今がチャンス!多分野で活用可能な「観光DX推進事業」を紹介

1 今こそ観光DXに踏み出すとき

コロナ禍で停滞していた観光関連の需要は、数年間で急速に回復しています。街を歩いていて、「コロナ前よりも観光客が多いのでは・・・・・・?」と感じている人も多いはずです。実際、

2025年の年間訪日外国人旅行者数は、史上初の4000万人を突破し、過去最多の4270万人を記録しました。

しかし、観光庁「観光立国推進基本計画」では、2030年までに、

  • 訪日外国人旅行者数 6000万人
  • 訪日外国人旅行消費額 15兆円

という目標が掲げられています。いずれ、観光業を含む分野の企業には、この目標に合わせた対応が求められることも考えられます。

ただ、多くの中小観光事業者にとっては、大きな課題が残っています。それは、

DX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れ

です。

画像1DXの取り組み状況

観光業を含む分野(宿泊・飲食業)で、DXに既に取り組んでいる企業の割合は、

2024年でも14.0%にとどまっており、他業界と比べても低い水準

です。「取り組みを検討している」「必要だと思うが取り組めていない」の合計が、2023年(48.0%)から2024年(54.0%)にかけて6ポイント増加していることから、

DXの必要性を理解していながらも、踏み切れない状況にある

ことがうかがえます。ちなみに、業種全体で見た場合、「取り組みを検討している」「必要だと思うが取り組めていない」のどちらの企業においても、次のことが大きな課題になっているようです。

  • DX推進に関わる人材が足りない
  • ITに関わる人材が足りない
  • 予算の確保が難しい
  • 具体的な効果や成果が見えない

観光業に関わる企業は、予約管理や接客などの分野で、いまだにアナログ対応に頼っているケースも少なくありません。結果として、現場の負担が増え、人手不足がより深刻化するという悪循環に陥りがち。とはいえ、人手不足や規制の煩雑さなど、自分たちだけでは解決しようがない問題があるのも現状です。

こうした状況を踏まえ、国土交通省観光庁は2022年から、

「観光DX推進事業」(正式名称は「観光振興事業費補助金」)を実施し、観光地や観光産業におけるデジタルツール導入などを支援

しています。予約・決済システム、顧客管理、データ活用など、現場の課題に直結する取り組みが対象となる点が特徴です。

2026年度分の詳細情報はまだ公表されていませんが、例年の流れを踏まえると、4月ごろに公募が始まる可能性が高いと考えられます。

まずは「初めの一歩」として、補助金制度を利用してみるのも一手です。次章で制度の概要を紹介しますので、業務の見直しやデジタル化に取り組む際に活用をご検討ください。

2 2025年度の観光DX推進事業の概要

観光DX推進事業の公募内容は年度ごとに異なるため、次回の公募が同様の内容であるとは限リませんが、ここでは検討の参考として、2025年度の概要をご紹介します。

1)観光DX推進事業の概要

観光DX推進事業は、例年4月中旬に募集開始、6月初旬に公募を締め切っています。前回(2025年度)は申し込みの時期によって申請方法が異なっていたので、公募に興味がある場合は、小まめに公式サイトを確認するのがいいでしょう。

■観光DX推進事業 公式ウェブサイト■
https://kanko-dx-hojo.go.jp/

また、補助金を利用する用途によって、

  • 観光地の販路拡大・マーケティング強化
  • 観光産業の収益・生産性向上
  • 専門人材による伴走支援

の、3つの事業区分が設けられています。事業区分ごとの概要(対象、内容、補助率・補助上限額、要件)は次の通りです。

観光DX推進事業の概要

観光DX推進事業の概要

観光DX推進事業の概要

(1)観光地の販路拡大・マーケティング強化、(2) 観光産業の収益・生産性向上■
https://kanko-dx-hojo.go.jp/wp-content/uploads/2025/05/20250515_koboyoryo_1-2.pdf
(3)専門人材による伴走支援■
https://kanko-dx-hojo.go.jp/wp-content/uploads/2025/05/20250515_koboyoryo_3.pdf

2)申請の流れ

観光DX推進事業の、申請から精算までの流れは次の通りです。

1.計画申請(事業内容の提出)

公募要領で申請の手順や補助対象となる条件などを確認し、電子申請システムから計画申請(事業計画の提出)をします。申請後に観光庁及び事務局の審査が行われます。

2.交付申請の手続き

計画が採択された後、交付申請の手続きをします。申請後に事務局の審査が行われます。(交付決定後、事業開始が可能になります)

3.交付決定後に実施

交付決定された事業者には、事務局から正式に交付決定通知が送られます。申請した計画に沿って事業を実施し、事業完了の手続きを行います。

4.精算

完了実績報告を事務局で審査した後に送られてくる「額の確定通知」を基に、精算の手続きを行います。補助金請求書に基づき、事務局から銀行振込にて補助金が交付されます。

3)審査項目

審査項目は、事業区分によって違います。また、公募内容は年度ごとに異なるため、次回に同様の事業区分が公募されるとは限りませんが、ここでは検討の参考として、令和7年度の公募要領における審査項目をご紹介します。

1.観光地の販路拡大・マーケティング強化

  • 公募要領の事業目的・内容に沿ったデジタルツールの導入であること。それが地域一体での取組であること
  • 資金調達の見込みが立っていること。事業期間内に完了することが確実であること
  • 導入したデジタルツールを通じた、データ活用に向けた具体的な計画・将来ビジョンが検討されていること。それが地域一体での計画・将来ビジョンであること
  • 取組内容に応じた経費が見積書に適切に計上されていること

2.観光産業の収益・生産性向上

  • 公募要領の事業目的・内容に沿ったデジタルツールの導入であること
  • 資金調達の見込みが立っていること。事業期間内に完了することが確実であること
  • 導入したデジタルツールを通じた、データ活用に向けた具体的な計画・将来ビジョンが検討されていること
  • 取組内容に応じた経費が見積書に適切に計上されていること

3.専門人材による伴走支援

  • 公募要領の事業目的・内容に沿った申請内容であること。また、組織の課題解決に向けて、適切なノウハウやスキルを有する人材が派遣されること
  • 事業実施期間が十分に確保されていること。また、申請主体以外の支援先がある場合に、円滑な事業実施が可能な支援実施体制が検討されていること
  • 取組の効果が成果指標を通じて測定できること。また、補助対象事業者や申請主体以外の支援先が、補助事業を通じてノウハウやスキルを習得し、事業終了後に自ら観光DXに取り組む内容となっていること
  • 取組内容に応じた経費が算定根拠資料に適切に計上されていること

3 観光DX推進の事例

最後に参考情報として、各自治体で過去に実施された観光DX推進の事例をご紹介します。

1)長野県山ノ内町 (志賀高原)

長野県山ノ内町(志賀高原)は、地域全体の持続的な収益確保を目指して、

旅行者がオンライン上で情報収集や予約等をシームレスに実施できる「観光プラットフォーム(地域サイト)」を構築

しました。かつて旅行代理店に依存していた予約窓口を地域自前のプラットフォームに移行させ、会員向けの柔軟なクーポン発行機能などを実装しました。これにより、

観光プラットフォームへの誘引、さらに宿泊予約へとつなげることができるようになり、売上向上などの成果が出た

そうです。また、公式SNSのフォロワー数が増加し、個々の顧客に合わせた最適なプランを提案できる、精度の高いマーケティングが可能になりました。

2)兵庫県豊岡市(城崎温泉)

兵庫県豊岡市(城崎温泉)は、「まち全体が一つの温泉旅館」というコンセプトの下、

町内の宿泊施設間で宿泊管理システム(PMS)を連携・一元化

し、宿泊客の周遊データや消費行動を地域全体で可視化することに成功しました。これにより、

データが可視化されて滞在価値を高める施策(外湯巡りの利便性向上など)を打てるようになり、宿泊客単価が2万3580円から3万2438円へと大幅に上昇

しました。さらに、リピーター率も目標を超える41.4%に達するなどの成果を上げました。

3)神奈川県足柄下郡箱根町

神奈川県足柄下郡箱根町では、車で箱根を訪れる旅行者のオーバーツーリズム対策のため、

「箱根観光デジタルマップ」を構築し、リアルタイムの渋滞予測や駐車場・店舗の混雑状況を可視化

しました。これにより、箱根を訪れる旅行者の間で、マップ情報を参考に目的地や訪問時間を変更する行動変容が起こり、月1万回以上の閲覧を記録。デジタルマップの構築により、人流の分散化に成功しました。なお、このプロジェクトは今後、箱根特有の課題である火山災害の防止などにも役立てられる予定です。

以上(2026年1月作成)

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画像:日本情報マート

「社内参謀」候補が見つかる39のチェックリスト

1 社内参謀としての素質を見極める

経営者は、1人では対処しきれない経営課題に直面することがよくあります。そうした問題は複雑で、気軽に相談できる相手がいないケースも少なくありません。そうした経営者が求めるのは、

社内の人間関係や実務に精通いて、会社の状況をよく理解した上で、客観的なアドバイスができる「社内参謀」

です。

社内参謀を育てるには、まず参謀としての資質を持った社員を見つけることから始めましょう。人事考課で飛び抜けて優秀な社員がいれば、その人を候補にします。いなければ、これからご紹介するチェックリストを使ってテストしてみてください。

これからご紹介するのは、参謀的資質を見極めるためのオリジナル「社内参謀 チェックリスト39」です。社内参謀に必要な資質の有無を確認する39の設問で、得点は100点満点です。各設問の得点配分は右欄に記載していますが、実際に社員にチェックリストに答えてもらう際は、得点配分は見せないでください。

社内参謀 チェックリスト39

ボーダーラインは70点程度としましょう。70点以上の社員が複数いる場合は、社内の評判が良い、性格が明るいなどを基準に選抜します。

参謀候補を数人選んで絞り込んでいく方法もありますが、最初から1人に絞って経営者が集中して育てた方が効率的です。時間とエネルギーを分散させるより、「この人」と決めた候補にしっかり向き合うほうが、結果的に早く戦力になります。

2 社内参謀の教育

参謀候補が見つかったら、次は実践的な教育です。ここでは重要な4つの力について、具体的な育成方法をご紹介します。

1)聞く力と記憶する力を磨く

参謀候補は聞き手として「相手の話を真摯に聞く」ことが求められますが、大切なのは、聞いた話の要点を絞り込み、正確に記憶しておくことです。

次のようなシーンをイメージしてください。経営者同士の会議が1時間にも及びました。最初の10分は世間話でしたが、途中から互いに事業の概況について話を始めました。足元の経営状況、取引先の動向、競合他社の営業活動や新製品の開発動向などの話があった後、自社との取引内容についての改善提案まで話が進みました。

このような状況で、話の内容を全てメモしたり、記憶したりすることは不可能です。しかし、

要点を押さえて正確に記憶することは、訓練次第で可能

です。

経営者と参謀候補とで要点の認識がズレてしまっては困るので、最初のうちは話し終わった後に、経営者が要点を教えてあげましょう。「いろんな考えがあっていいのでは?」と思うかもしれませんが、それは違います。

同じ要点に対する考え方はいろいろあっていいけれど、前提となる要点そのものが違っていたら話がかみ合わない

からです。まずは「何が要点か」を正確につかむ訓練から始めましょう。

2)問題点に気付く力を磨く

問題点に気付く力は、

経営者の話や会議の議論の矛盾点を質問などで指摘する

ことで磨かれます。矛盾点を指摘するのは簡単ではなく、正確な情報収集力や分析力、論理性が必要です。不勉強な社員や論理的思考ができない社員には難しいでしょう。

参謀候補としての自覚がある社員なら、会話や議論での矛盾点の指摘は場数を踏むことで慣れてきます。ただし、単に回数を重ねるだけではダメです。

周囲に飛び交う情報に敏感に反応する訓練

をしなければなりません。そのためには、経営者が抜き打ちで質問するなど、常に高い緊張感を保たせることも有効です。

話し手の不足点や矛盾点を指摘することは、実務でも非常に大切です。話し手を議論で

「やり込める」のではなく、「納得してもらう」ための話し方を習得する機会

になります。

3)企画する力を磨く

「アッ!」と驚く企画の立案は簡単ではありません。ですが、内容や質を問わず、何らかの企画を立案する程度なら、「聞く力」「問題点に気付く力」を持つ社員であればこなせます。つまり、参謀候補は、何らかの企画を考えるまでに成長しているはずです。

現実的には、新鮮なアイデアがないと面白い企画は生まれにくいものです。しかし、さまざまな視点から物事を判断できると、次第に的を射た企画を立案できるようになります。

企画する力を磨くには、

参謀候補にさまざまな企画書を作らせてみること

です。企画書を作らせる狙いは、「自由に企画書を作成させて、自分の不足点や矛盾点について考える機会を多く与える」ことです。企画書の作成を繰り返すうちに、参謀候補の情報収集力や分析力が高まります。

創造力を磨くのもこの段階です。予備知識なしに創造力は生まれません。過去の事例を数多く検証し、それらの事例から不足点や矛盾点を発見し、それを修正することで新しいものができるのです。既成概念にとらわれない大胆な発想や斬新なアイデアは、こうした地道な努力を積み重ねることで生まれます。

4)根回しする力を磨く

根回しというと、政界の裏工作などを連想し、悪い印象を抱きがちです。しかし、ビジネスで1つの企画を実行するためには、関係者との交渉が必要になることがあります。

ビジネス上必要な根回しとは、関係者との交渉

に他なりません。これは組織を動かす上で重要な実務です。企画書は書けるが交渉力がない社員は、実行力に乏しいと考えてよいでしょう。

また、この段階では

完璧主義を捨てることも大切

です。計画を企画書通りに実行できればベストですが、現実にはなかなか難しいもの。関係者との交渉を重ねた結果、いくつか修正が入って妥協点が生じ、当初の企画内容と少し違うものになっても、

企画の骨子(コアな部分)が揺らいでいなければOK

としましょう。大切なのは企画を実行することです。

3 社内参謀を認め、感謝する

社内参謀の教育で紹介した4つの力を備えた社員は「社内参謀」に成長しています。社内参謀は経営に必要な情報がいつでも引き出せて、それを経営者の視点で分析できます。ある意味で、

社内参謀のものの見方は、経営者以上に多面的かつ論理的

です。企画を実務に落とし込む際は、当該企画の問題点に気付くはずですし、利害関係者の要望を組み入れた修正案を想定することもできます。

経営者は、社内参謀をパートナーとして認め、感謝しましょう。社内参謀は、自分が社内のどんなポジションにいるのか、経営者が自分のことをどのように評価しているのかを敏感に感じ取ります。会社は社内参謀にふさわしい役職を用意することになるでしょうが、

何よりも大切なのは、経営者が「ありがとう」「役に立ったよ」と声を掛けてあげること

です。

以上(2026年1月更新)

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画像:dimlight-Adobe Stock

【かんたん消費税(11)】税抜か税込か? 日々の経理に影響する2つの方式

1 消費税の経理処理

消費税の経理処理は、税抜経理方式(以下「税抜経理」)か税込経理方式(以下「税込経理」)のいずれかになります。

  • 税抜経理:消費税を売上高や経費とは「区別して」仕訳する方法
  • 税込経理:消費税を売上高や経費に「含めて」仕訳する方法

税抜経理と税込経理は好きなほうを採用できます(消費税の免税事業者は税込経理のみ)が、メリットとデメリットがあるので有利な方法を選択したいものです。「皆さんの会社にとってお得なのは、税抜経理と税込経理のどちらなのか?」が分かるように解説します。

2 どっちがお得!? 4つの観点から見る特徴

1)経理作業の負担の観点から

経理作業の負担の観点からは、税込経理に軍配が上がります。

なぜなら、もう一方の税抜経理だと、全ての取引について消費税を売上高や経費などとは区別して処理するため、会計処理が複雑になるからです(会計処理は最終章で紹介)。また、税抜経理は、税込経理に比べて仕訳も1行多く必要になり、簿記の知識が必須です。

ただし、最近は会計ソフトを導入している会社も多く、これらの会計処理を自動で行われるような場合、このような差異はほぼありません。

2)損益把握の観点から

損益把握の観点からは、税抜経理に軍配が上がります。

税抜経理の場合、消費税は全て「仮受消費税」「仮払消費税」という勘定科目に集約され、損益には一切影響しません。そのため、

税抜経理の場合、期中の段階でいつでも正確な損益を把握できる

ことになります。

一方、

税込経理の場合、消費税は期末に一括して処理(詳細は後述)するため、期末になるまで正確な損益が把握できない

ことになります。タイムリーに正確な損益を把握しなければならない経営者であれば、税抜経理を選択したほうがよいでしょう。

3)資産を購入した際の税制の観点から

資産を購入した際の税制の観点からは、自社がどの税制(少額固定資産や税額控除)の適用を受けるかによって軍配が変わります。

備品などの固定資産を取得した場合、原則的には資産に計上し、減価償却で少しずつ費用に計上します。しかし、取得価額が10万円未満の固定資産(少額固定資産)は、取得時に全額費用として処理することもできます(全額費用にすれば、費用が増えるので法人税の負担が減少します)。この「10万円未満かどうか」は、

税抜経理の場合は「税抜価格」で、税込経理の場合は「税込価格」で判定

されます。つまり、取得価額が小さくなる税抜経理の方が、法人税を計算する上では有利になります。

一方、法人税には「税額控除」という制度があります。これは、取得価額の一定割合について、法人税の負担を減らしてくれる制度です。この制度を適用する場合の取得価額も、

税抜経理の場合は「税抜価格」で、税込経理の場合は「税込価格」で計算

することになります。この場合には、取得価額が大きくなる(つまり、税額控除額が大きくなる)税込経理のほうが有利です。ただし、税額控除については適用される取得価額が多額な設備投資に限られていることがほとんどです。

自社の納税額にどのような影響があるかは、税理士などの専門家に相談するとよいでしょう。

4)交際費の観点から

交際費の観点からは、税抜経理に軍配が上がります。

中小企業の場合、交際費は原則として800万円まで費用にすることが認められていますが、この交際費についても税抜経理と税込経理とで取り扱いが変わってきます。

  • 税抜経理の場合は、「税抜価格」で800万円まで費用として処理できる
  • 税込経理の場合は、「税込価格」で800万円まで費用として処理できる

そのため、税込経理の場合、実質的には本体価格で727万円(800万円×100/110)までしか費用として認められないということになります。

交際費が年間727万円を超える企業については、税抜経理を選ぶ方法がよいでしょう。

3 実際の経理処理を見てみよう

税抜経理は売上高や経費を「税抜価格(本体価格)」で計上し、消費税は「仮受消費税」や「仮払消費税」といった消費税専用の勘定科目に計上します。

一方、税込経理は売上高や経費を「税込価格」で計上し、消費税は期末に算出される納税額を一括して「租税公課」に計上します。

具体的にどのような仕訳を計上するのか、例を見てみましょう。

取引別の仕訳例

なお、税抜経理でも税込経理でも、最終的な利益の金額は同じになります。

経理方式別の損益計算書

以上(2025年12月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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画像:kai-Adobe Stock

【契約書の実務(3)】契約内容の変更・訂正時のルールを確認

1 混乱しがち? 郵送による契約締結の手順

1)手順を整理することが大切

契約書を郵送でやり取りする場合、無駄なやり取りがないようにしたいものです。X社とY社が契約書を締結するとして、2社とも印紙に消印する場合の流れは次の通りです。

1.X社の手続き

  • 契約書(A):X社の署名等。契印と割印。印紙にX社の消印
  • 契約書(B):X社の署名等。契印と割印
  • 契約書(A)と(B)を、簡易書留等、Y社が受領した記録が残る方法で郵送

2.Y社の手続き

  • 契約書(A):Y社の署名等。契印と割印。印紙にY社の消印(X社とY社の署名等、契印と割印、消印がそろうので、Y社が保管)
  • 契約書(B):Y社の署名等。契印と割印。印紙にY社の消印
  • 契約書(B)を、簡易書留等、X社が受領した記録が残る方法で郵送

3.X社の手続き

  • 契約書(B):印紙、X社の消印(X社とY社の署名等、契印と割印、消印がそろうので、X社が保管)

2)契約書の保管

締結後の契約書は紛失しないように保管します。保管方法については、「文書管理規程」などの社内規程で定められているときは、それに従います。

一般的には、

契約当事者>契約書の内容>時系列(新しい順か古い順)

の順番に整理するとよいでしょう。また、複数のファイルごとに保管しているときは、契約当事者名などを一覧にした目次を作成してファイルにとじておくと、契約書を探しやすくなるので便利です。

3)締結済みの契約書をペーパーレス化したい場合

紙ベースで締結した契約書は、保管場所が必要なことや、テレワークの際などに確認できないため、スキャンし、データとして保管しておきたいと考えるかもしれません。この場合、法的に次のような保存要件が定められています。

  • 真実性の確保:認定タイムスタンプ(日本データ通信協会の認定を受けた事業者が発行するタイムスタンプ)または適切に訂正・削除の履歴が残るか、できなくするためのシステムの利用か、方法を定めた社内規程があること
  • 関係書類の備付:どのように電子化するのかを定めたマニュアルが備え付けられていること
  • 見読性の確保:納税地で画面とプリンターで契約内容が確認できること
  • 検索性の確保:主要項目を範囲指定および組み合わせで検索できること
  • すみやかな保存:契約書を作成または受領してから、速やか(おおむね7営業日以内)にスキャンし保存すること

上記を満たした上で、納税地でデータを7年間(欠損金の繰越控除をする法人は、最長で10年間)保存する義務が定められています。データさえあれば問題ないということではないので、契約書をスキャンして保存する場合は注意が必要です。

2 締結済みの契約書の内容を変更するには?

1)重要な条項の変更や変更箇所の多いとき

締結済みの契約(以下「原契約」)の内容を変更することはよくあります。その際には、次のような方法で行うのが一般的です。

  • 原契約を失効させて、新たな契約の内容を記載した契約書を締結する
  • 原契約は有効としたままで、変更する部分を記載した「覚書」等を締結する

契約書は契約当事者の合意内容を記載した重要な書面です。契約内容の読み間違いや、書面の紛失等があってはならないので、重要な条項の変更や変更箇所が多岐にわたるときは、新たな契約書を締結することが多くなります。

これ以外にも、原契約の内容を変更する方法を決めるときには、次の点を考慮します。

2)変更の回数

何度も契約書を締結すると、書面の数が多くなるので、契約内容の読み間違いや、書面の紛失といったことが起こりやすくなります。こうしたときは、今回の変更箇所だけでなく、過去の変更箇所全てを反映させた新たな契約書を交わしたほうがよいでしょう。

3)契約書の確認に伴う手間

法務の担当者が契約書の内容を確認するときは、新たな契約書であれば、変更しない点も含め全ての条項を確認することになるので、手間がかかることがあります。こうしたときは、変更する条項のみを記載した契約書を交わしたほうがよいでしょう。

4)印紙税の納付

契約を変更して新たに契約書を作成した場合に、その契約書が、印紙税が課税される課税文書であるときは、改めて印紙税を納付しなければなりません。ただし、契約内容の一部を変更した場合、その変更部分のみを記載した契約書を作成すれば課税文書に該当せず、印紙税が不要になることがあります。こうしたときは、税負担を軽減するために、変更した契約内容のみを記載した文書を交わしたほうがよいでしょう。

なお、原契約に定めている事項のうち、「重要な事項」の変更のために作成した文書は課税文書となり、印紙税の納付が必要です。一方、原契約に定めている事項のうち、「重要な事項」を含まない変更のために作成した文書は課税文書に該当せず、印紙税の納付は必要ありません。「重要な事項」は、印紙税法基本通達別表第2「重要な事項の一覧表」において、課税文書の種類ごとに定められています。

3 締結済みの契約書の内容を変更するときの注意点

1)新たな契約書を締結するときのポイント

新たな契約書を締結するときは、新旧の契約が併存し矛盾することのないように、原契約を失効させます。具体的には、原契約が失効する旨を新たな契約書の前文などで定めたり、その旨を定めた「合意解約書」などを別途交わしたりします。実務的には書面作成などの手間を軽減できる前者のほうが多いようです。

新たな契約書の前文に定めるときの文例は次の通りです。

本契約の成立により、甲乙間で○年○月○日に締結した「□□に関する契約書」は失効するものとする

また、契約の一部を変更し、変更部分のみを記載した契約書を作成する場合には、「覚書」や「念書」等の標題が用いられることが多いようです。このような文書を締結するときには、どの原契約に対するものなのかを特定する必要があります。具体的には、覚書等の前文に定めることが多いようです。

覚書等の前文に定めるときの文例は次の通りです。

甲と乙とは、甲乙間で○年○月○日に締結した「□□に関する契約書」について、以下の通り、その内容を変更することを目的として覚書を締結する

2)新旧対照表の作成

締結済みの契約書の内容を変更するときには、変更した条項が一目で分かるように「新旧対照表」を作成することがあります。新旧対照表は、新たな契約書や覚書等の別紙とすることもありますが、実務担当者等の参考資料として作成することもあります。

新旧対照表の例は次の通りです 。

新旧対照表の例

4 契約書の訂正に関する注意点

1)契約書を訂正する方法

訂正印は、一般的には、訂正箇所に二重線を引いて押印することをいいます(訂正の方法は法令で定められているわけではありませんので、他にも方法がありますが今回は省略します)。また、捨印により訂正することもあります。捨印は、書面の内容に訂正が生じることを予見して、あらかじめ文書の欄外に押しておくものです。捨印で修正する場合は、正しい字句に訂正し、訂正箇所を明らかにした上で、余白に「加筆○字」「削除○字」などと記載します。

訂正印の例と捨印の例は次の通りです。

訂正印の例

捨印の例

2)捨印の押印は慎重に

捨印には、契約書に誤りがあったときに、すぐに対応できるというメリットがあるものの、知らないところで、契約書の内容を勝手に書き換えられてしまうという重大な危険性があります。そのため、原則として「捨印」は使用しないようにしましょう。もし、相手方から捨印を求められた場合は、安易に応じずに弁護士などに確認しましょう。

以上(2026年1月更新)
(監修 弁護士 八幡優里)

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画像:blue_moon_images-Adobe Stock

「自分はまだ若い!」と思っている高齢社員の労災はどう防ぐ?

1 2026年4月から、高齢社員の労災防止が努力義務化!

人材不足の日本では、高齢社員に頼らざるを得ない部分がますます大きくなっていますが、高齢社員は若年社員よりも労働災害(労災)に遭いやすいのが現実です。2024年に発生した労災によって4日以上の休業を余儀なくされた死傷者数は13万5718人、このうち60歳以上が4万654人と、全体の約30%を占めています。

年齢階級別の労災による死傷者数(休業4日以上)

2026年4月からは、労働安全衛生法において、

高齢社員に対する労災防止措置(高齢社員の特性に配慮した作業環境の改善、作業管理など)を講ずることが会社の努力義務

となりますが、この努力義務の存在を抜きにしても、人間は誰しも加齢とともに身体機能が低下していく以上、労災のリスクが高まります。ですから、高齢社員を多く抱える会社ほど対策は必須といえるでしょう。具体的な対策のポイントは、

  • 身体機能の中で、特に低下しやすいものを押さえる(平衡機能、聴力など)
  • 高齢社員に「労災に遭いやすい」ことを気付かせる(健康診断、体力テストなど)
  • 身体機能に配慮し、高齢社員の働き方改革を図る(役割分担、労働時間など)

です。以降でそれぞれについて、確認していきましょう。なお、厚生労働省「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(エイジフレンドリーガイドライン)」では、高齢社員が安全に働ける職場環境づくりや労災防止のポイントなどがまとめられていますので、こちらも併せてご確認ください。

厚生労働省「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10178.html

2 身体機能の中で、特に低下しやすいものを押さえる

まずは、加齢とともに身体機能がどの程度低下するのかを押さえましょう。図表2は、20~24歳ないし最高期の身体機能を100とした場合の、55~59歳における各種機能の水準です。赤字の身体機能は、水準が50未満に低下しているもので、特に注意が必要です。

55~59歳における各種機能の水準

赤字の機能に注目した場合、業務において、次のような問題が生じることが考えられます。

  • 夜勤後体重回復:夜勤で減少した体重が回復しにくく、疲れやだるさを感じる
  • 平衡機能:直立姿勢時の重心動揺が大きくなり、転倒しやすくなる
  • 皮膚振動覚:振動に対する感覚が鈍化し、機械の異常などに気付きにくくなる
  • 聴力:騒音時の声などが聞こえにくく、「危ない」と言われても気付かない
  • 薄明順応:暗い場所で作業をしようとしても、目が慣れず、物が見えにくい

3 高齢社員に「労災に遭いやすい」ことを気付かせる

高齢社員の中には「自分はまだ若い!」と思っていて、体の衰えを自覚していない人が少なくありません。そのため、高齢社員に対し「労災に遭いやすい」ことを気付かせることが大切です。具体的には次の通りです。

1)就業規則などに盛り込み、経営者の姿勢を示す

就業規則その他社内規程(安全衛生管理規程など)において、高齢社員の労災防止に関する事項を定めたり、安全委員会や衛生委員会の設置義務がある会社であれば、委員会の調査審議事項に盛り込んだりして、

経営者が本気で高齢社員の労災防止に取り組ようとしていることを社内に周知すること

が重要です。高齢社員が健康を意識するようになると、自分の健康状態について、会社に相談したくなるかもしれませんので、「相談窓口」などを設置するとさらに効果的です。

2)健康診断を実施する

高齢社員の健康状態は、毎年実施する定期健康診断である程度把握できます。パート社員等(週の所定労働時間が正社員の4分の3未満の社員)については、定期健康診断の実施義務はありませんが、高齢のパート社員等が多い場合は、実施対象者に含めるのが望ましいでしょう。定期健康診断では、

聴力、自覚症状や他覚症状(所見)の有無などが確認できますし、健診機関によっては「平衡機能検査」などのオプション検査も実施

します。高齢社員も、今の自分の健康状態が分かれば、無理をせず慎重に行動するようになるのではないでしょうか。

3)体力テストを実施する

高齢社員が自分の健康状態を正しく把握できるよう、体力テストを実施するのもよいでしょう。例えば、厚生労働省「職場のあんぜんサイト」では、転倒防止の観点から、筋力、敏捷性、静的バランスなどを簡単にセルフチェックできるテストとして、

  • 2ステップテスト[歩行能力・下肢筋力]
  • 座位ステッピングテスト[下肢の敏捷性]
  • ファンクショナルリーチ[動的バランス能力]
  • 閉眼片足立ち[静的バランス能力]
  • 開眼片足立ち[静的バランス能力]

が紹介されています。例えば、図表3は「2ステップテスト[歩行能力・下肢筋力]」の内容です。「評価値」が低いほど転倒のリスクが高まります。

2ステップテスト[歩行能力・下肢筋力]

厚生労働省「職場のあんぜんサイト(身体的能力のセルフチェック)
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/information/tentou1501_14.html

4 身体機能に配慮し、高齢社員の働き方改革を図る

高齢社員に対して、気付きを促すといっても、本人の努力だけで労災をゼロにすることは困難です。健康診断の結果などから高齢社員の傾向をつかんで、会社側でも労働条件を工夫し、労災が起きにくい環境を整えることが大切です。具体的には次の通りです。

1)社内設備を変える

高齢社員が働きやすいよう、社内設備を改善しましょう。例えば、転倒防止対策として、転びやすい場所に手すりを設置する、暗くて作業がしにくい場所の照明を増やすといったことが考えられます。

2)役割分担を変える

人手不足の会社などでは、高齢社員も多くの業務を担当せざるを得ませんが、労災リスクの高い業務については、部分的に若手に任せることを検討してみましょう。例えば、運送業の会社で、高齢社員が梱包・運搬・開梱の全てを担当している場合、

高齢社員は、梱包と開梱だけに専念してもらい、運搬は若手社員に任せる

などして、転倒や腰痛などのリスクを低減します。役割変更が難しい場合は、高齢社員にアシストスーツの着用を義務付けるなどして、身体への負担軽減を図りましょう。

3)労働時間を変える

高齢社員の身体機能を考慮して、労働時間を工夫することも大切です。例えば、疲れが取れにくいという高齢社員の場合、

  • 夜勤はやめて日中の短い時間に勤務する(高齢社員が複数いる場合はシフト制にする)
  • 休日を増やす

ことなどが考えられます。

以上(2026年1月更新)
(監修 のぞみ総合法律事務所 弁護士 曽田駿希)

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画像:kei907-Adobe Stock

【2026年1月最新版】ビジネスマッチングサービス公開!


↑こちらから内容をご閲覧いただけます!↑

このたび、とくぎんサクセスクラブと香川ニュービジネスクラブ(香川銀行)と合同で、企業間の新たなビジネス機会創出を目的としたビジネスマッチングサービス「TOMONY BUSINESS INFORMATION 2026.1」を公開いたしました。

本サービスには、各地域で活躍する多様な業種の会員さまの事業内容、マッチング希望情報などを掲載しており、新たな取引先や提携先の開拓に向けたヒントやきっかけを見つけていただける構成となっております。

本サービスが、会員さまの更なる発展ならびに有益なビジネスパートナーとのご縁を築く一助となれば幸いです。是非ご一読いただき、有効にご活用くださいますようお願い申し上げます。

ご覧いただく中でご関心をお持ちの事項がございましたら、事務局までお問合せください。

【連絡先】とくぎんサクセスクラブ事務局(徳島大正銀行 法人推進部内)
TEL:088-656-1125

以上(2026年1月作成)

【朝礼】目標を確実に達成するための「SMARTの法則」

【ポイント】

  • 目標を立てても熱意が長続きしないという人は、目標の立て方に問題がある
  • S(具体的)・M(測定可能)・A(達成可能)・R(関連性)・T(期限)を意識する
  • 特にR(関連性)が重要、個人のスキルアップを組織の成果に結びつけよう

新年を迎え、皆さんも新たな目標を立てられたと思います。とはいえ、年初には意気込むものの、数カ月後には当初の熱意を失い、やがて目標自体を忘れてしまう、というのはよくある話です。そこで今日は、ジョージ・T・ドラン氏が提唱した目標設定の基本「SMARTの法則」を紹介します。

「S」はSpecific(具体的)。「営業力を上げる」ではなく、「新規顧客を月3件開拓する」。「スキルアップする」ではなく、「毎週5時間学習し、6月までに簿記2級を取得する」。誰が読んでも同じイメージを持てる言葉で表現することが重要です。

「M」はMeasurable(測定可能)。進捗が数値で見えなければ、今自分がどこにいるのか分かりません。「顧客訪問数」「受注率」「学習時間」など、測定できる指標を必ず設定してください。測定できなければ、改善もできません。

「A」はAchievable(達成可能)。高い目標は素晴らしいですが、初めから「不可能」と分かっている目標は、ただの願望です。現状のリソースとスキルで、努力を重ねれば届く。その絶妙なラインを見極めることが、継続の鍵です。

「R」はRelevant(関連性)。ここが最も重要です。仕事上の目標を立てる場合、その目標は会社の方針や部門の目標とつながっているでしょうか。個人のスキルアップが組織の成果に結びついて初めて、目標には「意味」が生まれます。自己満足で終わる目標では、周囲の協力も得られません。

「T」はTime-bound(期限)。「いつか」は永遠に来ません。「3月末までに」「第2四半期中に」と明確な期限を設定することで、逆算して今日すべきことが見えてきます。

私の今年の目標は、「毎月、部門の主要メンバー全員と1対1の面談を実施し、来年3月末までに従業員満足度調査のスコアを10ポイント向上させる」です。ちなみに、最も重要な「R」の部分は、会社の「人材定着率向上」という経営課題とひもづいています。皆さんもぜひ、このように目標を立ててみてください。SMARTな目標設定で、個人もチームも組織も成長する一年にしましょう。

以上(2026年1月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

【契約書の実務(2)】印鑑レスでも知っておくべき押印のルール

1 署名と記名の違い

署名と記名は似た言葉ですが、明確な違いがあります。

  • 署名:本人が自筆で自分の名前を記すこと
  • 記名:署名以外の方法(ゴム印、パソコンの印字など)で自分の名前を記すこと

署名または押印があると、その文書はその当事者の意思に基づいて真正に作成されたものだと推定されます。「『署名』または『記名+押印』」があればよいので、署名があれば押印は不要ですが、実務上は押印することが多いです。一方、記名の場合、押印がなければ署名と同様の効果はありません。端的に表すとこんな感じです。

  • 署名のみ:信用力が高い
  • 署名+押印:信用力が高い
  • 記名+押印:信用力が高い
  • 記名のみ:信用力が低い

契約当事者が個人の場合、戸籍上の姓名を記載するのが原則ですが、

  • 個人を明らかに特定できる場合、俗称やペンネームで署名等とすること
  • 個人事業主の場合、「○○商店」などの商号や屋号で署名等をすること

ができます。ただし、契約内容に関わる主体が明らかであることが求められるので、商号や屋号だけで契約をすることはできません。例えば、「○○商店こと□□□□」(「□□□□」は個人事業主名)などと記載する必要があります。

法人の場合、「商号」「代表資格」「代表者の氏名」を記載する必要があり、通常はそれに続いて「登録印(実印)」を押すことになります。ただし、実務的には「登録印(実印)」とは別に「認印(契約印)」を用意している会社が多いでしょう。

なお、一定の要件に該当する場合、契約当事者が代表者ではなく事業部長等でも、法律上有効なことがあります。例えば、

  • 事業部長等が会社法で定められた「支配人」に該当し、当該事業に関する包括的な代理権を有している
  • 個別の契約締結につき法人から代理権が与えられている

といった場合です。なお、会社法第10条および第11条で、支配人は会社等から選任された商業使用人で、「その事業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する」とされています。

2 多くの場合、押印は不要

契約書に押印するのは当たり前と考えられていますが、実は多くのケースで押印が法的に求められているわけでありません。つまり、

押印がなくても契約は有効

になります(不動産会社が作成する重要事項説明書など、押印が必要な文書もあります)。にもかかわらず押印がされるのは、押印によってその文書が真正であると推定しているからです。

一方、電子契約も浸透しています。電子契約では押印はしませんが、

電子署名を利用して契約を締結

します。認定を受けた認証機関で手続きを行って電子文書をやり取りすれば、電子署名にも押印と同じ効力が認められます。

このような事情から「印鑑レス」が進んでいるわけですが、契約は相手の意向も大きく関係します。自社が押印不要である旨を説明しても、相手方が希望する場合、それに応じなければ契約が進まないことがあるのも事実です。そこで以降では、契約に伴う印鑑の利用に関する基本的なルールを紹介します。

3 押印に関する基本的なルール

1)押印に使用する印鑑の種類

通常のビジネスの契約書であれば、

登録印(実印)でも認印(契約印)でも、契約書の法的効力は同じ

です。ただし、重要な契約のときは、「第三者が勝手に押印をした」といったトラブルを避けるため印鑑登録されている印を使用し、併せて印鑑登録証明書を提出することもあります。また、法人の場合は登記簿謄本、個人の場合は運転免許証等の身分証明書、個人事業主の場合は開業届等を確認することも、トラブル防止の観点からは大切です。

2)押印する位置

署名や記名に掛からないように押印されている場合や、掛かるように押印されている場合がありますが、印影がはっきりしていれば、どちらでも問題ありません。

押印する位置

3)契印と割印に関する注意点

契印と割印は、どちらも契約書の偽造防止等のためにするものです。

契印は、複数ページの契約書を作成したときに、各ページが1つの書面を構成することを示します。また、勝手に差し替えられたりしないようにもしています。

割印は、複数の部数の契約書を作成したときに、各書面が同一または関連したものであることを示すために、各書面にまたがって押印することをいいます。

契印と割印

契印と割印

契印や割印がなくても、法的な問題はありません。また、押印する印鑑の種類や押印する者についても決まりはありません。ただし、契印や割印の意味を鑑みて、重要な契約の場合は署名等に使った印鑑を用いて、全ての契約当事者が契印や割印をするのがよいともいえます。

4 収入印紙と消印に関する注意点

1)印紙税とは

印紙税は、日常の経済取引に伴って作成する契約書や金銭の受領書などに課税される税金です。印紙税の対象となる文書を「課税文書」と呼びます。ビジネス上の契約書の多くは課税文書なので、印紙税の納付が必要になることが多くなります。課税文書は20種類あり、印紙税額が異なります。契約書がどの種類に該当するかは、契約書のタイトルではなく内容で判断します。

2)電子契約の場合の印紙の扱い

電子契約の場合、現時点では印紙税は課税されません。印紙税は課税文書の作成者が納税者となります。ここでいう「作成」とは、紙の書面にて交付することをいいます。つまり、電子契約は紙の書面ではないので課税文書の「作成」に該当せず、現状では印紙税は課税されない扱いです。

3)印紙税の納付の方法

印紙税は契約書に収入印紙を貼り付けることで納付します。貼り付ける場所は契約書上部の余白部分とするのが通常ですが、特に制限はありません。また、収入印紙は、原則として作成した契約書の全てに貼り付けます。

収入印紙を貼り付けたときは、収入印紙と契約書の双方に掛かるように押印します。これを「消印」と呼びます。消印は、収入印紙の再使用を防止するためのものなので、押印する印鑑は何でもよく、ボールペンなどでチェックを付けることでも問題ありません。

消印

4)印紙税の負担者

契約書は、契約当事者がそれぞれ1通ずつ保管するのが通常ですが、課税文書を2人以上の者が共同して作成した場合は連帯して印紙税を納める義務を負います。そのため、自己が所持している契約書のみに印紙を貼っても、印紙税の納付義務を完全に履行したことにはならず、他の者が所持している契約書にも印紙を貼る必要があります。

ただし、契約当事者間の関係では、各自が負担する割合を自由に決めることが可能であり、特定の契約当事者が全額負担するといった合意も可能であるので、事前に負担方法を相手方に確認しましょう。

5 契約締結日に関する注意点

契約書に記載する契約締結日は、契約内に特段の定めがない限り、

原則として契約の効力発生日となり、全ての契約当事者の署名等が完了した日

とするのが通常です。例えば、全ての契約当事者が集まって手続きをするときは、その日が契約締結日となります。また、郵送でやり取りするときは、最後の契約当事者が署名等をした日となります。

なお、契約締結日と効力発生日が違う場合は、契約の効力がいつから発生するかが分かるように記載します。

ただし、実務的には契約締結日を違う日にすることもあります。この場合、特に注意が必要なのが、過去の日付に遡って契約を締結する場合です。「過去の実態と乖離(かいり)している」「過去の法律や制度との整合性が取れていない」など、さまざまな問題が発生する恐れがあります。他にも、契約当事者間で争いが生じた場合に、相手方からだまされて契約を結ばされた、などの主張がなされる恐れもありますし、脱税目的で過去の日付に遡らせたのではないかと税務署に疑われる恐れもあります。

このように契約締結日は法律上重要な意味合いを持っています。いずれにしても、契約締結日については、必要に応じて相手方や上司、法務担当者と相談するようにしましょう。

以上(2026年1月更新)
(監修 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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経営者を支える「参謀2.0」。参謀獲得の新たな動きを見逃すな!

1 「参謀2.0」を考える。なぜ、経営者には参謀が必要なのか?

いかに優れた経営者でも、1人でできることには限界があります。だからこそ、

自分とは違う視点で物事を捉えてくれる、時には「それは違うんじゃないですか?」と諫めてくれる「参謀」

の存在が欠かせないのです。

ここ数年で参謀の在り方も変わってきました。例えば、新規事業を立ち上げる際、コアとなる人物(参謀)を業務委託で外部から招聘(しょうへい)するケース、金融機関がDX参謀などとして、会社を強力にサポートするケースなどが出てきています。

  • 参謀は社内の人材に限らず、外部から招くこともできる
  • 特定分野に強い「ジョブ型参謀」を組み合わせて活用してもいい

というわけです。以降ではこの流れを踏まえて、経営者が参謀を獲得する上で押さえておきたい重要な視点を紹介します。

2 「内部×外部」で化学反応を起こす!

参謀は誰にでも務まるものではないので、選定や育成にはどうしても時間がかかります。とはいえ、経営者が使える時間は限られています。それに、経営者自身が参謀を育てると、どうしても考え方が似通ってしまい、「違う角度から見てくれる」という参謀の大事な役割が薄れてしまいます。

もし、御社が参謀の育成に困っているなら、参謀を「業務委託で外部から招聘する」のも一策です。実際、こうして参謀を獲得し、事業を成功に導いている経営者は数多くいます。

とはいえ、単に業務委託として使うだけだと、その参謀との契約が終わった後は何も残りません。ですから、

社内の参謀候補と外部から招聘した参謀とでチームをつくり、社内の参謀候補に新しい知見を吸収させること

が重要です。

これには別の意味もあります。外部から参謀が招聘されると、自社の参謀候補は面白くありません。しかし、一緒にチームを組ませれば、参謀候補は「経営者は自分に期待してくれているんだな」と自信を持てるわけです。

3 「ジョブ型」参謀はすでに存在する

経営者に「経営に必要な能力は?」と質問すれば、「人間力」「判断力」「リーダーシップ」などの答えが返ってくるでしょう。ですが、これではかなり抽象的です。具体的に掘り下げていくと、経営者の仕事は本当に幅広くて、実にさまざまな能力が必要なことが分かります。そして、経営者を支える参謀にも、同じように多様な力が求められます。

ただ、何もかもに精通した「オールマイティーな参謀」は、そうそういるものではありません。ですから、考え方を少し変えて

「ジョブ型参謀」のチームを意識してみましょう。「DXであればA参謀」「採用教育であればB参謀」といった具合

です。例えば、顧問税理士は、税務会計における社外参謀といえますが、DXには明るくないかもしれません。こういう場合は、別の分野で専門的な知見を持つ参謀を獲得し、組み合わせればよいのです。

また、参謀は必ずしも管理職クラス(部長や課長など)である必要はありません。通常の社員の中にも、経営者の目が届かないところで、コツコツと勉強を重ねている人がいます。気付けば、ある分野では社内の誰よりも詳しくなっている、なんてことも珍しくありません。そうした社員は、自分の得意とする分野において、ジョブ型参謀としての役割を立派に果たしてくれるでしょう。

4 参謀リーダーという考え方

参謀が複数いる場合、参謀を束ねる「参謀リーダー」がいると意見がまとまりやすくなります。この参謀リーダーは、DXや税務会計などに明るくなくても大丈夫です。むしろ必要なのは

コミュニケーション能力が高くて、いい意味で経営者をうまく使える器

です。次のような資質を持った人が、参謀リーダーに向いています。

1)イエスマンにも反対勢力にもならない

参謀リーダーは、経営者が喜びそうな意見をまとめる「イエスマン」ではありません。さまざまな情報に触れ、必要なら経営者に対し、「それ、ちょっと待った方がいいかもしれません」と異を唱えられる立場でなければなりません。

ただし、経営者を見下したり、反対勢力になったりすることは絶対にありません。敬意を持ちながらも、言うべきことは言える、そんな絶妙なバランス感覚が求められます。

2)現場(社員)の声を吸い上げる

経営者は現場の声を聞こうとしますが、社員の方は正直なところ、経営者に率直な意見を言うのをためらいがちです。特に悪い情報ほど、なかなか経営者の耳には届きません。

参謀リーダーは、経営者の目となり耳となって、普段は把握しにくい社内の本音や雰囲気をキャッチし、適切なタイミングで伝える必要があります。特に、経営方針に不満を持っている社員や、辞めそうな社員の動きには要注意です。

3)経営者の代弁者となる

経営者は社員に向けて、いろんなメッセージを発信します。理念を語ったり、新しい施策の内容や狙いを説明したり……。

ですが正直、多くの社員にとって、「社長が何を言いたいのか」を正確に理解するのは難しいものです。そこで、参謀リーダーが経営者の通訳役になって、メッセージの真意を分かりやすく伝えることが大切です。これで組織の一体感が高まり、施策の浸透度もグッと上がります

4)経営者をうまく使う

経営者でなければ対処できない課題があります。例えば、大事な交渉が行き詰まったときに、経営者が直接出ていくことで流れが変わることがあります。

参謀リーダーには、いつも経営者を頼るのではなく、「ここぞ!」という場面で、いい意味で経営者をうまく使って、物事を有利に進める器用さが求められます。経営者の時間と影響力を最大限に活かす「プロデューサー」のような役割です。

以上(2026年1月更新)

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ヒント6[仕事2]:仕事の意義を共有できれば、人は簡単には辞めない/武田斉紀の『人が辞めない会社、10のヒント』(7)

1 入社者へのフォローが実り落ち着いてきた頃に、新たな問題が……

今シリーズの狙いは、経営者、人事担当者、現場の皆さんのお悩みである「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」という課題を解決することです。『人が辞めない会社、10のヒント』と題して、毎回1つずつご紹介していきます。

『人が辞めない会社』に変わるための課題、その原因と解決策は会社によってさまざまです。

今回ご提示するヒントが皆さんの抱える原因に明らかに当てはまらない場合は、読み飛ばしてくださって結構です。ですが、ヒントの1~9までが該当しなくても、10が当てはまるかもしれません。

全社共通の原因もあれば、部署ごとの固有の原因も存在することでしょう。原因が1つだけというケースは少ないので、何回分か読んでいただければ「これはうちにも当てはまるな」というものを見つけていただけるのではと思います。

『人が辞めない会社』に変わるために、前回第6回からは入社後のヒントについてお話ししています。第6回では、入社者にとっては誰しも「事前のイメージとのギャップはあるもの」と想定して対応するべきであると申し上げました。

入社初日を終えた時点からしばらくは、職場の上司だけでなく、人事や事前に設定したメンター(相談相手)も関わりながら定期的かつ丁寧なフォローを続けることが重要であると。

特に新卒採用の場合、正社員として働くことは初めてで、戦力になるまでには時間がかかります。中途採用の人も、前職との違いにしばらくは戸惑うかもしれません。それでもしっかりとしたフォローがあれば、よほど入社前の勘違いでもない限り、本人のギャップは解消されていくことでしょう。

入社者それぞれが仕事に慣れてくると、日々の小さな成功と挫折を繰り返しながら会社や所属する組織にもなじんできます。配属先の上司や、採用し配属に関わった人事としては、フォローしてきた努力が実り「これでもう大丈夫だろう」と思いたいところです。

ところがこの頃から、入社者には新たなモヤモヤが芽生え始めています。何でしょうか?

2 “仕事の意義=やりがい”の実感は、仕事に前向きな社員にこそ必須

とりわけ

仕事に対して前向きな「生活に必要なお金を稼ぐ手段」以上の価値を求めて入社した社員にとって、仕事に慣れてくるにつれて新たなモヤモヤが芽生え始めます。

それは「自分の仕事は何かの役に立っているのだろうか」という“仕事の意義=やりがい”の実感です。

会社として目指している企業理念やこだわっている存在意義(パーパスなど)については、入社前から説明してきたかもしれません。それらに強く共感して入社した社員ほど、仕事に慣れてくると、担当業務を通して“仕事の意義”を実感したいと思うようになってきます。

幸い顧客と接点のある部署に配属された場合は、すぐにお客様から「ありがとう」の言葉をいただくなどして、“仕事の意義”を実感できる場合もあるでしょう。

片や配属された部署や担当業務によっては、企業理念や存在意義(パーパスなど)につながる“仕事の意義”を実感しにくいことも多いはずです。

実感が得にくい仕事の場合、「日々取り組んでいる自分の仕事は何かの役に立っているのだろうか」という疑問が湧いてたまっていきます。自分が共感して入社したこの会社、仕事に求めていたものは何だったのだろうと。

やがては「こんなはずじゃなかった」と入社時点で選ばなかったほうの会社や第3の選択肢など、隣の芝生が青く見えるようになってくるのです。これはとても危険な状態です。

3 “仕事の意義”を感じられる、小さな成功体験の機会を用意する

仕事に対して最初から前向きな社員ばかりでもないでしょう。「仕事は生活に必要なお金を稼ぐ手段に過ぎない。さっさと終えてプライベートを充実させたい」と割り切って考える若手社員もいます。

ですが、彼らは気が付いていないのかもしれません。働く世代にとって「人生の約半分は仕事の時間」なのです。アルバイトで1日数時間働くのとは違います。働いている時間は、多少の残業や通勤時間なども考慮すると1日8時間以上。睡眠やトイレ、お風呂の時間を除くと、起きている時間の半分かそれ以上なのです。

よほどの好待遇であれば、単調で、時に体力的・精神的につらい日々も「お金のためと割り切って」我慢できるかもしれません。が、その前提となる好待遇は仕事への人並み以上の努力なくして得られません。

では好待遇はあきらめ、そこそこの給料を受け入れてプライベートの時間のために我慢して働くとしましょう。毎日8時間、起きている時間の半分以上となると我慢するには長すぎます。しかもそれが何十年と続くのです。

効率(コスパ、タイパ)良く稼ごうと思っていた人ほど、我慢できなくなります。来る日も来る日も8時間我慢しても給料が変わらないのであれば、お金以外の“何か”を求めたくなるはずです。

そんなとき、会社や上司が本人が担当している“仕事の意義=やりがい”を提示できたらどうでしょう。例えば本人が担当している仕事の質次第で、お客様が「ありがとう」と声をかけてくださることを伝えるのです。

声をかけられた本人はうれしいでしょう。褒められてうれしくない人はいません。その日一日くらいは何だか得した気分になれるのではないでしょうか。

お客様からの高い評価が続けば、会社からも評価されて待遇アップの可能性が高まるでしょう。より近道の効率(コスパ、タイパ)を求めていたはずが、少し遠回りに見えても“仕事の意義”に気付き追求することで、結果的に効率が良くなるのです。

仕事を通した小さな手応え、成功体験に出会わせてあげるだけで本人のやる気を引き出せる上に、待遇も上がる可能性があることを伝えられます。

そのためには“仕事の意義=やりがい”を提示してあげることが近道です。

4 部下に、担当する“仕事の意義”を伝えられていますか?

新卒、中途に限らず新人が「こんなはずじゃなかった」と感じて退職を考える理由の最たるものは「仕事のイメージ」のギャップだそうです。「自分はこんな仕事をしたくてこの会社を選んだわけじゃなかった」と感じてしまうのです。

あなたは部下に対して、その人が担当する仕事内容や手順を説明するだけでなく、“仕事の意義”についてしっかりと伝えられていますか。

「教会のレンガ積みの話」を聞いたことがある人は多いでしょう。

旅人が道を歩いているとレンガを積んでいる人たちがいる。彼らに何をしているのかと聞くと、ある人は「ただレンガを積んでいるだけですよ」と答え、ある人は「レンガを積んでこの町の新しい教会を建てるのです」と答え、ある人は「町の人々の心を支える場所を創っています」と答える。

三者三様であるものの、2人目、3人目の人には仕事に対する誇りややりがいがあり、2人目の人は、仕事=やりがいを、3人目の人は、仕事=生きがいと思えるまでのものを感じているはずです。

客観的に見ればただレンガを積んでいるだけの仕事でも、その先にある仕事の意義をどう感じているかは、人によって全然違うという例え話です。

レンガを積むという仕事をどう捉えるか。「ただレンガを積む仕事」→「町の教会を建てる仕事」→「町の人々の心を支える場所を創る仕事」と視点を変えていくことを、「抽象の階段(または、はしご)」を登ると呼びます。

抽象の階段(はしご)を登って視点を高くして見直してみるだけで、仕事自体は変わらなくても、仕事の持つ意義は全く違って見えるのです。

一人の仕事だけで教会が建つわけではありません。ならば一人くらい手を抜いてサボってもいいのでしょうか、それで良い教会は建つでしょうか。一人ひとりの良い仕事が積み重なって初めて、町の人々に末永く愛される良い教会が生まれます。

あなたの仕事や、あなたの部下が担当する“仕事の意義”とは何でしょう。それを一人ひとりに伝えられていますか。また小さなことからでもいいので、個々の“仕事の意義”を実感できる機会を用意できていますか。

5 宅配会社の仕事は、「ただ荷物を届けているだけ」ではなかった

「教会のレンガ積みの話」は分かりやすいのですが、新人の場合、いきなり「目の前の自分の担当業務の意義は?」と聞かれても、すぐにイメージが湧かないかもしれません。あなたならどうしますか。

私は以前、ある大手宅配会社の部長クラスの方を対象に、自社の仕事の意義を考える研修を行ったことがあります。同社でも他の宅配会社と同じように、若手社員の何年かは自ら配送を担当するのが決まりです。

毎日大小の荷物を大量に抱えて、朝から晩まで一つひとつ丁寧に届ける。時間通り届くのが当たり前という感覚の人も珍しくなく、少し遅れると怒鳴られ、再配達を繰り返してようやく届けても「ありがとう」や「お疲れ様」の一言もない。誰しもが「やってられるか」という気持ちになるでしょう。

新卒1年目にしては給料が良かったとしても、そんな毎日が続くとどんどん心が削られます。いつなんどき退職を思い立っても不思議ではないでしょう。

現場を離れて管理職になったらなったで、毎日クレームやストレスにさらされている部下たちが辞めないよう、明日も前向きに取り組めるようにマネジメントしなければいけません。皆さんの職場と比べても、早期退職がより心配される職場ではないでしょうか。

私は部長の皆さんに質問しました。「そんな中で、皆さんはどうしてこれまで辞めずに働いて来られたのですか?」と。すると、一人ひとり、これまでの仕事人生を振り返って、答えを見つけようとしました。

ある人は、ずっと取引がなく、何度営業しても相手にしてもらえなかった会社の社長からある日突然電話があったそうです。「この荷物を今晩中に〇〇まで届けてもらえないだろうか」と。トラックの配送では間に合わないが、新幹線なら最終便で間に合うかもしれない。

彼は「分かりました。何とかしてみます」と返し、チームの仲間に翌朝の業務を分担してもらうことにして、荷物を受け取り新幹線に飛び乗りました。荷物はその日のうちに無事に届けることができ、現地から報告の電話を入れたところ、社長は電話口で何度もお礼の言葉をくださったそうです。

それ以来、仕事の依頼をくださるようになって、大切な取引先の一つになったそう。「荷物を届けるというのは、人と人との信頼なんだ」と改めて感じたことが、今まで仕事を続けて来られた理由かもしれませんとその部長は言いました。

別の部長は当時担当していた営業所の近くで、阪神淡路大震災を体験したそうです。道路も交通機関も寸断されて、担当エリアである淡路島に荷物を運べない。どうしたものかと所内で話し合っていると、誰かが「空路で四国に運んで、反対側から淡路島に運んだらどうだろう」と思いつきました。

さっそく営業所をあげて本社に働きかけて動き出し、他の宅配会社よりもいち早く島内に荷物を届けることができました。中には日々必要な医薬品もあって、震災で手元の薬が尽きていた人から涙を流して感謝されたそうです。

「あの日届けた際にいただいた感謝の言葉が、今でも自分の支えになっているんですよ」とその部長は言いました。会社が説明してきた“仕事の意義”、「ただ荷物を届けているのではない、心を届けているのだ」の言葉は、頭では分かっていたつもりでしたが、心の底から実感した瞬間だったそうです。

部長の皆さんは、それぞれが同じように特別なお客様との体験談を持っていました。順にエピソードを聞くたびに、他の部長も私も感動してしまいました。宅配は「ただ荷物を届けているだけ」の仕事ではなかったのです。

6 “仕事の意義”を1対1だけでなく、チームで共有する

“仕事の意義”を感じるには、個人の体験談やお客様の声が響きます。1対1だけでなく、チームで共有しましょう。

最高のサービスを提供することで知られる東京ディズニーリゾートやザ・リッツ・カールトンホテルでは、毎日のチームミーティングで、大切にするべき理念や行動原則を確認するだけでなく、現場の一人ひとりが体験したお客様とのエピソードを共有しているそうです。

クレームや失敗した対応の報告もあるでしょうが、それらは次にどうすればよいか、みんなで話し合って対策を考えます。同時にうれしかった体験も共有しているのです。ある人は「こんなお礼の言葉をいただいた」、ある人は「感謝のお手紙をいただいた」と。

前日につらい体験をしたメンバーも、私だけではないのだと少し気持ちが軽くなるでしょうし、次こそ頑張ろうと思えるでしょう。辞めたい気持ちがよぎったとしても、「自分もお礼の言葉をいただくまでは頑張ってみよう」「感謝のお手紙をいただけるまでは頑張ろう」と思い直せるのではないでしょうか。

そうして気持ちを立て直し、翌日からも前向きに仕事に取り組んでいくことで、遠くない日にお客様からうれしい反応をいただけるようになるはずです。次第に少々のことでは辞めたい気持ちにならなくなってきます。

気が付けば部署に新人が入ってきても、自ら“仕事の意義”を伝えられる人材に育っていることでしょう。こうした好循環が『人が辞めない会社』の実現につながるのです。

新しく仲間になった新卒や中途の社員には、なかなか仕事の意義が捉えにくいもの。彼らが担当する業務の意義について伝えるのは、先輩や上司, あるいは採用に関わった担当者の仕事です。

とはいえ、すでに長く働いている社員の皆さんでさえ、仕事の意義について改めて考えたことがないかもしれません。ならば、この機会にぜひ新たな仲間と共に、一緒に考え共有してみてください。

入社後のフォローを続けながらも仕事に慣れてきた頃には、社員一人ひとりの担当業務ごとの“仕事の意義=やりがい”を伝え、実感させてあげてください。本人が“仕事の意義”を実感できてそれを仲間と共有できれば、人は簡単には辞めません。

第7回を最後までお読みいただきありがとうございました。次回も[仕事]についてのヒントをご紹介します。

毎回ご紹介するヒントを参考にしながら、自社を退職する一人ひとりの「辞める理由」と、働いている一人ひとりの「辞めない理由」を丁寧に拾ってみましょう。見えてきた自社ならではの“課題”を解消し“強み”を活かせれば、『人が辞めない会社』へと変われるはずです。

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※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』
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『なぜ社長の話はわかりにくいのか』
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以上(2026年1月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
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