「社員も会社もトクトク福利厚生プラン」 賃上げの先を見据えた取り組み

1 「防衛的な賃上げ」はもう限界?

約30年ぶりともいわれる高水準の賃上げが続いており、

99人以下の会社でも、2026年春闘の賃上げ率は平均3.24%

に達します(定昇相当分を除く。日本労働組合連合会「2026春季生活闘争 第6回回答集計結果」)。問題は、全ての会社に業績の裏付けがあるわけではなく、

既存社員の転職を防ぎ、新しい人材を採用するために賃上げする「防衛的な賃上げ」

が多いことです。実際、「人手不足倒産」が増えており、賃上げせざるを得ない状況かもしれません。

賃上げのインパクトを改めて考えてみましょう。仮に月給30万円の社員が100人いる会社が3%の賃上げをしたら、その影響は基本給だけで次のように大きくなります。

  • 社員1人当たり:月額9000円、年間10万8000円
  • 会社全体:月額90万円、年間1080万円

さらに、社会保険料、賞与、退職金にも影響がおよび、その影響額は約419万円になります。つまり、月給30万円の社員が100人いる会社が3%の賃上げをしたら、基本給が年間1080万円上昇するだけではなく、追加で約419万円の負担が生じるため、見た目以上にキツくなるということなのです。

こうした状況でご提案したいのは、

賃上げよりも少ない予算で社員の待遇を向上し、うまく回せば社内コミュニケーションが円滑になることも期待できるという福利厚生を活用したプランの導入

です。ここでは、「社員も会社もトクトク福利厚生プラン」と名付けます。

2 賃上げと福利厚生、コストはこれだけ違う!

「社員も会社もトクトク福利厚生プラン」では、先ほど例に挙げた年間1080万円を福利厚生に利用します。費用が福利厚生費として認められる場合、社会保険料、賞与、退職金に影響が及ばず、予算は年間1080万円で済みます。詳細は、図表1のシミュレーションの例を見てください。

(図表1)【賃上げ vs 福利厚生 コスト比較(月給30万円×100人・年間)】

項目 賃上げ(月9000円) 福利厚生(月9000円)
原資 1080万円
(9000円×12カ月×100人)
1080万円
(同左)
社会保険料(会社負担) +約162万円
(原資1080万円×約15%)
増加なし
賞与
(年2カ月分・基本給連動)
+180万円
(9000円×2カ月×100人)
増加なし
退職金
(基本給連動)(注)
+約77万円
(9000円×係数30÷35年×100人)
増加なし
合計(年間) 約1499万円 約1080万円

(出所:日本情報マート作成)

(注)退職金は「退職時基本給×勤続年数係数」で算出する基本給連動型を想定しています。77万円は、賃上げ9000円に係数30を乗じた27万円を残り勤続年数35年で割った年間引当額の増加分に、100人を乗じたものです。

同じ月9000円でも、賃上げと福利厚生では年間約419万円のコスト差が生まれます。賃金が上がると、社会保険料は上がりますし、賞与や退職金が基本給に連動するタイプであれば、その分のコストも上昇します。ですが、福利厚生の場合、原則としてこの連鎖がないのです。

また、社員の立場でも、賃上げの代わりに福利厚生を実施することにはメリットがあります。賃金として受け取る場合、所得税と社会保険料が引かれるため、月9000円の賃上げでも実際に手元に残るのは約7000円前後です。ですが、福利厚生の場合、食事補助や健康診断補助などの現物給付は原則として非課税(給与課税の対象にならない)。つまり、9000円分の価値がそのまま社員に届くのです。

では、同じ予算で具体的に何ができるのか。ここまでは月9000円を例に話をしてきましたが、予算は会社それぞれです。そこで、

世にある福利厚生を、「月9000円まで」「月6000円まで」「月3000円まで」「月0円(無料)」の4つのランクに分けて14個紹介

します。

(図表2)【賃上げの代わりにどんな福利厚生ができる?】

社員1人当たりの額 福利厚生の種類
月9000円まで 1)食事補助(非課税枠フル活用)
2)「体験型」社員旅行
3)アート・文化鑑賞補助
4)選択制DC(選択制確定拠出年金)
月6000円まで 1)人間ドック・健康診断オプション補助
2)慶弔見舞金
月3000円まで 1)24時間ジム法人プラン
2)メンタル相談窓口(外部)
3)置き社食サービス
4)ベビーシッター割引券(国の補助制度活用)
5)自分で選ぶ高機能チェア(一時金型)
月0円(無料) 1)推し活・推しロス休暇
2)昼寝(パワーナップ)推奨制度
3)社員全員でカードゲーム

(出所:日本情報マート作成)

図表2の施策は、次の基準で選んでいます。5つの基準全てを満たしていない場合もありますが、いずれにせよ、賃上げと比べてコスト面のメリットがある施策を選んでいます。御社で無理なく取り組めそうなものを検討してみてください。

  • 現金ではなく現物・制度・サービスの形で社員に届けられること
  • 社員への課税が発生しにくいこと(非課税枠のある給付を含む)
  • 社会保険料・賞与・退職金が賃上げのように連動して増えにくいこと
  • 中小企業でも実施できること
  • 図表2の予算で実施できること

なお、実際は設計や運用方法によって、税務上の取り扱いなどが異なる場合がありますので、導入の際は、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。

3 月9000円まででできること

1)食事補助(非課税枠フル活用)

社員のランチ代を会社が補助する「食事補助」を、非課税の仕組みをフル活用して設計します。2026年4月の改正で、食事補助の非課税枠が月3500円から7500円へ約2倍に拡大されました。この制度を活用すれば、1人当たり月7500円まで社員のランチ代を補助できます(食事の価額の半分以上を社員が負担する必要もあり)。非課税なので、所得税も社会保険料も引かれません。

■国税庁「食事の現物支給に係る所得税の非課税限度額の引上げについて」■
https://www.nta.go.jp/users/gensen/2026shokuji/index.htm

例えば、福利厚生サービスを提供するHQ(東京都千代田区)は、街中の飲食店で専用カードをかざすと、補助を利用しながら食事が楽しめる「食事補助HQ」というサービスを提供しています。レシート管理などの証票チェックもサービス側が代行するため、会社の運用負担はほとんどありません。

■HQ「食事補助HQ」■
https://hq-hq.co.jp/shokuji

2)「体験型」社員旅行

全社員が参加できる社員旅行を実施する施策です。「(レクリエーション旅行の場合)4泊5日以内で、社員の50%以上が参加すること」「(研修旅行の場合)業務に直接必要であること」などの要件を満たすと、会社が負担した旅費は非課税になります。金額の上限の定めはありませんが、一般的に1人当たり約10万円(年1回の実施なら、月換算約8300円)が目安のようです。

■国税庁「タックスアンサーNo.2603 従業員レクリエーション旅行や研修旅行」■
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2603.htm

社員旅行自体は、昔からある定番の福利厚生ですが、最近は社員が集まって一緒に何かをする「体験型」の企画がトレンドになっています。例えば、旅行会社のエイチ・アイ・エス(東京都新宿区)は、野菜の収穫体験・農業研修・焚火を囲んでの星空ミーティングなどを組み合わせた法人向けプログラム「農泊&古民家ワークショップ」を提供しています。

■エイチ・アイ・エス「農泊&古民家ワークショップ」■
https://www.his-j.com/corp/public/workation/product/offsitemeeting01.html

3)アート・文化鑑賞補助

美術館・映画・演劇・コンサートなどの鑑賞費用を会社が補助する施策です。アート・文化鑑賞はリフレッシュにもなりますし、普段とは違う視点や発想が生まれることもあります。「自己啓発補助」など業務との関連性を持たせた設計にすると、非課税にできる会社負担費用として認められやすいようです。

■国税庁「事業主が従業員等の研修に要する費用を負担した場合における課税上の取扱いについて」■
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/shotoku/gensen/890310/01.htm

例えば、不動産会社のユニスト・ホールディングス(大阪市西区)では、美術鑑賞やニュース購読などに係る費用を年間最大10万円まで補助する「自己啓発補助金」制度を実施しています(月換算で約8300円)。

■ユニスト・ホールディングス(日本ユニスト)「映画代や美術館代を会社が負担!社員の教養を磨く福利厚生制度とは」■
https://note.com/nihonunist/n/n66b91e1f7fa9

4)選択制DC(選択制確定拠出年金)

賃金の一部を、企業型DC(企業型確定拠出年金)の掛金に振り替えることで、会社と社員の社会保険料負担を減らします。掛金に振り替えるか、そのまま賃金で受け取るかは社員が選択できます。

賃上げでは社会保険料が増えますが、選択制DCを活用して掛金に振り替えれば下がります。掛金として拠出する場合、運用方法によっては元本割れのリスクはありますが、掛金の拠出時・運用時・受取時に税制優遇を受けながら、将来の退職金を増やせる可能性があります。

■労働金庫連合会「選択制確定拠出年金」■
https://www.rokinren.com/kigyonenkin-support/rokin_simulation/sentaku_dc/document/selection_dc.pdf

4 月6000円まででできること

1)人間ドック補助・健康診断オプション補助

法定健診に加えて、人間ドックやオプション検査(胃カメラ・婦人科検診・腫瘍マーカーなど)の費用を会社が補助します。「全社員に受診機会がある」「受診者全員について会社が費用を負担する」などの要件を満たすと、会社が負担した健康診断費用は非課税になります。人間ドックの費用は医療機関やメニューによって異なりますが、年1回の実施の場合、1人当たり年間3?6万円(月換算で2500?5000円程度)が相場のようです。

■国税庁「人間ドックの費用負担」■
https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/gensen/03/03.htm

ちなみに、労働政策研究・研修機構が3000人の会社員に対して実施したアンケートでは、

人間ドック補助は、「会社員が必要だと思う福利厚生」の1位(38.8%)

になっています。

■労働政策研究・研修機構「福利厚生に関する労働者調査(2026年3月)」■
https://www.jil.go.jp/institute/research/2026/263.html

2)慶弔見舞金

従業員に結婚・出産などの祝事があったり、病気や天災・火災などの災害に見舞われたりしたときに、一時金を支給します。中小企業総合研究所の調査によると、51~100人の会社の場合、慶弔見舞金の支給相場は

  • 結婚祝金 :(平均値)3万3824円、(最頻値)2~3万円台
  • 出産祝金 :(平均値)2万1774円、(最頻値)1万円台
  • 弔慰金  :(平均値)3万6818円、(最頻値)2~3万円台
  • 被災見舞金:(平均値)5万4000円、(最頻値)6~10万円台
  • 傷病見舞金:(平均値)3万3500円、(最頻値)1万円台

となっています。

■中小企業総合研究所「中小総研レポート 慶弔休暇の導入状況及び慶弔見舞金の相場について(2023年1月)」■
https://www.fmltd.co.jp/wp/wp-content/uploads/2023/01/20230110.pdf

定番の福利厚生ですが、金額によっては他社との差別化も可能です。例えば、運送会社の高潮産業(北海道苫小牧市)は、結婚祝金10万円、出産祝金100万円(第1子から)と、相場よりも高い金額を設定していて、それを採用広報にも活用しています。社員100人の会社で年間3?7人が対象とした場合、月換算で約2800?5600円の予算感です。ただし、慶弔見舞金は社会通念上相当な金額であれば非課税となりますが、高額すぎると給与課税の対象になることがあるので、金額設定は税理士などに確認しながら進めましょう。

■高潮産業「有限会社高潮産業 採用サイト」■
https://hp-kita.com/takashiosangyo/

5 月3000円まででできること

1)24時間ジム法人プラン

24時間いつでも使えるジムを法人契約し、会社が費用を負担して社員に無料開放します。「健康のためにジムに行きたいけど、続けられる気がしない」という社員も、24時間営業で予約不要、仕事帰りや早朝でも立ち寄れるというのであればハードルが下がります。

例えば、ティップネス(東京都千代田区)が運営する24時間ジム「FASTGYM24」には、社員数が100人以下の場合、月会費4万4000円の定額で全店利用できるプランがあります。社員数100人であれば、1人当たり実質約440円です。個人で契約するよりも格安でジムに通えるようになります。

■FASTGYM24「法人契約プラン」■
https://fastgym24.tipness.co.jp/corporatecontract/

2)メンタル相談窓口(外部)

外部のカウンセリングサービスと契約し、社員が24時間チャットや相談窓口を利用できるようにします。産業医などがいない中小企業でも、こうしたサービスを社内に周知しておくと、万が一社員がメンタルヘルス不調になっても、早期に対応できる可能性が高まります。

例えば、こころのげんき(岐阜県岐阜市)は、従業員400人未満の会社に対し、年間管理料3万3000円(月換算約2750円)で事業場外相談窓口サービスを提供しています(実際にカウンセリングを利用した場合は1時間当たり1万2100円が別途かかります)。

■こころのげんき「Price(料金表)」■
https://kokoronogenki-eap.jp/price/

3)置き社食サービス

冷蔵・冷凍惣菜、パン、お菓子などをオフィスに設置し、社員が軽食を楽しめるようにします。お腹が空いたとき、ちょっと手が届くところに食べ物があるというシンプルなものです。野菜スティック・惣菜・スムージーなどの健康的な軽食を置くようにすれば、社員の健康改善にもつながります。

また、置き社食サービスを実施している事業者に頼めば、補充・管理も業者が行ってくれます。例えば、KOMPEITO(東京都品川区)が提供する「OFFICE DE YASAI(オフィスでやさい)」は、栄養バランスを考えたメニューを週1回のペースで補充してくれる置き社食サービスで、1品100円から利用できます。1日1品100円なら、20営業日で月額2000円の利用になります。

■OFFICE DE YASAI■
https://www.officedeyasai.jp/

4)ベビーシッター割引券(国の補助制度活用)

国の補助制度を活用して、子育て中の社員にベビーシッター割引券を配布する施策です。 会社は1枚70円(中小企業の場合)で割引券を購入し、社員に配布します。社員が使うと、ベビーシッター費用が1回当たり最大4400円引きになります。こども家庭庁が運営する「企業主導型ベビーシッター利用者支援事業」を活用したもので、社会保険の適用事業主であれば規模を問わず申し込めます。

使わない月があっても会社の損失にはならず、必要なときだけ使ってもらえばいいので、気軽に導入できます。承認事業主への登録は全国保育サービス協会のウェブサイトから申し込めます。

■全国保育サービス協会「ベビーシッター派遣事業[割引券]のご案内」■
https://acsa.jp/htm/babysitter/

5)自分で選ぶ高機能チェア(一時金型)

入社時や設備更新のタイミングで、社員が自分の体に合ったオフィスチェアを選び、会社がその費用を負担します。腰痛や肩こりが減れば、集中力も変わってきますから、特にデスクワークの多い会社には効果的かもしれません。

例えば、ゲーム会社のグラニ(東京都港区)では、入社3カ月記念の福利厚生として、社員がチェアコンシェルジュと一緒に毎日使用する椅子を選べるマイチェア制度を実施しています(上限20万円)。20万円の椅子というと非常に高価ですが、中小企業であれば40万円未満(2026年3月31日までに購入したものは30万円)のものは全額即時償却できる「少額減価償却資産の特例」が使え、会社の法人税対策にもなります(ただし、1年間で総額300万円という上限あり)。

■グラニ「グラニの福利厚生と制度」■
http://grani.jp/recruit/system

6 月0円(無料)でできること

1)推し活・推しロス休暇

好きなアーティストのライブや推し活関連のイベントに合わせて特別休暇を取得できるようにする施策です。推しの結婚・グループ脱退などの「推しロス」に対応した休暇をセットで設けるケースもあります。追加コストはゼロ、就業規則に一行加えるだけで導入できます。

例えば、ゲーム制作会社のジークレスト(東京都渋谷区)は2017年から「推しメン休暇」を導入し、年1日の特別休暇を付与しています。

■PR TIMES「ジークレスト、『推しメン』の記念日が休暇になる『推しメン休暇』制度などをはじめとした福利厚生制度『STYLEプラス』を導入■
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000195.000008134.html

2)昼寝(パワーナップ)推奨制度

昼休みや空き会議室を利用して仮眠を取ることを会社が認めます。12~15時ぐらいの時間帯に15?30分の仮眠を取ることを「パワーナップ」といいますが、これには集中力の向上やストレス軽減などの効果があるといわれています。

例えば、インターネットインフラ事業などを提供するGMOインターネットグループ(東京都渋谷区)は、「ライトダウンした落ち着いたお昼寝スペース」「渋谷の街並みを一望できるソファタイプのお昼寝スペース」の2種類を用意し、社員が利用できるようにしています。ただ、施策自体は、専用スペースを設けなくても会議室を「仮眠OK時間」として開放するだけで始められます。

■GMOインターネットグループ「オフィス環境」■
https://group.gmo/csr/human-capital/office/

3)社員全員でカードゲーム

社内会議の終わりや懇親会などで、社員同士の交流を深めるためのゲームを実施します。おすすめのものを1つ紹介します。

【社内のおすすめゲーム「ito(イト)」】

1~100の数字が書かれたカードを1枚ずつ引き、自分の数字を言わずにテーマに沿った言葉だけで表現し合うゲームです。例えば3人でテーマが「好きな食べ物」の場合、カードが「15」の人は「バナナ」、「50」の人は「ラーメン」、「90」の人は「焼肉」などと言葉で表現します。3人が話し合って「15→50→90の順だろう」と予想し、その通りに並べられたら成功です。

好きなものの感覚は人によって違うので、例えば「そんなにラーメンが好きなの?」など、会話の中で、普段の仕事では見えない「その人のこだわり」や「意外な一面」が分かり、お互いの人となりをもっと深く知ることができます。

■アークライト「ito」■
https://arclightgames.jp/product/ito/

ここまで紹介してきた14の施策に共通するのは、「会社が社員に何を与えるか」を選び取れるという点です。賃上げが「他社がやっているから、うちもやらざるを得ない」という防衛的な対応である一方、福利厚生は会社が意図を持って設計できます。社員の健康を守る、心を守る、社会との接点をつくる、自分らしくいられる時間をつくる??何を重視するかは、会社の価値観そのものを映し出します。

防衛的賃上げから一歩踏み出し、福利厚生を経営戦略として考える。多くの中小企業がその段階に差しかかってきています。

以上(2026年7月作成)

pj00826
画像:日本情報マート

【朝礼】そうするには、そうする理由が必ずある

【ポイント】

  • 商品の色、デザイン、機能に全て「なぜそうしているのか」という理由が必ずある
  • 重要なのは、日ごろの活動一つ一つに自分の意思や理由があるかどうか
  • 自分で考え、意思を持って進めた活動は、自分の自信にもつながる

ある出版社の話です。編集者いわく、書籍を出版するときには、表紙の色やタイトルのフォント、大きさ、見出しの数、ページの始まりの言葉、改行位置など、一つ一つに「なぜそうしているのか」という理由があるのだそうです。「インパクトを与えるため」「読み手が分かりやすいようにするため」など、「なぜそうしているのか」の理由はさまざまですが、書籍の隅から隅まで、全てにおいて作り手の意思が込められているといいます。

私は、この出版社の姿勢に非常に共感しています。我が社でも、商品の色、デザイン、機能などにも全て「なぜそうしているのか」という理由があるからです。そして、これは日ごろの活動にも当てはまります。例えば、書類の作成一つ、メール一通にしても、「なぜそのレイアウトなのか」「なぜその順番で記述するのか」には、相手に最も伝えたいことを伝えるため、相手に気持ち良く承諾してもらうため、などのように必ず理由があります。

皆さんはどうでしょうか。私が皆さんに「そうする理由は何か?」と聞くと、皆さんは黙ってしまったり、「前からそうなっていたからです」と答えたりすることが少なくありません。私が皆さんに理由を聞くのは、自分で考え、自分の意思を持って仕事を進めてもらいたいからです。もしかしたら、皆さんの中には、「なぜそうしたか」という理由があっても、それが間違っているのではないかと思って、言わない人がいるかもしれません。しかし、重要なのは、皆さんの意思がそこにあるかどうかです。よほど大きくずれていない限り、私は皆さんの意思を尊重することを約束します。もし、大きくずれていた場合は、「私ならこうする」ということを伝えますから、そのときは素直に聞いて次に活かしてくれればよいのです。

今日からでも、理由を聞いたときに、しっかり自分の意思を言うようにしてください。管理職も、部下には、部下自身の言葉で理由を説明させるようにしましょう。自分で考え、意思を持って進めた一つ一つの活動は、必ず皆さんの力になり、自信にもつながります。何よりも、今までよりももっと、皆さんに大きな喜びをもたらしてくれるでしょう。

以上(2026年6月作成)

pj16915
画像:Mariko Mitsuda

無症状なのに脳梗塞? 産業医が教える危険サイン

1 無症状でも見つかる「隠れ脳梗塞」とは

脳梗塞というと、急に手足が動かしにくくなったり、言葉が出にくくなったりする病気という印象があるかもしれません。ところが実際には、こういった症状がないまま、MRI検査などの画像検査で小さな脳梗塞の跡が見つかることがあります。これが、いわゆる「隠れ脳梗塞」と呼ばれる状態です。

症状がないからこそ見過ごされやすい一方で、将来の脳梗塞や認知機能の低下と関係することもあり、社員の健康管理の観点からも軽視はできません。そこで、この記事では社員の健康問題に詳しい産業医が、隠れ脳梗塞の概要と予防のポイントなどを紹介します。

【免責事項】

この記事は一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、個別の診断や治療方針を示すものではありません。症状がある場合や検査結果について不安がある場合は、医療機関で医師に相談してください。

2 「無症状=問題ない」ではない隠れ脳梗塞

1)人間ドックなどで偶然見つかることがある

隠れ脳梗塞は、医学的には「無症候性脳梗塞」と表現されます。脳ドックや人間ドックのオプション検査、あるいは別の目的で受けた検査がきっかけで見つかることがあります。隠れ脳梗塞の全体像を、図表1にまとめました。

画像1

症状が出ないのは、病変が小さい、または運動・感覚・言語などに直接関わる場所ではないなどの理由が考えられます。ただし、画像に所見がある以上、「無症状=問題ない」とはなりません。脳の細い血管が詰まった跡など、脳に小さなダメージが残っている可能性があるため、検査結果を持って医療機関に相談し、今後どう管理していくかを確認しておくことが基本です。

労務担当者が相談を受けた場合は、画像の細かな所見を説明しようとする必要はありません。「検査結果を主治医に見せて、血圧や血糖などの管理も含めて相談してください」と案内するだけでも、受診につながる大切な支援になります。

2)高血圧などのリスク因子と関係が深い

隠れ脳梗塞は、

高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙など、血管に負担をかけるリスク因子と関係が深い

とされています。企業の健診でも、血圧、血糖、脂質の異常はよく見つかります。本人が元気に働いていると、どうしても受診は後回しになりがちですが、症状がない時期こそ、管理を始めやすい時期です。隠れ脳梗塞の所見は、リスク因子を見直すきっかけとして捉えるとよいでしょう。

3 見つかった場合に気を付けたい将来のリスク

1)将来の脳梗塞や認知機能低下と関係することがある

隠れ脳梗塞があると、将来の脳梗塞や認知機能低下のリスクが高まることが知られています。ただ、これは「見つかった=必ず重大な脳梗塞になる」という意味ではありません。大切なのは、必要以上に怖がることではなく、背景にあるリスク因子を放置しないことです。

血圧・血糖・脂質の管理、禁煙、適正体重の維持、過度な飲酒を避けることなどは、脳だけでなく心臓や腎臓の病気の予防にもつながります。検査結果をきっかけに、かかりつけ医と一緒に管理目標を確認し、継続して見ていくことが現実的な対策です。

特に注意したいのは、健診で毎年同じ項目を指摘されているのに、医療機関を受診していないケースです。本人は「忙しいから」「症状がないから」と考えがちですが、脳血管疾患の予防では、症状が出る前の段階から管理を始めることがとても大切です。

2)自己判断で薬を始めたり中止したりしない

隠れ脳梗塞が見つかると、「血液をさらさらにする薬を飲んだほうがよいのか」と不安になる人がいます。抗血小板薬などの薬は、病状によって必要になることがありますが、無症状の脳梗塞病変があるからといって、一律に始めるものではありません。日本脳卒中学会の「脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2025〕」でも、無症候性脳梗塞に対する抗血小板療法については慎重な判断が求められています。出血などのリスクも考慮する必要があるため、医師が全身状態や他の病気の有無を踏まえて判断します。

反対に、すでに医師から薬を処方されている人が、自己判断で中止することも避けてください。心房細動、過去の脳梗塞、心臓病、動脈の狭窄など、別の理由で薬が必要なケースがあります。本人にも企業側にも共通して言えるのは、「薬の判断は医師に確認する」という姿勢です。

4 しびれ・ろれつが回らないときは一過性脳虚血発作(TIA)にも注意

1)症状が出た場合はTIAや脳梗塞も考える

隠れ脳梗塞は、典型的には、自覚できる明らかな脳卒中症状がないまま、MRIなどで偶然見つかる脳梗塞病変を指します。一方、片側の手足や顔がしびれる、力が入らない、ろれつが回らない、言葉が出にくい、片目が見えにくいといった症状が出た場合は、脳梗塞や一過性脳虚血発作(TIA)の可能性も考える必要があります。これらの疾患の主な違いは図表2の通りです。

TIAは、脳や網膜への血流が一時的に悪くなり、脳梗塞に似た症状や片目の見えにくさなどが出た後、短時間で改善することがあります。症状が消えると軽く見られがちですが、脳梗塞の警告サインとされており、「治ったから大丈夫」と判断しないことが大切です。

画像2

2)症状が消えても早めに医療機関へ

片側の手足のしびれや脱力、ろれつが回らない、言葉が出にくい、片目が急に見えにくいといった症状が出た場合は、脳梗塞やTIAの可能性があります。症状が続いているときは、ためらわず救急要請をしてください。数分など短時間で症状が消えた場合も、「治ったから大丈夫」と考えず、速やかに救急外来、脳神経内科、脳神経外科などを受診することが重要です。

職場で社員がこのような症状を訴えた場合、上司や労務担当者は、本人に業務を続けさせず、まずは受診につなげることを優先してください。企業が診断する必要はありません。大切なのは、危ない症状を見逃さず、速やかに医療につなぐことです。

ここで注意したいのが、本人が「もう治ったので大丈夫です」と言ってくるケースです。TIAは症状が消えることがあるため、本人が軽く考えてしまいがちですが、症状が消えても危険がなくなったわけではありません。本人をそのまま一人で帰宅させたり、業務に戻したりせず、速やかに受診につなげましょう。受診先への移動手段を確保し、本人の同意を得た上で家族に連絡するなど、職場としてできる範囲で安全に配慮することが大切です。

5 個人ができる予防と医療機関での相談

1)血圧・血糖・脂質・喫煙を管理する

隠れ脳梗塞が見つかった人や、健診でリスク因子を指摘された人にとって、予防の中心はリスク因子の管理です。血圧が高い人は家庭血圧も含めて確認し、糖尿病や脂質異常症がある人は、医師と治療目標を相談しましょう。喫煙している人は、禁煙外来なども選択肢の1つになります。

生活習慣の改善も重要です。禁煙、適度な運動、バランスの良い食事、飲酒量の見直し、良好な睡眠の確保に加え、脱水を避けるための適度な水分摂取も大切です。これらは、血圧や血糖、脂質などのリスク因子の管理と併せて、脳血管疾患の予防を考える上での基本になります。

ただし、完璧を目指す必要はありません。塩分を控える、歩く時間を少し増やす、飲酒量を少し減らすなど、続けられる変更を積み重ねることが大切です。本人だけで抱え込まず、かかりつけ医に相談し、必要に応じて産業医や保健師の支援も活用すると続けやすくなります。

企業が支援する場合も、「痩せなさい」「薬を飲みなさい」と指示するのではなく、受診しやすい勤務調整、保健指導の案内、禁煙支援制度の周知など、本人が行動しやすい環境を整えることに重点を置きましょう。

2)脳ドックは必要性を相談して判断する

脳ドックは、脳の状態を詳しく調べる手段の一つです。高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、家族歴などがある人は、必要性や受ける時期をかかりつけ医に相談しながら判断するとよいでしょう。すでに隠れ脳梗塞を指摘されている場合も、新たな病変や変化がないかを確認する画像フォローについては、病変の内容やリスク因子を踏まえて、医師と相談しながら進めることが大切です。

企業が脳ドックを福利厚生として案内する場合も、希望者やリスクが気になる社員が相談しやすい形にするのが現実的です。健保組合や協会けんぽの補助制度があるかどうかは、人事・総務が確認しておくと、案内がスムーズになります。

6 企業ができる健康管理上の支援

1)健診結果を渡して終わりにしない

企業がまず取り組みやすいのは、定期健診後の受診勧奨です。高血圧、糖尿病、脂質異常症などの有所見者に対して、医療機関への受診を案内し、必要に応じて受診状況を確認しましょう。健診結果を本人に渡すだけで終わらせないことが、脳血管疾患の予防にもつながります。

受診勧奨の記録を残しておくことも、実務上は役に立ちます。いつ、誰に、どのような案内をしたかを簡単に管理しておくと、未受診者への再案内や産業医との情報共有もしやすくなります。

2)産業医や地域産業保健センターを活用する

産業医や保健師がいる企業では、健診結果を基に高リスク者を把握し、保健指導や受診勧奨の仕組みを整えることができます。複数のリスク因子が重なっている社員や、再検査・治療が中断しがちな社員には、個別にフォローする体制があると安心です。

産業医がいない小規模事業場では、地域産業保健センターを活用するとよいでしょう。主に社員数50人未満の事業場を対象に、医師や保健師による相談などの支援が用意されています。支援の利用条件や内容は地域によって異なるため、最寄りのセンターに確認してください。

3)過重労働と脳・心臓疾患リスクにも注意する

脳・心臓疾患のリスクを考えるときは、個人の病気だけでなく、働き方の負荷も見ておく必要があります。過重労働は脳・心臓疾患と関係するため、長時間労働だけでなく、勤務間インターバルの短さ、不規則勤務、深夜勤務、出張や移動の多さ、心理的・身体的負荷なども含めて確認します。

高血圧や糖尿病などの有所見者が多い職場では、健診後フォローと労働時間管理を別々に考えず、あわせて見直すことが大切です。産業医の意見を聞きながら、必要に応じて業務量や勤務形態を調整できる仕組みを整えておくと、社員の健康管理と企業のリスク管理の両方に役立ちます。

また、特に夏場や高温環境での勤務では、熱中症対策に加えて、脱水を避ける観点からも、休憩や適度な水分補給をしやすい職場環境を整えることが重要です。

勤務上の配慮を検討する際は、病名や治療内容そのものを職場で扱うのではなく、業務上必要な配慮内容に絞って整理することが重要です。個人情報の取り扱いに配慮しながら、時間外労働、深夜勤務、出張などについて、勤務上の留意点を確認していきましょう。

7 まとめ

隠れ脳梗塞は、無症状のままMRIなどで見つかる脳梗塞病変です。見つかった場合に大切なのは、必要以上に怖がることではなく、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙などのリスク因子を管理することです。薬を始めるか、中止するかは自己判断せず、医師に確認してください。

また、片側のしびれ、力が入らない、ろれつが回らない、片目が見えにくいなどの症状が出た場合は、隠れ脳梗塞とは別に、脳梗塞やTIAを疑います。症状が軽度であったり消えたとしても、速やかな受診が必要です。

企業は、健診後の受診勧奨、高血圧・糖尿病・脂質異常症の有所見者フォロー、産業医・保健師との連携を整えることから始めるとよいでしょう。

以上(2026年6月作成)

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画像:日本情報マート

【賃金データ集】雇用形態別のモデル支給額

【賃金データ集】シリーズとは?

【賃金データ集】シリーズは、基本給や諸手当など賃金の主要な構成要素ごとの近年のトレンドを、モデル支給額を中心とした関連データとともに紹介します。経営者や実務家の方々が賃金支給水準の決定や改定を行う際の参考としてご活用ください。なお、モデル支給額などのデータを紹介する際は、基本的に出所に記載されている用語を使用するものとします。また、データは公表後に修正されることがあります。

この記事で取り上げるのは雇用形態別の「基本給」「賞与・期末手当」です。

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なお、以降で紹介する図表データのExcelファイルは、全てこちらからダウンロードできます。

こちらからダウンロード

1 雇用形態の概要

企業が労働者を雇用する際の労働条件(特に雇用契約の期間)の違いによる類型を、「雇用形態」と呼びます。一般的に、雇用形態は次のように大別されます。現在は、同一労働同一賃金の議論に見られるように、非正規雇用労働者の待遇改善が進められています。

  • 雇用契約期間に定めがなく、フルタイムで働く「正社員」(正規雇用労働者)
  • 正社員以外の「パート等」(非正規雇用労働者)

2 雇用形態別の労働者数

総務省「労働力調査」では、非正規雇用労働者を「パート・アルバイト、労働者派遣事業所の派遣社員、契約社員・嘱託、その他」に分類して集計しています。非正規雇用労働者数は、2025年時点で2128万人です。その中心はパート・アルバイトで、2025年は1512万人となっています。

また、現状、労働者の65歳までの就労機会を確保するための措置を講じることが企業に求められていますが、2021年4月1日より、改正高年齢者雇用安定法が施行され、企業は希望する従業員に、70歳まで働く機会を与える努力義務を負うことになりました。今後は契約社員・嘱託などがさらに増加するかもしれません。

雇用形態別の労働者数

3 厚生労働省の統計資料による短時間労働者のモデル支給額

ここでは、厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査」より、短時間労働者のモデル支給額を紹介します。

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

短時間労働者のモデル支給額

4 厚生労働省の統計資料による派遣労働者のモデル支給額

厚生労働省の統計資料による派遣労働者のモデル支給額

5 情報インデックス(この記事で紹介したデータの出所)

この記事で紹介した統計資料は次の通りです。調査内容は個別のURLからご確認ください。なお、内容はここ数年の公表実績に基づくものであり、調査年(度)によって異なることがあります。

■労働力調査■
https://www.stat.go.jp/data/roudou/

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■賃金構造基本統計調査■
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html

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■労働者派遣事業の事業報告の集計結果■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000079194.html

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以上(2026年6月更新)

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画像:ChatGPT

2026年度版「助成金」受給&活用マニュアル(2026年7月号)

国の雇用政策の目的は、若者、女性、高年齢者、障害者など働く意欲のあるすべての人々が能力を発揮し、安心して働き、安定した生活を送ることができる社会の実現です。また、人手不足への対応が急務となるなかで、短時間労働者が「年収の壁」を意識せずに働くことができる環境づくりを支援しています。

これらの雇用政策を達成するための手段の1つが雇用保険の助成金です。

雇用・労働分野の助成金は大きく分けて「雇用関係助成金」と「労働条件等関係助成金」があります。前者は雇用の安定、仕事と家庭の両立支援、従業員の能力向上などを対象にしています。一方、後者は職場環境の改善、生産性向上に向けた取組みなどを対象としています。

本冊子では、これらの助成金のうち、中小企業にお勧めのものを中心に解説しています。

なお、助成金の詳細な要件については、個別に都道府県労働局やハローワークへ問い合わせて確認してください。

PDFはこちらをクリック!


経営者169人アンケート! IT活用で業務効率化に成功した項目はどれ?

1 ITを活用した効率化、他社はどうなの? 何からすべき?

「ITを活用した業務効率化」……言葉で言うのは簡単ですが、導入すべき分野や項目は会社によってさまざま。いざ取り組んでみても、思ったほど業務効率化につながらないものだってあります。

この記事では、経営者を対象に実施した、ITを活用した業務効率化の取り組み状況についてのアンケート結果を、ランキング形式で紹介します。アンケートは2026年5月18日から5月20日にかけてインターネットで行い、経営者169人から回答を得ました。ITを活用した業務効率化に取り組んでいる企業、これから取り組もうと考えている企業の皆さんが、今、何に優先して取り組めばよいのかの判断材料にご活用ください。

なお、導入等の状況について聞いたのは次の21項目です。

(図表1)【導入等の状況を確認した項目】

社内でのハンコ・FAXの廃止 社内ネットワークの構築・整備 電子納税・電子申告
会議資料・議事録・稟議書の電子化 社員へのPC・タブレット端末の支給 社内コミュニケーションへのチャット・オンライン会議ツールの活用
経費申請・領収書・給与明細など社内経理書類の電子化 日報・点検記録・作業報告などの現場業務のデジタル化 生成AI(Gemini、ChatGPT、Claudeなど)の業務活用
決算書・申告書など財務・税務関連書類の電子化 社内データのクラウドへの保存・共有 顧客リスト・名刺のデジタル化および顧客管理システム(CRM)の活用
見積書・請求書・発注書など取引関連書類の電子化 情報セキュリティ対策の整備 オンライン商談(顧客への営業・接客)ツールの活用
電子契約サービスの活用(契約書のオンライン締結) 経費支払いのキャッシュレス化(法人カード・電子マネーなどの活用) WebサイトやSNS・デジタル広告を活用したマーケティング
出退勤・入退館管理のデジタル化、休暇・残業申請書類など労務関連書類の電子化 インターネットバンキングの活用(振込・口座管理・給与振込などのオンライン化) 社員研修・人事評価・採用活動へのオンラインツール活用

(出所:日本情報マート作成)

2 既に導入等をして成功している企業が多い項目

経営者169人のうち、ITを活用した業務効率化について

「既に導入等をして成功している項目がある」という人は119人(70.4%)

でした。119人に聞いて分かった、既に導入して成功している企業が多い項目(複数回答)の上位5位は次の通りです。

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インターネットバンキングは最も導入率が高く、まだ経理担当者が銀行窓口に足を運んでいる企業は、早急に見直しを検討したほうがよさそうです。また、財務・税務関連書類の電子化や取引関連書類の電子化が上位に入っていることは、電子帳簿保存法やインボイス制度への対応が中小企業にも着実に浸透してきたことの表れといえるでしょう。

3 多くの企業が取り組みたいと思っている項目

経営者169人のうち、ITを活用した業務効率化について

「まだ導入等をしていないが、早急に取り組みたいと思っている項目がある」という人は69人(40.8%)

でした。69人に聞いて分かった、早急に取り組みたいと思っている企業が多い項目(複数回答)の上位5位は次の通りです。

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最も注目すべきは、生成AIの業務活用が第1位に入ったことです。ChatGPTやGeminiなどの生成AIツールは2022年末以降に急速に普及し、今や中小企業の経営者にとっても身近な存在になりつつあります。「取り組みたい」という意欲は高いものの、後述の通り実際に業務活用できている企業はまだ少数派であり、関心の高さと実態のギャップが浮き彫りになっています。

4 取り組みたいけど難しいと思われている項目

経営者169人のうち、ITを活用した業務効率化について

「まだ導入等をしておらず、今後も導入等は難しいと思っている項目がある」という人は94人(55.6%)

でした。94人に聞いて分かった、導入するのが難しいと思っている企業が多い項目(複数回答)の上位5位は次の通りです。

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電子契約サービスは「早急に取り組みたい」項目の上位にも入っており、関心は高いが難しいと感じている企業が多い、まさに「頭の痛い課題」です。取引先などの対応状況に左右されるため、自社だけでは踏み出しにくいという事情もあるでしょう。

オンライン商談については、「対面でなければ伝わらない」という感覚がまだ根強く、特に人と人との関係性を重視する場面でのデジタル化には慎重な姿勢が続いているようです。

5 ITを活用した業務効率化について、特に課題だと感じていること(自由回答)

経営者169人のうち、ITを活用した業務効率化について

「特に課題だと感じていることがある」という人は35人(20.7%)

でした。最後に、35人に特に課題だと思っている内容を自由回答で答えてもらいましたので、一部紹介します。

  • DXの前に業務自体の見極めや合理化を進めなければいけない
  • うまくいかないケースも多いです
  • 効率が上がるかどうかの検証は難しい部分がある
  • 予算、スタッフ能力
  • 作業がアナログであること
  • 関わるものに高齢の方がいて対応が難しい
  • DX化に専任スタッフをつけることができない
  • 金融機関などで有印のものを提出しなければいけないケースが多いので
  • 相手側がそのスキルが無いと進まない
  • 共有のデータ化
  • 紙、ハンコが絶対だと考える人がいる
  • データ送付、保管の安全性ウィルス対策
  • 予算がつけられない
  • 人事考課
  • コストがかかりすぎる、使い分けが面倒
  • 社員のIT教育訓練
  • IT関連の人材不足が顕著なこと
  • 費用がかかる
  • 作業との連携
  • 稟議書の電子化
  • 生産性の向上
  • 人材の確保
  • 専門知識を有する担当者がいない
  • どこから始めたらよいか優先順位が分からない

以上(2026年6月更新)

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画像:sh240-Adobe Stock

総務のお仕事 12カ月 ダウンロードして使える「お仕事リスト」

1 実務の抜け漏れを防止するには?

総務(人事・経理・法務など)が担当する業務の多くは法令で義務付けられたもので、抜け漏れがあるとペナルティを受けるリスクがあります。中小企業には人事部や経理部など独立した部門がないことが多いですが、そうした状況でもすぐにやるべきことが分かるように、「総務のお仕事」を月ごとにまとめた便利なリストを作成しました。

(注)このリストは、3月末決算で、社会保険の保険者は全国健康保険協会(協会けんぽ)を想定した中小企業の主な業務をまとめたものです。

ダウンロードボタンをクリックすると、エクセル形式の一覧表がダウンロードできます。

こちらからダウンロード

お仕事リスト

お仕事リスト

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2 総務のお仕事のポイント(対象:3月末決算の中小企業)

ここからは、4月から順に重要な実務とそのポイントを紹介していきます。実務の内容について別記事で詳しく紹介しているものもあるので、併せてご確認ください。

1)4月:新年度のスタートダッシュ、手続きも同時進行

1.入社手続き(4月入社の場合)

社員が入社したら、「労働条件通知書の交付」「社会保険・雇用保険の資格取得手続き」「雇入時健康診断の実施」などを行います。協会けんぽの保険料率は毎年変わる可能性があるので、忘れずに確認しておきましょう。

2.決算書の作成

1年分の取引に関する仕訳に決算整理仕訳(売上原価の算定、収益費用の見越し・繰延べ、減価償却の計上など)を加えて集計し、各勘定科目を決算日時点の数値に確定します。この数値をもとに、貸借対照表・損益計算書・株主資本等変動計算書・個別注記表などを作成します(キャッシュフロー計算書の作成義務は中小企業にはありません)。

3.3月決算法人の税務申告書の作成

2.で作成した決算書をもとに、法人税・法人住民税・法人事業税・消費税の「税務申告書」を作成します。中心となるのは法人税と消費税の申告書です。法人税は利益から法人税法上の所得を計算する必要があり、消費税は課税対象かどうかの判定など独自の計算が伴います。

2)5月:申告・納税をしっかり締める月

1.3月決算法人の確定申告

原則事業年度終了の日から2カ月が経過する日(3月末決算の場合は5月31日)までに、「確定申告書」を各提出先に提出します。「国税電子申告・納税システム(e-Tax)」や「地方税ポータルシステム(eLTAX)」を利用していれば、システム上での電子申告が可能です。

2.確定申告による法人税等および消費税の納付

原則事業年度終了の日から2カ月以内に、1.で申告した納税額を各納税先に納めます。e-TaxやeLTAXなら、ダイレクト納付やインターネットバンキングでの電子納税にも対応しています。

3)6月:賞与と株主総会、社外対応が重なる繁忙期

1.夏季賞与の支給、被保険者賞与支払届の提出

社会保険(健康保険・厚生年金保険)の被保険者に賞与を支給したら、支給日から5日以内に「被保険者賞与支払届」を所轄の日本年金機構事務センターに提出します。予定していた賞与を支給しなかった場合も、「賞与不支給報告書」を同センターに届け出ます。

賞与保険料は通常の社会保険料と合わせて支給月の翌月末に納付します。年2・3回支給する場合は、支給のたびに同じ手続きが必要です(年4回以上は対象外)。

2.定時株主総会の開催

中小企業の多くは「非公開会社(全株式の譲渡に会社の承認が必要な旨を定款に定めた会社)」です。非公開会社では、定時株主総会開催の1週間前までに「招集通知」を株主へ送付します。ただし、議決権を持つ全株主が同意した場合は省略可能です。

総会後は「議事録の作成」「決議通知書の発送」「計算書類の公告」なども行います。取締役の変更など登記が必要な事項があった場合は、2週間以内に所轄の法務局へ「変更登記の申請」をしてください。

4)7月:社会保険・労働保険、法定手続きの山場

1.算定基礎届の提出

毎年7月10日までに、被保険者の4~6月支給給与額を記載した「算定基礎届」を所轄の日本年金機構事務センターに提出します。これにより9月分からの社会保険料が改定されます(定時決定)。社会保険料は翌月末に納付するのが原則ですので、定時決定で標準報酬月額が変わった場合は、10月支給の給与から控除額を変更します。

なお、定期昇給など固定給の変動で標準報酬月額が2等級以上変わると、変動月から4カ月目から社会保険料が改定されます(随時改定)。例えば、末日締め翌月払いの会社が4月に定期昇給(昇給が反映された給与を支払うのは5月から)を行った結果、2等級以上の変動があったに該当する社員がいたら、5・6・7月の給与支払い後すみやかに「月額変更届」を提出します。

算定基礎届を作成する際、支払基礎日数が17日未満の月は算定対象から外れます(短時間労働者は11日未満)。4~6月に欠勤の多い社員がいるとミスが起きやすいので注意しましょう。

2.労働保険年度更新申告書の提出

毎年7月10日までに「労働保険年度更新申告書」を所轄の労働基準監督署に提出します(労働局への提出や電子申請も可能)。この申告書には、前年度の確定保険料と当年度の概算保険料を記載します。

また、当年度の概算保険料も原則7月10日までに納付します(前年度の概算保険料と確定保険料に過不足があれば調整します)。口座振替を申し込んでいる場合は9月6日(土日祝の場合は翌営業日)に引き落とされます。なお、概算保険料40万円以上など一定の要件を満たす場合は、3回の分割納付も可能です。

5)8月:少し息をつきつつ、点検と休暇管理を

1.夏季休暇などの取得予定の確認

夏季休暇は法律上の義務ではなく、会社が就業規則で定める「特別休暇」の一種です。「7~9月の3カ月間で3日まで取得可」などと定めるケースが一般的ですが、忙しさを理由に社員がなかなか休暇を取れないことがあります。会社のほうから各社員に取得予定を確認するなど、一声かけてあげるといいでしょう。

2.建物、設備、社有車などの点検

夏休み期間中も、建物・設備・社有車の点検がおろそかにならないよう注意が必要です。建築基準法・電気事業法・道路運送車両法などに基づく「法定点検」は、期限内に必ず実施します。

6)9月:下期に備える、健康と防災も忘れずに

1.定期健康診断、ストレスチェックの実施(9月実施の場合)

社員を雇用するすべての会社に、年1回以上の定期健康診断が義務付けられています。常時50人以上の会社はストレスチェックも年1回以上実施する義務があります(注)。

なお、社員数が常時50人以上の会社は、実施後すみやかに「定期健康診断結果報告書」および「ストレスチェック結果等報告書」を所轄の労働基準監督署に提出する必要がありす。

(注)ストレスチェックについては、2025年5月14日から3年以内に政令で定める日より、50人未満の会社にも実施義務が課せられます。

2.防災訓練の実施、BCPや備蓄の確認など

9月1日の「防災の日」に合わせて防災訓練を行う会社が多くあります。テレワーク中心の会社でも、災害伝言板やSNSを活用した安否確認訓練などで備えておきましょう。BCP(事業継続計画)の内容が古くなっていないか、備蓄(水・食料・ヘルメット・救急セットなど)の状態も合わせてチェックしておきましょう。

7)10月:最低賃金が変わる、年休付与も確認を

1.年次有給休暇の付与(4月入社の場合)

労働基準法により、「入社後6カ月以上継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した社員」には、年次有給休暇(以下「年休」)を付与します。例えば、4月1日入社の正社員の場合、10月1日付で10日の年休を付与します。以降は1年ごとに法定日数を付与しますが、年休は付与日から2年で時効消滅するため日数管理に注意しましょう。また、10日以上付与される社員には年5日以上の取得義務があります。付与のタイミングでルールを共有しておくとスムーズです。

2.地域別最低賃金(毎年10月改定)の確認

最低賃金には都道府県ごとの「地域別最低賃金」と特定産業の「特定最低賃金」があり、地域別最低賃金は毎年10月に改定されます(特定最低賃金は不定期)。地域別最低賃金は年々上昇しており(2025年10月時点の全国加重平均は1121円)。パート・アルバイトの賃金が下回っていないか、改定のたびに確認しましょう。

8)11月:賞与準備と中間納税、師走前の仕上げ

1.長時間労働の実態把握、改善

厚生労働省では毎年11月には「過重労働解消キャンペーン」が実施され、この時期は労働基準監督署の指導が強化されます。長時間労働の改善は年間を通じて取り組むべきことですが、特に11月は特に「勤怠打刻と実際の労働時間のズレがないか」をしっかり確認しておきましょう。

2.中間申告による法人税等および消費税の納付

前年度の確定申告税額が一定額を超えると、期中に「中間申告・納付」が必要になります。税目によって制度が異なるので注意しましょう。

法人税・法人住民税・法人事業税は、事業年度が6カ月を超える場合、原則として期首から6カ月経過後2カ月以内(3月末決算の場合は11月末)に中間申告・納付をします。

消費税については、確定申告時の消費税額によって中間申告の回数(なし・年1回、3回、11回)が変わってきます。この記事では、年1回のケースをモデルとしているため、11月末に消費税の中間申告・納付が必要です。

9)12月:年末調整と賞与、やることが詰まった月

1.年次有給休暇の取得推進

年末年始を休業にする会社は多いですが、仕事納めを前倒しできそうなら、その分を年休取得に充てるよう促すのも一つの方法です。年10日以上の年休が付与される社員(主に正社員)については、社員の意見を尊重しながら会社が時季を指定して年5日の年休を取得させる義務があります。取得が遅れている社員には、年末のタイミングでまとめて消化を促しましょう。

2.年末調整

年末調整は、1年分の源泉所得税を正確に計算し直すための手続きです。社員全員から

  • 給与所得者の基礎控除申告書 兼 給与所得者の配偶者控除等申告書 兼 特定親族特別控除申告書 兼 所得金額調整控除申告書
  • 給与所得者の保険料控除申告書
  • 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書(扶養控除等申告書)

などを回収し、各自の所得控除を集計して正確な税額を算定します。すでに徴収した額との差額は、12月または1月支給の給与で精算します。

10)1月:税務書類の締め切りが集中する月

1.法定調書の提出

毎年1月31日までに、前年(1~12月)に行った一定の支払いを記載した「法定調書」を所轄の税務署に提出します。法定調書は全部で60種類あります。社員への給与なら「給与所得の源泉徴収票」、税理士などへの報酬なら「報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書」などが代表的です。

2.償却資産の固定資産税の申告

毎年1月31日までに、その年の1月1日時点で所有している償却資産を記載した「償却資産申告書」を各市区町村に提出します。償却資産とは、土地・建物以外で事業に使用する資産のうち、減価償却の対象となるものです。

11)2月:春に向けて賃上げと予算を固める

1.賃上げに関する情報収集

2月ごろになると春闘が本格化し、賃上げの話題が増えてきます。他社の動向を見ながら、自社の人件費負担を踏まえてた上で、どこまで対応するかを判断します。待遇の改善は、人材確保の観点からも重要な要素の1つです。

2.新年度の予算編成

新年度の利益目標を設定し、売上・費用の計画数値を固めます。当年度の業績見込みや経営者の意向、現場へのヒアリングをもとに数値を固めましょう。予算は全社で共有し、毎月の予実管理(進捗確認・差額分析など)につなげていきます。

12)3月:年度末の締め、退職・棚卸・36協定

1.退職手続き(3月退職の場合)

社員が退職したら、「社会保険・雇用保険の資格喪失手続き」「退職証明書の交付(必要な場合)」などを行います。退職金制度がある場合は、支払い手続きも忘れずに進めましょう。

2.36協定の締結・届け出(4月起算の場合)

社員に残業や休日出勤をさせるには、過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)と労働基準法第36条に基づく労使協定(通称「36協定」)を締結し、所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。366協定は、1月や4月を起算日に1年間の有効期間を定めるケースが多く、有効期間が切れた状態で残業や休日出勤を命じるのは違法です。有効期限が切れる前に内容を更新・届出し、社員に周知しておきましょう。また、協定で定めた上限を超える労働を命じることも違法です。協定内容はよく検討した上で締結しましょう。

3.期末棚卸の実施

期末時点の在庫を確定するため、帳簿上の棚卸(帳簿棚卸)と現物のカウント(実地棚卸)を実施します。在庫数量が確定することで、決算書に計上する売上原価が算定されます。

以上(2026年6月更新)

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画像:日本情報マート

経営のヒントとなる言葉(司馬遼太郎)

「小説というものは自分で考えだして書くべきもので、『純文学』とか『大衆文学』とかいうふうに概念で分けて書くものではありません。わたしはそうした概念で小説を書こうとしたことは一度もありません」(*)

出所:「司馬遼太郎の世界」(文藝春秋)

冒頭の言葉は、

「自らに“枠”を設けず、仕事に取り組むことが重要である」

ということを表しています。

司馬氏の作品は歴史を題材としたものが多く、執筆の際は関連した資料を徹底的に読み込み、取材を行うのが常でした。司馬氏は1人で資料収集や取材を行っていましたが、その圧倒的な取材力に、資料収集や取材を担当するアシスタントがいるのではないかという質問を受けることが度々あったそうです。

司馬氏のような人気作家の場合、一度に複数の連載を抱えることも少なくありません。そのため、アシスタントを使わず、1人で資料収集や取材を行うのは骨が折れることでしょう。しかし、自分で資料に当たり取材を行うことで、考えがまとまったり、作品に登場する人物への理解が深まったりするとして、司馬氏はその過程を重視していました。

しかし、どれほど資料収集や取材を行っても、全ての事象を明らかにできるわけではありません。また、司馬氏は歴史家ではなく小説家です。史実を踏まえてはいるものの、作品中の人物描写などは司馬氏の創作によるものもあります。

担当編集者を長く務めた和田宏(わだひろし)氏は、次のような言葉を司馬氏の口癖として紹介しています。

「事実(ファクト)をいくら積み上げても、真実(トゥルー)には至らない」(**)

現代に生きる読者にとって、作中に登場する歴史上の人物は縁遠い存在ですが、膨大な資料や綿密な取材を経て生まれた司馬氏の創作には、リアリティーや説得力があり、読者は歴史上の人物を具体的にイメージできるようになります。

体験した出来事ではないにもかかわらず、司馬氏がリアリティーや説得力を持った作品を執筆することができたのは、自分の作品に関連のある本や資料を徹底的に収集し、読み込んだからでしょう。

また、司馬氏が自分のフィールドである歴史小説にとどまらず、現代小説や推理小説などに至るまで、さまざまな本や資料に関心を持ち、目を通していたことも見逃せません。たとえ、執筆中の作品に関係のない情報であっても、常にさまざまな情報のインプットを欠かさなかったからこそ、必要なときに十分なアウトプットができ、手掛ける作品の世界観に厚みが増したのではないでしょうか。

このような司馬氏の仕事への取り組み方は、作家に限らず多くの人にとって参考になるものです。

市場の成熟化に伴って、顧客ニーズが細分化し続けている現在、企業にとって大勢の顧客から支持される商品開発は難しくなっています。こうした中、企業に求められるのは、顧客の声を逐一拾うのではなく、フラットな視点で多面的に情報を収集し、顧客ニーズを先取りした商品を開発することです。

そのためには、過去や常識などの枠にとらわれない、柔軟な視点が必要です。経営者が率先して枠にとらわれない姿勢を示し、枠を取り払って仕事に取り組む社員を支援する仕組みを設けて、奨励しましょう。

ただし、社員にとって既存の仕事の枠を大きく外れることは勇気を伴うものです。当初から大きく外れることは難しくても、少しずつ枠から外れて成果を生む経験を積ませましょう。そうした成功を積み重ねることで、組織は枠を飛び越えて、新たな一歩を踏み出す勇気を得ることができます。

司馬作品には、読者の心をつかみ、夢中になってページを読み進めてしまう力があります。それは、司馬遼太郎という知の巨人による、たゆまぬ努力によって生まれたものです。一個人の力では巨人に及ばないとしても、組織として充実したインプットを実践し、枠を飛び越えて仕事に取り組むことができれば、顧客が心を躍らせる優れた商品を生むことができるでしょう。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

しばりょうたろう(1923~1996)。大阪府生まれ。大阪外国語学校(現大阪大学)蒙古語科卒。産経新聞社入社。1960年、作家に転身。作品は「梟(ふくろう)の城」「竜馬がゆく」など多数。

【参考文献】

(*)「司馬遼太郎の世界」(文藝春秋、2011年6月)
(**)「司馬遼太郎 この人この言葉」(文藝春秋、1997年3月)
「司馬遼太郎『街道をゆく』の思想」(関川夏央、小学館、2006年6月)
「司馬遼太郎が考えたこと 1~15」(司馬遼太郎、新潮社、2001年~2012年)
「司馬遼太郎という人」(磯田道史、プレジデント社、2014年12月)

以上(2026年6月作成)

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画像:日本情報マート

採用活動で応募者のSNS調査を行うことは是か非か?

1 SNS調査をこっそりと行うのはNG

社員がSNSに投稿した不適切な内容で「炎上」や「情報漏洩」が起きてしまったら、会社にもダメージが及ぶかもしれません。採用内定を会社都合で取り消したり、社員を解雇したりするのは容易ではないため、リスクをなるべく減らす目的で行われるのが

SNS調査やリファレンスチェック(以下「SNS調査など」)

です。

●SNS調査

履歴書や面接の情報を基に、応募者のSNSの実名アカウントを調べて、投稿内容を確認すること。そこから出身地や誕生日などが一致する匿名アカウントを探し、プロフィール情報やフォローしている友人などから応募者本人かどうかを判別し、投稿内容を確認することを「裏アカ調査」という

●リファレンスチェック

履歴書や面接の情報を基に、応募者の前職の勤務状況や人物像について関係者に問い合わせること(中途採用の場合)

SNS調査などをすれば、履歴書や面接からは分からない応募者の「素の人柄」を知ることができるかもしれません。とはいえ、SNSは私生活の投稿です。勝手に調べていいものか、という疑問は当然あるでしょう。

実際のところは、

SNS調査などは非常にグレーであり、こっそりと行うのはまずNG

です。この記事では、その理由を紹介します。

2 SNS調査などがグレーな理由

1)「SNS調査などに利用します」と通知する?

履歴書や面接を通じて得られる応募者の情報は「個人情報」です。個人情報を取得する際は、利用目的を特定した上で、その目的を通知または公表しなければなりません。本人から直接書面で取得する場合は、あらかじめ利用目的を明示します。

つまり、応募者の個人情報をSNS調査などに使うのであれば、その旨を通知または公表する必要があります。ただ、そのことを正直に伝えると応募者の反感を買いかねないため、あまり現実的とはいえません。

2)実名アカウントの閲覧まではOK。でもそれ以上はNG

厚生労働省職業安定局「募集・求人業務取扱要領(令和6年10月)」では、会社や採用募集代行業者が応募者の個人情報を収集する場合、次のような適法かつ公正な手段を取らなければならないとされています。

  • 本人から直接収集する
  • 本人の同意の下で本人以外の者から収集する
  • 本人により公開されている個人情報を収集する など

応募者が実名アカウントで、公開範囲を限定せずに投稿している内容を確認すること自体は問題ありません。ただし、それ以上進めて「裏アカ調査」やリファレンスチェックを行う場合は、応募者の同意が必要です。

3)採用活動で利用するなら、利用目的の通知または公表が必要

個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」では、

個人情報を含む情報がインターネット等に公開されている場合、単にこれを閲覧するだけで、転記等を行わないのであれば、個人情報を取得しているとはいえない

とされています。

公開アカウントの投稿を確認するだけなら、個人情報の取得には当たりません。ただし、「閲覧(見るだけ)」と「取得」の境界線には注意が必要です。閲覧した内容を評価シートに書き込んだり、データとして保存したりした時点で、個人情報の「取得」に該当します。採用の判断材料にする場合は、利用目的を特定した上で、その目的を通知または公表することが必要です。

「閲覧(見るだけ)」と「取得」の境界線

例えば、ディー・エヌ・エーグループの採用活動におけるプライバシーポリシーでは、利用目的の1つとして、

当社グループの採用選考に際し、候補者の適格性を評価するため(これには、バックグラウンドチェック、リファレンスチェック、その他の確認手続を含みます)

と記されています。「バックグラウンドチェック」と表記するなどの工夫もされています。

4)収集してはならない情報がある?

職業安定法では、事業主が求職者から情報を取得する場合につき、取得目的を制限しています。また、職業安定法に基づく指針(平成11年労働省告示第141号)では、以下の情報を原則として収集してはならない情報として定めています。

  • 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となる恐れのある事項(家族の職業、収入、本人の資産などの情報、容姿、スリーサイズなど)
  • 思想および信条(人生観、生活信条、支持政党、購読新聞・雑誌、愛読書など)
  • 労働組合への加入状況

例外的に、収集目的を示した上で本人から収集できるケースもありますが、特別な職業上の必要性がある場合などに限られます。不用意に収集すると職業安定法に基づく改善命令や是正措置の勧告が発出されることがあり、改善命令に違反すると、罰則(6カ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)の対象になるほか、改善命令や是正措置の勧告に従わなかった場合には会社名が公表され、さらにその公表により、ハローワークでの求人が不受理となったりするリスクもあります。

なお、これらの情報は、個人情報保護法の「要配慮個人情報」と一部重複しますが、

要配慮個人情報は本人の同意があれば収集できるのに対し、職業安定法に基づく指針の「収集してはならない情報」は、文字通り、原則として収集不可

となっている点に注意が必要です。

SNSには個人の考えなどを投稿することもあり、そこに「収集してはならない情報」が含まれる可能性は十分にあります。

5)調査代行業者への依頼やリファレンスチェックは個人情報の「第三者提供」

SNS調査などを代行する専門業者(以下「調査代行業者」)もいますが、調査代行業者への依頼は個人情報の「第三者提供」に当たります。調査代行業者が独自に調査した結果と、応募者の個人情報の突合は、企業の「委託」では不可能だからです。同様に、調査代行業者が調査結果を依頼元の企業に渡すことも第三者提供に当たります。

個人情報を第三者提供する場合は、あらかじめ本人の同意を得る必要があるほか、第三者提供に係る記録の開示請求手続への対応も必要です。

リファレンスチェックも同様です。履歴書や面接で得た個人情報を前職の企業に渡すことになるため、第三者提供に当たります。

6)内定後のSNS調査には特に注意が必要

内定を出した後に裏アカ調査をして不適切な投稿が見つかったとしても、それを理由に内定を取り消すことは容易ではありません。内定が成立した時点で、企業と応募者の間にはすでに労働契約が成立したと解するのが一般的だからです(始期付解約権留保付労働契約)。つまり、内定取消しは法律上「解雇」と同等に扱われます。採用内定時に知っていたら採用することがなかったであろう客観的に合理的で社会通念上相当と認められるような重大な事由でなければ、採用内定取り消しは無効となり、内定者から損害賠償請求や地位確認の訴訟を起こされるリスクがあります。

SNS調査を行うのであれば、内定を出す前のタイミングで実施するのが鉄則です。

3 SNS調査などがはらむリスク

利用目的を明らかにして本人の同意を得られれば、収集禁止情報に触れない範囲において、SNS調査などを実施すること自体は可能です。ただ、懸念は残ります。例えば、「バックグラウンドチェックをします」と説明されても、応募者は「裏アカ調査」をされると認識できないでしょう。また、志望先の企業からSNS調査などの同意を求められたとき、それを断るのは現実的に難しいかもしれません。

この他、同姓同名の別人の情報との取り違えや、悪意の第三者によるなりすましが起こらないかといったことも気になるところです。

日本労働組合総連合会「就職差別に関する調査2026」によると、採用試験を3年以内に受けた15~29歳の男女計1000人のうち、

  • 「採用選考過程において、企業からSNSアカウントを調査する旨の通知を受けたことがある」という回答が20.8%
  • 「採用選考過程において、企業からSNSアカウントを調査されたことがある」という回答が21.8%

となっています。

さらに、SNS調査などは「身元調査」にもなり得ます。調査の結果、目にしてしまった情報をもとに無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)が生じ、新たな就職差別につながる恐れもある点に注意が必要です。

以上(2026年8月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:ChatGPT

オーナーからオフィス賃料の値上げ要求……交渉の余地はある?

1 「適正な賃料水準」を維持して自社の利益を守る

2026年6月現在、賃貸オフィス市況は「貸主(オーナー)優位」の局面になっています。例えば、東京では、人材獲得を急ぐ企業による優良ビルへの移転需要や、物価上昇などを背景に、31年ぶりの高値を記録。オーナー側から賃料の値上げ(増額)を打診される借主(テナント)も増えているといいます。

この記事では、こうしたインフレ局面において、オーナー側からの値上げ要求にただ従うのではなく、借地借家法に基づき「適正な賃料水準」を維持して自社の利益を守るための法的根拠と交渉のステップを見ていきます。

2 オフィス賃料の値上げ要求……何を根拠に交渉する?

オーナー側から「物価高」や「周辺相場の上昇」を理由に値上げを求められた際、借主(テナント)側にはどのような権利があり、どのような法的根拠に基づいて対抗できるのでしょうか。

1)まずは賃貸借契約書を確認する

オフィス賃料の値上げの打診があった場合、まずは賃貸借契約書の規定を最優先で確認しましょう。一般的な契約書には「経済事情の変動等により賃料が不相当となった場合、協議の上、改定することができる」といった賃料改定条項が設けられています。

ここで重要なのは、多くの契約書において値上げは「双方の協議(合意)」が前提となっている点です。オーナー側が一方的に通告しただけで自動的に賃料が上がるわけではありません。

なお、契約書に「更新時に賃料を〇%値上げする」といった自動値上げ特約が記載されている場合もあります。しかし、こうした特約があっても、実際の経済実態とかけ離れて不相当に高い金額になっている場合は、次に紹介する「借地借家法第32条第1項」の規定により、特約が無効とされるか、あるいは増額請求が制限される可能性があります。

2)借地借家法第32条第1項に基づいて対抗する

借地借家法第32条第1項(賃料増減額請求権)では、

  • 租税その他の負担の増減(固定資産税の上昇など)
  • 土地建物の価格の増減その他の経済事情の変動(物価や所得水準の変動)
  • 近傍同種の建物の賃料相場との比較

により、賃料が「近傍同種の建物の賃料と比較して不相当となったとき」に、「当事者(オーナー側とテナント側の両方)」は将来に向かって賃料を増やしたり減らしたりするよう求めることができると定めています。

オーナー側はこの規定を根拠に「増額」を求めてくるわけですが、同時にテナント側もこの規定を根拠に「現在の賃料は周辺相場と比較して妥当だから、増額は不相当だ」と主張することができます。

また、オーナー側から「値上げに応じないなら退去してくれ」と迫られても、普通借家契約であれば、賃料の不合意だけを理由に強制的に退去させることは基本的に認められません。協議がととのわない間は、テナント側は「自身が相当と認める金額(従前の賃料)」を支払っていれば、債務不履行(家賃滞納)にはなりません。

3 値上げ要求に対抗するためのポイントは?

実際にオーナー側からオフィス賃料の値上げを打診された際、良好な関係を維持しながら適正水準に抑えるためには事前の準備をしておきたいところです。

1)周辺の「継続賃料相場」を理解しておく

オーナー側は交渉の際、「周辺の新規募集賃料がこれだけ上がっている」というデータ(新規賃料)を出してくることが大半です。しかし、オフィス市場において「新規募集の相場」と「既存テナントの継続相場」は異なります。

  • 新規賃料: 空室に新しいテナントを入れる際の大幅に上昇した最新の相場
  • 継続賃料: すでに借りているテナントが更新する際の相場(急激な変動が抑えられる傾向がある)

テナント側は、現在のオフィス賃料が、周辺の「継続賃料の相場」と比べて妥当(適正)なのか、専門の不動産鑑定士のデータや仲介会社の情報を集めて客観的に見極めてみましょう。相場相応であれば、「現在の賃料は据え置きが妥当」と論理的に反論できます。

2)管理費・共益費の値上げ要請には「内訳」を求める

近年は、電気代の高騰やビルメンテナンスの人件費上昇を理由に、「管理費・共益費」の値上げを求められるケースも増えています。

この場合は、ただ拒絶するのではなく、オーナー側に対し「値上げをする合理的な根拠(エネルギー費や人件費の実際の上昇幅を示す資料)」の提示を求めましょう。オーナー側が出してきたコスト上昇の実績値と、値上げ要求額のバランスが崩れている場合は、上昇分に見合う適正な幅(例えば要求額の半額など)に落とし込む余地が生まれるかもしれません。

3)オーナー側に「空室リスク」と「入れ替えコスト」があることも意識する

貸し手優位とはいえ、オーナー側にとっても「既存テナントが退去し、次のテナントが決まるまでの空室期間」や「フリーレント(賃料無料期間)の提供」といった空室リスク、「原状回復費用」や「リーシング費用(テナント誘致にかかる仲介手数料や広告費など)」といった入れ替えコストは大きな負担です。

テナント側は、「現在の賃料で長く、安定して入居し続けること」自体がオーナー側にとって大きなメリットであることを意識し、変に萎縮せずに交渉に臨みましょう。

4 これからのインフレ時代を見据えた契約対策

オフィス賃料交渉は、オーナー側とテナント側の利益がぶつかり合うものです。現在の市場環境において、テナント側がかたくなに値上げを拒み続けると、長年築いてきたオーナー側との信頼関係を壊しかねません。自社のコスト削減だけでなく、オーナー側の運営事情(物価高によるコスト増)にも一定の理解を示し、「お互いにとって妥当な着地点(適正な増額幅)」を模索するバランス感覚を持っておきたいところです。

今後新たに契約を結ぶ、あるいは再締結する場合には、将来的なインフレの進行を見据え、以下のような先手を打った契約条項の改定を検討しておくことが大切です。

  • 賃料改定の頻度制限: 「賃料の改定協議は3年に1回を上限とする」など、頻繁な値上げ打診を防ぐ
  • スライド幅の上限設定: 「物価変動に伴う賃料改定であっても、前回の賃料の〇%を上限とする」といったインフレキャップ(上限)を設ける

オフィス賃料は企業にとって最大の固定費の一つです。市場の波に飲まれることなく、法的な仕組みと正しいデータを用いて、持続可能なオフィス戦略を構築していきましょう。

以上(2026年6月作成)

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画像:ChatGPT