目次
1 社会保険の適用拡大……いよいよ全ての会社が対象に?
「社会保険の適用拡大」とは、社会保険(健康保険と厚生年金保険)の被保険者となるパート等の範囲が拡大されることです。ここでいう「パート等」とは、
週の所定労働時間または月の所定労働日数が、正社員の4分の3未満の短時間労働者
のことです。本来、パート等は社会保険の適用対象外ですが、会社が厚生年金の被保険者数について一定の要件を満たし、さらにパート等が労働時間や賃金について一定の要件を満たすと、社会保険に強制加入となります。
具体的には、会社とパート等が図表の1.から5.までの要件を全て満たすと、パート等が社会保険に加入するルールになっています。

2026年10月からは、「3.賃金」について
月額8万8000円以上(いわゆる「106万円の壁」)という要件が撤廃
されます。

また、2027年10月からは、「1.厚生年金保険の被保険者数」について、
被保険者数が常時35人超の会社が対象になり、以後段階的に縮小・撤廃され、2035年10月以降は全ての会社が対象
になります。

経営者が気になっているのは、パート等が社会保険の被保険者になることで、
- 社会保険料の負担(法定福利費)はいくら増えるのか?
- 実務上、会社がすべきことは何か?
だと思います。以降でそれぞれ解説するので、確認していきましょう。
2 (2026年10月)「106万円の壁」が撤廃された後の社会保険料負担は?
1)まずは条件を設定しよう
2026年10月からは、社会保険の適用対象となる要件のうち「3.賃金」(月額8万8000円以上、いわゆる「106万円の壁」)が撤廃されます。この影響が特に大きいのが、最低賃金の低い地域です。ここでは、全国的に最低賃金が低い水準にある沖縄県の会社を例に、条件を次のように設定してみましょう。社会保険料は、協会けんぽの「令和8年度保険料額表(沖縄県)」を用いて計算します。
1.厚生年金保険の被保険者数:51人
2.週の所定労働時間:20時間(1日4時間×週5日勤務)
3.1カ月当たりの賃金:8万6400円(時給1080円×週20時間×4週)
4.勤務期間の見込み:継続して2カ月を超えて使用される見込み
5.適用除外:学生でない
なお、時給については、沖縄県の地域別最低賃金(2026年10~12月に発効予定)が1079円となる見込みであること(厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」)から、1080円で設定しています。
2)会社の毎月の負担は、パート等1人につき最低でも1万2307円増える
社会保険料は、健康保険料と厚生年金保険料に分かれていて、それぞれ、
標準報酬月額(月例賃金を一定の金額幅で等級別に区分したもの)×保険料率
で計算した額を、会社とパート等が折半して負担します。なお、健康保険料率はパート等が40歳未満の場合と、40歳以上65歳未満の場合とで異なります。1)の条件の場合、
- 標準報酬月額:8万8000円
- 健康保険料率:9.44%(40歳未満の場合)、11.06%(40歳以上65歳未満の場合)
- 子ども・子育て支援金:0.23%
- 厚生年金保険料率:18.3%
となり、会社とパート等の社会保険料の負担は次のようになります。

図表4の場合、パート等が社会保険に加入することで、会社の負担はパート等1人につき
月額1万2307円(1万3019円)、年額に換算すると14万7684円(15万6228円)増える
ことになります。
資格取得時の標準報酬月額は、基本給や時給分だけでなく、通勤手当や毎月ほぼ確実に発生する残業代の見込み額なども含めて算定します。「時給×所定労働時間では8万8000円未満だから等級が低いはず」と思っていても、通勤手当を加えると1つ上の等級になり、会社負担が想定より増えるケースがあります。試算の際は、賃金台帳ベースの支給総額で確認しましょう。
なお、家族の扶養に入れるかどうかを判定する被扶養者認定の基準(年収130万円未満、いわゆる「130万円の壁」)は別の制度で、こちらは残ります。適用拡大の対象外の会社で働くパート等には引き続き130万円の壁が関係するため、パート等への説明時に2つの「壁」を混同しないよう注意しましょう。
3 (2027年10月)常時36人以上の会社が適用対象となった場合の社会保険料負担は?
1)まずは条件を設定しよう
2027年10月からは、社会保険の適用対象となる要件のうち「1.厚生年金保険の被保険者数」について、被保険者数が常時36人以上の会社が新たに対象になります。ここでは、これまで対象外だった被保険者数36人の東京都内の会社を例に、条件を次のように設定してみましょう。社会保険料は、協会けんぽの「令和8年度保険料額表(東京都)」を用いて計算します。
1.厚生年金保険の被保険者数:36人
2.週の所定労働時間:20時間(1日4時間×週5日勤務)
3.1カ月当たりの賃金:10万2400円(時給1280円×週20時間×4週)
4.勤務期間の見込み:継続して2カ月を超えて使用される見込み
5.適用除外:学生でない
なお、時給については、東京都の地域別最低賃金(2026年10~12月に発効予定)が1280円となる見込みであること(厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」)から、1280円で設定しています。
2)会社の毎月の負担は、パート等1人につき最低でも1万4758円増える
1)の条件の場合、
- 標準報酬月額:10万4000円
- 健康保険料率:9.85%(40歳未満の場合)、11.47%(40歳以上65歳未満の場合)
- 子ども・子育て支援金:0.23%
- 厚生年金保険料率:18.3%
となり、会社とパート等の社会保険料の負担は次のようになります。

図表5の場合、パート等が社会保険に加入することで、会社の負担はパート等1人につき
月額1万4758円(1万5600円)、年額に換算すると17万7096円(18万7200円)増える
ことになります。
4 実務上、会社がすべきことは何か?
1)対象となるパート等に、社会保険料の天引きが発生する旨を説明する
パート等の中には現状、配偶者などの家族(被保険者)の扶養に入っている人(被扶養者)がいます。社会保険の適用拡大によって、被扶養者であるパート等が被保険者になると、
家族の扶養から外れ、これまで負担義務のなかった社会保険料が賃金から天引きされる
ようになります。「社会保険料の負担義務がない」という理由で、パート等での勤務を希望している社員もいるかもしれません。新たに被保険者要件を満たすパート等には、社会保険の適用拡大が開始される前に、社会保険料の天引きが発生する旨を説明しましょう。
なお、パート等の中には現状、家族の扶養に入っておらず、国民健康保険と国民年金に加入して自分で保険料を払っている人もいます。こちらのパート等についても社会保険料の天引きは当然発生しますが、保険料の負担については、
社会保険料<国民健康保険料+国民年金保険料
と、社会保険への加入によって軽くなるケースが多いようです(国民健康保険料の計算方法が自治体によって異なり、賃金額などによっては負担が重くなることもあるので注意)。
また、社会保険への加入により厚生年金と健康保険にも同時加入する事になります。自身が将来受け取る年金額が増えること、傷病手当金や出産手当金などの対象になり、働けなくなるリスクへの備えが厚くなる点を説明に加えるのもよいかもしれません。
なお、2026年10月1日からは、社員50人以下で任意特定適用事業所となった会社や、2027年10月以降の適用拡大で新たに対象となる会社を対象に、パート等本人の社会保険料負担を通算3年間軽減できる「保険料調整制度」が始まります。軽減分は会社がいったん追加負担しますが、後日納付する保険料から全額控除されるため、最終的な会社の負担は増えません。対象となる会社は、社会保険料の天引きを説明する際、負担軽減策として併せて案内するとよいでしょう。
2)社会保険料の天引きと併せて、保険給付の変更についても説明する
パート等が社会保険の被保険者になると、社会保険料の負担が発生する代わりに、今まで受けられなかった保険給付を受けられるようになります。

ざっくりイメージを説明すると、
社会保険に加入することで、私傷病や出産で休業する期間の生活保障が受けられるようになり、年金については、国民年金に加えて厚生年金保険の給付も受けられる
ようになります。社会保険料の天引きの件と併せて、具体的なメリットをパート等に伝えてあげると親切です。
なお、厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト」には、パート等への説明に使えるガイドブックやチラシなどの資料が用意されているので、活用するとよいでしょう。
■厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト」■
https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/
3)パート等が希望する場合、労働条件の見直しを検討する
パート等が被扶養者の場合、社会保険が適用されると聞いて「扶養から外れたくないから、もう少し労働時間を短くしたい」などと、会社に相談してくる可能性があります。この点、
会社がパート等と合意して労働条件を変更した結果、パート等が被保険者要件を満たさなくなるのであれば、社会保険に加入させる必要はない
ということになります。
一方、パート等の中には「これ以上労働時間を短くすると、賃金が減って生活が苦しいから社会保険には加入する。むしろ社会保険料が天引きされるなら、もっと労働時間を長くして賃金を増やしたい」と考える人もいるかもしれません。基本的な考え方は労働時間を短くする場合と同じですが、パート等に配偶者がいると、
労働時間を長くしてパート等の給与収入(賃金など)が増えると、パート等の配偶者が所得税の配偶者特別控除を受けられなくなるケースがある
ので注意が必要です。労働条件の見直しについては慎重に検討しましょう。
所定労働時間を週20時間未満に見直しても、実際の労働時間が恒常的に週20時間以上となっている場合、実態に基づいて被保険者と判断されることがあります。目安として、実労働時間が2カ月連続で週20時間以上となり、その後も同様の状態が続く見込みであれば、加入手続きが必要になると考えましょう。契約書上の時間を短くするだけの「形式的な回避」は、後述の遡及加入リスクにつながるため厳禁です。
4)社会保険に加入するパート等については、適正に加入手続きを行う
社会保険の適用拡大が施行される前に、パート等の労働条件を見直すのは問題ありませんが、施行後は被保険者要件を満たすパート等を全員、社会保険に加入させなければなりません。
直近では、2026年10月1日から、「106万円の壁」撤廃により被保険者要件を満たすようになるパート等が出てくることが想定されますが、その場合、
被保険者要件を満たすようになった日から5日以内(この場合、2026年10月6日まで)に、各パート等の「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」を所轄年金事務所に提出
しなければなりません。なお、届出は事務センターへの郵送や電子申請でも行えます。
加入手続きを怠ったまま年金事務所の調査(定時決定時の調査や事業所調査)で未加入が発覚すると、最大2年遡って保険料を徴収されます。この場合、本人負担分も会社がいったん立て替えて納付することになりますが、すでに退職したパート等から本人負担分を回収するのは事実上困難です。「気付かなかった」では済まされない金額になり得るため、施行日前に対象者リストを作成し、漏れなく手続きしましょう。
5)新しいパート等の採用に向けて、求人案内や労働条件通知書も見直す
社会保険の適用拡大が開始された以降も、新しいパート等を採用することがあると思います。求人案内や労働条件通知書についても忘れずに見直しておきましょう。
求人案内については、職業安定法上、
募集するパート等に社会保険が適用されるかどうかを、必ず明示しなければならない
ので注意が必要です。社会保険の被保険者要件を満たすのにもかかわらず、「社会保険の適用なし」と記載しているのであれば、内容を修正しましょう。
労働条件通知書については、労働基準法上、社会保険の適用について明示する義務まではありません。ただし、現状の書式に項目があるのであれば、求人案内と同じように内容を修正します。
なお、社会保険の適用について確認するだけでなく、その他の労働条件が妥当かどうかについても、改めて検討してみましょう。例えば、
- 現状、パート等の所定労働時間を週20時間に設定しているが、本当に週20時間も働く必要があるのか?
- 現状、パート等1人につき担当業務を2つ設定しているが、担当業務を1つにする代わりにパート等を2人雇用することで、賃金や労働時間をコントロールできないか?
などを考えてみます。ただし、賃金に変更を加える場合は、最低賃金や同一労働同一賃金などの問題に注意が必要です。
また、社会保険だけでなく雇用保険についても、2028年10月1日から適用対象が週の所定労働時間10時間以上の労働者に拡大される予定です(現行は20時間以上)。週20時間未満で働くパート等の労務管理にも影響するため、こちらの法改正も併せて確認しておきましょう。
以上(2026年9月更新)
(監修 社会保険労務士 柴田充輝)
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画像:ChatGPT

















