書いてあること
- 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
- 課題:コミュニケーションに関わる知識やノウハウは、頭では理解できても、実際の場面で使いこなせるようになるまでには高いハードルがあるものです。
- 解決策:前回シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』での知識やノウハウを聞いただけではまだ一歩を踏み出せない、あるいはトライしてみたがうまくいかないという方のために、新シリーズでは【実践編】として社内の“あるある”場面を想定した質問に対して一緒に考えながら、実践イメージを膨らませていただきます。またリーダー側の視点とは別に、若手社員側の視点による上司世代との上手な付き合い方のヒントも紹介していきます。リーダー世代と若手社員とのコミュニケーションギャップを埋めることは、世界を舞台にスピーディな成長をめざす日本企業にとっても喫緊の課題だからです。
1 目標未達の部下Iさんから、ある日思いつきのような企画提案が、どう声をかけますか?
今シリーズは、前シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』の実践編としてお送りしています。毎回実際にありそうなさまざまなシチュエーションを想定して、その際にどんなコミュニケーションを取るのが望ましいかを一緒に考えていきます。
前回第9回のテーマは「部下のプライベートの問題」でした。職場でのさえない表情が気になっている部下から一時的な早退希望を相談された際のコミュニケーションのあり方について、上司、部下、それぞれの立場から考えてみました。いかがだったでしょうか。
今回は課題[事例9]です。以下に再掲しますので、前回皆さんが考えてみた解答を思い出してみてください。まだ考えていなかった方もぜひ考えてみてください。自ら考えないで、解説だけを読んでいても身に付きませんよ。
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Q.部下のIさんに対して、あなたはこの後、最初にどんな声をかけますか? また、それを考える際に注意するべきポイントを3つほど挙げてください。書かれているさまざまな要素を考慮してみましょう。
[事例9]
〇部下のIさんが、ある日の朝突然、「新しい企画を考えたんですけど、ぜひ聞いてください」と興奮気味に話しかけてきました。
〇課の目標達成の期限が間近に迫っていました。課の多くのメンバーは、すでに目標を達成したりほぼ確実にしたりしていますが、Iさんを含めた数人の達成がもう少しのところで見通せないため、課としての目標達成が不確実な状況です。
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テーマは「モチベーションの育て方」です。これまで同様、起こっている事象を整理することから始め、現場で起こっていることの可能性を探ってみましょう。皆さんの職場でも似たようなケースはありませんか。
2 期初に、上司として部下にどんな要望をし、評価の基準を示したか
日々の会話において、部下との間でこんなやりとりをしていませんか。
Iさん「新しい企画を考えたんですけど、ぜひ聞いてください」
上司「Iさん、いい加減にして! うちの課が今どういう状況か分かってる? 目標達成の期限目前なのに、あなたと何人かが目標未達のせいでみんなが困ってるんだよ!」
私自身もかつて現場の上司としての経験があり、当時今回と同じようなシチュエーションに遭遇していたら、感情に任せてキレそうになっていたかもしれません。
部署の目標達成の結果いかんで、報奨金や賞与なども変わるとなればなおさらです。頑張って既に目標を達成している他のメンバーの気持ちを思えば、個人の目標達成に集中していない、手を抜いているように見える部下に対して厳しく当たってしまう気持ちは分かります。
けれども一度立ち返っていただきたいのは、「上司であるあなたは、メンバーに対して何を求めてきたか」という点です。目標を定めた期の初めにおいて、課を率いる立場として部下にどんな要望をし、どんな評価の基準を示したでしょうか。
「個人や組織の取り組みによって何かを成し遂げていく」のが「仕事」です。したがって、目的や目標のない業務は仕事とはいえません。皆さんの部署ではどうですか。期初にどんな目標とその評価基準が示されたでしょうか。
組織を率いる立場の上司は、一定期間(1年というスパンもあれば、それを3カ月や1カ月に区切っている場合もあるでしょう)に組織全体と所属する個人がなすべきこと[=目標]、およびその評価方法[=評価基準]を、あらかじめ示さなければなりません。
「うちは毎日が接客のルーティン業務だから、目標も評価基準も明確に定めていません」というのでは、組織や会社の未来が心配です。
どんな組織にも、現状の課題は常に存在します。毎日のルーティンの質や生産性をさらに向上させ改善していってこそ、競合の中で生き残り成長できるのです。漫然と日々の業務をこなしているだけでは後退していくばかり、数年後には部署も会社もなくなっているかもしれません。
仕事を始める前に目標や評価基準を提示しないのは、ゲームでいえばルールがないのと同じです。目指すゴールも、達成したときのごほうびや勝ち負けの基準(評価の基準)も見えないようなゲームに、誰も真剣に取り組もうとはしないでしょう。
まして、「仕事」は楽しいだけの遊びではなく、個人の生活や人生のかかった「報酬を前提とした契約」なのですから。
3 期初に示したゲームのルールで部下に目標達成を要望し、支援する
期初に「今期、課と個人に求めることは目標に掲げた数値が100%(全て)であって、評価も100%その結果次第です」と決めて示していたのであれば、感情的な言い方は良くないとしても、先ほどのIさんへの上司の一言も分からないではありません。
とはいえ、せっかくの提案ですから「その新しい企画、今聞いたほうがいい内容ですか。目標の締め切り後でも遅くなければ、そこで聞かせてもらいますよ」と確認した上で、「提案はありがたいが、今は個人の目標数値の達成に100%集中してほしい」と働きかければよいでしょう。
そこで、部署と個人の目標数値達成の評価基準に占める割合が100%ではなく、仮に70%だとしたらどうでしょう。評価基準の残りの30%は、?業務改善や新たな取り組みへの新しい提案”で決まるとしたら?
もしかしたら、Iさんは「自分の目標がまだ未達で部署に申し訳ない。目標達成は諦めないが、残り30%のほうで結果を出せないか考えてみよう」と発想して、知恵を絞ったのかもしれません。新しい提案であれば、70%のほうの目標達成を進めながら、例えば移動時間にでも考えることができるでしょう。
そんな状況で、上司が先ほどの一言を言ってしまったら、Iさんはどう感じるでしょうか。私がIさんなら、上司に頭ごなしに否定されて「だって期初に目標と評価基準の30%は“業務改善や新たな取り組みの新しい提案”で決まるって言ったじゃないですか」と怒りたくなります。Iさんの仕事へのモチベーションがどうなるか心配です。
上司が期の途中で、特段の理由なく勝手に、期初に示したルールを途中で無視したり変更したりしてはいけません。Iさんに限らず、他のメンバーもモチベーションが下がる可能性があります。その結果、課の70%のほうの目標達成ももっと難しくなるかもしれません。
繰り返しますが、上司としては期初に示したゲームのルール(目標と評価基準)で部下に目標達成を要望し、支援していきましょう。
ちなみに途中でのルール変更が一切だめだと言っているのではありません。何らかの会社としての方針転換などによって、期中に見直すべきケースもあるでしょう。その際は課の全員を集めて、背景を説明しながら新たな目標と評価基準を示し、共有し直せばいいのです。
4 上司が最初にかけるべき言葉とは?
部下のIさんに最初にかける言葉は次のようなイメージです。
「新しい企画について聞かせてもらうのは楽しみですが、それは今期中に取り組んだほうがいい企画ですか」
Iさんから緊急性が高いとか、今期の目標達成にも関わる内容だと話があれば、
「分かりました。ではすぐに時間を取るので、詳しく聞かせてください」
と言って、忙しかろうと時間を取ってじっくりと「傾聴」してください。
もし、そこまでではないという反応であれば……
「では新しい企画については、締め切り後に時間を取るのでぜひ聞かせてください。今はIさん自身も課も今期の仕事の評価基準の〇%を占めるメインの数値目標の達成が厳しい状況です。Iさんが〇〇や〇〇で頑張っているのは知っていますが、現状は厳しい。目標達成に向けて諦めずに一緒に頑張っていきましょう!」
Iさんが明らかにサボっているのであれば話は別ですが、目標未達とはいえ本人なりに頑張っているのであれば、先にその頑張りを認めて(=承認して)、「褒めて」あげましょう。
人は、他人からいきなり欠点や改善すべき点を指摘されると、自己否定されたような気持ちになり、プライドも傷ついて素直に聞けないものです。しかしながら、先に良い所を認めて「褒めて」もらえると、改善点は割と素直に受け入れられ、行動にも移せるものです。
皆さんにも経験があるのではないですか。特にベテランや年配者になればなるほど、誰かに指摘されることはなくなるものです。年上部下を抱えている上司であれば、先に良い所をしっかりと認めた上で要望することで、相手の自主的な行動を促しやすくなります。
もちろん、最後の一言に挙げた「目標達成に向けて頑張っていきましょう!」という声かけだけで終わってはいけません。
現状と本人の計画や取り組みを確認した上で、期限までに確実に目標達成できるようにマネジメントするのが上司の仕事です。必要なら既に目標達成済みの他のメンバーの力も借りればいいでしょう。彼らだって課全体の目標を達成したいはずです。
5 上司は本人の希望そのままだけでなく、幅広い選択肢を用意しベストを探る
ポイントを整理しましょう。
【今回の3つのポイント】
1 感情的にならずに、期初に課と個人に対してどんな目標と評価基準を示して共有したのかを思い出す
2 新しい企画提案の緊急性や今期への寄与度をIさんに確認した上で、提案を今「傾聴」するべきか否かを判断する
3 Iさん個人のメイン目標の達成に向けて、現状と本人の計画や取り組みを確認し、頑張りを「褒めた」上で、確実に目標達成できるように「前向き発想」でマネジメントする
はたしてIさんは、個人と部署の目標達成の現状をどのように捉えて、新しい企画をあなたに提案しようとしているのでしょうか。可能性の選択肢はいろいろと考えられますね。となれば、取りあえず冷静になってIさんに質問し、「傾聴」してみましょう。
上司が感情的になって勝手な判断をしてしまうと、Iさん本人だけでなく、その状況を見たり、あるいは間接的に話を聞いたりした他のメンバーのモチベーションもが下がり、あなたへの信頼まで失いかねません。
片や、上記の【今回の3つのポイント】の点を踏まえて対応すれば、Iさん本人をはじめ、他のメンバーのモチベーション、あなたへの信頼も高めていけるはずです。そのためにも、まず冷静な「傾聴」が鍵になるのです。
最後に、逆に皆さんがIさんの立場だとして、できることを考えてみましょう。
できれば上司から質問される前に、こちらから個人と課の目標達成の現状をどのように捉えているのかを話してみたらどうでしょう。現状をちゃんと理解した上での提案と分かれば、上司の聞く耳も変わるというものです。
上司からの質問は、企画の提案の話だけにとどまらないことは容易に想像できます。メイン目標の達成についても、計画や取り組みを説明できるように準備しておくべきです。その上で期限までに確実に目標達成できるためのアドバイスを求めましょう。
6 若手部下のJさんが部署の業務に「タイパ悪くないですか?」、どう声をかけますか?
次回に向けた課題[事例10]が今シリーズ最後の事例です。【実践編】の総仕上げのつもりで、あなたなりに考えてみてください。
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Q.若手部下のJさんに対して、あなたはこの後、最初にどんな声をかけますか? また、それを考える際に注意するべきポイントを3つほど挙げてください。書かれているさまざまな要素を考慮してみましょう。
[事例10]
〇若手部下のJさんは、配属から間もないこともあって、部署全体の業務の流れはもとより、自身の業務にさえ精通できていません。そんなある日、Jさんは上司のあなたに「この業務ってタイパ悪くないですか?」と問いかけてきました。
〇そればかりか「先に先輩に話してみたんですが、“つべこべ言わずに自分の仕事を早く覚えろ”と怒られました。納得いかないです」と不満そうです。
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テーマは「仕事の任せ方」です。「タイパ」はご存じかと思いますが、「タイムパフォーマンス」のことです。起こっている事象を整理することから始め、現場で起こっていることの可能性を探ってみましょう。皆さんの職場でも似たようなケースはありませんか。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。日常で事例と近いシーンがあれば、ぜひ『新たな3つのコミュニケーション習慣』の実践にトライしてみてください。
次回もお楽しみに。
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以上(2025年4月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/
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