【規程・文例集】 株式交換契約書のひな型

1 株式交換契約書に定めるべき内容

中小企業のM&Aのスキームとして株式交換が採用されることはそれほど多くはありませんが、

  • 自社株を用いて現金を用いることなく、譲渡企業を完全子会社化することを計画している場合
  • 株主全員と交渉を行うことなく、株主総会決議でもって完全子会社化することを計画している場合

などに採用されることがあります。同じような理由で株式移転というスキームが用いられる場合も少なくありませんが、株式移転は新たに設立する会社を親会社にすることに対して、株式交換は既に存在する会社を親会社にするという違いがあります。また、株式交付というスキームが用いられる場合がありますが、このスキームは株式交換と異なり、譲渡企業の株式の全部ではなく一部を取得するスキームであるという点で違いがあります。

株式交換を行うときには、株式交換契約書を作成する必要があり、次の事項(法定記載事項)を定めなければなりません(会社法第768条)。なお、新株予約権を発行している場合などには別途追加で定めるべき事項がありますが、この記事では省略します。

  • 完全親会社および完全子会社の商号および住所(第2条)
  • 完全子会社の株主に対して交付する対価の内容等および割当てに関する事項(第3条)
  • 効力発生日(第5条)

2 株式交換契約書のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際に就業規則を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【株式交換契約書のひな型】

株式会社○○(以下「甲」という。)及び株式会社○○(以下「乙」という。)は、○○年○○月○○日(以下「本契約締結日」という。)、以下のとおり株式交換契約(以下「本契約」という。)を締結する。

第1条(株式交換の方法)

甲及び乙は、本契約に従い、乙を甲の株式交換完全親会社、甲を乙の株式交換完全子会社とする株式交換(以下「本株式交換」という。)を行い、乙は、本株式交換により甲の発行済株式の全部を取得する。

第2条(当事者の商号及び住所)

甲及び乙の商号及び住所は、それぞれ次のとおりである。

甲: 株式交換完全子会社

    商号:株式会社○○

    住所:○○

乙: 株式交換完全親会社

    商号:株式会社○○

    住所:○○

第3条(株式交換に際して交付する株式及びその割当て)

1)乙は、本株式交換に際して、本株式交換により乙が甲の発行済株式の全部を取得する時点の直前時(以下「基準時」という。)において甲の株主名簿に記載または記録された甲の株主(以下「本割当対象株主」という。)に対し、その保有する甲の普通株式の合計に○○を乗じて得た数の乙の普通株式を交付する。

2)乙は、本株式交換に際して、基準時における甲の各株主に対して、その有する甲の普通株式1株につき、乙の普通株式○○株の割合をもって、乙の普通株式を割り当てる。

3)前二項の規定に従って本割当対象株主に対して割り当てるべき乙の普通株式の数に、1に満たない端数がある場合には、甲は会社法第234条その他関係法令の規定に従って処理する。

第4条(乙の資本金及び準備金の額)

本株式交換により増加すべき乙の資本金及び準備金の額は以下のとおりとする。

1.資本金の額    ○○円

2.資本準備金の額  ○○円

3.利益準備金の額  ○○円

第5条(本効力発生日)

本株式交換がその効力を生ずる日(以下「本効力発生日」という。)は、○○年○○月○○日とする。但し、本株式交換の手続の進行上の必要性その他の事由により必要な場合には、甲及び乙は、協議し合意の上、これを変更することができる。

第6条(株主総会の承認)

1)甲及び乙は、○○年○○月○○日に開催予定の株主総会において、本契約の承認及び本株式交換に必要な事項に関する株主総会の決議を求めるものとする。

2)本株式交換の手続の進行上の必要性その他の事由により必要な場合には、甲及び乙は、協議し合意の上、株主総会の開催日を変更することができる。

第7条(事業の運営)

甲及び乙は、本契約締結日から本効力発生日までの間、それぞれ善良な管理者の注意をもって自らの業務の遂行並びに財産の管理及び運営を行い、その財産若しくは権利義務に重大な影響を及ぼす行為を行おうとする場合については、あらかじめ甲乙協議し合意の上、これを行う。

第8条(本株式交換の条件変更及び中止)

本契約締結日以降本効力発生日に至るまでの間において、本株式交換の実行に重大な支障となる事態が生じ又は明らかとなった場合その他本契約の目的の達成が困難となった場合には、甲及び乙は、誠実に協議し合意の上、本株式交換の条件その他の本契約の内容を変更し、又は本株式交換を中止し、若しくは本契約を解除することができる。

第9条(本契約の効力)

本契約は、本効力発生日の前日までに、甲又は乙の株主総会における承認が得られないとき又は前条に従い本株式交換が中止され、若しくは本契約が解除されたときは、その効力を失う。

第10条(準拠法及び裁判管轄)

本契約は、日本法に準拠し、同法に従って解釈されるものとし、本契約に起因し又はこれに関連する一切の紛争については、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。

第11条(誠実協議)

甲及び乙は、本契約の条項の解釈につき疑義が生じた場合及び本契約に定めのない事項については、誠意をもって協議して解決する。

本契約締結の証として本書面2通を作成し、甲乙記名捺印のうえ、各1通を保有するものとする。

○○年○○月○○日

以上(2025年9月作成)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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【参加無料】ネイチャーポジティブ普及促進・実践研究会「徳島プロジェクトを考える」開催!

令和7年11月14日、徳島県と徳島ネイチャーポジティブ経済移行推進本部が主催する、ネイチャーポジティブ普及促進・実践研究会「徳島プロジェクトを考える」が、文化の森総合公園内の徳島21世紀館イベントホールで開催されます。

詳細はチラシか徳島ネイチャーポジティブ経済移行推進本部公式サイトにて、ご確認いただけます。


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お申し込みはこちらから!


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【ネイチャーポジティブとは?】
ネイチャーポジティブとは日本語訳で「自然再興」といい、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させる」ことを指します。これまでの自然環境保全の取り組みだけでなく、経済から社会、政治、技術までの全てにまたがって改善を促していくことで、自然が豊かになっていくプラスの状態にしていこうというのがネイチャーポジティブの趣旨です。国内では、2023年3月に閣議決定した生物多様性国家戦略2023-2030において2030年までにネイチャーポジティブを達成するという目標が掲げられています。
【徳島ネイチャーポジティブ経済移行推進本部とは?】
徳島県内でネイチャーポジティブの取り組みを推進し「未来に引き継げる徳島」の実現を図ることを目的として、徳島大学、徳島県、株式会社徳島大正銀行、とくぎんトモニリンクアップ株式会社(徳島大正銀行子会社)の4者で2025年4月28日に設立した組織です。
県内外の多数の事業者様のご協賛により事業を行ってまいります。
推進本部へのご入会も可能です。ご入会は、推進本部のリーフレットか、実践研究会のチラシの二次元コードから行うことができます。

以上(2025年10月作成)

【ハラスメント対策】ハラスメントの事実確認 順番は「相談者→第三者→行為者」

1 事実確認は「焦らず、じっくりと」

ハラスメントに関する相談が相談窓口に寄せられた場合、会社はすぐにハラスメントの事実があったか否かを確認します。これを「事実確認」といいます。具体的には、

「相談者(被害者など)→第三者(目撃者など)→行為者」の順番で事情聴取をする

ことになります。経営者としては、早く白黒をつけたいので、ついつい事実確認を行う担当者をせかしがちですが、調査不足は事実誤認のもとです。後々の対応(社内処分など)を誤らないためにも、「焦らず、じっくりと事実確認を行うこと」を心がけましょう。

2 相談者に事実確認する際の留意点

1)中立的な立場を貫く

相談者に確認する内容は次の通りです。相談者がメールや録音、SNSなどの客観的証拠を持っているようなら、相談者の同意を得てデータをコピーさせてもらいます。

相談者に事実確認する際の留意点

担当者は中立的な立場で臨み、相談者や行為者に変に肩入れをしないよう注意します。また、必要なのは事実確認と、ハラスメントがあった場合の処分に必要な情報ですから、興味本位の質問や「あなたにも隙があったのではないですか?」などの発言、「それはハラスメントに当たると思います」などの評価をしてはいけません。

2)行為者の言動を具体的に聞き取る

ハラスメントは客観的証拠が乏しいことが多く、「言った、言わない」の問題になりがちです。相談者の話を信じてよいか判断に迷ったときは、その話が

  • 実際に体験した者でなければ語れないような内容であるか、
  • 具体的で迫真性に富んだ内容であるかどうか
  • 発言が一貫しているか
  • 発言に不合理な点がないか
  • 他の目撃者の発言や客観的証拠と矛盾しないかどうか

などの事情を考慮して慎重に判断するようにしましょう。そして、これを確認するには、

行為者の実際の言動を、できる限り具体的に、実際の発言の通りに話してもらうこと

が大切です。

ハラスメントを受けた相談者が、精神的なショックなどからうまく話せない場合もありますので、辛抱強く丁寧に聞き取るようにしましょう。相談を受けたり、事情聴取を行ったりする人数や場所、時間なども、相談者が安心して話ができるよう配慮する必要があります。

また、セクハラの場合は羞恥心の問題もあるので、相談者と同性の担当者が事情聴取を行うようにしましょう。

3)相談者を安心させる

相談者は「行為者に報復されるかも……」と心配しているケースが多いので、その場合は

「相談したことで不利益を受けることはないし、行為者には勝手に相談者に接触しないよう強く警告する」

とはっきり伝えるようにしましょう。相談者の精神状態によっては、カウンセリングの実施も検討します。

また、相談者から行為者の処分について質問されることがあります。社内処分は最後に決まるものなので、この段階では「社内処分のことはまだ話せない」と回答しましょう。

相談者によっては、「事を大きくしたくない」「とりあえず報告したかった」と考えているケースもあります。したがって、必ず相談者に対して、第三者への事実確認を行うか、どのように事後対応を進めていくかの確認を取る必要があります。

3 第三者に事実確認する際の留意点

メールや録音、SNSなどの客観的証拠が残っているのであれば、必ずしも第三者に事実確認をしなくてもよいでしょう。逆に客観的証拠がなければ、第三者に事実確認する必要性が高くなってきます。第三者に事実確認する際は、相談者や行為者のプライバシーを守るために、

  • 事実確認する第三者は最小限とし、外部に情報が漏れることを防止する
  • 第三者が事実確認の内容などを他者に漏らさないように「誓約書」を取る

などの対応が必要になってきます。

4 行為者に事実確認する際の留意点

行為者に事実確認する際も中立的な立場で臨みます。事実確認の際は、「虚偽や言い逃れは許さない」という毅然とした態度で臨むことが大切ですが、最初から行為者を犯人扱いしたり、無理に自白を取ろうとしたり、語気を荒らげたりしてはいけません。

また、相談者から相談があったことを行為者に伝えるときは、勝手に相談者に接触しないよう強く警告します。そうしないと、行為者が相談者に「そんなことあった? あのとき、君も笑っていたよね?」などと言って、相談の取り下げを迫ることがあるからです。

なお、ハラスメントの事実が認定できた場合には、行為者には必ず「弁明の機会」を与えます。弁明の機会を与えるのは、

弁明の機会を与えないと、手続きが不適切として行為者を処分(懲戒処分、配置転換など)できなくなる恐れがある

からです。

5 その他の留意点

事実確認の際は、あらかじめヒアリングする事項をリストにしておく、あるいはヒアリングシート作成しておくなどして、聞き漏れがないようにしましょう。また、あらかじめ録音することを伝えたうえで、聴取の様子を録音しておくと、「言った、言わない」の問題を回避できます。

なお、相談者と行為者の言い分が食い違うケースはよくあります。また、行為者が経営者や役員など会社内で地位の高い人物であるケースも多いです。このような場合には、社内だけで事情確認を行うことが難しくなるため専門家である弁護士に相談しましょう。

以上(2025年10月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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【書籍ダイジェスト】『未来エコ実践テクノロジー 図解でわかるエネルギーDX』

本書では、日本と世界の、石油や天然ガスといったエネルギー供給システムの現状を踏まえ、DX(デジタルトランスフォーメーション)を取り入れながら、効率的で効果的な制御システムをどう行うか、各国の事例を紹介しながら詳しく解説する。
カーボンニュートラルを実現するためにも、再生可能エネルギーの流通を増やすことが重要だが、それを推進するために、欧米から世界に広がりつつあるのが、再エネ電力供給での、「エネルギー価値」と「再エネ価値(環境価値)」の分離だ。今後はCO2量を取引するうえでも「グリーン電力証書」を発行し、運用する形となる。

書籍ダイジェストは、こちらからお読みいただけます。pdf

【朝礼】確かな情報への第一歩は「疑うこと」から

【ポイント】

  • 情報の話題性だけにとらわれて、信ぴょう性を確認しないのは危険
  • 最初は疑い、必ず真偽のほどを確認することが大切
  • 人に伝えるのなら、確かに正しい情報と確認できてからでも遅くはない

情報はインターネットを介して一瞬にして広がっていきます。皆さんもインターネットで興味深い情報を発見し、FacebookやXなどで「こんな速報があった!」「あの人がこんなこと言ったんだって!」などというように、他人に広めたことがあるかもしれません。しかし、情報の話題性だけにとらわれて、その信ぴょう性を確認しないのは危険です。

この点について、私には苦い経験があります。かつて、私の担当顧客にカメラ好きの方がいました。私はカメラに詳しい友人から未公表情報として、あるカメラの新製品情報を教えてもらったので、そのことを話題にしたのです。しかし、後になってその情報は間違いで、結果として私の友人の勘違いであったことが分かりました。お客様は私の情報を信じて喜んでいたため、それが間違いだと分かるとたいそう残念がってしまいました。私は、友人の話を確かめもせずにそのまま信じてしまった自身の軽率さを深く反省しました。

それ以後、私は他人の話、雑誌やニュースの記事、小耳にはさんだ話でも最初は疑い、必ず真偽のほどを確認することを心がけています。これは当たり前のことに感じられるかもしれません。しかし、これがなかなかできないことなのです。確認の手間を面倒に思って「きっと間違いないだろう」と考えたり、「あの人が言っているのだから」と信じてしまったりすることは少なくないのです。

私の場合は趣味の話でしたので、深刻なトラブルにはなりませんでしたが、これがビジネスでお金にまつわる話題であったなら、大変なことです。皆さんも、根拠のない悪評のせいで大企業の株価が下がったり、商品の売れ行きが悪くなったりするのをみたことがあるでしょう。

幅広い情報を迅速に収集することは大切ですが、正しいものでなければ意味がありません。また、情報というものは、第三者に伝えた時点で自分に情報発信の責任が生じます。「人から聞いた話なので、それが間違っていても自分には責任はない」というのは通用しないのです。皆さんも、特に人に情報を伝えるときにはこのことをよく心にとどめておいてほしいと思います。人にそれを伝えるのであれば、確かに正しい情報だと確認できてからでも遅くはないのです。

以上(2025年10月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

再雇用後の賃下げは違法? 賃金設計のシミュレーションを紹介!

1 「この人の仕事の価値はいくら?」という視点が大切

日本の会社では、社員の定年退職時に退職金を支払った後、「嘱託」などとして再雇用する「定年再雇用」が広く浸透しています。ただ、定年再雇用は再雇用時に労働契約を締結し直す働き方なので、定年後の労働条件をめぐって会社と社員の間でトラブルが起きるケースが少なくありません。

トラブルの争点になりがちなのは「賃金」です。2023年7月に、定年再雇用で嘱託になった職員の基本給を、正職員の頃の60%未満まで引き下げたことでトラブルが起き、最高裁判決までもつれこんだ事案がありました。詳細は後述しますが、その際、

高裁が「60%を下回るのは違法」と判断したのに対し、最高裁が「単純な額の問題ではなく、基本給の性質や支給目的を精査すべき」として、高裁に判決を差し戻した

ことが話題になりました(最高裁第一小法廷令和5年7月20日判決)。

この判決はいわゆる「同一労働同一賃金」、簡単に言うと「同じ働き方をしている人には、同じ賃金を支払いなさい」というルールを、最高裁が改めて明確に示したものです。「生涯現役社会」ともいわれる時代、定年再雇用はもはや当たり前の働き方になりつつありますが、

会社が再雇用後の賃金を決める際は、「いくらまでなら減額してよい?」ではなく「この人の仕事の価値はいくら?」という視点を持つ

ようにしないとトラブルになりかねません。

そこで、この記事では最高裁判決の内容に触れつつ同一労働同一賃金の基本をおさらいした後に、社員の働き方に応じた再雇用後の賃金設定のシミュレーション(社会保険労務士監修)を紹介します。

「同一労働同一賃金については大体分かっているから大丈夫」という人は、先に第3章(定年前後の働き方と賃金をシミュレートしてみよう)をご確認ください。

2 同一労働同一賃金の視点で、最高裁判決をひもといてみよう

同一労働同一賃金は、パートタイム・有期雇用労働法などを根拠とするルールで、その根幹にあるのは「均等待遇」「均衡待遇」という考え方です。

  • 仕事の内容などが同じなのに、非正規雇用であるという理由だけで正社員よりも低い労働条件にすることはできない(均等待遇)
  • ただし、能力や成果に基づく待遇格差は、合理的なものであれば問題ない(均衡待遇)

具体的には、図表1の3つの考慮要素をもとに判断します。「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに待遇格差を設けることはできません。ですが、「3.その他の事情」に該当する、個人の能力や成果に基づく格差は、合理的なものであれば認められます。

3つの考慮要素

さて、前述した最高裁判決の事案は、嘱託として再雇用された自動車学校の教習指導員2名が、

定年前後で「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに、再雇用後の基本給が定年前の40%台(月額7~8万円台)まで引き下げられたのは不合理だ

と訴え、これが同一労働同一賃金に違反しないか争われたものです。高裁と最高裁は、それぞれ図表2のように判断しました(基本給以外にも争点はありましたが、ここでは割愛します)。

高裁と最高裁の判断

同一労働同一賃金の考え方に照らせば、本来「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに基本給を引き下げるのは不合理といえますが、最高裁の判断に基づくと、

能力や貢献度、健康状態、将来的なポテンシャルなどを考慮して、あえて定年前後で支給基準を変えているのなら、「3.その他の事情」に照らして必ずしも不合理とはいえない

と考えることができます。

以上、最高裁判決の内容に触れつつ同一労働同一賃金の基本をおさらいしましたが、そうは言っても、いざ再雇用後の賃金を決めるとなると、「本当にこの賃金設計で大丈夫か?」と不安になってしまう経営者もいるはずです。次章からは、社員の働き方に応じた定年再雇用の賃金設定のシミュレーションを紹介します。

3 定年前後の働き方と賃金をシミュレートしてみよう

冒頭で「この人の仕事の価値はいくら?」という視点で賃金設計をすることが大切とお話ししましたが、当然ながら「何となくこのぐらいの額」というような曖昧な決め方ではトラブルになるので、次のようなことを考慮しながら明確な基準に基づいて額を定める必要があります。

  • 仕事内容や役職は定年前から変わるか
  • 労働時間や、社会保険・雇用保険の適用(労働時間に応じる)は変わるか
  • 責任はどうなるか(仕事のノルマはあるか) など

図表3は、正社員(役職者、転勤あり、1日8時間×週5日勤務、社会保険あり、雇用保険あり、仕事のノルマあり、賞与支給あり)が定年後に再雇用される場合の働き方を、A~Dの4種類にパターン分けしたものです。赤字は、正社員時と働き方が変わる部分です。

定年前後の働き方

パターンA

能力も意欲も十分で、定年後も会社の戦力となる社員を想定しています。仕事の内容や労働時間に変更はありませんが、定年後なので今まで以上にプライベートも大事にしてほしいという意図から、役職、転勤、残業、ノルマはなしとしています。一方、仕事へのモチベーションはある程度維持したいので、「嘱託用評価制度」により正社員時の最大50%の賞与を支給します。

パターンB

パターンAと同じく能力も意欲も十分ではあるものの、自身の体調や家族の介護などの関係で、フルタイムでの勤務は難しい社員を想定しています。基本的な労働条件はパターンAと同じですが、労働時間(労働日数)を減らしています。

パターンC

能力はそれなりですが、意欲については「定年後なのでゆったり働きたい」というレベルの社員を想定しています。労働時間は1日6時間×週5日、社会保険と雇用保険の適用はありますが、仕事内容は正社員時よりも簡易な業務に変え、賞与の支給はなしとしています。

パターンD

副業や起業など新しいキャリアを模索しており、他の人ほど長く働けない社員を想定しています。労働時間は1日6時間×週4日、雇用保険の適用はありますが、社会保険の適用はなくなります。仕事内容は正社員時よりも簡易な業務に変え、賞与の支給はなしとしています。

これをベースに、パターンA~Dの月例賃金の賃金設計をシミュレートしたものが図表4です。

賃金設計のシミュレート

図表4の中で押さえておきたい主なポイントは次の通りです。

1.正社員時を100%とした場合の総支給額の比率

パターンDは、賃金の総支給額が正社員時の60%を下回っています。この「60%」というのは前述した最高裁判決の事案で、高裁が「生活保障の観点から看過し難い水準」と判断したパーセンテージでした。ただ、最高裁が判断している通り、賃金は「その性質や支給目的に照らして合理的といえるか」が重要なので、2.以降で紹介するように、まずは再雇用後の賃金支給について、明確な基準があるかどうかを確認しましょう。

なお、賃金が60歳到達時の75%未満に低下する社員については、一定の要件を満たすことで、雇用保険から「高年齢雇用継続給付」が支給されるので、制度を利用できる場合はその旨を社員に伝えておくとよいでしょう(ただし、支給できる期間は65歳までの最長5年間で、加えて2025年4月1日から最大支給率が15%から10%に引き下げられているので注意が必要です)。

2.基本給

基本給は、パターンA~Dの労働時間(図表3を参照)をベースにした額になっています。パターンAについては、労働時間の変更はないため基本給は変えていませんが、パターンB~Dについては、定年前(正社員時)に比べて労働時間が減った分だけ、基本給を減額させる内容としているため、ある程度合理的な賃金設計といえるでしょう。もしも、更に基本給に変動を持たせたい場合などは、「職務の内容、職務の内容・配置の変更範囲」など(図表1を参照)や会社の財務状況など、複数の要因を考慮して合理的に決定する必要があります。

3.諸手当

図表4に記載している諸手当の概要は次の通りです。

  • 役職手当:正社員の中から指定された役職者に対して支給
  • 資格手当:職務遂行に特定の資格が必要で、その資格を有している場合に支給
  • 精皆勤手当:欠勤せずに出勤することの奨励として支給
  • 交代勤務手当:交代制勤務がある場合に支給
  • 住宅手当:住宅費の負担を補助するために支給
  • 通勤手当:通勤費の負担を補助するために支給

今回、パターンA~Dの全てのケースで支給しているのは、精皆勤手当と通勤手当です。通勤したり、欠勤せずに出勤したりすることは、雇用形態や働き方の違いには直接関係がないので、再雇用後の社員にも支給すべきものです。

その他の手当については、支給対象としませんでした。役職手当などは役職者にのみ支給するものですし、その他の手当も、再雇用後の働き方が手当の支給要件にマッチしないのであれば支給は不要という考えを前提にシミュレートを行っています。

やや判断が難しいのが住宅手当ですが、今回は「正社員は転勤があるのに対し、再雇用後は転勤がなく、正社員に比べ住宅費の負担が抑えられる」という理由から、支給しない設計にしてみました。

4.賞与

パターンAとBの社員には、前述した通り、賞与が支給されます。これはモチベーション維持のためでもありますし、同一労働同一賃金のルールに照らした際、「仕事内容が正社員時と変わらないのに、賞与は支給しないのは不合理」という考え方ができるためです。

一方、額については前述した通り、正社員時の最大50%としています。これは、パターンAとBがともに、役職任用がなく仕事の責任についても正社員よりも軽い(ノルマがない)ことを考慮したものです。50%は上限ですので、実際は評価制度に基づき、社員の成果と貢献を公正に評価して支給額を決めることになります。

以上(2025年10月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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【高齢者雇用】 70歳雇用のポイント 賃金や契約更新に要注意!

1 努力義務の70歳雇用……自社でもできる?

生涯現役社会。高齢社員の活用はどの会社にとっても重要なテーマです。定年や定年後の働き方に関するルールは高年齢者雇用安定法に定められていて、会社は、

  • 定年を設定する場合は60歳以上とする義務
  • 65歳まで雇用するための措置を講じる義務(65歳までの雇用確保)
  • 70歳まで働ける機会を確保する努力義務(70歳までの就業機会確保)

を負っています。

3.の「70歳までの就業機会確保」は、2021年4月1日から始まったルールで、2.の「65歳までの雇用確保」を拡充したものです。実施は努力義務ですが、中小企業の30.3%はすでに措置を講じています(厚生労働省「令和5年高年齢者雇用状況等報告」)。

「会社の雇用負担が増えるのでは?」「70歳まで業務に耐えられない社員もいるのでは?」と不安かもしれませんが、ご安心ください。

会社と社員の負担が少ない継続雇用制度(定年後も社員を引き続き雇用しつつ、1年ごとなどに雇用継続が可能かを判断した上で、契約を更新する)を導入

することなどによって、そのリスクを減らせる可能性があります。では、70歳までの就業機会確保の全体像、継続雇用制度のポイントなどを紹介するので確認していきましょう。

2 70歳までの就業機会確保の全体像

70歳までの就業機会確保には、「3つの雇用確保措置」「2つの創業支援等措置」があります。

70歳までの就業機会確保

1)「65歳まで」と「70歳まで」とで何が変わる?

「雇用確保措置」は、定年延長など、従来からの65歳までの雇用確保を踏襲したものです。70歳までの就業機会確保では、ここに「創業支援等措置」が新たに追加され、社員がフリーランスとして働くことを支援するなど、自社で雇用しない選択肢が増えます。いずれも努力義務です。

2)措置の内容はどうやって決めればいい?

70歳までの就業機会確保の5つの措置のうち、どれを選択するかは、会社と社員が十分に協議し、社員のニーズに応じて決定するのが望ましいとされています。ちなみに、

複数の措置を導入し、どの措置を適用するかは社員ごとに決定する

こともできます。例えば、原則として雇用確保措置で対応するけど、健康状態などの関係で自社での雇用が難しい社員については創業支援等措置を検討するといった具合です。

3)対象者を限定することはできる?

65歳までの雇用確保については、原則として対象者を限定することができません。唯一、継続雇用制度(65歳まで)については、

以前は労使協定(2012年度以前に締結されたものに限る)により、一部の社員を対象から除外することができましたが、2025年4月1日以降は不可(=定年に達した全社員が対象)

となっています。

一方、70歳までの就業機会確保については、

定年廃止と定年延長を除き、対象者を限定する基準を設けることが可能

です。ただし、基準を設ける場合、過半数労働組合等の同意を得るのが望ましいとされています。また、過半数労働組合等との協議の上で設けた基準であっても「上司の推薦がある者に限る」「男性に限る」など、法の趣旨や労働関係法令・公序良俗に反するものは認められません。

4)他に注意点は?

ここまで紹介した内容は、就業規則に定めなければ実施できないので、

就業規則の変更手続き(過半数労働組合等への意見聴取、所轄労働基準監督署への届け出、変更後の就業規則の周知)

を忘れないようにしてください。

ちなみに、すでに70歳までの就業機会確保に取り組んでいる中小企業のうち78.2%は、「70歳までの継続雇用制度の導入」で対応しています(厚生労働省「令和5年高年齢者雇用状況等報告」)。そこで、次章では雇用確保措置のうち、継続雇用制度に焦点を当てて、制度の概要や実務の留意点を紹介していきます。

3 継続雇用制度の概要と実務上の留意点

1)継続雇用制度の概要は?

70歳までの継続雇用制度を導入する場合、

定年を60歳などに据え置きつつ、引き続き70歳まで雇用する

ことになります。継続雇用制度は、

  • 勤務延長制度(定年後も雇用契約関係を終了させず、引き続き雇用する)
  • 再雇用制度(定年時に一度雇用契約関係を終了させ、再び雇用する)

の2種類に大別されますが、一般的に浸透しているのは再雇用制度です。

制度のイメージをつかむため、定年延長(定年を70歳まで引き上げる)と再雇用制度の違いを比較してみましょう。

制度の比較

大きな違いは契約期間です。定年延長では70歳まで契約期間の定めがありません。一方、

再雇用制度では、1年ごとなどに再雇用するか否かを決められるので、会社と社員の状況に応じて更新の可否やさまざまな条件を話し合うことが可能

となります。

また、賃金が60歳到達時の75%未満に引き下げられたなど所定の要件に該当した場合、雇用保険から「高年齢雇用継続給付金」を受給することができるため、人件費の引き下げを目的として、再雇用制度を導入する会社も多いです。ただ、高年齢者雇用継続給付金については、

2025年4月から、最大給付率が「15%→10%」に引き下げ

られており、再雇用時の賃金設計については慎重に検討する必要があります。

2)再雇用制度の場合、契約更新の有無を会社が自由に決められるか?

社員が契約更新を期待する合理的な理由があり、会社が更新の申込みを拒絶する合理的な理由がない場合、会社は原則として契約更新をする必要があるとされています。

再雇用制度では、社員が定年に達した後に嘱託社員(呼び方はさまざま)として有期労働契約を締結し直します。この時点で、会社は社員に対して、契約更新の有無と契約更新の可能性がある場合はその基準を明示します。なお、

契約更新に上限(通算契約期間や更新回数の上限)がある場合は、その内容の明示が必須

です。

契約を更新しない場合、その社員が、

  • 契約が3回以上更新されている
  • 1年以下の契約の更新によって、通算契約期間が1年を超える
  • 1年を超える契約期間の労働契約を締結している

のいずれかに該当するときは、契約期間満了の30日前までにその旨を予告しなければなりません。また、社員が請求したときは契約を更新しない理由を明示する必要があります。

なお、労働契約法には、通算契約期間が5年を超える社員が申し出た場合、無期契約に転換する「無期転換ルール」があります。ただし、定年後に会社に継続雇用される社員については、

会社が適切な雇用管理に関する計画を作成し、所轄都道府県労働局長の認定を受けている場合、定年後に引き続き雇用されている期間については、無期転換申込権が発生しない

という制度(継続雇用の高齢者の特例)があります。

3)継続雇用時に賃金の支給額を下げるのは同一労働同一賃金違反?

パートタイム・有期雇用労働法により、会社は基本給や賞与などについて、非正規社員(嘱託社員など)と正社員との間に不合理な待遇格差をつけることができません(同一労働同一賃金)。継続雇用している嘱託社員と、正社員との待遇差を設ける場合は次の3つに注意してください。

  • 職務内容(業務内容、責任の程度)
  • 職務内容・配置の変更範囲(人材活用の仕組み・活用等)
  • その他の事情(成果、能力、経験等が該当)

2023年7月には、定年再雇用で嘱託になった職員の基本給を、正職員の頃の60%未満まで引き下げたことでトラブルが起き、最高裁判決までもつれ込んだ事案がありました。その際、

高裁が「60%を下回るのは違法」と判断したのに対し、最高裁が「単純な額の問題ではなく、基本給や賞与の性質や支給目的を精査すべき」として、高裁に判決を差し戻した

ことが話題になりました(最高裁第一小法廷令和5年7月20日判決)。

継続雇用の際は、社員の賃金が正社員時より下がるイメージが強いですが、実際は、

  • 仕事内容や役職は定年前から変わるか
  • 労働時間や、社会保険・雇用保険の適用(労働時間に応じる)は変わるか
  • 責任はどうなるか(仕事のノルマはあるか)

などを総合的に判断して金額を決める必要があります。

また、専門性の高い業務に従事するなど優秀な社員の場合、高い賃金を支払ってでも会社にとどまってほしいケースもあるでしょう。こうした場合、基本給などを下げる代わりに、職務内容や技能に応じた手当などを特別に支給したり、賞与などで功績を都度評価したりするというのも1つの方法です。

4)継続雇用した社員にも定期健康診断は実施すべき?

定期健康診断の実施義務があるのは、

無期契約または1年以上雇用される見込みがあり、週の所定労働時間が正社員の4分の3以上の社員

です。継続雇用によって嘱託社員などに雇用形態が変わっても、この条件に該当する場合は定期健康診断を実施しなければなりません。

ただし、一般的に加齢によって健康状態に不安を感じる社員は増えるので、長期雇用を検討するのであれば、上の条件に該当しない社員も定期健康診断の対象にするとよいでしょう。がんなどのリスクを考慮し、法定外の人間ドックなどを受けさせるのも1つの方法です。

一方、「自分はまだ若い」と考えて、無理な働き方をして体調を崩したり、労働災害に遭ってしまったりする社員もいます。そのため、高齢社員に今の健康状態を正しく把握してもらうために、体力チェックテストなどを実施している会社もあります。

社員の体調面などを考慮してこれらの制度を積極的に取り入れることで、会社の福利厚生の拡充を図り、企業価値の向上に繋げられる可能性があります。

以上(2025年10月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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【ハラスメント対策】 相談窓口の設置は会社の義務! 社内と社外、どちらに設ける?

1 相談のハードルをいかに下げるかがポイント

労働施策総合推進法などにより設置が義務付けられている「ハラスメント相談窓口」(以下「相談窓口」)には、ハラスメントに関する相談や苦情を受け付け、被害を最小限に食い止める役割があります。相談窓口がうまく機能していれば、深刻なハラスメント問題に至る前に事態を収めることができます。そして、うまく機能させるには、

社員から「相談しにくい」と思われそうな要素をできるだけなくすこと

が大切です。

例えば、相談窓口には、

  1. 内部相談窓口:社内の人材を相談窓口の担当とする
  2. 外部相談窓口:弁護士事務所やコンサルタントなどに委託する
  3. 併設:内部相談窓口と外部相談窓口を併設する

の3種類があります。中小企業では内部相談窓口が一般的ですが、「内部だと相談しにくい」という社員のケアや、複雑な事案への対応も考えるのであれば、外部相談窓口も併設するのが理想です。

また、相談窓口の存在は必ず社員に周知しなければなりませんが、その際は、次の事項などを分かりやすく伝え、相談のハードルを下げる必要があります。なお、これらの事項は、相談窓口を設置したときだけでなく、定期的に周知することが大切です。

  • 相談者のプライバシーを守ること
  • 相談しても不利益はないこと
  • 実際に起きていなくても、ハラスメントが起こりそうな状態の相談も受け付けること
  • 面談、電話、メール、ウェブ上のフォーム、郵送など相談方法を選べること
  • 相談担当者として男女それぞれを設置していること

相談窓口が使いやすいかどうかは、傍目からは分かりにくいので、「相談しにくい雰囲気がないか」などを、社内アンケートなどで実態を調査することも大切です。逆にちゃんと運用されていて、その上でハラスメントの問題が起きていないのであれば、それは相談窓口がうまく機能している証拠ですから、基本的には評価してよいと思われます。

2 「相談しにくい……」と思わせない担当者を選ぶ

内部相談窓口の担当者には、次のような人たちがいます。

  1. 経営者や役員
  2. 管理職
  3. 人事労務担当部門や法務部門の社員
  4. 社内の診察機関、産業医、カウンセラー
  5. 労働組合

経営者や役員が担当者になると、相談を受けた後の事実確認や行為者の処分の検討などをスピーディーに行えます。ただ、「経営者には相談しにくい」という社員もいますし、万が一、経営者や役員が行為者の場合、周囲が忖度(そんたく)してしまうこともあります。

こうしたデメリットを考慮するのであれば、経営者や役員だけでなく管理職も担当者に加えるようにしましょう。とはいえ、相手が直属の上司だと、やはり相談しにくいケースもあるので、その場合は複数の管理職を担当者にするなどの配慮が必要です。

また、セクハラの場合は羞恥心の問題もあるので、同性の担当者が相談を受け付けるのが望ましいです。そうした意味では、男女両方の担当者を置くことも大切です。

3 相談担当者の教育や研修を実施する

信頼できる相談窓口を作るためには、ハラスメントの基本知識や相談への対応方法等に関するマニュアルを作成したり、相談担当者に対する研修を実施したりするようにしましょう。相談担当者がうまく対応できないと、二次被害(相談窓口の担当者の言動によって、相談者がさらなる被害を受けること)が発生してしまう恐れがあります。こうした事態は防がなければなりません。

また、相談窓口には、内部告発(内容はハラスメントに限らない)の声が寄せられることもあります。こうした声は公益通報として、公益通報者保護法の保護下に置かれます。公益通報保護法では、社員数が常時300人超の会社に対し、「内部通報窓口」の設置などが義務付けられています。要件に該当する会社は、

相談窓口と内部通報窓口を一体的に運用すること

を検討してみるのもよいでしょう。

近年、ハラスメント事案が年々増加する傾向にある中、これからの相談担当者は最新の法律知識・社会的動向などを踏まえた対応を求められることになります。

4 社外にも相談窓口の存在を明確に伝える

2024年11月1日から、フリーランス(注)に対しても、社員と同様のハラスメント防止措置を講じることが義務付けられます。相談窓口についても、基本的に社員と同じ窓口をフリーランスにも適用するという対応で差し支えありませんが、注意しなければならないのは、

あらかじめ相談窓口の存在を明確に伝えておかないと、ハラスメント事案が発生した際、フリーランスが外部のユニオンなどに駆け込んで、問題が大きくなる恐れ

があることです。フリーランスと契約を締結する際に、相談窓口の担当者や連絡先を、書面などで明らかにしましょう。

(注)ここでいうフリーランスとは、業務委託先の事業者であり従業員を使用していない者(いわゆる個人事業主等)を指します(フリーランス・事業者間取引適正化等法)。

就活生に対しても同様です。2025年6月11日公布の改正男女雇用機会均等法により、就活生に対する「就活セクハラ」についても、社員と同じようにハラスメント防止措置を講じることが義務付けられました(公布日から1年6カ月以内に施行予定)。相談窓口についても

自社のウェブサイトや採用ページなどで、相談窓口の担当者や連絡先を明示

しておきましょう。

以上(2025年10月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 栗原功佑)

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【規程・文例集】吸収分割契約書のひな型

1 吸収分割契約書に定めるべき内容

中小企業のM&Aのほとんどは、株式譲渡か事業譲渡です。ただし、

  • 優良事業を切り出して事業再生を図る
  • 許認可が必要な事業だけを切り出してM&Aを実行する

といった場合に会社分割が利用されることがあります。事業譲渡と会社分割には似たような機能がありますが、事業譲渡が個別承継となるのに対し、会社分割は組織法上の行為で包括承継となるという大きな違いがあります。また、手続上の違いとして、会社分割は、債権者異議手続、反対株主の株式買取請求等の法律で定められた手続きを履践しなければなりません。

吸収分割を行うときには、分割会社と承継会社との間で分割契約を締結し、次の事項(法定記載事項)を定めなければなりません(会社法第757条、第758条)。なお、新株予約権を発行している場合などには別途追加で定めるべき事項がありますが、この記事では省略します。

  • 分割会社及び承継会社の商号及び住所(第2条)
  • 承継会社が承継する資産・負債等の権利義務に関する事項(第3条)
  • 承継会社が分割会社に対して交付する金銭等に関する事項(第4条)
  • 効力発生日(第6条)

2 吸収分割契約書のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際に就業規則を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【吸収分割契約書のひな型】

株式会社○○(以下「甲」という)と○○株式会社(以下「乙」という)とは、甲の営む事業につき、次のとおり、吸収分割契約(以下「本件契約」という)を締結する。

第1条(吸収分割)

1)甲及び乙は、甲が営む○○事業(以下「本件事業」という)に関して有する権利義務の全部を吸収分割により乙に承継させ、乙はこれを承継する(以下、「本件吸収分割」という)。

2)甲及び乙は、信義に従い誠実に、本件吸収分割等の取組みを実施し、互いにとってより良い結果となるよう努めると共に、当該取組みによって何らかの問題・支障が生じた場合には、解決に向けて相互に協力して対応にあたることを確認する。

第2条(商号及び住所)

甲及び乙の商号及び住所は、以下のとおりである。

甲:吸収分割会社

(商号)株式会社○○

(住所)東京都○○区○○

乙:吸収分割承継会社

(商号)○○株式会社

(住所)東京都○○区○○

第3条(権利義務の承継)

1)乙が本件吸収分割により甲から承継する資産、債務、契約その他の権利義務(以下「承継対象権利義務」という。)は、別紙のとおりとする。

2)本件吸収分割による甲から乙に対する債務の承継は、免責的債務引受の方法による。甲は、承継対象権利義務に含まれる債務について履行をしたとき(会社法第759条第2項に基づき履行をしたときを含む。)は、乙に対してその全額について求償することができる。

3)乙は、承継対象権利義務に含まれる債務以外の甲の債務について履行をしたとき(会社 法第759条第3項又は第4項に基づき履行をしたときを含む。)は、甲に対してその全額について求償することができる。

第4条(本吸収分割に際して発行する株式の割当)

乙は、本件吸収分割に際して発行する普通株式○○株を、甲に対して交付する。

第5条(増加すべき乙の資本金及び準備金)

本件吸収分割により増加すべき乙の資本金、資本準備金及び利益準備金は、以下の額とする。

資本金 ○○円。分割後の乙の資本金は○○円とする。

資本準備金 ○○円

利益準備金 ○○円

第6条(本件吸収分割の効力発生日)

本件吸収分割の効力発生日は、○年○月○日とする。ただし、吸収分割手続の進行上必要がある場合、甲乙が協議の上、これを変更することができる。

第7条(株主総会決議)

甲及び乙は、それぞれ○年○月○日に株主総会を開催し、本件契約の承認及び本件吸収分割に必要な事項の決議を求める。ただし、分割手続きの進行上の必要性その他の事情により、甲乙協議の上、開催期日を変更できるものとする。

第8条(競業避止義務)

甲は、効力発生日から○年○月○日までの間、本件事業と実質的に同一の事業を行わないものとする。ただし、甲乙間で別途合意した場合はこの限りではない。

第9条(業務運営)

甲及び乙は、本件契約締結後効力発生日に至るまで、善良なる管理者の注意をもってその業務の執行及び財産の管理、運営を行い、その重要な財産又は権利義務に重大な影響を及ぼす行為については、あらかじめ甲乙協議の上、これを行うものとする。

第10条(条件の変更、解除)

本件契約締結日後効力発生日に至るまで、本件事業又は承継対象権利義務に重大な変動が生じた場合、本件吸収分割の実行に重大な支障となる事態が生じた場合、その他本件契約の目的の達成が困難となった場合には、協議の上、合意により、本件契約を変更し又はこれを解除することができる。

第11条(準拠法及び管轄裁判所)

1)本契約は、日本法を準拠法とし、日本法に従って解釈される。

2)本契約に関し紛争が生じたときは、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。

第12条(協議事項)

本件契約に定める事項のほか、本件吸収分割に必要な事項は、本件契約の趣旨に従い、甲及び乙が協議し合意の上、これを定める。

本件契約締結の証として、本書2通を作成し、甲乙記名押印のうえ、各1通を保有する。

○年○月○日

(甲)

東京都○○区○○

株式会社○○

代表取締役 ○○

(乙)

東京都○○区○○

○○株式会社

代表取締役 ○○

別紙 承継対象権利義務

1)資産

1.流動資産

2.固定資産

2)債務

本件事業に関する債務は承継されないものとする。

3)契約

効力発生日において甲が締結している契約のうち、以下に定める本件事業に関連する契約に係る契約上の地位及び当該契約に基づく権利義務

契約

4)労働契約上の権利義務

以下に定める従業員に関する雇用契約

雇用契約

以上(2025年9月作成)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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【規程・文例集】 合併契約書のひな型

1 合併契約書に定めるべき内容

中小企業のM&Aで合併が利用されるケースは少ないですが、比較的よく見られるケースは、株式譲渡によって完全子会社にした後に、当該会社と親会社が合併して1つの会社になるケースです。

吸収合併を行うときには、存続会社と消滅会社との間で合併契約を締結し、次の事項(法定記載事項)を定めなければなりません(会社法第748条、第749条)。なお、新株予約権を発行している場合などには別途追加で定めるべき事項がありますが、この記事では省略します。

  • 分割会社及び承継会社の商号及び住所(第1条)
  • 承継会社が分割会社に対して交付する金銭等に関する事項(第2条)
  • 消滅会社の株主に対する金銭等の割当てに関する事項(第2条)
  • 効力発生日(第4条)

2 合併契約書のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際に就業規則を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【合併契約書のひな型】

株式会社○○(以下「甲」という。)と○○株式会社(以下「乙」という。)とは、両社の合併に関して次の契約を締結する。

第1条

1)甲と乙は、甲を吸収合併存続会社、乙を吸収合併消滅会社として合併(以下「本合併」という)し、甲は乙の権利義務の全部を承継する。

2)本合併に係る吸収合併存続会社及び吸収合併消滅会社の商号及び本店は、以下のとおりである。

1.吸収合併存続会社

 商号 株式会社○○

 本店 東京都千代田区○○

2.吸収合併消滅会社

 商号 ○○株式会社

 本店 東京都渋谷区○○

第2条

1)甲は、本合併に際し、普通株式○○株を発行し、本合併の効力発生日(以下「効力発生日」という)前日最終の乙の株主名簿に記載された各株主(甲及び乙を除く)に対して、その所有する乙の普通株式に代えて、当該普通株式1株につき甲の普通株式○○株の割合(以下「割当比率」という)をもって割当交付する。

2)甲が発行する株式数の合計に1株未満の端数株式が発生した場合には、これを切り上げることとし、乙の株主に対して交付する株式数に1株未満の端数が生じた場合には、これを一括売却又は買受けをし、その処分代金を、端数が生じた株主に対して、その端数に応じて分配する。

3)本合併に際して発行する甲の新株式に対する利益又は剰余金の配当は、効力発生日から起算する。

第3条

甲が合併により増加すべき資本金等の取扱いは、次のとおりとする。ただし、効力発生日前日における乙の資産及び負債の状態により、甲及び乙が、協議の上、これを変更することができる。

  • 増加する資本金の額   ○○円
  • 増加する資本準備金の額 ○○円
  • 増加するその他資本剰余金の額 会社計算規則第35条第1項の株主資本等変動額から上記1.及び2.の額を減じて得た額

第4条

効力発生日は、令和○年○月○日とする。ただし、前日までに合併に必要な手続が遂行できないときは、甲及び乙が、協議の上、会社法の規定に従い、これを変更することができる。

第5条

1)乙は、令和○年○月末日現在の貸借対照表その他同日現在の計算書を基礎とし、これに効力発生日前日までの増減を加除した一切の資産、負債及び権利義務を効力発生日において甲に引き継ぐ。

2)乙は、令和○年○月末日以降、効力発生日前日に至るまでの間に生じたその資産、負債の変動については、別に計算書を添付して、その内容を甲に明示しなければならない。

第6条

甲及び乙は、本契約締結後、効力発生日前日に至るまで、善良なる管理者の注意をもって各業務を遂行し、かつ、一切の財産の管理を行う。

第7条

1)甲は、効力発生日において、乙の従業員を甲の従業員として雇用する。

2)勤続年数は、乙の計算方式による年数を通算するものとし、その他の細目については甲及び乙が協議して決定する。

第8条

甲と乙は、本合併契約書につき承認を得るため、令和○年○月末日までに、それぞれ株主総会の承認を得るものとする。

第9条

この契約締結の日から効力発生日までの間において、天災地変その他の理由により、甲若しくは乙の資産状態又は経営状態に重大な変更が生じた場合又は隠れたる重大な瑕疵が発見された場合には、甲及び乙が協議の上、本契約を変更し又は解除することができる。

第10条

本契約に規定のない事項又は本契約書の解釈に疑義が生じた事項については、甲及び乙が誠意をもって協議のうえ解決する。

本契約の締結を証するため本書1通を作成し、甲が保有する。

○年○月末日

(甲)

東京都○○区○○

株式会社○○

代表取締役 ○○

(乙)

東京都○○区○○

○○株式会社

代表取締役 ○○

以上(2025年9月作成)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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