法規制を突破せよ!尖った新規事業を実現する国の支援策

1 法規制を突破する「3つの制度」

突然ですが、

「画期的な事業アイデアがあるのに、法規制に引っかかってしまい、アイデアが実現できない、あるいは、法規制を突破する方法が分からず困っている……」

という悩みを抱えている人はいないでしょうか?

実は、法規制などにぶつかったとき、国がそれを突破する手助けをしてくれる3つの制度があります。

  • グレーゾーン解消制度:法規制の適用対象になるか否かをあらかじめ確認できる制度
  • プロジェクト型「規制のサンドボックス」:期間や参加者を限定した実証実験を行い、実証実験で得たデータを基に法規制の見直しにつなげる制度
  • 新事業特例制度:今のままだと法規制に引っ掛かるが、ルールを個別に作り変え、特例として認めてほしいと要望できる制度

これらは、個々の企業の事業内容に即した規制改革を進めていくために創設された制度です。以降で制度の概要や活用事例を紹介していきますので、ご興味があれば経済産業省のウェブページなどを確認してみてください。

■経済産業省「グレーゾーン解消制度・プロジェクト型『規制のサンドボックス』・新事業特例制度」■
https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/index.html

また、この記事で紹介する申請書照会書・申請書等の書式は、いずれもこちらからダウンロードできます。

■経済産業省「グレーゾーン解消制度、新事業特例制度及び規制のサンドボックス制度の様式」■
https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/detail.html

2 グレーゾーン解消制度の概要

1)制度を利用する際の流れ

グレーゾーン解消制度とは

法規制の対象になりそうな事業について、関係省庁から実際に規制の適用を受けるか否かの「公的な回答」を得られる制度

です。利用の流れは次の通りです。

グレーゾーン解消制度の利用手続きの流れ

1.事前相談

企業は、事業の計画や確認したい事項をまとめて事業所管省庁に相談します。事業所管省庁は、この後の手続きがスムーズに進むように必要な情報の提供と助言をしてくれます。

2.申請書(照会書)の作成・提出

次に、企業は「新事業活動に関する規制について規定する法律及び法律に基づく命令の規定に係る照会書」を事業所管省庁に提出します。

3.回答書の受け取り

原則として、照会書の提出から1カ月以内に、事業所管省庁・規制所管省庁の連名で確認結果の通知が届きます。規制の適用を受けないと判断されれば、企業は特段の許認可などを取得することなく事業を実施できます。一方、規制の適用を受けると判断された場合、

新事業特例制度(後述)を利用して、突破を試みる

ことができます。

2)活用事例

グレーゾーン解消制度は、2014年1月の施行から、経済産業省が所管の案件だけで299件の回答実績があります(2025年12月末時点)。また、直近の活用事例には、次のようなものがあります。

1.事業名

建設業界への電子契約サービスの提供(申請:2026年3月4日 回答:2026年4月3日)

2.概要

建設業向けのクラウド型受発注サービスを提供する企業が、建設工事の請負契約を電子化するに当たり、自社サービスが建設業法施行規則第13条の4第2項に定められた次の3つの技術的基準に適合するか否かを照会しました。

  • 見読性:相手方がファイルへの記録を出力することにより書面を作成できること
  • 原本性:ファイルに記録された契約事項等について、改変が行われていないか確認できる措置を講じていること
  • 本人性:契約の相手方が本人であることを確認できる措置を講じていること

3.照会結果

国土交通省から

  • PDFファイルによる閲覧・印刷が可能であること
  • 公開鍵暗号方式の電子署名とタイムスタンプ付与により改ざん検知が可能であること
  • 本人確認措置を講じた上で契約が行われること

を根拠として、技術的基準を満たし適合する旨の回答があり、同社のサービスは建設工事の請負契約に利用が可能となりました。

この他の活用事例は、経済産業省のウェブサイトで確認できます。

■経済産業省「グレーゾーン解消制度の活用事例」■
https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/result/gray_zone.html

3 プロジェクト型「規制のサンドボックス」の概要

1)制度を利用する際の流れ

プロジェクト型「規制のサンドボックス」とは

AI、ブロックチェーンなどの革新的な技術やビジネスモデルを活用したいとき、規制の適用を受けずに素早く実証実験を行い、その結果に基づいて規制の見直しにつなげる制度

です。利用の流れは次の通りです。

規制のサンドボックス制度の利用手続きの流れ

1.事前相談

企業は、対象の事業について内閣官房の一元窓口に事前相談を行います。

2.計画の策定・実証計画の認定申請を所管の大臣に提出

企業は、実証実験の計画をまとめ、「新技術等実証計画の認定申請書」を規制所管省庁と事業所管省庁の大臣に提出します。

3.見解の送付

申請書を受けた所管する大臣(規制所管省庁、事業所管省庁)は、内閣府に設置した新技術等効果評価委員会に見解を送付して意見を求めます。

4.計画認定、公表

所管する大臣は、計画が既存の規制法令に違反しない場合には認定します。所管する大臣の見解(認定の可否、しない場合の理由など)は新技術等効果評価委員会でも審議されます。

5.定期報告、終了報告

企業が行った実証実験の定期報告、終了報告を基に、規制所管省庁は必要な規制の撤廃や緩和のための法制上の措置その他の措置を講じます。

2)活用事例

規制のサンドボックス制度は、2018年6月の施行から、経済産業省が所管の案件だけで21件の認定実績があります(2025年12月末日時点)。活用事例には、次のようなものがあります。

1.事業名

ブロックチェーン技術を活用した電子的取引に係る第三者対抗要件に関する実証(申請:2025年1月27日 認定:2025年3月19日)

2.概要

ブロックチェーン技術を実装した電子取引インフラを運営する企業が、自社システムと「オンライン取引ツール」を用いて、債権・信託受益権の譲渡に係る承諾を電子的に完結させ、産業競争力強化法に定める第三者対抗要件の特例措置に必要なシステム要件を満たすことの実証を行ったものです。

この他の活用事例は、経済産業省のウェブサイトで確認できます。

■経済産業省「規制のサンドボックス制度の活用事例」■
https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/result/sandbox.html

4 新事業特例制度の概要

1)制度を利用する際の流れ

新事業特例制度とは、

事業を実施する上で支障となる規制があるとき、安全性などの確保を条件に、規制の特例を認めてもらう制度

です。利用の流れは次の通りです。

新事業特例制度の利用手続きの流れ

1.規制の特例措置を求める申請書の作成・提出

企業は、事業所管省庁に事前相談をした後、「新事業活動に関する新たな規制の特例措置の整備に係る要望書」を事業所管省庁に提出します。

事業所管省庁が要望書を適切と判断すれば、規制所管省庁に規制の特例措置を整備するよう要請してくれます。規制所管省庁が規制の特例措置を整備するか否かを決定した後、事業所管省庁を経由して企業に結果が通知されます。原則として、要望書の提出から1カ月で検討結果が通知されます。

2.新事業活動計画の策定・認定申請

特例措置が認められた場合、企業は新事業活動計画の認定申請を行います。具体的には、「新事業活動計画の認定申請書」を事業所管省庁に提出します。

3.回答・認定書の交付

事業所管省庁が申請書を適切と判断すれば、新事業活動計画を認定することについて規制所管省庁に同意を求めてくれます。規制所管省庁は、新事業活動計画の内容について規制が求める安全性などの観点から検討し、適切と判断したら認定の同意をします。その後、事業所管省庁から企業に対して、認定書が交付されます。

4.新事業活動の実施

認定書の交付をもって、企業は新規事業を実施できます。もちろん、規制の特例措置に係る安全性などを確保する措置を含め、提出した新事業活動計画に沿って実施する必要があります。

5.事業の報告

新規事業を実施する際、各事業年度が終了してから3カ月以内に、「年度における認定新事業活動計画の実施状況報告書」(以下「報告書」)に必要事項を記載し、事業所管省庁へ事業の実施状況を報告しなければなりません。

2)活用事例

新事業特例制度は、2014年1月の施行から、経済産業省が所管の案件だけで16件の認定実績があります(2025年12月末時点)。活用事例には、次のようなものがあります。

1.事業名

電動キックボード運転時のヘルメット任意着用等(申請:2021年1月25日 回答:2021年2月5日)

2.概要

電動キックボードのシェアリングサービスの公道走行実証を行う事業者が、当時は原動機付自転車と同じ扱いとされていた電動キックボードについて、

  • ヘルメット着用を任意とすること
  • 普通自転車専用通行帯の走行を認めること
  • 自転車道の走行を認めること
  • 自転車が交通規制の対象から除かれている一方通行路の双方走行を認めること

について特例措置の整備を要望したものです。

3.結果

実証実験で蓄積したデータを基に、2023年7月に改正道路交通法が施行されました。これにより、一定の基準を満たす電動キックボードは「特定小型原動機付自転車」という新区分に分類され、16歳以上であれば運転免許が不要、ヘルメット着用は努力義務、自転車レーンや路側帯なども走行可能となりました。新事業特例制度を通じた実証が、全国規模の規制改革に結びついた例といえます。

この他の活用事例は、経済産業省のウェブサイトで確認できます。

■経済産業省「新事業特例制度の活用事例」■
https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyokaitakuseidosuishin/result/shinjigyou.html

以上(2026年6月更新)

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画像:Levente Janos-Adobe Stock

【分かりやすい原価計算(6)】設備などの初期投資は超・固定費~投資の判断を左右する「回収期間」~

1 設備などの初期投資は、超・固定費

「設備投資がなかったら、どんなに楽だっただろう」という嘆きを聞くことがあります。この設備投資というものが、どうしてその後の状況の変化で大きな問題になるのか、投資するときにはどのようなことに気を付ければよいかを一緒に考えていきましょう。これも原価計算が解決する課題です。

費用をかけるときはそれが変動費であるか固定費であるかを理解しておく必要があります。そして、今回は固定費の中の固定費ともいえる「初期投資」について説明したいと思います。

固定費は、売上の増減によらず一定額発生する費用であり、何か手を打たなければ将来にわたり発生し続けるものです。これに対して、初期投資は、

設備や新規事業など多額のお金がいっぺんに出ていってしまうもの

です。支払ったら最後、もう取り返すことはできません。実は、この特徴が通常の固定費(基本的に将来にわたって発生が続く費用)以上にやっかいなのです。

どういうことかというと、初期投資を支払った後で、状況が想定と違ってしまうケースがあります。例えば、海外から観光客が増えているからとホテルを建設中にコロナ禍に見舞われた会社は、既に建設に要した初期投資を取り戻すことはできません。また、仮にホテルはなんとか開業できたとしても、人の動きが抑制され宿泊客が激減している状況では、建設にかかった初期投資をすぐに取り戻すことは不可能です。このように、過去に支払ってしまったものというのは、当たり前の話ではありますが、どうにもできないのです。

初期投資のために銀行から借入をする場合も、考え方は同じです。なぜなら、自社から実際にお金が出ていくタイミングが銀行からの借入によって後ろ倒しになるだけで、結局自社で負担せざるを得ないのは同じだからです。

そうは言っても、経営をする以上は投資をしないというわけにはいきません。では、どうすればよいでしょうか。それは、初期投資が必要になった場合には、その案件の自社にとっての負担の大きさ、つまりリスクの大きさを客観的に理解しておくと判断がしやすくなります。

2 リスクは「回収期間」でつかもう

初期投資のリスクの大きさを測る指標として「回収期間」を使います。ざっくり言えば、回収期間とは「投資後、何年たったら収支がトントンになる予想なのか」を示しています。

例えば、新工場建設にかかる投資の回収期間が2年という場合には、新工場が予定どおりに操業し売上につながれば、投資で出ていった金額と同じ金額が入ってきて元がとれるのが、2年後ということです。

「回収」という言葉の意味は、かけたお金が回収できる、つまり、収支がトントンになることを意味します。ちなみに、有名な「損益分岐点売上高」は、損益計算書上の収支がトントン、つまり利益がゼロになる売上高のことです。回収期間というのは、「投資版の損益分岐点売上高」と考えると分かりやすいかもしれません。

次に、判断の仕方です。回収期間が2年と4年であればどちらがいいでしょうか。答えは2年です。

この数年の間で痛感した方も多いと思いますが、遠い将来ほど予測することは難しいものです。回収期間においても、先は分からないので、長くないほうが安全という考え方がベースにあります。回収期間は簡単に計算できますので、ぜひ勘を鍛えるために次の数値例を参考にしてください。

3 事例で確認。回収期間で見る投資リスク判断

機械の購入代金が100万円であり、手元に残るお金が年30万円という投資案件があったとします。まず、投資のマイナスと投資してからの収支のプラスを前から足していき、プラスになるところを見つけます。

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この場合、

-100万円(機械の購入代金。つまり初期投資額)に30万円+30万円+30万円+30万円で4年目でプラス

になります。プラスになる年数が同じであれば、その中でも小数点以下がどれくらいになるかの端数を見て判断します。

最初の3年と、4年目は10万円だけあればよいので、10万円を1年分の30万円で割って0.33…、3.33年となります。

この投資の回収期間は、3.33年と評価します。

4 実務の手順の肝は、予測数値の洗い出し

実際の実務の手順は、

  • 投資額を見積もる
  • 変化する収入と費用の金額を洗い出す
  • 「回収期間」を計算
  • 計算結果をもとに経営者と検討

となります。上記で見たように計算自体は簡単ですが、肝となるのは1.と2.の手順です。

 1.については、業者に設備の見積もりを依頼するなどして投資額を見積もります。

 2.については、製品の増産や新製品の販売によって売上が増える場合はその金額を変化する収入として予測します。また、それにともなって増加する仕入などが変化する費用です。あるいは、人を増やさないといけないのであれば、人件費の増加も変化する費用になります。ここでポイントとなるのは投資によって変化するものを考えるということです。投資してもしなくてもかかる費用は、考える必要がありません。なぜなら、投資してもしなくても変わらないので、投資の判断には影響がないからです。このように数値を予測するところが大事になります。

5 回収期間は何年がベスト!?

投資の検討をする際、回収期間は短いほうが安全でよいのは分かると思います。では、実際の判断に用いるときには、具体的に何年までならよいのでしょうか。実は、この点については、各社の資金状況や事業の種類によって大きく異なります。そのため、個別に判断していくしかないのです。そして、同じ業種でも扱うジャンルによっては、回収期間の目安は異なるべきです。

飲食業で考えてみましょう。飲食業は、出店のために6カ月分の敷金や什器備品を必要とするなど初期投資が多い業種の1つです。そのため、回収期間が指標として重視される傾向にあります。

例えば、タピオカ屋を出店するとしましょう。数年前に流行したのはまだ記憶に新しいですが、タピオカのような新メニューを主に扱う場合には、その流行が数年、数十年にわたって続くかどうかはその時点では分かりません。とすると、回収期間としてはできるだけ早く、数カ月から1年程度、長くても2年以内を目指したほうが安全でしょう。

一方、出す店がラーメン屋だった場合は話が変わります。ラーメンは、人気が安定しているジャンルといえるため、タピオカに比べれば、長い期間需要が見込めるでしょう。もちろん、回収期間は短いほうがいいものの、3~5年程度の回収期間であれば、許容できることも多いといえます。

このように、同じ飲食業でも主力のメニューが違えば、顧客や市場の状況はまったく異なります。その結果、回収期間の目安にも大きな影響を与えるのです。そこで、自社が取り組む事業の性質を十分理解した上で、目安は各自が設定するしかありません。逆に、目安がイメージできないようであれば、その事業や業種に関する情報収集が十分ではない可能性がありますので、再考したほうがいいかもしれません。

いかがでしょうか。固定費の中の固定費である「初期投資」の判断に役立つ手法として、回収期間を押さえて、次の一手につなげてほしいと思います。

以上(2026年5月更新)

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画像:Shutter z-shutterstock

これだけ押さえてカスハラ対策! 弁護士が教える4つのポイント

1 2026年10月1日、カスハラ防止措置が義務化!

顧客が店員などに対してささいなミスで土下座を強要したり、弁償を要求したりする。あるいは「お気に入り」だからと言い寄り、長時間拘束する。こういった言動は、

カスハラ(カスタマーハラスメント、顧客等による悪質な嫌がらせ)

の典型例です。「お客様は神様です」という言葉に象徴されるように、日本の会社は昔から顧客を大切にする文化があります。しかし、「理不尽な要求にも応じ続けることが本当に顧客を大切にすることなのか」という問題があり、そんな中、改正労働施策総合推進法により、

2026年10月1日から、カスハラ防止措置が義務化

されることになりました。

厚生労働省の「カスハラ防止指針」(正式名称は「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」)によると、全ての会社に次のカスハラ防止措置が義務付けられることになります。

(図表1)【カスハラ防止措置(2026年10月1日から義務化)】

カテゴリ No. 措置の内容
方針の明確化・周知啓発 カスハラには毅然とした態度で対応し、社員を保護する旨の方針を明確化し、社員に周知・啓発する
カスハラの内容と対処の内容を社員に周知する
相談体制の整備 相談窓口をあらかじめ定め、社員に周知する
相談窓口担当者が適切に対応できるようにする
事後の迅速かつ適切な対応 事実関係を迅速かつ正確に確認する
被害者に対する配慮のための措置を適正に行う
再発防止に向けた措置を講ずる
カスハラ抑止のための措置 特に悪質なカスハラへの対処の方針をあらかじめ定め、社員に周知し、当該対処を行うことができる体制を整備する
その他の措置 相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、社員に周知する
相談したこと等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定め、社員に周知・啓発する

(出所:厚生労働省「カスハラ防止指針」を基に作成)

ご覧の通り、会社には、社員からの相談窓口の整備や相談対応など求められるようになります。対策不備がある場合には、行政による助言・指導・勧告等の対象となり、勧告に従わない場合には会社名公表の対象となる可能性があります。それに、カスハラから社員を守らなかったことで、社員が会社に怒りを向けて訴訟トラブルなどに発展するリスクもあります。

義務化まで残り4カ月。この記事では、中小企業が今すぐ取り組むべき4つの鉄則を紹介します。なお、カスハラの定義や防止措置の詳細についてはこちらもご確認ください。

■厚生労働省「カスタマーハラスメント及び求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が事業主の義務となります!」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

2 鉄則1 「これはカスハラか?」——判断基準を会社で共有する

カスハラへの対応で最初につまずくのが、

「これはカスハラなのか、それとも正当なクレームなのか」という判断

です。ここを曖昧にしたまま対応すると、社員が萎縮して正当なクレームにも対応できなくなったり、逆にカスハラを見過ごしてしまったりします。

厚生労働省「カスハラ防止指針」では、「次の3つをすべて満たす場合にカスハラが成立する」と定義しています。

  • 顧客、取引の相手方、施設の利用者その他会社の事業に関係を有する者が、
  • 社会通念上許容される範囲を超えた言動により、
  • 社員の就業環境を害すること

では、具体的にどのような言動がカスハラになり得るのか。図表2を見てください。

(図表2)【カスハラになる可能性がある言動の例】

イ 言動の「内容」が許容範囲を超えるもの
①要求に理由がない・無関係な要求
①要求に理由がない・無関係な要求
性的な要求、プライバシーに関わる要求、商品・サービスと無関係な要求など

②契約を著しく超えるサービスの要求
②契約を著しく超えるサービスの要求
契約内容を著しく超えたサービスの提供を要求すること

③対応が著しく困難・不可能な要求
③対応が著しく困難・不可能な要求
契約金額の著しい減額など、対応が著しく困難または不可能な要求

④不当な損害賠償要求
④不当な損害賠償要求
商品・サービスと無関係な不当な損害賠償を要求すること

ロ 言動の「手段・態様」が許容範囲を超えるもの
①身体的な攻撃
①身体的な攻撃
殴る・蹴る・叩くなどの暴行、物を投げつける、わざとぶつかるなど

②精神的な攻撃
②精神的な攻撃
脅迫・暴言・土下座の強要・盗撮・SNSへの投稿をほのめかすなど

③威圧的な言動
③威圧的な言動
大声で威圧する、必要以上に距離を詰める、反社会的な言動など

④継続的・執拗な言動
④継続的・執拗な言動
同じ質問を執拗に繰り返す、揚げ足取り、同じメールを繰り返し送るなど

⑤拘束的な言動
⑤拘束的な言動
長時間の居座りや電話で社員を拘束すること

(出所:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」「カスハラ防止指針」を基に作成)

カスハラ防止指針によると、カスハラは図表2の通り、

  • 言動の「内容」が許容範囲を超えるもの
  • 言動の「手段・態様」が許容範囲を超えるもの

に大別されます。暴力・暴言、土下座の強要、長時間の居座り、SNSへの書き込みをちらつかせた脅しなどは、カスハラに該当し得る典型的な言動です。これらは法的には、

民法の「不法行為」(故意・過失によって他人の権利や法律上の利益を侵害する行為)

に該当する可能性があります。また、言動の内容によっては、刑法(傷害罪、脅迫罪、強要罪、名誉毀損罪、不退去罪など)や軽犯罪法が適用されることもあります。

逆に図表2のような言動に当たらない(言動の「内容」「手段・態様」に問題がない)場合、カスハラではなく正当なクレームということになります。カスハラ対策は「理不尽な要求から社員を守る」ためのものですから、正当なクレームには真摯に対応しなければなりません。

顧客等の言動について、社員が安易に「それ、カスハラですよね?」と発言してしまってトラブルになるケースもある

ので注意しましょう。このあたりの考え方については、こちらのコンテンツが参考になります。

なお、カスハラの対象となる「顧客等」の範囲は意外と広く、対面での顧客だけでなく、取引先の担当者、施設の近隣住民、電話やSNS上でのやり取りも含まれます。「うちは対面販売がないから関係ない」とはなりません。

3 鉄則2 類型別に「うちの対応方針」を事前に決めておく

冒頭で紹介した通り、今回の法改正では、カスハラを防止するために

  • 方針の明確化・周知啓発
  • 相談体制の整備
  • 事後の迅速かつ適切な対応
  • カスハラ抑止のための措置
  • その他の措置

を実施しなければなりません。基本的な対応は、社内のハラスメント(パワハラやセクハラ)の防止措置と同じですから粛々と進めましょう。ただ、事業主の方針等や相談窓口の設置はもちろん大切ですが、それ以上に社員が気にしているのは、

いざ現場でカスハラが起きたとき、どう対応すればいいのか

でしょう。前章で紹介した通り、カスハラにはいくつかの類型があるので、類型ごとの対応方針をあらかじめ決めておくことが重要です。

(図表3)【カスハラの類型に応じた対応方針の例】

イ 言動の「内容」が許容範囲を超えるもの
①要求に理由がない・無関係な要求
①要求に理由がない・無関係な要求
要求の根拠と商品・サービスとの関係を確認する。無関係な要求には「対応しかねます」と毅然と断り、同じ説明を繰り返さない。上司が対応を引き継ぎ、書面で回答する方法も有効。

②契約を著しく超えるサービスの要求
②契約を著しく超えるサービスの要求
契約書・約款・規程を根拠に提供範囲を明示し、「できかねます」と伝える。繰り返し要求される場合は複数名で対応し、最終回答を書面で通知することを検討する。

③対応が著しく困難・不可能な要求
③対応が著しく困難・不可能な要求
根拠を示して明確に断る。過大な値引き・返金要求は応じない旨を伝え、上司が対応を引き継ぐ。要求内容を記録・保存し、必要に応じて顧問弁護士や外部機関に相談する。

④不当な損害賠償要求
④不当な損害賠償要求
要求の根拠を確認し、商品・サービスと無関係な損害賠償には応じない。金額が大きい場合や法的手続きを示唆される場合は、速やかに顧問弁護士・外部機関に相談する。

ロ 言動の「手段・態様」が許容範囲を超えるもの
①身体的な攻撃
①身体的な攻撃
複数名で対応し、安全な場所に移動する。状況に応じて即座に警察(110番)へ通報する。被害状況を記録・保存し、被害を受けた従業員の心身のケアを最優先する。

②精神的な攻撃
②精神的な攻撃
上司が対応を引き継ぎ、一人で対峙させない。土下座要求には絶対に応じない。脅迫・SNS投稿のほのめかしは内容を記録・保全し、必要に応じて警察・弁護士に相談する。

③威圧的な言動
③威圧的な言動
複数名で対応し、冷静に「そのような言い方はお控えください」と伝える。改善しない場合は「対応を一時中断します」と告げて距離を置く。やり取りの内容を記録する。

④継続的・執拗な言動
④継続的・執拗な言動
「すでに回答済みです」と繰り返し伝える。電話は一定時間経過後に「本日の対応はここまでです」と告げて終了できる旨を社内ルールとして定め、着信拒否等の措置も検討する。

⑤拘束的な言動
⑤拘束的な言動
最初に「対応時間は○分です」と伝え、時間を区切って対応する。退去しない場合は「退去をお願いします」と毅然と告げ、応じなければ警察への通報を行う。

(出所:厚生労働省「カスハラ防止指針」「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を基に作成)

類型によって対応の中身がかなり異なります。例えば暴力など身体的な攻撃は複数名で対応しつつ即座に警察に通報しますが、土下座の強要は上司が対応を引き継いで要求に一切応じない、執拗な電話は一定時間経過後に電話を切ることを毅然と伝える、といった具合です。

また、カスハラ特有の防止措置(義務)の内容として、会社には

特に悪質なカスハラへの抑止措置を講じる

ことが義務付けられます。繰り返し悪質な行為を行う相手に対しては、警告文の発出、商品・サービスの提供拒否、店舗への出入り禁止といった対処方針をあらかじめ定め、社員に周知しておく必要があります。

なお、図表3はあくまで大枠の方針です。実際の対応は、

  • カスハラが初めて行われたのか、繰り返し行われているのか(初めての場合、内容によっては注意だけで済ませることも検討)
  • 対応した社員に落ち度はなかったのか(正当なクレームに対する社員の対応不備が原因でトラブルが拡大した場合には、事実関係を確認した上で、会社として必要な説明や謝罪を行うことも検討)

なども考慮して慎重に判断します。

そのためには、カスハラ対応における社内の役割分担を明確にする必要があります。次章以降で見ていきましょう。

4 鉄則3 社員は事実を正確に会社に報告する

顧客等から電話や対面などで会社に対してクレームがあった場合、まずは窓口の社員が初期対応に当たります。ここで社員に求められるのは、

顧客等を不用意に刺激しないよう注意しつつ、会社が顧客等への対応を検討するために必要な情報を集めること

です。ポイントは次の2つです。

  • 限定的な謝罪:不快感を与えたことについてだけ謝罪する
  • 事実の把握:顧客等の要求の内容や問題が発生した経緯を正確に把握する

1.では、顧客等に対し、「このたびは不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません」など、不快感を与えたことだけを謝ります。正確に状況が把握できていない段階では、不用意に会社の非を認めたり、相手の要求に応じたりするべきではありません。

2.では、顧客等の住所・名前・連絡先などを確認した上で、話を一通り聞き、要求の内容や問題が発生した経緯を確認します。事実を正確に把握するため、必要に応じて会話を録音するなどして証拠に残します。また、現場対応は1人で行わず、可能な限り複数名で対応するのがよいでしょう。

1.と2.が完了したら、社員は顧客等から確認した情報を上司に報告し、今後の対応について相談します。ただし、身体的な攻撃や性的な言動を受けたなど緊急性が高いときは、1.と2.の状況に関係なく、即座に上司に報告します。

5 鉄則4 上司または経営者が具体的な対応を決める

カスハラに関する社内対応の流れは次の通りです。

カスハラに関する社内対応の流れ

上司は社員から、顧客等の要求の内容や問題が発生した経緯について話を聞き、

カスハラであれば、その内容に基づいて顧客等への具体的な対応を決定

します。ただし、

  • 顧客等が重要な取引先である
  • 弁護士、警察などに相談すべき案件である(訴訟手続が必要、犯罪行為に当たるなど)

などといった場合は、必要に応じて経営者が判断します。詳細が決まったら、状況に応じて適切な人が対応します。顧客等が取引先(会社)の場合は、社内にハラスメント相談窓口があるでしょうから、必要に応じて窓口担当者とも連携しましょう。

なお、社員がすでにカスハラによって精神的ショックを受けている場合、顧客等から引き離す、医師による面談を実施するといった措置も併せて検討します。

この他、上司または経営者が具体的な対応を決定したり、社員が前述の初期対応を行ったりする上で支障がないよう、定期的に社内で対応ルールの教育・研修を実施するとよいでしょう。

以上(2026年6月更新)
(監修 弁護士 坂東利国)

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画像:ChatGPT

経営のヒントとなる言葉(津田梅子)

「高い志と熱意を持ち、少数だけでなく、より多くの人々との共感を持てれば、どんなに弱い者でも事を成し遂げることができるでしょう」(*)

出所:「英語で味わう名言集 心に響く古今東西200の言葉 NHKギフト~E名言の世界~」(NHK出版)

冒頭の言葉は、

「たとえどんなに困難なことであっても、高い志と熱意を持ち続け、周囲の協力を得ることができれば成し遂げられる」

ということを表しています。

明治維新(1868年)から間もない1871年、明治新政府は、不平等条約の改正に向けた予備交渉と、欧米各国の国家制度や産業技術などの視察を目的として、岩倉具視(いわくらともみ)氏、木戸孝允(きどたかよし)氏、大久保利通(おおくぼとしみち)氏、伊藤博文(いとうひろぶみ)氏など、政府の要人から結成された岩倉使節団を米国および欧州へ派遣しました。

この一団の中に、わずか6歳の津田氏も留学生として含まれていました。これは、当時、明治新政府の重職を務めていた黒田清隆(くろだきよたか)氏の提案によるものです。黒田氏は、日本における女性の教育を充実させるべく、人材を育成することを目的として津田氏をはじめとする5名の女性を海外に留学させたのです。

米国に渡った津田氏は、ワシントンで11年間におよぶ教育を受けました。そして、1882年、自身が学んだ学問を日本で生かそうと希望に燃えて帰国の途に就きました。

ところが、帰国後、津田氏は日本における女性の地位の低さを知り、大きな衝撃を受けました。当時、日本の社会は男性が中心であり、女性が活躍する場はごく一部に限られていたのです。

1885年、華族女学校(現学習院女子中・高等科)が設立されると、津田氏は教師として同校に招かれます。その後、再び米国に留学することを決意し、華族女学校に在官のまま米国のブリンマー大学に留学し、生物学を専攻して優秀な成績を収めました。そのかたわら、津田氏は知人を手伝って日本の女性についての研究に取り組むこととなりますが、このことがきっかけで女性の教育に大きな関心を持ち、女性のための教育機関の設立を志すようになりました。

その後、津田氏は女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)の教授も兼任することとなりますが、1898年には米国で開催された万国婦人連合大会で、日本代表として女性の地位向上における教育の重要性についての演説を行うなど、女性の地位向上と自立の実現に向けた強い思いを抱き続けていました。

そして、1900年、志を同じくする人々の協力を得て、女子英学塾を設立しました。同塾で、津田氏は女性の自立の手段として英語と英文学の学習に力を入れると同時に、専門知識のみにとらわれない広い視野を持つ女性である「all-round women」の精神を説きました。当初はわずか10名の生徒でスタートした女子英学塾は、高い理想による教育が人々の評価を得て次第に規模が大きくなり、後に日本を代表する女子大学となって多くの人材を輩出することとなります。

津田氏が女子英学塾の設立を決意して教職を辞した際、無謀であるとして心配する人もいました。しかし、津田氏は自身の理想を実現するべく、熱意を持って学校設立に向けた一歩を踏み出しました。女子英学塾設立の式辞の中で、教育に必要なものとして次のものを挙げています。

「それは一口に申せば、教師の資格と熱心とそれに学生の研究心であります」(**)

明治時代、女性の地位は男性に比べて低く、「女性が高等教育を受ける必要はない」とされていました。こうした中、津田氏は高い理想を持ち、日本における女性の地位向上と自立の実現を果たすべく、女性のための学校設立を決断しました。そしてその理想と熱意は多くの人々に伝わり、女子英学塾の設立となって結実しました。

目標への道しるべとなる高い理想と、そこにたどりつくエネルギーとなる強い熱意、そして多くの人々の協力。これらがそろうことで、大事を成し遂げることができるのです。

【本文脚注】

注)本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

津田梅子(1864~1929)。東京生まれ。1871年、岩倉使節団に同行し米国へ留学。1900年、女子英学塾(現津田塾大学)を創設。

【参考文献】

(*)「英語で味わう名言集 心に響く古今東西200の言葉 NHKギフト~E名言の世界~」(ロジャー・パルバース、NHK出版、2011年3月)

(**)「津田塾大学ウェブサイト」(津田塾大学)

「津田梅子」(山崎孝子、吉川弘文館、1988年6月)

「津田梅子 六歳でアメリカに留学した女子教育のパイオニア」(津田塾大学津田梅子資料室(監修)、みやぞえ郁雄(まんが)、菅谷淳夫(シナリオ)、小学館、1997年11月)

以上(2026年6月更新)

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画像:日本情報マート

ヒント10[職場2]:あなたの職場にはどんな“希望”がありますか?/武田斉紀の『人が辞めない会社、10のヒント』(11)

1 ”ウェルカムな職場”とは、新しい人材への期待を伝える環境づくり

今シリーズの狙いは、経営者、人事担当者、現場の皆さんのお悩みである「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」という課題を解決することです。『人が辞めない会社、10のヒント』と題して、毎回1つずつご紹介してきました。

『人が辞めない会社』に変わるための課題、その原因と解決策は会社によってさまざまです。

今回ご提示するヒントが皆さんの抱える原因に明らかに当てはまらない場合は、読み飛ばしてくださって結構です。ですが、ヒントの1~9までが該当しなくても、10が当てはまるかもしれません。

全社共通の原因もあれば、部署ごとの固有の原因も存在することでしょう。原因が1つだけというケースは少ないので、何回分か読んでいただければ「これはうちにも当てはまるな」というものを見つけていただけるのではと思います。

『人が辞めない会社』に変わるために、前回の第10回では、「”ウェルカムな職場”は人が辞めない」、というお話をしました。

前々回の第9回では、

人は「自分は今の仕事で大事な戦力なのだ」と思えれば簡単には辞めない、というお話をしました。

本人が仕事を通して十分な「仕事の手応え」や「仕事を通した貢献や成長」を感じられている間は、もっとここで頑張りたい、もっとここで役に立ちたいと思えるということでした。

“ウェルカムな職場”とは、働く人が「自分は今の仕事で大事な戦力なのだ」と感じられるための”環境づくり”です。

新たに入社した人材を戦力化していくためには、上司と部下、教育係の先輩との関係といった1対1が基本ですが、仕事はそれらの人とだけ進めるものでもありません。

同僚もそうですし、本部スタッフや関連する部署の人、上司の上司、幹部や社長、同期やメンターも含めて社内だけでもさまざまな人との接点があります。

さらには人と人との関係だけでなく、会社の用意する職場環境、設備や教育制度、待遇、福利厚生等の制度なども含めた全てが”働く環境”といえるでしょう。

新たな人材は、それらの中でさまざまな影響を受けながら新たな仕事を覚え、戦力となっていくのです。

その際に、「自分は今の仕事で大事な戦力なのだ」と思えるかどうか。それを左右するカギが、本人が”ウェルカムな職場”と感じられるかどうかなのです。

中小企業の皆さんの中には、「うちは新しい人材に対して社長から現場まで”ウェルカムな職場”であることには自信があるけれど、職場環境や教育、待遇や福利厚生制度までと言われたら、大手に比べて予算もないし自信がないなあ」という方もいるかもしれません。

確かに各種待遇や制度など、人以外の環境の影響は小さくないので、予算は投資と考えて上限を目指していただきたい。とはいえ大手に比べれば限りはあるでしょう。その中で工夫していくしかありません。

現場の声をよく聞いた上で、限られた予算の中でアイデアを活かしたユニークな制度を作る。要望に合わせて制度を常に見直し、一人ひとりの要望に対して細やかに対応する。組織が小さい分、人と人との関係をより重視したサポート体制を作る。これらは中小だからこそできる強みといえます。

新しい人材も、入社時点で会社の規模から予算の限界もある程度は理解しているはずです。その予想を上回って、人材への期待をさまざまな工夫や努力で、”ウェルカムな職場”を体現できているかどうかが大事なのです。

もう一つ。前回触れましたが、「ウェルカム」は「甘い」のではない、互いが”プロ”を求めるという点も忘れてはいけません。

「期待する」ことと「甘やかす」ことは、全く異なります。互いの成長と会社の発展のためにも、「一日も早く戦力になってもらい、同じ”プロ”として一緒にいい仕事をする」ことを、諦めることなく目指していきましょう。

2 ”希望”=”未来(将来)への期待”は、一人ひとり異なり、変化もする

さて、『人が辞めない会社、10のヒント』の最後の1つも前回同様、[組織]についてのヒントです。今回は、「あなたの職場にはどんな”希望”がありますか?」というお話です。

“希望”は、”未来(将来)への期待”とも言い換えられるでしょう。それは従業員一人ひとり異なります。また、何かのきっかけで変化することもあるものです。

未来のイメージが既にある人にとっては、「自分はこんな感じで努力していけば、自分が目指すこんな姿になれそうだ」と思えることが”希望”です。

未来のイメージが具体的になっていない人にとっては、「自分は将来、こんな感じやこんな感じになれるかもしれない。それは自分にとってきっと幸せに違いない」と思えることが”希望”です。

しかも、未来のイメージは、一人の中でも何かのきっかけで変化することがあります。何らかの刺激を受けて、興味関心の方向性が変わる。プライベートな事情、例えば結婚・出産・育児、親の介護や本人の体調などの変化によって、なりたい未来のイメージが変わる。あるいは見えなくなる。

読者の皆さん自身も想像がつくでしょう。人生は長い。そして仕事は、寝ている時間を除けば一日の半分くらいを占める存在です。

「現在の職場における”希望”=”未来(将来)への期待”は一人ひとり異なり、変化もする」という前提で、”希望”が感じられなくなれば、人は辞めたくなる」。とすれば、会社として、職場として、上司としてどんな対策を打てばいいでしょうか。

3 定期的な1on1ミーティングの場を活かして、一人ひとりの”希望”を把握する

何度も触れているように、”希望” は従業員一人ひとり異なります。かなり個人的な思いであり、他のメンバーもいるミーティングや飲み会の場で、大っぴらに話せる人はほとんどいません。

サシ飲みのほうが話しやすいメンバーもいるでしょうが、しょっちゅう設定できるわけでもありません。それに酩酊した状態での話がどこまで本当か分かりません。飲み会が前提というのも時代にそぐわないでしょう。人数にもよりますが、時間も費用もかかりますし、上司の負担も大きすぎます。

最もメンバーが話しやすく定期的に機会を持ちやすいのは、やはり1on1ミーティングの場ではないでしょうか。予め目的などを明確にして共有し、互いに準備さえしていれば、1人当たり30分あれば十分です。

1on1ミーティングは、英語にするとお堅い制度のようにも聞こえますが、要は上司と部下が1対1で話し合うことです。既に導入されている会社も増えているでしょう。まだやったことがないという会社でも、上司がやると決めれば部署単位で実施できる気軽さがあります。

気軽さの反面、ただ定期的に「1対1で話そう」というのでは、ただの井戸端会議に過ぎません。近況を共有するというメリットがないわけではありませんが、部下の側は、話して何かが解決できたといった手応えがないと、次第に形骸化していきます。忙しい人ほど、1on1の時間が苦痛にさえ感じるようになります。

有効な1on1ミーティングの実施方法について、ここでは詳細は割愛します。

ポイントを2つだけ申し上げると、1つ目は、「話し合う目的とゴール(目標)」をあらかじめ共有しておくことです。

1on1ミーティングで話し合うべき目的には、いくつかあります。大きく分けると次の4つでしょうか。

1)短期:モチベーション支援 …日常の悩み解決・環境づくり

2)中期:目標設定/達成支援/振り返り(評価フィードバック含む)

3)長期:キャリアプランに基づく部下の育成

4)上記を通した退職防止、エンゲージメント向上

今回お話ししている目的は、3)と4)に当たります。本人がなりたい”希望”=”未来(将来)への期待”に対して、具体的なキャリアプランを一緒に考え、その実現を支援していくのです。

実施タイミングとしては、3)単独であれば、「半年あるいは1年に1度くらい、後は本人からの自己申告」でいいでしょう。長期的なテーマだけに、そうコロコロと中身が変わるものでもないからです。

1)や2)を前提に実施するのであれば、予め目的の一つに3)も入れておいて最後に確認するでもいいでしょう。そこで変化がありそうであれば、別途3)単独の1on1の場を設ければいいのです。

4 1on1の目的を共有するとともに、互いに事前準備を怠らない

ポイントの2つ目は、「互いに事前準備を怠らない」ことです。

メンバー本人が準備することは言うまでもありません。自身のこの会社での”希望”=”未来(将来)への期待”を具体的にしておくこと。具体的なキャリアプランにまで落とし込めていれば、申し分ありません。

しかしながら、人によっては”希望”がまだ漠然としている人もいます。また自社にはどんなキャリアプランや教育制度、資格取得支援制度などがあるのか知らない人もいます。

上司としては、3)を目的に1on1をやろうとメンバーに伝えた時点で、次のような要望を出しておきましょう。

〇この会社での、「自身の今後に向けた”希望”=”未来(将来)への期待”」を具体的に描いてみてください。

〇それを実現するために自社に「どんなキャリアプランや制度があるか」自分で調べてみてください。 ※どこに情報があるか知らなければそれを伝える。

〇「自身の”希望”を実現するために、どんなキャリアプランや制度を利用すれば可能そうか」をシミュレーションしてみてください。

もしも本人が「そんなこと今までちゃんと考えたこともないし、考えられるか自信がない」といった反応であれば、こう伝えましょう。

「将来のことはまだ十分にイメージできないかもしれませんね。でもこれはあなた自身の問題であなたがどうなりたいかなので、私には分かりません。イメージだけでもいいので教えてください。私はそれを実現できるように全力で応援しますので。まずは良い機会と思って考えてみてください」

さて、一方で上司の準備も怠りなく。上司としては予めどんな準備をしておけばいいでしょうか。

5 会社と上司は、部下が未来の”希望”をイメージできるように支援する

そのメンバーの”希望”=”未来(将来)への期待”を事前に何となくでも知っていれば、この会社で実現可能な方法を考えておきましょう。

過去に実績のある、あるいは実績はなくとも可能性のあるキャリアプランをシミュレーションしてみる。実現可能性を高める最新の教育制度、資格取得支援制度などを熟知しておく。あるいは、関連部署の人員状況を把握して異動の可能性を調べておく。その場合に、自部署のその後の体制と準備(後輩の育成など)をイメージしておくなど。

本人のイメージに近い良いロールモデル(お手本となるような先輩の事例)があればベストですが、なければ今回を新たなロールモデルづくりのチャンスと考えて支援しましょう。後に続く人たちにも道が開けます。

個人のキャリアプランと同時に、会社の成長のための最適な人員配置も重要です。しかしながら、会社の都合を優先ばかりしていると、個々の従業員は”希望”を失い退職してしまうかもしれません。それではWin-Winどころか全てが台無しになってしまいます。

会社の成長のための人員配置も見据えながら、いかに個々のキャリアプランを実現して成長させていけるかが上司の腕の見せ所と心得ましょう。

例えば、本人に能力に見合った強い異動希望があれば止められません。会社都合で止めてしまったら、”希望”を失い転職してしまうでしょう。ならば、上司としては異動実現に向けて奔走しながら、同時にその後の自部署の体制作りに取り掛かるべきでしょう。

社内のさまざまなキャリアプランの実績や可能性、教育制度、資格取得支援制度などを熟知しておくことは、未来のイメージが具体的になっていないメンバーにとっても有効です。

最初の1on1の場で、各メンバーからどんな “希望”=”未来(将来)への期待”が出てくるか分かりません。もちろんその場で答えられなければ、宿題としてもう一度1on1を持って本人に何ができそうか、上司として何ができそうかを伝えてもいいですが、あらゆる可能性に対して話せる準備はしておくべきです。

中には本人がイメージしていても、未だ実績がない、実現できそうな制度が現時点ではないというケースもあるでしょう。でもその人材を万が一失うくらいなら、新たな実績を作るなり、新たな制度を人事や経営に働きかけて新設することも考えられます。

いくら過去の常識を見直してみても、現状ではメンバーの全ての希望を実現できないこともあるでしょう。大切なのは、会社や上司がその人材を失いたくない、この会社で成長してほしいと本気で願うのであれば、できる限り寄り添い、尽力する姿を見せることです。

今の職場で、未来に向けた個々の”希望”が実現できるイメージがあれば、人は辞めない。従業員一人ひとりが、「自分は将来、こんな感じやこんな感じになれるかもしれない。それは自分にとってきっと幸せなことに違いない」と思えているでしょうか。

あなたの職場にはどんな”希望”がありますか?

第11回を最後までお読みいただきありがとうございました。

今シリーズでは『人が辞めない会社、10のヒント』をご紹介してきました。10のヒントの中に、みなさんの会社や職場にとっての『人が辞めない会社』に変わるための課題、その原因と解決策は見つかったでしょうか。

次回の最終回は、10のヒントを振り返り整理しながら、改めて皆さんのお悩みである「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」という課題の解決について考えてみたいと思います。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mailto:brightinfo@brightside.co.jp
https://www.brightside.co.jp/

※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』
https://amzn.asia/d/e8GZwTB
『なぜ社長の話はわかりにくいのか』
https://amzn.asia/d/8YUKdlx

以上(2026年5月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)

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【事業承継】「事業承継計画書」を作成して計画的に進める

1 「事業承継計画書」とは?

事業承継計画書とは、

文字通り、事業承継をどのように進めていくのかをまとめた計画

です。事業承継は中長期の取り組みで、今の経営者が事業承継を意識してから後継者の承諾を得るまで3年以上、そこから事業承継完了までに3年以上の時間を費やす会社が多いようです。

事業承継を意識してから後継者の承諾を得るまでの時間

後継者の承諾を得てから事業承継完了までに必要な時間

事業承継を円滑に進めるためには、関係者の共通認識となる計画書があったほうがよいわけで、実際に後継者や従業員、銀行に事業承継計画を共有することが珍しくありません。また、「事業承継税制」や「事業承継特別保証」を利用する際も事業承継計画書が必要です。

この記事では、中小機構(中小企業基盤整備機構)のウェブサイトで紹介されているものを基本に、事業承継計画書に記載するとよい内容をまとめます。

2 ガイドラインにある「事業承継計画書」の様式

記入例付きで、「事業承継計画書」の様式を紹介します。空欄の様式は、中小機構のウェブサイトからエクセル形式のファイルをダウンロードすることができます。

■中小機構「中小企業経営者のための事業承継対策」■
https://www.smrj.go.jp/tool/supporter/succession1/

事業承継計画書の例

これを基本として、不足している情報は各社の実情に応じて追加していきます。追加したほうがよい情報の例を次章で紹介します。

3 「事業承継計画書」に追加したほうがよい情報

1)経営ストーリー

経営者がどのような思いで、何を最も大事にして会社を経営してきたのかを言語化し、テキストにまとめたり、動画を撮ったりします。事業内容は事業承継を機に変わるかもしれませんが、経営に対する思いの根本は受け継がれなければならないからです。

事業承継に当たり、現経営者と後継者はこうした話を何度もすることになりますが、後に後継者が振り返れるようにしておきます。

2)社内の関係者

事業承継に関わる関係者をまとめます。例えば、2人兄弟で長男を後継者とする場合、次男をどのようなポジションにする予定なのかについても明記します。平等にしようと兄弟の持株比率を同じにするのは好ましくなく、長男を後継者にするのであれば、長男に集中させます。

また、古参社員についてもリスト化します。事業承継に賛成の者も反対の者もいるはずであり、事業承継後の体制を安定させる上で重要な情報となります。

3)社外の関係者

社内の関係者と同様に、社外の関係者もまとめます。取引先、顧客、顧問契約をしている士業(税理士など)、銀行の担当者などとなります。また、現経営者が参加している交流会などに後継者も参加させるつもりなら、その主要メンバーもリスト化しましょう。

4)自社の経営環境

現経営者が分析する経営環境をまとめます。具体的には、自社が成長する機会や強み、逆に成長を阻む脅威や弱み、業界自体のライフサイクルなどとなります。事業承継後は後継者の見立てでビジネスを進めることになりますが、後継者としても現経営者がどのように考えていたのかは知りたいはずです。

5)社内の有資格者、許認可

会社経営に必要な社内の有資格者や許認可の状況も整理しておきましょう。後継者が自社の強みを把握するきっかけになりますし、資格更新などの抜け漏れを防ぐためでもあります。

4 中期経営計画との整合性

事業承継計画書は作ったら終わりというわけではありません。事業承継計画書は中期経営計画の一部として遂行されるものなので、収益計画などと整合性が取れていなければなりません。そうでなければ、事業承継計画書の関係者も納得できないでしょう。

また、中期経営計画は実績に応じて見直すこともあります。そうした際は事業承継計画書も確認し、必要に応じてこちらも見直さなければなりません。仮に自社株の評価が変わるような大きな業績の変化があったとすれば、それによって「資産の承継」の方針が変わってくることもあるからです。

以上(2026年7月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

事業承継で見落とされる“人”の問題~人と制度の引き継ぎ実務~

日本企業の 99%は中小企業といわれていますが、経営者の高齢化と後継者不足が課題となっており、円滑な事業承継が求められます。企業を支えるのは「人」であり、「人」の承継は極めて重要となります。いったん問題が生じると、労働者の退職、コンプライアンス問題の顕在化によるレピュテーションリスクが生じるなど、事業価値を毀損し、回復が困難なケースもあります。

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熱中症による労働災害と企業の法的責任~改正労働安全衛生規則を踏まえた実務対応~

年々、平均気温が上昇し、夏の猛暑が常態化して、誰もが熱中症になるリスクを抱えるようになっています。企業にとって、死傷者をださずに良好な就労環境を確保することは責務であり、死傷者の発生はリスクになります。現在の気候状況等を踏まえると、今後、ますます職場における熱中症対策は重要になることでしょう。

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離職のピークは 8 月! なぜ優秀な社員が突然辞めるのか? 離職のサインとは

「令和5年雇用動向調査結果の概況」で、転職入職者が前職を辞めた具体的な理由をみると、自身の頑張りや熱意が会社に正しく伝わっていないことが退職者を生む要因と考えられます。人間関係や労働条件など、職場の現状を振り返って、従業員が定着する組織について考えてみましょう。

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中東情勢・原油高の影響に対応 特別相談窓口・融資・価格転嫁支援等の紹介

昨今の中東情勢の不安定化や原油価格の高騰などにより、多くの中小企業や小規模事業者等に影響が広がっています。こうした状況を受け、政府は、経営や資金繰りに不安を抱える事業者に向けて支援措置を実施しています。

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