1 一日も早く「仕事の手応え」や「仕事を通した貢献や成⾧」を感じられるように
今シリーズの狙いは、経営者、人事担当者、現場の皆さんのお悩みである「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」という課題を解決することです。『人が辞めない会社、10のヒント』と題して、毎回1つずつご紹介していきます。
『人が辞めない会社』に変わるための課題、その原因と解決策は会社によってさまざまです。
今回ご提示するヒントが皆さんの抱える原因に明らかに当てはまらない場合は、読み飛ばしてくださって結構です。ですが、ヒントの1~9までが該当しなくても、10が当てはまるかもしれません。
全社共通の原因もあれば、部署ごとの固有の原因も存在することでしょう。原因が1つだけというケースは少ないので、何回分か読んでいただければ「これはうちにも当てはまるな」というものを見つけていただけるのではと思います。
『人が辞めない会社』に変わるために、前回の第9回では、人は「自分は今の仕事で大事な戦力なのだ」と思えれば簡単には辞めない、というお話をしました。
本人が仕事を通して十分な「仕事の手応え」や「仕事を通した貢献や成⾧」を感じられている間は、もっとここで頑張りたい、もっとここで役に立ちたいと思えるからです。
まずは新たに入社した人材が、早く職場になじめるように上司や既存社員のほうから働きかけ、一日も早い戦力化を目指しましょう。
その際に上司が取るべき行動は、一方的に指示命令をしてやらせるのではなく、彼らに徐々に「仕事を任せ」ていくことです。自分で自律的に考えてやらせてみて、一緒に「振り返る」のです。
初めての業務で分からない場合などは、これまでの自社のやり方を示して一度は試してもらいつつも、改善点や新たな提案があれば積極的に受け止める姿勢を見せましょう。
同時に「新戦力としての期待」や「本人ならではの経験、知識、スキル、アイデアを期待していること」も伝えましょう。そうすれば、誰もが少なからず”存在価値” や”存在意義”を感じられるはずです。
新戦力である彼らは、失敗をしながらも小さな成功体験を積み重ねることで、「仕事の手応え」や「仕事を通した貢献や成⾧」を感じられるようになっていくことでしょう。
2 「若手やよそ者に冷たい会社」と、「ウェルカムな会社」
さて、第10回からは、[仕事]に代わって、職場環境としての[組織]についてのヒントをご紹介します。今回は、「”ウェルカムな職場”は人が辞めない」というお話です。
世の中には、「若手やよそ者に冷たい会社」と、「ウェルカムな会社」が存在します。
「若手やよそ者に冷たい会社」は、新たに新卒や中途社員が入社してきても歓迎の意思を示しません。
恐らくまず、トップや幹部、人事の人たちが人に対して冷たいのでしょう。その影響もあって現場の各部署も人に冷たい。どちらも新しい人材への期待が薄く、両者の連携もなく、迎える準備ができていないのです。
極端なケースで言えば、「入社に向けた手続きの案内が適当」だったり「入社式が適当」だったり。さらには「配属部署での歓迎セレモニーがない」「部署全体やメンバーへの紹介がない」「歓迎会のような懇親会もやらない」など。
挨拶やセレモニーだけではありません。些事に思えるかもしれませんが、「配属初日に何をやるかが決まっていない」「仕事に必要な本人用の備品が用意されていない」。それだけで本人は、「自分は大事にされていない」「この会社は社員を大事にしていない」と感じるものです。
また、「入社後研修がない」。定期的にまとまった人数の新卒採用をしている会社なら新入社員研修はあるでしょうが、中途社員向けはどうでしょうか。さらには、「困ったときに相談しやすい相手(メンター)も用意されていない」。
「若手やよそ者にウェルカムな会社」は、「冷たい」会社の真逆です。
トップ、幹部、人事も新しい人材に大いに期待し、大切に思っている。その意思が現場にも伝わっていて、新しい人材をいかにウェルカムするかを部署内で真剣に話し合い、十分な準備をして入社当日を楽しみに迎えているのです。
「入社に向けた手続きの案内が丁寧」で、「入社式には社⾧や幹部から期待を伝えるなど、力を入れているのが分かる」。「配属部署に行くと、歓迎セレモニーがあり」「部署全体やメンバーへ丁寧に紹介してくれる」。迎えるほうは1人が相手でも、本人はたくさん覚える人がいますから、写真入りのメンバー紹介などがあればかなり助かります。
「歓迎会のような懇親会がある」。別に夜にお店で飲み会を開かなくても構いません。既存社員と気軽に話し、交流できる場でさえあれば、例えば職場の会議室や食堂でお酒抜きかつ短い時間でもいいのです。
入社後研修は何日もかけて⾧ければ充実しているというわけでもなく、内容が肝心です。数人の中途入社者相手であれば、お決まりの内容よりも当人の状況にカスタマイズした個別研修のほうがありがたいでしょう。
3 「ウェルカムな会社」は、戦力化までみんなでフォローする
「ウェルカムな会社」は、会社とメンバー一人ひとりが入社時に歓迎の意思を示すだけでなく、戦力化までみんなでフォローします。
第9回でも言及しましたが、採用した人材の最初のゴールは「戦力に育てる(戦力化する)」ことです。
本人が「自分は大事な戦力なのだ」と信じられてこそ、自身の”存在価値” や”存在意義”を感じて組織の大切な一員として頑張れるからです。
新卒にしても中途にしても、入社後研修を終えればすぐに戦力になるわけではありません。その後はOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング、職場業務を通した訓練)を通して学んでいくことになります。その際、日々の疑問点や悩みを解決できる環境を用意しておくことが肝要です。
皆さんの会社の中にも、「メンター制度」(直属の上司や先輩以外の相談相手を予め用意しておく制度)を導入しているケースがあるでしょう。
プライベートでもそうですが、相談内容によって親兄弟、恋人やパートナーに相談したいときもあれば、親友や詳しい知人に相談したいこともあるはずです。いくら上司がウェルカムな人で、相談しやすい相手であったとしてもそれは変わりません。
ただでさえ、入社したばかりでとまどいの連続の毎日です。彼らの疑問点や悩みはできるだけ早く、その日のうちに解決するのがベスト。翌日に向けて前向きな心の準備ができます。
上司や先輩、同僚など身近な人に相談しにくい場合、直接利害関係のない他部署のメンターがいれば心強いでしょう。人間同士の相性もあるでしょうから、メンターも入社者1人に複数人設定しておくといいかもしれませんね。
当然ですが、メンターの選抜には配慮が必要です。
相談すれば断らずに話を最後まで聞いてくれて、気持ちも含めて一旦受け止めてくれる人。その上で、問題解決のために社内人脈も活かして適切に対処してくれる人。本人を甘やかすのではなく、一日も早く戦力になれるように支援してくれる人です。
また、中途入社者の場合、入社同期を作ってあげることも有効です。
中途の場合、年齢や経験・スキルも全く異なるどうしで、新卒のような同期意識は少ないかもしれません。ですが、ベテランであっても、よそ者が一人で入社するのは孤独なものです。同じくらいの時期に入社した”同期”がいれば、悩みを打ち明けられるよき相談相手になれるかもしれません。
私は中途入社者に直接聞いたことがありますが、互いに年齢や経験によらず”中途入社同期”が一人いるだけでも心強いそうです。入社時期が少しずれる場合は、研修を一緒に行うだけでも”中途入社同期”の感覚が芽生えるようですよ。
4 「ウェルカム」を、会社の文化に育てる
私が新卒で入社したリクルート社にも数十年も前から「メンター制度」に近いものがあり、ありがたかったのですが、
最もありがたかったのは「誰に相談しても必ず相談に乗ってくれる、人を育てる文化」でした。
上司だったか先輩だったか忘れましたが、入社後に教えてくれました。「何でも相談したいことがあれば、誰に相談してもいいんだよ。課⾧を飛ばして部⾧や他部署の人に直接聞きに行ってもいいし、必要なら役員や社⾧に聞いたっていい。そういう会社だから」と。
それは本当のことでした。しかも、相談に行くと誰一人断らないのです。こちらの思いをちゃんと伝えれば、たとえ初対面でも笑顔で「いいよ」と気さくに声をかけてくれました。そのとき忙しければ、「分かった。今無理だけど、〇時くらいでも大丈夫?」とわざわざ時間を取ってくれるのです。
「仕事の報酬は仕事」というのも同社の文化で、仕事のできる人には新しい仕事がどんどん舞い込んできます。そういう人は目立つし頼りにもなるので、若手だけでなく先輩や他部署からも相談されやすい。でも、どんなに忙しくても基本的に断らないのです。
「相談内容の資料があったら事前に読んでおくから送っておいて」と言って、時間になって相談に行くとすでに目を通していて、的確なアドバイスをくれました。あるいは、「これね、自分じゃなくて□□部の〇〇さんの事例が使えるよ。つないであげるよ」と目の前で連絡してくれるのです。
それを見た私は、「自分もいつかこうして誰かに相談され、力になれる人間になりたい」と強く心に刻んだものです。そんな思いが循環して、会社全体の文化になっていたのかもしれません。
上司によっては、部下が事前に断りなく自分を飛ばして、上の上司や他部署の管理職、ましてや役員、社⾧に相談に行くことをよく思わない人もいそうです。しかし、同社では「本人がその人に相談したかったのだ。それで問題が解決したのならオッケー、何の問題もない」という考え方が浸透していたのです。
5 「ウェルカム」は「甘い」のではない、互いが”プロ”を求める
人に対して「ウェルカム」なのと、人に対して「甘い」のとは異なります。
新しい人を「ウェルカム」に迎えるのは、彼らに大いに期待しているから。互いの成⾧と会社の発展のためにも、「一日も早く戦力になってもらい、同じ”プロ”として一緒にいい仕事をする」ことを目指すのです。
「ウェルカム」の根底にはDEI(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包摂性)の、特にInclusionの考え方があります。「企業理念など中心となる価値観を共有できるか否かは譲れないが、それ以外の属性は問わない、むしろ違いを歓迎する」という思想です。
生物の種が強くあるためには、均一のDNAではなく、外部環境の変化やウィルスなどに抗えるDiversity:多様性が不可欠です。そのためにはEquity:公平性を持って違いを受け入れる=Inclusion:包摂性が前提となる、会社もそれと同じです。
新卒や中途社員は自社をさらに強くしてくれる存在であり、「ウェルカム」の気持ちで受け入れて、同じ”プロ”としての戦力の一員になってもらえるように会社と社員が努力するべきなのです。
一日も早く戦力になってもらいたければ、入社時には大歓迎し、大いに期待していることをトップから現場まで会社全体で伝えましょう。
入社までの準備や手続き、当日の準備を怠りなく。職場に来たらメンバーを丁寧に紹介し、早く環境に慣れてもらうために既存社員との交流の場を作るのです。
新卒、中途に限らず入社後研修を実施し、OJTに移ってからも直接の教育担当でなくても随時声をかけ、積極的に相談に乗る。「メンター制度」や入社同期のつながりを作り、自身の職場以外でも相談しやすい環境も用意してあげる。
これら全ては、「一日も早く戦力になってもらい、同じ”プロ”として一緒にいい仕事をする」ための布石です。
もちろん新卒と中途、また中途の中でもスキルやキャリアによっても戦力化までにかかる時間は違います。必要以上に急かすのは逆効果。優秀な人材、期待の大きい人材ほどプレッシャーになってしまいます。
各々の新しい環境への適用度合いを確認しつつ、「早く同じ立場で一緒に働きたい」気持ちと、「そのためには協力は惜しまないし、いつでも相談に乗りますよ」という気持ちで接していけばいいでしょう。
会社としてこの人材を採用したいと決めた以上、受け入れる側が戦力化することを途中であきらめないことです。
第10回を最後までお読みいただきありがとうございました。次回はいよいよ『人が辞めない会社、10のヒント』の最後の1つです。今回と同じく職場環境としての[組織]についてのヒントをご紹介します。
毎回ご紹介するヒントを参考にしながら、自社を退職する一人ひとりの「辞める理由」と、働いている一人ひとりの「辞めない理由」を丁寧に拾ってみましょう。見えてきた自社ならではの“課題”を解消し“強み”を活かせれば、『人が辞めない会社』へと変われるはずです。
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※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。
以上(2026年4月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
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