未来を憂うのは、止めなさい。いま現在に真向かっているのと同じ気持ちで、未来に対処すればよいのだ
マルクス・アウレリウス・アントニヌスは、第16代のローマ帝国皇帝です。いわゆる「五賢帝」の最後の1人でもあり、帝国が最も安定と繁栄を誇った時代「パックス・ロマーナ」の、まさに終わりを生きた人物でもあります。理性によって感情を律することを信条とするストア哲学を深く学び、「哲人皇帝」とも呼ばれていました。
冒頭の言葉は、彼が書き溜めた内省の記録『自省録』に残されたものです。誰かへの発信を意図して書かれたものではなく、自らに語りかけるように綴られたいわゆる日記ですが、今では世界中で読み継がれる名著になっています。
さて、そんなマルクス帝の皇帝としての人生は、危機対応の連続でした。パルティアとの長期戦争、さらにはパンデミックで多くのローマ市民を失い、やがてゲルマン諸族の侵攻まで受け——マルクス帝は在位期間のほとんどを、哲学の場とはかけ離れた戦場で過ごしていました。
しかし、どれだけ過酷な状況に置かれても、マルクス帝は、あることをずっと続けていました。それは「毎夜今日の自分と向き合い、内省を言葉に記すこと」。『自省録』も、彼が前線に出ていた際に、野営テントで書かれたものだといわれています。同書には「時々、憩いの場である哲学に戻ることができるからこそ、政治生活に我慢できる」とも書かれています。嵐のような現実の中で、もう1人の自分と静かに対話することで、彼は自分自身を支えていたのかもしれません。
マルクス帝はトラブルの連続の中でも、日々「今日できること」を実践し続けました。帝国の財政が逼迫する中でも、教育施設への資金援助や貧民救済などに財を投じていたのがその一例です。戦争と疫病に苛まれる時代のなかにあっても、ローマ市民は、市井の声に耳を傾けるマルクス帝を、篤く信頼していたそうです。
経営者もマルクス帝と同じように、前線に立ち続けています。課題が山積みになり、先の見えない局面で、頭を悩ませることも少なくないでしょう。不確実性の中で、思考はついつい「まだ来ていない未来への不安」へと引っ張られてしまいます。「あの判断は正しかったのか」「この先、業績は持つのか」。未来への不安が頭を占領するとき、人は今日すべき判断と行動を見失いがちです。
そんなときこそ、マルクス帝にならって、自省の時間を持つことが大切です。「今日、自分が全力を注ぐべきことは何か」と。
未来を変えられるのは、今日の判断と行動だけです。どれほど不確実な状況に置かれていても、その事実が変わることはありません。日々の自省によって今日の優先順位を明確にし、今日に全力を注ぐ。マルクス帝が、極限の戦場でも決して内省を手放さなかったように、経営者が今日の自分と向き合い続ける習慣こそが、やがて組織の未来を支える力の源泉になっていくはずです。
出典:「月刊致知 特集 『自反尽己』」(池田雅之著、致知出版社、2017年10月)
以上(2026年8月作成)
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