1 就任早々に確認する組織の”ブレーキ性能”
役員の職務は会社を成長させることです。そのためにリスクも取ることもあり、その判断によって会社の命運が決まることさえあります。重要な職務を執行する役員には、いわば高性能な「アクセルとブレーキ」が必要です。
- 役員のアクセル:収益向上を目指す攻めの販売施策など
- 役員ブレーキ: “事故”のない組織運営を目指すリスク管理など
どちらも大切ですが、ブレーキがしっかり利くからこそ、アクセルを踏み込むことができるともいえます。常日ごろからリスク管理は重要ですが、サイバー攻撃による事業停止など、想定を超えるリスクも出てきます。被害の範囲や程度を事前に見通すことが難しいケースも多く、リスク管理の重要性はますます高まっています。
2 あなたが重視するリスクは何ですか?
1)新任役員が考えるべきリスク
リスク管理は企業の永遠のテーマです。役員会や幹部会などでは、企業が重視し、重点的に対策を講じるべきリスクについて議論を深めていることでしょう。新任役員は、企業の方針を分かりやすい言葉に置き換えて、現場に伝える必要があります。
しかし、新任役員の場合、各事業部への理解が浅く、「リスクはそう簡単には顕在化しない」と楽観していることもあり、業界全体や企業全体のリスクをざっくりと把握するにとどまってしまうことがあります。前任者の方針を踏襲するだけの”思考停止”に陥っていることもあります。
もし、皆さんに心当たりがあるならば、変革が必要です。まずは、図表1を見てください。これはリスクを検討するレイヤーを示したものです。最終的には、新任役員が独自に収集した情報に基づくリスクについても、必要に応じて検討しなければなりません。

新任役員は所管する事業部について、リスク対応の方針を決めなければなりません。例えば、成熟後期にあるA事業を所管する新任役員が、少しでも長く現状を維持する(コストを掛けずに延命する)方針であれば、リスクは「既存の大口顧客の値下げ・解約」「内部コストの増大(仕入れや労務費)」となります。
一方、同じA事業の所管でも、新任役員の考えがA事業を活かした新規事業の開発であれば、リスクは「新規事業の不発」「社内調整の失敗(役員会での否決など)」ということになります。このように、リスクの内容は新任役員の方針によって変わってきます。
2)一般的にいわれる経営リスク
対策が必要となるリスクを検討する際は、幅広い情報を収集・分析し、リスクを絞り込む必要があります。ここでは、その参考となるデータとして、上場企業が「優先して着手が必要」と考えているリスクを紹介します。
■デロイト トーマツ グループ「企業のリスクマネジメントおよびクライシスマネジメント実態調査2025年版」■
https://www.deloitte.com/content/dam/assets-zone1/jp/ja/docs/about/2026/risk-and-crisis-managment-survey-2025.pdf

3)2026年現在、特に意識すべきリスク
上場企業のデータに加え、実際に倒産の引き金となっているリスクも押さえておきましょう。帝国データバンクの調査によると、従業員の離職や採用難などを原因とする「人手不足倒産」は2025年度に441件発生し、前年度(350件)の約1.3倍に増加して3年連続で過去最多を更新しました。このうち、従業員や経営幹部の退職が直接の原因となった「従業員退職型」の倒産は118件で、これも過去最多です(帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2025年度)」)。業種を問わず「現場を支える数人が同時期に退職すると事業が継続できなくなる」というリスクは、中小企業に共通する構造的な課題といえます。
■帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2025年度)」
https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260409-laborshortage-br25fy/
また、原材料費やエネルギーコストの上昇を販売価格に十分転嫁できないことによる「物価高倒産」も増勢が続いており、2026年4月には単月108件と、集計を開始した2018年以降で最多を記録しました(帝国データバンク「『物価高倒産』の動向(2026年4月)」)。賃上げの原資を確保できないまま人件費だけが上昇する「防衛的な賃上げ」が中小企業の収益を圧迫している側面もあります。
■帝国データバンク「『物価高倒産』の動向(2026年4月)」■
https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260513-inflationbankruptcy2604/
4)さらに網羅的なリスク一覧
もう一つの例として、網羅的にまとめたさまざまなリスクを紹介します。リスクは油断したとき、あるいは意識していなかった分野から生じがちであるからこそ被害が大きくなります。さまざまなリスクの存在を認識することが欠かせません。

3 リスク管理の進め方
1)フレームワークの活用
リスクを分類する際、図表4のようなフレームワークを使ってみましょう。リスクを「発生確率と被害規模」で整理するフレームワークは広く知られていますが、その他にもあります。状況に合わせてフレームワークを自社で作成することもできるでしょう。

新任役員は、ある程度主観的にリスクをマッピングする権限を持っています。大切なのは、重視すべきリスクの”重さ”を、誰でも理解できる統一された基準で組織に認識させることです。
2)定量化する(点数を付ける)
絞り込んだリスクに点数を付けます。例えば、発生確率と被害規模、対策状況について「5点、3点、1点、0点」と点数を付けます。配点ルールが複雑だと運用が立ち行かなくなるので、シンプルにしま
しょう。

発生確率と被害規模、対策状況の全てに5点を付けたら最高の15点となり、最も重視すべきリスクになります。点数化した一覧表を示せば、社員もどのリスクを重視すべきなのか考えやすくなります。また、以前にそのリスクが顕在化した経験があるか否かも把握します。以前に発生したことがあるということは、組織内に原因があるかもしれないので調査してみます。
3)四半期ごとのチェック
リスクの状況を定期的に把握します。特に、対策がされていないリスクについては四半期ごとに対策の進捗を確認し、必要な措置を講じます。同時に、四半期のうちに顕在化したリスクがあるのかを確認します。しかし業界全体や企業全体のリスクの議論に終始し、各事業部のリスクまで落とし込み切れないという問題があります。
通常、四半期ごとのチェックは全社的に開催される「リスク会議」(仮称)などの場で行われます。他事業部のリスクは理解しにくいので、こうした機会を利用し、新任役員は自身が想定している重点リスクについて、周囲の理解を得る努力をしましょう。
4)独自の情報網を持つ
リスクは、一般化していない情報によって低減できる場合があります。新任役員の場合、他社の役員などはとても良い情報源となるので、積極的に交流会などの会合に参加して、人脈を広げていきましょう。
こうした会合やその後の飲み会では、同業他社の投資や営業の動向、人事や社内の雰囲気等に関する情報を得られることがあります。これらの情報は、自社のリスク低減につながるものが少なくありません。
4 経営判断の原則
役員はいわゆる「経営判断原則」に基づいた意思決定が求められます。役員は「善管注意義務」「忠実義務」などを負っており(2つの義務は実質的には同様と考えられている(最大判昭和45年6月24日民集24巻6号625頁))、これに違反した役員には株主代表訴訟などのリスクが生じます。
善管注意義務とは、端的にいえば、「役員という会社経営の専門家たる地位にある者として、一般に要求される程度の注意を払って業務を遂行する義務」ということですが、一方で、役員は会社の成長のために一定のリスクを取るものでもあります。
役員が取る一定のリスクが適正なものであるか否かを測る上で、一つの要素となり得るのが日ごろのリスク管理です。「なぜ、そのリスクを取るのか?」が、取り組みの中である程度明らかになっているはずだからです。
このように、リスク管理は企業を守るブレーキになるだけではなく、役員の取り組みが誠実であることの裏付けにもなります。改めて自社を取り巻く環境を整理しましょう。重視するリスクの洗い出し、管理を行うことの意義はとても大きいといえます。
以上(2026年6月更新)
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画像:78art-Adobe Stock






























