1 伝わるスピーチの絶対的な条件とは?
「人に伝えて、動いてもらう」ことは社長の重要な仕事です。その手段の1つがスピーチなので、社長はスピーチの腕を磨こうとします。交流会や講演会などで上手なスピーチを聞くと、「すごい! 自分もあのように話したい」とエッセンスを学びますし、下手なスピーチを聞いたときも、自分のスピーチと比較して顧みます。
しかし、こうした努力をしていてもスピーチは簡単ではなく、
自分の話が社員に全く伝わらない
と感じてしまうことが多いです。筆者もその一人で、スピーチのテクニック本を読んでは実践しますが、やはり手応えがありません。ただ、そうした経験を重ねていくと、
伝わるスピーチの条件
がぼんやりと見えてくることもあります。この記事では、筆者の泥臭い経験から分かってきた「伝わるスピーチの条件」をご説明していきます。少しでも皆さまのヒントになれば幸いです。
2 スピーチの自己評価は当てにならない
筆者はセミナーやプレゼンテーション(プレゼン)のような「説明系」スピーチは得意ですが、組織を鼓舞し、人を動かすような「伝導系」スピーチには苦手意識があります。
以前、中期経営計画を社員に熱く説明したときのことです。説明の自己評価は上出来で、組織が向かうべき方向をしっかりと共有できたと思いました。しかし、社員の反応は薄く、1つも質問が出ませんでした。そのことを社長仲間に話すと、「それだけ【説明】が上手だったということじゃない?」と半ば冗談交じりに言われ、落ち込んだものです。

ところが、後日、伝わるべき社員にはしっかり伝わっていたことが分かりました。明らかにやる気を出している社員がいるのです。声をかけてみると、「社長が説明してくれた中期経営計画を達成するために、営業活動を進めています」と話してくれました。
別の経験もあります。グループの親会社に予算の承認を得るためのプレゼンをしたときのことでした。説明はたどたどしく、言葉がうまく出てこないところもあり、我ながら「ひどい内容だ」と落胆していました。
大失敗と思っていたのですが、反対にその会の参加者の中で私のことが良い意味で噂になっていました。「経営者としての覚悟がひしひしと伝わってきた」というもので、私の株が上がったようなのです。
これら2つの経験から分かったのは、
スピーチが伝わったかどうかの自己評価は、意外と当てにならない
ということです。自己評価が外れてしまうのは、
自身が考える「上手なスピーチの基準に当てはめて採点しているから」
に他なりません。スピーチをするのは自分ですから、自分が思う「上手なスピーチ」をしなければ相手に伝わらないと考えるのは当然です。しかし、スピーチは聞き手ありきですから、そこも意識しなければなりません。次章で別の事例を挙げながらさらに深掘りしていきます。
3 相手に聞く「器」があるか
唐突ですが、幼稚園児など小さな子どもが運動会で開会の挨拶をするシーンを想像してみてください。子どもは、「先生、お父さん、お母さん、ありがとう!」「けがをしないように頑張ります!」といったシンプルなメッセージを伝えてきます。途中でつかえたり、内容を忘れて先生に助けてもらったりすることもあります。
「上手なスピーチ(挨拶)」の一般的な基準で評価すれば、こうした子どもの挨拶の点数は低いです。それなのに、聞いている保護者が涙ぐむほど心の琴線に触れています。知らない子どもの挨拶でさえ心を打たれます。このような状態になるのは、
聞き手側の「聞く準備」がしっかりと整っているから
です。
宗教の話をしたいわけではなく1つの例として挙げるのですが、仏教には「対機説法(たいきせっぽう)」という考え方があります。これは、
相手の理解力・経験・心の状態・置かれている状況に合わせて、伝える内容や伝え方を変える
というものです。「仏教の教えはそれを求めている人にしか伝わらない」とも言われ、そのことは対機説法と関連していて、
言葉そのもの(「音」としての言葉)は誰にでも届くが、その意味が「自分ごと」として心に染み入るのは、本人に内容を受け取る準備や必要性があるときだけ
ということになります。
先ほどの小さな子どもの例で言えば、保護者は、
- 運動会に参加し、子どもの挨拶を「受け取る準備」がある
- 自分の子どもを愛し、その健やかな成長を願っているので、聞く「必要性」がある
- だから、挨拶する子どもを知らなくても、同じ幼稚園に通う子どもなら応援したい
ということになります。聞き手である保護者に、小さな子どもの挨拶を受け取る準備と必要性は十分にあるということです。
冒頭で紹介した中期経営計画の例についても同様です。
- 全体会合に参加し、私のスピーチを「受け取る準備」がある
- 会社が好きで、その成長を強く望んでいるので、聞く「必要性」がある
- だから、社長が「説明系」スピーチをしても、自身の思いが乗って自分ごととなる
といった状況です。
次章では、「受け取る準備」についてもう少し詳しくご説明します。
4 相手に「器」をつくるのも話し手の仕事
筆者には、お師匠さまと呼べる方が3人います。もとの上司、人としての生きざまを示してくれる社外上司、私に社長たる者の在り方を教えてくれた社長仲間です。これらお師匠さまの言葉は、いつ何時でも、私の心に響きます。表現を変えると、
私には常に、お師匠さまの言葉を受け取る準備と必要性が十分にある
ということです。とはいえ、この3人は最初からお師匠さまだったわけではありません。それなりに長いお付き合いの中で、「この人はすごい。いつも私に真摯に向き合ってくれて、道を示してくれる」と何度も感じたからこそ、お師匠さまになったのです。
社員とこうした関係を作ることができれば、伝わるスピーチがしやすくなります。社員にお師匠さまとまで尊敬される必要はないでしょうが、仕事はもちろん人間性においても「社長はすごい!」と感じてもらえたら理想的です。

先ほど、私は「説明系」スピーチは得意ですが、「伝導系」スピーチが苦手であるとお伝えしました。このことを2人の社員に打ち明けたことがありますが、反応は全く違いました。1人は「そうですか? しっかり伝わっていますよ」と笑顔を見せてくれました。もう1人は「そうですね。確かにそうかも」と納得していました。私はどちらの社員にも「伝導系」スピーチをしてきましたが、前者の社員のほうが良い関係を作れていたのかもしれません。もちろん、私を慮ってのこともあると思いますが。
伝わる社員には伝わるし、伝わらない社員には伝わりません。ですから、「伝わりやすい関係を社員と築くこと」が大切なのです。
5 一瞬で嫌われることもある
注意したいのは、聞き手に受け取る準備や必要性があっても、それが一瞬で失われることがあるということです。
以前、社員を連れてある講演会に参加したときのことです。登壇者は、いわゆる昭和的なノリで話し始めました。冒頭のつかみも、今の時代では「不適切」と受け取られかねない内容でした。ただ、話を聞き続けていると話し手には情熱があり、響くものもあります。しかし、同行した社員は、冒頭数秒の不適切なつかみで「この人は違う」「嫌いだ」と感じてしまい、その後の話を一切受け入れられなくなっていました。
ここで学ぶべきことは、せっかく相手に受け取る準備や必要性があっても、話し手のちょっとしたミスで一瞬にして嫌われ、心を閉ざされてしまうこともあるという事実です。今回のミスは「不適切なつかみ」でしたが、その他にも「話し方、声、ジェスチャー、服装」など、相手が聞く気を失ってしまうことはたくさんあります。一般的な内容でありますが、スピーチで注意したほうがよいことを巻末に一覧表でまとめているのでご確認ください。
最後に、最も大切なことをお伝えします。それは、
受け取る準備と必要性が大きければ大きいほど、伝わり方は強くなるし、伝わらないときの落胆度合いも大きくなる
ということです。
筆者は、このことで大切な社員を失った経験があります。相手は人生をかけて、私に今後の会社の方針を尋ねてきました。その社員は幹部で、受け取る準備と必要性は十分過ぎるものでした。私も真摯に向き合わなければと思い、会社の成長性と戦略について数字を交えて説明しました。しかし、その幹部社員には全く響かず、結局、離職してしまいました。
今にして思えば、その幹部社員は「自分の存在意義」を確認したかったのだと思います。当時、その幹部社員はナンバー2でしたが、ナンバー3が台頭してきたこともあり、寂しさと、やりにくさを感じていたはずです。そのひっかかりさえ解消できれば、その幹部社員はたとえ会社の状態がどれだけ厳しくなっても私を支えてくれたことでしょう。私はその幹部社員に、「あなたは会社にとってなくてはならない存在である」ことをもっとダイレクトに伝えるべきだったです。
相手に伝えるときの基本として、
相手が求めていることを話して期待を裏切らない
ということも忘れてはならないのです。
6 伝わるスピーチをするためのチェック事項
最後に、一般的なスピーチのチェックポイントを紹介するので、参考にしてください。
(図表)【「上手なスピーチの基準」の例】
| 要素 |
定義 |
主なチェックポイント |
熱量への影響 |
改善のポイント |
| 1 |
話し方 |
どのように伝えるか |
声量、スピード、抑揚、間、視線、表情、身振り |
第一印象と感情伝達を大きく左右する |
重要箇所の前に間を置く、抑揚をつける、視線を配る |
| 2 |
話す内容 |
何を伝えるか |
主張、目的、背景、結論、行動喚起 |
話の軸がぶれると熱量が伝わりにくい |
結論→理由→具体例→行動の順で整理する |
| 3 |
話す言葉 |
どの言葉を選ぶか |
具体語、感情語、断定表現、短いフレーズ |
言葉選びで温度感と説得力が決まる |
抽象語を減らし、短く強い言葉を使う |
| 4 |
話す場所 |
どこで話すか |
会議室、ホール、現場、オンライン |
場の空気が言葉の重みを増幅する |
テーマに合う場所を選ぶ |
| 5 |
話すタイミング |
いつ話すか |
危機時、節目、成功直後、朝礼、キックオフ |
同じ内容でも刺さり方が変わる |
相手の感情が高まる瞬間に合わせる |
| 6 |
話す人の見た目 |
誰がどう見えるか |
服装、姿勢、清潔感、表情、立ち方 |
信頼感と覚悟が伝わる |
場に合わせた服装、姿勢を整える |
| 7 |
聞き手との関係性 |
誰に向けて話すか |
社員、顧客、経営層、取引先 |
言葉の距離感と共感度に影響する |
相手の立場に合わせて言葉を変える |
(出所:日本情報マート作成)
これらはスピーチにおいて大切な基本です。これらを踏まえることは言うまでもないですが、その前段として、
日頃から社員と真摯に向き合い、「社長の話を聞きたい」と思ってもらえること
が重要です。こうした関係性さえ築けていれば、相手に十分に伝わります。つまり、スピーチの成否は「実は話し始める前から決まっている」ともいえるのです。
以上(2026年5月作成)
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画像:日本情報マート