1 教科書通りにいかないのがハラスメント対応
ハラスメントへの対応については、今やインターネットや生成AIに聞けば、基本的なことは大抵分かります。ただ、「ヒアリングをする」「記録を残す」「再発防止策を講じる」——どれも大事ですが、
実際の現場は、こうした教科書的な対応だけでは解決しないケースがほとんど
です。また、教科書的な対応の多くは、会社にハラスメントに対応するための組織や専任担当者がいることを前提に述べられています。そのため、社員数が少なく、異動させる部署もなければ、懲戒委員会を開く余裕もない——そんな会社では、必ずしも参考にならないのです。
この記事では、そんな中小企業での実際の相談事例をベースに、弁護士が「どこで判断を誤ると炎上してしまうのか」「現実的にどのあたりが目指すべき着地点なのか」という観点から、ハラスメント対応のポイントを整理します。
2 売上エースを温存して事態が悪化した
1)事例
売上トップの営業社員が、部下に対して「辞めろ」「使えない」といった発言を繰り返していました。人事に相談があったものの、「彼がいないと売上が立たない」として強い対応を取ることができませんでした。その結果、被害者は退職し、さらに労基署に駆け込む事態に発展してしまいました。

2)どこで判断を誤るか
このケースの問題点は、「会社として誰を守るのか、何を守るのかの判断を誤った」点にあります。短期的には売上を守ったつもりでも、その結果として、人が辞め、紛争になり、「あの会社はハラスメントを放置する」という評判が広がるといった形で、結果的に会社全体の損失が拡大してしまいます。
3)会社が取れる対応
会社として売上トップのエースを即座に処分することは難しい場合が多いのが現実でしょうが、せめて
被害者とエースを物理的に切り離せないかを考える
必要があります。ただ、その際に考えなければならないのが、「誰をどのように動かすか」です。ここで、被害者を異動の対象にするのはリスキーです。相談したことを理由に不利益取扱いを受けたとして、被害者が訴訟に及ぶ恐れがあるからです。一方、エースを動かせるかといえば、「売上への影響を考えるとそれも難しい」というのが多くの会社の本音でしょう。
こうした状況で有効なのは、
「異動」という目に見える形での分離ではなく、日常業務の流れの中で自然に接点を減らしていくアプローチ
です。担当案件を少しずつ分ける、報告・連絡に第三者を介在させる、会議の座席や進行を工夫する。こういった積み重ねにより、直接顔を合わせる機会や一対一のやり取りが自然と減っていきます。大きな変化ではないように見えても、毎日の小さなストレスが減ることは、被害者にとって想像以上に大きな意味を持ちます。
また、もう一つ重要なのが、
被害者本人の意向をできるかぎりヒアリングする
ことです。つまり、「会社としてはこういった方法で改善を図りたいと考えているが、あなた自身はどういった形を希望するか」と確認します。もちろん、全ての希望に応えられるわけではありません。しかし、
「会社として考えたうえで、できる限りのことをしようとしている」という姿勢を示す
こと自体に大きな意味があります。被害者1人の問題にとどまらず、そうした会社の姿勢は職場全体に伝わるものです。ハラスメントへの対応を通じて、「この会社は社員を守ろうとしている」と社員に感じてもらえるかどうかが、長期的な信頼と離職防止にもつながります。
3 厳重注意で済ませたら、火種が残った
1)事例
営業課長が、会議中に部下に対し、「バカ」「クズ」などの人格否定的な発言を繰り返し、業務時間外にもチャットで叱責をしていました。部下は「辞めるほどではないが、このままはつらい」と社長に相談。社長は営業課長に口頭注意を行い、様子を見ることにしました。しかし、その後も状況は大きく改善せず、部下は「会社は何もしてくれない」と不信感を募らせることになりました。

2)どこで判断を誤るか
「ヒアリングをして、注意もした。だから大丈夫」と安易に片付けてしまい、その後も問題が深刻化する——これはよくあるパターンです。
しかも、注意の仕方によっては逆効果になります。「部下から告げ口された」と受け取った上司が、その後、逆によそよそしい態度をとるようになった、あるいは露骨ではないものの、以前より部下への当たりが強くなった。こうした事態は、現場では珍しくありません。
また、注意した数カ月後には同じような状況に戻ってしまい、社員は「結局会社は何も変わらない」と感じ、退職します。そして、その会社への不信感は、ある日突然、労基署(労働基準監督署)への申告という形で爆発するのです。会社が「対応した」と思っていたものの、被害者はすでに見切りをつけていたということが、この種のケースでよくある形になります。
3)会社が取れる対応
まず最初に検討すべきは、
2人の直接のやり取りをなくすのではなく、「少し」減らすこと
です。例えば、言動に問題のある上司を経由しなくても業務が進むよう、報告・連絡のルートを調整します。とはいえ、特定の上司への対応だけを変えると、社内から「あの人が処分された」と見られてしまい、かえって反発を招きます。「組織体制を見直す」「報告・連絡のフローを整理する」といった会社全体の取り組みとして位置づけ、特定のケースへの対処であることが表面化しないよう進めるのがよいでしょう。
上司への指導も、本人を呼んで「言い方には気をつけるように」と伝えるだけでは意味がありません。それでは本人に「自分だけ標的にされた」という反発を生み、さらには部下にも悪い点があるなどと反論され、収拾がつかなくなる恐れがあります。
有効なのは、全上司を対象に、
- 部下とのコミュニケーションに関するセルフチェックを実施する
- 部下からの匿名アンケートで自分の言動を振り返る機会を設ける
といった形で、会社全体の取り組みとして落とし込むことです。そうすると、特定の問題事案として表面化させずに、当事者が自然な形で自分の言動を見直すように持っていけます。
また、見落とされがちなのが、被害者への説明です。「会社として何をどう変えたか」を本人に伝えなければ、どれだけ内部で動いていても被害者には何も見えません。「話は聞きました」「注意しました」といった言葉だけでは、被害者の不信感は解消されないどころか、むしろ「結局、会社は自分より上司を守った」という諦めに変わっていきます。大事なのは、会社が状況を変えるために動いていることを、被害者自身が実感できる形で示すことです。
4 被害者の「大事にしたくない」に甘えてしまった
1)事例
飲み会での上司の発言をセクハラと感じた女性社員が相談。本人は「謝罪してもらえればそれでいい、大事にしたくない」と明言。会社は上司に謝罪させて、対応を終了しました。しかしその後、別の社員から全く同じ案件で相談が寄せられました。その結果、「会社はハラスメントに対応する気がないのか!」と、社員の不満が全社に拡大してしまったのです。

2)どこで判断を誤るか
「本人がそれでいいと言っていたら、それで終わり」というのは、多くの会社が陥りやすい誤った判断です。もちろん、被害者本人が大ごとにしたくないと言っている以上、それ以上動くのはむしろ余計なことかもしれません。
ですが、法律上はそういきません。本人が納得していても、会社にはハラスメントの再発防止策を講じる義務があるのです。なぜなら、ハラスメントは「被害者と加害者の二人の問題」ではなく、「職場環境の問題」だからです。
今回は本人が穏便に済ませることを望んでいても、同じ上司が同じことを別の社員にしていたら、あるいは今後、別の社員が同様の被害を受けてしまったらどうでしょうか。「あのとき会社は何も対応しなかった」という事実が、後になって問題になってきます。
3)会社が取れる対応
では実際にどう動けばいいでしょうか。ここは、被害者への対応と、職場環境を改善するための社内対応に分けて考えると整理しやすくなります。
まず、被害者本人への対応は、本人の意向を尊重することを基本にします。大ごとにしたくないという気持ちを汲んで、あまり事を大きくしない。本人が望む以上に事を荒立てないことで、被害者と上司や会社との信頼関係を保ちます。
一方、社内対応は別に行う必要があります。具体的には、次の3点を検討してください。
1.上司の過去の言動を確認する
上司本人にセルフチェックの機会を設けることから始めるのが現実的です。「飲み会の場でいつも同じような話をしていないか」「特定の部下に対して踏み込んだ発言をしていないか」といった観点で、自分の言動を振り返ってもらいます。周囲への聞き取りは、ことが大きくなるリスクがあるため慎重に判断してください。職場環境の改善のために必要と判断した場合のみ実施し、把握した内容は記録に残しておきます。
2.上司への指導内容は、言葉にして伝える
「気をつける」といった曖昧な指示ではなく、「飲み会の場で部下の外見や私生活に関する発言はできるかぎり控える」など、具体的にどの行為が問題だったかを明示した上で指導します。
3.再発防止の仕組みをつくる
「ハラスメント防止規程を制定する」といった堅苦しいアプローチは、中小企業では形骸化しがちです。それよりも、「飲み会を楽しく過ごすために気を付けるべきこと」といったカジュアルな形で、場の雰囲気を壊さないための簡単なルールを共有する方が機能しやすいでしょう。お酒の席での会話の心得、参加を強制しない、外見や私生活に踏み込んだ話題は避ける——そういった当たり前のことを言語化しておくだけで、「会社はそういう場の空気を大切にしている」というメッセージにもなります。
なお、今回のケースとは異なりますが、被害者が「上司を処分してほしい」と強く求めてくることもあります。ただ、被害者の要望は真摯に受け止める必要がありますが、処分の判断はあくまで会社が行うものである点は忘れてはいけません。
その場合に最低限行うべきことは、判断のプロセスを丁寧に説明することです。「何を調査したのか」「どういう事実を確認したのか」「その上で会社としてどう判断したのか」などを、必要であれば弁護士など外部の専門家の意見を踏まえたことも含め、きちんと言葉にして伝えます。要望に応えられない場合でも、「なぜその判断に至ったか」を説明することが、後々の不満やトラブルを防ぐことにつながります。被害者の声を受け止めながらも、最終的な判断は会社が責任を持って行い、そのプロセスと結果を丁寧に伝えましょう。
5 「中小企業だから配置転換はできない」と対応を怠った
1)事例
現場リーダーが若手に対して怒鳴る指導を繰り返していました。しかし、部署は1つしかなく、異動や配置換えは物理的に不可能です。相談を受けた経営者は、「ウチでは仕方ない」として実質的に放置してしまっていました。

2)どこで判断を誤るか
「ウチは部署が1つしかないから仕方ない」という考えが、改善を図らずに見て見ぬふりをしてしまうのが典型的な失敗です。確かに異動や配置転換はできない。しかしそれは、「何もできない」とイコールではありません。
- 現場リーダーから直接指示を受けなくてもいい仕組みは作れないか
- 若手が相談できる別のルートは確保できないか
- 現場リーダーだけに権限が集中しない体制にできないか
と、こういった視点で職場を考えてみるとできることがあるかもしれません。「異動させられないから手が打てない」という思考停止が、小さなトラブルを大きな紛争の火種にしてしまう原因になるでしょう。
3)会社が取れる対応
大切なのは、「人を変える」のではなく「仕組みで解決する」発想に切り替えることです。現場リーダーの性格や意識が変わることを期待しても、あまりうまくいきません。問題が起きにくい組織を構築していくほうが、現実的です。例えば、
- 若手への業務指示の一部を社長直轄にしてしまう
- 現場リーダーだけが判断するのではなく、複数人でレビューする体制にする
など、このように現場リーダーが若手と2人きりになる場面を減らすだけでも、状況は改善する可能性があります。
なお、第三者の目を入れて改善を試みるのも有効ですが、外部の研修会社やコンサルタントに依頼するとなると、費用等の面でハードルが高くなります。ですから、
- 社長や管理職を集めて「最近の職場環境について話し合う場」を定期的に設ける
- 管理職同士で部下への接し方を振り返る
- 簡単なチェックシートを作って共有する
など、できることから始めてみましょう。その際、特定の人物や問題を狙い撃ちにした対応だと受け取られないよう、会社全体の取り組みとして位置づけることが重要です。「なぜ今これをやるのか」という不信感を生まずに当事者の意識を変えるきっかけを作るためにも、この点は意識しておく必要があります。加害者本人の自覚や反省に期待しすぎず、できる範囲で構造を変えていくことが大切です。
6 創業役員がハラスメントの加害者になってしまった
1)事例
創業役員が、会議の場で新入社員に対して「そんなことも分からないのか」「向いていないんじゃないか」といった発言を繰り返していました。社長は創業時からのパートナーであり、面と向かって強く言える関係ではありません。結果、「まあ、あの人のスタイルだから」と口頭で軽く注意するだけで、実質的には放置が続いていました。

2)どこで判断を誤るか
創業時からのパートナーに対しては、社長も正面から注意をしにくいものですが、とはいえ周囲の社員はしっかり見ています。「会社はあの役員の問題行動を知っていながら何もしない」と受け取られれば、優秀な社員から先に会社を離れていきます。気付けば、「あの会社はそういう会社だ」という評判が社外にまで広がってしまい、採用活動などにも影響が出てきます。
また、法律上は放置した側の役員にも安全配慮義務違反が問われる可能性があり、「自分は関係ない」では済まなくなるケースもあります。
3)会社が取れる対応
まず取り組むべきことは、事実の把握と記録です。具体的には、
- 被害を受けた社員から「いつ・どこで・どんな発言があったか」を丁寧に聞き取り、内容を文書として残す(本人に書き留めてもらう、会社が聞き取りメモとして整理するなど)
- 1.の内容をもとに社長が役員と面談し、何を伝えたか、役員がどう反応したかを面談後に記録として残す
という2段階で対応します。この2段階の記録が、その後の対応の根拠になります。
それでも改善が見られない場合は、役員報酬や処遇の見直しという手段も視野に入れる必要があります。最終的には社長自身が判断し、本人に直接伝えなければなりません。創業時からのパートナーに対してそれができるかどうかが、このケースの重要なポイントです。
「このままでは処遇に影響が出る」ということを社長が自らの言葉で伝えれば、それは役員に対する「会社は本気だ」というメッセージになります。実際に処遇を変更するか以上に、社長が正面からその話をしたという事実が重要です。役員だけでなく、周囲の社員にとっても、「この会社は問題から目を背けない」という信頼につながっていきます。
対応が難しいケースであることは間違いありません。しかし、だからこそきちんと記録を残し、多少の軋轢が生じるとしても、社長が正面から向き合う姿勢を示す必要があります。
7 フリーランス相手へのハラスメントに気づかなかった
1)事例
あるウェブ制作会社が、フリーランスのデザイナーに継続的に仕事を発注していました。しかし、担当者の指示出しの方法には少し問題があり、納期直前に大量の修正を求める、深夜にメッセージを送る、返答が少し遅れると催促が重なるといったことが繰り返されていました。デザイナーは次第に心身の不調を訴えるようになり、ある日突然、仕事を続けられないと申し出てきました。しかし、会社側は「フリーランスへの発注なのだからハラスメントには当たらない」と考えており、社内でもそもそも問題として認識されていませんでした。

2)どこで判断を誤るか
フリーランスは外注先だから、社内のハラスメント規制は関係がないと考える経営者は少なくありません。しかし、フリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス新法)により、
雇用関係にない相手であっても、ハラスメントに該当する言動や対応は規制の対象
になります。
「辞めるなら次の発注はない」といった圧力や、一方的な発注取消し、理由のない報酬の減額なども問題になり得ます。発注する側とされる側という取引関係においても相手への接し方には同じように配慮が求められる時代になっています。
3)会社が取れる対応
まず意識しておきたいことは、修正指示の「内容・回数・トーン」です。修正を求めること自体は業務上あり得ることですが、
- 「こんな基本的なこともわからないのか」といった言い回し
- 深夜や休日を問わない連絡、短期間での大量修正依頼
などは、受け取る側にとって大きな負担になります。立場の弱いフリーランス側からすれば、断りにくい状況での強制に映ることがあります。
こうしたトラブルを防ぐためには、フリーランスとの契約書に修正の回数や対応時間のルールを明記しておくことが有効です。また、やり取りはできる限りメールやチャットなど記録が残る形で行い、口頭での高圧的な指示が積み重ならないようにする工夫も大切です。
社内向けには、外注先への対応に関するガイドラインを簡単にまとめておくとよいでしょう。「フリーランスだから多少強く言っても大丈夫」という感覚が社内に残っているようであれば、それ自体がリスクの芽です。雇用関係がない相手だからこそ、対応の記録と社内ルールの整備が会社を守ることにつながります。
併せて知っておきたいのが、公益通報制度との関係です。通報の対象が広がり、フリーランスであっても一定の条件のもとで通報者として保護される可能性があります。つまり、フリーランスへの不当な扱いが続いた場合、相手が労基署や行政機関に通報するという選択肢を持っているということです。「外注先だから表に出ない」という認識は、もはや通用しません。社内の問題と同じ感覚で、外注先との関係にも目を向けておく必要があります。
8 最後に:問われているのは「姿勢」と「設計」
この記事で紹介したケースは、いずれも「まさかウチの会社では」と思っていた経営者が直面した現実です。中小企業では、教科書通りの対応が取れない場面がほとんどです。しかし、法律は会社の規模に関係なく適用されます。労働契約法上の安全配慮義務も、労働施策総合推進法上のパワハラ防止義務も、社員が一人でもいれば会社に課せられる義務です。
だからこそ、大切なのは完璧な対応を目指すことではなく、できることを着実に行うことです。次の4つを意識するだけでも、会社の姿勢や評価は大きく変わります。
- 事実関係を確認するプロセスを踏むこと
- 確認した記録を残すこと
- 小さなことでもよいので改善策を検討して実行すること
- 相談者が不利益や心身不調を抱えないよう配慮すること
「何をしたか」という結果はもちろん重要です。しかし最も大事なのは、「状況をどのように判断して、どのように変えようとしたか」という姿勢です。限られた選択肢の中で、現実的に状況を改善しようとする意思と行動の積み重ねが、結果として「火消し」にも「予防」にもつながっていきます。
以上(2026年6月作成)
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画像:ChatGPT