「いくらの印紙を貼るのか?」を分かりやすくまとめています

書いてあること

  • 主な読者:実務で印紙を取り扱う営業担当者、経理担当者
  • 課題:印紙が必要な文書、印紙の金額が分からない
  • 解決策:本稿で印紙が必要な文書の種類と、金額の一覧表を示す

1 課税文書とは

印紙税とは、「契約書」「手形」「領収書」などの文書(印紙税法別表第一の「課税物件表」に掲げる文書)に対して課される税金です。印紙税は、これらの文書を作成した人が、文書ごとに決められている金額の収入印紙を文書に貼り付け、消印して納付します。

印紙税が課税される文書を「課税文書」と呼びます。課税文書には「売買契約」「金銭消費貸借契約」「請負契約」などがあり、20種類(1号文書~20号文書)の区分で分けられています。その区分や記載された契約金額などによって印紙税額が異なります。ここで、国税庁「印紙税額一覧表」などを基に印紙税額をまとめているので、「いくらの印紙を貼ればよいか?」が分かります。

なお、印紙税の概要や実務上のポイントについては、以下のコンテンツをご参照ください。

▶ 30040 「印紙税」の概要と税理士が教える実務のポイント

2 課税文書に係る印紙税額

1)1号文書

1号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 不動産、鉱業権、無体財産権、船舶、航空機または営業権の譲渡に関する契約書(不動産売買契約書など)
  • 地上権、土地の賃借権の設定または譲渡に関する契約書(土地賃貸借契約書など)
  • 消費貸借に関する契約書(金銭借用証書、金銭消費賃貸借契約書など)
  • 運送に関する契約書(運送契約書、貨物運送引受書など)

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1号文書「不動産の譲渡に関する契約書」のうち、1997年4月1日から2022年3月31日までに作成されたものについては、契約書の作成年月日と記載された契約金額に応じ、次の通り印紙税額が軽減されています。

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2)2号文書

2号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 請負に関する契約書(工事請負契約書、工事注文請書、物品加工注文請書、広告契約書、映画俳優専属契約書、請負金額変更契約書など)

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「請負に関する契約書」のうち、建設工事(一定のものを除く)の請負に係る契約に基づき作成されるもので、1997年4月1日から2022年3月31日までに作成されるものについては、契約書の作成年月日および記載された契約金額に応じ、次の通り印紙税額が軽減されています。

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3)3号文書

3号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 約束手形、為替手形

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4)4号文書

4号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 株券・出資証券、社債券、投資信託、貸付信託、特定目的信託もしくは受益証券発行信託の受益証券

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5)5号文書

5号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 合併契約書または吸収分割契約書もしくは新設分割計画書

印紙税額:4万円
非課税文書:なし

6)6号文書

6号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 会社設立のときに作成される定款(原本)

印紙税額:4万円
非課税文書:株式会社または相互会社の定款のうち公証人法の規定により公証人の保存するもの以外のもの

7)7号文書

7号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 継続的取引の基本契約書(売買取引基本契約書、特約店契約書、代理店契約書、業務委託契約書など)

印紙税額:4000円
非課税文書:なし

8)8号文書

8号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 預金証書、貯金証書

印紙税額:200円
非課税文書:信用金庫その他特定の金融機関の作成するもので記載された預入額が1万円未満のもの

9)9号文書

9号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 倉荷証券、船荷証券、複合運送証券

印紙税額:200円

10)10号文書

10号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 保険証券

印紙税額:200円
非課税文書:なし

11)11号文書

11号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 信用状

印紙税額:200円
非課税文書:なし

12)12号文書

12号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 信託行為に関する契約書

印紙税額:200円
非課税文書:なし

13)13号文書

13号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 債務保証に関する契約書

印紙税額:200円
非課税文書:「身元保証ニ関スル法律」に定める身元保証に関する契約書(雇用関係のある経営者と従業員などとの間で、従業員などの行為により経営者が受けた損害を賠償することを約したもの)

14)14号文書

14号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 金銭または有価証券の寄託に関する契約書

印紙税額:200円
非課税文書:なし

15)15号文書

15号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 債権譲渡または債務引受けに関する契約書

印紙税額(記載された契約金額が1万円以上):200円
印紙税額(契約金額の記載のないもの):200円
非課税文書:記載された契約金額が1万円未満のもの

16)16号文書

16号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 配当金領収証、配当金振込通知書

印紙税額(記載された配当金額が3000円以上):200円
印紙税額(配当金額の記載のないもの):200円
非課税文書:記載された配当金額が3000円未満のもの

17)17号文書

17号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 売上代金に係る金銭または有価証券の受取書(商品販売代金の受取書、不動産の賃貸料の受取書、請負代金の受取書、広告料の受取書など)

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  • 売上代金以外の金銭または有価証券の受取書(借入金の受取書、保険金の受取書、損害賠償金の受取書、補償金の受取書、返還金の受取書など)

印紙税額:200円
非課税文書:上記同様

18)18号文書

18号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 預金通帳、貯金通帳、信託通帳、掛金通帳、保険料通帳

印紙税額:200円(1年ごと)
非課税文書:次の通り。

  • 信用金庫など特定の金融機関の作成する預貯金通帳
  • 所得税が非課税となる普通預金通帳など
  • 納税準備預金通帳

19)19号文書

19号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 消費貸借通帳、請負通帳、有価証券の預り通帳、金銭の受取通帳などの通帳(18号の通帳を除く)

印紙税額:400円(1年ごと)
非課税文書:なし

20)20号文書

20号文書には、次の種類の文書が含まれます。

  • 判取帳

印紙税額:4000円(1年ごと)
非課税文書:なし

以上(2020年10月)
(監修 税理士 谷澤佳彦)

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中小企業が連結納税を導入する際の留意点

書いてあること

  • 主な読者:M&Aを検討している中小企業の経営者
  • 課題:連結納税制度の効果や具体的な手続きを知りたい
  • 解決策:その企業グループに属するそれぞれの法人の所得と欠損を通算して、グループ全体の所得金額を計算し、法人税額を求める

連結納税制度とは、100%親子関係(企業が別の企業の発行済株式の100%を保有している関係など)にある企業グループを一つの企業(納税単位)とみなして法人税の申告・納税を行う仕組みです。連結納税を導入するか否かは企業が決められるため、その効果や影響を理解して決定しましょう。

ちなみに、連結納税を導入した企業グループ(以下「連結納税グループ」)の親会社を「連結親法人」、その連結親法人に発行済株式の100%を直接または間接に保有される一定の国内子会社を「連結子法人」といいます(内国法人に限る)。連結納税を導入した場合には、適用対象の子会社を選ぶことはできず、連結子法人に該当する子会社は全て連結納税が強制で適用されます

なお、2020年度税制改正により、2022年4月1日以降に開始する事業年度から、連結納税制度は廃止され、新たに設立されるグループ通算制度(本稿では詳細な説明は省略)へ自動的に移行されます。グループ通算制度は連結納税制度と異なり、企業グループ内のそれぞれの企業が一つの納税単位となり、企業ごとに申告・納税を行うことになります。ただし、連結納税制度のメリットである企業グループ内の損益通算(詳細は後述)は行われるなど、引き継がれる点と変更される点が多々あるため、改正時の影響を考慮する必要があります。

1 連結納税制度の主な効果~黒字と赤字の相殺~

連結納税を導入した場合、連結納税グループ内のそれぞれの法人(そのグループの親会社およびその親会社に発行済株式の100%を直接または間接に保有される一定の国内子会社に限る)の所得と欠損(税金計算上の利益と損失)を通算して、グループ全体の所得金額を計算し、法人税額を求めます。

例えば、連結納税グループ内に黒字会社と赤字会社が両方ある場合、グループ内の黒字と赤字を相殺できるため、グループ全体の納税負担が軽減されます。つまり、同一グループ内に納税ポジションにある会社(黒字で納税が必要な会社)と、欠損ポジションにある会社(赤字で納税が不要で、欠損金を有する会社)がある場合は、連結納税制度を導入して黒字会社の所得と赤字会社の欠損金を通算させることができるのです。

加えて、連結納税導入時に、連結親法人において自社単体では消化しきれない繰越欠損金(過去分の欠損金で一定期間内のもの)を有している場合には、連結納税では、グループ内の連結子法人の課税所得から、これを繰越控除することが認められています。

2 連結納税の導入に当たっての検討事項

1)子会社が所有する一定の資産を時価で評価する

連結子法人となる子会社は、原則として、連結納税を導入する直前の事業年度末に所有している一定の資産(以下「特定資産」)を、時価評価しなければなりません。

これは、連結納税適用前の期間(以下「単体納税制度期間」)に生じた特定資産に係る含み損益(時価と帳簿価額の差額)を認識し、単体納税制度期間における課税関係を清算した後に連結納税制度へ移行させるためです。この含み損益は、税務申告においてのみ認識されるものであるため、財務諸表には反映されません。

なお、連結親法人に発行済株式の全部を5年超継続保有されている子会社など、一定の事由に該当する子会社(以下「特定連結子法人」)は、上記の時価評価をしなくてよいことになっており、含み損益を認識する必要がありません。

2)子会社が連結納税導入直前に有する繰越欠損金の制限措置

連結納税を導入した場合、原則として、連結子法人となる子会社が連結納税導入直前に有している繰越欠損金は、繰越控除することはできず、切り捨てられます。なお、地方税法(事業税・住民税)においては、切り捨てられることはなく、引き続き繰越控除の適用が認められます。

なお、特定連結子法人が有する繰越欠損金については、切り捨てられることなく、連結納税導入後においても、その特定連結子法人の単体所得(特定連結子法人単体で計算した税務上の利益)を限度として、繰越控除の適用が認められます。

3)みなし事業年度

連結納税を導入した場合、その連結納税グループに属する子会社(連結子法人)は、税務上、連結親法人となる親会社の事業年度に合わせて税務申告を行う必要があります。従って、親会社と決算期が異なる連結子法人については、「税務申告のための決算」と「会社法で定められる決算」を実施しなければなりません。そのため、事務手続きが煩雑となることから、事前に決算期の変更を検討しておくなどの対策が必要です。

なお、親会社と決算期が異なる連結子法人では、連結納税導入直前と導入後において、次の通り、みなし事業年度が生じることとなります。

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3 連結納税導入の手続き

連結納税を導入しようとする親会社および子会社は、連結納税の承認申請書を、親会社の納税地を所轄する税務署長を経由して、国税庁長官に提出しなければなりません。また、子会社はその承認申請書を提出した旨の届出書を、各所轄税務署長に提出する必要があります。

承認申請書の提出期限は、最初に連結納税制度を適用しようとする親会社の事業年度開始の日の3カ月前の日までです。

4 連結納税導入による中小企業特例税制への影響

1)中小法人の軽減税率

資本金が1億円以下の法人(以下「中小法人」)においては、所得金額のうち年800万円まで軽減税率を適用することが認められています。単体納税制度ではそれぞれの法人においてその適用が認められていますが、連結納税制度では、連結納税グループ全体で連結所得のうち年800万円までしかその適用が認められていません。従って、連結納税を導入することにより、企業グループで軽減税率が適用できる所得金額の総額が減少するため、納税負担の増加要因となる可能性がある点に留意が必要です。

なお、連結納税制度における軽減税率の適用判定は、連結親法人の資本金で行われるため、その連結親法人の資本金が1億円を超える場合には、連結納税グループ全体で軽減税率が適用されないこととなります。

2)交際費等に係る定額控除限度額制度

中小法人においては、年800万円に達するまでの交際費等については、損金の額に算入することが認められています。単体納税制度ではそれぞれの法人においてその適用が認められていますが、連結納税制度では、連結納税グループ全体で年800万円までしかその適用が認められていません。従って、上記4の1)と同様、企業グループで本制度の適用を受けることができる交際費等の総額が減少するため、納税負担の増加要因となる可能性がある点に留意する必要があります。

また、本制度の適用判定は、上記4の1)と同様に連結親法人の資本金で行われるため、その連結親法人の資本金が1億円を超える場合には、原則として、連結納税グループ全体で支出された交際費等の全額が損金の額に算入されないこととなります。

3)貸倒引当金

中小法人には、「貸倒引当金の損金算入制度」および「一括評価金銭債権に係る法定繰入率」の適用が認められています。これらは、適用を受けようとするそれぞれの法人ごとの資本金の額で判定されるため、その適用可否について、連結納税の導入が影響を及ぼすことはありません。

ただし、同一の連結納税グループに属する会社に対する金銭債権については、貸倒引当金の設定の対象外とされる点に留意する必要があります。

4)欠損金の繰戻し還付

連結納税を導入した場合であっても、連結親法人が中小法人に該当する限り、欠損金の繰戻し還付を適用することができます。なお、「繰戻し還付」または「繰越控除」のいずれを適用するかは、連結グループ全体で統一して選択する必要があります(それぞれの法人が個別にどちらかを選択することは認められない)。

5)留保金課税の不適用措置

中小法人には、留保金課税が課されません。連結納税制度を導入した場合には、連結納税グループ全体で留保金課税が課されることとなりますが、連結親法人の資本金が1億円以下である限り、留保金課税は課されません。

従って、単体納税導入時に留保金課税が課されていた資本金1億円超の子会社については、資本金1億円以下である親会社を連結親法人とする連結納税制度を導入することにより、結果的に留保金課税が課されなくなるといったケースも想定されます。

5 連結納税を導入する場合の留意点

1)増資による影響

上記で述べた通り、連結納税導入後も中小企業特例税制を適用することは認められていますが、その適用に際しては、連結親法人の資本金が1億円以下であることが要件とされています。

連結親法人について、資本金1億円超とする増資を行う場合には、連結納税グループ全体で中小企業特例税制(貸倒引当金を除く)を適用することができなくなるため、事前に十分な検討が必要です。

2)事務負担およびコストの増加

連結納税制度は単体納税制度に比べ、所得計算および税額計算が煩雑であり、かつ、高度な専門性が要求されます。加えて、連結納税グループに属する全ての会社の個別所得計算が終了しない限り、連結納税申告書を作成することができません。導入に際しては、連結納税に関する社内研修、経理業務のスケジュールやフローに与える影響、全社的な税務管理体制(税務情報の収集・計算システムなど)の見直しを事前に検討しておく必要があります。

また、連結納税申告書の作成に当たっては、専用ソフトの選定やその導入コストの検討が必要です。さらに、連結納税制度に精通した税務アドバイザーのサポートが必要な場合もあるので、新たに発生する専門家報酬等の追加コストの検討も欠かせません。

3)連結納税の取りやめ

連結納税の導入は、納税者自らの判断に委ねられていますが、その取りやめは原則として認められていません。従って、一旦導入した場合には、自らの判断で単体納税制度に戻ることはできないので、それを踏まえた上で事前の検討が必要です。

4)M&Aへの影響

近年、中小企業が関与するM&Aは増加傾向にあります。中小企業が買い手として他社を買収する場合、または、売り手として他社に買収される場合においても、選択される買収手段の大半は「株式取得」であるのが現状です。

連結納税を導入している会社が、100%株式取得により他社を買収する場合には、原則として、その買収対象とされる他社が有している資産について時価評価し、含み損益を認識しなければならず、含み益があるとその分、納税負担が増えることになります。また、その買収した他社が繰越欠損金を有している場合には、その繰越欠損金が切り捨てられてしまいます。状況によっては、買収スキームの選定に重要な影響を及ぼす可能性も想定されます。

今後、M&Aを予定しているのであれば、連結納税制度の導入が買収戦略にどのような影響を及ぼすか、専門家を交えて事前に十分な検討をしておくことが大切です。

以上(2020年10月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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スケジュール管理を阻む「先延ばし癖」を改善

書いてあること

  • 主な読者:先延ばし癖で、スケジュール管理がうまくいかないことに悩むビジネスパーソン
  • 課題:先延ばし癖があることは分かっているが、改善方法が分からない
  • 解決策:先延ばしにするメカニズムを知った上で、退屈に感じている場合は次に重要な仕事と入れ替えるなど工夫をする

1 スケジュール管理に悩んでいませんか?

2020年は多くの企業がリモートワークを実施していますが、家族がいるので集中しづらいなどの理由から、スケジュール管理に悩んでいるという人も多いのではないでしょうか。そもそも、あらゆる仕事には締め切りがあり、スケジュール管理は仕事の基本です。とはいえ、スケジュール管理を苦手とする人は大勢います。スケジュール管理ができない理由として、仕事の見込み時間が甘いなどが考えられますが、「先延ばしにしてしまう」というのもその1つです。

産業心理学者が記した「ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか」(*)によると、さまざまな調査において、「約95%の人が物事を先延ばしにすることがある」「約4人に1人が先延ばしが慢性的になっており、自分の特徴の1つである」と回答していることが紹介されています。先延ばし癖を改善することが、スケジュール管理の重要なポイントだといえるでしょう。

2 先延ばし癖を改善するための要素

先延ばし癖は、心理学や行動経済学などの分野でも関心を集めており、対策が研究されています。対策の1つとして挙げられるのが、モチベーションのコントロールです。高いモチベーションを保てれば、物事を先延ばしにすることなく、適切に対応できます。

前述した「ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか」によると、モチベーションを左右するのは、「価値の大きさ」「努力が報われる大きさ」「時間の長さ(遅れの大きさ)」という要素です。

日々の仕事においても、次のように感じる仕事は、先延ばしにしていないでしょうか。

  • 自分の成長につながるとは思えない(価値が小さい)
  • すぐやらなくても大丈夫(時間に余裕があるので、問題が切実に感じられない)
  • 自分には難し過ぎて解決できない(努力が報われない可能性が大きい)

以降では、「価値の大きさ」「時間の長さ(遅れの大きさ)」「努力が報われる大きさ」の各要素に注目しながら、先延ばし癖を改善するための行動を紹介します。

3 あえて先延ばしにする

組織への貢献度や緊急度が高い重要な仕事であっても、あまり自分が得意とすることでない場合、着手する気になれないことがあります。こうしたケースの改善策として、締め切りが目前に迫っている場合は別ですが、あえて少しだけ先延ばしにし、他の重要度の高い仕事と組み替える方法があります。こうすることで、結局何にも着手できない状態を防ぐことができます。

ただし、組み替える場合は、仕事の優先順位を正しく付けていることが前提です。組織への貢献度や緊急度が低い仕事ばかりに取り組んで達成感を得ることがないようにしましょう。

4 具体的にイメージする

「すぐやらなくても大丈夫」など、時間の余裕がある仕事は先延ばしにしがちです。しかも、余裕があることを言い訳にして、自分を甘やかしてしまいます。

これを避けるためには、「週の後半頑張れば間に合うだろうから、前半は違う仕事に取り組もう」とぼんやりと先延ばしするのではなく、何時間先延ばしにするのか、着手しない間にどのような仕事に取り組むのかを、明確にイメージします。

ある喫煙習慣に関する研究では、被験者に毎日1箱たばこを吸い続けるよう求めたところ、本数を減らす指示をしていないのに、全体的な喫煙量が徐々に減ったという結果があります。これは毎日同じ本数を吸い続けなければならないと自覚したことで、自制心が働いた結果だと考えられます。

何時間先延ばしにし、その間どんな仕事に取り組むのかを具体的にイメージすることで、「優先度の低い仕事に取り組んで、無駄な時間を過ごしている場合ではない」と認識することができます。また、先延ばしをしたことで起こるかもしれないトラブルやミスについても具体的にイメージするとよいでしょう。

5 仕事を小分けにしてみる

「自分には難し過ぎて解決できない」など、努力が報われないと諦めを感じる仕事は、先延ばしにしがちです。これを避けるためには、仕事を小分けにして取り組みます。

1つの固まりだと難しく感じる仕事でも、小分けにしてみると、思っていたよりも簡単だったということがあります。また、小分けにして1つずつ終わらせることで、進歩を感じられ、達成感が生まれます。

この際、取り組みやすい課題から少しずつ始めてみるのがコツです。例えば、企画書の作成に着手するなら、「グラフだけでも完成させる」などの視点で取り掛かります。

6 先延ばしが良い効果を生むことも?

先延ばし癖を克服することは簡単ではなく、改善策に取り組んでも劇的にスケジュール管理がうまくいくとは限りません。効果がすぐに表れないと、モチベーションを保つのが難しいと感じるかもしれませんが、諦めてはいけません。

人は年齢を重ねるほど、先延ばしにすることが減るという研究結果があります。これは年齢を重ねて物事の因果関係が理解できるようになることで、若い頃は無意味に感じていたことにも、意味を見いだせるようになるからだと考えられています。

任せられた仕事の中には、なぜ自分が取り組まなければならないのか、その目的を理解するのが難しいものがあるかもしれません。その場合、自分で考えることに加え、上司に相談して、目的やスケジュールを組み立てる際の難所などについて確認しましょう。上司はより高い視点から仕事を捉えているため、気付きを得られるはずです。

また、上司はスケジュール管理を教えるということにとどまらず、部下により多くの経験を積ませるようにします。経験に基づく広い視点は、計画倒れにならないスケジュール管理につながるでしょう。

一方、先延ばしには、悪い効果だけでなく、良い効果もあると説く人もいます。例えば、アイデアを出すといったような、創造性を発揮する類いの仕事の場合、先延ばしによってアイデアの質を高めることができるとの研究もあるようです。

しかし、単に先延ばしをするのではなく、「3時間後に、アイデア出しの時間をつくる」といったように、課題を認識した上で、一旦その仕事から離れて、息抜きをするなど他のことをするのが効果的だとされています。

【参考文献】

(*)「ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか」(ピアーズ・スティール(著)、池村千秋(訳)、阪急コミュニケーションズ、2012年7月)
「予想どおりに不合理 行動経済学が明かす『あなたがそれを選ぶわけ』」(ハヤカワ文庫 NF)(ダン・アリエリー(著)、熊谷淳子(訳)、早川書房、2013年8月)
「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビューオンライン(2017年10月31日)」(ダイヤモンド社、2017年10月)

以上(2020年10月)

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もし社員がユニオンに駆け込んだら?

書いてあること

  • 主な読者:「合同労働組合」(以下「ユニオン」)から団体交渉の申し入れがあった際、落ち着いて対応したい経営者
  • 課題:中小企業の多くは労働組合を持たないため、団体交渉に不慣れである
  • 解決策:専門家(弁護士や社会保険労務士)に交渉のポイントをヒアリングする

労働者が労働組合を結成し、労働条件の改善などを求めて使用者側と交渉を行うことを「団体交渉」といいます。「ウチには労働組合がないから、団体交渉とは無縁だ」と思ったら大間違いです。「ユニオン」といって、所属する企業に関係なく、個人単位で加入できる労働組合があるのです。

解雇、ハラスメント、賃金未払いなどの労働トラブルが発生すると、中小企業の社員がユニオンに駆け込み、そのユニオンが団体交渉という形で、企業に対し解雇の撤回などを求めてくることがあります。中小企業の経営者は、団体交渉に不慣れかもしれません。そこで、本稿ではユニオンから団体交渉の申し入れが来たときの対応のポイントを紹介します。

Q1 そもそもユニオンって何?

企業ごとに組織され、その企業の社員のみを組合員とする労働組合を「企業別労働組合」と呼びます。大企業で組織されることがほとんどで、中小企業で組織されることは少ないです。ユニオンは、こうした企業別労働組合を持たない中小企業の社員などが、所属する企業に関係なく、個人単位で加入できる労働組合です。

ユニオンの種類はさまざまで、全国規模で活動し、業種や雇用形態に関係なく加入できるものもあれば、特定の地域のみで活動し、特定の業種や雇用形態(パート、派遣社員など)の社員のみが加入できるものもあります。

ユニオンは、企業別労働組合と同様、労働組合法に基づき、団体交渉などの組合活動を行います。団体交渉の内容は、解雇、ハラスメント、賃金未払いなどの労働トラブルに関するものが多く、賃上げなどの待遇改善に関するものは少ないようです。

Q2 なぜ今、ユニオンへの対応が必要なの?

新型コロナウイルス感染症の影響で解雇や雇止めをされた労働者は増え続けており、2020年9月11日現在で累計5万4817人(見込み数を含む)に上ります。社員も、万が一解雇や雇止めをされたときのために情報を集めており、その過程でユニオンに行き当たる可能性があります。特に昨今は、スマホから無料で相談できるオンライン形式のユニオンなどが登場しており、相談のハードルが下がってきています。

解雇や雇止めが現状発生していないという企業も油断はできません。例えば、感染対策としてリモートワークを実施している企業では、労働時間を把握しにくいために賃金未払いが発生することがあります。リモートワークの“過渡期”は我慢していた社員も、いつまでたっても状況が改善されないようであれば、ユニオンに駆け込むかもしれません。

Q3 どうして社員はユニオンに駆け込むの?

一般的には、企業の処分(解雇など)や対応(ハラスメントの相談に応じてくれないなど)に不満のある社員が、「企業と直接話し合ってもらちが明かない」と、ユニオンに駆け込みます。

ユニオンの中には、担当する団体交渉の内容や実際の活動報告を組合ウェブサイトなどに掲載しているところがあり、労働トラブルに悩む中小企業の社員などは、こうした媒体を通じてユニオンに相談に行き、加入しているようです。

また、ユニオンに加入するには、組合費(月額数百円から数千円程度)を定期的に支払う必要があります。弁護士に依頼するよりも廉価に労働トラブルを解決できる可能性があるため、収入面に不安のある社員などが、弁護士の代わりにユニオンを頼るケースがあります。

この他、経営者に近い地位にいる管理職などが経営者とトラブルになり、社内に相談できる人間がいないために、ユニオンに加入するケースもあります(管理職向けのユニオンも存在します)。

Q4 ユニオンから団体交渉の申し入れがあったら?

社員がユニオンに加入すると、社員から事情を聞いたユニオンから企業に対し、「団体交渉申入書」が送付されます。通常は郵送やFAXで送付されてきますが、企業の交渉窓口担当者宛てに「団体交渉申入書」を添付したメールが送られてくるケースもあるようです。

団体交渉申入書の書式はユニオンによって異なりますが、その内容はおおむね次の通りです。

  • 団体交渉の日時・場所(企業側で決定するよう求められることもあります)
  • 要求内容(解雇の撤回、ハラスメントへの補償、未払い賃金の支払いなど)
  • ユニオンの連絡先
  • 回答の期限

企業は正当な理由なく団体交渉を拒否することができません。例えば、「団体交渉申入書が届いていることを知りながら放置する」ことは許されません。

団体交渉申入書が企業に届いたら、まず回答の期限を確認します。期限は「団体交渉申入書の到着から7〜10日程度」など、短いのが通常です。団体交渉に臨む前に、要求内容に関連する書類を集めるなどの事前準備が必要なため、次はユニオンに回答の期限の延長を依頼します。

具体的には、「回答書」という書面(書式は任意)で「期限までに回答することが難しい」ことをユニオンに伝えます。要求内容によって、団体交渉の事前準備にかかる時間が異なるため、「いつまでに回答するか」は具体的に記載せず、「めどが立ち次第、回答する」程度にとどめておくのが無難です。

回答の期限の延長を依頼したら、次のようにユニオンの要求内容に関連する書類を集めます。

  • 解雇:解雇理由証明書、就業規則(解雇事由に関する部分)のコピーなど
  • ハラスメント:ハラスメントの事実確認を行っている場合、記録のコピーなど
  • 賃金未払い:賃金台帳、タイムカードのコピーなど

上の書類は一例であり、労働トラブルの内容によって必要な書類が異なります。実務では、弁護士や社会保険労務士などの専門家に、必要な書類について相談するのが無難です。書類集めが終了し、団体交渉の準備が整ったら、再度回答書を作成し、団体交渉の日時・場所などをユニオンに連絡します。

Q5 団体交渉の日時・場所などはどうする?

団体交渉申入書には、団体交渉の日時・場所が記載されていることがありますが、企業には、団体交渉申入書の内容に従う義務まではありません。また最近は、日時・場所について、企業側で決定するよう求めてくるユニオンも多いようです。そこで、回答書に記載する団体交渉の日時・場所などのポイントを見ていきましょう。

1)日時

日時については、要求内容に関連する資料など団体交渉の準備が整っており、同席を求める場合は、弁護士や社会保険労務士などの専門家の都合のよい日程を選択するのがよいでしょう。

2)場所

場所については、外部の貸し会議室などを選択する企業が多いようです。企業のオフィスやユニオンの組合事務所を選択すると、いつまでも交渉が終わらないケースがありますが、外部の貸し会議室であれば、交渉の時間を区切ることができるからです。貸し会議室の利用料は、企業負担となることが多いようです。

なお、最近では、新型コロナウイルス感染症予防の観点から、貸し会議室などを利用せず、チャットツールなどを使ってオンラインで団体交渉を行うケースも少なくありません。

3)出席者

出席者については、経営者のように、ユニオンの要求内容に関する決定権限を持つ人が出席しないようにします。団体交渉の場で、要求内容の即時決定を求められないようにするためです。交渉役として適任なのは、人事労務担当者など、事情を理解していて交渉を進める能力はあるが、要求内容に関する決定権限を持たない人です。

また、交渉は2人以上で臨み、1人が交渉役、1人が書記を担当し、交渉役が話し合いに集中できるようにします。交渉に不安がある場合は、弁護士や社会保険労務士などの専門家に同席してもらうのもよいでしょう。

ただし、弁護士以外の専門家が企業に代わって交渉を行うことは非弁行為に当たるため、社会保険労務士などがユニオンと交渉することはできません。社会保険労務士などが同席する場合、受けられるサポートは企業の担当者への指導・アドバイス、情報提供などに限定されます。

Q6 団体交渉の流れは?

団体交渉当日、交渉役は団体交渉申入書のコピー(またはユニオンの要求内容が分かるもの)、要求内容の関連書類を持参します。この他の書類として、ユニオンから事前に就業規則のコピーなどを持ってくるよう求められる場合がありますが、直ちに応じる義務はないため、弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談して対応を決めましょう。

団体交渉には、企業とユニオンが事前に選出した人間が出席します。なお、ユニオン側はユニオンの交渉役と、社員本人が出席するのが通常です。

団体交渉は1回で終了することもありますが、企業もユニオンの要求全てに同意できるわけではないため、通常は何回か交渉を重ねて落としどころを見つけることになります。

例えばハラスメントの場合、ユニオンから企業に対して、社員に対する謝罪を求める傾向があります。しかし、ハラスメントに該当するかの法的判断は難しいものです。ここで安易に謝罪してしまうと、ユニオンは「企業がハラスメントを認めた」ことを活動報告などで発表するため、企業のイメージ失墜につながる恐れがあります。

一概には言えませんが、ハラスメントに当たるかが法的に明らかでない場合などは、「意図せず社員を傷つけた」という理由で、金銭を支払って決着させるのが妥当なケースもあります。

交渉のポイントは、企業がある程度ユニオンに歩み寄る姿勢です。例えば、交渉が何回目かに及んだ段階で、可能な範囲でユニオンの要求に応じる姿勢を見せると、ユニオンもある程度譲歩してくれることがあります。落としどころが見つかれば、団体交渉は終了し、企業は交渉結果の内容に基づく対応(上のハラスメントの例であれば、金銭の支払いなど)を取ります。

一方、何度交渉を重ねても、企業とユニオンの主張が相いれなければ団体交渉は打ち切りとなります。その後は労働審判や訴訟に移行することがあります。ただし、労働審判や訴訟に移行すると、ユニオンは労働トラブルに介入できなくなるため、できる限り団体交渉を継続しようとするユニオンも少なくありません。

Q7 団体交渉などでのNG行動は?

団体交渉で注意すべきなのは、ユニオンが労働協約(労働条件などについて、労働組合と使用者との間で締結する書面の協定)への署名を求めてきた場合です。「労働協約」と書かれておらず、「協定書」「合意書」「議事録」などの名称でも、企業とユニオンの双方の署名があれば、労働協約として成立し得ます。

問題なのは、労働協約の内容が労働条件になってしまうことです。労働協約に定める労働条件などに違反する労働契約は、その部分について無効となり、労働協約の基準が適用されます。労働協約の基準が適用されるのは、そのユニオンに加入している社員のみですが、仮にユニオンに自社の他の社員が加入すれば、その社員も適用対象となるのです。

もちろん、労働協約の内容が、企業とユニオンが合意した内容であれば問題ありません。しかし、例えば団体交渉の途中などで安易に労働協約に署名してしまうと、労働条件などが企業の意図しないものになってしまう恐れがあります。

この他、ユニオンに駆け込んだ社員への接触にも注意しましょう。社員にユニオンからの脱退を促すことは、不当労働行為となります。直接脱退を促さなくても、ユニオンの目の届かないところで「会って話をしよう」などと持ちかけると、不当労働行為を疑われる恐れがあるので、業務上必要な場合などを除き、当該社員への接触は避けたほうが無難です。

以上(2020年10月)
(監修 弁護士 田島直明)

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セールス時に要注意。消費者への説明義務は守っていますか?

書いてあること

  • 主な読者:BtoC、消費者相手のビジネスを展開する企業
  • 課題:消費者契約法の改正が頻繁に行われており、改正内容を十分にフォローできていない
  • 解決策:契約の取り消しに関する規定が強化される流れ。特に「過量契約の取り消し」「不実告知の契約取り消しにおける重要事項」の2つを押さえておく

1 見直しが進む消費者契約法

消費者契約法とは、消費者を保護すべく、不当な勧誘による契約の取り消しと不当な契約条項の無効等を規定している法律です。近時の改正で重要なのは2017年6月から適用された、「過量契約の取り消しの新設」「不実告知の契約取り消しにおける重要事項の拡大」の2つです。これらの概要と事業者の対応方法を紹介します。

なお、消費者契約法は2019年6月にも改正が行われていますが、基本的には2017年6月施行の改正法と同様に、不当な勧誘行為等をする悪質な事業者に対する規制を、より強化する方向の見直しです。この改正については、巻末で紹介していますので、併せてご確認ください。

2 過量契約の取り消し

1)過量契約とは

過量契約とは、「消費者が事業者から受ける物品、権利、役務などが、当該消費者にとっての通常の分量、回数、期間(以下「分量等」)を著しく超える」ケースを指します。取り消しの対象となる過量契約は、次のような場合です。

1つは、一度に大量の商品を販売する場合です。1回の販売における分量等が、消費者にとっての通常の分量等を著しく超えると過量契約になります(消費者契約法4条4項前段)。

  • 例:独居の高齢者であることを知っていながら、1人では消化することができない量の食品を販売するなど

もう1つは、同じような種類の商品を繰り返し販売する、いわゆる「次々販売」の場合です。過去に販売した分量等の合計が、消費者にとっての通常の分量等を著しく超えると過量契約になります(消費者契約法4条4項後段)。

  • 例:社交の場にほとんど出ない高齢者に、同じような種類の服を次々に販売するなど

2)事業者が勧誘の際に過量契約であることを知っていたかがポイント

過量契約の取り消しが認められるためには、「事業者が勧誘の際に過量契約に該当することを知っていたこと」が要件とされています。過量契約の取り消しは、合理的な判断をすることができない事情がある消費者に対し、その事情につけ込んで契約を締結させるという、事業者の行為の悪質性に着目したものです。そもそも事業者が過量契約であることを知らなければ、事業者の行為に取り消しを認めるまでの悪質性はないといえます。

例えば、消費者が自らレジに商品を持ってきた場合や、インターネットやテレビショッピングで購入した場合などについては、事業者は注文を受け付けただけで勧誘を行っていないため、過量契約にはならないことが多いといえます。

また、事業者が消費者の生活の状況など(独居であること、認知症であることなど)を把握しておらず、過量契約となることを知り得ない場合も過量契約にはなりません。なお、事業者に消費者の生活状況などを調査する義務はありません。

3)過量契約か否かを判断する際の視点

1.内容(性質、性能、大きさ、用途など)

例えば、生鮮食品のようにすぐに消費が必要なものは、缶詰のように比較的長期間の保存が前提とされるものと比べて、過量契約になりやすい傾向があります。

2.取引条件(価格、景品類提供の有無など)

例えば、何十万円もする高価品は、100円の商品と比べて、当該消費者にとっての通常必要とされる分量等が少なくなり、過量契約になりやすい傾向があります。

3.消費者の生活の状況(職業、世帯構成、交友関係、趣味嗜好等)

例えば、独居の消費者の場合、通常必要とされる分量等が少なくなり、過量契約になりやすい傾向があります。ただし、友人が遊びに来るなどの一時的な事情で大量購入をする場合もあるため、個別具体的な検討が必要になります。

4.消費者の認識

例えば、消費者が1カ月後の友人の来訪予定を翌日と勘違いして大量の食品を購入した場合などは、過量契約にはならないと考えられます。

ただし、その消費者が認知症などで合理的な判断ができず、来訪予定を誤認していることを事業者が客観的に分かっているような場合には、過量契約になると考えられます。

4)過量契約にならないよう事業者は何をすべきか?

誠実な企業活動をしている事業者が過敏になる必要はないでしょう。前述したように、過量契約の取り消しは、高齢者など合理的な判断ができない消費者につけ込む、事業者の行為の悪質性に着目して設けられた規定だからです。

過量販売規制の対応として、事業者は、取扱商品の内容や取引条件、ターゲットとなる消費者の特徴を社内で共有するようにしましょう。その上で、過去の販売実績と比べて明らかに販売量が多いケースでは、消費者に事情を確認する、現場の営業担当者が独断せずに必ず上司に相談するなどの方法で対応します。

3 不実告知の契約取り消しにおける重要事項

1)不実告知の重要事項とは

不実告知とは、事業者が消費者に対し、重要事項について、事実と異なることを告げることです。不実告知の「重要事項」の範囲は、次の通りです(消費者契約法4条1項1号)。

  • 物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容、および対価その他の取引条件であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの(消費者契約法4条5項1号及び2号)
  • 当該消費者契約の目的となるものが当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するために通常必要であると判断される事情(消費者契約法4条5項3号)

2)不実告知となるケース

例えば、事業者が事実に反して、「(実際はシロアリがいないにもかかわらず)床下にシロアリがいて家が倒壊する恐れがある」として、リフォームをしたほうがよいと勧誘し、消費者とリフォーム契約を締結したとします。

「床下にシロアリがいる」ことは家が倒壊する恐れがあるので、「消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益に対する損害や危険を回避するために必要な情報」といえます。この例のように、そうした事実がない場合、消費者は不実告知を理由に契約を取り消すことができます。

なお、不実告知は、それが故意であるか過失であるかを問いません。上の事例であれば、事業者が「床下にシロアリがいる」と勘違いして消費者にリフォームを勧めた場合でも、実際シロアリがいなければ不実告知になります。

3)重要事項を告知しなかった場合

事業者が、消費者の不利益となる事実について、偽るのではなく、あえて秘匿して告げなかった場合はどうなるのでしょうか。この場合は、消費者契約法の「不利益事実の不告知」に該当します(消費者契約法4条2項)。

不利益事実の不告知とは、事業者が消費者に対し、重要事項について利益となることだけを告げ、不利益になることを故意又は重大な過失によって伝えないことです。

例えば、事業者が「眺望・日当たりの良いマンション」の賃貸契約を消費者と締結する際に、「近い将来、眺望・日当たりを阻害する大きな建物が建つ」という情報を知っているにもかかわらず、あえて秘匿した場合、不利益事実の不告知となります。

ただし、不実告知の場合と異なり、不利益事実の不告知は、事業者が消費者の不利益となる事実について知らなかったために消費者に情報が伝わらなかった場合は、事業者に重大な過失があった場合を除き、契約の取り消しの対象とはなりません。すなわち事業者の故意又は重大な過失があったかどうかがポイントです。

また、不利益事実の不告知の場合、重要事項の範囲は「物品、権利、役務その他の消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容、及び対価その他の取引条件であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」に限られます。「当該消費者契約の目的となるものが当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害または危険を回避するために通常必要であると判断される事情」が重要事項に含まれない点も、不実告知とは異なります。

4)不実告知にならないように企業は何をすべきか?

事業者が悪意なく不実告知をしてしまう恐れがあるケースとして、次の2つが考えられます。

1つは、成果を上げたい営業担当者が、ついつい自社にとって都合の良い方便を言ってしまうケースです。

もう1つは、経験の浅い営業担当者が自社の商品やサービスの内容、契約内容等について事実誤認をしているケースです。

いずれにしても、事実とは異なる情報や誇張された情報を消費者に伝えて勧誘することは、正しい企業活動とはいえませんし、企業のレピュテーションを下げる行為にすぎず、長期的な視点から見ても、企業にとってメリットはありません。営業担当者に対する再教育や情報提供を行う必要があります。

なお、「消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益に対する損害または危険を回避するために必要な情報」に明らかに該当しない、ちょっとした社交辞令などは問題なく、むしろ消費者との関係構築に必要な場合もあります。ただし、そうした社交辞令などであっても、それをどのように受け取るかは消費者次第です。無用なトラブルを避けるためにも、適切な営業活動を心掛けることが大切だといえるでしょう。

4 2019年6月施行の改正内容

2019年6月の改正は大幅な改正点が盛り込まれたわけではありません。基本的には、不当な勧誘行為等をする悪質な事業者に対しての規制を、より強化する方向の見直しが行われました。

2019年6月の改正では、実際の被害事例などを踏まえています。また、2022年4月より民法が改正され、成年年齢が引き下げられます。これまで未成年者取消権で保護されていた18歳、19歳の若者が保護の対象から外れることになるため、消費者契約などの被害が拡大することが懸念されていることも踏まえて、次の内容が盛り込まれました。

  • 「不安をあおる告知」など取り消しうる不当な勧誘行為の追加
    例:就活中の学生の不安を知りつつ、「このままでは一生成功しない、この就職セミナーが必要」と告げ勧誘
  • 「事業者が自分の責任を自ら決める条項」など無効となる不当な契約条項の追加
    例:当社が過失のあることを認めた場合に限り、当社は損害賠償責任を負う
  • 「解釈に疑義が生じない明確で平易な条項の作成」などの事業者の努力義務の明示

以上(2020年10月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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オンライン時代でも必要な「読書」による社員教育

書いてあること

  • 主な読者:社員に読書の習慣を身に付けてほしい経営者
  • 課題:オンラインでの情報収集がメインになり、社員が読書に意義を見いだせない
  • 解決策:「考える力」を育てるには、読書が必要不可欠であることを伝える。読書の習慣がない社員のために、定期的に読書会を実施する

文化庁「平成30年度『国語に関する世論調査』」によると、全国16歳以上の男女の47.3%が、1カ月に1冊も本を読まないとされています。経営者の中にも、「ウチの社員は全然本を読まない」と歯がゆく思っている人がいるでしょう。

一方、オンラインでの情報収集に慣れている社員は、「本当に読書なんて必要なの?」と疑問に思っているかもしれません。インターネットで検索したり、動画で配信されるオンライン講義を視聴したりすれば、本を読むよりも簡単に情報が手に入るからです。オンライン時代に読書はいらないのでしょうか? このことについて、本稿で考えていきたいと思います。

1 読書は「考える力」を育てるためのもの

読書とオンラインでの情報収集の違いのイメージは次の通りです。注目したいのは「学習に対する姿勢」です。

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例えば、インターネット検索の場合、誰にでも分かりやすい平易な文章で書かれたコンテンツが検索上位に来る傾向にあります。また、オンライン講義の場合、文字だけでなく、映像や音声も交えて講義が行われるため、理解がしやすくなっています。

しかし、その分、学習に対する姿勢は受動的になりがちです。つまり、知りたいことについての答えが簡単に与えられるため、「考える力」が育ちにくくなります。

一方、読書の場合、1回読めば理解できる簡単なものもありますが、オンラインのコンテンツに比べて文章が難解だったり、著者自身の思想が多分に含まれていたりして、理解するのに時間がかかることが少なくありません。

しかし、その分、「この言葉はどういう意味だろう」「著者はどういう経緯でこの思想に至ったのだろう」など疑問を持つ機会が増えるため、学習に対する姿勢は能動的になります。つまり、知りたいことについての答えを自分なりに探そうとするようになるため、「考える力」が育ちます。

2 社員に読書を習慣付ける読書会とは?

本来、読書は自主的に行うものですが、読書の習慣がない社員は、なかなか自ら本に当たろうとしません。そこで、社員が積極的に本を読むようになる仕組みをつくることが重要になります。

そのための1つの方法が「読書会」です。これは、あらかじめ課題図書として設定された本などについて、社員が各自の意見を発表したり討論したりする会です。事前に本を読んでこなければ、意見発表も討論もできないため、読書会を定期的に実施することで、普段本を読まない社員にも、読書の習慣が付くことが期待できます。

読書会の進め方は、おおむね次の通りです。

  • 各自で課題図書を読む
  • 本の要点や意見をA4用紙1枚程度に文書化する
  • グループを組んで自分の意見を発表し、それを参加者同士で討論する
  • 各自の意見を調整し、実務に即してまとめ直し、会社としての意見統一を図る
  • 実務に即してまとめ直された情報を共有する

参加者は4~5人で1つのグループを組みます。また、各自の意見を発表したり討論したりするための所要時間は、30分~1時間程度とします。

3 読書会の流れ

1)課題図書の選定

読書会の題材とする本は、次の基準によって経営者が選定するとよいでしょう。

  • 自社の業界や職種に関連したもの
  • 実務に活かせるヒントがあるもの

このような基準であれば、一般的なビジネス書から自己啓発系の本まで、幅広い分野から自由に選定できます。最初は簡易な本から始めても構いませんが、前述の通り、社員に「考える力」を身に付けさせることが目的なので、徐々に理解が難しい本なども取り入れていくとよいでしょう。

なお、読書会は社内研修の一環として行うため、題材とする本は会社の経費で購入します。

2)本の要点や意見を文書化する

各社員は、読書会開催前に、本の要点や意見を文書化します。文章量は1000文字程度がよいでしょう。本には重要なポイントとなる「キーワード」や「特定のセンテンス」があるので、これらを用いて文章を作成し、さらに文章量を最小限まで削ることで、その本の内容がより分かりやすくなります。

キーワードや特定のセンテンスは、その本を理解する上での「要」ともいえるものですので、本文中でも頻繁に使用されます。従って、キーワードや特定のセンテンスを見つけるためには、「よく出てくる言葉やセンテンス」に注目するとよいでしょう。

なお、鉛筆やマーカーペンなどを用いて、文章のポイントと思われるキーワードに印を付けたり、特定のセンテンスを意味別に色分けしたりすると、文章の構成や流れが分かりやすくなります。

3)討論会を行う

各自がまとめた要点や意見(A4用紙1枚程度)を他の参加者と共有します。それぞれを読み比べてみると、「自分が重要だとして取り上げた点を、他の参加者は取り上げていなかった」「自分が取り上げなかった点を、他の参加者は重要だとして取り上げていた」「他の参加者と同じ点を重要だとして取り上げたが、その理由が異なっていた」など、さまざまな気付きがあるでしょう。

これらの点について話し合うことで、例えば、「ポイントとなるキーワードを見落としていた」「ポイントとなる特定のセンテンスを読み違えていた」「文章の構成を読み違えていた」といったことが分かります。

次に「本の要点を、具体的にどのように実務に活用するか」について討論します。例えば「製造業における業務改善」という本を題材とした場合、自社が小売業であれば、その内容をそのまま実務に活用することは困難です。

そこで、本の内容のポイントとなるキーワードや特定のセンテンスを抽出して、自社の状況に当てはめて考えることが必要です。例えば、上記の「製造業における業務改善」を小売業の読書会で取り上げる場合、「セル生産方式」についての内容から「作業の習熟化」というポイントを抽出し、そのポイントを「小売業の人材育成」に活用する方法を検討するという流れが考えられます。

その際、参加者との意見調整や本の要点を実務に活用するためには、論理的思考力によって導かれた工夫と、それを伝えるコミュニケーション力が求められます。こうしたこともビジネスパーソンに必要とされる能力の強化に役立ちます。

4)フィードバックする

前述した「製造業における業務改善」のポイントを小売業が実務に活用してみたところ、不具合が出てきたとします。その場合は、実務に即した形にまとめ直し、再度実務に活用してみる必要があります。このように、絶えず「知識」と「経験」をフィードバックすることにより、社員の読書会の効果はさらに高まります。

以上(2020年10月)

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オンラインも踏まえたお客様の「生の声」の活かし方

書いてあること

  • 主な読者:商品開発や営業活動に悩む担当者を中心とした、幅広いビジネスパーソン
  • 課題:「お客様の声」を聞けていない。聞けてもどう活かすかイメージができない
  • 解決策:まず、基本的な活かし方「お客様のニーズ把握」「社員の誇り」「会社の未来」の3つを実践する

1 お客様の「生の声」は、集められても活かせない?

どのような商品・サービスにも、使ってくださるお客様がいます。企業は、良い意見も悪い意見も、お客様の「生の声」(お客様自身の声)を大事にしなければなりません。とはいえ、アンケートやヒアリングなどで「生の声」を知っても、それを活かせていない企業も多いのではないでしょうか。

そこで本稿では、基本的で分かりやすい「生の声」の3つの活かし方、「お客様のニーズ把握」「社員の誇り」「会社の未来」をご紹介します。どれも目新しいことではありませんが、改めて「なぜお客様の生の声を聞くのか」について、考えてみることができるでしょう。

なお、本稿でいう「生の声」は、直接会って話すことに加え、電話、メール、アンケート、オンラインミーティングなども含みます。本稿の後半で、お客様から「生の声」をいただく際のポイントもまとめていますので、御社の日ごろの活動にお役立てください。

2 「生の声」の3つの活かし方

1)お客様のニーズ把握

ここでは、お客様からいただいた「生の声」の活かし方を考えます。まず、第一に、「生の声」で、お客様のニーズを把握することができます。お客様と接する機会をたくさんつくれば、お客様の発する言葉、思い、好き(嫌い)などを共有できます。

実際に、あるサービス業では、お客様にインタビューをしたおかげで、なぜ自分たちのサービスを導入してくださったのかという思いや、お客様の仕事に対する情熱などが初めて分かりました。その後、社員たちはお客様のことを積極的に知ろうとするようになりました。

こうしてお客様の思いを知ることができるようになれば、会話の中で、お客様自身も気付いていなかったニーズが明らかになるかもしれません。それに対応してお客様に喜んでいただくことができれば、これほどうれしいことはないでしょう。

2)社員の誇り

どのような社員も、直接お客様から「ありがとう。これがとても役に立ったよ」と言われたら、うれしく感じるものです。また、逆に直接お叱りを受けたら、「申し訳ない、二度とこういうことをしてはいけない」と実感することができます。

つまり、お客様の「生の声」はある意味、経営者や上司の言葉より、ずっと社員の心に響くのです。実際にある製薬会社では、営業以外の社員が直接お客様と話す機会をつくったことで、自分たちの仕事の意義が感じられ、とても喜んだといいます。

社員に喜びと誇りを感じてもらうには、お客様とたくさん接することが一番です。そして、社員一人ひとりがいただいたお客様からの「生の声」を、多くの社員の目に触れるよう、社内で共有することも大切です。

お客様から言われてうれしかったことを朝礼で発表したり、社内報や社内ブログなどで紹介したりするのもよいでしょう。こうして、社員一人ひとりが、お客様から「生の声」をいただくことを誇りに思える風土づくりも欠かせません。今日からやってみましょう。

3)会社の未来

お客様からの「生の声」を常に確認していれば、それは、次のビジネスのヒントにもなります。実際に、お客様に「商品への不満足」などをヒアリングした結果を活かしてPB(プライベートブランド)商品を開発し、ヒットさせているオフィス用品メーカーもあります。

また、お客様からの「生の声」を、会社のウェブサイトやSNSなどで社外に向けて発信するのもよいでしょう。会社として大切にしているのは、お客様からの「生の声」と、それを誇りに思っている社員たちであることを、感謝とともに広く伝えるのです。

時には、「会社として大切にしていること」に賛同した人が、一緒に働きたいと言ってくれるかもしれません。このように、お客様からの「生の声」は、ビジネスのヒントや賛同してくれる人が見つかるなど、会社の未来につながる可能性を秘めています。

3 「生の声」をいただく際に実践したい6つのポイント

お客様から「生の声」をいただくときは、どうすればお客様が「生の声」を発しやすくなるかを考えることが大切です。中には、新型コロナウイルス感染症の予防のため、「対面じゃなくオンラインのほうがいい」というお客様もいるかもしれません。そうしたお客様には、安心して話せる環境づくりも重要です。ここでは、そうしたポイントを6つに分けてご紹介します。

1)準備をする

質問の項目などをあらかじめ決めておく他、お客様のことや、自分たち自身のことについてもしっかり予習しておきましょう。その際には、3C(Customer、Competitor、Company)の視点が参考になります。お客様にとっての顧客と競合、自分たちの競合、商品・サービスなどの状況を確認しておきます。

また、SNSなどでお客様が最近関心のありそうなこともチェックしておけば、アイスブレイクや質問などに使えます。話の主役はあくまでもお客様です。お客様が話してくださったことを深掘りする質問をするためにも、しっかりとした下準備が必要です。

2)雰囲気をつくる

「生の声」をいただくときは、何よりも、お客様が話しやすい雰囲気づくりが大切です。常に、「どうすればお客様が気持ち良く話ができるか」という視点で考えましょう。時に笑い、手をたたくなど、お客様の話にリアクションするのは、まず基本です。

また、関係性や状況にもよりますが、お客様のほうが緊張していたり、構えていたりする場合があります。服装や持ち物、最近の出来事など、お客様が軽いトーンで話ができそうな話題でアイスブレイクし、場をリラックスさせるのも一策です。

3)趣旨を伝える

お客様には、初めに趣旨をしっかりとお伝えしなければなりません。時間を割いてくださったことへのお礼とともに、「生の声」をいただくことで、今後もっとお客様の役に立てるようになりたいという目的を伝えましょう。

こうした前向きな趣旨をお伝えすれば、お客様も、自分(お客様)が言ったことが何につながるかが分かるので、日ごろ「もっとこうしてほしい」と思っていることや、至らない点(悪い点)を、より言いやすくなるかもしれません。

4)思いを聞く

「生の声」をいただくときは、商品・サービスの機能などのことだけでなく、できるだけ、お客様の思いを引き出したいものです。それが本当に「お客様のためになること」「お客様のニーズ」につながっていくからです。

そこで、「どのような思いで商品・サービスを導入してくださったのか」「日ごろ、どのようなことを考えて活用していただいているか」「お客様ご自身が実現したいことはどのようなことか」といったことを質問するようにしましょう。

5)継続する仕組みをつくる

お客様からいただいた「生の声」は、「いただきっぱなし」ではいけません。できるだけ対応を試み、実現を目指します。途中経過でもいいので、お客様にはいただいた「生の声」を、次にどのように活かそうとしているかをお知らせしましょう。

また、お客様から「生の声」をいただく取り組みは、「その後の報告」も含めて、実践し続け、バージョンアップし続けることが大切です。「月に一度は必ず『生の声』をいただく」など、定期的に継続する仕組みをつくりましょう。

6)オンラインなど非対面の選択肢も用意する

今どきは、ウェブ会議ツールを使ったオンラインミーティングなど、非対面でお客様から「生の声」をいただく用意も欠かせません。その際、お客様のご要望などによっては、事前にウェブ会議ツールを実際につないでリハーサルしてみるなどの準備が必要です。

また、オンラインミーティングでは、対面よりもリアクションを大きくすることを心掛けましょう。その他、背景をお客様ゆかりの土地の写真にする、質問項目が分かりやすいイラストを準備するなど、対面ではないオンラインだからこそ、細かい配慮が欠かせません。

以上(2020年10月)

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企業と従業員を「感情」でつなぐ対話 押さえておきたい5つのポイント

書いてあること

  • 主な読者:従業員の士気や定着率を高める方法を知りたい経営者
  • 課題:テレワークを中心とした働き方の急速な変化によって、従業員のコミュニケーション不足による人間関係の希薄化、会社への帰属意識の低下を懸念している
  • 解決策:自社における「従業員エンゲージメント」の高さを知り、従業員との対話によって一緒にエンゲージメントを高めていく

1 働き方が変わり、会社への不満が高まる?

新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに、テレワークを中心とした働き方の急速な変化や、業績の悪化による企業の存続危機が生じています。こうしたことにより、皆さんの会社の従業員は次のような問題を抱えているのではないでしょうか?

  • コミュニケーション不足による人間関係の希薄化と、会社やチームへの帰属意識の低下
  • 会社や上司からのフィードバックが不足しており、承認欲求が満たされず、成長している実感も得られにくくなる。自分が何を期待されているかが分からなくなる
  • 自分の将来への不安や会社への不満などのネガティブな感情ばかりが強くなる

こうした問題は、with/afterコロナ時代に生き残っていくために必要な、「従業員エンゲージメント」を低下させるきっかけになります。そのため、中小企業の経営者にとっては、これらの問題をどのように解決するかが今後の重要な課題となるでしょう。

ここでは、そもそも「従業員エンゲージメント」とは何なのか? そして、その重要性にも触れながら、従業員エンゲージメントを高めるために今すぐ取り組むべきことを紹介します。

今年1月には、日本経済団体連合会が「働き方改革フェーズ2」として、エンゲージメントを高める職場づくりの重要性を指摘しています。こうした中、ぜひ自社の組織と照らし合わせながら、従業員エンゲージメントについて考えるきっかけにしてください。

2 従業員エンゲージメントとは何か?

昨今、この「従業員エンゲージメント」の重要性が高まっていることもあり、さまざまな定義が飛び交っています。そこで、我々の従業員エンゲージメントの理解を紹介します。

「エンゲージメント」という言葉について辞書を引くと、日本語では次のように訳されます。

  • 婚約
  • 約束、契約、誓約、雇用
  • (歯車などの)かみ合い

この中でも、我々は3番目の(歯車などの)かみ合い、つまり複数の歯車がぴったりとかみ合い、全てが違和感なくうまく回っているような状態が、本質的にエンゲージメントを表しているのではないかと考えています。また、我々はこの状態を「しっくりくる」と表現することもあります。

歴史を遡ると、1990年にボストン大学の組織行動研究者であるウィリアム・カーンが、「組織におけるHuman Resource」の論文でエンゲージメントという言葉を使ったのが、職場でのエンゲージメントの認識の始まりです。そのときは、「パーソナル・エンゲージメント」という言葉を使い、「仕事上の役割に対し、肉体的・認知的・感情的に没頭している状況」と説明されました。

続いて、1997年にアメリカの大統領選挙などの世論調査で有名なギャラップ社が「従業員エンゲージメント」という言葉を使用し、2007年に調査データが発表されて以降、広く認知されるようになりました。ギャラップ社は従業員エンゲージメントを「組織に対して強い愛着を持ち、仕事に対して熱意を持っている状態」と定義しています。さらに注目すべき点は、その膨大な調査データから、企業が重要視している生産性・利益率・定着率などは、従業員エンゲージメントと強く相関していることを証明しているのです。

エンゲージメントの話をすると、「満足度」との違いについてとても多くの質問を受けます。また、「ロイヤルティー」「モチベーション」との違いについても聞かれます。そこで、それぞれの違いを次のようにまとめました。

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エンゲージメントが高いということは、組織や仕事に当事者意識を持ち、当該組織や仕事と感情的につながっている状態なので、時には上司に対して異論を唱えることもあります。また、個人主義ではなく仲間と議論をしながら、切磋琢磨(せっさたくま)することを楽しむ傾向もあります。

3 エンゲージメントの高さを知る方法

エンゲージメントは、20世紀に入ってから欧米を中心に浸透し、今ではグローバル企業のリーダーの4分の3がエンゲージメントの向上のために、投資を強化しようとしているというデータもあります。また、株式投資の投資判断の指標とする動きまであります。

ではエンゲージメントは、どのように測定されるのでしょうか?

従業員エンゲージメントの重要性が広く認知されたのを機に、各社がさまざまな測定指標を用いた調査を実施しています。その中でも最も代表的な調査が、先に紹介したギャラップ社の「Q12(キュー・トゥエルブ)」です。12の質問があり、内容も非常にシンプルですが、質問項目に対する点数の高さと組織の業績の高さの相関関係を証明したことから、Q12は世界中で知られています。

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これらの質問に高い評価をする従業員の多い組織はエンゲージメントが高く、業績・生産性も高いということなのですが、皆さんの組織はどうでしょうか?

リーダー、マネジャーの大切な仕事の一つは、部下にこれらの項目を高く評価してもらえるような人間関係をつくり、当事者意識を高めることになります。ですから、この調査項目を高く評価してもらうために活動することは、リーダー、マネジャーのマネジメント力を鍛えることにもなります。

4 なぜ日本のエンゲージメントは低いのか?

2018年のギャラップ社による従業員エンゲージメント(仕事への熱意度)調査では、日本は139カ国中132位という結果でした。ギャラップ社以外のコンサルティング会社のデータでも同じ傾向が見られます。

日本の従業員は長時間労働こそするが、仕事に当事者意識を持たず、熱意も低いのでしょうか? どうやら、データを見る限り、それは否定できません。でも、みんなこんなに頑張っているのに、なぜ従業員エンゲージメントが低いといわれるのでしょうか?

その理由は、日本では個よりも会社そのものの箱にばかり目を向ける傾向が強いためです。それが、個人の熱意ややりがい、仕事の楽しさを引き下げる大きな要因になっているのです。

例えば、日本の就職は、「就社」だとよくいわれます。その仕事がしたい、その商品を扱いたい、という熱意からではなく、その看板のもとで働きたい、という思いで会社を選ぶことが多いのです。「いい仕事をしていますね」よりも、「いい会社で働いていますね」と言われたい、ということでしょう。

また、日本では、大学で何を勉強したかよりも、どこの大学に入ったかを重視する傾向がありますが、それもとても日本のガラパゴス的なことです。そして、有名企業という輝かしい看板のもとに入ったものの、自分を活かせていない、何かが違う、ちっともやる気が出ない、という状況に陥ってしまうことがよくあるのです。こうしたことが当たり前のように起こっていることと、日本の従業員エンゲージメントの低さが無関係であるはずはありません。

大手企業は、福利厚生などでは有利であり、社員の満足度が高い傾向がありますが、エンゲージメントに関しては、必ずしも中小企業を凌駕(りょうが)していません。中小企業は、企業によって差が大きいものの、個を重視し、仕事の楽しさや仲間との切磋琢磨によって、エンゲージメントを高めることに成功しているケースを我々はたくさん見てきました。そういう企業は規模にかかわらず高い生産性を誇っているものです。

5 エンゲージメントを高めるための方法

上司であれば、誰もが部下のエンゲージメントを高めたいと思うでしょう。しかし、そのために具体的な行動を起こしている上司はごくわずかです。皆さんは、エンゲージメントが大切だと頭で理解していても、どうしたらそれを向上できるのかが分からずに苦労をしているようです。

それもそのはず、エンゲージメントは「感情」に強く関わるものだからです。感情は論理的ではないので、なかなかガイドラインをつくることができません。「人それぞれだからね」と言ってしまえば、それ以上話は進みません。

でも、ご安心ください。20年以上にわたって組織におけるエンゲージメントの重要性が世界的に注目され、多くの研究も行われたことにより、エンゲージメントを高めるためのガイドラインは確立されつつあります。

キーワードは「対話」です。

個を尊重した対話がこれからのエンゲージメント向上の基本になるのです。個を尊重するといっても、部下を常にべた褒めしようとしたり、腫れ物に触るように扱ったりするわけではありません。求められるのは、次に挙げる5つの要素を意識した対話をすることです。

  • 個の強みに目を向けて対話をする
  • 日常的に、必要なときはいつでも対話をする
  • 上から尋問するのではなく、お互いに自分のことを話し、双方向の対話をする
  • 過去ではなく、未来志向の対話をする
  • どのようにすればエンゲ−ジメントを高められるかを話し合い、共に実行する

エンゲージメントはリーダーやマネジャー1人で高められるものではありません。メンバーと一緒に高めるものです。この5つの要素を意識して組織のメンバーと対話を継続すれば、人間関係の質は間違いなく変わり、エンゲージメントは向上します。

エンゲージメント向上のコーチングに取り組む中小企業の経営者は、この5つの要素を意識した対話を進めることによって、組織の風土を大きく変えることに成功しました。この方は、それまでとは違ったタイプの対話に取り組んでいた時期を振り返って、このように言っていました。

  • 「メンバーそれぞれと対話をしてみて、いかにこれまでの自分が組織で起こっていることを分かっていなかったかを知り、がくぜんとしてしまいました。今考えれば、あの瞬間から全てが変わりました」

この方は、遅ればせながらこのことに気付いたからよかったのですが、実際には組織のことが分からないまま経営を続けているリーダーも少なくありません。

そのままにしていると、トップがいくら意気込んでもメンバーは人ごとのように白けていて、言葉では「はい、やります」と言いながら、陰ではトップの悪口ばかり言う。そんなエンゲージメントの低い組織になってしまいます。

繰り返しますが、そうならないためには真摯な対話が第一です。相手に興味を持ち、そんな自分にも興味を持ち、対話をしましょう。そうすれば、自然とやらなくてはならないことが明確になり、それをメンバーと一緒に地道に進めることで、エンゲージメントは必ず向上します。そして、それは業績の向上を意味するのです。

以上(2020年10月)
(執筆 日本エンゲージメント協会 佐々木拓哉 小屋一雄)

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画像:Julia Lazebnaya-shutterstock

出張の削減も 現地視察をオンラインで代替できる最新映像技術

書いてあること

  • 主な読者:コロナで海外や県外などへの移動がしにくく、現地視察ができない経営者など
  • 課題:「リモート視察」の方法としてVR(仮想現実)などの現状を知りたい
  • 解決策:VRでできること、メリットなどを把握し、自社で利用を検討する

1 コロナで注目「新しい見学様式」

新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大から、1年近くが経とうとしています。こうした中、外出の自粛が要請されたり、海外や県外などへの移動が制限されたりしています。ビジネスシーンにおいても、Zoomなどのオンラインツールが急速に普及するなどし、「リモート○○」と呼ばれる、「新しい生活様式」に対応するような取り組みが定着しつつあります。

その一つに、VR(Virtual Reality、仮想現実)などの技術を活用し、遠隔地にある工場や倉庫などの生産・物流拠点を、あたかも訪問したような体験ができる「リモート視察」を導入する動きも出てきました。

遠隔地訪問による感染リスクを抑え、さらに出張費用や訪問に掛かる時間まで削減できる、VR関連技術などを活用した取り組み事例や、導入のコツなどを確認してみましょう。

2 「リモート視察」こんなことができる

1)VR海外出張 NEWJI×floorvr

製造業向けに資材調達や購買業務を支援するNEWJI(ニュージ)は、VR関連の映像サービスを提供するfloorvr (フロアブイアール)と共同で、海外工場を国内からオンラインでリアルタイムに視察できる「NEWJI VR」のβ版を、2020年8月にリリースしています。

NEWJI VRは、海外との取引が増える製造業において、購買部門や品質管理部門による人的、経済的な負担の大きい海外出張を軽減するために開発されました。資材の調達先などを視察したい企業の担当者は、NEWJI から提供される専用ゴーグルを装着し、現地に設置された配信機材を通じて、現地の映像を360度シームレスに見ることができます。

海外との取引が多い総合商社や大手メーカーによるNEWJI VR体験事例が紹介されていますが、現場感が伝わってくることや、タイムラグのない高画質などが評価され、高い顧客満足度を獲得しているようです。

NEWJI VRの紹介ページでは、出張予算の簡単なコストダウンシミュレーションも行うことができ、出張予算が年間80万円以上掛かる場合には、コストメリットが見込めそうです。

■NEWJI■
https://company.newji.ai/
■floorvr■
https://floorvr.jp/
■NEWJI VR 紹介ページ(イメージ動画が再生できます)■
https://newji.jp/vr-factory

2)VR展示会 シンボシ

映像やスマートフォン向けアプリの制作を手掛けるシンボシは、仮想空間に展示会場を再現したVR展示会を提供しています。

このVR展示会はVR画像と、その画像に関連する説明動画を組み合わせて表示できるのが特徴です。VR展示会場は、実際の展示ブースを基に生成され、訪問者は仮想ブース内を「Google ストリートビュー」のように移動することができます。展示物の詳細情報は、仮想ブース内に「レ点マーク」で表示され、カタログなどが閲覧可能です。詳細情報には、PDF形式の説明資料の他に、オンラインショップなどのURLも添付できるため、仮想ブース内で商品を確認し、オンラインで注文を促すことも可能です。

また、VR展示会では訪問者数や展示商品の詳細情報のクリック数などのデータを収集することができるため、「展示会に出展してみたものの、効果がよく見えない」という、リアルな展示会にありがちな課題も解消できそうです。

■シンボシ■
https://www.simbosi.co.jp/

3)VRで不動産物件を内見 NURVE

 VRコンテンツのプラットフォームを提供しているNURVE(ナーブ)は、VRゴーグルを用いて、マンションやアパートの室内を内見できる「VR内見」を不動産業者などに提供しています。

VR内見は、部屋を探している顧客が、不動産会社の店頭でVRゴーグルを装着して部屋の様子を把握することができます。VR内見を使うことで、内見予定の現地までの移動時間を短縮でき、より多くの部屋を紹介することが可能です。

同社は、VR内見をさらに発展させ、顧客と不動産会社がオンラインで会話しながら部屋を内見でき、商談も同時に行える「パノラマオンライン商談ツール」の提供を、2020年7月から開始しています。

こうしたサービスに加え、旅行先のホテルなどをVRで事前に確認できるサービスなども同社は提供しています。

■NURVE■
https://www.nurve.jp/

(注)「VR内見」「パノラマオンライン商談ツール」は、ナーブ株式会社の登録商標です。

4)3Dホログラム会議 イトーキ×ホロラボ

オフィス関連家具の製造などを手掛けるイトーキは、3D映像などを制作するホロラボと共同で、リアルタイム遠隔3Dコミュニケーションシステム「HOLO-COMMUNICATION」の法人向けの提供を、2020年5月から開始しました。

Microsoftのゴーグル型デバイス「HoloLens 2」や、AIセンサーなどを搭載した開発者向けデバイス「Azure Kinect DK」で構成するHOLO-COMMUNICATIONは、遠隔地の会議参加者の姿を立体的に生成することができます。従来のウェブ会議システムに比べ、映像が3Dで生成されるため遠隔地の会議参加者同士がよりリアルに感じられ、対面での会議と遜色のないコミュニケーションを取ることができます。

HOLO-COMMUNICATIONは、3D映像のニーズ調査や遠隔地との会議などの目的に適したシステム一式の提供プランと、自社アプリの開発を想定した開発パッケージ付きのプランの2つがあります。

■イトーキ■
https://www.itoki.jp/
■ホロラボ■
https://hololab.co.jp/
■HOLO LAB HOLO-COMMUNICATION紹介ページ(イメージ動画が再生できます)■
https://hololab.co.jp/holo-communication/

3 「リモート視察」導入のコツ

実際に「リモート視察」に取り組んでいる企業の評価はどんなものがあるのでしょうか。画像が固まったり、乱れたりして何が映っているのか把握できないことや、「やっぱり現地に行って目で見るのが一番!」という意見もあるかもしれません。導入事例はまだ少ないものの、「リモート視察」導入を進めている企業からは次のような話が聞けました。

海外から産業資材などを輸入する商社の場合

  • 導入の背景

主に中国や東南アジアで製造した鉄鋼製品や樹脂製品などを輸入・販売しており、輸入前の製品の確認や、不良品発生時の現場確認などに海外工場へ視察することが多かった。こうした中、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて海外へ渡航することが困難になったため。

  • 導入の狙い

当初の目的としては現地視察の代替・補助を想定していたが、海外工場と国内でやり取りがスムーズに進むようになれば、顧客への工場紹介や現地視察の経験が少ない社員・新入社員への事前レクチャーにも活用できそうだと感じている。

  • 想定する運用方法

当面は、目視などで済むレベルの業務(製品の外観などのチェックや、不良品発生時の現場の状況確認など)での運用を想定している。不良品などの確認は、映像だけで安易に判断を下せない場合もあるため、実際に現地に足を運ぶ必要がある。

  • コスト感について

中小・中堅企業にとって、「リモート視察」の導入コストは、「正直安いものではない」ものの、毎回の渡航・滞在費、現地および国内の人員・日程調整などをトータルで考えると、メリットがあると感じている。特に、中小企業でも海外出張や海外とのやり取りが普段から多い企業の場合、検討に値するのでは。

  • 「リモート視察」試してみた“気付き”

本格導入はこれからではあるものの、当初の想定よりも活用方法は可能性があると感じている。例えば、これまでは海外工場を紹介する場合は、パンフレットや画像などで対応していたが、「リモート視察」であれば、その場で細かい質問などのやり取りなどができ、現地の詳細をより理解できると感じる。

また、経済産業省などの関係機関も、民間企業によるVR関連技術のビジネスシーンへの導入を支援しています。近畿経済産業局では、コンテンツ産業支援室が旗振りとなってセミナーの開催や、導入の手引書などを公開しています。

■経済産業省 近畿経済産業局 関西でのVR/AR/MR活用促進の取組■
https://www.kansai.meti.go.jp/3-2sashitsu/vr/index.html

4 大きく伸びるVR関連市場

これまで紹介してきたVRなどの技術は、実は長い歴史があり、古くは1960年代に発明された、ニューヨークの風景が再現されるシミュレーター「Sensorama(センソラマ)」まで遡るともいわれています。その後、幾度のブームと沈静化の波を乗り越え、近年の本格的なブームが到来しています。

VR関連技術などの市場規模としては、IDCやIHS Technologyなどが推計しています。

IDC Japanのプレスリリースによると、日本国内の「AR/VR関連市場」の市場規模は、2023年には34.2億ドル(約3600億円)、2018〜2023年の5年間の平均成長率(CARG)は21.5%と予想されています。

5 最後に:VR? MR? AR?「没入感」がキーワード

ここまで、VRなどの技術について紹介してきましたが、似たような言葉にMR(複合現実)、AR(拡張現実)などもメディアなどで見聞きすることもあるかと思います。さらに、これらを総称するものとしてXR(クロスリアリティ)もあります。

これらは、自身がどれだけ仮想の空間に入り込めるかという「没入感」の程度により分類することができます。簡潔にまとめると、以下のようになります。

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VRなどの技術が本格的にビジネスシーンに浸透してきたのはつい最近で、新型コロナウイルス感染症のまん延を背景に、今後は用途も増えていきそうです。

前出の近畿経済産業局によると、従来は大企業が新規事業の一環としてVR関連技術の導入に関心を示していたものの、新型コロナウイルス感染症の影響で、展示会や商談会がキャンセルやオンライン開催となったことを受けて、自社製品のアピールをVR関連技術で検討する企業が増えつつあるそうです。

現時点では、中小企業が導入する事例は必ずしも多くはありませんが、今後も活用シーンの増加や導入コストの低下なども期待でき、動向を注視すべき分野といえるでしょう。

以上(2020年10月)

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画像:unsplash

採用活動のゴールは入社後の定着にあり/採用活動のデジタルシフトで攻めに転じる!リクルーティングDX最前線(5)

書いてあること

  • 主な読者:採用活動のデジタル化を検討したい経営者
  • 課題:デジタルは苦手。それに人を採用するのだから、リアルのほうがいい?
  • 解決策:コロナ禍で新人教育は混乱、新人は不安を感じがち。オンボーディングをサポートするデジタルツールを駆使することがエンゲージメント向上や離職防止のカギに

採用した新人が入社後すぐに辞めてしまうーー。増加傾向にある早期離職は採用現場における頭の痛い問題です。入社したての新人に“この職場ならやっていけそう”“この会社で頑張っていきたい”と感じてもらうことこそが、採用活動の真のゴールなのです。

最終回の本稿では、入社後にスポットを当てましょう。職場への早期順応、定着戦力化を早める「オンボーディング」という育成プログラムが、最近注目を集めています。オンボーディングをサポートするデジタルツールや、その活用が人事のDX(デジタルトランスフォーメーション)へとつながっていく未来について、解説していきます。

1 オンボーディングとは

オンボーディングとは、教育・育成プログラムのひとつです。新しく組織に入ったメンバーに対して、「業務に必要な知識・仕事の手順」や「オフィスルール」「企業理念や大切にしているカルチャー」などを指導しながら、職場への定着、自律した人材として戦力化を図ることを目的としています。

英語で表記するとon-boarding。もともとはon-board=飛行機や船に乗るという意味から生まれた造語で、入社した“職場にうまく乗り込めた状態”を表す言葉でした。欧米ではすでにさまざまな企業が取り入れていますが、日本においてはあまりなじみがなかった概念かもしれません。しかし、「飲み会で交流を深めること」や「メンターがついて会社のルールを教えること」も立派なオンボーディングの取り組みです。パーソルキャリアが行った「コロナ禍における中途採用者のオンボーディング実態調査」の分類を引用しながら、オンボーディングを整理してみました。

  • 入社前のオフィス見学
  • 人事・採用担当者との面談(入社前/入社後)
  • 配属先上司との面談(入社前/入社後)
  • 配属先メンバーとの顔合わせ(入社前/入社後)
  • 中途採用者同士の顔合わせ(入社前/入社後)
  • 歓迎会など、業務時間外に行う非公式イベント
  • 人事部主導の研修
  • 配属先主導の研修
  • OJT(On-The-Job-Training)

こうしてみても、新人の“スムーズな乗船”に向けて行うべき働きかけが実に多岐にわたっていることが分かります。

2 若者の価値観変化

なぜ、いまオンボーディングが注目を浴びているのでしょうか。それは離職の問題が見過ごせなくなってきているからです。厚生労働省が発表している新規大卒就職者の事業所規模別離職状況によると、平成29年3月卒の新卒社員のうち、1年目で離職した社員は全体の11.5%。約10人に1人が1年目で離職していることになります。

もっとも、この数値自体がこの30年間大きく変わっているわけではありません。多くの人事担当者が口をそろえるのは「なんの相談もなしに突然辞める」という離職傾向です。まだ戦力になっていない新人とはいえ、いきなり辞められるのは大きなダメージです。

突然辞める背景には、彼らが育ってきた環境が大きく影響しています。

  • ネットの普及により、探せばすぐにベストな情報が手に入る。
  • 学校で厳しい指導を受けたり、強制されたりすることが減少している。
  • 個性が尊重され、自分は自分、相手は相手と考える。競争はしない。
  • 危険は排除され、予想外の場面に出くわすことは少ない。
  • 面白いツールやコンテンツに囲まれて楽しい時間が過ごせる。

つまり、失敗することや否定されることを過度に恐れてチャレンジできず、結果的に受け身で自分基準の行動をとる傾向にあるのです。もちろん一括りにすることはできませんが、若手社員の顔を思い浮かべてみると、少なからず心当たりがあるのではないでしょうか。

3 コロナ禍というVUCAの時代

一方で、今の社会環境はVUCA(変動性・不確実性・複雑性・不透明性)と言われる時代。こうした状況への対応が求められるなか、いまの若者たちは、直面するであろう困難を自分で何とかする経験が積みにくい環境で育ってきたわけです。そこに、コロナ禍が直撃しました。

「新入社員導入研修も動画で見るばかりで、ちゃんと社会人としての基礎が身に付いたのか不安なまま。なのに配属されてOJTが始まってしまった。やっていけるんだろうか」

「正式に配属された! やっと仕事ができる! と思ったのにテレワーク継続で全然教えてもらえない。質問は自分からって教わったけど、遠慮してなかなか聞けない」

「上司や先輩社員がコロナへの対応にかかりっきり、自分はまともな仕事ができていないし、何のためにここに入社したのか…」

「テレワークでは仕事上のやりとりだけで雑談も少ないし、とても悩みの相談なんてできない。職場の人ってもっと仲間って感じがするもんだと思ってた」

「よく同期と助け合うって先輩たちから聞いてたけど、ソーシャルディスタンスのこともあるし、なかなか同期とも話せない…」

戸惑いを隠せない新入社員の声が多数寄せられています。

4 リモートでのオンボーディング

新人の突然離職を防ぐためにもオンボーディングの重要性が高まるなか、コロナ禍という不測の事態が加わったことで、どの企業でも新人教育は混乱をきたしています。特に難しいのが、テレワークが進むなかで、対面でのコミュニケーションが限定されてしまうことでしょう。オンラインツールを活用したリモートでのコミュニケーションは、対面でのコミュニケーションと比較すると、どうしても情報が伝わりにくい側面があります。

パーソルキャリアが整理したオンボーディングタスクを見ても分かるように、新人とのコミュニケーションは、業務コミュニケーションと組織コミュニケーションに大別されます。業務コミュニケーションにおいては、短い期間で業務を担えるようになるため、業務に直接つながる情報、知識を提供する必要があります。一方、組織コミュニケーションは、その組織において、新人メンバーがつながり、チームに迎え入れられていると感じられ、チームの一員として実感を持てるようになることです。

また組織コミュニケーションにおいては、単なるつながりだけでなく、会社や組織に対しての求心力を高めることも重要。いわゆるエンゲージメントの観点です。ミッション、ビジョン、バリューなど企業理念を語ることはもちろん、先輩社員が自分の言葉で会話を重ねることが、企業文化を伝えていく上ではとても有効だとされています。

こうしたオンボーディングのコミュニケーションをリモートで行っていくのは容易ではありません。だからこそ、いろいろなデジタルツールを使いこなす必要があるのです。かなり回り道をしましたが、ここからオンボーディングにおけるDXについて解説していきましょう。

5 コミュニケーションを支援するデジタルツール

リモートでのコミュニケーションを円滑にするには、WEB会議システムやチャットツールのようなデジタルコミュニケーションツールはもちろん、育成に使えるeラーニングツール、知見を提供する情報共有・ナレッジ蓄積ツールなど、目的やシーンに合わせてデジタルツールを駆使することが重要です。

加えてお勧めするのが、オンボーディングのクオリティを高めるコミュニケーションツールを活用すること。その代表格が社内SNSです。新人の見えにくいコンディションを知ることで、タイムリーにフォローできる。あるいは業務習熟度を把握することで、指導のレベルや役割付与の適正化が図れる。こんな機能が搭載されたツールがいくつも登場しています。

もう少し具体的に解説しましょう。例えば、仕事終わりに今日の業務の出来栄えや納得感、あるいは充実感を入力する社内SNSがあります。いわゆる日報のようなものと言えば分かりやすいでしょうか。ただ、もう少しくだけた感じのインターフェイスにすることで、気軽に本音が言いやすい仕掛けを作るなど、いくつも工夫が施されていたりします。

業務や職場に慣れきっていない新人の気持ちは、ただでさえ浮き沈みが激しくなりがちですから、コンディションを把握してタイムリーにフォローすることは、離職抑止に極めて重要です。

また、「感謝」の気持ちを贈りあう社内SNSもあります。いまの新人はフェイスブックやインスタグラムで「いいね」を送りあう世代ですから、こうした仕掛けは我々が思う以上にフィットするらしく、仲間への信頼、組織への帰属意識を高めるのに一役買ってくれるのです。

6 科学的なタレントマネジメント

とはいえ本連載で繰り返しお伝えしてきたように、デジタルツールの活用がすなわちDXということではありません。つまりご紹介した社内SNSの活用がゴールではないのです。もちろん新人のモチベーションを高める、あるいは組織へのエンゲージメントを高めることに効果はあるのですが、重要なのはその先にあります。

デジタルツール活用の本質的な価値は、データが蓄積されていくことにあります。個々の社員のコンディション変化をデータ上で付き合わせることで、離職の相関関係を解析していくことが可能になります。さらには職場の問題点を特定し離職防止策の検討につなげていくことができます。

実際に、蓄積されたデータから1on1(Yahoo!などが実践する1対1の面談)を支援するテックサービスもあります。例えば新人Aさんとの面談では、こんな内容をこんな言い方で伝えようとか、Bさんとの面談では、聞き役に徹してこういう感情を引き出そうとか、AIによって面談内容をアドバイスしてくれる技術がすでに登場しているのです。

タレントマネジメントやピープルアナリティクスという言葉も、かなり一般化してきました。属人的な人事から科学的な人事へと変革していくーー。これこそがDXで目指す世界観です。リクルーティングDXの終着点は、人事の本質的なDXにつながっていき完結するのです。

コロナ禍によって激変した採用市場。突然、現出した不況によって採用を絞る企業が続出するいまだからこそ、その逆をつくことでいい人材を獲得できるーー。空前の人手不足で採用に苦慮してきた企業の皆様に、そんな思いを伝えるべく本連載は始まりました。

勇気をもって積極採用に臨む際の武器がDXです。採用の勝ち組となるためには、デジタルツールを駆使しながら、組織変革までを見据えて取り組んでいくDXの視点こそが重要なのです。最後に、改めてこのメッセージをお贈りすることで、本連載を閉じさせていただきます。ご愛読ありがとうございました。

以上(2020年10月)
(執筆 平賀充記)

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画像:Inside Creative House-shutterstock