就業規則のトラブル(前編)休職やハラスメントに対応できる?

1 「モデル就業規則」は、汎用性は高いが万能ではない

就業規則は、労働時間や賃金などの労働条件についてまとめた「職場のルールブック」です。中小企業の場合、人員数などの関係で人事労務に割けるリソースが限られているので、インターネットや書籍に出ているひな型をベースに、就業規則を作成することが珍しくありません。

例えば、厚生労働省ウェブサイトで公開されている「モデル就業規則」は、政府お墨付きのひな型ということで安心感があり、参考に使用する会社も多くあると思います。ただ、

汎用性を重視して一般的な定めやシンプルな表現になっているため、そのまま就業規則として使うと、内容が自社の実情に合わず、社員とトラブルになる恐れ

があります。

そこで、この記事では、最新のモデル就業規則(令和5年7月)を基に、

  • モデル就業規則をそのまま使った場合、トラブルになりやすい条項は何か
  • 条項をどのように追記・修正すればトラブルを防げるのか

を、弁護士の視点から2回に分けて解説します。

前編では、「第2条(適用範囲)」「第7条(労働条件の明示)」「第9条(休職)」「第11条(遵守事項)」を取り上げます。記事内の赤字は、モデル就業規則の中で修正が必要な箇所、追記・修正案における追記・修正箇所です。後編については、次の記事をご確認ください。

なお、モデル就業規則(令和5年7月)の全文を読みたい人は、次のURLをご確認ください。

■厚生労働省「モデル就業規則(令和5年7月)」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html

2 「第2条(適用範囲)」:自社の雇用形態に合わせて修正する

1)モデル就業規則

第2条(適用範囲)

1)この規則は、〇〇株式会社の労働者に適用する。

2)パートタイム労働者の就業に関する事項については、別に定めるところによる。

3)前項については、別に定める規則に定めのない事項は、この規則を適用する。

2)追記・修正案

第2条(適用範囲)

1)この規則は、〇〇株式会社の正社員に適用する。

2)この規則でいう正社員とは、第○章(採用)に定める手続きを経て採用され、期間の定めのない労働契約を締結した者をいい、試用期間中の者を含む。正社員以外の会社で雇用される契約社員、パートタイマー、嘱託、労働契約法第18条により無期労働契約に転換した者などの就業に関する事項については、この規則を適用せず、別に定める。

3)解説

モデル就業規則では、通常の労働者以外に「パートタイム労働者」という雇用形態を設けていますが、会社によっては、正社員以外の社員(いわゆる非正規社員)のことを「パートタイマー」「契約社員」「嘱託」などの名称で呼ぶことがあります。法令上、非正規社員は、

  1. パートタイム労働者(短時間労働者):1週間の所定労働時間が正社員よりも短い社員
  2. 有期雇用労働者:労働契約の期間の定めがある社員

のいずれかに分類されますが、この1.と2のいずれか、または両方に該当する社員を、会社が独自に「パートタイマー」などの名称で呼んでいるわけです。

会社によって非正規社員の名称が異なる上に、雇用形態を複数設けているケースもあるので、社員とのトラブルを避けるためには、

自社の「正社員」「非正規社員」の定義、就業規則の適用範囲を明記

しておく必要があります。

また、有期雇用労働者の場合、契約期間が通算5年を超えると期間の定めのない労働契約に転換される「無期転換」というルールがあるので、社員とトラブルにならないよう、

無期転換された場合、就業規則が適用されるか否かについても定めておく

ようにしましょう。会社は無期転換の申込権を持つ有期雇用労働者に対し、契約の更新時などに「無期転換の申込機会」「無期転換後の労働条件」を明示する義務があります。その際、「無期転換された場合、正社員向けの就業規則が適用されるか否か」がとても重要になってきます。

なお、就業規則の適用範囲から除外される社員については、その社員のための就業規則や雇用契約書を別途設ける必要があります。

3 「第7条(労働条件の明示)」:変更範囲について追記する

1)モデル就業規則

第7条(労働条件の明示)

会社は、労働者を採用するとき、採用時の賃金、就業場所、従事する業務、労働時間、休日、その他の労働条件を記した労働条件通知書及びこの規則を交付して労働条件を明示するものとする。

2)追記・修正案

第7条(労働条件の明示)

会社は、労働者を採用するとき、採用時の賃金、就業場所、従事する業務、労働時間、休日、その他の労働条件を記した労働条件通知書及びこの規則、その他会社が必要と認める書類を交付して労働条件を明示するものとする。なお、就業場所及び従事する業務については、採用時の労働条件に加え、その変更範囲を明示する。

3)解説

モデル就業規則では、社員を採用するとき、「労働条件通知書」「就業規則」を交付して労働条件を明示するとしています。ただ、いざ社員が入社すると、「採用時に明示された労働条件と、実際の労働条件が違う」という理由でトラブルになるケースが少なくないため、

労働条件通知書と就業規則の他、会社が必要と認める書類も交付する旨を規定

し、必要な書類を用意しておくとよいでしょう。例えば、「就業場所(事業所)の一覧表」「部署とおおまかな業務内容の一覧表」などがそうです。

また、モデル就業規則では、社員を採用するとき、「採用時の賃金、就業場所、従事する業務、労働時間、休日、その他の労働条件」を明示するとしています。ただ、

「就業場所」「従事する業務」の2点については、採用時の労働条件に加え、その変更範囲も明示しなければならない点

に注意が必要です。実際に労働条件通知書等や雇用契約書で明示する場合、

  • 就業場所:会社が定める場所、東京都内事業所(別紙)
  • 従事する業務:会社が指示する業務、会社の各部署(別紙)における業務

といった具合に、ある程度包括的な記載の仕方が認められています。なお、テレワークを行うことが想定されている場合には、「労働者の自宅」といった記載も併記する必要があります。

4 「第9条(休職)」:復職などについて追記する

1)モデル就業規則

第9条(休職

1)労働者が、次のいずれかに該当するときは、所定の期間休職とする。

  1. 業務外の傷病による欠勤が○か月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき
    ○年以内
  2. 前号のほか、特別な事情があり休職させることが適当と認められるとき
    必要な期間

2)休職期間中に休職事由が消滅したときは、原則として元の職務に復帰させる。ただし、元の職務に復帰させることが困難又は不適当な場合には、他の職務に就かせることがある。

3)第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。

2)追記・修正案

第9条(休職・復職

1)労働者(試用期間中の者及び入社1年未満の者を除く)が、次のいずれかに該当するときは、休職を命ずることがある。

  1. 継続的・断続的を問わず業務外の傷病による欠勤が○か月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき
    ○年以内
  2. 前号のほか、特別な事情があり休職させることが適当と認められるとき
    必要な期間

2)休職者が、前項の休職事由が消滅したと復職を申し出る場合には、休職期間が満了する前の会社が指定する日までに、復職願を提出しなければならない。この場合、休職者は、受診している医師による診断書を添付しなければならない。また、受診している医師による証明書が提出された場合でも、会社は休職者に対して、会社が指定する医療機関での受診を命じることがある。

3)会社は、休職期間満了時までに休職事由が消滅したものと認めた場合は、原則として元の職務に復帰させる。ただし、元の職務に復帰させることが困難又は不適当な場合には、他の職務に就かせることがある。

4)第1項第1号により休職し、休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする。

3)解説

モデル就業規則には復職に関する定めがなく、復職の可否などをめぐって社員とトラブルになる恐れがあります。通常は、休職者から主治医の診断書を提出してもらい、復職の可否を判断しますが、うつ病などのメンタル疾患は、症状が一進一退を繰り返す場合もあって判断が難しくなりがちです。ですから、

社員が復職を希望する場合の手続きの詳細を規定した上で、必要に応じて会社が指定する医療機関での受診を求めるなど、正確かつ慎重な判断ができるように規定

する必要があります。

また、モデル就業規則には「休職期間中に休職事由が消滅したときは、原則として元の職務に復帰させる」とありますが、こちらも社員とトラブルにならないよう、

休職事由が消滅したかどうかは、会社が最終的に判断する旨を明記

しておくようにしましょう。

この他、記事では割愛していますが、

会社が医師から意見聴取を求める規定、私傷病休職の利用回数、休職期間の通算規定など

についても定めておくとよいでしょう。

5 「第11条(遵守事項)」:必要に応じて遵守事項を追記する

1)モデル就業規則

第11条(遵守事項)

労働者は、以下の事項を守らなければならない。

  1. 許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用しないこと。
  2. 職務に関連して自己の利益を図り、又は他より不当に金品を借用し、若しくは贈与を受ける等不正な行為を行わないこと。
  3. 勤務中は職務に専念し、正当な理由なく勤務場所を離れないこと。
  4. 会社の名誉や信用を損なう行為をしないこと。
  5. 在職中及び退職後においても、業務上知り得た会社、取引先等の機密を漏洩しないこと。
  6. 酒気を帯びて就業しないこと。
  7. その他労働者としてふさわしくない行為をしないこと。

2)追記・修正案

第11条(遵守事項)

労働者は、以下の事項を守らなければならない。

1.許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用しないこと。

(中略)

8.パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント、その他のあらゆるハラスメントにより就業環境を害するようなことをしないこと。

9.他の者の業務を妨げないこと。

10.業務上の都合により、担当業務の変更又は他の部署への応援を命ぜられた場合は、正当な理由なく拒まないこと。

11.正当な理由なく無断欠勤及び遅刻、早退、私用外出等をしないこと。

12.会社の許可なく、会社の施設内において組合活動、政治活動、宗教活動など、業務に関係のない活動は行わないこと。

13.暴力団員や暴力団関係者その他反社会的勢力と関係を持たないこと。

14.会社の許可なく、会社の施設内において集会、演説、貼り紙、文書配布、募金、署名活動など業務に関係のない行為を行わないこと。

15.会社の許可なく、会社の文書類又は物品を社外の者に交付、提示しないこと。

16.その他、職場の風紀・秩序を乱す行為をしてはならないこと。

3)解説

モデル就業規則では、服務規律の一般的な遵守事項が7つ定められています。ただ、就業規則では、一般的に遵守事項に違反することを「懲戒事由」として定めるため、遵守事項を明確かつ具体的に定めておかないと懲戒処分を行うことが難しくなるという問題があります。ですから、

会社として「これをされたら困る」という行為がある場合、それを遵守事項に追記

する必要があります。

なお、追記・修正案の第8号では「ハラスメントの禁止」について記載しています。

労働施策推進法や男女雇用機会均等法、育児・介護休業法などにより、会社にハラスメント防止措置が義務付けられているため、具体的なハラスメントの種類も明記することで、社員に注意喚起を促す

という趣旨です。このあたりは就業規則の他、自社のハラスメント防止方針などと併せて、社員に周知徹底しておく必要があります。

また、追記・修正案の第13号では「反社条項」を記載しています。これを定めておくと、社員が反社会的勢力(暴力団など)と関わりを持っていたことが判明した場合に解雇しやすくなります。入社時に

反社会的勢力と関わりがないことを誓約させる誓約書

を取得することも考えられます。

以上、モデル就業規則を例に、トラブルになりやすい条項を解説しました。なお、この記事で解説したのは一部の条項のみであり、修正案もあくまでも一例です。実務では専門家などに相談の上、会社の実情に合わせて個別に内容を検討してください。

以上(2025年3月更新)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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画像:ESB Professional-shutterstock

戦わない人材採用のススメ PART.4~失敗しない採用面接とは?~

1 人材の見極めの重要性

このシリーズもPART.4になりました。今回は「失敗しない採用面接とは?」というテーマでお伝えします。これまでは、いかにして自社の魅力度を高めて採用候補人材を集めるか、という観点でお話ししてきましたが、今回は、候補者の人物像や適性をどうやって見抜くかという観点になります。

いつもお話しすることなのですが、人がいないのは困りますよね。でも、それよりも困るのは入社して半年や1年で辞められるケースです。厚生労働省が発表している令和3年3月の新規学卒者の3年以内離職率(下記参照)は高卒者で38.4%(前年から+1.4%)、大卒者34.9%(前年より+2.6%)となっており3年以内に3人に1人以上の方が離職しています。中途採用者の場合はいろんな見方があるため単純比較はできませんが、これらと同等もしくはそれ以上となっていると思われます。新卒採用、中途採用に関わらず、一旦入社した社員が短期間で退職してしまうと、それまでにかけた採用費用や勤務期間中に支払った賃金などが無駄になってしまうだけでなく、業務分担の見直しや先輩社員が新入社員の教育にかけた時間など、金額換算が難しいものまで含めると相当な損失となってしまいます。

また、さらにもっと困るのは不適格人材を採用してしまって、辞めてほしいけど辞めないケースです。日本の法律は従業員寄りのものとなっているため、会社の都合で一方的に辞めさせる(解雇する)ことは、ほぼできないに等しいものとなっています。よくアメリカ映画などで社員が社長から「You are fired!」と言われて、デスク周りの書類を段ボール箱に入れてすごすごと会社を去っていくシーンがありますが、日本ではあんなことはできません。正確に言うと、実際にできなくはないですが、後から社員から「不当解雇だ!」と訴えられると会社は負けてしまって、それまでの賃金も含めて多額のお金を支払わなくてはならなくなる(バックペイと言います)可能性が非常に高いということです。

特に、中小企業の場合、従業員数が少なくなればなるほど1名の重みが大きく、大企業であれば1人や2人不適格人材が紛れ込んでも会社全体からすればそれほど影響は大きくないですが、中小企業にとっては非常に大きなリスクと言え人材の見極めに失敗すると多額の損失を被るばかりか、不適格人材が辞めないことで他の優秀な社員の退職につながり、究極は組織が崩壊するというリスクもはらんでいると言えます。

新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)

出典:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)を公表します」
令和6年10月25日

2 見極めのための事前準備

経営者の皆さまから「どうやって人材を見極めれば良いか分からない」とか「良いと思って採用したが、実際は全然違った」などのお話をよく聞きます。確かに、30分や1時間の限られた時間の面接で人材を見極めるのは難しいですし、素晴らしい能力や相当な経験の持ち主であっても、100%正確に見抜くのは無理だと思います。しかしながら、前述の通り中小企業にとっては、その重要性は大企業に比べて非常に大きいという採用面接は極めて高難度のミッションと言えます。

ではどうすれば良いのか?まずは、事前準備をしっかりしましょうということです。PART.1でお伝えした人材要件を決めていただき、これをもとにして採用基準もしっかりと決めておきます。よって、「このような人物を採用する」逆に「このような人物は採用しない」ということを明確にしておき、面接の中でもその観点で見て基準に達しない人は決して採用しない、と腹を括ることです。人が足らない状態で、すぐにでも人が欲しい状況になると、応募のあった人の中から他の応募者と比較して一番良さそうな人を採用する、ということになりがちですが、この発想は危険です。一番良さそうであってもそれは比較論に過ぎず、自社の求める人材かどうかの観点が抜け落ちている可能性があります。あくまで自社の採用基準に照らして基準を満たしていなければ採用すべきではありません。きれいごとのように聞こえるかもしれませんが、他の応募者と比較し相対的に良いと思っても、その中に不適格人材が紛れ込んでいる可能性がないとは言い切れません。

また、準備という観点では、行き当たりばったりの採用面接ではなく、どのタイミングで誰が面接するのか?面札の際にはどういった質問をするのか?などの準備も大切です。こういった準備が不十分であればあるほど失敗につながる可能性が高まっていきます。

3 見極めのための具体論

さて、準備がしっかりできたとして、具体的に採用面接はどうすれば良いか?私が考えるポイントとしては二つあります。① できでるだけ多くの人が面接する、ということと、② 他の力も借りる、ということです。

① できるだけ多くの人が面接する

小規模企業の場合は社長のみが面接しているケースも多いと思いますし、中小企業であっても、担当者と経営者の2段階(2名)の面接としている会社が多いのではないでしょうか。これではダメだということではないのですが、多くの人の目で見ることで正確性を高めることができます。

例えば、担当者レベルの面接も1名ではなく2名以上の複数で行う。最終面接も社長だけでなく、役員全員で行うなどが考えられます。一人では気づけないことも複数の目で見る(例えば、社長がした質問に答えているタイミングでは、専務は応募者の表情やしぐさに注目するなど)と気づけることもあるかもしれません。また、採用後に配属しようと予定している部署の責任者や担当者が面接することも良いと思います。これは、人物像や適性を正確に見抜くという観点プラス採用後の育成に責任を持たせる意味もあります。面接した結果OKを出したわけですので、実際に配属されたあとの育成に対する責任感が変わってくると思います。よく聞く社員さんの愚痴で「社長(もしくは人事部)が採用する社員は使えないやつばっかりだ。もうちょっとましなやつを採用できないもんかね」みたいなことは言えなくなります。

「そんなことをしたら誰も採用できなくなる」というような反論も聞こえてきそうですが、それくらいハードルは高くして良いと思いますし、最終的な採用・不採用の決定権は経営者にありますので、そこはあらゆる要素を総合的に判断していただければ良いのです。

② 他の力も借りる

「他の力も借りる」とは、人間の判断だけでなく適性検査などもうまく活用する、という観点です。当然ながら人間の力には限界もありますし、応募者は面接の際には最上最高の自分を見せる努力をしていますので、面接だけで判断するのは危険です。よって、例えば最終面接の前に適性検査を受けていただいて、最終面接の際にはその適正検査の結果も踏まえて気になる点について質問してみる、ということを取り入れることで正確性が高まります。

世の中に適性検査はたくさんあるのですが、一つおすすめとして「不適正検査 スカウター」をご紹介します。その名の通り“不”適性検査ですので、「能力がどの程度あるか」や「職務適性があるか」というよりも“不適性”ではないかという観点の強い検査となっています。「定着しない、成長しない、頑張らない人材を見分ける業界唯一の不適性検査R」と紹介されています。

前述したとおり、不適格人材を誤って採用してしまう致命的ダメージを防ぐという効果もありますし、PART.1でご紹介しましたポータブルスキルとテクニカルスキルについて、テクニカルスキル(知識や技術)は入社後にしっかりと教育すれば良いわけですが、ポータブルスキル、思考・価値観については入社後にどうこうすることはほぼ不可能ですので、その人材のベーシックな部分で不適格ではないか、という点をこの検査で確認できる効果もあります。

実は私自身も試しに受けてみました。検査結果については自分自身で見てみて、かなり正確性が高いと感じました。検査の最後に記載されている総合的なコメントについてはほぼほぼ当たっているなという印象でしたし、「ネガティブ傾向」や「職務適性」「戦闘力」「虚偽回答の傾向」などの項目も当たっていましたし、採用・不採用に大きく影響を受けるポイントだと思いました。例えば「ネガティブ傾向」は「働く上でマイナス要因となる心理・情緒面の傾向」を測定していて数値化していますので、あまりに高い場合は採用を見送ることも考えるべきです。また、「虚偽回答の傾向」は、自分を良く見せようとして実際とは違う嘘の回答をしているとこの指標が高くなりますので、高い場合は面接での受け答えも、よりしっかりと慎重に聞いていただく必要があります。

これだけの項目が検査できて1件1,000円弱ですので、使わない手はないと思います。応募者にはメールで受験の案内を行い、応募者が回答すると瞬時にメールで会社側に回答が返ってくる仕組みとなっていますので、最終面接の前日までに受験していただければ十分に対応可能です。また、日本語以外にも英語やタイ語など8か国後に対応していますので、外国人の採用の際にも使えます。

<適性検査について>

適性検査

出典:みんなの採用部

<スカウターのご紹介>

https://scouter.transition.jp/

最後に、「リファレンスチェック」という言葉をご存じでしょうか?欧米では一般的なようですが、日本でまだまだ馴染みのないものだと思います。中途採用にしか使えないものですが、簡単に言うと前職の上司や同僚に前職時代の働きぶりを確認する、というものです。「そんなことができるの?」と驚かれるかもしれませんが、当然ながら勝手にはできず本人の同意が必要です。よって、本人が同意しない場合は実施できませんが、同意しないということは「聞かれたら困ることがある」「面接で前職の実績について嘘を言っている」という可能性も考えられます。本当の円満退職というのは難しいかもしれませんが、特に大きな損害を与えたりしていなければ同意できるのではないでしょうか?

適性検査よりはコストはかかりますがリファレンスチェック専用のサービス(下記back checkのご紹介 参照)もあり、その実効性は適性検査をはるかにしのぐものだと思います。確実を期すという意味では利用を検討されてはいかがでしょうか?応募者の同意が得られて前職時代の働きぶりが確認できればかなり有効な情報だと思いますし、同意が得られない場合は、面接で話していることが本当のことばかりではない可能性を疑うべきということになります。

<back checkのご紹介>

https://site.backcheck.jp/

4 まとめ

ここまで人材の見極めの重要性から具体的な面接の手法についてみてきました。いかがでしたでしょうか?すでに取り組まれていることもたくさんあったかもしれませんが、一つでも二つでも参考にしていただければ幸いです。

採用環境はこれからますます厳しくなっていきます。また、従業員数の少ない中小企業にとっては採用の失敗は会社の存続すら危うくする可能性があります。経営者は、人材採用は経営の最重要課題であるとの認識をもっていただいて取り組んでいただければと思います。

大きな会社は採用にかけられる予算もふんだんにあるのでしょうが、中小企業はそこで勝負しても勝ち目はありません。「戦わない人材採用」の観点で、今回ご紹介した取り組みは、どれも工夫次第でそんなに多額な費用をかけなくても取り組むことができます。また、社員さんと一緒に取り組むことで会社全体のモチベーションアップにもつながりますので、是非積極的に取り組んでみてください。

以上(2025年3月作成)

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【賃金データ集】諸手当のモデル支給額

【賃金データ集】シリーズとは?

【賃金データ集】シリーズは、基本給や諸手当など賃金の主要な構成要素ごとの近年のトレンドを、モデル支給額を中心とした関連データとともに紹介します。経営者や実務家の方々が賃金支給水準の決定や改定を行う際の参考としてご活用ください。なお、モデル支給額などのデータを紹介する際は、基本的に出所に記載されている用語を使用するものとします。また、データは公表後に修正されることがあります。

この記事で取り上げるのは雇用形態別の「諸手当」です。

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なお、以降で紹介する図表データのExcelファイルは、全てこちらからダウンロードできます。

こちらからダウンロード

1 諸手当の位置付けと概要

1)諸手当の費用の位置付け

諸手当は、基本給ではカバーしきれない従業員の個別の事情(住居形態、家族の有無、担当職務など)を賃金支給額に反映する機能を果たしています。また、近年は人材採用難の対策としてユニークな手当を整備する企業が出てきています。

2)諸手当の概要

諸手当にはさまざまな種類がありますが、

  • 業績関連:従業員の業績達成に対する意欲を喚起するための手当
  • 職務関連:従業員が担当する業務に関連する手当
  • 勤務関連:従業員の通勤や勤務実績に関連する手当
  • 生活関連:従業員の生活を補助するための手当
  • その他:上記に分類されない手当

に大別することができます。

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2 諸手当の潮流

諸手当には、基本給ではカバーしきれない従業員の個別の事情を、賃金支給額に反映する機能があります。基本給そのものを改定せずに諸手当で調整するのは、「賃金管理が煩雑になるのを防ぐ」「基本給の引き上げに応じて、自動的に賞与(一時金)や退職金の算定基礎額が上昇するのを防ぐ」といった理由からです。

こうした事情は現在も大きく変わっていないものの、最近は手当を統廃合する動きが活発になっています。企業には、「業績に応じて賃金支給額を変動させたい」という思いがあるため、生活関連の手当のように、企業業績に関係のない属人的な手当を縮小・廃止するケースがあるのです。

ただし、職務関連の手当については、手当による調整ではなく、基本給に組み入れたり、賞与に上乗せしたりするケースがあります。これは、従業員の担当業務の難易度をきちんと評価し、処遇に反映する企業の姿勢を示すためです。

3 厚生労働省、中央労働委員会の統計資料によるモデル支給額

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4 東京都労働相談情報センターの統計資料によるモデル支給額

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5 情報インデックス(この記事で紹介したデータの出所)

この記事で紹介した統計資料は以下の通りです。調査内容は個別のURLからご確認ください。なお、内容はここ数年の公表実績に基づくものであり、調査年(度)によって異なることがあります。

■就労条件総合調査■
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/11-23.html

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■賃金事情等総合調査■
https://www.mhlw.go.jp/churoi/chingin/

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■中小企業の賃金・退職金事情■
http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/toukei/koyou/chingin/

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以上(2025年3月更新)

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画像:ChatGPT

「教育訓練給付金+教育訓練休暇給付金」でリスキリングを!

1 費用負担を抑えてリスキリングのハードルを下げる

DX時代の学び直しとして「リスキリング」が注目されていますが、

学びたい気持ちはあるものの、物価高などで費用負担がきつい

という人もいます。社員の向上心には応えてあげたいので会社が補助するのもよいですが、加えて「教育訓練給付金」の利用を勧めてみましょう。

教育訓練給付金とは、厚生労働大臣の指定する講座(指定講座)を受講・修了した場合、その入学料や受講料の一部が国から支給されるという雇用保険給付の1つ

で、次のような講座などがあります(給付の内容については第2章から第4章で解説)。

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また、2025年10月1日からは教育訓練給付金とは別に「教育訓練休暇給付金」が新設されます。

教育訓練休暇給付金とは、在職中に教育訓練のための休暇を取得した場合に、その期間中の生活を支えるために支給されるという雇用保険給付の1つ

です(給付の内容については第5章で解説)。

教育訓練給付金と教育訓練休暇給付金、この2つを使いこなすことで、社員の金銭的負担を軽減しながら、リスキリングを図れるかもしれません。

2 教育訓練給付金は3種類、対象は雇用保険の被保険者

教育訓練給付金は、社員が「一般教育訓練」「特定一般教育訓練」「専門実践教育訓練」のいずれかを指定講座を受講(通学、通信教育、eラーニング)することで支給されます。

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いずれも、社員が指定講座を運営する学校に受講を申し込み、その講座を受講・修了することで、入学料や受講料に一定率を掛けた金額が本人に支給される仕組みです(特定一般教育訓練・専門実践教育訓練は、受講前にキャリアコンサルティングなどを受ける必要があります)。

教育訓練給付金をもらうためには、社員が指定講座の受講開始日時点で

雇用保険の被保険者(短期雇用や日雇いを除く)

であって、さらに指定講座ごとに決められた被保険者期間を満たしている必要があります(過去に被保険者であった者も一定の要件を満たせば対象になりますが、ここでは割愛します)。

以降では、一般教育訓練、特定一般教育訓練、専門実践教育訓練それぞれについて、指定講座の種類や教育訓練給付金の支給要件を見ていきます。

3 一般教育訓練の教育訓練給付金

1)指定講座

一般教育訓練は、最長1年(原則)の短期間の教育訓練です。指定講座は9種類あり、内容はパソコンの操作から特定の資格や免許の取得まで多岐にわたります。

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なお、指定講座のカリキュラムは学校によって異なるので、詳細はこちらの検索システムをご確認ください(特定一般教育訓練、専門実践教育訓練についても同じ)。

■厚生労働省「教育訓練給付制度 厚生労働大臣指定教育訓練講座 検索システム」■

https://www.kyufu.mhlw.go.jp/kensaku/

2)教育訓練給付金の内容

1.支給要件

1回目と2回目以降とで支給要件が異なります。

  • 1回目:受講開始日時点で被保険者期間が1年以上あること
  • 2回目以降:受講開始日時点で被保険者期間が3年以上あり、前回の教育訓練給付金受給日から当該受講開始日前までに、3年以上経過していること

2.支給額

入学料や受講料、キャリアコンサルティングの

費用の20%(上限は1回当たり10万円)が支給

されます。ただし、20%に相当する額が4000円以下の場合、教育訓練給付金は支給されません。

キャリアコンサルティングとは、民間のコンサルタンティング会社などが実施する、職業選択や能力開発に関する相談サービスのこと

で、教育訓練給付金の対象となるのは、受講開始日前1年以内のもの(2万円まで)だけです。

3.申請手続き

社員は受講修了日の翌日から1カ月以内に、「教育訓練給付金支給申請書」と添付書類を、社員の住所地を管轄するハローワークに届け出ます。

添付書類の詳細は、こちらをご確認ください。

■厚生労働省「一般教育訓練の『教育訓練給付金』のご案内」■

https://www.mhlw.go.jp/content/001310416.pdf

4 特定一般教育訓練に関する教育訓練給付金

1)指定講座

特定一般教育訓練は、最長1年の短期間の教育訓練です。指定講座は3種類あり、ITスキルなどキャリアアップ効果の高い分野の知識を習得できます。

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2)教育訓練給付金の内容

1.支給要件

1回目と2回目以降とで支給要件が異なります。

  • 1回目:受講開始日時点で被保険者期間が1年以上あること
  • 2回目以降:受講開始日時点で被保険者期間が3年以上あり、前回の教育訓練給付金受給日から当該受講開始日前までに、3年以上経過していること

2.支給額

入学料、受講料の40%(上限は1回当たり20万円)が支給されます。ただし、教育訓練経費の40%に相当する額が4000円以下の場合、教育訓練給付金は支給されません。

なお、2024年10月1日からは、

指定講座に関連する資格等を取得し、かつ修了した日の翌日から1年以内に被保険者として雇用された場合、教育訓練経費の50%(上限は1回当たり25万円)が支給

されるようになっています(2024年10月1日以降に受講を開始した場合に限る)。

3.申請手続き

まず、社員は受講開始日の2週間前までに、訓練前キャリアコンサルティングを受講します。

訓練前キャリアコンサルティングとは、職業能力の開発・向上に関する事項を記載した「ジョブ・カード」を作成するためのコンサルティング

です。

また、社員は同じく受講開始日の2週間前までに、「教育訓練給付金及び教育訓練支援給付金受給資格確認票」とジョブ・カード、添付書類を社員の住所地を管轄するハローワークに届け出ます。

さらに、受講が修了したときは、受講修了日の翌日から1カ月以内に、「教育訓練給付金支給申請書」と添付書類を社員の住所地を管轄するハローワークに届け出ます。

なお、2024年10月1日以降の追加支給要件に該当した場合、雇用された日(被保険者として雇用されている場合は、資格取得等をした日)(注)の翌日から1カ月以内に所定の書類を社員の住所地を管轄するハローワークに届け出ます。

添付書類の詳細は、こちらをご確認下さい。

■厚生労働省「特定一般教育訓練の『教育訓練給付金』のご案内」■

https://www.mhlw.go.jp/content/001310414.pdf

(注)業務独占資格などで、試験合格後に名簿登録や免許取得などが必要である資格に関しては、名簿登録日や免許取得日を基準として考えます(届け出書類に登録証や免許証の添付が必要なため)。

5 専門実践教育訓練に関する教育訓練給付金

1)指定講座

専門実践教育訓練は、1年以上3年以内(原則)の中長期の教育訓練です。指定講座は7種類あり、大学院レベルの高度な知識や、特定の分野の専門的な知識を習得できます。

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2)教育訓練給付金の内容

1.支給要件

1回目と2回目以降とで支給要件が異なります。

  • 1回目:受講開始日時点で被保険者期間が2年以上あること
  • 2回目以降:受講開始日時点で被保険者期間が3年以上あり、前回の教育訓練給付金受給日から当該受講開始日前までに、3年以上経過していること

2.支給額

入学料、受講料の50%(上限は年間40万円)が支給されます。指定講座に関連する資格等を取得し、かつ修了した日の翌日から1年以内に被保険者として雇用された場合、前述の50%に加えて追加で教育訓練経費が20%(合計70%。上限は年間56万円まで)支給されます。ただし、50%(70%)に相当する額が4000円以下の場合、教育訓練給付金は支給されません。

なお、2024年10月1日からは、

教育訓練経費の70%が支給される要件(上記)を満たした上で、さらに賃金が受講開始前の賃金(注)と比較して5%以上上昇した場合、追加で10%が加算され、最終的には教育訓練経費の80%(上限は年間64万円)が支給

されるようになっています(2024年10月1日以降に受講を開始した場合に限る)。

(注)受講開始前の賃金については、社員自身が旧事業主に証明を依頼します。なお、離職票で証明を省略できる場合もあります。

3.申請手続き

特定一般教育訓練と同じく、まず社員は受講開始日の2週間前までに、訓練前キャリアコンサルティングを受講しなければなりません。

また、社員は受講開始日の2週間前までに、「教育訓練給付金及び教育訓練支援給付金受給資格確認票」とジョブ・カード、添付書類を社員の住所地を管轄するハローワークに届け出ます。

さらに、受講開始後は、支給単位期間(受講開始日から6カ月ごと)末日の翌日から1カ月以内に、「教育訓練給付金支給申請書(教育訓練実施者が配布)」と添付書類を社員の住所地を管轄するハローワークに届け出ます。

なお、受講が修了したときは受講修了日の翌日から1カ月以内に、受講修了後、講座に係る資格等を取得して追加給付を受けるときは、雇用された日(被保険者として雇用されている場合は、資格取得等をした日)(注)の翌日から1カ月以内に、同じ手続きを行います。

また、2024年10月1日以降の追加支給要件に該当した場合、雇用された日(被保険者として雇用されている場合は、資格取得等をした日)(注)の翌日から6カ月を経過した日から起算し、6カ月以内に所定の書類を社員の住所地を管轄するハローワークに届け出ます。

添付書類の詳細は、こちらをご確認下さい。

■厚生労働省「専門実践教育訓練の『教育訓練給付金』のご案内」■

https://www.mhlw.go.jp/content/001310413.pdf

(注)業務独占資格などで、試験合格後に名簿登録や免許取得などが必要である資格に関しては、名簿登録日や免許取得日を基準として考えます(届け出書類に登録証や免許証の添付が必要なため)。

6 教育訓練休暇給付金(2025年10月1日新設)

教育訓練休暇給付金は、2025年10月1日に新設される雇用保険給付です。前述した通り、在職中に教育訓練のための休暇を取得した場合に、その期間中の生活を支えるために支給されます。まだ詳細が定まっていない部分もありますが、制度のイメージは次の通りです。

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給付内容の欄の「基本手当」とは、雇用保険の被保険者が失業したときに、再就職までの生活を補助するための給付で、支給額については次のようなルールになっています。

  • おおむね賃金の50~80%(60~64歳の場合は45~80%)を支給
  • ただし、1日当たりの額には上限がある(下記は2024年8月1日時点の上限額)
  • 30歳未満:7065円
  • 30歳以上45歳未満:7845円
  • 45歳以上60歳未満:8635円
  • 60歳以上65歳未満:7420円

教育訓練のための休暇はいわゆる「特別休暇」に当たり、会社が就業規則等で独自に定めます。ただし、教育訓練休暇給付金が支給されるのは、

休暇中の賃金が「無給」の場合に限られる

ので、定めをする際は注意が必要です。

以上(2025年3月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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海外での製造物責任トラブル対策として確認すべき7つのこと

1 海外PLトラブルへの備えは万全ですか?

海外展開をしている企業の皆さん、自社が輸出した製品が原因となり、日本国外で発生する海外PL(製造物責任(Product Liability、以下「PL」))トラブルへの備えは万全ですか?

日本からの輸出の多くを占めるのは米国や中国ですが、これらの国では、訴訟を含むPLトラブルが日本よりも多く起きています。

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国にもよりますが、海外PLトラブルが発生すると次のような事態が起こり得ます。

  • 集団訴訟制度(クラスアクション)があり、原告側が訴訟を起こすハードルが低い
  • 懲罰的損害賠償(裁判所の裁量により、実際に起きた損害の補填に加えて、制裁金を上乗せして賠償請求をする制度)が認められる場合がある
  • 完成品だけに限らず、部品や原材料メーカーなどで製造に一部でも関わっていれば、訴えられる恐れがある
  • 訴訟の証拠開示手続き(ディスカバリー)への対応だけでも、被告側が負担する労力・費用は多大になる

また、欧州連合(EU)では、製造物責任法の原則にあたる「Product Liability Directive (製造物責任指令)」が全面的に改正され、2024年12月8日に発効しています。この改正では、実体のある製品に限らず、ソフトウェア・AIといった無体物に対しても製造物責任が問われることになりました。

こうした観点からも、海外向けに製品を輸出するメーカーや越境ECの出店者は、海外PLトラブルに備えなければなりません。次に挙げるポイントについて、抜け漏れや不備がないか、いま一度確認してみましょう。

  • 輸出先の法制度に合わせて、製造工程の確認と見直しを図る
  • 契約で自社の免責条項などを設定する
  • 文書管理を徹底する
  • 取扱説明書や品質表示ラベルを見直す
  • ISO9000シリーズの認証を取得する
  • 海外PLトラブルを想定した対応マニュアルを作成する
  • 海外PL保険への加入を検討する

それぞれのポイントについて、以降で詳しく解説します。

2 輸出先の法制度に合わせて、製造工程の確認と見直しを図る

輸出先の国に合わせて、自社の製品が現地の法制度に沿った安全基準や品質基準を満たしているのかを確認しましょう。見直すべき点は次の通りです。

  • 製造ラインの設計
  • 設備や機器などの整備
  • 安全対策ポリシー、作業手順書の作成
  • 従業員の教育や訓練の実施、品質管理・安全対策専門部署の設置
  • 検査の実施

この確認や見直しは、

自社の完成品だけでなく、サプライヤーから調達している部品についても行う

必要があります。サプライヤーに対しては、仕様や品質の基準を書面で示したり、定期的に検査を実施したりして、品質を保つようにしていきます。

3 契約で自社の免責条項などを設定する

商社などの取引先を通じて自社の製品を輸出している場合、取引先とのコミュニケーションを密に取りましょう。例えば、取引先からは「米国向けの輸出」と聞いていたのに、実際は、中国やその他の国々にも輸出されていて、中国でPLトラブルが発生したといったケースも起こり得ます。

また、被害者への対応などで取引先が費用を負担していれば、自社も負担を求められる恐れがあります。

取引先との契約には、輸出先の国、販売方法、製品の用途などを指定し、契約に反した場合のPLトラブルは自社が責任を負わないよう、免責条項を設定

しておきましょう。ただし、こうした免責条項が有効なのは、自社と取引先(契約の当事者)間だけです。契約関係にない被害者から、自社に直接、損害賠償などを求められた場合は対抗できません。そこで、

取引先が契約に反した際のPLトラブルによって自社が損害賠償金を負担した場合に、取引先に求償できるような補償条項を設定

することも検討すべきです。

また、取引先が上記のような補償条項に応じない場合に備えて、

自社の損害賠償責任の制限・免責条項を設定

することを検討すべきでしょう。

4 文書管理を徹底する

訴訟の際、米国などでは広範な証拠開示手続き(ディスカバリー)が求められ、短期間で訴訟に関連した大量の文書提出が必要になることもあります。また、訴訟の際は、自社に責任がないことを証明するために、日ごろから安全性の確保に万全を尽くしていたと示す証拠が必要になることもあります。

そのため、

日ごろから製造活動全般に関する文書や、取引先などとのやり取りを文書として残し、適切に保管

しておくことが重要です。

5 取扱説明書や品質表示ラベルを見直す

製造工程の見直しなどに比べて、取扱説明書や品質表示ラベルは後回しにされがちですが、米国などでは取扱説明書や品質表示ラベルの「表示上の欠陥」を指摘する訴訟も多いとされています。そのため、

  • 製品の使用方法を分かりやすく説明しているか
  • 危険な使用方法などについて注意喚起する表示になっているか

などを確認しましょう。

6 ISO9000シリーズの認証を取得する

JETRO(日本貿易振興機構)は、輸出製品の製造事業所はISO9000シリーズの認証を取得しておくことが望ましいとしています。ISO9000シリーズは、ISO (国際標準化機構)が定めた品質マネジメントシステムに関する国際規格で、ISO9001、ISO9004、ISO9011などがあります。

ISO9001は、製品やサービスの品質を向上させ、顧客満足度を高めていくことを目的としています。この規格に基づいて社内で品質管理の仕組みを見直して改善したり、顧客や第三者機関が品質管理状況を審査したりします。認証の取得には、審査費用、マネジメントシステム構築費用、設備投資、諸経費などが掛かります。

7 海外PLトラブルを想定した対応マニュアルを作成する

海外PLトラブルが発生した場合の対応についてマニュアルを作成しておきます。海外PLトラブルに特化したものではありませんが、経済産業省「消費生活用製品のリコールハンドブック」では、事故への対応などについて紹介しています。こうした資料を参考に、製品の不具合が発見された場合のリコール対応などの手順について定めたマニュアルを作成したり、輸出先の国の実情に詳しい弁護士に対応を相談したりするなどしておきましょう。

■経済産業省「消費生活用製品のリコールハンドブック」■

https://www.meti.go.jp/product_safety/producer/recalltorikumi.html

8 海外PL保険への加入を検討する

細心の注意を払っていても、海外PLトラブルの発生リスクをゼロにすることはできません。また、海外PLトラブルへの対応は広範囲に及びます。そこで、

海外展開する際には、訴訟に発展した場合に備えて、海外PL保険に加入する

ことも検討しましょう。PL保険とは、PLトラブルが起きたときに損害賠償金や訴訟費用などを補償するものです。

通常のPL保険の補償範囲は「日本国内での事故や訴訟」に限定されているので、海外PLトラブルに備えるのであれば、海外PL保険への加入が必要です。海外PL保険には、

  • 損害賠償金や訴訟費用などの費用面での補償
  • 示談交渉や訴訟を担当する弁護士の選定

などを代行してくれるものもあります。

例えば、日本商工会議所では、会員を対象とした「中小企業海外PL保険制度」を提供しています。安心して自社のビジネスを拡大していくための一策として、海外PL保険への加入を検討しましょう。

■日本商工会議所「中小企業海外PL保険制度」■

https://hoken.jcci.or.jp/overseas-pl

以上(2025年3月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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画像:pixabay

【入社1年目の教科書】頑張っているからといって勝手に残業するのは自己中な振る舞い

書いてあること

  • 主な読者:「残業」のルールについて知りたい新入社員
  • 課題:頑張って仕事をしたいのだから、いくら残業してもいいでしょ?
  • 解決策:残業できる時間には上限がある。また、残業する前には必ず申請をする

まいったな……。もうすぐ定時なのに仕事が終わらない。先輩から「残業するときは、必ず事前に申請するように!」と言われているけど、何だか面倒くさい……。そんなことをするくらいなら、仕事に集中したほうが効率的じゃない? それに頑張って仕事をするわけだから誰も文句はないよね。遅くまで働いているわけだし……もう、残業申請はしなくていいよね?

1 残業は「例外的」な働き方!

仕事は就業時間内に終わらせることが基本です。皆さんの会社でも、「始業は9時、終業は18時」といった決まりがあると思いますが、それが就業時間です。また、就業時間のうち休憩を除いた時間(仕事をしている時間)が労働時間です。

労働時間については、労働基準法という法律により、

原則1日8時間、1週40時間までという上限が決められており、これを「法定労働時間」

といいます。そして、法定労働時間を超えて働くことが「残業」です。本来、残業は例外的なものなので、残業には上限が決まっています。

残業の上限は、会社の「36協定」に定められています。本来、残業は認められない行為なのですが、会社と労働組合(あるいは社員の代表)が書面で約束することで、会社は社員に残業を命じることができます。ただ、無制限に残業を認めるわけにはいかないので、上限があるのです。例えば、36協定で「残業は1日3時間まで」と定められていたら、3時間を超える残業は認められません。イメージは次の通りです。

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また、36協定では、1日単位だけでなく、1カ月単位などでも残業の上限が定められています。例えば、36協定で「残業は1日3時間、1カ月45時間まで」と定められている場合、1日3時間の残業を15日繰り返すと、1カ月の上限45時間に達してしまいます。ですから、「自分が今月何時間残業しているのか」などを把握して、36協定に違反しないよう注意しなければなりません。

2 残業は事前に許可を得る

どうしても仕事が終わらないことはあります。そのようなとき、残業すべきかどうか迷ったら、「○○の業務のため、○時間残業したいです」と先輩に相談してみましょう。また、仕事は終わっているけれど、もう少し頑張りたいと思うときも、そのことを正直に先輩に伝えてみてください。先輩は残業すべきか否かのアドバイスをしてくれるでしょう。

やってはいけないのは、誰にも相談せずに勝手に残業をすることです。皆さんが勝手に残業すると、会社が皆さんの労働時間を正確に把握できません。そうなると、残業代を正しく支払えなくなったり、働き過ぎている社員を見つけられず、その社員が体調を崩してしまったりする恐れがあります。

なお、残業をする場合は、所定の手続きがあるはずなので、こちらも確実に行ってください。面倒かもしれませんが、残業する権利を得るための責務です。

3 健康管理も仕事のうち

残業のルールについて紹介してきましたが、良い仕事をするためには休憩も必要です。労働基準法では、労働時間が6時間を超える場合は最低45分、8時間を超える場合は最低60分の休憩を与えることが会社に義務付けられています。会社によっては就業規則などで、これより長い休憩を設定していることがあります。また、「残業が○時間を超える場合、○分の休憩を与える」など、残業に特化したルールを設けていることもあります。

仕事が忙しくなってくると休憩をおろそかにしがちですが、そのようなときこそ休憩をとりましょう。集中力はそんなに続くものではないので、休憩をとることが効率化につながります。そして何より、皆さんの健康が第一であることを忘れてはなりません。

以上(2025年1月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

オーナー企業でよくある「役員借入金」が会社の信用力低下を招くって本当?

1 会社が個人から借り入れる「役員借入金」

役員借入金とは、

会社が経営者や役員などの個人から借り入れすること

です。役員借入金は、

  • 「他から調達できないので、経営者から借りる」など、資金移動が伴うケース
  • 「未払いの役員報酬を役員借入金として計上する」など、資金移動を伴わないケース

があります。

役員借入金は資金的に厳しい中で行われることが多く、返済が長期化・固定化しがちです。また、役員借入金は無利子が一般的で、返済要請も強くありません。こうした事情から、ついつい役員借入金に頼りたくなりますが、自己資本比率や相続などの面で問題が生じます。

この記事では、役員借入金の問題を指摘した上で、それを減らす方法を紹介します。なお、実際に役員借入金を削減するとさまざまな影響が出てくるので、早い段階から税理士などの専門家に相談することが大切です。

2 役員借入金に潜む問題

1)企業における問題点

役員借入金が増加すると、

「自己資本比率(自己資本÷総資本×100)」が低下

する恐れがあります。自己資本比率は会社の信用力(資金調達時など)に大きく関係します。

2)経営者における問題点

経営者に相続が発生した場合、原則として、役員借入金は額面評価されます。現金は手元にないのに相続税額が高額になり、納税資金が不足する恐れがあります。また、未払いの役員報酬を役員借入金として計上している場合、所得税・住民税・社会保険料は役員報酬総額に基づいて計算されるので、実質的に経営者の持ち出しになることがあります。

相続人の立場では、会社からの早期の返済を期待できない場合、換金性の乏しい貸付金債権を相続することになります。

3 役員借入金を削減する方法

1)役員報酬を使った削減

役員報酬を減額し、その分を役員借入金の返済に充てれば、役員借入金を削減できます。会社としても新たな資金負担がありません。この方法の注意点は次の通りです。

1.役員報酬の損金算入

法人税法上、損金に算入できる役員報酬には「定期同額給与」などの要件があります。役員報酬の金額を変更する場合、時期や金額に注意しないと損金に算入できなくなります。また、役員借入金の返済に充てる金額は損金に算入できません。

2.役員退職慰労金も要注意

多くの場合、役員退職慰労金は「退任時報酬×在任期間×功績倍率」といったように、役員報酬に基づいて算出されます。そのため、役員報酬が減額されると役員退職慰労金も減ります。役員退職慰労金規程などを確認した上で検討しなければなりません。

2)役員借入金の資本化(債務の株式化:Debt Equity Swap)

債務の株式化(Debt Equity Swap。以下「DES」)とは、

役員借入金の現物出資を受ける形で、資本金に振り替える方法

です。資本金は増えますが、一方で相続時に評価額を圧縮し、相続税の負担を減らせる可能性があります。この方法の注意点は次の通りです。

1.資本金増加による影響

資本金は税制の特例措置などの適用基準になっています。資本金が増加すると特例措置の適用から外れる恐れがあります。1つの基準は、

資本金1億円(中小企業向けの税制上の特例措置の対象基準)

です。資本金1億円を対象とした主な税制上の特例措置は次の通りです。

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なお、特例措置には資本金以外の要件があるので確認してください。また、ここでは資本金1億円を例にしましたが、「法人住民税(均等割)」は資本金等の額が1000万円を超えることで税額が高くなるケースがあります。

2.債務消滅益の発生

DESでは、対象債権となる役員借入金が時価評価されます。時価が額面を上回る場合、会社はその金額を債務消滅益として計上しなければなりません。そのため、「繰越欠損金」の有無などによっては、法人税に係る課税所得が増加し、法人税などが増えることがあります。

3.相続時の財産評価

法人税法で定める同族会社に該当する会社が、相続対策だけを目的にDESを行った場合、相続税法第64条第1項に基づき、相続税回避と認定され、DESが行われなかったものとして課税価格が計算される恐れがあります。この問題を回避するには、客観的・合理的な再生計画を策定し、当該計画に基づいてDESを行う必要があります。

3)経営者による債務免除

経営者に、役員借入金に関する債務を免除してもらう方法です。この方法の注意点は次の通りです。

1.債務消滅益の発生

免除された債務は、債務消滅益として計上しなければなりません。そのため、「繰越欠損金」の有無などによっては、法人税に係る課税所得が増加し、法人税などが増えることがあります。

2.他の株主に対する影響(贈与税)

債務免除によって株主の保有株式の価値が増加した場合、同族会社においては、その増加分に対して贈与税の課税対象となる恐れがあります。

以上(2025年2月更新)
(監修 税理士 石田和也)

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画像:maroke-Adobe Stock

“身内”との取引に要注意! 経営者が知っておきたい税務リスク

1 オーナー経営者と会社の取引上のリスクを知っていますか

オーナー経営者(個人)と会社との取引や金銭授受は日常的に行われています。例えば、会社から個人には役員報酬が支払われ、個人が所有する不動産を会社が賃借していれば、地代家賃が生じます。また、会社の資金繰りが苦しくなったときには、個人は資金を会社へ貸付ける場合もあります。

このような取引は、純然たる第三者間との取引とは異なり、個人と会社の双方に都合が良い条件で取引が行われることがあるため、税務調査などでも重点的にチェックされる項目の1つです。本稿では、個人と同族会社との取引のうち、「金銭の貸借」「不動産の賃貸借・売買」について、税務リスクやその対策を解説します。

2 個人と会社は別人格

個人が会社に100%出資していれば、その会社は100%個人の持ち物ともいえるかもしれませんが、個人と会社はあくまでも別人格です。別人格であれば、取引や資金を混同するわけにはいきません。また、会社は営利を追求する組織であるため、会社の利益を追求していく必要がありますが、個人は必ずしも利益の追求のみを目的としているわけではありません。

そのため、税務では個人と法人との取引に関し、特に「会社の利益を減少させるような取引が行われるようなとき」に、いくつかの制限規定が設けられています。もし、制限規定に該当する取引を行ったときは、その実際取引を修正するような税計算を行う必要があります。

3 金銭の貸借

1)個人が会社へ貸付ける場合

中小企業では、金融機関からの借入れによる方法の他、個人の私財を会社に貸付けることが、よく見受けられます。また、会社経費を一時的に個人が負担することもあります。このような取引が度重なると、個人のお金と会社のお金が混同し、知らないうちに、個人から会社への貸付けが生じてしまう可能性があります。そのため、資金の出所や貸借に関する取引はしっかりと帳簿に記載しておく必要があります。

個人が会社へ貸付ける取引では、税務上、次の点に注意しなければなりません。

  • 貸付けに対する利息の収受があるかどうか
  • その利息が適正な利率に基づく金額であるかどうか

原則的には、個人が会社へ貸付ける取引では、会社が適正な利率以下の利息額を支払い、利息を収受した個人側では、雑所得として確定申告をしていれば税務上の問題は生じないと思われます。

しかし、例外的に、無利息や低い利率で個人が法人に貸付けを行っている場合で、その取引が個人の所得(税負担)を不当に減少させると判断されるときは、「同族会社の行為計算の否認」という制限規定を受けることがあります。これは、適正利率による利息の収受があったものとして、実際取引が修正され、税計算が行われるものです。その他、個人からの貸付けが多くなると、個人の相続発生時に、その貸付けは相続財産を構成することになり、相続税の税負担が増える点にも注意すべきでしょう。

なお、適正な利率としては次のものが参考となります。

  • 金融機関など外部から借入れをして貸付けをしている場合:その借入利率
  • 自己資金による場合:国税庁の定める特例基準割合(2024年中は0.9%)

2)会社が個人へ貸付ける場合

会社は利益の追求を目的とする組織であるため、常に、取引に経済合理性(営利性)の有無が税務上求められます。そのため、会社が個人へ金銭を貸付けた場合には、その収受すべき利息の額が適正利率か否かの検討が必要となります。なお、この場合の適正利率についても前述した適正利率が参考になります。

もし、会社が個人に対し、無利息または適正利率よりも低い利率により貸付けている場合には、適正利率による利息額と実際の利息額との差額に相当する部分が、その個人に供与した経済的利益となり、原則、給与所得として個人側において給与課税されることになります。

4 不動産の賃貸借・売買

個人と法人の間で不動産の賃貸借や売買を行う場合にも、第三者との取引にはない税務上の制約が生じることがあります。

1)個人が会社から社宅を賃借している場合

個人が会社から社宅として建物を借りる際の賃借料は、貸与する社宅の床面積に区分して、次のように計算した賃料を「通常の賃貸料」とします。

  1. 132平方メートル以下の木造家屋または99平方メートル以下の木造家屋以外の家屋で
    ない場合
    {その年度の家屋の固定資産税の課税標準額×12%(木造家屋以外の家屋については10%)+その年度の敷地の固定資産税の課税標準額×6%}×1/12
  2. 132平方メートル以下の木造家屋または99平方メートル以下の木造家屋以外の家屋の
    場合
    その年度の家屋の固定資産税の課税標準額×0.2%+12円×当該家屋の総床面積(平方メートル)/3.3(平方メートル)+その年度の敷地の固定資産税の課税標準額×0.22%

ただし、会社が第三者から賃借した家屋で前述1.を貸与する場合には、会社が家主に支払う家賃の50%以上と、前述1.の算式により計算された賃料とのいずれか多い金額が、「通常の賃借料」となります。「通常の賃借料」に満たない金額のみの収受である場合には、「通常の賃貸料」と実際の賃貸料との差額は、個人に供与した経済的利益となり、原則、給与所得として個人側において給与課税されることになります。

なお、床面積が240平方メートル以上あるいは豪華な社宅については説明を省略します。

2)会社が個人から土地を賃借する場合

会社と個人の間での土地の賃借取引のうち、その土地の上に家屋を建てる目的で土地を賃借する場合には、税務上の借地権が生じることがあるので注意が必要です。具体的には、土地の賃借に際して、権利金支払いの取引慣行がある地域において、権利金を収受しない場合には、借地権の認定課税(権利金があったものと見なして課税される)を受けることがあります。ただし、次の場合には認定課税を受けません。

  • 相当の地代(その土地の更地価額のおおむね年6%程度)を収受しているとき
  • 土地の無償返還に関する届出書を提出しているとき

土地の賃借に関する取引は、個人の相続にも関連します。また、都市部の地価は高いので、手続きを誤ってしまうと借地権の認定課税が生じ、後で思いもよらない多額の課税処分を受けることになるので注意が必要です。

3)不動産の売買

不動産の売買をする場合、独立した第三者間において通常行われる取引(時価取引)である限り、税務上の問題は生じませんが、個人と会社の間での取引は恣意性が介入する可能性が高くなります。もし、個人と法人の間での取引による売買価額が適正でないと判断された場合には、その不動産の譲渡に関する取引は税務上修正され、所得税・法人税・贈与税などの税負担が生じる可能性があります。

なお、不動産を個人と法人の間で売買する際の売買価額については、不動産鑑定士による鑑定評価額の他、相続税評価額を0.8で割り戻した金額(路線価が地価公示価格の80%を目安に設定されているため、路線価地域に所在する土地については時価に置き換えることができる)などを参考にして決定するのがよいでしょう。

5 まとめ

個人と会社の取引は、法人税と給与所得課税による源泉所得税などに関係してくるだけではなく、実は、個人に相続が生じた場合の相続税とも密接に関係してきます。

そのため、法人との取引は、個人の相続税対策を検討する際には注意しなければなりません。また、その際、関係会社を含めて対策を広げていくと、関係会社間の取引に関してグループ法人税制が関係してくることもあります。よって、1つの税目だけではなく、幅広い視点から検討・確認していく必要があります。

以上(2025年2月更新)
(監修 税理士 谷澤佳彦)

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画像:pixabay

【入社1年目の教科書】ネット上に公開されている無料画像でも無断で利用してはいけません

書いてあること

  • 主な読者:画像などの利用で注意すべきルールを知りたい新入社員
  • 課題:ネット上に公開されている画像をプレゼン資料で使いたいけど、ダメなの?
  • 解決策:画像などを利用する場合は創作者の許可が必要。無料でも無断利用は違法

先輩からプレゼン資料に使う画像の検索を頼まれた。先輩が頑張って資料を作ってたから、格好いい画像を選ばないとな〜。どれどれ、この画像なんて無料だし、いいんじゃないかな! んっ? 「商用利用の場合は、著作権表示をしていただくようお願い申し上げます」だって。画像は無料で利用できるんだよね、これってどういう意味なの!?

1 他人のものを使うときは著作権に注意する

プレゼン資料やチラシを作るとき、「お、イメージ通り!」という画像がネット上に公開されていたら、使いたくなりますよね。でも注意してください。たとえネット上に公開されている画像でも、無断で利用すると著作権の侵害になることがあります。著作権とは、

画像・動画・文章・音楽などを創作した人に与えられる権利のこと

です。著作権には、自分の作品であることを表示する権利、無断で作品を利用されない権利など、さまざまな権利が含まれます。プロが創作したものに限らず、個人がSNSで公開している画像などにも著作権はあるので、基本的に、

自分以外の人が創作した画像などを利用する場合、許可を得る必要がある

と覚えておきましょう。通常は、創作した人が著作権を持っているので、創作した人に許可を得なければなりません。あるいは、創作した人が出版社など他者に著作権の一部を譲渡している場合もあります。

2 画像サイトなどの利用は「利用条件」を確認してから

画像や動画などの素材を提供しているサイトは、有料サイトと無料サイトがあります。有料サイトの場合は、通常、ビジネスでも使えます。つまり、プレゼン資料に掲載しても問題ありません。これは、有料サイトの運営者が事前に画像を撮った人や、画像に映っている人などから許可を得ているので、皆さんはお金を支払う代わりに、個別に許可を得る必要はないということです。

ただし、サイトによっては「利用時は『画像提供:○○』など著作権の表示が必要」「印刷物で利用する場合は、1万部以下までとする」などが設けられていることもあるので、各サイトの利用条件を必ず確認しましょう。

3 相手の許可が不要な「引用」と「私的利用」

著作権には、創作した人の許可を得なくてもよいケースがあります。とはいえ、ビジネスではトラブルを避けるためにも許可を得るのが基本なので、参考程度に知っておいてください。まずは「引用」です。引用とは、

自分の主張などを補強するために、他人の画像などを利用すること

です。引用には、「かぎかっこをつけるなど、自分の著作物と引用部分とが区別されていること」「出所が記載されていること」など幾つかのルールがあります。次は「私的利用」です。私的利用とは、

個人または家族内で動画観賞を楽しむこと

です。ただ、基本的にビジネスは私的利用には該当しません。

以上(2025年1月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

2025年4月法令改正で、障害者雇用のルールはどう変わる?

1 障害者雇用は義務ではなくチャンス!

「障害者雇用は大切だけど、ウチには頼める仕事がないから無理……」。こんなイメージがある障害者雇用ですが、状況は変わってきました。その背景には、

  • 職業能力の開発次第で障害者は十分な戦力になることを体感する会社が増えてきた
  • 働き方のルールが柔軟になる中で障害者の活躍フィールドが広がってきた
  • 障害者に特化した採用支援サービスが充実し、障害者と出会える機会が増えた

などの変化があり、会社で働く障害者の数もこの10年間で1.5倍以上に増えています。

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障害者雇用は、人材採用と社会貢献という2つの課題を同時に解決できる可能性を秘めています。もし、興味をもっていただけたなら、この記事を読み進めてください。以降で、障害者雇用を検討するための第一歩として、「障害者雇用促進法」とその関係法令に定められている、

  • 会社が雇用する障害者の数を決める「障害者雇用率制度」(2025年4月法令改正あり)
  • 不当な差別を防ぐ「障害者差別の禁止や合理的配慮の提供義務」

について分かりやすく説明します。

2 「障害者雇用率制度」とは?

1)社員が40人以上になると障害者の雇用義務が発生

障害者雇用率制度とは、

常時雇用する社員数が一定数以上の会社は、社員数に一定の割合(障害者雇用率)を掛けた人数以上の障害者を雇用しなければならない

というルールです。この制度の「常時雇用する社員」とは、

  • 1週間の所定労働時間が原則20時間以上(例外あり。詳細は後述)
  • 1年を超えて雇用される見込みがある、または1年を超えて雇用されている

の両方を満たす社員です。常時雇用する障害者でない社員は、正社員は1人当たり「1人」、パート等の短時間労働者は1人当たり「0.5人」とカウントします(雇用率の算定における障害者のカウント方法は後述)。

2024年4月以降、社員が40人以上の会社(民間企業)には、社員数の2.5%に相当する人数以上の障害者を常時雇用する義務が課せられています。2026年7月からは、社員が37.5人以上の会社に対し、社員数の2.7%に相当する人数以上の障害者を常時雇用する義務が課せられます。

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例えば、現時点で常時雇用する社員数が40人の会社は、

40人×2.5%(障害者雇用率)=1人以上(小数点以下の端数が発生する場合、切り捨て)

の障害者を常時雇用する義務があります。

また、常時雇用する社員数が40人以上の会社は、毎年6月1日時点での障害者の雇用状況を所轄ハローワークに報告する義務があります。その際、自社の障害者雇用率が法定基準を下回っていると、

ハローワークから行政指導(障害者の雇入れ計画の作成命令、実施勧告、特別指導)が入り、指導に従わない場合、厚生労働省ウェブサイトで「会社名を公表」される

というペナルティーが課せられることがあるので注意が必要です。

2)一部の業種に適用される「除外率制度」とは?(2025年4月法令改正あり)

どの会社も基本的には、1)のルールに基づき自社が雇用すべき障害者の人数を算定しますが、実は法令上、一般的に障害者の就業が困難なため、1)のルールをそのまま適用することになじまないとされている業種があります。こうした業種については「除外率制度」といって

「常時雇用する社員数」を計算する際、業種ごとに設定される「除外率」に相当する社員数を、算定対象から控除できる制度

が適用されます。

例えば、建設業は一般的に障害者の就業が困難とされる業種で、2025年3月までは除外率が「20%」に設定されています。仮に常時雇用する社員を200人とした場合、

200人×20%(除外率)=40人(小数点以下の端数が発生する場合、切り捨て)

を算定対象から控除できます。すると、通常の会社と建設業とでは、雇用すべき障害者の人数が次のように変わってくるわけです

  • 通常の会社:200人×2.5%(障害者雇用率)=5人以上
  • 建設業:(200人-40人)×2.5%(障害者雇用率)=4人以上

もっとも、障害者雇用を促進する観点から、この除外率制度は2002年の法改正以降、段階的に廃止が進められています。直近では、

2025年4月から業種ごとの除外率が10%ずつ引き下げられます(例:建設業は「20%→10%」に引き下げ)。また、除外率が10%以下の業種は除外率制度の適用対象外

となります。

業種ごとの除外率の新旧対照表は次の通りです。なお、赤字の業種は2025年4月から追記されるものです。

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3)障害者の人数は雇用率算定上、何人としてカウントする?

障害者雇用率制度の対象となる障害者(常時雇用する社員)は、

  • 身体障害者:原則、身体障害者手帳の1~6級に該当する人
  • 知的障害者:知的障害者判定機関により知的障害があると判定された人
  • 精神障害者:精神障害者保健福祉手帳を所持する人

のいずれかです。そして、障害の内容や週の所定労働時間によって、「何人としてカウントするか」が決まります。

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4)「障害者雇用納付金制度」も併せて活用!

「障害者雇用納付金制度」とは、

  • 常時雇用する社員数が100人超:障害者雇用率が法定基準を下回ると「納付金」を納めるが、法定基準を上回ると「調整金」がもらえる
  • 常時雇用する社員数が100人以下:常時雇用する障害者が一定数を超えると「報奨金」がもらえる(「納付金」の支払いはない)

という制度です。「独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構」が管轄しており、会社からの申告・申請に基づいて、納付・支給が行われます。

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この他、フリーランスで在宅勤務の障害者などに仕事を発注するともらえる「在宅就業者特例調整金」「在宅就業者特例報奨金」などもあります。詳細はこちらをご確認ください。

■高齢・障害・求職者雇用支援機構「障害者雇用納付金制度の概要」■

https://www.jeed.go.jp/disability/about_levy_grant_system.html

3 「障害者差別の禁止や合理的配慮の提供義務」とは

1)障害者差別の禁止

募集・採用、賃金、配置、昇進などの雇用に関するあらゆる局面で、

  • 障害者であることを理由に障害者を排除すること
  • 障害者に対してのみ不利な条件を設けること
  • 障害のない人を優先すること

など、「障害者だから」という理由だけで差別することは禁止されています。

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2)合理的配慮の提供義務

会社は障害の特性などに応じて、障害者が働く上で必要な配慮(合理的配慮)をしなければなりません。主に、

  • 募集・採用において、障害者にもそうでない人にも均等に機会を与える
  • 採用後、障害者が働く上で支障となる問題を改善し、能力を発揮しやすくする

という観点から配慮が求められます。ただし、会社にとって過重な負担を強いる配慮(職場内に階段昇降機やエレベーターを取り付けるなど)までは求められません。イメージは「今の会社が提供できる最大限の配慮をする」です。

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障害者の状態や職場の状況などによって求められる合理的配慮の内容は異なります。ですから、具体的にどのような対応をとるかについては、会社と障害者とでよく話し合って決定する必要があります。

3)苦情処理・紛争解決援助

会社は、前述した「障害者差別の禁止」「合理的配慮の提供義務」について、障害者から苦情を受けたときは、自主的に解決する努力をしなければなりません。もし、自主的な解決が難しい場合、

都道府県労働局長による助言・指導・勧告や調停制度の対象

となります。調停制度では、都道府県労働局に設けられた障害者雇用調停会議にて問題の解決を図ります。

以上(2025年3月更新)
(監修 弁護士 八幡優里)

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