この先、避けては通れない AIの利用をめぐるサイバーリスク

1 AIの普及、進化でサイバーリスクも加速

日進月歩の勢いで進化を続けるAI(人工知能)。AIには「未だ確立された定義は存在しない」とされますが、近年、一大潮流となっているのが「生成AI」。人が指示を与える(プロンプトを入力する)ことで、文章、画像、動画、プログラムなどを自動的に生成できるのが特徴です。

生成AIは、

  • これまで人が行ってきた業務・作業の圧倒的な効率化を実現し、人手不足を解消する
  • これまで人が思い付かなかったような新たなビジネスアイデアを創出する

上で大きな効果が期待されている一方、セキュリティ対策やガバナンスが追いつかず、思わぬトラブルに巻き込まれるケースも急増しています。

IPA(情報処理推進機構)の「情報セキュリティ10大脅威2026」では、「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が第3位として初めてランクイン

しました。

今や、AIに関するリスク管理は、情報システム部門や担当者の裁量に任せるレベルを超える「重大な経営課題」へと変貌しています。2026年には、総務省・経済産業省が「AI事業者ガイドライン」を改定(第1.2版)したり、金融庁が「『フロンティアAIによる脅威変化を踏まえた金融機関等の短期的な対応』に係る要請」(以下「フロンティアAI対応要請」)をしたりするなど、政府機関による方針作成や規制の動きも加速しています。

この記事では、中小企業の経営者やマネジメント層、そして現場の従業員の方に向けて、AIがもたらす新たな脅威の実態と、安全に使いこなして取引先からの信頼を勝ち取るための具体的なセキュリティ対策を解説していきます。

2 AIの利用をめぐるサイバーリスク:直面する4つの脅威

AIの普及、進化は、私たちのビジネスを便利にする一方で、サイバー犯罪の手口も急速に巧妙化させています。ここでは、IPAの「情報セキュリティ10大脅威2026」や最新のインシデント事例から、私たちが今まさに直面する4つの脅威を整理します。

AIの利用をめぐる4つの脅威

IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」でAIリスクが初の第3位にランクイン

THREAT 01

巧妙化するフィッシング詐欺

生成AIが自然な日本語のビジネスメールを大量生成。「ニセ社長詐欺」による送金被害が急増。

言語の壁が消え、見破れなくなった

THREAT 02

サイバー攻撃の自動化・高度化

AIが脆弱性探索や難読化コード生成を代行することで、未熟な攻撃者でも超一級の攻撃が可能に。

「AIアシスタント」が攻撃者側にも

THREAT 03

ハルシネーションと法的リスク

実在しない情報を「もっともらしく」出力。鵜呑みにして誤情報を提供すると、著作権侵害の恐れも。

ファクトチェックなき利用は危険

THREAT 04

間接プロンプトインジェクション

サイト・メールに仕込まれた不正プロンプトをAIが自律的に読込み、機密データを外部送信する恐れ。

「EchoLeak」のようなゼロクリック攻撃

(出所:IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」ほか)

1)言語の壁を超越した巧妙な「フィッシングメール」「ビジネスメール詐欺」

これまでの海外発のフィッシングメールやビジネスメール詐欺は、「てにをは」の使い方が不自然だったり、日本語の表現がどこか変だったりしたため、読めば見破ることができました。しかし、攻撃者が生成AIや翻訳文章生成ツールを悪用し、日常的な取引の文脈や業界の慣例を学習した違和感のない日本語のビジネスメールが瞬時に、大量に作れるようになっています。

2026年には、経営者などをかたって業務命令を装い、LINEグループの作成を要求した上、指定した口座に送金をさせる「ニセ社長詐欺」の被害が急増しています。

2)サイバー攻撃の「自動化」と「技術水準の底上げ」

生成AIを「サイバー攻撃のアシスタント」として悪用する攻撃者が登場しています。攻撃者は、AIにセキュリティホールとなる脆弱性を探させたり、セキュリティソフトの検出を回避する「難読化コード」や情報窃取コマンドを動的に生成させたりしています。これにより、高度なハッキング知識を持たない未熟者であっても、容易に超一級のサイバー攻撃を仕掛けられるようになっています。

3)実在しない情報を信じ込む「ハルシネーション(幻覚)」と法的リスク

対話型の生成AIは、確率的に「もっともらしい文章」を生成する仕組みであるため、時に架空の事実、間違った解釈を、あたかも真実であるかのように堂々と出力することがあります。これを「ハルシネーション」と呼びます。

AIが生成した内容を人間の目で検証(ファクトチェック)せずに鵜呑みにして、提案書やウェブサイトのコンテンツ、あるいはプログラムコードに利用すると、顧客へ誤った情報を提供してしまい信用を失う恐れがあります。また、意図せず、他者の知的財産権(著作権など)を侵害してしまう法的リスクもあります。

4)進化するAI固有のゼロクリック脆弱性「間接プロンプトインジェクション」

「Microsoft 365 Copilot」などのビジネスツールに生成AIが深く組み込まれる中、AI固有の新しい脆弱性を突いた攻撃が登場しています。その代表例が「間接プロンプトインジェクション」です。

AIには通常、悪意ある命令を拒否するセーフガード(保護措置)が導入されています。しかし、何らかの方法で、攻撃者にウェブサイトやメールの文面の中に、人間の目には見えない(または気づかない)不正プロンプトを仕込まれると、社内のAIがそのサイトやメールを自律的に読み込んだ際、仕込まれた不正な指示を真に受けて、「社内の機密データを外部のサーバーに勝手に送信する」といった動作(例えば、「EchoLeak」と呼ばれる脆弱性の悪用など)を、利用者が気づかないうちに実行してしまうのです。

3 「AI利用者」として押さえておくべき役割とポイント

総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」では、AIに関わる主体を「AI開発者(Developer)」「AI提供者(Provider)」「AI利用者(Business User)」の3つに大別しています。

  • AI開発者:AIモデルやアルゴリズムそのものを構築する事業者
  • AI提供者:AIをアプリやサービスに組み込んで提供する事業者
  • AI利用者:事業活動においてAIシステムやサービスを利用する事業者

ここでは、主に「AI利用者」として押さえておくべきポイントを、中小企業の経営者・マネジメント層と従業員それぞれの目線から紹介します。なお、一般の中小企業の大部分は「AI利用者」に該当しますが、自社で顧客向けにAIチャットボットを組み込んだウェブサイトを構築したり、システムを開発して提供したりする場合は「AI提供者」の責任も兼ねることになります(この記事では割愛)。

AIに関わる3つの主体

「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」による分類 ─ 自社はどこに立っているか

大部分の中小企業はここ

D

Developer

AI開発者

AIモデルやアルゴリズムそのものを構築する事業者

例:AIモデル開発企業

大部分の中小企業はここ

P

Provider

AI提供者

AIをアプリやサービスに組み込んで提供する事業者

例:AI搭載SaaS事業者

大部分の中小企業はここ

U

Business User

AI利用者

事業活動においてAIシステムやサービスを利用する事業者

例:ChatGPTやCopilotを業務で使う会社

※ 自社で顧客向けAIチャットボットを構築・提供する場合は「AI提供者」の責任も兼ねる

(出所:総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」)

1)経営者・マネジメント層目線:シャドーAI撲滅のためのリスクベースアプローチ

「うちはまだ業務にAIを導入していないから、リスクはない」と考えているとしたら、その考え方は危険です。会社が正式に利用を認めていない、あるいは安全な環境を用意していないにもかかわらず、現場の従業員が生産性を上げるために個人の判断で無料の公開型AIサービスを業務に使ってしまう「シャドーAI」が横行する恐れがあるためです。

無料の公開型AIサービスは、入力されたデータ(プロンプト)をAIの品質向上のために「再学習」する規約になっているケースが多々あります。ここに自社の機密情報、顧客の個人情報などをコピー&ペーストして入力すると、AIがそれを学習し、世界のどこかで別のユーザーが質問した際の「回答」として情報が漏えいしてしまうリスクがあります。

「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」が提唱する「リスクベースアプローチ」とは、利用するAIのリスクの大きさ(被害の大きさとその発生確率)を正しく把握し、それに見合った対策を講じる考え方です。経営者・マネジメント層に求められるのは、単に「AI利用は禁止」とすることではなく、データのオプトアウト(学習対象除外設定)が保証された法人向けの安全なAI環境(例えば、ChatGPT Team/Enterpriseや、Microsoft Copilotの商用データ保護環境など)を会社として公式に契約・提供し、シャドーAIを撲滅することです。

2)従業員目線:自動化バイアスの克服と入力(プロンプト)の厳格管理

現場の従業員が最も注意すべきは、AIを万能の道具だと錯覚してしまう「自動化バイアス(Automation Bias)」です。自動化バイアスとは、システムやAIが出した回答を過度に信頼し、人間が考えることを放棄して従ってしまう心理現象を指します。

AIがどれだけ自信満々に、美しい日本語で回答を出力したとしても、そこにはハルシネーション(幻覚)や、セキュリティ上の脆弱性が含まれている恐れがあります。従業員は次の「3つの原則」を守ることを徹底しなければなりません。

  • 重要情報の入力禁止:自社の機密情報、顧客の個人情報などは絶対に入力しない
  • ファクトチェックの義務化:AIの出力した数字、事実、ソース(根拠)は、必ず人間が別ルートで裏付けを取る
  • 責任の引き受け:AIは「アシスタント」であり、業務の最終決定と責任は人間の従業員自身にあることを自覚する

4 フロンティアAIの登場によるサプライチェーン全体への影響

今後、中小企業が避けては通れない課題が、「フロンティアAI」への対応と、それに伴うサプライチェーン全体の規制強化の波です。

フロンティアAIとは、米アンソロピック(Anthropic)社の「Claude Mythos(クロード・ミュトス)」などに代表される、現在の技術基準をはるかに超える極めて大規模で高性能な最先端のAIモデルを指します。「Claude Mythos」は、システムやソフトウェアの「未知の脆弱性」を自動で、短期間に、大量に発見する圧倒的な能力を持っています。一方で、攻撃者側に悪用された場合、脆弱性を突いた攻撃を開始するまでのタイムラグが極端に短縮されるという脅威が生じています。

冒頭で触れた、金融庁が発出した「フロンティアAI対応要請」は、これまで安全だとされていたシステムに、突然大量の脆弱性が発覚し、修正プログラム(パッチ)の適用が追いつかなくなる事態を想定し、金融機関に対して、自社だけではなく、システムの開発・保守を委託している外部のITベンダーやサプライチェーンの事業者も含めて、「大量の脆弱性への対応リソースがあるか」「パッチ適用が間に合わずにシステム停止に追い込まれるリスクはないか」を至急点検し、契約(SLA/SLO)を確認せよと命じているものです。

こうした動きは金融業界にとどまらず、2026年度末に予定されている経済産業省の「SCS評価制度(サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度)」の運用開始により、一般の製造業、流通業、サービス業の中小企業にも影響を及ぼすと考えられます。

現代のサイバー攻撃のトレンドは、セキュリティが強固な大企業を直接狙うのではなく、その取引先である中小企業や業務委託先を「踏み台」にして、ネットワークを経由して段階的に大企業へ侵入する「サプライチェーン攻撃」です(IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」で第2位)。

サプライチェーン攻撃の構造

IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」で第2位 ─ 狙われるのは”踏み台”の中小企業

攻撃者

Attacker

侵入

狙われるポイント

中小企業

(取引先・委託先)

セキュリティが手薄な”踏み台”に

経由

大企業

(最終ターゲット)

強固なセキュリティを直接突破できない

大企業は「SCS評価制度」で取引先のセキュリティ体制を点検する時代へ

フロンティアAIによる脆弱性増加への対応力を、チェックシート等で照会される。「対応していません」と答えれば、その瞬間に取引を失うリスクがある

(出所:IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」、経済産業省「SCS評価制度」)

大企業は、SCS評価制度を活用して取引先中小企業のセキュリティ体制を点検し、自社の安全を確保しようとするはずです。近い将来、中小企業は、大手の取引先から「フロンティアAIによる大量の脆弱性発覚に耐えられる体制があるか?」「委託先ベンダーとの保守体制は万全か?」という照会(チェックシートの提出要請など)を受けることになります。ここで「対応していません」「ITはベンダー任せで分かりません」と回答すれば、その瞬間に「リスクあり」と判断されてしまい、取引を失ってしまう恐れがあるのです。

5 自社の現状を評価するチェックリスト

1)経営者・マネジメント層向け

チェック項目
AI利用規程(ガイドライン)を策定し、全社に周知・徹底しているか
シャドーAI(無断での個人アカウント利用)を(技術的に)禁止・監視しているか
入力データが学習されない「安全な法人向けAI環境」を会社として提供しているか
外部のITシステムベンダーとの「保守契約(SLA/SLO)」を再確認しているか
自社が保有・利用・提供しているIT資産やソフトウェア構成を把握しているか
金銭支払いや契約変更等の重要業務において、複数人が関与する承認フローを構築しているか
サイバー攻撃によるシステム停止を想定したBCP(事業継続計画)を策定しているか

2)従業員向け

チェック項目
会社の秘密情報、顧客の個人情報、インサイダー情報をAIに絶対に入力していないか
AIの出力結果をそのまま鵜呑みにせず、必ず自分の目で検証(ファクトチェック)しているか
AIが生成したプログラムコードやシステム設定データを、検証せずに実業務に投入していないか
AIを悪用した巧妙な「なりすましメール」や「フィッシング詐欺」を疑う目を持っているか
万が一のトラブル(誤入力による情報漏えい等)が発生した際、すぐに報告できる窓口と手順を理解しているか

以上(2026年7月作成)

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画像:日本情報マート

中小企業も要注意の「情報セキュリティ10大脅威2026」

1 情報セキュリティ対策の第一歩は、脅威を知ることから

情報セキュリティ対策の第一歩は、自社を取り巻く環境にどのような脅威があるのかを知ることです。IPA(情報処理推進機構)が毎年公表する「情報セキュリティ10大脅威」で、社会的に影響の大きいものを確認してみましょう。

■IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」■
https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2026.html

こちらが「組織」向けの10大脅威です。「組織」向け脅威の列にあるリンクから、それぞれの脅威について分かりやすく解説した、対策チェックリスト付きの記事(2026年7月に随時公開予定)にジャンプできます。ぜひご確認ください。

(図表)【情報セキュリティ10大脅威2026】

順位 「組織」向け脅威 初選出年 10大脅威での
取り扱い
(2016年以降)
1 ランサム攻撃による被害 2016年 11年連続11回目
2 サプライチェーンや委託先を狙った攻撃 2019年 8年連続8回目
3 AIの利用をめぐるサイバーリスク 2026年 初選出
4 システムの脆弱性を悪用した攻撃 2016年 6年連続9回目
5 機密情報を狙った標的型攻撃 2016年 11年連続11回目
6 地政学的リスクに起因するサイバー攻撃(情報戦を含む) 2025年 2年連続2回目
7 内部不正による情報漏えい等 2016年 11年連続11回目
8 リモートワーク等の環境や仕組みを狙った攻撃 2021年 6年連続6回目
9 DDoS攻撃(分散型サービス妨害攻撃) 2016年 2年連続7回目
10 ビジネスメール詐欺 2018年 9年連続9回目

(出所:IPA「情報セキュリティ10大脅威2026」)

2 できるところから始める「情報セキュリティ6か条」

インターネットの普及に伴い様々な脅威が現れ、攻撃者の手口は年々巧妙かつ悪質になっていますが、対策には共通する部分があります。ここでは、IPAが取りまとめた共通する基本的な対策「情報セキュリティ6か条」に解説を加えて紹介します。できるところから始めましょう。

1)OSやソフトウェアは常に最新の状態にしよう!

OSやソフトウェアに脆弱性が見つかった場合、通常、開発業者は脆弱性の情報とともに、脆弱性をカバーするためのプログラムである「セキュリティパッチ」を一般公開します。速やかにセキュリティパッチを適用するためには、

  • 自社で利用しているOS・ソフトウェアやネットワーク対応機器について、製品名とバージョン情報を把握する
  • 開発業者のウェブサイトで公開されている脆弱性対策情報を随時収集する

ことが求められます。

IPAのウェブサイトでも、主な製品の脆弱性対策情報が「重要なセキュリティ情報」として公開されています。自社で利用している製品があったら、緊急度・重要度に応じて関係先(組織内や顧客など)への周知、ソフトウェアの更新などの対応を行いましょう。

2)ウイルス対策ソフトを導入しよう!

昨今のサイバー攻撃は、ID・パスワードの奪取、遠隔操作、そしてファイルを勝手に暗号化して金銭を要求するランサムウェアなど、その手口が多様化しています。これらの脅威から社内の端末を守るためには、信頼できるウイルス対策ソフトの導入が不可欠です。

ウイルスを検出するための「ウイルス定義ファイル(パターンファイル)」を常に最新の状態に保つよう、自動更新を有効化することも忘れてはなりません。

3)パスワードを強化しよう!

パスワードは、他人が分からないように作成し、他人に使われないように管理しなければなりません。

単一要素認証として使うパスワードは、15文字以上の長さを確保し、推測されにくい複雑な文字列を設定することが推奨されています。

管理については、複数のサービスで使い回しをしないのが鉄則です。そうしないと、いかに強度の高いパスワードを設定したとしても、どこか1つのサービスから漏れた場合に「パスワードリスト攻撃」を受け、不正ログインを防げないからです。

なお、以前は推奨されていた、定期的なパスワード変更(リセット含む)は、今は不要とされています。

サービスによっては、「多要素認証」(MFA:Multi-Factor Authentication)が使えるので、積極的に取り入れましょう。多要素認証とは、ログインなどの際に、知識情報(ID・パスワード)、所有情報(ワンタイムパスワードや証明書)、生体情報(指紋・顔・虹彩・静脈)、その他の情報(グローバルIPアドレス)といった複数の情報を組み合わせて認証するものです。

4)共有設定を見直そう!

クラウドストレージやネットワーク接続された複合機などは、設定に不備があるとインターネットを通じて無関係な第三者に重要情報を漏えいさせるリスクをはらんでいます。意図しない情報開示を防ぐためには、アクセス権の厳密な管理が必要です。

クラウドやネットワーク機器の共有範囲は、業務上、本当に必要な人に限定して設定するようにしましょう。また、社員の退職時には速やかにユーザーアカウントを抹消する、異動時にはアカウントに付与したアクセス権限を見直すといった対策も必要です。

5)バックアップを取ろう!

ランサムウェア感染やハードウェアの物理的故障、従業員の誤操作によって業務データが消失した場合、バックアップがなければ事業継続は不可能です。失ったデータの復旧には多大な時間とコストを要するため、平時からの適切なバックアップ運用が組織のリスクマネジメントに直結します。

バックアップに使用する装置や媒体は、作業時以外はパソコンやネットワークから物理的に切り離して保管するか、安全な遠隔地・クラウドに保管するようにしましょう。また、保存したデータが正しくリストア(復元)できるかを定期的に確認することも大切です。

6)脅威や攻撃の手口を知ろう!

メールやウェブサイトを使って言葉巧みに誘導する手口は年々巧妙化しています。ただし、

どのような手口があるのか知っていれば、攻撃者が仕掛けた罠に気付き、被害を未然に防げる可能性が高まる

ことになります。

IPAでは情報セキュリティに関する脅威や対策などを学ぶことができる映像コンテンツを、YouTubeの「IPA Channel (ipajp)」で公開しています。参考にしてください。

■IPA「情報セキュリティ普及啓発映像コンテンツ」■
https://www.youtube.com/playlist?list=PLF9FCB56776EBCABB

以上(2026年7月更新)

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画像:日本情報マート

2027年4月からの新リース会計基準は中小企業にどう影響する?

1 新リース会計基準の影響を受けるのは、大企業だけじゃない

新リース会計基準は、2027年4月1日以降に開始する事業年度から、上場企業や会計監査人設置会社などの「大企業」を対象に強制適用されます。中小企業は任意適用ですが、次のように実質的に新基準を意識した会計対応が求められるため、無関係とはいえません。

  • 親会社が上場企業である場合(連結対象):親会社が上場企業である場合など、連結財務諸表に含まれるため、親会社の基準に合わせた会計処理が実質的に求められる
  • 金融機関や出資者などとの関係性を重視する会社:今後の成長戦略として上場やM&A、資金調達を検討している場合、財務の透明性を高めるために、適用が義務でなくとも、任意で新基準に沿った会計処理を選択することが求められる

新リース会計基準を適用した場合、経営への影響は数値の変化だけにとどまりません。会計処理の複雑化や、契約の洗い出し・再評価といった実務負担の増加、税務申告上の調整の発生など、財務・税務・経理の現場にも様々な対応が求められます。

この記事では、リースの借り手企業向けに、適用した場合の影響、新・旧リース会計基準との違い、税務上の取り扱い、そして今から講じるべき実務対応まで、段階的に解説していきます。

2 会計処理の大きな転換点 新・旧リース会計基準の違い

1)会計処理の違い

現行(旧リース会計基準)のリース取引は、

  • ファイナンス・リース:実質的に買うのと同じ性質(分割払いで購入しているのと同等の性質)を持つリース取引で、貸借対照表上の資産・負債の計上が必要(オンバランス処理)
  • オペレーティング・リース:上記のファイナンス・リース取引以外のリース取引で、貸借対照表上に資産・負債としての計上は不要で、毎年支払ったリース料を費用処理できる(オフバランス処理)

の2種類に分類されます。

新リース会計基準では、

上記のような取引の区分がなくなります。

会計基準の見直しの概要(借り手の場合)

今まで支払ったリース料を費用処理するだけでよかったオペレーティング・リース取引についても、貸借対照表上に資産・負債を計上しなければならない処理が必要になります。なお、リース契約期間が1年以下の短期リースや、少額リースに該当するリース取引については、現行(旧リース会計基準)から変わりなく、リース料を費用で処理することが認められています。

2)対象となるリース取引の違い

現行(旧リース会計基準)では、契約書に「リース契約」と明記されている取引であれば、原則としてリース会計の対象とされてきました。つまり、形式的にリース契約であるかどうかが判断基準となっていました。

しかし、新リース会計基準では考え方が大きく変わります。契約書に「リース」と書かれているかどうかではなく、契約の実態が「リースの定義」に該当するかどうかが判断基準となるためです。新リース会計基準における「リース」とは、

特定の資産を一定期間使用する権利を持ち、その使用に対価を支払う契約

をいい、名称にかかわらずその条件に該当するものは、全てリース会計の対象となります。例えば、オフィスやコピー機などの賃貸契約、不動産の借上契約などは、契約上「リース」と明記されていなくても、内容がリースと判断されれば、リース会計の対象となります。

一方、従来はリースとはみなされなかった電力供給契約や業務委託契約なども、その契約の中に特定の設備の使用権が含まれていれば、リースに該当する可能性があります。つまり、新リース会計基準では適用対象となる取引の範囲が大きく広がることになります。ただし、全ての取引が対象となるわけではありません。

使用期間が12カ月以下の短期リースや、1契約当たりの金額が非常に小さい少額リースについては、会計上の負担軽減のために、リース会計の対象外

とすることが認められています。

短期リースとは、契約期間が1年以下で、更新の義務や選択権がない契約を指します。少額リースは、1契約当たりの資産価格が企業の会計方針で「重要性が乏しい」と判断される程度の少額資産を対象とします。これらについては、従来通り費用で処理することができます。

3 税務上の取り扱い

税務上の取り扱いは2025年度の税制改正により明示されました。税務では、

オペレーティング・リースについて、現行の賃貸借処理から変更はなく、今まで通り支払ったリース料を損金とする処理が継続

することになります。税務上の取り扱いをまとめると、

  • ファイナンス・リースについては、売買処理(資産・負債を計上し、減価償却費と利息費用が損金になる)
  • オペレーティング・リースについては、賃貸借処理(資産・負債としての計上は不要で、支払ったリース料が損金になる)

されます。

そのため、新リース会計基準を早期に適用した会社については、会計上の費用計上額(減価償却費と利息費用)と、税務上の損金(賃借料)に差異が生じることから、2026年度以降の税務申告書上で税務調整が必要になります。

4 適用を検討している会社が今から講じるべき実務対応

1)自社が新基準の影響を受けるかどうかの確認

まず、貴社が新リース会計基準の強制適用対象となるか(上場企業の子会社、会計監査対象など)を確認しましょう。対象外であっても、将来IPO(株式公開)を目指していたり、大型のM&Aを検討していたりする場合には、任意適用を視野に入れるべきかの判断が必要になります。

2)既存リース契約の洗い出しと、詳細の把握

現在締結している全てのリース、賃借契約(名称が「リース」でなくても、実態としてリースに該当する可能性のある賃借契約やSaaS契約なども含む)を洗い出し、契約内容を詳細に把握しましょう。特に、リース期間やリース料総額、解約不能期間、残価保証の有無などを確認し、新リース会計基準の定義に照らして「リース」に該当するか、また「短期・少額リース」の簡便処理が適用できるかを判断しておきます。

3)経理業務の複雑化に備えた体制やシステムの準備

新基準への対応には、契約の識別、評価、会計処理、税務調整など、新たな業務プロセスと専門知識が必要になります。そのため、経理部門の教育や、必要に応じて会計システムの改修や新システムの導入などを検討し、実務負担の軽減を図る検討を始めましょう。

中小企業は、限られたリソースの中で新基準に対応するため、会計ソフトのアップデートだけでなく、AIを活用した契約管理システムなど、外部ソリューションの導入を積極的に検討すべきです。また、税務調整の複雑さや財務指標への影響を考慮すると、税理士や会計士といった専門家との連携を強化することが、適切な対応とリスク回避のために極めて重要となります。

4)必要に応じて金融機関など外部利害関係者との対話の準備

新リース会計基準が適用されると、これまで費用として処理していたリース契約の一部が、帳簿上では「使用権資産」(貸借対照表上の資産)と「リース負債」(貸借対照表上の負債)として記載されることになります。その結果、自己資本比率(会社の安全性を示す指標)やROA(資産を使ってどれだけ効率よく利益を出しているか)などの財務指標が、実態に変化がなくても悪く見えてしまうことがあります。

このような決算書の見た目の悪化は、外部利害関係者による融資判断や投資評価に影響する可能性があります。そのため、まずは新リース会計基準を適用した場合に、どのくらい財務数値が変動するかをあらかじめ試算(シミュレーション)しておくことが重要です。

また、必要に応じて、外部利害関係者に対し、「会計ルールの変更による財務指標の悪化が想定されますが、経営の実態は変わっていない」ことなどを事前に説明しておくと、誤解や不安を招かないですみます。

以上(2026年7月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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画像:webbiz-Adobe Stock

【賃上げ疲れの経営者へ】社員の働きぶりに見合った賃金の払い方

1 賃金原資は有限! 社員の働きぶりに見合った形で配分する

2026年7月3日に「2026年春闘」の最終回答集計が公表され、日本企業の賃上げ率(平均賃金方式、定期昇給相当分を含む、加重平均)は

2024年、2025年、2026年と3年連続で5%超え

となりました(日本労働組合総連合会「2026年春闘第7回(最終)回答集計」)。

一方で、多くの中小企業では、人手不足と物価高等によるコスト増によって収益が圧迫され、「賃上げ疲れ」が顕在化しています。「もう、最低賃金に合わせるのが精一杯だ!」と、そんな悲鳴を上げる経営者の方々に対し、社労士である筆者が提案しているのは、

ベースアップのように全員一律に給料を底上げする設計を見直すこと

です。

生成AIをはじめとする技術の進展によって、かつて社員が担っていた定型業務の一部は、AI・RPA・チャットボットなどで代替可能になりつつあります。そんな状況にあって、業務内容や貢献度を問わない一律の底上げは、社員を「自分の時間を切り売りするだけの働き方」に甘んじさせ、自ら付加価値を生み出そうとする自立心を阻害するリスクがあります。

限られた賃金原資だからこそ、社員の働きぶりに見合った形で「適正に分配する」決断

が必要です。

この記事では、賃金の「一律底上げ」から「適正な分配」へと発想を切り替え、

ジョブ型・手当重視型・成果型などを組み合わせた、柔軟な賃金設計のポイント

を紹介します。まず自社の現状(固定費率・評価制度の有無・職務の明確さ)を棚卸しし、どの設計から着手するかを検討してみてください。

2 柔軟に賃金を動かしやすい設計の考え方

1)経営側から見た賃金の役割

賃金には、「人件費管理」と「社員のモチベーション管理」という2つの役割があります。総額人件費は、収益計画・労働分配率・生産性のバランスで決まり、個々の社員については、職務内容・成果・能力・役割を評価軸にし、等級・職務ランクごとの期待成果とのギャップで「賃金が高すぎる/低すぎる」を判断するのが基本です。

実務では、次の2つの視点で確認するとよいでしょう。

  • 賃金水準の確認:同業他社の相場・社内分布との比較
  • 価値の見える化:売上・利益貢献だけでなく、品質・生産性・マネジメント・専門性など、職務別に“価値指標”を定義する

2)賃下げとなる場合は「労働条件の不利益変更」のルールに注意

賃金の「一律底上げ」をやめ、「適正な分配」を行う設計に切り替えた場合、期待成果とのギャップによって「賃金が下がる(賃下げとなる)」社員が出てくることになります。ここで、避けて通れないのが、労働契約法の「労働条件の不利益変更」の問題です。

まず、賃金の支給ルールを「個別の労働契約」によって定めている場合、

会社は個別の労働契約の内容を勝手に変更することはできず、社員との合意が必須

です。

また、支給ルールを「就業規則(賃金規程など)」で定めている場合も注意が必要です。通常、就業規則は過半数労働組合(または過半数代表者)の意見を聴いた上で変更することができますが、変更が社員にとって不利益に働く場合、

社員の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性(業績悪化や職務変更など)、内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などに照らして合理的な変更でないと無効

になります。特に、

賃金の場合は、評価制度と支給ルールが不透明なせいでトラブルになるケースが多いので、事前に社員に対し、変更内容の詳細を明示することが不可欠

です。

【社労士の実務メモ】

社労士として相談を受ける中でよくあるのが、「口頭で合意したから大丈夫」と思い込んでいるケースです。しかし、賃金の不利益変更は口頭合意だけでは法的に無効と判断されるリスクがあります。個別の労働契約で賃金のルールを決めている場合、書面(労働条件通知書や覚書)で個別に合意を取りましょう。

就業規則の改定については、一応、合理的な理由・対応であれば、個別の合意がなくても過半数労働組合(または過半数代表者)の意見を聴いた上で変更が可能ですが、賃金は社員の生活に直結する労働条件なので、やはり書面で個別に合意を取ったほうがよいです。なお、改定時は、労働基準監督署への届け出と、変更後の周知もセットで行うことが必須です。

3)柔軟に賃金を動かしやすい設計の考え方

日本企業の多くは、長く勤めればその分、基本給が増えていく年功的な制度を導入しています。しかし、基本給は一度金額を上げると下げにくい上に、賞与や退職金の算定基準になっていることも多いです。そのため、人の入れ替わりが少ない企業では、既存社員の高齢化に伴って、年々コストが膨らんでいきます。

対策として有効なのが、二層構造の設計です。具体的には、

  • 基本給は生活保障・能力等級に応じた「安定部分(固定)」
  • 手当・成果給は役職手当・職務手当・インセンティブなど、業績や役割の変化に応じて調整できる「柔軟部分(変動)」

として設計します。職務・成果・手当などの「変動要素」を増やすことで、働きぶりに応じた配分調整がしやすくなります。

以降で柔軟に賃金を動かしやすい設計の例をいくつか紹介します。

3 賃金設計の例:ジョブ型

1)ジョブ型の基本イメージ

ジョブ型とは、職務記述書(ジョブディスクリプション)によって仕事内容・責任範囲を明確に定義し、そのジョブ(役割)の市場価値・社内価値に応じて賃金を設定する設計です。

あらかじめ決められた職務要件を「満たしていること」を前提に賃金を支払い、要件を満たせなくなった場合にはジョブグレードを下げ、対応する賃金レンジに移行します。

例えば、次のようなイメージです。

  • 営業職:担当売上規模や新規開拓の有無に応じてグレード1~3を設定し、担当規模が縮小した場合にはグレードを見直す
  • 経理・バックオフィス職:日常経理のみ/月次決算まで/決算・資金繰り・予算管理まで、と担当範囲に応じてグレードを分ける
  • 現場リーダー・監督職:担当人数・ライン数などマネジメント範囲を職務要件として定義し、組織変更に応じてグレードを調整する

ジョブグレードと賃金レンジのイメージ

(出所:筆者作成)

2)導入時の注意点

ジョブ型という考え方自体はそこまで新しいものではありませんが、実際にジョブ型を導入している中小企業はいまだに少数派です。中小企業の場合、社員一人ひとりが担当する業務が広く、いわゆる「なんでも屋」になりやすいからです。

そのため、多くの中小企業はジョブ型の代わりに、能力評価に基づいて社員の賃金を決定する「職能型」を導入しています。しかし、この職能型も、「なんでも屋」になりがちな社員の能力をどう評価するかが難しく、結局年功的な評価(「○年勤めているのだからこのぐらいはできるだろう」という、上長の主観的な評価)に陥りやすいという側面を持っています。

「なんでも屋」が多いために職務定義が難しく、「誰が何の責任を負っているか」が分かりにくい。この問題が解決されないままジョブ型を導入しても、かえって混乱を招きます。

この問題を解決する上でのポイントは、

  • コア業務と周辺業務を分ける:コア業務に対してジョブグレードを定義し、周辺業務は付随業務として扱う
  • 段階的に導入する:いきなり全社員をジョブ型にせず、管理職・専門職など職務が比較的明確な層から始める

です。特に「職能型」から「ジョブ型」に変えるときは、

「能力評価を完全に捨てる」のではなく、「職務要求を満たすための能力」という形で位置づけ直す

のが現実的です。また、賃金レンジの移行時には、既得権の扱いと移行後の昇給余地をどうするかで揉めやすいです。移行措置(経過措置)と丁寧な説明プロセスを事前に設計しておきましょう。

【社労士の実務メモ】

ジョブ型への移行で最もトラブルになりやすいのは、「新制度では現在の賃金が維持できない社員」への対応です。社員にとって不利益な変更になるため、受け入れられないケースもあるでしょう。

実務上は、一定期間(例:2~3年)は現行賃金を保証する調整給を設ける手法がよく使われます。調整給は「新制度の賃金レンジと現行賃金の差額を埋めるもの」として位置づけ、昇給や賞与の原資を優先的に充てることで段階的に解消していく設計が一般的です。

また、ジョブディスクリプションは作成して終わりではなく、年1回以上の見直しを就業規則や運用ルールに明記しておくことが、後々の紛争リスクを下げる上で重要です。

4 賃金設計の例:手当重視型

1)手当重視型の基本イメージ

基本給は生活保障・安定性という性格が強く、一度上げると法的にも心理的にも下げにくい「固定費」として機能します。

一方、役職手当・職務手当・資格手当・インセンティブ手当などは、要件を満たさなければ支給停止にできるため、「役割が変わった」「業績が変わった」際に比較的柔軟に調整しやすい要素です。

具体的な手当の設計イメージは次の通りです。

1.役職手当

管理職としての責任範囲(マネジメント範囲・部門規模など)を明確に定義し、その役割を担っている間に限って支給します。

2.職務手当

ジョブ型の考え方と組み合わせて活用するもので、特定の職務(プロジェクト責任者・専門業務など)に就いている間だけ支給します。

3.インセンティブ報酬

業績目標・KPI達成・プロジェクト完遂・改善提案などの成果に対して、賞与・一時金・成功報酬といった形で短期的に支給します。

2)導入時の注意点

賃金全体に対する手当比率が高すぎると収入の変動が大きくなり過ぎて、生活不安や離職リスクを高める可能性があります。基本給と手当のバランス設計が重要です。

また、「手当を減らせばいつでもコスト削減できる」という発想だけで設計すると、社員から「都合のいい調整弁」と見なされ、モチベーション低下や不信感につながります。

手当の要件・評価指標・支給停止条件を事前に明示し、評価制度と連動させることで、「納得できる変動」にすることがポイント

です。

【社労士の実務メモ】

手当設計で見落とされがちなのが、割増賃金(残業代)の計算基礎への影響です。役職手当や職務手当は、原則として割増賃金の基礎となる「通常の労働時間の賃金」に算入する必要があります(労働基準法第37条)。

「管理職だから残業代は不要」と判断していたケースでも、実態として管理監督者に該当しないと判断されると、未払い残業代のリスクが生じます。

手当を新設・変更する際は、割増賃金の計算への影響と管理監督者の要件を必ず社労士に確認した上で、就業規則に反映させてください。

5 賃金設計の例:成果・変動報酬型

1)成果・変動報酬型の基本イメージ

成果・変動報酬型は、文字通り「業績や成果に連動して、報酬が変わる」という賃金設計です。大きなメリットは、賞与(ボーナス)の原資配分と直接連動させやすい点にあります。基本給の変更は手続きも心理的ハードルも高いですが、賞与は「今期の業績・成果に応じた配分」として社員にも説明しやすいです。

「まずは賞与を成果連動に切り替える」ことから始め、運用に慣れてから基本給の見直しなどへと段階的にシフトしていく中小企業が多いです。実務では、基本給レンジ・昇給テーブルに加えて、賞与テーブルやインセンティブ報酬を成果指標に連動させる手法が一般的です。

「総額人件費のうち、固定的に支給する賞与(最低保証部分)と変動部分(成果連動賞与+インセンティブ)を分ける」ことで、業績や個人の成果に応じた柔軟な調整が可能

になります。

具体的な仕組みの例を3つ紹介します。

1.評価ランク別賞与テーブル

賞与については「一律何カ月分」とするのではなく、基準賞与額を定めた上で、個人評価係数と会社の業績係数を掛け合わせて支給額を決める方法があります。

例えば、基準賞与額を「基本給の2.0カ月分」とし、個人評価係数をS=1.30、A=1.15、B=1.00、C=0.85、D=0.60と設定した場合の評価ランク別賞与テーブルのイメージは次の通りです。

評価ランク別賞与テーブル(例)

さらに、会社全体の業績に応じて業績係数を0.8~1.2の範囲で設定すれば、原資総額をコントロールしながら、成果に応じたメリハリのある配分が可能になります。

2.ポイント制報酬

プロジェクト完遂・改善提案・資格取得などの行動・成果にポイントを付与し、年間ポイント合計に応じてインセンティブ額を決める仕組みです。

例えば、1ポイント=100円として、年間1000ポイント(10万円)を上限とするポイント制を設計します。

  • プロジェクト完遂:1件当たり200ポイント
  • 改善提案の採用:1件当たり50ポイント
  • 業務に直結する資格取得:1件当たり200ポイント

といったルールをあらかじめ定めておきます。

年間の合計ポイントに応じてインセンティブの額を決めれば、「どの行動が評価されるのか」「どれくらい頑張ればどの程度の報酬になるのか」が見えやすくなります。

3.チーム成果連動型

チーム成果連動型の賞与は、まず「会社全体の業績に応じた賞与原資」を決め、そのうえで部署ごとの売上比率や達成度に応じて「部署別賞与枠」を配分する設計が実務上取り入れやすい方法です。

例えば、会社全体の賞与原資が2000万円、部署Aの売上構成比が30%・達成度120%の場合、

基準枠600万円(=賞与原資2000万円×30%)×達成度係数1.2=720万円

を部署Aの賞与枠とします。その上で、部署内では評価ランクに応じてS=1.3、A=1.1、B=1.0、C=0.8といった係数を設定し、リーダーが評価結果に基づいて枠内で配分します。こうすることで、チーム全体の成果と個人評価の両方を反映した運用が可能になります。

2)導入時の注意点

次の点に注意が必要です。

  • 短期成果に偏りすぎない:長期的な育成・品質・安全などが犠牲になるため、定性的な評価項目とのバランスが重要
  • 評価と報酬の連動を明確に説明する:「何を頑張れば報われるのか」が見えないと、制度への不信感につながる

【社労士の実務メモ】

成果連動賞与を導入する際、「賞与は会社の裁量で支給するもの」と思っている経営者は多いですが、就業規則や雇用契約書に「賞与○カ月分を支給する」などの支給を約束する文言がある場合、それは固定的な支払い義務として扱われるリスクがあります。

成果連動賞与に切り替えるなら、就業規則の賞与条項を「業績・評価に応じて支給することがある」という裁量型・業績連動型の文言に改定することが先決です。

また、評価結果と賞与額の対応表(賞与テーブル)は、社員への説明資料として開示するとともに、就業規則の別規程(賃金規程・賞与規程)に根拠を持たせておくことで、後々の「言った・言わない」トラブルを防げます。

以上(2026年7月作成)

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画像:ChatGPT

経営のヒントとなる言葉(豊田喜一郎)

「一本のピンもその働きは国家につながる」(*)

出所:「心に響く名経営者の言葉 決断力と先見力を高める」(PHP研究所)

冒頭の言葉は、

「たとえどんなに小さな点であっても、決してゆるがせにしたり妥協したりしてはならない」

ということを表しています。

大学を卒業後、豊田氏は父親である豊田佐吉(とよださきち)氏が設立した豊田紡織株式会社に入社し、佐吉氏とともに自動織機の研究に取り組んでいました。こうした中、1924年、豊田佐吉氏は、画期的な自動織機(無停止杼換(ひがえ)式豊田自動織機(G型)。以下「G型自動織機」)を発明しました。G型自動織機は大きな評判となり、1929年には織機の本場である英国のプラット社と特許権譲渡の契約が結ばれることとなりました。

世界的に有名なプラット社がG型自動織機を評価したのは喜ばしいことでしたが、契約のために英国を訪れた豊田氏は、かつては英国の花形産業であった紡績業がすっかり衰退している状況を目の当たりにし、将来に対する大きな不安を感じました。このため、自社の技術を生かせる新たな事業を模索し、その過程で自動車に着目しました。

日本では、1923年の関東大震災を契機として、都市交通としての自動車への注目が高まっていました。こうした中、1926年に設立された株式会社豊田自動織機製作所(現株式会社豊田自動織機。以下「豊田自動織機製作所」)で働いていた豊田氏は、1930年には小型エンジンの研究を開始し、1933年に豊田自動織機製作所に自動車部が設置されると、自身が中心となって本格的に自動車事業へ進出しました。

しかし、自動車事業への進出は困難を極めました。当時、フォードなどの海外の大手自動車メーカーは、部品の大半を社外から調達し、社内でそれらの部品を組み立てていました。しかし、日本で流通していた部品は品質が低かったため、自動車事業への参入に際しては、部品の大半を自社で製造しなくてはなりませんでした。このため、豊田氏は非常な苦労を重ねた末、1934年にはようやくA型エンジンの試作に成功し、1935年にはA1型試作乗用車およびG1型トラックを完成することができました。

その後、1937年にトヨタ自動車が設立されると豊田氏は副社長に就任し、1938年には挙母(ころも)工場が竣工して本格的な自動車製造が始まることとなりました。

ところが、挙母工場が稼働し始めると同時に、次々に問題が発生しました。試作品の生産段階では問題がなかったにもかかわらず、量産体制に入った途端に自動車の品質が低下してしまったのです。これは、政府からの指示を受け、量産体制の確立を急いだことによるものでした。

豊田氏は、すぐに問題の解決を図りました。発生した不良品は、材質や設計、製造方法など多面的かつ徹底的に見直しを行いました。また、各従業員の作業工程を書き出し、ムダを省いて合理化を図りました。さらに、工場全体の作業方法を見直し、各部署の生産量に偏りが生じないよう、進行状況を管理しました。こうした取り組みにより、品質問題は次第に改善に向かっていきました。

その後、豊田氏は同社の社長に就任し、以降は自動車事業のトップとしてさまざまな車両やエンジンの試作に取り組みました。トヨタ自動車は、挙母工場の稼働で明らかになった問題を基に製造現場の管理を充実させ、以降は自動車製造の一貫した体制整備を行うこととなります。

経営者であると同時に技術者でもあった豊田氏は、品質問題の解決に向けて、従業員に対し次のように述べています。

「豊田自動織機は本来、発明と研究をモットーとせる会社なり。そこより出立せる当社が、不良なる車を社会に送ると云ふ事は、当社として最も恥ず可きことなり」(*)

 

豊田氏の父親である豊田佐吉氏は、生涯を発明と研究に費やしました。そして豊田氏もまた、優れた技術者として自動織機の研究に取り組み、そして新たな分野である自動車事業へと進出しました。豊田氏は「発明と研究」という二つのモットーを佐吉氏から受け継ぎ、それを誇りとして小さな点にも妥協することなく仕事に取り組みました。その姿勢が、今日のトヨタ自動車の「お客様第一・品質第一」という理念の源流となっています。

小さな妥協は、やがて大きな妥協となります。たとえ小さな点であっても、決してゆるがせにせずに全力で取り組むことが、成功への一歩を固めるのです。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

豊田喜一郎(1894~1952)。静岡県生まれ。東京帝国大学工学部卒。1929年、豊田自動織機製作所(現株式会社豊田自動織機)の技師に就任。1937年、トヨタ自動車工業株式会社(現トヨタ自動車株式会社)を設立し、副社長に就任。1941年、同社社長に就任。

【参考文献】

(*)「心に響く名経営者の言葉 決断力と先見力を高める」(江上 隆夫、PHP研究所、2014年)
「トヨタウェブサイト」(トヨタ自動車株式会社)

以上(2026年7月更新)

pj15117
画像:日本情報マート

財務3表のつながりを図解でわかりやすく解説

1 企業活動を数字で示すのが財務3表

一般的に、企業の事業は次のような流れで進みます。

  • 銀行からの借入や投資家からの出資によって資金を調達する
  • その資金を元手に商品を仕入れたり、製造に必要な機械設備を購入したりする
  • 商品やサービスを顧客に販売して利益を上げることで、投資を回収する

この事業活動のサイクルを、経営成績、財政状態、現金の流れの観点から数字で示したものが、財務3表となります。

  • 損益計算書:一定期間の企業の経営成績を表すもの
  • 貸借対照表:企業の期末日など、一定時点の財政状態を表すもの
  • キャッシュフロー計算書:一定期間の企業の現金の流れを表すもの

また、この財務3表はそれぞれが独立しているわけではなく、そのつながりを理解することで会社の状況がよりよく見えてくるようになります。早速、確認していきましょう。

2 事業活動を数字にするためのルール”複式簿記”

それぞれの財務3表の説明の前に、複式簿記の考え方を押さえておきましょう。

決算書は日々の仕訳を基に作成されます。この仕訳を記録・集計して記帳するのが複式簿記です。複式簿記では、全ての事業活動を原因と結果の両面で捉えて、「資産・負債・純資産・収益・費用」といった5つの要素に分類します。

これら5つの要素は、2つの側面(左右)でそれぞれ記帳する場所が次のように決まっています。

5つの要素の記帳場所

例えば、銀行から現金を借り入れるという取引は、現金を資産の場所に、借入金を負債の場所に記帳します。このように、複式簿記に従って、全ての取引を決まった場所に記帳していくことで、事業活動が数字でまとめられます。これら5つの要素を上下に区切ると、資産・負債・純資産の部分が貸借対照表に、収益・費用の部分が損益計算書になります。そして、作成された貸借対照表と損益計算書を基に、キャッシュフロー計算書を作成していきます。

3 貸借対照表とは

貸借対照表とは、

ある時点における会社の財政状態を表す財務諸表

です。財政状態とは、「会社がどのようにお金を調達し、そのお金を何に投資しているのか」の状態です。貸借対照表は次の3つの要素で構成され、左側に資産、右側に負債と純資産が計上されます。

  • 資産:手元にある現金や会社が購入した商品、土地・建物などの財産
  • 負債:銀行からの借入金や買掛金などの債務
  • 純資産:投資家からの出資金や、会社が稼いだ利益の積み立て分など

貸借対照表の構成要素

4 損益計算書とは

損益計算書とは、

一定期間における会社の業績(どれだけの利益を上げたか、そのもうけの内訳は何かなど)を表す財務諸表

です。

損益計算書は次の2つの要素で構成され、さらにその2つの要素の差額として利益(または損失)を計算します。なお、図表1の損益計算書は右に収益、左に費用と横形の表でしたが、通常の損益計算書は上に収益、下に費用が記載されます。

  • 収益:商品の売り上げなど事業活動により稼いだ成果
  • 費用:商品の仕入れや人件費の支払いなど、会社の事業活動上のコスト

損益計算書の構成要素

5 キャッシュフロー計算書とは

キャッシュフロー計算書とは、

一定期間のキャッシュの増減を表す財務諸表

です。キャッシュフロー計算書は、キャッシュの増減を次の3つの区分に分けて表示し、その期間におけるキャッシュの増減を明確にします。

  • 営業活動によるキャッシュフロー:売り上げ、仕入れ、経費など主に本業によるキャッシュの動きを示す
  • 投資活動によるキャッシュフロー:固定資産や有価証券の取得・売却などによるキャッシュの動きを示す
  • 財務活動によるキャッシュフロー:借り入れや返済、増資などによるキャッシュの動きを示す

なお、キャッシュフロー計算書には、直接法と間接法の2通りがあります。直接法は、商品の販売や仕入れ、経費の支出など、主要となる取引を個々に合算していく方法です。従来の損益計算とは別で新たに営業活動によるキャッシュフローを計算するための手続きを一から行う必要があり、計算手続きに労力がかかります。

一方で、間接法は損益計算書の税引前当期純利益を基に加減して計算できるため、直接法と比べると労力が少なくすみます。以降では、間接法を基にキャッシュフロー計算書の構成を紹介していきます。

キャッシュフロー計算書の構成要素

6 財務3表のつながり

貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書は別々の目的で作成されるものの、それぞれがつながっています。そのつながりを読み解くことで、事業活動の流れが把握できます。財務3表のつながりを理解するときのポイントは次の3つです。

  • 貸借対照表(純資産)と、損益計算書(税引後当期純利益または損失)はつながっている
  • 損益計算書の税引前当期純利益または損失とキャッシュフロー計算書の営業活動によるキャッシュフローはつながっている
  • 貸借対照表(資産(現金))とキャッシュフロー計算書の現金の残高は一致する

具体的なつながりのイメージは次の通りです。

財務3表のつながりの全体像

7 事例で確認。財務3表のつながり

ここでは、設立1年目の株式会社の基本的な取引を基に、それぞれの取引がどのように財務3表に反映されているのかを、財務3表のつながりを見ていきながら説明します。なお、便宜上、取引ごとに損益計算書の利益(または損失)を計算して、貸借対照表の純資産(株主資本)に反映させており、その都度、キャッシュフロー計算書を作成しています。

1)会社設立時の資金の準備(お金を調達する)

会社の設立に当たって、資金の調達をします。内訳は、銀行からの借り入れが400万円、投資家からの出資が600万円です。

取引1:資金の準備

資金調達した1000万円(400万円+600万円)は、貸借対照表の「資産(現金)」に計上します。

銀行から借り入れた400万円は、貸借対照表の「負債(借入金)」に計上します。投資家から出資を受けた600万円は、貸借対照表の「純資産(資本金)」に計上します。

また、現金が増加したため、キャッシュフロー計算書の「財務活動によるキャッシュフロー」に、それぞれの取引による増加分(プラス400万円とプラス600万円)を記載します。

2)備品を現金で購入(お金を投資する)

会社を運営するためには、パソコンなどの備品が必要です。ここでは、パソコン30万円を現金で購入しました。

取引2:備品の購入

購入したパソコン30万円は、貸借対照表の「資産(備品)」に計上します。

購入の際に支払った現金30万円を、貸借対照表の「資産(現金)」から減少させます。

また、現金が減少したため、キャッシュフロー計算書の「投資活動によるキャッシュフロー」に、備品の購入による減少分(マイナス30万円)を記載します。

3)商品を現金で仕入れ(お金を投資する)

商品を200万円分(100個×単価2万円)、現金で仕入れます。

取引3:商品の仕入れ

仕入れた商品の200万円は、貸借対照表の資産(たな卸資産)に計上します。仕入れに支払った現金200万円を、貸借対照表の「資産(現金)」から減少させます。

また、現金が減少したため、キャッシュフロー計算書の「営業活動によるキャッシュフロー」に、たな卸資産の増減(マイナス200万円)を記載します。

4)商品を現金で売り上げ(投資を回収する)

商品50個を300万円で売り上げ、代金を現金で受け取りました。

取引4:商品の売り上げ

商品の売り上げ300万円は、損益計算書の「収益(売上)」に計上し、費用(売上原価)100万円との差額200万円が利益となります。この利益は貸借対照表の「純資産(利益剰余金)」にも計上されます。

売り上げで受け取った現金300万円は、貸借対照表の「資産(現金)」を増加させます。さらに、売り上げた商品(100万円=50個×単価2万円)を「資産(たな卸資産)」から減少させます。

また、損益計算書上の利益はキャッシュフロー計算書の「営業活動によるキャッシュフロー」にプラス200万円を、たな卸資産の増減については「営業活動によるキャッシュフロー」にマイナス100万円(△200万円+100万円)を記載します。

5)決算日

資産(備品)30万円は、便宜上5年間使用できるものとした場合には、その期間を通して6万円ずつ減価償却費として費用計上します。事業年度を通して利益が出ると、会社は法人税等を納付しなければなりません。法人税等とは法人税・法人事業税・法人住民税をいいます。実際に法人税等を計算する場合には、税法上のさまざまな調整が必要になりますが、ここでは簡略化して法人税等を60万円とします。

取引5:法人税等の計上

法人税等60万円は、損益計算書の「利益(税引前)」の下に計上し、最終的な利益である税引後の利益が計算されます。

法人税等60万円を、貸借対照表の「負債(未払法人税等)」に計上します。法人税等の支払いは、決算日の翌日から2カ月以内と定められており、例えば3月決算の会社については、5月末までとなります。そのため、法人税等の支払いは翌期になり、決算を確定する時点では未払いとなり、貸借対照表の「負債(未払法人税等)」に計上します。

従って、設立1年目においては、法人税等の支払いによる現金の増減はなく、キャッシュフロー計算書には影響しません。

以上(2026年7月更新)
(監修 税理士 谷澤佳彦)

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画像:Rummy & Rummy-Adobe Stock

運転資金の計算方法と資金繰り改善のシミュレーション

1 運転資金の計算は「売掛金+棚卸資産(在庫)−買掛金」で、まずはざっくりと!

運転資金とは、日々会社を経営するために必要な資金です。「資金繰り」の目的の1つは、運転資金が不足しないように管理することです。

運転資金を意識することはとても重要ですが、皆さんは「運転資金の計算方法」や「毎月必要な運転資金額」を把握していますか。また、いざというときに備えて、運転資金の調達先を確保していますか。

会社を経営していくためには様々な資金が必要となりますが、大別すると、

  • 運転資金:会社を経営するために、「継続的に」必要となる資金
  • 設備資金:土地・建物やPCなどを調達するために、「そのときだけ」必要となる資金

になります。運転資金は継続的に発生するものだからこそ、足りなくなると資金ショートを起こし、最悪の場合は倒産してしまいます。

となると、気になるのは自社にいくらの運転資金が必要なのかということだと思いますので、実際に計算してみましょう。まずは皆さんの会社の貸借対照表(BS)をご準備ください。そして、貸借対照表の中から「売掛金」「棚卸資産(在庫)」「買掛金」の3つの数字を見つけて、次のように計算してみてください。

運転資金=売掛金+棚卸資産(在庫)−買掛金

これが、自社に必要な運転資金をざっくりと示す目安です。図で示すと、次のようなイメージになります。

運転資金のイメージ

なぜ、この計算式で運転資金が分かるのかを簡単に説明します。

1.売掛金とは、既に販売しているが、まだもらっていないお金。「売上債権」ともいう

2.棚卸資産(在庫)とは、既に調達しているが、まだお金になっていない商品など

3.買掛金とは、既に購入しているが、まだ払っていないお金。「仕入債務」ともいう

整理すると、売掛金と棚卸資産(在庫)はまだお金になっていない資産です。一方、買掛金は手元にあるお金で、支払期日までは自由に使えます。売掛金と棚卸資産(在庫)が入ってくるまでの間、買掛金で賄えればよく、足りないようなら、その部分を補うのが運転資金となるわけです。

2 「運転資金回転期間」で、もう少し細かく!

先の「運転資金=売掛金+棚卸資産(在庫)−買掛金」は、ざっくりと運転資金を計算するものですが、もう少し細かく計算する方法もあります。それは、財務分析で一般的な「回転期間」を用いるものです。回転期間とは会社経営の効率性を知るためのもので、売掛金や棚卸資産(在庫)などの資産を回収するための期間や、買掛金などの負債を支払うまでの期間を把握することができます。

具体的には次の3つの回転期間を用います。なお、以下では日ごとの指標としています。月間で計算する場合は、「÷365日」の部分を「÷12カ月」としてください。

1.売上債権回転期間=売上債権÷(売上高÷365日)

2.仕入債務回転期間=仕入債務÷(売上原価÷365日)

3.棚卸資産回転期間=棚卸資産÷(売上原価÷365日)

売上債権回転期間は、売掛金を回収するまでの期間を示すもので、数値は小さいほど好ましいです。反対に仕入債務回転期間は、買掛金を支払うまでの期間を示すもので、数値は大きいほど好ましいです。また、棚卸資産回転期間は、在庫が売れるまでの期間を示すもので、数値は小さいほど好ましいです。

これら3つの回転期間を使って、運転資金回転期間を次のように求めます。

運転資金回転期間=売上債権回転期間+棚卸資産回転期間−仕入債務回転期間

ここで出てきた期間の運転資金が必要ということになります。例えば、計算した結果が、

運転資金回転期間=30日

1日当たりの売上高=10万円

となった場合、

運転資金=300万円(30日×10万円)

となります。

3 固定的にかかる費用も賄う。「固定費」と「変動費」について

ここまで運転資金の計算方法について解説してきましたが、

会社経営にはオフィス賃料や人件費などのコストもかかる

ことに注意が必要です。こうした、売上に関係なくかかる費用を「固定費」と呼びます。教科書的には、

固定費は、売上が増えても変わらない点は好ましく、逆に売上が減っても変わらない点は好ましくない

という二面性があります。なお、実際の経営においては、売上が増えれば仕事も増えるので社員を雇ったりするため、実際は固定費も増えます。同様に売上が減ればコスト削減をするため、やはり固定費は減ります。

一方、売上高の増減に比例する費用を「変動費」と呼びます。ここまで触れてきた売上原価は、典型的な変動費です。

代表的な固定費と変動費の例

4 運転資金が不足する原因とは?

1)原因1:決済サイトのバランスが悪い

資金繰りは、手元にお金があればあるほど楽になるもので、逆もしかりです。では、皆さんが販売する側になった場合、

  • パターンA:売掛金の決済サイトは60日、買掛金の決済サイトは30日
  • パターンB:売掛金の決済サイトは30日、買掛金の決済サイトは60日

では、どちらが好ましいといえるでしょうか?

話を単純にするために、

  • 販売は、60日ごとに250万円
  • 仕入れは、60日ごとに50万円
  • 固定費は、30日ごとに80万円

という前提で、パターンAとパターンBをシミュレーションしてみましょう。

シミュレーション例(1)

当然ですが、買掛金の決済サイトが、売掛金の決済サイトよりも長いパターンBのほうが資金繰りは楽になっています。

また、注目したいのはパターンAです。損益計算書(PL)では、

  • 年間の売上高:1500万円(250万円×6回)
  • 年間の費用:1260万円(50万円×6回+80万円×12カ月)

※なお、7回目の仕入れは在庫の状態であり費用(売上原価)に計上されません。

  • 年間の営業利益:240万円(1500万円−1260万円)

となるのですが、キャッシュはマイナス10万円となっていることです。これが「勘定合って銭足らず」の状態で、黒字倒産の原因となります。

対して、パターンBは、

年間の営業利益:240万円(1500万円−1260万円)

と同額ですが、キャッシュはプラス240万円となっています。

この大きな違いは決済サイトによるものです。

となると、売掛金の決済サイトは短く、買掛金の決済サイトは長くすればよいということになりますが、これは取引相手と表裏の関係であることを忘れてはなりません。自社が楽になれば、相手が苦労することになるかもしれません。

このことを念頭に置き無茶な要求はせず、双方にとってバランスの良い決済サイトを契約によって決めることが、スムーズな取引のために必要です。

2)原因2:棚卸資産回転期間が悪い

棚卸資産は、すぐに販売してキャッシュに変えたほうが効率的です。これを定量的に示す財務分析の指標が、前述した「棚卸資産回転期間」です。

棚卸資産回転期間=棚卸資産÷(売上原価÷365日)

前述のパターンAとパターンBで、売掛金と買掛金の決済サイトを変えず、棚卸資産回転期間が2分の1になった場合で考えてみましょう。

話を単純にするために、

  • 販売は、30日ごとに250万円
  • 仕入れは、30日ごとに50万円
  • 固定費は、30日ごとに145万円(売上高が増えるので、固定費も増やしています)

という前提で、パターンAとパターンBをシミュレーションしてみましょう。

シミュレーション例(2)

棚卸資産回転期間を2分の1にしたことで、パターンAとパターンBともに資金繰りが楽になっています。

3)原因3:売上が増えた

売上が増えれば変動費も増えます。また、固定費についても、どこかのタイミングで上げざるを得ません。

例えば、売上増に対応するため人員増・設備増・家賃増などの投資を行った結果、これに伴う支出の増加が売上の増加を上回る場合などがあります。売上だけではなく利益にも注目し、変動費と固定費をコントロールしなければ、資金繰りが厳しくなる恐れがあります。

この辺りは、損益分岐点の考え方が役立ちます。

4)原因4:売上が減った

売上が減れば変動費も減ります。しかし、一定期間、固定費はそのままとなるので、資金繰りが厳しくなります。

5)原因5:スポットや季節的要因で資金が必要になった

賞与の支払い、急な仕入れなど、会社経営ではスポットで資金が必要になることがあります。こうしたときは資金繰りが厳しくなります。

また、スポットではありませんが、季節的要因で資金が必要になることもあります。

5 運転資金の主な調達方法

1)公的な融資制度

日本政策金融公庫や地方自治体が行う公的な融資制度です。基本的には低金利で融資を受けることができ、かつ創業時などで実績がない会社にとっても窓口を広げているため、有効な選択肢となります。

2)ファクタリング

売上債権を現金化するファクタリングという資金調達方法です。自社が所有している売掛金を専門のファクタリング会社に売却することで、すぐに資金を手に入れることができます。手数料などの分、目減りしてしまうものの、資金回収の待ち時間を短縮できます。

3)クラウドファンディング

インターネットを通じて、不特定多数の人から資金を調達するのがクラウドファンディングです。クラウドファンディングの主な型は次の3種類です。

  • 購入型(製品やサービスを受ける権利を購入してもらって、資金を調達する方法)
  • 寄付型(製品やサービスなどのリターンは発生しない、寄付と同様な形で資金を調達する方法)
  • 投資型(将来的に株式や利子、配当をリターンとして、投資してもらい資金を調達する方法)

4)設備のリース・レンタルサービス

設備投資に関連する運転資金を節約するために、リースやレンタルのサービスを利用する方法です。これにより初期投資を抑えつつ、必要な機材や設備をそろえることができます。

6 運転資金の種類

ここまでの説明で間接的に触れていることではありますが、運転資金には、いくつかの種類があるので補足しておきます。

1)経常運転資金(正味運転資金、所要運転資金)

経常運転資金、正味運転資金、所要運転資金などと呼ばれるものです。いわゆる「運転資金」というときは、この経常運転資金を指します。求め方は、前述した通りです。改めて紹介すると、次のようになります。

1.運転資金=売掛金+棚卸資産(在庫)−買掛金

2.運転資金=運転資金回転期間×1日当たりの売上高

2)増加運転資金

売上の増加に伴い必要となる資金です。売上が増えると仕入れなどが増え、運転資金が必要になることがあります。

3)減少運転資金

売上の減少に伴い必要となる資金です。売上が減っても、一定期間、固定費は変わらないため、運転資金の確保が難しくなります。

4)スポット、季節運転資金

賞与の支払いや急な仕入れ、季節的要因によって必要となる運転資金です。

以上(2026年7月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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出張中、「新幹線の移動時間は労働時間ですよね?」と社員に聞かれたら?

1 会社の指揮命令下に置かれているかどうかが重要

出張の多い社員から、「出張先までの新幹線や飛行機の移動時間って、労働時間ですよね?その分の残業代は出ますか?」と聞かれることがあります。「移動中は仕事をしていないのだから関係ないだろう」と思うかもしれませんが、一概にそうとは言えません。

労働基準法上の「労働時間」とは、社員が会社の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働契約や就業規則の定め方にかかわらず、客観的な実態によって判断されます(最高裁平成12年3月9日判決)。つまり、移動時間が「社員が自由に使える時間か、会社の指示や管理下に置かれた時間か」によって結論が変わってくるのです。

そして、出張の移動時間以外にも、育児や介護のための中抜け、勤務時間外のメール・チャット対応、タバコ休憩など、日常の中で労働時間かどうか判断に迷うケースはさまざまあります。判断が複雑なものもあるので、事例別にイメージをつかんだほうが無難です。以降でいくつかの事例について、法令や裁判例に基づく解釈を紹介するので参考にしてください。

2 テレワークや出張での移動時間

テレワークは、就業場所(自宅やサテライトオフィスなど)を、就業規則や雇用契約書で明示(限定)した上で実施します。とはいえ、社員が「より集中しやすい場所で作業したい」など、自分の都合でカフェや図書館に移動して作業することもあります。このように

社員自身の都合で就業場所を移動し、その間自由に利用できる時間は、労働時間として扱わなくてもよい

とされています。ただし、移動時間中に会社から指示を受けてノートPCなどで業務を行う場合や、会社がテレワークをやめて急遽出社するよう命じるなど、会社都合で就業場所を指定した場合は、会社の指揮命令下にあるとみなされ、労働時間になります。

出張の場合も基本的な考え方は同じです。行政解釈でも、出張の際の休日の移動は、物品の監視等の特別な指示がある場合を除き、労働時間として扱わなくてよいとされています。自宅から出張先までの移動時間は、通常は労働時間になりません。しかし、上司と打ち合わせをしながら出張先に向かったり、会社から移動手段を指定されたり、会社から指示を受けてお金や製品を管理したりなど、会社の指揮命令下にあるとみなされる状況では労働時間になります。

この他、建設業などの場合、一旦会社に集合してから現場に向かうことがありますが、この移動時間が労働時間に当たるのかも、移動の態様によって判断が分かれます。例えば、

  • 「会社に集合し、資材を積み込んでから現場に向かうよう、会社から命令されている」など、移動時間が自由時間とはいえないので、労働時間になる
  • 「現場に直行したい人は直行する」「会社に集合したい人は、集合してから向かう(車両運転者や集合時刻については各自が任意で決定)」など、移動の仕方を社員が自由に決められる場合、労働時間にならない

といった具合です。

3 中抜け

「子どもの保育園への送迎」「家族の介護」など、社員が私用で業務を中断することがあります。こうした中抜けの時間は、

会社から指示を受けず、社員が自由に利用できる場合、労働時間として扱わなくてもよい

とされています。労働時間を計算する場合、社員から1日の始業・終業時刻と一緒に中抜けの時間を報告してもらうなどして対応しましょう。

中抜けの時間は、「休憩時間(無給)」にすることも、社員の求めに応じて「時間単位年休(1時間単位で取得できる年次有給休暇)」とすることも可能です。ただし、どちらの場合も就業規則等で定め、事前に社員に周知しなければなりません。また、時間単位年休を導入するには労使協定の締結が別途必要です。中抜け時間の取り扱いは、厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」にも記載があります。ちなみに、時間単位年休の時間は、社員の自由な行動が保障されていれば、労働時間になりません。例えば、就業時間が9時から18時までの会社(所定労働時間:8時間)で、社員が

  • 9時から11時まで、2時間の時間単位年休を取得
  • 11時から20時まで、8時間勤務(1時間休憩)

した場合、実際の労働時間は11時から20時までの8時間なので、法定労働時間内(原則として1日8時間、1週40時間)ということで残業は発生せず、割増賃金を支払う必要はありません。

4 勤務時間外のメール・チャット対応

スマートフォンの普及により、勤務時間外や休日でも、上司や取引先からメールやチャットが届くことは珍しくありません。「通知が来ただけ」なのか「対応まで求められているか」で、労働時間になるかどうかが変わります。

具体的な対応(返信、資料作成など)を求められておらず、翌営業日の確認で差し支えない場合、労働時間として扱わなくてもよい

とされています。一方、

上司から「今すぐ確認して対応してほしい」と即時対応を求められ、実際に資料修正や顧客対応などの業務を行った場合、その対応に要した時間は労働時間になる

と考えられます。

ちなみに、対応を求められていない通知の受信であっても、こうした連絡が常態化すると社員のプライベートを圧迫し、精神的な負担につながります。「休日・夜間の連絡は翌営業日の確認でよい」旨をルール化し、緊急時以外は送信を控える、あるいは予約送信機能を活用するといった工夫が望ましいでしょう。

近年は、勤務時間外の業務連絡を遮断する「つながらない権利」への関心も高まっています。関連する制度として、終業から次の始業までに一定の休息時間を確保する「勤務間インターバル制度」があり、労働時間等設定改善法で導入が会社の努力義務とされています。時間外の連絡ルールとセットで導入を検討する価値があるでしょう。

5 持ち帰り残業

タイムカードを打刻して退勤した後、自宅でパソコンを開いて仕事を続ける、いわゆる「持ち帰り残業」をする社員がいます。この場合の労働時間の判断は、

自宅での作業は会社の直接の指揮命令下から離れているため、原則として労働時間にならない

とされています。ただし、

所定時間内に到底終わらない業務量であることを会社が把握しながら、自宅での作業を黙認している場合、黙示の指示があったとして労働時間になる

と判断される可能性があります。実際、退勤後のメール送信履歴やファイルの更新履歴といった客観的な記録をもとに、自宅での作業を労働時間と認定した裁判例もあります。

持ち帰り残業を防ぐには、「持ち帰り残業を禁止する」旨を社内で明確にした上で、業務量が適正かを定期的に確認し、パソコンのログイン時刻とタイムカードの打刻時刻に大きな乖離がないかをチェックする運用が有効です。

厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」でも、自己申告された労働時間とパソコンの使用時間等の客観的な記録に著しい乖離がある場合には、実態調査を行って労働時間を補正するよう求められています。

6 タバコ休憩

喫煙する社員が頻繁に離席してタバコ休憩を取ることについて、非喫煙の社員から「不公平だ」という声が上がることがあります。休憩時間として扱えるかどうかは、

電話対応や来客対応などの業務から完全に解放されているかどうかで判断する

とされています。喫煙室に移動し、その間は一切の業務対応を求められない状態であれば「休憩時間」として扱い、その時間分の賃金を控除しても問題ありません。一方、電話が鳴ったらすぐ対応する必要があるなど、業務からの解放が保障されていない場合は休憩時間とはいえず、労働時間として扱う必要があります。

実際のオフィスでは、業務からの完全な解放が保障されているとはいえないため、タバコ休憩は労働時間として扱わざるを得ないケースが大半です。もっとも、賃金を支払うこととは別に、勤務時間中の頻繁な離席は職務専念義務の観点から注意・指導の対象とすることができます。

ただし、数分単位の喫煙時間をすべて正確に記録し、その都度賃金から控除するのは、管理コストの面で現実的ではありません。実務では、非喫煙者に「禁煙手当」を支給したり、喫煙の有無にかかわらず利用できる「特別休暇」を設けたりするなど、待遇面で公平感を確保する対応が広がっています。

なお、健康増進法により、事務所や工場などは原則屋内禁煙とする必要があり、屋内に喫煙場所を設ける場合は、基準を満たす喫煙専用室の設置が求められます。労務管理と併せて、喫煙環境の整備状況も確認しておきましょう。

以上(2026年9月更新)
(監修 社会保険労務士 柴田充輝)

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【賃金データ集】賃金改定の動向

【賃金データ集】シリーズとは?

【賃金データ集】シリーズは、基本給や諸手当など賃金の主要な構成要素ごとの近年のトレンドを、モデル支給額を中心とした関連データとともに紹介します。経営者や実務家の方々が賃金支給水準の決定や改定を行う際の参考としてご活用ください。なお、モデル支給額などのデータを紹介する際は、基本的に出所に記載されている用語を使用するものとします。また、データは公表後に修正されることがあります。

この記事で取り上げるのは「賃金改定の動向」です。

なお、以降で紹介する図表データのExcelファイルは、全てこちらからダウンロードできます。

こちらからダウンロード

1 賃金改定の概要

毎年、1月ごろから注目され始める「春闘」(日本経済団体連合会では「春季労使交渉」、日本労働組合総連合会では「春季生活闘争」)は、日本独特の労使闘争であり、1956年ごろから現在の形になったといわれます。

春闘では、全国中央組織である労働団体や産業別・雇用形態別組織の指導・調整の下、労働組合が結束して企業との団体交渉に臨みます。中心となる交渉のテーマは、基本給や一時金(賞与)の引き上げ要求ですが、この記事では基本給に注目します。まずは、春闘で話題になる定期昇給やベースアップの仕組みを確認してみましょう。

定期昇給、ベースアップ、賃金改善のイメージ

2 賃金改定の潮流

1)近年の春闘の傾向

日本労働組合総連合会(以下「連合」)が公表している、2022年春闘から2026年春闘までの賃上げ率(平均賃金方式、定期昇給相当分を含む、加重平均)の動向をお知らせします。

大企業と中小企業の賃上げ額の推移

注目すべきは、

2024年、2025年、2026年と3年連続で、加重平均で5%台の賃上げ

が実現していることです。

2024年春闘は、連合が「経済も賃金も物価も安定的に上昇する経済社会へとステージ転換をはかる正念場である」として、賃上げ目標(定期昇給相当分を含む)を2023年の「5%程度」から「5%以上」に改めました。加重平均での5%超えは33年ぶりでした。

2025年春闘は、「賃上げと価格転嫁・適正取引における格差解消をセットで進めていく」という方針が示され、多くの中小組合で格差是正を含めた積極的な要求が提出されました。

2026年春闘は、「実質賃金の持続的な上昇を伴う『賃上げノルム』の確立に向け、3年連続の5%以上の賃上げを目指す」という方針が示され、実現に至りました。

3 厚生労働省の統計資料による賃金改定の状況

民間主要企業における春季賃上げ状況の推移

民間主要企業における春季賃上げ状況の推移

4 日本経済団体連合会の統計資料による賃金改定の状況

昇給とベースアップの実施状況の推移

賃上げ額および賃上げ率の推移

春季労使交渉・大手企業業種別妥結結果(加重平均)

春季労使交渉・中小企業業種別妥結結果(加重平均)

5 地域ごとの状況(東京、大阪、愛知、千葉)

東京都内企業の春季賃上げ要求・妥結状況(加重平均)

大阪府内企業の春季賃上げ要求・妥結状況

愛知県内企業の春季賃上げ要求・妥結状況

6 情報インデックス(この記事で紹介したデータの出所)

この記事で紹介した統計資料は次の通りです。調査内容は個別のURLからご確認ください。なお、内容はここ数年の公表実績に基づくものであり、調査年(度)によって異なることがあります。

■民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/shuntou/roushi-c1.html

民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況

■1~6月実施分 昇給・ベースアップ実施状況調査結果■
https://www.keidanren.or.jp/policy/index09.html

昇給・ベースアップ実施状況調査結果

■春季労使交渉・大手企業業種別妥結結果、春季労使交渉・中小企業業種別妥結結果■
http://www.keidanren.or.jp/policy/index09.html

春季労使交渉・大手企業業種別妥結結果、春季労使交渉・中小企業業種別妥結結果15

■経済要求・妥結状況調査■
http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/sodan/chousa/youkyu-daketsu/

経済要求・妥結状況調査

■春季賃上げ要求・妥協状況■
http://www.pref.osaka.lg.jp/sogorodo/chousa/

春季賃上げ要求・妥協状況

■県内企業の春季賃上げ、夏季一時金及び年末一時金要求・妥結状況調査結果■
https://www.pref.aichi.jp/soshiki/rodofukushi/0000052467.html

県内企業の春季賃上げ、夏季一時金及び年末一時金要求・妥結状況調査結果

以上(2026年7月更新)

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インボイス制度の2026年問題! 2026年10月から消費税負担が増える?

1 改正により多少緩和された「インボイス制度の2026年問題」

2026年10月に、インボイス制度が大きな転換期を迎えることをご存じでしょうか。具体的には、

1.仕入先に免税事業者などがある会社が影響を受ける

免税事業者などからの仕入れに係る経過措置(以下「インボイス経過措置」)の控除率が縮小

2.インボイス制度の導入を機に、課税事業者となった小規模事業者が影響を受ける

免税事業者が課税事業者を選択した場合の2割特例(以下「インボイス2割特例」)の廃止

の2つです。適切な準備を怠ると、消費税負担が増えるだけでなく、既存の取引関係にも変化が生じることになりかねません。

2026年度税制改正により、控除率(経過措置)の縮小幅の変更と廃止までの期間が延長され、その影響は多少緩和されたものの、制度縮小と廃止という方向性そのものは変わっていません。このインボイス制度の経過措置の控除率縮小やインボイス2割特例の廃止のポイントを知り、対策を講じるようにしましょう。

2 インボイス経過措置による控除率の縮小について

1)内容は?

インボイス制度の下では、適格請求書発行事業者として登録した事業者しか「適格請求書(インボイス)」を発行できず、買い手側(課税事業者)はインボイスを保存することで、仕入税額控除を受けられます。つまり、インボイスが発行できない免税事業者(あるいは適格請求書発行事業者の登録をしていない事業者)からの仕入れについては、原則控除が受けられません。

しかし、制度導入直後の急激な税負担の増加などの影響を避けるため、導入後の数年間は、インボイスが発行できない事業者からの仕入れでも、一定額の控除を受けられるインボイス経過措置が設けられています。一定額の控除率は段階的に縮小され、最終的にはなくなります。

インボイス経過措置による控除率の縮小

この経過措置による控除率の第一段階の縮小(80%→70%)が、2026年10月に到来します。

2)控除率が縮小することの影響は?

1.消費税負担の増加

免税事業者から商品やサービスを仕入れている場合、これまで80%控除できていた消費税が、2026年10月からは70%の控除しかできなくなります。つまり、控除できない10%分がそのまま消費税の納税負担として上乗せされるのです。免税事業者との取引が多いほど、納税額の増加になります。

納税額の増加は、会社の資金繰りに直接影響します。特に、利益率の低い事業や、運転資金がタイトな企業にとっては、予期せぬ支出増が経営を圧迫する可能性があります。

2.仕入れコストの増加と価格交渉の必要性

仕入税額控除が縮小されるということは、免税事業者からの仕入れコストは当然上がります。そのため、こうしたコスト増を加味した価格交渉や取引先の選定基準の見直しが必要になります。また、現時点では2031年10月以降、この経過措置が終わることになっているので、段階的に行われる控除率の縮小だけでなく、経過措置の完全終了も視野に入れることが大切です。

3)取るべき対応は?

1.消費税の納税シミュレーションをして、資金繰りへの影響を把握

2026年10月以降の消費税の納税額がどう変化するか、シミュレーションしましょう。現在の取引状況(免税事業者からの仕入額の見込みや前年度取引実績値など)に基づいて、経過措置の控除率が70%・50%・30%となる場合(余裕があれば、2031年の経過措置の完全終了の場合も併せて)の納税額を計算し、資金繰りへの影響を把握しましょう。

2.取引先との具体的な協議と、価格・取引条件の再検討

まずは、免税事業者の取引先に対し、適格請求書発行事業者への登録を促すことを検討しましょう。もし取引先が登録しない選択をした場合には、価格の見直しや取引条件の再交渉が必要になる可能性があります。ただし、その際は、

独占禁止法や取適法に違反しないよう細心の注意が必要

です。例えば、一方的に値引きを要求したり、取引価格を据え置いたまま消費税分を負担させたりすることは、優越的地位の濫用とみなされるリスクがあります。交渉担当者は、取引先との良好な関係を維持しつつ、デリケートな交渉を誠実かつ丁寧に、そして法的なリスクを理解した上で進める必要があります。

3 インボイス2割特例の廃止について

1)内容は?

インボイス2割特例とは、免税事業者がインボイス制度の導入を機に、課税事業者を選択した場合、

納税額を、売上に係る消費税(仮受消費税)の2割とする制度

です。この特例を適用すると、売上に係る消費税額の20%だけを納税すればよいことになります。つまり、80%の消費税額が免除される計算です。例えば、売上に係る消費税が50万円であれば、納税額は10万円で済みます。この特例は、事前の届け出が不要で、複雑な消費税の納税計算の簡便さも特徴です。

この制度を適用できるのは、2023年10月1日から2026年9月30日までの日の属する課税期間です。最短で影響が出るのは課税期間の開始日を10月1日としている会社(事業年度を10月~翌年9月としている会社など)です。この場合、2026年10月1日以降の取引について、特例を適用できなくなり、通常の課税事業者と同様の処理が必要になります。

なお、2026年度税制改正により、小規模個人事業者限定で、納税額を売上に係る消費税の3割とする制度(インボイス3割特例)が創設されます。税率は増えたものの、簡便な納税計算は継続されます。ただし、法人は対象外のため、従前どおり、通常の課税事業者と同様の処理が必要になります。

2)その影響は?

1.消費税負担の大幅増、キャッシュフローの悪化、利益率の低下

インボイス2割特例の廃止により、これまで売上に係る消費税額の20%で済んでいた納税が、通常の計算方法に戻ります。納税額が大幅に増える可能性があり、特に仕入れが少ない事業や、これまで消費税を価格に含んでいながら納税していなかった事業では、影響が大きくなります 。

納税額の増加は、手元の資金(キャッシュフロー)を直接圧迫します。これまで免税事業者だった会社は、消費税の納税を考慮した資金繰り計画を新たに立てる必要が出てきますし、また価格に含んでいた消費税相当額を納税に回すことになり、実質的な利益率が低下します。

2.経理業務の複雑化

インボイス2割特例では、売上に係る消費税額に20%を掛けるだけで消費税の計算が済みましたが、廃止後は、

売上に係る消費税額から仕入にかかる消費税額を差し引く「原則課税」または、売上に係る消費税額に一定割合を乗じて計算する「簡易課税制度」

で計算しなければなりません。特に原則課税の場合は、仕入取引一つ一つのインボイスの保存、税率ごとの区分経理など経理業務が複雑化し、小規模事業者にとっては大きな負担となります。

3)取るべき対応は?

1.原価管理の徹底と価格戦略の見直し

消費税の負担が増える分、まずは仕入れや経費などのコストを見直して、削減できるところがないか確認しましょう。また、商品やサービスの価格に消費税の負担を上乗せする「価格の見直し」も大切な対応の1つです。その際は、周りの競合や市場の動きにも注意しながら、自社の商品やサービスの魅力を保てるように、無理のない価格の付け方を考えることが大切です。

2.会計ソフト・請求書発行システムの導入・活用

インボイス2割特例廃止後の複雑な消費税計算や、インボイスの保存・管理には、会計ソフトや請求書発行システムの導入が不可欠といっても過言ではありません。これらのシステムは、請求書の作成・発行、受領したインボイスの内容チェック、税率ごとの区分経理、消費税の自動計算などを効率化し、経理業務の負担を大幅に軽減します。なお、インボイス制度に対応したシステムを導入する際は、デジタル化・AI導入補助金(インボイス枠)が申請可能かどうかチェックするようにしましょう。

以上(2026年8月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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