社員がキラキラ働き出す! 事業計画を策定する本当の意義

1 多くの社長が理解していない事業計画の意義

 皆さんの会社では事業計画を策定していますか?

 もし策定していないとしたら、その理由は次のようなものかもしれません。

  • 手間と時間がかかる
  • どうせ計画通りには進まない
  • 全て自分(社長)の頭の中にあるから大丈夫

この理由を見て「大体、そんな感じ」と思った皆さん、少しお付き合いください。今のままだと、いずれ皆さんの会社に次のような停滞ムードが蔓延してしまうかもしれません。

  • 経営方針は社長が決めていて、社員は指示に従うだけ
  • 足元の業務に追われ、目線を上げて検討できない
  • 良くも悪くも安定していて刺激がなく、社員に向上心が芽生えない

事業計画がない会社の社員は、

働くことの目標が曖昧で、判断の拠り所もない。そのため、「目標を達成するぞ!」という気持ちになりにくい

です。現在は、過去からの積み重ねで業績が安定するほど甘い時代ではありません。まさに個々の社員の頑張りと組織としての団結が必要であり、それらの大元になるのが事業計画なのです。

 もちろん、事業計画さえあれば万全というわけではありませんが、

社長の頭の中にある見通しや、今、力を入れている事業の重要さが社員に共有されれば、社員は日々の頑張りが「何のためであるのか」を理解できる

ようになります。積極的な社員は目標達成のために必要な能力を得ようと自発的に勉強しますし、社外とのつながりも広めていくでしょう。こうした社員がいる中小企業は強いです。

 このように、事業計画は、

事業を定義し、その進捗を管理するだけでなく、組織を作り、社員の成長を促すもの

です。この記事では、「事業計画(利益計画・販売計画)」の一般的な内容を紹介しますが、

裏ミッションとして「社長にしかできない組織作り」

を意識していただければ幸いです。

2 事業計画で社員は全てを理解する

 事業計画とは、

当期の経営目標を達成するための計画

です。事業計画に必ず盛り込まれるのは、

  • 利益計画:目標となる売上高や利益をまとめたもの
  • 販売計画:顧客別や商品別の売上高(販売数量)をまとめたもの

です。詳細な「数字」が記載されているので、金融機関などとコミュニケーションを図る際も役立ちます。また、「どの程度いけそうなのか?」という社長の肌感覚も盛り込まれるため、事業計画の策定に社員を巻き込めば、社員にビジネスの感覚を教えることができます。大企業では、

社長→(ここが遠い)→経理本部→本部長→部長→課長→社員

といったコミュニケーションになりがちですが、中小企業では、

社長→全ての社員

といったコミュニケーションも可能です。社員からすれば、

利益計画・販売計画といった具体的な数値について、社長がどのような思いやロジックで考えているかを間近で見ることができる

という、貴重な学びになるわけです。

3 利益計画策定のポイント

1)利益計画は具体的な行動まで落とし込む

 ここからは、少し実務的な話をします。

 利益計画とは、目標となる売上高や利益をまとめたもので、いわば計画年度の予測損益計算書(予測P/L)です。事業計画の策定は利益計画から検討するのが一般的ですが、それは会社が達成すべきゴールを示すのが利益計画になるからです。

 ゴールが決まると現状とのギャップも明らかになりますが、それだけでは社員はそのギャップを埋める具体的な行動を起こしません。ですから、利益計画の数字を達成するための具体的な行動まで落とし込む必要があります。例えば、当期純利益を前年度比20%増に設定する場合、

どの商品の販売を強化すべきなのか(販売計画)を、全社的な課題と位置付けた上で、具体的に検討していく

ことになります。

2)フォーマットは損益計算書に合わせる

 利益計画の進捗管理をスムーズに行うために、利益計画のフォーマットは損益計算書と同じにするのが基本です。また、実現性・妥当性のある利益計画にするために、科目は細かな単位まで落とし込みます。細分化の基準は、

経理が使用している勘定科目や補助科目

です。さらに、年度の金額を月次で細分化します。支店(店舗)や部門が複数ある場合は、「支店(店舗)別・部門別」でも細分化するとよいでしょう。

3)当期純利益から逆算するのが基本

 損益計算書は「売上高-費用=利益」という構成になっていますが、利益計画では、

目標利益=達成可能売上高-許容費用

と考えます。言葉を変えると、まず獲得すべき目標利益があり、それを達成可能な売上高の中で実現するために許容できる費用を算出します。会社の状況などによりますが、達成すべき目標当期純利益は、「企業(社長)の目標額」「過去数年間の実績額」「資金計画(借入金計画、資金調達計画など)」などを勘案して検討します。

 借入金の返済などを考慮した当期純利益は、次の計算式で算出できます。

目標当期純利益=予定借入金返済額+予定配当金額+目標社内留保額-予定減価償却費

 目標当期純利益を決定したら、損益計算書を下から上っていくイメージで費用を検討します。

  • 法人税などを加えて税引前当期純利益を算出する
  • 特別損益がある場合はこれを加減して経常利益を算出する
  • 営業外損益を加減して営業利益を算出する
  • 販売費・一般管理費を加えて売上総利益を算出する
  • 最後に売上原価を加えて必要な売上高を算出する

といった具合です。この際、不要な費用は削減していきますが、実現性・妥当性が重要です。無理に費用を削減して、見た目だけ筋肉体質の利益計画としても意味がありません。また、支出額を予測しにくい費用は、前年度実績を目安に計上するとよいでしょう。

4 販売計画策定のポイント

1)「顧客別」と「商品別」に検討する

 販売計画は、利益計画で策定した売上高や売上総利益(粗利益)などを、顧客別・商品別に展開した計画であり、

  • 顧客別販売計画:顧客別に売上高などを検討する
  • 商品別販売計画:商品別に売上高などを検討する

が基本となります。

 例えば、小売業など不特定多数、あるいは小口取引が中心の会社は、顧客別販売計画の策定にあまり意味がなく、商品別販売計画がメインとなります。一方、製造・卸売業など大口顧客との継続取引が中心の会社は、顧客別販売計画と商品別販売計画の両方を策定します。

2)実現性・妥当性がある計画を策定する

 販売計画でも実現性・妥当性が求められます。社員を巻き込みながら販売計画を策定する場合、「目標利益を達成する!」という強い思いが社員に芽生えるのはよいのですが、実現が難しいチャレンジングな販売計画になってしまうことがあります。

 気持ちは大事です。しかし、確たる根拠もないまま希望的観測に基づいて見積もられた販売計画は意味がなく、時間が進むほどに未達成が大きくなってきつくなります。必ず具体的なアクションプランとセットで考えましょう。

3)攻める順番を決める

 販売計画の実現性・妥当性を高める戦略の考え方は、確実性の高いところを攻めることです。販売先(既存顧客・新規顧客)と商品(既存商品・新商品)に分けた場合、次のようになります。

  • 既存顧客への既存商品の販売額
  • 既存顧客への新商品の販売額
  • 新規顧客への既存商品の販売額
  • 新規顧客への新商品の販売額

 これは、過去の販売実績や市場のトレンドなどに基づいて優先順位を付ける考え方です。「1.既存顧客への既存商品の販売額」は、最も確実性が高くなります。逆に「4.新規顧客への新商品の販売額」は未知であり、販売計画の精度は落ちます。

 ただ、これはあくまでも一例です。新規事業にチャレンジしている場合などは、当然、「4.新規顧客への新商品の販売額」を検討することになります。

5 社長と社員が一緒に事業計画を遂行する

 事業計画は策定して終わりではなく、遂行しなければ意味がありません。教科書的に言えば、

月次単位で実績を把握して、事業計画との差異を分析して対策を講じる

ことになるのですが、この説明に具体性はありません。

 事業計画の遂行についても、月次で全社ミーティングを行い、全社的に共有するのが望ましいでしょう。メンバーはいずれ絞っていけばよいですが、当初は会社が本気で事業計画を運営していることを周知するため、全社員に参加してもらいます。そうする中で、自社に合った方針が固まっていきます。例えば、計画と実績にプラスマイナス5%の差異が生じた場合、その理由を追及する会社がありますが、ただそれをまねするだけでは現場の実務負担が増すだけです。

 中小企業には中小企業のやり方、自社には自社のやり方があります。「プラスマイナス15%になった差異から注目する」など、自社にとって無理のないルールを決めればよいですし、見るべき数字を絞ってもよいでしょう。とにかく、

社長と社員にとって事業計画が常に意識される存在

になれば成功です。

 また、会社にはチャレンジしなければならないときがあります。そうしたときこそ、この記事で紹介したように全社一丸となって事業計画を策定し、推進していければ理想的です。それが会社と社員の大きな成長につながります。

以上(2026年9月更新)

pj80139
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2026年10月、「カスハラ」対策義務化! 弁護士が教える4つの鉄則

1 2026年10月1日、カスハラ防止措置が義務化!

顧客が店員などに対してささいなミスで土下座を強要したり、弁償を要求したりする。あるいは「お気に入り」だからと言い寄り、長時間拘束する。こういった言動は、

カスハラ(カスタマーハラスメント、顧客等による悪質な嫌がらせ)

の典型例です。「お客様は神様です」という言葉に象徴されるように、日本の会社は昔から顧客を大切にする文化があります。しかし、「理不尽な要求にも応じ続けることが本当に顧客を大切にすることなのか」という問題があり、そんな中、改正労働施策総合推進法により、

2026年10月1日から、カスハラ防止措置が義務化

されることになりました。

厚生労働省の「カスハラ防止指針」(正式名称は「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」)によると、全ての会社に次のカスハラ防止措置が義務付けられることになります。

(図表1)【カスハラ防止措置(2026年10月1日から義務化)】

カテゴリ No. 措置の内容
方針の明確化・周知啓発 ① カスハラには毅然とした態度で対応し、社員を保護する旨の方針を明確化し、社員に周知・啓発する
② カスハラの内容と対処の内容を社員に周知する
相談体制の整備 ③ 相談窓口をあらかじめ定め、社員に周知する
④ 相談窓口担当者が適切に対応できるようにする
事後の迅速かつ適切な対応 ⑤ 事実関係を迅速かつ正確に確認する
⑥ 被害者に対する配慮のための措置を適正に行う
⑦ 再発防止に向けた措置を講ずる
カスハラ抑止のための措置 ⑧ 特に悪質なカスハラへの対処の方針をあらかじめ定め、社員に周知し、当該対処を行うことができる体制を整備する
その他の措置 ⑨ 相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、社員に周知する
⑩ 相談したこと等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定め、社員に周知・啓発する

(出所:厚生労働省「カスハラ防止指針」を基に作成)

ご覧の通り、会社には、社員からの相談窓口の整備や相談対応などが求められるようになります。対策不備がある場合には、行政による助言・指導・勧告等の対象となり、勧告に従わない場合には会社名公表の対象となる可能性があります。それに、カスハラから社員を守らなかったことで、社員が会社に怒りを向けて訴訟トラブルなどに発展するリスクもあります。

この記事では、中小企業が今すぐ取り組むべき4つの鉄則を紹介します。なお、カスハラの定義や防止措置の詳細についてはこちらもご確認ください。

■厚生労働省「カスタマーハラスメント及び求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が事業主の義務となります!」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

2 鉄則1 「これはカスハラか?」——判断基準を会社で共有する

カスハラへの対応で最初につまずくのが、

「これはカスハラなのか、それとも正当なクレームなのか」という判断

です。ここを曖昧にしたまま対応すると、社員が萎縮して正当なクレームにも対応できなくなったり、逆にカスハラを見過ごしてしまったりします。

厚生労働省「カスハラ防止指針」では、「次の3つをすべて満たす場合にカスハラが成立する」と定義しています。

  • 顧客、取引の相手方、施設の利用者その他会社の事業に関係を有する者が、
  • 社会通念上許容される範囲を超えた言動により、
  • 社員の就業環境を害すること

では、具体的にどのような言動がカスハラになり得るのか。図表2を見てください。

(図表2)【カスハラになる可能性がある言動の例】

イ 言動の「内容」が許容範囲を超えるもの
①要求に理由がない・無関係な要求
①要求に理由がない・無関係な要求
性的な要求、プライバシーに関わる要求、商品・サービスと無関係な要求など

②契約を著しく超えるサービスの要求
②契約を著しく超えるサービスの要求
契約内容を著しく超えたサービスの提供を要求すること

③対応が著しく困難・不可能な要求
③対応が著しく困難・不可能な要求
契約金額の著しい減額など、対応が著しく困難または不可能な要求

④不当な損害賠償要求
④不当な損害賠償要求
商品・サービスと無関係な不当な損害賠償を要求すること

ロ 言動の「手段・態様」が許容範囲を超えるもの
①身体的な攻撃
①身体的な攻撃
殴る・蹴る・叩くなどの暴行、物を投げつける、わざとぶつかるなど

②精神的な攻撃
②精神的な攻撃
脅迫・暴言・土下座の強要・盗撮・SNSへの投稿をほのめかすなど

③威圧的な言動
③威圧的な言動
大声で威圧する、必要以上に距離を詰める、反社会的な言動など

④継続的・執拗な言動
④継続的・執拗な言動
同じ質問を執拗に繰り返す、揚げ足取り、同じメールを繰り返し送るなど

⑤拘束的な言動
⑤拘束的な言動
長時間の居座りや電話で社員を拘束すること

(出所:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」「カスハラ防止指針」を基に作成)

カスハラ防止指針によると、カスハラは図表2の通り、

  • 言動の「内容」が許容範囲を超えるもの
  • 言動の「手段・態様」が許容範囲を超えるもの

に大別されます。暴力・暴言、土下座の強要、長時間の居座り、SNSへの書き込みをちらつかせた脅しなどは、カスハラに該当し得る典型的な言動です。これらは法的には、

民法の「不法行為」(故意・過失によって他人の権利や法律上の利益を侵害する行為)

に該当する可能性があります。また、言動の内容によっては、刑法(傷害罪、脅迫罪、強要罪、名誉毀損罪、不退去罪など)や軽犯罪法が適用されることもあります。

逆に図表2のような言動に当たらない(言動の「内容」「手段・態様」に問題がない)場合、カスハラではなく正当なクレームということになります。カスハラ対策は「理不尽な要求から社員を守る」ためのものですから、正当なクレームには真摯に対応しなければなりません。

顧客等の言動について、社員が安易に「それ、カスハラですよね?」と発言してしまってトラブルになるケースもある

ので注意しましょう。

なお、カスハラの対象となる「顧客等」の範囲は意外と広く、対面での顧客だけでなく、取引先の担当者、施設の近隣住民、電話やSNS上でのやり取りも含まれます。「うちは対面販売がないから関係ない」とはなりません。

3 鉄則2 類型別に「うちの対応方針」を事前に決めておく

冒頭で紹介した通り、今回の法改正では、カスハラを防止するために

  • 方針の明確化・周知啓発
  • 相談体制の整備
  • 事後の迅速かつ適切な対応
  • カスハラ抑止のための措置
  • その他の措置

を実施しなければなりません。基本的な対応は、社内のハラスメント(パワハラやセクハラ)の防止措置と同じですから粛々と進めましょう。ただ、事業主の方針等や相談窓口の設置はもちろん大切ですが、それ以上に社員が気にしているのは、

いざ現場でカスハラが起きたとき、どう対応すればいいのか

でしょう。前章で紹介した通り、カスハラにはいくつかの類型があるので、類型ごとの対応方針をあらかじめ決めておくことが重要です。

(図表3)【カスハラの類型に応じた対応方針の例】

イ 言動の「内容」が許容範囲を超えるもの
①要求に理由がない・無関係な要求
①要求に理由がない・無関係な要求
要求の根拠と商品・サービスとの関係を確認する。無関係な要求には「対応しかねます」と毅然と断り、同じ説明を繰り返さない。上司が対応を引き継ぎ、書面で回答する方法も有効。

②契約を著しく超えるサービスの要求
②契約を著しく超えるサービスの要求
契約書・約款・規程を根拠に提供範囲を明示し、「できかねます」と伝える。繰り返し要求される場合は複数名で対応し、最終回答を書面で通知することを検討する。

③対応が著しく困難・不可能な要求
③対応が著しく困難・不可能な要求
根拠を示して明確に断る。過大な値引き・返金要求は応じない旨を伝え、上司が対応を引き継ぐ。要求内容を記録・保存し、必要に応じて顧問弁護士や外部機関に相談する。

④不当な損害賠償要求
④不当な損害賠償要求
要求の根拠を確認し、商品・サービスと無関係な損害賠償には応じない。金額が大きい場合や法的手続きを示唆される場合は、速やかに顧問弁護士・外部機関に相談する。

ロ 言動の「手段・態様」が許容範囲を超えるもの
①身体的な攻撃
①身体的な攻撃
複数名で対応し、安全な場所に移動する。状況に応じて即座に警察(110番)へ通報する。被害状況を記録・保存し、被害を受けた従業員の心身のケアを最優先する。

②精神的な攻撃
②精神的な攻撃
上司が対応を引き継ぎ、一人で対峙させない。土下座要求には絶対に応じない。脅迫・SNS投稿のほのめかしは内容を記録・保全し、必要に応じて警察・弁護士に相談する。

③威圧的な言動
③威圧的な言動
複数名で対応し、冷静に「そのような言い方はお控えください」と伝える。改善しない場合は「対応を一時中断します」と告げて距離を置く。やり取りの内容を記録する。

④継続的・執拗な言動
④継続的・執拗な言動
「すでに回答済みです」と繰り返し伝える。電話は一定時間経過後に「本日の対応はここまでです」と告げて終了できる旨を社内ルールとして定め、着信拒否等の措置も検討する。

⑤拘束的な言動
⑤拘束的な言動
最初に「対応時間は○分です」と伝え、時間を区切って対応する。退去しない場合は「退去をお願いします」と毅然と告げ、応じなければ警察への通報を行う。

(出所:厚生労働省「カスハラ防止指針」「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を基に作成)

類型によって対応の中身がかなり異なります。例えば暴力など身体的な攻撃は複数名で対応しつつ即座に警察に通報しますが、土下座の強要は上司が対応を引き継いで要求に一切応じない、執拗な電話は一定時間経過後に電話を切ることを毅然と伝える、といった具合です。

また、カスハラ特有の防止措置(義務)の内容として、会社には

特に悪質なカスハラへの抑止措置を講じる

ことが義務付けられます。繰り返し悪質な行為を行う相手に対しては、警告文の発出、商品・サービスの提供拒否、店舗への出入り禁止といった対処方針をあらかじめ定め、社員に周知しておく必要があります。

なお、図表3はあくまで大枠の方針です。実際の対応は、

  • カスハラが初めて行われたのか、繰り返し行われているのか(初めての場合、内容によっては注意だけで済ませることも検討)
  • 対応した社員に落ち度はなかったのか(正当なクレームに対する社員の対応不備が原因でトラブルが拡大した場合には、事実関係を確認した上で、会社として必要な説明や謝罪を行うことも検討)

なども考慮して慎重に判断します。

そのためには、カスハラ対応における社内の役割分担を明確にする必要があります。次章以降で見ていきましょう。

4 鉄則3 社員は事実を正確に会社に報告する

顧客等から電話や対面などで会社に対してクレームがあった場合、まずは窓口の社員が初期対応に当たります。ここで社員に求められるのは、

顧客等を不用意に刺激しないよう注意しつつ、会社が顧客等への対応を検討するために必要な情報を集めること

です。ポイントは次の2つです。

  • 限定的な謝罪:不快感を与えたことについてだけ謝罪する
  • 事実の把握:顧客等の要求の内容や問題が発生した経緯を正確に把握する

1.では、顧客等に対し、「このたびは不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません」など、不快感を与えたことだけを謝ります。正確に状況が把握できていない段階では、不用意に会社の非を認めたり、相手の要求に応じたりするべきではありません。

2.では、顧客等の住所・名前・連絡先などを確認した上で、話を一通り聞き、要求の内容や問題が発生した経緯を確認します。事実を正確に把握するため、必要に応じて会話を録音するなどして証拠に残します。また、現場対応は1人で行わず、可能な限り複数名で対応するのがよいでしょう。

1.と2.が完了したら、社員は顧客等から確認した情報を上司に報告し、今後の対応について相談します。ただし、身体的な攻撃や性的な言動を受けたなど緊急性が高いときは、1.と2.の状況に関係なく、即座に上司に報告します。

5 鉄則4 上司または経営者が具体的な対応を決める

カスハラに関する社内対応の流れは次の通りです。

カスハラに関する社内対応の流れ

上司は社員から、顧客等の要求の内容や問題が発生した経緯について話を聞き、

カスハラであれば、その内容に基づいて顧客等への具体的な対応を決定

します。ただし、

  • 顧客等が重要な取引先である
  • 弁護士、警察などに相談すべき案件である(訴訟手続が必要、犯罪行為に当たるなど)

などといった場合は、必要に応じて経営者が判断します。詳細が決まったら、状況に応じて適切な人が対応します。顧客等が取引先(会社)の場合は、社内にハラスメント相談窓口があるでしょうから、必要に応じて窓口担当者とも連携しましょう。

なお、社員がすでにカスハラによって精神的ショックを受けている場合、顧客等から引き離す、医師による面談を実施するといった措置も併せて検討します。

この他、上司または経営者が具体的な対応を決定したり、社員が前述の初期対応を行ったりする上で支障がないよう、定期的に社内で対応ルールの教育・研修を実施するとよいでしょう。

以上(2026年9月更新)
(監修 弁護士 坂東利国)

pj00626
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2026年10月、「就活ハラスメント」対策義務化! 種類やポイントは?

1 いわゆる「就活セクハラ」への対策が義務化!

「就活ハラスメント」とは、

  • インターンシップやOB・OG訪問などの後、食事やデートに執拗に誘う
  • 「内定を出すから」と言って、他社の選考を辞退するよう要求する

などの就活生に対するセクハラ(セクシュアルハラスメント)やパワハラ(パワーハラスメント)のことです。

会社は、職場におけるハラスメントについて一定の防止措置を講じる義務を負っていますが、就活ハラスメントについてはこれまで、「(ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化等をする際に)同様の方針を併せて示すのが望ましい」というレベルにとどまっており、各社の対応にバラツキがありました。

しかし、改正男女雇用機会均等法により、

2026年10月1日から、いわゆる「就活セクハラ(後述)」について、セクハラを防止するために必要な措置を講じることが義務化

されることになりました。就活生を対象とするハラスメント規制も強化されつつあるのです。

また、就活生は応募する会社について知人と情報交換したり、SNSのグループに参加したりしています。「自社が就活ハラスメントをしている」との情報が出回ったら、そのような会社に応募しようとする学生はいなくなってしまうかもしれません。

ハラスメントにもいろいろありますが、今、経営者が注目すべきものの1つに就活ハラスメントがあるのです。改めてリスクや防止策を紹介します。

■厚生労働省「カスタマーハラスメント及び求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が事業主の義務となります!」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

2 就活ハラスメントの4つの種類

1)就活セクハラ(就活生に対するセクシュアルハラスメント)

就活生に対する身体的な接触や言葉による性的な嫌がらせです。

  • 不必要に体に触る
  • 「内定を出すから」と言って性的な関係を要求する
  • 性的な冗談を言う、恋愛経験などを尋ねる
  • 職場内に性的な内容を含むポスターなどを掲示する
  • オンラインの採用面接で、体全体や部屋の様子などを見せるよう要求する
  • インターンシップやOB・OG訪問などの後、食事やデートに執拗に誘う

2)オワハラ(就活終われハラスメント)

就活生の内定辞退を回避するための嫌がらせです。

  • 「内定を出すから」と言って、他社の選考を辞退するよう要求する
  • 他社の選考と日程が重なることを知りながら、内定者懇親会に連れ出すなど、他社での就活を妨害する
  • 内定を辞退しようとした場合、「ふざけるな」「嘘つきだ」と罵る。または「訴える」「内定を辞退するやつだと他の会社に言いふらす」などの発言をする

3)圧迫面接

就活生のストレス耐性や状況判断能力を試すため、採用面接で必要以上に否定的な発言をしたり、嫌な態度を取ったりする嫌がらせです。

  • 採用担当者の質問に就活生が回答した際、正当な回答かどうかに関係なく否定する
  • 「それで?」「理由は?」といった発言を必要以上に繰り返し、回答をできなくさせる
  • 就活生の適性に関係なく、「ウチの会社には向いていない、通用しない」と言う
  • 就活生の発言中にため息をつく、携帯電話を触るなど、あからさまに嫌な態度を取る

4)その他

1)から3)以外の就活ハラスメントとしては、パワハラを含め、次のようなものがあります。

  • 「男のくせに覇気がない」「女はすぐ辞めるから困る」などと、差別的な発言をする
  • 結婚したり妊娠したりした場合に、会社を辞めるかどうかを聞く
  • 内定した学生に、内定者でつくるSNS交流サイトに毎日の書き込みを強要する。書き込みをしないと「やる自信がないなら辞退しろ」など、威圧的な態度を取る
  • インターンシップに参加した学生に対し、人格を否定するような暴言を吐く

3 就活ハラスメントのリスク

1)就活ハラスメントは民法の「不法行為」になり得る

就活ハラスメントによって、就活生が精神的な苦痛を受けた場合、

民法の「不法行為」(故意・過失によって他人の権利や法律上の利益を侵害する行為)

が成立する可能性があります。ハラスメントを行った社員は損害賠償を請求される恐れがあり、会社も就活生から使用者責任を問われ損害賠償を請求される恐れがあります。

また、言動によっては刑法が適用される可能性もあります。

  • 不必要に体に触る(不同意わいせつ罪)
  • 内定を辞退しようとした就活生に「内定を辞退するやつだと他の会社に言いふらす」などと発言する(脅迫罪)
  • 人格否定や差別的な発言をする(侮辱罪)

2)会社のイメージが低下し、採用ができなくなる?

就活生がSNSに「就活ハラスメントを受けた!」と書き込んで、それが拡散されれば、ハラスメントが横行している会社だと見られ、会社のイメージは低下します。また、大学のキャリアセンターなどでは、就活ハラスメントに関する就活生からの相談を受け付けているので、大学に定期的に求人を出している会社の場合、今後の大学との関係にも影響が出るかもしれません。

就活ハラスメントに関する就活生からの相談は、都道府県労働局雇用環境・均等部(室)でも受け付けていて、就活ハラスメントをした会社には、助言や指導が入る可能性もあります。

4 就活ハラスメントの防止のポイント

1)「会社と就活生は対等」という意識を持つ

就活ハラスメントが起きやすい会社は、就活生に対して「雇ってやる」「試してやる」といった上から目線の態度を取っているケースが少なくありません。雇用が懸かっている就活生は、こうした会社の態度を拒否することができず、それが就活ハラスメントの問題を深刻化させるのです。

会社として就活生に適性があるかを見極めることは大切ですが、入社した場合は、会社も労務を提供してもらう立場になるわけですから、常に「会社と就活生は対等」という意識を持って採用活動に臨むことが大切です。

2)「業務上必要ない対応」「行き過ぎた対応」を洗い出して排除する

就活ハラスメントが違法になる(民法上の不法行為などに当たる)場合、次の1.か2.に該当している可能性が高いです。

1.会社の対応(採用面接での質問など)が、業務上必要ない

2.業務上必要があったとしても、行き過ぎている

就活セクハラなどは1.に当てはまります。オワハラや圧迫面接などは、1.に当てはまるケースもあると思いますが、仮に「内定辞退を防ぎたい」「就活生のストレス耐性や状況判断能力を試したい」という会社の思惑があったとしても、2.に該当する可能性が高いです。

就活生に対する不法行為や不適切な言動が行われないように、第2章で紹介したような言動を排除していった上で、就活生への対応の仕方を模索していきましょう。例えば、

  • 就活生を内定者懇親会に連れていきたいのであれば、オワハラにならないよう本人のスケジュールを考慮する。就活セクハラ(個人的な食事やデートの誘い)にならないよう時間を区切り、2人以上の社員で参加し、個室はできるだけ避ける
  • 場の雰囲気を和ませたいのであれば、就活セクハラ(性的な冗談など)や差別的な発言(「男は○○だから、女は○○だから」など)に該当しないジョークを織り交ぜる
  • 就活生のストレス耐性や状況判断能力を試したいのであれば、圧迫面接という形ではなく課題などを与えてみる

といった具合です。

3)就活セクハラの防止措置を、就活ハラスメント全般に適用する

第2章の1)で紹介した「就活セクハラ」については、冒頭で紹介した通り、2026年10月1日から、防止措置を講じることが会社に義務付けられます。改正男女雇用機会均等法では、

  • 就活生からの相談に応じ、対応するための体制の整備などが求められること
  • 防止措置を講じない場合、厚生労働大臣による勧告が行われ、それにも従わなければ「企業名公表」の対象になること

などが定められています。オワハラなど他の就活ハラスメントについては、特に防止措置は義務付けられていませんが、

若者雇用促進法に基づく事業主等指針に、会社は就活ハラスメントに対して「必要な注意を払うよう配慮する」取組を行うのが望ましい

という記載があり、前述したリスクの観点からもやはり防止措置を講じたほうがよいでしょう。

就活セクハラについては、2026年2月26日に公布された厚生労働省の指針により、

1.ハラスメントに対する対応方針(ハラスメントを許さない旨など。就業規則等の文書に規定)の策定、周知徹底

2. 求職活動等に関するルール(面談の時間・場所、実施体制、連絡に用いるSNSの種類など)を明確化し、社員と就活生の双方に周知する

3.ハラスメントに関する相談窓口の設置、運用

4.ハラスメントに関する相談があった場合の事実確認、行為者の処分、再発防止策の検討

5.プライバシーの保護、相談者などに不利益な取扱いをしない旨の周知徹底など

の5つの措置を講じることが会社に求められており、これを就活ハラスメント全般に適用するのが望ましいです。

基本的なポイントは、既に法制化されている職場のハラスメント(社員に対するハラスメント)の防止措置と同じですが、例えば、

  • 指針が想定している求職活動の範囲が幅広く(採用面接、就職説明会、OB・OG訪問、インターンシップ、教育実習など)、従業員が通常就業している場所でハラスメントが行われるとは限らない
  • 就活生に対し、あらかじめ会社のパンフレットやウェブサイトを通じて、相談窓口の存在を周知する必要がある

など、就活ハラスメント特有の注意点もあるので気をつけましょう。

指針の詳細については、こちらをご確認ください。

■厚生労働省「事業主が求職活動等における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第52号)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662589.pdf

以上(2026年9月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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社会保険適用拡大に向けて

2026年10月、これまでパート・アルバイト従業員の働き方に大きな影響を与えてきた「106万円の壁」が撤廃されます。「106万円の壁」とは、パート・アルバイトなど短時間労働者の社会保険加入要件の一つである「月額賃金8.8万円以上(年収換算で約106万円)」という基準を指します。今回の見直しでは、この賃金要件が撤廃され、これまで月額賃金の要件によって社会保険加入の対象外となっていた従業員についても、加入対象となる可能性があります。また、来年(2027年)10月には企業規模要件についても見直しが行われ、対象となる企業の範囲が拡大されます。

この記事は、こちらからお読みいただけます。pdf

「消費税率1%」は本当に朗報? 今、確認すべき3つのポイント

1 2027年4月に始まる消費税率1%減税の影響と対応を考える

2026年9月に与党がまとめた税制改正大綱により、2027年4月から食品の消費税率が大きく引き下げられます。一見「減税=朗報」に見えるこの改正は、実は中小企業(特に食品を取り扱う業種)にとって、

  • 会社の資金繰り
  • レジや会計システムなどの設定変更
  • 申告方式の選び直し(消費税の簡易課税制度の適用を受けている事業者)

といった、待ったなしの実務対応を迫るものです。

この記事では、「知らなかった」では済まされない改正の中身とスケジュール、事業者が今から準備すべきことを整理します。

2 今回の税制改正の内容とスケジュール

今回の税制改正大綱は、物価高対策として、現在8%(軽減税率対象)となっている食品(酒類・外食を除く飲食料品)の消費税率を、

2027年4月1日から2029年3月31日までの2年間限定で「1%」に引き下げる

というものです。

あわせて、中低所得の働く世代の手取りを増やすため、「就業者負担軽減支援金」という新しい給付制度も2027年4月から始まります。これは飲食料品に係る消費税1%相当分の範囲内で、所得に応じて個人に給付金として届ける仕組みで、2029年度以降に本格的な「給付付き税額控除」制度へ移行する予定です。つまり、今回の1%への引き下げは恒久的な減税ではなく、次の制度に移るまでの「つなぎ」の位置づけです。

なお、2029年4月からは税率が元の8%に戻ることも、あらかじめ決まっています。

3 事業者への影響―確認すべき3つのポイント

事業者への影響―確認すべき3つのポイント

1)資金繰りへの影響を考える

中小企業の経営者にとって、今回の改正で特に注意したいのが、消費税の計算と資金繰りです。飲食料品を販売する事業者の場合、飲食料品の売上にかかる消費税は1%まで下がります。一方、店舗の家賃、水道光熱費、資材・包装材など、事業で使うものの中には10%の消費税がかかり続けるものがあります。

その結果、お客さんから預かる消費税よりも、仕入れや経費の支払いに含まれる消費税のほうが多くなることがあります。この場合、本則課税(原則課税)の事業者であれば、その差額が還付されることになります。

ただし、還付されるからといって、資金繰り上の問題がなくなるわけではありません。

いったん仕入れや経費の支払いで資金が出ていき、還付金を受け取るまでには一定の時間がかかる(次の確定申告書を提出してから1~2カ月程度)

ためです。

そこで、本則課税を選択している事業者では、還付金をいつ受け取れるのかまで含めて資金繰りを考えることが重要になります。

例えば、課税期間を1か月または3か月ごとに短縮すれば、通常より早く還付申告を行うことができます。売上規模が大きい事業者や、仕入れ・経費の支払いが多い事業者では、課税期間の短縮が資金繰り対策の一つになる可能性があります。

さらに、中間申告にも注意が必要です。前年の実績をもとに計算すると、8%の税率を前提とした中間申告税額が過大になる可能性があります。そこで今回の改正では、2027年4月1日以後に開始する中間申告対象期間について、直前の課税期間の飲食料品に係る取引に1%の税率が適用されていたものとみなして再計算した金額を中間申告税額として記載できる特例が設けられます(記載に当たっては、仮決算による中間申告書の様式を使用します)。そのため、仮決算による中間申告を行う必要があるかどうか、検討する必要があります。

2)税率変更に向けて、レジ・会計システムの準備も必要

税率が変わると、税務処理だけでなく、日々の販売や経理業務にも影響が及びます。

POSレジ、販売管理システム、会計ソフト、ECサイトなどについて、1%の税率を登録したり、レシートや請求書に記載する消費税額を変更したりする必要があります。

なお、システム改修に係る費用については、税率変更への対応だけを目的とした作業であることが作業指図書などから明確になっていれば、資産として計上する「資本的支出」ではなく、費用として処理する「修繕費」として扱える場合があります。また、税制改正大綱では、スマートレジの導入やシステム改修について中小企業等への支援を行う方針(詳細は今後公表される見込み)が示されており、利用できる支援策がないか確認しておきましょう。

消費税率が変わると、値札やレジの設定を変更するだけでなく、経理処理にも注意が必要です。特に気を付けたいのが、税率変更の前後に行われる取引です。値札の貼り替えなどが間に合わない事業者については、消費者に誤解を与えないための対応を行うことを条件に、2027年2月1日から5月31日まで、2029年2月1日から5月31日までの一定期間、変更前または変更後の税率に基づく税込価格を表示し続けられる経過措置が設けられています。

また、飲食料品の定期供給契約(不特定かつ多数の者に定期的に継続して供給する契約)や通信販売では、契約や申込みの時期によって8%の税率が引き続き適用される場合があります。例えば、

  • 2026年12月31日以前に締結した定期供給契約で2027年3月31日までに代金を受け取っている取引
  • 2026年12月31日以前に条件を提示し、2027年3月31日までに申込みを受けた通信販売

などが対象です(当初から特例税率1%が適用されることを前提として締結された契約や条件提示については、この特例から除外され、予定通り1%が適用される)。

そのため、

定期便や通信販売を行っている事業者は、過去の契約や申込みの中に、8%の税率が適用される取引が残っていないかを事前に確認

する必要があります。

経理処理でも、「請求した月」や「支払った月」だけを見て税率を判断するのは危険です。同じ月に請求した商品であっても、取引の内容や実際の取引日によって、1%、8%、10%と適用される税率が異なる可能性があります。

税率変更後の混乱を防ぐには、請求書や領収書を処理する際に、「いつの取引なのか」「どの税率が適用されるのか」を取引ごとに確認できる仕組みを整えておくことが大切です。販売・請求を担当する部署だけでなく、経理担当者にも税率変更のルールを共有しておきましょう。

3)簡易課税を選択している会社は、税負担だけでなく制度選択も確認

注意したいのが、簡易課税制度を利用している事業者です。

簡易課税では、実際に支払った仕入れや経費に含まれる消費税をそのまま差し引くのではなく、業種ごとに決められた「みなし仕入率」を使って納付税額を計算します。そのため、飲食料品の消費税率が1%に下がった場合でも、仕入れに含まれる10%の消費税をそのまま控除できるわけではありません。

そこで今回の改正では、飲食料品の売上に対応する仕入税額について、売上にかかる消費税額と同額とみなす特例が設けられます。これにより、飲食料品の売上については納税額が発生しない仕組みとなります。インボイス制度における2割特例・3割特例の適用事業者についても同様の措置が講じられます。

一方で、

仕入れや経費に含まれる消費税の還付を直接受けたい事業者は、本則課税への移行を検討

することも考えられます。

今回の改正では、本則課税への変更に必要となる届出について、2027年4月1日を含む課税期間の末日まで提出できる特例が設けられる他、簡易課税を選択した場合に原則として必要となる「2年間の継続適用」の制限を解除する措置も講じられます(いずれも飲食料品の譲渡を行う事業者に限定されています)。

ただし、免税事業者が消費税の還付を受けるためには、課税事業者になる必要があります。課税事業者選択届出書の提出や、インボイス登録などが必要になるため、単純に「還付を受けられるから課税事業者になればよい」と判断するのは避けましょう。

自社の売上構成や仕入れ・経費の金額をもとに、どの制度を選ぶと資金繰りや納税額にどのような影響が出るのかを事前に比較することが大切です。

以上(2026年9月作成)
(監修 税理士法人アイ・タックス 税理士 山田誠一朗)

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【同一労働同一賃金】2026年10月からパート等の雇用ルールはこう変わる!

1 2026年10月の改正で改めて重要となる同一労働同一賃金

パート等(パートやフルタイムの契約社員)の労働条件を考える上で、避けては通れないのが「同一労働同一賃金」です。簡単に言うと、

正社員でもパート等でも「同じ働き方をしているなら、同じ待遇にしなければならない」

というものです。

根拠となる法律はパートタイム・有期雇用労働法で、基本的なルールは2020年4月1日に施行済ですが、2026年10月1日からはさらに、

  • パート等を雇い入れる際に明示すべき労働条件の追加
  • 同一労働同一賃金ガイドラインの改正
  • 雇用管理の改善等に関する措置の内容の改正

が行われます。

同一労働同一賃金は、近年の最高裁判決などでも世間の注目を集めていますので、自社の雇用体制に問題がないか、改めて確認しておく必要があります。この記事では、

  • 第2章で、同一労働同一賃金の肝である「均等待遇・均衡待遇」を復習
  • 第3章で、2026年10月施行の「3つの改正内容」を確認

していきます。

2 同一労働同一賃金の肝は「均等待遇・均衡待遇」

「均等待遇・均衡待遇」とは、

  • 仕事の内容などが同じなのに、パート等であるという理由だけで正社員よりも低い労働条件にすることはできない(均等待遇)
  • ただし、能力や成果に基づく待遇格差は、合理的なものであれば問題ない(均衡待遇)

というルールです。具体的には、「図表1の3つの事項を考慮して、社員ごとの待遇が不平等にならないようにしなさい」というものです。

均等待遇・均衡待遇の3つの考慮要素

「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに待遇格差を設けることはできません。ですが、「3.その他の事情」に該当する、個人の能力や成果に基づく格差は、合理的なものであれば認められます。

なお、パート等から求められたら、会社は正社員との待遇格差の内容やその理由を説明しなければなりません。ですから、待遇格差の合理性を説明できるよう、あらかじめ準備しておく必要があります。

均等待遇・均衡待遇のルールに違反しても、法律上の罰則はありませんが、

都道府県労働局が、報告徴収、助言、指導、勧告を行うこと

があります。当然、不合理な待遇格差・差別的な取扱いに当たる就業規則などは無効ですし、

都道府県労働局の勧告に従わない場合、厚生労働省ウェブサイトなどで会社名が公表

されることがあります。

加えて、罰則がないことを理由に何もせず放置した結果、パート等から民事訴訟による損害賠償請求をされてしまうリスクもありますので、先送りせず早めの再確認と必要に応じて是正をするようにしましょう。

3 2026年10月から変わる3つの改正ポイント

1)雇い入れ時の労働条件明示事項の追加

パート等を雇い入れる際には、これまでの明示事項(昇給の有無、退職手当の有無、賞与の有無、相談窓口)に加えて、

正社員との待遇の相違の内容・理由等について、説明を求めることができる旨

を明示することが必要になります。違反した場合は、10万円以下の過料の対象です。

厚生労働省は、この改正に対応したモデル労働条件通知書を公表しています。自社の労働条件通知書(雇用契約書)のひな型を見直しておきましょう。

労働条件通知書における「正社員との待遇の相違の内容・理由等について、説明を求めることができる旨」の記載例

■厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」(モデル条件通知書はページ下部)■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html

2)同一労働同一賃金ガイドラインの改正

同一労働同一賃金ガイドラインは、どのような待遇差が不合理となるかについて、考え方や具体例を示したものです。今回の改正では、これまでの裁判例を踏まえて、次のような内容が追加・充実されました。

  • 賞与・退職手当:労務の対価の後払い、功労報償などさまざまな目的があり、その目的がパート等にも当てはまるのに、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた内容を支給しない場合、不合理と認められる可能性がある
  • 無事故手当:正社員と業務の内容が同じパート等には、正社員と同一の無事故手当を支給する
  • 家族手当:契約の更新を繰り返しているなど、相応に継続的な勤務が見込まれるパート等には、正社員と同一の家族手当を支給する
  • 住宅手当:転居を伴う配置の変更の有無に応じて支給する場合、正社員と同様に転居を伴う配置の変更があるパート等には、正社員と同一の住宅手当を支給する
  • 病気休職:正社員に病気休職期間中の給与を保障する場合、契約の更新を繰り返しているなど、相応に継続的な勤務が見込まれるパート等にも、正社員と同一の保障を行う
  • 夏季冬季休暇:パート等にも、正社員と同一の夏季冬季休暇を付与する
  • 褒賞:一定期間勤続した社員に付与する場合、正社員と同じ期間勤続したパート等にも、正社員と同一の褒賞を付与する
  • 福利厚生施設:料金・割引率などの利用条件について、不合理な待遇差を設けない

また、次のような考え方も明確化されました。

  • 待遇差を解消する際は、正社員の労働条件を不利益に変更するのではなく、パート等の労働条件を改善することが求められる
  • 正社員と定年後に継続雇用された有期雇用の社員との間の不合理な待遇差については、定年後継続雇用されただけを以て待遇差が直ちに不合理ではないと認められるわけではない
  • 正社員とパート等の待遇差の要因として「正社員の人材を確保・定着させる」といった目的があるだけでは待遇差が直ちに不合理ではないと当然に認められるわけではない
  • 図表1の「3.その他の事情」の具体例として、職務の成果、能力、経験、合理的な労使慣行などが示された。また、会社がパート等の意向を十分に考慮せず一方的に待遇を決めた場合、そのことが待遇差を不合理と判断する事情として考慮され得る
  • 無期雇用フルタイムの社員(有期雇用から無期雇用に転換した社員や、いわゆる多様な正社員など)の労働条件を決める際にも、ガイドラインの趣旨を考慮すべきである

3)雇用管理の改善等に関する措置の内容の改正

パート等の雇用管理について会社が講ずべき措置を定めた指針(雇用管理指針)も改正されました。主な内容は次の通りです。

  • 待遇差の説明は、「資料を活用し、口頭で説明する」か「説明すべき事項をすべて記載した分かりやすい資料を交付する」方法で行う。口頭で説明する場合は、説明の際に使った資料を交付することが望ましい
  • 説明を求められていなくても、契約更新時などに待遇差の内容・理由に関する資料を交付したり、説明を求めることができると周知したりすることが望ましい
  • パート等の賃金は、職務の内容や成果、意欲、能力、経験などを公正に評価し、昇給に反映させるなど、公正な評価に基づいて決めることが望ましい
  • 就業規則の作成・変更時に意見を聴くパート等の過半数代表者は、管理監督者ではなく、会社の意向によらず投票や挙手などで選ばれた者でなければならない。正当な活動を理由とする不利益な取扱いはしてはならず、事務スペースの提供など必要な配慮も求められる
  • 正社員への転換推進措置を講ずる際は、面談やメールなどでパート等の意向を確認し、配慮しなければならない。転換制度の内容や実績は、パート等に明示するよう努め、ウェブサイトなどで定期的に公表することが望ましい
  • 話し合いの機会やアンケートなどを通じて、パート等の意見を聴く機会を設けるよう努める

改正内容を踏まえ、賞与・退職手当や各種手当、休暇、福利厚生などの待遇を正社員とパート等とで比べ、待遇差の理由を説明できるかを改めて点検しておきましょう。

4 これって違法? 同一労働同一賃金Q&A

1)正社員にパート等よりも基本給を高く支給するのは違法?

基本給は、「能力・経験」「業績・成果」「勤続年数」など複数の要素で決まります。もしも基本給の額が正社員とパート等とで異なるのであれば、その格差がどの要素に紐づくのかを確認しましょう。

例えば、「能力・経験」に基づいて支給される部分の額について、次のような運用をしている場合、違法になります。

正社員はパート等より多くの経験をしているので、パート等よりも基本給が高い。しかし、正社員の経験は現在の業務とは特に関連性がない

一方、次のような場合、違法になりにくいと考えられます。

正社員は会社が期待するだけの能力を持っているが、パート等は持っていない。だから、能力の違いを理由に、正社員の基本給はパート等よりも高く設定している

2)賞与をパート等にだけ支給しない、支給額を正社員より低くするなどの対応は違法?

賞与にもさまざまな趣旨・目的があります。「人材を確保する、定着させる」「業績に貢献した社員に報いる」などがそうです。もしも、賞与をパート等にだけ支給しない、支給額を正社員より低くするなどの対応をしているのであれば、その対応が賞与の趣旨・目的に照らして合理的といえるかを確認しましょう。なお、2026年10月1日からのガイドライン改正で、「正社員の人材を確保・定着させる」といった目的があるだけでは、待遇差が直ちに不合理ではないと認められるわけではないことが明確化されています。

例えば、「業績に貢献した社員に報いる」ために賞与を支給している会社が、次のような運用をしている場合、違法になります。

パート等は正社員と同じぐらい業績に貢献しているが、正社員にだけ賞与を支給している

一方、次のような場合、違法になりにくいと考えられます。

正社員は業績目標について責任を負い、パート等は負わない。だから、正社員には貢献度に応じて賞与を支給し、パート等には貢献度に関係なく定額で賞与を支給している

3)支給する手当の種類や支給額が、正社員とパート等とで異なるのは違法?

一口に手当といっても、職務(役職や業務内容など)に関連するもの、生活(家族や住居など)に関連するもの、勤務(通勤や無遅刻・無欠勤など)に関連するものなど、さまざまです。もしも、手当の種類や支給額が、正社員とパート等とで異なるのであれば、賞与と同じように、1つ1つの手当の趣旨・目的に照らして考えましょう。

例えば、役職に応じて支給する「役職手当」を設けている会社が、次のような運用をしていると、違法になります。

「業務の難易度」を考慮して、役職手当を設けている。正社員には役職手当を支給しているが、同じ役職のパート等には役職手当を支給していない

一方、次のようなケースは違法になりにくいと考えられます。

「役職者の業務負担」を考慮して、役職手当を設けている。正社員には役職手当を支給し、パート等は所定労働時間が正社員の2分の1なので、役職手当も2分の1を支給している

5 参考:派遣社員の同一労働同一賃金

派遣社員についても、同一労働同一賃金が適用されます。実務は主に派遣元で発生しますが、派遣先がやるべきこともあります。興味がある方はお読みください。

1)派遣社員の待遇決定方式1「派遣先均等・均衡方式」

派遣先均等・均衡方式とは、

派遣元が派遣先から待遇情報を提供してもらい、派遣社員の待遇を決定する方式

です。派遣先は、派遣社員と同じ仕事をする通常の社員の待遇情報を、派遣元に提供します。派遣元はその情報を基に、派遣先の通常の社員と比較して均等待遇・均衡待遇になるよう、派遣社員の待遇を決定します。

2)派遣社員の待遇決定方式2「労使協定方式」

労使協定方式とは、

派遣元が労使協定で、派遣社員の待遇を決定する方式

です。派遣元は、対象となる派遣社員の範囲や賃金(賞与、手当、退職金などを含む)の決定方法などを労使協定に定め、自社の過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)と締結します。

3)2つの待遇決定方式の比較

どちらの方式であっても、派遣先は派遣社員と同じ仕事をする「通常の社員」の待遇情報を、派遣元に提供します。通常の社員とは、次の1.から6.に該当し、かつその番号が最も若い社員です。例えば、1.と6.に該当する社員がいたら、1.に該当する社員の情報を派遣元に提供します。

  • 職務の内容と職務の内容・配置の変更範囲が同じ通常の社員(正社員など)
  • 職務の内容が同じ通常の社員
  • 業務の内容または責任の程度が同じ通常の社員
  • 職務の内容・配置の変更の範囲が同じ通常の社員
  • 1.~4.に相当するパート等(派遣先の通常の社員との間で均衡待遇が確保されていること)
  • 派遣社員と同一の職務に従事させるため新たに通常の社員を雇い入れたと仮定した場合の当該社員

ただし、派遣先均等・均衡方式と、労使協定方式とで、派遣先が派遣元に提供すべき待遇情報が図表3のように異なります。

派遣先が派遣元に提供すべき待遇情報の比較

なお、派遣社員が求めてきたら、派遣元は派遣社員と派遣先の通常の社員との待遇格差の内容やその理由を説明しなければなりません。

以上(2026年10月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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2026年度の最低賃金は1177円、 パート等の賃金は大丈夫?

1 最低賃金の改定で会社の賃金負担はどれだけ重くなる?

最低賃金とは、最低賃金法によって会社に支払いが義務付けられている「賃金の最低額」のことで、具体的には

1.都道府県ごとに定められる「地域別最低賃金」

2.特定の産業について定められる「特定最低賃金」

の2種類を指します。

政府は、国民の生活を保障しつつ経済を回していくために、継続的に最低賃金を引き上げています。直近では、2026年度の地域別最低賃金の改定額(多くの都道府県は10月改定)が、

全国加重平均額で1177円(過去最高の額)

こととなりました。

会社と社員が合意していても最低賃金を下回ることはできず、違反の罰則もあるため、会社は最低賃金を必ず守らなければなりません。一方で、一度賃上げをすると簡単には賃金を引き下げられないので、人件費の負担などにも注意しながら金額の上げ幅を決める必要があります。

この記事では、最低賃金に注意しつつ賃上げを実施する際のポイントを3つ紹介します。

1.最低賃金のルール(適用対象者や改定時期)を押さえる

2.今、最低賃金がいくらなのかを押さえる

3.賃金や社会保険料への影響をシミュレートする

2 最低賃金のルール(適用対象者や改定時期)を押さえる

最低賃金は、「地域別最低賃金」「特定最低賃金」の2種類に分けられます。どちらも厚生労働省の最低賃金審議会が定めますが、適用対象者や改定時期のルールが次のように異なります。

2種類の最低賃金

地域別最低賃金は、原則としてパート等を含む全社員に適用され、毎年10月に改定されます(2026年度は、一部11~12月の発効となる都道府県があります)。一方、特定最低賃金は、特定の産業に特有のまたは主要な業務に従事する社員にしか適用されず、関係労使からの申し出などがなければ、改定されることもありません。ちなみに、

地域別最低賃金と特定(産業別)最低賃金の両方が同時に適用される社員については、いずれか高いほうの最低賃金が適用

されます。

最低賃金を下回る条件で賃金を設定していた場合、会社と社員が合意していても無効となり、最低賃金以上の額を支払う義務が発生します。なお、違反については、図表1の通り最低賃金法または労働基準法による罰則がありますが、それとは別に

労働基準監督署の臨検などによって最低賃金を守っていないことが発覚した場合、厚生労働省ウェブサイトで会社名などが公表されることがある

ので注意が必要です。

3 今、最低賃金がいくらなのかを押さえる

1)地域別最低賃金

2026年度の地域別最低賃金は、前述した通り全国加重平均で1177円となっています。

2026年度の地域別最低賃金

また、図表2の順位をベースに地域別最低賃金の推移(宮崎県、全国加重平均、東京都)を見ると、次のようになります。

地域別最低賃金の推移(宮崎県、全国加重平均、東京都)

2)特定最低賃金

特定最低賃金は、地域別最低賃金が実態にそぐわない場合に定められるものなので、通常は地域別最低賃金より高く設定されます。ただし、東京都や神奈川県など、地域別最低賃金が特定最低賃金より高い地域も一部あります(その場合、社員には地域別最低賃金を適用)。

また、特定最低賃金の新設や改定の申し出は、地域ごとに行われるため、同じ産業であっても都道府県によって最低賃金が異なることがあります。

内容が多岐にわたるためこの記事では割愛しますが、特定最低賃金の一覧は、下記から確認できます。

■厚生労働省「特定最低賃金の全国一覧」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/chingin/newpage_43846.html

4 賃金や社会保険料への影響をシミュレートする

最低賃金が改定され、万が一自社の賃金が改定後の金額を下回っている場合、これを上回るように賃上げを実施しなければなりません。その場合、賃金や社会保険料の負担はどの程度増えるのでしょうか。具体的な条件を設定して、シミュレートしてみましょう。

仮に、東京都のある会社が、2026年10月からの地域別最低賃金の改定(1226円→1280円)を受けて、賃上げを実施するとします。条件は次の通りです。

  • 時給:1250円→1350円に引き上げ
  • 1日の所定労働時間:8時間
  • 1カ月の所定労働日数:20日(週5日×4週)
  • 社員数:30人(全員40歳未満、介護保険の適用なし)
  • 健康保険の保険者:全国健康保険協会(協会けんぽ)、東京支部

この場合、会社の人件費負担は次のように変動します(雇用保険料などは考慮していません)。

30人の時給を引き上げた場合の会社の人件費負担

人件費負担は、社員1人当たりで年間22万6056円、会社全体(30人)で年間678万1680円増えることになります。なお、図表4は通常の賃金だけを基に計算していますが、会社が基本給などをベースに賞与や退職金を計算している場合、それらの人件費負担も増える可能性があります。

以上(2026年10月更新)

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経営のヒントとなる言葉(盛田昭夫)

「アイデアの良い人は世の中にたくさんいるが、良いと思ったアイデアを実行する勇気のある人は少ない。我々は、それをがむしゃらにやるだけである」

出所:「最高の報酬 お金よりも大切なもの 働く人の名言集」(英治出版)

冒頭の言葉は、

「優れたアイデアは、必ず形にするという信念を持って取り組むことこそが重要である」

ということを表しています。

ソニーの前身である東京通信工業株式会社は、「大会社ではできないことをやり、技術の力をもって祖国復興に役立てよう」という信念のもとに誕生しました。そして、その信念の通り、日本初のテープレコーダーやトランジスタラジオなど、次々に画期的な商品を開発しました。これらの陰には、不可能と考えられていたアイデアを可能とするための、盛田氏をはじめとする社員のひたむきな姿勢がありました。そして、その姿勢は、後のソニーにも脈々と受け継がれています。

1979年、ソニーは、携帯型ステレオカセットプレーヤー「ウォークマン」を発売しました。ウォークマン誕生のきっかけとなったのは、ソニーの共同創業者である井深大(いぶかまさる)氏のある一言でした。

井深氏は、海外出張に出かける際、教科書サイズのステレオ録音機とヘッドホンを携帯し、飛行機内で音楽を楽しんでいました。しかし、このステレオ録音機は重く、持ち運びが困難でした。そこで、当時ソニーが販売していた手のひらサイズの小型モノラルタイプテープレコーダー「プレスマン」にステレオ回路を入れることを依頼したのです。

担当者は、早速プレスマンから録音機能を取り去り、ステレオ再生が可能なように改造しました。完成した改造型プレスマンを試聴した盛田氏は、その音質のよさに驚くと同時に、「これはビジネスとして成功する」と直感しました。

早速、盛田氏は本社の会議室に電気や機械設計のエンジニア・企画担当者・宣伝担当者・デザイン担当者などの若手社員を集め、改造型プレスマンを若者向けヘッドホン付き再生専用機として商品化することを発表しました。

しかし、開発がスタートした後も、盛田氏のもとには、営業を担当する関連会社からの「録音機能が付いていない再生だけの機械が売れるはずがない」「ヘッドホンで音楽を聴くことは顧客には受け入れられない」といった反対意見が次々と寄せられました。その都度、盛田氏は「自分がどれだけこの新商品を評価しているか」について熱弁を振るい、最後には自身の進退を懸けてまでこれらの人々の説得に努めました。

盛田氏は、冒頭の言葉に続けて次のように述べています。

「それはよい考えだとなったら多少の無理はあってもよいから、それをいかにしてやるかを考える。それがソニーの方針である」

こうして、1979年、盛田氏の熱意と開発スタッフの満身の努力によって世界初の携帯型ステレオカセットプレーヤー「ウォークマン」が完成しました。ウォークマンは、発売直後こそ大きな動きがみられなかったものの、やがて若者を中心として爆発的に売れ始めました。そして、海外でも一大ブームを巻き起こし、ソニーの名を世界中に知らしめる大ヒット商品となりました。

かつて、ソニーが新聞に出した有名な求人広告に、「『出るクイ』を求む!」というものがありました。これは、求人広告としては例をみない斬新なものです。しかし、この言葉こそ、アイデアを実行する勇気を求める盛田氏、そしてソニーの理念が色濃く表されているといえるでしょう。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

もりたあきお(1921~1999)。愛知県生まれ。大阪帝国大学(現大阪大学)卒。1946年、井深大(いぶかまさる)氏とともに東京通信工業株式会社(現ソニー株式会社。本稿では「ソニー」)設立。

【参考文献】

「最高の報酬 お金よりも大切なもの 働く人の名言集」(松山太河(編著)、英治出版、2001年11月)

「メイド・イン・ジャパン わが体験的国際戦略」(盛田昭夫ほか(著)、下村満子(訳)、朝日新聞社、1987年1月)

「ソニー自叙伝」(ソニー広報センター(著)、ワック編集部(編)、ワック、1998年3月)

以上(2026年9月更新)

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画像:日本情報マート

【人事はつらいよ】社員の問題行動、さんざん我慢してきたのに、いざ懲戒処分にしたら無効?

1 懲戒処分を受け入れたはずの社員がユニオンに……

A社の社長は、社員のBさんのことで悩んでいます。Bさんは、A社の商品の納品担当なのですが、先日、ある取引先から「依頼したものと違う商品が納品された」とクレームが入ったのです。正しい商品を納品し直し、その場は収まりましたが、Bさんはこれまでに何度も同じような納品ミスを繰り返しています。見かねた社長は、ある日、Bさんを呼び出しました。

「Bさん、度重なるクレーム対応や再納品の手配で、会社に損害が出ている。これまでは大目に見てきたが、もう見過ごせない。懲戒処分として、減給にさせてもらうよ」

Bさんは、その場では社長に謝罪し、懲戒処分を受け入れました。しかし、数日後、A社に1本の電話が……。電話の主は、Bさんから相談を受けた外部のユニオン(合同労働組合)の担当者で、「今回のBさんの納品ミスに対して、減給という懲戒処分は重すぎる」と、処分の撤回を求めてきたのです。社長は釈然としません。

「Bさんが反省し、変わってくれると信じて我慢してきたのに、いざ懲戒処分にしたら『処分が重すぎる』って、どういうことだ? 納得いかない……裏切られた気分だ」

2 まずは軽い懲戒処分から、改善が見られなければ重い処分へ

懲戒処分とは、問題行動を起こした社員に対して会社が行う制裁のことで、一般的には次の7種類に分けられます。1.が最も軽く、7.が最も重い懲戒処分です。

  • 戒告:厳重注意を言い渡す
  • けん責:始末書を提出させ、将来を戒める
  • 減給:一定期間、賃金額を下げる
  • 出勤停止:数日間、出勤することを禁じ、その間は無給とする
  • 降格:役職の罷免・引き下げ、または資格等級の引き下げを行う
  • 諭旨解雇:退職届の提出を勧告した上で、退職届の提出がなければ解雇とする
  • 懲戒解雇:即時に解雇する

就業規則に「懲戒事由」の定めがあり、社員がその懲戒事由に該当した場合、会社は就業規則にのっとって、社員に懲戒処分を課します。冒頭の事例の場合、A社の就業規則に、

「故意または過失により会社に損害を与えたとき」などの懲戒事由の定め

があれば、「理論上」はBさんに懲戒処分を課すことが可能です。

ただ、難しいのは、労働契約法の中に、

社員の問題行動の内容に照らして、重すぎる懲戒処分は無効になる

というルールがあることです。例えば、「1日無断欠勤した社員を、懲戒解雇する」というのは、明らかに重すぎる懲戒処分で、認められません。

「どの程度の懲戒処分が妥当か」は裁判などで個別の事案ごとに判断されるので、一概には言えませんが、おおまかに目安を示すなら次のようなイメージになります。

懲戒処分に該当する問題行動の例

「出勤停止」や「降格、諭旨解雇、懲戒解雇」といった懲戒処分は、基本的には犯罪行為やハラスメント、会社に重大な損害を与える情報漏洩などに対して適用されます。従って、これらに該当しない業務上のミスなどについては、

まずは「戒告、けん責」などの軽い懲戒処分を実施し、処分の後も社員に改善が見られなければ、「減給」などの重い処分に切り替えていく

というのが、基本的な考え方になります。

また、実際に懲戒処分を検討する際は、次のような要素を考慮する必要があります。

  • なぜ、問題行動が発生したのか
  • 業務にどのような影響があったか(会社に与えた損害の程度、他の社員への影響など)
  • 社員の勤務歴、過去の処分歴、反省の様子はどうか
  • 会社側に落ち度はなかったか など

冒頭の事例の場合、Bさんは度重なる納品ミスによりA社に損害を与えていますが、過去の納品ミスについて会社が戒告やけん責を行っていなければ、裁判などで減給が「有効」と認められるハードルは高くなります。

また、会社に与えた損害が少額で減給が妥当といえない場合や、「Bさんの業務量が他の社員よりも明らかに多く、その業務をこなすためのフォローを受けられていない」「適切な業務命令がなされていない」など、会社側にも落ち度がある場合、懲戒処分が認められない可能性があります。

この他、懲戒処分自体は妥当であっても、「Bさんに弁明の機会を与えていない」など、手続きに問題がある場合、懲戒処分が無効になることがあるので注意が必要です。

3 減給の場合、控除金額にも注意!

減給の場合、懲戒処分が認められるかという問題の他に、控除金額(賃金額の下げ幅)にも注意しなければなりません。労働基準法の中に、懲戒処分として減給を行う場合、

1回の控除金額が「平均賃金(過去3カ月間の賃金総額を暦日数で除した金額)の1日分の50%以下」、総額が「1回の賃金支払総額の10%以下」になるようにしなければならない

というルールがあるからです。

例えば、月給制(毎月1日から月末までを賃金の支払対象期間とする)の場合、1日から月末までの間に

1.社員の問題行動が1回しか発生していないなら、「平均賃金の1日分の50%以下」

2.社員の問題行動が複数回発生しているなら、「1回の賃金支払総額の10%以下」

が、1回の賃金支払いで控除できる額の上限になります。1.の場合、仮に社員の平均賃金が1日1万円(月給30万円のイメージ)だとしたら、5000円までしか控除できません。また、1回の問題行動に対しては1回の減給しか認められないので、例えば、

4月分の賃金について減給を行っても、5月分の賃金からは元に戻さなければならない

という問題が出てきます。経営者によっては、「社員に反省を促すための減給なのに、その程度しか認められないの?」と不満に思うかもしれません。

こうした場合、懲戒処分以外の方法で減給を行うという手もあります。例えば、

  • 懲戒処分としてではなく、能力適性の問題から降格を行い、結果として賃金が下がる
  • 人事考課に基づいて、基本給のうち、能力評価に基づく部分の金額だけを下げる

といったケースは、懲戒処分としての減給には当たらないので、前述した控除金額のルールが適用されません。ただし、就業規則(賃金規程など)の範囲を逸脱して減給を行うと、人事権の濫用とみなされることがあるので、その点は注意が必要です。

懲戒処分は、いつの時代も難しい問題です。経営者はかなり温情をかけているつもりでも、社員のほうは「懲戒処分を受けた」という意識ばかりが先行してしまい、その労使の擦れ違いがトラブルに発展することがあります。万が一トラブルになった場合に備え、法令のルールを正しく押さえておくことは大切です。

以上(2026年10月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 渡邉和也)

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画像:metamorworks-shutterstock

再雇用後の賃下げは違法? 賃金設計のシミュレーションを紹介!

1 「この人の仕事の価値はいくら?」という視点が大切

日本の会社では、社員の定年退職時に退職金を支払った後、「嘱託」などとして再雇用する「定年再雇用」が広く浸透しています。ただ、定年再雇用は再雇用時に労働契約を締結し直す働き方です。漫然と慣例に従い、定年後の労働条件をめぐって会社と社員の間でトラブルが起きるケースが少なくありません。

トラブルの争点になりがちなのは「賃金」です。2023年7月に、定年再雇用で嘱託になった職員の基本給を、正職員の頃の60%未満まで引き下げたことでトラブルが起き、最高裁判決までもつれこんだ事案がありました。詳細は後述しますが、その際、

高裁が「60%を下回るのは不合理」と判断したのに対し、最高裁が「単純な額の問題ではなく、基本給の性質や支給目的を精査すべき」として、高裁に判決を差し戻した

ことが話題になりました(最高裁第一小法廷令和5年7月20日判決)。

この判決はいわゆる「同一労働同一賃金」、簡単に言うと「同じ働き方をしている人には、同じ賃金を支払いなさい」というルールを、最高裁が改めて明確に示したものです。「生涯現役社会」ともいわれる時代、定年再雇用はもはや当たり前の働き方になりつつありますが、

会社が再雇用後の賃金を決める際は、これまでのような「いくらまでなら減額してよい?」という考えではなく、これからは「この人の仕事の価値はいくら?」という視点を持つ

ようにしないと、同様のトラブルになりかねません。

そこで、この記事では最高裁判決の内容に触れつつ同一労働同一賃金の基本をおさらいした後に、社員の働き方に応じた再雇用後の賃金設計のシミュレーションを紹介します。「同一労働同一賃金については大体分かっているから大丈夫」という人は、先に第3章(定年前後の働き方と賃金をシミュレートしてみよう)をご確認ください。

2 同一労働同一賃金の視点で、最高裁判決をひもといてみよう

同一労働同一賃金は、パートタイム・有期雇用労働法などを根拠とするルールで、その根幹にあるのは「均等待遇」「均衡待遇」という考え方です。

  • 仕事の内容などが同じなのに、非正規雇用であるという理由だけで正社員よりも低い労働条件にすることはできない(均等待遇)
  • ただし、能力や成果に基づく待遇格差は、合理的なものであれば問題ない(均衡待遇)

具体的には、図表1の3つの考慮要素をもとに判断します。「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに、待遇格差を設けることはできません。ですが、「3.その他の事情」に該当する、個人の能力や成果に基づく格差は、合理的なものであれば認められます。

均等待遇・均衡待遇の3つの考慮要素

さて、前述した最高裁判決の事案は、嘱託として再雇用された自動車学校の教習指導員2名が、

定年前後で「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに、再雇用後の基本給が定年前の40%台(月額7~8万円台)まで引き下げられたのは不合理だ

と訴え、これが同一労働同一賃金に違反しないか争われたものです。高裁と最高裁は、それぞれ図表2のように判断しました(基本給以外にも争点はありましたが、ここでは割愛します)。

基本給を定年前の40%台まで引き下げたのは不合理か?

同一労働同一賃金の考え方に照らせば、本来「1.職務の内容」「2.職務の内容・配置の変更範囲」が同じなのに基本給を引き下げるのは不合理といえますが、最高裁の判断に基づくと、

能力や貢献度、健康状態、将来的なポテンシャルなどを考慮して、あえて定年前後で支給基準を変えているのなら、「3.その他の事情」に照らして必ずしも不合理とはいえない

と考えることができます。

なお、この事案は差し戻された後、名古屋高裁が2026年2月26日に改めて判決を出しています。同高裁は、最高裁の指摘に沿って基本給の性質や支給目的を精査した上で、嘱託職員の基本給が正職員の定年退職時の基本給の60%を下回る限度で不合理だと判断しました。

決め手になったのは

  • 定年前後で職務の内容に違いがなかったこと
  • 嘱託職員の基本給が経験の浅い若手正職員の基本給をも下回っていたこと
  • 労使交渉の結果が反映されたものとはいえないこと

などです。賞与に当たる嘱託職員一時金についても、同じく60%を基準に算定した額を下回る部分が不合理とされました。

つまり最高裁は、「60%」という数字そのものを否定したわけではありません。「額の多寡だけで判断してはいけない」と述べたのであって、差し戻し後に基本給の性質や支給目的を精査した結果、この事案では結論として60%の水準が維持されたことになります。経営者としては、「60%を超えていれば安全」「60%を下回れば直ちにアウト」という数字の話ではなく、その額にした理由を説明できるかどうかが分かれ目になる、と押さえておきましょう。

■厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html

以上、最高裁判決の内容に触れつつ同一労働同一賃金の基本をおさらいしましたが、そうは言っても、いざ再雇用後の賃金を決めるとなると、「本当にこの賃金設計で大丈夫か?」と不安になってしまう経営者もいるはずです。次章からは、社員の働き方に応じた定年再雇用の賃金設定のシミュレーションを紹介します。

3 定年前後の働き方と賃金をシミュレートしてみよう

冒頭で「この人の仕事の価値はいくら?」という視点で賃金設計をすることが大切とお話ししましたが、当然ながら「何となくこのぐらいの額」というような曖昧な決め方ではトラブルになるので、次のようなことを考慮しながら明確な基準に基づいて額を定める必要があります。

  • 仕事内容や役職は、定年前と比べ変わるか
  • 労働時間や、社会保険・雇用保険の適用(労働時間に応じる)は変わるか
  • 責任はどうなるか(仕事のノルマや権限の度合いはどうか) など

図表3は、正社員(役職者、転勤あり、1日8時間×週5日勤務、社会保険あり、雇用保険あり、仕事のノルマあり、賞与支給あり)が定年後に再雇用される場合の働き方を、A~Dの4種類にパターン分けしたものです。赤字は、正社員時と働き方が変わる部分です。

再雇用後の働き方のパターンと定年前からの変更点

パターンA

能力も意欲も十分で、定年後も会社の戦力となる社員を想定しています。仕事の内容や労働時間に変更はありませんが、定年後なので今まで以上にプライベートも大事にしてほしいという意図から、役職、転勤、残業、ノルマはなしとしています。一方、仕事へのモチベーションはある程度維持したいので、「嘱託用評価制度」により正社員時の最大50%の賞与を支給します。

パターンB

パターンAと同じく能力も意欲も十分ではあるものの、自身の体調や家族の介護などの関係で、フルタイムでの勤務は難しい社員を想定しています。基本的な労働条件はパターンAと同じですが、労働時間(労働日数)を減らしています。

パターンC

能力はそれなりですが、意欲については「定年後なのでゆったり働きたい」というレベルの社員を想定しています。労働時間は1日6時間×週5日、社会保険と雇用保険の適用はありますが、仕事内容は正社員時よりも簡易な業務に変え、賞与の支給はなしとしています。

パターンD

副業や起業など新しいキャリアを模索しており、他の人ほど長く働けない社員を想定しています。労働時間は1日6時間×週4日、雇用保険は適用されますが、社会保険の適用はなくなります。仕事内容は正社員時よりも簡易な業務に変え、賞与の支給はなしとしています。

ただし、パターンDで社会保険の適用がなくなるのは、週の所定労働時間が正社員の4分の3(この例では週30時間)未満で、かつ短時間労働者への適用拡大の対象にもならない場合です。厚生年金保険の被保険者が51人以上の「特定適用事業所」では、週20時間以上などの要件を満たせば社会保険の対象になります。

2026年10月からは賃金要件(月8万8000円以上)が撤廃され、企業規模の要件も2027年10月に36人以上、2029年10月に21人以上、2032年10月に11人以上と段階的に引き下げられ、2035年10月には撤廃される予定です。自社がいつから対象になるのかを確認した上で設計してください。

■厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト」
https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/

これをベースに、パターンA~Dの月例賃金の賃金設計をシミュレートしたものが図表4です。

再雇用後の賃金設計のシミュレーション

図表4の中で押さえておきたい主なポイントは次の通りです。

1.正社員時を100%とした場合の総支給額の比率

パターンDは、賃金の総支給額が正社員時の60%を下回っています。この「60%」というのは前述した最高裁判決の事案で、高裁が「生活保障の観点から看過し難い水準」と判断したパーセンテージでした。ただ、最高裁が判断している通り、賃金は「その性質や支給目的に照らして合理的といえるか」が重要なので、2.以降で紹介するように、まずは再雇用後の賃金支給について、明確な基準があるかどうかを確認しましょう。なお、この事案は差し戻し後の審理でも60%の水準が維持されましたが、これは定年前後で職務の内容も責任の程度も変わらない社員について、月額の基本給をそのまま比べた数字です。パターンDは労働時間が正社員時の6割(週24時間)に減っているので、同じ土俵で比べる数字ではありません。実際、図表4の基本給を1時間当たりに直すと、パターンA~Dはいずれも正社員時と同じ水準です。総支給額の比率だけを見て慌てるのではなく、何を基準に減額したのかを説明できる状態にしておくことが大切です。

なお、賃金が60歳到達時の75%未満に低下する社員については、一定の要件を満たすことで、雇用保険から「高年齢雇用継続給付」が支給されます。減収分の一部を補填できるため、制度を利用できる場合はその旨を社員に伝えておくとよいでしょう(支給期間は65歳までの最長5年間で、最大支給率は10%です)。

■ハローワークインターネットサービス「雇用継続給付」■
https://www.hellowork.mhlw.go.jp/insurance/insurance_continue.html

また、図表4の社会保険料は、再雇用後の賃金に応じた標準報酬月額で計算しています。通常、賃金が変わったときの標準報酬月額の改定は4カ月目からですが、60歳以上の社員を退職日の翌日に空白なく再雇用する場合は、被保険者資格の喪失届と取得届を同時に提出することで、再雇用された月から新しい標準報酬月額に改定できます(同日得喪)。この手続きを忘れると、3カ月間は定年前の高い保険料を会社と社員の双方が負担し続けることになるので注意してください。

■日本年金機構「退職後継続再雇用された場合、再雇用された月から、再雇用後の給与に応じた標準報酬月額に改定できる仕組み」■
https://www.nenkin.go.jp/oshirase/topics/2013/20130226.html

もう一つ、社員に伝えておきたいのが住民税です。図表4の住民税は再雇用後の年収を基に計算したものですが、住民税は前年の所得に対して課税され、6月から翌年5月までの給与から天引きされます。そのため再雇用の初年度は、正社員時代の所得を基にした住民税がそのまま引かれ、手取りが図表4の額に落ち着くのは翌年度以降です。

社員にとっては再雇用直後の落差が最も大きくなるので、賃金の説明とあわせて伝えておきましょう。加えて、パターンDのように社会保険から外れる場合、社員は自分で国民健康保険に加入するか任意継続被保険者として保険料を負担することになるため、手元に残るお金は図表4の手取り額よりも少なくなります。

■東京都主税局「個人住民税」■
https://www.tax.metro.tokyo.lg.jp/kazei/kojin_ju.html

2.基本給

基本給は、パターンA~Dの労働時間(図表3を参照)をベースにした額になっています。パターンAについては、労働時間の変更はないため基本給は変えていませんが、パターンB~Dについては、定年前(正社員時)に比べて労働時間が減った分だけ、基本給を減額させる内容としています。そのため、ある程度合理的な賃金設計といえるでしょう。もしも、更に基本給に変動を持たせたい場合などは、「職務の内容、職務の内容・配置の変更範囲」など(図表1を参照)や会社の財務状況など、複数の要因を考慮して合理的に決定する必要があります。

3.諸手当

図表4に記載している諸手当の概要は次の通りです。

  • 役職手当:正社員の中から指定された役職者に対して支給
  • 資格手当:職務遂行に特定の資格が必要で、その資格を有している場合に支給
  • 精皆勤手当:欠勤せずに出勤することの奨励として支給
  • 住宅手当:住宅費の負担を補助するために支給
  • 通勤手当:通勤費の負担を補助するために支給

今回、パターンA~Dの全てのケースで支給しているのは、精皆勤手当と通勤手当です。通勤したり、欠勤せずに出勤したりすることは、雇用形態や働き方の違いには直接関係がないので、再雇用後の社員にも支給すべきものです。

その他の手当については、支給対象としませんでした。役職手当などは役職者にのみ支給するものですし、その他の手当も、再雇用後の働き方が手当の支給要件にマッチしないのであれば支給は不要という考えを前提にシミュレートを行っています。

やや判断が難しいのが住宅手当ですが、今回は「正社員は転勤があるのに対し、再雇用後は転勤がなく、正社員に比べ住宅費の負担が抑えられる」という理由から、支給しない設計にしてみました。

なお、2026年10月1日から「同一労働同一賃金ガイドライン」が改正され、手当の取扱いが一部明確化されました。住宅手当については、転居を伴う配置変更があるかどうかで判断することが示されており、「再雇用後は転勤がないので支給しない」という今回の設計は、この考え方に沿ったものです。一方、家族手当については、相応に継続的な勤務が見込まれる有期雇用労働者には正社員と同一の支給が必要とされたので、家族手当を設けている会社は、再雇用後の社員への支給を見直す必要がないか確認しておきましょう。

あわせて同じ2026年10月1日から、パートタイム・有期雇用労働者を雇い入れる際に明示しなければならない事項に、「正社員との待遇の相違の内容や理由について説明を求めることができる」旨が加わりました。定年再雇用で嘱託などの有期契約を結ぶ場合もこの対象で、明示を怠ると10万円以下の過料の対象になります(パートタイム・有期雇用労働法第6条第1項、第31条)。労働条件通知書のひな型を見直しておいてください。

■厚生労働省「2026年10月からパートタイム・有期雇用のルールが変わります―3つの改正ポイント」■
https://www.mhlw.go.jp/web_magazine/column/20260803.html

4.賞与

パターンAとBの社員には、前述した通り、賞与が支給されます。これはモチベーション維持のためでもありますし、同一労働同一賃金のルールに照らした際、「仕事内容が正社員時と変わらないのに、賞与は支給しないのは不合理」という考え方ができるためです。

一方、額については前述した通り、正社員時の最大50%としています。これは、パターンAとBがともに、役職任用がなく仕事の責任についても正社員よりも軽い(ノルマがない)ことを考慮したものです。50%は上限ですので、実際は評価制度に基づき、社員の成果と貢献を公正に評価して支給額を決めることになります。

以上(2026年10月更新)
(監修 社会保険労務士 柴田充輝)

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