【賃金データ集】賃金改定の動向

【賃金データ集】シリーズとは?

【賃金データ集】シリーズは、基本給や諸手当など賃金の主要な構成要素ごとの近年のトレンドを、モデル支給額を中心とした関連データとともに紹介します。経営者や実務家の方々が賃金支給水準の決定や改定を行う際の参考としてご活用ください。なお、モデル支給額などのデータを紹介する際は、基本的に出所に記載されている用語を使用するものとします。また、データは公表後に修正されることがあります。

この記事で取り上げるのは「賃金改定の動向」です。

なお、以降で紹介する図表データのExcelファイルは、全てこちらからダウンロードできます。

こちらからダウンロード

1 賃金改定の概要

毎年、1月ごろから注目され始める「春闘」(日本経済団体連合会では「春季労使交渉」、日本労働組合総連合会では「春季生活闘争」)は、日本独特の労使闘争であり、1956年ごろから現在の形になったといわれます。

春闘では、全国中央組織である労働団体や産業別・雇用形態別組織の指導・調整の下、労働組合が結束して企業との団体交渉に臨みます。中心となる交渉のテーマは、基本給や一時金(賞与)の引き上げ要求ですが、この記事では基本給に注目します。まずは、春闘で話題になる定期昇給やベースアップの仕組みを確認してみましょう。

定期昇給、ベースアップ、賃金改善のイメージ

2 賃金改定の潮流

1)近年の春闘の傾向

日本労働組合総連合会(以下「連合」)が公表している、2022年春闘から2026年春闘までの賃上げ率(平均賃金方式、定期昇給相当分を含む、加重平均)の動向をお知らせします。

大企業と中小企業の賃上げ額の推移

注目すべきは、

2024年、2025年、2026年と3年連続で、加重平均で5%台の賃上げ

が実現していることです。

2024年春闘は、連合が「経済も賃金も物価も安定的に上昇する経済社会へとステージ転換をはかる正念場である」として、賃上げ目標(定期昇給相当分を含む)を2023年の「5%程度」から「5%以上」に改めました。加重平均での5%超えは33年ぶりでした。

2025年春闘は、「賃上げと価格転嫁・適正取引における格差解消をセットで進めていく」という方針が示され、多くの中小組合で格差是正を含めた積極的な要求が提出されました。

2026年春闘は、「実質賃金の持続的な上昇を伴う『賃上げノルム』の確立に向け、3年連続の5%以上の賃上げを目指す」という方針が示され、実現に至りました。

3 厚生労働省の統計資料による賃金改定の状況

民間主要企業における春季賃上げ状況の推移

民間主要企業における春季賃上げ状況の推移

4 日本経済団体連合会の統計資料による賃金改定の状況

昇給とベースアップの実施状況の推移

賃上げ額および賃上げ率の推移

春季労使交渉・大手企業業種別妥結結果(加重平均)

春季労使交渉・中小企業業種別妥結結果(加重平均)

5 地域ごとの状況(東京、大阪、愛知、千葉)

東京都内企業の春季賃上げ要求・妥結状況(加重平均)

大阪府内企業の春季賃上げ要求・妥結状況

愛知県内企業の春季賃上げ要求・妥結状況

6 情報インデックス(この記事で紹介したデータの出所)

この記事で紹介した統計資料は次の通りです。調査内容は個別のURLからご確認ください。なお、内容はここ数年の公表実績に基づくものであり、調査年(度)によって異なることがあります。

■民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/shuntou/roushi-c1.html

民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況

■1~6月実施分 昇給・ベースアップ実施状況調査結果■
https://www.keidanren.or.jp/policy/index09.html

昇給・ベースアップ実施状況調査結果

■春季労使交渉・大手企業業種別妥結結果、春季労使交渉・中小企業業種別妥結結果■
http://www.keidanren.or.jp/policy/index09.html

春季労使交渉・大手企業業種別妥結結果、春季労使交渉・中小企業業種別妥結結果15

■経済要求・妥結状況調査■
http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/sodan/chousa/youkyu-daketsu/

経済要求・妥結状況調査

■春季賃上げ要求・妥協状況■
http://www.pref.osaka.lg.jp/sogorodo/chousa/

春季賃上げ要求・妥協状況

■県内企業の春季賃上げ、夏季一時金及び年末一時金要求・妥結状況調査結果■
https://www.pref.aichi.jp/soshiki/rodofukushi/0000052467.html

県内企業の春季賃上げ、夏季一時金及び年末一時金要求・妥結状況調査結果

以上(2026年7月更新)

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インボイス制度の2026年問題! 2026年10月から消費税負担が増える?

1 改正により多少緩和された「インボイス制度の2026年問題」

2026年10月に、インボイス制度が大きな転換期を迎えることをご存じでしょうか。具体的には、

1.仕入先に免税事業者などがある会社が影響を受ける

免税事業者などからの仕入れに係る経過措置(以下「インボイス経過措置」)の控除率が縮小

2.インボイス制度の導入を機に、課税事業者となった小規模事業者が影響を受ける

免税事業者が課税事業者を選択した場合の2割特例(以下「インボイス2割特例」)の廃止

の2つです。適切な準備を怠ると、消費税負担が増えるだけでなく、既存の取引関係にも変化が生じることになりかねません。

2026年度税制改正により、控除率(経過措置)の縮小幅の変更と廃止までの期間が延長され、その影響は多少緩和されたものの、制度縮小と廃止という方向性そのものは変わっていません。このインボイス制度の経過措置の控除率縮小やインボイス2割特例の廃止のポイントを知り、対策を講じるようにしましょう。

2 インボイス経過措置による控除率の縮小について

1)内容は?

インボイス制度の下では、適格請求書発行事業者として登録した事業者しか「適格請求書(インボイス)」を発行できず、買い手側(課税事業者)はインボイスを保存することで、仕入税額控除を受けられます。つまり、インボイスが発行できない免税事業者(あるいは適格請求書発行事業者の登録をしていない事業者)からの仕入れについては、原則控除が受けられません。

しかし、制度導入直後の急激な税負担の増加などの影響を避けるため、導入後の数年間は、インボイスが発行できない事業者からの仕入れでも、一定額の控除を受けられるインボイス経過措置が設けられています。一定額の控除率は段階的に縮小され、最終的にはなくなります。

インボイス経過措置による控除率の縮小

この経過措置による控除率の第一段階の縮小(80%→70%)が、2026年10月に到来します。

2)控除率が縮小することの影響は?

1.消費税負担の増加

免税事業者から商品やサービスを仕入れている場合、これまで80%控除できていた消費税が、2026年10月からは70%の控除しかできなくなります。つまり、控除できない10%分がそのまま消費税の納税負担として上乗せされるのです。免税事業者との取引が多いほど、納税額の増加になります。

納税額の増加は、会社の資金繰りに直接影響します。特に、利益率の低い事業や、運転資金がタイトな企業にとっては、予期せぬ支出増が経営を圧迫する可能性があります。

2.仕入れコストの増加と価格交渉の必要性

仕入税額控除が縮小されるということは、免税事業者からの仕入れコストは当然上がります。そのため、こうしたコスト増を加味した価格交渉や取引先の選定基準の見直しが必要になります。また、現時点では2031年10月以降、この経過措置が終わることになっているので、段階的に行われる控除率の縮小だけでなく、経過措置の完全終了も視野に入れることが大切です。

3)取るべき対応は?

1.消費税の納税シミュレーションをして、資金繰りへの影響を把握

2026年10月以降の消費税の納税額がどう変化するか、シミュレーションしましょう。現在の取引状況(免税事業者からの仕入額の見込みや前年度取引実績値など)に基づいて、経過措置の控除率が70%・50%・30%となる場合(余裕があれば、2031年の経過措置の完全終了の場合も併せて)の納税額を計算し、資金繰りへの影響を把握しましょう。

2.取引先との具体的な協議と、価格・取引条件の再検討

まずは、免税事業者の取引先に対し、適格請求書発行事業者への登録を促すことを検討しましょう。もし取引先が登録しない選択をした場合には、価格の見直しや取引条件の再交渉が必要になる可能性があります。ただし、その際は、

独占禁止法や取適法に違反しないよう細心の注意が必要

です。例えば、一方的に値引きを要求したり、取引価格を据え置いたまま消費税分を負担させたりすることは、優越的地位の濫用とみなされるリスクがあります。交渉担当者は、取引先との良好な関係を維持しつつ、デリケートな交渉を誠実かつ丁寧に、そして法的なリスクを理解した上で進める必要があります。

3 インボイス2割特例の廃止について

1)内容は?

インボイス2割特例とは、免税事業者がインボイス制度の導入を機に、課税事業者を選択した場合、

納税額を、売上に係る消費税(仮受消費税)の2割とする制度

です。この特例を適用すると、売上に係る消費税額の20%だけを納税すればよいことになります。つまり、80%の消費税額が免除される計算です。例えば、売上に係る消費税が50万円であれば、納税額は10万円で済みます。この特例は、事前の届け出が不要で、複雑な消費税の納税計算の簡便さも特徴です。

この制度を適用できるのは、2023年10月1日から2026年9月30日までの日の属する課税期間です。最短で影響が出るのは課税期間の開始日を10月1日としている会社(事業年度を10月~翌年9月としている会社など)です。この場合、2026年10月1日以降の取引について、特例を適用できなくなり、通常の課税事業者と同様の処理が必要になります。

なお、2026年度税制改正により、小規模個人事業者限定で、納税額を売上に係る消費税の3割とする制度(インボイス3割特例)が創設されます。税率は増えたものの、簡便な納税計算は継続されます。ただし、法人は対象外のため、従前どおり、通常の課税事業者と同様の処理が必要になります。

2)その影響は?

1.消費税負担の大幅増、キャッシュフローの悪化、利益率の低下

インボイス2割特例の廃止により、これまで売上に係る消費税額の20%で済んでいた納税が、通常の計算方法に戻ります。納税額が大幅に増える可能性があり、特に仕入れが少ない事業や、これまで消費税を価格に含んでいながら納税していなかった事業では、影響が大きくなります 。

納税額の増加は、手元の資金(キャッシュフロー)を直接圧迫します。これまで免税事業者だった会社は、消費税の納税を考慮した資金繰り計画を新たに立てる必要が出てきますし、また価格に含んでいた消費税相当額を納税に回すことになり、実質的な利益率が低下します。

2.経理業務の複雑化

インボイス2割特例では、売上に係る消費税額に20%を掛けるだけで消費税の計算が済みましたが、廃止後は、

売上に係る消費税額から仕入にかかる消費税額を差し引く「原則課税」または、売上に係る消費税額に一定割合を乗じて計算する「簡易課税制度」

で計算しなければなりません。特に原則課税の場合は、仕入取引一つ一つのインボイスの保存、税率ごとの区分経理など経理業務が複雑化し、小規模事業者にとっては大きな負担となります。

3)取るべき対応は?

1.原価管理の徹底と価格戦略の見直し

消費税の負担が増える分、まずは仕入れや経費などのコストを見直して、削減できるところがないか確認しましょう。また、商品やサービスの価格に消費税の負担を上乗せする「価格の見直し」も大切な対応の1つです。その際は、周りの競合や市場の動きにも注意しながら、自社の商品やサービスの魅力を保てるように、無理のない価格の付け方を考えることが大切です。

2.会計ソフト・請求書発行システムの導入・活用

インボイス2割特例廃止後の複雑な消費税計算や、インボイスの保存・管理には、会計ソフトや請求書発行システムの導入が不可欠といっても過言ではありません。これらのシステムは、請求書の作成・発行、受領したインボイスの内容チェック、税率ごとの区分経理、消費税の自動計算などを効率化し、経理業務の負担を大幅に軽減します。なお、インボイス制度に対応したシステムを導入する際は、デジタル化・AI導入補助金(インボイス枠)が申請可能かどうかチェックするようにしましょう。

以上(2026年8月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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【税務調査】インボイス導入で要注意。あなたの会社の消費税が調査される!

1 インボイス制度で消費税の税務調査が増える?

消費税の税務調査は法人税や所得税と併せて調査されるケースが一般的ですが、インボイス制度が始まって以降、消費税に関する処理が適切かどうか税務調査の中でもその重要性は高まっています。

インボイス制度は、

請求書に適用される税率や消費税額などを記載し、適切に相手に知らせるもの

です。ポイントは仕入税額控除です。仕入税額控除とは、「預かった消費税(仮受消費税)」から「支払った消費税(仮払消費税)」を差し引くことです。そして、仕入税額控除を受けられる支払いが、

インボイス発行事業者(「課税事業者」で、かつ適格請求書発行事業者の申請・承認を受けた事業者)に対するものに限定

されます。ここの運用が税務調査で重点的に確認されることがあります。

また、インボイス制度が導入に伴い、いわゆる「免税事業者」から課税事業者に変わるケースが多くありました。免税事業者は消費税の申告・納税に慣れていないためミスが生じやすく、この点を税務調査で指摘されるかもしれません。

この記事では、消費税の税務調査で指摘を受けやすい項目や注意点を説明するので、参考にしてください。

2 本当に「免税事業者」でよいか?

免税事業者は消費税の申告・納税の必要がありませんが、税務調査で実は課税事業者であることが判明するケースがあります。そうなったら、

期限後申告をして、課税事業者であった期間分の申告・納税

をしなければなりません。期限後申告をしたり、納付税額につき決定を受けたりすると、その申告によって納める税金の他に無申告加算税や延滞税が課されます。もし、課税事業者であることを意図的に隠していたり、仮装していたりして悪質であると判断された場合には、さらに重加算税が課される可能性があります。

もう一度、確認しておきましょう。消費税の申告義務は、

原則として、基準期間(その事業年度の前々事業年度)の課税売上高が1000万円を超える

場合に生じます。ただし、

  • 設立1年目や2年目の会社(基準期間がない会社)
  • 売上が急拡大した会社

などの場合は特例の判定方法もあります。

なお、申告義務の有無の判定の詳細は、以下のコンテンツで説明しています。

3 本当に「仕入税額控除」の対象か?

仕入税額控除の適用については、

  • 帳簿および請求書などがしっかり保存されているか
  • 非課税取引や不課税取引を課税取引として処理し、仕入税額控除の対象としていないか

が調査されます。以下で、一般的な会社で多く見られる問題を紹介します。

なお、仕入税額控除や、非課税取引・不課税取引の詳細は、以下のコンテンツで説明しています。

1)交際費(祝い金や香典など)

祝い金や香典など、商品やサービスなどの見返りを求めない現金の支出は不課税取引となり、支払った消費税は控除できません。課税取引か不課税取引かは、会計処理システムに入力する際に同時に登録していると思いますが、日々の取引で生じがちな不課税取引については、入力時の注意事項としてメモを残しておくと抜け漏れがなくなります。

2)外注費

従業員やパートに対する給与は不課税取引となり、支払った消費税は控除できません。問題は、自社の従業員以外に対する支払いなどが外注費か給与か分かりにくい場合です。外注費になるか給与になるかは、基本的には、

請負契約に基づくものか(外注費)、雇用契約に基づくものか(給与)

によって判断できますが、最終的には実態に応じた判断が必要です。外注費は課税取引となり、支払った消費税は控除できます。働き方が多様化している昨今、明確な契約の有無で消費税の判断をするようにしましょう。

3)諸会費

業界団体(同業者団体や組合など)に支払う会費は不課税取引となり、支払った消費税は控除できません。ただし、業界団体が主催するセミナーや講演会に参加するための特別会費は課税取引となり、支払った消費税は控除できます。消費税の取り扱いを取引先ではなく、支出の内容ごとに判断するようにしましょう。

4)旅費交通費(海外出張)

海外出張にかかる旅費交通費(航空チケット代や現地のホテル代・飲食代など)は、免税取引または不課税取引となり、支払った消費税は控除できません。海外出張の場合は、出発前・到着後の支出(国内での支出)と、現地での支出を明確に区分して整理しましょう。

4 本当に「簡易課税制度」を適用してよいか?

消費税には、小規模事業者だけが適用を受けられる「簡易課税制度」があります。簡易課税制度が適用できるのは、

  • 基準期間の課税売上高が5000万円以下
  • 期日までに簡易課税を適用する旨の届出書を提出している

の2つを満たした事業者です。

簡易課税制度の適用を受けると、

預かった消費税×みなし仕入率(業種ごとに決められている)

の計算式で仕入税額控除の計算ができます。簡易課税制度の適用を受けるのは事業者の判断です。また、適用を受けるためには、

納税地の所轄税務署長に「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出

する必要があります。

税務調査では、

  • 簡易課税制度の適用ができる会社か否か
  • 業種によって異なるみなし仕入率の適用が妥当か否か

が確認されます。例えば、製造業として申告していたところ、税務調査で小売業だと判断された場合、申告誤りとなり追加で納税が必要になります。

なお、簡易課税制度の詳細は、以下のコンテンツで説明しています。

5 本当にその「課税売上割合」で正しいか?

課税売上割合とは、

総売上高に対する課税売上高の占める割合

です。課税売上割合については、

  • 課税売上高が適正に集計されているか否か
  • 課税取引を非課税取引や不課税取引として取り扱っていないか否か
  • 以上を踏まえ、課税売上割合が95%以上か未満か

が調査されます。

もし課税売上割合が95%未満だと、課税仕入額の全額控除の対象になりません。注意が必要なのは、その事業年度に土地を売却(非課税取引)したり、住宅の貸し付け(非課税取引)事業を新たに開始したりした場合です。金額が大きい非課税取引があると、売上高に占める課税売上割合が下がり、95%未満になることがあるのです。実際に95%未満となっていると、支払った消費税が一部しか控除できなくなります。

多額の取引や、スポット的なイベントが生じたときは、消費税のみならず、税金の計算に大きく影響を及ぼす場合があるので、顧問税理士などの専門家に相談するとよいでしょう。

以上(2026年7月更新)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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用がないのに「早出」する社員でも賃金は支払わないとダメ?

1 「業務外の早出」を放っておいたら、困った事態に?

ある朝、A社長がいつもより早く会社に来て仕事をしていると、まだ始業前だというのに、社員のBさんとCさんが出社してきました。驚いたA社長が声をかけると、2人は照れくさそうにこう答えました。

A社長「2人とも、ずいぶん早いね。始業は9時からだよ? 何か急ぎの用事でもあるのかい?」

Bさん「いえ、実は通勤ラッシュが少し苦手で……」

Cさん「最近、朝早く目が覚めてしまうもので、会社で読書でもしようかなと……」

特に用事がなくても、朝早くから出勤してくる社員は意外と多いものです。少しくらいなら問題ありませんが、あまり行き過ぎると、次のような困りごとが生じてしまう恐れがあります。

  • 早出のタイミングで勤怠を打刻すると、その分の賃金を支払わなければならなくなる
  • 始業前に万が一事故などが起きても、会社としてすぐには対応できない
  • 朝から空調設備を稼働させることになり、その分コストがかさんでしまう

一方で、社員にとっては「通勤ラッシュを避けられる」「朝の時間を自己啓発に充てられる」「(夏場は)涼しい時間帯に作業できる」といったメリットがあるのも事実です。そう考えると、

労務管理上のポイントをきちんと押さえたうえで、業務外の早出を認めてあげる

という選択肢も、十分に考えられるでしょう。

2 押さえておきたいのは「労働時間管理」と「安全管理」

業務外の早出を認めるかどうかを考える際に、まず押さえておきたいポイントは次の2つです。

1)労働時間管理:働いていない時間には、賃金を支払う必要はありません

業務外の早出に関しては、

基本的には労働時間には当たらず、賃金を支払う義務もありません。

これは、「ノーワーク・ノーペイの原則(働いていない時間には給料が発生しないという考え方)」にもとづくものです。ただし、完全月給制(1カ月単位で計算し、労働時間にかかわらず定額の賃金を支給する仕組み)のような例外もありますので、自社の給与体系と照らし合わせて確認しておくと安心です。

2)安全管理:業務外の早出でも、労災が認められることがあります

早出中に起きた事故でも、次のようなケースでは労災と認められる可能性があります。

  • 業務災害:業務にあたっていなくても、会社の施設や設備が原因で事故が起きた場合
  • 通勤災害:出勤日に、いつもより早く通勤している途中で事故が起きた場合

さらに、会社側に落ち度があった場合には、「社員の安全管理を怠った(安全配慮義務違反)」として行政指導の対象になったり、けがをした社員から損害賠償を求められたりするリスクもありますので、注意が必要です。

3 カギとなるのは、ルールを作って社員にしっかり伝えること

業務外の早出を認める場合には、会社がルールをはっきりと定め、社員にきちんと守ってもらう必要があります。これから紹介するようなルールを就業規則などに明文化し、社員にしっかりと周知していきましょう。

1)「事前申請」のルールで、早出をきちんと把握・区別しましょう

早出を希望する社員には、

理由を問わず「事前申請」をしてもらう

ようにしましょう(社員が早出を希望するときは、前日までに申請してもらうなど)。

その際、申請書(紙)や申請フォーム(Web)に「業務上の早出」「業務外の早出」のチェック欄を用意しておき、早出の時間については

  • 「業務上の早出」であれば、労働時間としてカウントする(賃金を支払う)
  • 「業務外の早出」であれば、労働時間としてカウントしない(賃金は支払わない)

というように、申請内容に応じて取り扱いを分けるとよいでしょう。

ただ、社員の中には、本当は業務外の早出なのに、業務上の早出だと偽って申請し、賃金を多くもらおうとするケースがあるかもしれません。その防止策として

業務上の早出をする場合には、「申請の際に業務内容もあわせて記載してもらう」「上司が成果物を確認する」

といった対応も必要になってくるでしょう。逆に、本当は業務上の早出なのに、「仕事が遅れていることを上司に知られたくない」「会社に余計な負担をかけたくない」といった理由から、業務外の早出として申請してしまう社員もいるかもしれません。こうした社員がいないかどうか、定期的に実態を確認してみることも大切です。

併せて勤怠管理システムについても、早出の時間が自動的に労働時間へ含まれてしまわないよう、設定をよく確認しておく必要があります。

2)「時差出勤制度」で、コストと柔軟性を両立させましょう

業務外の早出をする社員が増えると、社内の照明や冷暖房にかかる水道光熱費もかさんでしまいます。そこで、「時差出勤制度」の導入も検討してみるとよいでしょう。

時差出勤制度とは、所定労働時間を変えずに、始業・終業の時刻だけを変更するしくみ

です。例えば、1日の所定労働時間が8時間、休憩が1時間の社員であれば、始業・終業時刻だけを「9時始業、18時終業」から「8時始業、17時終業」に変更するようなイメージです。所定労働時間は8時間のまま変わりませんので、水道光熱費の問題も最小限に抑えることができます。なお、時差出勤制度を導入する際は、就業規則の変更・届け出が必要になりますので、忘れないようにしましょう。

さらに柔軟な制度を目指すのであれば、社員自身に始業・終業の時刻を管理してもらう「フレックスタイム制」を導入するのもひとつの方法です。ただし、「導入の要件が細かい」「社員が制度をきちんと理解し、適切に運用することが求められる」「社員の稼働する時間帯が時差出勤制度以上にばらつきやすい」といった注意点もありますので、押さえておきましょう。

3)危険な場所には、なるべく立ち入らせないようにしましょう

始業時刻前は、どうしても安全管理が手薄になりがちで、建設業や製造業では早出した社員が事故を起こしてしまうリスクが高まります(例えば、上司の目が届かないところで作業場に立ち入り、けがをしてしまうといったケースです)。

そこで、業務外の早出をする社員については、

事務室や休憩室など、安全な「待機場所」を決めておき、作業場には立ち入らせない

ようにルール化するとよいでしょう。出社してから始業までの時間は待機場所で過ごしてもらい、作業場などには立ち入らないよう、しっかりと伝えておくことが大切です。待機場所を決めることが難しい場合には、社員が行動してよい範囲をあらかじめ厳格に決めておくようにしましょう。

この他、早出のときの私物の持ち込みや、設備の利用(Wi-Fi、飲食など)に関するルールも、安全管理や情報管理の観点から整えておく必要があります。

4)場合によっては、早出そのものを禁止することも考えましょう

例えば、荒天や災害の際には、社員が「早めに出社しておこう」と考えることがありますが、それによって事故に遭ってしまうと、安全配慮義務違反として会社が責任を問われることもあります。ですから、

防災気象情報などの内容に応じて、社員に自宅待機を指示する(早出そのものを禁止する)

といった対応も必要になってくるでしょう。

以上(2026年7月更新)

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画像:SunnySide-Adobe Stock

【中堅社員のスピーチ例】「いつもの自分」に、新しいインプットを

【ポイント】

  • 自分の中から出てくるアイデアが、過去の経験の焼き直しになっていないか?
  • インプットの元が書籍であれば、専門家の知識が整理された体系的知識を吸収できる
  • 全く異なる分野の知見に触れることで、日常の課題を解決するヒントが見つかる

皆さん、おはようございます。7月に入り、いよいよ夏本番ですね。日中の日差しが厳しくなり、外回りの方はもちろん、オフィスにいても体力の消耗を感じやすい時期です。こうした暑い時期は、休日を涼しい室内で過ごすことが増えるのですが、私には今月、意識的に取り組みたいと思っていることがあります。それが「アウトプットのためのインプット」です。

中堅社員である私たちは、ある程度仕事を1人で進め、自分なりにアイデアを出して解決策を導き出せるようになっています。ただ、そのアイデアが「過去の経験の焼き直し」に過ぎないというケースは、意外と多いものです。今まで自分がやってきた仕事の枠の中でしか物事を考えられないと、そこから出てくるアイデアは、小さな変化しか起こせません。新しい風を入れなければ、部屋の空気はいつの間にか淀んでしまいます。

私自身、最近の自分を振り返ると、実務に必要な情報だけを効率よく拾うことばかりに集中し、まとまった知識や新しい視点を取り入れる時間が疎かになっていました。アウトプットを絞り出すばかりで、中身を補充できていなかったのです。これは、水を足さずにポンプだけを動かし続けているような状態かもしれません。

そこで、私は今月から、自分の専門外の分野の書籍を1冊読むことに決めました。例えば、他業界の成功事例や、一見仕事とは無関係に思える古典、最新テクノロジーの解説書など。ネットで断片的な情報をつまみ食いするのとは違い、1冊を通して読むことで、思わぬ角度から日常の課題へのヒントが見つかることがあります。

もし皆さんの中で、「最近この本が面白かった」「この著者の考え方が使えそう」といったおすすめがあれば、ぜひ休憩時間に教えてください。お互いにインプットを持ち寄って、チームとしてより良いアウトプットにつなげていけたらと思っています。暑さに負けず、今週も一緒に頑張りましょう。

以上(2026年7月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

憧れではなく使う「宇宙」へ! 宇宙データが地域課題を解決する未来

Kalep,中小企業事例集は、読者の皆さまの経営にお役立ていただけるような中小企業の事例をご紹介するシリーズです。経営者へのインタビューを通して、AIに聞いても分からない中小企業の取り組みや、人物の魅力に迫っていきます。

今回は、「宇宙をASOBIBA(遊び場)に」をモットーに、日本の宇宙開発を長年牽引されている、株式会社minsora(以下「ミンソラ」)代表取締役 高山 久信(たかやま ひさのぶ)さんにお話を伺いました!

1 「三菱電機大学」から宇宙スタートアップへ

――長年、大手企業で宇宙開発を牽引されてきた高山さんが、なぜスタートアップとして挑戦されているのでしょうか?

私が約40年勤めた三菱電機は、技術はもちろん、人間関係のあり方やネットワーク作りまでの全てを丁寧に教えてくれた「大学」のような場所でした。約40年にわたって「宇宙」関連の仕事に携わり、国際協力や世界初のプロジェクトも手掛けました。最初は右も左も分からなかった私を丁寧に指導してくれた方との出会いもあり、本当に良い経験をしました。

定年を迎え、そのまま嘱託として残ることもできたのですが、かねてから、

さまざまな課題のある「地域」にフォーカスして、それを解決するために宇宙を「利用」して事業化するべき

との思いがありました。それを実現するために設立したのがミンソラなのです。

ミンソラの想い

(出所:株式会社minsora)

――安定が約束された生活から飛び出すことに、迷いはなかったですか?

全くなく、むしろワクワクしていました。2019年3月に仲間と議論し、4月1日には登記を完了させていたほどです。

大手企業で新しいことをやろうとすると、分厚い企画書を作成し、エビデンスを集めてといった具合に大変な時間と労力がかかります。しかし、新しいことにエビデンスは存在しません。

必要なのは「可能性と熱意と意志」だけです。失敗するかどうかは自分の判断次第。うまくいかなければやめればいい、そういうシンプルな気持ちで始めました。

私は「好奇心の塊」のような性格で、チャレンジをし続けたいと思っていましたし、「三菱電機大学」とも言える貴重な環境で得た宇宙技術の知識、具体的なプロジェクトを通した知見や研究機関・大学を含め産官学金の広範囲なネットワーク等を、ミンソラを通じて次の世代につなげていきたいという強い思いもありました。

三菱電機時代の高山さん

三菱電機時代の高山さん

2 「ミンソラ」の由来

――みんなの宇宙(ソラ)で、「minsora(ミンソラ)」とは素敵な者名ですね!

「minsora(ミンソラ)」という社名は、一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構で取り組んでいた新たな事業創出活動である『みんなの宇宙(ソラ)プロジェクト』(みんソラプロジェクト)に由来しています。このプロジェクトは、「みんなの宇宙(ソラ)を遊び場のように楽しく新しいことに挑戦しよう」というコンセプトで始まったものです。この取り組みは、芸能事務所のオスカープロモーションやチタンめがねフレームを製作している会社など、あえて宇宙とは直接関係のない多様なメンバーが集まって行っていたものです。宇宙業界の内輪だけで議論するよりも、多様な意見を取り入れたほうが「みんなが使う」という視点には辿り着きやすいと考えられたからです。

様々な職種のメンバーが手弁当で夜ごと集まり、握り飯を食べながら膝詰めで議論をしました。その結果、

ワンストップで情報提供、データ提供、ビジネスサポートまでできるプラットフォームがなければ宇宙は使われない

という結論に至りました。こうなると話は早い。企画力や実行力を兼ね備えたメンバーがいるので、「じゃ、作りましょう!」となり、2017年春に「宇宙ビジネスコート」という当時、宇宙業界では初となるビジネスプラットフォームを立ち上げました。ただ、参加者には研究機関の出身者も多かったので、一歩踏み出すことへの躊躇(ちゅうちょ)もありました。実は、そこを乗り越えることが一番の苦労でした。このプラットフォームは、ICTを活用したイノベーション創出への取り組みが高く評価され、「MM総研大賞2017」において話題賞を受賞しました。

このときの発想や経験は現在のミンソラにも引き継がれています。

宇宙は憧れるものではありません。遊ぶように自由に、楽しく【使う】ものだと思うのです。

3 宇宙を産業にするために

――宇宙を産業にするためには、何が必要でしょうか?

日本の宇宙産業に携わってきた方々は、長らく宇宙データを「作る側」にいました。国の予算で基盤技術を開発し、プロジェクト化していくというのがこれまでの宇宙開発の常でした。「まずは研究開発目的の人工衛星作る」という発想になり、「衛星からのデータを使う側からの視点」が弱かったと思います。

しかし、宇宙データは、

使って初めてビジネス(産業)になるし、そのためには「使う側」の発想

が必要です。マーケットインということです。そのためには、国のインフラを活かしつつ、民間企業がアプリケーションやサービスを生み出してお金を還流させなければなりません。

ミンソラはまさにそれを体現するハブとなり、「宇宙を使ってもらう」ための仕掛けをしています。私たちは「宇宙技術を使ってください」とは言いません。まず「どんな課題がありますか」「何を実現したいですか」「どんなリソースをお持ちですか」と質問をします。

そこに宇宙のデータや技術が加わることで解題解決ができたり、付加価値が生まれたりする可能性を地域と一緒に考え、実行していきます。

こうしたアプローチをしているからこそ、宇宙を使って地域課題を根本的に解決できるのだと信じていますし、実際、比較的に短時間で事業化できました。

宇宙を産業にするために

(出所:株式会社minsora)

――宇宙に対する世間の意識はどうですか?

最近は宇宙に関する興味が高まっていると感じます。私も小学校、金融機関主催のセミナーやビジネス協議会などで年間20〜30くらいの宇宙教室や講演に登壇し、子どもたちやビジネスパーソンや一般の方々に宇宙に対して興味を持って頂きたいとの思いで活動しています。

児童養護施設での宇宙教室風景

児童養護施設での宇宙教室風景

また、ここ数年は、金融機関が主催するセミナーや研修会、企業経営者の方々の会合でお話しする機会が増えてきました。特に若手経営者は、新しいビジネスの検討に積極的で、宇宙を絡めてできることを本気で考えてくれています。金融機関としても、新しい融資先として宇宙を考えているのかもしれませんね。

金融機関といえば、大分県信用組合の𠮷野理事長(2026年4月時点)は、ミンソラを設立したのと同時期から地域創生で宇宙を活用することを考えておられました。実際、2022年に「けんしん宇宙定期」という、大分県の「宇宙港(スペースポート)」構想の実現に向けた機運醸成を目的とした懸賞付き・優遇金利の定期預金を募集し、20億円を超す額を達成しました(※この募集は2023年3月末をもって終了)。現在、各地で「地域創生×宇宙」の取り組みが芽吹いてきおり、先見の明があったのだと思います。𠮷野理事長とは今でも親交がありますが、変わらず好奇心が旺盛で、チャレンジ精神をお持ちです。

4 私たちの生活の中にある身近な宇宙

――とはいえ、やはり宇宙は遠い存在だと感じます。

確かに、多くの人が「宇宙を遠い存在」だと考えています。しかし実際は、私たちは日々、宇宙から届く衛星データを使って生活しています。最も身近な例は天気予報と携帯電話の位置情報です。

天気予報を例にすると、気象衛星「ひまわり」がなければ、天気予報も今の精度を保てなくなります。「え、ひまわりは日本だけじゃないの?」と思われる方も多いと思いますが、実は気象データは日本、EU、米国、中国、インドが連携して世界中で共有しています。最近の天気予報の精度が高いのは、この国際協力にあると思います。

ちなみに、ひまわりは常に運用機と待機機の2機が軌道上にいて、運用機にトラブルがあれば、直ぐにバックアップできるようになっています。さらにもう1機を次期気象衛星として、地上で開発するという、いわば3機体制のインフラとなっています。静止軌道の寿命がきたら「衛星の墓場」と呼ばれる軌道へ移動させ、新しい機体を補充するローテーションを大体10年ごとに繰り返しています。

こういう話をすると、宇宙ゴミ(使われなくなった人工衛星など)の話が誇張されがちですが、宇宙ゴミは地上のゴミとは全く違います。例えば、気象衛星の大きさは、小型バスくらいの大きさで、静止軌道と呼ばれる地球の高度3万6000キロメートルの彼方にあります。静止軌道上での人工衛星の密度は、「東京ドームの円周上に一円玉が1~2枚あるくらい」のイメージです。しかも、地上のチリのようにフラフラと動いているわけではなく、決まった「軌道の上」を飛行しています。軌道とは電車の線路のようなものです。線路に立ち入らなければ電車とぶつかることがないように、衛星軌道に入らなければ宇宙ゴミと衝突することはありません。逆にいえば、その軌道を把握しているからこそ、「東京ドームの円周上にある1枚の一円玉」程度の宇宙ゴミを回収できるのです。

もちろん、宇宙ゴミは大変な問題であり、衝突するリスクはあります。ただ、この点については、北米航空宇宙防衛司令部(North American Aerospace Defense Command、略称:NORAD(ノーラッド))および米宇宙軍が、地球を周回する数万個の人工衛星やロケット本体、デブリの軌道を常時監視し、把握して、世界中で共有されています。

どうでしょう。毎朝見る天気予報は衛星データがなければ、皆さんに届けることはできません。ひまわりが、軌道上に2機体制で地球を見守っていることや宇宙ゴミが決まった軌道をF1のように回っていたりすることを知ると宇宙への興味が湧いてきませんか?

宇宙に対する正しい情報を広く発信していることも、宇宙を産業にするための第一歩になると考えています。

5 地域課題を解決した事例:お米からイルカとの共生まで

――宇宙データを利用している具体的な事例を教えてください。

農業では、大分県の「くす天空の輝き」というお米の事例があります。衛星が撮影した画像を分析すると、緑の中に茶色い部分が広がっていないかを確認して、稲の生育状態や虫食い被害が把握できます。食害については1本1本の虫まで見えるわけではありませんが、食害が生じているエリアの「分布」はつかめます。

衛星の最大の強みは「広域を同時に把握できる」ことです。広域で全体の状態をざっくり把握してから、ドローンでピンポイントに確認する。つまり、宇宙から地上へのリレーすることで、宇宙データをより効果的に使うことができます。

ミンソラの主な事業事例

(出所:株式会社minsora)

――「宇宙データ×一次産業」は相性が良さそうです。

農業・漁業・林業といった一次産業は、宇宙データとの親和性が特に高い分野です。熊本県天草市では、「イルカと人との共生」プロジェクトに取り組んでいます。天草の海域には、イルカは縄文時代から住み着いていると言われますが、それがなぜなのかは解明されていません。

これを宇宙データを使って、イルカがどう動いているのか、海水の温度や栄養状態の変化を経年で把握し、海の環境をデータ化する取り組みを開始しました。これからもイルカと人が共生できるような環境を維持するにはどうすればいいかを考えていきます。この取り組みで、例えば周辺のゴミや汚濁汚染水の状態を数値化できれば、「海を汚さないでください」といった漠然としたメッセージではなく、「あなたは10の汚れを出しているので、それを5に低減してください」と、数値の基準を持って具体的に話せるようになるわけです。

また、この取り組みには、三菱UFJ銀行が「自然資本の保全」の観点から関心を寄せ、天草市に対して企業版ふるさと納税により資金を提供しています。天草市の「イルカと人との共生」プロジェクトの取り組みから、海のデータ化が成功すれば、世界の共通目的である「ネイチャーポジティブ」に貢献できると考えます。

天草みつばちラジオ出演

天草みつばちラジオ出演

6 宇宙を産業にするための障壁と、10年後の未来像

――改めて、日本の宇宙産業は世界的に見てどのような位置にあるのでしょうか?

産業という意味では、日本はまだまだであると言わざるを得ません。政府レベルでの利活用促進への取り組みは広がっていますが、産業レベルでの宇宙利用がなかなか進んでいないからです。

例えば、EUは宇宙の利用に積極的で、全地球航法衛星システム「ガリレオ」や地球観測衛星群「センチネル」を継続的に運用することを国際的に約束しています。公共インフラとして継続性が担保されているからこそ民間は事業投資ができます。日本にはこうした民間での事業投資に繋がる枠組みが足りていません。

――そもそも宇宙を産業にするというイメージが湧きにくいかもしれません。

確かに「認識」の問題もあります。みんな宇宙には夢を持っています。しかし、具体的な就職先としての選択は限られています。自動車に憧れる人は自動車メーカー、レーサー、メカニックやデザイナーなど多くの選択肢がありますが、宇宙にはそうした選択肢がない(非常に少ない)のです。

ですが、5年後・10年後には、宇宙インフラが整備され、農業・物流・建設・防災・金融などさまざまな分野で宇宙データが当たり前のように利用されていて、宇宙関連の仕事が増え、具体的な就職先が増えていると信じています。それに、宇宙を利用するビジネスの70%〜80%は地上の仕事なのです。ロケットだって地上でつくるわけですしね。

7 次世代へのメッセージ

――最後に、高山さん自身の宇宙への思いを教えてください。

繰り返しになりますが、宇宙は決して特別な場所ではありません。既に天気予報、待ち合わせや位置情報を領したゲームなどいろんな場面で使われています。そして、とても面白い。

宇宙からは日々、膨大なデータが届きます。そうしたものを自分たちの生活や仕事の中に組み込まれ、じわじわと広まっていけば宇宙が気づいた時には使われている存在になります。例えば、宇宙データを使うと、土砂崩れなどで田畑の被害が発生してしまった翌日には、保険金が支払われ、また、被災地への物流ルートをあらかじめシミュレーションしておくこともできます。これが当たり前になったとき、宇宙は産業になったといえるかもしれません。

ただ、宇宙の産業化というと、どこか上から目線のような気もします。もう少し正しく私の考えをお伝えすると、【産業の宇宙化】だと思うのです。つまり、いまある産業に宇宙データや宇宙技術を活用していき、様々な事業領域を宇宙に広げていく、ということです。

例えば、前述した大分県の「くす天空の輝き」というお米の例は、農業の宇宙化です。また、トヨタ自動車が作った月面用のルナクルーザーは、自動車産業の宇宙化なわけです。

最近は、ベトナムなど海外からも「宇宙のことを知りたい」という問い合わせがくるようになりました。子供たちには、宇宙はロマンだけでなく「お金(仕事)になる分野」だということも伝えていきたいですね。

宇宙利用が当たり前になるころに、私は80歳になりますが、まだまだ走り続けます!

【編集後記】

「おじいちゃんスタートアップ」。最初はそのような印象でお会いしました。しかし、インタビューを進めるうちに、本当に楽しそうに熱く語ってくださる高山さんに魅了されました。「へぇ〜、知りませんでした」を連発しながら、私自身の宇宙に対する興味がどんどん膨らんでいきました。

高山さんの原体験には、ミンソラを設立する前に参加したEUの「スペーステックエクスポ ヨーロッパ(Space Tech Expo Europe)」があるそうです。そこでは、「スペースキャラバン」という、サーカスのテントのようなイベントスペースが設置され、大人はビールを飲みながら宇宙ビジネスのピッチや企画について議論をします。

人々が宇宙を身近に感じ、その利用を考える仕組み。まさにミンソラが実現したい世界があったのだと思います。ミンソラが手がける事例がいくつも誕生しているとのこと。まずは、地域の課題をミンソラに相談してみるのも良いと思いました。「どんな課題がありますか」と前のめりで話を聞いてくれるはずです。

■株式会社minsora■
https://www.minsora.jp/

ミンソラ本社にて。右が高山さん

ミンソラ本社にて。右が高山さん

以上(2026年5月作成)
(聞き手 日本情報マート 代表取締役 松田泰敏)

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画像:日本情報マート

繁忙期にアイドルの握手会に行く部下の年休取得は認めるべき?

1 年次有給休暇は社員が求める時季に与えるのが基本

1)Aさんの場合

Aさんの部下が、「今週の金曜日に年休を取得したい」と言ってきました。推しのアイドルの握手会に行くようです。Aさんが「この忙しいときに、そんな理由は認められない!」と叱ると、部下は落ち込みながら席に戻りました。

その日の昼、Aさんが休憩を取っていると社長が話し掛けてきました。

社長:アイドルの握手会に行くために年休を申請した部下を叱ったそうだね。なぜかな?

Aさん:私の部署は今が一番忙しくて、1人でも欠けると業務に支障が出ます。それなのに、アイドルだなんて……。

社長:気持ちは分かるが、年休は取得理由に関係なく与えるものだ。業務に支障が出るのなら、部下には違う対応をすべきだったね。

2)業務に支障が出る場合は、その旨を部下に伝えて年休の取得時季を変更する

年休は、入社後6カ月以上勤務し、なおかつ全労働日の8割以上出勤した社員に与えられます。

正社員の場合、年休の付与日数は次の通りです。

年休の付与日数(正社員の場合)

注意しなければならないのは、年休をどのように利用するかは社員の自由であり、

原則として取得理由によって年休取得の可否を決めることはできない

ということです。休暇申請書に休暇の取得理由を記入する欄を設けているケースでも、年休の場合は取得理由の記載は任意であり「私用のため」といった程度で有効です。なお、「私用のため」などの抽象的な理由が記載されていた場合に、上司が部下に有給取得の具体的な理由を口頭で尋ねることは、場合によってはハラスメントに該当し得るので注意が必要です。

また、原則として、社員は申請した時季に年休を取得できます。ただし、例外として、

社員が申請した時季に年休を与えると会社の事業運営に支障が出る場合に限り、年休の取得時季を変更することができる

というルールがあります。これを「時季変更権の行使」といいます。

3)時季変更権の行使は慎重に判断し、確実に年休を取得させる

過去の裁判では、「1人の欠務者も許容できないほど員数の余裕がなかったわけではない」ことなどから、時季変更権の行使が無効となった例もあるため注意が必要です(横手郵便局事件 秋田地裁昭和61年1月31日判決)。

また、会社は

年10日以上の年休が付与される社員(正社員など)について、年5日の年休を時季を指定して取得させる義務

があります。会社の方針などを確認しながら、「1日単位の年休に比べて取得がしやすい半日単位の年休の取得を勧める」「年度初めなどに各社員に年休を取得する日を決めさせる」など、年休の取得が滞らないよう注意しましょう。

なお、年休の申請を快く受け止め、前向きな声掛けをすることも管理職の大切な役割です。あらかじめ業務の代替体制を整えておくなど、部下が気兼ねなく年休を取得できる雰囲気づくりを心掛けましょう。

2 申請がなくても残業になる

1)Bさんの場合

Bさんが勤める会社の就業時間は9時〜18時です。ある日、Bさんは私用で定時退社するため、朝礼で「今日、残業する人は17時までに申請するように」と部下に伝えました。17時になっても残業申請はなく、Bさんは定時で退社しました。

翌日Bさんが出社すると、顔をしかめた社長がBさんに話し掛けてきました。

社長:昨夜、Bさんの部下が遅くまで残って仕事をしていたぞ。君が残業を命じたの?

Bさん:いいえ、私は命じていませんし、部下からの申請も受けていません。部下が勝手に残業したのですね。困ったものだ……。

社長:確かに困った部下だ。しかし、君も「困ったものだ」で済ませてはダメだよ。残業申請がなくても労働時間に当たるケースがあるのだから。

2)業務量が多過ぎる場合や残業を黙認している場合は、労働時間に当たる恐れがある

「残業」とは、一般的に、

労働基準法(以下「労基法」)の法定労働時間を超える労働のことで、「時間外労働」と定義されているもの

です。法定労働時間とは、労基法で定められている労働時間の上限のことで、原則として1日8時間、週40時間(休憩時間を除く)です。

会社は本来、この法定労働時間を超えて社員を働かせることはできないのですが、

通称「36(さぶろく)協定」と呼ばれる労使協定の締結・届け出をすることで、36協定に定めた時間数の範囲内で、社員に残業を命じられる

ようになります。実際は、社員が手書きの申請書や勤怠管理システムで残業申請を行い、管理職が内容を確認して残業を命じる(承認する)のが一般的です。

ここまでを聞いて、「社員から残業申請がなく、管理職も残業を命じていなければ残業(労働時間)にならないのでは?」と思った人がいるかもしれませんが、それは誤りです。実は、

残業しないと終わらない量の業務を与えたり、社員が残業をしていることを知りながら放置したりすると、明確に残業を命じていなくても、命じたものとみなされる

というルールがあるのです。これを「黙示の指示」といいます。

3)未申請の残業がまかり通らないよう、管理職から社員に働き掛ける

社員が管理職に黙って残業をするようでは、過重労働を助長しかねません。特にテレワークでは、社員の状況が分かりにくくなります。もし「残業申請が形骸化し、未申請の残業がまかり通っている」のであれば、いま一度、残業申請を徹底しなければなりません。

また、「自分の業務が滞っていることを管理職に知られたくない」ので残業申請をしない社員もいます。こうした社員には、管理職が定期的に業務の進捗を確認し、「今日は◯時間残業してくれ」「今日は定時で上がってくれ」などと指示をするとよいでしょう。

なお、管理職自身が「残業をして当然」という空気をつくらないことも大切です。自らが率先して定時退社を心掛けたり、日頃から部下の業務量や進捗を把握したりする姿勢が、部下にとって申請しやすい風通しの良い職場づくりにつながります。

3 通勤途中のけがでも労災になるとは限らない

1)Cさんの場合

Cさんの部下が顔に絆創膏(ばんそうこう)を貼っていました。理由を聞くと、昨日、会社から帰宅する途中に転倒したとのこと。「労災になりますよね?」と部下に聞かれましたが、Cさんは確信が持てません。

周囲に労務に詳しい人がいないため、Cさんは思い切って社長に尋ねました。

Cさん:社長、私の部下が会社からの帰宅途中に軽いけがをしました。これは労災ですか?

社長:その部下がけがをした状況によるな。寄り道をせず直接自宅に帰ったのかな?

Cさん:いえ。映画館に立ち寄り、劇場内でステップにつまずいて転倒したそうです。映画館は通勤経路の途中にあるのですが……。

2)「合理的な経路の逸脱」「移動の中断」があると、労災に当たらない可能性が高い

「労災」(労働災害)とは、「業務上の事由または通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等」のことです。労災のうち、

  • 業務上の事由による労災を「業務災害」
  • 通勤による労災を「通勤災害」

といいます。

社員が労災に遭った場合、所定の手続きを行うと、労災保険の給付を受けられます。例えば、「療養(補償)給付たる療養の給付請求書(下記URLからダウンロード可能)」を、労災保険の治療に対応した「労災指定医療機関経由」で所轄労働基準監督署に提出すると、無料で治療や薬剤の支給を受けられます(通勤災害の場合は、一部負担金として原則200円が徴収されます)。

■厚生労働省「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousaihoken.html

さて、帰宅途中に被災したCさんの部下の事案が、通勤災害に当たるか否かを見ていきます。まず、通勤災害が成立するのは、

「1.自宅と就業場所との間」「2.就業場所と他の就業場所との間」「3.帰省先と単身赴任先との間」のいずれかを、合理的な経路・方法で移動していて被災した場合

です。ただし、

  • 合理的な経路を逸脱する(通勤上、不要な遠回りなどをする)
  • 移動を中断する(通勤と関係ない行為をする)

といった場合、逸脱・中断の間とその後の移動は、原則として通勤とはみなされず、その間に被災しても通勤災害には当たりません。映画館が通勤経路上にあったとしても、映画を観るために通勤を中断しているため、労災認定されない可能性が高いです。

3)逸脱・中断があっても労災として認められる例外がある

逸脱・中断の間とその後の移動は、原則として通勤とみなされません。ただし、次のいずれかに該当する場合は、逸脱・中断の後の移動については通勤とみなされます。

  • 日用品の購入等(惣菜等の購入、クリーニング店への立ち寄りなど)
  • 公共職業能力開発施設での職業訓練等
  • 選挙権の行使等
  • 病院・診療所での診察・治療等要介護状態にある配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹、配偶者の父母の介護(継続的にまたは反復して行われるものに限る)

労災に当たるか否かの判断は複雑な面があるため、自身の判断に不安がある場合は、所轄労働基準監督署に確認するようにしたほうがよいでしょう。

なお、けがや体調不良があった際に部下がためらわず報告できるよう、日頃から声を掛け合いやすい関係を築いておくことも大切です。早めの相談・共有は、労災か否かの判断だけでなく、部下の安全確保にもつながります。

4 パワハラの境界線として「業務上適正な範囲」を知る

1)Dさんの場合

Dさんとその部下は商品パンフレットの制作担当です。部下は誤字・脱字などのミスが多く、配属から1年たっても改善しません。耐えかねたDさんが「同じミスを繰り返すな!」と叱ると、部下は「一方的に怒るのはパワハラだ!」と、出ていってしまいました。

Dさんは、思い切ってこのことを社長に相談してみました。

Dさん:社長、部下の仕事ぶりを注意したら、パワハラと言われてしまいました……。

社長:業務上適正な範囲なら、本人が不満に感じてもパワハラにはならないよ。君はその部下を他の社員の前で、長時間叱ったかい?

Dさん:いえ、私の部署は私と部下の2人だけです。それに一言注意しただけです。

2)業務上必要な指導であれば、パワハラにはなりにくい

「パワハラ」(パワーハラスメント)とは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為です。厚生労働省では、パワハラの類型として次の「パワハラの6類型」を示しています。

  • 精神的な攻撃:侮辱、暴言など精神的な攻撃を加える
  • 過大な要求:遂行不可能な業務を押し付ける
  • 人間関係からの切り離し:仲間外れや無視など個人を疎外する
  • 個の侵害:個人のプライバシーを侵害する
  • 過小な要求:本来の仕事を取り上げる
  • 身体的な攻撃:蹴ったり、殴ったり、体に危害を加える

「業務の適正な範囲」とは、管理職などが、職位・職能に応じて、業務上必要な指揮監督や教育指導を行うことです。会社の商品パンフレットの品質を損なわないための指導は、管理職がその職責を果たすための行為といえます。

ただし、そのやり方(言動)には注意が必要です。例えば、

部下を指導する過程で管理職の感情がヒートアップして、「こんな仕事なら新入社員でもできる」と暴言を浴びせてしまう

といったケースです。こうした場合、管理職に悪意がなくても、その言動は「精神的な攻撃」などに該当し、パワハラとなる恐れがあります。

3)部下が萎縮し過ぎないよう、コミュニケーションにも配慮する

管理職が特に注意すべきなのは、

部下からパワハラと言われることを恐れて、本来すべき指導ができなくなってしまうこと

です。そのため、日頃から部下に対して「業務上必要があれば指導を行う」という姿勢を徹底することが大切です。

一方、管理職の「自分の指導は正しい」という思いが強過ぎると、部下は萎縮して本音を話しにくくなってしまいます。厚生労働省ウェブサイトでは、上司が部下との相互尊重を実践するためのスキルとして、

  • 事実ベースで100%褒めて、一緒に喜ぶ(できたことはできたと褒める)
  • 事実で叱り、解決策は情報共有(何が問題かを事実で指摘し、解決策を社内共有する)
  • メンツを気にせず部下に謝る(上司がミスをした場合は、取り繕わずに謝る)
  • 権限委譲する(一度部下に仕事を任せたら、途中で口出ししない)
  • 逆「ホウレンソウ」する(上司が部下に対して報告や相談をする)

の5つを紹介しているので、コミュニケーションの参考にするとよいでしょう。

■厚生労働省あかるい職場応援団「【5】育成と指導|言い方ひとつで変わる会話術」■
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/countermeasure/conversation-technique/c5/

なお、指導の際に感情的にならないよう、自分自身の状態を客観視する習慣を持つことも有効です。強めに指摘した後は、日を改めて声を掛けるなどのフォローを心掛け、部下との信頼関係を保つよう意識しましょう。

以上(2026年7月更新)

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画像:Stingray_Japan-Adobe Stock

営業戦略策定に使える!マーケティング分析の手引き

1 「マーケティング分析」を用いて営業戦略を見直してみよう

営業活動は、会社の業績を支える重要な業務です。そして営業戦略は、

営業活動の方向性を定め、営業活動の指針となるもの

です。しかし現実的には、この戦略策定が曖昧なまま営業活動を行っている企業も多いのではないでしょうか。例えば、

  • 「目標売上金額○億円(対前年度比10%増)」といった業績目標はあるものの、それを実現するための道筋(戦略)が不明瞭である
  • 営業戦略はあるものの、前年度の内容を踏襲したもので、市場環境の変化などを踏まえておらず実態に合っていない

といった具合です。

営業部門が効果的に営業活動に取り組み、成果を上げていくためには、しっかりと練られた営業戦略が不可欠です。そして、

効果的な営業戦略を策定するためには、自社を取り巻く環境や現在の状況を整理し、明文化する、「マーケティング分析」が何より大切

です。以降で、営業戦略策定に役立つマーケティング分析の方法を紹介します。

2 顧客・製品・環境のマーケティング分析

営業戦略を策定する際の第一歩は、外部環境や内部環境についてしっかりとマーケティング分析を行うことから始まります。

ここでは、こうした点を検討する際に利用できる主な分析手法などを紹介していきます。

1)顧客に関する分析

顧客層を分析する方法はさまざまありますが、よく知られているものとして、

  • ターゲットセグメンテーション分析
  • パレート分析

があります。

1.ターゲットセグメンテーション分析

ターゲットセグメンテーション分析とは、市場を特定の基準に基づいて細分化し、それぞれの集団の特徴を分析する方法です。市場を細分化する際には、

「各集団が同質的なニーズを有する」「各集団間はニーズが異なる」ようにするのが基本

です。

市場を細分化する際は、次のように、比較的情報を入手しやすい基準を使うことから始めてみるとよいでしょう。

  • (個人向け市場の場合)年齢、性別、学歴、職業、所得水準、居住地など
  • (法人向け市場の場合)業種、所在地、企業規模(売上金額、従業員数、資本金)など

2.パレート分析

ある成果について、全体のうち少数の要素(人や商品など)がその成果の多くに貢献することを、「パレートの法則」と呼びます。分かりやすく店舗で例えると、2割の顧客による売上金額が、売上金額全体の8割を占めている、といった具合です。

そしてパレート分析とは、売上金額や利益額、そして累計売上比率などに基づいて、既存顧客の会社への貢献度を分析する方法です。先述の「パレートの法則」と同じように、少数の優良顧客が売上金額などの大半を占めているケースがよく見られます。そこで、パレート分析を行うことで、顧客の貢献度合いや会社にとっての重要度を分析し、可視化することができます。

例えば、図表1では、「自社売上金額の大部分を占める顧客」をグループA、「Aへのランクアップを視野に営業する顧客」をグループB、「自社としては積極的な営業を控え、継続して情報を発信する顧客」をグループCに区分しています。

パレート分析

なお、パレート分析は、必ずしも図表1のようにABCの3つのグループに分ける必要はありません。各社の実情に応じてグループを増やしたりして分析するのもよいでしょう。

3.デジタル接点の分析

近年、顧客との接触経路は対面や電話だけにとどまらず、Webサイト、SNS、メールマガジン、口コミサイトなど多岐にわたります。中小企業においても、こうしたデジタル接点を把握・分析することが、営業戦略の精度を高める上で欠かせなくなっています。

デジタル接点の分析で特に押さえておきたいのが、カスタマージャーニーの考え方です。カスタマージャーニーとは、顧客が自社の製品・サービスを「認知」してから「購入」「継続利用」に至るまでの一連の行動と心理の流れを指します。この流れを可視化したものがカスタマージャーニーマップです。

例えば、法人向けサービスを提供する企業であれば、顧客の行動は次のような流れが考えられます。

課題を認識する → Web検索・SNSで情報収集 → 自社サイトやセミナーで詳細を確認 → 担当者へ問い合わせ → 商談・提案 → 発注

この流れを整理することで、「どのデジタル接点で顧客を取りこぼしているか」「どの段階に営業リソースを集中すべきか」が見えてきます。

2)製品に関する分析

自社製品の可能性を分析するために役立つ分析方法の1つがPPM(Product Portfolio Management)です。PPMとは、自社製品を「相対的シェア」と「市場の成長率」の2つの軸に基づいて自社製品の可能性を整理し、経営資源をどう振り分ければよいかを4象限で示したものです。PPMの概念は図表2の通りです。

PPMの概念

PPMでは「市場の成長率」と「相対的シェア」を軸に、製品を「問題児」「花形」「金のなる木」「負け犬」に分類しますが、この4つのパターンは製品の“誕生”から“死滅”へのプロセス(プロダクトライフサイクル)にもたとえられます。つまり、

  • 「問題児」として登場
  • 「花形」に成長
  • 「金のなる木」に成長
  • 「負け犬」となって消えていく

という考え方です。

そのため、PPMにのっとって基本的な経営資源の配分を考えると、「金のなる木」で得た資金を「花形」や将来性の見込める「問題児」に投資し、育成していくことになります。そして、花形への移行を見込めない一部の「問題児」や「負け犬」からは撤退を考えます。

ただし、実際には「負け犬」になりかけている製品のテコ入れを行ったり、リニューアルをしたりして、再び他の象限に該当するような製品になるケースもあります。そのため、基本的な経営資源の配分の考え方をベースにしつつ、自社の方針などを踏まえて、各製品の位置付けを検討することになるでしょう。

3)外部環境・内部環境の分析

外部環境や内部環境を分析する最もポピュラーな方法が、SWOT分析です。SWOT分析は、自社の内部環境を強み(Strength)と弱み(Weaknesses)、外部環境を機会(Opportunities)と脅威(Threat)に分けて分析します。SWOT分析の視点は、図表3の通りです。

SWOT分析

SWOT分析の結果に基づく戦略策定の基本方針は図表の通りですが、いずれにせよ

「強みをいかにして活かすか」という点を重視して考える

ことが大切です。弱みに対する相応の対処は必要ですが、弱みは経営者の考え方、組織上の問題などが複雑に絡み合っていて、簡単には改善できないケースが多く見られます。ですから、強みを活かすほうが、営業活動を効果的に行える可能性が高いといえます。

なお、他の環境分析手法には次のようなものがありますので、状況に応じて活用を検討してみるといいでしょう。

主な環境分析手法

3 営業目標と2種類の戦略を定める

分析が済んだら、早速目標や戦略を定めていきます。

具体的な営業戦略の内容はさまざまですが、主な要素を整理すると次のようになります。

  • 営業目標
  • 営業目標を達成するための市場戦略(以下「市場戦略」)
  • 営業活動を支えるための内部戦略(以下「内部戦略」)

以降で、それぞれの要素について解説します。

1)営業目標

「営業目標」とは、1年間の営業活動を通じて達成すべき目標です。営業上の目標というと、「目標売上金額○億円(対前年度比●%増)」といった業績目標が思い浮かびますが、売上金額以外の目標設定も忘れてはいけません。

例えば、「営業担当者の育成」「営業情報の共有化による組織のレベルアップ」など、業績目標とは直接的な関連が薄いものであっても、営業力を強化するためになど解決すべき課題があれば、営業目標として設定しましょう。

2)市場戦略

「市場戦略」とは、営業目標を達成するための外部に対する戦略です。具体的には、

「どの顧客に」「どの製品を」「どのようにして」販売していくのか

といった観点があげられます。マーケティング戦略であれば、「○○地域の法人をターゲットに、A製品を重点的に販売する」といったように、「市場=一定のマス」として説明されることが多いですが、市場戦略では「より具体的な形にする」必要があります。

市場戦略の一例

例えば、○○地域の法人をさらにセグメント化しその中で優先順位を付け、営業目標を達成するためにいつまでに何をすべきか、といった点まで落とし込むと、営業部門が実際に活動する際の指針として、市場戦略が効果的にはたらくでしょう。

3)内部戦略

「内部戦略」とは、営業活動を支える社内に関する戦略のことです。例えば、組織体制や業務フローの見直し、営業担当者の確保・育成などといった営業力強化のための社内における取り組みなどが該当します。

これらの営業戦略は、営業部門のみで全てを決定できるものではありません。また、経営戦略をはじめ企業活動を規定するその他の戦略などとの整合性もとれている必要があります。実際にはこうした整合性を確認しながら、

「営業戦略を策定し、その他の戦略や企業活動にも反映させていく」→「その他の戦略や企業活動の内容を踏まえて、営業戦略の内容を見直す」

ことを繰り返し、最適な戦略を練っていくことになります。

次章では、この3種類の目標と戦略をどのように策定していくかを解説・紹介していきます。

4 分析結果を戦略に反映させるには?

各種分析結果を基にして、より説得力ある、そして実現性の高い戦略を策定することができます。

戦略の策定に際して、前述したような手法で行った分析結果を活用する最大のメリットは、過去の延長線上の営業戦略から脱却できるという点

にあります。以降では、効果的な営業戦略を策定する際のポイントを紹介します。

1)戦略の階層

まず、実効性のある営業戦略を策定する際には、「営業目標」「基本方針」「個別戦略」「アクションプラン」の4つの階層に分けて考えるのが基本です。営業戦略のイメージ(市場戦略)は図表6の通りです。

営業戦略のイメージ(市場戦略)

内容は企業ごとに異なりますが、まず「営業目標」の下に営業戦略の方向性を示す「基本方針」を策定します。この基本方針を実現するための取り組みが個別戦略です。個別戦略は、地域別、顧客層別、製品別など、複数の戦略を策定するのが一般的です。

そして、個別戦略において具体的に実行すべき事項を整理したのがアクションプランです。上図のアクションプランは簡略化していますが、実際には「誰が」「いつまでに」「何をするのか」といった点が分かるように決めておきます。例えば、「ターゲットのリスト化と担当割を△チームが4月中に行う」といったように、できる限り目標を具体的に定めておくことが大切です。

内部戦略についても同様に、4つの階層に分けて考えるのが基本となります。具体的には図表7のようなイメージです。

内部戦略のイメージ

内部戦略については特に、社内のさまざまな部門との調整が必要になります。各部署と連携しつつ、目標を達成するために必要な戦略を整えていきましょう。

2)戦略を策定する際の注意点

まず、営業戦略を策定する際には、例えば「新規顧客の開拓」といった1つの方向性の営業戦略のみを検討するのではなく、新たな成長の可能性を探るため、複数の方向性を検討してみるのもひとつの手です。

そして内部戦略は一見、すぐには目に見える結果につながらないように思えますが、将来的な成長には欠かせない要素です。策定する際は、何より各部署との整合性を図り、慎重に作り上げていくことが重要です。

また、営業戦略と内部戦略どちらも共通して、

戦略とは「やらないことを決めること」

でもあります。営業目標を達成するためには、多くのことに取り組んだほうがよいことは確かですが、優先順位付けを行うことも不可欠です。関係部署と議論を重ねつつ、取捨選択を重ね、最良の営業戦略を選択することが望ましいでしょう。

小回りの利く中小企業の場合は、営業戦略の見直しなどを比較的容易に行うことができ、これは規模の大きな企業には真似できない利点です。営業戦略の進捗状況や成果を常に注視して臨機応変に営業戦略を見直し、自社の成長に役立てていきましょう。

以上(2026年6月更新)

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画像:LAONG-Adobe Stock

【部門別の見える化】 「この店舗の赤字は本当に一時的なものなのか」を判断する

1 なぜ、会社は「見えなくなる」のか?

会社の「見える化」の重要性を理解しても、そのための取り組みを行わなければ、次第に会社が見えなくなっていきます。会社が歴史を積み重ねていくと、必然的に顧客の数、支社・店舗の数、関連会社の数などが増加し、マンパワーだけでは徐々に管理できなくなっていくからです。

こうした段階になれば、システム構築などを検討すべきですが、実際は従来の延長線上で管理を続け、適切な対策を講じていない会社が少なくありません。そうすると、次第に会社全体の姿を正確に把握できない(=会社が見えない)状況に陥ってしまうのです。

この記事では、支社・支店・店舗などの部門別の損益について、会社の「見える化」を推進する際のポイントなどを、店舗別の事例を交えて紹介します。なお、グラフから業績のトレンドや問題点を把握することを重視するため、個々のグラフについての数値に関する詳細な説明は省略しています。

2 各店舗の問題点の把握

部門別の観点とは、全社的な損益の観点の一部、ないしは詳細版です。そのため、全社的な損益グラフを部門別に細分化すれば、部門別グラフは作成できます。しかし、それだけでは不十分です。部門別の「見える化」を行う上では、

各部門間での相対比較を行い、各部門の存在価値(優劣)を一目で分かるようにすることがポイント

です。

例えば、「各店舗を売上高と利益でプロットしたグラフ」というと、図表1のようなグラフをイメージする人が多いかもしれません。

店舗別の売上高・利益のプロット図(イメージ)

全ての店舗において、売上高と利益の割合がほぼ一定である場合は、こうしたグラフになります。しかし、実際には、図表2のようなグラフとなるケースが一般的です。

店舗別の売上高・利益のプロット図(現実)

図表2と同様に、次のようなケースが少なくありません。

  • 売上高、利益とも高い10~20%程度の優良店舗が全体をけん引しており、その他の店舗が“お荷物状態”になっている
  • 全体の30~50%程度の店舗が赤字になっている
  • 売上高が大きくても、利益はそれほどでもない(利益率が低い)店舗がある
  • 売上高ナンバーワンが、利益ナンバーワンとは限らない

こうした実情が分かれば、次は赤字店舗の状況について詳細に把握し、検討していくことになります。その際は、グラフの集計期間に注意する必要があります。例えば、集計期間がある特定の月であれば、その月特有の事情があるかもしれません。こうした特殊要因の影響を排除するためには、累計値のグラフを作成する必要があります。

図表3は、最も赤字を出している1店舗の月次損益の推移をグラフにしたものです。なお、13期7月時点での検討を想定しているため、13期のデータは7カ月分しか表示されていません。

赤字店舗の月次損益の推移(11期以降、累計)

このグラフを見て、現状をどのように分析するでしょうか。もしかすると、「この3年は、物価高の影響があるから……。もう少し様子を見てみよう」といったように、“言い訳”をする人が出てくるかもしれません。

しかし、図表3に表示されている3期に加えて、前4期分の情報を追加すると、どうでしょうか(図表4)。

赤字店舗の月次損益の推移(7期以降、累計)

図表4を見ると、“ここ数年”といった短・中期的に業績に影響を与えるような偶発的要因が、業績不振の原因ではないことが分かります。より長期間の状況をグラフで示すと、偶発的要因を排除した状況を簡単に把握することができます。ここで大切なことは、分布図で部門の相対評価を行うのは、各部門の相対価値を関係者が共有するためであり、その先の検討には、店舗別(部門別)の損益グラフが必要になるということです。

3 会社全体の問題点の把握

ここでは、各部門の順位グラフを検討し、会社全体の問題点について見ていきます。各店舗の業績(売上高および利益)を、利益の多い順にグラフにしたものが図表5です。

各店舗の売上高・利益(利益順)

また、各店舗の利益を、利益の多い順に左側から積み上げたものが図表6です。

各店舗の利益(積み上げ)

図表6では、右端にあるA店の部分にある数値が、全店舗合計の利益を表しているので、全社的には約5億円の利益が出ていることになります。また、上位2店舗(H店とI店)のみでも、5億円以上(約7億円)の利益が出ていることが分かります。これは決してイレギュラーな現象ではありません。件数ベースで上位約20%の部門だけで、全体利益の数百%を構成する場合もあります。ただし、経営上の観点からいうと、こうした比率は重要ではありません。本当に大切なことは、このグラフが会社を継続していくと共にどのように変化しているかを把握することです。会社を継続していくと、図表7のような兆候が発生しがちです。

各店舗の利益2(積み上げ)

会社を継続すると、必然的に規模の拡大が行われるため、店舗(部門)の数は増加します。全部が一定率の利益を出す、すなわちグラフで表すと右肩上がりの直線的なものになるようであればよいのですが、現実は図表7のような形が出現しがちです。言い換えると、会社を継続するほど、収支がほぼ均衡する“胴体の部分”(図表7でいえばE~T店)が長くなってきます。

つまり、「顧客や店舗はどんどん増えるけれど、利益が増えない」状態です。

一方で、固定費が増加しない仕組みを構築しない限り、顧客や店舗が増えれば必然的に全社ベースでの固定費は増大します。そのため、こうした仕組みを構築することができなければ、いずれこの会社は固定費の増大に耐えられなくなります。

自社にこの症状は出ていないか、グラフを使って確認してみるとよいでしょう。

以上(2026年7月更新)
(監修 公認会計士 益子宣夫)

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画像:Pakin-Adobe Stock

社長の「泥臭い価値観」が100年先の未来を創る

Kalep,中小企業事例集は、読者の皆さまの経営にお役立ていただけるような中小企業の事例をご紹介するシリーズです。経営者へのインタビューを通して、AIに聞いても分からない中小企業の取り組みや、人物の魅力に迫っていきます。

今回は、中小企業のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)策定を支援されている、山と風のホールディングスプロデューサー 中村 知嗣(なかむら としつぐ)さんにお話を伺いました!

1 組織崩壊の痛みから学んだ「理念」の必要性

――中村さんは長年、中小企業のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)策定に心血を注いでいらっしゃいます。この仕事についたきっかけは何ですか?

私の原点は、新卒入社した会社で携わっていた採用支援にあります。会社の魅力を求人票に落とし込み続けていく中で、最も重要で最終的な差別化ポイントは年収や事業内容ではなく、

「その企業がどんな想いでその事業に取り組んでいるのか」という一点に集約される

ことに気づいたのです。

その後、コロナ禍の際、とあるスタートアップ企業に創業メンバーに近いタイミングで参画しました。事業は急成長し、組織は150人規模まで拡大しましたが、そこで私は「急速に拡大した組織が伸び悩み、求心力を失っていくさま」を経験します。

経営環境の変化に伴い、一気に50人が離職。組織は停滞し、昨日まで一緒に戦っていた部下に、私が泣きながら退職を勧奨することもありました。この時痛感したのは、

「根っこにある価値観、言い換えれば社長の腹の中にある泥臭い価値観が言語化されていない組織は、外的な衝撃に耐えられず、成長が止まり、いずれ瓦解する」

ということです。

数値目標は達成できても、組織に心が通っていなければ優秀な人材は留まりません。

経営者の腹の底にある「泥臭い原動力」を抽出し、それを組織の武器に変える。

その重要性を、身を以て知ったからこそ、今このフィールドに立っています。

2 MVVは「最新のOS」であり、「家族の約束」である

――ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)は、多くの経営者にとって「知ってはいるけれど定義や使い分けがうまくできず、重要性もいまひとつ理解できていない」といった曖昧な存在かもしれません。中村さんはMVVをどう噛み砕いて説明されていますか?

まず、ミッション・ビジョン・バリューを一言で示すと、次のようになります。

  • ミッション(Mission):存在意義
  • ビジョン(Vision):未来の映像
  • バリュー(Value):ルール

これらを、2つの例え話で噛み砕いてみます。

1)スマートフォンの「OS」と「アプリ」

日々の業務や新規事業を「アプリ」に例えたとします。アプリはそのときの状況に合わせて入れ替えるべきものですが、それを動かす「OS」、つまり企業でいえばMVVが古かったり、バグだらけだったりすると、どんなに最新のアプリをインストールしても正常に動くことはありません。

MVVを作ることは、

会社のOSを最新かつ最強の状態へアップデートし、どんなアプリでも動かせる土台を作る行為

といえます。

2)家族の「ドライブ旅行」

あるいは、子どもを連れた家族のドライブ旅行を想像してみてください。この場合MVVは、以下のように定義できます。

  • ミッション(Mission):なぜ行くのか?
  • ビジョン(Vision):どこへ行くのか?
  • バリュー(Value):車内でのルール

現代は、「VUCA(先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態)」の時代です。海に向かうドライブの途中、突然の大雨や大渋滞といった予期せぬトラブルで、海に行くことを断念せざるを得ない事態になることもあるでしょう。もし、その家族にMVVがなければ、車内で喧嘩を始め、最悪の空気で帰宅することになってしまうかもしれません。

しかし、「ミッションは思い出作り、そのために海に行くビジョンを描いていた。みんな楽しく、というバリューがある」というMVVが共有されていれば、「海には行けないけれど、目的は思い出作り。ルール通り、みんな笑顔で、近くの室内遊園地に目的地を変えよう」と、瞬時に軌道修正をして、ドライブ旅行を楽しむことができるはずです。これこそが、組織におけるMVVの重要性だと考えています。

ドライブ旅行

(出所:ChatGPT)

3 判断のスピードと「求心力」の劇的変化

――実際にMVVを導入・刷新した企業では、どのような変化が起きるのでしょうか。

決定的な違いは2つあります。

「判断のスピード」と「求心力」

です。

MVVがない企業では、全ての判断基準が「儲かるかどうか」に集約されます。社員が30〜50人を超えると、社長の頭の中が現場に伝わらなくなり、組織は疲弊してしまいます。

一方、MVVがある組織では、現場が「これはバリューに沿っているか?」を自問自答し、社長がいなくても自走することができます。

いくつか、事例を紹介させていただきます。

1)急成長に伴う「OSの限界」を迎えた地域事業会社

1社目は山梨県にある事業会社の事例です。同社は創業から10年ほど、地域商社や障害者就労支援など、多角的に事業を展開しています。

もともとMVVはあり、社長の求心力も非常に強い組織でした。しかし、

事業(アプリ)が増え、組織が拡大したことで、既存のミッション・ビジョンでは今の活動を「包摂」しきれなくなっている

という課題がありました。現場の判断スピードが落ち、社長一人の独断に頼る「労働集約的な経営」へと陥っていたので、そこからの脱却が必要でした。

そこで、弊社は今までの成功体験を否定するのではなく、次の10年を見据えてOS(MVV)を刷新することを提案しました。その結果、「自分たちが改めて何に価値を置くべきか」が整理され、社長が不在でも現場が自らMVVに照らして判断できる土壌が整いました。

2)創業間もないスタートアップの「行動加速」

もう1社はbirchさまの事例です。同社の代表取締役である赤井 義大さんは、これまで地域事業を数多く立ち上げてきた実績がおありですが、今回は過去のしがらみなく事業に挑戦するために、birchを設立しました。設立時の社員数は10名以下です。

赤井さんの中に熱い想いはあるものの、それが整理されておらず、

誰に共感してもらい、どの事業を優先すべきかの取捨選択に迷いが生じている

という課題がありました。そこで、私は複数回のディープインタビューを赤井さんと実施した後、実際に現地へ赴き、2日間、赤井さんの運転する車で町中を案内してもらいながら対話を通して事業の魅力と社長の本音に向き合いました。こうして徹底したヒアリングを行い、赤井さんの「熱源」を言語化。何度も議論を重ね、本人が「これだ」と確信できる理念体系を納品しました。

結果として、MVV策定の会議中から、赤井さん自身が「ビジョンの世界」に生き始め、顔つきが変わってきました。納品後は、理念に沿った事業構想の取捨選択と優先順位付けが明確になり、現在は圧倒的なスピードで社員の行動が加速しているそうです。今回、赤井さんのコメントをいただいたので、ご紹介します。

(赤井さんのコメント)

創業から走り出してしばらくの間は、目の前の継続事業を回すことに精一杯で、「私たちは何のために存在するのか」「どんな未来を描くのか」を、一本線で語れずにいました。

地域のしがらみから独立して新しい挑戦の起点を作りたかったはずなのに、その旗が立っていなかったんです。

中村さんとの対話やご提案を通して、自分の腹の底にずっとあった熱源を、一つひとつ言葉として取り出してもらう時間でした。「挑戦と驚きを生み出し、ローカルキャリアの土壌をつくる」というミッションが定まった瞬間、迷っていた事業構想の取捨選択が、一本の線でつながりました。今は新しい話が来ても、これに沿うか否かで即座に判断できますし、意思決定のスピードが、策定前と別物になりました。

赤井 義大さん

赤井 義大さん

4 組織名に込めた思想:「山と風」と「共繁栄」

――中村さんがプロデューサーをされている「山と風のホールディングス」。お名前が非常に印象的です。ここにはどのような思いがあるのでしょうか。

私たちのグループの土台には、「KEIPE(ケイプ)」という会社があります。これは漢字で「恵みの風(恵風。けいふう)」に由来します。

そこに、拠点の山梨の「山」をつけ、「困難な『山』を越えて価値を広げていく」という意味を込めました。

自然界で山と風が共生するように、

ステークホルダーと100年先を見据えた「共繁栄(きょうはんえい)」が実現できる関係性を発明すること

が、私たちのミッションです。

山と風の共繁栄関係が自然界でずっと続いていくように、企業のMVVも作ったら終わり、ということはありません。MVVについて何らかの施策を講じたり、アンケートをとって終わり、というものでもありません。MVV策定、そして策定後の企業の活動は、それこそ100年先までじわじわと浸透し続ける終わりなき旅です。

MVVを策定した企業は、どこに向かっていくのか? 100年先にどんな姿を見せて、社会にとってどんな存在になっているのか?

常にそんなことを考えながら、ご支援しています。

■山と風のホールディングス■
https://yama-kaze.co.jp/

組織名に込めた思想

(出所:山と風のホールディングス)

5 次世代へ「明るいビジョン」を繋ぐために

――最後に、中村さん自身のミッションを教えてください。

私の個人的なミッションは、

「世の中に、才能を発揮する人を増加させる」こと

です。

人は、誰しも才能を持っています。企業のMVVを整えることは、そこで働く人たちが「自分の力をどう生かすか」を考えるきっかけになります。これが、最もレバレッジの効く社会貢献だと信じています。

私は「失われた30年」の中で育ち、日本全体に明るいビジョンがない空気感を感じながら生きてきました。だからこそ、あらゆる企業が自らのビジョンを誇れる世界を作りたいんです。効率や正解だけを求めるAIの時代だからこそ、社長の熱源を言葉にし、次の世代へ繋いでいく。それが、私の人生を捧げるべき挑戦なのです。

【編集後記】

中村さんへのインタビューを通じて感じたのは、

MVVとは単なる「お飾り」ではなく、組織という生命体を動かす「血液」そのものであるということ

です。「このMVVを100回、口にしたいですか?」という問いに答えられるか。経営者の真実の言葉だけが、未来を切り拓くことができます。

以上(2026年5月作成)
(聞き手 日本情報マート 代表取締役 松田泰敏)

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画像:日本情報マート