【経理担当者向け】意外に複雑な商品(棚卸資産)会計

書いてあること

  • 主な読者:棚卸資産の会計処理の基礎を身につけたい経理担当者
  • 課題:棚卸資産の会計処理は複雑で、貸借対照表の金額の根拠が分からない
  • 解決策:期首から期末までの処理を一通り把握する

1 棚卸資産の会計処理は複雑

棚卸資産(商品など)は取得から売却まで一定の期間を有するため、会計上さまざまな取り決めがあります。特に在庫については、期末に評価方法の選定や実地棚卸、原価法・低価法と複雑な会計処理をしなければなりません。

複雑な棚卸資産の会計を理解するため、事例を用いて期首から期末までの棚卸資産に係る会計上の取り扱いや留意点を紹介します。なお、会計上の棚卸資産には商品以外に、製品・半製品・原材料・仕掛品などが含まれますが、本稿では、商品のみを対象にしています。

2 事例を見ながら1年間の会計処理の流れを押さえよう

1)期首

小売業を営むA社は、期首に100万円(商品α10個、単価10万円)の棚卸資産を持っています。

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期首の貸借対照表上の「棚卸資産(資産)」勘定には、前期末の棚卸資産の金額が記載されています。

2)棚卸資産の取得時

A社は、期中に商品β100万円(20個、単価5万円)を掛けで仕入れ、運送費など1万円を負担しました。

棚卸資産を取得したときには、取得原価を算定して、次の仕訳を行います。また、商品有高表などに取得数量などの記録を行います。

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棚卸資産を取得したときには、損益計算書の「仕入(費用)」勘定に計上し、直接「棚卸資産」勘定を増減させる仕訳は行いません。そのため、貸借対照表上の「棚卸資産(資産)」勘定に変動はありません。

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なお、商品有高表などへの取得数量・販売数量の記録方法には、「継続記録法」と「棚卸計算法」の2つがあります。

継続記録法とは、棚卸資産を取得したときには取得数量を、販売したときには販売数量を継続的に記録し、棚卸資産の在庫数量を常に帳簿上に反映しておく方法です。棚卸計算法とは、棚卸資産を取得したときには取得数量を記録しますが、販売したときには記録を行わず、期末に実地棚卸を行って期末の在庫数量を把握します。在庫数量から取得数量を差し引くことによって、間接的に販売数量を計算する方法です。

一般的には、継続記録法で、取得と販売の都度記録を行い、期末に実地棚卸を行う方法が多く採用されています(継続記録法と棚卸計算法の併用)。

3)棚卸資産の販売時

A社は期中に仕入れた商品β10個を単価15万円で販売しました。

商品を販売したときは、次の仕訳を行います。また、商品有高表などに販売数量などの記録を行います。

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棚卸資産を売却したときには、損益計算書の「売上(収益)」勘定に計上し、直接「棚卸資産」勘定を増減させる仕訳は行いません。そのため、貸借対照表上の「棚卸資産(資産)」勘定に変動はありません。

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なお、商品有高表などに記録する際の販売単価の計算方法には、個別法・先入先出法などがありますが、それぞれの方法には決算の期末在庫の評価方法と関連するため、詳細は後述します。

4)決算時

A社は決算を迎え、決算日における在庫(以下「期末棚卸資産」)の数量と単価を正確に把握して、期末棚卸資産の評価を行います。そして、正確な期末棚卸資産を基に、売上原価を算定します。

会計上、期末棚卸資産の評価に関する主な決算処理は次のプロセスで行われます。

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1.商品有高表などの書類から期末棚卸資産の金額を集計する

まず、商品有高表などから決算日における期末棚卸資産の数量を把握します。そして、次のいずれかの方法で算出した金額を取得価額とみなして期末の帳簿価額とします。

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なお、本事例においては個別法を用いて期末棚卸資産を評価します。その場合、A社の期末棚卸資産の評価額は次のようになります。

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2.実地棚卸を行い、帳簿上の数量と比較して減耗損の計算をする

帳簿上の数字だけでは、紛失や盗難などによる減少を把握することはできません。そのため、実際に期末棚卸資産の数量を数えて(実地棚卸)、帳簿上と実際の期末棚卸資産の数量の差額を期末棚卸資産の評価額に反映させます。

実地棚卸を行い、帳簿上の期末棚卸資産の数量(図表8)と実際の期末棚卸資産の数量が一致しない場合には、減耗損を把握して、帳簿上の期末棚卸資産の数量を調整し、実際の期末在庫数量に合わせます。

例えば、A社が決算日に実地棚卸を行った結果、実際の期末棚卸資産の数量は商品αが8個、商品βが10個だった場合には、減耗損を次の通り計算します。

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3.期末棚卸資産の単価の評価(原価法と低価法)

期末棚卸資産の単価を評価する方法には、原価法と低価法の2つがあります。

原価法は期末棚卸資産の単価を、上記の個別法・先入先出法などで算出した単価とする方法をいいます。低価法は期末棚卸資産の単価を、原価法による単価と、期末時点の時価とを比較して、いずれか低いほうの金額とする方法をいいます。

大企業などが適用する会計基準(「棚卸資産の評価に関する会計基準」)では、低価法の採用が強制されています。ただし、中小企業が適用する会計基準(「中小会計指針」「中小会計要領」)では、原価法と低価法の選択適用が認められています。しかし、原価法を採用した場合でも、時価が著しく下落し、回復の見込みがない場合には、評価損を計上しなければなりません。

例えば、原価法を採用しているA社が決算日に期末の在庫の時価を調べた結果、前期から売れ残っていた商品αの時価が4万円だと判明した場合(時価が著しく下落、かつ回復の見込みなし)には、評価損を次の通り計算します。

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4.売上原価を算定する

売上原価は次の算式で計算されます。なお、減耗損や原価法などによる評価損については、発生原因ごとに売上原価、営業外費用、特別損失(災害など臨時の事象が原因で発生し、多額である場合など)のいずれかに該当します。なお、本事例では売上原価に該当するものとします。

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売上原価を算定したのち、損益計算書では売上総利益(売上高-売上原価)が計算され、貸借対照表には期末の棚卸資産が「棚卸資産(資産)」として計上されます。

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3 経理担当者が知っておきたい会計処理上のポイント

1)取得時の付随費用の計上漏れ

棚卸資産を取得した際に、取得原価に含めなければならない付随費用の取り扱いには注意が必要です。付随費用は棚卸資産の取得のために支払った諸費用をいいます。付随費用は、商品の性質や購入取引の流れによって異なるため、具体的にどのような費用が該当するのかを商品ごとに把握しておかなければなりません。

また、税務上では付随費用が少額(棚卸資産の購入金額のおおむね3%以内の金額)であれば、取得原価に算入しなくてもよいため、その取り扱いには注意が必要です。

2)未着品・預け在庫などの計上漏れ

期末に棚卸資産を集計する際に注意したいのが、未着品・預け在庫といった決算日に自社の倉庫にない棚卸資産です。

未着品とは決算日前に注文したものの、翌期以後に入荷される棚卸資産をいいます。また、預け在庫とは外部の倉庫業者や外注先に預けている棚卸資産をいいます。これらの棚卸資産は、決算日に自社の倉庫に商品がないため、集計忘れが起こりやすく、その結果、期末棚卸資産の計上漏れにつながります。また、商品の取引の流れを正確に把握していなかったり、業務の引き継ぎがされていなかったりする場合もあるため、自社の倉庫以外にも棚卸資産がある可能性を認識する必要があります。

以上(2021年3月)
(監修 税理士 石田和也)

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画像:Fusionstudio-shutterstock

会計の基本ルール 7つの一般原則と3つの考え方

書いてあること

  • 主な読者:会計をこれから勉強しようとしている人や、基礎をもう一度確認したい人
  • 課題:会計処理の判断に迷った際、どのようなことを基準に判断すればよいのか知りたい
  • 解決策:会計処理の判断は、7つの一般原則と3つの考え方(主義)が基軸となる

会計は、会社で行う取引を記録し、決算書などの報告書にまとめて、株主や取引先(利害関係者)に報告するためのものです。

もし、その記録が事実でないもの(粉飾)であったり、決算書に記載された金額が独自ルールにのっとったもの(不適切会計)であったりした場合、会計は全く意味をなしません。そのため、会計には処理を行う上で外してはいけない基本原則や考え方(主義)があります。それが、以下で紹介する7つの一般原則と、3つの考え方(主義)です。会社の経理を行う上で何が正しいか迷ったり、自身の部署の営業利益などを考えたりする際にも役立ちます。

1 7つの一般原則

1)真実性の原則

企業会計は、企業の財政状態及び経営成績に関して、真実な報告を提供するものでなければならない。

言葉の通り、決算書上に載せる会計情報は、すべて真実なものでなければなりません。

2)正規の簿記の原則

企業会計は、すべての取引につき、正規の簿記の原則に従って、正確な会計帳簿を作成しなければならない。

正規の簿記とは「すべての取引」を、「客観的に検証できる証拠(契約書や請求書など)」に基づき、「複式簿記のルール」に従って記録することをいいます。会計帳簿(試算表や総勘定元帳など)は、正規の簿記により記録されたデータを基に作成しなければなりません。

3)資本取引・損益取引区分の原則

資本取引と損益取引とを明瞭に区別し、特に資本剰余金と利益剰余金とを混同してはならない。

資本取引とは主に株式の発行により会社財産が増減する取引をいいます。損益取引とは商品やサービスの売買による損益(売上-費用)により、会社財産が増減する取引をいいます。

貸借対照表上では、出資による財産の増減と、事業活動の成果である損益による財産の増減を、明確に区別して記載しなければなりません。

4)明瞭性の原則

企業会計は、財務諸表によって、利害関係者に対し必要な会計事実を明瞭に表示し、企業の状況に関する判断を誤らせないようにしなければならない。

どの利害関係者でも分かるように、一般的に用いられている勘定科目で示すことや、ひと目で分からない部分は注記(決算書の下に記載する注意書き)することで、利害関係者の判断にミスリードが起きないよう、明瞭に表示しなければなりません。

5)継続性の原則

企業会計は、その処理の原則及び手続を毎期継続して適用し、みだりにこれを変更してはならない。

例えば、固定資産の減価償却方法には定額法や定率法など幾つかの方法が認められていますが、一度採用した償却方法は、よほどの理由がない限り変更してはいけません。定額法と定率法では減価償却費として計上される金額が異なります。もし年ごとに変更ができてしまえば、利益を大きく見せたいときは、定率法に比べ減価償却費を少なく計上できる(購入初期の場合に限る)定額法を採用するなど、利益操作が可能になってしまいます。

また、年ごとに計算方法が異なる金額では、期間比較をすることもできません。そのため、一度採用した会計処理の原則や手続きは、継続して適用しなければなりません。

6)保守主義の原則

企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない。

保守主義では、売上などの収益は遅く少なめに、費用や損失は早く多めに見積もって会計処理を行うことが求められています。つまり、自社にとって良いことは遠慮気味に、悪いことは早めに公表するということになります。もちろん、上記の真実性をゆがめるような会計処理をしてはいけません。

具体例には、取引先が倒産しそうという情報が入ったときに、なるべく早く貸倒引当金を計上して、将来生じそうな損失を利害関係者にいち早く報告することがあります。

7)単一性の原則

株主総会提出のため、信用目的のため、租税目的のため等種々の目的のために異なる形式の財務諸表を作成する必要がある場合、それらの内容は、信頼しうる会計記録に基づいて作成されたものであって、政策の考慮のために事実の真実な表示をゆがめてはならない。

会社が作成する決算書は1つだけしか認められません。例えば、株主総会用には利益を大きく、税務申告用には利益を小さくした2種類の決算書を作ることなどを禁じています。もちろん、裏帳簿や二重帳簿と呼ばれる複数の帳簿も作ってはいけません。

2 3つの考え方(主義)

1)発生主義

すべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割当てられるように処理しなければならない。

費用と収益は、現金のやり取りではなく、取引が発生した事実に基づいて認識する考え方です。例えば、掛け仕入れや掛け売上をした際には、現金の支払いや受け取りは生じていません。しかし、掛け仕入れや掛け売上をした時点で費用や収益が発生しているとして、会計上の仕入(費用)や売上(収益)に計上されることになります。

また、身近な例で言えば、立替経費があります。自身が立て替えた電車代やタクシー代などの経費(費用)は、月次決算を組んでいる会社であれば、その月に計上しなければなりません。経費精算の締め切りが厳守されているのは、決算書を作る上でこの発生主義を守らなければならないからです。

2)実現主義

未実現収益は、原則として、当期の損益計算に計上してはならない。

実際に実現したものだけを収益として確定する考え方です。売上に関しては、いつ実現したのかを判断するために、納品基準(商品を納品したときに実現したとする)、出荷基準(商品を出荷したときに実現したとする)、検収基準(納品された商品に不良がないと認められたときに実現したとする)などの基準を設け、それぞれの時点で売上に計上されることになります。

上記の発生主義では、商品などの受け渡しがなくても、口約束だけで売上が計上できてしまうなど、利益操作が行われやすいというデメリットがあります。そのため、売上に関しては計上できる時期をより厳格になるように、発生主義ではなく実現主義で認識することになります。

3)費用・収益対応の原則

費用及び収益は、その発生源泉に従って明瞭に分類し、各収益項目とそれに関連する費用項目とを損益計算書に対応表示しなければならない。

特定の売上に対して個別に対応可能な費用は、売上の計上に合わせて認識する考え方です。例えば、建築やソフトウエアの開発など完成までに1年を超える事業がある場合、建築や開発にかかった費用は建設仮勘定(ソフトウエア開発の場合は、ソフトウエア仮勘定)などに一旦資産計上し、完成・納品(工事進行基準の場合は進捗度合い)などにより売上が立ったときに、費用計上(製造原価や減価償却など)することになります。

以上(2021年3月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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画像:MR Gao-Adobe Stock

経営効率化を図る「持株会社化」のメリットと具体的な手法を解説

書いてあること

  • 主な読者:持株会社を活用した経営統合を検討している経営者
  • 課題:持株会社化のメリットとデメリット、具体的な手法を知りたい
  • 解決策:現在の組織体制、株主との関係、各事業の好不調に応じて適切な方法を選択する

1 経営の先行きが不透明な中でのグループ経営

持株会社とは、他社の株式の相当割合を保有し、子会社として支配・管理することを主たる事業とする会社で、一般的には、

  • 純粋持株会社:子会社の活動を支配・管理することを主たる事業とする
  • 事業持株会社:子会社の支配・管理を行うだけでなく、自らも何らかの事業を行う

といったように分類されます。本稿では、持株会社が子会社の株式を100%保有して経営統合することを「持株会社化」とします。持株会社化によって、グループ間の役割を分離する、好調な事業への投資をする、不調な事業から徹底するなどの判断がしやすくなります。

持株会社化のメリットとデメリットを整理した上で、具体的な手法として「株式移転」「株式交換」「会社分割」の概要を紹介します。

2 持株会社化の一般的なメリットとデメリット

1)戦略立案と事業遂行を分離した効率化。ただし、運営が複雑になることも?

持株会社化の最大の特徴は、経営戦略と個別事業の分離です。グループ全体の経営戦略を持株会社が担い、個別事業の執行を子会社に委ねることで、権限・責任の明確化とグループ全体の戦略の最適化が図れます。

一方、子会社はグループ全体の方針や意思決定に従うため、この点で経営の自由度は低下します。また、重要な意思決定は、子会社のみならず、持株会社(場合によっては他の子会社)との調整が必要になります。会社法上も、取締役会等の機関は持株会社・各子会社に設置することになり、この点も経営判断の遅れや手続の煩雑化などの原因になります。

2)管理部門の効率化が見込める。ただし、管理体制の整備が不可欠?

子会社に配置すべき人事や総務、法務といった管理部門等を持株会社が包括して担当するなどして、グループ全体の業務を効率化できます。

ただし、グループ全体の管理体制が整っていないとこのメリットは享受できず、逆に混乱を招きます。そのため、管理部門等の重複業務の効率化という視点から、シェアードサービスを提供するなど、最適化を図る必要があるでしょう。

3)各企業が独立できる。ただし、一体感の醸成は困難?

持株会社化で個々の企業を傘下に収めることで、一体的な経営ができます。合併との違いは、企業文化の融合や人事制度の擦り合わせが不要な点です。つまり、個々の企業の個性を生かしつつ、経営の一体化が図れます。こうした特徴を踏まえ、将来の合併を見据えつつ、その前段階として持株会社化を図るケースなどがあります。

半面、グループとしての一体感の醸成を阻害することにもなります。こうした傾向は、意思決定の迅速化や各企業の自主性を重視して権限委譲を進めるほど顕著になりがちです。

4)機動的な事業再編が可能になる。ただし、維持には相応の負担が掛かる?

持株会社化によって、グループ内の事業の再構成を機動的に行えます。例えば、事業の拡大を図るために他社を取り込む場合、持株会社傘下の一事業会社とすることができます。また、不採算事業を切り離すときも、事業ごとに会社を分けておけば、その不採算事業を担当する会社の株式譲渡等を行って事業を切り離すことができます。

一方、持株会社の維持には相応の負担が生じます。純粋持株会社の収益源は子会社から受け取る剰余金の配当、子会社が支払う経営指導料やブランド使用料などに限られてしまいます。事業持株会社には本業の収益がありますが、費用の相当部分は子会社負担が一般的です。

5)税制上のメリットを受けられる

1.グループ法人税制の適用

子会社の株式を100%保有すると、グループ法人税制が強制的に適用されます。詳細は省略しますが、グループ法人税制では、100%グループ内における一定資産の譲渡に関する譲渡損益の繰り延べ、受取配当金の益金不算入、寄附金の損金・益金不算入等が定められています。

2.連結納税の導入

所定の手続をすれば、持株会社化によって法人税の連結納税ができます。連結納税とは、企業グループ内の個々の企業の所得と欠損を通算して法人税を課税する仕組みです。「景気動向の影響を受ける企業と常に安定している企業の損益を通算し、景気後退時の納税額を抑える」ことなどが可能です。

ただし、連結納税制度の適用を受ける際は、一定の要件に該当する連結子法人の繰越欠損金を引き継ぐことができない、子会社が保有する一定の資産については時価評価をする必要があるなどのデメリットもあります。

6)事業承継対策に活用することができる

純粋持株会社化は事業承継対策の面で効果が期待できます。詳細は省略しますが、純粋持株会社の株価評価は、純資産価額法となるため、純粋持株会社化することで株価の評価額を引き下げられる場合があります。また、複数の事業会社がある場合、相続の対象となる株式を純粋持株会社の株式のみにできるので、株式の分散防止や相続時の手続の簡素化などが図れます。

3 「株式移転」による持株会社化

株式移転とは、1または2以上の株式会社がその発行済株式の全部を新たに設立する株式会社に取得させることです。子会社の株主には、持株会社の株式などを交付することで、持株会社の傘下に複数の完全子会社を置くことが可能です。株式移転による持株会社化を「株式移転方式」ということもあります。

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株式移転の特徴は、持株会社(A社)を新設する点であり、持株会社と子会社はいずれも株式会社でなければなりません。また、子会社の株主に株式の対価として交付するものは、持株会社の株式や社債などとされています。一般的には、組織再編税制における適格要件を充足するために、持株会社の株式のみを交付することが多いようです。組織再編税制における適格要件は、1.完全支配関係内(100%グループ内)の組織再編、2.支配関係内(50%グループ内)の組織再編、3.共同事業を形成するための組織再編でそれぞれ異なります。しかし、いずれの場合であっても、対価要件(株式移転等の対価として、移転後の持株会社の株式等以外の資産が交付されないこと)が課されています。

これに加え、1.と2.の場合においては従前の支配関係継続が要件となります。また、2.と3.の場合には事業継続と従業者の引き継ぎ(おおむね80%)も要件となり、3.の場合はさらに事業の関連性、発行済株式の80%以上の継続保有、事業規模5倍以内または特定役員の継続就任が要件となります。

株主・債権者への対応としては、子会社の反対株主の株式買取請求権が認められています。

一方、債権者保護手続については、特定のケースに限定されています。債権者保護手続とは、合併などを行う場合、債権者に対して事前にその旨を知らせ、異議を述べる機会を設ける手続です。異議申立のあった債権者に対しては弁済などの措置を取らなければなりません。株式移転における債権者保護の対象は、交付される持株会社の新株予約権が、新株予約権付社債に付された新株予約権である場合の、新株予約権付社債権者に限られます。

4 「株式交換」による持株会社化

株式交換とは、株式会社がその発行済株式の全部を他の株式会社または合同会社に取得させることです。株式交換は、株式移転と同様、持株会社の100%子会社化により持株会社化を図るための方法です。株式移転と違うのは、持株会社は既存の会社であることです。株式交換は、主に事業持株会社化をするときに利用されます。

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子会社の株主に株式の対価として交付するものは、株式や社債などに限定されておらず、現金を交付することができます。ただし、組織再編成税制における適格要件の1つに、持株会社の株式のみとする旨が定められているのは株式移転と同じです。

株主・債権者への対応としては、株式移転と同様、子会社の反対株主の株式買取請求権が認められているだけでなく、持株会社の反対株主の株式買取請求権も認められています。

一方、債権者保護手続については、株式移転と同様、子会社の新株予約権付社債権者に対して必要である他、子会社の株主に株式移転の対価として持株会社の株式等以外の財産(現金等)を交付する場合は、持株会社の既存の債権者に対しても必要となります。

5 「会社分割」による持株会社化

会社分割とは、株式会社または合同会社が事業に関して有する権利義務の全部または一部を、分割後に他の会社に承継させる手続です。会社分割には、

  • 新設分割:事業に関して有する権利義務を新たに設立する新設会社に承継させる
  • 吸収分割:事業に関して有する権利義務を既存の承継会社に承継させる

といった手法があります。「新設分割」は、複数の事業部門を有する会社を事業部門ごとに分社化して独立採算制とする(カンパニー制)場合などに使われます。一方、「吸収分割」は、グループ会社において実質的に重複する事業を行っているケースなどにおいて、1つの会社に同一事業を集中して経営効率を上げる場合などに使われます。

会社分割では、純粋持株会社を創設させるための方法として「抜け殻方式」と呼ばれる方法があります。抜け殻方式とは、事業に関する権利義務の全部を他の会社に承継させて、親会社はグループ統括のみを行うようにする方式です。

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会社分割には、会社の一部の事業を切り分けて分社化する際に煩雑な手続を回避できるという大きなメリットがあります。

会社の一部の事業を他の会社に譲渡する方法には「事業譲渡」もあります。しかし、事業の包括承継ではないため、譲渡する事業に係る契約を全て個別に結び直す必要があります。債務も当然には承継されないため、個別の債権者の同意が必要です。これに対して、会社分割は事業を包括承継できるため、事業に関する契約は当然に引き継がれますし、個別の債権者の同意も不要です。また、事業承継の対価として必ずしも資金を用意する必要はなく、株式を割り当てることができます。

以上(2021年3月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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【文例付き】渋沢栄一、豊臣秀吉の「名言」を使った若手社員に向けたスピーチ

書いてあること

  • 主な読者:朝礼などで若手社員に期待することを伝えたい経営者
  • 課題:若手社員は「失敗」や「目立つこと」を極度に嫌がるとの調査結果もあり、意識のギャップがある
  • 解決策:若手社員の傾向に配慮しつつ、先達の名言なども引用して伝えていく

1 「失敗」や「目立つこと」を極度に嫌がる令和の新入社員

清少納言や吉田兼好も随筆でこぼしていた、「最近の若者は……」という愚痴。世代間に意識のギャップがあるのは、いつの時代にも共通した人類の永遠のテーマなのかもしれません。とはいえ、若者は会社の未来を担う重要な存在。経営者の熱い思いを伝え、一緒に会社の未来を作っていきたいものです。そのためには、まずは若手社員との意識のギャップがあることを知っておくことが大切です。

日本能率協会マネジメントセンターが2020年11月に公表した「イマドキ若手社員の仕事に対する意識調査2020」(以下「若手社員の意識調査」)によると、最近の若手社員は、他の世代の人たちと比べて、「失敗」や「目立つこと」を極度に嫌がる傾向があるようです。一方の経営者には、若いうちにどんどん失敗してほしい、遠慮なく自分の意見を主張してほしいなどと考え、やはり両者にはギャップがあるかもしれません。

そこで本稿では、若手社員のこうした傾向を踏まえた上で、彼らの意識の変化を促すようなスピーチを、先達の名言を使った文例も添えて紹介します。

2 文例1 「成功か失敗か」より重要なことを気付かせる言葉

「成功失敗の如きは、謂わば丹精した人の身に残る糟粕(そうはく)のやうなものである」(渋沢栄一*)

1)文例

皆さんも理解されていると思いますが、社会人は結果が全てというのは、正しい考えです。ですが、その「結果」というものが何なのか、もう一度考え直してみてください。なぜなら私は、一時的な成功で利益を上げたり、プロジェクトを成功させたりすることだけが、結果だとは思っていないからです。

明治時代に金融業や鉄道・運輸業、製造業、エネルギー産業、宿泊業など約500社もの設立に関わった渋沢栄一は、「論語と算盤(そろばん)」の言葉で知られるように、ビジネスマンに倫理観や公益性を強く求めた人物です。

その渋沢は、「成功失敗の如きは、謂わば丹精した人の身に残る糟粕のやうなものである」と語っています。成功や失敗というものは、人としての責務を全うし、努力をした人の体に残った酒かすのように、価値の低いものだというのです。つまり、結果はどうであれ、それまでの努力が大切だということです。

私は渋沢の考えに賛同します。むしろ、真剣に向き合ってどんどん失敗してほしいと思います。失敗は失敗した人だけが経験できる貴重なものであり、その経験は次のチャレンジで必ず活きてくるからです。皆さんが高い志を持って努力し、自分を磨いていくことのほうが、会社にとってははるかに好ましいことなのです。

2)解説:「失敗=悪=恥」という意識にとらわれた若手社員を解放する

若手社員の意識調査によると、若手社員ほど「失敗を恐れない」人の割合が低く、「失敗したくない」人の割合が高くなっています。その背景には、「恥をかきたくない」「他人からの評価が気になる」といった思いもあるようです。

今の若手社員は、バブル崩壊で経済が長年低迷し、中国にGDPで抜かれ、少子高齢社会への対策が遅れるなど、日本の「失敗する姿」ばかりを見続けて育ちました。閉塞感から抜け出せない雰囲気の中で、世の中の厳しさを強く感じてきた若者たちが、「失敗=恥」と考えるのは自然なことでしょう。逆に、今の若手社員は、結果を出すことの重要さを痛感している、危機感をしっかりと持った世代、と見ることもできます。

かといって、「成功=善」「失敗=悪」という二元論にとらわれ過ぎることは、好ましくありません。自分の夢に向かって進むことや高い志を持つこと、挑戦すること、経験を積むことなど、二元論以外にも考え方があることを示してあげるのが大切です。

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3 文例2 「目立つ」ことや「主張する」ことを後押しする言葉

「自分が気に入らぬからといって、ほかの者も気に入らぬとはかぎりますまい」(豊臣秀吉**)

1)文例

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の中で1人だけ採用するとしたら、私は迷わず秀吉を選びます。なぜなら、秀吉は「人たらし」との異名があるように、愛想がよく、周囲の人たちに気遣いができる人だったからです。ですが、人に合わせるだけでは自分がありません。空気を読む力を持っていた秀吉ですが、あえて空気に逆らうこともできたことが秀吉の素晴らしいところです。

秀吉が最初に仕えたのは、今川義元の家臣である松下之綱(ゆきつな)でした。一説によると、秀吉は之綱の配下として能力を発揮し出世するのですが、同僚たちの妬みを受け、無実の罪で訴えられます。秀吉は無実を主張し、之綱も無実だと分かっていましたが、「大勢の家臣には替えられない」と、秀吉を解雇したといいます。その後、信長の配下で秀吉が大活躍し、之綱の仕える今川家が没落したのは、皆さんご存じの通りです。

組織である以上、同僚に合わせることは必要ですが、その前提は各人が自分の意見を持ち、議論した結果です。之綱は秀吉のことを指して、「あのような男を誰が召し抱えるのか」と言ったそうです。秀吉はこれに反発し、「(あなたは)大将たるべき器量をお持ちでない方だ。自分が気に入らぬからといって、ほかの者も気に入らぬとはかぎりますまい」と言い返したそうです。

同僚に合わせるというのは、「自分を曲げる」ということではありません。皆さんも秀吉のように、正しいと思ったことは、私を含めたあらゆる社員に対して、遠慮せずに意見してください。この会社では、同僚の妬みという心配も無用です。秀吉のように、「きっと誰かが自分を評価してくれる」と信じて、自分の能力を存分に発揮してください。

2)解説:集団の空気に逆らう勇気も

若手社員の多くは、SNSを使いこなし、オンラインで「人とつながる」ことの経験が豊富です。グループ内で良好な関係を維持することにたけているといえます。彼らはメッセージの文面や絵文字だけでも集団の空気を読み、自らが目立つことを避け、相手に合わせ、主張しないことを身に付けてきたのです。

若手社員の意識調査でも、若手社員ほど目立つことや主張することを控え、周囲と同調しようとする傾向が顕著となっています。その点では、会社という組織で活動するには、非常に適した人材だといえるでしょう。

しかし、先々、会社の屋台骨を支える人材に成長してもらうには、周囲と同調しているだけでは困ります。価値観の違い、と言ってしまえばそれまでですが、時にはあえて空気に逆らって、自分が正しいと思った意見を主張する、周りから抜きん出る、ということの重要さも伝えておきたいものです。

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【参考文献】

(*)「青淵百話 乾」(渋沢栄一、国書刊行会、1986年4月)
(**)「名将言行録 現代語訳」(岡谷繁実、北小路健・中澤恵子訳、講談社、2013年6月)

以上(2021年3月)

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画像:pixta

【朝礼】夢は無限、チャンスは有限

皆さん、おはようございます。早いもので2020年度も間もなく終わりを迎えます。今年度はコロナ禍の影響もあり、仕事でもプライベートでも「耐え忍ぶ」場面が多かったかもしれません。我が社は既に反転攻勢に出ていますが、来る2021年度、皆さんにはさらに攻めの姿勢に転じ、困難に「挑戦する」一年にしてほしいと思います。そこで、今日は挑戦をテーマにした話をします。

皆さんは、登山家の植村直己(うえむらなおみ)さんをご存じでしょうか。1970年に日本人で初めて世界最高峰のエベレスト登頂に成功し、さらに同年、北米大陸のマッキンリー登頂を成し遂げて、世界初の五大陸最高峰登頂者となった人です。日本列島3000キロを徒歩で縦断したり、北極圏1万2000キロを犬ゾリで完走したりと、登山以外にも数々の冒険に挑戦されました。こうした偉業だけを見ると、恐れを知らない人に思えるかもしれませんが、実は植村さんには、人一倍臆病な上に、高所恐怖症という意外な一面がありました。

では、こうしたハンディを持ちながら、なぜ植村さんは数々の偉業を成し遂げることができたのでしょうか。私は彼の自伝を読んで、1つ大きな理由があると感じました。それは、植村さんが「今しかない」という感覚を非常に大事にしていたことです。植村さんは大学4年生のとき、友人がアラスカの山で日本では見られない氷河を見てきた話を聞き、「外国の山に登りたい」という夢への情熱を燃やします。

就職してから渡航するという選択肢もあったのでしょうが、植村さんは「今、山に登ることが幸せになる道だ」と信じて疑わず、就職そっちのけでヨーロッパのアルプスに渡ります。そして、生まれて初めて氷河を目の当たりにした植村さんは、その美しさに魅入られ、登山家としての人生を本格的にスタートさせます。

登山家としての活動を本格的に開始した後も、「今しかない」を大事にする姿勢は変わりませんでした。エベレストの登山隊に推薦されたときにも、「このチャンスを逃してはならない」と二つ返事でこれを引き受けています。彼の自伝の中では、さまざまな局面で「チャンス」という言葉が登場しているのです。

さて、皆さんの中に、仕事あるいはプライベートで成し遂げたい夢や目標がありながら、「今は他のことが忙しいから」「まだタイミングじゃないから」と、それを先延ばしにしている人はいませんか? 夢を抱くことは誰にでもできます。しかし、その夢をかなえるチャンスは、いつまでも皆さんを待ってくれません。タイミングを逸して他の人に先を越されたり、コロナ禍のように予想できない事態に見舞われて、チャンスを逃したりすることは少なくありません。

夢は無限に広がりますが、チャンスは有限です。先延ばし癖が付いている人は、「今しかない」を大事にして、挑戦する2021年度にしてください。

以上(2021年2月)

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画像:Mariko Mitsuda

J.Y.Park氏~部下のヤル気を引き出す「フィードバックの神」~/2021年、最も学ぶべきマネジメントの三賢人

書いてあること

  • 主な読者:部下のヤル気を引き出したい経営者
  • 課題:耳の痛いことを伝えたいが、直接的に言うと傷ついてしまうのでは……
  • 解決策:J.Y.Park氏の言葉から「褒める→改善点の指摘→褒める」などのメソッドを学ぶ

コロナ禍は我々の働き方を大きく変えました。2020年4月、1度目の緊急事態宣言が発出されると、リモートワークが一気に広がりました。否応なしに普及したオンラインコミュニケーションに自己不全感を感じるビジネスパーソンも少なくありません。また、収入減を補うための副業が増えたことで、現職への帰属意識はおのずと低下せざるをえない状況です。いま、従業員から見た企業や組織への求心力は著しく揺らいでいます。
そして2021年は、2度目の緊急事態宣言発出から始まってしまいました。ウィズコロナの中で、企業にとって組織マネジメント力を高めることは至上命題です。

本連載では、最も旬といえる3人の指導者を「マネジメントの三賢人」として取り上げます。なにゆえ彼らのチームビルディングやメンバーコミュニケーションが素晴らしいのかを、そのメソッドの背後にある理論的裏付けとともに解説していきます。組織マネジメントの要諦について、理論だけでなく実際の事例とともに学ぶことで、実践につなげていきやすいと考えるからです。学んで真似て体得する。ぜひ組織変革の一助としてください。

  • 第一の賢人
    韓国人音楽プロデューサーのJ.Y.Park(パク・ジニョン)氏
    オーディション番組「Nizi Project」(ニジプロ)からデビューし、いきなり紅白歌合戦にも出場を果たした大注目ガールズグループ「NiziU」を世に出したプロデューサー。

学んで真似るポイント

  • 部下のヤル気を引き出す、そして成長を促すフィードバックのやり方
  • 部下の会社への愛着心を高めるには、組織の成果を追うだけでなく部下の成長にコミットすること
  • 成長を促すには、相手を傷つけず、耳の痛いことをきちんと伝える技術が最も重要
  • J.Y.Park氏から、部下の成長に伴走していくフィードバックについて学びます

1 プロデューサーの金言

「NiziU」を世に送り出したオーディション番組「Nizi Project」(ニジプロ)は、ソニーミュージックと韓国の大手芸能プロダクションJYPエンターテインメントによる合同オーディション・プロジェクトでした。命名の由来は、“虹”のようにメンバーそれぞれの個性が様々な色を放つようなガールズグループを発掘・育成、世に出したいというコンセプトにあります。
2019年7月中旬にスタートし、日本国内8都市とハワイ、LAにてグローバル・オーディションを開催。応募者は10,231人に及びました。総合プロデューサーのJ.Y.Park氏によって26人が選ばれ、東京合宿と韓国合宿を経て、最終デビューメンバー9人が決定。プレデビュー曲がストリーミング再生で1億回を突破するという驚異の数字を叩き出しました。

番組では、パート1として地域オーディションから東京合宿の模様を放送、パート2として、韓国にあるJYPトレーニングセンターにて6カ月間に及ぶデビューに向けた練習の模様を放送しました。ガールズグループ、韓流というキーワードもあいまって、当初から若い女性の間では話題になっていました。しかし徐々に、この韓国人プロデューサーの発する言葉が「とにかく感動的だ」と話題になり、年齢や性別を問わず注目を集めるようになっていったのです。J.Y.Park氏がフィードバックの神といわれる所以は、彼の言葉力にあります。

2 なぜフィードバックが重要なのか

フィードバックとは、もともと制御工学で使われている用語で、出力結果を入力側に戻し、出力値が目標値に一致するように調整することを指します。このことから、求める結果との「ずれ」と「その原因」を行動側に戻すことを、「フィードバックする」と表現するようになりました。
ビジネスにおけるフィードバックとは、行動や成果に対する評価内容を伝え、より良い結果へ導くための手法を指します。組織の生産性向上を図るためにも、フィードバックは不可欠ですが、昨今、よりその重要度がクローズアップされています。

冒頭でも述べたように、コロナ禍において、多くの企業が従業員の求心力を維持することに苦慮する中、従業員の会社に対する「愛着」「思い入れ」「絆」=「エンゲージメント」を高める取り組みが急務です。実は、従業員の成長実感がこのエンゲージメント向上に直結しているのです。
フィードバックには人材育成の役割を果たす側面もあります。企業と従業員とが相互に影響し合い、共に必要な存在として絆を深めながら成長できるような関係を築いていく。こうして組織への求心力を高めるために、フィードバックの重要度が増しているわけです。

3 耳の痛いことをきちんと伝える

しかし、フィードバックは意外と難しいコミュニケーションです。そもそも、求める結果との「ずれ」と「その原因」を行動側に戻すことが目的なわけですから、聞き手に耳の痛いことを伝えるシーンがどうしても多くなります。言い方を間違えれば、部下を混乱させ傷つけてしまいかねません。部下ができていないことを伝えるのは、けっこう勇気がいるものです。
読者の皆さんの中にも、「直接的に言うと傷ついちゃうかなぁ。でも遠回しに言っても伝わらないしなぁ……」といったような悩ましい経験をした方が相当数いるのではないでしょうか。実際にアメリカのある調査では、回答者の44%が「ネガティブなフィードバックはストレスを感じる」と答えています。
組織マネジメントの成否を左右するフィードバックですが、その効果は正しく行われてこそ発揮されるものです。要するに、伝え方が命なわけで、特に耳の痛いことをきちんと伝える「技術」がものすごく問われるのです。

4 「褒める→改善点の指摘→褒める」というサンドイッチ

「素質と成長の可能性を見たら13人の中で最高です」
「ただし才能がある人が夢を叶えられるわけではありません。自分自身に毎日ムチを打って、自分自身と戦って、毎日自分に勝てる人が夢を叶えられます」

オーディション中に、個人のテストで体力が最後まで続かなかったメンバーがいました。その時にJ.Y.Park氏が発した言葉です。この言葉がフィードバックの核心をついています。

相手の自尊心を傷つけないで、より効果がある言葉で話しかけることができるかどうか。これで、耳の痛い指摘の伝わり方に雲泥の差がでます。彼は「素質と成長の可能性を見たら13人の中で最高です」と、まず評価した上で、温かくも厳しい言葉を投げかけます。
人間は、もともと対立する2つの基本的欲求──「学び成長したい」という衝動と「現状のままの自分を受け入れられ愛されたい」という衝動──を抱えています。フィードバックは、その葛藤が起きやすい局面なのです。
改善点の指摘というネガティブなフィードバック(具)を、褒めるというポジティブなフィードバック(パン)で挟んで行う=サンドイッチのように「褒める→改善点の指摘→褒める」という順番で行う。これが改善点を指摘された部下のモチベーション低下、といったフィードバックによる悪影響を、最小限に抑えることができるポイントとされています。
彼の言葉は、まさにフィードバックのセオリーを体現しています。

5 状況Situation/行動Behavior/影響Impact

「僕たちはみんな1人1人顔が違うように、1人1人の心、精神も違います。見えない精神、心を見えるようにすることが芸術です。だから自分の精神、心、個性が見えなかったらそのパフォーマンスは芸術的な価値がないのです」

地域予選の最終審査で、ありのままの姿で表現ができていなかった候補者に対する指摘です。ダンスパフォーマンスをする上で切っても切り離せない芸術性について、彼なりの言葉で語っています。芸術の定義は人それぞれ違ってくるでしょうが、彼ははっきりと言語化し、聞いた人が次につなげられるように指摘しています。

たとえば「個性が大事だ」とはよく言われるけれど、それだけだと「じゃあ個性って何?」となってしまう人も多いはず。でも彼の言葉は的確です。「なるほど。ただうまさを見せるだけではなく、やるべきは芸術なんだ。この曲を通して自分が何を感じ、自分が何を伝えたくなったかを表現してみよう」と具体的に方向を変えられる指摘になっているのです。

この語りは、実は「SBI」というメソッドに通じています。「SBI」とは、部下の状況・状態(Situation)を、行動レベル(Behavior)で捉え、その影響(Impact)について客観的に伝えるというやり方。できるだけ具体的に伝えることで、軌道修正がしやすくなります。成長に向けたイメージが持てれば、耳の痛いことも飲み込みやすくなるものです。

6 心理的安全性

J.Y.Park氏は1人1人に対して、問いかけ、本人の口で語らせ、いいところがあったらしっかり褒め、改善すべきところがあったら、事実を穏やかに述べ、行動を是正させます。頭ごなしに怒ったりもしないし、わざと厳しい言葉をかけることもありません。
しかし彼の言葉がここまで響いてくるのは、言葉選びのセンスだけではありません。彼が発する金言の数々からは、「一人の人間としてあなたを尊重しています」という姿勢が漏れ出ているようです。

「皆さんがここで26位になっても、脱落したとしても、皆さんが特別ではないということではありません。1位になっても26位になっても同じように特別です。このオーディションはある特定の目的に合わせてそこに合う人を探すだけで、皆さんが特別かどうかとは全く関係ありません。1人1人が特別じゃなかったら生まれてこなかったはずです」

J.Y.Park氏は、最終合宿の冒頭でこう語りかけました。これは、まさに心理的安全性の提供です。心理的安全性(Psychological Safety)とは、“他人の反応におびえたり、羞恥心を感じたりすることなく、自然体の自分をさらけ出すことのできる環境を提供する”という心理学用語です。ご存じかもしれませんが、あのグーグルが、最もパフォーマンスを発揮するチームの条件として発表したことで、一気に注目を集めるようになりました。

彼の言葉によって、オーディションメンバーは「たとえ脱落しても、自分の存在そのものを否定されるのではない。だからこそ思い切ってパフォーマンスできる」と感じることができたはず。
また、こうした土壌が、耳の痛い指摘も受け入れることができやすくなるマインドセットにつながっていくのは言うまでもありません。心理的安全性がフィードバックの効果を高めるのです。

「Nizi Project」は、世の中で部下を持つ管理職には全員観てほしいコンテンツです。コロナ禍の今、まさに求められるマネジメントの理想形がそこにはあります。

(注)本稿で紹介しているJ.Y.Park氏の言葉は「Nizi Project」の番組内での発言を元に書き起こしています。

以上(2021年2月)
(執筆 平賀充記)

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画像:Halfpoint-Adobe Stock

中小企業こそファイナンス思考が役に立つ/経営者のためのファイナンス講座(1)

書いてあること

  • 主な読者:将来の意思決定に役立つファイナンス思考を身に付けたい経営者
  • 課題:ファイナンスの考え方がよく分からない
  • 解決策:「会計」は過去を見せるものであり、「ファイナンス」は将来を見せるもの

1 時代は会計から、会計+ファイナンスへ

近年、「ファイナンス」という言葉をよく聞くようになり、ベストセラー本も出ています。会計が会社や事業にとって必須というのは疑う余地がないものですが、会計と並ぶものとしてファイナンスが認識されるようになったのです。

そこで、この連載では、最近話題のファイナンスについて分かりやすく解説をしていきます。それも、中小企業の観点からファイナンスを捉えてみます。現時点で多くの方にとって、ファイナンスは「正体不明」であり、「うちみたいな中小企業には関係ない」と思っているかもしれません。実は、そんな難しい話でも新しい話でもないのです。ファイナンスの見方と具体例を知っていれば、会計に振り回されずに、より効率的で効果的な経営につながります。

2 ファイナンスとは、「お金」をモノサシに将来を考えること

ファイナンスという言葉は、日本語でいえば「財務」と訳されることが多いようです。しかし、財務という言葉から想像されるような、単なる資金繰りの話ではありません。本当の意味はもう少し広いのです。

ざっくりいえば、ファイナンスとは「お金」をモノサシとするものの見方のことです。これは、皆さんご存じの会計が、利益をモノサシとする見方なのと対照的です。会社を経営するうえでは、会計が扱う利益も大事ですが、ファイナンスが扱うお金も大事ということに、皆さん異論はないでしょう。「勘定合って銭足らず」というように、いくら利益が出ていても、資金が切れてしまったら会社は潰れてしまいます。そこで、利益よりもリアルなお金をモノサシに将来を考えるのがファイナンスの見方なのです。

会計では利益を計算するために、損益計算書などの決まったカタチがあります。一方、ファイナンスでは決算書のような決まったカタチがないので、余計に分かりにくくなっています。そこで、もう一つだけ、ファイナンスを理解するのに役に立つキーワードを紹介しましょう。それは、「将来」です。私がウォルト・ディズニー・ジャパンに勤めていたときの上司だった経営者は、よくこう言いました。「ファイナンスはサーチライト、会計はバックミラー」と。車に例えると、会計は後ろ=過去を見せるものであり、ファイナンスは前=将来を見せるものということです。さらに、「わたしが運転(=経営)を間違えないように、前をよく照らしてくれ」と続けるのが常でした。

3 年度末の節税対策も「ファイナンス」?

皆さんの身近な例で考えてみましょう。中小企業でも、年度末近くになって利益が出そうだと分かり、将来のために物品を購入する場合があります。なかには、頑張ってくれた感謝として従業員に決算賞与を出すうれしい会社も。実は、この取り組みはファイナンスの視点と共通するのです。

それは、決算が締まる前に利益が出るという「将来」を予想し、会社にとってより良い意思決定を行っているからです。もちろん、購入する物品が会社にとって必要なものであることが大前提ですが、利益が出ても税金で持っていかれてしまうなら、この際購入しようと考えるわけです。また、もう一つのキーワードである「お金」にも着目しています。今期だけの目先の数字にとらわれるのではなく、会社にとって必要なものを中長期の将来にわたって考える点で、まさにファイナンスが目指すところでもあります。

4 会計が中小企業の良さをダメにしてしまうこともある

会計の利益だけに目を向けていると、なかなかこのような判断にはつながらないかもしれません。なぜなら、会計の利益というのは、いろいろな決め事に基づいて計算されるバーチャルなものだからです。その一例として、勘定科目の使い方があります。

例えば、飲食業では、利益を出すには、原材料費は3割に抑えるべきだといわれます。皆さんは「俺の〇〇」という飲食店チェーンをご存じでしょうか。店の前に行列が絶えなかったこのチェーンは、その慣習的な考えを打ち破り、高級食材を惜しみなく使いました。当然原材料費は3割では収まりません。しかし、自由に食材を使えることを魅力に感じた高級店出身の料理人を多数起用できたことで話題を呼び、集客に大成功しました。事業としては、立食を中心に回転率を上げたことで、利益を生み出すことができたようです。

このような事業のモデルは、勘定科目にとらわれていたら、なかなか思いつかないでしょう。当然ですが、全体を俯瞰(ふかん)し、全体で利益が出ることこそが大事なのです。

公認会計士の私が言うのも変かもしれませんが、定着しすぎた感のある会計の見方に縛られているのかもしれません。特に個性的な事業が多い中小企業においては、その良さが失われてしまいかねないのです。

5 中小企業こそ、ファイナンスを始めよう

このような特性に加えて、リソースの面から考えても、中小企業がファイナンスの考え方を取り入れることはメリットが大きいといえます。

会計で扱うのは過去の結果ですので、良く見せようとしても限度がありますし、会計処理を工夫したところで事業の本質には関係ないことです。これは、例えば、お化粧で気になる箇所をカバーしようとするのと同じです。できることなら、素肌を整えて、化粧があまり必要ない状態をつくるほうがいいはずです。ファイナンスは「素肌美人」を目指す、会社のこれからの業績を良くするために役に立つ見方なのです。

人やお金などの制約が比較的大きい中小企業にとっては、見栄えよりも本質に焦点を当てられるほうが望ましいはずです。ですので、中小企業こそ、ファイナンスの見方をぜひ身に付けることで効果が高くなるといえます。

この連載では、ファイナンスを手軽に身に付けたい中小企業の経営者のために、具体的な事例を用いて、中小企業に関わる内容だけを選りすぐって、分かりやすく解説していきたいと思います。無理のない範囲で少しずつ進める指針になればうれしいです。

以上(2021年3月)
(執筆 管理会計ラボ 代表取締役 公認会計士 梅澤真由美)

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画像:pixta

第19回 株式会社ispace COO 中村 貴裕氏/森若幸次郎(John Kojiro Moriwaka)氏によるイノベーションフィロソフィー

かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。

第19回に登場していただきましたのは、地球と月が1つのエコシステムになる世界を目指し、月面資源開発に取り組む宇宙スタートアップ企業、株式会社ispace COO 中村 貴裕氏(以下インタビューでは「中村」)です。

1 「宇宙のような、まだ全てが解明されてない事柄について、論理的・科学的に突き詰めていく。そこに非常に惹かれました」(中村)

John

中村さん、お忙しい中お時間をいただき本当に愛りがとう(愛+ありがとう)ございます!
お話をお伺いできることを、とても楽しみにしていました。

現在は宇宙関連の事業という非常に夢のある業界でご活躍されている中村さんですが、小さい頃から今のようなお仕事をしたいと思っていたのですか?

中村

いえ、実は小さい頃の夢は魚屋さんでした。仲の良い友達のお父さんが魚屋さんだった、という理由からです(笑)。

高校生になって本が好きになると、今度は「小説家になりたい」と思うようになり、高校の図書室でさまざまな本を借りて読むようになりました。

宇宙に興味を持ったきっかけは、当時たくさん読んだ本の中の1つ、科学雑誌の「ニュートン」でした。
ブラックホールとは何か、相対性理論とは、宇宙や太陽はどうやってできたか、といったテーマについて書かれており、好奇心・探究心が刺激され、感銘を受けたのを覚えています。

まだ高校生でしたので、難しい文献などは読めなかったのですが、ニュートンは非常に分かりやすく、おもしろく読めました。
宇宙のような、まだ全てが解明されてない事柄について、論理的・科学的に突き詰めていく。そこに非常に惹かれました。

John

ぐっと心が熱くなるようなものに出会った、という感じでしょうか。

中村

まさに、そうですね。ニュートンとの出会いから、天文学や惑星科学、宇宙物理学といった領域に興味を持つようになったのです。

そうした領域への興味から、大学は九州大学理学部の地球惑星科学科へ進学、卒業後は東京大学の大学院で、引き続き惑星科学を学びました。

僕が修士課程2年の頃、東京大学で「アントレプレナーシップ道場」という起業やスタートアップについて学ぶプログラムがスタートし、ビジネスについても同時に学び始めました。
1期生として同プログラムを受講し、友人たちと一緒に人工的な流星をつくるビジネスプランを発表したりしていましたよ。

John

中村さんは、東京大学の「アントレプレナーシップ道場」で1期生だったのですね。ニュートンとの出会いから一貫して宇宙に関わられてきたとのことですが、ファーストキャリアはコンサルティングファームのアクセンチュアですね。なぜ、コンサルタントの道を選ばれたのですか?

中村

その当時は、宇宙というコンテンツ以上に、新規事業やビジネスを生み出すことへの興味が高まっていたのです。

アクセンチュア入社後は、小売や製造業界へのコンサルティングをしていました。ハードな日々でしたが、非常にやりがいを感じていました。

John

そこからどのように、再び「宇宙」というテーマに関わることになったのでしょう?

中村

ispaceの現CEO 袴田武史との出会いがきっかけです。
友人から「Googleがスポンサーの月面探査レース『Google Lunar XPRIZE』に挑戦している、袴田という日本人がいる」という話を聞いて会いに行ったところ、意気投合しました。
「ぜひ一緒にやりたい」と思い、ボランティアでプロジェクトに参加することにしたのです。

当初僕たちは、オランダのホワイトレーベルスペースという会社の日本拠点、ホワイトレーベルスペース・ジャパンとして活動していました。オランダチームが月面への着陸船をつくり、日本チームはローバー(月探査車)をつくる、という役割分担でした。

しかし、数年たった頃にオランダのホワイトレーベルスペースが「資金が集まらないので、レースから撤退する」という決定をしたのです。
では、ホワイトレーベルスペース・ジャパンはどうしようか。
考えた末、ローバーに特化したチームとして独自にレースへの参加を継続することにしたのです。

その時に、プロジェクト名を「HAKUTO(ハクト)」と改め、株式会社ispaceを設立しました。

John

オランダ本社が資金調達で苦戦して撤退する中で、日本チームだけでも継続しようと判断されたことは素晴らしいですね。現に、株式会社ispaceの累計調達金額はシードラウンド、シリーズAにおける103.5億円、シリーズBにおける35億円と合わせて約140.5億円と順調に資金調達をされています。(2020年12月時点)

また、現在COOとしてご活躍されている中村さんが、初めはボランティアで参加されていたというお話に、驚きました。当時の状況を教えて頂けますか?

中村

ホワイトレーベルスペース時代から、プロジェクトの参加者は全員ボランティアだったのです。特に僕が在籍していたアクセンチュアは兼業・副業NGでしたからね。

スタート当初は、クラウドファンディングで100万円集めて「やった!」とみんなで喜んでいたものです。

それから僕は、ispace立ち上げのタイミングで兼業OKのリクルートの新規事業開発部門へ転職し、平日はリクルートで働き、平日夜や週末にispaceに参加するようになりました。

本格的にispaceへ入社したのは、2015年のことです。
社員は袴田と私の2名。少しずつ投資していただけるようになり、パートナー企業が増えてきたことで、企業として運営できるようになっていきました。

初めはローバーのみで、航行・着陸など輸送部分は他社に依存していたのですが、月面探査の領域で本格的にビジネスとして参入していくために輸送への参入を決定しました。
その準備に向けて、2017年末ごろにはシリーズAで100億円超の調達に成功し、次のフェーズに入っていったような形です。

John

資金調達に成功し、HAKUTOが一気に有名になった時のことを、今でも覚えていますよ。実は私も当時、九州工業大学でロケットをつくるプロジェクトに参加していたこともあり、衝撃が走りました。

ローバーから輸送への参入まで事業を拡大して行かれたわけですが、現在はどのようなチームに成長されているのですか?

中村

ispaceは2021年2月時点で、メンバーは約140名です。6割がエンジニア、4割がビジネス・コーポレートサイドです。

東京にヘッドクオーター、ルクセンブルクと米国に子会社を置いており、米国の子会社はコロラド州デンバーにあります。

ルクセンブルクは「Space resource initiative」というコンセプトを掲げて、国策として宇宙産業に注力されているため、進出先として選びました。

社員のうち半分は日本人で、半分は外国人。年齢も20代後半から70代前半までおり、シニアと若手が混在している、非常におもしろい会社になってきています。

John

ルクセンブルクは、小惑星資源の所有権をルクセンブルク企業だけでなく進出外国企業にも与える新法を制定し、宇宙分野での海外企業誘致に力を注いでいますね。以前のイノベーション・フィロソフィーでルクセンブルク貿易投資事務所のエクゼクティブ・ディレクター松野百合子さんと対談させて頂きましたが、中村さんとの出会いも松野さんからご招待して頂いたルクセンブルク、ベルギー両大使館主催のパーティーでしたね。素晴らしいご縁を頂き、感謝しております。

チーム作りに話を戻すと、非常に多様性のあるチームに成長されていますね。

中村

ダイバーシティを意識してチームをつくったわけではないのです。
ビジョンをしっかりと持ち、ビジネスとテクノロジーの磨き込みを行ってきた結果だと自負しています。

また、資金調達をコツコツ行い、さまざまな機会を通して国内外でのリクルーティング活動に力を入れてきました。

John

今でこそグローバル企業に成長されたispaceですが、中村さんがジョインされた当時は、大手企業から転職するのは勇気が要るご決断だったかと思います。
中村さんの中で、「この会社はいける」という確信があったのでしょうか?

中村

自分がこのタイミングで100%コミットすれば、急激に加速させられる」という根拠のない自信はありました。

また、前々職のアクセンチュアはコンサルティング業でしたので、やはり「自分で事業をやってみたい」という気持ちもあったのです。

それもあってリクルートの新規事業部門へ転職したのですが、どうしても既存産業の上にビジネスをつくっていく仕事が中心でした。

でも、僕は新しい産業自体をつくりたかったのです。
ちょうど自分の子どもが生まれたタイミングでもあったので「次の世代に引き継げるような、新たな産業を残したい」という気持ちもありました。
そうしたいろいろな要素が重なって、転職を決断できたのです。

John

「次の世代のために新しい産業を作る」、スケールの大きいお考えですね!

2 「小型軽量化することで開発のリードタイムを短くし、輸送など全体のコストを下げ、月面着陸のミッションを高い頻度でこなす。このイタレーション(反復)を回していく。それが我々の戦略です」(中村)

John

先ほど中村さんから「次の世代のため」というお言葉がありました。
宇宙産業は日本の閉塞感を打ち破る突破口となる、一大産業に成長するとお考えなのでしょうか?

中村

そうですね。宇宙産業は、今後飛躍的に成長しますし、日本の突破口になり得ると思っています。

2020年時点で、宇宙産業のマーケットは約30〜40兆円。さまざまな予測があるものの、2040年には約140〜300兆円規模、今のマーケットから約4〜8倍に成長すると考えられています。

そんな魅力のあるマーケットの中で、日本がもともと保有する技術力を活かすことができれば、可能性は大きく広がると思います。
実際、月面探査に特化している僕たちispaceも、非常に良いポジションを取っています。

これからは日本全体として、宇宙産業を含めて先行投資すべき領域をしっかりと見極めて、グローバルでリーダーシップを取っていくことが大切になると思います。

John

宇宙産業は、日本がこれまで培ってきた技術を活かせる領域ということですね。
具体的に、どのように日本の技術が役立つのでしょうか?

中村

1番役立つのは、ハードウエア・ものづくりの領域です。
宇宙産業において重要なポイントとなるのは、地球から宇宙へロケットを飛ばすための輸送コストです。

輸送コストはロケット自体の重量に大きく左右されるため、より小さく、軽くする技術というのがキーサクセスファクター。
そして、日本はその小型軽量化の技術に非常に優れています。

現在、ispaceの競合に当たる企業は世界に10社弱ほどいますが、トップ争いをしているのはispaceと米国の大学発ベンチャーと、NASA出身のエンジニアが多いスタートアップの3社。
トップ3社の中でも、小型軽量化という点では、ispaceは他の2社に勝っていると自負しています。

John

米国企業と互角かそれ以上に戦えているということですね! 日本企業が世界でトップ争いをしていることは、本当に素晴らしく、誇りに思います。
月面着陸に関してはどのようなご計画を立てられているのでしょうか?

中村

ispaceは2022年(*)を予定しています。

(*)2021年2月現在の予定

もちろん1番初めに実績を出すということは重要ですし、我々もそれを目指しているところではありますが、それ以上に複数回・継続的にミッションをこなしていくということを重視しています。
小型軽量化というのはそのために欠かせない要素でもあるのです。

小型軽量化することで開発のリードタイムを短くし、輸送など全体のコストを下げ、月面着陸のミッションを高い頻度でこなす。このイタレーション(反復)を回していく。それが我々の戦略です。

NASAなどによるプロジェクトは重厚長大で、どうしても3〜5年に1回となります。そうすると、なかなかイタレーションを回すことができません。

我々は民間企業だからこそできるスピード感のある開発で、チャレンジしていきたいのです。

John

日本らしい小回りの利いた戦い方ですね! 非常におもしろいです。

3 「2040年時点で1000人が月で生活し、年間で1万人が月へ旅行するような世界観を目指しています」(中村)

John

ここからは、中村さんたちのチームが「月面着陸により、何を成し遂げたいのか」という未来について詳しく聞かせてください。

中村

ispaceのビジョンは「Expand our planet, Expand our future」です。

人類の生活圏を地球から宇宙に広げ、人類の生活をより豊かにしたい。
それが僕たちの成し遂げたいことです。

具体的な目標としては、2040年時点で1000人が月で生活し、年間で1万人が月へ旅行するような世界観を目指しています。

そうした世界をつくるためには、まず経済圏をつくる必要がある。そして、経済圏をつくるためには、月の「」がフックとなると考えています。

月には数十億トンもの氷があると言われており、氷があれば生活用水・飲用水が確保できますし、H2とO2に分ければロケットやロボットの燃料にも活用できます。
燃料や資源を利活用していくビジネスが生み出せる、ということです。

ここに着目し、米国・欧州・UAE、日本ではTOYOTAなどの民間企業も月面着陸に乗り出してきています。

John

非常に興味深いお話です。はじめの1000人にはどのような方々が含まれてくるのでしょうか?

中村

はじめは僕たちのような月面を探査する技術を持ったプレイヤーや、エンジニアやサイエンティストがメーンで滞在することになるでしょうね。

今の南極の状態に近いイメージになると思います。
南極には現在1000人くらいの人々が住んでいますが、主には研究者や技術者、あとは彼らの食事を担当する料理人の方々などです。そこに年間1万人くらいの旅行者が訪れています。

フェーズが進むにつれて、氷を掘って分解する技術を持つプレイヤー、分解したものを貯蔵する技術・再利用する技術を持ったプレイヤー、それらの設備をつくる建設会社、地球と月をつなぐ通信インフラ会社など、さまざまなプレイヤーが必要になってきます。

最終的には、地球で資源開発をするのと同じくらいの人々が関わってくるでしょうね。

John

さまざまな人が月に滞在するようになると、国家間での覇権争いや、月面での法規制などに課題が出てくる可能性も考えられますね。

中村

おっしゃる通り、それも重要なポイントです。

月の資源を保有・販売していいのかという法律は、今はまだ国際的に整備されていない状態です。しかし、米国やルクセンブルク、UAEではそれぞれの国内法として制定されています。

日本国内でも、自民党の中では法律がまとめられており、これから国会に出される予定です。

今はそれぞれの国が独自で動いていますが、月の資源をめぐる国際的な争いが起こるようなことがないよう、国際協調はしっかりとしていかなくてはいけません。

我々もルールメイカーとしての立ち位置を確保し、ネガティブな方向に進まないように尽力していく所存です。

John

ぜひ、そこは中村さんのチームをはじめ、日本に頑張っていただきたいところです!和の心を重んじる日本人がルールメイカーに適任でしょうから、ここでグローバルリーダーシップを発揮して頂きたいと、応援しています。

4 「地球と月を1つのエコシステムとして捉えること。それ自体が日本だけでなく地球全体の発想をアップデートする、意義深いことだと考えています」(中村)

John

月に秘められた可能性については非常によく分かりましたが、月面探査・月の資源活用によって、地球上にいる人々にどのようなメリットがあるのでしょうか?

中村

大きくは2つのメリットがあります。

1つ目は、新しいマーケットが生まれ、GDPがアドオンされること。既存の産業とバッティングせず、全く新たな産業が1つ生まれることになります。

2つ目は、一連の研究開発の中で得られる新しい技術・ノウハウです。

例えば、地上の生活をより便利にするために、気象衛星やGPS衛星など、さまざまな人工衛星が地球の周りを飛び交っていますね。

しかし、人工衛星の寿命は約15年です。そしてその7割程度は、寿命が来ると燃料切れで落ちていくのです。

月の水を資源として燃料補給し、衛生を長寿命化することができるようになれば、地球上の生活もよりサステイナブルなものになってくるでしょう。

昨今、SDGsという言葉が世界に広がっていますが、SDGsも今はまだ地球だけのクローズドな視点で考えられているように感じます。

地球と月を1つのエコシステムとして捉えること。それ自体が日本だけでなく地球全体の発想をアップデートする、意義深いことだと考えています。

John

地球規模のSDGsではクローズド過ぎるという発想は、宇宙に関わる中村さんらしくておもしろいですね。中村さんは非常に広い視点で物事を捉えられているので、読者の皆様もとても刺激を受けられているのではないかと思います。

科学技術は歴史的に見ても、戦争をきっかけに進化してきた面も多かったように思いますが、宇宙ではそうした争いなく技術が進化していくと良いと願います。

中村

そうですね。そして、得られた技術を既得権益なくフラットな状態で使えるというのが非常に魅力的です。

例えば地球上で水素エネルギーの社会にシフトしていこうとしても、すでにさまざまなエネルギーのインフラが整っているため、なかなか進んでいきませんよね。

ブロックチェーン技術も素晴らしいものですが、基幹システムというものはあらゆるところに埋め込まれているので、移管が難しいことがある。

自動運転も同様で、既存の道路交通法などとの兼ね合いで浸透させにくい面があると思います。

月面の探査・開発は、まだ権利もレギュレーションも、何もない状態。
理想の姿を定義し、ゼロからつくり上げることができるので、とても意義深いと思っています。

John

経済的にも法律的にもゼロのところから新たな産業を生み出す宇宙産業は、理想の世界を創造していくんだという希望に満ちたお話に胸が踊りました。

まだまだお話を伺いたいところですが、これで最後の質問となります。
中村さんの「イノベーションの哲学」は何でしょうか?

中村

僕のイノベーションの哲学は、「ビジョンと科学的な探究心の共存」です。

僕たちには、宇宙でしっかりとした生活圏を築き、人類を豊かにする。そしてそれを次の世代へと引き継いでいくという明確なビジョンがあります。

一方で、そうした夢を抱きながらも科学的な探究心を持ち、コツコツ続ける・やり切るという姿勢をとても大切にしているのです。

ビジョンと探究心、その両方があって、イノベーションは起こると考えています。

John

夢だけではなく、実現性が大切なのだなと今のお話を伺って感じました。

本日は貴重なお話を愛りがとうございました!!

中村氏のイノベーションフィロソフィーを示した画像です

以上

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優秀な人材を獲得するためにも、いまの学生気質を知る/2022年新卒採用必勝法〜優秀なコア人材を採用するなら今がチャンス〜(2)

超売り手市場から一転し買い手市場となったウィズコロナのいま、採用のポイントは「量」ではなく「質」にシフトしています。不況期に採用投資が有効なのは、「優秀なコア人材」を獲得しやすいからに他なりません。

自社が求める優秀な人材を獲獲するためには、採用広報や選考といった従来型の採用活動にとどまるのではなく、もっと上流から、もっと俯瞰的に、採用活動を捉える=戦略レベルでの採用設計が必要です。もっとも重要なのは、自社で採用したい優秀な人材の定義。そしてその要件と、いまの学生の気質や仕事観をすり合わせ、具体的な採用ターゲットに落とし込んでいくこと。
第2回の本稿では、優秀な人材を獲得するための採用戦略のポイントについて解説していきます。またカギを握る22年新卒の特徴についても掘り下げてみます。

1 タレントアクイジション

「タレントアクイジション」という言葉をご存じでしょうか。いきなりの横文字で恐縮ですが、数年前から注目されている概念です。タレントアクイジションとは、あらゆる手段を用いて「タレント(=優秀な人材)」を「アクイジション(=獲得)」するという意味。優秀な人材獲得に焦点を絞る活動のため、ターゲットとなる人材の設定から入社後の活躍のサポートまで広範囲な業務が含まれます。

  • 採用戦略(人事戦略策定/人材要件再定義/採用戦略)
  • 採用マーケティング(採用ブランディング/SNSなどによる企業広報)
  • アプローチ(採用手法の選定/採用クリエイティブ/採用パートナー活用)
  • 選考オファー(構造化面接の導入/惹きつけスキル/面接官トレーニング)
  • オンボーディング(内定者フォロー/入社後育成/定着支援)
  • 分析(採用プロセス分析/活躍人材分析)
  • 採用戦略にフィードバック

これがタレントアクイジションのおおまかなプロセスです。人材を採用して会社の欠員を埋めるプロセスともいえる従来の採用活動に比べ、会社の成長のために必要な人材を見つけ、採用し、支援する、より能動的で継続的な戦略であることが分かります。

2 欲しい人材を再定義

要因計画や採用予算をもとに「数」を集める採用ではなく、人事戦略を通じて、戦略的かつ計画的に「質」を確保する。こうした考え方が徐々に注目されるようになってきた背景には、経営において中長期的な成長を実現する上で「人材」の重要性がますます高まってきたことがあります。簡単にいうと、経営戦略における人事戦略の占めるウエイトが高まり、人事戦略の根幹に採用戦略が位置づけられるようになってきたのです。

とはいえ、言うは易く行うは難し。採用ブランディングや定着のサポート、日々のインナーブランディングなど、従来の採用活動よりも多岐にわたる視点、あるいは人事部門責任者(CHRO)や経営者としての視座が求められることになり、いきなりこのすべてを満たす採用活動を実践することは難しいはずです。

しかし、少なくともタレントアクイジションのエッセンスについては理解していただきたいのです。ウィズコロナの買い手市場で「量」を確保しやすい時期だからこそ、優秀な人材を採るという「質」への強い意識をもってほしいからです。自社で採用したいタレント人材にフォーカスしてみてください。

人材へフォーカスするとは、自社で採用したいタレントを定義するだけでは不十分です。相手を知る=22年新卒のインサイトを把握することも重要なマターといえます。こんな人材が欲しいと意気込んでも、若者ジェネレーションの価値観と大きくずれていれば、巡り合えるわけがありません。需要(欲しい人材)と供給(22年新卒の実像)をすり合わせ、より現実的な採用ターゲットをイメージする必要があります。

3 Z世代へのアプローチ

ゆとり、さとり、ミレニアル。どんどん更新されていく若者ジェネレーションですが、これからの採用ターゲットの中心になってくるのはZ世代です。10~20代なかばまでがここに属し、デジタルネイティブともいわれる世代です。

彼らの価値観の一端が垣間見られる調査結果を紹介しましょう。2020年新卒を対象にした就職活動に関する調査によると、学生の企業に対するインサイトは以下の3点に集約されています。

  • 「学生は就活での企業側の各活動の目的を重視している」からこそ
  • 「学生は志望している企業のWEBコンテンツをよくみて」研究し、そこに共感すれば、
  • 「学生は企業規模に関係なくコミュニケーション次第で会いたいと思ってくれる」

本連載の第1回で、21年新卒の傾向について、「学生の中小企業志向増」と「シュウカツの早期化、オンライン化」を挙げましたが、見事に符合しています。

Z世代は、固定観念がなく、ものごとにあまり執着しないといわれます。規模や知名度といった企業イメージに固執せずに本質を重視する世代なので、第一印象で興味をもてば積極的にもっと知ろう、別の一面を探ろうと行動します。

問題は情報の品質と伝達の手法。ターゲットを広く設定した画一的メッセージではなく、自社で働くことの魅力について、根拠をもってきちんと伝えないと、彼らの心は動きません。
採用活動においても、いまやマスマーケティングではなく1to1のマーケティングが重要度を増しているのです。また情報の取捨選択に優れるデジタルネイティブには、オンラインを駆使したコンテンツ訴求が必須です。

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4 リモートネイティブがやってくる

そして、忘れてはならないのが新型コロナウイルスのパンデミックによる影響。大きな社会の変化は働く人の仕事観を揺さぶります。例えば、リーマンショックが起きたことで企業への信頼感は大きく揺らぎ、仕事だけでなくプライベートを重視する人が当たり前の時代になってきました。東日本大震災では、絆という言葉が一気に流行し、人とのつながりや家族との時間を大切にするという志向の求職者が増えてきました。社会貢献に関心を寄せる人は2倍以上になり、NPOを就職先として選ぶ人も現れました。

今回の場合は、極めて物理的な側面があります。それがリモートコミュニケーションの普及です。特に22年新卒は、大学3年生になったとたんに「在宅」を余儀なくされた世代。オンライン授業が主となったキャンパスライフを送って社会に出てくる、その第一世代となります。そういった意味では、デジタルネイティブからもう一世代進んだリモートネイティブと定義づけられます。

ちなみに20年新卒をリモートネイティブと呼ぶこともあります。彼らは入社式や新人研修をすべてオンラインで経験し、いきなりリモートワークに飛び込んでいくことになりました。リモートで社会人生活を始めたという観点で見れば、リモートネイティブともいえますが、リアルコミュニケーションで育った世代がリモートの世界に“強制移住”させられたという理解のほうが正しく、厳密には「リモートイミグラント」と呼ぶべき世代です。

5 大学時代にリモート脳が発達

20年新卒は、配属された部署の上司や先輩と対面で仕事することがほとんどなく、同期とのつながりも少ないことで、職場になじめない、あるいは孤独感に苛まれるといった悩みを抱える人も少なくありません。

しかし22年新卒は、彼らとは違った価値観をもっています。大学3年生になってコロナ禍を経験し、一時期は授業のほとんどがオンラインになりました。秋にはリアルでの授業が再開されたことで、オンラインとのハイブリッド型になり、しかもオンライン授業は、ライブ授業と録画された講義を視聴する(eラーニングのような)オンデマンド授業の2種類があるという状況。この一年で複合的な授業パターンを経験したわけです。

「友達に会えなくなって最初はすごくさみしくて。大学で授業が始まって友だちと会えた時は、すごくうれしかったけど、何回か学校行ったら、やっぱオンラインでいいかなって」。彼らに話を聞くと、こういう声が圧倒的です。

ただ聴くだけの大教室での授業は、絶対オンラインのほうがいい。取りたい授業がかぶってもオンデマンドだったら履修できる。学校に行ったほうがいいのは、ゼミや少人数で議論する授業だけ。22年新卒の脳内には、リモートの利便性がしっかりと刻まれています。その上で、リモートがいいか対面がいいか、目的やシーンによって使いわける日々を、すでに過ごしているのです。

授業だけではありません。生活全般においてリモートが当たり前になり、モニター越しのコミュニケーションもポジティブに楽しめます。オンライン飲みでもパリピ級に盛り上がれる工夫をし、友達同士で同時に同じミュージシャンの曲を聴いてリモートライブを共有体験とします。

6 出社する意味ありますか?

今年の新卒採用では、そういうリモートネイティブと対峙することになるのです。本稿の主旨として、彼らが入社したのちのマネジメントに関しては触れませんが、オフィスに出社してもらうのに、きちんと明確で合理的な「目的」「意味」を説明しないといけない日がやってくるのも、そう遠くないかもしれません。

ここでは、採用活動を行う際に予見されるポイントを列挙してみます。

リモートコミュニケーションのスキルを自然に身につけているだけでなく、リモートファーストな価値観をもつ。対面する、集合するという経験頻度が減少し、なにかに所属するという意識が相対的に薄まっている。

こうした傾向をもつ彼らは、

  • 企業への志向として
    →入社後の働き方としてリモートワークができるかどうか、副業ができるかどうかに関しては、確実に気になっている
  • 採用手法として
    →対面よりオンラインのほうが自然体。面接でも緊張することなく素を出しやすい
  • 選考する基準として
    →ヒューマンスキルに関しては、全体的に低くなってきている

ことが考えられます。

このあたりについて留意しながら、採用活動にあたっていただくのがよいのではと思う次第です。次回は、そのリモートネイティブ第一世代の22年新卒に対するWEB面接のノウハウについて解説させていただきます。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年3月11日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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【朝礼】主張する気がない者はこの場から去れ

「自分の意見を主張する」。ここ数年のうちに、多くのビジネスパーソンに求められるようになった姿勢です。「主張」とは、自分の意見を相手に訴えることです。ここでいう意見は、「理想」と言い換えられる、ビジネスに対する皆さんの熱い思いです。そうした思いがぶつかり合うエネルギーはすがすがしく、その当事者になることはとても楽しいものです。ですので、私は皆さんにぜひ、主張してほしいと思っています。

一方で、多くのビジネスパーソンは正しく主張することができません。それは自分の意見を持っていないからですが、その背景には、これまで自分の意見を持つことを明示的に求められなかったことがあるでしょう。つまり、意見を持って主張するという発想がないわけです。

ただ、これまで朝礼の場で何度も話しているように、状況は変わりました。業績好調な企業では、「出るくいを歓迎する」文化を育んでおり、我が社もそのような組織を目指しています。自分の意見に完璧を求める必要はありません。人と話したり、本を読んだりする中で変わっていくからです。ですので、皆さん、まずは新年度に向けて、ビジネスにおける自分の存在意義を考えてください。

ここで皆さんにアドバイスですが、焦って正しくない主張をするのはやめたほうがよいです。後ろ向きの主張や、「意見なきポーズの主張」は周囲を不快にし、結果として皆さんから人が離れ、孤立してしまうことになるからです。

正しくない主張を、私は「逃亡」「怠惰」「迎合」の3つに分類しています。

「逃亡」とは、例えば「自分には意見があるが、言っても何も変わらないので言いません」と宣言するような人です。この宣言をもって主張しているつもりでしょうが、意見を言わないのなら、何ら主張していないのと同じです。

「怠惰」とは、上司や顧客からの依頼を面倒に思い、自分が楽をするために「やらない方法を主張する」ことです。言うまでもありませんが、こうした主張の意図は透けて見えるので、すぐに周囲の人から相手にされなくなります。

「迎合」とは、いわゆる「フリーライダー」で、「声の大きい人に乗っかって、自分の主張にすり替える」ことです。こうした人は、風見鶏のように意見が変わるので、相手が頭のいい人なら、自身の主張を通すために利用されるだけです。

これらの主張に遭遇すると、私は本当に嫌な気分になります。ぎこちなくてもいいので、真っすぐに自分の意見をぶつけてください。これに勝るものはないのです。また、主張し合うことは、これまでとはレベルの違う「熱いコミュニケーション」です。会社と社員の関係がドライになったといわれて久しいですが、明らかにその流れとは逆行することになるでしょう。しかし私は、この会社の未来について皆さんと主張し合い、議論したいと心から願っています。ここにいる皆さん、その準備はできていますか?

以上(2021年2月)

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画像:Mariko Mitsuda