業務時間外にLINEで連絡する、肩を叩いて励ますなどの行為は、職場のハラスメントに当たるのでしょうか。ハラスメントになるかどうかの境界線について、悩む企業も多いと思います。本稿では、最新の調査結果を参考に、ハラスメントの代表格であるパワーハラスメント(パワハラ)とセクシュアルハラスメント(セクハラ)について、基本的な考え方やハラスメント回避のヒントをお伝えします。
悩ましいハラスメントの境界線
業務時間外にLINEで連絡する、肩を叩いて励ますなどの行為は、職場のハラスメントに当たるのでしょうか。ハラスメントになるかどうかの境界線について、悩む企業も多いと思います。本稿では、最新の調査結果を参考に、ハラスメントの代表格であるパワーハラスメント(パワハラ)とセクシュアルハラスメント(セクハラ)について、基本的な考え方やハラスメント回避のヒントをお伝えします。
1 グレーゾーン行為に注意
先端機器によるストレスの可視化に取り組むMENTAGRAPH株式会社(本社:東京都中央区)は今年9月、「ハラスメントの基準」に関する調査結果を公表しました。
調査は昨年12月、全国の22~65歳の管理職と非管理職各900人、計1,800人を対象に実施。「ハラスメントの基準に関して当てはまるものを選択してください」という質問では、次のような回答が出ました。

※MENTAGRAPH株式会社 「ハラスメントの基準」に関する調査結果より
同社では、「身体的接触や属性・外見への言及、私的時間への侵入といった“グレーになりやすい行為”」が並んでいると指摘しています。これらの行為については、ハラスメントと感じる人が一定程度いる以上、慎むべきでしょう。
「肩を叩く」「『若いから体力がある』という発言」「髪型・服装への指摘」「業務時間外のLINEでの連絡」「下の名前での呼び捨て」については、非管理職のほうが管理職よりも「ハラスメントに当てはまる」と答えた割合が7.3~3.9ポイントも高く、大きなギャップがありました。同社は「現場(非管理職)はリスクとして敏感に捉える一方、管理職は『コミュニケーションの一形態』『指導の一環』と捉えがちで線引きが甘くなりやすい可能性が示唆されています」と注意を促しています。
2 ハラスメントの基準
これらの行為について従業員が「ハラスメントだ」と被害を訴えた場合に、会社は調査をして、ハラスメントに当たるかどうかの判断をしなくてはなりません。厚生労働省が示している判断の基準について、改めて確認しておきましょう。
まずパワハラは、①優越的な関係を背景とした言動で、②業務上必要かつ相当な範囲を超え、③労働者の就業環境が害されるもので、3つの要素をすべて満たすケースです。例えば、次のような行為がパワハラになります。

※厚生労働省サイト「あかるい職場応援団」より
例えば、「ハラスメントの基準」に関する調査結果のうち、「休暇取得の理由を尋ねる」は、過度に繰り返し行うと「個の侵害」に当たる可能性があります。一方、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、パワハラには当たりません。
セクハラは、「労働者の意に反する性的な言動」で、性的な関係の強要はもちろん、性的な冗談やからかい、食事やデートへの執拗な誘いなども含まれます。受け手が不快に感じればセクハラになり得ますが、セクハラかどうかの判断にあたっては、個人の受け止め方の違いもあるので、受け手の主観を重視しつつも一定の客観性が必要です。一般的には、被害者が女性の場合には「平均的な女性労働者の感じ方」を、被害者が男性の場合には「平均的な男性労働者の感じ方」を基準として、ケースバイケースで判断します。
また、性的関係を要求され、拒んだら解雇されたといったケースを「対価型セクハラ」、上司が女性社員の腰、胸などに度々触ったため、女性社員が苦痛を感じ就業意欲が低下したといったケースを「環境型セクハラ」といいます。
「ハラスメントの基準」に関する調査結果のうち、「肩を叩く」「髪型や服装への指摘」などは、例えば男性上司が女性の部下に対して行う場合、セクハラに該当しかねない行為と言えます。
3 さいごに
ハラスメントへの対応が遅れると、最悪の場合、訴訟に発展し企業に大きな負担がかかります。訴訟の結果、使用者責任、債務不履行責任が問われ、適切な措置を怠ったことに対する損害賠償、社会的信用の失墜、従業員のモチベーション低下なども生じかねません。また、ご対応を進められる場合は、厚生労働省の特設サイト「あかるい職場応援団」も大変参考になるので、目を通すことをお勧めします。
※本内容は2025年11月10日時点での内容です。
(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)
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画像:photo-ac
白書の「白書」! 働き方、産業、環境など日本の“今”が丸分かり
目次
- 1 2025年もたくさんの白書が!
- 2 中小企業白書(中小企業庁)
- 3 経済財政白書(内閣府)
- 4 ものづくり白書(経済産業省)
- 5 情報通信白書(総務省)
- 6 科学技術・イノベーション白書(文部科学省)
- 7 エネルギー白書(資源エネルギー庁)
- 8 環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書(環境省)
- 9 食料・農業・農村白書(農林水産省)
- 10 森林・林業白書(林野庁)
- 11 水産白書(水産庁)
- 12 国土交通白書(国土交通省)
- 13 観光白書(観光庁)
- 14 厚生労働白書(厚生労働省)
- 15 男女共同参画白書(内閣府)
- 16 こども白書(こども家庭庁)
- 17 食育白書(農林水産省)
- 18 防災白書(内閣府)
- 19 交通安全白書(内閣府)
- 20 警察白書(警察庁)
- 21 防衛白書(防衛省)
1 2025年もたくさんの白書が!
白書とは、特定の分野について国が現状と課題、これからの方針を公式にまとめたレポートです。「中小企業白書」「エネルギー白書」「環境白書」、耳にはするけれど中身まではなかなか目を通せていないという人は多いでしょう。ですが、最新の統計データや業界動向、政策の方向性が整理されている白書は、経営者にとって重要な「情報の宝庫」です。
2025年もたくさんの白書が公表されました!この記事では、数ある白書の中から20種類を取り上げ、直近の内容を紹介します。世の中でどのような動きがあったのか、さまざまな分野の白書を通して見ていきましょう。
2 中小企業白書(中小企業庁)
中小企業白書は、中小企業の実態や課題、国の中小企業政策の現状と今後の方向性をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■中小企業庁「2025年版『中小企業白書』」■
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/
1)中小企業・小規模事業者の動向
中小企業・小規模事業者の課題として、円安・物価高の継続、「金利のある世界」の到来、構造的な人手不足の深刻化、過去最高水準の賃上げ圧力への対応などが挙げられています。経営者年齢も依然高い水準で推移しており、事業承継に向けた取り組みが必要とされています。
2)会社の成長・持続的発展に向けて有効な取り組み
経営力を個人特性面・戦略策定面・組織人材面の3つの視点で捉え、バランスよく強化すること、規模ごとに異なる「成長の壁(例:中小企業(成長段階)なら、経営者の一人体制の限界、スキル不足など)」の打破が求められています。
2025年版の内容については、こちらのコンテンツでも紹介しています。
3 経済財政白書(内閣府)
経済財政白書は、日本の景気や物価、雇用などの経済動向と、国の財政状況・財政運営の課題、今後の経済財政政策の方向性をまとめた白書です。直近の2025年度版には、次のような内容が記載されています。
■内閣府「令和7年度経済財政白書」■
https://www5.cao.go.jp/keizai3/whitepaper.html
1)日本経済の動向と課題
2025年半ばまでの経済の動向が記載されています。名目GDPが600兆円を超え、国内民間最終需要は1年にわたり増加を続ける一方、米国の関税措置による世界経済の下押しを通じた輸出への影響等が懸念されています。設備投資は持ち直しの動きが続いていますが、不確実性の高まりによる影響には留意が必要とされています。
2)賃金上昇の持続性と個人消費の回復に向けて
2024年度の賃金は、33年ぶりの賃上げ率となった春季労使交渉や、過去最大の上げ幅となった最低賃金の引上げ等の効果もあって、1994年以来最高の賃上げ率となりました。しかし、物価上昇との関係もあり、賃金が上昇したという実感を持つ人は、さほど増加しているわけではないようです。個人消費については、高齢層を中心に物価上昇における節約意識が働いており、消費の回復には給与所得の増加が特に重要とされています。
3)変化するグローバル経済と企業部門の課題
過去30年程度における日本の経常収支の変遷や企業行動の変化などが記載されています。また、中小企業の課題として、現預金比率が高い一方で、生産能力を高めるような前向きな設備投資が抑制されていることなどが挙げられています。
4 ものづくり白書(経済産業省)
ものづくり白書は、日本の製造業の現状や課題、生産性向上・DXなどを含む国の「ものづくり政策」の方向性をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■経済産業省「2025年版ものづくり白書」■
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2025/index.html
1)製造業の競争力強化に向けたDX
個社単位のデジタル化・効率化は一定の成果が挙がっている一方で、「稼ぐ力」につながるだけの成果を創出できている製造事業者は少ないようです。企業間連携で産業単位の事業効率を向上させることや、ロボット・AIの開発・活用の重要性が示唆されています。
2)経済安全保障を踏まえた製造事業者の持続的成長
約6割の製造事業者が経済安全保障の取り組みを実施していないとされています。政府は、取り組みの好事例の発信等を通じて、経済安全保障の推進を後押ししていくとしています。
3)人材育成の取り組みとデジタル技術の活用
正社員以外の社員の能力開発がコロナ禍前の水準まで回復していないことなどが示唆されています。政府は、人材開発支援助成金や生産性向上支援センター、デジタル技術を含む多様な職業訓練の提供などを通じて、能力開発を支援していくとしています。
4)ものづくりを通じて社会課題の解決に貢献する人材の育成
政府は、デジタル等成長分野の人材育成(半導体人材の育成、産学協働リカレント教育モデルの確立など)、ものづくり人材を育む教育・文化芸術(学校等でのものづくり教育、技術者や伝承者の育成など)、Society5.0(注)を実現する研究開発(ものづくりに関する基盤技術の研究開発、産学官連携など)を推進していくとしています。
(注)Society 5.0:サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会のことで、情報社会(Society 4.0)に続く社会として提唱されています。
5 情報通信白書(総務省)
情報通信白書は、日本のICT(インターネット・スマホ・通信インフラ・デジタル経済など)の動向や課題、国の情報通信政策の方向性をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■総務省「情報通信白書令和7年版」■
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/index.html
1)「社会基盤」としてのデジタルの浸透・拡大と動向
社会生活、企業活動において、スマートフォン・SNS・クラウド等が浸透・拡大しています。AIについては、世界的な開発競争が激化し、日本においても大規模言語モデル(LLM)の開発が盛んに行われています。一方で、日本のAI活力ランキング(2023年)は世界総合9位と低めで、企業における生成AIの活用方針策定なども海外に比べて遅れがちです。
2)進展するデジタルがもたらす課題
デジタル分野の主要な課題として、「信頼性のあるデジタル基盤の確保」「AIによるイノベーション促進とリスク対応」「サイバーセキュリティ」などが挙げられています。
3)進展するデジタルによる社会課題解決に向けて
少子高齢化が進む地方において、デジタル技術が地方創生のカギを握ることが示唆されています。また、災害が激甚化、頻発化する中、さらなるデジタルインフラの強靱化が引き続き求められていることなどが記載されています。
6 科学技術・イノベーション白書(文部科学省)
科学技術・イノベーション白書は、日本の研究開発や技術革新(AI・宇宙・バイオなど)の動向と課題、国の科学技術・イノベーション政策の方向性をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■文部科学省「令和7年版科学技術・イノベーション白書」■
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa202501/1421221_00015.html
1)科学技術基本法制定から30年とこれからの科学技術・イノベーション
2025年が科学技術基本法制定から30年の節目に当たることから、同法制定の経緯や制定後30年の歴史などが紹介されています。制定後30年間の日本の科学技術・イノベーションの振り返りとして、「基礎研究力の低下」「人材」「研究インフラ」といった重要課題も掘り下げられています。
2)科学技術・イノベーション創出の振興に関して講じた施策
ものづくり白書の章でも紹介した「Society 5.0」を具体化し、国民の安全と安心を確保しつつ、ウェルビーイングを実現するための取り組みなどが紹介されています。
7 エネルギー白書(資源エネルギー庁)
エネルギー白書は、日本のエネルギー(電気・ガス・石油など)の現状や課題、政府の今後の方針をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■資源エネルギー庁「エネルギー白書2025」■
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/
1)福島復興の進捗
福島復興の現状として、東京電力福島第一原子力発電所の廃炉に向けた取り組み(燃料デブリの試験的取り出し成功など)、帰還困難区域の避難指示解除に向けた取り組み(大熊町等での復興再生計画の認定など)、新たな産業の創出に向けた取り組み(福島イノベーション・コースト構想)が紹介されています。
2)GX・2050年カーボンニュートラルの実現に向けた取り組み
日本のエネルギーを取り巻く環境変化を踏まえた上で、電力インフラ・データセンター立地・通信インフラの適正な整備(ワット・ビット連携)、2050年カーボンニュートラルに向けた次世代エネルギー革新技術(光電融合、ペロブスカイトなど)に関する取り組みなどが紹介されています。
8 環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書(環境省)
環境白書は、日本や世界の環境問題の現状と施策をまとめた白書です。循環型社会白書は、ゴミ削減・リサイクルなどを通じ、資源をムダなく循環させる社会づくりの現状と施策をまとめた白書です。生物多様性白書は、絶滅危惧種や森林・海などの生き物と生態系の保護に関する現状と施策をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■環境省「令和7年版環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書」■
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/
1)地球温暖化対策の目指す方向
2050年炭素中立(ネット・ゼロ)の実現に向け、温室効果ガスの排出量を2013年度と比べて、2035年度には60%、2045年度には73%削減する目標が設定されています。
2)循環経済(サーキュラーエコノミー)
サーキュラーエコノミーは、資源を効率的に循環させ、持続可能な社会をつくるとともに経済成長も実現するというものです。基本計画や法整備の状況、地域の特性を活かした循環資源や再生可能資源の活用事例などが記載されています。
3)自然再興(ネイチャーポジティブ)
ネイチャーポジティブは、生物多様性を維持するだけでなく、回復させるというものです。「30by30目標(2030年までに、陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全する)」の実現に向けた取り組みとして、保護地域における取り組み(国立公園の指定など)や自然共生サイト(生物多様性が保全されている区域)の認定状況などが記載されています。
4)東日本大震災からの復興に係る取り組み
帰還困難区域における取り組み(避難指示の解除など)、未来志向の取り組み(「脱炭素×復興まちづくり」推進事業の実施など)、ALPS処理水(注)の海洋放出に係るモニタリングの状況などが記載されています。
(注)ALPS処理水:東京電力福島第一原子力発電所の建屋内にある放射性物質を含む水について、トリチウム以外の放射性物質を、安全基準を満たすまで浄化した水のことです。
9 食料・農業・農村白書(農林水産省)
食料・農業・農村白書は、日本の食料供給・農業・農村の今の姿と課題、そして国の今後の方向性をまとめた白書です。直近の2024年度版には、次のような内容が記載されています。
■農林水産省「令和6年度 食料・農業・農村白書 全文」■
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r6/zenbun.html
1)新たな食料・農業・農村基本計画の策定
2024年に改正された食料・農業・農村基本法に基づき、食料自給率の他、食料安全保障の確保に関する目標を設定し、初動5年間で農業の構造転換を集中的に推し進めるための計画が策定されています。
2)合理的な価格形成と付加価値向上
コスト高騰に伴う農産物・食品への価格転嫁が業界全体の課題であることを踏まえ、合理的な価格の形成に向けた仕組みづくりに取り組んでいることや、消費者からコストの実態への理解・支持を得るための「フェアプライスプロジェクト」を継続していることなどが記載されています。
3)スマート農業と環境戦略
ドローンやAIによる農業の生産性向上や、「みどりの食料システム戦略」に基づく環境負荷低減の取り組みを推進していることなどが記載されています。
10 森林・林業白書(林野庁)
森林・林業白書は、日本の森林や林業(木材利用や山村を含む)の現状と課題、国の森林政策の方向性をまとめた白書です。直近の2024年度版には、次のような内容が記載されています。
■林野庁「令和6年度 森林・林業白書 全文」■
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/r6hakusyo/zenbun.html
1)生物多様性の重要性と関心の高まり
「環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書」の章で紹介した内容とも重なりますが、生物多様性に関する国際的な動きとしてネイチャーポジティブの進展、国内の動きとして自然共生サイトの認定状況などが記載されています。
2)日本の森林における生物多様性とこれまでの保全の取り組み
日本の植物種数は5565種と、同じ島国かつ面積も同程度の英国などを上回る生物多様性が確保されています。さまざまな生育段階や樹種から構成される森林が、モザイク状に配置されている状態を目指して、多様な森林整備が推進されています。
3)生物多様性を高める林業経営と木材利用に向けて
林野庁が2024年に「森林の生物多様性を高めるための林業経営の指針」や「建築物への木材利用に係る評価ガイダンス」を公表したことなどが記載されています。
11 水産白書(水産庁)
水産白書は、日本の水産業・漁業や水産資源の現状と課題、今後の水産政策の方向性をまとめた白書です。直近の2024年度版には、次のような内容が記載されています。
■水産庁「令和6年度 水産白書 全文」■
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/R6/250606_1.html
1)海洋環境の変化の状況
2024年の日本近海の平均海面水温が、統計開始以降、最も高い値となっています。また、黒潮大蛇行が2017年から継続し、過去に例のない長さで発生しており、黒潮が接岸する関東沖・東海沖では海水温が上昇する傾向にあります。
2)海洋環境の変化による水産資源・水産業への影響
海水温の上昇や海流の変化が、水揚量の減少、漁場まで遠出することに伴う燃油等の費用増加、出漁の見合わせなど漁業経営に大きな影響を与えています。特に、サンマ、スルメイカ、サケの漁獲量が近年大きく減少しています。
3)海洋環境の変化に対応するための取り組み
漁業・養殖業における取り組みとして「いか釣り漁船によるスルメイカ不漁に伴うアカイカ操業の実施」などが、加工・流通・消費に向けた取り組みとして「サワラの漁獲量が増加した地域におけるブランド化の取り組み」などが、漁港・漁場における取り組みとして「藻場再生」などが紹介されています。
4)今後の海洋環境の変化への対策
気候変動への緩和策として、水産分野では、漁船の電化・水素化等に関する技術の確立により、CO2の排出削減を図ること、CO2吸収源としてのブルーカーボンを推進することなどが記載されています。
12 国土交通白書(国土交通省)
国土交通白書は、日本の国土・インフラ・交通(道路・鉄道・空港・港湾など)の現状と課題、国土づくり・交通政策の方向性をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■国土交通省「令和7年版国土交通白書」■
https://www.mlit.go.jp/statistics/file000004.html
1)国土交通分野における担い手不足等によるサービスの供給制約の現状と課題
建設業や運輸業の課題として、いわゆる「2024年問題」への対応や、就業者の高齢化・若年者の入職の減少、中長期的な担い手の確保・育成などが挙げられています。担い手不足等によるサービスの供給制約(メンテナンス不足で、水道の断水・漏水が発生するなど)についても記載されています。
2)国土交通分野における取り組みと今後の展望
業界内の人材の確保・定着に向け、「賃上げを含む処遇改善」「適切な価格転嫁」などに関する施策の状況が掲載されています。ICTスキル等により建設技術者の一部業務を代行する新職種「建設ディレクター」の活用や、人に代わり自動で鉄筋結束作業を行うロボットの導入などの事例も紹介されています。
13 観光白書(観光庁)
観光白書は、日本の観光(インバウンド・国内旅行・地域観光など)の動向や課題、国の観光政策の方向性をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■観光庁「『令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策』(観光白書)について」■
https://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_00041.html
1)世界の観光の動向
2023年の「外国人旅行者受入数ランキング」において、日本(2510万人)が世界15位(アジアで2位)となりました。また、2024年の国際観光客数は14億4500万人(前年比10.7%増、2019年比1.3%減、世界観光機関(UN Tourism)の統計)と、コロナ前の2019年水準まで回復しています。
2)日本の観光の動向
2024年の訪日外国人旅行者数が3687万人(2019年比15.6%増)と過去最高を記録し、2024年の日本人の国内延べ旅行者数は5.4億人(2019年比8.2%減)とコロナ前の9割程度に回復しています。
3)日本人の国内旅行の活性化に向けて
仕事より余暇を重視する割合が増加傾向にある中で、一人当たり旅行回数の増加や滞在長期化を図る必要があるとされています。地域の取り組み事例として、「何度も地域に通う旅、帰る旅等の推進」「ワーケーション・ブレジャー等の普及促進」などが記載されています。
14 厚生労働白書(厚生労働省)
厚生労働白書は、日本の暮らし(医療・年金・福祉など)と働き方(雇用・労働政策など)の現状と課題、そして厚生労働行政の今後の方向性をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■厚生労働省「令和7年版厚生労働白書」■
https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/index.html
1)変化する社会における社会保障・労働施策の役割を知る
次世代の主役となる若者向けに、社会保障・労働施策の歴史や機能、ヤングケアラー支援の取り組みなどが紹介されています。
2)現下の政策課題への対応
本格的な「少子高齢化・人口減少時代」を迎える中で、賃上げ、非正規雇用労働者の処遇改善、女性・若者・高齢者・就職氷河期世代等の活躍促進等、医療DX等の推進といった政策課題の現状や取り組みが紹介されています。
15 男女共同参画白書(内閣府)
男女共同参画白書は、日本社会における男女平等や女性活躍、男性の家事・育児参画などの現状と課題、国の男女共同参画政策の方向性をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■内閣府「令和7年版男女共同参画白書」■
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/index.html
1)人の流れと地域における現状と課題
全ての都道府県で、家事関連時間は妻のほうが210分以上、仕事関連時間は夫のほうが180分以上長く、「男性は仕事、女性は家庭」という性別による固定的な役割分担が依然として残っていることなどが示唆されています。
2)若い世代の視点から見た地域への意識
東京圏に住んでいる人は、現在も東京圏以外に住んでいる人よりも、出身地域に「家事・育児・介護は女性の仕事」「食事の準備やお茶出しは女性の仕事」等といった固定的な性別役割分担意識が「あった」と感じている割合が顕著に高いとされています。
3)魅力ある地域づくりに向けて
個性と能力を発揮できる環境整備や魅力的な地域づくりに向け、「固定的な性別役割分担意識等を解消する」「全ての人にとって働きやすい環境をつくる」「地域における女性リーダーを増やす」「地域で学ぶ」の4つの取り組みが重要であるとされています。
16 こども白書(こども家庭庁)
こども白書は、日本のこどもや若者を取り巻く状況と、政府が進めている「こども政策」の取り組み状況を毎年まとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■こども家庭庁「令和7年版こども白書」■
https://www.cfa.go.jp/resources/white-paper/r07
1)全てのこども・若者が安全・安心な居場所を見つけられる社会を目指して
自殺対策や孤独・孤立対策等の観点から、全てのこども・若者が居場所を見つけることができるよう、こども家庭庁が「こどもの居場所づくりコーディネーター配置等支援事業」「こどもの居場所づくり支援体制強化事業」などを実施しています。
2)若い世代の描くライフデザインや出会いのサポート
若い世代が結婚・子育ての将来展望を描けない状況に対応するため、「若い世代の描くライフデザインや出会いを考えるワーキンググループ(WG)」が開催されています。WGに基づき、各自治体の「地域少子化対策重点推進交付金」において、若い世代の描くライフデザイン支援や官民連携の結婚支援の取り組みを重点メニューとして支援する旨などが記載されています。
3)保育政策の新たな方向性
2025年度から2028年度末を見据えた保育政策の在り方を示した「保育政策の新たな方向性」が取りまとめられています。「1.地域のニーズに対応した質の高い保育の確保・充実(職員配置基準の改善など)」「2.全てのこどもの育ちと子育て家庭を支援する取り組みの推進(こども誰でも通園制度の推進など)」「3.保育人材の確保・テクノロジーの活用等による業務改善(保育士・幼稚園教諭等の処遇改善など)」の3つが柱となっています。
4)こどもの悩みに寄り添える社会に向けて
こども・若者にとっての利益を考え、そのための取り組み・政策を社会の中心に据える「こどもまんなか社会」の実現に向けて、「こどもの悩みを受け止める場に関するプロジェクトチーム」が発足しています。
17 食育白書(農林水産省)
食育白書は、日本人の食生活や「食に関する学び(食育)」の現状と課題、国の食育推進の取り組みをまとめた白書です。直近の2024年度版には、次のような内容が記載されています。
■農林水産省「令和6年度 食育白書(令和7年6月10日公表)」■
https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/wpaper/r6_index.html
1)食卓と農の現場の距離を縮める取り組みと今後の展望
食育に関心を持たない国民が増える中で、持続可能な食料システムを実現していくためには、国民が食生活を通じて農林水産業を意識する機会を作ることが大切であるとされています。食育の事例として「スポーツ選手と子どもたちによる田植えや稲刈り等の農業体験」などが記載されています。
2)消費者の行動変容を促す「大人の食育」の推進
若い世代(20~30歳代)や高齢者世代も、食に関する課題を多く抱えており、健康に生活するための「大人の食育」が大切であるとされています。食育の事例として「会社の従業員が野菜の知識を学ぶプログラム『食育マルシェ』」などが記載されています。
18 防災白書(内閣府)
防災白書は、日本で起きた地震・豪雨などの災害の状況と教訓、国や自治体の防災・減災の取り組みや今後の方針をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■内閣府「令和7年版防災白書」■
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/r7.html
1)令和6年能登半島地震等の概要
被災者の生活と生業(なりわい)支援のためのパッケージの実施、避難生活支援コーディネーター等の育成など、支援体制の強化が進められています。「被災者による朝市の復興(出張輪島朝市)」などのコラム記事も紹介されています。
2)令和6年能登半島地震を踏まえた防災対応の見直し
デジタル技術を活用した防災情報システムの整備や、地域防災力の強化に向けた取り組みが明記され、頻発・激甚化する災害に備える体制強化が進められています。
19 交通安全白書(内閣府)
交通安全白書は、日本の交通事故の実態や原因、歩行者・自転車・自動車などへの安全対策、国の交通安全政策の方向性をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■内閣府「令和7年版交通安全白書」■
https://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/index-t.html
1)交通事故の状況
2024年の交通事故の死者・重症者数は2万9948人で、2015年の4万3076人から10年間で約30.5%減少しています。特に小学生は、2015年が1185人、2024年が686人と約42.1%減少しています。一方で、小学生の飛び出しによる事故が多く発生しており、効果的な交通安全教育等の実施、自動車等の運転者に対する教育の実施の必要性などが示唆されています。
2)通学路における交通安全の確保に向けた取り組み
通学路点検や歩道整備、スクールバスの運行、地域による見守り活動が推進されています。また、最高速度30キロメートル毎時の区域規制等を実施する「ゾーン30」の整備などが進められています。
20 警察白書(警察庁)
警察白書は、日本の犯罪などの治安情勢と警察の取り組み、今後の警察行政の方向性をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■警察庁「令和7年版警察白書」■
https://www.npa.go.jp/hakusyo/r07/index.html
1)SNSを取り巻く犯罪の情勢
SNSを通じて対面することなく、恋愛感情や親近感を抱かせたりして金銭をだまし取るSNS型投資・ロマンス詐欺の被害が著しく増加しています。匿名・流動型犯罪グループが、仕事の内容を明らかにせず、「高額」「ホワイト案件」等の表現を用いるなどして実行者を募集し、こうした犯罪に及ぶケースが確認されています。
2)SNSを取り巻く犯罪に対処するための警察の取り組み
SNSを取り巻く犯罪に対処するため、デジタル・フォレンジック(犯罪の立証のための電磁的記録の解析技術・手続き)を活用した捜査、匿名・流動型犯罪グループに「雇われたふり」をして検挙するための仮装身分捜査などが進められています。
21 防衛白書(防衛省)
防衛白書は、日本や周辺地域の安全保障環境と自衛隊の活動状況、そして日本の防衛政策の考え方・方向性をまとめた白書です。直近の2025年版には、次のような内容が記載されています。
■防衛省「令和7年版防衛白書」■
https://www.mod.go.jp/j/press/wp/index.html
1)統合作戦司令部と統合作戦
2025年3月に新設された「統合作戦司令部」について記載されています。海・空自の主要部隊や、宇宙やサイバー領域などで活動する部隊の指揮が、平素から統合作戦司令部官に一元化され、各種事態に迅速に対応できる体制になっています。
2)自衛官の処遇・勤務環境の改善、新たな生涯設計の確立
2024年度に取りまとめられた、「自衛官の処遇・勤務環境の改善及び新たな生涯設計の確立に関する基本方針」の一例が紹介されています。自衛官の処遇改善(30を超える手当の新設・金額引き上げなど)、生活・勤務環境の改善(営内隊舎の居室の個室化など)、新たな生涯設計の確立(再就職先の拡充等)といった内容が記載されています。
3)防衛この一年
災害派遣や対領空侵犯措置、在外邦人等輸送任務など、2024年度に国内外で活躍した隊員の声が紹介されています。
以上(2025年12月作成)
pj80199
画像:各白書より作成
【営業最強フレーズ集】年末に効く“来年が動くひと言”
年明け、『混じりっけなしの理想』をお聞かせください。実現方法を徹底的に考えます
「年末の挨拶」はお客さまとリアルに会話する絶好のチャンス
年末の挨拶を、「本年も大変お世話になりました。ありがとうございました」という言葉だけで終わらせるのはもったいないかもしれません。
デジタル化が進み、お客さまとの温度感ある接点が少なくなりがちな今、対面や電話で交わす「生の声」は貴重です。特に年末の挨拶は、リアルに言葉を交わす絶好のチャンスです。
短時間で相手の印象に残るよう、そして、年明け早々にスタートダッシュを切り物事を動かしていけるよう、冒頭で紹介したこのフレーズなどを活用してみましょう。
「年明け、『混じりっけなしの理想』をお聞かせください。実現方法を徹底的に考えます」
「混じりっけなし」という言葉はなぜいいか
年末から年明けは、多くの企業で来期の計画を立てる重要な時期です。
ただ、お客さまの頭の中には、どうしても「予算」や「今の体制」といった現実的な制約があります。この状態で普通に「来年はどうしたいですか?」「何がご希望ですか?」と聞いても、制約を考慮した無難な話に終始する、あるいは「制約があるから何もできない」といったことになりがちです。
そこで効くのが、「混じりっけなし」という強い、しかも通常のビジネスではあまり使わない言葉です。 この一言で相手に、「難しいさまざまな条件を横に置くとすると、自分は(自社は)本当はどうしたいのか」を考えるきっかけを与えられるかもしれません。
また、単に「理想は?」と尋ねるよりも「混じりっけなし」という、いわば最大級に強い表現をすることで、視座を一気に引き上げる、突き抜ける感も共有できるでしょう。
そして、大事なのは、少し間を置いて「実現方法を徹底的に考えます」と続けることです。安請け合いをするのではなく、「語っていただいた理想を、現実に落とし込むプランや手段は私も一生懸命考えます。一緒に実現しましょう。実現したいです」という、営業担当者としての等身大の誠実さや責任感を込めるようにします。
実現しようと動く泥臭さや、地に足がついた安心感を持ってもらえるのがベストです。
相手との距離感に合わせてニュアンスを変える
この「混じりっけなし」フレーズは、相手との関係性(距離感)に応じてニュアンスを調整すれば、より自然に相手に届くようになります。
例えば、既存のお客さまで、ある程度信頼関係を構築している場合は、よりパートナーとしての気持ちを込めるのがいいでしょう。
「年明け、予算や今の体制といった制約を一旦忘れて、○○さんの『混じりっけなしの理想』をお聞かせいただけませんか? それを今の状況でどう実現するか、私が徹底的に考えて具体的な計画を立てます。それを基に、一緒に議論してみましょう!」
ポイントは、「夢物語で終わらせない」という意思を、「具体的な計画」と添えて伝えることです。「あなたの理想を実現するために、私は一緒に汗をかきます」という姿勢が、共創、パートナー感を高めます。来期のアップセルを実現したい場合なども効くかもしれません。
一方、これから関係を深めていきたい新規営業先の場合は、少しトーンダウンが必要です。まだ関係が浅い相手に対して、「混じりっけなし」の「理想を語れ」と迫ると、相手が重いと負担に感じることもあり得ます。そこで、「壁打ち相手(相談役)」に立候補することでハードルを下げ、寄り添う姿勢を示します。
「来年は、△△さん(もしくは御社)の『混じりっけなしの理想』を一番近くで共有できる存在になりたいです。まずは一度、『壁打ち相手』として私に話だけしてみませんか? もし必要であれば、理想を実現する方法を私が徹底的に考えてみますので」
ポイントは、売り込みではなく、「あなたの思考を整理するお手伝いがしたい」というスタンスです。これなら相手も負担に感じず、「年明けに、話だけならしてみてもいいか」と考えてくれるかもしれません。
本心からの「未来への期待」を伝える
年末は誰もが忙しく、これまでの振り返りや事務処理などに追われます。年末の挨拶として連絡を入れて来る人も多いでしょう。だからこそ、定型文ではない、未来への意志がこもった温度感ある言葉が、相手の印象に残ります。相手との関係性にもよりますが、最後は、
「来年も御社と一緒に、新しい価値をつくっていけるよう努めます」
このように締めくくる。そして、会話を終えた後、お客さまがふと顔を上げ、「来年は今年より面白いことができそうだ」と少しだけワクワクした気持ちになる。それがお互いにとって一番嬉しいことではないでしょうか。
これまでの感謝に加え、未来への期待を共有して一年を締めくくる。一番大事なのは、営業担当者が心の底から、未来への期待と「一緒に実現したい」という気持ちを込めて伝えることです。それこそが、営業担当者が果たすべき年末最後の仕事であり、次の素晴らしい一年を始めるための、最高の準備といえるでしょう。
以上(2025年12月作成)
pj70132
画像:Gemini
【年金制度改正法】 社会保険の適用拡大にiDeCO拡充! 2026年度から始まる5つの改正
目次
1 改正ポイントは5つ、施行日順に紹介!
物価上昇や人手不足が続く中、国の年金制度も「時代に合わせた形」へと変わろうとしています。2025年6月20日公布の年金制度改正法では、在職老齢年金の見直し、社会保険の適用拡大、iDeCo(イデコ)の拡充など、働き方の多様化に対応する仕組みが盛り込まれました。
中小企業が押さえておきたい改正ポイントは次の5つで、2026年4月から順次スタートします。次章以降で、改正のポイントや中小企業で想定される問題、今のうちからやっておいたほうがいいことを社会保険労務士が分かりやすく解説します。ぜひご確認ください。
1)在職老齢年金の見直し
2026年4月から、在職老齢年金の支給停止調整額が「51万円→62万円」に引き上げられます。
2)標準報酬月額の上限引き上げ
2027年9月から2029年9月にかけて、厚生年金保険料については、標準報酬月額の上限(現在65万円)が75万円に段階的に引き上げられます。
3)社会保険の適用拡大
2027年10月から2035年10月にかけて、社会保険に加入する短時間労働者の範囲が段階的に拡大されます。対象は「厚生年金保険の被保険者数」「賃金」の要件です。
4)遺族年金制度の見直し
2028年4月から、子のない配偶者が遺族厚生年金を受け取る場合のルール、子が遺族基礎年金を受け取る場合のルールや加算額などが改正されます。
5)私的年金の見直し
2025年6月20日から3年以内に、iDeCoの加入可能年齢が引き上げられ、さらに企業型DCの拠出限度額が拡充されます。
2 在職老齢年金の見直し
午前中の配送を終えたある運送会社。休憩室で、こんな会話が交わされていました。内容は「在職老齢年金」に関することのようです。
社長:佐藤さん、来月から少し出勤日を増やせない? 若いドライバーが体調崩しちゃってね。
佐藤:社長、ありがたいお話ですけど……これ以上働くと、年金が減っちゃうんですよ。
社長:ああ、在職老齢年金ってヤツだな。
佐藤:はい。月の給料と年金を合わせて51万円を超えると、超えた分に応じて年金が減るんです。だから、出勤日を増やすのは……まあ、基準額が51万円よりも上がったら考えますけど。
1)在職老齢年金の見直しとは?
在職老齢年金とは、
働きながら老齢年金をもらうと、年金額がカットされることがあるという制度
です。厚生年金保険に加入しながら老齢年金をもらう60歳以上の従業員が対象で、賃金と年金の合計額が「支給停止調整額」というボーダーラインを超えると、十分な収入があるとみなされ、老齢年金の一部または全額が支給停止となる仕組みです。
今回の改正では、2026年4月からこの支給停止調整額が「月51万円→62万円」に引き上げられることになりました。簡単に言うと、
- 賃金(ボーナスを含む年収の1/12)と、老齢厚生年金の合計額が月62万円以下の場合、年金は全額支給される
- 合計額が月62万円を超える場合、超えた分の1/2の額が年金から差し引かれる
という仕組みになります。これにより、年金を減らされずに働ける範囲が広がり、約20万人が新たに年金を全額受給できる見込みです。具体的には次のようなイメージです(図表の「50万円」は2024年度の金額です)。

2)60歳以降の働き方を見直そう、賃金だけでなく健康・安全対策にも注意!
在職老齢年金の引き上げにより、シニア層は年金額を減らさずに働けることになりますが、次のような問題が起きることも想定されます。
- 60歳以降も働く従業員が増えることで、人件費が上昇する
- シニア層が増えることで、健康・安全面での配慮がより重要になる
- 在職老齢年金に関する従業員からの問い合わせが増える
会社が今のうちにやっておいたほうがいいこととしては、次のようなものが挙げられます。
1.対象者の確認(賃金設計や再雇用契約と照合)
在職老齢年金の対象となるのは、「厚生年金保険に加入しながら老齢年金をもらう従業員」、基本的には正社員です。定年を60歳よりも上に設定している場合、在職老齢年金の適用を受ける従業員が出てくる可能性があるため、賃金設計と照合しながら対象者を確認しましょう。短時間労働者(嘱託など)の場合も、一定の要件を満たせば厚生年金保険の被保険者になるので、再雇用契約の内容にも注意が必要です。
2.年金額と働き方の関係の説明 + 労働条件の見直し(必要に応じて)
在職老齢年金の対象者本人に、「賃金と年金の合計が一定額を超えると支給が調整される」仕組みを説明しましょう。説明が難しい場合は、本人から年金事務所に問い合わせてもらうのも手です。場合によっては、
- 正社員のまま、在職老齢年金の適用下で働くのか(賃金は変わらないが、年金が減る)
- 嘱託などに雇用形態を変えて働くのか(賃金は減るが、年金は変わらない)
などについて、従業員の希望を聞きつつ、労働条件を見直します。前者の場合、シニア層の賃金テーブルを見直して、在職老齢年金の適用を受けない設計にすることも考えられますが、賃金額を引き下げることが「労働条件の不利益変更」に該当するケースもあるので、このあたりは専門家に相談しながら慎重に進めましょう。
3.健康・安全対策の強化
シニア層の健康管理、労災防止も大切です。軽作業への転換や朝方シフトへの変更などを検討しましょう。シニア人材が安心して働けるようになれば、企業にとっても熟練の技術や経験を活かすチャンスが増えます。一方、加齢による身体機能の低下は誰しも避けられないので、例えば、1年ごとに再雇用契約を更新するのであれば、更新前に健康診断や体力テストを実施し、更新の可否を検討するのも手です。
3 標準報酬月額の上限引き上げ
とある週末。取引先とのゴルフコンペに参加した管理職たちの間で、昼休憩の雑談が始まりました。内容は「標準報酬月額」に関することのようです。
課長:いや~、昇進で給料上がったのはいいけど、その分社会保険料も上がっちゃいました。
部長:世知辛いよね~。でも、標準報酬月額の上限を超えると、保険料が頭打ちになるから、少し余裕が出てくると思うよ。
課長:でも、この前「保険料の上限が引き上げられる」ってニュースで見ましたよ。あれ、うちの管理職はモロに対象じゃないですか?
部長:まあ、制度を安定させるためだから仕方ないけど、管理職の手取りは確実に減るね……。
1)標準報酬月額の上限引き上げとは?
標準報酬月額とは、
報酬(正確には所定の方法で計算した報酬月額)を一定の金額幅で等級別に区分したもの
で、社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料)を決める基準です。これまで厚生年金保険料については、標準報酬月額の上限が65万円に設定されており、それを超えても保険料は増えませんでした。しかし、近年の賃金上昇により、高収入層の保険料負担が実際の収入に見合わない状態となってきたため、厚生年金保険料の標準報酬月額の上限が、
68万円(2027年9月~)→71万円(2028年9月~)→75万円(2029年9月~)
と段階的に引き上げられることになりました。

例えば、賃金が月75万円以上の方は、保険料が月9100円上がり、代わりに将来受け取れる年金は月約5100円増える見込みです。
2)昇給スケジュールの調整や労働条件の見直しを検討!
標準報酬月額の上限引き上げにより、高収入層の従業員は将来受け取れる年金が増えることになりますが、一方、会社においては次のような問題が想定されます。
- 高収入層の従業員の社会保険料(会社負担分)が上昇し、人件費を圧迫する
- すでに標準報酬月額が65万円を超えている従業員は、社会保険料(本人負担分)が上昇することで、手取りが減る可能性がある
会社が今のうちにやっておいたほうがいいこととしては、次のようなものが挙げられます。
1.高収入層の賃金データを確認 + 昇給スケジュールの調整(必要に応じて)
まずは、上限引き上げの対象となる標準報酬月額が68万円(2027年9月~)、71万円(2028年9月~)、75万円(2029年9月~)の従業員を洗い出し、会社の人件費にどの程度の影響が出るのかを試算しましょう。昇給時期がある程度柔軟な賃金設計になっている場合、対象となる従業員の数、人件費への影響を考慮しながら、昇給スケジュールを調整するのもよいでしょう。
2.従業員への説明 + 労働条件の見直し(必要に応じて)
すでに標準報酬月額が65万円を超えている従業員については、法改正によって社会保険料の本人負担が増えること、同時に将来の年金が増える可能性があることを説明しましょう。手取りの減少が従業員に与える影響が大きいのであれば、手当などを別途支給するのも一つの手です。
4 社会保険の適用拡大
ある日の昼下がり。金属金型の町工場で、こんな会話が交わされていました。内容は「社会保険の適用拡大」に関することのようです。
社長:田中さん、いよいよ社会保険に入ってもらうことになるかもしれないよ。
田中:え? うちは人数少ないから、社会保険には入らなくてもいいって……。
社長:そう……うちは従業員が36人だから、いわゆる「106万円の壁」の対象外だったんだ。でも、その規模要件がだんだん小さくなるらしい。
田中:つまり、私のようなパートでも、週20時間働いたら、社会保険に入らないといけないってことですか? 夫の扶養から外れるのはちょっと困ります……。
1)社会保険の適用拡大とは?
社会保険の適用拡大とは、
社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入する短時間労働者の範囲が拡大されること
です。現行の制度では、次の5つの条件を全て満たす短時間労働者が、社会保険に加入します。
- 従業員51人以上の企業に勤めている
- 所定内賃金が月額8.8万円以上(年収約106万円以上)
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 学生でない
- 2カ月を超えて雇用される見込みがある
このうち1.の企業規模要件(従業員51人以上)が、10年かけて段階的に縮小・撤廃されることになりました。直近では、2027年10月から、企業規模要件が「従業員51人以上→従業員36人以上」に変わり、2035年10月には要件自体が撤廃されます。

さらに、2.の賃金要件(月額8.8万円以上)、いわゆる「106万円の壁」についても、最低賃金の動向などを踏まえ、2025年6月20日から3年以内に撤廃されることが決定しました。

つまり、2035年10月以降は、一部の個人事業所(注)を除く「全ての会社」において、
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 学生でない
- 2カ月を超えて雇用される見込みがある
を満たす短時間労働者が全員、社会保険に加入することになるわけです。
(注)個人事業所についても、これまで社会保険の適用対象外だった、従業員が常時5人以上の農業・林業・漁業、宿泊・飲食サービス業などについては、2029年10月以降、適用対象となります(既存の個人事業所、5人未満の個人事業所は引き続き対象外)。
2)まずは現状の把握、助成金や保険料支援制度も活用しよう!
社会保険の適用拡大によって、今まで以上に多くの従業員が社会保険に加入できるようになりますが、同時に次のような問題が起きることも想定されます。
- 被保険者の増加により、会社負担分の保険料が上昇する
- 扶養から外れることを避けたいパート・アルバイトが、勤務時間を減らす「働き控え」を起こす
- 労務担当者が「加入義務があるかどうか」を判断しにくくなる
会社が今のうちにやっておいたほうがいいこととしては、次のようなものが挙げられます。
1.対象者の洗い出し + 人件費のシミュレーション
所定内賃金・勤務時間を一覧化し、社会保険に加入する見込みのパート・アルバイトを把握しましょう。対象者を洗い出したら、社会保険料(会社負担分+本人負担分)がどれだけ増えるかを試算してみましょう。
2.従業員への説明強化 + 労働条件の見直し(必要に応じて)
社会保険に加入すると、保険料負担が発生する代わりに、「将来の年金額が増える」「傷病手当金や出産手当金が受け取れる」などのメリットがあります。パート・アルバイトにメリットを具体的に伝えた上で、「それでも扶養から外れたくない」という従業員については、個別に相談をし、必要に応じて労働条件を見直しましょう(労働時間を短くするなど)。
3.キャリアアップ助成金などの活用を検討
新たに社会保険に加入するパート・アルバイトの中には「社会保険料が天引きされるなら、労働時間を延ばすなどして賃金を増やしたい」という人もいるでしょう。こうなると会社における人件費負担の増加は避けられませんが、厚生労働省の「キャリアアップ助成金」を活用することで、こうした負担を軽減できる場合があります。具体的には、
- 短時間労働者を正社員化すると助成が受けられる「正社員化コース」
- 社会保険加入時に手当支給・賃上げ・労働時間延長を行うと助成が受けられる「社会保険適用時処理改善コース」
などがあります。社内の労務体制を見直すことは、採用や人材定着にもプラスに働きますから、こうした助成金の活用もぜひ検討してみてください。
■厚生労働省「キャリアアップ助成金」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/jigyounushi/career.html
5 遺族年金制度の見直し
ある日の午後。総務部では、年末調整に向けた扶養の範囲確認が進められていました。新人の中村さんが、ふと気になったことを先輩の渡辺さんに尋ねます。内容は「遺族年金制度」に関することのようです。
中村:渡辺さんのお母さんって、今も遺族厚生年金をもらってるんですよね?
渡辺:うん。父が亡くなってからずっとだよ。もう5年以上になるかな。
中村:遺族厚生年金って、たしか「妻のほうが亡くなった場合、夫はもらえない」って聞いたことあるんですけど……何か不公平ですよね?
渡辺:今まではそうだったけど、今度の制度改正で変わるらしいよ。男女関係なく支給されるようになるみたい。
1)遺族年金制度の見直しとは?
従業員が亡くなると、従業員により生計を維持されていた家族には、厚生年金保険の「遺族厚生年金」が支給されます。優先順位は、
子のある配偶者・子 > 子のない配偶者 > 父母 > 孫 > 祖父母
で、最も優先順位の高い家族が受け取れます。
これまでの遺族厚生年金は、夫に先立たれた妻を主な対象としており、子のない配偶者が遺族厚生年金を受け取る場合、
- 妻:配偶者の死亡時、30歳未満である場合は5年間の有期給付、30歳以上は無期給付
- 夫:配偶者の死亡時、55歳未満である場合は給付なし、55歳以上は原則60歳から無期給付
というように、性別によって給付内容が異なりました。今回はこの点が改正され、
どちらも60歳未満は5年間の有期給付(配慮が必要な場合は継続給付。最長65歳まで)、60歳以上は無期給付
という運用に変わります。また、有期給付については収入要件の撤廃により、年収850万円以上の方も受け取れるようになります。
夫の場合は改正法の2028年4月から、妻の場合はまず40歳未満までを2028年4月から有期給付の対象とし、以後20年かけて段階的に年齢の引き上げを行います。

遺族厚生年金の他に、国民年金の「遺族基礎年金」についても改正があります。現行の制度では、子どもと生計を同じくする父または母がいる場合、子どもには遺族基礎年金が支給されませんが、2028年4月からは、一定の要件に該当した場合は、年金を受け取れるようになります。

また、遺族基礎年金では、18歳到達年度の末日までの子どもの数を基に「83万1700円+子の加算額」を受け取れますが、「子の加算額」も年間23万9300円(3人目以降は7万9800円)から28万1700円(一律)に増額されます。
2)会社の遺族補償制度との関係が複雑に……状況確認とマニュアル整備が不可欠!
遺族年金制度の見直しにより、保険給付を受けられる対象者の範囲が広がる半面、次のような問題が起きることも想定されます。
- 遺族厚生年金を受け取っている家族が、扶養に入れなくなることがある
- 「誰が対象で、誰が対象外か」が複雑化し、誤った説明をするリスクが高まる
会社が今のうちにやっておいたほうがいいこととしては、次のようなものが挙げられます。
1.従業員の被扶養者の状況確認
遺族年金(遺族厚生年金・遺族基礎年金)は、税法上は非課税所得ですが、社会保険上の被扶養者の判断においては収入とみなされます。今回の法改正によって、遺族年金の支給対象が広がるわけですが、結果として「これまで遺族年金をもらえなかった家族が、もらえるようになることで社会保険の扶養から外れる」というケースも考えられます。年末調整などにも影響しますので、従業員の被扶養者の状況は定期的に確認するようにしましょう。
2.社内制度との照合+従業員向け説明資料の見直し
多くの会社は遺族年金とは別に、弔慰金・死亡退職金等の社内制度を独自に設けています。その場合、遺族年金と社内制度とで、支給対象となる遺族の範囲や優先順位が異なるケースがあり、それが従業員の死亡時に混乱を招く恐れがあります。社内制度については、「誰が・いつ・どんな条件で支給対象になるか」を簡潔にまとめた説明資料を用意するなどして、「もしものとき」に適切な対応が取れるようにしておきましょう。
6 iDeCoの加入年齢引き上げ・企業型DCの拠出枠拡大
ある学習塾の職員室。来年度も再任用が決まったベテラン講師・高橋さんが、若手講師の相談を受けながら笑っています。内容は「iDeCo(イデコ)」に関することのようです。
若手:高橋先生、まだ現役なんですね! いつまで働く予定なんですか?
高橋:体が動くうちはね。最近は「年金 + 少し仕事」が一番いいと思ってるよ。iDeCoの掛金を増やそうと思ってるんだ。
若手:でも、iDeCoって60歳までしか入れないんですよね?
高橋:ああ、そうなんだけど、来年から変わるらしい。70歳近くまで入れるようになるとか。
1)iDeCoの加入年齢引き上げ・企業型DCの拠出枠拡大とは?
iDeCoは、従業員が自分で掛金を拠出して運用する、個人型の確定拠出年金です。現行の制度では、会社員(国民年金の第2号被保険者)の場合、iDeCoに加入できるのは65歳までですが、
2025年6月20日から3年以内に、加入可能年齢が70歳に引き上げ
られることになりました。
企業型DCは、会社が掛金を拠出するものの、運用は従業員が自分の責任で行うという確定拠出年金です。企業型DCには、会社が拠出している掛金に、従業員自身が掛金を上乗せすることができる「マッチング拠出」という仕組みがあります。現行の制度では、従業員の掛金が会社の掛金を超えられないという制限がありますが、
2025年6月20日から3年以内に、この掛金に関する制限が撤廃
されることになりました。
さらに、企業年金制度全体の透明性を高めるため、運用状況や残高をオンラインで確認できる「見える化」も進む予定です。これらの改正は、長く働く人の老後資金づくりを後押しするのが目的となっています。

2)必要に応じて退職金制度や福利厚生の見直しを!
iDeCoや企業型DCの制度拡充によって、これらの利用が進むことが期待されますが、同時に会社においては、次のような問題が起きることも想定されます。
- 従業員から「自分はiDeCoや企業型DCを利用できるのか」「他の会社は導入しているのに、なぜうちの会社では企業型DCを導入しないのか」などの問い合わせが増える
- 投資未経験者には「損をするのでは?」という心理的ハードルがあり、制度を導入しても、社内で理解・利用が進まない可能性がある
会社が今のうちにやっておいたほうがいいこととしては、次のようなものが挙げられます。
1.退職金制度の見直し(必要に応じて)
現在、多くの会社が導入している退職金制度は、退職時に一括で支払う「退職一時金」ですが、企業型DCを導入した場合、退職金は年金で支払われるため、会社側の支払い負担は平準化されます。従業員アンケートなどで退職金制度に対する従業員のニーズを拾いつつ、会社側の人件費負担も考慮しながら、必要に応じて退職金制度の見直しを行いましょう。
2.従業員への説明 + 福利厚生の見直し(必要に応じて)
iDeCoや企業型DCについて、「投資は難しそう……」「運用に失敗したらどうしよう……」と不安を抱く従業員もいるでしょう。いきなり難しい投資の話をするのではなく、まずは「老後資金を国の制度で積み立てられる制度」である旨を伝え、苦手意識を取り払いましょう。最近は、iDeCoや企業型DCの将来的な受取額を試算できるシミュレーションシステムも多いので、こうしたものを従業員に勧めてみるのもよいでしょう。また、iDeCoについては、
拠出限度額の範囲(月額0.5万~2.3万円)で、iDeCoに加入する従業員の掛金に追加して、会社が掛金を拠出できる「iDeCo+(イデコプラス)」という制度
があるので、こうした制度を導入し、従業員の不安を軽減するのもよいでしょう。
以上(2025年12月作成)
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【ハラスメント対策】法改正で対策義務化! 就活ハラスメントにどう立ち向かう?
1 いわゆる「就活セクハラ」への対策が義務化!
「就活ハラスメント」とは、
- インターンシップやOB・OG訪問などの後、食事やデートに執拗に誘う
- 「内定を出すから」と言って、他社の選考を辞退するよう要求する
などの就活生に対するセクハラ(セクシュアルハラスメント)やパワハラ(パワーハラスメント)のことです。
会社は、職場におけるハラスメントについて一定の防止措置を講じる義務を負っていますが、就活ハラスメントについてはこれまで、「(ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化等をする際に)同様の方針を合わせて示すのが望ましい」というレベルにとどまっており、各社の対応にバラツキがありました。
しかし、2025年6月11日公布の改正男女雇用機会均等法により
いわゆる「就活セクハラ(後述)」について、セクハラを防止するために必要な措置を講じることが義務化
されることになりました(公布日から1年6カ月以内に施行予定)。就活生を対象とするハラスメント規制も強化されつつあるのです。
また、就活生は応募する会社について知人と情報交換したり、SNSのグループに参加したりしています。「自社が就活ハラスメントをしている」との情報が出回ったら、そのような会社に応募しようとする学生はいなくなってしまうかもしれません。
ハラスメントにもいろいろありますが、今、経営者が注目すべきものの1つに就活ハラスメントがあるのです。改めてリスクや防止策を紹介します。
■厚生労働省「今すぐ始めるべき就活ハラスメント対策!」■
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/syukatsu_hara/enterprise/
2 就活ハラスメントの4つの種類
1)就活セクハラ(就活生に対するセクシュアルハラスメント)
就活生に対する身体的な接触や言葉による性的な嫌がらせです。
- 不必要に体に触る
- 「内定を出すから」と言って性的な関係を要求する
- 性的な冗談を言う、恋愛経験などを尋ねる
- オンラインの採用面接で、体全体や部屋の様子などを見せるよう要求する
- インターンシップやOB・OG訪問などの後、食事やデートに執拗に誘う
2)オワハラ(就活終われハラスメント)
就活生の内定辞退を回避するための嫌がらせです。
- 「内定を出すから」と言って、他社の選考を辞退するよう強要する
- 他社の選考と日程が重なることを知りながら、内定者懇親会に連れ出すなど、他社での就活を妨害する
- 内定を辞退しようとした場合、「ふざけるな」「嘘つきだ」と罵る。または「訴える」「内定を辞退するやつだと他の会社に言いふらす」などの発言をする
3)圧迫面接
就活生のストレス耐性や状況判断能力を試すため、採用面接で必要以上に否定的な発言をしたり、嫌な態度を取ったりする嫌がらせです。
- 採用担当者の質問に就活生が回答した際、正当な回答かどうかに関係なく否定する
- 「それで?」「理由は?」といった発言を必要以上に繰り返し、回答をできなくさせる
- 就活生の適性に関係なく、「ウチの会社には向いていない、通用しない」と言う
- 就活生の発言中にため息をつく、携帯電話を触るなど、あからさまに嫌な態度を取る
4)その他
1)から3)以外の就活ハラスメントとしては、パワハラを含め、次のようなものがあります。
- 「男のくせに覇気がない」「女はすぐ辞めるから困る」などと、差別的な発言をする
- 結婚したり妊娠したりした場合に、会社を辞めるかどうかを聞く
- 内定した学生に、内定者でつくるSNS交流サイトに毎日の書き込みを強要する。書き込みをしないと「やる自信がないなら辞退しろ」など、威圧的な態度を取る
- インターンシップに参加した学生に対し、人格を否定するような暴言を吐く
3 就活ハラスメントのリスク
1)就活ハラスメントは民法の「不法行為」になり得る
就活ハラスメントによって、就活生が精神的な苦痛を受けた場合、
民法の「不法行為」(故意・過失によって他人の権利や法律上の利益を侵害する行為)
が成立する可能性があります。ハラスメントを行った社員は損害賠償を請求される恐れがあり、会社も就活生から使用者責任を問われ損害賠償を請求される恐れがあります。
また、言動によっては刑法が適用される可能性もあります。
- 不必要に体に触る(不同意わいせつ罪)
- 内定を辞退しようとした就活生に「訴える」「内定を辞退するやつだと他の会社に言いふらす」などと発言する(脅迫罪)
- 人格否定や差別的な発言をする(侮辱罪)
2)会社のイメージが低下し、採用ができなくなる?
就活生がSNSに「就活ハラスメントを受けた!」と書き込んで、それが拡散されれば、ハラスメントが横行している会社だと見られ、会社のイメージは低下します。また、大学のキャリアセンターなどでは、就活ハラスメントに関する就活生からの相談を受け付けているので、大学に定期的に求人を出している会社の場合、今後の大学との関係にも影響が出るかもしれません。
就活ハラスメントに関する就活生からの相談は、都道府県労働局雇用環境・均等部(室)でも受け付けていて、就活ハラスメントをした会社には、助言や指導が入る可能性もあります。
4 就活ハラスメントの防止のポイント
1)「会社と就活生は対等」という意識を持つ
就活ハラスメントが起きやすい会社は、就活生に対して「雇ってやる」「試してやる」といった上から目線の態度を取っているケースが少なくありません。雇用が懸かっている就活生は、こうした会社の態度を拒否することができず、それが就活ハラスメントの問題を深刻化させるのです。
会社として就活生に適性があるかを見極めることは大切ですが、入社した場合は、会社も労力を提供してもらう立場になるわけですから、常に「会社と就活生は対等」という意識を持って採用活動に臨むことが大切です。
2)「業務上必要ない対応」「行き過ぎた対応」を洗い出して排除する
就活ハラスメントが違法になる(民法上の不法行為などに当たる)場合、次の1.か2.に該当している可能性が高いです。
- 1.会社の対応(採用面接での質問など)が、業務上必要ない
- 2.業務上必要があったとしても、行き過ぎている
就活セクハラなどは1.に当てはまります。オワハラや圧迫面接などは、1.に当てはまるケースもあると思いますが、仮に「内定辞退を防ぎたい」「就活生のストレス耐性や状況判断能力を試したい」という会社の思惑があったとしても、2.に該当する可能性が高いです。
就活生に対する不法行為や不適切な言動が行われないように、2章で紹介したような言動を排除していった上で、就活生への対応の仕方を模索していきましょう。例えば、
- 就活生を内定者懇親会に連れていきたいのであれば、オワハラにならないよう本人のスケジュールを考慮する。就活セクハラ(個人的な食事やデートの誘い)にならないよう時間を区切り、2人以上の社員で参加し、個室はできるだけ避ける
- 場の雰囲気を和ませたいのであれば、就活セクハラ(性的な冗談など)や差別的な発言(「男は○○だから、女は○○だから」など)に該当しないジョークを織り交ぜる
- 就活生のストレス耐性や状況判断能力を試したいのであれば、圧迫面接という形ではなく課題などを与えてみる
といった具合です。
3)社内のハラスメントの防止措置を、就活ハラスメントにも適用する
第2章の1)で紹介した「就活セクハラ」については、冒頭で紹介した通り、2025年6月11日から1年6カ月以内に、防止措置を講じることが会社に義務付けられます。改正男女雇用機会均等法では、
- 就活生からの相談に応じ、対応するための体制の整備などが求められること
- 防止措置を講じない場合、厚生労働大臣による勧告が行われ、それにも従わなければ「企業名公表」の対象になること
などが定められています。
オワハラなど他の就活ハラスメントについては、特に防止措置は義務付けられていませんが、
若者雇用促進法に基づく事業主等指針に、会社は就活ハラスメントに対して「必要な注意を払うよう配慮する」取組を行うのが望ましい
という記載があり、前述したリスクの観点からもやはり防止措置を講じたほうがよいでしょう。
就活セクハラの防止措置の詳細は今後厚生労働省の指針で定められる予定ですが、現時点でも、職場におけるハラスメント(社員に対するハラスメント)については、労働施策総合推進法などにより、次の4つの防止措置が義務付けられています。現状は、この防止措置の対象範囲を、就活ハラスメントにも拡大するというのが無難な対応です。
- ハラスメントに対する対応方針(ハラスメントを許さない旨など。就業規則等の文書に規定)の策定、周知徹底
- ハラスメントに関する相談窓口の設置、運用
- ハラスメントに関する相談があった場合の事実確認、行為者の処分、再発防止策の検討
- プライバシーの保護、相談者などに不利益な取扱いをしない旨の周知徹底など
1.については、「会社として就活ハラスメントを許さない」旨と就活ハラスメントの具体的な言動の内容を、ハラスメントの方針に書き加え、社員に周知徹底します。加えて、外部の専門家(弁護士など)に依頼して、採用活動や面接、OB・OG訪問、インターンシップを担当する社員向けにマニュアルを作成したり、就活ハラスメントに関する研修を実施したりするのもよいでしょう。
2.については、選考に先立って、ハラスメントに関する相談窓口の連絡先を、就活生と共有します。万が一、就活ハラスメントが発生しても、相談を受けた後で迅速に対応すれば、大きなトラブルに発展するのを防げるかもしれません。社内の相談窓口で就活ハラスメントに対処できるかが不安な場合、外部の相談窓口を利用するとよいでしょう。
3.と4.については、基本的に社内のハラスメントでの対応と同じです。
以上(2025年11月更新)
(監修 TMI総合法律事務所 弁護士 池田絹助)
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【ハラスメント対策】社員が取引先にハラスメントをしたらどうする?
1 対策が漏れがちな取引先へのハラスメント
ハラスメントは社内だけの問題ではないし、こちらが被害者になるとも限りません。例えば、自社の社員が取引先の社員などにハラスメントをしてしまったら、最悪の場合、その相手との取引が停止し、さらに噂が広がることで、業界内での会社の信用も地に落ちます。
にもかかわらず、多くの会社では、社外のハラスメントへの対策が漏れがちです。そこで、この記事では、社外のハラスメントへの対応について紹介します。基本は社内の場合と同じですが、社外の場合、
取引先と丁寧に連携を取りながら対応を進める必要
があります。
例えば、取引先の社員を事情聴取する場合、必ず取引先の担当部署の承諾を得なければなりません。基本的な対応の流れは次の通りです。
- 事実確認:ハラスメントの事実があったか否かを確認する
- 取引先へのフォロー:事実があった場合、謝罪など必要なフォローをする
- 行為者に対する措置:必要に応じて配置転換や懲戒処分などの措置を講じる
- 再発防止に向けた措置:ハラスメント研修などの再発防止措置を講じる
また、法令上、セクハラ(セクシュアルハラスメント)については、自社の社員が取引先の社員に対してハラスメントを行った疑いがあって、これについて取引先から事実確認や再発防止などに関する必要な協力を求められた場合、これに応じる努力義務があります。
加えて、セクハラとパワハラ(パワーハラスメント)については、自社の社員と役員が取引先の社員に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施など必要な配慮をする努力義務があります。
2 事実確認
1)事情聴取
事実確認では、関係者(被害者・行為者・目撃者など)への事情聴取を行います。社外のハラスメントの場合、被害者と目撃者は基本的に社外の人間ですから、聴取を行うには取引先の担当部署の承諾が必要です。また、取引先の担当部署が立ち会いを希望する場合は応じます。
事情聴取の内容は、録音するのがベストですが、難しい場合は聴取の内容を書面(供述録取書)にまとめ、その内容を供述者に確認してもらい、内容に間違いがなければ署名をしてもらうことが大切です。そうすることで「言った、言わない」の問題を回避できます。
行為者の当時の言動(実際に何と言ったかなど)は、できるだけ具体的に聞き取ります。実際に体験した者でなければ語れない内容ほど、信用できるからです。
行為者に事情聴取をする場合、「言い訳は聞きたくない」などと対応せず、本人の言い分も十分に聴くことが大切です。弁明の機会を与えないと、手続きが不適切として行為者を処分できなくなる恐れがあるからです。
ハラスメントに関する事情を知っている行為者以外の社員が自社にいる場合、行為者や被害者が接触する前にできるだけ早く事情を聴取します。ただし、プライバシーにも配慮が必要(特にセクハラ事案)ですので、事情聴取のために必要な範囲を超えて、行為者や被害者の情報(ハラスメントの詳細な状況、行為者や被害者の性的嗜好など)を開示することは控えるべきです。
行為者の事情聴取の結果について、取引先が開示を求めてきた場合は応じます。これは、事実確認の他、被害者がメンタルヘルス不調になった場合の休職措置などにも利用されます。
2)客観的証拠の収集
メールやライン、録音、携帯電話の発着信履歴などの客観的な証拠(物証)を集めておくことは重要です。行為者や被害者の供述が信用できるか検討する上で、供述の内容と客観的な証拠が矛盾している場合、慎重な検討が必要になります。
客観的な証拠を集める際は、自社のサーバー内にある行為者のメールのデータは保存しておき、行為者にも当時の客観的な証拠があれば提出するよう求めます。また、取引先が客観的な証拠を持っている場合、開示してもらうよう依頼します。
証拠は事情聴取の前に収集するのが望ましいですが、事情聴取まで時間がない場合などは、事情聴取の後も(聴取内容を踏まえて)積極的に証拠の収集を続ける必要があります。
3)確認した事実関係の認定と評価
事情聴取が終わったら、「ハラスメントの事実があったか否か」を認定します。被害者と行為者の言い分が食い違ったり、客観的な証拠がなかったりして認定が難しい場合は、専門家(弁護士)に相談します。
事実関係の認定をしたら、認定した行為者の言動が、社内のハラスメントの基準などに照らして悪質なのか、それともそこまで悪質とは言えないのかを判断します。
3 取引先へのフォロー
悪質なハラスメントがあった場合、速やかに取引先に謝罪し、必要な措置を講じます。場合によっては訴訟などの法的な紛争に発展することもありますので、その準備も必要です。行為の内容が悪質とも適正とも言えない「グレーゾーン」のケースもあるでしょうが、その場合も謝罪はすべきでしょう。
また、行為者の処分についてですが、処分の内容や理由を取引先に伝える義務まではないと思われます。処分は自社の人事などに関することですし、関係者のプライバシー保護は加害者に対しても必要だからです。
なお、冒頭でもお話しした通り、セクハラについては、取引先から事実確認などについて必要な協力を求められた場合、これに応じる努力義務があります。当然ですが、協力を求められたことを理由に、取引先に対し契約解除などの不利益な取扱いをするのはNGです。
4 行為者に対する措置
悪質なハラスメントがあった場合、行為者に対する注意・指導、人事上の処分(配置転換など)、懲戒処分などを検討します。
グレーゾーンの行為の場合、懲戒処分は難しいかもしれませんが、注意・指導などの対応はすべきでしょう。そうしないと、グレーゾーンの行為者は「自分は正しい」と思い込み、同じような言動を繰り返す恐れがあります。ですから、「今回はハラスメントに当たらないと判断したけれど、次は違う判断になるかもしれないから、言動を改めたほうがいい」と伝えます。
なお、懲戒処分を行うためには、就業規則など社員の服務規律を定めた文書において、ハラスメントが懲戒事由に当たる旨の規定を整備しておく必要があります。
5 再発防止に向けた措置
社内だけでなく、取引先など社外の人に対するハラスメントもあってはならない旨を社内に周知します。ハラスメント防止規程や防止方針の該当条文をピックアップして説明したり、弁護士事務所などに依頼してハラスメントに関する研修を実施したりするとよいでしょう。
また、コンプライアンスに関するアンケートなどを実施し、「社外の人間への迷惑行為を見たことがあるか」「取引先から相談を受けたことがあるか」といった実態を調査するのもよいでしょう。
6 自社の社員がハラスメントを受けたら?
自社の社員が取引先からハラスメントを受けた場合の対応についても紹介します。自社の社員が取引先からハラスメントを受けたと相談してきた場合、基本的には、社内のハラスメント対応を参考にします。社内のハラスメントとの主な違いは、次の2点です。
- 社外の人間である行為者への事情聴取が難しい
- 自社が被害者の社員に対して安全配慮義務を負っている
1.については、ひとまずは相談者と目撃者に事情聴取を行い、違法な迷惑行為が確認できる場合、取引先に対応を求めるようにします。ただし、その後の取引の問題もあるので、取引先との連携は丁寧に行うようにします。
また、被害を訴える社員がメンタルヘルス不調で休職した場合は、その社員の申告が事実かを確認する必要があります。そのため、行為者の事情聴取の結果について、取引先に開示を求めることを検討します。
2.については、自社の社員が取引先からハラスメントを受けた場合、相談先や相談体制を定めてあらかじめ社員に周知しておくなど、ハラスメント被害に対応する体制を整備することが望ましいとされています(厚生労働省「職場におけるハラスメント関係指針」)。
なお、裁判例では、小売業の接客時の顧客からの苦情対応に対して相談体制を整えていたことを理由の1つとして会社の安全配慮義務違反を否定したもの(東京地裁平成30年11月2日判決)や、教諭が保護者から理不尽な言動を受けたことについて、校長が教諭に対して保護者に謝罪するよう求めたことを不法行為と判断したものがあります(甲府地裁平成30年11月13日判決)。
以上(2025年10月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)
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【管理会計】値上げ、値下げ。目標利益を達成するために必要な売上高の求め方
目次
1 質問:必要な売上高を計算できますか?
当期の営業利益は1億円。来期は強気に2億円まで伸ばす計画です!
現在の損益の状況と次期目標利益は次の通りなのですが、この目標利益を達成するために必要な売上高はいくらでしょうか。売上原価は売上高の増減に合わせて変動し、販売管理費は一定とします。

このケースの売上高は、
12億5000万円=(3億円+2億円)/0.4
となります。上の数式の「0.4」は、本ケースの売上総利益率です(40%(1-0.6))。
これが基本的な答えですが、会社の営業戦略によって変わる部分があります。例えば、強気に値上げをする場合もあれば、値下げして販売量を増やすこともあります。こうしたシーンに直面することはよくあるので、判断の基準をご紹介します。
2 「損益分岐点」という感覚を持つ
「損益分岐点」とは、
売上と費用がトントンの状態
です。損益分岐点は管理会計で用いられる最もポピュラーな指標の1つで、これを知ることで意思決定に明確な根拠を持たせることができます。
さて、損益分岐点を求めるには費用を次のように分けます。
- 変動費:売上高に応じて変動する費用。小売業の場合は支払運賃、支払荷造費など
- 固定費:売上高に関係なく発生する費用。人件費や減価償却費、賃借料など
そして、横軸を販売数量、縦軸を金額(費用、利益、売上高)とした場合、変動費、固定費、利益、売上高の関係は次のようになります。

図表2では変動費の上に固定費を置いているので、固定費ラインが費用の合計(変動費+固定費)になります。売上高ラインと固定費ライン(費用の合計)が交差する点が損益分岐点です。
また、変動費と固定費の上に目標利益を置いています。売上高ラインと目標利益ラインが交差する点が「目標利益達成点」です。必要売上高は次のように算出することができます。なお、「変動費率」は「変動費/売上高」です。
必要売上高=(固定費+目標利益)/(1-変動費率)
さらに分かりやすくすると、「1-変動費率」のことを「限界利益率」といいます。限界利益率を用いると、計算式は次のようにシンプルになります。
必要売上高=(固定費+目標利益)/限界利益率
3 営業戦略のバリエーション
目標利益を達成するための必要売上高の求め方は、損益分岐点の考え方でお分かりいただけたと思います。次は、設定した目標利益をどのように達成するか、つまり営業戦略の問題です。ここでは、次の4つの営業戦略を想定し、それぞれの必要売上高を求めます。
ちなみに、図表3を見て戦略1~4はどのような内容か想像できますか?

それぞれの戦略は、次のようなものです。
- 戦略1:販売単価を10%値上げ
- 戦略2:販売単価を10%値下げ
- 戦略3:販売管理費を1億円増強
- 戦略4:販売管理費を1億円削減
これらは企業がとり得る基本的な営業戦略です。条件次第で結果は変わってきますが、以降では「目標営業利益2億円を達成する」ために必要な売上高と販売数量を検討する際の基本的な考え方を紹介します。
4 戦略1:販売単価を10%値上げ
値上げをすると限界利益率が高くなるので利益が出やすくなりますが、一方で販売数量が減少する恐れがあります。
値上げ戦略は、「価格弾力性が低い商品」に適しています。価格弾力性が低い商品とは、
価格の影響を受けにくい商品です。つまり、販売数量は値上げしてもあまり減少せず、逆に値下げしてもあまり増加しない
ということです。具体的には、食品や日用品などが挙げられます。
ここでは販売単価を10%値上げして限界利益率を上げ、営業利益2億円を目指します。従来の変動費率は60%(6億円/10億円)ですが、販売単価を10%値上げすることで変動費率は54.5…%(6億円/(10億円×1.1))になります。これを基に必要売上高を算出すると次の通りです。
必要売上高
=(固定費+目標営業利益)/(1-変動費率)
=(3億円+2億円)/(1-0.545…)=11億円
この場合、販売数量は現在の100%(11億円/(10億円×1.1))、つまり、現状と同じ販売数量で必要売上高を達成できます。
5 戦略2:販売単価を10%値下げ
値下げをすると限界利益が低くなるので利益が出にくくなりますが、一方で販売数量の増加が見込めます。薄利を上回る多売を実現すれば、目標利益の達成が可能になります。
値下げ戦略は、「価格弾力性が高い商品」に適しています。価格弾力性が高い商品とは、
価格の影響を受けやすい商品です。つまり、販売数量は値上げしたら減少し、逆に値下げすると増加する
ということです。具体的には、家具や家電製品など耐久消費財などが挙げられます。
ここでは販売単価を10%値下げして販売数量を増やし、営業利益2億円を目指します。従来の変動費率は60%(6億円/10億円)ですが、販売単価を10%値下げすることで変動費率は66.6…%(6億円/(10億円×0.9))になります。これを基に必要売上高を算出すると次の通りです。
必要売上高
=(固定費+目標営業利益)/(1-変動費率)
=(3億円+2億円)/(1-0.666…)=15億円
この場合、必要売上高を達成するには、販売数量を現在の約1.7倍(15億円/(10億円×0.9))にする必要があります。
6 戦略3:販売管理費を1億円増強
販売管理費を1億円増強し、営業担当者を増やしたり、広告を出したりして拡販につなげます。製品のライフサイクルが成長期にある場合、営業力強化による拡販は効果的です。
ここでは固定費(販売管理費)を1億円増やして4億円とし、営業利益2億円を目指します。これを基に必要売上高を算出すると次の通りです。
必要売上高
=(固定費+目標営業利益)/(1-変動費率)
=(4億円+2億円)/(1-0.6)=15億円
この場合、必要売上高を達成するには、販売数量を現在の1.5倍(15億円/10億円)にする必要があります。
7 戦略4:販売管理費を1億円削減
販売管理費を1億円削減し、利益を上げやすくします。とはいえ、営業力が極端に低下してはいけないので、基本は不採算店の閉鎖、物流の効率化、在庫の圧縮などの効率化となります。製品のライフサイクルが成熟期にある場合、固定費の削減は効果的です。
ここでは固定費(販売管理費)を1億円削減して2億円とし、営業利益2億円を目指します。これを基に必要売上高を算出すると次の通りです。
必要売上高
=(固定費+目標営業利益)/(1-変動費率)
=(2億円+2億円)/(1-0.6)=10億円
この場合、現状と同じ必要売上高と必要販売数量で目標利益を達成できます。ただし、売上高が減少局面にある場合、売上高を維持することは容易ではありません。
8 法人税等を考慮した場合
ここまで紹介してきた4つの営業戦略による売上高、売上原価(変動費)、販売管理費(固定費)、営業利益は次の通りです。

また、目標利益が税引後利益の場合、法人税等に留意が必要です。例えば、固定費3億円、変動費率60%、法人実効税率30%とした場合、目標税引後利益2億円を達成する必要売上高は次の通りです。
必要売上高
={固定費+目標税引後利益/(1-法人実効税率)}/(1-変動費率)
={3億円+2億円/(1-0.3)}/(1-0.6)≒14億6429万円
目標とする税引後利益から必要売上高を算出する場合、税引後利益に法人税等を加味して、税引前利益を求めてから計算しましょう。
以上(2025年11月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)
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労務の都市伝説 「試用期間なら社員を簡単に解雇できる」は是か非か?
1 試用期間の直後は社員を簡単に解雇できる?
多くの会社は、社員が入社してから一定期間を試用期間として設定し、本採用するかどうかを見極めています。試用期間を経て「この社員には適性がない」と判断したら本採用を拒否するわけですが、これが「不当解雇」になるケースがあります。
試用期間中やその直後は社員を簡単に解雇できると勘違いしている人がいますが、これは大きな間違いです。試用期間中の労働契約は、
労働契約は成立しているものの、試用制度を前提に、使用者には正当な理由があれば労働契約を解約できる権利が留保されています。これを「解約権留保付労働契約」
といいますが、この解約権留保付労働契約について、過去に最高裁は次のような判断をしています(最高裁大法廷昭和48年12月12日判決)。
- 本採用の拒否は、通常の解雇よりも広く解雇の自由が認められる
- 試用期間中、社員は他社への就職機会を失っていることなどを考慮し、本採用の拒否は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当な場合のみ許される
つまり、確かに試用期間後の本採用の拒否は通常の解雇よりも緩やかといえるが、だからと言って何でも許されるわけではないということです。ポイントは、
就業規則に「本採用の拒否」の規定があることと、相手の能力や経験に応じて柔軟に対応すること
です。
2 就業規則に「本採用の拒否」の規定があるか確認しよう
まずは「解雇権濫用法理」を押さえましょう。これは、
「客観的に合理的な理由」「社会通念上の相当性」を欠く解雇は無効になる
というルールで、試用期間後に本採用を拒否する場合にも適用されます。

就業規則に解雇事由が規定されていない場合、裁判などで客観的に合理的な理由がないと判断されやすくなります。ですから、
就業規則に「試用期間中に社員として不適格と認めた場合、解雇することがある」などの規定を設ける
ことが、本採用を拒否する大前提となります。
3 試用期間ならではの注意点を押さえよう
就業規則の規定を確認したら、次に大切なのは、どのようなケースで本採用の拒否が不当解雇になりやすいか、典型例を押さえることです。次章で具体的なポイントを紹介します。
1)試用期間の途中で解雇していないか?
通常、試用期間は3~6カ月間ぐらいです。誰でも、すぐに仕事ができるようになるわけではないからです。ですから、
試用期間の途中で「適性がない」と性急に判断して解雇すると、適性の見極め方に問題があるとして、不当解雇
になり得ます。
実際、会社が営業職の社員を採用した後、成績不良を理由に6カ月間の試用期間の途中(3カ月間)で解雇し、争いになった裁判例があります。会社は社員に対して忠告を行い、成績を改善する機会を与えていたようですが、裁判では、
試用期間の満了後に解雇する場合も「客観的に合理的な理由」「社会通念上の相当性」が求められる以上、期間を短縮する場合、より一層高度の合理性と相当性が求められる
などの理由から、不当解雇と判断されました(東京高裁平成21年9月15日判決)。
試用期間の途中での解雇が認められる可能性があるのは、例えば、
- 著しいレベルの経歴詐称があり、会社の期待した能力が全くないと入社後に判明した
- 正当な理由(病気など)なく遅刻・無断欠勤を繰り返し、何度注意しても改善しない
など、明らかに社員としての適性がないケースです。
2)新卒や未経験者の能力不足に厳しすぎないか?
新卒や業界未経験者に「数カ月の試用期間で、他の社員と同じぐらい働けるようになれ」というのは酷です。ですから、
初心者であることを十分考慮せずに能力不足で解雇すると、不当解雇
になり得ます。
実際、社労士事務所が実務経験のない社労士を職員として採用した後、試用期間中のミスを理由に解雇し、争いになった裁判例があります。事務所は、職員が顧客の意向を十分確認せずに社労士業務を行ったことなどから能力不足と判断したようですが、裁判では、
実務経験がないと分かって職員を採用した以上、即戦力として期待できる状況ではなく、事務所が職員に対し、顧客への意向確認を十分行うよう明確に指示した形跡もない
などの理由から、不当解雇と判断されました(福岡地裁平成25年9月19日判決)。
初心者の能力不足を理由とした解雇が認められる可能性があるのは、例えば、
社会人歴は長いのに協調性がなく、何度注意しても周囲とトラブルを繰り返す
など、そもそも社会人としての資質が欠如しているケースです。
3)経験者だからといって、指導をおろそかにしていないか?
業界経験者を採用した場合、能力不足を理由とする解雇が認められやすい傾向にあります。ただし、同じ業界であっても仕事の進め方や必要とされる知識などは会社によって異なります。ですから、
経験者だからといって、必要な指導をしないまま解雇すると、不当解雇
になり得ます。
実際、土木工事の設計監理会社が、設計の経験がある社員を採用後、試用期間中に設計図面の作成業務を命じたものの、十分な能力がないと判断して解雇し、争いになった裁判例があります。会社が作成を命じた図面は、社員が過去に経験したことのない種類のもので、裁判では、
経験のない業務にもかかわらず、会社が具体的な指導をした形跡がなく、また、社員は時間をかけつつも、最終的に要求された作業を完了しており、一概に能力不足といえない
などの理由から、不当解雇と判断されました(東京地裁平成27年1月28日判決)。
経験者の解雇が認められる可能性があるとすれば、この裁判例の逆パターンで、
前職の経験があればこなせるレベルの業務を与え、なおかつ会社が指導を繰り返しているのに、業務を十分こなせない
など、仕事の進め方などの違いを踏まえても、経験者としての能力が不足しているケースでしょう。また、「会社がどれだけ真摯に指導をしたか」によって不当解雇になるか否かは変わってくるので、指導を行った日時や内容を「指導記録」などとして残すことが大切です。
なお、上の裁判例が不当解雇と判断された理由には、会社の指導不足の他に、
経験者として採用されたものの、給与の額が経験を考慮したといえるほど高くなかった
というものもありました。
4 (参考)「内定取り消し」の注意点
試用期間中の労働契約は「解約権留保付労働契約」であると説明しましたが、「内定(採用内定)」もこれと同じです。内定とは、会社が内定者(採用選考に合格した求職者)に社員として採用する旨を通知し、内定者が入社を待っている状態です。会社が内定を出した時点で、
会社と内定者の間に、入社日を始期とする解約権留保付労働契約が締結
されたとみなされます。そのため、内定を出した相手に社員としての適性がないことなどが判明したとしても、その内定を取り消すと、違法になる恐れがあります。しかも、内定取り消しの場合、一定の要件を満たすと「会社名公表」というペナルティーまであります。
内定取り消しも通常の解雇よりはハードルは低いものの、実施するには「客観的に合理的な理由」「社会通念上の相当性」が必要です。具体的に内定取り消しが認められやすいケースとしては、次のようなものがあります。
- 卒業を採用条件としているのに、内定者が単位を取得できず卒業できない
- 特定の資格や免許の取得を採用条件としているのに、その取得ができない
- 業務に支障が出るレベルの健康上の問題が見つかった
- 著しいレベルの経歴詐称があり、会社の期待した能力が全くないと判明した
- 内定後に刑事事件を起こしたり、反社会勢力とのつながりが判明したりした
上の例の他に、会社の経営悪化が原因でやむを得ず内定を取り消すケースなどがありますが、こうしたケースの内定取り消しは、「整理解雇」という、人員整理を理由とする解雇に準じて判断され、実施するための要件が厳しくなります。何より内定者側に落ち度がない内定取り消しになるので、トラブルを避けたいのであれば、
内定者に一定の補償や損害賠償を示して協議した上で、内定を取り消すこと
が無難です。
以上(2025年11月更新)
(監修 弁護士 八幡優里)
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【書籍ダイジェスト】『面識経済』
少子高齢化や人口減少といった社会課題を背景に、地域コミュニティの衰退が指摘される。コミュニティを活性化し、地域の生活を豊かで愉しいものにしていくためにはどうしたらいいのだろうか。チェーン店の誘致などのありきたりな策に頼らない、「面識経済」と呼ばれる経済活動にヒントがありそうだ。
本書では、コミュニティデザイナーである著者が、アダム・スミスら過去の偉人の経済思想をたどりつつ、現在のコミュニティに求められる経済活動の在り方を探っている。「面識経済」とは、面識関係にある人の間で行われる経済活動を指す。