大手企業によるCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の設立、公共機関や大学・研究機関と民間の連携によるスタートアップ支援プログラムなど、スタートアップを取り巻く環境は、日々変化しつつあります。

前編の「共同創業における株式配分と、ストックオプションについて」に続き、今回の後編では「資金調達にかかわる契約の注意点」を、スタートアップ支援を得意とする弁護士・佐藤有紀氏に解説していただきます。

1 投資契約書の締結に向けて、注意すべきポイント

スタートアップ企業において、「自己資金を潤沢に有している」というケースは非常に稀です。

多くのスタートアップ経営者は、会社を運営し、事業を軌道にのせるため、どのように資金を確保するかという問題に、日々頭を悩ませているのではないでしょうか。

また、資金調達の話が具体化した際に投資契約、株主間契約、優先分配合意書といった投資関連契約が大きな壁として立ちはだかります。特に、銀行やVC、投資家などから出資をしてもらう場合には、経験豊富な彼らを相手に、契約締結に向けた交渉を進めていかなくてはなりません。

スタートアップ企業や創業者といったスタートアップ企業側が投資関連契約を結ぶ上で、どのような点に気をつけなくてはならないのでしょうか。

1)表明保証条項の中でも、特に人事労務関連は要確認

投資関連契約を締結する前にチェックするポイントの1つ目は、投資関連契約では投資家とスタートアップ企業側でリスクの分担を定めた表明保証の条項が設けられていることが一般的です。

会社が適法に設立されているかなど内容はさまざまですが、特にスタートアップ企業においてよく問題となるのは、人事労務関連の条項。

例えば、「残業代の未払いはない状態であること」のような文言が当然のように記載されていることがありますが、社内の事実確認をしないで投資関連契約を締結してしまい締結後に残業代の未払いで従業員と揉めてしまい投資家ともトラブルとなってしまうケースがありますのでご注意ください。

2)事前承諾条項で、投資家がどの程度経営に参与するかを確認

投資関連契約を締結する前にチェックするポイントの2つ目は「投資家が、どの程度まで経営に携わってよいものとするか」です。

投資関連契約には、会社の経営における重大な決定をする場合には投資家の事前の承諾を得ることを定めた「事前承諾条項」が含まれます。

事前承諾を必要とする内容や範囲によっては、スタートアップ企業側が自分たちだけで経営上の意思決定ができなくなることもあるため、注意が必要です。

一方で「経営のアドバイスや人脈紹介、ハンズオンでの支援はありがたい」ということであれば、「事前承諾条項」と別に、投資家側が経営に関与するような枠組みを設ける内容に調整することも考えられます。

3)みなし清算条項は、さまざまなケースをシミュレーションして交渉を

みなし清算条項とは、「会社がM&Aで売却されたらどうするか」などを定める条項です。

外部投資家は、通常、スタートアップ企業がM&Aで売却されるのであれば「自分が投資した分のお金を創業者(優先株主の場合であれば、さらに普通株主よりも)優先的に回収したい。」というニーズをもっています。

また、投資家が優先的に回収したい金額は、必ずしも当初の投資金額と同額とは限りません。日本国内でも投資金額の1.2や1.5倍、海外では3〜4倍もの金額に、契約で設定されていることもあるのです。

「会社を売却して初めて内容を理解した」というケースに陥らないよう、みなし清算条項については、あらゆる展開を想定して、交渉に臨むのが良いでしょう。

投資関連契約全体に共通することですが、契約内容をきちんと理解し、作成していくことが重要です。

スタートアップ企業において契約書の作成は難しい面もあると思いますが、自社が主導権を握って資金調達をするということは、自分たちの立場を強くするだけでなく、ゆくゆくは既にスタートアップ企業に投資している投資家のためにもなります。

従来の資金調達においては、VCや投資をする側が契約書の雛形を持ち、「私たちと契約をする際は、基本的にこの契約書に従っていただきます。」というスタンスを取ることが大半でした。そのため、「A社とはこの条件で、B社とはこの条件」といったように、各投資家との間の契約内容にバラつきが出てしまっていました。

また、スタートアップ企業側が各投資家との間の契約内容を正確に把握していない場合、「A社との契約に従っていることで、B社との契約に抵触している。」という事態が起こる可能性もあります。

最初に投資家との間でしっかりとした投資関連契約を作成し、次に別の投資家から投資を受ける際に前回の契約と条件を揃えるようにすれば、そうした後々のトラブルを未然に防ぐことができるのです。

また「他の投資家とはこの条件にしている」と説明できるようにすることで、交渉をよりスムーズに進めることもできます。契約の内容や交渉ポイントが把握しきれない場合には、顧問弁護士に相談しましょう。

2 海外からの投資を受ける際の注意点

続いて、海外から投資を受ける際のポイントについて解説します。

2019年・2020年に外為法の改正が施行され、海外企業が日本企業へ投資する際の規制が厳しくなりました。

改正の大きなポイントは、「海外投資家が日本の情報処理・ソフトウェア開発に関する企業・事業に投資をする場合、日本銀行経由で事前承認を取らなくてはならない」というルールが制定されたこと。

元々、安全保障に関わるような事業については事前承認が必要でしたが、今回の改正により、日本のスタートアップの大半を占めるIT領域が対象となったことは大きな変化と言えます。

事前承認に時間を要することもあるため、これまでのように、「では、1カ月後に投資します」といったスピーディーな対応が難しい場合も。

VCについては、2020年の改正法施行により、1.外国法人や外国居住者などによる出資比率が50%以上であるか、2.GPの過半が外国法人や外国居住者などであるファンド以外であれば「外国投資家」に該当しないものとされましたが、海外から投資を受ける際には、スケジュールに余裕を持っておくと良いでしょう。

3 機密情報の取り扱いに関して

資金調達はもちろんのこと、全ての事業活動に関連する情報として、機密情報の適切な取り扱いについても解説していきます。

昨今では機密保持契約書(NDA)を結ばずに事業のディスカッションなどをしてしまったことで、「アイデアを盗用された」といったトラブルに発展するケースも増えています。

トラブルを未然に防ぎ、適切に情報交換を行っていくためには、当事者自身が情報を適切に取り扱うことが非常に重要です。

日本では、NDAを締結していない場合でも、不正競争防止法によって、営業秘密の漏洩に関する罰則が設けられています。しかし、それが適用されるのは、あくまでもその情報が「秘密情報」として管理されている場合に限られます。

書類であれば鍵をかけて保管をすること、IDやパスワードで厳しく管理すること、口頭であれば事前に「これは機密情報である」という意思を明確に示すことが有効です。

また、佐藤先生が実際に直面したケースとして、NDAの締結を要求した際、相手方よりそれを拒否されたため、情報開示を取りやめたケースがあったと言います。

事前確認を行なうことで、相手方の情報の取り扱いに関する方針や考え方を確認することができ、自社で対策を取ることもできるということが分かる実例と言えるでしょう。

4 弁護士から見た、健全なスタートアップとは

冒頭で触れた通り、昨今のスタートアップを取り巻く環境は、昔とは大きく変化しています。

スタートアップブームの弊害として、時価総額は大きいが売上や利益の少ない企業が生まれるようになったり、資金調達方法の多様化によってデット(負債)やエクイティ(投資)の本質と危うさを理解しきれていない企業が増加したりしているといった問題点も指摘されています。

最後に、弁護士の佐藤先生から見た「健全なスタートアップ」とはどういったものなのか、スタートアップ企業へ向けたメッセージと共に伺いました。

「スタートアップブームの危うさ、問題点への指摘に関してはその通りだと思います。しかし、2020年から発生したコロナ禍により、バリュエーション(企業価値評価)が適正化されていくのでは、という見方もあります。

新型コロナウイルスによる経済的な打撃は大変なものですが、その分スタートアップの方々の中でも意識の変化が大きく、これからは地に足のついたビジネスが増えてくると考えます。

『スタートアップは危ない』という見方をする人は、日本社会ではまだまだ一定数いらっしゃいますが、私はそうは思いません。

成長するスタートアップは不正が起こらないような仕組みづくりをされていますし、アクセルとブレーキのバランス感覚が良いことが多いのです

まだまだ大企業などと比較すれば、スタートアップは小さな市場。
しかし、GAFAもはじめは小さなスタートアップでした。

日本からも、世界を変えるようなスタートアップ企業が出てくることを期待していますし、全力で応援しています。」

5 最後に

創業者間での株式配分、ストックオプション、資金調達における各種契約書の準備……。いずれも、多くのスタートアップ企業にとっては初めての経験であったり、経験があっても「これでいいのか不安」と思われたりするものではないでしょうか。

記事中にもあった通り、契約や法務への正しい理解は、自分たちやステークホルダーのために大切なことです。前後編で学んだことが、読者の皆様のお役に立てば幸いです。

佐藤先生、貴重なお話を愛りがとうございました。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年4月30日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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リモートワークに対応した就業規則を定めるためのポイント

書いてあること

  • 主な読者:リモートワークを適法に実施するために就業規則を整備したい経営者
  • 課題:就業規則のどこを見直せばよいか分からない
  • 解決策:オフィスワークとリモートワークの労務管理上の違いに注目すると分かる

1 リモートワーク対応が必要な就業規則の項目は?

コロナ禍の影響でリモートワークを行う企業が増えています。リモートワークを実施する上で重要なのが就業規則です。リモートワーク時の労働条件等について就業規則に定めがないと、リモートワークの許可基準が曖昧になったり、労務管理面において従業員とトラブルになったり、会社として意図しない長時間労働で労働基準法に違反したりする恐れがあるからです。

「オフィスワークとリモートワークは労務管理上何が違うのか?」という視点で考えると、就業規則の中で見直しが必要な項目が分かります。次の図表は違いの一例です。

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次章では図表の各項目について解説します。先に具体的な規定例を見たい方は、次の記事をご確認ください。

2 リモートワークにおける就業規則の整備のポイント

1)対象者

リモートワークの対象者は、原則としてある程度自立して業務を遂行できる従業員です。しかし、その場合、オフィスには自律性の低い従業員が残ってしまう可能性があるため、管理職が交代で出社してオフィスワークの状況を確認するようにします。

2)就業場所

リモートワークで業務に集中しやすい環境は従業員によって異なるので、原則として従業員が自由に決定できるようにします。ただし、安全衛生上、情報セキュリティ上の問題をクリアできない場所はいけません。

3)服務規律

服務規律には、情報や成果物の取り扱いについて定めます。違反した場合の懲戒処分もセットで定めます。なお、リモートワーク時のセキュリティ対策については、セキュリティガイドラインなどが必要です。総務省「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)」(2021年3月22日時点ではガイドライン案が公表されています)が参考になります。

4)労働時間管理の方法

まず、オフィスワーク時と同じ労働時間制をリモートワークにも適用するのか、別の労働時間制にするのかを検討します。次に、リモートワーク時にどのような方法で始業・終業時刻を報告するかを決めます。加えて、リモートワークでは、プライベートの用事で業務を中断する「中抜け」が発生しやすいため、中抜けにも対応できるようにします。

なお、リモートワーク時の労働時間制については、次の記事をご確認ください。始業・終業時刻が従業員一律になっている固定労働時間制などは、会社も慣れているので管理がしやすいですが、「通勤がない分、時間を有意義に使いたい」といった従業員が多い場合、変形労働時間制などを導入するのも一策です。

5)通勤手当

リモートワークをしている従業員に、定額の通勤手当を支払うことは合理的ではありません。ただし、こうした従業員もオフィスでしかできない業務がある場合などは出勤することがあります。こうした場合の通勤費の取り扱いを決めます。

6)費用の負担

通信費や光熱費など、リモートワークに伴って発生する費用については、会社負担とするのが妥当です。とはいえ、これらの費用を明確に区別するのは現実的ではないので、従業員とトラブルにならないようなルールを決めます。

なお、従業員負担とする費用については、リモートワークの導入前後で従業員の負担がどの程度変動するのかを確認しましょう。従業員の負担が大きい場合は、毎月一定額の「リモートワーク手当」などを支給するのも一策です。

7)通信機器

セキュリティの観点から、リモートワークに必要な機器は会社が貸与します。従業員が私物のパソコンなどを使って業務を行う場合、会社指定のセキュリティソフトをインストールしてもらう、フリーのWi-Fiには接続しないよう指導を徹底するなどの対策を講じます。

3 就業規則を変更しなかったらどうなる?

1)トラブルが発生した場合に対応できない

例えば、リモートワーク時の労働時間管理の方法がオフィス就業時と異なる場合、そのルールを従業員に周知していないと残業時間が正確に把握できません。また、リモートワークでは気軽に作業に向き合う事ができるため、ついつい長時間労働に陥りがちともいわれています。無駄な労働を抑止するためにも服務規律や労働時間管理等についてのルールを徹底しておく必要があります。会社側の管理が不十分なために、従業員が過重労働による健康障害を起こしてしまった場合、会社が責任を問われることもあります。

また、私物のパソコンの業務利用を認める際のルールを定めて従業員に周知していないと、従業員の過失で情報の漏洩や消失が発生した場合でも、懲戒処分を科せないことがあります。

2)労働基準法上の罰則の対象となることもある

使用する労働者が10人以上の会社(実際は、本店や支店など事業場単位での判断)には、就業規則の作成・届け出義務があります。就業規則には、必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」と、定めがある場合に記載しなければならない「相対的必要記載事項」があり、これらの内容が記載されていない場合、または記載事項に変更があったにもかかわらず就業規則の変更・届け出を行っていない場合、30万円以下の罰金が科せられます。

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就業規則を変更した場合、会社は変更後の就業規則に過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)の意見書を添えて所轄労働基準監督署に届け出なければなりません。なお、過半数労働組合等への意見聴取、所轄労働基準監督署への届け出などの手続きは、オンライン(電子申請)で行うことができます。詳細については、次の記事をご確認ください。

以上(2021年4月)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:Real_life_Studio-shutterstock

【朝礼】ナポレオンが辞書から「不可能」の文字を消した理由

おはようございます。皆さんは日ごろから「有言実行」、つまり自分の考えを口にし、それを実行することを意識していますか。私の感覚ですが、失敗して「あいつは口先だけだ」と言われたくないなどの理由から、有言実行に苦手意識を持っている人が多いのではないでしょうか。今日はそんな皆さんに、フランスの軍人、ナポレオン・ボナパルトの話をしたいと思います。

ナポレオンは、18、19世紀にフランス革命後の混乱を収め、皇帝になった人物です。歴史に詳しくなくても、「余(よ)の辞書に不可能の文字はない」という言葉は、ご存じでしょう。まさに有言実行を宣言しているような言葉です。この言葉が生まれた背景とされる2つの説を基に、有言実行のためのヒントを探ってみましょう。

1つは、イタリアに侵攻したオーストリア軍の虚を突くため、アルプスの峠から奇襲を仕掛けたときにナポレオンが発したという説です。当時のアルプスは氷河で覆われた難所で、多くの部下が峠を越えることに難色を示しました。しかし、ナポレオンはこの言葉とともに部下の反対を押し切ってアルプス越えを敢行し、オーストリア軍への奇襲を成功させます。ナポレオンは、部下の多くが不可能だと思っていたことを、自身の宣言通り可能にしたわけです。しかし、失敗すれば多くの部下の命を失いかねない危険な作戦、そのプレッシャーは尋常ではなかったはずです。彼は、なぜこのプレッシャーに打ち勝てたのでしょうか。

そこで出てくるのが、もう1つの説です。実は、ナポレオンは「余の辞書に不可能の文字はない」という言葉を、日ごろからよく口にしていたといわれています。ナポレオンの軍人としてのキャリアは常に成功に彩られたものではなく、戦争で大敗を喫したり、政敵に追い詰められたりしたこともありました。時には周囲から「不可能なことばかりじゃないか」と揶揄(やゆ)されたかもしれませんが、彼は失敗や挫折を経験しても、この強気な姿勢を崩しませんでした。つまり、ナポレオンはあえて「不可能はない」と口にすることで、絶対に負けられないというプレッシャーを自分に与え続けたのです。そして、そのプレッシャーに打ち勝つことで、重要な局面でも決断を恐れない「自信」と、周囲からの「信頼」を得ていったわけです。

「自信」や「信頼」は、自分で勝ち取ることでしか得られません。そして、プレッシャーが大きいほど、それを乗り越えたときに得られる自信や信頼も大きくなります。我が国では長らく、何も言わず黙々と仕事をこなす「不言実行」が美徳とされてきましたが、うがった見方をすれば、不言実行は有言実行に比べてプレッシャーから逃げやすい働き方であるともいえます。

皆さんがビジネスパーソンとしてこれまで以上の成長を目指すのであれば、ぜひとも有言実行を実践する勇気を持ってください。期待しています。

以上(2021年3月)

pj17047
画像:Mariko Mitsuda

店舗経営者が知っておきたい、接触機会を減らして接客できるIT関連ツール

書いてあること

  • 主な読者:感染症への警戒感により来店客数が回復しない店舗経営者
  • 課題:感染リスクを下げるため、来店客同士や店員との接触機会を減らす方法を知りたい
  • 解決策:店舗の混雑状況を伝えたり、携帯端末でオーダーや受け取り予約ができたりするアプリなど、接触機会を減らすIT関連ツールを活用する

1 リアル店舗の「感染リスク」への根強い警戒感

店舗経営者の皆さんにとって、頭の痛い存在となっている新型コロナウイルス感染症。マスクの着用、入店前の手指の消毒、店舗内の換気、透明シートやアクリル板の設置、適切な距離を保つための目印……。こうした「アナログ」な手法は、感染リスクに対して一定の効果はあるでしょうが、それだけでお客様の警戒感を完全に払拭することは難しいかもしれません。「同じものを買うなら、今まで通りネット注文と宅配でいい」という人もいるはずです。

そこで本稿で提案するのが、来店客と店員など、人との接触機会そのものを減らすのに効果のあるIT関連ツールの導入です。アナログな感染予防対策だけでない「一歩先行く店舗」というPRにもなりますし、店舗内の作業の省力化や売り上げの増加につながるケースもあります。こうしたツールの中には、政府や自治体からの補助金対象となるものもありますので、ぜひ導入をご検討ください。

2 接触機会を減らすIT関連ツールの一覧

まずは、接触機会を減らすIT関連ツールを一覧にして紹介します。ツールを囲んだ枠の色はツール導入のための難易度のレベルを示しており、縦軸は非接触のレベル、横軸には非接触の対象(来店客同士、来店客と店員、複数の来店客と商品)の広がりを表しています。

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次章からは、図表で紹介したIT関連ツールを詳しく説明していきます。導入のための難易度の低い順に挙げていきます。

なお、一部で商品例を紹介していますが、さまざまな商品がある中の一例であることをご承知おきください。

3 簡単に導入できるアプリなどでネット注文などに対応する

1)オフピーク時の購入客に多めのポイントを付与するシステム

来店客が店舗での感染リスクで最も警戒するのが、店舗内の“密”の状態です。ピーク時の来店客の一部をオフピーク時に誘導することができれば、店舗内の“密”を緩和することができます。来店時間を誘導するには、何らかの特典を設定することが効果的です。

来店客への特典で一般的なのが、ポイントです。情報システム会社などが提供するポイント管理システムを導入すれば、購入時間帯だけでなく、その日の天候や購入商品ごと、顧客のランク(過去の購入量)などによってポイントを増減させることも可能になります。また、顧客分析や効果的な販促プロモーションもできるようになり、売り上げアップにつながることも期待できます。

タブレット端末などを使って、購入客のスマートフォン(以下「スマホ」)にQRコードをスキャンしてもらうだけでポイントの付与・利用ができるシステムや、登録した顧客の電話番号を入力するだけでポイントを付与できるアプリなど、初期投資がほとんど不要なサービスもあります。

■クレアンスメアード「ポイント管理システム」■
https://www.creansmaerd.co.jp/service/point/p_center.html
■punto■
https://puntoapp.jp/
■P+KACHI FREE■
https://p-kachifree.jp/

2)インターネットでのオーダーと受け取り予約

店舗内の密への対策の1つが、来店客の滞在時間を減らすことです。「目的買い」する来店客が増えて滞在時間が減れば、店舗のジャンルによっては回転数が増えて売り上げを伸ばすことも期待できます。また、ネットであればオーダーのやり取りが不要になるので、来店客と店員との接触機会を減らすことができます。さらに、購入客はネット上の商品リストを選んで注文するので、複数の来店客が同じ商品を手に取る機会も減ることになります。

「モバイルオーダー」とも呼ばれる、スマホなどの個人の端末から注文を受け付け、指定の時間に店舗で商品を渡すシステムは、まさに「目的買い」する人にうってつけのシステムです。既にハンバーガーショップをはじめとする多くの飲食チェーンや、家電、家具などさまざまなジャンルの店舗が導入しています。自社のウェブサイトにオーダーおよび予約受け取りのための入力欄を設けるだけで導入できますし、モバイルオーダーの専用アプリや、顧客にQRコードを読み込んでもらうだけでオーダーが可能となるシステムも販売されています。

■O:der Platform■
https://business.oderapp.jp/
■PLATFORM■
https://pltfrm.jp/

モバイルオーダーには、主に飲食店向けに、店舗でのオーダーのみに用いるタイプもあります。後述するオーダー用のタッチパネルと違い、複数の来店客が接触する機会を減らすことができます。

■Smart Order■
https://smart-order.info/
■dinii■
https://www.dinii.jp/

3)顧客に店舗の混雑状況を伝えるシステム

来店客の中には、ある程度来店時間をずらしてでも密を避けたいと考えている人もいるでしょう。そうした来店客のために、店舗の混雑状況をスマホに伝えるシステムを導入してはいかがでしょうか。アプリなどを活用すれば、店舗内の混雑状況をより正確に、タイムリーに伝えることができます。さらに、ネットを通じて顧客との接点を持つチャンスにもなります。

自社のウェブサイトで店舗の混雑状況を告知する他、TwitterなどのSNSを通じてリアルタイムで混雑状況を発信しているケースもあるようです。既存の顧客に対しては、メールアドレスや電話番号を登録してもらい、メールやショートメールで混雑状況を伝えることもできます。また、自社の専用アプリを提供したり、インターネット会員などになってもらったりすると、混雑状況を伝えるだけでなく、プロモーションも行えるようになります。

「頻繁に店舗の混雑状況を更新する手間が面倒だ」という方には、さらに高度なサービスもあります。AIが店舗内の映像を基に混雑状況を分析し、自動でウェブサイトなどに情報提供したり、LINEを通じて顧客からの問い合わせに自動回答したりするシステムも販売されています。

■VACAN「AIS」■
https://corp.vacan.com/service/vacan-ais
■アイテル■
https://www.aitell.net/

4 タッチパネルやキャッシュレス決済などに対応する

1)デジタルサイネージ(電子看板)の導入

店頭にディスプレーを設置し、商品情報などを告知することで、来店客の滞在時間や接客時間、来店客が商品を手にする機会を減らすことができます。また、店舗内の混雑状況を表示することで、店舗内の密を減らす効果も期待できるでしょう。

紙のポスターでも一定の効果があるでしょうが、デジタルサイネージであれば、新鮮な情報や複数の情報を告知できるメリットがあります。この他、デジタルサイネージを導入することで、新規の顧客の呼び込みや、他社からの広告収入が得られる可能性もあります。

ただし、ディスプレーを購入するには、屋内用のコンパクトなサイズのものでも少なくとも10万円は見積もっておく必要がありますし、電気代などの維持費もかかります。

■SONY「BRAVIA デジタルサイネージ」■
https://www.sony.jp/bravia-biz/signage/about.html
■RICOH「デジタルサイネージ」■
https://www.ricoh.co.jp/signage/

2)タッチパネルでのセルフオーダー

主に飲食店で、タッチパネルを使ったオーダーシステムが広がっています。タッチパネルを導入することで、来店客と店員との接触機会を減らすことができます。居酒屋などオーダーが頻繁に行われる店舗の場合、人件費の削減にもつながりますし、注文の漏れや間違いの防止にも役立ちます。

■メニウくん■
https://www.meniu-kun.com/
■イデアシステム「タッチパネル注文システム」■
http://www.idea-gr.co.jp/monitoring-system/touch-panel/

3)キャッシュレス決済

政府も推奨しているキャッシュレス決済を導入することで、現金の受け渡しがなくなり、来店客とレジ担当の店員との接触機会を減らすことができます。決済方法はクレジットカードや電子マネー、スマホによるQRコードなど多岐にわたります。

また、POSシステムや会計ソフトと連動させることで、在庫管理や経理などの省力化にもつながります。

4)非接触タイプのパネルでのオーダー

前述のタッチパネルの、非接触タイプのものです。パネルに触れずに入力できるので、複数の来店客が同じパネルを触れずに済みます。まだ一部の店舗でしか導入されておらず、コスト面でもハードルは高そうですが、今後は普及が進む可能性があります。

■博報堂プロダクツ ニュースリリース■
https://www.h-products.co.jp/topics/entry/2020/07/08/100000
■三菱電機「空中タッチ操作ディスプレイ」■
https://www.mitsubishielectric.co.jp/me/convention/ceatec2020/industry/

5)ロボット接客・配膳

従来は店員が行っていた接客や、飲食店での配膳(下膳)をロボットが行うことで、来店客と店員の接触機会を減らすことができます。初期投資(リース方式もあります)は必要ですが、人件費の削減や店員の負担軽減にもつながります。

接客ロボットには、人が遠隔操作するタイプ(分身ロボット)のものもあり、働き方改革や、外出困難な人の雇用に役立つことも期待されています。

■ソフトバンクロボティクス「SERVI」■
https://www.softbankrobotics.com/jp/product/servi/
■オリィ研究所「OriHime-D」■
https://orylab.com/product/orihime-d/

5 遠隔接客や無人店舗など店舗運営そのものを見直す

1)遠隔接客

来店客に対し、店舗内に設置したモニターを通じて店員が店舗外から接客をする「遠隔接客」を行うことで、来店客と接客する店員の接触機会をなくすことができます。来店客が呼び鈴を押すタイプだけでなく、店員が店内の映像を見ながら店員側から来店客へ声掛けできるタイプもあります。

また、店員が「顔出し」をせずアバターを使って接客ができる機能が付いたシステムや、接客を行わないときはモニターを前述のデジタルサイネージとして使用できるシステムも販売されています。

店舗の省人化や、ロボット接客と同様に働き方改革に役立つことも期待されます。特に複数の店舗を展開している場合は、作業の効率化にもつながります。

■えんかくさんリアル■
https://www.beeats.co.jp/products/solution/clomoni/enkakusan_real/
■BRING「バタラク」■
https://bring-corp.jp/service/vataraku/

2)無人店舗・セルフ決済

米国や中国で普及が広がっている無人店舗ですが、日本でも2020年3月の山手線・高輪ゲートウェイ駅の開業に合わせてウォークスルー型(購入商品のスキャンが不要)の無人コンビニがオープンするなど、一部で運用が始まっています。来店客と店員との接触機会がなくなり、人件費も大幅に削減できます。無人店舗とはいかないまでも、レジでの決済をセルフ方式にすることでも、来店客と店員との接触機会を大幅に減らすことができます。

2020年11月に東京・中目黒にオープンした持ち帰り専門ハンバーガーショップは、店舗内のセルフレジや専用のアプリおよびインターネットで注文・決済をした後、店舗内のロッカーで商品を受け取るシステムを採用しています。

ただし、無人店舗やセルフ決済の店舗は来店客と店員との接点が大きく減ってしまうので、他店との差異化や、接客サービスによる付加価値の提供が難しくなるというデメリットもあります。

3)店舗内への自動販売機(システム)の導入

店頭を含む店舗内に自動販売機(システム)を導入するという、一見不思議な光景ですが、感染リスクを下げるのには効果があるでしょう。当初は省人化などの目的から始まった動きですが、コロナ下で非接触という効果も注目され、ロッカー型の自動販売機を導入する店舗も現れているようです。

店舗内の自動販売機の先駆けとしては、コンビニの「コンビニ自販機」があります。当初は深夜時間帯の省人化を主目的として始まったものでした。また、東京・赤坂の老舗ようかん店は店舗内に自動販売機を設置しましたが、設置当時は接客を受けたくない人や急いで購入したい人などを想定していたようです。

回転ずしチェーンの一部の店舗では、持ち帰り用のすしを、店舗内の「自動土産ロッカー」で受け取れるサービスを提供しています。ロッカーは温度管理されており、決済時に発行するQRコードをかざすことで開けることができます。注文はモバイルオーダーや電話・FAXでも可能ですが、店舗内で注文をする場合、タッチパネルで注文してセルフレジで決済するため、注文から受け取りまで店員を介さずに店舗内で行うことが可能となっています。

4)オンライン接客

一部の顧客に対して来店前にオンラインを通じて接客を行うことで、来店客の滞在時間や来店客そのものを減らすことができます。チャットツールで顧客からの質問に回答するタイプの他、Zoomなどのオンライン会議システムを活用して、商品を見てもらいながら説明することも可能です。オンライン会議システムに予約管理機能などが付いたものも販売されています。

完全予約制の時間限定でオンライン接客を行っているところが多いようです。例えば住宅関連の「オンラインショールーム」では、コンシェルジュが商品について説明する際に、紹介動画に加えて、3D画面による商品の完成予想イメージを活用して、商品の色をシミュレーションすることができます。

以上(2021年5月)

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画像:whyframeshot-Adobe Stock

よく分かるトラック運送業界の動向

書いてあること

  • 主な読者:トラック運送業者、荷主などトラック運送業者と取引のある企業
  • 課題:ドライバーの確保のための労働条件の改善、適正な運賃・料金の収受に向けた取り組みなどが進んでいない
  • 解決策:「標準的な運賃」を使用するために料金表を活用する、テレマティクスなどITの活用による生産性の向上などに取り組むなど

1 厳しい経営環境に置かれる運送業界

物流業界全体の市場規模は約24兆円で、トラック運送業界はその6割・約14.5兆円を占めます(全日本トラック協会「日本のトラック輸送産業-現状と課題-2020」)。

産業活動や国民生活に欠かせないトラック運送業者ですが、その99%は中小企業であり、厳しい経営環境の中、黒字事業者の割合は54%です。車両10台以下の区分では、50%が赤字となっています(全日本トラック協会「経営分析報告書(概要版)―平成30年度決算版―」・本稿執筆時点で最新)。これは新型コロナウイルス感染症の影響が出る前のデータです。コロナ禍で物量が減る中、運賃値下げにより物量を確保しようとする動きもあり、2019年度以降はさらなる悪化が見込まれます。

また、運賃以外にも、若年ドライバーの不足など、トラック運送業界はさまざまな課題を抱えています。トラック運送業界を取り巻く環境をまとめると次のようになります。

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2 運賃の値上げに向けた取り組み

1)「標準的な運賃」を活用する

トラック運送業者は、荷主に対して取引上の立場が弱く、運送業務や付帯するサービスに対して適正な運賃・料金を収受するのが難しいのが実情です。

従来、運賃交渉はいわゆる「運賃タリフ」を基準に行われてきました。運賃タリフとは、かつて国土交通省が発表していたトラック配送料金の標準料金表に当たるものです。この運賃タリフは1999年を最後に作られていませんが、当時の料金のまま長年参考として使われてきました。

そこで、運賃タリフに代わる新たな参考として、国土交通省では、改正貨物自動車運送事業法を施行し、それに伴い2020年4月から「標準的な運賃の告示制度」を導入しました。標準タリフと比較すると、今回の標準的な運賃は2〜3割割程度の値上げとなっています。

一部のトラック運送業者からは荷主に一蹴されて、交渉材料にならないのではとの懸念もあるようです。しかし、自社の運賃・料金の数的根拠を荷主に示すことは重要です。業界団体である全日本トラック協会によると、標準的な運賃を目標値として工夫し、運賃交渉に役立て実際に利益率の向上などにつなげた事例もあります。

なお、運賃を見直した場合、その運賃の設定後30日以内に運輸局への届け出が必要です。

■全日本トラック協会「一般貨物自動車運送事業に係る標準的な運賃について」■
https://www.jta.or.jp/rodotaisaku/hatarakikata/kaisei_jigyoho_202008.html

2)荷主の幅を広げる

コロナ禍で、工場の稼働が低迷し、産業用資材を運ぶトラックは余る一方、日用品が多い宅配や食料品では不足気味になるなど、トラックの輸送能力に偏りが生じています。

特定の荷主に依存している場合、荷主の経営環境の影響を受けやすくなります。仕様の違いもあり、余った車両を宅配などに転用するのは難しいですが、「PickGo」「トラクルGO」などの荷主と運送業者をマッチングするサービスを利用して、荷主の幅を広げることを検討してもよいでしょう。こうしたマッチングサービスは、短期的に自社の需要が減少しているときにも利用できます。

3 ITを活用した生産性向上に向けた取り組み

1)配車支援・計画システムなどの活用

トラック運送業者にとって、利益率の向上や労働条件の改善などにつながる生産性向上に向けた取り組みは急務です。生産性向上の方法として挙げられるのが、テレマティクスなどとも呼ばれるITの活用です。テレマティクスとは、自動車などと通信システムを組み合わせて、リアルタイムに情報サービスを提供するものを指します。配車支援・計画システムなどが含まれます。

配車支援・計画システムとは、受注情報(荷物)を各車両に効率的に割り当てるシステムです。受注情報を元に、配送当日の荷物のピッキング作業、積み込み作業、トラックの配車や配送ルートなどの段取りを計算します。その結果をパソコンの画面や紙面に出力し、ドライバー、倉庫係などに指示を行うなどの一連の業務を支援します。配車担当者が配車するものから、AIにより自動的に配送ルートを割り当てるものまであります。

国土交通省では、配車支援・計画システムなどの導入効果やツールの活用事例などを紹介したガイドブックを公表しており、参考になります。また、配車支援・計画システムなどはIT導入補助金の対象となる場合があるので、導入時は補助金の申請を検討してもよいでしょう。

■国土交通省「中小トラック運送業のためのITツール活用ガイドブック」■
https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_tk4_000099.html
■IT導入補助金■
https://www.it-hojo.jp/

2)求荷求車情報ネットワークシステムの活用

配車支援・計画システムの他にも、WebKIT(KIT:Kyodo Information of Transport)の活用などを検討してもよいでしょう。これは、全日本トラック協会が開発し、日本貨物運送協同組合連合会(日貨協連)が運営している求荷求車情報ネットワークシステムです。インターネットを利用し、トラック運送業同士が協力して仕事や車両を融通し合うことで輸送効率の向上を図るもので、WebKITの活用によって、トラック運送業者には「帰り便の荷物の確保」「融通配車」「積合せ輸送」などビジネスチャンスが広がります。

WebKITへの加入条件は、トラック協会の会員であることと協同組合に加入していることで、WebKITを利用している協同組合などで加入を受け付けています。

4 若年ドライバー確保に向けた取り組み

1)荷主の協力を得ながらドライバーの労働条件を改善

ドライバーの高齢化が進む一方、次代を担う若年ドライバーの確保はトラック運送業界全体の課題です。若年ドライバーが不足する要因として挙げられるのが、他の産業と比較した場合の労働環境、「低賃金」と「長時間労働」です。これらを解消するためには、前述した適正な運賃・料金の収受や生産性の向上に取り組んでいくことが求められます。ただし、自社単独で取り組むには限界があり、荷主の協力が不可欠です。

前述した改正貨物自動車運送事業法の施行、それに伴う「標準的な運賃の告示制度」が導入された背景には、ドライバーの賃上げの原資としても、運賃の値上げが不可欠であることが挙げられます。貨物自動車運送事業法の改正には、運賃の値上げ以外にも、荷主の協力を得ながら、過労運転や法令遵守を進めるための措置が盛り込まれています。

また、長時間労働を改善するために、テレマティクスを活用した生産性の向上などが重要な取り組みになってきます。この他、荷待ち時間の削減や荷役作業の効率化などに取り組んだ成果をまとめたガイドラインが公表されているので、長時間労働の改善に取り組む際の参考にするとよいでしょう。

なお、2019年4月から働き方改革関連法が施行され、時間外労働の上限規制などが設けられました。トラック運送業の場合、2024年4月から時間外労働の上限時間が年960時間以内となり、将来的には上限時間を年720時間以内とすることを目指すとされています。

■国土交通省「荷主と運送事業者の協力による取引環境と長時間労働の改善に向けたガイドライン」■
https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_tk4_000107.html

2)福利厚生の充実

応募数の増加や入社後の定着率の向上などのための方法として、福利厚生の充実があります。慶弔見舞金の支給、社内イベントの実施、資格取得の支援などが代表的なものですが、福利厚生をアウトソーシングして、「カフェテリアプラン」を導入する方法もあります。カフェテリアプランとは、多様な福利厚生メニューの中から、好みのメニューだけを従業員が選んで利用するものです。

ユニークなものでは、腰痛などに悩むドライバーが多いことから、定期的に出張マッサージや整体を事業所に手配しているトラック運送業者もあります。また、体のケアだけでなく、心のケアに力を入れるトラック運送業者もあります。ドライバーは交通事故のリスク、荷主からのクレームや時間厳守のプレッシャーといったストレスの多い環境に置かれがちです。チャットや電話などで、産業医のカウンセリング、弁護士の法律相談などが受けられるようにすることで、悩みやメンタルヘルス不調の予防・解消につなげています。

5 トラック運送業者の関連データ

1)トラック運送業者数の推移と車両数・従業員数規模別の内訳

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2)トラック運送による国内貨物輸送量の推移

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以上(2021年4月)

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画像:unsplash

リモートワークが進まない2つの理由

書いてあること

  • 主な読者:リモートワークの導入に踏み切れない経営者
  • 課題:労働時間の管理や情報セキュリティの確保が難しい
  • 解決策:労働時間は電話などでも管理できる。情報セキュリティは総務省のガイドラインなどを参考にする

1 リモートワークに踏み切れない不安

コロナ禍の影響で、リモートワーク(テレワーク)の導入を検討する企業が増えています。しかし、あと一歩が踏み出せないのは、「従業員の労働時間を正確に把握できない」「オフィス以外での業務は情報漏洩のリスクが高い」などの不安があるからではないでしょうか。

しかし、こうした不安は経営者の杞憂(きゆう)かもしれません。例えば、労働時間は電話でも管理できますし、情報セキュリティは総務省のガイドラインを参考にすることでリスクが低減できます。以降では、「労働時間管理」「情報セキュリティ」の2つの側面から、リモートワークに関するありがちな疑問と実務を紹介します。

2 労働時間管理に関する疑問と実務のポイント

1)始業・終業時刻の把握方法

リモートワークの場合、オフィスに備え付けのタイムカードなどを使った労働時間管理はできません。そこで、従業員からの自己申告(始業・終業時の電話連絡など)や、新しい勤怠管理システムの導入によって始業・終業時刻を把握することになります。

注意が必要なのは、実際は業務が終了していない従業員が、管理職への遠慮などから嘘の始業・終業時刻を打刻して、サービス残業をするケースです。リモートワークだと管理職の目が届きにくく、過重労働が発生しやすくなります。そのため、「就業時間の途中で従業員から業務状況を報告させ、その状況を基に管理職が残業命令を出す」「深夜・休日などに、外部から社内システムに入れないようアクセス制限を行う」などの対策が必須です。

2)「中抜け」の時間の管理方法

「中抜け」の時間とは、使用者の業務の指示が及ばない従業員の自由な時間です。リモートワークでは、「子どもの保育園への送迎」「自宅での家族の介護」などによる中抜けが生じやすいと考えられます。この中抜け時間について、使用者が業務の指示をしないこととし、労働者が労働から離れ、自由に利用することを認めている場合、中抜け時間の取り扱いとしては、「休憩時間として扱い、終業時刻を繰り下げる」「時間単位の年次有給休暇として扱う」などの方法が考えられます。

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「休憩時間として扱い、終業時刻を繰り下げる」場合、中抜けの時間の賃金は無給とし、終業時刻を繰り下げた時間(1時間)を含めた8時間の労働に対する賃金を支払います。「時間単位の年次有給休暇として扱う」場合、中抜けの時間の賃金は有給とし、7時間の労働と1時間の年次有給休暇(合計8時間)に対する賃金を支払います。

3 情報セキュリティに関する疑問と実務のポイント

1)情報資産はどのような脅威にさらされる?

リモートワークでは、情報のやり取りにインターネットを利用したり、第三者が立ち入る可能性のある場所で作業を行ったりすることになります。そのため、自社の情報資産がさまざまな「脅威」にさらされやすくなります。脅威に対する「脆弱性」(情報セキュリティ上の欠陥)が存在すると、情報漏洩、重要情報の消失などの事故につながります。

総務省「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)」(案)によると、リモートワークにおける代表的な脅威と脆弱性の例は次の通りです。

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2)事故を防ぐには、どのようなセキュリティ対策が必要?

総務省「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)」(案)には、情報漏洩、重要情報の消失、作業中断などの事故を防ぐためのセキュリティ対策が記載されています。セキュリティ対策の中心となるのは、社内のシステム管理者です。

例えば、図表2の4つの脅威の場合、システム管理者が実施すべきセキュリティ対策の例は次の通りです。

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図表3はシステム管理者が実施すべきセキュリティ対策ですが、ガイドラインでは経営者や従業員が実施すべき対策についても記載しています。システム管理者、経営者、従業員の三者の努力なくして事故は防げないため、ガイドラインには一度目を通しておきましょう。

  • 経営者が実施すべきセキュリティ対策:情報セキュリティポリシーの策定など
  • 従業員が実施すべきセキュリティ対策:情報セキュリティ関連規程の確認、遵守など

以上(2021年4月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ)

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画像:pixabay

クロスボーダー取引における債権回収の留意点

こんにちは、弁護士の緑川芳江と申します。
債権回収シリーズ最終回となる今回は、ビジネスの国際化に伴い多くの企業が課題と感じておられるクロスボーダー取引(国境を超えて行われる取引)における債権回収について解説します。

1 クロスボーダー取引の契約書は債権回収に向けた布石

海外との取引を開始する場合、一般的には契約書を取り交わすことになります。ここでは日本企業が、新規取引先である海外の企業に商品を販売するクロスボーダー取引を想定してみます。
債権回収の観点から考えた場合、クロスボーダー取引の契約書には何を盛り込むべきでしょうか?

ビジネス開始時に、あえて問題が発生した場合を想定して細かな規定を置くことはためらわれるかもしれませんが、リスクをできるだけコントロールしようというのが国際ビジネス法務の標準的なアプローチです。日本企業間の取引では一方のひな形を利用してそれほど大掛かりな修正をせずに契約を締結することもよく見られます。しかし、クロスボーダー取引では商慣習も慣れ親しんだ法律も異なる当事者間での契約になりますので、ビジネス上の関係を良好に保つことを優先し過ぎず、重要な法的リスクについては問題が発生した場合の対処法を契約書で規定しておくのが一般的です。国際的なビジネスを展開している企業であれば、問題が生じた場合に備えて契約書に細かなことを記載することは、むしろ合理的な姿勢であると受け止めるはずです。

では、債権回収の場面の典型例として支払い遅延を想定すると、どのような契約条項が必要になるでしょうか。担保取得や相殺の規定を置いておけば支払い遅延が生じた時には、優先的に売掛債権を回収しやすくなります。一刻を争う債権回収の場面では、担保権実行や相殺によって迅速かつ訴訟などの手続きを経ずに売掛債権相当額の回収を完了できるのは極めて魅力的です。

それでも回収できないような場合には、紛争解決の方法自体が争いにならないよう、明確な紛争解決条項を置くことも重要です。裁判で紛争解決を目指す方法のほか、仲裁手続きという中立な第三者である仲裁人に紛争解決をゆだねる方法も選択できます。あるいは、当事者間の協議の期間を設けておき、その期間内に合意できない場合は裁判などの正式な紛争解決手続きを利用する旨の規定にする例もあります。

2 滞留債権が発生するものとしてビジネスを組み立てる

日本企業間の取引では、長期的な信頼関係のもと期限どおりに支払いがなされることが多いかもしれません。他方、海外企業との取引では、支払い遅延が生じることは決して珍しいことではありません。そもそも、期限どおりに債務を支払うという感覚が、あまりない場合もあります。
回収がはかどらない場合は、適切なタイミングで対応のフェーズを変えていく必要があります。滞留債権の規模や期間に応じて、担保権や相殺の実行も検討しなければなりません。それでも解決しない場合は、訴訟や仲裁での本格的な債権回収に踏み切るか、回収不能として処理するかなどの判断が求められます。

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3 海外裁判所を活用する場合の留意点

日本企業が、海外企業から売掛債権の回収を目指し、裁判所で手続きを行う場面を考えてみましょう。訴訟手続きを通じて、海外企業に売掛債権の支払い義務があることが認められたとしても、最終的に金銭化できる財産がなければ債権回収の目的は達成できません。そこで、財産を金銭化する強制執行手続きがしやすいよう、回収原資となる財産が所在する場所(海外企業の所在地など)の裁判所に訴訟提起するというのが原則的な選択肢となります。

仮に、日本の裁判所で海外企業の支払い義務を認める判決が下されたとしても、金銭化できる財産が海外に所在する場合には、海外の裁判所で強制執行の手続きをする必要が出てきてしまいます。海外の裁判所が、日本の裁判所の判決にしたがって強制執行手続きを進めるかどうかは国ごとの判断となっているため、はじめから現地の裁判所に訴える方が良い場合も多いのです。

さて、海外の裁判所での訴訟手続きは国ごとに異なり、クロスボーダー訴訟では一般的な国内訴訟に比べて手続きも複雑化します。裁判所に提出する書類を揃えるだけでも国によっては相当の時間を要する点に留意が必要です。
例えば、日中企業間の契約紛争で、契約書を中国の裁判所に証拠として提出する場合を考えてみましょう。契約書が中国語以外の言語で作成されている場合は、まず中国語への翻訳が必要です。さらに、中国の裁判所では、中国国外で形成された文書を証拠とするには「公証」(notarization)及び「認証」(legalization)が求められます。そのため、契約書が日本で作成され、日本で公証、認証を行うとすると、公証人の公証、日本の外務省の認証、在日中国領事館の認証を経て証拠を提出するという手順を踏む必要があります。新型コロナウイルス感染症の影響で各種手続きにも遅れが出ており、一時、迅速な訴訟提起自体が望めない状況にもなりました。

中国に限らず、どの国でも裁判所での手続きにはそれなりの期間を要します。売掛債権の有無について裁判所で審理している間に、相手方企業が資産を隠してしまい、勝訴したにもかかわらず債権回収できなかったという事態に陥ってしまうこともあり得ます。10年経っても訴訟が終わらないという国もありますので、回収原資となる財産を予め確保する保全手続きを並行して行うことも検討に値します。

4 仲裁手続きを活用する場合の留意点

では、契約書で、仲裁手続きの活用を合意している場合はどのような手続きになるのでしょうか。仲裁の場合は、世界150カ国以上が加盟している国際条約(ニューヨーク条約)によって、外国で下された仲裁判断であっても加盟国の裁判所が強制執行に応じるという枠組みが整えられています。
例えば、日本において仲裁手続きを行い、シンガポール企業に対して支払いを命じる仲裁判断が下された場合、その仲裁判断を根拠として、シンガポールの裁判所に対して、シンガポール企業の財産を金銭化する強制執行手続きを申し立てることができるのです。この点は、外国判決を根拠として、裁判所に対して強制執行を求めることができるかどうかが国ごとに異なっている点と大きく異なり、仲裁手続きを活用する大きなメリットとなります。

仲裁手続きの場合には、契約書で規定した仲裁機関のルールに従って紛争解決手続きを行います。当事者間で使用言語を予め合意しておくのが一般的ですので、例えば、英語を使用言語として合意しておけば、英語の契約書を証拠として提出できますし、公証や認証の手間も発生しません。そのため、新型コロナウイルス感染症の拡大が深刻化した時期にも、スムーズに手続きを開始することができました。

仲裁手続きの場合も、審理中に相手方企業が資産を散逸してしまうおそれがある点は変わりません。仲裁判断が下されるまでの間、資産凍結などを命じることができる保全手続きが用意されている場合も多いので、売掛債権の有無について審理している間に、相手方企業がめぼしい財産を処分してしまう、という事態を防止することも可能です。

クロスボーダー取引において支払い遅延などの法的なトラブルが発生することは、決して珍しいことではありません。信用調査や丁寧な債権管理の重要性が失われることはありませんが、必要に応じて迅速な債権回収手続きに着手できるよう、契約書の作成段階から意を尽くしておくべきです。

売掛債権の回収が滞っている場合、他の債権者も回収を急いでいることが予想されます。契約書の内容を整えておくことはもちろん、必要に応じて強力な債権回収手続きに踏み切れるよう、社内の意思決定の体制を整えておくことも忘れてはなりません。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年4月20日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

【朝礼】自分の心に潜む「鬼」を滅ぼそう

映画やコミックなどで大人気の「鬼滅の刃」は、皆さんの多くがご存じでしょう。今朝は、鬼滅の刃で登場する「鬼」を例にして、会社をより良くするための1つの考え方について話をします。

鬼滅の刃で登場する鬼は、人間を食べることによって、永遠の命や強靭(きょうじん)な肉体を得ていきます。その一方で、鬼として“成長”するほど人間性を失ってしまいます。身内を含めた他者を犠牲にしないと生きることができず、人間としての尊厳を失っていくわけですから、鬼は悲しく、むなしい生き物だといえます。

相手を犠牲にするだけの関係性しか持てない「鬼」のような存在は、身近にもいます。この機会に、我が社に鬼がいないか確認してみましょう。

まず、我が社と取引先との関係を考えてみます。主客の関係は良いのですが、主従の関係になっていませんか。正当な取引ですから、本来は我が社と取引先の両者が得をする関係であるべきです。調達先に対して、価格や納期などの面で無理強いをしていませんか。逆に納入先から、言われるままの存在になっていませんか。納入先に対し、有益な価値を提供し、その正当な対価を得る、という対等な関係が作れているでしょうか。

次は、我が社と社会との関係です。私たちは事業を営む上で、インフラなどの公共サービスやコミュニティー内の人のつながりなど、地域社会から有形無形の恩恵を受けています。そこに目を向けず、自社の利益だけを求めていないでしょうか。

環境問題への対応はどうでしょうか。忙しさに流されて、電力や紙などの資源を浪費していませんか。リサイクルに取り組めば減らせるゴミを出し、必要以上に環境に負荷をかけていませんか。

最後に、私たちにとって最も身近な、社内の同僚との関係を考えてみます。例えば、社内で何らかのトラブルがあったとします。そのとき、原因を同僚の誰か一人に集約して、問題を矮小(わいしょう)化させていませんか。本来はトラブルの未然防止や事後対応のため、自分に何ができたのかを省みるべきなのに、自分に火の粉が降りかからないようにすることばかり考えていませんか。そればかりか、思い通りに仕事が進まないのを、同僚の誰かのせいにしていないでしょうか。

社会の一員として、我が社も皆さんも、誰かと競争をするのは当然であり、その結果、利益を得ることも損をすることもあります。ですが、競争と誰かを犠牲にすることとは、全く違います。社会の規範にのっとり、会社や社会がより良くなることと矛盾しない範囲内で競い合うのが競争です。それを逸脱すれば、鬼と同類だといえます。

こういう私も含めて、誰もが鬼になる可能性があります。私が恐れるのは、知らないうちに鬼が私たちの心の中や社内に巣くっていき、社風として根付いてしまうことです。初期の段階で鬼の存在に気付きさえすれば、簡単に修正できます。皆さん、自分の中に鬼になる要素がないかどうか、見つめ直してみてください。

以上(2021年3月)

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画像:Mariko Mitsuda

「全世界をご縁つなぎ」する会社!人は誰かの力になれる。誰もが当たり前の幸せを感じる日々を作りたい/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、後藤 学さん(株式会社Helte(ヘルテ)の代表)です。

オンラインが日常的になった現在、日本と海外、海外と海外を「対話」でつなぐ。シニアの心の健康にも有効。そんな素晴らしい対話アプリ「Sail(セイル)」を展開している後藤さん。自治体(神戸市、藤沢市など)からも注目されており、地方創生などにもつながっていく、これからますます日本と、世界でも必要とされていく後藤さんと「Sail」についてご紹介していきます。

1 世界118カ国の人と「対話」ができる25分間の異文化交流

後藤さんのやっておられるオンラインコミュニケーションサービス「Sail」は、Helteのウェブサイトと同社資料で次のように紹介されています。

Sailのサービスコンセプトを説明した画像です

(出所:Helteのウェブサイト公開情報)

Sailのサービス概要を説明した画像です

(出所:後藤さんにご提供いただいたHelteの資料)

「Sail」は、シニア層を中心とした日本の方々と、世界中の若者(2021年4月11日時点で118カ国が参加)とがオンライン上で気軽につながって、「日本語で」対話ができるアプリです。動画で実際のご活用例を見ていただくのが一番分かりやすいと思いますので、こちらに動画を2つご紹介します。

●【異国の人との25分間】NHK放送日本語で世界をひろげるアプリ
(出所:Helteウェブサイト公開動画)

●NHK「あしたも晴れ!人生レシピ」 2020年1月17日・24日放送

アプリの操作が簡単かつ日本語で会話できること、好きな食べ物の話などどのような対話でも良いこと、孤独の解消ややりがいにもつながっていくことなど、使う人の目線に立って開発されている点も、「Sail」が注目されているポイントです。人間が生きていく上で大切な「対話」が自然に生まれるようにサービス設計されています。

今はコロナ禍で、なかなか海外旅行に行けなくなっていますが、「Sail」で異文化の人と対話すると、「旅先で人と触れ合う」という旅の醍醐味も味わえます。旅行だけではなく、誰かと会うのすらままならないときでも、このアプリがあれば人とつながれると思うと、孤独感が解消されるのもよく分かります。日本では無料で使えますので(2021年4月11日時点)、この記事を読んでおられる方々の中にも、ご両親やご親戚、ご友人におすすめしたい、ご自身でも使ってみたいと思われる方が多いのではないでしょうか。これからの時代にとても必要なこのサービスは今、メディアでも注目されており、日本経済新聞などでも取り上げられています。素晴らしいことですね。

●日本経済新聞電子版「アプリで外国人とつながる~日本語で会話、互いに刺激」2021年4月1日
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO70526780R30C21A3KNTP00/?unlock=1

●「Sail」のご活用に関する数字

(出所:Helteのウェブサイト公開資料2021年4月14日時点や後藤さんからお聞きしたもの)

2 「Sail」を生み出した後藤さんのストーリー

なぜ、後藤さんは「Sail」を立ち上げようと思われたのでしょうか。後藤さんにそのことをお聞きすると、色々とお話ししてくださった中で、「振り返ると自己肯定感が低かった幼い頃の原体験が関係していると思う」「過去を受け入れ、気持ちを整理できるようになったのは、本当につい最近のこと」といった答えが返ってきました。ここでは、後藤さんの「原体験」などを振り返ってみます。

1)30カ国のバックパッカー経験から出てきた「日本語を学びたい人に学べる環境を提供したい」

後藤さんが「Sail」を立ち上げたのは、【国籍、年齢、宗教をかぎらず、人の「ワクワク感」を大切にしたい】という気持ちからですが、それには、ご自身が若い頃(21~22歳頃)に海外、特にインドでの生活のインパクトが大きかったそうです。

30カ国をバックパッカーとして巡った後藤さんは、さまざまな国で貧困問題があるのを目の当たりにし、それを変えるために必要なこととして「教育」に関心を抱きます。また、特にアジアの国々で日本語を学びたいといってくれる人、日本に感謝してくれている人が多かったこともあり、「日本語を学びたい人に提供したい」という思いが強まります。これまで経験したことのない異文化に触れたとき、ただ圧倒されて終わるだけでなく、「世界中にある問題・課題を解決するために自分ができることはなんだろう」と考え行動しようとする。この頃から、後藤さんは「立ち止まらず、世の中のために自分ができることを考える」ことを実践しておられたのですね。

2)「Sail」誕生のきっかけとなった「ある出会い」

後藤さんが「Sail」で「シニア層✕若者」というターゲットにしたのは、お母さまを通じたある出会いからでした。当時、米国に住んでいたお母さまが紹介してくれたのが、米国南部に住んでいる年配の白人女性です。

もともと英語を勉強したかった後藤さんですが、その女性とは、「人種問題をどう感じていたか」やこれまでの経験、哲学などさまざまな対話をすることになりました。後藤さんはこの体験から、「人生経験が豊かな方とさまざまな対話をすると学びが多い」と気づき、この気づきを具現化したいと思いました。お母さまがつないだこのご縁が、いわば「Sail」の原点だったのではないでしょうか。ここから「教育」✕「日本語を学びたい人に学べる場所を提供したい」✕「人生経験が豊かな方と対話する」が形になっていったのです。

3)後藤さんが語る「すべての出来事の根源にある原体験」

米国人女性との出会いも含め、「今の起業、サービスはすべて原体験から来ている」と後藤さん。その原体験とは、後藤さんの幼い頃に遡ります。後藤さんのお母さまが世界中を飛び回るフリーランスのカメラマンだったこともあり、6~12歳の頃はなかなか一緒にいられず、そのことで劣等感があり、自己肯定感が低かったといいます。「母に迎えに来てもらいたかったし、野球をやっていたので、その応援に両親そろって来てほしかった」と後藤さん。この点については、後藤さんがお話ししてくださった内容を、後藤さんの言葉でご紹介したいと思います。

本当にすごいですね。後藤さんのように素晴らしい起業家に共通するのは、若い頃から濃い時間を過ごし、しかもそれを受け入れ、咀嚼(そしゃく)した上で自分なりにアウトプットし、世の中に恩返ししようとされていることだと思います。

3 【「Sail」=帆を上げて進む】ことを決意した後藤さん

濃い時間から得た熱い思いが込められている「Sail」。ただし、最初からこの構想があって起業したわけではありません。後藤さんは2014年に大手IT企業に就職しましたが、「とにかく自分自身で困っている人を助けたい。今やっていることをリセットしたい」と強烈に思い詰め、2015年3月に退職しています。

ここから2016年に起業するまで、ビジネスモデルをひたすら考え続ける日々が続きます。海外で目の当たりにした教育問題、米国南部に住む女性との密度の濃い対話、海外には日本語を学びたい人がたくさんいること、これからの日本の課題=高齢者が増える。こうした自分の中にあることやこれからの世の中の課題に向き合い続け、日本の高齢化などの裏付け数字も情報収集した上で、「Sail」が出来上がっていきました。

泥舟でもいいからとにかく行こう。
船は帆がないと出航できない。帆を上げて、ワクワクする風を感じながら前に進みたい。

こうした思いから、「Sail」というサービス名を付け、後藤さんは帆を上げました。真面目に地道に、思い込んだらとことん命がけ。後藤さんの決意と信念、そして胆力が表れているサービス名称ですね。

後藤さんのエピソードは数々ありますが、印象深いのは「オンラインする海外側の人を初めて集める」ときの話です。とにかく使ってくれそうな人、しかも海外の人を集める必要がありました。並大抵のことではありません。タイのバンコクへ行った後藤さんは、なんのツテもコネもないまま、バンコク中の日本語学科のある大学をひたすらトゥクトゥクで回り突撃する日々。手土産を持って行っても会ってもらえない……。それでもめげず、どうにか潜り込んでプレゼンしたこともあると笑う後藤さん。信念に基づく地道ながらすごいパワーを感じるお話です。

4 これからますます進展しそうな行政との取り組み

後藤さんが「Sail」を本格的にスタートした大きなきっかけは、お母さまつながりで出会ったフランス人投資家が投資をしてくれて、「この事業は良いので全力でやれ」とアドバイスしてくれたことです。「今、自分が打席に立たせてもらっているだけでとてもありがたいです。こうしてお世話になった方々に、早くホームランを打って恩返ししたい!」と後藤さん。

高校球児だった後藤さんは、何かと野球の例えが多いです。「ホームランを打って恩返しをしたい」というのものその一つ。起業家ならば“ビジネスで恩返し”ということで、現状のビジネスについても改めてお伺いしました。

現状は、行政とのさまざまな取り組みが進んでいます。後藤さんが、「社会的な課題を解決するために行政との連携を深めることが大事」と活動してきた結果が出てきた状態といえるでしょう。

ある行政とは「ソーシャルインパクトボンド」の仕組みを使った取り組みが検討されています。ソーシャルインパクトボンドは聞きなれない仕組みですが、官民一体となって社会課題を解決していこうというスキームです。「Sailは高齢者の心身の健康に有効!」ということで興味を持ってくれる自治体も多くいます。また、行政以外にも、大手自動車メーカーが興味を持ってくれて取り組みを検討したりと、どんどん広がっていっています。まさにご縁がつながっていく感じがいいですね。

自治体との取組の説明画像です

(出所:後藤さんにご提供いただいたHelteの資料)

5 今後の後藤さん、そして課題とやるべきことが明確に見えているHelteの展望

最後に、後藤さんの夢はなんですか?とお聞きしてみました。

まさに、「全世界をご縁つなぎする」ということですね。まっすぐに誠実に真心を込めて、目の前の人を大切に。常に感謝の気持ちを忘れない。嘘をつかない。立場で人を判断せず常にフラットな気持ちで真摯に向き合う。こうした後藤さんの姿勢があるからこそ、苦しいとき、局面局面で出会うべき人に出会えるのかもしれません。

後藤さんは、目標も課題も明確です。

やるべきことが明確に見えていて決まっている後藤さん。日々、「Sail」を使ってくださっているお客さまと対話し向き合っているからこそと思います。これもすごいことです。

「自分の作った事業で人の役に立つことができて、何かを変えることができたら本当に素晴らしい」

最後に、後藤さんは、満面の笑みでこう言ってくださいました。日本全国、地方からも世界とつながれる、世界と世界がつながれる。そう思えた素晴らしい笑顔でした。心から応援したいと思います! 有り難うございました。

以上(2021年4月作成)

ジョブ型雇用で注目される「役割等級制度」とは?

書いてあること

  • 主な読者:ジョブ型雇用を取り入れている(取り入れたい)経営者
  • 課題:ジョブ型雇用で必要な分だけ即戦力が採用できるのは良いが、一方で企業の歴史や文化、顧客への思いなどを受け継ぐ若手も必要
  • 解決策:ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用を併用する。ジョブ型雇用に対応した人事制度として「役割等級制度」を導入する

1 「ジョブ型」の論点は企業の成長スピードである!

コロナ禍だからこそ、「今がチャンス!」とばかりに採用を進める中小企業が数多くあります。しかも、いわゆる「ジョブ型雇用」(以下「ジョブ型」)を取り入れる中小企業が増えてきています。

ジョブ型とは、「仕事に人を割り当てる」という考え方です。

例えば、営業やマーケティングを行う人材が欲しいのであれば、そうした人材をフルタイムに限らず採用していく方法です。ジョブ型が注目されるのは、「社員の成長をゆっくりと待っている時間がない」からです。経営者は新規事業を「今すぐにやりたい」のであり、即戦力が必要です。そうした人材は成果と賃金の関係も明確なので、経営の合理化にもつながります。

一方、これまで多くの日本企業が取り入れてきたのが「メンバーシップ型雇用」(以下「メンバーシップ型」)です。

メンバーシップ型とは、「人に仕事を割り当てる」という考え方です。

何ができるわけではないけれど、ビジョンなどに共感しているはずの人材を採用し、ジョブローテションを通じて適性を見つけていく方法です。企業が長く続くためには、長い時間をかけて社員のメンバーシップを育む必要があります。今は技能がなくても、経営者の「イズム」を受け継いでくれる社員は育てなければなりません。

ジョブ型とメンバーシップ型を二者択一で考えるのは間違いです。技能がある人材も思いがある人材も両方必要なのです。とはいえ、足元ではジョブ型は普及していくでしょうから、そうなるとジョブ型を受け入れるための人事制度が必要になります。2020年は「リモートワークをやりたいが制度が整っていない」と、スピードを落とさざるを得なかった経営者もいるでしょう。同じ轍を踏まないために、ジョブ型に対応した人事制度が必要です。本稿で紹介する「役割等級制度」はジョブ型に対応した制度です。

2 役割等級制度を提案する理由

役割等級制度とは、仕事(ジョブ)に等級を設け、それに基づいて賃金を支払う仕組みです。もともとは、同一労働同一賃金を実現するために注目された制度です。つまり、正社員とパートの役割を整理することで不合理な待遇格差をなくそうというものです。

この役割等級制度は、

  • ジョブ型で雇用されるのは、正社員とは限らない
  • 役割まで視野に入れることで、既存社員の納得を得やすい

といった点で、ジョブ型にもなじみやすいといえます。

ジョブ型では、特定の仕事を行う社員を雇用します。その仕事がフルタイムで頼むほどの量でなければ、パートタイムとしての雇用となります。この点、雇用期間や労働時間の長短ではなく、仕事の内容で評価できる役割等級制度は、ジョブ型になじみやすいです。

これだけだと「職務給」と変わりませんが、役割等級制度は役割にも注目することがポイントです。例えば、新規事業のためのマーケティング担当が必要になったとします。これまでの日本企業は、既存社員の中から可能性がありそうな社員を登用しますが、所詮は素人なので、成果は限られます。一方、社員は未経験のことに戸惑いつつも、企業への思いや帰属意識があるので頑張るわけです。「君に任せるぞ!(企業)」と、「一から勉強します(社員)」というのが、ある意味で日本企業の労使の良いところでもありました。

しかし、効率性という意味では、やはり問題があるわけで、ジョブ型でマーケティングの専門家を採用すれば、断然、成果が上がるわけです。ただ、ジョブ型の社員に企業への思いなどがあるとは限りません。役割等級制度では、この思いを「役割」に置き換えます。そうすると、単純に実務をこなすわけでなく、企業の歴史や文化、顧客への思いなどを業務に落とし込むための役割を既存社員が担います。ここまでを含めて評価することで既存社員の納得を得やすくなるわけです。

3 役割等級制度の具体例

役割等級制度では、「社員に求められる部門間共通の役割」を等級別に設定します。また、「部門間共通の役割を果たすために必要な資格・知識や期待される姿勢・行動」を部門・等級別に設定することで、役割を仕事(ジョブ)に落とし込みます。イメージは次の通りです。

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具体的な資格・知識や姿勢・行動の内容は「役割基準書」で定義します。例えば、図表2は電気機械器具製造業の技術系職種を想定した、技術部門4等級(課長レベル)の役割基準書のイメージです。

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このように、役割等級制度は部門・等級ごとに職務を考慮し、具体的な役割基準書を作成します。これは、職務等級制度で作成する「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」と似ています。しかし、職務等級制度は、あくまで職務だけをベースに等級を設定するものです。この点は前述した通りで、役割等級制度は企業の歴史や文化、顧客への思いなどを「期待される姿勢・行動」などに落とし込みます。

4 役割等級制度を構築するための4つの工程

1)社員の職務をリストアップする

既存の職務については、各社員にリストアップしてもらいます。就業場所や取り扱うサービスの種類、他の社員からサポートを受けているかなども明確にします。ジョブ型で新たに生まれる職務は経営者や部門長がリストアップします。

2)重要度や難易度に応じて職務内容をグルーピングする

リストアップされた職務内容を基に、経営者や部門長がグルーピングします。重要度や難易度の評価は難しいので、例えば、厚生労働省「職業能力評価基準について」などを参考にします。ジョブ型で新たに生まれる職務については、知見のない人が作るよりも、その分野の専門家に相談するのがよいでしょう。時間単位で専門家に相談できるサービスもあるので、そうしたものを利用するのも一策です。

3)グルーピングの内容を基に役割等級の格付けを行う

格付けは賃金支給額と密接に結び付くものなので、既存の制度との対応関係に注意しながら行います。職能資格制度を導入している場合、「職能資格制度の○等級は、役割等級制度の○等級に相当する」などルールを決めていきます。

4)各等級について、部門間共通の役割を定義しつつ、役割基準書を作成する

部門間共通の役割を定義し、その内容を基に各部門長が役割基準書を作成します。役割基準書は、グルーピングした職務内容の重要度や難易度に沿った内容になっているかを確認しながら作成します。

以上(2021年4月)

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画像:pixabay