相続税負担が大幅増加!?  賃貸用不動産の相続税評価方法の改正

1 賃貸用不動産の相続税評価方法が改正されます

これまで「相続税対策の王道」とされてきた賃貸用不動産ですが、令和8年度税制改正により、その節税効果に大きな制限がかかることになりました。内容によっては、これまで想定していたよりも相続税が大幅に増える可能性があります。

今回の改正で特に重要なのは、

相続・贈与の直前5年以内に購入または新築した賃貸用不動産について、従来のような評価の引き下げがほぼ認められなくなる点

です。この改正は、

2027年1月1日以降(以下「2027年以降」)の相続・贈与から適用

されます。施行は2027年ですが、判定は5年前まで遡るため、現在すでに購入している賃貸用不動産も、2027年以降に相続・贈与が起きれば新ルールの対象となるので注意が必要です。

2年前のタワマン節税の引き締めに続く今回の改正。これにより、従来の「不動産を買えば相続税が下がる」という前提は通用しなくなりつつあります。早めに改正の影響を把握し、贈与や売却を含めた資産の持ち方を見直すなど、具体的な対策を検討していくことが求められます。

2 これまで「不動産が節税になっていた」のはなぜ?

これまで賃貸用不動産が相続税対策として有効だった理由は、「相続税の計算をする際、実際の価値より低く評価される仕組み」があったからです。

例えば、現金や預金はその金額通り100%で評価されますが、

不動産は路線価(道路ごとに定められた土地の評価額)や固定資産税評価額(固定資産税を計算するための評価額)を基準にするため、一般的に時価の70~80%で評価

されてきました。さらに賃貸の場合には、

借地権(他人に土地を貸していて自由に使えない状態)や借家権(入居者がいて制約がある状態)の影響を受け、評価額はさらに下がり、実際の価格の50%以下まで圧縮

されることも珍しくありませんでした。こうした仕組みにより、賃貸用不動産は長年にわたり有効な相続税対策として活用されてきたのです。

3 改正のポイント(最も重要な部分)

2027年以降は、

相続・贈与の直前5年以内に取得したかどうか

で次のように評価方法が大きく分かれます。

  • 取得から5年以内の不動産については、これまでのような低い評価は使えず、原則として購入価格や建築費といった実際に支払った金額をベースに評価される
  • 一方で、5年を超えて保有している不動産については、これまでと同じ評価方法が引き続き使われる

なお、一定の配慮として、

取得後すぐに価格が大きく変動した場合などに備えて、購入価格の80%程度で評価することが認められる可能性

があります。ただし、これまでのように評価額が大きく下がる仕組みと比べると、その効果はかなり小さくなると考えられます。

(図表1)【改正前と改正後(原則・例外)の制度比較】

評価の対象区分 現行(改正前)
の評価方法
改正後の
評価方法(原則)
改正後の評価方法
(例外/安全性)
5年以内取得の
土地
路線価方式(自用地評価 × 補正) 通常の取引価額(取得価額等) 取得価格 × 地価変動等考慮の80%
5年以内取得の
建物
固定資産税評価額 ×(1-借家権割合×賃貸割合) 通常の取引価額(建築費等) 取得・建築価額 × 80%
5年超所有の不
動産
同上 従来の評価手法を維持(現行通り) 変更なし

(出所:日本情報マート作成)

さらに注意が必要なのが、これまで節税の大きなポイントであった借家権(入居者がいることで自由に使えない状態)や借地権(他人に土地を貸していることで制約がある状態)による評価の引き下げです。これらが、新しいルールのもとでどの程度認められるのかは、現時点でははっきりしていません。もし十分に考慮されない場合には、これまでと比べて相続税の負担が大きく増える可能性もあります。

4 改正後の評価方法が適用されるタイミングを正確に把握する

新しい評価方法は、2027年以降に発生する相続や贈与から適用されます。つまり、それ以前に発生した相続や贈与については、これまでのルールが使われます。

ここで重要なのは、

「いつ相続が発生するか」と「いつ不動産を取得したか」の組み合わせによって、適用されるルールが変わる点

です。

例えば、2021年以前に取得した不動産のように、すでに5年以上保有しているものについては、2027年以降に相続が発生したとしても、従来どおりの評価方法(路線価などによる評価)が使われます。

一方で、2022年から2026年の間に取得した不動産については注意が必要です。この期間に取得した不動産は、取得時点では改正の影響を受けませんが、2027年以降に相続が発生した場合には、新しいルールが適用されます。

なお、2027年以降に新たに取得する不動産については、原則としてすべて新しいルールの対象となります。

改正後の評価方法が適用されるタイミング

すでに保有している不動産については、「まだ新しいルールは関係ない」と思われがちですが、実は相続のタイミング次第で後から新ルールが適用される仕組みになっています。つまり、

「取得から5年経つ前に相続が発生した場合」のリスクが、すでに持っている不動産にも及んでいる

ということです。この点を見落とすと、想定していたよりも大きな税負担が発生する可能性があります。

6 併せて改正される「不動産小口化商品」

不動産関連の今回の改正で、さらに厳しい見直しが行われたのが「不動産小口化商品」です。 これは、都心のビルなどを小口に分けて投資できる商品のことで、これまで相続税対策として活用されてきました。

従来は、実物不動産と同じように、路線価(道路ごとに定められた土地の評価額)などを基準に評価されていたため、実際の価格(時価)より低く評価されるケースが多く、相続税を抑える効果が期待できました。

しかし、2027年以降の相続・贈与からは、一定の不動産小口化商品について、原則として

時価に近い金額で評価

されます。特に厳しい改正ポイントは、通常の賃貸用不動産は、取得から5年を超えて保有すれば従来の評価方法が使える一方で、不動産小口化商品は、

取得時期に関係なく時価評価が適用される

という点です。

7 今から取り組むべき現実的な対応は?

1)保有不動産の棚卸し(現状把握)

まず取り組むべきなのは、現在保有している賃貸用不動産や、不動産小口化商品の整理です。特に2022年以降に取得した不動産については注意が必要です。2027年以降に相続が発生した場合、これまでの低い評価ではなく、購入価格に近い水準で評価される可能性があるためです。

現在の評価額と、新ルールでの評価額を比較し、「どれくらい相続税が増えるのか」を具体的に試算

しておく必要があります。その上で、

増える可能性がある相続税を、預貯金や生命保険などで本当に支払えるのかも確認

しておくべきです。不動産はあっても現金が不足し、納税資金に困るケースは少なくありません。特に不動産小口化商品については、取得時期に関係なく時価(実際の市場価格)で評価される方向が示されているため、今後も保有を続けるべきか、売却や資産の組み換えを検討すべきかを慎重に判断する必要があります。

2)2026年末までの贈与の検討

2026年末までに贈与(無償で財産を渡すこと)を行うかも、大きな検討ポイントになります。

新しいルールは2027年以降の相続・贈与から適用されるため、それ以前に贈与を完了できれば、現在の低い評価額で資産を移転できる可能性

があります。つまり、将来評価額が上がる前に、今の評価額で次世代へ引き継ぐことができるということです。

ただし、注意点もあります。現在は、生前贈与をしても、贈与から7年以内に相続が発生した場合には、その財産を相続財産に戻して計算する仕組みになっています。そのため、

単純に急いで贈与すればよいという話ではなく、年齢や健康状態、家族構成なども踏まえた慎重な判断が必要

です。さらに、不動産を移転する際には、不動産取得税や登録免許税(名義変更時にかかる税金)などのコストも発生します。

3)「節税目的の投資」からの転換

今後は、税金面における不動産投資の考え方自体を変える必要があります。これまでは、「相続税を下げられるから買う」という判断が一定程度成り立っていました。しかし、改正後はその効果が薄れるため、「実際にどれだけ収益を生むか」がより重要になります。つまり、

見かけ上の節税効果ではなく、家賃収入などによって納税資金を生み出せるかどうか

が問われる時代になるということです。

また、相続発生時に売却しやすいかどうかも重要になります。広大な地方土地のように売却に時間がかかる資産よりも、都市部のマンションや流動性(売りやすさ)の高い物件の方が、今後は重視される可能性があります。

4)小規模宅地等の特例の活用

改正後も重要な制度として残るのが、「小規模宅地等の特例」です。これは、一定の条件を満たす貸付事業用の土地について、相続税の評価額を最大50%減額できる制度です。ただし、この制度には細かな条件があり、相続直前に貸付を始めた場合には使えないなどの制限があります。そのため、自社や個人の不動産が対象になるのかを、事前に税理士と確認しておく必要があります。

以上(2026年6月作成)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 富永慎也)

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画像:solom-Adobe Stock

ハラスメントをするけど仕事ができる社員の処遇はどうする?

1 教科書通りにいかないのがハラスメント対応

ハラスメントへの対応については、今やインターネットや生成AIに聞けば、基本的なことは大抵分かります。ただ、「ヒアリングをする」「記録を残す」「再発防止策を講じる」——どれも大事ですが、

実際の現場は、こうした教科書的な対応だけでは解決しないケースがほとんど

です。また、教科書的な対応の多くは、会社にハラスメントに対応するための組織や専任担当者がいることを前提に述べられています。そのため、社員数が少なく、異動させる部署もなければ、懲戒委員会を開く余裕もない——そんな会社では、必ずしも参考にならないのです。

この記事では、そんな中小企業での実際の相談事例をベースに、弁護士が「どこで判断を誤ると炎上してしまうのか」「現実的にどのあたりが目指すべき着地点なのか」という観点から、ハラスメント対応のポイントを整理します。

2 売上エースを温存して事態が悪化した

1)事例

売上トップの営業社員が、部下に対して「辞めろ」「使えない」といった発言を繰り返していました。人事に相談があったものの、「彼がいないと売上が立たない」として強い対応を取ることができませんでした。その結果、被害者は退職し、さらに労基署に駆け込む事態に発展してしまいました。

売上エースを温存して事態が悪化した

2)どこで判断を誤るか

このケースの問題点は、「会社として誰を守るのか、何を守るのかの判断を誤った」点にあります。短期的には売上を守ったつもりでも、その結果として、人が辞め、紛争になり、「あの会社はハラスメントを放置する」という評判が広がるといった形で、結果的に会社全体の損失が拡大してしまいます。

3)会社が取れる対応

会社として売上トップのエースを即座に処分することは難しい場合が多いのが現実でしょうが、せめて

被害者とエースを物理的に切り離せないかを考える

必要があります。ただ、その際に考えなければならないのが、「誰をどのように動かすか」です。ここで、被害者を異動の対象にするのはリスキーです。相談したことを理由に不利益取扱いを受けたとして、被害者が訴訟に及ぶ恐れがあるからです。一方、エースを動かせるかといえば、「売上への影響を考えるとそれも難しい」というのが多くの会社の本音でしょう。

こうした状況で有効なのは、

「異動」という目に見える形での分離ではなく、日常業務の流れの中で自然に接点を減らしていくアプローチ

です。担当案件を少しずつ分ける、報告・連絡に第三者を介在させる、会議の座席や進行を工夫する。こういった積み重ねにより、直接顔を合わせる機会や一対一のやり取りが自然と減っていきます。大きな変化ではないように見えても、毎日の小さなストレスが減ることは、被害者にとって想像以上に大きな意味を持ちます。

また、もう一つ重要なのが、

被害者本人の意向をできるかぎりヒアリングする

ことです。つまり、「会社としてはこういった方法で改善を図りたいと考えているが、あなた自身はどういった形を希望するか」と確認します。もちろん、全ての希望に応えられるわけではありません。しかし、

「会社として考えたうえで、できる限りのことをしようとしている」という姿勢を示す

こと自体に大きな意味があります。被害者1人の問題にとどまらず、そうした会社の姿勢は職場全体に伝わるものです。ハラスメントへの対応を通じて、「この会社は社員を守ろうとしている」と社員に感じてもらえるかどうかが、長期的な信頼と離職防止にもつながります。

3 厳重注意で済ませたら、火種が残った

1)事例

営業課長が、会議中に部下に対し、「バカ」「クズ」などの人格否定的な発言を繰り返し、業務時間外にもチャットで叱責をしていました。部下は「辞めるほどではないが、このままはつらい」と社長に相談。社長は営業課長に口頭注意を行い、様子を見ることにしました。しかし、その後も状況は大きく改善せず、部下は「会社は何もしてくれない」と不信感を募らせることになりました。

厳重注意で済ませたら、火種が残った

2)どこで判断を誤るか

「ヒアリングをして、注意もした。だから大丈夫」と安易に片付けてしまい、その後も問題が深刻化する——これはよくあるパターンです。

しかも、注意の仕方によっては逆効果になります。「部下から告げ口された」と受け取った上司が、その後、逆によそよそしい態度をとるようになった、あるいは露骨ではないものの、以前より部下への当たりが強くなった。こうした事態は、現場では珍しくありません。

また、注意した数カ月後には同じような状況に戻ってしまい、社員は「結局会社は何も変わらない」と感じ、退職します。そして、その会社への不信感は、ある日突然、労基署(労働基準監督署)への申告という形で爆発するのです。会社が「対応した」と思っていたものの、被害者はすでに見切りをつけていたということが、この種のケースでよくある形になります。

3)会社が取れる対応

まず最初に検討すべきは、

2人の直接のやり取りをなくすのではなく、「少し」減らすこと

です。例えば、言動に問題のある上司を経由しなくても業務が進むよう、報告・連絡のルートを調整します。とはいえ、特定の上司への対応だけを変えると、社内から「あの人が処分された」と見られてしまい、かえって反発を招きます。「組織体制を見直す」「報告・連絡のフローを整理する」といった会社全体の取り組みとして位置づけ、特定のケースへの対処であることが表面化しないよう進めるのがよいでしょう。

上司への指導も、本人を呼んで「言い方には気をつけるように」と伝えるだけでは意味がありません。それでは本人に「自分だけ標的にされた」という反発を生み、さらには部下にも悪い点があるなどと反論され、収拾がつかなくなる恐れがあります。

有効なのは、全上司を対象に、

  • 部下とのコミュニケーションに関するセルフチェックを実施する
  • 部下からの匿名アンケートで自分の言動を振り返る機会を設ける

といった形で、会社全体の取り組みとして落とし込むことです。そうすると、特定の問題事案として表面化させずに、当事者が自然な形で自分の言動を見直すように持っていけます。

また、見落とされがちなのが、被害者への説明です。「会社として何をどう変えたか」を本人に伝えなければ、どれだけ内部で動いていても被害者には何も見えません。「話は聞きました」「注意しました」といった言葉だけでは、被害者の不信感は解消されないどころか、むしろ「結局、会社は自分より上司を守った」という諦めに変わっていきます。大事なのは、会社が状況を変えるために動いていることを、被害者自身が実感できる形で示すことです。

4 被害者の「大事にしたくない」に甘えてしまった

1)事例

飲み会での上司の発言をセクハラと感じた女性社員が相談。本人は「謝罪してもらえればそれでいい、大事にしたくない」と明言。会社は上司に謝罪させて、対応を終了しました。しかしその後、別の社員から全く同じ案件で相談が寄せられました。その結果、「会社はハラスメントに対応する気がないのか!」と、社員の不満が全社に拡大してしまったのです。

被害者の「大事にしたくない」に甘えてしまった

2)どこで判断を誤るか

「本人がそれでいいと言っていたら、それで終わり」というのは、多くの会社が陥りやすい誤った判断です。もちろん、被害者本人が大ごとにしたくないと言っている以上、それ以上動くのはむしろ余計なことかもしれません。

ですが、法律上はそういきません。本人が納得していても、会社にはハラスメントの再発防止策を講じる義務があるのです。なぜなら、ハラスメントは「被害者と加害者の二人の問題」ではなく、「職場環境の問題」だからです。

今回は本人が穏便に済ませることを望んでいても、同じ上司が同じことを別の社員にしていたら、あるいは今後、別の社員が同様の被害を受けてしまったらどうでしょうか。「あのとき会社は何も対応しなかった」という事実が、後になって問題になってきます。

3)会社が取れる対応

では実際にどう動けばいいでしょうか。ここは、被害者への対応と、職場環境を改善するための社内対応に分けて考えると整理しやすくなります。

まず、被害者本人への対応は、本人の意向を尊重することを基本にします。大ごとにしたくないという気持ちを汲んで、あまり事を大きくしない。本人が望む以上に事を荒立てないことで、被害者と上司や会社との信頼関係を保ちます。

一方、社内対応は別に行う必要があります。具体的には、次の3点を検討してください。

1.上司の過去の言動を確認する

上司本人にセルフチェックの機会を設けることから始めるのが現実的です。「飲み会の場でいつも同じような話をしていないか」「特定の部下に対して踏み込んだ発言をしていないか」といった観点で、自分の言動を振り返ってもらいます。周囲への聞き取りは、ことが大きくなるリスクがあるため慎重に判断してください。職場環境の改善のために必要と判断した場合のみ実施し、把握した内容は記録に残しておきます。

2.上司への指導内容は、言葉にして伝える

「気をつける」といった曖昧な指示ではなく、「飲み会の場で部下の外見や私生活に関する発言はできるかぎり控える」など、具体的にどの行為が問題だったかを明示した上で指導します。

3.再発防止の仕組みをつくる

「ハラスメント防止規程を制定する」といった堅苦しいアプローチは、中小企業では形骸化しがちです。それよりも、「飲み会を楽しく過ごすために気を付けるべきこと」といったカジュアルな形で、場の雰囲気を壊さないための簡単なルールを共有する方が機能しやすいでしょう。お酒の席での会話の心得、参加を強制しない、外見や私生活に踏み込んだ話題は避ける——そういった当たり前のことを言語化しておくだけで、「会社はそういう場の空気を大切にしている」というメッセージにもなります。

なお、今回のケースとは異なりますが、被害者が「上司を処分してほしい」と強く求めてくることもあります。ただ、被害者の要望は真摯に受け止める必要がありますが、処分の判断はあくまで会社が行うものである点は忘れてはいけません。

その場合に最低限行うべきことは、判断のプロセスを丁寧に説明することです。「何を調査したのか」「どういう事実を確認したのか」「その上で会社としてどう判断したのか」などを、必要であれば弁護士など外部の専門家の意見を踏まえたことも含め、きちんと言葉にして伝えます。要望に応えられない場合でも、「なぜその判断に至ったか」を説明することが、後々の不満やトラブルを防ぐことにつながります。被害者の声を受け止めながらも、最終的な判断は会社が責任を持って行い、そのプロセスと結果を丁寧に伝えましょう。

5 「中小企業だから配置転換はできない」と対応を怠った

1)事例

現場リーダーが若手に対して怒鳴る指導を繰り返していました。しかし、部署は1つしかなく、異動や配置換えは物理的に不可能です。相談を受けた経営者は、「ウチでは仕方ない」として実質的に放置してしまっていました。

「中小企業だから配置転換はできない」と対応を怠った

2)どこで判断を誤るか

「ウチは部署が1つしかないから仕方ない」という考えが、改善を図らずに見て見ぬふりをしてしまうのが典型的な失敗です。確かに異動や配置転換はできない。しかしそれは、「何もできない」とイコールではありません。

  • 現場リーダーから直接指示を受けなくてもいい仕組みは作れないか
  • 若手が相談できる別のルートは確保できないか
  • 現場リーダーだけに権限が集中しない体制にできないか

と、こういった視点で職場を考えてみるとできることがあるかもしれません。「異動させられないから手が打てない」という思考停止が、小さなトラブルを大きな紛争の火種にしてしまう原因になるでしょう。

3)会社が取れる対応

大切なのは、「人を変える」のではなく「仕組みで解決する」発想に切り替えることです。現場リーダーの性格や意識が変わることを期待しても、あまりうまくいきません。問題が起きにくい組織を構築していくほうが、現実的です。例えば、

  • 若手への業務指示の一部を社長直轄にしてしまう
  • 現場リーダーだけが判断するのではなく、複数人でレビューする体制にする

など、このように現場リーダーが若手と2人きりになる場面を減らすだけでも、状況は改善する可能性があります。

なお、第三者の目を入れて改善を試みるのも有効ですが、外部の研修会社やコンサルタントに依頼するとなると、費用等の面でハードルが高くなります。ですから、

  • 社長や管理職を集めて「最近の職場環境について話し合う場」を定期的に設ける
  • 管理職同士で部下への接し方を振り返る
  • 簡単なチェックシートを作って共有する

など、できることから始めてみましょう。その際、特定の人物や問題を狙い撃ちにした対応だと受け取られないよう、会社全体の取り組みとして位置づけることが重要です。「なぜ今これをやるのか」という不信感を生まずに当事者の意識を変えるきっかけを作るためにも、この点は意識しておく必要があります。加害者本人の自覚や反省に期待しすぎず、できる範囲で構造を変えていくことが大切です。

6 創業役員がハラスメントの加害者になってしまった

1)事例

創業役員が、会議の場で新入社員に対して「そんなことも分からないのか」「向いていないんじゃないか」といった発言を繰り返していました。社長は創業時からのパートナーであり、面と向かって強く言える関係ではありません。結果、「まあ、あの人のスタイルだから」と口頭で軽く注意するだけで、実質的には放置が続いていました。

創業役員がハラスメントの加害者になってしまった

2)どこで判断を誤るか

創業時からのパートナーに対しては、社長も正面から注意をしにくいものですが、とはいえ周囲の社員はしっかり見ています。「会社はあの役員の問題行動を知っていながら何もしない」と受け取られれば、優秀な社員から先に会社を離れていきます。気付けば、「あの会社はそういう会社だ」という評判が社外にまで広がってしまい、採用活動などにも影響が出てきます。

また、法律上は放置した側の役員にも安全配慮義務違反が問われる可能性があり、「自分は関係ない」では済まなくなるケースもあります。

3)会社が取れる対応

まず取り組むべきことは、事実の把握と記録です。具体的には、

  • 被害を受けた社員から「いつ・どこで・どんな発言があったか」を丁寧に聞き取り、内容を文書として残す(本人に書き留めてもらう、会社が聞き取りメモとして整理するなど)
  • 1.の内容をもとに社長が役員と面談し、何を伝えたか、役員がどう反応したかを面談後に記録として残す

という2段階で対応します。この2段階の記録が、その後の対応の根拠になります。

それでも改善が見られない場合は、役員報酬や処遇の見直しという手段も視野に入れる必要があります。最終的には社長自身が判断し、本人に直接伝えなければなりません。創業時からのパートナーに対してそれができるかどうかが、このケースの重要なポイントです。

「このままでは処遇に影響が出る」ということを社長が自らの言葉で伝えれば、それは役員に対する「会社は本気だ」というメッセージになります。実際に処遇を変更するか以上に、社長が正面からその話をしたという事実が重要です。役員だけでなく、周囲の社員にとっても、「この会社は問題から目を背けない」という信頼につながっていきます。

対応が難しいケースであることは間違いありません。しかし、だからこそきちんと記録を残し、多少の軋轢が生じるとしても、社長が正面から向き合う姿勢を示す必要があります。

7 フリーランス相手へのハラスメントに気づかなかった

1)事例

あるウェブ制作会社が、フリーランスのデザイナーに継続的に仕事を発注していました。しかし、担当者の指示出しの方法には少し問題があり、納期直前に大量の修正を求める、深夜にメッセージを送る、返答が少し遅れると催促が重なるといったことが繰り返されていました。デザイナーは次第に心身の不調を訴えるようになり、ある日突然、仕事を続けられないと申し出てきました。しかし、会社側は「フリーランスへの発注なのだからハラスメントには当たらない」と考えており、社内でもそもそも問題として認識されていませんでした。

フリーランス相手へのハラスメントに気づかなかった

2)どこで判断を誤るか

フリーランスは外注先だから、社内のハラスメント規制は関係がないと考える経営者は少なくありません。しかし、フリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス新法)により、

雇用関係にない相手であっても、ハラスメントに該当する言動や対応は規制の対象

になります。

「辞めるなら次の発注はない」といった圧力や、一方的な発注取消し、理由のない報酬の減額なども問題になり得ます。発注する側とされる側という取引関係においても相手への接し方には同じように配慮が求められる時代になっています。

3)会社が取れる対応

まず意識しておきたいことは、修正指示の「内容・回数・トーン」です。修正を求めること自体は業務上あり得ることですが、

  • 「こんな基本的なこともわからないのか」といった言い回し
  • 深夜や休日を問わない連絡、短期間での大量修正依頼

などは、受け取る側にとって大きな負担になります。立場の弱いフリーランス側からすれば、断りにくい状況での強制に映ることがあります。

こうしたトラブルを防ぐためには、フリーランスとの契約書に修正の回数や対応時間のルールを明記しておくことが有効です。また、やり取りはできる限りメールやチャットなど記録が残る形で行い、口頭での高圧的な指示が積み重ならないようにする工夫も大切です。

社内向けには、外注先への対応に関するガイドラインを簡単にまとめておくとよいでしょう。「フリーランスだから多少強く言っても大丈夫」という感覚が社内に残っているようであれば、それ自体がリスクの芽です。雇用関係がない相手だからこそ、対応の記録と社内ルールの整備が会社を守ることにつながります。

併せて知っておきたいのが、公益通報制度との関係です。通報の対象が広がり、フリーランスであっても一定の条件のもとで通報者として保護される可能性があります。つまり、フリーランスへの不当な扱いが続いた場合、相手が労基署や行政機関に通報するという選択肢を持っているということです。「外注先だから表に出ない」という認識は、もはや通用しません。社内の問題と同じ感覚で、外注先との関係にも目を向けておく必要があります。

8 最後に:問われているのは「姿勢」と「設計」

この記事で紹介したケースは、いずれも「まさかウチの会社では」と思っていた経営者が直面した現実です。中小企業では、教科書通りの対応が取れない場面がほとんどです。しかし、法律は会社の規模に関係なく適用されます。労働契約法上の安全配慮義務も、労働施策総合推進法上のパワハラ防止義務も、社員が一人でもいれば会社に課せられる義務です。

だからこそ、大切なのは完璧な対応を目指すことではなく、できることを着実に行うことです。次の4つを意識するだけでも、会社の姿勢や評価は大きく変わります。

  • 事実関係を確認するプロセスを踏むこと
  • 確認した記録を残すこと
  • 小さなことでもよいので改善策を検討して実行すること
  • 相談者が不利益や心身不調を抱えないよう配慮すること

「何をしたか」という結果はもちろん重要です。しかし最も大事なのは、「状況をどのように判断して、どのように変えようとしたか」という姿勢です。限られた選択肢の中で、現実的に状況を改善しようとする意思と行動の積み重ねが、結果として「火消し」にも「予防」にもつながっていきます。

以上(2026年6月作成)

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画像:ChatGPT

【規程・文例集】「生成AI利用規程」のひな型

1 ルールを定めてますか? 生成AIの業務利用

生成AIとは、

プロンプト(実行してほしいタスク、質問、依頼内容を伝える命令文や指示文)を与えることで、テキスト・画像・動画・音声など多様な形式のコンテンツを新たにつくり出す人工知能の一種

です。

OpenAIのChatGPT、MicrosoftのCopilot、GoogleのGeminiなど、大規模言語モデル(LLM)を基盤とする自然言語対話型生成AIが身近になり、日常的に活用する人も増えています。さらに、AnthropicのClaudeをはじめ、生成AIは単にプロンプトに回答するだけの域を超え、問題解決や目標達成に向けて自律的に動作する「AIエージェント」として進化を遂げつつあります。

生成AIやAIエージェントをうまく活用すれば、これまでの業務・作業を劇的に変革し、圧倒的に効率化できます。一方で、

  • 情報漏洩や回答の不正確性
  • アンコンシャスバイアス(自分自身では気づかない「物事の捉え方の歪みや思い込み」)
  • AIによる生成物が既存の著作物に類似し、意図せず著作権を侵害してしまうリスクや、著作物として保護されないリスク

など、様々な問題も指摘されており、AIが生成した回答の根拠や裏付けの確認など、適切な対応が求められます。

会社として、AI活用に向けた検討や取り組みを進めていく上で必要となるのが、組織としてのルールです。この記事では、社員にAIを適切に利用させていくために、専門家が監修した「生成AI利用規程」のひな型を紹介します。

2 生成AI利用規程のひな型

以降で紹介するひな型などは一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【生成AI利用規程】

第1章 総則

第1条(目的)

本規程は、〇〇株式会社(以下「会社」という)における生成AI(人工知能)ツールの業務利用に関する安全基準および利用ルールを定める。これにより、業務の効率化を図るとともに、情報漏洩、権利侵害、不当な差別やバイアスの発生等のAI固有のリスクを防止することを目的とする。

第2条(定義)

本規程において「生成AI」とは、文章、画像、プログラムコード、音声等を自動的に生成するAI技術およびそのサービス(ChatGPT、Copilot、Gemini、Claudeなど)をいう。

第3条(適用範囲)

本規程は、会社のすべての役員、正社員、契約社員、パート・アルバイト、および会社の指示に基づき業務に従事する者(以下「従業員等」という)に適用する。

第2章 利用体制および遵守事項

第4条(利用可能なツールと導入手続き)

1)従業員等は、会社が事前に承認し、指定した生成AIツール(以下「指定ツール」という)のみを業務に利用できる。個人契約のアカウントや未承認のツールを業務に利用してはならない。

2)新たな生成AIツールを業務に導入しようとする場合は、事前に「AIシステム影響評価」およびリスクアセスメントを行い、経営層または情報セキュリティ責任者の承認を得なければならない。

第5条(入力データの制限)

従業員等は、生成AIにプロンプト(指示文)を入力する際、次の情報を入力してはならない。

  • 顧客、取引先、および自社の個人情報
  • 会社の営業秘密、財務情報、未公開の技術情報、インサイダー情報、その他の機密情報
  • 取引先との間で秘密保持義務を負っている情報

第6条(設定の義務)

指定ツールの利用にあたっては、入力したデータがAIの追加学習に利用されないよう、データ不保持(オプトアウト)の設定を必須とする。

第3章 成果物の検証と責任

第7条(権利侵害および不当なバイアスの防止)

1)従業員等は、生成AIの出力物(以下「成果物」という)を業務に利用する場合、第三者の著作権、商標権、意匠権等の知的財産権、および肖像権・プライバシー権を侵害していないことを確認しなければならない。

2)従業員等は、生成AIの出力結果に偏見や不公平な評価(アルゴリズムによるバイアス)が含まれていないかを確認し、特定の個人や集団を不当に差別・排除することのないよう配慮しなければならない。

第8条(ファクトチェックおよび説明可能性の確保)

1)生成AIは誤った情報を出力する可能性がある(ハルシネーション)ことを理解し、従業員等は成果物の内容について、必ず公的情報や信頼できるデータ等に基づき事実確認(ファクトチェック)を行わなければならない。

2)顧客や取引先から、AIを用いた判断や成果物について根拠の提示を求められた場合、その作成・出力プロセスについて合理的な説明ができる状態(説明可能性の確保)を維持するよう努めなければならない。

第9条(業務責任)

成果物を実際の業務(提案書、プログラム、外部公開記事等)に採用した場合、その内容に関する最終的な責任は当該業務を担当した従業員等およびその管理職が負う。生成AIが誤出力をしたことを理由に責任を免れることはできない。

第4章 禁止事項、外部委託、および運用

第10条(禁止される業務)

次の業務に関し、生成AIの単独、または主たる利用を禁止する。

  • 法的効力を持つ契約書、規程類の最終確定
  • 人事評価、採用合否の最終決定
  • 安全性や人命に関わる重要システムのコード実装(人間のレビューがない場合)

第11条(外部ベンダーおよび第三者管理)

業務を外部に委託する際、委託先が生成AIを利用する場合は、本規程と同等のセキュリティ基準および倫理基準を満たしていることを契約等で明確に義務付け、必要に応じて管理・監査を行わなければならない。

第12条(教育・研修)

会社は、従業員等に対し、生成AIの安全な利用に関する教育や情報セキュリティ研修を定期的に実施する。従業員等はこれを受講しなければならない。

第13条(違反時の措置)

本規程に違反し、会社に損害を与えた場合、または情報漏洩等を引き起こした場合は、就業規則に基づき懲戒処分の対象とする。

附則

本規程は、2026年〇月〇日より施行する。

以上(2026年6月作成)
(監修 石原法律事務所 弁護士 磯田翔)

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画像:ESB Professional-shutterstock

【朝礼】夏のカエルを見習い、「報・連・相」を徹底しよう

【ポイント】

  • 雄のカエルは、雌に自分の存在を知らせるため、精いっぱい鳴き続ける
  • ビジネスでも「報・連・相」は大事。悪い知らせほど、声を上げて早く伝えよう
  • うまくいっていることも、積極的に共有しよう。明るい報告は職場の空気を変える

おはようございます。6月といえば、梅雨の時期でもあります。雨の日が続くと、通勤の途中や、夜に窓を開けたとき、どこからともなくカエルの鳴き声が聞こえてくることがあります。あのカエルの声、実は雄のカエルが雌に向けて「ここにいるよ」と知らせるために鳴いているのだそうです。声を出さなければ、存在に気づいてもらえない。だから、雨の中でも、夜の暗闇の中でも、精いっぱい鳴き続けるのです。

さて、これを聞いて、私は仕事における「報・連・相」のことを思い浮かべました。皆さんは日々、それぞれの持ち場でしっかりと仕事に取り組んでくれています。しかし、どれだけ丁寧に仕事をしていても、その状況や結果を周囲に伝えなければ、周りからは「何をしているのか分からない」となってしまいます。カエルが鳴かなければ気付いてもらえないように、仕事も「声に出す」ことで初めてチームが動けるのです。

特に気を付けてほしいのが、トラブルや遅れが生じたときです。「もう少し自分でなんとかしてから報告しよう」と思って、上司や先輩に報告をせず、抱え込んでしまう。誰しも一度はこんな経験があると思いますし、私も気持ちは分かります。しかし、報告が遅れれば遅れるほど、対応できる選択肢は狭まっていきますし、内容によっては会社に重大な損害を与えることだってあります。逆に早めに声を上げてくれれば、周りがフォローできる。それがチームで仕事をする意味でもあります。悪い知らせほど、早く伝える。これを習慣にしてください。

一方で、うまくいっていることも、ぜひ積極的に共有してください。「これくらい言わなくてもわかるだろう」と思わずに、小さな前進でも言葉にして伝えることで、チーム全体の士気が上がります。カエルの声が梅雨の風物詩として人々の心を和ませるように、皆さんの明るい報告が職場の空気を変えることもあります。

声を出すことを、恥ずかしがらないでほしいと思います。今月も、カエルに負けないくらい、しっかりと声を出していきましょう

              

以上(2026年6月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

5月29日から、防災気象情報のルールが変わる!

1 警報・注意報の情報名に「レベル」が追加!

もしも、大雨警報などが出たとき、あなたの会社は何をしますか。社員に早めの帰宅や自宅待機を促しますか? 店舗の営業時間を短縮したり、臨時休業したりしますか? そういった判断の根拠となっている社内のBCP等に、「大雨警報」「洪水警報」「土砂災害警戒情報」といった言葉が並んでいるなら、注意が必要です。

気象庁は2026年5月29日より、防災気象情報の体系を大幅に刷新しました。具体的には、河川氾濫・大雨・土砂災害・高潮の防災気象情報について、図表1のように

警報・注意報の情報名に「レベル」が追加される(例:レベル3大雨警報など)

ことになったのです。

(図表1)【新しい防災気象情報(2026年5月29日~)】

河川氾濫 大雨 土砂災害 高潮
警戒レベル
5相当
レベル5
氾濫特別警報
レベル5
大雨特別警報
レベル5
土砂災害特別警報
レベル5
高潮特別警報
警戒レベル
4相当
レベル4
氾濫危険警報
レベル4
大雨危険警報
レベル4
土砂災害危険警報
レベル4
高潮危険警報
警戒レベル
3相当
レベル3
氾濫警報
レベル3
大雨警報
レベル3
土砂災害警報
レベル3
高潮警報
警戒レベル
2
レベル2
氾濫注意報
レベル2
大雨注意報
レベル2
土砂災害注意報
レベル2
高潮注意報
警戒レベル
1
早期注意情報

(出所:気象庁「新たな防災気象情報について(令和8年~)」)

大雨や台風の際、避難のタイミングなどを誤らないためにも、新しい情報は頭に入れておくべきですし、BCPの発動条件として特定の警報名を明記している場合は、その見直しも必要になります。梅雨・台風シーズンを前に、何が変わり、どう対応すべきかを整理しましょう。

■気象庁「新たな防災気象情報について(令和8年~)」■
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/keiho-update2026/index.html

2 それぞれのレベルと災害警報

1)レベルの見方

新たな防災気象情報では、警戒レベルが1~5の5段階で設定されています。「5」が最も警戒レベルが高く、警戒レベルごとに、住民が取るべき行動が次のように設定されています。

  • レベル5:命の危険 直ちに安全確保!
  • レベル4:危険な場所から全員避難
  • レベル3:避難に時間を要する人は早めに避難、避難の準備など
  • レベル2:避難行動を確認(避難場所や避難ルート、避難のタイミングなど)
  • レベル1:災害への心構えを高める

例えば、従来の「大雨警報」は「レベル3大雨警報」に変わります。2019年以降、自治体が発令する避難情報には警戒レベルの設定がされている一方で、気象庁が発表する防災気象情報には警戒レベルが設定されていないという問題点がありました。この点が改善された形になります。

また、これまで、警戒レベル4に相当する防災気象情報は、災害の種類によって名称が異なるほか、相当する情報自体がない場合もあり、一貫性がありませんでした。新しい防災気象情報では、

4種類全ての災害について、警戒レベル4相当の情報が「危険警報」という統一した名称で発表される

ため、より分かりやすくなります。

2)各災害情報の概要

1.河川氾濫に関する情報

1級河川など約400の主要な「洪水予報河川」を対象に、河川ごとに発表されます。対象外の中小河川の氾濫については「大雨に関する情報」の中で扱われます。

2.大雨に関する情報

中小河川の氾濫や、低地・地下街などへの浸水被害を対象とした情報です。「雨そのものの状況」から危険度を判断し、市町村ごとに発表されます。「河川氾濫に関する情報」「土砂災害に関する情報」以外の浸水被害全般の情報が、大雨に関する情報となるイメージです。

3.土砂災害に関する情報

急傾斜地のがけ崩れや土石流に関する情報です。60分雨量や土壌雨量指数をもとに発表されます。今回の改正で、従来の「土砂災害警戒情報」は「レベル4土砂災害危険警報」に名称が変わります。また「レベル3土砂災害警報」は、まもなくレベル4が発表される見込みがある場合に発表されるようになります。「レベル3(避難に時間を要する人は早めに避難、避難の準備など)が出たらレベル4(危険な場所から全員避難)も近い」ということです。

4.高潮に関する情報

台風や発達した低気圧の接近に伴う海水面の上昇と、波の打上げによる浸水被害を対象とした情報です。今回の改正で、国土交通大臣が指定する「高潮予報海岸」では、国土交通省・気象台・都道府県が共同で「波の打上げ高」を加味したより精度の高い予報・警報が実施されます。高潮は台風接近時に発生しやすく、暴風の影響で避難行動が取りづらくなるケースがあります。レベル2の段階から早めに行動を開始することも選択肢に入れておく必要があります。

3 経営者が今すぐ取り組むべき4つの実務

1)防災計画・マニュアルの改訂

最も優先度が高い作業です。社内の防災マニュアルや緊急連絡フロー、避難手順書に「大雨警報」「洪水警報」「土砂災害警戒情報」などの旧名称が記載されている場合、そのままでは機能しなくなります。

具体的には次の点を点検・改訂してください。

  • 旧情報名称を新名称に置き換える(「洪水警報」→「レベル3氾濫警報」または「レベル3大雨警報」など)
  • 「〇〇が発表されたら帰宅させる」「〇〇が出たら施設を閉鎖する」といったトリガー条件の見直し
  • 防災計画等の点検・見直し(施設・学校・企業・自治体等の防災担当者に対して特に強く求められている事項です)

2)BCPの見直しポイント

BCPに「〇〇警報発令時は在宅勤務に切り替える」「〇〇警戒情報が発令されたら拠点を閉鎖する」といった発動条件を記載している場合は、要件の再確認が必要です。

特に注意したいのは、レベル4に相当する情報名称の変更です。

これまで「土砂災害警戒情報」がレベル4相当として機能していた場合、新名称「レベル4土砂災害危険警報」への置き換えが必要

です。また、従来存在しなかった「レベル4氾濫危険警報」が新設されることで、河川沿いに事業所を持つ企業はBCPのトリガー設定を改めて検討する価値があります。

BCP発動のレベル設定に迷う場合は、「レベル4の情報が発表された時点で全員が危険な場所から離れていなければならない」という原則を基準に考えると整理しやすくなります。

3)キキクル等の情報収集ツールの活用方法を整備する

気象庁が提供する「キキクル(危険度分布)」は、大雨による災害の危険度を5色に色分けした地図上にほぼリアルタイム(10分ごと)で表示する気象庁のウェブサービスで、自分のいる場所の今の危険度をすぐに確認できます。

■気象庁「キキクル(危険度分布)」■
https://www.jma.go.jp/bosai/risk/

今回の改正に合わせてキキクルの表示も変更されます。従来の「洪水キキクル」と「浸水キキクル」は統合され「大雨キキクル」として表示されます。また、「土砂キキクル」は従来と比べて赤色(警戒)の判定が絞り込まれ、黄色(注意)から紫色(危険)へ直接移行するケースが増えます。

キキクルの変更

社内での情報収集ルールとして以下を検討してください。

  • キキクルのURLを防災担当者・管理職に共有し、台風・大雨時に定期確認する習慣をつける
  • 「危険(紫)」への変化をスマートフォンにプッシュ通知する民間サービスの有効性を調べる
  • 気象庁ホームページの「時系列情報(明日までの警報等の見通し)」を活用し、前日から行動計画を立てる
  • 「早期注意情報(レベル1)」が発表された段階で、数日先のリスクを認識し社内体制を確認する

4)従業員への周知・教育

情報名称が大きく変わることで、従業員が混乱したり、古い認識のまま行動したりするリスクがあります。台風シーズン前に、少なくとも以下の内容を周知しておくことをお勧めします。

  • 情報名称が変わること(特に「洪水警報」の廃止と「危険警報」の新設)
  • 「レベルの数字=とるべき行動の目安」という見方
  • レベル4の情報が出る前に避難を完了させることの重要性
  • キキクルの使い方と確認タイミング

気象庁が公開している広報チラシや解説動画(YouTube)は社員教育の素材としてそのまま活用できます。朝礼や社内研修で紹介するだけでも意識醸成につながります。

以上(2026年5月作成)

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画像:日本情報マート

【分かりやすい原価計算(3)】管理会計PLとCVP分析 ~原価計算に特有の費用の分け方~

1 「変動費」と「固定費」を分ける管理会計PLのカタチ

今回は、管理会計の損益計算書(以下「管理会計PL」)を見ていきます。管理会計PLと聞いて身構える必要はありません。なぜなら、管理会計PLの話は前回から始まっています。変動費と固定費を分けた損益計算書のカタチが、管理会計PLです。

管理会計の損益計算書

普段見慣れている財務会計の損益計算書(以下「財務会計PL」)からおさらいしていきましょう。まず、売上高、そこから製造活動の費用である売上原価を引いて、売上総利益を出します。この売上総利益は粗利(アラリ)とも呼ばれ、経営者が気にする代表的な利益の一つです。粗利から販売費及び一般管理費(以下「販管費」)を引いて、営業利益を出します。

次に、管理会計 PL です。

管理会計PLでは、売上高から引く売上原価と販管費を変動費と固定費に分ける

というのが特徴です。そして最初に、売上高から変動製造原価と変動販管費といった変動費を引いて、限界利益を出します。

この限界利益から固定製造原価、固定販管費といった固定費を引いて、営業利益を出します。売上高と営業利益は財務会計PLと同じ金額になります。

実務的なコツとして、

限界利益によって固定費を回収する感覚

を持っていただくとよいでしょう。固定費というのは売上高が増えても減っても変わらないので、決まった額が発生します。それを売上高に連動する限界利益で回収していきます。限界利益で固定費を全額回収すれば、その先の売上で利益が発生していくのです。

この管理会計PLの例で、変動費1500万円を売上高4000万円で割ると、0.375。この会社の売上に対する変動費の割合(変動費率)は37.5%となります。

また、限界利益2500万円を売上高4000万円で割ると、0.625。売上に対する限界利益の割合(限界利益率)は62.5%となります。

管理会計PLは、費用を変動費と固定費とに分けて、売上高から変動費を先に引いて、限界利益を出すというのが肝になってくるのですね。

上記のケースでは、次のことがいえます。

  • 「限界利益率が62.5%ということは、売れて手元に残るのは約6割だけ」
  • 「固定費が1700万円ということは、これを必ず回収しなくてはいけない」

自社の変動費と固定費を計算し、管理会計 PL を作るだけではもったいないので、ぜひ、

その先にある数字の「意味合い」にまで落とし込むこと

を意識してください。会計の活用につながります。

2 CVP分析で売上高の変動に対する利益の変動が分かる

続いて、変動費と固定費を分けることによってできる「分析」について説明していきます。皆さんは、「CVP分析」や「損益分岐点分析」という言葉を聞いたことがあると思います。どちらもほぼ同じ意味であることが多く、ここでは「CVP分析」と呼ぶことにします。

CVP分析は自分の会社の「体質」を把握することに役立ちます。特に、会社の利益が出るか出ないかが容易に分かる損益分岐点売上高を求めることができます。損益分岐点売上高とは、

売上高と費用が一致して、利益がプラスマイナス0、トントンになる売上高

のことをいいます。さらには、売上が上がったり下がったりした場合に、利益への影響がどのくらいあるかということもCVP分析を通じて分かります。

例えば、A社とB社の売上が、ともに10%下がったにもかかわらず、A社の利益は25%も下がり、B社の利益は15%だけ落ちていました。なぜこのようなことが起こるのかを知るにも、CVP分析は役立つのです。

自分の会社はA社とB社のどちらに近いのかをあらかじめ把握しておくことはとても大事です。つまりは、売上高が減少した場合に、利益がどれだけ減ってしまうかを把握すると言い換えることもできます。

3 どっちが利益を出しやすい体質か?

CVP分析は、ざっくりいえば、

費用、売上高、利益の3つの関係を把握して、将来の予測をしましょう

ということです。費用、売上高(営業量)、利益を英語でいうとCost(コスト)、Volume(ボリューム)、Profit(プロフィット)となります。この頭文字を取って「CVP分析」と呼びます。

まずは、前提知識のおさらいです。

  • 利益=売上高-費用
  • 費用=変動費(※)+固定費 ※変動費は、変動費率×売上高

利益は、売上高から費用を引くことで求められます。この費用を売上高に連動する変動費と、売上高に連動しないで決まった額が発生する固定費とに分けます。そして、変動費は「変動費率×売上高」として表し、これに固定費を足すと費用になります。ここでいう変動費率とは、売上高に対する変動費の割合のことをいいます。

それでは、イメージ図を見てみましょう。

CVP分析 cost – volume - profit

横軸を売上高、縦軸を金額とします。ここに、売上高と費用の線を引いています。これがCVP分析のイメージ図になります。

まず、斜め45度の線が、売上高線となります。横軸の売上高1に対して、縦軸の売上高の金額も1になるので、角度が45度の直線で表されます。

次に費用を見ていきます。売上高が0のところでも発生している部分が固定費になります。固定費は売上高0円でも1000万円でも、同じだけ発生します。これに対して、変動費は売上高が増えれば連動して増加します。このため、固定費の上に「売上高×変動費率」で計算される変動費が乗っかるように引かれた斜めの線が、費用線となります。

売上高が1増えるのに対して増加する変動費の割合が変動費率になり、費用線の傾きになります。例えば、売上高100に対して仕入などの変動費が35のときは、変動費率が35.0%となり、費用線の傾きは35度となります。

この売上高線と費用線が交わるところが損益分岐点売上高です。売上高と費用が同じ額になり、損益がトントンになる売上高を表します。

ここでポイントとなるのは、変動費は売上高との比率(%)で見るのですが、固定費は額でみるところです。

変動費と固定費のバランスがどのように利益に影響するのか、次の2つの特徴を理解しておきましょう。

  • 変動費の割合が高い場合、固定費が少ない分、少ない売上でも利益が出ます。しかし、損益分岐点売上高を超えても、変動費が多くかかるので、売上が増加する割に、利益はあまり増えなくなります。
  • 固定費の割合が高い場合、固定費が多い分、多くの売上を上げないと利益が出ません。しかし、損益分岐点売上高を超えると、変動費が少ないので、利益が大きく増えていきます。

具体的に考えてみましょう。グラフのA社とB社は、現在、同じ売上高と同じ利益を出しています。

CVP分析 cost – volume - profit

しかし、グラフの(1)を見ると、固定費の金額を表す切片(左側の縦軸と直線が交わる点)がA社の方が上にあることから、固定費はA社の方がB社よりも高いことが分かります。一方、2本の直線の傾き(グラフの(2))を見ると、A社の傾きの方が緩やかなので、傾きが示す変動費率は低いことが分かります。

このことが示す意味合いはとても大事ですので、ぜひ理解してください。

まず、固定費が高額で変動費率が低いA社は、売上が少ないうちは利益がなかなか出ません。グラフからも、売上を示す直線が下方向に遠く離れていることで、損失が多いことが分かります。一方、売上が増え、損益分岐点売上高を超えてからは逆です。今度はA社の直線よりも売上の直線は上方向に遠く離れますので、利益が多く上がるようになるのです。

つまり、A社は固定費が多い分、初めは利益を出しづらいのですが、売上が増えてくると一転して、利益が出やすい体質となります。

B社は逆です。固定費が少ないため、初めから利益が出やすいのはうれしいものの、売上が増えてくると、利益がA社に比べて伸びないのです。

A社とB社の変動費率と固定費の違い

4 固定費と変動費では同じ経費削減でも効果が違う?

ここで費用を削減した場合の、CVP分析のイメージ図を見てみましょう。

1)固定費を削減した場合

固定費を削減した場合は、費用線がその分だけ下に動きます。このため、損益分岐点売上高も下がり、縦軸で表される利益も、固定費の削減額だけ増えます。例えば、現状では、工場の敷地に余分なスペースがある場合に、適切な広さのところに引っ越すというようなことが考えられます。

CVP分析 cost – volume - profit

2)変動費を削減した場合

変動費を削減した場合は、売上高に対する変動費の割合、変動費率が下がります。このため、費用線の傾きが緩やかになります。これにより、やはり損益分岐点売上高が下がります。そして、売上を増やすほどにその効果は上がっていきます。例えば、比較的安価なメーカーの材料に切り替えるなどが当てはまります。

このように、CVP分析のグラフを見ると、変動費の削減と固定費の削減はそれぞれ違った意味合いを持つことが分かります。

CVP分析 cost – volume - profit

以上(2026年5月更新)

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画像:Shutter z-shutterstock

高齢者の職業安定基本方針

人手不足に悩む多くの企業で、高齢者の活用が喫緊の課題となっています。厚生労働省も高齢者の就業機会を増やすため、新しい「高年齢者等職業安定対策基本方針」を策定しました。本稿では、高齢者の就業に関する状況に触れながら、新しい基本方針の内容を紹介します。高齢人材活用の参考になさってください。

1 高い就業意欲

高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)で、すべての企業に65歳までの雇用確保が義務づけられています。さらに、70歳までの就業機会の確保も努力義務となっています。

これらの義務の後押しを受け、高齢者の就業率(令和6年)は、60~64歳で74.3%に達しています。10年前と比べ13.6ポイントも上昇しました。65~69歳でも53.6%に上り、同じく13.5ポイント増となっています。

また、70歳までの就業機会を確保している企業の割合(令和7年)は34.8%で、定年後の賃金水準を定年前の8割以上とする企業も39.6%(令和6年)となっています。

高齢者の就業意欲も高いです。内閣府が60歳以上を対象に行った調査によると、「何歳ごろまで収入を伴う仕事をしたいか」という問いに対し、22.4%が「働けるうちはいつまでも」と答えました。

■何歳ごろまで収入を伴う仕事をしたいか

令和6年度 高齢社会対策総合調査(高齢者の経済生活に関する調査)

※内閣府「令和6年度 高齢社会対策総合調査(高齢者の経済生活に関する調査)」より

2 3つの目標

高齢者の就業を巡るこうした現状を踏まえ、厚生労働省は、高年齢者雇用安定法に基づく「高年齢者等職業安定対策基本方針」を改定しました。新しい基本方針は、令和8~11年度の4年間を対象期間とし、高齢者の就業機会を増やすため、次の目標を掲げています。

  • ➢ 60~64歳の就業率:79.0%以上(令和6年実績:74.3%)
  • ➢ 65~69歳の就業率:57.0%以上(令和6年実績:53.6%)
  • ➢ 70歳までの就業確保措置の実施率:40.0%以上(令和7年6月1日現在実績:34.8%)

目標を達成するため、65歳までの雇用確保義務について企業への指導を徹底し、70歳までの就業確保(努力義務)についても普及を進めます。また、賃金・人事制度を見直し、高齢者の処遇改善に取り組む企業などへの助成を強化するほか、全国の主なハローワークにある「生涯現役支援窓口」での再就職支援にも力を入れます。

3 さいごに

高齢者の雇用継続や雇い入れにあたっては、労働災害に気をつけなければなりません。高齢層は、他の年代と比べて労働災害の発生率が高く、災害が起きた際の休業期間が長くなりがちです。

このため厚生労働省は今年4月1日、改正労働安全衛生法を施行し、高齢労働者の特性に配慮した作業環境の改善など、労働災害防止に必要な措置を企業の努力義務としました。合わせて、高齢者の労働災害防止に必要な事項をまとめた指針も策定しました。

高齢者は一般的に仕事に関する経験や知見が豊かで、スキルも高いです。貴社でも、安全に配慮しながら活用を進めてください。

※本内容は2026年5月10日時点での内容です。

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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高齢者の職業安定基本方針

人手不足に悩む多くの企業で、高齢者の活用が喫緊の課題となっています。厚生労働省も高齢者の就業機会を増やすため、新しい「高年齢者等職業安定対策基本方針」を策定しました。本稿では、高齢者の就業に関する状況に触れながら、新しい基本方針の内容を紹介します。高齢人材活用の参考になさってください。

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【熱中症対策】熱中症予防の工夫9選~チェックリスト付き

1 「熱中症」予防の基本は体づくりと外部環境の整備

熱中症になりやすい環境は、「高温多湿な場所に長時間いる」という典型的なものに限定されません。例えば、寝不足や食欲不振などで体調が優れないときや、下痢や二日酔いなどで脱水症状気味といったときなども、熱中症になるリスクが高まります。

そのため、熱中症の予防には、

  • 熱中症になりにくい体づくりをすること
  • 外部環境を整えること

の、両方からアプローチをかけることが大切です。熱中症対策をこの2つに分類し、ポイントを整理すると、図表1のようになります。

熱中症予防の具体例

2 体づくりの工夫(1)水分・塩分をこまめに補給する

熱中症の予防において基本的かつ重要な対策の1つが、水分・塩分の補給です。

ここで、改めて熱中症の定義を確認しましょう。熱中症とは、

暑い環境にいることで、体温が上昇し、重要な臓器が高温にさらされることにより起きる障害の総称(環境省「熱中症環境保健マニュアル~総論~」)

です。気温が高くなり汗を大量にかくと、水分とともに塩分やミネラルも失われるため、

ただ水分を補給するのではなく、経口補水液などで塩分も一緒に補給することが重要

です。なお、これは、熱中症の症状が疑われるときの対処法としても重要です。

また、マスクの着用時や空調の効いた室内など、渇きを感じにくい状況では喉の渇きを感じにくく、気づかないまま脱水症状を招く危険性があります。そのため、夏はたとえ喉の渇きを感じない場合でもこまめに水分補給をし、同時に塩分も摂取することが大切です。屋外でたくさんの汗をかく作業に従事する従業員には、塩あめや塩分タブレットなどの携行を推奨しましょう。

3 体づくりの工夫(2)水分・体を上手に冷やす

顧客訪問でスーツの着用が必要なケースなどを除き、

業務内容によっては、暑さをしのぎやすい軽装での勤務を認める

のも、効果的な対策の1つです。具体的には、

  • ノーネクタイ・ノージャケット
  • 半袖シャツ・ポロシャツ
  • スニーカー

などの着用を許可することが考えられます。いわゆる「クールビズ」です。オフィス内では扇子やうちわ、携帯型扇風機などで風を起こして体を冷やすことを許可するのも効果的です。

屋外での作業現場では、送風機が内蔵されているヘルメットや作業着を着用させるのもよいでしょう。また、昨今「手のひら冷却(AVA血管冷却)」が注目されています。AVA血管とは、手のひら・足の裏・頬などにある、体温を調節する血管のこと。AVA血管が通っている場所を、12度程度に冷やすことで体の深部体温の上昇が抑制されるため、こうした冷却機能を備えた冷却グローブやフェイスガードなどが販売されています。暑い場所での作業が続くのであれば、作業前にあらかじめ体温を下げておく「プレクーリング」も効果的です。

4 体づくりの工夫(3)栄養バランスの良い食生活を心掛ける

熱中症予防には食生活への配慮も欠かせません。夏場は食欲が落ちるため、そうめんやうどんなどの麺類、アイスクリームやゼリーなどのデザート類、炭酸ジュースなど冷たく口当たりの良いものに食事が偏ります。

しかし、これらの食品は、糖質を多く含んでいるので注意が必要です。糖質は体にとって重要な栄養素の1つですが、一方でビタミンB1を同時に摂らないと糖質の代謝がうまく進まず、エネルギーを生み出せないという問題が生じます。

エネルギーが不足すると体力が落ちて、いわゆる「夏バテ」状態になり、さらに食欲が落ちて糖質ばかりを摂取するようになるという悪循環に陥るのです。食生活の乱れから体調を崩したり、夏バテで体力を失ったりすると、もちろん熱中症になるリスクも高まります。従業員にも栄養バランスの良い食生活を推奨しましょう。

ちなみに、ビタミンB1を多く含んでいる身近な食材としては、

  • 豚肉
  • 大豆
  • 玄米
  • ほうれん草

などが挙げられます。昼食を買うときなどにうまく取り入れると、熱中症対策に効果的です。

また、糖尿病・高血圧・心疾患などの基礎疾患がある人は熱中症リスクが高いので、夏本番を迎える前に、主治医と相談する機会を作るように促すとよいでしょう。

5 体づくりの工夫(4)健康状態をこまめに確認する

体調の悪そうな従業員には、積極的に声を掛けるよう心掛けましょう。冒頭でも触れたように、2025年6月1日からは、熱中症の疑いがある従業員がいたら企業に報告するよう、社内体制を整えることが義務付けられました。

熱中症の症状は、

軽度であればめまいや立ちくらみなど、ちょっとした体調不良と区別が付かない

場合があるので、症状が進行する前に対処することが大切です。

経営者や管理職は、元気がなかったり、顔色が悪かったりする従業員に対して、周囲が気遣う職場づくりを心掛けましょう。テレワーク中の従業員に対しても、ビデオ通話やオンライン面談などを活用して、様子を確認することが効果的です。

6 体づくりの工夫(5)暑さに体を慣らす

体を冷やして暑さを感じにくくするだけでなく、「暑熱順化(しょねつじゅんか)」によって暑さに体を慣らすことも、熱中症予防に効果があります。

暑熱順化とは、時間をかけながら暑さへの耐性をつけていくアプローチ

です。夏本番を迎える前にジョギングなどの軽い運動や、湯船に漬かる入浴などによって意識して汗をかくようにすると、本格的に暑くなる前から暑さに強い体づくりにつながります。朝礼などの機会に、経営者が従業員に勧めてもよいでしょう。

7 環境を整える工夫(1)日差しや熱が発生する場所を避ける

ここからは、熱中症対策に有効な「環境を整える工夫」について、ポイントを4つに絞って紹介します。

まず、オフィス内でできる対策として、

日差しをカーテンで遮ったり、背の高い観葉植物を窓際に置いたりして暑さを和らげる

ことが挙げられます。エアコンの温度を低く設定していても、窓際などは直射日光がさし込むため、他の場所より気温が高くなりがちです。

また、

熱が発生する業務機器がある場所(サーバールームなど)では、断熱パネルや仕切りを設置する

のも効果的です。日差しを避けられない屋外での業務が発生する場合は、比較的涼しい午前中や夕方に、作業をまとめて行うことも検討しましょう。

8 環境を整える工夫(2)エアコンと扇風機を併用する

空調をエアコンだけに頼ると、冷気が特定の場所に滞留しがちになり、室内の過ごしやすさに差が生まれてしまいます。こうした状況では、

扇風機やサーキュレーター(空気を循環させるための機器)を活用して、冷気を循環

させると、冷たい空気が室内全体に行き渡ります。また、窓を開けて換気する際にも、扇風機やサーキュレーターを外に向けて使えば、効率良く換気ができます。

なお、エアコンは夏になると購入や修理の依頼が集中し、最も暑い時期にエアコンが使えなくなる恐れがあります。そのため、オフィスや自宅のエアコンは梅雨明け前までにクリーニングや動作確認をしておくようにしましょう。

9 環境を整える工夫(3)温度や湿度を「見える化」する

熱中症の危険度を把握できるよう、

温度計や湿度計、暑さの指数を調べる測定器などを用意しておく

ことも、有効な熱中症対策の1つです。なお、暑さ指数の測定には、JIS Z8504またはJIS B7922に適合した「WGBT指数計」を使用することが求められています。

屋外作業を伴う職場では、熱中症の危険度が一定水準を超えるとブザーで通知する携帯型熱中症計や、発汗量など生体情報から熱中症の予兆を検知するウエアラブル端末などの導入を検討してもよいでしょう。

10 環境を整える工夫(4)「テレワーク手当」で快適な労働環境を実現する

テレワークをする従業員の中には、光熱費がかさむなどの理由から、エアコンの使用を控えている従業員もいるでしょう。しかし、十分な空調設備のない中で作業を続けると、熱中症のリスクが高まります。このような状況への対応策として、

「テレワーク手当」を支給して、熱中症になりにくい環境の実現を支援する

ことも選択肢の1つとして挙げられます。テレワーク手当の金額は職場によって様々ですが、一般的な相場は月額数千円程度とされています。

また、自宅から企業まで距離がある場合は、通勤中に熱中症になってしまう恐れもあります。気象庁が高温注意情報を発表した日にはテレワークを推奨して、状況に応じてテレワーク手当を支給するなど、柔軟に対応することが重要です。

11 もし、従業員が熱中症になってしまったら……?

従業員が熱中症になった場合、適切かつ迅速に対処しなければなりません。必要に応じて救急車の出動を要請、もしくは医療機関へ搬送します。主な流れは図表2の通りです。

熱中症になったときの主な対処の流れ

熱中症が疑われる場合、涼しい場所へ移動させて衣服を緩め、首、わきの下、足の付け根などを中心に体を冷やします。もし、「呼び掛けに答えない」「水分を自力で摂取できない」「症状が一向に改善しない」などの場合、状況に応じて救急車を要請するか、速やかに医療機関へ搬送します。症状が軽快し帰宅する場合でも、帰宅後に体調が悪化することがあるため、本人や家族への注意喚起を徹底しましょう。

緊急時に迅速な対応が取れるよう、上記の対処の流れ、搬送先となる医療機関の所在地および連絡先を、あらかじめ社内に周知しておきましょう。テレワークをする従業員には、熱中症になった際に受診できる最寄りの医療機関を事前に確認するよう周知しましょう。また、必要に応じて緊急連絡網を整備しておくことも重要です。

参考:熱中症予防対策に役立つチェックリスト

図表3は厚生労働省「職場の熱中症予防対策は万全ですか?」などを基に、熱中症予防対策として確認しておきたい事項をまとめたものです。オフィスだけではなく、在宅勤務における熱中症対策としても有効です。

(図表3)【熱中症予防対策に役立つチェックリスト】

チェック 項目
環境省「熱中症予防情報サイト」で、熱中症の危険度を判断する数値として有効な「暑さ指数(WBGT)」を確認していますか?
熱中症警戒アラートをあらかじめ確認していますか?(前日夕方(17時頃)、または当日早朝(5時頃)にテレビ・ラジオ・SNSなどで発信)
喉の渇きを感じなくても、水分・塩分を摂取するよう社員に促していますか?
透湿性・通気性の良い服装で作業するよう社員に指導していますか?
テレワーク時の健康管理など、社員の健康状態に配慮していますか?
熱中症になるリスクが高い人を把握していますか?(糖尿病、高血圧症、心疾患などがある、睡眠不足や二日酔いなどの体調不良がある)
熱中症を予防するための労働衛生教育を行っていますか?
熱中症の発症に備えて、近隣の病院、診療所の情報を含む緊急連絡網を作成していますか?
打ち水や窓に遮光シートを貼るなど、建物内や建物周辺の温度が高くなりすぎない工夫をしていますか?
暑さに身体を慣らす「暑熱順化」を社員に呼びかけていますか?
熱中症「応急手当」カードを社員に携帯してもらい、万が一の際の対策を把握してもらっていますか?

(出所:厚生労働省「職場の熱中症予防対策は万全ですか?」「働く人の今すぐ使える熱中症ガイド」などを基に作成)

以上(2026年6月更新)

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画像:日本情報マート

降雨・暴風と運転の目安(2026/6号)【交通安全ニュース】

※ボタンを押すとSOMPOリスクマネジメント(株)のサイトへ移動します。

活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

 令和8年5月29日から、防災気象情報が5段階の警戒レベルに対応し、避難行動に向けた判断がしやすくなります。例えば「大雨警報」は「レベル3大雨警報」になります。レベル3や4の情報が出たら、自ら危険度を確認し、指定避難所だけでなく近くの頑丈な建物への避難など、状況に応じた最善の行動をとることが重要です。

梅雨の季節を迎えるにあたり、降雨・暴風と運転について考えてみます。

新たな防災気象情報について

気象庁「新たな防災気象情報について(令和8年~)」

1 気象の警報などが変わります

6月は、梅雨前線に湿った空気が流れ込み線状降水帯が発生しやすい時期です。線状降水帯は、発達した積乱雲が次々と連なり、長時間にわたって大雨を降らせるため、運転に注意が必要です。

新しい防災気象情報では、線状降水帯の発生は「気象防災速報」として発表されます。

(旧)「顕著な大雨に関する気象情報」→(新)「気象防災速報(線状降水帯発生)」

(旧)「記録的短時間大雨情報」→(新)「気象防災速報(記録的短時間大雨)」

その他、気象の警報などが次のように変わります。

新たな防災気象情報について

気象庁.”新たな防災気象情報について(令和8年~).”,
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/keiho-update2026/index.html,
(アクセス日: 2026-5-11).

警報では避難が必要となりますが、荒天時(降雨・暴風)における車の運転はどうすれば良いか、次に示します。

2 気象状況と運転の目安

荒天時(降雨・暴風)の運転の目安について、関係省庁などの情報を基にまとめました。

気象状況と運転の目安

気象状況と運転の目安

・気象庁.”雨の強さと降り方.”,
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/amehyo.html,
(アクセス日:2026-5-11).

・国土交通省.”台風などの異常気象時下における輸送の目安の設定.”,
https://wwwtb.mlit.go.jp/tohoku/mg/kyg_14_14.pdf,
(アクセス日:2026-5-11).

表は、上記サイトを元に当社で作成

3 異常気象時の安全確保

大雨時には視界不良やスリップ、強風時には飛来物との衝突やハンドルを取られるといった危険があるため、不要不急の運転は避けてください。やむを得ず運転する場合は、速度を落とし、車間距離を十分にとりましょう。

組織として異常気象に対応するためには、ルート・天候・勤務時間などを把握し、無理な運転をさせない仕組みづくりが大切です。命や大切な荷物を守るために、運行中止も視野に入れて検討しましょう。

以上(2026年6月)

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画像:amanaimages

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