1 退職金をいかに魅力的な制度にするか?
中小企業に勤める大卒の社員が定年退職したときにもらえる退職金は、2024年時点で約1150万円(大学卒モデル)です。図表1の通り、退職金額は2022年から2024年で見ると回復してきていますが、2014年(約1384万円)からの10年間で見ると減少傾向にあります。高専・短大卒、高校卒の場合も傾向は同じです(東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情」)。

退職金が減っている主な理由は、昔に比べ定年まで働く社員が減り、退職金制度の在り方を見直す会社が増えてきたからだといわれています。そんな状況なので、逆に今、退職金の額を増やそうとしている会社は、社員にとって魅力的に見えるかもしれません。
「ウチの会社の規模ではそんなに退職金を払えない……」という経営者もいるでしょうが、
- 税金の負担が少なく、控除後の手取りが多くなる退職金制度
- 会社の負担は一定で、社員が運用に成功すれば手取りを増やせる退職金制度
などもあるので、諦めるのはまだ早いです。
第1回では、「人生100年時代」の中で、社員が老後を過ごすのにどのぐらいの費用が必要で、いくら退職金があれば生活費を賄えるかをシミュレートしました。
今回は、「社員の手取りが多くなる退職金制度は何か」に注目し、「退職一時金 vs 企業年金」「DB vs 企業型DC」を比較し、どの制度が退職金の手取りがより多くなるのかをシミュレートします。なお、シミュレーションは、統計データを参考にした一例であり、実際の内容は会社の制度や社員の働き方、運用結果などによって異なります。
2 退職一時金 vs 企業年金
退職金の受け取り方には「退職一時金」「企業年金(退職年金)」の2つがあります(両者の併用も可能)。
退職一時金は、退職金を一括で受け取る方法です。退職所得控除(課税計算をする際、退職金の収入額から差し引くことのできる非課税枠)が利用でき、退職金が一定金額以内であれば所得税や住民税はかかりません。
企業年金は、退職金を年金形式で受け取る方法です。退職金を受け取り切るまでは勤めていた会社が運用してくれるので、一時金で受け取るより年金額が多くなることがあります。ただし、退職所得控除は受けられず、代わりに公的年金等控除(課税計算をする際、公的年金と企業年金の合算額から差し引くことのできる非課税枠)が適用されます。
両者のどちらが有利かは、退職金額や公的年金額、他の所得、資金管理のしやすさによって変わります。ただし、退職金が退職所得控除の範囲内に収まる場合、税負担だけを見ると退職一時金のほうが有利になりやすい傾向です。その理由を、以下のシミュレーションで解説します。
【試算条件】
- 65歳男性で、配偶者はなし
- 勤続43年で、再雇用はなし
- 退職金額は1000万円
- 一時金で受け取る場合と、年利1.0%の10年確定年金(年間101万円)で受け取る場合で試算
- 公的年金は年180万円(月15万円×12カ月)を65歳から75歳まで受け取るものとする
- iDeCoや企業型DCは未加入とする
- 社会保険料は考慮しない

退職金が退職所得控除の範囲内に収まるのであれば、税金が1円も発生しないため、退職一時金で受け取ったほうが手取りは多くなります。額面上多く見える企業年金を選びたくなりますが、退職一時金で受け取ったほうが支払う税金がゼロ、あるいは少なくなるのです。その理由は、退職所得控除と公的年金等控除の非課税枠の違いにあります。
退職所得控除は、勤続年数が20年超の場合、「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」で算定します。勤続年数が長いほど、非課税枠を大きく利用できる仕組みです。勤続43年なら、
退職一時金の非課税枠=2410万円(800万円+70万円×(43年-20年))
となります。
一方、公的年金等控除は、社員の年齢と「公的年金+企業年金」の額をベースに算定されます。社員が65歳以上で「年110万円<公的年金+企業年金<年330万円」(その他所得を考慮しない)の場合、公的年金等控除は年110万円です。今回のケースでは「公的年金(年180万円)+企業年金(年101万円)=年281万円」なので、10年間で見ると、
企業年金の非課税枠(10年間)=1100万円(110万円×10年間)
となるのです。額面上は企業年金のほうが多くても、税負担を考慮すると退職一時金のほうが有利になる場合が少なくありません。改めて、退職一時金と企業年金のメリット・デメリットを確認してみましょう。

手取りの観点では、シミュレーションでも紹介した通り、退職一時金に軍配が上がることが多いようです。ただ、一度に大金が手元に入るため、計画性がなかったり浪費癖があったりする社員の場合などは、使い込んでしまうリスクを考えて、企業年金のほうがよいという考え方もできるでしょう。ただし、年金形式には資金を計画的に受け取りやすいという利点もあるため、税金だけでなく老後資金の管理方法も含めて判断することが大切です。
ここで見落とされがちなのが「他の所得との合算」です。公的年金等控除は、公的年金と企業年金の合計額で枠が決まります。本シミュレーションでは65歳以降に給与がない前提ですが、再雇用やパートで働き続ける場合、給与所得が加わって課税対象が膨らみ、企業年金の手取りがさらに目減りすることがあります。
逆に、退職一時金は受取時に課税が完結するため、その後の働き方に左右されません。「いつまで・どのくらい働くか」によって有利・不利が変わるため、受け取り方を決める前に、退職後の収入計画とセットで試算することをおすすめします。
3 DB vs 企業型DC
DB(確定給付企業年金)は、受け取る年金額があらかじめ決まっている企業年金です。労使間の規約に基づいて運用する「規約型」と、会社とは別法人の基金を設立して行う「基金型」に分けられます。想定通りの運用ができない場合、原則として会社側が追加拠出などにより給付水準を維持する仕組みです。そのため、社員にとっては将来の受給額を見通しやすい制度といえます。
一方、企業型DC(企業型確定拠出年金)は、会社が掛け金を拠出するものの、運用は社員が自分の責任で行う企業年金です。運用に成功すれば退職金を本来の額よりも増やすことができますが、運用に失敗した場合は、元本割れで退職金が減ることもあります。
結論から言うと、両者のどちらが魅力的かは、ケース・バイ・ケースです。具体的に、以下のシミュレーションで解説します。
【試算条件】
- 65歳男性で、配偶者はなし
- 年収400万円で試算
- 勤続43年で、再雇用はなし
- DB・企業型DCともに、65歳になったときから10年間、年金形式でもらうと仮定
- DBは年100万円で試算
- 企業型DCは、22歳で加入とし、運用失敗(元本割れ)した場合と、運用成功(月2万円を年利2.0%で運用)した場合の両方を想定
- 公的年金は年180万円を65歳から75歳まで受け取るものとする
- 社会保険料は考慮しない

計算結果を確認すると、手取り合計は、
企業型DC(運用成功)>DB>企業型DC(運用失敗)
となっています。上記のシミュレーションの場合、運用成功した企業型DCの金額は魅力的ですが、運用に失敗した場合のリスクもなかなかです。確実に退職金を用意したい社員にとっては、DBを選択したほうが無難かもしれません。
企業型DCの「運用成功・失敗」は二者択一で語られがちですが、実際の成否を大きく左右するのは商品選びと運用期間です。本試算は22歳加入・43年運用という長期前提で、これだけの期間があれば、値動きの振れは平準化されやすくなります。
逆に加入が遅いほど時間を味方にしにくく、元本割れのリスクは高まります。また、企業型DCには掛金が所得控除になり運用益も非課税という、本記事の手取り比較に表れない税メリットもあります。「運用が不安だからDB」と決める前に、加入年齢や商品ラインナップも含めて検討するとよいでしょう。
DBの受け取り方や企業型DCの積立金額・利率によって試算結果は異なるので、実際の額のイメージについては、専門家などに確認してみましょう。また、企業型DCは最大で5.5万円までの掛け金を設定できるため、上記の試算結果よりも多くの退職金を用意できる可能性があります。
■厚生労働省「確定給付企業年金制度の主な改正(令和6年12月1日施行)」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/newpage_00041.html
なお、企業型DCの拠出限度額(月額5.5万円)は、2026年12月1日施行の制度改正により月額6.2万円に引き上げられる予定です(2027年1月拠出分から適用)。これにより、企業型DCで用意できる退職金をさらに増やせる可能性があります。
■厚生労働省「iDeCo・企業型DC・国民年金基金の拠出限度額の引き上げ(2026年12月1日施行予定)」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/kyoshutsu/2025kaisei.html
改めて、DBと企業型DCのメリット・デメリットを確認してみましょう。

シミュレーションでも紹介した通り、DBと企業型DCは性質が大きく異なる制度です。将来の受給額を見通しやすくしたい社員にはDBが向きやすく、運用次第で退職金を増やしたい社員には企業型DCが選択肢になります。ただし、企業型DCは運用成績によって元本割れする可能性もあるため、社員の投資経験やリスク許容度に応じた制度設計・投資教育が欠かせません。
4 「制度の併用」も視野に入れる
退職金制度は、必ずしも1つに絞る必要はありません。複数の退職金制度を組み合わせる「制度の併用」も可能です。例えば、DBと企業型DCの併用がそうです。
前述した通り、DBは将来の受給額が決まっていて安心な半面、会社にとっては追加拠出のリスクがあり、企業型DCは会社が運用成績について責任を負わない半面、社員にとっては元本割れのリスクがあります。この点、両制度を併用すると、それぞれの制度の長所を活かしつつ、リスクを低減できる可能性があります。
なお、DBと企業型DCを併用する場合、
企業型DCの掛け金は「月額5.5万円-DBの掛け金相当額」が上限
になります。なお、前述した拠出限度額の引上げ(2026年12月1日施行)に伴い、併用時の上限も「月額6.2万円-DBの掛け金相当額」に変わります。
制度の併用を考える上で重要なのが、受け取り「時期」の調整です。企業型DCやiDeCoの一時金と、会社の退職一時金を近い時期に受け取ると、退職所得控除を十分に使い切れず税負担が増えることがあります。
2026年1月の受け取りからは、退職所得控除を再びフルに使えるまでの期間が従来の5年から10年に延びています。複数の制度から一時金を受け取る予定がある方は、受け取り時期をずらすだけで手取りが変わる可能性があります。制度設計の段階から、社員がいつ・どの順番で受け取るかまで見据えて整えておくと安心です。
次回は、「退職金制度を見直してみたが、それでも十分な退職金を用意できそうにない……」という経営者向けに、財形貯蓄やiDeCo+(イデコプラス)などの福利厚生と退職金制度を併用して、社員の資産形成をサポートする方法を紹介します。
以上(2026年7月更新)
(監修 社会保険労務士 柴田充輝)
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画像:pek-Adobe Stock















































