大幅減収、引当金増額、特損…今から見直すべきタックスプランニングの要点

書いてあること

  • 主な読者:新型コロナウイルス感染症の影響で、収益が大きく変動した経営者・経理担当者
  • 課題:実態に即したタックスプランの見直しと、利用できる制度の検討
  • 解決策:役員報酬の減額、欠損金の繰戻し還付。ただし、専門家への相談が必要

新型コロナウイルス感染症の拡大により、当初予想した収益計画を見直しせざるを得ない会社もあるでしょう。このときに注意が必要なのがタックスプランです。売上が大きく変動したり、欠損金の発生が見込まれたりする時期に検討すべき主な項目を解説します。新型コロナウイルス感染症の拡大に関する特例措置も含みます。

1 役員報酬の減額

業績の悪化により、役員報酬の減額を検討する場合、注意が必要です。「役員報酬の減額」は利益操作につながる恐れがあるため、税法上厳しく規制されているからです。税務調査でも重点的に調べられる項目です。

役員報酬は、決算後3カ月以内に開催される定期株主総会などで決議し、その決議した額を、毎月同額支給しなければ、損金の額に算入できません。これを定期同額給与といいます。そのため、原則事業年度の途中では、支給時期も、支給金額も変えることはできません。

しかし、業績悪化など一定の理由がある場合には、役員報酬の減額が認められます。新型コロナウイルス感染症の影響による業績悪化についても、役員報酬の減額が認められるケースの1つです。ただ、どれほどの業績が悪化したら認められるのかなど、明確な基準があるわけではないので、税理士などの専門家に相談するようにしましょう。

2 青色欠損金の繰戻し還付(適用対象の拡大)

青色欠損金の繰戻し還付とは、欠損金(税務上の損失)が発生した場合に、過去(その欠損金が生じた事業年度開始の日前1年以内に開始したいずれかの事業年度)に納付した法人税の還付が受けられる制度です。

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通常、制度の対象は資本金1億円以下の法人など一定の法人ですが、新型コロナウイルス感染症の影響により、特例的に適用対象の範囲が拡大されました。2020年2月1日から2022年1月31日までの間に終了する事業年度に生じた欠損金額については、資本金1億円超から10億円以下の法人にも適用されます。ただし、大規模法人(資本金10億円超の法人など)の100%子会社など一定の法人は適用対象外です。

3 災害損失欠損金の繰戻し還付

災害損失欠損金の繰戻し還付とは、災害のあった事業年度(またはその事業年度の中間申告時)において災害損失欠損金が発生した場合、過去(その事業年度開始の日前1年以内、青色申告法人は前2年以内に開始した事業年度)に納付した法人税のうち、災害損失欠損金額に対応する部分の還付が受けられる制度です。

災害損失欠損金が発生した全ての法人が適用対象であり、本決算時だけでなく、中間決算時においても還付請求することができます。その場合は、半期末(3月決算の場合は9月30日時点)に仮決算による中間申告をする必要があります。

なお、災害損失欠損金とは、棚卸資産や固定資産などで発生した損失(資産の滅失による損失や原状回復費用など)の金額で、保険金などにより補填された金額を除いて計算されます。新型コロナウイルス感染症の影響による災害損失欠損金は、次のような費用や損失が該当します。

  • 飲食業者等の食材の廃棄損
  • 感染者が確認されたことにより廃棄処分した器具備品等の除却損
  • 施設や備品などを消毒するために支出した費用
  • 感染発生の防止のため、配備するマスク、消毒液、空気清浄機等の購入費用
  • イベント等の中止により、廃棄せざるを得なくなった商品等の廃棄損

本制度は、前述した青色欠損金の繰戻し還付と併せて受けることができます。欠損金が発生し、かつ前事業年度で法人税を納付している場合には、還付申請を忘れないようにしましょう

4 テレワーク導入のための設備投資に対する優遇税制

青色申告書を提出する中小企業者などが在宅勤務を含むテレワーク導入の際に行った設備投資に対して、優遇税制(中小企業経営強化税制)の適用を受けることができます。

具体的には、即時償却(購入時に全額を損金に算入できる)、または設備投資額の7%(資本金が3000万円以下の法人などは10%)の税額控除(法人税額から控除)を受けることができます。

なお、中小企業経営強化税制の適用を受けるためには、一定の経営計画(経営力向上計画)を作成し、指定期間内に、経済産業大臣の認定が必要になります。また、対象となるデジタル化設備とは遠隔操作、可視化、自動制御化のいずれかを可能にする設備で次のものを指します。

  • 機械装置(160万円以上)
  • 工具(30万円以上)
  • 器具備品(30万円以上)
  • 建物附属設備(60万円以上)
  • ソフトウェア(70万円以上)

5 固定資産税等の軽減

新型コロナウイルス感染症の影響で収入が減少している中小企業者・小規模事業者(資本金が1億円以下の事業者など)に対しては、収入の減少の度合いに応じて、固定資産税・都市計画税をゼロまたは2分の1とする措置があります。この措置を受けるためには、税理士など(認定経営革新等支援機関)の確認を受けた申告書などを市町村(東京都の場合は都)の窓口に提出しなければなりません。

減免対象と要件は次の通りです。

  • 事業用家屋及び設備等の償却資産に対する固定資産税(通常、取得額または評価額の1.4%)
  • 事業用家屋に対する都市計画税(通常、評価額の0.3%)

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6 納税猶予の特例

2020年2月以降の任意で設定した一定期間(1カ月以上)において、収入が大幅に減少(対前年同期比おおむね20%以上)した全ての事業者について、無担保かつ延滞税なしで納税を1年間猶予することができます。基本的に、2020年2月1日から2021年2月1日までに納期限が到来する法人税や消費税、固定資産税など全ての税金納税が対象になっています。

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以上(2020年9月)
(南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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画像:Photoschmidt-Adobe Stock

クラウドファンディングや給付金 受け取ったお金の税務上の取り扱い

書いてあること

  • 主な読者:資金調達を実施した、または検討している中小企業等の経営者・税務担当者
  • 課題:資金調達方法ごとに、税務上の取り扱いが異なる
  • 解決策:基本的に返済義務がない場合には課税が発生し、返済義務がある場合には課税が発生しない

新型コロナウイルス感染症の拡大で経営の先行きが不透明ななか、中小企業および個人事業主(以下「中小企業等」)にとって資金調達が経営上の喫緊の課題となっています。近年、資金調達の方法は多様化していますが、税務上の取り扱いが気になるところです。クラウドファンディング、補助金・助成金、寄附金に注目し、それぞれの概要をおさらいした後、税務上の留意点を解説します。

1 クラウドファンディングの場合

1)クラウドファンディングの概要

クラウドファンディングとは、インターネット上で不特定多数の支援者から資金調達をする仕組みです。クラウドファンディングの類型はさまざまですが、例えば次の4つに区分することができます。

  • 購入型:起案者(中小企業等。以下、同様)は支援者へのリターンとして商品やサービスを提供。資金調達やPR、テストマーケティングのために実施される
  • 寄附型:起案者のプロジェクトを、支援者が寄附などの形で支援。基本的にリターンはなく、社会的意義のあるプロジェクトなどを直接、支援したい人を募る
  • 融資型:支援者から小口資金を集めて大口化し、中小企業等に融資。支援者へのリターンは元利金です。中小企業等は「デット」として資金調達
  • 投資型:中小企業等が未公開株を提供し、支援者から資金を募る。支援者へのリターンは配当や株主優待。中小企業等は「エクイティ」として資金調達

2)クラウドファンディングにより受け取った資金の税務上の取り扱い

1.購入型

購入型は、実質的に商品やサービスの予約販売であり、受け取った資金は商品・サービス提供に対する対価となります。そのため、法人税等の計算上、収益として計上(課税の対象となる)されます。

消費税に関しては、商品・サービス提供に対する対価は資産の譲渡等(消費税の課税対象となる取引。一定のものを除く)に該当するため、課税されます。

2.寄附型

寄附型で受け取った資金は、返済義務がないため、寄附金収入として法人税等の計算上、収益として計上されます。消費税に関しては、寄附金は資産の譲渡等に該当しないため、消費税は課税されません。詳細は後述の「3 寄附金の場合」と同じ取り扱いです。

3.融資型

融資型で受け取った資金は、支援者に対して返済義務があるため、債務(借入金として負債に計上)となります。そのため、法人税等および消費税共に課税関係は生じません。

4.投資型

投資型で受け取った資金は、株の発行により受け入れるお金であるため、資本金等(純資産に計上)となります。そのため、法人税等および消費税共に課税関係は生じません。

2 補助金・助成金の場合

1)補助金・助成金の概要

補助金・助成金は一定の要件を満たす場合に、国や地方自治体から支給されます。

補助金は、経済産業省が管轄しているものが多く、基本的に返済不要です。予算が決まっているため、支給を受けられる事業者や金額に上限があります。具体的には、設備投資などに対して支給されるものづくり補助金、持続化補助金などがあります。

助成金(給付金、奨励金も含む)は、厚生労働省が管轄しているものが多く、基本的に返済不要です。具体的には、雇用の維持、休業手当の補填などに対して支給される雇用調整助成金や、新型コロナウイルスの影響により売上が減少した事業者に支給される持続化給付金、家賃支援給付金があります。

2)補助金・助成金により受け取った資金の税務上の取り扱い

補助金・助成金は、基本的に給付が確定した時点で収益となり、法人税等の課税の対象となります。ただし、定額給付金など内容によっては非課税となるものもあります。

また、雇用調整助成金については、その収益の計上時期は、給付が確定した時点ではなく、給付の要因となった休業などの事実があった時点となります。仮に、雇用調整助成金の申請をした後、給付を受ける前に決算日を迎え申告を行う場合には、給付金額は確定していませんが、見積金額により収益を計上する必要があるため注意してください。

消費税に関しては、補助金・助成金の給付は資産の譲渡等に該当しないため、課税されません。

3 寄附金の場合

1)寄附金の概要

他者から中小企業等がお金またはその他の資産を無償で譲り受けるものをいいます。具体的には、災害などで被害を受けた際に、取引先から受ける寄附金収入などがあります。

2)寄附金により受け取った資金の税務上の取り扱い

寄附金により受け取った資金は、返済義務のないお金であるため、寄附金収入として法人税等の計算上、収益として計上されます。消費税に関しては、寄附金は資産の譲渡等に該当しないため、課税されません。

なお、相手先である支援者と寄附を受けた中小企業等の組み合わせにより、次の通り課税の内容が異なるため注意しましょう。

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以上(2020年9月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 富永慎也)

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画像:Tierney-Adobe Stock

【規程・文例集】「災害補償規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:法改正に対応した会社規程のひな型が欲しい経営者、人事労務担当者
  • 課題:どの情報が正しいか分からない。シンプルで分かりやすい情報が欲しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士など、専門家が監修したひな型を利用する

1 災害補償規程とは

企業は、従業員がその生命、身体などの安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするという「安全配慮義務」を負っています(労働契約法第5条)。具体的な取り組みはさまざまですが、基本的には労働安全衛生法に基づく職場の巡視、安全衛生教育や健康診断の実施、安全衛生管理体制の構築などがあります。

しかし、こうした取り組みを徹底しても労働災害を完全に防ぐことはできないため、労働災害への備えとして、企業は被災した従業員やその遺族のために、労働基準法(以下「労基法」)に基づく災害補償と、労働者災害補償保険法(以下「労災法」)に基づく保険給付(政府管掌)に必要な手続きを行う義務を負っています。

労災法の保険給付を労働災害の「法定内補償」と呼びますが、製造業や建設業など労働災害が発生しやすい業種では、「法定内補償」に上乗せする形で、民間の損害保険会社の保険商品などを活用していることがあります。民間の損害保険会社の保険商品を、労働災害の「付加給付」や「法定外補償」などと呼びます。

以上で紹介した付加給付や法定外補償については、就業規則の相対的必要記載事項(定めるか否かは自由だが、定めをする場合には必ず就業規則に記載しなければならない事項)です。

2 災害補償規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【災害補償規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、就業規則第○条に基づき、従業員の業務上の災害(以下「業務災害」)および通勤による災害(以下「通勤災害」)による負傷、疾病、障害または死亡に対する補償(以下「災害補償」)について定めるものである。

第2条(労働者災害補償保険法に基づく災害補償)
1)従業員が業務災害または通勤災害により負傷、疾病、障害または死亡した場合、労働者災害補償保険法(以下「労災法」)に基づく次の補償(以下「法定内補償」)が行われる。

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2)第2条第1項の法定内補償が行われた場合、会社は労働基準法(以下「労基法」)に基づく災害補償の責を免れる。ただし、休業補償給付が支給されるまでの3日間(休業開始日から3日間)についてはこの限りではない。

第3条(付加給付)
会社は、従業員が業務災害または通勤災害により負傷、疾病、障害または死亡した場合であって、法定内補償を受ける場合には、法定内補償の他、次の付加給付を独自に行うものとする。なお、第三者行為災害の場合は支給しない。
 1.休業補償の付加給付。
 2.障害補償の付加給付。
 3.遺族補償の付加給付。

第4条(休業補償の付加給付)
会社は、従業員が業務災害により、療養のために休業したことで給与を受けられない場合、休業開始日から3日間については、労基法に基づく休業補償の他、次の通り付加給付を行う。
休業開始日から3日間:休業1日につき平均賃金の○○%

第5条(障害補償の付加給付)
会社は、従業員が業務災害または通勤災害により負傷し、または疾病にかかった場合において、治癒した後に身体に障害を残した場合、その障害の程度に応じて、平均賃金に別途定める「障害補償の付加給付支給日数表」(省略)の日数を乗じて算出した一時金を付加給付として支給する。

第6条(遺族補償の付加給付)
会社は、従業員が業務災害または通勤災害により死亡した場合、従業員の遺族の人数などに応じて、平均賃金に別途定める「遺族補償の付加給付支給日数表」(省略)の日数を乗じて算出した一時金を付加給付として支給する。なお、遺族の範囲と順位は労災法第16条の2によるものとする。

第7条(補償制限)
次の場合、会社は第3条に定める付加給付の全部または一部を行わないことがある。
 1.従業員が故意の犯罪行為もしくは重大な過失により、負傷、疾病、傷害もしくは死亡またはその直接の原因となった事故を生じさせた場合。
 2.傷病を受けた従業員が正当な理由なく療養に関する指示に従わず、負傷、疾病または障害を増進させもしくは回復を妨げた場合。
 3.業務災害または通勤災害が、法令違反や就業規則などの社内規程・規則違反による場合。

第8条(民事上の損害賠償の免責)
会社は、第3条に定める付加給付を行った場合は、同一事由についてはその価額の限度において民事上の損害賠償の責を免れるものとする。

第9条(罰則)
従業員が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第10条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

以上(2020年9月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ)

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画像:ESB Professional-shutterstock

【規程・文例集】「営業秘密管理規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:最新法令に対応し、運営上で無理のない会社規程のひな型が欲しい経営者、実務担当者
  • 課題:法令改正へのキャッチアップが難しい。また、内規として運用してきたが法的に適切か判断が難しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士、公認会計士などの専門家が監修したひな型を利用する

1 営業秘密とは

企業では、「発明」「顧客名簿」などのビジネス上有用な技術や情報を保有しています。これらの技術や情報の流出、他者の不正利用を防ぐための対策としては、特許を出願するなどの方法があります。しかし、特許として登録をすると、出願した発明内容などが一般に公開されてしまい、保護期間が満了すると、競合他社がその発明を利用した商品を販売することもできます。

そこで、発明の内容を知られたくないものや長期にわたって保護したいもの、特許などを取得することができない営業情報などについては、営業秘密として管理するのが得策です。

事業者間の公正な競争などについて定めた不正競争防止法によると、営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」を指します(第2条第6項)。

営業秘密の3要件は次の通りです。

1.秘密として管理されていること(秘密管理性)

その情報に合法的かつ現実に接触することができる従業員等から見て、その情報が会社にとって秘密としたい情報であることが分かる程度に、アクセス制限やマル秘表示といった秘密管理措置がなされていること。

2.有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)

脱税情報や有害物質の垂れ流し情報などの公序良俗に反する内容の情報を、法律上の保護の範囲から除外することに主眼を置いた要件であり、それ以外の情報であれば有用性が認められることが多い。現実に利用されていなくてもよく、失敗した実験データというようなネガティブ・インフォメーションにも有用性が認められ得る。

3.公然と知られていないこと(非公知性)

合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物には記載されていないなど、保有者の管理下以外では一般に入手できないこと。
公知情報の組合せであっても、その組合せの容易性やコストに鑑み非公知性が認められ得る。

(経済産業省「不正競争防止法の概要(テキスト2019)」)

2 営業秘密の管理で注意すべきこと

近年では、企業同士のさまざまな形での連携が活発になっています。場合によっては、営業秘密に該当する重要な情報を連携先と共有したいこともあるでしょう。しかし、連携先と共有することで、前述した営業秘密の3要件を満たしていないことになる可能性があるため、注意が必要です。

なお、2019年7月から施行された改正不正競争防止法では、データ保護に関して新たに「限定提供データに係る不正競争行為」という概念が導入されました。

限定提供データとは、「業として特定の者に提供する情報(=限定的な外部提供)として電磁的方法により相当量蓄積され(=技術的管理性)、管理されている技術上又は営業上の情報(=有用性)であって、秘密として管理されているものを除くもの」(第2条第7項)のことです。当該データについて不正に取得、使用、開示等された場合においては、民事的救済措置を講じることができると規定されました。

従来は営業秘密として管理されていなければ、不正競争防止法による保護を受けられませんでしたが、限定提供データに係る不正競争行為が規定されたことにより、例えば、携帯電話会社が携帯電話の位置情報データを収集した人流データをイベント会社に提供する場合など、技術的管理性が認められれば、提供データは「限定提供データ」に該当し、不正競争防止法上の保護を受けることができるようになりました。

営業秘密ほどの強い保護は受けられませんが、重要な情報を他社と共有したいなどの場合、限定提供データとしての保護を念頭に管理することを検討してもよいでしょう。

3 営業秘密管理規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます(限定提供データについて営業秘密管理規程に盛り込むこともあります)。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

なお、営業秘密管理規程を独立して策定せずに就業規則に盛り込む場合もあります。その場合でも、規定する内容は以下を参考にしていただくことで問題ありません。

【営業秘密管理規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、営業秘密の管理に関して必要な事項を定め、営業秘密の適正な管理および活用を図ることを目的とする。

第2条(適用範囲)
本規程は、役員および従業員(嘱託や契約社員、パートおよびアルバイト等一切の従業員を含む。以下「従業員等」)に適用されるものとする。

第3条(用語の定義)
本規程における各用語の定義は、次に定めるところによる。
 1.営業秘密
 秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないもののうち、第6条第1項により指定されたものをいう。
 2.営業秘密資料
 営業秘密を記載・記録した文書、図画、写真、図書、磁気テープ、CD-ROM、DVD、ハードディスクドライブ等、サンプルおよび開発中の製品、これに係る機械・装置・設備、その他これらに関する一切の資料並びにその複写物および複製物をいう。
 3.営業秘密等
 営業秘密および営業秘密資料を総称したものをいう。

第4条(営業秘密等管理責任者)
1)会社の営業秘密等を管理するため、営業秘密等の統括責任者(以下「統括責任者」)および管理責任者(以下「管理責任者」)を置く。
2)統括責任者は、役員の中から取締役会の指名により決定する。
3)管理責任者は、各部門長および各部門内の業務分掌単位の長とし、所管する部門および業務分掌単位における秘密情報の管理の任に当たる。

第5条(営業秘密資料の管理)
1)従業員等は、管理責任者の指示に従って、営業秘密資料を金庫または施錠可能な設備に保管するなどの適切な方法で管理するものとする。
2)従業員等は、管理責任者に事前の承認を得たときを除いては、営業秘密資料の複写および複製は行ってはならない。
3)従業員等は、管理責任者に事前の承認を得たときを除いては、営業秘密資料を持ち出してはならない。

第6条(指定)
1)管理責任者は、会社が保有する情報について、営業秘密として指定するとともに第7条に定める営業秘密等の等級を指定し、秘密保持期間およびアクセスすることができる従業員等(以下「アクセス権者」)の範囲を特定するものとする。なお、アクセス権者は従業員等のうち、特段の事情のない限り、パートおよびアルバイトを除いた者とする。
2)管理責任者は、営業秘密資料について、第7条に定める営業秘密等の等級を記載する、パスワードを設定するなどの適切な方法で、営業秘密等である旨を明示する。
3)管理責任者は、統括責任者の指示の下、営業秘密について、日時の経過等により秘密性が低くなり、または秘密性がなくなった場合においては、その都度、第7条に定める営業秘密等の等級の変更または指定の解除を行うものとする。

第7条(営業秘密等の等級)
営業秘密として管理するため、次の通り営業秘密等の等級を設ける。
 1.極秘
 これを他に漏らすことにより会社が極めて重大な損失もしくは不利益を受ける、またはその恐れがある営業秘密等であり、原則として指定された者以外には開示してはならないもの。
 2.秘
 極秘ではないが、これを他に漏らすことにより会社が重大な損失もしくは不利益を受ける、またはその恐れがある営業秘密等であり、原則として業務上の取り扱い部門の者以外には開示してはならないもの。
 3.社外秘
 極秘、秘以外の営業秘密等であり、原則として社内の者以外には開示してはならないもの。

第8条(申告)
1)従業員等は、業務遂行の過程で営業秘密等を取得した場合には、遅滞なくその内容を管理責任者に申告しなければならない。
2)従業員等は、業務遂行の過程で営業秘密等となると考えられる情報または資料を創出した場合には、遅滞なく管理責任者に申告するものとする。
3)管理責任者は、従業員等から前2項の申告があった場合には、その申告された内容が営業秘密等に該当するかを検討し、統括責任者の指示の下、本規程に定義する営業秘密等に該当する場合には、遅滞なくこれを営業秘密等として指定するものとする。

第9条(秘密保持義務)
1)従業員等は、管理責任者の許可なく、アクセス権者以外の者に営業秘密等を開示してはならない。
2)従業員等は、管理責任者の許可なく、業務遂行以外の目的で営業秘密等を使用してはならない。
3)従業員等は、管理責任者の許可なく、不正に営業秘密等にアクセスしてはならない。

第10条(誓約書)
従業員等には、業務遂行以外の目的で営業秘密等を使用しない旨などを記載した秘密保持の誓約書を提出させるものとする。

第11条(退職者等)
1)退職などによりその身分を失った後においても元従業員等は、在職中に知り得た営業秘密等を開示、使用してはならない。
2)管理責任者は、退職などにより身分を失った元従業員等が在職中に知り得た営業秘密等を特定し、当該元従業員等が負う秘密保持義務等の内容を確認するものとする。
3)退職などにより身分を失った元従業員等は、営業秘密資料を持ち出してはならず、また自己の保管する営業秘密資料を全て会社に返還しなければならない。

第12条(営業秘密等の開示を伴う契約等)
人材派遣会社、受託加工業者、請負業者等の第三者に対し、会社の業務に係る製造委託、業務委託等をする場合、実施許諾、共同開発その他の営業秘密等の開示を伴う取引等を行う場合、当該会社との契約等において相手方に秘密保持義務等を課す他、秘密保持に十分留意するものとする。

第13条(第三者の秘密情報の取り扱い)
1)従業員等は、業務を遂行するに当たって、他社の営業秘密等を取得しようとする場合には、事前に管理責任者に申告するものとする。
2)従業員等は、他社が正当な権限を有しないとき、または正当な権限を有するか否かにつき疑義のあるときには、当該情報の開示を受けず、疑義がある旨を管理責任者に申告するものとする。

第14条(罰則)
従業員等が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第15条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

以上(2020年9月)
(監修 Earth&法律事務所 弁護士 岡部健一)

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税務調査で指摘されたら? 税務調査後の手続き

書いてあること

  • 主な読者:税務調査について知りたい経営者・経理担当者
  • 課題:税務調査で指摘を受けた場合の税務署との手続きを詳しく知りたい
  • 解決策:指摘に納得する場合と、納得できない場合で手続きが異なる上、指摘内容によって附帯税が変わる

多くの企業は、数年に一度、税務申告の内容に誤りがないかどうかを調査するために、税務署などによる税務調査を受けます。税務調査において、もし税務署の調査官から申告の誤りを指摘された際、納税者がその指摘に納得する場合と、納得できない場合とで、その後の手続きが違ってきます。また、その誤りに対して課される税金(附帯税)も、誤りの種類によってさまざまです。具体的な手続きなどを紹介します。

1 申告の誤りを指摘され、納得する場合

税務調査により法人税の申告の誤りを指摘された場合の基本的な手続きの流れ(納得する場合)は、次の通りです。

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税務調査が行われた場合、申告内容の誤りについて指摘を受けることがあります。その後の手続きの概要は、次の通りです。

1)「修正申告」

「修正申告」とは、納税者が税務当局に対して提出する、当初の申告税額より増額する内容の申告書をいいます。

2)「期限後申告」

「期限後申告」とは、当初の期限内申告書を提出していない納税者が、税務当局が決定するまでの間に提出する申告書をいいます。

3)「更正の請求」

納税者が税務当局に対して、税を減額するなど「更正」を行ってもらうことを請求する手続きをいいます。

税務調査が行われた場合、調査官からは、指摘を受けた点について「修正申告」または「期限後申告」(以下「修正申告等」)をするよう勧められます。また、「修正申告等」の申告書(以下「修正申告書等」)を提出した場合には、後述する再調査の請求や審査請求ができません。その代わりに、「更正の請求」を行い追徴税額の減額を求めることができることを説明してもらえることになっています。なお、調査官が「修正申告書等」を準備してくれる場合もあります。指摘を受けた点について納得できる場合には、「修正申告書等」を提出し、追加で納税をして税務調査は終了となります。

なお、消費税の申告の誤りについて指摘を受け、追徴課税が生じる場合(消費税の納税額増加分、損金が大きくなる)に、他の指摘事項がないときは、法人税が減少することとなります。この場合、消費税については「修正申告書等」を提出した上で、法人税については「更正の請求」を行う必要があるのかといった疑問が生じますが、実務上は、調査官が、法人税について減額する「更正」を行ってくれることが多いようです。

2 申告の誤りを指摘され、納得できない場合

税務調査により法人税の申告の誤りを指摘された場合の手続きの流れ(納得できない場合)は、次の通りです。

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1)更正

指摘を受けた点について、「修正申告等」をすることに納得ができない場合には、調査官は「更正」を行い、納税者のもとに更正通知書が送られてきます。なお、追徴税額については、後日、追徴税額が確定してから納税すると、後述する延滞税等がかかるため、納得できない場合も納税をしておくことが望ましいです。

2)税務署に対する再調査の請求

納税者が、更正通知書の内容に納得できない場合には、通知を受けた日の翌日から3カ月以内に、所轄の税務署に対して「再調査の請求」をすることができます。税務当局は、更正の内容について再検討し、その結果(決定)を納税者に通知します。

3)国税不服審判所に対する「審査請求」

「決定」を受けても、まだ納得ができない場合には、「決定」の通知を受けた日の翌日から1カ月以内に、国税庁の機関である国税不服審判所に対し、「審査請求」をすることができます。また、「再調査の請求」を経ることなく、直接「審査請求」をすることもできます。国税不服審判所は内容について審査し、その結果(裁決)を納税者と税務署長に通知します。

4)税務訴訟

「裁決」を受けても、まだ納得ができない場合には、「裁決」の通知を受けた日の翌日から6カ月以内に、裁判所に訴訟を起こすことができます。判決によって、指摘を受けた内容の有無が確定することになります。

5)統計に見る指摘事項を覆せる可能性

国税庁が公表している「国税庁レポート2020」によると、2019年度における再調査の請求の処理件数は1513件で、このうち、納税者の主張の全部または一部が認められた割合は12.4%となっています。

また、2019年度における審査請求の処理件数は2846件で、このうち、納税者の請求の全部または一部が認められた割合は13.2%となっています。

さらに、2019年度における訴訟の終結件数は216件であり、このうち、納税者の請求の全部または一部が認められた割合は9.7%となっています。

3 「更正」の期限・「修正申告書」の提出期限

税務当局による「更正」の期限は次の通り定められているため、この期間を超えて「更正」をすることができません

  • 原則、法定申告期限から5年。
  • 法人税の欠損金に係るものは、法定申告期限から9年(2018年4月1日以後に開始する事業年度で生じた欠損金については10年)。
  • 偽りその他の不正の行為等によるものは、法定申告期限から7年。

一方、「修正申告書」の提出には期限がないため、税務当局による「更正」を受けるまでは、どの年度の「修正申告書」でも提出することができます。なお、税務当局による「更正」の期限は前述の通り定められているため、それより前の事業年度に遡って自ら「修正申告書」を提出する必要は実質的に無いということになります。

4 修正申告書等を提出した場合にかかる附帯税(法人税等)

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1)加算税

1.過少申告加算税

過少申告加算税とは、修正申告書等による税額と当初の申告税額との差額に対して課されるものです。過少申告加算税は、原則として追徴税額の10%(追徴税額が当初の申告税額と50万円とのいずれか多い金額を超えるときは、その超える部分については15%)となります。

なお、税務当局による調査通知以後、その税務調査によって更正または決定(以下「更正等」)が行われることを認識していながら、修正申告書等を提出したもの(以下「予知したもの」)でないときは、追徴税額の5%(追徴税額が当初の申告税額と50万円とのいずれか多い金額を超えるときは、その超える部分については10%)となります。また、税務当局による調査通知前で、かつ、更正等を予知したものでないときは、過少申告加算税は課されません。

2.無申告加算税

無申告加算税とは、「期限後申告」による税額に対して課されるものです。無申告加算税は、原則として追徴税額の15%(追徴税額が50万円を超えるときは、その超える部分については20%)となります。また、更正等が行われることを予知したものでないときは、追徴税額の10%(追徴税額が50万円を超えるときは、その超える部分については15%)に軽減されます。

なお、過去5年以内に無申告加算税または重加算税を課されたことがあるときは、追徴税額の25%(追徴税額が50万円を超えるときは、その超える部分の30%)となります。

3.不納付加算税

不納付加算税とは、源泉所得税の納付が遅れた場合に課されるものです。不納付加算税は、納期限後に納付した源泉所得税額の10%となります。ただし、告知があることを予知したものでないときは5%となります。

4.重加算税

重加算税とは、上記の「過少申告加算税」「無申告加算税」「不納付加算税」に代えて、仮装・隠蔽といったより悪質な申告の誤りに係る追徴税額に対して課されるものです。加算税は、過少申告加算税及び不納付加算税に代わるものは追徴税額の35%、無申告加算税に代わるものの場合には追徴税額の40%となります。

なお、過去5年以内に無申告加算税または重加算税を課されたことがあるときは、追徴税額の45%(無申告加算税の場合には追徴税額の50%)となります。

2)過怠税

過怠税とは、印紙税が課される文書(課税文書)につき、印紙の貼付がなかったことにより課されるものです。過怠税は原則として、本来の印紙税額の3倍に相当する額となります。

3)延滞税

延滞税とは、追徴税額に対して課される利息の性質を有するものです。延滞税は原則として、「年14.6%」と、「特例基準割合(銀行の新規の短期貸出約定平均金利を基礎として計算した割合で、2020年は1.6%)+年7.3%」とのいずれか低い割合で計算されます。ただし、特例により、納期限の翌日から2カ月を経過する日までの間は、「年7.3%」と「特例基準割合+年1%」とのいずれか低い割合で計算されます。

従って、現在は、納期限の翌日から2カ月を経過するまでの間は2.6%、それ以降は年8.9%となります。

5 修正申告書等を提出した場合にかかる附帯金(地方税)

地方税に係る附帯金は次の通りです。地方税についても、法人税等と同様に、「修正申告等」や「更正」の手続きがあります。ただし、住民税には、過少申告加算金・不申告加算金および重加算金は課されません

なお、各附帯税の意味合いは、法人税等と同じになるため、ここでは税額の算出方法のみを紹介します。

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1)加算金

1.過少申告加算金

過少申告加算金は、法人事業税の追徴税額の10%(追徴税額が当初の申告税額と50万円とのいずれか多い金額を超えるときは、その超える部分については15%)となります。ただし、更正等があることを予知したものでないときは課されません。

2.不申告加算金

不申告加算金は、法人事業税の追徴税額の15%(追徴税額が50万円を超えるときは、その超える部分については20%)です。ただし、更正等があることを予知したものでないときは5%となります。

なお、過去5年以内に不申告加算金または重加算金を課されたことがあるときは、追徴税額の25%(追徴税額が50万円を超えるときは、その超える部分の30%)となります。

3.重加算金

法人事業税の追徴税額の35%です。ただし、無申告の場合には追徴税額の40%となります。

なお、過去5年以内に不申告加算金または重加算金を課されたことがあるときは、追徴税額の45%(無申告の場合には追徴税額の50%)となります。

2)延滞金

延滞金は原則として、「年14.6%」と「特例基準割合+年7.3%」とのいずれか低い割合です。ただし、特例により、納期限の翌日から1カ月を経過する日までの間は、「年7.3%」と「特例基準割合+年1%」とのいずれか低い割合で計算されます。

従って、現在は、納期限の翌日から1カ月を経過するまでの間は2.6%、それ以降は年8.9%となります。

6 いわゆる「所得隠し」があった場合

税務調査によって、事実の仮装・隠蔽の行為による申告漏れ(いわゆる「所得隠し」)の指摘を受けた場合には、追徴税額や上記の重加算税などの他、青色申告の取り消し処分も受けます。青色申告の取り消しは、過去の事業年度に遡って行われるため、税額控除などの青色申告の特典を受けていた場合には、適用を受けていない場合との差額について追徴税額が生じます。

また、法人の代表者等が刑事罰の対象ともなり、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金が科されます。さらには、こうした事実を報道されることなどによって、法人の社会的信用が下落するなど経営に与える悪影響は計り知れません。

なお、税務調査の全体の流れや勘定科目ごとの税務調査対策のポイント、税理士に聞いた税務調査の舞台裏については、以下のコンテンツをご参照ください。

▶ 30080 「税務調査」がよく分かる 手続きの流れを徹底解説
▶ 30091 この勘定科目が危ない? 勘定科目ごとの税務調査対策
▶ 30034 ウソかホントか? 税務調査の舞台裏
▶ 30051 続・ウソかホントか? 税務調査の舞台裏

以上(2020年9月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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画像:Elnur-shutterstock

【朝礼】まだ50歳か、もう50歳か?

先日、50歳で動物病院を起業した人と話す機会がありました。そのときの話があまりにも素晴らしかったので、皆さんにもお伝えします。テーマは、「捉え方次第で行動が変わる」です。

その起業家は、業界平均の数倍の件数をこなせるように、動物病院のオペレーションを改善したり、特殊なトリミング技術でファンを獲得したりしているとのことでした。素晴らしい経営努力ですが、私が強く引き込まれたのは、その起業家のあふれるバイタリティーでした。

どんな技術を持っていても、50歳という年齢で起業するのは簡単ではありません。しかし、その起業家は「自分はまだ50歳。これからだ!」と考えて起業を決断しました。その決断の土台となっているのは、20代の頃から持ち続けている「グローバルに通用する経営者になりたい!」という夢だそうです。私がさらに驚いたのは、海外展開を見据え、既に英語が話せる社員を雇っていることです。その起業家はその社員を、海外第1号拠点の院長にする予定だと言っていました。

私は、これからの事業展開を楽しそうに話す起業家の姿を見て、この人は必ず海外展開を成し遂げるだろうと確信すると同時に、ぜひ、応援したい気持ちでいっぱいになりました。

人はいつでも新しいチャレンジをすることができます。しかし実際に行動する人としない人がいて、その違いは「まだ」と「もう」のような物事の捉え方の違いなのだと、改めて気付きました。

もし皆さんが、「もうダメだ」「もういっぱいいっぱいだ」「もう十分だ」など、後ろ向きの言葉をよく使うようだったら注意してください。行動も後ろ向きになってしまいます。仮に先の起業家が、「もう自分は50歳になってしまった……」と考えていたら、起業などしなかったでしょう。

別の角度から話をしましょう。いまだによく聞くフレーズに、「コロナの影響なので、仕方がないです」というものがあります。しかし、私の周囲に限っていえば、このように言う人のほとんどは大してコロナの影響を受けていません。彼らは、「コロナのせいで、得意先とコミュニケーションが取れない」と言っておけば、周りは「仕方がないね」と許してくれると決め込んでいるのです。

緊急事態宣言が発令された頃は、本当に「仕方がない状況」でした。しかし、多くの人はすぐに努力と工夫でビジネスを動かし始めました。状況は大きく変わったのです。

わずか数カ月で差が広がります。何年も「もう」と言い訳をしていたら、どれだけの可能性を潰してしまうのか、恐ろしくなります。しかし大丈夫です。新しいチャレンジは、いつだって始めることができます。この朝礼をきっかけに、「まだ」マインドの人はますます熱く、「もう」マインドの人は「まだ」への切り替えを進めることを期待します。完璧を求める必要も、失敗を恐れる必要もありません。チャレンジし続ける限り失敗ではなく、応援してくれる人も現れます。

以上(2020年9月)

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画像:Mariko Mitsuda

WEB面接はコロナ対策だけにあらず/採用活動のデジタルシフトで攻めに転じる!リクルーティングDX最前線(4)

書いてあること

  • 主な読者:採用活動のデジタル化を検討したい経営者
  • 課題:デジタルは苦手。それに人を採用するのだから、リアルのほうがいい?
  • 解決策:WEB面接の価値は、「非対面」という表面的なものだけではない。その本質は面接の構造化による選考力の向上。ミスマッチを減らし最適人材を見極めていくことにある

前回(第3回)までは、ダイレクト・リクルーティングの進化形として「タレントプール」「リクルーティングオートメーション」について解説してきました。こうした新しい採用手法がもたらしてくれる果実は、単なるデジタル化ではなく、これまで会えなかったいい人材に出会えること。つまり採用の効率化ではなく採用の質のアップグレードです。

これがまさにDX(デジタルトランスフォーメーション)の概念に相当するのです。

連載4回目の本稿では、リクルーティングDXの採用プロセス編。具体的には、昨今一気に普及した「WEB面接」について、DXの観点からその真価を解説していきましょう。

1 場所を問わずに面接できる

新型コロナウイルス感染症の拡大は、就活に大打撃を与えました。就活イベントや会社説明会が続々と中止。その後の選考過程も大幅な見直しを余儀なくされる中で、急速に広まったのがWEB面接でした。当初は、企業からも就活生からも非対面での選考を不安視する声が多く聞かれましたが、最終面接に至るまで全ての選考をWEB面接で完結したという企業も現れるほど、一気に馴染んだ感さえあります。

WEB面接の活用は、実はコロナ以前から徐々に増えてきていました。新卒採用であれば、全国で採用を行う企業の人事担当者は移動がなくなるため、生産性が上がります。地方の学生にとっても移動する必要がないので、交通費の負担が軽減され、エントリーや応募へのハードルが下がります。中途採用にしても、転職希望者は日中仕事が忙しく、面接を受けるための時間捻出に苦労していました。WEB面接だとスマホで行えるので、休憩時間を使ってカフェで面接を受けることができます。

場所を問わずに面接できる。スマホやタブレットなどの端末でも面接できる。リアルタイムでの面接はもちろん、録画した動画を企業に送る録画選考という方法もある。WEB面接は、その簡潔性や利便性に加えて、企業と応募者を時間と空間の制約から解放するツールとして注目されはじめていたのです。

2 面接できる人が増える

前述のように、遠方の求職者との接点が持てることで機会損失が少なくなることは、WEB面接という手法の最も分かりやすい価値です。面接を受けるために、わざわざ都会まで行かないといけない……。このように感じる地方の求職者が、応募に二の足を踏むというケースは少なくありませんでしたから、移動せずに面接を受けることができるという一点だけでも、母集団形成に大きく貢献してくれるのです。

また、移動時間と交通費という負担の軽減も大きな価値です。全国に赴いて面接を行っていたある企業は、1回の出張で約10万円かかっており、1カ月で4回の出張があったとのこと。WEB面接システムを導入したことによって年間で約500万円のコストカットを実現しました。

また面接辞退を抑止する効果も期待できます。ある調査によると、選考中に辞退した経験のある求職者は約7割で、そのうち約6割が面接前に辞退しているとのこと。面接前に辞退する理由はさまざまですが、共通しているのはその企業に対する熱が冷めたことでしょう。つまり面接までの時間が鍵を握っているのです。

WEB面接であれば、場所を問わずに面接することができるので、日程調整が極めてシンプル。面接官と応募者の時間調整だけでなく、面接場所の確保(ほとんどの場合が会議室の予約)といった煩雑な手間からも解放されるので、早期に接触することができます。鉄は熱いうちに打て。これは採用プロセスの鉄則なのです。

応募が増える×面接辞退が減る=面接できる数が増える。その上でコストまで減る。採用プロセスを効率化できる物理的な価値側面から見ても、WEB面接という手法を導入するメリットは小さくありません。

3 面接官トレーニング

ただ、単なる採用プロセスの効率化だけで終わってしまえば、DX(デジタルトランスフォーメーション)のレベルには達しません。面接という採用プロセスにおいて、選考のクオリティをアップグレードすることこそ、WEB面接が目指すゴールなのです。

名門大学の体育会キャプテン。明るく、快活。イコール即採用。新卒採用なんかだと、こうした風景が往々にしてまかり通っていました。ところが、そんな期待の新人が入社後は活躍するどころか、1年も経たずに退職する。そんなケースをよく耳にします。

入社後の育成に問題があったのかもしれませんが、考えておきたいのがミスマッチ採用の可能性です。会社と個人の認識や価値観にずれがあるのに採用してしまうことが、お互いにとって「不幸な出会い」になってしまうのは自明の理。極力避けたいものです。

こうしたミスマッチを解消するためにも、昨今、「構造化面接」という面接手法が注目されています。「構造化面接」とは、応募者に対しあらかじめ定められた同一の評価基準や質問を用いて進める面接のことを指します。簡単にいうと面接のマニュアル化です。担当する面接官の主観や心理的作用によって、その評価にバラツキが出てしまうことを防ぎ、本当にその職種に適した人物かどうかを客観的に見極めることが可能となると、あのグーグルも導入しています。

この「構造化面接」を進めていく際も、WEB面接は効力を発揮してくれます。WEB面接システムには録画機能が付いているサービスがあります。面接を録画することで面接官のスキルが可視化されますから、各面接官との振り返りを実施し、マニュアルの習得を促すことができるのです。

※録画する旨は、応募者に事前告知し許可を得ておきましょう。

4 AIが次世代面接の主役?

構造化面接を各面接官に習得させるよりもっと手っ取り早いのは、AIによる面接でしょう。実はAI面接システムはすでに登場しています。面接官をAIが担当することで、構造化された質問をブレなく発することができます。回答が浅いとAIは掘り下げた質問を繰り出していき、面接が終了するとAIがその回答を一定の指標で評価します。

もちろんAIとの面接がゴールとなるわけではありません。応募者を客観的に数値化したデータをもとに、文字起こしされた回答内容を見ながら、総合的に判断していくという活用が主流です。適性検査の代わりに導入する企業もあります。面接の全てがAIで完結するような恐ろしい近未来社会のイメージではありません。

しかしながら客観的に数値を選考の基準に取り入れるのは、ミスマッチの解消につながる科学的採用の第一歩ではないでしょうか。

5 データを活用する意志

AI面接は、導入によって多くのメリットが得られそうですが、どこまでをAIに頼るか、あるいはどこまで人間が担うかなどの課題があるのは否めません。

2人の採用候補者がいたとしましょう。入社後の退職率が高いというデータが示されている人のほうが、経験と勘では採用したいと感じたら……。つまりデジタルジャッジとアナログジャッジが相反した時、どのように判断すべきか。このあたりはまだまだ悩ましい問題です。

ただ1つだけ言えるのは、人事担当の中に、データ活用に精通した人材を配置する、あるいは育成していくという意思決定は必須になってくるということです。採用のDXに取り組む上では、テックツールの活用と合わせて、データ活用のスキルを備えることは、今後の前提条件になってくるでしょう。

自社で活躍している人材はどのようなタイプなのか? 逆に会社を辞めてしまった人はどのような価値観を持っていたのか? こうした情報を、応募者の属性データと照らし合わせて、退職者や活躍している社員との相関を把握できたら、可否判断の精度が格段に向上するでしょう。

こうした次世代型の選考を可能にするためにも、データに対峙する意識が極めて重要になってきます。最近はデータ活用について学べる講座も世の中に増えてきましたし、人事部門の方も“自分事”として取り組んでみてはいかがでしょうか。

6 まとめ

本稿では、リクルーティングDXの観点から「WEB面接」について解説させていただきました。改めて、そのメリットを分かりやすくまとめると、次の3つに集約することができます。

  • 遠隔地の求職者にとって移動する必要がなくなることで、応募の障壁が下がる
    →母集団拡大につながる
  • 人事担当者が支社間を移動する必要がないので、移動時間や交通費などが減る
    →コスト削減&生産性向上
  • 面接を録画して、面接官の振り返りや面接官育成の教材に役立てることができる
    →全社観点での面接スキルが均質化→選考力が向上

1.の母集団形成、2.のコスト削減(移動時間もコストの一部)は、物理的なメリットを実感しやすく、導入のきっかけになりやすい価値と言えます。しかし最も重要なのは、3.の面接スキルの向上だと考えます。

これまで属人的で見えづらかった面接が、可視化され、なおかつ全体的に標準化されていくのは画期的なことです。そして採用面接に客観性が持ち込まれることは、データを活用した選考の素地となっていき、ミスマッチの解消、ひいては入社後の最適配置といったピープルアナリティクスに接続していくことが可能になります。ここが「面接のDX」たる最大のポイント。そういった視座で「WEB面接」の可能性に期待していきましょう。

以上(2020年9月)
(執筆 平賀充記)

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画像:Вадим Пастух-Adobe Stock

経営者が知っておきたいコロナ後の採用事情

書いてあること

  • 主な読者:二極化が生じつつあるコロナ後の採用戦線で勝ちたい経営者
  • 課題:コロナを受けて求職者の考え方がどのように変わりつつあるのか分からない
  • 解決策:社員にとって「働きがい」のある企業となり、求職者に共感される発信を行う

1 企業選びのポイントは「知名度」より「働きがい」に

緩やかな景気回復を背景に、2015年ごろから続いてきた就職希望者優位の「売り手市場」ですが、新型コロナウイルス感染症の拡大を機に、企業優位の「買い手市場」へと変化しつつあります。しかし、2000年前後の就活氷河期と比べると、インターネットを活用して就職活動を行うことが当たり前の現在は、「買い手市場」の中身に大きな違いが出ています。

違いの根本にあるのは、求職者の企業選びのポイントが、企業の「知名度」より、自分の「働きがい」へと変化していることです。背景には、もちろん若い世代を中心とした価値観の変化もありますが、インターネットの普及に伴い、企業に関する情報収集が誰にでも容易にできるようになったことも大きな要素です。そして、求職者に共感される企業には応募が集まる一方で、共感されない企業はいつまでも「買い手市場」に参加できない、という二極化が生じつつあります。

1)求職者が自分で企業の情報を集め、評価する時代に

就活ナビサイトが就職活動の中心であった時代は、「テレビCMでよく見かける」「お店に行けば商品が置いてある」などの、BtoCのいわゆる有名企業に応募が集まる傾向がありました。

しかし、インターネットの普及に伴い、就活ナビサイトのみを活用して就職活動を行う学生は年々減少しています。就職情報の提供などを行うディスコが2019年7月に行った調査によると、志望企業の研究のために有益だった情報源として、約6割の就活生が「個別企業のホームページ」だったと答えています。さらに、「インターネット上の情報」も2割を超えています。

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つまり、求職者は、大手企業などが持つ一般的な知名度や、就活ナビサイトなどでの「与えられた」情報ではなく、自分で企業の情報を集める時代になったのです。そのことは、企業に対する評価を、自分の基準で行うということにもつながっていきます。

2)2人に1人は「企業理念、トップメッセージ」に注目

では、求職者は志望企業のウェブサイトから、どのような情報を集めているのでしょうか。

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前述のディスコの調査では、就活生がエントリーや本選考応募をするかどうか判断するときに、その企業の採用サイトの中でよく閲覧したコンテンツについて尋ねています。その結果は、1位こそ「事業内容、実績」でしたが、続いて「待遇、福利厚生、ワークライフバランス」、「企業理念、トップメッセージ」が上位に入りました。さらに、内定承諾・辞退を判断する際に最もよく閲覧しているのは、「事業内容、実績」ではなく、「待遇、福利厚生、ワークライフバランス」についてのコンテンツでした。

求職者が企業を選ぶ際に注目しているのは、「その企業で働くことに、自分にとってどのようなメリットがあるか」「その企業の考え方に自分が共感できるか」といった、自分自身にとっての「働きがい」に関わることだといえるでしょう。

3)SNSで“深い情報”を集める求職者が増加

求職者が自分で企業の情報を調べ、入社の是非を判断する傾向は、新型コロナウイルス感染症の拡大によって、さらに強まっているといえます。その背景には、2つのことが影響しています。

1つ目は、就職活動をオンラインで行わざるを得ない状況になったことです。新型コロナウイルス感染症の拡大により、例年行われてきた企業説明会の中止が相次いだためです。

2つ目は、対面方式の代替という面も含めて、InstagramやTwitterなどのSNSを通じた情報のやり取りが増えていることです。

求職者の中には、志望企業の社員のSNSをチェックしたり、志望企業が運営するSNSのアカウントを探して、フォロワーの層を調べたりする人も増えてきました。このように、求職者には、企業側が提供することを意図していないような“深い情報”まで知ろうとする傾向が見られています。

2 採用戦線で勝つ条件は求職者から「共感」を得ること

1)求職者は社風が分かる情報を集めている

求職者は、志望企業やその社員が投稿するSNSから得た“深い情報”を、どのように活用しているのでしょうか。

求職者は、社員旅行の様子や仕事に関する投稿などを見て、「自分に合った社風か」を判断します。特に、「自分が将来働く企業のオフショット」を見ることで、企業の社風が自分に合っているかを判断する材料にしています。

また、入社後のギャップを避けるために、普段の何気ない投稿から仕事の内容をチェックし、自分に合った働き方ができるかどうかを見ている求職者もいます。これはSNSに限らず、対面による面接においてもいえることです。求職者は、面接でのやり取りだけでなく、オフィス内の雰囲気や、面接の前後に耳にする社員同士の何気ない会話などを通じて、社風を感じ取ろうとしている、と考えるべきです。

この他、SNSのコメント欄を閲覧することで、批判的な意見やファンのユーザーに対し、日ごろどのような対応をしているかという、志望企業の「素顔」をチェックしている求職者もいます。もし威圧的な返信をしていたり、一方的な意見を押し付けるようなコメントがあったりすると、企業の印象は大きく悪化しかねません。

二極化が生じつつある採用戦線で勝つには、求職者は企業よりもSNSなどを駆使した情報収集力に長けているということを前提に、求職者に「選ばれる」ための戦略を練ることが不可欠といえるでしょう。

2)小さくて無名でも「光る」企業が目立つ時代に

これまでは、予算の関係でテレビCMなどマスメディアに広告が打てなかった企業も、動画ウェブサイトなどインターネット上の媒体に安価で広告が出せるようになりました。新たな企業と「出合う」チャンスが格段に増えたことで、求職者にとっての、企業の知名度に対する概念が変わり始めています。

世間からはあまり名を知られていなくても、いわゆる「その世界の人たち」の間では有名だったり、インターネット広告に出てきたりする企業でも、求職者の印象に残るような「光る何か」を伝えられれば、“知名度のある企業”として認識されてきているのです。

小さな企業でも、チャレンジ精神の旺盛な人材を求めていることをうまく伝えられれば、それに共感した求職者が「やりたいこと」を実現させるために転職するというケースも、実際にあります。

これも実例ですが、ある就活サイトに、住宅メーカーの社長が高圧的な態度の求職者と面接をする、という企画が掲載されました。その社長が、下着一枚になりながらも自社の魅力や社員に対する思いを語った内容がインターネット上で話題となり、その年の求職者のエントリー数が増加したというケースもあります。

情報収集力に長けた求職者に対しては、「どのような手段で伝えるか」よりも、「どのような内容を伝えるか」が重要になります。インターネットやSNSが普及したことで、企業のトップが率先して自社や社員への思いなどを発信し、求職者の共感を得る手段は整っています。

二極化が生じつつあるコロナ後の採用戦線は、企業の将来を決める戦いともいえます。しかし、その戦いは、企業の大小とは関係なく、どの企業にも平等に勝つチャンスが与えられています。あとは経営者の皆さんの気持ちや行動次第といえるでしょう。

以上(2020年9月)
(執筆 株式会社アローリンク)
https://arrow-japan.co.jp/
https://www.careelink.net/

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画像:fizkes-shutterstock

社名変更を行う時に考えること

書いてあること

  • 主な読者:社名の変更を検討している企業の経営者
  • 課題:社名変更に際しての留意点を押さえておきたい
  • 解決策:必要な手続きを理解するとともに、他社の変更事例を参考にする

1 社名変更の意義と気を付けるべきこと

1)企業のブランドイメージ構築や方向性を左右する社名変更

企業は、合併やブランドイメージの構築などに際して、社名を変更することがあります。社名は、企業のブランドイメージや目指す方向性に関わる大切なものであるため、慎重に決定しなければなりません。

2)何のための社名変更か

社名変更には必ず理由があります。例えば、次に挙げるようなものがあります。こうした理由は1つではなく、いくつか重なっているケースもあります。

  • 企業合併、経営統合の一環
  • 経営者交代による旧来の企業イメージの一掃
  • 社名と事業の実態の一致
  • ブランドイメージの一新や向上

社名変更の理由はさまざまですが、重要なことは「社名変更は企業刷新のために実施する」ということです。一方で、社名変更を企業刷新の出発点とするはずが、「社名を変更する」という作業がゴールになってしまうケースもあります。このような社名変更はその後の具体的な行動と結びつきにくくなってしまいます。

3)社名変更の取り組みに当たって

社名変更に当たっては、「刷新すべき点」「刷新すべきでない点」を明確にする必要があります。この区分が十分ではない場合、社名変更前に持っていた良さを失ってしまう恐れがあります。これは、社名変更によって社員の意識が改革された際、残しておくべき企業の良い点が捨てられてしまう可能性があるためです。

例えば、手厚いアフターケアが売りの訪問販売を手掛けていた企業が、独自のアイデアをアピールしようと「企画」を含む社名に変更した結果、次に挙げるような状況に陥ってしまうことも考えられるのです。

  • 役職員が新規顧客獲得のための企画に集中
  • 既存顧客へのアフターケアに力を注がなくなる
  • 結果としてブランドイメージが落ちる

このような状況を避けるため、社名変更に際しては、「何を刷新し、何を残すのか」について明確にした上で、企業刷新を進めていく必要があります。

具体的なポイントとしては、次のような点が挙げられます。

  • 社名変更に合わせて経営理念や行動指針などを見直し、何を変えるのか明確にする
  • 社名変更の後も残すべき点についても明確にする
  • 社名変更によって刷新する点、残す点を全役職員で共有する

2 社名変更の手続き上の留意点

1)変更後の社名を決める際の基本的な留意点

社名変更の取り組みを開始して変更後の社名を検討する際、次に挙げる点に留意する必要があります。

  • 同一所在地に、変更後の商号(社名)と同じ商号の企業がないか確認する
    (例:会社所在地に「○◆企画」という商号の企業が既にある場合、「○◆企画」では登記できない。ただし、「株式会社○◆企画」と「○◆企画株式会社」、「○◆企画株式会社」と「○◆企画合資会社」は同一の商号には当たらない)
  • 株式会社など会社の種類を社名に含める
  • 法令によって制限されている名称、およびそれに類似する名称は使用しない
    (例:銀行、信用金庫、信用組合など)

2)社名に使用できる字

登記する社名については、通常の日本語である日本文字以外に、次の字が使用できます。

  • ローマ字(大文字および小文字)
  • アラビア数字
  • 字句を区切る際の符号(「&」(アンパサンド)、「’」(アポストロフィー)、「,」(コンマ)「-」(ハイフン)、「.」(ピリオド)、「・」(中点))。ただし、社名の先頭や末尾に用いることはできない
  • 空白(スペース)。ただし、ローマ字を用いて複数の単語を表記する場合に限り、当該単語の間を区切るために使用できる

社名を変更するに当たっては、司法書士などの専門家に相談する、登記所(法務局・地方法務局・その支局および出張所の総称)に直接問い合わせるなどして、細部まで確認しましょう。

3)社名(商号)変更の手続き上の留意点

社名は定款に必ず記載しなければならない事項です。そのため、社名変更に当たっては、株主総会の特別決議を経て、定款の社名に関わる箇所を変更する必要があります。

定款の変更後、必ず管轄の登記所に社名(商号)を変更した旨の登記(変更登記)を申請する必要があります。登記期間は、登記の事由が発生したときから2週間以内です。

管轄の登記所や申請の詳細については、法務局のウェブサイトで確認できます。

■法務局■
http://houmukyoku.moj.go.jp/homu/static/

3 社名変更により発生する主な手続きのチェックリスト

変更登記の申請手続き以外にも、社名変更によって生じる手続きは少なくありません。そのため、実際の変更に際しては、変更手続きチェックリストを作成し、確実に社名変更に関わる手続きを行えるようにします。

また、金融機関などに社名変更を届け出るに当たっては、登記簿・履歴事項全部証明書など、社名変更を証明する書類の提出を求められる場合があります。提出する必要がある手続きを事前に確認し、必要な部数をまとめて取得するようにしましょう。

社名変更により発生する手続きの項目(例)は次の通りです。

1.社外的な手続き

  • 印鑑登録の変更
  • 社会保険、労働保険に関する必要な届け出
  • 税務署、都道府県税事務所への届け出
  • 郵便局、電話(固定電話、携帯電話、インターネットプロバイダーなど)、水、ガス、電気などの変更通知
  • 不動産や社有車などの動産の名義変更(自社保有の場合)、貸し主への連絡・契約書の変更手続き(賃貸している場合)
  • 得意先への挨拶
  • 取引金融機関への挨拶、届け出
  • 仕入先への挨拶
  • 契約保険会社などへの届け出
  • クレジットカード会社、ETCなどの届け出
  • 各種加盟団体への届け出
  • 自社の社名を端的にあらわした、ホームページのドメインの再取得

2.社内的な手続き

  • 看板、広告塔などの変更
  • 名刺、社章などの変更
  • 社用箋や封筒の変更
  • 納品書、請求書、見積書、領収書などの伝票の変更
  • 会社案内の変更
  • 自社ウェブサイトの社名表記変更
  • 商品カタログ、販売促進ツールなどの変更

これらの手続き以外にも、都道府県や市区町村に社名変更を届け出るなど、自社が行っている事業などによっては社名変更に伴う手続きが生じる場合があります。そのため、司法書士や社会保険労務士などの専門家に相談して、漏れがないようにすることが望ましいでしょう。

4 社名変更をした企業の事例

1)認知度の高いブランド名に統一

石油元売りなどエネルギー関連を手掛けるJXTGホールディングス(当時)は2020年6月25日に、社名を「ENEOSホールディングス」に変更しました。同時に傘下の「JXTGエネルギー」の社名も「ENEOS」に変更しています。

同社は石油元売り業界による再編に伴い、最終的にかつての共同石油、日本鉱業、日本石油、三菱石油、九州石油、ゼネラル石油、東燃、三井石油、エッソ石油、モービル石油(いずれも旧社名)などが合流して誕生した経緯があり、再編の過程で社名がJXTGホールディングスとなりました。

ただ、同社が展開するサービスステーションは、2001年から「ENEOS」のブランド名を使用しています。社名とブランド名を統一することにより、「『ENEOS』の高い知名度を活用した成長事業の育成・新規事業の創出を推進するとともに、長期ビジョンで掲げる『アジアを代表するエネルギー・素材企業』の実現に向けたグローバルブランドへの飛躍」(同社プレスリリース)を目指すとしています。

2)発祥時のDNAを社名に込める

機械メーカーの東芝機械(当時)は2020年4月1日に、社名を「芝浦機械」に変更しました。社名変更のきっかけは、2017年3月に東芝グループから離脱したことです。同社の発祥は「芝浦製作所」であり、古くから「SHIBAURA」ブランドを使用していることから、新社名にしました。新社名には、「『ものづくり』を通じて社会に貢献することで進化を続けてきた、このDNAを忘れることなく、今後も、『お客様と共に更なる進化を遂げていく』との思いを込めて」(同社プレスリリース)います。

3)海外展開を見据えた社名に

ねじ商社の小林産業(当時)は2020年4月1日に、社名を「トルク」に変更しました。さらなる事業領域の拡大や、これからの海外展開を見据えて、変更を決めました。新社名は「駆動力」を意味する「Torque」に由来しており、「業界の基軸として力を発揮する存在になりたい」(同社ウェブサイト)、「世界に通用する存在になりたい」(同)との思いを込めています。

以上(2020年9月)

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画像:photo-ac

キャッシュレス決済の現状と今後の方向性

書いてあること

  • 主な読者:キャッシュレス決済の導入を進めたい小売業などの経営者
  • 課題:どのような種類のものを導入すればよいか分からない
  • 解決策:さまざまな決済手段の特徴や動向を把握する

1 キャッシュレス決済の現状

1)キャッシュレスによる主な支払い手段

経済産業省が2018年4月に策定した「キャッシュレス・ビジョン」によると、キャッシュレスの定義について、「物理的な現金(紙幣・硬貨)を使用しなくても活動できる状態」としています。キャッシュレス決済による主な支払い手段として、電子マネー、デビットカード、モバイルウォレット、クレジットカードがあります。

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2)日本と世界のキャッシュレスの状況

日本におけるキャッシュレス決済額と民間最終消費支出に占める比率は、図表2の通りです。

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キャッシュレス化が遅れていた日本ですが、ここ数年、キャッシュレス決済比率は高まっています。政府は前述の「キャッシュレス・ビジョン」では2025年までにキャッシュレス決済比率を40%程度に倍増させ、最終的には80%まで高めることを目標に掲げるなど、キャッシュレス決済の普及を進めています。

その一環として、政府は2019年10月の消費増税に合わせて、2020年6月までの間、中小零細事業者に限ってキャッシュレスで決済した場合は5%(フランチャイズ店は2%)分をポイントとして消費者に還元する「キャッシュレス・ポイント還元事業」を実施しました。

また、政府は2020年9月から2021年3月までの間、マイナンバーカードを取得し、マイキーIDを設定した人を対象にマイナポイントを付与する「マイナポイント事業」を行います。対象者は、マイナポイントにひも付けしたキャッシュレス決済サービスでチャージや決済をすると、最大5000円分(2万円以上のチャージや決済をした場合)のマイナポイントを取得できます。

新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、会計時の接触を避けるために、タッチ式(非接触)やコード決済など非接触型のキャッシュレス決済を導入する店舗や消費者も増えています。

とはいえ、世界的に見るとまだまだキャッシュレス決済比率は低いようです。世界の主要国のキャッシュレス決済比率は、図表3のようになっています。

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海外でキャッシュレス化が進んでいるのは、西欧諸国の一部や北米、東アジアの中国および韓国などです。中国はカードの種類ごとの取扱高が未公表で、法人による利用分や不動産関連の利用分も含んでいるので図表3には掲載していません。カード決済額としては民間最終消費支出を上回る216.2%という数値が出ています。

中国では、中央銀行である中国人民銀行の主導で200以上の金融機関が加盟している中国銀聯のクレジットカードとデビットカード「UnionPay(銀聯)カード」およびコード決済「UnionPay」、IT大手2社が主導するコード決済が広く利用されています。中国人観光客によるインバウンド需要の取り込みを目的として、中国のキャッシュレス決済を導入している日本の店舗も多くあります。

2 乱立するコード決済がキャッシュレス決済の主戦場に

1)スマートフォンで決済ができるコード決済

キャッシュレス決済の主戦場となっているのが、スマートフォンを使ったQRコードないしバーコードによる決済サービスです。スマートフォンに専用のアプリをインストールして、アプリが作成するコードを使って認証を行い、銀行口座やクレジットカードなどを通じて決済する方法です。クレジットカードや電子マネーと比べて、消費者側はスマートフォンだけで決済できる点が、店舗側は導入に当たっての費用を抑えることができ、決済手数料も低いことが、それぞれ魅力となっています。

2)コード決済の先進国・中国

コード決済の先進国は中国で、アリババグループの「Alipay(支付宝)」と、テンセントの「WeChat Pay(微信支付)」が勢力を二分しています。Alipayは決済だけでなく、タクシーや病院の予約、公共料金の支払い、資産運用商品や保険の購入などもできる生活アプリとして活用されています。一方のWeChat Payは個人間送金向けの機能が充実していることなどが特徴です。

また、両社は決済データを有効に利活用する点でも進んでいます。利用者に対して決済履歴を基に信用スコアを付与し、利用者が金融など各種サービスを受ける際に活用しています。信用スコアに関しては、利用者自身が職業や保有する車、不動産などの情報を書き込むことでスコアを上げることもできます。「キャッシュレス・ビジョン」などでも、キャッシュレス化のメリットの1つとして、決済データの利活用が挙げられています。

3)国内での乱立

国内では携帯電話のキャリアをはじめとするIT・通信系の大手企業の他、銀行などが参入しており、市場の急拡大とともにキャッシュレス決済サービスの主戦場となっています。主なコード決済サービスは次の通りです。

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参入業者は2018年末ごろから、大規模なキャッシュバックキャンペーンなどを実施して、消費者や加盟店の取り込みへの激しい競争を行ってきました。

3 コード決済の再編と規格統一の動き

乱立しているコード決済サービスですが、前述のように消費者や加盟店の取り込みへの激しい競争の結果、再編の動きが出ています。また、消費者や店舗の利便性を高めるため、電子マネーを含めて規格の統一を目指す動きもあります。

1)IT・通信系大手の3陣営への集約と銀行系が割り込む構図に

KDDIと楽天は2019年6月、それぞれが運営するau PAYおよび楽天ペイのQRコードを共通のものに統一しました。これにより、楽天ペイの加盟店でau PAYでの支払いができるようになりました。

2020年2月には、メルペイが独立系のコード決済サービス会社であるOrigamiの全株式を取得しました。Origamiが提供するOrigami Payはメルペイに統合され、2020年6月にサービスを終了しました。Origamiは2016年5月にOrigami Payの正式提供を開始した、国内におけるQRコード決済の先駆的な位置付けにありました。しかし、後発の大手によるキャッシュバックキャンペーンなどの激しい競争に巻き込まれ、顧客の取り込みに苦戦したようです。メルペイへの株式の売却額は1株1円との報道もあり、実質的な経営破綻ともみられています。

また、メルペイおよび親会社であるフリマアプリを展開するメルカリ、NTTドコモは2020年2月、キャッシュレスの推進などの業務提携に合意しました。具体的には、メルペイとd払いのそれぞれの顧客IDとなる「メルカリID」と「dアカウント」の連携、チャージしている残高やポイントの連携、加盟店の共通化などです。

この他、2019年11月にはPayPayの親会社であるソフトバンクグループ傘下のZホールディングスと、LINE Payを運営するLINEが、2020年10月に経営統合することで合意しています。

コード決済の再編は、IT・通信系大手の3陣営へ集約されつつあり、そこに後発の銀行系が割り込んでいく、という構図になっています。

2)乱立するコード決済への対策

さまざまなコード決済サービスが乱立する状況に対処するため、「キャッシュレス・ビジョン」の提言に基づいて2018年7月に発足した「キャッシュレス推進協議会」は2019年3月、コード決済の統一技術仕様ガイドラインを策定しました。新たな規格は「JPQR」と名付けられ、総務省が統一QRコードの「JPQR」普及事業を進めています。

統一するQRコードは、店舗側が提示して消費者が読み取るQRコード(静的QRコード)が対象です。2019年度は一部の県の店舗のみでJPQRの導入の受け付けをしていましたが、2020年度は全国の店舗で受け付けを行います。

JPQRには、図表4で紹介した決済サービスのうち、銀行系の一部を除く全てが参加しています。とはいえ、決済サービスの運営者はこれまで、キャッシュバックキャンペーンなどの先行投資によって加盟店を取り込んできた経緯があります。このため、投資回収の前段階で、加盟店に対して統一QRコードの導入を促すことに対し、実現性を疑問視する見方もあるようです。PayPayは加盟店の手数料は無料としていますが、JPQRを通じて加盟を申し込んだ店舗からは手数料を取ると報じられています。

この他、コード決済だけでなく、電子マネーなどとの相互利用に向けた動きも出ています。2020年6月に、インターネットイニシアティブ傘下で暗号資産(仮想通貨)取引所のディーカレットが事務局となって、デジタル通貨やデジタル決済のサービス、インフラの標準化の方向性を示すことを目的とした勉強会を発足しました。3メガバンクやnanacoを運営するセブン銀行、Suicaを運営するJR東日本、KDDI、NTTグループも参加しています。

以上(2020年8月)

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