1 なぜ、カスハラは起きてしまうのか?
近年、カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)は、深刻な社会問題として広く認識されるようになりました。2026年10月からは、労働施策総合推進法により 「カスハラへの防止措置を講じること」が事業主の義務となり、会社として取り組むべき課題となっています。
ただ、注意しなければならないのは、現場で発生するカスハラの多くは、必ずしも悪意ある言動から始まっているわけではないということです。むしろ、「商品・サービスに不具合があった」「説明を受けた内容と違っていた」など、
最初はごく普通のクレーム (苦情・問い合わせ)だったはずが、会社側の対応によって顧客の怒りがエスカレートし、カスハラに発展する
というケースが多いのです。
なぜ、こうした問題が起きてしまうのか。それは、
顧客は「きちんと説明・対応してほしい」と期待しているのに対し、会社側が「早く解決したい」 「トラブルを大きくしたくない」という思いや知識・経験の不足から、曖昧な返答や場当たり的な謝罪をしてしまう
からです。それが「話をきちんと聞いてもらえていない」「責任を回避しようとしている」と受け取られ、顧客の怒りをエスカレートさせてしまうのです。
つまり、現場のカスハラ対応で会社がまず見直すべきは「クレームの内容そのものの重大さ」よりも「どのように顧客に対応するか」です。特に初動では、
会社側の何気ない一言 (以下「NGワード」)が、顧客に「責任を認めた」 「対応を約束した」と受け取られ、その結果、想定外の要求につながるケース
などがあります。
この記事では、あるショッピングモール内の家電量販店を舞台に、
- 先週購入したコードレス掃除機を持った顧客が来店し、クレームを言ってくる
- 6人の店員がそれぞれ 「NGワード」を言って、顧客の怒りをエスカレートさせてしまう
というケースを紹介します。トラブルを招きやすいNGワードと併せて、誤解を避ける言葉遣いと冷静な対話を維持するためのポイントも解説しますので、ぜひご確認ください。
2 NGワードその1 「私どもが全面的に悪いです」
1)謝罪をして逆にトラブルに・・・・・・
ここは、ショッピングモール内の家電量販店。ある日、先週購入したコードレス掃除機を持った顧客が来店しました。対応したのはAさんです。
「この掃除機、買ったときからバッテリーの持ちが悪いんですけど。フル充電してもすぐ切れてしまって。仕事の合間にわざわざ来ているのに時間を無駄にしました」
顧客はいら立った様子で、やや強い口調でこう訴え、
「初期不良じゃないんですか? こういう商品を売るのはどうなんですか?」
と不満を続けました。
Aさんは状況を確認しようとしますが、会話の主導権を握られてしまいました。焦ったAさんは、その場を収めようとして思わず、
「申し訳ございません。今回の件は、私どもが全面的に悪いです」
と口にしてしまいました。すると、顧客の表情が変わりました。
「全面的に悪いって認めましたね? じゃあ、上位モデルに交換してください。それくらいの対応が普通でしょう、迷惑かけたんだから!」
と、語気も荒くなり、要求の水準が一気に高まりました。
Aさんが「交換の場合は同一機種での対応となります」と説明しても、「さっき全面的に悪いって言いましたよね?」と納得してもらえず、対応は長時間化し、周囲の顧客も注目する騒ぎになってしまいました。
2)OK対応「このたびはご不便をおかけして申し訳ございません。状況を確認させてください」
トラブル対応の場面では、「まずは謝罪を」と考えがちです。しかし、事実関係が確認できていない段階で「全面的に悪い」と伝えてしまうと、その発言が顧客に「会社が責任を認めた」と受け取られてしまう恐れがあります。
顧客は「会社が責任を認めた以上、それに見合った補償を受けられるはずだ」と考え、問題を解決することよりも、“どの程度まで補償してもらえるのか”という点に関心が移ってしまうのです。その結果、本来の不具合対応を超えた要求へと発展してしまうこともあります。
こうした場合は、まず顧客から苦情が入った時点で、
「このたびはご不便をおかけして申し訳ございません。状況を確認させてください」
と、不快な思いをさせたことに対してのみ謝意を示し (部分的謝罪にとどめ)、まずは状況の確認を優先することが重要です。
また、顧客から「誠意を見せてほしい」といった発言があった場合でも、その場で具体的な対応を約束するのではなく、
「恐れ入りますが、社内で確認の上、改めてご案内いたします」
と伝えることで、今後の対応の流れを明確に示すことができます。
顧客対応においては、迅速な謝罪が重要な場面もありますが、責任の所在が明らかでない段階での全面的な非の認定(全面的謝罪)は、かえってトラブルを複雑にしてしまう恐れがあります。初動対応では、謝罪の内容と範囲を意識することが、問題の長期化を防ぐポイントといえるでしょう。
3 NGワードその2「できる限りの対応をさせていただきます」
1)曖昧な約束が、期待のズレを生んでしまった・・・・・・
「この掃除機、買ったときからバッテリーの持ちが悪いんですけど。フル充電してもすぐ切れてしまって、仕事の合間にわざわざ来ているのに時間を無駄にしました」
Bさんが対応した顧客はいら立った様子で、やや強い口調でこう訴え、
「初期不良じゃないんですか? こういう商品を売るのはどうなんですか?」
と不満を続けました。
Bさんは状況を確認しようとしますが、会話の主導権を握られてしまいました。焦ったBさんは、まずは誠実に対応しようと考え、
「申し訳ございません。できる限りの対応をさせていただきます」
と伝えました。すると、顧客の表情が変わり、
「そうですか。では、もっと性能の良い上位モデルに交換してもらえるということですね?」
と返答してきました。Bさんは慌てて、
「交換については、製品不良が確認された場合に限られます」
と説明しますが、
「さっき“できる限りの対応をする”って言いましたよね?」
と納得してもらえず、その後のやり取りは平行線のままとなってしまいました。
Bさんは、ただ誠実に対応しようとしただけでした。しかし、当初は「まずは掃除機を見てもらいたい」という相談だったにもかかわらず、曖昧な表現がきっかけとなり、顧客側では「柔軟な補償対応をしてもらえる」という認識へと変わってしまいました。
2)OK対応「社内で確認の上、対応可能な内容について改めてご案内いたします」
顧客対応の場面では、誠実な印象を与えようとして、「できる限り対応します」といった表現を使ってしまうことがあります。しかし、「できる限り」という言葉の解釈は、会社側と顧客側で異なる場合があります。
会社側が「社内規定の範囲内で対応する」という意味で使ったとしても、顧客には「最大限の補償をしてもらえる」と受け取られてしまう恐れがあります。そして、「どの程度の対応が可能か」が明確に示されないままやり取りが進むと、顧客の期待が膨らみ、実際に可能な対応とのズレが生じやすくなります。
こうした場合は、まず顧客から苦情が入った時点で、
「社内で確認の上、対応可能な内容について改めてご案内いたします」
と、現時点では具体的な対応を約束できないと明確に伝えることが重要です。
また、顧客から具体的な補償内容を求められた場合でも、その場で判断するのではなく、
「恐れ入りますが、担当部署と確認の上、改めてご連絡いたします」
と伝えることで、対応の範囲について誤解が生じるのを防げます。
「できる限り」といった曖昧な表現は、相手の期待値を不用意に引き上げてしまう恐れがあります。初動対応では、対応の見通しを明確に示,し、現時点で確約できない事項については慎重に伝えることが、トラブルの拡大を防ぐポイントといえるでしょう。
4 NGワードその3「ですが、ですから」
1)説明を畳みかけて、かえってトラブルに・・・・・・
「この掃除機、買ったときからバッテリーの持ちが悪いんですけど。フル充電してもすぐ切れてしまって、仕事の合間にわざわざ来ているのに時間を無駄にしました」
Cさんが対応した顧客はいら立った様子で、やや強い口調でこう訴え、
「初期不良じゃないんですか? こういう商品を売るのはどうなんですか?」
と怒りを続けました。
Cさんは、製品仕様について説明しようと、
「ですが、バッテリーの使用時間は使用状況によって変わる場合がございますので・・・」
と伝えました。顧客が「でも、購入時にはそんな説明は・・・」 と言いかけたところで、
「ですから、まずは使用方法を確認させていただかないと判断ができません」
と、Cさんは説明を重ねました。それでも顧客が話し始めようとしたので、
「だ〜か〜ら〜,、先ほども申し上げましたが、使用環境によって変わる仕様となっております」
と、やや強い口調で説明を続けました。すると顧客は、
「ちゃんと話を聞いていますか? こっちの言っていることを理解してもらえていない気がするんですが・・・」
と語気を強め、その後のやり取りはぎくしゃくしたものになってしまいました。
Cさんとしては、製品の仕様について丁寧に説明したつもりでしたが、顧客の側では「理解できていないのはあなたの方だと言われている」 「話を遮られている」と受け取られてしまったといえます。
2)OK対応「少し整理してご説明しますね。分かりにくい点があれば教えてください」
顧客対応の場面では、状況を正しく説明しようとするあまり、「ですが」「ですから」といった接続詞を使ってしまうことがあります。また、「先ほども申し上げましたが」「何度も説明していますが」といった表現も、つい口にしてしまいがちです。
しかし、こうした言葉は、会社側としては説明を補足する意図であっても、顧客の側では、「理解できていないのはあなたのほうだ」と指摘されているように受け取られてしまう恐れがあります。その結果、自分の訴えを受け入れてもらえていないという不満が生じ、対話そのものが成立しにくくなることもあります。
こうした場合は、まず顧客の話を一度受け止めた上で、
「少し整理してご説明しますね。分かりにくい点があれば教えてください」
というように、説明に入る前に“理解を支援する姿勢”を示すことが重要です。
また、事情を説明する際にも、
「ご指摘の点について確認させていただいた上で、ご案内いたします」
など、相手の話を踏まえていることを明確に伝えると、対話を維持しやすくなります。
顧客対応においては、正確な説明が必要な場面もありますが、伝え方によっては「否定された」と受け取られてしまうことがあります。まずは相手の話を受け止める姿勢を示した上で説明に入ることが、トラブルの拡大を防ぐポイントといえるでしょう。
5 NGワードその4「分かりません」
1)社内事情を伝えたことで、かえってトラブルに・・・・・・
「この掃除機、購入時に“フル充電すれば1時間は使える”って説明を受けたんですけど、実際には30分も持たないんです。話が違うじゃないですか」
Dさんが対応した顧客はいら立った様子でこのように訴え、
「そのときの担当者は“1時間は使える”って説明していましたよね? それを信じて購入したんですが」
と、納得がいかないようでした。
Dさんは、該当する担当者が本日休みであることを思い出し、
「申し訳ございません。本日、担当者が休みのため、その点については分かりません」
と伝えました。すると顧客は、
「分からないってどういうことですか? そっちの会社の事情ですよね?」
と表情を曇らせました。Dさんが「担当者が出勤次第、確認いたします」と続けると、
「じゃあ、今日は何も対応してもらえないんですか?」
と語気が強まり、その後のやり取りは険悪な雰囲気になってしまいました。
Dさんとしては、現時点で確認できない事情を説明したつもりでしたが、顧客の側では「社内の問題を理由に対応を断られた」 「問題解決を先送りされた」と受け取られてしまったといえます。
2)OK対応「担当者の確認も含めて、こちらで対応いたしますのでお時間をいただけますでしょうか」
顧客対応の場面では、確認が必要な内容について、「分かりません」と答えてしまうことがあります。しかし、この言葉は、会社側としては事実を伝えたつもりでも、顧客の側では、「対応する意思がない」 「会社の事情を優先している」と受け取られてしまう恐れがあります。
特に、「担当者が不在」 「本日は確認できない」といった社内事情は、顧客にとっては関係のない情報です。そのため、「分かりません」と伝えることで、責任を回避していると感じさせてしまうこともあります。
こうした場合は、まず顧客から苦情が入った時点で、
「担当者の確認も含めて、こちらで対応いたしますのでお時間をいただけますでしょうか」
と、社内事情ではなく、会社として対応する姿勢を示すことが重要です。
また、確認に時間がかかる場合には、
「確認が取れ次第、改めてご連絡いたします」
といった形で、今後の対応の流れを明確に伝えることで、対応放棄と受け取られるのを防ぐことができます。
顧客対応においては、正確な情報を提供することも重要ですが、それと同時に、「問題解決に向けて動いている」という姿勢を示すことが求められます。その場で回答できない場合でも、次の行動を示すことで、トラブルの拡大を防ぐことができるでしょう。
6 NGワードその5「あり得ません」
1)事実を伝えたつもりが、顧客の不信感を招いてしまった・・・・・・
「この掃除機、フル充電しても30分も持たないんですけど。購入時には1時間は使えるって説明を受けたんですが」
Eさんが対応した顧客は納得がいかない様子でこのように訴え、
「もしかして、バッテリーに不具合があるんじゃないですか?」
と続けました。
Eさんは製品仕様を思い出しながら、
「そのような不具合は技術的にあり得ません」
と伝えました。すると顧客は、
「あり得ないって、どういうことですか? 実際に起きているんですけど」
と表情を曇らせました。Eさんが「使用状況によって変わる場合はあります」と補足しても、
「じゃあ、こっちの使い方が悪いってことですか?」
と語気が強まるばかりで、その後のやり取りは険悪な雰囲気になってしまいました。
Eさんとしては、製品の仕様に基づいて説明したつもりでしたが、顧客の側では「自分の訴えを否定された」「責任を押し付けられた」と受け取られてしまったのです。
2)OK対応「現時点では同様の事例は確認されておりませんが、改めて確認させてください」
顧客対応の場面では、技術的に考えにくい現象について、「あり得ません」と答えてしまうことがあります。しかし、この言葉は、会社側としては事実を伝えたつもりでも、顧客の側では、「あなたの訴えは間違っている」と否定されたように受け取られてしまう恐れがあります。
その結果、「問題は存在しない」という前提で対応されていると感じ、不信感を強めてしまうこともあります。
こうした場合は、まず顧客から苦情が入った時点で、
「現時点では同様の事例は確認されておりませんが、改めて確認させてください」
と、現時点での情報を伝えつつも、調査の余地を残した表現を用いることが重要です。また、顧客の使用状況について確認する際にも、
「念のため、使用状況を確認させていただいてもよろしいでしょうか」
と伝えることで、「責任を押し付けられている」と受け取られるのを防ぐことができます。
顧客対応においては、事実に基づいた説明も重要ですが、伝え方によっては、顧客の訴えそのものを否定していると受け取られてしまうことがあります。まずは可能性を排除せず、調査の姿勢を示すことが、トラブルの拡大を防ぐポイントといえるでしょう。
7 NGワードその6「それ、カスハラですよ」
1)ラベリングしてしまい、別のトラブルに発展・・・・・・
「この掃除機、フル充電しても30分も持たないんですけど。購入時には1時間は使えるって説明を受けたんですが」
Fさんが対応した顧客は納得がいかない様子でこのように訴え、対応への不満を口にし始めます。その後、
「こんな商品を売っておいてどう責任を取るんですか?」
「誠意ある対応をしてもらえないなら、上に話を通しますよ」
と語気を強めていきました。
対応に苦慮したFさんは、
「そのような言い方はお控えください。それ、カスハラですよ」
と伝えてしまいました。すると顧客は、
「今、私のことをカスハラだと言いましたよね? 侮辱されたので、別の窓口に相談します」
と強く反発し、その場で本社の相談窓口に連絡を入れてしまいました。
Fさんに侮辱の意図はなかったのですが、結果として「カスハラと言われた」という新たな苦情が本社に寄せられ、当初の製品不具合に関する相談とは別に、担当者の対応そのものが問題視される事態となってしまいました。
2)OK対応「恐れ入りますが、そのような言い方はお控えいただけますでしょうか」
顧客対応の場面では、行き過ぎた言動に対して、「カスハラではないか」と感じることもあります。しかし、「カスハラ」という言葉をそのまま顧客に伝えてしまうと、「自分を侮辱された」と受け取られてしまう恐れがあります。
その結果、問題の焦点が、当初の相談内容から「担当者の発言の適切性」へと移ってしまうこともあります(二次苦情)。特に、「あなたはカスハラです」といったラベリングは、相手の行動を修正するどころか、防衛的な反応を引き起こし、対立を深めてしまう恐れがあります。
こうした場合は、まず顧客から苦情が入った時点で、
「恐れ入りますが、そのような言い方はお控えいただけますでしょうか」
と、行動に焦点を当てて伝えることが重要です。
また、対応が困難な場合には、
「これ以上のやり取りが難しい場合は、別の担当者へおつなぎいたします」
といった形で、状況の沈静化を図ることも有効です。
顧客対応の目的は、状況の沈静化や安全確保であり、相手にラベルを貼ることではありません。行動そのものに対して対応を求めることで、対立の激化を防ぐことができるでしょう。
以上(2026年4月作成)
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画像:日本情報マート