1 「呼び込み」の先にある、地域創生の真の課題
「地域創生」という言葉が浸透した今、イベントや様々な取り組みに、積極的にチャレンジする地域も多く見られるようになりました。一方で、地域創生に取り組む多くの人たちが、「自分たちの取り組みは本当に地域創生につながっているのか?」という不安を抱えながら活動をしています。SNSを駆使した宣伝、工夫を凝らしたイベント、地域の人々の熱意……結果的に想定以上の人を呼ぶことができても、そこから先がない。参加者・地域にこれといった変化が起きず、「一時的に成果が出ただけで終わってしまう」ケースは少なくありません。
今後の地域創生を語る上での大きな課題は、
「イベントでできた関わりを、どう維持するのか」「イベントの参加者や地域が、イベント終了後にどんな行動変容を起こすのか」
です。
この記事では、イベント終了後も参加者・地域の「行動変容」が続いている例として、徳島県名西郡神山町の「すだちワーキングホリデー」を紹介します。主催者と参加者の両者にインタビューを行い、「一過性のイベントで終わらない取り組みのポイント」もお聞きしました。
2 インタビュー:「すだちワーキングホリデー」の仕掛け人と参加者が語る「行動変容」

「すだちワーキングホリデー」とは、2024年度から神山つなぐ公社が企画・運営し、自治体・ハローワーク・農家と協力して実施している、同町の名産品・すだちの収穫を手伝う農業体験プログラムです。この取り組みの主な特徴として、
- 9泊10日(2025年度は約3週間の長期コースも実施)のプログラムであること
- ボランティアではなく、報酬が出る「仕事」であること
- 参加者は、皆が同じ民家でシェアハウスをして過ごすこと
- 参加者は様々なすだち農園を、ローテーションで回って収穫作業を手伝うこと
が挙げられます。
神山町はいかにしてこの取り組みを成功させ、どんな行動変容を生んだのか。「すだちワーキングホリデー」の企画・主催を担う神山つなぐ公社の代表理事(取材当時、現在は神山町役場まちづくり戦略課)、馬場達郎さんと、初年度に同プログラムに参加してから大きな行動変容を起こした、徳島大学総合科学部の渡邉柚希さんに話を聞きました。
1)アイデンティティーとしての「すだち」と危機感

「すだちは、ただの”特産品”じゃない。神山町を象徴する、大切なものなんです」
と、馬場達郎さんは語ります。

風景の中にすだちがあり、人々の生活の中にすだちがある。それが、神山町のアイデンティティーです。しかし、農家さんの高齢化が進む中、収穫期の人手不足が喫緊の課題になっていました。そこで2年前、神山町とハローワーク、そして農家さんと連携して立ち上げたのがこのプログラムだそうです。
しかし、目的は労働力の確保だけではありません。
「どうせやるなら、神山というまちを知ってもらい、若者と地域が深く関わる『新しい入り口』をつくりたい」
という思いから生まれたのが、この一風変わった体験プログラムでした。
徳島大学総合科学部の3年生である渡邉さんは、「すだちワーキングホリデー」の記念すべき第1回の参加者。参加のきっかけは、大学の先輩からの紹介だったそうです。
「最初は参加しようかかなり迷っていたのですが、応募期限ぎりぎりに思い切って申し込みました。そこからは緊張はしませんでした。当日まで、わくわくとした気持ちで過ごしたのを今でもよく覚えています」
渡邉さんは、すだちワーキングホリデーに参加したことで、大きな行動変容をした当事者の1人です。
この9泊10日のプログラムには、なぜ、多くの人の心を動かす力があるのでしょうか? その秘密は、「横のつながり」を創出する基本的なシステムにありました。
2)「共同生活」と「ローテーション」が生む、多層の「つながり」
「すだちワーキングホリデー」というプログラムの特色として挙げられるのは、
- 共同生活(プログラム中、参加者全員が、同じ屋根の下でシェアハウスをする)
- ローテーションシステム(数日ごとに、農家さんと参加者の組み合わせをローテーションする)
の2つです。
「共同生活については、たくさんの個室が用意できなかった、という物理的な理由もありますが、それ以上に、”農家さんと特定の参加者のみにコミュニティーを限定したくない”という目的が大きかったです」
仮に共同生活でなく、参加者が別々の部屋に滞在するプログラムだった場合、プライベートも守られ、生活のペースを保つことができ、快適に過ごせるでしょう。しかし、そうなると参加者が「気持ちを分かち合う」機会は失われ、独りの世界に閉じ籠もってしまうことになります。
参加者同士がその日の苦労や発見を分かち合う「コミュニティー」が形成されれば、慣れない農作業の疲れや、大変だったことを分かち合える。仲間がいれば、大変なことがあっても共有して、笑い話に変えられる。主催側の、ある種の「逃げ場」をつくる気遣いが、結果的に地域へのポジティブな記憶を定着させるシステムになったのではないかと、馬場さんは語ります。
実際に参加して共同生活をした渡邉さんは、
「共同生活は初めての経験でしたが、とても楽しかったです。その日あったことを話したり、川遊びをしたり、皆でご飯を作ったり……本当に、思い出がたくさんあります。プログラムの期間を通して、人との対応力という点でも、自分の成長を感じられました」
と、語ります。参加者にとって、神山町は「仲間たちとの思い出が詰まった場所」として、愛される存在になったのでしょう。
また、「コミュニティーをひとつに限定しない」気遣いは、プログラム実施中のローテーションシステムにも表れています。
「”技術の蓄積”という面では、1カ所の農家さんに専属の参加者を付けたほうがよいのは確かです。しかし、参加者には多様な収穫方法や、それぞれの農家さんの考え方に触れてほしかった。もし、1カ所の農家さんとの相性が良くなかったとしても、また新たな出会いがあるというリスクヘッジでもあります」
と、馬場さんは語ります。
一口に「すだち栽培」と言っても、農家さんによって栽培の方法や、収穫の方法はバラバラ。農家さんとしても、参加者としても、全日程同じ農園で作業を行ったほうが、効率が良いと感じるはずです。しかし、「すだちワーキングホリデー」では、あえて「ローテーション」という形を取りました。そのシステムの魅力について、渡邉さんは次のように語ります。
「多様な視点に触れることで、農業という営みを立体的に捉えることができました。1カ所の『作業』で終わらず、神山という『地域全体』とつながっている感覚を持てたのだと思います」
「農家さんたちが、仕事を教えてくれるだけではなく、さまざまなお話を聞かせてくださったのも、とても良い経験になりました。農家さんたちはそれぞれ個性豊かで、目指しているものも違います。けれど、『すだち愛』『神山愛』だけは一貫している。それに触れるうちに、自分もただの労働力ではなく、その思いをつなぐ一人になりたいと思うようになりました」

様々な人とつながるシステムが、「当事者意識」を芽生えさせる大切な鍵になっていた、ということなのかもしれません。
3)広がっていくつながりと、それぞれの行動変容
「すだちワーキングホリデー」を通して、神山町には様々な行動変容が生まれました。
「すだちワーキングホリデーを契機に、様々な”つながり”が生まれているのが、一番の収穫なのかもしれません」
と、馬場さんは語ります。
すだちワーキングホリデーが始まってからは、農家さん同士のコミュニティーも活性化したそうです。
- 「収穫を体験したいから農家さんを紹介してくれないか」と依頼された
- 「ここの民家が空いているから、宿舎に使ったら良いんじゃないか」と紹介された
など、すだちワーキングホリデーを1つのハブとして、人脈が根を張り、神山町の地盤が強靭になりつつあるのを少しずつ感じている、とのことです。
また、参加者にも行動変容がありました。渡邉さんは農家さんと継続的に連絡を取り、ワーキングホリデーが終わってからも、定期的に収穫の手伝いをしに、神山町を訪れています。

「農家さんが困っている姿を放っておけないのもありますが、それ以上に収穫はやりがいがある仕事です。大学の授業が始まる前に車を飛ばして神山まで来て、収穫を手伝ってからまた市内に戻るなど、楽しくやらせてもらっています。農家さんが神山から市内にいらっしゃるときは、ご飯に誘ってもらうこともあります。将来は公務員になりたいと思っているので、地域の方との深いつながりは学びも多く、貴重な体験です」
渡邉さんの他にも、東京のアンテナショップですだち販売を行う際、積極的に手伝いを申し出た参加者の方もいるそうです。
最後に、「地域創生の取り組みへと踏み出したい方」に向けて、馬場さんと渡邉さんそれぞれにいただいたメッセージを紹介します。
「すだちワーキングホリデーを主催するに当たって、魔法のような特別なことは何もしていません。大切にしているのは、こまやかな気配りと、愛情を持って事業に向き合うこと。参加者に対しても、農家さんに対しても、一人の人間として向き合い、何に困っているのかを丁寧に考え続ける。ひたすら、やれることをやっていく。その泥臭い積み重ねが、信頼関係というインフラを築いていくのだと考えています」(馬場さん)
「神山は先進的な取り組みを行っている自治体ではありますが、僕たち参加者が惹かれ、神山に戻ってくる理由は、そこではなくて神山に住む人々の”人柄”だと感じています。交流する中でできた人と人とのつながりが、僕たちの”行動変容”のきっかけになったのだと実感しています」(渡邉さん)

すだちワーキングホリデーの約10日間で得た「つながり」は、プログラムが終わってなお、参加者と地域、ひいては地域と人とをつなぎ続けています。
3 行動変容の波紋を、神山から全国へ

すだちワーキングホリデーは、単に「不足した労働力を補う」という目的を超えて、地域内に多層的なネットワークを生み出しました。自治体と農家、農家と若者という直接的な線引きにとどまらず、プログラムを介して農家同士が情報交換を始め、さらには他業種とのつながりへと発展しています。
このつながりが、地域全体のレジリエンス(回復力)を高め、神山のアイデンティティーを次世代へとつなぐ強固なインフラとなっています。
また、参加者たちがプログラム終了後も、自発的に神山町に関わり続けているという事実は、
彼らにとって神山町が、「消費する観光地」から「愛すべき大切な場所」へと変容した
ことを物語っています。特別なシステムではなく、運営側や農家が注いだ「こまやかな気配り」と「愛情」が、若者の価値観を根底から揺り動かしたのです。
神山町で土に触れ、農家の思いに触れた若者たちが体験したこの「行動変容」は、決して神山町という一地域の中だけで完結するものではありません。
ここで学んだ「現場を大切にする姿勢」や「人と深く関わることの喜び」は、彼らが人生を生き抜いていく過程で、それぞれの場所へと伝播していくはずです。神山町から始まった小さな波紋はやがて全国へと広がり、これからの日本を支える新しい力となっていくでしょう。
一過性の賑わいではなく、一人の人間の生き方を変えること。それこそが、真の地域創生につながっていくのです。
以上(2026年4月作成)
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画像:日本情報マート