驚くほどいい人材に会える!を実現する人材のプール/採用活動のデジタルシフトで攻めに転じる!リクルーティングDX最前線(3)

書いてあること

  • 主な読者:採用活動のデジタル化を検討したい経営者
  • 課題:デジタルは苦手。それに人を採用するのだから、リアルのほうがいい?
  • 解決策:採用活動のデジタル化では、いい人材をプールし、アプローチすることがより容易に。プールすべき人材は、いますぐに入社できない人材、退職者、内定辞退者などであり、関係を切らさないことが大切

前回(第2回)は、「タレントプール」という採用手法を紹介させていただきました。デジタルツールを駆使することで、有望な候補者人材(タレント)をデータベース化(プール)し、その人材に継続的にアプローチしていくことで採用につなげる最も新しい採用手法のひとつです。

連載3回目の本稿では、タレントプールにおいてデータベース化すべき採用候補者に焦点を当てて解説します。求人メディア経由の一般的応募者にはいない潜在的な候補者をどう集めるか。今まではあまり対象とされていなかった「意外なタレント」について、お伝えしていきます。

1 タレントプールとは

本稿の理解を深めるためにも、まずはタレントプールについて簡単におさらいしておきます。人材サービスに頼ることなく自ら欲しい人材を見つけて採用するダイレクト・リクルーティングが広がりを見せる中、その進化形ともいえる採用手法がタレントプールです。

欲しい人材を直接スカウトするーー。魅力的な手法ながら、優秀な個人を一企業が見つけてくることは、これまで困難だとされていました。それがデジタル技術の進化によって可能になってきたのです。

デジタルマーケティングの手法を導入し、まず人材データベースを構築。そのデータベースに対しAIを駆使しコミュニケーションを取りながら関係を温める。オートメーション技術で採用候補者をあぶりだして採用につなげる。まさにリクルーティングDXともいうべき最先端の採用手法です。

2 紹介からデータベース化

こうしたタレントプール採用を成功させるカギを握るのが「人材データベース」の質にあることは、いうまでもありません。

有望なターゲットとして、最初に挙げられるのが関係者からの「紹介」ではないでしょうか。自社の幹部社員や優秀な社員による紹介であれば、ある程度のスキルレベルやカルチャーフィット感に期待が持てます。社員とのつながりを利用することで質の高い人材と出会える、マッチングの精度向上が実現できるとなれば、紹介された人材をプールするのは極めて有効でしょう。

実は「リファーラル採用」という紹介ベースの採用手法そのものも、昨今広がりを見せています。リファーラル(referral)は、「委託・推薦・紹介」といった意味を持つ言葉で、先述のように既に自社で働いている社員から人材の紹介を受けたり、人材を推薦してもらったりという採用手法を指します。少し横道に逸れますが、まずリファーラル採用について解説していきましょう。

3 縁故紹介のデジタル化

ご存知のように、紹介による採用は古くから存在します。厚生労働省の雇用動向調査によると、「縁故紹介」は日本では1995年まで入職する際の経路として長年1位の座にあって、最もポピュラーなマッチング手法だったのです。求人広告メディアの発達によって、1位の座を明け渡したものの、この紹介ルートは2013年くらいから再び上昇傾向に転じています。

縁故紹介が再ブレイクしたのは、従来の「口コミ」というアナログベースの紹介が、「SNS」を使ったデジタルベースの紹介へと変化してきたからです。口コミでは、せいぜい「知人からの紹介」に留まるところですが、SNSであれば、「知人の知人からの紹介」まで紹介の輪が一気に広がります。ソーシャルメディアの発達が、紹介による人づての採用活動を飛躍的に進化させているのです。

また社員の紹介にブレーキをかけていた障壁=業務負荷を解消するデジタルサービスも登場。こうした流れの中、元来、最もアナログな「紹介」という採用手法は「リファーラル採用」というジャンルとして確立され、一気に伸張していきました。

4 驚くほど優秀な層に出会える

ビフォーコロナのここ数年、日本は空前の人手不足でした。新しい採用手法や人材発掘ルートを確立するのが急務であり、また従来型の有料求人サービスにかかる採用コストの抑制も喫緊の課題でした。こうした人事の事情がリファーラル採用を後押しした一端であることは間違いありません。

それでも最大のポイントは、やはり紹介という採用ルートが活躍人材の獲得において有効だったからです。そしてこの延長線上にタレントプールという手法を置いて考えると、さらにその有効性が発揮されるのです。

ちょっと遠回りしましたが、ここからリファーラル採用にタレントプールを掛け合わせる手法の意義について解説しましょう。

リファーラル採用プロセスの中で、紹介してもらった候補者にSNSなどでオファーを送るとします。しかしタイミングの問題で現時点ではオファーを受けにくい、あるいは気持ちの高まりが足りず逡巡している、といったケースは少なくありません。こうした候補者こそタレントプールに登録してもらえばいいのです。

この“いますぐでなくてもいい”という観点は、「紹介」において極めて重要なファクターです。なぜなら紹介する社員にとって、彼らの持ち駒の数を圧倒的に増やしてくれるからです。そもそも、“いま求職中の知人がいる”という状態はそんなに多くはないでしょう。むしろ「いまの会社をすぐには辞めないだろうけど、アイツは仕事がデキる」「いつか一緒に働いてみたい」「ウチの会社にフィットしそうなのに」といった知人は、少なからずいるはずです。こういった潜在層が、優秀であり活躍してくれそうな“最も得難い人材たち”であることは言うまでもないでしょう。

いま求職中でないにせよコイツは仕事がデキる。そんな知人を社員から募る。彼らにオファーを送りつつ、機が熟していないなら自社の候補者データベースにプールする。ここからはAIが定期的にコミュニケーションを取りながら気持ちを高めていく。そして興味を持ってもらえた時点でオファーを送る。まさにリクルーティングオートメーションのテクノロジーで採用にこぎつけるというタレントプールの王道シナリオです。もちろん結果がでるケースばかりではないでしょう。しかし優秀人材が獲得できる千載一遇のチャンスであることは間違いありません。

5 退職者もプールせよ

リファーラル採用以外にも、意外な採用ターゲットは身近に存在します。

その代表格が退職者です。一度辞めた社員が、他社での勤務や独立など別の経験を経て、また自社に戻ってきて入社することを受け入れる企業は確実に増えています。アルムナイ(卒業生)リクルーティングとも呼ばれ、ビフォーコロナの超人手不足時代には注目の採用手法でした。

もちろんこの退職者の採用に乗り気になれない企業は少なくないでしょう。終身雇用が当たり前だった日本では、一社で長く働くことが正義で、辞めることは裏切りでした。そういう価値観がはびこっている職場では、辞めた時点で「二度と顔を出すな」となりがちです。ただ、もうそんな時代ではありません。

しかも退職者は即戦力です。業務経験もあり、社内ルールも、社風もわかっています。会社のことを嫌いになったわけではないけれど、どうしても新しいチャレンジをしたいというような前向きな退職もあります。また引っ越しや出産など、やむを得ない事情で退職する社員もいます。そういった人が戻ってきてくれると考えれば、むしろ嬉しい誤算ともいえます。

そんな退職者に対して、「もしも状況が変わったらいつでも復帰していいよ」と門戸を開いておくのです。その上で退職者データベースを構築していけば、これも立派なタレントプールになります。現に退職者対象のタレントプールサービスも存在します。

6 内定辞退者や不採用者も

最後にお伝えするタレント候補は、さらに意外な存在かもしれません。それは選考を終了したのちに、なんらかの理由で入社しなかった人たちです。彼らでさえ次の候補者になり得ます。

まずは内定辞退者。入社には至らなかったものの、こちらが採用の意志を示しているわけですから、人材のクオリティとしては申し分ないはずです。だから諦めなければいいのです。本人に許可をとった上ですが、プールに登録していきましょう。

よく新卒社員が3年で3割も辞めてしまうという報道を耳にします。確かに社員の離職に頭を抱える人事は少なくありません。ということはですよ。辞退して他の企業に行ってしまった内定者が、その職場で充実した日々を送っているとは限らないということです。その職場で悶々としていた場合には、こちらからのアプローチが「救いの声」に聞こえる可能性が、十分にあるわけです。内定を辞退された人に対して、一定期間がたったあとにコンタクトを取っていく。これはこれでアリだと思います。

選考後、入社しなかったもう一方は不採用者です。えっ? と思われるかもしれませんが、この人たちもプールすることをお勧めします。もちろん選考試験の出来があまりにも悪いとか、面接で箸にも棒にも掛からないといった人材までをプールしようとは言っていません。他の候補者との比較でしぶしぶ落としたとか、その時点では条件が合わなかったとか、実は人物的に及第点ながら不採用にするケースは意外と多いのです。彼らは実にもったいない存在です。

タレントプールという採用手法の中で、プールされるべきタレントをどこまで広げていけるのか。ただ広げればよいのではなく、もちろん優秀であってほしい、あるいは自社にフィットする人材であってほしいという前提の上での話です。本稿では、その観点からお勧めできるターゲットについて解説してきました。

社員からの紹介ルートが極めて有効である。このリファーラルからのタレントプールには誰しも異論がないでしょう。しかしながら「退職者」「内定辞退者」「不採用者」といったカテゴリーは、やや意外だったのではないでしょうか。筆者は彼らをサードターゲットと呼んで、貴重な人材資源であると位置づけています。重要なのは、どのルートからでも優秀な人材を獲得しようという貪欲さ。その本気度こそが、タレントプールという採用手法を成功に導くラストピースなのです。

以上(2020年8月)
(執筆 平賀充記)

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これから中小企業に必要な非対面営業の方法と、ハイブリッドの考え方

書いてあること

  • 主な読者:非対面営業に取り組みたい経営者
  • 課題:非対面営業のノウハウがない、どう取り組むべきか分からない
  • 解決策:非対面営業のメリット・デメリットを認識し、事例を参考に自社に合うやり方を検討する

新型コロナウイルス感染症のまん延を機に、営業活動の主戦場はオンラインによる「非対面営業」へと移りました。訪問、名刺交換、会食、展示会への出展など、当たり前のように行ってきた活動が少なくなる中、営業力を高める秘訣は、対面営業と非対面営業とのハイブリッド化を進めることです。

1 対面営業と非対面営業のハイブリッド化

非対面営業が注目されているからといって、対面営業がなくなるわけではありません。むしろ、「ここぞ!」というタイミングで対面営業を織り交ぜるハイブリッド化が重要となります。

対面営業には、「目の前で話をする安心感がある」「商品、サービスの説明がしやすい」「ディスカッションがしやすい」「その場の雰囲気を感じ取り、話の進め方や説明内容を最適化できる」といった、非対面では実現が難しい良い点、メリットがあります。このメリットを最大限に享受するためにも、対面営業の使いどころが大切なわけです。

ハイブリッド営業の基本は「非対面から対面へと結びつける」という流れにあります。BtoBにおけるマーケティングや営業活動が分かりやすいでしょう。BtoBのマーケティングでは、対面で行ういわゆる「フィールドセールス」だけではなく、次の流れで営業活動を行うケースが少なくありません。

  • コンテンツマーケティングを利用し、知ってもらう
  • 資料ダウンロードなどを通じて、今後関係性を構築するためのリード(メールアドレスなどをはじめとしたお客様情報)を獲得する
  • 電話やメール、オンライン会議などを利用し、ヒアリングする
  • 定期的な情報提供などを行い、関係性の構築・維持やセミナーなどに誘致する
  • 顧客が必要な状況で提案する

「1.コンテンツマーケティング」「2.~4.インサイドセールス」「5.フィールドセールス」にすみ分けることで、営業の効率化や再現性の向上を目指しています。また足元では、オープンセミナーを対面と非対面の両方で行ったり、遠方の顧客にはオンラインで、近隣の顧客には対面で商談したりと、必要に応じた使い分けがされています。

2 非対面営業で効果を上げる特徴的な事例

皆さんは、対面営業は慣れていると思いますので、ここでは非対面営業の効果的な事例を紹介します。こうした非対面営業を行って相手と信頼関係を築くことができれば、対面営業にも結びつけやすくなります。

1)コンテンツマーケティングと動画を組み合わせた事例

メールマガジンを使って顧客を囲い込んだり、資料をダウンロードしてもらってリード(見込み客)を獲得したりする手段に、記事を用いる「コンテンツマーケティング」に取り組む企業は少なくありません。最近は、動画を活用するケースが増えています。

動画のメリットである「情報の量」や「表現の幅」を増やせるのが特徴です。とりわけ非対面営業では、次のようなコミュニケーションが見込めます。

  • YouTubeなどのSNSを活用し、自社サイトやメディア、検索ユーザー以外にアプローチできる
  • 営業メールや定期的なメールマガジンなどに動画を掲載することで見込み客の興味を引ける。関係性も構築できる
  • 自社サイトに会社概要やサービス紹介、お客様事例の動画を掲載することで、詳細な情報をユーザーに伝えられる。営業活動時の説明を補足できる。営業活動の均質化を図れる

また、1つの動画コンテンツを複数の媒体で利用することで、コンテンツ制作の手間を軽減しながら、各媒体のユーザーにアプローチできるようになります。具体的には次の方法があります。

  • 動画を文章化することで、記事として利用できる
  • 動画を資料化することで、スライドシェアなどの資料共有サービスで利用できる
  • 動画を音声のみにすることで、Podcastなどの音声メディアで利用できる
  • 文章化、資料化、音声化した一部を切り出すことで、SNSでの発信に利用できる

・動画を活用したリード獲得事例

早期離職対策のための講演、研修を実施するA社では、以下のような施策を行い、動画コンテンツからリードを獲得、そしてオンラインでのオープンセミナーへの集客を実現しています。

  • 研修動画をYouTubeや人事系ポータルサイトに掲載
  • 研修用資料をダウンロードしてもらうことでリードを獲得
  • リードに対して、電話、オンライン会議を行い、ヒアリング
  • メールマガジンでの動画配信
  • 状況に応じた提案、またはライブ配信でのオープンセミナーへの誘致

こうした動画を使った施策を実施することで、主に次の効果を上げています。

  • 研修動画1本を公開したところ、数日でYouTube、人事系ポータルサイト合わせて50件余りのリードを獲得した。その後もYouTubeから継続してリードを獲得している
  • メールマガジンの開封率は20%をキープしつつ、動画掲載時にはクリック率が20%を超えることもある

2)オンラインセミナーやオンラインでの勉強会の活用事例

対面によるセミナーや勉強会の開催が難しくなる中、対面でのイベントをオンラインでの実施に切り替える企業もあります。オンラインでのセミナーや勉強会は対面でのイベントと比べ、次のようなメリットが挙げられます。単に対面の代替としてではなく、オンラインならではの効果を上げられるようになります。

  • 場所の制約がなくなる
  • オンラインだからこそ参加しやすい
  • 人数に制限がない

・知名度の高い方々での大規模コラボレーションセミナー

場所の制約がなくなることは、運営側にも大きなメリットがあります。著名な方に登壇を依頼する場合、これまでは開催場所への移動も含めてスケジュールを確保する必要がありましたが、オンラインであれば講演時間だけを確保すればよいので、引き受けてもらいやすくなります。

実際、ウェブマーケティング界隈では、著名な方々がコラボレーションしたイベントが幾つも開催されており、中には1000人以上が参加するイベントもありました。

3)小規模な勉強会を頻繁に開催する事例

逆に、小規模なセミナーを何度も繰り返す事例もあります。オンラインが対面よりもコミュニケ-ションが取りにくいのは事実なので、あえて3~5人程度の小規模セミナーや勉強会を複数回開催して関係性を構築し、個別商談につなげています。

・小規模勉強会を活用したアポイント獲得事例

ある商品の営業担当者の中には、次のような施策を行い、新規のアポイントの獲得、既存顧客へのフォローや追加契約を実現する人がいます。

  • 既存のお客様も新型コロナウイルス感染症の状況に不安を感じているため、既存顧客向けに3~5人の小規模の勉強会を開催する。また、同様の不安を抱えている人に勉強会を紹介する

このような勉強会を週2回、定期的に開催することで、次のような効果を得ています。

  • 既存顧客からの保証の見直し
  • 既存顧客へのフォロー
  • 新規顧客との接点の創出

3 非対面営業のデメリットを乗り越える

非対面営業のメリットを活かした事例は前述の通りですので、ここではデメリットを解消する施策について考えていきます。非対面営業の場合、サービス説明やクロージングにおいて、以下の要因により対面営業のようなクオリティーを出すことが難しくなります。また、対面での影響力(雰囲気としてなにかすごそう。話を聞いておいたほうがよさそう)が非対面では利かず、専門知識の高さやロジックが重視されます。

  • オンラインでのサービス説明が難しい(特に、資料とは別のメモ書きでの説明などが行いにくく、説明の難易度を上げてしまいます)
  • 非対面ではリアクションが分かりにくく、説明や内容を理解しているか判断できない
  • 自身や先方のITリテラシーの問題がある

しかし、次の内容を事前に行うことで、対面営業と同じとはならずとも、対面営業のクオリティーに近づけることができます。

  • ロールプレイングによる非対面営業の練習をする
  • 資料を作り込む。分かりやすさを重視する
  • 事前に論点、資料を共有し、オンラインの前に認識合わせをする
  • 面談中に細かな確認をする。「音声、途切れていませんか?」「ここまで質問ございませんか?」

この他、ツールによってはバーチャル背景という背景画像をあらかじめ用意しておいた画像に差し替える(合成する)機能があります。背景画像に会社のロゴやメインメッセージを入れて会社の情報などを伝えたり、名刺情報のQRコードを入れて名刺を交換したりすることもできます。非対面営業は“つかみ”が大事なので、バーチャル背景などを工夫するといった一手間が大事です。

4 非対面営業が進むことによる競合の変化

最後に補足をしておきます。非対面営業によって遠方の見込み客とも商談がしやすくなります。これは自社にとってメリットなわけですが、裏を返せば遠方にある競合他社も自社の顧客に商談をしやすくなるということです。

非対面営業は、オンラインツールを使うことなどもあり、とにかく攻めのイメージがあるかもしれません。しかし、新規開拓ではなく、既存深耕の守りもバランス良く行うことが必須です。既存顧客と「毎月第2水曜日」に定例オンラインミーティングの場を設けるなどといったことをするとよいでしょう。これまで以上に距離を縮めるチャンスとなります。

以上(2020年8月)

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「税務調査」がよく分かる 手続きの流れを徹底解説

書いてあること

  • 主な読者:税務調査について知りたい経営者・経理担当者
  • 課題:税務調査はどのように始まり、何をされ、どのように終わるのか
  • 解決策:調査対象の選定から更正・決定までの流れを解説

税務調査は、会社から提出された申告書などに記載されている金額が正確かどうかを税務署などの職員が判断するために行う一連の調査(証拠資料の収集、要件事実の認定、法令の解釈適用など)です。また、税務調査の一環として、オフィスや工場などに職員が出向いて調査を行うことを実地調査といいます。

一般的に税務調査という場合、この実地調査を指すことが多いですが、この他にも電話や文書での問い合わせ形式による税務調査や反面調査など、納税者と接触しない形で行われる調査も含まれます(「反面調査」については後述)。

以降では、税務調査の全体の流れに沿って、それぞれの手続きを解説していきます。なお、本記事では国税庁、国税局または税務署を「課税当局」、課税当局の職員を「調査職員」、調査を受ける者を「納税者」としています。

2 税務調査の流れ

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1)調査対象法人の選定

課税当局は、国税庁のオンラインシステム(KSKシステム)を活用して、データベースに蓄積された法人税の申告内容や各種資料情報などを基に、調査対象の会社を選んでいます。その事務年度(その年の7月からの1年間)における重点調査業種に該当しているかどうかや、業種・業態・事業規模といった観点から分析されます。

これら資料情報には、税法などの法令により提出が義務付けられている給与所得の源泉徴収票や利子等の支払調書の他、税務調査などの際に把握した裏取引や偽装取引に関する情報など、さまざまなものが含まれています。

2)書面添付の有無

税理士が税務代理業務を行い、税理士法第33条の2において規定されている書面(税理士が申告書の作成に関して計算し、整理し、または相談に応じた事項などを記したもの)を添付している場合、納税者への事前通知をする前に、税務代理権限証書(税理士または税理士法人が税務代理する場合に、その権限を有することを証する書面)を提出した税理士にあらかじめ意見聴取が行われます。

この意見聴取によって、調査職員の疑問点が解消されたときは実地調査が省略され、税理士に対し、現時点では調査に移行しない旨、口頭(電話)で連絡されます。一方、実地調査の必要があると認められたときは、事前通知前に税理士に対して、意見聴取結果と実地調査に移行する旨の連絡が行われます。

3)事前通知

税務調査が入るときには、原則として、課税当局から納税者に対して次に掲げる事項の事前通知があります。なお、税務代理権限証書を提出している場合は、顧問税理士に対して通知があります。

実際に実地調査が行われる場合は、事前通知の前段階で日程調整が行われます。

  • 実地調査を行う旨
  • 調査開始日時
  • 調査を行う場所
  • 調査の目的
  • 調査の対象となる税目
  • 調査の対象となる期間
  • 調査の対象となる帳簿書類その他の物件
  • 調査の相手方である納税者の氏名および住所または居所
  • 調査を行う調査職員の氏名および所属官署
  • 調査開始日時または調査開始場所の変更に関する事項
  • 上記4~7に掲げる事項以外について非違が疑われることとなった場合には、当該事項に関し調査を行うことができる旨

なお、事前通知を行うことを原則としていますが、事前通知なく税務調査が実施される場合もあります。これは、提出した申告書や過去の調査結果の内容、またはその営む事業内容などから、違法や不当な行為の疑いが強く、資料収集が難しい、また調査自体が適正に行えない恐れがあると認められる場合に限り行われるものです。

4)実地調査

1.実地調査とは

実地調査とは、調査職員が会社などで質問検査などを行うことをいいます。調査職員は「質問検査権」を与えられて実地調査が可能になります。ただし、「質問検査権」は、「調査について必要があるときは」と規定されており、納税者は明らかに必要のないとされる質問に対しては、これに応じる必要はありません。

しかし、必要に応じて帳簿書類等の提出が求められたときなど、質問検査権に基づく質問に対して答えない、または偽りの返答をした場合などには、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられます。

2.実地調査に必要なもの

実地調査時に必要な帳簿書類や物品には、税法上で備え付け、記帳または保存しなければならない帳簿書類(詳細は後述)の他、調査のため必要と認められるものも含まれます。具体的には、取締役会などの会議の議事録や稟議(りんぎ)書など紙で保管されている証憑(しょうひょう)書類、給与データ、電子メールなどのデジタル記録、金庫や固定資産台帳に記載されている機械装置などの物品も対象となります。

帳簿書類には「仕訳帳、総勘定元帳、その他必要な帳簿」「取引先から受け取った注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類等」「棚卸表、貸借対照表および損益計算書並びに決算に関して作成されたその他の書類」があります。

また、実際の物品なども対象であることから、必要に応じて工場、営業所、支店などで現物確認調査が行われることもあります。

これらの書類や物品はすぐに提出・案内しなければなりません。必要があるときは、調査職員は提出された物品を課税当局の庁舎に持ち帰ることができます。これを「留置き」といいます。留置きは、納税者の理解と協力の下、実施されるものであり、留置きが行われた場合、納税者は調査職員から預かり証を受け取ります。留置きされたものは、留め置く必要がなくなったときに返還されます。また、事業の遂行上の必要性のためなどの理由があるとき、納税者が返還の請求をすることもできます。

5)取引先等調査

取引先等調査とは、いわゆる反面調査のことをいいます。調査職員は、税務調査において必要であると合理的に判断される場合には、取引先や雇用主などに対し、質問や検査等を行うことができます。

6)調査結果説明

実地調査等や取引先等調査の結果、誤り・訂正がある場合等には、調査職員が、納税者に対して調査結果の内容・金額・理由を説明します。なお、法令上は説明の方法が明示されているわけではなく、多くの場合、口頭で行われています。

7)修正申告等の勧奨

調査結果説明の後、調査職員は納税者に対し修正申告または期限後申告(以下「修正申告等」)を勧奨することとしています。課税当局が職権で訂正(更正・決定)することも可能ですが、納税者が自ら理解して是正することが、申告納税制度の趣旨にかなうものと考えられているからです。

8)更正または決定をすべきと認められない旨の通知

実地調査等や取引先等調査の結果、誤り・訂正がない場合等は、課税当局は納税者に対し、その旨を「書面」により通知する必要があります。

9)修正申告等

納税者が自ら、修正申告書または期限後申告書(以下「修正申告書等」)を提出します。納税者は修正申告書等を提出した場合、再調査の請求や、審査請求といった不服申し立てはできません。

10)更正・決定

納税者が調査結果の内容説明に納得せず、修正申告等の勧奨に応じない場合、税務署長は職権で更正又は決定の処分を行います。これに対して納税者は、不服がある場合には、処分の通知を受けた日の翌日から3カ月以内に税務署長に対して再調査の請求をするか、国税不服審判所長に対して審査請求することが認められています。

なお、更正とは期限内に申告した申告書について、誤り・訂正があった場合に税務署の職権で税額等を計算する処分をいいます。一方、決定とは期限内に申告をしなかった者に対して、課税当局の職権で税額等を計算する処分をいいます。

3 実地調査の観点と対策のポイント

実地調査では、帳簿書類の確認などを通じて、法人税法などの法令にのっとって適切に税務処理されているかが調査されます。これは、税務申告書上の計算・転記誤り、記載漏れや故意によるものだけではありません。日常の経理処理のミスや決算手続きの際に漏れてしまった項目なども含まれます。例えば、請求書の発行の締め日が25日だった場合、決算手続きの際、決算月の26日から月末までの売り上げが集計から漏れていたとすると、いわゆる「期ズレ」として、売り上げの計上漏れの指摘を受けることになります。

また、法令上の適否以外に、要件事実の認定という観点からも調査されます。例えば、代表取締役1人で経営している青色申告法人の現金出納帳上の現金残高が200万円、実際の現金残高が10万円と大幅にズレていたとします。この場合、差額190万円について、未精算経費の存在など合理的な説明ができなければ、代表取締役による使い込みとして、いわゆる役員賞与(損金不算入。源泉所得税の納付漏れ)の認定・指摘をされる恐れがあります。

実地調査の対策としては、調査職員の質問に正確に回答できるよう、帳簿書類その他の物件を整理しておくことが肝要です。そのためには、帳簿の記帳や証憑書類の作成・保管、固定資産の管理などの整備を、日ごろから心掛けておく必要があります。また、正確な会計・経理処理の実践も不可欠です。

こうした取り組みは、基本的なことではあるものの、税務調査対策という観点からだけではなく、内部管理体制の充実という観点からも重要なポイントとなります。

以上(2020年8月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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決算書でよく見る“引当金”の性質と活用法

書いてあること

  • 主な読者:引当金の計上を検討している中小企業の経理担当者
  • 課題:中小企業の決算書に引当金の計上が必要なのかどうかの判断は難しい
  • 解決策:引当金の必要性や目的を認識した上で、「経営管理」「資金調達」の視点からビジネスにおける活用方法を解説

1 引当金の必要性

上場企業の有価証券報告書にある貸借対照表を見ると、なじみのある貸倒引当金から、何かしらイメージが湧きそうな退職給付引当金や、縁のある企業が少ないであろうポイント引当金まで、様々な名称の引当金が計上されています。(ポイント引当金は、早期適用が開始されている収益認識に関する会計基準の適用により、計上できる範囲が制限されます。)

一方で中小企業の計算書類にある貸借対照表を見ると、貸倒引当金と、この他には返品調整引当金あたりが計上されているくらいだと思います。この差は一体何なのでしょうか。中小企業にとって、引当金は必要なものなのでしょうか。

本稿では、引当金を税務と財務の視点から解説した上で、ビジネスにおいてどう生かすかを紹介します。

2 引当金とは

1)引当金の目的

引当金は、当期以前の事象に起因して将来発生する可能性が高い特定の費用または損失を、対応関係にある当期の収益に照らして見越し計上すること、つまり期間損益計算の適正化を目的とします。また保守主義の見地では、企業財政を健全にすることも目的として挙げられます。

例えば、売掛金に関する将来の貸し倒れが合理的に予測し見積もれるのであれば、回収見込みのない分を当期に費用計上することによって、次期の損益に影響を与えないことになり、期間損益計算が適正に行われることになります。また利用できる手持ち資金を保守的に考えることで、安全に経営を進めることができるようになります。

2)主な引当金の種類と分類

1.製品保証引当金

製品に欠陥があった場合に次期以降に保証しなければならない見積額を、当期の費用として計上する引当金です。

2.売上割戻引当金

将来において割戻しが発生すると見込まれる場合に、その見積額を当期の費用として計上する引当金です。

3.返品調整引当金

次期以降に商品が返品される可能性が高い場合に、その利益部分の見積額を当期の費用として計上する引当金です。

4.賞与引当金

従業員に支給する賞与をあらかじめ見積もった際に、当期の負担に帰属する部分を当期の費用として計上する引当金です。

5.工事補償引当金

製品保証引当金と同様の理由で、建設会社や工事会社が、その見積額を当期の費用として計上する引当金です。

6.退職給付引当金

労働協約や就業規則などに基づいて、当期の負担に帰属する部分を当期の費用として計上する引当金です。

7.修繕引当金

次期以降の修繕のための費用をあらかじめ見積もり計上し、当期の負担に帰属する部分を当期の費用として計上する引当金です。

8.特別修繕引当金

修繕引当金の中でも、大規模な修繕が行われる場合に設定される引当金です。

9.債務保証損失引当金

債務保証を行っており、次期以降に保証の履行の可能性が高い場合に、その見積額を当期の費用として計上する引当金です。

10.損害補償損失引当金

将来の訴訟や事故などによる補償に備えて、その見積額を当期の費用として計上する引当金です。

11.貸倒引当金

債権のうち回収不能が見込まれる見積額を、当期の費用として計上する引当金です。

引当金は大別して、評価性引当金負債性引当金の2つに分類されます。評価性引当金は、将来に特定の資産の滅失が認められる部分について引き当てるものであり、発現した際は支出を伴いません。一方で負債性引当金は将来に発現した際に支出を伴います。

上記引当金の中で評価性引当金に分類されるのは、売掛債権やその他の債権にまつわる貸倒引当金のみとなります。それ以外の引当金は負債性引当金に分類されます。

貸借対照表上における通常の表示箇所は、評価性引当金については資産の部にある特定の資産から控除する形式で表示され、負債性引当金については、その性質により流動負債または固定負債として表示されます。

3)引当金の計上要件

企業会計原則(注)注解18で次のように規定されており、これらは4つの要件に分かれます。

  • 将来の特定の費用又は損失であって、
  • その発生が当期以前の事象に起因し、
  • 発生の可能性が高く、かつ、
  • その金額を合理的に見積ることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用又は損失として引当金に繰入れ、当該引当金の残高を貸借対照表の負債の部又は資産の部に記載するものとする。

貸倒引当金を例にすると、将来売り上げを回収できないリスクであるため1.を満たします。また、収益を認識し計上された売り上げに起因するため2.を満たします。さらに、過去の自社の実績や業界平均などの事例から、発生可能性を認めることができる部分について3.を満たし、同じく合理的に計算ができる部分について4.を満たすということになります。

(注)企業会計原則は1949年に企業会計制度対策調査会が公表した会計基準で、企業が従うべき会計規範としての役割を持っています。

4)税務の視点

税務では、実は税法にのっとり計上された貸倒引当金と返品調整引当金のみが引当金として認められ、それ以外の引当金については損金(税法上の費用に値するもの)として認められていません。

しかも、貸倒引当金の適用対象は中小企業に限られています。また、返品調整引当金は2018年度税制改正において、経過措置期間経過後に廃止されることになりました。

これは、税法が課税の公平や中立、簡素を基本の原則としており、会社ごとに判断や恣意性を持たせない公平的かつ共通のルールを策定する上で絞られた結果です。

3 引当金をビジネスに生かす

ここまで、引当金を制度の視点から解説してきました。では、ビジネスにおいてどのように活用するとよいのでしょうか。

1)経営管理

制度会計は過去・現在・未来や他企業との比較可能性の担保のために、期間を1年で区切り、ルールにのっとることを求めます。一方で、ビジネスで取り扱う投資やプロジェクトは、1年で区切るのは不自然なことのほうが通常であり、また経営方針によっては発生可能性が低いものも引当金として認めたり、独自の引当金を考慮すべきケースがあったりします。

例えば、新規事業を始めて開発に乗り出したが、システムの販売後にバグがどれくらい生じるか分からない場合に、経営の安全性のために合理的に見積もれなくてもルールを設定し、製品保証引当金を計上することで手持ち資金に余裕を持たせることができます。

また、現在のコロナ禍においては、少し先の未来でも不確実性が高く、見通しが難しい状況にあります。これを受け、売掛金や貸付金などの債権を個別管理し、独自に引当金を設定することで経営管理に資することもできます。

2)資金調達

中小企業においては、税務申告書を用いて銀行借り入れを実行するため、財務の視点が抜け落ちます。しかし、財務は必ずしも上場企業や大企業のような会社ばかりが必要になるものではありません。

銀行においても自社の税務申告書にある計算書類は、銀行のルールに基づく財務会計に引き直されています。

またM&Aという言葉がだいぶ浸透してきましたが、資本力のある会社とのコミュニケーションで、買収だけでなく出資などの資本提携や融資と併せた業務提携などの提案を受けたりする場合にも、やはり自社の計算書類は財務会計に引き直されます。

そこで先述の通り、税務と財務のギャップに引当金は大きく影響をしているため、この辺りについて共通言語で話せることが肝となります。つまり、このとき財務会計を意識して貸借対照表や損益計算書を作成できていたり説明ができたりすると、ビジネスモデルや実情の他に財務に関するリテラシーの高さを評価してもらえ、結果的に出資や融資の話がスムーズに進むことになります。

以上(2020年8月)
(執筆 合同会社gtra and company 代表執行役・公認会計士 朝倉厳太郎)

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人事考課による賃金決定の基本メカニズム

書いてあること

  • 主な読者:自社の人事考課制度を見直し、社員の働きぶりを適正に賃金に反映したい経営者
  • 課題:人事考課制度に関する情報がちまたにあふれており、どう自社の制度を見直すべきか決めあぐねている
  • 解決策:人事考課制度と賃金の関係性、世間一般に浸透している職能資格制度の特徴など、基本を押さえた上で、今の人事考課制度の問題点を整理する

1 人事考課制度の意味

会社は労働契約に基づき、労務を提供する社員に対して、必ず賃金を支払わなければなりません。しかし、会社が賃金の支払いに回せる金額には限りがあります。そのため、会社は、総額人件費の観点から収益や経営環境に応じた賃上げや賃下げを実施し、個別の社員の働きぶりに応じた昇給や降給を実施します。

社員の働きぶりを評価する上で欠かせないのが、人事考課制度です。人事考課とは、「上司と部下が、共に『課』題を『考』える」といった意味合いがあります。通常、直属の上司が考課者となり、部下である社員の能力、勤務態度、成果などを一定の合理的な要素によって測定し、客観的に評価します。

人事考課は、通常、年1~2回実施されます。その結果は、「賃金支給額の決定」「昇進や昇格」「適正配置や異動などによる能力の有効活用」「教育や自己啓発などの能力開発の方針」などの有力な判断材料になります。

2 人事考課の実施から賃金への反映までの流れ

1)考課基準を決める

人事考課は所定の「考課基準」に基づいて実施されます。例えば、サービス業の場合、次のような考課基準が考えられます。

1.業務処理

  • 正確に業務をこなすことができるか(正確性)
  • 迅速に業務をこなすことができるか(迅速性)
  • 自主的に業務改善に取り組んでいるか(工夫・応用)
  • 業務を的確に処理できるよう、整理整頓がなされているか(整理整頓)

2.顧客応対

  • 社内、社外の関係者に笑顔で挨拶ができるか(応対)
  • 顧客の属性、嗜好を把握しているか(顧客の把握)

3.連携

  • 必要な報告や連絡は的確にタイミング良くなされていたか(報告・連絡)
  • 社内、社外の関係者とうまく連携して仕事を処理できたか(連携プレー)

4.業務推進

  • 目標達成への意欲があり成果は十分であったか(目標達成度)
  • 顧客に自社のサービス、商品などを積極的に薦められたか(セールス)

5.その他

  • 計画的に後輩を指導し、その能力を著しく伸長させたか(指導)
  • 他社の動向など有益な情報を収集し、分析しているか(情報収集)

人事考課の人事考課には、社員を経営者が理想とする姿に近づけさせる意味合いもあります。例えば、経営者が社員に「一流ホテル並みの接客レベル」を求める場合、顧客応対の考課基準のウエートを他の基準よりも大きくし、現にそれができた社員の評価を高くします。こうすることで、社員は「一流ホテル並みの接客」を実践すれば高い評価を得られると理解し、日々の活動で接客態度を強く意識するようになります。

3)段階評価で人事考課を実施する

人事考課の結果は、「S・A・B・C・D」「5・4・3・2・1」などの基準で示されます。例えば、5段階の場合は次のような基準があります。

  • S(期待する水準を大きく上回った)
  • A(期待する水準を超えて申し分なかった)
  • B(期待水準通りであった)
  • C(期待水準を下回るが、さほど支障がなかった)
  • D(期待水準を下回り、業務に支障があった)

通常、各評価に該当する社員の割合(人数)はある程度決まっており、相対評価によって各社員の評価が決まります。上の場合、どうしても「普通」の評価であるB評価に偏る傾向が否めませんが、このB評価の基準が高ければ、全体的に人事考課のハードルが上がり、逆に低ければ、ハードルが下がります。「普通」の評価は、他の評価の基準を決める重要なものであることを認識しておく必要があります。

3)考課結果を等級制度に反映する

社員を能力・職務・役割などによって区分する制度のことを「等級制度」といいます。等級制度は考課結果を賃金に反映させるための基本で、一般的に知られているのは、社員が従事する仕事の価値の大きさと、それに対する職務遂行能力の程度を職能資格等級にまとめ、その等級に応じた職能給を支払う職能資格制度です。

職能資格制度のイメージは次の通りです。

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この場合、最も高い資格は8級第5号、最も低い資格は3級第1号です。各等級には「○○を遂行することができる」といった要件が定められており、これをクリアした社員は昇格することができます。

例えば、3級第1号の要件が「正しく電話応対をすることができる」であったとすると、これをクリアした社員は3級第2号に昇格することができます。さらに3級第2号の要件をクリアすると4級第1号に昇格します。

4)等級に基づき賃金を支払う

職能資格制度では、職能資格等級に基づく職能給が支払われます。職能給を中心に、その他の賃金要素も組み入れた賃金体系の例は次の通りです。

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勤続給など機能を「安定」に分類した基本給や諸手当は、社員の生活を保障するもので、勤続年数、年齢に比例して高くなります。一方、職能給など機能を「刺激」に分類したものは、社員の企業への貢献度合い、社員個人の能力、社員の権限と責任の範囲などを反映するもので、基本的に勤続年数とは関係なく支払われます。

3 人事考課制度が変わる?

ここまで、世間一般に浸透しているスタンダードな人事考課制度について紹介してきましたが、こうした人事考課制度を見直していこうという動きがあります。

例えば、考課基準については、「目標達成度」など成果に関連する項目のウエートを他の項目よりも大きくし、実際に目標を達成できた社員の評価を高くしていこうと考える会社が少なくありません。

昨今は新型コロナウイルス感染症の影響で、リモートワークの導入に踏み切る企業が増えつつあります。リモートワークはオフィスワークと違って、社員の働きぶりを直接確認するのが難しく、なおかつ上司などのフォローも受けにくいため、「1人でも業務をこなし、成果を出せること」が強く求められます。

「目標達成度」など成果に関連する項目のウエートを他の項目よりも大きくし、実際に目標を達成できた社員の評価を高くしていけば、社員は「成果を挙げられなければ、高い評価を得ることができない」と理解し、より真剣に業務に励むようになると期待できます。

また、等級制度については、職能資格制度の在り方を見直そうとしている会社が多くあります。職能資格制度は、能力主義(職務遂行能力、保有資格などを重視する考え方)に基づく等級制度であり、理屈上は社員の能力に応じた賃金の支払いが可能になります。しかし、実際は、「◯年勤務していれば、〇〇を遂行することができるレベルになっているだろう」といった、年功主義(勤続年数や年齢などを重視する考え方)的な運用をされるケースが少なくありません。

こうした年功主義的な運用に陥るのは、役職や職種の違いによって社員に求められる能力が異なるのに、こうした違いを超えて職能資格等級が設定されており、人事考課の基準が曖昧になりやすいからです。そのため、職能ではなく役割(職務とほぼ同義)によって等級を区分する「役割等級制度」など、他の等級制度に注目する会社もあります。

以上(2020年8月)

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病気で身体障害が残った社員の賃金は引き下げられる?

書いてあること

  • 主な読者:病気で身体障害が残り、労働能力が下がった社員の賃金を引き下げたい経営者
  • 課題:社員とトラブルにならないために、どのような手続きが必要なのか分からない
  • 解決策:社員の合意を得た上で、「賃金支給額の引き下げに関する合意書」などに署名してもらう。なお、賃下げの前に配置転換、労働時間や就業場所の見直しなども検討することが必要

本稿では次のケースにおいて、企業が社員の賃下げを行う際に必要な手続きを紹介します。

  • 社員が脳梗塞で倒れ、回復後に身体障害が残った。社員の労働能力は従来の半分以下に落ちているが、賃金の引き下げは可能か。

1 社員の合意を得る

賃下げは、労働条件の変更に当たるため、労働契約法(以下「労契法」)に基づき、社員の合意を得なければなりません(労契法第8条)。また、合意を得ない一方的な賃下げは、本来支払うべき賃金の一部を支払わないことになるため、労働基準法(以下「労基法」)の賃金全額払いの原則(労基法第24条第1項)にも反します。

合意を得るために企業が取るべき手続きは次の通りです。

  • 「現在の働きぶりが身体障害を負う前と比べてどの程度低下しているのか」「他の社員と比べてどこが足りないのか」をできるだけ客観的に社員に伝え、納得を得る
  • その上で、賃下げ後の条件が記載された「賃金支給額の引き下げに関する合意書」や「労働条件変更通知書」に署名してもらう

過去の裁判例では、「賃金の減額・控除に対する社員の承諾の意思表示は、社員の自由な意思に基づくものと認められる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、有効である」という旨の判断がされています(更生会社三井埠頭事件 東京高裁平成12年12月27日判決)。

また、社員が一方的な賃金の引下げに同意したというためには、ただ異議を述べなかったというだけでは必ずしも十分でなく、積極的にこれを承認する行為が必要との判断をした裁判例があります(ゲートウェイ21事件 東京地裁平成20年9月30日判決)。

従って、賃下げの合意に当たっては、社員が自由な意思に基づいて、賃下げに合意したことを確認できる環境を整える必要があります。合意に瑕疵(かし)がある場合、事後的に錯誤(民法第95条)による無効や詐欺・強迫(同法第96条)による取消しを主張される恐れがあります。

実務で賃下げを伝える話し合いをする場合は、次の3つを心掛けましょう。

  • 決して高圧的な態度を取らない
  • 2人以上が同席する
  • 話し合いの記録を議事録などにして取っておく

なお、合意内容が法令(強行法規)、労働協約、就業規則に違反するような労働条件の切り下げは無効となります(労基法第13条、第93条、労契法第12条、労働組合法第16条、最低賃金法第4条)。また、企業の権利濫用に当たるような場合も無効となるので、注意が必要です。

2 企業が注意すべきポイント

1)配置転換の可能性

労働契約などで社員が従事する職務(事務担当など)を明確に定めていない場合、賃下げの前に配置転換を検討することも必要です。例えば、総合職で採用された社員は、人事異動を通じてさまざまな職務に就きます。仮に、社員が別の職務なら十分に対応できるとします。そうすると、社員は、「配置転換で別の職務を担当させてほしい」と主張してくるでしょう。

実際、「社員である原告が私傷病を理由に、従前とは別の職務に就くことを企業に申し出たが、逆に自宅療養を命じられ、企業に対し自宅療養中の賃金支払いを求めた」という判例もあります(片山組事件 最高裁第一小平成10年4月9日判決)。この判例では、最高裁が次のような観点から、社員の訴えを認容しています。

  • 労働契約において職種や業務内容が特定されておらず、
  • 病気や障害などにより、それまでの業務を完全に遂行できないときは、
  • 他に労務を提供できる業務が存在し、かつ労働者が労務の提供を申し出ている場合、
  • 労務の提供があったものとみなし、これを受領しなかった使用者に関する賃金請求権は失われない

社員から配置転換の申し出がなされる可能性は否めないため、企業は事前に配置転換の可能性を探っておくべきです。また、職務内容の変更を伴う配置転換は、労働契約で職務を限定していない限り、企業の人事権の範囲内であると考えられます。

そのため、社員が能力を十分に発揮できる職務があるのであれば、賃下げの前に配置転換を検討することは企業にとってメリットがあります。事前に配置転換して社員にチャンスを与えることは、労使トラブルを防止するための基本的な手段です。

2)労働時間や就業場所などの見直し

身体障害により、今まで通りに働くことが難しい社員に対しては、社員がパフォーマンスを発揮しやすいよう、労働時間や就業場所などの見直しを検討します。

例えば、雇用形態を正社員から短時間正社員やパートタイマーに変更することで、労働時間を短縮し、心身の負担を軽減できるかもしれません。また、通勤時の移動が苦痛ということであれば、時差出勤やテレワーク(在宅勤務など)を認めるのもよいでしょう。労働条件を見直すことで新たな雇用形態などに応じた賃金を設定し直すこともできます。

ただし、個別の労働契約によって労働条件を変更する場合は、社員の合意が必要となります。また、短時間正社員やテレワークなどを既存の制度として導入していない場合については、就業規則の見直しなどが必要となるため、慎重な対応が求められます。

3)家族手当などの取り扱い

賃金は基本給と諸手当で構成されるため、賃下げの対象となる賃金を確認する必要があります。例えば、家族手当や住宅手当は、社員の家族構成や住居の状況によって支給の有無が決まるため、労働能力が低下しても減額の対象にはならないと考えられます。

反対に、役職手当はその職位に就いていることによって支給の有無が決まるため、労働能力の低下に伴い人事異動や職務変更が行われた場合には、減額の対象になり得ると考えられます。

4)社員が賃下げを一切受け入れない場合の対応

社員が賃下げを一切受け入れない場合も考えられます。こうした場合、企業が強硬に賃下げを行うと、社員が都道府県労働局に相談する、外部の労働組合に駆け込むなどの行動を起こし、労務トラブルに発展する恐れがあります。

労務トラブルを避けるための基本は、まず就業規則に従って賃下げを行うことです。就業規則に賃下げ(降給)といった賃金改定の規定がない場合は、次のような規定を追記しましょう。なお、就業規則の変更が社員に不利益となる場合、変更内容が社員の受ける不利益の程度や変更の必要性などに照らして、合理的なものでなければなりません(労契法第9条、第10条)。

  • 賃金は定期に実施する人事考課によって決定し、その結果不良であると判断された場合は、考課表に基づき改定を行う

就業規則を整備したら、その上で、人事考課の際に社員の労働能力を客観的に評価し、その結果に基づいて降格・降級させます。これを客観的・平等的に行うためには、職能給制度などの考課制度の整備と考課者の訓練、社員に対する制度の周知が必要となります。

恣意的であるなど、人事権の濫用と認められる降格・降級に基づく賃下げで労使トラブルになった場合、降格・降級やそれに基づく賃下げも無効と判断される恐れがあります。そのため、稚拙な対応は避け、評価結果に対する降格・降級の範囲の中で賃下げを実施します。

いずれにしても、社員の性格や意向、これまでの企業との関係、就業規則の内容、変更の可否などによって取るべき対応は変わってきます。必要に応じて弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談するとよいでしょう。

3 まとめ

賃下げは社員の合意があれば、比較的スムーズに行うことができます。賃下げ額も原則として企業と社員の話し合いで決まります(ただし、法令、労働協約、就業規則に違反しないことが条件)。その話し合いでは、企業はできるだけ客観的・定量的に現在の社員の労働能力を示す努力をしなければなりません。

また、事前に配置転換の可能性を探ることや、賃下げの対象を合理的に決めることも必要です。社員が賃下げに一切応じない場合は、就業規則などに定められている既存のルールを使って対応していくことになります。

以上が社員の賃下げを行う際のポイントですが、最も重要なことは社員の生活の安定であるといえるので、この点について十分に配慮することを忘れてはならないでしょう。

以上(2020年8月)
(監修 弁護士 田島直明)

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会社分割で社員をトラブルなく承継させるための4つの手続き

書いてあること

  • 主な読者:会社分割により、社員を別会社に承継させる予定がある経営者
  • 課題:別会社で働くことに不安を抱いている社員に対する会社の配慮が不十分だと、社員が不信感を募らせ、社員の意欲の低下や離職などにつながる恐れがある
  • 解決策:「社員の理解を得るための協議」「個別の社員との協議」といった必要な手続きを押さえる

1 会社分割で労働契約の承継を行う際に必要な手続きとは?

会社分割では、社員の同意を個別に取ることなく、承継会社や新設会社(以下「承継会社等」)に対し、労働契約を包括的に承継させることができ、会社の一方的な都合によって社員が不利益を被る恐れがあります。

そのため、「労働契約承継法」やその施行規則、指針など(以下「承継法等」)で、会社分割によって労働契約を承継する際のルールが定められています。

会社分割で労働契約の承継を行う際に必要な手続きは次の4つです。

  • 社員の理解を得るための協議
  • 個別の社員との協議
  • 社員への通知
  • 社員からの異議申し立て

2 手続き1「社員の理解を得るための協議」

「社員の理解を得るための協議」とは、会社分割に際し、分割会社に勤務する労働者から理解と協力を得るための手続きです。具体的には、雇用する過半数以上の社員で構成される労働組合(過半数労働組合)、労働組合がない場合は社員の過半数を代表する者(過半数代表)と、主に次の内容について協議しなければなりません。

  • 会社分割をする背景、理由
  • 分割会社と承継会社等の債務の履行(賃金の支払いなど)に関する事項
  • 社員が、主従事労働者か否かの判断基準(注1)
  • 労働組合と労働協約を締結している場合は、労働協約の承継に関する事項
  • 会社分割に当たり、分割会社または承継会社等と関係労働組合または社員との間に生じた労働関係上の問題を解決するための手続き(注2)

なお、ここに挙げたものは例示であり、分割会社が社員の理解と協力を得ることが必要と認められる事項が他にある場合については、その事項について、社員に対して理解と協力を得るよう努めることが必要です。

この協議は、次に述べる「個別の社員との協議」の前までに実施します。なお、協議事項についての合意までは求められていませんが、協議を行わなかったために会社分割について十分な情報提供がされず、「個別の社員との協議」に支障が出た場合は、会社分割が無効になることがあります。

(注1)承継する事業に主として従事している社員のことを「主従事労働者」といいます。また、主従事労働者以外の労働者を「承継非主従事労働者」といいます。両者の詳細については、第6章で紹介します。

(注2)労働関係上の問題とは、主従事労働者に該当するか否かについて社員と会社の間で見解の相違が生じることや、承継会社等に承継することが難しい福利厚生に関する問題などを指します。

3 手続き2「個別の社員との協議」

会社は、主従事労働者、承継非主従事労働者に対し、主に次の事項について説明する必要があります。

  • 会社分割の効力発生後に社員が勤務する会社の概要
  • 分割会社と承継会社等の債務の履行(賃金の支払いなど)の見込みに関する事項
  • 社員が、主従事労働者か否かの判断基準

その上で、次の事項について協議しなければなりません。

  • 社員の労働契約の承継の有無
  • 承継するとした場合または承継しないとした場合に、当該社員が従事することを予定する業務の内容、就業場所その他の就業形態等

協議は次に述べる「社員への通知」を行う日までに実施します。分割会社と労働組合等との協議では社員の理解と協力を得るよう努めなければなりませんが、協議事項についての合意までは求められません。もっとも、協議が全く行われなかった、または十分に行われなかった場合は、会社分割が無効になることがあります。

なお、会社法が制定された当時の承継法等では、承継非主従事労働者と転籍合意によって承継させる主従事労働者については、「個別の社員との協議」を行う必要がありませんでしたが、現行法ではこれらの社員とも協議を行うことが義務付けられています。

4 手続き3「社員への通知」

会社は、主従事労働者、承継非主従事労働者に対して、次の内容について通知します。

  • 会社分割により承継される場合には、労働条件を維持したまま承継されること
  • 社員が主従事労働者、承継非主従事労働者のいずれに該当するかの別
  • 社員が承継会社等に承継されるという分割契約等の記載の有無
  • 承継される事業の概要
  • 会社分割後の分割会社と承継会社等の名称、所在地、事業内容、雇用することを予定している社員の数
  • 会社分割の効力発生日
  • 会社分割後に社員が従事する予定の業務の内容、就業場所その他の就業形態
  • 分割会社と承継会社等の債務の履行(賃金の支払いなど)の見込みに関する事項
  • 異議がある場合はその申し出を行うことができる旨
  • 社員が異議を申し出ることができる期限日
  • 異議の申し出を行う際の当該申し出を受理する部門の名称および所在地、または担当者の氏名、職名および勤務場所

なお、通知は次の日までに書面で行わなければなりません。また、分割会社が労働組合と労働協約を締結している場合は、労働組合に対しても別途通知を行わなければなりません(通知事項は労働者と労働組合では異なります)。

  • 会社分割を株主総会で承認する場合は、株主総会の2週間前の日の前日
  • 株主総会での承認を行わない場合は、分割契約等が締結等された日から2週間を経過する日

5 手続き4「社員からの異議申し立て」

通知を受けた労働者は、労働契約の承継に異議がある場合は、通知された期限日までに、書面で異議の申し立てを行います。

主従事労働者のうち、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがない者は、異議の申し立てを行えば、労働契約を承継させることができます。逆に承継非主従事労働者の場合は、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがあるため、本来は労働契約が承継されますが、異議の申し立てを行うことで、労働契約の承継を拒むことができます。

なお、主従事労働者で分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めのある者や、承継される事業に主として従事しておらず、分割契約等にも労働契約を承継させる旨の定めがない者の場合は、異議申し立てを行っても分割会社はそれに従う必要がありません。

6 主従事労働者、承継非主従事労働者とは?

会社分割によって承継会社等に労働契約が承継される社員は、承継する事業に主として従事しているか否かによって、「主従事労働者」と「承継非主従事労働者」の2種類に分けられます。

さらに、主従事労働者は、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがあるかによって、「承継される者」と「承継される場合がある者」の2種類に分けられます。後者には、転籍合意によって承継される主従事労働者などが該当します。

これらを踏まえると、労働契約の承継のイメージは次の通りです。

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社員は労働契約の承継に同意しない場合、異議の申し立てをすることができます。この際、社員が主従事労働者か、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがあるかによって、承継会社等に承継されるか分割会社に残留するかが決まります。

主従事労働者と承継非主従事労働者の判断が難しいのは、社員が複数の事業に関わっていたり、間接部門として複数の事業を管理していたりするケースです。この場合、社員がそれぞれの事業に従事する時間、果たしている役割等を総合的に見て主従事労働者に当たるかを判断します。

例えば、人事部門であれば、承継される事業に従事する社員が多く、その管理に日ごろから特に注力している場合は、主従事労働者に該当するといえるかもしれません。

7 労働条件についての留意点

1)労働条件などは、原則そのまま承継される

分割契約等に定められた労働条件は、原則そのまま承継されます。個別の労働契約や就業規則等に定められた労働条件だけでなく、労使慣行に基づく持病や育児・介護など個人の事情に合わせた勤務配慮なども対象となります。会社分割により労働条件の不利益変更が発生する場合は、社員の合意を得る必要があります。

なお、年次有給休暇の日数や退職金の金額は、自社と承継会社等の勤続年数を通算して計算することになります。

2)36協定

承継会社等で働く場合、1日の所定労働時間については、分割会社の労働条件が原則そのまま承継されます。しかし、次の場合には、効力発生日以降に、改めて36協定を締結し、所轄労働基準監督署に届け出をする必要があります。

  • 承継会社等において時間外労働を行う場合
  • 時間外労働の限度時間について、会社分割の前後で事業場の同一性が認められない場合

3)企業年金

確定給付企業年金(基金型、規約型)や厚生年金基金などの企業年金は、分割会社が実施していても承継会社等が実施していない場合があります。

会社分割における企業年金の運用方法は次の通りです。

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4)福利厚生

福利厚生の中には、そのまま承継会社等に承継することが難しいものがあります。例えば、社宅の貸与などは承継会社等で施設を所有していないと、貸与することが困難です。この場合、代替措置(社宅を貸与する代わりとして住宅手当を支払うなど)を含め分割会社と労働者が協議を行い、妥当な解決を図る必要があります。

5)労働協約

分割会社が労働組合と締結する労働協約の内容は、賃金や労働時間その他労働者の待遇について定められた「規範的部分」と、組合事務所の提供、団体交渉の手続きなどについて定められた「債務的部分」に分けられます。

規範的部分については、労働組合員に係る労働契約が承継会社等に承継されるときは、承継会社等と労働組合との間で、同一の内容の労働協約が締結されたものと見なされます。

債務的部分については、分割会社が労働組合と協議し合意した部分についてのみ、分割契約等に記載することで、承継することができます。

以上(2020年8月)
(監修 弁護士 田島直明)

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求職者に誤解を与えない求人票の書き方

書いてあること

  • 主な読者:求人票を使って採用活動を行う会社の経営者や人事労務担当者
  • 課題:「求人票の記載内容と実際の労働条件が違う」と求職者に言われないよう、自社の労働条件を正しく求人票に記載したい
  • 解決策:「就業場所や時間外労働の内容が実態と乖離しないようにする」「残業代や手当の支給要件を明らかにする」など、ポイントを押さえる

1 2020年1月6日より新しくなった求人票の書式

2020年1月6日より、ハローワークのサービスが新しくなりました。まず、求人票の書式が新しくなり、「正社員登用」「受動喫煙対策」「必要なPCスキル」など、より詳細な情報を求職者に伝えられるようになりました。さらに、会社のパソコンから求人の申し込みができるようになり、求職者がハローワークに来庁しなくても求人情報を閲覧できるようになりました。

以前より求職者へのアプローチがしやすくなった分、「求人票の記載内容と実際の労働条件に相違が発生しないようにしなければならない」ことに、より注意しなければなりません。例えば、「求人票を見て面接に行ったら、休日や就業時間など、求人票に記載された労働条件と異なる説明を受けた」といった求職者は少なくありません。

求人票の書き方が曖昧だったために、求職者が求人票の記載内容を誤解してしまうことはよくあります。たとえ会社に悪意がなくても、会社に不信感を覚えた求職者がそのことをSNSなどで拡散すれば、会社のイメージ低下につながりかねません

また、求職者が求人票の記載内容と実際の労働条件の相違についてハローワークに相談した場合、会社に対し、事実確認や是正指導が行われることがあります。その過程で法令違反の恐れがある場合などは、職業紹介の一時保留や求人の取り消しが実施されることがあります

こうしたことにならないよう、以降では求職者に誤解を与えない求人票の書き方のポイントを紹介していきます。

2 就業場所や時間外労働の内容が実態と乖離しないようにする

求人票の「就業場所」の欄には、就業場所となるオフィスの住所などを記載する箇所があります。しかし、昨今は新型コロナウイルス感染症の影響で、オフィス以外での就業(いわゆるテレワーク)を実施する企業が増えつつあります。オフィスの雰囲気に魅せられて応募したのに、就業場所が異なる場合、「話が違う」という印象を受ける求職者もいます。

そこで、テレワークを実施している場合、次の点に注意して記載します。

  • 「就業場所」の欄にある「在宅勤務に該当」のボックスにチェックを入れる
  • 「就業場所」の欄にある「就業場所に関する特記事項」に、テレワークの内容を記載する(原則週3日を在宅勤務とする、なお業務に使用する機材は会社より貸与するなど)

また、時間外労働は、過重労働問題が注目されている現在、慎重に記載しなければ求職者とのトラブルに発展しかねない点です。

求人票には「時間外労働」の欄があり、その欄に月平均の時間外労働時間を記載します(月平均10時間など)。しかし、たとえ計算上、「月平均10時間」が事実であっても、繁忙期には60時間を超える時間外労働があるような場合、「話が違う」という印象を受ける求職者もいます。

そこで、月によって繁忙の差が激しい場合、次の点に注意して記載します。

  • 「時間外労働」の欄にある「特別な事情・期間等」に、繁忙期の時間外労働について記載する(繁忙期の3月の時間外労働は60時間程度(時間は2019年度実績)など)
  • 特別条項付きの36協定を締結している場合は、「36協定における特別条項あり」のボックスにチェックを入れ、「特別な事情・期間等」に特別な事情・延長時間などについて具体的に記載する

3 残業代や手当の支給要件を明らかにする

賃金についてトラブルになりやすい点として、残業代と手当があります。

残業代については、例えば、固定残業代の問題があります。求人票の「基本給は月30万円」という記載を見て、求職者が「賃金が高い」と思い応募したが、実はその30万円の中に固定残業代が含まれていたというような場合です。

求人票には、「基本給」の欄と「固定残業代」の欄が別々に設けられているので、固定残業代制を採用している場合、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「基本給」の欄には、固定残業代を含まない純粋な基本給の額を記載する
  • 「固定残業代」の欄には、固定残業代の額、対象となる時間数(固定残業時間)を記載する。さらに、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働があった場合、割増賃金を追加で支払う旨を記載する

手当はその有無によって給与の支給額が変わるので、多くの求職者が気にする点です。新書式の求人票では、「定期的に支払われる手当」の欄と「その他の手当等付記事項」の欄が設けられているので、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「定期的に支払われる手当」の欄には、採用する社員全員に毎月定額的に支払われるものを記載する(役職手当、技能手当、資格手当、地域手当など)
  • 「その他の手当等付記事項」の欄には、個人の状態、実績に応じて支払われるものを記載する(家族手当、皆勤手当など)

4 業務内容や選考フローは分かりやすく記載する

求人票の「仕事の内容」の欄に記載された業務と、実際の業務が違う場合、求職者とトラブルとなります。

特に中小企業では、大企業のように業務が明確に分かれておらず、状況に応じて各人が担当外の業務を任されることが多いため、潜在的にこうした問題が起こりやすい環境にあるといえます。

そのため、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「仕事の内容」の欄には、メーンとなる業務が分かるようにしながら、担当する可能性の高い業務も記載する(伝票入力(全体の約7割)、請求書発行、請求データ照合、会議の準備など)

選考開始から内定までの選考フローは、求職活動や就職時期に影響するので、求職者にとっては大切な情報です。求人票には「選考方法」の欄や「選考結果通知のタイミング」の欄が設けられているので、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「選考方法」の欄に、選考方法が面接なのか書類選考なのか、面接の場合は何回なのかなどを記載する
  • 「選考結果通知のタイミング」の欄に、面接の場で採用の可否を即決するのか後日通知するのか、後日通知する場合は選考後何日以内に通知するのかなどを記載する

なお、中小企業では、「2次面接までの予定だが、良い人材なので1次面接で内定を出す」といったように、柔軟な選考をすることがあります。また、他の求職者との比較検討をするので、標準的なスケジュールよりも時間を要することもあります。

求人票には、「選考に関する特記事項」の欄が設けられているので、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「選考に関する特記事項」の欄に、あくまで標準的なフローやスケジュールであり、変更することがある旨を記載する

5 試用期間中の労働条件などを明確にする

試用期間中の労働条件などにも注意が必要です。試用期間中でも入社後14日を超えると、労働基準法の解雇予告や解雇予告手当の支払いなどが必要となります。そのため、正社員募集であっても、試用期間中は契約社員などとして勤務させる企業があるようです。

しかし、それが分かるように求人票に記載していないと、試用期間中から正社員として採用されると思っていた求職者との間でトラブルになることがあります。そのため、試用期間中の労働条件(賃金額など)が本採用後と異なる場合は、試用期間中と本採用後のそれぞれの労働条件を明示する必要があります。

求人票の「試用期間」の欄には、「試用期間中の労働条件」を記載する箇所が設けられているので、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「試用期間」の欄にある「試用期間中の労働条件」に、試用期間中と本採用後の違いが分かるように記載する(本採用後は月給25万円だが、試用期間中は20万円とする。試用期間中は、年1回の昇給、年2回の賞与支給の対象外とするなど)

6 補足:求人票の記載内容に変更があった場合の対応

2018年1月1日より、企業は選考過程にある求職者の労働条件を求人時のものから変更する場合、変更後の労働条件を新たに明示しなければならなくなりました。明示は労働契約の締結前に原則書面で行いますが、求職者等が希望した場合には電子メールでの明示も可能です。

労働条件の変更に当たるのは、例えば次のような場合です。

  • 求人票で「月額30万円」としていた基本給を「月額28万円」に変更する
  • 求人票で「月額25万円~30万円」としていた基本給を「月額28万円」と特定する
  • 求人票に記載していた(いなかった)「営業手当」を削除する(追加する)

労働条件の変更の明示は、当初の明示と変更された後の内容を対照できる書面を交付することが望ましいですが、「変更部分に下線・マーカーを引く」「変更内容を注記する」など変更内容を明らかにすれば、労働条件通知書で明示しても差し支えありません。

以上(2020年8月)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)

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画像:pixabay

【朝礼】残業を命じる権利、する権利

皆さん、おはようございます。今朝は「権利と義務」についてお話しします。

我が家では、私が子供に宿題を教えていますが、言うことを聞かないときは、叱りつけて無理やり宿題をさせることもあります。子供に宿題を命じることは親の「権利」であるから、叱っても当然と思うわけですが、一方で教育は「義務」でもあります。例えば民法では、「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う」と定められています。

つまり、権利として子供に宿題を命じ、実際に子供に宿題をさせる義務を負うということですが、問題は「義務を履行するレベル」です。

強制的に子供に宿題をさせれば、最低限の義務は果たしたことになるでしょう。しかし、そうした行為を続ければ、子供は勉強嫌いとなり、その後の成長にもマイナスとなりかねません。もっと高いレベルで義務を履行するためには、子供に勉強の楽しさを教え、集中して取り組める環境を与える必要があるでしょう。

そして、ここから私が考えたのは、上司の「残業を命じる権利と義務」についてです。上司には部下の残業を認める権利がありますが、それと対になる義務について考えたことがありますか。まず、労働基準法関連のガイドラインにおいて、企業は社員の労働時間を適正に管理する義務を負うとされていますから、社員の健康管理と違法な残業の撲滅は明確な義務となります。

また、これは法令に示されたものではありませんが、信義則として、企業は社員に成長の機会を与える義務があると考えています。

残業を命じる権利を持っている上司の皆さんは、こうしたことを考えて部下の残業を認めているでしょうか。慣れないリモートワークで、残業が増えることは仕方がありませんが、その残業を行う部下のモチベーションはどうですか。また、その残業を行うことで企業にどのような成果が上がりますか。さらには、部下の成長につながりますか。もちろん、心身の健康を損ねるような残業を認めてはいけません。リモートワークで対面する時間が減った今、残業を含め部下をマネジメントする上司の役割が重要になっているのです。

部下にも「残業をする権利と義務」があります。上司の承認を受ければ、ある意味、残業することは部下の権利となります。しかし、その残業によって、どのような成果が上がるのでしょうか。厳しい言い方ですが、単に効率が悪い、集中していないなどの理由で仕事が終わらずに残業を申請しているのなら、最低限の義務すら果たしていないことになります。

「上司だから仕事ができる」「長時間、働いているから頑張っている」。こうした価値観は変わりました。皆さんには権利と義務があります。義務は成果を上げること、権利はそのための権限です。高いレベルで義務を果たすほど、権利も大きくなります。これを認識してください。

以上(2020年8月)

pj17016
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】今だからこそ「自分たちっぽさ」を挙げてみよう

もうすぐ上期が終わります。今期はコロナ禍の影響で、思うように成果が上げられていない人も多いでしょう。例えば営業担当者は、見込み先となかなか会えず、苦戦したはずです。

そこで今日は、下期、皆さんが新たに取り組めるよう、ある業界のトップセールスの方から聞いたことを一つ、お話しします。

それは、「自分たちにキャッチフレーズをつける」というものです。短い時間しか会ってもらえない、対面に比べて距離感を覚えがちなオンライン商談になった。そういうときでも、自分たちにキャッチフレーズをつけることで、より興味を持ってもらえるようになるというのです。

ここで言うキャッチフレーズは、「エッジの効いたかっこいい言葉」ではありません。「自分たちは何を実現しているのか、何を解決しているのかを分かりやすく表す言葉」です。そういうキャッチフレーズをつけるには、「自分たちは、誰にどのような価値をお届けしているのか。あるいは、お届けしたいのか」といったことを突き詰めて考えなければなりません。

例えば、「低価格でさまざまなオフィス家具を扱っている◯◯社です」を、「在宅勤務に合ったデスクと椅子を提供し、社員の満足度アップに貢献する◯◯社です」に変えると、まるで印象が違います。後者のほうが、「経営者向けに、社員に喜ばれる環境を提供するオフィス家具の会社である」ことが分かりやすくなるでしょう。

トップセールスの方の「キャッチフレーズをつける」話を聞き、私は思いました。キャッチフレーズそのものよりも、そのために「自分たちは何者か」を考えること自体がとても重要で、今の当社に必要なのではないだろうか、と。

コロナ禍をきっかけに、ビジネスそのものも、業界全体も、私たち一人ひとりの働き方も変わってきています。こうした大きな転換点にあるときこそ、「自分たちは何者か」を一人ひとりが改めて意識しなければなりません。

そこで皆さん。下期に入る前に一度、「自分たちは何者か」について、全員で議論をしてみませんか。それこそ、オンラインでもよいでしょう。難しく考えなくて大丈夫です。まずは頭を柔らかくして、「どういうものが自分たちっぽいか」をどんどん挙げることから始めましょう。

自分たちっぽい言葉、立ち居振る舞い、お客さまへの接し方、提案の仕方、トラブル対応の仕方、社員同士のつながり方、働き方、挨拶の仕方。また、自分たちっぽい「喜び」や実現したいことは何か。「やってはいけないこと」は何か。そういう一つひとつの「自分たちっぽさ」から、自分たちは何を大切にしているのか、何者なのかを、皆で見つけて形にしていきたいと思います。

今年度の下期は、今までとは違う私たちです。皆さんは下期、自分たちを何者と考え、どのようなキャッチフレーズをつけるでしょうか。私はとても楽しみです。

以上(2020年8月)

pj17019
画像:Mariko Mitsuda