ヒント8[仕事4]:一人ひとりの“存在価値” や“存在意義”を演出する/武田斉紀の『人が辞めない会社、10のヒント』(9)

1 部下を褒めて甘やかすためではない、一人ひとりを“活かす”ために

今シリーズの狙いは、経営者、人事担当者、現場の皆さんのお悩みである「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」という課題を解決することです。「人が辞めない会社、10のヒント』と題して、毎回1つずつご紹介していきます。

『人が辞めない会社』に変わるための課題、その原因と解決策は会社によってさまざまです。

今回ご提示するヒントが皆さんの抱える原因に明らかに当てはまらない場合は、読み飛ばしてくださって結構です。ですが、ヒントの1~9までが該当しなくても、10が当てはまるかもしれません。

全社共通の原因もあれば、部署ごとの固有の原因も存在することでしょう。原因が1つだけというケースは少ないので、何回分か読んでいただければ「これはうちにも当てはまるな」というものを見つけていただけるのではと思います。

『人が辞めない会社』に変わるために、前回の第8回では、“仕事の意義やりがい”をどれくらい実感するかは、一人ひとりのモチベーションタイプ (MT) によるという話をしました。

MTには「組織」「職場」「顧客」「仕事」「社会」「生活」の6つがあり、1)6つのMTはいずれも多くの人が大なり小なりもっていて、2)但し、6つの内どれがメインとなるかや、他との優先順位やバランスは人によって異なると紹介しました。

上司や先輩が、部下や後輩一人ひとりのメインのMTや優先順位の高いMTを把握して、それに応じて声をかけてあげられれば、より活力のある職場が実現し、人は簡単に辞めなくなるという話でした。

部下のMTを把握するには、まず部下は誰一人として同じではなく、MTのあり方も一人ひとり異なるのだという認識を持つこと。その上で、常日頃から部下への声かけを実践し、反応を見ながら確認していく方法をお薦めしました。

相手のモチベーションタイプ (MT) を把握できれば、上司も部下もお互いが気持ち良く日々働けるようになり、自ずと退職防止にもつながっていくのです。

2 「自分は大事な戦力なのだ」と思えれば簡単には辞めない

さて、第9回は [仕事] についての最後のヒントです。それは、

人は「自分は今の仕事で大事な戦力なのだ」と思えれば簡単には辞めないということです。

今シリーズではテーマに沿って、「人が採れない、採ってもすぐに辞めてしまう」という話をしていますが、皆さんの組織にも人はすでにいるはずです。

採用した彼らの最初のゴールは何かというと「戦力に育てる (戦力化する)」ことですよね。

たとえ“中途で経験やスキルがぴったりの即戦力人材”を採用できたとしても、職場になじめなければ、入社後すぐに辞めてしまうかもしれません。

そうならないよう、会社側と本人とのギャップは入社前に確認して、できる限り埋めておきます(埋まらない場合は、互いのためにあえて採用しない判断も必要)。それでも入社後のギャップはあるもので、双方の努力でできるだけ早く埋めていくことが肝要です。

ここまでの話は、第5回『入社日までに「入社後のギャップを最小化する」』、第6回『事前にいくら伝えても、入社後のギャップは必ずある』を中心にご紹介してきました。

“中途で経験やスキルがぴったりの即戦力の人材”ならば、これらのプロセスを経ることで、十分に「戦力に育てる」ことができるでしょう。ですが、そんなにぴったりの人材が採用できるケースはまれなのが現実です。

即戦力とまでは言えない若手の中途人材や、まして新卒人材となれば入社前、入社後のギャップを埋めるだけでは足りません。職場になじんだところで、自分が描くような、また会社や上司、職場の仲間から期待されるような仕事ができなければ、仕事自体への手応えが得られないからです。

第8回でご紹介した部下一人ひとりのモチベーションタイプ (MT) に合ったほめる言葉、励ます言葉をかけても、本人に実感がない限りこの問題は解消されません。

前向きに入社を決めた人ほど、本人にとって十分な「仕事の手応え」や「仕事を通した貢献や成長」が感じられなければ、モチベーションが維持できずにどんどん気持ちが辛くなっていくでしょう。

それは、本人が「自分は今の仕事で大事な戦力なのだ」と感じられていないということです。すなわち、職場に自分がいようがいまいが関係ない (あるいは逆に迷惑をかけてしまっている)と感じる。自身の”存在価値”や“存在意義”が見えない状態です。

3 徐々に「仕事を任せ」、自分で自律的に考えさせてみる

こうした自身の”存在価値”や“存在意義”が見えないためにモチベーションが満たされない状態を、皆さんも新人時代に経験していませんか。「はたして自分は、この会社や職場にとって本当に必要なのだろうか」と悩んでしまう。

中途入社の人の場合、これまでの経験やスキルを引っ提げて入社しただけに、余計に今後の希望を見失うかもしれません。

そんなとき、迎える側の上司がやるべきこと。それは彼らに徐々に「仕事を任せ」、一緒に「振り返る」ことです。

社会人が初めてだから、社外から来て分からないだろうからといって、上司や先輩がいちいち指示命令ばかりしていては良い解決策になりません。入社してすぐの新入社員ならまだしも、中途入社の人にとっては指示命令された通りに完遂できたところで、さほど達成感はないでしょう。

とはいえ、これまでの社内のやり方を覚えてもらうことも必要です。ならば次のように声をかけてみてはどうでしょう。

「今回○○さんにはこの仕事をお願いしたいと思います。最初は従来うちでやってきた手順を教えますので、まずその方法でやってみてください。同時にやりながら○○さんなりに、どこをどう変えればもっとよくなるといったアイデアを考えて提案してください。期待していますよ」

中途入社や、新卒でも近しいアルバイト経験のある人であれば、「○○さんが経験した□□□での知識やスキルからの提案もぜひ聞かせてください。期待していますよ」と添えれば期待度がより伝わります。近しい経験がなかったとしても、商品やサービスによっては顧客目線での提案は可能です。

ポイントは、本人の経験、知識、スキル、アイデア、何を活用してもいいので、自分で自律的に考えてもらうという点です。「新戦力としての期待」や「本人ならではの経験、知識、スキル、アイデアを期待していること」が伝われば、誰もが少なからず“存在価値”や“存在意義”を感じられるはずです。

4 提案をクローズにせずチームで共有し、トライして「振り返る」

本人からの提案は、上司が前向きにサポートしながら、2人の間だけで閉じるのではなく、定例会議の場面などでチームの他のメンバーにも聞いてもらいましょう。

2人だけで勝手に進めては、それを見た他のメンバーが混乱し、疑心暗鬼につながりかねません。

人は変化に対して面倒くさいと感じがちです。長年やってきて大きな問題を感じていなければ、新たな提案などは否定したくなるのが人情。「今までのやり方で何が問題なの」「そんなのうまくいくはずがない」 「前にやったけれどうまくいかなかった」と。

前にやってうまくいかなかったからといって、今回もうまくいかないとは限りません。世の中も顧客も常に変化し、技術は進化しています。改善の可能性がゼロでない限りは、「せっかくの提案だし、一度やってみようよ」と上司から提案してほしいのです。

そうして回数や期間(○日、1週間、1か月、半年など)を決めて部署のみんなで、あるいは本人だけでもいいのでトライしてみましょう。その結果をみんなで「振り返る」のです。

たとえ結果が出なくても提案自体はチームを思ってのこと、提案したこと自体は賞賛してあげてください。それでこそまた新たな提案が生まれます。

もう少しやってみようとなれば期間を延ばせばいいし、改善点が見つかればそれを反映してまたトライすればいいでしょう。

繰り返すうちに周囲は少しずつ新メンバーを理解し、協力してくれたり、新たなアイデアをくれたりするかもしれません。ほどなくチームのメンバーも新メンバーを受け入れ、本人は「みんなに存在を認められた」 「自分はここにいていいんだ」と感じ始めているはずです。

新しい組織の一員になることは、誰にとっても不安なもの。経験やスキルに乏しい新卒や若手社員は、「自分などいてもいなくても変わらない」とあきらめがちです。

後ろ盾のありそうな中堅以上の中途入社者であっても、不安なのは同じです。一日も早く戦力にならなければと焦っています。結果、経験やスキルを活かそうといきなり「前職ではこうしていた、このほうが効率的だ」などと主張して、かえって反発を招くことも少なくありません。

上司だけでなく周囲のメンバーは、新たに加わるメンバーが新卒や若手だろうと、ベテランだろうと、「自分はここで存在を認めてもらえるだろうか」と、誰もが不安を抱えているのだと知りましょう。

外部からの採用だけでなく、社内異動でも同じです。人材不足が叫ばれる中、新メンバーを「戦力に育てる」 気持ちがあるのなら、上司や周囲のメンバーのほうから先に受け入れる姿勢を示しましょう。受け入れる側が理解しようと努めてください。

5 一人ひとりの“存在価値”や“存在意義”を演出する

ここまでチームに新たに加わるメンバーを「戦力に育てる」ために必要なことをお話ししてきました。けれども、「自分は大事な戦力なのだと思えれば、簡単には辞めない」というのは、新たなメンバーだけに限りません。

メンバー一人ひとりが「自分は大事な戦力なのだ」と確信でき、自身の”存在価値”や“存在意義”を感じられる状態を演出することで、組織は活性化し、退職防止にもつながります。

上司やチームはメンバー一人ひとりの”存在価値”や“存在意義”を、しっかりと認識できているでしょうか。もし自信がなければ、それぞれの“得意なこと・強み”にフォーカスしてみてください。

いつも仕事の質が高い、仕事が早い、チャレンジ精神があるといった仕事のレベルそのものだけでなくて構いません。

字がきれい、仕事が丁寧、いつも冷静、返事がいい、挨拶がいい、笑顔がいい、何でもいいのです。各人ならではの“得意なこと・強み”を認めて、何度も褒めてあげてください。

「○○さんは字がきれいですね」は、何度言ってあげてもいいのです。相手が「またですか。前にも褒めてくれましたよ」と言って来たら、「だって毎回思うんだよ、素敵だなって」と返せばいいのです。表向きはどうあれ、内心は褒められて嫌な人はいません。

「○○さんは字がきれいですね」と言われた本人はどうすると思いますか? 「これは自分の“得意なこと・強み”なんだ」と強く認識して、さらに腕を磨くことでしょう。恐らく手書きの仕事があれば、社内の誰もがその人を頼ってくるに違いありません。本人は組織における自身の“存在価値”や“存在意義”を感じ、他の仕事にも前向きに取り組めるのです。

本人のモチベーションタイプ (MT) がもし「職場型」であったなら、「○○さんがいなかったら、きれいな手書きが必要な時にみんな困っちゃうね」という一言を添えることで、さらに“存在価値”や“存在意義”が増幅するでしょう。

字がきれいな○○さんには、他にも“得意なこと・強み”を見つけて認めてあげることで、さらに高いレベルの「戦力に育てる」ことを目指しましょう。その演出は上司にこそできる仕事です。

部下のメンバー一人ひとりが「自分は大事な戦力なのだ」と思って仕事に取り組めているかどうか。上司の皆さんはぜひ、毎日チェックしてみてください。

第9回を最後までお読みいただきありがとうございました。次回は個々の仕事ではなく、職場環境としての[組織] についてのヒントをご紹介します。毎回ご紹介するヒントを参考にしながら、自社を退職する一人ひとりの「辞める理由」と、働いている一人ひとりの「辞めない理由」を丁寧に拾ってみましょう。見えてきた自社ならではの“課題”を解消し“強み”を活かせれば、「人が辞めない会社」へと変われるはずです。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mailto:brightinfo@brightside.co.jp
https://www.brightside.co.jp/

※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』
https://amzn.asia/d/e8GZwTB
『なぜ社長の話はわかりにくいのか』
https://amzn.asia/d/8YUKdlx

以上(2026年3月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

pj90282
画像:VectorMine-Adobe Stock

【朝礼】寒さ和らぐ春の道。散歩で思考を整えませんか?

【ポイント】

  • 散歩をすると、よいアイデアが浮かんだり、不安が解消されたりする効果がある
  • 思考がまとまらないときには、散歩に出かけると混乱していた思考の整理ができる
  • 散歩は体に大きな負担もかからず、気分を爽快にしてくれる

今日は、散歩についてお話しします。散歩にはたくさんの効用があります。腕を振って歩くので、筋肉運動になります。長く歩けば有酸素運動となり、ダイエットにもわずかながら効果があるでしょう。汗をかくので代謝がよくなります。街を歩けば、そこには新しい発見があります。私の場合、最も効果があると感じているのは、脳が活性化されるのか、よいアイデアが浮かんだり、不安が解消されたりすることです。

机に向かって熟慮していると、思考が煮詰まった状態になりがちです。そうしたとき、私は散歩に出かけるようにしています。すると霧が晴れたように、混乱していた思考の整理ができるのです。例えば、「今後の経営方針」「仕事の具体的な進め方」「取引先への提案内容」「部下への指導方法」など机に向かっているだけでは、思い浮かばなかったようなことに気が付きます。皆さんも、思考がまとまらないときには、会社の周りを散歩してください。お昼休みを利用して20~30分散歩するだけでも、効果はあるでしょう。より長い距離を歩くのであれば、通勤のときに、1~2駅を歩いてみてください。

これまで、私は仕事の壁にぶつかって悩んでいる社員に「よく考えなさい」とアドバイスしてきました。それでも壁を破れない社員には「もう一度よく考えなさい」と言ってきました。しかし、これは間違っていたのかもしれません。壁にぶつかって悩んでいる社員の多くは、実はよく考え抜いたものの、結果がうまくいかなかったのです。

散歩に出かける楽しさを知った今では、私は「よく考えなさい」、それで駄目なら「散歩に出かけなさい」とアドバイスをします。何より、気分転換になりますし、思考が整理でき、気持ちが前向きになるからです。

散歩は体に大きな負担もかからず、気分を爽快にしてくれます。皆さんの心と体の健康のため、仕事のためにも、散歩をお勧めします。少し春めいてきて、暖かくなってきました。皆さん、私といっしょに散歩に出かけましょう。

                        

以上(2026年3月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

3月27日(金)当日限定配信【ごうぎんスタートアップフェス2026】

山陰地方におけるオープンイノベーションの創出を目的としたイベント「ごうぎんスタートアップフェス2026」の一部プログラムを会員さま限定で当日配信いたします。
国内主要ベンチャーキャピタルやスタートアップ企業、山陰の経営者の皆さまや自治体、当行グループの役職員が一同に会し、地域のオープンイノベーション創出を図るプログラムとなっております。ぜひご視聴ください。

配信日時

3月27日(金)13:45~19:00

視聴方法

以下のURLよりご視聴ください。
https://youtube.com/live/3cL07TpWBFc?feature=share
※本配信URLの無断転載、共有、およびSNSへの投稿はご遠慮ください。

配信内容

■オープニングセッション 13:45~15:30(配信会場:3F大ホール)

  • ごうぎんフェスから生み出す、スタートアップと地域経済の未来
  • Special Keynote「寿スピリッツの経営」

■トークセッション 15:45~17:40(配信会場:3F大ホール)

国内のトップキャピタリストや企業家の皆さまが様々なテーマでトークセッションを行います。

  • 地方発スタートアップの起こす圧倒的未来
  • 日本の宇宙産業の勝ち筋

■ピッチコンテストファイナル 18:00~19:00(配信会場:3F大ホール)

革新的な技術やソリューションを有する注目のスタートアップが自社についてプレゼンテーションを行います。

詳細はイベント特設サイトにてご覧いただけます。
URL https://goginfes.studio.site

【書籍ダイジェスト】『天気予報はなぜ当たるようになったのか』

本書は、元気象庁長官の著者が、自らの経験を踏まえて天気予報の作り方や最新事情を解説している。
気象は、一般的な物理法則で説明がつくものである一方、天気予報を導き出すための「方程式」は複雑で、「数値予報モデル」と呼ばれるコンピュータープログラムを用いて無理やり計算しているという。また、天気は地球全体の影響を受けて変化するため国際協力が進んでおり、すべての国が統一された方法で気象の観測を行い、すべての国で情報交換して使えるような仕組みが整えられている。直近は、機械学習によって気象予測を行う「AI予報」なども始まっているようだ。

書籍ダイジェストは、こちらからお読みいただけます。pdf

【人事部DX】 社員の退職手続きをオンラインで行う  

1 手続きは原則全てオンライン化できる

この記事では、人事労務の仕事を紙からデータに切り替えたい人向けに、

退職手続きはどこまでオンライン化できるのか

をまとめます。一般的な退職手続きは、原則全てオンライン化が可能ですが、図表の赤字に注意が必要です。なお、社会保険については、協会けんぽ管掌を前提で記載しています。健康保険組合に加入されている場合は、各健保組合の取扱いに従ってください。

退職手続き

【社会保険関連、税務関連の書類の取得】

健康保険関連の制度改正があります(2026年3月31日で健康保険被保険者証が完全廃止)。

【法定書類(社会・労働保険関連、税務関連)の提出】

税務関連の書類は、電子証明書がないとオンラインで提出できません。

以降では「退職前または退職日当日の手続き」と「退職後の手続き」の2段階に分けて、労務管理のオンライン化のポイントを見ていきます。

2 退職前または退職日当日の手続き

1)退職届の取得

退職届は、雇用保険の資格喪失手続きを行ったり、退職理由をめぐる労使トラブルを防止したりするために必要な書類です。社員本人が自分の意思で退職したことの証拠となるため、通常は直筆で署名捺印のあるものが望ましいとされています。

ただし、「一身上の都合で退職します」と記載されたメールなど、電子的な手段で退職の意思表示があった場合でも、直筆でない、署名捺印がないという理由だけで、退職届としての有効性が否定されることはありません。ポイントは、

社会通念上、本人が作成、送信したものに間違いないと推定できること

です。例えば、発信元のメールアドレスを社員本人が管理していて、他の人がログインできない場合、そのメールを退職届と同じように扱っても問題ありません。逆に、誰が管理しているか特定できないフリーメールなどを使用した場合、退職届として扱うのは難しくなります。

退職届を電子化する手堅い方法は、電子契約書ソフトを利用することです。例えば、

  • 退職する社員本人が管理をしているメールアドレスに、会社側で作成した退職届のフォーマットを送って電子署名をしてもらう
  • 「退職合意書」を作成し、会社と社員が相互に電子署名を取り交わす

といった形が想定されます。メールアドレスで社員本人を特定していることに加え、電子契約書ソフトによる電子署名が客観的かつ強固な証拠となるので、直筆で署名捺印がされた退職届と同等の証拠能力をオンラインで担保できます。

2)社会保険関連、税務関連の書類の取得

1.健康保険被保険者証(現在は不要)

以前は、退職する社員の健康保険被保険者証(本人分と被扶養者分)の現物を回収し、保険者に返却しなければなりませんでしたが、

2024年12月2日以降、健康保険被保険者証とマイナンバーの一体化(マイナ保険証)に伴い、健康保険被保険者証は発行されなくなりました。経過措置により、既存の健康保険被保険者証は2026年3月31日まで使用できますが、退職時の回収は不要(社員が自分で破棄してよい)

になっています。

ただし、健康保険被保険者証からマイナ保険証への切り替えに伴い、2025年4月30日時点においてマイナ保険証を保有していない場合、同年7月以降、対象となる各被保険者・被扶養者に協会けんぽ都道府県支部から順次、健康保険証の代替となる「資格確認書」が郵送されています。資格確認書の返却は退職時の義務となっていますので、必ず事前に保有状況を確認するようにしてください。2024年12月2日以降に入社され、健康保険の資格取得をした際にマイナ保険証を保有していない場合についても同じく資格確認書が交付されていますので、ご注意ください。

なお、70歳以上の被保険者・被扶養者に対して交付される高齢受給者証については、引き続き資格喪失時の返却は義務とされています。

2.退職所得の受給に関する申告書

退職金の支給を受ける社員は、「退職所得の受給に関する申告書」を会社に提出すると、退職所得控除の適用を受けられます。その場合、退職金に対する所得税が非課税または軽減された税額となります。提出しない場合は、支給額に対し一律20.42%が課税されます。

「退職所得の受給に関する申告書」は、オンラインでの提出も認められています。オンラインでの提出方法としては、「社員が押印したものをスキャナー保存してもらって、PDFなどでメール送信してもらう」という方法がありますが、

社員本人から間違いなく提出されたものであると識別できる必要

があります。識別性を持たせるには、PDFそのものにパスワードを付けることや、当該社員がIDやパスワードを管理しているメールアドレスから送信させることが考えられます。

会社が税務調査などで「退職所得の受給に関する申告書」の提示を求められた際には、本人を識別できる方法で適正にPDFで受領していれば、原本の提示は必要ありません。

3)法定書類(雇用保険被保険者離職証明書)の作成

退職した社員が基本手当(いわゆる「失業手当」)を受給するためには、会社が所轄ハローワークに「雇用保険被保険者離職証明書」を提出する必要があります。雇用保険被保険者離職証明書は電子申請を前提として、「電子政府の総合窓口(e-Gov)」上またはその他の業務ソフト上で作成することができます。

手書きの離職証明書では、社員に「記載内容について異議がない」旨の署名捺印をしてもらいますが、電子申請の場合、社員側に異議がないことをどう証明するかが問題となります。解決策としては、例えば「離職証明書の記載内容に関する確認書」という書類を作成して社員に署名捺印をしてもらい、PDFで電子申請データに添付するという方法があります。

なお、e-Govで電子申請を行うには電子証明書が必要ですが、電子証明書を持っていない場合、GビズID(1つのIDでさまざまな行政サービスにアクセスできるサービス)による手続きも可能。です。

電子政府の総合窓口 (e-Gov)
https://www.e-gov.go.jp/
GビズID
https://gbiz-id.go.jp/top/

また、在職中に結婚などで氏名が変更になった場合、かつては都度氏名変更届での対応が必要でしたが、現在は資格喪失等の手続きが発生したタイミングで同時に届け出ることになっています。基本手当の受給は、本人確認が大前提となる手続きなので、雇用保険上の登録情報に差異が生じているようなら、氏名変更も同時に行うようにしてください。

3 退職後の手続き

1)退職日までの給与、退職金の支払い

給与明細や退職金支給明細書は、社員の同意があればPDFなどで交付できます。この同意は入社時に得ておけば、途中で社員が撤回しない限り退職時まで有効です。

メールで給与明細を提供する際、通常は最終給与や退職金の支払日が退職日後になるので、会社から付与されたメールアドレスが既に使用できなくなっていると、退職した社員に給与や退職金の明細を送付できません。そのため、セキュリティーに配慮しつつ、退職後も一定期間、メールアドレスを削除しないなどの対応が求められます。

同様に、クラウド給与計算ソフトなどを用いて、ウェブ上で給与明細などを公開している場合も、一定期間は退職した社員のアカウントを削除しないようにする配慮が必要です。例えば、退職後3ヵ月はアカウントを有効にしておいて、その間にダウンロードしてもらいます。

2)法定書類(社会・労働保険関連、税務関連)の提出

1.社会・労働保険関連

次の法定書類を提出する必要があります。

  • 健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届
  • 雇用保険被保険者資格喪失届
  • 雇用保険被保険者離職証明書

これらは全て電子申請が可能です。e-Govのインターフェースに直接情報を入力するか、業務ソフトを利用してAPI経由で申請をします。電子申請が受理されると、被保険者資格の喪失に関する通知や離職票の事業主控えがPDFで発行されます。PDFが原本扱いとなるので、データのまま社内のサーバーやクラウドストレージなどに保管しておけば大丈夫です。

なお、以前は現物の返却が必要だった「健康保険被保険者証」については、前述した通り、現在は返却が不要となっています。ただし、資格確認証や高齢受給者証などは返却が必要です。

2.税務関連

税務関連では、次の法定書類を作成し、提出する必要があります。

  • 給与所得の源泉徴収票
  • 給与支払報告書
  • 特別徴収に係る給与所得者異動届出書
  • 退職所得の源泉徴収票

給与所得の源泉徴収票は、退職者本人に対して退職後1ヵ月以内に交付しなければなりません。また、それとは別に、その年の給与等支払額が250万円(役員の場合は50万円)を超えた退職者については、年末調整時に別途給与所得の源泉徴収票を提出する必要があります。その際、「国税電子申告・納税システム(e-Tax)」経由による電子申請での提出が可能です。

給与支払報告書は、「地方税ポータルシステム(eLTAX)」経由で電子申請が可能です。こちらも、提出のタイミングは年末調整時となります。給与の支払金額の多寡にかかわらず、全ての退職者について提出が必要となるので注意しましょう。

特別徴収に係る給与所得者異動届出書は、eLTAX経由で電子申請が可能です。特別徴収を停止して、普通徴収に切り替えるための届出書ですので、提出のタイミングは退職時となります。

退職所得の源泉徴収票も、e-Tax経由で所轄税務署にオンライン提出が可能です。ただし、提出義務があるのは受給者が法人の役員である場合のみで、社員が退職した場合は提出不要です。

なお、e-TaxまたはeLTAX経由で電子申請を行う場合、

現状は電子証明書の取得が必須 (GビズIDは不可)ですが、e-Taxについては、2026年9月24日以降、GビズIDとの連携が可能になる予定

です。

国税電子申告・納税システム (e-Tax)
https://www.e-tax.nta.go.jp/
地方税ポータルシステム (eLTAX)
https://www.eltax.lta.go.jp/

3)社員への書類の送付

退職した社員本人には、次の書類を送付します。

  • 雇用保険被保険者資格喪失確認通知書(被保険者通知用)
  • 雇用保険被保険者離職票-1
  • 雇用保険被保険者離職票-2
  • 給与所得の源泉徴収票
  • 退職所得の源泉徴収票
  • 退職証明書(社員から請求があった場合)

これらの書類は、全てPDFでの送付が可能です。「雇用保険被保険者資格喪失確認通知書(被保険者通知用)・雇用保険被保険者離職票-1」「雇用保険被保険者離職票-2」は、e-Gov経由で電子申請をした場合、所轄ハローワークからPDFで発行されます。これを原本として扱い、そのまま退職者本人にメールなどで送付できます。なお、2025年1月からは電子申請などの要件を満たした場合に限り、社員自身が事前に手続きを行っておくことで離職票を社員自身のマイナポータルに直接送付されるサービスも開始されています(その場合、会社宛には事業主控え分のみ交付されます)。

「給与所得の源泉徴収票」「退職所得の源泉徴収票」については、社員本人の同意を前提に、PDFで交付できます。ただし、本人から依頼があった場合は書面で交付します。

退職証明書に関しては、法令を解釈する限りでは書面に限るのか、PDFによるオンライン交付も可能なのかは明確になっていません。実務上の対応としては、少なくとも本人の同意がある場合は、PDFで交付をして差し支えないと考えてよいでしょう。

以上(2026年3月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:Stokkete-shutterstock

【動画で学ぼう】入社3〜5年目の中堅社員に必要なマナー

中小企業にとって中堅社員は組織の要であり、皆さんの成長こそが企業の成長につながります!「半歩先行く中堅社員」シリーズは、そのためのエッセンスをまとめた15本のシリーズです。
今回、新たに動画版の公開をスタートしましたので、ぜひ、参考にしてみてください。

1 ジーンズにはき替えたら、すごいアイデアが浮かぶ?

中堅社員は変化を起こす勇気を持とう!ただし、「手段の目的化」に陥らないように注意することが必要です。

(下の画像をクリックしていただくと、YouTubeに遷移します)


テキスト版はこちら


2 接待は「おにぎり」を食べてから行こう!

中堅社員は、「TPO×自分」を意識して、自分なりのビジネススタイルを確立しましょう。

(下の画像をクリックしていただくと、YouTubeに遷移します)


テキスト版はこちら


3 助け合いは大事。ただし、数字の裏付けも忘れずに

中堅社員は、「依存と自立」のバランスを忘れずに。仕事ができて“愛”のある上司を目指していきましょう。

(下の画像をクリックしていただくと、YouTubeに遷移します)


テキスト版はこちら


4 その “リスケ” では事態が悪化します!

中堅社員は、「依存と自立」のバランスを忘れずに。仕事ができて“愛”のある上司を目指していきましょう。

(下の画像をクリックしていただくと、YouTubeに遷移します)


テキスト版はこちら


動画制作
アーティスソリューションズ
https://www.artis-sol.co.jp/index.html

以上(2026年3月作成)

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画像:Eriko Nonaka

【人事部DX】 社員の入社手続きをオンラインで行う

1 手続きの多くはオンライン化できる

この記事では、人事労務の仕事を紙からデータに切り替えたい人向けに、

入社手続きはどこまでオンライン化できるのか

をまとめます。一般的な入社手続きは、原則オンライン化が可能ですが、図表の赤字に注意が必要です。なお、社会保険については、協会けんぽ管掌を前提で記載しています。健康保険組合に加入している場合は、各健保組合の取扱いに従ってください。

入社手続き

【社会・労働保険、税務関連の書類の取得】

マイナンバーを扱うため、オンラインでやり取りをする際は細心の注意が必要です。

【法定書類(社会・労働保険関連、税務関連)の提出】

社会保険関連の制度改正があります(2024年12月2日以降、健康保険被保険者証が廃止。改正後1年間の経過措置があったが、2025年12月1日をもって終了)。税務関連の書類は、電子証明書がないとオンラインで提出できません。

以降では「入社前または入社当日の手続き」と「入社後の手続き」の2段階に分けて、労務管理のオンライン化のポイントを見ていきます。

2 入社前または入社当日の手続き

1)労働条件通知書の交付

会社が社員を雇用する際には、賃金や労働時間などの主要な労働条件を、書面などで明示する必要があります。これが「労働条件通知書」です。紙で渡すのが原則ですが、社員が希望すれば、メールやLINEやメッセンジャー等のSNS宛にPDFを添付する形での電子交付も可能です。

2)社会・労働保険関連、税務関連の書類の取得

社員が入社する際、社会保険や雇用保険の手続き、所得税の計算、年末調整を行うために、次の書類を本人から提出してもらう必要があります。

1.マイナンバーカード (またはマイナンバー通知書)・雇用保険被保険者証のコピー

これらのコピーは、会社が年金事務所やハローワークへ提出する書類を作成する際に使用します。提出方法は会社が自由に決められるので、メールやSNSにPDF、写真などを添付してもらうのが簡単です。

ただし、マイナンバー(個人番号)の取り扱いには細心の注意を払わなければなりません。提出を受ける場合、マイナンバー法上、次のような対応が必要です。

  • 添付ファイルにパスワードをかける
  • 個人番号事務取扱担当者だけが閲覧できるメールアドレスに送信をしてもらう
  • メールでやり取りをした場合は、送信(受信) 履歴を削除する

といった対応が必要です。

マイナンバーを受け取る場合、クラウド型の人事労務手続きソフトを使う方法もあります。これらのソフトは、管理者として権限が与えられた担当者しか情報を見られませんし、提出された個人番号などもクラウド上に安全に保存されます。

2.給与所得の源泉徴収票 (前職分)

年の途中で転職してきた社員について年末調整を行うために必要な書類です。社内での年末調整事務で参照するものなので、添付ファイルで提出してもらえば問題ありません。

3.給与所得者の扶養控除等(異動)申告書

原則として紙(所得税法で定められた書式)での提出が必要です。ただし、所轄税務署に「源泉徴収に関する申告書に記載すべき事項の電磁的方法による提供の承認申請書」を提出すれば、添付ファイルで受け取ったり、人事労務手続きソフトでクラウド上に自動作成されたデータを保存したりできます。

3)その他の書類の取得

行政手続きなどで必要というわけではありませんが、社内での労務管理のため、会社が社員に次のような書類の提出を求めることがあります。

  • 住民票記載事項証明書
  • 免許証・資格証明書
  • 給与振込先届出書・通勤経路届
  • 誓約書・身元保証書

これらは法的に必須の書類ではないので、提出方法は会社が自由に決められます。メールやSNSで添付ファイルとして提出してもらうとよいでしょう。ただし、誓約書や身元保証書のように本人や身元保証人に署名を求める書類については、電子契約書ソフトを使って電子署名を添えて提出してもらうのがおすすめです。

3 入社後の手続き

1)法定書類(社会・労働保険関連、税務関連)の提出

1.社会・労働保険関連

社員から提出された個人情報に基づいて、会社は社会保険や雇用保険の資格取得、扶養家族の認定に関する書類を作成・提出します。具体的には次の書類です。

  • 健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届
  • 健康保険被扶養者(異動)届 (被扶養者がいる場合)
  • 国民年金第3号被保険者関係届(配偶者が健康保険上の扶養者である場合)
  • 雇用保険被保険者資格取得届

(注)協会けんぽの様式では、健康保険被扶養者(異動)届と一緒になっています。

これらの書類は紙で提出することもできますが、政府は電子申請の利用を推奨しています。

電子申請は「電子政府の総合窓口(e-Gov)」から行います。該当する手続きを選択して必要情報を入力し、電子証明書を添えて手続きします。電子証明書を持っていない場合でも、GビズID(1つのIDでさまざまな行政サービスにアクセスできるサービス)で手続き可能です。

申請が受理されると、被保険者資格の取得に関する通知などの「公文書」がメールで送られてきますので、データで保存しておきましょう。雇用保険の場合、公文書の一部として雇用保険被保険者証がPDFで発行されます。PDFが原本扱いなので、データのまま本人に転送すれば大丈夫です。

なお、社会保険に関しては、

以前は「現物」で発行される健康保険被保険者証を社員に渡す必要がありましたが、2024年12月2日以降は、マイナンバーカードとの一体化(マイナ保険証)により発行されない

ようになっています。従って、今は「健康保険被保険者証の交付」という実務は発生しません。

ただし、マイナ保険証を保有していない場合は、健康保険被保険者証の代替となる「資格確認書」の交付を受けることができます。その場合、被保険者資格取得届の中にある該当箇所にマークすることで自動的に交付される流れになっています。なお、マイナ保険証を保有している場合は、資格確認書の交付を受けることはできませんので、必ず事前に保有状況を本人に確認するようにしてください。

電子政府の総合窓口 (e-Gov)
https://www.e-gov.go.jp/
GビズID
https://gbiz-id.go.jp/top/

2.税務関連

社員の住民税の納付を普通徴収から特別徴収に切り替える「特別徴収に係る給与所得者異動届出書」は、税法上の手続きのため、e-Govからの電子申請ができません。

電子申請は、「地方税ポータルシステム(eLTAX)」から行います。インターフェースに必要な情報を入力し、電子証明書を添えて提出するという流れは、e-Govの電子申請と同様です。

ただし、2026年1月現在、GビズIDでも申請可能な社会・労働保険関連の書類と違い、

税務関連の書類は電子証明書がなければ、電子申請は不可

とされています。電子証明書を取得するには、所定の認証局への申請が必要です。認証局は複数ありますが、通常は所轄登記所に申請します。法務省が提供する専用ソフトウェア「商業登記電子認証ソフト」をダウンロードし、そこから申請書等を作成して所轄登記所に提出すれば、電子証明書を取得できます。

地方税ポータルシステム(eLTAX)
https://www.eltax.lta.go.jp/
商業登記電子認証ソフト
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00027.html

3.その他

社員の入社などにより、次の書類の提出が必要になることがあります。

  • 高年齢者雇用状況報告書(提出は全ての会社(集計は社員数が21人以上の会社)が対象)
  • 障害者雇用状況報告書(社員数が40人(2026年7月からは37.5人)以上の会社が対象)

これらの書類は、毎年6月1日現在の高年齢者および障害者の雇用状況を毎年7月15日までに申告するもので、e-Gov経由での電子申請が可能です。

2)法定三帳簿の作成

社員を雇用する場合、次の「法定三帳簿」の備え付けが義務付けられます。

  • 労働者名簿
  • 賃金台帳
  • 出勤簿

法定三帳簿は、PDFなどのデータで保存できます。勤怠管理ソフトや給与計算ソフトの中に保存することも可能です。労働基準監督署などの調査があった際に、これらの法定三帳簿を画面上に表示したり、必要に応じてプリントアウトしたりできる状態になっていれば問題ありません。

3)雇入時健康診断

雇入時健康診断は原則として、会社が費用を負担し入社後速やかに受診させる必要があります(本人が入社3カ月前までに受診した健康診断書があれば、それで代用することも可能です)。

国から費用補助が受けられるので、雇入時健康診断を健康保険の「生活習慣病予防健診」を利用して行うこともあります。国から費用補助を受けるといっても、手続き自体は健診実施機関に直接申し込むだけで大丈夫です。電話やウェブで予約ができる健診実施機関もあります。

健康診断については、採血や医療器具を用いた検査を行うため、基本的にオンラインでは実施できません。

健康診断結果については、紙またはデータで保存することとされています。なお、健康診断結果の個人票をデータで保存する場合、医師等の電子署名や押印は不要です。

以上(2026年3月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:Stokkete-shutterstock

「背中を見て覚えろ」が嫌で退職? 製造現場の切実な労務トラブル

1 製造現場の労務トラブルは組織の「設計上のミス」が原因

製造業は、数値と精度の世界です。歩留まり、納期、品質……。それらは客観的な指標で管理され、わずかなズレでもラインを止め、原因を究明します。そこに感情が入り込む余地はありません。一方で、製造業の現場では様々な労務トラブルが発生します。例えば、

  • 「背中を見て覚えろ」が通じず、若手が辞めていく
  • 即戦力だと思った社員が、現場をかき乱す

などがそうです。

なぜ、「人」の問題になると合理性は失われてしまうのでしょうか。トラブルが起きるたび「あいつが悪い」「最近の若い者は根性がない」と個人の資質に原因を求めている社長は少なくありません。ですが、現場で繰り返される労務トラブルの多くは、

個人の問題ではなく、必ず組織の「設計上のミス」が潜んでいる

のです。機械の故障に構造的な理由があるように、人の問題にも「設計上のミス」があります。

この記事では、数多くの製造現場を見てきた社会保険労務士が、その構造的欠陥を、実際によくあるストーリーとともに解き明かします。

2 「背中を見て覚えろ」が通じず、若手が辞めていく

1)若手の離職が続き、技術はブラックボックス化する

ある社長から、こんな相談が寄せられました。

「先生、うちのベテラン職人の背中を見せて育てようとしているのに、若手がどんどん辞めていくんです……」

社長が指さす先には、黙々と旋盤に向かうベテランの姿がありました。技術は一流で、精度も速さも申し分ありません。しかし若手が質問に行けば、「見て覚えろ」「今は忙しい」と取り合わない。社長が指導を依頼しても、「自分がやったほうが速い」と言われてしまうのです。

その結果、特定の工程は彼にしかできない状態となり、若手は成長の実感を持てないまま離職していきます。残されたのは、キーパーソンが不在になれば止まってしまう、極めて脆弱なラインでした。

2)今こそ指導体制を見直すとき

「職人は背中を見て覚えるもの」という価値観は、製造業の文化の一部です。しかし、現代の組織運営においては、それだけでは持続しません。技術を言語化せず、個人の経験に依存したままでは、属人化が進む一方です。

問題の根本は、「教えること」よりも「自分で成果を出すこと」が高く評価される体制にあります。後継者育成が評価対象に含まれていなければ、技術を共有しないことが暗黙のうちに許容されてしまいます。

3)評価の軸を「個人の成果」から「組織への技術継承」へ

技術は個人の資産ではなく、会社の共有財産です。「背中を見て覚えろ」という指導スタイルのベテランに対しては、敬意を払いながらも、次のことを伝える必要があります。

「高い技術を持っていても、それが職場に共有されなければ、会社に未来はない。後継者を育て、手順を標準化することがベテランの役割である」

役割の変化を意識させるには、評価の軸を「個人のアウトプット (成果)」から「組織への技術継承」にシフトさせることが不可欠です。具体的には、次のような体制変更が有効です。

  • 育成実績を査定に反映させる
  • 作業工程のマニュアル化を昇格要件に含める

「感覚を言語化できない」という場合には、動画を活用した手順記録の仕組みを取り入れることも効果的です。「スキルマップ」 によって「誰が、どの工程を担当できるか」を可視化し、特定の工程を複数人でカバーできる多能工化の体制を構築することも、併せて検討してください。仕組みが変われば、現場の行動も変わります。

3 即戦力だと思った社員が、現場をかき乱す

1)経歴は申し分ないのに、いざ採用してみたら「協調性ゼロ」

顧問先を訪問すると、見慣れない社員が作業服姿で働いていました。社長に尋ねると、「素晴らしい経歴の人が入ってくれたんだ」と誇らしげに語ります。有名大学卒、大手自動車メーカーの生産管理部門で10年の経験。履歴書を見た瞬間、「即戦力」という言葉が浮かび、その場で採用を決めたといいます。

しかし、3ヵ月後、現場からは戸惑いの声が上がりました。

「理屈は立派だが、現場の段取りに合わせようとしない」

「前職のやり方を基準に、うちのやり方を否定する」

期待された人材は、いつの間にか組織に摩擦を生む存在になってしまっていたのです……。

2)「履歴書という過去」に依存する採用の落とし穴

製造現場において、過去の肩書は「再現性」を保証しません。例えば、大手企業に勤めていた人が転職して自社に応募してきたら、確かに「おお!」となります。ですが、大手企業の実績は、潤沢な人員や分業体制の下で成立している場合が多く、その前提が異なる中小企業では、同じ成果が再現できないこともあるのです。「何でもやる」現場に前職の成功モデルをそのまま持ち込めば、摩擦が生じるのは自然なことです。

根本的な問題は、面接が「経歴の確認」に終始し、自社の文化や現場との適合性を評価する設計になっていないことにあります。過去の実績を重視するあまり、価値観や行動特性の確認が不十分になりがちです。

3)「能力の高さ」だけでなく、「組織との相性」も見よう

経歴の華やかさに期待を寄せること自体は自然なことです。しかし、採用で本当に見るべきなのは「能力の高さ」だけでなく、「組織との相性」です。可能であれば、次のような取り組みを設計してください。

  • 既存社員と一定時間作業を行う実技選考を設ける
  • 具体的な行動事例を掘り下げる面接を行う

「質問できる姿勢があるか」「現場の工夫を尊重できるか」といった視点を評価項目として言語化し、試用期間中の面談記録を「指導記録」として残すフローと併せて整備することで、採用は偶然任せの判断から再現性のある経営判断へと変わります。

なお、「能力不足」や「協調性不足」を理由に本採用を見送る場合、法的なハードルは依然として高い状況です。実技選考を導入する際は、単に実技を課すだけでなく、入社時に「どのような状態になれば本採用とするか」の客観的な評価基準 (ジョブディスクリプションなど)を、あらかじめ提示することが理想的です。

4 元請からコストダウンを求められ、賃上げができない

1)「価格転嫁できない」 という労務問題の根源

顧問先を訪問し、改定された最低賃金をお伝えした瞬間、社長は静かにこうつぶやきました。

「これ以上どうやって賃金を上げろと言うんだ……」

原材料費や電気代は上昇を続けています。しかし、元請からはコストダウンを求められ、加工賃は長年据え置きのまま。

「賃金を上げなければ人は集まらない。上げれば利益が削られる。結局、自分が現場に入るしかないのか……」

社長の言葉には、深い疲労がにじんでいました。

2)なぜ、賃金が上げられないのか?

最低賃金の改定は、個人の努力とは無関係にやってくる法的な前提条件です。それに対応できない場合、問題は労務そのものではなく、「利益構造の設計」にあります。

具体的には、下請け構造への過度な依存、原価の見える化不足、人件費を「変動費」ではなく、単なる「コスト増」として捉えていること、そして、価格交渉の準備や根拠資料が整っていないことが、主な要因として挙げられます。

3)「払える構造にしていない」という視点を持つ

まずは原価構造を正確に把握し、採算の合わない案件を見直すことが先決です。価格交渉の場には原価計算書を持参し、人件費や付加価値を具体的に説明してください。内閣官房・公正取引委員会の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」に、価格交渉のポイントや交渉の申し込み書式の例などが記載されているので、参考にするとよいでしょう。

加えて、一定の賃上げに取り組むことで受給できる「キャリアアップ助成金」「業務改善助成金」などの助成金も、積極的に活用していきましょう。

会社の利益構造を設計できるのは社長だけです。「払えない」のではなく、「払える構造にしていない」という視点を持つことが、次の一手につながります。

■内閣官房・公正取引委員会 「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」■
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/romuhitenka.html
■厚生労働省「キャリアアップ助成金」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/jigyounushi/career.html
■厚生労働省「業務改善助成金」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03.html

5 労務管理の穴を突いて、社員が会社に攻撃を仕掛けてくる

1)勝手な残業に突然の欠勤……それでも責められない

これは、ある社長から聞いた労務トラブルの事例です。試用期間が明けた途端、中途社員の態度が一変しました。頼んでもいない残業を重ね、注意をすれば「それはパワハラではありませんか」という応酬が始まるのです。

さらに突然の欠勤が続き、「適応障害」とする診断書だけが会社に届きます。SNSでは元気そうな様子も見受けられ、社長は対応に苦慮しました。話し合いの中で契約終了の可能性に触れると、金銭解決を示唆する発言もあったといいます。

心身ともに疲弊した社長が同業者に相談したところ、「制度の運用が甘い会社を選んで紛争に持ち込む人もいる」という話を聞かされ、自社の準備不足を痛感したそうです。

2)制度運用の曖昧さが招くトラブル

「家族経営だから」 「信頼関係で成り立っているから」という価値観そのものは、否定されるべきものではありません。しかし、制度が曖昧なまま運用していると、その隙がトラブルを招きます。労働法規に詳しい人材は、会社のルールの曖昧さを的確に見抜きます。

例えば、次のような状態は、全てトラブルの火種になり得ます。

  • 社員が10人未満なので、就業規則を整備していない
  • 作成後に運用を形骸化させている
  • 試用期間の判定基準が曖昧
  • 残業が許可制になっていない
  • 休職や診断書提出のルールが具体化されていない

また、今回の事例のように「適応障害」と診断された社員がSNS上で元気な様子を見せていることに社長が困惑するケースもありますが、

SNSの投稿を根拠に安易に「疑い」 をぶつけると、プライバシー侵害や、さらなるハラスメント主張を招くリスク

があります。会社側が感情的に行動しないためにも、労務管理のルールを明確に定めておくことが不可欠です。

3)社内規程の整備、これに尽きる!

これは特殊な人物に起因する問題ではなく、会社の防御設計の問題です。例えば、次のような制度を運用していれば、今回のようなトラブルは未然に防げたかもしれません。

  • 試用期間は評価基準と指導記録を残すことを前提として運用し、残業は事前許可制を徹底する
  • 休職や診断書の取り扱いについても、提出期限や復職判定の手順まで規定に明記し、例外を設けない(「必要に応じて会社が指定する医師の受診を命じることができる」という条項を盛り込むと、疑わしい欠勤への抑止力にもなる)

就業規則は社員を縛るためのものではなく、誠実な社員と会社を守るための境界線です。信頼関係を維持するためにこそ、最初から疑わなくて済む仕組みを整えておく。それが、社長自身を守る最も現実的な備えになります。

6 社長が後継者に仕事を任せられず、事業承継が進まない

1)「社長のアイデンティティー」が事業承継を阻む

ある会社の社長は、なかなか息子に経営を譲れないことを気にしていました。

「息子を専務にして5年。代表を譲る時期だとは思っています。でも、任せ切るとなると不安で……」

そう語る社長は、毎朝誰よりも早く出社し、全ての決裁書に目を通しています。息子が提案する新しい生産管理システムには「まだ早い」と判断し、主要顧客との商談には必ず同席する。結果として、専務である息子の裁量は限定的になり、幹部たちも最終判断を社長に求めるようになります。

会社は表向き「承継済み」でも、実質的な変化は進まない。やがて組織全体に停滞の空気が漂い始めます。

2)なぜ、バトンを渡せないのか?

事業承継が進まないのは、後継者の能力だけの問題ではありません。社長にとって、会社と自分の人生が強く重なっているほど、権限を手放すことは「役割の喪失」に近い感覚を伴います。また、代替わりを機に古参社員が離反する「集団離職」のリスクを懸念して、バトンを渡せないという人も少なくありません。

しかし、「そのうち任せよう」と先延ばしを続けると、「責任範囲・決裁権・予算権限の整理」 も「権限委譲の行程表作成」も進まず、事業承継はいつまでも果たされません。

3)事業承継は「3つのステップ」で進める

事業承継の進め方に絶対の正解はありませんが、まずは次の3つのステップを意識することから始めてみましょう。

(ステップ1)業務執行権の委譲

「失敗しても会社全体に影響が及ばない範囲」で、特定部門や新規事業の裁量を後継者に完全に委ねます。社長は「報告を受ける」 立場に徹し、判断を覆すことはしません。失敗も「再起可能な範囲」で許容します。

(ステップ2)管理権限の委譲

人事評価・採用・給与決定など、「人の管理」に関する権限を後継者に任せます。これにより、幹部や社員が社長ではなく、後継者の顔を見て動く組織構造へとシフトさせます。

(ステップ3)代表権・理念の承継

最後に、最終的な資金繰りや経営責任を譲渡します。社長は「決定権を持つ経営者」から「助言を行う相談役」へと役割を再設計します。引退後の役割や居場所をあらかじめ設計しておくことは、承継を円滑に進める上で重要な要素です。

以上(2026年3月作成)

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画像:日本情報マート

織田信長(武将)/経営のヒントとなる言葉

「器用というのは、他人の思惑の逆に出ることだ」(*)

出所:「歴史を動かした名言」(筑摩書房)

冒頭の言葉は、

「激動の時期を生き抜くには、他の誰もが考えつかないような、独創的な視点を持つことが重要だ」

ということを表しています。

信長が生まれた織田家にはいくつかの流れがありますが、信長の生家は主流ではありませんでした。しかし、信長の父・信秀の代に大きく勢力を伸ばして織田家の主流となり、その跡を信長が継ぐこととなりました。

やがて、信長は尾張国を統一し、強大な力を誇っていた駿河国・遠江国(ともに現静岡県)の今川義元を破り、東海道の勢力図を大きく塗り替えました。さらに、室町幕府の将軍・足利義昭を追放して室町幕府を滅ぼしました。その後、信長は数々の合戦に勝利して天下統一を目指します。

信長が織田家を継いだ後、織田家は急速に勢力を拡大していったため、優れた人材の確保が急務となりました。こうした中、信長が行ったのが、「徹底した実力主義に基づく独創的かつ柔軟な人材登用」です。

従来、武将が部下を用いる際には、家柄や過去の功績が重視されていました。しかし、信長はこれらの点ではなく、才能のみを登用の判断材料としました。信長は、たとえ長年仕えてきた功臣であっても、能力がないと判断すれば、ためらうことなくその任を解いたとされています。例えば、若い頃から信長に仕え、数々の武勲を挙げてきた佐久間信盛は、後年、合戦における消極的な働きを叱責されて信長の下から追放されています。

その半面、信長は、部下が優秀であると思った際には、まず実際に登用してみて才能を判断しました。その代表的な存在が豊臣秀吉でしょう。信長は、秀吉の「人心掌握に非常に長けている」という才能を見抜き、次々と重要な役職に抜てきしていきました。そして、秀吉も信長の期待に応えようと着実に仕事をこなしていきました。その結果、秀吉は累進し、信長の亡き後、最終的には天下統一を実現することとなりました。

また、信長は人材の登用のみならず、さまざまな面において古いしきたりや考え方にとらわれない、独創的な視点を持っていました。例えば、当時、異端視されていたキリスト教に対しても理解を示し、新たに伝えられた西洋文化にも強い関心を持っていました。また、騎馬による戦いが主流であった当時、いち早く鉄砲の威力に目を付けて合戦に取り入れ、長篠の合戦では日本最強との評判が高かった武田勝頼率いる武田騎馬軍団を相手に大勝しました。こうした、部下の才能を正しく評価する柔軟な視点と旺盛な好奇心が家臣を育て、織田家を大きく成長させたといえるでしょう。

このように、信長は独創的な視点を持ち、強力なリーダーシップを発揮し、織田家をまとめ上げていきました。信長は、自身の信念を、合戦になぞらえて次のように述べています。

「人、城を頼らば、城、人を捨せん」(*)

出所:「歴史を動かした名言」(筑摩書房)

この言葉の意味は、「戦いにおいて、将兵が城の防御力に頼りきってしまうならば、いつか当てが外れて敗北してしまうだろう」ということです。すなわち、「重要なことは決して人に頼らず、自らの力で行わなくてはならない」ということを逆説的に表しています。

信長は、「自らの運命は自らが切り開く」という強い意志を持ち、類まれなる独創性を発揮することで、群雄割拠の戦国時代に天下統一という大志を実現させようとしました。夢を実現させるための強い意志と、物事にとらわれない新しい視点を持つことが、激動の時期にあって組織をまとめる上で重要となるのです。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

おだのぶなが(1534~1582)。戦国時代の武将。尾張国(現愛知県)の守護代の家に生まれる。1560年、桶狭間の戦いで今川義元を破り、全国に名を馳せる。1573年、室町幕府を滅ぼす。1582年、本能寺の変で家臣明智光秀に謀反を起こされ、自刃。

【参考文献】

(*)「歴史を動かした名言」(武光誠、筑摩書房、2005年7月)
 
「戦国武将の名言に学ぶ」(武田鏡村、創元社、2005年8月)
「戦国武将のマネジメント術 乱世を生き抜く」(童門冬二、ダイヤモンド社、2011年3月)
「織田信長と岐阜」(財団法人岐阜観光コンベンション協会)

以上(2026年3月更新)

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画像:日本情報マート

「モデル就業規則」の落とし穴(後編) 副業規定がトラブルに?

1 「モデル就業規則」は自社の実情に合わせて変更すべし

インターネット上にある「モデル就業規則」をそのまま使うと、自社の実情に合わず、トラブルのもとになることがあります。前編に引き続き、最新のモデル就業規則 (令和7年12月)を基に、弁護士の視点から危ない部分を解説します。

後編では、「第49条(昇給)」「第52条(退職)」「第67条(懲戒の種類)」 「第70条(副業・兼業)」を取り上げます。記事内の赤字は、モデル就業規則の中で修正が必要な箇所、追記・修正案における追記・修正箇所です。前編については、次の記事をご確認ください。

なお、モデル就業規則 (令和7年12月) の全文を読みたい人は、次のURLをご確認ください。

厚生労働省「モデル就業規則(令和7年12月)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html

2 「第49条(昇給)」: 降給や昇降格などについて追記する

1)モデル就業規則

第49条(昇給)

1)昇給は、勤務成績その他が良好な労働者について、毎年○月○日をもって行うものとする。ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合は、行わないことがある。

2)顕著な業績が認められた労働者については、前項の規定にかかわらず昇給を行うことがある。

3)昇給額は、労働者の勤務成績等を考慮して各人ごとに決定する。

2)追記・修正案

第49条(昇降給・昇降格)

1)昇給・降給は、勤務成績その他別に定める基準に基づく人事考課により、毎年○月○日をもって行うものとする。ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合は、昇給を行わないことがある。

2)顕著な業績が認められた労働者については、前項の規定にかかわらず特別昇給を行うことがある。

3)昇給額・降給額は、労働者の勤務成績等を考慮して別表○に定める基準に基づき人事考課により決定する。

4)昇格・降格は、別表○に定める基準に基づき人事考課により決定する。この場合、昇格・降格後の役職と職務等級に基づき賃金を決定する。

5)懲戒処分による降格及び勤務成績不良等、職務不適格事由による人事権の行使としての降格の場合も、降格後の役職と職務等級に基づき賃金を決定する。

3)解説

モデル就業規則には、降給や昇降格に関する定めがありません。役職や職務等級に基づく人事制度があっても就業規則に定めがないと、社員とトラブルになる恐れがあります。ですから、

降給・降格について定めた上で、昇降給・昇降格の具体的な仕組み (役職や職務等級に基づく賃金の基準表を作成し、人事考課の結果に応じて賃金に反映するなど)を明記

する必要があります。

また、人事考課以外の事由による降給・降格がある場合、

懲戒処分や勤務成績不良など、具体的な事由を明記

しておかないと、降級・降格が認められないので注意が必要です。

3 「第52条(退職)」:長期の無断欠勤などについて追記する

1)モデル就業規則

第52条(退職)

1)前条に定めるもの(注)のほか、労働者が次のいずれかに該当するときは、退職とする。

  • 退職を願い出て会社が承認したとき、又は退職願を提出して○日を経過したとき
  • 期間を定めて雇用されている場合、その期間を満了したとき
  • 第9条に定める休職期間が満了し、なお休職事由が消滅しないとき
  • 死亡したとき

2)労働者が退職し、又は解雇された場合、その請求に基づき、使用期間、業務の種類、地位、賃金又は退職の事由を記載した証明書を遅滞なく交付する。

(注)「前条に定めるもの」とは、モデル就業規則第51条に定める「定年や継続雇用の上限年齢などに達したことによる退職」を指します。

2)追記・修正案

第52条(退職)

1)前条に定めるもののほか、労働者が次のいずれかに該当するときは、退職とする。

1.退職を願い出て会社が承認したとき、又は退職願を提出して○日を経過したとき

(中略)

5.届出及び連絡なく欠勤を続け、その欠勤期間が30日を超え、連絡がつかないとき

2)労働者が退職し、又は解雇された場合、その請求に基づき、使用期間、業務の種類、地位、賃金又は退職の事由を記載した証明書を遅滞なく交付する。

3)労働者は、退職し、又は解雇された場合、会社の指示に従い速やかに業務を引き継がなければならない。

4)労働者は、退職し、又は解雇された場合、身分証明書、電子機器その他会社から貸与された物品を速やかに会社に返納しなければならない。

5)労働者は退職後であっても、その在職中に行った自己の職務に関する責任は免れない。

6)労働者は、退職または解雇された後も、在職中に知り得た情報を第三者に漏洩、開示してはならない。

7)労働者は、退職後○年間は、会社の許可なく同業他社に就職し、または自ら会社の業務と競争関係になる競業行為を行ってはならない。

3)解説

モデル就業規則には、「社員が無断で長期欠勤した場合」の退職に関する定めがありません。社員が自宅におらず、親族等も行方を知らない、連絡が付かないといった場合、無断の長期欠勤を理由に解雇が認められる可能性があります。ただ、原則として解雇する日の30日前までに解雇予告をする必要があり、社員が行方不明や音信不通の場合、本人にその通知ができないのが難点です。この点、

欠勤期間が30日を超えても社員と連絡がつかない場合、退職の意思表示があったものと解釈して、退職扱いとする旨を明記

しておくと、本人に解雇予告の通知をしなくても自動退職とすることができます。

また、退職後や解雇後の職場の混乱を避けるため、

業務の引き継ぎ、会社が貸与した物品の返納、守秘義務や競業避止義務など

についても追記しておく必要があるでしょう。なお、追記・修正案の第5項では、

退職後であっても、在職中に行った自己の職務に関する責任を免れない

という定めをしていますが、これは社員の退職後に重大な不祥事などが発覚した際、その責任を追及できるようにするためです。このような定めがなくとも責任追及を行うことは可能ですが、近年では、企業の一社員による不祥事が大きく取り沙汰されることも多く、社員への注意喚起としての意味合いもあります。

4 「第67条(懲戒の種類)」: 降格などについて追記する

1)モデル就業規則

第67条(懲戒の種類)

会社は、労働者が次条のいずれかに該当する場合は、その情状に応じ、次の区分により懲戒を行う。

  • 1.けん責

    始末書を提出させて将来を戒める。
  • 2.減給

    始末書を提出させて減給する。ただし、減給は1回の額が平均賃金の1日分の5割を超えることはなく、また、総額が1賃金支払期における賃金総額の1割を超えることはない。
  • 3.出勤停止

    始末書を提出させるほか、○日間を限度として出勤を停止し、その間の賃金は支給しない。
  • 4.懲戒解雇

    予告期間を設けることなく即時に解雇する。この場合において、所轄の労働基準監督署長の認定を受けたときは、解雇予告手当(平均賃金の30日分)を支給しない。
  • 死亡したとき

2)追記・修正案

第67条(懲戒の種類)

会社は、労働者が次条のいずれかに該当する場合は、その情状に応じ、次の区分により懲戒を行う。

  • 1.けん責

    始末書を提出させて将来を戒める。
  • 4.降格

    始末書を提出させるほか、役職の罷免・引き下げ、及び資格等級の引き下げのいずれか、又は双方を行う。
  • 5.諭旨退職

    退職願を出すように勧告する。ただし、所定期間内に勧告に従わないときは懲戒解雇とする。諭旨退職となる者には、情状を勘案して退職金の一部を支給しないことがある。
  • 6.懲戒解雇

    予告期間を設けることなく即時に解雇する。この場合において、所轄の労働基準監督署長の認定を受けたときは、解雇予告手当(平均賃金の30日分)を支給しない。また、懲戒解雇となる者には、退職金を支給しない。

3)解説

モデル就業規則で定められている処分の他にも、

「降格」「諭旨退職」などについても追記

しておくと、懲戒事案に応じて適切な処分をしやすくなります。就業規則で定められていない懲戒処分は認められないため、選択肢を広げておく必要があるのです。この他、

退職金の支給の有無・減額の有無についても明記

しておくとよいでしょう。

5 「第70条(副業・兼業)」:禁止・制限の事由を明確にする

1)モデル就業規則

第70条(副業・兼業)

1)労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。

2)会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。

  • 労務提供上の支障がある場合
  • 企業秘密が漏洩する場合
  • 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
  • 競業により、企業の利益を害する場合

2)追記・修正案

第70条(副業・兼業)

1)労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。

2)会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。

  • 副業・兼業が原因で会社の業務が十分に行えない恐れがある場合、または現に行えていない場合
  • 長時間労働や深夜労働などによって健康を害する恐れがある場合、または現に健康を害している場合
  • 企業秘密が漏洩する場合
  • 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
  • 競業により、企業の利益を害する場合
  • 当社が別途定める副業・兼業に関する手続に違反した場合

3)労働者は、他の会社等の業務に従事する場合、会社が別途定める「副業・兼業取扱規程」に従わなければならない。

3)解説

かつてのモデル就業規則では、「副業・兼業は原則禁止としつつ、一定の条件下で認める」という旨の規定が設けられていましたが、現在は「副業・兼業は原則容認としつつ、一定の条件下で禁止・制限する」というスタンスに変わっています。「原則容認」なので、

副業・兼業を禁止・制限する場合は、その事由を明記

しておく必要があります。

モデル就業規則の第1項の「労務提供上の支障がある場合」というのは、一般的には副業・兼業が原因で自社の業務が十分に行えないことや、仕事の掛け持ちで過重労働に陥ることなどを指しますが、若干抽象的なので、

長時間労働や深夜労働などの文言を使って、社員に分かりやすい表現

にしましょう。また、副業・兼業を認める場合には、労働時間の管理や健康状態の確認が必要になりますので、副業・兼業に関する届出手続・フローを整備する必要があります。これらの管理の観点から、

会社が定める副業・兼業に関する手続に従わない場合、副業・兼業を制限することがある旨を明記

しておくとよいでしょう。

なお、副業・兼業については厚生労働省からガイドラインも出されており、労働時間の管理や通算が必要になります。これらの手続について別途「副業・兼業取扱規程」を設けておくとよいでしょう。

以上、モデル就業規則を例に、トラブルになりやすい条項を解説しました。なお、この記事で解説したのは一部の条項のみであり、修正案もあくまでも一例です。実務では専門家などに相談の上、会社の実情に合わせて個別に内容を検討してください。

以上(2026年3月更新)
(執筆 石原法律事務所 弁護士 磯田翔)

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